血塗られた戦車道 (多治見国繁)
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みほの回想
みほの回想編 1 きっかけ


みほの回想として設定しています。少なくとも本編の3話以降に見ることをオススメします。



西住みほは、フリージャーナリストが30年前のことを色々と探って、戦車道関係者と連絡を取っていることを掴んでいた。一体何人目だろうか。30年間もの間多くの者がこの事件を追ってきた。みほは、事件に至るきっかけとなった、できごとを思い返していた。

 

「あれは、私が黒森峰の中等部に入学した時だったな…」

 

*****

 

全ての始まりは、みほが黒森峰の中等部に入学し、戦車道を黒森峰で始めた頃にさかのぼる。みほは、入学して即、西住流の後継者として戦車隊の副隊長に任命された。しかし、わずか1年生での抜擢に妬む者も多くいた。

そう。みほは、いじめられたのである。みほは、優しく気弱な女の子だった。だからこそ、反撃することも叶わず、格好のターゲットになったのである。

姉も母も、みほがいじめられていることには気がついていた。しかし、西住流は前へ進む流派だとして、特に何か手を差し伸べるなどはしなかった。みほに自分でなんとかしていじめをはねのけることを求めたのである。

みほは、考えに考えた。どうすればいいのか。そしてとうとうみほは、一つの答えを導き出した。副隊長という立場を使うことにしたのである。手始めに、自身をいじめた者を戦車隊から追放した。自分の指先一つで今まで苦悩させられてきた者たちを逆に追放してしまうことができたのである。みほの中で自信と快感が生まれた。

しかし、こうした行動はさらなる反感を買い、みほの目論見は結果として失敗した。

そこで、みほは次なる行動を起こした。それは、自身の能力を高め、卓越した演説力により自身の味方を増やすという手段であった。みほは、戦車戦略など戦車道関連の研究はもちろんのこと、人心を惹きつけ、独裁政権を確立したアドルフ・ヒトラーを参考に演説を研究した。みほは、持ち前の一生懸命さでそれらを習得した。もともと、人前で話すことなど苦手でみほにとっては避けたいものであったが、こういう事態なのだから仕方がない。みほは懸命に練習した。みほの演説は素晴らしいものだった。

 

「…皆さん!私たちは、互いに傷つけあっていて良いのでしょうか?否、いいはずがありません!私たちの共通の敵は結束を以って私たちを打ち倒さんとしています!私たちは、何としても優勝を成し遂げなければならないのです!…」

 

演説は成功したのである。みほは、仲間同士で痛めつけ、傷つけ合うことがいかに愚かであるかを語り、本来の共通の敵と目標を語った。共通の敵を示された群衆は互いに結束を強め、口だけではなく実際の研究に基づいたみほの実力を知り、みほに憧れ、みほを目指した。姉のまほはその様子をみて、これなら大丈夫だろうと思った。みほの努力は身を結び、自身の仲間を増やすことに成功し、そのまま楽しい中学生活をおくれる。

 

はずだった。

 

みほは、裏切られたのである。みほのことをおもしろく思わない者がいたのである。姉のまほが卒業すると、みほは何者かに根も葉もない良くない噂を流された。そして、みほの周りから仲間が1人また1人と離れていってしまったのである。みほはまたもや孤立してしまった。そして、一度流れた噂はなかなか消えず、孤立したまま中等部の生活を終えたのであった。

卒業後、みほは次なる策を考えた。中学時代と同じ轍は2度と踏まぬと

決意した。そして、悟った。今までやり方では生ぬるい、優しさだけではダメなのだと。

 

「そっか。これじゃダメだよね。方法を変えないと。今までの生ぬるい優しさだけじゃダメだね。優しさだけじゃ、裏切られる。裏切られた結果がこれだもん。なら、絶対に裏切れないようにしてあげるね。」

 

みほは、笑う。

みほの中で何かが壊れ、悪魔が産声を上げようとしている瞬間だった。

 

つづく



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みほの回想編 2 悪魔の誕生

西住みほはいかにして悪魔となったのか


みほは、高等部に入学した。そこでも即座に副隊長に任命された。そして、高等部入学までの間に考えた策を実行した。みほは、演説により自身の熱狂的支持者を獲得したのだ。そして、その支持者たちに自身の忠実な組織ができるように裏から働きかけた。そして、すべての準備が整った時、みほは、副隊長という立場を使い、助言のためなどを除いた、自身に楯突く者たちの大規模な摘発を行なったのだ。最初、まほはチームをまとめるためには仕方がないことだと見逃していた。

しかし、みほはこれで止まらなかった。暴走したのである。みほは、最初こそ処分する者は、みほに助言以外で楯突く者のみ、そして処分も謹慎や戒告処分程度で済ませていたが、徐々にエスカレートしていった。助言をする者も含めて楯突く者は全て摘発し、相手に苦痛や辱めを与える。そんな処分が増えていったのである。みほは、それらの苦痛や辱めを与える処分を必ず自らの手で行なった。そして、その苦痛に歪む顔や恐怖する顔を眺めて楽しんでいた。

処分を受けたものがみほに満身創痍の姿で問う。

 

「なぜ…こんなことを…」

 

するとみほは悪魔のような笑顔になって答える。

 

「私、人が苦痛で苦しむ姿を見るのが大好きなんだ。」

 

また、みほはさらなる狂気を楽しむかのごとく、「秘密警察部隊」を組織した。そして、反逆の動きがあったら、密告するように指示したのである。

密告により、摘発される者は増え続けた。

流石のまほも、もはや許すことはできなかった。みほを隊長室に呼び出した。

 

「失礼します。」

 

「入れ。」

 

「なぜ、呼ばれたかわかってるよな?」

 

「さあ、なんでかな?お姉ちゃん。」

 

まほはその答えを聞いて激昂した。

 

「ふざけるな!みほ!一体何をやっているんだ?あんな虐待行為が許されると思っているのか!」

 

するとみほはどこ吹く風の様子で

 

「だって、お姉ちゃんたち、私がいじめられてても助けてくれなかったでしょ?私はお姉ちゃんたちに助けを求めようとした。だけど、お姉ちゃんたちは私を、西住流は前に進む流派だって言って私を突き放した。だから私は自分のやり方でこの黒森峰で居場所を作った。そしてその居場所を守るため、二度と裏切られないため、そのために支配を確立したんだよ?お姉ちゃん、私に逆らうつもり?逆らってもいいけど、あの子たちと同じ道をたどることになるよ?」

 

みほは窓際に行き、外を歩いている者たちを指差した。そこには、今日、処分が執行された者たちが恐怖に震えながらフラフラと生気のない顔をして歩いていた。その者たちは、皆ボロボロでシマシマ模様の囚人服のようなものを着せられ、罪名と処分の内容が書かれた木の札を首にかけられていた。

そして、「秘密警察部隊」が腰縄をつけて獰猛な犬をけしかけながら学校中を引き回している。

 

隊長室の外では、いつみほからまほの確保命令が出てもいいように控えているらしい。足音が聞こえてきた。

 

「みほ…」

 

まほは、妹の狂気に震え上がった。その様子を見たみほは楽しそうに囁く。

 

「お姉ちゃん、この黒森峰戦車隊はもはや私のものになったんだよ。お姉ちゃんはただの飾り。そのことだけはくれぐれも忘れないようにね。」

 

みほの闇はどこまでも深かった。裏切られたことによって生まれた恨みと憎しみがみほを突き動かしていた。

まほは、黙って俯くしかなかった。もはや、みほを止めることはできなかった。みほの後ろには強力な「秘密警察部隊」が控えていた。そして、みほはこれが西住家に伝わらないように厳重な情報統制を敷いていた。

みほの恐怖政治は完璧なものであると思われた。

しかし、みほの恐怖政治には綻びがあった。みほは、少しだけ優しさを残していたのである。

みほが1年生の時の戦車道全国大会決勝。みほが乗っていたのはフラッグ車だった。しかし、その前を走行していた車両が砲撃を受けて滑落してしまった。みほは、その車両の乗組員を思わず助けに行ってしまったのである。しかし、みほが乗っていた車両はフラッグ車。その車両を放置したので相手に撃破され黒森峰は負け、優勝を逃してしまったのである。

そこをまほに付け込まれた。まほは、みほを追い落とすため、ネガティヴキャンペーンを大々的に行なった。

みほには、副隊長の素質はないと。

するとどうだろうか、1つの綻びは次の綻びを呼びやがて破れていく。

 

みほは、皆から敗戦の最大の戦犯として弾劾され黒森峰から追放された。

そして、みほの黒森峰での行為は西住家の知るところとなった。みほは、西住家に呼び戻され母親からも断罪された。

 

「あなたは、戦車に乗る資格はもちろんのこと、人としても間違ってるわ。あなた、人間じゃないわ…まさか、あなたがこんなことをやるなんて…もう、あなたにこの家の敷居は跨がせない。この家から出て行きなさい。」

 

「わかりました。」

 

みほは一言だけそういうと出て行った。みほはこの時、家族にさえも人として否定され、裏切られたと感じた。そして、とうとう復讐を決意したのだ。

 

みほは玄関のそばに隠れて立っているまほに気がつくと近づいて耳元で囁いた。

 

「お姉ちゃん…この恨みは必ず晴らすからね…覚悟しておいてね…必ずあなたを私の闇に引きずり込んで葬ってあげるから…復讐は必ず…」

 

みほの顔は薄暗い玄関では真っ黒に見えた。まるでみほが孕んでいる闇のように。まほは、妹のあまりの恐ろしさに腰を抜かしていた。

みほは、それをしばらく笑顔で眺めていたが、やがてみほは西住邸を出て行った。

 

みほは、西住邸を出て熊本駅の方へ歩いて行く。西住家の最後の情けで戦車道をやっていない学校へ転校することになったのだ。その学校が大洗女子学園高校だった。

 

「まるで、島流しだね…」

 

みほは呟く。

しかし、みほはこんなことでは折れなかった。みほの頭の中では、もう次なる支配計画を考えていた。

 

(黒森峰では、私が優しさを持っていたせいであの蛆虫どもに、引き摺り下ろされた。同じ轍は二度と踏まない。それなら、今回は完全なる冷酷だ。今回は、死の恐怖。これで支配しよう。もちろん、今まで通りの手法も使うけど。あと、飴と鞭の使い分けも大切だよね。それに、秘密警察部隊はもちろんだけど、今回は復讐のための暗殺・謀略部隊も用意しておこう。そして、今回の学校は生徒会が大きな力を持ってるみたいだから生徒会の権限も奪い取ることができるような策を考えなきゃ。)

 

「現地に着いたら、何から始めようかな…」

 

みほは、極悪人のように笑った。

みほは、完全なる悪魔と化したのである。

 

つづく

 




恨みと憎しみが悪魔を産み落とす


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みほの回想編 3 計画変更

布石は完璧にしておく。それが、彼女のやり方だった。


みほは、そのまま大洗に向かう予定だった。

しかし、みほは予定を大きく変更して未だに熊本にとどまっていた。実は、みほはこれから先、暗殺・謀略部隊を創設するにあたって毒物学の研究が不可欠であると考えていた。もちろん、ありきたりな毒でもよかったのだが、今まで仲間からは裏切られ、何度も失敗を繰り返してきた分、みほは慎重になっていた。そして、深い毒物学の知識を求めた。しかし、その手の研究は大学などの専門機関でしか行われていない。ましてや、大学に直接訪ねて教えてもらうことなどできるわけがない。そんなことしたら何やら良からぬことを企んでいるのではと疑われるに決まっていた。そこで、みほは歴史の史料から毒物学の研究を行おうと試みたのである。戦時中、中国において、日本軍の部隊が生物兵器や化学兵器の研究のため、中国人の捕虜を使って人体実験をしていたということは、周知の事実である。みほは、その日本軍部隊に所属していた研究者が書いた実験ノートや研究ノートが戦争の混乱で放棄され中国人の手に渡り、自宅の倉庫の中に押し込まれている可能性を考えた。そこで、みほは、ダメ元でネットに英語と中国語で

 

[私は、日本軍の某部隊の研究を行なっています。某部隊に関する史料をお持ちの方はいませんか?]

 

と書き込みをしてみた。

すると、なんと幸運なことに返事が来た。

 

[私の家に、日本軍が残した研究ノートらしきものがあります。よかったら、差し上げますので取りに来ますか?]

 

なんと、研究ノートらしきものがあるという。みほは、色々と相手の情報を聞き出した。

 

その人は、現在ハルビンに住む67歳の李朗平という女性であるという。昔、彼女の父親がチチハルにあるその部隊の研究施設に戦後立ち入った時、見つけたのだという。戦前、歴史の教師をやっていた彼女の父親はもしかして、将来この負の歴史を解明するために何かの役に立つかもしれないと取っておいたという。

みほは、福岡に向かい、福岡国際空港から中国の北京に向けて出発した。

中国の北京までは4時間20分ほどかかる。みほは、飛行機の中で嬉しそうに呟く。

 

「まさか、こんなにすんなりと見つかるなんて。幸先いいな。」

 

そして、北京から乗り継ぎハルビンに降り立った。

ハルビンの空港に着き、その女性の家へ向かおうとタクシーに乗り込む

 

「中心街に向かってください。」

 

「はいよ。中心街ね。でも、お客さん。そこまで行くのに3時間近くかかるけど、いいのかい?」

 

「はい。構いません。時間の余裕はありますから。」

 

「じゃ、行くよ。」

 

中国東北部黒竜江省に位置するハルビンは、中国ながらロシア風の建物も多い。それもそのはずだ。1898年ロシア帝国により、東清鉄道建設が着手されると、ロシア人の人口が急激に増加、経済的にも発展した。

また、ハルビンはかつて日本が建国させた満州国時代、特別市として発展した街でもある。

タクシーの中、特に何もしないでいると運転手が話しかけてきた。

 

「お客さん。中国語うまいけど、中国人じゃないよね?普通話で喋ってるからすぐわかるよ。」

 

「はい。私は日本人です。今日は、戦時中の史料をお持ちの方に会いにきたのです。」

 

みほは、日本人であることを素直に明かした。別に現代において隠す必要もない。

 

「あぁ、やっぱりか。日本人じゃないかと思っていたよ。ハルビンでは色々あったからね。色々勉強してくといいよ。」

 

タクシーの運転手は褒めてくれた。当然、みほの本当の目的など知る由もない。

しばらくすると、中心街についた。いつの間にか、タクシーの運転手と仲良くなり、運転手がせっかく遠くから来たのに、歩かせてはかわいそうだと、会いに行く予定の女性の家まで送ってくれた。

女性の家は、一軒家であった。

 

「ごめんください。李朗平さんは、いらっしゃいますか?日本から来た西住みほです。」

 

「あ、西住みほさん。遠い日本からようこそ中国にお越しいただきました。私が李朗平です。」

 

年配の女性がにこやかに迎えてくれた。

 

「こちらこそ、わざわざご連絡いただきありがとうございます。」

 

2人はしばらく、世間話のようなものをして、本題に入った。

 

「あの、それで史料を拝見してよろしいでしょうか?」

 

「はい。少しお待ちください。」

 

すると、李氏は段ボール箱を持って来た。その中には、たくさんのノートが入っていた。みほは、それを手に取る。

 

「あった…」

 

みほは、日本語で呟く。

そう。研究ノートがあったのだ、そこには毒に関する記述もたくさんあった。みほの目論見は見事成功したのだ。

 

「ありがとうございます。でも、こんなにいい史料よく見つかりましたね。」

 

「ネットにも書いたように、私の父は昔チチハルで歴史の教師をしていました。そのため、この史料の重要性に気がついたのでしょう。保存状態も非常に良い状態でした。」

 

みほはその晩、李氏の自宅に泊めてもらうことになった。李氏は、手厚いおもてなしをしてくれた。そして、李氏もまたみほのことを戦争の悲劇を研究する研究者だという認識をしていた。李氏も、みほの真の目的を知らない。

 

「さて、もうちょっと史料を精読してみようかな。」

 

研究ノートには、使用した薬物、捕虜の反応、死亡したかしなかったかなどが克明に記述されていた。なかには、その薬物の作り方などの記述も確認された。

 

「うん。完璧だね。」

 

みほは、不敵に笑った。

 

翌朝、また来ることを誓って名残惜しくはあったが、李氏の自宅を後にした。

李氏と相談して、この大事な史料が中国当局に取り上げられては困るので、かなりの遠回りになるが、警備がガバガバな、国境からベトナムに入国し、そこから日本に戻ることになった。

何日も車を走らせ、ようやく中国を抜け、ベトナムに入国。そして、韓国のソウル空港を経由して、日本の福岡空港に戻って来た。なぜ、大洗がある関東の成田や羽田に向かわなかったのか、それはみほが福岡から鉄道を使って大洗に向かった方が色々と情報を得ることができて好都合だと考えたからである。荷物も無事全て揃っているし、全てが完璧な旅だった。

 

みほは、中国で大きな成果を得た。

 

そして、みほはしばらく福岡に滞在したのち、鉄道で大洗に向けて出発した。もちろん、すんなりと向かうつもりはないみほであった。

 

つづく

 

 




オリジナルキャラクター紹介
名前 李朗平
年齢 67歳
みほが出会った中国人女性。みほのことを高校生歴史研究者だと思っており、好意的な印象を持っている。

本編も、一両日中に更新します。お待ちください。


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みほの回想編 4 旅

旅は人を強くする。


みほは、大洗に着くまで途中下車を繰り返した。特に、広島県に位置する、大久野島は、入念に見学した。大久野島には、かつて旧日本軍の毒ガス工場があった。そのため、「毒ガスの島」とも呼ばれている。みほは、毒ガスの知識を得るために大久野島の見学は特に重要であると考えていた。そのため、広島県に着いた時、みほは真っ先に大久野島に向かった。

大久野島に着くと、みほは資料館に向かった。資料館には、毒ガスに関する当時の史料はもちろん。参考とすべき図書もたくさん置いてあった。みほは、それを全て頭に叩き込んだ。そう。暗記を試みたのである。執念で全ての史・資料暗記し尽くした。

そんなことをしていると、資料館の学芸員が声をかけてきた。

 

「若いのに熱心ですね。」

 

「ええ。日本軍の毒ガス研究の実態を研究対象にしていますから。」

 

「そうなんですか。なら、折角なのであまり公開することのない史料があるのですが、ご覧になりますか?毒ガスの製造方法の記述がある軍の機密文書だったものなのですが、敗戦前後に全て処分されたはずなのです。しかし、この史料はなぜか処分されたり燃やされたりせず、個人の方が所有していたのを寄贈してくれたのです。」

 

こんなチャンスはない。みほは、心の中で大いに喜んだ。

 

「はい。ぜひ、見せていただきたいです。」

 

「わかりました。少々お待ちください。」

 

しばらくすると学芸員が史料を持って戻ってきた。

 

「これが、実物です。」

 

そこには、用いられた薬品や、調合の割合など詳しく記述されていた。この史料はこれからの計画に重要な役割を果たすかもしれない。みほは、ダメ元で史料の撮影を願い出た。

 

「すみません。この史料、研究のために写真に収めたいのですが、許可をいただけませんか?」

 

すると学芸員は思わぬことを提案してくれた。

 

「そのことですが、寄贈された時、こちらで史料は全て写真に収めてありますので、それをぜひお持ちください。」

 

なんと全く苦労なしで、史料を手に入れることができた。みほが喜んでいると学芸員は、

 

「あなたは、若いのに熱心だったので特別です。他の人にはこんなことしませんよ。」

 

と笑った。

学芸員は、みほのことを、毒ガスによる戦争の悲劇を研究していると思っているらしい。まさか、みほのことを毒ガスそのものの研究を行なっているなんてことは思いもしていないだろう。また、その裏にある本当の黒い思惑など当然、知る由もなかった。

みほは、学芸員にお礼を言い、資料館を後にした。

そして、最後に実際に毒ガス工場が建っていた跡地を隈なく見学した。

そして、島を去る時みほは呟いた。

 

「いい勉強になったかな。」

 

みほは、ちっとも疲れた様子などなかった。むしろ、新たな知識を得て満足げな表情をしていた。

その後も、みほは何ヶ月も旅を続け、九州はもちろん、中国、四国、近畿、北陸、中部、関東の各地を小さな島まで含めてほぼ全て周り尽くした。その間、みほは各地の大学にも多く立ち寄り、こっそり講義に参加するなど積極的に自身の知識を高める努力と行動をしている。

みほは、この旅を自分の知識を高めるため、そして各地で各学校の動向をはじめとする情報を手に入れるために非常に重要なものになると位置づけていた。

そして、みほは知識と情報を持った万全な状態で、旅の終わりに差し掛かっていた。関東某所から鉄道に乗って、最終目的地である大洗に向かっていた。

つづく



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みほの回想編 5 降り立った悪魔

みほは、大洗に降り立った。みほはとりあえず、大洗の風土と地理を調査を開始した。地理とその土地の雰囲気を知ることはみほの表の顔を形成する上で非常に重要な過程となる。みほは、その土地に合わせて自在に表の顔を作り上げ、演じることができる。一通り風土を調査し、みほは大洗女子学園の学園艦に乗り込んだ。そして、入寮する寮に着くと、一通り引越しの片付けをして外に出た。そして、学園艦を隈なく歩き回る。学園艦の奥の奥に古びた廃ビルを見つけた。どうやらお化け屋敷と呼ばれており、だれも寄り付かないようだ。みほは、ここを諜報員の拠点に定めることにした。一つ大きな成果を得たみほは、ご機嫌な様子で家に帰る。家に帰るとみほは、ノートパソコンでメールを確認する。友人からのメールが来てないか確認するためだ。みほは、全国を旅している間に多くの「友人」を作っていた。もちろんなんの目的もなく作ったわけではない。情報を収集するためだった。その友人は並みの人物ではない。それこそ、大学の教授や官僚、大臣クラスの大物国会議員、各国の大使館員から裏社会の人間まで多岐にわたる。その中の文部科学省の官僚をしている友人の1人からとてもおもしろい情報が報告された。大洗女子学園は近々廃校になるらしいという情報だった。そして、近々大洗の生徒会が説明を聞くために文部科学省にやってくるという。これは、おもしろい情報を手に入れたとみほはニヤリと笑う。

 

そして、みほは別の友人に電話をかけた。

 

『もしもし、西住みほです。お世話になっています。今日から2週間くらい文部科学省の前で張り込みしてくれませんか?そして、大洗女子学園という高校の生徒が現れたら写真を隠し撮りしてください。後ほど、大洗女子学園の制服のデータは送りますから。よろしくお願いします。』

 

みほは、友人である探偵に、写真を隠し撮りすることを依頼したのである。

 

2週間後、探偵の友人から写真のデータがメールで送られてきた。みほは不敵な笑みを浮かべた。

 

(この情報とこの写真。これを上手く使えば、生徒会を失脚させることができるかもしれない。ふふ…上手く使わなきゃ。)

 

心の中で呟いた。

 

次の日、みほは引越しの挨拶がてら何気なくこの学校の生徒会に対する評判を聞いて回っていた。ここの生徒会特に生徒会長はカリスマ性が高く剛腕であるという。しかし、反面かなり強引なところもあるようである。そして、中には恐らく正直いうと嫌っている人もいるのではないかとの話であった。これはさらに好都合である。この反発している者たちを取り込めば、生徒会を追い落とすことも容易い。群衆に一度カリスマの暗い部分を見せればたとえそれが嘘であってもカリスマは信用を失いあとは転げ落ちていくだけ。みほは確信した。ここ大洗女子学園は確実に手に入れられると。

しかし、いきなり対立するのは得策ではない。みほはプロセスを考えていた。

(まずは気弱な転校生という表の顔で過ごそう。すると、生徒会のことだ。それをいいことに色々脅しをかけて無理やり戦車道に参加させようとしてくるに違いない。それを最初はあたふたしながら押され気味に、そうするときっと押し切ってくる。そして、私は検討するけど最終的に違う道を選ぶ。そうすると、向こうは焦って呼び出すなりなんなりして無理やりにでも選ばせようとしてくるはず…そこで熱意に折れて応じれば…生徒会が私に抱く印象はかなり高くなるに違いない…それをいずれ私は生徒会を裏切る。その時、生徒会の人たちはどんな反応してくれるんだろう?ふふ…楽しみ…)

 

頭の中でみほは自分の計画を考えているとき思わずニヤニヤしてしまった。みほの行動は全て綿密な計算と計画、そして準備の上に成り立っているのであった。

 

つづく

 



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プロローグ
第1話 プロローグ


真相を追い求める、それが記者の仕事である。


私は、ある事件を追っているフリージャーナリストだ。

その事件とは30年前に発生した一連の事件である。主要な学園艦を巻き込んだとてつもなく大きな事件だったらしく、未だに行方知れずの者は数え切れないほど多い。その時、学園艦にいたと思われる者は長い間口を閉ざし、その事件の真相は長い間隠蔽され続けてきた、戦車道と学園艦に関わる史上最悪の事件である。この事件を探ろうとした者もまた、失踪や変死をしている。それでも30年経った今もなお事件を解明しようと動いている者が多くいる。私もその一人だ。戦車道には、黒い噂が多い。しかし、この事件はそのどの噂よりもインパクトの強いものとなり、事件に関する色々な噂が囁かれた。彼女たちの身に何が起こったのだろうか。その真相を知る者はいるのだろうか。取材が行き詰まりはじめた時、私は幸運なことに当時その事件に関わった人物に接触することができた。今日はその事件の関係者である、秋山優花里に取材をする日だ。最初こそ、事件を思い出したくないと取材を拒んでいたが、交渉の結果取材を受け入れてくれることになった。私は、今その場所に向かうためのタクシーの中にいる。どんな人物なのだろうかと少し緊張していたら、目的地に着いた。東京都某所の古アパートに彼女は住んでいた。

秋山優花里46歳。大洗女子学園出身の元戦車道受講者である。彼女は装填手をしていたらしい。奇しくも今日は彼女の誕生日であった。彼女の住む古アパートのインターホンを鳴らすとすぐに彼女は出迎えてくれた。天然パーマの優しい雰囲気の女性であった。

 

「あ、記者さん。どうぞあがってください。本日はよろしくお願いします。」

 

「本日は取材を受けていただきありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします。」

 

部屋に上がると、彼女は座るように促し、お茶を沸かしてくれた。まずは、改めて簡単な挨拶と、世間話をした。

そして、私は本腰を入れて取材をはじめた。

 

「まず、単刀直入に聞きます。あなたは、あの事件に関わっていた。これは、間違いありませんか?」

 

「はい、間違いありません。私は確実にあの事件に関わり、そして実行しました。あの事件は一生忘れることはありません。」

 

「わかりました。では、まずあの事件の概要を教えてください。」

 

「私があの事件に関わるきっかけとなったのは西住殿がきっかけでした。」

 

「あの…すみません。西住殿というのは…?」

 

「あ、すみません。昔の癖が…西住殿というのは西住みほさんのことです。あの時、私は彼女から依頼されたのです。強制的に…」

 

「強制的にとはどういうことなのでしょうか?」

 

彼女は、ためらいながらポツリポツリと話しはじめた。

 

「あれは、30年前大洗女子学園で20年ぶりに戦車道が復活した初授業の日のできごとです。」

 

つづく




これからよろしくお願いします。
誕生日記念企画に鬱展開注意の企画をやってしまいました。すみません。


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狂気の沙汰
第2話 砕かれた希望


私たちの中にも狂気は確実に存在する。


話は30年前の戦車道の授業が大洗で20年ぶりに復活した日にさかのぼる。その日、秋山優花里は胸を高鳴らせて学校に登校した。秋山優花里は、戦車が大好きだった。だから、今年から復活することになった戦車道の授業を心待ちにしていた。

最初の授業は戦車を探すことだった。一緒に探す人もいなくて、憧れの西住みほたちのグループにこっそり着いていくことにした。そうすると、西住みほが

「よかったら一緒に探さない?」

と声をかけてくれた。

優花里は嬉しかった。

「あの…普通2科2年C組の秋山優花里といいます。えっと…不束者ですが、よろしくお願いします。」

とあいさつした。

 

「こちらこそよろしくお願いします。」

 

「武部沙織!」

 

とそれぞれがそれぞれの挨拶を返してくれた。

 

そして、戦車の捜索が始まった。

しばらくして、数両の戦車が見つかった。明日は、教官がやって来るらしい。それまでに綺麗にしておくようにと生徒会から指示があった。夕方になり、戦車が一通り綺麗になったところで解散となった。

優花里はAチームの面々とせんしゃ倶楽部へ行ったあと、みほのうちでご飯会をやることにした。

ご飯会も御開きとなり、武部沙織と五十鈴華とは道が違うので2人と別れ途中から一人になった。その時である。突然、甘い匂いのする布のようなもので鼻と口を覆われた。その瞬間意識を失ってしまった。

 

気がつくと、無機質な何もない部屋のベッドに両手両足を縛られて寝かされていた。

 

(何が起きたのでしょうか…私はいったい…ん?なんで縛られているのでありますか!?)

 

心の中でそう思っていると聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「秋山さん。気がついた?」

 

驚いて声のする方を振り向くとそこにはなんと西住みほが満面の笑みを浮かべながら立っていたのである。

 

「に、西住殿!?」

 

「急に拘束しちゃってごめんね。誰にも見つからないように迅速にきてもらう必要があったし、逃げられたら困るから眠らせて縛っちゃった。」

 

「な、なぜこんなことを?」

 

秋山優花里は、自分がなぜこんな目にあっているのかわからなかった。

するとみほは

 

「あ、ごめんね。何の説明もなしじゃ困っちゃうよね。実は、秋山さんにはこれから諜報活動をしてもらいたいなって思って。」

 

「ちょ、諜報活動でありますか?」

 

「私ね、秋山さんのことずっと前から調べてたんだ。秋山さん、諜報員の素質があるから、私どうしても秋山さんが欲しいなって思って。」

 

秋山優花里は困惑した。どうしたものかと、するとみほは衝撃的なことを口にした。

 

「もしも、できないってことだったら別にやらなくてもいいよ。ただし、秋山さんには死んでもらうけどね」

 

みほはクスクスと笑う。優花里はゾッと総毛立った。そして、自らの体から大量の汗と震えが止まらなくなっていることに気がついた。

 

「ふふふ、秋山さん可愛い。私ね、恐怖に震える女の子の顔見るの大好きなの。」

 

みほは、優花里の頬を撫でながら満面の笑顔で言う。

 

「引き受けてくれるよね?」

 

つづく




狂気のみほです。
サイコパスみほです。
これからどんどん狂気の展開になります。


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第3話 恐怖の夜の屈辱

恐怖から逃れたい時、人は通常なら考えられないことを口にすることがある。


優花里は、しばらく何も言うことができなかった。しばらく時間稼ぎをして、ゆっくりと説得して断る心づもりをしていた。しかし、西住みほにはそれは通用しなかった。

みほはペンを取り出した。

 

「秋山さん。これ、なんだかわかる?これね、毒針が中に入ってるんだ。すごいんだよ。発射30秒後には苦しくなって死ねるよ。早く答えないと手が滑って秋山さんに毒針を発射しちゃうかも」

 

みほは楽しそうに笑う。

殺される。

優花里はそう感じた。優花里は、早くこの恐怖から解放されたいあまり、言ってはならないことを言ってしまった。

 

「ヒッ!!わ、わかりました…やります。やりますから殺さないでください。」

 

優花里が怯えながら言うと、みほはまるで共犯者を得た極悪人のように笑った。

 

「そう。ありがとう!なら、今日はもう遅いし、ここに泊まっていくといいよ。色々、教えてあげること、やりたいことたくさんあるし。」

 

優花里は、青ざめた。こんなところで、こんな恐ろしい人と泊まるなんて冗談じゃない。早くここから立ち去りたい。そう思った。

 

「いえ、親には何も言ってないですし、今日は帰らせて…」

 

そう言おうとした瞬間、みほは先ほどのペンを取り出した。

 

「わ、わかりました、わかりました。泊まっていきます。泊まっていきますから、殺さないでください。」

 

「そう、よかった!」

 

「でも、とりあえず、親とは連絡は取らせてください。泊まっていくことを伝えないと心配されてしまいますから。」

 

「うん、わかった。いいよ。」

 

優花里は少しホッとした。

 

「ところで、西住殿。手と足はいつ解いていただけるのですか。」

 

すると、みほは楽しそうに

 

「今日はずっとそのままだよ。」

 

と言った。そして、みほは優花里の服を胸までたくし上げた。

そして、優花里のお腹をそっと撫でながら呟く。

 

「秋山さん、本当に白くてきめ細かくて綺麗な肌だね。えへへ。しかも、なかなかいい身体してる。ああ、触り心地もすごくなめらかでいいよ。可愛いね。」

 

「に、西住殿…な、何を」

 

みほはまだ止まらない。優花里の胸をそっと触るとみほは嬉しそうに言った。

 

「胸も柔らかくて可愛い。それに、秋山さんの身体とても甘くていい匂いだね。あぁ、秋山さん本当に可愛いよ。もっと秋山さんのこといっぱい知りたい。もっと触りたい。あのときはじめて秋山さんの顔を見たときから秋山さんを裸にしてみたかったの。ふふふ……秋山さんいい身体してるね。きっとたくさんトレーニングしているんだろうなあ……ふふふ。すっごく健康的で、でも柔らかくて……」

 

みほの手はするすると優花里の身体を蹂躙する。優花里はくすぐったくて身をよじった。

 

「あ、西住殿それ以上はそれ以上は……うぅ……ダメです……」

 

すると、またも例のペンを取り出した。

 

「いや…殺さないで…」

 

優花里はまたも恐怖で震えた。

 

するとみほは、優花里の体を、あちこち弄りながら

 

「そうそう。秋山さんのその怖がってる可愛い顔。その顔が見たかった。ああ、秋山さんなんて可愛いの。あ、秋山さん下半身も触らせてね。秋山さんの身体は余すとこなく食べちゃいたいな。美味しそう。」

 

みほの手がするすると下半身に侵入してくる。

 

「いや.…そこは…そこだけはやめてください…」

 

みほは優花里のその泣きそうな、セリフを聞いて。嬉しそうに笑う。

優花里は、みほに抱きしめられた。服を脱がされ裸にされて身体中を舐められた。優花里の身体を味わい尽くした。そして、

 

「秋山さんの身体、甘くて美味しいよ。もっと舐めたいな。」

 

と呟く。

そして、最後の仕上げに優花里の恥ずかしい姿を念入りにあらゆる角度から写真に収めた。

 

「いい?秋山さん。もし、このことを誰かに一言でも言ったら、秋山さんの命はないよ。さらにこの恥ずかしい写真を街中にばら撒いて、その手の業者に名前付きで売ってあげる。秋山さんの身体綺麗だからきっと高く売れるよね。それが嫌なら…わかってるよね…?」

 

「う…うぅ…わかりました…」

 

みほは、優花里のすすり泣く顔を見ながら満足そうに笑う。

 

優花里は完全に屈服した。

優花里の心も身体も、この日からみほのものとなった。

そう、これこそみほのやり方だった。みほは、優秀で忠実な諜報員を手に入れた。

この日の夜は優花里にとって忘れられぬ夜となった。

 

つづく




作者が言うのも変ですが、みほの性癖がやばいってつくづく思います。


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第4話 新しいはじまり

新しく始まる何かに人は胸を踊らせる。


翌朝起きると優花里は裸で相変わらず、両手両足縛られている。

 

「に、西住殿いい加減、解放していただけませんか。」

 

「ダメ。ギリギリまでその格好でいて。」

 

「はい…」

 

抵抗したら命はないことはもはや昨日の出来事でわかっている。

みほにその気がない限り解放されることはないと、諦めた。

そして、優花里は縛られたまま、みほに食べさせてもらいながら朝ごはんを食べた。あまりの恐怖で味がしなかった。

 

「に、西住殿そろそろ学校に行きませんか?」

 

「そうだね。じゃ、学校終わったらまた一緒にここに来よう。諜報員になるための訓練や講義やるから。」

 

「わ、わかりました…」

 

優花里は8時間ぶりに服を着た。そして、学校へ向かおうと外へ出る。

すると、優花里が監禁されていたのは学園館の端の端にある寂れたビルの一室であったことがわかった。

 

「じゃあ、行こうか。」

 

みほは、いつもの友達に見せる笑顔に戻っていた。悪魔の顔は完全に陰を潜めていた。

優花里にとって今日は、待ちに待った戦車に乗る日になるはずだった。そう、昨日までは。しかし、みほの本性を知ってしまったのである。こんなにも恐ろしい西住みほと一緒にあの狭い空間にいなければならない。そのことを考えるだけで嫌な汗をかき、動悸が止まらなくなっていた。

 

(なぜ、なぜこんなことに…憧れていた西住殿が、こんなに恐ろしい人だったなんて…)

 

苦悩の表情が顔に出ていたのか、みほは耳元で囁く

 

「秋山さんのご先祖様って、秋山虎繁公なんでしょ?秋山虎繁公の正室、おつやの方は織田信長の叔母だったのに信長を裏切ったんだよね。その結果、おつやの方は長良川で処刑された。秋山さん、何が言いたいか秋山さんならわかるよね?もし、秋山さんが裏切ったら、おつやの方以上の罰を受けてもらうからね。」

 

優花里は驚いた。秋山家が秋山虎繁の子孫であることは、当然、秋山家の人間以外知る者はいないはずである。みほは他人の家の歴史までよく知っているのだ。優花里は、もはや逃げることはできないと悟った。完全に優花里がみほの手に落ちた瞬間だった。昨日までなら、まだ事情を話して転校するなりなんとか逃げるチャンスはあったかもしれない。しかし、家のことまで詳しく情報を握られている以上もはやこれまでだ。

みほは、クスクス楽しそうに笑う。そして続けた。

 

「逃げられると思わないことだよ。」

 

 

「…」

 

言葉が出ない。するとみほはすっと目を細めながら、少し低い声で迫る。早くしろとばかりに。

 

「返事は?」

 

「は…はい。」

 

「うん!それじゃ、よろしくね!」

 

「あ、私少し家に戻るから、先学校に行ってていいよ。」

 

みほがそういうのでそうすることにした。むしろ、みほと2人だけという重苦しい空気から解放され少し気が楽になった。

学校の近くで武部沙織と五十鈴華が声をかけてきた。

 

「ゆかりん、おはよう!」

 

「おはようございます。優花里さん」

 

みほにはこの2人が知らない裏の顔がある。そんなことを考えると、なんだか2人に教えたくても教えられないジレンマのような状態に陥った。

 

「お、おはようございます…」

 

「どうしたのゆかりん、元気ないじゃん。」

 

「気分が優れないようなら、今日はおやすみした方が…」

 

この2人が後でみほに余計なことを言うと色々問い詰められてまずい気がしたので全力でごまかした。

 

「い、いえそんなことありません!大丈夫です!きっと、今日は戦車道で初めて戦車に乗る日で、昨日興奮しすぎてなかなか眠れなくて寝不足のせいです!」

 

「そ、そうなんだ。寝不足はお肌にも悪いから気をつけてね。」

 

武部沙織はホッとしつつ、苦笑いをする。

なんとか、自分の教室に着いた。優花里は、みほたちとはクラスが違うのが唯一の救いだった。戦車道の授業まで少し時間がある。少し、心の準備をしてから授業場所に向かった。

授業場所に向かうと、みほはまだ来ていなかった。始業時間になっても来る気配がない。

しばらくすると、みほはようやく現れた。

 

「寝過ごしちゃって…」

 

みほはそうごまかす。しかし、優花里は知っている。寝過ごすわけがないことを。一体、みほは何をやっていたのだろうか。優花里はただただ不安になった。

 

「教官も遅い。焦らすなんて大人のテクニックだよね…」

 

沙織は何やらぼやいている。聞くとこによると、昨日会長から、今日かっこいい教官が来ると言い含められたらしい。

しばらくすると、空に輸送機が飛んで来て、10式戦車が降って来た。戦車は、駐車場に着地すると、学園長の車をなぎ倒し、さらにわざわざ押しつぶして止まった。

 

「こんにちは!」

 

中から出て来たのは、確かにかっこいい女性教官、戦車教導隊蝶野亜美一尉だった。

沙織は不服そうであったが、教官の紹介もそこそこに、早速訓練開始となった。教官は、大雑把な性格で優花里が今日はどんな訓練をやるのか尋ねると練習試合を早速行うなどと言う。皆不安そうだったが教官は

 

「戦車なんて、バーって動かしてドーンと撃てばいいのよ!」

 

なんて言っていた。しかし、みんな戦車の動かし方なんて何もわからない。どう動かせばいいのかわからず苦戦していたが、なんとか操縦することができた。

みんな所定の試合開始位置についた。優花里たちAチームはみほが装填手兼通信手、優花里が砲手、華が操縦手、そして沙織が車長である。みほが装填手兼通信手なのは、皆みほは経験者なのだから車長と思っていたのに、みほが車長なんて無理だ。などと言ったので、仕方なく、くじ引きで決めた結果である。みほはすっかり人見知りで少しドジで純粋無垢な可愛らしい女の子に戻っていた。優花里は表と裏の違いにただ、もどかしく感じながら傍観しているしかなかった。

試合開始の号令の後、すぐにAチームは経験者がいるとの理由から危険視され他チームから真っ先に狙われた。

逃げ回っていると、原っぱのようなところに出た。そこで、何やら人が倒れているのを視認したみほは

 

「危ない!」

 

と声を出した。すると、その人は戦車に飛び乗って来た。

 

「あ…今朝の。」

 

みほは、見覚えがあるような声を出した。

 

「あれ?麻子じゃん。」

 

「お友達?」

 

「うん、幼馴染。何やってるのこんなところで授業中だよ!」

 

「知ってる。」

 

沙織は呆れたような表情をした。

その時、徹甲弾が付近に弾着した。

 

「危ないから中に入ってください!」

 

とりあえず、砲撃は続いている。競技とはいえ、実弾を使用している。もし当たったりしたら大変だ。急いで中に入ってもらった。

 

「酸素が薄い…」

 

辛そうである。優花里は声をかけた。

 

「大丈夫ですか?」

 

代わりに沙織が答える。

 

「麻子、低血圧で。」

 

みほは、

 

「今朝、辛そうだったもんね。」

 

と言った。なるほど、この子が要因で遅れたのか。優花里は納得した。

 

吊橋のところで、みほは戦車から降りて誘導を始めた。その時である。他のチームが発射した砲弾により、操縦手である華が失神してしまったのである。

 

「操縦は苦手だけど、私がやるしか…」

 

みほは呟く。しかし、そこに救世主が現れた。なんと、そばで見ていた冷泉麻子が操縦を始めてくれた。しかも、今覚えたという。沙織も流石は学年主席だと称賛した。優花里はただただ、驚きを隠せないでいた。

みほが優花里に向かって何か言った。

 

「冷泉さんか。あの子欲しいな。秋山さん。次のターゲットは決まりだね。冷泉さんを狩ろう。」

 

みほは、優花里にしか聞こえない小さな可愛らしい声でそっと耳打ちした。優花里は青ざめた。暗い戦車の中のみほはより黒く見え、恐ろしさはさらに増した。

みほの笑顔のその下には悪魔がのぞいていた。

 

つづく




寝ぼけ眼でやったので、誤字脱字があるかもしれません。
おかしかったら教えてください。

左衛門佐の歴史講座
作中の歴史上、特に戦国時代の人物を紹介するコーナーです。

秋山虎繁
実在した武将。武田氏家臣。武田二十四将にも数えられる。
おつやの方
実在した織田信長の叔母。秋山虎繁が岩村城を攻めた時、虎繁と結婚を条件に城の無血開城を提案され応じ、織田から武田に実質的に裏切ることとなる。
しかし、織田信長の反撃によって岩村城は落ち、おつやの方は岐阜の長良川で処刑された。


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第5話 教育

みほの諜報員はこうして作られる


練習試合は結局、優花里たちAチームの一人勝ちとなった。

優花里は、みほの囁きのおかげでとてもじゃないが集中などできなかった。

今は、お風呂でゆっくりと練習の感想などをそれぞれ話している。

 

(冷泉殿を狩る?狩るってどういうことなのでしょうか?西住殿は一体…)

 

優花里は、戦車の中でみほに囁かれたことを考えていた。またみほが恐ろしいことを考えている。それだけは確かである。しかし、逆らえばみほに殺されかねない。

どうすればいいのだろうか。

そんなことを考えていると、顔に出ていたのだろう。沙織が心配そうに声をかけてきた。

 

「ゆかりん!難しい顔してどうしたの?」

 

「いえ、なんでもありません。」

 

「ゆかりん、今日1日なんか変だよ?本当に大丈夫?」

 

沙織には心配されたが幸い、みほには気づかれていないようだった。沙織には、大丈夫だと伝えたが本気で心配させてしまった。沙織が心配する気持ちもわかる。なんでも一日中気難しい顔をしていたのだ。心配するに決まっていた。

しかし、このことを誰かに話すわけにはいかない。話せば、優花里だけでは済まないだろう。

気づけば、みんなの話は戦車における役割分担の話になっていた。優花里は装填手を引き受けることになった。

その時、操縦手の席が空いてしまったので、麻子を操縦手にしようという話になった。最初こそ、書道を選択しているからと断っていたが、沙織が巧みに単位のことなどで脅し、なんとか戦車道をやってくれることになり、まとまった。そして、沙織は

 

「じゃあ、やっぱあそこ行かなきゃ!!」

 

と言った。優花里はてっきり戦車道ショップに行くのかと思っていたのだが、沙織が向かった先はディスカウントショップだった。優花里はがっくりきてしまった。

ディスカウントショップで、クッションなど色々買い揃えて解散となった。空はすっかり夕焼け空に染まっていた。

しかし、優花里は帰れない。

みほとの恐怖の時間の幕開けである。

学園艦の端にある、拠点に向かって歩く。しばらく二人は何も話さなかった。しばらくしてみほが口を開く

 

「秋山さん。今日1日ずっと、難しい顔で思案してたけど何かあったの?」

 

バレていた。バレていたのである。みほにだけは気づかれないように細心の注意を払っていたつもりだった。しかし、それは無駄な努力だったのである。汗をダラダラ流しながらみほを見るとちょうど空と同じように、昼から夜に切り替わるように、みほの顔も優しいみほから闇のみほに変わろうとしていた。

 

「秋山さん。まさか、裏切ろうなんておもってないよね…裏切ったら、秋山さんの家族もろとも皆殺しだよ?」

 

みほはまた楽しそうに笑う。

 

「う…裏切ったりなんてしませんから、家族だけは…」

 

「えへへ。よかった。」

 

嫌だ。皆殺しなんて絶対に嫌だ。絶対に生き延びてみせる。みほの支配の下で何としても、優花里は誓った。しかし、みほはそれを知ってか知らぬか呟く

 

「でも、秋山さんの絶望した顔は見てみたいなぁ…」

 

みほの思考は狂気な化け物であった。通常の人間の理性は通用しない。悪魔を具現化したような、そんな存在である。

優花里は俯きながら歩く。みほは優花里の様子を見てより一層楽しそうに歩く。

しばらく歩くと拠点に着いた。

古いドアが音を立てて開く。その音はまるで優花里の心境を代弁してくれるような重い扉の音だった。そして、昨日優花里が監禁され屈辱を受けた部屋に通された。今日は、椅子と机そしてホワイトボードが置いてあった。席に座るよう促され座るとみほは講義を始めた。

 

「じゃあ、第1回目の講義を始めようか。今日は、諜報員の役割と実行指令の受け方。そして誘拐術についてだよ。」

 

「じゃあ、まずは諜報員の役割から説明するね。諜報員の役割は主に相手チームへの偵察、そして、破壊だよ。もちろん、殺すこともあるし、食中毒程度で済ますこともあるけど…まあ、時と場合によるね。その他にも…」

 

聞けば聞くほど狂気だ。殺すという言葉が繰り返し使われる。みほの闇はどこまでも深かった。

 

「実行指令は、ラジオで行うよ。ラジオで乱数暗号文を毎夜深夜1時に流すから忘れずに聞いていてね。ちなみに、実行日時もその乱数暗号文で送るね。あ、あと乱数は自力で頑張って覚えてね。もし覚えられなかったら、罰として昨日と同じような目にあってもらおうかな。」

 

みほに笑顔で乱数表を渡された。昨日の屈辱を味わうなんて2度とごめんだ。優花里は食い入るように乱数表を覚えようとした。しかし、まだ講義は終わっていない。みほから

 

「秋山さん。まだ講義は終わってないよ。講義に集中できない悪い子は殺しちゃうよ。」

 

「い、いえ。集中します!集中しますから…」

 

汗が止まらない。みほは満足そうに微笑んだ。

 

「じゃあ、続きをやるね。誘拐術っていうのは文字通り、人を誘拐する方法のこと。私は時々、"狩り"って言葉を誘拐するときに使うことがあると思うんだけど、この"狩り"っていうのは特別な意味があるの。それはね、私が指名した人を誘拐してくるって意味だよ。なんで誘拐するのかっていうと、秋山さんみたいに諜報員になってもらうため。でも、秋山さんはさらってくるところまででいいからね?仕上げは私がやるからやらなくても大丈夫!他にも、他校の生徒を誘拐して情報を聞き出したり、人質にとって色々な交渉を行うコマに使うからこの誘拐スキルは覚えておいてね。」

 

なるほど。さっき戦車の中でみほが冷泉さんを狩ると言っていたのはこのことだったのかと優花里は理解した。こんな汚れた仕事やりたくない。そんな風に思っていると、みほは

 

「それで、次のターゲットは冷泉さんなんだけど…秋山さんには冷泉さんを眠らせてここまで連れてきて欲しいの」

 

「え!私がここまで連れてくるのですか!無理です!まだできません。」

 

「へぇ〜、私に逆らうの?」

 

みほは、毒針入りペンを取り出す。

 

「い、いえやりたくないというわけではないのです。ただ、失敗して西住殿にご迷惑をおかけしたらと思うと…」

 

「大丈夫だよ。まだ、決行までに時間があるから訓練しようか。」

 

冷泉麻子誘拐計画の訓練が始まった。

 

つづく

 




優花里はこのまま、諜報員になってしまうのか?そして、冷泉麻子はみほのものになってしまうのか?


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第6話 冷泉麻子誘拐作戦

闇に囚われた者はその闇から逃れることはできない。


あれから毎日、優花里はみほとともに冷泉麻子を誘拐する訓練を繰り返した。冷泉麻子は、頭がいい。何か危険を察して失敗などということは避けなければならない。

失敗は死を意味する。

 

「そうそう、優花里さん。そんな感じだよ。そうやって後ろから近づいて、鼻と口を薬を塗ったハンカチで30秒くらい抑えて、体がダランとしてきたら手と足を縛って。この袋の中に入れるの。」

 

「はい…」

 

みほの顔が近い、粗相をしたらすぐにでも刺されそうなくらい近い。

みほは、優花里に誘拐術を指導する。優花里はそれを必死で頭に叩き込んだ。本来なら犯罪行為であり、絶対にやってはいけないことだ。しかし、命の危機であるならば話は別だ。

何日も何日も訓練を行った。だいぶ上手くできるようになってきた頃、みほから冷泉麻子の「狩り」の作戦を明かされた。

 

「じゃあ、作戦を発表するね。まず戦車道の練習の後、みんなを誘って私の家でご飯会をやるね。それで、ご飯会の後の帰り道、麻子さんが一人になったところで優花里さんは麻子さんを訓練通り薬で眠らせて、暴れないように手足を縛って、ここに連れてきてね。冷泉さんは頭がいいから、絶対に察知されないように、十分気をつけてね。ご飯会の時もいつも通りにしててね。」

 

とうとう優花里も犯罪に加担する日が来たのだ。優花里はみほの姿が黒く染まっていくような感覚を覚えた。そして、染まった黒い闇はみほの体から溢れ出し、優花里を呑み込んだ。闇に囚われた者は簡単にはい出すことはできない。

そして、とうとう決行の日、空は優花里の気持ちと同じようにどんよりとした雲に覆われていた。今にも雨が降り出しそうな空模様だ。優花里は内心麻子に何かの用事があってご飯会に参加できないことを祈っていた。練習の後みんなにみほはこう切り出した。

 

「みんな、今日私の家でご飯会やらない?」

 

「はい!楽しみであります!」

 

「うん!いいよ!やろう!」

 

「そうですね。やりましょう。楽しみです。」

 

「麻子も行くでしょ?」

 

「うん。行く。」

 

みほは、麻子の返事を聞いてほくそ笑んだ。優花里の願いは見事に打ち砕かれた。

ご飯会は盛大に行われた。優花里は、食欲がなかったがお茶で無理やり流し込んだ。みほは普段通り楽しげに食事を楽しんでいる。どうすればあんなに普通にできるのか、不思議に思った。時は過ぎ、やがてご飯会はお開きになった。優花里はみほに個人的な相談があるからとみんなを先に帰らせた。

 

「秋山さん。じゃあ、計画通りよろしくね?」

 

「はい…わかりました…」

 

「私は先に拠点に行ってるから。終わったら連絡ちょうだい。」

 

「了解です…」

 

優花里は「狩り」に出かけた。震えながら。吐き気を催しながら。そして、一つずつ頭で今まで訓練した誘拐術を反復していた。

麻子は沙織と歩いていたが、やがて麻子は1人になった。ついに決行の刻限が来た。優花里はハンカチに薬品を染み込ませる。30秒で眠らせることができる薬品である。自分が眠ってしまっては元も子もないのでマスクと手袋までして完全装備で臨んだ。

後ろからそっと近づく。誰もいないことを確かめ、周囲の状況を確かめた。その日は新月で月も出ていない。みほは誘拐に格好な舞台を用意していた。また、麻子の通り道は住宅街の比較的人通りの少ない場所だ。やるなら今だ。優花里は麻子の口と鼻を必死で押さえ込んだ。

 

「!!」

 

麻子は何事かと必死に抵抗した。しかし、30秒くらい経った頃には、手足をだらんとさせ、気を失っていた。優花里は口にガムテープを貼り、手足をロープで縛った。そして、麻子を用意したカバンの中に入れた。そして、誰も見ていないことを確かめると必死で拠点に向かいながらみほに連絡する。

 

『もしもし、西住殿ですか?』

 

『秋山さん?成功した?』

 

『は、はい。成功です。今からそちらに向かいますので。』

 

『わかりました。準備しておきます。』

 

重いカバンを引きずりながらようやく拠点に到着した。

 

「秋山さん、やったね。これで、一人前の私の諜報員だよ。」

 

みほは子どものように無邪気に喜んだ。優花里は心のどこかで達成感を覚えていた。そして、すぐにそんな自分に嫌悪感を抱いた。

みほは、カバンを開けると。満足そうに呟いた。

 

「ふふふ……可愛いなあ。冷泉麻子さん。必ず、あなたを私のものにしてあげる。」

 

「…」

 

「秋山さん!」

 

「はいぃ…」

 

呼ばれるとは思ってなかった優花里はだらしのない声を出してしまった。

みほは笑いながら

 

「麻子さんをベッドに寝かせるのを手伝ってくれない?」

 

と言った。優花里は言われたまま、麻子をベッドの上に寝かせた。麻子はこの後何が起こるのか知る由もなく、スヤスヤ眠っている。

みほは、寝かされた麻子を見て

 

「冷泉さん。小さくて本当に可愛いなぁ…必ず、私のものにしてあげるからね。」

 

と麻子の頬を撫でながら愛おしそうに呟いた。

 

続く




次回、視点が変わります。
お楽しみに


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第7話 冷泉麻子への取材申し込み

一旦回想が終了し、30年後に戻ります。
意味がわからない方はプロローグから見ていただくとなんとかわかるかと思います。


「それが、冷泉殿…あ、またです。どうも癖になってしまって…冷泉さんの誘拐についてです。あっ、もうこんな時間ですか…すっかり遅くなってしまいましたね…」

 

私は、秋山優花里への取材を続けていた。秋山優花里は全てを話そうとしてくれた。しかし、今回は時間も来てしまったのでお暇することにした。

 

「今回は、取材を受けていただきありがとうございました。本日は、もう遅いので一旦ここで失礼させていただきます。」

 

そういうと、秋山優花里は思いもよらない嬉しいことを言ってきた。

 

「そうですか、では最後に冷泉ど…いえ、冷泉さんの連絡先を差し上げますから持っていってください。冷泉さんを誘拐した時の心境は彼女にしかわからないこともたくさんあるでしょうし、彼女にも色々聞いてみると、何か分かることがあるかもしれません。冷泉さんには私から伝えておきますから。」

なんと、冷泉麻子の連絡先を思わぬ形で手に入れることができた。

 

「ありがとうございます。では、遠慮なく。」

 

私は、冷泉麻子の連絡先が書いてある紙を持って嬉々としてスキップでもしそうな気持ちの高ぶりを思いながら秋山優花里の家を出た。

 

「本当にありがとうございました。失礼いたします。」

 

「はい、失礼します。またいつでもきてくださいね。」

 

「お気遣いありがとうございます。」

 

私は、秋山優花里のアパートの前に待たせていたタクシーに乗り込み、自宅に戻った。

そして、翌日の午後冷泉麻子に連絡を取った。冷泉麻子の家の電話はずっと呼び出し音が鳴り続けるだけでなかなか出なかった。

 

『はい、冷泉です。』

 

しばらくするとぶっきらぼうで眠たそうな女性の声で電話に出た。

 

『私、フリージャーナリストをしております、山田舞と申します。冷泉麻子さんはいらっしゃいますか?』

 

『あぁ、昨日秋山さんが言ってた記者さんか。私が冷泉麻子だ。結論から言うと、私から話すことは何もない。記者さんに一つ言っておく。この取材から手を引け。その方が身のためだ。』

 

『そんなことおっしゃらず、お聞かせいただくことはできませんか?』

 

『無理だ』

 

『そうですか。分かりました。後日またお電話差し上げます。』

 

『何度かけて来ようと答えは変わることはないが…一応、了解はしておく。』

 

『ありがとうございます。それでは、失礼いたします。』

 

『ああ、失礼する。』

 

冷泉麻子は、頑なに語ろうとしなかった。何故だろうか。冷泉麻子に何があったのだろう。そして、取材から手を引いた方が身のためとはどう言う意味だろうか。またひとつ謎が増えた。しかし、冷泉麻子が何か重要なことを知っているキーとなる人物であるのは確かだ、粘り強く交渉してみよう。冷泉麻子を説得することで事件の一部がまたひとつ明らかになるはずだ。必ず、冷泉麻子に取材を受けてもらわなければならない。手強い相手だが頑張るしかない。

 

つづく




次回も、視点が大きく変わります。


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第8話 冷泉麻子の受難

今回は、30年後の麻子が当時を回想するという流れで書いています。


冷泉麻子は祖母が残した家に住んでいた。麻子の祖母は10年ほど前に亡くなっている。麻子は家でフリージャーナリストから連絡を受け、電話を切ると忌々しい記憶を思い起こしていた。

そう。麻子もまたあの事件の関係者なのだ。

 

「またか、またあの事件を探ろうとする者がいるのか…もういい加減にしてほしい…あのことだけは、もう思い出したくもない…」

 

麻子にとってあの事件の記憶は人生で最大の汚点だ。

 

「あぁ、そうだ私の忌々しい記憶はあの日から始まっている。思えば、あのご飯会は仕組まれたものだったのかもしれないな…」

 

麻子は、優花里にさらわれ、あの廃ビルに連れていかれた日のことを思い出していた。

 

*******

 

あの日、麻子はみほの家で催されたご飯会の後、沙織と他愛もない話をしながら歩いていた。

 

「だからね。私はもっとモテてもいいと思うの。」

 

「今の沙織にモテる要素は見つからないな。」

 

「ちょっと麻子!?それどういう意味!?」

 

いつもの帰り道。早く帰って早く寝よう。そんなことを思いながら歩いていた。途中から沙織と別れ、薄暗い人通りの少ない道を少し行ったところだった。

突然、口と鼻を布のようなもので塞がれた。甘い匂いがする。麻子は何事かと必死に抵抗する。しかし、相手の力が強くて小柄な麻子には敵わない。徐々に意識が朦朧として、そのまま気を失った。

 

どのくらい時間が経ったのだろう。麻子は自身が手足を縛られて拘束されて寝かされていることに気がついた。

 

(なんで私はこんなところで寝ていて、なおかつ拘束されているんだ…?一体何が起こったんだ…??)

 

麻子は、まず状況を整理しようと試みた。確か、家に帰ろうとしているときに何者かに襲われ、意識を失って今拘束されて寝かされている。

 

(誘拐…されたのか…)

 

この危機的状況をどう切り抜けようか考えていると、聞き覚えのある可愛らしい声が聞こえてきた。

 

「麻子さん。気がついた?」

 

そこに立っていたのは、みほだった。周囲を見渡すと優花里もいた。優花里は何やら俯いている。

 

「西住さん。これは一体どういうことだ?なぜ私は縛られている?そして、なぜ西住さんと秋山さんがここにいる?」

 

「えへへ。なんでだと思う?」

 

みほは不敵な笑みを浮かべる。

 

「ま…さか…西住さんがこれを…」

 

頭の良い麻子のことだ。全てを察した。この誘拐の計画の要となった人物がみほだということも。

 

「そう。さすがは、麻子さん。頭の良い子は嫌いじゃないよ。私がこの計画を立案して、優花里さんに誘拐してもらったの。」

 

耳を疑った。みほがそんなことをやるはずがない。あのいつもは優しいみほがこんな犯罪に手を染めるなんて思ってもみなかった。

 

「何が…目的なんだ…?」

 

やっとの思いで声を出した。

 

「目的?それはね、麻子さんの頭脳。その頭脳が私たちには必要なの。優花里さん、どういうことか説明してあげてくれる?」

 

優花里は体をビクッとさせて、消え入りそうな声で説明を始めた。

 

「冷泉殿、私もこうして西住殿にここに連れてこられました。そして、私は西住殿の諜報員になったのです。それで、これからの諜報活動のためには私だけでなく、ブレインとなる人物が必要であろうということで、冷泉殿に白羽の矢が立ったわけです…」

 

麻子は、みほの思惑を探ろうとした。しかし、その思惑がわからない。

 

「優花里さんありがとう。それでね、麻子さんには諜報員として働いてほしいの。」

 

「ま、まて。まず、諜報員って一体なんの話だ?」

 

「ああ、ごめんね。説明忘れてた。諜報員っていうのは文字通りに捉えてくれれば良いよ。私の指令で、他校への偵察はもちろん目標の破壊や暗殺、そして誘拐。そのほか色々なことをやってもらうけど、麻子さんには特にその頭脳で毒薬の開発と作戦立案をしてもらいたいの。」

 

みほはドッキリか何かでこんなことをやっているのだろうか。そんな風に麻子は思っていた。

 

「じょ、冗談だよな?西住さん。」

 

「そう思う?」

 

みほはずっと笑っている。楽しそうに無邪気に子どものように。

 

「えへへ。本気だよ。嘘じゃないよ。麻子さん。引き受けてくれる?」

 

麻子は即答した。

 

「断る。なぜ、私がこんな仕事をやらなければならない。」

 

「いいの?引き受けてくれなきゃ麻子さん死ぬことになるよ?」

 

「ほう。私を殺すことができるのか?どうやって殺すんだ?」

 

麻子はこの時まだ、西住みほという人間を見くびっていた。こんな気弱な女の子に人を殺せるはずがないと。

みほは、ボールペンらしきものを取り出した。

 

「麻子さん。これね、すごいんだよ30秒で人を殺すことができる毒針が中に入っているんだよ。この毒針を刺せば30秒後には死ねるよ。」

 

「ふざけるな。そんなことで私が屈すると思ったのか。」

 

みほは、少し残念そうな顔をした。

 

「麻子さん…私を信じていないんだね…それもそうか、実際見てるわけじゃないし。でも、今麻子さんを殺すのももったいないし、どうしようかな。」

 

みほはそう呟くと、辺りを見回してみた。すると、どこから入ったのか猫が一匹部屋の中を歩いていた。みほは、その猫を捕まえると

 

「あっ、ちょうどいいところに猫さんが。ごめんね。猫さん。麻子さんのために生贄になってね。」

 

「その猫に何をする気だ…?」

 

「こうするんだよ。」

 

そういうと、みほは猫に躊躇なくボールペンを突き刺した。

猫はすぐに苦しそうにもがいて、泡を吹いて動かなくなった。

みほはその様子を楽しそうに眺めていた。

みほは、麻子の耳元で囁き、ニヤリと笑う。

 

「ほら、麻子さんが私を信じないせいで猫さんが犠牲になっちゃったよ?どう?信じてくれたかな?麻子さんもあの猫さんみたいになりたい?」

 

みほの顔は陰になって黒く見えた。まるで、闇に染まるように。

麻子は悟った。これは本物だ。本当の毒で、みほは誰でも躊躇なく殺せる。

麻子は、嗚咽と震えが止まらなくなった。

みほは、それを見ると悪魔となった。

トドメと言わんばかりに、囁く

 

「麻子さんの身内って、おばあちゃんだけだよね。おばあちゃんが苦しみながら死ぬ姿見たくないでしょ?私の言うことを聞いたほうが麻子さんのためだよ。」

 

なぜだ。この女はなぜそれを知っている。怖くなった。麻子はとうとう屈した。

 

「わかった…やる…」

 

みほは、麻子の答えを聞くと笑顔を見せた。

 

「ありがとう。麻子さん。でも、麻子さん一度私に逆らったよね?じゃあ、罰を受けてもらわないとね。」

 

そう言うと、みほは麻子の頬を愛おしそうに撫でた。

みほは、麻子の恐怖の表情を見るとさらに嬉しそうに呟いた。

 

「麻子さんの恐怖してる顔、可愛いなあ。」

 

みほは、麻子の服を胸より上までたくし上げた。そして、品定めをするように舐めるように麻子の身体を眺めた。そしてお腹を撫でながら

 

「えへへ。麻子さん。肌綺麗だね。真っ白。優花里さんとは違って胸は控え目だけど、その発展途上の小ささがまた可愛い。」

 

「な…やめてくれ…」

 

麻子は消えそうな声をやっと振り絞った。

その後、麻子はみほに身体中を弄られた。抵抗すれば殺されるかもしれない。そう思うと、抵抗できない。

みほは、服を脱がせてきた。そして、麻子は裸にされた。その後、そのままみほに身体中を舐められた。

 

「麻子さんの身体も甘くていい匂いだね。それにおいしい。もっと触っていたいな。」

 

「下半身はどうなってるのかな…?」

 

そういうと、みほは下半身を触ってきた。

 

「ふふ…可愛い。まだ、少しだけ成長が足りないかな。」

 

みほは、追い討ちをかけるように麻子の恥ずかしい動画を撮った。色々な角度から舐めるように。

そして、みほは麻子の耳元で囁く。

 

「麻子さん。もし、このことを一言でも他言したら、麻子さんのこと殺しちゃうし、この動画をインターネット上に名前と住所付きでばら撒くよ?あと、その手の業者に売っちゃおうかな。麻子さん背も低いしまだまだ発展途上の身体だから、特定の趣味をお持ちの方の人気者になれるかもね。」

 

麻子は泣いた。こんなに屈辱的なことはない。

 

「わ…かっ…た…」

 

みほは、その様子を見て満足気に笑った。その笑いは、悪魔以上のものだった。

麻子もまた、心も身体もみほのものになった。

しかし、麻子は完全に落ちたわけではない。心のどこかでこの屈辱は必ず晴らすことを誓っていた。

 

つづく



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第9話 狂気の研究

狂気は一体何を求めるのか。


次の日、麻子が起きると裸であった。それもそのはずだ。麻子は夜通し、みほから屈辱を受けたのだから。

しかし、あんなことがあっても麻子は麻子であった。眠くなったらすぐに寝てしまった。

 

「おはようございます…冷泉殿…」

 

優花里が声をかけてきた。

 

「おはよう…」

 

優花里は、なにやら心ここに在らずな様子だった。麻子の方をずっと見ている。

 

「あの…秋山さん…あまり、見ないでくれ…女同士とはいえ…その…」

 

麻子が恥じらいながらそういうと、優花里は麻子に近づきみほの様子がないことを確認して、耳元で囁いた。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…冷泉殿…でも、私にはああするしかなかったのです。冷泉殿も、見ましたよね?あの恐ろしい狂気を孕んだ西住殿を。そして、死の恐怖を味わい尽くしましたよね…私も、西住殿に…」

 

「ああ…」

 

麻子は、すすり泣く優花里にそれくらいの返答が精一杯だった。

 

「ところで、秋山さん…手足の拘束を解いてくれないか…」

 

「ごめんなさい…冷泉殿…西住殿が絶対に拘束を解くなと…」

 

「そうか…」

 

また、みほから屈辱を受けるかもしれない。そんな風に思って、半ば諦めているとみほがやってきた。麻子は勇気を出して、聞いてみた。

 

「西住さん。拘束を解いてくれないか?」

 

「うーん。どうしようかな…やっぱり、ギリギリまでその格好でいて。」

 

「お願いだ…どうか拘束から解いて服を着させてくれ…」

 

「ダメと言ったらダメ。あんまりしのごの言ってると、麻子さんその恥ずかしい格好で首輪とリードつけて外で散歩させちゃうよ?あ、でもそれも見てみたいかも?ふふ…」

 

「それは…やめてくれ…」

 

交渉は決裂した。麻子は結局、恥ずかしい格好のまま食事をみほに食べさせてもらい、顔もみほに洗ってもらった。お世話をしてもらっている間、みほは嬉々としていた。ただただ、惨めだった。慰み者にされた気分であった。結局、拘束から解いてもらって服を着たのは、学校へ行く10分前、脱がされてから約9時間後のことだった。

 

「じゃあ、2人とも今日もここに来てね。あ、私ちょっと家に一度帰るから、先行ってていいよ。あと、麻子さん。みんなに、何か悟られないように、いつも通りでお願いね。」

 

みほがそういうのでそうすることにした。こんな屈辱を受けておいて、律儀に待っている方が普通の精神じゃないと麻子は思った。

しばらく無言で歩いていた2人だったが、麻子から話を切り出した。

 

「なあ、秋山さん…」

 

「は、はい…冷泉殿。」

 

「西住さんは、一旦帰って一体何をしてるんだ?」

 

「多分、今日行う諜報員に関する講義と訓練の準備だと思います。私も、初めてあの場所に行った時、そうでしたから…」

 

優花里は遠い目をしている。優花里も相当ひどい目にあったのだろうと麻子は悟った。そして、また長い沈黙の後、どこからともなく声がした。

 

「ゆかりんおはよう!あれ?麻子も!!どうしたの?いつも遅刻して来るのに今日は早いね!おはよう!」

 

「おはようございます。お二人とも。」

 

沙織の元気な声と華の優雅で優しげな声だった。

 

「あぁ、2人ともおはよう。」

 

「おはようございます。」

 

麻子と優花里はなるべくいつも通りに振る舞った。何か、悟られて色々と詮索されたらこの2人がみほの毒牙にかかるかもしれない。それだけは絶対に避けなければならない。そんな思いからだった。

戦車道の時間にはさすがにみほは来ていた。その日も狭い戦車の中で、優花里と麻子は死の恐怖を感じ、吐き気を催しながら参加した。学校でのみほは、優しいみほだ。狂気に満ち溢れたみほを知っているのは麻子と優花里2人だけだった。しかし、あの顔を知った以上粗相やミスはできない。もし、ミスなどすれば何をされるかわからない。優花里と麻子は必死だった。

なんとか練習を乗り切り、集合してミーティングの時間となり、日曜日に聖グロリアーナとの練習試合を行うという話が生徒会から発表された。

朝の6時集合という話だ。6時集合ということなので5時には起きて準備しなくてはならない。麻子は朝が大の苦手である。本来ならば、そんな朝早くは無理だと辞めたいところであるが、みほの前でそんなことを口を滑らせれば、殺されるに決まっている。結局、麻子も参加するということで、練習試合は決まってしまった。

そして、放課後、沙織たちが一緒に帰ろうと言ってくれたがその日は、ちょっと用事があるからと沙織と華は先に帰らせた。みほと優花里、そして麻子の3人は拠点へ向かうため黙々と歩く。みほが、口を開く。

 

「麻子さん。朝が苦手みたいだね。もし、遅刻したら死刑ってことにすれば、麻子さんもきっと遅刻しないよね?」

 

「起きるから…しっかり起きるから…」

 

麻子の様子を見たみほは、にこにこと笑っている。

 

「あはは、麻子さんを困らせるのって楽しい。」

 

みほは、そう笑った。

 

麻子は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。それを見たみほは麻子の肩を抱きながら耳元で呟く。

 

「裏切ったら、どうなるかわかってるよね?裏切りは重罪だよ。ねえ、麻子さん。」

 

「わかっている…」

 

「よかった。」

 

そして、また3人の間に長い沈黙が続いた。しばらく歩くと拠点に着いた。廃ビルの重くて錆びた扉が大きな音を立てて開く。しばらく中を歩くと、今日は、昨日麻子が拘束、監禁された部屋とは別の部屋に通された。昨日よりも少々手狭なその部屋には、色々な機械や実験器具、薬品、そして書物や論文が置いてあり、まるで研究室のようだった。

 

「ここは、麻子さん専用の研究室だよ。ここで、麻子さんには毒薬と毒ガスの研究をしてもらうね。」

 

みほはそう言って、古びた研究ノートのようなものが山のように入った段ボール箱を渡してきた。

 

「これは、旧日本陸軍の部隊で毒ガス研究をしていた研究者の研究ノートだよ。私が、中国に行ってもらって来たんだ。このノートに書いてある薬品は一通り用意してあるし、防毒マスクもあるから使ってね。じゃあ、よろしくね。期待してるよ。麻子さん。優花里さんは、こっちに来て。新しい訓練と講義をやるよ。」

 

そういうと、みほは優花里を連れて研究室から出て行った。麻子はみほが目の前からようやくいなくなったことに少し安堵した。しかし、その安堵は束の間だった。みほからもらったノートを見て麻子は恐怖した。

 

「なんだこれは…これを作れというのか…」

 

そこには、糜爛性ガスをはじめとする化学兵器の実験、開発について記されており、マルタと呼ばれた中国人をはじめとする捕虜たちへの人体実験において、彼らにどのような症状が出てどんな風に死んでいったかまで、克明に記録されていた。どれも非人道的な実験ばかりだった。

麻子は、知っていた。これが、戦時中においてどんな役目を果たしたか、そしてその結果どうなったのか。

 

(西住さんは、これを使って一体何をやろうとしているんだ…?そして、私はこの大量殺害兵器である化学兵器を作ることで一体何を担うんだ…?)

 

麻子は恐ろしくなった。逃げ出したい。しかし、もはや逃れられない。逃げれば家族もろとも…麻子は声をあげて泣いた。涙が枯れ果てるまで泣いた。

 

「うううう…うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 

そして、泣き止むと、今度は笑い出した。

 

「ふふふふ…あははは!!わかった。わかったよ西住さん!私はやり遂げる。どうせ、逃げられないなら、西住さんの要求を超える最強の毒薬、毒ガスを作ってやる!!あははは!!」

 

そして、まるで狂ったかのように死の研究を始める麻子であった。

麻子は、もはや正気ではなかった。

 

つづく



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第10話 大量破壊兵器

麻子はまず、山のような研究ノートを全て3時間ほどかけてざっと読んでみた。ノートを開くと化学式と実験方法がたくさん並んでいる。常人では理解できない化学式と実験の方法ばかりだが、麻子は学年主席である。理解することは容易いことだった。ノートに書かれた一通りの化学式と実験方法は全て暗記してしまったのである。

そんなことで、とりあえずみほの元で仕事の1日目は終了した。

 

「今日は、とりあえず、研究ノートの精読をして化学式と実験方法を覚えた。だが、毒ガスといってもノートの中にたくさん種類がある。何を優先して製造すればいいか考えておいてほしい。」

 

「お疲れ様。ありがとう。うん。考えとくね。」

 

その日はみほに研究の進捗状況を報告して帰ることにした。

麻子はもはや研究者のようだった。この毒ガスがどんなに非人道的なことに使われようとも、麻子はもはやどうでもよかった。とりあえず、自分が生き残るために必死だったのだ。

人のことを考えられるのは、自分に確実に明日があるという確証を得られる時だけであり、明日の命もわからない身では、人のことを考える余裕など到底ないのだ。

次の日、みほから優先製造すべき毒ガスが発表された。

 

「麻子さん。今回、麻子さんに優先してほしい毒ガスは3つだよ。糜爛剤のマスタードとルイサイト、そして血液剤のシアン化水素。この3つを、お願いね。」

 

「わかった…じゃあ、そういう方針で研究を進める。」

 

麻子はそういうと自分の研究室に向かった。

 

(何に使うのかはわからないが、容赦ないな)

 

麻子はそう思った。特に血液剤のシアン化水素は、このノートに書かれていた毒ガスの中で最も致死率が高いものであった。シアン化水素が使われた場所は、ホロコーストのナチスのガス室などで使われた。また、糜爛剤のマスタードとルイサイトもイラン・イラク戦争で使われたものでいずれも悪名高い。

みほの思惑はまだ全く見えない麻子だったが、みほにやれと言われてやらねばこっちが殺されてしまう。

麻子は考えるのをやめ、防毒マスクなど装備をつけて、早速研究を始めた。

ノートに書かれていた薬品を調合して、実験を繰り返す。もちろん最初から上手くいくはずはなく、最初は失敗の連続だった。しかし、それでもめげずに研究を続けた。とにかく必死だった。

そして、戦車道の練習試合の1日前、とうとう麻子はシアン化水素を作り上げた。みほは大いに喜んだ。

 

「麻子さん!こんなに早くできるなんて!すごいね!ありがとう!残りも期待しているよ!」

 

麻子は、自らに達成感が芽生えていることに気づいていた。そして、今までの正気を失った状態からふと我に帰った。目が覚めたのだ。人を大量に殺すかもしれない毒ガス研究のはずなのに、それをやり遂げた自分がいた。

そう。麻子はやり遂げてしまったのだ。悪魔の所業を。

麻子は激しく自己嫌悪を覚えた。そして、自分に恐怖して嫌な汗をダラダラ流していた。そんな様子の麻子を見て、悪魔の笑顔を浮かべながらみほは耳元で囁いた。

 

「麻子さん。とうとう、悪魔の研究をやりとげたんだね。麻子さんはもはや私から逃れられない。麻子さんも共犯者になったんだから。私と麻子さんは今日から運命共同体だね。麻子さんは私と同じ。悪魔になったんだよ。」

 

「くっ…わ…たしは…悪魔じゃない…」

 

そういうと、みほは

 

「そうかな?でも、麻子さんは化学兵器を作り上げたという事実は変わらないよね。そして、麻子さんはこれからも研究を続けてもらうよ。悪魔の仕事を手伝ってる時点で悪魔だと思うけどな。」

 

みほは容赦なく、麻子に闇を注ぎ込む。麻子はまるで自分に黒い闇がドロドロと襲いかかる、そんな感覚に陥っていた。麻子の顔は苦悩で歪む。確かにそうかもしれない。化学兵器を作り上げた事実は永久に変わらない。麻子はそんなことを考えてより大きな自己嫌悪に支配されそうになっていた。

そんな、麻子の苦悩の様子を、みほはおもしろそうに眺めていた。そして、

 

「残りもよろしくね…麻子さん。」

 

そう囁いた。麻子は残りの毒ガスの研究も苦悩しながら続けた。

そして、麻子は残りのマスタードとルイサイトを完成させた。

これで解放される。そう思っていた。しかし、そんなにみほは甘くはなかった。

 

「すごいね。麻子さん。こんなに早く終わるなんて思ってなかった。じゃあ、次はVXガスとサリン、そしてシアン化塩素を作ってほしいな。よろしくね。」

 

麻子は愕然とした。これ以上毒ガスの製造などしたくもなかった。麻子は、俯いたまま何も言わないままでいると、

 

「ふふ…麻子さん。一回作ったら解放されるとでも思ってた?そんな甘くないよ。前も言ったよね?私と麻子さんは運命共同体だって。麻子さんにはこれからも、毒ガスの研究を続けてもらうからね?それじゃ、麻子さんよろしくね。」

 

「…分かった」

 

麻子は拠点の廃ビルの中の自分の研究室の中で突っ伏した。そして、消え入りそうな声で呟く。

 

「…悪魔なんかに…なりたくない…西住さん…今は、従うが、いつかは…」

 

麻子は、みほに対して表では従属、裏では反発をするという態度を決め込むことにした。

そして、みほに言われた通り新しい毒ガスの研究を始めた麻子であった。

 

つづく

 




次回、また時間が一度30年後になります。


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第11話 冷泉麻子の決意

また、30年後の世界に戻ります。
無理矢理感満載の文章かもしれませんが、よろしくお願いします。


「あぁ、そういえばあんなこともあったな…私は、大量破壊兵器を作り上げた後…」

 

麻子は、30年もの過去の記憶を思い返しているといつの間にか時計が0時を回っていたことに気がついた。

 

「もう…こんな時間か。眠い…寝よう…」

 

麻子は寝床につきながら、みほの隊長就任の経緯について考えていた。

 

(そういえば、あの頃だったな西住さんが隊長に任命されたのは。確か聖グロ戦前の作戦会議が終わった後にはもう隊長になってた気がする。そういえば、あの作戦会議のことは、秋山さんも私も知らない。一体どういう経緯で隊長になったんだ?まあ、あの時はまだみんな西住さんの裏の顔など知らないし、戦車道の経験もある。任命されてもおかしなことではないか。)

 

麻子は、あの時会議室にいた当時、あの場所にいたメンバー、つまり会議に参加したメンバーを思い出そうとしていた。

 

(ああ、そうだ。確かあの時招集されたのは各車の車長だったな…)

 

麻子は、そこまで考えて眠りに落ちた。睡魔には耐え切れなかった。

 

次の日、また電話がかかってきた。出てみると例の記者だった。

 

『はい。冷泉です。』

 

『お忙しいところすみません。山田です。』

 

『また、あなたか…』

 

『はい。しつこいのが記者の特質ですから。』

 

電話の向こうから山田の笑い声が聞こえる。

 

『それで、どうですか?話していただく気にはなりましたか?』

 

『すまない。私はまだ話す気にはなれない。ただ、ここまで熱心なら一つだけ教えてやる。当時、私たちは聖グロリアーナ女学院と練習試合を行うことになった。その聖グロリアーナ女学院戦の少し前、西住さんは、突然大洗女子学園戦車隊の隊長になった。戦車道の体験もあったし、至極普通のことかもしれない。しかし、その後事件は大幅に動いた。でも、隊長に任じられた時のことは私も秋山さんも知らない。探るなら他の人も当たった方がいい。』

 

麻子は、気まぐれでヒントを教えてみた。なぜ、こんな気まぐれを起こしたのか、それはこの記者の声や雰囲気が麻子のよく知っている人の声に似ていたからだ。何だか懐かしい声だった。しばらく会っていないとても大切な人の声。そんな声を聞いていると、麻子の心はだんだん変わっていった。

 

(できれば協力したい。しかし、話せばもしかしたら…怖い…でも……)

 

麻子はそんなことを思っていた。

 

『ありがとうございます!助かります!』

 

記者の元気な声が聞こえてきた。

 

『ああ、頑張れよ。』

 

麻子は、電話を切った。そして、麻子はあの事件について改めて、自分の体験談を手記にまとめることにした。自分で思い返しながら記者に話すのは辛いし、怖い。しかし、手記でなら伝えられるかもしれない。そんな風に思ったからだった。

また、自分が死んでも手記ならばずっと残っていってくれるはず。あの事件はやはり伝えるべきものだ。そして、後世の人々が検証してくれるはず。

麻子は、そう思いながら手記を記し始めたのである。

 

つづく




次回、さらに視点が変わります。


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第12話 進展

30年後の世界のジャーナリストの視点です。


冷泉麻子に話を聞いた私は、秋山優花里に電話をした。

 

『もしもし、秋山さん。お世話になっております。』

 

『ああ、記者さん。どうしましたか?』

 

『冷泉さんに電話をしたところ、取材は今は難しいとの回答でした。しかし、有力な情報を得ることができました。お二人とも、隊長に任じられた経緯を知らないと伺いました。西住さんが隊長に任じられた経緯を知っている方を紹介していただけないでしょうか。』

 

秋山優花里は少し、ためらいながら話す。

 

『え…ええ、もちろん構わないのですが…ただ、その人は話してくれるかどうか…』

 

『構いません。そういう方は慣れてますから。」

 

秋山優花里は安心したような口ぶりで言う。

 

『そうですか。なら良いのです。では、連絡しておきます。今度は、私もご一緒しますから。』

 

『お気遣いありがとうございます。では、お手数おかけしますがよろしくお願いします。失礼いたします。』

 

私は、また取材が進展する喜びに胸を高鳴らせていた。

 

数日後、秋山優花里から電話がかかってきた。

 

『記者さん!朗報です!なんと取材を受けてくれるみたいです。明日の午後15:00からなら会えるみたいです。彼女は、未だに大洗に住んでいますからそこまで行かなくてはいけませんが、大丈夫でしょうか?』

 

私は、即座に答えた。

 

『はい!もちろん大丈夫です!ご連絡、ありがとうございます!』

 

私は飛び上がりそうだった。その日は胸の高鳴りで夜も眠れなかった。

 

そして翌日、私はまず秋山優花里の自宅アパートへ向かった。

 

『こんにちは、秋山さん。本日はよろしくお願いします。』

 

『いえ、こんなことぐらいならなんて事ありません。また、いつでもいってください。』

 

協力してくれる人がいるのはいいものだ。私はつくづく思った。しばらく車を走らせると大洗町に入った。

その人は、大洗町のマンションに住んでいた。

 

秋山優花里がインターホンを鳴らす。

 

『はい。』

 

女性の声で応答があった。

 

『澤殿〜!昨日電話した秋山優花里です。お久しぶりです。』

 

『あ、秋山先輩!お久しぶりです!少し待っててください。すぐに開けますから。』

 

ドアはすぐに開いた。そして、中からは、肩ぐらいまで髪を伸ばした、黒髪の女性が出てきた。

そして、秋山優花里は彼女を私に紹介した。

 

『彼女は、澤梓ど…さんです。彼女は当時1年生で車長を担当していたため、西住さんが隊長に任じられた経緯を知っているはずです。それに…あっ、なんでもありません…』

 

秋山優花里は何かを言いかけて慌てて口を噤んだ。

 

「澤梓です。今日は遠いところから、ようこそ大洗に来てくれました。」

 

「私、フリージャーナリストの山田舞と申します。本日は、取材を受けていただきありがとうございます。よろしくお願いします。」

 

私は、名刺を取り出しながら自己紹介をした。

そう言うと、彼女は確認するように呟いた

 

「フリージャーナリストの…山田舞さんですか……」

 

「どうかしましたか?」

 

私は、何か粗相をしてしまったのだろうかと心配になり、少し不安げに尋ねると澤梓は慌てて答えた。

 

「いえいえ、なんでもありません。さあ、中に入ってください。」

 

「では、お邪魔いたします。」

 

「お邪魔します。澤殿。」

 

澤梓は可笑しそうに呟く。

 

「秋山先輩、全然変わってないですね。」

 

「ええ、癖になってしまって。」

 

秋山優花里は、恥ずかしそうに苦笑いをした。

中に入ってから一通りの改めてお礼と挨拶。そして、世間話をして本題に入った。

 

「澤梓さん。西住さんが隊長に任じられた日のことを伺っても構いませんか?」

 

「はい。その前に、山田さんに伝えておくことがあります。実は私も、諜報員の1人でした。ですから、そのこともお話ししたいと思います。」

 

秋山優花里は驚愕の表情を浮かべていた。

 

「さ、澤殿。いいのですか?あの苦しみをわざわざ思い返す必要は…」

 

「いいんです。秋山先輩。私は、この事件を伝える義務がありますから。それに、隠していてもいずれ分かることですから…」

 

私は心の中で澤梓は今回の事件で大きな役割を担っている可能性があると考えていた。そしてもしかして、事件の全貌が明らかになるのではないかと内心とても喜んでいた。

そして、澤梓は淡々と話し始めた。

 

「あれは、聖グロリアーナ女学院戦の作戦会議の日でした…」

 

つづく



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第13話 隊長任命

あの日、澤梓は聖グロリアーナ戦の作戦会議のために招集をかけられ、会議に臨んでいた。戦車道については何も知らない梓は、とにかく先輩たちについていくのに精一杯だった。だから、生徒会広報の河嶋に提示された、安直な作戦も何の疑問も生じなかったのである。しかし、さすがは西住みほであった。この作戦の問題点を瞬時に見抜いていたのである。

 

「聖グロリアーナは当然こちらが囮を使ってくる可能性は想定すると思います。裏をかかれて逆包囲される可能性もあるので…」

 

すると、少し気の短い河嶋はみほを大声で怒鳴りつける。

 

「黙れ!私の作戦に口を挟むな!そんなこと言うのならおまえが隊長をやれ!」

 

「ふえ!すみません…」

 

みほは萎縮した。しかし、生徒会長の角谷杏が河嶋をなだめ、ある提案をした。

 

「まあまあ。でもまあ、隊長は西住ちゃんがいいかもね。西住ちゃんがうちのチームの指揮とって。」

 

「はぇ!!」

 

戦車道経験者であるみほの隊長就任は何らおかしいことではない。みんなこの決定を歓迎していた。

みほは口では、驚き困惑していたが、梓には一瞬だけ今まで見たこともないようなみほの姿が見えた。みほは笑っていた。その笑みは悪人のような悪く怪しい何かを企んでいるような笑みだった。

そして、隊長となったみほは初仕事として戦車道に臨むにあたっての厳格な命令を発令した。手始めに、敵前逃亡禁止令を発令したのである。

 

「みなさん。これから、一切の敵前逃亡を禁止とします。撤退の命令が出ないのに、勝手な撤退は作戦遂行に大きな支障となります。各国軍隊において敵前逃亡は死刑にも値する、重罪です。これから、勝手な敵前逃亡は重い処分の対象としますからそのつもりでいてください。よろしいですか?」

 

「はい!」

 

みほは満足そうに頷く。

 

「では、本日の練習を開始します。準備してください!」

 

みんな一斉に戦車に乗り込んだ。梓が所属するDチームも一斉に準備を始める。

梓は、少々みほの様子に違和感を感じていた。隊長就任後のみほは気弱なみほとは違い凛々しくなっていたのである。

Dチームのみんなも今までのみほとの違いを感じているらしい。

 

「なんか、西住先輩隊長になったら、今までと違って凛々しくなったよねぇ。」

 

優季が切り出すと皆も口々に同意する。やはり、皆も何かの違和感は感じていたようだ。

しかし、別に凛々しくなることは悪いことではない。むしろ、可愛らしい先輩もいいが、こんな先輩もかっこよくていいかもしれない。梓は特に気にはしていなかった。そして、いつも通り練習を終了してみんなと帰った。明日は、とうとう練習試合の日だ。実際の試合はあの無茶振りをしてくる教官以来だった。しかも、今回は戦車道の強豪であると言う。梓は上手くできるか心配だった。しかし、他のチームメイトはそんなことは気にしている様子はない。

 

(もう。この子たちは仕方ないんだから。)

 

そんなことを思いながら帰路に着いた。

そして、練習試合の当日がやってきた。聖グロリアーナを囮を使ってキルゾーンに誘い込みこれを叩く。結局、河嶋が考えた作戦を実行することになった。みほたちAチームがまず囮となる。その間、待っていることになる。あまりにも暇になったDチームは、トランプの大富豪をして待っていることになった。しばらくすると、みほからあと3分ほどでキルゾーンに到着するという連絡が入る。河嶋が叫んだ。

 

「おい!Aチームが戻ってくるぞ!全員戦車に乗り込め!」

 

本当はもっと大富豪を楽しみたかった。これから面白くなるのにそれを中断せざるを得ないのは仕方ないことだといえど心残りだ。口々に残念そうな声を上げてDチームの面々も戦車に乗り込む。そして、3分後Aチームが見えた。その瞬間なりふり構わず、次々とバラバラに射撃し始めたのである。

これでは勝てるはずはなかった。しかも、実戦で戦車戦に慣れた聖グロリアーナには、こんな安直な作戦は通用しなかった。みほが言ったようにすぐ逆包囲された。訓練ではできたことが実戦ではできない。Dチームの面々はすっかり怖くなってしまった。

そして、絶対にやってはならないことをしたのだ。

「戦車を捨てて逃げた」のである。みほが発令した「敵前逃亡禁止令」に反したのだ。その時は、恐怖でそんな命令が発令されていたことはすっかり忘れていたが、難を逃れ、近くの木に登って試合の様子を見ている時に思い出した。みんな、顔面蒼白な様子である。

 

「私たち、逃げちゃったね。」

 

梓は呟く。

 

「絶対、ヤバイじゃん。」

 

あやが下を向きながら言った。

 

「後で、隊長たちに謝りに行こっか。」

 

「うん。」

 

みんな、同意見のようだ。沈黙しながら試合を見ていた。初めての練習試合は結果的に負けてしまった。みほたちAチームの面々は負けたということで生徒会チームとともにあの恥ずかしいあんこう踊りを踊らされたようである。

 

(私たちが逃げたせいで……隊長たちは……)

 

梓は気が重かった。

その夜、DチームはみほたちAチームに戦車を捨てて逃げたことを謝罪に行った。

すると、Aチームの面々は笑って許してくれた。

Dチームはホッとした。そして、今日の試合の感想と次は逃げないことを約束をして、帰ることにした。

 

「先輩。許してくれてよかったね。」

 

皆、口々に話していた。しかし、あれだけ重い処分があると言っていたのに、こんなすんなり済むのか。梓は何か嫌な予感がした。

みんなと別れて、梓は1人になった。しばらく歩くと、秋山優花里が現れた。

 

「あれ?秋山先輩?どうしたんですか?」

 

優花里は黙っている。優花里は何か迷っている様子だった。

 

「秋山先輩…?」

 

優花里は、覚悟を決めたような顔をして、口を開く。

 

「澤梓殿!あなたを西住殿の命により、反逆罪及び敵前逃亡罪の容疑で拘束します!」

 

「え…?」

 

そう言うが早いか、優花里の手であっという間に梓の手足を縛られ、拘束されてしまった。

梓は、咄嗟のことで何が起こったのかわからなかった。ただ、何か恐ろしいことが始まろうとしている。ということだけはわかった。梓はただ恐怖で体を震わせていた。

 

つづく

 



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第14話 逃亡の罪

敵前逃亡は軍隊において重大な軍規違反である。


「あ…秋山先輩……?」

 

優花里は何も答えない。ただ淡々と身柄確保を進めた。

梓は、目隠しをされて鞄に押し込まれ連行される。

そして、20分ほど経っただろうか。どうやら目的地に着いたようだ。優花里は、持っていた梓を入れた鞄を床に置き、それを開けた。

目隠しが取り去られると目の前には、みほと白衣を着た麻子が立っていた。

 

「西住殿、連れてきました。Dチームの他のメンバーはどうしますか?」

 

「優花里さん。ありがとう。他のメンバーの子たちはいいや。あまり派手に動いて叩き潰されても困るし。」

 

「了解です!」

 

「さてと…」

 

みほはそういうと尋問を始めた。みほは、怒ってなどいなかった。むしろとても嬉しそうに笑顔で尋問を行なった。

 

「梓ちゃん、あれだけ逃げちゃダメだって言ったよね?なんで逃げちゃったのかな?」

 

「砲撃があまりにも激しくて…怖くて…逃げてしまいました…」

 

「そっか。怖くなっちゃったんだ。でもね、敵前逃亡は重罪だよ。私たちね、そのせいで負けちゃった。もしかしたら、梓ちゃんたちが逃げずに戦ってくれたら、負けることはなかったかもしれない。」

 

もっともな話だ。もしかしたら、自分たちがいれば負けなかったかもしれない。みほたちには本当に申し訳ないことをした。そんな風に梓は思った。

 

「すみませんでした…」

 

梓は、泣きそうになりながら謝った。みほは相変わらず笑顔で言った。

 

「それじゃあ、私からの話はおしまい。じゃあ、処分が正式に決まったらまた教えるね。それまで、拘留することになるけど、仕方ないよね。梓ちゃんは重罪を犯しちゃったもんね。もちろん学校にもしばらくはいけないよ。」

 

「え…それは…」

 

梓は何かを言いかけたが、優花里に促され尋問部屋から拘留部屋に連れていかれた。

そこは、最初に連れてこられた建物ではなく、同じ敷地内にある別の建物の部屋だった。

梓はそこに投獄された。

 

「澤殿には今日からしばらくこの部屋で過ごしていただきます。学校には風邪でお休みと話を通しておきますから。」

 

優花里はそういうと、梓の手と足を鎖でつなぎ、ドアに厳重なロックをかけて、部屋から出ていった。

しばらくすると、みほ、優花里、麻子の3人の声が聞こえてきた。どうやらこの拘留部屋の隣にある会議室で梓の処分を会議で決めているらしい。壁が薄いのだろうか声が漏れてきた。

その漏れた声に梓は聞き耳を立てていた。

 

「さ…さすがに、モルモットは可哀想です。しかも、澤殿はこれからの戦車隊のメンバーとして貴重です。」

 

優花里の抗議する声が聞こえてきた。梓は、貴重なメンバーだと優花里に言われてなんだか照れ臭い思いだった。しかし、優花里は気になることを言ったことに梓は気がついた。

 

(秋山先輩。モルモットは可哀想って言ってたけど、モルモットって一体なんのことだろう。)

 

「でも、世界の通例だと敵前逃亡は死刑だし、やっぱり死刑がいいと思うな。それに、ちょうどあれも完成したんだし、梓ちゃんで効果を試しちゃおうよ。」

 

今度は、みほの声で何やら物騒な単語が耳に飛び込んできた。

梓は、まだ冗談か何かだと思っていた。

 

「しかし、大洗の人間、しかも戦車道やってる人間をモルモットに使うと色々厄介なことになるんじゃないか?特に今は戦車隊ができたばかりだし、無関係の人間にまで動揺が広がるという事態はなるべく避けたほうがいいんじゃないか?もし、実験で死んだらそのまま行方不明として処理するんだろ?」

 

麻子は何やら懸念しているようだ。淡々と反論をする。

 

「でもなぁ、せっかく毒ガスができたんだからその効果を試してみたいって気持ちはあるんだよね。せっかく、上玉のモルモットが手に入ったんだし…しかも、反逆者に罰を与える。今回はその正義がこっちにあるから…」

 

梓は息を飲んだ。そして、ただただ隣の部屋で繰り広げられている冗談みたいな恐ろしげな話に困惑していた。

 

(え?え?死刑?毒ガス?モルモット?一体何が起こってるの?もしかして私…いや、まさか。先輩たちの悪い冗談だよね?)

 

梓は、この時点でまだ先輩たちが変な冗談でも言って怖がらせようとしているのだろう程度にしか思っていなかった。

みほは、急かすように主張する。

 

「一応、梓ちゃんがいる部屋ってすぐにでも毒ガス実験できる部屋だよね。やっちゃおうよ。」

 

それを2人は、何やら諭しているようだ。必死で反対している。

 

「いやいやいや、ダメですって。後継者がいなくなってしまいます…」

 

「そうだな。後継者のことも考えたほうがいい。西住さんがずっとこの大洗の面倒を見れるってわけでもないし。」

 

しかし、3人の口ぶりはとても、冗談とは思えない、真剣そのものだった。

梓は得体のしれない恐怖に襲われ、嫌な汗が止まらなくなっていることに気がついた。

 

「じゃあ、間をとってこうしたらどうですか?澤殿にも、屈辱を受けて諜報員になってもらうこと。そして誰かをモルモットとして連れてくること。これで命は助ける。この条件でどうでしょう。」

 

「私はいいと思う。」

 

「うーん。仕方ないね。でもまあ、梓ちゃんに屈辱を与えることができるならいっか。梓ちゃんの可愛い姿は見たいし、じゃあ、優花里さんの言う通りにするよ。」

みほは、やや不満そうな声だったが、なんとか納得したようだ。

梓が3人の話を盗み聞きしていると、どうやら、命だけは助けられるらしい。梓は少しホッとした。しかし、やはり何か重い罰があるのは確からしい。梓は、震えながら処分が下るのを待っていた。しかし、3日経っても5日経っても処分は一向に発表されなかった。その間、食事と水を飲むときなど以外はずっとつながれたままだった。

結局、処分が下ったのは7日後の夜だった。

 

みほはいつもの可愛らしい口調で、処分を通達した。立会人として優花里と麻子が両脇に立っている。

 

「梓ちゃんが犯した、敵前逃亡の罪はやっぱり重いの。そして、仲間の暴走を止められず、流されるように自らも逃げてしまったと言うのも、監督に問題があるね。そこで、やはり梓ちゃんにはそれ相応の罰を受けてもらうことにするね。」

 

「梓ちゃんは、これから私の諜報員になってもらいます。そして、誰でもいいからモルモットを連れてきてもらいます。」

 

梓は、言われている意味がわからなかった。

 

「西住隊長。言われている意味がよくわからないのですが…」

 

「ああ、ごめんね。わかんないよね。諜報員っていうのはそのまま、辞書通りの意味に捉えてくれればいいよ。私の指令に従って、暗殺や誘拐、他の学校への偵察とかをやってもらう。そして、モルモットっていうのはね、毒ガス実験用の人間のことだよ。本当は、梓ちゃんをモルモットにして毒ガス実験やろうかなって思ってたけど、跡継ぎがいなくなったらどうするんだって2人に止められちゃって。えへへ。代わりに梓ちゃんが誰か連れてきて。」

 

梓は今でも冗談だと思っていた。そんな様子を見たみほは

 

「梓ちゃん。私が言ってることに冗談や嘘はないからね?あ、でも言葉だけじゃわからないもんね。じゃあ、梓ちゃんちょっと待っててね。」

 

そういうと、みほは部屋から出て行った。

 

しばらくすると、みほはウサギを手に戻ってきた。

 

「これは、毒ガス実験を動物で行う為のウサギなんだけど、まあいいか。今回は、毒ガスを実際に発生させるわけにもいかないから毒薬をこのウサギに投与するね。麻子さん。いいよね。」

 

「ああ。構わない。」

 

麻子が返答するとみほはボールペンを取り出しそのウサギに、突き刺した。するとウサギは苦しそうにもがき苦しみながら泡を吹いて動かなくなった。動かなくなったウサギをみほはおもしろそうに弄ぶと、やがて飽きたのか投げ捨てた。

 

「え…隊…長……」

 

梓は、ようやくみほに嘘や冗談はないと理解した。そして、梓が感じていたみほへの違和感がこれであったと理解した。みほの闇を梓ははっきりと視認したのだ。

梓は恐怖に支配されていた。体中の震えと汗が止まらなくなった。

そんな梓をみほは、見下ろしながら悪魔のような黒い笑顔で眺めていた。その顔は影になって真っ黒だった。まるで、みほが持つどこまでも深い闇のように。

 

つづく



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第15話 澤梓への罰

「じゃあ、優花里さんたち。梓ちゃんを執行部屋に連れて行ってくれる?私は少し取りに行くものがあるから先に行ってて。」

 

「了解しました!」

 

「あぁ、わかった。」

 

優花里は、壁につながれてあった鎖を外し、外した方の鎖を手に持った。そして、梓は鎖につながれたまま、同じ建物の2階にある部屋に連行された。拘束されている鎖が重い。なかなか前へ進めなかった。

 

「澤殿!何してるんですか!早くしてください!」

 

「そうだぞ。早くしろ。何をもたもたしているんだ。」

 

「はい…」

 

優花里たちに高圧的な口調で急かされ、必死に歩いた。この頃になると、優花里たちはまるで本当の看守のような高圧的な態度を梓に対して取るようになっていた。じゃらじゃらと鎖で重たい足を引きずりながらようやくたどり着くとその部屋には、木の柱が一本設置してあった。

梓は、優花里に服を脱がされそうになった。驚いた梓は思わず叫んでいた。

 

「あ…秋山先輩!何やってるんですか!やめてください!」

 

必死に抵抗したが、無駄だった。

 

「私も冷泉殿も同じような目にあったんです。澤殿も逃れることはできません。ましてや、澤殿は罪人。どんな目にあうかもわかりません。それなりの覚悟はしておいてください。」

 

「梓、耐えるんだ。ほら、抵抗するな!」

 

麻子も加わり二人掛かりで脱がされた。梓は結局、生まれたままの姿にされて、その柱に手を縛られてしまった。

 

「う…うう…」

 

あまりの恥ずかしさにプルプル震えながら泣いていると、ようやくみほがやってきた。みほは梓が裸で縛られているその姿を見て、

 

「ふふふ…梓ちゃんいい格好だね。」

 

といたずら好きな子どもがするような意地悪な笑みを浮かべた。そして、みほは梓が縛られて抵抗できないことをいいことに、身体中を舐めるように眺め、触ってきた。

 

「ひゃん!?」

 

みほの手はあまりにも冷たく、触られた瞬間、変な声を出してしまった。ゾクゾクとした感覚が身体中に走る。梓の可愛いらしい声を聞き、みほはニヤニヤといやらしい笑顔を浮かべている。梓は自身の身体中を弄っている白くて美しいみほの手とは対照的な黒く闇の深いみほの心を感じていた。

 

「梓ちゃんの身体、白くて綺麗。それにすごく柔らかくて、触り心地もなめらか。」

 

そういうと今度は、身体中を舐めてきた。

 

「…っ…隊長…やめて…やめてください……」

 

「ダメだよ。やめてあげない。」

 

みほは、にっこりとしながら胸や下半身まで隈なく舐めまわした。みほの舌の感触が身体中を駆け巡る。

 

「梓ちゃんの身体甘くて美味しい。それにいい匂い。胸も柔らかくて可愛い。」

 

みほは、その後も3時間ほど梓の身体を弄び、舐めたり触ったりを繰り返した。

特に、苦痛だったのは脇や足の裏を2時間ほど絶え間無くくすぐられたことだった。もちろん、舐められたり触られたりするのも屈辱的で苦痛だ。しかし、くすぐられるのはもっと苦痛だった。笑い続けているとだんだんと息苦しくなってくるのだった。

 

「ほらほら、梓ちゃん。ここが弱いのかな?ほらほらほら。」

 

「あはははあははは…隊長…あはは…やめてくだ…あはは…い…き…が…あはは…あはは…」

 

そういうと、みほはますますくすぐってくるのであった。

そして、最後にその恥ずかしい姿の写真と動画を撮られた。その撮り方は入念だった。角度を変えてあちこち撮影された。もちろん下半身も例外ではなかった。そして、みほは梓の耳元で囁く。

 

「梓ちゃん。もし、このことを誰かに一言でも話したら今度こそ毒ガス実験のモルモットにしちゃうからね?それに、この写真と動画をネット上にばらまいちゃおうかなぁ。」

 

みほは極悪人のような笑みを浮かべた。

 

「い…言いませんから…お願いします……命だけは……そして、その写真と動画も……」

 

みほは、それを聞くとにっこりとしながら梓の頭を撫でながら呟いた。

 

「うん。いい子だね。梓ちゃん。」

 

梓はこれで解放される。苦難から逃れられる。そう思っていた。しかし、現実はそんなに甘くはなかった。

 

「さぁ、梓ちゃん。優花里さんたちはこれで終わりだったけど、梓ちゃんは罪人だから色々な責めを受けてもらうね?せっかくの梓ちゃんの白くて綺麗な身体を傷つけるのはもったいないけどしょうがないよね?」

 

「え……」

 

「それじゃ、梓ちゃん覚悟はいい?」

 

そういうとみほは腰に下げていた小さな入れ物から鞭を取り出し梓の身体に打ち付けた。

 

「うぅ…」

 

梓の苦痛な声が聞こえる。その声を聞き、みほはますます笑顔になった。鞭打つみほの姿のなんと楽しそうなことか。梓はみほの中に悪魔を見た。刃物で背を撫でられたような表情の梓を見て、みほはますます強く鞭を打ち付ける。

 

「あぁ……うぁ……うううう……」

 

みほの鞭が、傷ひとつない綺麗な玉のようだった梓の身体に無数の傷を作る。

30回ほど打ち付けられた。

 

「優花里さんたち、例のアレを持ってきて。」

 

「了解です!」

 

「わかった。」

 

みほが優花里たちに声をかけると優花里と麻子の2人は石の板を数枚と三角形の木をいくつか持ってきた。

梓はその三角形の木を並べた台の上に正座させられ縛り付けられた。そして、優花里たちがみほの指示で正座した太ももの上に重たい石の板を何枚も乗せる。そう。江戸時代の有名な拷問、石抱きだった。この石は1枚50kgもある。それが、何枚も載せられるのだ、死にそうなほどの苦痛である。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁううううううぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

梓はあまりの痛みに断末魔のような叫び声をあげる。梓の脚には5枚もの石が載っていた。その声を聞くと、みほは梓の上に載っている石の上に体重をかけて座ってきた。そして、梓に顔を近づけて苦しむ梓に向かって嘲笑うように言い放った。

 

「梓ちゃん。石抱きの感想はどう?楽しい?」

 

「うぅ…痛いです…苦しいです…もう。やめてください……お願いします……助け…て…」

 

そういうとみほは、ニヤリと笑い、意地悪く言い放つ。

 

「えへへ。そうなんだ。楽しいんだ!あはは!優花里さんたち!もっと楽しませてあげて!もう3枚くらい石持ってきて!」

 

「はい!」

 

「うん。わかった。」

 

優花里たちは、さらに3枚石を持ってくると1枚ずつ載せた。

 

梓は1枚載せられるたびに苦痛な叫び声をあげた。梓はもしかしたら死んだほうが楽になるかもしれない。そんなことを考えはじめていた。そして、優花里が最後の1枚を載せた後、みほが意地悪く笑いながらその石を左右に揺らす。梓は最後の叫び声を上げた。しばらくすると顔貌茫然として、頻りに周囲を眺めまわすといった、挙動をはじめた。するとすぐに、脚が蒼白してきた。これ以上続けると、生命の危機である。みほはようやく石抱きをやめて、石を取り去るよう、優花里たちに指示した。石を取り去られた梓の脚は痛々しく内出血をした紫に近い赤い色をしている。そして、脚の下に敷いていた木の鋭角の稜線が食い込み、赤い血が流れている箇所もある。

 

「梓ちゃん?どうだった?楽しかったでしょ?」

 

「じゃあ、次はね…」

 

そういうと、みほは梓に口を開けさせ漏斗を突っ込んだ。

そして、水を絶え間無く口の中に流し続けたのである。

 

「ゲホゴホガボゴボゴボグバァ…」

 

梓は窒息しそうになった。しかも、たまにみほが梓の鼻をつまんで息ができないようにしてくるのだ。苦しくてたまらない。窒息しそうだ。みほは窒息する手前でやめ、少し休ませたあとまた鼻をつまみながら水を絶え間無く口に流し込む。これを繰り返した。

 

「ゲホゲホゴホガホ…はぁはぁはぁはぁ…」

 

梓はひどく咳き込み息も絶え絶えだった。

さらにみほは、追い討ちをかけるようにホースで水を梓の身体に浴びせかけた。水の冷たさで体温が奪われる。裸なので寒くてたまらない。

 

「うぅぅぅ……」

 

梓は呻き声を上げた。

寒さと恐怖で歯がガチガチと噛み合う。3時間ほど水を絶え間無く浴びせかけられた。

満身創痍で茫然として動かない梓をみて、みほは満足そうにして楽しそうに悪魔の笑みを浮かべた。梓は再び柱に後ろ手で縛られて裸のまま三日三晩放置された。

そして4日後、梓は解放された。しかし、梓は今まで通りの梓ではなかった。梓は、誰よりもみほに忠実になったのだ。梓は責めと屈辱を受け続けた結果、感情をなくし、瞳は濁り、まるでロボットのようになっていた。

そして、梓はうわ言を繰り返しつぶやいていた。

 

「隊長…もう…やめてください…苦しい…もう許してください…痛い…」

 

その姿を見て、みほは梓の耳元で囁く。

 

「梓ちゃん。もうあなたは、私なしでは生きていけなくなったんだよ。私はあなたの心も身体も全てを支配した。これからは私の操り人形。これからよろしくね。私の可愛いお人形さん。」

 

これに対し、梓は特に反応を示すことはなかった。

ただ、ガタガタと震えているだけだった。

みほは、未だに裸の梓を愛おしそうに抱きしめて、頰を撫でた。

かくして、みほの諜報員は梓の回復を待って、優花里、麻子、梓の3人体制で運営することになったのである。

 

つづく




この世界における、優花里と麻子はスタンフォード監獄実験の看守側のような心理状態にあります。

スタンフォード監獄実験とは
スタンフォード大学で行われた、普通の人が特殊な肩書きや地位を与えられると、その役割に合わせて行動してしまうことを証明しようとした心理学の実験。


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第16話 第一回目の実験

梓は罰を受けてしばらくは、傷を癒すためにみほから療養を指示された。その療養期間も傷の回復状況を見るという名目で裸にされあちこち触られた。とても、療養どころではなかった。そして、療養期間も過ぎ2週間ぶりに学校へ行った。みほからは傷を隠すためにしばらくはタイツを履いて登校するように指示されていた。学校へ向かう途中、いつもの仲良しDチームのみんなに会った瞬間涙が流れてきた。

 

「あ!梓じゃん!2週間も学校に来なかったけどどうしたの?心配したんだよ?」

 

あゆみが少し怒りながらも安心したように声をかけた。

 

「ご…めんね…、ちょっと肺炎で…入院してて…」

 

まさか、本当のことを話すわけにもいかない。梓はとっさにごまかした。

 

「はいえんってなぁにぃ?」

 

桂利奈のいつも通りの様子を見て、安心した梓は本格的に泣き出してしまった。

 

「ちょっと、梓!どうしたの?本当に大丈夫?」

 

みんなが心配そうに声をかけてくれた。零れ落ちる涙を拭って梓は呻く。

 

「会えない間寂しくて…やっぱり、友達っていいね…」

 

紗希が無言で背中をさすってくれた。闇の心に触れ続け、冷たく冷えきり、生気のなかった梓の心はすっかり暖かくなっていた。幸せな時間だった。久しぶりにいつも通りの日常を過ごした。「いつも通り」これがいかに幸せなことなのか、実感した瞬間だった。しかし、幸せな時間は長くは続かない。今日から、みほの諜報員としての訓練が始まるのであった。梓は名残惜しそうに言った。

 

「みんな、ちょっと私、今日も病院行かないといけないからみんなとは帰れないんだ…また明日ね。」

 

「そっか。それなら仕方ないね。じゃあ、また明日ね。」

 

みんなはそう言って帰って行った。みんながいなくなると、廊下から突然、声が聞こえてきた。

 

「梓ちゃん…行こっか…」

 

「ヒャい!わかりました…」

 

みほはどこからともなく突然現れた。まさに神出鬼没である。梓は突然声をかけられたので驚いて変な声を上げてしまった。みほの方を見ると夕日の逆光でみほの顔が黒くなっていた。

梓とみほ、優花里、麻子は葬列のように静かに歩く、沈黙の中を歩き続ける。みほはおもむろに口を開いた。

 

「梓ちゃん。今日、みんなに傷のこと、ばれなかった?」

 

「はい…大丈夫でした…」

 

「ふふ…よかった。バレてたら今度こそ完全に消さなきゃって思ってたけど…」

 

「うぅ…隊長…消す…なんて…言わないでください…」

 

梓は、悲痛な声で抗議した。それを見たみほはただ、にこにこと笑っていた。

また、しばらく沈黙が続く。そして、またみほが口を開いた。

 

「ところで、梓ちゃん。モルモットは見つかった…?」

 

「い…いえ…まだです…」

 

梓は、激しい汗と動悸、そして嗚咽に襲われた。忘れていてほしい。そう願っていたが無駄であった。みほは、しっかり覚えていたのである。

 

その様子をみほはおもしろそうに眺めていた。

 

「1週間以内に連れてきてね。もし、連れてくることができなかったら、Dチームの6人全員で実験に参加してもらうね?」

 

みほは、楽しそうに語った。

 

「…わかりました…連れてきます…」

 

消え入りそうな悲痛な声で同意してしまった。もはや、自分の命が助かることだけで必死だった。人のことなど考えられなかった。

しばらく歩いて、拠点についた。梓が最初に連行された建物だった。梓は苦痛な記憶を思い出し、さらに激しい動悸と嗚咽を覚えていた。

重たく古い扉が大きな音を立てて開いた。今日は、連行された部屋とは別の部屋に通された。そこで、諜報員になるための講義と訓練が行われた。

今回は、優花里に誘拐術を色々教えてもらいながら訓練を行った。

優花里はかなり手馴れていた。もしかして、誰か誘拐したことがあるのだろうか。そんな風に思っていた。そして、その日は訓練を終えた。

次の日、梓は教室で注意深くクラスメイトを観察していた。誰をモルモットとしてみほに提供するか選ぶためだった。

すると、誰かが声をかけた。

 

「あ、地味っ子梓ちゃん!今日も地味だね!あはは!あんた、本当に地味なんだから!」

 

クラスメイトの高橋萌だった。いつも、地味だ地味だとからかってくるし、何やら影でバカにしているという話も聞いたことがある。梓は外面では笑っていたが、内心とても腹が立っていた。

 

(よし、隊長に提供するモルモットは萌にしよう。)

 

梓は、萌をモルモットとして提供することに決めた。そして、みほに報告した。

 

「隊長。モルモットに提供する予定者、決まりました。高橋萌。同じクラスの16歳です。」

 

「わかった。ありがとう。じゃあ、今度の土曜日に連れてきて。」

 

「はい。」

 

そういうと、梓は懸命に訓練に励んだ。

そして、決行の日梓は萌を遊びに誘っていた。萌は、この日も地味だ地味だとからかってきた。梓は絶対に成功させると心に誓っていた。萌は楽しそうに過ごしていた。この後、自分に降りかかる運命など知る由もない。梓は、少しだけ可哀想に思えてきた。しかし、動き出したものは今更止めることなどできない。帰る時間となり互いに別れた後、梓は行動を開始した。

梓は薬品を布に染み込ませた。

そして、誰もいないことを確認すると、その布を萌の口と鼻に押さえつけた。

萌は、何事かともがくが意識を失ったようだ。動かなくなった。そのまま、急いで鞄に詰め込んだ。誘拐は成功した。

梓は、走って拠点に急ぐ。そして、みほの元に連れて行った。

 

「た…隊長…連れてきました…さあどうぞ…」

 

「梓ちゃん。ありがとう。そんなに急がなくても良かったのに。」

 

梓のあまりの慌てように、みほは笑った。

 

「さあ、早く目がさめないうちに実験やっちゃってください。」

 

「え?梓ちゃん。それはダメだよ。事情を説明してあげないと可哀想だよ。梓ちゃん、梓ちゃんがこの子連れてきたからこの子には梓ちゃんからきちんと説明してあげてね。」

 

みほは、意地悪そうに話す。梓は絶望した。

 

「そ…そんな…」

 

梓はうなだれる。それを見たみほは囁いた。

 

「梓ちゃんもとうとう悪魔になるんだよ。悪魔の仕事の手伝いをしちゃったからね。梓ちゃんも私と運命を共にするしかなくなったんだよ。」

 

みほはニヤリと笑う。

 

萌は、梓が拘留されていた部屋に留め置かれることになった。その部屋はそのまま実験に移れる。萌は、裸で鎖に繋がれ眠らされている。梓は苦悩していた。どう説明すればいいのかわからない。そんなことを考えていると萌はようやく目を覚ました。

 

「う…うぅん…あ…梓…?あれ?え?何で私、裸で鎖に繋がれてるの?!」

 

萌の声が聞こえたので梓は覚悟を決めた。萌の最期を宣告するのだ。

 

「高橋萌さん。あなたは、毒ガス実験の実験体として選ばれました。犠牲になってもらいます。」

 

「え?ちょっと梓。何言ってるの?何の冗談?」

 

 

梓は何も言わなかった。

すると、萌は突っかかってきた。

 

「ちょっと梓聞いてる?ねえ!」

 

梓は思わず、鞭で萌を叩きつけていた。その鞭は、みほがもしも、モルモットが反抗したら使うようにと梓に指示し、渡していたものであった。乾いた革の音が部屋に響いた。梓はよくわからないがすっきりとした気持ちでその部屋を出た。萌は泣いていたが、そんなことは気にも留めなかった。そして、15分後実験の刻限となった。梓が2階にある、観察部屋に入るとすぐに実験は開始された。立会人として、毒ガスを作り上げた麻子とこの実験を計画したみほ、そしてモルモットを連れてきた梓が立ち会った。この日実験に使われたのは糜爛性の毒ガス、即効性のルノサイトと遅効性のマスタードガスを組み合わせたものだった。

 

「現時刻、20:00より第一回の毒ガス実験を始めます。よろしくお願いします。」

 

みほは、毒ガス実験の開始を宣言した。

厳重に閉ざされたその空間に毒ガスを流し込むためのボタンをみほが押した。

中の様子は監視カメラで見ることができる。毒ガスを流し始めるとすぐに咳やくしゃみを始めた。そして、身体がかなり痛むようだ。激しく痛がり悶える様子を見せ始めた。そして、嘔吐も始める。30分後、今度は肌に発赤が見られた。そして、皮膚が爛れ始める。12時間後、皮膚に水疱ができていた。この頃になると、もう動かなくなっていた。毒ガスを大量に吸い込んだため、死亡したのだ。死因は恐らく肺浮腫であると思われる。麻子は実験開始から死ぬまでの一部始終を克明に記していた。

みほは、満足そうに言った。

 

「やったね。麻子さん。麻子さんの毒ガスは十分効果があることが実証されたよ!」

 

みほは無邪気に喜んでいた。

すると麻子も

 

「あぁ、よかった。本当に良かった。」

 

と、喜びを噛み締めていた。

梓は、全て命令だから仕方なかったのだと割り切っていた。誘拐したのも命令、虐待したのも命令、そして、毒ガス実験もみほから命令されたからやった。全ては命令これだけであった。だから梓は淡々と

 

「毒ガス実験成功おめでとうございます。」

 

とだけ語った。

それを聞いたみほは悪魔の笑みを浮かべていた。

遺体は、厳重な装備をつけた麻子により調査された。そして同じく厳重な装備をつけた優花里により運び出されドラム缶に厳重に詰められ、毒が流出しないように何重にも鉄の板でドラム缶を包み込み夜中のうちに海に捨てられた。その日はちょうど学園艦がかなり沖合に出ている頃であったので処分するにはちょうど良かったのである。

寂しく流れていくドラム缶を見てもなお梓は何も感じなかった。何故ならこれも命令だったからである。

1人の一般人が命令によって非道な残虐なことをなしうる。これを実証した瞬間であった。

梓はみほが命令すればどんなことでもためらいなくなんでもやる。そんな人間になったのであった。

 

つづく




オリジナルキャラ紹介

氏名 高橋 萌
年齢 16歳
梓のクラスメイト。梓により、連れ去られる。その後、糜爛性の毒ガス実験により死亡。遺体はドラム缶に入れられ海に遺棄された。


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第17話 みほの計画と澤梓

祝 各校隊長キャラソン発売


梓は、毒ガス実験の後何食わぬ顔で学校生活を送っていた。萌がいなくなって1日2日くらいは風邪でも引いたのだろうと誰も気にはしなかったが、2週間も連絡がないので一部の生徒と教員を騒然とさせた。それが、噂であっという間に全校に広まり、学校中を大騒ぎさせたのだった。最後に会ったのが梓であるという目撃情報から色々聞かれたが、梓は知らぬ存ぜぬで最後まで通した。本当は全てを知っている当事者であり、萌をこの世から消し去った張本人であるが、何か証拠や痕跡が見つかるはずはなかった。全て海に捨てたのだから。結局、萌は行方不明として処理された。最初こそ騒然とした学校だったが、進展がないと皆、萌が行方不明だということを忘れ、普通の日常を過ごしていた。行方不明事件は未解決のまま闇に葬られたのだった。

梓は、毒ガス実験後も、相変わらず今後の任務のために必死に諜報員訓練を重ねた。しかし、大問題が発生した。梓は、調略が苦手であった。いくらやっても上手くいかない。理論は理解できるが実践するとどうしてもダメだった。もはやスペシャリストなっていた優花里に比べるとどうしても劣ってしまう。そこでみほは新しい運用を考案したようで、梓にこんな提案をした。

 

「梓ちゃん。梓ちゃんには、外部より学校内で活躍してもらおうかな。」

 

「学校内部ですか?」

 

梓は、学校内部でどんな活躍の場があるのだろうか。事実上の左遷ではないかと不安に思っていた。するとみほは

 

「えっと、梓ちゃんにはね、学校内部で秘密警察をやってほしいなって思ってるの。」

 

「秘密警察ですか…?」

 

秘密警察など何に使うのか、梓にはわからなかった。するとみほはハッとした表情になり、苦笑いをした。

 

「あ!ごめんごめん。大事なことをみんなに話すの忘れてたね。あはは…優花里さん。麻子さんを研究室から呼んできてくれる?」

 

「了解です!」

 

麻子を呼びに優花里は出て行った。そして、3分後麻子を連れて戻ってきた。

 

「話ってなんだ?西住さん。」

 

麻子がぶっきらぼうに眠そうにそう聞くとみほは

 

「私の計画について話しておこうと思ってね。」

 

と楽しそうに答えた。そしてみほは恐ろしい壮大な計画を話し始めた。

 

「まず、今日は私の計画の第一段階の話をするね。本当はもっと段階があるけどそれはまたの機会にお話するね。えっと、私の計画の第一段階はこの大洗女子学園の乗っ取り、そして支配をすること。そのために、計画の1番の障害、生徒会を失脚させなくちゃね。実は、生徒会に関するおもしろい情報を掴んでるんだ。」

 

「その情報っていうのはなんだ。」

 

麻子が興味深そうに尋ねた。

 

「うん。この情報は私が大洗に来る前、全国を旅した時に友達になった文科省の役人から仕入れた情報なんだけど、実はね、この大洗女子学園は今年度で廃校になる。って話なんだ。それでね、生徒会の人たちが文科省の学園艦を管理している部署に呼び出されて、廃校の話を聞いて、廃校を防ぐために、戦車道を復活させたんだって。これを改変させて、生徒会が文部科学省と結託して大洗を廃校にしようとしている。そして、生徒会は官僚から協力金として多額な金をもらっているっていう噂を流してみたらどうなるかな?えへへ。」

 

みほは、そう言って意地悪な笑顔を浮かべる。しかし、麻子は懸念を示した。

 

「なるほど。西住さんも悪趣味だな。だが、証拠がない。それはどうするんだ?」

 

そういうとみほは笑って

 

「うん。そうだね。確かに生徒会の不正を証明する完全な証拠はない。だけど、逆に生徒会にも無実を証明する証拠は全くない。でもね、人は悪い噂っていうのは結構信用しちゃうよ。生徒会は今までかなり強引なやり方もしてきたみたいだし、迷惑を被ってる子たちもたくさんいるんじゃないかな?そういうことなら、なおのこと悪い噂を信用しやすいし、広がりやすいよね?しかも、こっちにはこれがあるからね。」

 

そう言うと、みほは一枚の写真を取り出した。それは、生徒会のメンバーが文科省に入っていく瞬間を写した写真だった。

 

「この写真も私の友達が送ってくれた写真だよ。私はこの噂と写真、そして自分の演説の力を使って、この学園艦の中で私に味方をしてくれる人を手に入れるつもり。だけど、中には私のことをよく思わなかったりそれこそ、生徒会はこの噂を絶対認めないはず。だから、梓ちゃんはそうした蛆虫さんたちを取り締まって欲しいの。どんなことしてもいいから、ここに連れてきて欲しいな。麻子さんは、今まで通り毒ガスの研究をお願い。秘密警察ができたらこれからはもっと高頻度で毒ガス実験やれるようになるかもしれないね。優花里さんも今まで通り、外部の諜報活動よろしくね。」

 

「了解です!」

 

「あぁ、わかった。」

 

「はい。わかりました。隊長、この件私に任せてもらっても大丈夫ですか?」

 

「うん。いいけど、どうするつもり?」

 

みほは、少し怪訝そうに尋ねる。この計画が外部に漏れたらみほの立場がない。当然の反応だった。

 

「風紀委員に行くんです。この学園艦で警察権を持っているのは風紀委員ですから。学園艦の公的機関が生徒会の断罪や捜査を始めればより信用は増します。まずは、風紀委員を私たちの味方につけましょう。この話も、風紀に関わるって言えばきっとすぐに釣れますよ。風紀のことしか頭にない連中ですから。」

 

みほは、ニヤリと笑った。梓もだんだん板についてきていた。

 

「ふふ…梓ちゃんもなかなかひどいこと考えるね。いいよ。行っておいで。いい報告を待ってるよ。」

 

すると、梓は同じようにニヤリと笑いながら

 

「隊長にだけは言われたくありませんよ。はい。待っていてください。必ず風紀委員を取り入れてみせます。」

 

「ふふ…そうだね。うん。よろしくね。」

 

梓は拠点を出た。そして、この大役の任命を喜んでいた。ようやく自分にも活躍の場ができた。そんな風に無邪気に喜んでいたのだった。スキップでもしそうな気持ちで歩く。優花里は学校の外で梓は学校の中でそれぞれ活動することになった。

20分くらい歩き、梓は風紀委員の部屋についた。しかし、徒労に終わった。風紀委員のメンバーはすでに帰宅済みだったのだ。仕方がないので、明日また訪ねることにした。梓はまた20分ほどかけて、拠点に戻る。そして、みほにその件を報告した。

 

「隊長。風紀委員のメンバーはもうすでに帰宅していました。明日また訪ねてみます。」

 

「そっか。仕方ないね。わかった。じゃあよろしくね。」

 

その日、梓はみほから秘密警察に関する講義を受けた。ゲシュタポから、ロシアの秘密警察まで一通り学んだ。そして、秘密警察は主に何を取り締まり、何を担ったのかを歴史から検証した。そうしたことをしてその日は帰った。

次の日の朝、梓は急いで風紀委員の元を訪ねた。しかし、風紀委員の朝は忙しそうだ。門の前で制服の乱れなどを取り締まっている。そこで、梓は風紀委員に来訪の予約をしておくことにした。

 

「おはようございます。この中に風紀委員長の方はいらっしゃいますか?」

 

梓が尋ねるとすぐに返事が返ってきた。

 

「私よ。私が風紀委員長の園みどり子よ。」

 

「園さん。はじめまして。突然で申し訳ないんですけど、ちょっと本日風紀委員長に折り入ってお話ししたいことがあるのですが、いつなら来訪してもよろしいでしょうか?」

 

「わかったわ。なら、今日の17:00なんてどうかしら?」

 

梓は嬉しそうにお礼を言った。

 

「ありがとうございます!助かります!」

 

梓はご機嫌でその日を過ごした。そして放課後。梓は風紀委員の部屋の前に立っていた。なんだかわからないが胸の高鳴りが止まらない。自分の活躍の場がとうとうきた。そう思いながら梓は風紀委員の部屋の戸をノックした。

 

つづく

 



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第18話 警察権

武部沙織さんお誕生日おめでとうございます。
どこかに沙織さんを入れたかったのですが、入れる場所がありませんでした…

今回は澤ちゃんが暗躍します。


梓は、風紀委員の部屋の扉を叩く。するとすぐに応答があった。

 

「はい。どうぞ。」

 

「失礼します。本日面会の約束をした澤梓です。園さんはいらっしゃいますか?」

 

「あ、澤さんですね。ちょっとお待ちください。」

 

風紀委員がみどり子を呼びに行った。するとすぐにみどり子は出てきた。

 

「あ、澤さん。よく来たわね。さあ、こちらにかけてちょうだい。」

 

みどり子は椅子を勧めた。遠慮するのも野暮なので、梓は椅子にかけた。そして、ちょっとした雑談をした後に、本題に入る。

 

「それで、話って何かしら?」

 

「はい。その前に、この話は極秘の話で内密にしたいのでひとまず人払いをしていただけませんか?」

 

「わかったわ。」

 

そういうとみどり子は他の風紀委員に外に出るように指示した。みどり子以外が完全に外に出て廊下にも誰もいないことを確認してから、梓は話しはじめる。梓にとって、風紀委員を取り込むことはみほの計画を遂行する上で非常に重要なものとなる。駆け引きの時間が始まった。

 

「本日は改めてお話の機会を作っていただきありがとうございます。まず、このお話をする前に園さんに伺います。園さんをはじめ、風紀委員の方々の仕事とはなんですか?」

 

「それは、もちろん。学校の風紀を守って学校を守ることよ。」

 

みどり子は胸を張って答える。みどり子はとても誇らしげだった。それを聞いた梓は満足そうに頷き、

 

「それは、立派な心がけです。とても、素晴らしい。では、もしそれを壊そうとする者、大切な学校を私欲のために売ろうとする者がいたらどうしますか?」

 

「そんなこと!私たちが許さない!」

 

語気を強めて正義に燃えるような口調で語るみどり子を見て、梓はこの作戦は成功すると強く感じていた。そして、少し間をおいて話しはじめる。

 

「そうですか。実は…この大洗女子学園に学校を売ろうとしている者がいるのです。あ、そうだ。この学校が今年度中に廃校になるという事実は知っていますか?」

 

「え!?大洗女子が…廃校…?」

 

みどり子は愕然とした様子である。梓はやはりという表情をして言い聞かせるように話す。

 

「やっぱり、知りませんでしたか……それもそのはずですよね。落ち着いて聞いてくださいね。なぜ、未だに明らかにされないのか。それは、この廃校計画には生徒会三役が関わっているからです。」

 

「え…どういうこと?」

 

梓は1枚の写真を差し出した。その写真には生徒会三役のメンバーが文部科学省に入って行く様子が写っていた。みどり子はその写真を見て目を剥く。梓はさらに続けた。

 

「これは、生徒会三役のメンバーが文部科学省に入って行く様子を隠し撮りで写したものです。生徒会は、文科省の官僚と結託して廃校を推し進めようとしているのです。文科省は業者の癒着で学園艦の廃止と統合を推し進めようとしている。そして、生徒会三役はその廃校の手助けをすることによって多額の協力金が入る。こういう仕組みです。」

 

「生徒会が……とても信じられない……で、でも…証拠がないじゃない。」

 

「そうです。確かに現段階では証拠はありません。しかし、この情報は文科省の官僚からもたらされたものです。しかも、写真もある。この話は信じるに値するものではありませんか?」

 

もちろんこの話は全くのデタラメで嘘である。しかし、みどり子は何も言えない。梓の話は説得力があるのである。梓は、最後のトドメとばかりに口を開く。

 

「園さん。最近、戦車道が復活しましたよね?その秘密をご存知ですか?実は、あれも廃校にするための策略なんです。聖グロ戦の無様な戦いを見たでしょ?あれが大洗の実力なんです。生徒会の狙いは、戦車道の全国大会で優勝したら廃校を撤回するという約束を取り付けたという名目で私たちを戦わせます。しかし、現有戦力と昨年優勝校のプラウダ高校の戦力差は10倍あります。これで勝てると思いますか?」

 

「難しいわね…」

 

もちろん、この戦力差の数字も適当に作ったものである。もし、優花里ならすぐに矛盾を見抜くだろうが、みどり子に戦車の知識は一切ないのだから見抜くことはできない。さらに梓は畳み掛ける。

 

「そうです。難しいのです。難しいどころかほぼ無理でしょう。こうして、私たちを負けさせることでなるべく反発なく、廃校にもっていく。これが生徒会三役の狙いです。私たちには、これだけの間接証拠ではありますし、揃っています。」

 

「それで、私たち風紀委員はどうすればいいの?」

 

梓はパッと嬉しそうに笑いながら将来の夢を語るような明るい口調で楽しそうに語った。

「私たちは、この一連の不正に対しての追及を強めていこうと思っています。そして、いずれ生徒会三役の野望からこの学校を解放しようと思っています。そのために、クーデターも辞さない考えです。」

 

「クーデターね…」

 

みどり子は呟く。梓の言っていることはみどり子には頼もしく見えた。協力したい。しかし、クーデターという言葉にためらっていた。クーデターによって、なおのこと風紀が乱れる可能性を懸念していたのだ。そうした様子を見て、梓は心に訴えかけるように語る。

 

「しかし、私たちはまだ4人しか仲間がいないのです。ですから、風紀委員の皆さんにも、私たちに協力してほしいのです。お願いです。どうか、私たちと共に学校を守ってください。そして、正しい道へ導いてください。お願いします。」

 

梓は嘘で固められた言葉を並び立てる。みどり子は感動していた。学校のためにここまで身を捧げる覚悟なのかと。みどり子は騙されてしまったのだ。そして、言ってはいけないことを言ってしまった。

 

「わかったわ。私たち風紀委員はあなたたちに全面協力します。そしてこの件、あなたたちに全権を委任する。あなたたちが見つけた不正だもの。あなたたちの手柄にしなさい。」

 

その言葉を聞いて、梓はとても嬉しそうに何度もお礼を言った。

 

「ありがとうございます。では、この委任状にサインをお願いします。あと、園さん。このことは私からお話しするので、他の風紀委員の皆さんにはまだ何も言わないでください。よろしくお願いします。」

 

「わかったわ。」

 

風紀委員は「全権委任」の意味を全く理解していない。「全権委任」それ即ち、「不正に関する捜査」という名目であればどんなことでも警察権を行使できて、なおかつこの委任状には身柄の拘束も可能であるという条項も小さく書かれていた。つまり、誰かの許可を得なくても独断で拘束もできるということを意味している。みどり子は絶対に全権委任をしてはいけない者に全権委任をしてしまった。

梓は委任状を手にして部屋を出る。梓は部屋を出た瞬間ほくそ笑んだ。

 

(所詮は高校生、騙すのはたやすいこと。風紀委員も口ほどではないな。)

と心の中で思っていた。みどり子が梓の本当の目的など知る由も無い。梓は合法的な手段で警察権を掌握し、更に逮捕権も認めさせたのだ。

 

そして、梓はこの件をみほに報告するために急いで拠点に向かった。この喜びを早くみほと共有したかった。

梓は、拠点にて成果を報告した。するとみほはとても喜んだ。

 

「梓ちゃん!よくやってくれたね!ありがとう!次は私が頑張らなきゃね!」

 

「はい。ありがとうございます。」

 

淡々という梓にみほは

 

「それにしても、風紀委員もバカだよね。私たちに全権委任しちゃってその上更に、逮捕権も認めちゃうなんて。なんでもできちゃうよね。それじゃ、遠慮なく使わせてもらおうかな…えへへ。」

 

「はい。そうですね。遠慮なく使いましょう。」

 

梓はまるでみほの影武者のようだった。

みほの計画は有能な梓の働きにより本格的に動き始めたのであった。

 

つづく



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第19話 演説

風紀委員という警察組織を生徒会から完全に切り離し、なおかつ風紀委員からも警察権を奪い、今まで前代未聞の逮捕権をほとんど詐欺のような形で認めさせたみほたちは、早速動き始めた。

まず最初は、演説からである。演説によって人心を引きつける。これこそ一番重要であると考えられていた。いくら入念に計画を練っても、人が付いて来なければ元も子もないのだ。みほはまず戦車隊のメンバーを味方にすることを試みた。そのための布石として梓は、うさぎさんチームの皆に、この学校が廃校になるという事実と、その裏に生徒会がいるという嘘を絡めながら、巧みな話術で話した。すると、バカさんチームと揶揄されるだけのことはあり、すぐに騙された。

 

「え…廃校…うそ…」

 

「ううん…嘘じゃないんだ…しかも、その裏に生徒会が絡んでいるのがまた厄介なの…」

 

梓が肩を落としながら、語るのを見てうさぎさんチームの皆はなんとかできないものかと思ったようだ。

 

「私たちでなんとかできないの?そんなの許せないじゃん!」

 

あゆみが言った。梓は嬉しそうに微笑みながら語った。

 

「なら今度、西住隊長の演説があるんだけどその時に西住隊長が語ることになんでも賛同してくれない?」

 

「え、そんなことでいいの?それなら私たちでもできるね!」

 

皆、口々にそう言う。

 

「なら、よろしくね。」

 

「うん!」

 

梓は、うさぎさんチームをサクラとして採用することに成功した。賛同者がいれば、演説は進めやすくなる。戦車隊もみほのものになると確信していた。

梓は、みほにある提案をした。

 

「隊長、パンツァージャケットのまま演説するおつもりですか?それだとなんだか見た目が……せっかくですからこんな格好で演説しませんか?」

 

梓が差し出したのはドイツ国防軍の軍服が載った本だった。その本のあるページを梓は開く、そのページにはドイツ国防軍の司令官の軍服が載っていた。

 

「うーん。私には似合わないんじゃないかな?」

 

「見た目で負けてたら困ります。絶対に着てもらいます。」

 

梓に提案されて、みほは仕方なくその制服を着ることにした。

数日後みほは、生徒会に極秘で演説を始めた。本来、今日も練習日なのだが、生徒会のメンバーには3時間遅い時刻から練習を始めると伝えておいた。そのため、生徒会が来る心配もない。

みほは、Ⅳ号戦車の上に立って演説を行った。演説を行うみほは今までのみほとは口調も全く違い、まるで別人のようだった。みほの姿は力強く美しかった。軍服を着込んだみほの姿は一層格好よく見えた。

みほは、最初に優しく語りかけるように皆に問う。

 

「諸君は、学校は好きか?」

 

すると、皆口々に大好きだと答える。するとみほは満足そうに頷き、続けた。

 

「では、その学校がもしなくなるとしたらどうする?」

 

すると今度はそんなことは絶対に嫌だという声が聞こえてきた。

 

「そうか…しかし諸君!!我々のよく知っている者たちが、この素晴らしい学校を自身の欲望のために売り、廃校にすることを画策している!何故か?それは金のためだ。その者たちは、奴らは、文部科学省の官僚どもと結託して、学校を廃校に追い込もうとしているのだ!文部科学省は業者と癒着していて、学園艦の廃止統合を推し進めようとしている。その者たちは、その統廃合の手助けをすることで協力金として多額の金を手にしようとしている…そいつらはそれを隠して今でも平気な顔をして学校に通っているのだ!そんなことが許されるのか!?許されていいはずがない!我々は、その薄汚い奴らから学校を取り戻さなければならない!では、その者たちとは誰なのか、それは諸君らもよく知っている人物だ!!その者たちは……こいつらだ!」

 

そういうとみほは懐から紙の束を取り出した。そして、まるで指名手配書のようなデザインの紙をばら撒いた。その紙には生徒会のメンバーの顔写真と、証拠とされた写真が載っていた。

 

「この蛆虫どもが、我々を路頭に迷わせようとしているのだ!金に汚れた薄汚い奴らだと思わないか?こんな奴らが学校のトップに君臨している!!こんな悪が許されてはならない!!我々の手で蛆虫どもの野望から学校を守ろうではないか!そして、我々の手にもう一度学校を取り戻そうではないか!諸君らは、この戦車隊がなぜ創設されたか知っているか?それは、生徒会が効率よく学校を廃校に追い込むための手段だ!廃校を免れるために、戦車道を復活した。優勝すれば撤回されると嘯き、そして強豪校に叩き潰され、敗北した姿を見せることで学校が廃校になったのは負けたのだから仕方ないと思わせる。汚いやり方だ!我々は、その汚い計画の駒にされたのだ!!悔しくないのか!?わたしは悔しい。戦車道をこんなことに使われるなど怒りにこの身が震えている!!私は、学校を蛆虫どもから取り戻すため最後まで戦う覚悟だ!!」

 

最後にみほはこう付け足した。

 

「今現在、我々は風紀委員のメンバー全員を味方にした。だが、まだ足りない。我々と共に悪と戦うと言うのなら我々は喜んで諸君らを歓迎する!」

 

みほの演説は天才的に上手かった。みほは叫ぶように演説をした。戦車隊の皆は感動していた。そして、怒りに震えた。みほについていこう。この人になら全てを捧げても構わない。戦車隊の全員がそう思っていた。戦車隊の中において生徒会の信用は地に落ちた。

もはや、戦車隊の中に生徒会に聞く耳を持とうという者や味方をしようとする者はいなかった。

 

「もちろん。この計画は危険が伴う。もし、計画に参加したくないと言うものがあれば遠慮なく出て行ってくれても構わない。では、諸君らに問う。我らと共に戦う気がある者は一歩前へ!!」

 

すると、全員前に出た。みほは、満足げに微笑みながら語った。

 

「諸君らの覚悟は見事だ!我々は諸君を歓迎する!しかし、この計画が蛆虫どもに漏れる可能性もなきにしもあらずだ。だから、本日の訓練もくれぐれもいつも通りで。そして、計画実行まではくれぐれも内密に頼む。では、解散とする!」

 

みほは、Ⅳ号を降りる。すると、いつものみほに戻った。

 

「みぽりん!どうしたの?すごい演説だったよ?全然違う人みたいだった!それにとってもカッコよかった!」

 

「ええ。感服しました。みほさんは演説の天才なのかもしれませんね。」

 

沙織と華が目を丸くして駆け寄ってきた。

 

「えへへ。そうかな?」

 

みほは恥ずかしそうにはにかんでいた。

 

「ところで、生徒会。許せないよ。そんな計画をしてたなんて…」

 

「裏切られました…」

 

「うん…私もこの事実が明らかになったときびっくりしちゃった…それに許せない…でもね、みんなが協力してくれるって言ってくれて安心したよ。みんなありがとう。」

 

みほは希望に満ち溢れた顔をしていた。そんな様子を遠巻きから見ていた梓は、これがみほの怖さだと改めて感じていた。みほは、あっという間に嘘をさも本当のように語り、群衆を熱狂させ、共通の敵をつくり上げることにより、群衆を束ねた。戦車隊は完全にみほのものになった。

みほは、強力な武力を手に入れたのであった。

警察権を手に入れ、武力を手に入れたみほに逆らえる者はこの瞬間からいなくなったのである。

 

 

つづく



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第20話 全国大会の記憶

また、30年後に戻ります。山田舞の取材です。


「えっと、それで私はあの演説を聞いて、改めて隊長の恐ろしさを実感したわけです。」

 

「なるほど。」

 

澤梓は、壮絶な体験をしていた。そして、西住みほの1番の忠臣となり、非人道的で恐ろしいことも命令と割り切ればなんでもやった。これは、全ての人類に言えることなのかもしれない。恐ろしいことである。こうした事態はどこでも起こりうる。その可能性はあるのではないか。私はそう考えていた。身体中から嫌な汗がダラダラと流れているのに気がつく。話を聞くだけでそんな風になるのだから実際体験したものの苦痛は計り知れない。そんなことを考えていると、秋山優花里が思い出したように語り始めた。

 

「そういえば、澤殿このくらいの時期ですよね?戦車道の全国大会が開かれたのは。」

 

「そういえば、そうですね。確か、秋山先輩はあの時期頻繁にどこかに出かけてた気がするんですけど、どこに行ってたんですか?」

 

「えっと…それはですね…ちょっと病院に行ってたんです…」

 

秋山優花里は何か都合の悪いことでもあるのだろうか。口をつぐみ、ごまかし始めた。しかし、澤梓の追及は止まらない。顔を近づけて、やや低い声で話し始めた。

 

「秋山先輩。それ、嘘ですよね?そんなバレバレの嘘つかないでください。私も、嫌で思い出したくもない記憶を思い出して山田さんに全てを語ろうとしているんです。秋山先輩だけ逃げられると思っているんですか?」

 

「うぅ…私の話は大した話ではないですよ。さあ、澤殿の話をもっと聞かせてください。」

 

秋山優花里は後ずさりしながら必死に逃げようとする。しかし、澤梓はニコニコしながら秋山優花里に迫った。

 

「秋山先輩。話してください。取材なんですから、正直に話さないとダメですよ?ね?山田さん。」

 

澤梓は突然こちらに振ってきた。私は若干弱りながら答える。

 

「え…ええ。まあ、無理にとは言いませんが、職業柄正直に全部話していただけると助かります。」

 

「ほら、秋山先輩。記者さんもそう言ってるんですから。」

 

「う……わかりました…お話ししましょう…」

 

しばらく沈黙が続いた。やはりためらっているのだろうか。なかなか話そうとはしなかった。

 

「あの…秋山さん無理に話そうとしなくてもいいですよ…?」

 

私がそういうと秋山優花里は決心したように話し始めた。

 

「いえ、私にはこのことを伝える義務と使命がありますから!あれは、戦車道の全国大会に参加することが決まり試合組み合わせを決めた後のことです…」

 

つづく



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第21話 秋山優花里の新任務

みほの演説の後、やはり全国大会に出ることが生徒会から告げられた。みほからはまだ平然を保つように指示されているので皆いつも通りにしていた。しかし、表では信頼した様な顔をしているが、裏では皆生徒会には不信感を持っている。組み合わせ抽選の結果、大洗女子学園の1回戦の試合相手はサンダース大学附属高校に決まった。強敵である。これは、今の生徒会チームに不信感を持っているチーム状態では勝てない。優花里は、学校が終わった後の拠点で思い切ってみほにどうするつもりか聞いてみた。

 

「先日の演説でチーム状態はかなり悪化しています。みんな、表では生徒会と信頼関係にある顔をしていますが、裏では不信感の塊です。これではとてもサンダースに勝てる気がしません。どうするつもりなんですか?」

 

するとみほは何の問題もないといった口調で驚きの策を話した。

 

「うん。そのことなんだけど、優花里さん。偵察も兼ねてサンダースに行ってくれないかな?そして、戦車隊で主力の戦車に乗っている人を調べてここに連れてきてくれる?」

 

「ま…まさか、西住殿…?」

 

優花里は察した。すると、みほは頷きながら楽しそうに語る。

 

「うん。優花里さんが思っている通り、サンダースから何人か誘拐してきて。今回は早ければ早いほどいいかな。何日も行方不明って状況が続けば、心理状態は戦いどころじゃなくなるだろうからね。」

 

「で…でも今回は殺さず誘拐して捕虜にした人たちはサンダースに返すんですよね?」

 

するとみほはさも当たり前の様な口調で言い放った。

 

「返すなんて、そんなことできないよ。今回も毒ガス実験のモルモットになってもらう。もし、帰してあげてもサンダースで喋っちゃって誘拐が露呈でもしたら大変だよ。」

 

優花里は言葉を返すことができなかった。するとみほはポンと優花里の肩に手を置いた。そして、耳元で囁く。

 

「できないなら優花里さんがモルモットになってみる?ふふっ優花里さんがバカじゃないことを期待しているね。」

 

そういうと、みほは出て行った。優花里は力が抜けたようにうなだれた。涙が頬を伝っていき、冷たい床に落ちた。しかし、いつまでも泣いていられないのだ。やらなければこっちが死ぬ。優花里は急いで準備を始めた。コンビニの輸送船がいつ大洗に着くのかを調べ、潜入した。そしてそのまま、コンビニの従業員のふりをして、サンダース高校に潜り込んだのである。トイレでサンダースの制服に着替えた。みほからは十分な時間が与えられている。まず、優花里は遠巻きから双眼鏡で演習の様子を偵察した。

 

「おぉ…圧巻であります!」

 

優花里は思わず声を出してしまった。しばらく偵察していると、シャーマンファイアフライが現れた。

 

「おぉ!あれはファイアフライ!いいものが見れました!」

 

優花里はしばらく大興奮していたが、やがてファイアフライから人が降りてくると集中した。そして、その人の特徴を克明に記録していく。今回の誘拐のターゲットはファイアフライの操縦手だ。ファイアフライに搭乗する砲手、ナオミは砲手のエースであると聞いている。そのエースが乗る戦車を無力化または弱体化させるため、ファイアフライの操縦手誘拐を最優先で行うようにとみほから指示があったのだ。しばらく偵察していると演習が終わったようだ。優花里は急いでサンダースの戦車隊が出てくるのを待っていた。しばらくすると、ミーティングも終わりぞろぞろと中から出てきた。優花里は必死にファイアフライの操縦手を探した。するとその人はすぐに見つかった。優花里はしばらくして後をつけた。初めての外での任務だ。慣れない土地でドキドキしながらターゲットが1人になるタイミングを伺っていた。1人になった瞬間襲いかかろうと思っていた。しかし、なかなか1人にならない。やきもきしながら後をつけていた。早く1人になってほしい。そんな優花里の願いもむなしく最後まで、1人にならずに寮についてしまったようだ。アパートらしき建物に入って行ってしまった。

優花里はどうしようかと困ってしまった。一度今日中に大洗女子学園の学園艦に帰るつもりだったのである。今日中に大洗に帰るには、夕方にやってくるコンビニの定期船に乗らなくてはならない。しかし、それは諦めるしかないようだ。仕方がないので、夜中になるのを待ってガラスを割り侵入し誘拐することにした。優花里は、みほの携帯に電話をした。

 

『もしもし、優花里さんどうしたの?』

 

『今、サンダースにいるのですが、ターゲットが最後まで1人にならずに、寮の中に入ってしまったので、実行は夜中になりそうです。その関係で今日中には帰れそうにありません。一応連絡しておきます。』

 

『うん。わかった。気をつけてね。』

 

『はい。また帰るときは連絡します。』

 

優花里は電話を切る。そして、夜中までの暇な時間をどう過ごそうかと思ってブラブラとサンダースと学園艦をあてもなく歩いていた。すると優花里はハッとしたような表情をしておもむろにどこかに走り出した。重要なことを思い出したのだ。本当は操縦手を誘拐して今日中に帰るつもりだったのだ。その予定では操縦手を大きな鞄に詰め込んでそのまま運ぶ予定だった。しかし、今回大幅に予定がずれてしまった。まさか、気を失った操縦手をそのまま放置しておくわけにはいかない。優花里は、その操縦手を入れた鞄を置いておく場所を探し始めたのだ。必死に探していると、コンビニの定期船が着岸する場所のすぐ近くに滅多に人が近寄らない場所があった。優花里はそこに鞄を置くことにした。

操縦手を詰め込んだ鞄の一時保管所を見つけ、ホッとした優花里はサンダースの学園艦をブラブラと歩き始めた。折角なので、学園艦の構造をしっかり理解しようと試みたのだ。そんなことをしていると、すぐに夜中になった。優花里が時計を見ると、すでに1時を回っていることに気がついた。優花里は、ファイアフライの操縦手が住む寮に再び向かった。優花里は階段を上がり、その操縦手の部屋の前に立った。鍵をピッキングで開けて部屋に侵入すると、スヤスヤと眠っている操縦手を抱き抱え、そっと鞄の中に詰め込んだ。そして、壁にかかっていた鍵を持ち鍵を閉め、急いで一時保管場所に向かった。ようやく到着した優花里は鞄のチャックを開けた。操縦手はまだスヤスヤと眠っている。ホッとした優花里は眠り薬を静脈投与し、口にガムテープを貼り、手足を縛った。そして、そのままその場所で朝になるのを待った。朝になり、やがて定期船がやってきた。コンビニの商品の荷を下ろし、出航の時間となった。優花里は急いでサンダースの制服からコンビニの店員の格好に着替え、定期船に飛び乗る。バレないようにビクビクしながら乗っていたが、なんとかバレずに済んだようだ。2時間程度だったが長い航海のようだった。優花里2日ぶりに大洗女子学園の学園艦に立つ事ができた。優花里は、大洗女子学園に着いたと同時に急いで拠点に向かった。みほに捕虜を引き渡すためだ。

みほは、拠点の外で待っていた。

 

「あっ。優花里さん!お疲れ様!どう?誘拐できた?」

 

「はい。ファイアフライの操縦手を誘拐してきました。」

 

「わぁ!すごい!ありがとう!優花里さん!」

 

すると、次の瞬間みほは衝撃的なことを言い放った。

 

「じゃあ、優花里さん。もう一度サンダースに行ってきて?」

 

「え…?」

 

優花里はみほが言ったことを理解できなかった。

 

「あの…私の聞き間違いでしょうか?もう一度サンダースに行けって聞こえたんですが…」

 

すると、みほは意地悪そうに笑いながら言った。

 

「うん。言ったよ。だって優花里さん。まだ、1人しか連れてきていないでしょ?最低でもあと4人は連れてきて?」

 

みほは、楽しそうに笑う。

 

「4人も実験できるなんて楽しみだなぁ」

 

優花里の身体からだらだらと汗が流れてきた。そんな優花里を見て悪魔の笑いをしてみほは耳元で囁いた。

 

「今日の夕方の定期船で行ってきてね、よろしくね。」

 

逆らえない。優花里はやむを得ず再びサンダースに向かう準備を始めたのであった。

 

つづく



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第22話 サンダース再び

優花里はため息をつきながら歩く。コンビニの定期船が着岸する場所に再びやってきた。そして、夕方の定期船に乗り込み再びサンダースに向かった。今回は、最短でも2日は滞在することになるだろう。その間、優花里は怪しまれないように過ごさなければならない。どこに潜伏しようかと困っていた。サンダースに着いた頃には、もう夜だった。行動は明日以降。仕方ないので昨日、操縦手を入れた鞄を置いたところで寝ることにした。翌日、皆が学校に行った頃、優花里も学校に行った。そして、早速戦車道の演習を偵察した。今度の狙いは隊長車の操縦手だった。隊長のケイが乗ったM4シャーマンを見つけ、双眼鏡で覗き込む。昨日と同じく、その中から人が降りて来ると、優花里はまた克明に降りてきた人を記録した。今回、優花里は幹部の乗った車両の関係者をあわよくば複数人誘拐しようと考えていた。次から次へと人相を書き留める。そして、練習が終わると出待ちをした。そしてこっそりと後をつける。すると、隊長車の操縦手、装填手、砲手が一緒に出てきた。さらに副隊長車に乗っていた、操縦手も一緒にいる。優花里はまたこの中の誰かが1人になるタイミングを伺っていたが、なかなか1人にならない。そして、隊長車メンバーと副隊長車の操縦手は4人揃って寮に入って行ってしまった。その寮は1人で住むには大きすぎる気がした。もしやと思い、間取りを調べてみることにした。すると、この寮は3LDKであることがわかった。隊長車の3人はシェアハウスに住んでいたのだ。そして、今日は副隊長車の操縦手も招いて何かをやるようだ。これは、少なくとも3人はまとめて誘拐できる。大幅に手間が省ける。優花里はとても喜んだ。そして、優花里は夜中になるのを待った。しかし、副隊長車の操縦手はなかなか部屋から出て来ない。とうとう全ての部屋の明かりが消えた。今日はお泊まり会をするようだ。4人とも誘拐できる。みほのノルマを達成できる。優花里はとても喜んでいた。優花里は部屋の明かりが消えて2時間後部屋にピッキングで鍵を開けて侵入した。皆スヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。自分の運命がどうなるとも知らずに幸せそうな寝顔だった。優花里は全ての部屋に侵入して、1人ずつ抱き抱え、用意した4つの鞄に詰め込んだ。スーツケース2つにそれぞれ1人ずつ、リュックと旅行カバンにそれぞれ1人ずつ詰め込んだ。そして、優花里は部屋の鍵を閉めて部屋を出る。4つの鞄はとても重くて腕と肩が辛かったがそれに耐えて急いで一時保管の場所に向かう。そして、優花里は4人の手と足を縛り、静脈注射で眠り薬を投与して、口にガムテープを貼った。優花里はその日、そこで眠った。次の日、優花里は全国大会の全体ブリーフィングを偵察した。

 

「ファイアフライ1両。シャーマンA1、76mm砲搭載1両、75mm砲搭載8両。」

 

「じゃあ、次はフラッグ車を決めるよ!オッケー?」

 

どうやら、フラッグ車が決まったらしい。皆歓声をあげる。

 

「何か質問は?」

 

優花里は偵察中の身でありながら思わず質問してしまった。

 

「小隊編成は、どうしますか?」

 

「oh〜いい質問ね。今回は完全な2個小隊は組めないから3両で1小隊の1個中隊にするわ!」

 

「フラッグ車のディフェンスは?」

 

「ナッシング!」

 

「敵には三突がいると思うんですけど…」

 

「大丈夫!1両でも全滅させられるわ!」

 

周りが歓声をあげる。その時だった。ナオミが声を出した。

 

「見慣れない顔ね。」

 

「ふぇ…」

 

慌てて座ったが遅かった。

 

「所属と階級は?」

 

「はい。あの…第6機甲師団オッドボール三等軍曹であります!」

 

「偽物だ!」

 

優花里は慌ててその場を逃げ出した。

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

「追え!」

 

必死に逃げて逃げてようやく巻いた。しばらくは近づけないな。そう思っていた。夕方まで時間が長く感じた。見つからないように一時保管場所にずっと隠れていたのだ。幸い誰にも見つからずに済んだが、乗船の時が大変である4つの鞄を持ったコンビニの制服を着た怪しい人物が乗り込むのである。船員に怪しまれないか心配であった。もしかしたら見つかるかもしれない。そんな恐怖を感じながらブルブルと震えていた。2時間がとても長く思え、早く着いてほしいと願った。ようやく、大洗に着いたころにはもうへとへとだった。

優花里は最後の力を振り絞り、みほの元へ急いだ。

拠点に着くとみほは外で待っていた。

 

「あっ優花里さん!遅いよ。裏切って逃げちゃったのかと思った。まあ、逃げたとしてもどこまでも追いかけて必ず殺すけどね。」

 

みほの言葉に優花里は血の気が引いた。

 

「そ…そんな、裏切るわけないじゃないですか。さあ、連れてきましたよ。今回は隊長車の操縦手、装填手、砲手と副隊長車の操縦手。合わせて4人です。あと、今回出場車両の情報も手に入れることができました。」

 

みほは、優花里が差し出した鞄を開け、ニヤリと悪魔のように笑いながら中を覗き込んだ。そしてスヤスヤと薬の効果で眠っている犠牲者を愛おしそうに眺めながら

 

「ありがとう!優花里さん。じゃあ、モルモットたちを最初の毒ガス実験やった時と同じ部屋に運んでくれるかな?着いたら手足は縛ったままでいいから裸にしてね。」

 

「わかりました…」

 

優花里は再び重い鞄を4つ持ってその部屋に向かう。そこには、先日優花里が誘拐したファイアフライの操縦手が裸にされて縛られていた。

操縦手は、悲痛な顔をして優花里に問うた。

 

「あなたは…?私はなぜこんな目にあっているんですか…?私が一体何をしたというんですか…そしてここはどこですか…?」

 

優花里は悲痛な声に罪悪感に耐えながら答えた。

 

「私には答えることはできません…さあ、仲間が来ましたよ。」

 

優花里は部屋の中に4人の少女を寝かせた。そして、部屋を出て泣いた。そして、みほに早く実験を執行するように懇願した。優花里としてはどうせ死ぬなら、苦しみや恐怖を早く解放してあげたいと思っていた。しかし、みほは非情だった。

 

「実験は7日後、そしてその執行を告げるのは優花里さん。優花里さんが連れて来たんだから優花里さん自身で引導を渡してあげてね。」

 

みほは、苦しみや恐怖をなるべく引き伸ばすという選択をしたのである。それがみほの好みであった。優花里は膝からがっくりと崩れ落ちた。

 

「う…うう」

 

涙がこぼれ落ちる。みほは、その様子をただただ、楽しそうに眺めていた。

うなだれた優花里の姿はみほの陰に包まれていた。それは、まるでゆかりを自らの闇で支配していると周りに誇示しているかのようだった。

つづく



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第23話 第二回目の実験

優花里は、サンダースから誘拐された5人にはせめて死ぬまでの7日間、恐怖をなるべく和らげてあげたいと思い、積極的に話しかけた。優花里は梓に虐待行為まがいな事をしてしまったことを深く反省し、二度と同じ轍は踏まないことを決意していた。最初こそは5人とも当たり前だが震えているだけでなかなか心を開かなかった。しかし、粘り強く話しかけてるうちに少しだけ仲良くなった気がした。優花里と5人はたくさんの話をした。大好きな戦車の話、学校のこと、戦車道のこと、そして5人の恋の話。優花里にとっても楽しい時間であったし、5人も楽しそうな様子だった。

 

「やっぱりファイアフライはあの長砲身が魅力ですよね!」

 

「ええ。ファイアフライはサンダース自慢の戦車ですから!」

 

特にファイアフライの話をした時、学校の誇りなのだろう。自慢気に話してくれた。優花里は仲良くなれて嬉しい反面。もうすぐ非情な運命が待ち受ける5人にどう伝えればいいのか苦悩していた。

しかし、時は待ってくれない。非情な運命は刻一刻と近づく。その間、優花里は5人と話しながら、どうすればなるべく5人に恐怖を感じさせずに非情な運命を伝えることができるか、考えていた。しかし、そんな便利な方法は見つかるわけがない。時はあっという間に過ぎ、ついに実験当日になった。実験当日の朝みほは、実験執行の書類にサインした。それを麻子に渡して毒ガスを用意させる。そして、優花里に5人に最期を宣告するように指示した。

 

「優花里さん。モルモットたちに伝えてきて。」

 

「了解です…」

 

優花里はなるべくゆっくりと5人のもとへ向かう。そして、部屋の前へ着いた。

 

「皆さん。おはようございます。私です。」

 

優花里が話しかけると皆、嬉しそうに返してくれた。

 

「あれ?今日は早いですね。おはようございます。」

 

「今日は何を話しますか?」

 

「あ、昨日の話の続きをしましょうか?」

 

何も知らずに明るい5人を見て優花里は胸が締め付けられる。この5人が一体何をしたというのか、なぜこんな非情な運命を背負わせなければならないのか。

 

「あの…えっと…今日は…」

 

優花里は口をつぐみ何もいうことができない。しばらくの間沈黙が続いた。優花里にはその時間がとても長く感じられる。優花里は、ここはストレートに伝えて意味もわからず混乱したまま死んでいったほうがある意味、余計な恐怖を与えなくて楽かもしれないと考え、ストレートに伝えることにした。

 

「今日は…皆…さんと話すことはできません…皆さんの人生はここで幕を閉じます…大丈夫です…今日は…すぐに楽になるはずです…きっと…」

 

自然と涙がこぼれてくる。5人はキョトンとした表情だった。

 

「え?どういうことですか?」

 

「ご冥福をお祈りします。」

 

優花里はそれだけを言うと足早に部屋を後にした。5人は去っていく優花里に向かって必死に何かを叫んでいた。優花里は、観察室に向かう途中の階段に座り込み泣きじゃくった。優花里の泣き声が響き渡っていた。やがて、泣き止み観察室に向かった。観察室に入るとみほが口を開いた。

 

「優花里さん。ご苦労様。優花里さん、あのモルモットたちと仲がいいみたいだね。辛いだろうけどしっかり最期を見届けてあげてね。」

 

「はい…」

 

みほは、クスクスと笑っていた。優花里は、消え入りそうな声で返事することしかできなかった。

今日の実験は立会人として計画したみほ、毒ガスを作った麻子、そして誘拐した優花里が立ち会った。

 

「現時刻、午前9時。ただいまから、第2回の毒ガス実験を行います。本日はサリンを使用します。よろしくお願いします。」

 

「ああ、よろしく。」

 

みほが高らかに毒ガス実験開始を宣言した。いつの間にサリンなど開発していたのか。麻子は、研究成果を応用してどんどん新しい毒ガスを作り出していた。第1回目では糜爛性のガスが使用されたと聞く。優花里は肌がただれて死んでいく糜爛性ガスよりは今回のサリンの方がマシかもしれないと思っていた。みほは、ボタンを押して厳重に密閉された部屋に猛毒のサリンを注入し始めた。部屋の様子は、監視カメラがあるのでモニターで確認すればよく分かる。高濃度のサリンが散布されるのだ。部屋では、すぐに5人が苦しみもがき始める。あまりの苦しさに失禁を始めた。そして、徐々に意識が混濁し始め昏睡状態になり呼吸困難に陥って、死亡した。麻子はその様子を克明に記録するために食い入るようにモニターを見ていた。今回の毒ガス実験はあっという間に終わった。みほは、子どものように無邪気に喜んでいた。

 

「麻子さんは本当にすごいなぁ。あの研究ノートを応用してサリンまで作っちゃうなんて。」

 

「そんなことはない。ただ、効果が実証されて良かった。」

 

麻子もまた、新たな毒ガスの完成と効果の実証を誇らしげに喜んでいた。

みほは、優花里にすぐ遺体を洗浄するように指示した。優花里は厳重な装備で部屋に向かい遺体を洗浄した。先ほどまで、一緒に話していた5人はもう動かない。優花里は洗浄しながら再び泣きじゃくっていた。すると、麻子がやってきた。

 

「優花里さん。洗浄は終わったか?」

 

「もう…すぐ…終…わります…」

 

優花里は泣きながら答えると麻子はぶっきらぼうに

 

「そうか。」

 

とだけ答えた。洗浄が終わって、麻子に遺体を引き渡す。麻子は色々と調査を始めた。調査が終わると麻子はなんとおもむろに遺体の首の部分を切断し始めた。優花里は一瞬何が起こったのかわからなかった。しかし、理解した瞬間思わず怒気を孕みながら叫んだ。

 

「ちょっと!冷泉殿!なにやってるんですか!遺体まで傷つけるなんてあんまりです!」

 

すると、麻子は再びぶっきらぼうに答える。

 

「西住さんの指示だ。」

 

「首を切ることがですか…?」

 

「ああ、最初西住さんは遺体を丸ごと放置しておくって言っていた。しかし、遺体が腐敗して大変なことになるからとなんとか西住さんを説得したら、西住さんに遺体の一部でもいいから取っておいてほしい。なるべく首を残しておいてほしいと言われた。私もこんなことやりたくないが西住さんに言われたら仕方ないだろう。」

 

「え…なんの…ために…?」

 

「生徒会に恐怖のプレゼントをするため、だそうだ。死後硬直がもう始まっている。これ以上進むと切れなくなる。すまないが急ぐからな。見たくないなら見なくてもいいぞ。」

 

そう言うと、麻子は再び切断を始めた。優花里は切断されていく5人の遺体をただ呆然と見ているだけしかできなかった。止めたくても止められない。もし止めたら殺されるのはこちらであった。首のなくなった5人の身体はすぐにドラム缶に入れて夜陰に紛れて捨てるように指示された。麻子は、自らの研究室に5人の首を持ち込んで何やらやっている。

優花里は首をなくした遺体が入ったドラム缶が寂しく流れていくのを見て、涙を流しながら、必死にお経をあげて冥福を祈っていた。その日の夜は眠れなかった。

 

優花里は次の日、みほに呼び出された。

 

『もしもし、優花里さん?おもしろいものを見せてあげるから急いで拠点に来て。』

『わかりました…』

 

本当は行きたくないのだが、行かなければきっと命はない。仕方なく、重くて怠い身体を引きずりながらフラフラと歩いて拠点に向かった。拠点に着くとみほにいつもの部屋に案内された。いつものようにベッドがあったがその部屋にいつもはないものがあった。それは5つの三方に載った5つの頭蓋骨であった。

 

「優花里さん。この頭蓋骨なんだと思う?」

 

みほはおもしろそうに問う。

 

「ま…まさか…」

 

「うん。そうだよ。これは、あの5体のモルモットたちの頭蓋骨。昨日、麻子さんに頭蓋骨を標本にしてもらったの。」

 

そう言うとみほは、頭蓋骨が置かれている三方に左から紙を貼った。

 

「えっと、これがファイアフライの操縦手で、これが、隊長車の操縦手、装填手、砲手。それでこれが副隊長車の操縦手…っとできた!」

 

みほは、パチパチと嬉しそうに手を叩く。

5つの頭蓋骨が恨めしそうに優花里を見つめている。今にも優花里を呪い殺してしまいそうだった。優花里は思わず後ずさりをしてしまった。すると、みほは意地悪な笑みを浮かべて、ファイアフライの操縦手の頭蓋骨を手に持って優花里の顔に近づけてきた。

 

「優花里さん。この骸骨たちに何か言ってあげて。優花里さん、仲良かったんでしょ?ほらほら。」

 

優花里は何も言うことができない。下を向いて黙っていた。みほはぐいぐいとその頭蓋骨を押し付けてきたが、やがてそのファイアフライの操縦手の頭蓋骨をまるで手毬で遊ぶようにポンポンと投げながら、思い出したように話し始めた。

 

「そういえば、優花里さん。サンダースで捕まりかけたんだっけ?良かったね。捕まらなくて。もし捕まってたら、ここにもう一つ、優花里さんの頭蓋骨があったかもね。」

 

優花里はゾッと総毛だった。ダラダラと嫌な汗が止まらない。みほが何故捕まりそうになった事実を知っているのか、まるで心当たりがない。優花里は焦りに焦った。

みほは、それを見て意地悪そうに言い放った。

 

「捕まりかけた原因って色々と遠慮なく聞きすぎちゃったからだよね?スパイは隠密行動が基本なのに優花里さんは随分大胆なんだね。これは、再教育してあげなくちゃね。」

 

みほは、優花里をベッドの上に押し倒した。そのベッドは最初に優花里がみほに誘拐されて、屈辱を受けたベッドだった。優花里はあの屈辱を思い出す。

秋山優花里は再び屈辱を受けた。またも、みほに脱がされたのだ。みほは、優花里の手をベッドの柵に手錠で拘束した。

 

「えへへ。優花里さんがいけないんだよ?優花里さんが大胆すぎる行動をするから。」

 

優花里の身体を撫で回しながらみほは嬉しそうにしている。そして、裸の優花里に襲いかかった。みほは、思いっきり心ゆくまで楽しんだ。

その姿はまるで狼のようだった。

みほは、この間のような屈辱を優花里に与えた。みほは、優花里の耳元で囁く。

 

「次、もしヘマをしたら今度は優花里さんの純潔を奪っちゃうかも。それが嫌ならヘマしないようにね。」

 

みほはクスクスと笑った。

色々な感情が優花里の頭の中をぐるぐる駆け巡る。優花里は訳がわからないぐちゃぐちゃに混ざった感情に襲われ震えていた。

 

つづく



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第24話 来訪

数日後、噂が流れてきた。サンダースの戦車隊のメンバー5人が突如として行方不明になったという。しかも、鍵がかかったままで誰かが侵入した様子はなく、おそらく自ら出て行ったように見えるという。優花里は内心ヒヤヒヤしていた。何しろこの行方不明事件を引き起こした実行犯だからだ。自分が犯した犯行がばれないか気がかりだった。しかし、みほは平気な顔をしていた。身の安全を心配するどころか、みほは積極的にサンダースの情報を仕入れていた。みほは、サンダースの反応を見て楽しんでいたのだ。噂によるとサンダース隊長のケイはいつものように明るく振舞ってはいるが、どう考えても狼狽している様子を見せているようだ。そんな噂を聞くたびにみほは嬉しそうな顔をしていた。

そんな中、なんとケイ自らがこの大洗に来るという。きっと自分自身でも練習の合間を縫って行方不明の5人を探しているのだろう。無理もない。行方不明者のうちの3人はケイが搭乗している車両のメンバーである。自らが探すのは当たり前のことと思っているのだろう。そして、ケイはみほにも会いたいという。生徒会に提案された時、みほはもちろん快諾した。生徒会がいなくなるとみほは嬉々としていた。

 

「優花里さん。聞いた?あのサンダースの隊長が来るんだって!あの隊長の狼狽した顔を直接見れるなんて楽しみだなあ。」

 

「え…ええ。」

 

優花里はそれしか言えなかった。優花里は、どんな顔をしてケイの前に立てばいいのかと苦悩した。サンダースの隊長ケイの来訪の連絡から3日後、ケイはやってきた。

 

「HEY!みほ!オッドボール軍曹!」

 

「ああ、ケイさん。こんにちは。ようこそ大洗へ私が西住みほです。」

 

「秋山優花里です。」

 

「そんな堅苦しい挨拶はいいの!ところで、早速聞きたいんだけどこの子たちを最近この辺で見たことない?」

 

そういうとケイは写真を差し出してきた。それは、優花里が誘拐しそして毒ガスで殺された5人の写真だった。

 

「見たことないなあ。優花里さん知ってる?」

 

「い…いえ。知らないです。」

 

「そう…」

 

一瞬だけだが、優花里はケイが疲れた様子を見せたの気がついた。それは、みほも同じようだ。みほも一瞬だけニヤリと笑う。

 

「まったく、どこへ行っちゃったのかしらね。本当に人騒がせな子たちなんだから…あ!みほ!オッドボール軍曹!ありがとうね!じゃ!」

 

そういうと、ケイは帰ろうとした。みほはそれを引き止める。

 

「え?もう帰るんですか?もう少しゆっくりして行ってもいいのに。」

 

 

「まだ、行くところがたくさんあるの。またゆっくり改めて訪問させてもらうわ!」

 

ケイは笑いながらそういうと足早に帰って行った。きっと他の学園艦にも聞いて回るのだろう。隊員思いのいい隊長だ。優花里はそんな風に感じていた。しかし、そんな隊長にもう二度と5人は会うことはできないのだ。本当に申し訳ないことをした。優花里はそんな風に思っていた。

 

「優花里さん。これ見てごらん。」

 

みほがそう促すので見てみると、みほの鞄の中に髑髏が入っていた。その髑髏は隊長車の操縦手のものらしい。識別できるように紙が貼ってある。それを見た優花里は目を剥いた。みほは、可笑しそうに笑う。

 

「実はケイさんが探していた子たちは骨になって私の鞄の中にいました!なんてね。えへへ。ケイさん。必死だったね。そんなのとっくの昔に殺してるから見つかるわけないのに。せいぜい頑張ってね。あぁ、楽しい。人の苦悩する顔や苦痛に歪む顔を見ることほど楽しいことはないよ。」

 

そして、みほは髑髏を手に持つ。

 

「ねえ。あなたはケイさんたちのところに戻りたい?まあ、絶対に戻れないんだけどね。あはは。」

 

そういうとみほは、髑髏を弄び始めた。みほはどんなことをしても全くもって心が痛まないらしかった。むしろ、快感であるかの如くだった。そんなみほを優花里はただ、呆然として見ていることしかできなかった。

 

数日後、サンダースから登録選手変更の知らせが入った。とうとう選手変更の締切日までに5人の発見が間に合わなかったのだ。これは、サンダースにとって大きな痛手となる。戦車は狭い空間でお互いの信頼関係を基にはじめてその威力を発揮する。その絆は共に訓練などを乗り越えることではじめて構築されるのだ。だから、すぐに築けるものではない。あのファイアフライもあのメンバーだからこそ脅威になるのだ。サンダース側の大きな戦力の低下につながることは明らかであった。みほの戦力低下作戦は見事に成功したのである。その知らせを優花里から拠点で聞いたみほは、ほくそ笑んだ。今回のサンダース戦の勝利を確信したようだった。

 

「優花里さんのおかげでこの試合勝てるよ!ありがとう。」

 

「はい…」

 

優花里の心は罪の意識に苛まれ、限界に近づいていた。優花里が背負っていた十字架はあまりにも重たかった。

 

つづく




21:00〜22:00の間にもう1本投稿する予定です。


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第25話 サンダース戦

短めです。意外にも早く仕上がったので、早めにあげときます。もしかしたら本日中にもう1話あげるかもしれません。


全国大会の第1試合当日、大洗の面々はケイから試合前の交流として食事でもと誘われた。優花里たちが訪ねると、やはりいつもと何かが違う。いつも明るいサンダースのメンバーが今日は少しだけ暗いのだ。やはり、行方不明事件が与えた影響は大きかったようだ。心理的揺さぶりの効果は絶大だった。

食事が終わり、各自戻る途中にみほは、大洗のメンバーを全員集めた。

そして、静かに話し始めた。

 

「今日、皆さんへの指示は全てメールで行います。了解しておいてください。」

 

「なんでですかぁ?」

 

うさぎさんチームの優季が不思議そうに訪ねる。

 

「上空をみてください。あれは、通信傍受機です。今回、サンダースはあれを使って通信を傍受し私たちの先回りをして倒す作戦のようです。」

 

「あ!ずるい!」

 

みんな口々にそういう。みほはそれをなだめる。

 

「皆さん。落ち着いてください。相手の作戦を見破ったことは大きな成果です。今回私は嘘の情報をインカムでバンバン流します。すると向こうはそれに騙されることでしょう。それで、相手を翻弄して楽しく遊んであげましょう。」

 

みほは、いたずらっ子のように笑った。

生徒会長の角谷杏はなるほどと笑う。

 

「西住ちゃん。意地悪な子だねえ。」

 

それを聞くと皆もどっと笑った

 

「会長ほどじゃありませんよ。それじゃあ皆さん。パンツァー・フォー」

 

試合前の挨拶を済ませ、戦車に乗り込む。優花里はこの趣味の悪い作戦をみほらしいと感じていた。みほはとことん人が困った表情を見るのが大好きのようだった。

サンダースはみほの作戦に見事にハマり、みほの掌の上で踊らされた。みほが流す嘘の情報に引っかかったのだ。そして、どんどん車両を減らしていった。みほは、撃破の報告を聞くたびに弾けるような笑顔になった。そして、初戦をとったのである。ファイアフライも隊長車も全てが実力を発揮していなかった。みほのとった試合前の心理戦は見事に成功した。試合後、みほとケイはお互いの健闘を称えあった。そして、ケイは盗み聞きのような真似をして悪かったとみほに謝った。するとみほは笑って許していたが、ケイたちが去るとみほは優花里にケイの評価を語った。

 

「彼女は優しすぎる。優しいことはとてもいいことだけど、でも私とはやり方が違う。私は使えるものはなんでも使うよ。必要ならば人も殺せる。」

 

それがみほの信念なのだろう。使えるものはなんでも使う。そして、必要ならば抹殺もいとわない。それが西住みほという人間であった。

 

みほたちは、試合後も拠点に向かう。今日の勝利の祝杯をあげるためだった。しかし、その祝杯は尋常ではなかった。なんとみほは、祝杯の盃に犠牲になったサンダースの5人の髑髏を使ったのだ。

 

「皆!今日は一回戦勝利できてよかった!乾杯!」

 

髑髏杯にはなみなみに飲み物が注がれている。みほはその髑髏杯に注がれた飲み物を飲み干すように、優花里に迫った。

 

「さあ、優花里さん。どうぞ遠慮なく一気に飲んで!」

 

優花里が涙を流しながら飲み干すとみほは笑いながら、さらになみなみに注いでくる。

 

「優花里さん。泣くほど嬉しかったの?いい飲みっぷりだね。さあさあ、どんどん飲んで!今日は楽しもう!」

 

優花里は嗚咽を覚えた。そしてガクガクと震える。なぜこんなことが平気でできるのか優花里にはわからなかった。地獄の宴は延々と続いた。

 

つづく




次回は視点が30年後に戻ります。


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第26話 対談

30年後の世界です。


「これが、全国大会前後でのお話です。」

 

「なるほど…随分と壮絶な体験をされたのですね…」

 

「ええ…まあ…辛かったですがあの時はやらなければこちらの身が危険でしたから…」

 

秋山優花里から聞いた全国大会前後での話は非常に悲惨だった。仲良くなった子たちの髑髏を盃にして祝杯をあげるなど聞いたこともない。いや、似たような話ならあるか。織田信長が浅井久政・長政親子と朝倉義景の髑髏で酒を飲んだという話が浅井三代記に収録されているという話を聞いたことがある。それに勝るとも劣らない話である。そんなことを考えていると、今度は澤梓が何かを思い出したようだ。

 

「そういえば、この後ですよね。生徒会が失脚させられたのは。」

 

「ああ、そうですね。あの頃の話は生徒会も交えて話した方がいいかもしれませんね。ちょうど2人いますからクーデターを起こした側と失脚した側の2対2で対談してもいいかもしれません。」

 

私は驚いた。なんと生徒会のメンバーと会えるかもしれない。期待してしまった。

 

「それは、こちらとしても助かります。もしよかったら紹介していただけませんか?」

 

「ええ。構いませんよ。」

 

秋山優花里はあっさり了承してくれた。時計を見たらもう随分遅い時刻になっていた。今日はとりあえずお暇させていただくことになった。生徒会のメンバーには秋山優花里から連絡してくれることになった。

数日後、秋山優花里から連絡がきた。私はどきどきしながら電話を取る。

 

『もしもし。生徒会の人たちは最初は拒んでいましたがなんとか説得したら取材を受けてくれるそうですよ。取材を受けてくれるのは生徒会長の角谷杏さんと生徒会副会長の小山柚子さんです。』

 

『ありがとうございます。本当に助かります。』

 

私は、何度もお礼を言った。秋山優花里には頭が上がらない。秋山優花里のおかげで取材はどんどん進む。

 

『いえいえ。私でよければいくらでも協力しますからいつでも言ってくださいね。面会する日は3日後の日曜日です。また、私のアパートの前に来てください。』

 

『はい。了解しました。』

 

私はその日が待ち遠しかった。そして、とうとう日曜日になった。私は、まず秋山優花里のアパートに向かった。

 

「秋山さん。おはようございます。」

 

「ああ、山田さんおはようございます。」

 

秋山優花里は車に乗り込む。

 

「今日は、大洗に向かって、まず澤ど…さんを拾います。そしてそのまま大洗にあるホテルで面会する予定です。」

 

2人は澤梓の住む大洗に向かい、澤梓を拾ってから大洗にあるホテルに向かった。そこが待ち合わせ場所なのだ。すると、そこには背の低い小柄な女性ともう1人女性がいた。

 

「秋山ちゃん!澤ちゃん!久しぶり〜!」

 

「秋山さん。澤さん。お久しぶりです。」

 

小柄な女性は飄々とした人で、もう1人はおっとりとした人だった。

 

「あ!会長!副会長!お久しぶりです。」

 

秋山優花里と澤梓は懐かしそうだ。

 

「紹介します。こちらがフリージャーナリストの山田舞さんです。」

 

「山田舞です。よろしくお願いします。」

 

「山田さんね。よろしく。私は角谷杏だ。」

 

「よろしくお願いします。小山柚子です。」

 

秋山優花里が軽く咳払いをして改めて紹介した。

 

「彼女たちはあの時生徒会として学園をまとめていました。そして、あの時私たちと戦いました。今となっては本当に申し訳ないことをしたと思っています。」

 

秋山優花里がそういうと角谷杏は笑う。

 

「仕方ないよ。あの時は…」

 

すると小山柚子が促した。

 

「こんな所ではなんですから会議室を取ってあるので、そこで話しませんか。」

 

そういうと皆、会議室に向かう。そして、貴重な加害者と被害者の対談が始まった。

 

つづく

 




次回から、視点が1〜2回ごとに変わります。


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第27話 密約

秋山優花里の回です。


サンダース戦から数日後、みほはついに計画実行に向けて動き始めた。アンツィオ戦まではまだ時間がしばらく開く。今のうちに生徒会を失脚させて支配を確立してしまおうと考えたのであろう。先日の戦車隊メンバーも演説を聞いてまだかまだかとクーデター決行を待ちわびている。みほは優花里を拠点に呼び出し、とある指示を出した。その指示はこれから先クーデターを起こすために非常に重要な任務の指示だった。みほは、クーデターを起こして支配権を手に入れた際の大きな後ろ盾を他校に得ようとしていたのだ。

 

「優花里さん。ちょっと知波単に行って来てくれないかな?」

 

「え…知波単ですか…また突然ですね…知波単に何かあるのですか?」

 

優花里はこの時またみほに誘拐を依頼されるのかと汗をダラダラ流しながら不安そうに尋ねた。

 

「あ、優花里さん。今回は誘拐任務とかじゃないから安心して。えっと。サンダース戦も終わったことだからそろそろクーデターを起こす時期がきたかなって思ってね。そのための準備で私の後ろ盾になってくれる学校が欲しいんだ。」

 

「なるほど。わかりました。」

 

優花里の表情はパッと明るくなる。そしてホッとして承諾した。みほの目的は知波単にみほの支配を確実に承認してもらうという密約を結ぶことだった。みほは優花里の表情の変化を見ておもしろそうだったが返答を聞くと満足そうに頷いていた。

 

「それじゃあ、知波単で川島さんという人に会って来て。連絡はこっちからしておくから。あ、川島さんには全て本当のこと伝えていいからね。彼女も優花里さんと同じ諜報員だからどうせ隠してもバレるし。川島さんは経歴から何から何までとてもおもしろい人だよ。どんな人かしっかり見届けてくるといいよ。」

 

「了解です!」

 

優花里は早速準備を始めた。そしてすぐに出発した。優花里はまたもコンビニの定期船に乗り込む。今度の知波単はとても近かった。30分ほどでついた。そして、知波単に潜入した。すると、優花里は突然声をかけられた。

 

「君が秋山優花里ちゃんか?」

 

「ひゃっ!」

 

優花里はいきなり声をかけられたので驚いて変な声を出してしまった。振り向くとそこには軍服を着た短髪の少女が立っていた。

 

「ははは。そんなに驚かなくてもいいじゃないか。僕が川島だ。川島恵子だ。」

 

「秋山優花里です。川島殿。本日はお会いしていただきありがとうございます。」

 

「ははは。川島殿なんておもしろい子だな。私は、大した人間ではない。そんな敬語で話さなくてもいいんだぞ。」

 

すると優花里は照れながら訳を話した。

 

「やっぱり気になりますか。でも、なんだか癖になってしまっていて…もうどうにも治らないんですよ。」

 

「そうなのか。ならそれでもいい。」

 

優花里と川島はしばらく世間話をしていたが、やがて本題に入った。

 

「さて、本題に入ろうか。みほちゃんからも聞いたが、改めて君からも話を聞きたい。」

 

「はい。我々は、悪の巣窟である生徒会を取り除く。という名目で、クーデターによる生徒会の失脚を狙っています。その際に、知波単にはその西住殿の支配下に入った大洗の体制を認めて欲しいのです。」

 

「なるほど。それはおもしろい。しかし、我々知波単にどんな利があるんだ?」

 

川島の言うこともごもっともな話だ。利がないのにもかかわらず、この計画に乗ることはないのだ。優花里は必死に利を説明した。

 

「西住殿は戦車道のなかでもトップクラスの知識を持っています。我々に協力していただいて我々の仲が良くなれば交流する機会も増え、戦車道において西住殿の知識で新しい戦略なども生み出せるなど、貴校にも大いに利があるのではないのでしょうか?」

 

「なるほど。それは確かに重要だな。こちらにも利はある。まあ、体制を承認してやるくらいならそのくらいの利でもなんとかなるかな。よしわかった。この話、乗ろう。だが、君たちは僕の曾祖母が日本軍から受けたような扱い、つまりは利用するだけ利用してゴミのように捨てるみたいな扱いはしないだろうな?」

 

「そんなつもりは毛頭ありません。あのぉ、差し支え無ければ、貴女の曾お婆様のお話を聞かせてくれませんか?もしかして貴女の曾お婆様って…」

 

優花里はある可能性を頭の中に描いていた。それを確かめるために恐る恐る聞いてみた。すると川島は誇らしげだった。

 

「ああ、おおよそ優花里ちゃんが予想している通りだ。僕の曾祖母は川島芳子だ。川島芳子は、あの日中戦争の後、漢奸として一時処刑されかけた。しかし、処刑が執行される前に曾祖母は逃げ出してそのまま満州でひっそりと暮らした。その後、僕の祖母は日本に渡り日本人と結婚した。そして、僕の母が生まれ、僕が生まれた。僕は曾祖母に憧れている。だから僕は曾祖母と同じような出で立ちで同じように諜報員をやっているんだ。この知波単でね。そしてそれは僕の誇りだ。」

 

秋山優花里はキラキラとした表情になった。

 

「川島芳子さんが生き残っていたなんて…」

 

優花里は信じられないと言うような顔をしていた。それもそのはず。今まで、川島芳子の生存はあくまで説として捉えられていたに過ぎなかったからだ。その川島芳子の子孫が今、目の前にいる。これは感動であった。そんなことを思っていると、川島が可笑しそうに笑う。

 

「ははは。川島芳子の子孫だってことにそんなに憧れるかい?僕はそんな大した人間じゃない。そんなことより、これからも両校の発展のために、お互い頑張ろうじゃないか。君も諜報員なんだろう?」

 

「は…はい!ありがとうございます!」

 

優花里は、川島の人間的な部分にも憧れた。決して飾らない。素敵な女性であった。

 

「あ、そうだ。こういう重要なことはしっかり文書で残しておかないとな。ちょっと待っててくれ。今、西隊長のところに行って書類に承認のサインをもらってくるから。」

 

「あ、そんな慌てなくても大丈夫ですよ。」

 

「いや、善は急げだ。すぐにもらってくるから待っててくれ。あ、でもそれだと偽文書と疑われるかもしれないな。手間をかけるが一緒に来てくれ。」

 

「え?いえ、そんな。あ!」

 

そういうと川島は優花里を引っ張って駆け出した。川島と優花里はあっという間に隊長室に来た。

 

「失礼します。西隊長、先日お話しした大洗からのお客様です。」

 

「ああ、ありがとう。秋山殿、ようこそ知波単へ。西絹代です。どうぞごゆっくりして行ってください。」

 

西絹代は、敬礼をする。どうやら歓迎してくれているようだ。優花里も答礼した。

 

「ありがとうございます。秋山優花里です。こちらこそ突然お邪魔してしまって申し訳ありません。」

 

川島はその様子を微笑ましく見ていたがやがて折を見て、先ほどの一部始終を絹代に話し始めた。

 

「それで西隊長。みほちゃんたちは、大洗においてクーデターを企てているようです。そして、そのクーデター後の体制を我が知涙単に認めて欲しいとのことなのですが、こちらの書類で正式な密約を交わそうと思っております。つきましては、西隊長のサインをいただきたいと思いまして。」

 

川島が説明するとそんなことはお安い御用だとでもいうようにさっとペンを取る。

 

「これでよろしいでしょうか?我々、知波単と大洗は正式な密約を交わしました。西住殿が体制を確立した暁には我が知波単は真っ先に西住殿の体制を承認いたします。」

 

優花里はパッと笑顔になる。兎にも角にも、知波単からみほの支配を認めるという約束は取り付けた。優花里は任務が成功してホッとしていた。そして、絹代と川島に何度もお礼を言った。

 

「ありがとうございます。本当にありがとうございます!」

 

その様子を2人ともにっこりとして見ていた。

 

「また何か頼みごとなどあればいつでもおっしゃってください。」

 

「その時はまた僕を通してくれたらすぐに隊長に頼んでおくからな。」

 

「お二人とも本当にありがとうございました。」

 

優花里はご機嫌で午後のコンビニの定期船に乗り込み大洗に戻った。大洗に戻った時はまだ昼だった。まだ昼だし学校も終わってないから拠点にはみほはいないだろうなどと思って、半ばいなくても仕方ないと思いつつ拠点に向かうとなんとみほはもういた。

 

「優花里さん速かったね。まあ、知波単すぐそこだもんね。それでどうだった?」

 

「西住殿!成功です!知波単との密約を交わして来ました。西隊長のサイン付きです。」

 

優花里は喜びを爆発させながらみほに書類を渡す。するとみほも同じように喜びを爆発させていた。

 

「優花里さん!すごいね!それで、この密約には条件とかってあるの?」

 

「はい。西住殿が知波単に行って訓練をするというのが条件です。」

 

「それだけでいいの?随分破格だね。そんなことはお安い御用だよ。よし、これでまた一つ仕上がった。えっと。次は…」

 

みほはニヤリと不気味な笑みを浮かべながら次なる一手を考えているようだ。

みほは、知波単学園という大きな後ろ盾を得た。みほのクーデター計画は着々と進んでいる。

みほは今回の密約で事実上、外交権も生徒会から奪った。生徒会への宣戦布告も時間の問題であった。

 

つづく

 




実在の人物(史実)

氏名 川島芳子
本名 愛新覚羅顯㺭
生没年 1907〜1948
清国皇女として生まれるが、日本人川島浪速の養女になり、日本で教育を受けた。その後、日本軍の工作員として諜報活動に従事し、第一次上海事変を勃発させたと言われているが、不明な点も多く実際に諜報活動を行ったかなど彼女の実態は謎に包まれている。
戦後間も無く、国民党に漢奸として逮捕され銃殺刑に処された。
通称 男装の麗人・東洋のマタ・ハリ

オリジナルキャラクターのご紹介

氏名 川島恵子
所属 知波単学園
学年 3年生
年齢 18歳
男装の麗人と呼ばれた川島芳子の曾孫。知波単学園の諜報員として諜報活動を行う。曾祖母である、芳子に誇りを感じており、芳子そっくりの出で立ちで話し方までそっくりである。
みほの支配の承認交渉において両校の架け橋のような役割を果たす。
通称 現代の男装の麗人


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第28話 カウントダウン

澤梓の回です。


知波単学園という後ろ盾を得たみほは次なる手に出た。みほは、梓を呼び出した。

 

「梓ちゃん。戦車隊のメンバーをここに集めてくれる?」

 

「いよいよ蜂起するのですか?」

 

「ううん。その前に少しやってもらいたいことがあるんだ。その協力を戦車隊のメンバーにお願いしたくてね。」

 

「そうですか。わかりました。」

 

みほと梓は互いに笑い合う。

梓は、拠点に戦車隊のメンバーを集結させた。みほの指示だというと皆喜んで来てくれた。拠点に着くとみほは、ドイツ第三帝国司令官の軍服に身を包み待っていた。

 

「皆さん。よく来てくれました。ありがとうございます。」

 

「いえ!隊長のためなら何処までもついていきますし、何処へでもいきます!」

 

誰かが叫んだ。すると皆そうだそうだと同意する。その様子をみほは満足そうに笑って見ていた。

皆の集合が完了すると演台に登る。するとみほはまた人が変わった。

 

「諸君!時は来た。とうとう、行動を開始しようと思う。」

 

戦車隊のメンバーは湧き上がった。熱狂していた。とうとうその日が来たのだ。楽しみで仕方がないというような表情だった。

 

「だが、その前に諸君にやってほしいことがある。それは、あの蛆虫どもの悪だくみを学校中で噂してほしい。この戦いはもう始まっている。まずは噂の力で一人でも多くの同志を集めてほしい。」

 

 

「生徒会は悪の巣窟である。」この噂を戦車隊のメンバーは学校中のあちこちで噂した。最初はただの噂だと皆聞き流していたが、戦車隊のメンバーが異口同音に噂を口にするのだから、信憑性がどんどん増した。しかも、誰かが証拠の写真を見せたらしい。証拠の写真を見たという者が激増した。さらに噂が一人歩きして流した覚えのない「生徒会長は文科省の官僚に身体を売っている。」などというとんでもない噂まで囁かれた。そして、一人また一人と兵士になりたいという者が集まり、とうとう全校の三分の二である12000人がみほの兵士となった。みほを中心とした反乱軍は膨れ上がり続けている。学校中に生徒会への怒りが渦巻いていた。

そして、みほは梓に次なる指示を出した。

 

「梓ちゃん。とりあえず、10名程度誰か選んでクーデターをやるように指示してくれないかな?多分、失敗するだろうけど、今回は失敗することに意味があるから。生徒会への攻撃を仕掛ける口実が欲しいんだ。」

 

「あれ?全員で突然クーデターを起こして混乱している生徒会を一気に攻め、叩きつぶす作戦ではなかったのですか?」

 

梓は不思議そうに尋ねた。

 

「うん。それもいいけど、計画を変更したんだ。生徒会に抵抗する機会を与えて全面戦争をした方が楽しいかなって思って…ね?12000人の兵士と5両の恐ろしさを生徒会に味あわせてあげようかなって思って。」

 

みほはニヤリと意地悪そうに笑う。みほの頭の中には、すでに新しいシナリオは作られているようだった。みほは動乱と狂気を好んだ。

 

「それじゃあ、梓ちゃんよろしくね。」

 

「はい。お任せください。」

 

梓は、精鋭部隊を10名程度選び、拠点に呼び出した。そして、2日後学校で生徒会排斥を叫びながら大暴れするようにもし、失敗してもおとなしく拘束されるようにみほから命令があったことを説明した。

 

「本日選ばれた皆さんには、重大な任務を与えます。西住隊長の命令により、皆さんには生徒会排斥を叫びながら大暴れしてもらいます。何をしても構いません。教室をめちゃめちゃにしてもいいですし、教員を攻撃しても構いません。とにかくなんでも許可します。ただし、拘束されそうになったらおとなしく拘束されてください。決して逃げてはいけません。この拘束されることに大きな意味があるのです。任務は2日後の土曜日です。」

 

「了解しました!」

 

精鋭部隊に選ばれたメンバーはようやく時が来た、2日後が待ち遠しいと、うずうずした様子であった。もともと血気盛んな者たちばかりがあえて選ばれたので、こういう役柄は合うのかもしれない。何をしでかすかわからない。そんな連中だった。皆やる気満々といった様子である。梓は、10名を安心したような心配なような顔をして見ていたが、重大なことに気がついてあるところに飛び出していった。風紀委員への通達を忘れていたのだ。風紀委員とはこれからも良好な関係を築かなければならない。だから、あらかじめ攻撃の通達をして拘束されないように説明をしておかなくてはいけないのだ。風紀委員室についた梓はドアをノックする。

 

「はい。」

 

「失礼します。澤梓です。園さんはいらっしゃいますか?」

 

「はい。いますよ、ちょっと待っててください。」

 

風紀委員がみどり子を呼びに行く。

しばらく待つとみどり子が出て来きた。

 

「あら、澤さん。何か用?」

 

「はい。実は、2日後私たちは行動を開始します。なのでぜひ風紀委員のみなさんにも協力していただきたいと思いまして。」

 

「とうとう2日後なのね。わかったわ。それで、私たちは何をすればいいの?」

 

「とりあえず、2日後切り込み部隊の10名が学校で生徒会排斥を叫びながら大暴れする予定です。その時、風紀委員の皆さんはどうか見逃してほしいのです。生徒会を戦場に引きずり出すためにお願いします。」

 

みどり子はしばらく考え込んでいたが、やがて意を決したようだ。

 

「仕方ないわね。正義のためだものね。特別よ。」

 

「ありがとうございます!助かります!」

 

梓はスキップでもしたい気持ちだった。そして、色々と風紀委員に今までの苦労を労ってもらった。皆、梓やみほのことをすごい人だと褒めてくれた。梓は上機嫌で拠点に戻ることにした。

 

「頑張ってね。応援してるわ。」

 

「ありがとうございます。」

 

梓は、スキップしながら拠点に戻った。最初の切り込みを行うメンバーも決まり、風紀委員からも協力を得られることなった。万事計画通りかと思えたが、拠点に戻るとみほが少し難しい表情をしながら、机に向かっていた。みほの計画に少し問題が発生していたのである。それは戦車をどう確保するかだった。この反乱計画には戦車は必要不可欠だ。何としても確保しておかなければならない。しかし、実行の1日前まで、戦車道の授業があるため早いうちから何処かに隠しておくというわけにもいかない。これはもはや仕方がないので、みほの指示で夜中にこっそり梓と戦車隊のメンバーのうち操縦手を戦車倉庫に向かわせて、夜陰に紛れて持ち去ることにした。夜中なので、ちょっとした物音でもかなり目立つ。細心の注意が必要だった。そっと鍵を開けてエンジンをかける。戦車隊のメンバーは山の中を必死で走った。誰かに見つかるかもしれない。そんなことを思うと汗がダラダラ出てきた。そして、山中に戦車を隠すことができた。これで、あとは明日を待つばかりになった。

次の日、精鋭部隊10名は学校で生徒会排斥を訴えながら暴れまわった。しかし、10名という極めて少数なのですぐに捕らえられた。もたらされた情報によるとその10名を捕らえたのは、生徒会と先生たちで風紀委員は含まれていないとのことだった。みほはこの知らせを待っていた。10名が拘束されたのを確認するとみほは優花里に書類を渡しすぐに生徒会室に向かうようにと指示をした。

 

「よし、これで戦争ができる口実ができた。優花里さん。これを生徒会の連中に渡して。」

 

「了解です!」

 

それは最後通牒だった。この内容では、とても生徒会には受け入れられないだろう。

攻撃開始の日と条件がみほの兵士12000人に即日通達された。

優花里は生徒会の元へと走る。

戦争へのカウントダウンが始まった。

 

つづく



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第29話 最後通牒

生徒会、特に角谷杏の回です。


生徒会室では、捕らえた10名の処分に関すること、風紀委員が定められた仕事をしなかったことについての処分に関する会議が行われていた。会議では、10名の退学と風紀委員長園みどり子を職務放棄で委員長の免職処分で決まりかけていた。その時だった。突然激しく扉を叩く音が聞こえてきた。

 

「うるさい!誰だ!会議中だ!静かにしろ!」

 

生徒会広報の河嶋桃が苛立ちながら外に向かって叫ぶ。

 

「秋山です。西住殿の使者として参りました。急用なので急ぎお伝えしたいのですがよろしいでしょうか。」

 

「うん。いいよ。」

 

生徒会長の角谷杏は入室を許可した。

 

「西住が一体どうした?何があったんだ?」

 

桃が問うと、優花里は懐からおもむろに書類を取り出し、それを読み上げた。

 

「西住殿からの文書を持って参りました。えっと読み上げます。私たちは48時間以内に先ほど捕らえられた我が兵士10名を無罪とし即時解放、学園艦西地区の割譲、生徒会権限の全権委任及び生徒会三役の生徒会室からの退去を要求します。もし飲めないというのであれば、私たちは宣戦布告と捉え全面的な軍事行動を開始します。だそうです。」

 

最後通牒だった。杏はそれを聞いた時何を言われたのか分からなかった。

 

「ん?秋山ちゃんもう一回言ってくれない?」

 

「ですから、私たちは48時間以内に先ほど捕らえらた我が兵士10名を無罪とし即時解放、学園艦西地区の割譲、生徒会権限の全権委任及び三役の生徒会室からの退去を要求します。もしこの条件を飲めない場合宣戦布告と捉え全面的な軍事行動を開始します。だそうです。」

 

「え…西住ちゃんがあの暴動に関わってたってこと?」

 

「はい。関わってたというよりも、主犯です。西住殿の指示で行われました。」

 

混乱した。まさか、暴動を起こした10名の裏に西住みほが関わっており、ましてや主犯であったとは思ってもみなかったのである。杏は目を剥いた。あの気弱で優しい少女がこんな行動を取るなんて杏を含め誰もが想像できなかった。

 

「ちょ…ちょっと待って。秋山ちゃん。これ、本当の本当に西住ちゃんが言ってたの?」

 

「はい。言っていたというか、その文書で渡されました。何度でも言いますが、西住殿本人の計画です。それは、紛れも無い事実です。」

 

桃が優花里から書類を奪い取り何度も読み返す。

 

「こ…こんな要求飲めると思っているのか!」

 

桃は声を荒げる。桃の手は書類を持ちながら震えている。生徒会副会長の小山柚子は桃を宥める。

 

「桃ちゃん。落ち着いて。」

 

「とりあえず、この文書は受け取る。だけど、検討するから期限まで待ってて。」

 

杏は落ち着いて慎重に言葉を選んだ。

 

「わかりました。いい返事を待っています。私はなるべく貴女たちと戦いたくはありませんから。」

 

優花里はそれだけ言い残して出て行った。

優花里が出て行くと桃は文書を床に叩きつけた。

 

「ふんっ!こんなの無理に決まってるだろ!こんな理不尽な要求誰が飲むものか!会長!徹底抗戦しましょう!」

 

血気盛んな桃は徹底抗戦を主張していた。しかし杏は冷静だった。

 

「小山。戦車倉庫見てきてくれない?」

 

「わかりました。」

 

柚子が戦車倉庫にかけていく。杏は、戦車さえあれば事態を打開できるかもしれないと考えていた。可能性は著しく低いがどうかあってほしいと願った。

 

「会長!大変です!戦車がありません!」

 

「やっぱりそうか。」

 

杏の願いは脆くも崩れ去った。やはり、戦車はすでにみほによって持ち去られたのだろう。戦車倉庫はもぬけの殻であった。

 

「河嶋。残念だけど、今の状態では徹底抗戦は無理だ。」

 

「では、会長は西住に屈するのですか?」

 

「いや、違う。屈しない。西住ちゃんがこうなったのは何か訳があるはず。まずは、西住ちゃんと面会して訳を聞き出してから対策を考えればいいよ。」

 

杏はみほに親書を書いた。その内容はなぜこのようなことをしたのか。もし何か不満があるなら話を聞く用意はある。ぜひ一度話し合いたいとの内容だった。そして、生徒会関係者の一人に親書を渡し使者として向かわせた。

 

「頼んだよ。」

 

「はい。わかりました。」

 

使者は駆け出して行った。

使者が戻ってくる間、杏は色々思案していた。みほに一体何があったのか、なぜこんなことになったのか。戦車道を無理やりやらせたのがいけなかったのか。それとも、あの屈辱的なあんこう踊りをさせたのがいけなかったのか。しかし、そんなことでこんな大胆なことをするだろうか。もし、あんこう踊りや戦車道を無理やり受講させたことが原因であるならそんなことくらいで理解の範疇を超えるようなこんな大規模な反乱を画策するだろうか。杏は訳がわからなかった。訳のわからない感情が重なり合い、絡み合っていく。杏は平静を装いながら内心では怖くてたまらなかった。西住みほという人物が見えなくなっていく。今までのイメージはどんどん崩れていった。西住みほの可愛らしい笑顔が別の物に見えた。

 

(あぁ、そういえば私たちの根も葉もない噂があったな。それじゃあ、あれも全て西住ちゃんが…?ありえない。あの子に一体何があったんだろう。)

 

そんなことを考えていると、使者を出してから2時間が経っていた。使者は、いつまでたっても帰ってこない。

 

「遅い!」

 

「まあまあ。気長に待とうよ。」

 

杏は、桃を落ち着かせる。

 

「し…しかし…」

 

桃は部屋を行ったり来たりして相変わらず苛立ちを隠さなかった。

 

「まだか!まだ戻ってこないのか!?」

 

確かに異常なほど遅い。使者を出してからもう5時間も経っている。この学園艦はそこまで広くはないはずだ。どう考えてもおかしい。時間はどんどん過ぎて行く。そして夜になった。それでもまだ帰ってきていなかった。

 

「頼む…頼むから早く帰ってきてくれ…」

 

桃はもう泣きそうな声をあげていた。杏も内心では泣きたかった。しかし、生徒会長という立場上泣くわけにはいかない。必死に涙をこらえていた。時計は深夜1時を回っていた。その時、部屋の外で物音がした。もしかして帰ってきたのかもしれない。急いで見にいくと杏は言葉が出なかった。そこには変わり果てた使者の姿があった。プルプル震えながら両手両足を縛られ倒れている。ボロ雑巾のように捨てられていた。相当ひどい暴行にあったのだろう。服はボロボロに裂かれ、脚は赤紫色になり、ところどころ出血している。その他にも鞭で打たれたような跡まであった。痛々しく生々しい傷跡を晒しながら使者はうわ言を言っていた。

 

「許してください…もう…辞めてください…お願いします…助けて…た…すけ…て…あ…あ…会長…西住さんに…従ってください…あれは、人間じゃ…ない…西住さんは…悪魔…です…」

 

"交渉するつもりはない。降伏か戦争か二つに一つだ。早く選べ。"

 

それは、みほからの無言のメッセージであった。

杏の心は大いに乱れた。狂気を目の当たりにしたのである。そして、それは恐怖に変わっていった。張り詰めた糸が切れるように杏とうとうワンワンと思いっきり泣き出した。周りを見ると桃も柚子も同じように泣いていた。そして、泣き止んだ時ある感情が心に渦巻いた。仲間をこんな酷い目に合わせ、廃人のようにしてしまった悪魔、西住みほを許さない。そんな感情である。そう。杏の心には怒りと憎しみが渦巻いていた。

こんな、悪魔に学校を渡してなるものか。絶対に学校を守りきる。守ってみせる。それが、生徒会長としての使命だ。これは、正義の戦いである。そう思った。過酷な運命が待ち受けようとも覚悟はできていた。

 

「決めたよ。西住ちゃんを許せない。徹底的に戦い抜こう。そして、この学校を守ろう。正義のためだ。」

 

「はい。戦い抜きましょう。正義のために。」

 

2人とも同意してくれた。杏は心強かった。

 

徹底抗戦。全面戦争。

 

生徒会は戦争をする選択をした。しかし、絶対にしてはいけない選択だった。生徒会は、来るべき戦争に備えた準備をしようとしていた。この時、まだ生徒会は自分たちが置かれた状況を全く理解していなかったのであった。

 

つづく



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第30話 開戦直前

今回も生徒会の話です。


戦争の準備を始めた杏たちは愕然とした。相手の戦力が全校生徒の3分の2、12000人を超えていたからである。こちらの戦力は目一杯集めたとしても6000人、2倍の戦力と戦車部隊を有するみほにはとても勝てない。ほぼ虐殺状態になるだろう。そこで、杏たちは援軍を要請することにした。SOSのモールス信号で各校に送信した。

 

"ニシズミミホ ホウキ キュウエン コウ"

 

いち早く反応が来たのは黒森峰だった。打電して10分後にはすぐに電話がかかって来た。

 

『はい。大洗女子学園生徒会の小山です。』

 

『黒森峰女学園の西住まほだ。みほが蜂起したという知らせを受けたのだが、本当…なのか…?』

 

『はい。本当です。今、会長にかわりますからお待ちください。』

 

まほは、明らかに狼狽していた。そして、その声は震えていた。みほに恐怖を抱いていると言う印象の声をしていた。

 

『もしもし。電話かわったよ。会長の角谷だ。』

 

『角谷か。いいか。絶対にみほを勝たせてはいけない。何としてもみほに勝利してくれ。もしみほが学校を支配すると考えるだけでも…恐ろしい…』

 

まほは、必死だった。みほが大洗に転校をしてきた時も黒森峰から西住流が流出するという不自然さに怪しいとは思っていたがやはり、黒森峰でも何かしたようだ。杏は黒森峰で何があったのかまほに聞きだそうとしていた。しかし、まほは決して口を割ろうとはしなかった。

 

『ねえ、黒森峰で一体何があったか教えてくれないかな?なんで西住ちゃんはあんな恐ろしく悪魔みたいになったのか、全ての秘密を知りたいんだけど。』

 

『そ…それは…言えない…とにかく、絶対に勝つんだ。我々は今、熊本付近を航行中で援軍を出してやりたいがすぐには大洗にむかうことはできない。なんとか持ちこたえてくれ。』

 

そう言うと、黒森峰からの電話は切れた。杏は受話器を見つめながら呆然とした。すぐにはむかうことができないから持ちこたえろなどとまほも無茶なことを言う。何しろ相手の戦力は2倍プラス戦車部隊という圧倒的だ。どう持ちこたえろと言うのか。待っているうちに占領されてしまう。どうすればいいのかわからず頭を抱えていると、また電話がかかってきた。次に、連絡があったのは、サンダースだった。

 

『HEY!アンジー!大変なことになったわね!武装蜂起なんてみほもアンフェアなことするのね!任せて!私たちは生徒会を支援するわ!』

 

フェアプレイを重んじるケイのことだ。非合法的手段を取ったみほのことが許さないのだろう。援軍を申し出てくれた。杏は、少し安心したのか自然と涙が溢れてきた。そして、何度も何度もお礼を言った。

 

『ありがとう。本当にありがとう。助かるよ。』

 

『ちょっとアンジー!泣くのはみほに勝ってからよ!』

 

ケイは笑いながら杏を諌めた。

 

『ところで、相手の戦力は?』

 

『全校生徒の三分の二の12000人は西住ちゃんについている。今、全校生徒のうち残っている6000人をなんとか説得して味方にしようとしている最中だ。』

 

『Oh…なかなか厳しいわね…わかったわ…集められるだけ集めてみる。』

 

そう言うと電話は切れた。とにかく援軍を出してもらえるだけありがたい。杏は受話器を持ったまま安心して泣き崩れた。しかし、泣いてばかりもいられない。杏は何とか味方を増やそうと大洗に残っている数少ないみほに恭順していない者を説得して回った。生徒会室に戻ると、桃と柚子ががっくりと肩を落としていた。

 

 

「2人ともどうした?」

 

「これを見てください…」

 

柚子が差し出したのは聖グロリアーナ、マジノ女学院、知波単学園からの返事の打電だった。そこには、衝撃的なことが記述されていた。

みほを支援すると書かれていたのだ。杏は愕然とした。先ほどまでのもしかして勝てるかもしれないという一途の希望の光は見事に消え去った。

 

「な…なぜ…」

 

杏はうろたえる。なぜみほを支援するのか全く理由がわからなかった。さらに追い討ちをかけるように知らせが入った。

継続とBC自由学園は中立を申し出てきたのだ。結局、杏たちの援軍を申し出たのはサンダースと黒森峰の2校。そのうち、黒森峰は遠くにいるということですぐには到着できないとのことで、すぐに頼ることはできない。そして敵は、12000人と戦車部隊、そして聖グロリアーナ、知波単学園、マジノ女学院の3校。そして、中立は継続とBC自由学園の2校だ。各校の態度が明らかになった。情勢は圧倒的に杏たちに不利な状況だ。

杏は呆然としていた。その時だった。

 

「もうおしまいだ!!これでは勝てるわけがない!」

 

桃の悲痛な声で杏は我に帰った。柚子も不安そうにこちらを見ている。自分がしっかりしなくては。そう感じていた。

 

「大丈夫。何とかなるよ。」

 

杏は2人を安心させようと必死だった。そうは言ったものの、杏も策を失っていた。どうすればいいのかわからなかった。あとは一人でも多く、援軍と味方を増やすのに徹するしかない。開戦の期日まで6時間を切っていた。杏は再び外に出た。そして、一人でも多くの生徒を集める努力をした。

開戦2時間を切り、杏は自分に味方をしてくれる者を集めた。杏は少しでも多くきて欲しいと祈るような思いだったが、結局集まった者は生徒1000人教員300人だった。圧倒的な戦力不足。そして、サンダースからは援軍の到着は明日の午後になるという連絡が入った。それまで、1300人で持ちこたえなければならない。

杏は訓示を行なった。

 

「みんな、今日は集まってくれてありがとう。今、この学校は危機に陥っている。全校生徒の三分の二が反乱に加わっている。敵のリーダー西住ちゃんは、悪魔だ。もはや許すことはできない。圧倒的に不利な状況だけど、しばらくすれば援軍は必ずくる。それまで厳しい戦いになるが、何とか学校を守ろう。」

 

共に戦ってくれる仲間は杏の人柄をよく知っている者ばかりだった。杏のためなら何でもする、何処までもついていくと口々に言っていた。皆、不利な状況でも士気は高かった。教員も自身の教員としての誇りにかけて戦うことを誓った。杏はいざという時のために手に入れていた学校護衛用の100挺の銃を精鋭に手渡す。

開戦まであと1時間。外は嵐の前の静けさのように静かだった。

 

つづく




みほに味方した各校の事情

聖グロリアーナ

OGの影響で補強がうまくいかないため、それを取り除くことができる可能性があるクーデターという手段に興味を持つ。みほの手段を学ぼうとみほに味方した。

マジノ女学院

絶対的権力を持つ生徒会に挑むみほにフランス革命を成し遂げた市民を重ね、興味を持ったこと、そして黒森峰が反みほであったことからみほに味方をする。

知波単

密約を結んでいたため、みほに味方をする。


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第31話 使者の来訪

第29話 最後通牒の回におけるみほ陣営側のエピソードです。


最後通牒を生徒会の元へ持って行った優花里が拠点に戻ってきた。

 

「優花里さん。どうだった?」

 

「はい。かなり困惑してました。特に河嶋殿はこんな要求は無理だとかなり怒ってました。まあ、受け取ってはくれましたが、このまま降伏ってわけにはいかないでしょう。」

 

「そっか。やっぱり。いい感じだね。あとひと押しで戦争が始まりそうなんだけど。何かきっかけが欲しいかな。」

 

みほと優花里が話していると、外が騒然とし始めた。

 

「捕虜にしろ!」

 

「裁け!憎い生徒会に学校を売った反逆者め!鉄槌を下せ!」

 

みほと優花里が何事かと様子を見にいくと手紙を持った1人の女子生徒がもみくちゃにされていた。

 

「お願いです!西住みほさんに会わせてください!お願いします!あの、西住みほさんはいらっしゃいますか?角谷杏会長からの親書をお持ちしました!西住みほさん!」

 

女子生徒は他の生徒にもみくちゃにされながらも必死に叫んでいる。

 

「私です。私が西住みほです。」

 

みほは、手紙を受け取った。そして、優花里に拘束を指示した。

 

「優花里さん。この娘を拘束して。」

 

「了解です!」

 

優花里は、縄を持ってきて縛りあげた。何をされるかわからず、プルプル震えている。使者にみほは優しく語りかける。

 

「貴女、名前はなんて言うの?」

 

「大橋です…大橋夏菜子です…1年生です…」

 

「夏菜子ちゃんか。西住みほです。改めてよろしくね。私の質問に正直に答えてくれたら、すぐに解放して無事に帰してあげるからね。」

 

「わかりました…」

 

みほは、満足そうに頷いた。そして、尋問は始まった。

 

「生徒会は、私たちに対して何が不満か聞く準備があるって言ってたけど、本当かな?」

 

「はい。本当です。来てくれたらすぐ対応するとのことでした。」

 

「そこで騙し討ちのように拘束するなんてことは無いよね?」

 

「はい。絶対にありません。身の安全は保証します。」

 

「なるほどね。」

 

長い沈黙が続く。そして、みほは思い出したように夏菜子に問う。

 

「ねえ、夏菜子ちゃん。私の本当の目的知りたい?」

 

「え…ええ、まあ私の役目は生徒会と西住さんの使者ですからなぜ蜂起したのかは知りたいです。」

 

「そっか。」

 

そう言うとみほはニヤリと怪しげに笑う。

 

「じゃあ、まず私のこの親書に対する答えを教えてあげる。私の答えはね…こうだよ。」

 

みほがサッと手をあげると優花里と梓が夏菜子に襲いかかり、押し倒した。そして、ナイフで制服を切り裂き始めた。

 

「え…?」

 

夏菜子は何が起こったのかわからないといった状況だった。みほは楽しそうに笑いながら夏菜子を見下ろしている。

 

「夏菜子ちゃん。無事に帰れると思った?うふふ。無事に帰してあげるなんて嘘だよ。帰せるわけないでしょ?夏菜子ちゃんは大事な捕虜なんだから。それに夏菜子ちゃん、ダメだよ。こんなノコノコと敵の陣営に一人で入ってきちゃったら。これじゃあ、飛んで火に入る夏の虫だよ。えへへ。私は夏菜子ちゃんを色々いじめて楽しめるから嬉しいけどね。」

 

みほはしゃがみながら顔を近づける。

 

「優花里さん。ちょっとそのナイフ貸して。」

 

そう言うとみほは夏菜子の頭の先から足の先までをナイフの背で撫で始めた。震える夏菜子を見てみほはますます嬉しそうになった。

 

「夏菜子ちゃん可愛い。ほらほらもっと怖がって。私、女の子が恐怖に震える姿を見るの大好きなの。」

 

みほはすぅっとナイフの背で夏菜子の喉元を撫でる。

 

「夏菜子ちゃん。生徒会側の使者ってことは生徒会側についてるってことだよね。だったら殺しちゃおうかなあ。」

 

「やめてください…殺さないで…お願いします…」

 

みほは夏菜子の喉元にナイフを突きつけた。今にも力を入れて夏菜子の喉を掻っ切りそうだった。優花里は思わず目を瞑っていた。周りからは殺せ殺せと声が上がる。皆、興奮していた。

 

「あ、もっと可愛い顔になった!えへへ。嘘だよ。夏菜子ちゃんは殺さない。でもその代わりに別の形で役に立ってもらおうかな。」

 

みほは夏菜子を怖がらせるためにわざとこんな行動をとったのであった。

 

「優花里さん、梓ちゃん。鞭打ち台に夏菜子ちゃんを裸で縛り付けて。」

 

「わかりました。」

 

「了解です!」

 

そう言うと梓と優花里は夏菜子を鞭打ち台を持ってきて縛りつける。

 

「夏菜子ちゃん、肌綺麗だね。」

 

みほはそういうと夏菜子の身体を撫で回した。みほはいやらしく笑いながら皆に夏菜子の裸を晒した。

 

「夏菜子ちゃん。胸ぺったんこじゃん。可愛い。」

 

クスクスと嘲笑う声が聞こえてくる。夏菜子は屈辱で泣いていた。

 

「うぅ…」

 

「夏菜子ちゃんの綺麗な身体を傷つけるのなんか勿体無いな。でもしょうがないか。それじゃあ、ちょっと痛いけど覚悟してね。」

 

みほは、楽しそうに何度も鞭を打ち付ける。その度にみほを慕う者からは大きな歓声が上がる。中には嘲笑う声も聞こえる。一方、夏菜子は苦痛の声をあげた。

 

「うぅ…うぁぁ…辞めてください…お願いします…」

 

みほはさらに苦痛を与えた。鞭により切れた肌にみほは塩を揉み込む。

 

「うわぁぁぁぁ!」

 

夏菜子はさらに顔を歪ませる。

みほは、竹刀を持ってきて夏菜子の脚に何度も叩きつけ、さらに石抱きをさせた。重い石が何枚も夏菜子の脚に載るそれを踏みつけながらみほは笑う。

 

「どう?夏菜子ちゃん。楽しい?あっ!そうだ!私の目的を教えてあげなきゃね。」

 

そういうとみほは夏菜子の耳元で囁く。

 

「私の目的は恐怖による支配。私はただこの学校が欲しいの。」

 

悪魔のように笑うとみほはさらに石を載せその上に座った。夏菜子は断末魔の叫びをあげて、何も言わなくなった。

夏菜子は廃人のようになってしまった。

それを見たみほは満足げに、眺め優花里に指示を出した。

 

「優花里さん。夏菜子ちゃんを生徒会室の前に捨ててきて。物音を立ててわかりやすく捨ててきてね。それじゃあよろしく。」

 

「わかりました!行ってきます!」

 

優花里は敬礼をした。みほも満足そうに答礼する。優花里が出て行った後、みほは悪魔のように笑いながら呟いた。

 

「これできっと戦争することができる。あのバカな生徒会の連中にこれで話し合うつもりはないという意思を示すことができる。そしてあの生徒会長のことだ。きっと正義感に駆られて戦争を選択するはず。さあ、楽しい戦争の時間ももうすぐだ。これで恐怖に震える生徒会長の可愛い顔が見られる。」

 

事態は全てみほの計画通りに動いていた。




オリジナルキャラ紹介

氏名 大橋夏菜子
年齢 15歳
学年 1年
生徒会関係者で生徒会の使者としてみほの元に向かうが、みほに捕まり拷問を受けて廃人のようになってしまう。


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第32話 各校情勢

第30話 開戦直前におけるみほ陣営のエピソードです。


みほは、生徒会側が開戦を決意したとの知らせを受けた。その時、みほは喜びを爆発させた。

 

「ふふ…バカな生徒会。戦力差もよくわからないで開戦を決意しちゃうなんて。」

 

みほは、生徒会はこの圧倒的戦力を目の当たりにして他校に必ず援軍を依頼するはずと考えたらしい。仮に生徒会が戦車道を行なっている全校に援軍の要請をするとして確実に生徒会に味方し、みほと敵対することになるのは黒森峰だ。そして、フェアであることを重んじるサンダースも敵対する可能性は大いにある。援軍の拡大は少なくともその2校にとどめておく必要がある。少なくとも知波単はもう事前に支持を取り付けているので敵対する不安はない。しかし、他校にはまだ連絡をしていないのでどう転ぶかわからないのが実情だ。直接面会して交渉するのが礼儀だが今は他校に直接会いに行くのは難しい。仕方がないので電話でなんとかすることにした。

 

『もしもし。大洗の西住みほです。』

 

『あら、西住さん。ごきげんよう。今日は何の用かしら。』

 

『実は、我々はクーデター、いえ戦争を決行しようと考えています。』

 

『ええ。そうみたいね。情報部からの情報で聞いているわ。私たち聖グロリアーナは、貴女たちに味方をするわ。私たちの学校ではOGが強い力を持っていてなかなか補強が上手くいかない。だからこそ、私たちも貴女たちのようにクーデターや戦争でOGの方々を取り除きたいの。それで貴女の手法を学びたい。だから、是非とも支援させていただきたいのだけれどよろしくて?』

 

みほは驚いていた。援軍を要請するつもりが援軍を出させてほしいと逆に頼まれたのだ。拒否する理由もなく願っても無いチャンスであった。

 

『はい。こちらからも是非援軍を出してほしいと要請をしようと思っていたところでした。助かります。』

 

『お安い御用よ。それじゃあ、もうすでに近海にいるからすぐに出発すれば1日後の午前中には到着するわ。』

 

『お待ちしています。』

 

次に電話をしたのはマジノ女学院だった。生徒会がいかに悪いかを説明しその支配を取り除くためにクーデターをすること。そして、黒森峰は生徒会に味方することを説明したらみほの陣営に味方するとのことだった。マジノ女学院は、どうやら、黒森峰をあまりよく思っていないようだ。しかし、マジノ女学院は今現在遠くにいること。そして、BC自由学園の内紛に巻き込まれたことでとても援軍は出せないらしい。しかし、支持を表明してくれたことは大きな収穫であった。

次にみほはプラウダに連絡をした。

 

『大洗女子学園戦車隊長西住みほです。カチューシャさんはいらっしゃいますか。』

 

『はい。少々お待ちください。』

 

『私がカチューシャよ。もしかして西住流の…?この間はありがとう。貴女のおかげで私たち優勝できたわ。』

 

『ええ。この前はカチューシャさんのおかげで私たちは負け、私は島流しのように大洗へ追いやられました。』

 

みほは少しカチューシャをいじめたくなってわざと困らせるようなことを言ったのだった。

 

『仕方ないじゃない…勝負の世界なんだから…それで、今日は何の用なの?』

 

『私たちは、クーデターを計画しています。カチューシャさん。私たちに味方してくれませんか?』

 

『何で私が協力しないといけないのよ!』

 

『カチューシャさん。相手からプライドを搾取するの大好きですよね?』

 

『えぇ。そうね。大好きよ。』

 

『なら、捕虜欲しくないですか?捕虜のプライドを搾取したいとは思いませんか?』

 

そういうとカチューシャは興味ありげになった。

 

『詳しく聞かせて。』

 

『私たちが捕虜にした敵をカチューシャさんに引き渡すということですよ。カチューシャさんはその捕虜をどう扱っても構わない。鉄道建設でも芋掘りでも何でもさせてください。どんなに屈辱的なことでも構いません。しっかり躾けておきます。貴女のもとに渡った捕虜は貴女のものですから自由にいじめてください。』

 

『し、仕方ないわね。やってあげるわ!それで、私たちはいつ援軍を出せばいいの?』

 

『プラウダ高校は最後の仕上げをお願いします。時が来たら連絡を差し上げますからその時まで待っていてください。ですから、まだ態度を明らかにしないでください。その間、くれぐれも裏切らないようにお願いしますね。裏切ったら…ふふ…』

 

『わかったわ。裏切らない。それじゃあまたね。』

 

『ありがとうございます。助かります。』

 

みほは、受話器を見つめながらバカにしたように呟いた。

 

「流石ちびっこ隊長。たやすく騙せる。これでプラウダも私の味方。あとはアンツィオだけど、アンツィオとは2回戦の敵同士。表だって動くことはできないけど水面下で粘り強く交渉しよう。」

 

すると優花里が心配そうに尋ねてきた。

 

「継続とBC自由学園はどうするのですか?」

 

「大丈夫。継続は多分どこにも味方しない。中立を保つと思うし、BC自由学園は内紛でどこかに援軍を出すなんて無理な状況。何とかなるよ。」

 

みほの予想通り、生徒会はみほの圧倒的な戦力に驚愕し他校に援軍を求めた。そして予想通り、黒森峰とサンダースの2校は生徒会に味方した。一方みほの陣営は聖グロリアーナ、マジノ女学院、知波単学園がみほの支持を表明した。

中立が継続とBC自由学園。

態度不明がプラウダとアンツィオだった。ただし、プラウダはみほとの密約があるので、プラウダも実質的にはみほの陣営の一員である。

みほは、満足げに情勢を報告されて笑っていた。その時だった。電話が鳴り響いた。出てみると知波単の西だった。

 

『もしもし。西住殿でしょうか?知波単の西です。』

 

『はい。私です。西住です。西さん。どうしましたか?』

 

『はい。実は、聖グロリアーナが援軍を出すと言うことで、私たちも何かもっとお役に立てないかと考え、是非我ら知波単も援軍を出したいと思い電話をさせていただきました。』

 

事態はいい意味でみほの予想を反した。これは好機である。

 

『え?はい!是非お願いします!』

 

『では、すぐに出発します。今、貴艦のそばを航行中なので、5時間ほどで大洗に上陸できると思われます。』

 

『わかりました。お待ちしています。』

 

みほは受話器を置き、ふうっと息を吐くと優花里と梓に皆を集めるように指示をした。

 

「優花里さん、梓ちゃん。みんなを集めてくれる?」

 

「了解です。」

 

「了解しました!」

 

みほが皆を見回すととうとう戦いの時が来たのかとうずうずした様子である。みほは大きく息を吸うと勢いよく語り始めた。

 

「諸君!遂に時は来た!我らは地獄へ行く!悪の巣窟を葬り去る時が来たのだ!確かに我らは数は多い。しかし、敵の抵抗も相当なものだろう。厳しい戦いになるとは思う!しかし我らは必ず勝たねばならない!戦争は数が全てではない。数が多いからといって油断は禁物だ。さて、諸君の中には戦いが初めてだという者も多いと思う。また、罪悪感を感じている者もいるかもしれない。しかし、戦場で死にたくなければためらうな!全て殺せ!我らに刃向かう者や抵抗する者は人間ではない。生きるために殺し尽くせ!それが例え非戦闘員であっても構うな。略奪しても性的搾取でも何をしても構わない。全て許可する。奪え!殺せ!それが戦争だ!それでは諸君の健闘を祈る。戦争を楽しもうじゃないか。以上だ!」

 

みほは、裏社会から手に入れたカラシニコフ銃を12000人の大洗の生徒に配った。今まで、練習場でしか触れたことがない本物の銃一人一つが自分の手元に来たことに、みほに恭順した生徒たちは興奮していた。しかし、その興奮もやがて戦争が近づくと静まった。

開戦1時間前、学園艦中が静まり返りシンとしていた。ピリピリとした緊張感が学園艦に浸透していた。

 

つづく



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第33話 展望台の悲劇

短めです。とうとう戦争が始まりました。みほ陣営(反乱軍)のエピソードです。


サイレンが鳴り響く。地獄の幕開けを告げるサイレンだ。空襲警報と同じ不協和音が住民に避難を呼びかける。生徒会が住民の身を案じ、放送しているのだ。その合間に柚子の声が聞こえていた。柚子は必死に住民へ避難を呼びかけている。

 

『一般市民の皆さん。非戦闘員の皆さんは早く避難してください!戦争が始まります!早く!逃げて!逃げて!』

 

それを聞きながらみほは笑いながら呟く。

 

「会長たちは本当に見上げた心がけだね。住民の身を案ずるなんて。住民なんかの身を案ずるより、自分たちの身を案じた方がいいんじゃないかな?私は容赦はしないよ。そこに誰がいようとも。たとえそれが住民だとしても、抵抗する者は全て殺す。」

 

みほは開戦直後攻撃前の最後の訓示を行う。

 

「諸君!戦争が始まった!我らは前進する!目指すは展望台!まずそこを奪う!では行くぞ!!」

 

とうとう戦争が始まった。みほを中心とする反乱軍12000人のうち10000人がみほの拠点が置かれている学園艦西地区から進軍を開始した。反乱軍はまず、展望台を押さえる作戦をとった。高台を取れば、生徒会側の動きも反乱軍の動きも全てが丸見えになる。両者にとってこの地は何としても手に入れたい戦略上重要な場所だったのだ。

1kmほど進んだところで突然発砲音が響いた。生徒会側からの発砲だった。その瞬間タガが外れたように一斉に双方の攻撃が始まった。双方激しい撃ち合いだ。しかし、多勢に無勢、勝敗は1時間で決した。と言うよりも相手はただ闇雲に撃つだけという単調でとても戦略的ではない作戦をとったため、すぐに全滅したというのが正しかった。みほは、この闇雲な撃ち方に覚えがあった。前線でワッと歓声が上がっている。どうやら生徒会側の司令官が捕らえられたようだ。殺せ殺せと頻りに声が聞こえる。司令官はすぐにみほの前に引き出された。後ろ手に縛られ、暴行を受けたのだろうかあざができていた。

みほはその姿を見て嘲笑った。

 

「こんにちは。お久しぶりですね。河嶋桃さん。やっぱり貴女でしたか。河嶋さんの見事な乱射ぶりは見ていてとてもおもしろかったですよ。もうちょっと持ちこたえられるかと思っていましたが、随分と早く勝敗が決しましたね。まあ、当たり前と言ったら当たり前でしょうか。あんなに闇雲に撃ったところで私たちにはあたりませんよ。」

 

「くっ…私をどうするつもりだ…」

 

「解放してほしいですか?」

 

「それは…当たり前だ…」

 

みほはにっこりと笑うと顔を近づけて桃の耳元で囁いた。

 

「いいでしょう。なら、生徒会がどんな作戦を取るつもりなのか教えてください。そうしたら命だけは保証しましょう。」

 

桃は迷っているようだった。しかし、みほは追い討ちをかける。

 

「早くしないと、殺しちゃいますよ?」

 

みほは銃を構える。選択肢はない。桃は観念した。そしてポツリポツリと話し始めた。

 

「ゲリラ戦を展開しようという話だ…住宅地を利用してゲリラ戦をしようと…」

 

「なるほど…ゲリラ戦ですか。妥当な策ですね。ありがとうございます。じゃあ、次はあんこう踊りを披露してください。ここにコスチュームはありませんから裸で。」

 

言う通りにすれば助かると思った桃は自分から服を脱ぎ必死に踊り始めた。踊りの振り付けの関係で恥ずかしい部分が露わになった。桃は屈辱で泣きそうな顔をしている。反乱軍のメンバーはその姿を見て嘲笑った。クスクスと周りから聞こえてくる。みほは終始意地悪そうに笑いながら、色々な角度から桃の身体を舐めるように眺めた。

 

「これで…いいか…?」

 

「はい。ありがとうございます。」

 

そう言うとみほはニヤリと笑いながら後ろに控えていた優花里と梓に命じた。

 

「では、河嶋桃を処刑します。処刑の準備してください。」

 

桃は目を剥いた。一瞬みほが何を言ったかわからないといった様子だった。しかし、すぐに正気に戻り必死に約束が違うと抗議する。そう。みほは、助けるつもりなど毛頭なかった。最初から殺すつもりだったのだ。命を助けるといっておいて作戦を話させた後さっさと始末する。これがみほのやり方だった。

 

「おい!西住!約束が違う!命だけは保証してくれるんじゃなかったのか!?」

 

「河嶋さん。本当に助かると思ってたんですか?そんな訳ないじゃないですか。河嶋さん。私は逆らう人はなんのためらいもなく殺します。貴女は、本当にバカですね。次は、頭がいい人に生まれてくださいね。本当に脳みそ入ってるんですか?安心してください。処刑したらすぐにその頭の中見てあげますから。あ、安心してください。死体はしっかりと晒しといてあげますからね。」

 

「お願いだ…命だけは…命だけは取らないでくれ…頼む…」

 

必死の助命嘆願にもみほは聞く耳を持たない。

 

「それはできません。河嶋さんには死んでもらいます。大丈夫です。一瞬痛いですが、すぐに楽になりますよ。」

 

そう言うと用意された処刑台に桃を目隠しをして縛り付けた。

 

「それでは河嶋さん。さようなら。来世では私と出会わないといいですね。そして、頭のいい人になってくださいね。」

 

みほはそうにっこり笑いながら桃に囁いた。

 

「お願い…助けて…」

 

桃は最期の瞬間まで、助けてくれるように頼んでいた。しかし、遂にその願いは届かなかった。

 

「構えろ!撃て!」

 

桃は銃殺刑に処された。桃がぐったりと頭を垂れる。桃が死ぬと、歓声が沸き起こった。みほは処刑台から降ろされた桃の頭を蹴る。

 

「こいつの腹を裂き、晒しておけ。」

 

桃の遺体は腹を裂かれ展望台に設置された磔台に晒された。薄汚れ血だらけの桃。死んで抜け殻となった桃が頭をがっくりと垂らしている。桃の髪が悲しくサラサラと風に揺れていた。

 

つづく

 




戦死者リスト

生徒会
河嶋桃
展望台守備隊100名(全滅)
みほ陣営
0名


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第34話 憎しみの炎

第33話 展望台の悲劇における、生徒会側のエピソードです。


開戦1時間を切り、ピリピリとした空気が流れていた。杏は、柚子に住民を避難させるように命じた。

 

「小山、悪いけど放送室に行って全艦の非戦闘員や一般の住民に避難を呼びかけてくれないか?住民を決して戦火に晒してはいけない。」

 

「わかりました。あのサイレンを鳴らしてよろしいですか?」

 

「あぁ、頼んだよ。」

 

柚子は駆け出して行った。しばらくするとけたたましいサイレンと柚子の声が学校中に響き渡る。すると、一般の住民たちがぞろぞろと集まってきた。有事の際には体育館に避難するように規定してある。今日からしばらく体育館住まいとなる。

 

「皆さん。今日からしばらく体育館住まいとなりますが、戦争終結まで耐え忍んでください。私たちは必ずこの戦いに勝利します。」

 

柚子は、皆に頭を下げた。この戦いが早く終結してほしい。それは誰もが願ったことだった。とりあえず皆、家に一刻も早く帰りたい様子だった。柚子は、突然避難民の一人に声をかけられた。

 

「あの、秋山優花里という生徒を知りませんか?もう何日も家に帰ってなくて…」

 

「あなたは?」

 

「優花里の母です。ほら!お父さんも!」

 

「…優花里の父です…」

 

母親は気丈に振る舞っていたが、父親は呆然としていた。よほど娘の身が心配なのだろう。柚子は真実を告げるのが心苦しかった。

 

「秋山さんは…秋山さんは…私たちの敵です…反乱軍の幹部として…加わっています…」

 

優花里の両親は泣き出してしまった。そして、必死に謝っている。

 

「申し訳ありません…本当に申し訳ありません…まさか娘がこんなことを…」

 

可哀想で見てもいられない。どんな言葉をかければいいのかさえわからない。すると杏の呼ぶ声が聞こえた。

 

「すみません。呼ばれたので一旦離れます…」

 

「引き止めてお仕事の邪魔をしてしまってすみません…」

 

優花里の両親は最後まで頭を上げなかった。

 

「小山。大丈夫か?」

 

「はい。避難民の一人に秋山さんのご両親がいらっしゃって…それで…真実を…」

 

「なるほどね。秋山ちゃんの…仕方ないよ…小山が負い目に感じることはない。」

 

「でも…」

 

「いいか?たとえ敵の家族でも丁重に扱え。避難民には何の罪もない。」

 

「はい。もちろんです。」

 

杏はニッコリと笑い、仕事に戻るように指示をした。避難民の収容を終えた後、杏たちは作戦会議に移った。

 

「敵の数は12000そこにさらに、味方する聖グロリアーナ、知波単などが加わるとさらに増えることが予想され、我々の援軍はいつ到着するかわからない状態だ。そこで、今回はゲリラ戦を主体とする戦いになる。」

 

桃がそう解説すると皆、合意したといった様子だ。すると次は杏が口を開いた。

 

「今回の戦いでは、展望台が戦略上重要な地だな。そこさえ押さえれば、反乱軍の動きは丸見えになる。逆に奪われれば我々の動きも全て察知されるということだ。」

 

今回の戦いではゲリラ戦を主体とし、まずは展望台を押さえるということで全会一致した。問題は、誰がそれをやるかだ。桃が手を挙げた。

 

「その役目、ぜひ私にやらせてください!かならずこの作戦を成功させてみせます!」

 

ゲリラ戦を展開する提案をした桃は自分がまず実践したいようだ。しかし、それに柚子が反対した。

 

「でも、桃ちゃん。この間の戦車道の試合の時、あまりうまく指揮を執れていなかったような気がするけど…」

 

「桃ちゃんと呼ぶな!この間はヘマをしたが、今回はしない。必ず成功させてみせる!」

 

桃があまりにも強く自分にやらせろと主張するので杏はかけてみることにした。

 

「そんなに言うなら、河嶋に任せるよ。ただし、無理はしないでね。」

 

「ありがとうございます!わかりました!」

 

桃はとても嬉しそうだった。戦果をあげて、杏を喜ばせる。そんな思いでいっぱいだったのだろう。皆、桃の様子をおもしろそうに見ていたが、ただ一人柚子だけはうかない顔をしていた。悪い胸騒ぎがしていたのだった。

 

「小山。どうした?」

 

杏に声をかけられ、柚子は心配そうに呟く。

 

「桃ちゃん。大丈夫でしょうか?何か、悪い予感が…」

 

「まだわかんないよ。戦う前なんだから。そんなうかない顔してたら勝ちが逃げてくよ。」

 

「そうですよね。考えすぎですよね。」

 

そういうと柚子は笑う。杏も満足そうに笑った。杏は河嶋に銃を持つ兵士 30 竹槍部隊 70をつけた。本来なら100名全てに銃をもたせたいが何しろ現状では100挺しか銃がないので万が一全滅した時にリスクが高すぎるのでやむを得ない措置だった。

 

「大丈夫ですよ!銃の部隊など30で十分です!必ず展望台を奪ってみせます!」

 

桃は強がって大丈夫だと豪語していたが、内心ではとても不安だろう。

 

「すまない…どうか力不足を許してくれ…」

 

杏は力不足によりこんな大変な目に合わせたと皆に謝罪した。

 

「会長…頭を上げてください。私たちは会長だからついてきたんです。会長のために、この戦い、必ず勝利します!」

 

そう言って、笑顔で桃と展望台守備隊100名は出かけていった。杏と柚子はどうか無事で戻ってくることを祈っていた。みほたちは学園艦の西地区を拠点としている。展望台は西地区から2kmほど離れた中地区にある。接敵は約1時間程度だろう。その1時間は杏たちにとって、とても長く感じた。

 

突如、静かな学園艦の空気を切り裂くような発砲音が響いた。

 

「始まったか…」

 

杏は緊張で汗がダラダラ流れていた。柚子も同じように上の空だった。遠くから発砲音が絶え間なく聞こえてくる。懸命に戦っているようだ。杏は心強くその発砲音を聞いていた。発砲音は1時間ほど続いたが、やがて静かになった。勝敗が決したのか、一時休戦かそう思っていた。その時だった。偵察の者が慌てて駆け込んできた。

 

「か、会長!大変です!展望台守備隊全滅しました!指令官河嶋さんは、敵に捕らえられ安否不明です!」

 

「え…?」

 

全滅。それを聞いて杏は青くなった。そしてガタガタと震えた。

 

「全…滅…?全員、死んだのか…」

 

「はい…全員見事に戦い、命の花を散らしました。河嶋さんも最後まで指揮をとりましたが、最後は敵に捕らえられました…」

 

100名もの兵士が命を散らしたのだ。つい2時間前まで一緒に笑っていた娘たちが。あれが最後の別れになるとは誰も思ってもいなかった。しかも、桃は敵に捕らえられたという。安否もわからない。残虐なみほのことだ。タダで済むとは到底思わなかった。どうすればいいのかわからない。もはや交渉の手段もない。こちらにも捕虜がいたら、交換などでなんとかなったかもしれないが、その手段も使えなかった。

 

「私のせいだ…私のせいで…みんなは…」

 

がっくりと膝を折り、杏はうなだれる。出撃した者たちの顔が走馬灯のように蘇る。杏が見た皆の最後の顔は笑顔だった。涙が溢れてくる。柚子を見ると、柚子も泣きながら双眼鏡で主戦場となった展望台付近を見ていた。そして、お経をあげて仲間を弔っていた。その時である。

 

「きゃあ!!」

 

柚子が悲鳴をあげた。そしてへなへなと倒れ込んでしまった。杏は涙をぬぐい、何事かと柚子に尋ねる。

 

「うぅ…小山。どうした…?」

 

「か…か…か…会長…あ…れ…を…」

 

柚子が指差す先を双眼鏡で覗いてみた。

 

「うわあああああああ!!か…か…か…河嶋ぁぁぁぁぁぁ!!」

 

そこには無惨に殺され、腹を裂かれて裸で磔台に縛られ、晒された桃の姿があった。反乱軍の兵士たちが追い討ちをかけるように、石をぶつけている。

 

「やめろ…やめろやめろやめろやめろ!!河嶋をこれ以上傷つけるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

杏は半狂乱になり叫びまくった。杏の目は血走り、強く握られた拳からは爪が食い込み、鮮血が流れていた。

 

「あははははは!!ははははは!!」

 

杏は突然笑い出した。そして叫んだ。

 

「西住みほ…絶対に許さない!!この恨みこの憎しみは必ず晴らす!今に見ていろ。必ず河島の仇は討ってやる!!」

 

恨みと憎しみの炎は大火になり、火災旋風のように、杏の心の中で渦巻いていた。



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第35話 中地区市街戦

みほの陣営のエピソードです。


みほは、奪い取った展望台に入った。生徒会側の守備隊100名の遺体が転がっている。

 

「あはは。私に逆らったばかりにこんな惨めな姿になっちゃって。戦争って楽しい。この狂気が楽しくておもしろい。あははは!」

 

みほはバカにしたように笑いながら転がっている遺体を見下ろす。そして顔を踏みにじる。

 

「どう?痛い?あはは。死んじゃったら何も言えないよね。貴女たちは、死んでも屈辱を受け続けるんだよ。私に逆らったらどうなるか教えてあげる。」

 

みほは遺体を坂から蹴り落とす。遺体は坂を転げ落ちていった。みほはそれを楽しそうに見ていたが、やがて興味を失い歩き始めた。そして、展望台の頂上にたどり着く。そこには桃が、磔台に晒されている。

 

「あはは。河島さん。血だらけですね。私に逆らうからこうなるんですよ。素直に降伏すればよかったのに。でも、貴女が死んでくれたおかげでもっと狂気を楽しむことができる。ありがとうございます。えへへ。」

 

そう言うと、みほは滴り落ちる血をその手に塗りたぐる。そしてその血を艶めかしく舐めた。

 

「ああ、おいしい。血の味。狂気の味。恨みと憎しみの味。河島さんの血の味おいしいですよ。」

 

みほの美しく白い肌が桃の血で赤黒く染まる。みほは、血濡れの手で次なる作戦を下知した。

 

「ゲリラは市街地に潜んでいるはずだ!市街戦を行う!10000人のうち、2000人はこの展望台を守れ!残りは私についてこい!そして、戦車部隊は市街地に集結せよ。」

 

みほは、自ら最前線に立ち指揮を執る。そして展望台の麓の街にたどり着いた。すると、やはりゲリラが攻撃をしてきた。今度は的確だ。しっかり狙って撃ってくる。反乱軍の兵士も次々と倒れる。

 

「やはり…市街地に火を放て!ゲリラを炙り出してやれ!」

 

みほはガソリンをまき、火をつけるように命令した。その時である。住民の男が飛び出してきた。

 

「私の家に何をする気だ!」

 

この男、避難をせずに家を守るために家族を先に逃がしてずっと頑張っていたのであろう。

 

「ここはもうすぐ焼き払います。作戦の邪魔です。すぐに立ち去ってください。」

 

みほは優しく諭すように命じた。しかし、男は頑なだった。

 

「嫌だ!私がなぜ立ち去らないといけない?ここは私の家だ!私がどこにいようと自由じゃないか?それより、おまえたちこそ撤退しろ!」

 

「そうですか。なら仕方ありませんね。」

 

みほは残念そうな表情をすると後ろに控えていた兵士に声をかける。

 

「おい!誰か銃を持ってこい!」

 

「な…何をする気だ…?」

 

「貴方を、ゲリラに協力する民兵と断定し殺害します。ゲリラに協力した者の末路はこうだ!」

 

みほは血濡れの手で引き金を引き、銃を撃つ。男は倒れた。地面に赤い血が広がる。みほは男を嘲笑しながら蹴り上げた。

 

「ふふ…可哀想に…もっと頭良く生きなきゃダメだよ。おじさん…貴方はゲリラに協力した戦闘員。だから殺しても問題はない。解釈の問題だよね。でも、確かに何も告げずに火を放つのは住民が可哀想か…これから、この地区の住民に退去命令と警告を行う。期限内に退去しない者は全て敵と断定し殺し尽くせ!」

 

『現時刻から1時間後、この地区の掃討作戦を開始する。非戦闘員は直ちに退去せよ。1時間を過ぎた時点でこの地区内にいる者は全て戦闘員とみなし、掃討する。繰り返す。非戦闘員は早急に退去せよ。1時間後この地区にいる者は全て戦闘員とみなして掃討する。』

 

みほは、この地区の住民に対して警告と避難勧告を行なった。

そして、1時間が経った。戦車部隊の集結も完了し、みほは市街地に火を放つように指示をした。先ほど殺害した男の家と向こう三軒両隣にガソリンをかけ火を放つ。あっという間にガソリンに火がつき周囲は火の海になった。するとどうだろう。次々と人々が叫びながら逃げてくる。まさか本当に火を放つとは思わなかったのだろう。避難しなかった住民と見られる者も多くいた。いや、そもそも住民か戦闘員か見分けなどつくはずがない。逃げてくる見分けのつかない集団にみほは銃を撃ちまくるように指示をした。流石に目の前の見分けのつかない集団を撃つのは反乱軍の兵士は躊躇った。しかし、みほは容赦なく撃ちまくる。皆、悲鳴をあげて倒れていく。次々と逃げようとしては倒れ、逃げようとしては倒れ屍の砦を築く。市街地には阿鼻叫喚、地獄さながらの世界が広がっていた。

 

「躊躇うな!撃ち続けろ!殺しまくれ!あれは非戦闘員ではない!殺せ!」

 

一人の兵士が怯えている。それを見てみほは銃をその兵士の前に投げ捨てる。

 

「ほら、銃を取れ。どうした?あいつらは戦闘員だ。殺しても何の問題もない。我々の敵だ。」

 

「戦闘員と非戦闘員の見分けなど…つきません…彼らを殺すということは…それは…つまり…」

 

「だからどうした。我々の敵が掃討される。素晴らしく、いいことじゃないか?」

 

兵士は目を見開いた。それでも武器を取らない。みほは追い討ちをかけるように低い声で呟いた。

 

「殺さなければどうなると思う?憎悪は憎悪を生む。今度は、我々の兵士が殺される。武器を取れ。そして殺せ。躊躇うな。」

 

 

兵士は目を剥いた。そしてダラダラと汗を流し、ガチガチと歯を噛んだ。

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 

怯えていた兵士は半狂乱になり、乱射しまくった。その様子をみほは無表情で見つめ、そして次なる指示を出した。

 

「戦車隊、前へ!榴弾装填!射撃用意!蛆虫どもを吹き飛ばしてやれ!」

 

装填完了の連絡を受けるとみほは血濡れの手をさっとあげ市街地に向かって叫ぶ。

 

「撃て!」

 

砲弾は風をきり飛んでいく。市街地に着弾した榴弾は炸裂し建物を吹き飛ばす。みほは何度も何度も執拗に砲撃を命じた。中地区の市街地は跡形もない瓦礫の街になった。火は延焼し拡大を続ける。

 

「あははは!燃えてる燃えてる!美しい炎だ!!さあ、戦闘員の皆さん!!私の前から逃げられるかな?ほらほら!!早く逃げないと殺されちゃいますよ!?」

 

みほはそういいながら、銃を撃ちまくる。逃げ惑う集団は次々とみほの目の前で凶弾に倒れていった。戦車が追い討ちをかけるように死体と瓦礫を押しつぶしながら進み続ける。瓦礫の中には住民が埋もれているかもしれないがそんなことはお構いなしに進んでいく。みほは、わざと縦横無尽に戦車を走らせた。生存者を殺すためにわざと踏み潰したのだ。戦車を盾にした歩兵がさらに逃げ惑う集団を銃撃しながら進む。

みほは、戦争のやり方をよく理解していた。そして、そのやり方を的確に実行する。自身の研究に裏付けられた、古今東西の戦争の戦略を組み合わせた方法で的確に戦争を遂行する。

市街地には真っ黒な炭と化した焼死体と銃撃で死んだおびただしい数の犠牲者の死体が転がっている。砲弾に吹き飛ばされたのだろうか。腕や脚も転がっていた。その中をみほは笑顔で楽しそうに進軍する。そして、みほは展望台に続き、その麓の市街地まで手中に収めた。みほは制圧完了を高らかに宣言した。

 

「諸君。中地区の市街地は我らが占拠した!我らは連勝したのだ!皆この調子で次も必ずや勝つぞ!!」

 

その時である。拠点で待機していた2000人の部隊から連絡が入った。

 

『隊長!知波単の川島という方から連絡です。もう間も無く、知波学園の援軍が到着する模様です。』

 

『わかりました。では、搬入口の制圧までしばらく待つように伝えてください。』

 

『了解です!』

 

勇敢な突撃狂、知波単学園がついにきた。運用次第では大きな戦力になる。市街地を燃やしつくす炎を背にみほは狂気顔をして佇んでいた。

 

つづく

 




戦死者リスト

生徒会

河嶋桃
展望台守備隊 100名
ゲリラ部隊 一般市民と見分けがつかないため不詳

みほ陣営

10名

一般市民 ゲリラと見分けがつかないため不詳


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第36話 最高責任者

第35話 中地区市街戦における生徒会側のエピソードです。


杏は、初めて「戦争」を遠く離れた場所からではあるが体験した。そして、「戦争」がどういうことなのかを初めて理解した。杏は今まで大抵のことはさほど苦労なく乗り越えてきたし、的確な指示とリーダーシップで率いてきた。しかし、今回は違う。親友が死に、つい先ほどまで笑いあっていた仲間が1時間後には屍となるかもしれない命のやり取りを行う。それを率いる最高責任者なのである。みほへの怒りと憎しみで我を失っていたがこういう時こそ冷静にならなければならない。大粒の涙を流しながら生徒会室のカーテンを閉めた。桃と100人の仲間はもうこの世にはいない。今は、他の生きている仲間を守り学校を守らなければならない。杏は呟いた。

 

「河嶋と100人の展望台守備隊のことは忘れよう。」

 

それを聞いた柚子は思わず叫んだ。

 

「そんな!忘れるなんて、会長!親友じゃなかったんですか?仲間じゃなかったんですか!?親友と仲間を忘れてしまおうなんて会長!正気ですか!?」

 

「わかってる。わかってるよ…でも、私たちがこれでは他の生きている仲間たち。そして避難民はどうなる?私たちがこの戦争の生徒会陣営の最高責任者だ。だからこそ、今は死んだ人間よりも生きている人間のことを考えなければならない。河嶋と100人の展望台守備隊のみんなもわかってくれるはずだ…最後に冥福を祈って手を合わせてやってからもう忘れよう。」

 

杏は手を合わせお経を読み始めた。柚子も理解してくれたようだ。涙を流しながら、手を合わせている。

杏は涙を拭き、柚子に指示を出す。

 

「小山。次の作戦に移行する。50名を集めてくれ。」

 

生徒会軍の次なる作戦は市街地おけるゲリラ作戦だ。杏は展望台の麓の市街地にゲリラ兵50名の展開を指示した。今回の戦争が劣勢であることは認めざるを得ない。火を見るよりも明らかだ。みほたちの次なる狙いは展望台の麓の市街地の制圧だろう。放置しておけばあっという間に占領され更に劣勢に陥る。しかし、それは絶対に許してはならない。だからこそ、市街戦に持ち込み、長期の消耗戦、神経戦によって僅かでも反乱軍の兵力の消耗と神経を疲弊させ、サンダースの援軍到着まで少しでも長く抗戦し、援軍が来たら一気に反撃に打って出ようと考えていた。

 

 

「展望台の攻防戦で我々は敗れた。そして、河嶋は反乱軍に捕らえられ、無惨に惨殺され腹を裂かれて晒された。この仇は必ず討つ!しかし、今は戦力差が圧倒的だ。もう間も無く、援軍も到着する。その間に少しでも反乱軍を消耗させ、神経的なダメージを与えておきたい。みんなの任務は重大だけど、任せたよ。みんなを信じてる。」

 

杏は50名を集めて訓示を行なっていた。その時である。

 

「俺たちも戦わせてくれ。」

 

男性が声をかけてきた。彼は、学園艦内で文具店を開いている男性だった。彼の後ろには他にも20名ほどの男性が立っている。彼らは学園艦に店を開く店主たちだった。

 

「しかし、貴方たちは避難民です。避難民の方を危険な目に合わすわけには…」

 

「俺たちの店は俺たちが守りたい。これ以上、西住みほとかいうやつに蹂躙されてたまるか!だから頼む!俺たちも戦わせてくれ!」

 

杏はその言葉に嬉しさのあまり涙がこぼれそうだったが唇を噛み、必死にこらえた。

 

「皆さんの覚悟、しっかり受け取りました。わかりました。お願いします。」

 

ゲリラとそれに加わる民兵たちは、桃たちと同じように笑顔で出撃していった。今度こそ無事の帰りを祈った。今度は、長い戦いになる。これ以上、皆に負担を負わせてはならない。なんとかこの事態を打開できる方法はないか必死に考えた。その時だ、一つの案が浮かんだ。杏はすぐに受話器を取り、ある人に電話をかけていた。

 

『はい。蝶野です。』

 

『蝶野亜美一尉。お久しぶりです。大洗女子学園生徒会長の角谷杏です。』

 

『あら、角谷さん。突然どうしたの?』

 

『蝶野一尉にご相談がありまして。信じられないかもしれませんが、聞いていただけますか。』

 

『え…ええ。何かしら?』

 

『実は、我が校の戦車隊長、西住みほが武装蜂起しました。彼女は、全校生徒の三分の二、12000人を率い、更に戦車隊までも率いています。』

 

『え…?』

 

蝶野は信じられないというような声だった。杏は更に続ける。

 

『更に、他校までもが彼女の武装蜂起に支援を表明しています。このままでは、我々の学校は西住みほに支配されてしまいます。どうか助けてください。』

 

『一体、何が起こっているの…?』

 

『戦争ですよ。蝶野一尉。我々の学校では戦争が起こっています。これは、戦車道連盟としても由々しき事態ではないのですか?』

 

『ちょっと待って。戦争ってどういうこと?武装蜂起って、本当に殺し合いが起こってるの?』

 

『はい。殺し合いです。現時点で我々は、100名と生徒会役員の河嶋という生徒が西住みほに殺されています。』

 

『河嶋さんってあの河嶋さん?あなたたちの戦車のメンバーだった…?』

 

【はい…そうです…しかも、西住みほは陸戦条約をことごとく無視した捕虜の虐殺も厭わない。どうか助けてください。』

 

受話器からガチャリという音が聞こえた。蝶野はあまりの衝撃に受話器を落としたらしかった。

 

『それは…それは看過できないわ…!!あの優しそうな娘がそんなことするなんて!!すぐにそちらに向かえるように上官に取り合ってみるわ!少し待ってて!』

 

杏は笑った。自衛隊さえ出てこれば、みほを捕らえ、この戦争を終わらせることができる。そう考えていた。4時間後、生徒会室の電話がなった。

 

『はい。大洗女子学園生徒会です。』

 

『蝶野です。角谷さんはいらっしゃいますか?』

 

蝶野の声は暗かった。

 

『私です。どうでしたか?』

 

『ごめんなさい…派遣は…無理よ…』

 

『え…?何故ですか…?殺し合いですよ…?それなのになぜ…?』

 

『上官によると、学校への自衛隊の介入は行えないそうよ。更に西住みほという名前を出した途端、顔色を変えてこれ以上関わるなと言われたわ。仕方ないから防衛大臣に直訴したの。そうしたら、私は今日付で何をするのかよくわからない部署に異動することになったわ…左遷っていうことね。何かこれには国家をも巻き込む深い闇がありそうよ。気をつけてね…』

 

そういうと電話は切れた。杏は受話器を持ったまま呆然とした。戦争終結の策を失ったのだ。自衛隊がこの調子なら、警察など絶対に出てこないだろう。これから後は殲滅するか、されるかである。杏はフッと顔をあげて外を眺めた。中地区の方向がオレンジ色だ。しばらく何も考えられなかったが現実に引き戻された。中地区の市街地が燃えているのである。炎が市街地を飲み込んでいた。そして、これは戦車からだろうか榴弾が炸裂している。さらに砲撃の合間合間に銃を連射している発砲音も聞こえる。間違いない。これはみほの仕業だ。みほがゲリラを炙り出し、砲撃で吹き飛ばしそれに耐えかねて逃げだしたゲリラと市民を銃で撃ち殺しているのだ。杏は死にゆく仲間と市民をただ呆然と遠くで見ているだけしかできなかった。もはや涙も枯れ果てた。

 

「あははは。燃える燃える。みんな燃える。みんな私のせいで死んでいく。」

 

「どうすればいい…どうすれば…誰か…教えてくれ…」

 

杏は壊れる寸前だった。みほというあまりにも大きな闇に押し潰されそうだ。もういっそ降伏した方が楽だろうか。そんな風に思い始めていた時だった。

「会長。サンダースからお電話です。後1日で援軍が到着するそうです。」

 

希望の光が差し込んだ瞬間だった。杏は大きくガッツポーズをして喜んだ。

 

つづく



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第37話 近況報告

リクエストがあった近況報告のお話です。30年後、みんなはどんな仕事や生活をしているのでしょうか。


重苦しい雰囲気になってしまった。当たり前である。過酷な戦いの話をしているのだから。

 

「なんか、雰囲気が重くなってしまいましたね。ちょっと休憩してホテルのカフェでお茶にでもしませんか?みなさんの近況報告なども聞きたいですし。」

 

秋山優花里が提案するとみんな賛成した。私も今、関係者たちがどのような職につきどんな生活をしているのか聞きたかった。

カフェに着くと秋山優花里が代表してコーヒーを5つ注文した。コーヒーはすぐに皆のテーブルに届いた。

 

「さて、コーヒーも届いたところで…皆さん知ってますよね?冷泉殿、すごいです!」

 

「あぁ、冷泉ちゃんか!まさか本当に取るとは思わなかったなぁ」

 

「本当ですよね!冷泉先輩、高校時代から天才でしたけどまさかあそこまでとは!」

 

私は秋山優花里たちが何の話をしているのかよくわからなかった。最近、ろくにニュースも見ていなかったのである。

 

「あの、先程から冷泉さんの話をしているようですが、一体何があったんですか?」

 

「え?フリージャーナリストなのに知らないの?」

 

角谷杏がニヤニヤと笑っている。

 

「最近ニュースを見れていなくて…」

 

「冷泉殿がノーベル化学賞を受賞したんですよ!」

 

「え!?」

 

私は驚いてしまった。冷泉麻子は大天才であるということは秋山優花里から聞いていたがまさかここまでの天才とは思っても見なかったのである。

 

「冷泉殿は大洗を卒業後あの有名国立大学の東京帝国大学に現役で入学、その後アメリカやドイツなど研究機関や大学を転々として、今は母校の東京帝国大学で教授になっています!」

 

「本当にすごいよね。でも、その研究ってもともと…」

 

「そうです…西住殿が命令した毒ガス研究からスタートしています…なんか皮肉ですよね…」

 

また、場が少し暗くなった。すると秋山優花里が慌てだした。

 

「あぁ!だから暗くなってはダメです!今ぐらい明るくいきましょう!」

 

「そうだね。じゃあ次は秋山ちゃんの近況報告お願い。」

 

「え?私ですか。聞いて驚かないでくださいよ?私の今の職場、実は冷泉殿と一緒です!」

 

「「え!!」」

 

これには一同驚いた。

 

「秋山さん。詳しくお願い。」

 

小山柚子が促すと優花里は興奮して話し始めた。

 

「私はですね、大洗女子を卒業した後、普通に大学を卒業したんですが、どうしても戦車に関する戦略の研究をしたくてアメリカの大学に、もう一度入学したんです。大学院にも進学しました。そして、帰国後、防衛省の研究所の研究員になったんですが、1年ほど前に戦車道の審判養成の規定が変わり、一般の大学でも戦車道審判課程を履修さえすれば審判の資格を取ることができるようになったんです。そして、その課程が冷泉殿が、教鞭をとる、東京帝国大学に設置されることになったのです。今まで自衛隊員が審判を務めていて、自衛隊員には戦車に関する専門的な知識があったのですが、一般大学の学生には当然のことながら、専門的な知識はない。そこで、科目を追加することになったのですが、それを教える教員がいない。そこで、冷泉殿からぜひうちの大学で教えて欲しいと頼まれて、冷泉殿と同じ東京帝国大学で教鞭をとることになったというわけです。今は、全学共通科戦車道審判課程の准教授です!」

 

秋山優花里は、自慢げに胸を張る。

 

「へえ!自分の大好きな戦車のことを1日中研究できるなんて、夢のようでしょ?」

 

「はい!もう楽しくて楽しくて仕方ありません!学生たちもすごくおもしろい子ばかりで!ヒヤッホォォォウ!最高だぜぇぇぇぇ!!」

 

「出た!秋山ちゃんのパンツァー・ハイ!」

 

角谷杏がおもしろそうにからかうと4人はどっと笑った。

 

「澤殿は今は何を?」

 

「私ですか?私は、刑務官をしています。」

 

「刑務官ですか。なんでまた刑務官に?」

 

「高校時代、収容所の所長を務めてからあの感覚が忘れられなくて…そのまま刑務官に…」

 

それを聞いて角谷杏が苦笑いをした。

 

「あぁ〜。確かに、澤ちゃん収容所ですごかったもんね。鬼所長だったよ…」

 

「なんか、今の刑務所は味気ないです…もっと色んなこと、囚人にしたい…」

 

「西住ちゃんが過激すぎるんだよ!実際にやっちゃダメだよ!死んじゃうよ!」

 

「澤殿は今でも西住殿の闇に囚われたままって感じですね…」

 

優花里が遠い目をして呟く。

 

「もう!皆さん冗談ですよ!会長たちは今、何やってるんですか?」

 

「今のは絶対に冗談ではなかったような…そうですね。会長たちの近況、気になります。」

 

「あぁ、私はね大洗町の町長やってるよ〜」

 

「えぇ!!町長ですか?すごいですね!って澤殿は、知らなかったんですか?大洗町に住んでるのに?」

 

「はい。実は東京の拘置所に勤めているので大洗には滅多に帰ってこないんです。今日は皆さんと会うために大洗に、というわけです。」

 

「なるほど。そういうことですか。」

 

「今回で二期目の町長だけど、結構楽しいよ〜大洗の戦車道振興とか町おこしとか福祉医療の充実とか公約にしてる。」

 

「会長らしいですね。副会長は何やってるんですか?」

 

「私?私はね、大洗町会議員をやってるよ。」

 

「実は、小山は野党議員で私にいっつも厳しい指摘してくるからちょっと怖い存在なんだよね〜」

 

「もう!町長がそんなんじゃ困りますよ!これからも厳しく追及しますからね!」

 

「お手柔らかに頼むよ〜」

 

「ダメです。」

 

小山柚子はニッコリと笑う。その笑顔が少し怖い。

 

「え!さらに驚きです!副会長と会長の舌戦、見てみたいです!澤殿もそう思いませんか?」

 

「確かにそれは見てみたいですね。今度議会を傍聴しようかな。」

 

「澤さん。ぜひ、気軽に見に来てね。そんなに、気張る必要もないから。」

 

「わかりました。」

 

一通りここにいるメンバーと冷泉麻子の近況報告が終わったところで、角谷杏が躊躇いがちに口を開く。

 

「…西住ちゃんは…何やってるんだろうね…」

 

「隊長…確かに隊長の近況は気になります。一体何をやっているんでしょうか?高校卒業して行方をくらませたままどこへ…」

 

「あのぉ、私、実は西住殿に2年ほど前に会ってます。」

 

秋山優花里が手を挙げながらそういうと、皆、驚愕した。当然私もだ。そういう重要なことは先に言って欲しい。

 

「え!?秋山ちゃん、西住ちゃんに会ってるの!?そういうのは早く言ってよ!いつどこでどんな風に会ったの?」

 

「はい、2年前の確か10月に戦略学の、国際的な学会がドイツで開かれることになったんです。それでドイツのミュンヘンに行った時に偶然バッタリと会ったんです。外見は高校生の頃とほとんど変わってませんでした。私は色々と近況を報告したのですが、西住殿は詳しくは話してくれなくて…ただその時、西住殿はドイツではダッハウとオラニエンブルクとハンブルク。その後は、ポーランドのオシフィエンチムに行くって言ってました。なんか妙に引っかかったので後々になって調べてみたらやっぱり私の予感は当たってました。西住殿が行くって言ってた都市は全てナチスの強制収容所があった場所です…それを知って私は全身から恐怖で血の気が引いたのを覚えています…」

 

「西住ちゃん、本当に何を考えてるのかわからないな…あの悪夢はもう二度と…!」

 

「そんなの私もです…西住殿は大好きですが闇住殿はごめんです…」

 

再び、空気が重くなってしまった。すると秋山優花里が慌てて謝る。

 

「あぁ、すみません!こんなに空気を重くする気は…そういえば皆さん結婚はしているんですか?」

 

「はい。私はしてます。子どもも2人います。」

 

「私もしてるよ〜、子どもは3人かな。」

 

「私もしてるよ。子どもはいないけど。」

 

「秋山ちゃんは?」

 

「私は…」

 

「あ…秋山ちゃん、なんかごめんね…」

 

「いえ…研究に熱中しすぎて婚期を逃したってやつです…」

 

秋山優花里が下を向きながらぼそぼそ呟いていたが、すぐに元気になった。秋山優花里は切り替えが早い。

 

「あ!そういえば記者さん。誰かに似てる気がするんですが…」

 

「あぁ、それ私も思ったんだよね〜なーんか誰かの雰囲気に似てるなって。」

 

「そう言われてみれば似てますね。誰でしょう?」

 

「え!そうですか?誰でしょう?」

 

私は必死にごまかした。私の正体がバレないように。もしバレたら取材に支障が出るかもしれない。

 

「まあいっか、さあ休憩もこれくらいにして対談の続きをやろっか。」

 

「そうですね。そうしましょうか。さあ、お二人とも部屋に戻りますよ。」

 

角谷杏と秋山優花里がそういうと皆、席を立つ。私はホッとした。部屋に着くと再びあの地獄のような戦いの記憶を話し始めた。




近況報告まとめ

秋山優花里

結婚:未婚

現在は東京帝国大学の准教授。専門は戦略学と地政学で全学共通科の戦車道審判課程で戦車戦略論の授業を担当している。研究に没頭するあまり婚期を逃したらしい。

冷泉麻子

結婚:不明

現在は東京帝国大学の教授。専門は毒物化学。高校時代に行ったみほの指示による毒ガス研究を元に大学、大学院と研究を続け、母校の教授になった。最近専門外のことではあるが世紀的発見をし、ノーベル化学賞を受賞。日本を代表する化学者。彼女の担当する授業では遅刻してもかなり寛大らしい。それどころか彼女自身が授業に遅刻してくる。

澤梓

結婚:既婚

現在は刑務官をしている。詳しくは語らなかったが、西住みほの闇に現在でも囚われている雰囲気。結婚し子どもを2人授かる。

角谷杏

結婚:既婚

現在は大洗町長。2回当選を果たし、戦車道の振興や教育支援、福祉医療の充実、町おこしなどに持ち前のリーダーシップを発揮している。子どもを3人授かり、充実した人生を送っている。

小山柚子

結婚:既婚

現在は、大洗町会議員。杏と対立する野党議員で杏と舌戦を議会で繰り広げている。子どもはいないが幸せに暮らしている。

西住みほ

結婚:不明

高校卒業後行方をくらましていたが、2年前ドイツで優花里の前に突如現れた。ドイツとポーランドでナチスドイツの収容所を訪ね歩くなど4人にとって謎の多い恐ろしい人物。

みほが訪れた都市にある元ナチスドイツ強制収容所
オラニエンブルク

オラニエンブルク強制収容所
ザクセンハウゼン強制収容所

ハンブルク

ノイエンガンメ強制収容所

ダッハウ

ダッハウ強制収容所

オシフィエンチム

アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所


また、新しい話を今日中に更新できたらします。


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第38話 知波単参上

みほの陣営のエピソードです。


知波単到着間際の連絡を受け、市街地には戦車隊を置き、残りの歩兵はみほと共に再び進軍を開始し、搬入口の制圧に向かった。

 

「戦車隊はここで待機、動くものがあれば任意に砲撃を許可する。歩兵は私と共に搬入口を制圧する。ただし、今回は無駄な犠牲を払うのを避けるため、2つの搬入口のうち一つだけだ。もう一つは生徒会にくれてやれ!」

 

しばらく進軍すると、搬入口が見えてきた。生徒会の兵士はいない。全くの無抵抗だ。搬入口手前までやってきた。まだ抵抗がない。

 

「おかしい…ここまで抵抗がないとは。何か怪しい…」

 

みほは辺りを見回す。するとみほは近くの兵士に囁いた。

 

「一旦撤退する。その後にまた戻ってこよう。これは罠だ。」

 

「罠ってどういうことですか?」

 

「しっ!静かに!」

 

みほは口に手を当てて静かにするように命じた。そしてまた耳元で囁く。

 

「あれを見てごらん。監視カメラだ。私たちがこの搬入口に入った瞬間、ここの防火シャッターを下ろして閉じ込めた後に一網打尽にするつもりだったんじゃないかな?」

 

みほたちは一度退却した。

 

「この中に船舶科の者はいるか?」

 

数名が手を挙げた。

 

「この船の構造はよくわかっているはずだ。手柄を取らせてやる。この搬入口のシャッターなど機械管理をしているのはどこの建物だ?」

 

「はい。搬入口と同じ区画にある。あの建物です。」

 

船舶科の生徒が指差したのは小さな建物だった。あそこにはそんなに大勢いないはず。20名程度もいれば制圧できるだろう。

 

 

 

「よし、わかった。では、この中から20名は私についてこい。あの建物に攻撃をかける!」

 

そういうとみほは20名を率いて建物に近づく。中を確認すると生徒が10名ほどいた。監視カメラに見入っていて、こちらには気がついていないようだ。

 

「やはりか。5分後に突入する。突入部隊は突入に備えろ!」

 

みほは兵士に準備を命じた。5分がとても長く感じた。5分後、みほは手を挙げ、サッと振り下ろす。突入の指示だ。銃を構え、誰かが扉を蹴破った。

 

「動くな!動いたら撃つ!両手を頭の後ろに組み、うつ伏せになれ!」

 

建物内の生徒は言われた通り両手を頭の後ろに組みうつ伏せになりながら、目を剥いていた。なぜここがバレたのか。そんな顔をしていた。

 

「やっぱりここにいましたか。搬入口に誰もいないからびっくりしちゃいました。それで皆さん。罠だなんて酷いじゃないですか。でもまあ、あんなところに監視カメラわかりやすくつけておいてくれたおかげですぐ見破ることができましたけどね。えへへ。」

 

みほは、10名の頭を踏みにじる。

 

「わ…私たちは私たちの仕事をしていただけです。私たちの仕事はこの搬入口の管理。今回の戦いとは何も関係ありません。」

 

一番左にうつ伏せにされた生徒がそういうとみほはニッコリと笑う。

 

「嘘をついても無駄ですよ。あなたのことを私はよく知っています。近藤優香さん。」

 

「え…?」

 

「他の子たちもみんな知ってますよ。左から、加藤千花さん。武藤葵さん。武下日菜さん。武田美咲さん。花田あかりさん。森田ななみさん。松下楓さん。松本伊織さん。板倉愛梨さん。でしょ?えへへ。皆さん、生徒会の兵士の人ですよね。よく知ってますよ。」

 

みほは一人一人の名前を呼びながらその生徒の顔を踏みつけた。

 

「なんで…なんで私たちの名前を…?」

 

その声は恐怖でうわずっていた。

 

「なんでだと思う?えへへ。さて、どうしようかな。私に逆らったから殺しちゃおうかな。」

 

そういうとみほは近藤優香の頭に銃を、突きつけ、引き金に指をかけた。

 

「あ…あの…やめてください…殺さないで…お願いします…なんでもしますから…」

 

するとみほは優香の頬を撫でたり指でつまんだりしながら、ニヤリと意地悪そうにいたずら好きの子どものように笑う。

 

「へぇ〜、なんでもしてくれるんだ。ふふふ…うわぁ、優香ちゃんのほっぺやわらかいね。ふわふわだ。怖がってる顔、可愛い。もっと怖がらせてあげたいな…いたずらしたいな…」

 

「うぅ…」

 

優香は怖くて震えていた。するとみほは口に優しくキスをしてきた。優香はいきなりキスをされてびっくりしてしまった。

 

「ふぇ!い…いきなり何するんですか…」

 

優香は口を押さえながらみほに抗議した。みほはどこ吹く風といった様子である。

 

「あぁ、おいしい。えへへ。優香ちゃんにキスしちゃった。私、優香ちゃんたちともっと色んなことしたいな。いいよね?」

 

「え…?どういう意味ですか…?」

 

みほはにっこり笑いながら耳元で囁く。

 

「こういう意味だよ。この10名を捕虜として拘束しろ!拠点に閉じ込めておけ!」

 

「ふぇ!何を!やめてください!放して!!」

 

「ダメ。優香ちゃんたち。可愛がってあげるね?」

 

優香たち10名はあっという間に拘束され、みほの拠点に連れて行かれた。みほは、外に出て待機させている兵士に建物の制圧が完了したことを告げた。そして改めて、総員を率いて搬入口に向かった。

 

「諸君!搬入口にもしかしたらスナイパーが隠れているかもしれない!警戒を厳にせよ!」

 

搬入口に入るとやはりスナイパーがいた。スナイパーを撃ち殺し、搬入口制圧作戦は完全に成功した。

みほは知波単にモールス信号を打電する。

 

[ハンニュウグチセイアツ]

 

すると30分もしないうちに知波学園の学園艦が現れた。知波単の学園艦はなんと搬入口に無理やりドッキングしてきた。大洗の学園艦が少しだけ揺れた。

 

「あの突撃狂どもめ!大洗の学園艦を沈没させる気か!?」

 

みほは思わず叫んでいた。

知波単の搬入口で誰かが手を振っている。みほと知波単の架け橋となった川島だった。そして、川島を先頭に大洗の搬入口に30人ほどの生徒が飛び移る。

 

「みほちゃん。久しぶりだね。すまない。移動用飛行機に乗りきれなかった者が待ちきれないというものだから。無理やりドッキングさせてしまった。残りは、空から落下傘で降りてくる。しばらく待っててくれ。」

 

飛び移った者たちの中の一人、知波単の諜報員川島が苦笑いしていた。

 

「もう!川島さん!いきなりぶつかってくるからびっくりしちゃいましたよ!沈没させる気ですか?」

 

「あはは。すまん。すまん。あ、そうだ。一旦外に出よう。飛行機が大洗上空に到達して落下傘部隊が来ているはずだ。」

 

「もう!あははじゃないです!誤魔化さないでください!」

 

「まあまあ、そんなに怒るな。さあ、早く外に出よう。」

 

みほは抗議しながらも川島に促されて外に出た。すると、落下傘部隊はすでに搬入口前の区画に集結していた。よほど練度の高い精鋭のようだ。その数はおよそ2000名。手には三八式歩兵銃を持っている。この銃は知波単にとってのアイデンティティなのであろう。絶対に手放さず、この武器を使うと言い張るに違いない。しかし、現代の武器に比べると圧倒的に火力が弱い。その火力不足を戦略で補うしかないが運用次第ではみほたち反乱軍にとって大きな戦力増強となることは明らかだった。みほは、早速知波単の生徒の前に立ち、訓示を行なった。

 

「皆さん!この度は援軍に来ていただきありがとうございます!私たちは今、3連勝の快進撃を続けています!皆さんは勇敢な兵士です!獅子です!一緒にこの戦争を戦い抜き、このまま勢いに乗って必ずや勝利を手にしましょう!!」

 

皆、ワッと湧いた。皆、口々に全力で戦い抜くことを誓っている。

みほは満足そうに頷くと演台を降りた。すると今度は川島が演台に登り指示を出した。

 

「今回は、僕が君たちに指示を出す!僕の命令はみほちゃんの命令だと思ってくれ!皆、健闘を祈る!」

 

みほは、100名ほどに搬入口を守らせ、残りは一旦市街地まで撤退させた。そして、とりあえず援軍の知波単の兵士たちを拠点に案内して、その日は拠点でゆっくり休んでもらうことにしたのである。今、これ以上戦線を拡大したところで得にはならない。それより、今日ゆっくりと休んで明日以降に備えた方が得策である。

 

「みほちゃん。今の戦況を詳しく聞かせてくれないか?」

 

「はい。今の所は快進撃を続けています。占領も順調です。」

 

「そうか。みほちゃんは強いな。本当に今日戦わなくてもいいのか?私たちなら戦えるぞ?」

 

「ありがとうございます。はい。今日はゆっくり休んでください。疲れている状況では注意力が散漫して死ぬだけです。犬死は可哀想じゃないですか。」

 

「なるほどな。気遣いありがとう。」

 

「はい。今日はとにかく自由にゆっくり過ごしてください。」

 

みほはそういうと川島の部屋を立ち去った。休ませるためというのは口実で、実は今日みほは、これ以上戦いたくない理由があった。それは、先ほど捕虜にした10人を早く甚振り、いたずらをして屈辱と苦痛を与える時間が欲しかったからだ。いくらみほでも戦闘が続けばストレスは溜まる。溜まりに溜まったストレスを久しぶりに入った可愛らしい上玉の捕虜たちの身体で発散しようと考えていたのだった。

 

「何してあげようかな。みんな顔は端正で可愛いし、きっと身体も綺麗だよね。肌はすべすべしてて真っ白できっと玉みたいだよね。柔らかくて甘くて…早く撫でたいな。触りたいな。舐めたいな。食べちゃいたいな。とっても美味しそう。優香ちゃんたち、待っててね。たくさん弄んであげるからね。」

 

みほは舌舐めずりをして、呟く。みほは、捕虜たちのあられもない姿で恥ずかしがっている姿を想像し、ニヤニヤといやらしく笑いながら胸を高ぶらせて息を荒くしながら夜を待っていた。

 

つづく

 




オリジナルキャラクター紹介

近藤優香

加藤千花

武藤葵

竹下日菜

武田美咲

花田あかり

森田ななみ

松下楓

松本伊織

板倉愛梨

学年は全員1年生、生徒会陣営の兵士。搬入口制圧作戦の際にみほに捕虜として拘束された。


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第39話 思わぬ援軍

みほの陣営のエピソードです。


みほは、ニコニコと笑いながら執務室で執務に励む。あと少しで楽しい時間が始まる。可愛い捕虜の身体を弄ぶことができる。ワクワクと心躍らせて、大量の命令書などの書類にサインをしていると、交渉した覚えのない無期限貸与書があった。

 

「なんだろう?これ…」

 

みほが首を傾げていると梓が執務室に入ってきた。

 

「失礼します。」

 

「あ、梓ちゃん。この書類なんの書類がわかる?」

 

「あぁ、そういえば、それ、隊長が前線にいるときに電話があったみたいなんです。電話を受けた兵士によると、とある学校から隊長を討つために出発しようとした戦車の一部を"鹵獲"したので是非とも戦争に役立ててほしいとのことです。その人はアカホシと名乗っていたようですが、隊長ご存知ですか?何やら隊長のことをしきりに気にしておらたそうです。あとファックスも届いたんですよ。どうやらティーガーⅠとティーガーⅡを2両、無期限貸与をするとのことらしいです。」

 

みほは目を丸くして立ち上がる。そして、懐かしそうに遠くを見つめて笑った。今まで心躍らせて考えていた捕虜に対する邪な欲望はどこかに吹き飛んでいた。

 

「え!小梅さん!!懐かしい!小梅さん元気かな。そういえば、小梅さんを反逆者収容所の所長と秘密警察思想課長に任命してたんだよね。私が黒森峰から追放された後どうなったんだろう…」

 

みほの顔がパッと純粋な嬉しそうな笑顔になった。みほは携帯を手にして興奮のあまり何度も落としそうになりながら電話をかける。今まで悪魔だったみほは無邪気な可愛い女の子に戻っていた。

 

『もしもし!小梅さん?久しぶり〜!!』

 

『みほさん!お久しぶりです…あの…最初にみほさんに謝りたいことが…私たちの戦車があの時、転落していなければ…みほさんはきっと理想郷を築けたはずなのに…私たちのせいで…追放されて…本当にごめんなさい…』

 

そう。電話の相手の赤星小梅は、あのみほが追放されるきっかけとなった試合で、崖から滑落した戦車の搭乗員だったのだ。しかし、みほはそんなことは気にしないという様子で嬉しそうに友と話した。

 

『いいの。私は間違ったことをしたなんて思ってないし、やっぱり大切な友達があのまま水の中に沈んで行くのは耐えがたい。もう昔のことはいいんだよ。そんなことよりも、私が追放された後、小梅さんたちこそ大丈夫だった?』

 

『はい。私も裁かれることを覚悟していたのですが、何故かみほさんだけが悪いみたいな感じになって…結局私たちの裁判はうやむやになって、処分保留のような形で終わりました。』

 

『そっか、なら良かった。私ね、小梅さんたちがどうなったか心配してたんだ。ごめんね…私、あの後すぐに実家に謹慎させられて追放されたから、小梅さんたちの一部始終知らなくて…』

 

『いえ、そんなことは…みほさんの苦労に比べたら…』

 

電話の奥ですすり泣く声が聞こえてくる。みほはそれをなだめた。

 

『小梅さん。大丈夫だよ。私は大丈夫だから…泣かないで…』

 

『す…すみません…あの時のことを思い出してしまって…』

 

『ありがとうね。私のために泣いてくれて。あ、そうだ。そろそろ本題に入ろうか。電話の件聞いたよ。詳しく聞かせてくれない?というよりも、 誰から私が武装蜂起をしたって聞いたの?』

 

『はい。みほさんが武装蜂起をしたという噂はいつの間にか黒森峰の学園艦に広まっていました。おそらく隊長の周囲の誰かがうっかり口を滑らせたのでしょう。隊長は、武装蜂起など事実無根だと言ってましたが、最近隊長の周囲が慌ただしくなっていましたので、すぐに武装蜂起は事実であるとみんな確信しました。』

 

『あはは。なるほどね。うっかり口を滑らせたバカは誰だろう。間抜け面を見てみたいな。お姉ちゃんもバカだね。私だったら秘密にしておきたいことは部下にも友達にも家族にも誰にも話さないよ。まあ、私にはもう家族なんていないけど。えへへ。あ、ごめんね。続きお願い。』

 

みほはクスクスと笑う。

 

『はい。それで、私たちはかつてみほさんに付き従った者、収容所の元看守、そして元秘密警察官だった者たちを再び集結させて、戦いに赴く覚悟はあるかと問うたのです。すると、みんなみほさんのために何かしたいと涙を流しました。その頃、黒森峰では秘密裏に戦車5両がみほさんを討ち果たさんがために、出発しようとしていたたのです。私たちは、この戦車を鹵獲するために夜襲をしかけました。その結果、ティーガーⅠとティーガーⅡ、あわせて2両を鹵獲することができました。私たちは、この戦車とともに、大洗でみほさんとともに戦う覚悟です。お願いします。みほさんと一緒に戦わせてください!』

 

みほは驚いてしまった。まさか、かつての仲間が自分を思ってくれているなんて思ってもみなかったのだ。

 

『ありがとう。小梅さん。でも、小梅さんたちを危険な目に合わせるわけにはいかないよ。戦車を貸してくれるっていうならありがたく受け取るけど、小梅さんたちはこれからの生活もあるし、私たちと一緒に戦ったら、黒森峰で居場所がなくなっちゃう。小梅さんたちには普通に学校生活を送ってほしいな…』

 

みほは、小梅を諭した。

 

『嫌です…』

 

小梅はきっぱりと拒否した。しかし、みほもなかなかウンと言わない。

 

『お願い。小梅さんたちには私みたいにはなって欲しくはないの。』

 

すると小梅は語気を強めて訴えた。

 

『嫌です!今の黒森峰に居場所なんてあるわけないじゃないですか!みほさんがいない黒森峰に私たちの居場所なんてない!私たちは黒森峰で旧副隊長で鬼畜の西住みほの犬だと言われて徹底的に弾圧されているんです!誰も助けてなどくれない!私たちは差別されているんです!中にはリンチを受けた仲間までいます!だからこんな黒森峰なんかにいたくない!私たちはみほさんの役に立ちたいんです。みほさんのことが大好きだから。みほさんのためだけに戦いたいんです!みほさんのためなら死んでも構わない!みほさん、お願いします。私たちにも戦わせてください!』

 

みほは小梅の言葉を聞いて黙り込んだ。ずっと考え込んでいたが、みほは決意した。

 

『私のいない黒森峰でそんなことが起こっていたなんて…知らなかった…ごめんね…わかりました。なら、私と一緒に戦いましょう。理想郷を作りましょう。それじゃあ、いつ来れますか。』

 

『実はもう輸送機に戦車2両と1000名の旧副隊長陣営の人間を乗せ黒森峰を出発して、大洗の学園艦に近づきつつあります。約1時間後には到着します。しかも燃料は片道分しかありません。』

 

『あはは。それじゃあ、断ったところで無理矢理にでも来るつもりだったんだ。燃料も片道分しか入れないなんて小梅さんも意外と策士だね。そういえば、エリカさんは?元気?』

 

『エリカの話はしないでください…あの人はみほさんがいなくなった後、真っ先に私たちを裏切って隊長たちに私たちを売った!許せない…』

 

嬉しそうだったみほの顔からふっと表情が抜け落ちていく。そしてみほは悪魔に戻る。軽蔑したような表情をして呟いた。

 

『そっか。エリカさん…裏切ったんだ…あんなに目をかけて秘密警察の隊長兼特別課長まで就任させてあげたのに、私がいなくなったらあっさりと裏切ってあの蛆虫のお姉ちゃんについた…ふふ…エリカさんも愚鈍な駄犬…いや、結局蛆虫さんだったってことか…』

 

『あの、みほさん。話を変えるようで悪いのですが、今回、かなり無理な積み方をしているので、燃料も危なそうですし一刻も早く着陸したいのですが…』

 

『あ、そうだよね。戦車2両と1000名の人間を運んでるんだもんね。わかった、一刻も早く着陸の準備をして準備できしだい連絡するね。』

 

電話を切るとみほは急いで地図を取り出した。学園艦の見取り図だ。みほは、輸送機が着陸可能な道路を探す。

 

「えっと、ちょうどこの拠点がある西地区に大きな幹線道路があるな。幅もギリギリ良さそうだし、長さもギリギリだけど大丈夫。なら、ここに誘導して着陸してもらおう。」

 

みほは梓に急いで着陸誘導の準備をするよう指示を出す。

 

「梓ちゃん。ここに今いる知波単の兵士と捕虜以外の全員をすぐ集めて。輸送機着陸の準備をはじめます。」

 

「はい。わかりました。隊長、赤星さんっていう人ととても仲よさそうですね。」

 

梓は少し嫉妬していた。しかし、その人はどんな人なのだろうかと少し興味もあった。

 

「諸君!朗報だ!黒森峰のかつての私の仲間が、1000人の援軍を送ってくれた。しかもおまけに戦車2両が一緒だ。輸送機で向かっているが、今現在着陸場所がなくて困っているそうだ。そこで、着陸場所の確保のため、西地区の幹線道路を封鎖し、そこへ誘導するそのためにこの誘導灯の設置を皆に手伝ってほしい。」

 

皆、黒森峰からの思わぬ援軍に喜んでいた。嫌だというものは一人もいない、皆進んで誘導灯の設置を手伝った。

作業はあっという間に終わった。

みほは、早速小梅に誘導灯を設置し着陸の受け入れ態勢が整ったことの連絡をした。

 

『小梅さん。終わったよ。誘導灯を設置したから誘導灯目指して着陸して。』

 

『わかりました。約30分後に着陸態勢に入ります。』

 

30分後、轟音とともに輸送機が現れた。そして、ギリギリ着陸を成功させた。

みほは、輸送機に駆け寄る。

 

「小梅さん!久しぶり!」

 

「みほさん…!」

 

みほと小梅は抱き合う。小梅は今まで我慢してきた感情が溢れ出し涙をこぼしていた。感動的な再会だった。

 

「みんな…来てくれてありがとう!」

 

みほは、懐かしい黒森峰時代の仲間との再会を果たした。

 

「さあ、みほさん。この戦車をみほさんに捧げます。使ってください。」

 

見事なティーガーⅠとティーガーⅡ、2両の雄姿がそこにはあった。

 

「あ!これって…」

 

小梅たち黒森峰時代の仲間はニッコリとして胸を張る。

 

「はい!みほさんが搭乗していたティーガーⅠ、217号車です!みほさんの元へ行くならこれを持っていかなければということで持って来ました!」

 

「うわあ!嬉しい!みんな、本当にありがとう!それにごめんね…小梅さんから聞いたけど私、みんながあんな目にあってるなんて思ってもみなかった。苦労かけたね…今日からはここがみんなの居場所。みんな、一緒にこの戦争に勝利しよう!」

 

小梅たちは、ここが居場所と言われてホッとしたのか洪水のように感情が溢れ出て大きな声でワンワンと泣き出した。小梅たちは涙を拭くとすっくと立ち上がる。

 

「私たちは、みほさんの直属の部隊となります!何でも命令してください!」

 

小梅たちは、全力で戦い抜き必ずみほに勝利をもたらすことを誓った。みほは、ニッコリと笑っていた。風が強く吹いている。髪を風にたなびかせ、拳を強く握りすっくと立つ少女たちの勇姿がそこにはあった。みほは、1000名のかつての仲間たちの前に立ち生徒会室がある建物を獲物を狙うような目で見据えていた。

 

つづく

 



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第40話 地獄からの来訪者

第38話 知波単参上 第39話 思わぬ援軍における生徒会側のエピソードです。


どこで間違ったのか、何を間違ったのか、杏には何も分からなかった。杏を信じてついて来てくれる、仲間。もう失いたくはない。しかし、戦争を遂行する。それ即ち、仲間に死んでこいといっているのと変わらないのだ。死んでこいという命令でも皆、喜んで笑って出撃する。それが杏を苦しめた。自己嫌悪で心が埋め尽くされそうである。その気持ちを押し殺して、杏は戦争に身を投じている。杏はとても焦っていた。みほの次なる手が全く読めないからだ。展望台の麓の市街地を焼き尽くしたみほは、次はどこに向かう気なのか一体何を考えているのか全くもってわからない。

その時だった。学園艦の航行を司る船舶科から連絡が入った。

 

『会長!我が大洗の学園艦に急速に異常接近する学園艦が…』

 

『所属は?』

 

『はい。知波単学園と思われます。』

 

杏は青くなった。知波単はみほ陣営の学校だ。その学園艦が急速に異常接近などたまったものではない。

 

『まずい…知波単は西住ちゃんの陣営だ!この海域から急いで離脱してくれ!』

 

『わ…分かりました!!』

 

杏は急いで兵士を20名集めた。

 

「西住ちゃんの次なる狙いは恐らく搬入口だ。この学園艦には搬入口が2つある。コントロール室で西住ちゃんたち、反乱軍の兵士が搬入口に入ってくるのを待って入って来たらコントロール室でシャッターを閉めて閉じこめて。狭いところに押し込められて混乱した反乱軍を一気に叩く!」

 

「はい!」

 

杏の作戦は搬入口を制圧しようと奥深くに入りこんだ反乱軍を閉じこめて混乱したところを一気に叩くという作戦だった。上手くいけば少数で多数を叩くことができる。

20人は出かけた。今回は兵士たちに無線をもたせた。しばらくすると、知らせが入る。

 

『こちらA搬入口、敵はまだ現れません。』

 

『同じく、B搬入口にも現れません。』

 

『了解!引き続き警戒頼むね。』

 

今度こそ無事に帰って来てほしい。杏はそう祈っていた。その時である。再び船舶科から連絡が入った。

 

『か…会長。こちらに大量の航空機が向かって来ます。数えきれません…』

 

『え…?なんでそんなに大量の飛行機が…まさか…視認はできる?』

 

『いえ、まだ視認はできません。』

 

『そうか…視認ができたら教えて。』

 

『了解です!』

 

知波単の学園艦の異常接近と大量の飛行機の飛来。嫌な予感がした。

 

『会長!飛来した航空機の視認と特定ができました!一〇〇式輸送機です!所属は知波学園!100機以上近づいています!!』

 

嫌な予感は的中した。輸送機には恐らく、みほの陣営への援軍を乗せていると思われた。

 

『無駄だとは思うけど、一応知波単に警告を出すよ。今から生徒会室で放送してみる。』

 

『わかりました。』

 

『こちらは大洗女子学園生徒会長角谷杏だ。貴校の学園艦が異常接近している。このままでは衝突の恐れがあり危険だ。早急に回避せよ。また、大洗女子学園学園艦の上空に許可なしに飛来するのは主権の侵犯だ。早急に引き返せ。』

 

杏は警告をしたが、それを無視して知波単の輸送機と学園艦は接近する。

 

『やっぱり無駄か…航空機は船では避けられない。しかし、学園艦の接近は何としても回避しろ!』

 

杏は苦渋の命令を下した。しかし、さらに追い討ちをかける知らせが入る。

 

『こちら搬入口Aの近藤です…今、反乱軍に突入されました…申し訳ありませんが…私たちは降伏します…』

 

『え…?突入…?降伏…!?今、どうなってんの?応答して!』

 

杏の作戦はみほに見破られていたのだ。またしても失敗した。

降伏した近藤からの応答は二度と帰ってこなかった。ただ、誰かが無線を入れっぱなしにしたようだ。声が漏れてくる。杏は息を殺しながらその無線に聞き入る。

 

『やっぱりここにいましたか。搬入口に誰もいないからびっくりしちゃいました…罠だなんて…酷い…』

 

杏はみほの声を久しぶりに聞いた。何を話しているのか聞き取りたいのに電波の状態がやや悪いようだ。途切れ途切れでなかなか聞き取れない。

 

(電波が悪いな。なかなか聞き取れない。それにしても西住ちゃん。酷いだなんて西住ちゃんが言えることじゃないよ!河嶋をあんな目に合わせておきながらよくもそんなこと平気で…)

 

『…えへへ。さて、…しようかな。私に逆らったから殺しちゃおうかな。』

 

杏は目を剥く。そして、桃の悲劇を思い出し、嗚咽を覚える。親友もこうして死んでいったのか。そう思うとみほを許せなかった。

 

『…の…やめてください…殺さないでください………なんでもしますから』

 

近藤の声で助命を懇願する声が聞こえた。杏はひどく慌てた。そして、自分の無力さにうなだれる。

 

(ダメだ!西住ちゃんになんでもするから助けてくれなんていったら絶対にダメだ!西住ちゃんは絶対にその言葉につけこむ!何をさせられるかわかったものじゃない…利用されて…殺される…)

 

『…………この……名を捕虜として拘束しろ!』

 

搬入口Aのコントロール室にいた10名は反乱軍に捕らえられた。杏は膝を折り、涙を流す。桃の悲劇が繰り返されるかもしれない。そう思うと耐えられない。杏はしばらく何も耳に入ってこなかった。

 

「会長!会長!!」

 

柚子が杏を心配そうに見つめている。

 

「あ…すまない…小山どうした?」

 

「か…会長…あれを…」

 

柚子が怯えながら空を指差す。杏が空を見ると落下傘で無数の人が降りてきていた。その姿は圧巻だった。落下傘で降下することができるということはかなり本格的な兵士であるということだ。練度が高く、戦いには慣れていることを意味している。杏は恐怖で腰を抜かす。

 

「ついに…ついに来た…知波単が…」

 

震えと嗚咽が止まらない。するとさらに最悪の知らせが入る。

 

「会長!!避けられません!!総員、衝撃に備えろ!!ぶつかるぞ!!」

 

杏が外を見るのもう目の前に知波単の学園艦が迫っていた。叫び声の後、すぐにぐらりと揺れた。知波単学園の学園艦と接触したのだ。大洗女子学園の学園艦に知波単の兵士たちが次々と空から船からなだれ込む。

 

「どうすればいい…私は…」

 

知波単の部隊はすぐに攻めてくるという様子では無い。少しホッとしたが杏の心は限界に近かった。その時、誰かが生徒会室に入って来た。

 

「会長。お電話です。」

 

「後にしてくれ、今はとても…」

 

「黒森峰の西住まほさんからですが…」

 

杏は目を見開き、すがるような思いでその電話を取る。杏は援軍を期待していた。

 

『電話代わったよ。角谷だ。援軍は…援軍はまだかな?もうとても耐えきれないよ…みんな死んじゃうよ…今までだって何人西住ちゃんに殺されたことか3桁いくんじゃないかな…このままでは、確実に全滅だよ…』

 

杏はまくしたてるように話す。まほはしばらく黙っていたが、意を決したように話し始めた。

 

 

『…角谷。落ち着いて聞いてくれ。我が校から戦車が2両、何者かに奪われた。さらに、輸送機と1000名もの生徒までが行方不明だ。』

 

『何が言いたいの?』

 

『察してくれ…私たちは輸送機で大洗に向かおうとしていた。だが、輸送機を奪われたということはさらに時間がかかるということだ。一週間以内につけないかもしれないということだ…』

 

電話の奥はざわざわと騒がしい。あれこれ叫ぶ声などが聞こえてくる。計画が大きく崩れ混乱しているのだろうか。杏の願いは虚しく砕けた。

 

『厳しいね…』

 

『しかも…』

 

『しかも…?』

 

『実は、奪われた戦車の一つはかつてみほが搭乗していた戦車なんだ。しかも、行方不明の生徒たちはかつてみほを慕っていた者たち。これは、もしかしたらあくまで推測に過ぎないが…その者たちが…戦車を奪い…大洗に向かったのかもしれない…みほの元に…』

 

『え…?黒森峰から西住ちゃんに味方する子たちがいて、その子たちが向かっているかもしれないってこと…?』

 

杏は目を剥く。まさか、黒森峰からみほの陣営につく者がいるとは思っても見なかった。まほは、消え入りそうな狼狽した声で謝罪した。

 

『そうだ…すまない…私の力不足でこんなことに…なんとか持ちこたえてくれ…もう一度言う…みほに絶対に勝たせるな…みほに権力を握らせたら生きるも地獄、死ぬも地獄だ…健闘を祈っている…』

 

そういうと電話は突然切れた。

 

『え?ちょ…もしもし!?』

 

今日こそ西住みほがなぜあんな蛮行を取るようになったのか問い詰めるつもりであったが、また聞くことができなかった。杏は静かに電話を置く。心配そうに見つめる柚子に向かって横に首を振った。柚子は俯いてしまった。生徒会室は沈黙と重い空気に包まれた。その沈黙を破るように再びけたたましく、内線電話がなる。

 

『角谷だ。』

 

『会長!また、正体不明機がこちらに近づいて来ます!』

 

『視認できる?』

 

『まだ、無理です。』

 

『分かった。また、警告出しとくね。』

 

『こちら大洗女子学園だ。接近する正体不明機に告ぐ。すぐに引き返せ。大洗女子学園の上空を許可なく飛行するのは主権侵犯だ。』

 

しかし、またしても正体不明機は杏の警告を無視して嘲笑うかのようにこちらに向かって来る。警告しても簡単に蹂躙される。もはや、会長の統治権など無いも同然だった。

 

『視認しました。機種はわかりませんが、黒森峰の機体です。』

 

『黒森峰…そうか。わかった。ありがとう…』

 

恐れていたことが起きたのだ。間違いない。まほが言っていた推測が杏の中で確信に変わった。黒森峰の輸送機は学園艦の周りをぐるぐると大きく旋回している。しばらくすると、西地区への道路へ強行着陸を敢行した。杏はなすすべなく、唇を噛み、外を呆然と眺めて、今の状況を受け入れることしかできなかった。地獄からの来訪者だ。血の味が口中に溢れる。杏はあまりの自分の不甲斐なさに、唇を噛み切ってしまった。

 

「か…会長!血が!血が!!」

 

杏の口から滴り落ちる血を見て驚いた柚子が慌ててハンカチを差し出す。

 

「ありがとう。小山。今すぐサンダースに連絡してくれ。あとどのくらいで到着できるか確認してくれ。」

 

杏は、柚子から差し出されたハンカチで口を拭きながら、柚子にサンダースのケイに電話をするように指示を出した。杏はパンと自分の頰を両手で叩き、気合いを入れ直していた。

 

つづく



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第41話 歓迎会と招かれざる客

みほ陣営のお話です。


みほはその日の夜に知波単、黒森峰の旧みほ陣営の兵士たちの歓迎会を催した。

もちろん、その歓迎会には大洗の兵士たちも参加した。みほはどこからか集めた料理をきちんと人数分用意させていた。お寿司に鰻そしてステーキ。料理はどれも最高級の食材を使っていた。これらの料理は、最前線で守備のため現場を離れられない兵士たちにも当然届けられた。みほは、不公平感が出て、陣営が乱れるのを良しとしなかった。味方は全て公平に扱う。みほはそれを徹底していた。

 

「皆さん。今日は私たちのために援軍に来てくれてありがとうございます。私たちは皆さんを歓迎します。さあ、たくさん食べていってください。戦うためのスタミナをたっぷりつけましょう!そして、各校兵士の親睦を深めましょう!」

 

どの料理も最高に美味しい。頰が落ちそうだ。あまりにも美味しすぎるので食べ過ぎて動けなくなる者が続出した。最初はぎこちなかった3つの学校の兵士たちは話も弾み、とても仲良くなったようだ。頃合いを見計らい、歓迎会はお開きとなった。

 

「皆さん。今日は集まっていただきありがとうございました。これにて、歓迎会はお開きとします。皆さん。今日はゆっくり休んでくださいね。」

 

みんなバラバラと野営地に帰っていく。知波単を代表して川島がお礼を言いに来た。

 

「みほちゃん。今日はありがとう。最高に美味しかったよ。僕たちは、普段牛肉は食べないが、こんなに美味しいものとは思わなかった。ごちそうさま。」

 

「楽しんでいただけたならよかったです。これからもよろしくお願いします。」

 

次にやって来たのは小梅だった。

 

「みほさん!最高に美味しかったです!ごちそうさまでした!みほさんたちはいつもこんなに美味しいものを食べていらっしゃるのですか?」

 

「あはは。そんなわけないよ!今日は特別!奮発しちゃった!」

 

「私たちのために…ありがとうございます!みんな!みほさんの恩に必ず報いよう!」

 

皆、口々に全力で戦い、みほを勝利に導くことを誓っている。

 

「こんなこと、大したことじゃないよ。むしろ遠方からはるばる来てくれたからお礼はしっかりしなきゃ。楽しんでくれたなら歓迎会を開いた甲斐があったよ。」

 

みほは皆が喜んでくれて、満足そうにニッコリ笑っていた。

 

「あ、そうだ。小梅さんには特別なデザートがあるんだけど、一緒に食べない?」

 

「え?いいんですか?」

 

「うん。もちろん。興味ある?」

 

「ええ。まあ。」

 

「ふふふ。じゃあ、1時間後にまたここに一人で来て。」

 

「わかりました!」

 

みほは、その1時間胸を高鳴らせながら待っていた。みほにとってその1時間はとても長く感じていた。1時間後、小梅が再びやって来た。

 

「あ!小梅さん!こっちだよ!」

 

小梅は歓迎会を開いた建物とは別の建物に通された。みほは、その建物の錆びついた重い扉を開ける。そして、ある部屋の前に着いた。

 

「えへへ。見てごらん。」

 

「これは…」

 

みほに促され、扉の小窓から覗き込むと10人の女子生徒が手と脚を鎖で繋がれていた。

 

「私たちが捕まえた捕虜だよ。可愛いでしょ?」

 

「ええ。とっても。」

 

二人は顔を見合わせニヤリと笑いあう。

 

「小梅さん。収容所の所長やってた時からこういうの大好きだったよね?今日はこの娘たちをデザートとして食べちゃいます!好きな娘選んでいいよ!みんな、上玉で可愛いでしょ?あ、ただあの一番左にいる子はダメ。近藤優香ちゃんっていうんだけど、拘束するときにもうキスしちゃったから、私が食べたい。」

 

小梅はみほが何を言いたいのか察していた。みほは久しぶりに収容所の所長時代のように捕虜を可愛がらないかと誘っているのだ。小梅もみほと同じように、捕虜や囚人を"可愛がる"のが大好きだった。

 

「ええ。大好きですよ。みほさん。早いですね。ずるいです。うーん。どの娘も可愛くて迷っちゃいます。」

 

「ごめんね。先走っちゃった。そうだよね。みんな可愛いもんね。えへへ。味見してみる?」

 

「え?いいんですか?お願いします!」

 

「わかった。ちょっと待っててね。」

 

そういうとみほは雑居房の鍵を開ける。

 

「皆さん。こんばんは。今日は、私が前に通っていた黒森峰から、お客様が来ています。楽しませてあげてください。もし拒んだり、お客様を困らせたりしたら…わかってるよね?」

 

みほは黒い笑顔を浮かべる。

 

「さて、小梅さん。どの子から味見する?」

 

「えっと、それじゃあ、あの左から2番目の娘を。」

 

「わかった。ちょっと待っててね。」

 

みほは、座っていたその女子生徒を無理やり寝かせようとした。すると、その女子生徒は必死に抵抗してきた。

 

「何をするんですか…やめて下さい…」

 

するとみほは懐から拳銃を取り出し、その女子生徒の頭に突きつける。

 

「抵抗しちゃダメって言ったよね?ふふ…殺されたいのかな?」

 

「いや…やめて…殺さないで…お願い…」

 

そういうと観念したのかフッと力が抜けていくのがわかった。みほはニコニコしながら無理やり仰向けに寝かせ、手と脚を身体が見やすいように伸ばさせた。

 

「小梅さん。さあ、どうぞ。」

 

みほに促され、小梅は女子生徒の前にしゃがむ。そして、頬を撫でながら優しい口ぶりでいくつか質問を始めた。

 

「ふわふわで柔らかい可愛いほっぺだね。貴女、お名前は?」

 

「加藤千花です…」

 

「千花ちゃんか。可愛いお名前だね。こういうのは初めてかな?」

 

「はい…初めてです…」

 

「まあ、そうだよね。普通は初めてだよね。学年は?」

 

「1年生です…」

 

「それじゃあ、私が先輩だね!」

 

千花は怯えていた。何をされるのかさっぱりわからなかった。

 

「あの…何をするんですか…?」

 

「大丈夫。怖がらないで。それじゃあ、ちょっと見せてね。」

 

小梅は千花の制服を胸までたくし上げた。

 

「綺麗な肌だね。白くて可愛い。」

 

小梅は千花の白くて柔らかい腹に触る。

 

「ひゃう!」

 

千花は思わず変な声を出してしまった。

小梅は千花の柔らかくてなめらかな脇腹を撫でながら、愛おしそうに千花の怖がる顔を見つめていた。そして、突然抱きしめる。

 

「みほさん!この子にします!一目惚れです!可愛い!」

 

「えへへ。小梅さん。大胆だね。わかった。それじゃあ、可愛がってあげてね。」

 

「はい!さあ、千花ちゃん。私と一緒に遊ぼうね。怖がらなくていいんだよ。」

 

そういうと、小梅は千花のスカートを捲り上げる。そして、恥部にショーツ越しに指を這わせる。

 

「うぅ…」

 

「えへへ。可愛い。それじゃあ早速食べちゃおうかな。いただきます!」

 

今にも泣き出しそうなその声を聞いて、小梅はニヤリと笑いながら、ショーツを脱がせた。千花は小梅に脱がされ、生まれたままの姿にされてしまった。千花の顔は恥ずかしさに真っ赤になっていた。

そして、小梅は千花の隠すものも何もつけていない綺麗で純粋な恥部を割れ目に沿って指で撫でる。そっと口づけをして、縦の割れ目に沿ってすうっと舌を這わせる。

 

「ひゃう!どこにキスしてるんですか!」

 

抗議はするが抵抗はなかった。

小梅は確かめるように千花のすべすべできめ細かな肌を撫で回した。

 

「ああ、そうそう。この感触。女の子の身体のこの柔らかくてなめらかな手触り。懐かしいな。」

 

小梅は優しくキスをした後、ぺろぺろと千花の身体中を隈なく舐め回す。頭のてっぺんから足の先まで。千花はくすぐったくてたまらないといった表情だ。身体をよじらせている。

 

「んん…あ…んあ…」

 

「ふふ…可愛い声だね…千花ちゃん…どう?気持ちいい?私ね昔、みほさんに反逆する子たちを収容する収容所の所長してたんだよ。そして、毎日看守と子たちと一緒に囚人の子たちにこんなことしてたの。久しぶりに、女の子の身体触れて楽しいな。」

 

ちらりとみほの方を見るとみほも優香の身体を舐め回しすべすべの肌を撫で回している。

 

「優香ちゃん。胸ぺったんこだね。麻子さんみたい。可愛い。」

 

「いや…やめて…」

 

 

二人は甘くて美味しい"デザート"を堪能した。その味は刺激的であった。そして、これからもこの美味しい"デザート"を食べようと約束した。

快楽ですっかりストレスと疲れは取れ、次の日はすっきりと目覚めた。

次の日、みほは戦車隊に改めて援軍が入ることを伝えようと、市街地にティーガーⅠとティーガーⅡを率いて向かっていた。

そして、中地区に到着するとみほは戦車隊に告げた。

 

「諸君!今日から仲間に加わる戦車を紹介しよう。ティーガーⅠとティーガーⅡだ。黒森峰のかつての私の仲間が担当する。皆よろしく頼む!」

 

「はい!」

 

優花里は無性に興奮していた。彼女は無類の戦車好きなのだから仕方がない。

 

「すみません。大変厚かましいお願いなのですが、一度乗せてもらえませんか?」

 

「お安い御用ですよ。さあどうぞ?」

 

「うわぁ!ありがとうございます!」

 

皆、優花里の様子を微笑ましく見ていた。優花里がティーガーⅠに乗せてもらっている興奮していると外から叫び声が聞こえた。それと同時にみほが飛び乗ってきた。

 

「西住殿!どうしたんですか?」

 

「優花里さん。来たよ来たよ。サンダースが来た。空を見てごらん。」

 

優花里が空を見ると10機ほどの飛行機が編隊を組んで飛行している。そして、戦車を視認すると一気に低空飛行で機銃掃射をしてきた。

 

「P51ムスタング!」

 

「いいね。いいね。これこそ戦争。いいぞ。もっとやれ。」

 

P51は大きく旋回してさらにバリバリと機銃掃射をする。

それを数回繰り返し去っていった。

空襲が止み、優花里は外に出る。するとすぐに第二波がきた。

 

「西住殿!また来ました!今度はF6Fヘルキャットです!!」

 

F6Fヘルキャットな編隊10機ほどが再びこちらに接近してくる。

 

「あはは!サンダースの連中。すっごい大盤振る舞いだ!さあ、次が来るぞ!蜂の巣になりたくなければ全員戦車に乗りこめ!」

 

また、バリバリと機銃掃射をしていく。みほは楽しげだった。

 

「あはは。もっとやれ。もっとやれ。」

 

優花里は意味がわからなかった。なぜ、こんなに喜んでいるのか。恐る恐るみほに聞いてみた。

 

「西住殿、なぜ機銃掃射を受けて喜んでいるのですか…?」

 

「優花里さん。わからない?サンダースが戦車や歩兵に対して戦闘機や艦載機で機銃で撃ちまくるという意味を。」

 

「はい…全くわかりません。」

 

「そっか。なら教えてあげる。サンダースへの憎悪感情が高まるってことだよ。だって戦車に向かって飛行機で攻撃するなんて卑怯でしょ?サンダースは全国大会でも通信傍受という卑怯な手を使った。今回のことでさらに、卑怯であるとして、憎悪感情が高まる。これを使わない手はないよね?卑怯な生徒会が卑怯なサンダースと手を組んで戦闘機と艦載機から機銃で撃ちまくった。卑怯者は速やかに取り除かなければならない。そういえば、味方の士気を上げることができる。」

 

みほは終始楽しそうに話していた。すると、空襲は終わり、艦載機はどこかへ飛んでいった。

 

「さあ、優花里さん。新しい戦争の時間だ。楽しい地獄の幕開けだ!」

 

みほは優花里を見下ろしてクスクスと笑っていた。優花里は恐ろしさに腰を抜かしていた。

 

つづく

 



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第42話 弾雨の後

みほ陣営のエピソードです。


サンダースの機銃掃射が止み、みほと優花里は外に出た。すると泣き叫ぶ声が聞こえる。

 

「紗希!紗希!!しっかりして!ねえ!紗希!!」

 

「どうしたの?何があったの?」

 

「あ…隊長!紗希が…紗希が…」

 

「あぁ…!西住殿あれを…!」

 

優花里が青い顔をして指差す。そこには下半身を真っ赤な血に染めた、丸山紗希が倒れていた。おそらく逃げ遅れて先ほどの機銃掃射を浴びてしまったのだろう。

 

「紗希ちゃん!紗希ちゃん!大丈夫?わかる?」

 

みほは、紗希の肩を叩く。しかし、紗希はグッタリとして全く反応を示さない。みほは、紗希の脈と呼吸を確認する。脈と呼吸は何とかあるようだ。しかし、このままでは危険な状況だ。紗希は両方の太ももと腹を撃ち抜かれていた。血がどんどん溢れ出る。急いで止血しなければ出血多量で死亡する可能性があった。

 

「誰か!担架を持ってきて!急いで!」

 

紗希はすぐに担架で運ばれていった。

 

「隊長!紗希は…?」

 

「出血がひどい…生存率は著しく低いかも…もしかしたら今日中には…でも…奇跡が起こるかも…」

 

みほは静かに首を振りながら悲しそうな表情をする。

 

「そんな…」

 

梓は泣き崩れる。みほはそれを無表情で見つめていた。

 

「他に被害は?」

 

「今のところは1名のみです。」

 

「わかりました。皆さん。今はとりあえず落ち着いてください。詳しい被害状況がわかったらまた報告よろしくお願いします。今日は戦車隊の皆さんは、安全のため戦車の中で過ごしてください。またいつサンダースが襲ってくるかわかりませんから。ただし、うさぎさんチームの皆さんは、紗希ちゃんと一緒にいてあげてください。優花里さんは私と一緒に拠点に来てください。」

 

「わかりました…」

 

みほはこんなことがあっても冷静に的確な指示を出し続けた。そして、みほと優花里は拠点に向かって歩く。その道中だった。

 

「ふふ…あはは!あははは!!」

 

皆が見えなくなったところでみほは突然笑い始めたのである。優花里は唖然とした。この状況でなぜ笑っていられるのか全く理解できなかったのだ。

 

「に…西住殿…?何がそんなにおもしろいのですか…?」

 

「うん。あはは。だって、あのうさぎさんチームの憎悪の顔見た?あれは使えるよ。このまま紗希ちゃんが死んでくれればもっとね。」

 

「どういう…ことですか?」

 

「そのままの意味だよ。あの機銃掃射で撃たれたことで、憎悪は増す。さらに紗希ちゃんが死んでくれれば、もっと憎悪が増す。うさぎさんチームのみんなはサンダースの兵士と生徒会の兵士をこれからはきっとためらいなく殺してくれる。殺人マシンのようにね。」

 

みほは楽しそうにクスクス笑う。

 

「そんな…それじゃ、丸山殿は生贄ってことですか!?」

 

「そうだよ。サンダースには航空隊があるから、そもそもこうなることは想定済み。実はつい2時間前に航空隊が出撃したことはレーダーでわかってたし、無線傍受もしてた。攻撃目標が戦車であるってことも全て分かってた。きっとケイさんは、航空隊を使用しろなんていってないだろうけど、余計なことをする副官がいるからね。多分その人が指示したんだろうけどね。全ては想定内で計画通り。全ては私の掌の中にある。」

 

「それじゃあ、西住殿はわざと…」

 

「うん。そうだよ。わざと集結させた。そして、誰か逃げ遅れる人が出るように戦車の外に出させた。そして、実際に逃げ遅れて瀕死の重傷を負う子が出た。全てが完璧だよね。」

 

みほは、ニッコリと笑う。罪悪感など微塵も感じていないという様子だった。

 

「そんな…あんまりです…西住殿…!!」

 

みほはクスクスと笑いながら言い放った。

 

「私は使えるものは全て使うよ。何だってね。例え人の心でも…」

 

優花里は立ち竦んで動けなくなってしまった。

 

「優花里さん。怖がらなくても大丈夫だよ…優花里さんだけは守ってあげるから。絶対に死なせない…」

 

みほは頰を撫でながらキスをしてきた。

 

「ににに…西住殿?なな…何を…?」

 

優花里の顔が今まで見たこともないくらいに真っ赤に染まる。

 

「えへへ。ちょっと優花里さんにいたずらしたくなっちゃって。」

 

優花里はへなへなと座り込んでしまった。優花里は嬉しいような恐ろしいようなよくわからない顔をしていた。みほは、ころころと変わる優花里の表情の変化をおもしろそうに眺めていた。

 

「優花里さん。可愛い。」

 

みほは座り込む優花里を抱きしめながらまたキスをした。優花里はみほを受け入れた。裸をすでに見られ、触られ、更には顔から足の先まで身体中を舐められている。今更、キスぐらいどうってことない。そう思ったからだ。みほは濃厚なキスを繰り返してきた。優花里はそれを全て受け入れていた。

 

「はぁ…優花里さん。ありがとう。すごくおいしかった。さあ、拠点に急ごう?」

 

みほは、へたりこんでいる優花里を促した。優花里はだらしない顔をして動かない。みほに散々催促されてようやく立ち上がった。優花里は、ぼうっとして心ここに在らずという様子だった。フラフラとおぼつかない足取りで歩く。

 

 

「ふふ。優花里さんってばフラフラしちゃって。しっかりしてよ。早く歩かないと日が暮れちゃうよお。」

 

みほは笑いながら、早く歩くように促す。優花里は心臓がドキドキして先ほどまでのみほとの行為で顔が真っ赤になっている。とてもじゃないが上手く歩けない。

 

「もう。仕方ないな。優花里さん。私がおんぶして連れてってあげるよ。」

 

「え…?そこまでしてもらわなくても…うわあ!」

 

みほは優花里が全て言い終わる前にヒョイっとおぶってしまった。

 

「に…西住殿!大丈夫です!自分で歩けますから!」

 

「ダメ。優花里さん。フラフラしてるから心配だよ。」

 

「うぅ…わかりました…なるべく早く行きましょう…恥ずかしいです…」

 

みほは、優花里が恥ずかしがる顔を見るとニヤリと意地悪そうに笑った。そして、みほは優花里をおぶったまま、わざわざゆっくりとしかも遠回りで他の部隊の様子も見たいからなどと言って他の戦線にも寄り道をして拠点に向かった。

 

「うぅ…酷いです…西住殿…わざわざこんな遠回りして拠点に向かうなんて…」

 

「えへへ。ごめんね。優花里さんが可愛すぎるのがいけないんだよ。つい、いじめたくなっちゃうの。」

 

「うぅ…」

 

そして、みほは優花里をおぶってようやく拠点についたのはあちこち回ったおかげで2時間後だった。優花里はようやく恥ずかしさから解放された。

 

「さあ、優花里さん着いたよ。それじゃあ、早速これからの戦争についての会議をやるから。」

 

「は…はい…」

 

みほは、援軍に来た黒森峰旧副隊長派の代表として小梅と知波単の代表、川島そして大洗は優花里の4人で会議を始めた。

 

「これから、戦いは本格化します。卑怯な生徒会は卑怯なサンダースと結託して航空戦力まで引っ張り込んで来ました。今回、その航空隊の機銃掃射で1名負傷者が出ました。あまりに残虐です。サンダースを許すことはできません。」

 

白々しい。優花里はそう思った。みほは、全て知っていたじゃないか。全て知ってた上で生贄として丸山紗希を捧げた。優花里は心底、みほが恐ろしくなった。

 

「さすがは鬼畜アメリカの流れを汲んでいるだけある。戦車に航空戦力で攻撃など…」

 

川島が憤る。さすがは知波単だ。未だにアメリカに対してはアレルギー反応のようなものを示すらしい。

 

「航空戦力まで出てくると厳しいですね…戦争が長期化する可能性もあります。長期化して、足止めしていた黒森峰まで参戦するとなるとまずいです。まあ、黒森峰は私たちが命をかけてでも食い止めますが…」

 

「航空戦力はもう出てくる可能性は低いと思います。フェアプレイを重んじるケイさんですから、むしろ今回は誰かがケイさんの指示を仰がず独断でしたことだと思われます。」

 

「そうか。しかし、またいつか攻撃してくるかもしれない。僕たち知波単自慢の紫電改と疾風を擁する航空隊にいつでも出撃ができるように連絡しておくよ。」

 

「ありがとうございます!助かります!」

 

「みほさん。敵の戦力は計り知れません。今のうちに大攻勢に打って出ましょう。」

 

「うん。そうだね。生徒会に揺さぶりをかけよう。全軍ここから少しだけ進軍しよう。明日の13時全軍進軍し、さらに支配地域を拡大します!」

 

「了解です!」

 

その夜、丸山紗希が息を引き取ったという知らせが入った。みほは、その知らせを執務室で受けた。使いの者が外に出るとみほはニヤリと笑う。

 

「紗希ちゃんが死んでくれた。これで、うさぎさんチームも悪魔と化す。ふふ…生徒会とサンダースは地獄を見るよ…」

 

そう呟いた時だった。鬼の形相をした梓とうさぎさんチームのメンバーが直訴しに来た。

 

「次の先鋒は私たちにやらせてください!憎い生徒会とサンダースを私たちの手で紗希の仇を討ちたいです!」

 

梓が代表で口を開く。そうするとうさぎさんチームは口々にやらせてほしいと懇願した。

 

「わかった。任せるよ。今回は…ごめんね…私のせいで…紗希ちゃんが…」

 

みほは涙を流しながら謝罪した。もちろん演技であった。しかし、うさぎさんチームはその涙に騙された。

 

「隊長のせいではありません。憎い生徒会とサンダースのせいで紗希は命を散らしたんです…この憎しみは必ず…」

 

「うん…そうだね…亡くなった紗希ちゃんのためにも、この戦いに必ず勝利しよう…明日の戦いは戦死した丸山紗希の弔い合戦となる!皆、覚悟はあるか!」

 

「はい!」

 

みほがいつも訓示の時のような口ぶりで話すとうさぎさんチームは胸を張り敬礼をしながら大きな声で叫んだ。

みほは、満足そうな顔をして頷く。

 

「それじゃあ、明日も早いから早く休んでね。明日は紗希ちゃんを荼毘にふしてから、進軍を開始します。最期の夜だからね、みんな一緒に過ごすといいよ。」

 

「わかりました。そうします。」

 

梓とうさぎさんチームのメンバーが部屋を出て10分ほど経った。

 

「あはは!やった!やったよ!うさぎさんチームはすっかり悪魔になった!美しい悪魔に!あの憎悪に満ちた顔!たまらないな!あははは!さあ、うさぎさんチームはどんな地獄を見せてくれるんだろう?あぁ!楽しみ!」

 

みほは腹がよじれそうなくらいに笑う。

 

「ねえ?優花里さん?」

 

みほは突然扉の向こうに声をかけた。

 

「ひっ!」

 

「そこにいるんでしょ?入っておいで。ちょっとお話ししよっか。」

 

「し…失礼します…あ…あの…誰にも言いませんから…見逃してください…」

 

「うん。いいよ。ただし、誰かに一言でもこのことを言ったら、優花里さんもこの子たちの仲間入りだからね。」

 

みほは机の引き出しから髑髏を5つ取り出した。

 

「ひっ!わかりました…」

 

「あ、そうだ。優花里さん。そろそろ河嶋さんの死体を片付けておいて。ハエがたかって腐敗し始めて臭いがすごいらしいから。あ、河嶋さんの死体で骨格標本作る予定だから死体は煮沸してね。この骨格標本はとても大切な役割をしてもらうから大事に扱ってね。」

 

「うぅ…了解です…」

 

優花里は俯いて執務室を出て行った。

 

「紗希ちゃん。死んでくれてありがとう。貴女のおかげで、うさぎさんチームを悪魔にできた。貴女の死は決して無意味じゃないんだよ。安らかに眠ってね。」

 

みほは手を合わせながらニヤリと笑いながら呟いていた。

 

つづく




今回の戦死者

丸山紗希

サンダースのF6Fヘルキャットの機銃掃射により死亡。


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第43話 援軍到着

第41話 第42話の生徒会陣営のエピーソードです。

ようやく。やっと、生徒会にも援軍が…!!


柚子は、杏から指示を受けサンダースに電話をかける

 

『HAY!サンダース大学附属高校です!』

 

『大洗女子学園の小山です。ケイさんはいらっしゃいますか?』

 

『ケイ隊長?ちょっと待ってね。』

 

そういうと電話の向こう側でケイを呼ぶ大声が聞こえた。

 

『HAY!ケイよ!柚子!どうしたの?』

 

『突然の電話、すみません。援軍の件で…』

 

『OH!もうすぐよ!もうすぐそっちに向かえるわ!レーダーでは大洗の学園艦はキャッチできてるの!輸送機の発進準備をしたらすぐに行けるわ!』

 

『ありがとうございます!』

 

『それで、戦局は?』

 

『それが…大変厳しいです…生徒会に味方してくれてる子はもう100名以上命を散らしています…行方不明者も10名、そして…桃ちゃんが…桃ちゃんが…西住さんに…処刑されました…』

 

『処…刑…?どういうこと…?』

 

『桃ちゃんは…西住さんたち反乱軍に捕らえられ、殺されました…そして、お腹を裂かれて…裸で…晒されました…そして…兵士の子に石を…』

 

『もういいわ…これ以上言わなくても。みほが…そんなことを…?あのみほが…?』

 

『すみません…つい…はい…あの西住さんです…信じられないですよね…ケイさんたちが見た西住さんはあんなに優しかったんですから…私も未だに信じられません…なぜ…こんなことに…』

 

『許せない…私は絶対にみほを許さない…わかった…あれを持って行くから…持ちこたえて…もう少し…あとおよそ20時間…』

 

『分かりました…お待ちしています…』

 

柚子は電話を静かにおいた。ケイが言っているあれとはなんだろうかと思いながら。

 

「サンダースのケイ、何だって?」

 

「はい。あと20時間で到着するそうです。」

 

「20時間…キツイな〜!」

 

「秘密兵器があるみたいです。期待しましょう!」

 

「え?!それは期待だな。あと20時間頑張ろう。」

 

「はい!」

 

その日は特に反乱軍は動かないようだ。何の発砲もないし、侵攻する様子もない。久々の平和だった。

そう思っていた時、突然船舶科から連絡が入った。

 

『会長!航空機が複数機こちらに近づいてきます!所属はサンダースと思われます!』

 

『え?そんなはずは…さっきケイから20時間はかかると言ってたのに…』

 

『しかし、あれはどうみてもサンダースです。』

 

『わかった。しばらく様子を見て。機種などわかったらまた連絡よろしく。』

 

『了解です!』

 

「小山!すぐにケイに確認の電話をして!」

 

「はい!」

 

『会長!機種分かりました!P51ムスタングです!P51ムスタングが10機こちらに近づいてきます!』

 

『なぜ戦闘機が…?ケイに何か考えがあるのかな…?まあ、サンダースには航空隊があるから戦闘機を何かに使っても不自然じゃないか。わかった!今回は特に何かアプローチはしない。好きなようにやらせてあげよう。』

 

P51ムスタングはすぐに大洗女子学園の上空に到達した。その時である。一気に低空飛行になり、機銃掃射を開始した。戦闘機がいるところ。そこは中地区の市街地跡、みほたち反乱軍の戦車が駐屯していた場所だった。発砲音が絶え間なく聞こえる。杏は目を剥いた。まさかこういう作戦をとってくるとは思っても見なかったのである。

 

『会長!またです。今度はF6Fヘルキャットです!F6Fヘルキャット12機接近中!』

 

『またか…』

 

F6Fヘルキャットも同じように機銃掃射をしていった。杏は嬉しいような、憤るような複雑な顔をして一部始終を見ていた。それもそのはずである。確かに戦争で、みほは残虐な行為を繰り返した。みほに非があるのは間違いない。しかし、これでは自分たちも戦車に航空戦力で攻撃など卑怯極まりないと叩かれる可能性があった。そして、これでもし人が死んでいたら、相手の憎悪は相当なものだろう。

 

「まずいことになった…」

 

杏は肩を落として呟く。

 

「会長!サンダースのケイさんと再び繋がりました!代わりますか?」

 

「うん。代わって。」

 

『もしもし、角谷だ。ケイ。なぜ航空部隊なんて出撃させたの?』

 

『What?何のこと?航空部隊なんて出撃を指示した覚えはないわ?』

 

『サンダースの校章を付けたP51ムスタングとF6Fヘルキャットが大洗女子学園で機銃掃射したんだけど…』

 

『え?そんなことが…とにかく私は指示は出してないわ…あ!もしかして…ちょっと待ってて!』

 

電話の向こう側でケイの怒鳴る声が聞こえてくる。どうやら犯人がわかったようだ。

 

『もしもし、アンジー。ごめんね…うちのアリサがまた勝手なことをしたみたい…この間の通信傍受の件で懲りたと思ってたのに…』

 

『いや…まあ、援軍は嬉しいんだけどさ…卑怯だって言われかねないかなって思って…』

 

『そうよね…戦車を飛行機で撃つなんて…とにかくキツく言っといたし、アリサをしばらく謹慎させておくから!準備もなるべく急ぐから待っててね!』

 

そういうと電話は切れた。

 

「謹慎までさせなくても…援軍は嬉しいんだけど。印象が悪いと…」

 

杏は心配そうに呟く。その日は嘘みたいに静かだった。発砲音一つ聞こえない。まるで戦争が終わったかのようだった。先ほどの機銃掃射に対する報復も覚悟していたがそれもなかった。その日は1日何事もなく過ぎていった。

 

「静かだね。互いに戦争してるなんて嘘みたいに静か。」

 

「はい。そうですね。こういう平和が続けばいいのに…」

 

「うん…早く平和が戻るといいな。」

 

杏は思わず泣いてしまった。平和のありがたさが身にしみてわかったのだ。銃声ではなく、今はいつも何気無く聞いていた小鳥のさえずりが聞こえることに幸せを感じるのだ。今まで気にしたこともない当たり前だったこと。失くして初めて気がついた。いつも通り、いつもの当たり前の生活がいかに幸せだったか。杏はそれをかみしめていた。その日の夜は静かに更けて言った。

次の日の朝、杏は電話の呼び出し音に叩き起こされた。

 

『大洗女子学園生徒会長。角谷だ。』

 

『アンジー!お待たせ!今、出発したわよ!到着時刻は10時ごろ、ナオミが指揮官としていくわ!」

 

「ケイはこないの?」

 

「ごめんね、私はサンダースに何かあった時のためにここを離れられないの。」

 

「わかった。ありがとう。」

 

「good luck!アンジー!必ず勝ってね!」

 

「ああ!」

 

しばらくすると巨大な輸送機スーパーギャラクシーが現れた。中からはファイアフライ1両と4分割された何かそしてナオミを先頭に兵士が何百人と現れた。上空か落下傘で飛び降りる。圧巻で杏たちは唖然としていた。

 

「来てあげたぞ。空から見たが、酷い有り様だな。あそこの地区なんて焼け野原じゃないか。」

 

「ありがとうね…不甲斐ない…私の力不足で…」

 

「でも、私たちが来たからにはもう安心だ。私たちにはこの秘密兵器があるから。」

 

ナオミは4分割された何かを指差す。

 

「これはカール自走臼砲を4分割に分解したものだ。これから組み上げる。今、戦車道連盟に使用許可申請中だが今回は試合ではなく戦争だから持って来た。威力も確かめたいことだしな。そしてファイアフライもある。兵士は3000人集めた。そして、銃も全く足りないということだったから、自動小銃を追加で3000丁持ってきた。使ってくれ。」

 

「ありがとう。本当にありがとう。これで勝算も見えてきた!西住ちゃんを食い止めることができるかもしれない!」

 

「ああ。必ず勝たせる。これ以上、みほの自由にはさせない。少なくとも黒森峰が援軍に来れる体制が整うまではこれで持ちこたえられるだろう。よし、みんな!まずはカールを組み上げるぞ!」

 

「はい!」

 

みんな一斉に返事をする。杏はそのサンダースの兵士たちを見て頼もしく感じていた。我が校のために秘密兵器まで持ってきてくれたサンダースには感謝の念に堪えない。改めて気が引き締まる思いだった。

 

「ああそうだ。隊長から聞いていると思うが、今回サンダースの総指揮官は私だ。何か問題があったら全て私が責任を負う。なんでも言ってくれ。」

 

「うん。わかった。頼んだよ!期待してる!」

 

「任せてくれ。」

 

ナオミはクールな笑顔を見せる。杏はようやく到着した強力な援軍を頼もしげに見つめ静かに笑っていた。

 

つづく




次回の更新は、日曜日です。土曜日はおそらくバタバタしてて書いてる暇ないので…
日曜日までお待ちください。


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第44話 悲しみの大攻勢

みほ陣営のエピソードです。
遅くなりました…


翌朝、みほは前線の部隊を含めた全ての部隊を集結させた。そして兵士全員で紗希へ最後のお別れが行われた。大洗戦車隊のメンバーを中心に手製の棺に入れられた紗希に一人一人声をかける。皆、安らかに眠って欲しいや仇は必ずとるからどうか安心して眠って欲しいと手を合わせていた。最後のお別れを済まし、紗希の遺体は薪を積み上げた台の上に載せられ、火をつけられた。紗希は荼毘に付された。ブツブツと関節が焼ける音が聞こえる。そして、あたりには独特の匂い、まるで魚を焼くかのような匂いが漂う。紗希は煙となって天に旅立っていった。そして、紗希は小さな骨になった。

 

「紗希ちゃんは今、天国に旅立ちました。さあ、みんなで紗希ちゃんの骨を拾いましょう。」

 

みほに促され、紗希の骨は大洗の戦車隊のメンバー全員に拾われた。

 

「紗希…なんで…」

 

骨だけになった紗希を見て、梓は呟く。うさぎさんチームのメンバーたちは皆泣いている。他のチームのメンバーもだ。まさか自分たちの身の回りの人が亡くなるなど思っても見なかったのだろう。その様子をみほは無表情で見つめていた。

紗希の骨は大きな骨壷いっぱいに入れられた。梓を筆頭にうさぎさんチームはその骨壷を大事そうに愛おしそうに抱きしめて泣き叫ぶ。あまりに可哀想で見ていられなかった。何時間も泣いてある時ピタリと泣き止んだ。そして、梓たちはみほに静かに問うた。

 

「次の目標はどこですか…?敵はどこですか…?」

 

その目は血走り、狂気と憎しみを孕んでいた。みほは静かに頷きながら次なる目標を発表した。

 

「次の戦いは丸山紗希の弔い合戦だ!この戦いは必ず勝つぞ!全軍進軍する!次なる目標はこの学園艦の中枢を陥れる前準備だ!水産科、農業科の施設、そして生徒会にくれてやった搬入口を手に入れる!生徒会の飯を奪え!戦車部隊と知波単部隊2000人・大洗部隊10000人は連合部隊の12000人は前方に広がる森を突破し一気に攻撃をかけろ!先鋒はうさぎさんチームだ!指揮は私がとる!また、搬入口の制圧には残りの大洗部隊2000人と黒森峰部隊の990人であたれ!」

 

「はい!」

 

みほは拡大した地図を差しながら命令を下知した。

 

「1時間後には進軍を開始する!皆、早急に準備しろ!」

 

皆、ざわざわと湧いていた。いよいよ大攻勢に打って出るのだ。胸が踊る。みほは皆の姿に満足そうに微笑む。

 

「あの…」

 

梓が泣きそうな顔をして声をかけてきた。

 

「私たちのチームは装填手がいません…紗希が…務めて…ましたから…」

 

「そっか…そうだったよね…ちょっと待ってて。」

 

そういうとみほは駆けていく。小梅を見つけると、声をかけた。

 

「あ!小梅さん。ちょっと、いいかな?」

 

「はい。何ですか?」

 

「悪いんだけど、うさぎさんチームに装填手を一人貸してくれない?」

 

「ええ。構いませんけど、なぜ装填手を?」

 

「それが…今回、サンダースに殺されたのがうさぎさんチームの装填手の子で…」

 

「あ…すみません…わかりました。すぐに手配します。」

 

「大丈夫だよ。それじゃあよろしくね。」

 

そういうとみほは駆けていった。

 

「梓ちゃん!」

 

「あ…隊長…」

 

「今、小梅さんに一人装填手を手配してもらうように頼んでおいたから。気がつかなくてごめんね…」

 

「いえ、こちらこそありがとうございます。隊長と紗希のために今回の戦い、必ずや勝利します!期待していてください!」

 

「うん!でも、無理はしないでね!」

 

その時である。上空に飛行機の飛行音が聞こえてきた。みほは空を見る。

 

「あれは…スーパーギャラクシー…サンダースの連中ついに来たか…えへへ。どんな戦いを見せてくれるんだろう。楽しみ。」

 

みほは空を見ながらニコニコと楽しそうに笑う。そして、優花里を探し始めた。

 

「おーい!優花里さん!!」

 

「あ!西住殿!何ですか?」

 

「優花里さん。ちょっと危険が伴うけど、偵察に出てくれないかな。新しく援軍に入ったサンダースの戦力が知りたい。」

 

「わかりました!」

 

優花里は出かけていった。見つからないように慎重にしかし、急ぎながら生徒会の拠点の近くの高台に向かう。

 

「えっと、ここで見えるかな…?」

 

優花里は高台に着くと双眼鏡を覗き込む。

 

「あ!あれは!?」

 

優花里は思わず目を剥いた。そこにあったのは巨大な何かだった。優花里はそれが何かを知っていた。

 

「あれは、カール自走臼砲!それに、ファイアフライも!これは…かなり厳しい戦いに…まさか歩兵にカールの洗礼を浴びせかけることはないはず…しかし…そういえば歩兵は…あれは…3000人規模…これは今まで通りにはいきません…」

 

優花里は恐怖でしばらく動けなくなっていたが、やがて立ち上がり、みほのもとへ駆けていった。

 

「に…西住殿!大変です!西住殿!!」

 

「優花里さん!どうしたの?」

 

 

優花里は息を切らしていた。みほは、心配そうに声をかける。

 

「優花里さん。とりあえず落ち着いて。そして、何があったか教えて。」

 

みほは優花里に水を差し出した。優花里は水を一気に飲み、まくしたてるように話し始めた。

 

「じ…実は…サンダースの援軍が…」

 

そこまでいうと優花里はためらってしまった。この窮地をどう言えばいいのかと困ってしまったのだ。

 

「優花里さん。見たことは隠さず言って。」

 

「は…はい。実は、サンダースが持って来た中にカール自走臼砲とファイアフライが…それに3000人の兵士も…」

 

「くっ!!カール!サンダースの連中そんなものまで…それにファイアフライも…戦車を失ってはこの戦争の勝ち目はわからなくなる…それに、聖グロは何やってるのかな?まだこないのは流石に…何かおかしい…」

 

みほが苦虫を噛み潰したような顔をした。まさか、みほもカールまで持ってくるとは予想がつかなかったようだ。みほにとって初めての窮地だった。

 

「しかし、西住殿。まだ、カールは組み終わってないようです。組み立てにはまだ時間がかかるでしょう。今、責めておけば優位に立てるのでは?」

 

「うん。そうだね。優花里さんありがとう。」

 

みほは、再び全員を集合させた。

 

「諸君!卑怯なサンダースの援軍が生徒会側に到着した!その数は歩兵3000、そしてファイアフライ1両とカール自走臼砲1両だ!今回から今まで通りにはことが運ばないだろう。しかし、必ずや勝つ!勝たねばならないのだ!我々はあの卑怯な機銃掃射で仲間を失った!通常の戦闘で仲間を失う、これは仕方がないことかもしれない。しかし、戦車に航空戦力で攻撃など許されない!これをサンダースは実行した!我々は卑怯なサンダースと生徒会を必ず討たなければならない!皆、これからますます厳しい戦いになるが気を引き締めて戦闘に臨んでほしい!それでは今から20分後私たちは地獄へ向かう!以上だ!」

 

みほが訓示を行うと、うさぎさんチームの梓が声をあげた。

 

「私たちは、サンダースを生徒会を絶対に許さない!私たちは絶対に勝利します!紗希のために!」

 

歓声が湧き上がった。皆、興奮していた。みほはその姿をニッコリと笑って見ていた。

最後の訓示から20分後、進軍が開始された。その姿は圧巻である。先頭に弾除けも兼ねて戦車がその後に歩兵15000人が付いてくるという形だ。途中までは一緒に進軍する。その姿は圧巻だった。

途中で搬入口制圧隊と別れ、みほたちは前方に広がる森へ向かう。みほはこの森を戦車でなぎ倒し、簡単に進めるものだと考えていた。しかし、現実は甘くなかった。突然、銃を連射する音が聞こえた。

 

『何が起きたの?』

 

みほは、無線で確認する。すると、無線が叫ぶ。

 

『敵です!突然撃ってきました!どこから撃ってるか見えません!』

 

生徒会はまたもやゲリラ戦を展開する模様だ。みほは舌打ちした。

 

「今回は前回のようにはいかないか…仕方ない…」

 

「西住殿、どうしますか?」

 

一緒にⅣ号に搭乗していた優花里が心配そうにみほを見つめている。

 

「こうなったらやることは一つだよ。えへへ。」

 

みほはニッコリと笑う。そして、目を瞑りふぅっと息を吐くとみほは無線に向かって叫んだ。

 

『ゲリラを逃がすな!草の根わけてでも探し出せ!そして全員皆殺しにしろ!!殺した者は全員、腹を裂き晒してやれ!!』

 

その時のみほの顔は狂気顔だった。その顔を見て優花里は震え上がった。

 

『了解です!』

 

みほは目を瞑り拳をぎゅっと握りしめていた。

 

つづく

 

 

 



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第45話 苦戦

みほ陣営のエピソードです。


みほたちはゲリラからの激しい抵抗に晒されていた。みほは無線で逐一戦況を絶えず報告するように命令した。

 

『情報を密にしろ!些細なことでもすぐに連絡しろ!』

 

『了解です!』

 

『隊長!敵に囲まれたようです!四方八方から銃弾が!』

 

『くっ!!上手く切り抜けられそう?』

 

『とても無理です!』

 

みほは舌打ちした。そしてますます険しい表情をしながら呟く

 

「まずいな…敵に囲まれたか…」

 

『梓ちゃん!聞こえる?』

 

『はい!聞こえます!』

 

『出番が来たよ!歩兵の子たちがゲリラに攻撃されて大変みたい。歩兵の子たちの盾になりつつ、ゲリラを押し返してくれない?』

 

『了解です!』

 

梓たちうさぎさんチームのM3リー中戦車は踵を返し、後方の歩兵部隊の元へ救援に向かう。

 

「あや!機銃で応戦して!桂里奈は後ろの歩兵の人たちに弾が当たらないように上手く合わせながら盾になってあげて!」

 

「うん!」

 

「あい〜!」

 

「この戦いは紗希に捧げる弔い合戦!なんとしても勝つよ!!」

 

「よっしゃあ!やったるぞ!紗希ちゃん!見てて!仇をとって見せるから!」

 

 

うさぎさんチームの活躍でなんとか敵を押し返すことができた。しかし、今度は最後尾の部隊がゲリラの攻撃の晒された。反乱軍は数が多く、縦に長い隊列になる。だから、なかなか上手く陣形は変えられない。しかし、少数の生徒会部隊は縦横無尽に森を駆け巡る。押し返してはまた現れ、また押し返したと思ったら別のところから現れる。その繰り返しだった。みほの元には次から次へと報告の無線が入った。それはあまり良い報告ではなかった。皆、混乱している。一度体制を立て直した方が良さそうだ。

 

『現在、森林にいる全部隊に通達する。一度この森から撤退する。悔しいが、このまま戦ってもいたずらに兵を減らすだけ。皆、落ち着いて撤退して。』

 

『そ…そんな!私たちはまだやれます!お願いです!戦わせてください!』

 

『ダメ!うさぎさんチームの1両だけで何ができるの?混乱は余計な犠牲が出る。敵も同じような服装をしてるから混乱した兵士が同士討ちを始めるかもしれない。そうなったら大変なの。』

 

『でも…』

 

『梓ちゃん…今度、命令に背いたら今度こそ、抗命罪だよ?梓ちゃんはもうわかってるよね?命令に背いたらどうなるか…梓ちゃんはいじめるのは、やぶさかではないけどあの恐怖を味わいたくないなら素直に言うこと聞いたほうがいいと思うな。』

 

 

『うぅ…わかりました…』

 

無線からは梓をはじめ、残念そうな複数の声が聞こえてくる。みほたち反乱軍にとって初めての敗北だった。しかし、当の本人は至って落ち着いていた。冷静に撤退を指示している。みほの頭の中にはもう次なるプランがあった。みほは知波単の川島に他の無線を切って個人的に連絡をした。

 

『川島さん。聞こえますか?』

 

『ああ。聞こえるぞ。どうした?』

 

『ちょっと聞きたいことが…他の無線を遮断してくれませんか?』

 

『あぁ。わかった。今切ったぞ。それで、聞きたいこととは?』

 

『航空隊の装備はどういうものがありますか?』

 

『あ…あぁ、確か通常爆弾と焼夷弾と聞いている。』

 

『そうですか。わかりました。それでは、森を焼夷弾で焼き払い、ゲリラを森ごと燃やし尽くします。航空隊に連絡してもらえませんか?』

 

みほはにやりと嬉しそうに笑う。

 

『あぁ。わかった。すぐに連絡する。』

 

しばらくして、川島から連絡をしたという無線が入った。

 

『諸君!これからこの森をゲリラごと知波単の航空部隊の焼夷弾で焼き払う。早急に撤退してほしい。』

 

みほが無線を入れると今まで残念そうな声だった兵士たちは途端に元気になった。みほはその様子をおもしろそうに聞きながら撤退を指示していた。

 

『全員の撤退、完了しました。』

 

『了解!では、この森から半径100メートル以上離れるぞ!』

 

みほは部隊の安全の為、半径100メートル以上離れさせた。しばらくすると、空から四式重爆撃機飛龍が10機ほどやってきた。1機が森の外縁に円を描くように焼夷弾を投下する。すると他の機体も何重にも円を描くように順次、森に焼夷弾を投下した。爆撃機は森からゲリラが逃げられなくするためにわざわざ炎の壁を作ったのだ。10機の爆撃機は次々と焼夷弾を注ぎ込んだ。焼夷弾は着弾し森を焼き尽くす。森を猛火が包み込んだ。

 

「きれい…」

 

沙織は思わずため息をついて呟く。

 

「沙織さんって変わった感性してるのかな?」

 

みほは目を丸くしながらクスクス笑う。

 

「みぽりんはそう思わない?」

 

沙織がみほに問うと、みほは答えずにただニコニコと笑っている。

 

「沙織…あれがきれいって正気なのか?」

 

「キャンプファイヤーか何かと勘違いされていらっしゃるのでしょうか?」

 

「武部殿、あれはキャンプファイヤーではありませんよ…焼夷弾によって焼き払われているのですから…」

 

麻子、華、優花里は沙織のセンスも何もない発言にただ、呆れていた。

 

「そんなことわかってるわよ!でも、火ってなんかロマンチックじゃない?」

 

「あの炎でロマンチックな気持ちになるのは多分、沙織だけだぞ…」

 

麻子はぶっきらぼうに呆れながら首を横に振る。

 

「あの炎を見て綺麗だなんて、もしかして沙織さん…放火魔では…?」

 

華はすこし怯えながら沙織を見ていた。

 

「華!やめて!そんな目で私を見ないで!私、放火魔じゃないから!」

 

そんなあんこうチームの4人をみほはおもしろそうに笑いながら眺めていた。

あまりに激しい炎で完全に鎮火したのは10時間後のことだった。その10時間の間に、みほは拠点に戻り、聖グロリアーナのダージリンに一体いつ来るつもりか確認の電話を入れた。

『もしもし。聖グロリアーナ隊長室です。』

 

『大洗の西住です。ダージリンさんはいらっしゃいますか?』

 

『はい。少々お待ちいただけますか?』

 

しばらくすると、ダージリンが電話に出た。

 

『もしもし。みほさん。ごきげんよう。』

 

『ダージリンさん。突然電話してすみません。今、よろしいですか?』

 

『ええ。構いませんことよ。要件は援軍の件かしら?』

 

『あ…はい。そうです。なかなか来ないのでダージリンさんの身に何かあったか心配になって…』

 

『心配かけてしまって申し訳なかったわ…実は、出発しようと思ってた頃にOG会が我が聖グロリアーナで開催されて、派手に動くことができなかったの…ちょうど、今日OG会が終わったからもう大丈夫よ。みほさん。こんな格言を知ってる?イギリス人は恋愛と戦争では手段を選ばない。今回は戦争。存分に働かせてもらうわ。レーダーでは大洗の学園艦の姿は捕らえているそうよ。もうすぐ、そうね。あと3時間ほどで輸送機も出発させるわ。今回も試合と同じように私が聖グロリアーナの指揮をとるからよろしく。』

 

『そうだったんですか…なんか催促するみたいになっちゃいました…ごめんなさい…後3時間ですか。わかりました。えへへ。私たちも戦争では手段を選びませんよ。それでは聖グロリアーナの皆さんの到着お待ちしてますね。』

 

みほは嬉しそうに無邪気にそう言うとダージリンは可笑しそうに笑った。

 

『うふふ。それじゃあ、また後でね。みほさん。ごきげんよう。』

 

そう言うと電話は切れた。みほはそっと電話を置き、満足そうに頷いた。

 

輸送機の飛行音が聞こえてきた。みほは上空を見上げて笑顔になる。空には100機を超える輸送機が飛んでいた。パラシュートで次々と人が降りてくる。さらに戦車も5両落ちてきた。ダージリンは張り切ったのだろうか。何度も何度も輸送機を往復させていた。結果として聖グロリアーナの援軍は戦車がマチルダⅡ歩兵戦車2両・チャーチル歩兵戦車2両・クルセイダー巡航戦車1両、そして歩兵は6000名という大軍だった。

 

「ごきげんよう。みほさん、大洗・知波単そして、みほさんと固い絆で結ばれた黒森峰の皆さん。」

 

「こ…こんにちはダージリンさん。すごい数の援軍ですね…」

 

みほは顔を引きつらせて必死に笑顔を作っていた。

 

(あの紅茶格言バカめ!こんな大軍連れてきて!補給どうするつもりなんだろう?まさか紅茶がないと戦えないなんて抜かすんじゃないよね?もしそんなこと言ったら頭でもかち割って脳みそ入ってるか確認してあげようかな?)

 

「うふふ。みほさん。もしかして補給の心配してる?大丈夫よ。食料と弾薬は聖グロリアーナの学園艦の協力で提供してもらうようにしてるから。もちろん。貴女たちの食料と弾薬も増産させてるわ。総動員でね。学園艦ぐるみで協力して総力戦で戦い抜きましょう。」

 

「ダージリンさん!そこまでしてくれるなんて…」

 

みほは涙を流した。もちろん演技だが、ダージリンには本物の涙に見えたらしい。

 

「うふふ。みほさん。泣かなくてもいいのよ。こういうのはお互い様。もし、私たちが武装蜂起した時にはその時はみほさんも助けてね。」

 

「はい!」

 

ダージリンはニッコリと笑っていた。

 

「さて、ところでみほさん。戦争の話なんだけれど…」

 

ダージリンは咳払いをしながら真面目な顔になった。

 

「みほさん。随分と派手な戦いをするのね。上空から見てたけど、ところどころ瓦礫の山だったり、焼け野原になってたり…あそこなんて今、火の海。」

 

「あはは。まあ、戦争ですからね。そうなりますよ。」

 

「うふふ。おやりになるわね。」

 

みほとダージリンはニヤリと笑い合う。

 

「えへへ。では、聖グロリアーナの皆さん。歩兵6000人と戦車は私たち主力部隊に加わってください。あの炎の奥に見える水産科の養殖施設と農業科の農地を押さえます。あの森の炎が鎮火してから進軍を開始しますから、準備してください」

 

「わかりましたわ。」

 

 

7時間後、再びみほは聖グロリアーナ部隊の6000人と戦車5両を加え、進軍を開始した。道中何人かの焼死体が発見された。しかし、その数は思った以上に少ない。報告によると少なく見積もっても100人はいたはずである。しかし、遺体は10人にも満たないほどであった。みほたちを深追いした者は命を落としたが、どうやら、みほたち反乱軍が撤退した時に何かを察知し、多くは逃げ出していたようだ。

 

「逃げられたか…」

 

みほは炭になった生徒会側の兵士の遺体を踏みにじりながら悔しそうに呟いた。しかし、何はともあれ森を焼き払ったことで、この森に隠れ場所はない。みほは、この森の焼け跡を前線基地と定めた。

 

「さらに進撃するぞ!次は水産科の養殖施設そして併設する農業科の農地を手に入れる!」

 

「はい!」

 

みほは、食料の補給を断つことでの餓死作戦を敢行しようと考えていた。生徒会側の食料の補給を断てば抗戦意欲を失い、簡単に根をあげるだろうと考えていた。

みほたち反乱軍は速やかに水産科の養殖場を取り囲んだ。

補給路をめぐる新たな戦いが始まろうとしていた。

 

つづく




今回の戦いにおける戦死者

両陣営不明
原因 主戦場となった森を焼き払ったため、死体がどちら側の人間が判別不明。


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第46話 初勝利

第44話 第45話の生徒会陣営のエピソードです。


杏は援軍に来たナオミを含めて、改めて戦略会議を開催した。

 

「今、我々は連敗していて非常に厳しい戦いを強いられている。しかし、その苦難の日は終わる。援軍が来てくれたから。次の西住ちゃんの狙いは恐らく、この森を超えたところにある水産科の養殖場と農業科の農地だろうな。ここを奪われたら大変なことになる。補給路が断たれては戦えないからね。」

 

杏は地図に自軍と敵に見立てた駒を置き、現在の敵の位置と次の想定される目標を指差しながら説明する。

 

「すまないが、カールの組み立てにまだ、しばらく時間がかかる。だから、なるべくこの森で苦戦させて時間稼ぎがしたい。」

 

ナオミは申し訳なさそうな表情である。

 

「せっかく援軍に来てくれたんだから焦らなくていいよ。ゆっくり組み立てて。時間稼ぎか。そうなったら、再びゲリラ作戦かな?」

 

「そうですね。それがいいと思います。」

 

「うん。そうだな。ゲリラ戦が妥当だ。」

 

「じゃあ、ゲリラ戦で行こう。さて、そうなると敵の戦力を知っておきたい。今、一体何人くらいいるのかとか全くわかんないし…上原ちゃんいる?」

 

「はい。何かご用ですか?」

 

杏が声をかけると、どこからともなく声がして、黒い長髪の一人の少女が現れた。上原英梨。大洗女子学園の普通科に通う2年生だ。彼女は杏が特別な訓練を受けさせた、特殊部隊の一人だった。杏はこの戦いが始まってから体育会系の部活に入っていた者を中心にこっそりと隠密行動ができる部隊として訓練を行い用意しておいたのであった。数で不利なら情報で優位に立とう。そういう考えだった。英梨もまた陸上部のエースであり、逃げ足がとても早い。そして、英梨はスパイとしての能力を身につけ、特殊部隊の中でもエースになった。また、彼女はクールでありポーカーフェイスで表情を表に出すことも動揺することもない。まさに、スパイとしてうってつけだった。

 

「うん。偵察に行ってくれないかな?西住ちゃんたちの兵士と戦車の数と次の目標を知りたい。」

 

「了解しました。」

 

そういうと英梨は無表情のまま頭を下げて出て行った。突然現れた英梨に驚いたのか柚子は目を丸くしながら杏に尋ねる。

 

「会長!あの子は…?いつの間に…?」

 

「言ってなかった?特殊部隊の子だよ〜」

 

「言ってません!しかも特殊部隊って何ですか?」

 

「西住ちゃんたちとの戦いが始まった時に、何か役に立つかもしれないと思って、作ってみた!スパイ活動や工作活動を担ってもらおうかなってね。」

 

「そんなこと考えてたんですか…全く知りませんでした。」

 

「敵を欺くにはまず味方からっていうでしょ?そういうことだよ〜」

 

「なるほど…さすが会長ですね。ここまで万全な布石をしておくなんて。」

 

「先読みして行動しないとね。」

 

杏はニカっと笑いながらVサインをする。柚子は頼もしげに微笑んだ。

英梨が出かけて2時間経った。まだ戻ってこない。使者を出した時のことが頭によぎる。もしかして捕まってしまったのだろうか。杏は動悸がして、嗚咽を覚える。しかし、それは杞憂だった。英梨はひょっこり戻って来た。

 

「会長。ただいま戻りました。お待たせして申し訳ありません。なかなか作戦の訓示がされなくて。反乱軍は、15000人全軍と全戦車をもって大攻勢をかけるようです。12000人は水産科の養殖場と農業科の農地を。残りの約3000人は搬入口の制圧に向かう模様です。ちなみに、12000人はおそらくこのように進むと思われます。」

 

英梨は地図の森の部分を指でなぞる。

 

「やっぱり森を突破するつもりか…わかった。上原ちゃんありがとう。」

 

「いえ、また必要なら呼んでください。いつでも偵察に行きますから。」

 

「うん。」

 

杏がニッコリと笑いながら頷く。すると英梨は何か思い出したような顔をした。

 

「そういえば、偵察に行く道中、こちらの動きを伺っている怪しい人物がいました。」

 

「え?どんな感じの人だった?」

 

「天然パーマでした。双眼鏡でこちらの様子をしきりに見てました。」

 

「恐らく秋山ちゃんかな…ありがとう。」

 

杏はニッコリと笑いながら頷くと英梨は無表情のまま部屋を後にした。

 

「うーん。秋山ちゃんが偵察に来たか。恐らく、戦力知られちゃったかな。それに次の狙いは搬入口もか…仕方ない。搬入口は放棄しよう。」

 

「え?良いんですか?」

 

「仕方ないよ。両方確保しておきたいけど、私たちは西住ちゃんよりも兵が少ない…だから一つは捨てなきゃいけない…搬入口よりも食料を生産する施設を奪われた方がきつい。その分、食料生産の施設は何としても守らなきゃ…」

 

「分かりました…」

 

「今から暗くなっても仕方ないよ。そんな暗くちゃ勝ちが逃げてくよ。」

 

「そうですね。そうですよね。」

 

「それで、作戦はどうするんだ?」

 

今まで目を瞑り黙っていたナオミが声を出す。

 

「うん。森にゲリラを放ち西住ちゃんたちの戦車隊が過ぎ去ったら後方の歩兵に攻撃をかける。それで、戦車の援軍が来たらまた別のところに攻撃をかける。その繰り返しで混乱させて戦闘を長引かせ、精神的ダメージを与える。これが今回の作戦かな。」

 

「わかった。」

 

「小山。500人をここに集合させてくれ。」

 

「了解です。」

 

作戦をまとめ終わると杏は、柚子に指示を出し500人を集合させた。そして作戦の下知を行なった。

 

「西住ちゃんたちによる、大攻勢が始まった。これまで、私たちは連敗を喫して来た。これからも厳しい戦いを強いられることになる。だが、我々にも援軍が来てくれたから西住ちゃんも今までのようにはいかないだろう。みんなはゲリラ兵として森林で西住ちゃんたち反乱軍との戦いを長期化させてほしい。西住ちゃんたちに一矢報いよう!ただ、西住ちゃんたちが何か怪しげな動きをしたらすぐに逃げて来て。無理して深追いせずに絶対に逃げて来てね。命が1番だから。絶対に約束だよ。」

 

「はい!」

 

今回は森林戦だ。森の中では簡単にはゲリラを見つけだせないだろうし、起伏に富む森ではなかなか身動きが取れないはずである。そして、今回は縦横無尽に動き回ることができる少数のゲリラが有利のはずである。今度は長い戦闘でカールの組み立てまで時間を稼ぎたい。そして、今度こそ生きて帰ってきてほしい。杏はそう願っていた。

銃声が響いた。戦闘が始まったようだ。あちこちで銃声が響く。しかし、その銃声は1時間程度で止んだ。森から反乱軍が撤退して行くのが見えた。

 

「え?もしかして勝った?」

 

杏はとても喜んだ。初勝利だ。このまま勢いに乗りたいそう考えていた。そう思ったのもつかの間である。生徒会側の兵士もそれと同時に撤退して来たのだ。杏は訳を聞いた。

 

「みんな、勝ったのに撤退してどうしたの?」

 

「それが…どうもこの撤退は怪しいのです。西住さんたちはあまり長いこと交戦せずにすぐに撤退していきました。何か考えがあって戦略的撤退かもしれません。念のため撤退して来ました。」

 

「なるほどね。」

 

「しかも…」

 

「しかも?」

 

「あ、いえ…なんでもありません…」

 

「そっか。わかった。それじゃあ、ちょっと様子を伺ってみようか。」

 

すると、1時間後のことである。杏のもとに連絡が入った。

 

「会長!未だ近くを航行中の知波単の学園艦から10機航空機が飛び立った模様です。機種は、四式重爆撃機です!」

 

杏はギョッとして目を剥いた。そして、ある可能性を頭に思い浮かべた。みほは森を焼き払い、ゲリラごと森を燃やすつもりだったのではないだろうかそう考えたのだ。その予想は的中した。爆撃機はすぐに大洗女子の学園艦上空に達し、超低空飛行で焼夷弾を落としていった。まるで、円を描き炎の壁で中の人を焼き尽くすそんな感じがした。みほらしい悪辣な作戦だった。杏は冷や汗をかき、心臓は激しい動悸を引き起こしていた。もしも、森林に出撃していった兵士たちがみほたちの怪しい動きに気がつかなかったら。あの500人の兵士たちは今ごろ炎から逃げ惑い、最後は逃げ場を失い炎に焼かれ、黒焦げの炭になって杏の前に現れたであろう。杏はブルブル震えていた。ただ、ほとんどの者が無事だったのが不幸中の幸いであった。

 

「みんな…よく…よく無事で戻って来てくれたね…」

 

「私たち、実は不思議な体験をしたんです。私たちはもともと勝ったから逃げるつもりなどありませんでした。しかし、どこからともなく声が聞こえて来たのです。油断するな、早くここから逃げろって。最初は空耳だと思っていたのですが全員が聞こえたっていうので気味が悪くてあの森を立ち去ったんです。でも、今考えるとあの声は河嶋さんに似てた気がします。もしかして、河嶋さんが危険を教えてくれたのかな?」

 

「あはは。河嶋か…河嶋も粋なことするね…死んでもなお私を…助けてくれる…いや、違うか…常にそばにいるのかな?頼もしいよ…私は河嶋を誇りに思うよ…」

 

杏は泣き笑いしながら兵士たちの話を聞いていた。例えそれが兵士たちの勘違いだったとしても、嬉しかった。桃がいつでもそばにいてくれる。そんな気持ちになった。そんな温かい気持ちを切り裂くように、轟音が響いた。杏は慌てて窓のそばに行き、空を見上げる。そこには、30機を超える輸送機が飛んでいた。ついに聖グロリアーナが来たのだ。無数の人間がパラシュートで降下してくる。さらに、戦車も5両落ちてくる。輸送機は何十回と往復を繰り返していた。杏は震える手を必死に抑え、次なる下知を出した。

 

「森は焼かれてしまった。しかし、食料施設は守らなきゃいけない。食料がなければ戦えないからね。そこでみんなにはこのまま、養殖場と農地の防衛に入ってもらいたいんだ。1000人つけるから、何としても守ってほしい。頼んだよ。」

 

「はい!」

 

何はともあれ、悪い流れを脱することはできた。杏は内心、聖グロリアーナまであらわれ、怖くて泣いてしまいそうだった。心が折れてしまいそうだった。しかし、杏は奮い立つ。負けるものかと拳を強く握り、遠くを見つめ、桃への想いを馳せながら勝利を信じて戦うことを誓っていた。

 

つづく

 

 




オリジナルキャラクター紹介

名前 上原英梨
学年 2年

もともと、陸上部のエースとして活躍していた。戦争が始まると、杏が創設した特殊部隊に誘われ入隊。そこでも、エースとして頭角を現し、実力を発揮する。ポーカーフェイスでスパイとしての能力も高い。


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第47話 恐怖の心理戦

みほ陣営のお話です。


みほたちが、水産科と農業科の施設を取り囲んだ時、特に抵抗はなかった。おそらく、生徒会側は籠城戦で戦うつもりなのだろう。水産科の養殖施設と農業科の農地を取り囲んだみほは、Ⅳ号戦車の車内で腕を組みながら思案していた。というのも、今回は施設の特性上強襲して、一気に片を付けるのがかなり不可能に近いからだ。もしも、何かの拍子に火でも出たら、せっかくの食料がすべて失われることになる。かといってゆっくりと時間をかけて攻めれば、カール自走臼砲が完成し逆に窮地に追い込まれかねない。そうしたいわゆるジレンマに陥っていたのだ。また、攻城戦における兵糧攻めをしたとしても敵方には食料がたくさんあるのであまり有効打にはならないだろう。優花里が、心配そうにみほに尋ねる。

 

「西住殿、今回の作戦はどうしますか?まさか、施設の特性上強襲するわけにもいかないでしょうし…兵糧攻めにしますか?」

 

「うーん。兵糧攻めをしても今回はあまり意味がないかも…今回は心理戦を中心に展開しようかな。」

 

みほはにっこりと笑うと優花里に指示を出した。

 

「優花里さん。今から、ちょっと森へ行って放置されてる死体を持ってきてくれないかな?あと、市街地とか展望台とかにも確か放置したままだったからそれも、あとは河嶋さんの骨格標本も持ってきて。それじゃあお願いね。」

 

「え…何のために…?」

 

「えへへ。秘密。とにかくよろしくね。」

 

「はい…了解です…」

 

優花里はリヤカーを引きながら焼かれた森へ歩いていく。その足取りは重かった。そして、優花里は森につくと死体を探し始めた。

 

「えっと、確かこの辺にあったはず…」

 

あたりを見渡すと死体はあった。真っ黒に焼け焦げた焼死体だ。逃げようとしてそのまま焼けたのだろうか。走っている体制のまま倒れていた。

 

「うう…すごい臭いです…この臭い…耐えきれません…」

 

優花里はその死体の臭いと焼死体を見て思わず嘔吐してしまった。炭になった死体が崩れないようにそっと持ち上げてリヤカーに詰め込む。優花里は12体の死体を回収した。優花里は一度みほの元に戻った。

 

「優花里さん。ありがとう。残りもよろしくね。あ、そうだ展望台の方に行くならマスクしていったほうがいいかも。」

 

みほは、そういうとマスクを差し出した。

 

「ありがとうございます…」

 

「それじゃあ、よろしくね。」

 

「はい…」

 

再び重たい足取りで、展望台とふもとの市街地に向かう。展望台の死体は腐敗しかけており。ものすごい腐敗臭を放出していた。

 

「ここにある遺体はさらにひどい…うわぁ…蛆や虫がうじゃうじゃと…臭いも…こんな状態の遺体が100体も…ごめんなさい…ごめんなさい…許してください…うっ…」

 

犠牲者に申し訳ないことをしているのはわかっているが、とても耐えきれない。優花里は、再び嘔吐してしまった。展望台の死体は見るも無残な姿だった。蛆や虫がうじゃうじゃ湧いている。死体を動かすと蛆がころころと落ちてくる。持ち上げると感触はぐちゃぐちゃと嫌な感触だ。そんなひどいありさまの死体が100体あるのだ。とても一度では運びきれない。仕方がないので50ずつに分けて運搬することにした。難儀してようやく運び終わったら次は市街地の犠牲者だ。市街地に死体はゲリラと市民を合わせた100体単位でそこら中に転がっている。それらの死体も何度もピストン輸送を繰り返して、ようやく死体の運搬が終了した。

 

「西住殿…運搬…完了しました…」

 

優花里は死んだ魚のような眼をしていた。みほは、それに追い打ちをかけるように指示を出す。

 

「さあ、優花里さんこの惨めな死体たちをここに積んで。」

 

みほの指示で死体はうずたかく積まれ屍の砦を施設の入り口のところに築いていく。あっという間にあたりは嫌な臭いが漂った。2つの屍の砦の間に桃の骨格標本が設置された。

 

「さて、これで心理戦の準備は整った。今から、降伏勧告を出す。」

 

みほは、降伏勧告の放送を開始した。

 

『生徒会の兵士諸君!私は、反乱軍の西住みほだ。諸君、外を見てほしい。諸君は、あのような惨めな姿になって、屍の砦を築きたいか。私は、無益な戦いはしたくない。どうせ勝敗のわかっている戦いをするのであれば、我々に降って幸せに暮らそうじゃないか。私は、諸君を助けたい。もし、降伏すれば命の保証はするし、いつか私が支配を確立したときには、地位を保証する。降伏の窓口はいつでも開いておく。いつでも我々は諸君を受け入れる準備がある。』

 

放送が終わるとみほは、次なる指示を出した。

 

「これから、24時間絶え間なく空砲を撃ち続けろ。」

 

みほは、空砲を撃ち続けることによって夜眠れなくするという作戦をとった。交代しながら24時間絶え間なく撃ち続ける。それでも、生徒会の兵士たちはしぶとく頑張っていた。なかなか、みほに屈しなかった。

 

「生徒会の人たち、なかなかしぶといですね。ここまでやるとは正直思いませんでした。」

 

「本当だね。まさか、ここまで持つとは思わなかったよ。でも、それももうすぐだね。もすぐ落ちるよ。」

 

「なぜ、わかるのですか?」

 

「耳を澄ませてごらん」

 

優花里が耳を澄ませるとうめき声や、苦痛の声が聞こえてくる。その声は水産科の施設の方から聞こえてきているようだった。

 

「わかる?この苦痛にゆがむ声が。ひどいありさまの死体を目の前にして、さらに砲撃の音で、まあ空砲だけど音がうるさくてろくに眠れない。さらに、臭いもひどい。そんな環境で精神壊さないほうが珍しいよね?」

 

「まさか…西住殿はこれを狙って…」

「うん。そうだよ。」

 

みほはにっこりと笑った。みほはこれを狙っていた。所詮は高校生である。心理的な揺さぶり、特に恐怖を植え付けてしまえばあとは簡単に音を上げることをみほはよくわかっていた。

 

「そうそう。もっと苦しんでよ。その声が私にとって快感。大好物なんだから…ああ…いい声だね。うふふ…」

 

みほはこうして人が苦しむ声や顔が大好物であった。優花里はもはや考えるのをやめていた。みほの思考がどうなっているのか到底理解が追いつかないのだ。みほはにこにこと楽しそうに笑いながら、1人の女子生徒を呼びだした。

 

「杏奈ちゃん。いる?」

 

「はい。お呼びですか?」

 

上村杏奈。1年生だ。彼女は梓の友人である。彼女は、とてもおとなしく、あまり目立つ方ではない。俗にいう影が薄い子だった。だが、今回の任務はそんな影の薄い杏奈が適任であった。

 

「杏奈ちゃん。今夜生徒会の陣営に忍び込んで噂を流してくれないかな?」

 

「噂…ですか?」

 

「うん。生徒会側の軍の中に忍び込んで、こうやってうわさを流してほしいの。投降した人や生徒会から寝返った人の命は救われる。だけど、投降もしくは寝返らなければ、屈辱を受けた上に、ひどい方法で殺されておなかを裂かれて晒されるって。」

 

「わかりました。今夜忍び込みます。」

 

「うん。頼んだよ。」

 

杏奈は頭をぺこりと下げて持ち場に戻っていった。その夜、杏奈は生徒会軍が籠る水産科の施設に忍び込んだ。そして噂を適当な人を見つけて吹聴して回った。噂の効果は覿面であった。この噂は不安定で壊れつつあった生徒会側の兵士たちの心にすうっと忍び寄って入り込んでしまった。1日もしないうちにこっそりとみほのもと投降や寝返りについての問い合わせが相次いだ。そしてまた一人、みほのもとを訪れる人影があった。

 

「あの…西住みほさんはいらっしゃいますか?」

 

「はい。私です。」

 

「あの…投降や寝返れば命を助けてくれるっていうのは本当ですか?」

 

「はい。本当です。絶対に約束します。」

 

すると、一気にほっとした顔になり緊張が抜け落ち、彼女は泣き始めた。よほど心配していたのだろう。

 

「あの…私、寝返りたいのですが…もう耐えられません…私は死にたくない…私は生きたいのです…」

 

「わかりました…賢明な判断だと思います。あなたの身の安全は保障します。では、あなたのお名前を教えてください。」

 

「はい。大川奈那です。2年生です。」

 

「大川さんですか。では、私たちは明日の朝、攻撃を仕掛けます。貴女は、明日の朝合図を聞いたら水産科の施設の扉を開けてください。そのあとは私たちと一緒に行動しましょう。」

 

「わかりました…」

 

そう言いながらも、奈那はうつむいている。みほは不安げな那奈の心を見透かしたようだ。優しく語り掛ける。

 

「不安ですか?大丈夫ですよ。もう寝返りや投降をしたいと申し出た子たちは大勢いますから。」

 

「そんなに多いんですか。わかりました。」

 

みほはうなずいた。そして、奈那は持ち場に戻っていった。施設を守っている生徒会側の軍はもはや崩壊寸前だった。まるで、白ありに食い尽くされた家のようだ。みほに中から食い尽くされていつ倒れてもおかしくない。そんな組織に成り下がっていた。

 

そして、翌朝みほは合図を出した。それを見て、協力者が水産科の養殖場の扉を開ける。そのあとは早かった。寝返った兵士のおかげで生徒会軍は統制が全く取れずに機能は完全に失われた。そして、あとはみほたちにやりたい放題に蹂躙され、寝返った者以外は全員捕虜としてとらえられてしまった。ふたを開けてみると、寝返った者は1000人中900人を超えていた。

 

「こんにちは。惨めな捕虜の皆さん。どうですか?信じていた子たちに裏切られる気分は?うふふ。」

 

みほはくすくす笑いながら、嘲笑うかのように捕虜たちを見下ろし、捕虜の頭を踏みにじっている。

 

「くっ…私たちをどうするつもりですか…」

 

「さあ、どうしましょうか。処分は考えておきますね。最高に楽しい処分を…おい!捕虜たちを連行しろ!」

 

「つくづく、恐怖しながら待っていてください。処分が決まるまでの間は可愛がってあげますからね。えへへ。」

 

みほは、隣接する農地も手中に収めた。長引くと思われた戦いはわずか3日で片が付いた。みほの進撃は一度、敗れたことにより止まったかと思われたが、そんなことで簡単に止まるようなみほではなかったのだ。みほは、生徒会から完全に食料の補給先を奪い取り、生徒会を確実に追い込んでいた。食料がなければ戦うことは難しい。みほは、これで勝敗は決したと考えていた。

 

つづく




オリジナルキャラクター紹介

名前 上村杏奈
学年 1年
梓の友人。梓とは同じクラスである。心理戦の要となる、噂を吹聴して周り、みほの勝利に貢献した。

名前 大川奈那
学年 2年
最初は生徒会陣営だったが、みほからの勧告を受け、生徒会から寝返る。


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第48話 裏切りと密書

ガールズ&パンツァー最終章 第1話の特報の動画がアップされましたね。期待したいです。さて、こちらはまだまだ序章です。今回もお楽しみください。


杏は、詳しい作戦を1000人の兵士たちに下知した。

 

「今回は、籠城で時間稼ぎをしてもらいたい。養殖施設に立て籠もって、西住ちゃんたちを釘付けにしてしばらく動けないようにしてほしい。食料は豊富にあるし、しばらくは多分大丈夫だと思う。それじゃあ頼んだよ。」

 

「はい!」

 

 

兵士たちは出発した。しばらくして、養殖施設に到着したとの知らせが入った。杏は生徒会室から戦場となる水産科の養殖施設と農業科の農地の様子を見ていた。みほたちはまだ来ていない様子である。森はまだ大火に包まれており、しばらくはみほたちも来れそうにない。何とか一息つける時間はとれるだろう。パチパチと木が燃える音、燃え尽きてガラガラと崩れる音だけが聞こえている。森は朝まで燃え続けた。翌朝、杏は外を見ると、森は焼けて遠くまで見渡せるようになり、まさに焼け野原になっていた。

 

「来た…うわぁ!すごい数…これは参ったね…」

 

杏は呟く。みほたちが進軍を開始したのだ。その姿は圧巻だった。そして、あっという間に養殖施設を取り囲んだ。

 

「いつまで持つかな…?こっちも早いうちにカールを組み立てなきゃね…小山!カールの組み立ての進捗状況は?」

 

「もうあと少しです。3日もすれば完成するそうです。」

 

「わかった。ありがとう。」

 

杏は少しホッとした。籠城戦をするなら恐らく、3日は持つだろう。その3日で何とか完成させて早く皆を楽にしてやりたい。そう思っていた。再び、外を見て様子を伺っていると、何やら運び込んでいるようだった。杏は双眼鏡の倍率を上げた。そして、杏は目を剥いた。何と遺体をうず高く建物の入り口に積み上げているのだ。

 

「あれは…西住ちゃん…いったい何のつもりで遺体なんか…」

 

次から次へと遺体が運び込まれているようだ。そして、2つの山が完成したところでみほが拡声器で大声で話す。

 

『生徒会の兵士…私は、反乱軍の西住みほ…諸君、外を見て……は、……惨めな……って、屍の砦を築きた……私は、無……戦いはしたくな……どうせ勝敗の……いる戦いをするのであれば、我々に降って幸せに暮らそうじゃな………私は、諸君を……もし、降伏すれば命の保証は……し、いつか私が………確立したときには、地位を……する。降伏の……いつでも……おく。いつでも我々は諸君を受け入れる……………』

 

遠くてうまく聞こえないが微かに聞こえて来た。どうやら降伏を勧告しているようだ。杏は唇を噛む。今更、何を言っているのか。絶対嘘に決まってる。出て行ったら確実に殺される。そう思った。気が付いたら、杏は無線を手に、必死に呼びかけていた。

 

『みんな!西住ちゃんに騙されないで!西住ちゃんは、残虐だ。出て行ったら必ず殺される!必ず助けに行くからそれまで頑張って!お願い!絶対に西住ちゃんの甘い嘘に誘惑されないで!』

 

『わかってます!私たちを信じてください!』

 

『うん…みんな…苦労かけるね…』

 

『そんな…この学校のためですから!』

 

杏は無線を切った。

 

「みんな…西住ちゃんに騙されないで…お願いだ…」

 

杏は跪き、兵士たちの無事を必死に神に祈った。しかし、みほは追い討ちをかけるように、みほは砲撃を開始した。杏はギョッとした。今まで助けると言っていたのに検討する時間も与えないで砲撃かそう思った。しかし、何やら様子がおかしい。よく見てみると、みほは空砲を撃っているのであった。その砲撃は昼も夜も絶え間なく続いた。杏は理解ができなかった。みほがいったい何をやろうとしているのか理解できなかったのである。1日目は何とかしのげた。しかし、2日目現場からの無線で何が目的であり、みほが何を狙っているのか理解をした。

 

『会長…精神不調の者が続出しています…』

 

『え…?原因は…?』

 

『空砲の砲撃音で眠れないのと、遺体を見たショックとその遺体から漂う悪臭で…このままでは危険です…とても持ちません…』

 

『そっか…そんなに…1日でも早く救援に迎えるようにするよ…』

 

『それまで、せいぜい足掻いてみせますが、どうなるかは何とも…』

 

そういうと無線は切れた。杏はただ祈ることしかできない。自分の情けなさに唇を噛む。そして、拳を机に叩きつけた。

 

「西住ちゃんの狙いはこれだったのか!心理的、精神的に我々を追い込む!これが西住ちゃんの作戦!もっと早く見破っていたら何か対策を立てれたのに!!こんな簡単なことにも気がつけないなんて!」

 

柚子が驚いて部屋に飛び込んで来た。

 

「会長!どうされたんですか?」

 

「いや、何でもない…すまない…」

 

自分が情けなくて悔しくて仕方なかった。後は、兵士たちの忍耐に頼るしかなかった。しかし、その期待も脆くも崩れた。次の日、みほたち反乱軍は施設に襲いかかった。一気に制圧に動き始めたのであった。

 

『会長!西住さんたちが攻めて来ました!え…?嘘…そんな…どうして…』

 

『どうしたの?何があったの?』

 

『は…はい…非常に申し上げにくいのですが…』

 

『いいから!早く言って!』

 

『は…はい…西住さんの軍勢の中に我々の軍の子が…』

 

『え…?え…?何が起こってるの…?』

 

『わかりません…ただ一つ言えることは寝返りが出たということです…』

 

『え?今なんて言った?』

 

杏は耳を疑い、思わずもう一度聞き返してしまった。

 

『裏切りが出たんです!』

 

『どうして…』

 

杏はただ呆然としていた。まさか裏切りが発生するなど考えてもみなかったのである。すると、今度は別の兵士から連絡が入った。

 

『会長…すみません…私たちは…生きるために寝返ります…全ては生きるためです…お許しください…私は今日から西住さんの軍門に降ります…』

 

『え…ちょっと待って…』

 

そう言ったときにはもう無線は切れていた。生徒会の軍勢は混乱した結果、みほに養殖施設も農地も奪われてしまった。杏はがっくりと項垂れた。

 

「食料施設まで奪われた…私はどうすればいいんだ…どうすれば…」

 

結局蓋を開けてみれば900人以上が裏切ったとの情報が入った。裏切らなかった者は全員みほに捕らえられどこかに連れて行かれたと聞く。杏はまたしても大事な仲間を失った。

悲しみに暮れていたときである。耳を疑う報告が入った。

 

「会長!聖グロリアーナのオレンジペコさんからの密書です。」

 

「え?何で聖グロから?聖グロは敵だったはずじゃ…この密書誰から渡されたの?」

 

「わかりません…ただ、オレンジペコさんの密使だと言っていました。その人は赤い服を着ていました。」

 

「わかった。ありがとう。」

 

杏はその手紙を受け取り、手紙に目を通す。そして杏は目を剥いた。手紙にはこう書かれていた。

 

[親愛なる大洗生徒会の皆様

ごきげんよう。私は聖グロリアーナの1年生オレンジペコと申します。急ぎの用件で突然密使を遣わせてしまい、申し訳ありません。早速本題に入らせていただきます。私たちは、今までダージリン様と共にみほさんと同じ陣営で今回の戦いを遂行して参りました。しかし、みほさんはあまりに残虐でその残虐さは目に余ります。聞くところによると、みほさんは生徒会広報だった河嶋さんを助けると言って情報を聞き出し、さらに裸で踊らせて屈辱を受けさせた後、その約束を反故にして処刑し、さらに遺体のお腹を裂き磔台に晒したというではありませんか。さらにそれを骨格標本にしたと聞きました。しかも、それをみほさんは罪悪感など微塵もないと言わんばかりに嬉々として語るのです。さらに、遺体の扱い方も酷いもので今回の恐怖の心理作戦に利用するなど、非人道的です。私たちはこれ以上みほさんを許せません。残虐行為を看過できません。しかし、ダージリン様は、私の意見を一切聞き入れてはくれませんでした。ダージリン様はみほさんという悪魔に囚われているのです。人の皮を被った美しい悪魔に。悪魔の囁きに魅了されているのです。ダージリン様と戦うのは心苦しい、でも私たちは私たちの正義を信じたいのです。私は悪魔にはなりたくありませんし、悪魔に魂は売りたくないのです。私たち聖グロリアーナの生徒の一部でそうした声が上がっています。そこで、同調する人数は少ないのですが、私を筆頭にみほさんの陣営を離脱し生徒会側にお味方したいのです。これは、ダージリン様を悪魔から救うための戦いでもあります。つきましては、一度角谷杏様はじめ生徒会陣営の幹部の方とお会いしたいのですが御目通りかないませんでしょうか?安全上の理由で中立の地でお会いしたいと思っております。良いお返事をお待ちしております。

オレンジペコ]

 

杏は、手紙の内容に色々な想いや感情がぐちゃぐちゃに混ざりあい、複雑な思いを抱いていた。杏は柚子とナオミを集め、この手紙を議題にどう対応するべきか意見を仰ぐことにした。

 

「今、密使でこんな手紙が届いた。この手紙は信じていいか、どういう対応を取るべきか意見を聞かせて欲しい。」

 

まず始めにナオミが口を開いた。

 

「そんなもの、信じていいわけないだろう。罠に決まってる。戦争に謀略や罠はつきものだ。これも謀略に決まってる。油断するな。戦場ではこういうおいしい話は全て嘘だと思った方がいい。」

 

「うーん。やっぱりそうだよね…普通はそう考えるよね…」

 

柚子がすぐに反論した。

 

「でも、もしかしたら本当に味方したいのかもしれませんよ?そうだとしたら…このまま放置するのは可哀想ですし、もしこの密書が何かの拍子に西住さんに渡ったら大変なことに…」

 

「確かにそれもそうだな。相手の安全も考えなくては…なら少なくともこちらの支配地で会見を行うべきだな。中立のどちらの支配も及んでいない地で会見をするなどもってのほかだ。危険すぎる。もしも、この話が嘘で敵に捕らえられたら何をされるかわかったものではない。それに、なるべく優位に交渉を進めるべきだ。」

 

「それは、私も肯定します。」

 

「わかった。それじゃあ、今は判断する材料があまりにも少なすぎるから、しばらく相手の出方を探ってみることにするよ。返事はそれからだ。」

 

「今回は、慎重に扱わないといけない。偽書ならこちらが危険。本物なら向こうが命の危険だ。」

 

「うん。そうだね。遵守するよ。ところで、話は変わるけど、カールはできた?」

 

「あぁ。もうできたはずだ。私が見たときにもうすぐだったから今頃もうできてるはずだ。」

 

「見に行ってもいい?」

 

「あぁ、こっちだ。」

 

杏はワクワクを抑えきれなかった。そしてその巨大な自走砲と対面した。

 

「これが…カール自走臼砲…」

 

杏はその大きさに圧倒された。ついにカールが完成した。戦況は新たな局面を迎えようとしていた。

 

つづく



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第49話 任命

みほたちの陣営のお話です。


生徒会の補給先である、水産科の養殖施設と農業科の農地を奪い取ったみほは兵士たちをそのまま駐屯させて拠点に戻ることにした。

 

「諸君!よくやってくれた!私は捕虜の管理、そして生徒会側から寝返った者の処遇について事務作業などもあるので、ここを離れ一度拠点に戻る。諸君はこのままここにとどまって養殖施設と農地を守ってほしい。ただ、油断はするな。いつどこから生徒会の連中が襲ってくるかもわからない。念のため警戒に当たれ!」

 

「はい!」

 

「それでは解散!」

 

みほは、満足そうに頷くと解散を指示した。

 

「優花里さんと梓ちゃんは一緒に来て。」

 

「了解です!」

 

「わかりました。」

 

3人は拠点に歩きながら今回の戦闘に対する講評を行なった。

 

「今回は、意外と早く戦闘が終結したのがよかったと思います。さすが西住殿です。心理戦が功を奏しました。」

 

「確かに、あれ以上長引いてたらまずかったかも…カールが完成してたら…」

 

「はい。眠れないように、砲を撃ち続ける。この作戦は大変よかったと思います。さすが隊長です。」

 

「そんなことないよ。」

 

3人は笑いながら歩いた。するとすぐに拠点についた。優花里は驚きながら思わず声を出した。

 

「あれ?戦線の最前線から拠点までってこんなに短かったですか?」

 

優花里は戦争が始まってかなり経ち、大分占領が進んでいるように感じていた。しかし、拠点まで実際に歩いて戻ってみると拠点までの距離は意外に短く、なかなか占領が進んでおらず、むしろまだ広大な学園艦の大半は生徒会の支配下であることを物語っていた。

 

「まだまだ全然占領が進んでないんだよ…まだ、これだけの距離しか…」

 

みほが申し訳なさそうに肩を落とす。

 

「そ…そんな。西住殿、落ち込まないでください!」

 

「そうですよ隊長!ここまで勢いに乗ってるんですから油断しなければ、すぐに完全占領できます!」

 

「2人とも…ありがとう!」

 

みほたちは重く、錆びついた扉を開けて、建物の中に入る。そして、長い廊下を歩きみほたちは会議室に入った。

 

「さてと…」

 

みほはそう呟くと2人に椅子を勧める。

 

「ひとまず、2人とも戦闘お疲れ様!」

 

「お疲れ様であります!」

 

「お疲れ様です。」

 

「今日、2人に来てもらったのはこれから急増するであろう捕虜の問題についてなんだけど…」

 

「捕虜ですか…確かに今回の戦闘で多くは寝返らせたとはいえ100人はいますからね。」

 

「捕虜をどう管理するかが問題なんだよね…あまり多いと今までのあの部屋だと入りきらなくなるし…まあ、一部はプラウダに提供するつもりだけど」

 

すると、梓が手を挙げて提案した。

 

「そんなの、造らせればいいんですよ。捕虜自身に。」

 

「場所はどうするんですか?」

 

優花里が尋ねると、梓は可笑しそうに笑う。

 

「秋山先輩、忘れたんですか?私たちは広大な更地を作ったじゃないですか。」

 

「え?そんなことしましたっけ?」

 

「もう!秋山先輩忘れちゃったんですか?ここですよ!」

 

梓が地図を指差す、梓が指を指したのは焼き尽くされ破壊し尽くされた市街地だった。

 

「え…ここは…」

 

「ここは何ですか?何か問題でも?秋山先輩?」

 

「い…いえ何も…」

 

優花里は青ざめた。なぜなら、梓はまるでみほのようだったからだ。みほのように笑顔でこちらに迫って来た。人を追い詰めるのを楽しんでいた。まるでみほのように。梓もまたみほと同じ悪魔のようだった。

 

「ここに捕虜たち自身で全て収容施設を建設させれば楽です。奴らなどバラック小屋で十分でしょう。あの施設は毒ガス実験や処刑など専用に使えばいいのです。そして捕虜には強制労働をさせましょう。働けなくなったもの、初めから働けないけが人や病人精神異常者ははすぐに処刑、またはモルモットにしてしまいましょう。そうすれば、効率的に捕虜を管理できます。そして、元気な捕虜とそうでない壊れた蛆虫の入れ替えもうまくできます。」

 

梓は、満面な笑顔で本当に楽しそうにプランを話した。何が梓を変えてしまったのだろうか。心当たりがあるとすればあの時の紗希の死だろう。あそこから、梓は変わってしまった。憎しみと恨みそれが梓を完全なる悪魔に変えたのだ。優花里は何も言えず、下を向きながら汗をダラダラ流し、唇を噛みながら黙っていた。2人の悪魔と同じ空間にいるのが耐えきれない。

 

「なるほど…」

 

やっとの思いで呻くように、優花里は声を出す。

みほは、梓の提案を目を瞑り黙って聞いていたがニヤリと笑いながら呻いた。

 

「梓ちゃん…なかなかやるな…これなら…」

 

みほは、梓にある重要な任務を任せようとしていた。

 

「梓ちゃん。後で。そうだな、1時間後くらいに執務室に来て。」

 

「え?はい!わかりました。」

 

「優花里さんは小梅さんを呼んで来てくれない?」

 

「え?はい、了解です!」

 

そういうと、みほは出て行った。みほは、廊下を歩き執務室に向かった。

 

「うわあ!大量の書類の山だ!これも早く片付けなくちゃね。」

 

みほは書類の山からある任命書を取り出した。

 

「これこれ。これにサインしてと…これでよし!それにしてもこの数はひどいな…仕方ない。少し片付けようかな。」

 

そういうと、みほは書類の山をテキパキとさばきはじめた。すると、一時間はすぐに来た。

 

「失礼します。西住殿、赤星殿お連れしました。」

 

「みほさん?私に何かご用ですか?」

 

「失礼します。隊長、時間が来たので…」

 

「あ、梓ちゃんと小梅さん。ちょっとね。」

 

そういうと、みほはある書類を取り出し読み上げる。

 

「澤梓。貴女を、秘密警察隊隊長兼思想課長、そして捕虜・反逆者収容所の所長に任命します!」

 

「え?はい!ありがとうございます!がんばります!」

 

梓は最初みほが何を言っているのかわからず思わず、ポカンとしてしまった。しかし、梓は思い出した。あれは、みほにさらわれて少し経った時だった。その時に、みほは確かに梓には秘密警察を任せたいと言っていたのである。

 

「突然だったのでびっくりしちゃいました。一瞬何を言ってるのかわかりませんでしたよ。」

 

「あはは。突然ごめんね。梓ちゃん、すっかり板について来たからそろそろ任命してもいい頃かなって思って。」

 

「そうですか。ご期待に添えるようにがんばります!」

 

みほは、次に小梅の方を向く。

 

「じゃあ、次は小梅さん。」

 

「え?私もですか…私はそんな…」

 

小梅は驚いて目を丸くした。まさか、大洗に来てまで何かに任命されるなどと思っていなかったのである。しかし、みほはこれには理由があるというような口調で訳を話した。

 

「梓ちゃん、まだまだ経験があまりないから秘密警察のスキルとか収容所の運営について色々教えて欲しいんだ。」

 

そういうことなら仕方ない。当然、断れるわけはなく、引き受けることにした。

 

「なるほど。そういうことですか。わかりました。」

 

「ありがとう。赤星小梅。貴女を秘密警察顧問兼収容所顧問に任命します!」

 

「経験を活かしてがんばります。必ず梓ちゃんを立派な秘密警察官、収容所所長に育てます!」

 

「うん!よろしくね!次は優花里さん。」

 

「え!私もですか?」

 

「うん!だって優花里さんいつも頑張ってくれてるんだもん。そろそろ任せてもいい頃かなって。」

 

「きょ、恐縮ですぅ!」

 

優花里は髪をくしゃくしゃと掻きながら思わず叫んでいた。皆、目を丸くして笑った。

 

「す…すみません…」

 

「優花里さん。大丈夫だよ。秋山優花里。貴女を諜報活動局局長に任命します!」

 

「西住殿の期待に応えられるように全力で頑張ります!」

 

3人に任命状を手渡し、みほは改めて3人を見回しながら、語りかけた。

 

「頑張ってね!期待してるよ!3人とも!」

 

「「はい!」」

 

「さて、梓ちゃん。早速なんだけど、仕事を頼みたいんだ。早速、秘密警察の権限を発揮してもらいたい。風紀委員の人たちを使って、ある人を捜査して欲しいんだ。」

 

「え?誰ですか?」

 

「この人だよ。」

 

みほは一枚の写真を取り出した。その写真は聖グロリアーナのオレンジペコが写っていた。

 

「この人って、援軍に来てくれた…?」

 

「うん。聖グロリアーナのオレンジペコさんだよ。」

 

「実は、彼女が裏切るかもしれないっていう情報が匿名で流れてきたんだ。しかも、彼女が誰かに手紙みたいなものをこっそり渡してるのを見たって報告もあったことだし、彼女の動向を監視して。そして何を企んでるのか調べて欲しいの。」

 

「わかりました。」

 

「それじゃあ、よろしくね。小梅さんは色々教えてあげて。」

 

「「了解です。」」

 

梓と小梅はハモった。二人は顔を見合わせてクスクスと笑い合う。みほはニッコリと笑っていた。

 

「あ、そうだ。それから、今日入った新入りの捕虜は全て梓ちゃんに任せるよ。もう、捕虜収容所の所長だもんね。」

 

「.あ、それなら私たちのところも制圧が終わってるので捕虜を預かってください。」

 

 

「わかりました。預かります。」

 

「よろしくね。」

 

全員が執務室から退室すると、みほはクスクスと楽しそうに笑いながら呻く。

 

「裏切り者は逃がさないよ…」

 

そして、また仕事をはじめた。山積みになった書類を次々とさばいていく。それらの書類は戦後の支配に必要な命令だった。それらに次々と目を通してサインしまくった。そして、3時間ぶっ通しで黙々とそれをやり続けて、ようやく終わった。みほの集中力は素晴らしいものであった。常人なら2日はかかるであろう書類の処理を僅か3時間で済ませてしまったのだ。

 

「疲れた。やっと終わったよ…書類はしばらく見たくないな。あ、そうだ。プラウダに連絡しなきゃ。時期を調整してうまく接近してもらわなきゃいけないし…」

 

みほは、受話器を取りプラウダ高校に電話をかける。

 

『もしもし。大洗女子学園の西住です。カチューシャさんはいらっしゃいますか?』

 

『カチューシャ様はもう寝てしまいました。代わりに私が伺いましょう。』

 

『貴女は?』

 

『失礼しました。ノンナと申します。』

 

『ああ、ノンナさんでしたか。はい。実は、そろそろプラウダの皆さんに援軍のお話をしておきたいと思いまして。』

 

『なるほど。そういうお話ですか。』

 

『上手い具合に接近の日が合わないと大変ですから今のうちに日程調整をと思いまして。今、プラウダの学園艦はどの位置にあるのですか?』

 

『はい。今プラウダの学園艦は北海道の太平洋側の沖合を航行中です。大洗の皆さんはどこにいるですか?』

 

『私たちは、関東の公海付近です。なので、ずいぶん沖合に離れています…』

 

『随分遠いですね。なぜ、そんなに遠く?』

 

ノンナが不思議そうに尋ねる。

 

『戦争だからです。マスコミに察知されたらうるさいですし、なるべく陸地に知られたくないので。』

 

『なるほど。よく考えて行動しているのですね。素晴らしいです。とりあえず、今はお互い遠いのでまた具体的な日取りが決まったらカチューシャ様に直接お話ししてください。』

 

『はい。わかりました。あ、そうだ。カチューシャさんにお伝えください。プラウダに持ち帰ってもらう捕虜のお土産はたくさん用意しておくので楽しみにしておいてくださいって。えへへ。』

 

『うふふ。わかりました。伝えておきます。では、また。До свидания.』

 

『はい。ではまたお電話します。』

 

みほは電話を静かにおき、ニヤリと笑う。あの気まぐれのちびっ子隊長ではなく、ノンナに約束させることができた。それはつまり、プラウダも完全にみほの味方をするということを示している。全ては順風満帆だった。

 

「えっと…何か忘れてるような…しまった!捕虜の名前の登録と寝返った子たちの処遇について話すの忘れてた!まあ、捕虜の名前の登録は、梓ちゃんに任せればいいけど、寝返った子たちの処遇はしっかり会議で決めないといけないのに…」

 

みほは再び、梓、優花里、小梅の3人を集めた。

 

「何度もごめんね…ちょっと忘れてたことがあって…」

 

「うふふ。そういうところはみほさんらしいです。少し天然というかドジというか…」

 

小梅が可笑しそうに笑う。梓と優花里も笑った。

 

「ごめんね…」

 

「大丈夫ですよ!さあ、はじめましょう!」

 

みほが下を向いてしまったので優花里が明るく声をかけた。

 

「うん!あのね。今回の戦闘で私たちに寝返った子がいるよね?その子たちをどうしようかって思ってて。」

 

「いきなり前線に出すのは色々な意味で無理でしょう。しばらくは最教育期間として、拠点に待機させましょう。再教育が終わり次第、戦線に投入しましょう。」

 

優花里が具申すると皆それがいいと同意した。

 

「わかった。それじゃあ、そうするよ。何度も呼んじゃってごめんね。今日はゆっくり休んで。」

 

「はい。おやすみなさい。」

 

「うん。おやすみ。」

 

みほは、執務室で腕を組みながら次の作戦と同時に戦後の支配について考えていた。

 

「全ては私の掌の中。全て計画通り。全ては順調。ああ!楽しいな!」

 

みほは嬉しそうに笑いながらそう呟いた。

 

つづく



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第50話 再教育

みほ陣営のお話です。


寝返った者は、優花里が再教育を担当することになった。優花里は新たなプランを考えていた。自分で、戦線に投入すると言っておいてプランを変更するのはなんだか気が引けたがそちらの方が数段良い気がした。優花里は改めて許可を貰おうとみほの執務室を訪ねた。優花里は少し緊張しながら執務室の扉を叩く。

 

「どうぞ。」

 

入室の許可が出た。緊張の面持ちで扉を開ける。

 

「失礼します!西住殿!」

 

「優花里さん。どうしたの?何かあった?」

 

「は…はい!私たちに寝返った子たちの処遇について改めてご相談が…」

 

「いいよ。聞こうか。」

 

「は…はい!実は、戦場に投入するのもいいと思ったのですが、スパイとして利用できないかと思いまして!」

 

「詳しく聞かせて?」

 

みほは興味深そうに尋ねる。

 

「彼女たちは、今まで生徒会の陣営として働いていたわけです。ですから、彼女たちは会長たちの動向や次の作戦など全てを私が調査するよりも怪しまれずに掴みやすいはず。ですから、ぜひ諜報活動局の預かりにさせていただけないかと思いまして。どうでしょうか?」

 

「なるほど。わかった。優花里さんに全て任せるよ。」

 

「ありがとうございます!それでは早速、再教育をします!」

 

優花里は思わず、みほに敬礼をした。みほもにっこり笑って答礼する。

 

「うん!よろしくね。」

 

優花里は、嬉しそうに微笑みながら部屋を出た。優花里は、養殖施設に待機させていた寝返った者たちを集合させた。

 

「皆さん!皆さんにはこれから再教育を受けてもらいます!」

 

皆、ざわざわとしている。そして不安そうな声をあげていた。誰かが代表するように尋ねる。

 

「あの…再教育というのは…」

 

優花里は優しそうに微笑む。

 

「安心してください。そんなに恐ろしいものではありませんし、皆さんのことは人道的に丁重に扱うつもりです。さあ、皆さん!私たちの拠点にご案内いたします!ついてきてください!」

 

優花里が指示を出すと皆、ぞろぞろとついてきた。優花里は慌てて声をあげた。

 

「ああ!すみません…皆さんは900人近くいて、全員は入りきらないので何個かのグループに分けます。9つのグループに分かれてください。すみませんがよろしくお願いします。」

 

すると速やかに合わせて9つのグループを作り、整列した。

 

「今日は、私から見て左の3つのグループの再教育を行います。今からは一番左のグループ、そしてお昼からは左から2番目のグループそして夜は左から3番目のグループに再教育を行います。他のグループの皆さんは明日以降同じように行いますので、よろしくお願いします。では、一番左のグループの皆さんは私についてきてください。」

 

「はい!」

 

優花里はにっこりと微笑みながら、出発を指示した。

 

「それでは、出発します!」

 

みんな安心したのかおしゃべりを楽しみながら素直についてくる。しばらく歩くとすぐに拠点に到着した。

 

「さあ、皆さん着きました!私は、西住殿に報告してくるのでしばらくこちらでお待ちください!」

 

「はい!」

 

優花里は皆の返事を聞き、頷くと駆け出した。建物の中に入り、みほの執務室へ向かう。長い廊下を歩きみほの執務室の前に着くと、扉を叩く。

 

「どうぞ。」

 

「失礼します。西住殿、再教育を受ける子たちを連れてきました。一度には入りきらないので100人とりあえず連れてきました。今、外に待たせています。」

 

「ありがとう。優花里さん。それじゃあ、私も外に行くね。みんなに色々挨拶しなくちゃ。」

 

「はい。お願いします。こちらです。」

 

みほと優花里は再教育受講者のもとへと向かう。歩きながらみほはボソッと呟く。

 

「やっぱり、優花里さんに諜報活動局長を任せて良かった…間違いではなかったな…」

 

「何か言いましたか西住殿?」

 

優花里が不安そうな顔でこちらを見た。みほは愛おしそうに優花里に微笑む。

 

「なんでもないよ。さあ、行こっか。」

 

「はい!」

 

建物の外に出るとみほは満足そうに頷いた。ずらりと100人の人間が整然と並んでいた。みほが現れるとその集団は若干ざわついた。やはり、少しみほに恐怖を感じているのだろう。当たり前である。遺体を見せつけられた相手なのだからそうなるのも仕方ない。みほはその様子を微笑みながら見ていた。みほはなかなか話はじめない。雑踏が静まってからみほは静かに話しはじめた。

 

「諸君。先の戦闘では感謝する。諸君が寝返ったおかげで我々は速やかに勝利を手にすることができた。今日から諸君は我々の仲間だ。我々は諸君を歓迎する。諸君にはこれから再教育を受けてもらう。諸君は生徒会の動向を良く知っているはずだ。そして、今まで生徒会側で働いていたのだから良く知っているはずだ、だから諸君には秋山優花里の指導のもと、スパイになるための教育を受けてもらおうと思う。我々のために大いに働いてくれ。期待している。」

 

みほの言葉に皆は少し戸惑っていた。まさか、そんな教育を受けるとは思っていなかったのであろう。

 

 

「あ…あの!スパイってどういうことですか?」

 

誰かが代表して尋ねた。皆、息を飲むような表情をしている。みほは微笑みながらその問いに答える。

 

「そのままの意味だ。諸君は今まで生徒会の一員だったわけだから簡単に聞きだせるはずだ、それを我々に情報を提供してほしい。」

 

「そ…そんなことできるわけないじゃないですか!」

 

すると別の女子生徒が迫った。みほは黒い笑顔を見せながらその女子生徒のそばに歩みよると耳元で囁く。

 

「だからね。貴女たちに選択肢はないんだよ。貴女たちの命は実質私たちが握ってるんだから。生きのびたいなら素直に従った方が身のためだと思うな。」

 

女子生徒は青くなってへなへなと跪いてしまった。みほはニッコリと笑いながら皆を見回しながら問うた。

 

「さあ、諸君!やるのか?やらないのか?どっちだ!」

 

生徒会から寝返った者たちは悟った。これには選択肢などない。やらなくては命がないということに。

 

「やります…やりますから…」

 

「なに?聞こえないなあ?」

 

みほは意地悪そうな笑顔と口調で聞き返す。

 

「やります!やらせていただきます!」

 

「そっか。ありがとう。では、今から再教育に入る!諸君はこのままこの建物の1階にある一番大きな部屋に入れ!」

 

秋山優花里は必死に今まで培ったスパイや誘拐などのスキルを寝返った者たちに叩き込んだ。寝返った者たちも必死にそれを吸収した。そして、1組目の講義は終了した。それをあと2回、昼と晩の2回行う。1日ぶっ通しで喋り続けるというのは大変である。その日は声がかれてしまった。ようやく全ての講義が終わりヘトヘトになり椅子に腰掛けているとみほがやって来た。

 

「優花里さん。お疲れ様。」

 

「お疲れ…様で…す。西住殿。」

 

優花里の声は酷かった。それが可笑しくてみほは思わず笑ってしまった。

 

「あはは。優花里さん。ひどい声。」

 

「笑うのはひどいです…西住殿…」

 

「ごめんごめん。優花里さん。今から報告会するよ。あとひと頑張りしよっか。」

 

「はい…」

 

みほに促されて優花里は立ち上がる。そして、昨日と同じ会議室に行くと、すでに梓と小梅は到着して待っていた。

 

「お待たせしてすみません。澤殿、赤星殿。」

 

「みんな待たせてごめんね。それじゃあはじめようか。」

 

「いえ、私たちも今、来たばかりですから。それにしても秋山先輩、ひどい声ですね。」

 

「ええ。今日は、1日ずっと寝返った子たちの再教育のための講義をしてましたから。」

 

「お疲れ様でした。大変でしたね。」

 

「ま…まあ、色々ありましたけど、結構楽しかったですよ。みんな、素直でしたし、なかなか素質ありました。」

 

「素質があるって…?」

 

「ああ、そういえば澤殿たちにはまだお話ししていませんでしたね。寝返った子たちの処遇を改めて考え直して、あの子たちはスパイとして再教育して使おうっていう話になったんです。もともと、生徒会の陣営にいたわけですから、普通に戻っても何の違和感もありません。私よりも怪しまれずに情報収集できるはずです。」

 

「なるほど、そういうことでしたか。そう考えてみれば確かにスパイとして使った方が良さそうですね。これは、隊長の案ですか?」

 

「いいえ!これは私の案です!」

 

優花里は自慢げに胸を張る。

 

「優花里さん。いいところに目をつけてくれたよ。確かに、そっちの方が効率的だし、そこは盲点だったよ。さすが優花里さん。」

 

「えへへ。西住殿に褒められました!」

 

優花里はまた髪をくしゃくしゃと掻きながら嬉しそうにはにかんだ。優花里の様子を3人はおもしろそうに見ていた。

 

「秋山さん。可愛いです。」

 

小梅が切なそうに呟く。

 

「そんな…照れちゃいます…」

 

優花里は恥ずかしそうに照れていた。パンと手を叩きみほが次の話題に強制的に切り替える。

 

「さて、次は梓ちゃんたちだけど、何か報告ある?」

 

梓は椅子に座りなおしながら報告をはじめた。

 

「はい。私たちは、まずオレンジペコさんの動向を探るためにずっと張り込んでいました。その結果、やはりオレンジペコさんは誰かに何か手紙のようなものを託していました。そしてその人は生徒会が拠点を置く場所へ走って行きました。やはり裏切りはほぼ間違い無いと言えるでしょう。」

 

「そっか。」

 

「どうしますか?逮捕しますか?」

 

「うーん。とりあえず、ほっておこうか。処分するならもっと…楽しい方法を取らなくちゃね!」

 

優花里がみほの方をちらりと見るとみほはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている。優花里はその笑みを見て恐怖で動けなくなってしまった。その顔はまるでどんな処分で苦しませてやろうかと想像しているように見えた。

 

「わかりました。でも、捜査は継続します。それは、よろしいですか?」

 

「うん。いいよ。よろしくね。」

 

「はい!あと一つ、今日1日戦闘が全くなかったというのは少し気になります。普通食料施設が奪われたら是が非でも取り返そうとするはずです。それなのに何も動きがない。これは何でしょうか?これも少し調べてみます。」

 

「それは、私も少し気になってたんだ。もしかしたらオレンジペコさんの一件と何か関連があるかも…その調査もお願いね。捕虜はどうなった。」

 

「はい。今日、早速市街地のあとの瓦礫の片付けや遺体の処理などの作業をさせました。あ、そうだ。隊長。私たち、秘密警察の制服としてこれを採用したのですがどうですか?」

 

梓は制服を取り出した。しかし、その制服は普通の制服ではなかった。

 

「梓ちゃん。これかっこいいよ。今度、来てみてよ。」

 

みほは不敵な笑みを浮かべる。

 

「そうですか?ありがとうございます。わかりました。でも何だか照れちゃいます。」

 

梓は顔を赤面させた。優花里は目を剥いていた。そして、ガタガタ震えながら呻くように声を出す。

 

「さ…澤殿、それは…」

 

「はい。ゲシュタポの制服ですよ。」

 

「澤殿、ゲシュタポがどのような組織だったかご存知ですか?ゲシュタポは…」

 

「もちろん知ってますよ。悪名高いですからね。」

 

梓は何も気にしていないといった様子だった。優花里は小梅に助けを求めるような視線を送ったが無駄だった。小梅もその制服に見とれていたのである。梓はみほの方に向き直る。

 

「隊長。私に拳銃と鞭を貸していただけませんか?捕虜がいつ暴れ出すかもわからないので護身用として持っておきたいのです。」

 

「うん。わかった。ちょっと待ってて。」

 

みほはそういうと、会議室を出る。優花里は息を呑んだ。呼吸することさえも優花里にとっては苦痛であった。冷や汗が止まらない。しばらくしてみほが戻ってきた。

 

「この制服せっかくだから着てみせてよ。着ている姿見せてくれないと拳銃も鞭もあげない。」

 

みほはいたずらっ子のように笑う。梓は一瞬だけ困ったような顔になった。そして、赤面させる。

 

「うぅ…わかりました。ちょっと待っててください。」

 

梓は制服を持って外に出る。しばらくすると着用して戻ってきた。梓は恥ずかしそうにモジモジとしていた。

 

「梓ちゃん。かっこいいよ!自信持って。はい、約束通り拳銃と鞭だよ。拳銃はこのホルスターに入れてっと。よし!できた。」

 

しかし梓は拳銃と鞭を受け取ると誇らしげにみほに敬礼をする。みほも梓に答礼する。梓の姿はまさに本物のゲシュタポのようであった。そして、梓の一連の行動は新たな狂気の始まりを予感させていたのであった。

 

つづく



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第51話 決意

生徒会陣営のお話です。
お待たせしました。


杏は、完成したカール自走臼砲を視察して大きく頷いた。これで勝てる見込みが出てきた。そう考えたからである。

 

「アンジーさん。どうですか?カールは。」

 

組み立てを担当していたサンダースの生徒たちは自慢げに胸を張る。

 

「すごいよ。これには圧倒だね。みんなありがとう。これで、西住ちゃんに勝てる見込みが出てきたよ。」

 

「喜んでもらえて、よかったです。私たちも急いで完成させた甲斐がありました。」

 

「みんな…苦労かけてごめんね…」

 

杏は思わず泣きだしそうになる。涙を必死にこらえようとしていた。そんな、杏にサンダースの生徒は優しく喝を入れる。

 

「杏さん。まだ、泣くのは早いですよ。泣くのはみほさんに勝利してからです。」

 

「あはは。そうだよね。ごめんね。」

 

「今まで、みほの好き勝手させてきた。だが、これからは違う。絶対に侵攻を食い止めて見せる。」

 

ナオミが拳をぎゅっと強く握る。杏はナオミの決意を聞き頼もしげに静かに微笑んだ。

 

「ありがとう。それじゃあ、一度私は生徒会室に戻るよ。これからのことやいろいろ決めなくちゃいけないこととかも山積みだし。」

 

「わかった。私はここにいていいか?必死にカールを仕上げてくれた労を労ってやりたい。」

 

「うん。みんなにゆっくり休んでほしいと伝えて。明日も一度休憩のために特に攻撃するつもりはないから、ゆっくり休んで。」

 

「うん。わかった。」

 

杏はご機嫌で、生徒会室に戻っていった。

生徒会室に着くと、杏は会長用の椅子に腰かけ机上の書類を見やる。オレンジペコからの密書と思われる手紙とにらめっこしながら、杏はどう対応すべきかずっと考えていた。本物であれ、偽物であれ対応を間違えればどちらの身も危ないのだ。

 

「どうしたものかねえ。」

 

杏はため息をつきながら会長の椅子をゆらゆら揺らしながらぽつりとつぶやく。

 

「そんなに気になるのであれば、お返事を書いてみたらいかがですか?」

 

あまりにもため息をついていたら、柚子が心配して提案してきた。

 

「うーん。そうできたらいいんだけど、もし偽物だったら怖いんだよね…」

 

「まあ、それは確かにそうですが…」

 

杏は目を瞑りながら相変わらず考え込んでいた。その日はそのまま寝てしまったようだ気が付いた時には朝になっていた。すると、扉をたたく音が聞こえた。杏ははっと目を開ける。杏はそのノックに眠た眼で応答する。

 

「どうぞ。」

 

「失礼します。」

 

「どうしたの?何かあった?」

 

「はい。実は会長。また、先日のオレンジペコさんの密使と名乗る方がいらっしゃいました。今度は会長に直接お話ししたいそうですがよろしいでしょうか。」

 

杏は身構えながら尋ねた。

 

「この間と同じ人?」

 

「いえ、今日は違う人です。ただ、今回はとにかく直接会って話がしたいとのことで…」

 

「わかった。ちょっと対応を協議するから待ってて。」

 

「わかりました。」

 

生徒が出ていったあと、杏は柚子に意見を求めた。

 

「小山。どうすべきだと思う?」

 

「向こうからこちらに来たわけですから、圧倒的にこちらが有利です。お会いしてみてはいかがですか?」

 

「わかった。じゃあ会うだけ会ってみようかな。」

 

杏は再び密使の来訪を伝えた生徒を呼び出した。

 

「一度、会ってみることにするよ。その子をここに連れてきて。」

 

「わかりました。では、お連れしますね。」

 

そういうとその生徒は駆け出して行った。しばらくすると生徒が戻ってきた。そばにもう一人女子生徒が控えている。そのもう一人の女子生徒は聖グロリアーナの赤いタンクジャケットを着ている、長髪の女子生徒だった。

 

「お連れしました。」

 

「ご苦労様。ありがとう。」

 

「はい。では、失礼します。面会が終わったらまた伺います。密使の方をお見送りしますから。」

 

「うん。わかった。」

 

密使をここまで連れてきた生徒は再び生徒会室から退室した。杏は、オレンジペコの密使と思われる生徒に椅子をすすめた。

 

「そんなところに突っ立ってないで、そこの椅子に掛けてよ。」

 

「ありがとうございます。」

 

「私が角谷杏だ。この学校の生徒会長をしている。」

 

杏は握手をしようと手を差し出した。密使の生徒は杏の手を取り微笑みかける。

 

「ええ。貴女のことは存じております。確か、私たちとの練習試合の時に金色に塗った戦車に乗っていたような?あの時の印象は今でも忘れられません。うふふ。私は、聖グロリアーナ1年生のディンブラと申します。以降お見知りおきを。」

 

「あの事、覚えてたの?あの時はあれがかっこいいと思ってたんだよね。戦車の本来の意味を全くなしてなかったけど。」

 

杏は二カッと笑う。

 

「忘れようとしても忘れられませんよ。あんな戦車に出会ったのはあなたたちが初めてですよ。本題に入りましょうか。今回は、私が直接オレンジペコの密書をお持ちいたしました。まずは、密書をお受け取りください。」

 

杏は密書を差し出され、それを受け取ると中身を確認する。そこには、次のような内容が書かれていた。

 

[親愛なる大洗女子学園生徒会の皆様

先日のお手紙はご覧いただけましたでしょうか。私たちは、いつでも会見の準備ができております。この動きがみほさんに知られないうちにお会いしたいと考えております。ぜひ、前向きにご検討いただけないでしょうか。私たちはみほさんの悪事にもう耐えられないのです。あなた方なら私たちの利用価値も十分にわかるはずです。私たちがみほさんたちの陣営から離脱すれば、みほさんに大きな打撃を与えることができるはずです。どうかよろしくお願いします。

オレンジペコ]

 

杏は手紙を見ると、腕を組み考え込んだ。

 

「私を含め、オレンジペコを中心とした者は、一刻も早くみほさんの陣営を離脱し、あなた方に合流したいと考えています。しかし、私たちの中にも生徒会陣営につくのを不安視する者がいるのです。」

 

「なるほどね。しかし、うちらのなかでも会見に慎重な姿勢を示す子たちがいてね。まあ、西住ちゃんがあれだけ残虐なのことをしたからこっちもそんなに簡単にはうんと言えないんだよね。本当は信じてあげたいんだけど。」

 

「確かに、それはわかります。しかし、私たちもいつまでも待っていられるわけではありません。私たちも命がけなのです。いつ、みほさんにこの計画が露呈するかわかりません。もし、どうしても信用できないということであれば、私を人質として留め置いたうえで、会見に臨んでいただいても構いません。」

 

「なるほど。とりあえず、もう一度協議するね。一両日のうちには返事を出すからそれまで待ってて。」

 

「わかりました。いいお返事をお待ちしています。」

 

杏は頷くと柚子にディンブラを案内した生徒を呼ぶように指示をした。

 

「小山。さっきこの子を連れてきてくれた子を呼んで。」

 

「はい。わかりました。」

 

「お気遣いなく。私は、1人で帰りますから。」

 

「そういうわけにはいかないよ。お客さんなんだから。」

 

しばらくすると案内を担当した生徒がやってきた。

 

「会見は終わりましたか?」

 

「うん。終わったよ。また、この子を送ってあげてね。」

 

「はい。お任せください。」

 

ディンブラとお見送りの生徒が出ていくと杏はさっそく柚子にナオミを呼んでくるように指示を出した。しばらくすると柚子とナオミが生徒会室にやってきた。

 

「ナオミ、ごめんね。さっきまた、聖グロリアーナのディンブラちゃんと名乗る子が来たよ。どうしても会見を実現したいという様子で、信用できないなら自分を人質にしていいから何とか頼むといっていた。」

 

「なるほどな。それで、なんて返事したんだ?」

 

「一両日のうちに返事をすると伝えたんだけど。正直参ったな。まさか、自分の身を差し出すなんて言うとは思わなかったよ。ここまで言うなら信じてみようと思うけどどうかな?」

 

「そうか。まあ、ここまで言うなら一度信じてみてもいいとは思うただし、必ずこちらの支配が及ぶ場所で会見することだ。これは必ず守れよ。」

 

「うん。わかってる。」

 

「では、こちらの会見の条件を書いた書類の作成を始めますね。」

 

「うん。小山、よろしく。」

 

柚子はさっそく書類作成に取り掛かった。

 

「それじゃあ、解散。」

 

杏がそういうとナオミは生徒会室から退室した。杏はしばらく、ゆらゆらと会長の椅子を漕いでいたが、静かに柚子に語り掛けた。

 

「なあ、小山。」

 

「何ですか?」

 

「私は、次の戦いから最前線で指揮をとろうと思ってる。」

 

「え…?」

 

柚子は目を剥いた。まさか、そんな話だとは思ってもみなかったのである。柚子は声を震わせながら、杏に質問した。

 

「冗談ですよね?」

 

「冗談じゃないよ。本気だ。」

 

「そんな…危険すぎます…桃ちゃんの例もあるし…」

 

杏は口に指をあてて柚子を諭した。

 

「小山。それ以上は言うな。」

 

「しかし…」

 

「小山の言いたいこともわかる。だけど、私だけが安全な場所にいるのは許されないだろ?」

 

「それはそうですが…」

 

「もちろん。これは、私の決意だ。だから、小山はここに残ってもらっても構わない。小山は好きな道を選んでくれ。むしろ、私は小山にはここに残っていてほしいと思ってる。私にもしものことがあったら、小山が生徒会陣営の指揮を執って。」

 

柚子はしばらく黙っていた。杏の言うことはいたって正論である。自分だけ逃げるのは忍びない気がした。そして柚子はついに腹を決めた。目を瞑り静かに頷く。

 

「いいえ。会長。そんなさみしいこと言わないでください。私も行かせてください。最後まで、会長と一緒にいたい。例え、最後の一兵になろうとも、私は会長のそばを離れません。会長のためなら、何も怖くありません。」

 

杏は驚いた。そして、涙がこぼれそうになる。杏はその涙を必死にこらえた。真剣な顔をして再度柚子に問い直す。

 

「でも小山、本当にいいのか?過酷な戦場だよ?覚悟はできているんだな?」

 

「そんなの、この戦争が始まった時から覚悟していますよ。私も、生徒会の一員ですから、私も戦います。」

 

柚子は静かに笑った。杏は柚子の覚悟をしかと受け止め、頷いた。

 

「そっか。それじゃあ、よろしく頼むよ。」

 

その日、杏は生き残っている全兵士を集めて訓示を出した。

 

「みんな!カールが完成した!これからうちらは大反攻へ打って出るよ!私は、次の戦いからみんなと同じように最前線で戦うよ!みんなばかりに負担をかけちゃいけないし、自分ばかり安全なところにいるのは不公平だ。みんな!これ以上、西住ちゃんの好き勝手にはさせてはいけない!私も全力で戦うから、みんなも何とか頑張って西住ちゃんを食い止めてほしい!頼む!でも、今日は戦わない。みんな疲れたでしょ?ゆっくり休んで明日以降また頑張ろう!」

 

杏の決意を聞いた兵士たちは沸き上がり、杏の気遣いに感謝をしていた。そして、改めて全力で戦うことを誓った。カールの完成と杏の最前戦への出撃で生徒会陣営の士気は格段に上がっていた。

 

つづく



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第52話 逮捕

みほ陣営のお話です。


報告会の終了後、みほは執務室の戻りオレンジペコの処分について検討していた。

 

「どうしようかな。やっぱり死んでもらったほうがいいよね。見せしめのためにも。」

 

みほは、オレンジペコを逮捕し、拷問をしたうえで誰が連座しているのかを吐かせたうえで、一網打尽に逮捕し全員処刑してしまおうと考えていたのだ。さらに悪辣なことに、刑の執行はダージリンに行わせることにした。もちろんまだ、軍法会議を行っていないので正式に決定したものではないが、軍事法廷もみほの支配下で開かれるわけだから、もはやオレンジペコは処刑を免れることはできないのだ。

 

「どんな方法で処刑しようかな。」

 

みほは楽しげに考えていた。そのときである。部屋をノックする音が聞こえてきた。

 

「はい。どうぞ。」

 

「失礼します。」

 

「あ、梓ちゃん。ちょうどよかった。さっきのオレンジペコさんの話だけど、今、処分の方法を考えてるんだけど、どんな方法がいいかな?処刑することには間違いないけど、その処刑の方法が思い浮かばなくて…今回は、連帯責任としてダージリンさんに刑を執行してもらうことになるけど、なるべく印象に残る方法がいいんだよね。」

 

梓は少し考えた後、にっこりと微笑みながら提案した。

 

「それなら、知波単から銃剣を借りてきてそれでダージリンさんにオレンジペコさんを刺殺させればよいのではないですか?オレンジペコさんとしては、自らが信頼して、尊敬していた先輩に刺されて処刑される。そして、ダージリンさんもオレンジペコさんを刺した感触がずっと手に残る。しかも、人を殺すという度胸をつけることができる。最高じゃないですか?」

 

みほはにやりと黒い笑顔を見せながら梓の提案を聞いていた。

 

「なるほど。梓ちゃんもなかなか悪いことを考える。酷いね。」

 

「もう!隊長にだけは言われたくないですよ!」

 

「あはは。そうだね。それじゃあ、その方法で処刑することにするよ。」

 

「わかりました。処刑をするということは、オレンジペコさんを逮捕してもいいということですか?」

 

「もうちょっと待ってて。明日から何日かかるかわからないけど聖グロの駐屯地に張り込んで、オレンジペコさんを監視して。そして、オレンジペコさんが密使に密書を渡すところで2人とも逮捕して。」

 

「わかりました。」

 

「じゃあ、明日からの捜査もよろしくね。」

 

「了解です。」

 

梓は、敬礼して退室していった。

 

「さてと、私は銃剣を貸してもらえるように川島さんに頼んでおかないとね。」

 

みほは、川島を呼んだ。

 

「みほちゃん。頼みたいことってなんだい?」

 

「川島さん。わざわざ呼び出してすみません。三八式歩兵銃に三十年式銃剣を装着したものを私たちにいくつか貸してくれませんか。」

 

「良いけど何に使うんだい?」

 

「反逆者が出たのでその処刑に。」

 

「なるほど。わかった。すぐに持ってくるから待っててくれ。」

 

みほが銃剣をいくつか貸してもらえるよう頼むと川島はすぐに了承した。そして、川島はすぐに戻り5挺の銃剣を持ってきた。

 

「みほちゃん。持ってきたよ。」

 

「川島さん。ありがとうございます。」

 

「銃剣で処刑なんてみほちゃんもなかなか悪いこと考えるんだね。」

 

「いえ、これは実は梓ちゃんが考えたことです。」

 

「あの娘が…意外だな。」

 

「ふふ…私が悪魔にしてあげたんですよ。」

 

「あはは。やっぱり、みほちゃんの仕業か。恐ろしいことをする娘だ。あはは。」

 

「そうですか?あはは。」

 

「それじゃあ、5挺貸し出したからね。処刑するのは良いが血の付いたまま返すなんていうのはやめてくれよ。しっかり洗って返してくれ。」

 

「あはは。わかってますよ。それじゃあ、ありがとうございます。お借りします。」

 

川島は持ち場へ戻っていった。

 

「これはいい品だ。切れ味良さそう。」

 

みほは銃剣を見ながら呟いた。

次の日、みほは梓にオレンジペコの徹底した監視を指示した。そして、証拠を押さえて現行犯で逮捕させる算段だった。

 

「それじゃあ、梓ちゃん今日から張り込みしてもらうことになるけどよろしくね。私たちは、しばらく攻撃とかする予定はないからゆっくり捜査して。」

 

「了解です。」

 

梓は、その日風紀委員のメンバーとともに一日ずっとオレンジペコを尾行と張り込みを続けた。オレンジペコはなかなか尻尾を出さない。オレンジペコはダージリンのそばをずっと離れなかった。

 

「オレンジペコさん。なかなか、尻尾を出しませんね。」

 

「そうね。でも、張り込みしていれば絶対に尻尾をつかめるはず。頑張って張り込みを続けるわよ。」

みどり子が励ます。梓が頷くとみどり子は満足そうに微笑み頷いた。

 

オレンジペコはしばらく、ダージリンのそばにいた。しかし、ある瞬間一人になるタイミングがあった。そのときである。オレンジペコは同じ聖グロリアーナの生徒と思われる者に、何かを渡した。梓は、それを確認すると飛び出した。

 

「こんにちは。オレンジペコさん。ちょっとその手紙、確認させていただいてもよろしいですか?」

 

オレンジペコは突然現れた梓を見て目を剥いた。そこには、ゲシュタポの姿をした梓と風紀委員が立っていたのであった。梓は固まって動けないオレンジペコに近寄ると、持っていた手紙を取り上げた。

 

「そ…それは…」

 

梓は、消え入りそうなオレンジペコの声に耳を貸さずに手紙を読む。

 

「オレンジペコさん。これは何ですか?」

 

オレンジペコは答えられない。

 

「もう一度聞きます。聖グロリアーナ女学院1年オレンジペコさん。これは一体何ですか?」

 

「これは…」

 

「これは…何ですか?」

 

梓は低い声を出して凄んで見せた。オレンジペコは俯いていたが急に真正面を見据えた。

 

「言えません。」

 

オレンジペコは毅然として答える。

 

「言えない?言えないものなんですか?」

 

「はい。言えません。」

 

梓は少したじろいだ。まさか、こんなに毅然とした態度をとられるとは思わなかったのである。

 

「わ…わかりました。詳しくは拠点でお話を伺います。では、オレンジペコさんとあなたは…お名前がわかりませんが、お二人を反逆の容疑で逮捕します。」

 

「私は、ディンブラと申します。」

 

「失礼しました。では、オレンジペコさん。ディンブラさんのお二人を反逆の現行犯で逮捕します。」

 

梓は、オレンジペコと手紙を受取ろうとしていたディンブラの手に手錠をかけた。オレンジペコとディンブラは抵抗もなく素直に従った。梓は連行途中でなぜこんなことをしたのか二人に尋ねた。

 

「なぜ、こんなことをしたんですか。」

 

「そんなの決まってるじゃないですか。みほさんのやり方、そして残虐さにこれ以上耐えれないからです。それに、こんな格言ご存知ですか?自由のないところに正義はない。正義のないところに自由はない。自分の正義に従ったまでのことです。」

 

オレンジペコが代表で答える。

 

「なるほど。ただで済むとは思わないでくださいね。おそらくは…」

 

「覚悟はできています。しかし、私を捕らえたところですぐに私と同じように抵抗する者は出てくることでしょう。」

 

オレンジペコは静かに微笑んだ。少し歩くとすぐに拠点についた。みほは拠点の外で待っていた。

 

「梓ちゃん。お疲れ様。」

 

「隊長!オレンジペコさんと密書を受け取ろうとしていたディンブラさんを逮捕しました。」

 

「ありがとう。それじゃあ、例の建物に連れて行って。」

 

「わかりました。」

 

みほは、オレンジペコとディンブラに近づき、彼女たちの肩に手を置きながら耳元で囁く。

 

「オレンジペコさん。ディンブラさん。こうなった以上は徹底的に取り調べさせてもらいますから、覚悟していてくださいね。全部吐くまで許しませんよ。」

 

みほはくすくすと笑う。オレンジペコとディンブラは一点を見つめ無表情のまま動じなかった。梓に促され、オレンジペコとディンブラは建物の中に消えていった。みほはニコニコと微笑みながらオレンジペコとディンブラの後ろ姿を見送りながら呟いた。

 

「オレンジペコさんにディンブラさん。2人とも、精神強そうだな。なかなか心は折れなさそう。そういう強そうな子たちの心をどう折るのかそれを考えるのも楽しいんだよね。」

 

みほは執務室に戻ると、ダージリンに出頭命令を書いた。

 

「梓ちゃん。何度も悪いけど、ダージリンさんにこれを。」

 

みほは出頭命令を梓に手渡した。

 

「それじゃあ、頼むよ。」

 

「はい。お任せください。」

 

梓は、出頭命令を手にダージリンのもとへ急ぐ。しばらく歩くと、聖グロリアーナの部隊が駐屯している地区についた。

 

「ダージリンさん!ダージリンさんはいらっしゃいませんか?」

 

聖グロリアーナの駐屯地は何やら騒がしくなっていた。

 

「あ!梓さん!ペコを知りませんか?あと、ディンブラも…というか、その恰好…」

 

アッサムが梓を見つけ声をかけてきた。アッサムは梓の格好を見て目を丸くした。

 

「職務上でこういう格好をしているのです。アッサムさん。オレンジペコさんとディンブラさんのことで、ダージリンさんにお話が。ダージリンさんと面会させてください。」

 

「え!?ペコとディンブラの消息を知っていらっしゃるのですか!わかりました。こちらへどうぞ。」

 

アッサムは梓をダージリンの許へ連れて行った。

 

「アッサム!ペコは見つかったの…?ディンブラは…?」

 

「いえ…まだ…ただ、梓さんがペコたちの消息をしているようで。」

 

ダージリンは脇目も振らず梓にしがみつき、泣きそうな声で尋ねる。

 

「梓さん!ペコたちの行方を知ってるの?お願い!どんな些細なことでもいいから教えていただけないかしら…」

 

梓は淡々と事務的な声で非常な宣告を行う。

 

「オレンジペコさんとディンブラさんは我々、秘密警察思想課が反逆の罪で逮捕しました。」

 

「え…逮捕…逮捕ってどういうことかしら…?」

 

ダージリンの顔から表情が抜け落ちる。そして次の瞬間、顔面蒼白になった。

 

「そのままの意味です。反逆行為をしたから逮捕した。それだけのことです。あ、そうだ。これを隊長からです。」

 

梓は、みほから預かった出頭命令書をダージリンに手渡す。梓が手渡した出頭命令書には次のように記されていた。

 

[聖グロリアーナ女学院3年 ダージリン殿

この出頭命令受理3日以内に拠点に出頭せよ。

 

反乱軍隊長 西住みほ]

 

ダージリンは震えていた。

 

「一体、なぜペコは逮捕されたの?」

 

「詳しくは、出頭されてからお話しします。ひとまず、一度拠点にお越しください。」

 

「わかりましたわ…しばらく時間をいただけるかしら。少し、頭を冷やしたいの。」

 

「かまいません。私は、これで失礼します。」

 

ダージリンは明らかにうろたえていた。出頭命令を手に跪き、項垂れながら震えている。無理もない。自分の副官が逮捕された上にみほから話を聞きたいからと出頭を求められているのだ。みほの蛮行を見た者なら恐怖しないものはいないだろう。

 

「ペコ…なんで…」

 

ダージリンはうわごとを繰り返していた。アッサムは梓を見送るためにしばらく着いてきた。

 

「梓さん。ディンブラとペコはどうなるのかしら?」

 

「言いにくいのですが…おそらくは…わかるでしょう?」

 

「まさか…!」

 

「おそらくアッサムさんが想像されているとおりです。」

 

「そんな!何とか命だけは!」

 

梓は静かに首を振りながら呻く。

 

「助けてあげたいのですが、隊長はそれを許さないでしょう。もしかしたら、温情判決があるかもしれませんが、可能性は著しく低いかと…」

 

「お願い!助けてあげて…もしもペコとディンブラが処刑されたらダージリンは壊れてしまう…」

 

梓はしばらく黙って歩いていたが、アッサムの方を向き直る。

 

「とにかく、一刻も早く拠点に出頭してください。そして、隊長に助命を嘆願されるのが一番の近道だと思います。」

 

「わかりました。出頭には私も付き添っていいのかしら?多分ダージリンだけでは…」

 

「かまいませんよ。あ、ここまでで大丈夫です。では、お待ちしております。」

 

「ええ。なるべく早く向かうようにします。」

 

「お願いします。」

 

梓は拠点に戻るとみほは外で待っていた。

 

「隊長!どうされたんですか?こんなところにたたずんで。」

 

「梓ちゃん。おかえり。ちょっと風に当たりたくなってね。梓ちゃん。ダージリンさんの様子はどうだった?」

 

「はい。それはもう大変な狼狽のしようで。かなり動揺してましたよ。」

 

「ふふ…そっかあ。それは上々。ダージリンさんにはもっと苦しんでもらうことになるけど、仕方ないよね。裏切者を出しちゃったんだもんね。」

 

「隊長、オレンジペコさんとディンブラさんを助命しようなんて考えませんよね…?」

 

「助命なんかするわけないよ。どうしたの急に。」

 

「いえ、アッサムさんが2人の命だけはどうか助けてほしいと言われてしまって。」

 

「あはは。アッサムさんはそんなことできると思ってるのかな?反逆は重大な犯罪だよ?」

 

「そうですよね。わかりました。」

 

「よし、それじゃあ梓ちゃん。オレンジペコさんとディンブラさんの尋問を始めようか。準備しておいて。」

 

みほは梓に尋問の準備するように指示をした。みほは、オレンジペコとディンブラに過酷な拷問をして反逆に連座しようとした者を吐かせようと考えていた。梓はみほの指示に従ってあらゆる拷問道具を準備する。それを見ながらみほは悪魔のような笑みを浮かべる。みほの手で地獄よりも過酷で苦痛な尋問が始まろうとしていた。



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第53話 反逆の代償

みほの陣営のエピソードです。


みほと梓は、オレンジペコとディンブラの2人が収監されている建物に向かった。

 

「さて、それじゃあ始めようか。鍵を開けて。」

 

「はい。それじゃあ、開けますね。」

 

梓が牢獄のカギを開けると二人は物怖じすることなく堂々と座っていた。

 

「まずは、オレンジペコさんからです。出てください。」

 

オレンジペコは黙って牢獄から出た。手には手錠、そして足には鎖で足かせがされている。オレンジペコはジャラジャラと重たい足を引きずりながら尋問部屋まで歩いた。しかし、その顔はちっとも恐怖を感じず一点を見つめている。梓は、ある意味オレンジペコを尊敬していた。

 

「さて、それじゃあ。始めます。まず、オレンジペコさん。逮捕された容疑は認めますか?まあ、現行犯ですから認めるしかないとは思いますが。うふふ…」

 

みほは優しげな口調で尋問を始める。

 

「はい。認めます。」

 

「そうですか。では、なぜこんなことをしたのですか?」

 

「それはもちろん。みほさんのやり方に賛成できなかったからです。みほさんの残虐行為に耐え切れなかったからです。みほさん。貴女、本当に人間なのですか?なぜ、こんな残虐で非人道的な行為ができるのですか…」

 

みほは立ち上がり座っているオレンジペコを見下し、嘲笑う。

 

「さあ?どうでしょう。私が、人間なのかそれとも悪魔か。それとも血塗られた神モレクなのかそれとも死の天使なのか、それは、私にもわかりませんよ。まだ、私は道半ばですから。評価についてはのちの人間がすればいいことです。ただ、一つ言えること。それは、計画を邪魔する人間。いえ、蛆虫とでも言いましょうか。その蛆虫たちを殺し、そのあとの亡骸を私が利用してあげてる。私がしているのはそれだけです。私は、罪悪感など微塵も感じてはいませんよ。むしろ私は、無能な蛆虫たちを役立ててあげているのですから、感謝してほしいくらいですね。さて、私は貴女を有能で思慮深い人だと思っていました。しかし結局は、貴女も無能な蛆虫に過ぎなかったというわけですか。残念です。無能で無意味な蛆虫には死んでもらわなくてはいけません。しかし、貴女に死んでもらう前に貴女の仲間を残らず吐いてもらわなくては…さて、貴女たち二人だけではこの計画は計画できないはずです。貴女たちとともに私を裏切ろうとした無能な蛆虫は誰ですか?」

 

オレンジペコはみほの瞳を見つめ、にっこりと微笑む。そしてしばらく沈黙した後、話し始めた。

 

「少なくとも私はみほさんのことを人間だとは思っていませんよ。私はみほさんのことを悪魔だと思っています。みほさん。私が、仲間を売るとでも?言えるわけないじゃないですか。」

 

「そうですか。悪魔ですか。悪魔、なんだかいい響きです。オレンジペコさん。答えてください。もし、答えないというのであれば、少し厳しい責めを受けてもらうことになります。」

 

「嫌です。絶対に言いません。仲間を売るなんて私の良心に反しますから。」

 

きっぱりと拒否するオレンジペコはみほが今まで出会ったことのない強者だった。みほはこの牙城をどう崩そうか尋問を行いながら考えていた。オレンジペコはさすが、みほから離反しようと考えただけはある。大物だった。これは、並大抵のことでは吐かないだろう。

 

「わかりました。残念です。梓ちゃん!鞭打ちの準備を!」

 

「はい。了解です。」

 

梓は、鞭をみほに手渡した。

 

「それじゃあ、オレンジペコさんの服を脱がせて。」

 

梓は、オレンジペコの服を脱がせ始めた。オレンジペコはここにきて初めて抵抗したが、抵抗むなしくみほと梓の2人がかりであっという間に脱がされてしまった。オレンジペコは俯きながら唇を噛む。

 

「うふふ…反逆者が良い様ですね。可哀そうに…私に従ってさえいればこんな目にあうこともなかったのに。」

 

みほは鞭を持った手を振り上げた。そして鞭をオレンジペコの素肌に打ち付ける。

 

「うぅ…!」

 

オレンジペコの苦痛にゆがむ顔を見てみほは嬉しそうに笑う。

 

「オレンジペコさん。早く全部吐いてしまって楽になりましょうよ。」

 

「こんなことで私が屈するとでも?」

 

「そうですか。では、望み通りもっと苦痛を与えてあげましょう。」

 

みほは何度もオレンジペコに鞭を打ち付けた。

 

「うぁ…うっ…あああ…うう…」

 

みほはオレンジペコに何度も鞭を打ち付けた。乾いた革の音とオレンジペコの呻き声が響く。みほの鞭はオレンジペコの身体に無数の傷をつくった。

 

「どうですか?これでもまだ吐く気にはなりませんか?」

 

「誰が…貴女などに…うぅ…私は…絶対に…屈しません…自由がないところに正義はない。正義がないところに自由はない。みほさんに正義などない。みほさんの目的はわかりませんがみほさんの野望はいつか潰えるはずです。」

 

みほは鞭を打ちつける。

 

「うあ!」

 

「正義ですか。素晴らしいことです。しかし、どうでしょうか?正義といわれるものがいつも貴女の言うような自由と共にあるとは思えません。実際に正義を説いた貴女は捕らえられ、殺される運命。正義とはいつも変更されるのです。今は、私が正義で生徒会が敵です。いかに愚かな群衆を騙すかこれがどちらに正義があるかを左右する重要な要素です。そして、目的ですか。そうですね。オレンジペコさんはどうせ死ぬのですから最後に教えてあげましょう。私の目的は私の帝国を作り上げ、黒森峰と戦争をして黒森峰に復讐を果たすことです。私を追放した黒森峰に…さて、オレンジペコさんは鞭打ち程度では足りないということですか…では、もっと過酷な責めをしてあげなくてはいけませんね。梓ちゃん!石抱きの準備を!」

 

梓は三角形の木を持ってきた。

 

「あれ?石はどうしたの?」

 

「重すぎて一人では持ってこれません…」

 

「あ、そうか。ちょっと待ってて。オレンジペコさんを縛ったらすぐに向かうから。」

 

みほはオレンジペコを三角形の木を並べた台の上に正座させ縛り付ける。そして、梓と遺書に石の板をオレンジペコの正座した脚の上に2枚載せる。1枚が50キロほどある。2枚で100キロの重量がオレンジペコの脚にかかっている。さらにその下の鋭角の木が脚に食い込む。

 

「うわあああああ!痛い!痛い!」

 

オレンジペコは叫ぶ。みほはにやりと笑みを浮かべると追い打ちをかけるように石を左右に揺らす。

 

「痛い!痛いよ!うわああ!」

 

「オレンジペコさん。吐きさえすればすぐに楽になりますよ?どうしますか?」

 

オレンジペコは答えない。この苦しみを必死に耐えている様子だった。みほはニッコリと微笑みさらにその石を自らの足で踏みつけ、体重をかける。

 

「うあああああ!」

 

オレンジペコは叫びまくった。みほは、さらに追い打ちをかけるように石を追加するように指示する。オレンジペコの脚にはさらに2枚の石が載せられた。200キロの重量がオレンジペコの脚にかかる。

 

「ぐああああああああ!」

 

オレンジペコは断末魔の叫びをあげると何も言わなくなった。そして、みほに表情を知られまいとしているのか顔を伏せる。脚が蒼白としてきたので石抱きをやめることにした。石を取り去るとオレンジペコの脚は赤紫色に染まっていた。木の鋭角の部分が足に食い込んだ痕も痛々しい。出血も見られた。

 

「オレンジペコさんもしぶといですね。次は海老責ですね。」

 

みほは、オレンジペコにあぐらをかかせて後手に縛り上げ、両足首を結んだ縄を股にくぐらせて背から首の両側胸の前に掛け引いて絞り上げて縄を再び両足に連結させて縛り上げた。顎と足首が密着する姿勢となって床に前のめりに転がった形にさせた。みほは、4~5時間その恰好のまま放置させた。30分経った頃オレンジペコの表情が変わってきた。苦痛に顔をゆがませた。全身の血行が滞り、言い難い苦痛に襲われるのである。そのころを見計らい、みほは再び鞭打ちを始めた。

 

「うあ!ううう!うわあ!」

 

オレンジペコの身体はもうボロボロだった。無数の傷と血の滞りにより赤く染まった皮膚が痛々しい。皮膚は紫色に変わり、最後は蒼白となった。これ以上続けると生命の危機であるからやめた。結局、オレンジペコは吐かなかった。次に、ディンブラが拷問を受けた。しかし、ディンブラも拷問に屈することはなかった。本当に強靭な精神の持ち主だった。みほは、2人に吐かせることをあきらめた。みほは少し悔しそうだった。心理戦においてこの2人にはみほが初めて負けた相手だった。みほは悔しそうに拳を握る。

 

「とうとう聞き出すことはできなかった。悔しいな。」

 

2人の尋問が終わったころ、アッサムに付き添われダージリンが出頭してきた。

 

「みほさん…みほさん…!」

 

梓はみほを探すダージリンを見つけ声をかけた。

 

「あ、ダージリンさん。わざわざ、ご足労いただきありがとうございます。」

 

「そんなことはどうでもいいわ…とりあえず、ペコたちに会わせていただけないかしら。」

 

「少々お待ちください。隊長を呼んできますから。」

 

梓はみほが待つ執務室に急ぐ。

 

「失礼します。隊長、ダージリンさんが出頭してきました。オレンジペコさんに会いたいそうでどうしましょうか。」

 

「良いと思うよ。見せてあげようよ。あの惨めな反逆者たちの姿を。私もすぐに行くから、梓ちゃん先に行ってて。」

 

みほはにやりと笑った。その顔は恐ろしい悪魔のようだった。

 

「わかりました。」

 

梓は、ダージリンの許へ戻りしばらくすればみほが来るのでそれまで待つように伝えた。

 

「ダージリンさん。オレンジペコさんたちと面会する前に少し覚悟しておいてくださいね。結構酷いので…」

 

「どういうこと…?」

 

「察してください。」

 

しばらくするとみほがやってきた。

 

「みほさん!ペコは!ディンブラはどこなの?ペコとディンブラに会わせて!」

 

「こちらです。」

 

みほに案内されて、ダージリンは牢獄のある建物に向かった。梓は2人が収監されている部屋の鍵を開け、中に入るよう促す。

 

「これは…なんて事を…」

 

ダージリンとアッサムは言葉を失った。そこには裸にされて傷だらけで肌が紫色に変色したオレンジペコとディンブラが変わり果てた姿があった。2人は息も絶え絶えで倒れていた。顔は茫然として生気がない。

 

「ほらほら!寝ている場合じゃないですよ!ダージリンさんたちが面会に来てくれましたよ!」

 

みほは2人の頭を踏みつけた。

 

「みほさん!何を!やめてあげて!」

 

アッサムが叫ぶ。みほはニコニコと笑い、望み通りやめてあげた。

 

「ペコ!ディンブラ!」

 

ダージリンは駆け寄り思わず2人を抱きしめた。

 

「返事して頂戴!ペコ!ディンブラ!」

 

みほは、そんなダージリンの様子をみて満足そうに微笑む。そして、優しくダージリンの耳元で囁いた。

 

「大丈夫ですよ。今は疲労で寝ているだけで死んではいません。今から、オレンジペコさんの処分についてのお話をしますから行きましょう。」

 

「わかったわ。」

 

ダージリンとアッサムはみほの執務室に案内された。

 

「さて、オレンジペコさんの処分についてなのですが…」

 

みほが処分について言いかけた時、アッサムは被せるように話し始めた。

 

「みほさん。なんて事を…2人をこんな目に合わせるなんて…」

 

「反逆者なのですから当然の扱いです。それとも、アッサムさんは反逆者を擁護するのですか?アッサムさんも反乱分子として処分してしまいましょうか?」

 

「それは…」

 

アッサムは答えに窮する。みほはニヤリと笑った。

 

「ここにいる以上、私の意思次第で貴女たちの命など簡単に消すことができる。このことは忘れないほうがいいと思いますよ。」

 

その時である。ずっと黙っていたダージリンが懇願を始めた。ダージリンは自身のプライドを捨てて土下座までした。とにかくオレンジペコたちの命を助けようと必死だった。

 

「みほさん!お願い!ペコとディンブラを助けて!命だけは…お願い!」

 

「わかりました。考慮はします。」

 

「ありがとう!本当にありがとう!」

 

「彼女たちの裁判を明日行います。判決は即日だします。また明日、ここに来てください。」

 

「わかったわ。ならまた明日ここに来るわ。」

 

「はい。お願いします。」

 

ダージリンたちは帰って行った。梓はみほの発言を意外に思った。今まで、反逆者だと言って残酷な拷問をしていたのにここに来て突然考慮すると言い出したのである。真意をみほに聞いてみることにした。

 

「隊長。やはり、許すのですか?考えるって…」

 

みほは笑いながら首を横に振った。

 

「あはは。違うよ。期待させるような事を言って希望を持たせた上で死刑宣告をして絶望させる。これが一番楽しんだよね。」

 

みほは、本当に楽しそうに笑う。そうだ。みほは考慮する気など全くなかった。最初から処刑は決まっていたのである。ダージリンはみほにいとも簡単に騙された。

 

「隊長は本当に悪いことばかり考えますね。」

 

「えへへ。そうだね。でもね楽しいんだ。人を搾取したり痛めつけたり、屈辱を与えたりするのが。」

 

「楽しい…ですか…恐ろしい人です…」

 

梓はポツリと呟く。みほは明日が楽しみといった様子だ。オレンジペコたちの処刑は恐らく明日の夜になるだろう。刻一刻と処刑の時間が迫る。梓は一度オレンジペコたちと話しておきたいと思い、みほから許可をもらい、オレンジペコたちの元へと向かった。オレンジペコたちは自らの死の前に何を語るのか梓は雑居房の扉の前に立ち考えていた。

 

つづく



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第54話 処刑

みほ陣営のお話です。


梓は、牢獄の扉の前に立ちオレンジペコに語りかける。

 

「オレンジペコさん。よろしいですか?」

 

「はいどうぞ。」

 

梓は雑居房の扉を開け中に入る。

 

「どうしたんですか?」

 

オレンジペコは梓に微笑みかける。オレンジペコは傷だらけで手当もされずに裸で放置されている。あんな酷い目にあったのにこんなに優しい笑顔を見せてくれるオレンジペコはまるで天使のようだった。

 

「なぜオレンジペコさんたちはそんなに強いんですか?隊長からあんな目にあわされてもこんなに強いそして、明日死ぬかもしれないのに怖がりもしない。私は不思議でたまりません。なぜそんなにも…」

 

梓が尋ねると、オレンジペコはしばらくの間黙っていた。

 

「何ででしょうね。私にもわかりません。だけど、何だか何も怖くない気がするんです。不思議なんですけどね。なぜか。みほさんへの反逆を決めた時からもうこうなる覚悟はできてたからなのでしょうか。ただ、一つ言えるとしたら私は正義のためにこの反乱を計画したんです。私という存在が何かこの残酷な戦いに良い変化を作用させるきっかけになればと思っています。」

 

「なるほど…まるで天使みたい…」

 

梓はそれだけしか言えなかった。微笑み、はにかんだオレンジペコは今度は梓に質問をする。

 

「そんな、天使だなんて…では、次は私から質問しますね。梓さんはどうしてこんな仕事をしているんですか。秘密警察と収容所の所長をやっているんですか?」

 

「命令だからですよ。仕方ないのです。命令だからやっているんですよ。」

 

「命令…ですか。」

 

「はい。命令です。それ以上でもそれ以下でもなく。もし、命令に背いたら殺されるのは私だから仕方なくやっています。」

 

オレンジペコは目を瞑り何かを思考していたがやがて目を見開き呻く。

 

「おぞましい…」

 

「え?」

 

「だってそう思いませんか?全て命令で自分の身が危険なら、人間はどんな人でも残虐な行為を実行できるということですよ?恐ろしいじゃないですか。」

 

「確かにそうかもしれません。でも、誰しもが貴女のような聖人にはなれないのです。仕方ないことだと思いますよ。」

 

梓は苦笑いをした。そして、そっとオレンジペコから目をそらす。

 

「うふふふ。人間って罪深いですね。」

 

オレンジペコと梓はたくさんの話をした。サンダースの空襲により、紗希が亡くなったこと。今までの過酷な戦闘。梓がみほから受けた虐待行為。梓は言葉を詰まらせながら全てを打ち明けた。

 

「そんなことがあったんですね…心中お察しします。」

 

「それから、私たちは悪魔になってしまいました。サンダースと生徒会が憎くて憎くて仕方ないのです。」

 

オレンジペコは涙を流す。梓は驚いてしまった。まさか、自分のために泣いてくれるとは思わなかったのである。明日の命もわからない身なのに梓のために泣いてくれたのだ。

 

「すみません…こんな時にこんな話をしてしまって。」

 

「いいえ。貴女も辛い思いをして来ているんですね。私は明日刑場の露と消えることになるでしょう。しかし、貴女の心に私が生き続けてくれると思うと安心して逝けます。それに、私には私と一緒について来てくれた仲間がいます。その人は少しガサツなところがあるのが心配です。もっとそばに居たかったのですが、もうそれも叶わない。残念ですがそういう運命なら仕方ありません。16年生きてきましたけど短くも楽しい人生でした。それと最後にダージリン様に会えてとても嬉しかったです。ありがとうございました。」

 

梓は目から涙が溢れ出す。すっかり枯れ果てたと思っていた涙が頬を伝う。オレンジペコは優しく微笑みながら梓を諭した。

 

「梓さん。泣かないでください。可愛い顔が台無しです。これが私の運命なのですから仕方ありません。明日は笑って見送ってください。あ、そうだ。私の今生最後のわがままを聞いていただけますか?」

 

「何でしょうか?」

 

「今夜は私と一緒にいてくれませんか?」

 

「うぅ…はい…お安い御用です…」

 

梓は泣きながら答える。涙が止まらない。止めようとしても次から次へと溢れ出る。自分は看守でオレンジペコは囚人である。情を移してはいけないことくらいわかっている。今まで触れたこともない暖かい心がみほの真っ黒な心に冒された梓の心に入り込んでくる。梓は自身の凍りついた心が少しずつ溶けていく気がしていた。そんな梓の様子を見て見透かしたようにオレンジペコは微笑んだ。

 

「ありがとうございます。やっぱり貴女は本当に優しい人なんですね。」

 

梓は涙を拭う。この時、梓は迷っていた。梓は推測ではあるが明日の軍法裁判において非常に重要な役目を担うことになるのだ。それを話そうか話さまいか迷っていた。

 

「梓さん。何か言いたげですけど、何ですか?打ち明けてください。」

 

梓は目を丸くした。オレンジペコには全てお見通しだった。梓は苦笑いをしてポツリポツリと話し始めた。

 

「オレンジペコさん…全部お見通しですね…実は…一応形式的に軍法裁判を開かなくてはいけないのです…」

 

「軍法裁判ですか…意外としっかりとした機構を持っているのですね。」

 

「隊長の意思次第でいかようにもなる形骸化したものですけどね…それで、私はそこで検察官役をやらなくてはいけないのです…つまり…」

 

「死刑を求刑しなくてはいけないということですか?」

 

オレンジペコは何のためらいもなく、梓がためらっていた言葉の続きを言った。

 

「そういうことです…私は…」

 

「ためらわず、死刑を求刑してください。どちらにしろ、私の運命は変わらない。もし、私に気を使ってためらい、みほさんに逆らったら今度は貴女がみほさんに殺される。それは私も嫌です。死ぬのは私たち2人で十分です。貴女は生きてください。生き続けて、いつか私たちのことを誰かに伝えてください。この惨状を伝えてください。それが貴女の天命なのでしょう。」

 

「天命…」

 

梓はオレンジペコに言われたことを頭の中で反芻する。そうしているといつの間にか眠りに落ちていた。

朝起きるとオレンジペコたちはすでに起きていた。

 

「おはようございます。梓さん。」

 

「おはようございます。2人とも早いですね。いつもこんなに早く起きているんですか。」

 

「ダージリン様たちが来る前に色々やることもたくさんありましたからね。いつも早いです。」

 

「そうですか。大変そうですね。ひとまず私は失礼します。」

 

「そうでもありませんよ。とても楽しいです。わかりました。今度会うときは軍法会議の会場ですね。」

 

梓は雑居房の外に出た。鍵を閉め、ため息をついてみほの執務室に向かう。その途中、優花里に遭遇した。

 

「秋山先輩!どうしたんですか?」

 

「澤殿ですか。実は、今日の裁判の弁護士役をやることになってしまって。ひとまず、オレンジペコ殿たちに会っておこうと思いまして、澤殿はオレンジペコ殿に会われましたか?」

 

「はい。会いましたよ。というか、今さっきまで一緒にいました。」

 

「どんな感じの人でしたか?」

 

「ええ。とっても優しい人でした。処刑してしまうのが惜しいくらいです。もっと生かしてあげたい。」

 

「そうですか…ありがとうございます。」

 

「オレンジペコさんはとても思慮深くて素晴らしい人格者です。秋山先輩も会ってみればわかると思いますよ…では、私は隊長の元へ向かうので失礼します。」

 

梓は優花里と別れ、改めてみほの執務室に向かう。その足取りは重い。今までオレンジペコという天使に溶かされ、洗われた梓の心はまたしてもみほという真っ黒な悪魔に支配されるのだ。梓はみほの執務室の前にたどり着いた。苦い生唾を飲み込み扉をノックする。

 

「どうぞ。」

 

「失礼します。ただいま戻りました。」

 

「お帰りなさい。聞きたいことは聞けた?」

 

「はい。聞けました。とても有意義な時間でした。」

 

「そっか。それじゃあ、今日の裁判まあ、形式上に過ぎないんだけど説明するね。梓ちゃんは検察官役をそして優花里さんが弁護士役をやってくれる。裁判官は小梅さんと川島さんで小梅さんが裁判長。それで、判決が出たらその日のうちに刑を執行しておしまい。そういう流れになってるからね。それじゃあよろしくね。」

 

みほはニコニコと微笑みながら今日の予定を伝えた。梓は予想通り検察官役を担うことになった。昨日の天使のようなオレンジペコたちの顔が浮かぶ。梓は思い切ってみほに、提案してみることにした。

 

「あの、隊長。この処刑やめませんか?オレンジペコさんはとても思慮深くて人格者です。処刑するのはもったいないと思うのです。」

 

「ふーん。梓ちゃん。また、私に逆らう気なのかな?」

 

「いえ…そんなことは…」

 

みほは近くにあった銃剣を手に梓に迫る。みほは笑顔だった。みほは梓を壁際まで追い詰める。

 

「梓ちゃん。言ったよね?軍隊では規律が大事で上の者の命令は必ず聞かなくてはいけないって。梓ちゃん。ちょうどここに切れ味の良さそうな銃剣があるんだけど、この銃剣まだ一度も人を切ったことないみたいなんだあ。」

 

みほは梓に銃剣を突きつける。そして梓の耳元で囁いた。

 

「梓ちゃんで試しちゃおうかな。」

 

みほは銃剣の峰の部分で梓の頭の先から足先までを撫でた。

 

「わかりました…もう逆らいませんから許してください…」

 

梓は声を上ずらせながら呻いた。みほは満足そうに頷きニッコリと優しく笑う。

 

「言うことさえ聞いててくれたら身の安全は保証してあげる。ただし、私に逆らったりしたら命はないよ。」

 

梓はオレンジペコを助けるのを諦めた。オレンジペコの言う通り、自分は自分の職務に当たることにした。梓はゲシュタポの制服を着込み軍法会議が開かれる部屋に向かった。全ては自分の生存のためだ。仕方がない。そう自分に言い聞かせ頬をパンと両手で叩く。軍法会議が開かれる会場に着くとすでに優花里は着いていた。しばらくすると小梅と川島が入廷し、最後にオレンジペコたちが入廷した。

 

「それではただいまから軍法会議を始めます。まず、検察官から起訴状の読み上げを。」

 

小梅が開廷を宣言する。梓は立ち上がり、起訴状の読み上げを始めた。

 

「はい。本事件はオレンジペコとディンブラが敵に内通する手紙を聖グロリアーナの駐屯地から生徒会へ送付しようとしていたところを現行犯で逮捕したものです。これは、我が軍を混乱に陥れる反逆罪にあたります。」

 

「被告はこの事実を認めますか?」

 

「はい。認めます。」

 

「では、只今から陳述を始めます。」

 

梓は立ち上がる。そして、陳述を始めた。

 

「被告は生徒会と結託し我が軍を混乱に陥れ、潰そうとし、さらには隊長に逆らうと言う軍の規律上最も忌み嫌われる抗命を平気で行おうとした。被告は危険分子です。私は被告に死刑を求刑します…」

 

「被告、何か言いたいことはありますか。」

 

「私は、自分の良心に従ったまでです。自由のないところに正義はない。正義のないところに自由はない。それだけです。私はみほさんのやり方が許せないのです。」

 

「弁護人、何か言うことは?」

 

「私は、彼女たちと話し、そして彼女たちを処刑してしまうのは非常にもったいないと思いました。更生させて、戦線に復帰していただきたいと考えています。どうか情状酌量の判決をよろしくお願いします。」

 

とんだ茶番だった。それも仕方がないことである。これは、もはや決定した裁判で手続きの都合上仕方なくやっていることなのだ。形骸化されなんの意味もないものである。軍法会議は10分も経たないうちに終わった。

 

「被告人は求刑通り死刑とします。」

 

オレンジペコとディンブラは動揺することなく、前を見据えている。そして、裁判官、弁護人、そして検察官を務めた梓たち4人に頭を下げる。

 

「こんな茶番…」

 

梓は呟く。オレンジペコたちの死刑執行書は即日発行されみほのサインが入れられた。そして、ダージリンたちが呼び出される。ダージリンたちはすぐにやってきた。

 

「みほさん!ペコとディンブラはどうなるの?」

 

「オレンジペコさんとディンブラさんは先ほど軍法会議を開いた結果死刑に決まりました。」

 

ダージリンとアッサムは目を剥く。まさか、死刑になるとは思っても見なかったのである。

 

「そんな…死刑だなんて…冗談よね…?」

 

「えへへ。冗談だと思いますか?」

 

「そんな!貴女言ったじゃない!考慮するって!なのにあんまりよ!」

 

「ええ。確かに考慮するとは言いました。しかし、それは私は考える余地はあるということで言ったに過ぎないことであり、確実に死刑を避けるという意味で言ったわけではありません。確かに考慮してみました。しかし、その余地さえもなかった。そういうことです。私は何一つ約束を破ってはいませんよ。えへへ。」

 

「それは…」

 

ダージリンとアッサムが答えに窮しているとみほは立ち上がった。

 

「ダージリンさん。アッサムさん。こちらへ。」

 

みほに案内されてダージリンはおぼつかない足取りでついていく。ダージリンは再び目を剥いた。ダージリンが見たもの。それは丸太に縛り付けられ身動き取れない状態のオレンジペコとディンブラの姿だった。

 

「あ、ダージリン様!来てくれたんですか!嬉しいです!」

 

オレンジペコは優しく微笑む。その顔は覚悟は決まっているという顔だった。

 

「ペコ!ディンブラ!」

 

ダージリンは駆け寄ろうとした。みほは、ニヤリと笑うとダージリンとアッサムの足元に知波単から借りた銃剣を投げ、その進路を妨げる。

 

「これは…?」

 

「引導はダージリンさんとアッサムさんが渡してあげてください。」

 

「どう言うこと…?」

 

「その銃剣でオレンジペコさんとディンブラさんを刺殺してあげてくださいってことです。」

 

「そんなこと…できるわけないじゃない!私たちの手でペコたちの命を奪うなんて!」

 

「貴女たちが出した反逆者は貴女たちが処分してください。」

 

「無理よ…!そんなこと私にはできない…!」

 

「反逆者を出したダージリンさんたちにも責任はあります。だから、ダージリンさんたちも、処分を受けてもらわないといけません。これが貴女たちの処分です。」

 

座り込み震えるダージリンの様子を見ていたオレンジペコはダージリンに優しく語りかける。

 

「ダージリン様、アッサム様。私たちは覚悟はとっくにできています。ダージリン様とアッサム様の手で逝くことができるなんて私は幸せです。躊躇えば今度はダージリン様たちが殺されてしまうでしょう。どうか、ペコの最後のわがままだと思って聞いてください。私を殺してください。」

 

ダージリンは何もいうことができずにしばらく黙っていた。しかし、立ち上がり銃剣を手に取るとオレンジペコに向かって構えた。アッサムも同じように銃剣を手に取る。みほは、満足そうに頷くとオレンジペコたちに尋ねる。

 

「反逆者オレンジペコとディンブラ。何か最後に言い残すことはありますか?」

 

「みほさん!例え私の身が滅んだとしても第2第3の私が何度でも立ち上がるでしょう。みほさんの野望はいつの日か潰える!恐怖で人を支配できると思っているのなら大間違いです!自由はいつか勝ち、悪魔はいつか滅びる!

ダージリン様!目を覚ましてください!西住みほという悪魔に囚われないで!私はダージリン様に仕えることができて幸せでした!」

 

「私も、自由のために戦い自由のために死んでいく本望です!ダージリン様、アッサム様幸せでした!ありがとうございました!」

 

「くっ!構えろ!やれ!」

 

みほは処刑を執行するように命じる。

 

「うわあああああああ!!」

 

ダージリンたちは半狂乱となりオレンジペコとディンブラの身体を刺した。オレンジペコとディンブラは苦痛の声を上げるみほはさらに何度も刺すように命じる。ダージリンとアッサムは狂ったように刺しまくる。瞳は濁りきっている。オレンジペコとディンブラは最後に絶叫して刑場の露と消えた。みほは遺体を確認する。脈も呼吸も止まっていることを確認するとみほは悪魔のように笑った。

 

「あはは。反逆者は死んだ!愚かだな。私に逆らわなければこんな惨めな死に方しなくても済むのに。あははは。」

 

ダージリンとアッサムは血だらけで縛られている2人の遺体の前でヘナヘナと座り込む。そして、うわ言を言い続け、泣き叫んだ。みほはその様子を悪魔のような笑顔で見つめていた。そして2人に近づくと耳元で囁く。

 

「貴女たちが2人を殺したんですよ。何度も何度も刺してね。ダージリンさんたちも立派な人殺しですね。ダージリンさんたちのその手を見てください。血に染まってますよ。うふふ。」

 

みほはダージリンたちを真っ黒な笑顔で見下ろしていた。

 

つづく



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第55話 行方

短めです。
リクエストにお答えして30年後のお話です。
山田舞の正体についても言及させました。一応確認しておきますが、山田舞は偽名です。本名は別です。今日のお話でだいぶ正体が絞られると思います。


強烈な記憶が語られ会議室はお通夜のようになってしまった。

 

「壮絶だね…」

 

角谷杏が呻く。仕方がないことである。それだけ重たい話をしているのだから。私は未だに信じられない。目の前にいる4人の女性たちがかつて少女だった時、武器を持って戦い、敵同士だったことに。憎み合い、殺しあっていたことに。私はかつて姉の友人の祖母や私の祖父母から戦争体験を聞いたことがある。しかし、ここまで悲惨な体験は聞いたことがない。姉もこんな体験をしたのだろうか。姉は詳しく語ろうとしなかったが確かあの時彼女たちがいた戦場にいたはずである。そういえば、姉からこの事件について調べて欲しいと言われてから姉には進展を一度も報告していなかった。今度会った時にでも報告しよう。そういえば、ダージリンは一体どうなったのだろう。他の学校のメンバーのその後はまだ聞いていなかった。オレンジペコを自ら殺めざるをえなかった少女のその後はどうなったのだろうか。私はそれを知りたかった。

 

「ダージリンさんたちは今、どんな生活をされているかご存知ですか?」

 

4人は顔を見合わせる。何かまずいことを聞いてしまったのだろうか。私の身体から血の気が引いていくのがわかった。

 

「ダージリン殿は…」

 

しばらく沈黙が続き皆目を伏せ語ろうとしなかったが秋山優花里が呻く。私は息を飲んだ。

 

「ダージリン殿は…自殺しました…卒業式の日に…」

 

「え…」

 

自殺。秋山優花里からダージリンの最期を聞いた時、私は自然と涙が溢れてきた。戦争に運命を翻弄された1人の少女。彼女は何を思って自殺という道を選んだのだろうか。西住みほという存在は彼女にどのような作用をもたらしたのだろうか。今となってはわからない。

 

「ダージリン殿の最期を見た者はいません。ただ、隊長室で頭をピストルで撃ち抜き自殺をしていたとだけ。隊員がピストルを手に倒れているダージリン殿を見つけたそうです。これについては警察が捜査しているはずですが、警察は自殺として処理して詳しい捜査は行われませんでした。あとは、ダージリン殿の手記と遺書が大洗女子学園に送られてきました。ダージリン殿が最後に私たちに託したのでしょう。その遺書と手記がこれです。西住殿はダージリン殿自殺の報を聞いた時、計画通りだと何か企み微笑んでいて…今思い出すだけでも震えが…」

 

秋山優花里が震えながら手帳と手紙を差し出す。私はそれを受け取り、見てみるとそこには壊れていくダージリンの姿が垣間見えた。手記には[全ての闇が私を包み込み飲み込もうとする。悪魔が迫ってくる。苦しい。助けて欲しい。私は人を殺した。ペコは私のせいで死んだ。]など苦悩と自己嫌悪に満ちた言葉が書かれている。

死の間際になると文字が文字として認識できない。まるで幼児が書くような文字やミミズが這ったような文字が多くなっている。死の直前になって書いた遺書はもはや何が書いてあるのかよくわからない。苦労して解読を試みようとしたら、なんとか読めた。

 

[私はこの手でペコを殺した殺人鬼。私は地獄に行かなくてはならない。ペコには生きてと言われたけれど、もう耐えられない。]

 

こんな風に書かれていた。私の涙が手紙に落ちる。こんなに悲しいことはあるだろうか。

 

「ダージリン殿は本当に悲惨でした。本当に…アッサム殿も…」

 

「アッサムさんの身にも何か…?」

 

「え?アッサムにも何かあったの?」

 

角谷杏はアッサムのことは知らないようだった。

 

「あれ?会長。知らなかったのですか。」

 

「うん。知らない。」

 

「そうですか。詳しくは後でお話ししますが、あの処刑の後アッサムさんは事故死したとされています。」

 

「アッサムさんまで…事故死したとされているってどういうことですか?」

 

「戦争なので戦死や事故死するのは仕方がないことかもしれません。しかし、あれは事故死じゃありませんでした。表向きには事故。でも本当はアッサム殿は西住殿に殺されたんです。」

 

「え…?」

 

私は混乱した。何故アッサムまで死ななくてはならないのかわからなかった。

 

「西住殿のやり方は尋常じゃありませんでした。あの後、アッサム殿は西住殿のやり方や残虐さに疑問を覚え、それを議論するための場を度々設けていたそうです。しかし、いつの間にかそれが西住殿の耳に入ったのでしょう。西住殿はアッサム殿を含めたその議論に参加した者に塹壕を掘るように命じました。その作業中のことです。アッサム殿は死にました。」

 

「何が起こったんですか…?」

 

「撃ったんですよ。戦車で。背後から。榴弾で。突然撃たれてはどんな人でも簡単には逃げられない。生き埋めになった方も多くいたでしょう。それを西住殿は戦車で塹壕堀りをしていた付近を踏み潰させました。その時使用された戦車が…私たちのⅣ号です…西住殿はⅣ号を射撃の訓練をするからと呼び出し、何も知らない五十鈴殿に砲弾を撃たせました。そして冷泉殿に踏み潰させました。あれは、事故とされていますがそんなわけありません。西住殿は、全部知っていたはずです。それにも関わらず西住殿は…戦車で…それを知った時、私は心底恐ろしくなりました…いや、恐ろしいという表現ではもう表現しきれません。その時、装填手の席から見た西住殿の顔は忘れられません。あの楽しそうな笑顔は。西住殿は反逆の兆候があればどんな小さなことでも見逃しませんでした…恐怖する顔を見ながら楽しそうな笑顔で惨殺していきました。あの可愛らしい声と美しい顔で…あの時はもう誰も西住殿に逆らうことなんてできなかったんです。逆らったら殺されるのは私たち。生きるため仕方なく虐殺に加担しました。本当は今でも恐ろしいんです。もしかして、どこから西住殿が見ていてある日私を殺しにくるのではないかと。」

 

「そんな…」

 

「西住ちゃん…そんなことまで…」

 

「西住さん…どうしてそこまで…?」

 

生徒会は知らなかったようだ。苦悶する表情を浮かべる。澤梓は青い顔をしていた。秋山優花里は悔しそうに拳を握る。

 

「それで完全にダージリン殿は正気を失いました。当たり前です。遺体も見つからないのですから。その後、ダージリン殿はいつもうわ言ばかり言ってました。本当に惨めで見ていられませんでした。オレンジペコ殿たちが処刑された後、失意のダージリン殿を支えていたのはアッサム殿だったのです。心の支えがもう1人いなくなったのです。そして、いつの間にかダージリン殿は戦場から消えていなくなっていました。その時は一体どこに行ったのかわかりませんでした。そして、最後には自殺という結果を迎えてしまいました。本当に残念なことです。こんなに悲しいことはありません。」

 

優花里は肩を落とす。私は、澤梓が青い顔をして震えているのに気がついた。私は澤梓に大丈夫か尋ねた。

 

「澤さん。どうしたんですか?」

 

「いえ…実は、アッサムさんが隊長の体制を疑問視している。そして隊長の体制を議論し検討する場を設けていると隊長に伝えたのは私なんです…隊長はあの時、気にするそぶりは見せなかったので、そのまま何事もないかと思ってました。そして、あれもただの事故だと隊長は言ってました…仕方なかったんだと…まさかこんなことになってたなんて…」

 

「澤殿が…アッサム殿のことを西住殿に…」

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…私がアッサムさんを…」

 

「澤殿、自分を責めないでください。仕方なかったです。運命のいたずらはあまりにも残酷なことも起こりうるのです…」

 

「そうだよ。澤ちゃんは悪くない。」

 

澤梓は何度も謝罪の言葉を口にしながら涙を流した。

暗く重苦しい空気はさらに暗く重苦しくなった。時を超えて残された手記と遺書がダージリンが私に語りかけている気がした。あの戦争は何だったのか私は改めて秋山優花里に尋ねた。

 

「あの戦争は全ての地獄と全ての戦争の狂気を混ぜたものでした。まさに悪魔の戦い。悪魔の支配下の元、その支配地を広げる戦い。あの恐ろしさは体験した者にしかわかりません。しかし、この戦争はまだはじまりに過ぎなかったんです。西住殿の計画にはまだ続きがあったんです。私たちはその計画に巻き込まれていきます。」

 

私はいつの間にか西住みほに怒りを覚えていた。この惨状は何としても伝えなくてはならない。私は改めて決意していた。

 

つづく



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第56話 食料危機

第52話〜第54話における、生徒会陣営のエピソードです。


生徒会軍の指揮は杏の訓示により大きく高まった。杏と柚子は、生徒会室に戻った。杏は生徒会室に着くとペンを取る。オレンジペコへの返事を書くためだ。

 

[聖グロリアーナ オレンジペコ様

我々は、貴女との面会を受け入れる。ただし、面会は我々の統治下の元で行うか、誰かを人質としてお預かりし中立の地で行いたい。また、我々と合流するのであれば食料は少しでも持参していただくことを望む。我々の食料は少なく、貴女方を養う余裕はない。

大洗女子学園生徒会長 角谷杏]

 

杏は手紙をしたため、何もない空間に声をかけた。

 

「上原ちゃん。いる?」

 

「はい。お呼びですか?」

 

上原英梨はまた突然どこからともなく現れた。柚子はまだ神出鬼没の英梨に慣れないようだ。突然の声に飛び上がる。杏はニヤニヤと笑った。

 

「小山どうした?もしかして上原ちゃんが怖いの?」

 

「いえ…そんなことは。ただ、突然現れたり消えたりするので慣れなくて…」

 

「怖がらせてしまって申し訳ありません。」

 

ニコリとも笑わず、英梨は謝罪をした。柚子はなおのこと恐怖を覚え、顔を引きつらせながら無理やり笑う。

 

「だ…大丈夫です。」

 

「まあまあ、小山。怖がらないであげてよ。上原ちゃん。ポーカーフェイスだけどとても優しいから。」

 

「はい…」

 

英梨は無表情のまま柚子を見つめていた。柚子はやはり怖くて仕方なく俯いていた。すると思い出したように杏が英梨に手紙を差し出した。

 

「あ、そうだ。上原ちゃん。これをディンブラちゃんに。」

 

「わかりました。行って参ります。」

 

英梨は駆け出して行った。柚子は恐怖の対象がいなくなりため息をつく。

 

「小山。そんなに上原ちゃんが怖いの?」

 

「怖いというか慣れなくて…つい…」

 

「まあ、あまり感情を表に出す子ではないからね。まあでも、さっき言ったように優しい子だから。」

 

「わかってます。」

 

杏はにっこり笑いながら頷いた。しばらくすると英梨が戻ってきた。

 

「上原ちゃん。おかえり。なんて言ってた?」

 

「ただいま戻りました。手紙を手渡したら詳しい調整のため、検討した上で返事の使者を出すとのことです。」

 

「うん。わかった。上原ちゃん、ご苦労様。」

 

「また何かあったらいつでもお呼びください。」

 

英梨は頭を下げて何処かに消えた。柚子はまるで魔法を目の当たりにしたような表情をしていた。すると、今度は食料の管理を任せている生徒が飛び込んできた。

 

「会長!大変です!」

 

「どうしたの?」

 

「食料が後一週間持つかどうかしかありません。補給が断たれてしまって…」

 

食料が底をつき始めたのだ。搬入口も農地も養殖場も食料補給の場として頼っていた各施設全て反乱軍に奪い取られ補給が全くない状態だ。今までも、避難民と兵士で十分とは言えない食料を分け合って来た。杏が食料備蓄倉庫に行くと山のようにあった食料がもうほとんどなくなっていた。杏は現実を目の当たりにして呻いた。

 

「まずいな…食料がなくちゃ戦えない。」

 

「とりあえず、食料の配給を1日2食でなんとかしますが、それでも持つかどうか…食料が無いと士気にも関わりますし…」

 

「そうだね。とりあえず、1日2食で更にそれを少なめに節制して配給してあげて。対策はなるべく早く考える。あと、現状をみんなに説明するからみんなを集めてくれないかな?」

 

「了解です。よろしくお願いします。」

 

食料の管理を担当している生徒が退室すると杏は小山の方を向く。

 

「それじゃあ、小山。行こうか。」

 

「はい。」

 

杏は皆の前に立つ。

 

「みんな。私たちはこの間西住ちゃんに食料施設を奪われた。だから、食料が全く足りない。当然食料施設は最優先で奪還するつもりだがそれまでは時間がかかる。そこで、今日から奪還までのしばらくの間みんなには苦労かけるけど配給を1日3食から2食に減らす。更に量も減らすことになる。ちょっと。いや、かなり辛いけどみんな我慢して耐え忍んで欲しい。私の力不足だから責めるなら私を責めて。他の子たちは悪く無い。みんな、本当に申し訳ないけど何とか頼むよ。」

 

杏は頭を下げなら皆にお願いした。兵士はもちろん避難民を含めて誰一人杏を責めるものはなかった。

 

「大丈夫です。お腹が空いたら水でも飲んで耐えますよ。」

 

誰かがそう叫ぶと、ドッと笑いが起こった。皆とは裏腹に杏は悔しさに拳を握りしめ唇を噛む。兵士や避難民にこんな惨めな思いをさせている自分に腹が立った。この学園艦は一つの街である。その街の首長は自分でありその地位と権限は選挙という正当な手続きを踏まない限り脅かされてはならない。そのはずなのに1人の西住みほという少女に武力で脅かされるばかりか、市民の安全さえも守れず処刑や市民への攻撃などやりたい放題されている。さらには食料さえも満足に確保できていない。

 

(生徒会長として失格だな。)

 

杏は心の中で呟く。そんな様子を察してだろうか。誰かが叫んだ。

 

「会長。自分一人で全てを抱え込むなんてバカなことはやめてください。私たちは会長のいうことなら全てを信じて戦います。会長も私たちを信じて少しはご自分が背負われてる荷物を私たちに預けてください。」

 

「うん…ありがとう…でも…」

 

「でも、なんですか?今の会長はどう考えても自分一人で抱え込んでます。昔の会長に戻ってください。たくさん頼ってください。」

 

「わかった…」

 

杏は解散を指示した。涙を必死に我慢していたがこれ以上は耐えられない。杏は改めて自分が涙もろくなったことを痛感していた。

 

「小山。我々の初陣はどうやら食料施設の奪還になりそうだ。しかし、西住ちゃんもバカではない。きっとこの食料施設は重要な地だと踏んでたくさんの兵士を駐屯させているに違いない。激しい戦いになる。まさに地獄の死闘になると予想される。覚悟はいいか?小山。」

 

「はい。覚悟はできています。私はどこまでも会長についていきます!」

 

杏は満足そうに頷くとニコリと笑った。

 

「じゃあ、オレンジペコちゃんの返事を聞いたら出発しよう。きっと返事までまだしばらくかかるはずだから、それまでに準備しておいて。」

 

「はい!」

 

杏は初陣に際して遺書を書いた。縁起でもないことはわかっていたが、やはり殺し合いに身を置くならばそれなりの覚悟はしなくてはならない。その内容は杏らしい至ってシンプルなものだった。

 

[お父さんお母さんへ

2人がこの手紙を読んでる時、私って死んだってことだよね。私は学校のために戦って学校のために死んじゃった。ごめんね。でも、私の無念はきっと誰かが晴らしてくれるから大丈夫だよ。2人は私のぶんまで残りの人生を楽しんで。

角谷杏]

 

杏は特に時間をかけることなく手早く書き終えると、封筒に入れて封をして机の引き出しにしまった。すると杏は生徒会長の椅子でくるくると回って遊びながら食料施設奪還作戦について考えていた。

 

「奇襲…くらいしかないかな。」

 

「何か言いましたか?」

 

柚子が不思議そうな顔をして尋ねる。

 

「何でもないよ。ちょっと考え事をしててさ。」

 

「そうですか。」

 

柚子は微笑むと作業の続きに取り掛かる。杏はその様子を微笑ましく見ていた。その日は戦いなど何事もなく過ぎ去った。

次の日、杏はずっとオレンジペコからの返事を待っていた。しかし、いつまで経ってもオレンジペコからの返事は来ない。

 

「オレンジペコちゃんからの返事遅いな。どうしちゃったんだろう。」

 

杏は首を傾げる。色々な可能性が頭をよぎる。杏は身体中から汗が止まらなくなり、動悸が激しくなっているのを感じていた。あまりにも心配で気が気でなくなってしまった。杏は英梨を呼び、調べさせることにした。

 

「上原ちゃん。何が起こっているのか調べてくれないかな?」

 

「わかりました。」

 

英梨は調査のために出かけた。しばらくすると英梨が戻ってきた。

 

「オレンジペコさんとディンブラさんはどこにもいませんでした。おそらく、露呈してしまったのでは?もしかして、この世にはもういないのかもしれません。ダージリンさんが呆然として私がペコを殺したとうわ言を言っていたので。」

 

英梨は無表情で淡々と報告する。杏は崩れ落ちた。

 

「そんな…」

 

そして激しく後悔した。もっと早く決断してオレンジペコを信じていればこんなことにはならなかったはずである。信じることができなかった自分に激しい自己嫌悪に陥った。

 

「私も、ゲシュタポの制服のようなものを着た集団に危うく捕まりそうになりました。なんとか巻けたので良かったですが。自分の脚に感謝してますよ。」

 

杏は英梨を抱きしめた。そして泣きじゃくる。

 

「良かった。上原ちゃんが無事で本当に良かった…」

 

相変わらずポーカーフェイスな英梨は無表情で杏に抱きしめられていた。そして少しためらい気味に杏を抱きしめ返す。

 

「私もまた会長に会えて良かったです。今度の戦いでは会長も前線に立たれるのですよね?オレンジペコさんの無念を晴らしてあげてください。私も、西住さんのことはよく聞いています。残虐な殺戮と破壊の限りを尽くしていると聞いています。この恐怖を終わらせてください。」

 

英梨は無表情のまま静かに言った。

 

「うん、そうだよ。私も小山も前線で戦う。もちろん必ず勝つよ。この恐怖は必ず終わらせる!」

 

「はい。絶対に終わらせてください。約束です。さあ、会長。会長に涙は似合いません。私は、笑顔の会長が一番大好きなんです。笑ってください。会長。可愛い笑顔を見せてください。」

 

杏は真っ赤になった。抱きしめられて可愛いとか大好きだと言われてまるで愛の告白を受けている気分だった。

 

「上原ちゃん。お世辞が上手いね。」

 

杏がニコッと笑顔を見せる。

 

「お世辞じゃありません。会長。大好きです。」

 

「え…?」

 

杏は自分の心臓がドキドキしていることに気がついた。杏の顔がみるみるうちに今まで見たこともないくらいに真っ赤に染まる。気持ちが高ぶりすぎて自分でも何を考えているかわからない。そう思っていると英梨は杏を抱きしめながら耳元で囁いた。

 

「私は気持ちを伝えました。答えは今度の戦いで無事帰ってこられたら聞きます。それまでに答えを考えておいてください。」

 

「うん…」

 

杏は頭がぼうっとして思わず返事をしてしまっていた。すると、英梨は杏を抱きしめるのをやめて頭を下げ、退室した。杏はしばらく何も考えられなかったが、気を取り直して柚子に人員を集めるように指示を出す。すると柚子は少し御機嫌斜めといった様子で返事をした。

 

「小山…どうした…?」

 

「いいえ…何でも…」

 

柚子の目はまるで獣が獲物を狙うような目をしていた。杏は少したじろいだ。

杏は2000名の兵士を集め、食料施設奪還作戦の説明をしようとしていた。

 

つづく



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第57話 次なる計画への毒牙

昨日はテストが3つもあってなかなか更新できませんでした…
ようやく書き終わりましたので更新します。


オレンジペコとディンブラの処刑は終わった。

 

「反逆者の末路を見せしめとして展望台に晒してください。私に逆らうとどうなるか思い知らせてあげてください。」

 

みほは血だらけで丸太に縛られているオレンジペコとディンブラの遺体を見せしめとして展望台に罪状を書いて晒すように梓と優花里に命令した。優花里と梓は2人の遺体を丸太ごとリヤカーに詰め込み展望台に運ぶ。梓と優花里は罪悪感で心が潰されてしまいそうになった。特に梓はあまりに悲惨な2人の遺体を見て泣き出してしまった。自分が逮捕しなければこんなことにはならなかったと激しく後悔していた。

 

「なぜ…なぜこんなことに…ごめんなさい…ごめんなさい…私が逮捕しなければ…こんなことにはならなかったのに…」

 

「澤殿…今は何も考えないようにしましょう…」

 

「そんなこと…できるわけがないじゃないですか…私は…彼女たちを…」

 

「私もその経験があります…私もサンダースの子たちの誘拐を西住殿から命令されて仲良くなった頃に毒ガス実験で…その時私は考えるのをやめました。」

 

長い間沈黙が続く。展望台に着くと、梓と優花里は丸太に縛られた遺体を磔柱のようにたてて時代劇の刑場に出てくるような竹垣を作り周りを囲った。そして、罪状を書いた立て札を立てる。梓は泣き叫びながら作業に当たった。優花里は目を赤く泣きはらすほどの梓に何を言えばいいのかわからなくなった。ただ、抱きしめて落ち着かせることしかできなかった。優花里は梓の頭を撫でる。

 

「澤殿の気持ちはよくわかります…悲しいですよね…こんな理不尽なことないですよね…」

 

「秋山先輩…ありがとうございます…」

 

「良いんですよ。たくさん泣いてください…」

 

やがて梓は落ち着いた。そして、梓は優花里にみほのやり方への疑問を訴えた。

 

「私は、隊長がわからなくなってきました。こんなことやってて意味があるのでしょうか。逆らう者は片っ端から皆殺しにしてしまう。恐怖で支配して未来などあるのでしょうか…」

 

「しっ!澤殿!誰かに聞かれたらどうするんですか?言いたいことはわかりますが、どこで誰が聞いてるかわからないんですよ!死にたいんですか!十分に気をつけてください!」

 

優花里は慌てて梓の口に手を被せ、梓を黙らせる。誰かに聞かれ、みほの耳に入ったら大変なことになる。特に梓は戦車道の試合で戦車を放棄して逃亡したことで目をつけられている可能性が高い。優花里は警戒気味に辺りを見回す。誰にも聞かれていなかったようだ2人はホッとため息をついた。

 

「すみません…」

 

「澤殿の言いたいことはよくわかります…しかし、今は耐えるしかないのです。命令に従うしか…いつかこの恐怖も終わる時が来ます。それまで何としても生き残りましょう。どんな手を使ってでも…」

 

 

「どんな手を使ってでも…」

 

梓は優花里の言葉を反芻した。優花里は神妙な面持ちで頷く。

 

「それじゃあ、オレンジペコ殿たちに手を合わせて戻りましょうか。」

 

優花里は梓に向かってそう言うと手を合わせ、お経を諳んじる。梓も優花里に倣って手を合わせた。オレンジペコとディンブラの冥福を祈り、梓と優花里は拠点に戻る。すると、みほはダージリンに何か書類を書かせていた。

 

「西住殿、ただいま戻りました。ところでダージリン殿たちは何を書いているのですか?」

 

「優花里さん、梓ちゃんおかえり!作業お疲れ様。えへへ。」

 

みほは笑って回答を避けた。どうやら今は教える気はないらしい。優花里はそれ以上詮索するのをやめた。余計な詮索は命に関わるからだ。ダージリンたちは書類を書き終わると失意のどん底に叩き落とされて拠点から聖グロリアーナの駐屯地に帰っていった。ダージリンたちの顔には生気も覇気も何もなかった。

 

「さてと、ダージリンさんたちの処理は終わったし、次はプラウダに出撃要請をしなくちゃね。」

 

みほはそう呟くと執務室に向かった。みほはそろそろこの戦いを終わらせようと考えていた。まだ、この大洗女子学園の支配を目的とした戦争は計画の第一段階、いわば足場固めに過ぎない。みほにとって1番の強敵になるであろう黒森峰が到着しないうちにプラウダに出撃要請をして、生徒会を一気に叩き潰してしまおうと考えていた。なるべく戦争を早く終わらせ、次の戦いに備え学園艦の施設や兵士を整える必要があった。しかし、そのためには学園艦の中枢部、主にこの学園艦のコントロールを行う船舶科を支配下に収めなければならない。

 

「次の目標は船舶科のコントロール室かな。でも、どうやって手に入れようかな…」

 

みほは次なる目標をコントロール室に定めた。船舶科の多くは生徒会を支持しており迂闊に攻撃すれば激しい抵抗が予想される。今回の船舶科を支配下に収める際は船舶科の人間をなるべく傷つけないで速やかに制圧する必要がある。船舶科は船舶に関する専門知識を有しており、その専門知識がなければこの学園艦という大きな船は操縦できない。つまり、たやすく殺すなど無下にはできない、みほにとっては扱いづらい存在だった。みほは、なんとか船舶科を反乱軍側に協力させる方法を考え始めた。そして、みほは一つの方法を思いついた。人質を取ることにしたのだ。奇襲して人質を捕らえ、そして脅して従わせる。安直だがこれが一番確実だと考えた。仲間意識の強い船舶科の連中ならこれで交渉に乗ってくると考えながらみほは受話器を手に取る。

 

『もしもし、大洗女子学園の西住です。カチューシャさんはいらっしゃいますか。』

 

『はい。少々お待ちくださいね。』

 

ノンナは少し待つように言うと保留音が聞こえてきた奇しくも保留音は民謡のカチューシャであった。みほは思わず吹き出した。しばらくすると、カチューシャが電話に出る。

 

『もしもし。カチューシャが出てあげたわよ!』

 

『あ、カチューシャさん。この間はお昼寝中に電話してしまってすみません。』

 

『いいわよ。別に。それで?今日は何のようなの?』

 

『はい。実はそろそろプラウダの皆さんに援軍に来ていただきたいと思いまして。そろそろ戦争に決着をつけたいなと。』

 

『わかったわ。どのくらい連れていけばいい?』

 

『集めれるだけ集めていただけませんか?多ければ多いほどいいです。えへへ。生徒会を恐怖で震え上がらせたいのです。あの会長の恐怖で震える可愛い顔を見てみたい…』

 

『ふふ…おもしろそうじゃない。』

 

『そうでしょ?ですから、なるべくたくさん連れて来てください。それこそ、ソ連対日参戦のような大軍くらい連れて来てください。』

 

『うちにはそんなに大勢のいないわよ!それで?出発は?』

 

『3日後くらいに出発してください。』

 

『わかったわ。ちゃんと捕虜はくれるのよね?』

 

『ええ、もちろん差し上げますよ。捕虜がたくさんいて、もうこちらでは処理しきれませんからそちらでこき使ってあげてください。しっかりしつけておきますから。』

 

『そう。それならいいわ。よろしくね。』

 

『はい。こちらこそよろしくお願いします。では、お待ちしていますので。』

 

『ええ。またね。ピロシキ〜』

 

みほは電話を置くと微笑んだ。これで戦争にかたをつけることができる。そして、この大洗女子学園を支配することができる。しかし、みほはこの戦争そして大洗女子学園の支配だけでは満足していなかった。みほは机の引き出しから分厚い計画書を取り出した。題名には

 

[全学園艦傀儡化計画及び全学園艦軍事制圧計画]

 

と書かれていた。本来、みほの計画は黒森峰への復讐を目的にしていた。だから、復讐さえ果たせばそこで止まるはずだった。しかし、みほはすでに新しい野望を抱き、計画書まで完成させていた。それはこの日本の海に浮かぶ全ての学園艦の支配だった。そして、自らの一大帝国を作り上げようと考えていたのだ。それを後押ししたのがダージリンの存在だった。みほはこのままダージリンが壊れてしまうことを望んでいた。ダージリンを壊しそれに乗じて聖グロリアーナを手に入れようと考えていた。だからみほはダージリンにある書類を書かせていた。みほは、ダージリンに書かせたその書類を手にニヤリと笑う。ダージリンに書かせたもの、それは委任状だった。ダージリンを脅し、委任状を書かせていたのだ。委任状にはダージリンが精神不調等で指揮を取れない状態になったとみほが判断したらみほが聖グロリアーナの戦車隊長の権限を掌理すると書かれていた。みほはいつでも聖グロリアーナの強大な軍事力を奪い取ることができる状態にした。

 

「せっかくの機会だし、この機を逃すわけにはいかないよね。行けるとこまで行ってみようか。ダージリンさん…チャンスをくれてありがとう…いずれは…自治権を文科省に認めさせて…さらにその先も…ふふふ…」

 

みほは、すでに獲物を見つけ毒牙にかけはじめていた。

 

つづく



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第58話 戦線拡大

お待たせしました。
みほ陣営のお話です。


みほが計画書を読み返していると執務室に優花里が慌てて飛び込んで来た。

 

「西住殿!大変です!」

 

「どうしたの?」

 

「また、サンダースの飛行機が飛んで来ました!」

 

「わかった。ちょっと見て来るね。優花里さんは待ってて」

 

「いえ!お供させていただきます!」

 

みほは頷くと優花里とみほは外に出た。みほが上空を見上げると確かに飛行機が2機ほど飛来していた。その飛行機は何度も旋回を繰り返している。みほは双眼鏡でその飛行機を観察を始めた。優花里は息を呑みながらその様子を見ていた。みほは双眼鏡を外すと優花里に微笑みかける。

 

「あれは偵察機だね。おそらくあの飛行機が何か攻撃して来るってことはないとは思うけど、また何か企んでるのは確かみたい。報告ありがとう。」

 

「わかりました。では、警戒しつつも安心するように伝えておきます。」

 

「うん。よろしくね。」

 

みほはしばらく偵察機を観察していた。偵察機は10分ほど旋回を繰り返して去っていった。みほは再び執務室に戻り計画書を見ながら次の作戦を考えていた。皆もそれぞれお喋りなどを楽しんでいた。その日も穏やかに1日が過ぎる。誰もがそう思っていた。しかし、それは突然終わりを告げた。突如謎の爆発が起こったのだ。

 

「何がおきたの?!」

 

みほは驚いて、執務室の窓から外の様子を伺った。すると、爆発による黒煙が上がっているのがわかった。そこは聖グロリアーナの駐屯地付近だった。みほは、一体何が起きたのかしばらく理解ができなかった。10分ほど経った後また爆発が起きた。今度はみほが焼き払った森で爆発が起きた。

 

「おそらくこの爆発はカールの仕業だね…ついにカールの運用が始まっちゃったんだ…」

 

みほは拳を握りしめ悔しそうに拳を机に打ち付けた。みほの圧倒的優位は崩れた。これ以降はどちらが勝利してもおかしな話ではない。さらに追い討ちをかける知らせが入った。

 

「隊長!大変です!」

 

「どうしたの?」

 

「食料施設が奇襲を受けました!中にいた兵士は食料施設を放棄し脱出。こちらに敗走してきます!」

 

梓からの報告によると、どうやら爆発に驚き食料施設に駐屯中の多くの兵士が森へ様子を見に向かっていた隙に食料施設を奇襲され成すすべなく裏口から脱出したとのことだった。みほは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「くっ!わかった。すぐに取り返しに行きましょう。梓ちゃんたちに先鋒を任せます。紗希ちゃんの仇を取る千載一遇のチャンス。任せたよ。」

 

「はい!」

 

梓が退室するとみほは悔しそうに何度も机に拳を打ち付けた。

 

「あの偵察機はこういうことだったのか!あの時私が気がついていればこんなことにはならなかったのに…迂闊だったな…それにあのカールからの砲撃は恐らく私たちを引きつけるための罠…なるほどね…そうきたのか…さて、あちらがやる気ならこちらもそれに答えてあげなくちゃね。私を怒らせたこと後悔させてあげる。」

 

みほは黒い笑顔を浮かべる。そして、みほは急いで兵士を知波単1000人黒森峰1000人大洗10000人総勢12000人集めた。そして下知を下した。

 

「諸君!食料施設を生徒会に奪われた!当然奪還する!今回の先方は梓ちゃんたちが務める!諸君も梓ちゃんたちに続き強襲しろ!容赦はするな!抵抗するものは皆殺しにしてしまえ!今や我々の圧倒的優位は崩れた。決して保証されない!敵にはカール自走臼砲を備え、今まで通りにはことは運ばないだろう!時間がない!敵の反攻が本格化する前に片付けるぞ!あと3日すればプラウダが大洗に向かって出発する!プラウダは我々の味方だ!しかし、プラウダはこの大洗より遠い場所にいるため、この船をプラウダに少しでも近づけなくてはならない!そこで、我々は食料施設奪還後、戦線を拡大しつつ速やかにこの船の操縦を司るコントロール室を攻撃する!ただし、船舶科の人間はなるべく傷つけないようにしろ!船舶科の人間でなければこの船は動かすことができない!それを留意しつつ任務に当たれ!ただし、それ以外で抵抗する者は全て殺せ!略奪も許す。ただし、略奪をしたら後始末はきちんとしておくように。」

 

「はい!」

 

「それでは出発する!前進!」

 

みほはそういうと自ら先頭に立って進軍を始めた。そして、慎重に森を突破すると食料施設にたどり着く。しかし、その施設は何か様子がおかしかった。人の気配がまるでしないのだ。みほは訝しげに様子を伺っていたが思い切って突入を指示した。すると施設の中はもう、もぬけの殻で食料だけが持ち去られていた。

 

「あはは。逃げられたみたい。生徒会も面白いことしてくれるね。あははは!」

 

みほは生徒会軍が残した手紙を手に大笑いを始めた。

 

「隊長…?何をそんなに笑っておられるのですか…?」

 

梓は隊長が壊れてしまったのかと心配になり、思わず声をかける。

 

「ごめん!だって、この手紙おもしろいんだもん!"私を捕らえたいなら捕らえてみせろ"だって。私たちへの挑戦状だ。わかった。なら望み通り捕らえてやる。えへへ。」

 

梓はみほの顔を見て冷や汗が噴き出してきた。みほの顔は笑っているが目は全く笑っていなかったのだ。こんな挑発をされて怒っているのだろうか。みほは手紙を握りつぶし投げ捨てるとすぐに次の指示を出した。

 

「これから、戦線を拡大しつつこの船のコントロールを司るコントロール室に向かう!コントロール室を陥落させ、プラウダの上陸を支援するぞ!船舶科の者は一歩前へ!」

 

数人が前に出る。みほは頷くと言葉を続けた。

 

「それでは、諸君が先頭に立ち我々を案内してほしい。地図でどこにあるかくらいはわかるが、詳しいことはやはりそこで働いていた者の方が詳しいと思う。よろしく頼む。さて諸君。先ほども留意点として伝えた通り、今回は1人の殺害も許されない!傷つけることもだ。くれぐれも注意するように。それと、今回は敵の支配地を突破して目標に向かわなければならない。つまりはどこに敵が隠れているかわからないということだ。十分用心するように。」

 

「はい!」

 

「それでは前進!」

 

みほたちは前進を始めた。道中は順調だった。あまりの大軍に恐れをなしたのかなぜか無抵抗だった。まるでピクニックのような行軍になった。そして、しばらく歩くとコントロール室がある棟にたどり着いた。そこにも守備隊は1人もおらず、異様に静かであった。

 

「なんでこんなに静かなんだろう。何か怪しい。それなら…知波単部隊と黒森峰部隊総勢2000と船舶科の者は私についてこい!それ以外は梓ちゃんと付近に生徒会軍が隠れていないか捜索を!」

 

「はい!」

 

「それでは、健闘を祈る!知波単、黒森峰両部隊!再度確認するが今回は絶対に殺してはならない。くれぐれも用心しろ。それでは行くぞ!突撃!」

 

そういうと知波単の兵士たちは目の色を変えて船舶科の生徒を先頭に三八式歩兵銃を構え突撃を開始した。さすが突撃狂なだけある。そして、知波単部隊は行動が早い。突撃に慣れているのか動きがとても早いのだ。黒森峰部隊は早すぎてついていけない。必死に後を追う。コントロール室はその棟のてっぺんにある。2000名の兵士が駆け上がるのは圧巻だった。そして、誰かがてっぺんにたどり着いたようだ。叫ぶ声が聞こえてきた。

 

「動くな!抵抗したら撃つぞ!その場にうつ伏せになれ!」

 

船舶科の面々は驚き目を剥きながらも大人しく従った。みほがやってくると唇を噛み悔しそうな表情になる。みほはニッコリと笑い優しく語りかけた。

 

「こんにちは皆さん。なぜ抵抗が一切なかったのかはわかりませんが助かりました。ここは私たちが占拠し、直轄統治します。そして皆さんは今から我々の人質です。私の言うことさえ素直に聞いていただければ貴女方の命も地位も保証します。しかし、聞いていただけなければ1年生から1人ずつ殺していきます。責任者はどなたですか?」

 

「私です。」

 

「お名前は?」

 

「原です。原清歌船舶科の3年生です。」

 

「原さんですか。改めまして西住みほです。それでは皆さん、今から日本の領海ギリギリを航行しつつ北海道、東北方面にこの船を向かわせてください。あ、そうそう。ここから逃げられると思わないでくださいね。少しでも不満を言ったり怪しい動きを見せたら撃ち殺します。えへへ。」

 

みほは懐から拳銃を取り出し清歌の頭に突きつけてみせた。

 

「わかりました…私たちはみほさんに従います…だから、命だけは助けてください…」

 

みほは満足そうに頷きながら微笑む。みほは完全にコントロール室を制圧した。これ以降この船はみほの思うままに航行することになる。

 

「ありがとうございます。それでは皆さんよろしくお願いします。」

 

そう言うと、みほはコントロール室を知波単に見張らせ、みほは外に出た。みほは、梓に任せた大洗の部隊の様子を見に行こうとしていた。梓たちは既にコントロール室の棟の前に集合していた。

 

「隊長!生徒会軍は見つかりませんでした。」

 

「わかった。ここに2000人は守りとして駐屯して。残りは先ほど通過した市街地に向かう!」

 

「隊長何をするんですか…?」

 

「えへへ。人間狩り大会だよ。」

 

みほは不気味に笑う。

 

「人間狩り大会…?」

 

「うん。スポーツだよ。人間を捕まえたり殺したりするね。市街地に残るのは今から全て敵。たまたま通りかかった人も隠れてる人もみんな捕まえるか銃で殺しちゃう。森で動物を狩るみたいにね。一回やってみたかったんだ。捕まえた人間はどう扱っても構わない。奴隷にしてもいいし、リンチにしてもそれこそ凌辱してもいい。そういうゲームだよ」

 

梓は竦み上がり動けなくなってしまった。みほは、楽しげに話している。これから市街地に阿鼻叫喚の光景が広がるかと思うとそんな非道な人殺しはしたくなどなかった。ためらっている梓を見てみほは梓の耳元に悪魔のように囁く。

 

「紗希ちゃんの仇、まだ取れてないでしょ?これも全部紗希ちゃんのためだよ。紗希ちゃんのために人間狩りで憎い生徒会とサンダースの協力者を根絶やしにしようよ。」

 

「紗希…」

 

梓の心は揺らぎはじめた。みほは梓の心を支配しようとしていた。みほは梓の肩を抱き言葉を続ける。

 

「紗希ちゃんもきっとあの世で願っているよ。梓ちゃんが仇をとってくれるのを。それとも梓ちゃんは友達よりも友達を殺した敵の肩を持つのかな?梓ちゃんは裏切り者になるつもりなのかな?」

 

「でも…」

 

梓は葛藤して苦悶の表情を浮かべる。あと少しで梓も堕ちる。そう感じたみほはとどめの一言を発した。

 

「そっか。そういえば梓ちゃん。敵に通じたオレンジペコさんを処刑しないように言ってたもんね。梓ちゃんも反逆者だもんね。これから梓ちゃんのことは友達を裏切る反逆者って呼んであげるね?」

 

「違う!私は反逆者じゃない!わかりました…誰よりも多く人間狩りで捕まえてみせます!憎い生徒会とサンダースの協力者を根絶やしにしてみせます!」

 

梓はついに堕ちた。オレンジペコによって解放されかけた梓の心を再び手に入れたみほはニヤリと笑う。梓は再びみほに心を支配された。みほが注ぎ込んだ闇によって再び梓は悪魔になった。阿鼻叫喚の地獄の幕が開こうとしていた。

 

つづく




次回は恐らく明後日の21:00になると思います。
よろしくお願いします。


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第59話 人間狩り

みほ陣営のお話です。


地獄の幕が開く。みほ率いる8000人の大洗歩兵部隊と小梅率いる1000人の黒森峰部隊総勢9000人は市街地に襲来した。

 

「よし。まずは、市街地を囲め。一斉攻撃を仕掛ける。今回はあくまで人間狩り。いわばゲームだ。チーム戦で行う。人間を捕まえたら殺してもいいし奴隷にしても構わない。一番多く捕まえることができたチームが優勝だ。殺した場合は殺したという証拠に身体の一部を切り取って持ってくるかどのチームの手柄かわかりやすく死体を積んでおくように。では、諸君を9つのチームに分ける。ちなみに私も参加する。」

 

みほはそう言うと名簿を見て9つのチームに迅速に分けた。みほは梓たちと一緒に行動することにした。その目的は梓の監視と試験だった。みほは今回の「人間狩り」でためらいなく人を殺すことができるかなど改めて試験を行うことにしていた。みほは梓の心を支配できているか梓が悪魔になっているかを確認し、もしなりきれていないという判断した場合は再教育をしようと考えていたのである。

 

「それでは諸君!人間狩りを始めよう。人間狩りの開始だ!」

 

みほは拳銃を手にすると空に向かって撃った。9000人の兵士たちは一斉に市街地に襲いかかりはじめた。みほはその様子をニコニコと眺めていた。

 

「それじゃあ、私たちも始めよっか。」

 

みほはそう言うと住宅密集地に向かった。

 

「えへへ。よく燃えそうだな。梓ちゃん、ガソリンを持ってきて。」

 

「わかりました。」

 

梓がガソリンタンクを持ってくるとみほはそのタンクのガソリンを目の前の木造住宅にぶちまけた。そして、新聞紙に火をつけてそれをガソリンが付着した木造住宅に投げた。木造住宅は見事に炎上した。木がパチパチと燃える音がしてくる。しばらくすると住民の女子生徒が飛び出してきた。その生徒は一時帰宅をしていたようだった。みほはそれを見ると待っていたかのように銃を構える。

 

「待って!やめて!撃たないで!お願い!」

 

女子生徒は嘆願した。みほはニコニコと微笑みながら近づくとその生徒に優しげな口調で質問した。

 

「この地区に他の住民はいますか?」

 

「はい。いるはずです。今日はこの地区の住民が一時帰宅の該当日ですから。」

 

「そうですか。ありがとうございます。」

 

みほはほくそ笑んだ。まさにベストのタイミングだ。まさか、この地区の住民が帰還している頃に「人間狩り」が実行できるなんて思ってもみなかったのだ。そして、みほはさっと手で合図をする。すると、その生徒は手を後ろ手に縛られ、トラックに詰め込まれた。

 

「何するんですか!やめて!離してください!」

 

「えへへ。私たちはこれから人間狩りを行います。あなたはその人間狩りで捕まえたなかの1人目です。」

 

「人間狩りってどういうことですか…?」

 

「うふふ、貴女は可愛いので私のそばで奴隷としておいてあげますね…たくさん可愛がってあげます。貴女を私がいないと生きられなくしてあげます。それではそこでおとなしくしていてくださいね。」

 

「そんな…お願いします…私を帰してください…」

 

みほは微笑むと何も言わずにトラックの幌を閉じた。

 

「さあ、残りの人たちも探しましょう。まだたくさんこの地区にいるはずです。見つけ次第捕まえてください。殺すか生かすかは私が決めます。」

 

「わかりました。」

 

梓はまっすぐみほの目を見つめながら呻いた。みほはその様子を見て梓に囁いた。

 

「梓ちゃん。私はいつでも梓ちゃんを見ているからね。決して逃れられるなんて思わないことだよ。」

 

「わかってます。私におまかせください。」

 

みほは微笑むと梓に他の住宅にも火を放って住民をあぶり出すように命じた。梓は次々とガソリンをぶちまけて火を放った。すると、たくさんの住民が火を逃れて飛び出してきた。

 

「熱い!熱い!助けて!」

 

「うわぁぁぁぁ!!痛い!痛いよお!誰か!」

 

住民たちは悲鳴をあげ口々に叫びながら必死にこちらに向かって走ってくる。みほは住民たちを待ち構え、銃口を住民に向けて狙いを定めた。そして、逃げ惑う住民に小銃を乱射しまくった。無防備の住民は為すすべなく次々と悲鳴をあげて倒れていく。火を恐れて逃げる住民がみほに撃たれて倒れた住民に躓き転ぶ。すると、将棋倒しのように次々と住民が折り重なって転びそこにさらにみほから銃弾の雨を浴びせかけられる。阿鼻叫喚の地獄が広がっていた。みほは住民の悲鳴を聞き絶頂していた。住民の遺体はうず高く積み上がる。屍の砦を築いていた。今回は前回の市街殲滅戦よりも酷い有様だった。

 

「あはは。やっぱり人間狩りは楽しいな。みんな次々死んでいく。もう100人は殺しちゃったよ。人間を殺す時のこの気持ちの高ぶりはたまらないね。さあ、残りの人たちもみんな捕まえよう。残らず全員捕まえたら収容所に連れていって。そこで奴隷にするか処刑するか決めよう。」

 

みほは梓に生き残った住民を残らず捕まえるように命令した。梓は隈なく片っ端から住民を捕まえた。捕らえられた住民は先ほどのトラックに詰め込まれ運ばれた。住民たちは戸惑い、何をされるかわからずに恐ろしくなり震えていた。なぜ自分が捕まったのが全くわからないと言った顔をしていた。梓は捕まえた住民を収容所に連れて行った。収容所に着くとすでにみほが待っていた。みほは住民たちの顔を眺めると満足そうに頷く。

 

「これから皆さんを3つのグループに分けます。分けられたら素直に従ってください。もし、抵抗したら命はありません。」

 

みほは捕まえた住民の身体測定と体力測定を行いデータを取った。そして、そのデータと実際に目で確認した結果を基に総合的に判断しAグループとBグループとCグループに分けた。このグループ分けで住民たちの運命は分かれた。中には家族がバラバラのグループになった者もいた。家族と一緒のグループにしてくれと頼んだ住民は有無も言わせずに殺された。みほは3つのグループの処理を次のように考えていた。Aグループはみほのそばで奴隷として扱い、Bグループは収容所の労働力に、そしてCグループは役に立たないとして処刑しようと考えていた。収容所には当然人道や人権というものはなかった。まさにアウシュビッツ強制収容所のような有様だった。この収容所は殺害と反逆者の絶滅を目的にしているものであるから人権など無視しても良いのだ。みほは先ほどグループわけしたグループのうちCグループの処刑を早速行おうとしていた。みほはCグループの住民たちを集めた。

 

「えへへ。皆さん、こんにちは。さあ、皆さんこっちにきてください。」

 

住民たちは震えている。みほは3つの処刑方法を用意していた。みほはまず住民に穴を掘らせた。

 

「その穴の前に立ってください。」

 

みほは銃を構えると後ろから頭を撃ち抜いた。住民は倒れ穴の中に落ちる。

 

「梓ちゃんもやってごらん?」

 

みほは銃を梓に差し出した。梓は銃を手に取る。梓の手は震えていた。みほは梓に囁く。

 

「この人たちは梓ちゃんから紗希ちゃんを奪った蛆虫の仲間だよ?梓ちゃんは許せるの?仇を取るんじゃないの?」

 

すると梓はピクリと動き、銃を構えると半狂乱になって連射した。梓は住民の命の火が消えて倒れても遺体に向かって銃を撃ちまくっていた。みほは梓の行動に満足そうに微笑み頷く。みほはさらに何人も梓に殺させた。みほの残虐行為はこれだけでは止まらなかった。2つ目の処刑を始めたのだ。みほは一軒の家に住民を押し込み、その家に火を放ち生きたまま焼き殺した。

中からは悲鳴が聞こえてきた。みほはその悲鳴を楽しげにまるで自分の趣味の音楽を聞くかのように聞いていた。しばらくするとやがて悲鳴は小さくなっていき、聞こえなくなった。

 

「あはは。楽しいな。」

 

みほは呟く。あたりは人間が焼ける独特な臭いが漂っている。

 

「あぁ、人間の焼けるいい匂い。この匂い大好きなんだあ。」

 

みほは悪魔の言葉を次々と紡ぎ出す。そして、みほは最後の処刑を行う。それは、ファラリスの雄牛だった。古代から伝わる史上もっとも残酷な処刑方法と言われているもので、中が空洞で人が1人入ることができる真鍮製の雄牛を使う。みほは、住民をその雄牛の中に押し込み鍵を閉めた。そして、その雄牛の下に火を焚いた。中からは住民が悶え苦しむ叫び声で雄牛は唸り声をあげた。

 

「あはは。牛さん。もっと鳴いてよ。ねえ、もっともっと。あはは。」

 

人間狩りはみほと梓のチームが圧倒的な勝利を収めた。さらにみほは雄牛の中で照り輝き宝石のようになった犠牲者の骨をブレスレットにしてアクセサリーにした。みほの残虐さはとどまるところを知らず底なしだった。みほは人を殺すことを心の底から楽しんだ。そして、人を殺すことに性的な興奮さえ覚えている。今回の人間狩りの多くが生徒会とは無関係な普通の住民で武装もしていない避難民だった。みほはそれをよく理解していた。しかしそれでもみほは罪悪感など微塵も感じていなかった。みほは自分の人を殺したいという欲望だけで今回の人間狩りを実行したのだ。しかも、ただ殺すだけではなく残虐さを求めた。みほの残虐行為は地獄よりも恐ろしいものだった。皆の心は少しずつみほの恐ろしさに支配されつつあった。

 

つづく

 



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第60話 食料施設奪還作戦

第57〜59話の生徒会陣営のお話です。


時は少し遡る。杏は、2000人の兵士を学校の運動場に集めた。

 

「みんな。よく聞いてほしい。うちらはこれから食料施設の奪還に向かう。この作戦が成功するか否かこれはこれからの戦争を左右するものだ。みんな、気を引き締めてこの任務に当たってほしい。今回は私が陣頭指揮を執るよ。出発は50分後に行うからよろしくね。今回の作戦はカール自走臼砲の砲撃による陽動を組み合わせた作戦だからね。カールが火を吹いたらすぐに奇襲攻撃を行うよ。」

 

「はい!」

 

杏は満足そうに微笑むと解散を指示した。皆、やる気だった。杏はサンダースの兵士たちのもとへ向かう。

 

「みんな!この戦争の勝利はみんなにかかってるからね。カールの運用頼んだよ!」

 

「はい!任せておいてください!」

 

「じゃあ、今から20分後に砲撃頼んだよ。」

 

「はい!みんな!カールに砲弾を装填しろ!急げ!」

 

みんな一斉にカールの準備を始める。杏はまたしても満足そうに頷き頭の後ろに手を組んで歩いて行った。杏は大洗の出撃組のところで色々と声かけなどを行なっていた。50分は案外早いものである。だんだんと攻撃開始の時が近づいてくる。杏は心臓がはち切れそうなほどの動悸を感じた。今まで感じたことのない緊張だった。これからもしかしたら自分の手が血に染まることになるかもしれない。そして、杏は自分の手が震えているのに気がついた。震える手を必死に隠す。殺す殺されるの戦場に初めて身を置くのだ。無理もないことである。杏はちらりと柚子の様子を伺った。柚子は平然を装ってはいたもののやはり冷や汗をかき手は震えている。杏は柚子の手を握った。そして耳元で優しく囁いた。

 

「小山。大丈夫か?小山のことは私が守るから。」

 

柚子は静かに頷く。そして、杏の小さな手を握り返した。

その時である。飛行機が飛んできた。杏の脳裏にあの時の戦車に対する空襲が頭によぎった。杏は飛来した飛行機を戦闘機だと思い込んだようだ。急いでサンダースに確認を行った。すると、サンダースの兵士たちは笑ってその飛行機の招待を説明した。

 

「あの飛行機は偵察機ですよ。カールをどこに撃ち込むべきか偵察してるんです。」

 

「なるほどね。わかった。」

 

「戦闘機は絶対に使うなってケイ隊長に厳命されてますから安心してください。」

 

「そういうことなら任せるよ。」

 

そして20分後轟音が響いた。この作戦の要である陽動作戦が始まった。聖グロリアーナ部隊が駐屯している付近に砲撃を行なった。杏は学校の教室から双眼鏡をのぞいていた。

 

「あはは。驚いてる驚いてる。このままだよ。このまま混乱の渦に巻き込もう。そして、あわよくば西住ちゃんの支配地を解放しよう。」

 

杏はこのまま反乱軍を混乱の渦に巻き込むことを願った。そして、少しでもみほの支配地を解放し生徒会の統治を取り戻すことを誓った。その時であった。運動場から大声が聞こえてきた。

 

「アンジーさん!!そろそろ2発目発射しますよ!2発目は食料施設の奥の焼けた森に撃ち込みます!その時が恐らく攻撃のチャンスです!そろそろ出発してください!」

 

「わかった!すぐに下に行くから待ってて!」

 

杏は急いで階段を駆け下りて運動場に向かった。運動場に行くとすでに兵士たちは整列を完了し出撃を待つばかりの状態だった。

 

「みんな!ついに攻撃の時が来た!私たちは、今から食料施設の奪還に向かう!奇襲攻撃だからなるべく迅速に静かに行動してね。それじゃあ行こうか。」

 

杏を先頭に2000人の兵士が行軍を始めた。杏は食料施設の近く100メートル手前まで兵を進ませそこで停止させた。その時、再び轟音が響き、大きな爆発が起きた。それを合図に杏たちは食料施設に走る。杏たちの食料施設奪還作戦が始まったのだ。

 

「みんな!走るよ!混乱に乗じて食料施設を取り戻す!行こう!」

 

杏たちは銃を構えながら走る。杏たちは建物の手前までやって来て様子を伺った。中から多くの反乱軍の兵士が何事かと外に出て行く。これはチャンスである。様子を伺いつつ、もう誰も出てこないことを確認すると杏は施設の正面玄関まで前進する。そして、杏は慎重に扉を開ける。中からは人の気配がしてこない。杏は手で突入の合図を出した。杏は慎重に反乱軍を捜索し制圧するように指示を出した。しばらくするとあちこちから声と銃声が聞こえて来た。

 

「いたぞ!こっちだ!」

 

「こら!待て!」

 

「逃げるぞ!絶対に逃すな!憎い反乱軍を絶対に捕らえるんだ!」

 

あちこちから憎しみの声が聞こえてくる。杏は焦った。自分たちは人道的でなくてはならない。我を忘れている兵士は大虐殺を起こす可能性があった。杏は必死に声を上げる。

 

「みんな!絶対に殺しちゃダメだよ!特に虐殺や虐待は絶対にダメだ!私たちは人道的でなくちゃダメだ!」

 

「なぜですか!私たちの仲間が今まで反乱軍に虐殺されてきたんです!この恨みここではらさずにいつ晴らすんですか!」

 

「憎しみは憎しみを生むだけだよ!私たちの目的は西住ちゃんたちを滅ぼすことではなく、西住ちゃんたちの目を覚まさせることだ。みんな頼む!特に反乱軍の兵士の子たちは西住ちゃんに騙されて戦っているだけだ。私に免じて許してあげてほしい。」

 

杏は必死に説得して頭を下げた。これに承諾してくれなくては本当に困る。暴走したらこちらにも非があることになり、正義がわからなくなってしまう。何としても納得してもらう必要があった。

 

「わかりました…会長がそうおっしゃるなら…」

 

「みんなありがとう。」

 

生徒会軍が議論しているうちに反乱軍の兵士たちは食料施設を放棄して逃れたようだ。杏たちは完全に制圧を完了した。

 

「よし!みんな、養殖場から魚と野菜を採ってきて!急いで!ただし、小さな魚や鮮度が落ちやすい魚は残念だけど持ってきちゃダメだよ。それじゃあみんな農業科と水産科の子たちの指示のもと作業よろしく。」

 

「はい!」

 

生徒会軍の兵士たちは詰め込みの作業を開始した。柚子には外で反乱軍の動きの監視を任せた。杏はその様子を頼もしげに眺めていた。しばらくすると柚子が震えながら飛び込んできた。

 

「会長大変です!」

 

「小山!どうした?」

 

「あ、あれを見てください!」

 

柚子の指差すその先には再奪還のために進軍してくる反乱軍の大軍があった。

 

「早い!もう来たのか…やむを得ないな…みんな!撤退するよ!急いで!」

 

杏は撤退の指示を出す。そして、杏はペンと紙を取り出した。

 

「会長!何してるんですか!早く行きますよ!」

 

「小山!そんな急かすな。ちょっと待ってて。」

 

「もう!早くしてくださいよ!こんなところで西住さんたちに捕まったら元も子もないんですからね!」

 

「うん。わかってるよ。」

 

杏は急いで置き手紙をしたためた。

 

[西住ちゃんへ

角谷杏参上!悔しければ捕まえてごらん。私はいつでも待ってるよ〜]

 

柚子はその置き手紙を見て目を丸くした。

 

「会長!こんな手紙書くなんて!怒らせたらどうするんですか!?」

 

「いいから。それじゃあ行こうか。」

 

「どうなっても知りませんからね。」

 

杏は頷きながら微笑む。柚子は訝しげに杏を見ていたが杏に促されて立ち去った。杏は学校まで逃れ、食料をたっぷり持ち帰った。そのため、食料を持ち帰った兵士たちは避難民を含め皆から英雄視された。杏は食料も手に入り、すっかり安心していた。しかし、それも束の間だった。とある報告が入ったのだ。

 

「会長、コントロール室との連絡が取れません…」

 

「え?なんで?」

 

「わかりません…全く応答がありません…」

 

「まさか…」

 

杏の頭にある可能性がよぎった。それは、みほの襲撃。得体の知れない謎の応答なしに杏は汗をダラダラ流す。しかし、それを確かめる術はない。もし、みほによる襲撃によってコントロール室を奪われたということならば非常に危険なことだ。この船はみほの思うままに動くことになる。みほの味方をしている学校の兵士を簡単に迎え入れることができるようになるということだ。さらに杏はもっと最悪な事態に陥っていることに気がついた。今日はそのコントロール室がある棟の近くにある市街地の住民たちの一時帰宅の日だった。

 

「もし、あの市街戦みたいなことになったら…」

 

杏は震える。みほは嗜虐的性格を持っている。何をされるかわからない。住民たちの安全は保証できない。その時である。突如、炎と銃声が聞こえてきた。杏は必死に校舎に登る。教室から炎が見える方角を見てみると市街地の住宅密集地が燃えているのが見えた。杏は涙を流した。

 

「私が油断したばっかりに…こんなことに…」

 

杏は肩を落としながらフラフラとおぼつかない足取りで再び運動場に向かった。

 

「会長…」

 

柚子はひどく落胆した杏を見て何もいうことができなかった。その時である。

 

「誰か来る!」

 

門の近くにいた生徒が叫ぶ。走ってきたのは避難民の女子生徒だった。

 

「開けて!早く開けて!助けて!」

 

門を開けるとその生徒は駆け込んできた。杏はそばに駆け寄り、何があったか尋ねた。

 

「人間狩りです…恐ろしい人間狩り…地獄です…」

 

「人間狩りって何!?」

 

「突然、武装した反乱軍の兵士が現れて次々と家に火を放って…逃げようとしたら、笑いながら銃を私たちに乱射しまくられて…生き残った人もみんなどこかに連れていかれました…私は死んだふりをしていたので助かりましたが…」

 

「やっぱりそんなことが…ごめんなさい…許して…私が油断したばかりにみんなをこんな目に合わせて…」

 

その生徒は肩を抱かれながら何も言わずに去っていった。杏は跪きながら呆然としていた。迫り来る西住みほになす術なく蹂躙されるだけなのか。悪魔は少しずつ杏の近くに近づいて来る。そして、殺戮を純粋に楽しんでいる。このままでいいはずなどない。何としてもこれ以上の蹂躙は避けなくてはならない。しかし、現状ではみほの思うままにされている。みほに全て奪われるしかないのだろうか。杏の目の前は真っ暗になった。このまま自分の指揮で皆を幸せにすることができるのだろうか。杏は何もわからなくなっていた。杏はすっかり自信を失っていた。

 

つづく



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第61話 死のゲーム

みほ陣営のお話です。


みほは殺戮が大好きである。しかし、みほは殺戮だけでなく人が憎しみあい殺しあう姿を見るのも大好きだった。みほは人間狩りで捕まえた住民たちを残虐で最恐のゲームの世界にいざなった。みほは今回の人間狩りで無価値で処刑されるべきとされたCグループに分類され、未だに処刑されていない者たちを集合させた。みほはニヤリと笑うと皆の前で話し始めた。

 

「皆さん。皆さんは、Cグループに分類された生き残る可能性など全くない、処刑されるだけのグループです。皆さんはこの地獄から生還したいですか?」

 

「そんなの、当たり前ですよ!誰がこんなところで死にたいなどと思うんですか!」

 

誰かが叫んだ。みほは優しく微笑む。

 

「そうですよね。こんなところで死にたくない。当たり前の感情です。そんな皆さんに吉報です。私は、皆さんに生還のチャンスを与えます。」

 

「本当ですか!?」

 

「ええ本当です。しかし、条件があります。」

 

「条件…?」

 

「あはは。そんな構えなくてもいいじゃないですか。簡単なことですよ。ゲームに勝つことです。」

「ゲームに…勝つ…?どういうことですか?」

 

1人の女子生徒がみほに尋ねる。

 

「そのままの意味ですよ?皆さんにはこれから自由と生存をかけてゲームをしてもらいます。このゲームに勝ったらもれなく自由と生存がプレゼントされます。どこへ行こうとも自由。そして、無事にここから生きて出られます。つまり、この地獄から解放されるのです。」

 

「え?本当ですか!」

 

それを聞いて皆ワッと湧いた。みほはその様子を微笑みながら見ていた。

 

「はい。もちろん本当です。参加しますか?」

 

「はい!参加します!いえ、ぜひお願いします!参加させてください!」

 

「わかりました。では、皆さん参加ということでよろしいですね?ですがやはりゲームですから勝ち負けがあります。もしも負けたら…ふふ…」

 

みほはクスリと笑う。みほの不敵な笑みで一気に静まり返る。1人の生徒が恐る恐る尋ねた。

 

「負けたら…?」

 

「負けたら死んでもらいます…あれでね…」

 

みほが指差すその先にはギラギラと光る一匹、いや一体の真鍮製の雄牛があった。

 

「死ぬ…?死ぬってどういうことですか…?それにこれは…一体…?」

 

「えへへ。当たり前じゃないですか。もともと死ぬ予定だったんですから負けたら死ぬ至極当たり前のことです。皆さんは無価値な存在なんですから。ああ、これですか。これはね、ファラリスの雄牛という古代ギリシアで設計されたと言われている処刑道具だよ。この中に入れて処刑者を炙り殺すっていう処刑道具なんだけどね。私はこれが大好きなんだ。まず、閉じ込めることによる恐怖とストレスそして、450℃を超える高温で炙ることにより人を焼き殺し、地獄のような苦痛を与える処刑道具。普通、人は火事だと大抵は一酸化炭素中毒、すなわち煙に巻かれて死ぬ。だから炙り殺されても普通はそこまで苦しまずに死ねる。気絶するからね。だけどこれは違う。これは雄牛の中から空気が吸える管があるんだ。酸素がなくなって苦しくなると人間は酸素を求める。目の前にそれを手に入れることができる管がある。人間はそれに必死にすがりつく。だからなかなか死ねない。つまり、本当に焼き殺されるまで死ねないってことだよ。そして、この雄牛からは人間が焼けるとっても良い匂いが立ちのぼる。最高だよね。実は昨日、これで1人処刑したんだ。皆さんと同じCグループの人をね。中、見てみますか?この処刑道具で死んだ蛆の姿を。」

 

みほはそういうと雄牛の背についた鍵を開け、扉を開ける。みほは中を覗き込むと高らかに笑った。

 

「あはは。すごいよ。原型をとどめていない。」

 

中からは焼けた犠牲者が出てきた。ただの焼死体ではない。身体中全てが焼けている。人間の形をしたそれは真っ黒ではなく皮膚が真っ赤に焼けただれ、酷い有様だ。ファラリスの雄牛はフライパンで焼かれ蒸し焼きにされるのが同時に起こっている状態なのだ。高温で金属に皮膚がはりついたことでところどころ肉が剥がれ落ち骨が見えているところがある。その骨はテカテカと宝石のように輝いていた。みほは犠牲者を抱きかかえ愛おしそうに口づけをすると骨を手に取り呟く。

 

「綺麗。これは、アクセサリーにぴったりだね。いい色してる。」

 

皆、言葉を失う。沈黙が続いた。その時である。1人の女子生徒が半狂乱になりながら叫び逃げ出そうと走り始めた。

 

「嫌だ!こんなの嫌だよ!私はまだ死にたくない!こんなゲームまっぴらごめんだ!うわぁぁぁぁ!!」

 

みほは微笑みながら逃走する様子を見ていたがおもむろに懐から拳銃を取り出してその生徒の足を撃ち抜いた。

 

「どこに行くんですか?」

 

みほは拳銃を手に持ちながらゆっくりとその生徒に近づく。

 

「いや…やめて…近づかないで…」

 

「どこに行こうというんですか?逃げられると思っているんですか?せっかく貴女にも生き残るチャンスをあげたのに残念ですが剥奪ですね。さあ、覚悟はいいですか?今度生まれてくるときは私に巡り合わないようにお祈りでもするといいですよ。」

 

「お願い…殺さないで…」

 

「命乞い…良いですね!ゾクゾクしてきます!」

 

みほはそういうとノコギリとペンチで右手の指を一本ずつ切断し始めた。

 

「何をするんですか…?え?いや…やめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてください!!うっ!うぎいいいいい!!ぎゃああああ!!うわぁぁぁぁ!!痛い痛い痛い痛い痛い!痛いよおおおお!」

 

「良いですね。その叫び声最高です。はい。1本切断。」

 

「ぎゃああああああ!」

 

「2本」

 

「うぎいいいいい!!」

 

「3本」

 

「いぎゃあああええあえ!」

 

「4本」

 

「ぐぎいいいいい!」

 

「5本」

 

「うぎゃああああ!!」

 

「はい!右手の指は全部切断しましたよ。でも、指を切断するのってまどろっこしくて大変ですね。もっと楽しちゃいます。」

 

みほは艶めかしく、切断した指を舐めながらそういうと軍刀を抜いた。そして、みほは軍刀を構えると女子生徒の左の手首に向かって振り落とした。女子生徒の左手首から下が床に転がった。

 

「逃げなければこんなことにはならなかったのに可哀想に。それじゃあ、最期のときです。覚悟はいいですね?言い残すことはありませんか?」

 

みほはそういうと軍刀を再び構える。女子生徒はボロボロになりながらも這ってでも逃げようとしている。

 

「死に…たく…ない…生き…な…きゃ…この…悪魔に…ころ…され…た…家族の…ぶんまで…」

 

「あははは。そんな姿で逃げられると思ってるんですか?あ、そうだ逃げられないように脚も切り落としてあげますね。」

 

そういうと、みほは近くにあった斧を手にして振り上げた。

 

「せえの!」

 

ぐしゃりと嫌な音を立てて右脚の太ももから上が切り落とされた。悶え苦しむみほは高らかに笑いながら左脚も同じように切り落とす。

 

「あははは。惨めなだるま女だ!あははは!それじゃあ、今度こそ最期ですね。覚悟してください。」

 

みほは無慈悲にも微笑みながら軍刀を女子生徒の首めがけて振り下ろした。その女子生徒の首が床に転がった。みほは首を持ちながら切断面に口をつけ、血を飲む。みほは手と顔を赤黒く血の色に染めながら微笑んだ。

 

「人間の血の味…おいしい…極上の味だよ。苦しみ抜いた声と苦痛に歪む顔を見た後に飲む人間の血は。」

 

皆、目の前で起きている惨状を直視できなかった。当たり前である。直視できるものなどいないだろう。一部を除いては。ある者は必死に目と耳を塞ぎある者は失禁し、ある者は胃にある内容物を全て吐き出した。

 

「それじゃあ、早速チーム分けを始めていきましょう。」

 

そういうと、みほは何か紙を見ながら迅速に5人のチーム分けを始めた。どういうわけか、それは全て縁のある者、例えば友人同士や家族同士でチーム分けされた。皆はみほが全く知らない人とゲームをするのは不安だろうからと慈悲でもかけてくれたのかと喜んだ。しかし、その喜びも束の間だった。みほは意地悪く笑いながら言い放った。

 

「皆さん、もうお気づきだと思いますが、このチーム分けは家族や友人同士などで縁の深い人間同士でチーム分けをしています。皆さんの中で生き残ることができるのは優勝者のただ1人だけ。今から行うのは予選です。これから、次の準々決勝に進める人間を4人選別していきます。つまり、ここで各チーム1人脱落者が出ます。脱落者は先ほども言ったように、あのファラリスの雄牛でその日のうちに処刑されます。つまり、皆さんは敵同士。全員が敵です。生き残るためには…殺しあってください。たとえ家族であろうと友達であろうと。そして、私を楽しませてください。私は深い縁や絆がある人間同士が憎しみあい、殺しあう姿を見るのが大好きなんです。」

 

生き残るためには自らの手で目の前にいる人間、しかも非常に縁の深い人たちを殺さなければならない。皆、真っ青な顔をしてお互いの顔を見回す。誰かがみほに問う。

 

「家族や…友達と…殺しあう…?まさか…このチーム分け、いやこの生き残るのチャンスを与えるというのはこのために…?」

 

「はい。そうですよ。全ては私が楽しむために…皆さんがあさましく憎しみあい、殺しあう姿を眺めるために…うふふ…楽しみです…皆さんがどんな憎しみあいと殺しあいを見せてくれるのか。ふふふ…あははは。」

 

「そんな…貴女、何も感じないんですか…?こんな残虐なことして…心が痛まないんですか…?」

 

「ふふ…おもしろいこと言いますね。貴女は私の良心に訴えかけようとしていますが、私は罪悪感など微塵も感じてはいませんよ。あまり、意味のあることとは思いません。良いじゃないですか。貴女たちは死ぬ運命を変える椅子を手に入れることができるかもしれない。そして、私はその椅子に座るために家族や友達を裏切り、殺し、憎む姿を眺めることができる。お互いウィンウィンじゃないですか。さあ、しのごの言ってると貴女も首と胴体が切り離されますよ。いい加減覚悟を決めてください。親しい者を憎しみ、縁のある者と殺しあう覚悟を。あははは。」

 

みほは血塗れの手で、みほに問うた生徒の肩を抱きながらそう言った。そして、みほは翻って前に向かいながら叫んだ。

 

「それでは、始めましょう!楽しみましょう!地獄のデスゲームを!」

 

つづく

 



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第62話 デスゲームのはじまり

みほ陣営のお話です。


みほの最悪最低の趣味による史上最悪なゲームが始まろうとしていた。

 

「さて、それじゃあゲームの説明をしていこうと思います。梓ちゃん。説明お願い。」

 

みほがそういうとどこからか梓が現れた。梓はこの収容所の所長であり、管理を任されている。梓はオレンジペコたちを処刑するきっかけをつくったという罪悪感を別の罪を重ねることにより紛らわしていた。そのため、梓はここにいる収容者たちへの虐待行為や虐殺行為を繰り返し、収容者たちに悪魔と恐れられていた。皆、梓の登場に震え上がった。

 

「今回皆さんにやってもらうゲームはルーレット賭博です。赤か黒か奇数か偶数かこれで当てたら賭け金に対して配当は2倍、ある特定の数が出ることに賭けて見事正解した場合は36倍です。ちなみに、今回の賭けは後ほど皆さんにお配りする端末で行います。どこに賭けたかは他の参加者にはわかりません。どこに賭けたかは後で結果が出た後に宣言してもらうことになりますが、その時に嘘の宣言をしても構いません。例えば、赤に賭けたにも関わらず、私は黒に賭けたと言い張れば勝ちを認めます。つまり、賭けたところと違っていても嘘をつきとおすことができたら、配当分をもらうことができるということです。しかし、それだとゲームになりません。そこで、対抗策としてそれを追及することができます。追及された参加者は正直に答えなければいけません。それで、その参加者が嘘をついていた場合は追及された参加者はお互いの賭け金の合計分を払わなければいけません。そして、嘘を見抜いた報酬としてこちらからも追及により得た金額と同額の報酬を支払います。もし追及に失敗した場合は支払い義務が逆転します。」

 

梓がそこまでいうとみほはニッコリと楽しそうに微笑みながら続きを話し始めた。

 

「梓ちゃん。ありがとう。続きは私が話すね。そしてこのゲームの3つ目のルールそれは、このゲームでは10回まで行われて10回までの間に1人を生贄として私に差し出さないといけないというルールです。つまり、皆さんは10回までの間に誰か1人の資金を0にしなくてはいけない。資金が0になった者を待ち受けるのは残酷な死です。ファラリスの雄牛で処刑します。もしも、10回までに誰1人資金を0にすることができなかったらもれなくそのグループは全員に死が与えられます。皆殺しです。えへへ。私は皆殺しもやぶさかではないですが、生き残りたければ誰かから資金を奪い、殺すしかありません。ちなみに、資金は本物のお金を使うわけにもいきませんので、仮想通貨を使用します。通貨単位はアンコウです。最初に1000万アンコウを渡します。これは、皆さんの命と同じです。大切にしてください。」

 

 

なぜこの部分だけ、すなわち第三のルールだけみほは自分で話したがったのか、それはみほが嗜虐的性格を持っていたからだった。みほは、参加者たちを絶望の淵へと叩き落とし、その事実を話した時の参加者たちの反応や絶望する様子を眺めたいと考えたからである。参加者たちはみほの話を聞き、みほの予想通り絶望していた。生き残るためには自らの手で家族や友達から奪い、殺害しなくてはならないことに。みほはゾクゾクと背筋に愉悦を感じていた。そして、頰を赤らめて身をよじり、息を荒げながら笑い転げていた。

 

「それじゃあ、皆さん。間も無くゲームが開始されます。席についてください。早くしないと皆殺しにしちゃいますよ。ふふふふ…」

 

みほは相変わらず息を荒げながら拳銃を手にした。参加者たちは、悲鳴をあげて用意された椅子につく。みほは慌てふためくデスゲーム参加者の様子を嘲笑いながら眺めていた。みほは自分が今、参加者たちを支配していることに愉悦を感じていた。そして参加者全員が席についたことを確認すると優しい口調で話し始めた。

 

「さて、皆さん。席につきましたね?それでは、はじめはゲームの流れを実際にプレイしながら説明していきます。全員、手元にある端末をみてください。赤と黒、奇数と偶数、そして1から36の数字が並んでいると思います。そこからどこに賭けるかを選択します。そして次はいよいよ賭け金の設定です。では、今から全員に一律で1000万アンコウをお渡しします。賭け金は下限は1アンコウから上限はありません。最初は1000万アンコウの範囲内で自由に賭けていただいて構いません。ただしもう一度お話ししますがそれは仮想通貨とはいえ皆さんの命そのものです。それをゆめゆめ忘れないようにしてください。0となった時点で死が待っています。大切にしてください。あと、一度に全員はさすがに私も見ることができないので先ほど分けたグループごとにゲームを行います。今からの時間はこちらの5名のグループがゲームを行います。えへへ。準備は整いました!それじゃあ、そろそろ始めていきましょう!殺しあい憎しみあい奪い合いのデスゲーム第一回戦第1ステージのスタートです!」

 

みほは拳銃を空に向かって撃った。先ほど指名されたグループは全員が川谷家、つまり家族だった。父・母そして娘が3人のグループだ。彼らはもちろん全員賭博などやったこともない。しかも、ただの賭博ではなく命をかけた賭博だ。どこにいくらかければいいかさえもわからなかった。みほは彼らの様子を見て回り意地悪く呟いた。

 

「えへへ。戸惑ってる戸惑ってる。これじゃあみんな死んじゃうよ。どんなゲームになるのかな。楽しみだなあ。」

 

しばらくすると彼らは端末を操作し賭けるところと賭け金を決めたようだ。今回は、性格によって賭け金が分かれた。みほはそれを見て思わず大笑いした。

 

「あははは。人の性格って本当に面白いね。見事に性格によって金額が分かれてる。賢治さんは250万アンコウ、雅子さんは少し慎重で100万アンコウ。わあ!これはすごいよ!長女の真央さんは全額の1000万アンコウ!そして次女の空さんと三女の美幸さんは少し怖がりなのかな?空さんが50万アンコウで美幸さんが10万アンコウ!」

 

「あははは。お父さん?怖気付いたの?いつもパチンコとかだとたくさん賭けるのに。」

 

長女の川谷真央は父親の川谷賢治を挑発する。

 

「そ…そんなことはないぞ!ただ、僕は慎重になった方がいいと思って…」

 

「あははは。そんなまどろっこしいことやってたら生き残れないよ。私はどんな手を使ってでも生き残ってみせる。例え家族であっても自分が生きるためなら容赦なく殺す。」

 

賢治は机を叩いて立ち上がった。

 

「おまえ!なんてこと言うんだ!容易く殺すなんて言うな!」

 

「お父さん。バカなの?今、私たちは敵同士。この中で誰か1人は絶対に殺さなきゃいけない。生き残るためにはね。わかった。私は今ここで宣言する。私は、お父さんを生贄としてみほさんに捧げる。お父さん覚悟しておいて。」

 

「真央!もうやめなさい!」

 

母親の雅子が制止に入るが真央の鋭い眼光に思わずたじろいでしまった。

 

「それじゃあ、お母さんが生贄になる?無理だよねえ?お母さん、弱虫だもんね。止めるならあんたが生贄になってよ。そうすればお父さんも私たちも全員救われるんだから。」

 

「お姉ちゃん。もうやめてよ…」

 

「そうだよ…そんな悲しいこと言わないでよ…」

 

今にも泣き出しそうな妹を目にしても姉の態度が変わることはなかった。姉の真央は冷たく突き放した。

 

「なら死ねば?私としては1人でもライバルが少ない方がいいし。」

 

みほはそんな川谷家の有様を見て愉悦感に浸っていた。これこそ、みほが見たくて見たくてたまらない光景だった。今、川谷家は家族同士が憎み合いつつある。みほの身体にゾクゾクとした感覚が駆け巡った。みほは笑いを堪えるのに必死だったがやがてみほは吹き出した。

 

「あははは!あははは!」

 

「何が…おもしろいんだ?」

 

賢治が声を太くして凄む。みほは相変わらず笑い転げている。

 

「あははは。だって、私が見たくてたまらずに待ち望んだ光景がそのままが目の前に広がってるんです。これを笑わずにいられますか?いいですね。もっと家族同士で憎み合ってください。私の大好物なんです。縁がある者同士の憎しみあいと殺しあいは。あははは。ああ、おもしろい。このゾクゾクとした感覚がたまらないです!」

 

「くっ…そもそもこんなゲームを貴女が思いつかなければ僕たちは憎しみあわずに済んだ!貴女のせいで僕たちは…!」

 

みほは、微笑みながら賢治に顔を近づける。

 

「さあ?それはどうでしょうね。まあまあ、賢治さん。落ち着いてください。それじゃあルーレットを回そうか。ルーレットは皆さんに回してもらいます。では最初は賢治さんから。さあどうぞ。」

 

みほに指名された賢治は身体をビクンと一度震わせてみほを睨み付けると震えながらルーレットを回した。

 

「記念すべき第一回のゲームは赤の14です。さあ、皆さんはどこに賭けましたか?宣言してください。」

 

「僕は…赤だ。」

 

「赤よ…」

 

「私も赤!」

 

「…私も。」

 

「私も赤。」

 

「なるほど。全員が赤ですか。さあ、誰か追及する人はいますか?」

 

誰も追及などしようとはしなかった。長女の真央以外、全員が下を向き、目を伏せる。みほはつまらなさそうに口を尖らせる。

 

「…誰もいない…ですか。まあ、第1ステージですから慎重になるのも仕方ないですね。それでは、全員勝利!賢治さんは250万アンコウを賭けて500万アンコウ獲得!合計1500万アンコウ!雅子さん100万アンコウを賭けて200万アンコウ獲得!合計1200万アンコウ!長女の真央さんは1000万アンコウ賭けて2000万アンコウ獲得!合計3000万アンコウ!次女の空さん50万アンコウを賭けて100万アンコウ獲得!合計1100万アンコウ!三女の美幸さん10万アンコウ賭けて20万アンコウ獲得!合計1020万アンコウ!今回は皆さん勝利を収めましたが次回からもっと熱い戦いを期待していますね。」

 

みほは優しく微笑んだ。そしてみほはちらりと真央の方を見た。みほは川谷真央という人物に興味を持っていた。家族に対してここまで非情になれる真央という人物に自分を重ねていた。みほは心の中で呟く。

 

(私も家族なんてどうでもいいし、自分のためなら利用するだけして殺すことも厭わない。真央さん、貴女はどんな考えを持ってるの?興味あるな。私は貴女がどんな人物なのか知りたい。もしかして私と同じかもしれないね。うふふ…さて、おもしろくなってきた。ふふ…もっと憎しみあって殺しあって私を楽しませてよ。家族同士で楽しく殺しあって…えへへ。このゾクゾク感がたまらない。ああ、楽しいな。)

 

みほは怪しく笑みを浮かべる。

 

「さて、ゲームは始まったばかりです。さあ、次はどんな戦いを見せてくれるのでしょうか。第2ステージスタートです。」

 

みほはファラリスの雄牛に腰掛け雄牛の顔を撫でながら声を上げる。この家族は先ほどの真央と他の家族の間との出来事で、もはや家族の絆は破綻したも同然だろう。みほによって家族の絆はズタズタに引き割かれたも同然だった。ゲームは第2ステージに進む。みほは、凄惨な憎しみあいと殺しあいを第2ステージに期待していた。

 

つづく



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第63話 最高の供物

みほ陣営のお話です。


デスゲームは第2ステージに差しかかろうとしていた。

 

「それでは第2ステージスタートです!」

 

みほの宣言で第2ステージは始まった。皆、慎重に自分の命と同じ仮想通貨「アンコウ」を賭ける。

 

「皆さん、賭け終わりましたね。えっと、賢治さんが300万アンコウ、雅子さんが200万アンコウ真央さん!またすごい!全額の3000万アンコウ!空さんと美幸さんは同額の100万アンコウ。さて、金額は出揃いました。それじゃあ次は雅子さん。ルーレットを回してください。」

 

「はい…それじゃあ、いくわよ…」

 

みほに指名された雅子はルーレットを回す。緊張で手が震えてルーレットは少ししか回らなかった。

 

「あははは。緊張しすぎですよ。さて、出ました!黒の6!それでは、告白宣言タイムです。皆さん、どこに賭けましたか?」

 

「色でかけなくてよかったよ…僕は偶数にかけた。」

 

「私は黒に賭けたわ。当たってよかった!」

 

「私はもちろん黒よ!」

 

「私は…黒に。」

 

「私も同じ。」

 

「それじゃあ、追及する人はいますか?」

 

「はい!」

 

手を挙げたのは美幸だった。誰も予想がつかない展開だ。ゲームマスターのみほと真央以外は苦い生唾をゴクリと飲んだ。みほはニヤリと黒い笑顔を浮かべる。

 

「空お姉ちゃん。嘘ついてるよね?」

 

「え!?私!?」

 

「わかりました。美幸さんから空さんへの追求を認めます!さあ、おもしろくなってきましたね!空さん!貴女が賭けた本当の目を告白してください!」

 

「私が…賭けた本当の目は…」

 

長い沈黙が続いた。指摘された姉の空は汗をダラダラ流し躊躇っている。誰もが空の負けだと思った。しかし、現実は意外な結果をもたらした。

 

「黒です。嘘はついてません。」

 

「え…?」

 

「美幸…ごめんね…でも…私を疑うなんて…」

 

「ごめんね。私も生き残らなくちゃいけないから。でも、まさか負けるなんて…」

 

美幸はぎりぎりと歯ぎしりをした。そして、拳を自身の脚に打ち付ける。美幸の顔は明らかに姉の空を憎んでいた。空も苦虫を噛み潰したような顔をした。空は美幸に対して疑心暗鬼になっていた。まさにみほの狙い通り、家族同士が憎み合う構図が誕生しつつあった。みほは2人の様子を見てニヤリと笑う。

 

「美幸さん!敗北!美幸さんは空さんに200万アンコウの支払い!空さんはボーナスとしてこちらから200万アンコウ獲得!更に黒に賭けたことにより200万アンコウ獲得!合計600万アンコウ獲得!現在の金額1800万アンコウ!そして賢治さんは600万アンコウ獲得!合計2100万アンコウ!雅子さんは400万アンコウを獲得!合計1600万アンコウ!真央さんは6000万アンコウ獲得!合計9000万アンコウ!おもしろい展開になってきましたね。それにしても真央さんは強い!このまま、真央さんの独走を許すのか、それとも…ふふ…さあ、他の皆さんも頑張ってください!それでは第3ステージのスタートです!」

 

ゲームは第3ステージに移行した。この時、ゲームは大きく動こうとしていた。誰もが予想しない展開になろうとしていたのだ。皆、次々と賭けていく。

 

「さて、全員出揃いましたね。真央さん。また、全額ですか?さすがですね。どこからそんなに自信が生まれてくるんですか?他の皆さんは無難に勝負を続けていますね。それじゃあ、今回は真央さんがルーレットを回してください。」

 

みほに促されて長女の真央がルーレットを回そうと席を立つ。真央はニヤリと笑いながら皆に宣言した。

 

「このゲーム今回で終わらせてあげるわ。もちろん私の勝ちでね。」

 

真央はそういうとルーレットを回した。みほは特に何も反応を示さなかったがそれ以外は真央の言う意味がわからず戸惑っていた。真央は不敵な笑みを浮かべている。そして、ルーレットの結果が出た。ルーレットは赤の1を示していた。皆次々と赤、または奇数だと宣言する。そして、真央の番になる。真央は高らかに宣言した。

 

「私が賭けたのは赤の1よ!」

 

「お姉ちゃん…嘘でしょ…?」

 

次女の空が思わず声をあげた。真央は更に嬉しそうに笑いその言葉を待っていたと言わんばかりに空の行動をみほに問うた。

 

「みほさん。妹のこの行動は追及っていうことでいいのよね?」

 

「ふえ?うーん。そうですね。まあ、いいでしょう。はい。認めます。」

 

「お姉ちゃん…まさか…」

 

「私の賭けた目は…」

 

「お姉ちゃん…待って…私は独り言のつもりで…」

 

「今さら遅いよ。覚悟はいいわね?私が賭けた目は嘘偽りなく赤の1よ!」

 

真央はとんでもない強運の持ち主だった。そして、嘘の天才でもあった。

 

「うわあ!勝負がついちゃった!空さんは真央さんへの32億4000万アンコウの支払い義務、でも空さんと金額は1800万アンコウということは今、金額は0だね…ふふ…」

 

「嫌だ…死にたくない…みほさん…お願い…助けて…私を殺さないで…」

 

「空。あんたはゲームに負けたんだからもう諦めなよ。悪いけど、私たちのために死んでよ。」

 

空は必死に嘆願するが真央が死ぬようにと追い討ちをかける。空はとうとう泣き出してしまった。みほは2人の様子を見てゾクゾクとした性的興奮にも似た感覚に陥っていた。息を切らしながら赤い顔をして興奮しながら2人の様子を愉悦感に浸りながら眺めていた。みほはこのままゲームを終わらせるのもいいと考えていたがもっとこの憎み合いと殺しあいを楽しみたいと思っていた。みほは優しく微笑み空の肩を抱きながらみほは囁く。

 

「資金、追加できるけどどうする?」

 

「本当ですか!?」

 

「えへへ。本当だよ。追加する?」

 

「そ…そんな!それじゃあいつまで経ってもこのゲーム終わらないじゃない!」

 

真央が必死に抗議する。しかしみほは楽しそうに笑いながらどこ吹く風といった様子だ。

 

「えへへ。このまま終わらせるのもつまらないからね。私はみんなが殺しあう姿を眺めるのが大好きなの。悪いけど、もっと楽しませてもらうね。」

 

「あの…みほさん!お願いします!追加してください!」

 

空は生まれて初めて土下座した。屈辱的だったが生きるためなら仕方がない。みほは満足そうに微笑むと一つ質問をした。

 

「わかった。それじゃあ、一つ質問するね?空さんの利き手はどっちかな?」

 

「え?右手ですけど…それが何か?」

 

「そっか。右手かわかった。それじゃあその椅子に座ってくれるかな?」

 

みほは空を椅子に座らせると腕と足を鎖で縛った。そして、みほはペンチとナタ、ノコギリを手にすると笑顔で空に迫った。

 

「あ…あの…みほさん何を…?」

 

 

「うふふふ…資金の追加は一人一回そして、追加資金は5000万アンコウ。今度こそ大切に使ってね。だけど、タダで資金を与えるというわけにはいかないの。そんな都合のいいことこの世の中には存在しない。資金をあげるために代わりに私を楽しませてね。今から、空さんの利き手の指を全部私が捥いであげる。つまり、指1本につき1000万アンコウ。痛みと苦しみそして恐怖の供物で私を楽しませてくれたら資金をしっかり追加してあげる。それじゃあいくよ!」

 

「え…嘘…指を全部…?」

 

「あははは。本当だよ。それじゃあ、どの指から捥ごうかな。」

 

みほは品定めをするかのように空の細くて白いきめ細かな綺麗な指を手に取りながら呟く。

 

「嫌だ…お願い…やめて…お願い…」

 

みほはますます嬉しそうな表情になり意地悪く笑うとペンチを構える。

 

「あはは。可愛い指だね。それじゃあ人差し指からいこうかな。それじゃあいくよ。」

 

「やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてええ!うぎいいいいいいいやあああ!」

 

みほは悪辣だった。わざと苦痛が長く続くように人差し指の切断を長くしたのだ。つまり、切断し終わる手前で止めたのだ。みほは身をよじりながら顔を赤らめる。まるで自慰をしているような感覚が身体中に走る。

 

「うーん。可愛い叫び声。とってもいい。極上だよ。最高の供物だよ。楽しいね。あはは。ごめんね。あまりにも可愛い叫び声だったからついつい途中で止めちゃった。はい。1本目!次は一気にいくからね。」

 

そういうとみほはナタを取り出し中指を一気に切断した。

 

「うぎゃあ!」

 

「2本目!」

 

皆は空が指を全て切断される様子を震えながら見ていた。父親と母親は耳を塞ぎ目を瞑る。そして妹は胃の内容物を全て吐き出した。そんな中、真央だけはその様子を嘲笑いながら眺めていた。みほは真央と目があった。すると真央はさらに笑顔で嘲笑う。みほは真央に微笑み返す。この時みほは確信した。真央は自分と同じような心であると。冷たい心。非情で残虐な心の持ち主であると。みほはさらに指を切断する。

 

「はい。3本目!」

 

「お願い…もうやめて…許して…もう指を切らないで…もう何も求めないから…お願い…」

 

「えへへ。いいの?それだと死ぬだけだよ?」

 

みほは空に迫り、頰にキスをして痛みで流れる涙を舐めた。

 

「空ちゃんの苦痛の涙。美味しい。ねえ、空ちゃん。もう少しだから頑張ろう?よし、次は面倒くさいから2本一緒にいこうか。」

 

「いだいいいいい!!」

 

「えへへ。ああ!楽しかった!楽しませてくれてありがとうね。さあ、さっさと席についてゲームを再開するよ!手当は自分でやってね。」

 

みほは今さっき切断したばかりの空の小指の切断面を艶めかしく舐めながら痛みで倒れ込む空に冷たく言い放った。

 

「うう…痛い…痛いよ…」

 

美幸は目の前の姉の様子を見てハッとした。そして、目の前の悪魔に憑かれた美しい少女の思うままに自分が操られつつあることに気がついた。そう思った途端、震えが止まらなくなっていた。美幸はゴクリと生唾を飲み込んで口を開いた。

 

「みほさん…もうやめてください…みほさんはもう罪を重ねるべきじゃない…貴女はもっと優しかったはずです。私は昔から人を見る目があると言われたので貴女の特性はわかります。はっきりと確信を持ていえます。貴女はこんな人じゃなかったはずと…貴女にも家族がいるのでしょう?こんなことはやめるべきです…貴女は悪魔。いや、悪神に憑かれているだけです。本当の貴女に戻ってください。」

 

美幸は勇気を振り絞ってみほに想いを伝えた。みほは少したじろいだ。ここまで的確に本当の自分を言い当てた人物は今までいなかったからだ。そしてみほは頷きながらクスクスと笑う。

 

「あはは。そうです。私は、確かに他人に優しくしてきました。確かに私はもともとこんなに残虐な人間ではなかったと自覚しています。優しさ。これは素敵なものだと思います。でもね、私は裏切られたんです。優しくしてたら私を裏切って家族にまで裏切られて。私の信じたやり方は全て間違いだと否定されたんです。だから優しさも何もかも捨てました。そこから私は非情で冷酷な悪魔に生まれ変わったんです。そう。今の私が今、現在の本当の私です。そして、そうですね。私にも家族と呼ばれる人はいました。今は家族でもなんでもない。ただの敵であり蛆虫ですけどね。私はやめません。絶対に。全てを支配するまで。私の望みは2つです。まずは裏切り者たちへの復讐。そして2つ目が全てを支配して私の意のままに動かす、私の帝国を作り上げること。それが私の望みです。えへへ。さあ、せっかく壊しかけたのにまた家族同士の絆が復活しちゃいましたか。せっかく、美幸さんを私の思うままに家族を憎み殺しあってくれると思っていたのに残念です。でもまたすぐにズタズタに切り裂いてあげますよ。うふふ…私と同じような人間。第2の私がこの家族にもいるみたいですし。」

 

みほは真央の方を見つめて微笑んでいた。

 

つづく




オリジナルキャラクターの紹介

川谷賢治
年齢 48歳
川谷家の家長。少し気弱で慎重な面がある。優しい父親
川谷雅子
年齢 48歳
賢治の夫。賢治と似ており気弱である。優しい母親。
川谷真央
年齢 18歳
川谷家の長女。生き残るためならどんな手段でも使う非情な性格?指を切断された次女の空の様子を見て嘲笑うなど少しみほと似ている一面を持つ?強運の持ち主でみほが開催したゲームを有利に進める。
川谷空
年齢 16歳
川谷家の次女みほが開催したゲームにおいて真央にはめられて窮地に陥り、資金が0になってしまうが利き手の指を全て捥がれ、その苦痛をみほに供物として捧げることと引き換えに追加資金を得る。
川谷美幸
年齢 15歳
川谷家の三女。みほが開催したゲームでみほに操られそうになるが指をもがれ苦痛を味わう空の様子を見て自分を取り戻す。そして、みほの本来の性格を見破り、これ以上の罪を重ねないように諭す。


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第64話 引き裂かれた姉妹

西住みほの陣営のお話です。


みほは、楽しそうに笑いながらゲームを続けるように促した。

 

「さあ!楽しいゲームの続きを始めましょう!新しい局面を迎えた最高の憎しみあい、殺し合いのデスゲームを!」

 

「うう…痛いよ…痛い…うう…うああ…」

 

空は床に突っ伏しながら苦痛にあえいでいる。いつまでも、苦しみ、悶える姿を見て真央は少し苛つきながら空に早く席についてゲームを続けるように冷たく言い放った。

 

「空!早く席についてよ!さっさとはじめるよ?もし、ゲームに参加する気がないならあんたが死になよ。」

 

「うう…そんな…お姉ちゃん…ひどいよ…これもみほさんのせいなの?こんなことがある前は優しいお姉ちゃんで私の自慢のお姉ちゃんだったのに…どうして…」

 

美幸の悲しそうな声に真央は唇を噛む。そうである。こんなことがある前は、真央という人間はこんなに冷酷な人物ではなく、むしろ心優しく明るい人物だった。

 

「私だって…こんなこと…やりたくなんてない…誰が…妹や家族の苦しむ姿や死ぬ姿が見たいだなんて…でも…生きるためには…自分だって変えなきゃ…ごめんね…みんな…」

 

真央は皆に聞こえない声で呻く。真央はわざと血も涙もない冷酷で家族を殺すこともいとわない人物を演じていた。みほの好みになるために。そして、みほのそばで生き残るための最大限の努力をした。

 

「お姉ちゃん…?なんか言った…?」

 

「な、何でもないわ。さあ、ゲームの続きをやるわよ。生き残るための殺し合いを。」

 

美幸は訝しげに真央を見ている。真央は一度、目を瞑り息を深く吐くと目を見開いた。そして、空から背を向けて座った。指を切断された手をおさえながら痛みで苦しそうに席につこうとする空を見ると涙が溢れてきそうで仕方なかったからだ。すると、みほが微笑みながら近づいてきた。そして、真央の耳元で囁く。

 

「へえ〜、そういうことだったんだ。私に気に入られるためにわざわざこんな小細工をねえ。」

 

真央は目を剥く。まさか、みほに聞かれているとは思わなかったのである。そもそも、聞こえないように呟いたつもりだった。他の誰にも気づかれていないのにみほだけは真央の呟きに気がついた。内容まで全て。真央は震え上がった。

 

「な、なんで…」

 

「うふふふ…私に聞かれていないとでも思ったの?私はいつでもどこでも貴女たちを監視しているし、いつでもどこでも貴女たちの会話や呟くことも全て聞いています。特にこの空間にいる間はね。くれぐれも気をつけてくださいね。えへへへ。これから先のこともありますから。ふふふ…」

 

みほは真央の肩にポンと手を置き、すうっと撫でた。真央はプルプルと恐怖で肩を震わせ頷いた。みほは真央を嘲笑うように見下していたが、翻ってゲームの再開を宣言した。

 

「さあ!ゲームは自らの指を引き換えに5000万アンコウを追加した空さんが追い上げるのか!それとも真央さんがそのまま独走するのか!さあ、わからなくなってきました!ステージ4スタートです!」

 

空は椅子に座っているのもやっとという状態だった。苦しそうに声をあげ息を切らしている。切断された右手からはポタポタ血が滴り落ちている。そんな状態ではとても正常な判断などできるわけがない。しかし、無情にもゲームは始まる。皆、賭ける目と金額を決め、告白の時間が訪れた。真央は今までとは打って変わって少し控えめの500万アンコウを賭けた。今回出た目は2の黒だった。全員、黒もしくは偶数だと宣言した。

 

「わかりました。ここで皆さんにお知らせがあります。今回から、このゲームにどこに何人賭けたかわかる制度を取り入れようと思います。皆さん、タブレットの右下をご覧ください。サーチと書かれているアイコンがあります。そこをタップしてみてください。」

 

皆、一斉にタップする。すると、そこには黒2名赤1名偶数1名と書かれていた。みほは説明のために持っていたタブレットを皆の方に見せるとニヤリと笑う。

 

「これは…」

 

「うふふふ…おかしいですね。赤が一人つまり、一人だけ嘘つきがいますね。一体誰でしょうね。嘘をつく人は。」

 

「そんな…酷い…私が指を失ってまで手に入れたものを…酷すぎる…あ…」

 

そうだ。赤に賭けたのは紛れもなく空だった。普通の状態だったら、こんなこと口を滑らせるわけがないにもかかわらず、指を失い正常な判断ができなくなっていた空には困難だった。みほは、正常な判断ができない人間が追い詰められるとどうなるのかといういわば心理実験を見越してこのゲームにこのような悪辣な制度を取り入れたのだ。みほは、あいかわらずニコニコと微笑んでいる。

 

「さあ、誰でしょうね。嘘つきは。誰か、追及したい人はいますか?」

 

「私…追及するわ…」

 

「はい。わかりました。それでは真央さん。追及するのは誰ですか?」

 

「空…貴女ね…嘘をついているのは貴女…」

 

「嘘でしょ…真央…」

 

「お願いだ…真央…取り消してくれ…」

 

「お姉ちゃん…どうして…」

 

「え…お姉ちゃん…どうして…どうして私を殺そうとするの…?私に何の恨みがあるの?私が何をしたというの…?」

 

「あははは。空さん!貴女が賭けた真実の目はなんですか?さあ、本当の告白をしてください!」

 

「い…嫌です…お願いです…見逃してください…お願いします…」

 

「追及に対する拒否権は認めません。もし吐かないというのであれば拷問をして無理やりにでも吐かせてあげましょうか?私はそれでも構いませんが?えへへへ。白くて綺麗な柔らかい太腿ですね。私はこれ以上貴女をだるま女みたいにはしたくないですが、吐きたくないというなら仕方ないですね。」

 

みほは、空の太腿をそっと撫で回し、いやらしい手つきで揉んだ。そして、斧を手にして構えた。みほは今にもその斧を空の脚にむかって振り下ろしそうだ。

 

「わ、わかりました…わかりましたから…これ以上私の身体を傷つけるのはやめてください!お願いします…」

 

「うふふふ…分かればいいんですよ。さあ、貴女が賭けた真実の目は?」

 

「ごめんなさい…私が嘘をついてました…私が賭けた本当の目は赤です…」

 

「真央さんの勝利!真央さんには空さんから1500万アンコウの支払い!と同じく1500万を報酬としてこちらから支払い!合計金額32億5500万アンコウ!空さんは2500万アンコウのマイナス!合計金額2500万アンコウ!」

 

「あああ…あんな耐え難い苦痛を味わって追加資金を手に入れたのに…こんなにあっさりと…お姉ちゃん…なんで…私に…なんの…怨みが…うわああああ!」

 

空は錯乱して倒れた。気絶したのである。みほはその一部始終をニコニコと笑いながら見ていた。

 

「きゃあ!空!」

 

「空!大丈夫か!?」

 

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」

 

父親の賢治、母親の雅子そして妹の美幸は空の側に駆け寄り必死に空の身体を揺らしている。真央は平静を装っているが拳を握り身体を震わせている。真央は内心ではみほを憎んでいたし、もっとも妹のことが心配でたまらなかった。そんな真央の想いも知らないで美幸は真央のことをひどく憎んだ。真央はもともと冷酷で最初から空を葬ろうと考えていたと思い込んだ。憎しみと怨みの表情で空は真央の後ろ姿を睨みつけている。

 

「殺してやる…」

 

美幸は声にならない声で呟いた。みほは憎しみと怨みを露わにしている美幸の側にしゃがみこむと肩を抱きながら耳元で囁いた。それは悪魔の囁きだった。

 

「お姉ちゃんがそんなに憎いの?殺したいほど憎いの?怨んでいるの?なら殺せばいいんだよ。だって、空ちゃんをこんな目にあわせるきっかけを作ったのは全部お姉ちゃんの真央さんなんだから。全てを奪い取ってゲームオーバーにしてしまえばいいんだよ。あ、そうそう。さっき殺してやるって言ってたけど、私を殺そうなんて思わない方が身のためだよ。私はいつでもどこでも貴女たちの行動を監視している。うふふふ…」

 

「わかってます…私がみほさんに敵うわけありませんから…」

 

みほは立ち上がり、唇を噛む美幸と倒れている空を蔑むように見下ろした。

 

「わかってるならいいけどね。もし、私に逆らったりしたらその瞬間貴女の命はない。ゆめゆめ忘れないようにね。また、中断ですか、本当に空さんは仕方ない人ですね。」

 

みほは倒れている空を見るとつまらなさそうな口調でそういう。そして、空の頭を蹴り上げた。

 

「みほさん!何するんですか!倒れているお姉ちゃんを蹴るなんて!さすがに酷すぎます…」

 

「あははは。酷い。酷いか。あははは。それじゃあ美幸ちゃんも蹴って見るといいよ。動かない人間を蹴るのは楽しいよ。ほらほら。」

 

みほは、美幸たちの必死の抗議を嘲笑うかのように空の身体を蹴り、さらに頭を地面に踏みにじった。みほの行動はどんどんエスカレートした。

 

「梓ちゃん!塩と登山用のスパイク持ってきて!」

 

「わかりました。」

 

みほは、梓に塩とスパイクを持ってくるように指示した。しばらくすると梓は塩とスパイクを持って戻ってきた。みほはビニールの手袋をすると空の右手に巻かれた包帯をほどきはじめた。

 

「みほさん…一体何を…?」

 

「うふふふ…それは見てからのお楽しみ。」

 

空の右手から全ての包帯が取り去られた。その手は痛々しい切断面が見える。まだ血が止まっていないようだ。血がどんどん流れてくる。みほは悪戯っ子のような笑みを浮かべると塩を手に取り、その塩を空の右手の指の切断面に塩を塗りたぐったのだ。

 

「あはははは。痛そう。目が覚めた時、激痛が走るよ。かわいそうに。あははは。あ、そうだ。おまけに唐辛子も塗ってあげよう。えへへへ。目が覚めた時が楽しみだなあ。」

 

さらにその右手を登山用のスパイクで踏みにじった。登山用のスパイクには棘状のものが付いている。わざわざ靴を履き替えてみほはそんな行動をとったのだ。みほの全体重がその棘状のものに伝わり、空の右手に新しい傷を作る。みほは楽しそうに空の右手踏み潰している。美幸はもうみほを許せなかった。みほには絶対に敵わないとわかっていてもだ。何としても、空の仇を取りたいと思っていた。真っ白で純粋だった美幸の心は真央とみほへの怨みと憎しみで真っ黒に染まっていった。

みほは、美幸が自分に対して怨みと憎しみを抱いていることに感づいていた。しかし、みほはわかっていた。美幸は決して自分に対して攻撃や反抗ができないことに。みほはこの状況を楽しみ、最も憎い悪魔西住みほを殺したくても殺せない哀れで可哀想な美幸の心を弄んだ。そして、憎しみと怨みを募らせる美幸を嘲笑うかのように満身創痍の空を痛めつけ続けた。みほは確信していた。美幸はこのデスゲームからおそらく最初か2番目の脱落者になり生還をすることは絶対にないと。

 

(うふふふ…美幸ちゃん。私を怨んでるね。怨みと憎しみに心を支配されてる。せいぜい長生きしてね。まあ、恐らくはすぐに脱落することになるとは思うけど、せいぜい私を楽しませるために踊ってよ。私の掌の上でね。うふふふ。あははは。)

 

みほは心の中で呟く。みほは美幸がファラリスの雄牛に入られて恐怖に歪む顔を想像して微笑んだ。

 

つづく。



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第65話 合法的支配

リクエストにあった30年後のお話です。


私を含めて皆、沈痛な面持ちをしている。当たり前だ。澤梓の話は地獄というものが本当にあったとしたらそれがこの世に具現したかのような話だ。利き手の指を全て切断される恐怖は想像を絶する。

 

「そんなことが…そんなことが起こってたなんて知らなかった…許して…」

 

角谷杏は涙を流しながら犠牲になった御霊に必死で許しを請う。

 

「私もこんなことが起こっていたなんて知りませんでした…」

 

秋山優花里もこのようなゲームが開催されていたことに気がついてなかったという。私は意外に思った。私は疑問点を秋山優花里にぶつけた。

 

「秋山さんも西住さんと同じ陣営でしかも幹部クラスだったのに知らなかったんですか?」

 

「ええ、私はあくまで諜報活動局の局長であり、その職を拝命してからは捕虜たちや収容所の収容者についてはあずかり知らなくて…まあ、そもそもはこの戦争において特に西住殿の陣営は自分の職務については口外しないことが原則になっていましたから、誰も語ることがなかったんです。私も、この戦争の体験話を語るのは初めてなんです。」

 

「私も同じです。秋山先輩から諜報活動局の話を聞いたこともなければ収容所の職務や戦争の体験について誰にも話したことなんてありません。話せるわけないですよ。特に子どもや夫になんて、実は私の手は血塗られていて何人もいや、何十人もこの手で殺したことがあるなんて言えるわけ…」

 

「そうですよね…辛い記憶を思い出させてしまい、申し訳ありません…」

 

私が暗い顔をして2人に謝ると、気にする必要はないといった顔をして私を励ましてくれた。

 

「いえいえ、貴女から取材の依頼がなければ私たちはこの話を墓場まで持って行くつもりでした。今、話せてよかったです。」

 

「そうです。私たちが体験した地獄ともいえるこの話を伝えてください。」

 

「ありがとうございます。頑張ります。」

 

私は4人に向かって頭を下げてお礼を言った。4人は静かに微笑んでいた。すると、秋山優花里が気がついたように声を上げる。

 

「うわあ!もう深夜1時回ってしまってます!すっかり話し込んでしまいましたね。明日も話す時間はありますから今日はお開きにしましょうか。」

 

「こんな遅くまで付き合わせてしまって申し訳ありません。取材を受けていただいてありがとうございました。明日もよろしくお願いします。」

 

「ホテルに部屋が取ってあるよ〜澤ちゃんと秋山ちゃんと山田さんの3人部屋で310号室私と小山が311号室。それじゃあまた明日〜」

 

「え!?私は、帰りますからお気遣いなく。」

 

「いやいや、気にしないでよ。せっかく大洗に来たから大洗でゆっくりして言って欲しいんだよね。これはこれからの取材を受ける条件だよ。」

 

そこまで言われてしまっては仕方がない。私は、お言葉に甘えてそのホテルで泊まっていくことにした。

 

「あのぉ、本当によろしんでしょうか。」

 

「会長もあのように言っていますから、いいと思いますよ。というより、泊まっていけって言われてましたよね?取材を続けたいなら泊まっていくことが得策だと思いますよ。」

 

私は恐縮しながら秋山優花里たちと部屋に向かった。つくづく私は驚いていた。どこの誰かもわからない大手の記者ではなくフリーの私にこんなに優しくしてくれる大洗の4人に心から感謝した。私はやはり信じられない。何度も思っていることだが、私は目の前の女性がかつて殺しあい、憎しみあい、澤梓に至っては非人道的なゲームの主催者側に身を置いていたなどという事実があったとは考えられない。私は西住みほという人物に一度会ってみたいと思っていた。いったいどのような人物なのだろうか。また、彼女たちは西住みほのどこに惹かれたのだろうか。その謎を探るためには西住みほが悪魔と化した原点である、黒森峰時代のことを知る必要があるだろう。そんなことを考えていると部屋の前に着いた。

 

「それじゃあ、また明日ね。おやすみ〜」

 

「おやすみなさい。」

 

「はい!おやすみなさい!明日はラッパでモーニングコールしますね!」

 

「秋山先輩!迷惑ですからやめてください。」

 

「あははは。冗談ですよ。」

 

「本当にお気遣いありがとうございます。おやすみなさい。」

 

私と秋山優花里と澤梓は部屋に入る。秋山優花里と澤梓はベッドに腰掛けた。

 

「あぁ〜疲れた。お風呂、どうしますか?大浴場、今なら誰もいないですしゆっくりとできると思いますが。この大浴場には露天風呂もあるみたいです。このホテルは海のすぐそばにあるので、雄大な海も眺めることができるなかなか定評のある露天風呂のようですよ。」

 

「露天風呂!それじゃあ、私も行きます。山田さんはどうしますか?」

 

「それじゃあ、私もご一緒します。」

 

私は秋山優花里とともに入浴セットを持って大浴場に向かった。すると、大浴場には先客がいた。角谷杏と小山柚子だった。

 

「あははは。また、会いましたね。」

 

秋山優花里が笑うと角谷杏と小山柚子も同じように笑った。

 

「あははは。みんな同じこと考えるよね。ここのお風呂は眺めいいし、気持ちいいからね。」

 

「ここの温泉の効能は肩こりによく効くって聞きますよ。」

 

小山柚子がここの効能を説明してくれた私は思わず喜んでしまった。

 

「それは嬉しいです。最近記事を書いてると肩が凝って仕方なくて…」

 

「あははは。年取るのは嫌ですよね。私も山のような学生に提出してもらう課題レポートを読んで評価をつけないといけないので身体中が凝って仕方ないですよ。」

 

「秋山先輩も大変そうですね。私も子育てやら家のことやらでストレス溜まりまくりですよ。」

 

「たまにはいいよね。温泉も。私は毎回、小山が厳しい質問ばかりしてくるからストレスが…ん?みんなどうしたの?」

 

「い、いえ会長どうかご無事で。」

 

秋山優花里と澤梓が角谷杏と小山柚子から離れていく。角谷杏は2人の行動を訝しげに見ていた。

 

「ちょ・う・ちょ・う?」

 

小山柚子は角谷杏の肩に手を置きがっしりと角谷杏の肩を掴むと角谷杏は身体をビクッと震わせて顔を強張らせ、後ろを振り向く。小山柚子の顔は笑っているが目が全く笑っていない。

 

「小山…どうしたの…?」

 

「どうしたのじゃありません!私は野党の議員なんですから町長に色々追及するのが仕事なんですからね!しっかりしてくださいよ!大体、これじゃあ私だけが全てのストレスの原点みたいじゃないですか!どういうことですか?」

 

小山柚子はガミガミと角谷杏を叱っている。角谷杏は小さくなって耐えていた。そんな元生徒会をよそに私は秋山優花里に尋ねる。

 

「あの…戦争に参加したのは皆さんだけじゃないですよね?単刀直入に聞きます。知波単の西絹代さんと黒森峰の赤星小梅さんはそのあとどうなったんですか?」

 

私の問いに秋山優花里は少しためらいつつも話し始めた。

 

「西殿は最後の最後まで西住殿に付き従いました。というよりも、傀儡状態と言った方が良いでしょうか。とにかく西住殿に心も何もかも全てを支配されていました。西住殿のどんなに理不尽な要求でも何でも聞いていました。いいえとは言わなかったと記憶しています。確か、知波単の戦車道の教員をしているはずです。」

 

「なるほど、現在教員ですか。一応、ほかの学園艦は独立を保証されていますよね?それなのになぜ西さんは西住さんのいうことをなんでも聞いたのですか?」

 

「そうですね。普通ならそうなります。しかし、西住殿は抜け穴を見つけたのです。西住殿は学園艦の本来の役割、生徒の自主独立心を養い、高度な学生自治を行うためこの部分に着目したんです。」

 

「どういうことですか?」

 

「私たちが戦車道をはじめたきっかけ、これは大洗女子学園が廃校になるという危機だったから戦車道の試合で優勝すれば廃校を撤回するといわれたのではじめたというのは知っていますよね?西住殿はここに目をつけました。つまり、こうした事態は自治が充分に認められていない。という確たる証拠であるとして文科省を中心とする関係各所に手紙と意見書を送りつけたわけです。その意見書の内容は学園艦自治協議委員会の設置を求めるものでした。その意見書は確かにその通りであるとして問題なく認められました。この協議委員会では、学園艦間の貿易や産業などの協議、それと自治に関する審査が行われる組織でした。この協議委員会で自治が充分でないと認定されると自治協議委員会から自治不十分を認定された学園艦に顧問を派遣することができると定められていました。その顧問の権限は強大で学園艦における様々な自治権利をその学園艦の生徒会長などの許可や委任がなくても協議委員会が許可をすれば代わりに行使できるという権限を有していました。ここまでは良かったのです。しかし、その後の文科省の対応がまずかった。どういうわけかその協議委員会の委員長として西住殿を任命し、委員の選定を西住殿に委任したのです。おそらくは、西住殿が文科省に脅しをかけたのでしょう。その選定の前後に西住殿と文科省の役人そして文科大臣が面会しているのを目撃したことがありますが明らかに西住殿の方が立場が上でした。役人と大臣はひれ伏している様子でした。その時に西住殿は役人たちに委員の選定権を認めるようにと脅したのだろうと思います。つまり、その選定は最初から決定されているようなもの、西住殿の息のかかった人物ばかり選ばれるということです。なので、この協議委員会でも西住殿のやりたい放題にできるというわけです。支配したいところがあれば自治不十分を認定し、自分の息がかかった人物を顧問に任命してその顧問を使って支配を進めればいいのです。その制度の犠牲になった代表が知波単というわけです。西住殿は知波単を自治不足と認定し、顧問を送り込み、その顧問に次々と知波単、戦車隊隊長の西殿が認められている権利、すなわち軍令権をはじめとする軍事権と知波単生徒会の権利を奪い取らせました。西住殿に任命された顧問は軍事権と政権を西住殿に委任するという規定を定めたのです。これで、西住殿の支配は完全に完了です。つまりは、西殿たちの上に西住殿が糸を操っている。西殿たちは単なる操り人形にすぎないというわけです。これが西さんたちが西住殿の言うことを聞かざるを得ない秘密です。」

 

「政治家や官僚までも西住さんにひれ伏すなんて…すごい影響力ですね。そして、やり方も悪辣。そう言う制度を作ってしまえば合法的に支配できるということですからね。恐ろしい…」

 

「ああ、そういえば隊長、眼鏡をかけた役人と小太りの中年男性を連れてきていましたね。私はその人たちに収容所とガス室に案内するように言われて案内した覚えがありますね。その時、隊長が何やらその男性たちの耳元で囁いたのですが、その人たちは途端に青い顔をして、許してください。なんでも言うことを聞きますからって言ってました。その様子を見て隊長は笑っていました。あの悪い笑顔は今でも鮮明に覚えています。」

 

「なるほど…そんなことが…赤星さんは30年経った今どうなったんですか。」

 

「存命しているはずです。西住殿のことを愛しているというような感じでしたから。赤星殿は卒業後西住殿と一緒に姿を消しました。今でもおそらく西住殿と行動を共にしているかちょくちょく連絡を取り合っているのではないのかなと思われます。西殿の行方はわかりますが赤星殿はどこに行ったかわかりません。」

 

「あの、大変厚かましいお願いですが、今度西さんを紹介していただけませんか?」

 

「わかりました。お話ししていただけるかはわかりませんが、西殿に連絡を取ってみます。」

 

「ありがとうございます!それと、西住流の現在ってわかりますか?熊本に本家があることは聞いているのですがそれ以上はわからなくて…」

 

「風の噂では聞いたことですが、現在、一家は行方不明で西住屋敷は不審火で焼け落ちたとのことです。まあ、噂なので真偽はわかりませんが…」

 

「なるほど…」

 

私は腕を組み西住みほという人物について考える。私はますます西住みほという人物に面会してみたいと思った。私は、西住みほという人物に謎めいた魅力を感じ始めているのがわかった。私がいつまでも風呂に入っていて動かないので秋山優花里が心配して声をかけてきた。

 

「あの、山田さん?大丈夫ですか?」

 

「ああ、申し訳ありません。大丈夫です。考えごとしてました。」

 

私たちは身体を洗い、部屋に戻った。部屋に戻るともう2時を回っていた。私たちは部屋に早く戻りすぐに眠ることにした。新たな証言も得られたし、もしかしてさらに新たな人物、西絹代に話を聞くことができるかもしれない。明日もたくさん4人から証言を聞き取りをする必要がある。西住みほという人物がどんな人物だったのか、そしてあの時何が起こっていたのかそれを解き明かすことは私の使命である。私は床に就きながらあの時起こっていたことをそして西住みほという1人の少女に翻弄された者たちがいたことを次代に伝えていくことを決意していた。

 

つづく



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第66話 生物兵器

30年後のお話とみほ陣営のお話です。


次の朝、私が目を覚ますとまだ秋山優花里と澤梓は眠っていた。時計を確認すると、もう朝の7時だ。記者の朝は早いのだ。もうすっかり眠気も吹っ飛んだ。今日はいつもよりも2時間も寝坊してしまった。私は2人を起こさないように、慎重に朝の支度を始めた。歯を磨いて顔を洗い、そして着替える。一通りの準備を終えるとようやく、秋山優花里が目を覚ました。

 

「秋山さんおはようございます。すみません。起こしてしまいましたか?」

 

「おはようございます。そんなことはありませんよ。あれ?澤殿、まだ寝ておられたのですか。澤殿、澤殿、朝ですよ。起きてください。」

 

秋山優花里はまだ眠っている澤梓の身体を揺らす。澤梓は眠たそうな声を出して寝返りを打ちながら反応した。

 

「ん…うーん…まだ眠いです。もう少し…」

 

「もう!冷泉殿みたいなこと言わないでくださいよ。さあ!起きてください!」

 

秋山優花里は意地悪そうに笑いながら澤梓の身体にかかっている掛け布団を引き剥がした。

 

「ああ!何するんですか!もうちょっと寝かせてくださいよお!」

 

「ダメです!今日もたくさん話すことがあるんですから!明日になってしまいますよ!時間は有限なんですから!」

 

「わかりました…わかりましたよ…それじゃああと5分だけ…」

 

「澤殿…いつからこんなに寝坊助なってしまったのですか…高校生の頃は真面目だったのに…」

 

秋山優花里は苦笑いしながら澤梓の身体を無理やり起こした。澤梓は観念したようだ。眠たそうに目をこすりながら呻いた。

 

「うう…まだ眠いよ…」

 

仕方ないことだ。結局昨夜眠りについたのは2時を過ぎていた。そして現時間は7時30分つまり睡眠時間は6時間以下だ。慣れていない人にとっては辛いだろう。

 

「ようやく起きましたか。澤殿おはようございます。さあ、早く顔洗って着替えてください。」

 

澤梓は眠たまなこをこすりながら準備を始めた。澤梓は若干ふらつきながら準備をしている。私は心配になってしまった。

 

「澤さん?大丈夫ですか?辛いならゆっくりでもいいですからね?」

 

「いえ、大丈夫です。寝不足なだけですから。」

 

「昨日は夜遅くまですみませんでした。今日も朝はやくから無理させてしまって申し訳ありません。」

 

「いえ、大丈夫ですよ。さあ、朝ごはんを食べに行きましょう。」

 

澤梓はすっかり準備が終わったようだ。朝食会場に向かおうと私と秋山優花里を促した。秋山優花里は苦笑いをする。

 

「澤殿の準備が完了するのを待っていたのですが…まあ、いいです。それじゃあ、行きましょうか。」

 

私たち3人が部屋の外に出ると、元生徒会の角谷杏と小山柚子が待っていた。

 

「3人とも遅いよ〜」

 

「ごめんなさい。会長。澤殿がなかなか起きなくて。」

 

「あはは。澤ちゃん。冷泉ちゃんじゃないんだから。」

 

澤梓は恥ずかしそうに顔を少し赤く染めて、頭を掻く。

 

「どうしても眠たくて…つい…」

 

「あはは。仕方ないよね。昨日寝るの2時過ぎだったもんね。私もまだ眠いもん。実を言うと私も小山に叩き起こされて…身体がフラフラするよ。」

 

角谷杏はもうすぐ朝ごはんというのに相変わらず干し芋を食べながら苦笑いして頭を掻く。私は申し訳ない気持ちになった。彼女たちに負担をかけていると思うとなおのことだ。

 

「皆さん。無理をかけてしまい、本当に申し訳ありません。」

 

「あははは。謝らないでよ。私たちは感謝こそすれ決して迷惑だとか思ってないから。」

 

「そう言ってくれると少しは気が楽になります。皆さんに辛い記憶を語ってもらうとなるとなんだか申し訳なくて…」

 

「まあ、確かに辛い記憶だけどさ。やっぱり伝えるべきことは伝えなきゃいけないから。記者さんがあの時のことを記事や本にするなら喜んであの日の記憶を語るよ。さあ、こんなところで喋ってても仕方ないからご飯行こうか。」

 

「ありがとうございます。皆さんの記憶は必ず世の中に伝えます。」

 

私は4人に一礼すると、一緒に朝食会場に向かって歩き始めた。朝食はホテルの朝食らしくビュッフェ形式の朝食だった。好きなものを好きなだけ取れる。私はお腹がぺこぺこだったので大盛り取ってきたら澤梓は目を丸くした。

 

「記者さん、ずいぶんたくさん食べるんですね。」

 

「あはは。ちょっといつもよりお腹が空いちゃって。それより、あれを見てください。秋山さん、私よりも大盛りですよ。さらにもう一皿とるみたいです。」

 

「あはは。まあ、秋山さんは今でも筋トレとかしているらしいので、エネルギーをたくさん必要とするらしく、たくさん食べるみたいですよ。」

 

「なるほど。そういうことですか。」

 

秋山優花里が戻ってきた。クスクスと笑っている私たちを見て秋山優花里は不思議そうに首をかしげた。

 

「どうしたんですか?何かありましたか?」

 

「なんでもありませんよ。」

 

「そうですか。いただきます。」

 

秋山優花里は美味しそうに朝食を頬張り、ペロリと2皿を平らげた。私たち5人は朝食を全て食べ終わって会議室に入る。

 

「えっと、それで昨日はどこまでお話ししましたっけ?」

 

澤梓が私に尋ねてきた。私は取材ノートをめくり、どこまで話してもらったか確かめる。

 

「えっと、確か昨日は澤さんのお話で、西住さんがデスゲームを開催して、それでそのゲームに参加した川谷空さんが利き手の指を全て捥がれたうえに、倒れたというところまでお話ししていただました。」

 

「ああ、あそこまでですか。それじゃあ、そのあとの話をしましょうか。あれは空さんが倒れた後のことです。ゲームはしばらく中断されました。あの後、また新しい動きがあったのです。」

 

澤梓は再び辛い記憶を語り始めた。

 

*******

 

デスゲームは空が倒れたおかげでしばらく中断されることになった。みほは、梓に空をベッドに寝かせるように指示を出した。みほは寝かされた空の頰を撫でながら優しく微笑む。

 

「えへへ。空ちゃん。ゆっくり休んでね。梓ちゃん。ちょっと、小梅さんを呼んできてくれないかな?」

 

「了解です。」

 

澤梓は収容所内の別の場所にいる小梅を呼びに行った。梓と小梅は5分ほどで戻ってきた。

 

「みほさん。お呼びですか。」

 

「小梅さんごめんね。この子たちが逃げ出さないように見張っててくれないかな?私たちちょっと出かけてくるから。」

 

「わかりました。任せてください。」

 

「それじゃあ、よろしくね。梓ちゃん行こうか。」

 

「え?私もですか?わかりました。」

 

みほと梓は収容所の真ん中を堂々と歩きながら拠点に向かった。収容者たちの恨めしそうな顔と目が痛い。梓は収容者たちに復讐など何かされたりしないかと不安になりながら歩いた。梓がちらりとみほの方を見ると、みほはそんなことはどこ吹く風といった具合にニコニコと微笑みながら小銃を手に持って歩いた。収容所の外に出るとみほは大きく伸びをしながら笑った。

 

「あ〜!面白かった!空さんの苦痛に歪む姿を見るのは至福の時だったなあ!今度は目が覚めた時が楽しみ!傷口に塩を塗ったうえにさらに唐辛子までプレゼントしてあげたから更に痛みで苦痛に歪むもっと可愛い顔を見せてくれるはず。今からゾクゾクしてきちゃった。」

 

みほは、艶めかしい笑顔を見せて頰を赤く染めてくねくねと身体をくねらせながら喘ぐ。梓はニコリとみほに微笑んだ。

 

「さてと、今から麻子さんと優花里さんを呼びに行くからね。ちょっと寄り道するけどいいよね?」

 

「はい。もちろんです。」

 

みほと梓はコントロール室がある棟の前の広場に向かった。コントロール室がある棟の前の広場には戦車隊が駐屯していた。みほはその中からⅣ号戦車を見つけると駆け寄る。皆、特に生徒会軍からの攻撃もなくすることもなく暇なので戦車の外に出ていた。

 

「あれ?みぽりんじゃん!どうしたの?」

 

「あ、沙織さん!優花里さんと麻子さんいる?」

 

「いるよ!ゆかりん!麻子!」

 

「あ、西住殿!どうされたんですか?」

 

「に、西住さん…どうした…?」

 

麻子は少したじろいだ。麻子の顔は少しだけ引きつっている。みほは麻子の様子を見て手招きをしながら微笑む。

 

 

「うん、ちょっとね。2人ともちょっと来てくれないかな?」

 

「はい。ちょっと待っててください。」

 

「わかった。すぐ行く。」

 

みほと優花里と梓と麻子は拠点に向かって歩き始めた。

 

「優花里さん。何か異常はない?」

 

「はい。特に異常はありません。なぜか生徒会軍からの攻撃もなければこちらから攻撃することもありませんから。」

 

「そっか。わかった。ありがとう。」

 

少し歩くと、拠点についた。久しぶりの拠点だ。重たい錆びついた扉を開き、長い廊下を歩いて会議室にたどり着く。会議室には4つの椅子と長い机が置いてあった。

 

「さあ、みんな座って。」

 

「それで。一体何の用だ?」

 

「うん。ちょっと待っててね。」

 

そういうとみほは、自分の執務室に戻り、3本の試験管を持って来た。

 

「その試験管はなんだ?」

 

麻子は訝しいげな顔をしてその試験管を見ている。試験管の中には透明な水が入っていた。

 

「えへへへ。何だと思う?」

 

「もったいぶらずに言ってくれ。」

 

「もう。仕方ないな。わかったよ。左からコレラ菌、赤痢菌、サルモネラ菌だよ。それぞれ患者の排泄物や嘔吐物から採取してきた。麻子さんにはこの3つの細菌を培養して欲しいんだ。」

 

みほはニコニコ微笑んでいる。麻子はゴクリと苦い生唾を飲み込みながらみほに尋ねた。

 

「一体、何のために…?」

 

みほは何のためらいもなくさらりと答える。

 

「生物兵器だよ。麻子さんに新しく生物兵器を開発して欲しいんだ。」

 

「そんな…生物兵器なんて私には無理だ…やりたくない…」

 

「へえ〜私に逆らう気なのかな?おばあちゃんがどうなってもいいの?そういえば、おばあちゃん病院に入院してるんだよね?しのごの言ってると、もしかしたら麻子さんのおばあちゃんの病院食の中にこの中の細菌をうっかり手が滑って入れちゃうかもしれないなあ。」

 

みほは試験管を持ち蓋を開けて傾けるそぶりを見せながら意地悪そうに笑う。

 

「おばあ…おばあには手を出さないでくれ…お願いだ…」

 

麻子は拳を握りながら苦しそうな悔しそうな表情をするとみほは麻子の小さな身体を抱き寄せながら麻子の耳元で囁いた。

 

「私に逆らうということはそういうことだよ。死にたくないなら素直に言うこと聞いた方がいいと思うけどなあ。麻子さん頭いいからよくわかってるよね?私は頭がいい子は大好きだけど、頭が悪い子は嫌いだよ?どういう意味かわかるよね?」

 

麻子の身体はプルプル震えていた。それは梓や優花里から見てもよくわかった。みほは怖くて震えている麻子を全身に感じ、黒い笑顔でますます強く麻子を抱きしめた。やがて観念したのだろうか。麻子は消え入りそうな小さな声で呻いた。

 

「くっ…わかった…やる…」

 

「うふふふ。ありがとう。麻子さんの怖がる顔、本当に可愛いね。食べちゃいたいよ。」

 

みほは、右手で麻子の頰を撫でながら耳元で囁いた。麻子は身体を強張らせる。麻子の様子を見たみほは黒い悪戯心を擽られた。みほは麻子を虐めたくなった。みほは麻子の身体を抱きしめたまま弄んだのだ。みほは麻子の頭からお尻までをそっと撫でる。麻子は思わず変な声を出してしまった。

 

「ひやっ!西住さん…いったい何を…」

 

みほは麻子のお尻をいやらしい手つきで揉んだ。みほは麻子の柔らかいお尻の感触を確認すると満足そう微笑みながら呟いた。

 

「うふふふ。麻子さんのお尻柔らかい。可愛いなあ。」

 

「やめてくれ…そんなところ触らないで…いやあ…」

 

みほはその後も執拗に麻子のお尻を触り続けた。麻子の制服のスカートを捲り上げ、ショーツの上から触り、さらにそれでは足りないと言わんばかりにショーツを脱がされて触られた。麻子は真っ赤に顔を上気させた。普通なら人に見せないところを晒していると思うと恥ずかしくてたまらない。

 

「うふふふ。麻子さん。今日はこれくらいで許してあげるけど、今度もし私に逆らうそぶりを少しでも見せたらもっと酷い目にあわせるからね?」

 

「わかった…逆らわない…逆らわないから…」

 

「うふふふ。よかった…分かればいいんだよ。それじゃあ、菌の培養よろしくね。」

 

みほが麻子を解放すると麻子はへなへなと座り込んでしまった。

 

「冷泉殿!」

 

「優花里さん!」

 

優花里が、麻子のそばに駆け寄ろうとする。しかし、みほはそれを首を横に振りながら制した。優花里はハッとした顔をして下を向き席についた。

 

「わかりました…」

 

みほは満足そうに頷き、麻子を研究室に連れていった。3つの菌の培養を始めるためだ。しばらくするとみほが戻ってきた。その顔はご機嫌といった様子で本当に嬉しそうに笑っている。

 

「えへへへ。生物兵器。楽しみだなあ。」

 

「あの…西住殿、この生物兵器はどのように使うつもりですか?」

 

「えっとねえ、アンツィオに手伝ってもらおうかなって思っててね。アンツィオは最近新しい戦車を買ったらしいの。それでね、かなりお金がないらしいんだ。だから、お金儲けさせてあげようかなって思ってね。」

 

「それって…どういうことですか…?」

 

「生徒会軍の人たちにアンツィオの料理を食べさせるの。それでねその料理にさっきの細菌で汚染させるの。アンツィオとしては料理の代金でお金儲けができる。私たちとしては、生徒会軍の子たちを食中毒にして戦力を削ぐことができる。ウィンウィンの関係だよね。うふふふ。」

 

「しかし、西住殿。そのためにはアンツィオの協力が不可欠なのでは?こんなことやってくれるでしょうか…」

 

「うふふふ。そこで優花里さんの出番だよ。優花里さんは夜中にこっそり知波単の輸送機でアンツィオの学園艦に上陸して。そして、アンツィオのアンチョビさんを誘拐してきて。そのあとは私が脅して無理やりにでもやらせるから。」

 

「また、誘拐ですか…?」

 

「うん。そうだよ。川島さんと一緒に行ってきてね。やれないとは言わせないよ?もし断ったらどうなるかわかってるよね?」

 

「うう…わかってます。」

 

「うん。よかった。それじゃあお願いね。よろしく。」

 

「わかりました…でも、どうやって生徒会の陣営にアンツィオの人たちを送り込むのですか。生徒会の人たちはアンツィオを受け入れるでしょうか。警戒されそうな気が…」

 

「生徒会は今喉から手が出るほど支援が欲しいはずだから、おそらくアンツィオの申し出は受け入れる。心配いらないと思うよ。まあ、最悪何か言われたとしても風の噂で私との戦争で大変らしいと聞いた。お金は取るけど食事を振る舞うっていう適当な理由でなんとかなるはず。しのごの言わずによろしくね。あまりしつこい子は私嫌いだからね。私は優花里さんを殺したくないから。素直にいうこと聞いて。」

 

「わかりました…」

 

みほは満足そうに微笑みながら頷くと、執務室に戻った。そして、みほは執務室の引き出しの中の金庫の中から新たな機密書類[最終計画書]という書類を手にニヤリと怪しく笑った。この計画書は[全学園艦傀儡化計画及び全学園艦軍事制圧計画]が作成されたあと、みほが最終的に何を目指すかを計画し作成されたものだった。そこには恐ろしいことが記述されていた。その最終計画書の第一段階が傀儡化または軍事制圧した後の学園艦の自治権の拡充、そして第ニ段階が軍事力とみほが握っている現政権の一大スキャンダルで日本政府に圧力をかけ、脅迫し文科省から学園艦運営を完全に切り離し完全自治の確立、そして、第三段階つまり最終目標が日本国からの完全切り離し、つまりは一つの国家としての独立だった。今回の生物兵器開発はその強大な軍事力の前提となるものだった。みほはすでに「NBC兵器」のうちCの化学兵器は保持している。みほは今回の生徒会に対する生物兵器による攻撃が成功したらBも保持することになる。みほは、Nを持つことができない代わりにBとCの強化に踏み切ろうとしていた。そのため、もっと強力でもっと致死率の高い新たな生物兵器を作り出すことを目標にしていた。強力な軍事力のためにさらなる軍事力増大を求めたのである。そう思っていた矢先みほにとって朗報が入った。この戦争をチャンスと見たのか超大国の軍事会社がみほの支援を申し出てきている。しかも、「試作品」の無期限無償貸し出しだ。恐らく、みほの機嫌をとっておいてみほがこのまま戦争を続けるのならば、兵器を継続的に買わせて格好の金づるにしようと考えたのだろう。人間とはあさましいものだ。こんな残虐行為をしても金が生まれそうなところによってくる。まさに金の亡者だ。武器商人というのは裏社会の事情にも明るいと聞く。きっとこの戦争についても裏社会から聞いたのであろう。みほは思わぬ朗報に笑みを浮かべた。そして、使うだけ使って安い値段で武器を買い叩いてやろうと考えていた。搾り取るだけ搾り取り、使えなくなったら捨てる。これがみほのやり方である。さらにこれで新たな脅し材料ができた。超大国の企業がみほを支援していたと知られては国際的に非難を浴びることになり超大国の立場はないだろう。これで超大国は簡単にはみほに手を出せなくなった。日本政府もみほに政権をひっくり返すことができるほどのスキャンダルを握られている。もはやみほに手出しできる者はこの世の中に存在しなくなっていた

 

つづく



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第67話 秋山優花里の抵抗

みほ陣営のお話です。


みほは執務室の引き出しからアンチョビの拉致に関する命令書を取り出すと実行を命令するサインをした。そして諜報活動局長の優花里を呼び出し命令書を手渡した。

 

「それじゃあ。この通りアンチョビさん。本名安斎千代美さんの拉致よろしくね。今回は優花里さんが再教育している元生徒会軍の子たちも連れて行ってあげて。使えるかどうか見定めたいから。」

 

みほは微笑みながら書類を差し出した。優花里は差し出されたその書類を受け取らずに下を向きながら黙っていた。優花里は今回の作戦は心の底からやりたくないと思っていた。この度の戦争で命を取り合った元敵ではあったものの、誰が自分が可愛がり、愛情を持って接していた者たちを犯罪者に染め、手を汚させたいと思うだろうか。優花里は元生徒会軍の者たちを本当に優しく再教育しており、鬼だ、悪魔だと言われ、血も涙もない非情で冷酷な軍隊と評されたみほ率いる反乱軍の中でも優花里だけは天使だと言われていた。特に四悪と言われた反乱軍の幹部クラスの西住みほ、澤梓、川島恵子、赤星小梅とは違い、優花里は異質であり数少ない心のある人物だと評されていた。優花里は元生徒会軍の者たちには罪の意識に苛まれることもなく幸せに暮らしてほしいと心から願っていた。優花里は心の中で呟いた。

 

(手を汚すのは自分だけで充分です。私はもう汚れに汚れきっているのですから。だけど、私が教育を担当している生徒会軍の子たちにはこれから先も幸せに暮らしてほしいです。何としても守りきらなくては。)

 

優花里はいかにしてみほの魔の手から元生徒会軍の者たちを守ろうかと思案していた。

 

「優花里さん?どうしたの?」

 

みほは訝しげにこちらの様子を伺っている。優花里は腹をくくった。思い切って自分の思いを素直にみほに伝えてみることにした。

 

「西住殿…私は今回の命令には承服しかねます…」

 

みほは一瞬全ての表情が抜け落ちた。そして、すぐにニコニコ満面の笑みを浮かべる。そして、優花里に質問を返した。

 

「優花里さん?今なんて言った?」

 

「で、ですから。今回の命令には承服しかねると…特に、元生徒会軍の子たちを行かせるのはやめておいたほうがいいかと愚考いたします。まだ元生徒会軍の子たちは諜報員としての練度が低く、とても諜報員としての資質はありません。ですから、今回は私一人で行かせてください。」

 

嘘だった。生徒会軍の者たちは練度はとても高い。もうどこに出しても恥ずかしくはない諜報員になっていた。

 

「そっか。わかった。わかったよ…」

 

優花里はホッとした。優花里は生徒会軍の者たちを守りきれたと確信していた。しかし、それも束の間だった。

 

「ありがとう…」

 

優花里はみほにそこまでお礼を言いかけた。その時だった。みほはクスリと笑いながら大きく手を振り上げて優花里の頰を打った。パーンという優花里の頰を叩く音が部屋中に響き渡った。

 

「ふふ…優花里さん?どう?痛かった?それで?言いたいことはそれだけかな?さっき言ったこと、全部嘘だよね?」

 

「え…?」

 

優花里は頰を叩かれたことに驚きよろめきながら座り込み、呆然としながら頰を抑える。みほの目は人間を見る目ではなく、まるでゴミを見るかのような冷たい目をしていた。

 

「お…お言葉ですが…嘘ではありません…私が言っていることは本当です…」

 

みほは蔑みながらもう一発優花里の頰を打つと机の引き出しから書類の束を取り出して優花里の目の前に投げ渡した。

 

「まだいうの?これを見ても同じことが言えるかな?」

 

優花里はその書類の束を手に取り目を剥く。それは、優花里が預かっている諜報員部隊の練度についてのレポートだった。

 

「これは…?」

 

「あははは。これは川島さんが提出したレポートなんだけど、このレポートによると優花里さんが預かっている諜報員部隊は全員練度も高くて任務にも十分耐えうると記述されているんだけど、優花里さんはそれでもまだ彼女たちに資質がないというんだね。私もこっそり見たけどどう見ても任務に投入できると思うよ。それでも優花里さんはまだまだっていうんだね。優花里さんは私の目がおかしいっていうのかな?それとも、ただ単に彼女たちを任務に出したくないだけなのかな?」

 

「それは…」

 

優花里は口ごもった。正直に言うべきか嘘をつき通すべきか迷っていた。優花里は苦い生唾を飲み込む。そして、覚悟を決めたかのように目を見開く。

 

「はい。嘘です。本当はどこへ出しても大丈夫なほど練度は高いです。しかし、私は彼女たちを使いたくないのです。彼女たちは私が愛を持って教育したいわば教え子です。お願いです…今回は私だけでいかせてください…」

 

優花里は涙を流しみほの脚にすがりつきながら嘆願した。しかし、みほは相変わらずゴミを見るような冷たい目を優花里に向けてため息をつくと優花里を蹴り飛ばした。

 

「優花里さん。邪魔です。離れてください。」

 

「うぐ…」

 

優花里は蹴り飛ばされ転がる。みほはさらにもう一回優花里のみぞおちの部分を思いっきり蹴り飛ばし、踏みつけた。

 

「ぐはあ!うぅ…」

 

みほは苦しそうに腹を抑えながうなだれる優花里を嘲笑う。

 

「あははは。優花里さんが彼女たちをたいそう可愛がってるって聞いてたから、もしかしたらその子たちに任務をさせたがらずに小賢しい小細工をするかもしれないって思ったら予想通りだったね。愛か。優花里さんにとってはそうかもしれないね。でも、私にとったら単なる道具にすぎない。道具は使わなくちゃ。ねえ?優花里さん?」

 

優花里は自身の身体中からダラダラと嫌な汗が噴き出してくるのがわかった。優花里はまさに蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっていた。みほは今にも優花里に襲いかかってきそうだ。優花里は口を力なく開閉させる。

 

「西住殿…西住殿…」

 

優花里はみほの名をうわごとのように紡ぐのが精一杯だった。

 

「それで、優花里さんの処遇はどうしようか!?嘘の報告は重罪!この場で処刑してあげることもできるんだけどねえ!?」

 

みほは悪魔のように高らかに笑いながらスラリとサーベルを抜く。

 

「西住殿…どうかお許しを…」

 

「うふふふ。さあ、覚悟はできた?優花里さんは有能だと思ってたのに残念だなあ。でも、無能なら仕方ない。無能な人間は死ななくちゃいけない。まさか優花里さんをこの手で処分しなくちゃいけないことになるなんてね。思っても見なかったよ。このサーベルまだ人を斬ったことがないみたいなんだ。優花里さんが初めてだねえ。切れ味を確かめるいい実験台ができたよ。あ、そうそう。優花里さんが預かっていた子たちは全員私が直轄部隊として育てるから安心して。とことんこき使ってあげるから。さあ、最期に神仏に祈って。次は私と巡り合わなければいいねえ。うふふふ。」

 

みほはサーベルを構えると優花里に向かって振り下ろそうとする。優花里は逃げようと手足を動かそうとするが恐怖ですくみ動かない。みほはどんどん迫ってくる。終わりだ。斬られると思いぎゅっと目を瞑る。その時である。突然の声が叫んだ。

 

「隊長!おやめください!秋山先輩はこれから先の戦争に必要不可欠な人物です!どうか、ご再考を!」

 

梓だった。梓はみほの手に握られたサーベルを無理やり奪い取る。

 

「梓ちゃん…?何をするの…?返してよ…」

 

みほはゆらゆらと身体を揺らしながら梓に迫る。みほは再び裏切られた怒りに支配されているといった様子だった。優花里と梓はみほを裏切るつもりはなかったが、みほには裏切ったように見えたらしい。

 

「隊長!正気に戻ってください!隊長は怒りに支配されている!いいですか?秋山先輩ほど有能な人物はいません!」

 

「黙れ!さあ、サーベルを返しなさい!」

 

「ダメです!返しません!」

 

みほはギリッと歯を鳴らす。その表情は怒りに満ちていた。

 

「そうか。おまえまで上官に逆らうと?わかった。そこまでいうなら澤梓!秋山優花里!おまえたち二人ともまとめて死んでもらう…」

 

みほは梓と優花里を睨みつけながら懐から拳銃を取り出し、梓と優花里に向けた。

 

「わかりました…隊長のそばにもういらなくなるのは心残りですが…思う存分撃ってください…」

 

優花里は梓がみほを挑発するようなことを言ったので驚いた。そして、これで何もかもおしまいだと感じた。しかし、梓は動じることなくみほの前に立ちふさがっている。みほはずっと拳銃を構えている。その時だった。みほは頰を緩める。

 

「ぷふっ!ふふふふ。あははは。ああおもしろい!あははは。」

 

「西住殿…?」

 

優花里はポカンと口を開けて不思議そうな顔をしている。みほは優花里の様子をおもしろそうに眺め、首を傾げる。

 

「ん?どうしたの優花里さん?」

 

「どうしたのはこちらのセリフです。突然笑い出してどうされたのですか…?私は殺されるんじゃ…」

 

優花里の困惑のしようにみほは腹を抱えて笑い転げる。

 

「あははは。確かに優花里さんは罪を犯した。でも、優花里さんにはまだ利用価値はある。殺すつもりは最初からなかったんだよ。ちょっと痛めつけて終わりにしようかと思ってた。でも優花里さんがあまりにも怖がるからちょっとからかっちゃおうって思ってね。」

 

「うぅ…西住殿酷いです…」

 

「でも、嘘の報告をしたのは確か…それなりの処分は覚悟しておいてね…」

 

「はい…」

 

みほはニヤリと笑い頷くと優花里の肩に手をおく。

 

「それじゃあ、優花里さん。よろしくね。」

 

みほは改めて命令書を差し出す。しかし、優花里はためらっていた。これを受け取ったら自分が愛を持って育てた元生徒会の手を汚させなくてはいけない。そんな優花里の様子を見てみほは拳銃を優花里の胸に突きつけながら優花里の耳元で囁いた。

 

「優花里さん。今度はいくら利用価値のある優花里さんでも許さないよ。腐ったみかんは取り除かなくてはならない。優花里さんのせいで私に反逆する人間が増えたら困るからね。早いうちに処分しないといけなくなっちゃう。私にこれの引き金を引かせないで。お願い。さあ、優花里さん。」

 

「うぅ…」

 

優花里は声にならない声で呻いた。みほは拳銃を優花里に突きつけながら軍隊を指揮する司令官のような低い声で凄むように優花里に命じた。

 

「秋山優花里…命令書を取りたまえ。」

 

優花里は守りきれなかった悔しさに涙を流しながら受け取った。

 

(みんな…ごめんなさい…私はみんなを守りきれませんでした…私を許してください…)

 

優花里は心で呟く。優花里が悔し涙を流しながらみほを見る。みほの顔は軍帽で暗くなっていた。よく見えなかったが一瞬だけその目が見えた。優花里はその目の奥の狂気と対面した。みほは優花里を蔑み、嘲笑っていた。そしてみほは優花里にだけ聞こえる声で呟く。

 

「ふふ…私に逆らうなんて100年早い…私に逆らったこと後悔させてあげるよ…思い知らせてあげる…私に逆らうとどうなるか…ふふふ…あははは…」

 

みほは優花里にとってとてつもない苦痛を用意しようと考えていた。みほが優花里にどんな苦痛を与えたのか。それがわかるのはまだしばらく後のことだ。さて、優花里はこの任務を生徒会軍の者たちに伝えなくてはならない。優花里は命令書を手にしてそれを握りつぶしてぶるぶる震えていた。

 

つづく



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第68話 人的資源

優花里はみほの執務室を出て俯きながらトボトボと歩いていった。優花里は頭の中でみほの言葉を何度も反芻していた。

 

「私にとったら単なる道具にすぎない。道具は使わなくちゃ。ねえ?優花里さん?」

 

優花里の頭の中でみほが無邪気に笑いながらこちらを見て何度も言葉を紡ぎ再生される。優花里は足元を見ながらぎゅっと拳を握る。

 

(あの子たちは…あの子たちは道具じゃない…私と同じ血の通った人間…私の大切な…とても大切な…友達であり教え子…でも、西住殿は…)

 

そうだ。みほは彼女たちを道具としか見ていない。それは使えるだけ使って利用価値がなくなったらあっさり処分するという宣言に他ならない。みほは人間を単なる資源としか考えていないのだ。みほの頭にあるのは冷酷な数字としての概念である。そこに血の通った人間がいるという意識はない。みほは人間をあくまでも数字として、物として捉えている。だから、有効活用できる人間は徹底的に自分の手足として使うが使えなくなった瞬間にあっさり捨てるのだ。みほに「無能だ。使えない。」.と判断された者の末路はエネルギー革命の後の石炭のように最前線に送られて死ぬかみほに処分という名の処刑によって殺されていくのだ。みほにとっては自分以外の人間などその程度の価値だった。優花里はもう耐えられなかった。逃げ出したいと思った。なぜ自分がこんなことをやっているのかわからなくなっていた。しかし、優花里にはそれができない。なぜならみほが怖いからだ。怖くて怖くて仕方がない。あの悪魔の目でみほに見られたら優花里の身体は硬直して動かなくなってしまう。優花里は恐怖で支配され、みほに従うしかなく抵抗することも何もできない自分を恥じた。優花里は肩を落としうなだれながら歩き、みほの執務室がある建物の近くにある、諜報活動局の事務室がある建物の前に来た。優花里は大きなため息をつきながらその建物に入った。

 

「あ!優花里さん!お疲れ様です!話ってなんでしたか!?」

 

「ああ…大川殿ですか…」

 

優花里に大川殿と呼ばれたその女子生徒、大川奈那は1回目の食料施設での戦いでみほの降伏勧告に応じ、みほに寝返りみほの勝利に貢献した人物だ。その功績で優花里が局長を務める諜報活動局のナンバー2である事務長を仰せつかっている。

 

「優花里さん?どうしたんですか?」

 

暗い顔の優花里を見て、奈那は訝しげに優花里の顔色を伺っている。優花里は深刻そうな顔をする。

 

「大川殿…後で局長室に来ていただけませんか?」

 

「え、ええ…構いませんが…」

 

いつも明るい優花里とは違い、珍しく沈んで静かな優花里を見て、奈那は戸惑っていた。そもそも、優花里は滅多なことがない限り人を自らの局長室に呼ぶことはない。今回の呼び出しは異例中の異例だ。奈那は息を飲む。

 

「ちょっと心の準備をしておいてくださいね。」

 

奈那は汗をダラダラ流していた。優花里はまた、トボトボとその建物の2階にある自らの局長室に戻った。優花里は局長室の大きすぎる椅子に腰掛けると大きなため息をついた。そして頭を抱える。どう伝えるべきか迷っていた。10分ほどだった時、トントントンと3回ノックする音が聞こえて来た。優花里は苦い生唾を飲み込み口を開く。

 

「どうぞ。」

 

「失礼します。」

 

奈那は部屋に入ると一礼して優花里の目の前に来た。奈那は不安で仕方がないといった表情だった。当たり前である。突然上の人間に呼ばれたら誰でも緊張することだろう。特にこんな深刻そうな顔をしながら呼び出したら相手に余計な不安を与えてしまう。優花里は自分が余計な不安を煽る要因になったことを激しく後悔した。優花里はしばらく何も言わずに黙っていたが奈那はしびれを切らしたようだ。優花里に問い詰める。

 

「優花里さん。突然の呼び出し、一体なんですか?」

 

「それは…その…」

 

優花里は口ごもる。どう言えばいいのかわからなかったのだ。そんな優花里を見て奈那は優しく微笑む。

 

「優花里さん。はっきり言ってください。どうしたんですか?らしくないですよ。いつも明るいのに今日はなんだか沈んでて…」

 

「わかりました…では、言いますよ…?実はですねこれを西住殿から渡されて…」

 

奈那は優花里から差し出された命令書を手に取り読みはじめた。全て読み終わると真正面の優花里の方を向き見つめながら呟く。

 

「ついに来たか…」

 

「え…?」

 

「まあ、こんな仕事を仰せつかってるくらいですからね。覚悟はできていましたよ。」

 

「申し訳ありません…私は皆さんのことを守りきれませんでした…西住殿の魔の手から守りたかったのですが…皆さんの手を汚させたくはなかった…皆さんの手を綺麗で純粋なまま守りたかった…でも私は…結局皆さんのことを…教官失格ですね…」

 

優花里は泣きながら謝罪した。すると、奈那は優しい口調で優花里を励ました。

 

「優花里さん。優花里さんは私たち自慢の教官です。そんなに自分を責めないでください。こういう事態になることは想定できていたことです。私たちはいつも覚悟していました。そして、優花里さんからの命令ならなんでも聞くと誓っていました。それに私たちの手は決して綺麗じゃありません。純粋でもありません…私たちは一度仲間を裏切って今ここにいるのです。私たちは罪を犯した。それに一度戦争に身を置き、貴女たちを殺そうとした。もうその時から私たちの手は汚れているのです。優花里さん。お願いです。私だけでも絶対に連れて行ってください。」

 

「でも…犯罪ですよ?誘拐なんて…アンツィオの生徒に露呈したら生きて帰れないかもしれないんですよ?」

 

「ならなおのこと私たちが必要じゃないですか。優花里さんは私たちを盾にしてでも逃げてください。」

 

優花里はかける言葉が見つからなかった。優花里は静かに頷く。

 

「わかりました…では、よろしくお願いします。それと、今回の任務は大勢は連れて行けません。ですから、志願制にする上にさらにその中から選抜します。それでいいですか?」

 

「はい。わかりました。」

 

「それでは、大川殿。みんなを下の広場に集めてください。」

 

「了解です。」

 

奈那は局長室から出ていった。そして優花里は再びため息をつく。戦争の悲劇とはまさにこのことだろう。彼女たちはこれからあまりにも重い十字架を背負って生きなければならない。この戦争さえなければ彼女たちは今でも幸せに暮らせたのだ。こんな紙切れ一つで人の人生は簡単に狂わせることができる。優花里は命令書を見つめながら怯えた。そしてゴクリと苦い唾を飲むと、局長室から出て広場に向かった。

優花里が広場に向かうと、すでに集合が完了し整列が終わっていた。優花里は皆の前に立つと訓示を始めた。

 

「皆さん。集まってくれてありがとうございます。皆さんに報告です。皆さんの初任務が西住殿の命令で下知されました。今回の任務は詳しくは言えませんが皆さんの手を汚すことになります。私はなるべく皆さんには罪悪感にとらわれることなく幸せに生きてほしいと心から願っています。だから、今回は志願制にします。無理やりやる必要はありません。皆さんには断る権利があります。周りの目など気にする必要もなければ気を使う必要もありません。皆さんは皆さんの意思で決めてください。5分間考える時間をあたえます。」

 

そういうと優花里は近くにあった椅子に座って目を瞑った。優花里が見ているともしかして威圧されてしまって本当は嫌なのに嫌々志願することになるかもしれない。そして、5分後優花里は目を開けてもう一度、演台に立つと静かに語りかけた。

 

「それでは、いきますよ…志願する者は…一歩前へ!」

 

するとどうだろう。優花里が声をかけると、全員が一糸乱れず一斉に前に出た。優花里は目を剥いた。

 

「皆さん…本当にいいんですか…?」

 

「はい!構いません!行かせてください!」

 

「私も行きたいです!」

 

「み、皆さん!落ち着いてください!本当にいいんですか?皆さんの手を汚すことになってしまいますよ?」

 

「優花里さんの命令ならそれでも構いません。」

 

優花里は唖然としていた。まさかそこまで皆が自分を慕ってくれているとは思っても見なかったのだ。優花里は今日何度目かの涙を流す。優花里の目は泣きすぎて真っ赤になっていた。

 

「わかりました…しかし、全員は多すぎるのでこの中から選抜したいと思います。今までの講義内のテストと今回行うテストを加味して総合的に上位5名を選抜します。」

 

優花里は少しでもミスがあったら容赦なく減点するなど厳しく採点し、事務長の大川奈那を除いて上位5名を選抜した。選ばれた者は誇らしげに、選ばれなかった者は選ばれた者を憧憬の眼差しで見ていた。優花里は皆の健闘をたたえた。そしてニッコリ笑った。

 

 

「今回はこの7名で任務にあたります。しかし、皆さん。本当にすごいです。成長しましたね。今回はかなり厳しく採点しましたが悪い点数の人はいません。皆さん全員が80点以上得点してます。それでは、私は西住殿に報告してきます。それでは皆さん。解散してください。」

 

優花里は再びみほの執務室に向かった。そして、優花里はみほに選抜したリストを差し出した。

 

「西住殿、今回は私含めリストにある7名でアンツィオに向かいます。」

 

「わかった。期待してるね。それじゃあ、早速今日から行ってきて。川島さんには知波単の輸送機を手配してもらうようにするから。」

 

みほは満足そうに頷くとパッと満開の花のような笑顔をこちらに向けた。

 

「え!?今日ですか!?」

 

優花里はあまりに早い出発に目を丸くした。するとみほの顔が曇る。みほはサーベルを手にしていまにも抜きそうな構えをした。

 

「何か不満でも…?」

 

「い、いえ不満などありません!」

 

対応を間違ったら今度こそみほに切られる。優花里は冷や汗をかき必死に否定した。

 

「よかった。また逆らうのかと思っちゃった。えへへへ。」

 

「そ、そんなことしませんよ…それでは、早速準備を始めます。」

 

「うん。よろしく。」

 

優花里は再び諜報活動局に戻り、選抜した5人と事務長の奈那に今日出発なので準備するように指示した。優花里は緊張で胸がドキドキしていた。もし、何かの事故で彼女たちを死なせたらと思うと胸が張り裂けそうだ。優花里は彼女たちを愛していた。それは、母性に基づかれたものである。そして、出発の時間が刻一刻と迫る。出発1時間前の夜7時、飛行機の飛行音が聞こえてきた。優花里たちが搭乗する知波単の輸送機が到着したのだ。そしてあっという間に離陸の時間になった。優花里たちが飛行機に乗り込むとみほが見送りに来た。みほはにこやかな笑顔を浮かべながら無邪気に手を振っている。優花里は悲しそうな目をしてみほの方を見ながら心の中でみほに問いかけた。

 

(西住殿…もうやめませんか…?こんなことして何になるのですか…?罪に罪を重ねて一体西住殿はどこに行こうというのですか…私をどこに連れて行ってしまうのですか…?西住殿…西住殿の心の中にはもう一筋の光さえないのですか…?恐怖で支配して逆らう者は皆殺しにして…それでは何も生まれない…失うものだらけです…私が憧れた西住殿はどこへ行ってしまったのですか…もう一度私に見せてください…憎しみで支配された西住殿はもう見たくない…その宇宙よりもブラックホールよりも暗い西住殿の闇を眩しくも優しい光で包んであげたい…西住殿…)

 

しかし、優花里の心からの願いは決してみほには届かない。みほは優花里に反逆という罪の重さを思い知らせるために優花里をさらに深い絶望の淵へと落とそうとしていた。みほに支配されるということがどういうことか優花里はその身で味わうことになる。

 

つづく



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第69話 アンツィオ上陸

みほ陣営のお話。
本日はそこまで話は進みません。
いくら知波単とはいえ知波単航空隊では英語が必須のようです。それではどうぞご覧ください。


知波単の輸送機は知波単航空管制に離陸と飛行ルートの承認の許可を取ろうとしている。離陸までもう少しあるようだ。優花里は自らの搭乗する輸送機を見回した。輸送機など滅多に乗る機会はない。貴重な体験だ。優花里の心は軍用機に乗れて嬉しいような今から犯罪行為をしに行かなくてはならなくて気が重いような、複雑な気持ちだった。そんな優花里の表情を察したのだろうか。今日、操縦を担当する知波単航空隊の操縦士が優花里のところにやってきた。座りながらあちこち見回している優花里の側にしゃがんで微笑み、話しかけた。

 

「本日、この零式輸送機の機長を担当する知波単第十輸送航空隊隊長遠藤幸子です。」

 

遠藤幸子は握手をするために手を差し出した。優花里はその手を取り、挨拶を返した。

 

「遠藤殿ですか。大洗女子学園諜報活動局局長の秋山優花里です。よろしくお願いします。」

 

「こちらこそよろしくお願いします。まだ、管制との交信がまだですし、出発までにはしばらく時間があります。せっかくですからコックピットを見ていきませんか?」

 

優花里は目を輝かせた。まさかコックピットに案内されるとは思わなかったのである。

 

「いいんですか!?お願いします!」

 

戦闘機などの飛行機は優花里にとっては専門外のことではある。しかし、ミリタリーオタクとして滅多に乗れない軍用機のコックピットを見ることができるなんて夢のような話である。優花里はせめてこの貴重な体験で誘拐という犯罪行為をするという罪悪感を紛らわせようとしていた。幸子はニッコリと微笑みながら優花里たちをコックピットに案内した。コックピットには4人の乗務員がいた。

 

「ようこそ。ここがコックピットです。私を含めて5名の乗務員が操縦と交信を担当しています。」

 

「うわあ!飛行機のコックピットなんて初めて見ました。あれ?機器の中で新しそうなものがありますね?計器類が特に…」

 

「さすが優花里さんですね。はい。実は計器は全て最新のものに変えてあります。実は今から5年前までは当時のものをそのまま使用し、有視界飛行方式というパイロット自身の目視による飛行方法を用いていたのですが、5年前に輸送機と偵察機が異常接近するという重大事故が起きてしまって…幸いにも死者、負傷者ともにいなかったのですが、有視界飛行方式はやはり高度な技術が必要になり危険も高いということで輸送機は計器飛行方式に変更になったのです。それに伴って計器も全て一新されました。輸送機だけっていうと輸送機のパイロットだけレベルが低いみたいでなんだか悔しい気もします。まあ、輸送機は拠点から拠点に荷物や人を運ぶだけですからね。でも、楽なのはいいことです。他の飛行機は作戦によって目的地や飛行ルートが全く違いますからどうしても有視界飛行方式じゃないといけないみたいです。」

 

「ちょっと寂しい気もしますね。安全には変えられませんから仕方ないことですが…」

 

優花里は少し寂しそうな表情になる。確かに、大空を飛び回っていた当時のまま保存しておきたいが現在も運用されているのなら仕方ない。安全が第一である。すると今度は幸子が苦笑いをした。

 

「5年前まで英語はそこまで必要なかったのですが、やはり計器飛行方式だと管制官とのやりとりに英語が必須になるのでそこらへんは5年前までのやり方が羨ましくなります。元々私たち知波単の生徒は英語が大の苦手で…そもそも横文字というのがなんとも読みにくく…」

 

「確かに英語は難しいですからね。それにしても今どき横文字に違和感を覚えるなんて日本人がいるとは…」

 

優花里と幸子はお互いの顔を見つめて笑いあった。

 

「あ、そうだ。せっかくなので管制官との交信見ていきますか?大洗には航空管制がないので今回は管制圏内の知波単の管制官が司ります。」

 

「ぜひ、見せてください。」

 

「わかりました。一応用語の説明をしておきますね。知波単レディオというのが知波単の管制を担当する部門のコールサインです。そしてこの飛行機のコードはL2D2です。呼びかける時は所属と飛行機のコードを名乗って交信を開始します。それでは今から交信を開始します。」

 

幸子はニコリと笑うと無線を手にして、流暢な英語で交信を始めた。

 

『Chihatan Radio Chihatan Tenth Transport Air Corps L2D2 (知波単レディオ 知波単第十輸送機航空隊 L2D2)』

 

『Chihatan Tenth Transport Air Corps L2D2 Chihatan Radio go-ahead (知波単第十輸送機航空隊 L2D2 知波単レディオ どうぞ)』

 

『 Chihatan Radio Chihatan Tenth Transport Air Corps L2D2 Oarai Girls' College No. 1 is a highway. Request clearance.To Centrair. level 100.(知波単レディオ 知波単第十輸送機航空隊 L2D2 大洗女子学園1号幹線道路です。高度10000フィートで中部国際空港への飛行承認願います。)』

 

『To Centrair. level 100 standby.(中部国際空港へ飛行高度10000フィートにて飛行承認 お待ちください。)』

 

『Chihatan Tenth Transport Air Corps L2D2 Chihatan Radio.clearance.(知波単第十輸送機航空隊 L2D2 知波単レディオ 飛行承認です。)』

 

『Chihatan Radio Chihatan Tenth Transport Air Corps L2D2 go-ahead. (知波単レディオ 知波単第十輸送機航空隊 L2D2 どうぞ。)』

 

『ATC clears Chihatan Tenth Transport Air Corps L2D2 To Centrair airport.Via Reversal 1 Deperture,Kashima Transition then flight planned route. maintain flight level 7000 feet expect flight level 100 squawk 2311.(知波単第十輸送機航空隊 L2D2 中部国際空港への飛行を承認します。出発はリバーサル1ディパーチャ、カシマ・トランジション以降飛行計画通り。トランジションまで7000フィートを維持、飛行高度10000フィート。スコークナンバー2311)』

 

『Chihatan Tenth Transport Air Corps L2D2 ATC clears Chihatan Tenth Transport Air Corps L2D2 To Centrair airport.Via Reversal 1 Deperture,KashimaTransition then flight planned route. maintain flight level 7000 feet expect flight level 100 squawk 2311.(知波単第十輸送機航空隊 L2D2 中部国際空港への飛行を承認します。出発はリバーサル1ディパーチャ、カシマ・トランジション以降飛行計画通り。トランジションまで7000フィートを維持、飛行高度10000フィートスコークナンバー2311)』

 

『Chihatan Tenth Transport Air Corps L2D2 read back in the collect QNH 2998.(知波単第十輸送機航空隊 L2D2 復唱に問題ありません。QNH2998)』

 

『Chihatan Tenth Transport Air Corps L2D2 QNH 2998 (知波単第十輸送機航空隊 L2D2 QNH2998)』

 

優花里は目を丸くしながら交信の様子を見ていた。幸子はふぅっと息を吐く。

 

「はい。これで飛行ルートの承認を得ました。あとは離陸の許可を待つばかりです。今回承認されたルートはリバーサル1ディパーチャ、つまり学園艦を離陸後西に旋回し、その後カシマ・トランジションなので鹿島灘から中部国際空港に向かう転移経路です。」

 

しばらくの沈黙の後、優花里は思わず拍手をした。

 

「すごいです!こんな難しい交信を英語でいつもやってるんですか!?」

 

「はい。まあ、英語が国際標準ですからね。私たちも緊急の時は一般の空港に降りないといけないのでどうしても英語がいるのです。」

 

「航空隊も大変ですね。」

 

「まあ、大変ですけどやりがいはあります。さあ、もうすぐ離陸ですよ。」

 

「ああ、そうですね。貴重なものを見せていただきありがとうございました。では、失礼します。」

 

「お安いご用です。それじゃあしばらく快適な空の旅を!」

 

優花里たちは興奮しながら席に戻る。しかし、席に着くと突然、残酷な現実に引き戻される。特に優花里の落ち込みようは酷い。優花里はインカムをつけて下を向いて座っていた。するとそんな優花里の心情とは裏腹に明るい声でアナウンスが皆のインカムに入った。

 

『改めまして、皆様こんばんは。当機は間も無く大洗女子学園を離陸いたします。機長は遠藤、副操縦士は茅野、そして私は皆様の任務のサポートを担当いたします、特殊情報部事務局次長蒲池でございます。皆様の快適な空の旅、そして私はアンツィオ高校まで同行させていただき、皆様の任務遂行を終始サポートいたします。』

 

優花里はこのサポートの意味を察していた。サポートという名の監視である。きっとこれもみほの差し金だろう。きっとこの作戦を受ける前、命令書の受け取りを拒み、みほに反発し、抵抗したため優花里が他の学園艦への亡命などを計画することを警戒しているのだろう。実に周到な備えだった。大洗女子学園の学園艦における大動脈とも言える幹線道路を滑走路代わりに使い、離陸を開始した。みほは少し離れたところから手を振りながらずっとその様子を見送っていた。コックピットからは相変わらず英語の交信が聞こえてくる。プロペラが回り、スピードが上がり幹線道路を滑走し始めた。そして輸送機は離陸した。優花里たちはしばらく空の旅だ。離陸からしばらくは座っていないと危ない。高度が安定したというアナウンスが入るまで座っているようにと言い含められていたので指示に従っていると機長の幸子からアナウンスが入った。

 

『操縦室よりご案内申し上げます。機長の遠藤です。現在、当機は鹿島灘に差し掛かり高度10000フィート、メートルにいたしますと、上空3048メートル巡航速度時速278kmを持ちまして全て順調に水平飛行しております。現在をもちましてシートベルト外していただけます。最新の情報によりますと、目的地のアンツィオ高校付近の空港、中部国際空港の天気は晴れ、気温15度の報告を受けております。到着時刻は22:30を予定しておりますが、状況に応じて変化いたします。また、皆様におかれましては任務の成功を心からお祈りしております。また、早期の戦争終結と皆様に平穏と平和な生活が訪れますことを心からお祈りしております。また、今回の戦争において肉親やご友人を亡くされた皆様、心からお見舞い申し上げ、哀悼の意を表します。』

 

「遠藤殿…」

 

優花里はこのアナウンスを聞いて涙を流した。他の者も同じようにすすり泣く声が聞こえてくる。やはり、皆この戦争に傷ついているのだ。優花里は涙を拭い、やおら立ち上がり、奈那以外にはじめて今回の任務について説明を始めた。

 

「私たちは今から、アンツィオ高校に向かいます。そこで、アンツィオ高校の戦車隊隊長アンチョビ殿、本名安斎千代美殿の誘拐が今回の任務です。生きて誘拐することが今回の目的なので、絶対に傷つけてはいけません。先発した知波単第一偵察機航空隊の二式艦上偵察機一二型の報告によると、アンツィオ高校の学園艦は現在、愛知県の知多半島から10kmほど沖合を本拠地である静岡県清水港に向かって航行中です。現在大洗女子学園の学園艦が福島県沖にいるのでアンツィオの学園艦まではしばらくかかるので各員、準備をお願いします。到着は深夜です。目立たないように夜陰に紛れてパラシュートでタイミングを合わせて一緒に飛び降り、上陸します。海に落ちて死にたくなければ勇気を振り絞って一緒に飛んでください。」

 

機内は少しざわついた。優花里は申し訳なさそうに下を向く。しかし、元生徒会の局員たちは優花里を心配させまいと励ました。

 

「了解です!必ず任務を成功させましょう!」

 

「皆さん…ありがとうございます…」

 

優花里と彼女たちの間には固い絆で結ばれていた。優花里は皆に頭を下げ何度も謝り何度もお礼を言った。

 

「皆さん…本当に申し訳ありません…そして、ご協力いただき本当にありがとうございます…」

 

すると彼女たちはニコニコ微笑む。

 

「優花里さんのためならなんでもすると誓ったんですから当たり前ですよ。」

 

優花里はその言葉を聞き輸送機の中でずっと泣いていた。するとあっという間に時間は過ぎ去り、再びアナウンスが聞こえてきた。

 

「皆様。操縦室よりご案内申し上げます。機長の遠藤です。現在静岡県に差しかかろうとしております。もう間も無く高度を1000メートルまで下げ、皆様をアンツィオ高校上空で放出いたします。到着時刻は定刻通り22:30を予定しております。皆様、ご準備をお願いいたします。なお、この飛行機は中部国際空港に駐機しております。無事任務を完遂し、無事お戻りになられることを祈っております。」

 

優花里は局員たちにアンツィオ高校の制服とパラシュートを装備するように指示した。そして、ちょうどパラシュートを全員つけ終わった時扉が開く。

 

「それじゃあ、皆さん!行きますよ!せえの!」

 

皆ためらいなく一斉に飛び出した。優花里たちを乗せていた輸送機は全員の放出を確認すると中部国際空港に向かって飛んでいく。そしてとうとう優花里たちはアンツィオ高校に上陸した。優花里たちが降りた場所は広場のようだ。辺りを見回すと、イタリア風の建物が数多くあるのに気がつく。さすがアンツィオ高校である。急いで海に行き人目につかないように慎重にパラシュートを投棄してその日はもう遅いしひどく疲れてしまったのでその最初に降りた広場で眠ることにした。

次の日の朝、優花里は大声と自分を揺する何者かによって目が覚めた。

 

「おい!おい!大丈夫か!?」

 

「あ、起きましたね。大丈夫ですか?」

 

「こんなところで寝てちゃ、風邪引くっすよ!」

 

「うーん?誰ですか…?」

 

「良かった…死んでるのかと思った…こら!いつまで寝ぼけてるんだ?もう学校行く時間だぞ?ところで、なんでこんなところで寝てるんだ?」

 

優花里は目の前の3人は訝しげな表情を浮かべている彼女たちの質問になんて答えようかと苦難していた。すると局員たちがフォローしてくれた。

 

「私たち、昨日ここの学園艦に引っ越してきたんですけど地図に弱くて…寮の位置がわからなくなってしまって…さまよい歩いていたらいつの間にか周りに誰もいなくなってしまって…」

 

「それで途方に暮れて野宿ってわけか…なんていう寮なんだ?」

 

「確か、住民登録をするときにドゥーチェと同じ寮だって言ってた気がします。」

 

優花里はハッとした。そういえばアンツィオの隊長、アンチョビは皆からドゥーチェと呼ばれていたのだ。確かに、アンツィオでドゥーチェと同じ寮といえば必然的にアンチョビの所在地がわかることになる。元生徒会軍の者の中にもかなりの切れ者がいるようだ。すると目の前のアンツィオの生徒たちは目を見開き驚きを隠せないといった様子だ。

 

「それって…」

 

「ドゥーチェって姐さんと同じ寮ってことっすか!?」

 

「それじゃあ、私と来るといい。案内しよう。」

 

「ええっと、貴女は…?」

 

優花里は念のため名前を尋ねる。するとニコリと爽やかに笑いながら挨拶した。

 

「そういえば自己紹介忘れてたな。アンチョビだ。戦車道の隊長やってる。」

 

「私はカルパッチョです。副隊長です。」

 

「私はペパロニっす。」

 

優花里は驚いた。まさか探していた人物が1日で見つかるとは思ってもみなかったのだ。何も知らないアンチョビは優花里たちを寮まで連れて行った。そして、疲れているだろうと行って部屋に招いてお茶まで淹れてくれた。優花里はお茶を飲みながら頭の中にアンチョビの部屋の間取りを叩き込んだ。そして、色々とアンチョビに質問をした。特に習慣や行動パターンに関する質問だ。まさか優花里たちが自分を誘拐しようと狙っているなんて思いもしない。またもやアンチョビは正直に答える。優花里は今まで誘拐した経験から照らし合わせて今回の任務は簡単そうだと考えた。アンチョビは疑うことを知らないらしい。純粋な心の持ち主だった。騙して誘拐してしまうことなんて簡単なことだろう。しかし、こんな純粋な心の持ち主を踏みにじるような真似をするのは心がひどく痛む。しかし、命令ならばやらなくてはならない。優花里は皆を集めて誘拐の日取りを言い渡した。

 

「皆さん。アンチョビさんの誘拐の日時が決まりました。アンチョビさんたちは今日私たちの歓迎会をアンチョビさんの部屋で開いてくれるようです。その時に心苦しいですがアンツィオの皆さんにこの睡眠薬入りの酒をガンガン飲ませて眠らせて誘拐しましょう。アンチョビさんをここから連れ出すのは2500を予定しています。そのあと、この学園艦の搬入口にアンチョビさんを入れた鞄を隠します。そして翌朝コンビニの定期船に乗り込んで脱出します。」

 

「了解です。」

 

「脱出ルートは我々が確保してありますのでご安心を。現在この学園艦はまだ蒲郡のあたりを航行中ですから明日のコンビニ船は三河港の旧豊橋港を拠点にしていると思われます。ですから明日はコンビニ船に三河港まで載せてもらいそこから徒歩で豊橋駅まで出ていただいて名鉄名古屋本線に乗り、神宮前で中部国際空港行きの特急列車に乗り換えていただき、中部国際空港到着後速やかに零式輸送機に搭乗していただき任務完了です。そこまで私がご案内しますからよろしくお願いします。」

 

飛行機の中で蒲池と名乗ったその女子生徒は任務遂行後の動きについてを付け加えた。

 

「了解です。ありがとうございます。それでは皆さん。解散です。夜を待ってまた広場に集合してください。」

 

皆はそれぞれ散っていく。優花里はブラブラと適当にあてもなく歩いていたが、海の見える公園にやってくると今日何度目かわからない涙を流しながら心の中でアンチョビに詫びた。

 

(アンチョビ殿、申し訳ありません。私も本当はこんなことしたくないのです…でも、生きるためには仕方ないのです…許してください…)

 

するとどこからか、声が聞こえてきた。

 

「優花里さん!」

 

誰かと思って振り向くとそこには蒲池が立っていた。

 

「蒲池殿ですか…どうしましたか?」

 

「いえ、たまたま優花里さんがいたので…」

 

「そうですか…」

 

しばらく沈黙が続く。こういう時何を話せばいいのかよくわからない。すると、蒲池がおもむろに口を開いた。

 

「優花里さん。私の正体に気がついていますよね?私がなんのために優花里さんとともにこの作戦に派遣されたのか。」

 

「ええ。気がついています。私の見張り、ですよね。私が裏切らないか、きちんと任務を遂行するか。そして、さしずめ西住殿にもし遂行しない時は殺して私の首でも持って来いと言われている。そうですよね?」

 

「え、ええ。そうです。でも、なんで。なんでそんなに警戒されてまで西住さんに従うんですか?逃げてしまえばいいのに…」

 

優花里は珍しく感情をあらわにした、優花里は怒りで一瞬我を忘れていた。優花里は柵に拳を打ち付ける。

 

「あなたに何が分かるというんですか!?逃げる!?逃げられるならどれだけ楽なことでしょう!でも、逃げられないんです!逃げても逃げても西住殿はどこまでも追ってくる!西住殿は人間ではなく悪魔なのですから…あなたもそのうち知ることになります…西住殿の恐ろしさを…」

 

蒲池は優花里が大きな声を出して威圧的になったことに驚いていた。すると優花里は悲しそうな表情をする。優花里は罪もない蒲池に当たりちらし怒鳴ってしまったことに自己嫌悪を覚えた。

 

「大きな声を出してしまい申し訳ありません…今は一人にしてください…」

 

「はい…差し出がましいことを言ってしまい申し訳ありませんでした…」

 

蒲池は去っていく。優花里は遠い目をした。優花里はわかっていた。これからアンチョビがたどる恐怖の運命を。誘拐されたアンチョビはみほの秘密を知った以上無事に帰ることはできないだろう。もしかしたら用済みになったらさらに致死率の高い生物兵器のモルモットにされるかもしれない。それでも優花里にはみほに逆らうことも止めることもできない。どうしようもないのだ。みほに言われるがままアンチョビを誘拐するしかないのだ。優花里は罪悪感に押しつぶされそうになりながら目を泣きはらし夜が来るのを待っていた。

 

つづく




交信内容と輸送機の高度や速度については間違えているところがあるかもしれません。その時は教えてください。なおします。


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第70話 二度とは踏めない土

みほ陣営のお話です。
アンチョビの運命はいかに…?
そして、みほの心の闇とは?みほが考える理想の世界とは?
ちなみにいうとこの作品に政治的意図はございません。そこは明確に主張しておきます。


優花里は時を忘れてずっとその海が見える公園にいたがいつの間にか夜になっていたので、広場に向かうことにした。

 

「あ、優花里さん。こっちですよ。」

 

「皆さん、遅くなってすみません。えっと。全員揃ってますね。それじゃあ行きましょうか。」

 

優花里は点呼を取るまでもなく全員の無事を確認するとアンチョビの寮に向かって歩き始めた。蒲池がトボトボと後を気まずそうについてくるのを見て優花里は胸が痛んだ。先ほど、自分が怒鳴りつけたせいで蒲池はこんな表情になっているのだ。優花里は蒲池に謝罪した。

 

「蒲池殿…先ほどは申し訳ありませんでした…蒲池殿が悪いわけではないのについ怒鳴ってしまって…びっくりしちゃいましたよね…」

 

「いえ…私こそ出すぎたことを言いました…申し訳ありません…」

 

優花里と蒲池は下を向いて目を伏せていたが、優花里はにっこり笑いながら手を差し出した。

 

「さあ、仲直りの印です。握手でもして、もう水に流しましょう!」

 

「本当に申し訳ありませんでした.…」

 

蒲池は今にも泣き出しそうな小さな声で優花里の手をとった。

 

「そんな…気にしないでください。はい。この話はもうおしまいです。」

 

優花里がそう言うと蒲池は安心したのだろうか。ワンワン声をあげて泣き出してしまった。優花里はびっくりしてしまった。いきなり泣き出すとは思わなかったのである。そして、どうすればいいのか困った表情でおろおろとし始めた。すると、何事かと元生徒会の局員たちが優花里と蒲池に近づいてきた。

 

「あれ?優花里さん。泣かせたんですか?優花里さん女の子を泣かせるなんてひどいですよ。」

 

奈那がニヤニヤと笑いながら優花里をからかう。優花里は慌てて否定した。

 

「い、いえ…そんなことは…」

 

優花里はアワアワと慌てる。その様子を見て奈那はおもしろそうに笑うと優花里をますますからかった。

 

「でも、泣かせたことは事実ですよね?ダメですよ。女の子をいじめちゃあ。」

 

そう言うと優花里は口をつぐむ。優花里は何か言いたげではあったが奈那は間髪入れずに蒲池の肩を抱くと優しく語りかける。

 

「かわいそうに…優花里さんにいじめられたの?何があったかは知らないけど元気出して?」

 

「そんな…いじめてなんていませんよ!」

 

優花里は少し怒ったような口調で奈那に抗議した。すると、そのやりとりを泣きながら見ていた蒲池はクスクスと笑い始めた。

 

「うふふふ。大川さん。別に私は何かいじめられて泣いたりなどしていません。ただ、嬉しかったんですよ。優花里さんと仲直りができて。」

 

すると奈那は満足そうに頷きながら優しく微笑む。そして優花里の方を見ると得意げな顔をして語りかけた。

 

「優花里さん。これでみんな笑顔になりましたよ。笑顔が一番です。優花里さんは不思議と人を優しい気持ちにさせてくれる何かを持っています。ごめんなさい。優花里さん、からかって。でもこの子を笑顔にするにはそれが必要だったんです。許してくださいね。」

 

「大川殿はそれを見越して…さすがです。私にはできない…」

 

優花里は呟くと奈那を見て優しく微笑んだ。そして、皆の方に翻ると優花里は自分の思いを皆にぶつけた。

 

「皆さん!これからも私と一緒にいてください!お願いします!」

 

優花里は頭を下げる。すると皆優しい顔をして異口同音に叫んだ。

 

「もちろんです!私も優花里さんと一緒にいたいしみんなと一緒にいたいです!」

 

「私も同じ気持ちです!」

 

優花里は嬉しくなった。この仲間たちと一緒なら何も怖くない。そう思った。

 

「ごめんなさい。足を止めてしまって。それじゃあ皆さん行きましょう!」

 

優花里は満足そうに頷くと再び優花里は進行方向を向いて優花里を先頭にアンチョビの寮に向かって歩き始めた。アンチョビの寮の正面玄関前に着くと優花里は局員たちに砂糖でジュースに偽装した睡眠剤がたっぷり入ったワインを取り出し、優花里を中心に円のように集合するように指示した。

 

「これは睡眠剤入りのワインです。皆さんは決して飲まないように。それと、アンチョビさんたちにはジュースであると説明してください。それではくれぐれも慎重に任務に当たってください。お願いします。それでは任務番号03を1900に開始します。」

 

そう言うと優花里はアンチョビの部屋がある2階の角部屋に向かう。そしてインターホンを押した。するとアンチョビはすぐにでてきた。

 

「おお!おまえたちか!待ってたぞ!さあ、中に入れ。」

 

アンチョビは手招きしながら早く上がるように促す。

 

「本日はお招きありがとうございます…」

 

優花里が挨拶を述べようとするとアンチョビは笑いながら話をかぶせてきた。

 

「あはは。そんな堅苦しい挨拶はいらないから早く上がってこい。料理ももうすぐできるからな。あいつらもきてるし。アンツィオは食にはかなりこだわってるからうまいぞ。」

 

「それでは、お言葉に甘えて。あっ!そういえばこれ皆さんに。飲み物持ってきました。よかったら飲んでください。美味しい葡萄のジュースです。」

 

「おい、それってまさか…酒じゃないよな…?未成年なんだから酒はダメだぞ?」

 

アンチョビは訝しげにこちらを見ている。優花里はギクリとしたがとっさに嘘をついてごまかした。

 

「あ、安心してください。本当にジュースですから。実は私の家は葡萄農園でそれで作ったので美味しいはずです。」

 

「なんで今、一瞬言葉に詰まったんだ…?まあ、いいや。おまえたちを信用するよ。ありがとう。」

 

「ええ、安心して飲んでください。」

 

一瞬、見破られそうでヒヤヒヤしたがなんとかごまかせたようだ。優花里は安心したような表情をしてアンチョビの部屋に上がる。そこにはものすごい数の料理があった。そして、人もたくさんいる。こんな狭い寮にどうすればこんなに入るのかと優花里たちは驚きの声をあげる。

 

「これは…」

 

「どうだ?美味しそうだろう?今日はおまえたちが主役だ。思いっきり楽しんでくれよ。」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

優花里たちは美味しそうな料理を前に思わず唾を飲み込む。死の心配をせずに安心してご飯を食べられるのは久しぶりのことだった。すると、コックの格好をしてフライパンを持ったペパロニが話しかけて来た。

 

「ああ!来たっすね!さあ、まずはアンツィオに来たらアンツィオ名物の鉄板ナポリタンっすよね!それじゃあ早速作りますから待ってて欲しいっす。」

 

「いや、まてペパロニ。まずはサラダから食べるのが普通だろ。それに乾杯がまだだろう?乾杯したらみんなに作ってやってくれ。」

 

「それもそうっすね!わかりました!」

 

アンチョビは満足そうに笑うとペパロニに皆のコップに飲み物を注ぐように指示を出した。

 

「こいつらが持って来てくれたんだ。こいつの実家から送って来たブドウジュースらしい。」

 

「おお!気がきくっすね。ありがとうっす。」

 

狙い通りアンチョビは睡眠薬入りワインをペパロニに渡す。ペパロニはそれぞれのグラスにその危険な飲み物を注ぎ始めた。優花里はその危険な飲み物が注がれないようにあらかじめ用意した普通のブドウジュースを局員たちのコップに注ぐ。皆に飲み物が行き渡ったところで、アンチョビが一つ咳払いをして開会の挨拶を始めた。

 

「えっと、今日は新しい仲間が増えた歓迎会だ!みんなもう知ってると思うが一気に8人増えた!今日はみんな楽しんでくれ!それじゃあ乾杯!」

 

「乾杯!」

 

パーティーは最初は盛り上がった。皆ワイワイと食事を楽しむ。アンツィオの生徒たちはよく食べよく飲んだ。優花里たちはそれに目を丸くした。しかし、3時間もすると一人また一人と眠りに落ちるものが続出した。睡眠薬入りのワインである。アルコールと睡眠薬のダブルパンチで睡魔に襲われるのだ。勝てるはずもない。

 

「おぉい…これって本当にブドウジュースなのか…?身体がフラフラしてくるんだが…」

 

「もちろんですよ。ほら、私たち酔ってないでしょう?さあもう一杯どうですか?」

 

優花里はさらにフラフラで立っているのもやっとの状態のアンチョビに睡眠薬入りワインを勧める。

 

「うーん。わかった、わかったからそんなに急かすな…」

 

その一杯を飲み干した時アンチョビは机に突っ伏して眠ってしまった。スヤスヤと穏やかな寝顔だ。優花里はアンチョビが本当に寝ているか揺すってみた。

 

「アンチョビ殿!アンチョビ殿!」

 

アンチョビは起きない。優花里が時計を確認すると時計は23:00を指していた。まだ行動するには早すぎる。優花里は皆にしばらくその場で待機することを指示し、優花里は置き手紙をしたためた。

 

[アンチョビ殿が用事ができたらしいので少し出かけます。すぐに戻りますからご安心ください。

秋山]

 

それから2時間優花里は何もせずにじっとしていた。優花里は何も知らないアンチョビの穏やかな寝顔を眺めて心の中で呟く。

 

(アンチョビ殿、申し訳ありません…アンチョビ殿はもしかしたらもう2度とアンツィオ高校に戻って来れないかもしれません…)

 

そしてついに任務開始の刻限午前1時になった。優花里は時計が午前1時を指したことを確認して行動を開始する。優花里はアンチョビの口にガムテープを貼って手と足を拘束し、アンチョビを鞄に入れる。鞄のチャックを閉じて辺りを見回しながら抜き足差し足で住宅街を通過し、昼間に確認したコンビニ船の荷物が運び込まれる搬入口に隠す。優花里はアンチョビを入れた黒い鞄を無表情で見つめ呟く。

 

「大人しくしておいてくださいね。」

 

そして、優花里たちはその夜その搬入口で一夜を過ごした。といってもまさかゆっくり眠れるはずがない。誰かにこの計画が露呈しないかそして誰かに見つからないか不安で仕方なかったのだ。その日の夜は優花里はうとうとしては物音に驚いて飛び起きてしまいろくに眠れなかった。そして、翌朝コンビニの制服を着てなんとかコンビニ船に乗り込み、三河港に上陸できた。そこからしばらく歩いて豊橋駅に到着して名鉄名古屋本線で神宮前まで出た後中部国際空港行きの電車に乗る。その間、アンチョビが起きてしまい、モゾモゾ動いて周りから怪しまれないか気が気でなかった。ここで見つかって誘拐で現行犯逮捕されては困るのだ。きっと塀の外に出た後みほに殺されるだろう。自分たち以外は誰にも荷物を触らせないようにしなければならないし、アンチョビには確実に眠っていてもらわなければならない。優花里は心配で仕方なかったのでちょくちょく鞄を覗き込みアンチョビの様子を伺っていた。しかし、優花里の心配とは裏腹にアンチョビは相変わらずスヤスヤと穏やかな寝息を立てて眠ったままだった。奈那たちは優花里の表情がコロコロと変わる様子をおもしろそうに笑いながら眺めていた。中部国際空港についた優花里はこれでもう安心だと思っていた。飛行機に乗ってしまえば、鞄の中に詰め込んでいるアンチョビのことを誰かに知られる心配もないと思っていた。しかし、奈那の一言で大きな問題に直面することになる。

 

「そういえば、飛行機って保安検査がありますよね…?あれってどう通過しますか?まさか、アンチョビさんを鞄に詰め込んだまま手荷物検査受けるわけにはいかないですし…」

 

「手荷物検査…?大川殿私、飛行機に乗ったこと一度もないのでよくわからないのですがそんなのがあるんですか?」

 

「ええ、一応ハイジャックなどに備えて乗客は保安検査を通過しないと乗れません。ちなみに手荷物はx線検査されます。」

 

「そんな…それじゃあ、アンチョビ殿が鞄の中に詰め込まれているとバレてしまいます…」

 

「こうなったら仕方ありません。アンチョビさんを起こさないように車椅子に乗って普通の搭乗客みたいな風に装いましょう。」

 

奈那の提案で眠ったままのアンチョビを車椅子に乗せて保安検査官にバレることなく保安検査場を無事通過することができた。優花里たちは自分たちが零式輸送機に搭乗することを空港職員に伝えると空港職員はプライベート機が駐機しているエリアに優花里たちを案内した。零式輸送機が駐機してあるエリアに到着すると職員は車椅子に乗ったアンチョビを座席まで運びこんだ。続けて優花里たちも搭乗した。空港職員は爽やかな笑顔で行ってらっしゃいと声をかけてくれた。優花里たちも微笑み行ってきますと返した。空港職員が去ると機長の遠藤は誰も入ってこれないように飛行機の扉を閉めてこちらにやってきた。

 

「皆さん。お帰りなさい。任務は達成できましたか?」

 

「遠藤殿、これをみてください。大成功です。」

 

優花里は椅子に座った体勢で手と足を拘束されているアンチョビを指差しながらニッコリと微笑む。すると、幸子は満足そうに頷きながら微笑みを返す。

 

「それなら良かったです。任務達成おめでとうございます。それではこの飛行機間も無く離陸するのでシートベルトを締めておいてください。」

 

「あ、遠藤殿この飛行機豊田市の上空とアンツィオ高校の学園艦の上空を通ることってできますか?」

 

「え?ええ、できるとは思いますけど、何のために?」

 

「おそらくアンチョビ殿が見る最後の生まれ故郷とアンツィオ高校になると思いますから最後に見せてあげたいんです。」

 

「そういうことですか…わかりました…それじゃあ、アンチョビさんを起こしておいてください。起こしてからセントレアクリアランスに出発の申請を行いますから…離陸したらあっという間に通過してしまいますから…」

 

幸子は一瞬だけ悲しそうな表情になると再び笑顔を見せた。

 

「わかりました。」

 

そういうと優花里はアンチョビの身体を揺すったり叩いたりしながらアンチョビを起こす。

 

「アンチョビ殿!アンチョビ殿!起きてください!アンチョビ殿!」

 

するとアンチョビは目をこすろうとしなら眠そうな声を出す。

 

「まだ、眠い…今何時だ…?あいたた。頭が…痛い…ガンガンする。あれ?手が動かない?足も?」

 

アンチョビは自分が縛られていることに気がついていない。それどころかアンチョビは自分の部屋にいると思っているらしい。目覚まし時計を探し始めた。アンチョビは昨日酒を大量に飲んだことによる二日酔いの症状を起こしているようだった。その様子を見て優花里は離陸の許可を願い出るようにと目で機長の幸子に合図した。そして再びアンチョビに呼びかけた時、飛行機はゆっくりと滑走路に向かって走り始めた。

 

「アンチョビ殿!気を確かに!」

 

「ん?おまえは…誰だ!って…優花里か…何で優花里がこんなところに…?確か昨日は…あっそうか。昨日はおまえたちの歓迎パーティーをやったんだったな。それで、昨日はあのまま眠って…でも、ここは私の部屋じゃなさそうだな…ここはどこなんだ…?おまえたち。ちょっと聞いていいか?ここは一体どこなんだ?」

 

「ここは知波単の零式輸送機の機内です。今から離陸するところです。アンチョビさんには今日、生まれ故郷と母校に別れを告げなくてはいけません。今からこの飛行機は豊田市とアンツィオ高校の上空を通過します。最後に空から別れを告げてください。2度とは土を踏めないのですから…」

 

アンチョビはポカンとしながら首を傾げている。アンチョビは未だに自分の身に何が起こっているのかこれから何が起きるのか分かっていなかった。

 

「アンチョビ殿…自分の今の姿を見て察してください…」

 

「今の姿って…え?!何で私は縛られているんだ?!」

 

アンチョビは目を剥く。その瞬間、零式輸送機は離陸のために滑走を始めた。アンチョビは叫ぶ。

 

「おい!ちょっと!待て!私をどこに連れて行こうというんだ!私をアンツィオ高校に帰してくれ!あの子たちにはまだ私が面倒を見てあげないといけないんだ!」

 

優花里はアンチョビの必死に懇願する目を見てアンツィオ高校に来て何度目かの涙をこぼす。

 

「アンチョビ殿、諦めてください…さあ、離陸しました。あと少しで貴女の生まれ故郷の豊田市とアンツィオ高校が見えて来ます。見納めしてください。」

 

「せめて一つだけ教えてくれ…私はどこに連れて行かれるんだ…?」

 

「大洗女子学園です…」

 

「大洗女子学園って…そういえば角谷から電文が来てたな…アンツィオはお金の問題で支援をする余裕がないから返事を出さなかったが…それで、大洗に連れて行ってどうするつもりだ…?」

 

「それは…まだ答えられません…さあ、そろそろ豊田市上空です。」

 

優花里が指を指そうとした時、アナウンスが入った。

 

『現在、当機は豊田市上空に差し掛かりました。眼下に広がっているのが愛知県豊田市です。次は、アンツィオ高校上空に向かいます。』

 

そういうと5分もしないうちにアンツィオ高校の学園艦上空に差し掛かったというアナウンスが入った。アンチョビは頰を窓にぴったりとくっつける。そして、徐々に小さくなっていくアンツィオ高校の学園艦を眺めながら泣き出してしまった。

 

「あああ…どんどん小さくなっていく…みんなすまない…心配してるだろうな…あいつらこれから大丈夫かな…?いや、私は帰る。絶対にもう一度母校の土を踏んで見せる。」

 

泣きじゃくるアンチョビを見ていると辛くなってくる。優花里は耐えきれなくなった。優花里はポケットから睡眠薬をアンチョビに飲ませようとした。しかし、アンチョビは首を振って抵抗してなかなか飲んでくれない。

 

「やめろ!何する気なんだ!?」

 

「大丈夫です!毒じゃありません。」

 

「信用できるわけないだろう。こんなところ連れて来ておいて白々しい。」

 

「仕方ありません…本当はこんなことしたくないのですが…」

 

そういうと優花里はアンチョビの鼻をつまんだ。しばらくは屁でもないといった顔をしていたがだんだん息が苦しくなって来た。苦しそうにもがくアンチョビに優花里は優しく語りかける。

 

「さあ、早く楽になりましょう。口を開けてください。」

 

アンチョビはついに口を少し開いた。すると優花里はそれを見逃さなかった。すかさず薬をアンチョビの口に投げ入れる。ようやく飲ませることができたと一安心したのもつかの間、そこからがまた一苦労だった。せっかく口の中に放り込んだ薬をアンチョビは吐き出そうとするのだ。なんとか水を流し込み、薬を飲ませることに成功した。すると、薬の効果だろうか。アンチョビは再びうとうとし始めて眠り始めた。アンチョビが眠ったことに安心したのだろう。優花里も眠り始める。帰りも終始順調なフライトだった。優花里が気がついた頃にはすでに大洗女子学園に到着しており、機内には誰一人いなかった。

 

「ん…あれ?皆さんは…?」

 

不安そうな顔で機内を見回していると、機長の幸子がやって来た。

 

「ああ。優花里さん起きましたか。もう大洗女子学園についてますよ。他の皆さんは到着後すぐに降りて行きました。アンチョビさんはみほさんがどこかに連れて行きました。優花里さんはこのまま寝かせておいてあげてほしいと言われたのでこのまま…」

 

「そうだったんですね。お気遣いありがとうございます。」

 

優花里も飛行機を降りる。そして、優花里はみほに任務完遂の報告をするために探し始めた。拠点に向かうとみほはすぐに見つかった。みほは、麻子の研究室にいた。麻子と何やら相談している。

 

「培養は終わっている。だが、本当に効くかどうかわからない。そのために効果を確かめたいが…」

 

「わかった。それじゃあ、これをお茶に入れてアンチョビさんに出すね。」

 

優花里は中で何か恐ろしい内容が話されているのに気がついた。優花里は報告がてらそれとなく聞き出そうと思っていた。扉をノックしようと思っていたその時だった。突然扉が開き、みほが出てきた。

 

「うわあ!びっくりした。あ!優花里さん!お疲れ様!」

 

「西住殿。任務はなんの問題もなく完遂しましたので一応報告を…」

 

「うん!助かったよ!ありがとう!」

 

「ときに西住殿。先ほど何のお話をされていたのですか?」

 

「ああ、優花里さんにも話しておかないといけないね。人体実験の話だよ。」

 

「人体実験…?」

 

「うん!麻子さんがこの間いった、コレラ菌、赤痢菌、サルモネラ菌の培養が終わったけどしっかり病気にすることができるかわからないっていうから3つの菌の効果を確かめるために人体実験をやろうと思ってね。で、今回アンチョビさんがいるよね?アンチョビさんを実験のモルモットとして使いたいなって思って。」

 

「そんな…そんなことして死んでしまったらどうするんですか…」

 

「大丈夫。症状が出たら速やかに治療するから。多少苦しむだろうけど治療すれば問題ないよね?えへへへ。それに、人体実験にアンチョビさんを使うことで怖がらせて逆らえなくする狙いもあるし。まあ、最も逆らったら命ないけどねえ…ふふふ…それに、そもそも私の秘密を知った以上アンチョビさんが無事帰れるわけないよね?アンチョビさんには私の監視下で一生暮らしてもらうか、それとも…殺すか…人体実験のモルモットとして致死率の高い病気や毒ガスの餌食になってもらうのもいいなあ。でも、アンチョビさんの怖がる顔見てみたいから拷問して殺すのも私としてはやぶさかではないけど…ふふふふ…」

 

みほはニッコリと笑いながら廊下を歩き、給湯室の前までやって来た。その日は少し暑い日だった。冷たい麦茶が美味しいだろう。みほはその麦茶の中に試験管の中に入った細菌の培養液を注ぎ始める。

 

「はい。これがコレラ菌の培養液でこれが赤痢菌、えっとこっちがサルモネラ菌。よく混ぜてっと。えへへへ。」

 

みほはニコニコ楽しそうな無邪気な笑顔を見せながらその白く細い華奢な手でティースプーンを手にしてクルクルと混ぜ始めた。

 

「全部入れるんですか…?」

 

「うん。もちろん。時間もないから3つの細菌を入れても効くかどうかという実験も兼ねてるからね。ちなみにこの実験は麻子さんが考えた人体実験だよ。天才とマッドは紙一重っていうけど麻子さんはどっちなんだろうね。ふふふ。」

 

「そんな…まさか…冷泉殿が…」

 

「信じられない?でもそれがまさかの麻子さんが提案してるんだよね。麻子さん、この実験が成功したら今度はもっと致死率が高いペスト菌で実験がしたいんだって。だから、モルモットがもっとたくさん欲しいんだって。できたら老若男女いろんなサンプルが欲しいっていってたな。麻子さん。意外だよね。あんなに抵抗しようとしてたのに。こんなに積極的に生物化学兵器の製造に従事するなんて。えへへへ。人間なんてそんな生き物だよ。業が深いね。だから私は人間を信じることができない。私は何度も裏切られたからね。あの日、黒森峰から追放された時、私は決めたの。もう人間なんて信じない。支配してコントロールしてやるって。そのためには圧政と抑圧そして逆らう者たちの徹底した弾圧をしてみんなを私に逆らえないようにいや、逆らおうと思わないくらいに血の一滴まで恐怖で支配すること、そしてそのためには逆らったらどうなるか徹底的に思い知らせること。そして最後に強大な軍隊を持ち、勢力を広げ続けることこれこそ平和と安定のために必要なんだって。人間は自由なんてものがあるから矛盾が生じてああだのこうだのぶつかり合う。ならいっそのことロボットみたいにしてしまえばいいよね?私がコントローラーになってみんなを支配してみんなはロボットみたいになんでも従って。それが理想だよね。何も考えなくていいから楽だし。いや、むしろ人間は支配されることを望んでいるのかもね。今の時代人間は支配されてるもんね。スマホに。ふふふ…この計画は私のためでもあるけどみんなのためでもあるの。これ以上ぶつかり合って憎しみあわない為にはこれしかない。そして、この計画の為なら私は神にでもなってあげる。有能な人間は重用するけど無能な人間は殺してあげる。間引いて有能な人間だけを残して無能な人間は私が死ぬ理由を与えてあげる。うふふふ。どう?この計画。最高だよね?楽しそうでしょ?えへへへよし完成。特性食中毒麦茶の完成!うふふ。アンチョビさんかわいそうに。作った私がいうのもおかしいけどね。すっごくお腹痛くなるだろうなあ。」

 

みほは楽しそうにみほが考える理想の夢の世界を話す。その世界は歪んだ世界だ。みほが語る考えは狂っている。みほの語る未来絵図は一聞すると狂人が語る戯言に聞こえる。しかし、それをみほが語ると妙に現実感が出るのだ。今までの歴史は自由が勝利して悪政を敷いたファシストたちは皆滅びた。しかし、みほはその歴史を覆す可能性があった。みほなら知らないうちにやり遂げることができそうで怖くて仕方なかった。いや、怖いという概念を超越している。気がついたら知らないうちにそう決まっていそうで怖い。みほは非常に頭が良かった。だから集団を動かす技術も知っている。みほはこんなにも多くの人々を熱狂させて強大な軍隊を作り上げた。そして、みほはその美しい顔と甘い声そして凛々しい軍人としての顔2つを持っている。これもまたみほの才能と言えるだろう。反対にみほの狂気に気がついて止めようとした人々はすでにボロボロだ。腐った建物のように一蹴りしたら脆くも崩れ去りそうなほど弱体化し、滅ぼされようとしている。みほを止められるものはもういない。さらにみほは日本国だけでなく海の向こうの超大国、そして国際社会の裏にうごめく人間のあさましい金の亡者たちの大きな闇にも通じている。みほの心の中には何があるのだろうか。みほの心には悪魔と悪神が住んでいる。もちろん。最初から住んでいたわけではない。みほの心は最初は真っ白で絹のように綺麗で光に包まれていた。しかし、黒森峰時代、いじめられたことで蓄積され始めた憎しみと怨みは心に悪魔と悪神を住み着かせ、彼らを大きく育てた。そして綺麗だったみほの心の中を真っ黒に染め上げ、ついにはみほの心に光さえも抜け出せないブラックホールを作り上げた。この頃になるとみほは勢いに乗りに乗って残虐行為も何もかもどんどんエスカレートして止まることを知らなかった。優花里は皆がロボットのように生気のない顔をして、ドイツ第三帝国の軍服を着こんだみほが出す、残虐な命令を何の疑問もなく実行している姿を思い浮かべた。優花里の顔から血の気が引いていくのがわかった。みほは、艶めかしくコップのフチを撫でながらニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。

 

つづく



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第71話 悪魔の血

最近、生徒会のお話が書けてなくてごめんなさい。生徒会の動きについても書かないと…
さて、今日私は20歳になりました。これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
さて、24時間テレビが始まりましたね。夏が終わりますね。一年あっという間だ…


なんたる傲慢。優花里は憤っていた。拳をぎゅっと強く握り身体が怒りで震える。みほは最初から人間なんて信じてはいなかった。この西住みほという悪魔は人間の尊厳や基本的人権、自由など何もかも全てを奪い取り、神に取って代わろうとしている。そして人の生死までもみほが基準だ。みほに死ぬべきだとか、利用価値がないと判断されたら死ぬしかない。殺されるのだ。みほにとっては利用価値のない者の命などゴミに過ぎないのだ。もしかして自分も利用するだけ利用されて価値がなくなったらゴミのように処分されてしまうのではないのか。これが理想の世界などというみほ。理想な訳がない。みほにとっては理想なのかもしれない。しかし、優花里や他の人たちにとっては単なる地獄だ。プログラムされたロボットのように何も考えることなくみほの趣味で出される残虐な命令をただ遂行するだけ。そんな世界の人間になるのなんてまっぴらごめんだ。みほのやっていることはただの幸せの押し売りだ。優花里は唇を噛む。そんな優花里の心を見透かしたようにみほは微笑みながら優花里の肩を抱きながら耳元で囁いた。

 

「優花里さん。私に逆らって血祭りにあげられるか、それとも私に支配されて幸せに暮らすかどっちがいいかな?優花里さんなら、どっちを選択するべきかわかるよね?ふふふ。」

 

優花里は身体を硬直させる。みほの息が耳にかかるたびにビクリと身体を震わせている。優花里は声にならない声で呟く。

 

「わかってます…わかってますよ…」

 

「よかった。えへへ。」

 

満面の笑みを浮かべるみほ。優花里は相変わらず身体を硬直させて、下を向いていた。するとみほは突然優花里に後ろから抱きついて耳を舐め始めた。

 

「ひゃうっ!ににに、西住殿なな、何を!?」

 

「ん?えへへ。」

 

みほは微笑むだけで優花里の耳を舐めるのをやめない。それどころか首筋まで舐めてくる。くすぐったくて仕方がない。優花里は恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 

「西住殿…恥ずかしいです…やめてください…」

 

「えへへ。優花里さん可愛い。やだ。やめてあげない。優花里さんがいけないんだよ。優花里さんが可愛すぎるからついいじめたくなっちゃうの。ほらほら優花里さん。もっと舐めちゃおうかな。うふふふ。」

 

みほは意地悪そうに笑うと再び優花里の耳を舐めた。優花里の顔はますます真っ赤に染まる。優花里は逃れようと必死に頭を動かすがみほにがっしりと頭を掴まれて逃れられない。

 

「うぅ…西住殿…ひどいです…悪趣味ですよ…」

 

「うふふふ。」

 

優花里の精一杯の抗議もどこ吹く風といった様子でみほはニコニコと微笑む。そしてみほは優花里にとんでもない要求をしてきた。

 

「優花里さん。私の血を飲んでくれないかな?」

 

優花里は耳を疑った。ついにみほが壊れたのかと思った。しかし、みほは真剣な顔だ。

 

「に…西住殿…?」

 

みほは手を丁寧に洗って短刀で親指を切ると先ほどのコップとは別のコップに血を流し込む。ポタポタと赤いみほの血がコップの中に滴り落ちる。みほの血はとめどなくコップに滴り落ちる。飲めるほど溜まったころ、みほはそのコップを優花里に差し出した。

 

「ほら、優花里さん。飲んで?」

 

「え…?」

 

優花里が戸惑っているとみほはそのコップを優花里の唇につきつける。優花里はそれでも受け取らない。しびれを切らしてみほは懐から拳銃を取り出して優花里の心臓に銃口をつきつける。

 

「優花里さん…手荒な真似はしたくない。私が笑っているうちに飲んだほうがいいと思うよ。さあ、優花里さん。私の血を飲め。」

 

もはや抵抗はできないと思ったのか優花里はコップをみほから受け取るとしばらくコップの中の赤い血を見つめていたが目を瞑り一気に飲み干した。口の中に鉄の味が広がる。みほはその様子を悪魔のように笑いながら眺める。そして優花里の目を愛おしそうに見つめ、優花里の頰に手を当てる。

 

「これで優花里さんと私は一心同体。例え私がいなくなったとしても優花里さんの中で私は生き続けることができる。私と優花里さんは二度と離れることはない。優花里さんの血になって私は優花里さんを支配する。これで優花里さんは私のもの。私だけの操り人形…うふふふ…だって私たちは血で結ばれたんだもの。あはははは!」

 

優花里はみほに脅されて悪魔の血を口にしてしまった。みほは優花里の血となって優花里を支配しようとする。みほの悪魔の血は優花里の身体で毒を撒き散らし乗っ取って好き放題に優花里を操ろうとする。そんな感覚が優花里に走った。優花里は呆然とへたり込んだ。悪魔の血を自分の身に入れてしまったことが怖くて仕方ないのだ。ぶるぶる震えているとみほは優花里に手を差し伸べた。

 

「さあ、優花里さん。行こ?」

 

「西住殿…どこへ…?」

 

みほは何も言わずに微笑むと細菌入りのお茶を片手に持つと、治療もすることなく、血が流れている手で優花里の腕を掴み、歩き始めた。優花里の腕にみほの生温かい鮮血が伝って滴り落ちる。みほはそんなこと気にしないとでもいうかのように優花里を引っ張る。優花里はまるでみほに弄ばれるかのようにただ引っ張られていくだけだった。みほは、拠点のメインとなる建物から出て、主に毒ガス実験などが行われる建物に入る。

 

「さあ優花里さん。こっちだよ。見てごらん。」

 

優花里はみほに促されて小窓をのぞくと、アンチョビがベッドに寝かされていた。しかし、この部屋はおかしかった。何がおかしいか。それはアンチョビが寝かされている環境だ。5月だというのに電気ストーブが置かれているのだ。しかもアンチョビのベッドには毛布と冬用の羽毛布団が被せられていた。薬の効果でアンチョビは眠っているが暑さで苦しそうに寝ている。

 

「西住殿…なぜアンチョビ殿をこんなところで寝かせているのですか?」

 

「うふふふ…優花里さんいいところに気がついたね。もちろんわざとだよ…えへへ。脱水症状にせるために…そしてこれを…ね?」

 

みほはクルクルとコップを回しながら微笑み、部屋の中のアンチョビを見ていた。そうだ。みほはわざと脱水症状にさせて飲まざるを得ない状況を作り出そうとしているのだ。本能的に水を欲するような状態にして飲むことを拒否できないようにしようとしたのだ。優花里はみほの思惑に気がつき恐ろしくなった。

 

「そんな…」

 

優花里は声にならない声で呟く。そして、優花里も息を呑みながらアンチョビを見ていた。しばらく見ていると薬が切れたようでアンチョビは目を覚ます。アンチョビはダラダラと汗をかきながら部屋の中で叫んだ。

 

「ん…うーん?ここはどこだ…?確か私は飛行機で連れ去られていたはず…って暑い!なんだ?今は5月だぞ?5月に暖房焚いて羽毛布団に毛布なんてどれだけバカなんだ!?汗だくだ…喉乾いたな…水が欲しい…」

 

その言葉を待っていたかのようにみほは部屋に入る。アンチョビは突然現れたみほにギョッとしたような表情だ。優花里はとてもじゃないが罪悪感でアンチョビの顔を見ることができなかった。

 

「アンチョビさん。目が覚めましたか?」

 

「おまえは西住流の…おまえが優花里たちに私を連れてくるように命令したのか…?」

 

みほはアンチョビの問いかけにニコニコ楽しそうに笑いながら答えた。

 

「西住みほです。よろしくお願いします。そうです。私が優花里さんに命令して連れてくるように頼みました。あ、そうだ。暑いですよね。喉乾いたでしょう?お茶をどうぞ。」

 

相当喉が渇いていたのだろう。アンチョビはみほの手からコップを奪い取るようにして細菌入りのお茶を全て飲み干した。みほはその様子をニヤリと悪魔のような笑みを浮かべている。みほの計画通り細菌で汚染されたお茶をアンチョビに飲ませるとみほはアンチョビが眠っていたベッドに腰掛け、アンチョビの肩に手を回す。そしてアンチョビの耳元で囁く。

 

「えへへ。アンチョビさん。お金儲けしませんか?」

 

「え…?どういうことだ…?」

 

アンチョビはお金儲けと聞いて少しだけ興味を持ったような顔をした。みほはその表情を見逃さずに続ける。

 

「アンツィオ高校、最近P40買ったんですよね?それでお金がないと。アンチョビさんたちを助けてあげようかなって思いまして…」

 

「なぜそれを知っている…確かにお金がないから助けてくれるのは嬉しいが…詳しい話を聞かせてくれ。」

 

アンチョビは俄然興味を持ち始めた。今までのビクビクとした表情とは全く違う。目を輝かせている。これはいける。みほはそう思ったのだろうか。みほは話を一気に決めようとした。

 

「はい。アンチョビさんは私たちが生徒会との間で戦争をしていることは知っていますよね?」

 

「ああ、そりゃあな。角谷がうちにも電文を送ってきたから。」

 

みほはなるほどと頷く。そしてみほはついに話の核心をアンチョビに話し始めた。

 

「それでアンチョビさんには生徒会側に食事の支援をして欲しいんです。」

 

「はあ?おまえ、頭がおかしくなったのか?なんで敵の支援などしろっていうんだ?」

 

純粋なアンチョビはますますみほが何を言いたいかわからないといった怪訝な顔をしている。

 

「ぷふっ!あははは!アンチョビさん!おもしろいこと言いますね!本当に純粋で真っ白だ!あははは!」

 

みほは吹き出した。そしてパンパン太腿を叩きながら可笑しそうに腹を抱えて笑いだす。笑って笑って笑い転げる。

 

「何がおかしいか?だってそうだろ?わざわざ食事の支援をするなんて。」

 

「あははは!確かにそうです。食事を用意して食べさせるだけなら。でも、今回はこれを入れて欲しいんです。」

 

みほは懐から試験管を取り出した。そしてアンチョビに差し出す。アンチョビは手にとってその試験管を見つめる。

 

「なんだこれは?水か?」

 

「これは、細菌の培養液です。主に食中毒の原因菌が入っています。これを入れて提供して欲しいんです。要するに生物兵器の散布をアンツィオ高校の皆さんにはして欲しいんです。」

 

「生物兵器…?」

 

アンチョビは訳がわからないといった表情をしていた。みほは畳み掛けるようにアンチョビに語りかける。

 

「やってくれたらそれなりの報酬はお渡しします。やってくれますよね?ふふ」

 

アンチョビは目を瞑って心の中で葛藤しているようだった。アンチョビの心の中で天使と悪魔が戦っている。そしてアンチョビは決心したように目を見開く。

 

「断る。」

 

それはみほが望む答えではなかった。みほから全ての人に表情が一瞬抜け落ちた。そしてみほはすぐに笑顔になり、アンチョビに問いかける。

 

「どうしてですか?」

 

「私たちの料理は兵器じゃない。私たちは兵器にするために料理を作っている訳じゃない。私たちは、みんなが美味しいっていって幸せな気持ちになって欲しくて料理を作ってるんだ。確かに、金は欲しい。でも、魂を売ってまで金を手に入れようとは思わない。それに、私たちの料理で人が苦しむ姿なんて見たくはない。だからやらない。話がそれだけなら帰らせてもらうぞ。」

 

アンチョビは立ち上がってここから出ようとした。しかし、みほはアンチョビの肩を掴むと優しく微笑みながら呟く。

 

「帰さないよ。帰れる訳ないでしょ?私の秘密を知ってしまった以上、アンチョビさんには私の監視下で暮らしてもらいます。まあ、それもあと数日くらいの命ですけどね。うふふふ。使えない道具は処分するだけです。」

 

「離せ!絶対に帰る!私は帰らないといけないんだ!あいつらのためにも!」

 

アンチョビはみほを必死に振り切ろうとするがみほの握力が強くて逃れられない。みほはアンチョビから鞭を奪い取るとそれで頰を叩いて拳銃をアンチョビにつきつける。

 

「まだわからないんですか?ここ大洗に来た以上私が絶対的存在なんです。アンチョビさんの命など簡単に握りつぶすことができるんです。さあ、アンチョビさん。私の頼みに背いて無残な死を遂げるか、私の頼みを聞いて幸せな生活を送るか。どちらがいいですか?ふふ…自分がどうするべきかはわかりますよね?」

 

みほはアンチョビに試験管を差し出しながら微笑みかけた。その笑顔は真っ黒に染まっている。アンチョビは項垂れながら細菌が入った試験管を受け取った。

 

「わかった…やる…やるから…」

 

それはアンチョビがみほに屈したことを示す絶対的証明だった。みほは満足そうに満面な笑みを浮かべる。

 

「あはっ!あははは!それでいいんですよ!私に従ってさえくれれば!貴女は私の支配下にいればいいんです!あははは!アンチョビさんさへ落としてしまえばあとは簡単!これでアンツィオも私のもの!まさかこんなに早く手に入れる目処がつくなんてね!あははは!まさに計画通り!あははは!ああ!楽しい!」

 

「アンツィオは…好きにさせない…絶対におまえのものにさせてたまるか…」

 

アンチョビは声にならない小さな声で呟いた。みほはにっこり微笑みちらりと拳銃をアンチョビに見せる。

 

「いいんですか?ここで私にそんな口を聞いて…ふふ…ここでは私が絶対だって言いましたよね?お望みなら拷問で死んでもらってもいいんですよ?」

 

アンチョビはみほの言葉に後ずさりをしながら必死に首を横に振る。みほはそれを悪魔のような笑みを浮かべながら眺める。みほは自身が編み出した、人を確実に支配して思い通りに操る方法でいまだに失敗したことがない。だから、みほはこの方法に絶対的な自信を感じているようだった。何でもかんでも自分の思い通りになる。そんな感覚にみほは酔いしれ、みほの支配欲はどんどん膨らんでいた。

 

つづく



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第72話 悪魔への恋

少し時間を遡って優花里がアンツィオに行った時の大洗での出来事です。みほ陣営のお話。
恋する梓です。


話は少し時を遡る。優花里がアンツィオに輸送機で出かけている間もみほの残虐行為は止まらない。優花里が出かけている間に大洗で起きたできごとも述べなくてはならない。

優花里が知波単の輸送機で飛び立った後、みほは執務室に戻って梓を呼び出した。梓はすぐにやってきた。トントンと執務室の扉を叩く音が聞こえる。みほは扉に向かって微笑みながらそのノックに応答した。

 

「どうぞ。」

 

「失礼します。隊長、お呼びですか?」

 

「突然呼び出してごめんね。ちょっとこっちに来て。」

 

みほは手招きをしながら梓に近くに寄るように促す。梓は少し不安な顔をして戸惑っている。みほが微笑んでいる時は大抵何か企んでいる時だ。もしかして近寄った瞬間短刀などで刺されるかもしれない。そんなことが脳裏に浮かんでしまうのだ。そんな様子の梓を見てみほはおもしろそうに笑う。

 

「あははは!何もとって食べようってわけじゃないよ。そんな顔しないでこっちにおいで。」

 

みほに散々促されて梓はようやく覚悟を決めたように苦い唾をゴクリと飲み込むとみほが座る机の前に歩を進めた。

 

「やっと来てくれたね。ほら、もっとこっちに来て。」

 

みほは梓の肩を抱き、ぐいっと抱き寄せた。梓の心臓はなぜかドキドキとしている。みほの体温が梓に伝わる。梓は自分の気持ちに気がついた。梓はみほに恋をしてしまっていた。恐ろしいはずなのに好きになってしまったのだ。それは禁断の恋である。人の心はわからない。梓は口をパクパク力なく開閉している。

 

「たたた、隊長!?何を!?」

 

「梓ちゃん。そんなに慌ててどうしたの?顔も真っ赤だよ?うふふふ。誰にも聞かれちゃ困る極秘の話だからね。これから梓ちゃんに極秘の命令を伝えます。」

 

梓の心臓は相変わらずドキドキとしている。みほの息が梓の耳をくすぐる。梓の顔は上気してしまった。みほが何やら梓の耳元で囁くが頭がぼうっとしてしまって入ってこない。するとみほはニッコリと微笑みながら梓の顔に向かって1cmもないくらいの距離まで顔を近づける。

 

「梓ちゃん聞いてる?」

 

「あ…すみません…全く聞いてませんでした…」

 

「うふふ…素直だね…良い子。でも、ちゃんと聞いてね。私は梓ちゃんを手にかけたくない。」

 

みほは梓の頰に手をおきながら耳元で囁く。梓はブルっと小さく震えて、呻いた。

 

「わかってます…」

 

「よかった…それじゃあ最初から説明するね。今度はしっかり聞いてね?優花里さんの様子がどうもおかしいの。優花里さんが少しずつ私に反抗を始めているんだ。実は、この間私が優花里さんが教育を担当している元生徒会軍の子を使うように命令したら一度断ったの。こんなこと信じたくはないんだけどやっぱり優花里さんが私の支配を離れつつあるのは確か。ここら辺で優花里さんにも私に逆らったらどうなるか思い知らせてあげたいんだけどどんな方法で思い知らせるのが良いかな?」

 

「え…?それは本当なんですか?とても信じられません…あの秋山先輩が…」

 

梓は驚いた。まさかあの優花里がみほに抵抗するとは思わなかったのだ。

 

「私も最初、優花里さんが反抗した時何が起こったのかわからなかった…でもそれが本当なんだよね…梓ちゃん。何か案あるかな…?」

 

梓は腕を組んで考え込む。そしてパッと顔をあげてみほにある提案を行った。

 

「それならダージリンさんみたいな方法を取れば良いのではないですか?秋山先輩の家族を秋山先輩の手で処刑させるのです。秋山先輩のご両親は今、生徒会が開設している避難所にいるんですよね?この学校を全て制圧したら秋山先輩にご両親を刺殺させましょう。秋山先輩の心を壊してしまえば今度こそ確実に支配することができると思いますよ。」

 

みほは椅子に腰掛けたまま、目を瞑り頷きながら梓の提案を聞いていた。

 

「梓ちゃんもなかなか悪い子だね。わかった。それじゃあそういう風に進めるよ。」

 

「何度も言いますが、隊長だけには悪い子なんて言われたくないです。隊長はその何十倍いや何百倍何千倍と悪いんですから。」

 

梓はみほに微笑みかける。するとみほはおもしろそうに大笑いした。ここまではっきりと言ってくれる梓はみほにとっては貴重な人間だったのかもしれない。大抵の人間は悪魔の心のみほを恐れて本音を語ろうとはしない。しかし、梓は違う。

 

「あはっ!あははは!そうだね!私に言われたくないよね。わかってるよ。それにしても梓ちゃんは本当に正直だね。素直で良い子。私は梓ちゃんのこと大好きだよ。」

 

梓はみほに大好きと言われて再び顔を真っ赤に染め上げた。梓はアワアワと慌て始めた。

 

「そそそ、そんな大好きだなんて…」

 

梓は恥ずかしそうに俯く。みほはいたずらっぽい笑みを浮かべると、梓の頰を愛おしそうに撫でる。

 

「本当だよ。梓ちゃんの心はわかってる。梓ちゃん、私に恋してるよね?私のこと好きなんでしょ?私を好きになってくれるなんて、嬉しかったんだ。私も梓ちゃんのこと大好きだよ。」

 

みほの言葉を聞いて梓は本当に幸せそうな顔をした。そしてハッとしてモジモジとする。そして、ためらいながら梓はみほに心からの気持ちを伝えた。

 

「あの…隊長!私は貴女のことが大好きです!どうか私と…私と…付き合ってください!」

 

みほは梓の告白を聞いて嬉しそうに笑った。しかし、それは梓が好きだと告白してくれたからというわけではない。梓の純粋な恋心を利用できると考えたからだ。みほは、梓が優花里のように反抗的な態度にならないうちに梓の心の完全なる支配を考えていた。みほは、人間を好きになるという気持ちなどない。自分以外の人間は全てが自分より劣った下等な生物だと思っていた。だから当然そんな下等生物を好きになるわけがないのである。みほが考えていたことを梓の心をどのように利用しようかということだった。

 

「それなら、その私を好きになってくれるその気持ちを証明する代わりに貴女を私に捧げてくれないかな?」

 

「え…?」

 

みほは満面の笑みを浮かべて後ろから抱き寄せて梓の耳元で悪魔の言葉を囁く。

 

「梓ちゃんが欲しいな。全て。私は梓ちゃんの全てが欲しい。心も血も。ねえ、梓ちゃん。私の血を飲んで。」

 

みほは自分の親指を傷つけるとコップに血を入れる。血がポタポタとコップに滴り落ちる。みほは血の入ったコップを梓に差し出した。梓は少しためらっていたがみほからコップを受け取る。

 

「隊長…」

 

梓は一言そう呟いてコップに口をつけると一気に飲み干した。梓の口いっぱいにみほの血の味が広がる。健康的な鉄の味だ。

 

「おいしい?」

 

「はい…おいしいです。これが…隊長の血…」

 

みほが笑顔で尋ねると梓は真っ赤な顔をして喘ぎながら幸せそうに笑い返す。

 

「うふふふ。よかった。梓ちゃんと私はこれで一心同体だよ。例え、私がこの世からいなくなっても私はずっと梓ちゃんの中で私は生き続けることができる。私は梓ちゃんの血となって梓ちゃんの一部になるの。そして、梓ちゃんを支配する。梓ちゃんは私のもの。私だけのもの。もう離さないよ。梓ちゃんは私の操り人形…私のためだけに踊ってね…うふふふふ…私の掌の上で…あはっ!あはははは!」

 

「はい。忠誠を誓います。私は隊長にどこまでもついていきます。私は隊長を愛していますから。何でもします。」

 

みほはニヤリと笑う。梓のたてた誓いは絶対にたててはならない誓いだった。

 

「梓ちゃん…可愛いね…大好きだよ…」

 

みほは嬉しそうに梓を抱きしめた。みほの甘い残酷な嘘に梓はすっかり騙された。みほの柔らかな身体の感触が梓の身体を包む。みほの身体と柔らかい髪から漂う甘い良い香りが梓の鼻をくすぐる。梓は幸せの絶頂だった。頭がぼうっとしてくる。梓は本当にみほが大好きだったのだ。いつまでもこうしていたかったが、梓は重要なことを思い出した。

 

「あの…隊長…」

 

「どうしたの?改まって。」

 

みほは梓を離すと梓はゴクリと唾を飲みながら緊張の面持ちで話し始めた。

 

「隊長、落ち着いて聞いてください。実は、出たらしいんです。」

 

「出たって何が…?」

 

みほは怪訝な顔をして梓を見た。そして首をかしげる。

 

「オレンジペコさんの幽霊と裏切りの芽です…」

 

「どういうこと?」

 

みほは少しも動じることなく優しく微笑みながら冷静に詳細を尋ねる。

 

「はい。実は聖グロリアーナの部隊で噂になっているんです…血だらけのオレンジペコさんの幽霊が夜な夜な現れて恨めしそうなうめき声をあげながら迫ってくるって…」

 

「なるほど。非科学的なことを信じるバカが聖グロリアーナにはたくさんいるんだね。でも、仕方ない。士気に関わるから慎重に対処しなくちゃね。まさか、梓ちゃんまでこんな根も葉もない噂を信じてるわけじゃないよね?私はバカな子はあまり好きじゃないんだ。私に嫌われるとどうなるか梓ちゃんはもうわかってるよね?」

 

みほはニコニコと微笑みながらちらりと拳銃を見せた。梓は必死に否定した。

 

「そ、そんな迷信なんて信じるわけないじゃないですか。」

 

「そうだよね。聖グロリアーナにはよく言い聞かせておくから安心して。それより、私は後者の方が聞き捨てならないんだけど、詳しく聞かせてくれるかな?」

 

みほの顔が途端に恐ろしく変わった。みほは裏切りという言葉に過剰に反応するのだ。みほは今まで散々裏切られてきた。だからみほは裏切りを決して許すことはなかった。梓はダラダラと冷や汗を流しながら秘密警察部隊が手に入れた情報をみほに提供した。

 

「はい。実は、アッサムさんが隊長の体制を疑問視し、人を集めて隊長の体制に関して議論していると匿名で情報がもたらされたのです。まあ、今すぐに危険があるわけではないと思いますが…一応警戒すべきでしょう。アッサムさんは聖グロリアーナの幹部クラスなので裏切りが起きると聖グロリアーナ勢が一斉に裏切ることになる可能性があります。」

 

「なるほどね…わかった。報告ありがとう。まあ、多分大丈夫だと思うよ。」

 

みほはさもなんでもないかのような返答をした。しかし、心の中ではアッサムへの敵意をむき出しにした。

 

(アッサムさん…許さない…私を裏切るなんて…絶対に…アッサムさんは危険だね…今のうちに処分しておかないと…どうしてあげようかな…優花里さんといい、アッサムさんといい引き締めておかないとね…少しでも私に反抗したり疑問を持つとどうなるか教えてあげないと…えへへへ。)

 

みほは拳銃を弄びながら悪魔のように笑う。みほは少しでも自分の体制に疑問を持つ者は許さなかった。みほは疑問を持つということは危険であると考えたのである。疑問を持った瞬間に自分の支配とコントロールを離れる。みほはそれを良しとしなかった。アッサムと優花里には冷酷な処分が待っている。みほは、心をときめかせて2人の処分を考える。梓はそんなみほに魅了された。そんな冷酷なみほが好きで仕方なかった。

 

「隊長…素敵です…」

 

梓は呟いた。梓の愛は歪んでいた。梓はみほが残虐行為をする悪魔の姿が大好きだった。美しくも恐ろしいみほに魅力を感じていたのだ。梓は、改めてみほにひれ伏し絶対服従の誓いを立てる。

 

「隊長。私は隊長を絶対に裏切りません。隊長が足を舐めろとおっしゃるなら舐めることだってできます。」

 

「うふふふ。だったらほら宣言通り私の足を舐めて。その絶対服従の精神を行動で示して。」

 

みほは履いていたブーツと靴下を脱いで、梓の前に足を出す。すると梓は恥ずかしそうにモジモジとしながらみほに要求した。

 

「あの…隊長…ブーツと靴下の匂い…嗅がせてくれませんか…?まずはブーツの匂いを嗅いでから靴下越しの足の匂い、それから生足の匂いを嗅いで…舐めるのはそれから…」

 

「あはっ!あははは!わかった!梓ちゃんったら変態さんなんだから!うふふふふ。はい。どうぞ。」

 

みほは、再び靴下を履くと足を差し出して梓にブーツを投げ渡した。梓はみほのブーツをそっと手に取ると顔に近づけて匂いを嗅ぐ。みほの汗の匂いが鼻腔をくすぐる。みほのブーツの匂いをたっぷり堪能した後は靴下越しの足の匂いを嗅いだ。

 

「これが…隊長の…蒸れた足…いい匂い…特に指と指の間の匂い…癖になっちゃうかも。」

 

梓は我慢できなくてみほの足に顔を埋める。梓の頭は快楽で埋め尽くされていた。その時だった。梓は指でみほの足に触れてしまった。するとみほがくすぐったそうに小さく喘ぐ。

 

「あっ…ん…」

 

梓はみほのとろけるような声を聞いて興奮してしまった。梓はみほの足に指を這わせる。みほはくすぐったそうな声をあげ続ける。

 

「あっ…んん…んん…くん…」

 

「隊長…可愛い…靴下…脱がしますね…」

 

梓はそっとみほの靴下を掴んで優しく壊れ物を扱う手つきでずり下ろした。みほの白くて綺麗な素足があらわになり、梓はみほの素足の指と指の間に顔を埋めて深呼吸をして蒸れた素足の匂いを存分に嗅いだ。梓はそれを心地よいフローラルのような匂いと脳内に認知された。梓は我慢ができなくなり、いよいよみほの足を掴んで素足を舐めようとした。

 

「梓ちゃん!待って!」

 

梓はみほに命令されて身体をビクンと反応させた。目の前にあるのに舐められないもどかしさでウズウズしている。まるでお預けを食らっている犬の気分だった。

 

「隊長…もう我慢できません…隊長…」

 

「うふふふ…私の足の裏をくすぐった罰だよ…私から主導権を取ろうなんて100年早い…まだ…まだだよ。よし!いいよ!」

 

梓は喜んでみほの足を舐めた。みほは足の裏を夢中で舐める梓を蔑みながらゴミを見るような冷たい目で見つめていた。それでも梓はみほを愛していた。

 

「これが…隊長の…白くて綺麗…だけどジメジメしてて足の裏すっごく蒸れてる…でも…隊長の足なら………では隊長、指と指の間から舐めさせていただきます…………うん…おいしい…んっ…」

 

みほの目論見通り梓の心はみほに完全に支配されていた。みほは梓の恋心を利用することで梓に絶対服従を誓わせた。梓は今までもみほに支配されていた。しかし、絶対服従を誓ったのは初めてのことである。梓は大洗女子学園において一番最初に強制ではなく自らみほに忠誠を誓ってみほに心を売った人物となった。梓という絶対的な副官を手に入れたみほはますます暴走していくことになる。



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第73話 思わぬ再会

みほ陣営のお話です。
お待たせしました。遅れてすみません。
今日は梓が思わぬ再会を果たします。


その後すぐである。みほに永久の忠誠を誓うために梓がみほの足を舐めていると、突然誰かが飛び込んできた。梓は一瞬何が起こったのかわからなかった。しかし、梓は気にすることなく、みほの足を舐めて続けた。

 

「みほさん!ゲーム参加者の川谷空が目を覚まし…まし…た?って!みほさん!?何やってるんですか!?」

 

みほは、飛び込んできた黒森峰の生徒をちらりと見るとため息をつく。

 

「直下さん…人の部屋に入るときはノックをするようにってあれだけ私が黒森峰にいた頃から言ったのに…」

 

「ごめんなさい…でもそれっていきなり入ったらマズイことを常にやってるってことですよね?ていうか、みほさんにまさかそんな趣味があったなんて…」

 

直下はニコリと微笑んだ。みほは直下からの思わぬ指摘にみほは少したじろぎながら必死に否定する。

 

「ち…違うよ。私は人に足を舐めさせる趣味なんてないよ。ただ、梓ちゃんの忠誠心を確かめるために…」

 

「本当ですか…?あ、そうだ。このこと赤星に報告しちゃおうかな…」

 

直下は、粘りつくような視線をみほと梓に向けている。直下が小梅に今ここで目の当たりにしたこの一連の出来事を報告すると言った途端、みほはやおら慌て始めた。

 

「やめて!小梅さんには言わないで!お願い!」

 

梓は驚いた。いつもは何事にも動じることのないみほがこんなに慌てふためくとは思わなかった。小梅とみほの間に一体何があるのだろうか。

 

「あはは。冗談です。赤星、怒らせると怖いですからね。私でも口が裂けてもこんなこと言えませんよ。」

 

「そうだよね…今見たことは特に小梅さんには絶対内緒だよ。お願いね。」

 

みほが指を口に当てて微笑むと直下はいたずらっ子のように笑った。そして、こんな事態になってもまだみほの足を舐め続けている梓をちらりと見ると呆れたような顔をする。

 

「それで梓ちゃんはいつまでみほさんの足を舐めているんですか…?そんなに美味しいですか…?」

 

「え?いや…これは…その…」

 

梓はようやく我に返った。完全な無意識だった。梓はみほ以外の何もかもが見えていなかった。直下にこの姿を晒したのが恥ずかしくてたまらなくなった。

 

「あはは!正直に言ってみてください。美味しかったんですか?みほさんの素足。確かに綺麗な素足ですから甘くて美味しそうですけどね。」

 

梓は顔を真っ赤に染めながら下を向き、小さな声で呟いた。

 

「はい…美味しかったです…幸せな時間でした…」

 

「ふふ…正直で良い子ですね。今回のことは見なかったことにしておいてあげます。みほさんに恋をするのは良いですが、赤星にばれないように気をつけてね。もしばれたら…命がないかも…」

 

梓はゴクリと苦い唾を飲み込む。そして何度も大きく首を縦に振った。直下は満足そうに頷く。

 

「それじゃあ、2人とも一緒にゲーム会場まで戻りましょう。梓ちゃんは決して赤星にみほさんへの恋心がばれないように注意してくださいね。それじゃあ行きましょうか。」

 

「わかった。ところで空ちゃんはどんな様子だった?」

 

みほは倒れた空の容態を尋ねた。直下は心配いらないといった口調で報告する。

 

「現在容態は安定していますが、酷く痛がっていました。誰かが傷口に塩を塗ったみたいで。いったい誰でしょうね?こんな悪魔みたいなことをする人は…ふふふ…」

 

「そうだね。誰だろう。うふふ…」

 

答えはもはやわかりきっている。こんなことやる人は1人しかいない。ゲームマスターのみほしかいないのだ。わざわざ、傷口に塩を塗って犠牲者が苦しむ表情を喘ぎながら眺める者はこの学園艦にはみほ以外考えられないのだ。

 

「まあ、答えは知ってるんですけどね。こんなことやる人はみほさんしかいないですから。みほさんは本当にいたずら好きで困りますよ。」

 

「えへへ。そうだよね。私しかいないよね。こんな酷いことやる人は。でもね、楽しいんだ。」

 

みほは本当に楽しそうな笑みを浮かべる。まるで遊園地に行った子どものように楽しそうな笑顔だ。

 

「なるほど。それじゃあ、行きましょうか。」

 

みほはタオルで梓の唾液を拭くと、靴下と靴を履いて準備をした。そして、ライフルを手に外に出て収容所へと向かった。収容所の門が大きな音を立てて開いた。みほはニコニコ笑いながら収容所の中へと入っていく。

 

「あ、皆さん!元気ですか?えへへ。こんなに痩せちゃって…頑張ってくださいね。」

 

みほは収容者たちに嘲笑いながらゲーム参加者の特別区として指定されている収容所へと歩いた。髪を丸刈りにされ、痩せた収容者たちはみほたちを恨めしそうに見ていた。梓は身体を縮こまらせて歩く。視線が痛くてたまらないのだ。しかし、みほは拠点に帰る時と同様どこ吹く風といった具合で手を振りスキップでもしそうな勢いで堂々と胸を張りながら歩く。梓は収容者たちの視線に耐えながら歩いていると突然声がしてきた。

 

「梓ちゃん…?こんなところで何やってるの…?」

 

梓はハッとして声のする方を振り向く。そこには懐かしい友の姿があった。

 

「彩ちゃん?なんでこんなところに…?」

 

「わからないよ…戦争が始まった時、私たち家族は一度学校に避難していたんだけど、一時帰宅の許可が出たから帰ってたら突然街が襲われて捕まって…お父さんとお母さんとは離れ離れでどこに行ったかもわからない…」

 

梓は目の前の哀れな友人の頰に両手をそっと当てて涙を流しながら友人の体温を感じた。

 

「こんなに痩せちゃって…それに髪も…あんなに長かったのに…どうして…」

 

「髪はバリカンで刈られちゃったの…それにご飯も乾パン一個とかで…それに労働も厳しくて…今までも何人も苛酷な環境に倒れていったわ…それよりも、なんで梓ちゃんがあの悪魔と一緒にいるの…?」

 

梓は何を言えば良いのかわからずに口をつぐむ。彩は心配そうに梓を見つめている。明日の命さえもわからないのに友達を心配する心優しい少女だった。みほは思わぬ再会を果たした梓たちを遠くから見ていた。しかし、その様子を見ているとみほの真っ黒な心がくすぐられた。真実を告げた時、彩がどんな反応をするのか見てみたくなったのである。

 

「どうして梓ちゃんがここにいるのか教えてあげようか?」

 

みほはニコニコ満面の笑みを浮かべながらこちらに向かってくる。梓はやおら焦り始める。

 

「隊長…やめてください…」

 

「えへへ。梓ちゃん。良いじゃない。どうせすぐにバレるんだから。あのね。梓ちゃんは…この収容所の所長なんだよ。だからここにいるの。みんなをこんな目にあわせてたのは貴女の友達の梓ちゃんだったんだよ。」

 

彩は目を剥いた。そして青い顔をしてぶるぶると震える。まさか友達がこんなことをしていたなんて自分たちをこんな目にあわせていたなんて思ってもみなかった。

 

「梓ちゃん…嘘でしょ…?嘘だよね…?梓ちゃんが…そんなこと…梓ちゃん…」

 

彩と梓はふたりとも泣きそうな顔をして見つめ合う。梓はどう答えれば良いかわからなかった。

 

「それは…」

 

梓は必死に誤魔化そうとした。けれど、それを彩は許さなかった。梓の肩を掴みながら身体を揺らして問いただす。

 

「梓ちゃん!ちがうよね?梓ちゃんがこんなことするわけないよね?ねえ?梓ちゃん?教えてよ…」

 

梓は彩の頰から手を離して下を向き首を横に力なく振りながら声にならない声で呟く。

 

「そうだよ…私は…隊長が言うようにここの収容所の所長だよ…全て私が命令した…でも、髪まで刈って食事まで乾パン一個にしろなんて言ってない…」

 

「嘘でしょ…?梓ちゃん…変な冗談やめてよ…」

 

彩は悲しそうに笑った。梓はこれ以上友達の彩を困らせるのはかわいそうだと思った。梓は断腸の思いで彩との交友を断ち切ることを決意した。それが双方にとって良いと思った。

 

「彩ちゃん…ごめんね…冗談じゃないの…私がこの収容所の創設を提案して、捕虜たちの扱いも私が決めてた…だから彩ちゃんをこんな目にあわせたのは私…全て私の責任…失望したよね…私、悪魔だよね…私たちはもう…会わない方がいいかもしれない…彩ちゃん…私たち交友を断ち切ろう…その方が彩ちゃんは幸せになれる…」

 

「何いってるの!?なんでそんなこと言うの?そんなの嫌だよ!梓ちゃんともう会えないなんて嫌だ!梓ちゃんが悪魔?ううん!違う!梓ちゃんは悪魔なんかじゃない!梓ちゃんはとっても優しい子だよ!梓ちゃんは西住みほという悪魔に唆されただけだよ!梓ちゃん…前までの優しい梓ちゃんに戻って!お願い…」

 

梓は心が締め付けられる思いだった。梓は彩の手を振りほどくと思いっきり走った。

 

「梓ちゃん!待って!どこに行くの!?梓ちゃん!」

 

「ごめんね…ごめんね…彩ちゃん…」

 

みほは走り去って行く梓と力なく座り込みながら梓に向かって叫ぶ彩を交互に見ながら楽しそうに笑う。

 

「何がおかしいんですか…私たちの仲を引き裂いてそんなに楽しいですか…?」

 

「うん。楽しいよ。私は人が絶望している姿を見るのが大好きなの。」

 

彩はみほに憎悪の表情を向けた。彩はみほを睨みつけ、脚にしがみつきながら叫んだ。

 

「西住みほさん。梓ちゃんを解放してください。自由にしてあげてください。」

 

「それはできないよ。私は梓ちゃんを支配しているんだから。梓ちゃんは私の血を飲み、私の足を舐めて私への永久の忠誠を誓った。梓ちゃんは私のものだよ。梓ちゃんは私の操り人形。彩ちゃん。もう諦めて。」

 

彩はみほの傲慢さに怒りで身体を震わせる。なぜ、こんなにも人を支配したがるのかわからなかった。

 

「許せない…西住みほ!私は貴女を許さない!梓ちゃんを、あの優しい梓ちゃんを返して!」

 

「うふふ。ここで私にそんな口を聞いていいのかな?私は梓ちゃんの上にいる。だから梓ちゃんにどんな命令でも出すことができる。貴女を殺すことだってできるんだから。」

 

彩は殺すという言葉に恐怖で身体を硬直させて何も言えなくなった。みほは彩の顎を持ち嘲笑った。

 

「あはっ!あははは!ほらほら!怖いでしょ?私が怖いでしょ?彩ちゃんも弱虫だね。あははは!」

 

「くっ…!」

 

みほは彩を挑発した。彩は歯ぎしりをして悔しそうな表情を浮かべる。みほは彩にある言葉を言わせようとしていた。さらにみほは彩に挑発を繰り返す。みほは彩の手を取ると自らの首に彩の手を当てながら彩に囁いた。

 

「ほら、殺してごらん。手に力を入れればいいだけだよ?うふふふ。」

 

彩は息を荒げみほを睨みつけながら手を震わせる。しかし、できなかった。彩の心は純粋だ。どんな理由があれ人を殺してはならない。そう信じていたから目の前の少女がたとえ悪魔であったとしても殺すことができなかったのだ。

 

「やっぱり…できない…」

 

みほはその言葉を聞くとニヤリと怪しく笑い、彩の耳元で囁いた。それは彩にとっては何よりも辛い宣告だった。

 

「そうだ。彩ちゃん。お父さんとお母さんのこと知りたい?」

 

「それは…はい…」

 

「そっか。じゃあ、教えてあげる。彩ちゃんのお父さんとお母さんはね。もうこの世にいないよ。私が身体を引き裂いて処刑してあげた。そして、死体は犬に食べさせてあげたよ。よかったよ。あの処刑は…身体を引き裂く時に血が飛び散って2人ともものすごい叫び声をあげてくれて。うふふふ。すっごくゾクゾクしたよ!ふふ…はははは!」

 

みほは喘ぎながら話す。彩は再び目を剥いた。信じられないといった表情だった。そして、みほにすがりついた。

 

「嘘…嘘ですよね…?」

 

「うふふふ。動画もあるよ。見てみる?辛いだろうけどね。ほら!」

 

みほはタブレットで動画のファイルを開くと彩の目の前に差し出した。その映像は今まで記録されてきた処刑の映像だった。彩は顔を歪めながらその映像を見ていた。みほは懐に忍ばせたICレコーダーを起動させた。次の瞬間だった。彩はものすごい叫び声をあげた。

 

「うわああああああ!お父さん!お母さん!なんで!?なんでなの!?」

 

「ほらね。本当でしょ?あなたのご両親はね、私に逆らったから殺してあげたの。死体も犬が残らず全部食べちゃった。これが、犬が食べた後の死体の写真だよ。」

 

彩の顔は今まで見たことのない憎悪の表情をみほに向けた。みほはその様子を満足そうに微笑みながらみていた。次の瞬間、彩はみほが待ち望んだ言葉を紡いだ。

 

「殺してやる!絶対に殺してやる!」

 

「うふふ。そっか。頑張ってね。あははは!」

 

みほは高らかに笑いながら歩いていった。そして、みほはICレコーダーを取り出して録音された音声を再生した。憎悪の言葉がICレコーダーから聞こえてきた。みほはニヤリと笑う。

 

「えへへ。これで口実ができた。彩ちゃんを処刑する口実が。私に対する殺害予告と反逆の罪。うふふ。」

 

みほは、梓の忠誠心を試すために恐ろしい計画をしていた。みほは梓に彩を処刑させようと考えていたのだ。しかもその方法は梓が考えた処刑方法だった。みほは梓に友人を刺殺させようと考えていたのである。梓が考えた方法で梓自身が苦しむ。なんとも皮肉な話である。梓にこれを命じた時、梓はどんな表情をするのだろうかとみほは楽しみで思わずスキップしながら先に逃げるように駆け出していった梓を追いかけていった。

 

つづく



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第74話 理不尽な宣告

みほ陣営のお話です。
冷泉麻子さん誕生日おめでとう。
最後にちょっとだけ麻子が登場します。
サブタイトル変更しました。話は変わりませんのでご安心を。


少女はスキップをしていた。ここだけ切り取ったら無邪気な可愛い女の子だろう。しかし、スキップしている場所を見れば異様な光景だし、理由を聞けば誰もが震え上がる。その少女は、虚ろな目をし、瘦せ細った収容者たちに恨めしそうに見つめられながら残虐な処刑ができることに喜んでいるのだから。みほは梓と合流した。梓は泣じゃくりながらみほに抗議した。

 

「隊長…なんで…なんで言っちゃうんですか…!彩ちゃんに私がここの所長だって…」

 

「隠しててもどうせバレちゃうし、ちょっと梓ちゃんに意地悪したくなっちゃったの。うふふ。ごめんね。」

 

みほはいたずらっ子のような悪い笑顔を見せながら梓の頭を撫でた。

 

「うう…酷いです…あまりにも酷すぎます…あの…隊長…彩ちゃんを釈放してあげることはできませんか…」

 

「うーん、えへへ。」

 

梓はダメ元でみほに彩の釈放を願い出る。しかし、みほはニコニコと微笑むだけで特に何も言わない。釈放する気などさらさらないようだ。

 

「その気はなさそうですね…あの、彩ちゃんお父さんとお母さんと離れ離れになったみたいなんですけど、どこに行ったんですか。」

 

梓は友人が言っていた両親とバラバラになってしまったという話を思い出していた。みほならおそらく友人の両親の行方を知っているだろうと思った。みほはその言葉を待っていたと言わんばかりの笑顔で梓に問う。

 

「うふふ。梓ちゃん。この間、男の人と女の人の身体を引き裂いて処刑したよね?」

 

「え…?はい…確か、一週間くらい前の話ですよね?二度と体験したくはありませんが…今思い出すだけでも吐き気が…」

 

「うん。そうだよ。梓ちゃんまだわからないかな?うふふふ。」

 

梓は首を傾げてみほが言わんとしていることを考えた。そして、梓は全てを理解した。ダラダラ汗を流してうなだれる。そして、自分の手を見てボロボロと泣き始める。みほは満面の笑みで梓の肩を抱きながら顔を近づけた。

 

「隊長…嘘…嘘ですよね…嘘ですよね…私が…そんな…」

 

梓の目から光が消えた。梓の声は震えている。梓はみほの方を見てカチカチと歯を鳴らす。しかし、運命はあまりにも残酷だった。

 

「あはっ!あははは!梓ちゃんようやく気がついたみたいだね!そうだよ。梓ちゃんが殺したんだよ。友達の両親は梓ちゃん自身が引き裂いちゃった。あははは!彩ちゃんだっけ?あの子にこのことを聞かせたらどんな顔するんだろうね!あっはははは!」

 

みほは梓の心が壊れれば壊れるほど喜んだ。壊れれば壊れるほど支配して操るのは簡単になる。みほは絶望する梓の様子を見て腹を抱えて笑い転げた。梓は友人の大切な人の命をこの手で奪ってしまったという罪悪感にかられどうすればいいかわからないと言った様子だ。梓はうわごとを言いながら下を向いている。それでもみほは止まらない。さらにみほは壊れそうな梓の心をさらに再起不能まで追い込もうとさらなる要求を突きつける。

 

「梓ちゃん。処刑してくれないかな。」

 

「え…?誰を…」

 

「うふふふ。彩ちゃんだよ。」

 

「なんで!なんでですか?彩ちゃんが何をしたというのですか!?隊長は彩ちゃんから両親を奪い、そして私にさらなる罪を重ねろっていうんですか!」

 

梓は鬼の形相でみほを睨む。みほは動じることもなくまあまあと梓をなだめるそぶりを見せて微笑む。

 

「まあまあ、そんな怖い顔しないでよ。彩ちゃん。私に殺害予告をしたんだ。これは立派な罪だから処刑しなくちゃいけない。証拠もしっかりあるよ。梓ちゃん。貴女は私に忠誠を誓ったはずだよね?私の汗で蒸れた素足をあんなに幸せそうな顔をして舐めて、血も飲んだくせに裏切るのかな?貴女は誰のものだっけ?梓ちゃん。うふふふ。」

 

梓は唇を噛み悔しそうな表情をする。そして消え入りそうな声にならない声で呟く。

 

「私は…貴女の…ものです…貴女の…操り人形です…貴女の好きにしてください…」

 

「うん?何?聞こえないなあ!」

 

みほは意地悪な口調で言った。梓は拳をぎゅっと強く握るとわめくようなうるさい声で叫ぶ。

 

「私は貴女のものです!貴女だけの操り人形です!貴女の好きにしてください!」

 

みほは梓を愛おしそうに見つめて梓の頰を優しく撫でてキスをした。

 

「うふふふ。良い子。梓ちゃん可愛いね。それじゃあ、彩ちゃんの処刑よろしくね。後で正式な命令書を渡すから。いいよね?」

 

梓は呆然としてもはや思考は停止していた。何も言わずにいるとみほは微笑みながら

 

「何も言わないってことは同意したってことでいいよね?」

 

と言った。梓は頷いた。どうせ拒否してもみほの支配下にある以上意味がない。無理矢理にでもやらされるのだ。拒否することは死を意味する。まずは生きなくてはならない。生き延びなければ何の意味もない。死んだら負けなのだ。梓は心の中で確かめるように呟いた。

 

(死んだら負け。私はなんとしても生き抜く。)

 

その時だった。みほは口を開く。そして、見ていたかのように心の中で梓が思い浮かべた言葉を復唱した。

 

「死んだら負け。私はなんとしても生き抜く。さあ、それができるかな?うふふふ。」

 

みほは梓の心を見透かしていた。梓は恐ろしくなって震えた声でみほに問う。

 

「なんで…」

 

みほは静かに笑いながらそんなことは簡単だという口調でその問いに答える。

 

「目は口ほどに物を言う。目を見ていればわかるよ。その人が何を考えているかくらい。簡単なこと。」

 

「そんな…」

 

「どうしたの?私に心を読み取られたらそんなにマズイことであるの?私ね梓ちゃんは手にかけたくない…梓ちゃんは私の大切な後輩…私には貴女が必要なの…貴女は一心同体の私の一部…お願い…梓ちゃん…私と一緒にいて…」

 

みほは両手を顔に当てて泣きそうな表情をする。しかし、それは偽りの仮面にすぎない。梓を支配するための偽の涙だ。しかし、梓はみほがつけている偽りの仮面にすっかり騙されてしまった。冷静になればみほがそんなこと考えるわけがないとすぐにわかる。しかし、正気を失っている梓には無理な話であった。みほにあんなに酷いことを言われて友達を処刑しろとまで言われても、みほに必要とされることを望んだ。そして、全てを支配されることを梓は許した。

 

「わかりました…どこまでもついていきます。どこまでも。」

 

みほはパッと満開の笑顔になった。そして嬉しそうに手を叩き無邪気に飛び上がりながら喜ぶ。

 

「ありがとう!それじゃあ、行こうか。」

 

みほは微笑みながら梓の手を引いてスキップしながら楽しそうに歩く。梓は手を引かれてふらつきながらついていく。しばらく歩くと、ようやく会場に着いた。そこには2日ぶりに見る痛々しい姿の空の姿があった。やはりまだ傷が痛むようだ。空は右手を抑えながら苦しみ悶えている。みほは寝かされている空のそばにしゃがむと空の頰を撫でながら耳元でそっと囁いた。

 

「空ちゃん。目を覚ましたみたいだね。どう?よく眠れた?えへへ。」

 

「ひっ!みほさん…来ないで!」

 

空は痛みに耐えながら飛び起きて後ずさりをする。みほはくすくすと笑いながら立ち上がった。

 

「ふふ…ずいぶん怖がられてますね。そんなに怖がらなくてもいいじゃないですか。気分はどうですか?」

 

「気分はどうって…最悪ですよ…手の指を失って…!私の人生これからどうなるんですか…」

 

空は泣きながらみほの身体に拳を打ち付ける。包帯から血が滲み、みほの服を血で濡らした。みほはその様子を蔑みながら眺めて冷たい口調で言い放った。

 

「そんなこと、私の知ったことではありませんよ。私はこのゲームを強制した覚えはありません。貴女がやりたいと言ったんでしょ?全て自己責任であり、貴女が選択したことです。貴女の後の人生までは預かり知りませんよ。まあ、最もこのゲームから生還できればの話ですけどね。うふふふ。」

 

「そんな…ひどい…」

 

みほはそれでもなお、食い下がってくる空を鬱陶しそうに見ると振りほどく。

 

「邪魔です。離れてください。さあ、空さんも目が覚めたことですしゲームの続きをやりますよ。席についてください。もたもたすると今ここで死んでもらうことになります。まあ、皆さんにとってはそっちの方が助かるでしょうけどね。ふふ…」

 

みほは懐から拳銃を取り出して空の頭に突きつけた。空は小さく声を上げる。

 

「ひっ!やめてください…」

 

空は素直に従った。息を切らしながら痛みに耐えてなんとか席に着く。長女の真央以外の川谷家の人たちは一斉に空のそばに駆け寄る。

 

「お姉ちゃん!大丈夫なの…」

 

「空!大丈夫なの?」

 

「空!こんなになって…かわいそうに…すごい悲鳴が聞こえてきたが何があったんだ?」

 

「お父さん…お母さん…美幸…心配かけてごめんね…目が覚めたら手がとてつもなく今まで以上に痛くて…」

 

みほは空の話を聞いて、ますます嬉しそうな顔をして皆を眺めていた。そして、みほは自分がしたことを告白した。

 

「うふふふ。痛かったのは当然ですよ。空さんの傷口に塩と唐辛子を塗ってあげたんですから。どうでしたか?」

 

「貴女と言う人は!またそんなことを!なんてことをするんですか!貴女はそれでも私たちと同じ人間なんですか?」

 

美幸は怒りに震えた。指を切断する苦痛を与えた上にさらにその傷口に塩と唐辛子を塗って苦痛を倍増させるなんて許せなかった。みほはくすくすと悪い笑顔を見せる。

 

「うふふふ。あっはははは!そうだ。もっと塩と唐辛子を塗ってあげましょう。」

 

「やめて…近づかないで…」

 

空は席から立ち上がると後ずさりをして逃げ出した。みほは懐から拳銃を取り出して威嚇射撃をしながら空を追いかける。

 

「空さん。どこに行くんですか?私に逃げられるとでも…?ふふ…」

 

「来ないで!来ないで!私に近づかないで!開けて!誰か開けて!」

 

 

 

空は小屋の扉を開けてここから逃げようと必死に叩く。しかし、どこの扉も鍵がかかって開かない。みほは歩きながら追いかけた。みほは突然立ち止まり空の足に向かって銃を撃ち抜いた。

 

「いぎゃあああ!」

 

空は悲鳴をあげて倒れこんだ。それでも這って逃げようとする。みほはジリジリ近づいて、空の切断された右手を踏みつけて肩をガッシリと掴む。

 

「いぎゃあああ!いぎぃいい!」

 

「うふふふ。捕まえた!あはっ!あははは!空さん。ダメじゃないですか。逃げ出そうとしたら。さて、どうしてあげましょうか。逃げ出すというのは重罪です。さて、どんな罰を与えましょうか。」

 

みほは空の口に拳銃を無理矢理押し込む。空は目を見張り、ブルブル震えている。

 

「う…うぅ…」

 

「みほさん…お願いです…許してあげてください…私の大好きなお姉ちゃんを奪わないで…」

 

美幸は床に顔をつけて必死に懇願した。しかし、みほは家族の様子を眺めて心を痛めるどころかもっとこの川谷一家の心を切り裂きたいと考えて黒い笑顔を見せて美幸たちの頭を思いっきり踏みつける。

 

「ふふふ…皆さん。いい格好ですね…さぞ屈辱的なことでしょう。ほらほら!頭が高いですよ!もっと地面につけてください。うふふ。あははは!決めました。空ちゃんを処刑します!梓ちゃん!ファラリスの雄牛をここに!あと、麻子さんも呼んできて!」

 

「了解です。」

 

「みほさん…もうやめて…お願い…」

 

美幸はみほに頭を踏まれながらも必死に頼み込む。しかし、みほは非情にも微笑みながらその申し出を拒否した。

 

「うふふふ。それは無理だよ。美幸さん。私はやめないよ…私はみんなを絶望の淵にたたき落とすことが大好きなの。別にいいじゃない。空さんが死ねばみんなは助かるんだから。結局遅かれ早かれ誰かは殺さなければならない。よかったね。みんなの手で葬ることにならなくて。さあ、それじゃあ楽しい処刑の時間だよ!」

 

みほはファラリスの雄牛に腰掛け、雄牛の顔を愛おしそうに撫でながら微笑んだ。しばらくすると梓は白衣を着た麻子を連れてやってきた。

 

「西住さん…なんだここは…?ここに来るまでに丸刈りで痩せこけた人間に散々睨まれたぞ…」

 

「えへへ。麻子さん。ようこそ。ここは、捕虜反逆者収容所です。梓ちゃんが管理してるよ。麻子さん。人間を焼いた時どんな姿になるか見て見たくないですか?」

 

「収容所…また何か企んでいるのか…?」

 

麻子は訝しげにみほを見る。みほはファラリスの雄牛をあやすように撫でながら反対の手で手招きをすると麻子の耳元で囁く。

 

「処刑だよ。このファラリスの雄牛で処刑するの。人間を高温で熱するとどうなるか。いい実験になると思わない?」

 

「うん。確かに興味ある。見せてくれ。」

 

「うふふふ。わかった。」

 

みほは満足そうに笑って頷いた。麻子はもはや狂気の科学者。マッドサイエンティストだった。自分の興味のある実験と研究はどんなに非道な人道や倫理に反することでも実行することができた。暴走するみほと狂気の科学者となった麻子。この2人は何をしでかすかわからない。もう何が起こっても不思議ではなかった。新しい恐怖が始まる不穏なく空気が大洗女子の学園艦に漂っていた。

 

つづく



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第75話 人間の丸焼き

遅くなってすみません。
お待たせしました。
みほ陣営のお話です。


少女は真鍮製の雄牛に腰掛けながら微笑みながらがっくりと跪く川谷一家を蔑むように見ている。その中でただ1人、美幸だけは姉の空を抱きながらみほを憎悪の表情で睨む。しかし、みほはどこ吹く風と言った様子で動じることもない。

 

「うふふふ。美幸ちゃん。私を恨んでるね。さあ、空ちゃんに最期のお別れをしてね。」

 

ただゴミを見るような目で冷たく見つめて呟くだけである。罪もない人々を処刑することに快感さえ覚えている西住みほという悪魔には理不尽に処刑される人々の悲しみや憎しみが最上の喜びであった。なぜ、そうなってしまったのかそれはみほ自身が地獄の悪魔、憎しみそのものであり、あまりの恨みの深さで心や良心といったものをかき消してしまったからであると言えるだろう。また幼少期から過ごした西住流という箱に押し込まれたことも大きな要因となっているのは間違いないのである。人間の人格形成は幼少期の生育環境が大きな影響を与える。みほが嗜虐的な性格になった原点がそこにある。みほは、この後梓に幼少期のことを語ることになるがそれはまだもう少し後の話だ。さて、幼少期から少しずつ溜まり始めたみほの憎しみと恨みは、黒森峰時代に大きく増大し、ついには許容量の限界寸前まで追い込まれたが、みほは自分が考え出した方法でガス抜きを行なったことにより、大爆発はなんとか防ぐことができていた。しかし、運命は残酷だ。少しずつ歯車が狂い始めて、ついには家族にまで否定され黒森峰ばかりか家からも追放され、島流しのような扱いを受けたことにより、みほの憎しみと恨みは頂点を超えて大爆発して復讐を決意し、その足固めのためにここ大洗女子学園で暴走を始めたわけである。確かに、黒森峰でみほがやったことは間違っている。しかし、少しでも西住家が頭ごなしに否定しなかったら。もし、みほを西住流という箱に押し込めなかったら。もし、黒森峰の生徒たちがみほをいじめなかったら。こんな結果にはならなかったかもしれない。まさに運命のいたずらといえるだろう。さて、みほ自身も周りの者もいずれ自分は死んだら地獄に行き罪を裁かれるのだろうと思っていた。決して許されない罪を犯した重罪人で自分たちが極悪人であることはわかっていた。だから死んだら裁かれるのも仕方がないことだと思っていた。しかし、みほのそば近くにいる者たちはみほが死後地獄の王になると信じている者が多くいた。梓もまたその1人である。つまり、みほは死んでもなお悪魔として生き続けると信じているのだ。悪魔などというと所謂中二病みたいに捉えられるかもしれない。しかし、キリスト教世界には悪魔という概念が神の敵対者として存在しているという共通認識がある。科学が発展した今でも悪魔は存在しているという認識は変わらず、エクソシストと呼ばれる神に仕える者たちが人間に取り憑いた悪魔を祓うという謎めいた儀式を今なお行なっている。その中の悪魔とされる存在には歴史上の人物、例えば古代ローマの暴君、皇帝ネロやあの悲惨な第二次世界大戦の引き金を引き、残虐の限りを尽くしたヒトラーなども悪魔の1人として数えられている。その理屈で鑑みれば西住みほという存在もそれらの人物と匹敵するような悪魔として確実に列挙されることになるのだろう。それらの理由からみほのそば近くにいる者たちはみほが死後悪魔として現世に現れ存在し続けると信じているのだ。いずれにせよ、西住みほが残したブラックホールより黒い何かはその身が滅んだとしてもこの世に存在し漂い続けて、人々に取り憑き支配して、死と破壊へ導くのだろうと考えていた。梓はそんなみほに恐怖しながらも魅了されるという不思議な感覚に陥っていた。なぜそんな感覚になるのかはわからない。もちろんかけがえのない友達まで処刑しろと命じるみほのやり方に反発がないといえば嘘になる。動揺するし、どうすればいいかわからなくなる。しかし、やがて何とも感じなくなる。みほから命じられることは全てが正しいから殺すこともやむを得ないという感覚に変わるのだ。これはもはや西住みほという存在への信仰と言えるだろう。みほを唯一絶対の神として崇めているのだ。いや、神を崇めるというよりは悪魔崇拝というべきなのだろうか。兎にも角にも、梓はみほのことを崇拝していた。しかし、これはみほがやらせたわけではなく、自発的に自然発生したものなのだ。実はこれが重要なことなのかもしれない。強制ではなくあくまで自発的に崇拝させることこそみほの狙いだったのかもしれない。梓は自分の頭をフルに稼働させて今の自分とこの世界を客観視して状況の説明と頭の整理を試みていた。その時、突然誰かから呼ばれた。赤星小梅だった。

 

「あ…赤星さんどうしたんですか?」

 

「どうしたのはこちらのセリフです。何やら心ここに在らずと言った様子だったので、それに声もなんか変ですよ?どうしたんですか?」

 

梓は身体を震わせる。先ほど、直下から小梅には気をつけるようにと注意を受けたばかりである。要注意人物が目の前にいるのだ。梓は必死にばれないように取り繕った。しかし、取り繕えば取り繕うほどボロは出やすい。梓の焦っている表情に、小梅は半眼の粘るような目つきをする。

 

「なんか怪しいですね。何か隠してますか?」

 

「い、いえ…なんでもないです!」

 

梓は声を裏返ってしまいますます焦りの表情を顔に出す。それを見て、小梅は納得するように頷きながら微笑んだ。

 

「澤梓さん。これが終わったらちょっと来てください。お話があります。」

 

梓は口中に溢れる苦い唾を飲み込み頷く。小梅の顔はみほのようだった。まるで、みほが残虐なことを思いついた時のような笑顔である。それがまた恐ろしさを醸し出していた。梓にとったら小梅とは恋敵ではあるが敵対はしたくない相手である。小梅もまた、みほを崇拝している。だから、みほのような残虐行為をやることになんの抵抗もない。敵と認識されたらどんなことになるかわかったものではないのだ。

 

「さあ、そろそろいいよね。処刑の時間だよ。」

 

不意にみほが微笑みながら川谷一家に話しかけた。みほは雄牛の鍵を外して扉を開ける。

 

「さあ、どうぞ。この中に入って。」

 

「嫌だ…嫌だ!嫌だ!嫌だ!死にたくない!死にたくない!」

 

空は這ってでも逃げようとした。しかし、無駄なあがきだ。みほは目で空を捕らえるように梓と小梅に命じた。空はすぐに梓と小梅に両手両足を掴まれて捕らえられる。空は必死に逃れようとするがしっかり掴まれているので逃れられない。

 

「あはっ!あははは!さっきから言ってますよね?逃げることなんてできないって。梓ちゃん。小梅さん。空さんをこの中に入れて。」.

 

ついに処刑の時が来た。梓たちはみほの命令通り空をファラリスの雄牛の投げ入れると速やかに扉を閉める。

 

「死にたくない!死にたくないよ!まだ、私は生きていたい!出して!助けて!お願い!」

 

雄牛の中からバンバンと金属を叩く音が聞こえて来た。しかし、みほはその必死に生きようとする叫び声を聞いてニヤリと笑うとまるでそれを嘲笑うかのようにガソリンを撒き、火を放った。火はあっという間に大きくなる。雄牛の中はフライパンのような状態だ。雄牛の中はさながら地獄だろう。

 

「うふふふふふふ。空さん。本当にいい叫び声を上げてくれる。さらに命乞いまでしてくれるなんて本当に最高だよ。あああ。胸が高鳴ってくるね。さあ、もっともっとその可愛い叫び声を聞かせて。最期の時まで私を楽しませてね。」

 

みほがそう呟いてすぐ後のことだった。中からものすごい叫び声が聞こえて来た。皆、必死に耳をふさぐ。

 

「いぎゃあああ!熱い!あっ!つい!熱いよお!助けて!出して!」

 

雄牛の中から熱くて空がもがく音が聞こえてくる。必死に外に出ようともがいている。逃げ場などどこにもないのになんとかこの熱から逃れようともがき苦しむ。

 

「あはっ!あははははは!さあ!中は全てがフライパン。間違って転んで熱々のフライパンに肌を直接くっつけたらどうなるかな?あははは!」

 

しばらくするとガタンとひときわ大きな音がした。そして、中からひときわ大きな叫び声が聞こえる。

 

「熱い!熱い!うわああああ!肌が!くっついて取れないいい!痛い!痛い!」

 

「うふふふ。そう。正解は肌がくっつく。熱で張り付いたらなかなか取れない。そして、肉がじっくり焼かれる。そして、人間の丸焼きが出来上がり。さあ!次がついにこのファラリスの雄牛の最大の見せ場!この頃になると雄牛に触れている部分は焼け焦げて感覚はなくなり、放射熱で身体全体を焼き始める。だけどなかなか死なない。意識を保ったまま、熱は身体を焼き続ける。身体から水分が抜けてしまうまでその間全身を焼かれる苦しみを味わうの。そして、最後は自分の肉が焼けた煙と水分が蒸発することにより発生する蒸気で呼吸が苦しくなって…そして最後に手を出すのが内部にある管。その管を使って息をしようとすると…」

 

みほがそう言いかけると不気味な鳴き声が聞こえてきた。それはまぎれもない、ファラリスの雄牛の鳴き声だ。雄牛は猛り狂う。それは、ファラリスの雄牛の犠牲者が最期に奏でる音楽だ。犠牲者の命が尽きようとしている時、奏でられる音楽だ。

 

「ヴォォォォウヴォォォォウ!ヴォヴォウ!」

 

「ああ!最高!素晴らしい!素晴らしいよ!いい音だよ!あっはははは!」

 

雄牛の鳴き声はやがて聞こえなくなった。それは、命が尽きたことを意味している。

 

「あ…あぁ…お姉ちゃん…なんで…」

 

美幸は絶望している。大好きな姉がみほによって殺されたのだ。その恨みは相当に深いだろう。しかし、みほは美幸の恨みを逆撫でするような態度をとる。

 

「うふふ。死んだ!死んだね!死んじゃったよ!私から逃げたばっかりに!あっはははは!哀れ!空さんの哀れな姿、どうなっているか後でたっぷり見せてあげる!皆さん!おめでとうございます!皆さんは見事生還されました!皆さんはこの後、次のステージに行くことができます!が…少し予定を変更します!空さん1人があの世に寂しく送られるというのはかわいそうですし、空さんの霊を慰めるために、皆さんのうち1人をあの世に送りたいと思います。」

 

「西住みほ…許さない…お姉ちゃんを…人の命を…一体なんの権利があって!絶対に…絶対に殺してやる!」

 

みほは目を瞑っていたが見開くとニヤリと笑いうなだれる美幸を蔑みながら突然刀を抜く。

 

「うふふふ。決めた。次は貴女の番だよ。」

 

「私の番って?どういうこと…?」

 

美幸はみほが言いたいことをわかりかねていた。しかし、母親の雅子は気がついたようだ。美幸を庇いながら、みほに嘆願する。

 

「私が、私があの世に行きます!だから、娘をこれ以上私の宝を送らないで!お願い!娘たちを助けてください!」

 

「あはっ!あははは!雅子さんもおもしろいことを言いますね!それはできませんよ。もう決めたことなんですから!」

 

「そんな…」

 

雅子は項垂れる。そんな母親の様子を美幸はいきなりの事態で頭がついていけていないと言った様子で困惑顔で見ていた。みほは高らかに笑い、今にも踊り出しそうだ。機嫌良さげに美幸に宣告した。

 

「美幸ちゃん。貴女には死んでもらいます。」

 

「え…?」

 

美幸は目を剥き急に黙り込む。まさか、自分にそんなことが降りかかるなんて思ってもみなかったのだ。

 

「どうしたの?急に黙っちゃって。うふふ。美幸ちゃんは心が弱いね。貴女は強がってるだけ。死の恐怖を味わって本当の貴女を見てあげるよ。あっはははは!でも、貴女にはファラリスの雄牛は使いません。私たちの役に立ってもらってから死んでもらいます。そうですね。人体実験か、生体解剖か。ふふ…あ、安心してください。空さんの哀れな姿は後で必ず見せてあげます。美幸ちゃんがいつ死ぬかはわかりません。精々死の恐怖をたっぷり味わってください。それじゃあ、梓ちゃん。小梅さん。美幸ちゃんを拘束してあの実験棟に連れて言ってください。麻子さんはしばらく残っていてください。空さんの死体の引き渡しの手続きと、検体登録の手続きなど諸事務手続きを行います。」

 

「「了解です!」」

 

「わかった。」

 

3人は了解の応答をした。梓と小梅は速やかに美幸の手に手錠をかけて腰紐をつける。そして立ち上がるように促すと抵抗することなく素直に立ち上がった。美幸はおそらく最後になるだろう空を仰ぎ見て静かに微笑むとみほに向かって叫んだ。

 

「西住みほ!おまえを呪ってやる!おまえは私から姉を奪い、幸せを奪い去った!絶対に許さない!死んでも恨んでやる!」

 

みほはぎりぎりと歯ぎしりをして憎悪の表情を浮かべる美幸に近づくと美幸の頭を撫でながら嘲笑う。

 

「うふふ。私と貴女は触れられる距離にいるのに貴女は私に何もできない。こんなに近づきながら何もできない。結局貴女は何もできないんだよ。口ではいくらでも言えるけどね。貴女は私を止めることはできない。いくら恨んでも無駄だよ。私は憎しみと恨みそのもの。みんなが恨み、憎んでくれることが私にとっては最上の喜びなんだ。あっはははは!」

 

「くっ…それでも私はおまえを呪ってやる!」

 

みほは何も言わずに笑顔を見せた。梓たちが紐を引っ張って促すと睨みながら実験棟に連れられていった。

 

ファラリスの雄牛はしばらく熱くて触らないので、雄牛の中にある空の死体は取り出せない。何もすることがなく暇を持て余していると近くを航行中の知波単高校の学園艦から連絡があった。

 

『間も無く、アンツィオに向かっていた飛行機が帰ってきます。』

 

『わかりました。連絡ありがとうございます。』

 

アンツィオに、アンチョビ誘拐作戦を行なっていた優花里たちが帰ってくるのだ。

 

(今日はかねてから念願の楽しいファラリスの雄牛を使った楽しい処刑もできたしなんていい日なんだろう。アンチョビさんを使って早く新しい細菌を使った人体実験をしたいなあ。そう考えたらやっぱり、美幸ちゃんは生体解剖かな。きっと綺麗な腹わたなんだろうな。うふふ。いずれにせよ、美幸ちゃんをどうするかは私次第。全ては私が握ってる。もう最高だね。あははは!)

 

みほは心の中で呟いた。そして、胸を高鳴らせて、スキップをしながら拠点に向かった。

 

つづく



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第76話 骨の部屋

久しぶりに30年後のお話です。


私は絶句していた。取材対象には私的な感情を持ちこまないことをモットーにしていた私であったが、耐えられなかった。私の心の中には怒りが渦巻く。

 

「許せない…私、許せないです…今まで、私のモットーは取材対象には私的感情を持ち込まず、公平な立場で取材することでした。しかし、もう我慢の限界です!あ…すみませんつい…大きな声を出してしまいました…みなさんの前で申し訳ありません…」

 

私は気がついた時には思わず手を机に打ち付けていた。隣にいた秋山優花里が突然の私の行動に驚いて目を丸くしている。私は我に返り、4人に謝罪した。すると4人は優しく微笑む。

 

「山田さん。優しいですね。心の美しい人です。良いんですよ。怒りたいときは怒っても。私たちのことは気にしないでください。貴女は私とは違います。私は、隊長のそばで散々人を傷つけ、貶め、この手で殺害してきました。私も心が綺麗なままでいたかったです。」

 

西住みほに散々使われ、ボロボロになった澤梓は自分の手を見つめながら寂しそうに笑う。

 

「澤さん…」

 

自然に涙こぼれてきた。いくら止めようとしても全く止まらない。この涙はきっと澤梓の悲惨な体験だけではなく、その友人など西住みほによる犠牲者全てに捧げるものだ。私はしばらく泣き続けた。自分たちも辛いはずなのに、秋山優花里たちは私を励ましてくれた。彼女たちは本当は心の優しい人たちなのだ。彼女たちは決して武器などとりたくなかったはずだ。虐殺や実験、処刑はなおのこと拒否したいものだっただろう。これらの行為を好き好んでする者は西住みほのような狂人しかいないだろう。多感な少女時代にそんな悲惨を体験した彼女たちの心理に大きな影響を及ぼしたのはまちがいないのである。

 

「山田さん。私たち、いえ西住殿のために犠牲になった全ての人たちのために泣いてくれてありがとうございます。きっと彼女たちもせめてもの慰めになるかと思いますよ。」

 

「そうそう。きっと河嶋や出撃して戦死した子たちも喜んでくれていると思うよ。山田さん。ありがとうね。」

 

彼女たちのどこか寂しげな微笑みは私の胸を強く締め付ける。

 

「もう。こんな時間になってしまいましたね。ここを借りている時間が切れそうです。今日のところは解散しましょうか。」

 

小山柚子が腕時計をちらりと見ながらそういった。私も腕時計を見てみるともう17時を回っていた。

 

「ああ!もうこんな時間に!皆さん長い間すみませんでした。」

 

「いえいえ、懐かしいメンバーとも会えたことですし良かったです。あ、そうだ。来週末皆さん予定は空いてますか?」

 

秋山優花里が皆に予定を尋ねたので私は鞄から手帳を取り出してそれをめくりながら予定を確認する。

 

「ええ、私は空いていますよ。」

 

「私も空いています。」

 

「空いてるよー」

 

「空いてます。」

 

全員空いているようだ。秋山優花里は満足げに頷く。

 

「わかりました。皆さん。来週は少し遠出しましょう。皆さんに見てもらいたいところがあります。澤殿は多分どこに行くか場所を聞けばわかると思います。ただし、覚悟はしておいてくださいね。かなり衝撃的ですから。」

 

「ちなみに、どこに行くんですか?」

 

「青木ヶ原の樹海です。」

 

青木ヶ原の樹海と聞いて私は不気味な印象を持った。自殺の名所として有名な樹海に一体何があるというのだろうか。するとやおら澤梓が焦り始めた。

 

「あ、あそこに連れて行くんですか!?私は、やめておいたほうがいいと思います。あそこは…危険すぎる…」

 

やはり何かがあるようだ。知られては困る何かが。私は澤梓に探りを入れてみることにした。

 

「澤さん。そんなに、まずいところなんですか?」

 

「まずいですよ…あの場所は…あの場所の空気は…呪われています…」

 

すると秋山優花里が真剣な口調になった。秋山優花里の意思は固いようだ。秋山優花里は毅然とした態度で澤梓を説得する。

 

「今だからこそ、そこの場所は伝えるべきです。私たちは洗いざらい罪を告白しなくてはいけない。なら、全部思い残すことなく吐いてしまいましょうよ。この4人が一堂に会する機会なんて滅多にないことですし…」

 

「うぅ…わかりました…そこまでいうなら…」

 

「澤殿、ご理解いただきありがとうございます。」

 

澤梓はしぶしぶ同意した。一体樹海に何があるというのだろうか。相当な覚悟がいるもの。全く見当がつかない。私は思い切って、秋山優花里に尋ねる。

 

「あの…樹海に一体何があるんですか?もし、よろしかったら教えていただけますか?」

 

「そうですね。覚悟を決めるためにも事前にお伝えしておきましょう。西住殿が自らに逆らう人たちを次々と処刑していったということは先ほど述べた通りです。そこからがまた狂気でした。西住殿は、処刑した犠牲者たちの骨を集めたのです。遺骨をコレクションしたのです。そして、その遺骨を弄ぶという奇行を始めました。西住殿の執務室の隣に私たちの間では骨の部屋と呼称していましたが集めた遺骨を保管する部屋がありました。しかし、西住殿が卒業し、学園艦を退艦するにあたってその遺骨をどうしようかということになり、西住殿の命令で富士の樹海の溶岩洞窟に遺骨を隠すことになったのです。それが今度行く富士の樹海にあるものです。ちなみに、骨の部屋に案内された者は西住殿の政権においてかなり重要なポストを占めていた者だということを示しています。だから骨の部屋の存在を知る者はそんなにいないと思います。私の記憶では、澤殿と冷泉殿の他に数人が確か骨の部屋に入ったことがあったような気がします。」

 

遺骨を集めた通称「骨の部屋」私は、学生時代に旅したカンボジアにあるトゥールスレン刑務所の光景を思い出していた。S21と呼ばれた歴史上でも有名な負の遺産トゥールスレン刑務所。クメール・ルージュ政権下のカンボジアにおいて政治犯や知識人らが収容され、過酷な拷問と悲惨な虐殺が行われていた。そこに収容されたら生きては戻らぬと言われていた。それにはこんな秘密があった。収容された囚人は有罪と決まっている。だから、拷問し嘘の供述をさせて処刑する。もし、生き残ったり無実が証明されたりしてS21の拷問と虐殺が外にばれないように、何が何でも有罪にして処刑しようとし、さらに拷問が激化するという悪循環によって犠牲者は膨れ上がっていったのだ。現在、S21は国立の博物館になっているが博物館の展示の最後におびただしい数の犠牲者たちの遺骨が展示されている。それは、筆舌に尽くしがたいものだった。それと似たような光景がこの現代の日本にあるとは思ってもみなかった。

 

「骨の部屋…ですか…思い出します…私は学生時代、カンボジアを旅したことがあるんです…そこで、S21トゥールスレン刑務所を訪れたことがあるんですが…あそこはまさに狂気の沙汰…それと同じような光景が現代日本にあったなんて…」

 

「S21に行ったことがあるんですか。でも、S21の犠牲者たちの方が不謹慎ですがまだマシかもしれません。S21ではポル・ポト政権の悪事が白日の下に晒された。でも、西住殿の悪事は未だに知られることなく…犠牲者たちの遺骨は暗い洞窟の中に入られているのですから…」

 

確かに秋山優花里の言う通りかもしれない。ポル・ポトの犠牲者たちはその事実が世間に公開されている。それがせめてもの供養になるだろう。しかし、西住みほに処刑された犠牲者は未だに暗い洞窟の中で闇に葬られているのである。誰にも知られることもなくひっそりとそこにいるのだ。それらの遺骨は一体誰の遺骨でどのくらいの数の遺骨が納められているのであろうか。私は恐る恐る秋山優花里に尋ねる。

 

「数千人規模の遺骨が納められています。色々な人の遺骨です。それこそ、最初にお話ししたサンダースの5人の遺骨もありますし、オレンジペコ殿たちと…河嶋殿の遺骨と…私の…父と…母も…」

 

秋山優花里は泣いた。私は何を言えばいいかわからなかった。秋山優花里の両親の遺骨まで納められているなんて思わなかった。澤梓は確かに言っていた。秋山優花里の両親を秋山優花里の手で処刑させるという計画を提案したと。秋山優花里の両親の遺骨があるということは秋山優花里は自身の手で両親を処刑したということを物語っている。元生徒会組は、河嶋桃の遺骨もあると聞いて目を剥き思わず呻く。

 

「河嶋…河嶋の骨もあるのか…」

 

「桃ちゃん…」

 

しかし、ここで1つ疑問が生まれた。なぜ遺骨の身元がわかったのだろうか。記者という職業をしているためか疑問があるとすぐに聞きたくなってしまう。秋山優花里には申し訳ないが、いつ両親の遺骨が納められているかわかったのか尋ねることにした。

 

「こんなこと聞いて申し訳ないのですが…なぜ、秋山さんは両親の遺骨だとわかったんですか?骨だけでは他人のものと判別できないはずですよね?」

 

「簡単なことです。遺骨には通し番号がつけられています。大抵は収容時につけられる番号がそのままつけられます。それに遺骨にはラベルが貼ってあって通し番号と名前が記載されていたので誰の遺骨なのかは見ればすぐにわかる状態でした。その中に両親の名前も…」

 

「なるほど。そういうことだったんですね。両親の遺骨だとわかった時は辛かったでしょう…骨の部屋には他に何かありましたか?」

 

「辛かったですよ…西住殿は私に両親の骸骨を笑いながら投げ渡してきました。私はそれを落とさないように…壊れないように…必死に受け止めました。私の必死な姿を西住殿は…おもしろそうに笑いながら…眺めていました…必死の私を両親の骸骨はこちらを恨めしそうに見つめているんです…抱きしめて必死に両親に謝りました。許されるはずもないのに…あの時の西住殿の目は脳裏に焼き付いて離れません。まるでゴミを見るかのような目をしていました…そして…西住殿は私から…両親の遺骨を…取り上げて…弄んで…うぅ…すみません…皆さん…辛いことたくさんあったはずなのに…話を元に戻しましょう…ごめんなさい…」

 

秋山優花里が語る記憶は強烈だった。西住みほに両親の処刑を命じられた挙句、両親の遺骨を取り上げられ弄ばれた。しかもその様子をおもしろそうに眺めていたという。西住みほは人間なのだろうか。私と同じ人間なのか。どうしてそんなことができるのか理解の範疇を大きく超えていた。私の拳は怒りで震える。秋山優花里は必死に泣き止もうとする。しかし、涙を流してなかなか話せそうにない。そんな秋山優花里を角谷杏は励ます。

 

「秋山ちゃん。良いんだよ。私たちのことは気にしないで。泣きたい時は泣いてよ。お母さんとお父さんを殺すように強制されて、それで遺骨まで弄ばれて何にも思わないなんていうのは心がない人だよ。」

 

他の皆も秋山優花里の身体をさすったりして励ます。秋山優花里は声を上げて思いっきり泣いた。

 

「うぅ…皆さん…ありがとうございます…骨の部屋には犠牲者に関するあらゆる大量の記録、例えば拷問の記録なども同時に納められました。それに骨の部屋の壁には収容するときに撮影された写真と処刑後の写真が壁一面に貼られていました。」

 

秋山優花里は泣きはらした目で遠くを見つめながら骨の部屋で見た光景を話す。数千単位の骸骨に恨めしそうに見つめられるというのはどんな感覚になるのだろうか。しかも、自分たちと全く関わりないのなら不謹慎だがまだマシかもしれない。しかし、骨の部屋に納められているのはただの骸骨ではなく、自分たちがその手で殺した骸骨たちである。秋山優花里に至っては両親をその手で処刑したのだ。秋山優花里の行為は許されるものではない。しかし、秋山優花里はそのせめてもの償いに自分たちが過去に犯した罪を正面から見つめようとしているのだ。私は、秋山優花里の勇気に尊敬の眼差しを向ける。私は秋山優花里の勇気をこの事実を取材し伝えることでしっかり答えなくてはいけない。私たちは、またもや話し込んでしまい結局ホテルから出たのは19:00だった。出てくるのが遅かったからなのかホテルの人に心配されてしまった。澤梓と生徒会組の大洗町に住んでいる3名と別れた。

 

「お世話になりました。お休みなさい。」

 

「じゃあ、また来週お会いしましょう。」

 

「はい。また来週ですね。」

 

「秋山ちゃん。記者さん。じゃあねー!」

 

「秋山さん。山田さん。またね。」

 

それぞれがそれぞれの挨拶をして再び私たちは車で東京に戻った。秋山優花里は相当疲れたのだろう。車内で眠ってしまった。しばらくして東京の秋山優花里のアパートの前に着いた。秋山優花里を起こす。

 

「秋山さん。着きましたよ。」

 

「う…うーん…あ…すみません…眠ってしまいました…次回は、私の車で行きますから。」

 

「また、よろしくお願いします。」

 

秋山優花里を下ろして、私も自分の家に帰る。風呂に入り、取材ノートを見る。いつもは、取材した後、風呂上がりにビールを飲むのが楽しみなのだが今日はとてもじゃないがそんな気分にはなれない。改めて見れば見るほど怒りと恐怖が込み上げてくる。私の姉も西住みほのそば近くにいたのだ。よくも殺されずに帰ってこれたものだ。それは不幸中の幸いと言えるだろう。そう思っていると私は睡魔に襲われ意識を失っていた。次の日から私は、とりあえず今のところの取材の成果をパソコンでまとめた。そんなことをしているとあっという間に一週間が経った。私たちは再び再開した。今度は大洗組の澤梓と元生徒会は負担をかけさせるわけにはいかないと向こうからわざわざ東京まで来てくれた。私たちが恐縮していると大洗組は気にすることはないと笑う。私たちは、車に乗り込みしばらく車での旅だ。秋山優花里の運転で山梨県の富士の樹海に向かう。その間はなるべく明るく過ごそうということで他愛もないことを話した。

 

「そういえば、うちの大学の人文学部に最近新しい教員が赴任して来たんです。その教員と冷泉殿がやけに仲が良くて。確か、ヨーロッパ近代史の研究者と日本中世政治史の若手のホープって言われている人なんですけど。誰でしょう?確か、日本中世史の方が杉山清美って人でヨーロッパ史が松本里子っていう人なんですけど。」

 

澤梓たちは耳を疑っていた。私も一瞬耳を疑った。その名前はまさしく大洗女子学園のカバさんチームのメンバーの名前だった。角谷杏が呆れたような口調で秋山優花里の疑問に答える。

 

「秋山ちゃん…チームメイトの名前を忘れるなんて…」

 

「え…?」

 

「秋山先輩…多分その2人はカバさんチームの2人ですよ。多分、左衛門佐先輩とエルヴィン先輩だと思います。冷泉先輩が親しいならなおのこと。ちょっと調べてみますね。」

 

澤梓はスマートフォンで名前を調べる。するとやはりそうだ。当然のことながら高校時代からは老けてはいるが相変わらずの格好で講演をする2人の画像が映し出されていた。

 

「も、もちろん。知ってましたよ。はい。」

 

秋山優花里はしどろもどろになりながら明らかな嘘をつく。角谷杏は腹を抱えて大笑いをしている。

 

「あっはははは!秋山ちゃん。誤魔化さなくてもいいよ。普段、エルヴィンとか愛称で呼んでたら本名わからなくなることもあるよね。あっはははは!」

 

そんな話をしていると樹海の近くに着いた。深く鬱蒼とした森は不気味さを醸し出している。近くの駐車場に車を止めて、外に出た。私はゴクリと唾を飲み込む。秋山優花里は皆に、ライトがついたヘルメットを配る。

 

「それじゃあ、行きますよ。」

 

とうとう森に足を踏み入れるのだ。未知の世界に心臓がドキドキと動機を起こす。しばらくは通常通りの遊歩道を歩くが奥に行ったところで秋山優花里は遊歩道から逸れる。

 

「ここからは道無き道を進みますからはぐれないようにしてください。」

 

脇道に逸れてしばらく歩くと大きな穴が見えて来た。溶岩洞窟だ。秋山優花里はそこで立ち止まり、点呼を取る。

 

「全員いますか?ここではありませんがこういう穴にあります。もう少し奥に進みます。ついて来てくださいね。ここではぐれたら死ぬものと思ってください。」

 

秋山優花里はさらに奥へ奥へと進んで行く。2時間くらい歩いただろうか。先ほどから木に囲まれ同じような景色が広がっているように見える。秋山優花里は木にカラーの紐をくくりつけて目印をつけながら道無き道を進む。すると、先ほどより少し小ぶりな溶岩洞窟が現れた。秋山優花里は立ち止まり翻ると少し間をおき静かに話し始めた。

 

「着きましたよ。ここです。皆さん。死者には敬意を払ってください。まあ、皆さんのことだから大丈夫だとは思いますが、よろしくお願いします。それでは、ヘルメットをつけて電気をつけてください。それでは行きましょう。」

 

秋山優花里は地球の中心まで続いていそうな洞窟に入って行く。穴から少し行ったところだった。秋山優花里は手持ちの懐中電灯で洞窟の中を照らす。そこにあったものそれはおびただしい数の遺骨だった。遺骨がケースに入った状態で整然と並べられていたのである。中には全身骨格もあったが、ほとんどが頭がい骨だった。壁一面には犠牲者のだろうかおびただしい数の写真が貼られている。また、遺骨にはラベルが貼られており、誰の遺骨なのかわかるようになっている。皆は自分の知り合いを探し始めた。するとあちこちから叫び声が聞こえてきた。

 

「うわぁぁぁぁ!!河嶋!河嶋!」

 

「桃ちゃん…寒かったでしょう…辛かったでしょう…こんなところに置き去りにされて…ごめんね…」

 

「うぅ…お父さん…お母さん…」

 

「オレンジペコさん…」

 

真っ暗な空間の中で皆が一斉に泣き始めた。私は何もできずにただ見ていることしかできなかった。何もできずに、ただ呆然と遺骨を見ていた。遺骨たちはこちらを恨めしそうに見ている。夢に出て来そうな光景だ。すると突然、誰かが袖を引っ張って来た。身体をビクンと震わせて振り向くと秋山優花里がゆらゆら揺れながら骨を差し出して来た。

 

「これが…これが…父と母の骨です…見てください…ほら…ここです…穴があるでしょう…?こんな大きな穴が…これが…西住殿に弄ばれた証拠…西住殿は両親の頭に…穴を開けたりサッカーボールみたいに蹴ったり…私の両親の尊厳を…!うわああああ!」

 

秋山優花里は錯乱状態に陥った。これはまずい状態だ。このままでは危険と判断し、私たちは一度外に出ることにした。

 

「秋山さん!一旦出ましょう!」

 

私は秋山優花里に促すが秋山優花里は必死に抵抗して外に出ることを拒否する。

 

「うわあああ!やめてください!私はここに住むんです!これ以上両親に寂しい思いをさせたくないのです!離してください!」

 

「何を言ってるんですか!?正気に戻ってください!さあ!行きますよ!!」

 

私たちは遺骨が安置されている棚にしがみつく秋山優花里を引き剥がした。すると秋山優花里は駄々をこねる子どものように手足をジタバタさせて抵抗する。私たちは、4人がかりでなんとか秋山優花里を洞窟の外に出すことに成功した。洞窟の中はまさに地獄よりも地獄だった。秋山優花里が錯乱するのも無理はない。

 

「秋山ちゃん!秋山ちゃん!大丈夫!?」

 

秋山優花里が気を失ってしまい、私たちは深く暗い森の中で私たちは途方に暮れてしまった。洞窟からは無実の罪で処刑された恨みと憎しみが溢れ出してくるように感じられた。錯乱した秋山優花里の目には涙が流れていた。両親を処刑した辛い夢を見ているのか、両親と過ごした楽しい日々の夢を見ているのか検討はつかないが私たちは確信していた。秋山優花里は両親のことが大好きだったのだ。秋山優花里の腕には抵抗する中で必死に確保していたのだろう。両親の遺骨が大事そうに抱かれていた。

 

つづく



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第77話 償い

今日も30年後の話です。


私たちは困ってしまった。こんな山奥でしかも道もわからない中、唯一道がわかる秋山優花里が錯乱して意識を失ってしまったのだ。私たちだけで戻ったら同じような風景の森が続いているので遭難する可能性がある。さらに迷ったら絶対抜け出せないとか方位磁針が使えない、電子機器が狂うなどといった樹海に関する都市伝説がなおのこと私たちを不安にさせる。だから、戻ろうにも戻れないし、進むこともできない。その時だった。突然何かが近づいてくる音がしてきた。私たちは不安に襲われる。クマやイノシシなどの野生動物も怖いが今は人間も怖い。こんなところをうろつく人間は普通の人間ではないだろう。樹海には様々な噂が囁かれている。例えば、自殺者を狙う殺人マニアそして自殺者の皮膚や臓器、血液を狙うヤクザなどそうした連中がうろついているという噂だ。今、私たちは無防備の状態だ。身を守るものは全く持っていない。この状態で襲われたらひとたまりもない。さらにそれよりも怖いもの、それは西住みほの手先と西住みほ本人だ。彼女たちにここで見つかったらきっとこの洞窟の秘密を知ったとして無惨な姿にされて樹海の動物たちの餌にされてしまうだろう。私と澤梓は突然のことに慌てる。しかし、角谷杏と小山柚子は連携してまずは落ち着くように指示を出した。

 

「2人とも落ち着いて。まずは秋山ちゃんを草の陰に運ぶよ!隠れるのはそれからだ!」

 

角谷杏は落ち着いて冷静に指示を出す。さすがは元生徒会長そして現大洗町長である。危機管理能力はとても高い。私たちは角谷杏の指示通り秋山優花里を草の陰に隠して落ち葉で秋山優花里の身体にカモフラージュをした。そして、私たちも何とか草の陰に隠れる。ガサガサと草をかき分ける音を立てながらその何かはどんどん近づいてくる。私たちは汗をダラダラ流しながら息を飲んだ。すると、その何かが私たちの前に現れた。人間だった。白いカチューシャをつけた長髪の女性だった。そう認識するが早いか角谷杏と小山柚子と澤梓が飛び出していった。先ほど現れた女性は突然のことで何が起こったかわからないといった様子だったが、やがて事態を理解したようだ。目の前に突然登場した澤梓たちに目を丸くしている。

 

「え…?もしかして…梓か…?それに会長に副会長まで…なぜここに…?」

 

「あ、はい。澤梓です!お久しぶりです!冷泉先輩!わかりますか?あ、ノーベル賞受賞おめでとうございます!テレビで見てました!すごいですね!見た目あんまり変わってないのですぐにわかりましたよ。」

 

冷泉先輩と呼ばれたその女性。その人は私の取材の申し込みを拒否し続けていた冷泉麻子だった。冷泉麻子は、相変わらずぶっきらぼうに受け答えをする。

 

「ああ、わかるよ。梓こそそんなに見た目変わってないな。見ていてくれたのかそんなに大したことではないし、本当は私が取るべきものではないがありがとう。」

 

その言葉に角谷杏が思わず会話に入り込んできた。ノーベル賞を大したことではなく、自分がとるべきものではないという発言を聞いて驚いた。

 

「そんな、冷泉ちゃん。ノーベル賞って科学者の憧れでしょう?なのにどうして…?」

 

すると冷泉麻子は一瞬悲しそうな表情になるとすぐに無表情になり、静かに語り始めた。

 

「だからこそだ。私の科学者としての道は西住さんの下で生物化学兵器を研究開発し、多くの人体実験をしたことから培った知識でなりたっている。ここにいるってことは見たんだろう?この中にあるおびただしい骨を。この中には私の実験の犠牲になった者も数多くいる。私は西住さんの下で悪魔だったんだ。生きたまま人を解剖したこともある。あの時は何も罪悪感はなかった。ただ、知りたいから。それだけしかなかった。今では申し訳ないことをしたと思っている。今さら悔やんでも私が犯した罪は消えることはないが…」

 

そうだ。冷泉麻子の科学者としての歴史は西住みほに命じられ、マッドサイエンティストとして恐れられたところから始まっているのだ。西住みほとの関わりは冷泉麻子の人生に暗い影を落としている。角谷杏は何とも言えない表情で冷泉麻子を見ながら気まずそうだ。

 

「冷泉ちゃん…なんかごめんね…私、冷泉ちゃんの気持ち全然考えてなかった…」

 

「私こそすまない…みんなにこんな気持ちになって欲しかったわけじゃなかったんだ。話を変えよう。ところで、みんなはどうしてここにいるんだ?」

 

冷泉麻子が話題の転換になおのこと空気は気まずくなる。冷泉麻子は頭がいいが人付き合いについてはそこまで上手くない印象を持った。

 

「えっと…実は私たち、あの戦争について取材を受けていて…秋山先輩がここのことを伝えるべきだということで…」

 

「取材…?もしかして山田さんか…?」

 

「山田さんのことを知っているんですか!?」

 

「ああ。私も取材のオファーを受けたからな。でも、今はいないようだが…?」

 

冷泉麻子は怪訝そうな顔をする。すると角谷杏は笑いながら私が隠れている茂みに声をかけた。

 

「山田さん!そんなところで隠れていないで出ておいでよ。」

 

私はモジモジしながら茂みから出る。別に隠れているつもりはなく、出て行くタイミングを計っていただけなのだ。

 

「べ、別に隠れていたわけでは…初めまして。冷泉さん。」

 

「初めまして。山田さん。」

 

麻子はぶっきらぼうに挨拶を返すと微笑みながら握手をしようと手を差し出した。私はその手を取る。

 

「随分熱心に取材しているようだな。会えて良かった。無事で良かった。実は私もあのあと最初は私の体験を手記にして山田さんに渡そうと考えていた。でも、それだと伝えたいことを伝えられないかもしれない。逃げてはいけないんだ。私は自分であの時のことを語るのが怖かった。でも、考えに考えた結果、思い直して取材を受けることにした。これが私に出来る精一杯の償いであり罪滅ぼしだ。この洞窟の中見たか?驚いただろう?怖かっただろう?今まで、悲惨な話や残虐な話を梓たちから聞いてきたと思う。でも、今までは頭のどこかでは信じられないって思っていたはずだ。でも全て真実なんだ。それをここにある犠牲者たちの遺骨が教えてくれているんだ。この洞窟の中の骨はさっきも聞いていたと思うが、私が手にかけた犠牲者の骨も多い。私の手は汚れているんだ。そもそもここにある骨はすべて私が検死して、薬を使って標本に仕上げた。人はやたら私を天才だと持ち上げるが、私の研究成果の始まりは…もう言わなくてもわかるだろう?」

 

「はい全て見ました。冷泉さんの思いは私が必ず引き継ぎます。」

 

冷泉麻子は私を見てニッコリと微笑みながら頼もしそうに頷く。そして小さく私の耳元で囁いた。

「私たちの彼女たちの悲劇を後世に伝えてくれ。頼む。それが山田さんの役割だ。」

 

私は黙って頷く。冷泉麻子は私の方を二回ポンポンと叩くと皆の方に翻った。

 

「ところで秋山さんはどこだ?」

 

「あ!そうだ!秋山ちゃんのこと忘れてた!」

 

危ないところである。角谷杏は秋山優花里を忘れて帰ろうとしていたのだろうか。小山柚子は首を振りながら呆れた。

 

「会長…秋山さんを忘れるなんて…ひどいですよ…」

 

「ごめんごめん。」

 

角谷杏は頭を掻きながら申し訳なさそうな表情をした。

 

「それで、秋山さんはどこだ?」

 

冷泉麻子は、粘りつくような目線を角谷杏に向けながら詰め寄る。角谷杏は手招きをして冷泉麻子を茂みに連れて行った。

 

「こっちだよ。ほら。ここにいる。」

 

「秋山さん!なんで…なんで…まさか!おまえたちが殺したのか!?」

 

青い顔をして倒れている秋山優花里を見て冷泉麻子は、早とちりをしたようだ。角谷杏は必死に否定しながら落ち着くようにと諭す。

 

「れ、冷泉ちゃん!落ち着いて!違うよ!秋山ちゃんね、あの洞窟の中のご両親の遺骨を見て錯乱しちゃって……今は気絶しているだけだよ!それに私たちが殺すわけないでしょ?確かに秋山ちゃんたちは河嶋の仇だよ?でも、河嶋がそんなこと望んでいないのはわかってる。秋山ちゃんたちは命令されるがまま止むを得ずやったことなんだから…だから、冷泉ちゃん落ち着いて!」

 

冷泉麻子はそれを聞くと安心したように膝から崩れ落ちた。そして深呼吸をすると私たちに謝罪した。

 

「そういうことだったのか…すまない…早とちりしてしまった…」

 

「大丈夫だよ。ところで、冷泉ちゃんはなぜここに?」

 

すると冷泉麻子は少しためらいながら静かにここに来たわけを語り始めた。

 

「菩提を弔いに毎年来ているんだ。実は今日が私が初めて骨の部屋に西住さんに通された日だ。私はその時、西住さんに何もいうことができなかった。西住さんが怖かったからだ。西住さんに逆らったら今度は私が骨の部屋の住人になる気がしたんだ。せめてもの罪滅ぼしに…先に中に入っていいか?」

 

「そっか。わかった。うん。もちろんいいよ。」

 

「ありがとう。」

 

冷泉麻子はそういうと真っ暗な洞窟の闇に飲み込まれて消えて行った。しばらくすると洞窟の中から叫び声と泣く声が聞こえて来た。

 

「冷泉ちゃん。泣いてるね。」

 

「はい。冷泉先輩が泣いているところなんて初めてです。」

 

「澤ちゃんも見たことなかったんだ。冷泉ちゃんの涙。」

 

「ええ。あの時は私たちの心は当然のことながら荒んでいたんです。ましてや、冷泉先輩は…人体実験の主催者のようなものですから…涙など枯れ果てていたのでしょう…」

 

私たちは何もいうことができなかった。鬱蒼とした森の中に冷泉麻子の泣き声が響く。1時間ほどして冷泉麻子は泣きはらした目をして洞窟の中から戻って来た。

 

「うるさくしてしまった。すまない。」

 

「いいよ。存分に泣いていいんだよ。冷泉ちゃんも辛いことたくさんあったんだよね?」

 

「うん。ありがとう。ところで、秋山さんの容態はどうだ?」

 

角谷杏は倒れている秋山優花里に目を落とすと、力無く首を振る。

 

「まだ戻ってこない。」

 

「まずいな…あまりモタモタしていると日が暮れてしまう。」

 

すると今まで変化のなかった秋山優花里の容態に変化があった。寝言を言い始めたのだ。

 

「お父さん……お母さん……大好きだよ……西住殿……やめて……お願い……嫌だ……殺したくない………西住殿!西住殿!やめてください!うわぁぁぁぁ!!」

 

秋山優花里はものすごい叫び声と共に目を覚ました。汗だくになりながら、酷く喘いで苦しそうだ。

 

「秋山ちゃん!大丈夫。大丈夫だよ。ゆっくり深呼吸をして。」

 

角谷杏は秋山優花里の背中をさすりながら落ち着くようにゆっくりと深呼吸させた。

 

「ありがとうございます…夢を見ていました…父と母の…最初はいつもの楽しかった日々…それを西住殿が蹂躙して奪いつくし、私に両親を処刑するように命じて…西住殿がおもしろそうに笑いながら眺める中…私がこの手で両親を殺した…ちょうどあの日…私が体験した両親の処刑の光景を…あの悪夢を…両親は私を恨んでいますよね…憎んでいますよね…わかっているんです…私は…悪魔だって…でも…信じてもらえないかもしれませんが私は両親が大好きだった…本当はこんなことしたくなかった…でも、西住殿の命令は絶対…私はどうすればよかったんですか…うわああああ!」

 

秋山優花里は泣き叫ぶ。角谷杏は秋谷優花里を抱きしめながら背中をさすり、秋山優花里に優しく語りかける。

 

「秋山ちゃん。秋山ちゃんのご両親は秋山ちゃんを恨んでなんかいないよ。私も親になったからわかるんだ。自分の子どもを恨む親がいるわけがない。秋山ちゃんのご両親はいつまでも秋山ちゃんの味方だよ。確かに秋山ちゃんのやったことは間違っているかもしれない。でも、あの時は仕方なかったんだよ。それにみんなわかってる。秋山ちゃんがご両親のこと大好きだったってことは。ご両親はきっといつまでも秋山ちゃんを見守っているよ。だって、ご両親は秋山ちゃんのことが大好きなんだから。」

 

「そうだぞ。秋山さん。そんなに自分を恨むな。ご両親はきっと許してくれる。親にとって子どもは宝物なんだ。」

 

「ありがとうございます。みなさん…ありがとうございます…ご迷惑をおかけしました…戻りましょうか…もう自分を卑下するのはやめます…私は伝えるべきことを伝えます。それが私のせめてもの償いです。」

 

秋山優花里の青い顔はいつの間にか穏やかないつもの優しい顔に戻っていた。秋谷優花里は自分を卑下することはもうやめることにしたらしい。それよりもこの悲劇をもう二度と繰り返さないために次の世代に自分たちの体験を伝えるという覚悟をしたようだ。車までの帰りの道中、秋山優花里は冷泉麻子がいつの間にかそこにいたことに驚いていた。自身の悲しみに心が覆われ気が付いてなかったようだ。私たちは樹海で合流した冷泉麻子と共に再び車に戻り、ホテルに向かった。そして、ホテルで再び冷泉麻子を加えて、全ての悲劇と残虐を集めたかのように悲惨な体験談の取材が始まったのである。

 

つづく



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第78話 見捨てられた少女たち

30年後の話が続きます。
お待たせしました。


彼女は日本を代表する科学者である。だから、冷泉麻子には様々なパイプがある。それこそ、研究者はもちろんのこと、政府筋にも顔が通るのだ。だから、冷泉麻子は私から取材の申し込みを受けて一度断ってから私たちと合流するまでの間、独自のルートであの戦争を色々と調査していたようだった。

 

「山田さんから電話があった後、私も色々調べてみたが、おもしろいことがわかった。」

「おもしろいことですか?一体なんでしょう。」

 

秋山優花里が首を傾げながら冷泉麻子を見る。すると、冷泉麻子は一泊二日の旅行には似つかわしくない、冷泉麻子の身体と同じくらいの大きさのキャリーバッグの中から書類の山を取り出し、テーブルの上に置いた。

 

「これは西住実記といってな西住家に関する記録が書かれている古文書だ。西住家では、この古文書に代々記録を残すらしい。注目して欲しいのはここからだ。この西住実記の中に西住さんの母親のしほと姉のまほの名前はある。しかし、妹のみほの名がない。こっちは、西住家の家系譜だがこれも見て欲しい。西住家代々の名前が書いてあることがわかる。もちろん、跡を継がない兄弟姉妹たちの名前も記されている。しかし、今代つまり、まほの代にみほの名前がない。つまり、西住家の中で西住みほという人物は最初から存在していないことになっているんだ。しかも、もっとおかしなことがある。この調査をする時、私の大学の人文学部に赴任して来た元大洗の松本里子と杉山清美。確か、私たちはエルヴィンと左衛門佐と呼んでいたかな。その2人に九州の歴史学者を紹介してもらって現地の地理がわからないから、私と一緒に西住家に関する資料を取って来てもらおうとした。しかし、九州中の歴史学者から断られたんだ。西住みほと聞いた途端に。だから仕方なく、エルヴィンと左衛門佐に頼むことにしたんだが、これは絶対に裏に何かある。何か大きな力が働いているに違いない。」

 

冷泉麻子は腕を組みながら調査の結果を報告してくれた。冷泉麻子の持ってきた史資料はどれも貴重なものばかりだった。さすがは学者である。調査の方法はよく心得ているようだ。こういうものはなかなか素人が見れるものではない。これらの史資料は学者だからこそ手に入れることができるのだ。私は、冷泉麻子という心強い仲間を得た。

 

「あの。冷泉さん。これ、見てもいいですか?」

 

「ああ、もちろんだ。そのために持ってきたんだからな。」

 

どの史資料から見ようかと私は色々と物色していた。すると、私はとある古い本を見つけた。よく見ると「diary」と書いてあった。かつて誰かがつけていた日記帳のようである。私は冷泉麻子にこの日記帳の出所を尋ねた。

 

「冷泉さん。これも何かの史料ですか?どうやら日記帳のようですが…」

 

「うん。そうだ。先方との約束で詳しくは言えないがこれは、西住さんが生を受けた西住家宗家と血を分けた九州各地に散らばる西住家分家の当主の1人がくれた日記帳だ。これには西住実記と西住家系譜から西住みほの名前が消された経緯が書いてある。」

 

冷泉麻子は私から日記帳を取るとパラパラとその日記帳をめくり、あるページを開いた。そこにはこのように書かれていた。

 

[2015年 6月1日 月曜日 天気 晴れのち曇り 今日、西住宗家に臨時招集された。私は西住家の分家当主としてその会に参加する。その会は西住実記と西住家系譜に西住みほの名前を記すか記さないかという会議だった。みほは、私の姪であるから当然記して欲しい。しかし、それは叶わないらしい。私の姉のしほとその長女すなわちみほの姉のまほによると、みほは黒森峰女学院で戦車隊の副隊長という立場を使い、黒森峰女学院の戦車隊を我が物にしようとし、恐怖で支配しようとした。しかし、その計画は失敗に終わり、みほを西住の家から追放し、戦車道のない学校に転校させた。これに懲りてみほはおとなしくなると思っていたがみほは止まることなく残虐非道な処刑や人間狩りといった行為を転校先の大洗女子学園で繰り返し、大洗女子学園を我が物にしようと企んでいる。これは、大洗女子学園の生徒会長角谷杏からもたらされた情報であり、みほが黒森峰女学院で行った恐怖政治を鑑みると、十分信用に足るものであるとのことだ。ここまで証拠が揃っているのならば仕方がない。みほを西住家系譜と西住実記に記さないということに同意し、彼女が悪魔であることを認めるしかないのだ。また、これ以上西住家はみほに関する一切の無関心、無干渉とすると決議された。それはすなわちどれだけ大洗女子学園の角谷杏という人物から援軍を請われてもそれに応じることはないということだ。その後、私たちはこのことを決して他言しないこと、そしてこの話は忘れることを誓う誓約書を書き、解散になった。しかし、本当にそれでいいのだろうかと私は帰り道で考える。そして、西住宗家のやり方に反感を持った私はその誓約を1日もしないうちに破ることにした。このことは後の世のために書き記しておかねばならぬ。西住家が生み出した西住みほという悪魔を野放しにし、苦しみ喘ぐ罪のない大洗女子学園の生徒を家の名誉のために見捨てるという西住家の流派の裏側にある闇は計り知れない。]

 

この日記の一文を読み、私は怒りに震えた。西住家は全てを知っていたにも関わらず、大洗女子学園を見捨てたのだ。

 

「それじゃあ…西住家は…全てを知っていたのに何もせず、家のために大洗女子学園を見捨てたんですか!?」

 

「ああ。そういうことになるな。これを見て欲しい。これは、5月から6月までの1ヶ月の黒森峰女学院の学園艦の航路を記したものだ。6月1日まで黒森峰女学院の学園艦は東、すなわち大洗女子学園に向かって航行している。しかし、6月2日から3日にかけて大きく方向変えて再び九州方面に航行を始めている。黒森峰では当然のことながら西住家の力は強い。西住流御用達の学校だからな。これは、西住家から何らかの圧力があったと思って相違ないだろうな。」

 

冷泉麻子は淡々と感情を移入することなく、理路整然と語る。私は人間という生き物の汚さ罪深さをを実感していた。しかし、それ以上に絶望していたのが元生徒会長の角谷杏だった。

 

「そんな…信じていたのに…援軍が来る、だから私たちは多大な犠牲を払いながら戦い続けた…なのに…そんなに前から…もう来ないことが決まっていたなんて…」

 

確かに家の名誉、これは大切だろう。戦車道の家元のならばなおのことだ。しかし、そこから悪魔が生まれたのもまた事実だ。西住家は責任を持ってこの悪魔に対処しなくてはならなかったはずだった。身内のことにかたをつけて始めて家元と言えるのではないのだろうか。私は、西住流に大洗女子学園を見捨て、悪魔を野放しにしたとして何かしらの罰が下ることを願った。しかし、現実は非情である。

 

「信じていたのに裏切られる。これほど悲しいことはないな。そもそも、西住さんもそれが始まり…皮肉なものだ…ああ。あと、西住流の家元があったところに行ってみたが、そこはもぬけの殻になっていた。噂では焼け落ちたという話だったが、建物は綺麗にそのまま残っていた。あの噂は噂が一人歩きしたものだったようだ。近所の人に聞いてみたが、その建物は今は別荘のような扱いになっていて他の場所に引っ越したそうで、西住まほたちが今、どこにいるかわからないらしい。だが、たまに誰かそこに西住流の人間が出入りしているそうだ。また、これも噂にすぎないからどうせ噂が一人歩きしているに過ぎないだろうが、西住流になぜか多額の金が入って、東京にマンションを丸ごと購入し、そこに移ったという話があるらしい。これらのことを鑑みると私は西住さんと西住流の裏のつながりは否定できないのではないかと考える。」

 

冷泉麻子によると元住んでた家を別荘にできるほど西住流は繁栄しているという。現実は何とも非情なのか。救うべき人間たちを見捨てたものが栄華を誇り、救われるべき人間が苦しみ喘ぐ。こんなことがあって良いのだろうか。この戦争には様々な人間の思惑に大洗女子学園が翻弄された戦争と言えるだろう。また、これはもしかしたら西住みほ1人だけが企てものではなく西住流を含めた何か大きな闇が裏で蠢いていたのではないか。冷泉麻子はそう仮説を立てた。

 

「それでは、冷泉さんの仮説は西住流は表では西住みほを批判していたが、裏ではもしかして1つの複合体のようにつながっていたと言いたいのですか?」

 

「ああ。そういうことになると言いたいところだが、この2人の反応を見ているとどうも違いそうだな。」

 

冷泉麻子はちらりと秋山優花里と澤梓を見る。2人の顔は何とも微妙といった顔をしていた。

 

「はい。それだといくつかおかしな点が生まれます。それならなぜ、西住殿はわざわざ黒森峰から追放される必要があるのですか?それに、西住殿は親と姉を相当恨んでいました。あの恨みは本心からの恨みでした。そう考えると冷泉殿の理屈は少し…というか全く別物の気が…ああ…すみません…」

 

「そうですね。私たちが対面してきた悪魔の隊長とは違うと思います。」

 

冷泉麻子は無表情のまま腕を組み秋山優花里と澤梓が指摘した自身の仮説の問題点を頷きながら聞いていた。

 

「あれは私なりに考えた仮説に過ぎない。私はみんなの体験は一切知らないからな。私は、西住さんに言われて毎日生物化学兵器の研究と人体実験をしていた。みんなと接触するにしても戦車の操縦だけだった。だから、西住さんのそばに昼間は長くいたわけではないから、西住さんの昼間の様子はあまりわからない。夜は長く一緒にいたがな…というか何度も一夜を…そして…まあそんな話はどうでもいいが、とにかく、私から言えることは西住流は西住みほの残虐非道な処刑や人間狩り、虐殺についてすでに6月1日の時点で把握していた。それにもかかわらず、西住流の名誉のために西住みほという存在を西住家から抹消し、野放しにして大洗女子学園を見捨てた。私が知っているのはそれだけだ。だから、秋山さんや梓の体験も聞かせて欲しい。もちろん、私も自分の体験をできる限り詳細に語ろうと思う。」

 

私は無意識に冷泉麻子に頭を下げていた。冷泉麻子のおかげで調査と取材が大きく進展した。まさに救世主と言える。すると、冷泉麻子はぶっきらぼうな口調で一言呟く。

 

「やめてくれ。私は大したことはしていない。ただ、私の償いをしているだけだ。さあ、みんなの体験談を聞かせてくれ。私も話せることは全て話す。」

 

「わかりました。それじゃあ、あの時代の話の続きをしましょう。」

 

秋山優花里たちはまた、悲惨な少女時代の話を始める。私は無意識にペンをぎゅっと握りしめていた。私の手には事態を知っていたにも関わらず見て見ぬ振りををして、大洗女子学園を見捨てた西住家への怒りと大人の都合で裏切られ、西住みほという毒牙に晒され、殺されていった大洗女子学園の生徒たちの悲しみで震えていた。

 

つづく



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第79話 人身売買計画

お待たせしました。遅れてすみません。
みほ陣営のお話です。
今日か明日かわかりませんが、次回は登場人物紹介の回を設けます。もともと、活動報告でやろうと思っていましたが、もしかして気がつかずに見逃される方がいらっしゃるかもしれないので本文でやります。
よろしくお願いします。


冷泉麻子の日常はみほに誘拐され、協力を余儀なくされた日からガラリと変わった。彼女の日常は常に生物化学兵器研究の毎日である。最初こそ麻子は生物化学兵器の研究など心の底からやりたくなかった。初めて開発した化学兵器、マスタードガスとルイサイトの人体実験の時は必死に感情を押し殺し、犠牲になる被験者たちに感情移入をしないようになんとか耐えていた。しかし、麻子の考えは次の研究である、サリンとVXガスの研究が終了した時から徐々に変化していった。今まで、研究している時には感じたことがなかった感情が身体を駆け巡った。嬉しかったのだ。いくら強制されて嫌々やっていたものであったとはいえ、自分が携わった研究が成功するということはやはり嬉しいことである。麻子はこの生物化学兵器研究に誇りと意義を感じていた。麻子は研究成果が出てみほに評価される、このサイクルに今まで感じたことがなかった快感を覚えた。そして、その誇りと快感はいつの間にか麻子の研究理念に恐ろしい考えを宿し、恐ろしい行動に突き動かすきっかけになった。麻子は科学の発展に犠牲はつきものだという典型的なマッドサイエンティストになったのである。そして、彼らと同じような考えを基に自らの主導のもと、非人道的人体実験を積極的に繰り返し開催するようになっていた。そして、彼女は被験者たちを人間として扱うというよりは実験動物のように扱い、「モルモット」と呼称していた。麻子を突き動かしていたのは知的好奇心だった。麻子は好奇心で人の命を弄んでいたのだ。そして、いつの間にか麻子はみほに並ぶ残虐なブレーンとして人々に認識されることになった。さて、麻子には他の反乱軍の幹部にはない特権が認められていた。それは、戦闘への参加拒否権だ。みほにとって麻子は生物化学兵器開発を担う重要な人物だ。もし、麻子が敵の捕虜になったり、ましてや戦死するなんてことがあったら大変なことである。この研究はこの学園艦内には麻子しかできない。つまり、もし麻子が捕虜になったり戦死したりしたら、みほの強大な軍事力は維持できず崩壊して反乱を鎮圧され、生徒会の捕虜にされるかもしれない。それだけは絶対に避けるべきことだし、それはみほにとって何より屈辱的なことだった。だから、麻子は戦車の操縦が必要な時は別として、戦闘時にその参加を拒否し研究に専念できるという特権を持っていた。しかし、その特権と引き換えに麻子はある義務を課されていた。それが、みほに身体を差し出す義務だ。この義務はみほらしい義務である。みほは、人を屈辱的な目に合わせることが大好きだった。それに、みほにとって、麻子の身体を弄ぶことは楽しいことだったし、十分な慰安になった。そうしたみほの趣味的な面でもみほはこの身体を差し出すという義務を利用したが本当の思惑は別にあった。本当の思惑は、麻子の監視と支配だった。みほは麻子を完全に信用していたわけではなかった。麻子は、みほに誘拐されて協力を要求された時、一度みほに反抗したことがある。みほは、麻子を警戒していた。だから、毎日麻子の様子を伺い、反逆の兆候を見逃さないようにしていたのである。そして、もう1つの狙いは麻子の身体をみほが思うままやりたい放題に弄ぶことで、麻子の心をズタズタに切り裂き、もはや冷泉麻子という存在は西住みほの所有物になったということを麻子に理解させて、操り人形にするという思惑だった。それが功を奏したのだろうか。先ほども述べたように、麻子は日をおうごとにみほのように残虐な実験を進んで行うようになったのだ。そして、その日もまた夜が来た。麻子は、生物化学兵器の開発のためO157とチフス菌の培養を行なっていた。すると、ノックの音が聞こえてきた。

 

「はい。どうぞ。」

 

麻子はぶっきらぼうに扉の向こうに向かって声をかける。この時間に訪ねてくる人は1人しかいない。扉が開くとそこにはみほが立っていた。

 

「麻子さん。こんばんは。研究はどう?進んでる?」

 

「ああ。今はO157とチフス菌の培養を行なっている。いずれはもっと致死性の高いペストとかの細菌も培養したいと思っている。」

 

するとみほは満足そうに微笑みながら、椅子に腰掛けている麻子の背後に回り込んで抱きしめて、麻子の頰を撫でる。

 

「そっか。麻子さんは本当に優秀だね。ねえ、今日はそのくらいにしておいて…ね?ふふ…」

 

麻子はみほが何が言いたいかよくわかっている。今日はもう研究を終わりにして早く私に身体を差し出せと言っているのだ。麻子は頷きながら立ち上がる。

 

「今日もなのか…毎日なんだな…わかった。シャワー浴びてくるから少し待っててくれ。」

 

「うん!あ、そうだ!麻子さん今日はこれ着てよ!」

 

みほが差し出したのはボコの着ぐるみパジャマだった。ボコはみほが大好きなキャラクターである。みほは特にボコが絶対に勝てない戦いに挑みボコボコにされるところを見ているとゾクゾクしてくるという。みほの感性は理解に苦しむ感性だった。麻子はパジャマをみほから受け取りブルリと震え上がった。

 

(まさか西住さんは、今日私のことをボコボコにする気じゃないだろうな…そんな風にされたらたまったものではない…ただでさえ…)

 

すると、その様子を見ていたみほはクスクス笑う。全てを理解したようだった。

 

「うふふふ。麻子さん。大丈夫だよ。麻子さんをボコにはしないよ…優しくしてあげる。だから早くシャワー浴びておいでよ。私はもう浴びておいたから。」

 

麻子はその言葉を聞きホッと安堵のため息をついた。

 

「そうか。それなら良かった。ところで、どうせ裸になるのに、なぜいつもシャワー浴びた後パジャマを着せるんだ?」

 

「うふふふ。それはね、私は一枚ずつ女の子の服を剥いでいくのが好きだからだよ。それに強姦してるみたいで楽しいじゃない…私はね、辱めを受けている女の子を見るのが大好きなんだ…恥ずかしそうに顔を真っ赤にして涙を流す女の子の顔を見てると胸が高ぶるんだ。えへへへ。」

 

麻子はゾッとした。みほの歪んだ心が怖くて仕方なかった。しかし、この気持ちをみほに悟られるわけにはいかない。麻子は無表情のままそうかと一言呟くと風呂場に消えて行った。みほは風呂場の方を眺めてクスリと笑いながら呟く。

 

「でも…心はボコにしちゃうかも…うふふふ…」

 

しばらくすると麻子は風呂から上がった。そして、ボコの着ぐるみパジャマを着て、髪を乾かす。そして、みほの前に現れた。みほはワクワクしながら待っていたが、麻子の姿を見て嬉しそうに手を叩きながら感嘆の声をあげる。

 

「うわあ!可愛い!麻子さん!よく似合ってるよ!」

 

みほは、可愛らしい年相応の女の子の顔に戻っていた。

 

「そうか?ありがとう。」

 

ずっとこんな優しい顔をしていてくれればいいのにと麻子は思った。みほは無邪気にはしゃいでいた。手にはスマホが握られている。

 

「麻子さん!写真撮っていい?」

 

「うん。いいよ。」

 

「やった!ありがとう!」

 

みほは嬉しそうに写真を撮り始めた。みほは麻子に様々なポーズを要求した。麻子は素直にみほの要求に従った。その時は決して恥ずかしいポーズではなく、女の子がパジャマ会などで撮るような普通の写真である。一通り写真を撮り終わるとみほは麻子を抱きしめて麻子の耳を口に含んで舌を這わせた。麻子は思わず声をあげてしまった。

 

「ひやっ!」

 

みほはニヤリと笑い麻子の頭を撫でながら耳元で囁く。

 

「麻子さん。可愛い声…そろそろ…ね?」

 

麻子はちらりとみほの顔を見る。みほは悪魔の顔に戻っていた。麻子がこくりと頷くとみほは麻子を軽々と抱き上げた。麻子は突然のことで最初何が起きたのかわからなかった。麻子は顔を真っ赤に染めて、手足をジタバタさせて抵抗する。

 

「やめてくれ…自分で歩ける…恥ずかしい…」

 

「うふふふ。麻子さん可愛いね。ほら、抵抗しないで…ね?」

 

みほは麻子を下ろす気などさらさらなかった。麻子は諦めて抵抗するのをやめた。みほはニッコリと微笑むとお姫様抱っこをしてベッドに連れていく。そして麻子をベッドに寝かせると麻子の手と足を鎖で繋いだ。いつものことであるが、屈辱的である。これではまるで奴隷じゃないか。麻子はそう感じていた。しかし、今日は今まで以上に屈辱的な思いをすることになると麻子はまだ知らなかった。みほは、唇を噛む麻子を見てニヤリと笑うとポケットからあるものを取り出した。それは犬用の首輪だった。

 

「麻子さん。今日はこれをつけて欲しいんだ。」

 

みほは麻子に首輪を見せる。麻子は下を向いてますます悔しそうな表情になった。みほは麻子の首筋をそっとなぞるように撫でると首輪を装着する。そして、満足そうに頷くと麻子を嘲笑った。

 

「あはっ!あははは!麻子さん!よく似合ってるよ!どう?麻子さん。悔しい?あははは!でも、麻子さんは私に抵抗することはできない。貴女の命は私のもの。生かすも殺すも私次第だもんね。あははは!」

 

麻子は悔しそうに唇を噛み締めるとみほに懇願した。とにかくこの辱めから早く逃れたかったし、これ以上の辱めを受けたくはなかったのだ。

 

「西住さん…もうやめてくれ…」

 

しかし、みほは非情だった。みほにはやめる気などさらさらなかった。みほは麻子の頰を撫でながら微笑む。

 

「それはできないよ。麻子さんもあの時はバカなことしちゃったね。私が麻子さんに協力を要請した時、素直に聞いておけばこんな辱めを受けることにならなかったのに。うふふふ。それじゃあそろそろ始めようか。今夜も私を楽しませてね。」

 

みほは麻子の頭に手を持っていくと麻子の髪を手に絡ませて、頭を撫でる。みほはさらさらな麻子の綺麗な髪を鼻先に持っていくと思い切り深呼吸した。

 

「麻子さんの髪、さらさらしててとっても綺麗な黒髪だね。それにいい匂い。それじゃあ…いいよね…?」

 

みほは麻子を押し倒すといやらしい手つきで麻子のパジャマのボタンを1つずつゆっくりと外していった。麻子は諦めたかのように手と足の力を抜く。やがて、麻子のパジャマのボタンが全て外された。みほはパジャマの前開きの部分をそっと慎重にはだけさせた。麻子の素肌があらわになる。

 

「うぅ…」

 

麻子の顔はいつものこととはいえ、真っ赤になってしまった。麻子は恥ずかしそうに呻く。みほはその声を聞くと麻子の胸に手を置いて麻子の小ぶりな胸を揉んだ。

 

「うふふふ。可愛い。麻子さん。まだまだ全然育ってないね。今日も変化なしだね。えへへへ。」

 

「やめてくれ…そんなところ…触らないで…」

 

みほは麻子の言葉を聞くとますます行動をエスカレートさせた。麻子のパジャマを麻子の身体から剥ぎ取り、ショーツも脱がせ全裸にしてしまった。あとはいつも通りである。身体を撫で回し、全身くまなく舐めた。特に一番恥ずかしい部分は念入りに触って舐めた。みほは麻子に辱めを与え続けた。ゾクゾクとした感覚と恥ずかしさが身体中に走る。

 

「いつも言ってるけど、麻子さんの肌、真っ白で本当に綺麗だね。そしてスベスベでふわふわでお餅みたいにもちもちしてて…ふふ…柔らかい。華奢で襲いかかったら簡単に折れちゃいそう。それに甘くて美味しいよ。うふふふ。幸せ。」

 

みほはいたずらっ子のような手つきで麻子の身体を撫で続けて舌を這わせる。麻子の身体にみほの手と舌の感覚が駆け巡る。麻子はみほの魔の手から逃れようと身体をくねらせるが手と足を鎖で拘束され、さらには首輪までされてベットの柵につながれていては逃れることは容易ではない。みほは麻子を嘲笑うかのように麻子の身体をがっしりと掴み、情事を楽しんでいる。みほはまだ足りないと言わんばかりに麻子の身体を何度も弄びまくった。みほの手と舌はスルスルと蠢き、麻子の恥部を何度も弄んだ。

 

「うぅ…西住さん…そんなところを触らないでくれ…恥ずかしいし…第一そんなところ舐めたら汚いぞ…元々尿を排出する部分なんだからな…」

 

するとみほは相変わらず麻子の恥部を愛おしそうに撫でながら意地悪く笑って麻子の耳元で囁く。

 

「うふふふ。私から逃げられると思ってるの?麻子さんの身体、とっても綺麗だよ。それに言葉ではそんなこと言ったって、身体は正直だと思うけどな。」

 

麻子は顔を真っ赤に染めながら必死に否定した。そんな訳あってたまるものか。そう思っていた。しかし、やはり否定できないのだ。麻子はみほが行なった一連の行為に快楽を感じてしまっていたのだ。すると、突然みほは行為をやめてしまった。

 

「え…?」

 

唐突に終わりを告げた情事に麻子が戸惑っているとみほはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。

 

「麻子さん。やめて欲しいんだよね?やめてあげるよ。ほら。うふふふ。」

 

麻子の身体はみほに続きをしてもらうことを求めていた。理性と欲望が麻子の脳内で戦っていた。しかし、やはり欲望には勝てない。麻子はみほにお願いしてしまった。

 

「頼む。続けてくれ。」

 

「うふふふ。やっぱり身体は正直だね。素直な子は大好きだよ。わかった。もっとやってあげる。麻子さんは私のもの。私の操り人形だよ。うふふふ。本当に可愛い私だけのお人形さんだ。あははは!」

 

みほは麻子身体を一通り弄び、この夜を楽しんだ。夜は更け、みほは裸の麻子の頰を撫でながら唐突に思い出したかのような声を出す。

 

「そういえば、麻子さんに聞こうと思ってたことがあるんだった。」

 

「な、なんだ?」

 

麻子は緊張のあまり声が裏返ってしまった。何を言われるかわからない得体の知れない恐怖に身体を硬直させて思わず構えてしまう。するとみほは笑いながら裸の麻子を愛おしそうに抱いて耳元で囁いた。

 

「うふふふ。大丈夫だよ。何もとって食ってしまおうってわけじゃないから。実は、ちょっと悩んでてね…」

 

「悩んでる?西住さんがか?ちょっと意外だな。」

 

悪魔にも悩みがあるらしい。一見悩みなど全くなさそうだが一体どんな悩みだろうか。みほにも年相応の女の子のような一面があるのかと麻子は少しだけ安心していた。しかし、みほの悩みというのは普通の悩みではなかった。

 

「うん。私も悩み事はいくらでもあるよ。あのね…お金が足りないんだ。戦争には武器がどうしてもいるよね?それの購入費が足りないんだ…どうしよう…」

 

みほは少し寂しそうな顔をした。麻子はまさかそんな話を自分にされるとは思ってもみなかった。どうしたものかと考える。そして独り言のつもりで小さな声で呟いた。

 

「臓器を売るとか…?」

 

「え?どういうこと?詳しく説明してくれる?」

 

みほは目の色を変えて俄然興味を示し、詳しく説明するようにと麻子を急かした。

 

「臓器を闇市場で売ればいい値段になると聞く。どうせ処刑してしまうならそっちの方が効率的じゃないか?それに西住さんは裏社会とかその辺のこと詳しいだろ?知り合いも多そうだしな。」

 

みほはニヤリと笑いながら麻子の意見を聞いていた。そして、決心したようにパンと手を叩く。

 

「うん!じゃあそうしようか。それじゃあ、この仕事麻子さんに任せるね。」

 

「え?私がか?そんなの無理だ。裏社会のことなんてよくわからない。」

 

麻子は何かしら理由をつけてなんとか断ろうとした。裏社会の人間となんて付き合いたくなかったし、研究に関すること以外の汚れ仕事などしたくなかったのだ。しかし、みほはそれを許さなかった。

 

「うふふふ。大丈夫だよ。私もついてるから。それとも麻子さんはまたしても私に逆らうのかな?えへへへ。あんまりしのごの言ってると今日よりもっと酷い目にあわせちゃおうかな。私としてはそれもやぶさかではないけどね。」

 

みほはいやらしい手つきで麻子の身体を頭の先から足の先まですうっと撫で回した。

 

「うぅ…わかった…やる…やるから…」

 

麻子は泣きそうになりながら答える。みほは満足そうに頷くと、再び麻子を抱きしめて麻子の身体で遊んだ。麻子はみほのおもちゃになっていた。壊すも生かすもみほ次第だ。この戦闘を忌避できる生活があるのも全てみほのおかげだ。だから麻子はみほに決して逆らえなかったのである。

 

「それじゃあ、梓ちゃんと2人でなるべく新しく収容所に入った子たちを選定してくれるかな?それでせっかく臓器を売るなら高く売りたいからなるべく健康そうな子たちを30人くらい選んで。さっき調べてみたんだけど人間丸ごと売ると1人で31億円くらいになるみたい。これはおいしいよね…30人も売れば…930億円…これだけあればだいぶ戦力増強できる!戦車もたっぷり買えるし、重機関銃もロケットランチャーも…もしかしたら第二次世界大戦期って言う限定がついちゃうけど戦闘機だって買えちゃうかも…それでもお釣りがくらいかな…まさに格好の金儲け方法!あはっ!あははは!そうだ!捕虜の処分方法に困ってたけど、処刑するくらいならこうして役に立ってもらおう!それにこの前、武器商人が私にコンタクトをとってきた…もしかしたら最新兵器だって売ってくれるかも…これでこの戦争は私が勝ったも同然。惨めな会長達の泣きじゃくって命乞いをする顔が目に浮かぶ…ふふふ…あっはははは!そしていつかはこの強大な軍事力と人身売買ビジネスで得た莫大な財源を背景に私は全学園艦を統べる…道は見えた…」

 

「西住さん…悪どいな…捕虜の処刑方法で新しいビジネスを思いつくなんて…さらに全学園艦の統治?そんなことまで考えていたのか…」

 

「うふふ…もともと、麻子さんのアイディアだからね。麻子さんは人のこと言えないよ…あれ?麻子さんには話していなかったっけ?ああそうか。誰にも話してなかったね。また話すから楽しみにしてて。さあ麻子さん。裏社会の人たちとのコンタクトは私がとっておくね。命令書は後で渡すから速やかにこの極秘計画の遂行の準備をして。決して露呈しないように気をつけてね。うふふふ。」

 

今まで夢物語に過ぎないと思われていた西住みほが抱いた野望が突然現実めいたものになってきた。金さえあれば武器を大量に購入して、軍事力と巨万の富を背景に全学園艦を統べるだけの力を持つことは容易になる。少なくともこの1回目の人身売買でみほが手に入れる予定の金は大洗町の予算を大きく超える。みほはこの恐ろしい計画を1つのビジネスモデルとして確立し、全学園艦の中における絶対的な経済的優位を確立しようとしていた。そうすれば、全学園艦でトップの経済力を持つサンダースを凌ぐ経済力をみほは1人で手にすることになるのだ。強大な軍事力を手に入れた上に日本・アメリカ・中国・ロシア各国政府の秘密を握り、さらに莫大な経済力まで手に入れる。みほはまさに順風満帆完璧な道を歩んでいた。みほの勢いは飛ぶ鳥を落とす勢いであった。みほの頭の中には既に「最終計画」までの具体的プランが形作られつつあった。

 

つづく



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登場人物紹介 第一弾

リクエストにお答えして登場人物の紹介です。今日の登場人物紹介は第一弾として、西住みほ以下3名の反乱軍幹部と、反乱軍と関わりある市民、生徒たちのご紹介です。
出てきた登場人物は全員、紹介をやる予定ですので、残りはお待ちください。


反乱軍幹部(大洗女子の生徒)

 

氏名:西住 みほ

所属校:黒森峰女学園→県立大洗女子学園

学年:2年生(普通一科A組)

所属チーム:Aチーム(あんこうチーム)

担当:副隊長(黒森峰)→装填手(校内模擬戦)→隊長・チームリーダー・戦車長→反乱軍隊長

身長:158cm

スリーサイズ:B:82/W:56/H:84

出身:熊本県熊本市

現住所:大洗女子学園女子寮→(戦争勃発後は学園艦西地区の拠点)

家族:父・母(しほ)・姉(まほ)

誕生日:10月23日(てんびん座)

年齢:16歳

血液型:A型

好きな食べ物:食べ物なら全て

嫌いな食べ物:なし

好きな教科:地理

嫌いな教科:美術

趣味:人間狩り・殺戮・戦争・リアルボコづくり・人の苦痛に歪む顔を見ること・人があさましく憎しみあい殺しあう姿を見ること・捕虜虐待

日課:ジョギング・新しい処刑方法の考案・気に入った捕虜への虐待(身体的・性的)・軍事学と政治学の研究

好きな花:桜

好きな戦車:II号戦車E/F型

座右の銘:平和は剣によってのみ守られる(アドルフ・ヒトラー)

30年後の職業:不明

 

概要

 

反乱軍の隊長として君臨し、戦車戦略はもちろんのこと、戦争論、古今東西の戦史、人心掌握術、演説術、諜報活動、帝王学、毒物学、政治学にも精通している。また、暗殺の手法などにも詳しい。

性格は非常に残虐で嗜虐的なサイコパスであり、人が苦しむ姿そして家族や友人など縁が深い者同士が憎しみ合い、殺しあう姿を見ることに愉悦を感じる。

「狩り」という名で自身が目をつけた生徒を誘拐し、屈辱を与えたのちに屈服させ、忠実な諜報員と生物化学兵器研究の研究員を作り上げる。逆らう者は殺害も厭わない。処刑した人物の遺骨を収集する趣味があり、自身の執務室に隣接した部屋に骨の部屋というコレクションルームを構えている。

 

略歴

 

黒森峰時代〜追放

 

元々は優しい性格だったが、中等部に入学後、1年生で副隊長に抜擢されたことが周囲から妬まれ、いじめられてしまう。自分の身を守る為、みほは副隊長という立場を使い、自身の味方を増やそうとするが、逆に反感を買い失敗。そこで、みほは戦車戦略をはじめとする戦車道関連の研究はもちろんのこと、人々を惹きつける人心掌握術を身につけるためヒトラーの演説を研究し、自分を守るために恐怖政治を行う。しかし、戦車道の決勝戦で川に落ちた選手を救出するために戦車を放置してしまい、優勝を逃す。そこを姉のまほに追及され、恐怖政治を行なっていたことも露呈し西住家に召喚。そのまま追放され大洗女子学園に転校させられる。しかし、みほは真っ直ぐに大洗に向かうことなく、各地を転々とすることになる。その際手に入れた毒物に関する研究ノートはみほの計画を支えるものとなる。

 

戦争勃発前

 

大洗女子学園に転校後、しばらくは普通の転校生として過ごしていたが、戦車道が復活したことを機に黒森峰と西住流に復讐するための計画の第1段階である大洗女子学園完全支配計画を実行し、秋山優花里、冷泉麻子、澤梓を誘拐して性的・肉体的暴行を加えた上、脅迫し無理やり協力を迫る。その後、嘘の情報を流して生徒会の信用を失墜させ、生徒会を除く戦車隊全員と、風紀委員を含める全校生徒の3分の2を味方に引き入れ、反乱軍を組織した。また、各学園艦へ根回しを行い知波単・聖グロリアーナ・マジノの各校を味方にすることに成功している。戦争の口実としてみほは10名程度の先遣部隊で学校を襲撃させ、兵士が捕らえられたことを口実に生徒会側に受け入れ難い最後通牒を突きつける。生徒会側は対話を試みたがみほはそれを拒否。生徒会側の使者を暴行し廃人にした結果、生徒会側に戦争を決意させ開戦に至る。また、開戦までの間に化学兵器の人体実験のために誘拐を繰り返し何人かを殺害している。

 

最後通牒

 

1.反乱軍兵士10名の即日解放

2.学園艦西地区の割譲

3.生徒会権限の全権委任及び生徒会三役の生徒会室からの退去

 

開戦〜現在

 

開戦後、西住みほ率いる反乱軍は快進撃を続け次々と重要地を押さえる。その戦い方は苛烈を極め、ゲリラ対策として市街地への無差別攻撃が行われ市民も多数犠牲になった。また、支配地域で恐怖政治を行い、少しでも反逆の兆しがあった場合は容赦なく処刑した。やがて、捕虜収容所が設置されると人間狩りと称する大規模の虐殺、強制連行が行われた。その犠牲者も含めると現在のところで数千人規模と言われている。また、現在反乱軍の支配地は学園艦の3分の1程度である。

 

捕虜の扱い

 

捕虜は非常に劣悪な環境に置かれ、処刑された者も多い。その筆頭として生徒会軍の司令官河嶋桃がいる。処刑後は見せしめとして遺体を晒された。

 

30年後

 

卒業後すぐに行方不明になっていたが、2年前に、ドイツで秋山優花里の前に現れる。ドイツとポーランドの強制収容所を巡っているらしい。今でも何かを企んでいる謎多き人物。

 

氏名:秋山 優花里

所属校:県立大洗女子学園

学年:2年生(普通二科C組)

所属チーム:Aチーム(あんこうチーム)

担当:装填手・諜報活動局長

身長:157cm

出身:茨城県土浦市

現住所:大洗女子学園艦内の自宅→(戦争勃発後は学園艦西地区の拠点)→東京都内某所

家族:父(淳五郎)・母(好子)

誕生日:6月6日(ふたご座)

年齢:16歳

血液型:O型

好きな食べ物:母が作ってくれるカレーライス・たくあんの缶詰・バウムクーヘン

嫌いな食べ物:酢の物

好きな教科:戦車道

嫌いな教科:国語

趣味:戦車グッズ収集

日課:筋トレ

好きな花:たんぽぽ

好きな戦車:7TP双砲塔型

30年後の職業:東京帝国大学全学共通科戦車道審判課程准教授(専門:戦略学・地政学)

学位:博士(戦略学・地政学)

略歴

 

戦車への愛情とともに造詣が深い、筋金入りの戦車マニアであり、自宅の部屋には戦車関連の品々で飾られている。戦車道の復活を誰よりも胸を高鳴らせて待ち望んでいた。西住みほが黒森峰にいた頃から強い憧れを抱いており、川に落下した味方車を救出したことを英雄視している。西住みほたちとは戦車道の授業初日に知り合った。そこから彼女の運命は大きく狂い出す。彼女はみほに有能な人物であると目をつけられたことにより、みほの手で誘拐され辱めを受けた。西住みほが行なった所謂「狩り」の大洗女子学園における初めての犠牲者。その結果、みほの魔の手で屈服させられて協力を余儀なくされる。秋山優花里はみほの支配下のもと、特に諜報活動局長として諜報活動に従事し、その他にも暗殺や誘拐任務も担っているが、みほのやり方に疑問を感じており、みほに反発している人物とのパイプもあるなど、交友幅広い。また、みほの命令に抵抗した罰、反逆の罪としてみほに自らの手で両親の処刑を行うように強制されており、命令とはいえ自分が犯した罪の重さに30年間苛まれ続けることになる。

 

30年後

 

フリージャーナリスト山田舞に一番始めに協力した人物。東京都内のアパートに一人暮らしをしている。戦車好きが高じて国内の私立大学を卒業後、アメリカへ留学し大学院へ進学、戦略学の修士課程、博士課程をストレートで卒業するが、地政学の博士号を取るためにさらにイギリスに留学し、帰国後防衛研究所の准教授となる。その後、戦車道審判規定改正され、国内の一般的な大学に戦車道審判課程の設置に伴い、冷泉麻子からの要請で現在、東京帝国大学全学共通科目戦車道審判課程准教授。専門は戦略学と地政学。

 

氏名:冷泉 麻子

所属校:県立大洗女子学園

学年:2年生(普通一科C組)

所属チーム:Aチーム(あんこうチーム)

担当:操縦手・特殊研究室主任

身長:145cm

出身:茨城県大洗町

現住所:大洗女子学園艦内寮→(戦争勃発後は学園艦西地区の拠点)→東京都内某所

家族:祖母(久子)

誕生日:9月1日(おとめ座)

年齢:16歳

血液型:AB型

好きな食べ物:ケーキ全般

嫌いな食べ物:特になし

好きな教科:特になし

嫌いな教科:特になし

趣味:読書

日課:特になし

好きな花:オリーブ

好きな戦車:パンターG型

30年後の職業:東京帝国大学薬学部薬学研究科毒物学分野教授(毒物学)

学位:博士(薬学・理学)

 

略歴

 

最初は戦車道は履修していなかったが、遅刻が多すぎて単位が不足し留年の危機だったため、戦車道の履修特典である「遅刻見逃し200日」と「通常授業の3倍の単位」の獲得を迫られ、武部沙織から脅される形で参加することになる。正式に履修する前段階に砲撃により気絶した五十鈴華の代理で操縦手を務めた際、マニュアルを一目見ただけで操縦方法を習得するなどかなりの博識である。計画の成功のために是が非でもその頭脳を手に入れたがった西住みほの指令を受けた秋山優花里により誘拐され、辱めを受けて屈服させられる。みほが行なった「狩り」の2番目の犠牲者。冷泉麻子は、みほの支配下のもと生物化学兵器の研究に従事し、戦闘を忌避する特権が与えられているが、それと引き換えに毎日みほに身体を弄ばれるという辱めを受け続けている。最初こそは人道に反する研究に心底嫌気がさしていたが、研究成果が出るに従って科学の発展には犠牲がつきものであるという考えるようになり、積極的に非人道的人体実験を開催し、被験者たちをモルモットと呼称するようになるなど、マッドサイエンティストとして知られるようになる。また、数多くの捕虜や強制連行した市民を、人身売買の責任者として闇市場で売り払った。

 

30年後

 

フリージャーナリスト山田舞の取材を最初は断っていたが、この悲劇を正しく伝えなくてはいけないと、取材に応じる。現在は亡くなった祖母の家に暮らしている。高校時代にみほの命令で行なった生物化学兵器の研究をもとに現役入学した東京帝国大学と同大学院でも研究を続けて、アメリカ、ドイツなどの大学や各研究機関を点々としたのち、母校の薬学部薬学研究科毒物学分野の教授になる。専門は毒物学だが最近、専門外のことで世紀の大発見をし、ノーベル化学賞を受賞。日本を代表する科学者。

 

 

氏名:澤 梓

所属校:県立大洗女子学園

学年:1年生

所属チーム:Dチーム(ウサギさんチーム)

担当:車長・秘密警察隊隊長・思想課長・捕虜・反逆者収容所所長

身長:151cm

出身:茨城県ひたちなか市

現住所:大洗女子学園艦内寮→(戦争勃発後は学園艦西地区の拠点)→東京都内某所か大洗町の自宅

家族:祖父・祖母・父・母・弟

誕生日:6月22日(かに座)

年齢:16歳

血液型:AB型

好きな食べ物:甘い卵焼き

嫌いな食べ物:不明

好きな教科:国語

嫌いな教科:不明

趣味:読書

日課:特になし

好きな花:白いかすみ草

好きな戦車:コメット巡航戦車

30年後の職業:刑務官

略歴

 

ウサギさんチームの車長で面倒見のいいまとめ役。聖グロリアーナとの練習試合の際、恐怖のあまり戦車を放棄して逃げ出してしまい、反逆罪の容疑で西住みほの命令を受けた秋山優花里に逮捕される。その後、辱めと肉体的暴行を受け、危うく毒ガスの効果を試すための人体実験用モルモットとして処刑されそうになるが、秋山優花里と冷泉麻子の提案で諜報員として働くことと引き換えに命だけは助けられる。みほの命令で同級生を人体実験のモルモットとして提供したことがある。また、捕虜・反逆者収容所の創設を提案した人物であり、みほが行なった処刑方法などを考案した人物でもある。また、親友を自らの手で処刑したこともあり、幾度となく罪の意識に苛まれている。捕虜・反逆者収容所の収容者からは鬼看守として知られ、反乱軍幹部の中でもみほの次に恐ろしい人物であるとされ、恐れられており、4悪の中に含まれている。また、みほの足を舐めるなど忠誠心も非常に高く、みほにもっとも信頼されている人物である。

 

30年後

 

フリージャーナリスト山田舞の取材を2番目に受けた人物。東京にある刑務所の刑務官。夫と二人の子どもがいるが、現在は自身は自宅からだと時間がかかるため、単身東京のアパートに住んでいる。西住みほの闇から未だに抜け出せない様子であり、時たま残虐的なことを口にすることがある。

 

反乱軍と関わりの強い一般生徒及び市民

 

氏名 高橋 萌

年齢 16歳

澤梓のクラスメイト。梓により、連れ去られる。その後、糜爛性の毒ガス実験により死亡。遺体はドラム缶に入れられ海に遺棄された。

 

氏名 不明

年齢 不明

性別 男性

展望台の麓の市街地の住民。自宅を守るために家に残っていたところ、みほに作戦の支障になるという理由で退去を命じられたがそれを拒否した。そこでみほは彼をゲリラの関係者と断定し処刑した。

氏名 川谷賢治

年齢 48歳

川谷家の家長。少し気弱で慎重な面がある。優しい父親

氏名 川谷雅子

年齢 48歳

賢治の夫。賢治と似ており気弱である。優しい母親。

氏名 川谷真央

年齢 18歳

川谷家の長女。生き残るためならどんな手段でも使う非情な性格?指を切断された次女の空の様子を見て嘲笑うなど少しみほと似ている一面を持つ?強運の持ち主でみほが開催したゲームを有利に進める。

氏名 川谷空

年齢 16歳

川谷家の次女みほが開催したゲームにおいて真央にはめられて窮地に陥り、資金が0になってしまうが利き手の指を全て捥がれ、その苦痛をみほに供物として捧げることと引き換えに追加資金を得るが、逃げ出してしまいファラリスの雄牛で処刑される。遺体は麻子に引き取られ、解剖された。

氏名 川谷美幸

年齢 15歳

川谷家の三女。みほが開催したゲームでみほに操られそうになるが指をもがれ苦痛を味わう空の様子を見て自分を取り戻す。そして、みほの本来の性格を見破り、これ以上の罪を重ねないように諭した。姉の空が処刑されると、みほを侮辱した罪、殺害予告を行なった罪で自身も処刑されることになる。

氏名 大野彩(大野あやとは別人)

年齢 15歳

澤梓の友人。戦争が始まった時、家族で学校に避難していたが、一時帰宅の時、反乱軍に街を突然襲われ人間狩りに合う。父親と母親とは離れ離れになった。後に、父親と母親はみほに身体を引き裂かれて処刑されたことが判明し、自身もみほに命令された梓の手で処刑される。

氏名 上村杏奈

年齢 15歳

澤梓の友人。食料施設の攻防戦で噂を流し、生徒会軍の多くを寝返らせ攻防戦における反乱軍の勝利に貢献する。

氏名 大川奈那

年齢 16歳

元生徒会軍。食料施設を守備していたが、寝返りを促されそれに応じ、攻防戦における反乱軍の勝利に貢献した。その後、秋山優花里の預かりで再教育を受け、諜報活動局事務長になる。初任務はアンツィオ高校でのアンチョビ誘拐作戦。



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第80話 みんなのために

みほ陣営のお話です。
統帥(ドゥーチェ)アンチョビに何かが起こります。


優花里は、みほの命令でアンチョビの話し相手に任命された。命じられた仕事はただアンチョビと話すだけの特別何かするわけではなくいたって簡単なものだったが、病気の発症を確かめるための重大な任務だった。アンチョビには実験を行ったことは告げていない。その時に、少しの体調の変化を見逃さないために必ず麻子が同行した。誘拐した者と誘拐された者そして人体実験を行った者が同じ空間に集うというなんともカオスな状況だった。当然、3人はしばらく何も話すことができなかった。アンチョビは手と足を鎖につながれてベッドに寝転んだまま試験管を握りしめて呆然と見つめている。優花里はベッドのそばの椅子に腰掛けて下を向き、麻子は無表情のまま記録用紙を持ちながら見つめていた。最初に口を開いたのは優花里だった。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

優花里はベッドの上のアンチョビに何度も頭を下げて謝った。アンチョビはそれをちらりと見ると試験管を見つめながら尋ねた。

 

「なんで…こんなことしたんだ…?」

 

アンチョビの声はいつもの声ではなく低くて太い怒気が孕んだ声だった。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

アンチョビは相変わらず謝り続けている優花里に苛立った様子である。

 

「だから!謝ってるだけじゃわからないだろ!?なんでこんなことしたのかって聞いてるんだ!」

 

「ひっ!」

 

優花里は小さく声をあげた。アンチョビの怒りはよくわかる。わけもわからないうちにここに連れてこられ、料理を兵器に使うように求められたのだ。アンツィオ高校では、料理にはこだわる美食家気質な学校であり、料理を誇りにしていた。料理は人を笑顔にするもので、幸せな気持ちにさせるものだと信じていた。それにもかかわらず、みほは生物兵器を散布する戦争の道具に使おうなどという。アンチョビはその怒りを優花里にぶつけた。

 

「優花里!なんでなんだ?なぜこんなことを!?料理は兵器じゃない!人を苦しませる道具じゃないんだ!なのにおまえたちはその料理で人を苦しませようというのか!人が苦しむ姿、原因不明の下痢と嘔吐で苦しみながら死んでいく姿を見るのがそんなに面白いのか!」

 

アンチョビは顔をくしゃくしゃにして、優花里と麻子の顔を交互ににらみつけながら罵声を浴びせる。優花里は唇を噛み拳をぎゅっと握り、椅子から立ち上がる。優花里の手は思わずアンチョビの頬を思いっきり打っていた。

 

「私が!私が!望んでこんなことをするとでも思っているのですか!?そんなわけないでしょう!?私だって心の底からこんなことやりたくない!でも、ほかにどうすればいいんですか!?西住殿がいったい何人もの人を処刑、殺害してきたことか!西住殿の命令はここでは絶対なんです!わかったようなことを言わないでください!私たちのことはなにも知らないくせに!」

 

優花里はふと我に返った。心の底から後悔した。被害者はアンチョビの方だ。そんなアンチョビにこちらの気持ちも理解しろなどというのは虫のいい話である。優花里は自己嫌悪に陥った。

 

「すまない…おまえたちの気持ちも考えるべきだった…おまえたちが望んでやるはずなんてないのに…」

 

アンチョビは悲しそうな表情になり一筋の涙を流した。優花里はがっくりと肩を落としながら椅子に腰かけると下を向き、消え入りそうな小さな声で呻く。

 

「アンチョビさんは犠牲者なのに…私はなんてことを…すみません…私のこともわかってくれなんて虫のいい話ですよね…私は、私が命をとられない代わりにアンチョビ殿を生贄に差し出した…恨んでもらって構いません…それだけのことをしてきたんですから…」

 

アンチョビは何とも言えない表情になった。みほへの怒りと優花里たちが歩んできたであろう悲惨な記憶の悲しみが混ざった表情である。

 

「なあ、優花里…もしよかったらでいいけど、私に聞かせてくれないか…おまえたちがしてきたことを。」

 

「わかりました…すべてをお話ししましょう…私たちがしてきたことを…」

 

優花里はためらいながら話し始めた。最初はぽつぽつとだったが、やがてあふれ出す感情が止められなくなった。顔をくしゃくしゃにしながらまくしたてるように今まで犯してきた罪の数々を告白する。アンチョビはただ黙ってうなずきながら優花里の告白を聞いていた。優花里の話は脈絡のあるものではなく思い出したものを思い出した分だけ一方的に話すという形式だった。途中で優花里は嗚咽を催して、辛くてそれ以上話せなくなった。

 

「もういい…無理はするな…とても信じられないが…それが真実なんだよな…すまない…こんなことになってるなんて知らなくて…さっきはあんな暴言を…」

 

「いえ…大丈夫です…アンチョビ殿は何も悪くない…怒りを感じるのは当然なんです…こんなにされて怒りを感じない人はいませんよ…」

 

いつの間にか、優花里とアンチョビの間に絆ともいうべき何かが生まれていた。2人はとても仲良くなった。優花里はアンチョビをサンダースの生徒たちの二の舞にしないと誓った。しかし、現実は非情だった。アンチョビは、生物兵器として培養されたコレラ菌、赤痢菌、サルモネラ菌が生物兵器として実用性があるのか見定めるための人体実験の被験者であり、治療に失敗した場合もしかしたら、死亡する恐れがあった。幸いアンチョビはしばらく元気だった。アンチョビの身体はずいぶん強靭らしい。しかしいくら強靭なアンチョビの身体も、さすがに菌3種類はキャパシティーオーバーだったようだ。3つの菌で汚染された麦茶を飲んでから3日後、優花里は今日もアンチョビの話し相手をしにアンチョビが収容されている部屋に向かった。

 

「アンチョビ殿~来ましたよ。」

 

返事がない。いつもなら元気な声を聴かせてくれるはずなのにおかしいと思ってアンチョビが寝かされているベッドに向かう。するとものすごい臭いが漂ってきた。まさかと思い、駆け寄るとアンチョビは苦しそうに喘ぎながら嘔吐していた。優花里は思わずアンチョビに触ろうとした。心配で仕方なかったし、汚れたままでは気持ち悪いだろうと考え、シーツなどを交換してあげようと思ったのだ。

 

「秋山さん!やめろ!」

 

麻子は優花里の服の裾を引っ張って必死に止めた。もし、優花里まで感染しては大変だと思ったからである。しかし、優花里は麻子の考えを知らずに必死に抵抗する。

 

「何するんですか!アンチョビさんを早く助けないと!」

 

「わかってる!でもそのままの姿でやる気か?秋山さんまで感染してしまうぞ?こういうのはしっかり準備をしないといけないんだ。大丈夫だ。アンチョビさんは必ず助ける。安心してくれ。まずはこれを着て処置はそれからだ。」

 

麻子は優花里にマスクと手袋とゴーグルを手渡す。優花里はそれを付けて準備を始めた。麻子も同じようにそれらを装着した。そして、装着が終わると2人でアンチョビが寝ているシーツなどを交換した。アンチョビの容体はかなりひどかった。シーツを交換するために布団をまくり上げると便を失禁していた。しかも、その便が赤痢の特徴である血便だった。アンチョビは苦しそうに喘ぎ、何度も嘔吐を繰り返した。麻子はアンチョビに問診を行う。

 

「症状はいつからだ?」

 

「朝起きたら…吐き気が…あと、下痢も…」

 

「そうか。わかった…秋山さん。私は、西住さんにこのことを報告してくる。秋山さんはアンチョビさんのそばにいてやってくれ。水は、この経口補水液を与えてやってくれ。水だとおそらく嘔吐してしまうだろうから絶対にこれを与えてくれ。それじゃあ頼んだぞ。」

 

麻子は部屋から出ていった。優花里は心配そうな顔をしてアンチョビを見つめていた。するとアンチョビが経口補水液を求めてきた。優花里は水差しを手に取るとアンチョビの口に流し込む。

 

「はい。アンチョビ殿、経口補水液です。たんと飲んでくださいね。」

 

「ありがとう…優花里…少し落ち着いたよ…おまえたちのおかげだな…なあ…優花里…私のこの病気…これも西住のたくらみか何かか…?」

 

「それは…」

 

優花里は口ごもる。真実を伝えてよいものかと迷っていたのだ。

 

「お願いだ…真実を教えてくれ…」

 

アンチョビは力のない手で優花里の服の裾を引っ張る。優花里は、決意した。すべて、今回のことを洗いざらい話すことにした。

 

「そうです…これも西住殿の企みです…アンチョビ殿、初めてここで西住殿に会ったとき、お茶を渡されましたよね…?」

 

「お…おう…確かに渡されたな…ま、まさか!」

 

優花里は神妙な面持ちをしてためらいながら頷く。

 

「はい。そのまさかです。そのお茶の中には、アンチョビ殿が西住殿に手渡された試験管に入った3種類の細菌コレラ菌、赤痢菌、サルモネラ菌が入っていたんです。西住殿はアンチョビ殿を人体実験の検体にしたんです…これが、今アンチョビ殿が苦しんでいる病気の真相です…」

 

アンチョビは絶句していた。まさか、あのお茶がきっかけだったなんて思いもしなかった。アンチョビは涙を流して優花里に縋りつく。

 

「治るよな…?治るんだよな…?優花里!頼む!治してくれ!私は絶対帰らないといけないんだ…あいつらを置いて自分一人だけ逝けるものか!」

 

優花里は胸を打たれた。アンチョビは自分のためではなく、アンツィオにおいてきたほかの生徒たちのために生きようとしていた。優花里は心底、自分が助かるためという浅はかな考えを恥じた。そして優花里はあることを決心した。

 

「アンチョビ殿はみんなのために…わかりました…アンチョビ殿は私と冷泉殿で絶対に治します。それと…」

 

優花里はそこまで言いかけてこれを告げようか迷った。しかし、ここまで心がきれいな人物はここにいるべきではないのだ。アンチョビは、優花里の顔を訝しげに見つめている。

 

「それと、なんだ…?」

 

優花里はアンチョビの耳に口を寄せて心に秘めたある計画を明かして囁いた。

 

「アンチョビさん…これは極秘ですから絶対に誰にも言わないように…実は何人かの人が西住殿のやり方に反発しているんです…例えば、聖グロリアーナのアッサム殿がその代表格です。その人たちの協力で、ここから脱出するという計画です。どうですか?」

 

「そんなことができるのか!?」

 

「しっ!」

 

アンチョビは思わず大声をあげてしまった。この計画を誰かに聞かれたら大変なことである。優花里はとっさにアンチョビの口に手を当てた。

 

「すまん…つい…でもいいのか?この計画がもし露呈したら…」

 

「まあ、西住殿のことですから、処刑は免れないでしょう…でも、やはりあなたはここにいるべき人間ではないのです。必ず生きてアンツィオに帰還させます。命に代えてでも…」

 

「どうしてそこまでして私を…?」

 

優花里は穏やかに微笑んだ。そしてアンチョビの顔に手を当てると、ぽつりとつぶやく。

 

「あなたが私を変えたんです。アンチョビ殿。やはり私は間違っていた。私は、自分が生き残ることしか考えてなかった。だけどアンチョビ殿はそんな私と違ってみんなのために生きようとした。私も決めたんです。みんなのために生きようって。」

 

優花里はアンチョビの手を握って微笑む。美しい光景だった。しかし、優花里はこのとき気が付いていなかった。この光景を見ていた人影があったことに。その人影は一部始終を見て頷くと、みほの執務室の方角へ走り去っていった。

 

つづく

 



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第81話 生き残りをかけた選択肢

大変お待たせして申し訳ありませんでした。
ようやく更新できました。
よろしくお願いします。


優花里とアンチョビの密話を見ていた人影、それは梓だった。梓は、たまたまそこを通りかかった。いつもの光景なのにその時はなぜかふと気になって扉の向こう側を窓から覗いてみると深刻そうな顔をして優花里がアンチョビの耳元で何やら囁いている。梓はその会話が気になって仕方なかった。特に、みほから優花里が裏切りを企てるかもしれない、最近反発していると聞いて以来、梓は優花里のことを警戒していた。だから、梓は優花里の行動範囲内の至る所に盗聴器を仕掛けていたのだ。アンチョビのベッドの下にもアンチョビたちが寝静まったあと、こっそり忍び込み盗聴器を設置していた。梓は盗聴器の受信機を取り出して廊下を行ったり来たりしてどうしたものかと葛藤し考え込んでいた。すると梓の頭の中に天使と悪魔が現れた。二人は梓に全く逆のことを囁く。

 

(聴いちゃいなよ。もし、また秋山先輩が反逆を企んでたらそれを未然に防いだことになるし、きっと貴女の評価はうなぎのぼりだよ。隊長にも必要とされる。それに貴女にとって秋山先輩は何も価値がないじゃない。秋山先輩はあなたに何1つもたらすものはない。生き残るために彼女には犠牲になってもらおうよ。生き残るためには仲間でさえも売らなくちゃ生き残れないよ。)

 

(そんなのダメに決まってるじゃない。あんなに助けてもらった秋山先輩だよ?貴女はそれで本当にいいの?心が痛まないの?先輩を隊長に売って、これからどんな顔して生きていくの?)

 

梓の頭の中で天使と悪魔が激しい戦いを繰り広げた。しばらく葛藤し続けて梓は決心したように受信機をぎゅっと握るとイヤホンを装着する。梓の脳内戦争は悪魔が勝利したのだ。

 

(先輩…悪く思わないでくださいね…)

 

梓はそう心で呟くと、受信機のつまみをひねり、スイッチを入れる。すると、すぐに部屋の中の会話が聞こえてきた。梓は身を潜めてイヤホン越しに聞こえる声に聞き耳をたてる。

 

『……の人たちの協力で、ここから脱出するという計画です。』

 

『そんなことができるのか!?』

 

『しっ!』

 

『すまん…つい…でもいいのか?この計画がもし露呈したら…』

 

『まあ、西住殿のことですから、処刑は免れないでしょう…でも、やはりあなたはここにいるべき人間ではないのです。必ず生きてアンツィオに帰還させます。命に代えてでも…』

 

梓はそっとイヤホンを外して受信機のスイッチを切った。これ以上は聞いても意味がない。もはや自明だった。間違いなく優花里はみほを裏切っている。大変なことだ。しかし、梓は怒るわけでも、焦るわけでもなくただニヤリと黒い笑顔を浮かべて呟いた。

 

「いい情報を得た…これは使える…秋山先輩には悪いけど、存分にこの情報、役立たせてもらいます…これも全て、私が生き残るため。秋山先輩がまずは生き残ることを優先にしろって教えてくれたんですから…悪く思わないでくださいね…ふふふ…」

 

梓は優花里に見つからないようにそっと立ち去った。そして、みほの執務室に走った。しばらくするとみほの執務室が見えてくる。梓は扉をノックする。

 

「どうぞ。」

 

中からみほの明るい声が聞こえてきた。何かいいことがあったのだろうか。みほの声は機嫌良さげな声をしていた。

 

「失礼します。」

 

梓が扉を開けるとみほはニコニコと笑顔で命令書の作成などいつもの執務をしていた。

 

「梓ちゃんどうしたの?」

 

みほは執務をやめてまっすぐこちらを見ながら微笑みかける。梓はゴクリと唾を飲み込み、少し沈黙したあと、意を決して口を開く。

 

「実は…とんでもない話を聞いてしまいまして…」

 

みほは相変わらずニコニコと微笑み首をかしげる。

 

「とんでもない話?どんな話なのかな?教えて?」

 

「はい。実は…やはり秋山先輩が裏切っているということがわかりました。実は、隊長から話を聞いたあと、秋山先輩の行動範囲内に盗聴器を仕掛けたんです。そして、私聞いちゃったんです…秋山先輩がアンチョビさんを脱出させるっていう計画を企ててるって…」

 

みほの顔から表情という表情が全て抜け落ちる。そしてみほは大きなため息をつくと一際低い声で呻いた。

 

「そっか…優花里さん…許さない…許さないよ…」

 

みほは机に腕をつき手を組んで梓を見つめる。みほの目が冷たい独裁者の目に変わる。梓はあまりの恐ろしさにぶるりと震えながら恐る恐るみほに尋ねる。

 

「処刑するんですか…?」

 

するとみほは今度は満面の笑みで意外な返答をした。

 

「ううん。処刑はしないよ。」

 

「え…?いいんですか!?」

 

みほの返答に梓は拍子抜けしてしまった。今まで裏切り者は即処刑というスタンスを取っていたみほにしてはずいぶん甘い処分だった。

 

「うん。処刑しない。優花里さんにはまだ利用価値がある。なかなか手に入らない有能な人材をこんなことで簡単に失うわけにはいかないよ。もちろん、何か罰は受けて貰うけどね。どんな罰にしようかなあ。やっぱり辱めと身体的苦痛は味わって貰うことにしよっと。うふふ。あと、優花里さんの代わりに何も罪がない無関係な子たちを処刑してあげよう。きっと優花里さんは苦しむよね。しかも、その子たちの処刑を優花里さん自身にやらせる。えへへへ。自分が私に反逆したせいで何も罪のない子たちを理不尽に自分の手で処刑しないといけない。それを知った時の優花里さんの反応が今から楽しみだなあ!わくわくしてくるよ!うふふふ。あ、そうだ。それこそ人身売買に利用するのもいいかもしれないなあ。一番有効な方法を考えておかなくちゃね。」

 

梓は、恐ろしい残虐な考えを心躍らせながらさらりと語るみほに強烈な違和感を覚えた。あからさまな反逆行動をとった優花里を処刑するならば、まだ理解できる。しかし、なぜ何も罪もない者たちを処刑しようとするのか全くわけがわからなかった。

 

「しかし…何も罪がない者を処刑するのは無理があるのではないですか…?あと、人身売買ってなんの話ですか?」

 

「うふふふ。大丈夫だよ。そんなものはでっちあげてしまえばいいの。もし、無実を証明できる人物が出てきたとしてもその子も一緒に適当な罪をなすりつけて処刑しちゃえばいいから。あれ?人身売買の話まだしてなかった?あ、そうか…麻子さんか…話しておいてって言ってあったのに…実は、戦争継続のための資金が底をついてきたから人身売買ビジネスで大きく稼ごうっていう計画なんだけどね。人間丸ごと闇市場で売ると31億円くらいの金になるらしいの。だから、適当な人物を30人くらい選定して売り払おうっていう計画してるんだ。」

 

みほは目的のためなら手段を選ばない。梓は納得した。確かに、どうせ処刑するくらいなら人身売買で死んでもらったほうがこちらの利益にもなるし理にかなっている。隊長は悪知恵がよく働く人だ。梓はそう思った。みほは梓ににこりと微笑みかけると引き出しから書類を取り出し、手早くその書類に記入して梓に手渡した。

 

「これは…」

 

それは、優花里の拘束を命ずる逮捕状だった。梓は息を飲む。

 

「澤梓秘密警察隊長。貴女に秋山優花里の身柄確保を命じます。必ず秋山優花里を逮捕しここに連れてきてください。」

 

「了解しました。」

 

梓はみほに敬礼した。みほも満足そうに頷いて答礼する。梓は懐に逮捕状をしまう。そして一礼してみほの執務室から退室して、再びアンチョビが隔離している部屋についた。優花里はまだ部屋の中でアンチョビと話している。さすがに病気のアンチョビの前で優花里を拘束するのは気がひける。優花里がアンチョビとの話を済ませて部屋から出てくるのを待った。しかし、優花里はいつまでたっても話を切り上げない。最初はじっと気配を消して待っていたが、長い間待たされているとだんだんイライラしてくる。すると麻子がやってきた。

 

「梓?こんなところで何してるんだ…?」

 

梓は突然の声に身体をビクンと震わせた。

 

「あ、冷泉先輩。ちょうど良かったです。冷泉先輩お願いがあります。秋山先輩にそれとなく退室を促してくれませんか。ちょっと用事があって」

 

麻子はジッと梓の顔を見ると一切表情を変えることなく呟いた。

 

「自分で言ってこればいいじゃないか。」

 

「そうしたいのは山々なんですが…実はこういうことで…」

 

梓はみほから手渡された逮捕状を麻子に見せる。麻子はちらりと横目でそれを見る。

 

「なるほど。秋山さん。逮捕されるのか?何をしたんだ?」

 

「反逆罪です。アンチョビさんの脱出を企てた罪です。処刑はされないようですが、厳しく処罰されると思います。」

 

「そうか。秋山さんには交代して休憩するように伝えるからちょっと待っててくれ。」

 

梓は頷いて同意した。麻子が中に入って何事かを優花里に伝えると、優花里は外に出ようとする。梓はタイミングを見計らって優花里に声をかけた。

 

「こんにちは。秋山先輩。」

 

「ああ。澤殿こんにちは。どうしました?」

 

まさかアンチョビと交わした大切な約束が梓やみほの知るところになっているなんて思いもしない優花里は爽やかに挨拶を返した。梓は少しためらったが意を決して懐から逮捕状を取り出して優花里に見せる。

 

「秋山優花里さん。貴女を逮捕します。理由はわかっていますよね。」

 

「え…?どうして…」

 

優花里はそう呻くと全てが終わったという表情をして呆然としていた。そしてがっくりと跪く。梓は優花里の手首に手錠をかけて優花里をみほの執務室に連行した。執務室の扉を叩くと中からどうぞという返事が聞こえた。梓が扉を開けるとみほは椅子に腰掛けて待っていた。みほの前にある机には拷問のための鞭や異端者のフォークが並べられ、部屋の奥には石抱き用の責め道具が置かれていた。梓はそれを見てニヤリと笑い、手錠で繋がれた優花里を床に投げつけるように座らせると優花里の耳元で囁いた。

 

「秋山先輩…あの時、私が受けた責め覚えていますか?苦しかったんですよ?うふふ…あの時受けた屈辱と苦しみを貴女にも味合わせてあげましょう。」

 

優花里はハッと目を見開いて梓に助けを請う。

 

「あれは…あれは…命令だったんです…命令だから仕方なかった…許してください…今更、虫がいい話っていうのは重々よくわかっています…でも…助けて…お願いします…」

 

梓は心のどこかで優花里を恨んでいた。いつかは仕返ししてやろうと思っていた。今日、ようやく仕返しの時が来たのだ。タガが外れた梓は止まらなかった。

 

「命令…命令ね…私も西住隊長の命令に従います。助けを請うなら西住隊長に頼んだほうがいいと思いますよ。まあ、聞き遂げられるとは到底思いませんが…」

 

優花里はがっくりとうなだれた。するとその様子をおもしろそうに笑いながら見ていたみほが口を開いた。

 

「うふふふ。梓ちゃん。もういいかな?優花里さん。ようこそ。ごめんね。ちょっと優花里さんとお話がしたくて梓ちゃんに拘束してもらっちゃった。なんで拘束されたかはわかってるよね?私はなるべく優花里さんを処刑はしたくないし傷つけたくないって考えているんだ。優花里さんは有能だからね。こんなよくできた人間なかなかいないよ。だから、聞かれたことは全て正直に答えてね。それじゃあ、始めようか。第1問目、優花里さんはアンチョビさんをこの学園から逃がそうと企てた。これはあってる?」

 

なぜ知っているのか、優花里はさっぱりわからなかった。どこから漏れたのだろう。細心の注意を払い、絶対に聞かれることがないように気をつけていたはずだったのに。これを認めてしまったら危害はアンチョビにも及ぶだろう。優花里は必死で首を横に振った。

 

「そっか。わかった。それじゃあ2問目、私に反逆している子たちとつながっている。これはどうかな?」

 

これも正しい。大正解だ。それでも認めるわけにはいかない。自分だけが罰を受けるだけなら別に認めてもいいかもしれない。しかし、他人が不利益を受けるのは許されることではないのだ。優花里はまたも首を横に振る。

 

「優花里さん…それ全部嘘だよね?残念だな…優花里さんが嘘をつくなんて…」

 

みほは悲しそうに笑うとさっと手を挙げた。すると梓が優花里に襲いかかり、優花里の服を脱がそうとしてくる。

 

「な!何をするでありますか!?」

 

優花里は必死に抵抗した。すると梓は笑いながら答える。

 

「あの日、貴女が私にしたことはこういうことです。」

 

そういうと梓は優花里から無理やり服を引き剥がした。結局、優花里は抵抗むなしく梓に服を全て取り上げられて、生まれたままの姿にされてしまった。

 

「澤殿…やめてください…お願い…やめて…ください…許して…」

 

梓は許しを請う優花里に耳を貸すことなく天井から垂れた縄で吊し上てしまった。みほは恥ずかしい姿で吊るされている優花里を頬杖をつき椅子に座ったまま眺めて嘲笑う。

 

「あはっ!これはいい!最高の見世物だよ!あっはははは!優花里さんの恥ずかしい部分がよく見えるよ!さあて!裏切り者はどうしてやろうかな!」

 

悪魔はゆらゆら揺れながら立ち上がり、おもむろに手に持った皮製の鞭を振り下ろした。

 

「いぎゃああああああ!うぅ…」

 

部屋中に乾いた革の音と、けたたましい優花里の悲鳴が響いた。みほはその叫び声を聞き、両手を自分の頰に当てて最上の喜びというような顔をする。

 

「うふふふ。いい叫び声だね。さあ、もう一発やってあげる。」

 

みほはもう一発、鞭を優花里の身体に向かって振り下ろす。

 

「うぎゃあああああああ!」

 

梓は優花里の叫び声を聞いているうちに、ある感情が心に芽生えるのを自認した。それは快感だった。梓は罰を受けた日から心のどこかでいつか優花里に自分の手で復讐したいと考えていた。今日ようやくそのチャンスが巡って来た。このチャンスを逃すわけにはいかない。梓の唇が自然に動く。

 

「私にもやらせてください。」

 

みほは頷くとおもしろそうに笑いながら梓に鞭を手渡す。

 

「わかった。ほら、梓ちゃん。やってごらん?」

 

「え…?澤殿…?やめてください…澤殿…」

 

梓は怯える優花里を見下ろし嘲笑すると、大きく腕を振りかぶった。そして一気に振り下ろす。

 

「ぎゃああああああああ!」

 

「あはは!いい気味ですね!私が受けた苦しみを存分に味わってください!」

 

 

そういうと梓は何度も優花里の身体に鞭を打ち付ける。打ち付けるたび叫び声を上げて苦痛で顔を歪ませる優花里を梓はおもしろそうに眺める。すると今度はみほが優花里に近づき、優花里の髪の毛を乱暴に掴む。

 

「ふふふ…優花里さん認める気になったかな?」

 

優花里は唇を噛んで何も答えなかった。みほは優花里の頰を撫でてニッコリと微笑む。

 

「そっか。わかった。まだ認めないんだね。本当はこんなことしたくないんだけど仕方ないよね。認めないんだもん。小梅さん。お願いします。」

 

みほは扉の向こう側に声をかける。ああ、自分は処刑される。これが最後だ。今は、処刑された方が何よりもましかもしれない。これでようやく西住みほという恐怖から解放される。そう思った。しかし、現実は違った。扉がガチャリと開いた時、優花里は目を剥いた。そこには涙を流し、無実を訴える中、手錠と腰縄をされて小梅と直下に連行されている諜報活動局の局員たちの姿があった。優花里が手塩にかけて育てた大切な仲間たちだった。

 

「なんで…この子たちは関係ありません!釈放してあげてください!」

 

「うふふふ。優花里さんが罪を認めないならこの子たちを拷問して辱めたうえに処刑します。さあ、素直に罪を認めるか認めずにこの子たちが身代わりになるかどちらがいいかな?優花里さんならわかるよね?1分経過するごとに1人ずつ服を剥いでいきます。」

 

「優花里さん…」

 

諜報活動局員たちが心配そうにこちらを見つめている。優花里は究極の選択を強いられていた。みほに反発をしてなんとかこの状況を変えようとしている者たちやアンチョビを助けるのか目の前の手塩にかけて育てた大事な仲間たちを助けるのか。選択肢は非情にも1つしか選べない。その時である。みほの手がするすると伸びて諜報活動局員たちの首に触れた。みほは純粋な局員たちの首を愛おしそうに撫でる。

 

(西住殿…そんな汚れた手で私の大切な局員たちに触れないでください…お願いします…もう解放してください!これ以上私から大切なものを奪わないで!)

 

優花里は心の中で叫ぶ。しかしその声は決して届くことはない。みほは局員たちの服を引き裂き一枚ずつ剥いでいく。

 

「うふふふ。さあ優花里さん?時間がないよ?どうするの?このままだとこの子たちは裸にされて辱めを受けて鞭で打たれて、そして処刑される。早く選んだ方がいいと思うけどなあ。」

 

「西住殿…もうやめてください…人道を守るべきです…これ以上はもう…確かに私は…アンチョビ殿をここから脱出させようとしました…でもそれはアンチョビ殿の思いを聞いたから…だから脱出させようとしたんです…アンチョビ殿はみんなのために生きたいって言いました…みんなのためにアンツィオ高校に帰らなきゃって…私とは違ってアンチョビ殿は…」

 

みほは優花里の話を頷きながら黙って聞いていた。優花里はみほもわかってくれたと思った。しかし、みほは優花里に冷たく言い放つ。

 

「だからどうしたの?そんなことは私には関係ない。人道?人道なんて概念は脆いもの。私はね。人道なんて言葉が大嫌いなんだ。人間なんてものはその時の体制次第で180度変わる。人道を叫ぶ平和主義者だって悪魔に変わるの。ナチスドイツの支配下にあったドイツもしかり。旧ユーゴスラビアもしかり。そしてルワンダもしかり。ドイツでは何人の普通の人間が悪魔に変わってホロコーストに加担したことか。旧ユーゴスラビアやルワンダでは何人の人が隣人を憎み、無残な姿に殺害したことか。ほらね。どう?これでも人道を叫ぶことができるのかな?立場が変わればこんなにころころと態度が変わる愚かで浅ましい人間の姿を見ても人道を守ろうって思うのかな?私はまったく思わないよ。甘い顔を見せているとすぐに調子に乗って私に逆らおうする。だから私は絶対にやめない。私は欲望のまま、憎しみと恨みのまま恐怖を振りまいてやる!平和は剣によってのみ守られるのだから。それならその剣を使って恐怖で全てを支配してやる!逃げる?そもそも、ここに来て、私の秘密を知った時点で私から逃れられるわけがないでしょう?それにしてもこれは重大な問題だよ。そんな叶うわけがない淡い期待に今でもすがっているなんて。帰りたいなんて思ってたらどうなるかアンチョビさんにも思い知らせてあげないと。そして、優花里さん?あの時いったよね?私に逆らったら次はないって。優花里さんにはまだ利用価値があるから命だけは助けてあげるけど、優花里さんには反逆罪の罰として鞭打ち10日間と石抱き10日間そして今日から毎日辱めの苦痛を味わってもらうね。諜報活動局局長の座は剥奪して、局員の子たちは全員私の直轄とします。大丈夫。こき使ってあげるから。今まで守られていたぶんしっかり使わせてもらうからね。それと…ふふふ…これは直前まで言わないことにするけど、精神的な苦痛も味わってもらうから。せいぜい苦しんで。そしてその可愛い叫び声を聞かせてね。あ、そうだ。局員たちにも鞭打ちを受けてもらおうか。優花里さんと同じ部屋に収容するから。優花里さんのせいでこの子たちは苦痛を味わうことになる。かわいそうだよね。優花里さんが変なこと考えなければこんな惨めな思いしなくて済むのに。うふふふ。」

 

冷たい悪魔の目でみほは優花里を見つめる。優花里は怖くてみほの顔を見ることができなかった。みほは優花里が諜報活動局でやって来たことを全て180度方針転換した。今まで優花里が行なって来た、なるべく人道を守るという諜報活動局の基本理念が無残に崩れ去った瞬間だった。みほは人道という概念をまったくもっていない。それどころか、人間の本性はどんなに平和と人道主義を叫ぶ平和主義者であっても悪魔に変わるという曖昧でいい加減な理性を持った愚かな動物であると考えており、人道を守るというのは反逆者が出る最も危険な行為であるとしていた。優花里は項垂れる。優花里はこの時、まだ拘束された局員たちを含める局員たちの運命がこの先どうなるかわかっていなかった。自分が罪を認めれば彼女たちは許されると思っていたのだ。しかし、みほはそんなに甘くはない。みほの中で拘束した局員たちを含めた諜報活動局員たちの運命は既に決まっていた。

 

つづく



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第82話 闇市場

更新、お待たせしました。
みほはついに…
今回、視点の変更が目まぐるしく、話が分かりにくいかもしれません…


優花里はみほから50回の鞭打ちを受けて、ようやく吊るされた状態から解放された。優花里の手首は痛々しい縄の跡が、身体中には鞭で打たれた無数の傷跡が残った。みほは手で梓に優花里たちを収容するように命令した。それを見た梓は頷くと優花里と局員たちの鎖を引っ張って特別収容室に収容した。特別収容室は生物化学兵器の実験が行われる部屋だった。梓は雑居房の扉を開けて投げ捨てるかのように優花里たちを中に入れる。優花里たちは小さく悲鳴をあげた。梓は意地悪そうな笑みを浮かべると雑居房の鍵をかけて去っていった。しばらく誰も彼もが無言を貫いていたが、一人の局員が口を開く。

 

「優花里さん…私たちどうなるんですか…」

 

彼女の名前は安井恵、1年生だった。優花里は彼女の話を日頃からよく聞いていた。彼女は妹を守るためになんとしてもこの戦争を生き延びることを誓っていた。彼女はまたポツリポツリといつものように自分たち姉妹の生い立ちと自分たちが今回の戦争の体験を話し始めた。彼女は中学1年生の時、父親を中学2年生の時には母親を病気で失っている。しかし、彼女は決して一人ぼっちではなかった。彼女には仲良しの妹、美咲がいたのだ。美咲は今、小学校4年生である。恵がここ大洗女子学園に入学してしばらくは親戚に預かってもらって暮らしていた。しかし、親戚は美咲を邪魔者扱いし、冷たく当たった。しばらく美咲はじっと我慢していたが、ついに心が悲鳴をあげ始め、美咲は堪えきれなくなった。美咲は恵に手紙を書き、親戚の家で受けた辛い仕打ちを書き連ね、姉の恵に助けを求めた。恵は最初こそ我慢してほしいと返事を書いていたが1日に何通も届くようになって、流石に見過ごせなくなり、生徒会長の杏の許可を得て美咲を大洗女子学園学園艦の寮に迎え入れた。これから2人だけの幸せな生活が始まる。そう思った矢先のことだった。反乱軍の蜂起による戦争が始まったのだ。戦争は彼女たちの幸せな日常を奪い去った。恵は妹の美咲を嫌な顔一つせずに迎え入れてくれた恩を返すために、杏が率いる生徒会軍の兵士として志願し、農業科と水産科の食料施設の守備を任されることになった。最初は自分たち姉妹を助けてくれた杏を苦しめるみほたち反乱軍をやっつけてやろうと軽い気持ちで参加していた。しかし、いざ戦闘が始まってみると恐ろしくて仕方なかった。恵が体験した戦闘は籠城戦であり、直接的な銃の撃ち合いなどはないとはいえ、やはり戦争は命と命のやり取り、殺し合いである。反乱軍の銃口は常に自分の命の火を消すために虎視眈々と狙っているのである。さらにみほがとった作戦が恵を恐怖のどん底に叩き落とした。みほは苛烈な心理戦を行なったのだ。犠牲者たちの遺体を食料施設の前にうず高く積み上げて、さらに戦車で昼も夜も空砲の射撃を続ける。この作戦は恵をはじめとする生徒会軍の兵士たちの精神を著しく冒した。気が狂ってしまった者が多く出た。そして、恵も耐えきれなくなった。外にうず高く積まれている遺体を見ると、みほが遺体の頭を踏みつけるなどして弄んでいる。自分はあんな姿になりたくないと思った。そして恵は決意した。生徒会軍を捨てて、反乱軍に寝返ることにしたのだ。恵はこっそりと部隊を抜け出して、みほと面会した。そして、恵はみほに合図とともに一緒に攻撃するように求められた。その日の夜は眠れなかった。そして、ついに反乱軍総攻撃の日、恵はみほたちとともに今まで味方だった生徒会軍を攻撃した。混乱した生徒会軍が総崩れになったのはいうまでもない。戦闘終了後、恵たちは優花里が身元引き受け人になり、優花里にスパイのスキルを徹底的に叩き込まれた。恵は生き抜くために必死にスパイスキルの習得を目指した。優花里は恵たちに優しく接した。恵は優花里のことをまるでお姉さんのように思って接していた。恵は優花里を信頼していたのだ。そして、恵は優花里たちと初任務のアンチョビ誘拐作戦を成功させた。これで、ようやく優花里の役に立つことができる。そう思っていた矢先のことだった。恵は突然、小梅率いる黒森峰部隊に逮捕された。小梅いわく、自分たちがみほに反逆したというのだ。自身にかけられている容疑に全く身に覚えがない。必死に否定したが聞き遂げられることはなかった。恵たちはみほの執務室に連行される。みほの前に引き出された恵は目を剥いた。目の前に、傷だらけになった裸の優花里が吊るされていたのだ。優花里は吊るされながらも恵たちは関係ないから釈放してあげてほしいとみほに頼む。しかし、みほは罪を認めないと自分たちを拷問して辱め、処刑すると優花里を脅迫した。恵は心配そうな顔をして優花里を見る。優花里も泣きそうな顔をしてこちらを見ている。その時だった。みほが恵の首にそっと触れた。そして、みほは恵の耳元で囁く。

 

「ふふふ…貴女可愛いね…高く売れそう…」

 

みほの冷たい手の感触が首に走る。恵は怖くて身体を硬直させた。恵はみほが何を言いたいか意図を図りかねていた。そして、ついに優花里は罪を認めて話し始めた。優花里はアンチョビを脱出させようとしていたのだ。恵は優花里らしいと感じていた。やはり優花里に悪事は似合わないのだ。だから優花里に対して怒りなどという感情は感じていなかった。むしろ優花里の勇気ある行動を褒め称えたいくらいだ。そして、今この事態に至る。優花里は全ての話を聞き終わると静かに呟く。

 

「安井殿…ありがとうございます…そうやっていってくれることがせめてもの救いです…」

 

優花里は恵に礼を言う。すると恵たちは心配そうな顔をして優花里を見る。

 

「優花里さん…本当に私たちはどうなるのでしょうか…?私たちは死ぬんですか…?私は死にたくない…妹のためにも…」

 

恵の心からの願いを聞きすすり泣く声が聞こえてきた。優花里は必死に彼女たちを励ました。

 

「大丈夫。大丈夫ですよ…きっとわかってくれます。私はまだしも西住殿も罪がない貴女たちまで殺すなんてことはないと思います。」

 

すると梓が定刻の見回りにやって来た。

 

「よし。皆さん。大丈夫ですね。」

 

梓は窓から覗き込みながら呟く。優花里は梓にせめて局員たちだけでも助けてもらえるように頼むことにした。

 

「澤殿…お願いがあります…せめて…あの子たちだけでも助けてあげてください…私はどうなってもいいから…お願いします…」

 

優花里は必死に頭を下げた。しかし、梓は知っていた。その願いは決して届くことがないと。なぜなら、もはや運命は決まっていたからだ。梓はその届くことのない願いを聞きながら、先ほどまでのいきさつを思い出していた。

 

*****

 

梓は、優花里たちを特別収容室に連行した後、みほの執務室に戻った。みほはその時ちょうどどこかに電話をしようとスマートフォンをいじっていた。梓はふと気になって、みほに電話の相手を尋ねた。

 

「隊長。誰かにお電話するんですか?」

 

するとみほはニコニコ微笑みながら躊躇うことなくさらりと答える。

 

「うふふふ。人身売買のブローカーさんだよ。あの優花里さんの部下の子たち、やっぱり処刑するくらいなら人身売買で売り払って一儲けしようかなって思ってね。」

 

やはりそうかと梓は思った。梓は一言なるほどと呟く。みほは何も言わずにニコニコ微笑むと電話をかける。電話はしばらく呼び鈴が鳴り続けた。しばらくすると留守電になった。みほはメッセージを残す。

 

『西住みほです。ちょっと買ってほしい人がいるんだけど、見に来てくれませんか?』

 

すると10分もしないうちに電話がかかって来た。この手の業者はまず留守電で誰かを確認してから掛け直してくるらしい。

 

 

『もしもし。西住みほです。』

 

『西住さん。お世話になっております。本日は買ってほしい人がいるということですが、どんな人ですか?』

 

『健康な日本人の少女です。こちらとしては契約は売春はもちろんですが奴隷として使い物にならなくなったら臓器から骨まで全てを売るという契約にしたいのですが、どうでしょうか?』

 

『あははは!西住さんも悪い女だ!わかりました。そのように手配します。臓器全てに骨や血液、皮膚まで売っていただけるということになると大体ですが1人30億円ほどになると思います。詳しくは査定してからになりますが…1つ確認しておきますけど、その子たちって処女ですか?』

 

みほは再びニヤリと悪い笑みを浮かべると頷く。

 

『うふふふ。私は目的のためなら手段は選びませんよ。私は、女の子がいたぶられて涙を流す姿を見るのが大好きなんです。はい。もちろん処女です。それも、査定する時にご確認ください。それでは、知波単の輸送機を成田空港に派遣しますから、明日の9:00に搭乗してください。よろしくお願いします。』

 

『本当に悪い女だ。貴女みたいな悪魔はそうそうたくさんはいませんよ。私たちとしてはいいお客様なので、むしろ嬉しいですが…わざわざありがとうございます。それではまた明日。』

 

『うふふふ。はい。また明日。』

 

みほは電話を切った。そして梓の方を向くと、何事もなかったように微笑む。

 

「梓ちゃん。囚人の様子を見て来てくれないかな?」

 

*****

 

そして、梓は今特別収容室の目の前にいるのだ。梓は少しためらいながら一言だけ呟く。

 

「わかりました。隊長に伝えておきます。」

 

しかし、現実は非情である。次の日の朝、突然梓がやってきたと思うと部屋から出るように命じた。外に出ると再びみほの執務室に連行された。みほは椅子に座って待っていた。

 

「うふふ。みんなおはよう。今日はみんなにお客さんを連れてきたから後で紹介するね。優花里さんはこっちに来て。」

 

みほは優花里に手招きをする。優花里は下を向いてトボトボと歩きながらみほの机の前に向かう。するとみほは満足そうに笑いながら優花里にあるものを手渡した。それは首輪だった。

 

「これは…?」

 

「うふふふ…優花里さん。これをあの子たちに、着けてあげて。」

 

優花里は黙って首輪を受け取ると再びトボトボと歩きながら恵たちの前に立つ。優花里は躊躇っていた。こんなことは屈辱だろう。優花里のそんな様子を察したのだろうか。恵は優花里に声をかける。

 

「優花里さん。いいですよ。着けてください。」

 

「でも…」

 

「気にしないでください。さあ着けてください。私は全く気にしませんから。」

 

優花里は何度も謝りながら10人に首輪をつける。みほはそれを嘲笑いながら見ていた。全ての首輪を着け終わるとみほは高笑いした。

 

「あっはははは!みんなよく似合ってるよ!首輪してる姿も可愛いね!ペットみたい!あっはははは!さあ、お客様がお待ちかねだよ!みんなこっちにおいで!」

 

優花里と局員10人はみほに腰縄を引っ張られながら大部屋に連れていかれた。大部屋に行くとそこには見慣れない男がいた。男はニヤリと笑うとみほに尋ねる。

 

「この子たちが商品かい?」

 

「志村さん。お待たせしました。ええ、あの天然パーマの子以外は全員です。うふふふ。なかなか上玉でしょ?」

 

みほはニヤリと怪しげな笑みを浮かべると少しだけ間をおいて答える。志村といわれたこの40代くらいの男は、人身売買などの闇市場を渡り歩くブローカーだった。未成年の日本人女性はなかなか高い値段で売れる。臓器まで全て売り払えば30億円ほどは確実に手に入るのだ。この金でみほは戦争継続のために武器を購入しようとしていた。

 

「うん。それじゃあちょっと見せてくれ。何も問題がなければそのまま買っていこうと思うけど、いいかな?」

 

「はい。もちろんです。よろしくお願いします。」

 

志村は局員たちの身体の品定めを始めた。恵は10人の中で一番最後に査定された。志村は恵の服を掴むと両手で引き裂く。

 

「いやああああああ!」

 

恵は手を胸の前に組み、必死に抵抗した。しかし、志村は男だ。当然力で勝てるわけもない。ベッドに寝かされて両手両足を縛られてしまった。志村はいやらしい手つきで、引き裂かれた恵の制服をはだけさせる。

 

「ふーん。真っ白な綺麗な肌してるじゃん。可愛いなあ。ふふ…怖がらなくていいよ…おまえは大事な商品だからなるべく傷つけたくないんだ…抵抗するなよ。」

 

「いやだ…お願い…やめて…」

 

志村は懇願するような恵の声を聞くと嬉しそうにニヤリと笑い恵の身体に触れる。恵は恐怖と身体中を駆け巡る気持ち悪い志村の手の感触に身体を震わせた。

 

「肌もスベスベのモチモチで…それに…処女…ふふ…西住さん。これは高く売れますよ。特に日本人は闇市場で人気なんです。臓器も健康的だし、身体も綺麗だから。さらに年端もいかない少女で処女となればそれはもう…それじゃあ、早速ですが手続きを。1人31億450万円で買います。」

 

するとみほは両手を可愛らしく振りながらその手振りと比例するような可愛い笑顔で笑う。

 

「いえいえ、初めての取引ですから、お近づきの印として少し値下げしますよ。30億円でいいですから。これからもこの取引続けていきたいと思っていますからよろしくお願いします。」

 

「これはまた恐ろしい悪魔とは思えないほど良心的な…ありがとうございます。よろしくお願いします。」

 

みほと志村は互いに声をあげて高笑いした。志村は乗って来た飛行機に積んである何千億の大金の中からみほに10人分の料金300億円が引き渡された。みほは両手を縛られ、首輪を着けられた恵たちを満足そうに眺めると頰を撫でながら耳元で囁く。

 

「ふふふ…ありがとう。貴女たちのおかげで大儲けできたよ。こんなに大金が手に入った。これで武器がたくさん買える。」

 

みほは、恵たちの感情を逆撫でした。恵たちは一瞬だけ全てを諦めたような表情をすると憎悪の顔をみほに向ける。みほは気にすることなく頭を撫でて嘲笑った。今度は優花里のもとへ向かった。

 

「優花里さんのおかげだよ。優花里さんが私に逆らってくれたからあの子たちを罰する口実ができた。罪のない子たちが自分のせいで罰せられて二度と戻らぬ旅へ向かわされる気分はどう?うふふふ。悔しいだろうね。特に自分が手塩にかけて育てた子たちだもんね。実は、最初は優花里さんの処刑も考えていたけど、一番優花里さんが苦しむ方法を取ろうと思ったんだ。優花里さんにはこれからもたっぷりと生き地獄を味わってもらうね。生きながらの地獄は死ぬより辛いよ。優花里さんには耐えられるかな?優花里さんの可愛い苦痛の叫び声と泣き声、喘ぎ声胸を高鳴らせながら楽しみに待ってるからね。あっはははは!」

 

「そんな…」

 

優花里は下を向いて呻く。それしか言葉にできなかった。志村は恵たちをまるで奴隷のように扱った。裸にして首輪を着けたまま、手枷と足枷と腰縄をつけて飛行機に乗せる。志村もまた、少女をいたぶるのが大好きといった様子だった。志村はいやらしい手つきで恵たちを弄ぶ。優花里はみほに惨めな恵たちの姿を見届けるように命令され、強制的にその姿を見せつけられた。優花里は思わず手を伸ばす。しかしその手は届かない。自分が手塩にかけて育てた大切な後輩なのに、助けることもできないし何もしてあげることはできない。優花里は自己嫌悪に陥る。恵は飛行機の窓越しから優花里に何かを訴えようとしていた。恵の口が動く。優花里はそれを一生懸命読み取ろうとした。そして、優花里は気がついた。彼女はこう言っていた。

 

「妹を美咲を…よろしくお願いします。優花里さん。私のぶんまで生きて…さようなら…美咲…さようなら…」

 

優花里の目からじわじわと涙が溢れてくる。みほは飛行機の中でいたぶられる恵たちを眺めながら高笑いする。

 

「あっはははは!これはいい商売だよ!こんな簡単に大金が手に入った!これで私たちは強大な軍事力を手に入れられる。準備は整いつつある。愚かな生徒会の連中を一気に叩き潰してやる!」

 

優花里はめそめそと泣きじゃくっていた。優花里はみほに尋ねる。

 

「西住殿…なんでそんなに残虐なことができるんですか…あの子たちはいったいどうなるんですか…」

 

するとみほは冷たい口調で優花里の問いに答える。

 

「いつも言ってるけど、そんなことは知ったことではないよ。私は、あの子たちを金のために商品として売った。それ以上でも以下でもないよ。あの子たちのその後?そんなこと私には関係ない。私は何も思わない。でもおそらくは散々強姦された挙句、臓器も骨も脳も血液も皮膚も全てを売られてバラバラにされて死んでいくんだと思うよ。そして、闇の世界に消えていく。それだけのことだよ。そういう契約だからね。私が残虐?この世は弱肉強食。彼女たちが悪いんだよ。私より弱かったから。私より弱い人間は私に駆逐されるだけ。それだけだよ。私にとって他の人間はただの道具だ。道具をどう使うかは私次第だよね?うふふふ。」

 

優花里は悪辣で自分勝手なみほの考えに唖然として何も言えなかった。ただみほの冷たい目を見つめることしかできなかった。優花里が反論しようと何かを言おうとした時、輸送機はとうとう離陸体制に入った。幹線道路を滑走していく。優花里はその時、恵の目に涙を見た気がした。優花里は思わず叫んだ。

 

「皆さん!行かないで!私を1人にしないでください!お願い…安井殿たちを連れて行かないで!止まって!お願いです!お願い…です…」

 

知波単の輸送機は優花里を嘲笑うかのようにスピードを上げて大洗女子を離陸して、成田空港に向かって飛び立っていった。みほは泣き叫ぶ優花里を蔑みながら冷たい悪魔の目で見つめていた。



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第83話 生き埋め

お待たせしました。
みほ陣営のお話です。
話がまとまってるか心配です…


麻子はその日、珍しく研究を放ったらかして、外を出歩いていた。戦争が始まる前まで麻子は外にいるよりも部屋で寝ていることの方がいいと言う典型的なインドア派だった。しかし、いくら屋内にいて寝ているのが好きなインドア派の麻子でも、みほの拠点だけは別である。毎日のように誰かが悲痛な叫び声をあげて、自分自身もいつ殺されるかわからないあの異質で恐ろしい空間にはとてもじゃないが、留まりたいとは思わない。むしろ機会を見て逃げ出したいくらいだった。しかし、優花里の惨めな姿を見ているとそれも叶わないだろう。でも、いくらなんでも息抜きくらいはみほも許してくれるだろうと考え、麻子は研究室に置き手紙をして、みほの目を盗んでこっそりと拠点を抜け出し、散歩に出かけたのだ。今日は少し暑いがとても良い天気の散歩日和だ。ここのところは最前線付近でちょっとした小競り合いのような戦闘はあるが、大規模な戦闘もないし、安心して歩くことができる。ここのところ缶詰になって研究に従事していたので良い気晴らしになった。最初、麻子はあてもなく歩いていたが、ふと自分たちがしてきたことを直視したくなった。麻子は自分たちがこの戦争で何をしてきたのか改めて見つめ直そうと考えたのだ。麻子の心臓はドクンドクンとものすごい鼓動を打っている。麻子は苦い唾を飲み込み、拠点に近い地区から外に向かって歩き始めた。拠点に近い地区は何事もなかったかのような綺麗な街並みが広がっている。しばらく進むと、地区の境界線の目印として利用されている展望台がそびえ立つ。この展望台は反乱軍が初戦を飾った展望台だ。麻子は展望台に登ってみた。初戦は麻子を含めた戦車隊は参戦していないので展望台には開戦してから初めて来た。思えば、戦前沙織と一緒に何回か展望台に登ったことがあるような気がする。あの時は何気ない日常があまりにも当たり前すぎて気がついていなかった。何気ない日常の幸せさとそのありがたさに失ってから初めて気がつくのだ。麻子はゆっくりと歩きながら展望台に登る。展望台には死臭が漂い、あちこちに血痕が見られた。また、戦闘の犠牲になったのであろうか、大洗女子の制服を着た蛆がたかっている白骨化寸前の遺体が転がっていた。改めて見に来ると目も当てられないほど酷い光景だった。しかし、麻子は何も感じることはなかった。麻子はそんな光景は見慣れてしまったのである。普通の神経ならば胃の内容物を全て吐き出すほど酷い光景でも戦場に身を置き、人道が無視された環境に長い間置かれていると何も感じなくなるのだ。感情というものは麻痺してくる。それは、麻子の心が悲鳴をあげている確固とした証拠だ。しかし、この頃麻子はまだそのことに気がついていなかった。さて、麻子は死臭に巻かれ、生徒会軍の遺体たちに恨めしそうに見つめられながら展望台の頂上にたどり着いた。展望台の頂上にも血痕が残っている。恐らくは処刑された桃の血だろう。桃はまさに血痕が広がっているその場所で遺体を磔台に晒されたのだ。麻子も桃が捕虜として捕らえられ、処刑されて遺体を晒されたことは聞いていたし、実際に市街地を攻撃するために出撃した道中で晒されている桃を見かけた。その頃は麻子も心を痛めることができたし、みほへの反抗心もあった。もともと、折を見てみほから離脱しようと考えていたのにいつの間にかみほへの反抗心も何もかも失い、みほに操作されている。それどころかみほと同じように心に悪魔を宿して、残虐非道な実験を平気で行っている。一体いつ頃から自分はそんな状況に陥ってしまったのだろうか。麻子は自分自身に問い続ける。そして、麻子は1つの解を導き出した。麻子は今の状況を自分自身の喪失と定義した。つまり麻子は自分という存在を失っているとしたのである。つまり、自分という存在が大きな闇の中に取り込まれてしまい、麻子の中の冷酷な何者かに支配されている。これが麻子がたどり着いた答えだった。麻子は両親を小学生の頃事故で亡くしている。だから、人一倍死というものに敏感だった。これ以上大切な人たちを奪われたくはなかったし、奪いたくもないはずだ。それなのに一連の残虐な行動は自分という存在が生存のために作り出した新たな人格、自分とは異なる存在に支配されているせいだとしたのである。麻子は展望台の上に佇む。眼下には焼き尽くされた市街地が広がっていた。真っ黒に焼けた市街地には未だにかすかに煙が立ち上る。まるでいつか見た紛争地のようだった。そして、その奥にあったはずの森も焼き尽くされて無くなっていた。文字通りの焼け野原で何も残ってはいなかった。麻子は戦争が残した惨状を目にしながら寂しそうに呟く。

 

「これが戦争か…これがおばあが言っていた戦争か…おばあが今の私のことを知ったらなんて言うんだろうな…」

 

麻子の祖母、冷泉久子は先の戦争を体験している。久子の少女時代の大半が戦争の時代だった。久子は満州開拓団の一員として家族で満州国境付近に移住していた。戦争が激しくなってくると久子の兄や父をはじめとする元気な男子は関東軍に全員根こそぎ動員され開拓村には老人と子ども女性しか残されなかった。そんな中、1945年8月9日、突如ソ連が日ソ中立条約を一方的に破棄し対日参戦し満州に攻め込んできた。頼りにしていた関東軍は朝鮮半島へ向けて撤退し、久子たち開拓団は国境付近に取り残された。しかし、その頃はまだ無敵と謳われた関東軍を過信しており、誰1人後退を主張する者はなかった。しかし、久子の母は違った。久子の母は当時小学6年生だった久子を連れて近くの駅に向かった。久子の母は出征していった久子の父に日頃からソ連が対日参戦することがあったら必ず一目散に駅に向かうようにと言い含められていたのだ。それが幸いし、久子たちはソ連軍に追いつかれる前に村から逃げ出し、新京行きの退避用臨時列車に乗ることができた。しかし、ハルビンまで行ったところで列車は動かなくなってしまった。どうやら、先発の列車が線路上で立ち往生し、発車できないということだった。車内はすし詰め状態だ。もしも、ここでソ連軍の機銃掃射にでもあったらたまったものではない。久子の母はここで一度降りることを決断した。その日は8月14日でありハルビンではこの頃、まだソ連軍は到達しておらず満州辺境地に比べるとまだ平和だった。しかし、8月15日、玉音放送が流れ日本が敗戦すると平和なハルビンは地獄に変わった。現地の中国の人々が暴徒と化し今まで虐げられた恨みを晴らすが如く日本人への襲撃を始めたのである。それだけではない。しばらくすると無政府状態のハルビンにソ連軍が進駐してきた。ソ連軍はやりたい放題に略奪、暴行、陵辱の限りを尽くした。久子たちを受け入れ、住まいを提供てくれた日本人の老爺は家に押入られ女を出せとこめかみに銃を突きつけられた。しかし、その老爺も負けずにいないから帰れと毅然とした態度で追い返した。久子も陵辱されないように頭を丸刈りにし、男として生きていた。日本人居留民たちはいつ襲われるかもわからない恐怖と誰も助けてくれない絶望の中を必死で戦っていたのだ。そして、久子たちは日本人収容所に移送され終戦後何年も後にようやく引き揚げてくることができたのだ。久子の父親はシベリア抑留中に亡くなり兄も戦死した。そんな体験をした久子が今の麻子を見たらなんと言うだろうか。あの人のことだ。きっとものすごい剣幕で怒るだろう。麻子は申し訳ない気持ちになり下を向いてしまった。自分の足元を見ていると麻子はあることに気がついた。桃のものと思われる血痕のそばに十字架に組まれた木片が地面にささっているのだ。何であろうかと近づいて目を凝らすとそれは墓標だった。地区の住民かそれとも反乱軍なのか誰が設置したのかはわからない。その小さな手作りの墓標には以下のように書かれていた。

 

[勝利を信じて戦い、この地に散った河島桃以下100名をここに追悼する。死者に敵も味方もない。敵も味方も分け隔てなく弔いたい。私もいつか戦闘で死ぬのだろうか。泥と埃そして血にまみれながら。孤独に死んでいくのだろうか。この血なまぐさい戦争はいつまで続くのだろうか。私はもう戦いたくない。人を殺したくない。殺した人の顔が…カラシニコフの感触が…忘れられない。脳裏にこびりついている。お願い…ダレカタスケテ…」

 

心が壊れそうになりながらも必死に記した心の叫びだろう。自分の心が壊れそうなのにそれでもなお人のために弔おうとしていた名もない兵士に麻子は心を打たれた。そして、麻子は決心した。

 

「自分を取り戻さなくてはいけないな。私は私を取り戻す。いつか絶対に。このまま蹂躙されっぱなしで終わるものか。」

 

麻子は立ち上がる。その時風が強く吹いた。まるで戦死した皆が麻子の背中を押してくれているようだった。麻子の自分を取り戻す戦いが始まった。麻子は胸を張りながら拠点に戻る。すると拠点の入り口にみほが立っていた。麻子はビクビクしながら通り過ぎようとした。するとみほが突然麻子の肩を掴む。麻子は思わず身体を震わせた。するとみほは麻子の反応をおもしろそうに笑いながらで麻子に尋ねる。

 

「麻子さん。どこに行っていたの?研究室を訪ねたら誰もいないし、置き手紙には出かけてくるって一言しか書いていないから心配しちゃったよ。」

 

「最近研究で缶詰になっていたからちょっと気分転換に散歩に行っていたんだ。集中力も落ちるし、たまにはいいだろう?」

 

するとみほは頷きながら微笑む。

 

「そっか。それもそうだね。あ、そうそう。麻子さん最近戦車動かしてないから身体が鈍ってきたんじゃない?そろそろプラウダも合流する頃だし本格的な戦闘が始まる前に一度あんこうチームのみんなと練習しておかない?」

 

「私は構わないが、いいのか?秋山さんは逮捕されているんだろ?その秋山さんを釈放しなくちゃいけないじゃないか。」

 

するとみほは口に手を当てながらクスクスと笑う。

 

「大丈夫だよ。まさかあんなに狭い戦車の中では優花里さんも抵抗や逃走もできない。しかも、今回の演習は優花里さんのためのものでもある。」

 

「どういうことだ?」

 

麻子は怪訝そうな顔でみほを見る。みほの意図が全く読めなかった。みほは笑いながらその意図を告げた。

 

「この演習はアッサムさんたち、反乱分子の処刑が本当の目的なんだ。実は今から1時間くらい前にアッサムさんたちに戦闘が本格化する前に塹壕を作るように頼んだんだ。その演習はアッサムさんが塹壕を掘っているすぐそばで行う。もしもアッサムさんたちに流れ弾が当たってもそれはきっと事故として処理される。ただの事故としてね。ふふふ。」

 

麻子は目を剥いた。麻子は即座に反対の意を表した。

 

「そ、そんな…私は反対だ。私達ならまだしも五十鈴さんや沙織にも手を汚させるつもりか?」

 

するとみほは麻子のこめかみに銃を突きつける。麻子は小さく悲鳴をあげた。

 

「うふふふ。麻子さん。私に逆らうつもり?いい度胸だね。」

 

麻子は小さく悲鳴をあげる。みほはニコニコと微笑みながら麻子の恐怖に歪む顔を楽しむ。麻子は絞り出すような声で必死に言葉を紡いだ。

 

「いや…そんなつもりは…」

 

「うふふふ。怖がってるね。可愛いなあ。私と行動している時点で華さんや沙織さんも私の道具。例外はないよ。使い方は私次第。だから華さんと沙織さんには事故を装うための道具になってもらう。それだけのことだよ。いいじゃない。華さんと沙織さんは何も知らないんだから。」

 

麻子はなんとか考え直してもらおうと必死に懇願した。

 

「しかし…彼女たちが自分たちのせいでアッサムさんたちが死んだと知ったら…頼む…考え直してくれないか?」

 

麻子は地面に頭をつけて懇願する。みほのような悪魔などに土下座などしたくはなかったがこの際プライドなどどうでも良い。とにかく沙織たちを守ろうと必死だった。しかし、みほは冷たく言い放つ。

 

「それはもう絶望するだろうね。特に華さんは自分の撃った弾のせいで死ぬことになるんだもんね。うふふふ。無理だよ。もう決めたことなんだから。それに私はあの2人が絶望する顔も見たいと思ってたから、私としてはやぶさかではないんだ。さあ、麻子さん。いつまでも地面に顔つけてないでもう諦めてよ。」

 

みほは麻子を嘲笑した。みほはどうしても考えを変えるつもりはないようだ。麻子は何もできない自分にがっくりとうなだれた。こういう時どうすればいいのかわからない。みほはそんな孫を放ったらかして優花里を連れてくると麻子に立ち上がるように命じた。麻子はトボトボと歩き始める。麻子が優花里を見ると優花里はぶるぶると震え、目は虚ろに濁っていた。一体どんな罰を受けているのだろう。こんなになるまで心をズタズタに引き裂かれるくらいなら素直に言うことを聞いていた方がまだマシかもしれない。麻子はそんな風に思った。麻子の心の中では再び黒い闇の人格が蠢き始めて、麻子に囁く。

 

(ほら。結局おまえは何もできない。素直に西住さんに従うべきだ。おまえは頭がいい。おまえならわかるだろう?西住さんには誰にも勝てない。ふふふふ。)

 

麻子は悪魔の囁きを必死に心の中で否定し続ける。心を完全に乗っ取られないように努めた。そんなことをしているとあっという間に戦車隊が駐屯している地区に着いた。沙織たちはみほたちの姿を認めると嬉しそうに駆け寄ってくる。

 

「みぽりんにゆかりんそれに麻子!みんな揃って突然どうしたの?」

 

沙織が嬉しそうにはしゃぐ。嬉しそうな沙織の様子を見ていると麻子は心が痛くなる。これから沙織たちは人を殺しに行かなければならない。みほは、沙織を笑いながらなだめる。

 

「沙織さん。落ち着いて。実はね。久しぶりにみんなで戦車乗って練習したいなって思って。」

 

「あ、それいいね!うん!みんなで久しぶりに戦車に乗ろう!」

 

「私も砲弾を撃ちたくてウズウズしていました!」

 

はしゃぐ沙織と華を見てみほは一瞬だけ黒い笑顔を浮かべた。そして、再び可愛らしい女の子の笑顔に戻るとみほはあんこうチームの皆に戦車に乗り込むように指示した。

 

「それじゃあみんな戦車に乗って!パンツァー・ファー!」

 

みほは戦車を前進させるよう麻子に指示を出すとだだっ広い焼けた森の跡地に向かわせた。後にわかったことだが、そこはみほがアッサムたちに塹壕を作らせていた場所だった。みほはなるべくエンジン音を響かせないようにと指示を出した。

 

「優花里さん。榴弾装填。華さん。主砲を1時の方向に旋回させてください。」

 

「わかりました。」

 

「了解です…」

 

戦車に榴弾が装填される。榴弾は着弾と同時に爆発するタイプの砲弾だ。人間に当たれば木っ端微塵である。何も知らない華は砲塔を旋回させる。みほは楽しそうに笑いながら双眼鏡で覗き込み、誰にも聞こえない声で呟く。

 

「ふふふ…いたいた…何も知らないで一生懸命穴掘ってるよ。今からみんなを地獄に送ってあげるね…えへへ。さあ華さんそのままそのままだよ…」

 

そして、旋回が終わり、アッサムたちを目標に捉えるとみほは一言叫んだ。

 

「撃てっ!」

 

砲弾は迷うことなくまっすぐ飛んで、炸裂した。みほは嬉しそうに手を叩く。

 

「麻子さん。着弾場所へ移動してください。」

 

「わかった…」

 

みほはずっとキューポラから顔を出して、外の様子を伺っている。そして、着弾位置と思われる場所に到達するとみほは戦車の上から周りを眺めてまた皆には聞こえない小さな声で呟いた。

 

「うふふふ。みんな生き埋めになっちゃったのかな?きっと苦しいよね?すぐに戦車で踏み潰して楽にしてあげるね。」

 

みほはアッサムたちが生き埋めになっているであろう場所で戦車をくまなく動かすように指示を出した。みほはアッサムたちが絶対に生還することがないように戦車で踏み潰したのだ。みほはしばらく戦車を縦横無尽に動きの指示を出すと駐屯地に戻るように指示を出す。何も知らない沙織と華は久しぶりに戦車を動かすことができて幸せそうな顔をしている。みほはそれを優しい笑顔で見つめていた。

 

「うふふふ。みんな全然鈍ってないね。この分なら実戦でも大丈夫そうかな。」

 

みほは明るい笑顔で皆を褒める。優花里と麻子以外の2人は嬉しそうに手を取り合ってはしゃいでいた。しかし、麻子はとてもそんな気にはなれない。本当のことを知っていたからこそ心が痛くて押しつぶされそうだった。沙織と華の笑顔が虚しく見えた。その時である。沙織と華の向こう側のみほと目があった。みほはニコリと微笑むと拳銃を取り出して沙織の頭に銃口を向ける。麻子は目を剥いた。

 

(やめろ…やめろ…やめろやめろやめろ!これ以上私から大切なものを奪うな!)

 

麻子は心の中で叫ぶ。みほは麻子の焦る表情を読み取ると面白そうに笑う。

 

(貴女の命も貴女の大切な人の命も全て私が握っている。私の意思でいつでも殺せる。ゆめゆめ忘れるな。私から逃げられると思うな。全ては私次第。アッサムさんたちみたいになりたく無いのなら言動に気をつけろ。)

 

みほは麻子にメッセージを行動で伝えた。その脅迫とも言えるメッセージに麻子はただ頷くしかなかった。みほは拳銃を懐にそっとしまうと微笑みながら麻子の目をただじっと見つめていた。麻子の身体からは全身に嫌な汗が吹き出し、金縛りにあったかのように硬直して立ちすくみ動けなくなってしまった。みほは何もできない麻子を嘲笑っていた。全ては自分の思うままにできる。そんな現状を楽しんでいた。

 

つづく

 



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第84話 武器の調達なら闇にお任せです!

サブタイトル、思い浮かばなかったので仮です。
お待たせしました。みほ陣営のお話です。
生徒会側のお話も書かなくては…!


戦争の勝敗は戦略であったり補給であったり様々なもので決まる。その中でみほが重視したのは補給だ。戦略に関してはみほの方が数枚上手なので、そこまで重視はしていなかった。しかし、いくら有能な戦略家であっても武器と食料がなければ戦争はできないと考えたのである。食料は当面の間、水産科の養殖施設と農業科の農地から調達すれば良い。問題は武器である。武器は畑で採れるものではないのだ。金を払ってどこかから購入しなければならない。しかし、この日本において正規のルートで武器を購入するのは難しい。そもそも日本ではおおっぴらに武器など売られていない。では、どうするのか。やはり、闇市場なのである。イラクやシリアなどの紛争地ではAK-47、通称カラシニコフ銃やロケットランチャーが安く闇市場に出回り、過激派や武装グループの手に渡っている。みほは非合法なルートで武器を調達しようと、ある人物に電話をかけた。

 

「もしもし。西住です。お久しぶりです。五十嵐組長。お元気ですか?あの時はありがとうございました。」

 

「みほちゃん。久しぶりやなあ。突然電話してきてどないしたん?計画は上手ういってん?」

 

五十嵐と呼ばれたこの男。この人物は山岡組という暴力団の組長だ。山岡組はかなり有名で古くからある由緒正しい暴力団だ。度々ニュースなどで取り上げられる巨大組織である。それを率いるのがみほの電話相手五十嵐毅なのだ。実はみほが黒森峰から追放された後、大洗に着くまでの間の放浪の旅をしていた期間、みほは大阪にも立ち寄っていた。その時、夜中に1人で繁華街をうろつくみほを心配したのかそれとも強姦でもしてやろうと思ったのか、声をかけてきたのが五十嵐だ。五十嵐はみほを組の事務所に誘った。そして、みほの身の上話を聞いて、みほが描く壮大な暗黒の計画を聞いているうちにすっかり西住みほという人物に魅了されてしまい、みほが大阪に滞在している間は何度も面会して盃を交わした。そして、五十嵐はみほに協力することを誓った。

 

「はい。だいぶ上手くいってます。だけど、少し問題が…実は武器が足りないんです…」

 

みほは寂しそうな声を出す。すると電話の向こうから豪快な笑い声が聞こえてきた。

 

「わっはっはっはっは!そんなん心配せんといてや!ワイを誰や思てんのや?ワイはこれでも巨大な組を率いる親分やで?安うてええ武器売ってん奴を紹介してやるで。」

 

「ありがとうございます!助かります!」

 

みほは電話越しにニヤリと怪しげな笑みを浮かべる。

 

「そんなんお安いごようや。みほちゃんも頑張ってや。ほな、そいつにみほちゃんに連絡するように伝えとくさかい番号教えてもええでなあ?」

 

「もちろんです!色々ありがとうございます!ではよろしくお願いします!」

 

電話の向こうから「おう」と太い声が聞こえ電話は切れた。みほは電話を見つめながら満足そうに頷く。すると、目の前でその光景を見ていた梓が顔を引きつらせながら尋ねる。

 

「隊長…今の五十嵐って人って…」

 

「えへへ。きっと梓ちゃんもよく知ってると思うよ。よくニュースとか新聞で出てるからね。もっとも、表の人間ではないけどね。うふふふ。」

 

梓は息を飲んだ。梓は五十嵐という人物を知っていたのだ。実は梓の幼少期、梓の両親は訳あって闇金から借金をしていた。その闇金を経営していたのが山岡組である。それを取り立てに来ていたのが当時はまだ下っ端だった五十嵐だったのだ。梓の脳裏に幼少期に体験した五十嵐に恫喝されるのを耐えながら必死に土下座して返済の期日延長を乞う両親の姿を押入れの奥で震えながら見ていた記憶が蘇る。両親は必死に働いてとっくに借金は完済したが、今でもあの恐怖を忘れることはできないのだ。

 

「隊長…五十嵐と付き合うのはやめてください…お願いします…」

 

梓はカチカチと歯を鳴らし、肩も震わせ今にも泣きだしそうな顔をしてみほを見つめる。

 

「どうして?」

 

みほは不思議そうな顔をした。梓は震えながらポツリポツリと自身と家族の身に起こった不幸を話し始めた。

 

「私たち家族は訳あって昔、闇金から金を借りていました…その時、取り立てに来ていたのが…五十嵐だったんです…今では完済しましたが…あの時体験した恐怖はもう…だから御願いします…五十嵐との付き合いはやめてください…」

 

泣きそうな顔の梓をみほはおもしろそうに眺めながら意地悪そうに笑う。

 

「えへへへ。いいこと聞いちゃった。思いがけず、梓ちゃんを脅すいい材料が手に入っちゃった。うふふふ。梓ちゃん。大丈夫だよ。今回は五十嵐組長は来ないから。安心して。でもね梓ちゃん。五十嵐組長は大事な裏社会の人間。そんな簡単に付き合いを止めることはできないよ。ごめんね。」

 

梓はみほの言葉にホッとするような落胆するようななんとも言えない顔をして黙り込んでしまった。みほはニコニコと満面の笑みで梓を見つめる。色々な感情が混ざり合った混沌とした空気が2人を包み込んだ。すると、その空気を引き裂くようにみほの携帯電話の着信音が鳴る。みほはちらりと携帯電話を見て電話に出た。

 

「はい。西住です。」

 

「あ、西住さんですか?私、中本と申します。五十嵐組長から紹介を受けたのですが、武器をご入用ということでよろしいですか?」

 

みほは少し驚いた。中本は闇市場の人間とは思えないほど丁寧な接客をしてくれたのだ。この世界の人間は当然ながら五十嵐のような荒っぽい者が多い。紳士のような対応に満足そうに微笑む。

 

「はい。武器が足りなくなってきて…」

 

「それなら、ぜひ私におまかせください!武器といっても多数ございますがどんな武器をいくつくらいご利用ですか?」

 

電話の向こうの中本の声は自信満々といった様子である。みほはクスクス笑いながら答える。

 

「うふふ。中本さん自信満々ですね。頼もしいです。えっと、カラシニコフを1万2000挺、ロケットランチャーRPG-26を3000門ほどください…ありますか…?」

 

電話の向こうの相手は驚きの声を上げる。

 

「これはまた…気前がいい…わかりました。両方ともイラク辺りから仕入れます。私は信用を第一に考えていますので現物が届いてそれをお届けしてからお金はいただくことにしています。また、紛争地から仕入れているものなので、若干性能が悪いものもあるかもしれませんが悪しからず。それではお届けは大体二週間ほど後になると思います。料金は大体カラシニコフが1億2000万円、ロケットランチャーRPG-26が2億1000万円ですが…お金の方は大丈夫ですか…?分割払いっていうのも…」

 

中本の心配そうな声が電話の向こう側から聞こえてくる。そんな中本の心配をよそにみほは涼しい顔をして答える。

 

「一括で大丈夫ですよ。お金はきちんと現ナマで用意しておきますから。それではよろしくお願いします。」

 

「そうですか。それなら安心です。それにしても、私もこの仕事やって長いですが、まさか女子高生を相手に商売するなんて思ってもみませんでした。一体こんなに多くの武器を何に使うんですか?足りないっていってましたよね?高校で武器を使う何かが…?それに、そんなに武器を変えるほどの大金をどうやって…?」

 

電話の向こう側で中本の怪訝そうな声が聞こえてくる。

 

「あれ?五十嵐組長から聞いてないですか?」

 

中本は聞いた覚えは全くないという。みほはため息をついて、注文した武器を何に使うのか、そして金はどうしたのかを懇切丁寧に説明した。

 

「五十嵐組長は適当なんだから…実は、私たち戦争してるんです。生徒会と私たち反乱軍で主要な学園艦を巻き込んだ世界大戦のような戦争を。私はある計画のためにここ大洗女子学園を占領して自分の思い通りに支配しようって思っているんです。開戦して今まで、私たちは快進撃を続けて生徒会を脅かし続けてはいるのですが…最近武器が全然足りなくなってきたので今回貴女に武器の調達をお願いしたんです。そして、金は全て人身売買の取引で手に入れたものですよ。この間10人ほどを出荷したんです。売春から臓器売買までなんでもして良いという契約でね。日本人の少女でしかも処女ということで高く売れました。1人30億円で買ってくれましたよ。なかなかいい取引ができました。」

 

みほの説明が終わると1秒ほど間を置いて中本が大笑いする声が聞こえてきた。

 

「あっはっはっは!そうですか!西住さんも悪い女だ!まさかそんな手に出るなんて!いやはや恐ろしい人だ。いや、人ではないのかな?悪魔とでも形容するべきでしょうか?今まで私は暴力団や紛争地の過激派の人たちに武器を売ってきましたがそれに匹敵するほどです。まさか女子高生の貴女のその可愛らしい口ぶりからそんな言葉が出てくるなんて思ってもみませんでしたよ。」

 

「えへへへ。悪魔…ですか。よく言われます。あながち間違いではないかもしれないですよ。私は、人間が苦しみながら死んでいく姿や残虐な処刑、それに縁のある人があさましく殺し合い憎み合う姿、罪のない人たちの虐殺、人間狩り、捕虜虐待といったありとあらゆる残虐行為が大好きですからね。今まで私はそれらの残虐な行為を繰り返してきました。でも、こういう残虐行為をしているとなぜか愉悦を感じるんです。嗜虐的とでもいうんでしょうか。もしかして、私は貴女が今までに付き合ってきた人間たちに匹敵するどころか大きく超越してしまっているかもしれないですね。うふふふ。」

 

みほは嬉々として躊躇うこともなく自分が犯してきた罪を語った。みほの告白を聞いて、中本は呻く。

 

「恐ろしい…本物の悪魔だ…貴女は私が出会った人間たちの中で最も恐ろしい…」

 

「ふふふ…そうでしょうね。私でも時々考えますよ。なぜ、私はこんな風になってしまったのか。そして、いつも再確認するんです。西住みほという人間の中に悪魔を生み出させたのは西住流だって。思えば、私はもともとこんな性格ではなかったのに…ってね…私はこの恨みと憎しみを晴らすためにこの戦争をいや、これから先も起こるであろう戦いを戦っているんです。会長たちや大洗女子の子たちには悪いですが、犠牲になってもらいます。計画のための踏み台になってもらいます。私は、もう誰にも裏切られたくない。だから、黒森峰から西住流という悪を滅したら次の段階に移るつもりです。私が欲しいものは全てです。中本さん。この武器さえあればあのしぶとい会長たちを降伏に追い込むことができるんです。この戦争の勝敗は貴女にかかっているといっても過言ではない。期待しています。」

 

中本はしばらくの沈黙の後、一言「はい。」と呻いた。言いたくて言ったというよりも言わされたといった方が当てはまるだろう。みほは満足そうに微笑むと「よろしくお願いします。」と言って電話を切った。みほは大量の武器を手に入れられる公算がつきホッとしたのか、ため息をつきながら椅子に腰掛けると大きく伸びをした。

 

「梓ちゃん。商談、なんとかまとまったよ。」

 

「おめでとうございます。良かったですね。」

 

梓が優しく笑みを浮かべた。みほは梓の微笑みをじっと無表情で見つめていた。梓は不思議そうな顔をして首を傾げている。梓の可愛らしい仕草を見ていたら少しからかってやろうとでも思ったのか、みほはいたずらっ子のような笑みを浮かべて、梓を手招きで呼び寄せると梓の耳元で囁く。

 

「それでね…梓ちゃん…実は、残念なお知らせがあるんだ…覚悟して聞いてね…?実はね…五十嵐組長も来るんだって。ここ大洗女子に。」

 

みほの言葉を聞いた途端、梓は青い顔をして恐怖でガタガタと震え始める。

 

「隊長!嘘…嘘ですよね…?五十嵐がここに来るなんて…やっとあの恐怖を忘れそうになっていたところだったのに…う…うう…うわああ!」

 

みほは梓の身体をそっと抱きしめた。梓の身体が小刻みに震えて、心臓が激しく脈打っている。みほは梓を抱きしめたまま愛おしそうに見つめると耳元で囁く。

 

「梓ちゃん…ごめんね…でも、もう借金完済したんだよね?きっと大丈夫…」

 

「そういうことではないんです…そういうことでは…隊長は何もわかっていない!あの恐怖は味わった者しかわかりませんよ!」

 

梓は半狂乱になりながら叫びまくる。耳元で叫ぶのでうるさくて仕方ない。そろそろ種明かししようと梓の頰を片手で持つ。

 

「梓ちゃん。落ち着いてよく聞いてね。実はね今まで言ったことは嘘だよ。」

 

「嘘…?それじゃあ、五十嵐が来ることは…ない…?」

 

「うん!」

 

みほは笑顔で頷く。梓は涙目になりながらみほに抗議した。

 

「隊長!酷いです…!いくらなんでも人の心を弄びすぎですよ!貴女と言う人は!隊長は人の心をなんだと思っているんですか!」

 

するとみほは大きくため息をつきながら平然と言い放つ。

 

「ふふふ…道具だよ。梓ちゃん…いつも言ってるでしょ?私にとって私以外の人間は単なる道具に過ぎないって。何度言ったらわかるのかな?」

 

「ですが…」

 

梓は口を噤んでしまった。梓は全て分かっている。みほを否定することは自らの身の破滅に直結しかねないのだ。みほはそこに付け入った。

 

「梓ちゃん。出て行きたいなら出て行ってもいいんだよ?だけど、命の保証はないけどね…もし、出て行ったらどうしてあげようかな…?泣き喚く梓ちゃんを縄で縛って梓ちゃんの身体を思いっきり心ゆくままに辱めて…そして梓ちゃんの身体を八つ裂きにして…ふふふ…ああ…ゾクゾクしてくる…そして、最後は肉の塊になった梓ちゃんの身体を晒す…とっても楽しそうだよね…?さあ、梓ちゃん?梓ちゃんはそんな姿になってまでも私を否定できる勇気があるのかな?出て行く勇気があるのかな?まあ無理だろうね。梓ちゃんは弱いから。梓ちゃんは私に恐怖を感じている。そして梓ちゃんは私抜きには生きていけない。梓ちゃんは私に支配されてこのままずっと私のそばで暮らしていくんだよ。ふふふ…」

 

みほは梓の身体を抱きしめながら静かに笑い続ける。梓は諦めたような小さな声で呻いた。

 

「分かってます…分かってますよ…私はここから逃げられない…隊長と生きて行くしか道がないってことくらい…」

 

「偉いね。梓ちゃんは本当にいい子だね。私のそばにさえいてくれれば私は貴女を守ってあげられる。お願いだからどこにもいかないで。私も梓ちゃんを手にはかけたくない。忠誠を誓った梓ちゃんを傷つけたくないの。だから…ね…?」

 

みほは悲哀に満ちた顔をする。みほの言っていることは矛盾している。みほは梓を騙そうとしていることくらい冷静に考えればすぐにわかることだ。しかし、追い込まれた梓は気がつくことはない。ただみほに言われるがまま頷くしかなかった。

 

「わかりました。もうこの話はおしまいにしましょう。それで、これからどうするんですか?武器は手に入ったから生物兵器を散布してその後はプラウダの到着を待つばかりってとこですか?」

 

するとみほは首を横に振る。

 

「ううん。まだだよ。まだ足りない。ううん。武器調達はここからが本番だよ。」

 

「え…?」

 

梓は目を剥いた。これだけの武器を集めておいてまだ足りないとはどういう意味なのか全くわからなかった。するとみほは梓に書類を手渡した。その書類には防衛省と防衛装備庁のホームページを印刷したものだった。梓はみほが何を言いたいのかさっぱりわからない。困惑する梓をみほはおもしろそうに眺める。

 

「わからない?」

 

「え…ええ…さっぱり…」

 

「えへへへ。じゃあ教えてあげる。防衛装備品って知ってる?自衛隊の人たちが使っている武器のことをそう呼ぶんだけど、そういう武器って結構新しかったり当然性能よかったりするよね?」

 

「はい…当然そうなるでしょうね…」

 

「それでね、防衛装備品を少しだけ譲ってもらえないかなって思ってね…」

 

梓は思わず手渡された書類を落としてしまった。書類がバサバサと床に落ちる。

 

「そ、そんなことができるんですか!?一個人が国家に介入するってことですよね!?そんなことって…」

 

「うふふふ。できるよ。私ならね。私ならできる。森田朋雄防衛大臣は私に絶対に逆らえない。ううん。防衛装備庁長官も福安総理も今の内閣は私には逆らえないよ。それどころかこの日本の政治家はみんな私の言いなりだもの。そんな人たちを動かすことなんて簡単だよ。私の指先一つで職を失う可能性があるからみんな必死だよ。まさかみんな女子高生にひれ伏すことになろうとは思わなかっただろうね。それにね、前の内閣を崩壊させる要因となった献金問題、あれのリストを検察庁に持ち込んだ匿名の人物ってのも私なんだよ。梓ちゃんもきっと見たことあるよね?ずいぶん大きなニュースになったから。だから今まで政治家たちに献金していた財界の重鎮たちも私には戦々恐々してるし、国際社会の中だってアメリカ、中国、ロシアの3カ国も私には逆らえない。国を転覆させられるかもしれない重要な秘密を私が握っているから私に常に喉元に刀を突きつけられているようなものだからね。えへへへ。どう?これなら絶対に譲ってもらえるでしょ?」

 

みほの話を聞いているうちに梓は目の前が暗くなるのを感じた。嫌な汗が背中や額から溢れ出て、吐き気のようなものを催す。そしてやっとの思いで言葉を紡いだ。

 

「隊長…貴女は一体何者なんですか…?私は貴女が怖くて仕方ない…貴女は一体どこまで何を知っているんですか…?日本のみならず海外の政府も動かせるほどの力って…とても信じられません…」

 

梓の問いにみほの口が答えようと動く。梓はその瞬間全ての音が失われたような感覚に陥った。

 

「さあ?どこまでだろうね。私は一体何者なんだろうね。うふふふ。信じられないなら貴女自身の目で確かめるといいと思うよ。でもね。余計な詮索はやめた方がいい。知りすぎてはいけない。殺されるよ。私についておいで。教えられることはいつか全て教えてあげるから。澤梓ちゃん。」

 

みほはニッコリと屈託のない満面の笑顔を浮かべて梓を見つめていた。

 

つづく

 



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第85話 もう、誰にも止められない

みほ陣営のお話です。


戦争で荒廃し、強風が吹き荒ぶ大洗女子学園の学園艦において今次、反乱軍の滑走路として使用されている1号幹線道路に轟音を立てて知波単の輸送機が着陸した。この飛行機には4人の男性たちが乗っていた。ここまでは今まで輸送機で運ばれた捕虜や闇市場の人間たちとなんら変わりはない。しかし、今回搭乗した4人の男性たちと今まで搭乗した人物とでは明らかに対応が違った。今回は最前線に派遣された兵士や戦略上重要な地の守備隊とみほを除くほとんど全ての兵士たちが1号幹線道路沿いに並び、降りてきた4人の男性たちを熱烈に歓迎したのである。なぜ彼らはここまでの大歓迎を受けたのか。それは彼らの社会的地位に秘密がある。実は彼らはただの4人組の男性ではない。少なくとも3人は誰もが知っているビックネームである。飛行機が着陸した時から巻き起こっていた拍手と歓声はドアが開くとひときわ大きな歓声に変わる。飛行機の中からは中年から高年の男性たちが出てきた。彼らは作り笑顔で手を振りながら飛行機から降りてくる。彼らは現職の閣僚と官僚であった。福安佳三総理大臣を先頭に森田朋雄防衛大臣、菅原治官房長官そして最後に渡木良明防衛装備庁長官という順に次々と降りてくる。梓は深呼吸をしてゴクリと唾を飲み込むと前に進み出て緊張しつつも手を差し出した。

 

「本日はご多忙の中お越しいただきありがとうございます。今回、接待を担当する澤梓です。よろしくお願いします。」

 

「こちらこそよろしくお願いします。福安です。彼が、森田防衛大臣。彼が、菅原官房長官。そして彼は防衛装備庁っていうところで長官をやっている渡木長官です。私と森田君と菅原先生はテレビとかで見たことあるかな?ところで、早速ですが西住さんにお会いしたいのですが…」

 

「はい。いつもご活躍ぶりを拝見しております。隊長は間も無く参りますのでどうぞこちらにお越しください。」

 

梓は首相たちと握手を交わすと応接間に案内する。首相をはじめとする国務大臣が学園艦を非公式で訪問するなどということは前代未聞である。もちろん、首相たちは望んで戦争真っ只中の大洗女子学園学園艦を訪れたわけではない。やはりみほの仕業なのだ。彼らはみほにほとんど強制させられるような形で訪問した。いや、訪問させられたと言った方が正確かもしれない。梓はカチカチになりながら一生懸命たどたどしい敬語を使い、愛想笑いを作って首相たちをもてなす。首相たちも作り笑いをしていたが、応接間に近づくにつれて首相たちの表情は硬くなり青ざめていった。みほは確実に首相たちより優位な立場にある。それは今回のみほの行動からもみて取れるだろう。客人を待たせるということは自分が優位な立場にあり主導権は常に自分にあるという紛れもないアピールだ。みほは一体彼らの何を握っているというのだろうか。梓は首相たちを応接間に連れて行きながら頭の中では、数日前みほが言い放ったある言葉が反芻していた。

 

*****

 

話は、梓がみほから防衛装備品を譲ってもらおうというおそるべき計画を明かされた日にさかのぼる。あの時、梓はすべてを見透かすようなみほの眼にオオカミの群れに囲まれて今にも狩られそうな子ヤギのようにおびえていた。口をパクパクと動かして何かを言おうとしても言葉が出てこない。梓は、自らの首が冷たい手にじわじわ絞めつけられていくような感覚に陥っていた。

 

「ふふふ…梓ちゃん。私が怖いの…?仕方ないか…得体の知れない存在は誰でも怖いもんね?当たり前だよね。うふふふ。怖がってる梓ちゃん可愛い。」

 

みほは意地悪そうに笑うと梓の首に手を当てる。梓はビクリと身体を震わせた。

 

「隊長…」

 

梓は声を震わせながら呻くことしかできない。みほは梓の身体を後ろから包み込むと耳元で囁く。

 

「ねえ…梓ちゃん…頼みがあるの…」

 

梓はブルブル震えながらゴクリと苦くてまずい唾を飲み込む。

 

「な…なんですか…?」

 

「ふふふ…梓ちゃん震えてるね…可愛いなあ…実は梓ちゃんにね…これから呼び出す首相たちのお世話をしてもらいたいんだ…」

 

「え…?」

 

梓は一瞬みほが何を言っているかわからなかった。梓は恐る恐る尋ねる。

 

「あの…聞き間違いでしょうか…今首相って聞こえた気が…」

 

「うん!言ったよ!」

 

「そんなことができるんですか…?一国の首相ですよ…?女子高生がそんなこと…」

 

梓が下を向きながら後ろ向きなことをうじうじと言っているとその声をかき消すようにみほが高笑いする声が聞こえてきた。

 

「あっはははは!梓ちゃん大丈夫だよ!見ててごらん!」

 

みほはそう言うと携帯電話を取り出してどこかに電話をかける。

 

『もしもし、内閣官房ですか?私、西住みほと申します。福安首相につないでいただけますか?』

 

『に…西住様…!わ…わかりました少々お待ちください!』

 

電話の向こう側の相手は明らかに動揺している。みほはニッコリと微笑むと、わかりましたと答えた。しばらく保留音が鳴り続けると男性の声が聞こえてきた。男性の声は緊張からか声が上ずっていた。

 

『福安です…西住さんどうされましたか…?』

 

『福安総理、お久しぶりです。私のこと、覚えていますか?』

 

『もちろんです…忘れたことなど一度もありません。』

 

みほは満足そうに笑う。福安総理もそれに合わせるように声を震わせながら笑った。

 

『ふふふ…さて、それでは本題に入りましょうか。福安総理、5日後大洗女子の学園館に官房長官と防衛大臣、それに防衛装備庁長官を連れて来ていただけませんか?少し貴女とお話ししたい。』

 

『ま、また突然ですね…でもその日は公務が…』

 

福安総理は渋ったが、みほは福安総理の言い訳を最後まで言わせなかった。ニッコリと満面の笑みを浮かべるとみほは機械のような冷たい声で話を被せる。

 

『なら、公務が終わったらすぐ来てください。』

 

『し…しかし、その日は…』

 

福安総理はなんとかしてみほに会わない方法を模索していると言った様子だ。しかし、みほはそれを許さない。みほはくすくすと冷笑する。

 

『ふふふ…貴女の代わりはいくらでもいるんですよ。福安佳三さん。誰のおかげで今、貴女はその総理の椅子に座っていると思っているんですか?私が前政権の献金リストを検察にリークしてあげたからですよね?私は、貴女たちが知られたくない秘密も全て知っている。例えば、そうですね。貴女が防衛大臣とカンボジアで何をしたか…ふふふ…私に逆らったらどうなるか頭のいい貴女ならわかるはずですよね?私は頭のいい人は大好きなんです。でも、逆に頭の悪い無能は大嫌いです。さあ、貴女はどちらですか?ふふふ…』

 

福安総理は観念した。最初からわかっていた。みほにターゲットにされたら逃げられるはずがない。福安総理は躊躇いながら呻く。

 

『ど…どうしてそれを…貴女は一体…わ…わかりました…わかりましたから…行きます…行きますから…どうかあのことは誰にも…』

 

『あっはははは!素直なのはいいことです。それでは、5日後に羽田空港でお待ちしております…総理。うふふ。あっはははは!』

 

みほは高笑いすると電話を切る。梓は身体を硬直させてその一部始終を見つめていた。

 

「隊長…今の電話って…」

 

「うん。大体、梓ちゃんの想像通りだよ。福安総理大臣だよ。まあ、言わなくてもわかってるよね?さっきからずっとそうだって言ってるもんね。ほら?簡単でしょ?総理大臣だって私の言いなり。本当だったでしょ?梓ちゃんは今私の力を目の当たりにした。これなら信じられるでしょ?」

 

「は…はい。」

 

梓は戸惑いながら頷く。みほは相変わらず楽しそうにニコニコと笑う。

 

「ふふふ…良い子だね…本当に純粋で良い子だ。私と出会わなければもっと真っ当な人生を歩めていただろうにね。」

 

みほは少し寂しそうな表情になった。梓は何も答えることなく下を向いていた。そしてみほの顔色を伺いながら恐る恐るみほに尋ねる。

 

「あの…先ほど電話で防衛大臣の話ししてましたけど、どんな話なんですか?」

 

「聞きたい?」

 

梓は息を飲む。なんだか聞いてはならない話のような気がしたが、気になって仕方ない。梓は静かに頷いた。みほはわかったとでも言うかのように頷くと楽しそうに話し始めた。

 

「うふふふ。それじゃあ教えてあげる。森田朋雄防衛大臣はカンボジアで6歳の女の子をやっちゃったの。やっちゃったって意味わかるよね?エッチなことしちゃったの。酷い人だよね。しかも、そこに首相がいたからさあ大変。彼らはペドフィリア、小児性愛者の変態さんなんだよ。証拠の写真も手に入れてる。こんな写真が世間に出回ったらどうなるかな…?一国の総理大臣と防衛大臣が揃って小児性愛者だなんて日本は国際的信用も失って大変なことになるよね?だから、彼らは決して私に逆らうことはできないんだよ。」

 

みほは懐から写真を取り出した。梓がその写真を見ると隠し撮りされたのだろうか。裸の男性が同じく裸の小さな女の子の上にのしかかっている写真だった。女の子は苦痛そうに顔を歪めている。女の子の上の男性の顔は確かに森田防衛大臣の顔だった。部屋のソファにはいやらしい笑顔を浮かべながら座る首相もいた。梓は嫌悪感に顔を歪ませる。

 

「隊長…この写真はどこで…?」

 

みほは人差し指を立てて唇に持っていくといたずらっ子のように笑った。

 

「それは秘密かな。でも、正規のルートではないよ。それだけは言える。ふふふ…」

 

「隊長…!隊長は平気なんですか?私は許せません!この国の総理大臣がこんな変態で恥さらしなことを…!隊長!隊長も女の子ですよね!?隊長が6歳のとき、もしこんな目にあったら!隊長は心が痛まないんですか!?貴女はこの写真を持って警察に行くべきです!ついでに貴女が犯した罪も告白したらどうなんですか!?この悪魔!鬼畜生にも劣らない殺人鬼!」

 

闇の中で埋もれていた梓の正義が一筋の光となって闇を引き裂き心に正義の火を灯した。我慢ができなかった。梓は唇を震わせて半狂乱のような状態で叫ぶ。梓は我を忘れて決してみほの前で言ってはならないことを叫んでしまった。梓はハッと我に帰る。真っ青になり泣きそうな顔をしてみほの顔を見るとみほは大きなため息を一つつき、満面の笑みを浮かべる。

 

「梓ちゃん…それはできないよ。せっかく手に入れた操り人形をみすみす失うわけにはいかないよ。残念だけど、私はこの写真を見ても何も思わない。ただ、小さな女の子が男に蹂躙されている。それだけだよ。それに私はまだ捕まるわけにはいかないよ。いや、私は誰にも捕まらない。捕まえられないよ。私が出頭しない限り何があってもね。うふふふ。でも、今梓ちゃんが言ったことは問題だなあ。どうしてあげようか。」

 

みほはそう言うと梓の首に両手を当てる。梓は恐怖で身体を震わせる。

 

「た、隊長…先ほどのことは謝ります…お願い…助けて…」

 

「ふふふ…あまり変なことを口走らない方が賢明だと思うな。もともと貴女は反逆者なんだから。あまり私を怒らせて貴女自身の評価を下げると真っ先に処刑されることになるかもしれないよ。気をつけて。」

 

みほはそう言うと白くて細い指で梓の首を絞めつけ始めた。

 

「た…隊長…何を…う…うああ…苦しい…」

 

みほは梓の苦しそうな声を聞くと狂ったように笑いながらますます強く首を絞めつける。

 

「あっはははは!苦しい?梓ちゃん。苦しいよね?あっはははは!あははは!人の首をじわじわ絞めていくのも楽しいね…こんなにゾクゾクするものなんだあ。えへへへ。ほらほら、梓ちゃんもっと私を楽しませてよ。もっと苦しんで。」

 

「う…うぁ…苦…しい…隊…長…や…め…て…」

 

みほはますます手に力を入れた。ああ。これでおしまいだと梓は思った。目の前が少しずつ霞んでくる。私はここで死ぬのか。そう思って瞼を閉じた。その時、梓は解放された。みほはだらりと手足を脱力させた梓を放り投げて冷たい目で蔑む。

 

「今日はこの辺で許しておいてあげる。次はないよ。どうしたの?梓ちゃん。さあ、立ち上がって。いつまで陸に上がった瀕死の魚みたいにピクピク痙攣してるの?」

 

「う…隊…長…」

 

梓は激しく咳き込みながら苦しそうに呻く。みほは興味を失ったような目で梓を見つめると静かに微笑む。

 

「それで、梓ちゃんどうするの?首相たちの接待引き受けてくれるかな?あの話聞いちゃった後だと気がひけるかもしれないけどね。もちろん。断るならそれなりの覚悟はしてもらうことになるけどね。うふふふ。さあどうする?」

 

そんなこと、答えは最初から一つしか用意されていないじゃないか。梓はそう心の中で呟いた。

 

「うぅ…やります…やりますよ…やりますからどうか…命だけは…命だけは…命…だけは…取らない…で…」

 

梓は泣きじゃくりながらみほに懇願した。みほは梓の涙を満足そうに微笑みながら眺める。そして、みほは梓に最後のトドメと言わんばかりの言葉を言い放つ。

 

「ふふふ…そっか。ありがとう。梓ちゃんは本当に良い子だね。あ、そうそう言い忘れてた。梓ちゃん。もしかして、梓ちゃんには身体を差し出してもらうことになるかもしれない。それだけは先に伝えておくね。ふふふ。あっはははは!」

 

梓は絶望した。みほに心を好き勝手に弄ばれてプライドも捨てて何もかも差し出した来たのにみほはさらに身体までも奪おうとした。身体だけは自分の好きな人に捧げようと思っていた。そのささやかな夢さえもみほに奪われようとしている。この現実はどうしても受け入れ難い。梓は地面を這いながら必死にみほの脚にすがりつく。

 

「隊長!お願いです…それだけは…それだけはやめてください…身体だけは私の好きな人に捧げたいんです…」

 

するとみほは鬱陶しそうに梓を脚から振りほどきながらため息をついた。

 

「梓ちゃん。根本から勘違いしていないかな?梓ちゃんはまだ自分のことを人間だと思っているの?梓ちゃんはもう人間じゃないんだよ?」

 

「え…?」

 

梓はみほが言い放ったことに理解が追いつかなかった。ぽかんとしている梓を見てみほは再び大きなため息をつく。

 

「仕方ないなあ。それじゃあもう一度だけ説明してあげる。梓ちゃんはね、私の可愛い操り人形でもあり道具でもあり、おもちゃでもある。決して人間ではないの。えへへへ梓ちゃんは名前がついた生きた道具にすぎない存在なの。だから梓ちゃんをどこでどう使うかは私次第。梓ちゃんの心も肉体も命も全てが私の所有物。そういうことだよ。ふふふ…」

 

みほは艶かしく自分の指を舐めるとその手で梓の頰に触れた。梓はすぐにでもみほの手を振り切って逃げ出したかった。しかし、それ無理だった。みほは躊躇なく人を殺せる。今までだって逃げ出そうとした人は大勢いた。しかし、その度にみほは笑顔で虐殺していった。まるで子どもが小さな命を粗末にするようにいとも簡単に命の火を消していったのだ。命を奪われかねない行動を起こすよりはみほに永遠に屈服し、みほのおもちゃに甘んじて生きていく方が楽だろう。梓は全てを諦めた。いや、最初から諦めさせられていたのだ。梓はみほの掌の上で踊らされていただけだったのである。自分の意思で忠誠を誓ったと思っていたが本当はみほにそうするように誘導されたのだ。梓は悔しそうに拳を握りしめる。みほはやっと気が付いたのかと嘲笑うかのような顔をしている。梓は絞り出すような声で呻いた。

 

「それじゃあ…あの戦車隊も…聖グロの子たちも…知波単の子たちも…みんな…」

 

「うん。そうだよ。みんな私の道具。」

 

「それじゃあ、もしかして…紗希も…」

 

「うふふふ。あの子は最後の最後まで最高にいい道具だった!だってあの子はウサギさんチームのみんなを悪魔に変えてくれたんだもの!恨みと憎しみで突き動かされて躊躇なく敵を殺してくれて敵を人間とは思わない殺人悪魔に!あっはははは!梓ちゃん。私を恨んでる?憎んでる?私のこと殺したい?ふふふ…でも、梓ちゃんは私に何もできない。梓ちゃんは私を恐れているからね。それじゃあいつまでたっても私には勝てないよ。梓ちゃんは永遠に私のもの。だってあの時梓ちゃんは私の操り人形になることを自ら誓ったんだから。あっはははは!」

 

梓は心の中で初めてみほを憎んでいた。自らの親友をここまで汚し、侮辱するみほのことを到底許せるものではなかった。利用されて死んでいき、死んでもなお利用され続ける紗希の仇をいつかとってやると思っていた。でもそれは決して叶わない。梓はうなだれながらみほに問う。

 

「隊長…そこまでして貴女は一体何を手に入れたいんですか…?何が目的ですか…?復讐のためならここまでしなくてもいいはずなのに…どうして…」

 

「そっか。まだ誰にもいってなかったんだね。私の最終目標を。ふふふ…わかった。教えてあげる。」

 

そういうとみほは引き出しの中から分厚い書類を取り出すと梓に投げ渡した。それは計画書だった。梓はその題名を見て目を剥いた。

 

「帝国樹立と日本国からの独立に係るプロセスについての計画って…これはなんですか…?一体何を企んでいるんですか…?」

 

「私はね、私だけの帝国を作り上げてこの日本から独立することを最終目標にしているんだよ。そのために今回は首相たちを呼び出した。圧力をかけるためにね。もちろん、本格的な国際関係上の独立を目指すのは難しい。でも、学生自治を前提とした独立なら可能なはず。私はこれを目指している。学園艦の設立理念を拡大解釈をすれば学生自治の自治政府を日本の施政下から切り離すのは十分可能なはず。実際、今の現状ではやはり文科省が廃校を目論んで介入してきて十分に自治が行われていないよね?今回はここを追及して首相たちに圧力をかけていくつもり。首相たちから圧力をかけられたらさすがの役人どもも言うことを聞くしかないはずだよね?ふふふ…」

 

楽しげに語るみほに梓は背中が寒くなった。みほの企みを実現したらますます恐ろしい世界になる。一体どんな世界になるのかわかったものではない。梓の全身から嫌な汗がダラダラと流して息を荒げる。梓は焦っていた。何かを言おうとしても何も言えない。言葉が見つからないのだ。梓はとっさに頭に浮かんだ言葉を紡いだ。

 

「そんなこと…どうやって…とても現実的ではないと思います…」

 

みほは梓の言葉を物ともせずに自信満々に目的を達成するためのプロセスを語った。

 

「もちろん、自信はあるよ。まず第一段階はこの大洗を占領しないと始まらないからこのまま一気に占領して、会長たち生徒会の連中を捕らえて新しい政権を樹立する。そして占領したら第二段階、プラウダ、知波単、聖グロリアーナの軍事力を背景として他のサンダースを始めとする大きな学園艦を牽制しつつ小さな学園艦を屈服させる。その時に一番大切なのは恐怖を植え付けること。だから、一番最初に攻める学園艦は徹底的に皆殺しにする。そうすればきっと恐怖で他の学園艦では戦わずして屈服するはず。そして第三段階、学園艦自治法を政府に提出してもらってそれを根拠に自治権を拡充、そして自治のチェック機関を名目に学園艦自治協議委員会を設立して私が委員長に就任。そして、私の息がかかった委員を就任させて今回の戦争で私の敵になった学園艦を自治不可能学園として認定して私の息のかかった顧問を送り込んで内側から学園を蝕む。そして、崩壊しかけたところを一気に占領して、最後はプラウダ、知波単、聖グロも攻め取り、学園艦統治委任法を国会で承認してもらっておしまい。このプロセスで行けば確実に悲願の私の帝国を樹立できるはず。」

 

「で…でも、黒森峰はそんなに一筋縄では…あそこはだって…」

 

「私の敵って言いたいのかな?確かに黒森峰は最大にして最強の脅威。でも、私が何も対策せずに黒森峰を去ると思う?実はね、小梅さんには内緒だけどエリカさんをお姉ちゃんに取り入るように説得したのは私なんだ。お姉ちゃんを油断させて内側から黒森峰を崩壊させるためにね。エリカさんは私と通じている。お姉ちゃんはそんなこと知る由もなく常に爆弾をそばに置き続けている。えへへへ。本当に愚かでおバカさんだよね。お姉ちゃんを油断させるためにあえて小梅さんたちを虐待させた。敵を欺くにはまず味方からってことだよ。うふふふ。どう?これでわかった?もう誰も私に勝てない。さあ、梓ちゃん。一緒においで。一緒に理想郷を創ろう!理想の帝国(ライヒ)を!」

 

「隊長は一体どれだけの恨みと憎しみを生み出し続けるおつもりですか!?これじゃあ誰も幸せになれないじゃないですか!?私はだんだん隊長が何を考えているかわからなくなってきましたよ…隊長の計画ではその学園艦で生活する人のことなど何一つ考えられていないじゃないですか!」

 

「そりゃあそうだよ。だって私にとっては現地の人たちは関係ない。異議を唱えれば容赦無く皆殺しにするだけだよ。人々の恨みや憎しみは恐怖で押さえ込める。恐怖さえあればそんなに支障はないはずだよ。ふふふふ…」

 

*****

 

思い出しただけでも悪寒がしてくる。梓は恐怖でカチカチと歯を鳴らしながら首相たちを案内した。首相たちも青い顔をして後に続く。いよいよ前代未聞の歴史的な会見が始まると思うと緊張してくる。一体みほは今回の会見で何を首相たちに要求する気なのか。そう考えていた。しばらく歩くと応接間が見えてきた。梓はぎこちなく笑いながら後ろに翻る。

 

「こちらが応接間です。どうぞ。」

 

梓が扉を開けると誰もが困惑した。そこにあるはずのものがそこにはなかった。昨日までその部屋には応接セットがあったはずだ。なのにそれが今はない。梓は目を白黒させる。すると突然後ろから声がかかる。

 

「一体どうしたんですか?どうぞお座りください。えへへへ。」

 

梓が驚いて振り向くとそこにはドイツ第三帝国の高級将校のいでたちのみほがいた。梓が驚いて尋ねる。

 

「た…隊長!応接セットが…応接セットが…消えてしまいました…」

 

するとみほは気にする必要はないというような口調で静かに笑った。

 

「大丈夫です。ここであってるよ。さあ、首相たちを座らせてあげて。」

 

梓は戸惑いながら首相たちをとりあえず床に直接座らせた。するとみほは満足そうに微笑むと一段高くなっている台の上に置かれた椅子に深く腰掛けて困惑顔の一同を眺めまわすと少し顔をしかめてとんでもないことを言い出した。

 

「皆さん。ご苦労様です。わざわざきていただいてありがとうございます。しかし、皆さん。ここの支配者を前にして随分態度が大きいことで…私にそんな態度とっていいと思っているんですか?まず座り方がおかしいですよ。行儀よく正座してください。政権を失いたいですか?いいえ、それどころか社会的に死にたいですか?この写真、週刊誌にでも送っちゃおうかな。ふふふふ…」

 

みほは首相たちを蔑みながら写真をピラピラとさせる。

 

「そ…それだけは…ご勘弁を…」

 

「あっはははは!あははは!それなら、しっかり態度で示してください!私に忠誠を誓ってください。ほら、頭が高い!」

 

みほの狙いは身分の違いを明らかにすることだった。ここでの最高権力者は自分であることを暗に伝えているのだ。梓はあからさまなみほの態度に戦々恐々としながらみほを諌める。

 

「た、隊長…やりすぎ…やりすぎですよ。」

 

しかし、みほは聞く耳を持たない。それどころかさらに挑発を繰り返す。

 

「あっはははは!いい格好ですね!こんな屈辱味わったことはないでしょう。さあ、私に続いて宣誓の言葉を復唱し、誓詞をしたためてください。私、福安佳三内閣総理大臣以下全閣僚は西住みほに忠誠を誓います。はい繰り返してください。」

 

「そ…それは…私はこれでも一国の首相ですよ…無理です。一個人に国家が忠誠など誓えるはずがない…!日本を、この国を舐めないでください!」

 

するとみほは一つため息をつく。そして跪く首相をゴミを見るような目で見つめると殴る蹴るの暴行をした。そして、懐から拳銃を取り出すと空に向かって一発撃つと首相のこめかみに突きつける。

 

「誰にそんな口を聞いているんですか?貴女のような無能な変態さんを首相にさせてあげたのはどこの誰でしたっけ?貴女の代わりはいくらでもいるんですよ。待機組もあんなにいますからね。もっとも懲らしめに野党を次の選挙で勝たせることだってできます。私のいうことさえ聞いていればこのまま首相の座に居座ることができるのに本当におバカさんなんですね。あの写真、国連に持ち込んで日本の首相はトップがこんなに変態なんだって世界に知ってもらうってのもいいですよね。きっと貴女のせいで日本は見捨てられますよね。それとも、ここで殺してあげましょうか?海の上ですから事故死に装うこともできますし、あっそうだ!そうしましょう!上が頭悪いとこちらも交渉するときに困りますからね!貴女を殺して新しい首相に変えてしまいましょう!もっと異議を唱えることもない忠誠心の塊のような人にしましょう!ふふふふ。」

 

「わかりました…サインします!復唱しますから!」

 

「ふふ…そうですか。素直なのはいいことですね。それでは復唱してください。私、福安佳三内閣総理大臣以下全閣僚は西住みほに忠誠を誓います。はいどうぞ。」

 

「私、福安佳三内閣総理大臣以下全閣僚は西住みほ様に忠誠を違います…」

 

首相は抵抗したもののみほにはかなわなかった。躊躇いながらみほの言葉を復唱し誓詞を書かされた。首相でさえこの有様だ。もう誰も逆らうことも抵抗することもできない。みほはその様子をただ面白そうに眺めていた。みほは大人が自分のせいで右往左往している姿が面白くてたまらないと言った様子である。みほは日本政府という大きな権力を支配する快感を味わっていた。みほは笑いが止まらないらしい。みほは支配欲が満たされていくこの快感に高笑いをしていた。

 

「あっはははは!あははは!これで完全に日本政府に私は干渉できる!日本政府さえも私の支配下!全ては計画通り!」

 

「隊長…なんてことを…本当に言葉通り日本政府さえもいとも簡単に自分の支配下においてしてしまうなんて…」

 

梓は誰にも聞こえない小さな声でそう呟いた。梓がみほをちらりと見るとみほは嬉しそうに無邪気に手を叩いている。その姿はまるで子どものようだった。こんなにえげつないことを平気でやり遂げるような人には見えない。普通の無邪気な可愛い女の子に見えた。しかし、やはりみほは悪魔だった。みほは、顔を上げると悪い笑みを浮かべながら言った。

 

 

「さあて。それでは本題に入りましょう。今日は貴女方に要求があって呼び出しました。首相、わかっていますよね?断ったらどうなるか。ふふふふ…ああそうだ。断ったらどうなるか事前に見せておいてあげましょう。小梅さん!」

 

みほが扉に向かって声をかける。目隠しされた裸の少女が磔台にくくりつけられて入ってきた。みほは悪い笑顔を浮かべるとそばにあった銃を手に取る。

 

「隊長!まさか!」

 

梓がとっさに声を上げるがもう間に合わない。言葉を紡いだ頃には既に引き金は引かれていた。発射された鉛の弾は少女の心臓と頭を貫き、赤黒い血が滴り落ちる。磔台の少女は首をがくりと垂れて絶命した。誰もが言葉を失っていた。みほは要求を断ったらどうなるかその説明のためだけに収容所に収容されていた無実の少女を銃殺したのだ。みほはライフルを担ぎながら高笑いする。

 

「あっはははは!あははは!ああ!楽しい!」

 

「隊長!彼女に何の罪があったと言うのですか?あまりに酷い!こんなことって…」

 

するとみほは心を痛めるそぶりをすることもなく平気な顔をして梓の質問に高笑いしながら答える。

 

「えへへへ。何の罪もないよ。適当にでっち上げただけ。でも、首相たちにどうなるか説明しなきゃわからないでしょ?だから犠牲になってもらった。仕方ないよね。梓ちゃん?言ったよね?私の支配下にある人は人間ではなく道具に過ぎないって。だから、今回は処刑に使ったそれだけだよ。あっはははは!それじゃあ、話を始めていきましょうか。福安総理。」

 

つづく



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第86話 疎開

お待たせしました。久しぶりの生徒会陣営のお話です。


角谷杏は恐怖に震えていた。西住みほ率いる反乱軍は異常なほどに残虐である。今まで歴史上のどの軍隊よりも残虐かもしれない。どんな独裁者でもみほに勝る狂人はいないかもしれない。杏はそう考えていた。つい先日も、反乱軍は避難民が一時帰還していた市街地に突如襲い掛かり、人間狩りを行なった。命からがら逃げ延びた避難民の少女が言うには反乱軍は市街地の住居に次々と火を放って避難民たちをあぶり出し、火から逃れようと逃げ出してきた無抵抗で武器も持たぬ彼らを容赦なく笑顔で殺戮していったという。さらに、生き延びた人々も捕らえられどこかに連れていかれて行方不明らしい。あのみほのことだ。おそらく捕らえられた人々も残虐な処刑か苛酷な拷問にあっているのだろう。この人間狩りの話は放送部の報道により避難民たちの間で瞬く間に広がり、「カーリーの首飾り事件」と称された。事件名の由来はヒンドゥー教の血と殺戮を好む残虐な戦いの女神カーリー神の神話の一節にある殺した敵の首を切り取り首飾りにしたというエピソードを、あまりに残虐な西住みほの姿に重ねて、事件当日の報道担当だった各国の宗教に詳しい放送部員2年生三浦智香が名付けて報道したことにある。この報道は生徒会陣営と避難民を恐怖のどん底に叩き落とした。避難民の中には恐怖のあまりみほに捕まって惨殺されるくらいなら自ら死んだほうがマシだと叫び、自ら命を絶とうと屋上に向かおうとした者もいた。生徒会陣営は今回の戦争で一番の危機的状況に陥っていた。パニック状態というのは恐ろしいものだ。過去には死者が出たこともある。杏は必死に駆けずり回り、今死んだらそれこそみほの思う壺だ。犠牲になった者たちのためにも自分たちは生きてこの地獄から生還し、勝利しなくてはならないと演説して避難民を説得した。避難民たちはなんとか納得してくれたが、またいつパニック状態になるかわからない。杏たちにとって今の避難民たちはいつ暴徒と化してもおかしくない恐怖の対象だった。杏たち生徒会軍は常に安全装置が外れた暴発寸前の爆弾を突きつけられたような状態で反乱軍と戦うことを強いられた。杏は大洗女子で起こった問題はなるべく大洗女子でカタをつけたかった。だから、援軍や食料武器の援助は仕方ない、例外であるとしても、それ以外で他の学園艦を頼らない、世話にはならないと決めていた。これ以上借りを作りたくなかったのだ。杏はこれ以上借りを作るとみほの魔の手から学園艦を守り、勝利を得ることができたとしても、他の学園艦に借りがあることをつけ入られ、利用されるだけ利用されて搾取された挙句、自分がこの学園から追われる可能性を危惧したのである。杏は最初こそ援軍をありがたく思っていたが、他の学園艦が殺し合いである戦争に参加しているのは、何か裏があるのではないかと疑心暗鬼に陥り始めていた。しかし、このような事態になってしまってはそんなことはどうでもいい話だ。とにかくこの危機を脱することが第一だった。西住みほという悪魔の魔の手は確実に近づいている。すでに学園艦の三分の一はみほの手に落ち、学園艦の運行を担うコントロール室までも落ちた。実際この学園艦がどこに向かっているかさえも把握できていない。辛うじて北に向かっていることだけはわかっているが詳しい行き先は全くの不明だ。戦況は生徒会軍の圧倒的不利だ。このような状況では避難民の安全は保証できない。杏は止むを得ず避難民の疎開も視野に検討を始めることにした。杏は疎開についてを話し合おうと柚子とナオミを生徒会室に呼び出した。しばらくすると2人はやってきた。やはり今回、コントロール室喪失と人間狩りが響いたのだろう。暗く深刻そうな顔をしている。杏は2人を見ると努めて明るく接した。

 

「2人ともごめんね〜ちょっと相談があるんだ。」

 

「会長…あんなことがあったのに…どうしてそんなに明るく…」

 

柚子が相変わらず暗い顔をして杏に尋ねる。すると杏は悲しそうに笑いながら答えた。

 

「だからこそだよ。だからこそ明るくならないと…やっていられないんだよ…それに私まで暗い顔してたらみんなの士気も何もかも落ちちゃうからね。私はいつも笑ってるしかないんだよ。私は自由に泣くことさえ許されていないんだよ。」

 

杏がそういうとナオミが頷く。

 

「そうだ。それでいい。杏はそれでいい。そうやって笑って明るくして、みんなを安心させてやってくれ。それで、何か話があったんだろ?何だったんだ?」

 

杏は嬉しそうに笑うと屈託のない笑顔でニッコリと笑った。

 

「ありがとう。実は、その避難民のことなんだけど、これ以上ここに置いておくのは危険な気がする。いつ不満が爆発してもおかしくない状況だよ。だから、疎開させたい。すごく図々しいけど、サンダースでしばらく面倒を見てもらうことはできないかな?もちろん全てとは言わない。とりあえず、精神異常をきたし始めている一部の人たちだけだけど、どうかな?もちろん無理にとは言わないけど。」

 

ナオミは目を瞑りどうすべきか考えているといった様子だった。ずっと思案していたがしばらくするとパッと目を見開いた。

 

「確かに今の避難民たちの様子を見ていると確かに危険が大きい。わかった。ケイに話しておく。」

 

「すまない。苦労かけるね。」

 

「気にするな。自分1人で抱え込むな。私たちでも誰でもいいから人を頼れ。」

 

ナオミはそう言って笑った。杏は助けてくれるということは裏があるのだろうなどと疑心暗鬼になった自分を恥じた。自分はなんて愚かだろうと思った。ナオミたちサンダースの生徒たちは真剣に自分たちを助けてくれようとしているのにそんな気持ちになって申し訳なく思った。杏は頭を下げて言葉を紡ぐ。

 

「ありがとう。本当にありがとう。助かるよ。」

 

「それでだ。とりあえず、ケイに話を通しておく。まあ、あのケイのことだからほぼ100%の確率で引き取ってもらえるだろう。しかし、こちらも全員を引き取るというわけにはいかない。住む場所の問題もあるからな。だからさっき、杏が言ったみたいに重症者を優先で受け入れたい。しかし、重症かどうかは私たちが見てもわからない。だから、サンダース大学医学部の先生に来てもらうことになるだろう。たから、少し時間がかかる。そこらへんは了承してくれ。」

 

「うん。わかった。」

 

「了解です。」

 

杏と柚子は口々に同意した。なるべく早く引き取ってもらえると助かるが頼む以上我儘は言えない。話し合いはそこで終わりとなった。ナオミはサンダースの生徒たちのもとへと戻るために生徒会室を出ていった。杏は何気なしに頬杖をつきながらナオミが出ていった扉を見つめると、心配そうな顔をしている柚子に声をかけた。

 

「小山〜避難しているみんなに疎開の説明会を開くから準備して〜」

 

杏は柚子に疎開の説明会を開くための準備をするように指示をだした。すると柚子は心配そうに杏を見ながら口を開いた。

 

「大丈夫でしょうか…全員行けないってなるともしかして不満が出るのでは…?」

 

「だいじょぶ、だいじょぶ。批判は私がかぶるから。小山は安心して準備をして。」

 

杏はいつものようにニカッと笑いながら飄々として答える。すると、柚子は怒気をはらんだ声で杏に訴える。

 

「そういうことじゃないんです!そういうことじゃ…私心配なんです。このままでは会長が壊れてしまいそうで怖いんです!何もかも背負いこんで…さっきもナオミさん言ってたじゃないですか…もっと私たちを頼ってください。自分で何もかも背負いこまないで…それとも私たちでは頼りないとでもいうつもりですか?今回の疎開は全て私の責任でやります。よろしいですよね?」

 

杏はハッとした。自分のせいで柚子をここまで苦しめていたことに気がついていなかったのだ。

 

「小山…そこまで私を…わかった。小山に全て任せるよ。期待している。」

 

柚子の顔はようやく明るくなった。杏は満足そうに頷く。柚子は早速仕事に取り掛かった。杏がちらりと柚子の顔を見ると柚子は晴れやかな顔をしていた。杏はくるくると椅子を回した。そして、後ろを向いて窓際に行き、みほの支配地の方角を見つめる。もともと本拠としていた西地区以外の支配地はほとんど全てが焼き払われ、跡形もなくなっていた。杏は拳を強く握りしめ独り言を呟く。

 

「西住ちゃん…どこからでもかかっておいでよ。私は絶対に西住ちゃんを許さない…殺されてあんなに惨めな姿にされた河嶋の仇、何も罪がないのに訳がわからないまま殺されたみんなの仇は絶対に取る!絶対に!私たちは絶対に負けない!正義は必ず勝つ!」

 

声がいつの間にか大きくなって独り言から叫びに変わっていった。柚子が驚いてこちらを見ている。

 

「会長。大丈夫ですか?」

 

「あはは。聞こえてた?ごめん。大丈夫。」

 

「あんなに大声出せば嫌でも聞こえますよ。でも、会長の気持ちはよくわかります。私だって許せない。こんな残虐なこと許されていいはずがない。西住さんにはしっかりと罰を受けてもらわないといけません。確かに、私たちは弱くて脆い。でも、私たちの心は強いはずです。」

 

杏は大きく首を縦に振った。そして、柚子を窓際に呼び寄せるとみほが支配する地域を指差した。

 

「小山。見えるか?あの大軍とあの焼け野原を。あんなに大勢の生徒が西住ちゃんに騙されてあんなことをしてしまった。あの子たちがこの地獄を作った。確かに西住ちゃんに騙された子たちがやったことは許されることではない。でも、私たちの敵はあの子たちじゃない。あの子たちを裏で操る西住ちゃんだ。だから、決してあの子たちを恨んではいけない。あの子たちが西住ちゃんに異議を唱えたらどうなると思う?人間狩りと称して罪のない一般市民を大量虐殺することなんてなんとも思わない西住ちゃんのことだ。あの子たちは殺される。きっと西住ちゃんに取って自分以外の人間は価値のない存在なんだろう。あの子たちも本当は心の底から人間狩りや虐殺なんてやりたくなかったはずだよ。あくまで私の説だけど本当はやりたくないのにあの子たちは強制されたと思ってる。生きるためにね。あの子たちも被害者なんだ。それだけはわかってほしい。したがって、我々の任務はこれ以上の西住ちゃんの侵略行為を止めること、そして西住ちゃんが支配する地域、人間の解放。そして西住ちゃんの逮捕だ。私はこの3つを達成するための作戦をナオミと相談して立てる。だから、疎開に関する事務作業を全て小山1人に任せることになってしまうかもしれない。悪いけど頼むね。」

 

「わかっています。」

 

やはり長年親友として付き合ってきただけのことはある。柚子は杏の言いたいことを理解して笑顔で頷いてくれた。納得してくれたようだ。杏はホッとして椅子に腰掛けた。杏はその日、同じく生徒会軍の兵士を集めて柚子に話したこととほぼ同じ内容の訓示を行なった。生徒会軍の兵士の中には生ぬるい、虐殺に参加したものは全て皆殺しにすべきだという意見も出たがそれではみほと同じような思考になってしまう。自分たちは人道的であるべきだと説得した。なんとか皆の意見を合致させて杏が提唱した方針で戦争を戦っていくことにした。反乱軍はいつ戦闘を開始するかわからない。杏は臨戦体制を常に取るようにと指示を出した。しかし、蓋を開けてみると予想外の出来事が起こった。苛烈だった反乱軍の侵攻が「カーリーの首飾り事件」以降ぱったりと止んだのだ。みほが支配する地域と生徒会が守っている地域との間でちょっとした小競り合いのような散発的な戦いはあったが組織的な戦闘は全く行われなかった。それどころか一発も銃弾が飛んでこない日もあった。そう。みほは全く何もしなかったのだ。杏はこの突然の休戦が一体何を示しているのか理解しかねていた。たまに、知波単の輸送機が飛んできて着陸することはあったもののそれ以外では全く動きがなかったのである。何か嫌な予感がする。みほが一体何を企んでいるのか怖くて仕方なかった。杏は反乱軍の中で一体何が起きているのか知りたくて交信室に向かった。交信室はもし、コントロール室の交信機が壊れたときのために利用するはずのものである。まさかこんな事態で使用することになるとは思っても見なかった。杏が交信室に向かうとコントロール室を奪われたとき、勤務から外れていたためみほの魔の手から逃れることができた船舶科の1年生と2年生の生徒が2人いた。杏はその2人に頼みみほに奪われたコントロール室に無線で連絡を取ってみた。

 

『誰か聞こえる?聞こえたら返事して。』

 

するとヘッドセットの向こうから小さな声で応答があった。

 

『はい。聞こえます。もしかして…会長…?』

 

『うん!うん!そうだよ!みんな無事?』

 

『はい。みんな無事です。』

 

『そっか。よかった。必ずそっちのコントロール室は取り返す。それまで頑張って!今どこ向かってるの?』

 

『ありがとうございます。頑張ります。今は、岩手県沖を航行中です。とにかく北に行けっていう指示で…』

 

その時である。突然怒号が聞こえてきた。

 

『おい!そこ!コソコソ何やってるんだ!?』

 

『え?いえ…別に…』

 

『貴様!勝手に外部に連絡を取っていたな!?勝手に連絡を取ってはならないとあれだけ厳命しておいたにもかかわらず連絡を取るとは!命知らずな!そうかわかった!覚悟しておけ!』

 

『ぐはあ!やめ…て…ぐほっ!ぐはっ!おねが…ううう…ああ…』

 

杏はゾッとした。自分のせいで今交信した彼女は殺されるかもしれない。だが、みんなが見ている手前暗い顔を見せるわけにはいかない。杏は今起こった悲劇を隠すように飄々と答える。

 

「大丈夫だってさ。みんな無事みたい。なんかね今岩手県沖でただただ北に向かうように指示されてるらしいよ。」

 

すると奥で何か仕事をしていた2年生の生徒がばさりと書類を落とす音が聞こえてきた。杏が突然の音に驚いて振り向くと、2年生の生徒はガタガタと震えながら言った。

 

「それ、まずくないですか…実は私たちが勤務していたとき、北海道あたりにプラウダの学園艦があったんです。もしかして西住みほの狙いはプラウダと合流することでは…?もし、西住みほがプラウダと合流したら…」

 

「西住ちゃんは、強大な軍事力を背景に一気に私たちを潰しにかかる…と…」

 

2年生の生徒は躊躇いながら首を縦に振った。すると側にいた1年生の生徒があまりの恐怖に泣き始めた。

 

「会長…西住みほさんって残虐なんですよね…私聞きました…西住さんは人を殺しても笑ってるって。人を殺すことを楽しみにして生きているような悪魔だって…しかも殺し方も普通じゃなくて、最も苦しい方法で殺すって。会長!私は死にたくない!殺されたくない!お願いします!私たちを守ってください!」

 

杏はどう声をかければいいのかわからなかった。杏は唇を噛み締め、呻くように言葉を紡いだ。

 

「今はなんとも言えない。それが本当なのかさえ。とにかく本当のことがわかるまで落ち着いて行動してほしい。それと、このことはまだ誰にも言わないで。私から話す。わかってくれたなら黙って1度だけ頷いて。」

 

2人は恐ろしさに涙を流しながら頷いた。杏は消え入りそうな小さな声でごめんねと呟くと生徒会室に戻っていった。生徒会室に戻るや否や柚子が声をかける。

 

「会長。何かあったんですか?」

 

「うん…」

 

「何があったんですか?話してください。」

 

「もしかして…プラウダが…プラウダが…西住ちゃん側についたかもしれない…今までプラウダは態度を保留にしていたが…私は…どうすればいい…?もういっそのこと、ここを明け渡したほうが…いいのかな…」

 

杏の頰に涙が伝う。止めようとしてもどんどん溢れてきて止まらない。柚子は杏を後ろから抱きしめると優しく声をかけた。

 

「良いんですよ。いつも背負ってばっかりだと疲れちゃいますもんね。泣いてください。たくさん泣いてください。私が受け止めますから。確かにプラウダがあちらにつくとなると厳しい戦いになります。でも、我々にはまだ黒森峰がいます。さらに朗報です。今、サンダースから連絡があってアンツィオが食料の支援をしたいとブルースカイ高校の飛行機でサンダースを訪れたからそちらに連れていっても良いかと連絡がありました。私たちの味方はまだたくさんいます。私たちは1人じゃないんです。希望を持ちましょう。」

 

杏は全身の力がすっと脱けていくような感覚になった。杏は柚子に抱きついて思いっきり泣いた。3時間は泣いた。杏の目は泣きすぎて真っ赤になった。でも、杏の心は晴れやかだった。心に溜まっていた汚れを全て吐き出したのだ。そうだ。自分たちは1人ではない。まだやれることはたくさんある。そう思った。杏は小山に抱きついたまま礼を言う。

 

「小山。ありがとう。おかげで少しはすっきりしたよ。小山のおかげだ。それにまだやれることはたくさんあるな。弱気になってたらダメだって改めて気がつかされたよ。確かに、黒森峰がまだきてないね。私たちは北に全速力で向かって向こうは追いかけてきている。だからきっと追いつくことができなくて到着が遅れているだけだよ。それにしてもアンツィオが助けてくれるなんてね。しかも食料を助けてくれるなんて助かるよ。贅沢言えないけどいつもまずい非常食だから美味しい暖かい料理が食べたいって思ってた時期だったんだよね。こりゃあ、避難民のみんな喜ぶよ!それじゃあ疎開は少しだけ遅らせよう。アンツィオの料理を食べさせてから疎開させよう。」

 

「会長が元気になってくれてよかったです。私たちは決して1人じゃないんです。味方は探せばまだたくさんいるんです。希望は捨てないでください。きっと避難している人たちも大喜びしますよ!」

 

杏と柚子は互いに見つめあって笑った。その笑みは本当に嬉しそうな笑みだった。黒森峰からの援軍も嬉しいが何よりも我慢を強いられている避難民の喜ぶ顔が早く見たかった。早く美味しい食事をお腹いっぱい食べさせてあげたかった。しかし、現実は氷よりも冷たいのだ。杏たちは何も知らなかった。黒森峰は西住家の圧力でとっくの昔に援軍の派遣を取りやめ、決して来ることはないということもアンツィオのアンチョビはみほに誘拐され、みほの企みに利用されていることも、何も知らなかったのだ。杏たちはこのときまだ本当の地獄(・・・・・)をその身で味わうことになる未来など知る由もなかった。

 

つづく



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第87話 それぞれの約束

30年後の話です。
リメイクするかも知れませんがよろしくお願いします。


秋山優花里がここから先の話はさらに暗く残酷な話になってくるので、一度休憩した方がいいという提案を受けて私たちはホテルのカフェでお茶しがてら休憩をすることにした。皆のテーブルにコーヒーが運ばれる。

 

「ケーキも頼んでいいか?」

 

冷泉麻子が手をあげながら言った。秋山優花里が懐かしそうに笑う。

 

「あははは。冷泉殿、ケーキが大好きでしたからね。どうぞどうぞ。いくらでも召し上がってください。」

 

「ありがとう。なら、イチゴのショートケーキにニューヨークチーズケーキ、フルーツタルトにミルフィーユ、あとは…」

 

放っておくと冷泉麻子はこの店のケーキを全て食べつくしてしまいそうだ。店員がメモを取りながらあまりの注文の多さに困惑している。それでも冷泉麻子は気にすることなくケーキを頼みまくる。角谷杏は苦笑いしながら冷泉麻子を制止した。

 

「ちょっとちょっと冷泉ちゃん。一体いくつ食べるつもりなの?いくらなんでも食べすぎでしょ。いつもそんなに食べるの?」

 

すると冷泉麻子は頷きながら得意げに微笑む。

 

「ああ。研究には頭使うからな。糖分がたっぷりいるんだ。いつも平均で10個は必ず食べるようにしている。」

 

「冷泉殿!だから、学生から言われるんですよ!妖怪ケーキ遅刻女って!」

 

秋山優花里が笑う。ネーミングのセンスを疑うが何やら面白そうな話である。面白い話が大好きな角谷杏が飛びついた。

 

「え?なになにその呼び名。聞き捨てならないなあ。面白そうな話じゃん。聞かせてよ!」

 

「ええ。もちろんです!この際、冷泉殿にはたっぷり反省してもらいます!」

 

「秋山さん。あれは私は悪くない。朝が来るのが悪いんだ。」

 

冷泉麻子は運ばれてきた皿いっぱいのケーキに目を輝かせ、夢中で頬張りながら胸を張って、自信満々に主張した。全員あまりの暴論に呆れてしまった。

 

「冷泉ちゃん。ものすごい論理だね…」

 

「この主張は間違ってはいない。米国睡眠学会の発表によると8:30の始業から10:00の始業にしたら成績が上がったと発表されている。だから、私は悪くない。世間の仕組みがおかしいんだ。」

 

「なるほどねえ。そういう観点で考えると冷泉ちゃんの言ってることもあながち間違いではないのかもね。」

 

角谷杏は冷泉麻子の論理的な話に納得させられてしまった。しかし、秋山優花里は首を横に振った。

 

「会長!騙されていますよ!大学の始業時刻は朝9:30です!」

 

「あ、そうか。そうだった。もう面倒くさいから秋山ちゃん。洗いざらい全部話しちゃって。」

 

「はい。実は私も教務支援課から聞いたのですが、冷泉殿東京帝国大学に赴任して10年近く経つらしいのですが、なんと10年間ほぼ遅刻をしているらしいです!」

 

「「えっ!?10年!?」」

 

私たちは一分のずれもない動きで口を開き驚きの声をあげた。誰もが耳を疑っていた。澤梓が確認のために秋山優花里に聞き返す。

 

「秋山先輩?今なんて言いましたか?10年って聞こえた気が…」

 

「うん。言ったよ。10年間、遅刻だそうです。」

 

私も冷泉麻子が大洗女子学園における遅刻記録保持者であることはよく承知している。しかし、ここまで今もなお遅刻し続けている冷泉麻子はある意味尊敬できるかもしれない。もし、遅刻選手権なるものがあったら間違いなく1位になれる記録だろう。しかし、そんなに遅刻してよくクビにならないものだ。やはり研究の業績があまりにも大きすぎるからだろうか。すると、私の疑問を察したように冷泉麻子が口を開く。

 

「だが、教務課からは一切注意されないし、何にも文句言われないんだ。だったらいっそのこと大手を振って遅刻してやろう。こういうことだ。眠いし。」

 

冷泉麻子はとんでもないことを言う。彼女が指導している学生たちは彼女のことをどう思っているのだろうか。私は、秋山優花里に尋ねた。

 

「秋山さん。冷泉さんの研究室の学生さんたちはこのことどう思っているんですか?」

 

「最初は戸惑うみたいです。だって冷泉殿の講義、何回遅刻してもオッケーですし、何よりも先生が毎回遅れてきますからね。研究室だともっとひどいみたいですよ。相変わらず毎回遅れて来るくせにケーキは毎回欠かさず買って来るし、二回に一度はただ寝るだけの授業もあるとかで。それでも学生は毎年、誰も留年させずに卒業させて、著名な研究者も何人も出しているんですから。すごい人ですよね。それに、研究室の学生のみんな本当に楽しそうです。本当に。」

 

私は改めて冷泉麻子という人物に圧倒させられていた。すると麻子はそんなことはないとでも言いたげに首を横に振った。

 

「そんな大したことではない。やっぱり学生諸君が私と一緒に研究したいって思って入って来てくれたからには大学で研究する科学は楽しいって思ったまま卒業して欲しいんだ。絶望して欲しくない。科学で苦しめられるのは私だけで十分だ。誰も科学に苦しめられてはいけない。だから、私はいつも学生たちには化学における倫理と化学の平和利用について話している。あの戦争で私は多くの罪のない人間の命を奪ってしまった。本来、学問を人殺しの道具に使ってはいけないんだ。生き残るためだったとはいえ私は本当に取り返しのつかないことをしてしまった。私が言える立場ではないことは重々承知だがせめてもの償いの気持ちだ。学生たちに同じ轍を踏ませやしない。これは私の決意だ。」

 

冷泉麻子は拳を強く握りながら言った。秋山優花里は冷泉麻子の言葉に何度も頷く。

 

「私も同じ思いです。ですから、私の教え子たちにも戦車の本来の役割を再認識させるための時間も設けています。戦車は本来戦争の道具であると。やはりそこは忘れてはならないことです。今でこそ特殊カーボンのおかげで安全になりましたが、やはりあの地獄を体験した私にとって平和利用については外せない永遠のテーマなんです。そして、あの反乱を2度と起こさせないようにするのも私たちの役目だと思っています。」

 

私は2人に最大限の賞賛を送りたい気分だった。この2人のような人物があの時いてくれたならばあのような悲劇はもしかしたら引き起こされなかったのかもしれない。私はそう考えていた。しかし、角谷杏はその考えに異を唱えた。

 

「平和利用?そんなことは無理だ。戦車道なんて競技がある以上、第2第3の西住ちゃんは生まれ続ける。本当の平和を求めるなら戦車道なんてやめるべきだと私は思うよ。実は、みんなとあの戦争のことを振り返って改めて町長としての政策を問い直したんだ。本当にこのまま戦車道を振興させていいのだろうかってね。そして気がついたんだ。昔と全く変わらない今の学園艦で戦車道が存在し続ける危険性をね。」

 

「どういうことですか?」

 

私は角谷杏に説明を求める。私は彼女が言いたいことを理解しかねていた。角谷杏は唇を震わせながら口を開く。

 

「気がつかない?じゃあ逆に聞くね。なんで戦車道で戦車という武器を持つことを許されていると思う?」

 

「あ…なるほど、角谷さんが言いたいことわかりましたよ。いわば軍事力とも言える戦車の保有を事実上許されている理由。それは、危険人物がその軍事力を掌握しないことを前提としている。そういうことですか?」

 

杏は深刻そうな顔をして首を縦に振る。

 

「うん。そうだよ。だけど、西住ちゃんという事例がある。西住ちゃんはこの軍事力を利用して軍事独裁政権を樹立しようと動いた。にも関わらず政府は何もできなかった。いや、西住ちゃんが何もさせなかったんだ。学園艦はその特性上情報の統制が比較的しやすい。出て行く情報も入ってくる情報もだ。例え、反乱が起こったとしても世間は反乱の事実を知らない。反乱が起こった事実を知っているのは一部の政府関係者だけということになる。西住ちゃんはこの特質を利用したんだ。西住ちゃんは政府関係者の秘密を次々と握り、その弱みに付け込んで学園艦に干渉しないことを約束させた。そうしてしまえばあとはやりたい放題だ。本来の学園艦の持ち主である文科省も国を守る防衛省でさえ手が出ない。頭を押さえちゃってるからね。西住ちゃんはまさに敵なしになった。あんなことがあったのに。戦車道は何も変わっていない。西住ちゃんという事例があったのに…隊長の選出をその人の倫理観に任せているところがある。人を殺すことができる、軍にもなり得る戦車隊隊長の選出方法を改革するべきだって私は思ってる。」

 

角谷杏はあの地獄を思い出しぶるぶる震えている。確かにその通りだ。戦車隊をまとめ上げる人物が独裁者のような人間だったら大変なことである。事実西住みほという前例があるのだ。あの戦争と西住みほの蛮行を今になってもまだ、戦車道連盟が知らないはずがない。

 

「それは私も長年憂慮していたことだ。だが、安心してほしい。この論文を見てくれ。」

 

冷泉麻子がある論文を私たちに差し出した。その論文は[学園艦における軍事独裁政権誕生の危険性]と記述されていた。内容は現在の戦車道の現状と危険人物が隊長に選出された時のリスクが例とともに紹介され最後は適性検査を実施するべきであるという提案で結ばれていた。秋山優花里が得意げな顔をしている。おそらく彼女がこの論文を執筆したのであろう。冷泉麻子に促されて秋山優花里は口を開く。

 

「実はこの論文私が書いたものなんです。私もあの戦争を経験して心底恐ろしい思いをしました。もう2度と西住殿のような事例が出ない仕組みを作らなければならない。そう思いました。だからこの論文を書いたのです。そのおかげで私は戦車道連盟に招聘され、この仕組みづくりを任されることになったんです。」

 

今まで暗い顔をしていた角谷杏の顔がパッと明るくなった。角谷杏は秋山優花里の手を取ると頭を下げる。

 

「秋山ちゃん!私は秋山ちゃんを信じてる!もう誰もあんな思いをしなくてもいい平和な戦車道を作って!」

 

秋山優花里はニコリと微笑むと頷いた。角谷杏も嬉しそうに笑った。しかし、私は秋山優花里の顔が一瞬だけ曇ったことを見逃さなかった。私は秋山優花里に追及する。

 

「秋山さん。先ほど一瞬だけ表情が曇ったような気がするのですが…何かありましたか?」

 

私の指摘に秋山優花里は頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。

 

「あははは。バレてましたか。実は、この仕組みづくりを進めているのはいいのですが…西住流が…」

 

「また…!西住流が一体何を…!?」

 

私は怒りで震えそうになる。またしても西住流が邪魔をしているのか。今度は一体何を企んでいるのだろうか。私は拳を強く握り締めながら秋山優花里に尋ねた。

 

「はい…実は西住流がこの仕組みづくりに反対しているんです。どうやら、西住殿のことを掘り返されたくないようで…」

 

「今の西住流は西住さんの姉西住まほが継いでいるとされている。やはり、あの時のことは西住流最大の汚点と考えているらしい。西住流が反対に回ることは承知していたが…でも、島田流なら納得してくれるのではないか?」

 

「それが、まだこれは検討段階で提案は誰にもしていないんです。ただ、そういう予定だという雑談の中で出た話なので…」

 

秋山優花里は申し訳なさそうな顔をしている。その時である。ずっと押し黙っていた澤梓が口を開いた。

 

「残念ですが、その提案は…絶対に通ることはありません。」

 

「「え?」」

 

澤梓の発言に誰もが言葉を失った。その中でも一番驚いていたのはやはり秋山優花里であった。

 

「なぜ…澤殿…なぜそんなことを言うんですか!?」

 

「なぜって…あ、そうか。まだ話していなかったですね。私だけが知っている西住隊長の秘密…」

 

澤梓が何かを知っているのは確かだ。私は澤梓に照準を合わせることにした。

 

「澤さん。西住さんに何か秘密があるとおっしゃっていましたが、それと今回の秋山さんの取り組みは関係あるんですか?」

 

澤梓は静かに頷いた。すると今度は秋山優花里が突然立ち上がり声を張り上げる。

 

「澤殿!なぜですか!?なぜできないってわかるんですか!?教えてください!」

 

「秋山先輩。落ち着いてください。お願いですから。周りが見てますよ。」

 

気がつくと、周りの客の視線が一斉にこっちを向いている。角谷杏と冷泉麻子が一度仕切り直したほうがいいと言うので私たちは部屋に戻ることにした。部屋に戻り再び席につく。

 

「さあ!澤殿!教えてください!なぜ、私の提案は通ることがないと思うのか!」

 

秋山優花里は怒りをあらわにしながら澤梓に迫る。澤梓は頷くと、その秘密を話し始めた。

 

「秋山先輩は、西住隊長が西住流の枠だけに甘んじていたとでも思っているのですか?」

 

「どう言う意味ですか?」

 

秋山優花里は声を低くして尋ねる。私も澤梓の言葉を理解しかねていた。しかし、ただ1人だけ全てを理解した者がいた。冷泉麻子だった。

 

「梓、おまえが言いたいのは島田流のことだろ?」

 

澤梓は頷いた。冷泉麻子はやはりという顔をした。私はますますわからなくなり、澤梓と冷泉麻子に説明を求めた。

 

「そうです。島田流のことです。島田流と西住隊長は繋がっています。あの戦争の時、西住隊長は島田流と密約を結びました。西住隊長は島田流の金と戦車を望み、島田流は西住流を追い落とすための口実が欲しかった。まさに利害の一致です。秋山先輩、闇は秋山先輩の想像以上に真っ黒です。秋山先輩、死にたくなければこの提案を提出するべきではないです。」

 

「それでも!私は信念のために!」

 

「秋山先輩…そうですか。頑張ってください。もしかしたら、その信念が人を動かすかもしれませんね。」

 

「はい!」

 

澤梓は秋山優花里の返事を聞いて一瞬だけ悲しそうな表情をしてすぐに笑顔を作った。私はその表情を見て心の中が激しくかき乱されそうになった。澤梓が何か重要なことを隠しているのは確かである。西住みほと島田流に一体どんな関係があると言うのだろうか。真相はまだ多くが闇の中である。

 

つづく



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第88話 私の人格は一度死に悪魔になった

祝 西住みほ生誕祭!
今日はみぽりんの誕生日です!原作の優しいみぽりんもこのお話の恐ろしい闇のみぽりんもおめでとう!これからも大暴れしてください!
今回はお誕生日ということなので誕生日のことを少し西住殿が言及しています。1年前の誕生日、みほは忘れられない体験をしたようです。何があったのか…ご注目ください!

大幅に変更することはありませんが、どことなくまとまっていない気がするのでリメイクはするかもしれません。よろしくお願いします。


応接間は暗く重たい恐怖で支配されていた。みほはどこから持ってきたのかサーベルを処刑した少女の身体に何度も突き刺して高笑いをしている。みほは遺体を弄んでいた。その光景は狂気の範疇を大きく超え、形容しがたいものになっていた。しばらくするとみほは遺体を傷つけることに飽きたのか少女の遺体から興味を失って冷たい声で扉の向こう側に声をかけた。

 

「565番、566番。入ってください。」

 

すると頭を丸刈りにされた全裸の少女2人が入ってきた。2人の少女は磔にされた少女の遺体を視認すると磔台に駆け寄り、すがりつきながら人目も憚らずに大粒の涙を流しはじめた。

 

「お姉ちゃん…お姉ちゃん!何で…何でこんな姿に…」

 

「西住さん!お姉ちゃんにどんな罪があったというのですか…?何でお姉ちゃんは処刑されなければ…」

 

先ほどみほの手で理不尽に処刑された少女は、後に入ってきた番号で呼ばれた2人の少女の姉だったのだ。2人の少女は泣きながらみほに訴える。しかし、みほに2人の訴えは届かない。みほは楽しそうに笑いながら答える。

 

「ふふふ…別に意味はないよ。ただ、たまたまそこにいたから。処刑の対象とすべきターゲットを探していたらたまたま見つけたから。それだけの話だよ。」

 

「意味はない…?それだけで…それだけの理由でお姉ちゃんは貴女に殺された!?貴女はなんてことを…!貴女はそれでも血の通った人間ですか!?私たちはなぜ強制収容され、強制労働のあげく、命までも奪われなくてはいけないのですか!?私たちはこのような目に合わなくてはいけないんですか!?私たちが何をしたというのです!?」

 

みほは笑顔で頷く。2人の少女は恨みと憎しみの眼差しをみほに向けた。みほはそれに動じることはなく、質問に答える。

 

「ふふふ…そうだよ。私は意味もなく貴女たちのお姉ちゃんの命を奪った。この銃を使ってね。貴女たちのお姉ちゃんの最期は立派だった。何も言わずに怯える様子もなく死んでいったよ。私もあんな立派なお姉ちゃんが欲しかったなあ。今さら家族なんてどうでもいいけどね。あ、そうそう。聞かれたことは答えなくちゃ。何でみんながこんな目に合うか教えて欲しい?それはね、みんなは私の道具だからだよ。貴女たちにはこれからも役に立ってもらうね。私の道具として。あははは!」

 

「そんなことのためにお姉ちゃんは…」

 

2人の少女は下を向きながら呻くように声を絞り出して拳を強く握る。みほは2人に近づくと彼女たちの腕を確認した。彼女たちの白い腕には不似合いな黒い数字とアルファベットの刺青があった。この刺青は収容者たちの識別のためにみほが梓に命じて入れさせたものだった。みほは2人の腕に刺青されたB-565とB-566の数字とアルファベットを確認して満足そうに微笑み愛おしそうに腕を撫でた。

 

「や…やめてください…触らないで…」

 

少女たちは顔を引きつらせて嫌悪と憎悪が複雑に絡み合った表情をする。

 

「あははは。嫌われちゃってるね。2人ともプルプル震えて可愛いなあ。さあ、2人とも早くそこにある見すぼらしい死体(ゴミ)を処分して。早くしないと…殺しちゃうよ?」

 

みほは拳銃を2人の頭に突きつけながら、冷たい声で死体を処分するように命令した。2人を見るみほの目は人間を見る目ではなかった。まるでゴミを見るかのような目であった。2人の少女は唇を噛み、大粒の涙を流しながら遺体を運び出した。

 

「なんてことを…」

 

みほの極悪非道で残虐な行いに福安首相は思わず呻く。みほはしばらく首相たちの顔を何も言わずにじっと見つめる。しばらくするとみほはニッコリと笑顔を浮かべて小さく低い声で呟いた。

 

「ふふふ…私に逆らうと貴女たちもあの子たちのお姉さんみたいな目に合いますからね。ゆめゆめ忘れないように。」

 

首相たちは皆必死で首を縦に振った。躊躇ったら容赦無く殺されることは火を見るよりも明らかである。選択肢などなかった。その姿は一国を背負う高名な政治家とはかけ離れた姿である。みほはあのしたたかな政治家さえも自分の掌で踊らせていることに快感を感じているといった様子である。森田防衛大臣が怯えながらみほに尋ねた。

 

「あの…それで一体今日は私たちに何の用ですか?」

 

「あっはははは!そうでした!そろそろ本題に入りましょう。今日皆さんをお呼び立てしたのはちょっと皆さんに頼みがあったからです。」

 

「頼み…?」

 

「はい。頼みです。実は我々は今戦争をしています。生徒会からこの大洗女子学園の学園艦を奪い取るために戦っているのです。しかし、武器が足りない。だから…少しだけ本当に少しだけ防衛装備品を私たちに分けて欲しいのです。そうですね…えっと84mm無反動砲…あれを20門ほど譲っていただけませんか?」

 

みほの言葉に、床に正座させられている4人の政治家と官僚は目を剥いた。まさか、こんな要求とは思っても見なかったのであろう。皆、明らかに戸惑っていた。

 

「それは…いくら何でも…」

 

防衛大臣と防衛装備庁長官は言葉を慎重に選びながらみほの要求を拒否しようとしていた。しかし、みほはそれを許さない。みほは防衛大臣と防衛装備庁長官の言葉を遮る。

 

「ふふふ…嫌だ、できないとは言わせませんよ…?あなたたちならできるはずですよね?金を使えば。それに断ればどうなるかもう皆さんは見たはずですよね?ふふふ…ここで消されるか素直に私に従うか。どちらがいいですか?」

 

みほは蔑んだ目で高座から4人を眺めていた。4人はもはやみほの言いなりだった。4人は又しても必死で首を縦に振る。

 

「わかりました…要求通りにします…」

 

「ふふふ…ありがとうございます。あとついでに官房機密費を分けてください。あなたたちには選択肢はありません。よろしくお願いしますね。」

 

「はい…」

 

みほはここぞとばかりに理不尽な要求を突きつける。首相たちはみほの理不尽な要求を呑むしかなかった。みほは首相たちの返答を聞くと満足そうに頷いた。みほは満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに手を叩いて、4人の目の前に書類を差し出した。

 

「ありがとうございます。それでは早速誓紙を書いてください。」

 

「はい…」

 

首相たちはみほに言われるがままペンを取り、誓紙に自らの名前を記入する。みほはその様子を眺めてニヤリと怪しく笑う。みほは提出された誓紙を確認すると笑顔で頷く。

 

「はい。いいです。それでは、皆さん。戦争の勝敗は皆さんにかかっています。くれぐれも裏切ったりしないように。裏切ったらその時は…えへへへ…言わなくてもわかっていますよね?」

 

「わかっています…」

 

首相たちはみほに表情を悟られまいと顔を下に向けながら呻く。みほはその様子をおもしろそうに笑いながら見ていたが何かを思い出すかのような表情をする。

 

「あ、そうだ。忘れてた。あと一つ、皆さんに頼みがあります。」

 

「何ですか…?」

 

首相たちは顔をあげて次はどんな理不尽な要求をされるのかと怯えた表情をしている。みほは苦笑いしながら首相たちに言った。

 

「あははは!そんな表情しなくてもいいじゃないですか。えっと、学園艦の自治権の拡充をお願いしたいのです。もともと、私たちの学校は廃校の危機に瀕していた。なぜなら文科省が廃校を目論んだからです。これは、本来の学園艦の崇高な学生自治の理念に反するのではないですか?是非とも改善をお願いします。」

 

首相たちは思いの外まともな要求に気が抜けてしまった。ホッとしてわかりましたと返事をする。みほは満足そうに微笑むと自分たちが支配している地域を案内すると言った。首相たちからしたら一刻も早くこの恐ろしい空間から抜け出したかったが、そんなことは無理だった。みほは自ら先導して首相たちの案内を始める。まず、最初に連れて行ったのは生物化学兵器の実験と収容所などで処刑相当とされた者たちが収監されている特別棟だった。

 

「ここは、処刑を言い渡された者たちが収容されている特別棟です。また、特殊な任務を行なっている部屋でもあります。紹介します。ここの棟の責任者冷泉麻子さんです。」

 

「冷泉麻子だ。よろしく。」

 

首相たちは冷泉麻子と面会した。麻子が研究をしており、計画の要でもあることは説明されたが麻子が何を研究しているかなど特別棟に関する詳しい情報をみほは説明しなかった。やはり、ここは計画の要であり、高度な機密として扱われているのであろう。そう考えると当たり前の処置であった。麻子と合流して次に案内されたのは収容所だった。その収容所は先ほど2人の少女が収容されている収容所である。首相たちが視察に向かうと皆一様に驚いた。まさか、首相までが西住みほに加担しているとは思っても見なかったのであろう。みほは虚ろな目をして痩せた収容者に笑顔で手を振りながら歩いた。その光景はナチスドイツのアウシュビッツなどの各強制収容所とも匹敵するといっても過言ではないものだった。みほは嬉々としながら収容所に関する説明を始めた。

 

「ここが捕虜と反逆者を収容している施設です。彼らは利用価値に合わせてABCの2つに分類しています。Aが私のそばに置く奴隷でここではなく、私の執務室の近くに収容され、ここにはBとCに分類された者たちがいます。Bは強制労働。Cは処刑又は実験のモルモットとして利用されます。」

 

「西住さん。皆、いやに痩せていますが…ここの人たちの食事や衛生環境などは…」

 

「あははは。ここの食事は小さなパンひとかけらだけです。衛生環境も非常に悪いと思います。食事や衛生、そんなものはなくてもいいんですよ。ここに収容されている者は皆死を待つだけなんです。ただ、殺され方や死ぬまでの時間が違うだけ。彼らの最終的な行き先は死です。生還は絶対にさせません。あ、そうだ。おもしろいものを見せてあげましょう。」

 

「おもしろいもの…?」

 

首相の怪訝そうな顔にみほは頷きBグループの収容者たちを全員集合させて、収容者たちの顔を眺めまわすとニッコリと微笑んだ。

 

「600番から700番までの皆さん。前に出てください。」

 

番号を呼ばれた少女たちが身体を震わせながら一歩前へ出る。彼女たちは皆、トラックに乗せられどこかに連れていかれた。みほは残りの収容者たちを解散させ、作業の続きに当たらせた。

 

「あの…先ほど連れていかれたあの少女たちは…」

 

首相たちはまたみほが悪いことを考えているのではないかと戦々恐々としていた。みほはおもしろそうに笑う。

 

「ふふふ…すぐにわかります。さあ、行きましょう。」

 

みほは楽しそうにスキップしながら首相たちを先導する。その光景は異様であった。首相たちは収容者たちの恨めしそうな目線に必死に耐えながらみほの後に続く。やおらみほは立ち止まった。そこは収容所の一番奥だった。先ほど収容者たちが乗せられたトラックが先にその場所についていた。収容者たちはその場所で降ろされ整列させられていた。みほはその様子を見てニッコリと笑うとサッと手をあげる。すると、突然赤星小梅が銃を持って現れて、みほに銃を手渡す。それとほぼ同時に収容者たちを三方から囲うような形で銃を持った看守役の黒森峰の生徒たちが現れた。みほが振り上げていた手を振り下ろすと一斉に銃撃した。収容者たちは次々と鉛の弾に撃たれて悲鳴をあげて倒れていく。みほはおもしろそうに高く笑った。

 

「あっはははは!はははは!」

 

「に…西住さん…貴女は毎日のようにこんなことを…?」

 

みほは高笑いしながら頷く。みほは100人もの少女を一斉に処刑するという久しぶりの大虐殺に身体をくねらせて興奮していた。みほの嗜虐的な心をくすぐったのだ。みほの銃撃は執拗だった。みほは倒れた少女たちの頭に一人一人鉛の弾を撃ち込んでいった。みほは1人の生還も許さなかったのだ。さらに遺体をおもちゃにして弄ぶ。遺体を何度も銃剣で突き刺した。

 

「あっはははは!久しぶりに一度にこんな大勢を殺したなあ。あははは!ああ!楽しい!」

 

みほは遺体を傷つける行為を楽しんでいた。まるで子どもがおもちゃで遊ぶかのような無邪気な笑顔を浮かべる。みほの過去に何があったのか、梓はみほの背中に尋ねた。

 

「隊長…なぜ隊長はこんな残虐になってしまったのですか…もともと貴女は優しい人だったと聞いています。なのになぜ…」

 

するとみほはため息をつきながら振り向き梓の顔をじっと見つめると無表情になって自分の歴史について話し始めた。

 

「うん。信じられないかもしれないけど、私はもともとこんなことしたくなかった。もっともこんなことは大嫌いだった。でも、忘れもしない私は黒森峰でいじめられちゃったの。私の西住流という地位で副隊長という位にいとも簡単についたことを妬まれちゃったみたいで…最初は我慢していたし、なんとか仲良くなろうと模索したよ。でもダメだった。結局最後は裏切られた。だから私は高等部になった時、副隊長という立場を使って私をいじめた子たちや私を貶めようとした子たち、それに裏切った子たちを罰した。でも、きっとそれだけだと中等部と同じ轍を踏むことになる。きっとまた裏切られるそう思った。だから、私は恐怖で支配することにしたの。収容所をつくり、私に反逆した子たちに恐怖を植え付けて2度と私に逆らわないようにしてあげた。そして気がついた時、私はお姉ちゃんを凌ぐ権力を握っていた。黒森峰に存在する権力という権力が私に集中していた。仲間が何人もできたし、これでやっと安寧で平穏で幸せな学園生活を送れる。そう思ってた。だけど、現実は違った。私の敵はいじめた子たちだけじゃなかった。私の本当の敵。それは西住という家だったの。お姉ちゃんは私をわかってはくれなかった。私のやり方を糾弾した。そして、私は黒森峰10連覇を逃した全責任をお姉ちゃんになすりつけられて副隊長職は剥奪された。それだけならまだ良かった。でも、暴徒と化したお姉ちゃん側の人間たちが私の身柄を拘束して手首に鎖をつけて学園艦中を引き回されて晒し者にされた。その間中辛くて辛くて仕方なかった。みんなから鬼だ、悪魔だ畜生だと石をぶつけられたの。あの時のみんなの憎悪に満ちた顔は忘れられないよ。そして私は学園艦から追放された。私はただ水没しそうな戦車から助けようとしただけだったのにお姉ちゃんに利用された。私はただ自分の居場所が欲しかっただけだったのにその夢さえも奪われた。その後、私は謹慎を言い渡されて家の蔵に幽閉された。トイレさえも許されなかった。トイレは全て桶で済ませるように言われて、お風呂も一週間に一度、古井戸で済ませるようにって言われた。それに布団もなければ蔵だから当然空調設備もない。もう秋も深まってきた頃だったから寒くて仕方なくて震えながら眠ったよ。病気になっても薬はもらえなかった。食事も粗末だった。屈辱的だったけど、唇を噛んで耐え忍んだ。そして、忘れもしない去年の10月23日、私の誕生日に私という人格は他でもないお母さんに殺された。私はやってきたこと何もかもを否定され人格さえも否定された。そして私は西住の家から追放された。その時からだったかな。私の中に何か黒くて暗いものが生まれた。それが今の私の人格。優しさを捨て、心を捨て、憎しみと恨みを孕んで生き、人を殺すことが大好きな嗜虐的な私が生まれた。」

 

みほは淡々と語った。みほはまるでロボットのように冷たい声で第三者の体験のように自らが歩んだ辛い歴史を語る。みほが孕む闇は根深かった。

 

「私もみほさんが引き回されているところ見たことがあります…でも、私はあの時何もできなかった…私はみほさんを救うことができなかった…私も自分の身を守ることで精いっぱいで…でも許せない…みほさんが黒森峰だけでなく実家でもそんな目に合っていたなんて…絶対に許さない…」

 

一番に声をあげたのが小梅だった。小梅は怒りに震えていた。

 

「よくあることだ。第2次世界大戦の後ドイツ敗戦後のフランスなどでもドイツ兵が集団リンチにあったりドイツ兵と親しかったフランス人女性が丸刈りにされたりとかな。」

 

麻子はいつか見た本で紹介されていた、かわいそうなフランス人女性の話を思い出す。

 

「小梅さん。ありがとう。小梅さんは悪くない。私は貴女を許します。梓ちゃん。これが私の答えだよ。私をこんな目に合わせた西住流を私はどうしても許すことができない。だからどんな手を使ってでも西住流を破滅に追い込みたいの。そして、もう誰も傷つかない世界を作りたい。私だって平和を望んでいる。今の状態は必要悪なの。だからお願い。もう少しもう少しだけ私についてきて。それに、私も本当はこんなこと罪もない人間を殺すなんてことやめたいって思ってる。でも…無理なの。衝動が止められない…気がつくといつももうやってしまっている後なの…私どうすればいいんだろう…私自分が怖い…」

 

みほは目の前に立ちすくんでいる梓と小梅の手を取った。みほの話は同情に値するものだった。誰もがみほに同情していた。しかし、この中でみほの言葉に強烈な違和感を覚える者がいた。それが冷泉麻子だった。麻子は見てしまったのだ。小梅が許せないと言った時にみほが怪しい笑みを浮かべた気がした。麻子はみほの言葉に疑念を感じてみほの表情をじっと見つめていた。梓と小梅が先ほどのみほの話を聞いてずっとみほに付き従うことを誓った。その時だった。顔を下に向けたみほの表情は間違いなく怪しく笑っていた。まるで作戦通りとでもいうかのような悪い笑みだ。麻子は確信した。みほは自分たちを騙そうとしている。麻子は今夜みほに追及しようと考えた。その後、首相たちとみほはまた執務室がある拠点近くに戻った。首相たちはみほに脅迫され、忠誠を誓わされて東京に帰っていき、学園艦には静かな夜が訪れた。そして、今日も麻子の研究室にみほがやってきた。扉を叩く音が聞こえる。麻子が応答して入るように促すとみほが入ってきた。

 

「西住さん…またか…」

 

「うん。今日もよろしくね。ちょっと疲れちゃった。」

 

「なら今日はやめて早く寝たらいいんじゃないか?」

 

「ダメ。麻子さんの身体で遊ぶ方が楽しいし、体力も回復するよ。」

 

麻子は諦めてわかったと返事をして、シャワーを浴びた。シャワーから上がって髪を乾かし準備を万端にした麻子は唾をゴクリと飲み込み、今日抱いた疑念をみほに問いただす。

 

「西住さん。今日昼に言っていたことは本当か?本当にそんなふうに思っているのか?」

 

「ふふふ。あっはははは!あははは!そっか。麻子さんにはバレていたんだね。もちろん本当の部分はあるよ。でも、自分で自分止められないから怖いなんていうのは嘘。私は好きでやっている。誰も傷つかない世界?そんなものはない。私は私だけが傷つかなければそれでいい。他なんてどうでもいいよ。それなのに梓ちゃんも小梅さんもころりと引っかかってくれちゃって!まさかこんなに簡単にいくなんて思わなかったよ!あっはははは!ああ!おもしろい!あっはははは!あははは!」

 

「人を騙すことがそんなにおもしろいか?人の心を弄ぶことがそんなに…」

 

麻子は低い声を出す。麻子の声には怒気が孕んでいた。みほは躊躇うことなく質問に答えた。

 

「うん。もちろん。楽しいよ。でもね、麻子さん。私の言ったこと全てが嘘ってわけじゃないよ。黒森峰の体験も西住流からの仕打ちも本当。私の誕生日10月23日に私は1度死んでもう1度生まれた。悪魔…としてね!」

 

そう言うとみほは麻子をベッドに押し倒した。麻子はみほに服を脱がされながらみほに忠告をした。

 

「そこのところは同情するが…でも西住さん。やりたい放題やっているといつか痛い目にあうぞ。」

 

「ふふふ…あんなヘマはもうしない。私は絶対に西住流にも黒森峰にも復讐する。手段は選ばないよ。この学園艦から西住流と言う悪を一掃したらもう2度とこんなことが起きないように理想の国をつくる。それが私の夢。大洗女子学園や他の学園艦には悪いけど犠牲になってもらうよ。武器の調達は順調だし、金もたくさんあるしプラウダの援軍ももうすぐ到着する。あと少しで生徒会も落ちるはず。あと少しで第一段階の戦争は終わって、束の間かもしれないけれど平和が訪れる。だから今は何も言わないで、黙って私についてきてください。お願いします。」

 

みほは麻子のこめかみに拳銃を突きつけた。みほの目は恨みと憎しみで埋め尽くされていた。みほにとっての価値観は全て黒森峰と西住家に恨みを晴らすことに固定され、他に価値を見出せていないし、人を信じることもできない。人間の命の美しささえも信じられないのだ。だから、みほは人を騙したり他の人を殺して対象者を脅すことで自分の元に置こうとしているのだ。みほの心は他でもない家族に殺された。麻子はみほも被害者であると感じていた。みほの心を救ってあげたい。そう思った。この大洗でもみほを否定したら今度こそみほが壊れてしまう。麻子はみほの心の救済の方法を考えることにした。

 

つづく



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第89話 悪魔と天才

お待たせしました。今回はみほ陣営のお話です。
次回はみほ陣営のお話、次々回は会長たちのお話になると思います。今日は長めです。それではどうぞ。


翌朝、麻子が目を覚ますとみほは裸の麻子を抱きしめながら眠っていた。昨晩麻子の身体を散々弄んだ挙句そのまま眠ってしまったようだ。麻子はちらりと時計を確認する。すると、もう10時30分を回っていた。普段みほは朝7時には起きている。こんな時間までみほが眠っていることは珍しいことである。普段なら麻子がいつも遅くまで眠っていて見かねたみほに叩き起こされるというのがおきまりのパターンだったが今日は立場が逆転していた。麻子はみほの体温を素肌で感じていた。みほの身体は柔らかくて温かかった。茶色の髪からは甘い香りがしてくる。あの冷酷で残虐な独裁者でもあり軍人でもあるみほの顔とはまるで違う穏やかで安心したような表情をして静かに寝息をたてている。みほは年相応の可愛い女の子に戻っていた。麻子はみほの可愛らしい寝顔を見て静かに呟いた。

 

「寝顔はこんなに可愛いのにな…こんなに可愛い女の子を悪魔に変えてしまうなんて…一体黒森峰は…西住流は…西住さんに何をしたんだ…」

 

麻子はみほの顔をじっと見つめていた。すると麻子の心にふといたずら心が湧いてきた。やにわにみほの頰に手を伸ばす。麻子の細い指がみほの頰に当たった。麻子はみほの頰を何度も確かめるように両手でつまむ。みほの頰はプニプニしていてつきたての餅みたいに柔らかい。みほの頰をつまんだ時に指が呑み込まれる様がみほの頰の柔らかさをよく表していた。麻子は無心でみほの頰を触り続ける。するとみほが目を開けた。みほは麻子の姿を視認すると眠たそうに目をこすりながら微笑んだ。

 

「ふふ…麻子さん。おはよう。私のほっぺ、堪能した?」

 

「ああ…すまない…睡眠の邪魔をしてしまったな…西住さんの寝顔があまりにも可愛いかったからつい…」

 

麻子の言葉にみほは嬉しいような恥ずかしいような表情をして頰を赤らめる。

 

「ふふふ…ありがとう。そんなこと言ってくれるのは麻子さんだけかな…ねえ。麻子さん。今日は日曜日だし、もっとこうしていようよ。麻子さん。貴女は私に生まれたままの姿を見せてくれる。だから今度は私が見せてあげるね。」

 

麻子はコクリと頷く。みほは微笑みながら愛おしそうに麻子の頰を何度か撫でると一枚ずつ服を脱いでいった。みほは今まで、少なくとも大洗に来てからは誰にも自分の裸を見せたことはなかった。今となっては懐かしい平和な時代。第一回目の戦車道の授業の時でさえ風呂を勧められても自分は絶対に入らないと強く拒否したくらいだ。きっとそれ相応の理由があったに違いない。麻子はみほが裸体を晒す様をまじまじと見つめていた。みほは次々と服を脱ぎ下着姿になった。みほの下着はほのかに幼さを感じさせるようなものだった。みほは少し躊躇いながら最後の身を隠す布であるブラジャーを外し、ショーツに手をかける。そしてみほの身体から布という布全てが取り去られた。

 

「綺麗だな…」

 

麻子は思わず声をあげた。みほの身体は積もりたての雪のように白くてきめ細かい綺麗な肌をしていた。みほは麻子の手を取ると自分の胸に麻子の手を持っていき触れさせた。麻子は驚いてみほの胸から手を離そうとする。しかし、みほは麻子の手を押し付けたまま離そうとしない。それどころかそのまま強制的にみほの胸を撫でさせた。ずいぶん大胆である。みほの豊満な胸の感触が伝わり、麻子は顔を真っ赤に上気させた。

 

「ふふふ…麻子さん。顔すっごく真っ赤だよ。どうしたの?」

 

みほはいたずらっ子のように笑う。麻子の顔は先ほどに増してさらに真っ赤に染まった。まるでゆでダコである。

 

「に、西住さん…!やめろお…!胸を触らせるなあ…!」

 

麻子は恥ずかしさのあまり絞り出すような小さな声で呻く。みほはニッコリと笑うと麻子を抱き寄せて耳元で囁く。

 

「ねえ。麻子さん…私の生まれたままの姿…どうかな…?」

 

「え…どうって…普通に綺麗だと思う。」

 

麻子がそういうとみほは安心したような顔をした。

 

「よかった…私の身体はついこの間までボロボロだった。あちこちに黒森峰で負わされた傷だらけだった。だから、誰にも裸を見せたくなかった。こんな傷だらけの裸を見せたら自分の弱さを晒しているみたいで嫌だったの。でも、ようやく治った。治ってくれた…」

 

麻子にはみほの目に涙が伝っているように見えた。麻子はみほに抱かれながらぼそりと呟く。

 

「よかった…よかったな…身体が治って。」

 

するとみほは頷いたものの少し寂しそうな表情をする。どうしたのだろうかと思っていると、みほは遠くを見ながら呟いた。

 

「でも……心に負った傷は永久に消えないの…抉られて傷ついた私の心は一生このまま…あの憎しみは…忘れられない…消えはしない…」

 

「心の傷…か…」

 

麻子はいつか読んだイラク戦争に従軍した兵士の話を思い出していた。彼らは戦場で殺し、仲間を殺され心が壊れた状態で帰還した。心に傷を負うとはどういうことなのかを記した本だった。みほは黒森峰時代命を取ることまではしなかったが少なくとも殺されると思ったと語った。心の傷は外見からは見えないぶんたちが悪い。助けを求めても聞き届けられず、自分のやり方で居場所を作ろうとしたら人格まで否定され、仲間たちには鬼だ悪魔だと罵られて石をぶつけられた挙句、一番そばに居てあげなくてはいけなかった家族にまで捨てられたみほの心の傷は相当深いだろう。どうにかしてあげたいものだが、麻子には何も言わずに抱きしめるほかできなかった。みほは寂しそうに笑う。

 

「運命に弄ばれて私は自分の道を見失ってしまった。私はこんな思いをする子を1人でも多く減らしたい。もう誰にも私と同じ道を歩んでほしくないの。確かに誰も傷つかない世界は無理かもしれないけど多くの人たちを私の理想の世界で幸せにできるかもしれない。私はただ多くの子たちに絶望せずに暮らして欲しいだけなの。この考え間違ってるのかな?」

 

みほは麻子から離れて正面に向き合った。麻子は少し躊躇いながら答える。

 

「いや、間違っていない。その考えは正しい。だけど、わからない…西住さんの考えがわからないんだ…」

 

麻子の言葉にみほは不思議そうに首をかしげる。

 

「わからない?どこがわからないのかな?」

 

麻子は少し躊躇いながら答えた。

 

「西住さんの行動全てだ。西住さんは、私たちを幸せにするために行動しているという。でも、西住さんがやっていることは矛盾しているように見えて仕方がない。皆の幸せを願うのになぜ反対する者を虐殺するんだ?もう一度言う。西住さん。このままだと痛い目にあう…反乱が起きるかもしれないぞ…西住さんもしかしたら…下手したら黒森峰より…」

 

麻子がそこまで言いかけてみほが口を挟んだ。

 

「させないよ。そんなこと。私を滅ぼそうなんて絶対にさせない。そんなことを企てる子達がいたなら私が絶対に潰してやる!殺してやる!なぜ虐殺するか?この非常時に反対意見なんていちいち聞いていられないからだよ。今は一丸となって生徒会を倒さなくてはいけない。そんな時に反対意見や私に逆らおうなんて考える子たちは害悪でしかない。それと同時に見せしめにすることで反逆しようなんて気も起きないでしょ?私は自由主義なんて信じていない。むしろ自由なんてあるから苦しむの。自由なんて害悪。誰かにも言った気がするけど、私はみんなを私に従順で忠実なロボットにすることが目標なの。みんな私の操り人形にしてあげる。それが、みんなで幸せになるための方法。何も考えなくていいコントロールされるだけ。それなら衝突も起きないし、私みたいな思いをする人もいない。みんなが幸せになれる一番楽な方法だと思わない?」

 

みほの考えは傲慢だった。自由は基本的人権の一つである。人間にとって必要不可欠なものだ。それを奪い取るなんて誰にも許されていない。そんなことは誰にもできないししてはいけないことだ。それなのに、みほは自身の野望のために自由を奪い取ろうとしているのだ。みほはそれを皆のためだと言うが、それは皆のためではない。ただの親切の押し売りである。しかし、みほにそうした意識はないからたちが悪い。みほがあまりにも自信満々に語るので麻子は自分が間違っているのではないかと錯覚するくらいだ。麻子は唖然としていたが何とか言葉を紡ぎ出す。

 

「西住さん…そんな考えでは死ぬ…独裁者やファシストは必ず滅ぶ。自由が勝利し、圧政は倒れる。それが世界の理だ。ナチスドイツのヒトラーもイタリアのムッソリーニもルーマニアのチャウシェスク大統領夫妻もみんな死んだ。西住さん。貴女の今の支配の仕方は憎しみを生むだけ。西住さん。風の音を聞け。西住さんに対する憎しみと恨みの声が聞こえてくる。親兄弟親友を殺された恨みは一生消えない。西住さん。このままだと貴女は処刑されるかもしれないぞ。」

 

するとみほは麻子の頰に手を当てて満面の笑顔を作る。

 

「ふふふ…やってみるといいよ。そんなに上手くいくかな?私は死なない。死ぬわけにはいかないの。絶対に。そんなロクでもない世界の理も全て私が変えてみせるよ。どんな手を使ってでも私は私の理想の世界を創ってみせる。今までの独裁者たちの失敗は国民生活と乖離した生活をしていたから、国民の不満に気がつかなかったこと。そして、有能な人物まで収容所送りにして殺してしまったこと。だけど、私は彼らと同じ轍は踏まないよ。私には大洗女子の生徒3分の2以上の支持と聖グロ、知波単の支持がある。数は正義だよ。今、正義は私にある。だから絶対にやめない。ここまできたらやめられるわけがない。それに、私には何よりも大きな後ろ盾日本政府がいる。それに、私は有能な人物は積極的に登用する。例えそれが黒森峰の生徒だったとしても。もちろん。お姉ちゃんは見つけ次第処刑するけど…ふふふ…あははは。さあ、こんな話はおしまい。もう12時過ぎだしもう一度だけ遊んだらそろそろ起きようかな。さ、麻子さん。もう一度私の人形になってね。」

 

みほはそう言うと華奢な麻子の身体を一通り撫で回した。麻子の身体の感触を楽しむとみほは麻子を押し倒して襲いかかり身体を弄んだ。この頃になってくると麻子にはもう反抗する気力はなくなっていた。麻子は何も言わずに人形になることを甘んじていた。麻子は西住みほという悪魔に遊ばれることを受け入れたのだ。もちろん悔しくないのかと聞かれれば悔しくて悔しくてたまらない。毎回、涙が溢れそうなほど辛い。しかし、涙を流すことにも危険が伴うのだ。嗜虐的なみほに涙を見せたら何をされるかわからない。身体を触るだけでは飽き足らず今度は麻子の処女を奪おうと企むかもしれない。麻子は苦痛に耐える。麻子の心は今にも音を立てて壊れそうだった。みほは麻子の心を少しずつ壊そうといろいろなことをして麻子の反応や表情を楽しんだ。麻子の身体に触れて麻子が反応するたびに嬉しそうに笑っている。みほは麻子の身体を弄び終わると満足げに頷き満面の笑みを浮かべた。みほはしばらく麻子の隣に添い寝しながら頰を撫でて、麻子の耳元で囁く。

 

「麻子さん。ありがとう。楽しかったよ。それに美味しかった。麻子さんは本当に可愛いね。本当はもっと触っていたい。もっと麻子さんの身体で遊んでいたいけど、今日もやることたくさんあるから仕方ないね。でも、今夜も遊べるからそれまで我慢するよ。ふふふ…」

 

麻子はようやく終わったのかと安堵の表情をすると静かに頷く。みほは起き上がり服を着て朝昼兼用の食事をとった。麻子もみほに倣った。みほが麻子と一緒に食事をとっていると麻子は何かを思い出したように話し始めた。

 

「そういえば、西住さんに報告しなければいけないことがあった。アンチョビさんが回復したぞ。あと、言われてはいなかったが生物兵器のサンプルをもっと取るために10人に追加実験を行った。食事の中に細菌を混入させるというやり方だ。その結果8人に症状が現れてうち5人が重症3人は軽症残りの2人は発症しなかった。免疫という面もあるから全員に発症させることは難しいがこれは成功と言えると思う。」

 

「うふふふ…麻子さん。よくやってくれたね。麻子さんの判断は正しい。これから実験については麻子さんに任せるね。本当に助かったよ。これがあれば会長たちを追い込むことができるよ!」

 

みほは手を叩きながら無邪気な子どものように喜んだ。麻子も苦労した研究が実を結んだことが嬉しいのだろう。満足そうな顔をしている。

 

「ああ。細菌がうまく働いてくれてよかった。これで偶然の結果じゃなくて確実に細菌に毒性があることが実証された。しかも安定して供給もできる。」

 

みほは満足そうに頷きながら麻子の報告を聞いていた。

 

「麻子さん。本当にありがとう。それじゃあそろそろ最終段階に移ろうか。麻子さんのおかげで戦争を終わらせられる。麻子さん。悪いんだけど、梓ちゃんと小梅さんを連れてきてくれないかな?2人とも収容所にいると思う。あと、知波単の川島さんも連れてきて。川島さんは多分コントロール室の知波単兵の指揮監督に当たっていると思う。現在の戦況及びこれからの作戦について会議をします。」

 

麻子は頷くと梓と小梅、そして川島を呼びに出て行った。麻子はまず、梓と小梅を呼びに収容所に向かう。収容所に向かうに連れて独特のものすごい臭いが漂ってくる。腐敗臭と死臭様々な臭いが混ざっていた。麻子は入り口に立っている黒森峰の服を着た看守にみほから梓と小梅を呼びにいくように言われている旨を伝えて中に入れてもらった。麻子は銃を構えた看守の警護のもと収容所内を歩く。やはり、ここはいつまで経っても慣れることはない。ガリガリに痩せて丸刈りにされ縞模様の服を着せられた収容者たちが虚ろな目でこちらを恨めしそうに見ている。しばらく歩くと梓と小梅の姿が見えた。2人は楽しそうに談笑している。よくもこんなところで平気な顔をして笑っていられるものだと麻子は変なところで感心してしまった。

 

「所長!西住隊長がお呼びとのことで冷泉麻子さんがお迎えに見えました!」

 

看守の黒森峰の生徒が敬礼をして梓に報告する。さながら本物の軍隊だ。梓も看守を務めている生徒に答礼する。

 

「ありがとうございます。冷泉先輩!どうしたんですか?何かあったんですか?」

 

梓と小梅がこちらに駆け寄ってきた。麻子はぶっきらぼうに答える。

 

「西住さんがこれからの作戦と現在の戦況に関する会議をやるそうだ。呼んだくるようにと言われている。一緒に来てくれ。」

 

2人とももちろんと頷いた。3人はみほのもとに向かおうと歩き始める。すると小梅の顔がだんだん険しくなってくる。麻子の身体から何かを敏感に感じ取ったようだ。小梅はふと立ち止まり呟く。

 

「ん…?みほさんの…匂い…?なぜ、冷泉さんから…しかもものすごく濃厚な…私でも嗅いだことのないような匂い…冷泉さん…?」

 

麻子はギョッとした。恐る恐る小梅の目を見ると小梅の目には殺意が孕んでいた。身体が警鐘を鳴らし嫌な汗が溢れ出る。助けを求めるように梓の顔を見ると梓もまた、小梅と同じような目をしていた。麻子は猛獣に睨まれた子鹿のように怯えていた。梓と小梅は麻子に迫る。麻子は思わず後ずさりをした。

 

「冷泉先輩…?なんで逃げようとするんですか?ちょっとこっちに来てもらえますか?お話がありますから…」

 

梓がそう言うと小梅と梓は麻子の肩を掴み両手首を後ろ手に縛って物陰に連れ込もうとした。縛られようとしている時、麻子は2人の懐の中の拳銃を視認する。このまま素直に従ったら懐の拳銃で撃たれて殺されるような気がした。麻子は命の危機を感じて必死に叫ぶ。

 

「待て!今は西住さんの用事が先じゃないのか?話はそれからでもいいだろう?この後、川島さんのところにも行かなくちゃいけないんだ。」

 

「確かにそうですね。後でみほさんを交えてたっぷり話しましょう。逃がしませんからね…ふふふ…」

 

小梅と梓は怪しく笑った。麻子は恐怖で息を飲んだ。するとちょうどそこに収容者2人が麻子たちの側を通りかかった。梓と小梅はそれを見つけるや否や襲いかかる。

 

「お、おい。梓、その子に何をするつもりだ…?」

 

「うふふふ…見ていればわかりますよ。さあ、腕を見せなさい。」

 

麻子が戸惑いながら梓に尋ねると梓は悪い笑みを浮かべながら答えた。梓は高圧的な態度で収容者たちに迫る。梓は収容者の腕にある番号の刺青を確認する。

 

「服を脱いで裸になりなさい。」

 

収容者たちは抵抗することなく素直に従った。もはや抵抗する気力も体力も残っていないといった様子だった。収容者たちは縞模様の囚人服を脱ぐ。すると梓と小梅は収容者の手首を後ろ手に縛って連行する。建物の裏側にある堀のような場所に連れていくと小梅と梓は拳銃を収容者たちの頭に突きつけた。

 

「おい!2人とも!何をする気だ!」

 

そう叫んだ時にはもう遅かった。収容者の少女2人は前のめりになって倒れこみ、頭から血を流す。2人の血は収容所の土に染み込んでいく。

 

「梓…この2人が何をしたっていうんだ…なぜ殺した!?」

 

麻子は梓に問い詰める。梓は動じることなくさも当たり前のように笑った。

 

「憂さ晴らしです。ふふふ…」

 

「おまえたちは、毎日こんなことをしているのか?憂さ晴らしに収容者たちを殺しまくっているのか…?」

 

「はい。私たちは毎日必ず1人は殺します。それがこの収容所の日常です。人を殺さない日なんてありませんよ。さあ、冷泉先輩。いきましょう。隊長がお待ちです。」

 

梓は麻子の手をとって歩き始めた。麻子は総毛立った。これから2人を連れて川島がいる学園艦のコントロール室まで行かなくてはならない。麻子は怖くて仕方なかった。後ろからいつ狙撃されてもおかしくない。麻子は川島がいる学園艦のコントロール室まで看守を1人警護につけてもらうことにした。そして、麻子も道中でなるべく2人に勘付かれたみほについての話を忘れてもらうために梓たちが務める収容所についての話題を色々振ってみた。本当は口を聞くのも怖いくらいだったがこの際贅沢は言っていられない。それに、常々収容所の話を聞いてみたいと思っていたのでちょうどいい機会だった。

 

「2人とも、収容所にいて気が滅入らないか?あんな臭いのところによく一日中いれるな。」

 

「まあ。任務ですからね。収容所建設を提案した人間だとはいえ最初は臭いと残酷な光景に気が滅入りました。でももう慣れちゃいました。私たち収容所職員はここでほぼ1日の生活を営んでいますからね。冷泉先輩も1日もいればすぐに嗅覚は麻痺しますよ。」

 

梓は感情を込めることなく淡々と語った。麻子は梓の語り口に恐怖を感じていた。

 

「そうか。私はここで生活するのは絶対に嫌だが…」

 

麻子は梓の目を見つめてそう呟く。すると梓は少し哀しそうな表情をして麻子から目を離すと遠くを見ながら話し始めた。

 

「冷泉先輩。慣れって怖いですよね。私も少し前まで死体を見たら怖くて仕方ありませんでしたし、人を殺せと言われてもできませんでした。でも、今なら死体に囲まれながら食事することもできますし、人を殺せと言われたら何百人でも平気で殺せます。人が死ぬ姿を見ること、そして人をこの手で殺すことに慣れてしまったんです。早く慣れて殺せと命じられた時に躊躇うことなく殺せるようにならないと私が殺されますから。」

 

麻子は梓の話を聞き、祖母の久子が自身の戦争体験を語る時に常々言っていたことを思い出していた。

 

「戦争は人間を人間でなくする…か…まさに言い得て妙だな。」

 

「何か言いましたか?」

 

「いや。何も…なあ梓たちは収容者たちのことをどんなふうに思っているんだ?」

 

「冷泉先輩は、どんなふうに思っているんですか?冷泉先輩も収容所からたくさん人体実験用に連れていきますよね?」

 

麻子は腕を組みながら梓の問いに答える。

 

「私は、実験動物。モルモットだと思って今まで実験を行っていた。そう思考しなければこんなことやれない。相手が人間と思った瞬間に何もできなくなってしまうからな。」

 

麻子の返答を聞き、梓は面白そうに笑った。

 

「あははは。なら、冷泉先輩もこちら側の人間ですね。私は収容者たちを物だと思って扱っています。他の人もそれぞれ人間じゃない何かだと思っているんじゃないですか?そうですよね?小梅さん。」

 

「はい。そうですね。私も収容者たちは人間とは思っていません。私は収容者たちを家畜として扱っています。」

 

「あははは。家畜にモルモットに物ですか。私たち3人とももはや人間の思考ではないですね。悪魔の思考です。」

 

「そうだな。人間ではない。悲しいが私たちも悪魔かもしれないな。」

 

「みほさんの仕事を手伝った時から人間であるという意識なんて捨てています。そうでもしないとやっていられないですよ。」

 

確かにその通りである。これは命令だから仕方がない。自分は人間ではなく、ただ命令に忠実に動く操り人形。そう思わないとやっていけないのである。この極限状態を生き抜くためには心をも捨てねばならないのだ。麻子はそう考えていた。さて、そんなことを話していると、コントロール室がある大きな塔に到着した。幸いなことにコントロール室の塔の一回に川島はいた。川島と合流してそのままみほが待つ拠点に向かう。拠点に着くとみほは外で待っていた。

 

「あ!みんな!こっちだよ!」

 

みほは心なしか嬉しそうに手を振る。みほはいつもの部屋に4人を通すと席に着くように促した。

 

「さて、それでは会議を始めます。みんなのおかげでもはや生徒会も風前の灯火。あと少しでこの大洗も完全な支配下に置くことができるはずです。そして、今日集まってもらったのは他でもない、これから先の作戦についてお話ししておきたいと思います。まず、麻子さんのおかげで生物兵器が完成しました。コレラ、赤痢、サルモネラの各種細菌です。これを使いたいと思います。」

 

みほは麻子から預かっていた3つの試験管を4人の前に提示した。生物兵器をつくった麻子以外の3人から歓声が上がる。

 

「みほちゃん。具体的にはどういう作戦なんだ?」

 

「はい。まずは誘拐したアンチョビさんにアンツィオ高校に何かしらの方法で連絡を取ってもらいます。そして、アンツィオの生徒たちに大洗に来てもらい、何校か経由の後、サンダースに連絡を取らせて食料を支援するという名目で食事を振舞わせます。そこに生物兵器で汚染された何かしらの料理を混ぜておくという算段です。ざっというとこんな感じでしょうか。」

 

「なるほど…ただ、素直にアンチョビが従うとは思えないけど…」

 

川島が懸念を示す。するとみほがパチンと指を鳴らした。

 

「そこで、知波単の出番です。この資料を見てください。」

 

みほは資料を皆の手元に配った。その資料は作戦票だった。その作戦票には以下のように書かれていた。

 

[作戦番号 15 アンツィオ焦土作戦

参加戦力

第2知波単艦上戦闘機航空隊

零式艦上戦闘機二一型20機

零式艦上戦闘機五二型甲 10機

知波単飛行第7戦隊(陸軍機使用・爆撃機)

四式重爆撃機20機

11:00発艦

12:30攻撃開始]

 

「西住さん…これは一体…アンツィオ焦土化作戦って一体何を企んでいるんだ…?」

 

麻子は思わず声をあげた。みほはニコニコ笑いながら麻子の問いに答える。

 

「うふふふ…空襲だよ。アンツィオが大空襲に晒されるか私に協力するか究極の二択を選ばせるの。究極の二択を突きつけられた時、アンチョビさんがどんな反応するのかな?えへへへ。いつも強気なアンチョビさんが絶望した顔を見てみたかったんだ…楽しみだなあ。」

 

「あははは。相変わらずみほさんの作戦は悪趣味ですね!」

 

小梅がそう言って笑っている。みほは黒森峰でもこんな悪趣味な作戦を遂行していたのだろうか。みほは嬉々として日本地図を広げながら作戦の詳細を語った。

 

「今、私たちは気仙沼の沖合にいます。知波単航空隊の皆さんは作戦の日、つまり明日の午前11:00、爆撃機に焼夷弾、零戦に機銃をそれぞれ装備して知波単を発艦してください。10:00に先発として偵察機を飛ばしておきます。アンツィオの詳細な居場所については偵察機の報告を待っていてください。ですが、恐らくは静岡県沖にいるのではないかと思われます。ちなみにこの作戦ではアンチョビさんにアンツィオ高校が危機に晒されているという事実を理解させる必要があります。そのため、ビデオカメラを使ってアンツィオ上空にいる様子を中継する必要があります。なので、戦果確認機を帯同させますから把握宜しくお願いします。今回の作戦はアンチョビさんが私の要求を飲めば成功の作戦であり、アンツィオを攻撃することが主たる作戦ではありません。ですから、もしもアンチョビさんがなかなか要求を飲まないようであれば、機銃で威嚇射撃をするなど現地で色々やってもらうこともあると思うので把握よろしくお願いします。今回の作戦はアンチョビさんが私の要求にうんといえばそのまま速やかな撤退を指示します。でも、くれぐれも勝手な判断で攻撃を行うことがないように厳命しておきます。」

 

みほは気仙沼沖と静岡県沖に学園艦のおおよその位置関係を示したポストイットを貼り付けながら説明した。皆のこの作戦の説明に納得いったようだ。川島を筆頭に一様に頷く。すると今度は麻子が手を挙げて発言した。

 

「私からは、生物兵器を使用し決戦に移行する前に学校に避難している避難民たちへの投降勧告の必要性を訴えたい。そもそも、生物兵器使用は褒められたものではない。非人道的であるとして国際法上では禁止されているものだ。批判の矛先を少しでも逸らすためにも投降勧告ビラ作成を提案する。投降勧告には期間を設定し、例えば"このビラが投下されて48時間以内に投降した者は非戦闘員として保護する。しかし、48時間を超えた場合戦闘員と断定し総攻撃を開始する"などの文言を入れたビラが相応しいと考える。」

 

麻子の提案をみほは腕を組みながら考え込んでいた。麻子はビクビクしながらみほの顔を伺っていた。みほは目を見開くと麻子を見て微笑む。

 

「さすが麻子さん。確かにそうしておいた方がやりやすい。ありがとうね。わかりました。そのように手配します。他はよろしいですか?」

 

みほが辺りを見回すと皆頷いた。みほは満足そうに笑うとパンと一つ手を叩く。

 

「それでは、これから皆さんの役割を分担します。川島さんは知波単航空隊に連絡を、私はアンチョビさんたちを移送するため航空隊が設置してある学校に連絡を取るなど渉外関係を担当します。梓ちゃんと小梅さんはビラの作成をお願いします。麻子さんは最後まで現在出来上がっている生物兵器の詰めを行ってください。それでは本日は解散とします。今回の作戦が終わったら、また招集をかけますので把握しておいてください。その時は生物兵器の散布に関する手順とプラウダに関する話をします。」

 

みほがそういうと川島は会議室から出て行った。麻子も外に出ようとしたが、梓と小梅に行く手を阻まれる。

 

「冷泉さん。逃がさないって言いましたよね。ふふふ…みほさんもちょっと来てもらえませんか…?」

 

みほは小梅の顔を見るや否や顔を引きつらせた。小梅と梓はみほと麻子に厳しく詰問を行った。詰問は夜中の2時まで続いた。詰問は堂々巡りを繰り返し、ラチがあかない。どうしようかとみほに目でコンタクトを取るとみほは目で大丈夫だという合図を送った。

 

「小梅さん。梓ちゃん。このままだと堂々巡りで夜が明けちゃうよ。それで一つ提案なんだけど、私の裸と引き換えに許してもらえないかな?梓ちゃんと小梅さんに私の裸を見せてあげるから。」

 

梓と小梅は頰を赤らめて嬉しそうに笑う。しかし、小梅と梓は顔を見合わせて頷くとここぞとばかりにさらなる要求をしてきた。

 

「それじゃあ、みほさんの今履いているパンツもください。そうしたら許してあげます。」

 

とんでもない要求である。まるで変態だ。麻子は少し怖くなった。人を愛するとここまで壊れるものなのだろうか。後で武部沙織に聞いてみようと思った。

 

「ふぇ!し、仕方ないなあ。わかった。ちょっと待っててね。」

 

みほがパンツに手をかけて脱ごうとすると梓がそれを阻んだ。

 

「隊長。ダメですよ。しっかりスカートたくし上げて私たちにここを見せながらじゃないと。」

 

梓はみほのスカートの中に手を入れて股の部分に指を這わせる。みほは咄嗟にスカートを抑えた。

 

「ひやっ!もう!梓ちゃんのスケベ!わかったよお…それじゃあ梓ちゃん。スカート持ってて。脱げないから。」

 

「はい。もちろんです。ふふふ。」

 

梓はいやらしい笑みを浮かべるとみほのスカートをそっと掴んでたくし上げた。みほの白い太腿の上、スカートに隠れていた淡いピンク色の布が露わになった。みほは太腿を擦り合わせて恥ずかしがっている。

 

「うぅ…恥ずかしいよ…梓ちゃん…」

 

ここにいる誰もがみほが弱さを晒している姿を初めて見た。麻子は心の中で今までみほに苦しめられた分たっぷりとお返しをしてやれと呟いていた。それが梓と小梅に通じたのだろうか。梓と小梅は恥じらうみほの脚を撫で回し、頬ずりをしていた。

 

「ふふふ…恥ずかしがっているみほさんも可愛いです。」

 

「隊長の脚…柔らかくて真っ白で…すべすべしてて…とっても心地いいですよ。さあ、それじゃあパンツを脱いで私たちに渡してください。」

 

 

「うぅ…わかったよ……」

 

みほはパンツを脱ぎ、梓に手渡す。梓はみほのパンツを受け取ると、みほの一番大切な場所が当たっていたところに鼻先を当てて思いきり深呼吸をした。

 

「ふふふ…いい匂いですよ。隊長。」

 

「あ!梓ちゃん。ずるいですよ!私にも嗅がせてください!」

 

小梅もまた梓にみほのパンツを渡されると梓と同じようにみほの一番大切な場所が当たっていた部分に鼻先を近づけて思いきり深呼吸をした。

 

「あ…本当だ…いい匂い…みほさんの…一番大切な場所の匂い…ふふふ…」

 

「うぅ…2人ともやめて…そんなところ嗅がないで…」

 

みほは泣きそうな顔をする。梓と小梅はまるで中毒のようにみほのパンツの匂いを嗅いでいた。どうやらみほのパンツには媚薬のような効果があるらしい。梓と小梅が次にこちらを見たとき、梓と小梅の目は狼のようだった。舌なめずりをしてみほの裸体を想像しながら迫ってくる。みほは怯えたような表情をして下を向いた。その表情が梓と小梅から理性を奪い去った。次の瞬間梓と小梅はみほに襲いかかった。

 

「さあ、みほさん。約束どおり裸を見せてください。可愛い裸を…」

 

「ほら、約束ですから…抵抗しないでください…ね?」

 

そう言うが早いかみほはあっという間に梓と小梅に拘束されてしまった。

 

「もう…やめて…お願い…お願いだからやめて…」

 

梓と小梅は聞く耳を持つことなくみほの服を一枚ずつ剥いでいった。

 

「うわあ…えへへへ…綺麗な肌…隊長の身体ふわふわしてますよ…とっても柔らかいです…綺麗な裸ですね。もっと色々触らせてもらいますからね…」

 

「みほさん…大好き…!真っ白で雪みたいです…胸も…とっても柔らかいですよ…」

 

「あぁ!小梅さん抜け駆けは酷いですよ!私も…私も西住隊長が大好きです!」

 

すると今度はみほが頰を赤らめて嬉しそうに笑った。

 

「うぅ…恥ずかしいよ…でも嬉しいな…告白されちゃった…えへへへ。ありがとう。2人とも。私も大好きだよ。」

 

「じゃあ!今日はこのまま…」

 

梓は続きをやろうと提案しようとした。しかし、みほは首を横に振った。

 

「待って梓ちゃん。梓ちゃんと小梅さんの愛は受け入られる。だけど、今日はもう遅いし一度中断しない?また明日、必ず続きをやろう?」

 

梓と小梅は少し残念そうな顔をしたがみほがそう言うなら仕方がない。今日は解放してあげることにした。

 

「えへへへ。絶対に約束ですからね!隊長!おやすみなさい!」

 

「それじゃあみほさんパンツ、ありがとうございました!大切にします!また明日!おやすみなさい!」

 

「うん。おやすみなさい!」

 

梓と小梅は部屋を出ていった。みほは裸のまま手を振った。小梅と梓が部屋を出てしばらくすると何事もなかったかのように服を着て椅子に腰かけると一つ大きくため息をついた。しばらくみほは何も言わずに座っていたが突然堰を切ったかのように笑い始めた。

 

「ふふふ…あははは!あぁ!おもしろい!あっはははは!」

 

「西住さん?突然笑いだしてどうした?」

 

「だって、私の裸にあんなに夢中になるなんて!あっはははは!正直ちょっと気持ち悪いくらいだったけど、あっはははは!これは使える!」

 

「西住さんはまた何か企んでいたのか…?」

 

みほは困惑している麻子のそばに近づくと耳元で囁いた。

 

「麻子さんは…私が嫌なのに渋々裸を見せていたと思ったの?確かに恥じらうようなセリフを言ったし、そんな行動をとったけどあれは全て演技。私に忠誠を誓わせておくためのね。演技上手かったでしょう?鞭ばかりじゃなくてたまには甘い飴も与えなきゃ。ふふふ…言ったでしょう?私は理想を実現するためには何だってやるって。処女だって目的のためなら捨てるし、体だっていくらでも売るよ。麻子さん。あの2人の顔を見た?あの2人は私に恋をしている。あの2人はこれからも私に好かれようとなんだってしてくるよ。どんな要求だって聞いてくれる。恋は盲目だからね。操り人形にしやすいの。操り人形にするためなら裸なんて安いものだよ。えへへへ。麻子さんこそ、私がレイプまがいのことをされて今までやりたい放題やってきたことの報いを受けて私が改心することを狙っていたのかも知らないけど、残念だったね。私は変わらない。これからも私は私であり続ける。誰も私を止められないよ…ふふふふ…」

 

麻子は恐ろしくなった。自分の企んでいたことをピタリと当てられた。麻子の企みはみほにはお見通しだった。麻子は今まで感じたことのないような恐怖を感じた。しかし、畏怖する反面みほに対する期待の感情が生まれていた。みほは目的のためなら処女を捨て、身体だって売ると言う。ここまで覚悟ができている人間ならこの身を任せてもいいような気がした。どうせここまで無理矢理ではあったもののついてきてしまった。もはや逃げられない。ならばとことんどこまでもついて行ってやる。麻子はついに決心した。

 

「西住さん。私は貴女について行こうと思う。どうせここまでついてきてしまったんだ。最後まで見届けてやる。西住さんが創り上げる理想の世界というものを。」

 

麻子はみほの目を真っ直ぐ見つめる。みほはニヤリと怪しく笑ってこちらをじっと見つめていた。

 

「それは、私に忠誠を誓うっていうことでいいのかな?」

 

麻子は西住みほが支配する権力の中で自分の立ち位置を必死に探した。そして、麻子は自分の立ち位置を見つけた。今、みほの周りにはイエスマンしかいない。かつての独裁者たちは自分の周りにイエスマンしか置かなかった。だから、悪い方向に向かっても正すことができなくて滅んでいった。麻子はみほに苦言を呈する存在になろうと考えた。もちろん反逆者とみなされる危険は生じるが今のみほには最も必要な仕事だろう。

 

「ああ。それでいい。だが、条件がある。」

 

「条件?何かな?」

 

「今は戦争中だからイエスマンだけでいいかもしれない。だが、戦争が終わったらイエスマンばかりでは危険だ。かつての独裁者たちは周りがイエスマンばかりになったことも要因になって滅びた。間違っても止められる奴がいないからな。だから条件一つ目戦争が終わったら私をノーマンとして登用してくれ。もちろん。良い政策にはイエスという。だが、再考の必要がある政策にはノーと言う。そういう人間が組織には必要だ。それを受け入れてくれるなら私は西住さんに忠誠を誓う。西住さんの創る理想を続けさせるために。」

 

「ふふふ…なるほどね。わかった。良いよ。麻子さんをノーマンとして登用する。期待してるよ。これからもよろしくね。麻子さん。」

 

皆が寝静まった深夜。みほはついに麻子を引き込むことに成功した。みほは嬉しそうに笑って麻子の手を取った。悪魔と天才、最強のコンビが誕生した瞬間だった。

 

つづく



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第90話 アンツィオ焦土作戦

みほ陣営のお話です。お待たせしました。
長めです。アンツィオ焦土作戦は実行されてしまうのか!?
それではどうぞ。


次の日の朝、みほは川島の紹介で2人の人物を執務室に招待した。その人物はいずれも航空隊の隊長たちだ。1人は知波単航空隊の中でも保有数が一番多い零式艦上戦闘機を擁する第2知波単艦上戦闘機航空隊の隊長でありエースパイロットでもある岩本徹子、もう1人が四式重爆撃機、百式重爆撃機など旧大日本帝国陸軍の爆撃機を擁する知波単飛行第7戦隊隊長大西豊子であった。川島からは面会するのは良いことだが同時に面会することは避けるべきだと強く勧められていた。その理由はいたって簡単な話である。2人の仲が非常に悪いのだ。2人の仲が悪い理由、それは学園創設当時に秘密がある。元々、知波単学園は日本軍の伝統を受け継ぐ学校である。学園を創設する時、日本軍のなかでも陸軍に学ぶべきか海軍に学ぶべきかという議論が生まれた。その時、創設理事会の中で意見が激しく分かれた。最終的には両方から学ぶことで意見の一致をみた。陸軍派と海軍派はそれぞれが分かれて学校づくりに対する提案を行なっていくことにした。最初こそは評議会を設けて提案を協議して投票で決めるという方法をとっていたが、陸軍派が戦車道を行うことを強行採決したため海軍派は強く反発し、航空隊を創設、空戦道を行うことを独自決定、それに反発した陸軍派も飛行戦隊を創設を宣言し、両者の決別は決定的になった。その後、学園創設は陸軍派が主導権を握り、海軍派が推進しようとしていた案をことごとく廃案に追い込むなど露骨な嫌がらせを行い、今では陸軍派が学園運営のほとんどを担っている。海軍派は陸軍派に駆逐されかけたが、陸軍派の中でも穏健派から海軍派の立場も考えるべきだと提言され、海軍派は陸軍派の監視の下、空戦道の存続と学園艦を運航する船舶科の海軍派による独占などが認められたが、今でも脈々と知波単の中に海軍派と陸軍派の激しい対立が続き、海軍派が独占する船舶科とその他の陸軍派の多数学科双方で互いを非難する授業を新入生に行なっていたためいつまでたってもなかなか解決の糸口が見出せないでいたのである。ちなみに、面会予定の岩本は船舶科所属で優秀な零戦乗りであり当然海軍派で大西は普通科に所属している陸軍派だった。こうした歴史から鑑みれば不仲であることは自明の理だった。川島は非常時になってまで続くこの対立構造を苦々しく思ってはいたが円滑に面会が進むようにみほに別々に面会するように提案したのであった。しかし、みほは敢えて同時に面会することにしたのである。その理由は至って簡単な話であった。今回の作戦は陸軍派と海軍派の共同作戦、しかもどうでもいい作戦ではなく重要なこれからの戦争を左右する作戦だ。協力してもらっている手前、あまり偉そうなことは言えないが此の期に及んで対立していてもらっては不都合なのだ。みほは知波単の内部対立を生徒会側につけ込まれて反乱軍の軍事力が著しく弱体化しせっかく手に入れた優位が崩れ去ってしまうことを恐れていた。何としても両者には和解してもらい共に知波単の軍事力を高め、反乱軍に貢献してもらう必要があったのだ。そこで、みほは今回の面会を作戦を引き受けてくれることへの謝礼と激励はもちろんのこと両者同時にそれを行うことにより、知波単学園にはびこる対立に終止符を打ち和解に持ち込もうと目論んでいた。

 

「まさか、この非常時になってまで知波単で争ってるなんて思わなかったなあ…なんとかしなくちゃね。知波単にはまだまだ私の道具として役に立ってもらわないといけないから。うふふふ。」

 

みほは綿密に計画され尽くした分厚い作戦命令書を1ページずつめくっていた。すると、みほの執務室に控えていた梓が口を開いた。

 

「しかし、知波単の海軍派と陸軍派の主導権争いって創立当時からのいわば伝統みたいな感じになっていますよね。それをそんなにすんなりとなんとかできるものなんですか?」

 

みほは自信満々に頷く。

 

「ふふふ。簡単だよ。彼女たちは極めて日本人的、知波単はまるで日本人の日本人による日本人のための学校。日本人の性質をよく理解していればコントロールすることなんて簡単だよ。日本人は、押しに弱くなおかつ周りに合わせて秩序を守ろうとする特質がある。これを利用すれば…ふふふ…」

 

「隊長…貴女も私たちと同じ日本人じゃないですか。」

 

梓は思わずそう呟いていた。みほはくすりと笑う。

 

「ふふふ…そうだね。私も梓ちゃんたちと同じ日本人だよ。でも、私はみんなと違う。私はコントロールの仕方をよく知っている。黒森峰にいた頃にそれぞれの学園艦における生徒たちの性質に関する研究をしたことがあったけどまさかここで役に立つとは思わなかったよ。ふふふ…梓ちゃんも何か研究してみたら?」

 

「ふふ…隊長が今度の生徒会との戦いで図書館を燃やさなければそうしてみます。」

 

「あははは。学問は良いよ。自分の知見を高めることで今まで見えなかったものが見えるようになるからね。手始めに、カバさんチームのみんなに師事して歴史の研究とかしてみたら?あ、それか麻子さんに師事するのも良いかもね。そうしたら毒ガスの研究者がもう1人増えて製造も早く進むだろうし。」

 

みほは嬉々として楽しそうに語った。

「あはは。考えておきます。でも、私はどちらかといえば文系派なのでカバさんチームに師事したいです。冷泉先輩は天才ですからなんでもできそうですけど私にはとても…」

 

「そう?私は梓ちゃんならできると思うんだけどなあ…もちろん強制はしないよ。でも、若くて脳が柔軟なうちに多くの学問に触れておくのをお勧めするね。あ、そういえばカバさんチームのみんなの家には歴史の書籍がたくさんあるって言ってたけど、あの子たちの家の場所はどこかな?私の支配地の西地区なら良いけど、もし違う地区なら攻撃対象になって焼失しちゃうかも…せっかくカバさんチームのみんなが集めた知の結晶が灰燼に帰すのは許されない…なんとかしなくちゃね。」

 

みほは珍しく戦争や残虐、陵辱以外に気を使った。珍しいこともあるものだと梓は心の中で呟く。みほのことだからカバさんチームから燃やさないでくれと懇願されても悪い笑顔を浮かべながら焼き尽くしてしまいそうなものなのに今回は本を保護するなどという。みほの口から保護などという言葉が出るなんて信じられなかった。そんなことを思っていると飛行機が着陸する音が聞こえてきた。

 

「知波単の皆さん。着いたみたいだね。梓ちゃん、お出迎えしてあげて。」

 

梓は元気よく返事をすると敬礼して執務室から退室した。みほは満足そうに笑顔で頷きながら答礼する。梓が外に出ると輸送機が一機と零式練習用戦闘機一一型二機がそれぞれ駐機していた。

 

「やぁ…梓ちゃん…」

 

川島が疲れた表情で輸送機から降りてきた。梓はその表情に驚き思わず声をかける。

 

「川島さん!どうしたんですか?随分疲れた様子ですけど…」

 

すると川島は機内を指しながらため息をついた。

 

「あの2人の口論を諌めてたんだけど…疲れたよ…こんなに短距離なのに…全く、もう随分昔の話なんだから意地を張らずに和解すればいいのに、今は非常時だというのにまるでわかっていない…海軍派と陸軍派なんて今はどうでもいいことじゃないか。梓ちゃんもそう思うだろ?」

 

川島は梓に同意を求めた。梓は苦笑いを作る。

 

「それは大変でしたね…あとは私たちにお任せください。」

 

川島は安堵の表情を浮かべた。そして、機内の人物に降りるように促す。すると2人の女性が出てきた。2人とも綺麗な黒髪をしている背の高い女性だった。

 

 

「申告いたします!第2知波単艦上戦闘機航空隊隊長岩本徹子ただいま着任いたしました!」

 

「同じく申告いたします!知波単飛行第7戦隊隊長大西豊子!ただいま着任いたしました!」

 

岩本と大西は梓の姿を認めると直立不動になり、岩本は海軍式大西は陸軍式でそれぞれ敬礼をした。梓は2人の勢いに圧倒され、少し後ろに後ずさりをしながら答礼する。

 

「お二人ともようこそ大洗女子学園にいらっしゃいました。今日は無理言って来ていただいてありがとうございます。隊長はこちらにいますから、一緒に参りましょうか。」

 

「「はっ!恐れ入ります!」」

 

2人は息ぴったりに返事をした。梓はクスクスと笑う。

 

「ふふっ…先ほど、川島さんからお二人とも仲が悪いと聴いていましたが意外にそうでもなさそうですね。」

 

すると2人は驚いた表情をしてまた同時に口を開く。

 

「「そんなことはありません!」」

 

大西は岩本を睨みつけながら吐き捨てるように言う。

 

「こんな低俗で低脳の海軍派の人間と仲がいいなんて、反吐が出ますよ!」

 

すると今度は岩本が大西の胸ぐらを掴んで、憎しみを露わにする。

 

「低脳だと?貴様ら陸軍派に言われたくない!貴様らこそ、未だに根性論で無意味な突撃で徒らに勝利を逃す!陸軍派こそ低脳だ!」

 

「何だと!?貴様は我が知波単学園の伝統を蔑ろにする気か!?」

 

「ふんっ!無意味な伝統など害悪にすぎん!」

 

「なっ…!!貴様…!」

 

2人は互いを睨みつけながら息を荒げていた。今にも殴り合いの喧嘩が始まりそうな雰囲気だ。梓は今まで無表情でその様子を眺めていたが優しい笑顔を作り2人を諌める。

 

「まあまあ、お二人ともそんなに興奮することありませんよ。お二人とも知波単学園が大好きなんですよね?お二人とも知波単学園を良くしたいからこそ互いに憎み合う。でも、私はやっぱりそれって何だかおかしい気がするんです。今日、隊長はお二人に頼みがあるようです。とりあえず今はお二人とも矛を収めていただけませんか?」

 

「「はっ!お騒がして申し訳ありません!」」

 

2人はまたしても同時に口を開けた。梓はおもしろそうにクスクス笑うと満足そうに頷き、2人を連れて歩き出した。しばらく廊下を歩くとみほの執務室の前に到着した。梓は2人に少しの間静かにおとなしく待つように伝え、ノックをして部屋に入る。

 

「失礼します。隊長、知波単学園の航空隊の2人をお連れしました。」

 

「梓ちゃん。ありがとう。」

 

「隊長…さっきの聞こえてましたか…?」

 

「うん。もちろん聞こえてたよ。あははは。あんな大声あげられたら嫌でも聞こえちゃうよ。」

 

「そうですよね…なら、話が早いです。今はあの2人と同時に面会することは避けたほうがいいと思います。とりあえず、1対1で面会したのち2対1の面会に持ち込むべきだと思います。ただ、今の状況だと別々でもどちらが先に面会するかで争いが起きそうなのでコイントスで決めます。それでいいですか?」

 

「うん。梓ちゃんに任せるよ。はぁ…全く…主導権争いなんて醜い…」

 

みほは深く大きなため息をついた。梓はそんなみほを横目に再び外に出て、執務室の隣にある控え室に岩本と大西を通した。

 

「岩本さん。大西さん。お二人には今から隊長と面会していただきますが、今の状況だとお二人同時にやるというのは難しいと判断したので別々で行います。そして、どちらが先に面会するかなどという争いを避けるため、コイントスで順番を決めます。使用するコインはこれです。コインに仕掛けがないか2人とも確かめてください。」

 

梓がそう説明したらそれなら文句は言わないと納得してくれたので梓はホッとした。2人ともしっかりとコインを確認して最終確認として梓も入念にコインをチェックをする。

 

「それではいきますよ。表が出たら大西さん。裏が出たら岩本さんが先です。」

 

梓はコインを投げて両手で掴む。コインは裏を示していた。

 

「それでは、岩本さんが先です。ついてきてください。大西さんは少し待っていてください。」

 

「「はい!わかりました!」」

 

梓の言葉に双方素直に従った。梓は満足そうに頷くと再び、みほの執務室の前に来て扉の向こう側に声をかける。

 

「隊長。岩本さんをお連れしました。入室してもよろしいでしょうか?」

 

「どうぞ。」

 

「失礼します。」

 

岩本はみほの姿を認めるなり大声で挨拶した。梓は驚いて体をピクリと震わせた。

 

「申告いたします!第2知波単艦上戦闘機航空隊隊長岩本徹子ただいま着任いたしました!」

 

岩本は先ほど梓にしたように直立不動で敬礼をしている。みほは優しく微笑みながら答礼した。

 

「ようこそ来ていただきました。私が西住みほです。よろしくお願いします。そんなに堅くならなくても結構です。どうぞ席にかけてください。」

 

みほは右手でソファを指す。

 

「失礼します。」

 

「本日は無理を言ってお二人で来ていただいてありがとうございます。今回の作戦は海軍派と陸軍派で共同で作戦を遂行していただく必要がありますので。」

 

するとそれを聞いた途端、岩本は申し訳なさそうな顔をして、みほの顔色を伺いながら断ってきた。

 

「それが…今の私たちの状態で陸軍派と共同で作戦を遂行するなんて無理だと思います。我々は双方を憎み合っています。第一陸軍派がそんなこと許すはずがありません…ですから協力するっていうのは…」

 

するとみほは低い声でまるで脅すかのように岩本に迫った。

 

「なら、貴女方は作戦に参加しなくても結構です。陸軍派の皆さんに戦闘機の出撃を頼みますから。せっかく海軍派の面子を立ててあげようと思っていましたが…残念です…」

 

「え…それは…」

 

岩本の声にみほは悪い笑顔を浮かべる。あと少しで落ちそうだ。みほはここぞとばかりに岩本の肩を抱き岩本の耳元で囁く。

 

「協力してくれたら、戦争が終わったら海軍派の皆さんにお金を30億円ほど支払います。これでどうですか?」

 

「え…30億も…!でも、なにか怪しいです…今の言葉、本当ですか…?」

 

岩本は疑いの眼差しをみほに向けた。当然である。突然、30億円あげると言われても普通は信じられない。著名な実業家ならまだしもみほは女子高生であるならなおさらのことだ。みほは岩本を信用させるために執務室にある大きな金庫を開けてにっこりと笑って頷く。

 

「はい。もちろんです。この金庫の中には少なく見積もっても250億円を超える金が入っています。どうですか?信じてもらえましたか?」

 

「こ…これはすごい…!西住隊長、このお金は一体どうしたんですか?」

 

「ふふふ…これは秘密です。30億円あったら零戦もう一機くらいは買えますよね。」

 

「は…はい!それはもう!」

 

岩本は目を輝かせながら取らぬ狸の皮算用を始めた。その金が欲と血で汚れていることなど知る由もない。みほはその様子を満足そうに眺める。

 

「ふふふ。岩本さん。それでは陸軍派の皆さんと協力していただけるということでよろしいですね?」

 

「はい!もちろんです!」

 

「ありがとうございます。助かります。」

 

岩本は浮かれた様子でそわそわしている。みほはその様子をおもしろそうに眺めていたが、しばらくして梓に大西を呼んで来るように目で指示を出した。岩本は梓に促され、みほの執務室から退室した。しばらくすると今度は大西が梓に連れられ執務室に入ってきた。大西もまた岩本のような挨拶をする。

 

「申告いたします!知波単飛行第7戦隊隊長大西豊子!ただいま着任いたしました!」

 

部屋中に大西の大声が響き渡る。梓はそのあいさつにはやはり慣れないようだ。再びピクリと震わせる。みほは動じることなく岩本と接する時と同じように微笑んだ。

 

「ようこそ来ていただきました。お待たせしてすみません。私が隊長の西住みほです。先ほど、岩本さんにも言いましたが、私の前でそんなに堅くならなくても結構です。どうぞ、席におかけください。」

 

「失礼します。」

 

みほに促され、大西も恐縮そうに席に着いた。みほは早速話を切り出す。

 

「本日は無理言ってお二人同時に来ていただいてありがとうございます。今回は陸軍派と海軍派の共同で作戦を遂行していただきたいのです。」

 

みほがそう告げると大西は毅然とした態度で断ってきた。

 

「お断りします。なぜ私達陸軍派が海軍派と共同で作戦を遂行しなければならないのですか?この作戦は陸軍派だけで十分です。お願いします陸軍派だけでやらせてください!」

 

大西は机につきそうなくらい頭を深く下げた。みほは一つ大きくため息をつくと大西の耳元で囁く。

 

「海軍派は、協力することに寛容でしたよ?なのに、陸軍派は協力しないんですか…?そんな非協力的で無秩序な知波単陸軍派は逆賊として叩き潰したほうがよさそうですね…別に私は良いんですよ…海軍派にも優秀な爆撃機はありますからね…ああ!そうだ!逆賊の貴女はこのまま岩本さんに引き渡してその場で処刑してもらいましょうか!そうしましょう!ふふふ…」

 

みほは大西を脅した。その効果は覿面だった。毅然としていた大西は青い顔をして怯えている。そして、慌てて弁明した。

 

「わ、私たちは別に西住隊長の命令に背きたいわけではありません…ですが、私たちは非常に仲が悪く、とても協力など…それに私たちには独自開発したB29をはるかに凌ぐ富嶽があります!私たちは、海軍派よりも優れた爆撃機を持っているんです!どうか私たちにやらせてください!」

 

みほは一瞬驚いたような顔をした。まさか、知波単が日本軍が開発していた幻の爆撃機富嶽を所有していたなんて思いもしなかったのだ。これは思わぬ副産物だ。みほは大西を落ち着かせると富嶽がなぜ知波単で開発されるようになったのかその経緯を尋ねた。

 

「ふふふ…まあまあ少し落ち着いてください。私、知波単が富嶽を所有しているなんて知りませんでした。富嶽って結局戦時中には開発を断念したと聞きましたが…どのような経緯があって知波単で作られるようになったんですか?」

 

「知波単学園の前進が千葉県立短期大学附属高校であったことは西住隊長もご存知でしょう。その後、千葉県立短期大学から分離し今の知波単学園が創られました。分離した千葉県立短期大学も時代の流れで短大から4年制大学に改組されました。その数年後、大学に工学部ができたのです。その時、かつての縁でありがたいことですが開発途中で放棄された幻の爆撃機、富嶽を完成させ我が知波単に寄贈するというプロジェクトが始まりました。それが我が知波単に幻であったはずの富嶽がある理由です。ちなみに、我々の学園艦には飛行機の開発や空戦道で使用する飛行機そして武器を作ったり戦車道で使用する戦車の整備をしたりする工廠があります。この工廠は千葉県立大学の研究所も兼ねた施設で戦時中に作られなかった幻の兵器を現代に蘇らせる研究もしているみたいです。」

 

「ふふふ…なるほど。なかなか興味深いですね。私は富嶽と零戦部隊が協力すれば最強の部隊になると思いますよ?」

 

「し、しかし…協力するのは…」

 

みほは協力するように強く促すが大西は渋っていた。なかなか首を縦に振らない。大西にとってはこれは陸軍派の面子に関わる問題である。そんなにやすやすと言うことを聞くわけにはいかないのだ。しかし、みほに脅されたことで大西の心は揺れに揺れていた。大西もあと少しで落ちそうだ。まさにみほの計画通りだ。みほはニヤリと悪い笑顔を浮かべて岩本に行ったのと同じように大西の肩を抱き再び耳元で囁く。

 

「ふふふ…もちろんただで協力しろなんて言いません。戦争が終わってこの大洗が復興したら30億円差し上げます。どうでしょう?」

 

「さ、30億円ですか!?」

 

「はい。30億です。ふふふ…信じられないって顔してますね。」

 

「それは…突然30億って言われても…」

 

「ふふふ…そうですよね。良いんですよ。当たり前の反応です。では、これならどうですか?これでも信じられませんか?」

 

みほは岩本に見せたのと同じように大西に金庫の中にぎっしり敷き詰められた大金を見せる。

 

「すごい…本物だ…西住隊長…これはどうしたんですか…?」

 

「ふふふ…それはちょっと言えません。どうですか?信じてくれますか?」

 

大西は首を縦に振った。そして、恐る恐るみほに尋ねる。

 

「に、に、西住隊長…本当に…本当に…30億円いただけるんですか…?」

 

「はい!もちろんです!協力していただけるなら、必ず差し上げます。どうですか?協力していただけませんか?」

 

「はい!もちろんです!協力します!いえ、協力させてください!これさえあれば、止まっていた富嶽の生産をまた一歩進めることができます!」

 

大西も岩本と同じように嬉しそうに顔を綻ばせている。2人と一緒に面会し、和解させるなら2人の機嫌がいい今である。みほはにっこりと微笑み、梓に岩本を呼んで来るように命じた。1分もしないうちに岩本は梓に連れられてやってきた。

 

「お二人のおかげで、零戦と富嶽が共同して作戦に当たる最強の部隊になりそうです。本当にありがとうございます。さて、お二人は今から敵同士ではなく仲間です。知波単はこの非常時においてまで陸軍派と海軍派に分かれて争っている。しかし、それは愚かなことです。双方は和解し、憎い敵を協力して倒すべきなのです。敵は知波単にはないのです。本当の敵は、私たちの学園艦を私物化しようとした大洗女子学園生徒会とそれに追従するサンダース、黒森峰なのです。さあ、今こそ和解する時です。それでは、お二人ともこちらの書類にサインをお願いします。」

 

みほは岩本と大西に書類を手渡す。それは和解したことを宣言する書類だった。2人はそれを受けとってそれぞれの書類にそれぞれの名前を記入した。記入が終わると仲介をしたと言う印に双方の書類にみほと梓がサインをして手渡す。これで正式に和解の書類が発行された。みほは満足そうに頷くと、大西と岩本に隠さず全ての航空戦力についての能力と保有数を開示するように求めた。特に、大西には今回、四式爆撃機に加えさらに富嶽の能力も試したいので急いで開示するようにと指示した。今は朝7時である。出撃まであと4時間ほどしかない。大西と岩本は乗ってきた輸送機に搭乗して急いで知波単の学園艦に戻った。みほは一仕事終わりため息をつきながら椅子に座った。

 

「隊長、お疲れ様です。コーヒーでもお淹れしましょうか?」

 

「うん。お願いしようかな。ブラックで。」

 

「はい。わかりました。」

 

梓がコーヒー机に置くとみほは「ありがとう」と言ってコーヒーを啜った。

 

「はあ〜美味しい。一仕事した後のコーヒーは最高だね。」

 

みほは幸せそうな顔をしている。梓はコーヒーを楽しむみほの幸せそうな顔を見て素直に可愛いと思った。

 

「それにしても、さすが隊長です。上手くいってよかったですね。」

 

「うん。意外と簡単だったけどね。ちょっと脅して報酬をチラつかせたらすぐに落ちた。下の連中は上さえ落とせば忠実についてくる。だから心配もないし、それにまさか思わぬ副産物の存在を知ることになるとはね。えへへへ。大成功以上だよ。」

 

梓は子どものように喜ぶみほの姿を見て面白そうに笑った。

 

「ふふふ。西住隊長、言っていることが悪辣ですよ。それで、この後のご予定は?」

 

「えっと、この後は10:00に知波単航空隊のみんなに訓示と作戦の説明を行うために外に駐機している零式練習用戦闘機一一型で大洗女子学園学園艦を発艦して10:30くらいまで訓示と作戦の説明を行なった後は基本的に計画通りアンチョビさんを脅してYESといえば作戦中止、抵抗したらちょっと脅す程度に市街地への機銃掃射。それでもNOと言ったらアンツィオ焦土作戦に移行。そんな感じかな。」

 

「わかりました。」

 

「ふふふ…アンチョビさんがどんな反応してくれるか楽しみだなあ。ふふふ…あの強がってるアンチョビさんをたっぷり甚振って心を壊しちゃおうかな。あ、でも壊しちゃったら反応しなくなっておもしろくなさそうだから壊れるか壊れないかくらいでおもちゃにして遊んであげよっと。ふふふ…」

 

みほは顔を赤らめて喘ぎながら悪い笑顔を浮かべている。梓はつくづくアンチョビを気の毒に思った。突然何の前触れもなく攫われて二度と故郷の土を踏めないと言われた挙句人体実験の材料として病気にさせられさらに苦しい選択を迫られるのだ。なんと悲惨な運命だろう。

 

「隊長は本物の悪魔…いえそれ以上の存在ですね…」

 

梓は遠くを見ながら呻いた。

 

*****

 

3時間後、梓とみほは機上の人になった。知波単航空隊に訓示と激励そして作戦命令を下知するために知波単の学園艦に向かうためだ。といっても飛行機で行くほどの距離はない。大洗女子を離陸してから5分もしないうちにすぐ知波単に着陸した。飛行場でみほと梓は大歓迎を受けた。みほと梓は舞台の上に案内される。

 

「「我が知波単へようこそおいでくださいました!西住みほ隊長!澤梓殿!」」

 

3時間前に面会した岩本と大西が敬礼しながら迎えてくれた。岩本は今日の行動予定を報告する。

 

「先ほど、我が知波単が誇る偵察機彩雲20機が発艦し東海地方方面へ向かい偵察任務を開始しました。我々は先発の偵察機部隊がアンツィオの学園艦を発見次第発艦し房総半島で大西隊と合流その後東海地方へと向かう予定です。」

 

「了解しました。皆さんの準備はどうですか?」

 

「岩本隊は順調です。現在、各々整備を行なっています。」

 

「大西隊は富嶽20機全機に陸軍100式50キロ投下焼夷弾九七式爆弾と四式重爆20機に250キロ爆弾を搭載中です。間も無く準備完了します。」

 

みほは満足そうに何度も頷きながら「了解です。ありがとうございます。」と言った。みほは岩本と大西を労うと訓示をするために演壇に立った。久しぶりのみほの演説だ。梓は息を飲む。みほの身体に軍人西住みほが降りて来た。みほの顔つきが一気に変わる。みほは静かに語りかけ始めた。

 

「知波単航空隊諸君。今回の任務を快く受け入れてもらったこと、感謝の念に堪えない。さて諸君。今回の任務はアンツィオ高校戦車隊隊長アンチョビこと安斎千代美への脅迫が主たる目的だ。安斎千代美の身柄は我が軍の管理下にあり、我が軍への協力を命じたところ協力することを承諾した。しかし…残念なことに未だ安斎千代美は我が軍へ完全なる忠誠を誓ってはおらず、いつ叛旗を翻すかわからない状態だ。そこで諸君の出番だ。安斎千代美の愛校心は非常に強い。諸君には爆撃機及び戦闘機でアンツィオ高校上空に押し寄せ、苛烈な空襲に晒される危機を演出してほしい。安斎千代美に我が軍の力を見せつけ我々に逆らったらどうなるのか安斎千代美に思い知らせてやれ!それでは、後は航空隊両隊長に任せる。諸君は彼女たちの命令をよく聞いて的確に行動するように以上だ。」

 

みほは手短に訓示を終わらせると知波単航空隊の面々をゆっくり眺め回した。みほの訓示に知波単航空隊の面々は海軍派陸軍派問わず互いに沸き立った。みほは満足そうに笑うと演壇を降りる。その後、改めて岩本と大西が今回の作戦についての説明を行い各々準備を始めた。さしずめ、トラブルなどはないようだ。やはり、上を説得し和解に成功したため、下も問題なくついて来ているようである。みほと梓は安心して岩本と大西に知波単航空隊を任せることができると判断し大洗女子の学園艦に戻ることにした。再び5分ほど零式練習機に乗り大洗女子に戻る。すると時刻は午前11時になっていた。みほが執務室に戻った矢先、電話が鳴った。知波単の航空管制から先発の偵察機彩雲が静岡県伊豆半島の沖合20km地点でアンツィオ高校学園艦を発見したため、今から順次岩本隊と大西隊の発艦を開始するという連絡だった。みほは了解した旨を伝えると電話を置く。みほはまるで週末、遊園地に連れて行ってもらえることを心待ちにしている子どもの様だ。胸の高鳴りが抑えられないらしい。みほはそわそわして部屋を行ったり来たりしている。みほは一旦落ち着こうと椅子に座って目を瞑った。しかし、どうしても笑みが顔に出てしまう。みほは顔を抑えて手足をジタバタと動かしたり急に立ち上がってみたりなど自分の心と格闘している様子だった。梓はそんなみほを愛おしそうに見ていた。みほが自分の心と格闘すること45分。また電話があった。知波単管制からであった。岩本隊、大西隊の両隊がアンツィオ高校の学園艦を発見したという知らせだった。みほはタブレットを持って成果確認機に無線でつなぐ。無事繋がった。映像も音声も良好である。知波単航空隊が関係する機材の準備は整った。しかし、肝心の人のアンチョビの準備がまだである。そろそろアンチョビを起こさなくてはならない。みほは未だに研究室で眠りこけている麻子を叩き起こす。

 

「麻子さん!麻子さん!起きてください!」

 

麻子は眠そうに目をこする。

 

「う…う〜ん…なんだ…西住さんか…もうちょっと寝かせてくれ…眠いんだ…」

 

「ダメです!起きてください!今日は作戦の日なんですから!麻子さんが起きてくれなきゃ始まりません!」

 

みほに叩き起こされて麻子は渋々従った。麻子は顔を洗い身支度を整えるとみほとともにアンチョビが監禁されている部屋を訪れた。アンチョビは仰向けで手足を縛られた状態で寝ている。みほは部屋に入るとアンチョビのベッドのそばに立ち、愛おしそうな目でアンチョビを見つめ、アンチョビの柔らかい頬を撫でる。しばらくするとアンチョビは目を覚ました。アンチョビは自分を見下ろしている悪魔、西住みほの顔を見てビクリと震える。

 

「ふふふ。おはようございます。アンチョビさん。よく眠れましたか?」

 

みほがアンチョビに声をかけるとアンチョビはみほに憎悪の目を向けた。

 

「西住みほ!しばらく会わなかったな…よくも…よくも私に非道な人体実験をしてくれたな!この悪魔!」

 

「ふふふ…どうでしたか?人体実験のモルモットになった感想は?楽しかったですか?嬉しかったですか?あっはははは!」

 

みほはアンチョビの怒りを逆撫でするかのように嘲笑う。

 

「そんな訳ないだろ!苦しくて痛くて死にそうだった!人を苦しめて痛めつけて何がそんなにおもしろいんだ!?」

 

「私は人が苦しむところを見ていると心が昂るんです。楽しくて、おもしろくて仕方ないんです。本当は人体実験に使用したモルモットはさっさと処理するのが慣例ですが貴女は特別です。アンチョビさん。貴女にはまだ利用価値がある。」

 

アンチョビはみほを睨みつけながら尋ねた。

 

「何が望みだ…?」

 

「ふふふ…私が何か望みがあるとわかっているなら話が早いです。アンチョビさんが察した様に今日はアンチョビさんにお願いがあって来ました。アンチョビさん。この間、私に協力してくれるって言ってくれましたよね?」

 

「それがどうした…?」

 

アンチョビはハッとして過去の自分の発言を激しく後悔している様子だった。

 

「ふふふ…宣言通り協力してください。アンツィオ高校の戦車隊全員をここに呼び寄せてください。」

 

みほという悪魔はとんでもない要求を突きつけてくる。こんな要求を飲んだら純粋で大切な後輩や仲間たちがどんなひどい目にあうかもわからない。アンチョビは毅然とした態度でみほの要求を断った。

 

「断る!絶対に断る!言ったはずだ。アンツィオはおまえの好き勝手に蹂躙などさせないと!」

 

しかし、みほは表情を変えることなく笑顔でアンチョビの耳元に囁く。

 

「ふふふ…そう言うと思ってました。でも、私が何の対策もなしにそんなことを頼むと思いますか?これを見てみてください。」

 

みほはアンチョビにタブレット端末を投げ渡す。

 

「これは…?」

 

「見てわかりませんか?ちなみにライブ映像ですよ。」

 

「これは…アンツィオ高校の学園艦…!なぜ!?」

 

みほはアンチョビの困惑顔に悪魔の様な悪い笑顔を浮かべる。

 

「ふふふ…今からつい1時間前、知波単航空隊の皆さんがアンツィオ高校学園艦に向けて零戦30機と爆撃機40機が発進しました。爆弾と機銃弾をたっぷり詰めてね。ふふふ…何を意味するかアンチョビさんにはわかりますよね?」

 

アンチョビはダラダラ汗を流す。そして、自分に言い聞かせる様に何度も同じ言葉を紡いだ。

 

「嘘だ…これは何かの間違いだ…合成だ…これは嘘の映像だ…」

 

するとみほは悲しそうな表情をして口を開く。

 

「信じてくれないんですか…仕方ないですね…」

 

みほは無線機を手に取ると低い声で画面の向こう側に命じる。

 

「大洗総司令部から岩本隊へ。機銃曳光弾の発砲を許可する。アンツィオ高校南市街地に銃弾の雨を降らして安斎千代美を震え上がらせてやれ!」

 

「何をする気だ…?」

 

「見ていればわかります。」

 

みほは笑顔でタブレット端末を差し出した。その時だった。凄まじい機銃の発射音ともに土煙が上がったのが見えた。機銃弾は容赦なく人家に降り注いだ。アンチョビは目を剥く。

 

「な、何を…!西住みほ!おまえ!」

 

「ふふふ…わかりましたか…?アンツィオ高校の皆さんの命は貴女の選択にかかっています。これは警告です。5分後までに要求を飲まなければ、アンツィオ高校を焼夷弾と通常爆弾を用いて空襲します。学園艦は閉鎖空間です。仲間たちの無残な姿を見たくないなら…ふふふ…もう言わなくてもわかるはずです…5分間は待ちましょう。その間に答えを出してください。YESかNOか。」

 

みほはアンチョビが寝かされているベッドに腰掛けていやらしい手つきでアンチョビの全身を撫で回す。アンチョビは恐怖と嫌悪感で顔を歪ませる。

 

「やめろぉ…触るなぁ!」

 

「ふふふ…怖がっているアンチョビさんとっても可愛いです。さあ、時間は刻一刻と過ぎて行きますよ。画面の向こうの仲間たちが黒焦げの焼死体になっても良いんですか…?あ、でもそれでもいいですね。黒焦げの焼死体の中にアンチョビさんの親友を見つけた時のアンチョビさんの反応を見るのも楽しそうですし。えへへへ…」

 

アンチョビは唇を噛み、目を伏せる。みほは再び無線機を手に取って画面の向こう側に命じた。

 

「大洗総司令部から大西・岩本各隊へ。爆撃の準備を行え。大西隊は格納庫展開を準備しろ。岩本隊の諸君は味方の爆弾に当たらない様に高度を取りつつ空襲後の機銃掃射攻撃の準備をしておけ。」

 

その時である。アンチョビが何事かを小さく呻くような声をあげた。

 

「……る…」

 

「アンチョビさん?何か言いましたか?」

 

「やる!協力するからもうやめてくれ!あいつらをこれ以上傷つけないでくれ!お願いだ!お願いだからもうやめてくれ!」

 

アンチョビは大粒の涙を流しながら半狂乱になりながら叫んだ。アンチョビはみほの前に屈した。それは仕方ないことだった。意地を張って大好きなアンツィオ高校学園艦を滅ぼすよりはどんなに汚い仕事でもみほの要求を受け入れたほうがマシである。

 

「ペパロニ…カルパッチョ…そしてみんな…すまない…私は…私は…みんなを守れなかった…弱い私を許してくれ…私はみんなのドゥーチェ失格だ…う…うぅぅぅぅ…あぁぁぁ…」

 

みほは苦しそうな声を上げるアンチョビの顔を愛おしそうに撫でると耳元で囁いた。

 

「ふふふ…アンチョビさん…協力ありがとうございます…でも、アンチョビさん。口ほどでもないですね…もう少し抵抗してくれるかなって思いましたが…アンチョビさん以下アンツィオ高校の皆さんは私がたっぷりと可愛がってあげます。ふふふ…」

 

「や…やめろ…近づくな…」

 

怖くて仕方がない。アンチョビは思わず後ずさりをしようとした。しかし鎖で拘束されているので避けることができない。みほは震えるアンチョビを見て喘ぐ。

 

「ふふふ…可愛い…子羊みたいに震えちゃって…アンチョビさんの大切なもの一つずつ壊していってあげますからね…ふふふ…」

 

ドス黒い何かがアンチョビの心に送り込まれアンチョビを支配した。

 

つづく

 




次回は恐らく生徒会陣営のお話になると思います。


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第91話 ビラ

お待たせしました。会長たちサイドのお話です。


杏は今までにない喜びを感じていた。こんなに心の底から笑ったのは久々である。理不尽な戦争で失っていたはずの本心からの笑顔がそこにはあった。辛酸を舐め続けた生徒会陣営にようやく勝利の女神のような存在が微笑んだような気がした。諦めなければ助けてくれる人たちがいる。アンツィオの支援はまさに一筋の希望の光である。杏は急かすように柚子に尋ねた。

 

「そ、それでアンツィオの到着はいつなの?」

 

「今日は、サンダースで一泊して明日の11時頃に大洗に到着になるみたいです。」

 

「そっかーそれじゃあ今のうちに色々と準備しておかなくちゃねー小山ーみんなを呼んで来てくれるー?」

 

いつもの調子で杏は柚子に生徒会役員と兵士、そして教員たちを中心に人を集めるように指示を出した。アンツィオの面々を乗せたサンダースの輸送機を受け入れる準備のためだ。今のうちにできることはやっておかなくてはならない。運動場に置いてある諸々の用具等を片付け誘導灯を設置した。皆、アンツィオが食料支援をしてくれると話したら喜んで協力してくれた。その時だった。上空に突然飛行機が超低空で現れた。もうアンツィオ一同を乗せてサンダースの輸送機が到着したのか。連絡では明日到着だったはずなのにおかしいなと杏は上空を見上げた。その飛行機には胴体、主翼、垂直尾翼に丸い迷彩で知の字に波が描かれた校章があった。間違いない。杏は確信とともに青い顔をして声を震わせながら叫ぶ。

 

「知波単だ!伏せろ!機銃掃射されるかもしれないぞ!」

 

杏の叫び声を聞いて皆、一斉に伏せた。杏は地面にへばりつきながら飛行機の様子を伺う。飛行機は杏たちの頭上を越えて校舎と体育館がある辺りに向かった。校舎の上空に到達すると3回旋回し格納庫の扉をあけた。飛行機は何かを投下しようとしているようだった。

 

「ま、まさか…爆弾…か…?や、やめろ…!あそこには避難民が…!」

 

いくら冷静な杏でも爆弾が投下されるか否かという時に呑気に構えているわけにはいかない。急いで避難民に防空壕に避難してもらわなくてはいけない。そう思って杏が走り出そうとした時だった。柚子が杏の身体にしがみつく。

 

「小山!離せ!」

 

「会長、落ち着いてください。あれを見てください。おそらく投下されているのはビラです。心配ありません。」

 

小山が指差す先には確かに輸送機の飛行路に沿う形でひらひらと何かが木の葉のように舞っている。飛んで来た飛行機は輸送機のようだ。杏は安堵して全身の力が抜け、その場にへたり込んでしまった。

 

「なんだ…ビラか…びっくりしたよ。ははは。」

 

杏は顔を引きつらせながらなんとか作り笑顔を見せる。その笑顔は何処か空虚感が漂っていた。その姿を見て柚子は申し訳ない気持ちだった。自分の親友にこんなに無理をさせているのだ。杏が心が折れそうになるのも頷ける。なぜ、杏だけこんな思いをしなくてはならないのか。全ては戦争と西住みほの野望のせいだ。柚子は拳を強く握りしめて、上空の輸送機を睨んだ。

 

「こんな戦争が起きなければ会長は…こんな思いをしなくても……よかったのに……許せない……絶対に許せない……」

 

「小山……何か言ったか……?」

 

「いえ、何も……」

 

輸送機はまるで柚子の声が聞こえたかのように旋回してこちらに向かって来た。輸送機は再び格納庫を開いてビラを投下する。杏は小さな身体で背伸びしながら手を伸ばしてひらひら舞うビラを掴んだ。

 

「あははは。見てよこれ。うちらの首に懸賞金がかけられてる。しかもすごい額だよ。生け捕りしたら2人で6億円。死んでても3億円だって。」

 

杏はビラを呑気に片手でひらひらさせている。柚子も近くに落ちていたビラを手に取った。ビラは両面刷りになっていて表には杏と柚子の写真と懸賞金の額が、裏側には[生徒会軍兵士と役員並びに避難民諸君に告ぐ]と題して何やら文章が書かれている。

 

「何を今更……!桃ちゃんを残虐な処刑で殺しそれだけでは飽き足らず罪のない市民を虐殺してこの期に及んで……!こんなの嘘に決まってます!」

 

柚子は烈火の如く怒っていた。柚子は言葉に怒気を孕ませながら手に取ったビラをぐしゃぐしゃに握りつぶした。柚子が怒るのも無理もない。ビラに書いてある内容は到底信用できるものではなかったし、虐殺の被害にあった遺族の感情を逆撫でするような内容であったからだ。ビラには次のように書かれていた。

 

[生徒会軍兵士と役員並びに避難民に告ぐ 現実を見よう。諸君の敗北は火を見るよりも明らかである。プラウダは我が軍に同調し白熊の手は諸君の背後を脅かす。このままでは諸君は四肢が飛び肉片となり無残な屍を我々の前に晒すことになるであろう。諸君は勇敢に戦われた。我々はこれ以上未来ある諸君が苦しみ喘ぎながら死にゆく姿を見たくはない。我々には人道主義に則り諸君を保護する準備がある。速やかに角谷杏、小山柚子両名の身柄引き渡しと諸君の投降を求める。諸君の安全は白地の布を振れば投降したものとみなし保障する。なお、今から12時間後になっても投降しない者は自動的に戦闘員と断定し総攻撃の対象とする。どちらを選択するかは諸君次第であるがよく考えて行動されよ。大洗女子学園反乱軍総司令 西住みほ]

 

「まあ、嘘だろうね。西住ちゃんのことだ。のこのこ出ていったら皆殺しにされるかもしれない。今までだって罪のない避難民を"人間狩り"の名目で虐殺して生き残った人たちもどこかに連れていかれたみたいだし、食糧増産施設での戦いでは投降した子たちがどうなったかもわからない……生きているのか死んでいるのかさえもね……どこかで生き延びてくれていたらいいけど……」

 

「彼女たちの情報って一切無いんですか?」

 

杏は無表情かつ無言で首肯した。現実というものはなぜこんなに冷酷なのだろうか。杏は静かに告げる。

 

「いずれにせよ、このままでは確実に我々は殺される。今は進むも地獄、退くも地獄という状況だよ。生き延びる道はただ一つ。勝つことだ。この戦争に勝利するしかない。それだけだ。それができなければ我々に待っているものは死。それもただ死ぬわけではなく西住ちゃんのことだから一番残虐な死を与えられるだろうね。」

 

杏は怖がることも感情を乱すこともなく淡々と語る。まるで自分には関係ないといった口ぶりだ。柚子は恐る恐る杏に尋ねた。

 

「会長は怖くないんですか……?死ぬかもしれないのに……」

 

杏は微笑みながら柚子の問いに答える。

 

「怖くないって言ったら嘘になる。でも、私は学園艦を守るためならなんでもやる人間だし、どんな悪事も働ける自信がある。学園艦のためなら西住ちゃんより酷いこともきっとできる。学園艦のために死ねと言われたらきっと喜んで死ねたと思ってる。もともと廃校を撤回させることだって命がけだよ。政財界や官僚たちの世界は甘くはない。きっといろんな利権が結びついている。だから、もしかして逆恨みされて殺される可能性もあった。だから自然に死ぬ覚悟ができていたのかもね。」

 

柚子は少しだけホッとした。ここでもし、「死ぬのは怖くない」などと杏にあのいたずらっ子のような笑みで言われたときにはどうしようかと思っていたからだ。杏もやはり人間である。共通認識として死は怖いと感じていてくれて自分と同じ境遇の人がいてくれて少し安心した。しかし、杏が持っていて柚子が持っていないものもあった。それは、「死の覚悟」である。やはり、杏は並大抵の人間ではない。流石、約3万人の頂点にいるだけのことはある。柚子は改めて自らの腹心の友がいかに素晴らしい稀代な人物であるか噛み締めていた。そして、改めて杏への忠誠を誓う。

 

「会長!私はこれからもずっとあなたについていきます。あなたのそばでずっと支えていきます。それが私の誇りです。」

 

杏は無言で頷き、柚子を頼もしげに見つめている。そして杏は太陽のような笑顔を柚子に見せた。思えば、柚子と初めて出会った中学生の時、三役として就任する前、共に生徒会という大きな組織の中の一役員に過ぎなかった頃から比べれば随分頼もしくなったものだ。出会った当初、柚子は杏に振り回されてただ杏の背中についてきているだけだった。それがいつの間にか一緒に同じ道を走るようになっていた。杏は目頭が熱くなってとっさに後ろを向く。

 

「私も……小山は誇りだ。いつの間にか頼もしくなったな。出会った時は私に振り回されてばかりだったのに。」

 

「ふふっ……それは今でも変わりませんよ。会長には毎回振り回されてばかりです。思えば、最初の頃はやりたい放題の会長とよくぶつかったりしてましたね。懐かしいです。」

 

「そうだったなあ。小山、怒ると怖かった。今でもだけど。普段怒らない人が怒ると怖いっていうけどありゃ本当だね。」

 

「そんなに怖いですか?でも、会長の選択は今では間違っていなかったなって思っています。結果として学校は楽しくなっていったんですから。」

 

「怖いよ!それなら良かった。いろんなことしたよなあ。泥んこプロレス大会に仮装大会……あと……なんだっけ?」

 

「自分で何やったかも覚えていないんですか。ふふふ。よく、学校に泊まり込んで準備しましたよね。あの時が懐かしいな……あの時はまさかこんなことになるなんて夢にも思っていませんでした……」

 

杏と柚子は平和だった日々を噛み締めながら懐かしそうに遠くを見つめる。しかし、そんな幸せな日々はもう二度と来ないのだ。戦争が終わっても、桃や命の花を散らした者たちは決して生き返ることはない。それが現実である。杏が肩を震わせる。杏は下を向きながら拳を強く握って声を殺して泣いていた。

 

「河島……みんな……すまない……本当に……すまない……」

 

杏はボソボソと消え入りそうな声で謝罪を繰り返している。その姿は見るに堪えなかった。強がって見せてはいるが、杏の心も限界に近いだろう。あまりにも辛すぎる現実は杏の心を抉り深い傷をつくった。杏はしばらく唇を噛み締めていたがパンっと頬を両手で叩いた。柚子は心配そうに杏に声をかける。

 

「会長……?大丈夫ですか……?」

 

すると杏は笑顔を作ってすぐに振り向いた。

 

「うん。大丈夫だよ。心配かけて悪いね。それじゃあ、着陸場所の確保も終わったし生徒会室に帰ろっか。」

 

「え?あのビラ、放っておいていいんですか?」

 

柚子は投下されたビラに唆されて良からぬ動きがあるのではないかと警戒していた。杏は腕を組み少しの間考えを巡らせる。

 

「うーん。多分、大丈夫だと思うよ。今更騙される子はいないでしょ。噂で人間狩りの話や大虐殺の話が出てるから多分、みんな怖がって西住ちゃんのところに行こうなんて考える子はいないと思うし。」

 

「確かにそうですね。今、過剰に反応するよりも静観した方がいいかもしれません。」

 

「うん。でも、何かこの嘘がバレバレなビラを今、この段階で投下したことは何か意図がありそうな気がする。これは分析した方がいいかもね。外交部に案件回しておいて。」

 

「わかりました。」

 

「ただ、対策は考えておいた方が……いいかもねえ」

 

「え?対策って何ですか?」

 

「ん?まあ、見ててよ。さ、戻ろっか。」

 

 

杏と柚子は艦橋にある生徒会室に戻っていった。生徒会室はまるで大洗町の町役場を縮小したような場所である。学園艦で生活する上で大抵のことはこの大洗女子学園生徒会の役員たちが掌っており、生徒会室では今日も忙しく役員たちが働いている。その巨大組織の中の一組織に外交部は存在している。もともとは桃を筆頭とした広報部が渉外も掌っていたが、みほに最後通牒を突きつけられた時に、他の学園艦との交渉を行う専門機関設置が必要であるとし杏の指示のもと作られた比較的新しい部署である。外交部は外交部部長のもと第一課から第三課まであり、それぞれ第一課が渉外一般第二課が文書の分析、第三課が諜報活動を行なっていた。外交部の詳しい職務内容を知っているのは会長である杏と副会長の柚子、その他は外交部の職員のみという極秘部署であった。他の部署とは違い外交部に務める役員は全員厳しい試験によって選抜されたいわゆるエリートである。それだけ重要な機関であるということがうかがえる。彼女たちは外交部に赴任すると知り得た情報を第三者に提供することを禁じる罰則規定付きの宣誓書を書かされるなど徹底的な情報統制が行われていた。罰則は銃殺まではいかないにしても最高刑で無期禁固というかなり厳しいものである。また、外交部は一度赴任すると転任がないという特徴がある。通常他の部署例えば学園艦での生活に関する庶務を掌る生活委員や保健衛生を掌る保衛委員は一年に一度人事異動で人が入れ替わる。しかし外交部は一度任命されると卒業するまでずっと外交部で務め続けなければならないのだ。だから、外交部に任命されるということはエリートであると認められた証拠であるから名誉でもあるが卒業まで罰則に怯えながら生活していかなければならないという恐怖でもあった。さて、杏たちが生徒会室に戻り、中に入るとちょうどタイミングよく目の前を外交部部長の佐野亜寿香が通りかかった。

 

「あ、佐野ちゃん。ちょっといいかな。佐野ちゃんに頼みがあるんだ。」

 

「あ、会長、副会長。お疲れ様です。頼みって何ですか?」

 

「うん。実はね。これを分析してほしい。」

 

「これは……?」

 

佐野は杏から、投下されたビラを受けとると怪訝そうな表情を見せた。

 

「見ての通り、西住ちゃんからの投降勧告ビラだ。このタイミングで内容が嘘であるとバレバレなこのビラを撒くというのは何か意図的なものを感じる。だから、このビラを分析して西住ちゃんが何を企んでいるか、次にどんな行動を起こすつもりなのかを知りたい。できるかな?」

 

「なるほど。そういうことですか。軍事関係の分析ということか……それならもしかしてあの子が……」

 

佐野は少し考えると確信したように頷く。

 

「はい。わかりました。引き受けましょう。適任者がいますから紹介しますね。少し待っててもらっていいですか。」

 

佐野はそういうと外交部に向かい1人の女子生徒を連れて戻ってきた。

 

「紹介します。彼女は外交部第2課で分析を行っている橋本由梨です。実は彼女、軍事関係にも造詣が深いので、もしかして何か役にたつかもしれません。」

 

橋本と紹介された彼女は杏たちを眺めると無表情のまま手を差し出した。

 

「橋本です。よろしくお願いします。早速ですが、ビラを拝見させていただきたい。」

 

「これなんだけど……」

 

杏はおずおずとビラを橋本に差し出す。橋本は杏の手からビラを取り上げると30秒ほど眺め、すぐに杏にビラを返した。杏は橋本の真意を測りかねていた。橋本の行動は協力を拒否されたということなのだろうか。杏は橋本の冷たい目に内心で怯えながらじっと橋本の様子を伺っていた。橋本は再び杏たちを眺めて無表情のまま口を開く。

 

「おそらくこれは無差別攻撃の正当化であると見て間違いないです。」

 

「どういうこと?」

 

「会長。会長はジュネーヴ条約というものをご存知ですか?」

 

そういうと橋本は生徒会室の扉を開いて外に出ようとした。

 

「橋本ちゃん。どこに行くの?」

 

「私の寮です。資料を取ってきますからしばらく待っていてください。」

 

15分ほどして橋本が資料を片手に戻ってきた。橋本の手には前に防衛省のホームページから取得したジュネーヴ諸条約の全文が握られていた。橋本は57条と書かれたページを見せた。その資料には次のように書かれていた。

 

[第四章 予防措置

第五十七条 攻撃の際の予防措置

1 軍事行動を行うに際しては、文民たる住民、個々の文民及び民用物に対する攻撃を差し控えるよう不断の注意を払う。

2 攻撃については、次の予防措置をとる。

(a)攻撃を計画し又は決定する者は、次のことを行う。

(i)攻撃の目標が文民又は民用物でなく、かつ、第五十二条2に規定する軍事目標であって特別の保護の対象ではないものであること及びその目標に対する攻撃がこの議定書によって禁止されていないことを確認するためのすべての実行可能なこと。

(ii)攻撃の手段及び方法の選択に当たっては、巻き添えによる文民の死亡、文民の傷害及び民用物の損傷を防止し並びに少なくともこれらを最小限にとどめるため、すべての実行可能な予防措置をとること。

(iii)予期される具体的かつ直接的な軍事的利益との比較において、巻き添えによる文民の死亡、文民の傷害、民用物の損傷又はこれらの複合した事態を過度に引き起こすことが予測される攻撃を行う決定を差し控えること。

(b)攻撃については、その目標が軍事目標でないこと若しくは特別の保護の対象であること、又は当該攻撃が、予期される具体的かつ直接的な軍事的利益との比較において、巻き添えによる文民の死亡、文民の傷害、民用物の損傷若しくはこれらの複合した事態を過度に引き起こすことが予測されることが明白となった場合には、中止し又は停止する。

(c)文民たる住民に影響を及ぼす攻撃については、効果的な事前の警告を与える。ただし、事情の許さない場合は、この限りでない。

3 同様の軍事的利益を得るため複数の軍事目標の中で選択が可能な場合には、選択する目標は、攻撃によって文民の生命及び民用物にもたらされる危険が最小であることが予測されるものでなければならない。

4 紛争当事者は、海上又は空中における軍事行動を行うに際しては、文民の死亡及び民用物の損傷を防止するため、武力紛争の際に適用される国際法の諸規則に基づく自国の権利及び義務に従いすべての合理的な予防措置をとる。

5 この条のいかなる規定も、文民たる住民、個々の文民又は民用物に対する攻撃を認めるものと解してはならない。]

 

杏は57条に書かれた文字を一文字ずつ目で追う。杏はこの条約と先程のビラの関連性を見出せないでいた。

 

「この条文とさっきのビラ。何か関係性があるの?私にはわからないな。だってこれは国際間の条約でしょ?今回は適用されないと思うんだけど……」

 

すると橋本は学者然とした口ぶりで自らの思考を披露した。

 

「同じです。今回は誰もこのような事態を想定していなかった。しかし、基本となる法は恐らくこのジュネーブ条約になるはずです。現在の戦時国際法ですから。さて、会長。結論から言うと西住さんは恐らく大規模な無差別攻撃をここ数日のうちに仕掛けるでしょう。間違いなく。」

 

「やっぱりか……それでもなんでわざわざ今更になってビラを……?」

 

「簡単なことです。西住さんは国際法を守りつつ攻撃しようとしているんです。」

 

杏の脳はますます混乱した。みほに人道主義に則った国際法を遵守するなどという考えがあるようには思えないのだ。杏は橋本に疑問点をぶつける。

 

「西住ちゃんがそんなことするかな?だって西住ちゃんは人間狩りをしたんだよ?人道主義に則ることなんてないと思うけどなあ。」

 

すると橋本は少し考えてあくまで自分の考えだと断りを入れた上で答えた。

 

「今回のケースは恐らく人道主義については全く考えられていないでしょう。あくまでこれから行われる無差別攻撃をこの法の条文に則りながらいかに正当化するか、この点に注意が注がれていると思われます。要は法の解釈の問題です。57条に書かれているのは民間人保護に関する条文ですがその中に"攻撃の手段及び方法の選択に当たっては、巻き添えによる文民の死亡、文民の傷害及び民用物の損傷を防止し並びに少なくともこれらを最小限にとどめるため、すべての実行可能な予防措置をとること。"とあります。つまり、西住さんはこの投降勧告ビラを撒くことにより、文民とされる非戦闘員の傷害を最小限に留めたという口実を得てそれに加えて期限内に投降しない者を全て戦闘員であるとみなすことにより非戦闘員への攻撃禁止の壁を乗り越えて無差別攻撃を正当化しようとしていると考えられます。」

 

「用意周到だね……」

 

杏は戦慄して唇を震わせながら呻き、目を閉じて上を向く。瞼にみほの姿が浮かんでくる。瞼に浮かんだみほは血に濡れて高笑いしている。杏は鋭いナイフで背を撫でられた感覚に陥った。杏は息を荒げる。

 

「会長。大丈夫ですか?」

 

近くで見守っていた柚子が心配そうに見ている。杏は手で大丈夫だという意思を伝えた。橋本は相変わらず興味なさげな冷たい目で見つめていた。

 

「相手にも相当なキレ者がいるようですね。とにかく、ここ数日のうちは警戒しておいてください。私が言えるのはそれだけです。」

 

「冷泉ちゃんがいるからね。わかった。分析ありがとね。」

 

「冷泉麻子さんが……なるほど。彼女なら考えがつきそうですし、西住さん自身も恐らくこのジュネーブ条約についての教養はあったのでしょう。戦車はもともと戦争に使うものですから、教養として戦争に関する法については必須でしょうし……外交部含め我々生徒会役員一同は懸命に職務遂行に努めますから、私たちを信頼してください。」

 

「ああ。任せたよ。」

 

杏はニカッと笑うと生徒会室の奥、三役の部屋に消えていった。杏は生徒会長のイスに腰掛けると柚子に意見を求めた。

 

「小山。どう思う?西住ちゃんが行う無差別攻撃って何だろう?」

 

「そんなこと、私が分かるわけないじゃないですか。でも、最大限の警戒はしておいたほうがいいでしょう。戦災対策本部を設置して警戒させます。」

 

「うん。お願い。」

 

柚子と杏はそれだけ言葉を交わすとそのあとは各々仕事をしてその日は早めに眠ることにした。しかし、杏はその日、なかなか眠れなかった。ここ数日のうちに一体何が起こるのか。想像もつかない。大規模な無差別攻撃とは一体何であろうかと考えていた。怖くて仕方がない。音ひとつない静かな夜、不安に押しつぶされそうだ。真っ黒な闇が杏を容赦なく包み込み杏の心を抉り続ける。杏は声を押し殺して泣いていた。柚子は毎晩杏が身体を震わせて泣いていることを知っていたがあえて気がつかないふりをしていた。しかし、毎晩杏の堪えるような泣き声を聞くのは辛い。柚子は布団をすっぽりとかぶり直して再び眠りにつく。杏の泣き声も聞こえなくなり、寝息が聞こえてきた。杏も柚子もいつの間にか眠ってしまったようだ。夜は静かに更けていった。

翌朝、柚子が目を覚ますとまだ杏は眠っていた。時計の針は7時を指している。杏の顔を見ると杏は眉間にしわを寄せ、額に汗をびっしょりかいている。悪夢でも見ているのだろうか。柚子は清潔なタオルで杏の額から汗を拭き取った。

 

「…誰…か…誰か……助けて……助けて……」

 

杏は先ほどよりも一層苦しそうな表情をして寝言を繰り返す。その姿は見るに堪えない。しかし、夢の中にまで助けにはいけないのだ。柚子はもどかしい思いで杏を見ていた。

 

「会長……」

 

「助けて…助けて…うううわあああああ!!あれ…?」

 

杏は叫び声をあげて目を覚ました。柚子は驚いて目を丸くしている。しばらく沈黙が続いた。杏が頭を掻き恥ずかしそうに目をそらすと柚子が覆いかぶさってきて思い切り杏を抱きしめた。

 

「会長……!」

 

「小山?どうした?」

 

「どうした?じゃありません!」

 

「心配かけてごめん……」

 

「それで、どんな夢を見ていたんですか?」

 

柚子は真剣な眼差しで杏に迫った。杏は思わず後ずさる。そして、柚子から目を逸らし、ためらいながら話し始めた。

 

「みんなが……私を裏切って……ひとりぼっちになって……私は西住ちゃんの前に引き出されて……処刑されそうなところで目が覚めた……今見た夢が……今までなら何でもない夢だったのに……今じゃ本当になりそうで怖い……」

 

杏はカチカチと歯を鳴らして震えている。柚子はまた強く抱きしめて杏の背中を撫でた。

 

「大丈夫……大丈夫です。私は絶対に会長を1人になんてさせませんから……絶対に裏切りません……」

 

「ありがとう……小山……ありがとう………なあ、小山。本当はこんなことしたくないが、やっぱりここのところで一度抑え込みをしとこう。風紀委員が西住ちゃんについて行ってしまった今、暴動が起きた時に専門的に対処予防する機関がないのは危険だ。食料不足はこれからも続くだろうし、これからもみんなに我慢してもらうことが前提の運営をしていくことになる。今回のアンツィオによる食料支援のおかげで少しはガス抜きできるけど、アンツィオもそう毎回食料を提供してくれることはできないだろう。それにまた食料不足に陥った時に不満がたまって今度こそ暴動が起こるかもしれない。そこで、今回食料を提供することと引き換えに戒厳令と特別高等警察の設置をしたい。」

 

「特別高等警察に戒厳令……なるほど、対策ってこれのことだったんですか。それにしても二つとも何とも悪辣な名前ですね。」

 

「まあね。同じ思想警察だからこの名前にしてみた。体制に反発する人たちを取り締まる部署だし、ちょうどいいっしょ。それに、なんだか威圧できる気もするし。2つとも今日設置発令を知らせて早速今日から取り締まりを始める。ただ、私から話すから小山は正式発表まで他言しないで。」

 

柚子は手を顎に当てて少し考える。しばらく頭の中で考えをまとめていたがやがてまとめ終わったのか杏の方に向き直り心配そうな顔つきになった。

 

「他言するなってことはわかりました……でも……大丈夫でしょうか……生徒会の権限を大きく超えるような命令と組織……根拠が……」

 

すると、杏はまっすぐに柚子の目を見つめながら言った。

 

「実はあるんだよねえ。それが。有名無実化してるけどかつて学生運動が盛んだった頃に作られた特別規定が、廃止されずに残ってる。」

 

杏は山積みになった書類の中から一枚の古い命令書を取り出して柚子に渡した。柚子がその命令書の中身を確認するとそこには確かに[緊急事態宣言に関する規定]と題した特別命令が1960年10月に出されたことが記されていた。その頃といえば安保闘争が激しかった頃である。どうやら当時の生徒会長は秩序が乱れるとして風紀委員を使ってこうした学生運動を厳しく弾圧したらしい。この命令はその頃の名残である。本来は一時的な命令だったはずが忘れていたのか意図的なのかはわからないが放置されてずっと有効なまま残っていた。だが、そのあとは誰もこの規定を使おうとは考えずに有名無実化した規定であった。だが、現在有効なのは事実であるので杏さえ首を縦に振ればすぐにでも発動可能である。しかし、この命令は現行の生徒会規則を停止し生徒会長に全ての権限を集中させるというものである。今この命令は発動すれば反発は免れないだろう。柚子はどうしたものかと考えていた。どう考えても危険すぎる。柚子は杏に懸念を伝えた。

 

「しかし……大丈夫でしょうか……今までなんら規制を行ってこなかったのにいきなり強力な規制かつ会長に全ての権限を集めるなんて……みんな納得してくれますか?」

 

「認めさせるしかない。無理矢理にでもどんな手を使ってでもね。私たちの手で掌握できる暴力装置は絶対必要だし、いよいよ西住ちゃんが迫ってきている時に議論などしている暇はない。だから特高警察も非常事態における緊急権も絶対に必要だ。本当はみんなを抑圧することなんてやりたくないけどやるしかない。それがみんなを守るためだ。批判は私が全て受ける。だから小山は粛々と仕事を進めて。早速だけど、小山。この子を呼んできてくれないかな?多分運動場にいると思う。話はもうずっと前にしてあるからさ。特高警察の件って言えばわかるはず。」

 

「わかりました。会長の判断に任せます。」

 

柚子は身支度を整えて部屋から出て行った。杏から渡された紙には顔写真とその生徒の詳しい住所などが書かれていた。どうやら避難民のデータを引っ張り出してきたようだ。柚子はその紙をもとにその女子生徒の元を訪ねた。その生徒は運動場で道着を着て何やら練習をしていた。どうやら武道を嗜んでいるようだ。

 

「東條舞花さんですか?特高警察について少しお話が。」

 

「わかりました。ちょっと待っててください。おおい!みんな!ちょっと呼ばれたからそのまま練習しておいて!」

 

東條は大きな声で運動場のトラックを走っていた同じく道着を着た生徒たちに声をかけた。

 

「わかりました!」

 

向こうからも大きな声で応答が返ってきた。東條は満足そうに頷くと柚子の方を向き頭を下げる。

 

「すみません!自己紹介がまだでした!東條舞花です!よろしくお願いします!」

 

「はい。小山柚子です。よろしくお願いします。東條さんは何の武道をやられているんですか?」

 

「柔道をやっています!あの子たちも私と同じ柔道部です!」

 

「なるほど。」

 

確かにこの子たちなら体力的には大丈夫そうだ。だが、捜査については大丈夫だろうか。どうにも心配である。そんな気持ちを持ちながら柚子は生徒会室に戻った。すると、先ほどの杏とは打って変わっていつもの杏の姿がそこにはあった。

 

「やあやあ!東條ちゃん!朝早くごめんねー。いつか話した特高警察の件なんだけど、今日から早速活動を始めてもらおうと思うんだ。だから早速柔道部の子たちを率いて警戒に当たって欲しい。今日、戒厳令も発令するから少しでも怪しい動きを見せる子たちがいたら逮捕しちゃって。裁判については新設する法務委員会で審議するから。」

 

「難しいことはわかりませんが、とにかく怪しい人たちやおかしな動きを見せた人たちを捕まえてこればいいんですね?」

 

「うん。具体的な指示はこれもまた新設する警務委員会の指揮で動いてもらうから東條ちゃんたちには主に現場で逮捕してもらう役目を担ってもらうことになるかな。あと、逮捕に向かう時はなるべく制服で頼むね。その格好だと目立っちゃうから。あと、普段は普通に暮らしてもらってていいから。逮捕が必要な時またこうして呼ぶね。このことは正式発表まで誰にも言わないでくれるかな?それじゃ、ということでよろしく!」

 

「わかりました!また何かあったら呼んでください!それじゃあ練習に戻りますね!」

 

そう言うと東條は戻っていった。柚子は不安そうな顔をして杏に尋ねた。

 

「彼女たち、大丈夫ですか?確かに身体的能力は高そうですけど……」

 

「彼女たちを信じるしかないよ。それに、彼女たちの上には私が信頼できると判断した子たちをつけるつもりだ。小山。私を信じてよ。」

 

杏は柚子の目をまっすぐ見つめながら言った。杏がそう言うのなら大丈夫だろう。柚子は杏を信じることにした。

 

「わかりました。会長を信じます。」

 

「小山。信じてくれてありがとね。それじゃあアンツィオの受け入れ準備始めちゃおうか。」

 

杏は満面の笑顔を見せた。

 

つづく



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第92話 極秘研究

みほ陣営、特に今回のメインは一応冷泉麻子のつもりです。
みほのとった行動で麻子が何かを感じたようです。


仕方がない。全ては仕方がないことだ。アンチョビの双肩には仲間たちや数万人もの住民たちの命と学園艦の存亡がかかっている。彼女たちの命と学園艦はみほの手で今この瞬間にでも握りつぶされようとしているのだ。こうなってしまってはもはや選択の余地はない。アンチョビはみほに苦渋を飲まされた。これは守るべき仲間のためだ。自分の本心ではない。アンチョビはそんな表情をしていた。言わずとも顔ににじみ出ている。みほはそんなアンチョビを見るとニヤリと悪い笑顔を浮かべた。そして無線を手に取るとアンチョビをはじめ誰も思いもよらぬ指示を出した。

 

「大洗総司令部から岩本、大西各隊へ。250Kg爆弾搭載の四式重爆撃機5機は現時刻よりそれぞれ目標破壊行動を許可し、作戦行動を命令する。作戦参加機は1番機から5番機で目標は1番機が南市街地、2番機が戦車演習場、3番機がアンツィオ高校校舎、4番機が西市街地、5番機が階段広場前の屋台群だ。また、岩本隊全機は味方の爆撃に留意しながら任意目標に対する機銃掃射を行え。」

 

誰もがみほの言葉に驚いた。アンチョビは今さっきみほに屈服したばかりなのだ。この空襲はアンチョビを追い詰めるための脅しであると確かにみほはそう言っていたから目的が達成された今これ以上、アンチョビを追い詰める道理はない。しかし、みほが選択した次の行動はアンツィオ高校に対する本格的な攻撃だった。みほの行動は極めて不可解であった。しかし、アンチョビ以外はこの状況の意味をすぐに理解できた。間違いない。みほはこの状況を楽しんでいる。つまり、みほはアンチョビの心を蹂躙するため、ただそれだけのためにわざわざ無用な攻撃をしたのだ。みほは人々の涙を楽しんでいるのだ。みほのそばに居るものは、みほが行った行為の意味を経験則から導き出すことができたがアンチョビには当たり前だがそんな経験則などないわけだからそれはできない。アンチョビは怒りに声を震わせる。

 

「おい……ちょっと待て西住みほ……!私は、おまえに従うと言ったんだ!仲間が救われると思ったからおまえの要求を、苦渋を飲んだ!なのにおまえは……アンツィオを……あいつらを攻撃するというのか!?殺すというのか!?」

 

するとみほはきょとんとした顔をして首を傾げながら笑った。

 

「だって、アンチョビさん一度協力を拒否しましたよね?当然の報いです。それに、海軍派の零戦だけ戦果を挙げてばかりだと陸軍派の面目が立たないじゃないですか。最大限配慮して焼夷弾投下を避けたんです。このくらいの犠牲は仕方ないですよ。」

 

みほの発言は火に油を注ぐ形になった。アンチョビは顔を真っ赤にして声を荒げる。

 

「おまえなあ!人の命をなんだと思ってるんだ!"これくらい"だと!?ふざけるな!あまり我々を見くびるなよ!?」

 

みほはそれらの言葉に動じることなくにっこりと笑うと無線をとった。

 

「攻撃開始!」

 

みほはあの可愛らしい口ぶりとは想像もできない口調ではっきりとそう伝えた。その言葉と同時にビデオカメラが搭載された戦果確認機は高く上昇し、アンツィオ学園艦の全体像を捉えた。カメラは縦横無尽に動き回る四式重爆撃機と零戦の姿を捉えた。四式重爆撃機は指定された目標にたどり着くと爆弾槽の扉をあけて爆撃を始める。

 

「ああ!」

 

アンチョビは思わず叫んだ。無理もない。投下された250kg爆弾は容赦なくアンツィオ高校の生徒たちの頭上に降り注ぎ命を奪わんとしているのだ。大きな爆弾の炸裂音と建物が崩れる破壊音のような音が響きわたり、辺り一面土煙と黒煙が上がっている。よく見ると赤い炎が見える。どうやら所々で火災が発生しているようだ。今はお昼時である。昼食の支度をしていた矢先の空襲だ。ガスか何かに引火して炎が上がっても不思議ではない。

 

「ふふふ……どうやら焼夷弾は必要なかったようですね。」

 

みほはタブレットに映し出されたアンツィオ高校上空からの中継映像を見て無線機を手に取りながら笑った。アンチョビは見たくないのだろう。目を背けながら呻く。

 

「お願いだ……もうやめてくれ……あいつらの命の火を消さないでくれ……頼む……」

 

アンチョビは泣きながらみほに懇願した。みほはアンチョビの表情を見ると顔を赤らめて喘ぎながらアンチョビに迫った。みほはアンチョビに顔を近づける。アンチョビは何をされるかもわからず。ぎゅっと強く目を瞑った。みほは愛おしそうにアンチョビを見つめるとアンチョビの頰に流れる涙を小さな舌で舐めとった。

 

「ひやっ!」

 

アンチョビは突然のことに思わず声をあげるとみほは嬉しそうに笑いながら言った。

 

「あはっ!美味しい!アンチョビさんの涙、最高です!あっはははは!アンチョビさん!貴女が私に逆らったせいでみんなこんな目に遭っているんですよ?あっははは!」

 

アンチョビは憎しみの表情をみほに向ける。そして地を這うような低い声でみほに尋ねた。

 

「西住みほ……おまえ……何がおもしろいんだ……?」

 

 

みほは腹を抱えて大笑いしながらアンチョビの問いに答える。

 

「あははは!これを笑わずにいられますか。彼女たちを殺したのは貴女ですよアンチョビさん!実行したのは私たちであるとしても、貴女が決断をためらったために殺されるんです。あっははは!友が友を殺しあう、こんな楽しくておもしろい光景は人間狩りをした後、捕らえた者たちに死のゲームをさせた時くらいでしょうか!あっははは!」

 

みほは狂ったように笑い続けた。アンチョビは呻くように言った。

 

「許せない……」

 

みほはアンチョビの憎しみの声が聞こえていたのか聞こえなかったのかはわからないがさらにアンチョビを逆撫でするような命令を出す。

 

「作戦行動中の大西隊各機に通達する。四式重爆撃機6番機から9番機は以下攻撃目標に対して攻撃を開始しろ。攻撃目標は6番機変電所、7番機ガスタンク群、8番機電話基地局、9番機は艦橋付近だ。」

 

大西隊と岩本隊の隊員たちはみほの命令に忠実に従い、爆弾を落とし機銃の雨を降らせ続けた。みほは戦果確認機から送られてくる爆撃の様子を終始嬉しそうに見物し、爆弾が炸裂するたびにおもしろそうに笑った。やがて満足したのか頷くと戦果確認機のみを残して帰還するように命じる。岩本隊と大西隊は大きく旋回し、もと来た航空路を戻っていった。戦果確認機は高度を取りながらアンツィオ高校の上空を旋回していた。しかし、なかなか真っ黒な煙が晴れない。戦果確認機の乗員からこれ以上長居すると燃料がなくなり帰れなくなるという連絡があった。別に戦果確認は今日中にしなければならないというわけでもないし爆撃を受けた直後にすぐにアンツィオ高校の学園艦が航行を開始するとは考えにくい。必ず点検や被害状況の確認などが行われるはずである。したがってアンツィオの学園艦が遠くに移動してしまうということはまずないと判断し、みほは帰還を許可した。みほは「ありがとう。お疲れ様。気をつけて帰って来てね。」と言うと無線を切ってアンチョビが寝かされているベッドに腰掛けて、アンチョビの耳元で囁く。

 

「アンツィオ高校が貴女のせいでどのような変化を遂げたのかは明日のお楽しみですね。ふふっ楽しみです。」

 

「クッ……」

 

アンチョビは何も答えることなくただそんな声で呻いた。みほは可哀想なアンチョビを見て心をもっと壊してやろうと思ったのかアンチョビに覆いかぶさり、ネクタイを取り去り、制服のシャツのボタンを外す。シャツの下に着ていたキャミソールも捲り上げ、ブラジャーも剥ぎ取った。さらに、スカートとタイツ、パンツも剥ぎ取られアンチョビはほぼ全裸の恥ずかしい姿をみほたちの前に晒すことになった。アンチョビは恥ずかしそうに顔を真っ赤にして呻く。

 

「うぅ……」

 

「ふふふ。真っ白……アンチョビさん綺麗な肌ですね。」

 

みほはアンチョビの柔らかいお腹に手のひらで触れると脇腹、腹、へそ、胸、首、頰、腕、膝、太腿、股など身体の色々なところを何かを確かめるように撫で回した。みほの手がアンチョビの胸に到達し乳房を揉む。アンチョビはもう限界のようだ。ついに口を開いてみほに止めるように請う。

 

「お、おい……そんなとこ触るな……やめろ……」

 

するとみほはますます行動をエスカレートさせた。みほの手は蛇のように身体を縦横無尽に動き回る。

 

「ふふふ……アンチョビさんの肌、すべすべしてる。恥ずかしそうに震えながら怯えているアンチョビさんもとっても可愛いですよ。お腹も胸も腰もこんなに柔らかくて。ふふふ……私、汚れのない少女を汚していくのが大好きなんですよ。アンチョビさんは汚しがいがありそうです。甚振っているといい顔してくれますから。ふふふ。」

 

みほはそういうとアンチョビの身体に頬ずりをしてまた撫で回す。アンチョビはくすぐったくてたまらないようだ。身体をくねられせてなんとかみほの手から逃れようともがく。しかし、手足を縛られているのでそれも叶わない。アンチョビは目を瞑って震えながら屈辱に耐えた。やがて満足したのか、みほは梓を連れて執務室に戻っていった。その時、麻子ははっきりとその目で目撃した。みほはニヤリと何かまた悪事を企んでいるような悪い笑みを浮かべていた。

みほが退室すると部屋にはアンチョビと麻子だけが残された。麻子は今まで何も言わずに黙って一部始終を見ていた。アンチョビはみほの姿が消えてほっとしたのか一度ため息をつき、辺りを見回した。麻子の姿を遠くの壁沿いに認めると話しかけた。

 

「あ、麻子……いたのか……」

 

「うん。ずっといた。」

 

「そうか。全然気がつかなかったよ。」

 

「ずっと後ろで黙っていたからな。気がつかなくても無理もない。」

 

アンチョビはすっかり麻子のことを信頼していた。毎日アンチョビの世話をしているうちに麻子は信頼を勝ち取ったのだ。アンチョビの顔は穏やかだったがやがて心配そうな顔をして麻子に尋ねた。

 

「なあ、アンツィオはきっと大丈夫だよな……?」

 

「ああ、きっとな……」

 

麻子は、泣きそうなアンチョビを見てかわいそうに思って優しい嘘をついた。麻子が見る限り、今回の攻撃の犠牲者は数百人には上るだろう。その中には学校関係者も多いはずだ。大丈夫なわけがない。アンチョビも麻子の表情から察したのだろうか。2人とも深刻そうな顔で黙り込んでしまった。しばらく沈黙が続いた後、ごそごそという音が聞こえてきた。遠くで下を向いていた麻子が顔を上げるとアンチョビは服を直そうと身体をくねらせながらもがいている。その姿はあまりにも哀れだった。麻子はアンチョビが寝ているベッドのそばに立つとアンチョビに下着を着せて服もすべてきれいに元通りに戻してあげた。

 

「麻子。ありがとう。病気も治してくれて、優花里が姿を突然消した後は本当に良くしてくれてうれしいよ。」

 

麻子はアンチョビを直視できなかった。アンチョビを病気にさせたのはほかでもない麻子である。麻子が生物兵器の実験がしたいなどと言い出さなければこんな事態には陥ることはなかったのだ。

 

「麻子……?どうした……?」

 

アンチョビが心配そうにこちらを見ていた。

 

「いや、何でもない。そろそろ研究室に戻らないといけない。今日は疲れただろう。夜になったらこれでも飲んでゆっくり寝ろ。」

 

麻子はアンチョビに錠剤を差し出した。アンチョビは訝しげな顔をしてその錠剤を見る。

 

「その薬本当に大丈夫なのか?まさか、毒なんてことはないよな?」

 

アンチョビが警戒するのも無理はない。今までアンチョビは騙され続けてきたのだ。麻子は安心させるような口調で言った。

 

「ああ。アンチョビに毒なんて出すわけないだろう。睡眠薬だ。ほら、ここに書いてあるだろう。」

 

麻子は薬の取扱説明書をアンチョビに見せた。アンチョビはどうやら納得したようだ。すると今度は不思議そうな顔をして麻子に尋ねる。

 

「本当だ。でも、なんで麻子が睡眠薬なんて持っているんだ?」

 

アンチョビの疑問は当然である。いつも眠そうな麻子には睡眠薬など必要ないだろう。それなのに睡眠薬を持ち歩くというのは不可解だった。麻子はためらいながら答えた。

 

「戦争でもぬけの殻になった薬局に忍び込んで持ち出してきた。たいていの薬は私の研究室にそろっている。」

 

「盗んできたというわけか。」

 

「ああ。私は衛生管理も任されているからな。どうしても薬が必要だったんだ。わかってくれ。そろそろ研究室に戻らなくてはいけない。また、夕方から夜にかけてまたくるからな。」

 

「別に責めるつもりはないよ。ああ。待ってる。」

 

麻子はにっこり微笑むとアンチョビに掛け布団をかけてあげた。

 

「寒かったり暑かったりしないか?というか、もうベッドに寝かしておく必要もないな。普通に部屋で過ごせるように言っておくよ。」

 

「ああ。ありがとう。それじゃあまた夕方だな。」

 

「うん。それじゃあまた後で。悪いが、鍵かけさせてもらう。一応私が責任者だからなバレたら殺されるだけじゃ済まないかもしれない、」

 

「わかってるよ。気にしないでくれ。」

 

麻子はアンチョビの部屋に鍵をかけて研究室に戻った。麻子の研究室は通称冷泉研究室と呼ばれていた。冷泉研究室は最初、小さな部屋が与えられただけだったが、麻子が研究成果を出していくに従って規模が大きくなっていった。他の部屋を実験室や手術室として与えられるようになったのだ。そしてついにはワンフロアすべて麻子の研究施設となり今となってはこの拠点のほとんどが麻子の研究施設になっている。その中でも冷泉研究室は麻子が多くの時間を過ごす場所である。そのため自然にものが集まってくる。冷泉研究室には大量の本と論文、試験管やフラスコさらにはホルマリン漬けにされた人間の脳や胃、腸、肝臓、腎臓、心臓、肺など各種臓器と人骨の標本であふれていた。これは全て麻子が携わった人体実験や解剖の材料として犠牲になった収容所収容者たちのものだった。麻子は自分の椅子に深く腰掛けると一つため息をつく。麻子には常々考えていた極秘計画があった。麻子はみほの行動が行き過ぎた時にみほを牽制するための策をずっと考えていたのだ。

 

「西住さん。貴女はやりすぎだ。確かに貴女に私は忠誠を誓うと言った。だが、貴女の行為は看過できない。なんとかあの計画を実行に移さなくては……このままやりたい放題にさせてたまるものか……西住さんにも死の恐怖を味あわせてやる……」

 

麻子は席を立つとコレラ菌の入った試験管と、本棚からある論文を手にとり、心でつぶやく。

 

(コレラ菌のゲノムの中に他のウイルスのゲノムを人工的に取り込ませることができれば、毒性の強いコレラ菌が作れるはずだ。これで西住さんを脅せばこれ以上の暴走を牽制することができるかもしれない。最新のゲノム編集キットが必要だが研究してみる価値はあるかもしれない。)

 

「あとは予算と人員の問題か……人員についてはやっぱり一番信用できるのは沙織と五十鈴さんだな。沙織は研究はできないにしろ私の相談相手くらいにはなってくれるはずだし、五十鈴さんは恐らく文系だが、懇切丁寧に教えれば助手くらいにはなれるはずだ。よし、それで行こう。研究費については西住さんに頼むしかない。どう頼むかは……後で沙織たちに相談してみるか。でも、沙織たちは耐えられのか……?この悪魔の研究に……でも、これが沙織たちを西住さんの魔の手から守る最善の方法だ。とりあえず、沙織たちに会ってくるしかないな。」

 

麻子はそう呟くと白衣を着て研究室の外に出た。麻子はみほの執務室の前でノックをして扉の向こうに話しかける。

 

「ちょっと散歩してくる。」

 

「うん。わかった。気をつけてね。」

 

扉の向こう側からみほの明るい可愛らしい声が聞こえた。許可も降りたことなので大手を振って出かけた。しばらく歩いて戦車駐屯地に着いた。華は近くに咲いていた花で生け花を沙織は仮想彼氏との恋話を華に聞かせていた。一番最初に麻子の姿に気がついたのは沙織だった。

 

「あれ?麻子じゃん!って!白衣なんか着てどうしたの!」

 

沙織が驚愕の声をあげた。白衣姿を沙織たちに見せるのは初めてだった。

 

「麻子さん。とっても似合ってますよ。科学者みたいです。」

 

麻子は華にそう言われて嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになった。この白衣は多くの血を吸っているのだ。犠牲者に申し訳なく思ったのだろうか。麻子の目からじわじわと涙が溢れてきた。麻子は呻くように2人の名前を呼ぶ。

 

「沙織……五十鈴さん……」

 

麻子は溢れる涙を拭くことなく泣いているのを2人に悟られないようにそのまま俯いてしまった。沙織は俯く麻子を見た途端心配そうな顔をして麻子の顔を覗き込む。

 

「麻子……?大丈夫……?何があったの……?何かあるなら話してよ……」

 

「そうですよ。麻子さん。私たち友達じゃないですか。」

 

2人の言葉に意を決した麻子は沙織と華の目を真っ直ぐ見つめて言った。

 

「2人とも話があるんだ。ちょっと一緒に来てくれないか。」

 

「うん。わかった。」

 

「はい。わかりました。」

 

沙織と華は笑顔で答えた。麻子は心が痛かった。これから2人に悪魔の研究を手伝って欲しいと告げるのだ。どう切り出せばいいのかわからない。麻子はうつむき気味に歩きながらずっと考えていた。麻子は独り言のようにぼそりと呟く。

 

「私は罪を犯した……決して許されない罪を……」

 

「え?どういうこと?」

 

沙織たちは麻子の言葉に耳を疑った。

 

「一緒に来てくれればわかる……」

 

それだけ言うと麻子は何も話さなくなった。しばらく歩くと麻子と沙織たちは研究室の前に帰って来た。

 

「ここ?」

 

沙織が尋ねた。麻子は無言で首肯する。鍵を取り出し少し震えながら鍵穴に差し込む。

 

「中に入る前に言っておきたい。恐らくこの中は沙織たちにはショックが大きい。だからもし見たくないものがあったら目を瞑って退室してほしい。それじゃあ開けるぞ。覚悟を決めてくれ。」

 

麻子は辺りを見回して誰もいないことを確認すると音が響かないように静かに扉を開けた。その瞬間ホルマリンの独特な臭いが漂ってくる。麻子が電気をつけると目の前に臓器が入った大量の瓶が彼女たちの前に現れた。麻子はその時、後ろを振り向かなかった。沙織たちの表情を見たくなかったからだ。

 

「こ、これは……」

 

すると突然麻子は後ろから誰かに抱きしめられた。麻子はちらりと後ろを見ると沙織が麻子の背中に顔を埋めている。

 

「ま、麻子!これは何!?」

 

「臓器だ……人間の……」

 

「検体として提供されたものだよね?それがあってもおかしいけど……でもそうだよね?ねえ麻子!そうって言ってよ!」

 

沙織は麻子の身体を揺さぶりながら尋ねる。麻子は力なく首を横に振った。

 

「私が……殺した……生きたまま解剖した……この手で……ちょうど沙織と同い年の女の子の臓器だ……」

 

その言葉を聞いた途端、ばたりと何かが倒れる音がした。突然の物音に驚いて麻子が後ろを振り向くと沙織が倒れていた。しかし、麻子は冷静だった。こうなることは予測が付いていたのだろう。気が動転するわけでもなく研究室にあったベッドに沙織を寝かしつける。華は意外に肝が座っているようだ。おびただしい数の臓器の標本を見ても動じる気配はなかった。

 

「あの、冷泉さん。あそこの骨は……」

 

華は全身骨格の標本を見つめて麻子に尋ねた。

 

「あの骨か……あの骨もこの臓器の持ち主の骨だ。確か写真があったはず。」

 

麻子はそう言うと本棚の中にある、一つのファイルを取り出した。そこには[人体臨床実験ならびに生体解剖の被験者リスト]とあった。麻子はそのファイルをめくる。そして。あるページを開くと項垂れながら説明した。

 

「この子だ……綺麗な子だろ?私はこの子の命を奪ったんだ……私はこの子をただの番号とラベル付きの臓器だけにしてしまった……私は彼女に病気だからと嘘をついて麻酔をかけて生きたままメスを入れたんだ……臓器を摘出したんだ……」

 

そのページには収容前に撮られた沙織くらいの髪の長さの少女の写真と生体解剖直前に撮られたのであろうか丸刈りにされて虚ろな目で写る少女の写真が一枚ずつ用紙に貼られ、他の欄には血液型、身長体重の他、血圧などのデータが書かれていた。華はファイルを手に取ると写真に写る少女を撫でた。

 

「この子の骨ですか……どうしてこんなことに……」

 

麻子は華から目をそらしながら今まで麻子が行なっていた実験の内実を告白した。

 

「事の始まりは西住さんから化学兵器、毒ガスを作り、実験をするように言われたことからだ。私は最初、ルイサイトとマスタードガス、糜爛性の毒ガスを開発した。その時、私は嫌だった。こんなことやりたくもなかった。でも、1回目の実験が終わり、2回目サリンを作った時、私は変わってしまったんだ。実験が終わって効果が実証された時、喜びと快感を感じてしまった。そこからだ。私が壊れたのは。私は実験と解剖を繰り返した。なぜかって?興味があったからだ。人を解剖することに人体実験をすることに興味があったから。それだけだ。いろんなことをやったよ。血液を海水で代用できるのかとか、人は乾燥にどのくらい耐えられるのかみたいな無意味な単なる興味に基づく実験もしたし、さっき言ったみたいに化学兵器や生物兵器の効果を実証するための実験もした。これがすべての真相だ。」

 

華は目を剥き両手を口に当てて聞いていた。華は声を震わせながら麻子に尋ねる。

 

「麻子さん……何も……そんなことして何も思わなかったんですか……!心が痛まなかったんですか……!」

 

麻子は躊躇いながらも首肯した。

 

「最初の頃、西住さんに脅迫されて強制的に実験をやらされていた時はずいぶん苦悶したし心臓を握りつぶされるかのような感覚に陥った……でも、私は生き残るためにいつの間にか割り切ってしまっていたらしい……生き残るためなら誰かを殺しても仕方がないことだと……そしてついに私は何も感じなくなって……それどころか私は非道な実験を楽しむようになってしまった……五十鈴さん……信じてもらえないかもしれないが……私はもうこれ以上犠牲を出したくない……だから……やりたい放題の西住さんを止めたいんだ!」

 

「いったい、みほさんと麻子さんたちの間に何が……?」

 

「彼女は……西住さんは……悪魔だ……五十鈴さんもその片鱗を見ているはずだ。西住さんは市街地で人間狩りと称した大虐殺や市街戦で無差別攻撃を繰り返したんだ……罪のない者たちが大勢死んだ……」

 

麻子は苦しそうな表情をして華に訴える。華は口に手を当てて信じられないと言った表情をしていた。

 

「とても……信じられません……みほさんがそんなことするはず……」

 

華はそこまで言いかけると麻子が話に割り込み、ただならない形相でみほの悪事を訴える。

 

「嘘じゃない!全部本当のことなんだ!西住さんは人を痛めつけ、人が苦しみながら死に絶えるところを眺めるのが大好きなんだ!西住さんは愉悦しながら人を殺すんだ!西住さんにこれ以上やりたい放題に人の命を弄ばれるのはもう絶対にダメだ!そのためには計画中のある研究を完成させなければならない。西住さんを止めるためにはそれしかない!でもその研究は1人じゃ絶対にできない。頼む!協力してくれないか……?」

 

麻子は頭を床に擦り付けながら必死に懇願する。華は麻子の目を何かを確かめるようにじっと見つめながら聞いていた。

 

「その言葉、嘘はないですよね?」

 

華は凛として厳しくも優しい声で麻子に尋ねる。麻子は何も言わずに首肯した。

 

「わかりました。そういうことならお手伝いさせていただきます。」

 

麻子は感激のあまり華を思い切り抱きついた。

 

「ありがとう!ありがとう五十鈴さん!」

 

「それで、その研究とはどんな研究なんですか?」

 

麻子は答えに窮した。研究の詳しい内容を華に話すべきか話さないべきか迷っていた。麻子はしばらく黙り込む。華は不思議そうな顔をして麻子の顔を覗き込んでいる。麻子は少し考えていた。華を信頼していないわけではないが、セキュリティー上のことを考えたら首謀者以外は知らない方がいいだろう。研究内容は隠す他なかった。そう考えると選択肢は一つしかない。

 

「それは言えない。これは極秘だ。誰にも知られてはいけない。特に西住さんに知られたら大変なことになる。頼むから今は聞かないでくれないか?」

 

詳しい研究の内容など言えるわけがない。麻子が計画していることはコレラ菌など既に存在している菌に別のウイルスのゲノムつまりDNAを合成することにより新たな脅威となりうる強い毒性を持つ新型の細菌を作り出すことだった。特に空気感染をするウイルスと合成させて空気感染能力を獲得できれば御の字である。コレラ菌は本来経口感染なので吐き出されてしまえばおしまいだが空気感染能力を獲得すればその場でばら撒くだけでみほに感染させることも可能である。麻子はこの研究で毒性の強い空気感染するコレラ菌を開発し、細菌をばら撒いて感染させるとみほを脅して傍若無人な行動を牽制しようと企んでいた。そのためには人体実験をして細菌の毒性を確かめなければならない。つまり、少数は犠牲になることが前提なのだ。結局のところ、これ以上の犠牲を出したくないとしつつも最低限の犠牲はやむを得ないという功利主義的理論を麻子は頭の中で展開していたのだ。しかし、華にそれが通用するとは思えなかった。だからなんとしても秘密を守りきらなくてはいけないのだ。麻子は心の中で華が納得してくれるように願った。

 

「わかりました。話せるようになるまでは聞きません。」

 

華は納得してくれた。麻子はホッとして「ありがとう。」と言うと沙織が寝かされているベッドに目を落とす。

 

「沙織には悪いことをしてしまった。あんなものを見てしまったんだ……きっとその光景は焼き付いて脳から消えることはないだろう……親友なのに……結果として苦しませてしまった……」

 

華は麻子の肩に優しく手を置くと微笑みながら優しい声で励ます。

 

「大丈夫です。きっと沙織さんもわかってくれます。」

 

「そうだといいが……沙織には私の相談相手になって欲しいんだ。雑談でもなんでもいい。とにかくそばにいて欲しいんだ。もう、ひとりぼっちは嫌なんだ……」

 

麻子は珍しく感情をあらわにした。麻子の目には涙がいっぱい溜まっている。華は麻子の背中をさする。

 

「今まで辛かったんですね……友達なのに気がついてあげられなくて……本当にごめんなさい……」

 

華もまた、自分のことのように泣いていた。そのあと、2人は抱き合いながらわんわんと泣きあった。すると、その声で起きてしまったのだろうか。沙織が目をこすりながら麻子と華に尋ねる。

 

「あれ……?私、どうしてたんだっけ?」

 

沙織の呑気な声に麻子は大慌てでベッドに駆け寄ると思い切り抱きしめた。

 

「沙織!沙織!よかった……目が覚めてくれて本当に良かった……」

 

沙織は状況を理解していないらしい、というよりはあまりのショックで記憶が抜け落ちてしまっているのかもしれない。

 

「麻子?どうしたの……?」

 

沙織は惚けたような顔をしていた。麻子は沙織に起きたこと、そして自分が犯した罪とみほが犯した罪、それを止めるための研究について全て告白した。

 

「そんな……嘘でしょ?嘘よね?冗談よね?嘘って言ってよ麻子……!」

 

沙織は麻子の身体を揺さぶりながら泣きそうな顔をしている。そうなるのも無理はない。自分の友達がマッドサイエンティストと大虐殺を起こした殺人鬼だなんて信じたくもない。

 

「ごめん……沙織……嘘じゃないんだ……でも、私はもうこんなことしたくない。そのためには沙織の協力が不可欠なんだ!信じられないかもしれない。でも、私は沙織を守りたい。沙織を守るためにも私のそばにいてくれないか?」

 

沙織は躊躇うことなく二つ返事で快諾した。

 

「そんなの当たり前じゃん!麻子は私の大切な友達!ずっとずっと一緒にいたじゃん!今更迷うことなんて何にもない。私はずっと麻子のそばにいるよ!」

 

麻子はまた涙が溢れてきそうになったが沙織の前ではなんだか泣きたくなかった。沙織にはいつもの自分でいたかったのだ。麻子は唇を噛んで涙をこらえる。そしていつものようにぶっきらぼうな口調で言った。

 

「ありがとう。沙織、五十鈴さん。これからもよろしく頼む。」

 

「うん!よろしく!」

 

「はい。よろしくお願いします。」

 

その日の夕方、アンチョビのところを訪ねた帰りに麻子はみほの執務室に行き、みほに華と沙織を研究室の助手として迎え入れる旨を伝えた。するとみほはそれで研究がやりやすくなるなら大歓迎であると快諾してくれた。さらにみほは3人で取り組むなら設備がもっといるだろうと研究費として1億円をその場で提供してくれるという嬉しい誤算もあった。1日で下準備が整ってしまった。機材は学園艦の外に出て買いに行かなくてはいけないが今のところまさに順風満帆である。麻子は長い廊下を早歩きしながら手に持っていた白衣を勢いよく羽織った。麻子の髪と白衣の裾がふわりと舞い上がる。麻子は暗い廊下を真っ直ぐ見つめて呟いた。

 

「準備は整った。はじめよう。」

 

つづく




一部変更しました
中央広場→階段前広場の屋台群


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第93話 手紙

今回は30年後の話です。
今日、ガルパン最終章見てきました!とっても良かったです!
この作品にもいつかガルパン最終章出ててきたキャラを出してあげたいなって思います。


その日、私は名古屋駅に向かっていた。ある手紙をくれた相手に会うためだ。その手紙が届いたのは2回目の取材が終わった翌日のことだった。その手紙には、[角谷杏と冷泉麻子から例の事件について取材していることを聞いた。私が話せることがあればすべて話して協力したい。だから一度会わないか。]とあり、さらに翌日の朝6:00に東京を出発するのぞみ1号の切符が入っていた。差出人は一体誰だろうと思い封筒の裏を見たが差出人の名前も住所も書かれていない。私は謎の手紙に少し恐怖を感じたが、話したいことがあると言ってわざわざ新幹線の切符まで添付して送ってくれたのに行かないわけにはいかない。私は急いで旅の支度をした。そういえば今回の取材の別れ際に角谷杏からもしかして翌日に手紙が届くかもしれないと言われていたことを思い出した。角谷杏が言っていた手紙とはこのことだったのだ。私はなんとも協力的な取材対象者に感謝の念を込めて小さく手を合わせた。

翌朝、私はタクシーで東京駅まで向かい、のぞみ1号へ乗り込んで名古屋駅へと向かった。名古屋まで2時間半、新幹線での旅である。新幹線に乗るのは久しぶりなので少しわくわくしていた。やはり旅というものはいい。窓側の席だったので私はずっと窓の外を眺めていた。ものすごいスピードで外の景色が流れていく。しばらく外の景色を楽しんでいたが新横浜駅を過ぎた頃だろうか。前日に遅くまで起きていたせいか眠くなりいつの間にか意識を失っていた。目が覚めた頃にはすでに豊橋駅を通過してまもなく三河安城駅を通過するところだった。せっかく富士山の風景を楽しもうと思っていたがお預けになってしまった。私は自分の夜更かし癖を恨む。しかし、すぎたことは仕方がない。どうせ帰る時にも富士山は見える。富士山は帰りの楽しみにしておこう。そう考えているともうすぐ名古屋に着くというアナウンスが入った。私は降車の準備をして出口に向かう。名古屋に着くとホームに1人の女性が私の名前を書いたプラカードを持って立っていた。私はその女性に声をかける。

 

「あの……すみません。はじめまして。山田舞と申します。失礼ですが私にお手紙をくださったのはあなたですか?」

 

「ああ!貴女が山田さんか。角谷と麻子から話は聞いている。そうだ。私だ。私の名前はアンチョビ……いや、失礼安斎千代美だ。よろしく。アンチョビと気軽に呼んでくれ。」

 

「よろしくお願いします。」

 

安斎千代美と名乗った、髪を一つにまとめて清潔感溢れる白いシャツに可愛らしい十字型のネックレス、そして黒いスカートを身につけた優しげでありどこか頼もしさを醸し出す女性は握手とハグを求めてきた。私が応じると彼女は嬉しそうに笑った。

 

「ところで朝ごはんは食べたか?こんなところで立ち話もなんだし、もしまだならきしめんでも食べないか?名古屋駅に来たらきしめんを食べないと損だぞ。」

 

私はあの安斎千代美からきしめんなどという言葉が出たことに意外に思った。あの安斎千代美なら朝からイタリアンを勧めて来そうな気もする。何はともあれ朝食がまだだった私はお言葉に甘えることにした。

 

「実は今日寝坊してしまって朝食を食べる時間がなかったのでまだなんです。お言葉に甘えてもよろしいですか?」

 

「ああ、もちろんだ。それじゃあ、確かホームの4号車のところにあるきしめん屋が美味かったはず。えっと4号車だから、あっ!こっちだ!」

 

安斎千代美は子どものように目を輝かせて私の腕を引っ張る。

 

「ちょ……ちょっと安斎さん……歩くスピードが……」

 

私は安斎千代美に引きずられるような形になった。それでも安斎千代美は構わずどんどんスピードをあげて店に向かった。私は必死にスピードを合わせようとするが今日に限ってハイヒールを履いているのでなかなか早く歩けない。足を縺れさせながら私は安斎千代美の歩調に必死についていった。しばらく歩いてようやく安斎千代美は止まってくれた。私が息を切らしていると安斎千代美は頭を掻きながら苦笑いをつくる。

 

「すまない。いつもの癖でな……あと、私はアンチョビだ。アンチョビって呼んでくれ。さあ着いたぞ。ここだ。」

 

そう言うと安斎千代美は扉を開けて店内に入った。私もそれに倣う。安斎千代美は食券の券売機を指差しながらほくほく顔で言った。

 

「私のおすすめはかき揚げきしめんだ。ここのかき揚げはいつも揚げたてで美味しいぞ!」

 

「それじゃあそのおすすめをいただきます。」

 

私が券売機にお金を入れようと財布を取り出すと安斎千代美は笑いながら首を振る。

 

「ダメだダメだ。お客さんは座っていてくれ。ここは私が払うから。」

 

「そんな……悪いですよ……」

 

「遠慮するな!わざわざ遠くの東京から名古屋にまで出てきてくれたんだから是非、奢らせてくれ。」

 

私は恐縮しながらもせっかくの好意を固辞するのも失礼になると考えお言葉に甘えることにした。安斎千代美は満足そうに笑いながら頷く。安斎千代美は食券を購入して、従業員の女性に手渡すと30秒もしないうちにきしめんが出てきた。私はあまりのスピードに驚嘆の声をあげる。

 

「早いですね!もう完成ですか!」

 

「駅だからね。客の顔を見た瞬間に茹で始めているんだよ。乗り換え待ちに食べる人たちもいるからこのくらいのスピードじゃないと。ちなみに名古屋駅のきしめんは途中下車してでも食べたいって言われているくらい美味いぞ。さあ、伸びる前に食べてくれ。」

 

「はい。いただきます。」

 

きしめんつゆの香りと、香ばしく揚がったかき揚げの香りが食欲をそそる。揚げたてのかき揚げは、エビがゴロゴロ入っていてサクサクの食感がたまらない。カツオだしの、名古屋独特の濃いめのつゆと一緒に食べても絶品のおいしさだ。きしめんの麺は平たく、始めた食べた私はなかなか掴めなくて戸惑ったが、もちもちで食べごたえがあり、つゆとの相性がぴったりの麺だった。私はあまりの美味しさに舌鼓を打った。安斎千代美は私の幸せそうな顔を見ると嬉しそうに笑った。

 

「そうだ。これが料理の力だ。料理は人を幸せにするものなんだ。」

 

安斎千代美は何かを確認するようにそう言った。

「あ〜美味しかったです!ごちそうさまでした!」

 

「だろう?食べてよかっただろ?」

 

安斎千代美は自分が作ったかのような得意顔をしている。私はなぜだか安斎千代美の得意顔がおもしろくなってクスリと笑った。

 

「はい。天ぷらはサクサクですし、麺はモチモチしていてとても美味しかったです。初対面の私に奢っていただきありがとうございました。それで、早速取材をしたいのですがまさかここでするわけにもいかないですし、どうしましょう。」

 

すると安斎千代美は胸を張り、私に任せろとでも言わんばかりの表情をしながら肩を組む。

 

「大丈夫だ。車を待たせているから着いてきてくれ。」

 

安斎千代美は席を立ち店の従業員に向かってごちそうさまと言うと再び私の腕を引いて歩き始めた。

 

「あの、安斎さん。早く歩かないでくださいね。私、今日ハイヒールなんです。ダッシュできませんから。」

 

「アンチョビ!何度もアンチョビだって言ってるだろう。」

 

「ごめんなさい。わざとじゃないんです。私も癖で……」

 

「私も偉そうなことを言える立場じゃないがお互い気をつけよう。」

 

私たちはなんだかおもしろくなって互いに笑いあった。なんだか安斎千代美……いや、アンチョビとの仲がぐっと近づいたような気がした。 私たちは改札から出て名古屋駅の待ち合わせ場所として金時計の次に有名な銀時計を横目にその側の出口から外に出た。すると一台の高級外車が止まっていて側に男性が立っていた。こちらに気がつくと男性はこうべを垂れる。

 

「社長。お疲れ様です。お待ちしておりました。」

 

「ああ。お疲れ様。会社まで頼むよ。」

 

「はい。わかりました。」

 

男性はそう言うと私の方をむきなおり、私に優しげな微笑みを浮かべながら頭を下げる。

 

「山田様ですね。社長から伺っております。さあ車にお乗りください。」

 

私はおどおどしながら頭を下げると戸惑いながら車に乗り込む。

 

「し、失礼します。」

 

緊張している私を見てアンチョビは面白そうに笑う。

 

「あははは。驚かせてしまったようだな。山田さんはイタリアンレストランアンカルって知ってるか?」

 

「はい。あの全国チェーンの、もちろん知ってますよ。安くて美味しくてさらに食材も安心安全でピザとパスタは食べ放題、いいですよね。それがどうしましたか?」

 

イタリアレストランアンカルはすごく安い割には使っている食材にはこだわっているという店だ。私のお気に入りの店だった。アンチョビは少し照れながら言った。

 

「実は、そこの創業者兼社長、私なんだよね。」

 

「え!?」

 

私は思わぬ告白に驚きの声をあげた。

 

「安くて美味しくて安心安全って言ってくれて嬉しいよ。私が目指していたことだからな。実は、大学を卒業したあと、普通に就職したんだけどなんだか物足りなくてな。結局2年程度でやめてしまったんだ。それで新しい夢を見つけてな、調理師の専門学校を通って、卒業後にイタリアに修行したり多くのホテルで修行して10年前に故郷の愛知県豊田市に第1号店をオープンしたんだ。そしたら意外と盛況で2年後には第2号店を名古屋市にオープン、そのあとはとんとん拍子でな。気がついたら全国展開ってオチだ。だが、この成功は私の功績ではない。むしろ私は大したことはやっていないんだ。お客様と従業員のみんなそして私に色々アドバイスをくれた麻子と角谷のおかげだ。お客様のお褒めの言葉で私たちのモチベーションは上がるしお叱りの言葉で至らない点に気がつくことができる。角谷は私に経営のノウハウを教えてくれたし、麻子は大学に店を出すといいってアドバイスをくれた。そして何より従業員のみんなだ。本当によく働いてくれてる。この成功はみんなのおかげなんだよ。みんなの手柄なんだ。」

 

アンチョビは今まで仲間たちと歩んだ会社の歴史を楽しそうに語った。アンチョビの顔は輝いている。しかし、アンチョビは決して驕らない。むしろ、自分より従業員のおかげだという。私はアンチョビに尊敬の念を抱いた。なんて爽やかで謙虚な人であろうか。こういう人だから成功するのだと確信した。

 

「アンチョビさん。本当に謙虚な方ですね。アンチョビさんみたいな方だから成功できるんだと思います。」

 

「あははは。ありがとう。でも、私には致命的なことが一つあるんだ。」

 

「致命的なこと?」

 

今まで話を聞いている限りでは致命的なところなど見当たらない。むしろ素晴らしいところばかりだ。何が致命的というのだろうか。私が不思議そうな顔をしているとアンチョビは苦笑いしながら少し間をおいて口を開いた。

 

「金が嫌いなんだ。」

 

「え!?」

 

おおよそ社長の口から出る言葉とは思えないものだった。社長というものは金に貪欲でなければならない。一体どういう理屈なのだろうますます困惑した顔をしているとアンチョビはその真相を話し始めた。

 

「30年前の出来事がトラウマになったな。私は30年前、人身売買の光景を無理矢理見させられた。その人身売買で……売られたのは……アンツィオの生徒だったんだ……私の大切な仲間たちが次々と売られて金が積み上げられていく。売られて連れて行かれるときに見た、あの子たちのあの怯えた顔は瞼に焼き付いてもう一生忘れることはない。」

 

30年前の戦争はアンチョビの心にも深い傷をつくった。この戦争はアンチョビの人生の暗い影を落としたのだろう。

 

「そんなことが……」

 

私はそれだけしか言えずに呻いた。アンチョビは遠い空を見つめて何かを祈っている。あの30年前に想いを馳せているのだろうか。私はその様子を静かな気持ちで見守った。

アンチョビは祈りを終えると私の瞳をじっと見つめて私の手を握って真剣な眼差しで言った。

 

「会って欲しい人物がいるんだ。30年前、アンツィオ高校で何が起きていたのか知って欲しい。アンツィオ高校の惨劇を知らせて欲しい。」

 

私が黙って頷くと車は止まった。アンチョビは私を見ると安心したように笑った。

 

「ありがとう。さあ着いたぞ。私の会社だ。会って欲しい人はここにいる。行こう。」

 

「はい。」

 

私はアンチョビにエスコートされて車から降りると私の目の前には立派なビルが建っていた。このビル全てがアンチョビの会社だそうだ。私は今日何度目かもわからない驚きの声をあげた。アンチョビはそのまま私をエスコートして建物の中を案内してくれた。一通り案内が終わるとアンチョビは最後に私を会議室の前に連れてきた。アンチョビが扉を開けると扉の向こうには4人の女性が座っておしゃべりをしていた。4人は私たちの存在に気がつかない。

 

「ただいま。みんな。」

 

「あ、ドゥーチェ!おかえりなさい!」

 

皆口々にそう言うとアンチョビの周りに集まって来た。アンチョビは楽しそうに笑うと一つ咳払いをしてアンチョビの後ろに立っていた私を皆に紹介した。

 

「みんな!この間話した山田さんがみんなのために来てくれた。失礼がないようにしてくれ。」

 

「「はい!」」

 

アンチョビは4人の元気のいい返事に満足そうに頷くとにっこり笑う。

 

「それじゃあ、みんなそれぞれ自己紹介してくれ。」

 

「初めまして。カルパッチョと申します。今日はわざわざ名古屋までありがとうございます。」

 

「山田舞です。初めまして。本日は取材を受けていただきありがとうございます。」

 

アンチョビは私にカルパッチョについて紹介してくれた。

 

「カルパッチョは昔からの戦車道の仲間でもあり後輩でもありこの会社の副社長だ。とても信頼している。」

 

カルパッチョは優しく笑うと恥ずかしそうに会釈した。私は他の3人とも握手を交わしながら挨拶をする。彼女たちはそれぞれアマレット、ジェラート、パネトーネと名乗った。アンチョビは私たちが挨拶を終えたことを確認すると改めて私に彼女たちの正体を紹介した。

 

「カルパッチョたちは、30年前のあの日、爆撃の下にいた。彼女たちの叫びを聞いてあげてくれ。」

 

私は早速ボイスレコーダーと取材ノートを手にした。カルパッチョは紙に数字の羅列を書いて私に手渡した。紙には2585と書かれていた。

 

「2585、何の数字だかわかりますか?」

 

私は無言で首を横に振る。しばらくの沈黙の後、カルパッチョは地を這うような低い怒気を孕んだ声で私に告げた。

 

「アンツィオ高校の学園艦に当時在住していた生徒、教員、市民の中で戦争で亡くなられた方の中で犠牲者名簿に載せられている方、全員の数です。これでもお名前が判明している方だけなので実際はもっと多いはずですが、空襲で艦橋がやられたので生徒会室も全て焼けてしまって住民票の記録がなくなり、調査をしたくてもできなくなってしまったんです。ですから、今でも証言や遺品などでお名前が判明し次第載せています。死因もまちまちです。爆弾でやられた人、生きたまま解剖された人、人体実験のモルモットにされた人、大量虐殺でガス室で殺された人、銃殺された人沢山います。あの戦争は悲惨でした。初めから悲惨でした。突然なんの前触れもなく空襲され、その後の学園艦は目も当てられない有様でした。多くの生徒が避難する間も無く空襲に巻き込まれ亡くなったんです。遺体安置所になった高校の体育館には次々とご遺体が運ばれてきましたがそれは悲惨な光景でした。綺麗なご遺体もありましたがその方は不謹慎ですがまだ運が良かったかもしれません。ご遺体の中には顔が潰れてしまった人、さらに悲惨なのは部分遺体しかなかった方々で腕だけの人、脚だけの人、そしてそれさえもなくて骨や歯だけになってしまった人も大勢いました。ペパロニも……顎の骨しか……」

 

カルパッチョは小さな写真たてを鞄の中から取り出すとそれを抱きしめて泣きさけんだ。アンチョビはカルパッチョを落ち着かせようと背中をさするが、当のアンチョビも同じく涙を流している。他の元生徒たちも同調して結局アンツィオ高校の元生徒5名全員が泣いた。彼女たちの頭にはあの時の辛い記憶と悲劇が起こる前の楽しかった日々の思い出が一気に蘇り走馬灯のように頭を駆け巡っているのだろう。今は5人だけにしてあげたほうが良さそうだ。私はアンチョビに廊下に出ているので落ち着いたら再び呼んでほしいという旨を伝えた。アンチョビは頷く。私が廊下に出た途端扉の向こう側からさらに大きな声で泣き叫ぶ声が聞こえてきた。私は廊下にあった椅子に俯きながら腰掛ける。本当にこの取材を続けていいのだろうか。取材対象者に辛い記憶を蘇らせ、このような状態にさせてまで行うべき取材なのだろうか。私は自問自答を繰り返していた。そんなことをしていると1時間が経った。扉が開き目を泣き腫らし、しゃくりあげながらアンチョビが出て来た。

 

「すまなかった……もう気が済んだ……入ってくれ……」

 

中に入ると皆しゃくりあげながら泣いていた。

 

「すみません……どうしても我慢できなくて……涙が止まらなくなって……ペパロニは戦車道の仲間で私の高校時代の親友でもありましたから……ペパロニは、私が殺してしまったようなものなんです……私があんなことを言わなければペパロニは校舎に戻ることもなかった……私のせいなんです……」

 

カルパッチョはそういうと拳を握りしめて自分の太腿に何度も叩きつけた。

 

「カルパッチョ、あれはおまえのせいじゃない。おまえは悪くない。おまえが罪を感じる必要はないよ。それよりも、おまえはペパロニのことを伝えていくことが一番大事なことなんだと思うよ。」

 

カルパッチョは下を向きながら何度も頷く。そして、私の目をまっすぐ見つめて自身が体験したあの悲劇を話し始めた。

 

「あの日のこと、全てお話しします。どうかペパロニのこと、犠牲になったアンツィオ高校の生徒たちのこと伝えてください。お願いします。私はこれくらいのことしかできませんが、記者である貴女ならたくさんの人にこの悲劇を伝えることができるはずですから……ドゥーチェと秋山さんたちが忽然と姿を消してしまってからしばらく経ったあの日。あの日は空が真っ青で雲ひとつないとても綺麗な日でした……」

 

つづく



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第94話 アンツィオ編 悲劇のはじまり

今回のお話はアンツィオのお話です。
みほが命令した空襲の下で何が起きていたのか……
*投稿予約の設定をミスして今日になってしまいました。
活動報告では明日の予定でしたが1日早まります。
混乱させてしまい申し訳ありませんでした。



アンツィオ高校で悲劇が起きたあの日。あの日もいつも通り普通の日だった。ただ、真っ青に晴れて雲ひとつない空が印象的だった。カルパッチョはいつものように身支度を整え自分の寮を出るとアンチョビの部屋を覗いてから学校へ行く。それがカルパッチョが学校に行く前の日課になっている。

 

「ドゥーチェ?居ますか?」

 

カルパッチョはアンチョビの寮の扉を叩くが反応は無い。それどころか人が居る気配が一切感じられない。やはりアンチョビは今日もまだ帰ってきていないようだ。

 

「ドゥーチェ……一体どこに行ってしまったのですか……?優花里さん……貴女は一体何者なの……?ドゥーチェをどこに連れ去ってしまったの……?ドゥーチェを……ドゥーチェを返して!」

 

カルパッチョは、泣きそうな表情で声を震わせながら叫んだ。カルパッチョの声が寮のコンクリートに反響して吸い込まれる。カルパッチョはしばらくそこに立ち尽くし、涙が引っ込むのを待った。しばらくして涙が引っ込んだことを確認してからカルパッチョは学校に登校する。カルパッチョは深く重いため息をついた。カルパッチョの顔色は血色が悪い。ある事実を知ってから眠れないのだ。

話は少し前に遡る。優花里たちの歓迎会を開催したあの日、カルパッチョたちは優花里が残した置き手紙を読んで、アンチョビたちは用事が済んだらすぐに帰って来るものだと思っていた。だから、その日カルパッチョは皆に各々寮に戻って学校へ行く準備をするように伝えた。カルパッチョはアンチョビたちが帰って来るのを待っていたがアンチョビたちは学校に行く時間になっても帰ってこない。仕方がないので、カルパッチョも自分の寮に戻って学校へ向かった。結局その日、アンチョビと優花里たちは帰ってくることはなかった。次の日もその次の日も、待てど暮らせど優花里たちもアンチョビも帰ってくる気配がない。カルパッチョは最初、アンチョビが自分たちで何かできるように訓練をするためにあえて帰ってこないのではないかと考えた。しかし、2週間経ってもアンチョビは帰ってこない。これはおかしい。あまりにも長すぎる。カルパッチョは自分のクラスの担任教師にアンチョビと転校生の優花里たちが突如として行方不明になった旨を伝えどうするべきか相談した。するとその時、担任はカルパッチョの思いもよらぬことを言い放ったのだ。それは秋山優花里の名前を出した途端だった。教員はそんな生徒はこの学校にはいないと言った。そんなはずはない。しっかり調べて欲しいと言ったが今も昔もそんな名前の生徒は在籍していないし、今年度転校生が来ると言う予定も実際に来たという事実もないと言われた。カルパッチョはこの時、優花里たちは戦車道の試合のために偵察に来たスパイだったのだろうと思った。しかし、スパイだと考えるには不自然な点が多すぎであった。もしも優花里たちがスパイであるなら送り込む人物は優花里だけもしくは他の生徒一人でいいはずである。それにも関わらず優花里たちは複数人で現れた。それに、あの宴会で優花里たちは一切戦車道のことを口にしなかった。情報を聞き出したいのなら話題にくらいあげるだろう。つまりスパイではない可能性が高いということだ。スパイではないのに、優花里たちは自分の身分を偽ってアンチョビたちに近づいた。優花里たちの正体と目的は何であろうか。カルパッチョは秋山優花里という正体も目的も不明で不気味な存在に、背中を鋭い刃物で撫でられるような戦慄に襲われた。ダラダラと嫌な汗が身体中を伝い、カチカチと歯を鳴らした。カルパッチョは歓迎会の日に起きたできごとを思い返しながら懸命に頭を働かせた。するとカルパッチョの頭にある可能性が浮かんできた。それは、優花里が誘拐したのではないかという可能性である。カルパッチョはすぐに頭の中でその可能性を愚かな考えだとして否定しようとした。しかし、否定しようとすればするほど優花里が誘拐したという可能性が確かなものになっていった。実は宴会をしていた時、誰も見ていない空白の時間があったのだ。それは、寝ている時である。しかも今回はなぜかいつの間にか寝ていた。みんな揃って一斉になるというより宴会の途中で眠ってしまったのだ。さながら酔っ払いが酒を飲んでいる最中に意識を失う。そんな感覚だった。例えば気を失ったのを23時としても朝まで約8時間の空白時間がある。その隙にどさくさに紛れて優花里たちがアンチョビを連れ去ることは十分可能だ。また、優花里たちが転校生だと偽ってアンチョビに近づいただけでなく優花里が残したアンチョビと一緒にいることをほのめかすような置き手紙がなおのこと優花里がアンチョビを誘拐したのではないかという疑いに拍車をかけた。状況証拠とはいえもはや疑いの余地はない。認めたくはないが認めるしかない。ほぼ間違いなくアンチョビは優花里たちに連れ去られたのだ。しかし、カルパッチョには優花里たちがアンチョビを連れ去った理由がわからなかった。一体何が目的というのだろう。身代金目的ではないのは確かである。もし、身代金目的ならば金銭の要求までにこんなに時間をあけるとは考えられない。だとしたら、恐らく誘拐すること自体が目的であろう。犯行の動機は別にあるはずだ。優花里はアンチョビを誘拐した後どうするつもりなのだろうか。まさか、甚振るつもりではないだろうか。心配で仕方がない。そんなことを考えているとあっという間に時間が経った。最近は、アンチョビがどうしているのかなど色々考え込んでしまって眠れない日も多いのである。

さて、この日もカルパッチョはほとんど眠れていない状態でアンチョビの寮を訪ねていたのだった。カルパッチョはアンチョビのことを考えながらぼんやりとして歩いていた。

 

「カルパッチョ!」

 

不意に後ろから自分を呼ぶ声がした。カルパッチョは疲労で血色の悪い顔で後ろを振り向く。

 

「ペパロニ……おはよう……」

 

「カルパッチョ!どうしたんすか?元気ないっすね?」

 

「ううん……何でもないよ……」

 

「そうっすか。ならいいっすけど。」

 

ペパロニは豪快に笑った。別にペパロニは呑気なわけでもなければアンチョビのことなどどうでもいいというわけでもない。実は、カルパッチョは戦車隊の他のメンバーにはアンチョビが優花里に誘拐された可能性があるという事実を伝えなかった。徒らに不安や優花里たちに対する怒りを煽るのは得策ではないと思ったからである。ペパロニたちにはアンチョビは自分たちを試すためにどこかにいると伝えていた。だから自ずとカルパッチョはアンチョビ行方不明事件を一人で抱え込むことになった。カルパッチョは下を向いて歩く。ペパロニは心配そうな顔をしてカルパッチョを見つめていた。

 

「カルパッチョ、本当に大丈夫っすか?何かあったら言うっすよ。」

 

「うん。ありがとう。」

 

そんなことを話していると学校に着いた。ペパロニとはクラスが違うのでカルパッチョとペパロニはまたお昼に会うことを約束して各々クラスに向かった。いつも通りの日常が始まろうとしていた。しかし、運命の時は刻一刻と迫っている。カルパッチョはそんなこと知る由もなかった。

お昼になった。カルパッチョはペパロニが主として経営している戦車道チームの出店に向かった。アンツィオには資金がないため、お昼は各クラブが資金を少しでも稼ごうと出店を出している。戦車道も例外ではない。砲弾を買うための資金にも事欠く始末だ。学校から支給される予算は限られているので全て自分たちで稼がなくてはいけない。戦車道の隊員たちは懸命に働いた。

 

「おーい!カルパッチョ!」

 

ペパロニはカルパッチョの姿を認めると手を振った。

 

「あ、ペパロニ…」

 

カルパッチョも微かに笑って力なく手を振り返した。

 

「カルパッチョ。昼、食ったっすか?」

 

「ううん。まだ。でも、今日はやめておこうかな。ちょっと食欲ないの。」

 

「昼飯食わないと元気でないっすよ!わかったっす!リゾットなら食べれるっすか?」

 

「うん。リゾットくらいなら食べれるかもしれない。」

 

「ならちょっと待ってるっす!ちょっくら家庭科室で作ってくるから。」

 

「わざわざありがとう。」

 

ペパロニは駆け出していった。それがカルパッチョが見るペパロニの最後の姿だった。

カルパッチョは他の戦車道の隊員たちに体調が悪いからと断ってベンチに座っていた。また頭に色々なことが浮かんでくる。だが、今日はいつもと違った。何故だかわからないが妙な胸騒ぎがしていた。何故か今日に限って何か悪いことが起きるような気がした。その予感は的中した。不意に爆音が聞こえてきた。何事かと辺りを見渡すとカルパッチョの頭上を超低空で飛行機が飛び去っていった。

 

「飛行機があんなに低く飛ぶなんて……珍しいな。」

 

カルパッチョはそう呟き再び色々と思考し始めた。すると突然、東西南北あちこちから爆発音とお腹に響く地響きを感じた。カルパッチョは勢いよく立ち上がると辺りを見回す。

 

「え?なに?何が起きたの?」

 

「こ、校舎が爆発したぞ!」

 

誰かが声を震わせながら叫んだ。その後もしばらく謎の爆発音が続いた。その度に悲鳴や叫び声が聞こえて来る。

 

「校舎……?校舎で何が……行かなきゃ……ペパロニが……」

 

カルパッチョはそう言うと脇目も振らずに駆け出した。先ほど、ペパロニはカルパッチョにリゾットを作るために校舎に向かった。ペパロニの身が心配だった。ペパロニの姿が早く見たかった。きっと大丈夫。カルパッチョは自分にそう言い聞かせた。空からは何処かから飛んできた石や焦げたり、ちぎれたりした書類が降ってきている。やがて、カルパッチョは校舎があったはずの場所に着いた。人がたくさん集まっているが校舎の姿が見えない。校舎はこんなに低かっただろうか。そう思いながらカルパッチョは人垣をかき分けて集団の先頭に出る。カルパッチョの目の前には土煙のようなもので煙っていてよく見えないがうっすらと無残な校舎の残骸と瓦礫の山が広がっていた。直感的に何か大変なことが起きたのだということはわかった。

 

「何……これ……一体何が起こったの……?」

 

カルパッチョは隣で呆然と立っていた生徒に声を震わせながら尋ねる。その生徒は力なく首を横に振りながら微かの声で呟いた。

 

「わからない……ただ……」

 

隣にいた生徒がそう言いかけた時だった。その声をかき消すような爆音が後方から聞こえてきた。カルパッチョが何事かと振り向くと後方から飛行機が超低空でこちらに向かって飛んで来ている。カルパッチョは目を見張った。爆音はその飛行機のエンジン音だった。その飛行機は旧日本軍の零戦のような飛行機だった。飛行機の鼻の部分のプロペラ越しに人影が見えた。飛行帽を被ったパイロットの顔がわかるくらいの超低空で飛ぶ飛行機というのは圧巻だった。その飛行機のパイロットはカルパッチョと同い年くらいの少女である。少女は精悍な顔つきで辺りを見回しニヤリと怪しげな笑みを浮かべた。その時だった。飛行機の両翼から何かが連続して飛び出した。カルパッチョは戦車道の経験からそれが何であるか瞬時に理解した。あれは間違いなく機銃弾だ。あの弾丸はこちらを狙っている。カルパッチョは周りの人間に咄嗟に叫ぶ。

 

「みんな!逃げて!」

 

その声が皆に聞こえていたかはわからない。カルパッチョは弾が当たらないように神かそれに近い何かしらの概念に祈りながら無我夢中で建物の陰に滑り込む。

 

(お願い!助けて!まだ死にたくない!お願い!)

 

カルパッチョは心の中で祈り続ける。飛行機から発射された機銃弾は情け容赦なく、まるで大雨のように降り注ぎ、地面を抉る。カルパッチョの三十センチほど先にも突き刺さる。ほんの少しの差が生死を分けた。飛行機は何度も機銃掃射を繰り返したが不思議なことにカルパッチョには一発も当たることなく難を逃れることができた。機影がカルパッチョの横を通る。カルパッチョは顔を上げて何処に所属している機体か確認を試みた。翼と胴体に丸い迷彩で知の字に波が描かれた校章があった。間違いない。カルパッチョは確信した。

 

「あれは……知波単……まさか……」

 

カルパッチョは機体を見つめながら呟く。コックピットに目をやるとパイロットの少女は面白そうに笑いながら再び辺りを見回していた。カルパッチョとパイロットの目があう。飛行機は通り過ぎたと思ったら上空で大きく旋回してこちらに機体を向けた。殺される。そう思って、カルパッチョは目をぎゅっと瞑った。しかし、どうしたことか銃弾は一発も飛んでこない。そのまま飛び去っていった。カルパッチョは安心したのか糸が切れたように膝から崩れて失禁した。カルパッチョのタイツが濡れる。カルパッチョはしばらくそのまま座り込んで呆然としていた。辺りにはたくさんの人が折り重なるように倒れていた。カルパッチョは四つん這いになって近くにうつ伏せで倒れ込んでいる生徒に近づいた。

 

「もう行ったよ。大丈夫だよ。」

 

呼びかけるが返事がない。身体を揺すっても動かない。どうやら身体に力が入っていないようだ。身体に触れるとぐしゃりとした気持ちが悪い感触がした。何だろうかと思い、手を見るとべっとりと血がついていた。

 

「血……?この人、怪我してるの……?早く応急処置しなきゃ……」

 

カルパッチョは、うつ伏せに倒れている生徒を仰向けにした。するとその生徒は顔を血で真っ赤に染めて目を開けたまま死んでいた。

 

「きゃあああああ!し、死んでる!?」

 

よく見るとその生徒の額には小さな穴があいていた。機銃が貫通した穴である。地面には血溜まりができていて、この娘の命を奪ったと思われる凶弾が地面にめり込んでいた。彼女は状況から見て即死だろう。カルパッチョは恐怖で震える。いくら戦車乗りだといっても戦車道は戦争ではないのだから本物の死体など見たこともない。カルパッチョは怖気付いてしまった。その場で固まってしまって動こうにも動けない。辺りを見てみると同じような状態の死体ばかりだった。周りには肉片と血しぶきが飛び散っている。カルパッチョはあまりに悲惨な光景に耐えられなくなってその場で蹲り嘔吐してしまった。カルパッチョの心に理不尽な死をもたらした者への怒り悲しみ憎しみの感情が複雑に絡み合って渦巻く。カルパッチョはとにかく誰か生きている人はいないかと叫んだ。

 

「誰か!誰か!聞こえたら手を挙げて!お願い!」

 

すると6人が手を挙げた。残りは死体か動けないほどの重傷者もしくは気を失っている者ということになるだろう。状況は絶望的であると言えた。しかし、カルパッチョは諦めていなかった。カルパッチョは、ドゥーチェアンチョビならこういう時どう行動するか考える。そして決断した。

 

「助けなきゃ……まだ、死んだって決まったわけじゃないわ……生きている子がいるかもしれない。」

 

カルパッチョは嘔吐物で汚れた口を手で拭い、立ち上がってとにかく気を強く持とうと手を強く握りしめる。カルパッチョは戦車道の授業で培った救命・応急処置を実行した。ただ、今回は要救助者が多すぎる。心苦しいがトリアージを使うことにした。トリアージとは患者の重症度に基づいて治療の優先度を決定して選別を行うことを言う。カルパッチョは戦車道のチームがルール無用のタンカスロンに参加した時、もしもギャラリーに流れ弾が着弾した際の対応方法としてトリアージを学んでいたのだ。習った時はこんなもの学んでも使う場所は来ないだろうと思っていたが、まさか本当に使う事態が学校にいる時に訪れるなんておもってもみなかった。カルパッチョは先ほどの手を挙げた動ける者たちを集めて、ありったけの紙を集めるように指示を出して、できたら赤、黒、緑、黄色のペンを持ってくるように頼んだ。しばらくして、6人は手にいっぱいの紙とそれぞれの私物のペンを持って戻ってきた。カルパッチョはそれを見て苦い唾を一度飲み込むとキビキビと指示を出した。

 

「これからトリアージという方法で要救助者の選別を行います。歩行の可否、負傷の有無、呼吸の有無、1分間の呼吸回数、意識レベルの確認を行ってください。死亡は黒ペン、重傷は赤ペン、軽傷は緑です。また、1分間の呼吸回数が30回に満たず、意識がある場合は黄色ですが、今回は簡易的なものだから、もし軽傷、重傷などの判断が難しい場合は全て重傷にしてください。二人一組で行います。それではみなさんお願いします。」

 

「この人たちを見るんですか……?この血だらけのこの子たちを……?正気ですか……?」

 

一人が泣きそうな声をあげる。カルパッチョは頷いた。

 

「気持ちはわかるわ。でも、この子たちにとって私たちは最後の希望なの。死の淵からお医者さんたちに引き継いであげられるのは今は私たちしかいないの。私たちは医療を施すことはできないわ。でも、少しでも可能性を広げられるかもしれないの。私たちがやらなければ助けられる命も助けられないの。私は後悔したくない。だからお願い。」

 

そういうとカルパッチョは率先して目の前に倒れている血だらけの生徒の心音や呼吸の有無を確認し始めた。カルパッチョは顔を犠牲者の血で真っ赤に染めながら淡々と作業を行う。一通り終わると大きな声で言った。

 

「黒!」

 

カルパッチョは紙に黒のペンで丸をつけるとそれをその生徒の右手首に巻きつける。そしてまた、作業を始めた。次も、また次もカルパッチョは「黒!」と言った。やはり亡くなっている生徒が多いようだ。しかし、その中でたまに「赤!」という声も聞こえた。6人はハッとした。助けられる命があるかもしれないという一筋の光に6人の生存者たちと覚悟を決めたようだ。二人一組で作業を行った。

結局、死亡の黒が235名、重症と軽傷の判別が不明で赤にしたものを含めて赤が10名、赤ほどではないが治療を要する黄色が2名、軽傷の緑が5名という結果になった。ネクタイを外し、怪我をしている者の傷口を圧迫するなど自分たちにやれることは全てやったつもりだ。あとは、専門家に引き渡すほかない。カルパッチョたちは救助隊の到着を待った。しかし、救助隊はなかなかやってこない。既に1時間は経過している。カルパッチョは焦燥感に苛まれた。その間にも命のタイムリミットは刻一刻と過ぎていく。実際に先ほど一人の重傷者が心肺停止になって死亡した。とにかく早く救助に来てくれることを祈った。

 

「遅いな……早くしないとみんな死んじゃう……」

 

カルパッチョと6人の生存者たちは重傷者に声をかけて励まし続けた。すると、遠くの方から声が聞こえてきた。

 

「こちらはアンツィオ中部地区消防団です!誰かいませんか!」

 

カルパッチョは声のする方へ駆け出した。助けを呼びに行くためだ。しばらくすると100名ほどのヘルメットとつなぎを着た集団に出会った。

 

「こっちです……!早くきてください……!」

 

カルパッチョは頭を下げて息を切らしながら言った。

 

「どこですか!」

 

カルパッチョは場所を伝えようと頭をあげる。すると、消防団の隊員は青ざめた顔をしてカルパッチョの顔を両手で掴む。

 

「どうしたんですか!その血!」

 

カルパッチョは頰を拭う。するとべっとりと赤い鮮血がついた。先ほど、心音などの確認をした時に付着したらしい。

 

「私にけがはありません。この血は重傷者の血です。止血などを試みたので多分その時に。」

 

隊員は安心して胸をなでおろしつつも厳しい表情でカルパッチョに尋ねる。

 

「そうですか。貴女に怪我がないなら良かったです。それで、その人がいるのはどこですか?」

 

「1号棟付近です!」

 

「1号棟ですね!急行します!」

 

およそ100名のヘルメットとつなぎを着用した生徒の集団はカルパッチョを先頭に迅速に行動した。カルパッチョが先導する救助隊の姿を見た6人の生徒たちはようやく安心できたのか泣き崩れる。

 

「消防団の者です!皆さん、怪我はありませんか?」

 

一人の少女がカルパッチョたちに声をかけた。カルパッチョは凛として首肯した。

 

「はい。7人全員ありません。」

 

この少女は生徒を組織した生徒消防団の一員のようだ。普段なら主に教員や市民などの大人たちが消防の現場任務にあたり、生徒が実際に動員されることはない。生徒が動員されるということは相当な被害があり大人だけの部隊では間に合わないということだろう。被害の酷さが窺いしれる。

 

「わかりました。とにかく、状況のお話を伺います。代表者の方、お一人お願いします。」

 

「はい。わかりました。私が説明します。」

 

カルパッチョは色々と質問を受けた。カルパッチョは丁寧に応対する。

 

「それではまず、貴女のお名前と生年月日を教えてください。生存者の仮登録を行います。」

 

「落合陽菜美です。1995年12月19日生まれです。」

 

カルパッチョが消防団の少女に告げると少女は無線をとってカルパッチョの本名と生年月日を無線の向こうの相手に告げた。すると登録完了と声がして3桁の番号が言い渡された。少女は「了解しました。」と言って、紙に番号をメモしてカルパッチョに手渡す。

 

「わかりました。ありがとうございます。貴女の仮番号は527です。この紙を忘れずにお持ちください。状況の説明をお願いします。」

 

「死亡者236名、軽傷者との判別不明を含む重傷者9名、準緊急治療者2名、軽傷者5名です。簡易的なトリアージは終了し、負傷者の圧迫止血を行なっています。」

 

消防団の少女はバインダーに挟まった紙にカルパッチョの話を聞きながら何やら記入している。消防団の少女は記入が終わると隊長と思われる少女に紙を手渡した。その少女はバインダーを受け取ってしばらく紙を見て整列した消防団員に大声で訓示した。

 

「簡易的なトリアージは終了しているらしい、右手にそれぞれトリアージタッグに準じて色のペンで丸がつけられている!赤文字から優先に搬送しろ!その後は黄色、緑だ!比較的要救助者の人数が少ないので60名はあちらの校舎の捜索にあたり、40名は路上の要救助者と遺体の収容に勤めろ!遺体は物ではない。遺体になっても人間なんだ!丁重に扱え!いくら多いからといって粗末に扱う者は許さない!だが、作業は迅速に!遺体が綺麗なうちに一人でも多く収容するぞ!以上だ!それでは怪我に気をつけながら取りかかれ!」

 

隊長は訓示を終えると、カルパッチョたちの手を取りながら感謝の言葉を述べた。

 

「ご協力ありがとうございます!それではここは私たちが引き継ぎます。皆さんは先ほどお渡しした紙を持って3号棟へ向かって生存確認の本登録手続きを行ってください。」

 

「よろしくお願いします。」

 

そう言った瞬間である。カルパッチョは、安心して糸が切れたように手足を投げ出して座り込み動けなくなった。立ち上がろうにも力が入らず立ち上がれない。すると、隊長の少女は優しげな微笑みを浮かべてカルパッチョの背中をさすりながらカルパッチョを労った。

 

「貴女のおかげで救助活動が大分楽になりました。ありがとうございました。大変だったでしょう。どうぞしばらくの間休んでいってください。建物の陰にいてくだされば救助の妨げにはなりませんから。」

 

カルパッチョはお言葉に甘えさせてもらうことにした。しばらく、休んでいこうと建物の陰に腰をおろす。すると消防団の隊長はカルパッチョに聴取した消防団の隊員を呼ぶ。

 

「この子が動けるようになるまで一緒にいてあげてくれ。」

 

カルパッチョは驚いて首を横に振る。

 

「私のことは気にせず、どうか救助にあたってください。」

 

カルパッチョはそう言ったが消防団の隊長は気にするなと言って消防団の隊員を隣に座らせた。すると、消防団の隊員も張り詰めた糸が切れたのだろうか。凛とした表情をしていた彼女は校舎の方を見やりながら泣き出しそうな声で口を開いた。

 

「一体……何が起きているんでしょうね……突然の爆発にたくさんの死者……この事故は一体……」

 

救助隊員の視線の先には崩れかけた見るも無残な校舎があった。校舎にも血しぶきが飛び散り、校舎の近くにあった春に見事な花を咲かせるソメイヨシノの木には犠牲者の腕や脚がぶら下がって血肉の花を咲かせていた。その光景はまさに地獄そのものだった。

何が起きたのか。そしてこれから何が起きるのか。カルパッチョは全てを知っている。この話を目の前の隊員にするべきなのか、カルパッチョは迷っていた。カルパッチョは無言で校舎の方を見る。カルパッチョの目に本当の地獄が飛び込んでくる。カルパッチョは地獄に咲く血肉の花を見てゆっくりと視線を地面に落とす。カルパッチョは小さな声で言った。

 

「これは事故じゃありません……」

 

「え……?どういうことですか……?」

 

「私は……見ていました……この空襲を……」

 

「え……?空襲……?」

 

隊員はカルパッチョが言っている意味がわからないという顔をしている。カルパッチョは目を伏せていた。すると、カルパッチョのそばに立ち、救助をする消防団の指揮を執っていた隊長がカルパッチョに言った。

 

「落合さん。私たちが知らない何かを知っているな?話してくれないか?」

 

カルパッチョは頷くと苦しそうな表情で話し始めた。

 

「はい……私は見たんです。あれは事故じゃない。私たちは機銃掃射されたんです。知波単の飛行機に。」

 

「知波単……あの戦車道の知波単が機銃掃射……それは間違いないのか?嘘をついているとは思えないがとても信じられない……」

 

カルパッチョは首を縦に振った。

 

「ええ、間違いありません。主翼と胴体そして尾翼にそれぞれ知の字に波の絵が描かれた校章がありました。間違いなく知波単です……パイロットは私と同じくらいの歳の女の子でした……その子は……私たちを撃って……笑っていました……まるで機銃掃射を楽しんでいるようでした……」

 

「じゃあ、この遺体は全部……」

 

「はい……そうです。貴女たちが想像している通りです。例えばこの子の額を見てください。穴があるでしょう?これが機銃弾が貫通した跡です。それで、これが機銃の薬莢と恐らくこの子の命を奪った銃弾です。爆発も恐らくは知波単の爆撃機が空襲したと推測されます……」

 

カルパッチョは先ほど仰向けにした遺体、近くに落ちていた薬莢、そして血溜まりの中から拾った目の前の少女の命を奪ったと思われる銃弾を用いながら説明した。

消防団の隊員は手を強く握り声を震わせながらカルパッチョに尋ねる。

 

「爆撃……?機銃掃射……知波単はなぜ、こんなことを……?私たちに恨みでもあるの……?」

 

カルパッチョは空を仰いで校舎の瓦礫を見ながら語った。

 

「全ての始まりは、私たちアンツィオ戦車隊に大洗女子学園生徒会から一通の電文が届いたことでした。その電文には大洗女子学園に於いて西住みほが蜂起したので助けてほしいとありました。昨年の戦車道全国大会で滑落した乗員を助けるために戦車を放棄した西住みほが黒森峰から他校に転校したという話は聞いていましたが戦車道を長年やっていなかった大洗女子学園にいたということは驚きでしたし、何よりも西住みほがなぜ大洗女子学園で武装蜂起したのか気になりましたが、私たちにはどちらを支援するにしてもお金がなかったのでその電文は黙殺しました。ドゥーチェは大洗女子学園の生徒会長と昔からの知り合いだったらしく行きたがっていましたが、私は副隊長でみんなを守る立場の人間として戦闘に巻き込まれて攻撃対象になるリスクを説明して断念してもらいました。その後も事あるごとに大洗女子学園の特に生徒会側から救援を請う電文が届き続けました。生徒会側は全校生徒の3分の2に当たる12000人それに加えて聖グロ、マジノ、そして今回私たちを空襲した知波単と戦わなければならないという絶望的状態に陥り、西住みほ側は虐殺を繰り返しているとのことでした。そんな情報を聞いて私たちはとにかく双方どちらにも属さず巻き込まれないように徹底的に黙殺し続けていました。誰も殺したくなければ殺されたくもありませんでしたから……それで何とか私たちは巻き込まれることなく平和にやり過ごせる。そう思っていたんですが……それがまさかこんな結果を招くなんて……」

 

カルパッチョは悔しそうに拳を握った。

 

「そんなことがあったのか……話してくれてありがとう。今からこのことを本部に災害対策本部に連絡する。すまないが、ちょっと待っててくれないか。別途何か指示があるかもしれない。」

 

「わかりました……」

 

カルパッチョは下を向きながら小さな声でそう言った。

しばらくして、消防団の隊長はなぜか青い顔をして戻ってきた。カルパッチョの心に不安な気持ちが渦巻く。隊長は躊躇いがちに口を開いた。

 

「落合さん……さっき、戦車道の副隊長って言ってたよな……?」

 

「そうですが……それが何か……?」

 

「落ち着いて聞いてくれ……戦車倉庫と戦車道チームが屋台を出店していた階段前広場から複数の遺体が発見されたと他の救助隊から連絡があった……身につけていたものを見るとどうやら戦車道チームの子の可能性が高いらしい……それで戦車道チームの中で唯一連絡がついている落合さんに遺体安置所になっている体育館に来てもらって遺品から身元の確認を行ってほしいそうだ……ただ、損傷が激しい遺体も多いから無理してくる必要はないとのことだが……どうする……?」

 

カルパッチョは両手を顔に当てた。ぷるぷる震えている。涙をこらえているようだ。カルパッチョは押し殺すような声にならない声で泣いた。しばらくしてカルパッチョは顔をあげて言った。

 

「わかりました……行きます……」

 

カルパッチョの顔は凛としていた。消防団の隊長は頷く。

 

「わかった……行ってこい……」

 

「はい……行ってきます……あの、一つお願いがあります……」

 

「なんだ?」

 

「私の大切な親友でもあり、戦車道で一緒に戦う戦友でもあるペパロニを見つけてください。本名は唐井沙羅です。すごく明るくて楽観的で一緒にいるととても楽しい子です。お願いします。助けてあげてください。」

 

カルパッチョはそう言い終わると立ち上がって遺体安置所になっている体育館に駆け出していった。カルパッチョの目には涙が光っていた。

 

つづく




今回、ペパロニとカルパッチョの名前は井の頭線通勤快速様が名付け親です。素晴らしい名前をありがとうございました。

カルパッチョ→落合陽菜美
ペパロニ→唐井沙羅

また、今回の「空襲」の描写は日本軍機が行った空襲の詳しい情報が見つからなかったため米軍の空襲をモデルとして使いました。
250キロ爆弾による空襲の描写(今回のお話には詳しく書かれていませんが第92話に記述があります。)は豊川海軍工廠への空襲の体験談を参考に機銃掃射は湯の花トンネル列車銃撃事件をはじめとする小型戦闘機の空襲を私の祖父の体験談を参考に構成しています。


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第95話 アンツィオ編 貴女にしかできない

アンツィオ高校のお話が続きます。
今年最後の更新です。
6月に連載を始めて半年ですが今年はありがとうございました。
また、来年からもよろしくお願いします。

ノリと勢いだけはあると呼ばれるアンツィオ高校にも空襲の脅威を戦った公的な職務を担っている公務員のような立ち位置の生徒たちがいるはず…今回はそんなことを意識して書いてみました。


カルパッチョは、あちこちに倒れている機銃掃射で命を絶たれた犠牲者の遺体を誤って踏まないように慎重に走った。だが、なかなか走れない。よろけてしまう。カルパッチョの目はだんだん霞んで前が見えなくなった。カルパッチョの頰が濡れる。気がつくとまた、涙が出て来ていた。実際、仲間の死を目の当たりにしたわけではないが、目の前に広がる惨状から鑑みるにそういうことなのであろう。だが、信じたくない。もしかして、階段前広場に行けば誰かいるかもしれない。それに、実は階段前広場で遺体は見つかっておらず情報が錯綜しているだけなのかもしれない。とにかく自分の目で確かめようと中央広場に向かうことにした。とにかく誰でもいいから戦車道の仲間に会いたかった。カルパッチョは拳を強く握りしめ、再び走りだす。しばらくは銃痕でボコボコの建物の壁と薬莢や銃弾が散乱するまるで紛争地のような街並みが広がっていたが、200メートル走った辺りになるといつも通りの綺麗な街並みが広がった。あの惨劇が嘘のように綺麗な街並みだった。ただ一ついつもと違うことといえばいつもの陽気な空気ではないことだろうか。緊迫して張り詰めている。混乱と悲しみと怒りを混ぜ合わせた、そんな空気だった。

しばらく 走り続けてそこに着いた時カルパッチョの目の前には校舎で見た光景と似たような光景が広がっていた。そこにあったはずの多くの屋台は無くなっていて代わりに広場のそばにあった建物から崩れ出た瓦礫と地面に開いた大きなクレーターが何個も出現していた。大勢の消防団の法被を着た生徒たちがシャベルや棒、手押し車を手に大声を張り上げながら作業をしていた。カルパッチョは唾を飲み込むと中央広場に立ち入ろうと一歩踏み出した。するとどこからか怒りの声が聞こえてきた。

 

「こらあ!あんた誰!?はよ避難せな!怪我しても知らんよ!?それとも野次馬のつもり!?ぶっ飛ばしてやろうか!?ここでは人がたくさん死んでるんだ!すぐに立ち去れ!」

 

カルパッチョは驚いて声のする方を見ると一人の消防団員の少女が鬼の形相でこちらを睨みつけている。カルパッチョは突然自分に向けられた怒りにたじろいだが、毅然とした態度で反論した。

 

「違います!野次馬なんかじゃありません!ここに……私の……大切な仲間がいたんです!戦車道の仲間たちがいたんです!私は副隊長です!仲間を心配して仲間がいた場所を探して何が悪いというのですか!」

 

カルパッチョは絶叫した。カルパッチョの叫びを聞いて。その消防団員は気まずそうな顔で頭を下げて謝罪した。

 

「申し訳ありませんでした……気が立ってて……」

 

「いえ……大丈夫です……この状況で怒りを感じない人なんていないと思いますから……こちらこそ感情的になってしまい申し訳ありませんでした……」

 

カルパッチョが下を向いていると今度は別の声が聞こえた。

 

「ちょっとそこどいてください!通りますよ!」

 

毛布に包まれた何かが即席の担架に乗せられてカルパッチョの前を運ばれていく。その毛布には赤黒いシミが滲んでいる。カルパッチョは運ばれていったものが何だったか理解してしまった。それは間違いなく遺体である。しかし、人間の遺体にしてはずいぶん小さいな、とカルパッチョは思った。すると、先ほどカルパッチョに怒りをぶつけた消防団員がその担架を見ながら言った。

 

「今運ばれたご遺体は女性の右前腕だけ……部分遺体です。」

 

「え……!?そんな……」

 

カルパッチョはぞっとした。自分がこれから対面するかもしれない遺体たちも腕だけや脚だけの部分遺体だったらどうすればいいのだろうか。どんな顔をして仲間たちの検死をすれば良いのだろうか。カルパッチョは恐ろしくて下を向く。消防団員も泣きそうな顔をして呻くような声を出した。

 

「ここは地獄です……私たちがここに救助に来た時、人間の形を保っている遺体はほとんどありませんでした……ほとんどが腕だけや足だけの部分遺体……酷い方だと頭皮らしきものや顔の皮膚らしきものが爆発で折れたと思われる近くの街路樹に引っかかっているものもありました……残念ですが、ここに生存者がいる確率は5%以下です……戦車道の方と思われるご遺体も先ほど運ばれていきました。体育館が遺体安置所になっています。そちらに向かってください。とにかく、ここから早く立ち去ってください。私たちは仕事ですから仕方ありませんが訓練していた私たち消防団でもこの光景はキツイです。」

 

消防団はそう言うと後ろを向いて作業に戻っていった。

 

「わかりました……ありがとうございました……」

 

カルパッチョは頭を下げる。消防団員は何も言うことはなかった。カルパッチョは回れ右をして後ろを向くと元来た道を戻った。遺体安置所になっている体育館に向かうためだ。この広場を突き抜けて真っ直ぐ行けばすぐに着くが目の前では捜索等が行われているのでそれはできない。仕方がないので回り道をして向かうことにした。

しばらく歩くと体育館が見えて来た。体育館にはダンプカーや軽トラが集結し消防団員と思われる生徒とこの安置所の職員と思われる生徒が遺体と思われる毛布に包まれた何かを運び込んでいた。そうした職員や消防団以外は誰もいなかった。やはり混乱しているのであろうか。ここが遺体安置所になっていることなど誰も知らないといった様子である。カルパッチョは受付付近にいた職員の生徒に話しかける。

 

「あの……ここに私の知り合いが収容されていると聞いたのですが……」

 

「そうですか……失礼ですがお名前は……?」

 

「落合陽菜美です……戦車道の副隊長をしています……」

 

「落合陽菜美さん……えっと……失礼ですが本登録はお済みですか?」

 

カルパッチョは「いいえ。」と首を横に振った。すると職員の生徒は申し訳なさそうな顔をした。カルパッチョはなぜ受付の生徒が申し訳なさそうな顔をしたのか理解できたなかったが真相はすぐにわかった。その生徒は申し訳なさそうな口調で言った。

 

「あの……大変申し訳ないのですが、貴女をこの中に今、入れることはできません。」

 

カルパッチョは想定外のことを言われて一瞬何を言われたか理解が追いつかなかったが、すぐに理不尽な回答に怒りがこみ上げ、職員の生徒に詰め寄った。

 

「なぜですか!?なぜ入れないのですか!?私たちは共に戦って来た仲間なんですよ!?友達なんですよ!?なのにどうして!?」

 

カルパッチョにものすごい剣幕で詰め寄られて職員の生徒は思わず後ずさりをした。しかし、職員の生徒は何もカルパッチョに意地悪をしたくてそんなことを言っているわけではない。職員の生徒にも譲れない事情があるのだ。職員の生徒はカルパッチョを宥めながら事情を説明する。

 

「落合さん。落ち着いてください。私も貴女に意地悪をしたいとかそういう理由で入らせないと言っているわけではないんです。理由があるんです。私たちのアンツィオ高校は19世紀末からある歴史ある学校です。そのために古い規定がまだ廃止されずに残っている場合があるのです。その中の一つに日本が太平洋戦争に突入する前、1940年3月に制定された緊急事態規定というものがあります。これはもともと、万が一民間の船である学園艦が米英などの敵に攻撃されるなど不測の事態が発生した時にその混乱に乗じてスパイが紛れ込むことを防ぐために作られた規定です。この規定は緊急事態が宣言された時、災害特別対策行政本部に生存の登録を済ませるまで全ての市民権を停止するというもので、この規定がいまだに生きているので、まだ生存者確認の本登録が認証されていない落合さんは入ることができないということです。」

 

「そういうことですか……なら仕方ないですね……」

 

「それと、実はまだ医師による個人識別や身元確認が全く行われていない状況です……先ほど一度にダンプカーで100体ほど送られて来たのに対して、負傷者の治療等もあり、現在検視を行うことができる医師が二人だけという状況で……これからどれだけの数の犠牲者がこちらに来るかも未知数で計り知れないのに……さらに、電気も止まっているみたいで……夜は作業することができませんからもしかしたらしばらくは開設することができない状態が続くかもしれません。申し訳ありませんが、ご理解ください。」

 

職員の生徒は身体を70度に曲げて謝罪した。そんな状況なら仕方がない。一刻も早く収容されたとされる遺体を確認したかったが今は諦めるしかないようだ。それに、生存者登録が未登録では何をすることもできない。とりあえず、どこに行けばいいのかカルパッチョは目の前の職員の生徒に尋ねた。

 

「わかりました。とりあえず、私はどこに行けばいいのですか?」

 

「えっと、確か災害本部があるのが3号棟だったはずです。3号棟に向かってください。」

 

カルパッチョは体育館を後にして、言われた通り3号棟に向かった。3号棟には難を逃れた生徒たちが大勢集まり、行列を作っていた。集まった生徒たちは情報を求めて窓口の生徒たちに詰め寄る。3号棟は混乱していた。、行列の先頭で教職員と担当の生徒が声を張り上げる。

 

「押さないで!現在の時刻は仮番号600番代までの方の本登録を行なっています!この番号ではない方は、講堂で待っていてください!600番代までの方はそれぞれ今から言う該当の窓口に並んでください!1番から100番代が1番窓口、200番代から300番代が2番窓口、400番代から500番代が3番窓口、600番代が4番窓口です!本登録が終わった方はそれぞれ割り当てられた教室に行ってください!これからの生活についての説明を行います!」

 

皆、それぞれ自分の番号に従って窓口に並ぶ。カルパッチョも皆に倣って3番窓口に並んだ。カルパッチョは後ろの方だったので本登録が終わるまでしばらくかかったが、1時間くらい並んでようやく順番が回って来た。

 

「お待たせしました。お怪我はありませんか?」

 

「はい。ありません。」

 

「そうですか。それなら良かったです。大変でしたね。もう大丈夫です。それでは、お名前と年齢、生年月日、お住まい、仮登録時に発行された3桁の番号を教えてください。」

 

「落合陽菜美1995年12月19日生まれの16歳です。現在、第3街区の寮に住んでいます。仮登録番号は527です。」

 

「はい。わかりました。少々お待ちください。」

 

窓口の生徒はファイルを確認する。そして、カルパッチョの本名"落合陽菜美"の名前を見つけると蛍光ペンで線を引いた。するとやおら担当の生徒の動きが止まった。そして、ファイルとカルパッチョの顔を交互に見ると「少々お待ちください」と言って慌てて奥へ下がっていった。何事かとカルパッチョが不安に思っているとしばらくして別の女子生徒を連れて戻ってきた。

 

「落合陽菜美さん。お待ちしておりました。消防団から報告された件についてお話を伺いたいのでこちらに来ていただけますか?」

 

「わかりました。」

 

カルパッチョは、責任者と思われる生徒に先導されて建物の最上階にある災害本部に通された。そこでも多くの生徒と教職員が次々と舞い込む情報をホワイトボードに書き込み被害の全容の把握に努めていた。責任者の生徒はカルパッチョに椅子を勧めると、聴取を始めた。

 

「私は、現在、生徒会長に代わって対策本部長をしている河村日和と申します。まずは貴女が知っている全てを一体何が起きているのかお話しいただけますか?」

 

カルパッチョは頷くと全てを告白した。大洗女子学園生徒会から西住みほが武装蜂起した連絡があり援軍を請われたこと、巻き込まれのリスクと金銭的関係からそれらの申し出を黙殺していたこと、西住みほが知波単、聖グロリアーナなどを取り込み残虐行為を繰り返していると連絡を受けたこと、そしてその西住みほを支援している知波単から攻撃を受けたこと、とにかくカルパッチョが知っている全てを話した。そして最後にカルパッチョは謝罪した。

 

「私は、全てを知っていたのに予測を見誤り結果として多くの人命を奪うきっかけを作ってしまいました。私の罪は重いと感じています。本当にすみませんでした。謝って許されるわけではないですがせめて何か償いができればいいのですが……」

 

すると、今まで真剣の顔つきで調書を作成していた河村がカルパッチョの目をまっすぐに見つめて言った。

 

「貴女は悪くない。こんなこと起こるなんて誰が予測できますか。どうか自分を責めないでください。でも、どうしても自分が許せなくて償いをしたいと思うなら、貴女に一つ打診したいことがあります。私に代わって対策本部長に就任してもらえませんか?」

 

「え……?そんな……私にそんなこと……」

 

カルパッチョは突然の打診に戸惑った。すると、河村はカルパッチョの目をまっすぐ見つめながら言った。

 

「貴女なら大丈夫です。貴女は戦車道の副隊長を務められるほどの人ですから。あのノリと勢いがある集団をうまくまとめ上げるというのはなかなかなものです。私はあくまで代理、私より貴女の方が適任です。実は本来この災害対策本部長を務めるべき生徒会長をはじめとする多くの生徒会の役員たちが行方不明になっています。連絡がつかないんです。出どころは不明ですがある情報によると生徒会室があった艦橋付近でも爆発が起きたと聞いています。私も生徒会広報の人間ですがまだ1年生でこういう時、どうすればいいのか何もわからないんです。でも、貴女は違う。貴女は極限状態でも冷静にトリアージを実行し、消防団の活動を助けたと報告を受けています。もちろん、私もここの職員として働きます。ですからどうかお願いします。私たちを助けてください。ここにはもう貴女の他に適任者がいないんです。この仕事は今は貴女しかできないんです。集団をまとめられるのは貴女しか……私たちにはどうしても貴女が必要なんです!だからお願いします!」

 

カルパッチョは目を瞑って少し考えた。こういう時にドゥーチェ・アンチョビはどう答えるか。5分ほどずっと目を瞑って考えていた。カルパッチョ自身も被災者であることは間違いない。カルパッチョも大切な仲間が行方不明だ。断ることもできた。しかし、目の前で小さく震えている1年生の河村日和という少女を放っておいていいのだろうか。彼女の目は今にも壊れてしまいそうな虚ろな目をしている。きっとアンチョビなら何が何でも自分を顧みることなく助けようとするだろう。カルパッチョはついに決断した。カルパッチョは目を見開きおもむろに口を開いた。

 

「わかりました。この話、引き受けます。罪滅ぼしのためにも貴女を助けましょう。」

 

カルパッチョの答えを聞いて河村はホッとしたのか座り込んだ。今まで我慢していた涙が溢れる。1年生でこの極限状態は酷だったようだ。カルパッチョは河村を抱きしめて背中をさする。

 

「良かった……本当に良かった……ありがとうございます……本当にありがとう……」

 

「うん。大丈夫よ。今までよく頑張ったわね。一緒にこの苦難を乗り越えましょう。」

 

河村があまりに大きな声で泣き声をあげるので心配して災害対策本部の職員たちがカルパッチョたちの周りに集まってきた。カルパッチョは立ち上がると集まってきた皆に告げた。

 

「皆さん!まずはガス、電気、水道のライフラインの現状把握に努めてください!そのあと、被災地域と被害の状況を詳細に記録してください。これは体力に自信がある方を担当にします。もし人手が足りないようであれば、体育会系の部活動の部員や戦車道隊員にも協力を要請します。また、現在消防団が行方不明者の捜索と遺体の収容を行なっています。風紀委員を中心に消防団の支援と遺体安置所の職員の支援をお願いします。ご遺体を扱う時は尊厳を持って扱ってください。ご遺体は決して物ではありません。彼らはご遺体です。魂はありませんが人間なんです。ぞんざいに扱う行為は許しません。自分が逆の立場ならどのように扱ってもらいたいか考えて丁寧に扱ってください。また、風紀委員の本来の仕事である治安維持も忘れずに行ってください。その他、情報は積極的に開示してください。デマが非常時において1番の敵です。混乱する原因になります。信頼のおける最新の情報を常に新聞部と放送部に流し続けてください。窓口は生徒会広報を担当していた河村さんお願いします。新聞部と放送部の記者を1人ずつ本部に常駐させてください。また、保健衛生を担当している方は少しでも多くの医療従事者と医師免許と看護師免許の保持者に遺体安置所の検視と負傷者の治療の協力を要請してください。現職でなくても構いません。あとは、地上と連絡が取れるかの確認と船舶科にこの学園艦が航行可能かの確認そして現在地の確認をお願いします!航行可能な場合、最短でどこの港にどのくらいで到着することができるかも報告するように艦長または副長それもダメなら航海長に通達してください!皆さん、この学園艦の運命は私たちの双肩にかかっています。これから大変になると思いますが、よろしくお願いします!」

 

「「はい!」」

 

カルパッチョはキビキビと指示を出した。とにかく必死だった。みんなで助かる。これ以上の死者を出さない。それがカルパッチョの願いだった。カルパッチョの的確な指示のおかげで混乱していた災害対策本部も態勢を立て直し、徐々に情報も集まってきた。

 

「随時、私に報告をお願いします!」

 

カルパッチョはホワイトボードの前に立って報告された情報を次々と書き込む。

 

「ガス、電気全地区で止まっています!復旧の見通しは立っていません!ですが奇跡的に水道は生きています!」

 

「火災がヴィア・ディアモーレなど各地で発生!特に、ガスタンク群がものすごい炎です!」

 

「電話、つながりません!また、地上への交信も不可能です!航行継続の可否は不明!」

 

「現段階で負傷者255名、死者336名、行方不明者15513名!」

 

「行方不明者が15513名?本当ですか?」

 

カルパッチョは耳を疑った。行方不明者数があまりにも多すぎたのだ。こんなに多いはずはない。なぜこんなに多い大震災並みの数字が報告されるのかカルパッチョは考える。そしてある一つの答えにたどり着いた。カルパッチョは職員に尋ねた。

 

「現段階で防災無線は使えますか?」

 

「はい。使えます。」

 

「それなら急ぎ、防災無線で伝えてください。これから全地区に避難命令を発令します!おそらく、この15513名という行方不明者の不自然に多すぎる数は生存者登録義務を知らずにまだ登録を行なっていない人たちの数も含まれているはずです。被害を受けていない地区もありますからその地区の住民たちはなおのことです。無理矢理にでも出てきてもらって登録して正確な数字を知りましょう。貴女、放送室に向かうことできますか?お願いしてもいいですか?」

 

「了解です!」

 

カルパッチョに指示された生徒は全地区の避難命令を発令するために防災無線の放送室に向かった。カルパッチョは皆に感謝を伝えるとともに引き続き現状把握に努めるよう指示する。

 

「皆さん報告ありがとうございます!これからも情報を密にしてください!常に最新の情報を収集し続けてください!」

 

次々と新しい情報が舞い込む。皆からの報告をまとめるとライフラインは電気とガスの機能は失われたが水道は奇跡的に生きていること、電話などは一切繋がらないこと、火災が所々で発生し、特に第7都市公共施設群のガスタンク群を中心に激しく燃えており、更なるガス爆発を誘発する恐れがあること、ガスタンク群における火災は消防団が懸命な消火活動を行なっているが火の勢いは衰えることなく、他の地区の火災にまで手が回らない状況であること、爆発の跡は南市街地、西市街地、戦車演習場、階段前広場、アンツィオ高校校舎1号棟、第7都市公共施設群変電所、電話基地局、艦橋など多数に分散しており、瓦礫と犠牲者の遺体の一部と思われる肉片だらけで行方不明者の捜索と救助が難航していること、現在収容されている負傷者は255名、死者336名、生存はしていると思われるが生存確認登録が済んでいない人を含めた行方不明者が15513名いること、航海科には連絡がつかず未だ艦の運航状況は不明とのことだった。状況はかなり厳しいと言えるだろう。

 

「もう……ダメだ……私たち死ぬのかな……」

 

誰かがそう呟いた。するとそれを皮切りにあちこちから泣き声が聞こえてきた。カルパッチョは職員たちを強く叱責した。

 

「皆さんが弱気でどうするんですか!被災者のみんなは貴女たちが頼りなんですよ!貴女たちがこんなことではダメです!しっかりしてください!」

 

カルパッチョの怒号に静まり返った。しばらく沈黙が続きやがて誰かが絞り出すような声をあげる。

 

「わかっています……わかっているんですが……」

 

「とにかく、口を動かす暇があったら行動してください!河村さん、これ新聞部と放送部の記者に持って行ってあげてください!走り書きですが現状をまとめた資料です!被災者たちはみんな情報を求めています!早く!また、記者からも情報を聞き出し、相互的な協力体制を構築してください!」

 

「了解です!わかりました!」

 

「貴女は食料の備蓄がどのくらいあるのか確認してきてください!」

 

「はい!わかりました!」

 

「現職ではない医師免許保持者と看護師免許保持者の確保はどうなっていますか!?」

 

「10人の市民が名乗り出てくれました!」

 

「それならまず、負傷者の治療の拠点になっているアンツィオ総合病院に連絡!足りそうなら遺体安置所の検視に回してください。遺体安置所では検視を行う医師が足りません。引き続き協力要請を募ってください。」

 

「了解です!」

 

カルパッチョは返事を聞き精悍な顔つきで頷くと後ろを向き、教室の窓を開けて呟いた。

 

「私も、皆さんが嫌いで厳しいことを言っているわけではありません。皆さんは対策本部の職員です。皆さんはこの学園艦の人たちを守らなければなりません。この景色を見てください。炎と煙と瓦礫の山が見えるでしょう。貴女たちはこの地獄に放り出された住民と生徒たちを守らなければいけません。さっきも言いましたが皆さんの双肩には何万人もの生徒、市民、教職員たちの命がかかっているんです。貴女たちが判断を間違えると被災者たちが亡くなってしまうことだってあるんです。それは自覚してください。」

 

「「はい!」」

 

カルパッチョは金色の綺麗な長い髪をたなびかせて窓の外を見つめながら佇む。窓からは硝煙と血の臭いが漂ってきた。窓から見える景色はところどころ発生した火災で真っ赤になっていた。炎は今にも街を飲み込もうとしている。地獄がカルパッチョの目の前に広がる。カルパッチョは目を瞑って呟いた。

 

「酷い景色……戦車道のみんなに早く会いたいな……みんな大丈夫だったかな……どうか無事でいて……私も頑張るから……」

 

その時、また新しい情報が舞い込んだ。新たに遺体が発見されて死亡者数が増えたのだ。カルパッチョはホワイトボードに更新された死亡者数を書き込む。カルパッチョたちアンツィオ高校の長く辛い苦難の戦いが始まった。

 

つづく




皆さま、良いお年をお迎えください。
新年の更新は1/14の21:00を予定しています。
そして、明日元日は角谷杏会長のお誕生日!
おめでとう!


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第96話 アンツィオ編 一人じゃない

皆様、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
アンツィオ高校編のお話が続きます。
新年最初の更新です。


カルパッチョは"夢のようなもの"を見た。戦車道チームの"夢のようなもの"だ。何故"夢のようなもの"という曖昧な表現かといえばカルパッチョにとってはどうしてもそれが完全な夢と思えなかったからだ。何故だかわからない。普通に考えれば夢であるという解を導き出せるはずだが、なぜかそれが単なる夢ではないような気がしたのだ。

その夜、カルパッチョは災害対策本部がある教室で災害対策本部の職員たちとともに眠っていた。本来ならば眠らずに仕事をするのが災害時の行政の実態なのかもしれないが、自分たちは高校生である。高校生が眠らずに仕事をするというのは健全ではない。だからカルパッチョは全ての公務従事者に十分な睡眠をとるように通達を出した。もしも、消防団などその指示を履行するのが無理な者たちもせめて交代制で休息を取るように指示した。そして、カルパッチョたち災害対策本部も夜10時で業務を終了し夜12時には全員床についた。床につくと言っても布団があるわけではないので新聞紙を掛け布団と敷布団がわりにして眠った。眠りについて何時間も経ったころ、カルパッチョは耳元で自分を呼ぶ声に目を覚ました。カルパッチョは目を擦って声のする方を見るとそこにはなんとペパロニと、カルパッチョが搭乗している戦車セモヴェンテの搭乗員たち、さらに、他にも見慣れた顔が何人も整列していた。カルパッチョはペパロニの姿を見て思わず抱きついた。

 

「ペパロニ……?ペパロニ!それにみんな!いつ戻ったの!?大丈夫だった!?本当に心配したんだから!!」

 

ペパロニは抱きついてきたカルパッチョを優しく受け止めて愛おしそうに抱きしめた。

 

「心配かけてごめんな。カルパッチョ。私は苦しいことなんて何にもなかったよ。カルパッチョこそ大丈夫だったか?」

 

「私は平気よ。怪我もないわ。ペパロニたちは怪我はない?」

 

ペパロニは静かに頷くとにっこりと笑う。いつものペパロニとはまるで違うとカルパッチョは感じていた。するとペパロニはカルパッチョの頭を撫でながら言った。

 

「カルパッチョ。今までありがとう。私たち、行かなきゃいけないところができた。だからカルパッチョとはお別れしないといけなくなっちゃったよ。」

 

「え……?どこに行くの?私も一緒に連れて行ってよ!お別れなんて嫌よ!私たちはずっと一緒って約束したじゃない!」

 

カルパッチョがそう訴えるとペパロニは寂しそうに笑って言った。

 

「ごめん。カルパッチョ。それはできないよ。私たちはまだカルパッチョをこっちの世界に連れて行きたくはないっす。みんなとドゥーチェを頼んだよ。私たちはいつまでもカルパッチョの味方だからな。それじゃあ、私たちは行くよ。例え姿が見えなくても私たちはいつまでもカルパッチョの心の中にいるからな。カルパッチョならきっと私がいなくても上手くいくっすよ。カルパッチョは1人じゃないっすから。」

 

ペパロニは、名残惜しそうにカルパッチョの顔を見つめながら髪と頰を触った。それはまるでカルパッチョの肌や髪の温もりや感触を忘れないようにしようとしているようだった。そして最後に頭をポンポンと撫でると教室の扉を開けて去っていった。

 

「待って!私を置いていかないで!」

 

カルパッチョが、ペパロニたちを追いかけて教室の外に出るとそこには暗い廊下が広がっているだけでペパロニたちはいなかった。

 

「あれ……?ペパロニ……?どこ!?ペパロニ!?」

 

カルパッチョは、学校中を探し回ったがペパロニの姿はどこにもなかった。

 

「なんだったんだろう……夢……?私寝ぼけてたのかな……?でも、あれは確かにペパロニの声だった……何が起きたんだろう……」

 

カルパッチョが、呆けたような顔をして教室に戻ると隣に寝ていた対策本部の生徒で保健衛生を担当している2年生の石井千尋が少し怒り気味に言った。

 

「落合さん!こんな夜中にどうしたんですか!いきなり大声あげて飛び出していかないでくださいよ!びっくりして起きちゃったじゃないですか!」

 

「ごめん……ね……」

 

カルパッチョは、立ち尽くしたまま一粒の涙を流した。それを皮切りに、大粒の涙がカルパッチョの頬を伝う。抗議した石井は、狼狽しながら謝る。まさか、少し注意したくらいでカルパッチョが泣き出すなんて思ってもみなかったのだ。

 

「わわわ!すみません!泣かせるつもりは……」

 

「大丈夫よ……なんでもないの……」

 

カルパッチョは、声を詰まらせながら引きつったような笑顔を作った。しかし、そんなことで取り繕えるわけがない。

 

「そんなわけないですよね?何か絶対ありましたよね?話してください。」

 

石井はカルパッチョに迫った。カルパッチョは観念して先ほど起きたことを話し始めた。

 

「ペパロニに……戦車道の仲間に会ったの……夢だったのかもしれない寝ぼけていたのかもしれない。そう思ったけどどうしてもそう思えないの。あれは確かにペパロニたちだった。私たちは長い間一緒にいたからそれだけは間違いないわ。それにペパロニたちは私の髪と頰を触ってくれた。私もペパロニを抱きしめた。その感触は覚えてるわ。だからなおのこと……だけど行方不明だから会えるはずないのに……でもどうしてもそれが夢に思えなくて……」

 

石井は、カルパッチョが話した最後の言葉を聞いてハッとした表情をした。そして、カルパッチョには見えないように後ろを向いて涙を流しながら小さく手を合わせた。石井は、一連の出来事がどういうことなのか全てを理解した。そして、カルパッチョに自らの私見を伝えるべきか否か悩んだ。そして、カルパッチョの様子を伺いながら呟く、

 

「落合さん……それはもしかしたら……」

 

「なに……?何かわかるの……?」

 

「ええ。私も同じような体験をしたことがありますから。でも、スピリチュアルな話で確証もなにもない話になっちゃいますけど、それでも聞きたいですか……?」

 

「聞きたいわ……なんでもいいから話して。同じような経験をしたならなおのこと……」

 

「わかりました。」

 

石井は頷くと少しためらいながらしばらく時間をおいて息を整えてゆっくりと口を開いた。

 

「落合さんもどこかで気がついているかもしれませんが、多分、ペパロニさんは落合さんに最期のお別れに来たんじゃないかなって思います。ペパロニさんたちはきっと、もうこの世には……でもきっと、落合さんに強く生きて欲しかったから……だからきっと会いに来てくれたんだと私は思います。私の友達も中学生の時に事故にあって亡くなってしまいましたけど、私を励ますためなのか会いに来てくれました。だから落合さんの気持ちはよくわかります。」

 

カルパッチョは膝から崩れ落ち、両手で顔を抑えた。カルパッチョの体は小刻みに震えていた。

 

「やっぱり……そういうことなんだ……」

 

弱々しく呟き、悲しみに項垂れているカルパッチョの背中を石井は優しくさする。

 

「大丈夫です。泣いてもいいんですよ。苦しいときや泣きたいときは気がすむまで泣いてください。上に立つ者は泣いてはいけないだとか感情を出してはいけないなんて言いますけどそれじゃ壊れちゃいますよ……さあ、思いっきり泣いて吐き出してください。」

 

カルパッチョは我慢の限界が来ていた。石井の言葉に堰を切ったかのように石井の胸を借りて思いっきり声をあげて泣きじゃくった。周りで眠っていた他の対策本部の生徒たちは、カルパッチョの大きな泣き声に何事かと起きて来たが石井の目を見て何かを察したのか各々が静かに手を合わせて再び眠りについた。

 

「嫌だ……嫌だよ……そんなの受け入れたくないよ……なんで……なんでみんなこんな目にあわなきゃいけないの……?なんでペパロニが命を奪われなくてはいけないの……私たちがなにをしたって言うの……?私たちはただ平和な暮らしがしたかっただけ……今まで通りの生活をしたかっただけ……なのに何故それさえも奪われなくてはいけないの……!気が狂いそう……もうあの眩しい笑い声は聞けない……この悲しみは絶対にもう一生消えない……もう私の隣にペパロニはいてくれない……なぜ……ねえ……?なぜなの……?なぜ私たちに平和をくれないの……?西住さん……なぜ私たちに憎しみを振りまくの……なんで殺されなくてはいけないの……?本当は私は誰も恨みたくない……でも、友達を奪われたらそういうわけにもいかないわ……私は絶対に知波単と西住さんを許さない!絶対に復讐してやる!西住さんに復讐するその日まで……それまで私は死ぬわけにはいかない。絶対になんとしても生き抜く!ペパロニたちの分まで生きて生きて生き抜くこと、これが亡くなったペパロニたちやアンツィオ高校の生徒たちへの供養と慰めになるはず……西住さんはアンツィオを思い通りに操ろうとしているけどアンツィオ高校学園艦の魂は西住さんの思い通りには操れないってことを永久に不滅だってことを見せつけなくちゃ!だから例え辛くて苦しくて悲しくてもそれでも私は前に進むわ!」

 

カルパッチョは、手を強く握りしめて知波単とその裏で攻撃を命じたであろう西住みほへの怒りと憎しみ、そして自らへの激励と誓いを立てた。カルパッチョは凛とした表情だった。石井は、真剣な眼差しでまっすぐカルパッチョを見つめて頷くと口を開いた。

 

「前に進む、ですか。そうですね。それがせめてもの犠牲になられた方への慰めになるでしょう。辛いですが私たちは1日も早い復興を目指しましょう。でも、そのためには睡眠と休養も重要。さあ、今日はもう眠りましょう。おやすみなさい。」

 

「ええ。起こしてしまってごめんなさい。おやすみなさい。」

 

そう言うとカルパッチョは眠りについた。なんだか晴れやかな気分だった。もちろん。悲しみは心に深く突き刺さっている。でもそれ以上に、ペパロニたちの分まで生きなくてはと言う使命感にも似たような感覚がカルパッチョを奮い立たせていた。

次の日、カルパッチョは朝目覚めると外に出ているという置き手紙をしてこっそりと3号棟を抜け出し道端の小さな花を摘んで階段前広場、戦車倉庫そして最後に1号棟校舎に向かった。辛かったが、会いにきてくれたペパロニたちにこちらからペパロニたちが命を落としたであろう場所に出向くのは義務だと思った。カルパッチョはそれぞれ3つの場所に向かうと小さな手の中に握られた小さな花を手向けて両手を合わせた。そして最後の1号棟校舎でカルパッチョはペパロニたちに呼びかけるように小さく呟く。

 

「ペパロニ、みんな……待ってて。すぐに迎えに行くから……貴女達の遺骨は私が引き取るわ。みんなに会えなくなるのは悲しくて辛いけど私は……負けない。みんな見てて。生き残った子たちと一緒に頑張るから。みんなの分も生き抜くから。」

 

「うん……待ってるっす。苦労かけるけどよろしくっす。カルパッチョ。大丈夫。大丈夫っすよ。私たちはいつまでも見守っているからな……カルパッチョの側にずっといるからな……」

 

風が強く吹いた。その時に、ペパロニたちの声が聞こえて抱きしめてくれているような気がした。カルパッチョは頷き、来た道を戻った。カルパッチョはもう後ろを振り向くことはなかった。胸を張って力強く地面を踏みしめながら歩いて行った。しばらく歩いてもうすぐ3号棟の建物がある大通りにに差し掛かかる頃だった。突然、カルパッチョを呼ぶ声がした。

 

「もしかして、カルパッチョさんっすか?」

 

カルパッチョは驚いて声のする方を見ると3人の生徒が立っていた。その生徒たちの顔にカルパッチョは見覚えがあった。それは紛れもなく戦車道の隊員たちだった。

 

「アマレット!ジェラート!パネトーネ!無事だったの!?良かった……本当に良かったわ!」

 

カルパッチョは事件の後初めて仲間と再会できた。カルパッチョは喜びを爆発させた。気がつくと嬉しくて思わず抱きついていた。

 

「うお!びっくりした!」

 

カルパッチョに抱きつかれてアマレットは心なしか嬉しそうに笑った。今度はジェラートが口を開く。

 

「カルパッチョさんこそ、怪我はありませんか?」

 

「うん。私は無いよ。」

 

「そうっすか。それは良かったっす。あの、ウチらペパロニ姐さんや他の奴らを探しているんですけど見ませんでしたか?」

 

カルパッチョは迷っていた。1年生であるアマレットたちにペパロニはもうこの世にいない可能性があると伝えるべきなのか。しばらく黙り込む。アマレットは心配そうな顔をしてカルパッチョの顔を覗き込む。

 

「さあ……私は……見てないわ……私も探してみるね。」

 

カルパッチョは声を詰まらせながら答えを返した。普通なら疑われそうだが純粋なアマレットたちは疑うことなく納得した。

 

「そうっすか。知ってたら良かったっすけど……きっと大丈夫っすよね。ペパロニ姐さんたちはきっと他のところにいるっすよね。」

 

こんな事態になっても希望を失っていないかのような笑顔でアマレットは言った。カルパッチョは躊躇いながら答えた。

 

「うん。そうね。きっと。それじゃあ私は仕事があるから行くね。貴女達もそろそろ朝ごはんが支給されるけどこんなところで油売ってていいの……?種類無くなっちゃうよ」

 

「朝飯はうちらの寮は爆発に巻き込まれなかったので一旦寮に戻って食ってくるっす。ところでカルパッチョさん。仕事ってなんすか?」

 

「生徒会の仕事を手伝ってるの。ここの運営とか色々と。」

 

カルパッチョの答えにアマレットたちは感服して賞賛と激励の言葉を贈った。

 

「さすがカルパッチョさんっす!頑張ってくださいね!」

 

「うん。ありがとう。みんなも気をつけて帰ってね。」

 

カルパッチョはアマレット達の後ろ姿を見送りながら苦しみをこらえた声を洩らす。

 

「言えるわけがないじゃない……ペパロニたちが亡くなったかもしれないなんてそんなこと言えるわけがないじゃない……あまりにも残酷すぎるわよ……あの子たちにペパロニたちの死を背負わせるなんて……そんなこと私にはできないよ……そんなことを知ったらあの子たちはきっと壊れてしまう……」

 

カルパッチョは建物と建物の間の暗い路地裏に逃げるように走っていって泣いた。路地裏はジメジメとした陰鬱な空気をしていた。まるでカルパッチョの心の中を表したような空間だった。すると、奥から突然声がしてきた。

 

「おう!おまえ何者だ?天下のジェノベーゼ一家の縄張りに入るとは良い度胸じゃねえか!」

 

カルパッチョは驚いて前を見ると、2人の所謂不良少女が鉄パイプのようなものを手にしてゆっくりと迫ってくる。路地裏は非常に治安が悪く、通称マフィアと呼ばれる物騒な連中が支配している。カルパッチョはそのことをすっかり忘れていた。特にこの裏路地は、間違って立ち入った生徒が1週間もしないうちに学校を退学していくという噂があった。2人のマフィアは、カラカラと鉄パイプのようなものを地面に引きずりながらカルパッチョに迫る。カルパッチョは怖くて生きた心地がしなかった。なぜなら彼女たちが所属しているであろうジェノベーゼ一家はアンツィオ高校学園艦中にその名を轟かせる札付きの荒くれ者たちである。風紀委員の警告を幾度となく受けてもそれを無視して暗躍しては風紀委員の大掃討作戦で何度も構成員が矯正所送りにされている。また、コンビニ船などの定期船に忍び込んで学校を抜け出しては外部から盗んできた酒やタバコを学園艦内で生徒に密売して荒稼ぎしているとの噂も囁かれている組織だった。何をされるかわからない。カルパッチョは思わず後ずさりしながら声を裏返して言った。

 

「ご、ごめんなさい……貴女たちの縄張りに入るつもりはなかったんです。すぐ立ち去ります。」

 

そう言ってカルパッチョは瞬時に回れ右をするとその場から走って逃げようとした。すると今度は別の2人のマフィアがカルパッチョの行く手を阻んだ。カルパッチョはマフィアに四方を囲まれてしまった。

 

「へへへ。行かせねえぜ。謝って済むって問題じゃねえんだよ。ちょいとこっちに来てもらおうか。へへへ。」

 

4人のマフィアはあっという間にカルパッチョを捕まえて後ろ手に縛ってしまった。

 

「痛い!痛い!な、何するんですか!離してください!」

 

「離せって言われて離すバカなんざここにはいねえな。へへへ。」

 

4人のマフィアは不気味に笑うとカルパッチョを廃屋に連れて行き、万歳の形で手首を柱に縛り付けた。

 

「私をどうするつもりなんですか……?」

 

「へへへ。そうだなあ。おまえの綺麗な顔潰してやるのも良いし、その細くて白い指を詰めるのも良いかもな。それか、裸で踊ってもらうとか。身ぐるみ引っ剥がして甚振って略奪して路上に晒すとか色々方法はあるよな。」

 

「嫌だ……そんなの嫌よ!誰か!誰か助けて!」

 

カルパッチョは声を張り上げて助けを求める。声がカラカラになるまでとにかく叫びまくった。でも、誰も来ることはない。無理もないことだ。ここは、大通りから何十メートルも離れているのだ。誰かが助けに来てくれるなんていうことはないということはわかっていた。でも、諦めるわけにはいかない。必死に叫ぶカルパッチョを悪党どもはいやらしく笑って眺めていた。やがて、悪党どもの1人がこちらに近づいて来て、頰を片手で掴みながら言った。

 

「へへっ、叫ぼうが喚こうが誰も来やしないぜ。いくらでも喚いて叫べば良いさ。おい!おまえら!こいつを引っ剥がして裸にしろ!たっぷり可愛がってやれ!」

 

「「へい姉貴!」」

 

4人の中で一番階級が高いと思われるマフィアの指示で残りの3人の子分のマフィアはカルパッチョの服を引き剥がそうとした。カルパッチョは縛られていない足をばたつかせて必死に抵抗をする。するとマフィアはカルパッチョの耳元で恫喝した。

 

「おい!じっとしてな。2度と見れないような顔にしてやろうか?」

 

マフィアはそう言ってカルパッチョの顔に鉄パイプを押し当てる。カルパッチョは恐怖で身体を硬直させた。

 

「やめてください……やめてください……」

 

カルパッチョは悲痛な声をあげる。しかし、マフィアはそんなカルパッチョを嘲笑うと両手でカルパッチョの制服を掴みボタンのところから思いっきり引き裂いた。

 

「いやあああああ!」

 

カルパッチョは悲鳴をあげる。その声と同時に股の下がじわじわと濡れていくのがわかった。カルパッチョがこの学校に来て2度目の失禁だった。まさかこの短期間に2度も失禁することになるとは思わなかった。カルパッチョは恥ずかしさに顔を真っ赤に染めた。

 

「へへへ。こいつ漏らしてやがりますよ。姉貴!」

 

1人のマフィアがカルパッチョのスカートを捲りながら言った。すると姉貴分のマフィアはニヤリといやらしい笑みを浮かべてカルパッチョの股をタイツの上から確かめるように撫でる。

 

「あっははは!おまえマジかよ!高校生になっておもらしなんてガキみたいで恥ずかしいな!?濡れてると気持ち悪いだろう?すぐに下も脱がしてやるよ!」

 

そういうと、姉貴分のマフィアはカルパッチョのタイツを掴んで一気に引きおろそうとした。カルパッチョは泣きそうな目で懇願した。

 

「やめてください……もう許してください……お願いします……」

 

カルパッチョの声に姉貴分のマフィアはイラつきながら子分に命じた。

 

「こいつ。さっきから九官鳥みたいにやめて、やめてとうるせえな!おい!バローロ!ガムテープ持ってこい!こいつのうるさい口を塞いどけ!」

 

「へい!姉貴!」

 

「え?ちょ、ちょっと!ん!んー!」

 

カルパッチョの口はあっという間にガムテープで塞がれてしまった。マフィアの姉貴分はそれをいいことにカルパッチョを甚振った。

 

「へへへ。いい格好だな。ブラもパンツも可愛いのつけてんじゃねえか。」

 

姉貴分マフィアは慣れた手つきでカルパッチョの下着を脱がせた。今まで何人の生徒が彼女たちマフィアの魔の手にかかったのであろうか。なるほど。間違って立ち入った何人もの女子生徒もこうして辱めを受け、屈辱に耐えかねて心を破壊されて退学していったのであろう。カルパッチョの身体から全ての布が奪い去られて全裸にさせられた。

 

「綺麗な肌してんなあ。やっぱりカタギの人間の身体は汚れがなくていいな。こいつの身体はいい金づるになりそうだ。おまえら!よくやったな!」

 

マフィアたちが何を企んでいるかカルパッチョも一応は年頃の女の子なのでわかっている。マフィアたちはカルパッチョに売春させるかポルノ映像を撮って荒稼ぎしようと考えていたのである。そんなことされてはたまったものではない。純潔は自分の好きな人に捧げたい。カルパッチョは塞がれた口で出来る限りの大声で助けを呼ぶ。

 

「んー!んー!」

 

「あははは!姉貴!こいつまだ喚いてるっすよ。黙らせましょうか?」

 

「いや、いい。この叫び声を聞くのも楽しいからな。こうして捕まえた時だけに聞ける特別な音楽さ。へへへ。」

 

マフィアたちはカルパッチョの叫び声を楽しんでいた。

 

「あっははは!姉貴も悪趣味っすねえ!」

 

マフィアたちは大声で笑った。カルパッチョはマフィアの大きくて豪快な笑い声に負けないように何度も叫ぶ。しかし、誰かが来る気配はなかった。もうダメなのであろうか。このまま自分は辱めを受けるのだろうかと諦めかけた時だった。突然ガチャリと扉が開いた。助けが来てくれたのだろうかとカルパッチョは期待して扉の方を見た。しかし、その期待はすぐに砕かれた。入って来た人物はカルパッチョをどん底に叩き落とした。

 

「ジェノベーゼ姐さん!お疲れ様っす!」

 

先ほどまで偉そうにしていた姉貴分のマフィアが、廃屋に新しく入って来た金髪のショートヘアでサングラスをかけた人物を見た途端いきなり敬語を使い大人しくなった。そう。この人物こそ、このマフィア集団ジェノベーゼ一家を取り仕切っているジェノベーゼ本人であった。ジェノベーゼは全裸で万歳の形で手首を縛られているカルパッチョをちらりと見ると地を這うような低い声で姉貴分マフィアに尋ねた。

 

「おい。あいつは誰だ?何で裸にされて縛られてんだ?」

 

「ああ、あれはうちらの縄張りに勝手に入った奴です。」

 

「こっちの人間なのか?」

 

「いいえ。持ち物や身なりからすればカタギっすね。」

 

姉貴分マフィアがそう答えた瞬間である。姉貴分マフィアの頰にジェノベーゼの拳が飛んだ。姉貴分マフィアは突然殴られ、吹っ飛ばされてその場に倒れ込み驚いた表情をしている。ジェノベーゼは姉貴分マフィアの胸ぐらを掴むと大声で叱責した。

 

「馬鹿野郎!てめえ!カタギのお嬢さんには手を出すなって何度言ったらわかるんだ!?」

 

そういうとジェノベーゼはカルパッチョの腕に巻かれた縄を解くと口に貼られたガムテープを取ってやり制服を差し出して頭を下げた。

 

「うちの若いのがこんなとんでもねえことしちまって本当にすまない!許してくれ!こんなことしておいて言えたことじゃねえがどうか風紀委員には通報しないでくれねえか?あいつら次風紀委員に捕まったら今度こそ退学になっちまう!この通りだ!頼む!ほら!おまえらも何ぼけっと突っ立ってんだ!おまえらも頭を下げろ!」

 

カルパッチョは突然のことで何が起きたのかわからずに混乱していた。カルパッチョは呆けた顔で全裸のまま制服を抱きしめる。そして、カルパッチョの眼の前で4人のマフィアとともに土下座をしているジェノベーゼに尋ねた。

 

「助けてくれるんですか……?本当に帰ってもいいんですか……?」

 

「ああ。もちろんだ。本当にすまなかった。」

 

カルパッチョは全裸のまま脱力してへたり込み、同じことを何度も繰り返し口にした。

 

「ありがとうございます……ありがとうございます……」

 

カルパッチョの目からは涙が溢れる。それが身体に伝って滴り落ちた。これでようやく恐怖から解放されたカルパッチョは震える手で服を着る。カルパッチョの制服は無理やり引き裂かれたせいでボタンがところどころどこかに吹っ飛びなくなっていた。こんな格好を見られれば何があったかしつこく尋問されるだろう。対策本部に戻ったらどうやって言い訳しようかとカルパッチョは考えながら帰ろうとした。すると、ジェノベーゼはカルパッチョを呼び止めた。

 

「待ちな。あんた。何でこんなところに来たんだ?あんたあたいたちの世界にいるべき人間じゃないだろ?何かあったなら聞くぞ?詫びもしたいことだしな。」

 

カルパッチョは少し迷った。正直早くこの場から離れたかったがこの人物を怒らせたら今度は命がないかもしれない。仕方がない。話した方が早くこの恐怖から解放される。そう思ってカルパッチョは頷いた。すると、ジェノベーゼはカルパッチョをさらに奥の建物に誘った。カルパッチョは少し警戒しながら中に入る。すると中にはおびただしい数の酒瓶らしきものとタバコが入った箱と思われるものがぎっしりと詰め込まれており、テーブルと椅子2脚が置いてあった。ジェノベーゼはカルパッチョに椅子を勧める。カルパッチョが腰掛けるとジェノベーゼはその中の一つの瓶を手に取り、グラスに注ぐ。

 

「お酒ですか……?」

 

カルパッチョが尋ねるとジェノベーゼは特に隠すことなく答えた。

 

「そうだ。酒だよ。ウイスキーさ。あんたも飲むか?」

 

今、問題行動を起こして退学するわけにはいかない。それはペパロニの思いを裏切る行為だ。カルパッチョは首を横に振る。

 

「いいえ。結構です。」

 

「あははは!嘘だよ。あたいはもう20歳超えてるからいいけどあんたが飲んだら大問題になっちゃうもんな。あんたはオレンジジュースでいいか?」

 

ジェノベーゼは自分の古びた生徒手帳をカルパッチョに投げ渡しながら言った。ジェノベーゼの生徒手帳の身分証明のページには確かにジェノベーゼが20歳であることを示していた。カルパッチョはジェノベーゼに生徒手帳を返しながら尋ねた。

 

「20歳って何でまたそんな歳まで高校に……?ええ……それじゃあオレンジジュースで……」

 

「ああ、留年しまくってっからな。この学校は留年10年まで大丈夫だし、学校行くのもめんどくせえし。それでまだあたいは2年生さ。あっはっはっはっは!」

 

ジェノベーゼはオレンジジュースを注いだグラスをカルパッチョに渡しながら豪快に笑った。カルパッチョは苦笑いをつくる。ジェノベーゼはカルパッチョに手を差し出した。

 

「改めて、あたいはジェノベーゼだ。ジェノベーゼ一家っていうやつの頭領をやってる。改めてよろしく。」

 

「カルパッチョです。高校2年生です。」

 

「高校2年生か!それじゃあたいの同級生じゃないか!あっははは!」

 

カルパッチョは特に反応を示さずちらりと外を見てジェノベーゼに尋ねた。カルパッチョはなぜあの女子生徒たちが自分をこんな目に合わせたのか知りたかったのだ。

 

「あの、あの子たちは一体……」

 

「ああ……あいつらか……本当にすまなかったな……あいつらは学校に適応できなかったはみ出し者たちさ。いるだろう。どこの学校にも。勉強ができない奴もいれば運動ができない奴もいるしその両方もいるよ。そんなはみ出し者たちをあたいが拾ってやってんだ。居場所を作ってやったんだ。みんなでつるんでさ。自由にワイワイ騒ぐ。もちろん、あたいたち落ちこぼれと違って学校生活を送ってる奴らも大歓迎さ。そいつらとも色々楽しく過ごす。それが本来のジェノベーゼ一家の正体さ。もともとあたいたちは犯罪なんてするような奴らではなかったよ。特にあんたたちカタギに手を出すなんて絶対しない奴らだった。もっともあたいたちと過ごしているうちに自信を取り戻してやりたいことができたって一家を抜けた奴もいた。その日はみんなでお祝いしたものだよ。それが、いつだったかな。確かあれは別の地区の奴らが支配地域を広げようとあたいたちが縄張りとしていたこの地区に攻めてきた。その時からだったかなあいつらの心が荒んでこんなことやるようになっちまったのは。あたいはあいつらを守るために自分の身は自分で守るように言った。つまり武装するように言ったんだ。そうしたら、何を履き違えたのか自分たちの力を誇示し始めたんだ。そこからは転げ落ちるようだった。気がついたらマフィアだなんて呼ばれちまってな。今やあたいが目指した一家とはほど遠い。カタギの子たちに対して暴力を振るったり、裸にして辱めたり犯罪に手を染めて……全くざまあねえよな……何人もの仲間が風紀委員の掃討作戦で拘束されたよ……ここにある酒やタバコも元々は密売するためにあいつらが外から盗んできたやつだ。少しでも流通させないようにあたいが少しでも飲んだり使ったりしてるけどすずめの涙だよな。はは……」

 

ジェノベーゼはウィスキーを片手にしみじみと語った。時折涙も見せる。ジェノベーゼ一家はもはや統制を失っているというような状態であった。ジェノベーゼだけではとてもじゃないが手に負えないのだ。

 

「そうですか……そんなことがあったんですか……」

 

カルパッチョはそう呟いた。しばらく部屋に沈黙が広がる。ジェノベーゼはグラスに入ったウィスキーを飲み干すと再び床に手と額をつけた。

 

「頼む!あいつらを許してやってくれ!あいつらは本当はみんないい奴なんだ!今度こそ何かあったらあいつらは退学になっちまうしこの一家も強制解散になるかもしれない!無理は承知だ……頼むよ……」

 

カルパッチョは一つ大きなため息をつくと顔を上げさせた。そして手を差し伸べながら告げた。

 

「わかりました。わかりましたよ。みなさんを許します。」

 

「ありがとう!本当にありがとうな……嬉しいよ……あいつらにはきつく言っとくから……もう2度とあんなこと誰にもしないようにするから……」

 

「彼女たちがしたことは私の尊厳を傷つけることで罪が消えるわけではありません。でも貴女の言うことは信用できる気がします。あの子たちが本当はいい子たちなんだってあなたの言葉を信じています。環境があの子たちを狂わせただけ。だからもう気にしないでください。今度は私の話を聞いてくれるんですよね?」

 

「ありがとう……ああ、もちろんだ。あんたはあたいたちとは全く違いそうだし何でこんなところに来たのか気になってな。よかったら話を聞かせてくれないか?」

 

カルパッチョは頷くと涙を流しながら語り始めた。

 

「それじゃあ聞いてください。実は私、戦車道をやっているんです……戦車道の副隊長を……」

 

「あんた戦車道やってんのか。しかも副隊長なんて凄いじゃないか!戦車道っていったら1年前戦車道やりたいってこの一家を去ってった奴がいたな。懐かしい。ペパロニって知ってるか?」

 

カルパッチョは目を剥いた。確かに1年前のペパロニは荒れていたがまさか目の前のジェノベーゼ一家の関係者だったとは思わなかった。なんと言う因果であろうか。気がつくとカルパッチョはジェノベーゼの肩をがっしりと掴んでいた。

 

「ペパロニを知ってるんですか!」

 

突然飛びついてきたカルパッチョにジェノベーゼは戸惑いながらも懐かしそうな顔をして話し始めた。

 

「あ、ああ。そりゃうちの一家にいたからな。ペパロニも荒れててな。でも、やりたいことが見つかったから抜けさせて欲しいって言われた時は素直に嬉しかったよ。それで、ペパロニは元気か?」

 

カルパッチョは下を向きながら首を振る。

 

「ペパロニは……ペパロニは……亡くなってしまったかもしれないです……」

 

「亡くなった?ペパロニがか?あっははは!変な冗談言うな。そんなわけあるかよ。あんな元気なペパロニが。」

 

ジェノベーゼの呑気さにカルパッチョの心に怒りがこみ上げてきた。カルパッチョは立ち上がり両手をテーブルに打ちつけると絶叫した。

 

「嘘じゃありません!本当のことなんです!そもそも、何が起きているかわかっているんですか!?ことはもっと重大なんです!深刻なんです!今、この学園艦では数百人単位が死亡し、1万人単位の行方不明者がいるんですよ!もし、私の話が信じられないなら今すぐにでも1号棟に行ってみてください!私の言葉の意味がわかるはずです!」

 

カルパッチョの声が部屋中に響いた。ジェノベーゼはうろたえカルパッチョが何を言っているのかさっぱりわからないと言うような顔をしていた。

 

「なんだよ……どうなってんだよ……さっぱりわからねえ……一体表の世界で何が起きてるんだよ……」

 

「武力攻撃ですよ……」

 

カルパッチョはか細い声でぼそりとそう言うと今このアンツィオ高校学園艦で何が起きているのか全てを打ち明けた。知波単から爆撃および機銃掃射を受けたこと、その裏に大洗女子学園で武装蜂起した西住みほの影が見え隠れしていること、被害が甚大で火災が各地で発生していること、ペパロニは1号棟校舎に向かったきり行方不明になっており、1号棟校舎は爆撃の餌食になったことを途切れ途切れに大粒の涙を流しながら説明した。

 

「それじゃあ、ペパロニはその西住みほとかいうやつと知波単の爆撃機に殺されたってのか!?」

 

「ええ……まだ行方不明なのでなんとも言えませんが恐らくは……もしかしたら生きて救助される可能性もありますが……現場の状況と収容される遺体の状況などの各種報告を総合的に判断すれば恐らくもう亡くなっている可能性が……」

 

「知らなかった……知らなかったんだ……あたいらその時ちょうど地下トンネルの中にいたからさ……確かに地響きみたいな音がして揺れたから地震がきた程度にしか思ってなかった……表の世界でそんなことが起きていたなんてな……くそ!西住みほとか言う奴と知波単め!絶対に許せねえ!なんでこんなこと起きてんだよ!なんであいつを奪われなきゃいけねえんだ!あいつが何をしたってんだよ!夢を追いかけてただけだろうがよ!せっかくやりたいことも見つけたのになんでこんなことになるんだよ!」

 

ジェノベーゼは鬼のような形相で、悔しそうに自らの拳を机に叩きつける。今度はジェノベーゼの声が部屋中に響いた。しばらくの沈黙の後カルパッチョはぼそぼそと呟いた。

 

「悔しいですよね……私も大切な仲間を守れなかったから悔しいです……消防団から戦車道の隊員らしき遺体が発見されたという知らせも入りました……その時は気が狂ってしまいそうでしたよ……」

 

「あたいも悔しいよ。あたいにも何かできたらいいけどな……あたいには何もできない……」

 

カルパッチョはジェノベーゼの言葉を聞き逃さなかった。ジェノベーゼは何かしたい。でも、自分には何もできないと言った。しかし、それは違う。彼女はやり方を知らないだけだ。何かしたいならさせてあげる、カルパッチョは今それができる立場にいる。ならばその思いを汲むのが今カルパッチョがするべきことである。カルパッチョはジェノベーゼの手を取って頭を下げた。

 

「ジェノベーゼさん!お願いがあります!私たちの手伝いをしてくれませんか?」

 

「あたいが?なんの冗談だ?でも……あたいのせいであんたに迷惑がかかったらどうするんだよ……あたいはあんたと違ってマフィアだっていって怖がられているんだぞ?あんたの信用に関わるかもしれねえ。頼りにされるのは嬉しいけどやめておいた方がいいんじゃないか?」

 

ジェノベーゼは突然の申し出に戸惑っている。冗談か何かだと思った。カルパッチョが自分たちのせいで何か迷惑を被ることがあってはいけないと考えていたのだ。しかし、カルパッチョはいたって本気だった。なんとしてもジェノベーゼたちの力を借りたかった。特に今回は自発的にジェノベーゼが何かやれたらと言った。これほど心強いことはない。無理矢理ではないからきっとやる気も高いはずだ。カルパッチョはこの頼り甲斐のある人物をなんとしても喉から手が出るほど欲しかった。今はどこの部署でも人手が足りない。とにかく1人でも多くの人員が必要だったのだ。

 

「ええ。そうです。あなたです。私はあなたがいいえ、欲を言えばあなたたちジェノベーゼ一家の構成員全員が必要です。他のみんなからどう見られるなんてことは関係ありません。どうしても必要なんです。ジェノベーゼさん、さっき何かできたらって言ってくれたじゃないですか。ジェノベーゼさんたちだって人の役に立てるんです!今、色々なところで人手が圧倒的に足りていません。どうかお願いします。私たちを助けてください。」

 

ジェノベーゼは無言で目を瞑りしばらく考え込んでいた。そして5分ほど経ち目を見開くとカルパッチョの目を見つめてようやく口を開いた。

 

「わかった。手伝おう。あたいらが何かできるならこれほど嬉しいことはないよ。あたいらは今までみんなに嫌われてきたけど見返してやるよ!」

 

「期待しています。みんなを見返してください。」

 

「おうよ!だけど、あいつらを説得するにはちょっと時間かかるかも知れねえからさ、あんた先に戻ったほうがいいと思うぜ。こんなこと頼むなんて、あんた何か生徒会関連もやってんだろ?もし説得できなくてもあたいは必ず行くからさ。約束だ。絶対に裏切らねえ。何しろペパロニが殺されたかもしれねえのに放っとくことなんてできるかよ。それに、一度飲み交わした仲は永遠だ。」

 

「わかりました。こっちもこっちで皆さんの受け入れの準備をしておきます。きっと反対意見もあるでしょうから説得しておきますよ。」

 

「ああ。迷惑かけるけど頼むよ。それじゃあまた後でな。表の大通りまで送るよ。」

 

「はい。また後で。ありがとうございます。」

 

カルパッチョは裏路地から大通りに戻ると対策本部のある3号棟へ戻っていった。カルパッチョが対策本部に戻るともう昼になっていた。カルパッチョは慌ただしく出入りする大勢の人の中に紛れてこっそりと部屋に入ったが、早速石井に見つかってしまった。石井はカルパッチョの姿を見るなり叫びながら駆け寄ってきた。

 

「あ!落合さん!こんな時間までどこに行っていたんですか!?朝起きたら隣にいなくてすぐ帰ってくるかと思ったらお昼まで帰ってこないなんて!心配していたんですよ!って!なんですかその格好は!シャツはビリビリでタイツも履いてないじゃないですか!本当に一体何をしてきたんですか!?大丈夫なんですか!?」

 

石井は機関銃のようにカルパッチョに説教を始めた。カルパッチョは石井を適当にあしらう。

 

「あははは。ごめんなさい。心配しないでください。大丈夫です。あ、そうだ。石井さん。後で大事な話があるから各班の責任者を招集しておいてもらえませんか?そうですね……ちょうどお昼でみんなお昼休憩に戻ってくると思うのでその後すぐ午後13時に始めます。みんなに伝えておいてください。」

 

「全く……心配するなって……そんな格好でそんなことは通りません!後で色々と話を聞かせてもらいますからね!招集の件了解しました。」

 

カルパッチョはようやく石井のうるさい説教から解放されてふうっとため息をついた。しかし、カルパッチョは説教されたにも関わらずなんだか不思議と嬉しい気持ちだった。自分は1人ではないと改めて確認できたような気がしたからだ。カルパッチョは心の中でペパロニに問いかける。

 

(私、1人ぼっちじゃないのね。こんなに私を支えてくれる人がいるんだもの。今日1日でペパロニの言葉の意味が改めてよくわかったわ。ペパロニありがとう)

 

心の中のペパロニは満足そうに頷きながら静かに笑っていた。

 

つづく




次回 1/21 21:00更新予定→変更 次回2/4 21:00更新予定
更新日変更については活動報告でお知らせを行います。


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第97話 アンツィオ編 漂流

大変お待たせしました。第97話スタートです。
いかなる災害の時でも職員は全力で事態の収拾に当たっています。アンツィオ高校ではどう言う対応を取るでしょうか?今日は船舶関係のお話が出てきます。私は船舶についてはあまり詳しくないのでわかりませんが、もし矛盾点などあったら教えていただけると嬉しいです。
ちなみに、艦長は軍隊や自衛隊においての言葉のようですが「学園艦」ですのであえて艦長にしています。


カルパッチョは、心の中のペパロニに問いかけてしばらく経った後にパンと自分の両頬を叩き気合いを入れて目を見開いた。そして、カルパッチョは部屋を囲うように設置されたホワイトボードを一つずつ確認していった。ホワイトボードには新たな情報が書き込まれている。また数人の遺体が新たに発見されたこと、ガスタンク群の火事が未だ収まらないことなどが記載されていた。カルパッチョは、真剣な眼差しでそれを一つずつメモしていった。そして、最後にホワイトボード行動表の自分の名前のところに'本部内に出勤'と書きこんだ。その行動表には向かって一番右端の枠に災害対策本部の職員全員の個人名と設置された班の名称が書かれており、その隣の横長の自由記入のスペースに今どんな行動をしているのかが書かれている。例えば、風紀委員は現在、行方不明者の捜索と遺体の収容、そして治安維持のパトロールを行なっていてその中でも風紀委員長は行方不明者捜索と遺体の収容の任を行なっているとのことだった。こういう具合に一目見れば誰がどこで何をやっているかわかる便利なものである。今でこそ当たり前のように災害対策本部内で使われているこの行動表は、カルパッチョの指示で取り入れられた設備だった。彼女が災害対策本部に着任するまで、こうした設備はなかったので誰がどこにいるか分からず災害対策本部内がいつ機能不全に陥るかわからない状態になっていた。これから先、そんなくだらないことで機能不全に陥っていては災害対策本部の資質が疑われかねない。もしも、この災害対策本部が無能集団と見限られたら恐らく一般生徒たちは二度と指示に従わなくなるだろう。それは何としても避けるべきことである。緊急事態時は行政だけではやれることに限界があり、一般レベルでの協力が不可欠である。もしも、災害対策本部が信頼をなくしてしまっては協力を仰ぎにくくなることはもちろんのこと最悪、一般の生徒たちが避難命令などに従わずに災害対策本部が予測できない思わぬ行動を取った場合、死者や怪我人をさらに増やす可能性があった。さらに、これから先に西住みほ率いる大洗女子学園反乱軍派による攻撃が行われる可能性はもはや90%を超えており、しかも今回の攻撃よりさらに苛烈になる可能性が大いに高い。西住みほや知波単がなぜここまでの兵器を保有しているのかは全く不明だが、今回の空襲の結果を鑑みれば相当な戦力を保持しているのは間違いない。それらの兵器で次に攻撃されたらその時はどれくらいの被害が出るか検討もつかない。それだけではない。現在この日本の海には知波単や聖グロリアーナ以外にも西住みほ率いる反乱軍への支持を表明した学園艦が数多く存在する。もし、それらの学園艦と遭遇した際、西住みほの敵となったアンツィオ高校学園艦は強制的に停船させられて臨検を受ける可能性がなきにしもあらずだ。確かに、学園艦は司法警察官吏及司法警察官吏ノ職務ヲ行フヘキ者ノ指定等ニ関スル件 第7条が定める20トン以上の船舶であるため同法を根拠として学園艦艦長、機関長などに特別司法警察職員としての権利は法律で認められているが、それは船内で何らかの犯罪が起きた場合のみ認められるものであり、船内で何も犯罪が発生していないにも関わらず、他の船舶を強制的に停船させて臨検をしても良いという意味ではない。臨検は海上保安官などの行政機関の司法警察員に認められた職権であり、艦長などには認められていない。もちろん、学園艦が軍艦であり、なおかつ他国と交戦中なら別だがそういうわけでもない。したがって臨検をするという行為は違法かつ特別司法警察職員という職権の乱用である。しかし、それらの学園艦は残虐な戦争犯罪に平気で手を染める西住みほに同調する学園艦である。彼女たちは何をするかわからない。もしかしたら無理やり乗り込まれて、良くても臨検及び責任者の拘束、最悪のケースを想定するならば攻撃されて多数の死者負傷者が出るなどということもあり得る。そうした甚大な被害を出す可能性がある緊急事態が再び発生した時に、時間と人員のロスを無くして迅速かつ正確な行動をし、少しでも犠牲を減らすための工夫でもあった。黒森峰の堅物な生徒たちから見たら、そんなこともできないのかと笑われそうだがそれこそがノリと勢いで行動し楽観的なアンツィオ高校という学校なのだ。皆、なんとかなるだろうという楽観的な考え方で特に対策することがなかった。カルパッチョは、アンツィオ高校災害対策本部に初めて着任してその実態を垣間見た時あまりのルーズさに愕然とした。まさか、生徒を始めとして教職員、市民の命を預かる災害対策本部までこんなにルーズで楽観的だと思わなかったのだ。楽観的なことが悪いことであるとは言わない。あまり肩肘を張っていると疲れてしまう。しかし、何事にも限度がある。度を越えた楽観さで物事にルーズなのはいただけない。そのルーズさが人の命を奪う可能性がある。少しは真面目に最悪の事態というものも考えるべきであろう。仮にも彼女たちは災害対策本部の職員である。カルパッチョは、彼女たち災害対策本部の職員たちのルーズさにいささか憤りを感じつつも、イタリア人気質なアンツィオだから仕方がないと割り切って一つ一つ懇切丁寧にこういう緊急事態発生時の対応について指導をした。

しかし、アンツィオ高校は何も劣っているというわけではない。優れている点もある。それは古い物に執着しすぎず新しいものも積極的に受け入れるという点だ。もちろんアンツィオ高校は古いものを捨てて全て新しいものにという態度をとり、伝統を軽んじているというわけではない。食事を例外にして新しいものを何でも受け入れるという気質が伝統なのだ。だからこそ新しいことを取り入れようという提案も拒絶感を抱くことなく受け入れることができるのである。だから、カルパッチョが提案した行動表の設置やその他の効率的な方法への改善についても特に反対意見が出るわけでもなくスムーズに行うことができたのだ。

カルパッチョは行動表への記入が終わると他の職員や班が何をやっているのかを一通り確認して頷き自身の仕事を始めた。カルパッチョの仕事、それは報告を聞き的確な指示を出すことだ。一見単純に見えるが実はこれが一番難しいかもしれない。少しの判断の遅れや間違いが被災者や職員の尊い命を奪うことになるのだ。カルパッチョは常に自分のせいで被災者や職員が犠牲になるかもしれないという恐怖と戦っていた。そして、今日もまたカルパッチョの戦いが始まった。カルパッチョは代行で指揮していた河村から業務を引き継ぐ。

 

「河村さん。ありがとう。半日いなくてごめんね。」

 

「いえ、大丈夫ですけど心配になっちゃいますから、今度は戻る時間とかもしっかり置き手紙に記しておいてくださいね。とりあえず、現段階でこちらに届いた新たな報告です。目を通しておいてください。それでは災害対策本部、本部長の職をお返しします。」

 

河村はこちらを向くとカルパッチョの制服が破れていることに一瞬驚いた表情になったがそのことに特に触れることなく報告書を手渡した。カルパッチョは河村からそれぞれの班から提出された報告書を受け取りそれを少しめくりながら言った。

 

「ありがとう。ごめんね。」

 

「いえ、それでは私は元の業務に戻ります。」

 

「うん。そっちもよろしく頼むわね。広報は任せたわ。」

 

「はい!本職ですから任せてください!」

 

カルパッチョは河村の頼もしい言葉を聞いてにっこりと微笑むと椅子に腰掛けて手書きで作られた仮の報告書をめくった。これは、職員たちがその足で自ら駆けずり回り、その目と耳で見聞きしてかき集めた情報だ。カルパッチョはしばらくそれを見ていた。すると、突然入口の方からカルパッチョを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「本部長!」

 

「はい!何ですか?」

 

「学園艦艦長がお見えです!」

 

「艦長が!やっと来てくれましたか……わかりました!すぐに行きます!」

 

カルパッチョが廊下に出ると第二次世界大戦期のイタリア海軍の将校服を身に纏い、軍帽を被って髪を一つに縛った背の高い女子生徒が立っていた。さすがアンツィオだ。このようなところまでイタリア式だった。彼女はカルパッチョの姿を見て海軍式の敬礼をした。カルパッチョは戦車道で採用される陸軍式で答礼した。

その生徒はアンツィオ高校の生徒の中では珍しく物静かな少女だった。落ち着いていて決して威圧的ではなく優しい。まさに艦長に相応しい人物であると言える。そんな印象をカルパッチョは抱いた。そして、その少女の瞳はカルパッチョと同じ凛として強い瞳をしていた。

 

「災害対策本部、本部長の普通科2年落合陽菜美です。」

 

カルパッチョが手を差し出すと艦長はしっかりとカルパッチョの手を取り強く握った。

 

「学園艦艦長で船舶科3年の工藤彩乃です。今日は現在の本艦の状況の報告にきました。陽菜美ちゃんね。よろしく。それにしても凄い格好ね。制服、ビリビリに破れているじゃない。何かあったの?」

 

「あはは……なんでもありませんよ。大丈夫です。どうぞこちらに。工藤艦長こそ大丈夫でしたか?お怪我はありませんか?他の船員の皆さんは無事ですか?被害状況は?」

 

カルパッチョは矢継ぎ早に焦った様子で尋ねた。工藤は驚いた顔をすると苦笑いしながらカルパッチョに落ち着くように窘めた。

 

「そんなにいっぺんに質問されても答えられないよ。落ち着いて。陽菜美ちゃんは焦ってはいけない立場だよ。陽菜美ちゃんはドンと構える度量を持っていないとダメ。それがトップというものだから。」

 

カルパッチョは工藤に優しく穏やかに叱られてハッとした。そして、恥ずかしそうな顔をして俯くと工藤に謝罪した。

 

「すみません……つい……焦ってしまって……」

 

「気持ちはわかるわ。私も陽菜美ちゃんと同じ立場にいるから。でも、もし陽菜美ちゃんが焦ったらみんなはどうなると思う?」

 

「それは……」

 

カルパッチョは言葉を詰まらせる。工藤は優しい口調で厳しく指摘した。

 

「死よ。陽菜美ちゃんが判断を焦った。そのせいで大勢が死ぬのよ。もし、そうなったら責任取れる?耐えられる?わかっていると思うけど陽菜美ちゃんの肩には数万もの命がかかっているってことを忘れないようにね。もちろん素早い決断は必要よ。でも、焦りは判断力を鈍らせてしまうわ。陽菜美ちゃんには職務についてる時は何事にも動じない胆力と慎重かつ素早い判断が求められているの。そうした一見真逆なことを同時にやらなきゃいけない立場ってことよ。」

 

「はい……」

 

カルパッチョは工藤からの厳しい指摘に肩を窄めて俯いていた。すると、工藤はカルパッチョの肩に手を置いて微笑んだ。

 

「陽菜美ちゃん。そんなに落ち込まなくていいのよ。ここで今失敗しておいてよかったじゃない。今のうちにたくさん失敗しておきなさい。そして、いざという時どういう行動を取るべきか学んでおくといいわよ。絶対に後悔しないようにね……私みたいに……」

 

工藤は悔しそうに唇を噛んで俯く素ぶりを見せた。工藤の過去に何かあったようだが、工藤はカルパッチョに詮索する時間を与えることなく、すぐに話を切り替えるようにパンと一つ手を叩いた。

 

「さあ、それじゃあ本題に入りましょうか。」

 

 

カルパッチョは頷くとペンを持ってホワイトボードの前に立ち筆記の体制を整えた。

 

「お願いします。今の状況をできるだけ詳細に教えてください。お話を聞くときは失礼ですが背を向けながらということになります。職務上ホワイトボードへの書き取りが必要ですから許してください。」

 

「わかってるわ。そんな細かいこといちいち気にしないから安心して。それじゃあ報告させてもらうね。陽菜美ちゃん落ち着いて聞いてね。焦ったらダメよ?報告は2つあります。1つ目、我々は総合的に判断をした結果、本艦はこれ以上の航行継続は現段階では不可能であるという結論を出すことにしたわ。というのも、本艦の操舵等の中枢ともいえる艦橋があの爆発で跡形もなく吹き飛ばされてしまってその時間帯学園艦の艦橋指揮者だった副長を始めとする船員の多くがいまだに安否不明で行方不明になっているの。船舶科も被害状況などの情報収集を全力で行なっているけどまだ被害の全容も何が起きているのかも把握しきれていない状態よ。だから、恐らく長期間の漂流は覚悟しておいたほうがいいわね。2つ目、機関について。機関は陽菜美ちゃんも知ってると思うけど原子力を動力としていて学園艦の中心部のかなり深いところで厳重に管理されてるし、強度も相当あるからちょっとやそっとで壊れないはず。だから機関自体は大丈夫だと思うわ。でも、通信機器も爆発で壊れたし機関室に通じる通路も今回の爆発の影響で壁が崩れて近づけないらしくて、原子炉の保守管理も掌っている機関長と連絡が取れていない状態よ。例え機関室が無事でも艦橋が失われて操舵が不可能な以上は学園艦は航行することができないわ。今の学園艦はハンドルがない車のようなものよ。よって、我々船舶科は艦長の権限により漂流を宣言します。」

 

工藤は取り乱すことなく落ち着き払った声でこの学園艦が現在置かれている状況を淡々とカルパッチョに説明した。誰から見てもこの学園艦は現在絶望的な状況に置かれているように見えた。カルパッチョはまたしても焦っていた。ペンを持つ手がかすかに震える。何か打開策はないだろうか。もし、本当にこの学園艦が動かせないとなると非常にまずい。まさに言葉通りの絶海の孤島状態に陥る。事件が起きた時点でどの辺りを航海していたのかはわからないが少なくとも陸からは何海里も離れた随分遠い場所のようだ。このようなところで食料が底をつきたらそれこそ目も当てられない事態になることは自明だった。原子力という莫大なエネルギーがあるにも関わらず舵が取れずに鉄の塊と成り果てた学園艦とともにただ波に揉まれていつ助けが来るかも分からないなか海上を漂流し最悪数万の無辜の生徒、教職員、市民たちと共に餓死という運命を辿ることになるかもしれない。それは絶対に許されないことだ。工藤に何か言わなければならない。でも、何を言えばいいのかわからない。先ほどよりもさらに焦りが増していくのを感じた。すると、カルパッチョの肩に工藤が手を置いた。カルパッチョはピクリと肩を震わせて振り向くと工藤は首を横に振りながらカルパッチョを見つめている。工藤は暗に「焦るな。落ち着け。」と言っていた。カルパッチョはゴクリと唾を飲み込み、目を瞑り大きく深呼吸をして心を落ち着かせた。何回か深呼吸を繰り返して目を見開くと腕を組みながら、アンチョビたちのために蓄えた頭の中にある膨大な知識を総動員させて策を考える。するとカルパッチョの頭の中に遠い昔の記憶が浮かんできた。それはカルパッチョがまだ、アンツィオ高校に入学する前、中学生の頃に来た学校説明会で船舶科の先輩から聞いた話の記憶だった。当時の先輩の話によるとこの学園艦は艦橋がダメになった場合も副艦橋にもう一つの操舵装置があり、それも失われた場合は機関室で手動操作切り替えにより動くようになっているとのことだ。カルパッチョは船舶には詳しくないが、この短期間にシステムを変えることはほぼないだろう。そう考えると昔聞いた方法で操舵が可能なはずだ。カルパッチョは副艦橋と機関室に希望を託して祈るような気持ちで工藤に尋ねた。

 

「副艦橋は?副艦橋が無事なら……」

 

すると工藤はカルパッチョの言葉を遮って首を振りながら言った。

 

「陽菜美ちゃん。いいところに目をつけたわね。確かにこの船は艦橋が失われたら副艦橋で操舵室で操舵できるようになっているわ。でもダメ。副艦橋も爆発で失われているわ。ついでに言うと副艦橋もダメになった場合、機関室でも手動で、合わせて3カ所で操舵できるようになっていたんだけど、神様のいたずらね。3日前にタイミング悪く故障してしまったわ。今度の寄港地が横浜港でもう数日の辛抱だったのに持たなかったわ。」

 

カルパッチョの思惑は見事に外れた。事態は最悪だ。まさか、危惧したことが現実になろうとは思わなかった。カルパッチョはペンを強く握りしめながら苦しそうな声で言った。

 

「それじゃあ……この学園艦はもう……」

 

「ええ。交信もできない以上死んだも同然よ。学園艦の特性が完全に裏目に出たわね。あとは今のところできることといえば救助を要請する国際信号旗を掲げてどこかの船が偶然通りかかるのを待つくらいよ。」

 

工藤は怖いくらいに冷静だった。まるでこの事態をなんとも思っていない。それどころか楽しんでいるようにも見えた。カルパッチョはゴクリと唾を飲むと口を開いた。

 

「このこと、皆に情報を公開してもいいですか?」

 

すると工藤は静かに微笑みながら言った。

 

「陽菜美ちゃんに任せるわ。私たち船舶科もやれることを全力でやる。だから陽菜美ちゃんも決して諦めないで。あ、そうだわ。陽菜美ちゃんにあげようと思ってたものがあったわ。きっと今の陽菜美ちゃんに必要なものよ。はい、これ。」

 

工藤はやにわにアタッシュケースから分厚いファイルと、10枚ほどの書類がホッチキスで止まったものを取り出してカルパッチョに手渡した。カルパッチョはそれを受け取ると表紙をめくった。

 

「これは……工藤艦長!これ、どこにあったんですか!?」

 

カルパッチョは驚きの声をあげる。カルパッチョが工藤から受け取ったもの。それは危機管理の鉄則が書かれた書類と非常事態時の行動マニュアルだった。それはまさに今、カルパッチョが必要としているものであった。

 

「その分厚いファイルは艦橋の跡地の瓦礫の撤去作業を手伝っていたら出てきたの。本当なら見つかったものは全て遺留品として風紀委員に引き渡す決まりなんだけどこれは陽菜美ちゃんが持ってたほうがいいと思ってね、隠し持ってたの。そして、もう一つのホッチキスでとめてある資料は船舶科の艦長に就任したら必ず渡されるやつ。災害時にトップがすべき行動が書かれているわ。私はもう頭の中に全部その紙に書かれた内容が入ってて必要ないから今は陽菜美ちゃんに預けるわ。存分に役立ててくれると嬉しいな。」

 

「拘束されるかもしれなかったのに、そこまでしてくれるなんて……それに、こんな大切なものまで……ありがとうございます!助かります!存分に役立てます!」

 

「ふふっお役に立てて何よりだわ。隠し持ってた甲斐があったわ。それじゃあ、私は戻るわね。」

 

「あ、工藤艦長。ちょっと待ってください。あの、職務上のお願いです。この後、各班や担当部署の責任者たちを集めた会議が開催されます。工藤艦長も出席していただけませんか?この学園艦の運行を担ってきた艦長としての幅広い経験や知識を是非今の私たち、災害対策本部に提供してもらいたいのです。」

 

「うん。もちろんいいわよ。私でよければ喜んで提供させてもらうわ。だけど、一旦戻らせてもらえると嬉しいな。船舶科のみんなにひとこと言っておかないときっとみんな心配する、会議に参加するってことを伝えておかないと怒られちゃうから。」

 

カルパッチョはハッとして、不測の事態で仕方なかったとはいえ、皆に心配をかけてしまった自分の軽率さに恥ずかしさを思いながら工藤の申し出に許可を出した。工藤は安心したように微笑んで艦橋跡へと戻っていった。カルパッチョはふうっと一つ大きなため息を吐いてまだ工藤の温もりが残るイスに腰掛ける。そして、カルパッチョは工藤が風紀委員に拘束される危険を冒してまで隠し抜いた重要資料である分厚いファイルを開けて隅々まで目を通す。その資料はおそらく、わざわざ工藤が隠さなくても風紀委員もそれなりの配慮をしてカルパッチョの手元に届いたであろうが、兎にも角にもカルパッチョのためを思っての行動だ。カルパッチョは何故だか可笑しくなってクスリと笑いながらありがたく、そのファイルの中に収められた重要書類を読み漁った。そこには歴代会長たちが災害時にどう行動すべきか定めた諸規定と災害時の生徒会長、すなわち本来災害本部長の任に就くべき人間やその他の災害対策本部の職員たちに与えられた職権、そして生徒会の部署が災害時どのような職務を行うのかが書かれていた。カルパッチョは一通り1ページ30秒ほどの速さで目を通したが、とても短時間で見られるものではない。仕方がないので切りのいいところで読むのをやめてもう一つのホッチキスで止められた資料に目を通した。表紙には[災害発生!そのときトップがなすべきこと〜危機管理鉄則〜]と書かれており、1番はじめのページをめくると"はじめに"という題の後にこの文書が作られた経緯が書かれていた。その文によると、この文書は東日本大震災を契機に災害大国日本で学園艦も災害に対する意識を高めるべきであると被災地に一番近く、なおかつ被害が大きかった岩手県釜石市出身の当時のプラウダ高校の艦長を呼びかけ人として各校の艦長が集まり、全国学園艦艦長連絡会を創設して策定したものであると記載されていた。カルパッチョはさらにページをめくり、内容を確かめると其処には災害時にどう行動するべきかの"教え"が書かれていた。その書類の分量は其処まで多くはないのですぐに読み終えて最後のページに到達することができた。最後のページには艦長連絡会の事務局の電話番号と住所、さらに連絡会に所属している学校名が書かれていた。その中には当然、アンツィオ高校もあるし、今回アンツィオ高校を攻撃した知波単学園の名前もあった。さらに皮肉なことにその連絡会の事務局が置かれた場所は東日本大震災で津波による死者が0で「奇跡」と言われた大洗町を拠点とする学園艦大洗女子学園だった。この当時、誰がこんな事態に陥ることになることを予想できただろうか。誰が敵味方で戦うことなんて想像できただろうか。カルパッチョは思わずため息をついた。

 

「大洗……か……何で……何でこんなことになっちゃったんだろう……確か大洗女子ってたかちゃんの学校だよね……?親友と戦うなんて嫌だよ……でも、どんな結果になっても私はたかちゃんを信じてる。だってたかちゃんが私を殺そうなんて考えるはずないものね……でも、たかちゃん確か高校で戦車道始めたって言ってたわよね。そう考えるともしかして反乱軍の中にたかちゃんが……いいえ。そんなことないわよね。まさかあの優しいたかちゃんが虐殺なんてする西住さんに加担するわけないものね……」

 

カルパッチョは机に突っ伏しながらボソボソとか細い声で何度も自分に言い聞かせていたが、不安は全く消えない。それどころかますます不安が大きくなっていった。実際に、たかちゃんこと鈴木貴子とは連絡が1ヶ月ほど取れていない。何度かメッセージアプリで連絡を試みたがなしのつぶてである。嫌な予感がして仕方なかった。”もしかしたら自分はたかちゃんに殺されるのではないか”という恐怖と親友を信じられないという自己嫌悪感がカルパッチョの心を蝕む。しかし、今そんな答えの出ない問いを考えても仕方がないことである。今のカルパッチョには答えの出ない問いを考える余裕はない。カルパッチョは気合いを入れ直すかのように両手で頰をパンと張る。

 

「元気出さなくちゃ!私がこんな調子じゃみんな不安になっちゃうわ!今は、アンツィオ高校の生存第一に考えなくちゃ。」

 

カルパッチョは何かを宣言するかのように力強く言うと早速会議で使う資料を一枚一枚手書きで書き始めた。パソコンがあれば楽だが電気が来ないので使うことはできない。カルパッチョは必死になって何とか会議の予定時間13時になる10分前に出席者全ての資料を書き上げた。ちょうどカルパッチョが全ての資料を揃えた頃、各班の班長、部長、委員長たち、災害対策本部の幹部クラスの人間たちが災害対策本部がある教室に集まって来た。一番最後に工藤が入室したことを確認して石井はカルパッチョに声をかけた。

 

「全員集合しました。」

 

「ありがとうございます。それじゃあ早速会議を始めましょう。ここじゃあちょっと狭いので隣の教室に移動してください。」

 

「了解しました。おおい!受付の子たち!誰か来たら待っててもらうように言っといて!」

 

「了解です!」

 

カルパッチョは手書きの資料の束を持って後ろに災害対策本部幹部と工藤艦長を引き連れて隣の教室に移動した。教室は元あった学習用の机と椅子は取り払われて代わりに会議室にあるような長机と椅子が整然と並べられ、会議室の様式になっている。カルパッチョは皆に座るように促して自分は一番真ん中に座って資料を配布する。この学校の行く末を決める会議が始まる。カルパッチョはゴクリと唾を飲み込むと静かに口を開いた。

 

「皆さん。只今から第一回目の会議を始めます。よろしくお願いします。」

 

つづく




次回の更新は2/11 21:00の予定です。次回は少し本編をお休みして途中になっていた特別編で登場人物の紹介をしていこうと思います。たくさん登場人物が出てきたので一度おさらいしておきましょう。


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登場人物紹介 第2弾

今日は登場人物紹介の回です。
紹介する人物はとりあえず23名です。
反乱軍のメンバーを中心に物語の中で詳しく出てきた人物を紹介しています。
残りもまた後日行います。


あんこうチーム

氏名:武部 沙織

学年:2年生(普通一科A組)

所属チーム:Aチーム(あんこうチーム)

担当:車長→装填手・特殊研究室研究員

身長:157cm

出身:茨城県大洗町

現住所:大洗女子学園女子寮→(戦争勃発後は戦車の車内)→不明

家族:父・母・妹

誕生日:6月22日(かに座)

年齢:16歳

血液型:O型

好きな食べ物:ドーナツ

嫌いな食べ物:辛い物

好きな教科:家庭科

嫌いな教科:数学

趣味:結婚情報誌を隅々まで読むこと

日課:5分で綺麗になれるヨガ

好きな花:ピンクの薔薇

好きな戦車:M26パーシング

30年後の職業:不明

略歴

フランクな人柄のムードメーカーで、あんこうチームの通信手。西住みほが転校して以来初めてできた友人の一人。恋に恋をする少女で日頃から結婚情報誌を隅々まで読み漁り、戦車道の履修も異性に好かれる要素と考えたためである。冷泉麻子とは幼馴染。

開戦前に西住みほの演説を聞いたことをきっかけにみほの虚言を信じ生徒会に失望して、生徒会を追放に追い込むため反乱軍の兵士として従軍を決意し戦車乗りとして戦いに参加する。罪のない市民や生徒を容赦なく無差別に殺害するみほのやり方に疑問を感じていたがやむを得ない犠牲だと割り切って戦っていた。しかし、麻子から自らが犯した非人道的人体実験と解剖という罪の告白と、みほが行った数々の蛮行を打ち明けられて絶望する。しかし、沙織は麻子を突き放すことなく、みほを止めたいという麻子の協力要請に快諾して麻子の極秘研究に協力する。現在は麻子の研究を手伝う名目で正式な研究員として麻子の研究室に所属しているが、麻子は沙織にそこまで期待しておらず、沙織の役割は相談役程度で良いと考えている。

 

氏名:五十鈴 華

学年:2年生(普通一科A組)

所属チーム:Aチーム(あんこうチーム)

担当:操縦手→砲手・特殊研究室研究員

身長:163cm

出身:茨城県大洗町

現住所:大洗女子学園女子寮→(戦争勃発後は戦車の車内)→不明

家族:父・母

誕生日:12月16日(いて座)

年齢:16歳

血液型:B型

好きな食べ物:柏餅

嫌いな食べ物:なまこ

好きな教科:国語(古文)

嫌いな教科:体育

趣味:生け花

日課:生け花

好きな花:藤

好きな戦車:L3カルロベローチェ

30年後の職業:不明

略歴

「五十鈴流」という華道の家元の娘で1日1回花を生けることを日課にしている。清楚で古風な雰囲気を醸し出す両家の娘らしい外見や立ち居振る舞いをする。華道よりもアクティブなことをしたいという理由で戦車道を選択した。戦場でも日課の生け花を忘れず行い道端に生えた小さな花を摘んできては嗜んでいる。

開戦直前に沙織と同じくみほの演説で虚言に騙され生徒会を嫌悪し追放を目指して反乱軍の一員に加わる。開戦後は沙織とともに戦争によってもたらされた惨劇に困惑していた。麻子から自らの罪とみほの蛮行を打ち明けられ、研究室の中にある数々の臓器の標本を見せつけられても動じない肝が座った一面もある。麻子の罪に対しては強い言葉で問いただした。しかし、最後はみほの残虐行為を止めたいという麻子の思いを聞き、麻子に協力することを承諾した。

 

大洗女子学園生徒

 

氏名:園 みどり子

学年:3年生

年齢:18歳

略歴

風紀委員長。澤梓が話した根拠のない情報に乗せられ、騙されるような形で反乱軍に協力する。風紀委員が持っている警察権と逮捕権を梓に全権委任してしまい、風紀委員は形骸化した組織になってしまった。その後、風紀委員は解体され、澤梓をトップとする思想警察、強制収容所の看守にそれぞれ振り分けられ、職務を遂行する。みどり子は傀儡であるものの風紀委員長として風紀委員の統率を任される。

 

氏名:丸山 紗希

学年:1年生

年齢:15歳

略歴

戦車道のうさぎさんチームの装填手で澤梓の友人。寡黙でありほとんど話さない。

開戦後、サンダース大学附属高校航空部隊所属のP51による機銃掃射で銃弾を浴び死亡した。丸山紗希の死をきっかけにうさぎさんチームは悪魔になった。

 

氏名:安井 恵

学年:1年生

年齢:15歳

略歴

元は生徒会軍の兵士。小学4年生の妹がいる。ある理由から角谷杏へ恩を返すために従軍し食糧施設を守備していたが、みほの心理戦に嵌り反乱軍に寝返った。その後、秋山優花里に引き取られ諜報活動局に採用される。スパイのスキルを徹底的に叩き込まれ、アンチョビ誘拐作戦で初陣を飾った。しかし、優花里がアンチョビを脱出させようとしたとして逮捕され、自身もみほに反逆したという身に覚えのない罪で数人の局員とともに逮捕されてしまう。彼女は否認したが聞き届けられず、優花里に妹の美咲のことを託し人身売買で30億円で売られていった。

みほは彼女に罪がないことはわかっていたが優花里を最も苦しませる方法として実行した。

 

他校の生徒(反乱軍派、もしくは誘拐の被害者)

 

氏名:不明

所属:サンダース大学附属高等学校

学年:不明

略歴

秋山優花里に誘拐された他校における最初の被害者4人でそれぞれ隊長車M4シャーマンの操縦手、装填手、砲手とM4A1の操縦手、シャーマンファイアフライの操縦手だった。第2回目の毒ガス実験でサリンによって死亡。

 

氏名:田尻 凛

通称:ダージリン

所属:聖グロリアーナ女学院

学年:3年生

聖グロリアーナ女学院の戦車道隊長。格言をよく披露し、紅茶を嗜む。OGたちの権限が強く満足に戦力強化できないので苦々しく思っており、それを取り除くための方法を探していたところ大洗においてみほ率いる反乱軍がクーデターを行うという情報を得て興味を持ち参加するが、後述の出来事により精神を病む。卒業式の日にピストルで頭を撃ち抜き、意味深な手記を残して自殺した。

 

氏名:新井 美柑

通称:オレンジペコ

所属:聖グロリアーナ女学院

学年:1年生

常にダージリンのそばに付き添い、認められた者のみが名乗ることができる紅茶由来のソウルネームを1年生にして名乗っており、聡明でダージリンからの信頼も厚い。ダージリンとともに反乱軍の一員として戦闘に参加していたが度重なるみほの残虐行為に嫌気がさし、ダージリンの目を覚まさせるために反乱軍からの離脱、生徒会軍への合流を企てたが、計画が露呈し失敗。澤梓率いる思想警察に逮捕された。その後の取り調べでみほに拷問を受けても決して口を割らない精神的強さと、自身を逮捕し過酷な目にあわされる原因を作った梓とも笑顔で接しようとする優しさを持ち合わせ、梓からは天使と評され、秋山優花里からも殺すにはもったいない人物だと評されるが、形骸化された軍法裁判で死刑を言い渡され、みほに処刑執行人の役目を強制されたダージリンの手で刑場のつゆと消えた。最期の時までダージリンに目を覚ますように訴えていた。

 

氏名:平原 芳凛

通称:アッサム

所属:聖グロリアーナ

学年:3年生

略歴

秋山優花里と同じく、潜入活動や諜報活動を得意としている。データ主義者。ディンブラをみほの命令で処刑したことでみほへの不信感と無辜の市民たちへの蛮行を疑問視し、議論するための会議を行った。その結果みほに反逆行為とみなされ、塹壕掘りを命じられ、塹壕を掘っているところを榴弾で砲撃するというやり方で生き埋めにされ、その上を戦車に踏み潰されるという方法で会議の参加者とともに処刑された。

 

氏名:渋谷 美香

通称:ディンブラ

所属:聖グロリアーナ

学年:1年生

オレンジペコと同調し、みほの残虐さに嫌気がさして反乱軍から離脱しようと考えて、オレンジペコの親書を生徒会軍に届ける密使に役割を果たしていたが、オレンジペコとともに澤梓に反逆罪で逮捕された。拷問を受けても決して口を割らなかった。オレンジペコとともに軍法会議で死刑を言い渡され、即日みほに処刑執行人の役目を強制させられたアッサムの手で処刑された。最期にアッサムとダージリンに感謝の意を伝えた。

 

氏名:西 絹代

所属:知波単学園

学年:2年生

30年後の職業:教員

略歴

知波単学園の戦車隊長。非常に礼儀が正しく誰に対しても基本的に敬語を使う。清楚な大和撫子であり、隊員達からの信望も厚い。

戦争直前に知波単学園を訪れた秋山優花里と面会した。秋山優花里に、反乱軍が大洗女子学園を完全に占領した後に樹立する新体制への承認を、西住みほの戦車戦略の伝授と引き換えに求められたためそれを快諾。書類にサインした。その後も、事あるごとに反乱軍を支援し、2000名の兵士を大洗に派遣した。

30年後

30年後は母校の知波単学園で戦車道の教員をしている。

 

 

 

氏名:遠藤 幸子

所属:知波単学園

学年:3年生

略歴

知波単学園第十輸送航空隊隊長。愛機の零式輸送機で何処でも物資や人員を運ぶ。知波単学園では珍しく英語が堪能な人物で、管制官との交信もお手の物である。アンチョビ誘拐作戦など重大任務の際に機長を任されることが多い。輸送航空隊のエースパイロット。

 

氏名:茅野 アイ

所属:知波単学園

学年:2年生

略歴

知波単学園第十輸送航空隊所属の副操縦士。アンチョビ誘拐作戦など重大任務の副操縦士を任される。機長の遠藤とは名コンビだと言われている。

 

氏名:蒲池 富子

所属:知波単学園

学年:2年生

略歴

特殊情報部の事務局次長。アンチョビ誘拐作戦で表向きは優花里たちのサポートを任務としていたが、本当の目的はみほの命令による優花里の監視任務だった。しかし、優花里からはその正体を見破られており、諜報活動の技術は少々劣る。

 

氏名:岩本 徹子

所属:知波単学園

学年:3年生

略歴

知波単艦上戦闘機航空隊隊長。同航空隊内でエースパイロットである。航空道の試合では一人で20機中14機を撃墜判定にする実力者。愛機の零式艦上戦闘機二一型で大空を飛び回る。

アンツィオ焦土作戦において零式艦上戦闘機二一型と五二型甲10機を率いて参加し爆撃機の護衛と市街地や生徒たちなどの任意目標へ機銃掃射を行った。海軍派に属し、後述する陸軍派の大西とは確執があったがみほのアメとムチの使い分けによる交渉により共同で作戦を行うことに同意する。(詳細は第90話を参照)

 

氏名:大西 豊子

所属:知波単学園

学年:3年生

略歴

知波単飛行第7戦隊隊長。同航空隊内でエースパイロットである。愛機は四式重爆撃機。

アンツィオ焦土作戦において富嶽20機と四式重爆撃機20機を率いて参加、四式重爆撃機で250キロ爆弾を用いた通常爆撃を行い、アンツィオ高校の市街地やインフラ設備などに甚大な被害をもたらして戦果を挙げた。陸軍派に属しており、戦車道の隊員たちとも仲がいい。彼女もまた、海軍派とともに共同で戦うことに嫌悪感を抱いていたがみほに脅され同意した。

 

裏社会の人々

 

氏名:志村 康史

年齢:不明

人身売買など闇市場を渡り歩くブローカー。性格は非常に残虐で少女を甚振るのが大好きで、少女の涙を見ると気持ちが昂るという嗜虐的性格でロリコン。特に少女を裸にして首輪をつけて辱めるという行為を好む。みほの取引相手の一人。

 

氏名:五十嵐 毅

年齢 不明

みほの友人。日本で一番大きくて有名な暴力団の一派山岡組の組長。黒森峰追放後のみほが放浪の旅をしていた時に大阪で出会う。最初は強姦目的でみほに声をかけ、組の事務所に誘ったがみほの身の上話と計画を聞きみほに魅了された。みほとは彼女が大阪滞在中に毎日面会、何度も盃を交わして協力を誓った。みほに武器の調達先について相談を受けた。

梓が幼少の頃、両親が借金をしていた闇金の取り立て役でもあり梓に恐れられている。

 

氏名:中本 浩二

年齢:不明

みほの取引相手。紳士的で裏市場では珍しい性格の人物。武器の裏取引に精通しており、紛争地を渡り歩いている。みほは彼からカラシニコフ銃AK-47とロケットランチャーRPG-26を購入した。




次回は通常の本編を進めます。
更新日は2/18の21:00です。


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第98話 アンツィオ編 災害対策本部第一回会議

今回は長めです。
会議が開かれるようです。この会議では何が決まるのか……?
この世界のカルパッチョはものすごく優秀な方です。もちろん。原作も随分優秀ですが、それ以上かも……?




カルパッチョの声に教室は静まり返り、静寂が訪れ、皆が一斉に彼女に注目する。カルパッチョはふうっと息を長く吐くとやおら立ち上がって腰を最敬礼45度の角度で曲げた。

 

 

「まず、皆さんに謝ります。今日は皆さんにご心配とご迷惑をおかけして本当にすみませんでした……何があったのかは後でちゃんとお話しします。今回の議題に関係があることですから……」

 

 

災害対策本部本部長カルパッチョと職員たちの間にしばらく無音が続いた。誰もが皆、厳しい表情をしていた。通常時にはなんでもない行動も緊急事態時ではそういうわけにはいかない。少しの行き違いが誰かの命の火を消し去ることにも繋がるのだ。カルパッチョのとった行動はそれだけに絶対にしてはいけない行動だった。自分が皆に被災者を第一に考えて行動しろと言っていたのに自分が守れていなかった。カルパッチョは自分を恥じた。怒られるのは当たり前のことだ。カルパッチョはこの中の誰かに頰を張られる覚悟はできていた。目を強く瞑りながらずっと頭を下げていた。3分ほど経った時、誰かが口を開いた。

 

 

「私が悪いんです……私が、落合さんを無理やりこの災害対策本部本部長なんていう重責を押し付けてしまったから……本当なら貴方も被災者のはずなのに私は……私は……生徒会役員なのにその職務を……落合さん、本当にすみません……すみません……」

 

 

口を開いたのは河村だった。河村は泣きそうな声で謝罪の言葉を繰り返す。それに対してカルパッチョも同じように自分が悪いと謝罪の言葉を口にした。カルパッチョと河村はそれぞれ自分にこそ責任があると主張した。責任の押し付け合いは色々な組織によくあるが自分に責任があると言い合うのは珍しいものだし、責任を取ろうとする姿はなんとも格好のいい勇気ある行動である。しかし、それが際限なく続くとなれば別の話だ。カルパッチョと河村の責任の主張し合いは工藤の怒声で強制的に終了させられた。

 

 

「二人ともいい加減になさい!陽菜美ちゃん!貴方のすることはこんなことなの?何のために私たちを集めたの?誰も怪我したり死んだりしなかったなら大した問題じゃないじゃないの!これから気をつければいいことじゃない!無駄な話をしていないで早く話を進めなさい!いつまで経っても肝心な話が進まないわ!時は有限なのよ?」

 

 

工藤の指摘は最もである。カルパッチョと河村は皆に無駄な時間を使わせたことを謝罪した。

 

 

「すみません……ご指摘の通りです……」

 

 

「本当に皆さんすみませんでした……」

 

 

二人はまた何度も頭を下げた。このままでは謝罪だけで時間が過ぎ去りそうだ。工藤は頬杖をつき呆れた表情をしている。

 

 

「もう謝罪はいいから、早く話を進めて。」

 

 

工藤に促されてようやく会議が本題に入った。カルパッチョは河村に座るように促し立ったまま説明を始めた。

 

 

「では、皆さん。本題に入らせていただきます。まず、一つ目の議題学園艦が現在置かれている現状についてです。これについてはまず、私が知っている情報について全てをお話ししたいと思います。単刀直入に言います。みなさん落ち着いて聞いてください。現在、この学園艦は武力攻撃を受けています。」

 

 

カルパッチョと職員たちの間にまたしばらくの静寂が生まれた。彼女たちの頭の中ではカルパッチョが口にした武力攻撃という言葉が理解できていないようである。言われた言葉の意味自体は理解できる。しかし、それが学園艦で起きているということはどういうことだろうか。この人は冗談でも言っているのだろうか。そんな表情をしていた。しかし、カルパッチョはいたって真面目な顔をしている。ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。その瞬間、カルパッチョの思いもよらない話にようやく理解が追いついたのか河村以外の会議参加者は騒然とし始めた。

 

 

「え……?」

 

 

「武力攻撃って一体……」

 

皆、この一連の爆発のことをガス漏れか何かの事故だと思っていたからなおさらである。突然、武力攻撃を受けていると言われて受け入れられないでいるようだ。風紀委員長の稲村風花が皆の声を代表してカルパッチョに尋ねる。

 

 

「武力攻撃って……一体何なの……?落合さん、この学園艦に何が起きているの……?貴方は何を知っているの……?」

 

 

カルパッチョは再びふうと息を長く吐いて天井を見上げた。そして、数秒間経ったあと首を元の位置に戻して話し始めた。

 

 

「皆さん。とりあえず静かに落ち着いて聞いてください。私たち、アンツィオ高校の学園艦であの時何が起きていたのか、私が見ていた範囲と知っている範囲に限定されてしまいますがお話しします。私はあの時、階段前広場にいました。その時はちょうどお昼でしたから、戦車道が出店している露店の手伝っていました。ちょうどお昼時にあの爆発が起きたのです。そこまでは皆さんよく知っていると思います。しかし、この話には続きがあります。爆発が起きた後、私は校舎が爆発したという誰かの叫び声を聞いて倒壊した1号棟に向かいました。ちょうど爆発が起きる直前に1号棟に向かった友達がいたからです。1号棟には何が起きたのか現状を知りたがった生徒たちが大勢集まっていました。その時でした。1機の飛行機が遠くから現れて私たちに向かってパイロットの顔が見えるほどの超低空で飛んできました。その飛行機は旧日本軍の零戦のような機体でした。そして……その飛行機は……私たち目掛けて……機銃掃射を始めたのです……パイロットは私たちとちょうど同じくらいの年齢の女の子でした。私は何とか難を逃れましたが大勢がその場で命を落としました……私はその時に何故そのような行動をとったのかわかりませんが機体の所属を確認しようと試みました。そして、機体の横側と垂直尾翼に描かれている校章でその学校は判明しました。武力攻撃を行った学校……私が確認した限りの情報ですが知波単所属の飛行機でした。」

 

 

カルパッチョが知波単という学校名を出した時である突然ガタンという音が聞こえた。何事かとカルパッチョが、音のした方を見ると工藤が青い顔をして震えている。

 

 

「工藤艦長……?どうかしましたか?」

 

 

「い、いいえ……何でもないわ……続けて……」

 

 

いつも冷静で何事にも動じない工藤の声が震えている。ただ事ではないことは明らかだ。

 

 

「そんなわけありませんよね?明らかにいつもの工藤艦長の様子とは違いますよ。何かあるなら遠慮なく話してください。」

 

 

すると、工藤は困った表情をした。そして、深くため息をつくと震える右手を左手で抑え込みながら口を開いた。

 

 

「実は、知波単には私の妹がいるの……工藤淑乃……知波単船舶科の2年生で学園艦副長よ……まさか、こんなことが起きてるなんて……しかも、あの爆発を引き起こしたのが知波単だったなんて……私は……私は……妹と……なんで……?どこで何が間違ったの?どうしてこんなことに……?」

 

 

工藤は取り乱して泣き出してしまった。当たり前である。自らの肉親と敵同士になったと知って誰が冷静でいられようか。カルパッチョは取り敢えず落ち着くように促す。

 

 

「工藤艦長。落ち着いてください。まだ、私の目で校章を確かめたにすぎません。もしかして私の見間違いってことだってあり得ます。私もあの混乱の中、目視確認したに過ぎないわけですから。」

 

 

「そうよね……まだ、確定したわけじゃないものね……ごめんなさい……少し取り乱しすぎたわ……続けてちょうだい。」

 

 

カルパッチョの言葉に工藤はようやく落ち着きを取り戻す。知波単から攻撃を受けたことは十中八九確実だったが、これ以上工藤を追い詰めるのは得策とは言えない。苦し紛れのごまかしに過ぎないが工藤にはそうした言葉も救いになったようだ。カルパッチョは胸をなでおろした。カルパッチョが話の続きをしようと口を開きかけた時、手を挙げる者がいた。保健衛生班班長石井だった。

 

 

「あの、少しいいですか?」

 

 

「はい。石井さん。どうぞ。」

 

 

「あの、なぜ今回の武力攻撃?が他校の仕業であると言えるのでしょうか。例えば、これほど大規模な攻撃であるとするならばテロリストや例えば日本が他国と戦争状態に陥った結果の他国からの攻撃ってこともあり得ます。その根拠を示していただきたいです。」

 

 

「わかりました。まずは、テロリストからの攻撃という可能性ですがそれはほぼありえません。根拠としては現在、運用可能な旧式の戦闘機は学校もしくは博物館それと個人の資産家が所有しているものしかないという点です。確かに、海の底や東南アジアのジャングルを探せばスクラップ同然の残骸を見つけることは可能でしょうが、それをまた使えるように修復するのは至難の技です。ほぼ無理と考えるべきです。そして、他国からの攻撃ですが、これもほぼありえないでしょう。現代という時代、軍事施設でもない民間施設、しかも学校を攻撃するなどそんなことしたら国際社会が黙っていないことは目に見えています。その国にとっては自殺行為です。指導者たちもそんな自殺行為はしないでしょう。さらに、私が見た機体はいずれもかなり前のプロペラが付いた旧型タイプの機体です。それは確信を持って言えます。そのような機体を、いまだに使用している軍隊は世界のどこにもないでしょうし、仮にあったとしてもそのような古い機体をいまだに使わざるをえない国が先進国である日本に戦争を仕掛けるとは思えません。」

 

 

カルパッチョは石井の疑問に理路整然と答えた。しかし、前代未聞の事態に次から次へと疑問が浮かんでくる。次は風紀委員長の稲村から疑問が出た。

 

 

「なるほど。確かにそう考えるとテロや他国からの攻撃は考えられないわね。でも、落合さんが言うように武力攻撃を仕掛けたのが知波単だったとしたら私たちはなぜ知波単に攻撃を受けたの?それがどうしてもわからないわね。」

 

 

「それについては説にすぎませんが一つだけ考えられる可能性があります。資料を見てください。」

 

 

カルパッチョは、皆に資料を見るように促す。そこには現在、起きている大洗女子学園における戦争についての表と図が載っていた。

 

 

「これは……」

 

 

「信じられない……こんなことって……」

 

 

誰もが驚きの声をあげる。当たり前である。そこには大洗女子学園生徒会からもたらされた生々しい戦闘の状況が事細かに記載されていたのである。

 

 

「この資料は大洗女子学園という学校の生徒会からもたらされた情報を私の記憶にある限りできるだけ詳細に記載したものです。信じられないと思いますが、私たちアンツィオ高校戦車隊は前から大洗女子学園生徒会、以降生徒会軍と称しますが、彼女たちから救援を請う緊急電文を受け取っていました。彼女たちの情報によれば、戦車道の名門一族西住流の次女西住みほ率いる戦車隊を含める生徒、市民合わせて12000人、学園艦の2/3が武装蜂起したと情報がもたらされました。彼女たちのことは以降反乱軍と称します。詳しい戦闘の経過についてはまた時間があるときに見ていただきたく思いますが、図2をご覧ください。勢力図が載っていると思います。反乱軍支持が代表的なところに限定すれば聖グロリアーナ、マジノ女学院、そして今回武力攻撃を仕掛けたとされる知波単学園この3校が支持しています。そして、生徒会軍は今のところ支持しているのはサンダース大学付属高校のみです。では、我々アンツィオ高校戦車隊はどう返答したか。我々は一切無視したのです。それが、私たちが考えに考え抜いた戦闘を忌避して巻き込まれを阻止する1番の方法と考えていました。しかし、その考えは間違っていたみたいです。その結果、反乱軍からは危険視されたのでしょう。中立を宣言していないということはいつでも参戦して敵に回る可能性がある。そう考えればそうならないうちに叩き潰しておくか、侵略してしまうべきだと。いかにも目的のためならあらゆる手段を尽くす反乱軍らしい手法です。私たちの完全な失策でした……」

 

 

カルパッチョは資料に目を落とし俯く。風紀委員長の稲村は腕を組みながら言った。

 

 

「なるほど……それなら知波単が攻撃した理由の説明がつくわね。でも、今は貴方の目視確認でしか知波単っていう証明ができないとなるとそれが確実であるとは言えないから対策のしようがないわよ。困ったわね。」

 

 

すると、今度は調査班班長で三年生田代茉莉花が手を挙げた。

 

 

「そのことなんだが、我々調査班での被災者への聞き取り調査と文献調査を行った結果によると落合本部長が目撃し、今しがた報告したことはかなり信頼性が高い話だ。被災者への聞き取り調査によるとかなり多くの人が飛行機から何か投下された後に爆発したことと落合本部長と同じように零戦みたいな小型の飛行機に追い回されて機銃掃射を受けたという報告が何件も上がっている。更に、被災者に旧日本軍の戦闘機や爆撃機が載った全集を見せてみたところ皆一様に確かにこのような感じの塗装でこのような形の飛行機に追い回されたという証言も上がっている。現在これらの旧日本軍の小型戦闘機を持っている学校は全日本女子航空高校と知波単学園のみだという事実が最新の2012年版の報告書で判明している。そう考えると知波単の仕業だとしても説明はつく。とはいえ、それが確実に零戦みたいな旧日本軍の戦闘機だったかどうかはわからない。何しろ逃げている途中に見た人ばかりだ。見まちがえや記憶違いもあり得るだろう。もしかしたら、万が一にも生徒会軍による攻撃という可能性もあるだろう。夢中で逃げている最中にグラマンと零戦の判別ができるとは到底思えないしな。グラマンを持っている学校はサンダース、更にドイツ戦闘機も含めるならば黒森峰にも戦闘機はある。もし、万が一生徒会軍の攻撃だったら相手はきっと話が通じる相手だろう。だから、代表者同士、中立学園艦で会見することで解決の一端を見出せる可能性もある。しかし、反乱軍側からだった場合はこの資料から考えるに、恐らく交渉より先に手が出る相手だ。理性的に話し合うのは難しいだろうな。写真でもあって確実に判別できれば対策のしようもあるだろうが……」

 

 

「確かに見間違いの可能性はあります。冷静さを失っているでしょうし。でも、私はおそらく、反乱軍側の攻撃であると踏んでいます。生徒会軍側はもし、攻撃するとしても事前に宣戦布告や最後通牒を行ってくると思いますし、第一何事にもフェアを重んじるサンダースがこんな卑怯な奇襲攻撃を行うなんて私はどうしても考えられません。とにかく写真ですね。写真があれば、これからの行動方針もだいぶ定まってきますから何としても手に入れたいです。今や何かあったらすぐにスマホを向ける人間は多いですから、もしかして誰かが写真か動画を撮っている可能性はあります。調査班は写真か動画を撮った人を見つけてください。」

 

 

「わかった。引き続き調査を続行する。」

 

 

「もちろん、被害の調査も並行して行ってくださいね?むしろそちらの方が最優先です。」

 

 

「もちろんだ。落合本部長、次の話を進めてくれ。」

 

 

「はい。とりあえず、私から言える報告をまとめると、この学園艦は武力攻撃を受けているということ。そして、それらは他国やテロリストによるものではなく航空戦力を保有している学園の可能性が高いということ、調査班の聞き取り調査から全日本女子航空高校か、知波単学園の可能性が特に高いということ、この3点を報告します。私からは以上です。それでは、皆さんからの報告もお願いします。まずは、風紀委員長の稲村さんからお願いします。」

 

 

 

 

カルパッチョは席につき稲村に促す。稲村は小さく頷くと立ち上がり、一礼して報告を始めた。

 

 

「風紀委員では3年生と2年生を中心に遺体の収容任務と死傷者数の把握、そして身元の確認作業を行ない、1年生は治安維持を行なっています。ただ、死者の把握と身元確認作業はかなり難航しています。何しろ状態がひどい遺体が多くてね。腕だけとか脚だけとか……それに電気が来ていないから夜は確認作業が行えないし、更に過酷な現場でPTSDになってしまう子も多くて……当たり前よね。亡くなった人たちには申し訳ないけど私だって吐き気を感じることがあるもの。あの血の匂いは現場で体験した人しかわからない。PTSDの症状でかなりの数の風紀委員が戦線離脱したわ。そのせいで人出が圧倒的に足りない。あとは、遺体安置所で検視を行う医師も全く足りなくて全然作業が進まない。このままじゃ遺体が腐敗してしまう前に全ての確認作業を行うのは難しいかもしれないわ。できたらでいいから人材が欲しいわね。もちろん、先生たちも協力してくれてるけどそれでも全然足りないわ。それで現在確認している遺体の数は学園内警備本部所轄が236名、南市街地警備分隊所轄が63名、西市街地警備分隊所轄が52名、総数351名でそのうち名前が判明した方は20名、行方不明者は全域に避難命令を出したおかげで大幅に減って512名、行方不明者の所轄別人数はいまだ集計が終わっていないため算出できていません。負傷者の所轄別人数は南市街地警備分隊所轄110名、そのうち重傷者53名、軽傷者57名西市街地警備分隊所轄77名、重傷者25名、軽傷者52名学園内警備本部所轄98名、重傷者43名、軽傷者55名で総数は285名です。行方不明者につきましては現在全力で捜索を行っています。また、新しい情報が入り次第みなさんにお知らせします。また、治安維持に関しては被災者の皆さんの協力もあって比較的治安は事件前と変わらず維持されていると言えるでしょう。」

 

 

稲村は丁寧語と女性語を織り交ぜながら報告した。稲村は過酷な現場を経験している。とにかく人手が足りないから人が欲しいと必死の表情で訴えていた。その件に関しては解決策ならある。しかし、その策に関して風紀委員に話すべきか否かカルパッチョは迷っていた。なぜなら、今回投入できる人員は今まで風紀委員が取り締まって来たマフィアたちである。両者に確執があるのは間違いない。カルパッチョは迷いつつもおもむろに手を挙げた。

 

 

「えっと。人員に関してですけど、一応当てはあります。」

 

 

「え?本当!?なら、是非ともお願いしたいわ。」

 

 

「いや、風紀委員に預けるのはいいんですけどね。実は、その人員っていうのが……マフィアの皆さんなんですよ。それでもいいっていうなら……」

 

 

カルパッチョが発した"マフィア"という単語に皆ギョッとした表情をして少しだけ身構えた。今までのマフィアの行動からすれば当たり前の反応ではある。カルパッチョは"やはりそういう反応になるよね"とでも言いたげな苦笑いをつくった。

 

 

「まさか……落合さんはマフィアとつながっていたんですか……?」

 

 

この中では一番年下の河村が声を震わせて顔を引きつらせながら恐る恐る尋ねる。河村の目は恐怖に満ちていた。他の者もカルパッチョが実はマフィアの仲間でこの学校を崩壊させるために事件を起こしたのではないかと疑いの目を向けていた。

 

 

「まさか。そんなわけはありません。河村さんがどういう意味でマフィアとつながっているとするかはわかりませんが、少なくとも私は暴力なんて大嫌いなんです。確かに、私は戦車道をやっています。しかし、それで人をボコボコにしたいだとかそんなふうに思ったことは誓ってありません。私はただスポーツや武道としてやっているに過ぎない。抗争とかがしたいわけじゃありません。だから私はマフィアなんていう暴力集団と繋がっていたことなど一度もありませんよ。ただ、一度だけマフィアの接点をやむを得なく持ったことはありますが……」

 

 

「やっぱりあるんじゃないですか!」

 

 

河村は泣きそうな目をする。すると、今度は風紀委員長の稲村が少し低い声で迫る。

 

 

「なぜ、マフィアなんかと接点を持つことになったのかは知らないけれどその話が本当なら貴方を見過ごすことはできないわね。言動によっては拘束することもあるわよ。気をつけなさい。いくつか質問するから正直に答えてちょうだい。」

 

 

カルパッチョは沈黙したまま首を縦に振った。

 

 

「それじゃあ、一つ目の質問。あなたがマフィアと接点を持ったのはいつ?」

 

 

「今朝ですよ。」

 

 

「今朝!?ど、どうしてまた……」

 

 

「単純な話ですよ。私は捕まったんです。マフィアの縄張りに間違えて入ってしまって。」

 

 

「「捕まった?!」」

 

 

カルパッチョ以外の全員が驚きの声をあげる。そして、今度は他の者からも質問が飛ぶ。しかし、風紀委員長の稲村がそれを落ち着かせて代表で質問した。

 

 

「なんでそんな危険な場所に入ったの?よく無事に帰ってこれたわね。」

 

 

「別に入りたくて入ったわけではありませんよ。石井さんには昨日話したと思います。夢で戦車道の友達に会ったと。」

 

 

「ええ。言ってましたね。」

 

 

「それで、石井さんはきっと私にお別れを言いにきてくれたのではと言いました。だから、私は戦車道の子たちが事件で命を落としたであろう場所に行って花を手向けて慰霊をしてきたんです。それが義務だと思ったから。でも、そのあと私は戦車道の後輩に再開したんです。アマレットっていう子なんですけど、その子、実は亡くなったかもしれない私の友達と同じ戦車に乗っていた子なんです……その子は私の友達を探していて……でも、私はその子に亡くなったかもしれないって言えませんでした。優しい嘘をついたんです。きっと大丈夫だって。それで、罪悪感とどうすればいいかわからないという気持ちで押しつぶされそうになって……それで気がついたらマフィアの縄張りに……」

 

 

「それで今朝いなかったのね……辛かったわね……疑ったりしてごめんなさいね……最後に一つだけ、マフィアには何かされなかった?」

 

 

カルパッチョはその質問に対してすぐには答えられなかった。恥ずかしすぎるのだ。縛られて、鉄の棒で顔を2度と見れないように潰すと脅され怖くなった結果、失禁し裸にされたなど恥ずかしくてとても口にできない。そんな状況なら誰でもそうなるということはわかってはいるがカルパッチョは年頃の少女である。この屈辱的なことをこんなに大勢の前で告白することは酷だ。カルパッチョは真っ赤な顔をして俯く。その様子を見て、稲村は席を立つとカルパッチョの身体を包むように抱きしめた。

 

 

「もしかして……恥ずかしいことされた?もし、言いたくないなら言わなくてもいいのよ。聞いちゃってごめんなさいね。」

 

 

すると、カルパッチョは首をブンブンと強く横に振り、稲村の耳元に口を寄せると消え入りそうな小さな声を絞り出す。

 

 

「縛られて……大人しくしないと顔を潰すと脅されて……それで……その……漏らしてしまって……それから……裸にされて……」

 

 

今度は稲村がカルパッチョの耳元に口を寄せて口を開く。

 

 

「酷い目にあったのね……女性としての尊厳を汚すのは許せないわ……それで、着替えはしたの?」

 

 

カルパッチョは首を横に振る。

 

 

「どうして?」

 

 

「だって……みんなも帰れてないのに私だけ帰るなんて申し訳ないじゃないですか……」

 

 

「貴方、本当に優しいのね……」

 

 

「あの……稲村さん。彼女に一体何が……」

 

 

稲村は、その声に顔をあげると首を横に振った。聞いてはいけないという無言のサインだった。他のメンバーはハッとした表情になると首を縦に振る。

 

 

「でも、なんでそんな目に遭わされたのに、マフィアを人員に使おうと?」

 

 

カルパッチョは一度唾を飲み込むと胸を張って答える。

 

 

「彼女たちマフィアは本当はいい人たちだからです。」

 

 

カルパッチョの言葉に稲村は驚いていた。まさか、被害に遭ったカルパッチョの口からそんな言葉が発せられるとは思わなかったのだろう。戸惑った表情をしている。しばらくそんな表情をしてから稲村は何かを悟ったように複数回頷くと優しい微笑みを浮かべた。

 

 

「落合さん……本当に優しいのね……マフィアの肩を持つなんて……そうそうできることじゃないわ……」

 

 

「いいえ。私は肩を持っているわけでもなければ気を使ってそんなことを言っているわけでもありません。私は本気で言っています。彼女たちはいい人たちであると。」

 

 

すると稲村はカルパッチョに怒りとも言える感情をぶつけてきた。声を荒げてカルパッチョに迫る。

 

 

「そんなバカな!そんなことあるわけがないわよ!あの野蛮な奴らが本当はいい人ですって?」

 

 

稲村の怒りもわかる。自分たちが取り締まってきたことが全て否定されたようなものであるからだ。しかし、カルパッチョは意見を曲げない。落ち着くように稲村をたしなめる。

 

 

「稲村さん。ちょっとだけ私の話を聞いてくれませんか?」

 

 

「いいわよ……聞こうじゃないの。なぜ、貴方がマフィアの肩を持つのか。」

 

 

「ありがとうございます。私が、マフィアに捕まったあと、私を助けてくれたのは同じマフィアの一番上の人でした。その人はジェノベーゼさんという人です。」

 

 

「ジェノベーゼ!?ジェノベーゼってあのジェノベーゼ一家の頭領!?」

 

 

誰もがカルパッチョの出した人名に驚きの声をあげた。ジェノベーゼはそれほど有名なマフィアとして学園艦中にその名を轟かせていたのだ。

 

 

「彼女は言いました。自分たちは本当はこんなことをするために集まったわけじゃないと。自分たちはただ居場所が欲しかった。だからこのジェノベーゼ一家を作ってみんなでワイワイ騒ぐ集団を作ったんだと。そして、彼女は嘆いていました。そして今の彼女たちがなぜ悪いことをするのかそれを教えてくれました。彼女たちは他のマフィアとの抗争で暴力を覚えてそれを誇示することが自分を示すことだと思っているんだと。彼女は私に全てを打ち明けたんです。自分たちの弱みを自分たちからさらけ出したんです。さらに彼女は私から今この学園艦に起こっている現状を話したら自分たちも何かできたらいいのにって言いました。それで私は確信しました。彼女たちに居場所と暴力以外のこと、自分たちにも人の役に立つことができるということを教えてあげれば必ず更生できると。だから、お願いします!彼女たちを受け入れてくれませんか?彼女たちにチャンスを作ってあげられませんか?」

 

 

カルパッチョは熱弁を振るう。こんなに熱く語ったのは久しぶりのことだ。すると、今まで頑なにマフィアを否定していた稲村がふうっと深いため息をついて口を開いた。

 

 

「仕方ないわね。わかったわ。貴方に免じて受け入れましょう。」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

「ただし、今回受け入れるマフィアがまた何か問題を起こしたらその時は厳重処罰よ。貴方も責任を問われるかもしれないわよ。それでもいいの?」

 

 

「構いません。私が全ての責任を負います。あと、彼女たちを呼ぶときはマフィアっていうのはやめてあげてくださいね。その人が呼ばれたい名前で呼んであげてください。マフィアって呼べって言われたら別ですけど。」

 

 

「わかったわ。貴方は本当に優しい人なのね。」

 

 

稲村は穏やかな顔で微笑んだ。カルパッチョも穏やかに笑う。全員の心の中に温かな何かが芽生えていた。カルパッチョはパチンと掌を鳴らすと次の話題に切り替える。

 

 

「さて、話を元に戻しましょう。えっと、稲村さんの報告は以上でいいですか?」

 

 

「うん。いいわよ。」

 

 

「それじゃあ次の報告は保健衛生班の石井さん。お願いします。」

 

 

「はい。ご報告いたします。私たち保健衛生班は文字通りの活動、負傷者の治療に関する医療機関のサポート、元医療従事者の発掘。そして感染症などの防疫の任務その他には遺体安置所の運営に関する任務に当たっています。それで、現段階では特に感染症の報告は入っていませんが、遺体が腐敗していくと感染症が発生する恐れがありますので厳重に警戒を呼びかけます。それと、医療従事者の発掘についてですが、今のところ10名が名乗り出てくれました。正看護師が3名、准看護師が6名、引退した医師が1名です。アンツィオ総合病院に問い合わせたところ今のところ総合病院勤務ではない診療所の医師も含めて現役医師を総動員しているので人手は足りているということだったので全員遺体安置所の方に回しました。遺体安置所については検視などが全く進まないので開設見込みが立ちません。先ほど、風紀委員長からの報告でもありましたが、夜は作業できませんし、医者や歯科医師も必死で遺体の検視を行なっていますが……以上です。」

 

 

遺体安置所、やはりこの問題はどこの班でも共通の課題らしい。特に、検視を行う医師や身元確認のための歯科医師の人数が足りない。こうした専門職の仕事は一般の人がやれるものではないので絶対数が少ないだから作業は遅々として進まないのだ。それが、遺体安置所の解説を妨げていた。だが、身元の確認についてはもしかしたら、被災者たちの情報から判明することもあるかもしれないという期待と一刻も早く遺族や知人のもとに返してあげたいという願いから遺体安置所開設の許可を出すことにした。

 

 

「わかりました。ありがとうございます。遺体安置所の件ですがとりあえずは現段階でも開設を許可します。一刻も早く被災者の方々に引き渡してあげたいです。検視などについては遺族や知人が見つかってからでもいいわけですから。そのようにお願いします。」

 

 

「わかりました。」

 

 

「では、次は調査班お願いします。」

 

 

「調査班は先ほど少し報告をしたので手短に。調査班は先ほどのような被災者からの聞き取りと被災状況の把握に務めている。被災状況だが、インフラ設備は水道は使えるがガスと電気は使えない。原因はガスについては火災、電気は変電所が破壊されたからだろう。復旧についても全く不明とのことだ。復旧は一朝一夕で終わるものではないので相当な時間を要することを覚悟すべきだろうな。火災は消防団からの報告によるとインフラ設備群の中ではガスタンク付近を中心に激しく燃え盛っている。鎮静化の見込みは立っていないとのことだ。他の地区の火災はなんとか鎮静化したとの報告を受けた。ただし、かなりの被害が出たとの報告だ。南市街地では1軒全焼、西市街地では4軒が全焼したらしい。爆発の被害だが南市街地、西市街地、戦車演習場、階段前広場、校舎1号棟、第7都市公共施設群変電所、電話基地局、艦橋が被害を受けたとの調査結果が私の手元には上がっている。以上だ。」

 

 

「わかりました。ありがとうございました。調査班は引き続き調査の続行をお願いします。火災の件については消防団に任せます。彼女たちなら勇敢に立ち向かってくれるはずですし、私が口を出すとかえって邪魔になるかもしれません。次は、生活班の高梨さん報告お願いします。」

 

 

「生活班の高梨です。生活班では、学園生活や避難生活のサポートと備蓄の管理を行っています。備蓄に関してですが、さすが美食のアンツィオといわれるだけあります。1年分の非常食の備蓄があるのでしばらくは何とかなりそうです。それから、避難所の運営についてですが、被災者の協力もあり、今のところ大きなトラブルなく運営ができています。生活班では、いずれ落ち着いてきたら避難所の運営は被災者のボランティアの皆さんに委任して、私たちは、避難所の人たちが自宅に戻れるようにサポートと整備を行っていく方針です。今のところ生活班の報告は以上です。」

 

 

「報告ありがとうございました。生活班もそのまま進めてください。それでは、次は船舶科の工藤艦長報告お願いします。」

 

 

工藤はすっかり元の"工藤綾乃艦長"に戻っていた。力強く立ち上がると、はっきりとした口調で胸を張って報告した。工藤綾乃という人物は苦難に立ち向かい、どんな嵐にも耐えきる大木のように強い女性であった。まさに、この学園艦の運航業務を担う長としての学園艦艦長にふさわしい人物であった。

 

 

「では、報告させてもらうわね。さっきは取り乱してごめんなさい。陽菜美ちゃんには報告したけれど、船舶科では艦橋、副艦橋が爆発で吹き飛ばされたため、本艦は操舵を失い航行が不可能であるという結論に至りました。しかも、当時勤務していた副長以下艦橋員全員と連絡が取れていません。ほかの船舶科のメンバーとも非番船員以外の船員の多くと連絡が取れません。また、この船には機関室でも操舵が可能でしたが、そこもつい3日前に故障してしまったため使えません。完全な漂流状態です。ちなみに、機関自体は原子力を動力としており、無事であると思いますがしばらく安全確認のため停止の可能性があります。なぜ、”可能性がある”という曖昧な表現であるかというと、原子炉の保守管理を掌る機関長と連絡がつかず、さらに機関室へと通じる通路もがれきでふさがれてしまい、現状の把握が困難であるためです。救助の要請についてですが助けを求めようにも通信機器が破壊されたためそれもかないません。さらに、天測を行った結果現在の本艦の位置は伊豆半島の石廊崎より20km南西、北緯34度26分51秒東経138度46分6秒の位置であることが判明しました。現在、船舶科では船員の捜索と国際信号旗を掲揚して救援を求めているところです。ただ、人が住む島からも40km以上離れているので発見される可能性は何とも言えません。船舶科からの報告です。」

 

 

船舶科の報告は各班の班長達に大きな動揺をもたらした。まさか、ここまで深刻な状態であるとは思ってもみなかったのであろう。カルパッチョはその様子を見て、努めて明るい声を出した。そうでもしなければカルパッチョでさえ心が折れてしまいそうである。

 

 

「工藤艦長。ありがとうございました。船舶科のことは工藤艦長に全てお任せしますからよろしくお願いします。さて、一通りの報告は終了しましたね。本来であれば、消防団も参加するのですが今回は消防活動と救助活動に専念するため不参加です。それでは、皆さんからの報告は以上ですね。何か質問がある方はいますか?」

 

 

カルパッチョの問いかけに一人だけ手を挙げる。河村だった。

 

 

「あの……会長たちや生徒会役員の情報は何かありませんか……?」

 

 

この問いには、風紀委員長が答えた。風紀委員長は悲しそうな顔をしながら首を横に振った。

 

 

「生徒会室があった、艦橋付近は学園内警備本部が捜索してるけれど残念ながら情報は入っていないわ。」

 

 

「そうですか……」

 

 

「役に立てなくてごめんなさい……私たちも全力で探すわ……」

 

 

「ありがとうございます……」

 

 

「元気出してくださいね。私にも、行方不明の友達がいます。みんな、境遇は同じです。ほかに質問などはありませんか?」

 

「私から質問していいか?」

 

 

調査班の田代が手を挙げていた。カルパッチョは手のひらを田代の方に向ける。

 

 

「はい。どうぞ。」

 

 

「先ほど、落合本部長はこの学園艦は武力攻撃を受けているといったな?」

 

 

「はい。言いましたね。何かありましたか?」

 

「いや、もしも、武力攻撃だとしたら一回きりで終わるとは考えられない。これから先、ますます苛烈になって繰り返し襲撃される可能性がある。そうしたとき、この学園艦はそれに反撃もしくは迎撃するだけの戦力はあるのか?」

 

 

カルパッチョは隠すことなくはっきりとした口調で答えた。

 

 

「いいえ。ありません。少なくとも、航空戦力はなったはずです。あるのは、私たち戦車道の戦車のみです。しかし、今回の空襲で戦車倉庫もかなりの被害が出たので、戦車が無事かどうかも……」

 

 

 

「そうか……それはかなりまずいな……対策は何かあるのか……?」

 

 

「防空壕を掘るくらいしか……」

 

 

「防空壕……いったいいつの時代よ……生きている間にそんな言葉を使うなんて思わなかったわ……」

 

風紀委員長の稲村が遠い目をしながら呟く。誰もがどうすればいいかわからず頭を抱えていた。すると、今度は総務班の依田奈央が手を挙げた。依田は手に学園艦六法という学園艦の統治に関わる諸法をまとめた書物をめくりながら言った。この学園艦六法は各学園艦で毎年発行するように義務付けられている代物だ。

 

 

「あの、もうこうなってしまったからには緊急事態宣言からさらに格上の特別厳戒緊急事態宣言に切り替えた方がいいのでは?学園艦六法によると以下のように定められています。えっと……確かここに……あった。これだ。はいこれです。ここの第12条に根拠となる条文があります。”災害対策本部の班長以上の職にある者の2/3が承認したとき、特別厳戒緊急事態宣言を出すことができる。特別厳戒緊急事態宣言が出された時点で、災害対策本部は特別災害対策本部に格上げされ、本部長は学園艦艦長、生徒会長、もしくは委任された者が就任し、学園艦居住のすべての市民の市民権を停止し総動員することができる。”」

 

 

「なるほど。確かに条文上ではそう書かれていますけど、そんなことしていいんですか……?だってこれが作られたのって戦時中昭和17年の8月ですよ?今の生活と一気に変わってしまいますけど……今まで自由気ままに過ごしてきた分、反発がすごいことになりそう……」

 

 

カルパッチョの指摘通り、確かにその規定が作られたのは昭和17年の8月1日になっている。この時代と現代では、そもそも人権という考え方が違うだろう。そんな時代錯誤な規定を根拠に自由に行動する権利を停止して総動員してしまってよいものなのだろうか。それは、アンツィオ高校の本来の理念に反するのではないだろうかとカルパッチョは思っていた。確かに、この学園艦のモデルになったイタリアはこの規定が作られたころ、ムッソリーニ政権で全体主義であったが、今の学園艦をそんな恐ろしい世界にしてしまっていいのだろうか。カルパッチョは戸惑っていた。すると、依田は胸を張って言った。

 

 

「大丈夫ですよ。こんな時だからこそ、みんなで一体となって乗り越えていかなければならないんです。みんなわかってくれますよ。」

 

 

「うーん。そうですか……?」

 

カルパッチョは心配そうな目をする。すると、この話に興味を持つ者がいた。風紀委員長の稲村だった。稲村は、この規定を履行するようにカルパッチョに強く求めた。

 

 

「私は、その規定を履行することを強く主張するわ。そっちの方が今は風紀の取り締まりもしやすくなるし。」

 

 

「私は、あまり気乗りしません。だって自由を縛ることになるんですよ?」

 

 

「でも、防空壕とかは掘らないといけないでしょ?その時に自由参加だと苦労するわよ?」

 

 

「それはそうですが……考えておきます。」

 

 

「仕方ないわね。頭の片隅にでも置いておいて。」

 

 

稲村と依田は残念そうな顔をした。稲村と依田の意見もわかる。確かに、強い権限の下、市民の行動を縛れば統治は楽になる。しかし、それは最終手段だ。今は、その選択をしたくはない。人としての自由を縛ってはいけない。そうした考えがカルパッチョを思いとどまらせた。

カルパッチョは他の者からの意見や質問を募ったがその他の者から質問や意見は特になかった。カルパッチョは一通り周りを見回すと一度頷いて、次の話に話題を移した。

 

 

「では、次のお話に入らせていただきます。次は、これらの事実を公表するか否かです。私としては、公表するべきだと考えていますが、いかがでしょう。というのも、こちらの資料をご覧ください。これは、船舶科の艦長に代々伝わる危機管理の鉄則が書かれているものだそうですがこちらには、”逃げるな、隠すな、嘘つくな”とあります。この状況を被災者の皆さんに説明して、協力を求める。これこそ、いま必要なことだと考えますが、どうでしょうか。皆さんの意見を求めます。」

 

 

「広報班は特に異論はありません。会見はいつでも開けます。ただ、治安維持などの観点から言うとどうなんでしょうか稲村委員長。」

 

 

「風紀委員としては、確かに混乱が広がるのは困るけれど、公表せずに信用がなくなって暴動とか起きた方が怖いから基本的には公表することに賛成するわ。でも、公表するならその後の混乱のリスクも考えて、やっぱり特別災害対策本部の設置を検討すべきよ。この発表のタイミングならきっとみんなわかってくれるはず……」

 

 

稲村は再び特別災害対策本部を設置するよう進言してきた。カルパッチョはやはり渋る。

 

 

「それは……そうですけど……」

 

 

すると、稲村は対カルパッチョ戦略の大幅な変更をしてきた。脅しにシフトしたのだ。稲村はカルパッチョに公表の反対をちらつかせて揺さぶりをかけてきた。

 

 

「別に、嫌ならどうしてもやらなくてもいいけど、こんなにも意見の隔たりがあるとこれから先色々なことで厳しくなりそうね……」

 

 

「そ、そんな……今、私たちの間で仲間割れしたら被災者はどうなるんですか!?」

 

 

カルパッチョは少し大きな声で稲村に迫った。すると稲村は微笑みながら言った。

 

 

「だったら、認めてちょうだい。それが被災者の為よ。」

 

 

「わ、わかりました……決議をとることを認めます……」

 

 

カルパッチョは遺憾ながら認めざるを得なかった。カルパッチョはついに、折れた。すると、さっそく総務班班長の依田が決議をとった。

 

 

「それでは、皆さん早速ですが決議をとります。特別厳戒緊急事態宣言を宣言し、特別災害対策本部設置に賛成の方は起立してください。」

 

 

すると、意外なことにカルパッチョ以外全員が立ち上がった。カルパッチョは絞り出すような小さな声で尋ねる。

 

 

「皆さん……本当にそれでいいんですか……?」

 

 

「それがみんなの意思ってことです。みんなこの状況ならやむを得ないって思っているんですよ。さあ、落合さんもあきらめてください。」

 

 

それが皆の意思であるならば仕方がないことである。カルパッチョはあきらめて立ち上がった。結局議決は全会一致で可決された。依田はそれを確認する。

 

 

「それでは、正式に可決されましたので手続きに関する書類を作成します。」

 

 

 

 

カルパッチョは深くて長い溜息をつきしばらく沈黙した後に口を開く。

 

 

「それで、公表については皆さん異論ありませんか?」

 

公表について特に異論は出なかった。カルパッチョはまたしても大きなため息をつく。

 

「ありがとうございます。特別厳戒緊急事態宣言の件、残念ですが仕方ないですね……本当はみんなの自由をなるべく縛りたくはなかったですが……でも、それがみんなのためだって言うなら仕方ないです……皆さんの判断を信じます。それでは、総務班の依田さんたちは手続きの書類と報告に関して紙面にまとめてください。広報班の河村さんたちは会見を行うと放送部と新聞部に伝えて、会見の準備を行ってください。では、最後に一つ、実は生徒会が作成したと思われる災害対策本部運営マニュアルが見つかりました。これから、総務班で仕事の再分割と新たな班の編成を行う予定です。もちろん現在行っている業務に支障が出ない範囲で行いますから安心してください。また、掲示でお知らせしますからその時はよろしくお願いします。それから、総務班の皆さんは工学科に招集をかけておいてください。船舶科の操舵室の修理とガス、変電所の修理に関する要請を行います。それでは、会議は以上です。皆さんありがとうございました。各々の業務に戻ってください。」

 

 

「広報班、了解しました。すぐに会見の準備を行います。」

 

 

「総務班も了解です。」

 

 

長かった会議は終わった。皆、ぞろぞろと部屋を退室する。カルパッチョは疲れた表情をして椅子に腰かけていた。

 

「改めて報告を聞いているとかなりひどいわね。それにひどく疲れたわ……」

 

 

「お疲れ様です。」

 

 

河村だった。河村は水が入ったペットボトルを手にしている。カルパッチョは河村からペットボトルを受け取る。

 

 

「日和ちゃんありがとう。ねえ、日和ちゃん本当にいいの?特別厳戒緊急事態宣言を出して市民の権利を停止するってことは全部私の思い通りにできるってことよ?みんな不安じゃないの?私が権力を乱用してもしかしたら自分の身が危なくなるリスクだってあるのに……」

 

 

「あの、落合さん。私たちは落合さんを信じているんです。だって、突然こんな大役を私から押し付けられても引き受けてくれて……だから、落合さんなら権力を乱用することはない。私欲ではなく正しくみんなの為に使ってくれる。そう信じているんですよ。だから、落合さんになら任せられるんです。実は私も、本当はみんなには自由に暮らしてほしいって思っています。落合さんと同じ思いです。みんなの自由なんて縛りたくない。でも、そんな幸せな平和はすでに終わってしまったんです。壊されてしまったんです。だから、仕方ないですよ。それが私たちの生きる道なんですから。みんなの自由を犠牲にしてでも、私たちは亡くなった351名の分まで生きないといけないんです。だから……だから……辛いですけど一生懸命頑張りましょう。私たちは決して一人じゃないですから。」

 

 

河村はボロボロと大粒の涙を流しながらカルパッチョを励ます。カルパッチョは優しく微笑んで河村を抱きしめる。

 

 

「うん。わかってる。ありがとう。私、しっかりしなくちゃね。さあ、会見の準備を始めましょうか。今日中に絶対に開くわよ。」

 

 

「はい!」

 

 

河村は力づよく返事をして資料をまとめ始めた。カルパッチョはそれを頼もしげに見つめている。カルパッチョは自分の頬を両手でパンとたたいて気合を入れた。

 

 

つづく




次回は3/4の21:00を予定しています。よろしくお願いします


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第99話 大学見学

本日からまた本編へ戻ります。
今日は30年後のお話です。
山田舞はアンチョビたちと別れて、冷泉麻子と秋山優花里の勤務する東京帝国大学へ…

東日本大震災から7年が経ちました。
震災により亡くなられた方へのご冥福をお祈りいたします。また、被災地が一刻も早く復興できることをお祈りします。


カルパッチョ、本名落合陽菜美の話を聞いていると、あっという間に時間が来てしまった。時が過ぎ去るのは早いものだ。時計の針は20:00を指していた。今回は初めての取材であるから、あまり長居するわけにはいかない。名古屋に滞在するのは1日、泊まるにしても次の日の朝早くには帰る予定であった。もっとたくさん話を聞きたいところだが今回はこれで取材を終わりである。

 

「皆さん。本日は取材を受けていただきありがとうございました。」

 

「いえいえ。こちらこそお話を聞いて貰ってありがとうございます。お仕事の役に立つと嬉しいです。あの事件がなんだったのか、どうしてペパロニさんが死ななければいけなかったのか。解き明かしてください。そして、ペパロニさんたちの無念を晴らしてあげてください。」

 

カルパッチョは穏やかに言った。私は、今回の取材の最後に一つだけ提案をしてみた。私はカルパッチョとアンチョビにかつて敵だった者たち、秋山優花里、澤梓、冷泉麻子に会ってみないかと話を持ちかけてみた。本来ならば提案するのも躊躇われるが、交流することにより謎が解明できると考えたからである。アンチョビは是非会ってみたいと快諾したが、カルパッチョの反応は違っていた。カルパッチョは身体を震わせて顔は穏やかに笑っているが目は全く笑っていないという表情をしていた。綺麗に澄んでいた瞳はいつの間にか濁りきっている。私は恐ろしくて思わず目をそらす。

 

「冷泉麻子さんと秋山優花里さんとは会ってみたいです。冷泉さんは私の命の恩人ですし、秋山さんにはなぜドゥーチェを連れ去るなんてことをしたのか本当の話を聞いてみたい。でも……澤梓……彼女だけは……」

 

「澤梓さんとカルパッチョさんとの間に一体何が……?」

 

カルパッチョは目に涙を浮かべて言い澱む。あまり思い出したくないと言った様子だった。カルパッチョは俯いて少し困ったような表情をしている。数分後、突然カルパッチョは顔をあげて目を大きく見開いた。彼女の大きく見開かれた目は憎しみに支配されていた。

 

「彼女は私の大切な人を……私は彼女を許さない!彼女は極刑に処されるべき悪魔です!あの女悪魔、今までよく平気な顔してのうのうと生きてきたものです!私たちがこんなに苦しんでいるのに……許さない!絶対に許さない!」

 

カルパッチョは半狂乱のような状態になって叫びまくっていた。何があったのかは全くわからないがとにかく今のカルパッチョを澤梓たちに近づけると何かしらの重大事件になりそうなのはよくわかった。カルパッチョを澤梓たちと引き合わせることは残念だが断念せざるを得ない。カルパッチョも今の自分の状態はよくわかっていたようで、こんな状態で会うと澤梓を殺しかねないからと断られた。妥当な判断である。もし、カルパッチョがこんな状態で面会したいなどと言ったらどうしようかと内心ヒヤヒヤしていたので非常に助かった。

 

「そうですか……せっかくの機会でしたが残念です……」

 

私はうわべだけの言葉を並び立てた。私は内心、カルパッチョに恐怖を感じていた。今まで穏やかに話していたのにいきなり豹変したのだ。あの暗く濁った目は誰かを殺してしまいそうな目だった。

 

「お役に立てずにすみません。」

 

彼女は再び穏やかに笑う。彼女の憎しみの目はすっかり息を潜めていた。私は穏やかに笑うカルパッチョを見て安堵し長く息を吐く。その後、私は食事に誘われた。しかし、新幹線の時刻が迫っていたので丁重にお断りしておいた。アンチョビたちは残念そうな顔をしていたし、私も内心一緒に食事をしたかったが予約してしまっていたので仕方がない。私は見送りのアンチョビとカルパッチョと一緒に名古屋駅に戻った。二人は、まだ話し足りないからまた来て欲しいし、今度は夜も一緒に食べようと話してくれた。私は喜んで快諾して、アンチョビとカルパッチョ二人と連絡先を交換し、名古屋駅の新幹線改札口で別れ、東京に戻った。

次の日、私は東京帝国大学に来ていた。冷泉麻子と秋山優花里に会うためだ。最初、冷泉麻子から「会わせたい人がいる」と言われて誘いを受けた時は午後に待ち合わせていたが、秋山優花里からもあの元気な声で「私の研究室にも遊びに来てください!」と言われたため午前からになった。私は門に立っていた守衛に秋山優花里たちと約束があると伝え、学内に入った。私は早速、全学共通科の建物に向かう。その建物の11階に秋山優花里の研究室があった。私は、エレベーターに乗って11階のボタンを押した。そのフロアは秋山優花里と同じように戦車道審判課程の教員たちの研究室のフロアのようだ。10部屋中7部屋は秋山優花里と同じ戦車道審判課程の教員たちの研究室だった。それぞれの部屋に誰の研究室かわかるように表札がかけられている。さすが女子の嗜みとされているだけあって戦車道課程の8割の教員が女性であった。おそらく元選手だった者たちも多いのだろうと思いつつその表札の名前を歩きながら一つずつ確認していると、ある人の名前が目に飛び込んで来た。松風鈴、かつてタンカスロン競技で名を馳せた名操縦手であった。私は驚きしばらくその場で立ち止まってしまった。松風研究室の扉に一枚の写真が貼られていた。その写真は確かにあの松風鈴と鶴姫しずかの写真だった。私はタンカスロンの元選手が教員として所属していることに驚いた。研究室の扉を叩いて今の彼女の姿を見てみたいと思ったが、約束がないのに尋ねるのは失礼である。残念だが、私はマナー違反の人間にはなりたくないからやめておいた。気を取り直し私は再び秋山優花里の研究室を探した。秋山研究室は廊下の一番奥にあった。入り口にある無機質な表札に"全学共通科 戦車道審判課程准教授秋山優花里"と書かれている。秋山優花里の研究室に間違いない。秋山優花里の研究室の扉には軍人らしき人物のポスターが貼られていた。中の様子はわからないが電気がついている。どうやら中にいるようだ。研究室の扉を3回ノックした。

 

「はーい!どうぞ!入ってください!」

 

「失礼します。今日約束しました山田です。」

 

秋山研究室の扉を開けると私の目の前に本の山が飛び込んで来た。秋山優花里の声は聞こえるが本の山に埋もれているのかどこにいるかわからない。私が唖然としていると突然ガサリと本の山が崩れて、小さな悲鳴が聞こえたと思ったら本の中から秋山優花里が顔をひょっこりのぞかせた。

 

「あいたたた……また崩れてきちゃいました……こんにちは。山田殿!ようこそ秋山研究室へ!」

 

「こんにちは……秋山さん。それにしてもすごい数の本ですね……」

 

「あははは……研究者に文献は命ですからね。でも、私は他の研究者より特に本が多いかもしれません。まあまあ、とりあえず座ってください。」

 

秋山優花里は本の山を指差しながら言った。本に座れということなのだろうか。困惑していると秋山優花里はやおら慌て始めた。

 

「あ!すみません!すぐ片付けますから!」

 

そして秋山優花里はまたバタバタと本を部屋の反対側の山に積み上げる。すると本で埋もれていた場所から応接用の椅子と机が現れた。私は秋山優花里に椅子を勧められてかけて改めて部屋を見渡してみた。部屋中本だらけだ。胸の位置の高さにまで積み上げれた本の山が部屋中にある。さらに本棚にもぎっしりと本が詰まっていた。

 

「それにしてもこの本の量は圧巻です。何冊くらいあるんですか?」

 

「えっと、この部屋だけだと5000冊くらいですかね。」

 

「そ、そんなに!いったいどんな本があるんですか?」

 

「私の専門の戦車戦略論と地政学の本が6割、戦車道に関する本が4割といったところですね。まあ、他にも論文とかもありますけど。日本語だけじゃなくてドイツ語やロシア語英語などで書かれた本もありますから蔵書が増えてしまったんですよ。これらの本は本棚に入りきらないんです。教務に本棚をもっと増やして欲しいって言ってるんですけどね。」

 

秋山優花里は遠い目をしながら言った。そのあと、私は秋山優花里の研究について尋ねた。秋山優花里はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに目を輝かせて私に個人レクチャーをしてくれた。秋山優花里の講義は面白い。色々なエピソードを交えて戦車戦略論を講義してくれた。秋山優花里も楽しそうだ。こんなに面白い講義を熱心な教員から受ける学生は幸せ者だ。秋山優花里の個人講義を受けていると1コマ目終了のチャイムが鳴った。

 

「あ、1限目終わってしまいましたね。実は私、次の時間全学共通科目の地政学概論の講義なんです。よかったら授業の体験してみませんか?」

 

「いいんですか!ぜひ!」

 

「はい!もちろん!それでは、私は講義の準備があるので先に行っててください。講義室は9号館の926講義室です。また、講義の終了後前に来てください。」

 

「わかりました。」

 

私は秋山研究室を出て秋山優花里に指定された講義室に向かった。9号館はここからそこまで離れていない。迷うことなくすぐにたどり着くことができた。私は秋山優花里から手渡された聴講生の名札を下げて講義室の中に入ると中には沢山の学生たちがいた。私は適当な席に座る。私は講義が始まるまで何もせずに椅子に座っていた。すると隣に女子学生がやってきた。

 

「ここ、よろしいですか?」

 

丁寧で清楚な感じの女子学生だった。私はもちろんというと学生はにこりと微笑んで席に着く。

 

「こんなに若い聴講生の方は初めてです。聴講生の方は大抵おじいさんやおばあさんばかりなので。」

 

「あははは。若いだなんてお上手ですね。もうおばさんですよ?実は私、秋山優花里准教授と知り合いで、見学してみないかと言われて講義を受けにきたんですよ。秋山先生の講義っておもしろいですか?誰にも言わないからいつもの様子を教えてくれませんか?」

 

すると、その学生は目を輝かせながら楽しそうに言った。

 

「とっても楽しいですよ。秋山先生は熱心でとてもわかりやすくて。毎回小レポート書かされるのが少し大変ですけど。でも、話自体はとってもおもしろいです。あと、よく脱線するんですけどそれもまた最高に面白くて興味深い。こんな評価が高い先生はなかなかいませんよ。だいたい全学でこんなに満杯になる授業も珍しいですし。」

 

「へえ〜。いいなあ。私もそんな先生に教えを受けたかったものです。ありがとうございます。」

 

「そちらは秋山先生とはどんなご関係で?」

 

「私はフリーの記者をしていまして、秋山先生の取材をしているんです。それで実は今日も取材に来たんです。」

 

「ああ、なるほど。そういうことですか。お仕事頑張ってください。あ、もうすぐ時間ですね。秋山先生の授業、楽しんでいってください。」

 

「ありがとうございます。」

 

始業を伝えるチャイムが鳴った。秋山優花里は時間ぴったりに入って来てパソコンのプレゼンソフトを立ち上げて講義を始めた。今日はフリードリッヒ・ラッツェルの理論についてだった。講義によると彼はドイツの政治地理学者であり、彼の理論はビスマルク時代における植民地獲得の外交政策の理論的根拠として用いられた。ラッツェルの考えによると国家を単なる国民の集合体としてとらえるのではなく、国土と国民からなる生命体として考え、国力は国土面積に依存し、国境は内部の同一性の境界線であり同時に国家の成長により国境線が流動的に変化するという前提を置いて主張し以下の法則に導かれると定義した。

国土(国境線)は民族(言語・文化など)の増大によって流動的に変化する。

国家は国境の拡張とともにその政治力(国力)を拡大する。

国家はより弱小な国家を吸収して成長し、同時にあらゆる地形や政経中枢や資源地域を吸収する。

原始国家の領土拡張の原因は外因性、すなわち、外国の領土拡張の動きにより引き起こされ、ますますその競争の流れは広がる。

という講義であった。理論的には難しい話であったが秋山優花里の講義力により格段にわかりやすいものになっていた。例え話や雑談もとても面白い。みんな笑顔で講義を受けていた。講義終了後、秋山優花里に声をかけると一緒にお昼を食べようと誘いを受けた。私たちはキャンパス内の学食で食事をした。私は秋山優花里オススメのランチを注文して席に着く。

 

「秋山さん。とっても面白い講義でした。こんなにおもしろい講義を受けることができる学生さんたちは幸せですね。」

 

私が褒めると秋山優花里はもしゃもしゃと髪の毛を掻いて恥ずかしそうに照れていた。

 

「お褒めいただき恐縮です。」

 

「私の隣の席の学生さんも秋山先生の授業は大人気だって言ってましたよ。」

 

「そう言ってもらえることが一番嬉しいです。今日の授業は少し難しい内容でしたが、おもしろいって思ってくれたなら幸いです。」

 

秋山優花里は嬉しそうな笑顔になる。私も秋山優花里に微笑み返した。ここでは、取材の内容に触れるのはあえてやめた。せめて食事くらいは楽しみたいと思ったからだ。そこで、話題は普段の大学の教員としての生活などを尋ねた。そういえば、秋山優花里は人文学部に赴任して来たかつてのチームメイトとは会えたのだろうか。私はそれだけ秋山優花里に聞いて見ることにした。

 

「そういえば、秋山さん。人文学部にチームメイトが赴任して来たって言ってましたよね?会えましたか?」

 

「会えましたよ!二人とも変わらず元気でした。特にエルヴィン殿とは趣味も合いますし休みの日なんかは一緒に遊びに行くことだって結構ありますよ。」

 

「それは、楽しそうですね。いいなあ〜」

 

「はい!とっても充実しててまさに天職ですよ!」

 

「自分の好きなことを思いっきりやれることほど楽しいことはないと思います。この東京帝大の戦車道審判課程の先生方は戦車道の関係者だった方って多いんですか?先ほど、秋山さんの研究室を探していた時に松風鈴さんの研究室があったんですけど……あれはあの松風鈴さんですか?タンカスロンの。」

 

「ああ。はい。松風先生ですか。そうですよ。あのテケ車のタンカスロンの松風鈴さんです。彼女は戦車道マネジメント論と戦車整備工学、そして戦車操縦方法論が専門ですね。うちの大学の戦車道審判課程の教員は結構多いですよ。戦車道やってた人。もっとも、タンカスロンは戦車道と言っていいのかわかりませんが、戦車道よりさらに過酷な戦いだって聞いてますし。」

 

「へえ〜戦車の操縦方法論は分かりますがそれに加えてマネジメントと工学を修めるなんてすごいですね。」

 

「ええ。本当にすごいです!私も彼女とはこの大学に来てから知り合ったんですけど、高校時代は戦車道は部活として存在しておらず学校非公認で活動していたので全て自力でやってたみたいで、戦車の整備から戦車道チームのマネジメントまで全て独学で学んだようで、本当に尊敬しちゃいます!」

 

秋山優花里は目を輝かせながら興奮して話してくれた。本当に楽しそうで微笑ましい姿を見せてくれる。こちらまで楽しい気分になってくる。会話も弾み美味しい食事を食べたあと、私たちは冷泉麻子が待つ薬学部の建物へと向かった。建物の3階にある毒物学分野研究室が冷泉麻子の研究室だ。私たちは研究室の扉をノックした。すると、中から男子学生が出てきて応対した。

 

「はい。何かご用ですか?」

 

「冷泉先生とお約束した山田と申します。」

 

「わかりました。呼んで参りますので中に入ってお待ちください。秋山先生もどうぞ。」

 

「ありがとうございます。」

 

「牧野君ありがとうございます。」

 

目の前の白衣を着た男子学生も秋山優花里の教え子のようだ。秋山優花里が本当に慕われているということが伝わってくる。部屋の中の応接用の椅子に通された。私は研究室を見回した。まさに研究室らしい研究室だ。見慣れない機材がたくさん置いてある。椅子に通されてしばらく待つと白衣を着た科学者冷泉麻子がやってきた。冷泉麻子はこちらの姿を認めると微笑んだ。

 

「山田さん。わざわざきてくれてありがとう。秋山さんもありがとうな。ようこそ毒物学分野研究室へ。」

 

「冷泉さんの研究室は秋山さんの研究室とはまた違いますね。」

 

「ああ。私たち理系の研究者は文系と違って複数の教員やポスドクさらには学生が所属し実験を行なって研究する。だから、文系の研究室とはちょっと違う。秋山さんの研究室に行ったのか?本の数に圧倒されるよなあの部屋は。何しろ毎月100冊ずつ本が増えるらしい。」

 

「100冊も!すごいですね!ええもうあの本の山にはびっくりしました。でも、秋山さんたちは天職につけて羨ましいって思いましたよ。自分の好きなことを全力でやれるなんて。」

 

私は秋山優花里と冷泉麻子に羨望の眼差しを向けた。

 

「ああ。私たち研究者はある意味幸せかもしれないな。あっ、そうだ。そういえば今日来てもらった目的は会わせたい人がいるって話だったな。それじゃあ早速行こう。」

 

「え?行くってどこに?」

 

「人文学部だ。」

 

「人文学部ってまさか。」

 

人文学部という言葉に秋山優花里が素早く反応した。私も薄々誰に会うのかわかった気がした。

 

「ああ。そのまさかだ。それじゃあ行くぞ。おおい!牧野!おまえ、三浦先生が来たら私はちょっとお客さんと出かけたと伝えておいてくれ!三浦先生には話してあるからそれだけでわかると思うから。山元、おまえ私がいない間牧野の実験見ておいてくれ。頼んだぞ。」

 

「わかりました!」

 

「冷泉先生。わかりました。」

 

冷泉麻子は満足そうに微笑むと私たちに目で合図した。私たちは薬学部の建物を出てもう少し奥にある人文学部の建物に向かう。建物の中に入ってエレベーターで人文学部の歴史学の教員たちの研究室がある4階に向かった。冷泉麻子はそのフロアにある一番奥から三番目の部屋で立ち止まる。表札には"人文学部歴史学科准教授 松本里子"と書かれていた。扉を叩くと「どうぞ。」と声がした。冷泉麻子が扉を開けるとドイツ国防陸軍アフリカ軍団仕様の元帥用熱帯服にイギリス軍のゴーグルを付けたドイツ国防陸軍の将官・元帥用制帽を模した帽子を着用した短髪の女性が椅子に腰掛けて大量の本に囲まれながら何やら仕事をしていた。カバさんチームのエルヴィンだった。エルヴィンの研究室は秋山優花里の研究室よりは片付いていた。エルヴィンは立ち上がって私たちを一瞥する。

 

「ああ。冷泉さんじゃないか。こんにちは。そして、そちらの方が冷泉さんが会わせたいって言ってた山田さんかな?お、グデーリアンもいるのか。」

 

「こんにちはエルヴィンさん。今日はよろしく。」

 

「よろしくお願いします!エルヴィン殿!」

 

「松本先生よろしくお願いします。山田舞です。フリージャーナリストをしています。大洗女子学園で起きたあの戦争について調査を行なっています。」

 

「人文学部歴史学科准教授の松本里子です。ドイツ現代史特に第二次世界大戦史を専門としています。よろしくお願いします……うーん、やっぱり丁寧な話し方は性に合わないな……山田さん。すまないがいつもの話し方で話させてもらう。」

 

エルヴィンは済まなそうな顔をしながらそう言った。普段の話し方はそうそう変えられるものではない。別に私は言葉遣いをそこまで気にする人ではないから構わない。

 

「あはは。確かに普段の話し方から変えた話し方をするのは苦労しますよね。別にいいですよ。私は気にしませんから。」

 

「ありがとう。助かるよ。私の研究室の目の前のゼミ室を取ってあるからそこで話をしよう。私は左衛門佐を呼んでくるからちょっと待っててくれ。」

 

エルヴィンは私たちを目の前にあるゼミ室に案内して、同じカバさんチームのメンバーだった左衛門佐を呼びに行った。しばらくするとエルヴィンは左衛門佐を連れて戻って来た。彼女は、長髪に六文銭紋をあしらった赤い鉢巻と、同色の弓道用胸当を着けていた。

 

「やあやあ。みんなこんにちは。」

 

「おう。左衛門佐さん。こんにちは。」

 

「左衛門佐殿こんにちは!」

 

「杉山先生こんにちは。山田舞です。フリージャーナリストをしています。」

 

「山田さんか。人文学部歴史学科の准教授杉山清美だ。専門は日本中世史で特にソウルネームの真田氏の研究をしているんだ。今日はよろしく。」

 

左衛門佐は手を差し伸べてきた。私は喜んでその手を取る。癖なのだろうか左目を瞑って眩しい笑顔で私の手を握った。一通り挨拶が終わった。彼女たちは本当にソウルネームでお互いのことを呼び合っていた。なんだかそれが新鮮に思える。そこにふと疑問が浮かんできた。冷泉麻子にはソウルネームはないのだろうか。私は気になってエルヴィンに尋ねてみた。

 

「松本先生。秋山さんと杉山先生はそれぞれソウルネームで呼び合っているんですよね?冷泉さんにはソウルネームって無いんですか?」

 

するとエルヴィンの顔が少しだけ曇った。なぜだかわからないが、聞いてはいけないことだったようだ。私は少し慌てて質問を取り消した。

 

「聞いてはいけないことだったようですね。すみません……」

 

すると、質問が聞こえていたのか代わりに冷泉麻子が口を開いた。

 

「あるぞ。私のソウルネーム、教えてやる。」

 

「冷泉さん!」

 

エルヴィンは制止しようとした。しかし、冷泉麻子はそれを手で制して言葉を発した。

 

「いいじゃないか。真実を話して何が悪い。私はそれだけの罪を犯したのだから気にするな。私のソウルネームは……メンゲレ、ヨーゼフ・メンゲレだ。」

 

私は耳を疑った。それは忌避されるべき名前だった。ヨーゼフ・メンゲレ、彼は死の天使と言われている。アウシュビッツ強制収容所においてモルモットと呼んだ囚人たちを残虐な人体実験の魔の手にかけた狂気の医者として知られている。渾名は死の天使でまさに悪魔というべき人物だ。なぜそのようなソウルネームにしたのだろうか。

 

「なぜ……その名前をソウルネームに……?」

 

「私の犯した罪は話しただろ?その償いのためだ。私の犯した罪をいつまでも忘れないためにこの名前にしたんだ。」

 

「なるほど……」

 

それだけしか言えなかった。誰もそのあと言葉を発することができなくなってしまった。冷泉麻子はその様子を一瞥して口を開く。皆、思わず姿勢を正した。

 

「さあ、そろそろ始めようか。エルヴィンさん左衛門佐さん、山田さんはあの時の大洗女子学園の戦争について調べている。私は、その取材に協力してあの時の体験を話している。そこで、エルヴィンさんたちにも是非あの時のことを話して欲しいんだ。エルヴィンさんたちのあの壮絶な体験を是非後世に残したい。」

 

「私からもお願いします。私はこの悲劇を風化させてはならないと考えています。この悲劇は後世に残していかなければならないのです。ですから私は今まで色々な人からお話を伺ってきました。昨日もアンチョビさんとカルパッチョさんからお話を伺いました。私はこの事件を解明し、2度とこんな悲劇が起きないようにしたいのです。どうかお願いします。私たちと一緒にこの事件を解明してくれませんか?」

 

エルヴィンと左衛門佐は私の顔を何かを見通すようにじっと見つめていた。私は必死にこの取材の意義を訴える。すると、二人は顔を見合わせ頷き口を開いた。

 

「カルパッチョ……懐かしい響きだな……わかった。協力しよう。元からそのつもりだったしな。私たちも歴史学者の端くれ。この悲劇の歴史を伝える必要性は心得ている。私の体験が何かの役に立つなら是非使ってくれ。」

 

つづく

 

 



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第100話 殺戮機械

久しぶりに本編です。
久しぶりのみほの狂気をお楽しみください


夜が来た。麻子と華、そして沙織は研究室に戻ってこれからの方針について密談を行なっていた。時計は夜の19:00を指している。その時だった。何やら廊下が急に騒がしくなった。多くの人が階段を駆け上がる音が廊下に響いてくる。こんなことは珍しい。何事かと思っていると廊下を誰かが駆けてくる音が響いてきた。そしてその音はだんだん近くなり、麻子の研究室の前まで来て止みそれと同時に研究室の扉を叩く音が聞こえてきた。麻子が応答するとおもてに澤梓が立っていた。

 

「冷泉先輩!あ、五十鈴先輩に武部先輩もいますね。ちょうど良かったです。ちょっと来てくれませんか?」

 

麻子たちは身構えた。もしかして、もう計画が露呈したのであろうか。麻子は一つ唾を飲み込む。

 

「梓か。どうした?何か問題でもあったか?」

 

「いえ、特に問題は起きていません。ただ今日のアンツィオ焦土化作戦の祝勝会のお誘いですよ。隊長がまたご馳走してくれるみたいですよ。もちろん、最前線に配属されているみなさんも交代で食べにきます。隊長はそこのところは差別しないですからね。この時間はちょうど私たち幹部クラスと戦車隊と赤星さんたちそして今日の主役である航空隊のみなさんの時間です。まあ、航空隊の皆さんは多分全ての時間帯でいるとは思いますけどね。」

 

「そうか。そういうことなら行く。」

 

麻子は胸をなでおろしつつ沙織と華の方を見た。沙織と華はどうするべきか迷い明らかに戸惑った表情をしている。理由は簡単だ。今さっきみほの恐ろしい真の姿を伝えたばかりである。そんなことを聞かされて進んでみほの主催する祝勝会に行こうなどという者はRPGの勇者一行ならいざ知らず、現実世界ではいないだろう。沙織と華の反応は当然の反応であった。麻子はその後に言おうとした祝勝会に出席するか否かの確認の言葉を飲み込む。

 

「五十鈴先輩と武部先輩はどうしますか?」

 

梓は麻子の研究室を覗き込む。麻子は梓に部屋の中を見られないような位置に少し体を移動させて華たちの表情や部屋の様子から梓に察知されては大変だ。梓から研究室の中の様子を見えないように遮った。

 

「梓、すまないが私たちは今、西住さんと私たち研究員しか知り得ない極秘の実験の真っ最中なんだ。死にたくないならこれ以上ここにいることはお勧めしないな。」

 

梓は麻子の言葉を聞き、蒼い顔をして慌て始めた。そして、自分がここにきたことは絶対に誰にも言わないでほしいと強く懇願して急いで走り去っていった。麻子は無表情でそれを見送り、誰もいないことをきっちりと確認し扉を閉め、沙織と華の方を向き直る。

 

「危なかったな。私も久しぶりに死の恐怖を感じたぞ。梓は反逆者を取り締まる秘密警察部隊を率いているんだ。梓にこの計画を感づかれて捕まったら命がないぞ。良くても絶滅収容所送りだ。気をつけろ。私たちはまさに西住さんを止めるための研究、すなわち反逆を計画しているんだからな。」

 

華と沙織は麻子の警告に対してそれぞれ違った反応を示した。華は落ち着いた様子で受け入れ、「わかりました。」と返事をした。しかし、沙織は違っていた。沙織を見ると蒼い顔をして震えながらただ怯えた表情をして何度も頷いている。麻子もまた、華と沙織それぞれに対して違う印象を抱く。沙織に対しては怖がらせてしまったことを後悔して申し訳なく感じていた。しかし、華に対しては全く別の感情が芽生えた。それは恐怖だった。華のあまりにも強い何物にも動じない胆力が麻子には理解できなかった。麻子自身はもはや残虐は日常茶飯事で慣れてしまい、感覚が麻痺しているので何も感じなくても仕方がないことかもしれない。しかし、華は違うはずである。華はまだこの状況に慣れていないはずなのにまるで何も感じていないかのような顔をしている。それが怖くて仕方なかったのだ。しかし、麻子は表情に現さない。無表情のまま二人を見つめていた。

 

「それでだ。二人は祝勝会に参加するのはあまり気がすすまなさそうだな。」

 

麻子の言葉に二人は素早く反応する。

 

「そんなの当たり前じゃない!みぽりんがそんなことしてるって聞かされて冷静にご飯なんて食べられるわけないわよ!どんな顔してみぽりんとご飯食べればいいのよ!」

 

「そうですよ。みほさんが犯した罪はあまりにも酷い話です。こんな状態でご飯なんてとても美味しく食べられません。」

 

二人の気持ちはよくわかる。確かにみほの蛮行を聞かされて美味しく食事をできるなんて言う人はいないだろう。しかし、連れて行かなければ彼女たちの身の安全に関わる。反逆の兆候ありと認識されたら命の危機だ。反逆者として処刑される可能性もある。心苦しいが何としても説得しなくてはならない。

 

「気持ちはわかる。だが、行かないと二人の命は保証できない。怪しまれたらおしまいだ。西住さんは容赦ない。どれだけ仲の良かった友達であっても怪しいと思ったら処刑することなどなんとも思わない。むしろ西住さんは躊躇することなく笑顔で喜んで殺す。私は二人を西住さんの魔の手から守るためにここに呼んだ。だから頼む。頼りないかも知れないが私に二人を守らせてくれ。私を信じてくれ。」

 

麻子の必死の説得になんとか二人とも納得してくれたようだ。何も言わずに頷いてくれた。麻子は二人に何度も礼を言った。

 

「ありがとう。信じてくれて本当にありがとう。」

 

麻子は白衣を着たまま、廊下に出て二人に部屋から出るように促す。沙織と華は躊躇いつつ小さく足を踏み出した。二人が研究室の外に出たことを確認すると研究室の鍵をかけた。

 

「よし。それじゃあ行くぞ。くれぐれも普段通りに何事もなかったかのようにやり過ごすんだ。疑われないようにな。」

 

「わかりました。」

 

「わかってるわよ。麻子。」

 

麻子は二人に気を引き締めるように言って会場になっている大部屋へ向かった。足取りはとてつもなく重い。麻子の頭の中にアンチョビの悲痛な声と苦悶する顔が蘇る。今から麻子は交流するうちに掛け替えのない存在になっていたアンチョビが何よりも怒り狂い、憎むであろう行為をさせられるのだ。自分が生き残るための偽りの顔とはいえ、アンツィオ焦土作戦の成功とアンチョビたちの同胞たちが死んだことをみほたちとともに祝わなければならない。心臓を握りつぶされるようなとてつもなく大きな苦しみが麻子を襲った。本当ならばすぐにでも逃げ出したかった。でも、それはできない。逃げてもみほは地獄の果てまでも追いかけてくるだろう。さらにそれ以上に怖いことは逃亡したことへの報復として祖母の久子に危害が加えられる可能性があるということである。麻子はみほに今まで一度も祖母の存在を知らせたこともないのに名前から現在の状態に至るまで冷泉家の情報を、みほは麻子を攫い、脅して協力を迫った時点で全て知っていた。いったいどんなカラクリが働いているかは麻子に知る術はないが、少なくともみほには情報が筒抜けであることは理解できる。そのような状態ではとてもではないが逃走を図ることはできない。麻子は悔しそうに唇を噛みながらうつむき気味に廊下を歩いていた。長い廊下をしばらく歩くと階段が見えてきた。この階段を上って三階に行けば大部屋がある。三人は重い足で一歩一歩階段を上って行った。三階に着くと大部屋を目指す。大部屋の入り口は一番奥にあった。麻子はなるべくゆっくりとその廊下を歩いた。そして、部屋の前について唾を一つ飲み込み、沙織と華に目配せをすると扉を開けた。部屋の中にはもう大勢の仲間が集まっていて、主催者であるみほも、参加した仲間たちに挨拶と祝勝会に参加してくれたことへの謝意を伝えていた。みほには複数の顔を持っていた。無慈悲な軍人としてのみほ、冷酷であるが演説の天才で人々を煽動する力を持つ独裁者としてのみほ、そしてもう一つが優しい年相応の女の子としてのみほだ。みほはその三つの顔を駆使して人の心を操る天才でもあった。この祝勝会ではみほは年相応の女の子としての顔を見せている。皆を労り、優しく接している。みほは、麻子たちに気がつくと手を振って優しく笑いながら近づいてきた。

 

「あはは。麻子さん白衣で来たの?あ、みんなもいるんだ!いらっしゃい!ゆっくりしていってね。料理もたくさん用意したし、みんなの為に最高級の食材を使っているからたくさん食べていってほしいな。あ、麻子さん。デザートもたくさんあるからね。華さんは食べすぎちゃダメだよ。みんなの分もしっかり取っておいてね。沙織さんは料理上手だから評価が辛口だって聞くけど沙織さんも楽しんでね。」

 

「ああ。白衣は私の存在意義でもあるからな。お招きありがとう。お言葉に甘えて今日はたくさん食べさせてもらう。デザートもあるのか!楽しみだ。」

 

「料理、どれも美味しそうで目移りしちゃいます。」

 

「みぽりんの用意した料理の味、しっかり見させてもらうわ!」

 

みほは三人の反応を見て満足そうに微笑み、もうすぐ始まるからそれまであと少し待っていてほしいと伝えて離れていった。麻子はみほが自分たちのの反応で計画を察知しないか心配だったがその心配は杞憂に終わって、麻子は胸を撫で下ろした。しばらくすると、この時間帯に参加する予定の全員の参加が確認されたようで、みほが演題に立った。みほの顔は先ほどの優しい女の子の顔から演説の天才の顔に変わっていた。参加した皆はおもいおもいにおしゃべりをしていたが次第に参加者たちの声が小さくなっていく。そしてみほは完全に場が静まったことを確認すると口を開いた。

 

「私と意思を共にし、私のために命をも投げ出す親愛なる同胞諸君。今日、諸君は歴史的瞬間に立ち会った。我々がここ大洗女子学園にいや、いずれは全学園艦に本当の幸福をもたらすための歩みはまた一つ進んだ。我々はこの大洗女子学園から角谷杏政権という裏切り者を追放し健全なる政権を樹立することを目指し戦い、我々が理想とする真の幸福を目指すイデオロギーを大洗女子学園に浸透させる。それが我々の崇高な目的である。この戦いは正義の戦いだ。そして今日という日はそれを達成するため、それを阻む者たちに怒りの一撃が下された日だ。生徒会は我々が慈悲を持って降伏勧告を行ったにも関わらず、それに応じずいまだに抵抗を続けている。愚かなる生徒会は滅ぼすべき悪である。では、アンツィオはどちらか。私はアンツィオに援軍を求めなかった。彼女たちの懐事情を理解していたからだ。ならアンツィオは我々に支持を表明したのか?答は否だ。アンツィオは沈黙した。すなわち、我々の味方ではない。敵だ。憎むべき敵だ。なぜそんなことが言えるのか?答えは単純だ。アンツィオ高校の戦車隊隊長である、安斎千代美は敵の角谷杏とは友人であるという有様だ。アンツィオはいずれ我々を討たんとするだろう。つまりアンツィオも悪である!アンツィオは我々の崇高な目的たる健全な政権樹立を沈黙という名の拒否をした!我々を拒否したのだ!正しい道を拒否したものには指導しなくてはならない!不正な道を進んでいるのにもかかわらず、それがわからないものにはどんな犠牲が伴おうとも正しい道に戻さねばならないのだ!我々は愚かな現アンツィオを否定する!我々は脅威を取り除きアンツィオに本当の幸福をもたらす!我々はアンツィオに爆弾の雨を降らせ一度全てを焼き尽くしアンツィオのならず者を滅ぼし新しいアンツィオを我々の手で作り直すのだ!それが今回のアンツィオ焦土化作戦の目的である!この作戦は我々の崇高な目的を達成するための聖戦である!そして、今回その重大な任務を担ったのが……知波単学園連合航空隊の諸君だ!今回は彼女たちの奮戦をたたえ、感謝の意を表し、皆の交流を図ることが目的である。さて、この場でペラペラとこれ以上話すのはもうやめようと思う。今日は無礼講だ。皆、たくさん食べてたくさん交流してほしい。今まで、話したことがないもの同士も交流し、新たな友情が芽生えることも期待している。では、諸君手元のグラスの用意を……では、アンツィオ焦土作戦の成功を祝して乾杯!」

 

「「乾杯!」」

 

みほは言葉に抑揚をつけ大げさな手振りや身振りで全身全霊で人々に訴えかけた。その効果は覿面であった。演説は人々を熱狂させた。麻子も思わず熱狂に飲み込まれ、アンツィオ焦土化作戦を正当化しそうになってしまった。麻子は乾杯をしたコップに注がれたオレンジジュースを飲み干した。この祝勝会は立食パーティー形式で行われ真中に料理が置かれている。辺りを見回すと皆、おもいおもいにおしゃべりをして、祝勝会を楽しんでいた。沙織はうさぎさんチームに連れていかれ、華も知波単の生徒たちに話しかけられている。二人とも麻子の忠告をしっかり守ることができているようだ。麻子は安心して、せめてこの場だけは楽しもうと割り切り、料理を取りに向かった。さすが、みほ自慢の逸品を揃えただけのことはある。どれも最高に美味しくて頰が落ちそうになった。

 

「美味いな。」

 

麻子が食事を頬張っていると麻子のそばに人がたくさん集まってきた。どうやら白衣という珍奇な格好が人目を引いたらしい。皆、物珍しげに麻子を見ていた。私は見世物じゃない。そう言おうとした時だった。麻子に話しかける人物がいた。黒髪でちょうどみほくらいの髪の長さの少女だった。

 

「お疲れ様です。少しお話、よろしいですか?」

 

「ああ。お疲れ様。ああ。いいぞ。」

 

「ありがとうございます。知波単学園二年生、第二知波単艦上戦闘機航空隊の谷川勝子です。どうぞよろしくお願いします。」

 

「うん。よろしく。大洗女子学園二年で特殊研究室主任研究員の冷泉麻子だ。」

 

挨拶もそこそこに、谷川は興奮気味に今回の作戦についての感想を述べた。

 

「私、今回の作戦は零戦で参加したんですけど、とっても興奮しました!戦車道なんかと違って航空道はペイント弾を使用するので実弾を撃ったのは初めてなんです!」

 

 

「そうか。今回の戦いでは皆、奮戦して作戦は大成功したと聞いている。おめでとう。谷川さんはどんな戦いをしたんだ?教えてくれないか?」

 

麻子は表情一つ変えずに言った。すると、谷川は懐から一枚の航空写真を取り出した。

 

「私は、陸軍派の爆撃機の護衛と爆撃の後の任意目標に対しての機銃掃射が任務でした。アンツィオ上空までは爆撃機の護衛をしていましたが、アンツィオ到着後は高度をとって爆撃を見守った後、急降下して任意目標を探して攻撃しました。」

 

「なるほど。それで戦果はどんな感じだ?」

 

谷川はますます興奮した表情をして瞳をキラキラと輝かせて自分が果たした仕事を話す。麻子が戦果について尋ねると、谷川はよくぞ聞いてくれたという表情をして、航空写真を指差しながらまくしたてるように話した。谷川の興奮は最高潮に達した。

 

「はい!それがいい攻撃目標を見つけられたんですよ!上空を旋回して攻撃目標を探していたらちょうど爆撃した建物のあたりに、敵がたくさん集まっていたんです。もう急いでそこに向かいましたよ!他にとられちゃいけない。私の獲物だってね。それでババババッてやったんです!おもしろいものですよ。蜘蛛の子を散らすように逃げていく敵を機銃で撃ち殺すっていうのは。」

 

麻子は恐ろしくて仕方がなかった。目の前の少女はとても人を殺すような顔をしていない。むしろ優しげな少女だ。しかし、目の前の少女は敵を撃ち殺すのはおもしろいと言い放った。敵とはいえ生きた人間だ。生きた人間を殺戮することがおもしろいなど狂っている。

 

「そうか。本当にお疲れ様だったな。私は料理を取ってくる。また、機会があったら話そう。」

 

麻子は適当に言い訳をして谷川のそばを離れた。これ以上、アンチョビの同胞を殺し、それをおもしろいなどと言う人間のそばにいたくもなかった。麻子は少し早歩きで再び新しい料理を取りにいった。谷川から一刻も早く離れたかったからである。料理を取り終わり、再び皿を持ちながら食事をしているとまたたくさん人が集まってきた。一人にして欲しいという本人の思いとは裏腹に麻子と話をしてみたいと思っている人はたくさんいるらしい。麻子は話をしてみたいと集まってきた全員の願いを叶えた。しかし、その時間が麻子にとって苦痛であったことはいうまでもない。麻子と話したほとんどの人が狂っていたのだ。麻子のように自分の犯した罪を認め悔やんでいる連中ならまだ良い。だが、谷川のように自分のやったことを誇っている連中が多かったのだ。彼女たちの意識の中に生きた人間を殺しているという認識はなかった。まるでゲームを楽しむかのように自分は20人殺した、自分は数百人殺したと自慢していたのだ。しかし、彼女たちはもともとそのような性格であったかと言えばそういうわけでもなさそうな様子である。いずれも真面目そうだったり麻子と話している時は優しかったりと残虐な性格は微塵も感じられない人間がほとんどだった。彼女たちはまるで仕事でもするかのように人を殺していたのだった。彼女たちは任務の前に敵は人間ではないと徹底的に教育させられる。そして、その次に強制収容所での任務を経て実際に戦線に投入されるのだ。強制収容所は絶滅収容所であるから、毎日当然のように殺戮が行われる。徹底的な教育で殺戮に慣れさせる。それがみほの常套手段だった。彼女たちは知らないうちに洗脳されて一つの殺戮装置の歯車にさせられていたのである。そうして狂ったみほに忠実な僕たる人間が作られるのである。麻子は自らの狂気を自認しながらも戦慄を覚えた。彼女たちは現状を微塵もおかしいと思ってはいない。むしろ自分たちは正しいことをしていると思っているのだ。麻子は爆発しそうな感情をこらえ続けた。そしてなんとか爆発しずに祝勝会を乗り切ることができたのだった。祝勝会が終わった頃には麻子はすっかり疲れ切った表情をしていた。麻子も沙織も華もなんとか祝勝会を何事もなく乗り切ることができた。その後の麻子の記憶はほとんどない。半分眠った状態で研究室の隣の部屋を寝室に使ってほしいということといきなり色々あって疲れただろうし自分も休みたいので明日は休暇にすると華と沙織に伝え、研究室の扉をあけて衣服もそのままにベッドに倒れこみ死んだように眠ったのであった。

次の日の朝、麻子は休暇をいいことに朝寝坊を決め込んでいた。普段はみんなより少し遅い10:00くらいにみほに叩き起こされて渋々起きる麻子だが今日はそれよりも遅い時刻まで夢の中にいた。昨夜、華と沙織には眠た眼で休みだから自由に過ごして欲しいと伝えた。だから、今日は自分も大好きな睡眠を貪ってゆっくり過ごそうと考えていた。しかし、こんな日に限って麻子の研究室を訪ねる者がいた。廊下から足音が響いてきて麻子の研究室の前で止まり、三回ノックした。麻子はその時はあえて無視した。今日は休みである。応対したらどうせ面倒なことになりそうだと考えたからだ。しばらくすると今度は足音が去って行く音が聞こえた。なんとか追い払うことができた。

 

「悪く思わないでくれ……私は眠いんだ……」

 

麻子は眠たい目をこすり、もう一度眠り直そうと布団の中で丸くなる。再びウトウトし始めた頃、また同じような靴の音とノックが聞こえた。麻子はまたそれを無視した。麻子は意地でも起きたくなかった。今日は休みと設定した日である。休みくらい好きなように過ごさせてほしい。そう思って布団を頭からすっぽり被った。しかし、訪問者も諦めない。きっちり4分後に廊下に現れ、5分後に研究室の前に到達しノックしてくるのだ。ウトウトしては叩き起こされ、またウトウトして叩き起こされる。麻子にとっては拷問であった。そしてついにそれらのサイクルが100回になろうとした時、麻子は我慢の限界を迎え布団から這い出した。こんな拷問のようなことをする人物は麻子の思い当たる限りでは一人しかいない。麻子は眠たい目をこすりながら扉をあけてその人物と対峙した。

 

「やっと起きてくれたね。麻子さん。何度も訪ねてるのに気がつかなかったの?開けてくれないなんて酷いなあ。」

 

扉を開けるとそこにはみほが立っていた。みほはニコニコと笑う。麻子は何度も目をこすりながら半分寝たような状態で答える

 

「やっぱり……西住……さんか……何度も何度も……私は眠いんだ……ゆっくり寝かせてくれ……」

 

「ダメです。もうお昼だよ。さあ麻子さんちゃんと起きて。」

 

みほは麻子の額に氷を当てた。麻子はいきなり冷たい物体を頭に乗せられて思わず飛び上がった。

 

「ひゃっ!何するんだ……冷たいだろ……やめてくれ……」

 

「じゃあ起きてね。これ以上寝ぼけてると今度はもっと酷い目に合わせるよ。」

 

みほはドライアイスをトングのようなものに挟んで麻子に見せた。こんなものを額に乗せられて凍傷にされてはたまったものではない。麻子は渋々みほを部屋の中へ招いた。みほはくすくすと笑いながら部屋の中へ入った。

 

「それで、今日は何の用だ?」

 

麻子は不機嫌そうに椅子に腰掛けながらみほに尋ねる。

 

「ちょっと麻子さんに協力してほしいことがあってね。」

 

みほは困ったような表情をして数枚の写真をポケットから取り出した。

 

「なんだこの写真は。」

 

麻子はみほが取り出した写真を手に持って尋ねる。それは強制収容所の写真だった。そこには何十人もの囚人たちが虚ろな表情をして5段ベッドに押し込まれて寝ていた。いずれもついこの間まで同じ学校で学んでいた者たちばかりである。麻子はこの可哀想な囚人たちを見て心が締め付けられる感覚になった。

 

「この人たちはね、病気になったり怪我をしたりして働けなくなった人たちだよ。収容所では衛生状態は最悪だし、食事もろくなのが出ないから病気になっちゃう子が多くてね。それに体力もないから怪我をする子も多いの。それでね、これからもたくさん収容することになるだろうし、こういう子たちばかり置いておくわけにはいかないから処分(・・)しちゃおうと思ってね。それで麻子さんに協力のお願いに来たの。」

 

処分という言葉に麻子は戦慄を覚えた。要はこういうことである。みほは病気や怪我の影響で労働に使えなくなった人間を殺そうというのだ。そのようなことは許されない。この可哀想な囚人たちをなんとか救う手段はないだろうか。麻子は少しの間考える。そして、一つの策を思いついた。薬を使って治せばいいのだ。麻子の研究室には医薬品もたくさんある。それを使えば治すこともできる。麻子はみほに異を唱えた。

 

「そんなの、治してやればいいじゃないか。治せばまた労働力になるだろう?」

 

「ううん。ダメ。もともと殺す予定だった人たちのために貴重な医薬品を使うなんてもったいないよ。敵に医薬品を渡すより私の味方で戦っている子たちに薬をあげたいな。協力……してくれるよね?」

 

麻子の提案はあっさり拒否された。みほはもう囚人たちを殺す気満々のようだ。もはやみほの考えを変えることはできない。虐殺の協力などしたくもないが断れば自らの命はない。麻子は何も言わずに頷いた。

 

「麻子さんありがとう!それでね、なるべく大勢を早く効率的に殺したいの。だから、麻子さんにはデータを取って欲しいんだ。どの方法が一番効率がいいのか麻子さんはデータをもとに私にレポートを提出して欲しいの。今日は、トラックに出来る限りたくさん詰め込んで一酸化炭素で殺すガストラック方式をやるよ。あのアイザッツグルッペンが用いたやり方だね。」

 

「きょ、今日やるのか!?まだ、心の準備ができていないからまた違う日にしてくれ……」

 

麻子は今回行う虐殺のやり方を聞いて少しでもその悲惨な光景を見る時間を引き延ばしたかった。しかし、みほは面白そうに笑いながら麻子の要求を拒否した。

 

「ふふふ。麻子さん、自分であんなことしておきながらまだそんなことを言っているの?興味本位で生きたまま解剖したのに?」

 

「それは……」

 

「麻子さん。あなたはもう私と同じなんだよ。私を怖がって命令だから仕方なくって子たちはたくさんいるだろうけど、麻子さんは違うよね?私の命令じゃなくて自分からすすんで解剖した。だから麻子さんは心の準備なんて必要ないよね?」

 

みほは麻子の耳元で囁いてふふふふと笑った。麻子は頽れて項垂れる。麻子は自らの過去の行動を悔やんだ。自らの過去をちらつかされた麻子はみほに抵抗する気力をすっかり無くしていた。

 

「わかった……今日やる……」

 

麻子は消えそうで泣きそうな小さな声で呻いた。麻子の返事を聞いたみほは満足そうに笑う。

 

「それじゃあ、早速収容所に行こう?」

 

みほは麻子の子どものような小さな手をしっかりと握ると麻子の手を引いて収容所に向かった。麻子は引っ張られるがままよろよろと付いていった。しばらく歩くと有刺鉄線が張り巡らされた強制収容所が見えて来た。ちょうどそのあたりに来ると収容所独特の臭いが漂ってくる。死んだ囚人たちの死体を火葬する臭いと、死体や血が腐った臭いが混ざった臭いだ。ここの臭いは慣れない。嫌な臭いである。ここの臭いを嗅ぐと心が沈み、足取りが重くなる。麻子は無意識のうちにみほに握られていない左手で鼻と口を押さえていた。みほはというと、特に気にすることなく平気な顔をしてずんずん進んでいく。そして、収容所の門の前に着くと、みほは門に立つ守衛に収容所の所長である梓に用事がある旨を伝えた。しばらく待つと重たい門が唸り声を上げて開けられた。みほと麻子が中に入ると再び唸り声をあげて門が閉じられる。みほはそれを見届けるとさらに中を進んでいき、収容所の事務関連を取り扱う管理棟の建物付近までやって来た。

 

「ここで梓ちゃんたちと待ち合わせしてるの。ちょっと待ってて。」

 

みほは麻子にそう伝えると握った麻子の手を離して建物の中に入っていった。2分ほどしてみほの顔が管理棟の玄関の扉から覗き、麻子に向かって手招きをした。麻子は頷くと管理棟の中に入った。みほに手招きされて中に入った麻子を三人の人物が迎えた。収容所所長の梓と顧問の小梅、そしてもう一人、黒森峰の戦車服を着て焦げ茶色の髪をベリーショートにした少女がいた。彼女は黒森峰の援軍が到着した時に行われた歓迎会や昨夜行われた祝勝会で目撃はしたが麻子にとっては初めて話す人物だった。

 

「紹介するね。この子は黒森峰女学園二年生の直下璃子さん。私が黒森峰にいた頃は反逆者収容所の看守をやっていて、最終的には看守長まで務めたとっても有能な子なの。ここでは、看守とそれぞれのブロックの責任者たちを取りまとめる管理部長と梓ちゃんを補佐する副所長の任に就いてるの。」

 

直下の噂は度々麻子の耳に入ってきていた。噂によると直下はサディストで毎日囚人たちを鞭で殴りつけ、囚人たちの叫び声を聞いては愉悦に浸っているらしい。さらに言えば、この強制収容所の実質的な支配者は彼女であり、みほの命令だけでなく今までこの収容所では彼女の命令によって殺害された囚人たちも多いという。これもまた噂であるが彼女の狙いはみほの政権で幹部として扱われることであるとされている。黒森峰の生徒の中で幹部として扱われているのは今のところ小梅だけである。実は直下は今回、幹部として扱われなかったことに不満を抱いているという。直下にとっては今回みほのために援軍として駆けつけた功績で幹部になれると思っていたのにそれが叶わず昇進はしたものの年下の梓のもとで働くことになってしまったのだ。推測の域を出ないが、恐らくこの待遇は梓が立派な所長になるように支えてあげてほしいというみほの思惑があったはずだが直下にはみほの思惑など分からなかった。そのために次の人事で確実に幹部になれるようみほに喜ばれる方法として囚人たちの虐殺を進んで行うことにより幹部になることを画策していると言われている。

 

「黒森峰女学園2年の直下璃子です。よろしくお願いします。」

 

直下はみほに紹介されると進んで前に出て微笑みながら手を差し伸べた。

 

「ああ。よろしく。」

 

麻子は差し出された直下の手を取った。直下の手は温かかった。とても噂のようなサディストとも思えなかったし、この虐殺機構の歯車の一つに加えられた人間であるとは信じられない。しかし、麻子が抱いた明るい印象は小梅と梓の言葉で見事に崩れ去った。

 

「直下先輩、囚人たちに毎日嬉々として鞭打ち刑をやっているんです。鞭で打たれた囚人たちの悲痛な叫び声を聞くたびに幸せそうな笑みを浮かべて……その姿は私でも怖いくらいです。」

 

「直下さん。黒森峰時代も同じようなものだったんですよ。毎日毎日囚人たちを鞭で虐めては恍惚として楽しそうだったの。」

 

小梅は梓の説明に自らの経験を補足した。すると直下は恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

「いや〜、囚人たちを鞭で殴ってるとなんだか心がスッとして癖になっちゃってるんだよね。まあなんというかストレス発散みたいな感じかな?」

 

噂は本当だったのだ。直下は悪びれる様子はなかった。梓が怖いくらいだというのだからその姿は相当異様な姿なのであろう。だが、みほは直下のような人材を求めていた。そうした囚人たちに容赦のないサディストである直下はみほにとって貴重な人材である。

 

「ふふふ。直下さんは本当によくやってくれていると思う。だから次の人事では期待しててもいいよ。」

 

みほは直下にとって何より嬉しい言葉を口にした。みほから次の人事ではほぼ確実に昇進するという言質を取れたのだ。麻子の目から見ても直下が明らかにそわそわしているのが見て取れた。

 

「ありがとうございます!これからもどんな職務でも頑張ります。」

 

直下は両方の拳をぎゅっと握って力を込める。みほは直下の反応を見てとても満足げだった。

 

「それじゃあそろそろ本題に入ろうか。」

 

みほの一声で先ほどの和やかな空気は一変した。一気に冷たい空気に変わった。直下が今日の虐殺の方法について改めて説明を行った。その声は氷のように冷たかった。

 

「本日は病気や負傷によって働けない囚人たち400名を処分します。やり方としてはガストラック方式を取ります。ガストラックまでの誘導を同じく囚人のブロック長たちにやらせます。終了後の処分も同じくです。これ以降この作戦をX-1作戦と呼称します。それでは西住みほ隊長の命令書へのサインを持って正式な命令とし行動を開始します。」

 

直下はみほにナチス式の敬礼をして命令書を差し出した。みほもナチス式の敬礼で返し、命令書を受け取ると懐からペンを取り出して何のためらいもなく"西住みほ"と一気にサインを書いた。

 

「強制収容所所長澤梓並びに強制収容所副所長兼統括管理部長直下璃子。本件の執行を命令する。x-1作戦を迅速かつ確実に執行せよ。」

 

直下はみほからサイン付きの命令書を返され受け取ると再びナチス式の敬礼をして外に出て行った。麻子はなぜか直下のこの後の行動が見たくなり、みほに一緒についていってもいいか尋ねてみた。するとみほはそれじゃあ一緒に観にいこうと麻子と梓、そして小梅を連れて外に出た。外に出ると囚人たちがざわついていた。当然である。収容所に普段はいない麻子とみほがいるのだ。囚人たちにとって何か良くないことが起こることは誰の目から見ても火を見るよりも明らかな事実であった。しばらく歩くとあるブロックの一画に直下の姿があった。直下は黒い革手袋をはめて囚人たちに猛犬をけしかけながら整列させていた。囚人たちのリーダーブロック長たちが直下を補助している。ここが例の写真がとられたブロックらしい。みほが言っていたように病気にかかっているようで他の囚人たちにも増して弱っていた。そして5分ほど経って整列が終わるとまるでオーケストラの指揮をするかのように右と左に囚人たちを分けていた。「はい右。左。右。右。左。左。」といった具合である。しばらくすると振り分けが完了して右側の囚人たちが解散させられた。今回は左側に分けられた400人の囚人たちが死の旅に向かうようだ。全員が少女だった。麻子と同級生くらいの者もいたしそれよりもまだ幼い中学一年生くらいの者もいた。直下は彼女たちの前に立ち右手に鞭を、左手に猛犬のリードを持ちながら囚人たちの前で話し始めた。

 

「おまえたちは病気にかかっている。しかも他の奴らよりも重症だ。だから、これから病院に移送する。トラックを用意するから速やかにE-3ブロックへ移動し乗り込め。」

 

直下の言葉に病院へ連れて行ってもらえると信じた囚人たちは喜んでいた。中には直下に対して感謝の言葉を述べる者もいた。麻子は囚人たちが可哀想で見ていられなかった。思わず目をそらした。ブロック長たちの先導でE-3ブロックに連れてこられた囚人たちはトラックの前に整列させられた。そこには4台ほどのトラックがエンジンを止めた状態で止まっていた。このトラックは虐殺のために自動車部に特別に改造させたトラックである。しかも、ディーゼルエンジンを利用しているため発生する一酸化炭素濃度も最も高い。まさに虐殺専用ガストラックだった。今回はこのガストラックが本当に効率よく殺害できるかを実証実験も兼ねていた。さて、直下は点呼を取り全員集まったことを確認すると満足そうに頷き口を開いた。

 

「よし、全員集まったな。全員診察するためには服を脱ぐ時間も短縮しなくてはいけない。時間が勿体無いから今ここで全員服を脱げ!下着も全部だ!」

 

なぜここで服も下着も全部脱がなくてはいけないのか、囚人たちは不思議そうな顔をしながらも素直に命令に従った。一刻も早く病気の苦しみから解放されたかったのであろう。全員が服を脱いだことを確認すると、直下は中に入るように命じた。囚人たちはブロック長たちに「行ってきます。」と告げてトラックの中に入る。これ以上入りきらないくらいぎっしりと詰め込まれた。ブロック長はトラックの扉を閉めてかんぬきをして鍵をかけた。みほはこの一連の光景を眺めながら恍惚とした表情をしていた。そして全ての準備が整ったことを確認して俯いていたブロック長たちに自らの同胞に引導を渡すよう命じた。トラックのキーを手渡してエンジンをかけて一酸化炭素によるガス殺を行うように命じたのである。

 

「ふふふ。さあ皆さんの手で皆さんの仲間たちを殺してあげてください。トラックのエンジンをかければ貨物室に排気ガスが充満します。皆さんの手で安楽死させてあげてください。ふふふ。あははは!」

 

ブロック長たちはキーを手にしてそれを見ながら固まっていた。ブロック長たちもトラックに乗せられた者たちは本当に治療に連れていかれるものだと思っていたのだ。それがまさか自分が虐殺に加担させられることになるなどとは想像だにしていなかった。今まで光を求めて暗くジメジメした陰鬱な強制収容所で共に生きて外に出ようと励ましあって生きてきた仲間たちを殺すという事実に直面して動けないでいた。体がそれをすることを拒否していた。しかし、みほは拒否する者たちを許さない。みほは懐から拳銃を取り出してブロック長の頭に突きつける。

 

「早くしてください。5分以内です。それ以上時間をかけるようなら皆さんもここで射殺します。ふふふふ。」

 

ブロック長たちはガタガタ震えていた。彼女たちブロック長を救ってやりたかったが麻子には何もできない。いや、違う。自分の保身を優先して何もしようとしなかったのだ。麻子は目を逸らし、下を向いていた。すると、一人のブロック長がものすごい叫び声をあげてキーを掴むと一台のトラックに近づき運転席に乗り込んでキーを回した。それを皮切りにブロック長たちは全員泣きながらキーを回す。エンジンが唸り声をあげて、一酸化炭素を囚人たちが詰め込まれた荷室に送り込む。

 

「麻子さん。全員死ぬまでどのくらい時間がかかるかな?詳細に記録してね。」

 

不意に声をかけられて麻子はピクリと体を震わせて頷く。麻子はバインダーに綴じた記録用の紙を記入を始めた。みほは何も言葉を発することなく興味深げにじっとトラックを見つめていた。余りにもトラックが動かないので、囚人たちがざわつき始めた。何かがおかしいと感じているようだ。だが、おそらく出発が遅れているだけなのだろうと理解したのか特に暴れたりなどという行動はなかった。約20分は特に囚人たちに変化はなかった。だが、20分経過した時だった。トラックの中から頭痛とめまいを訴え始めた。その変化を見て、みほは悪い笑顔を浮かべた。

 

「ふふふ。苦しんでる、苦しんでる。」

 

このあたりに来ると囚人たちは気がついた。自分たちは騙されたのだと。囚人たちは扉を開けようとバンバン扉を叩いた。

 

「騙された!あいつら私たちを殺すつもりよ!」

 

「出せ!出せ!この悪魔め!」

 

「お父さん!お母さん!助けて!」

 

「助けて……お願い……殺さないで……」

 

そんな声が4台のトラックのあちらこちらから聞こえて来る。麻子はその悲痛な声に耐えきれず耳を塞ぎながらこんな時、悪魔になったみほはどんな顔をするのだろうかとみほの顔を覗き込むとみほは両頬に手を当てて恍惚とした表情をして腹を抱えて笑い転げ、この狂気を楽しんでいた。

 

「ふふふ。今更気がついてももう遅いよ。もっと叫んで喚いて死ぬ最後の瞬間までたくさん私を楽しませて。ふふっ。いいよ、命乞いしてくれると胸が高鳴って本当にゾクゾクして来るなあ。ふふふ。あははは。」

 

みほは顔を紅潮させてガストラックを見つめていた。30分経った頃にはそうした声もだんだん小さくなってきて40分経過した頃にはすっかり聞こえなくなった。そして、致死に達する1時間が経過した。中からはもう何も聞こえない。ただエンジン音が唸っているだけである。

 

「エンジンを止めて、荷室を開けてください。」

 

ブロック長たちは力なく立ち上がるとトラックの扉のかんぬきを抜き、荷室の扉を開けた。荷室の中に充満していた排気ガスが一気に外に飛び出して来る。麻子の鼻も排気ガスによって刺激された。その独特の臭いにむせながらトラックの中を見ると荷室の中からつい数十分前まで生きた少女であった山が力なくバラバラと地上に向かって落ちて来る。トラックの中を見て見ると誰一人動くものはいない。

 

「ふふっふふふふ。私に逆らうからこんなことになるんです。選択を間違うからこんなことになるんです。ふふふ。あははは!あなた達はみんな無価値な存在。無価値は死ななくてはいけないんです。あっははは!さて、ブロック長の皆さんは、トラックの中に入ってこの死体(ゴミ)の処理を開始してください。」

 

みほの命令で遺体を外に出す作業が開始された。ブロック長たちは涙を流しながらトラックの中に入り二人一組で遺体を次々と外に運び出した。遺体はどんどんうず高く積み上がっていき大きな山を作り上げる。息をしているものは誰一人いなかった。みほはその光景を見ながら真っ黒な笑顔を浮かべていた。

 

つづく




収容所組織図と職務
職員

所長
収容所の最高責任者

副所長
所長の補佐官

統括管理部長

囚人と看守の管理と設備の管理の責任者

看守長

看守のリーダー

看守


囚人

ブロック長

看守の補佐をする囚人たちのリーダー

直下さんの名前は
Twitterユーザー名(スクリーネーム)@makinotakasaさんに考えていただきました。ありがとうございます。


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第101話 診療

混乱させてすみません。
意外と更新できそうなので更新しておきます。


みほは蕩けた顔をして次々と積み上げられる囚人たちの遺体を眺めていた。

 

「ふふふふ……哀れだなあ。生徒会になんかついて行くからこんなことになるんだよ?恨むなら自分の間違った選択を恨んでね。もし次の人生があるのならその時は選択を間違わないようにしないとね。あ、そうだ。みんなのお友達や家族もすぐにみんなのもとに送ってあげるから安心して。ふふふふ……あははは!」

 

みほは積み上げられた遺体のうち、一人の少女の遺体の頭を足で踏みつけながら蔑み、嘲笑った。ちょうどみほと同じくらいの年齢である。みほは悪魔のように高笑いしながら何度も何度も繰り返し遺体を踏みつけた。しばらく、まるで波止場に足をかけるかのように遺体に足をかけながら遺体の山を処理する作業を眺めていたみほだったがやがてその作業に対する興味を失ったのか、麻子の方に向き直りバインダーに挟まれた記録用紙を覗き込む。

 

「麻子さん。しっかり記録した?大体ここまでどのくらいかかったかな?」

 

「ん……?そうだな……大体ここまで1時間10分くらいだ。」

 

麻子は全く元気のない声で答えた。みほは顎に手を当てて少し考えながら口を開いた。

 

「えっと、今日は余裕を持たせて400人で4台のガストラックを使ったけど本当は1台で150人を一度に処理する性能を持つガストラックだから4台で一度に600人処理する性能を持つ。そうすると1日に何人処理できるかな?えっと……処理そのものは1時間、でも片付けに2時間くらいかかってまた次を集合から移送まで1時間くらいかかるとして……1回の処理が全部終わるのが4時間、1日に最多で6回かあ……これだけだとちょっと少ないな。1日に1800人の処理しかできないよ。やっぱり色々方法は組み合わせたほうがよさそうだね。これからどんどん囚人たちが増えるだろうし、特別処理もきっと増えるもんね……ふふふ……」

 

みほの言葉に囚人たちが人間であるという意識は微塵も感じられない。みほの関心ごとはいかに早く大勢を殺戮できるかという一点のみであるのだから当然のことである。麻子は淡々と計算して殺戮の効率化を図るみほを目の当たりにして何度目かの喉元を鋭い刃物で撫でられるような恐怖を味わっていた。

 

「西住さん。もういいだろ?私は本来、今日休みの予定だったんだ……休ませてくれ……」

 

麻子は一刻も早くこの目の前に展開される地獄から逃れたくてみほに願いを申し出た。どうせ意地悪なみほのことだ、この願いは却下される。麻子はそう思っていたが現実は違っていた。意外なことにみほはその申し出に対して許可を出したのだ。

 

「うん。もう大丈夫だよ。来てくれてありがとう。あとで結果をまとめたレポートを提出してね。私はもう少しここの様子を見ていくね。」

 

みほはそういうと赤星を呼んで、麻子が帰る旨を伝えて誰か看守を麻子の警護につけるように要請した。ここを麻子一人でうろつくのは自殺行為である。特に小柄な麻子は囚人たちに襲われればひとたまりもないだろう。麻子には囚人から襲撃を受けても仕方がない十分すぎる理由がある。一応拳銃を所持はしているが、もしものことを考えれば複数人で行動するのが妥当だった。麻子は小銃を手にした4人の看守に守られて強制収容所の出口に向かうことになった。麻子はよろしくと言う気持ちを込めてぺこりと頭を下げる。すると4人も同じように頭を下げてそれぞれ前に二人、後ろに二人の配置につき麻子の歩調に合わせて歩き始めた。しばらく歩いてちょうど先ほど病気の囚人たちが収容されていたところに差し掛かった。中からは相変わらず苦しそうなうめき声が聞こえてくる。麻子はそのバラック小屋から目を逸らして足早に立ち去ろうとした。すると、麻子の目の前に集団となって囚人たちが立ち塞がった。何事かと麻子は後ずさり、代わりに小銃を構えた看守が躍り出る。囚人たちも負けじと一人の少女が前に出た。彼女は麻子たちを一瞥すると麻子の目を見つめて訴える。

 

「収容所職員の皆さん……私たちが何をしたというんですか!何で私たちはこんな目に遭わなければならないんですか!私たちがどんな罪を犯したというのですか!ここにいる者たちは皆毎日の過酷な労働で体を壊した者ばかりです!それだけじゃない!私たちの知り合いでこの収容所で殺された者は沢山います!なぜ彼女たちは死ななければならなかったんですか!もうやめてください!もう私たちを殺さないでください!虐待しないで!私たちを解放してください!」

 

麻子は心を激しく揺さぶられた。このような状況で自分が殺されるかもしれないのに関わらずそんなことを訴えることができるなんてなかなか骨のある人物だ。だが、麻子にはどうすることもできない。麻子は銃を構える看守たちに銃を収めさせると、囚人たちに向かって頭を下げた。

 

「申し訳ないが、私はおまえたちを解放させる権限を持ち合わせていない。おまえたちの言い分はよくわかった。上に伝えておく。だが、こうして直接訴えることは今後一切やめろ。皆殺しにされるぞ。」

 

麻子はそれだけ言うとその場を立ち去った。その時、彼女たちは検討してくれることに対しての謝意を述べていた。だが、彼女たちは数日のうちに殺されるのだ。彼女たちの運命はすでに決定されている。麻子は彼女たちのために優しい嘘をついた。その選択は本当に正しかったのだろうか。麻子は心を引き裂かれそうになり、とにかく早く強制収容所の外に出ようと早歩きで門に向かった。大きな門が轟音とともに開く。麻子は再び4人に向かってありがとうの気持ちを込めてぺこりと頭を下げて、収容所の重たい門が閉まったのを見届けてから立ち去った。兎にも角にもこの陰鬱で悲惨な収容所から一刻も早く離れたくて早歩きで歩いた。麻子は歩きながらこの後の行動を考えていた。このまま、外で行動するのもいいが、あの虐殺を見てしまったのであまり気乗りしない。しかも、空を見てみれば今にも降り出しそうな空をしている。あの収容所のような陰鬱な空だ。今日は外にいるだけで収容所の雰囲気が伝わって来そうでとても外に出て行動をしようとは思えない。こうなってはもう麻子の頭の中の選択肢は一つしかなかった。麻子はそのまま研究室に直行して鍵を開けると電気もつけずに敷きっぱなしだった布団に潜り込んだ。布団に入ると何だかホッとする。布団の中だけが唯一気を使うことなく嫌なことも何もかも本当の自分を晒け出せる場所だった。麻子はうつ伏せで布団に顔を押し付けて誰にも聞こえないように叫ぶ。

 

「なんで!なんでだ!なんでこんなことになっているんだ!おばあ、沙織、五十鈴さん。助けてくれ……もう嫌なんだ……虐殺なんかしたくないのに……でも、命令を聞かなきゃ私が殺される……どうすれば……どうすれば……」

 

麻子は顔をくしゃくしゃにして泣いた。麻子の顔と布団は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。麻子はしばらくずっと顔を布団に押し当てていた。やがて、麻子の意識は遠のいた。麻子はそのまま眠りに落ちた。

 

麻子が起きたのは夕方だった。結局、夕方まで眠ってしまったらしい。時計の針はもう17:00を指していた。せっかくの休暇は結局何もしないまま終わってしまった。せめて本でも読もうとむくりと起き上がり、電気をつけて本棚を漁っていた時だった。遠慮気味に部屋をノックする者がいた。すっかり目が覚めていた麻子はもはやその来訪を忌避する必要はない。「はい。」と返事をして扉を開けた。そこには珍奇な格好をした4人組が立っていた。一人は軍帽に軍服を羽織り、一人は紋付の羽織りを身につけ、一人は弓道の胸当てをつけ、一人は赤いマフラーを身につけていた。カバさんチームの面々だった。

 

「全員揃ってどうしたんだ?」

 

麻子が尋ねると軍帽を被り軍服を着こんだエルヴィンが4人を代表して来訪の訳を話した。

 

「実は、最近カエサルの調子がおかしくてな。相談に乗って欲しくて来たんだ。確か冷泉さん、保健衛生の担当もしていただろ?」

 

確かに麻子は保健衛生の担当であるからエルヴィンたちの来訪の理由は正当である。だが、この研究室に患者のカエサルはもちろん他のメンバー誰一人として入れるわけにはいかない。こんなホルマリンの臭いが充満した部屋で臓器に囲まれながら診察をしては患者をいたずらに増やすだけのような気がした。幸いにも保健衛生担当だけあってしっかりとした診療室があるのでそこに行ってもらうことにした。

 

「ああ、そう言うことか。わかった。じゃあこの中は座る場所がないからあそこの一番奥の部屋に診療室という部屋があるそこに行ってくれ。私もすぐに行く。」

 

麻子は指で奥の方を指し示す。エルヴィンは麻子が指し示す方角を見て頷き、了解した旨を麻子に伝えた。

 

「わかった。手間をかけてすまないな。」

 

「気にするな。」

 

麻子はエルヴィンたちの姿を見送って研究室のキーボックスから鍵を取り出し診療室へと向かった。そして、診療室の鍵を開けてカエサルたちを招き入れる。患者であるカエサルを椅子に座って麻子自身もちょうど病院のような位置関係で椅子に座った。麻子は早速カエサルに対して問診を始めた。

 

「それで、一体どうしたんだ?いつどんな症状なのか具体的に話してくれ。」

 

カエサルはなぜか俯いて先ほどから一言も話さない。とうとうエルヴィンがしびれを切らして代わりに話し始めた。

 

「カエサルがおかしくなったのはアンツィオ高への攻撃成功の祝勝会の最中からだ。急に元気が無くなったんだ。最初は調子でも悪いのかと思ってた。でも、なんかそう言うわけでもなさそうなんだ。確証は持てないが……だが今までの病気の時とは全く違う。風邪やインフルエンザだった時なんかでも歴史のことを話している時だけは苦しそうにしながらも目を輝かせて話していたもんだ。でも、今回ばかりは違う。カエサルが大好きなローマ史を話しても上の空で明らかに様子がおかしいんだ。」

 

エルヴィンの話を聞いて、これは単なる病気というわけではなそうだと言うことは察しがついた。これは一度カエサルと二人だけで話した方が良さそうである。

 

「エルヴィンさん。一度カエサルさんと二人で話したい。全員一度退出してほしい。」

 

「わかった。」

 

麻子はエルヴィンたちが外に出たのを確認して震えるカエサルの手を取りながら優しく語りかけた。

 

「カエサルさん。誰かに知られるのが嫌なら私は秘密を守る。誰にも言わないから安心して話してくれ。何があったんだ?」

 

カエサルは俯きながらしばらく麻子の言葉に返答をしなかった。麻子はカエサルが話す気になるまでずっと黙って粘り強く待っていた。長い間沈黙が続いた。カエサルはずっと俯いていた。カエサルの顔からは疲労がうかがえる。

 

「実は……アンツィオに私の親友がいるんだ……ひなちゃんって言うんだけど……彼女戦車道をやっているんだ……祝勝会の日、知波単のパイロットに聞いたら、戦車倉庫とか戦車道関連施設も攻撃したって言われて……もし、ひなちゃんが……ひなちゃんが死んじゃったらどうしよう……」

 

麻子はカエサルがまだ話している最中にも関わらず思わず抱きしめた。カエサルは驚いた顔をしている。麻子は涙を流しながらカエサルの背中を撫でた。

 

「親友同士が敵同士ってわけか……沙織と敵同士なんて私なら耐えられない……辛かったな……私にできることならなんでも相談してくれ……いつでも時間を作ってやる……」

 

麻子の優しい言葉に泣いていたカエサルは涙を拭きながら何度も礼を言った。この時麻子はカエサルのためならなんでもしてやろうと思った。友達と言える人物があまり多いとは言えない麻子にとって友人が敵同士という事態はどういうことなのか気持ちが痛いほど理解できたからだ。しかし、この時麻子はまだ知らなかった。この麻子の決心がこの先麻子に命をかけた選択を迫るということを。

 



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第102話 釈放の裏側で

物語が動きます。
あの人が……帰ってくる?


カエサルの症状は残念ながら麻子には治せない。薬を出しておけば治るというものではないからだ。とりあえず、カエサルには気がすむまでストレスを発散できる方法を考えてそれを実践すること、毎日麻子と話をしに来ること、この二つを指示してその日は帰らせた。そして、麻子はカエサルのことをみほに報告するためにみほの執務室へ向かった。執務室の扉を叩くと中から明るく可愛らしい応答の声が聞こえてきた。麻子がみほの執務室の木の扉を開けて入室するとその部屋の主であるみほは、椅子に腰掛けて書類や書籍の山に囲まれて仕事をしていた。麻子が部屋に入った後もみほはしばらくはこちらを見ることなく仕事を続けていた。報告書をパラパラ漫画のように素早くめくっては机の後ろに置きまた別の報告書を手にして同じようにパラパラめくって机に後ろに置くという一連の動きを繰り返している。あのようにパラパラめくるだけでみほは書かれている内容を全て把握しているのだろう。凄まじい仕事ぶりである。あっという間に机の後ろに目を通した書類の山ができあがった。そして、それらを全て読み終わるとまた違う書類を手にしてペンを走らせる。麻子はみほの仕事ぶりを目を見張りながら見ていた。部屋からはペンを動かす音と時計が時を刻む音しか聞こえない。その他の音は一切聞こえなかった。麻子は扉をそっと閉めてみほが声をかけるまで黙って扉のすぐそばに直立不動のまま立っていた。あまりの集中ぶりに近寄るのも憚られるくらいであり、少しでも動いたら殺されるのではないかと思うほどみほは集中していたからである。みほは本当に仕事熱心であった。この熱心さをもっと良い方向に使えば良いのにどこで間違ってしまったのか。本当に悔やまれることである。きっと西住みほという人間は正しい道を進みさえすればこの日本にとっても有用な人材になっていたはずである。麻子はそんな思いを巡らせていた。

 

「麻子さんどうしたの?そんなに遠くにいないでもっと近くにおいでよ。もう報告書ができたの?」

 

みほは、仕事に一区切りついたのか書くのを止めてペンを置くと顔を上げて麻子の方を見た。みほは麻子の顔を見て、いたずらっぽく笑った。みほは冗談のつもりで言っているらしかったがみほの冗談はわかりにくい。みほの言うことは全てが本気に聞こえてくるのだ。今まで、みほは側から見たら冗談だと思えるようなとんでもない計画を本当に現実で実現して来たのだからそう思われても仕方がない。だから今回も麻子はこれを本気に捉えた。いくらなんでもこんなに早くレポートが書き終わるわけないじゃないかとみほに対する反発を覚えながらため息をつきつつ首を横に振った。

 

「いや、違う。別の用件だ。問題が起きたのでその報告だ。」

 

麻子の言葉にみほは興味深げに身を乗り出しつつ腕を組みながら首をかしげる。

 

「ふうん。何が起きたの?」

 

「実は、カエサルさんがうつ状態に近い状態だ。アンツィオ高校に戦車道をやっていた親友がいたらしい。親友が亡くなっていたらどうしようかとかなり精神が参っている。」

 

みほは麻子の報告を聞いて珍しく悲しそうな顔をした。深くため息をつき、困ったような表情をして天井を仰ぐ。やはり、味方の兵士しかも戦車道の隊員たちに何かあるというのは大きな痛手のようである。

 

「なるほどね。わかった。麻子さん。保健衛生の担当官として責任を持って寄り添ってあげて。」

 

みほは麻子に対してしっかり対応をするように指示を出した。麻子はもちろんそのつもりである。カエサルのためならなんでもしてやるつもりだった。

 

「ああ、もちろんだ。できることなら私は彼女のためになんでもしてやるつもりだ。報告は以上だ。私は研究室に戻るぞ。」

 

麻子はみほの執務室から立ち去ろうと回れ右してみほの執務室から退室しようとした。すると、後ろからみほが麻子を呼び止めた。

 

「麻子さん待って。一つ聞いても良いかな?ちなみに、カエサルさんの友達の戦車道の隊員ってどんな人なの?」

 

「さあ、そこまでは知らない。ただ、ひなちゃんとか言っていたな。」

 

「そっか。ひなちゃんね。わかった。」

 

「もういいか?」

 

「うん。もういいよ。ありがとう。」

 

みほは麻子に退室の許可を与えると麻子の顔から視線を外し、机の引き出しから何やら資料を取り出していた。麻子はそれを横目に執務室の扉を開けて部屋から退出した。その時、みほは取り出した資料に目を落としていた。扉が閉まる瞬間、麻子の耳にみほの声が聞こえてきた。全てを聞き取ることはできなかったが一部分だけ聞こえていた。みほはくすくすと怪しく笑いながら何かを「使える」という4文字をはっきりと発言していた。正確に何に何を使うつもりなのかはわからないが今しがたみほに報告したことから推測するに、おそらくカエサルを何かに使う予定でいるのだろう。うつ状態にある人間を自らの野望のために使うなど言語道断だ。麻子はカエサルを絶対にみほの野望のためになど使わせないと決意した。それが保健衛生担当官として麻子が選択した道であった。それが、今麻子ができる唯一の償いであった。

 

次の日、麻子は朝から外の騒ぎで叩き起こされた。何事かと思っていると朝からけたたましく研究室の扉を叩く音が聞こえた。応答してみると梓が立っていた。

 

「冷泉先輩!何やってるんですか!早く着替えてください!今から緊急会議です!」

 

「ん……?梓か……私は眠いんだ……寝かせてくれ……」

 

麻子は目をこすって再び布団に入ろうとした。しかし、梓は麻子が布団に入る前に麻子の襟首を捕まえてそれを阻む。

 

「冷泉先輩ダメですよ。二度寝なんて許しませんからね。早く支度してください。」

 

梓は笑顔で麻子に迫る。その時の梓の顔は笑顔にもかかわらず恐ろしい顔だった。だがそんなことで目が覚めて動くほど麻子の寝ぼけ頭は弱くない。麻子の寝起きの頭は手強かった。頭がぼんやりしてしまって先ほどから言われている意味がよくわからない。特にこの日はそのような状態になっても仕方がない理由があった。実は昨日、麻子は昼寝をたっぷりしてしまったので結局ほとんど夜眠ることができなかったのだ。夜行性の動物は昼は眠って夜に起きる。それと同じように麻子も昼眠ってしまった分、夜眠れずに眠れるようになったのは結局朝方になってからだった。しかし、そんな事情を梓は知る由も無く麻子があまりにもぼんやりとしていることに対してしびれを切らしたのか麻子の寝間着を強制的に脱がせて制服を着せて顔を洗わせあれこれ世話をして麻子を会議室まで引っ張っていった。麻子は相変わらずぼんやりとした意識の中で梓に引きずられるように会議室まで連れていかれ椅子に座らされた。会議室にはすでに知涙単の川島以外のいつもの面々が集まっていた。だが今日はそれだけではなかった。入って来たときは気がつかなかったが部屋にはもう一人珍しい人物が参加していた。

 

「冷泉さん!後輩に連れられて寝ながら会議に参加なんていいご身分ね。」

 

懐かしい声が麻子の耳に届く。そど子だった。麻子とそど子はしばらく会っていない。開戦後はそれこそ一度も会っていなかった。

 

「そど子!」

 

眠気は一気にとはいかないもののある程度吹き飛んだ。麻子は嬉しくて思わず抱きついてしまった。普段、そど子に対して絶対にそんなことしない麻子の思わぬ行動にそど子はびっくりして困惑した表情を浮かべている。

 

「そど子って呼ばないで!私の名前は園みどり子!全く何回言わせるのよ……それで、いつまで抱きついてるつもり?早く離れなさいよ!」

 

そど子に言われて落ち着きを取り戻した麻子はいつもの調子に戻り、のそりとそど子から離れた。

 

「そど子は変わらないな。」

 

麻子はそど子が何も変わらず、ありのままのそど子のままであったことにホッとしていた。麻子はそど子から離れて椅子に腰掛けていると最後にみほが入ってきた。なぜか面白そうにニコニコ笑っている。かなり機嫌がいいのは誰の目から見ても明らかである。みほは椅子に腰掛けると皆を一瞥して口を開いた。

 

「みんな突然ごめんね。本当はもっと後に会議をやろうって思ってたんだけどちょっと緊急の話ができちゃって……優花里さんのことなんだけど実はね私、優花里さんを釈放しようと考えているの。」

 

みほの思いもよらぬ言葉に麻子は一気に目が覚めた。まさかこんなサプライズが待ち受けていようとは思いもしない。麻子は興奮を隠さずにはいられなかった。

 

「秋山さん、ついに釈放されるのか!でも一体どういう風の吹き回しなんだ?」

 

麻子の今まで見たことがないような興奮のしようにみほはくすくすと面白そうに笑うとその判断に至る背景を話し始めた。

 

「ふふふ。麻子さん落ち着いて。もちろん優花里さんをお咎めなしで無罪放免っていうわけにはいかない。優花里さんにはそれ相応の罰は受けてもらうよ。優花里さんは死刑に値する罪を犯したんだから。でもね、優花里さんを死刑にするのは正直勿体無いって思っていたの。優花里さんは優秀だから。でも、優花里さんの死刑という罰を肩代わりするのにふさわしい人物が向こう側からやってきたの。優花里さんにとっても苦痛な思いをする、まさに一石二鳥の人物がね。」

 

「どういうことだ?」

 

麻子は腕を組みながら訝しげな顔をしているとみほはパンと一つ手を鳴らしてそど子の方に顔を向けた。

 

「詳しくは園さんから。それじゃあ園さんよろしくお願いします。」

 

みほから指名されたそど子は立ち上がり一つ咳払いすると事の経緯を話し始める。

 

「私たち風紀委員は今、澤さんたち思想課の出向組と占領地域の治安維持そして、軍事境界線の警備を任務として行っているわ。私は主に軍事境界線の警備を担当しているんだけど、実は今朝方早朝5時頃向こう側、生徒会側の勢力圏からこちら側に軍事境界線を超えて侵犯してくる者がいたの。人数が男女二人だけだったし雰囲気からして兵士というわけでもなさそうだったから警告した上で退去を促してみたけど退去しないから仕方なくその者たちを軍事境界線侵犯の容疑で逮捕したの。そしたら、その人たちが実は秋山さんの両親だってことがわかって。それで即刻西住さんに報告して今に至るというわけね。」

 

そど子はまるで官僚が答弁するかのように淡々と述べた。麻子の頭の中には嫌な予感がよぎり、みほの顔をちらりと見てみると怪しげな笑みを浮かべていた。間違いない。麻子は今までの経験から全てを理解した。

 

「西住さん。何をするつもりだ?今度は何を企んでいる?」

 

麻子の問いにみほは満面の笑みでかつて梓が考えた優花里を最も苦しませるであろうアイデアを披露した。

 

「ふふふ。私が何をするつもりなのか、麻子さんならもうわかっているはずだよ。優花里さんのご両親が向こう側からやってきた。なら選択肢は1つしかないよね。」

 

「ああ。西住さんのやり方はもう知っている。この場合の西住さんなら絶対に処刑を選択するだろうな。」

 

「えへへへ。うん。麻子さん正解。でも、ただ処刑するだけじゃつまらないよね?」

 

「何が言いたい?」

 

「簡単なことだよ。ただ私たちが処刑するだけじゃいつも通りでつまらない。だから、今回はちょっと違う方法を取ってみようかなって思ってるんだ。もちろん、普通に処刑するだけでも優花里さんは苦しんでくれる。でも私ね、もっと優花里さんを甚振りたいの。私ね、今まで優花里さんをたくさん甚振ってきた。鞭打ちをしたり、裸にして辱めたり……その度に優花里さんは可愛い顔してくれる。でも、それだけじゃ満足できないんだ……もっと優花里さんの苦しむ顔が見たいの……そして、優花里さんを私だけの人形にしたいの……」

 

みほは恍惚とした表情を浮かべた。蕩けた笑顔で顔を紅潮させている。みほは自らの欲望のためにさらに優花里を甚振りたいなどとんでもないことを言う。一体今度はみほは何をするつもりなのだろうか。優花里を甚振るためにどんな残虐な手段を取るつもりなのだろうか。麻子の頭の中には今まで見てきた数々の虐殺や残虐行為の全ての光景が蘇る。麻子は震える掌を必死に抑えこんだ。

 

「秋山さんに何をする気だ?」

 

「聞きたい?いいよ。教えてあげる。私が優花里さんを釈放する条件はただ一つ。優花里さんの手で優花里さんのご両親を処分すること。」

 

そういう要求になるだろうということは今までのみほの姿を見てきている分想像に難くはなかった。だが、こんなことが許されていいわけがない。麻子は必死になって反対意見を唱えた。

 

「やはりな……西住さんらしい……だが私は絶対反対だ!西住さんは秋山さんの心を壊すつもりなのか?」

 

麻子はみほの説得を試みたがそれは逆効果であった。心を壊す。この言葉を聞いた途端、みほは先ほどにも増して恍惚として蕩けた笑顔を見せた。両頬に手を当てて紅潮した顔なのは先ほどと同じなのだが、先ほどに増して息まで荒くなっている気がする。まさに性的快感に似た快感を感じているようだ。

 

「ふふふ。いいよ。むしろ壊れてくれた方が私にとっては都合がいいかもしれない。優花里さんを操り人形にできるならそれは願っても無いことだよ。」

 

麻子はカードを失った。もはや、交渉の余地もない。こんなにも優花里を甚振ることに快感を感じているのならば、麻子にできることなど何一つない。あと、麻子にできることといえば感情を殺して命じられるまま粛々と任務を進めるだけである。いつもはそうだった。でも、今日は違う。今日はいつものメンバーの他にそど子がいる。きっと風紀バカのそど子なら、みほの蛮行に対して風紀が乱れると言って反対し自分の意見に味方してくれるはずだ。そう信じていた。麻子はそど子の正義感に期待してそど子を見つめる。だが、その期待はあっさりと裏切られた。そど子は動かなかったのだ。そど子は俯いて何も言わなかった。そど子にもみほを止めることなどできなかったのだ。みほはそど子を意のままに操るため予め風紀委員を解体していた。かつて風紀委員として学園艦警察組織のトップだったそど子はもはや何の権限も力もない少女に成り下がっていたのだ。みほはしたり顔をして笑っている。結局、今回は梓がかつてみほに具申した方法、優花里の両親の処刑を優花里の手で執行させる方法をとることで今回の緊急会議は閉会した。みほは嬉々として部屋から出て行った。梓と小梅も後に続く。部屋には麻子とそど子だけが残された。重苦しい空気だけが二人を包みこんでいた。しばらく音のない沈黙が続く。その沈黙を最初に破ったのは麻子だった。

 

「おい。そど子。本当にこれでいいのか?」

 

そど子は俯いたまま何も答えない。麻子は先ほどよりも低い声でそど子に迫る。

 

「そど子なら私に味方してくれると信じていたが、それは間違っていたようだな。まさか、おまえまで西住さんの味方に回るとは思わなかった。」

 

「私だってこんなことはしたくないわよ……誰が好き好んで……処刑なんて……でも、私にはこうするしかないの!あなたには私のことなんて何もわからないわよ!」

 

そど子は机に思いきり両手を叩きつけると涙流れる目を押さえながら部屋から飛び出して行ってしまった。

 

「おい!そど子!どこに行く?まて!そど子!」

 

麻子もそど子を追いかけて部屋を飛び出す。嫌な予感がした。確信はないが、放っておいたら後悔することになりそうな予感だ。とにかく今はそど子を捕まえるしかない。馬鹿なことを考えないといいが。そんなことを思いながら麻子は廊下をかけて行った。

 

#######

 

暗くジメジメとした独房。そこに一人の少女が収監されていた。秋山優花里だった。優花里はあの時アンチョビを解放し、大洗女子から逃がそうと企図した罪でこの特別室に収監された。特別室に収監されることは即ちその罪は死刑に値するものであるという証拠である。この部屋はみほが命令を下しさえすればすぐにでも毒ガスで処刑することが可能な部屋なのだ。優花里はここで自分の人生は終わるのだろうと思っていた。覚悟していたことであるとはいえ毎日が苦痛の日々だった。鞭打ちを毎日100回受け、さらに裸にされて辱めも受けた。毎日のようにみほから暴行されたのだ。ある時は身体的に、ある時は性的にそしてある時は精神的に拷問を受けた。毎日が拷問と暴行のフルコースである。涙はもはや枯れ果てていた。泣く気力さえ失っていたのだ。ボロボロであちこち皮膚が切れて血が滲む身体を放心状態で壁にもたれかかりながら呻いていた。コツコツと遠くから足音が聞こえてくる。悪魔の足音だ。その悪魔の正体は言うまでもなく西住みほである。みほの足音は特徴的だ。優花里を怖がらせるためにいつも必ず大きく足を鳴らして歩く。みほは優花里を怖がらせ精神的に追い詰めて楽しんでいたのだ。優花里が怯えたような声をあげると高笑いしながら近づいてくる。なんとも悪趣味な女だ。優花里はみほの足音が近づくたびに恐ろしくてガタガタと歯を鳴らす。ついに恐れていた日が来たのだろうか。足音が聞こえるたびに優花里はそんなことを思うのだ。毎日目を思い切り瞑って手をすり合わせながら神に祈る。私はまだ生きたい。死にたくない。生きさせてくださいと。足音は優花里の独房で止まり、鍵を開ける音が聞こえる。さあ、用件は何だろうか。暴行か、それとも刑の執行か。優花里は怯えた目で息を呑みながら扉が開くのを見守る。重たい鉄の扉が開き外に出るように促される。ついに来た。優花里は恐ろしくて尿を漏らし、足をばたつかせた。みほはその様子を面白そうに眺めていた。しかし、みほの口から出た言葉は意外なものだった。

 

「優花里さん。落ち着いて。大丈夫だよ。何もしないから。」

 

今更何を言うのだろうか。そんなの信じられるわけがない。優花里は今まで散々暴行を受けてきたにもかかわらず今更信じろと言うの虫のいい話だ。

 

「そんなの信じられるわけないじゃないですか……西住殿が今まで私に何をして来たのかお忘れではないですよね……?よかったらここで全て列挙しましょうか?西住殿は覚えてなくても私は全てを覚えていますよ?」

 

優花里は怯えた目で後ずさる。言ってしまった。言ってはいけないことを言ってしまった。みほがこちらに近づいてくる。みほの怒りを買ってしまった。殺される。もはやこれまでか。そう思った。しかし、優花里が考えた結末と現実は違ったものになった。みほは悲しそうで寂しそうな顔をして俯く。

 

「そっか……私って信用がないんだね。仕方ないよ……あんなことしちゃったもんね……優花里さん。ごめんなさい。怖がらせちゃって……でも、もう大丈夫だよ。私を信じて。本当に何もしないから。」

 

みほは反省しているように見えた。そして優しげな口調でまるで母親のように優花里の耳元で囁きながら頭を撫でた。こんなに優しくされたのはいつぶりだろうか。久しぶりに優しさを感じた優花里はつい心を許した。

 

「わかりました。西住殿を信じます。」

 

優花里はみほが反省しているのを見てもしかしたら信じられるかもしれないと考えて再びみほを信じるという選択をした。しかし、これこそみほの狙いだったのである。みほは優花里に甘い飴を舐めさせておいて一気に絶望の淵に叩き落とそうとしていたのだ。優花里はそうとも知らずにみほを信じてしまったのである。みほは優花里に気がつかれないように心の中で悪い笑顔でほくそ笑んでいた。

 

「ふふふ。ありがとう。信じてくれて。さあ優花里さん。外に出て。」

 

優花里はその後は素直にみほに従った。みほに促されて独房から出た優花里は独房とは違う部屋に通された。部屋の中には椅子が一つだけぽつんと置かれていてカーテンで向こう側とこちら側で仕切られている。そのカーテンの向こう側に広がる景色は何なのか少し気になっていたがみほに促されて優花里は席に着く。優花里が席に着くとみほは静かに話を始めた。

 

「優花里さん。優花里さんはここから出たい?」

 

「ここから出していただけるんですか!?」

 

優花里はみほの質問に一筋の光を見た。ようやくこの地獄から解放されるかもしれない。この光を掴み損ねたらもう二度と日の目を見ることはないかもしれない。優花里は必死に首を縦に振った。みほは優花里を抱きしめ背中を撫でながら優しく微笑みかける。

 

「そっか、わかった。いいよ。ここから出してあげるよ。」

 

しばらくの間、優花里の頭は機能が停止していた。夢ではないかとも思った。こんなこと起こるはずがない。優花里は漫然とした意識の中で頰に手を持って行き思い切り抓った。痛い。現実である。それを理解した瞬間、優花里は今まで感じたことのない喜びを味わっていた。本当に神様はいるんだと思っていた。自分はこれからも生きることができる。今まで死の淵にいた優花里にとってはこれ以上に嬉しいことはなかった。だが、みほはなぜいきなり死刑囚とほぼ同じ扱いをする重罪人である優花里を釈放する気になったのだろうか。実はぬか喜びをさせておいて絶望の淵へ叩き落とそうという魂胆なのではないだろうかと優花里は怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「本当に……本当ですか?本当に釈放していただけるんですか……?」

優花里の質問にみほは大きく頷く。優花里にはみほの言葉に嘘があるとは思えなかった。確かにみほはこの時点で嘘はついていなかった。

 

「うん。嘘じゃないよ。釈放してあげる。絶対に保証するよ。」

 

みほから釈放という話に嘘がないことの言質を取った優花里は今にも飛び上がりそうだった。優花里はそれだけ生に執着していたのだ。嬉しくて自然に涙が溢れてくる。みほは微笑みながら優花里が泣き止むまで見守っていた。いや、見守っているという表現は少し違うかもしれない。みほは優花里の様子をじっと伺っていたのだ。みほは優花里にどのタイミングで釈放する条件を告げようか最高のタイミングを見計らっていたのだ。みほは優花里が喜びの絶頂に達した時にどん底に叩き落としてやろうと企んでいた。そして、みほは優花里が泣き止み晴れやかで希望に満ち溢れた顔をした今この瞬間を狙っていたのだ。優花里が顔を上げた時、みほはくすりと笑った。ついに優花里を絶望のどん底に叩き落とす時が来たのだ。ようやくお待ちかねの優花里の可愛い顔を眺めることができる。

 

「優花里さん。実は優花里さんに会って欲しい人がいるんだぁ。しっかり目を開けて見ててね。ふふふふふふ……」

 

みほは恍惚とした表情を浮かべながら足早に優花里の椅子の前に広がるカーテンの前に立ってそのカーテンをゆっくりと開いた。優花里の前に信じられない光景が飛び込んできた。目の前に広がる認めたくない現実を見て優花里は断末魔のような叫び声をあげた。その叫び声はみほを喜ばせた。みほにとっては最高の音楽だったようだ。みほの身体にぞくぞくとした快感が電気のように走る。頰を紅潮させ両頬に手を当てて蕩けた笑みを浮かべていた。喜びの絶頂にいる人間を一気に地獄の底、絶望にまで叩き落とすことが一番楽しくて心踊るのだという残酷で真っ黒な心が具現化したかのような笑みだった。優花里の目の前に広がっていた光景。それは狂気そのものだった。そして、優花里が生きている間は絶対に見たくない光景だった。優花里の目の前、カーテンの向こう側にあったのは昔の時代劇か何かで罪人が処刑されるような形で十字型の磔台に十字の横の棒に手、縦の棒に脚を縛られた優花里の両親、父の秋山淳五郎と母の秋山好子の姿だった。

 

つづく




来週の更新は所用でお休みします。
次回の更新は4/15 21:00の予定です


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第103話 崩壊

大変お待たせしましました。


なるほど。そういうことだったのか。何かがおかしいと思っていた。みほが優花里のことを手放しの無条件で釈放するとは思えなかったが、まさかこんなカードを手にしていたとは思っていなかった。これで優花里にとって釈放の条件が悪くなることは明らかになった。それと同時にみほは優花里を自由自在に扱えるということも意味している。事態はまさに最悪の様相を呈していた。優花里はみほを睨みつける。まさか、私の両親も西住殿は誘拐してきたというのか?

 

「西住殿……これは一体どういうことですか?なぜ、西住殿が私の両親を……?」

 

「ふふふ……そんなに怖い顔しないで。この人たちは私が連れてきた訳じゃないんだよ。向こう側から自らの意思でやってきたの。それを軍事境界線を侵犯した容疑で捕まえてみたら優花里さんのご両親だった。それだけの話だよ。」

 

みほは悪びれる様子もなくそう言い放つと優花里が座っている椅子のそばにしゃがんで優花里の顔を覗き込みながら彼女の頰を手の甲でねちっこく撫でた。ピクリと小さく身体が震える。それはみほが次に何を要求してくるのかという恐怖と自分の大切な人をこんな目に合わせたことに対しての怒りが混ざったぐちゃぐちゃの感情が表象した証だった。正直、今すぐにでもみほを突き飛ばして頰を引っ叩いてやりたかったが、優花里にそんな勇気はなかった。そんなことをしたら今度は優花里が磔台にかけられることになるだろう。せっかく救われるかもしれない命をここで失うことなど優花里にはできない。優花里は覗き込むみほから視線を逸らす。

 

「そんなはずは……私の家は軍事境界線から向こう側にあるはずです。なのに……なぜ……?まさか、私のせいで生徒会側で迫害を……?でも、そんなこと会長殿がするはずがないです……」

 

優花里にはなぜ両親が危険を冒してまでこちら側にやってきたのかさっぱりわからなかった。生徒会側にいれば安全だし、あの生徒会長のことだから敵の両親ということを理由に追放されることもないだろう。例え、他の避難者たちが差別してきても生徒会の責任で保護してくれるはずだ。それなのになぜわざわざ自ら地獄にやってきたのだろうか。優花里は二つの磔台にいる両親に恐る恐る目をやる。よく見ると二人は白い目隠しをされてヘッドホンのようなものをつけさせられている。どうやらまだ、優花里が目の前にいることはわかっていない様子である。優花里はまだ、久しぶりに両親と向き合う心構えができていない。とりあえず、未だに自分が目の前に存在していることを両親に知られていないことにホッとしつつも次にみほが口にする言葉に怯えていた。みほは怯える優花里を小馬鹿にしたように笑う。

 

「ふふっ、怯えてる優花里さん可愛いなあ……さて優花里さん。優花里さんは、釈放して欲しいんだよね?でもね、流石に無条件で釈放っていうわけにはいかないの。優花里さんは私に反逆したからね。だから優花里さんにはある一定の条件を満たしたら釈放します。」

 

来た。やはり条件付きである。一体みほは何を要求するつもりであろうか。優花里は慈悲のある条件であることを願わずにはいられなかった。優花里の願いはただ一つ。両親と幸せに暮らしたいだけだ。どうか両親と自分を生きて返してほしい。どうか寛大なるお慈悲を。みほと神それは悪と善、両極にある存在である。この二つの存在に優花里は願っていた。

 

「どんな条件ですか……?」

 

「釈放の条件は二つ、一つ目優花里さんの身代わりにご両親を処刑すること。二つ目、準備から処刑執行までのプロセスを全て優花里さんが責任者として行うこと。」

 

みほは躊躇うことなくはっきりとした口調でそう言った。容赦も慈悲も一切なかった。優花里は頭を何か硬いもので殴られたような感覚が走り、床に倒れ込む。その後、優花里は何かしらの言葉をみほに向かって言ったような気がするが覚えていない。それを含めたしばらくの記憶は欠落してしまっている。どうやらその間残酷な現実を受け入れられずに気絶してしまっていたらしいのだ。ただ、その時感じた言いようのない恐怖と烈火のごとく燃え上がる怒りは記憶は無くとも覚えていた。

優花里は夢を見ていた。これは夢だとはっきりわかった。それは幼かった日の夢である。公園で一緒に遊びに行った後に母親の膝の上で昼寝をした夢だ。懐かしい幸せな日々だ。優花里の母親、好子は優花里の顔を見て微笑んで頭や頬を撫でてくれた。優花里も好子に微笑む。とても優しい愛を感じた美しい日々。優花里はしばらく優しい夢の世界で遊んでいた。現実には戻りたくない。だが、人間の身体はそれを許してはくれない。脳が損傷を受けているわけではないから十分休養したと自らの身体に判断されればいつかは目は覚めてしまう。優花里の身体もまた例外ではないのだ。大抵夢というものは楽しい時に目が覚めてしまうものだ。今回もまた、楽しい時に目が覚めてしまった。目を開けた瞬間、優花里は驚いて思わず声を上げてしまった。目を開けた瞬間みほの顔が大きく目の前にあったからだ。視界にはみほの顔しか見えていない。みほと優花里の顔が触れてしまいそうなくらい近くでみほは優花里の顔を覗き込んでいた。優花里は飛び起きて無意識に手を顔の近くに持っていく。母の膝だと思っていたものはみほの膝であった。不覚である。似ても似つかぬどころか自分の母を傷つけた者をあろうことか母として夢に見てしまうとは。優花里は自分に腹が立っていた。項垂れながら拳を強く握る。みほは立ち上がり優花里を見下ろしクスクスと小馬鹿にしたように笑いながら優花里の表情を眺めている。何がおかしい。何を笑っている。私の大好きなかけがえのない人を傷つけて。優花里はみほを鋭く睨む。

 

「ふふふ。おはよう。優花里さん。随分長い間気を失っていたね。気分はどうかな?」

 

「良いように見えますか……?」

 

優花里は恨めしそうにみほの顔を見た。みほは優花里を見下ろしながら真っ黒な笑顔を見せて手を伸ばすと優花里の柔らかい頰をねちっこく手の甲で撫でる。

 

「そうだよね。良いわけないよね。ご両親を処刑するか優花里さんが処刑されるかの瀬戸際だもんね。ふふふふふ。」

 

優花里は恐ろしくて視線を逸らしながら思い切り瞼をぎゅっと瞑って耐えていた。みほの手が身体中を走る。粘着するような手つきだ。まるで変質者に身体をまさぐられるような最悪な気分である。

 

「に……西住殿……やめてください……そんなのところ触らないでください……」

 

みほの悪意と下心満載の手つきに思わず声が漏れる。しかし、優花里の弱々しい声を聞いてますます悪い笑顔で優花里の身体をおもちゃにして弄ぶのだ。ほぼ平面であると言える麻子の小さな身体を愛撫するのも楽しいが優花里の柔らかくて意外に豊満な身体を愛撫することもみほにとっては楽しいことであった。みほの手が優花里の服の中に侵入して意外と大きな優花里の胸をまさぐる。なぜ、みほがそこまで少女の身体に執着するのかはその時優花里にはわからなかったが、後にみほに直接尋ねると素直に答えてくれた。彼女曰く、少女の身体に触れた時の反応や怖がったり嫌がったり恥ずかしがったりする姿にぞくぞくとした何とも言いようのない快感が走り、自分が少女を支配しているという事実に愉悦を感じてやめられないという回答を得た。つまりは今までの優花里を始め多くの者があえて積極的にしてきた反応は全て逆効果だったというわけである。その反応はみほを愉悦に浸らせるだけだったのだ。この事実を優花里が知るのはまだ先のことである。さて、みほにおもちゃにされて弄ばれた優花里は顔を赤面させて屈辱に耐えていた。やがて、みほは優花里を弄ぶことに飽きたのか、優花里の身体を触ることをやめると優花里から離れて立ち上がり優花里を見下ろしながら冷たい声で言った。

 

「優花里さん。1日あげる。今日、1日どうするかよく考えて。今が11時なので明日の11時にどうするか聞きに来ます。それまでに答えを出してください。」

 

1日……そんなに短い時間でこんなに重大な決断をしろなど無理な話だ。西住みほは愛する者を奪われる気持ちを考えたことがあるのだろうか。

 

「西住殿…西住殿は愛する家族が奪われる気持ちを考えたことがありますか?お願いですから考え直してください……」

 

だが、その優花里の訴えは今まで家族にさえ非道な扱いを受けてきたみほには決して響かない言葉である。それどころか何よりもみほが嗜虐の黒い心がくすぐられる言葉であり、壊してしまいたいという破壊衝動にかられる言葉だった。家族という存在がみほにとって恨みの対象であることを優花里は知らなかった。このことは優花里以外の反乱軍幹部を全員知っていることであったがみほがかつて家族から受けたおそるべき仕打ちの話をした時、優花里は既に牢獄に放り込まれていたのでみほが家族というものに対して心を闇に染め上げてしまうほどの憎しみを持っていることなど知らなかった。そんな人間に愛する家族を奪われる気持ちを考えろなどと訴えてもみほがその気持ちを理解するなど土台無理な話だ。みほは優花里から家族を奪われる気持ちを考えろと言われた時、一瞬だけ明らかに表情に変化があった。一瞬だけ表情という表情全てが抜け落ちたのだ。優花里はそれに敏感に気がついたが、結局何を意味しているのかはわからなかった。みほはすぐにいつもの調子に戻ったからである。だが、何かが違っているのは明らかである。みほは瞳の奥を悪意に染め上げながら冷たく言い放った。

 

「ふふふふ。ダメだよ。優花里さんには選択肢は二つしかない。むしろ選ばせてあげるだけマシだと思うよ。」

 

取りつく島もない。だが、ここで「はい、わかりました。そうですか。」と引き下がるわけにはいかない。優花里はなんとしてでもみほの口から「全てを許す」という言葉を勝ち取らなくてはならない。例えそれがほぼ絶望的な望みであっても少しでも可能性があるのなら勝ち取る努力をしなくてはならない。優花里はみほの脚にすがりついた。

 

「お願いです……お願いですから助けてください……」

 

みほは脚にすがりついてオイオイと泣きわめく鬱陶しいそれを、冷たい目で眺めていた。笑顔を作ることなく全くの無表情。まるで興味がないとでも言うかのような顔をしている。

 

「お願い……お願いです……西住殿……」

 

優花里はみほの脚から顔を離してみほの顔を見上げる。みほとちょうど視線が結ばれた時だった。みほはクスリと笑うと思い切り優花里のみぞおちのあたりを靴の裏で蹴った。内臓が破裂したのではないかと思うほどの痛みが優花里の腹部に走った。

 

「うぐっ!?」

 

声にならない声が漏れる。優花里は痛みで背中を丸めてみぞおちのあたりを押さえた。横目でみほを見るとみほは優花里の頭に足を置きつま先で床に踏みつける。

 

「優花里さん。さっきからうるさいですよ。ちょっと黙っててもらえませんか?」

 

みほはピクピクと陸に上がったエビのように悶える優花里を鼻で笑いながら眺めて地を這うような低い声で言った。

 

「どう………か……お願い……しま……」

 

そこまで言いかけるとまたしてもみほの蹴りがみぞおちに炸裂した。それとほぼ同時に冷たい金属のようなものが優花里の頭に突きつけられた。痛みに悶えながらそちらを見るとみほがピストルの銃口が優花里の頭に突きつけられていた。

 

「まだ言うの?黙れって言ってるんだよ?聞こえないのかな?次言ったら優花里さんもご両親も皆殺しだよ。もっとも苦しい方法でね……それが嫌なら黙って言うことを聞いて?わかった?」

 

頷くしかなかった。皆殺しにされては元も子もない。みほは満足そうに笑うと優花里の頭をピストルの銃身で軽くポンポンと叩く。バカにされているようで最高に悔しい。唇を噛んで俯く。みほは手に持った銃を優花里の顎に当てるとそのままグイッと顎を上げさせて優花里と視線を合わせる。みほは再び鼻を鳴らして優花里を嘲笑う。

 

「ふふふふ。私の考えは変わりません。優花里さんにはご両親を処刑するか自らが処刑されるかその二択です。どんなに私に求めても無駄なことだよ。まあ、もっとも私に皆殺しにされて家族仲良くあの世に行きたいなら別だけどね。ふふふふ……あっははははは!」

 

「そんなの……あんまりですよ……」

 

みほの言葉に優花里はうなだれた。ああ、ここにナイフか拳銃があれば今すぐにでも西住みほという名の悪魔を殺して父と母と一緒にどこまでも逃げてやるのに。優花里は床に手を置いて拳を強く握りみほを睨んだ。するとみほは鈍感なのかわざとなのかこちらを見て朗らかに笑う。違う。私が求めているのはその反応じゃない。求めているものはたった2文字3音の言葉だ。「許す」その言葉が欲しい。それだけなのにその願いは届かない。 しばらくどうすればいいのかわからなくて呆然としているとみほは突然、優花里の手を取った。優花里はみほの次の動きを警戒した。この手は何を意味するのか優花里はみほの一挙手一投足に怯えていた。みほが少し動作をする度に身体を震わせたり手で顔を覆ってみたり、様々な反応をする。みほは動作をする度に様々な反応を見せる優花里を面白そうにくすくすと笑って眺めていた。このときの優花里の怯えた反応はみほの闇の嗜虐心をくすぐった。優花里が可愛くて仕方ない。もっと優花里をいじめたい。そう思ったのかみほは拳を振り上げて今にも優花里に殴りかかるようなポーズをとった。優花里は怯えて手で顔を守ろうとする。みほはその様子を蕩けた顔で見つめる。

 

「ふふふふ。優花里さん。そんなに怖がらないで。何もしないから……ね?さあ、行こう。独房に戻ろう?」

 

今更何を言うのだろうか。バカにするのも大概にしてもらいたいものである。今まで何度裏切ってきたのだろう。もはや数えるのも嫌になる。

 

「西住殿……私はもう西住殿を信じられませんよ……それに、私はまだ両親と話せていません。少しぐらい話す時間をくれてもいいんじゃないですか……?」

 

みほは腕を組みながら優花里の要求を受け入れるか否かを考える。しばらくするとみほはニコリと笑って言った。

 

「大丈夫だよ。もう何もしない。優花里さんがさっきみたいに余計なことを口走らなければね。でも、優花里さんのご両親とお話ししたいっていう話はちょっと無理かな。明日、優花里さんの考えを聞いてから処刑の直前に話させてあげるね。」

 

「そんな……」

 

「さあ、独房に行こう。」

 

みほは、がっくりと肩を落とす優花里の腕を引っ張り上げ独房に連れて行こうとした。優花里はもう少しここにいたくて体に力を入れて抵抗する。しかし、みほは優花里の体を簡単に持ち上げてしまった。嫌がる優花里を無理矢理立たせると優花里を再び独房に連れて行くために腕を引っ張って連れて行こうとする。

 

「もう少しここにいさせてください。」

 

優花里はみほに頼むがみほはその要求を拒否した。

 

「ダメです。これ以上抵抗すると……」

 

みほは懐に突っ込んである拳銃を優花里に見せる。優花里は小さな悲鳴をあげて抵抗することをやめて素直に従った。

 

「じゃあ、明日の朝11時に答えを聞きに来るからね。今日一日よく考えて。くれぐれも後悔しないでね。」

 

独房に到着するとそう言い残してみほは独房の前から去っていった。ようやくみほから解放された。優花里はため息を吐いて独房の中で体育座りのように脚を山のように立てて壁にもたれて座り込むと膝と膝の間に顔を埋めた。

 

「どうすれば……どうすればいいんですか……私が助かろうとすればお父さんとお母さんは……でも、二人を助けようとすれば私が……嫌だ……!死ぬのは絶対に嫌だ……!でも……その選択だとお父さんとお母さんが……」

 

どちらを選択しても最悪な結果になるのは変わらない。こんな究極の決断をたった1日で決めることなど到底無理だ。数の論理で考えたら確かに一人の命で二人を救った方が良い。トロッコ問題でも大勢がそう選択する。だが、いざ当事者になるとそう簡単に命など捨てられるはずはない。生への執着は意外に強いものだ。それに優花里はそんなに強い人間ではない。敗戦直後、マッカーサーに「私は絞首刑になってもいいから国民は助けてほしい。」と言った昭和天皇や自分の命と引き換えに切腹した戦国武将清水宗治のようには生きられない。ギリシャの哲学者ソクラテスならば「私は死を知らない。故に死は怖くない。」と言って自らが処刑される方を選ぶだろうが優花里は死が怖い。そんな特殊な生き方は到底無理だ。優花里の頭に二つの究極の答えがグルグルと駆け巡る。やはり決められない。決められるわけがないのだ。そもそも、なぜよりにもよって父と母なのであろうか。全くの他人ならば、血の繋がりのない他人ならば間違いなくそちらを選ぶ。例えそれが友人だとしてもそちらを選ぶだろう。そう、例えば自分の命の引き換えの相手が……

 

「武部殿なら……処刑できるのに……」

 

その言葉は躊躇われることもなく優花里の口からこぼれた。優花里は最初自分が何を口走ったのか気がつかなかったくらい、あまりに自然だった。それは、目に光が入って眩しかったので瞼を閉じた。それとほぼ同じくらいの自然さであったと思う。

 

「うわああああああああ!わ……私はなんてことを……!?」

 

自分が言った言葉の意味をやっと理解して優花里は半狂乱のように叫ぶ。取り返しのつかない言葉を言ってしまった。優花里は命に価値を付けてしまったのだ。皆、平等に地球より重いはずの命を天秤にかけて優劣をつけてしまった。いつの間にか自分も悪魔になっていたのだ。優花里は自分がしてしまった愚かな言動に愕然とする。自分の心がどれだけ汚れ荒んでいるのか初めて目の当たりにした。優花里は顔面蒼白になって泣きわめく。その後も優花里は答えのない究極の問いを繰り返し思考し続けた。だがやはり、答えは見つからないし導き出せない。世界一難しい問題を前にして優花里の思考は堂々巡りを繰り返す。結局その日は食事も一口も口にせず睡眠も一睡もせずに考えに考えて考え続けた。だが、結局答えが見つからないまま夜が明けて期限当日の朝を迎えてしまった。

 

「あ………ああああ………夜が……夜が明けてしまいました……」

 

優花里の心は時間という制約に追い詰められてどんどん弱っていく。もはや考えることも嫌になった。みほが優花里の選択を聞きに来る1時間前にはもう、四肢を投げ出してぐったりとしていた。やがて優花里は壊れた機械のように笑い始めた。優花里の精神は限界に達し壊れ始めていた。とても自分には決められない。もはやみほに決めてもらって命令された方が楽だ。操り人形のようにただ命令されるがままにやるだけ。自分の判断はそこにはない。それが一番楽である。判断はみほに求めよう。そう考えていた時に遠くから足音が聞こえてきて優花里の独房の前でその音が止まり、ガチャリと鍵を開ける音が聞こえた。音が聞こえた方を見るとみほの笑顔がこちらを覗いていた。

 

「おはよう。優花里さん。答えは決まった?」

 

優花里は黙って首を横に振る。優花里は焦点の合わない目でみほを呆然と見ていた。みほは俯く優花里を見下ろしてバカにしたように鼻で笑う。

 

「ふふっ、優花里さんには決断は無理だったかな?まあ、ある程度は予想通りだね。」

 

「当たり前じゃないですか……そんなの選択なんてできませんよ……もう……好きにしてください……」

 

優花里の目は虚ろだ。光はない。暗く濁って優花里の心は闇に支配される。胸の奥底に冷たい何かがじわじわと広がっていく。闇が身体を包み込む。そんな感覚だった。今までだって似たような境地に陥ったことはあった。だが、その度に何度も立ち直ってきた。現に今、こんな状態になっているのはみほの支配から逃れようと足掻いた結果だ。だが、今回こそはダメそうだ。「諦めたらおしまい」というのはよく言ったものだ。諦めという感情を芽生えさせた時、優花里の心は崩壊寸前に追い詰められてしまった。もう全てがどうでもいい。優花里は自分という存在の主導権を全てをみほに渡してしまおうと考えていた。みほはしたり顔で優花里を眺めていた。

 

「ふふふふ。私の狙い通りだったね。順調に壊れてくれた。優花里さんは遊びがいがありそうだしこれから楽しみだなあ。」

 

全てはみほのシナリオ通りだったということだ。みほは今度こそ優花里が反乱などという考えを起こさないように"考える"という機能を奪おうとしていた。人を支配するには思考力や判断力を奪うことが重要であると考えていたからである。今までそこまで奪い取ることはしなかった。だが、それは失敗だった。無駄な判断力を与えたことで優花里はみほにはむかった。だが、優花里を殺すわけにはいかない。優花里は有能だ。こんな有能な人物はそうそういない。生かさず殺さずという関係は継続されねばならない。ならば今度はどうするか。答えは簡単だ今度は判断力や思考力を奪えばいい。奪うためには優花里には判断できない究極の問いを突きつければ良い。そうすればきっと向こうから考えることを放棄しようとしてくる。みほは自分の言動によって優花里がとるであろう反応や言動を綿密に計算し尽くしていた。みほは優花里の病的でやつれた顔を見てクスリと笑った。あと少しで優花里も操り人形にできる。そう確信したみほは優花里の心にとどめを刺し破壊するために動いた。

 

「ふふふふ。そうだ。優花里さんをどうするか決めなきゃね。どうしようかなぁ?」

 

みほは少し首を右に傾けて腕を組みながら優花里の処遇を考えるふりをした。実はもう既にこの時点で優花里の処遇は決まっているが、優花里の反応をもっとたっぷりと眺めて楽しみたいと思ったのか随分と焦らしていた。

しばらくの間、重苦しい沈黙が続く。優花里は処遇が伝えられるまでの間、ずっと俯いて目を瞑っていた。いよいよ、処遇が決まる。優花里の身体に緊張が走る。心臓は勢いよく鼓動を打ち、身体中が熱い。唾をゴクリと飲み込むのとほぼ同時にみほが口を開いた。

 

「ふふふふ。実はどうするかは最初から決まってたんだけどね。優花里さんに命令します。あなたの両親を処刑してください。」

 

みほの要求は両親の処刑だった。その言葉を聞いた瞬間、優花里の心は約8割ほど崩壊した。ほとんど全壊だ。家でいえば腐った柱だけで壁のない状態だ。あと少しで完全に崩壊する状態まで追い込まれた。みほの言葉を聞いた時、優花里はしばらく泣きわめいた。だが、ある時ぴったりと泣き止みゆらりと立ち上がると無表情のまま頷く。まだ2割は優花里の自我があるとはいえ、ここまで破壊されたら優花里はみほの所有物となるしかない。優花里の主人はみほになったのだ。みほは満面の笑みで新しい操り人形と化した優花里の誕生を見守った。もう、今までの優しい優花里はどこにもいない。判断力や思考力を奪い取られた優花里はどんな命令でもロボットのように動く。一人の人間をここまで完璧に支配したのはみほでさえ初めてだ。素晴らしい成果だった。

 

「おいで。優花里さん。」

 

みほは、両腕を広げて優花里を呼んだ。優花里は素直にみほの腕の中に入っていった。みほは満足そうに目を細めて優花里の頭をよしよしと撫でる。

 

「いい子だね。さあ、行こうか。」

 

みほは優花里の手を引っ張って独房から優花里を連れ出し、昨日両親と会った部屋へ向かった。会ったといっても両親は目も耳も塞がれていたので、優花里の姿を見ることはできなかったのだが。その日も優花里の両親は目と耳を塞がれ磔台に磔られていた。一見、昨日と何も変わらないように見えた。しかし、優花里だけは明らかに変化しているのである。優花里はその姿を一瞥すると何もコメントを残すことも表情を変えることもなくそのまま椅子に腰掛けた。優花里は呆然とした表情のまま磔台の上の両親の姿を眺めている。みほは磔台の正面に立つと優花里が座っている方向を向いた。

 

「ふふふふ。それじゃあ優花里さん。ご両親の目隠しとヘッドホン外すね?」

 

「はい……」

 

みほは、優花里の返事を確認すると優花里の父と母の目隠しとヘッドホンを取り去った。

 

「ふふふふ。またお会いしましたね。」

 

「に……西住さん!今度は一体何の用なの?」

 

優花里の父と母は怯えたような顔でみほの顔を見つめた。そうなるのも無理はない。みほの取り調べは過酷を極めた。水責めに鞭打ちありとあらゆる拷問が毎回、取り調べと称して行われていたのだ。恐らく、また拷問を受けると思ったのだろう。みほは怯える優花里の両親の姿を眺めて目を細めた。

 

「ふふふ。そんなに怯えなくてもいいですよ。今日はお二人の願いを叶えてあげます。」

 

みほは優花里の両親の前から少し移動した。みほが完全に移動すると目の前に愛おしくて会いたくて目に入れても痛くない一人娘が俯いたまま立っていた。突然何の前触れもなく自らの一人娘が現れたことに両親は驚きを隠せない様子だった。

 

「優花里……?」

 

「優花里……優花里なのか……?」

 

側から見たら感動の再会に見えるかもしれない。自分たちもそう言いたい。だが、優花里にとっては最悪の再会となった。こんな形で会いたくなどなかった。優花里は好子と淳五郎に呼びかけられてもそちらを見ることができずにいた。どんな顔をしていいかわからない。数時間後に自らの手で彼らを処刑せねばならない。改めて両親の姿を見ると、色々な感情が溢れ出てくる。

 

「優花里……お願い……こっちを向いて……」

 

好子の悲痛な声にやっと決心がついたのか優花里は顔を上げた。その顔を見た好子は小さく叫び声をあげた。最後に見たあの明るい優花里の顔とは明らかに違っていた。瞳は濁りきり顔はやつれて髪はボサボサ、見るも無残な優花里がそこには立っていた。母の好子は優花里をこんな目に遭わせたであろう人物を睨む。

 

「貴方ね……?!西住さん!貴方が優花里をこんなにしたのね?!貴方一体優花里に何したの……?」

 

好子は優花里の姿を見た瞬間に変わった。母親としての本能が現れたのだろう。不当にもこんな姿にされてしまった優花里を守るために好子は恐ろしいみほに対峙する決意をしたようだ。自らも酷い目にあっているのに母は強しとはこういうことなのだろうか。好子はみほへの怒り露わにする。みほは敵意剥き出しの好子を鼻で笑ってあしらうと好子の問いに対する答えを披露した。

 

「ふふっ……簡単なことですよ。暴力という恐怖を毎日与え続けて、思考力と判断力を奪い取り、優花里さんの心を崩壊させてあげただけです。」

 

「な……なんて酷いことを……!?」

 

「貴方、本当に血の通った人間なの?私たちの娘に何の恨みがあって……!」

 

みほは燃え上がるような怒りを向けながらも何もできずにもどかしい思いをしている好子と淳五郎を蔑みを含んだ笑みを浮かべ首を少しだけかしげる。

 

「私が人間かどうかですか?さあ?それは貴方たちが評価すればいいことです。ああそうだ。何か誤解があるようですが、私は優花里さんを恨んでなんかいませんよ。優花里さんはとっても有能でいい子です。私が優花里さんを支配するのは手段であって目的ではありません。」

 

「目的?目的って何なの?貴方は一体何を企んでいるの?」

 

「ふふふ。それはあなた方が知る必要はありません。」

 

「あるわよ!その子は私たちの大事な娘なのよ?親なんだから優花里が一体何をさせられているのかそれを知る権利は当然あるわよ!」

 

「知ってどうするんですか?知ったところで貴方たちにどうすることもできませんよ?」

 

みほは鼻で笑いながら言った。人をこけにしたような態度と言動は好子と淳五郎の怒りにさらに油を注いだようだ。淳五郎は縄の制約がなければ今にも飛びついてみほを殴ってそうな勢いである。まるで目の前に獲物がいるのに食べることができない飢えたライオンのようだ。身体を捩りあわよくば縄を振りほどこうとしている。好子も力はないにしても言葉という武器でみほに戦いを挑んでいた。

 

「答えなさい!何が目的なの!?」

 

うるさく喚く好子をみほは迷惑そうな冷めた目で見つめながら仕方ないなという顔をして深いため息をつく。

 

「わかりました。そこまで教えて欲しいと言うなら望み通り教えてあげましょう。私の目的はただ一つ全学園艦を手中に収めて支配し、理想の帝国を作り上げることです。」

 

支配。その言葉に好子と淳五郎は戦慄していた。西住みほという悪魔が今まで何をやってきたかその悪名は学園艦中に轟いていたのだろう。みほの悪事のために大事な一人娘を利用されるわけにはいかない。好子はみほの魔の手から優花里を奪還しようとしていた。

 

「支配……?優花里をその為の道具に利用しようというの……?やめなさい!私たちの大切な娘をそんな欲望のために使わせないわ!すぐに解放しなさい!」

 

どうしてここまで……優花里は不思議でたまらなかった。本当は二人とも怖いはずなのに何故私を助けようとしてくれるのか。父も母も勇気がある。あの恐ろしい西住みほに立ち向かうなんて私なら絶対に無理である。あのように惨めな囚われの身にされてまでも優花里を守ろうとしてくれている。これが親の無償の愛か……優花里の目から涙が溢れる。失った当たり前の日常がいかに尊いか今頃気がついた。だが、優花里はもう二度とその幸せな世界を享受することはできない。優花里の手でそれを壊さなければならない。それが優花里が生き延びる唯一絶対の道だ。これが優花里が犯す初めての殺人である。間接的に関与したことはあるが直接的に手を下すのは初めてだ。それがまさか、自分の両親になろうとは思ってもみなかった。刻一刻と迫る非常な現実に優花里は絶望して頽れる。みほは優花里と好子たちの顔を交互に見回すと不敵な笑みを浮かべた。

 

「ふふふふ。優花里さんを解放?それはできませんね。だって優花里さんはもう私の所有物なんですから。こんな優秀な操り人形手放すわけにはいきませんよ。」

 

そう言いながらみほは優花里の頭を撫でた。

 

「やめて!そんな汚れた手で優花里に触らないで!」

 

半狂乱の様に叫ぶ好子にみほは思いもよらない言葉をかけた。

 

「娘さん想いのいいお母さんですね。私の母親とはまるで違う……羨ましいです……」

 

みほは哀しげで優しい笑みを浮かべる。いきなり見せたみほの弱々しく優しい姿に誰もが困惑していた。それが本当のみほの姿なのかもしれないし、ただの芝居を打っていただけかもしれない。だが、優花里にはそれが本心に思えた。みほの笑顔は作った笑顔ではなく心からの笑顔だった。それに、後にみほが改めて話した西住の家の出来事からも優しい母親を羨望するのはある意味で自然かもしれない。だが、そんな優しいみほはすぐに姿を隠してしまった。みほの心の闇はまるでブラックホールの様にみほの心に差し込んだ一筋の光さえも消してしまい、また悪魔が現れた。

 

「でも、どんなに頼まれても優花里さんを解放するわけにはいきません。この子は私が完全支配した中で一番の完成品です。ほら、この濁りきった瞳……ふふふ……こんなに可愛くて従順な至高の操り人形、手放せるわけないじゃないですか。」

 

みほは意地悪そうに笑いながら優花里の顎の下から頰を片手で乱暴に掴んで好子の目の前に突き出した。優花里は頰を掴まれた痛みに呻き声をあげるが、抵抗はしなかった。抵抗する気力などとっくに奪われていた。突き出された優花里の瞳には光はなかった。焦点の合わない目で腕をぶらぶらさせている。みほはクスリと笑って優花里を床に捨てるように頰から手を離す。優花里はばたりとその場に倒れこむ。

 

「やめて!優花里に乱暴しないで!」

 

好子はみほに憎しみを向けながら喚いた。好子と淳五郎は倒れたまま動かない優花里の名前を必死に呼んだ。こんなに近くにいるのに優花里は息を荒げるだけで反応はない。

 

「優花里!お願い!こっちを向いて!」

 

「優花里!頼む!頼むから返事をしてくれ!」

 

両親の言葉は全てを投げ捨ててしまった優花里にはもう届かない。優花里はもう何もかも疲れてしまっていた。何か反応したくてもその気力さえ残っていないのだ。みほは動けなくなった優花里の頭を高笑いしながら靴のまま思い切り力を込めて踏みつけた。

 

「あっはははは!だから言ったんですよ!もう、貴方たちの知っている優花里さんではないと!あっははははは!」

 

優花里はまた苦しそうな声をあげる。それでも抵抗はしない。優花里の心は完全に破壊されている。それをようやく認めた好子は地を這うような低い声でみほに問う。

 

「なぜ……なぜ優花里にこんなことしたの……」

 

好子の質問にみほは不思議そうに首をかしげると何かを思い出したような顔をしてその問いに答えた。

 

「あ、そういえば言っていませんでしたね。ちょうどいい機会ですからこのまま本題に入っちゃいましょうか。好子さんの質問も関係しますから。」

 

みほは、ふうっと長く息を吐いて好子の目を見つめながら事の経緯を詳しく話し始めた。

 

「優花里さんは罪を犯しました。せっかく苦心して手に入れた大事な捕虜を逃がそうとしました。つまり、私への反逆を企てたんです。上の者に反逆する行為は軍隊では抗命罪といって死刑にも処される重罪です。ですから、私は優花里さんに死刑を言い渡しました。でも、優花里さんは有能です。だから、できれば処刑したくない。なので、身代わりが欲しいんです。」

 

「貴方の言いたいこと、よくわかったわ。つまり、優花里の命と引き換えに私たちに死ねと言いたいのね……良いわ。それで優花里が助かるならいくらでも死んであげるわよ!」

 

好子もまた、みほの恐ろしい言葉に少しも動じずまっすぐみほの瞳を見つめながら言った。覚悟はできているという目をしている。みほは好子たちはもっと絶望するかと思っていたようだ。好子の意外な反応に驚いていた。あまりにも素直に受け入れるので少しつまらなさそうな反応を示したが、これほどすんなりと受け入れるというのは手間が省けるという点では好都合だ。

 

「ふふふ。意外に素直なんですね。了承していただき、ありがとうございます。」

 

 

「その代わり、優花里は絶対に殺さないって約束してくれ!」

 

みほは淳五郎の要求に首を縦に振った。

 

「はい。もちろんです。優花里さんは絶対に殺しません。言ったじゃないですか、優花里さんは殺したくないって。それでは、処刑の時刻は12時です。10分だけ時間をあげます。私は退室していますから3人で最期の話をしてください。」

 

みほは、そう言い残し部屋から出て行った。好子と淳五郎はみほが完全に部屋から出たことを確認すると優しい声で優花里の名前を呼び、最期の言葉を残した。

 

「優花里、お母さんね、優花里のお母さんになれて幸せな人生だったわ。私たちは普通の子のご両親より早く逝っちゃうけど優花里も幸せになって。お願い。」

 

「お父さんもだ。お父さんも幸せで充実した人生だった。お父さんもお母さんも優花里のために死ねるなら本望だ。どうか優花里も夢を叶えて幸せな人生を歩んでくれ。」

 

短い言葉だった。だが、その中に大きすぎるくらいの優花里への愛を感じられた。自分のことなど何も考えていない。彼らはただ自らの娘の多幸を考えていたのだ。なんて美しい無償の愛であろうか。ああ、私はこんなに偉大な人の犠牲の上で生きていくのか。そう思うと罪悪感で押しつぶされそうだ。いや、罪悪感なんていう言葉では言い表せない。死ぬべきは自分だ。操り人形の私よりも両親のような人に生きて欲しい。なぜ、両親が死ななくてはならないのか。

 

死なないで!死なないで!死なないで!

 

優花里はほぼ錯乱状態のようになって手を伸ばしながら泣き喚いた。

 

「うわああああ!!なんで!なんで!お父さんとお母さんが死ななくちゃいけないの!?嫌だよ!死なないで!死ぬなら私が死ぬから!私の身代わりになんかにならなくて良い!お願い!生きて!」

 

優花里は磔台にすがりつく。好子と淳五郎は久しぶりに会って以来始めて聞かせてくれた優花里の声に優しく微笑む。

 

「優花里、ありがとう。本当に優花里は優しい子だね。でもね、優花里。私たちはもう50年近く生きたの。だから、これからは優花里たちの時代よ。優花里はこれからの人生があるのよ。私たち老いていく人間が生き残るより若い貴方が生きて欲しいの。私たちは優花里の心の中でいつまでも生き続けるわ。」

 

「優花里、次の時代を頼んだぞ……」

 

優花里は磔台の上の好子と淳五郎を抱きしめた。すると、ガチャリと扉が開く音がした。時間のようだ。みほが優花里の背後に近づく。

 

「優花里さん。時間です。行きましょう。」

 

優花里は首を縦に振って両親の磔台から離れた。みほは満足そうに頷くと、後ろに控えていた梓と小梅、そして黒森峰の生徒たちに指示して磔台を拠点の広場に運ばせた。広場には多くの人が集まっていた。反逆するとどうなるか見せしめにするために集合させていたのだ。

磔台が運ばれてくると観衆は興味深そうに背伸びしたり体を揺らしたりしながらざわめく。皆、てっきり優花里が処刑されるものだと思っていたのに磔台にかけられているのが中年の男性と女性であったことに混乱していた。さらにその磔台の男性と女性の後から俯きながら優花里が登場しさらに困惑した。みほはざわめく観衆たちを一瞥すると高らかに執行を宣言した。

 

「只今から公開処刑を始める!死刑囚秋山優花里は捕虜の中でも最重要扱いたる安斎千代美を解放しようと目論んだ。これは、我々に対する重大な反乱だ!よって死刑に処すべきものと判断し、今日ここに執行する。だが、秋山優花里は非常に有能で、稀有な人間だ!そのため、身代わりとして秋山優花里の家族、父の秋山淳五郎と母の秋山好子を処刑する!反逆者の末路はどうなるのか、目に焼き付けろ!」

 

みほは演台を降りると優花里の手に銃剣を手渡して蔑んだ笑みを浮かべた。

 

「優花里さん。この銃剣で刺殺して処刑してね。構えて走って突き刺すだけ。簡単でしょ?でも、二人いるからね。効率を良くするために一人は私が処刑してあげる。お父さんとお母さんどちらを優花里さんの手で処刑するかは優花里さんが決めて良いよ?」

 

みほの声が脳内にガンガン響く。みほの口から言葉が紡ぎ終わった時だった。その瞬間、優花里の心は2割ほど残っていた自我も含めて完全に崩壊した。その時、優花里の心の中にもうひとりの人格が誕生し、優花里の体を乗っ取ってしまった。優花里はあまりのストレスに耐えかねて俗に言う多重人格になっていた。この時、秋山優花里という人格は新しく生まれた優花里の中の別の人格に檻に監禁されて出てこれない状態になっていたと語っている。優花里の中の別の人格は優花里の意思に反することも好き勝手にやり始めた。優花里の中の別の人格はみほを一瞥すると銃剣を手に取り、舐めるように銃剣を見回すと、フッと妖しい笑みを浮かべて淡々と冷たく全く感情のこもっていない声で言った。

 

「では、母にします。」

 

みほは頷くと懐から取り出した拳銃で淳五郎の頭と心臓をそれぞれ2発の弾で撃ち抜いた。淳五郎の絶命を確認すると優花里の中の別の人格は鋭い視線で銃剣の先に見える好子を捉えた。好子は真っ直ぐ微笑みながらこちらを見つめている。

 

「構え!突け!」

 

みほの号令とともに優花里の中の別の人格は好子に向かって真っ直ぐ走り出し、躊躇いもなく好子の左胸の心臓に突き刺した。好子はその瞬間優花里に何か言おうとしていたが間に合わなかった。好子は断末魔の叫び声をあげて口を血で染めながら名前を呼んだ。

 

「あが……ゆ……かり……」

 

優花里の中の別の人格は好子の口から吐き出された血飛沫を浴びると銃剣を抜きながら嬉しそうに笑う。

 

「あっはははは!人間の身体ってこんなに柔らかいんですね!」

 

優花里の中の別の人格はどこまでも残虐だった。この毎日続く残虐な世界を生き抜くために生み出された存在だ。そうした環境の中で生まれたのだから残虐でみほに従順な性格の存在が生み出されるのはある意味自然かもしれない。彼女は再び刃を好子の腹に刺突した。優花里の顔は好子の血液で赤黒く染まり手元にも生温い血が流れてきて指先からポタポタと落ちる。彼女は息のない好子の身体に何度も何度も繰り返し狂ったように笑いながら銃剣を突き刺した。その時、竹垣の外にいた見物人たちは狂った優花里の姿を怯えた様子で見ていた。だが、みほだけは違った。みほはこの恐ろしい光景を見た時何を感じ何を考えていたかといえば、狂った優花里をどこでどのように使うかという点である。新たに生まれ変わった優花里は色々使えるところがありそうだ。これならあの部隊の創設も任せることもできるかもしれない。みほはまた凶悪な笑みを浮かべて優花里の身体を奪った人格は相変わらずグサグサと好子の身体を突き刺し続けている優花里を見つめていた。やがて優花里は真っ赤な血に濡れた銃剣を投げ捨てて血で薄汚れた好子に笑顔で別れを告げた。

 

「あははは。さようなら。お母さん。」

 

静まり返る広場。その中で優花里の狂った笑い声とみほの悪い笑い声だけが響き渡っていた。その後、この秋山優花里の体を乗っ取った未知なる存在によって日本の海に浮かぶ主要学園艦を含む多くの学園艦は悪夢と地獄を見ることになる。

 

つづく



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第104話 新生秋山優花里

久しぶりの2週連続投稿です。
どうぞお楽しみください。


かつて多重人格と言われたそれは現在は解離性同一性障害と言われている。解離は誰でも起こりうるもので目眩がして気を失うこともそれの一つであるし、記憶喪失もまた解離の一種である。その中でも重く、自己のコントロールを失い、別の形での苦痛や社会生活にも支障をきたすことを「解離性障害」という。では、俗に言う多重人格とはどういうものかというとその中で最も重いもので切り離した自分の感情や記憶が裏で成長し、それがあたかも一つの人格のように現れるという症状である。だが、これは一つの肉体に複数の人格が実際に宿っていると言うわけではなく、それはその人の人格の一部である。これを交代人格と呼ぶ。つまりは、それぞれの交代人格はその人が生き延びるために必要であるから生まれてきており、何らかの役割を引き受けている。つまり、今優花里の肉体に表面化しているこの人格も言ってしまえば秋山優花里という人間の一部なのだ。だから、これから先に語る話の中でもこれ以降、優花里の別の人格も、改めて説明の必要がない限りは「優花里」と呼ぶこととする。

 

さて、優花里は両親の処刑が終わると綺麗な回れ右をしてみほの下に戻った。

 

「処刑、万事無事に終わりました。」

 

母の血にまみれた優花里はにこやかな笑顔でみほに報告する。みほも同じようなにこやかな笑顔で優花里を迎えると抱きしめてその残虐行為を讃え、新たな優花里の誕生を祝った。

 

「お帰り。優花里さん。よくやってくれました。そして、新しい優花里さんお誕生日おめでとう。」

 

優花里は少し首を傾げて不思議そうな顔をした。そして、脳内の回路が繋がったのか納得した表情を作った。

 

「ああ、そうか。そういえばこの娘は優花里と呼ばれているのですね。いいでしょう。これからも私のことは優花里で構いません。はじめまして。西住みほさん……いえ、今まで通り西住みほ殿の方がいいですね。これからよろしくおねがいします。」

 

優花里は握手を交わそうと手を差し出した。みほは優花里の手を取ってぎゅっと握りながら興味深そうに優花里の顔を覗き込む。

 

「うん。よろしくね。優花里さんの記憶は引き継がれてるんだね。ふふっなんか面白い。」

 

「はい。元の人格の記憶は私に引き継がれていますからご安心を。」

 

人間の心理の未知の世界。みほもまた心理学や精神医学の専門家ではないわけだから何が起きているかはわからないが人間の心というその神秘さに惹かれているようだった。この不思議な存在に成り果てた優花里の話をもっと聞きたい。そう思ったのかみほは優花里をとある場所に誘った。

 

「優花里さん。ちょっとこの後、付き合ってもらっていいかな?」

 

「ええ、もちろん。」

 

「ふふっ良かった。じゃあ、ちょっと待っててね。必要なものを持ってくるから。」

 

そう言い残すとみほは建物の中にかけていった。しばらくするとみほが戻ってきた。右手にはなぜか洗面器が抱えられ左手首には何かの袋が下げられていた。

 

「お待たせ。はい。これ。」

 

みほは左手に下げられた袋から上着を取り出した。

 

「流石にそんな血まみれで街を出歩くのは抵抗あるでしょ?これを着れば少しは目立たなくなるからよかったらどうぞ。」

 

「わざわざありがとうございます。」

 

優花里はみほに感謝の言葉を述べるとその上着を着こむ。大きさもちょうどよく、ぴったりだ。その様子を見てみほは満足そうに頷く。

 

「あ、ぴったりみたいだね。私の服だからサイズが合うかわからなかったけどよかったあ!それじゃあそろそろ行こうか。ついてきて。」

 

みほは優花里の手を引いて歩き始めた。みほの目的地は支配地域である西地区の真ん中あたりにきたところにあった。みほに手を引かれてついて行くと一軒の古びた建物にたどり着いた。入り口に大きく「湯」と書かれている。そう。ここは今時珍しい銭湯だ。こんなところがあったのか。こんな銭湯が今でも営業しているとは思わなかった。優花里の家はそこまで古くはないから当然最初から風呂はある。確かに、昔は寮に風呂がないというところも多かっただろうからそうした生徒のために学園艦に銭湯があっても不思議ではないが、この現代という時代はほぼ99.9%風呂を持っていると予想される。そうした中で利用者はいるのだろうか。いや、いないだろう。需要と供給のバランスを考えればこの銭湯も閉めることを検討するべきだと思う。しかし、街には儲からなくても営業している店というものがあるという話も聞く。ここもそれの一種なのだろうか。なんとも興味深い。この学園艦の未知なる世界に飛び込む。これも一興だ。

 

「ふふふ。お風呂屋さんですか。こんなところにお風呂屋さんがあったなんて知りませんでした。」

 

「うん。ここの番頭さんにね開戦前に手厚く保護するからって交渉してここに残ってもらったの。やっぱり士気を維持するためにはみんなも平等に安定した美味しい食事と衛生は守らないといけないからね。さすがにあれだけの兵士が一気に私に反乱したら私もなす術がなくなるからその前に不満が出ないようにする必要がある。これも不満潰しの一環だよ。この銭湯は誰でもいつでも自由に使えて過酷な戦闘を忘れられる。そんな空間にしたかったの。」

 

なるほど。興味深い。あの凄惨な処刑で狂人と化した優花里を見て恍惚とした笑みを浮かべていた西住みほという悪魔が今度は優しい慈悲深い笑顔を浮かべている。面白い。優花里は興味深そうにみほの横顔を見つめる。みほはこちらの視線に気がついてなぜこちらの顔を見ているのか不思議そうな顔をしている。可愛い。悪魔の顔を隠したみほはこんなに可愛いくて美しいのかと思わず見とれてしまった。その儚げで優しい笑顔の虜になる人間も多いだろう。なるほど、こうした笑顔と残虐な顔を駆使することで支配していくのか。まさに飴と鞭の使い手だ。では、この西住みほという悪魔のもとでどう生きるかそう考えた時に選択肢は二つである。みほに服従するか、逆に操り人形にするかだ。優花里の中の別の人格は少しみほを試してみることにした。ここでの反応次第でこの人格の今後の立ち位置が決まる。優花里は次に紡がれるだあろうみほの言葉を待った。

 

「それじゃあ、入ろう?」

 

みほは朗らかな笑顔で暖簾を潜ろうとする。だが、優花里は動かない。みほは不思議そうな顔をして首をかしげる。優花里はニヤリと怪しく笑って口を開いた。

 

「ふふふ……いいんですか?私とお風呂になんか入って。私の今の人格はもしかしたら男かもしれません。もしかして西住殿を襲うかもしれませんよ?」

 

さあ、どう出るか。ここで少しでも怯えた表情をすれば逆に操り人形にしてやろう。そう思っていた。だが、みほは不敵な笑みを浮かべて優花里の目の奥を見つめる。まるで優花里が何を企んでいるのか見通しているようだった。

 

「あははは。良いよ。」

 

予想外だ。純潔を奪われるかもしれないと言っているのにどこ吹く風だ。もしかして言われている意味がよくわかっていないのだろうか。よし、今度はもっといやらしさを足して表現してみよう。

 

「なぜですか?この手に西住殿の綺麗な裸を汚されるかもしれないんですよ?その意外と大きな胸をこの手がまさぐるかもしれないんですよ?えへへへ。」

 

優花里が手をわきわきと動かしながら粘りつくような言葉で尋ねるとみほは胸の前で手をクロスさせて少し恥ずかしそうな表情見せながらくすりといたずらっぽく笑う。

 

「もう!優花里さんエッチなんだから!……でも、それもまた一興です。だって、優花里さんの身体の中で生まれた別の人格が実は男の人で私を襲うなんて数奇な運命すぎて面白そうじゃないですか。」

 

酔狂な人だ。自分の純潔よりも面白さを取るとは。これは降参だ。優花里の立ち位置はこの瞬間決定された。従属だ。従属してその中で生き残ることを考えよう。優花里はみほの答えを聞いて苦笑いを作ると両手を挙げた。

 

「降参です。あわよくば西住殿を操り人形にしてやろうって思っていましたがそれは無理のようですね。」

 

優花里の言葉を聞いてみほは困ったように笑いながらこちらに視線を向ける。

 

「ふーん。そんなこと思ってたんだ。でも、私を操り人形にしようなんて優花里さんには100年早いかな。」

 

「あははは。そうですね。無謀でした。」

 

「私を操り人形にしようなんて企んだ人に出会ったのは初めてだったけどそういう人は嫌いじゃないよ。ふふふ。さあ、そろそろ中に入ろう?ね?それからお話ししよう。」

 

みほはそういうと「湯」と大きく書かれた暖簾をくぐった。優花里も後に続く。中に入った瞬間、元気のいい中年男性の声が聞こえて来た。

 

「いらっしゃい!お!みほちゃん!こんにちは!みほちゃんがここに来るなんて珍しいなあ!みほちゃんのおかげでこの風呂屋も持ち直せそうだよ!」

 

「あははは。たまにはここのお風呂もいいかなって思ってきちゃいました。いえいえ、私のおかげだなんてそんな。私は何もしてませんよ。」

 

「そんなことないよ!みほちゃんは俺たちを助けてくれたじゃないか!だから俺たちはみほちゃんの側についたんだ!本当にありがとう!これからも頑張ってくれ!」

 

なるほど。この男がみほの要請に応じた人物か。悪魔の要請に応じた割には人の良さそうなおじさんで普通の良識ある市民のような印象だ。この人物から悪意は感じられない。みほはこの人物とは友好的関係を築けているようだ。一体みほはこの男に何を吹き込んだのだろうか。この男もまたみほのあの美しい笑顔の虜になっているのだろうか。いや、違う。それ以上にこの男は西住みほという少女を心から信頼していた。優花里は不思議でたまらなかった。この男はこの少女の本当の姿を知っているのだろうか。まあ、私が言えたことではないが。優花里はそんなことを思いながらみほの後ろ姿を見つめる。

 

「はい!頑張ります!あ、そうだ番頭さん。今日は新しいお客さんを連れてきたので紹介しますね。」

 

みほは優花里の方向を向いて微笑む。優花里もまたみほに微笑みを返した。

 

「お!嬉しいねえ!その子かい?」

 

番頭の男はこちらに目線を向けてきた。優花里は頭を少しだけ下げる。

 

「秋山優花里です。」

 

「優花里ちゃんか。よろしく!ゆっくりしていってくれ。これからもどんどんこの銭湯を利用してくれ!」

 

番頭は手を差し出した。優花里はその手を取り、早速利用させてもらう旨を伝えて無意識にポケットに手を突っ込んで入浴料を払おうとしたらみほに止められた。みほは財布を取り出して二人分の入浴料を番頭に差し出す。

 

「私から誘ったんだし今日は奢ってあげる。」

 

優花里はその言葉に甘えることにした。せっかくだ。奢ってもらえるのは悪い話ではない。更に手を突っ込んだ時に気がついたが財布を持っていなかったので助かった。番頭はみほから入浴料を受け取ると会釈をして右手を女湯の方に傾ける。

 

「はい。ちょうどだね。ごゆっくりどうぞ。」

 

みほと優花里も番頭に会釈を返すと女湯の暖簾をくぐった。暖簾の先には昔懐かしい風景が広がっていた。まさしく昭和の町の銭湯だった。背の低いロッカーに体重計に風呂上がりにくつろげる大きな椅子、さらに風呂上がりの一杯が美味い牛乳販売のボックスまである。確かにこの空間なら疲れは一気に取れそうだ。だが、流石にまだ風呂に入るには早すぎたようで風呂の中にはまだ誰もいなかった。つまりはこの空間に二人だけ……ならば、色々積もる話もゆっくりと話せそうだ。恐らくみほの口からは優花里の今後の方針などの話題も出るだろう。この少女の記憶から鑑みるにどんな命令が下るのか一抹の不安があるがそれをみほが望むなら受け入れなくてはならない。

 

「優花里さんどうしたの?」

 

風呂場なのにいつまでも服を脱がずに茫然と立っている優花里を不思議に思ったらしくみほが声をかけてきた。その声に応答するためにみほを見て優花里は思わず目を見張った。

 

「美しい……綺麗ですよ。西住殿。」

 

優花里は思わず声に出す。みほは既に全ての服を脱ぎ終わって裸で立っていた。優花里はまじまじとみほの裸体を見つめる。すると、みほは顔を恥ずかしそうに赤く染めて頰を少し膨らませながら言った。

 

「もう。そんなにまじまじ見ないで。恥ずかしいよ。優花里さんも早く脱いで。」

 

みほの言っていることはもっともな話だ。優花里はみほから目をそらすと手早く母親の血で汚れた服を脱ぎ始めた。その間中何度もチラチラと裸で立っているみほを見た。何故だろう。何故こんな感情になるのだろうか。全く自分がわからない。この娘は一体何を考えているのだ。自分があんなに酷い目にあわされていたのにまだこんな感情を西住みほに持っていたなんて。変わった娘だ。優花里は深呼吸をしてみほに顔を向けて頰を緩ませる。

 

「お待たせしました。」

 

浴場もまさしく昔ながらの銭湯だ。壁には大きく富士山の絵が描かれている。優花里は適当にシャワーを選び、みほの鞭などによる暴行できた古傷が痛々しく残る身体を洗う。ピリッとした痛みが走った。古傷に染みる。その痛みを我慢して優花里はみほと湯船に向かった。湯船は2つあって一つが普通のお湯の風呂、もう一つが薬湯だった。この薬湯は効能として傷に効くと説明書きに書かれている。それならば、選択肢は一つだ。優花里は薬湯を選択した。みほもそれでいいというので一緒に薬湯に入る。薬の独特な匂いがぷんと漂う。いつかぶりに浸かる湯船だろう。何だか身体がスッと軽くなった気がした。優花里がリラックスして身体を癒しているとみほが話しかけていた。

 

「ねえ、優花里さん。今の貴方は何者なの?」

 

「私の名前はユウカです。私は、優花里が貴方の命令で手を汚さずに済むように私が役割を担っています。私が代わりに貴方の命令を漏らさず遂行する役割を負っています。」

 

優花里は全く別の名前を名乗った。みほは興味深げな顔をしてさらに質問を続けた。

 

「優花里さんは今どこにいるの?」

 

すると彼女は自らを人差し指と中指で指しながら言った。

 

「ここにいます。優花里は今私が檻の中に閉じ込めて眠らせています。」

 

「そっか。眠ってるんだ。貴方の歳は?」

 

「28歳です。」

 

「そう。私より年上なんだね。他にも別の人格はいるの?」

 

「います。」

 

「会わせてくれない?」

 

「いいですけど、危険ですよ?特にここだと。」

 

「どういうこと?」

 

「彼は少女が大好きな強姦魔なんです。」

 

「あ、やっぱりいたんだ。男性の人格、しかも強姦魔か。あははは。いいよ、呼んで。」

 

みほはなぜかくすくすと笑っている。流石は麻子に、目的のためならば処女をも捨てる覚悟があると言っただけのことはある。どこまで酔狂な人なのだろう。一応警告はした。それでも会いたいというのならこちらから止めることもないだりう。ユウカと名乗った人格は頷くと虚ろな目に変わった。そして、何事かボソボソと呟くと目つきが変わった。

何が起きたんだ?彼は辺りを見回してここがどこで何が起きているのか確認した。彼とは言っても顔は当然優花里の顔だ。中の人格だけがごっそり違う人物に変わっていた。そうだ。強姦魔の男の人格が姿を現したのである。それでは、この男の人格が自分でその正体を明かすまでこの男のことは彼と呼称することにしよう。さて、彼はどうやらここは浴場でしかも女湯であることを理解した。しかも、好都合なことに大好物の少女と二人きりだった。しかもかなり可愛い顔をしているじゃないか。胸もでっかいし白くて綺麗な肌をしている。次の獲物はこいつに決めた。彼はみほを獲物を狙う狼のようなギラギラとした目で舐めるように眺める。そして息を荒げて舌で自らの唇を濡らした。

 

「まさか、こんなところで俺を呼んでくれるとは思わなかったな。」

 

優花里の記憶を受け継いでいたため、みほが何者であるか彼は知っていた。そしていつかみほの身体に触れることを夢見ながらその機会をずっと伺っていたのである。そして、ついに今日、それを実行する時が来た。優花里の身体を操る彼は、みほの手首を掴むと軽々と持ち上げてみほを湯船の外に出し、浴場の床に押し倒した。

 

「きゃっ!?いやっ!?なにっ!?」

 

こんな声を出してはみたもののみほは恐怖というものを微塵も感じてはいなかった。しかし、それでは、この人格が満足しないであろうこともわかっていたので、あえて嫌がるそぶりを見せてあげようと考えた。彼は予想通りその反応に喜び、早速みほの身体を舌舐めずりをしながらギラついた目で鑑賞した。胸部、胴体、下腹部、そのどれもが透き通るように真っ白で至高の美術品のようだった。さて、まずはどこからいただこうか。みほの身体を眺めていると綺麗な茶色の髪が目に入った。彼はふわふわとした柔らかい髪を手に絡ませて手ぐしをするように髪の付け根から先までを撫でた。さらさらしていてとても触り心地が良い。髪から手が離れた時だった。ふわりと甘い匂いが鼻先をくすぐった。みほの髪の匂いだ。なんていい香りなのだろう。決めた。まずはこの少女の匂いから楽しむことにしよう。彼は鼻先に持っていき思い切り息を吸い込む。甘い匂いが鼻いっぱいに広がった。更にそのまま鼻先を肌に持っていき全身をまるで犬のように嗅ぎまわる。水が滴る美しいみほの肌。先ほどまで入っていた薬湯の匂いとみほの匂いが混ざった妖艶で香しい匂いだ。そして、彼が操る優花里の顔は〝そこ〟に到達して大きく息を吸い込む。先ほどよりも濃いみほの匂いが優花里の鼻をくすぐった。甘美な匂いだ。彼はニヤリと笑みを浮かべ、人差し指を立てて指を這わせる。そして恍惚とした表情を浮かべ、そのままねっとりと舐める。

 

「ひゃっ!優花里さん、そこは!」

 

みほは今まで嫌がるような声を上げてはいたが身体は反応させていなかった。だが、流石にそんなところを舐められてはたまらない。ピクンと身体を刎ねあげる。彼は歓喜した。嫌がりつつも彼を求めるようなその声に。そしてその手は〝そこ〟から離れゆっくりとへそを通り胸で止まり、強く揉んだ。

 

「うおお!柔らけえ!うへへへ。最高だなあ……」

 

彼はそんなことを言って何十分も身体をまさぐり指でみほの各所を愛撫して首筋、胸、へそ、太腿を舐めまわした。

 

「ひあっ!うぅ……」

 

みほはその度に嫌そうな反応をして、ピクピク身体を跳ねてみせた。すると彼は悪い笑みを浮かべると今度はみほをうつ伏せにさせた。彼は背中に手を置くとすうっと下ろしてみほの尻を円を描くように撫でる。まさに極上の桃のように瑞々しい尻の柔肉を鷲掴みにすると何度も揉み蹂躙した。やがて彼はみほから離れた。ようやく満足したのかと思っているとどうやらその考えは間違っていたようだ。彼はみほの背後に回って手を回しみほの胸を優しく揉む。そして、頰を愛おしそうに撫でながら首筋を舐める。

 

「へへへ。おれはおまえに会いたくて仕方なかったんだ。一度おまえの身体をまさぐって真っ白な肌を舐めてやりたかった。それをまさか銭湯で呼び出してくれるとはな。おかげでたっぷり愉しむことができる。」

 

みほは胸を揉まれながら、彼の名前を尋ねる。

 

「んあ……あ、貴方の名前は?」

 

「俺か?俺は、マサヒコだ。35歳だ。うーん、おまえの胸、本当にでけえな。何度触っても飽きねえや。」

 

みほは自らの胸をまさぐり続けるマサヒコをちらりと見ると少し冷たい声で言った。

 

「マサヒコさん。もう胸を触るのはおしまいです。離れてください。ユウカさんを呼んでください。」

 

すると、マサヒコは怪しく笑いながらますます激しく手を動かす。

 

「へへへ。それはできねえな。なあ、いいだろう?もっと触らせてくれよ。」

 

優花里の身体を借りたマサヒコはまた、みほを押し倒そうとした。すると、先ほど人格が交代した時のように突然目が虚ろになりブツブツと何かを言い始めた。しばらくするとまた他の人格が現れた。ユウカだった。ユウカは大きくため息をつく。

 

「間に合ってよかったです。あと少しで……危なかったですね。大丈夫でしたか?」

 

「うん。大丈夫だったよ。心配してくれてありがとう。でも、どうして突然出てこれたの?」

 

「私は全ての他人格を統括する立場にいますから、私の権限でスポットの中から引きずり下ろしたんです。」

 

「そうだったんだ。それで、マサヒコさんはどうなるの?」

 

「もう二度と表には出させません。彼は危険です。放っておけばどんどん被害者が……といっても西住殿も似たような性癖があるようですけどね。」

 

「そっか。わかった。ふふふ。確かにそうだね。私も少女をいじめるのは大好きだよ。あ、そうだ。マサヒコさんとユウカさん以外にも人格はいるの?」

 

みほの質問に彼女は首肯した。

 

「はい。います。でも、今日はどうやら出てきたがらないようです。」

 

「そっか。他の人にもまた会いたいな。」

 

その後も優花里の身体を借りたユウカとみほは色々な世間話をした。しばらく話をしていたがやがてのぼせて来たので風呂から上がることにした。ちなみにこの時は、彼女が予想していた優花里の今後についての話は一切出なかった。風呂から上がった。そして、そこで気がついた。身体を拭くタオルも着替えも何も持っていなかったのだ。優花里が困った表情をしているとパチンと指を鳴らした。

 

「これを使って。あと、服はこれを。」

 

みほは清潔な白いバスタオルと着替えを手渡した。更にバスタオルと服の間にはご丁寧に下着までつけてくれていた。他人の下着という点に少し戸惑ったが、せっかく用意してくれたわけだし、洗濯済みだとは思うので使うことにした。

 

「ありがとうございます。」

 

優花里は白くて柔らかいバスタオルで身体と髪を拭く。そして下着を身につけ、手渡された服を手に取った。その服はドイツ第三帝国親衛隊の将校服だった。みほが優花里にその服を着させようとする意図を図りかねていた。だが、それを着る他選択肢はない。将校服を着ると、みほはまじまじと優花里の姿を眺めて満足そうに頷く。

 

「うん。よく似合ってるね。格好いいよ。」

 

「ありがとうございます。」

 

「優花里さん。この後ちょっと執務室に来て欲しいんだけどいいかな?今後のお話をしようと思うんだけど。」

 

「はい。いいですよ。」

 

「ありがとう。それじゃあそろそろ行こうか。あ、そうだ。今日のことは誰にも言っちゃダメだよ。特に梓ちゃんと小梅さんにバレたら……くれぐれもお願いね。」

 

みほは口に人差し指を当てて苦笑いを作った。優花里が同意するとみほは満足そうに笑った。

さて、優花里とみほは銭湯から出て、番頭の男に別れを告げるとみほの執務室に向かった。執務室に到着するとみほは応接の椅子に優花里を案内する。そしてみほは反対側の椅子に座って今後の優花里の運用についての話を始めた。

 

「優花里さんの今後の配属についてなんだけど……優花里さんには新しく新設するアインザッツグルッペン、特別行動部隊の司令官を任せようと思っています。」

 

アインザッツグルッペン、嫌な響きだ。この部隊の存在を知っている者で、この部隊の名を聞いて一般的、常識的な感覚がある者であれば嫌悪、または憎悪の表情を浮かべるのは極めて自然なことであろう。この部隊は悪魔の部隊だ。直訳では「出動集団」という意味だが、遂行した任務が狂気だった。彼らの任務は「処刑」だ。ドイツの保安警察と保安部がドイツ国防軍の前線の後方で「敵性分子」を銃殺のために組織された部隊なのだ。彼らはユダヤ人はもちろんのこと、ポーランドでは「ポーランドの知識人、指導者層は絶滅されるべきである」として該当する人物を大量に逮捕および虐殺の限りを尽くした。さらに独ソ戦ではユダヤ人、ロマに加えて反共主義のドイツ国防軍の支持も得て共産党幹部をことごとく銃殺した。また、パルチザンたちを掃討する任務にも当たっていたがパルチザンとは何の関係もない民間人をパルチザン、共産主義者と勝手に決めつけて虐殺したという悪名高い部隊だ。その悪魔の部隊をここ大洗に蘇らせようとはいかにもみほらしい。なるほど、だから西住殿はこの服を私に着せたのか。優花里は銭湯で渡された将校服の袖を見つめる。だが、なぜ一つの部隊を私などに任せるのだろうか。アインザッツグルッペンは司令官の多くが知識人だったと知られている。知識人ということで任命されたのであれば身に余る名誉だがそういうわけではなかろう。優花里は任命の理由を疑問に思っていた。ここまでの罪を犯したのだ。だから優花里はてっきり一兵卒一番下っ端としてまた再スタートを切るのかと思っていたからだ。だが、すぐにその意図を汲み取ることができた。優花里は思い出したのだ。かつてアインザッツグルッペンは全く不人気の部隊で強制的に配属されたことが多かったことを。つまりは、武装親衛隊の中でアインザッツグルッペンは懲罰部隊のような存在だったのだ。そして、まさしく優花里も罪を犯した後の配属である。優花里はかつて存在したそれとの共通点を見出してクスリと笑った。なるほど。つまりは、これも懲罰部隊というわけか。さて、西住殿は一体私に何をさせるつもりなのだろうか。一体どんな任務を命じるつもりなのか、優花里は少しだけ胸を高鳴らせてみほの次の言葉を待っていた。すると、みほは悪辣な笑みを浮かべながらその任務の内容を説明した。

 

「ふふふ。それじゃあ任務について説明するね。優花里さんに任せる部隊は、これから先大洗だけではなく、色々なところに出かけてもらうことになります。基本的にはかつて存在したドイツのアインザッツグルッペンとほぼ同じ。優花里さんたちアインザッツグルッペンは占領した各学園艦の知識人層と指導者層の抹殺任務にあたってもらいたいの。特に優先的に抹殺すべきなのは市民の成人男性と理系以外の教員たちそして、学園長とか学園中枢の大人もかな。理系の教員たちは生物化学兵器の研究者として利用価値があるけど、それ以外の教員たちや市民の男性は占領後、パルチザンになる可能性があって脅威以外の何者でもない。だから、パルチザンになるその前に一刻も早く潰しておきたいの。学園長たちも生かしておいたら抵抗力を高めることになる要因になるから、何としても抹殺しなくちゃいけないね。生徒なら生徒会の関係者と戦車道の隊員たちが危ないかな。とにかく、細かい指示はまた後で逮捕リストを渡すからそれに従ってくれればいいけど、とにかくそんな感じの任務をやってほしいかな。」

 

まさにアインザッツグルッペンそのものの任務である。容赦はない。この任務で優花里は恐らく多くの阿鼻叫喚の残酷な光景を見ることになるだろう。確か、あの部隊でも精神を病んだ隊員たちが多かったと聞く。それだけ辛い任務なのだ。だが、今の優花里ならそのような残虐な光景を見ても何とも思わないだろう。今の優花里ならば、容赦なく抜かりなくみほの命令を遂行するだろう。この人格はみほの命令を全て受け入れ、任務を遂行するための役割を与えられた人格なのだから。優花里はみほの目をまっすぐ見つめる。

 

「わかりました。」

 

みほは優花里の返事を聞いて嬉しそうに笑った。

 

「ありがとう!それじゃあまた後で正式な配属命令を出すからそれまで待ってて。それじゃあよろしくね。何か質問はある?」

 

「そうですね。他の隊員たちはどんな人が任命されるんですか?」

 

「ふふっ。いい質問だね。主に、聖グロの歩兵たちを配属しようと考えています。他にも同意すればですが、収容所の囚人たちも配属します。」

 

「わかりました。隊員たちの選別に私も参加してもよろしいですか?」

 

「うん。もちろんいいよ。優花里さんの部隊だもんね。」

 

「ありがとうございます。」

 

優花里は嬉しそうに微笑む。話が終わり退室の許可が出た。それ以外に特に用事もないので優花里はみほの執務室を後にする。優花里はみほの執務室から出るとその足で表の広場に向かった。そこには未だに両親の遺体が磔台にかけられた状態で晒されていた。優花里はその前に行きその姿を眺める。そして、何かを振り切るように近くに落ちていた優花里が投げ捨てた銃剣を手に取り二人の遺体にそれぞれ一度刺突した。もうすでに二人の遺体は死後硬直で硬くなっていた。優花里は再びその銃剣を投げ捨てるとその場でしゃがみこみ、冥福を祈るため手を合わせた。

 

「お父さん、お母さん。二人にもらった命、絶対に助かってみせます。例えどんな手を使ってでも。」

 

優花里は両親に誓いを立てた。彼らの死には報いなければならない。優花里は天を仰いで目を瞑り大きくため息をつく。そして、頰を両手で気合いを入れ直すように叩いた。アインザッツグルッペンという懲罰部隊からの再スタートだ。本来の主人格にはしばらく眠ってもらって私が主人格のためにみほの政権で地位を獲得してやろう。せっかくだ。ここからトップを目指そうじゃないか。私のために死んでくれた両親の死に報いるためにも絶対に。優花里は野心を燃やしていた。

 

つづく




今回、友人に意見を求め編集してもらったところがあります。ここに改めてお礼申し上げます。

また、今回のお話は優花里の人格が変わってわかりにくいかもしれないので一応補足しておきます。

他人格1ユウカ28歳
みほの過酷な命令を受け入れ遂行するために生み出された人格。性格は敵に対しては非常に残虐だがみほには従順。公務員のようにみほの過酷な命令を遂行していく。
他人格2マサヒコ35歳
みほに性的虐待を受けた時に生まれた人格。男性の人格で強姦魔。少女嗜好でみほが大好き。喧嘩っ早い一面もある。


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第105話 アインザッツグルッペン

2週間ぶりの投稿です。
どうぞお楽しみください。


残虐な処刑が行われた翌朝、みほは冷泉麻子、澤梓、赤星小梅、川島恵子そして今回の会議の主役たる秋山優花里を集めて臨時の幹部会議を開催した。主な議題は2つでまずは、秋山優花里の復帰を認めるか否かが審議された。これについては優花里は両親を処刑させられて相応の罰を受けたと判断され、全会一致で復帰を承認された。優花里は全会一致で承認されたことに心の中で驚いていた。優花里のことを反逆の罪で逮捕した梓でさえ優花里の復帰を喜び、歓迎していたのだ。なぜだろうかと優花里は頭の中で思考する。もしかして、その歓迎の笑顔の裏には何か企みがあるかもしれない。彼女たちが作る笑顔をそのまま受け入れるのは愚かなことであろう。優花里はそれぞれの顔を一瞥してそれぞれの人物に関する記憶から仮説を立てるべく思考と彼女たちの笑顔からの分析を続けた。優花里のもう一つの人格は思考と分析を好んだ。この人格のおかげで優花里はただの"戦車オタク"を脱却して"研究者"としての素質を見出すことになり、将来戦車道戦略論研究の第一人者になるが、それはまた別の話である。さて、優花里はそれぞれの表情や目を見て分析を試みたが、彼女たちの笑顔に裏があるようには思えない。全員、誰一人として優花里を警戒していなかった。心から優花里を歓迎していた。彼女たちの信頼を取り戻すのにさして時間はかからなさそうである。優花里はくすりと笑みを浮かべた。この連中の信頼を勝ち取りみほに次ぐナンバー2に上り詰めてやる。優花里は机の下で拳をつくって野心を燃やしていた。皆それぞれ歓迎の言葉を優花里にかけて二つ目の話題へ移った。二つ目は秋山優花里の復帰後の職務に関する案である。みほは資料を配った。皆、その資料を手に取り目を通した。みほの案で提示されていることをまとめると次のような内容だった。

1.新しく懲罰部隊としての性格を持つアインザッツグルッペンを設置し、優花里はそこの司令官として配属すること。

2.それに係る人事としてオレンジペコ、アッサムという二人の反逆者を出した聖グロリアーナの兵士に連帯責任を負わせることを名目にして1000人を無作為に選び、隊員として配属させそれに補完する形で収容所の囚人たちの中でAまたはBグループに分類された者たちの中から希望者を募り、自らの身の安全と引き換えに任務に当たらせること。

3.当該部隊の設置の前後にかかわらず、反乱軍の軍紀違反者のうち、身柄の拘束が必要ない軽微の罪を犯した者または、拘束されたとしてもすでに刑期が終了し出所した者も同じく配属させること。

この3つを提示した。そして、最後にみほは恍惚とした今にも蕩けそうな笑みを浮かべながらその部隊の目的やそのおぞましい知識人層と指導者層の抹殺という任務を事細かに説明した。だが、これについては全会一致では決まらなかった。麻子が強く反対したのである。彼女曰く、これ以上敵を作るのは得策ではなく、知識人や指導者たちを抹殺するなどとんでもない。むしろ他学園艦のそれらの層と協力しながら共同統治などの道を模索すべきであると述べた。しかし、みほは麻子の案に首を縦に振らなかった。みほは指導者層と大人を危険視していた。みほが目論む理想の帝国を大人の思惑で蹂躙されたくないと思ったのであろう。大人は汚いことをするものだ。あの文科省の役人は学園艦を廃校にしようとしていた。もし、大人をこの帝国でのさばらせておいたら必ずやみほが思い描く理想の帝国を崩壊させる要因になる存在である。そんな危険な者たちは即刻処刑すべきであると考えていた。さらにみほは現指導者層の多くが旧体制主義者であり、生かしておけば必ずや反乱の火種になるし、上層部を生かしている以上、抵抗力を挫くことはできないとし徹底的な公開処刑を実行するべきであると主張し、梓と小梅もその意見に同調した。優花里はただ笑顔をつくって議論には参加しなかったがどうやらその意見に賛成であるというような雰囲気だ。川島はこの議論に関しては意見を述べる立場にないとしていた。麻子とみほ、小梅、梓との議論は平行線をたどった。しかし、しびれを切らしたみほによる強行採決により、小梅と梓とみほと優花里の賛成多数で承認という決着を見た。ちなみに、川島は棄権し麻子は当然ながら反対に票を入れた。優花里はこの議論の様子を驚きながらも楽しそうに眺めていた。今日は驚くことだらけである。何しろ、"逆らう"ことに執拗で異様な拒否感を抱き、ついには処刑にまで行きつくこともあるみほに麻子が物怖じせずしっかりと自分の意見を述べていたからである。それが例え、みほの意向に沿う意見ではなくてもだ。これに関しては全く情報がない。後で、麻子のことを直接聞いてみることにしよう。恐らく、隠すことではないはずだ。さて、臨時会は全ての案が可決承認されて閉会した。各々が外に出て行った。優花里はみほに少し残るように言われていたので残っていた。恐らく話題はこれから行われるアインザッツグルッペンのメンバー選定についてだろう。みほと優花里二人だけが残された部屋は先ほどまでの激論を交えていた部屋は先ほどの騒々しさと打って変わって無音の空間に変わっていた。二人はしばらく口を開かなかった。5分ほど意味のない沈黙が続いたような気がする。先に口を開いたのはみほだった。

 

「優花里さん。残ってくれてありがとう。すぐに終わるから安心して。」

 

「はい。アインザッツグルッペンの隊員たち選定の件ですよね?」

 

「うん。優花里さん正解。明日から早速該当者たちと面接を始めたいんだけどいいかな?」

 

「はい。もちろんです。明日からで構いません。」

 

「話はそれだけ。ね?早かったでしょ?もう戻ってもいいよ。」

 

みほはそう言って席を立とうとした。だが、それを優花里が呼び止める。優花里にもみほに聞きたいことと意見が二つあった。みほは上げ掛けた腰を再び下ろして優しげな微笑みを浮かべて首を右に少しだけ傾げた。

 

「どうしたの?優花里さん。何か問題があった?」

 

「いえ、全く先ほどの話とは関係ないのですが、先ほどの会議の時、冷泉殿が反対意見を出しましたよね?普通なら西住殿はその場で反逆の罪で逮捕しそうなものですけど冷泉殿は特にお咎めなしでした。それはどうしてですか?」

 

みほは優花里の質問を腕を組みながら時折頷いて聞いていた。みほは優花里の質問を最後まで聞き終わるとクスリと笑って優花里の質問に回答した。

 

「ふふふ。麻子さんはそういう役目を負ってるからね。誰も彼もがイエスマンであってはならない。ノーと言ってくれる人も一人は絶対にいないとね。」

 

「なるほど。そういうことですか。」

 

優花里は納得してふふっといたずらっぽく笑う。

 

「話はそれだけかな?」

 

みほは再び首をかしげる。優花里は首を横に振った。

 

「いいえ。お話はもう一つ。アンチョビ殿のことです。」

 

優花里の言葉を聞いた途端、みほは怪訝な表情になった。

 

「優花里さん……まさか、この期に及んでまだ、アンチョビさんを解放してほしいなんて言わないよね?」

 

みほは粘りつくような視線を優花里に送った。優花里はいたずらっ子のように笑いながら否定した。

 

「ふふっ。違いますよ。私はそこまで愚かではありません。提案があるんです。」

 

「ふーん。それなら良いけど。それで、提案って何かな?」

 

優花里はどこから持ってきたのか懐に忍ばせてあった大洗女子学園とアンツィオ高校の全体図を取り出して机に置いてその図を交互に指をさした。

 

「我々は今、二つの戦線を抱えています。西住殿の趣味は敵をじりじりと痛めつけて追い詰めることでしょうけど、それではこちらは持ちません。ですから、抵抗する戦力が著しく低いアンツィオ高校は長くてもこの2週間以内に占領すべきです。幸い、好都合なことに敵の抵抗勢力になり得る戦車部隊の隊長であるアンチョビ殿は我々の手の中にある。ならば、これを使わない手はありません。プロパガンダを作成しましょう。アンチョビ殿を辱めている写真か映像を撮ってアンツィオ高校の上空から大量に投下しましょう。そうすれば敵の抵抗意欲を削ぐこともできますし、アンチョビ殿の身柄はこちらにある。抵抗すればアンチョビ殿の命はないと知らしめることもできるはずです。ちなみにプロパガンダを撮影する時は公開にするべきです。ただし、外で公開すると生徒会派のスパイに情報が流出するかもしれないので、屋内で少人数に見せるという方式がいいかもしれません。」

 

みほは悪い笑みを浮かべて優花里の提案を腕を組み、時折頷きながら聞いていた。そして、優花里が話が終わると同時に嬉しそうに手をぱんっと打った。

 

「ふふふ。優花里さんの提案、そのまま使わせてもらうね。ありがとう。さっそく梓ちゃんたちに実行してもらうよ。」

 

優花里は微笑みを浮かべて大きく首を縦に振った。ようやく全ての話が終わって、みほは会議室から退室した。部屋には優花里がただ一人だけ残された。優花里は手をだらんと伸ばしその上に枕にするように頭をのせた。優花里はしばらく何もない空間に目を向けていた。そして、ふと目をそらすと慎重に唇を動かした。

 

「アンチョビ殿、ごめんなさい。でも、この娘のためです。」

 

優花里は残酷な笑みを浮かべていた。

 

*******

 

秋山優花里という少女が気が狂い、自らの両親を滅多刺しにして処刑したらしい。この話はその日の夜には反乱軍派の生徒のほとんど全てが知るところとなった。更に次の日の夜には生徒会派も含めて学園艦中ほとんど全ての人間に知れ渡っていると生徒会派に送り込んであるスパイから連絡があった。これはみほにとっても優花里にとっても予想外の展開だった。こんなに早く学園艦中に情報が回るとは思ってもみなかったのである。別に隠すほどのことではないし、むしろ情報が広がり西住みほ率いる反乱軍の残虐さを学園艦中に知らしめ、抗戦意欲を削ぐことができるならむしろ好都合だ。だが、反乱軍派に生徒会派のスパイが紛れ込んでいて情報が流出していたというのであれば話は別だ。こちらの情報が全て生徒会の手の中にあるというのは悪夢だ。次にみほが出す一手を知られてはせっかくの計画が台無しである。みほは、梓に命じて情報流出の経緯を捜査させた。すると、捜査線上に一人の反乱軍の少女が浮上した。名前は若狭美希という。彼女は、聖グロリアーナの生徒で軍事境界線監視第十小隊の小隊長をしていた。風紀委員たちが怪しい人物が軍事境界線付近を出入りしていないか聞き込みをしていたところ、他の監視隊員たちから若狭が今朝、普段見かけない人物と話をしているのを見たという証言が相次いだ。梓は若狭という少女が何か事情を知っていると踏み、若狭に任意同行を求めた。彼女は抵抗することなく素直に任意同行に応じ、次のように話した。秋山優花里の両親が処刑された次の日の朝、軍事境界線の生徒会の実効支配圏から反乱軍の実効支配圏へ一人の少女の越境が確認された。そこで、越境した者を直ちに拘束し、越境の理由を取り調べたところ、拘束された少女は「私は放送部に所属している王大河という者で、生徒会の許可を得て戦場ジャーナリストをしている。今回は越境するつもりは全くなく、今回は間違って越境してしまった。」そのように供述した。若狭は王の所持品検査を行い、怪しい物を持っていないことを確認して所持品と拘束する直前までの行動から鑑み彼女の言っていることには嘘はなく、真実であると断定し、昨日あった悲劇の詳細を伝えてもう二度とこちら側に来てはならないこと、次は逮捕し本部に引き渡さなければならないことを伝えて釈放したという。本来であれば拘束したらすぐに秘密警察隊の隊長である澤梓に身柄を送致するとの決まりだったが、若狭は昨日の筆舌に尽くしがたい光景を目にし、王大河が処刑される可能性が高いと思い、罪悪感にかられ釈放したと話した。なるほど、つまりこの王大河という放送部の記者が今朝の出来事を部に持ち帰り、午後のニュースとして学園艦のテレビやラジオで放送して学園艦の隅々まで伝わったのか。梓は納得した。しかし、このまま若狭を無罪放免というわけにもいかない。梓は若狭にとりあえず口頭で規則に反したことについて厳重注意を行い、みほに口頭による報告と書類を送致した上で判断を仰いだ。書類を手渡すとみほはクスリと怪しげな笑みを浮かべて受け取り、それを側に控えていた優花里に渡した。

 

「梓ちゃん。報告ありがとう。処分についてはこちらで決めます。お疲れ様。」

 

「お役に立てて光栄です。他にお仕事何かありませんか?」

 

「うーん。特に今のところはないかな。自由時間でいいよ。久しぶりにうさぎさんチームのみんなで銭湯にでも行ってきたら?はいこれ。」

 

みほは財布から入湯料を取り出して梓に手渡した。

 

「え?そんな!自分たちで払いますよ!」

 

梓が断ろうとするとみほは首を横に振る。

 

「ううん。いつも頑張ってくれてるから今日は私の奢り。さあ、行ってきて。」

 

みほは千円札何枚かを梓に無理矢理握らせた。梓はこれ以上固辞するのも失礼だろうと考えてそれを受け取ると何度も礼を言って嬉しそうにかけていった。みほは満足げにその後ろ姿を見送ると回れ右をして顔写真と経歴、そして今回の件について記してある書類に目を落としていた優花里に声をかける。

 

「この子どうかな?この間の会議で決めたアインザッツグルッペンの隊員として予定していた聖グロの生徒だし、どうやらこの子はまだ教育が足りないみたいだし……ふふっ……この機会に……優花里さんの意見を聞かせて?」

 

「私の意見ですか?良いと思います。教育的意味でも十分に理にかなうと思います。若狭殿のような事例なら慈悲の心をなくし、命令一つ容赦なく、徹底的に殺戮ができる心の無いロボットに改造するということもできるはずです。というか軍規違反者で刑期がおわった者や拘束する必要がない軽微な罪を犯した者は全員配属させるって会議で言ってませんでしたか?」

 

「ううん。全員とは言ってないかな。ある程度は選抜しようって思ってるけど、優花里さんは全員の方がいいと思う?」

 

「私は、全員でもいいかなって思います。学園艦ですから指導者層や知識人それに成人男性など殺戮対象は沢山います。少しでも効率的に素早く終わらせるために一人でも多くの隊員を確保したいところです。」

 

みほは優花里の意見を顎に手を当てて少し考えた。しばらくして決意したように大きく頷く。

 

「うん。わかった。そう考えると全員がいいかもね。優花里さんの部隊だから優花里さんに任せるよ。」

 

「ありがとうございます。お任せください。」

 

「それで、組織を運営する上で他に何か要望はあるかな?」

 

優花里は指でVのマークを作りながら自らの要望をみほに伝えた。

 

「そうですね……もしも、望みが叶うなら副官が欲しいです。一人は私とは真逆のタイプの副官が欲しいです。もう一人はどんなタイプで構いません。」

 

みほは".何だそんなことか"と言わんばかりの顔をしながら優花里の望みを快諾した。

 

「優花里さんの副官ね。もちろんいいよ。早速二人、準備するね。」

 

「ありがとうございます。実は一人はもう決めてあるんです。本人には話していませんが、聖グロリアーナのルクリリ殿。あの子を預からせて頂けませんか?」

 

優花里の所望した人物は意外な人物だった。いつの間にルクリリに会ったのだろうか。確かに優花里とルクリリの組み合わせは未知数で面白い。みほは思わず口角を上げた。

 

「ルクリリさんかあ。どうしてルクリリさんがいいのかな?理由を教えて?」

 

すると優花里は少しみほの問いに対する答えを考えて言葉を組み立てた。

 

「そうですね……理由ですか……やはり、ルクリリ殿の強気な性格を求めてっていうところでしょうか。私は、ルクリリ殿をこの部隊で"殺戮と残虐の英才教育"を行えば、残虐なサディストへと変化すると確信しています。これこそきっと今、西住殿が一番求める好みの人材でしょう。今の聖グロリアーナの紅茶の名をもらった幹部生の中では一番素質のある人物だと思います。」

 

「ふふふ。残虐なサディストか。確かに聖グロリアーナにも一人は欲しいって思ってたんだ。ふふっ、ルクリリさんにはたっぷり"殺戮と残虐の英才教育"をほどこしてあげてね。あはっ!なんだかゾクゾクしてきたなあ……」

 

みほは頬を紅潮させて恍惚とした表情を浮かべていた。これでまたみほの優花里に対する評価が上がったはずだ。優花里はほくそ笑む。優花里のみほへ従属した者の中で一番の地位に就くという野望へまた一歩近づいた。

 

「私にお任せください。」

 

優花里は今回のルクリリを残虐なサディストにする計画に絶対的な自信があった。絶対に失敗はしない。優花里は自信満々な表情で胸を張る。みほは優花里の自信に満ちた表情を見てくすりと笑うと満足そうに頷く。

 

「うん。よろしくね。それじゃあ、もう一人の副官ももう決めちゃおうか。そうだなあ……誰がいいかな……?あ!この子なんてどうかな?」

 

みほはガサガサと机の上を漁り、一枚の紙を取り出して優花里に差し出した。優花里はうやうやしく受け取るとその紙を確認する。すると、そこには黒森峰の服を着た長身で鼻が高く金髪碧眼の明らかに日本人ではない少女が写っている。

優花里は書類の上だったとはいえいきなり外国人が登場したことに戸惑いを隠せなかった。この外国人は一体何者であろうか。すると、みほは優花里の心の中を読んでいたかのように言った。

 

「いきなり外国の人だったから驚いちゃったかな?この写真に写る子の名前はエリーゼ・イェーガー。ドイツ人だよ。彼女は元々長期交換留学生として私が黒森峰に追放された後に来日したんだって。それで、赤星さんに楽しいところに連れて行ってあげるとまるで誘拐犯みたいな誘い文句で誘われてやって来たみたい。1ヶ月ほど前まで直下さんの下で絶滅収容所の看守をしていたんだけど、さすがドイツ人だけあってナチスのことを知ってるからついには耐えきれなくなって収容所の職員たちの会議中にこの絶滅収容所をアウシュビッツと同じだと批判したらしいの。まあ、その子の指摘はもっともなんだけどね。だって絶滅収容所はナチスの絶滅収容所を参考にしてあるんだもん。でも、批判したらそれなりの罰を受けてもらわなくちゃいけない。ということでしばらく懲罰房に入れてあげて、たっぷりとお仕置きをしてあげて最近出て来たばかりなんだけど……どうかな?性格は優しい子でね、看守としては全然全くというほど板に付かなかったっていう印象かな。どうしても処刑とかができないし、囚人たちに優しくしちゃってね。」

 

「そういうことですか。いいと思います。ぜひこの子でお願いします。今まで優しかった子を真逆な残虐な性格にすることほどやり甲斐のある仕事はないかもしれません。その優しい光を徹底的に殺戮を愉しむ残虐な闇の心にしてあげましょう。ところで、この子、日本語はできますよね?私、ドイツ語は話せないんですけど……」

 

「うん。日本語ぺらぺらだよ。安心して。ふふふ……一気に楽しみが二つ増えちゃったね……楽しみだなあ……二人ともどんな風に育ってくれるのかなあ……!」

 

みほは先ほどに増してさらに息を荒くし、頰を赤らめてとろとろに蕩けた顔をしていた。身体中に快感が電流のように駆け巡っている様子だった。そんなやりとりの後、みほは早速命令書の作成に取り掛かった。しばらくして全ての項目を記入し、作成が終わると優花里にルクリリとイェーガーを召喚するように指示した。優花里は二人を呼びに収容所と聖グロリアーナの駐屯地へ向かった。最初は二人とも配属を渋っていたが、処刑か配属かどちらかを選べというみほの脅しと、アインザッツグルッペンとしての任務は確実に遂行してもらうが、一般の隊員としてではなくそれなりの地位と権限を持つ幹部として迎え入れるので悪いようにはしないという説得に応じて渋々配属を受け入れた。幹部が3名編制され、必要ならばまた増やせばいいということになり、幹部以外の若狭をはじめとする一般隊員たちの兵士の編制が行われることになった。3人がかりで1日200人近くと面会し、聖グロリアーナから約半数の兵士たちをアインザッツグルッペンに配属させた。彼女たちの反応はまちまちだった。ある者は恐怖を感じていたし、ある者は絶望し、ある者はみほの悪魔の心に毒されてさらなる殺戮ができると配属を喜ぶ者もいた。みほはその様子を愉悦の表情を浮かべて眺めていた。ちなみに、収容所の囚人からも募集したところ、優花里の予想に反してAとB両グループのうち、全体の3分の2が応募した。優花里はせいぜい1割入隊すれば御の字だと思っていたが、彼女たちのほとんどが応募して来たのは意外だった。それだけ彼女たちは"生"に執着していたのだ。人間狩りで動物のように狩りたてられた彼女たちなら自らの手を血に染めてでも生き抜こうとする強い"生"への執着を見せるのはある意味自然かもしれない。だが、彼女たちは自らが遭わされた残虐非道な行為を他者に向けることを承諾したのだ。何度も任務を説明して再三本当にそれでいいのか尋ねてもそれで良いという。自分のためなら人をも踏み台にする人間の闇の部分だろう。もっとも、この極限状態では普通のことであり、日常茶飯事のことだ。昨日の友が今日の敵であることなどよくある話である。みほはそんなあさましい縞模様のパジャマを着た人間たちを蔑みの目で眺めていた。

さて、編制作業は1週間ほどで終わりを告げてアインザッツグルッペンの仮の運用が始まった。隊員たち全員にライフルとアインザッツグルッペン用の制服が支給された。皆、今まで身につけたこともない服に戸惑っていたし、囚人組に至ってはライフルなど手にしたこともないので戦々恐々としながら爆発物でも触るかのような慎重な手つきで落とさないように抱えていた。まずは、銃など扱ったことのない囚人組に銃の構え方から教えなくてはならない。優花里が懇切丁寧に教えて、ある程度できるようになった。一応、的にしっかり当てることができるかテストしてみたところ全員がど真ん中とはいかないにしても的のどこかには10発以内で当てることができるようになった。それを見計らって優花里はみほから運用開始の命令を受諾して本格的に運用が開始された。だが、運用が開始されたからといって最初から現場に投入されるわけではない。まずは、絶滅収容所での研修からだ。1週間ほど絶滅収容所の看守たちに殺戮のレクチャーを受ける研修用のプログラムが組まれた。そのプログラムというものは朝昼晩毎日まるで食事でもするかのように銃殺を行わせるというものだった。最初は皆、躊躇いなかなか引き金を引けなかったが3日もすれば慣れてしまって積極的に引き金を引いた。元囚人たちも自分が生き残るためならばと積極的に銃をとっていた。プログラムが終わる1週間が経つ頃にはアインザッツグルッペンのメンバー全員が躊躇うことなく囚人を銃殺できるようになっていた。彼女たちは残虐な悪魔の手先の処刑人となったのだ。彼女たちの優しい心は残虐な心に殺されてしまった。彼女たちは虐殺を愉しむサディストになっていた。彼女たちアインザッツグルッペンの悪名が全学園艦に知れ渡り恐怖のどん底に陥れるのはこの日からすぐのことである。さて、この殺戮を愉しむ集団となったアインザッツグルッペンはみほを大変満足させた。みほは嬉々としながらプログラム終了を通達し、出撃までしばらく待つように指示を出した。優花里はとりあえず研修が終わったことにホッとしつつも次の任務を考えて気を引き締めた。この間、みほに進言したことをみほが聞き届けてくれたならば、初戦は2週間以内のうちでアンツィオでの任務になるはずである。そうであるならば抵抗力もほとんどないずいぶん楽な任務地になりそうだ。優花里はライフルの銃口を磨きながらいつ出撃命令が出てもいいように怠ることなく備えていた。その頃、みほは着々とアンチョビをプロパガンダ映像に出演させる準備を整えていた。戦局は少しずつ動き出そうとしていたのだった。

 

つづく



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第106話 悪夢

2週間ぶりの更新です。
今日は麻子の目線で書いて見ました。
うまくかけているかは不安ですがよろしくお願いします。


私は困惑していた。なぜ、私は医療ドラマや健康に関する教養番組でよく見るような手術衣を手に持っているのだろうか。この状況に至るまでの間、何をしていたかわからない。気がついたら私はこの場所に来て手術衣を手に持っていた。まずは、状況の確認から始めよう。ここは一体どこだ。辺りを見回すとどうやらロッカールームのようだ。なぜ、私はロッカールームで手術衣を手に持ちながら佇んでいるのだろうか。頭に、クエスチョンマークがたくさん浮かんでいた。すると背後から誰かが近づく気配がした。嫌な予感がして首だけを後ろに向けてみる。すると、その嫌な予感は的中した。そこには、西住さんが立っていた。

 

「西住さん……」

 

西住さんは私の呼びかけに応えることなくコツコツと靴を鳴らしてさらに私に近づき、背後から私の首に腕を絡ませながら耳元で囁く。

 

「ふふふ。まさか、麻子さんがこんな提案をしてくるなんてね。」

 

「提案?なんだそれは。」

 

別にとぼけているわけではない。本気でわからなかったのだ。ここ最近は西住さんに何かを提案などした覚えはない。強いて言えば、カエサル……いや、鈴木貴子さんが鬱状態であると報告したくらいだ。すると、西住さんは笑顔を崩さずに私に一つのファイルを手渡してきた。そこには機密という印が押されて、確かに私のサインが私の筆跡で記載されていた。私は一度、手に持っていた手術衣を置き、訝しみながら、そのファイルを受け取って中身を確認する。その内容に私は思わず目を剥いた。

 

「なっ!?なんだこれは!?」

 

そこにはおぞましい生体人体実験と生体解剖の計画が記されていた。

 

「ふふふ。惚けるの?麻子さんが立てた計画なのに。」

 

西住さんは私の首筋を撫でながらバカにしたように笑った。

 

「違う……私じゃない……私はもうこんなこと……」

 

私の顔は真っ青に変わって、俯き泣きそうになりながら歯の間から言葉を搾り出すような声で言った。心臓はものすごいスピードで鼓動を打ち、その音が身体中に響いてこだましている。嫌な汗がだらだらと流れ、頭がグラグラと揺れる。すると、突然こめかみに何かが当たった。私は小さく悲鳴を上げて横目でそれが何かを確認する。私のこめかみには西住さんの愛銃が突きつけられていた。

 

「そのまま動かないで……」

 

西住さんの低く地鳴りのような声が聞こえた。私は喉を鳴らして唾を飲み込む。苦い味が口中に広がった。

 

「ニ……ニシズミサン……ナ……ナニヲ」

 

私は恐怖のあまり、股の下に小便の水たまりをつくりながら片言の日本語で言葉を紡ぐ。西住さんは惨めな私の姿を嘲笑った。

 

「ふふふ……麻子さん、おもらしだなんて小さな子どもみたい……可愛いなあ……ね、麻子さん、麻子さんの恥ずかしい姿、もっとよく見せて。」

 

西住さんは前に回り込むと排水管のような金属管に私の手首を縄で縛り、私の制服のスカートを捲り上げて私の膝のあたりから内ももまでを撫で上げながら、そこから滴り落ちる小便を手ですくい取る。西住さんは私の小便でしっとりと濡れた指を見つめ、恍惚とした表情をしながら艶めかしくねぶりとった。

 

「ううっ……あ……」

 

私は恥ずかしさと嫌悪感で声にならない声を上げた。西住さんは満足そうに笑うと私の顎の下を愛銃の銃口を当てた。

 

「冷泉麻子さん。改めて聞くね?この実験と解剖、やるの?やらないの?どっちかな?よく、考えて答えてね。選択次第では麻子さんの頭を銃弾が貫通することになるからね。ふふっ……できるならまだ利用価値のあるあなたを私は殺したくないけど……どうするの?」

 

西住さんは困ったように眉を八の字にして笑った。選択肢など最初からないに等しい。やらないなどという選択をしたら凶弾が私の頭を通過することは間違いない。私は必死に首を縦に振った。

 

「やるっ!やるから!命だけは助けて……」

 

私の答えを聞いて、西住さんは飛び上がって喜んだ。まるで小さな子どものように無邪気な満面な笑みを私に振りまけながら。私は半泣きになりながら手術衣に着替えて手術室に入った。手術室は真っ暗で真ん中の手術台だけがスポットライトのように明るくなっており、被験者が寝かされていた。

 

「ふふふ。それじゃあ早速、始めてくれるかな?私はここで見てるから。」

 

西住さんに促されて私は被験者の前に立った。

 

「うぅ……ただ……い……今から生体……解…剖…および……血液代用……実験を……行う……メス……」

 

私は嗚咽しながらその非道な生体解剖と人体実験の開始を宣言した。私は震える手を押さえながら手渡されたメスを取り、被験者の胸から腹にかけてすうっと切れ込みを入れた。血が噴水のように吹き出て、私のゴム手袋をした手に血が飛ぶ。私は涙で良く見えない視界のまま臓器を掴んで、フナの解剖のように臓器を身体に繋げたまま体内から引きずり出した。次に、血液代用実験に移った。被験者の動脈を切り取り、失血死する間際まで大量出血させ、サルの血を代用血液として輸血した。もちろん、サルの血で人間の血の代わりができるわけがない。結局被験者は死んでしまった。もちろん、生体解剖を行っている時点で被験者を生かしておくつもりなどないのだろうが。最後に引きずり出した臓器を全て摘出し、脳も全て摘出して生体解剖及び代用血液実験は終了した。その頃にはもはや涙も枯れ果てていた。全てが終わってメスを置いた瞬間だった。

 

「ふふふ……あっはははは!麻子さん!やった!ついにやっちゃったね!あっはははは!」

 

西住さんの笑い声が聞こえてきた。嫌な予感がした。西住さんの"ついにやったね"という言葉が妙に引っかかった。身体が危険信号を発し、冷や汗がダラダラと流れる。

 

「に、西住さん……私は……私は……」

 

私は口をパクパクとさせて言葉を捻り出す。西住さんはクスクスと口に手を当てて面白そうに笑う。

 

「ふふふ……被験者の顔、見てみてください。」

 

私はビクビクと怯えながら被験者の顔にかかっていた緑色のゴムのようなものを取り去った。

 

「え……………?うわあああああああああ!」

 

私は被験者にすがりついた。私が解剖した人、その人は私の大切な幼馴染であり親友だった。

 

「あっはははは!麻子さん!麻子さんが殺したんだよ?解剖して、ぐちゃぐちゃにして肉の塊にしちゃった!あっはははは!酷いよねえ!親友にそんなことするなんて!あっはははは!」

 

西住さんは笑い転げる。私は顔を親友の血で真っ赤に染めて泣き喚きながらその人の名前を何度も呼んだ。

 

「どうして……どうして!沙織ぃぃ!沙織ぃぃ!」

 

西住さんはさらに追い討ちをかけるように、冷たく暗い目で蔑みながら私の耳に口をぴったりとくっつけて囁いた。

 

「あははは。無駄だよ。だって、沙織さんは麻子さんがぐちゃぐちゃの肉の塊にしちゃったんだもん。」

 

西住さんは素手で、むき出しになった沙織の動脈をつまみながら言った。西住さんの白い手が真っ赤に染まる。西住さんは手にべっとりとついた沙織の鮮血をねっとりとねぶりとった。

 

「許せない……!うわあああああ!」

 

私は狂乱して髪を振り乱しながらメスを手に取る。私は西住さんを殺してやるつもりだった。西住さんは特に驚くこともなく悪魔のような笑みを浮かべて私の頭部に銃口をむけた。ああ……もうダメだ。一矢報いてやりたいところだが私はここで死ぬのだ。だが、この憎しみを晴らさないまで絶対に死ねない。私は奇声を上げながら西住さんの心臓に向かって走っていった。

 

「うわあああああああ!」

 

西住さんは、奇声を上げて殺意をもって向かってくる私をバカにしたように鼻で笑うと構えていた拳銃の引き金を引いた。

その瞬間だった。私の意識は突然、先ほどとは別の世界に連れ去られた。いや、その言い方では語弊があるかもしれない。私の意識は戻ってきたのだ。息を荒げながら顔を素早くあげると私の目の前にいつもの研究室の風景が広がっていた。つまり、私は今まで悪夢を見ていたのだ。電気は全てつけたままで、私は椅子に座っていた。目が覚めた時、私は汗だくで泣いていた。夢の中で漏らしたせいか寝小便をしていて、椅子の下には水たまりができていた。高校生にもなって寝小便となると馬鹿にされて笑われそうだが、考えて見てほしい。西住さんは躊躇いもなく人を殺す。そんな西住さんに拳銃を突きつけられ、さらにかけがえのない親友を生きたまま解剖し、人体実験をするという吐き気がするほど最悪な悪夢を見て、漏らさずにいられるだろうか。それが、非現実的な話ならまだ多くの者は漏らさないと言えるかもしれないが、それが現実に起こり、さらに夢と認識できず、現実だと思っていたとすればどうだろうか。多くの者は考えを変えることだろう。それだけ怖い夢だったのだ。さて、私はとりあえず心を落ち着かせるために泣きじゃくりながら机に突っ伏した。夢とはいえ、親友にあんな残虐なことをしてしまったことに私は恐怖と嫌悪感を覚えていた。1時間くらいたち、ようやく心が落ち着いたことを確認して椅子から立ち上がり、寝小便の処理を開始した。時計を見てみるともう6時だ。早くしないとまずい。こんな光景を西住さんに見られたらどうなるか、考えただけでも恐ろしい。いつもの朝の私には考えられないようなスピードで片付けた。なんとか尿を拭き取り、消臭剤をかけて原状回復した。そして、シャワーを浴びて尿と汗で汚れた身体を洗い、同じく汚れた下着や寝間着を洗濯し、制服に着替えて何事もなかったかのようにベッドに潜り込んで睡眠の続きを貪ろうとした。だが、それは叶わなかった。眠ろうとすればするほどあの最悪な夢の記憶がよぎる。結局、西住さんがいつも起こしにくる時間まで一睡もできなかった。まあ、先ほどの最悪な夢と似たような夢を見たらたまったものではないからむしろ一睡もできなかった方が良かったかもしれない。だが、いつもは眠っている時間に起きてしまって身体が重くて仕方がなかった。さて、西住さんはいつもはなかなか起きない私がすんなりと起きて研究室の扉を開けたことに驚いていたようだが、なぜこんなにすんなりと扉を開けたのかは気がついていないようであった。西住さんは嬉しそうに笑いながら「いつもこんな風に早く起きてくれたらいいのに。」と頭を撫でながら私を褒めていた。どうやら、なぜ今日私が早起きしていたのかという真相については気がついていないようだ。というよりも、今日はいつもの西住さんではないような気がした。いつも起こしにくる時とはまるで違う。また何か悪いことを企んでいるといった様子である。西住さんの悪事の憂き目にあう被害者には申し訳ないが、私としては助かった。とりあえず、胸を撫で下ろし、西住さんを見送って今日、一日を始める準備に取り掛かった。気は進まなかったが朝食を食べて、顔を洗って細菌兵器と毒ガスの研究者としての仕事に取り掛かるために椅子に腰掛けて今日はどんな一日になるのだろうかと考えていた。最近は、目を覆いたくなるような出来事が頻発している。この間、秋山さんが自分の両親を自らの手で処刑し、そしてつい1週間ほど前から昨日まで秋山さんが新たに率いることになった殺戮部隊アインザッツグルッペンが絶滅収容所で殺戮に関する訓練を行い、1000人は殺されたという。もしかして、あの悪夢はこれから私の身に起こることへの警告なのだろうか。

 

「まさかな……」

 

私は無表情のまま否定する。さすがにそれはないだろう。沙織は私の研究室の研究者として迎え入れて守っているのだから西住さんの毒牙にかかることはないはずだ。あの計画がバレない限り……私はこれ以上夢のことを考えることをやめた。所詮夢である。考えたところで仕方がない。夢は現実に影響されることも多いという。確か、あの日改めて私が犯した人体実験と解剖についてを沙織に聞かせていたのでそれが影響したのだろうと結論づけた。さて、そんなことをいつまでも考えていても仕方がないので早速今日の仕事に取り掛かることにした。まずはじめに実験データの整理だ。何回かマウスを使った実験をしたが、それらのデータをまとめ忘れていた。パソコンの表計算ソフトに実験データの入力を行う。1時間くらいそれをしてもう直ぐ終わりそうだという頃だった。扉を三回叩く音が聞こえてきた。返事をすると入って来たのはまたしても西住さんだった。

 

「どうした?何か伝え忘れたか?」

 

西住さんは大きくかぶりを振った。

 

「うん。1時間後に鍵を持ってアンチョビさんの独房の前に来てくれないかな?」

 

「なぜだ?何を企んでいる?」

 

私の問いに西住さんははっきりと答えようとしない。

 

「ふふふ。ちょっとしたいたずらをね……いたずらの内容はその時間になってからのお楽しみ。楽しみにしてて。それじゃあよろしくね。」

 

そう言い残し、みほは去っていった。さあ、大変だ。アンチョビさんにこのことを警告しなくてはいけない。私にはこれくらいのことしかできないが何も言わずに酷い目にあうよりはある程度覚悟ができてからの方が良いだろうという私なりの配慮だ。私は鍵を手にしてアンチョビさんの独房に走り、扉の前に到達すると急いで鍵を開けた。

 

「アンチョビさん。起きてるか?」

 

「麻子か!こんな時間に珍しいな。今日はどうした?」

 

アンチョビさんは私の来訪を嬉しそうに歓迎してくれた。この笑顔を曇らせるのは心苦しいがアンチョビさんが少しでも苦しまないようにするためには伝えなくてはならない。

 

「まずいことが起きた……西住さんがアンチョビさんのことで何かまた悪事を企んでいる……何をする気かわからないがどうやら1時間後にそれが行われるらしい。心の準備だけでもしておいてくれ。私にアンチョビさんを守ることができるだけの力があればいいが……すまない……私にはこれしかできない……」

 

すると、アンチョビさんは笑顔を崩さず私に謝意を伝えてきた。その顔はとても穏やかであった。

 

「麻子、ありがとう。私なら大丈夫だ。どんな苦痛も耐えてみせる。」

 

何とも心強い言葉だろうか。私は逆にアンチョビさんに励まされた気分になった。私は大きく首を縦に振ってまた1時間後に来ることを伝えて研究室に戻った。

1時間というものはあっという間に過ぎた。みほに言われた時刻の5分ほど前に私は再びアンチョビさんの独房に向かった。すると、すでに西住さんは私を待っていた。西住さんはソワソワとしてまだかまだかと私を待ちわびている様子である。西住さんは私を見つけると嬉しそうに笑いかけて手招きしていた。私は少し早歩きで西住さんのもとに走り、扉の前に到達すると再びアンチョビさんの独房の鍵を開けた。西住さんは扉を開けると足早にアンチョビさんが寝かされているベッドに駆け寄りアンチョビさんを見下ろしながらいった。

 

「ふふふ。こんにちはアンチョビさん。お元気でしたか?久しぶりですね。」

 

西住さんがアンチョビさんに声をかけるとアンチョビさんは西住さんを睨みつける。

 

「元気だったかだと?そんなわけないだろ!?」

 

「ふふふ。そんなに興奮しないでください。可愛い顔が台無しですよ。」

 

西住さんはアンチョビさんの頰に触った。アンチョビさんが小さな悲鳴をあげて小さく身体を震わせる。

 

「やめろ!触るな!」

 

西住さんはアンチョビさんの抗議を無視してアンチョビさんの服を捲り上げ、素肌を撫で回しながら舐めるように眺めている。

 

「ふふふ。可愛い。これなら傷つけがいもありそうです……アンチョビさん。ちょっと来てもらいます。大人しくしていてください。さもないと……」

 

西住さんは懐から拳銃を取り出して天井に向かって発砲した。天井に小さな銃痕ができた。西住さんの銃が本物で弾も詰まっていることを理解したアンチョビさんはすっかり怯えてしまって今までの威勢の良さが嘘のように泣きじゃくっている。西住さんは大人しくなったアンチョビさんの様子に満足してくすくすとバカにしたように笑いながらアンチョビさんの首に犬用の首輪をはめた。

 

「あははは。惨めですね。まるで奴隷みたいです。えっと、腰縄をはめて手錠をかけてと……できあがり!さ、アンチョビさん。行きましょうか?」

 

「私をどこに連れて行くつもりだ……?処刑場か……?」

 

アンチョビさんが泣きじゃくりながらたずねると、西住さんはしばらく不思議そうな顔をしてそして思い出したように笑いながらアンチョビさんの問いに答えた。

 

「あははは。そういえば、伝えるの忘れてましたね。安心してください。アンチョビさんはよっぽどのことがない限りは殺しません。アンチョビさんにはまだまだ利用する価値があります。アンチョビさんは私たちの目的の駒として役立ってもらいます。その一つ目として、現在交戦中のアンツィオ高校へのプロパガンダに出演してもらいます。今回のプロパガンダは戦車隊隊長のアンチョビさんはすでにこちらの手の中にあり、生かすも殺すもこちら次第であるというメッセージを伝え、抗戦意欲を挫く目的で作ります。安心してください。もし、このままアンツィオ高校が降伏してくれたらすぐにみんなと会えます。それまでの辛抱です。」

 

西住さんは優しく甘い声でアンチョビさんに語りかけていた。アンチョビさんはどうあってももはや逃れることはできないことを悟って、プロパガンダの出演を承諾し力なく頷いた。西住さんは満足そうな顔で万歳の形で固定されていた手錠と足枷をベッドの柵から外して暴れないように腰縄と後ろ手に手錠をかけた。そして、腰縄を少し引っ張って出発を促した。それを合図にアンチョビさんも俯きながら歩き始める。しばらく歩いていつもパーティーなんかをやる部屋の前まで来た。そこから何やら大勢の声が聞こえる。どうやら目的地はここのようだ。西住さんはアンチョビさんを連れて部屋の中に入った。部屋の中にはカメラが一台とたくさんの観衆たちがいた。観衆たちはアンチョビさんの姿を認めると一斉に罵り始めた。恐らくこれもプロパガンダの演出なのだろう。西住さんはアンチョビさんの手首を鎖で拘束した。

 

「ふふふ。それじゃあ、始めましょうか。」

 

「何をするつもりだ……?」

 

「何って……こうするんですよ」

 

西住さんはクスリと笑うと腰に手を回してナイフを取り出し、アンチョビさんの服をビリビリに切り裂いた。

 

「な……な……何するんだ!こんなこと……こんなことって!」

 

アンチョビさんは必死に抗議するがそんなことを西住さんが聞くわけがない。手首を縛られているのでアンチョビさんは抵抗できない。それをいいことに西住さんはアンチョビさんを辱めはじめたのだ。

 

「えへへへ。今日のテーマは辱めです。アンチョビさんにはたっぷりと辱めを受けてもらいます。ふふふ。下着が邪魔ですね。それも切っちゃいますね。」

 

「やめろ……!やめてくれ……」

 

西住さんは悲痛な声で嘆願するアンチョビさんの姿にその嗜虐の心をくすぐられたようだ。ニヤリと悪い笑みを浮かべてアンチョビさんのブラジャーとショーツを切り裂いた。アンチョビさんは叫び声をあげる。それと同時に嘲笑うような歓声が観衆からあがった。西住さんは全裸になったアンチョビさんを眺めて舌舐めずりをすると白くて綺麗な肌を撫で回した。

 

「ふふふ。美しい……アンチョビさんの裸、とっても綺麗ですよ。肌はすべすべで、透き通るみたいで……今日はたっぷり時間もありますしたくさん遊びましょうね……えへへへ。でも、いつも通りじゃつまらないし……どうしましょうか。一旦カメラを止めてください。」

 

西住さんはカメラを止めるように指示し、少し腕を組みどうしようか考えていた。そして、私の方を向くとこちらに歩いて来た。西住さんは私に一体何をさせる気なのか私は怯えた表情で悪魔の笑みを浮かべる西住さんを見つめる。

 

「麻子さん。麻子さんはアンチョビさんと仲良しだったよね?よく、アンチョビさんのところに行ってるし、今日も見てたよ?私にこのことを知らされてからアンチョビさんに何かを言いに行くところ。アンチョビさんも相当信頼してるみたいだし、なかなかの信頼関係を築けているみたいだね。」

 

「それがどうした……?」

 

冷たい汗が背中を伝う。とてつもなく悪い予感がした。西住さんは満面の笑みでとんでもない要求をしてきた。西住さんは腰のポーチに入れてあった鞭を取り出して私に投げ渡す。

 

「だからね、麻子さんにはアンチョビさんをこの鞭で殴ってほしいの。もしくは、素手で鳩尾を殴ってくれてもいいけどね。ふふふ。」

 

西住さんの言葉に私は大きく目を見開いた。そんなことできるわけがない。やりたくもないことだ。友人ともいえる絆を築いた相手にそんなことしたくもなかった。

 

「そ、そんなことできるわけないだろ……!私にとってアンチョビさんは……」

 

「ふふふ。いいのかな?私に逆らって、もし逆らったらどうなるかはもう教えてあるよね?でも、麻子さんはもう殺すことはできないほどに重要な役割を担うようになっちゃったから殺さないけど、その代わりに沙織さんとおばあちゃんを殺してあげる。ただ殺すのも面白くないし、生体解剖しちゃったりとか人体実験のモルモットにしたりとか。ふふふ。」

 

なるほど、今朝の夢はこのことの警告だったのかもしれない。私はどうすればいいかわからなくてブルブル震えていた。選べない。どちらも同じくらい大切だ。優劣などつけられない。だが、選ばなくてはならない。私は考えて考えて考えた。だが、どうしても選択できない。その時、アンチョビさんが口を開いた。

 

「麻子、いいよ。やってくれ。」

 

「でも……」

 

「私は少し身体に傷がついたり痛かったりするだけだ。それよりは、友達やおばあちゃんの命を助けるべきだ。私は殴られたくらいでおまえを恨んだりはしない。おまえが心からこんなことやりたくないってことはわかってるからな。」

 

アンチョビさんは穏やかに笑っていた。西住さんはクスクスと笑う。

 

「ふふふ。素敵な友情です。では、麻子さん。やってください。手を抜いて優しくやったりしたら麻子さんを鞭打ちしますから手を抜こうなんて思わないでくださいね。」

 

私はアンチョビさんに目で合図を送ると大きく鞭を振り上げた。アンチョビさんは目で「遠慮なくやれ。」と訴えかける。私は振り上げた鞭を思いっきりアンチョビさんの白い背中に打ち付けた。

 

「ぎゃあああああああああああ!」

 

アンチョビさんの叫び声が響き渡った。西住さんはアンチョビさんの叫び声を恍惚とした表情で楽しんでいた。

 

つづく

 



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第107話 アンツィオ陥つ

皆さんお久しぶりです。
1ヶ月ほどぶりのような気がします。
色々一区切りついたので戻ってきました。
よろしくお願いします!


私は大切な人の背中に向かって、大粒の雨のような涙をボロボロと零しながら鞭を何度も振り下ろす。鞭はしなり、風を切る音を響かせながらその人の背中を打ち付けた。その度に彼女の顔を苦痛に歪み叫び声をあげた。真っ白で綺麗だった彼女の背中は、皮膚が切れて赤い血が吹き出ていた。彼女は歯を食いしばって激痛に耐えていた。

 

「もう……いいだろう……?勘弁してくれ……もうやりたくない……」

 

10回ほど鞭を打った後、私は震えながら、恍惚で蕩けそうな笑みを浮かべる西住さんに許しを請うた。西住さんはクスクスと笑いながら私の嘆願を拒否した。

 

「ふふふ。ダメです。続けてください。」

 

「そ……そんな……このままやり続けたらアンチョビさんは本当に死んでしまうぞ!?」

 

私は膝から崩れ落ちると西住さんの太ももにすがりつく。すると、西住さんは私の目線に合わせてしゃがむと私の頭を撫でながら冷たい声で言った。

 

「あと、30回はやってください。50回を超えなければ死ぬことはないはずだよ。さあ、麻子さん続けてください。拒否するなら収容所送りにしますよ?」

 

収容所という3文字に私は戦慄した。私の心は激しく葛藤を繰り返していた。私の心の中で良心という天使と悪心という悪魔が激しく戦う。悪魔は私に自らの安全のためにはやるしかないし、どうせやらなくても西住さんに酷い目に遭わされるだけだと囁き、天使はそれでも大切な友人をこれ以上傷つけるべきではないし、収容所に行くことになったとしても自らの犯した罪を鑑みれば当然の報いだと諭す。その時だった。今まで息を荒げてぐったり頭を垂れていたアンチョビさんが目を大きく見開いて叫び声をあげた。

 

「うぁぁぁぁぁぁぁ!ま……ま……麻……子……麻子ぉ!わだじは……わだじは……まだだいじょゔぶだ!おまえがぐるじむぐらいならごのぐらいぃぃぃ!だえでやるうううううぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

私はアンチョビさんがまだ自我を保っていたことに驚きを隠せなかった。信じられなかった。なんて心が強い人なのだろうか。いや、心が強いなんて言葉ではもはや片付けられない。普通、こんなに鞭で滅多打ちされればあまりの痛みに自我を失うだろう。アンチョビさんの心を突き動かしているのは何だろうか。恐らく、私の研究する科学では説明がつかない、何かがアンチョビさんの心を突き動かしているのだろう。それも、アンチョビさんをこんな目に合わせてる張本人の私のために……

 

「どうして……どうしてそこまで……」

 

私は、手首を拘束され吊り下げられた状態のアンチョビさんに縋り付く。西住さんはそんな私たちを眺めながら自らの指を舐る。

 

「ふふふ………アンチョビさん、まだ自我を残していたんですね……なら、まだ嬲っても大丈夫っていうことですよね?そういうことですよね?さあ、麻子さん続けてください。ふふっ……もう逃がしませんよ……アンチョビさん自身が証明してくれたんですから。まだ大丈夫だって。えへへへ。さあ、麻子さん続きを……アンチョビさん、またその可愛い叫び声を聞かせてください……ふふふふふふ、あっははははは!」

 

西住さんは悪魔のように哄笑し、私に鞭を握らせると再びアンチョビさんを嬲るように命じた。私はもはや西住さんに抵抗する術を失っていた。私は思考停止の状態でアンチョビさんの背中に鞭を打ち続けた。アンチョビさんはというと容赦なく振り下ろされる私の鞭に対して自我を失わないように耐え続けた。40回を超える頃、これ以上鞭打ちを続けると死亡する可能性もあったため、西住さんはようやく満足してアンチョビさんに対する鞭打ちを止めても良いと許可を出した。私は手に持っていた鞭を投げ捨てるとアンチョビさんに縋り付いた。そして何度も謝罪を繰り返した。アンチョビさんはうめき声をあげて虚ろな顔をしながら私を許してくれた。西住さんはその様子をくすくすと笑いながら眺めていた。その後、西住さんはアンチョビさんに休憩をとらせた。このまま次のメインイベントに進んでもアンチョビさんの心身はぼろぼろの雑巾のようであり、反応を楽しめないと思ったのだろう。3時間後少し回復したアンチョビさんを再び裸で縛り付けた。鞭打ちの際には観衆たちに背中を向けられていたが今回は正面を向いている。アンチョビさんの背中はぼろぼろだったが正面の胸、腹、下腹部、脚には傷ひとつない綺麗で真っ白な肌をしていた。西住さんはアンチョビさんの哀れな姿を眺め、アンチョビさんの肌を撫で回しながら極悪人のように笑う。

 

「ふふふ。アンチョビさん。アンチョビさんの綺麗な身体は何度触っても飽きません。私はね、アンチョビさんみたいな可愛い女の子を甚振るのが大好きなんですよ。それじゃあ、早速始めますね。あなたの綺麗な身体を私が汚してあげます。ふふふふふ。」

 

西住さんはたっぷりとアンチョビさんを辱めた。全ては戦争に勝利するため、アンツィオ高校の学園艦にプロパガンダとしてアンツィオ高校の戦闘意欲を削ぐために利用される。私はアンチョビさんの辱められる姿を見ていられなくてずっと俯いて目を覆っていた。室内にはアンチョビさんの喘ぎ声と観衆の嘲笑する声が混ざり合って響き渡っていた。2時間後、ようやく全ての撮影が終了して私以外は解散となった。私は西住さんにアンチョビさんを再び独房に戻すように命じられ、その後すぐに会議室にくるように言われた。私は動けないアンチョビさんをストレッチャーで独房まで運び、ストレッチャーからベッドへ移して寝かせるとまた、泣きながら何度も謝罪を繰り返した。その時、アンチョビさんは苦痛そうな表情をしながら疲れて眠っていたので何の反応もなかった。私は胸が苦しくなり、独房に鍵をかけて足早に立ち去り、先ほどプロパガンダが撮影されていた部屋に向かった。会議室には梓や赤星さん、秋山さんの三人の反乱軍の幹部が集まって私を待っていた。議題はもちろんアンツィオ高校へのプロパガンダについてである。最初に西住さんが口を開いた。

 

「みんな集まってくれてありがとう。実はさっきアンツィオ高校のプロパガンダを撮影してたんだけど、動画これで大丈夫かな?みんなの意見を聞かせて。それで写真も撮ったんだけど、写真もこれで大丈夫か確認して。」

 

三人はじっくりと注意深く動画と写真を回し見て数枚のブレて何が写っているかわからない写真を除けば問題はないとした。私は、自分が手を下しているところはどうしてもプロパガンダに使用しないでほしいと懇願した。すると今回のテーマは辱めであるため鞭打ちは趣旨に合わないという声も出たため鞭打ちの部分はプロパガンダから削除され、鞭打ちをしているところを撮影した写真も排除されることになった。他は概ね問題はないと判断されてプロパガンダの作成はこのまま進むことになった。その後、どのようにプロパガンダが作られ、いつの間にプロパガンダがばら撒かれたのかはプロパガンダの作成と投下については特に関与していないのでわからない。この作戦は新聞部のうち、反乱軍側を支持した者たちを中心に進められたようだ。ただ噂によると作成が開始されて1週間以内にはアンツィオ高校へ撒かれたということだ。

そんな噂が聞こえてきてしばらく経った頃だった。私が研究室で研究していると突然、西住さんに内線で呼ばれた。しばらくお呼びがかからなかったので少し怯えながら受話器を取ると西住さんの声は明らかに上機嫌な声で私に執務室に来るように伝えてきた。私はのそりと椅子から立ち上がって西住さんの執務室へ向かい、扉を叩いた。すると中から今までとは比べ物にならないくらいの明るい声が聞こえてきた。私が扉を開けると西住さんは私に飛びつくように抱きついてきた。私は驚いて思わず叫び声をあげる。西住さんはハッとしたような表情をして恥ずかしそうに笑った。

 

「びっくりするじゃないか。今日はいつも以上にご機嫌だな。何かあったのか?」

 

「うん!とってもいいことがあったの!実はね……アンツィオ高校から和平交渉がしたいって連絡があったんだ!事実上の降伏っていうことだね。」

 

降伏、その2文字を聞いて私は驚いた。まさかこんなに簡単に陥ちてしまうとは思わなかった。アンチョビさんの安全とアンツィオ市民の安全を配慮してというところであろうか。まあ、あれを見せつけられたらこういう選択をせざるを得ないのかもしれないが。

 

「ほう。つまり、あのプロパガンダは効果覿面だったというわけか。無駄な犠牲を出さなくて済んだという点から見たら評価できるな。」

 

「うん。やっぱり敵の精神的な部分に揺さぶりを加えられたことは敵にかなりの影響を与えられたみたい。」

 

「それで、用件は何だ?」

 

すると西住さんはパチンと指を鳴らして満面の笑みで言った。

 

「麻子さんには継続高校の学園艦に行ってもらいます。」

 

私が全権ということなのだろうか。ならば少しはアンツィオ高校に有利な交渉を進めさせることができるかもしれない。アンチョビさんのためにも少しでも負担がない交渉をしなくてはならない。

 

「なるほど、つまりそこで終戦に向けた事務処理を外交担当としてまとめて来いってことか?」

 

西住さんは大きく首を縦に振った。

 

「うん。そういうことだよ。麻子さんは物分かりがいいね。物分かりがいい子は大好きだよ。そういうことだから、大洗女子学園反乱軍全権として継続高校へ行ってきて。」

 

「わかった。だが、継続高校には許可は取れているのか?」

 

「うん。もちろん。ミカさんには連絡済みで承諾はもらってるから安心して。私もそこまで非常識ではないよ。ふふふふ。それで、これが和平交渉を始めるにあたっての条件の要求書、この要求を全て呑んだうえで始めて交渉できるって相手には強調して伝えてね。」

 

西住さんはそう言いながら要求が書かれた書類を私に手渡した。私は書類を受け取り、目を通す。

 

「こ、これは……」

 

私はその内容に驚きを隠せなかった。先ほどまで思い描いていた全権だからいかようにもできるのでアンツィオにアンチョビさんのためにも少しでも有利な交渉にしようという私の企みはとても果たせそうになかった。要求書には次の内容が書かれていた。

 

第1条 アンツィオは生徒会三役等の指導者層及び教員ら知識人層を直ちに大洗女子学園反乱軍に引き渡す

第2条 アンツィオは戦車道隊員と戦車を全て引き渡す

第3条 アンツィオは大洗女子学園反乱軍へ統治権全権を引き渡す

 

「この条件は絶対条件。あとで緊急の幹部会議でもみんなに諮ってみるから追加されるかもしれないけど相手がどんなにごねてもこの3つだけは絶対だからよろしくね。あと、アインザッツグルッペン のことは伏せておいてね。ふふふふ。」

 

私はその部隊名を聞いて恐怖に震えたついにあの殺戮部隊が動き出すのだ。あのアンツィオで。目の前で私と同じくらいの少女が殺されていく情景がありありとまぶたに浮かぶ。私は吐き気を催し口元を押さえながら言った。

 

「アインザッツグルッペン……わかった……」

 

私は力なく頷くと西住さんの執務室から退室した。会議は2時間後である。まだ時間はたっぷりある。私は真っ直ぐ研究室には戻らず、ふらふらと導かれるようにアンチョビさんが収監されている独房へと足を向けた。たまたまポケットの中に入っていた鍵で独房の鍵を開けて倒れこむように独房に入り、アンチョビさんのベッドの側にふらふらと駆け寄った。アンチョビさんは既にあの時の傷はある程度癒えてすっかりいつものアンチョビさんに戻っていた。アンチョビさんは虚ろな顔で覗き込む私を視認すると驚きの声をあげた。

 

「ま、麻子!どうした!?そんな顔して!まさか……西住みほに何かされたのか!?」

 

「いや、そうじゃない……」

 

「ならどうした……?明らかにいつもと違うぞ……?」

 

「こんなこと……とても……言えない……」

 

私の言葉にアンチョビさんは全てを察したようだ。穏やかな顔になってふうっと息を長く吐きながら口を開いた。

 

「もしかして、アンツィオ、ダメだったのか?」

 

私はためらいながら頷く。

 

「ああ、先ほど連絡が入ったらしい……事実上の降伏だ。」

 

「そうか……それで条件は?」

 

私は先ほど西住さんから渡された文書を読み上げる。

 

「これは最低限の条件だそうだ。これから緊急の幹部会議が行われるが、もっと増えるかもしれない……」

 

「そうか……まあ、何というか酷い条件だな……まあ、降伏するとなればこうなることも予想はついていたが。だが、降伏してもきっとあいつらなら乗り切ってくれるはずだ。私は信じている。」

 

アンチョビさんはまだ、希望を失っていなかった。だが、私は知っている。もはや降伏した時点でアンツィオ高校の命運は尽きていることを。西住さんがアンツィオ高校でやろうとしていることは凄惨な処刑と徹底的な搾取である。だが、私はアンチョビさんにアンツィオの命運は尽き果てたなどということをいくら事実とは言え伝える気にはなれなかった。伝えられるわけがない。秋山さんが率いるアインザッツグルッペンによる銃殺と強制収容所での過酷な労働の日々がアンツィオ高校の生徒たちには待っているのだということを。だから私は何度目かの優しい嘘をついた。

 

「そうだな。きっと大丈夫のはずだ。それに、実は交渉の全権は私で継続高校の森の中で和平交渉を行うことになっている。だから、なるべくアンツィオ高校に有利なように交渉を進めるつもりだ。」

 

「そうか!麻子が全権か!ならまだ……可能性も……頼む!どうか……どうか……!アンツィオを守ってくれ!頼む……!!」

 

アンチョビさんは手に縛られた鎖をガチャガチャと鳴らしながら大粒の雨のような涙を流しながら私に懇願した。私はアンチョビさんのその姿を見つめて首を縦に振った。アンチョビさんは私の反応を見て嬉しそうな微笑みを浮かべていた。

そんなことをしていると2時間はあっという間に経った。私はアンチョビさんが収監されている独房から外に出て、会議室へと向かった。会議室にはもう西住さん含めて幹部全員が集まっていた。私は申し訳なさそうに会釈を繰り返して席につく。西住さんは私が席についたことを確認して口を開いた。

 

「みんな揃ったね。今日はみんなにいいお知らせがあります。この間、アンツィオに向けてプロパガンダ作戦を行いました。それが功を奏してかつい3時間前、アンツィオ高校の外交部から連絡があって、ついに私たち反乱軍に降伏することになりました!これも全てみんなのおかげです!」

 

西住さんから、ついにアンツィオ降伏の知らせを聞いて皆、喜びを爆発させた。

 

「すごい!すごいです!西住隊長!やりましたね!」

 

「西住殿、おめでとうございます。アンツィオ高校、案外簡単でしたね。まあこんなに上手くいくとは思いませんでしたがやはりこちらとしては一滴の血も流さずに勝てたんですから大きな収益です!」

 

「隊長、おめでとうございます!」

 

皆、口々に西住さんに祝いの言葉を述べた。私と西住さん以外、しばらく会議室はお祭りの如く騒ぎになった。10分くらいそんな時間が続いて、ようやく落ち着いた。西住さんは皆が落ち着いたのを見計らって再び口を開いた。

 

「ということで、3日後、早速和平交渉の全権として麻子さんを任命して交渉会議が行われる継続高校には行ってもらうことになりました。それで、今回の会議は交渉の際にこちらから突きつける条件を議題に話し合いたいと思います。一応私がまとめた条文はこんな感じだけど追加があったらどんどん挙げていって欲しいな。」

 

西住さんはそう言いながら先ほど私に示した3つの条件を記した書類を配布した。まず最初に手を挙げたのは軍事関係に詳しい秋山さんだった。

 

「こちらとしては敵の捕虜はアンチョビ殿だけ、味方の捕虜は誰もいないので捕虜に関する協定は必要ありません。それに、戦車道隊員に関する協定もすでに条文がありますね。他に軍事面から言ったらアンツィオ高校に対して無条件降伏を突きつけるくらいでしょうか。」

 

「優花里さん。ありがとう。そうだね、無条件降伏条項は必ず加えましょう。」

 

次に発言したのは収容所の運営などに強く、どちらかといえば行政に強い赤星さんだった。

 

「この条件だと行政関係が弱いですね。まず、アンツィオ高校内に適用されている全法律を停止する旨を加えて市民の権利も全て剥奪する旨も書き込みましょう。」

 

「そうだね。やっぱりアンツィオ市民は敗戦市民なんだから賎民身分の劣等市民にしなきゃね。ふふふふ。それじゃあそうしようか。もちろん、条文には劣等市民とは書き込まないけど占領政策でそうしなくちゃ。他に何か案はある?」

 

次に手を挙げたのは梓だった。

 

「行政区分をしっかり書き込んだ方がいいかもしれません。例えば総督府を設置するなどもう少し詳しく書きましょう。」

 

「梓ちゃん。ありがとう。それじゃあちょっと待っててね。まとめてみるから。」

 

西住さんは10分くらいノートパソコンに向かい、ワープロソフトで条文を書き込んだ。そして、それを印刷して皆に配布した。新たに作成した要求の条文は以下の通りである。

 

第1条 アンツィオは生徒会三役等の指導者層及び教員ら知識人層を直ちに大洗女子学園反乱軍に引き渡すこと

第2条 アンツィオは戦車道隊員と戦車を全て引き渡すこと

第3条 アンツィオは大洗女子学園反乱軍へ統治権全権を引き渡すこと

第4条 アンツィオ高校に発令されている諸命令・法律・憲章等は全て効力を失効する

第5条 アンツィオ高校学園艦市民は市民権等の権利が剥奪される

第6条 アンツィオ高校は大洗女子学園反乱軍から派遣される総督によって支配され総督府を設置する

第7条 アンツィオ高校の外交権及び徴税権は大洗女子学園反乱軍に委任される

第8条 アンツィオ高校は大洗女子学園反乱軍に対して無条件降伏を宣言すること

第9条 その他補足事項、改正などは大洗女子学園反乱軍の要求により行われ、アンツィオ側からの改正は不可能である

 

以上9つの条項を要求することに決定し決議を行ったところ賛成多数で可決された。内容はアンツィオを徹底的に貶め、搾取するような内容になった。要求書の原案が決まったことで会議は解散し、後ほど改めて正式な文書として西住さんのサインと印鑑、全権である私のサインと印鑑が押された交渉のために示す文書と休戦協定の調印用の文書が作成され、あとは3日後を待つばかりになった。

そして、3日はあっという間に過ぎ去り、とうとう和平交渉会議当日がやってきた。

 

つづく



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第108話 黒色の外交

今日も反乱軍側のお話です。
30年後のお話と生徒会側のお話はもう少しお待ちください。
反乱軍側のお話のきりがついたときに投稿します。
目安としては30年後のお話はあと1〜2話更新後、生徒会側のお話は5話更新後以降になります
よろしくお願いします。


朝になった。私はアンツィオへ行くために西住さんに朝早く叩き起こされ、渋々準備を開始した。低血圧な私は眠い目をこすりながら必要なものをビジネス用のバッグに詰め込む。朝食を食べて全ての準備が終了し、叩き起こされた時に会議室まで来て欲しいと言われていたのでいつもの会議室へ向かった。おそらく、出発前の確認を兼ねたミーティングを行うのだろう。会議室の前に着き、ノックをすると中から西住さんの返事の他にも複数の話し声が聞こえて来た。私は少し不思議に思いつつ扉を開けるとそこには西住さんの他に秋山さん直下さんも会議室にいた。

 

「あ、麻子さん!やっときた〜!もー!麻子さん遅いよ〜」

 

西住さんが少し頬を膨らませながら言った。私は目をこすり、頭を軽く下げ、ゆっくりとした速度でふらつきながら西住さんの隣の席に座った。好き好んでその席に座ったわけではない。その席しか空いていなかったので止むを得ずである。怖くて仕方なかったが眠気には勝てない。私は机に突っ伏した。

 

「いつも言ってるだろ……?朝は眠いんだ……朝は……辛い……」

 

すると、西住さんは私の頭を撫でる。私が身体をビクッと震わせると西住さんは一瞬ためらったように手を離し、再び私の髪に触れてくすくすと笑った。

 

「ふふっ、そっか。まだ、低血圧は改善されないみたいだね。仕方ないか。じゃあ、麻子さんはそのままでいいから耳だけこっちに傾けてね。」

 

秋山さんと直下さんはそれぞれ苦笑して西住さんの顔を見て話を聞く態勢を整える。私は、お言葉に甘えてそのまま話を聞くことにした。西住さんは一つ息を吐くと口を開いた。

 

「みんな、改めましておはようございます。今日はいよいよ、アンツィオとの和平交渉です。今回、アンツィオ高校へ飛んでもらうのはこの3人で全権は麻子さん、軍事関係の専門交渉官は優花里さん。そして、副使として直下さんに行ってもらいます。みんな、幹部会議で決議されたこの要求に則ってアンツィオから搾り取れるだけ搾り取ってきてください。ただし、無条件降伏は要求から削除しても構いません。ふふふふ、期待しています。何か質問はありますか?」

 

私は相変わらず机に伏せながら手を挙げた。

 

「もし、この交渉が決裂したらどうするつもりなんだ?」

 

西住さんは腕を組んで少し空を仰ぎながら考え、数秒してから正面を向き直って言った。

 

「その時はね……ふふふふ……アンツィオを灰にすることになるかな。何もかも燃やし尽くしてあげるの。街も人も何もかも灰にしてあげる……ふふふふ……」

 

ゾッとした。背中に冷たい汗を感じた。私の脳裏には火の海を逃げ惑い、焼かれ黒焦げの焼死体となる少女の姿と過酷な強制労働の末に使い物にならなくなったら銃殺される少女の姿が交互に浮かんだ。なるほどこれから行う交渉は進むも地獄、退くも地獄である。私は恐ろしくて歯をカチカチと鳴らしながら消えそうな声で呟く。

 

「そうか……わかった……」

 

「他には質問はないかな?」

 

西住さんは顎に手を当てて少し首を傾げながら一瞥する。秋山さんがそれぞれの顔を見回して他の質問が無いことを確認して口を開いた。

 

「はい。特にありません。」

 

西住さんは満足そうに微笑む。これでお開きにしようとしたが何かを思い出したかのように声をあげた。

 

「あ、そうだ。ちなみに交通手段はまず、知波単の輸送機で小松空港まで飛んで、高速バスで小松駅まで出てからJRで金沢駅まで行き、金沢港に停泊中の継続高校学園艦へ乗るという道のりです。小松空港に継続高校の子たちが迎えにきてくれるって言ってたから迷うことはないと思うよ。でも、くれぐれも気をつけて行ってきてね。」

 

会議はこれで解散になった。皆、一斉に会議室の外へと出て行く。私も立ち上がって廊下へと出ようとした。すると、西住さんが私を呼び止めた。

 

「ちょっと待って。麻子さん。」

 

「ん?どうした?」

 

「実は麻子さんに頼みがあるの。」

 

西住さんはそう言うと、ジュラルミンのアタッシュケースを2つ机の上に乗せて鍵を開けた。そこにはぎっしりと1万円札の束が詰め込まれていた。私は思わず感嘆の声をあげる。

 

「おお……これは……」

 

西住さんは私の声を聞いてくすくすと笑う。

 

「それぞれのケースに1億円ずつあります。これをミカさんたちに渡してほしいの。一つは戦車道チームへもう一つは継続の生徒会へお近づきの印として……ね……?」

 

「わかった。渡しておく。」

 

「うん。よろしくね。ふふふふふ。」

 

私は重いアタッシュケースを2つ引きずりながら出発の準備のために廊下に出て、研究室へと向かった。金の重みが手に伝わる。この金は一体どのようにして手に入れたのだろうか。恐らく普通ではない方法で手に入れたに違いない。人身売買か臓器売買かそうした闇のマーケットから手に入れたのだろうか。この金のために一体何人が犠牲になったのか。それを思うだけでゾッとしてくる。西住さんはこの金で継続高校を反乱軍派に引き入れようという算段なのだろう。確か継続も財政的には厳しいはずである。そこにつけ込むとはなんと悪辣だろうか。恐らく、継続はこれで反乱軍支持に大きく傾くことになるだろう。鼻の近くにニンジンをぶら下げられたら馬はそれを食べようと必死になるように金を目の前でちらつかされたら相当な金持ち以外は誰もがそれに飛びつこうとするだろう。金の魔力には誰も勝てないのである。西住さんはそうした人間の心理も全て分かって行動しているのだろう。

 

「つくづく恐ろしい悪魔だな……西住みほという女は……」

 

私はそう呟いて研究室の鍵を閉めて輸送機に乗るために外に出た。すると、外の幹線道路にはすでに輸送機が到着し離陸準備をしていた。私は知波単の職員に手荷物を手渡して輸送機に乗り込もうとした。その時だった。赤いマフラーをした短髪の少女が駆け寄ってきた。その正体はカエサルさんだった。

 

「待ってくれ!私も連れていってくれ!お願いだ!」

 

カエサルさんはタラップを登りかけた私に向かって頭を地面に擦り付けた。私はいきなりのことで困惑した。だが、すぐに頭の中の回路が繋がった。恐らく、カエサルさんはアンツィオ高校にいる友人の安否を確認したいのだろう。なるほど、ならばできる限りのことはすべきである。私はカエサルさんを連れて西住さんの執務室へと向かった。すると、西住さんは快諾してカエサルさんも一緒について行くことになった。ただ、カエサルさんは交渉会議には参加せず、安否を確認後速やかに継続高校のホテルに戻ることを条件に許可された。

やがて全ての準備が整った。ついに離陸である。一番前の席に私とカエサルさんが座り、私の後ろには秋山さんと直下さんが座った。機長からシートベルトをしっかりつけるように言われて私たちはそれを確認し、全員が装着していることを確認すると輸送機は滑走路代わりの幹線道路を走り始めた。しばらくすると身体が押さえつけられるような感覚になり、飛行機は地面を離れた。窓から外を見てみると眼下には大洗女子学園の様子が見て取れた。学園艦の両端部はまだ、街や校舎の姿がしっかりと残していた。しかし、中央部に目をやるとそこには何もなかった。真っ黒な色のない街だ。建物らしきものの跡だけがそこにはあり、その色のない街の中でも西住さんの支配地域に近いところに長屋のような建物がいくつも見られた。さらにそのもう少し先大体200メートルほど先に目をやると大きな煙突のある建物があり、煙が出ているのが分かった。それは絶滅強制収容所とそこで亡くなった犠牲者を火葬する煙だった。収容されている囚人たちの姿は見えないが、収容所は悲しみと怒りと狂気に満ちているように私は思えた。心臓が締め付けられるような感覚になった。あの輸送機から見た光景はいつまでもきっと死ぬまで忘れられないだろう。

さて、輸送機はどんどん上昇し、ある程度の速度になると大きく旋回して景色は海だけとなった。私は、手荷物として機内に持ち込んだバッグから綺麗に装丁された九箇条の要求書を取り出し、条文を一文字ずつ丁寧に眺めてため息をつきながら呟く。

 

「これは、もはや交渉じゃない……」

 

そもそも、今回の交渉はあくまで和平交渉だったはずである。しかし、実態はどうであろうか。これから持って行くこの要求書に記載されている要求は明らかにアンツィオに対して隷従を強いるものである。このようなものは和平交渉とは言わない。もとよりアンツィオは私たち反乱軍とあくまで交渉に臨むつもりだった。しかし、これは史上最悪の降伏勧告である。このような傲慢な要求を私はこれまで見たことがない。私もカバさんチームのみんなよりは詳しくはないものの高校日本史B世界史Bの知識くらいは頭に全て入っている。だが、歴史の教科書でさえこんな理不尽かつ傲慢な要求は目にしたことがない。私はこの交渉を成功へ導く自信は全くなかった。いくらおおらかで陽気な校風のアンツィオでもこのような屈辱的な要求を突きつければ怒り狂うことは間違いないだろう。交渉決裂の可能性は大いにある。しかし、むしろそっちの方がいいかもしれないと私はこの時ほんの少しだけ思っていた。捕らえられ、過酷な労働を強いられ使い物にならなくなったらゴミのように処刑されるくらいならば最後まで抵抗して僅かな可能性にかけるのもいいかもしれない。相手の自尊心を傷つけることでそのように仕向けることができればもう一度戦う気力を取り戻してくれるかもしれない。そんなことが脳裏によぎる。だが、同時にそうなった時のリスクが頭によぎった。そう、先ほどの西住さんの言葉を思い出していた。私は一体どうすればいい?私は身震いしてどうすればいいか葛藤を繰り返す。すると、隣に座っていたカエサルさんが心配そうな顔をして私の肩に手を当てる。

 

「大丈夫か……?顔色が悪いぞ……?」

 

「え……?あ…ああ……大丈夫だ……ちょっと寝不足でな。着いたら起こしてくれ。」

 

「そうか、それならいいが……わかった。ゆっくり休んでくれ。」

 

こんな悩みをアンツィオ高校に友人がいるカエサルさんに打ち明けるわけにはいかない。私は誤魔化しながら窓の方を向いて目を瞑った。朝早く起きたせいかすぐに夢の中へと落ちていった。

 

どのくらい時間が経ったのだろう。誰かが私を呼ぶ。その声は最初は遠かったのに徐々に近く大きくなっていく。さらに揺れも感じる。そして、私は夢の世界から引き戻された。目を開けると三人の顔がそこにはあった。

 

「冷泉さん!やっと起きたか……おはよう。着いたぞ。」

 

「あ……ああ、そうか。起こしてくれてありがとう。すまないな……」

 

「あはは。冷泉殿やっぱり寝ちゃいましたか。」

 

「ああ、朝早かったからな。」

 

「とにかく、早く降りましょう。次の運航に支障が出ます。」

 

「ああ、わかった。」

 

私はすぐにシートベルトを外して三人と一緒に輸送機の外に出た。そのあと、マイクロバスに乗って到着ロビーまで通されて手荷物を受け取り、玄関のようなところに出た。すると、そこには継続高校の制服を着て髪を二つ結びで纏めたおさげ髪の背の低い少女が[大洗女子学園御一行様]と書かれた札を手に立っていた。背が低いという観点から見れば私が言えたことではないが、とにかくかなり可愛い女の子である。私はその女の子に話しかけた。

 

「あの、大洗女子学園の者だが……」

 

「あ!こんにちは皆さん!金沢へようこそ!私はアキと言います。ここから先は高速バスと電車です。それでは行きましょうか。」

 

アキと名乗った少女は笑顔で私たちに挨拶した。

 

「アキさんか。世話になるがよろしく。大洗女子学園の冷泉麻子だ。」

 

「秋山優花里です!お世話になります。」

 

「直下璃子です。よろしくお願いします!」

 

「カエサルだ。世話になる。」

 

「はい。皆さんよろしくお願いします!それでは早速行きましょうか。もうすぐ小松駅行きのバスが出るみたいです。少し急ぎましょう。」

 

アキさんと私たちは一斉に走り出してギリギリバスに飛び乗った。その後、20分ほどバスに揺られ、特急列車で小松駅から金沢駅まで20分、その後学園艦のシャトルバスで30分ほど揺られた。久しぶりに血も火もない平和な世界、ゆったりと流れる街、楽しそうに笑う人々の笑顔。それは当たり前の日常で私たちが当たり前のように享受していたものだ。失って初めて気がついたかけがえのないものだった。自然と涙が流れてきた。そんな感傷に浸っているとあっという間に金沢港へ着いた。バスを降りて、学園艦に搭乗した私たちはまずは学園の応接室へと通された。

 

「少しこちらで待っていてください。ミカと生徒会長を呼びに行ってきます。」

 

そう言ってアキさんとはどこかへ去っていった。10分ほどしてアキさんは2人の女性を連れて戻ってきた。1人はなぜかカンテレを手にしていた。

 

「お待たせしました。改めてようこそ継続高校へ。こちらは、生徒会長の斎藤桃花さん。そして、こっちがミカです。」

 

「斎藤桃花です。よろしくね。」

 

「ミカだ。よろしく。」

 

「私は大洗女子学園の冷泉麻子だ。今回は世話になってしまってすまない。」

 

「秋山優花里です。ミカ殿、桃花殿よろしくお願いします。」

 

「直下璃子です。」

 

「カエサルだ。」

 

皆それぞれ挨拶が終わると、ミカさんがカンテレを弾きながら口を開く。

 

「みんなよろしく。ゆっくりしていってくれ。いつも動きっぱなしでは疲れてしまうからね。たまには休息も必要だよ。」

 

すると、それにツッコミを入れるように桃花さんが口を開いた。

 

「そうですね。まあ、ミカさんみたいに休みすぎも困りますけどたまにはいいかもしれませんね。それでは私はこれで。」

 

桃花さんは生徒会長だけあってやはり忙しいようだ。私の持ってきた西住さんからのお土産を渡すのはこの時しかない。私は桃花さんを呼び止めた。

 

「桃花さん。ちょっと待ってくれ。西住さん……うちの隊長だが、その人からお土産を渡すように言われているんだ。これなんだが……」

 

私はそう言って重たいアタッシュケースを机の上に出して鍵を開けた。

 

「これは……!」

 

「すごい……!」

 

「うわあ!お金だ!」

 

皆、感嘆の声をあげる。私はその声を気にもせずに桃花さんとミカさんの顔を一瞥しながら言った。

 

「お近づきの印で寄付したいそうだ。西住さんには今回は迷惑をかけるので是非とも受け取って欲しいと言われている。これで戦車道の新しい戦車の導入や学校の発展に役立ててくれ。戦車道チームに1億、学園にも1億、合わせて2億だ。」

 

あまりの金額に桃花さんは素っ頓狂な声を出す。

 

「2億も!?本当にいいの!?」

 

「ああ、もちろんだ。」

 

「それじゃあ、私は遠慮なく受け取っておくよ。」

 

「私もよ。これで学校の予算も楽になるわ。本当にありがとう。」

 

ミカさんはかなり図々しい性格のようだ。すでにアタッシュケースの蓋を閉めて取っ手を握りしめていた。それを見て桃花さんも素早くアタッシュケースを確保した。そんなことしなくても「やっぱりやめた。返して欲しい。」などとは言わないのに。やはり、金の魔力は恐ろしいもののようだ。2人とも目をギラギラさせて誰にも取られないようにアタッシュケースを抱え込んでいた。これで、継続高校は西住さんの手に落ちたも同然だ。彼女たちは西住さんに借りを作ってしまった。これで西住さんは継続高校を思いのままに操れる。 西住さんは一滴も血を流さずに継続高校を自らの味方に引き入れることにほぼ成功したといっても過言ではないだろう。西住さんの悪魔の辣腕には脱帽だ。さすがとしか言いようがない。この話題は私たちが今日宿泊するホテルで休憩を取った時にも話題になった。最初に口を開いたのは秋山さんだった。

 

「それにしても、必死でしたね。ミカさんも桃花さんも。あれは滑稽でしたよ。あははは!」

 

「そうなるのも仕方ないだろうな。もともと、継続も財政的には厳しい。戦車道チームなんかは常に金ばっかりかかる金食い虫だ。何としても金を手に入れたいという気持ちは分からなくもない。」

 

「それにしてもみほさんはいいところに目をつけたものです。さすがと言えますね。血を流さずに継続の権力と武力を手に入れたも同然なんですから。ふふふふふ。」

 

「そうですね。これは大きな収益ですよ。何よりも血を流さなかったことは大きいです。」

 

「そうだな。血を流さなかったというのは評価していいかもしれない。だが、ミカさんは策士で手強い。どう動くつもりなのか注意深く監視する必要があるな。ミカさんは外交に失敗したら敵になる可能性もある。あの人は恐らく恩を返すとかそういうことは考えない。あの人の気の向くまま動くという感じの人だ。継続に関しては決して盤石ではない。せめて、継続に大使館のようなものを置けたらいいのだが。」

 

「大使館ですか。西住殿に相談してみるといいかもしれませんね。」

このような会話を交わしてしばらくホテルで休憩がてら過ごした後、私たち4人は学園艦中央部の会議所に向かった。そこが今回の会議の会場である。中に入ると何個も会議室が並んでいた。その中の1室一番奥の部屋が和平交渉の会場だ。私は一つ深呼吸をして扉を開ける。中に入ると2人のアンツィオの生徒が待っていた。

 

「こんにちは。アンツィオ高校で今回交渉の全権を務める依田奈央です。」

 

「同じくアンツィオ高校副使の田上結衣です。」

 

アンツィオ高校の使者は手を差し出した。私たちはその手を取りながら挨拶を交わした。

 

「大洗女子学園反乱軍全権の冷泉麻子だ。」

 

「私は、軍事部門の専門交渉官、秋山優花里です。」

 

「副使の直下璃子です。」

 

「私はカエサルだ。私自身は交渉には加わらないが、アンツィオ高校に問い合わせたいことがあって来たんだ。」

 

カエサルさんの言葉に依田さんは首を傾げながらいった。

 

「何でしょうか?」

 

「人を探していてな、落合陽菜美っていう生徒を知らないか?」

 

「落合陽菜美!?」

 

「知ってるのか!?無事なのか!?生きてるのか!?かけがえのない友達なんだ!教えてくれ!」

 

カエサルさんは依田さんたちにすがりつく。

 

「知ってるも何も、その人は私たちの上司です。いやはや、まさかここで出会えるとは思わなかったですよ。陽菜美さんからも頼まれていたんです。大洗女子学園に親友がいるから安否を確認してきてほしいって……陽菜美さんはアンツィオ高校を危機から救おうと大変な任務を担ってくれたいわばヒーローですよ。今日だって本当は継続に来て直接あなたたちに聞きたかったみたいですが、数万のアンツィオ市民を救うための仕事で来れませんでした。それだけ陽菜美さんは偉大な人です。カエサルさん、大丈夫です。陽菜美さんは無事です。生きてます。安心してください。」

 

依田さんは優しく微笑みながら言った。それを聞いて安心したのか床にへたり込んでカエサルさんは大粒の涙を流しながら言った。

 

「よかった……本当に……よかった……」

 

私は久しぶりに心が温かくなった。カエサルさんの友人を心から心配する姿も敵であるはずのカエサルさんをアンツィオ高校の使者が温かく対応したことも戦争と殺戮で荒んだ心を癒していった。これはまさに敵ながらあっぱれである。さて、心が温かくなったところで私たちはカエサルさんをホテルに帰して本題に入った。だが、ここからは慈悲も何もない外交という名の戦争だ。私はここまでの道中考えに考えた結果、今回の交渉では感情を押し殺して冷徹で冷酷な外交を貫くことに決めていた。そちらの方が幾分楽になる。余計な慈悲が入ると辛くなる。それに、私自身の命のためである。この交渉、失敗したら私の命は無さそうだ。期待してくれているアンチョビさんやアンツィオには申し訳ないが背に腹は変えられない。私は西住さんに命じられた私の仕事をしよう。鬼になろう。そう決めていた。私はひとつ大きく深呼吸すると腕を組みながら口を開く。

 

「さて、それでは本題に入ろうか。話に入る前にこれを読んで欲しい。私たちの隊長から提示された交渉の条件だ。」

 

私は依田さんに要求書を手渡した。依田さんはそれに目を通してまっすぐ目を私の目を見て静かながらも怒りに満ちた声で言った。

 

「あなたたちは私たちアンツィオをバカにしているんですか?こんな要求到底受け入れられません。」

 

予想通りの反応である。この要求で「はい、そうですか。わかりました。」という者はいないだろう。

 

「そうだろうな。私たちとしてもこのまま受け入れられるとは思っていない。実は西住隊長からは無条件降伏の条項については削除してもいいと言われている。」

 

依田さんは私が理解を示し、無条件降伏条項の削除について同意したことに感謝の意を表した。

 

「そうですか。ご理解いただきありがとうございます。では、無条件降伏条項を削除してください。これでは交渉の余地もありません。」

 

「わかった。ならば、無条件降伏については削除しよう。それで、そちらの条件は何だ?もっとも、こちらとしては今提示した無条件降伏条項以外の条項の削除や変更に応じるつもりはない。その私たちが提示した要求の範囲内ならば応じる。」

 

私は静かながら強い口調でそう言った。すると、即座に依田さんは私に抗議を行った。

 

「そ、そんな!それでは交渉もクソもないじゃないですか!」

 

依田さんはかなり怒っている。冷静ではない。外交の担当者にしてはあまり有能とは言えないかもしれない。感情的になる人は比較的コントロールが楽である。このままどんどん追いつめて搾り取ろう。依田さんには申し訳ないが私の命のためである。依田さんには申し訳ないが決定的な事実を突きつけて切り崩しにかかるとしよう。

 

「負けたのに……か?」

 

「え……?」

 

依田さんは呆けた表情になった。私は更に畳み掛ける。

 

「ん?私の言っている意味がわからないのか?君たちは私たち大洗女子学園反乱軍に負けたのにまだそんなことを言っているのか?君たちは何か勘違いをしているようだが、君たちアンツィオは敗れて私たち大洗女子学園反乱軍が勝利したんだ。君たちはもう少し自分たちが置かれている状況を理解した上で行動した方がいいんじゃないか?君たちの命運は尽きたんだ。本来なら無条件降伏とすべきところを今回は条件付きの降伏に応じている。これは最大限アンツィオに配慮した結果だ。」

 

「そんな……あんまりですよ……」

 

大分ダメージを与えられたようだ。あともう一押ししておこう。この要求書を全て履行させるためには完全に心を折らなければならない。

 

「外交とはそういうものだ。私は、大洗女子学園反乱軍の全権としての責任がある。悪いが、こちらは君たちから搾り取れるだけ搾り取るつもりだ。それが嫌なら戦争を続けてもこちらとしては構わないぞ?君たちの抗戦意欲や体力が続けばの話だがな。私の目から見れば今のアンツィオにはそんな体力はとても残っていないと思うが……あ、そうそう。私の話を聞いて抗戦を決意したのならば一つ伝言だ。西住隊長はこの交渉がまとまらなかったら君たちの学園艦アンツィオを灰にしてやると明言している。アンツィオがこのまま戦争を続けるというのであれば私に止める権利はない。それは君たちの選択だからな。だが、その選択をするのであれば私たちの前に君たち自身と友達の焼死体を晒すことになる覚悟だけはしておくべきだ。明言しておこう。もしも抗戦するなら私たちは1週間以内にアンツィオの地上にある建物は全て焼き尽くす。今この瞬間も爆弾や焼夷弾は24時間体制で生産され続けている。アンツィオを焼き尽くすなど赤子の手を捻るようなものだ。全てを焼き尽くされてもなお勝利を信じて終わりのない戦争を戦うか、それともこの要求を全て呑んで降伏するか。どちらがいいのかより良い道を選択することだな。君たちにはあまり多くの時間は残されていないぞ。」

 

私は手を組み、机に置きながら淡々と厳しい言葉を並べた。会議室にはしばらく沈黙が続いた。

 

「わかりました……当局に問い合わせ検討するので今日のところは一度案件を持ち帰らせてください……その上で明日こちらの条件と回答を提示させていただきます……」

 

「わかった。明日また返事を聞こう。」

 

依田さんと田上さんは青い顔をして震えている。

 

「そんな……ひどい……私たちはどうすれば……これが……戦争……」

 

依田さんと田上さんは青い顔をして震えていた。私はそんな2人を横目に立ち上がる。

 

「では、また明日、ゆっくり話し合おう。君たちが懸命な選択をすることを祈っている……秋山さん、直下さん行こう。」

 

「は、はい。わかりました。」

 

「わかりました。冷泉殿。」

 

これでアンツィオの外交担当に多大なダメージを与えたはずだ。私はこの交渉の成功を確信していた。彼女たちは確実に降伏する。それは間違いない。アンツィオには悪いが、私が生き残るために犠牲になってもらうことにしよう。私たちは会議室の扉を開けて会議室を出た。その時に私は背中に鋭く刺さる視線を感じた。視線の方向を見ると田上さんが鬼のような形相で私たちを睨みつけていた。

 

「鬼畜な女悪魔め……」

 

田上さんの声が聞こえてきた。悪魔。そう言われても仕方がない。私はそれだけ人で無しなことをしているのだ。私は田上さんたちにとっては悪魔のほかに何者でもないだろう。私はいたたまれなくなって会議室の扉が閉まる直前誰にも聞こえないような声でぼそりと呟いた。

 

「すまない……これが……戦争なんだ……」

 

1日目の和平交渉はこうして終わっていった。

 

つづく



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第109話 アンツィオ崩潰の足音

もうしばらくだけみほ陣営のお話が続きます。よろしくお願いします。
今日は前半が麻子の視点、後半が優花里の視点です。


2日目の朝が来た。その日は朝から和平交渉会議の予定であったが、私たちはゆっくりと朝食をとった後、会議開始予定時刻から3時間ほど遅れて今からホテルを出て会議所へ向かうところだ。これは、別に私が寝坊したからこうなったとかではない。これはわざとそうしたのだ。これには思惑があった。実は交渉の場に遅れて現れるということは主導権はこちらにあることを暗に示し、精神的な優位に立つことができるのだ。この手法はよく使われる手法であるらしく現に実際の外交の場ではよく行われていることであるようだ。実際に使われている手法であるのならば使わない手はない。それに、寝坊もできるし一石二鳥だ。私は昨夜のうちに秋山さんや直下さんと遅刻することを提案した。最初こそ秋山さんと直下さん、その中でも特に直下さんが時間はきっちりと守るべきだと主張していたが、外交は仲良しごっこではないので相手には十二分とも言える揺さぶりとどちらが優位で主導権を持っているのかということを相手に伝えるためにも絶対に遅刻していくべきだと説得して結局、遅刻していくことになったのだ。 さて、私たちはホテルを出ると突然、継続の学園艦を見学しようと思い立って学園艦を走るメイン道路をぐるりと一周してからようやく私たちは会議室の扉の前へ立った。昨日はあれだけの恨みを買った。扉を開けるのが言いようもないほどに怖かった。西住さんではないのだから流石に相手に暗殺される心配はないだろうが、それでも怖いものは怖い。私は大きく2度深呼吸をして3回ノックをして相手の返事を聞かずに扉を開ける。扉を開いた瞬間、恐怖と憎しみが入り混じった視線が私に注がれた。私はそれを無視して席に着く。

 

「おはよう。遅れてすまなかった。こちらの当局からの問い合わせの対応に追われてしまった。」

 

私は無表情のまま深々と頭を下げる。すると、田上さんが冷たい声で痛烈な皮肉を言った。

 

「遅刻とは随分と面白い趣向を凝らしてくれますね。冷泉さん。」

 

「ちょ、ちょっと!結衣!失礼だよ!」

 

依田さんは田上さんを黙らせようとした。しかし、私は依田さんを手で制した。

 

「いや、私たちが悪いんだ。田上さんの怒りも最もだ。遅れて申し訳なかった。改めて謝罪する。さて、時間も惜しいし申し訳ないがそろそろ話を進めよう。最初に昨日の答えを聞かせてもらおう。どうだ?降伏か抗戦か答えは決まったか?」

 

私の質問に依田さんは視線を落としながら躊躇いがちに口を開く。

 

「ええ……決まりました……」

 

「そうか。それで、答えは?」

 

「当局に問い合わせました。落合さんはこれ以上の市民の犠牲は望んでいません。これで市民が救われるのならば降伏します……ただし、私たちからの条件は必ず守ってもらいます……私たち、中枢の人間はどうなっても構いません。ですが、罪のない市民は……市民の命だけは助けてください……これは、落合さんからのたっての願いです。どうかお願いします。」

 

「ああ。わかった。条件に盛り込もう。市民の命は助けよう。罪がなければな。これは絶対だ。では、今から文書の作成に入ってもいいか?」

 

「はい……お願いします……」

 

私はパソコンのワープロソフトで降伏文書を次のような文面で作成した。

 

一、下記に署名する者は、アンツィオ高等学校生徒会及び学園(以下アンツィオと表記)の許可を得て茲に大洗女子学園高等学校反乱軍(以下反乱軍と表記)に対して降伏する

二、アンツィオは反乱軍の提示した条項を誠実に履行する

三、反乱軍は罪なきアンツィオの市民の安全を確保する努力を行わなければならない

四、反乱軍はアンツィオに対して全ての所有物を保全することを命ずる

五、アンツィオの統治の権限は反乱軍の下に置かれる

 

アンツィオ高等学校生徒会及び学園の命により、またその代表として

 

アンツィオ高等学校生徒会及び学園の軍事及びそれらの組織の代表として

 

大洗女子学園高等学校反乱軍総司令官の命により、またその代表として

 

大洗女子学園高等学校反乱軍代表者

 

大洗女子学園高等学校副使

 

以上4つの条項を打ち込み、厚手の用紙に反乱軍用とアンツィオ用の2枚の文書を印刷して、綺麗に装丁すると依田さんに降伏文書とペンを差し出した。

 

「それでは、今から調印式を行う。これに自分の名前をサインをしてくれ。欄を間違えないようにな。間違えたら格好悪いぞ。アンツィオの恥にならないようにな。」

 

依田さんは悲しそうな顔をして文書を受け取ると一番上の[アンツィオ高等学校生徒会及び学園の命により、またその代表として]という欄に「依田奈央」と書き込んだ。その後、田上さん、私、秋山さん、直下さんという順に2つの降伏文書を回して自らの名前を署名していった。これで、アンツィオは正式に降伏となった。アンツィオという一つの学園艦が滅びの道を歩み始める瞬間だった。私の脳裏には地獄となったアンツィオ高校学園艦の姿が浮かぶ。目の前の彼女たちはこの先、アンツィオにどのような災厄がもたらされるのか知る由もないだろう。その後、秋山さんが武装解除など軍事関係の話をして会議は終了して、私の任務は終わった。全ての任務が終わった時、私という存在を覆っていた何かが私の心を元の状態に戻した。言うなればアドレナリンが出ていたが全てが終わった瞬間、アドレナリンが切れるのと似たような感じである。その瞬間、私は罪悪感に苛まれた。私はなんということをしてしまったのだろうか。私は彼女たちを騙し、彼女たちを搾取しひいては大量虐殺するために行動してしまった。私は悪魔の他何者でもない。いくら生存のためとはいえ、こんなことは許されることではないのだ。私は心底自分が嫌になった。消えて無くなってしまいたかった。そこから先はよく覚えていないが、とにかくその日のうちに私たちは大洗女子学園の学園艦まで戻った。西住さんは全てのサインが埋まった降伏文書を目にして飛び上がるように喜び、私たちの労をねぎらうためにご馳走を食べさせてもらった。しかし、そのご馳走は味が全くしなかった。別に西住さんが意地悪をしているわけではない。私の身体が味を感じるのを拒否しているのだった。今回の交渉はそれだけ辛いものであった。私は食事をしてから即座に研究室のベッドに潜り込んで眠りに落ちた。ひどく疲れていたのかあっという間に真っ暗な世界に引き込まれた。

 

*******

 

西住殿は、私たちが継続高校から帰ってきた次の日の昼頃に私、秋山優花里を呼び出した。用件は分かっている。ついに特別行動部隊(アインザッツグルッペン )が出動する時が来たのだ。私は西住殿からもらった将校服を着込んで西住殿の執務室に向かった。

 

「西住殿、失礼します。」

 

執務室の中に入ると西住殿がにこやかに私を迎えてくれた。

 

「あ、秋山さん。わざわざごめんね。来てくれてありがとう。」

 

「いえ、大丈夫ですよ。今日、呼ばれたってことは……そういうことですよね?ふふっ」

 

私はいたずらっぽく笑った。すると西住殿は首を縦に振った。

 

「うん。察しのいい子は大好きだよ。あと少ししたら直下さんが来るからソファに座って少し待っててね。」

 

「わかりました。」

 

そんなやりとりをしてから5分ほど経過したころ、直下殿がやってきた。

 

「失礼します。西住隊長、お呼びですか?」

 

「うん。突然呼び出してごめんね。それじゃあ揃ったから始めようか。二人ともなんとなく察しがついてるとは思うけど、二人には今からアンツィオへ行ってもらいます。それで、はいこれ。直下さんに辞令です。中身を確認してください。」

 

西住殿は直下殿に封筒を差し出した。直下殿はそれを恭しく受け取ると封を開けて中身を確かめた。

 

「西住隊長!これは!」

 

直下殿の顔がパッと明るい笑顔になった。西住殿も微笑を湛える。

 

「ふふふふ。これで直下さんも晴れて幹部の仲間入りだね。直下さんのますますの活躍を期待しているよ。それで、早速なんだけど直下さんにはアンツィオ総督府の総督を任せたいと思ってるの。私に直属してアンツィオをしっかりと支配して、私の理想の帝国の一端を築いて欲しいな。それで仕事なんだけど、仕事は基本的に直下さんの裁量で決めて、自由に支配して貰えばいいけど、最初は私が命令するね。まず手始めに……そうだなあ。何やってもらおうかな……あ、そうだ!アンツィオ市民の選別からやってもらいましょうか。住民票と死亡者名簿を全て洗い出して生存しているアンツィオ市民のうち、65歳以上の者、社会科・国語科の教員、学園中枢部にいた者、生徒会関係者を見つけ出して秋山さん率いる特別行動部隊(アインザッツグルッペン )に引き渡してください。それ以外の市民はゲットーに閉じ込めてください。」

 

「はい!お任せください!」

 

西住殿は満面の笑みで頷くとアンツィオの地図を広げて言った。

 

「うん!よろしくね!優花里さんも、死刑執行人としてたくさん殺してね!ふふふふ。もうすぐ、110機の輸送機部隊が2000人の聖グロの兵隊を下ろしてアンツィオから帰って来ます。向こうではすでに先遣隊を含めた4000人の兵隊たちがいます。優花里さんたちは特別行動部隊(アインザッツグルッペン )の隊員たちと一緒にアンツィオに向かってください。一応、今回派遣予定の兵力は聖グロの6000名を予定しています。それで、皆さんを降ろすのはここのメイン大通り。アンツィオに着いたらすぐに総督府となる建物と特別行動部隊(アインザッツグルッペン )司令部となる建物を探して接収してください。」

 

「わかりました。」

 

「わかりました。西住殿。すぐに準備します。」

 

私たちは西住殿の執務室を後にすると自室に戻ってアンツィオに向かうための準備をした。とりあえず、着替えとアメニティグッズを旅行用の鞄に詰め込んで滑走路になっているメインの道路に向かった。飛行機はすでに55機が到着しずらりと整列していた。残り55機は知波単の学園艦から離陸するようだ。そのうちの1機の輸送機の近くに西住殿が待っていた。

 

「あ、来た来た!こっちだよ!今日は私もアンツィオ行くね!アンツィオの学園艦がどうなってるか見てみたいし。やっぱり、私がアンツィオに上陸する姿をアンツィオ市民に見せつけることこそ意味があると思うの。彼女たちに敗北観を植え付けることで支配もしやすくなると思うし、相手の抵抗力も奪うことができるはず。まずは相手に屈辱を与えることから始めなきゃね。ふふふふふふ。」

 

「屈辱を与える……ですか。」

 

「うん!ふふふふふ。何か考えはあるかな?」

 

西住殿は首を傾げながら私を見つめる。何をすればアンツィオに十二分な効果をあたえる屈辱を与えることができるだろうか。私は思考を開始した。そして、ある一つの考えが私の頭に浮かんできた。

 

「そうですね……文化を破壊するというのはいかがですか?アンツィオはイタリア風の学校なのでイタリアゆかりの建物がたくさんあると聞きます。例えばコロッセオなどですが、それらを破壊、解体してアンツィオの文化を否定すればかなりのダメージを与えられるはずです。」

 

「それ、いいね。アイデアもらうね。聖グロの兵隊たちにやらせましょう。ふふふふ。さあ、輸送機に乗ってください。あとは優花里さんが乗れば離陸準備完了だよ。」

 

「あ、お待たせしてしまってすみません。すぐに乗りますね。」

 

私と西住殿はタラップを駆け上って、席に着いた。中には直下殿の他にルクリリ殿やイェーガー殿など数十人の特別行動部隊(アインザッツグルッペン )の隊員が乗っていた。私は「すみません。」と会釈しながらルクリリ殿の隣の席に着いた。それを確認すると輸送機の扉が閉まり、シートベルトをきちんとしめるようにアナウンスが入り、先発の飛行機が離陸した5分後にゆっくりと道路を滑り出し始めた。やがてスピードは速くなりふわりと身体が浮いて輸送機は離陸した。私は離陸後しばらくは窓の外の景色を眺めていた。すると、隣の席のルクリリ殿が話しかけてきた。

 

「秋山さん。これから私たちはどうすればいいの?何をやればいいの?」

 

「そうですね。ひとまずは司令部の設置ですね。その後に恐らく総督府の方から処刑リストが来ると思うのでそれに従って射殺ですかね。その他にもゲットーの監視など様々やることはあると思います。」

 

「わかったわ。やること山積みね。一緒に頑張りましょう。」

 

「はい!ルクリリ殿には期待していますよ!」

 

その後、私たちは他愛もない話をしながら過ごした。しばらくするとアンツィオ高校にもうすぐ着陸するというアナウンスが流れて、高度が低くなっていき、アンツィオのメイン道路に到着した。

扉が開き私たちはタラップの階段を降りる。他の輸送機からもぞろぞろと銃を抱えた兵隊が降りてきて整列をしていた。その様子をアンツィオの市民が建物の窓や道路から泣きながら眺めていた。私はそれを横目に特別行動部隊の隊員を集めて点呼を行ない、集合完了を報告した。

 

「西住殿、特別行動部隊(アインザッツグルッペン )の集合完了しました。」

 

他の部隊も人数が揃ったようである。次々と報告が上がった。

 

「こちらも全員揃いました。」

 

「こちらもです。」

 

西住殿はその報告を満足そうに聞きながら頷く。

 

「みんな報告ありがとう。ふふふ。ここがアンツィオか。いいところだね。とても居心地がいい。」

 

「はい。とてもいいところです。さて、まず何から始めましょうか。」

 

西住殿は整然と並ぶ皆の顔を一瞥するとクスクスと楽しそうに悪い笑みを浮かべる。

 

「ふふふふ。そうですねえ……特別行動部隊(アインザッツグルッペン )は私と一緒に学園中枢部に向かう!学園中枢の人間は他の聖グロの部隊は全居住地区のアンツィオ市民を全員引きずり出せ!そして住民を焼け跡のガスタンクコンビナート跡地に集めろ!」

 

「「はい!」」

 

西住殿の命令で私たちは一斉に行動を開始した。私たち、特別行動部隊(アインザッツグルッペン )は西住殿を先頭に学園中枢部へと向かった。私たちはその道中でも建物から住民たちを引きずり出し、「死にたくなければガスタンクコンビナート跡地に向かえ。」と脅しながら向かった。しばらく走ると私たちはやがて校舎にたどり着いた。校舎の入り口は固く私たちのような招かれざる客を拒むようにバリケードで閉ざされていた。私たちはそれらのバリケードを破壊、取り除きながら進む。バリケードを取り去り、扉を蹴破ると私たちは中に侵入した。中は人が居る気配は感じるが、姿が見えない。私たちは銃をいつでも発砲できるように構えながら前へと進む。すると、かさりと何かが動く音がした。その音に西住殿が素早く反応する。

 

「どこですか?出てきてください。出てこないなら手榴弾を投げ込みますよ。」

 

するとがさりと再び物音がしたと思ったら両手を挙げながら一人の小さな少女がおずおずと出てきた。彼女は高校生には見えなかった。背丈から言うとちょうど角谷杏会長くらいだろうか。

 

「やめて……ください……撃たないで……」

 

少女は歯をカチカチと鳴らしながら震えていた。西住殿は少女の腕を引っ張って後ろ手に縛りあげると拳銃を突きつけながら尋問した。

 

「私の質問に素直に答えてくれたら解放してあげます。生徒会や教員の皆さんはどこにいますか?」

 

少女は顎で上を指し示し、唇を震わせ、まくしたてるように言った。

 

「上です。一番上です。最上階です。最上階に現在この学校を動かしている災害対策本部があるはずです。そこが中枢です。はい。」

 

「なるほど。わかりました。それじゃあ解放してあげます。」

 

そう言うと、西住殿は後ろに回り込み、その少女の背中を蹴飛ばした。

 

「痛い!何するんですか!」

 

「何って解放してあげるんですよ。」

 

西住殿はそう言いながら拳銃のスライドを引いて銃口を少女の頭部に向けた。

 

「え……?何を……!」

 

少女は尻をつきながら後ずさる。

 

「だから、解放してあげるんですよ。この地獄からね。ふふふふふふ。さようなら。」

 

西住殿は引き金を引いた。少女は崩れるようにばたりと倒れる。頭からはドクンドクンと脈打つように血が溢れる。だが、私たち特別行動部隊(アインザッツグルッペン )の隊員はそんな光景はもはや慣れきってしまっていた。私たちはそんな残虐の光景を目にしても特に何も感じることなく死体を横目で見ながら前進した。私たちは各階で逃げ遅れたアンツィオ生を人質に取りながら階段を最上階まで駆け上がり、ついに災害対策本部がある部屋の目の前にやってきた。西住殿はハリウッド映画でやるように銃を構えて壁にぴったりと張り付くと私に手で合図する。私はその合図を見て、ライフル銃を構えながら部屋に突入する。

 

「動かないでください!両手を挙げてください!」

 

中にいた人たちは皆、素直に従った。皆、私たちの姿を目にすると一斉に両手を挙げる。私は皆が武装等していないか確認する。武装をしていないことが確認されると、背後から西住殿が声をかけた。

 

「責任者はどなたですか?」

 

「私です。」

 

金髪で端整な顔立ちの可愛らしい女の子である。西住殿はその少女に近づき、顎の下に手を入れて頰を片手で掴む。

 

「ふふふふ。あなたが責任者ですか。なかなか綺麗で可愛い顔してるじゃないですか。お名前は?」

 

「うぅ……お、落合陽菜美です……う……うぅ」

 

「ふふふふ。落合さんですか。あなたがこの学校を率いていたんですね。探しましたよ。」

 

「私をどうするつもりですか……?」

 

「そうですねえ。まずは、大洗女子学園の学園艦にきてもらいます。」

 

「大洗女子学園の学園艦に私を連れて行ってどうするつもりですか?ただ連れて行くだけじゃないですよね?」

 

「そうですね。もちろんそれだけじゃありません。あなたはなかなか可愛い顔をしている。なら使い道はたくさんありますよ。例えば、あなたの白くて綺麗で美しく柔らかな身体を欲しがる人は何人いるでしょうね。ふふふふふ。」

 

西住殿はそう言いながら、落合殿の服をナイフで切り裂いた。

 

「いやっ!な、何を!?」

 

「あははは。本当に真っ白で綺麗な肌ですね。せっかくですからあなたの綺麗な裸をみなさんに見てもらおうと思いましてね。さあ、抵抗しないでください。あなたが抵抗するたびにここにいる人たちを一人ずつ殺します。ふふふふふ。」

 

すると、落合殿は真っ赤な顔をしながら途端に大人しくなった。西住殿は舌舐めずりをしながら落合殿の太ももに手を這わせてショーツを、さらに胸に手を持っていき触れると背中に手を回してブラジャーを脱がせた。

 

「あっはははは!なんて綺麗な身体なんでしょう。早くその身体に触れてみたい!えっと……手を縛ってと……これでよし!それでは、落合さんあなたを大洗女子学園まで連行します。あなたとあなた、輸送機まで連れて行ってください。」

 

「はい!」

 

「はい!わかりました!」

 

西住殿は連行される落合殿を見送ると災害対策本部にいた全員の手首を後ろ手に縛って集合させた。

 

「皆さんも連行します。着いてきてください。」

 

西住殿は災害対策本部のメンバーをぐるりと囲ませるように私たちを配置して、西市街地まで連行した。皆、何をされるのかわからずに不安げな表情をしている。西市街地は廃墟とかしていた。西住殿は西市街地に着くと爆弾でクレーターになっているところを見つけてそこで災害対策本部のメンバーにスコップを手渡した。

 

「ここで穴を掘ってください。」

 

皆、懸命に穴を掘る。一体穴を掘って何があるのだろうかという表情をしている。西住殿はその様子をケタケタと笑いながら眺める。そして、しばらくしてある程度の深さになったところで西住殿は小さな声で私を含めた10人の隊員に穴の周りをぐるりと囲むように指示した。皆、そんなことには気がつかずに穴を掘っている。

 

「はい。その辺で大丈夫です。自分の墓の穴の穴掘り、お疲れ様でした。ふふふふ。」

 

穴の中にいる者たちは皆、西住殿が何を言っているのかわからないという様子である。西住殿はニコリと微笑むとさっと手を挙げて銃を構えさせる。そして、挙げた手を振り下ろしながら叫ぶ。

 

「撃て!」

 

その瞬間拳銃よりも長いライフルの銃口から凶弾が発射されて今まで生きていた少女たちは絶命して折り重なるようにして倒れた。西住殿は一人も生き残りがないように死体の上にも執拗に銃を撃つように命じた。西住殿は処刑を楽しむ。嬉しそうに笑いながらその様子を眺めていた。

 

「ふふふふふ。生徒のリーダーたちは死んだ。次は教員と大人たちだ。必ず探し出して射殺する!みんな絶対に逃さないようにね!」

 

アンツィオへの大量虐殺の幕が開いた瞬間であった。

 

つづく



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第110話 強制連行

冷泉麻子さん
1日遅れですがお誕生日おめでとうございます!
今回もよろしくお願いします!
今日の話は優花里目線とエルヴィンの目線で展開しています。


私たちは改めて処刑対象者や隠れている市民を探し出すため、アンツィオ最初の処刑場となった爆発痕のクレーターを後にして移動しようと隊員たちの点呼をとっていた。すると、どこかからがさりと物音が聞こえてきた。先ほどの校舎でもそうだったが、やはり潜伏している市民はたくさんいるようだ。その物音を西住殿が見逃すはずもない。西住殿は敏感に反応して腰に下げた拳銃を抜き、音のした方に銃口を向ける。私たちも手に持ったライフルをそちらへ向けた。

 

「そこにいるのはわかっています。出てきなさい。」

 

西住殿が声をかけると今度はまだ幼稚園か保育園に通う4・5歳くらいの小さな男の子の手を繋いだアンツィオ高校の制服を着た少女が片手を挙げて投降の意思を示しながら震えながら出てきた。二人はきょうだいと思われた。おそらく、家族が学園艦で仕事をしているのだろう。学園艦には様々な立場の人間がいる。まだ、義務教育期間ではないし、学園艦内に託児施設もある。それならば幼稚園くらいの男の子がいてもなんら不思議ではないのである。

 

「お願い……助けて……誰にも言わないから……」

 

少女は啜り泣きながら消えそうな声で言った。西住殿は銃を構えながら怪しげな笑みを浮かべ、その少女たちに近づく。そして銃口を常に少女に向けつつ手を繋がれている男の子の目線に合わせてしゃがみこみ頭を撫でながら言った。

 

「こっちにおいで。楽しい所に連れて行ってあげる。」

 

西住殿はまるで変質者の声かけのように男の子を誘った。

 

「楽しいとこってどこー?」

 

男の子は目をキラキラと輝かせながら無邪気な笑顔で西住殿に笑いかける。

 

「来てみればわかるよ。一緒に行こ?」

 

西住殿は立ち上がり、その男の子の小さな手を取ると歩き出そうとした。すると、私の予想だにしないことが起きた。

 

「ちょっと待って。弟をどこに連れて行くつもりですか?!」

 

西住殿と男の子の会話に少女が割り込んで来たのだ。私は驚きを隠せなかった。少女が物陰からこの段階で出てきたということは今、私たちが行った行為を見ていたはずである。普通なら怖くて声もあげられないはずだ。それなのに、彼女は声をあげた。男の子を守ろうと必死だったのだろう。西住殿は少女の顔を眺めるとクスクスと笑う。

 

「ふふふふ。大丈夫ですよ。目的地はすぐそこの穴のところですから。」

 

西住殿はまた何か悪いことを考えているような顔をしていた。西住殿は悪い笑みを浮かべながら男の子を生徒会関係者の死体が積み重なる穴の淵に跪かせた。

 

「ま、まさか!?いやああああああ!やめてええええええ!弟だけは助けて!お願い!」

 

「あっはははは!その顔……!その叫び声……!ああ……いいですねえ……ぞくぞくしますよ……もっと……もっと聞きたい……この体が疼いてる……あはっ!あははは!」

 

西住殿は少女の叫び声を聞くと蕩けた笑みを浮かべた。

 

「お願い……お願い!助けて!その子を助けて!私の大切な弟なの!」

 

少女は西住殿に懇願する。西住殿は少女を一瞥すると腕を組んで少し考えるようなそぶりを見せて先ほどの蕩けた笑みとは別の優しげな笑顔を見せた。

 

「うーん……そうですね。この子を殺しても大して意味はありません。わかりました。この子を助けましょう。」

 

西住殿は拳銃を下ろすそぶりを見せた。

 

「ありがとうござい……」

 

少女はホッとしたような表情をして感謝の言葉を言いかけたときだった。西住殿は悪魔のような笑みを浮かべながら言った。

 

「なんて言うとでも……?ふふふふふ……私は希望を見せておいてそれを摘み取り踏みにじるのがなによりも大好きなんです……あはっ!さあ、至高の叫び声を聞かせてもらいましょうかぁ!あはははは!」

 

西住殿の行動は欺瞞だったのだ。西住殿は銃を下ろす瞬間にスライドを引き、再び銃口を素早く男の子の後頭部に突きつけると全く躊躇することなく引き金を引いて男の子の頭に鉛玉を撃ち込んだ。男の子は前のめりになって穴の中に倒れて屍の山を構成する死体の一部となった。

 

「え……?けんたああああああああ!!なんで?!なんで?!なんで?!なんで?!うわあああああああああああ!!!」

 

少女は自らの弟の名前を狂乱しながら叫び、喚いた。西住殿はその叫び声を聞いて先ほどよりもさらに蕩けた恍惚とした笑みを浮かべた。

 

「あはははは……今の叫び声は最高でしたよ。ああっ…はははは……あなたの叫び声は本当に私を最高にぞっくぞくさせる……絶頂しちゃいそうです……本当に助けてあげるとでも思っていたんですか?そんな簡単な嘘に引っかかるなんて……ふふふふふ。さあ、次はあなたの番です。こっちに来て跪いてください。」

 

少女は生気のない青い顔でその場に佇んで動かない。しびれを切らした西住殿は私たちに少女をここまで連れてくるように命じた。私たちは少女を抱き上げるようにして穴の淵に連れて行くとそこに跪かせた。

 

「嫌だ……嫌だ……死にたくない……死にたくない……死にたくない……」

 

少女は歯をカチカチ鳴らしながら何度も同じことを言っている。必死に脆く崩れそうな生にしがみつこうとしている。そんな顔を西住殿の嗜虐心をくすぐった。西住殿は悪い顔をしながら銃のスライドを引いて少女の頭に突きつけて引き金を引いた。一発の銃声とともに少女は穴の中に落ちてまた一つ屍の山が高くなった。西住殿は舌舐めずりをしながら恍惚とした笑顔を浮かべる。

 

「ふふふふふ……あぁぁ……はははは……大量虐殺(ジェノサイド)……久しぶりにぞくぞくしてきた……もっと叫び声が聞きたい……!もっと血が見たい……!もっと死体が見たい……!もっと沢山殺したい……!!あぁぁ……体が少女の血と死と悲鳴を欲してる……ふふふふふ……優花里さん?この辺り一帯、まだまだ沢山の獲物の気配がプンプンしてくる……見つけ出して連れてきてくれないかなぁ……?さて、今日は何人……殺そうかなあ……ふふふふふふ……」

 

西住殿の命令で私たちは早速捜索を開始した。その結果、辺りからは25名の市民と生徒が見つかった。彼女たちは全員西住殿によって射殺され屍の山を更に高くした。西住殿は下唇を舌で舐ると楽しそうにまるで遊びやゲームのように犠牲者たちを射殺していった。その度に上がる叫び声は西住殿の嗜虐心を満たし、快楽に溺れるような表情をしながら凶弾を撃ち込んでいった。目撃者の捜索と処刑が一通り終わり、処刑のために掘られた穴を土で埋め戻すとひとまず直下殿に合流することにして、直下殿がいると思われるガスタンクコンビナート跡地に向かった。そこは西住殿が空襲によって徹底して破壊した象徴的な場所である。そこは瓦礫だらけで未だにガスの臭いが充満していた。直下殿と聖グロの兵隊たちは集結した市民たちの選別を行なっていて忙しそうだ。直下殿は西住殿の姿を認めると駆け寄って来た。

 

「西住隊長!」

 

「直下さん。お疲れ様。どう?選別は順調?」

 

「はい。ただ……」

 

「ただ?」

 

「数が多すぎて、捌ききれません……申し訳ありません……私の力不足で……」

 

直下殿は肩を落とした。数万に及ぶ市民たち全員の選抜を直下殿たちだけで行うのは到底無理な話である。西住殿は確かに鬼ではあるが、流石にこの膨大な数を直下殿たちだけで捌けなどという無茶は言わない。西住殿は直下殿の肩にポンと手を載せると優しげな微笑みを浮かべて自分たちも手伝うので安心するようにと言って私たち特別行動部隊(アインザッツグルッペン )も直下殿たちの業務を手伝うように指示をした。私たち本来の仕事である処刑はひと段落したことだし、この山のような人の中から対象者を見つけ、リストにする仕事を直下殿たちだけに押し付けるのも忍びない。別に断る理由もないので私たちは直下殿の手伝いをすることになった。とても、今日1日で作業は終わりそうもない。追い立てた住民をそのまま何もせずに帰すのも効率が悪いので総督の直下殿と話し合ってとりあえずこの場に急造のゲットーを作ることになった。私たち特別行動部隊(アインザッツグルッペン )は直下殿の指示でガスタンクコンビナート跡地をぐるりと囲むように有刺鉄線を張り巡らせる作業に当たった。西住殿は、全員の登録が終わるまで最低でも1週間はかかる予定なので全員の登録が終わるまでガスタンクコンビナート跡地に止まらせる方針を決定した。私は流石に屋根のないところで放置するのは可哀想であるし、ここにゲットーを作るのは安全上よろしくないのではないので、一度家に帰すべきではないかと進言したが、帰すと逃亡の恐れもあり効率も悪い。それにアンツィオ市民に屋根のある家は必要ないと一蹴されてしまった。西住殿の意識の中にはアンツィオへの徹底的な差別意識と憎悪感情があった。とはいえ、全員に西住殿は敵意を向けていたわけではないし、全員を殺そうと思っていたわけでもない。以下に示す西住殿が作成した文書を見てほしい。これは「アンツィオ市民選別に係る指針」という文書でその名の通りアンツィオ市民をどのように選別するかが書かれている。

 

特殊市民甲種:理系及び数学系、工学系の教員のうち工学・数学・理学・薬学等自然科学・応用科学の博士号取得者(一般市民も含む)医者・看護師などの医療従事者

 

特殊市民乙種:理系及び数学系工学系の教員のうち工学・数学・理学・薬学等自然科学・応用科学の修士号取得者(一般市民も含む)

 

特殊市民丙種:理系及び数学系工学系の教員のうち工学・数学・理学・薬学等自然科学・応用科学の学士取得者(一般市民も含む)外国語科の教員又は外国語の学士以上の資格を有する者、戦車道など軍事組織になり得る組織に所属する者、その他、特業を持つ者など反乱軍に認定された者

 

二等市民:特殊市民に該当しない者のうち65歳以下の健康な者。死すべき者に該当しない者

 

死すべき者:65歳以上の者、社会科、国語科の教員、学園中枢部にいた者(生徒会・学園幹部)

 

この中のうち、死すべき者はもちろんのこと二等市民に分類された者たちは徹底的な迫害を受けたが、特殊市民とされた者は差別はされたが比較的厚遇された。西住殿はアンツィオの優秀な人材を集めることに重点を置いていた。これには反乱軍の台所事情が関連していた。今、西住殿が目指す全学園艦の統治と黒森峰の殲滅のための兵器の供給は闇ルートからの購入と知波単兵器工廠からの購入している。しかし、やはり武器というものは値段が高い。これからおそらく大事な決戦ともいうべき戦いが立て続けにあると考えるとその分兵器の消耗も激しくなる。だから、少しでも購入費を安く抑えるためにアンツィオの技術者たちを従業員として知波単へ送り込み、労働させる分知波単に兵器の値段を値下げするよう要求しようという計画していた。そのために何としても工学系に詳しい技術者や相当な知識を持つ者が必要だった。また、人手不足は生物化学兵器の研究にも言えることである。現在、生物化学兵器の研究に当たっているのは実質的には冷泉殿だけである。さらに、野戦病院のような簡易的な医療などの業務も担当しており、生物化学兵器の研究に集中ができずになかなか進まないというのが現状だ。生物化学兵器はこれから先サンダース、黒森峰を筆頭とした、反乱軍と共に歩もうとせず、逆にこちらを鎮圧しようとしている罪深い諸学園艦を燼滅するために必要不可欠な兵器だ。冷泉殿にもし不測な自体が起こったらかなりまずいことになる。その前に冷泉殿がいなくても研究できる要員を確保しておくべきであろう。そのためにも西住殿はアンツィオの理系教員や医師、相当な学位保持者を使って一気に研究を推し進めようとしていた。そういう事情も鑑みてまずは特殊市民に選別された者たちを大洗女子学園に一人でも多く連行することを目標に進めることになった。ただ、これは危ない橋に思われた。なぜなら元々敵だった者たちにこちらの手の内を明かすようなものだからである。脱走でもされたらたまったものではない。その懸念を西住殿に伝えたら微笑みながら大丈夫だと言った。何か考えがあるのだろう。まあ、西住殿のことである。考えもなしに動くはずはない。私たちはひとまず安心して大勢いる市民たちの中を該当者の条件を読みあげて該当者は申し出るようにと声を張り上げた。すると、合わせて253名の市民が自分が該当者であると素直に申し出て、全員が確かに特殊市民に該当する者であることが確認できた。この学園はなぜか大人も生徒も全員が素直であり、全く嘘をつかない。だから、二等市民に分類されるのに有利で厚遇される特殊市民であると虚偽の申告をする者は一人もいなかった。私たちは比較的スムーズに一部移送へとこぎつけることができた。私たちは戦車道関係者を含む名乗り出た特殊市民に分類された者たちを大洗女子学園に連行した。

 

*******

 

アンツィオ降伏の知らせは戦略上の理由で大々的には知らせはなかったが少なくとも反乱軍のメンバーは隊長たち反乱軍幹部の動きでみんなある程度の情勢は把握できていた。その日もなぜか知波単の飛行機が大通りに駐機していたのを私は見ている。飛行機が駐機しているということはそれだけ遠くへ行くということだ。現在、何かことを構えているところで飛行機で行かねばならぬほど遠い場所といえばアンツィオ高校関係しか思い浮かばない。しかも、今回駐機していた飛行機は輸送機でさらに乗客として冷泉さんが乗るらしいという話を近くで警備していた兵士に聞いた。そう考えると外交面でアンツィオと何かあると推測することは不思議ではないだろう。その話をカエサルたちにしてみたらなにやら慌ててカエサルがカバさんチーム4人の家を飛び出していった。その時、私たちは呆気に取られていたがよくよく考えてみるともしかして、カエサルの不調の種はアンツィオにあるかもしれない。その後、その日の深夜にはカエサルは帰ってきたのだがその時にはカエサルはすっかり元気になっていた。まるでこの間の抜け殻のようなカエサルはどこにもいなかった。私たちはそんなカエサルの今の状況につけ込んで色々根掘り葉掘り聞いたところカエサルは素直に教えてくれた。カエサルによるとその日、冷泉さんたちと一緒に輸送機に乗って飛び立ったカエサルは北陸金沢へ行き、アンツィオの外交関係者と面会したらしい。その時に行方不明、安否不明の友達について尋ねたらその子は市民のリーダー的存在になっていてたくましく生きているとのことだったと嬉しそうに報告した。そして、ついでにアンツィオがどうやら反乱軍への降伏を考えているらしく、このまま戦争が終われば友達はきっともう安心だと笑っていた。私たちは安心して抱き合いながらカエサルにそんなに辛い思いをさせていたことに気がつかなかったことへの謝罪と精神の病に打ち勝ち見事に回復したことに対しての祝いの言葉を述べた。カエサルは本当にホッとしたような表情を浮かべていた。戦争の中の小さな幸せだった。だが、戦争と西住隊長はそんな小さな幸せさえも奪っていったのだ。

しばらくたったある日、「特殊演習」という機密の名称が付けられた何かが始まった。その日、メイン道路にはぎっしりと輸送機が敷き詰められ、アンツィオ方面に飛び去っていった。そして、夜になりアンツィオから戻ってきたと思われる輸送機が着陸した。何か胸騒ぎがした私たちはこっそりとその輸送機の中に積まれている荷物は何かを確かめるためにメイン道路がよく見える高い建物の屋上から見下ろした。輸送機の扉が開くと中からは人が出てきた。全員拘束され、手枷足枷を着用している。その中に一人裸にされた金髪の少女が降りてきた。それを見た瞬間、カエサルの顔つきが変わった。カエサルは大きく目を剥いて何かをぶつぶつ呻くような声を出している。耳をすませてみると何やら人の名前を呼んでいることがわかった。

 

「ひなちゃん……ひなちゃん……どうして……?」

 

「カエサル……?どうしたんだ?」

 

私が声をかけるとカエサルは鬼の形相をして「許せない……」と一言発すると表に飛び出していってしまった。私たちはカエサルの後を慌てて追いかけた。カエサルは全速力で走って飛行機が着陸したメインの道路に向かうと近くで警備していた兵隊の首根っこをいきなり捕まえると押し倒してギリギリとものすごい力で絞め付けた。

 

「ひなちゃんをどこやった……?!」

 

カエサルは今まで聞いたこともないようなドスの効いた低い声で言った。

 

「くっ……う……うぅぅ……うぁ……な……なにを……」

 

「惚けるな……!ひなちゃんをどうするつもりだ……?!」

 

このままではこの兵隊は死んでしまう。私たちはカエサルを引き剥がそうとした。しかし、カエサルは怒りで我を忘れているのか私たちを突き飛ばしてますます手に力を入れようとしていた。

 

「落ち着け!カエサル!その人はきっとお前の言う、ひなちゃんが誰かわからないだけだ!」

 

すると、カエサルはハッとしたような表情をして手を緩めた。彼女は咳き込みながら苦しそうに息をする。

 

「ひなちゃんは……おまえたちがどこかに連れて行った裸にされた金髪の少女だ。どこへ連れて行った?」

 

「それは……言えない……機密事項だ……」

 

「言えない……だと……?なら、仕方ない……!!」

 

カエサルは再び兵隊の首に手を持っていき力を込めようとした。すると、よほど苦しかったのか兵隊は青い顔をしながら片方の手で地面をバシバシ叩く。

 

「ひっ!わ、わかった!言う!言うから!冷泉さんのところだ!冷泉さんが管理している特殊監獄に連れていかれた!」

 

「そうか。わかった。ありがとう。冷泉麻子……許さない……絶対に許さない……」

 

カエサルは赤いマフラーをたなびかせてその場を立ち去り、また全速力で走って冷泉さんの研究室へと向かった。私たちも後を追いかける。カエサルがまた何か危ない雰囲気を醸し出している。私たちはカエサルが暴走しないことを祈りながら後をついていった。やがて、冷泉さんの研究室の前に到着するとまた、カエサルはものすごい鬼のような形相で冷泉研究室の扉を叩く。

 

「はい……なんだ……?誰だ……?」

 

中からは眠たそうな冷泉さんの応答する声が聞こえてきた。カエサルは冷泉さんにいつもの雰囲気とは違うことを悟られないためか努めていつもの雰囲気をつくりながら言った。

 

「冷泉さん、私だ。カエサルだ。少し話がしたい。今、いいか?」

 

「ああ、カエサルさんか。わかった。少し待っててくれ。」

 

ガチャリと鍵が開き、扉が開いた。カエサルは研究室から出てきた冷泉さんのを押し倒した。

 

「うわぁ!な、なんだ!?」

 

冷泉さんはいきなり押し倒されて困惑したような表情をしている。カエサルは鬼のような形相で冷泉さんの首を絞めあげた。

 

「冷泉麻子!!おまえ、相談に乗ってやるといいながら私を騙していたのか?!」

 

冷泉さんは苦しそうな表情をしながら訳がわからないと言ったような困惑したような目をしている。

 

「くっ……うぅぅ……い……いきなり……なんの……話だ……」

 

「惚けるな!私の友人をあんな屈辱を味あわせておいて!殺してやる!」

 

「うっ……ぐぁぁぁぁ……ちょ……ちょっ……と待て……誤解だ……私は……」

 

「御託は結構だ!この裏切り者!おまえだけは絶対に許さない!冷泉麻子!」

 

「うぐぅぅぅぅ……ぐぁぁ……」

 

カエサルはますます首を強く絞める。だんだん冷泉さんは白目を剥き始めた。いよいよ冷泉さんの命の危機である。私たちは何度も全力でカエサルを引き剥がそうとしたがカエサルはものすごい力で私たちを寄せ付けない。すると、後ろからものすごい叫び声が聞こえてきた。

 

「ちょっと!麻子に何やってるのよ!やめて!カエサルさん!」

 

武部さんだった。武部さんはカエサルさんに摑みかかる。

 

「離せ!武部さん!こいつだけは絶対殺さないと気が済まない!こいつは私の友達を裸にして晒し者にして連行したんだ!次は何するか、何を企んでいるのかわかったもんじゃない!」

 

「ちょっと待って!落ち着いて!麻子の話を聞いてよ!麻子がそんなことするはずない!とりあえず、麻子から離れて!」

 

武部さんはものすごい力でカエサルを冷泉さんから引き剥がして、冷泉さんに駆け寄る。

 

「麻子!?麻子!?大丈夫!?」

 

冷泉さんは激しく咳き込みながら息を荒げている。冷泉さんは何とか手をあげて武部さんに応える。

 

「し……死ぬかと思った……カエサルさん、カエサルさんは誤解している……裸にしたのは私ではない……私もあの少女が連れてこられたとき驚いた……あんな姿で街を歩かせたなんて……それに私が彼女を収監するように指示したわけでもないんだ……ほら、見てみろ。これが勾留状だ。向こうの総督府の人間から送付された……確認してくれ……」

 

カエサルは冷泉さんから手渡された勾留状に目を落とす。私もカエサルの後ろから覗き込むとそこには"落合陽菜美"という名前があった。これがカエサルのいう"ひなちゃん"であることは間違いない。カエサルはその名前を見て涙を流した。

 

「ひなちゃん……どうして………………冷泉さん……勘違いして申し訳なかった……てっきり冷泉さんがひなちゃんをこんな目に合わせているのかと思ってしまった……本当に申し訳ない!許してくれ!」

 

カエサルは床に頭をつける。冷泉さんはカエサルの姿に驚いて慌てて頭を上げさせた。

 

「やめてくれ。そんなことは必要ない。いいんだ。いいんだよ。私も逆の立場なら……沙織がそんな目に遭ってたら同じように思うだろう。カエサルさんの気持ちはよくわかる……そうだ。落合さんに会っていくか?積もる話もあるだろう。久しぶりにゆっくりと二人だけで話してこい。」

 

「ぜひ!ぜひ会わせてくれ!」

 

「うん。わかった。」

 

冷泉さんはニコリと優しげな微笑みを浮かべて牢獄の鍵を手にすると外に出るようにカエサルに促して、カエサルと二人で牢獄へと向かった。その後戻ってきた二人からある提案がされるわけだがそこで運命の歯車が大きく動き出すことになるとは私たちはまだ知らなかった。

 

つづく




次回はおそらく、30年後の話を入れることができると思います。


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第111話 助けたい

後半は30年後のお話が入っています。
どうぞお楽しみください。


私たちと武部さんの間には長い沈黙がもたらされた特に何も話すことはないし、カエサルの暴走で危うく冷泉さんを殺しかけるという大事件があったのでとても話しかけられる雰囲気じゃない。武部さんは非常に険しい表情をしていくつかある椅子の一つに座りながら大きなため息をついている。非常に過ごしにくい。カエサルには早く戻ってきてほしいものだ。しかし、その願いとは裏腹にカエサルはいつまで経っても帰っては来ない。1時間、2時間と時間が経ち、もはや5時間は経過しようとしている。その間に武部さんもどこかに行ってしまった。私たちも適当な椅子に座っていたのだが、だんだん座り疲れてきた。少し気晴らしにストレッチでもしようかと立ち上がった時だった。カーテンがかかっていた棚のようなものの奥がきらりと光ったような気がした。 私はなぜか、そこに吸い寄せられた。そこに何があるか無性に気になったのだ。そもそも、私たちはなぜ冷泉さんがこのような研究室に配属されているのか全くわからない。私は謎の好奇心から冷泉さんの秘密を暴こうとしていた。左衛門佐とおりょうからは知られたくないこともあるかもしれないからやめておくべきだと窘められた。いつもならそのように言われたら引き下がるのに今日ばかりは興奮状態になってしまってそんな声は耳に入ってこなかった。私はカーテンの奥に隠された秘密を見たくて思い切りカーテンを開けた。すると、そこには夥しい数の瓶が整然と並べられていた。よく見るとラベルが貼ってある。そこには"胃"とか"心臓"とか"肺"とか"腸"と言った臓器の名前が書いてあり、瓶の中にはそれらしい臓器の標本が液体に浮いていた。そして、その瓶の上部には検体番号が書かれていた。私は何か嫌な予感がしてゴクリと生唾を飲み込む。一体これは何であろうか。その棚の下段には"生体解剖検体"という題名が付けられたファイルがあった。私はそれを手に取るとページを一枚ずつめくった。5ページほどは真っ白なページが続いたが、6ページ目、そこには少女の顔写真と裸にされた全体の写真とともに検体番号が書かれていた。そこまではまだ良かった。だが、その検体番号を見たとき、私は青ざめて思わずそのファイルを手から滑り落とした。その検体番号は私の目の前にある"心臓"の検体番号とまるっきり同じなのである。他の瓶も一つ一つ貪るように手にとって調べて見ると"胃"も"腸"も"肺"も全て同じ検体番号だ。私は狂ったように棚にある瓶を調べ続けた。"肝臓"も"腎臓"も"膵臓"も全てが写真に写る少女に割り振られている番号と同じ番号。そして、私はその臓器たちの奥にあったあるものでそれらの臓器が全て写真に写る少女のものであると確信した。奥にあったもの。それは、樹脂で固められた少女の頭部の輪切りの標本だった。私は歯をカチカチ鳴らして、嘔吐きそうになった。背後に目をやると左衛門佐もおりょうも私と同じように青い顔をしている。いや、そんな言葉では形容ができないほどの顔である。私たちは見てはいけない冷泉麻子という少女の裏の顔、悪魔の姿を見てしまった。この蛮行を冷泉麻子という少女がやったのだと考えると全身が恐怖で震える。とにかく、早く逃げなくては左衛門佐とおりょうに目配せしてこの部屋から逃げ出そうとしたときだった。背後から地を這うような低い声が聞こえてきた。

 

「何をしている……?」

 

体を飛び上がらせて背後を見ると冷泉さんが無表情で立っていた。

 

「れ、冷泉さん……!?いや……何も……」

 

私は咄嗟に誤魔化そうとした。人間は慌てるとどうやらすぐにバレるような嘘をついてでも窮地を逃れようとするようだ。冷泉さんはコツンコツンと足音を響かせながら私の僅か1メートルの距離まで迫ってきた。

 

「嘘をつくな……なら、そこの机に載っている瓶はなんだ……?見たんだな……?見てしまったんだな……?私の秘密を。いけない娘だな。人の部屋を勝手に……本当は知られたくはなかったが仕方がない。」

 

冷泉さんのピクリとも動かない張り付いたような無表情に私は恐怖を覚えた。私の体中は震えて声もそれにあわせるように震える。

 

「冷泉さん……これは一体何なんだ……?この臓器の山は一体……?」

 

冷泉さんはその冷めた目で私の怯えた目を見つめる。冷泉さんの目は何かを見透かしたような目をしていた。

 

「エルヴィンさんのなかで、もうその答えは見つけているんじゃないか?そのファイルの中の検体番号とラベルに貼ってある検体番号は全く同じ。つまり……そういうことだ。」

 

冷泉さんは表情一つ変えずに淡々と言った。私は全身総毛立った。恐ろしいという並大抵の言葉では形容できない。私は生唾をゴクリと飲み込む。

 

「ま、まさか……これは冷泉さんが……」

 

冷泉さんは首肯した。私の全身から血の気が引いて行くのがわかった。

 

「そうだ。これは、私がやったことだ。すべて私がやった。私が解剖した。興味本位でな。人間の肉を切るあの感覚は一生忘れない。知ってるか?人間の肉というものは、思った以上に柔らかいんだぞ?」

 

私は呆然としながら冷泉さんの言葉を聞いていた。冷泉さんは半ば閉じた目でこちらをじっとりと見ている。私は冷泉さんの顔をまともに見ることができなかった。すると、冷泉さんはやおら白衣の内側から何かを取り出した。俯いていた私には目の上の方で何か黒いものが見えた気がした。少し顔をあげると冷泉さんが私に取り出したものをこちらに向けている。

 

「れ、冷泉さん……それで、何をする気だ……!?」

 

私たちは思わず後ずさった。冷泉さんが持っていたもの。それは、拳銃だった。

 

「私も、こんなものを西住さんから持たされていてな……秘密を知ってしまった者を処分するようにと言われているんだ。」

 

「そ、それで我々を撃つ気か……?!」

 

「そうだ。秘密を知られたのなら消すしかない。覚悟はいいか?」

 

冷泉さんはスライドを引く。ガチャリと弾が装填される音が聞こえた。

 

「や、やめてくれ……撃たないでくれ……お願いだ……お願いだから許して……」

 

私たちは徐々に後ろに下がっていく。冷泉さんはコツコツと靴音を響かせながら近づいてくる。そして、私たちはもはや逃げ場を失った。壁に追い詰められたのだ。

 

「行き止まりだな。言い残したいことはそれだけか……?君たちを殺した後は検体として解剖してやる。君たちの死は無駄にはしない。安心しろ。」

 

冷泉さんはそう言うと真っ直ぐ私の頭に銃口を向けた。撃たれる。そう思って目をぎゅっと強く瞑る。すると、一発の銃声が聞こえた。だが、痛くもなければ何も感じない。意識が途切れた感じもしない。何が起きたのかわからないが恐る恐る目を開けてみると冷泉さんは床に向かって銃口を向けており、床に小さな穴が開いていた。

 

「え……?どうして……?」

 

「どうして?って、本当に撃たれたかったのか……?形だけだ。本当に撃つわけがないだろう。私はもうなるべく人を殺したくはない。だから、形だけ君たちを殺したということにする。だから、君たちは一度死んだものだと思え。そして、今見たこの光景は他言無用だ。このことを知ったと西住さんの耳に入ったら君たちは確実に絶滅収容所送りになる。あそこに入れられたら生きては出られない。だから、君たちは何も見てはいない。いいな?」

 

「わかった……」

 

「わかったぜよ……」

 

「わかった……」

 

私たちの気の抜けたような返事を聞いて冷泉さんは無表情のまま頷いた。

 

「それでだ……君たちに協力してほしいことがあるんだ。」

 

「協力してほしいこと……?」

 

「そうだ。まずはカエサルさんの話を聞いてあげてほしい。」

 

冷泉さんは扉の外に声をかけるとカエサルが入ってきた。カエサルは神妙な面持ちをしていた。

 

「カエサル!」

 

「カエサル。友達との話はどうだったぜよ?」

 

「友達は無事だったのか……?」

 

カエサルは黙っていた。何かを言おうとしているが躊躇っているような状態だった。冷泉さんが協力をしてほしいと言ったこととカエサルが言わんとしていることは恐らく関連している。そのことで何か迷っている印象を受けた。友達を迷わせることは本意ではない。むしろ、友達なのだから遠慮せずに何でも相談してほしいものだ。できることならば何でもしてやろうと私は決意をしていた。

 

「カエサル……どうした?何か言いたいことがあるんだろ?」

 

カエサルは首を前に小さく振った。

 

「なら、遠慮することはないぜよ。何でも言ってほしいぜよ。」

 

カエサルはしばらく黙っていたが、躊躇いながら口を開いた。

 

「ひなちゃんは……無事だった……身体も大丈夫そうだった……ひなちゃんは本当に強い子だよ……あの牢獄の中でも毅然としていた……私にいつもと変わらない笑顔を見せてくれた……でも……ひなちゃんがいるべき場所はあんな暗くてジメジメした牢獄なんかじゃない……!ひなちゃんを光の溢れる世界に連れ戻してあげたい。いや、私が連れ戻してあげなくちゃいけない……だから……私はひなちゃんをこの地獄から脱出させる!だから頼む!私に協力してくれ!ひなちゃんを脱出させる手伝いをしてくれないか?!」

 

カエサルの言葉に、私たちは耳を疑った。それはつまり、この牢獄から脱獄させて大洗女子学園の学園艦を脱出させることを意味していた。カエサルは必死に床に額を擦り付けている。私はそんなカエサルを横目に言葉を返せずにいた。すると徐に冷泉さんが瓶を棚に戻しながら口を開いた。

 

「私の秘密を知った君たちを許す条件、それはカエサルさんの計画を手伝うことだ。私も、カエサルさんがこれ以上苦しむ姿を見るのは本意ではないし、この瓶の臓器の持ち主を解剖した罪を償うという責任がある。私も協力するから君たちも協力してくれ。」

 

それでも、私は言葉を返せない。私は迷っていた。この計画に私たちが加担するということは失敗した時や計画が露呈した時は死に直結することになる。さらにそれによってもたらされる死は想像を絶する。考えただけでも恐ろしい。そもそも、私たちの行動基準は全てが生き残ることに重点が置かれていた。だから、別に西住さんに対して忠誠を誓っているわけではないが、今アンツィオを切り取り、勢いに乗っている西住さんに逆らうのはリスクが大きすぎる。他ならぬカエサルの頼みだから何とか頼みを聞いてあげたいがどうしても失敗した時の恐怖が脳裏によぎる。

 

「しかし……リスクがな……」

 

私は絞り出すような声を出した。

 

「ふむ……リスクか。確かにリスクはあるな。だが、安心しろ。私たちの仕事は軍事境界線まで落合さんを逃がすこと。軍事境界線を警備しているのは聖グロの一部と梓が率いる部隊、それにそど子たち元風紀委員たちだ。聖グロの一部は練度が高い兵隊たちはアンツィオへ行ってるし、そど子や梓の率いる警備部隊も手慣れの部隊じゃない。西住さんの直轄軍ならまだしも彼女たちの練度ならばさほど怖がることもない。大丈夫だ。任せろ。それに、君たちは互いをソウルネームで呼び合うほどの親友なんだろ?私なら、もし沙織が土下座までして頼み込んでいるならどんなリスクを冒してでも何かをしてやろうと思うがな。君たちの友情はそんなものなのか?」

 

冷泉さんの挑発するような言葉を私は唇を噛みながら聞いていた。実に癪に触る言葉だった。私は瞳を見開いて冷泉さんを睨む。冷泉さんは相変わらず無表情で私の瞳を見つめていた。後々考えてみると冷泉さんは私たちを上手く誘導していたのかもしれない。兎にも角にも私たちは決意した。落合陽菜美を救い出し、学園艦から脱出させ、私たちも全員すべからく生還すると。

 

*********

 

私の目の前の教授たちは言葉を絶する凄惨な出来事をただ淡々と語る。さすがは学者である。彼女たち、特に歴史学者の杉山清美や松本里子の中では、全て現代史の中の一つの出来事すなわち、今まで沢山あった現代史の中の事件の一つに過ぎないという認識まで落とし込まれているのかもしれない。彼女たちはまるで私に現代史の講義でもするかのように自らの体験を語っていた。

 

「それで、私たちはカルパッチョさん……いや、落合さんを救い出すことになったんだ。」

 

左衛門佐が懐かしそうな遠い目をしながら言った。

 

「なるほど。落合さんが助かったのはそういう経緯だったんですね。それにしても、西住みほは生徒たちだけじゃ飽き足らず小さな子どもまで殺していたんですか!?なぜそんなことを!?」

 

私は怒りを露わにした。もはや、私は冷静に中立な立場で取材を続けることは困難になっていた。

 

「西住殿は純粋に殺害を楽しんでいたんですよ。西住殿は人を人とは思わない。傷つけ殺すことだけが生きがいでしたから。だから小さな子どもでも平気な顔をして殺せるんです。私は心理学の専門家ではないので西住殿がどういう心理状況にあったのかはよくわかりませんが……西住殿が一人で殺した人数だけでも合計すると1万人を超えていると思いますよ。」

 

1万人、その数に私は震え上がった。しかも、それを組織ではなく一人で殺害してみせたという。想像を絶する数だった。

 

「そんなに殺したんですか……しかも一人でその人数って……一体反乱軍は全部で何人くらい殺したんですか……?」

 

「それはわかりません。記録がありませんから。ただ、5万人とも10万人とも言われています。」

 

「そうなんですね……」

 

「私もたくさんの処刑に従事してきましたが、引き金は思った以上に軽いんです。まるでおもちゃみたいに。その軽い引き金を引いた瞬間、その人の命は終わるんです。あの時の命はそれだけ軽いものでした。想像できますか?命がそれだけ軽かったという現実を。」

 

秋山優花里たちが紡ぐ凄惨な話に私はだんだん胸が苦しくなり、気分が悪くなってきた。

 

「何だかこの話をしていると聞いてるだけで気分が…………」

 

「大丈夫ですか?無理はしないでくださいね。これ以上体調が悪くなってもいけませんので話題を変えましょうか。」

 

秋山優花里は私の背中をさすりながら心配そうに言った。話題を変えてくれて本当に助かった。

 

「すみません……お気遣いありがとうございます。」

 

気分が少し落ち着いた私は手帳を覗き込み、次に聞くべき話を考えていた。すると、エルヴィンが何かを思い出したかのように口を開いた。

 

「そうた。そういえば山田さんに見せたいものがあったんだ。」

 

「見せたいものですか?何でしょうか?」

 

「私の研究室にカエサルの手帳があるんだ。あそこに私たちが考えていた作戦が仔細に渡るまで書いてある。見たいか?」

 

見たくないなんて言うわけがない。見たいに決まっている。全てを見て後世に伝える。それが私の使命だ。私はもちろんと大きく頷いた。すると、エルヴィンは少し待っているように言って研究室へと向かった。10分くらい待ってエルヴィンは戻ってきた。その手にはボロボロになった古い大洗女子学園の生徒手帳が握られていた。

 

「わざわざありがとうございます。これですか。中身、開いて見てもいいですか?」

 

「ああ。もちろんだ。ただ、だいぶ損傷が激しいから丁寧に扱ってくれ。あの戦争で残っている貴重な第1級の一次史料だからな。」

 

「はい。分かっています。」

 

私は息を呑み、ページを丁寧にそっとめくった。しばらくは校則や校歌、学園の歴史などが書かれたページが続いたが、やがて鉛筆でびっしりと文字が書かれたページが現れた。このページは境界線沿いの兵士の動員と配置が時間帯別について書かれているページのようだ。なるほど。仔細に渡るまでよく、調べられている。さらに、次のページには具体的な作戦の内容が書かれており、何度も書き直された跡が見られた。

 

「この計画は完璧だった。この通りにすれば落合さんも逃がせて私たちは全員絶対に助かるはずだった……でも、まさかあの日に限って……まさに運命のいたずらだよ。」

 

松本さんが大きなため息をつきながら悲しそうな声で言った。

 

「何が起きたんですか……?」

 

私がそう尋ねかけた時だった。ゼミ室の扉をノックする音が聞こえてきた。エルヴィンが返事をするとちょうど彼女たちと同じくらいの年齢の男性が顔を覗かせる。

 

「失礼します。松本先生。あっ、杉山先生もこちらにいらっしゃったんですね。そろそろ定例の会議が始まりますよ。」

 

左衛門佐は腕時計をちらりと見て、私に向き直った。

 

「もうそんな時間か。山田さん。申し訳ないのだが、この後、定例会議に出席しなくてはならない。終わったらまた戻ってくることもできるがまだいるか?」

 

流石にそこまで彼女たちに負担をかけることはできない。私はこれでお暇することにした。次会える日を聞いたところ偶然にも全員来週の日曜日は何もすることがなく暇だということなので朝から会うことになった。私はエルヴィンと左衛門佐という2人の歴史学者に別れを告げて再び冷泉麻子と秋山優花里とともに道を戻る。途中の薬学部棟で冷泉麻子とも別れて、秋山優花里とともに正門まで向かっていた。私は秋山優花里にわざわざ正門まで来てもらわなくてもいいと言ったのだが、どうしても伝えたいことがあるとのことで、今は2人きりで歩いている。しばらく歩いて秋山優花里は私たち以外誰もいないことを確認すると私の耳元で囁く。

 

「このことは誰にも言わないでくださいね……?実は……ここだけの話なんですけど、直下殿に会えるかもしれません……今、直下殿に極秘で接触していまして、先方も面会に前向きです。まだ、正式に決定しているわけではありませんがもし実現すればかなりディープな話が聞けると思いますし、うまくいけば赤星殿や西住殿本人の消息もわかるかもしれません……その分西住殿に近づくことになるのでリスクは増しますが……どうします?直下殿に会いますか?」

 

こんな美味しい話、乗らない手はない。危険を冒してでも真実を探求する、それがジャーナリストというものである。私はジャーナリストという誇りをかけて大きく頷いた。

 

「ぜひ、会わせてください。」

 

私の心臓は新しい真実を知ることができる興奮で胸が高鳴っていた。だが、その反面今度はどんな凄惨な光景が広がるのか恐怖でもあった。あの戦争の謎のベールがまた一つ新しく剥がされようとしていた。

 

つづく

 

 



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第112話 アンツィオ編 会見

30年後のお話とアンツィオのお話です。
アンツィオ降伏までに何があったのか……


その日、私は大洗港にほど近いとあるバーに来ていた。遡ること25時間前、家に帰った私はパソコンを開いていた。いつもの日課で重要なメールなどが届いていないかチェックするためだ。いつもはダイレクトメールなどが多いが今回ばかりは違っていた。落合陽菜美からメールが届いていたのだ。開いてみると、明日新店舗を開店するための視察に社長の安斎千代美と共に大洗へ行き、さらに午後から私用で角谷杏町長と小山柚子町議会議員と会う予定があるが、夕方から暇になるので私含めて5人で酒でも飲みながら先日の話の続きをしないかと書かれていた。私はすぐに、ぜひ行かせてもらう旨を返信した。私はもともと酒に目がない。仕事中に飲むのは忍びないが私は雇われているジャーナリストではないので私を縛るものはない。話の内容的に楽しく飲めるかはさておき、たまには酒を飲みながら話すというのもいい。それに、もしかしたら酒の力で普段は決してこぼすことのない話を聞くことができるかもしれない。そんなことを期待しながら私は電車でバーへと向かったのだ。バーにはすでに安斎千代美ら4人が待っていた。そのバーは静かな雰囲気の味があるバーであり、女性のバーテンダーが切り盛りしていた。

 

「お!山田さん!こっちだ!」

 

安斎千代美が私が入ってきたのを真っ先に見つけて右手を振りながらこちらに笑顔を見せる。私も会釈をしながら微笑みを見せて挨拶をした。

 

「皆さん、こんばんは。お待たせしてすみません。」

 

私はいつものような様子を装いながらも心の中では酒を飲みたくてうずうずしていた。最近、話を聞いた後のまとめなどを作っており、酒を飲む時間がなかったので尚更である。

 

「やあやあ!待ってたよ!」

 

「お元気でしたか?」

 

「社長も私もお会いできること、楽しみにしていました。」

 

落合陽菜美と角谷杏と小山柚子とも挨拶を交わす。私が席に着くと、角谷杏はカウンターに立つ、バーテンダーの女性に声をかけた。

 

「いつもみたいにお任せで頼むよ。」

 

バーテンダーの女性はこちらをちらりと見ると私たちの顔を1人ずつ確認しながら短く言葉を紡いだ。

 

「全員?」

 

すると、角谷杏が私の顔を見ながら目でどうするか確認を取る。私は頷いてそれでいいという意思を伝えた。角谷杏は再びバーテンダーに声をかける。

 

「うん。全員それで頼むよ。」

 

「わかった。」

 

バーテンダーはそういうと、早速マドラーで酒を混ぜてカクテルを作り始めた。しばらくして、バーテンダーはこちらを振り返り、見るからに刺激的な真っ赤な色をした酒を持ってきた。

 

「お待たせ……ここオリジナルの名物……ハバネロクラブ……」

 

私はバーテンダーのハバネロと言う言葉を聞いて耳を疑った。名前を聞いただけで口中に辛味が広がったように感じた。私はそこまで辛いものが好きと言うわけではない。むしろ、苦手だ。私は助けを求めるように、隣に座っていた角谷杏の顔を見た。だが、角谷杏はまるで何てことないと言うような顔でグラスを弄んでいた。角谷杏は全員の手元に酒が置かれたことを確認するとグラスを持ちながら口を開いた。

 

「それじゃあ、まずは乾杯しようかー。みんなグラス持ってー。乾杯。」

 

角谷杏の声に合わせて私たちはグラスを軽く持ち上げて乾杯の声をあげた。さて、乾杯を済ませたのはいいが、私はしばらくその危険な色を見つめていた。この飲んだ瞬間に口から炎が吹き出そうな酒を口に含むのは躊躇われる。だが、周りを見てみると私以外は皆それを美味しそうに飲んでいる。見た目だけで案外、辛くないのかもしれない。そう思って私は冒険するような気持ちでそれを口に含む。その瞬間、私は目を剥き、思わず叫び声をあげた。

 

「ぎゃんっ!?辛い!!!」

 

私は咳き込みながらバーテンダーに手で水を求めた。バーテンダーは私をちらりと一瞥すると水とともにクリームソーダを持ってきた。

 

「特別にサービスだよ……これで辛さを和らげながら飲みな。」

 

「あ……ありがとうございます……いただきます……」

 

私は辛さに我慢できなくて慌ててクリームソーダにのっているアイスクリームを舌に押し当てた。それでも辛味が残る。舌が痛くて仕方がない。

 

「あははは。やっぱり、初めてだときつかったかー。ごめん。」

 

角谷杏が苦笑いを見せる。私は激しく咳き込み息を荒げながらなんとか頭をもたげた。

 

「だ、大丈夫です……」

 

私はそういうと、頭を真っ白にして何も考えずにただ黙々とクリームソーダとハバネロクラブを飲み続けた。辛味に悶えてはクリームソーダで辛さを和らげるというサイクルを繰り返しながら何とか全て飲みきった。だが、まだまだ舌が痛い。私はそのあと3杯のクリームソーダを頼んで何とか落ち着いた。

 

「山田さん。大丈夫ですか?」

 

「無理するなよ……?」

 

小山柚子と安斎千代美が心配そうな声をあげた。

 

「はい……何とか……」

 

「私たちはもう何度か飲んでるので慣れてますけど、初めてでこれは辛いですよね……気がつかなくてすみませんでした……」

 

落合陽菜美が申し訳なさそうな顔をして頭を下げる。

 

「大丈夫です……心配しないでください……」

 

私は下品だがしばらくコップに入った水に舌を浸しながら休んでいた。やがて、落ち着いてきたので、早速だが私は仕事を始めた。

 

「あの……お楽しみのところすみませんが、そろそろお話を伺ってもよろしいですか?」

 

私が声をかけると角谷杏以外全員が姿勢を正した。

 

「そうですね。話はどこまで聞きましたか?」

 

「この間、冷泉さんたちに会った時にアンツィオ降伏までの話は聞きました。」

 

「なら、アンツィオがどのような経緯をたどって降伏するに至ったのかという話から始めましょうか。」

 

落合陽菜美は遠くを見ながら静かにあの地獄のような日々を語り始めた。

 

*******

 

あの日、私は災害対策会議が終わったあと、河村さんとともに資料を準備してアンツィオ市民に現状を伝えるために会見会場へと向かっていた。コツコツと靴音を2つ響かせながら歩く。絶対に会見を開くと威勢良く言ったはいいもののこの絶望的状況を伝えていいものなのか会見の時間が近づけば近づくほど内心迷いが生じていた。そんな迷いはとっくに捨てたはずなのに心の最奥で密かに渦巻いていた不安が再び蘇ってきていた。私はその不安を拒否するかのようにぶんぶんと首を振った。真実は隠すことなく、伝え、市民にも協力を仰ぐ。それこそこの非常時に私がやることであり、私が任された最大の仕事だ。私は私の信念に従って行動しよう。私はそう誓って会見会場に足を踏み入れた。会見会場にはすでに多くの記者たちが私を待ち構えていた。私は一礼してマイクの前まで歩みを進める。シャッター音とフラッシュが一斉に私に浴びせかけられた。私はマイクの正面まで来ると立ち止まって再び一礼をした。そして、真っ直ぐ前を見つめて口を開いた。

 

「昨日、午後12時頃すでにご承知のように数度にわたる爆発が発生しました。それにより、多大な被害が出ています。まず、被災されました皆様には心よりお見舞い申し上げます。さて、こうした事態を踏まえ、私たちは直ちに特別厳戒緊急事態を宣言し災害対策本部の上位機関特別災害対策本部を設置しました。本来、本学生徒会長が特別災害対策本部長に就任するべきところですが現状生徒会長が行方不明のため、生徒会からの要請を受け私が本部長に就任しております。市民の皆様の安全を確保し、被害を最小限に抑えるため、学園艦の自治機構として関係機関と連携しながら総力をあげて取り組んでまいります。市民の皆様におかれましても今後、ラジオ新聞テレビなどで注意深く情報収集に努めていただき落ち着いて行動いただきますようお願いいたします。また、特別厳戒緊急事態宣言が宣言されている間、同宣言の規定に基づき皆様の市民権を一時停止いたします。状況が好転するまでの間ご理解ご協力をお願いいたします。さて、次に被害の状況の説明をさせていただきます。ただいま入っております最新の情報によりますと、被害状況はかなり甚大なものになっており、インフラ設備は水道は使用できますがガスと電気は断絶され現在一切の供給がストップしています。復旧については全く目処が立っていません。復旧は相当な時間を要する可能性が高くなっています。また、今回の爆発の影響により、各所で火災が発生しています。消防からの報告によりますと特にインフラ設備群の中でガスタンク付近を中心に激しい大規模火災が発生しています。現在、消防が懸命な消化活動を行なっていますが鎮静化の見込みは立っていません。ガス、電気の断絶もインフラ設備群の大規模火災が原因と見られています。また、その他の地区でも火災が発生しておりましたが現在のところ鎮静化に成功しました。ただ、各地区でかなりの被害が発生していると報告があり、南市街地では1軒全焼、西市街地では4軒が全焼したとの報告が入っております。爆発による直接的な被害ですが、南市街地、西市街地、戦車演習場、階段前広場、校舎1号棟、第7都市公共施設群変電所、電話基地局、艦橋が被害を受けたという報告が上がっています。また、死傷者行方不明者も多く出ており、風紀委員会からの報告によりますと現在確認しているご遺体の数は学園内警備本部所轄が236名、南市街地警備分隊所轄が63名、西市街地警備分隊所轄が52名、総数351名でそのうちお名前が判明した方は20名です。また、ご遺体の安置所については本日付で本校体育館に開設しております。行方不明の方が全体で512名、負傷した方の所轄別人数は南市街地警備分隊所轄110名、そのうち重傷の方は53名、軽傷の方57名西市街地警備分隊所轄77名、重傷の方25名、軽傷の方52名学園内警備本部所轄98名、重傷の方43名、軽傷の方55名で総数は285名となっています。行方不明の方につきましては現在全力で捜索を行っています。また、現在の学園艦の状況ですが、船舶科によりますと艦橋、副艦橋が爆発により失われたこと、緊急時の機関室操舵システムの故障の影響により本艦は操舵を失い航行が不可能であるという結論に至ったとの報告が本艦艦長工藤から報告がありました。また、当時勤務していた副長以下艦橋員全員と連絡が取れず、非番だった船員以外の船員の多くと連絡が取れていないという状況であり、航行可能までにはかなりの時間を要すると予想されています。このような状況を踏まえ、現在この船は漂流状態にあると宣言されました。機関の状態ですが機関自体は原子力を動力としており、無事であると思われますがしばらく安全確認のため停止の可能性があります。しかし、現段階で原子炉の保守管理を掌る機関長と連絡がつかず、さらに機関室へと通じる通路もがれきでふさがれてしまい、現状の把握が困難を極め、詳細は不明です。救助の要請についてですが通信機器が今回の爆発により失われており、救助要請は困難であるという結論に至りました。現在の本艦の位置は天測を行った結果伊豆半島の石廊崎より20km南西、北緯34度26分51秒東経138度46分6秒の位置であることが判明しました。現在、船舶科では船員の捜索と国際信号旗を掲揚して救援を求めているところであると報告されています。被害状況の報告は以上です。続いて、なぜこのような爆発が起きたのかということについて報告申し上げます。すでに、市民の皆様の中で目撃された方も多くいらっしゃると思いますが、この爆発は航空機による武力攻撃によってもたらされたものです。武力攻撃を行なった機体は知波単所属の軍用機であると報告されています。もちろん、知波単から攻撃されるいわれはありませんが、一度攻撃を受けた以上これからも攻撃を受ける可能性があるので市民の皆様におかれましては十分に警戒してください。また、明日以降特別厳戒緊急事態宣言を根拠とし、各街区に最低5つの防空壕や待避所を作るための住民総動員を行います。ご協力お願いいたします。また、ご協力いただけない場合は特別厳戒緊急事態宣言を根拠とした拘束及び勾留措置を取らせていただく場合もありますのでご注意ください。さて、最後になりましたが食料等の生活必需品については学園艦の全員が一年生活できるだけの備蓄がありますのでご安心ください。私からは以上です。質問は後ほど広報班長河村が受け付けます。私は職務がありますのでこれで失礼いたします。」

 

私は一方的に淡々と状況を伝え、再び一礼をして会見会場を立ち去った。会見場は皆静まり返ってただパソコンをタイピングする音だけ響いていた。その後、河村さんが壇上に上がって質問を受け付けていた。会見会場から出た後、なんとなく後ろを振り返って会見会場を覗き込んでみたら、何本もの腕が天井に向かって伸びている。河村さんは記者たちの質問に一つ一つ丁寧に答えていた。河村さんにも情報は嘘なく的確に伝えるように指示をしている。河村さんならきっとうまくやってくれるはずだと安心して特別災害対策本部に戻っていった。あの後、記者たちの対応に追われてへとへとに疲れきって帰ってきた河村さんをねぎらい、情報収集と関係各所への指示に追われる1日がまた終わろうとしていた。だが、私にはまだやることがある。それは、遺体安置所に向かうことだった。ようやく今日、遺体安置所の開設の目処がたったのだが、昼間は被災者が犠牲者の遺体との再開の場である。私も被災者の1人ではあるが私のような行政側の人間が入る余地はない。だから、今日から深夜に犠牲になったペパロニや戦車隊の隊員たちの遺体を探すことにしていたのだ。私は特別災害対策本部から闇に染まった街を懐中電灯で道を照らして唇を噛み締めながら歩いた。校舎からしばらく歩くと体育館が見えてくる。体育館は真っ暗で闇に飲まれていた。まるで、犠牲者たちの悲しみと怒りが渦巻いているように感じた。体育館の中は電気が来ていないので真っ暗である。深夜なので職員も誰1人としていない。コツンコツンと私の足音だけが響いていた。体育館の重たい扉をあける。ほとんど何も見えない。入る前の礼儀として私は手を合わせて心の中で友人たちを探すために遺体を懐中電灯で照らすこととこのような深夜遅くの来訪を謝罪して一歩ずつ足を踏み入れた。懐中電灯で照らすとそこには小さな毛布に包まれた遺体とその人の遺品が入った袋が目に入って来た。さらに遠くを照らすと体育館の奥まで雑然と夥い遺体が並べられていた。そのあまりの数に口を手で抑えながら一番手前にあった小さな遺体の近くに座り込み、その近くにあった遺品類が入れられている袋に書かれているその遺体の特徴などが書かれた紙を覗き込んだ。そこには右手前腕のみと書かれており、発見場所は1号棟跡と書かれていた。その文字はあまりにも淡々として無機質に情報を伝えていた。1号棟といえば最後にペパロニが向かった場所である。私はその遺体を確認するためにその毛布をとった。すると、毛布の中には薄汚れて埃だらけになった肘から下の部分が現れた。それを見た瞬間私は思わずえずく。胃の中から胃酸が込み上げてくるのがわかった。それを必死に飲み込んで、それが友人なのかを確認しようと手にとった。その瞬間だった。心の中に何かが入ってきた気がした。心の中にこの人の最期が浮かんだ。この人はどのようにしてこのような姿になったのだろうか。訳もわからぬまま瓦礫に埋もれて死んだのだろうか。それとも逃げ惑っているうちに爆弾に巻き込まれたのだろうか。私は無意識のうちにその冷たい石のような腕を抱きしめた。その瞬間今まで押し込めていた感情が一気に溢れ出した。私は暗闇の中で滝のような涙を流しながら一人泣き叫んでいた。

 

つづく



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第113話 アンツィオ編 壊れた翼

今日もアンツィオ編です。
よろしくお願いします。
今日もまた大きく物語が動きます。


とめどなく流れる涙が私の目の前に水たまりをつくる。私はその遺体を再び毛布に置いた。そして、もう一度手を合わせてその遺体に声をかけた。

 

「ごめんね……あなたは私が探している人じゃない気がする……辛かったね……怖かったよね……早く迎えに来てくれるといいね……きっともう直ぐ来てくれるはず……」

 

私はそう言うと毛布に丁寧に包むと隣に置かれている遺体に対面した。識別標を見るとこの遺体は両脚が欠損しており、顔の損傷が激しいと記載されており、その遺体も発見場所は1号棟とあった。私は"顔の損傷が激しい"という文字にその遺体を見るのを躊躇った。しかし、もしかしたらペパロニのものかもしれないと思い、再び込み上げてくる生唾を飲み込みながら包まれた毛布を丁寧に取り外した。すると、そこには見るも無惨な、言葉ではとても形容しがたい遺体が寝かされていた。顔が潰れているなどという言葉では言い表せないほど酷い状態だった。顔以外の特徴や背格好を見たところ、恐らくは私が知らない人だ。しかし、いくら知らない人と雖も心に与えられたショックは相当なものであった。私はぺたりと床に尻をつけて放心状態になった。まるで、臀部と床が張り付き、足が鉛のように重くなってそのまま動けなくなった。私は焦点の合わない目で天井を見つめたまま遺体に囲まれながら夜を明かしたのであった。

翌朝、目を覚ますと見知らぬ天井が飛び込んできた。ぼんやりとした頭で寝たまま辺りを見回すと私はこじんまりとした部屋のソファの上で寝かされていることに気がついた。そのソファの近くには椅子がありその上には風紀委員の少女が座っていた。風紀委員は私が目を覚ましたことに気がつくとホッとしたような表情を見せた。

 

「よかった……目を覚ましてくれて……遺体安置所で倒れていたところを発見した時はびっくりしました……」

 

「すみません……ご迷惑おかけしました……」

 

私は膝に置かれた自らの手に目線を落とし、私のせいで仕事を妨げてしまったという自己嫌悪に駆られた。

 

「いえ、大丈夫ですよ……慣れていますから……」

 

風紀委員は優しげな口調でそういうが私は俯いたまま唇を噛み締めていた。私の手は昨日の凄惨な光景を思い出し微かに震えていた。

 

「私、何も知らなかったんです……あんなに悲惨だったなんて……いえ、もちらん数字の上ではわかっていましたし、報告では酷い状態のご遺体が多いって聞いていました……でもどこかで信じていなかった、いや信じたくなかったんだと思います……楽観視していたんです……きっと何かの間違いだって……だけど、あの夥しい数のご遺体……しかも損傷も激しくて……同じようないや私が見たご遺体よりももっと酷いご遺体があるかもしれないと思うと耐えきれなくて……それで……私は……」

 

私は声を震わせる。すると、その様子を見ていた風紀委員はやおら私を抱きしめると背中をさすってくれた。その手はまるで母のように安心感のある手つきだった。

 

「大丈夫。大丈夫です。もうそれ以上何も言わなくても。」

 

「すみません……」

 

「初めてここに来た人は誰しもがこうなります……誰もこの状況を受け入れられる人なんていないんです……辛かったでしょう……」

 

「辛かったなんて言葉ではとても……私も友人を探している身ですから……」

 

「そうだったんですね……軽率な発言だったかもしれません……すみませんでした……早く見つかると祈っています……」

 

私はコクリと言葉を発せぬまま頷いた。私はしばらくそのまま風紀委員の少女に抱かれたまま声を殺すように泣いていた。だが、いつまでも泣いているわけにはいかない。私は今やこの学園艦の運命を握る存在である。私は大きく深呼吸をして、何とか気持ちを落ち着ける。

 

「もう大丈夫です。大分落ち着きました。ありがとうございます。ご迷惑おかけしました。」

 

「立場上、泣いてはいけないのかもしれませんが、無理だけはしないでください。無理は体に毒です。いつか壊れてしまいます。この非常時においては特に……」

 

「お気遣いありがとうございます。お仕事の邪魔をしてしまってすみません……」

 

「いいえ。大丈夫です。それでは、私は仕事に戻りますね。対策本部には落合さんのことは伝えてありますから、ゆっくり休んでいってください。」

 

風紀委員の少女はそう言って部屋から出て行った。だが、皆が辛い仕事に従事しているなか、まさか本当にゆっくりと休息を貪るわけにはいかない。私は素早く身支度を整えて体育館の外に出ると、急いで対策本部へと向かった。対策本部の扉を開けるとちょうど朝礼が行われていた。

 

「落合さん!?遺体安置所で倒れてたって聞きましたけど大丈夫ですか!?心配しましたよ!?」

 

遺体安置所を管轄する衛生班の石井さんがまずはじめに声をあげた。それに続いて他の皆も私を心配して声をかけてきた。私は皆にもう大丈夫だということと心配をかけたことへの謝罪を伝える。すると、皆私の事情は理解していてくれているようで広い心で許してくれた。その後、朝礼が行われた。朝礼では私が皆を心配させてしまったということに恐縮して代わりに河村さんにやってもらおうと思っていたが、河村さんが"本部長がいるのに私がやる必要はない"と固辞されたため、結局私がやることになった。気持ち的にはみんなを心配させた挙句、偉そうにみんなの前で指示を出すのはとても申し訳ない気持ちでいっぱいになった。とはいえ、今日は重要な伝達事項がたくさんあるので結果的には私が伝えた方が良かったのかもしれない。私は、皆の前に立つと徐に口を開いた。

 

「皆さん。おはようございます。今日はみなさんにご心配とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。さて、時間もないことですし、なるべく手短に伝えようと思います。今日の伝達事項は2つです。まず、一つ目。防空壕と待避所づくりについてです。これは非常に重要です。これが無ければ私たちは敵の戦果を稼ぐためのいい的にされるだけです。ですから、早急に作る必要があります。これは、総務班の土木担当に任せます。二つ目、防災無線についてです。今日より、防災無線で空襲警報が運用されます。空襲警報のサイレンが鳴った際は急いで頑丈な建物か地下に退避してください。運用は広報班に任せます。とりいそぎ、伝達事項は以上です。それでは各位本日の業務に入ってください。」

 

「「はい!」」

 

さて、今日もまた忙しい1日が始まった。まだまだ復旧作業は山積みで、やることは山のようにある。さらに、遺体安置所が開設されたことにより、被災者の心のケアと遺体安置所の体裁を整える必要があることもわかった。心のケアについては臨床心理士やカウンセラーの発掘を行えば何とかなるだろう。第1、この学園艦にも何人かの心理士がいたはずである。あとで、衛生班を通じて要請をすることにした。心のケアについては何とかなりそうだが問題は遺体安置所の体裁についてである。あの時は私も心に余裕がなくとてもじゃないが言えなかったが、今思い返すと床に無造作に遺体が置かれ、無機質で事務的な紙で遺体の特徴が書かれ、更には番号で管理されているという今の遺体安置所の現状は運営する側である私でさえ怒りを感じた。友人や家族を亡くした一般の被災者にとってはもっと怒りの感情が強いだろう。せめて花くらいは用意して弔いの気持ちと敬意を評して尊厳を回復してあげたいものだ。遺体は物ではない。今は魂はなくても一人の人間であったという意識を持って接しなくてはならない。それを今一度職員たちに自覚させる必要がある。では、私は何をするべきか、まずは弔う気持ちを表すために花ぐらいは用意してあげるべきであるだろう。確か、学園艦には花屋もあったはずだ。相談してみることにしようと、椅子から立ち上がり、被災者が生活しているブロックに行こうとしていた時である。突然、空襲警報のサイレンが鳴り響いて、屋上で監視任務に当たっていた広報班の班員が慌てて飛び込んできた。

 

「落合本部長!大変です!来ました!知波単です!零戦と思われます!数は約20、高度約300!真っ直ぐこちらに向かってきています!」

 

「やっぱり来ましたか……今から退避しても目視できる距離ならもう間に合わない……爆弾を積んでいないことを祈りましょう。全員、机の下に潜って伏せてください!」

 

私の声で室内にいた人たちは全員机の下で丸くなって伏せた。しばらくするとエンジンの爆音が上空を通り過ぎ機銃掃射の音が聞こえてきた。私は屋外で防空壕をつくっていた市民と対策本部職員の無事を祈っていた。縦横無尽に飛び回る零戦と見られる機体はアンツィオ学園艦の街に容赦のない機銃掃射を続けていた。そして、この対策本部がある建物も例外ではなく、銃弾は容赦なく撃ち込まれた。飛び交う銃弾がヒュンヒュンと風を切る音が聞こえてきた。銃弾が撃ち込まれるたびにガラスが割れる音と悲鳴が聞こえてきた。私も恐ろしくて机の下でうずくまって震えながら空襲が終わるのを待っていた。30分ほど経った頃だろうか知波単所属の零戦は街で蹂躙の限りを尽くしてようやくエンジン音は遠ざかり、空襲はようやく終わった。私は机の下から這い出すと、ガラスはほぼ全てが割れて、さらに床や壁に銃弾が突き刺さっていた。皆は無事だろうか。安否を確認すると皆、幸いなことに無事で怪我もなかった。私はひとまずはホッとして他の被害状況の確認をするように指示を出していた時だった。解除されたはずの空襲警報のサイレンが再び鳴った。私は慌てて窓の外から様子を見ると一機の零戦が大きく旋回してこちらに戻ってきていた。しかし、何か様子がおかしい。機体がフラフラして何やら黒い煙を上げどんどん高度が下がってきている。知波単来襲を知らせた広報班の班員が双眼鏡を覗き込みながら叫んだ。

 

「危ない!堕ちる!」

 

私は全速力で屋上の監視所に急いで向かった。監視所に設置されている双眼鏡を覗きその零戦を捉えてその行方を追った。零戦は超低空で真っ黒の煙を上げさらにフラフラと揺れを激しくしながら飛んでくる。落ちそうなところを何とか態勢を立て直し、また落ちそうになり立て直してを何度も繰り返しながら対策本部がある建物の上空を通り過ぎて行った。その時、私ははっきりとパイロットの顔を見た。パイロットは必死な苦しそうな顔をして操縦していた。そして、零戦は街のはずれにある戦車道の演習場付近までやってくるとその辺りで更に高度を低くして私の覗く双眼鏡から姿を消した。どうやら、そこに不時着、もしくは墜落したようだ。私は徐に双眼鏡を下ろすとしばらく呆然として零戦が消えた方角を眺めていた。空には先ほど消えた零戦の友軍機と思われる機体が学園艦の上空を旋回していたが、やがてどこかに飛び去っていった。さあ、大変なことになった。市民よりも早く消防団と風紀委員を向かわせてパイロットの身柄を確保しなくてはいけない。もしも、市民に先を越されたらそれこそ目も当てられないことになる。ただでさえ、知波単の人間は市民から恨まれている。しかも、先ほどまで空襲をしていたパイロットだ。生きていたら残虐な方法で殺される可能性がある。死んでいたとしても遺体を略奪される可能性がある。それは決して許されることではない。私は防災無線で消防団と風紀委員の幹部に10分以内に対策本部横の教室に集合するように指示を出した。私は再び全速力で階段を駆け下りて対策本部へと向かった。

 

「零戦、どうなりました!?」

 

広報班の班員が慌てながら大声で言った。いくら、嘘をつかずに全てを正直に話すように言っている私でもこればかりは秘密にするほかない。それをわざわざ大声で喧伝するようなことをする広報班の班員の口を慌てて塞ぎ、辺りを見回して対策本部の人間以外誰もいないことを確認すると周りの人を集めて小さな声で言った。

 

「戦車道の演習場に不時着、もしくは墜落したと思われます……」

 

「それ、まずくないですか……?もし市民が先にそれを見つけたら……」

 

「ええ……リンチされるかもしれません……死んでいたとしても遺体の略奪とか……だから、今から消防団と風紀委員に全力でパイロットの捜索、身柄確保もしくは遺体回収を開始します。このことだけはくれぐれも極秘にお願いします。誰に聞かれても絶対に関係者以外に話してはいけませんよ?わかりましたね?」

「「はい。わかりました。」」

 

私はそれだけを言うと対策本部の隣の部屋に向かった。隣の部屋にはさすが消防団員と規律を重んじる風紀委員だ。すでに全員集合していた。私は再び辺りを確認すると近くに寄るように言って小さな声で言った。

 

「皆さん、突然の招集に驚かれたかと思います。素早い集合ありがとうございます。実は、まずいことが起きました。先ほど空襲があったことは周知の事実だ思います。その空襲の後に再び空襲警報が鳴りましたね?実はあの後、零戦が何らかのトラブルで学園艦に不時着、もしくは墜落したらしいのです。消防団と風紀委員は必要最低限の人員以外は全員活動を中断してパイロットの身柄確保、死亡していた場合は遺体の回収を早急に行ってください。何としても市民よりも先に見つけてください。学園艦の危機です。皆さんの双肩に学園艦の運命がかかっています。どうかおねがいします。では、緊急の捜索作戦を開始します!情報はその都度無線で知らせてください!」

 

「「はい!」」

 

「では、解散!」

 

私の声で風紀委員と消防団は一斉に飛び出していった。この出来事はその後、学園艦に大変な波乱をもたらし、私たちに苦しい決断を強いることになるがそのことを私たちはまだ知らないのであった。

 

つづく

 



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第114話 アンツィオ編 拘束

今日もアンツィオ編です。
よろしくお願いします。
そして、西住みほ殿!お誕生日おめでとうございます!
これからも大暴れしてください!
今日のお話には西住殿は登場しませんが、今日も楽しんでいってください!


静まり返った特別災害対策本部が設置されている教室で私は自らの席に腰掛けて手を机の上で組みながら大きなため息を吐き出した。先程から立ったり座ったりを繰り返し、どうも落ち着かない。いや落ち着けるはずがないのだ。知波単所属の零戦と思われる機体が学園艦に不時着ないしは墜落してから緊急出動をした風紀委員と消防団は30分もしないうちに見事、機体を見つけ出した。報告によると機体は中規模の損傷が見られる状態であるとのことである。では、その機体を操縦していたパイロットはというとものの見事に姿を消していた。どうやらどこかに逃走し隠れてしまったようだ。操縦席を捜索したが身柄がわかるものも全て持って逃走したようで手掛かりにつながるものは何一つ残っていなかった。とはいえ、そこまでは複数ある予想の範囲内だった。意識があるにも関わらずわざわざ敵の勢力範囲内にとどまりたいなどと思う者は余程の戦闘狂でない限りあり得ない。少しでも危険を忌避したいと思うのが人情だろう。私たちが敵を知らないように敵も私たちを知らないのだ。何をされるかもわからないのだから逃げるというのは当然の判断と選択である。では、逃げられたままでいいのかといえば当然そんなわけにはいかない。敵を学園艦にのさばらせたまま放置するというのは学園艦の秩序にも関わる大問題だ。何としても捕らえねばならない。不時着から機体発見までそこまで時間は経っていないことを考えると、恐らくまだ遠くには行っていないはずである。とはいえ、この学園艦は建物や道が入り組んで人1人を探すにしても至難の技だ。私は更に特別災害対策本部員のうち業務維持に必要な人員を残してその他全員を捜索に投入した。更に、裏道や隠れ場所などに精通しているジェノベーゼさんたちに道案内を依頼もして、ローラー作戦での捜索を行った。それでもなかなか見つからない。そして今、不時着から2時間は経とうとし、私は相変わらずソワソワと教室を行ったり来たりしていた。

 

「ふふふ。珍しいですね。落合さんがそんなにソワソワするなんて。」

 

私の珍しい姿に河村さんがクスクスと笑った。確かに、私は普段は事態を冷静に見つめて指示を出すことに長けている。それは戦車道でも同じことが言えた。でも、今回ばかりは私の心は大きく揺れる。とても冷静にはいられなかった。一刻も早く、住民に知られる前に身柄を確保しなくてはならない。それしか頭になかった。落ち着こうと思えば思うほど焦りがこみ上げてくるのである。私は河村さんにそう言われても部屋中を歩き回りながら言った。

 

「こんな時に落ち着けって言う方が無理な話ですよ。これだけ人員を費やしてもまだ見つからないなんて、一体どこへ!?」

 

私は焦りのあまり拳を机に叩きつけた。机の上にあったものがその衝撃で崩れ落ちる。河村さんは私のそばにやってきて落ちた物を拾い、机に戻すと穏やかに微笑んで私の両肩に手を載せながら言った。

 

「落合さん。焦ってはいけません。焦ってもどうにもならないことはどうにもなりません。冷静になって少し落ち着いてください。」

 

「そうですよね……私が一番落ち着いてないといけませんよね……それなのに私……すみません……」

 

「いえいえ、気持ちはわかりますよ。だって学園艦の秩序崩壊の危機ですからね。でも、多分大丈夫です。これだけの数で捜索すれば必ずすぐに見つかるはずです。どんなに逃げようとも結局は脱出不可能な孤島と変わりないんですから。」

 

その時だった。無線が入り、パイロットを発見したとの知らせが入った。無線の向こう側では怒号が飛んでおり、報告している風紀委員は息が上がっていた。しばらくして、不法侵入の現行犯で身柄を拘束したとの報告が入った。報告によると、パイロットには幸い怪我もなく無事であるとのことだった。私は住民たちに悟られないように迅速に風紀委員が管理している留置所まで連行するように指示を出した。無線を置き、私はホッとして河村さんを見ると河村さんはウインクしながらいたずらっぽく笑った。

 

「河村さんが言った通りになりましたね。」

 

「ほら、言った通りになったでしょ?」

 

河村さんは腕を組んで得意げな顔をしていた。

 

「はい。ひとまずは安心しました。あとは、住民に彼女の姿が見られてなければ良いのですが……では、留置所に行ってきます。これから取り調べとか色々と忙しくなりますね。」

 

私はそう言い残して街の一番はずれにある留置所へと向かった。

留置所に着くと、そこには沢山の風紀委員がいた。恐らく、パイロット発見の報を聞いて集まってきたのだろう。私はその中の一人に風紀委員長の稲村さんとの面会を求めた。すると、風紀委員は少し待つように言って稲村さんを呼んできてくれた。私は沢山の風紀委員たちをかき分けながら現れた稲村さんの姿を認めると駆け寄って今日の功労者に握手を求めた。

 

「稲村さん!ありがとう!本当にありがとうございます!身柄確保できてよかった!安心しました!」

 

私が手を差し出すと稲村さんも手を差し出して私の手を握ってくれた。

 

「私は私の仕事をしただけです。大したことはしてないわよ。」

 

恐縮する稲村さんの肩に私は手を載せて私は再び労いの言葉をかけた。

 

「いいえ。そんなことはありません。パイロットに怪我をさせずに身柄を無事確保するというのはやはりさすがだと思いますよ。日頃の訓練の賜物ですね。本当にありがとうございます。」

 

「過分な評価、ありがとうございます。そう言っていただけるとみんなの士気も上がります。」

 

私はにこりと微笑みをたたえると稲村さんも嬉しそうに笑っていた。その後、私は実際に身柄を確保し、パイロットの手首に実際に手錠を掛けた風紀委員に面会し、その風紀委員にも労いの言葉をかけて、その功績を称えた。留置所前に集まっていた他の風紀委員にも一人一人声をかけて労をねぎらい、しばらく休憩したらそれぞれの持ち場に戻るように指示を出した。私はしばらくその様子を眺めていたがやがて一人また一人と持ち場に戻っていき留置所前には私と稲村さんの二人が残された。私の顔はいつのまにか再び仕事の顔に戻っていた。私は深く息を吸い込むと稲村さんの方に向き直った。

 

「稲村風紀委員長、早速なんですが、パイロットの取り調べのために面会を要請します。よろしいですか?」

 

「ええ、もちろんです。落合本部長。こちらへどうぞ。」

 

稲村さんは守衛に門を開けるように指示を出した。私は稲村さんに先導されながら留置所の中に入った。留置所など始めて入るが、テレビで見た警察の施設のようなかなり本格的なつくりをしていた。今後一切ここにお世話になりたくないものだ。廊下に2つの靴音を響かせながら、一番奥の取調室に案内された。部屋はまさに取調室というような雰囲気で部屋の真ん中に机と椅子がセットで置いてあり部屋の入り口付近にもう一つ調書作成用の机が置いてあった。稲村さんは今回の事件で拘束した少女の写真付き資料を手渡してしばらく待つように言った。しばらくすると、3つの足音が近づいてきて、取調室の前で止まる。ガチャリとドアが開く音がして、黒い袋を被らされて手錠と腰縄をされた小柄な人物が稲村ともう一人留置所職員に連れられて入ってきた。私はそのあまりに奇妙な姿にぎょっとしながら少し体をピクリと震わせた。留置所職員はパイロットの頭に被せられた袋と手錠を外すと彼女を私の対面の椅子に着席させ、腰縄を椅子に結んだ。彼女は凛とした表情をして真っ直ぐ射抜くような鋭い瞳で私を見ている。私は竦み上がるような気分になったが、気を取り直して口を開いた。

 

「東田信子さんですね?」

 

私は資料にあった名前を読みあげた。すると、5秒ほど沈黙の後、彼女は頷いた。

 

「はい。」

 

「わかりました。では、今から取り調べを始めます。あなたには憲法第38条に基づいた黙秘権があります。供述したくないことはしなくても構いません。まずは、簡単な質問から始めます。歳はおいくつですか?」

 

「15歳です。」

 

「15歳……高校1年生ですか?」

 

「はい。」

 

「所属は?」

 

「第二知波単艦上戦闘機航空隊です。」

 

「そうですか。ありがとうございます。では、拘束容疑ですが、あなたには学園艦艦長及び学園艦首長の許可を得ていないにも関わらず、学園艦上空に飛来し、不当に学園艦に着陸し不法な乗艦を行なったものである。という乗退艦管理法違反の容疑がかかっています。この容疑については認めますか?」

 

「はい。認めます。」

 

東田信子という少女は案外あっさりと容疑を認めた。黙秘をするものだと思っていたが、質問にも素直に応じた。彼女に対する印象は真面目そのもので私の中で印象はとても良くなった。次に、もはや分かりきった話だがなぜ不法侵入をしたのか動機を聞き出そうと口を開いた。

 

「では、なぜ不法侵入などしようと思ったのですか?」

 

「アンツィオ付近を飛んでいて零戦の発動機が故障し、どうにもならなくなって……止むを得ず……」

 

「そうですか……大変でしたね……では、なぜアンツィオ付近を飛行していたのですか?」

 

この質問をした瞬間、今まで素直だった東田さんが変わった。

 

「それは………黙秘します……」

 

予想通りの反応だった。やはり、事件の核心をつくことは供述しにくいようだ。だが、今すぐ無理やり自白させる必要もない。東田さんとは気長に勝負しようと決めて今日は取り調べを終わりとすることにした。私は一度大きく伸びをして姿勢を正す。

 

「黙秘ですか。分かりました。構いませんよ。あなたの権利ですから。今日はいろいろなことがあって疲れたでしょう?まだまだ日数はありますし、1日目の取り調べはこれで終わりにします。供述調書に目を通して間違いがないかよく確認して署名捺印してください。」

 

東田さんに調書を差し出すと彼女は調書を確認して署名捺印した。私は稲村さんともう一人の風紀委員に目で合図すると、東田さんは再び袋を頭に被せられ、手錠をされて再び独房へと連行されていった。

私は、取り調べが終わってもしばらく取調室に残っていた。稲村さんと重要な話をするためだ。しばらくすると稲村さんが戻ってきた。私は稲村さんに声をかけて再び取調室へと招く。

 

「取り調べお疲れ様、落合さん。」

 

取調室に再び入室した稲村さんが私をねぎらう。

 

「いえ、東田が素直に応じてくれたのでそこまで大変ではありませんでしたよ。さて、風紀委員長の稲村さんにお願いがあります。東田信子は、現在不法侵入の罪で拘束されていますが、本来私たちが追及すべきはそこではありません。彼女には人道に対する罪、無差別大量殺人の罪の疑いがあります。勾留期間の20日以内に捜査して証拠を見つけ、再拘束し何としても私まで送致してください。私は体制を整えて待っています。あなた達は捜査のプロです。期待しています。」

 

私も稲村さんを労いつつ稲村さんの瞳を真っ直ぐに見つめて稲村さんに協力を要請した。すると、稲村さんは自信ありげに胸を張る。どうやら、"捜査のプロ"という言葉が効いたようだ。

 

「任せてください!必ず証拠を見つけてみせるわ。風紀委員の誇りにかけて。」

 

「よろしくお願いします。後もう一つ。今回の件で正式な司法組織を整えなくてはいけません。風紀委員からも数人検察官役を出していただきたいので、捜査や業務に差し支えのない範囲内で人材提供をお願いします。」

 

「わかりました。早速人員の選定を開始します。」

 

稲村さんの言葉に私は深く頭を下げると取調室を出て対策本部に戻り早速、総務班長の依田さんに司法組織の準備を行う法務班を総務班内でもともと司法関係の仕事をしていた法務係から格上げ、独立させて設置する旨を通達し、その日のうちに辞令書を仕上げて法務係長平沼美月さんに手渡して法務班を設置させた。そして、平沼さんら法務班に現行の学園艦における犯罪の刑罰に関する諸法といまだに廃止されることなく残っている戦時中につくられた戦争犯罪に関する法の研究を指示した。平沼さんは早速本棚の中から学園艦法令集を引きずり出して法務班の班員たちとともにページをめくる。私も法務班に付き合って学園艦法令集のページをめくって関係諸法を探していた。だが、この法令集は学園艦に関する全ての法令が収録されている。学園艦における犯罪に関する諸法は学園艦六法に収められているからすぐに見つけられたが、戦争犯罪に関する法については全30巻に及ぶ法令集の中に収録されている膨大な法令の中の一つでなかなか見つけられない。更に学園艦六法はしっかりと目次付きでまとめられているが、この法令集はただ集約しただけで目次などがつけられていない。流石はルーズなアンツィオといえる。きっとまとめるのが面倒くさくて途中でやめてしまったのだろう。アンツィオ生であるからあまり先輩の悪口など言いたくないがアンツィオの体質には本当に呆れる。何度も大きなため息をついては何冊も法令集を開いて目で法文を追っては閉じてを繰り返し、夜9時ごろになってようやく関係法である"戦時法"が見つかった。私は大きく伸びをして一際大きなため息をつき、その法令の条文を読み始めようと思った時だった。突如として誰かが飛び込んできた音が聞こえてきた。

 

「落合さん!大変です!」

 

私は突然の大声に驚いて身体をピクリと震わせた。声が聞こえてきた方を見ると河村さんが息を切らせながら真っ赤な顔をして立っていた。手には新聞紙らしきものが握られている。

 

「そんなに慌ててどうしたんですか?」

 

河村さんは私の机の側に大きく肩を揺らしながら近づくと思い切り手に持っている新聞紙らしきものを私の机に叩きつける。その時起きた風で机の上にあった法令集のページが数枚パラパラと捲れた。

 

「これを見てください!こんなものが出回っているようです!」

 

それは、新聞部が作成した号外新聞だった。それだけなら何ら問題はなかったかもしれない。しかし、問題はその内容だった。

 

「そんな……うそ……何で……」

 

私は言葉を失った。その新聞には大きく見出しに"敵機墜落!ざまを見ろ!搭乗員を拘束!"と書かれており、戦車演習場に不時着した零戦の機体と風紀委員に連行される東田信子の姿が写っていた。河村さんは苦虫を噛み潰したような顔で拳を机に叩きつける。

 

「やられました!すっぱ抜かれました!」

 

「でもどうして……?まさか誰かが情報を漏らしたの……?」

 

私が青い顔をして尋ねると河村さんはきっぱりとと否定した。

 

「それはあり得ません……恐らくこの写真を見る限り隠し撮りされたものです……相手は取材のプロのはずなのに……甘く見てました……」

 

河村さんはがっくりと項垂れる。私も唇を噛みながら手を震わせて新聞のページをめくった。一体他のページにはどんなことが書かれているのだろう。怖いもの見たさに近い感覚で私はページをめくっていた。他のページには彼女が犯した罪が列記されており、その中にこんな文字が踊っていた。"非道!無差別大量殺人、最高刑は死刑"更に論説の欄には"特別災害対策本部は搭乗員の首を括れ!"と敵愾心と搭乗員処刑の世論を殊更に煽る内容だった。恐れていた事態が起きてしまったのだ。

市民が暴徒と化す可能性がある。私は風紀委員に対して直ちに武装の上、緊急出動を指示した。だが、風紀委員の目をかいくぐり不吉な足音は静かにひたひたと近づいていることをまだ私たちは知らなかった。

 

つづく



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第115話 アンツィオ編 凄惨

今日もアンツィオ編です。
お待たせしました。
よろしくお願いします。
今日もかなり大きくお話が動きます。


市民たちにこの墜落事件が知られたことが判明して5分もしないうちに無線の呼び出し音がけたたましく鳴った。

 

「緊急!緊急!風紀委員会留置管理課から風紀委員会指令本部へ!風紀委員会留置管理課から風紀委員会指令本部へ!至急応答してください!」

 

無線の向こう側の人は慌てているのかどうやら本来なら風紀委員会同士で交わされるべき無線を複数の周波数から同時に発信していた。無線の向こう側の人は必死な声でこちらに呼びかけている。留置管理課は言葉通り留置所の管理を行う担当課である。私は無線の向こう側から感じ取れる切迫した雰囲気に嫌な予感がして本来ならば風紀委員会指令本部が無線をとるべきだがそれよりも早く慌てて無線を手に取った。

 

「特別災害対策本部から風紀委員会留置管理課!どうしましたか?!」

 

「風紀委員会留置管理課から災害対策本部へ!現在、留置所が数百人の暴徒に襲われています!至急応援を!至急応援を!現在、暴徒の鎮圧を行うも、我々留置管理課だけでは対処しきれない!暴徒は棍棒やナイフ、角材、鉄パイプなどの凶器を所持しており、複数の負傷者が発生しているという情報もあり、危険な状態です!武装風紀委員部隊の出動を要請します!」

 

相手の言葉を聞いた瞬間、私は大きく目を剥いた。私の頭はもうぐちゃぐちゃだった。冷たい嫌な汗が全身から溢れ出て、息が荒くなるのを感じる。身体中の血管が激しく脈を打ち凄まじい勢いで私の全身に血液を送り込む。それはまるで血液が恐怖から逃げようともがいているようだった。感情が今にも溢れ出し、倒れこみそうになるのを必死に抑えて無線を手に取った。

 

「対策本部から留置管理課へ……今、武装風紀委員がそちらに向かっているはずです……それまでなんとか耐えてください……以上、対策本部。」

 

「留置管理課から対策本部へ……到着予定は……何分くらいですか……?」

 

私はその問いに何も答えることができなかった。状況が全く理解できていなかったからだ。すると、私の代わりにまた別の声が聞こえてきた。

 

「指令本部から留置管理課へ。現在、武装風紀委員部隊250名が現急。到着は50分後の模様。受傷に留意しつつ暴動鎮圧を行え。以上、指令本部。」

 

指令本部にいる者は淡々と感情がこもっていない事務的な声で言った。流石、風紀委員会の指令本部である。いつでも冷静だと感心していたら、現場である留置管理課からは怒りの無線が入った。

 

「留置管理課から指令本部!50分って……あなた方は……あなた方はこの状況をわかって言っているんですか!?このままでは確実に死人が出ます!一刻も早く応援を!」

 

留置管理課の風紀委員は声を震わせながら叫んでいた。何とかしてやりたい。だが、どうにもできなかった。私たちとて馬鹿ではない。だから、こうなることを予想して情報漏洩が発覚した瞬間に武装風紀委員の出動を指示したが、私たちは知るのが遅すぎたのだ。留置所は学園艦の先端にあり、風紀委員会本部は学園艦中央部にある。普通の時でさえ走っても20分はかかるのにただでさえ空襲でめちゃくちゃになり、瓦礫が積み上がっていたり道路が寸断されていたりする街を移動するのだから当然時間がかかるのだ。しばしの沈黙の後、指令本部から返事の無線が入った。

 

「指令本部から留置管理課へ。我々も現場へ急行したいのはやまやまであるが、近くに風紀委員部隊がいないため全員本部からの出動になる。そのため距離の問題でどうしても時間がかかる。こちらもできる限り早く現急するようにするのでそれまで持ちこたえろ。以上、指令本部。」

 

事実だが残酷な言葉だった。その言葉を投げかけられた相手はしばらく黙り込んでいたが苦しそうな声で言った。

 

「留置管理課から指令本部へ……了解しました……」

 

「指令本部から留置管理課へ健闘を祈る。」

 

交信はそれで終わった。私は机に手をついて震えながら無線機のマイクを握りしめていた。その後、二度と風紀委員関係者から交信が入ることはなかった。風紀委員会指令本部は恐らく周波数を切り替えてこちらに無線が入らないようにしたようだ。そもそも、風紀委員無線は私たちが使っている無線とは周波数が違う。今回は私が一番に留置管理課からの無線を取ったため会話に割り込むためにただ切り替えただけで特段問題があるわけではない。問題は留置管理課から一切の無線が入らなくなったことである。あの慌てようからしてあの後周波数を切り替えたとは考えにくい。無線を手にする暇が無いほどの大激戦か、それとももしかしたら……最悪の事態が頭によぎる。しかし、私にはどうすることもできない。ただみんなの無事を祈ることしかできないのだ。私は自身の無力さと結果としてこのような暴動を招いてしまった無能さに項垂れていた。人は私に同情するだろうが、私は私を許すことができなかったのであった。

次に無線が入ったのはそれから2時間後のことだった。

 

「風紀委員会指令本部から特別災害対策本部へ。」

 

「はい。こちら特別災害対策本部。どうぞ。」

 

「風紀委員会指令本部から特別災害対策本部。暴動は鎮圧した模様。被害は、風紀委員留置管理課夜勤職員20名のうち15名殉職、5名負傷、うち4名意識なし重症。いずれも鉄パイプ等で集団で暴行されたものとみられる。武装風紀委員の死傷者はなし。収容者の被害はなし。まる被は死亡者5名。負傷者121名。全員を拘束し負傷したまる被は病院へ搬送。その他のまる被は留置所に収容した。以上。」

 

風紀委員会指令本部の職員はまたしても淡々と事務的な感情のない声で無情な報告をしてきた。死者が出ることは頭のどこかで覚悟はしていたがここまで被害が拡大するとは思っていなかった。後になって聞いた話であるが、現場はそれはそれは酷い状態だったようだ。怒りという感情に支配された群衆は恐ろしい。特に感情に素直でまっすぐ自分の思った通りに露わにするアンツィオ生の恐ろしさが身にしみてよくわかった。怒りの感情は彼女たちの理性を吹き飛ばしてしまったのだ。後日聞いた話では殉職した風紀委員の顔は元の顔がわからないほどになり、血だらけで留置所の門の近くに倒れていたようだ。だが、誰も逃げようとした形跡はなく最期まで暴動を鎮圧しようと懸命に戦った姿が見て取れたそうである。ある者は警棒を、またある者は警杖を手にしたまま殉職していたそうだ。この時はそこまでの詳しい報告はもたらされていなかったが、私の心は罪悪感と怒りでいっぱいだった。

 

「特別災害対策本部……了解……」

 

私は指令本部の報告に応答すると震えながら天を仰ぐ。そして、再び正面を向き直ると怒りのあまり、手に持っていた無線のマイクを机に叩きつけて抑えていた感情を爆発させた。

 

「なぜ!?なぜこんなことに!?許せない!!今まで辛い仕事を引き受けてきた勇敢な風紀委員たちに何の罪があるっていうの!?絶対に許さない!」

 

私は握った拳を何度も机に叩きつけていた。そんないつもの様子と全く異なる私の様子を見て毅然とした態度で河村さんが声をかける。

 

「落合さん。落ち着いてください。怒る気持ちはわかりますが、これからのことを考えなくてはいけません。選択を間違えると本当に大変なことになります。今、私たちは規律が完全に崩壊する危機にあります。的確な指示をお願いします。」

 

対策本部の皆が私の指示を仰ごうとそばにぞろぞろと集まってきた。私は河村さんの言葉を聞いて一度目を閉じて何度か深呼吸をすると目を大きく見開く。さあ、規律を乱すだけでは飽き足らず、学園の功労者を惨殺した極悪人どもをどう料理してやろうか。私は怒りで本来の自分を失っていた。私は瞳を大きく見開くと法務班長の平沼さんに尋ねた。

 

「平沼さん。特別厳戒緊急事態宣言下における反乱罪の現行犯の場合、最高刑と審判方法は?」

 

平沼さんは法令集を捲りその関係する法を確認しながら言った。

 

「えっと……最高刑は死刑で、方法は一審制です。法務官一人、検事役が一人で法令によると本部長が法務官、風紀委員長が検事役になるとありますね。どうやら、弁護は認められていないようです。かなり簡易的なもののようですね。」

 

「そうですか。ふふっ……」

 

「落合さん……ま、まさか!」

 

「ええ、そのまさかです。学園の功労者たちを惨殺した極悪な反逆者には死んでもらいます!例えどんな理由があったとしても彼女たちが犯した罪は決して許されない、許してはいけない罪です!明日、午前9時、特別規律会議を開廷し即日判決即日死刑を執行します!第一次特別規律会議では今回の事件で無傷、もしくは出廷可能な被疑者のうち中心人物と幹部クラスの人物をコロッセオで公開処刑に処します!法務班!風紀委員会に以上を通達!そして、風紀委員会と協力して起訴状を作成してください!総務班!絞首刑の処刑台を10台準備してください!広報班、公開処刑を住民たちに通達!以上各班準備してください!今日は全員徹夜を覚悟してください!」

 

「ま、待ってください!処刑って……それは、やりすぎでは……?それに、落合さんはそうしたことは大嫌いだったはず……一体どうしちゃったんですか……?」

 

平沼さんは私の言葉に震え上がる。他の皆もまた私のあまりに過酷な指令に狼狽していた。その時の私は鬼の様であったと思う。だが、その時はなりふり構っている余裕はなかった。私だって悪魔でも鬼でもないのだから本当は処刑など恐ろしいことはしたくはない。しかし、治安を回復するためにはこれしか道はないと私は確信していた。今まで、私は権力を見せつける政策は極力取らないことにしてきた。しかし、その結果が今回の暴動による惨殺事件である。今回の事件についても甘い処分で済ませたら感情に素直なアンツィオ生は第二第三の暴動を起こすことになるだろう。それは、なんとしても食い止めなくてはならない。今回、暴動を引き起こした被疑者全員を公開処刑にして見せしめにすることによって市民たちに恐怖を蔓延させて治安を回復させる。別に私は権力が欲しいわけでもないし、そのまま恐怖で支配して独裁体制を敷くつもりもない。これは必要悪だ。だから、こればかりは妥協できない。心苦しいがこのまま実行させるしかないのだ。

 

「厳しい処分だってことは重々承知しています。私だって処刑なんてしたくはありません。でも、仕方がないのです。治安を守るための必要悪なんです。絶対にやらなければいけないんです。」

 

私は真っ直ぐにそれぞれの目を見つめて言った。私の意思が固いことがわかると皆、神妙な面持ちで頷き各々作業を開始した。まるで、葬式の様な雰囲気で皆作業をしていた。次の日に処刑する者たちの生前葬だと思えばあながち間違った表現ではないかもしれない。その日は予想通り徹夜になった。全員、各々の作業を朝までに終えることができた。さて、ここからは私の仕事である。私は提出された起訴状を手にして武装風紀委員に警護されながら風紀委員施設へと向かった。これから留置所近くの風紀委員施設の一室において特別規律会議が行われる。だが、判決は既に決まっているため本当に形だけの会議だ。最前線における特設軍法会議のようなものである。いや、それは少し違うかもしれない。あれは確か将校3人によって裁かれたはずだ。今回はそれよりももっと簡単な手続きで行われる。一体どんな顔で死刑と言う判決を言い渡せばいいのか、皆の前では威勢良く言ってはみたもののいざその時が近づいてきたら弱気になってきた。だが、そんなことではいけない。私は自分を奮い立たせる。だが、本当にそれでいいのだろうかと悩み始めると止まらない。私は心ここに在らずの状態で歩き続けていた。いつもならものすごく長く感じるが今日は短く感じた。風紀委員施設に着くと事務担当者が出迎えてくれた。彼女は今回の特別規律会議の事務として記録を担当する職員だ。彼女と挨拶程度に言葉を交わし、特別規律会議が行われる部屋に入った。そこにはいつか見た映画の戦犯裁判みたいに何人もの被告人が椅子に座らされていた。開廷に先立ちその人たちの顔を一人一人確認する。一体どんな悪党がこの事件を起こしたのかと思っていたら全員が普通の女子高生たちであり、こんな残虐な事件を起こすような人という印象は全くなかった。さあ、遂に特別規律会議の開廷だ。形式は普通の裁判とは大きく異なる。まず、起訴状を読み上げるところまでは一緒だがその後すぐに検事役の風紀委員長、稲村さんから求刑されてから一人一人の質問が行われる。私は起訴状にあった一人の名前を呼んだ。

 

「竹下玲、前へ。」

 

「はい。」

 

竹下玲は活発そうな典型的なアンツィオ生であった。私は彼女の目をまっすぐ見て起訴状の認否を尋ねる。

 

「本日の特別規律会議の法務官としてお尋ねします。あなたは、今回起きた暴動の中で幹部を務め、暴徒のうち数十人のグループのリーダーでありそれらを率いて留置所を襲撃し、風紀委員を殺害した。これについては認めますか?」

 

「はい。認めます。」

 

「そうですか。それはあなたの意思ですか?それとも誰かに命令されたものですか?」

 

「殺害すること自体は意思でもなければ命令でもありません。殺意はありませんでしたが誤って殺害してしまいました。気絶させるつもりだったのですが、エスカレートしてしまいました。」

 

「そうですか。では、あなたは風紀委員たちを殴りましたか?殴った場合は殴った凶器は何ですか?」

 

「はい。殴りました。殴った凶器は鉄パイプです。」

 

「鉄パイプ……鉄パイプで殴ったら死ぬかもしれないってわからなかったんですか?」

 

「その時は興奮しており、判別がつきませんでした。」

 

「そうですか……こちらからの質問は以上です。では、判決を言い渡します。あなたは風紀委員たちを殺害した罪、集団を率い反乱を企て実行した罪で有罪。絞首刑に処します。刑は即日執行。以上。」

 

「絞首刑……なぜ!?なぜ!?嫌だ!!死にたくない!!嫌だ!!嫌だ!!嫌だ!!お願いします!命だけは……!」

 

全身を遠くから見てもわかるほどに激しく震わせて竹下は叫んだ。連行するために手錠を手にして近づいてきた風紀委員を認識すると竹下は必死で抵抗する。しかし、抵抗虚しく警棒で取り押さえられて竹下は連行されて行った。竹下は相変わらず私に慈悲を求めていた。何と見苦しい姿だろう。あれだけ大勢の罪のない風紀委員を殺害しておいてその責任を取らずに慈悲を求めるなど片腹痛い。私はあさましい竹下を見送る。一連のやりとりを見ていた被告人たちは誰しもが震え上がった。まさか死刑が宣告されるなどとは思ってもみなかったのだろう。私は彼女たちに感情の整理時間も与えず次にすでに決定済みの判決を受ける被告人の名前を呼んだ。次もその次もそのまた次も私は次々と死刑を言い渡した。同じようなやりとりと抵抗が24通り繰り返されて特別規律会議は閉廷した。あれだけいた被告人たちは誰一人としていなくなり、部屋には私と稲村さんそして事務職員の3名が残された。そして、即時に事務職員から発行された死刑執行命令書全てに私の名前を署名して風紀委員長に手渡した。風紀委員長は両手で死刑執行命令書を受け取る。そして全員、25名分の命令書があることを確認すると私に一礼して部屋から退室した。私もしばらくしてから後を追うように部屋を出て処刑場になっているコロッセオへと向かった。コロッセオにはすでに住民たちが集結しており、暗い顔をしていた。ある者はぶるぶると震えてある者は今にも嘔吐しそうな表情で息を荒げている。私は裏手からコロッセオに入った。普段はスポーツ競技などが行われる競技場所に当たるところに10台の処刑台がずらりと設置されていた。一台の処刑台につき2名を処刑できるような作りになっている。つまり、一度に20名処刑できるのだ。その処刑台はどれもが太い輪っか状の縄が死刑囚の首がそこに収まるのを待ち構えるかのように揺れていた。私は数ある処刑台のうちの一つ、一番真ん中にある処刑台に上がる。皆が暗い顔をしてこちらを注目している。その視線に押しつぶされそうになりながら私はできる限り声を張り上げる。

 

「ただ今から、公開処刑を行います!今回処刑する死刑囚の氏名は竹下玲、今野絵梨、千葉七瀬、横尾仁美、野田桃華、木野夏帆、太田瑠花、浜西佳子、奥原早織、大鹿みゆ、草津鈴音、志賀夕貴、梅原弥生、蓑田麻央、大内世那、矢作真紀、末田亜紀、佐久間美桜、森島紗希子、松倉莉央、飯岡翼、若宮速香、熊本亜矢子、新田芳乃、則本春郁、以上25名を絞首刑に処します!罪名は殺人罪と反乱罪!彼女たちは罪のない風紀委員15名の命を奪い、治安を大きく乱したその罪は重罪です!学園艦の治安を乱し、学園艦の功労者を殺害した者の末路がいかに悲惨か市民の皆さんは目に焼き付け、二度とこのような悲劇が起きないことを望みます!」

 

私は処刑台の上から降りるとまずは最初に処刑される竹下玲、今野絵梨、千葉七瀬、横尾仁美、野田桃華、木野夏帆、太田瑠花、浜西佳子、奥原早織、大鹿みゆ、草津鈴音、志賀夕貴、梅原弥生、蓑田麻央、大内世那、矢作真紀、末田亜紀、佐久間美桜、森島紗希子、松倉莉央、以上20名の死刑囚を連行した。いずれも全身が震えてまともに歩けていない。まるで風紀委員に引きずられるかのように手錠をかけられてやってきた。私は彼女たちの前に立ち、死刑を執行する旨を通達した。彼女たちの目は当たり前だが生気は感じられなかった。そして、私は彼女たちを処刑台の上へ上がらせた。彼女たちは一歩一歩ゆっくりと踏みしめるように足を引きずりながら上って行った。太いロープの前に竹下玲以下20名の死刑囚を立たせて足首にも枷をしてさらにロープで身体を固定して黒い袋を頭に被せて首にロープを括り付ける。 準備は完了した。後は彼女たちの背中を押すだけで死刑は執行される。だが、そんな汚れ仕事をやりたい者など一人もいるわけがない。この国の死刑執行でさえ刑務官の心理的負担軽減のためにどのボタンが死刑執行のボタンにつながっているかわからないようになっているという。ボタンでさえそうなのに、実際に死刑囚の背中を押して執行するなんてできるわけがない。これは、私の責任である。私が彼女たちの死刑を決めたのだから私が彼女たちに引導を渡すべきだ。私は竹下の背後に立つ。私は震える竹下の背中をじっと見つめていた。私の手も同じように震えていた。しかし、いつまでもそうして彼女たちを苦しませるわけにはいかない。恐怖は早く終わらせる必要がある。私は大きく震える手にできる限りの力を込めて竹下の背中を押して突き落とした。竹下の身体はするすると落下していき一定のところで滑車が止まって、首を締め上げた。竹下の身体はブラブラと揺れて死刑は執行された。私が人生で初めて人を殺した瞬間だった。

 

つづく



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第116話 アンツィオ編 プロパガンダ

お待たせしました。本日もよろしくお願いします。


次々と無心で死刑囚たちを処刑台の上から突き落とす私は皆の目にどう映ったのであろうか。鬼や悪魔のように映ったのであればある意味この公開処刑は成功かもしれない。私を鬼や悪魔と認識してくれればもう二度とこんな反乱など起こそうなどという気にはならないだろう。どうかもう二度と私にこんな苦しく辛いことをさせないで欲しい。そう心から願いながら私はその日処刑する予定の最後の死刑囚の背中を私の持ち合わせる全ての力を込めて押す。命の終わりを告げる滑車の虚しい音が聞こえて死刑囚松倉莉央は刑場の露と消えた。25人もの命を5時間のうちに残らず全て奪ってしまった。彼女たちは罪を犯したとはいえ私に彼女たちの命を奪う権利などあるはずはない。死へと向かう少女たちの背中を突き落としたあの感触は一生忘れることはできない。これからの人生において悪い影響を与えるのは必至だろう。多感な高校生の時期に嫌なことをしたものである。そもそもこんなことをしなくてはならなくなった根本的な要因はこの戦争の所為である。私が戦争を始めたのであればまだ納得がいくかもしれないが一方的に攻撃された挙句、間接的にではあるがこんな残虐行為をさせた大洗反乱軍への憎しみをさらに強くした。

今日行う全員の死刑を執行し、市民たちを解散させた。コロッセオには風紀委員と法務班と私、そして物言わぬ25体の遺体が残された。その後すぐに検視を依頼していた医師が到着し、確実に死亡したことが確認され死刑囚全員の死亡が宣告された。これがしばらく繰り返されると思うと吐き気がするがとりあえず一区切りはついた。さて、次なる問題はこの遺体たちをどうするかである。私はこの遺体たちの処遇を決めなくてはならない。私には二つの選択肢があった。一つはそのまま遺体を即座に水葬する、そしてもう一つは遺体を公衆の面前に晒して見せしめにした後に水葬する。この二つである。迷った挙句、私が選択したのは後者だった。私たちは死刑執行で使用したような太い縄を遺体の首にかけ、さらに"私は学園艦の治安を乱し反乱を起こした挙句、罪の無い風紀委員を虐殺したからここに吊るされている"と書かれた木札を下げさせて街路樹や街頭に25体の遺体を吊るさせた。皆黙々と作業をしていた。その光景はいつか見た第二次世界大戦におけるドイツ軍のパルチザンに対する処刑を彷彿させた。この光景をつくるように指示した私でさえも吐き気がしてくる。公開処刑とこの遺体のなる木を見ればもう二度とこんなことは起きないだろう。私は感傷に浸りながらゆらゆらと揺れる遺体のなる木を眺めていた。私たちは作業の終了を見届けると各々の持ち場へと戻った。私と法務班のメンバーはすぐに特別災害対策本部へと戻った。その頃にはもう夕方になっていた。本部へと戻ってもしばらくは口を開くものは誰一人としていなかった。あのような現場を見ればある意味自然な反応であると思う。だが、いつまでも黙り込んで業務を停滞させるわけにもいかない。私は皆の様子を見計らって努めて明るく声を出した。

 

「皆さん。ありがとうございました。お疲れ様でした。今日は無事終わりました。怪我人が多いので次はいつとは言い切れませんが執行のサインするときがくるかもしれません。その時はまたよろしくお願いします。」

 

私が頭を下げると消えそうな弱々しい声が聞こえてきた。

 

「落合さんは……平気なんですか……?あんなことして……あんなに大勢を……処刑するなんて……」

 

顔をあげると河村さんが怯えた目をしてこちらを見ていた。私は静かに首を横に振った。

 

「いいえ……平気なわけありませんよ……私だって辛いです……だって私はこの手で……でも、市民の皆がこれで私に対して恐怖を覚えてくれたならあの零戦パイロットと今回の事件の犯人たちを除くとして、もう二度とこんな悲しいことしなくても済むはずです。」

 

「でも……!でも……!処刑だなんて!」

 

「ごめんなさい……私にはそれしか思いつかなったんです……この混乱を収めて治安を維持する方法を……」

 

私の頰に涙が伝う。なぜだろう。全く止まる様子がない。どうやら私の心も限界のようだ。私の泣く姿を見た全員が泣き出してしまった。やってしまった。今日はどうやら業務どころではない。皆の心身のストレスも計り知れないことだろう。仕方がないので今日はもう仕事をせずに休むことにした。全員にその旨を伝えて、その日は後の時間を各々自由に過ごすように伝えた。私もこの日の夜だけは自由に過ごした。布団にくるまって心ゆくまで体を休めた。この日が私たちの最後の安息の日になるということを私たちはまだ知らなかった。

次の日の朝のことである。私は法務班のメンバーと共に今回の暴動事件の思想的中核を担った者たちを拘束する為、事務手続きを行っていた。今回の暴動の思想的な役割を担った者、それが新聞部の記者と新聞部長である。あのような記事を書いて市民を煽動した所為で今回の事件は起きたのだ。その観点から決して見過ごせない。彼女たちの拘束をもってこの事件は終結することになるのだ。今日中に何としても拘束するため、私たちは昨日の夜休んだ分まで精力的に仕事に取り組んでいた。その時だった。あのもう二度と聞きたくなかった空襲警報が唸った。私は慌てて階段を駆け上がり、監視台に登って双眼鏡を覗き込む。すると確かに低空を航空機が飛んでいる様子が見えた。しかし、いつもと様子が何か違う。いつもは十数機、少なくても5機はいるのに極端に数が少ないのだ。2機しか視認できない。何かがおかしい。そんなことを思っていると航空機は学園艦の上空に侵入してきた。所属はやはり知波単のようだ。航空機は特に何かをするわけでもなく上空を旋回している。何をしているのだろうかと思っていると格納庫の扉が開き何か紙のようなものが落ちてきた。どうやら市街地を中心に何かのビラを撒いているようである。おそらくプロパガンダか何かであろう。だが、今回は何か嫌な予感がして私は階段を駆け下りて総務班にそのビラを一枚でいいからもってくるように伝えた。しばらくすると、総務班の者は手に一枚のビラを持って帰ってきた。彼女は身体をワナワナと震わせている。

 

「どうしましたか?」

 

私が声をかけると彼女はビラを差し出した。

 

「これを……」

 

私はビラを覗き込み、愕然とした。

 

「これは……ドゥーチェ!?なんでこんな姿に!?」

 

そこには我らがアンツィオ高校戦車隊隊長ドゥーチェアンチョビが写っていた。ただ、普通に写っているだけならばそこまで驚きはしない。その姿はあまりにも屈辱的な姿だったのだ。私は怒りでどうにかなってしまいそうなのを抑えて深呼吸を繰り返してそのビラを冷静になって眺めた。ドゥーチェは裸にされ手足を縛られて女の悪魔に屈辱的な目に遭わされていた。その悪魔はドゥーチェの身体を弄んでいた。その光景は女としての尊厳を徹底的に傷つけるものであり、今思い出すだけでも震えが止まらなくなりそうであるから詳細を明かすのはやめておこうと思うが、言える範囲内で一部を話すとするならば、悪魔はドゥーチェの下腹部を楽しそうな笑みを浮かべながら舌を這わせていたのだ。その光景が写った写真の中のドゥーチェの顔は忘れられない。ドゥーチェは目に涙が浮かべて生気のない顔と光の消えた目で呆然としていた。このドゥーチェを辱め、心を破壊しようとしている女悪魔こそ西住みほ本人である。初めて目にする女悪魔は私のイメージとは大きく異なっていた。私は彼女のことはもっと極悪人のような顔をしていると思っていたが、本来の人柄は優しそうでおっとりとした顔つきをしている。彼女が指揮して無差別空襲などの残虐行為を繰り返しているなどとは思えなかった。だが、その悪魔の写る写真にはこの西住みほという女の残虐性とサディスティックな性格を如実に映し出していた。どこでボタンを掛け違えたらこうなるのか私には理解が及ばなかった。裏を見ると文章が書かれていた。その内容をまとめると次のようなことが書かれていた。

 

1.アンチョビを捕虜として預かっていること

2.降伏勧告

3.降伏しなければどうなるかの脅迫

 

回答の期限は1週間と書かれていた。私はとにかく冷静に状況を分析した。恐らく彼女たちの言っているドゥーチェを捕虜として捕らえているという話は本当であろう。この学園艦に今現在ドゥーチェが存在していないということが何よりの証拠である。では、どうするか。当然奪還するという選択肢しかない。しかし、その方法が私たちにはない。不時着した零戦を使って直接乗り込むという勇ましい選択肢が無いわけではないが、頼りの零戦は動くかどうか甚だ疑問だし、しかも万が一動いたとして無事たどり着いたとしてもほぼ特攻のようなものであるから、蜂の巣になる未来しか浮かばない。しかも、この学校には飛行機を扱うクラブなどはないから当然操縦方法もわからない。そう考えると残った選択肢は一つだけ。降伏という選択肢である。しかし、私はなかなか首を縦に振ることができなかった。サディスティックな性格の西住みほという悪魔に降伏するなんて何が起こるのか予想もできない。たださえ、無差別空襲を繰り返し行い人を殺すのに躊躇のないような人間だと判断できるこの人物率いる大洗反乱軍に降伏したらこれ以上にひどいそれこそ目も当てられないことが起こるのではないか。私の脳はそう警鐘を鳴らしていた。こればかりは私の裁量でどうこうできる問題ではない。学園艦の存亡、いやここにいる市民全員の命運がかかった一大事である。私はすぐに緊急会議を招集した。さらにまた暴動が起きる可能性がゼロとは言い切れないので武装風紀委員の配備も指示した。一難去ったらまた一難というのはまさにこのことである。私は一体どうすればいいのだろうか。次々と無理難題が襲いかかってくる。昨日少し心身を休めたばかりなのにまたしても心が折れてしまいそうになっていた。私はその降伏勧告プロパカンダのビラを見て項垂れていた。

つづく

 

 



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第117話 アンツィオ編 されど進まず

お待たせしました。本日もよろしくお願いします。


「会議は踊る、されど進まず。」これはフランス革命とナポレオン戦争後のヨーロッパ秩序再建と領土分割を目的として行われたウィーン会議で各国の利害が衝突してなかなか進捗しない状況を評して言われた言葉であるが、あの忌々しいビラが知波単の航空機から撒かれた後、私が招集した緊急会議も同じことが言えるかもしれない。もちろん、この会議の参加者にはお互いの利権とやらは存在しないが、まさにウィーン会議のように全くもって進捗しなかった。今回の会議の論点は二つであった。一つ目はドゥーチェの救出、そして二つ目がアンツィオがこの先進むべき道についてである。この二つの論点で私たちは激しく対立し緊急会議は休会と開会が幾度も繰り返されて6日間続くことになる。それこそ早朝から深夜までである。緊急会議のはずだったのに、かなりの時間を要したことはまさに皮肉な結果と言えるだろう。特に今回の緊急会議において激しく対立したのは風紀委員長の稲村さんと学園艦艦長の工藤さんである。その二人に便乗する形で私たちも二人の意見にそれぞれ分かれて対立したのである。稲村さんは零戦パイロット拘束が露呈した際に起きた凄惨な暴動以上に激しい暴動と混乱が起きる懸念と今まで無差別攻撃を受けてきた現状を鑑みて降伏は大洗反乱軍による大量虐殺をもたらす可能性を指摘し、功利主義の立場に立ってみんなの為に一人、即ち捕らえられているドゥーチェを犠牲にしての徹底抗戦を主張した。それに対して工藤さんは倫理的にこれ以上の犠牲は出すべきではないとして一人でも絶対に救うべきであるとし、その為には降伏するしか道はないので当然、降伏するべきであると主張した。また、大量虐殺の懸念については工藤さんには妹が知波単で学園艦副長の立場におり、知波単の上層部とのコネクションは交渉次第であるが比較的簡単に持てるのでそこから大洗反乱軍幹部との交渉チャンネルも開けるはずであるとの見解を示した。更に、例え徹底抗戦をするにしてもどのように抗戦をするのかということを指摘した。敵は航空戦力を使った無差別爆撃及び機銃掃射を主としてこの学園艦を攻撃している。その攻撃に対抗するすべは航空戦力もこの学園艦には存在しないし、戦車も航空戦力には無力としてもはやこの学園艦には無いということを強く主張した。この二人の意見はそれぞれが至極真っ当な意見であったのでどちらか片方に偏ることはなく二人の意見にちょうど半分ずつ支持が割れたのであった。稲村さんの意見には法務班長平沼さん、保健衛生班長石井さんら総務班長の依田さんが、工藤さんの意見には広報班長の河村さん、調査班長の田代さん、そして私も徹底抗戦よりも穏健派の立場にいるので工藤さんの意見を支持した。軍隊にもなりうる戦車部隊を率いる副隊長の位置にある人物なのに珍しいと思われるかもしれないが、私は基本的には争いごとを好まない。ましてや殺し合いなんてもってのほかだ。こんな無意味な戦争は一刻も早く終わらせたいというのが私の本音である。今回の対立を良い意味で捉えれば、穏健派と強硬派の意見バランスが取れていると言えるのだろうが、今回ばかりは都合が悪いことこの上ない。決議の投票権を持つ特別災害本部の職員たちが偶数であることと穏健派と強硬派がそれぞれ同数であったことが災いした。その結果泥沼の論戦が6日間続いたのだ。誰も先の見えない暗闇の中でそう簡単に物事を進められない。誰もが答えを探し続けてもがき苦しんでいた。特に今回はアンツィオ生が皆殺しになるかどうかということが頭にあるから尚のことである。議論は平行線をたどり続けて、全く終わりが見えない。同じような議論が繰り返されて誰もが疲れ切っていた。これ以上議論を重ねても仕方がない。このような前にも後ろにも進めないどうしようもない事態になった場合、私には取れる選択肢が二つあった。 一つは風紀委員長、法務班長、総務班長の職を特別災害対策本部長の職権を基に解任し、私がそれらの職を一時的に兼任して採決を強行する方法である。しかし、私はなるべくならその方法はとりたくなかった。今、風紀委員や法務班、そして総務班と事を構えて彼女たちの怒りを買うのは得策ではない。これから先も彼女たちの協力が何かと不可欠だ。特に懸案である戦犯容疑者東田信子の身柄を押さえているのは他でもない風紀委員である。報復措置として協力を拒まれたら大変困る。さらに言えば相手は治安組織であるから恨みを買えば風紀委員によるクーデターで私自身が拘束される可能性も否定できない。特に今回クーデターが起きれば私の身の安全は恐らく保障されないだろう。なぜなら、比較的簡単な手続きで即決裁判から処刑という一連の流れの前例を他ならない私が作ってしまったからである。今回もしクーデターが起きたとしたら決して例外ではないだろう。一応のトップである私を殺すことで風紀委員は権力掌握を企むかもしれない。また、法務班も係から班に格上げした時に新しく職権として拘束権を与えた関係上、同じくクーデターの懸念があるのであまり敵に回したくはない。革命やクーデターとはそういうものである。また、総務班も拘束権は無いものの重大な任務を担っており、復旧復興に不可欠な存在である。とにかく今は6日間ロスした分、少しでも前へ私たちが為すべきことを進めなければならない。こんな非常時にクーデターや協力拒否など愚かなことであるが、それが起きることがわかっていてわざわざ実行して防げるものを防がない方がもっと愚かであろう。そんな愚か者に私はなりたく無い。ならば、罷免及び強行採決以外の方法を取るしか無い。しかも、互いの面子を潰さないようにする方法はただ一つしかない。それは、別の会議の潤滑油になるような意見を出すことである。至極簡単な答えだがそれが一番良いのだ。私は議長ではあるものの発言をするために手を挙げた。

 

「あの、皆さん。よろしいですか?一つ提案なのですが、ここは降伏するしないということを無しにして一度相手の話を聞いてみるっていうのはどうでしょうか?交渉をするとだけ返事して実際に受け入れるかどうかはそれから判断しても遅くはないと思います。」

 

その提案に対して、真っ先に懸念を示したのは工藤さんだった。工藤さんはサッと素早く手を上げて立ち上がる。

 

「確かに、その意見はいい意見だと思うけど、あのビラには"降伏しろ"と書かれていたんでしょう?敵がそんな曖昧な態度で受け入れてくれるかしら?」

 

私は少し考えてから工藤さんの懸念に対して答えを示した。

 

「確かに、敵のビラには降伏勧告が書かれておました。でも、敵もそんなに一筋縄で行くとは思わないでしょう。今までの歴史上どんな戦いでも交渉くらいは行われるものです。もちろん、敵が占領して徹底的に街を破壊しようと思わない限りですが……でも、こうしてビラを投下して降伏を促しているということは少なくとも何かしらの交渉をする気があるということだと思います。する気がないなら全て焼き尽くし破壊すればいいだけの話ですから。」

 

工藤さんは私の答えに納得し、私の意見に賛同してくれた。他の皆も私の提案を歓迎してくれた。皆もこの長すぎる6日間に及ぶ議論に辟易していたようである。私の提案した案を採用ということであっという間に話はまとまった。あの、長い対立が嘘のように丸く収まり会議はようやく閉会した。閉会した頃にはもう外は暗くなっていた。これまでずっと会議が続いて明らかに皆疲れた表情をしていた。これでは良い仕事ができないことは誰の目から見ても明らかだ。このような非常時でも休息は必要である。私は皆に今日はもう休むようにと指示をした。皆、ようやく終わりを告げた会議にホッとして各々休息を取っていた。私はそんな皆の様子を微笑みながら眺めていたがやがて回答方法の確認のためにあの忌々しいビラをもう一度眺めた。ビラによるとモルース符号により回答せよとあった。ただ、敵も自らの空襲で無線通信機器を破壊したことはよく理解しているようで時間が指定してありその時間に知波単の航空機を北東方面に飛ばすので回光通信機による回答をせよと求められた。その回答時間は明日の21:00とあった。それまではしばらく休める。そう思っていた矢先のことであった。私の元に一人の来客があった。

 

「失礼します。稲村風紀委員長と落合本部長はいらっしゃいますか?」

 

私を訪ねてきた者は私の記憶が正しければ風紀委員で戦犯捜査の担当をしていたはずである。何かを予感して私は少し身構えながら応対した。

 

「はい。何でしょうか?」

 

彼女は私に近づいて徐に口を開いて耳元で囁いた。

 

「例の件ですが……証拠が上がりました。至急、風紀委員の本部に来ていただけませんか?確認してもらいたいことなど諸々あるので。」

 

私はハッと目を見開いて稲村さんと平沼さんに目配せをした。稲村さんと平沼さんは私の言わんとしていることを察して頷く。

 

「わかりました。すぐ行きます。稲村さん、平沼さん行きましょう。」

 

私と稲村さんと平沼さんは戦犯捜査担当の風紀委員に連れられて風紀委員の本部へと向かった。本部には捜査を担当した警察でいう刑事に当たる風紀委員が何人もいた。私たちが到着すると集めた数々の戦争犯罪の証拠が入った段ボール箱を私に手渡しながら言った。

 

「これだけの証拠を集めました。東田が戦争犯罪、民間人への無差別攻撃とそれに付随する大量殺人を犯したことは明白です。戦犯容疑で拘束命令状を請求します。」

 

「わかりました。拘束命令状の審理を開始します。発行までしばらくお待ちください。」

 

私は別室で平沼さんと審理を開始した。集められた様々な証拠の確認を行った。「わかりました。」とは言ったものの私はあまり風紀委員の言葉を信用してはいなかった。どこか頭の中で信じたくなかったのだと思う。私は取り調べの中で東田信子という人物が本当は優しくとても真面目な人物であることはわかっていた。だからどこかで彼女は空襲を実行した機体ではなく戦果確認機として搭乗していたのではないかと思いっていた。だからこそ、証拠が入った段ボール箱から見つけた一枚の写真はかなりこたえた。それは一機の零戦が機銃を撃ちまくっている様子を写した写真であった。そこに写っていた零戦の機体番号、それは紛れもなくあの不時着した零戦、東田信子の機体だった。信じたくはなかったがやはり東田は戦犯だったのである。私の頭の中に零戦の機銃で街や人を撃ちまくる東田の姿が浮かぶ。もちろんきっと彼女も心の中ではこんなことしたくないと思っていたはずだ。しかし、いくら命令だったとはいえここまで証拠が揃っているならもはや発行しないとは言えない。私は、東田信子の戦犯容疑での拘束命令状発行を決めた。私は重い心持ちで拘束命令状に私の名前を署名し、法務班の平沼さんも署名した。そして私はそれを持ち、発行を請求した風紀委員に拘束命令状を手渡す。

 

「東田信子の戦犯容疑での拘束命令状の発行を許可します。東田を戦犯容疑で再拘束してください。」

 

ついに東田の戦犯容疑が確実に固まった。これから始まる不幸な取り調べと裁判、そしてその先にあるものは私にとって過酷なものになると予想される。気を強く持とうと自分の心に言い聞かせていた。

 

つづく

 



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第118話 アンツィオ編 正義とは何か

今年最後の更新です。
今年も1年間ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。
お断り
今回のお話においては実在企業の名前をもじった会社が登場しています。よろしくお願いします。


次の日、朝早く私は風紀委員会留置所に来ていた。現時刻は7時30分だ。いつもの業務を開始する時間よりもかなり早い時間だ。今日は大洗反乱軍への回答期限も重なって何かと忙しくなりそうであるから、朝早くからこの場所を訪れたのであった。留置所来訪の理由はただ一つ、東田信子の取り調べのためだ。彼女の取り調べを私は一度だけしたことがある。彼女が拘束されてからすぐの時だ。その後、風紀委員の手によってこれまでも何回か行われていたが、戦犯容疑での再拘束以降は今日が初めての取り調べだ。私は以前取り調べをした時よりもより一層緊張感をもって取り調べに臨んだ。

私は門の近くにいる守衛に来訪の目的を伝えると取調室へと通された。私はその中の手前の椅子に座って東田を待つ。しばらくして、ガチャリと扉が開く音がして東田が手錠をかけられた状態で風紀委員に連れられてやってきた。

 

「東田さん。おはようございます。お久しぶりです。」

 

取調室に入ってきた東田に声をかけると彼女は礼儀正しく挨拶を返す。

 

「おはようございます。落合さん。お久しぶりです。」

 

東田は穏やかな顔をしていた。彼女は会釈をして椅子に腰掛けると私の目をまっすぐに見つめた。私は東田の目を直視できずにそっと視線を外し、他愛もない世間話から取り調べを始めた。

 

「今日はいい天気ですね。」

 

私は取調室の窓から見えるそれはそれは綺麗な青空をちらりと見ながら徐に口を開く。すると、東田も背後にある窓を見やると深く息を吐きつつ唇をそっと動かす。

 

「ええ。本当にいい天気ですね。透き通ったような青色の空……とても気持ちのいい朝です。」

 

彼女はしばらくは空を眺めていたがやがて再び息を深く吐き、視線を私に戻した。私は彼女と目線が再び結ばれたことを確認して再び口を開く。

 

「では早速始めましょうか。これまでも何度か取り調べを受けてるとは思いますけど、今日もリラックスして取り調べを受けてください。言いたくないことは言わなくても構いません。憲法で保障されてるあなたの権利ですから。」

 

「はい。わかりました。」

 

東田の返事を聞いて私は頷くと資料に目を落として尋問を開始した。

 

「では、早速質問します。あなたは再拘束容疑の航空機による空襲で無差別大量殺人を行ったものであるという戦犯容疑がかかっています。この容疑は認めますか?」

 

「はい。私にかけられている容疑を全て認めます。ここまできたら全てをつつみ隠さずお話しします。」

 

彼女はあっさりと容疑を認めた。先日、初めての取り調べの時、不法侵入の理由を尋ねた時は核心をつくような話には黙秘をしていただけあって東田の反応は意外だった。

 

「ありがとうございます。助かります。では、二つ目の質問です。あなたはなぜ、この無差別大量殺人に当たる空襲を実行したのですか?」

 

「なぜ実行したかですか?簡単ですよ。それが上官からの命令だったからです。上官の命令は絶対なんです。だから実行しました。」

 

私は彼女の言葉に違和感を覚えた。彼女の口ぶりはまるで自らが軍隊にでも所属しているかのような口ぶりである。東田が飛行機に乗る理由はほぼ間違いなく知波単に存在するという空戦道のためだろう。それ以外はないはずだ。そうであれば命令拒否をして自らは作戦に参加しないということもやろうと思えばできたはずである。しかし、彼女はそれをしなかった。私にはそれが疑問だった。

 

「命令?東田さん。あなたが所属している飛行隊は空戦道のための飛行隊ですよね?決して軍隊ではないはず。軍隊ならまだしもそうでないなら、命令拒否もできたのではないですか?」

 

すると、東田はどこか不思議そうな顔をして首を横に振りながら口を開く。

 

「いいえ。命令拒否などできるはずがありません。私が所属している飛行隊は単なる空戦道の部隊じゃありません。私が所属している飛行隊は紛れもなく軍隊です。」

 

私はますます混乱した。なぜ彼女は自ら所属している飛行隊を軍隊などというのか全くもってわからなかった。だが、この疑問は次の質問ですぐに解消した。

 

「なぜ、軍隊と言えるのですか?」

 

この質問に対して東田はまたしても不思議そうな顔をしていたがしばらくして何かを思い出したかのような顔になって私の質問に答えた。

 

「ああ、そうか。そういえば、知波単は特殊だということを忘れていました。どうりで私とあなたでは話が噛み合わないわけです。」

 

「え?それはどういうことですか?」

 

「知波単は他の学園艦とは違ってかなり特殊なんです。知波単という学校がなぜそうなってしまったのかは創立まで遡ります。創立当時、私たちの学園は内部で激しく対立しました。元々、知波単学園は日本軍の伝統を受け継ぐ学校です。学園を創設する時、日本軍のなかでも陸軍に学ぶべきか海軍に学ぶべきかという議論が生まれたんです。その時、創設理事会の中で意見が激しく分かれました。最終的には両方から学ぶことになりました。陸軍派と海軍派はそれぞれが分かれて学校づくりに対する提案を行なっていくことになりました。最初こそは評議会を設けて提案を協議して投票で決めるという方法をとっていたのですが、陸軍派が戦車道を行うことを強行採決したため海軍派は強く反発し、航空隊を創設し、空戦道を行うことを独自決定しました。しかし、それに反発した陸軍派も飛行戦隊を創設を宣言し、両者の決別は決定的になってしまいました。その後、学園創設は陸軍派が主導権を握り、海軍派が推進しようとしていた案をことごとく廃案に追い込むなど露骨な嫌がらせを行ったそうです。今では陸軍派が学園運営のほとんどを担っています。海軍派は陸軍派に駆逐されかけましたが、陸軍派の中でも穏健派から海軍派の立場も考えるべきだと提案され、海軍派は陸軍派の監視の下、空戦道の存続と学園艦を運航する船舶科の海軍派による独占などが認められました。しかし、今でも脈々と知波単の中に海軍派と陸軍派の激しい対立が続き、海軍派が独占する船舶科とその他の陸軍派の多数学科双方で互いを非難する授業を新入生に行なっていたためいつまでたってもなかなか解決の糸口が見出せないでいました。つまり、私たちは常に対立しあっていました。私たちは歴史をずっと引きずっていたのです。忌々しい学園創設の歴史という呪いは私たちを常に対立に縛り付けていたのです。そんな常に内戦前夜のような学園において海軍派も陸軍も双方ともに相手を攻撃できる軍隊とも言える組織を持っている。このような状況にお互いはどう考えるでしょう。双方ともお互いに相手に攻撃されるのではないかと思うのは目に見えています。疑心暗鬼に陥っていました。だから、知波単の陸軍派、海軍派は双方ともに軍隊を作ることにしたんです。本物の軍隊を。私たちには階級もありますし、拳銃の携帯も認められています。それにいつでも戦争ができるように訓練もです。これが私たちが軍隊という所以です。軍隊で上官の命令は絶対、本物の軍隊ですから、命令に逆らったら当然私は軍法会議にかけられます。命令拒否、つまり抗命は死刑の可能性もある重罪です。だから抗命なんてとてもできなかったのです。」

 

東田は悲しそうな表情をして俯く。なんて悲劇であろうか。私は目の前の少女に何を言えばいいのかわからなかった。私は呻くようにかろうじて声を出す。

 

「そんなこと……」

 

すると、東田は視線はそのまま私をまっすぐ見つめて言った。

 

「とても、信じられないと言った顔をしていますね。でも、全部本当のことなんです。私だって好き好んでこんな作戦に参加したわけではありません。私は心底嫌でした。アンツィオの学園艦には愛知県出身者も多いと聞きます。私の愛機の零戦五二型甲は愛知県名古屋市の松菱重工名古屋製作所でできた機体なんです。発動機も名古屋のものです。もともと愛知県の人々を守るために、いや日本人を守るために生まれてきた機体で誰が日本人であるあなたたちを殺したいと思いますか。そんな訳がないでしょう。私はこれまで全ての空襲作戦に参加してきました。何も罪のない人々か私の撃つ機銃で倒れる姿を何度も上空から目撃しました。帰還した後に私は隠れて泣いていましたよ。こんなことしたくないって。私はただ大空に憧れて自由に飛び回りたかった。それだけなのに……どうしてこんなことに……」

 

彼女の目には雨のように涙が伝っている。私は思わず東田を抱きしめていた。

 

「あなたもそんなに苦悩していたんですね。私はずっと勘違いをしていました。知波単の人間は非人道的で残虐な行為も厭わない野蛮な悪魔で人間じゃないって……だって、あの遺体安置所の様子を見たら……でも、あなたのような心優しい方もいると知って……戦争は悲劇ですね……私もこんな形であなたと会いたくはなかった……もっと平和な形で夢を語り会いたかった……」

 

東田は顔を私の胸に埋めてずっと泣きじゃくっていた。身体が小さく震えているのを感じた。

 

「私もです。私もアンツィオのことを勘違いしていました。開戦直後から徹底した敵愾心を煽る教育が行われましたから。でもそれは違っていた。敵であり、あなたの大切の人を奪ったかもしれない私を人道的に扱ってくれる。こんなに優しい人たちがたくさんいるのに……私は……本当に申し訳ありませんでした。」

 

 

彼女は自らの罪を謝罪した。彼女のした無差別大量殺人は決して許されることではない。だが、彼女の来歴を聞いて私はこのまま彼女を訴追していいものかと悩ましく思っていた。このまま彼女の話を聞いていると情に流されてしまいそうである。とりあえず、この話を終わらせることにした。私は次なる質問をした。

 

「東田さん。あなたの気持ちはわかりました。とりあえず、顔をあげてください。次の質問をしてもいいですか?」

 

東田は顔を上げると手で涙を何度も拭って頷く。

 

「ありがとうございます。では、あなたが参加した空襲が命令であることはわかりましたが、具体的に誰からの命令ですか?大洗反乱軍からですか?」

 

「いいえ、恐らくは違います。いつもは作戦票に西住隊長の名前の署名がありますが今回はありませんでした。恐らく海軍派の高級将校の独断作戦でしょう。」

 

「なるほど、そうなんですね。でもなぜ、海軍派の高級将校たちはそんなことを命じたのでしょうか?私には理解が全くできません。」

 

東田はしばらく少し下を向いて考えていたがやがて再び私を見ると口を開いた。

 

「私にも全くわかりません。ただ、陸軍派を出しぬきたいという意図があったのかもしれません。」

 

その後もしばらく取り調べを続けたが、開始して8時間を超えそうになった頃、取り調べを終わらせた。あまりに長時間にわたる取り調べはどんな形であれ酷であろう。私は調書を取っている風紀委員に目で合図をした。

 

「なるほど。そうですか。ありがとうございます。では、私からの本日の取り調べは以上です。供述調書を確認して間違いがないことを確認したらサイン捺印してください。」

 

東田は供述調書を受け取ると内容を確認して先日と同じようにサインと捺印をして、私に差し戻した。私はそれを受け取り不備のないことを確認すると調書を作成していた風紀委員に手渡して、東田を戻した。先日と同じように東田が戻って行ったら代わりに風紀委員長の稲村さんが手にお茶を持って入ってきた。

 

「落合さん。お疲れ様。よかったらこれどうぞ。」

 

「ありがとうございます。稲村さんも座ってください。」

 

私は椅子に座ってお茶を啜りながら稲村さんに椅子を勧めた。

 

「ありがとう。それじゃお言葉に甘えて。」

 

稲村さんは私に勧められて椅子に腰掛ける。私はお茶を飲みながら一服していたがやがて徐に口を開いた。

 

「今日、東田の取り調べをして改めて思いました。私は本当にこのまま彼女を戦犯として起訴していいものかと。彼女の話を聞いていると……」

 

すると、稲村さんは私の胸ぐらを掴んで今にも殴りかかりそうな勢いで怒鳴った。

 

「落合さん……あなたは……あなたは何を言っているんですか!?情に流されるなんて!何を言ってるのよ!東田が何をしたか忘れたの!?」

 

「分かっています……分かっていますが……でも、彼女は……」

 

「あなたは本当か嘘かもわからない東田の話を信じて、死者が出たことを忘れて情に流され彼女に何の罰も与えないつもりなの!?」

 

「そんなつもりは……」

 

私は胸ぐらを掴まれたまま視線を落とす。稲村さんの怒りは私には痛いほどよくわかる。あれだけの犠牲を出した空襲を実行した者に対して情に流されて不起訴に終わらせるというのは特に風紀委員にとっては許しがたいことであろうし、してはいけないということは言われなくてもわかっている。それでも、私は東田を起訴するという気がとてもじゃないが起きなかった。私は彼女の人間としての美しさを見てしまったのだ。そんな美しい人に罰など与えたくない。ましてや、軍事裁判のその先にある罰なんてもってのほかだ。過酷すぎる。いつの時代もバカを見るのは下っ端の人間だ。私は彼女にこんな残酷なことをさせた知波単の上層部に言いようがない怒りを覚えた。東田を裁き罰を与えることは本当に正しいのだろうか。本当に裁くべきは他にいるはずである。正義とは何だろうか。私は迷いと苦しみの世界で迷走していたのであった。

 

つづく




新年最初の更新は1月13日の21:00を予定しています。
来年もよろしくお願いします。
皆さま良いお年をお迎えください。


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第119話 アンツィオ編 星になった二等飛行兵曹

戦犯となった東田の運命は……?
カルパッチョ はどんな選択をするのか……?


私に怒りをぶつける稲村さんの怒鳴り声が聞こえてきたのかすぐに他の風紀委員が飛んできて私と稲村さんは引き離された。興奮している稲村さんを見て、風紀委員からとりあえず立ち去ったほうがいいと告げられた。私は言われた通り、留置所から立ち去り校舎へと戻った。校舎についた頃にはもう昼食の時間になっていたが、私は対策本部へと戻ると職員に一言二言、暗い面持ちで帰還した旨を伝えるために言葉を交わして、昼食をとることもなくフラフラとした足取りで屋上へと向かった。今は一人で私がとるべき道を慎重かつ冷静になって考えたかった。これは重大なことだ。屋上の高いフェンスに両手をついてぼんやりと街を眺めた。屋上から見える街は瓦礫にまみれて色がなく、風は悲しみと憎しみの呻きと硝煙の匂いを運ぶ。突然の空襲によってもたらされたこの惨憺たる光景に自然に涙が溢れる。この光景をあなたは許せるのかと問われれば私は間違いなく許せないと答えるだろう。許せるはずがない。私だって戦車道のかけがえのない仲間たちを大勢失っている。空襲を行なった知波単が憎い。しかし、いざその空襲を実行した張本人である東田を前にすると彼女を裁くことはどうしても躊躇ってしまう。彼女は、本当はこんなことやりたくなかったと語った。それは嘘のない本心の言葉だろう。しかし、彼女は実行した。彼女が供述した知波単の裏の顔、つまり軍隊としての知波単のなかでは嫌でも空襲を実行せざるを得なかったのだ。拒否などということはあり得ない。軍隊の中で命令拒否は死刑にも当たる重罪だ。当然知波単でも命令拒否はそのように扱われるようだ。つまり、彼女には実行者としての責任はあるとしても拒否する権利はなかったのだ。拒否する権利のない彼女を私たちの基準で裁くことに正当性はあるのだろうか。私はどうしてもそのことに対して正当で公平であると判断ができなかった。もちろん、これは人と人が殺しあう戦争であり東田は戦犯容疑者であり、さらに実際に犠牲者まで出ているからそもそも公正で公平な裁判など行う必要はないという恨みや憎しみに駆られた強硬な意見が出るのもよくわかるしその気持ちは理解できるし、被災者たちの気持ちに寄り添いたい気持ちは当然ある。だが、本当にそれでいいのだろうか。私は頭の中で堂々巡りを繰り返していた。すると、屋上に上がったきり降りてこない私を心配したのか、河村さんが様子を見にやってきた。河村さんは私の隣にやってきて四角の缶の口を私の方に傾けながら差し出す。

 

「これ、よかったら食べませんか?」

 

それは、ドロップの缶だった。甘いものなんていつぶりだろうか。彼女は私が返事をする前に私の掌にドロップの缶を揺らして取り出した。鮮やかな色のドロップが一つ掌に転がる。

 

「ありがとう。いただきます。」

 

ドロップを口に放り込むと幸せな甘さが口いっぱいに広がった。自然と強張っていた顔がほころぶ。

 

「ふふっ。やっぱり甘いものってすごいですね。落合さん、険しい表情をしてたけど優しげな表情に戻りました。」

 

「ふふっそうね。なんだかホッとした気持ちになる……」

 

私は河村さんの言葉に微笑みながらコンクリートでできた屋上の床に座り、口の中でドロップを転がす。河村さんも同じように私の隣に腰を下ろした。

 

「それで、何か悩みでもあるんですか?留置所から帰ってくるなり顔色悪くして屋上に行っちゃったからみんな心配してますよ?何かあるなら話してください。私たちは何度も危機を乗り越えてきた仲間なんですから。」

 

私は彼女に私の悩みを伝えるか否か、少しの間考える。そして、決心して私は口を開いた。

 

「実は……戦犯容疑の東田の訴追を認めるか否かで悩んるの……彼女は確かに空襲で無差別大量殺人を犯してしまった。でも、東田は本当はやりたくなかった、上官命令だから逆らえずに止むを得ずやったって言ってて……確かに彼女が実行者だという事実は変わらない。それはわかってる。でも、彼女の供述によると知波単は学校全体がまるで軍隊みたいで命令に逆らうことは死刑に値する重罪だからとても逆らえなかったって……だから、例え実行してしまったとしても彼女に責任があるかと言われたら実行した責任は残ってるにしてもほぼないに等しい……だから、どうすればいいかわからなくなってしまって……」

 

河村さんは真剣な表情で私の重すぎる悩みを聞いてくれた。そして、口元に手をあてて暫く考えていた。私は、もう自分で答えを出すことは不可能だと悟っていた。そこで、河村さんが今から出す答えを私の答えにしようと心の中で決めていた。

 

「難しいですね……まさに戦争の悲劇です……」

 

かなり時間が過ぎた後、彼女はぽつりと呟いた。そして、また同じように口元に手をあてて考える。そして、決心したかのように私の瞳をジッと見つめて語りかけた。

 

「これは私の一個人としての意見として聞いてください。私は、東田信子を裁くべきであると考えます。彼女を裁かずに何も責任をとらせないというのはどう考えても市民に説明がつきません。それこそ、この間暴動を起こした犯人は処刑されたのに、その根本的な原因を作った彼女を裁かないのはなぜだという話になってしまいますし、今まで懸命に捜査に当たってきた風紀委員や法務班を裏切ることになるのでクーデターが起きる可能性があります。大洗反乱軍との交渉を行う時が近い今、内政に問題を抱えるのは得策ではありません。もし、今回のことが原因で政情不安定になってしまって大洗に足元見られる危険性もありますし……東田は可哀想ですが……そういう選択もやむを得ないでしょう……今は一人に執着するよりも大勢の安全をとるべきです。」

 

なるほど、彼女はこのように考えるのか。恐らく大勢は河村さんと同じような選択することは頭の中でわかってはいた。恐らくこの時、私は罪悪感を消したかったのだろう。これは、私の選択ではなく、大勢が望んだことであり仕方なくやったことなのだと。しかし、その時はそのように考えていなかった。決心した通り彼女と同じ選択をすることにしよう。ただそのように考えていた。私は東田の訴追を受理し戦時法特別会議を開催することに決めた。

 

「話を聞いてくれてありがとう。私の考えがまとまったわ。」

 

私は河村さんに話を聞いてくれたことに礼を言う。すると、河村さんは優しく微笑みながら言う。

 

「それはよかったです。さあ、それじゃあ下に降りましょうか?昼食、まだですよね?」

 

「うん。そうだね。」

 

私は河村さんの言葉に従って対策本部へと戻り、昼食をとると風紀委員長の稲村さんと法務班長の平沼さんを呼び出した。平沼さんは本部にいたのですぐに私の元へやってきた。平沼さんを隣の空き部屋に連れて行って座るように促す。しばらくすると稲村さんもやってきた。ノックが3回聞こえた。

 

「どうぞ。」

 

「失礼します……」

 

入室を許可すると稲村さんはおずおずと入室した。そして、私の正面まで来ると頭を下げた。

 

「先ほどはすみませんでした……つい、感情的になってしまって……どんな罰でも受け入れます……」

 

稲村さんはどうやら呼ばれた理由が拘束か罷免か何か罰でも受けると思っているらしい。彼女の怒りはよく理解しているので別に彼女に何か罰を与えるつもりはない。私は彼女に頭をあげるように言って本来の用件を伝えた。

 

「頭をあげてください。稲村さん、あなたの怒りは当然です。私も軽率でした。すみません。別にあなたには何も罪はない。従って特に罰は与えません。」

 

「本当ですか……ありがとうございます……本当にご迷惑おかけしました……」

 

「いいえ、大丈夫ですよ。それで、本題ですが、色々考えましたが東田の訴追を認めます。私に必要書類を提出してください。今から1時間後、14時に非公開で開廷予定です。それでは準備をよろしくお願いします。」

 

すると、二人とも意外そうな顔をしてお互いに顔を見合わせる。そして、平沼さんが念を押すように私に尋ねる。

 

「本当に、それでいいのですね?」

 

「はい。構いません。」

 

「わかりました。それでは準備します。」

 

「私も準備します。」

 

そう言うと二人とも退室していった。私は二人の後ろ姿を見送りながら心の中でこれでいいんだ皆のためだと自分自身に言い聞かせていた。私は、再び本部に戻った。そして、本日反乱軍に対して回答する内容を担当の職員と確認した。回答内容はただ一言"交渉を開始を了承する"だそれ以下でもそれ以上でもない。それ以外は余計のことを言わないことを確認した。その他に細かい業務をしていると、やがて起訴状を持って稲村さんと平沼さんがやってきた。

 

「落合さん、よろしくお願いします。」

 

私は記載内容に不備がないことを確認するとそれを受理した。

 

「はい。受理します。それでは、開廷の準備を行ってください。今回は、非公開の極秘の特別戦時法会議なので情報が決して漏れないように慎重に扱ってください。情報が漏れたらこの学園艦が大混乱に陥ることは火を見るよりも明らかです。報道機関への情報は全て終わった後に公開します。」

 

「わかりました。情報統制を徹底します。」

 

「わかりました。」

 

稲村さんと平沼さんに徹底した情報統制を指示して再び準備に戻らせた。しばらくして、私は提出された起訴状を手に今回の戦時法特別会議が行われる会場へと向かった。会場は先日、規律会議で暴徒を裁いた場所と全く同じ場所だ。私は重くて暗い心と比例するように重い足を引きずりながら歩いた。決心したはずなのに、やはりどこかで彼女は悪くないと考えてしまう。そんなことではいけない。皆のためにはやらなくてはならないと思っていてもどうしても躊躇ってしまう。しかし、私は自分を奮い立たせて何とか足を向かせて会場に入った。会場に着くとこの間の規律会議を担当した人と同じ事務官が出迎えてくれた。彼女と挨拶程度の言葉を交わして、戦時法特別会議が行われる部屋に入る。部屋に入ると、既に被告人となった東田は手錠をかけられた状態で座っていた。私たち以外は誰もいない。しんと静まり返っていた。そして、遂に戦時法特別会議が開廷した。形式はこの間の規律会議と同じ形式をとっていた。まず、検事役の風紀委員から起訴状が読み上げられ、稲村さんから求刑される。稲村さんからの求刑は極刑、つまりは絞首刑だった。東田の方向を見ると極刑の求刑にも特に取り乱すことなく、真っ直ぐと鋭い視線で前を見つめて落ち着いた様子だった。私は東田の審判を開始するために名前を呼ぶ。

 

「東田信子、前へ。」

 

「はい。」

 

東田は手錠を外されて立ち上がり、証言台に立つ。私は、起訴状の認否を尋ねた。

 

「本日の戦時法特別会議の法務官としてお尋ねします。あなたは、航空機で本学園艦に飛来し、空襲を行い多くのアンツィオ市民を無差別に殺害したという戦犯容疑、通例の戦争犯罪の容疑がかけられています。この容疑について認めますか?」

 

「はい。認めます。」

 

「わかりました。では、あなたは何回の空襲に参加しましたか?」

 

「私が拘束される前に行われた全てのアンツィオへの空襲作戦に参加していました。私の主な任務は機銃掃射でした。」

 

「そうですか。なぜ、あなたは空襲を行ったのですか?」

 

「命令だったからです。命令に逆らうことはできないので止むを得ず参加しました。」

 

「なるほど、ではあなたは何を目標に空襲をしたのですか?人を目標にしたことはありますか?」

 

「私たち戦闘機乗りの攻撃目標は任意目標でした。ですから、当然人を狙ったことは何度もあります。」

 

「そうですか……こちらからの質問は以上です。では、判決を言い渡します。あなたは、命令に従わざるを得なかったとはいえ空襲を実行をしたという責任があります。したがって通例の戦争犯罪である無差別空襲による無差別大量殺人の罪で有罪。絞首刑に処します。刑は本日の午前0時に執行。以上、閉廷します。」

 

私は声を震わせて判決を言い渡す。東田は真っ直ぐに私を見て判決を聞いていたが、やがて90度に身体を曲げた。

 

「ありがとうございました。」

 

一言そう言うと稲村さんと事務官、そして検事役の風紀委員それぞれに一礼した。そして、そっと担当の風紀委員に腕を差し出す。東田は手錠をかけられて連行されていく。彼女は過酷な刑を受け入れているようだった。特に顔を硬ばらせることもなく、心なしか微笑んでいるように見える、東田は残りの人生を凛として強く生きようとしていた。私はその強い姿に涙が溢れ出てきた。私は彼女は絶望するかと思っていたがあの、覚悟ができているような強い姿に私は泣きながら死刑執行命令書に署名して、稲村さんに手渡しながら涙声で言う。

 

「それでは……今夜……よろしく……お願いします……」

 

「はい。わかりました。あの、落合さん大丈夫ですか?もし、良ければ今回の死刑執行は私たち風紀委員が行いましょうか?落合さん、この間も死刑執行人を務めましたよね?きっと精神的に負担が大きかったはずです。落合さんにそこまで無理させたくはありません。」

 

稲村さんは心配そうに私に声をかける。私は稲村さんの提案を受け入れることにした。私に、東田に手を下すことは不可能だった。

 

「はい……死刑執行の件はお願いします……でも、彼女の死に様は見届けたいです……でないと、この事件は終わりません……私自身が処刑を命じるわけですから……なので、立会人にはくわえてください……」

 

私が東田の死刑執行を命令したのであるから彼女の死に様を見届けることは私の義務である。義務は果たさないといけないし、見届けないとこの事件は終わらない。それだけは譲れなかった。私の願いは聞き遂げられて私も立会人として参加することになったのであった。さて、私は再び本部に戻った。その時私はお通夜のような雰囲気で近づき難い雰囲気だったと思う。皆、それが何を意味しているのか察したのか話しかけてくることはなかった。時間というものは案外早く過ぎ去る。審判が終わり、外に出た時、あんなに太陽は高いところにあったのにあっという間に夕方になって遂に夜になった。その日は審判以降、仕事が手に付かなかった。だが、誰もそれを責めない。私の様子で何があったかそして何が行われるかを知っているからだ。そして、反乱軍への回答時間になった。それについては流石に私が立ち会わないわけにはいかないので立ち会うために屋上へ上がった。屋上から綺麗な星空が広がる。海の上でなおかつ停電中であるから星が綺麗によく見えるのだ。目をよく凝らすと丁度知波単の飛行機が東の方角から飛んできているのがわかった。通信の担当者はそれを認めると通信を開始する旨を発光信号で通達した。すると、向こう側からも了承した旨の回答があった。そこで、本題の交渉について受け入れる旨を発光信号で回答した。通信担当者はやり取りの間中ずっと何事かメモを取っていた。やがて、航空機は通信を終了する旨を伝えて飛び去っていった。通信が終わり担当者は私にメモを手渡す。メモには次のように書かれていた。

1.明後日の午後中立学園艦である継続高校で交渉が行われること。

2.明後日の午前に同じく中立学園である、全日本航空高校の輸送機がアンツィオへ使者の向かえに行くので受け入れなどの準備をすること。

 

私は通信してくれたことに対して担当者に礼を言うと、本部へと戻った。時計を見ると時刻は21時20分だった。刻一刻と東田信子の処刑の時間は近づく。私は何をやるというわけでもなくぼんやりと過ごしていた。すると、あっという間に1時間前、つまり23時になってしまった。そろそろ東田を迎えにいかなくてはならない。私は重い腰を上げて、平沼さんと一緒に今までどんな時よりも重い足取りで留置所へ向かった。平沼さんとは一言も言葉を交わさずに真っ暗な闇に染まった街を歩いた。しばらく歩いて留置所に着くと既に稲村さんと10人の風紀委員が門の前で待っていた。稲村さんたち風紀委員も特に何かいうわけでもなく、私たちを視認すると軽く会釈をして中に入るように促した。留置所の中に入って長い廊下をコツンコツンと12の靴音を響かせながら歩いた。そして、東田信子の独房の前に着くと稲村さんが鍵を開ける。そして、私が東田に告げる。

 

「残念ですが、お別れです。東田信子さん。外に出てください。」

 

「はい。」

 

東田は抵抗することなく素直に出てきた。東田に手錠をかけて腰縄をつけると私たちは東田信子を取調室へと連れて行った。遺書などがあったら書かせるためだ。東田を椅子に座らせて私も東田の正面に座る。机には紙と鉛筆が置いてある。

 

「何か、書き残しておきたいことがあったらどうぞ。」

 

すると、東田はそれに手をつけることなく、向かって座ってる私に差し戻すと懐から封筒を二つ差し出した。

 

「遺書と遺髪と遺爪です。もし、父と母に会うことがあったらこれを。」

 

彼女はきっとずっと前から自らの運命をわかっていたのだろう。だからあらかじめ遺書を用意していたのだ。そして、遺骨が家族のもとに帰らないことも理解していた。こんなに悲しいことは今まであっただろうか。私は涙がこぼれそうになるのをこらえてそれを受け取り後ろを振り返り、肩を震わせる。

 

「はい……確かに……受け取りました……できたら届けます……」

 

だが、この遺書と遺髪と遺爪は恐らく家族に届くことはない。届けようがないのだ。できることなら届けたいが、家族の居どころも何もかもがわからない。私は心の中で彼女の想いに応えられないことを謝罪した。そして、彼女を刑場まで連行するために再び東田を立たせて手錠をかける。そして、刑場になっているコロッセオへと連行した。死へと赴く短くも長い徒歩の旅が始まった。ザッザッザッと私たちが行進する音が瓦礫の街に響く。コロッセオは街の中心部にあるのでそこまでは歩くと意外と時間がかかる。東田は降ってくるような星空の下をただ真っ直ぐ前を見据えてしっかりとした足取りで刑場へ一歩一歩進んでいった。そして、20分ほど歩いてやがて刑場へとやってきた。そして、コロッセオにある一室に私たちは入った。そして、そこで死刑を執行する旨を東田に正式な形で告げた。

 

「いよいよお別れです。特別災害対策本部によって承認された戦時法特別会議の事実認定及び量刑ならびに命令によって午前0時0分または可能な限りその後すぐに絞首刑により執行します。」

 

そして、時間を確認して執行の時間が近づいたことを確認すると東田はコロッセオの競技するトラックの内側にある絞首台のうち一番真ん中にある絞首台の前まで連れてこられた。

 

「東田信子二等飛行兵曹、処刑前に何か言い残すことはありますか?」

 

すると、東田は空を仰ぎ綺麗な星空に嬉しそうに微笑むと再び正面を向き直りこのように言った。

 

「私の、戦犯責任及び罰はいくら命令であったとはいえ私が実行者であるという事実は変わらず、私は国際法であるハーグ陸戦条約第3条、第23条一項などで禁じられた違反行為を行いアンツィオにおいて大量殺人を犯した重大なる犯罪者であることは事実であるのでそれに対しては反論なく受け入れます。しかし、これは私自身の意思ではなく、戦争によりもたらされたものです。まさに戦争の悲劇と言えるでしょう。私は誰も恨みませんが、もう2度と両校の間でこのような恐ろしく悲しいことが起きないことを、そして両校に再び恒久的な平和が訪れることを望みます。お世話になりました!それではよろしくお願いします!」

 

東田信子二等飛行兵曹は強くはっきりとした声で最期の言葉を述べた。そして13段の階段を一歩ずつ強い足取りで進んでいく。そして、あっという間に階段を登り、一番真ん中の処刑台の上に立った。後ろから風紀委員が足にベルトを取り付ける。東田はポケットから家族の写真と思われる紙状の何かを取り出してそれを一瞥するとぎゅっと掌に強く握りしめた。そして、再び前を向いた。彼女は優しげに笑っていた。それが、私が彼女の表情を見た最後の瞬間だった。風紀委員は東田に黒い袋状の目隠しをして東田の首に太い縄をかける。いよいよ最後の時だ。問題がないか一通り最後の確認を行う。確認作業が終わると死刑執行の合図を出す担当になった風紀委員がサッと手を挙げた。そして、すぐにそれを振り下ろすとそれを確認した、東田の後ろに立っている実際に死刑を執行する風紀委員が彼女の身体を階下へと突き落とした。

午前0時0分 東田信子二等飛行兵曹死刑執行

彼女はぶるぶると吊られた身体を何度か自然な本能的な反応として震わせ、手錠をガチャガチャと鳴らしながら息耐えた。東田信子二等飛行兵曹は星になったのだ。今度こそ、この大空を自由に飛び回ってほしい。そう願うことが私ができる唯一の彼女への慰めであった。

 

つづく



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第120話 アンツィオ編 葬送

本日は二つ更新します。よろしくお願いします。
まずは悲しい葬送のお話……



死刑執行の3分後、東田の遺体を絞首台から下ろした。東田の遺体をビニールシートの上に乗せた。すると、近くで見守っていた医師が近づいてきて東田の身体の確認を始めた。医師は東田の身体を確認するとこう宣告した。

 

「0時6分、この人の死亡を宣告する。」

 

東田は医者により死亡を宣告されて、正式に遺体になった。その後、私は東田の遺体をすぐに海へと流すように指示を出した。今回は、東田が戦争犯罪人であるという特性から遺体の公開は行わない。公開したら怒りにまかせた遺体損壊が行われる可能性が極めて高い。今回は速やかに水葬を行うことにした。東田の遺体をビニールシートですっぽり包み、立会人の風紀委員たちとともに急いでリヤカーに積み込む。皆、何一つ話すことなく黙々と速やかに作業を行っていた。まるで、この忌々しくねっとりとまとわりつく残酷な処刑の光景と一人の少女の命が終わる瞬間の記憶を振り払うかのようなきびきびとした行動だった。やはり、風紀委員たちも多少なりとも東田信子の処刑に対しては思うことがあるようである。この間、風紀委員を大量に殺害した罪で処刑された者たちの時とは明らかに風紀委員の様子が異なっていた。東田の遺体の積み込みが終わると稲村さんが声をかけてきた。要件は街に晒されている遺体の処理についての問い合わせだった。大勢の風紀委員を殺害したために見せしめとして街に晒されている死刑に処された者たちの遺体もそろそろ回収しなくては腐敗してしまう。その段階に突入したら衛生に悪影響が出ることは必至であった。そうなる前に何とかしなくてはならない。それらもついでにというのはおかしいかもしれないが一緒に水葬を行うことにした。

私は稲村さんに東田の処刑に立ち会わず本部で控えている当直の風紀委員のうち緊急出動などの支障にならない人数を残した全風紀委員に残らず全てリヤカーへの積込作業と左舷展望公園にて極秘に行われる水葬という名の海への遺体遺棄へ向けての準備に当たらせるよう指示を出した。稲村さんは無線を手にとると私が指示した内容を一語一句違うことなく、そのまま無線の向こう側へと伝えた。私は稲村さんが指示を伝えたことを確認すると、遺体を海へと投下するためにリヤカーを押して左舷展望公園へと向かった。普段ならコロッセオから左舷展望公園へは10分程度で行けるが、何しろ常々お話ししているようにこの頃は街が空襲で完全に破壊されておりあちこち瓦礫で道路が寸断されていたり道が爆弾の炸裂痕でデコボコして歩きにくかったりしていた関係でどこに行くにも大変な時間がかかった。しかも、今回左舷と右舷にそれぞれある展望公園に行くためには特に激しく破壊された街区を突っ切って行かなくてはならない。今回はコロッセオから少しだけ近い左舷展望公園を選んだがそれでも普通に歩くと30分は確実にかかる。しかも今回は遺体を載せたリヤカーも引いて瓦礫の街、炸裂痕の道路を行くという大仕事だ。一体全体到着にどのくらいかかるのやらまるで未知数だった。とはいえ、あまりモタモタして人々に見られたあげくまたしてもあの忌々しい事件の二の舞になることだけは避けなくてはならない。もちろん、現段階において戒厳令は発令し、夜間の外出を厳しく禁じその命令に背いた者は拘束するとしているのでその禁を破り拘束されるリスクを負ってまで外出する者はほとんどいないとは思うが、万が一ということもある。細心の注意を払いながら速やかな行動が求められる。道路状況が悪いということは決して言い訳にはならないのだ。道路状況が悪くて行動しにくいことは皆同じ。それなのに、過激派が早くて私たちが遅いというのは決して許されないことなのだ。私たちは出来る限りの速さで左舷展望公園へとリヤカーとともに走った。遺体を沈めるための錘に使う瓦礫の破片を拾い集めながら。

平和な時の左舷展望公園はそれはそれは美しい場所だった。公園にはいつも色とりどりの季節の花が咲き誇り、大海原とのコントラストが実に絵になったものだ。そして、展望公園という名のつく所縁となった海へ大きく張り出した形の展望台があり、そこから見える大海原から光輝く未来を誰もが思った場所である。私は入学した直後に左舷展望公園を訪れて海を眺めたものだ。これからどんな学園生活を送るのか友達はできるだろうかなどと期待に胸を膨らませていた。あの時の海の爽やかな風は忘れることはない。だが、そんな幸せな日はとっくの昔に終わってしまった。今からこの美しい希望と夢を抱いた次代を築く若人たちの為の公園はこれから悲しい慰霊の公園へと変わるのだ。あの時はこんなことになるなんて誰も思っていなかった。約一時間ほどかけてようやく左舷展望公園へとたどり着いた。左舷展望公園には既に多くの風紀委員が何台ものリヤカーとともに集結していた。その中には指示をしていなかったが、風紀委員の施設で押収されていた零戦も運ばれてきていた。私は特に連絡も受けていないのでこれはどういうことかと零戦を運び出した風紀委員分隊の隊長に尋ねた。すると、彼女は私に一枚の手紙を差し出した。

 

「これを……東田の独房に残されていた貴方宛の手紙です。先に読んでしまいましたが……」

 

私は手紙を受け取り折りたたまれたそれを開いて書かれている短い文章に目を落とす。その手紙には自らを人間的に扱ってくれた私たちへの感謝の言葉とできるならば自分の遺体はどうか零戦と一緒に海へと流してほしいとあった。なるほどこの風紀委員の分隊が零戦を持ってきたのはそういうことか。降伏を視野に入れている以上この零戦はそのままにしておくわけにはいかない。ちょうど処分しなくてはならないと思っていたところだったので拒否する理由はない。むしろ、零戦の処分方法について会議にかけるとまた色々揉めることになるだろうということは容易に想像できていたことなので、海へ投棄する口実ができたことは助かった。そんな思惑もあり、私は彼女の最期の願いを叶えてあげることにした。私は手紙から顔を上げて口を開く。

 

「わかりました。彼女の最期の願いを叶えてあげましょう。戦友と一緒に送ってあげましょう。」

 

私はその零戦の側に東田の遺体が積まれたリヤカーを持っていくとそれを抱きかかえてビニールシートに覆われた変わり果てた姿の戦友を乗せてあげた。あまりにも悲しい長年連れ添った愛機との再開だった。これ以上は見るに堪えない。私は速やかに遺体を海へ投下し送り出すように指示した。安全用のフェンスを取り外すと私たちはまず、風紀委員を虐殺した罪で責任を負い、死刑となった元死刑囚たちの遺体を一つ一つ手にとって長い板で滑らせるようにして海へと投下した。遺体はするすると滑り落ちて海へと沈んでいった。それらの元死刑囚の全ての遺体を投下させ終わり全ての遺体が海へと沈んだことを確認すると零戦に乗せた東田の遺体を海へと投下させた。零戦のコックピットに大量の海水が侵入して、東田を乗せた零戦を真っ黒な海へとどんどん引き込んでいく。しばらくすると東田を乗せた零戦は完全に海へと沈んで見えなくなった。午前3時12分、その日行われる全ての簡易的な水葬は終わりを告げた。

法務班長の平沼さんと一緒に対策本部へと戻った頃には既に4時を過ぎていた。このまま眠りについても起きるのは朝の6時30分である。二時間ほどしか眠れない。しかも、この後朝一番に東田信子の死刑を執行したことについて臨時記者会見を行う。そのことを考えると中途半端に眠るよりも起きていた方がいいだろう。それまでの二時間は会見に備えて話す内容の原稿でも考えることにしよう。今日ばかりは徹夜も致し方ない。私は起きているが平沼さんはどうするのか尋ねたら、平沼さんも起きていると言ったので私と平沼さんは静かに対策本部の中に入りそれぞれ自分のデスクに座って一緒に原稿を作成した。今回の会見には担当職員の集中しているとあっという間に太陽が顔を覗かせ起床時刻の朝6時30分になって皆が起きてきた。皆と朝の挨拶を交わしていつも通り朝礼を行うと、私は個別に広報班の河村さんを呼び出した。

 

「例の件について一時間後に臨時記者会見をやりたいから準備してもらえるかな?記者クラブの方に通達と会場の抑えをお願いします。」

 

「了解しました。」

 

河村さんは記者クラブに対して臨時記者会見を行う旨を通達し速やかに会場の抑えを行なった。河村さんの手によってあっという間に記者会見の準備は整えられた。やがて予定の時間になり、先日アンツィオの現状について会見を行った部屋と全く同じ部屋に入る。近くには河村さんだけでなく法務班長の平沼さんも控えていた。私は舞台袖のようなところから一段高いところに上がって一礼する。河村さんが会見を始める挨拶を行ってから私は口を開いた。

 

「皆さんおはようございます。本日未明0時0分東田信子の死刑を執行しました。この者に関する犯罪事実の概略を申し上げますと、本件は大洗反乱軍及び知波単学園が共謀し計画された本学園への武力攻撃に際して、多数の共謀者と共謀の上、国際法等で禁じられている民間人など非戦闘員を無差別に多数を殺害した事件です。本件は、抵抗する術を持たない非力な民間人を狙った残忍かつ卑劣な事案であり、被害者や遺族の方々にとって無念この上ない事件だと思います。本件は司法の場において十分な審理を経た上で死刑が確定したものです。以上のような事実を踏まえ死刑執行を命令しました。また、この死刑は学園艦行政等執行特例法第2条、第3条、第4条に基づいた権限によるものです。詳しくは資料をご覧ください。私からは以上です。質問は後ほど法務班長平沼が受け付けます。私は他の職務がありますのでこれで失礼します。」

 

私は一礼して再び舞台袖へと戻り、平沼さんと代わった。後ろをちらりと振り返ると先日と同じように何本もの腕が天井に向かって伸びていた。平沼さんには答えられることは全て答えるようにと指示している。彼女なら大丈夫だろう。私は再び対策本部へと戻った。これでようやくこの事件は終わりを告げたのであった。もう二度とこんなことが起きないこと、そしていつか彼女が願った再び知波単と私たちが正しく結ばれることを祈っていた。

 

つづく




学園艦行政等執行等特例法第2条
法務課及びそれに準ずる学園艦組織は司法権及び逮捕権を掌握する
学園艦行政等執行等特例法第3条
風紀委員会及びそれに準ずる学園艦組織は逮捕権及び刑罰権を掌握する
学園艦行政等執行特例法第4条
学園艦における刑法および刑罰は日本国で定められた刑法及び刑罰が適用される。ただし、生徒会長もしくはそれに代わる者が必要と判断した場合は学園艦内で制定された法令が優先される


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第121話 アンツィオ編 もはやこれまで

二つ目です。よろしくお願いします。
交渉会議の裏でアンツィオの学園艦では……?


一つ仕事が終われば次なる仕事。私にはまだまだやることが山積みであった。まずは明後日交渉の為に継続へと派遣する人員を決めなくてはならない。誰がいいだろうか。おそらくはここにいる誰かになることは間違いない。だが、ここで人選を間違えると大変なことになる。なるべく計算高くてなおかつ社交的な人物がいいだろう。そう考えると、思い当たる人物は一人だ。総務班班長の依田さん。この人以外はいない。副使は依田さん自身に指名させよう。私は依田さんのデスクに行って対策本部の隣の空き教室に来るよう呼び出した。彼女は少し不安そうな顔をして後ろをついてくる。何か怒られるとでも思っているのだろうか。それとも、何か粗相をして隠していたことがバレてしまったと勘違いしているのだろうか。ともかく、今回は説教ではない。とはいえ、重大な事案であるので真剣な表情をしながら口を開いた。

 

「依田さん。継続に行ってくれませんか?」

 

「私がですか?構いませんけど、どうしてまた私が?」

 

「依田さんの今までの様子を見て総合的に判断しました。依田さんはいつも社交的で人に好印象を与えることができる。これは交渉に有利に働きます。それと、計算高さや説得する力もあります。その力を持つ依田さんならきっと少しでもいい条件で交渉をまとめることができると信じています。依田さんに学園の運命を託します。依田さんを全権大使として任命します。」

 

「わかりました。そういうことなら継続に行きます。私に任せてください。少しでも良い条件を相手から引き出して帰ってきます。」

 

「期待しています。あと、他に副使を一人任命して一緒に行ってください。今日はもう何もしなくていいので、明日の準備を一緒にしましょう。」

 

「はい。わかりました。」

 

私たちは早速交渉の内容について吟味を始めた。交渉するといっても私たちは決して勝っているわけではない。むしろ負けているのだ。無論こちらは宣戦布告などした覚えもなければ直接の交戦した覚えもない極めて理不尽かつ不正な武力攻撃だが。もちろん今回はとりあえずは相手の話を聞くだけである。しかし、降伏しなければならないという事態が起きることも十分予想できる。ならば、こちらの条件も考えておかなくてはならない。しかし、その際に相手が私たちに有利な条件を何個も飲んでくれることはありえないということは当然のことであった。最低限の条件に抑えなくてはならない。私たちはその条件についてとりあえず二人で考えた。だが、たった一つだけの条件を決めるのにそこまで時間はかからなかった。市民の安全を条件とすることにした。後で会議で皆に諮ることにしよう。恐らく、皆も反対はしないと思う。さて、会見も終わって平沼さんと河村さんが戻ってきたところで明日の交渉について確認等をするために会議を招集した。議題はもちろん、交渉会議についてである。先ほどの条件については皆も特に反対することなく、全員賛成という形となった。また、継続には依田さんを全権大使として、依田さんが指名した田上さんを副使として派遣することについて異議があるか諮ったが、それも特に問題になることなく承認され、正式に任命された。その他、交渉の結果がどうなったのかこちらが確認する方法についての話になった。アンツィオの学園艦では未だに修理が終わっておらず外部と交信する手段がなかった。そこで、代替え手段として継続での交渉の結果の通達はラジオの短波による乱数放送で内容を伝え、期限を設定し回答はこの間と同じように発光信号で行うことにした。そのような細々とした確認事項など最終確認を行って会議は解散した。さて、あとやることは明日来る予定の全日本航空高校の輸送機の受け入れ準備だろうか。私は街から少し外れたところにある未だ無傷のメイン道路に誘導灯を設置した。さて、これで後は明日を待つばかりである。その後、しばらく通常業務についたが、昨日徹夜だったからか夜21時くらいには急速に眠気を感じ、眠りについた。

次の日の朝になった。私たちはいつもの通り朝礼を行なった。どうやらまだ航空機は到着していないようだ。時間が惜しい到着するまではこちらの仕事をしていよう。3時間後の9時30分頃、空に轟音が響いた。空を見てみると見慣れぬ飛行機が超低空で飛行し昨日誘導灯を設置したところに着陸した。全日本航空高校の飛行機だ。私は急いで依田さんと田上さんとともに着陸場所へと向かった。30分ほど走ると小型の輸送機が見えてきた。遠くで誰かが手を振っている。私たちはより一層走ってその人のところに向かった。

 

「全日本航空高校の方ですか?」

 

私が尋ねると相手は姿勢を正して手を差し出しながら元気よく言った。

 

「はい!全日本航空高校の飯島美優です!本日機長を努めます!よろしくお願いします!安全運航でお送りさせていただきます!」

 

「こちらこそよろしくお願いします。私は落合陽菜美です。代理でアンツィオの責任者を務めています。こちらは本日使者として向かう依田と田上です。本日はお世話になります。」

 

私たちはそれぞれ握手を交わして簡単な挨拶をすませると飯島さんはすぐに離陸するのですぐに乗り込むように言った。

 

「それでは、行ってきます!」

 

「学園艦の未来は依田さん、田上さんあなたたちの双肩にかかっています。どうかよろしく頼みます。」

 

「「はい!」」

 

彼女たちは力強く返事をして輸送機に乗り込んだ。私は満足気に頷いて少し離れた場所から離陸を見送った。どうにか頼む。この学園を救える道を切り開いてほしい。どうか彼女たちに力を。私にはそう願うことしかできない。私は無意識に手を教会で祈るときのように組み合わせてまさしく神といわれる概念に祈っていた。

依田さんたちが継続へ向かって2時間後のことである。私は対策本部で仕事をしていた。二人はそろそろ継続に着いてる頃かと思っていたときだった。突然爆音とものすごい揺れを感じた。

 

「なに!?なにが起きたの!?」

 

私は慌てて窓のそばに駆け寄る。すると、西市街地付近で真っ黒な煙が上がっていた。目の前に広がる現実から導き出される解は一つ。またやってきたのだ。無防備で無抵抗の市民を狙った最悪の攻撃。そう無差別空襲だ。空を見上げるとやはりだ。あの時、私のかけがえのない戦友たちを失った日に見た忌々しい知波単の爆撃機が西市街地の住宅密集地付近で爆弾を投下していた。しかも戦闘機までくっついてきている。見えるだけでも爆撃機は30機、戦闘機は20機ほどいるだろうか。見えないところにもまだまだたくさんいるだろう。まだやるのか。まだ殺したりないのか。一体どれだけ殺せば気がすむのだろうか。私たちはどれだけ反乱軍、そして知波単の悪魔たちが持つとどまる所を知らない悪意に甚振られればいいのだろうか。第一、私たちは要求に従って交渉を受け入れたはずだ。それなのに攻撃するとはどういう了見だろうか。私の心は怒りと憎しみで支配されそうになったが、何とか抑えて深呼吸をして皆に姿勢を低くして机に潜るように指示をした。空襲は約30分間に及んだ。執拗に爆弾を落としていく。どうやら今回の攻撃目標は西市街地で当該地区を完全に壊滅させることを狙っているらしい。机の下に蹲りながらも窓を見上げると爆撃機は西市街地付近で爆弾を投下すると旋回して去っていくのが見えた。こちらには向かってくる気配がない。爆弾の炸裂音が響く中、私はあることに気がついた。空襲警報のサイレンが未だに全く鳴っていないのだ。一体なにがどうなってる?なぜ、こんなことになっているのに鳴らさないのか。私は監視担当官の怠慢に怒りを覚えた。そう思っているとようやく空襲警報の不気味なサイレンが街に鳴り響いた。今更サイレンを鳴らしたところでもう遅い。一体何人の命が失われたのだろう。サイレンがしっかり鳴らされていれば失われなかった命かもしれないのに。これは大変な被害になる。私は過酷すぎる現実と更なる悲劇に向き合う覚悟を決めたのであった。爆弾の炸裂音がやみ、ようやく空襲が終わったと思って机から這い出たところで今度は機銃の雨あられが浴びせかけられた。私たちはまたしても机の下に縮こまる。知波単の爆撃機と戦闘機は爆弾と銃弾で蹂躙の限りを尽くした末に去っていった。私はもう一度机から這い出して、皆を集め被害状況の確認を指示した。それはそれは酷い状況だったことは言うまでもない。報告によると炸裂痕のクレーターが何個もできていて、街は瓦礫だらけで砂塵にまみれなにもなくなっており、辺り一面360度瓦礫とクレーターだけであり、建物の形として成り立っているものは何一つない。あっても壁の一部だけだ。何かに引火したのか火の手も上がっているようだ。一体この西市街地という狭い範囲内にどのくらいの量の爆弾が注ぎ込まれたのであろうか。報告される現実から膨大な量であったことがわかる。その地区が今や全員避難してゴーストタウンと化していたならまだよかった。しかし、その地区には一時帰宅者が多くいた。理由は片付けのためや自分の寮や家は前回の空襲の被害を免れたからなど様々だ。今回の空襲に巻き込まれた者が多くいるのは想像に難くなかった。更に最悪なのは今回、空襲警報のサイレンが鳴らなかったことだ。後々、なぜ鳴らさなかったのか監視官に問い詰めると真相は次のようなものだった。その日はどうやら曇っていたようで爆撃機に気がつかず、爆撃機に気づいたのは爆弾が投下され始めてからだったので対応に遅れたとのことだった。知らされなければ逃げられないのは当然である。まさに神様のいたずらと言ってもいい偶然に偶然が重なって被害は拡大したのだ。この日の空襲の死者は1000人を超えるとも言われているが30年経った今でも詳細な犠牲者数は不明だ。この空襲があった日は怪我人の救護などに忙殺されて終わった。さて、大規模空襲があった次の日、この日は反乱軍との交渉会議が行われている。そしてその結果が夕方17時30分に乱数短波ラジオにて知らされる日だった。この日も、昨日の空襲の被害者に対する業務を行っていた。その日の昼間のことだった。空襲警報のサイレンが鳴った。空を確認すると今度は十数機の戦闘機の編隊が見えた。その戦闘機集団はまたしても機銃掃射を行って飛び去っていった。この空襲で今度は15人が犠牲になった。私は継続高校へ反乱軍との交渉にあたる使者を派遣したその日から空襲は収まるかと予想していたが全く真逆の結果になった。私はこの執拗に繰り返される空襲に対して今まで感じたことがないものすごく嫌な胸騒ぎを感じた。この胸騒ぎは何だろうか。これよりも更にとても悪いことが起きる予感がしていた。この日も私たちは昨日の空襲被害者の救済に加えて更なる被害者への救済に忙殺され、あっという間にその日の夕方17時25分、継続からの乱数短波ラジオが放送される5分前になった。被害者の救済が一時中断するのは心苦しいが、重大な放送である。聞き逃すわけにはいかない。私は心の中で許しを請い、乱数表を睨みながらラジオのスピーカーに耳をそばだてていた。やがて17時30分放送時間になる。淡々とした女性の声がラジオからは聞こえてきた。ラジオは乱数表の組番号と乱数表に記載された番号を5回ほど告げて放送を終えた。その内容を文章に直す。すると、今回の会議で反乱軍の外交官から突きつけられた条件の全容が明らかになった。その内容は以下の通りである。

 

第1条 アンツィオは生徒会三役等の指導者層及び教員ら知識人層を直ちに大洗女子学園反乱軍に引き渡すこと

第2条 アンツィオは戦車道隊員と戦車を全て引き渡すこと

第3条 アンツィオは大洗女子学園反乱軍へ統治権全権を引き渡すこと

第4条 アンツィオ高校に発令されている諸命令・法律・憲章等は全て効力を失効する

第5条 アンツィオ高校学園艦市民は市民権等の権利が剥奪される

第6条 アンツィオ高校は大洗女子学園反乱軍から派遣される総督によって支配され総督府を設置する

第7条 アンツィオ高校の外交権及び徴税権は大洗女子学園反乱軍に委任される

第8条 その他補足事項、改正などは大洗女子学園反乱軍の要求により行われ、アンツィオ側からの改正は不可能である

 

なるほど。そういうことか。私はこの条件を見て全てを理解した。なぜ知波単学園は使者派遣以降、執拗な空襲を行なったのか。知波単は私たちを度重なる空襲で心理的に追い込み、疲弊させてこの決して受け入れ難い条件を丸呑みさせることを狙っていたのだ。数字から文字へと直し終えた要求文章を思わず握りつぶし、拳を机に叩きつける。私は臨時会議を招集した。この条件を検討することができるタイムリミットは0時0分だ。今から6時間後までに意見をまとめて回答しなくてはならない。しかし、会議は予想通り紛糾した。徹底抗戦か降伏か。どちらを取っても非常に危険だということは理解できていた。だからこそどうすればいいのか私たちは抜け出せない迷路で迷走したのである。しかし、夜21時頃終わりの見えなかった会議を大きく動かすできごとが起きた。今日2度目の空襲警報が鳴ったのだ。その後すぐに暗い空からキラキラ、ゆらゆらと火の雨が南市街地方面に降ってきた。火の雨は地上に落ちて徐々に火の海へと変わった。焼夷弾による無差別空襲だ。私たちはそれを呆然と見ていた。この空襲はダメ押しとなった。これ以上、生徒や市民への犠牲を出すわけにはいかない。私たちはこの学園の生徒、市民を守るという義務がある。もし、降伏して私たちが捕虜になり反乱軍に殺されることになったとしても市民が救われるならそれでいい。私は静かに口を開いた。

 

「もはやこれまでです。市民の安全が保障されるのであれば降伏すると回答しましょう。これ以上の犠牲は……許されません……無念ですが……降伏した末に私たちが殺されるとしても多くの生徒、市民が救われるなら公人たる私たちは喜んでその命を捧げるべきです。」

 

会議に参加していた各班長たちは涙を流しながら頷いた。皮肉にも空襲によって私たちの意見は一つにまとまった私たちは火の海を眼下に見ながら0時0分回答の確認にやってきた全日本航空高校の飛行機に向かって発光信号で通達した。これで明日の会議で双方に承認され、使者が双方署名すればようやく泥沼の戦いは終わりを告げる。しかし、その後にやってくるものは何だろうか。私にはその先は何も見えなかった。学園艦には消防車のサイレンが虚しく鳴り響いていた。

さて、この後どうなったかといえば、この空襲により南市街地は焦土と化し壊滅したが、西市街地を壊滅させた空襲を受けて一切の一時帰宅を禁じていたので人的被害は出なかった。交渉については当然降伏は受け入れられたようで翌日の昼12時ちょうど、乱数短波ラジオで降伏文書に調印したと通達があった。それを受け、降伏をするということを市民へと伝えるために臨時記者会見を行うことにした。いつものように河村さんに準備するように指示を出す。今まで多くの記者会見に臨んできたが今日ほど嫌な会見はない。今までだって辛いことを記者会見で生徒たちに説明してきたが今回ばかりはどう説明すれば納得してもらえるかずっと考えていた。しかし、何かを取り繕っても現実に変わりはない。落ち着いて行動してもらうためには現状を丁寧に説明して納得してもらうしかない。私は姿勢を正しながら会場に入室して多くの記者を前にして壇上に立って一礼しておもむろに口を開いた。

 

「本日12時、アンツィオ高等学校学園艦は現状を鑑み大洗反乱軍及び知波単学園に降伏しました。先日の度重なる空襲を始め、敵は残虐な無差別攻撃を行ない、アンツィオ高等学校学園艦を焦土に変え滅ぼすことも辞さない構えです。私たちもこれ以上市民の皆様の犠牲を出すわけにはいきません。皆様の今までの献身に感謝するとともに私たちの力不足で多くの命を奪われ生活が破壊され降伏という結果になってしまったことについてお詫び申し上げます。私たちは最後の最後まで市民の皆様の安全が保障されるという条件を確実に履行するよう大洗反乱軍側に求めてまいります。どうか皆様におかれましては落ち着いて行動していただくようお願い申し上げます。また、これから占領軍がアンツィオ高等学校学園艦に乗艦してくるものと思われますが政務の引き継ぎ等が行われるまでのしばらくの間、無意味な衝突等、治安悪化を避けるため戒厳令を発令します。そのため、今から1時間後から引き継ぎが完了するまでの間、一切の外出を禁じます。ご協力よろしくお願いします。私からは以上です。質問は河村が受け付けます。私は他の職務がありますので失礼します。」

 

なるべく丁寧にゆっくりと言い聞かせるように告げた。記者の顔は愕然としていた。まさか、降伏の二文字が出てくるとは思っても見なかったのだろう。しかし、それが現実なのだ。どうか皆、わかってほしい。そう願いながら私は対策本部へと戻っていった。立ち去る前に後ろをちらりと見てみるといつも以上に記者たちは熱心に質問していた。さて、その日の様子を詳しく述べておこう。その日は戒厳令を出したためか特に何か混乱があるわけでもなく、いつもとは違う静かな日が流れていった。いや、もはやこの学園はやがて降伏するだろうということは度重なる空襲から理解していたのかもしれない。ともかくその日は平和であった。久しぶりに空襲に怯えることない一日を過ごした。外には出ることはできなかったが部屋の中でゆったりと過ごした。皆、これから何が起きるかはあえて考えないようにしていたように思える。とりあえずは今、目の前にようやく姿を現した久しぶりの平和を楽しんだのであった。しかし、そんな平和はすぐに消え去った。戦争の終わりは新たな地獄の幕開けであった。次の日、可憐な悪魔は大軍勢を率いて何の前触れも通達もなくこのアンツィオの地に降り立ったのである。それは新たな蹂躙と破壊、そして殺戮の始まりであった。

 

つづく



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第122話 アンツィオ編 悪魔がやってきた

お知らせ
2/23付でペンネームを変えました。
多治見国繁です。故郷を感じる名前にしたくて、故郷の鎌倉時代の武将多治見国長から取りました。改めましてこれからもよろしくお願いします。
今日のお話は第109話の「アンツィオ崩潰の足音」に対応するアンツィオ側のお話です。しかし、皆さんはきっと秋山優花里が語った話と随分違うと思われることでしょう。これは、被害者と加害者がそれぞれ自分の記憶をもとに語っているということを意識して書いています。立場が違えば同じことでも全く違う捉え方をします。被害者はより被害を大きく語り、加害者は加害をより小さく語ります。その特性を考慮しています。そのため、登場人物が言っていることやその人の行動など優花里の目線のお話と違うところがあります。また、これらはいずれも証言であり客観的に検証する資料は今のところ何一つないという設定ですので、どちらかが嘘をついているとも言い切れません。優花里が語ってなくてカルパッチョが語っているところはもしかして、優花里が失念しているだけかもしれません。そのような目で見ていただけると幸いです。


私たちの愛する母校であり必死になって守ってきたアンツィオ高校が大洗反乱軍及び知波単学園に正式に降伏した次の日の朝、その日も私はいつものように朝礼を行なっていた。もちろん内容は今までとは全く違うものとなった。いずれは訪れるであろう占領軍への対応についてを話していたのである。こうした時に一番怖いのは混乱である。とにかく、混乱なく占領軍を受け入れなくてはならない。そのために市民の外出禁止を徹底するように風紀委員会へ厳命した。何度でも言うがアンツィオの市民は自己の感情に素直な者が多い。それは素晴らしいことだが、それが仇となることもある。行政レベルではアンツィオにはもはや大洗反乱軍及び知波単に敵対の意思はないことは伝達済みであるが、だからといって彼女たちへの憎しみそして、仲間を失った悲しみが決して消えるわけではない。私の頭の中には焦土と化した街とあの遺体安置所で出会った酷い状態の遺体、そして人々の涙が走馬灯のように次々と交互に浮かぶ。反乱軍及び知波単はここまでの殺戮と破壊をやってくれたわけであり、彼女たちは決して平和使節ではないのだ。私たちは降伏を受け入れた身とはいえ笑顔で諸手を挙げて歓迎することは誰にもできない。このように私たちのような学園中枢において行政業務に携わる者たちであってもそれはそれは深い憎しみと悲しみを心の中に抱えており、心中穏やかではない。私たち行政の人間はいついかなる時も冷静に対処する事が求められるので、ある程度は自分の感情をコントロールする術を身につけているが、市民はそう言うわけにはいかないだろう。風紀委員が襲撃されたあの時の恐怖が頭をよぎる。今のところ過激派は活発に動く様子は見せていないが、いざ占領軍が現れた時にどのように動くかは未知数だ。そのような状態ではどんな間違いが起きるかわからない。もしも、占領軍に対してこちら側の過激派などの何者かが襲撃を行うなどということがあったら占領軍は報復に何をするかわからない。私は今回の戦争において大洗反乱軍と知波単学園の軍隊の狂気を垣間見た。彼女たちはまさに私たちアンツィオの住民たちを抹殺し絶滅まで追い込もうという勢いだった。襲撃などが起こればそれ以上に恐ろしい事が起きることは必至である。今度こそ総力を挙げて絶滅を企図するかもしれない。不用意に接触して事件や事故が起きるくらいならばいっそのこと外出を禁止してしまった方が良いのだ。他にも、こちらがどんな態度で受け入れるべきかなどを話していたところ、突然空襲警報のサイレンが鳴った。私は終戦後の空襲警報に仰天して職員たちにはそのままその場に止まるように指示して屋上へと駆け上がる。すると、確かに上空に飛行機が何機も見えた。しかし、どうやらあれは爆撃機や戦闘機ではなさそうだ。あれは全日本航空高校が私たちの使者たちを乗せていった飛行機にそっくりである。あれは輸送機だ。もう来たのか。どうやら反乱軍の連中は私たちに考える暇を与えるつもりはさらさらないらしい。まだ受け入れについて準備が済んでいない。どうかそのままお帰りいただきたいとの願いも虚しく輸送機は無慈悲にも大通りに着陸する。私は冷や汗を背中に感じながら監視塔の双眼鏡でその様子を観察する。

 

「落合さん……あれって……」

 

監視塔の監視官は今にも泣き出しそうな顔をして震えながら私の顔を見つめる。私は険しい表情で頷いた。

 

「うん。そうだよ。あれが多分占領軍だよ。すごい数の輸送機だね……一体何人連れてきたんだろう……」

 

輸送機は着陸すると扉が開きバラバラと同じ服を着た集団が降りてきた。その兵隊たちは銃を背負っているものの気品溢れる少女たちで構成された兵隊たちだった。それを見て、私は初めて敵がいかに強大であったかを思い知った。私たちは大洗反乱軍や知波単だけでなく、聖グロリアーナとも戦っていたのだ。私たちの学園艦が壊滅寸前にまで追い込まれるのも頷ける。今まで敵の大きさを正確に測りきれていなかったのは私のミスであるが、あの時は攻撃に対して抵抗するという選択肢をするしかなかったのだから今さら悔やんでも仕方がない。さて、これからどうしようか。私は知波単の輸送機が着陸しては大勢の兵隊たちを降ろしてまた離陸するという一連の流れをルーティーンのように繰り返し、降りてきた兵隊は秩序よく整列すると一糸乱れずに右向け右をして駆け足でメイン道路から少し外れた広場のようになっている場所に整列する様子を双眼鏡で監視しながら考える。そうは言ってもできることなど何も無い。されるがままというのが現実である。占領軍は広場に整列したきりしばらく動く様子はない。せめてもの抵抗として、私は風紀委員に校舎前にバリケードを設置するよう指示した。少しは兵隊たちがなだれ込むまでの時間を稼げるだろう。私はそれからしばらくずっと双眼鏡で監視していた。相変わらず輸送機は着陸して百人程度を降ろしては飛び去っていくという一連の流れを繰り返していた。昼になった。広場には既に数千人規模の兵隊たちが集結している。その全てが聖グロリアーナの兵隊たちだった。それならば少しは安心だ。占領軍が彼女たち聖グロリアーナなら残虐なことはしないだろう。むしろそうしたことを嫌うのが彼女たちであるはずだ。しかし、そんな一筋の希望の光はその日の午後太陽も低くなり始めた時刻にやって来た悪魔たちによって消え失せた。私は休むことを忘れて相変わらず、ずっと占領軍の監視を続けていた。途中、休憩を取ることなくずっと飽きずに監視を続ける私を昼食をとって休憩しないかと対策本部の職員が呼びにきたが、適当な返事を返していたら呆れて戻っていってしまった。今はとにかく占領軍がどう動くか気になる。食事など問題にしている余裕はなかった。そして、もうすぐ16時になるという頃だった。今日何度目かになる輸送機が着陸した。そこから降りてきた者たちその者たちは今までに降りてきた聖グロリアーナの者とは大きく異なっている。真っ黒な軍服を着た集団だった。そうだ。彼女たちこそ、大洗反乱軍から派遣された占領軍だ。その中に、私は見つけてしまった。あの忌々しいビラで見た少女の姿を。西住みほ大洗反乱軍隊長、その人である。そうだ。彼女こそ多くのアンツィオの生徒、市民の命を奪った張本人だ。彼女の野望の所為で多くが命を落とした。ギリッギリッと歯ぎしりの音が鳴る。私は露骨に怒りをあらわにしていた。この部隊のことをもう少し詳しく調査するため、私は双眼鏡を少し横にずらすと別の人物が目に入る。そこにはあの日、ドゥーチェが行方不明になったと同時にこの学園艦から姿を消した秋山優花里の姿があった。ああ、やはりそういうことだったのか。やはり、秋山優花里は敵だったのか。頭の中でわかっていたこととはいえ実際に敵の制服を着た姿を見るのはきついものがある。しかも、西住みほの側近く控えており、他の隊員とは明らかに違う雰囲気である。確証は持てないが他の隊員とは身につけているものも違うことから彼女は幹部クラスであると思われる。秋山優花里はこの後"アンツィオの心優しき屠殺人"の異名で呼ばれることになる。聞くところによると彼女は人々を処刑を任務とする特別行動部隊、アインザッツグルッペンを率いる司令官だったようであり、少なくとも200人の殺害の責任を負っていると言われている。そのような人物がなぜ"心優しき"という異名が付いているのか疑問に思うかもしれないが、彼女は処刑に当たってなるべく恐怖と痛みを与えないように工夫するなどしたため"心優しき"という異名が付いたと言われている。また、処刑前に微笑みを浮かべて優しげな表情を見せて処刑対象者を安心させるが処刑は淡々と無慈悲に行う様から"アンツィオの微笑みの悪魔"とも呼ばれた。それにしても、彼女とは一度じっくりと話しをしたいものだと思って遂には30年もの月日が流れてしまった。いつか彼女にこの時の心境などを尋ねたいと思う。私が穏やかに話し合いができるかは甚だ疑問だが。さて、話を戻そう。西住みほ、秋山優花里の他にもう一人、アンツィオの歴史の中で外すことができない人物が占領軍部隊の中にはいた。後にその残虐さから"アンツィオの血に飢えた魔女"だとか"アンツィオの吸血鬼"と呼ばれ、このアンツィオ学園艦を恐怖で支配した総督、直下璃子である。彼女は大洗やアンツィオなどに設置された絶滅収容所に大勢のアンツィオ市民を送り込んだ。それだけでなく、笑顔を浮かべながら自らの手であの世に送ったという。その殺害した人数は一説によれば1000人を超えるとも言われている。そして、彼女はサディストで人々が血まみれで死に絶える様を笑顔を浮かべて眺めていたという。ただ、30年経った今でも調査が不完全なので詳しくは分かっていない。さて、黒色の軍服を着た軍団が上陸して、整列が終わると秋山優花里やその他の数人の指揮官と思われる者たちが一言二言言葉を交わしてそれから西住みほが兵隊たちの前に立つ。西住みほは手を大きく振り上げるとサッと下ろした。それと同時に兵隊たちは一斉に行動を開始した。遂に来る!私は身体を大きく震わせる。怖くて仕方がなかった。急いで階段を駆け下りると勢いよく扉を開けて、中にいた人に呼びかける。

 

「遂に占領軍が来ます!備えて!」

 

そうは言ってもできることなどない。ただじっとして現れるのを待つだけである。だんだんと外が騒がしくなってきた。窓から外を覗くと真っ黒な服を着た兵隊たちがこちらの近くに集まってきた。その中にかすかに悲鳴も聞こえる。その次に聞こえたのはバリケードを壊す音だ。ガラガラと破壊音が聞こえてきた。まさか全員で突入することはないとは思うがかなりの人数が突入するのだ。抵抗のないバリケードなど気休めに過ぎないことはわかっていた。10分程度で壊す音は終わった。その後5分間ほど沈黙が続いたが、その後すぐのことだった。バンッ!と耳を劈く音が響いた。私たちはお互いの顔を見合わせる。まさか……今のは銃声……?一体何が起こっているの……?私は混乱していた。まさかそんなことはあるまいという願いと銃声らしき音が聞こえたという現実が頭の中でぶつかり合う。その後も何度か銃声らしき音が聞こえると何かが階段を駆け上がってくる音が聞こえてくる。

 

「近いです!」

 

バタバタという音がすぐそこまで迫る。そして、再びシンとするとガラッと扉が開いた。そこには精悍な顔つきをしてライフルの銃口をこちらに向けた秋山優花里が立っていた。

 

「動かないでください!動いたら撃ちます!両手を挙げてください!」

 

私たちは一斉に素直に両手をあげて無抵抗の意思を示した。秋山優花里の部下と思われる者たちが私たちのポケットなどを丁寧に調べて武装していないことを確認する。私たちは極度の緊張で震えていた。すると、今度は別の声が聞こえた。

 

「責任者はどなたですか?」

 

目だけで声のした方を見ると、茶色の髪の少女が笑みを浮かべながら立っている。西住みほだ。黒い軍服のようなものを着て黒い手袋をつけている。その手袋にはべっとりと赤黒い何かとピンクがかったクリーム色の何かが付いていた。

 

「私です。」

 

返事をすると、西住みほはゆっくりと靴を鳴らして手袋を外しながら私に近づいて乱暴に顎の下から頰を片手で掴む。

 

「ひあっ!」

 

突然掴まれたことに私は間の抜けた声を出すと西住みほはもう片方の手で一度二度と頰を手の甲で撫でて悪辣な笑みを浮かべながら言った。

 

「ふふふふふ……あなたが責任者だったんですね。なかなか食べごたえのある綺麗で可愛い顔してるじゃないですか……名前は?」

 

「うぅ……お、落合陽菜美……です……うっ……うぅ……」

 

答える間に西住みほは頰を掴んだ手を強めたため思わず声が漏れる。

 

「ふふふふ……随分と耐えてましたね……どうでしたか?大切な学園艦が蹂躙されて滅びゆく姿を見た気分は?友達が無残な死を遂げた姿を見た気分は?あはははは!早く降伏をすればいいものを……あなたたちが無駄な抵抗をした所為で犬死が増えちゃったみたいですね。」

 

私たちだけではなく死んでいった仲間たちを侮辱したような発言をするこの悪魔を許すことはできない。私は彼女を睨みつけながら言った。

 

「仲間たちを侮辱するのはやめてください!」

 

「ふふふふふ……」

 

西住みほは私の抗議に対して特に反応を示すことなく嘲笑う。私は怒りで頭が痛くなるほど歯を食いしばった。ギリっと歯と歯が擦れる音がする。睨みつけた体勢を崩さないまま私は西住みほに言った。

 

「私たちをどうするつもりですか……?」

 

西住みほは笑みを浮かべたまま私の顔を頰を掴んだままグイッと引き寄せる。

 

「あなたに会うまで、責任者は処刑しようと考えていましたが、あなたにはまだまだ利用価値がある。だから、大洗の学園艦に連行します。」

 

「連行してどうするんですか?」

 

西住みほはコクリと首を傾げる。

 

「そうですね。あなたはなかなか可愛い顔をしている。それなら使い道はたくさんありますよ。例えば、あなたのその白くて綺麗な肌に触れたい者は何人いるでしょう。あなたの柔らかい体で遊びたい者は何人いるでしょう。きっと欲しがる者は大勢いると思いますよ……ふふふふふ……」

 

私の目の前には女性としての尊厳さえも失いかねない絶望の未来が提示された。だが、少なくともしばらくは生き残れるようだ。だが、他の皆のことがまだ言及されていない。皆をいったいどうするつもりなのか尋ねる。

 

「みんなのことはどうするつもりですか……?」

 

すると、西住みほは掴んでいた頰を乱暴に離して私の身体を強く押した。

 

「きゃあっ!」

 

私は思わず悲鳴をあげてよろけて尻もちをつく。すると、西住みほは私を見下ろしながら無表情のまま冷たい声で言った。

 

「そんなこと、あなたには関係がないことです。」

 

西住みほはそう言ってやにわにナイフを取り出す。何をする気なのか。私は警戒すると彼女は私の制服を乱暴に掴んでそのナイフを襟の部分から差し入れて切り裂き始めた。

 

「いやっ!な、何を!?」

 

私は仰天して抵抗しようと腕を胸の前で押さえた。しかし、西住みほはくすくすと嗤うと私の手首を掴んで強制的に頭より上に上げさせられた。

 

「あははは。本当に真っ白で綺麗な肌ですね。せっかくですからあなたの綺麗な裸をみなさんに見てもらおうと思いましてね。あはははは。抵抗しちゃダメです。じっとしててください。あなたが抵抗するたびにここにいる人たちを一人ずつ殺します。ふふふふふ。」

 

そんなことを言われたら抵抗することはできない。私は俯いてじっとしていた。顔がだんだん真っ赤になっていくのがわかった。西住みほは背後に回り込み、手を差し込むと私のへそのあたりを二度三度と手のひらで撫でて、胸の辺りにそれを持っていき、はらりと私の破れた服を脱がせた。私は下着だけにさせられた。すると、西住みほは舌舐めずりをしてその手を背中に持っていき私のブラジャーを脱がせて、私の胸を掴んで弄ぶ。そして再びへそのあたりを通って太ももを撫で回してショーツを脱がせた。私は生まれたままの姿になった。西住みほは私の裸体を興味深げに眺めて嗤った。

 

「あっはははは!やっぱり!なんて綺麗な身体!それにこんなに柔らかい!この身体をもっと触れてみたいなあ!」

 

身体中を蛇のように西住みほの腕が駆け回る。その気持ち悪い感触に私は唇を噛んだ。すると、西住みほは縄を取り出して手首を後ろ手にして腰と一緒に縛り始めた。他の対策本部職員も秋山優花里たち黒い服を着た集団に服は脱がされないにしても後ろ手に縛られ、腰も縛られている。

 

「これでよし……っと。それでは、全員連行します。」

 

私たちは黒い服を着た集団に小突き回されながら歩かされて連行された。その途中、赤黒い液体でまみれた何かが目に入った。

 

「あの……」

 

「黙って歩け。」

 

私はあれは何かを尋ねようと声を発したがすぐに黒服集団の中の一人に制されてしまった。私は口を閉じてとぼとぼと歩く。すると、その様子を見ていた西住みほがクスクスと嗤った。

 

「ふふふふ、あれが何か知りたい?」

 

コクリと頷くと西住みほは突然近くにあった扉を勢いよく開けて二人の少女のこめかみに拳銃を突き出して連れ出した。二人はこれ以上にないというほどに震えている。西住みほは彼女たちを跪かせて向かって左側の少女の後頭部に銃口を突きつける。

 

「え!?な!何を!?」

 

そう叫んだ瞬間、西住みほは引き金を引いた。銃声とともに血飛沫と少女の脳が飛び散って西住みほの白い手を赤黒く染め上げる。西住みほはくるりと私の方向に向くとあっはは!と声を上げて笑った。

 

「あっははは!こういうことだよ!」

 

「そんな……こんなことって……」

 

私は全身を震わせて膝から崩れ落ちた。西住みほは冷たい目で私を見下ろして他の隊員たちに銃を借りると私に自らの拳銃を手渡した。一体何をさせる気なのだろう。私は混乱してそれを受け取れずにいた。

 

「撃ってください。」

 

「へぇ……?」

 

情けない声を出す私に西住みほは他の隊員から借りた拳銃を突きつけながら言った。

 

「この子はあなたが撃ってくださいって言ってるんです。やらなかったら……どうなるかわかりますよね?」

 

私の顔は先ほどよりもさらに青い顔になっていく。つまりは、私に二人目の命を奪えと言っているのだ。私はブンブンとかぶりを振った。

 

「い、嫌です!そんなことできるわけないじゃないですか!」

 

すると、西住みほはため息をついて数人の真っ黒の軍服を着た集団に対して、先ほど撃たれた犠牲者たちを連れ出した教室に入るように告げた。中からは怯える声と悲鳴が聞こえる。

 

「何をする気ですか!?」

 

すると、西住みほはニヤリと蔑んだような笑みを浮かべて再び私の頰を掴むと教室の方を向かせた。そして、アイコンタクトを取ると中にいた黒服集団は銃を構え一斉に射撃した。

 

「いやぁぁぁぁぁぁ!!やめてええええええ!!」

 

私は絶叫する。しかし、そんな叫びが彼女たちに届くはずもなく、中の避難民たちは黒服集団に狙い撃ちされて悲鳴をあげながらバタバタと倒れていく。西住みほは愉しそうに笑っている。

 

「あははは!いい叫び声でしたよ。人の苦痛の叫びはいつ聞いても愉しいです。さあ、どうしますか?ここでこの娘一人だけの命を絶つか、それともこの子を救う代わりに大勢を死なせるのか。ふふふふふ……もっとも、結局誰かが死ぬことになることは変わらないけどね。ふふっふふふふ……」

 

私はしばらく俯いて動作することを忘れていた。西住みほは私の顔を覗き込む。しばらくして、私は西住みほから拳銃を受け取る。西住みほは嬉しそうに笑った。

 

「あ、そうだ。変な動き見せたらすぐ殺すからね?ふふふふ……」

 

私はそれに対して特に反応を示すことなくゆらりと立ち上がると拳銃を倒れている少女の右側に跪かされていた少女に拳銃を突きつける。

 

「嫌だ……死にたくない……やめてください……やめてください……お願いします……」

 

少女は命乞いをするが私は彼女の願いを聞いてあげることはできない。生きるという当たり前のことをさせてあげることさえできない。私は伏し目がちに顔を背けた。

 

「ごめん……ね……すぐに楽にしてあげるから……」

 

そう言って引き金を引く。私の白い肌に血糊と脳の一部と思われるものがべっとりと付着した。嗚咽の声が漏れる。それに対して西住みほはまた冷酷な目を私に向けた。

 

「立ってください。行きますよ?」

 

先ほどまでの悪い笑みとは打って変わって全くの無表情を見せていた。逆らったら何をされるか分からない。素直に従うしかなかった。私たちはまた小突き回されて連行され、玄関までやってきた。そこで西住みほは二人の隊員を選ぶ。

 

「私たちはまだやることがあります。あなたたち二人は落合さんを輸送機まで責任を持って連行してください。落合さん、他の娘たちとはここでお別れです。」

 

そう言うと、私たちは別れを惜しむ暇もなく別れさせられた。西住みほは河村さんたち他の職員側の方についていった。これが、私が河村さんたちを見た最後の瞬間になった。私はしばらくどこかに連行されていった河村さんたちが消えた方角を見ていたが二人の隊員に促されて歩き始める。

 

「許してくださいなんて言いません……でも、私たちも生きるためなんです……」

 

二人の隊員のうちの一人がポツリと呟く。

 

「え……?」

 

私が声がした方に顔を向けると目に大粒の涙を流しながら言った。

 

「私たちはもともと絶滅収容所の囚人たちなんです……この部隊に志願すれば命は助けてやるって言われてこんなことを……私たちは悪魔に魂を売ってしまったんです……私たちにやられたことをそのまま他の人にやるなんて……」

 

「そんなことが……」

 

私は突然のあまりにも残酷な告白に何を言えばいいのか分からなかった。私は気の利いたことも言えずに沈黙したまましばらく歩いていた。その時、またしても街に銃の音が最初に10回ほど、間隔をおいて2回、さらに間隔をおいて2回響いた。私はピクリと身体を震わせて立ち止まる。泣きそうな顔で隊員の顔を見ると彼女もまた泣きそうな顔でこちらを見ている。そして、首を横に振った。何が起きたのかは理解できた。恐らく、河村さんたちの命はあのいずれかの銃声で終わったのであろう。私はついに膝を落として泣き崩れた。隊員たちも同じように泣いた。1人の裸の少女と黒い服を着せられた2人の少女が瓦礫の街で抱き合いながら泣きわめくという異様な光景が広がっていた。しばらく時間が経った。こんなことをしていても状況はちっともよくはならないし、いつかはここを去らねばならない。私たちは再び立ち上がってオロオロと歩いていく。そして、輸送機が駐機している場所まで連れてこられた。そして、2人の隊員は輸送機に乗るように促すと何処かへいなくなった。代わりに輸送機の中には輸送機から大洗へ引き渡す担当官が待っていた。その担当官はここまで連れてきてくれた二人の黒服の隊員とは違って性格がかなりひねくれていた。

 

「ふんっ。哀れですね。そんな姿で街を歩かされて。」

 

彼女は私を侮辱するようなことを言って挑発してきた。もはや反応する気力もないので無視をしていたら、やにわに胸を掴まれ乱暴に揉みしだき甚振られる。私は唇を噛んで俯きながら痛みと恐怖を我慢していた。しかし、私の反応が薄いことに満足できなかったのか担当官は私の下腹部に手を伸ばして弄り始めた。流石にそれは耐えられない。私は顔をますます真っ赤にして俯きながら消えそうな声で拒否する。

 

「あっ……いやっ……!やめてください……」

 

私が真っ赤で弱々しく抗議する姿を見て彼女は嬉しそうに嗤うと下唇を舐り私の頰を手の甲で撫でながら言った。

 

「ふふふふ……可愛い……いじめたくなっちゃう……」

 

「嫌だ!嫌だああああ!やめてください!」

 

私は最後の抵抗とばかりに大声をあげた。すると、担当官は私に覆いかぶさり、片手で私の手を押さえて上に上げるともう片方の手で私の身体を弄り回しながら言った。

 

「せいぜいこの学園艦が滅びる様を指をくわえながら特等席で見ていてください。」

 

そう言って私を離すと担当官は、輸送機になぜか設置されていたモニターをつける。すると、そこには隊員たちがつけているらしいカメラから撮られたライブ映像が流れていた。その映像には音声まで入っている。どれも目に光を失った少女たちの姿と処刑される人々の姿が映っておりそして悲痛な叫び声と悲鳴が聞こえてきた。薄気味悪い笑い声と悲鳴が混ざり合う。狂気が学園艦を飲み込んだ。もう、私は彼女たちを助けることはできない。私は目を背けてただ九官鳥やオウム、あるいはものまねぬいぐるみのようにごめんなさいを繰り返していた。

 

つづく

 




優花里と直下さんの異名のうち
直下さんの「アンツィオの吸血鬼」と優花里の「アンツィオの微笑みの悪魔」はユーザー名 槙野知宏さんに考えていただきました。ありがとうございます。

次回の更新は3月17日の21:00に行います。
よろしくお願いします。


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第123話 エンデミック

今日は30年後の話と久しぶりに生徒会側の話です。
そして、作品をまたいであるキャラが中の人繋がりでゲスト出演しています。その人はこれからも何かと頑張ってもらうことになるでしょう。クロスオーバーではなく、名前だけ借りる形です。


落合陽奈美は静かに語りかけるように自らの体験を語っていた。私は彼女の壮絶な体験に彼女の手を取り目を見つめて頷きながら聞いていた。彼女の手は震えていた。彼女は話の中で今でもあの時の色を喪った埃にまみれた街の光景や血と焦土の臭い、死んだ街の空気がありありと蘇ってくると言って、証言するのは本当に辛い、本当はもう思い出したくもないと何度も何度も涙を流した。でもこのことを伝えて後世に語り継がなくてはいけないからと自らに何度も言い聞かせるように言って私に伝えてくれていた。私もまた彼女の思いを受け取って涙をこぼしながら話を聞いていた。

 

「それで、私は大洗の学園艦に連れていかれたんです。」

 

落合陽奈美は酒の入ったグラス片手にどこか遠くを見つめていた。

 

「そんな……ひどい……ひどすぎる……」

 

私は気の利いたことなど言えずそんなことくらいしか言えなかった。ただ俯いて咽び泣くことしかできなかった。取材ノートが涙で滲む。すると、落合陽奈美は私を抱き寄せて背中を撫でてくれた。

 

「ごめんなさい……辛い話を聞かせてしまって……」

 

彼女は心配そうな顔をして私の顔を覗き込んでいる。そんな、こちらこそ辛い話をさせたのに彼女に謝らせてしまうなんて。私は慌てて涙を拭いて頭を下げた。

 

「いえ、私こそ辛く、思い出したくもないはずの話をさせてしまって申し訳ありません。」

 

すると落合陽奈美は目を閉じて胸の前で手を重ねる。

 

「あの日々を伝える。それが生き残ってしまった者の責任ですから。」

 

私は彼女の"生き残ってしまった"という言葉に衝撃を覚えた。彼女は他の大勢が亡くなり、自分が生き残ってしまったことに罪悪感を感じているのだ。なぜそのような心理になるのか、これはサバイバーズギルドやサバイバー症候群というらしい。これは広い意味でのある種のPTSDであるらしい。戦争や災害、事故、事件、虐待などに遭いながらも生き残った人が良く引き起こす症状だ。これによって助かった後に自ら命を絶ってしまう者もいるという。特に落合陽奈美は被害者であるが、その反面、それが刑罰執行と強制された場合であったとはいえ人を殺めた加害者でもある。だから、今ここで話を聞いている誰よりも"自分は生きてはいけない。自分こそ死ぬべき人間だった"と思っているのだろう。死ぬべき人間など重大な犯罪者でもない限り誰一人いないというのに。さて、いつまでも感傷に浸っているのも、忙しい日々の中で集まってもらった貴重な時間が勿体無いので、涙を拭いて次の話題で取材を続けることにした。私は彼女の話を聞いている間、取材ノートを見ながら秋山優花里が語ったことと付き合わせて聞いていたが、彼女の話と秋山優花里の話は合うところもあるが見解が異なっているところもある。証言なのだからそうなることは予想できたし指摘することは落合陽奈美を傷つける恐れもあるのでやめておいたが、検証する必要はあるだろう。他に何か彼女に聞くことはあるかと他のページをめくると冷泉麻子とカエサルこと鈴木貴子のエピソードが出てきた。彼女たちのことを尋ねようと口を開いた。

 

「大洗に連行された後はどうなったんですか?」

 

すると、彼女は自分の話ばかりになって他の人が話す時間が無くなるのは申し訳ないから詳しくはまた別の機会にするが、と前置きをした上で次のように話した。

 

「そうですね。輸送機の中で弄ばれながら連行されたら私は、大洗に到着しました。そこでまた別の黒い服を着た人物に引き渡されて、小突き回されながら私はある建物に連れていかれました。その建物がどんな建物なのかはわかりませんでしたが、何か特別な雰囲気を醸し出していました。普通の施設ではないことは明らかでした。そして、その建物で私は命の恩人に出会ったんです。冷泉麻子さんです。彼女がいなければ、今の私はいません。冷泉さんは私を人道的に扱ってくれました。あの時、白衣姿で表に立って私たちが来るのを待っていました。そして、私たちを見つけると私を連れてきた黒服の人と引き継ぎをしていました。私は冷泉さんの白衣姿に何をされるのかもわからず怯えて震えていました。冷泉さんは普通の隊員ではなく、それこそ幹部クラスであることは私を連れてきた黒服の人の態度で分かりましたから、彼女もまた西住みほたちのような残虐な思考をしているのではないかと。その時にはもう私は全裸である恥ずかしさなど忘れていましたし、もちろん死ぬ覚悟はとっくの昔にできていました。でも、やはり怖いものは怖い。冷泉さんの白衣を見て、私の頭の中に"人体実験"の4文字が浮かびました。こういう捕虜みたいになった時に白衣の人物が出てきたら何をされるのか、知識としては持っていましたから、どんな苦痛がこの先に待つのか、死よりも怖いものが待つのではないか、不安でどうにかなってしまいそうでした。でも、全然そんなことはありませんでした。冷然さんは私が全裸でやってきた光景を見てひどく狼狽えて冷泉さんは何にも悪くないのに何度も私に謝ってくれて服を着せてくれました。そして、私を抱きしめて、"辛かったな。もう大丈夫だ。君は私が何があっても絶対に守る"って言ってくれました。そして、その後すぐにドゥーチェと、たかちゃんにも会わせてくれました。本当に嬉しかった。冷泉さんがやったことは決して特別なことではない……誰にでもできることです……でも、こんな小さな優しさがこんなに尊いなんて……大洗の反乱軍幹部にも……あんな残虐な悪魔たちの中にも……こんな天使みたいな人が……残酷な戦争で忘れてしまった誰もが持っているはずの良心をしっかりと……いまだに保っている人が……ちゃんといるんだって……そう思いました。」

 

落合陽奈美は今度は微笑みながら嬉し泣きをしながら語った。そして、語り終わるとグラスに入った酒を全て一気に飲み干した。

 

「おお……良い飲みっぷりだね。」

 

その様子を見て、角谷杏は驚いて思わず呟いた。私にはその声が聞こえていたが、他の人は聞こえていなかったのか聞こえてないふりをしていたのか特に反応を示さなかった。1分ほどの沈黙の後、落合陽奈美は持っていた空のグラスをコンっと音を立てて置いた。

 

「私の話は一旦これで終わります。続きはまた、できたら当事者同士でお話しします。」

 

「貴重なお話ありがとうございました。また、お願いします。」

 

私が感謝の言葉を伝えると落合陽奈美はにこりと微笑んで軽く会釈をした。そして、私以外の3人の顔を見て尋ねる。

 

「いいえ。こちらこそ、聞いてくれてありがとうございます。それで次は、誰が話しますか?」

 

すると、角谷杏と小山柚子が手を挙げた。

 

「それじゃ、私たちが話すよ。カルパッチョちゃん。チョビ子。いいよね?」

 

「チョビ子じゃない!アンチョビ!まあ、今はそんなこといいか……ああ、いいぞ。話してくれ。」

 

安斎千代美は角谷杏の呼び方が気に入らなかったのか抗議する。角谷杏は面白そうに笑っていたが、急に真剣な顔つきになって私に尋ねる。

 

「えっと……山田さん。どこまで話してたっけ?」

 

私は取材ノートをめくって角谷杏と小山柚子の話がまとめられているページを見た。だが、そのページを見て私は戸惑った。一体どう言うことだろう。取材ノートにはアンツィオが物資を持って大洗にやってきたと書かれているのだ。アンツィオにはそんな余裕なかったはず。私は、何か聞き間違いをしたのだろうか。戸惑い気味に恐る恐る口を開く。

 

「あの……えっと……一応見つけたのですが……こちらの聞き間違いかもしれません……アンツィオのアンチョビさんが物資を持ってやってくるって言う連絡を受けたって取材ノートの最後に書いてあります。」

 

すると、戸惑う私をよそに皆、"ああ、あの時のことか。"と言わんばかりの顔をしていた。皆を代表して角谷杏が口を開く。

 

「山田さん。別に、間違ってなんかいないよ。それであってる。確かに、私たちのところには補給物資をもってアンツィオがやってきたんだ。チョビ子も一緒にね。その時、私たちは食料不足だったって話はしたよね?いつまで持つか懸念していたって。食料施設が全て西住ちゃんに奪われちゃったからね。チョビ子がやってきた時、私はこれでしばらく食料問題は大丈夫だって本当に安心したし嬉しかったんだ。でも、私の認識は甘かった。私は大局が見えてなかったんだ。その時にはもう、アンツィオは破滅していて、西住ちゃんの手に堕ちていたってことに。私も学園艦時代も含めて長い間、政治にたずさわってきたけど、あれは私の犯した失策の中でも最大の失策だよ。」

 

角谷杏は悔しそうに拳を握って小さな身体を震わせる。すると今度は安斎千代美が申し訳なさそうな面持ちで俯きながら口を開いた。

 

「あの時のことか……あの時、私は最初で最後に人を料理で傷つけた。それどころか、殺してしまったかもしれない。笑顔を届けて食べてくれる人を幸せにするはずの美味しい料理で許されないことをしてしまったんだ。」

 

小山柚子もまた怒りに震え、手に持ったグラスを今にも割りそうになりながら口を開く。

 

「私たちは西住さんに踊らされていたんです。」

 

角谷杏は30年前の記憶を蘇らせて震えていた。性格破綻者(西住みほ)の掌の上で転がされ、踊らされたのだから無理もない。

 

「起こること全てが西住ちゃんの計画の中にあったんだよ。全ては西住ちゃんが書いた筋書き通りだったんだ。」

 

安斎千代美も関わった、角谷杏最大の失策、一体何が起こったのか。私は、角谷杏の目をまっすぐに見つめて尋ねた。

 

「一体何があったのですか?」

 

角谷杏は私から視線を少し外して静かに語り始めた。

 

*********

 

あの時、チョビ子たちアンツィオ高校がたくさんの物資を持って救援に来てくれるという情報をサンダースから得た時、私は喜びを爆発させた。軍事的な問題は解決ようやく私たちは救われる。そう感じたのは嘘ではない。耐え忍べば必ず光を掴める。そう思っていたことは間違ってはいなかった、嘘ではなかったと安心したものである。チョビ子はもう、アンツィオを発ったという。これで久しぶりにお腹一杯美味しくて暖かい食事を避難しているみんなや、兵隊としての役割を負って西住ちゃんの侵攻を水際で防ぎとめているみんな、そして西住ちゃんの支配地と生徒会が実効支配している地域の境界線であり、危険地帯である軍事境界線で西住ちゃんが率いる反乱軍の動向の監視を続けている生徒会の職員たちに食べさせてあげることができる。まるで、戦時中や戦後の混乱期、闇市などでやっとのことで手に入れた食料でとっておきのご馳走を夕食で家族に振る舞う母親のような気分だ。それがなんだか面白くて笑い声が溢れる。小山もそんな私の姿を見てにこにこ微笑んでいた。私たちは急いでチョビ子を乗せた航空機の受け入れのために滑走路代わりになるメイン道路に誘導灯などを設置するなどチョビ子たちの来訪を今か今かと楽しみに待っていた。すると通達から大体、1時間ほど経過したところで、轟音とともに1機の輸送機が着陸した。中立の立場を表明している学園の一つである、沖縄県を拠点としているブルースカイ高校の輸送機だ。やっと来た。私たちは急いで階段を駆け下りる。輸送機が止まると扉が開き、チョビ子と数人のアンツィオの生徒たちが降りてきた。私は急いで駆け寄って笑顔で出迎える。

 

「やあ!チョビ子!来てくれてありがとう!本当に助かったよ!」

 

チョビ子は私の顔を視認すると、とっさに視線を逸らした。私はその姿に違和感を感じた。いつもなら、「チョビ子って呼ぶな!アンチョビ!」とか言うなり、私の顔を見た瞬間に元気よく挨拶を返してくれるのに。今日は、何か元気がないように思えた。その表情の変化はきっとチョビ子からの最後のメッセージだったのだろうと今では思う。しかし、その時は上空から見える、ところどころ焼け野原になっている大洗学園艦の惨劇を見て心を痛めているのだろうとその意味を捉え間違えてしまった。というのも、チョビ子は着いた瞬間、私の小さな身体にガバッと抱きついて泣きながらこんなことを言ったのだ。

 

「おまえが、こんなに苦労して、こんな悲惨な戦いに身を投じてるなんて思わなかった。どうか、今まで気がつかなかった私を赦してほしい。私ができることは微力だが、何もしないよりはマシだ。傷ついた心を食事の力で癒してほしい。」

 

そんなことを言われたら、その言葉の裏にある声のないメッセージを見破ることは到底不可能だろう。私もその例に漏れなかった。私も精一杯の背伸びをしてチョビ子を抱きしめ返す。

 

「ありがとう。本当にありがとう。チョビ子は救世主だ……」

 

チョビ子の身体が震えているのを感じた。そうなるのも無理はない。その時は、あの光景を見たからだと思い込んでいた。チョビ子はしばらく私を抱きしめ続けたが、やがて、私から離れてふうっと一つ深く息を吐いてパシリと自分の頰を軽く張る。

 

「よし、それじゃあさっそく準備を開始するぞ。食材や器具を下ろすのだけ手伝ってくれ。あと、できたら食事の準備も手伝って欲しい。何だってこの人数だ。私たちだけでは流石に無理がある。」

 

「ああ、もちろん手伝うよ。」

 

私たちは生徒会の職員を中心にたくさん積まれた食材の山を降ろす。魚も肉も野菜もたっぷりあった。思わず涎が溢れてくる。皆の喜ぶ顔がまぶたに浮かんだ。チョビ子たちを運んできた輸送機から全ての荷物を降ろすと、次の輸送機がやってきた。その輸送機にも沢山の食料が積まれていた。それをまた、何往復もして降ろしてまた、輸送機がやってきてまた降ろしてを何回も何回も繰り返した。何せ、全生徒の3分の1は私たち生徒会のところにいるので、大量の食料がいるのだ。大量の食料が必要になるのも無理はない。ようやく、全ての食料を運び込むと、今度は巨大な調理器具を積んだ輸送機が何機もやってきた。それも、みんなと協力して何往復もして運動場に降ろしてようやく、みんなでワイワイと食事の準備を開始する。私が避難しているみんなにも協力してほしいと呼びかけたら、喜んで応じてくれた。結局、怪我人、病人、妊婦、老人など動けない人以外のほぼ全員が手伝ってくれた。巨大な鍋にペットボトルの水を何百本も入れて、火にかける。その姿はさながら炊き出しだった。その結果、あっという間に料理は出来上がった。食にうるさいアンツィオ監修の料理なので、海老のトマトクリームパスタとビステッカ、スズキのアクアパッツァ、生牛肉のカルパッチョ、イタリアンサラダ、ミネストローネといったイタリア料理中心の食事だった。皆、久しぶりの温かくて美味しい食事に目をキラキラ輝かせていた。皆、配膳場所にきっちりと並んで嬉しそうにその食事を受け取る。避難民と兵隊のうち、サンダースは自分たちは攻撃は受けていないので、帰還したら、温かい食事は嫌という程食べられるからと辞退したのでサンダース以外の兵隊、そして最前線で勤務する軍事境界線監視団の職員に配ったら私たち生徒会室で勤務している職員の分はほぼ残らなかった。しかし、それは承知の上だったのでどうだっていい。私たちはいつもの非常食で十分である。学園艦で上に立つ者は常にみんなのことを考えなくてはならない。それが、最善だ。ただ、少しだけミネストローネが余っていたので私たちはそれだけいただくとしよう。注がれたミネストローネは鮮やかなオレンジ色で具がたっぷり入っていた。一口分をスプーンですくうと野菜の甘みと旨みが口いっぱい広がる。最大級の悪意に触れて氷のように冷え切った私の心が徐々に溶かされていくようだった。美味しくて、本当に美味しくて、私は大粒の涙を流しながらミネストローネを次々と口へと運ぶ。他の皆も、同じような顔をしていた。ミネストローネはあっという間に皿からなくなった。避難民の嬉しそうな笑顔と、それに入り混じった涙をチョビ子は何とも言えない、複雑そうな顔をして眺めていた。食事が振舞われたあと、少ししてチョビ子が私のところにやってきた。

 

「私たちはそろそろ帰るよ。器具とかは全部置いていくから機会があったら使ってくれ。まだ、食料も数日分くらいは残ってるだろう。レシピも置いていくからまた、こういう機会を設けてやってくれ。きっと、勇気付けられる……はずだ……」

 

私たちは、チョビ子の随分早い帰還する旨の報告に珍しいなとは思ったが、よく考えるとこんな危険な、いつ西住ちゃんが攻めてくるかもわからないところにいつまでも引き止めておくわけにはいかない。私は改めて今日来てくれたことに感謝して、チョビ子を見送った。私たちの心はチョビ子という救世主に幸せ一杯だった。

しかし、それは突然打ち砕かれた。次の日の朝のことだったと思う。ぐっすりと気持ちよく眠っているところに突然叩き起こされた。

 

「なになに……?どったの……?」

 

眠い目をこすりながら起きると、そこには保健衛生を担当している職員が青い顔をして立っている。何か大変なことが起きたことは瞬時に理解した。

 

「会長……大変です……病人が出ました……」

 

私の脳裏にはある可能性が既に頭に浮かんでいた。それを確かめるために症状を尋ねる。

 

「え……?症状は?」

 

「腹痛と嘔吐と下痢です。」

 

これで全てが確定した。これは食中毒だ。考えられる要因は、間違いない。チョビ子たちが持ってきた食材が汚染されていたのだ。となると、かなり大勢の人間が感染及び発症している可能性が高い。生徒会(うち)で把握している発症者の人数を確認する。すると、数百人規模との回答が返ってきた。それらの人はどうしているかと尋ねると隔離してあるとのことだ。私はひとまずは安心してすぐに茨城県立病院大洗女子学園艦分院の消化器内科の医師に発症者を診てもらおうと連絡を取ろうと試みた。しかし、繋がらない。こういう緊急事態に備えて直通電話ですぐに繋がる体制を取っているはずなのに。確実に何かがおかしいと感じて生徒会室は小山に任せて病院へと様子を見に行った。すると、敷地内にはテントが張られていて、大勢の人が駐車場などにうずくまっている様子が目に飛び込んできた。その様子はさながら野戦病院のようである。それらの人の群れをまたぎながら病院の中に進む。病院の自動ドアが開いた瞬間、中に充満した空気が悪臭とともに溢れ出してくる。吐瀉物と糞便の臭いだ。さらに、病院内は床にも椅子にもぎっしりと足の踏み場もないくらい大勢の人が寝かされていた。その間を縫って医師と看護師が忙しなく動き回る。皆、誰もがかなり険しい顔をしながら治療に当たっている。

 

「これは……一体何が……」

 

私は目の前に広がる現実に理解が追いつかず、立ちすくんでしまった。すると、そこに私より少し背が高いくらいの一人の女医が近くを通りかかった。その女医は私の姿を視認すると半ば叫ぶような形で声をかけてきた。

 

「角谷杏生徒会長ですか!?」

 

「はい!そうです!あの、これは一体……!?」

 

私も同じように叫ぶように返事をする。すると、女医は一瞬ほっと胸をなでおろすような顔つきになるとすぐに真剣な表情に戻って言った。

 

「ちょうどよかった!今、電話を入れようと思っていました。私は、消化器内科部長の宮藤芳佳です。この惨状のことでちょうどお話があります。私についてきてください。」

 

私も顔を強張らせながら戦場のような院内を歩く。私は、会議室へと通された。宮藤医師は私が会議室の席に着いたことを確認すると、すぐに話し始めた。

 

「まず、何が起きているかだけを簡潔にお話しします。今朝から大勢の患者が激しい腹痛と嘔吐、水様性の下痢の症状を訴えています。患者の糞便を臨床検査部に回したところ、腸管出血性大腸菌O111、コレラ菌、赤痢菌が発見されました。患者の問診結果を総合的に判断した結果ですが、恐らく、生物であるカルパッチョかサラダが汚染されていたものと思われます。私たちの病院では、現状を鑑みこの学園艦は地域流行(エンデミック)の状態にあると断定し、地域流行(エンデミック)を宣言します。これ以降、私たちは院内規定に基づき、諸関係機関と連携を密にしながら処置に従事します。」

 

「わかりました。薬などは足りますか?」

 

「今のところはなんとか……でも、この人数なのですぐに底をつくと思います。なんとかなりませんか?」

 

「わかりました。サンダースに掛け合ってみます。他に何か注意事項などありますか。」

 

「絶対に下痢止めを飲まないように伝えてください。下痢止めを飲まれると大変です。溶血性尿毒症症候群を発症する可能性があります。楽になりたい気持ちはわかりますが、死に至ることもあります。もし、下痢止めを飲んでしまうと、腸の運動が抑えられてヒ素の5000倍のベロ毒素を体外に排出できなくなってしまいます。もちろん、そうなった患者は最優先で診ますが、それが何百人となると厳しいです。だから、どうかお願いします。あと、O111は感染力がとても強いです。徹底した防疫もお願いします。吐瀉物の処置などは必ずマスクとビニール手袋を使ってください。」

 

だらだらと話している時間は全くないので、私たちは必要最低限の連絡事項を交換する。他に何かないかと聞かれたので今、校舎内に発症者が数百人規模でいるがどうすればいいか尋ねたら、すぐに連れてきてほしいと言われたので保健衛生担当の生徒会職員に完全防備をさせて連れて行ってもらった。これからも、さらに患者は増えることが予想される。私たち生徒会職員以外は皆、あの汚染されたカルパッチョかサラダを食べてしまったのだから。これからどうなってしまうのだろうか。どうか皆、軽症で済むように何かに祈っていた。あとは、宮藤医師をはじめとする内科医に任せるしかない。私にできることは校内の消毒や呼びかけくらいだ。だが、できることをやろう。まずは、対策にあたる組織が必要だ。私はその日のうちに、感染症防疫対策連絡委員会を設置した。そこには、専門家である宮藤医師と保健所職員、そして保健衛生担当生徒会職員そして私がメンバーとして参加した。私は各教室を周り、各人の命を守るために決して下痢止めを飲まないようにすることと、感染力が強いので素手で処理しないことを厳命するなどし、これ以上被害が増えないように措置をとった。そして、すぐに午後になった。バタバタと動き回っていたので時が経つのが早い。大体、午後の13時頃だった。生徒会室に緊急入電が入った。発信先は軍事境界線の監視団からだった。

 

『至急至急!至急至急!軍事境界線監視団から生徒会室!軍事境界線監視団から生徒会室!』

 

私は慌てて無線機を手に取った。小山も突然の入電に心配そうな顔をしている。

 

『はい、こちら生徒会室。どうぞ。』

 

『軍事境界線に、戦車部隊及び、歩兵部隊が集結しています!』

 

『数は?』

 

『わかりません……でも、歩兵部隊は1万は優にいます!戦車部隊も全戦力です!あ!大洗の戦車隊以外もいます!あ!超えた!超えました!軍事境界線を越えて侵攻!反乱軍侵攻!反乱軍の歩兵部隊が侵攻!戦車部隊の一両砲塔こちらに旋回……あっ!はっぽ………………』

 

通信は途切れた。無線機を持ったまま固まる。小山は泣きそうな顔をしている。西住ちゃんはまるで、この状況がわかっていたみたいだった。まさに絶妙なタイミングで侵攻を開始した。まさか、チョビ子は……西住ちゃんの手先……?いや、そんなバカな……そんなはずない……でも、完全な否定はできない。去り際に発した宮藤医師の一言、「食にうるさいアンツィオが食中毒を起こすなんて珍しいですね。なんだか奇妙です。」という言葉が頭の中に響く。いや、今はそんなことどうでもいい。来る。ついに来る。西住ちゃんが……いや、悪魔が迫ってくる。遠くから風に乗って戦車の主砲の発砲音が聞こえている。それはまるで、滅びの音楽のようだった。感染症の地域流行(エンデミック)と西住ちゃん私たちの目の前には滅亡が迫っていた。

 

つづく

 




どのキャラがゲスト出演していたかわかりましたか?
次回についてはまた、Twitterと活動報告でお知らせします


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第124話 大洗女子学園艦市街地区の戦い

本日もよろしくお願いします。
突然、侵攻を開始した西住みほ。
角谷杏たち、生徒会は一体どうなる?


この学園艦に起こっている創設以来最大の危機を警告する不快な不協和音のサイレンが街中にけたたましく響き渡る。いつ聞いてもあの音は気持ち悪くて仕方がない。全くと言っていいほど慣れない。まあ、そんなものは慣れるほど聞きたくもなかったが、今回ばかりは耳にタコができるほど聞くことになりそうである。それもこれも、全ては侵攻した西住ちゃんたち反乱軍の所為だ。ぎゅっと拳に力を入れて、怒りを露わにする。だが、そんなことをやっている暇さえも私にはない。私は急いで放送室へと向かう。市街地へと帰還している者への避難命令と外出禁止命令を出すためだ。学園艦全てのスピーカーの電源を入れて呼びかけた。

 

『緊急!緊急!反乱軍が侵攻を開始しました!全市街地区にいる方は速やかに避難を命じます!また、避難者以外はこれ以降屋外へ出ることを禁じます!繰り返します!反乱軍が侵攻を開始しました!全市街地区にいる方は避難を命じます!また、これ以降避難者以外は屋外へ出ることを禁じます!』

 

私は放送を終えると生徒会室へと戻り、速やかに学園の地図と赤と青の駒を生徒会室の大きな机に並べて現状の確認を行う。監視団から決死の覚悟で伝達された最後の報告を地図上に落とした。軍事境界線を踏み越えて侵攻してきた西住ちゃんの反乱軍は、開戦当初は16000〜21000ほどだった。しかし、後になってわかったことだが、更に増えていたようで現在展開中の3万とも4万ともいわれる歩兵と30〜50輌の戦車そしてどこから持ってきたのかカノン砲600門〜800門、迫撃砲300門〜400門のほぼ全戦力をもって、私たちに襲いかかったとみられている。どうやら西住ちゃんはこれ以上戦争を長引かせたくはなかったようだ。長くて1週間、あわよくば今日中の決着を目論んでいたようである。総攻撃の様相を見せていた。午後13時頃に侵攻を開始した反乱軍は横、左舷側に500メートル、縦、船尾側に1キロメートルの森林地帯で軍事境界線監視団を殲滅しそのまま森林地帯を縦断、そのすぐ近くに広がる街区へと向かっているものと思われる。私は西住ちゃんの軍を示す赤色の駒を森林地帯に置いた。さて、ここから反乱軍がどのように動くかが問題だ。このまま、一方向から攻めてくるだけならまだマシだ。だが、これだけ横に広い森を大人数で抜けてくるのだから、わざわざご丁寧に一方向だけで攻めてくるとは考えにくい。恐らく反乱軍はいくつかの手勢に分けて攻めてくるだろう。一応、私たちも第1連合守備隊2000を森林前中街区、第2連合守備隊2000を森林前左舷街区、第3連合守備隊2000を森林前右舷側街区へ合わせて3部隊を司令部共に配置している。私は私たち生徒会側の軍を表す3つの青い駒を置いた。恐らく接敵までそんなに時間はかからないだろう。私は息を飲みながらそれを待っていることしかできなかった。しかし、なかなか接敵しない。おかしいと訝しんでいると突然複数の爆発音が響いて、グラグラと地面が揺れる。すると、第1連合守備隊、第2連合守備隊、第3連合守備隊からほぼ同時に交信が入った。13時30分頃のことだ。

 

『至急!至急!こちら、第1連合守備隊!砲撃です!砲撃を受けています!』

 

『第2連合守備隊!同じく砲撃を受けています!』

 

『第3連合守備隊!こちらもです!砲撃多数です!』

 

交信している途中も終わってからも絶え間無く砲撃は続いていた。私は青くなって、無線を握りしめたまま固まっている。何を言ったらいいかもわからない。私はチャンネルを全て開いて言った。

 

『みんな!生きて!生きて!お願いだから生き抜いて!ここで死のうなんて思わないで!何が何でも絶対に生きて!』

 

それだけを伝えると交信を終わる。しかし、相手からは返事はない。一体現場で何がおきているのか全くわからなかった。砲撃の最中、私には全員の無事を祈ることしかできなかった。しばらくすると、砲撃が一度止んだ。私は、無線を手に取り、隊員たちの無事を確認する。

 

『みんな!無事!?』

 

すると、無線の向こう側からは砂塵に咳き込み、息を切らしながら苦しそうな返答があった。いずれの部隊も重症者が多数出たとのことだった。混乱しているようであちこちから声が漏れている。3つの部隊にすぐに外科医を派遣することを伝えた。開戦に際して、怪我人が大量に出ることは十分に予想がついていた為、あらかじめ茨城県立病院大洗女子学園艦分院の外科医たちに協力を仰いでいた。もちろん、この協力医たちは最前線やその近くに設置される野戦病院で働くことになる為、危険を伴う仕事である。その為、志願制ではある。だが、20人が派遣を了承していた。直通電話で連絡するとすぐに向かうと言ってくれた。やがて、今回攻撃を受けた森林地帯近くの街区のすぐ後方の街区に野戦外科病院を設置したと連絡があった。私はそのことを無線で伝える。状況は最悪だが少しは良くなった。しかし、攻撃はそれだけで終わらない。次は砲撃よりももっと最悪なものがやってきたのである。絶え間なく鳴り響くサイレンの間に低い轟音が空気を震わせる。空を見上げるとそこには無数の爆撃機。超低空で飛んできた。そして、先程砲撃を受けた街区のあたりに到達すると、爆弾を次々と隙間なく投下していく。それだけではない。今度は小型の戦闘機が飛んできて、校舎のすぐ近くに設置してあった自走砲を爆弾と機銃掃射で破壊した。更に、シャーマンファイアフライも爆弾と機銃掃射で破壊され、使い物にならなくなってしまった。私たちは最後の切り札を早々に失ったのである。

そこからは早かった。以下、後の調査研究と私の体験、更にあの戦闘の当事者の中で生き残った者たちの証言をもとに戦闘の経過を話そうと思う。この話が明らかになったのはこの時からもっとずっと先のことだった。反乱軍は森林地帯の手前に配置されたカノン砲と迫撃砲、更に戦車と知波単の爆撃機、戦闘機で砲爆撃の無差別の猛攻を3時間に及んで繰り返し行い、徹底的に街を破壊した。第1・第2・第3のいずれの連合守備隊も多大な被害を受け、犠牲者を増やし続けた。そして16時30分頃、ついに反乱軍は市街へと侵攻した。それはとても言葉では言い表せないような4時間に及ぶ悲惨で壮絶な戦いだった。司令部に砲弾が直撃した第3連合守備隊は司令官を早々に失い、組織的な統率が取れなくなった。結果として早々に防衛線が崩壊し、部隊は散り散りになった。そして街の隅々まで反乱軍に浸透され、右舷の端まで追い詰められ、かなり早くに全滅したと言われている。第2連合守備隊も執拗な砲爆撃で多くの人命を失い、同じく第1戦線を突破された。その為、一度態勢を立て直そうと第二戦線まで後退し、苛烈な戦闘を繰り広げたが、戦車部隊の猛砲撃に敵うはずもなく、突破され止むを得ず更に後退、しかし、碁盤の目状に張り巡らせた道路から敵が深くまで浸透してくることを察知した第2連合守備隊は、この地で戦うのは不利であると判断し、街区を放棄、撤退を余儀なくされた。第1連合守備隊は砲爆撃をあらかじめ築いていた防空壕などで凌いだが、第2連合守備隊の撤退に加え第3連合守備隊も崩壊したことにより、正面の本来引き受ける敵だけでなく、右舷と左舷の敵を引き受けることになった。更に反乱軍の別働隊に更に後方へと回り込まれ第1連合守備隊は四方向から包囲された。しばらくは地の利を生かして抵抗を続けていたが、戦車部隊にじりじりと追い込まれ、同じく各戦線は崩壊、包囲されていた為、撤退は絶対的に不可能であることを悟った司令官は降伏を潔しとせず、最後の攻撃を行い全員で屍の砦になることを決意、正面の敵に対して斬り込み攻撃を行った。何とか一矢報いることはできたものの、彼女たちは機銃の雨の前に斃れ全滅した。反乱軍は、その日の20時30分頃までには完全に森林地帯前の3街区を占領を宣言し敗残兵の掃討を開始した。反乱軍は止まることなく更に前進した。第2連合守備隊は少ない兵力で野戦病院が設置されていた後方の街区に到着して、態勢を立て直し、野戦病院の前方の防衛線を防衛する任に着いたが、わずか600名ほどに減っていた第2連合守備隊が援軍なく守りきれるはずもなく、3時間に及ぶ砲爆撃と4万の兵力の前になすすべもなく殲滅された。結果としてこの決戦とも言うべく戦いではこちら側は5200人以上が戦死したと考えられている。反乱軍は次の街区でもまたその次の街区でも無差別の猛砲爆撃を繰り返して街区を完全に破壊した後に侵攻し掃討作戦を行った。この市街地への砲爆撃はそのあまりの苛烈さから"大洗の鉄の暴風"と言われている。この"鉄の暴風"と掃討作戦の結果、反乱軍が通った後には何も残らなかった。残ったものは瓦礫と焦土と人間と認識できないほどに損傷した遺体だけだった。

次に野戦病院についてだが、最前線より少し離れたとある学生寮に設置された第1外科野戦病院は砲撃後に約700名ほどの兵隊が収容された。しかし、病院と名が付いているが満足な設備もなければ、包帯や薬も全く足りないという絶望的な状況の中で、外科医たちは懸命な治療を行っていた。しかし、すぐに何もかもが底をつき、励ますことしかできず、専門職業人として知識も十分あるのにも関わらず、何も治療を施すことができないという屈辱を味わった者も多かったという。野戦病院の悲劇はこれだけでは終わらない。反乱軍は前方の3つの街区の占領を完了すると後方の野戦病院が設置された街区まで侵攻し野戦病院を襲撃したのだ。野戦病院へ突入した反乱軍は医療従事者以外の傷病兵のうち動けない者をその場で殺害した。生きたままガソリンをかけられて焼かれた者も数多いという。火だるまになり、苦しみ悶えながら死んでいった。野戦病院に勤務していた医療従事者はその後の利用価値などの観点から命は助けられ捕虜になった。

この一連の戦闘では市民が巻き込まれなかったことが、不幸中の幸いと言えよう。しかしながら、市民に確実に悪影響を与えていたことは言うまでもないことで戦闘の最中、教室のあちこちから砲爆撃があり、悪魔が奏でる死への音楽と揺れが襲うたびに避難民たちの悲鳴が聞こえていた。無理もないことだ。かく言う私も怖くて怖くて仕方がない。いつ砲弾や爆弾がこの校舎に直撃するかさえもわからない。そして、何の障害もなくなった反乱軍は留まるところを知らなかった。合流した反乱軍は私たちがいる校舎のわずか300メートルの距離まで侵攻してきた。砲撃も校舎のすぐ近くに着弾するようになった。時刻は午前2時頃、反撃する戦力もなく、もはや、これまでと私は降伏を決断しようとしていた。この短い間に、一体何人の人たちが命を落としたのだろうか。これは全て私の責任である。私が西住ちゃんの本性を見誤り、彼女に軍事力である戦車を与えてしまった。すなわち、この戦争は私がそのきっかけをつくったようなものだ。ならば、私はこの戦争を終わらせる義務がある。

これ以上、人々に苦難を強いることはできない。私一人の命で終わるならば、喜んでこの命を捧げよう。私は遂に決断して、小山に言った。

 

「小山。私、決めたよ。私はこれ以上の犠牲は望まない。降伏しようと思う。今、生きている全ての生徒会職員をここに集めてくれないか?」

 

小山をうつむき気味で悔しそうに唇を噛んでいたが、私の意思が変わらないことを悟ると頷いて、皆を集める。皆はすぐに集まってくれた。いつになく、真剣な表情の私に皆、顔を強張らせていた。私は、全員が集合したことを確認すると息を深く吸って唇を動かす。

 

「みんな、これからとても大事な話をする。どうか、心して聞いてほしい。まず、みんなにはお礼を言いたい。今日までよく戦い、生徒の為に働き、私に仕えてくれた。本当にありがとう。感謝するよ。みんなは私の誇りだ。だけど、もはやこれまでだ。反乱軍の重火力を主とする攻撃は苛烈を極め、街はあのような灰燼に帰してしまった。反乱軍は更に前進し、遂にはあんなにも近くまで迫っており、いずれここが包囲されるのも時間の問題だろう。私はこれ以上の犠牲は望まない。だから、反乱軍に全面的に降伏をしようと思う。だから、これからしばらく後に反乱軍の司令官西住みほ隊長のもとへと出向く。もしかしたら、その場で私は殺されるかもしれないし、何が起きるかも全くわからない。だから、この大洗女子学園高等学校生徒会は今日、解散することにする。みんなは、これからは自由に行動してもらっても構わない。今後はこちらから特に何か命令をすることは一切ない。各々が自由裁量で行動してくれ。ただ、皆に一つだけ言いたいことがある。生きろ。どうか生きて生きて生きぬいてくれ。命より大切なものはこの世にない。だからどうか死に急ぐことだけはしないで。生に貪欲であってほしい。常に生きることのみ考えて。そして、生きぬいて、この悲劇を大洗女子学園の最期を次の世代の人たちに伝えてほしい。私からは以上だ。それでは、大洗女子学園高校の校歌を歌って笑顔で解散しよう。」

 

皆、私の突然の宣言に戸惑っていた。中には、「まだ戦えます」と言って徹底抗戦を主張する者もいたが、現実を見るように説得したら、泣きじゃくりながらも納得してくれた。そして、校歌を歌って私たち生徒会は本当に解散した。とはいえ皆、他に何をやればいいのかもわからず、結局いつもの持ち場に戻っていった。私は、しばらく生徒会役員室の会長の椅子に座ってゆらゆらと揺らしていたが、すぐに反乱軍総司令官西住みほ宛の親書の作成を始めた。親書の内容はいたってシンプルなものだった。内容は次の通りである。

 

1.この責任は生徒会長である角谷杏一人が負うものである

2.市民及び傷病者の安全の確保とその保障を求める

 

この二つを親書にしたためて私は西住ちゃんの元に赴こうと席を立った。すると、近くに控えていた小山が声をかける。

 

「本当にそれでいいんですね?」

 

私はコクリと首を縦に振る。私の意思は固かった。

 

「うん。もちろんだ。迷いはないよ。こんな戦争、もう終わらせなくちゃ。その為には私が責任を取らなくちゃいけないんだ。ここで逃げちゃ絶対にダメだ。だから、頼むよ。西住ちゃんのところに行かせてくれ。」

 

すると、小山は私の固い意思を聞いて納得してくれた。それどころか驚きのことを口にした。

 

「わかりました。私も一緒に行きます。私と会長は常に一緒ですから。」

 

私は嬉しくて再び涙が出てきた。私は白い布を生徒会室から見つけてそれを左手に持って小山と右手を繋いで生徒会室を出た。時刻は午前3時だった。階段を一歩一歩踏みしめて歩いていく。もしかして、これでこの階段を降りるのはこれで最後かもしれない。もしかして、これで死ぬのかもしれない。私の心臓ははちきれそうだった。外に出ると星空が綺麗に見えた。洋上で明かりが少ないからだろう。この綺麗な星空の下で死んでいくと思うと私の心は幾分楽になったていくように感じた。

 

「綺麗だね。」

 

私は思わず小山に声をかけた。すると、小山も目をキラキラさせながら頷く。

 

「はい。とっても綺麗です。こんなに綺麗なものを見たのは久しぶりですよ。」

 

小山と私はしばらく星空を見上げて一緒に星を見ていた。私たちは今まで苦しくて汚いものばかり見てきたので心が洗われるようだった。小山は私の手をギュッと握った。小山は心なしか震えているように感じた。無理もない。今から自分の命が終わるかもしれないのだ。私は心配になって小山の顔を覗き込みながらいった。

 

「小山、大丈夫?」

 

「実を言うと少し怖いです。」

 

「そうだよね。私も怖いよ。もし、無理そうなら戻ってもいいからね?」

 

すると、小山はぶんぶんと首を横に振った。

 

「いいえ、絶対に会長と一緒に行きます。」

 

「わかった。それじゃあ行こう。」

 

私は再び小山と一緒に歩調を合わせて歩き始めた。しばらく歩くと反乱軍の歩兵部隊が見えてきた。こちらに向かってなおも前進している。彼女たちは私たちの姿を認めると銃口をこちらに向ける。異様にピリピリとして臨戦態勢だった。私は大きく白い布を振りながら、大きく息を吸い込んで叫ぶ。

 

「生徒会長の角谷杏だ!私は大洗女子学園の代表として反乱軍に降伏する!繰り返す!私たちは降伏する!親書を持ってきた!西住ちゃんと面会したい!会わせてくれ!」

 

すると、西住ちゃんはすぐに出てきた。軍服姿の西住ちゃんはまるで全ての闇をまとっているように見えた。西住ちゃんは銃を下ろすように指示すると数人の兵隊たちと共にツカツカと私たちの正面まで歩いてやってきた。そして、私が何も武装していないことを確認すると私の生気を失ったような顔を眺めてふふふと声を上げて笑いながら言った。

 

「ふふふふ。お久しぶりですね。角谷杏生徒会会長、小山柚子生徒会副会長」

 

「ああ……久しぶりだね。西住ちゃん。親書だ。受け取ってほしい。」

 

私はなるべく余裕をかましたような態度で西住ちゃんと対峙して、親書を手渡した。小山を西住ちゃんを睨むと何も言わずにそっぽを向いていた。西住ちゃんは親書を読むとにっこりと笑みを浮かべた。

 

「ふふふふ。あっさりとした親書ですね。良いでしょう。了承しました。私、小山先輩には随分と嫌われちゃってるみたいですね。まあ、当然ですよね。こんなことやっちゃったら。」

 

小山は怒りを露わにして地を這うような低い声で言った。

 

「あんなことやって……許せるわけないでしょ……?」

 

すると、露骨に表された小山の怒りに対して西住ちゃんはニヤリと悪い笑みを浮かべると私たちの挑発を始めた。

 

「今日の殲滅ショー、特等席でご覧になってていかがでしたか?私たちの猛攻をあんなに少ない人数で防衛しようだなんて愚かですね。あんなことしても意味がない。ただ皆殺しになるだけなのに。あ、当然みんな実際に皆殺しにしてあげましたよ。街はひどい状態だったなあ……手足がちぎれて呻く兵隊。腹わたが飛び出て引きずりながら敗走してく兵隊。あ、そうそう。野戦病院では生きたままガソリンかけて火をつけてやりましたよ。火だるまになって苦しみ暴れながら死んでく様は見ものでしたよ!あっはははは!」

 

私は愕然とした。人間という生き物はここまで残酷になれるものなのであろうか。西住ちゃんはその行為もさることながらそれを悪びれることもなく、死んでいった者たちへの侮辱を繰り返す。私は思わず西住ちゃんを睨みつけて声を荒げる。

 

「私のことはいくら侮辱しても構わない。でも死んでいった子たちのことは侮辱しないで!」

 

西住ちゃんは私の抗議に対して鳩尾のあたりを殴りつけてきた。私は大きく咳き込み倒れこむ。小山は私を介抱しようと慌てて屈み込み、私の背中に手を置いた。そして、西住ちゃんの顔をキッと睨みつけて叫んだ。

 

「乱暴するのはやめなさい!」

 

すると、西住ちゃんは深く息を吐き、近くに控えていた兵隊たちに指示を出した。兵隊たちは小山の両脇を掴んでどこかに連れて行こうとした。小山は抵抗したが殴りつけられて制された。そして、小山は近くの電柱に縛り付けられて口も塞がれた。西住ちゃんは蔑むような目でふふふふと嘲笑う。

 

「ふふふふ。小山先輩、しばらく会長のストリップショーを大人しくそこで見物していてください。」

 

西住ちゃんは、膝をついて咳き込む私のツインテールの髪を乱暴に掴んで持ち上げて立たせる。

 

「痛い!痛いよ!やめて!」

 

 

西住ちゃんは一体何をするつもりなのか"ストリップショー"という言葉のニュアンスに明らかな危ないものを感じ取る。

 

「じっとしててくださいね。」

 

西住ちゃんはそう言うとクスクスと面白そうに笑いながら私の手首に手錠をかけて腕を肩より上に上げさせて、手錠に付けられた鎖を戦車の砲塔に括り付け、丁度吊られるような形にさせられた。

 

「止めて!止めてよ!」

 

私は当然、抵抗して脚をバタバタと動かして西住ちゃんを蹴とばそうとしたが西住ちゃんはまた、私の鳩尾辺りを殴りつける。

 

「ふふふふ。自分の立場、理解してますか?次抵抗したら、あそこにいる小山先輩の命はありません。」

 

私は抵抗をやめた。手首に食い込む手錠の痛みを唇を噛みながら耐え忍ぶ。西住ちゃんは痛みの苦しみに喘ぐ私の頰を片手で顎の下から手荒く掴む。そして、闇を孕んだ瞳で私を覗き込みながら愛おしそうに耳元で言った。

 

「ふふふふ……やっと……やっと……捕まえた……私だけの可愛い可愛いおもちゃ……沢山遊んであげますね……?」

 

私はこれから受けるであろう苦しみと屈辱に震えていたが、勇気を振り絞って西住ちゃんに尋ねる。

 

「私をどうするつもり……?」

 

すると、西住ちゃんは私の身体をあちこち撫でながら耳元で囁く。

 

「さあ?ここからどうしてやりましょうか?どうしてほしいですか?」

 

西住ちゃんは無邪気に笑いながら私の身体を弄った。私を辱めるためなのか、わざわざスカートをめくって下着を晒したり、私の高校生にしては貧相すぎる胸に触れたり、下着の中に手を入れて下腹部に触れたりしてきた。しかし、それだけでは終わらない。西住ちゃんは思い出したかのように言った。

 

「あ、そうか!ストリップショー!ストリップショーをやる予定でしたよね?だったら、服は邪魔ですよね?私が脱がせるの手伝ってあげますね。ふふふふふ。」

 

そう言うと西住ちゃんは腰に刺していたサーベルを抜く。そして、私の制服のリボンをはらりと取ると胸当ての部分から入れる。殺される!そう思った。肌にひんやりとして硬い金属のサーベルの感触を感じる。刃をセーラー服の方向に向けると思い切りサーベルを手前に引いた。ビリビリと鈍い音がして一気に縦の破れがセーラー服に走る。西住ちゃんはクスクスと笑うと人差し指を一本立てて露わになった私の腹部の肌に触れる。そして手のひらで私の素肌の感触をたっぷりと楽しむともう片方の手も私の腹部に触れてそのまま腕を通り、肩に到達し破れて観音開きのようになってしまったセーラー服を脱がせて、スカートもおろした。西住ちゃんは下着だけ身につけて吊られている私を眺めた。

 

「うわあ!綺麗な身体!さあ、会長……楽しみましょう……?ね……?」

 

西住ちゃんは嬉しそうに感嘆の声をあげると私を抱きしめて手のひらと身体全体で私の素肌の感触を楽しんでいた。

 

「うぅ……私の身体なんか触って楽しいの……?」

 

私は西住ちゃんに問う。しかし、その弱々しい姿を西住ちゃんに見せてしまったことは失敗だった。西住ちゃんは嗜虐心を煽られて後ろから抱きしめて身体を弄りながら耳元で囁く。

 

「はい。とっても……会長の綺麗な身体に触れることができてとっても楽しいですよ。まあ、胸がないのが残念ですけどね。」

 

西住ちゃんは私の同年代よりも小さな胸を掴みながら言った。私はあまり触れて欲しくないことに触れられたので少し声に怒りを込める。

 

「う、うるさい!」

 

西住ちゃんは私の怒りに特に反応は示さなかったが、私の小さな耳に指を這わせると抱きしめながら再び囁く。

 

「さあ、最後の仕上げ、クライマックスです。最後は下着も脱がせますね。あ、抵抗しないでくださいね。抵抗したらあそこの小山先輩が……わかりますよね?」

 

私はコクリと頷くと真っ赤な顔をして俯く。西住ちゃんはふふふと怪しく笑うとまずはブラジャーに手をかけた。片腕を私の首に絡ませながら耳を口に含み、もう片方の手でブラジャーのホックを外した。そしてそのままスルスルと胸から腹を降りていき、ショーツに手をかけるとそのままずり下ろされて私は全裸にさせられた。西住ちゃんは再び私の全裸姿を眺める。

 

「止めろお……!見るな……!見るなぁ……!」

 

私は弱々しく抗議すると、西住ちゃんは再び私の身体にくっつき素肌の感触をしばらく楽しんだ。そして髪を撫でながら唇を塞がれて貪られる。西住ちゃんは、顔をまるでゆでだこのように耳まで真っ赤に染めながら俯く私の顔を覗き込みながら言った。

 

「ふふふふ。ああ……はははは……会長。とっても……最高に可愛いですよ。最高のストリップショーです。ねえ、会長。今、どんな気持ちですか?徹底的に蹂躙されて……大切なもの全て奪われて……そして今、私の前で裸にさせられて晒される……ふふふ……憐れですね。でも、まさかこれだけで終わりだなんて思ってませんよね?これだけじゃ終わりませんよ?会長は私の奴隷になるんです。会長にはこれからもその小さくて柔らかな身体を私に差し出し続けてもらいます。たくさんいじめてあげます。良い声でたくさん鳴いてください。ふふふふ。」

 

「許さない……私は……私は絶対に負けないよ……!絶対に負けない……負けてたまるもんか……!」

 

私は睨みつけながら言う。それを聞いて西住ちゃんは鼻で笑いながら言った。

 

「ふふふふ。ああ……あははは……良いですね。その顔……その目……強がって、本当は折れそうなのに必死で心の均衡を保とうとしてる……でも私、そんな風に必死な人を見るともっといけないことをして心を折りたくなるんです。ああ……会長の心を折ってやりたい……一体その会長の強がりがいつまで持つのかな?あ、でも、完全に心を折って壊しちゃうと楽しくなさそうだなあ……ギリギリ折れないようにしっかり考えていじめてあげなくちゃ……」

 

西住ちゃんはもう一度背後から私の身体を抱きしめて身体中を一通り撫で回すと、口付けをした。

後に聞いたことだが、西住ちゃんはいつでもどこでも女の子に対してこんなことをやっていたらしい。私にしたことは捕虜に対する西住ちゃんの常套手段だったわけだ。この辱めを受けさせる意味は二つあると言われている。まず、一つ目は、辱めを受けさせることによってその人だけでなく他の人にも抵抗する意欲を失わせることだ。共同体の中のうち一人でも辱めを受けさせると、その人を守ることができなかったと周りの抵抗意欲を削ぐことができるらしいのだ。そして、もう一つが奴隷としての品定めである。私たち捕虜がたどる道の一つに奴隷というものがある。その中でも西住ちゃんが関心を抱いた者の中で琴線に触れる者を見つける奴隷市場の役目も果たしていたらしいが、それを知るのはまだまだ先のことだ。

さて、その後西住ちゃんは私を砲塔に吊るしたまま戦車に乗り込み、再び前進を始めた。西住ちゃんは、その日のうちに校舎の中に乗り込み生徒会室へ入った。私も西住ちゃんに抱きかかえられながら、連れていかれて生徒会役員室に監禁された。大洗女子学園は悪魔の手の中に完全に堕ちたのである。この日以降、西住ちゃんの支配する学園艦という本当に恐ろしい地獄のような暗黒の日々が始まるのである。

 

つづく



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第125話 首狩り女

お待たせしました。生徒会側のお話です。
今日は会長がひどい目にあいます……
死よりも恐ろしい……


"夜が明ける"という表現は、小説や物語においてはよく良いことが起きる前兆の表現として使われる。真っ暗な闇、すなわち夜から朝日が昇り、光きらめく朝がやってくる。まさに、良いことや、めでたいことの前兆としてはぴったりな表現だ。しかし、今回は全く真逆であった。夜明けとともに始まるそれは、この世の地獄を全て合わせたとも形容される惨劇の幕開けだった。西住ちゃんという悪魔が支配する地獄のような占領政策が始まったのである。

降伏したら、西住ちゃんが苛酷な占領政策を学園艦に施くことは西住ちゃんが今までしてきた虐殺や人間狩りをはじめとする犯罪行為を見れば分かっていたはずだった。でも、降伏を選択せざるを得なかった。私は実際に戦場に出ることはなかったので伝聞ではあるものの、その酷い状態は聞いていた。ある者は機銃弾で頭を撃たれ脳が飛び出している。ある者は砲弾で身体を貫通され、内臓が飛び出している。ある者は、腕や脚、そして頭部がちぎれて瓦礫にぶら下がっており、首と手脚が無くなった肉の塊になって倒れている。こんな酷い状態の遺体がごろごろ市街区中に転がっている。そんな話を守備隊が壊滅する前の数少ない通信の間の報告で聞いた。戦争における死は筆舌に尽くせない。こんな目に遭うのはもうたくさんだ。私はこれ以上、犠牲者たちが苦しみ悶えながら死んでゆく姿を見たくも聞きたくもなかった。西住ちゃんの全戦力を目の当たりにしてこれ以上、戦いを続けることは"この学園のために死んでくれ"と言っていることと同じだ。それは、今まで命を大事にし、死に急ぐことはせず、生還を第一に考え、何としても生きるようにと常々出撃していく兵隊たちに言っていた私の方針と大きく矛盾することになるし、そもそも死を強いることは許されることではない。だから、その時に感じた取るべき最良の道、反乱軍に降伏するという選択をした。間違った選択かもしれないという葛藤を心の中に抱えたまま。それ以外に私はどうすれば良かったのか。本当にそれで正しかったのか30年経った今でもわからないままである。いや、そもそもの間違いはもっと前の段階にあるのだ。この戦争でここまで多くの犠牲を出すことになってしまったのは全て私が西住みほという人間の本性を見誤ったからだ。だから、私は西住ちゃんに戦車部隊の隊長という地位と軍事力を与えてしまった。西住ちゃんの性格や心の闇をもっと早く知っていれば、そして西住ちゃんの過去を知っていればこんなことにはならなかったのに。いくら悔やんでも、いくら詫びても死んでいった人たちは二度と戻ってくることはないのだ。私の脳裏には走馬灯のように今まで出撃して行った人たちの顔が浮かぶ。河嶋たちから始まってこの間出撃した守備隊の人たち。そのほとんど全てが遂には帰ってこなかった。帰ってきたものは最後の攻撃を仕掛けるという報告と今生の別れの無線通信だけだった。もちろん、私は止めた。そんなことで命を落として欲しくはない。だから、どうか生きてほしいと伝えた。それでも、彼女たちは私の言葉を聞き入れてはくれなかった。彼女たちはまるで死に急ぐかのように散っていった。ここまでの犠牲を膨らませて、その結果が降伏だ。やむを得なかったこととはいえ、死んでいった彼女たちに顔向けできない。ここまで多くの人の命が奪われた全責任は生徒会長であるこの私にある。だからこそ、これから私が背負うことになる十字架はあまりにも重すぎた。多くを死なせ、私が生きた。この言いようもない罪悪感で押しつぶされそうだった。この頃の私の心は壊れるか壊れないかのぎりぎりのところにいた。西住ちゃんに捕らえられて生徒会室で西住ちゃんの管理下に置かれた私はこれから先どうなるのか全く想像もつかないなかでただ、死んでしまいたいと思っていた。これから先、西住ちゃんが私をどう扱うつもりなのか、全くわからない。怖い怖いと言いながらも、本心は願わくば私をめちゃくちゃにして殺して欲しかった。これ以上、この世の中で私が生きていくのはあまりにも辛すぎる。それに、この戦争の唯一裁かれるべきであるとすればこの私の他にない。この戦争で責任を負うのは私だけで充分だ。他の人たちに責任が及ぶくらいなら私一人がめちゃくちゃに惨殺でもされて死ねばいい。私は生徒会長でこの学園艦のトップだ。そのくらいの覚悟はとっくの昔にできている。いや、違う。私はそれを望んでいるのだ。そうして死ぬなら本望だ。しかし、西住ちゃんは簡単には殺すつもりはないようだ。死ぬことよりももっと辛い目に遭わせてその反応を愉しんだのである。

前述した通り、西住ちゃんに降伏後、私と小山は生徒会室まで連行された。そこで西住ちゃんは生徒会室で何をしたか。忘れもしない。西住ちゃんは私たちを裸で負け犬のポーズをとらせた。西住ちゃんは私の顔を踏みつけながら蔑んだような笑みを浮かべて私たちの恥ずかしい格好の写真をカメラに収めた。

 

「あっはははは!可愛い負け犬さんですね。」

 

西住ちゃんは馬鹿にしたように言った。この格好を私だけが西住ちゃんにしてみせるだけならまだ良かった。でも、それを小山にまでやらせるのならば話は別だ。私はギリギリと歯を鳴らして西住ちゃんを睨みつける。

ちなみに、その時撮られた私たちの恥ずかしい写真は後で聞いた話によると大量に印刷されて大洗の学園艦の隅々まで反乱軍のプロパガンダとしてばら撒かれたという。さて、話をもとに戻そう。その後、夜明けまで私は西住ちゃんに身体を弄ばれた。西住ちゃんは私の身体に相当な興味を示しているようだった。その証拠にこの先もずっと西住ちゃんに私の身体はおもちゃにされ続けることになる。

夜が明けると私たちは再び生徒会室がある艦橋の前の広場のようなところに連れ出された。外には反乱軍の兵隊が待ち構えていた。何をされるのか。もしかしたら、ここで殺されるのであろうかと考えていると、どうやら違うようだ。白い清潔テーブルクロスがかけられたテーブルと椅子のセットが運ばれてきて、その上に文書が置かれた。そう、これは降伏文書の調印式だった。西住ちゃんはどうやら、手続きや段階というものを重視する主義のようだ。まず、私が着席して西住ちゃんと相対する。降伏文書には大まかに言うと次のようなことが書かれていた。

 

1.生徒会が持つ全権限の移譲

2.司法捜査権の移譲

3.守備隊及び軍事組織の武装解除

 

まず、最初に西住ちゃんがその内容を確認して"西住みほ"と署名した。私もその内容を確認する。屈辱的な内容で破り捨ててやりたい気分だが、ここまで来て今更この条件を呑まないという選択はありえない。私は泣く泣くペンを取り"角谷杏"と署名した。その後に、小山も署名してこの瞬間を以って大洗女子学園高等学校生徒会長としての"角谷杏"は終わった。調印式の後、小山と私は別々に身柄を管理されることになった。私は生徒会室で西住ちゃんに奴隷として管理され、小山はどこか別の場所に連れ去られた。私が小山と再会するのは大分、後になってからだった。

調印式が終わった後、西住ちゃんが何をしたか、それは生徒会関係者や教員の一斉逮捕だった。西住ちゃんは私が手渡した親書を完全に無視して、司法捜査権が移譲されたことをいいことにやりたい放題し始めたのだ。西住ちゃんは予め生徒会関係者と教員の顔写真付きのリストを作成し、所謂ブラックリストを作っていたようだ。これに基づいて逮捕が進められた。そして、逮捕された生徒会関係者と教員はその日のうちに公開処刑されることになったのである。しかも、それを担わされたのは他でもない私だった。私は運動場へと連れていかれた。その時はまだ何をさせられるのかわかっていなかった。私自身が殺されると思っていたのだ。運動場には避難民が集められていた。避難民たちの視線が痛い。それが、憎しみの目というわけではないということは理解しているが、同情されるというのも辛い。縮こまりながら視線をくぐり抜け、運動場の真ん中あたりまでやってきた。すると西住ちゃんはどこかから鉈を持ってきてその鉈の背を指で撫でながら言った。

 

「会長。会長は人を殺したことってありますか?」

 

「ないよ……あるわけないでしょ……」

 

私は呻くような声で言う。すると、西住ちゃんは腹を抱えて笑い転げながら言った。

 

「あっはははは!そうですよね。あるわけないですよね。でも、今日は会長が人殺しになる記念日ですよ!あははは!」

 

そう言うと西住ちゃんは近くにいた反乱軍兵士に目配せをする。すると、見知った顔が何人も鎖で繋がれて出てきた。ついこの間まで生徒会で一緒に仕事をしていた者たちだ。西住ちゃんはその者たちを座らせる。私はハッとした。その者たちの末路が瞬時に理解できた。すると、西住ちゃんはニヤリと笑った。

 

「何をする気……?」

 

私は怯えながら言うと西住ちゃんはその中の一人の首に鉈をあてて笑いながら言った。

 

「こうするんですよ!」

 

「やめてぇぇぇぇ!」

 

叫んだ時にはすでに遅かった。鮮血が飛び散って西住ちゃんの白い肌を真っ赤に染めた。西住ちゃんの鉈に襲われた少女は前方に倒れた。

 

「ふふふふ。今度は会長の番です。会長が殺ってください。」

 

「そんな……嫌だ!こんな事やらされるくらいなら死んだ方がマシだ!私を殺してよ!私が身代わりになるから!大体親書に書いたよね!?みんなには罪がない!罪があるなら私だって!約束が違うよ!」

 

すると、西住ちゃんは面倒臭そうに溜息を吐いて、冷たい声で言った。

 

「私は嘘なんてついていませんよ。だって、親書は約束じゃないです。あれは、会長の言い分であって私は違う判断をした。それだけの話です。大体、会長は私に司法捜査権を移譲したじゃないですか。私はしっかりとその範囲内でやってるのです。」

 

確かにそうだ。西住ちゃんの言っていることは理にかなっている。私は西住ちゃんに司法捜査権を譲り渡したのだから、西住ちゃんが司法をどのようにしても問題はない。それでも、私も譲るわけにはいかない。

 

「それでも、酷すぎるよ!私は絶対にこんなことやらない!殺すなら殺してよ!」

 

私は断固としてやらないと言ってその場に座り込んだ。西住ちゃんは冷たい目で私を見下ろしていたが再び大きな溜息をついて叫んだ。

 

「機関銃部隊!前へ!」

 

ああ、これでお終いか。そう思って覚悟を決めてギュッと目を瞑っていた。そしたらやたらと周囲が騒がしくなった。悲鳴のような声が聞こえる。恐る恐る目を開けるとその機関銃の銃口はなぜか、見物していた避難民の方向に向いていた。

 

「ちょ、ちょっと!西住ちゃん何する気!?」

 

「ふふふふ。会長が悪いのですよ?」

 

そう言うと一挺の機関銃が火を吹いた。辺りに罪のない避難民の遺体の山が築かれた。私はただ口をパクパクさせて何も言えなくなっていた。西住ちゃんは私の顎の下に手を入れて私の瞳を見つめながら言った。

 

「会長は、自分の価値を考えたことありますか?私は会長に魅力と価値を感じている。だから、殺さないのです。いいえ、殺せないのです。だから、会長が断る度に会長の代わりにこんなに死ぬことになります。会長はどうすべきかもう言わなくてもわかりますよね?一部の生徒たちを救って多くを犠牲にするのか、少数を犠牲にして多くを救うのかどちらが良いのか。」

 

西住ちゃんは私に究極の選択を提示した。そして、私は生きるべき命と死ぬべき命を選んでしまった。私はゆっくりと立ち上がると西住ちゃんから鉈を受け取ってある少女の背後に立った。

 

「会長……?やめてください……助けてください……お願いします……」

 

その少女は必死に命乞いをしている。だが、私は一言「ごめんね。」と呟いて鉈を振り上げてその首に向かって思い切り振り下ろしていた。鮮血が吹き出す。その少女は顔を苦痛で歪ませて倒れ込んだ。私は更に狂ったように何度も何度も繰り返しその少女の首に鉈を振り下ろした。そして、少女の首は胴体からちぎれて転がった。私が初めて人を殺した瞬間だった。私は完全におかしくなっていた。私は半笑いを浮かべながら鉈で次々と首を落として処刑していったようだ。その組の全員が終わると「次!」と叫んでまた一心不乱に鉈を振り下ろしたようである。その間の記憶は曖昧であまり覚えていないが気がついたら私は手も身体も血まみれになって周りには胴体と首が離れた遺体がいくつも転がっていた。私は野生かあるいは野獣にまで墜ちていた。その後、私はその一部始終を見ていた避難民たちに"首狩り族"だとか"首狩り女"などという不名誉な渾名で呼ばれることになるが、それはまた別の話である。結局私は西住ちゃんが作成したブラックリストにある全ての人たちの首を鉈で切り落として処刑、虐殺した。その光景はさながら1994年のルワンダ虐殺を彷彿とさせるものだった。私は全てが終わってから自分のしたことに気がついた。それまで錯乱していた状態から覚醒したというのだろうか。とにかく、私は血だらけで自分の手と身体を見た。それが表していることはただ一つ、私が人を殺したということだ。しかも大量に虐殺した。この事実に叫び声をあげた。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

私は私がしてしまった行為を受け入れることができなかった。恐怖で全身をガタガタと震わせて胃の内容物を全て吐きだして泣き崩れた。その様子を西住ちゃんはおもしろそうに、さも愉しそうに恍惚な表情を浮かべながら眺めていたのであった。

 

つづく

 



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第126話 "楽園"の収容所

今日は小山柚子のお話です。
生徒会長が、地獄を味わっていた頃、彼女はまた別の地獄を味わっていたようです。
そして今日は桃ちゃんの誕生日です。この血塗られた戦車道の世界にはもういませんが、お誕生日おめでとうございます。


あの日、降伏文書調印式の後、会長が処刑を強制的に執行させられている時、私はあの女悪魔西住みほの配下であると思われる黒服の連中に小突き回され、銃を突きつけられながら会長とは別の場所に連行されていた。連行される途中で、反乱軍との熾烈な戦場になった街区も通った。ついこの間まで家々が建ち並び、学生たちの元気のいい声が響いて、それに緑もあってキラキラと色とりどりに輝いていた素敵な街区だった。でも、その街区は今はもうない。何もない。何一つ残っていない。面影さえも残っていない。あるものはかつて人々が生活していた家であった瓦礫とそこに何かが建っていたと思わせる家か何かの基礎だけだ。それさえも怪しい場所もいくつかある。他は綺麗さっぱり砲弾でやられていた。私が愛した学園艦の、決して特別なものではなかったけれど、確かにそこにあって、ずっと私たちを温かく見守っていてくれたはずの街はもうどこにもなかった。灰色と黒色に染まった色のない街は私の心をひどく傷つけて、今にも泣き崩れてしまいそうだったけれど、私は努めて強く振る舞った。ここで、泣いてしまったら負けだと思ったからだ。例え、今は何も無くなってしまっても、あの女悪魔が大洗学園艦からその魂を消し去ろうとしても、生きてさえいれば何とかなる。そう信じていた。武力では勝てないが、皆が心の片隅で少しでもこの学園艦のことを思っていてくれたならきっといつかはこの学園艦は力強く復活することだろう。そう信じていた。そう簡単には諦めない。私は強く拳を握りしめて心の中で誓っていた。だから、連行される時も俯いたりせずに真っ直ぐに前だけを見据えて力強い足取りで歩いていた。希望を忘れなければ、きっとこの学園艦は蘇ることができると信じて。とはいえ、このままずっと頭に拳銃を突きつけられたまま、わけもわからずに連れていかれるのも気に入らない。私は前を見据えたまま一つ深い息を吐いて私の隣で歩調を合わせながらぴったりと拳銃を私のこめかみに突きつけている短髪の少女に話しかけた。

 

「私をどこに連れて行くつもりですか?」

 

少女は突然話しかけられてピタリと動きを止めて少し驚いたような顔をした。まあ、当然の反応であろう。普通は拳銃を突きつけている相手と仲良くお話ししようなどと思う変人はそうそういない。声をかけたら即座に撃たれそうなものである。しかし、私は彼女に話しかけた。彼女にとってもそれは想定外の事であったと見える。だが、彼女はすぐに気を取り直して蔑んだ笑みを浮かべた。そしてゆっくりとにじり寄ると私の耳にぴったりと唇をくっつけて囁く。

 

「生きては出られないこの世の地獄さ。」

 

「生きては出られないってどういう意味?」

 

再び私が尋ねると、彼女は高く笑ってからかうような顔で私の顔を覗き込む。

 

「あっははは!さあね?私も詳しくは知らないよ。でも、文字通り遅かれ早かれ必ず死ぬってことさ。」

 

私は少女の答えに怒りを覚えた。許せない。人としてこんなことは間違っている。なぜ、それを平気な顔をしてやってのけることができるのか。私は唇を噛み、少女の顔を見たくなくて目を素早くそらした。もう我慢できない。私は撃たれることは覚悟の上で怒りに震える声で叫んだ。

 

「あなたたち!恥ずかしくないの?!こんなことして!人として!こんなこと間違ってる!自分たちが何やったかわかってるの!?」

 

その少女は少したじろいだように見えた。でも、彼女はすぐに冷酷な顔に戻ると銃を納めて私の頬を乱暴に掴み私の左側に広がる瓦礫だらけの焼け野原の方に向けさせて指をさした。彼女の指差す先を見ると何やら黒い塊がそこにはあった。

 

「あれが見えるか?何だと思う?」

 

「あれは……わかりません。」

 

私の答えに少女は嘲笑して耳元で囁く。

 

「人だよ。人間の焼死体だ。あそこにもある。ああ、あそこの街路樹には人間の首と脚と腕が引っかかってるな。」

 

「うっ……」

 

私はその凄惨な光景に思わず目を逸らそうとした。すると、少女は再び私のこめかみに銃を突きつけながら言った。

 

「目を逸らすな!あいつらはおまえたちが出撃させた兵隊たちだ。あいつらの末路をその目でしっかりと見ろ!おまえは聞いたな?私に人として恥ずかしくないのかと!では、逆に聞こう。おまえは私にあのようになれと言いたいのか!?あのように人間とは思えない姿で惨めに死ねと言いたいのか!?私が何でこんなことしてるか、教えてやろう!喜んでしているわけがない!死にたくないからだよ!死にたくないから、強い者に従うんだ!私たちは、おまえたちみたいに殺されるリスクを負ってまで正義を貫き通せるほど器用な性格じゃない!こいつも!こいつも!こいつも!こいつもみんなそうだ!みんな死にたくないからおまえたちよりも強い西住隊長に従っているんだ!他にどうすればいいと言うんだ!?」

 

彼女の心からの叫びに私は何も言うことができなかった。何か言葉を見つけようと考えて何とか言葉を紡ぎ出した。

 

「それでも……こんなこと……」

 

少女は私の言葉を遮って叫んだ。

 

「黙れ!もし、おまえがその信念を貫けるというのなら、今から行く場所で信念を貫いて見せろ!もし、それで生き残ることができたなら土下座でも何でもしてやる!だがな、断言してやる!おまえは絶対に私と同じ道を辿るはずだ!おまえは必ず私と同じ悪魔になるし自分が生きるためなら人を殺すようになるぞ!」

 

私は彼女を睨み、唇を噛みながら押し殺すような声で言った。

 

「それでも……私は負けない……絶対に……」

 

「ふんっ」

 

少女は銃を突きつけたまま鼻で笑った。そして再び、私を引っ張っていった。それから15分くらい歩いた頃だっただろうか。遠くに鉄条網が見えてきた。その鉄条網が見えたあたりから鼻にものすごい悪臭が飛び込んできた。その臭いは何とも形容しがたい臭いだ。強いて言うなら腐ったような臭いと言えるだろうか。私は思わず咳き込みながら口と鼻を抑える。更に200Mほど歩いていくと交差点に差し掛かった。その交差点は私たちが歩く細い道路と大きな道路が交わるところだったが、大きな道路から大勢の人たちが私たちと同じように黒服の集団に銃を向けられながらトボトボと歩いていたのが見えた。恐らく、彼女たちはあの女悪魔に捕らえられた者たちだろう。数百人はいた。私のこめかみに銃を突きつけている少女の指示で私に銃を向けていた他の少女が大きな道路を行く集団を監督している黒服の少女に何やら話しかけた。そして、話がまとまったのかこちらにやってくるとこめかみに銃を突きつけている少女に報告した。すると、その少女は頷き銃を下ろして私の耳元に顔を寄せると嘲笑を浮かべて囁く。

 

「ここでお別れだ。あの集団と一緒について行け。その先で地獄が待っている。おまえのそのくだらない意地で生き残ることができるかな?」

 

私は彼女を睨みつけて今度は強い口調で言った。

 

「私は絶対に負けません!どんなことがあっても!」

 

「ふんっ、おまえはあの人の……西住みほ隊長の本当の恐ろしさをまだ知らないからそんなことが言えるんだ。その信念がいつまで貫けるか、見ものだな。人間は案外弱くて汚い存在だ。」

 

彼女はそう吐き捨てると私から離れていった。私も大きな道路を歩いてきた満身創痍の集団と合流して、交差点から離れていった。その後、更に10分ほど歩いて私たちは物々しい雰囲気の大きな鉄の門扉の前に辿り着いた。近くには歩哨が2人、軽機関銃で武装して鋭くこちらを睨みながら立っていた。どうやら目的地はここのようだ。この時はこの場所が一体何をするところがわからなかったが、この場所こそ収容されたら生きては二度と出られないと言われ、"大洗のアウシュビッツ"だとか死への道に一番近い場所という意味合いで名付けられた"楽園"とか後に言われた大洗第一強制収容所であったのである。この大洗第一強制収容所は女子のみが収容された施設である。類似の施設として大洗第二強制収容所があるが、そこは男子専用の収容所だ。他にもアンツィオなどにも設置されていたらしい。これらの収容所はいずれも被収容者を殺害することのみを目的とした絶滅施設であった。主に、これらの収容所の被収容者は教職員や生徒会関係者、そして生きる価値が無いとされた何の罪もない普通の生徒や市民たちだったのである。

さて、話を元に戻そう。私たちが到着すると、門の前を警備していた歩哨が門を開けた。鉄の門扉がギイっと大きな音を立てて開く。黒服の少女たちは私たちに中に入り、更にまっすぐ進むように命じた。相手が銃を持っている以上抵抗するわけにもいかないので私たちは素直に従い門の中に入り、真っ直ぐに歩みを進めた。いくつかの建物の横を通り過ぎ、大きな広場のような所に出た。その広場には看守と思われる私たちを連行してきた者たちとは別の獰猛そうな猟犬を連れてライフルを担いだ何十人もの黒服の少女と何人かの黒い服の上に白衣を着た人物、そして縞模様の服を着た丸刈りの少女たちが何人か待ち構えていた。猟犬たちは私たちの姿が見えると激しく吠え始める。その時だった。

 

「早くしろ!蛆虫ども!」

 

一番真ん中にいた看守のリーダーらしき少女が拳銃の銃口を上に向けて発砲しながら叫んだ。私たちは命の危機を感じて自然と駆け足で看守たちの元へと集合した。私たちが完全に集合すると看守のリーダーは満足そうに手を後ろで組み胸を張って口を開いた。

 

「囚人諸君!地獄へようこそ。今から選別を行う!手荷物を持っている者はその場に置いていけ!」

 

看守のリーダーはそう言い終わると白衣の人物たちと目配せして"選別"を始めた。後に知ったことだが、ここでは囚人たちの健康状態などを基に即座にガス殺・射殺・絞殺される者、人体実験の検体、労働者に分けられていた。選別を担当するのは白衣の人物たちだ。白衣の人物たちは分厚いファイルを手にして一人一人の顔を見て一番前から順番に素早く3つの別々のグループに分けていた。私は一番後ろに並んでいたのでかなり時間がかかった。家族や友人と一緒に収容された者たちは別々に分けられた囚人たちもいたようで悲鳴のような声を上げながら黒服の少女たちに懇願していたがその声が聞き届けられることはなく、怒鳴り声をあげながら無理矢理に引き離れさせられていた。猟犬の激しい吠声と怒鳴り声と悲鳴が響き渡る中、友人も誰もいない私はじっとして選別されるのを待っていた。どうなるのかもわからない運命の中で凄まじい動悸が止まらなくて今にも倒れそうだった。そして、私の近くにも白衣の人物がやってきた。私は、怖くて目を伏せていた。すると、私の目の前に現れたその人は私の耳元に顔を近づけて囁いた。

 

「副会長。久しぶりだな。無事で何よりだ。」

 

「え……?」

 

私は驚いてその人の顔を見ようとした。その人の声は何処かで聞いたことがあるような気がした。しかし、その人は手でそれを制してそのままの体勢でさらに私の耳元で囁く。

 

「そのままだ。動くな。怪しまれる。副会長は私が必ず助ける。私は副会長を助けるためにここにきた。いいか、よく聞いてくれ。副会長はこのままここのグループにいるんだ。副会長のグループは労働のグループだ。他の2つのグループよりは長生きできる。だが、それでもいつまで生きられるかわからない。だから、少しでも命を伸ばすために副会長はここの看守どもに"特殊任務班に志願します"と言うんだ。そうすれば、更に長く生きられる。だが、それでもここにいればいずれは殺される。だから、その前に折を見て私が必ずこの地獄から助け出す。だからそれまで、辛いだろうが看守どもから何を言われても言うことを聞くんだ。絶対に反抗したり抵抗したりするな。」

 

そう言うとその人は離れていった。私はサッと顔を上げてその人の顔を見ようとした。その人は後ろ姿は小さくて黒髪が綺麗な白衣の少女だった。私はずっとそちらの方を見ているとその人の横顔が見えた。やっぱりだ。私はその人のことを知っていた。冷泉麻子。あの女悪魔、西住みほの頭脳(ブレイン)として恐れられたあの学園創設以来の大天才だ。彼女のことは風の噂で聞いたことがある。彼女が残虐な人体実験や生体解剖を繰り返していると。そんな彼女が、絶体絶命の私に救いの手を差し伸べてくれた。私は、悪魔の手先となり、残虐な人体実験や生体解剖に手を染めた彼女が少しでも人間としての温かな心を取り戻してくれたことを嬉しく思いつつも、本当に彼女を信じても良いのだろうかと葛藤もあった。だが、私は彼女を信じてみることにした。冷泉麻子たち白衣を着た者たちがどこかに去っていき、私たちの隣と更にもう1つ向こうのグループはどこかに連れて行かれて私たちだけがその場に残された。先ほど皆の前で話した看守のリーダーらしき少女が再び登場し口を開いた。

 

「おまえたちは運がいい。おまえたちはあの2つのグループのやつらと違ってしばらく生きられる。さて、おまえたちにはこの後、管理番号の刺青と散髪を行う!着いて来い。」

 

彼女はそう言うと、私たちは大きな建物に連れていかれた。私たちはそこで服を脱がされて、改めて健康診断を受けた。私はそこで看守に冷泉麻子に言われた通り、特殊任務班に志願する旨を知らせた。すると、看守は了承して別途指示を待つように言われた。そして、健康診断が終わった後、用意されていた縞模様の囚人服に着替えて、別の建物に移動した。そこで、私たちと同じような格好をした少女たちに頭髪をバリカンで丸刈りにされた。辺りには無数の髪の毛が落ちていた。さらに腕には管理番号の刺青をされた。あの刺青の痛みは忘れられない。私の腕には未だにあの時に入れられた英文字と番号の刺青が残っている。私はこれを以って"小山柚子"という名前から"A12051"に変わった。こうして、私の地獄のような日々は始まった。私はこの絶滅収容所で人間が極限まで追い込まれ理性を失うとどうなるかをつぶさに見た。生きるためには手段を選ばない人間の汚く醜い姿は30年経った今でも脳に焼き付いて忘れることはできない。また、私もその例に漏れず誓ったことを忘れて生きるために理性を忘れ本能剥き出しの獣と化していったのであった。

 

つづく




タイトルについてあとがきとして解説します。
ここでいう楽園は作中であるように死に一番近い場所という表現で楽園としています。この収容所は地獄そのものですが、楽園=死後の世界としてその死後の世界にいち早く行ける場所という意味合いを持たせてこのようなタイトルにしてみました。
それでは次回またお会いしましょう。
次回はまたツイッターや活動報告などでお知らせいたします。随時ご確認いただけると幸いです。


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第127話 管理番号A12051としての生活

小山柚子が収容された収容所ではどんな生活が待っているのでしょうか?


私が収容所に連行され名前を失い、"A12051"これが私を表す呼称になったあの日に体験したことを話そうと思う。そこで私は西住みほという悪魔によって冒された人間たちの人間とは思えない姿をたくさん見た。

頭髪を丸刈りにされ管理番号の刺青を腕に彫られた後、再び広場に集合させられた。刺青を入れられた時に傷つけられて痛む腕をさすりながら私たちは速やかに並んだ。周りには小銃を手にした看守が囲む。逆らえば射殺されることは自明のことなので皆、抵抗することはなくそんなに時間がかかることもなく並び終わった。それを見ると看守のリーダーが丸刈りの少女を二人連れて前に立つ。

 

「おまえたちには早速労働してもらう!それに当たって二つのグループに分ける。今から呼ばれる番号のものは右に出ろ!呼ばれなかったものはそのまま残れ!」

 

私は、そのまま残るグループになった。私たち二つのグループはそれぞれ別の場所に向かわされた。右に出されたメンバーで構成されたグループは収容所の外へと消えていった。後で夕方に戻ってきたメンバーに聞くと、破壊された瓦礫だらけの街区で復興のための瓦礫の撤去などを行なっていたらしい。さて、私たち収容所に残ったメンバーの任務は収容所の拡張、整備及び設備の建設だ。私たちを殺す設備を私たち自身でつくるのだ。何が悲しくて自分たちを殺す設備を自分たちのその手で奴隷のように働かされて作らなければならぬのか。だが、逆らえば命はない。何日生き延びることができるかわからないが、1日でも長く、そして冷泉さんが言った、「迎えに来る」というその日まで耐え忍ばなくてはならない。私たちは先程看守のリーダーに連れられてやってきた丸刈りの少女のうちの一人に先導されて工事現場までやってきた。その現場では既に多くの丸刈りの少女が奴隷のように強制労働をさせられていた。私たちを連れてきた丸刈りの少女は力のなく腕をあげると作業をしている方向を指差した。言葉にはしていないがどうやら始めろと言いたいらしい。私たちは困惑していた。何しろ道具が何もない。もともとこの地区は街区であるため多くの建物が建っていた。しかし、この街区は戦闘により完全に破壊されていたため辺りはコンクリートや鉄くずやガラスといった怪我をする恐れがある瓦礫がそこかしこに散乱していた。このような環境ではとても素手で作業をするのは不可能だ。私は皆を代表して私たちを連れてきた丸刈りの少女に尋ねる。

 

「あの……道具か何かは……?」

 

すると、私がすべての言葉を言い終わる前に遮るように言った。

 

「ないわよ。そんなもの、手でやれば良いでしょ?」

 

彼女は鋭い視線で私を睨む。よく見ると、彼女の手はひどく傷ついていた。彼女はかなり苛立った様子だった。当然だろう。ある程度長い間ここにいる自分たちでさえ道具を使えないのに、新入りの私たちが生意気にも道具を要求しているのである。これ以上、刺激をするようなことを言うともしかしたら何かとんでもない不利益を被る可能性が高いので大変不満だが、しのごの言わずに黙って作業を始めることにした。なるべく手が傷つかないように気をつけながら作業していたが、すぐに手に痛みが走った。これはやってしまったなと思って掌を見ると、案の定赤い血がぽたりぽたりと地面に向かって滴り落ちていた。かなり深い切り傷だった。地面を見てみると側にはカミソリの刃のように鋭い鉄くずが落ちている。どうやらこの鉄くずで手を切ってしまったようだ。これはまずい。とりあえず何はともあれ止血を試みる。何か布のようなものはないか傷口を抑えながら辺りを見回すとどうやら私は運が良かったようで瓦礫の下に破れた服を見つけた。どうやらここはもともと寮か住宅の跡だったようだ。埃だらけで薄汚れているがそれを裂いて手に強く巻きつける。一時しのぎにはなったが、こんな不潔な状態でいたら破傷風などの病気に冒されることになるだろう。そうなったら目も当てられない。もし、病気になどなったらどうなるか。価値のない人間として殺されるのがオチだ。ただでさえ人間扱いされておらず、いつでも殺していい対象とみなされている私たちをわざわざ治療してもらえるはずがない。私は手を見つめながらどうか病気にならないようにと祈った。私たちはとにかく黙々と必死に働いていた。周囲には小銃を持った看守が監視している。少しでもサボったらもしくはそのようにみなされたら射殺されることは火を見るよりも明らかだった。そう思われないように気を張って働いていた。しかし、人には体力というものがある。誰しもがそこまで長い間体力が持つかといえばそれは違う。奴隷のような強制労働が始まって3時間ほど経った頃だった。突然何かが倒れるような物音がした。振り返ると誰かが倒れている。その人は私たちよりも先にこの収容所に入っていた人だった。その人は働いている最中も苦しそうに喘いでいて酷く痩せていた。なんとか身体に鞭打って働いていた。体調が悪いことは誰の目から見ても明らかだった。そして、ついに彼女は限界を迎えてしまったのだ。すると、近くにいた看守の少女が鬼のような形相で駆け寄ってきた。そして、腰に下げた入れ物から鞭を出すと彼女の背中に向かって打ち付ける。彼女は悲鳴をあげた。

 

「お願いします……許してください……休ませてください……お願いします……」

 

彼女は苦しそうに喘ぎながら懇願する。しかし、看守の少女はホルスターから拳銃を取り出して後頭部に拳銃を突きつけた。

 

「この役立たずのゴキブリが!おまえのようなゴミクズはこうしてやる!」

 

看守は引き金を引く。先輩の少女は血を流して物を言わぬ亡骸となった。それは私の目の前で行われたが、私にはその実感があまり湧かなかった。人間というものはこんなにあっけなく死ぬのかと何か感心に近いような感情を抱くと同時にこの看守は何をし出すかわからないという恐ろしさ、そして次は私なのではないかという恐怖が湧き上がってくる。私はその突発的に起こった処刑が行われている時、無意識のうちに手を止めていたが、これを見られたら何をされるかわからない。私も処刑されるかもしれない。ハッと我に返って大げさに手を動かし始めた。すると、後ろに誰かが迫ってくる気配がした。私の全身に冷や汗が流れる。唾を飲み込みながらどうか私ではないようにと祈る。しかし、その祈りは無残にも打ち砕かれる。

 

「おい!おまえ。」

 

私に声をかけて私の肩を叩いてきたのは先輩収容者を射殺したのはあの看守だった。私はガチガチになりながら振り返る。

 

「はい!なんでしょう?!」

 

私はとんでもない緊張で声が裏返りながら答えた。すると、その看守は拳銃を弄びながら可哀想な先輩収容者を指差して命じた。

 

「おまえ新入りだな?あれを片付けておけ!」

 

「はい!わかりました!」

 

私は声を震わせながら答える。そんな私のビクビク怯える姿が面白いのか看守はくすくすと笑った。そして、別の先輩収容者に声をかける。

 

「おまえ、こいつを焼却炉まで案内してやれ。」

 

「はい。」

 

彼女は短く返事をすると駆け足でその少女は遺体のそばに寄ってくると頭を持ち上げる私も慌てて脚を持った。遺体の重みがずっしりと私の腕に伝わる。私たちは歩調を合わせて焼却炉まで運んだ。その道中で少し緊張が途切れた私は泣き出してしまった。この遺体が明日は私かもしれないと思うと泣かずにはいられなかった。堪えようとしても無駄だった。一度溢れた涙は止まらなかった。一方一緒に運んでいる彼女は全くの無表情だった。まるで何もかもを忘れてしまってどこかに置いてきてしまったようだった。しばらく何の反応も示さなかった彼女だが私の顔を一度だけちらりとみると再び前を向いて口を開いた。

 

「あなたたちは良いわね。まだ正気で。ここにいる人たちはみんな狂ってしまっている。ねえ、何で看守たちがこんなことをやれるのか、私たちがこんなにも無関心でいられるのか、あなたにはきっと理解できないでしょうね。でも、あれを見て。あれなんだかわかる?」

 

私たちの前に山のようなものが現れた。何かはわからないが何かがうず高く積まれている。その近くで何人かが作業をしていた。遠くからでも囚人服がよく目立つ。彼女たちも私たちと同胞、つまりは被収容者のようだった。そのうちの2人が手に何かを持ちながらその山に近づいてくる。よく見てみるとどうやら手に持っているものは人間の形をした何からしい。あれはマネキンかなにかの山だろうかと思ってさらに近づいてみるとそれは全て人間の遺体だった。人間の遺体がそこには山のように積まれていて、その近くにかまどのような焼却炉があった。

 

「こ、これは……!」

 

私は思わず口を手で押さえた。吐き気が込み上げてくる。彼女は遺体の山を指差す。

 

「これが答えよ。これだけ大勢が毎日死んでるとね、慣れてくるの。誰かが死ぬのも殺されるのも。そして、それは看守も同じ。みんな殺し慣れてしまうの。そうするとまるで作業のようになってしまうのよ。その結果があれね。人間って恐ろしい生き物なのよ。慣れてしまえば人を殺すことさえ簡単なことなのよ。」

 

彼女はそう言うと遺体を山のてっぺんに放り投げて回れ右して現場に戻っていった。私も彼女の後を彼女に言われた言葉を噛み締めながら追いかけた。私も慣れてしまうとそうなってしまうのだろうかと死が日常に当たり前のようにあると何も感じなくなるのかと思うと薄ら寒くなるような感覚を覚えた。元の現場に戻った私たちはその後も黙々と働いた。その日は何とかそれ以降は何も起こることがなく、正確には不明だが約10時間ほどの休憩なしの奴隷のような強制労働を乗り切ることができた。だが、この後がまた大変だった。その後、私たちは即座に解散して寝て良しとなるわけではない。その後に点呼があるのだ。全員揃ったことが確認されるまでずっと気をつけの姿勢で立っていなくてはならない。1人でも行方不明ならば見つかるまでそのままだ。足が棒になりそうなくらい働いた挙句、通常の時でも一番短くて点呼は1時間かかるのでそれまでずっと直立不動だ。今回は幸いなことに行方不明者もなく、全員が揃ったことが確認され、1時間ほどで解散になった。その後に夕食だ。夕食は私たちの寝床であるバラック小屋のような粗末な建物で配られた。しかし、収容所の食事はとても食事とは思えないものだった。固くて質の悪いパン一切れとマーガリンが少し、それだけだった。とてもカロリーが足りない。射殺された少女が倒れ、あれだけ大勢が亡くなるのも無理もないことだった。食事の分量はとてもではないが足りないしあれだけ働いて汗も大量にかいたのに水の支給も全くなかった。なぜ、水の支給がなかったのか、それは上水道が戦闘や爆撃によって破壊されてしまったからである。だから、支給が不可能だったと言う事情があったが、これだけ多くの人間を管理するのだから整備するのは当たり前のことなのになぜか整備が遅れていた。さらに、最悪なことに食事のパンは口の中から水分を容赦なく奪っていき、喉はもはや限界に近かった。喉の渇きと格闘しながら何とか食事をとり終わるとその日最後の点呼が行われるそのバラック小屋から全員が外に出されて点呼を受ける。それもまた、終わるまで直立不動の姿勢でいなければならない。幸い誰1人として行方不明者はおらず早く終わった。ようやく就寝だ。私はこのバラック小屋のリーダーである収容者が割り振ってくれた入り口に一番近い木でできた三段ベッドの一番下に潜り込む。ベッドといっても敷布団がわりに藁が敷いてあり掛け布団はボロボロの麻布というとてもベッドとは思えぬものだった。やがて消灯となり、バラック小屋の電気を含め必要最低限の電気以外全て消えた。明日は朝早いし早く寝て重労働に備えようと目を閉じた。その時だった。複数の銃声が聞こえてきた。すると、バラック小屋のあちこちからヒソヒソと何かを話す声が聞こえてきた。その声によく耳をそばだててみるとこんなことを言っていた。

 

「ねえ、今日もやられたみたいよ。」

 

「そうね。早く行きましょう。私たちの分がなくなるよ。」

 

「やっとありつけるね。もう喉がカラカラだよ。」

 

その声たちはそう言うと物音がして私の横を誰かが通ったような気配がした。彼女たちの話を聞いていると推測だが水にありつけるらしい。喉がカラカラで耐えきれなかった私はそっと起き出してその収容者たちの後についていった。消灯後に抜け出した収容者は3人、私含めると4人だ。見つかったら射殺されるかもしれない危険な賭けだ。だが、喉の渇きを潤すという欲求に負けた。これは生理的な欲求だから仕方のないことである。3人の収容者たちは収容所の奥へ向かっていた。一体どこへ向かうのだろう3人とも物音を立てないように慎重にかつ早足で歩く。私も必死でついていく。やがて、しばらくすると壁のようなものがある場所が見えてきた。どうやらここが目的地のようだ。収容者たちは辺りを見回すとしゃがみこみ何かに触れるような仕草をする。

 

「うん。まだ暖かい。」

 

それを確認すると同じく2人ともしゃがみこんで他の場所を触れるような仕草をして3人とも地面近くに顔を近づけた。何をしているのかここからではよく見えないので近づいてみるとだんだん全容が明らかになってきた。彼女たちの側には人間の形をした何かが倒れていてそれに顔を近づけていた。

 

「なに……してるんですか……?こんなところで……」

 

私は怯えたような声でその人たちに声をかけると3人ともびくりと身体を震わせて驚いたような顔でこちらを見た。

 

「なんだ。びっくりさせないでよ。あなただったの。えっと、水分補給よ。あなたもどう?」

 

彼女は奥を指差す。奥には別の人間の形をした何かが倒れていた。ああ、なるほどそういうことかと私は理解した。つまりここは処刑場でこの壁の前で銃殺が行われているのだろう。そして、先ほどの銃声はまさしくこの場所で処刑が行われた音で彼女たちはその犠牲者の血を啜りに来ているのだ。私は吐き気と同時にゴクリと喉を鳴らす。彼女たちはピチャピチャといかにも美味しそうに血を啜っていた。私はもう耐えきれなかった。理性など完全に吹き飛んで気がついたら私も一緒になって犠牲者の遺体に貪りついて犠牲者の胸のあたりから流れ出る血を啜っていた。口の中にはあの血の独特な鉄の味が溢れていた。だが、それと同時にカラカラの砂漠のようになった喉が潤される快感も味わっていた。美味しかった。身震いするほどに美味しかった。今までにこんなに美味しいものは飲んだことがないというほどだ。あの味は一生忘れない。その日は蒸し暑い日だったので喉が限界だったのだろう。私は私の行動が信じられなかった。ここまで堕ちたのかと涙も出てくる。でもやめられなかった。私は動かない少女の亡骸の銃創に唇をくっつけて顔を真っ赤に染めながら喉を鳴らして飲んでいた。これが私が獣への道の第一歩を踏み出し、人間の道を踏み外し始めるきっかけとなったと知るのはまだ後の話である。西住みほ、彼女は普通の優しい女の子だったはずだ。私はそれを知っている。だって私は生徒会の人間、しかもナンバー2の副会長、副会長はいわば参謀、私は会長の判断に必要な情報は何でも知っている。そう、西住みほの生い立ちだってここに来た経緯だって知っている。だからこそ、私は恨んでいた。私の失策と本当は優しい西住みほを変えてしまった西住流を。

 

つづく




次回の更新は実習等の関係で更新時期が開く予定です。
次回は6/23の21:00を予定しています。楽しみにしている方には申し訳ありませんがご理解いただきたく思います。
また、予定が変更されたら活動報告やTwitterなどで報告するので定期的にご覧頂けましたら幸いです。
よろしくお願いします。


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第128話 秘匿第8課

実習が終わったので更新を再開します。
昨日は混乱させてしまって申し訳ありません。大変お待たせしました。最新話を更新します。
今日は30年後の話+ある秘匿組織のお話です。
よろしくお願いします。


小山柚子が体験した過酷な収容所生活の話がひと段落ついた頃、ふと外を見るとなんと夜が明けているではないか。こんな時間になっていたなんて誰一人として気がつかなかった。こういう時は、酒を飲まなければやってられないとばかりに皆、ガンガンお酒を飲みまくるし、せっかく話を聞いてくれるのだからと仔細を丁寧に思い出しながら語ってくれるのでそれだけ時間がかかる。もちろんある程度頭の中を整理して話にきてはくれるが、あれだけのことを体験したのだから伝えたいことがたくさんあるのだろう。時には感情を高ぶらせて大粒の涙を流しながら語ってくれるので、そこでもどうしても時間が取られる。私はフリーのジャーナリストだからゆっくり聞き出す時間も取れるので別に問題はないのだが、話す側はそういうわけにはいかない。それぞれ仕事や家庭がある。幸いにも次の予定が特に何もない、全員次の日が休みの日に体験談を話してもらうこのような集まりを設定していたのでまだ良かったが、これ以上引き止めるわけには当然いかないので解散の運びとなった。別れ際に落合陽奈美にまた冷泉麻子たちと一緒に反乱軍が完全に大洗女子学園を占領するまでの話をする機会を持とうという話をして、それぞれに話を聞かせてくれたお礼を言い解散した。時刻は午前6時を回るところだった。ここから2時間半かけて東京まで戻った。ふらふらになりながらなんとか家に着くとそのまま、ベッドに倒れこんで泥のように眠りについた。どのくらい眠ったのだろうか。時計を見ると既に午後4時を回っていた。時間の感覚が狂ってしまい、頭がボーっとした状態の私は眠い目をこすりゴソゴソと起き出すと、まだ風呂に入っていないことに気がつき、風呂の支度を始めた。その時だった。インターホンが鳴った。私は一人暮らしなので来客とは珍しい。何事かと思って出てみると郵便屋らしい。ドアを開けると何やら大きな箱を二つ抱えた配達員の男性が重そうな顔をして立っていた。こんな大荷物、私には全く心当たりがない。とはいえ、配達員にこのような重い荷物をいつまでも持たせたままにしておくのは忍びないし、心当たりがなくても私宛てに届いたのだから私の荷物であることは明白である。随分重そうなので玄関のところまで配達員には入ってもらってそこに荷物を置いてもらうことにした。受け取りのサインをすると、元気よく挨拶をして配達員は帰って行く。さて、誰からの荷物だろうと差出人の欄を見て、私は背筋が寒くなった。なんとこの荷物、ルーマニアからの荷物だった。ルーマニアに私の知り合いはいない。差出人は全く知らない人だ。だが、宛名は間違いなく私の名前が書いてある。謎の荷物に私の心臓が激しく血液を全身に送り込む。明らかに怪しい荷物に怖くなり、風呂に入る気もなくなってしまった。一人暮らしの部屋の中をうんうんと唸りながらどうしたものかと思っていたが、ルーマニアから手元に届いたということは税関を通過してきているのだから少なくとも危険物ではないことはわかっている。ならば、開けてみても問題はないだろうと思い直した。私はどうやら随分楽観的な性格なようだ。よく考えたら、富士の樹海に誘われた時、かつて殺人を犯した者たちと一緒だったのに何も警戒することなくノコノコと着いていったことからも見てとれる。私は決心してダンボール箱の封を開けるとそこには何冊ものファイルがあった。そのタイトル部分には"第8課関係文書"と日本語が書いてあった。ルーマニアから送られてきているのになぜか、日本語でタイトルが書かれたファイル、私の頭の中にクエスチョンマークが複数浮かんできた。私は日本語のタイトルがつけられた不気味なファイルをビクビクとしながら開いた。そして、そのファイルの中身に私は驚いて思わずファイルを床に落としてしまった。その中身は何と西住みほ率いる反乱軍が関係する文書だった。それがなぜルーマニアという日本から遠い国から送られてきたのかという謎が私の頭の中を駆け巡る。だが、ファイルにある"第8課"という文字からすぐにとある可能性が私の頭をよぎった。私は背筋に先ほどよりも更に、ドライアイス級に寒いものを感じながらも文書を読み始める。文書を読み進めていくとやはり、私が予想した通りだった。この文書の出元である"第8課"予想通りこれは知波単学園に存在していると言われている、とある部署だった。文書をざっと読むと知波単学園の第8課課長小松喜巳子と西住みほの間で交わされた文書のようで、その多くが西住みほが第8課に出した命令や活動方針が記された書類だった。第8課とは何をする部署なのか、私は噂ではその存在を知っていた。しかし、そのような部署が現代の学校に本当に存在するとは思ってもみなかったので噂や都市伝説の類にすぎないと思っていた。しかし書類には第8課のそんざいとその正体がファイルの文書資料の中に、はっきりと示されていた。文書には"破壊工作"とか"宣伝"とか"宣撫"とか"潜入"という文字が踊っていた。実際に第8課が行なった任務の一部である。さらに極め付けだったのが"継続高等学校親プラウダ派政権打倒扇動工作要綱"という書類だ。ここから導き出される第8課の正体は諜報活動を行うスパイたちの部署であるといえるだろう。なぜ、このようなスパイの部署が知波単学園に存在するのか、それについてはもう一つの箱に入った、何十冊もの大学ノートの1冊目の最初のページに記されていた。これらの大学ノートはどうやら、このノートを書いた者の回想のようだ。その中には自分のことだけでなくこの組織の来歴なども記されていた。この組織の創設は学園設立当初に遡るらしい。この学園は日本軍関係者によって設立された学園である。これはもはや周知の事実だ。だが、学園を設立した者の中に陸軍中野学校の関係者もいたということはあまり知られていない。陸軍中野学校はまさに日本軍の秘密戦教育の学校である。その関係者が陸軍中野学校の秘密戦教育が廃れていくことを憂いて設立したのが第8課という秘密戦教育を行う部署だ。この部署は秘匿名称を総合第2科ともいう。一見、普通の学科とも学園の事務を担当する普通の部署ともとれるような二つの名称をもっている理由はこの部署の存在が内外に決して発覚しないようにする為であるとノートには記されていた。そのような、外部はもちろん内部にも秘匿され続けた秘密のスパイ養成機関をなぜ西住みほは知っていたのかという点で疑問と西住みほの準備周到さに背筋が凍り思わず身震いをした。更にノートを読み進めていくと、第8課について更に詳しい記述があった。ノートによるとこの第8課で秘密戦教育を受けることが許されるのは一握りの優秀な人間たちで1年で1人いるかいないかという割合だそうだ。試験は入学直後にある日突然呼び出され、実施される。試験内容は面接で「何処そこの地図を描け。」とか面接中に突然人が入ってきて例えばその人が物を持っていたとしたら「今入ってきた人の右手と左手にそれぞれ何を持っていたか。」とか退室を促されて、出て行こうとすると突然呼び止められて机の上に白い布が広げられている状態で「私の机の上には何があったか。」といった質問がされるらしい。合格すると普通の学校生活を送りながらも秘密戦の教育を受けることになる。そして、見事卒業した暁には、日本のインテリジェンス機関からスカウトされるらしい。無論、これが事実かは不明だが全くの嘘とも思えない。これらの資料が日本からではなくわざわざルーマニアから送られてきていたという事実で更に信ぴょう性を高めていた。これらの資料を暴露したということが発覚したら、特にそれがもし、西住みほに知られたらどうなるか分かったものではないからわざわざ多くの国を経由させて一体誰が送ったのかわからなくしているのだろうと推測される。こうして、資料を送ってくれることはあの戦争と西住みほの闇を解明するのに役立つので非常にありがたいが、会ったこともなければ、見たこともない相手に私の住所が知られていることに恐怖を覚えた。しかしながら、知的興奮によって恐怖は消え去り、私はスマートフォンを手にして秋山優花里に電話をかけていた。

 

『はい!秋山です!』

 

電話の向こうから秋山優花里の明るい声が聞こえてきた。私は努めて冷静に話し始める。

 

「あ、お世話になっております。山田です。こんにちは。秋山さん。今、お時間大丈夫ですか?」

 

『あ!山田さん!こんにちは!はい。大丈夫です。どうかしましたか?』

 

秋山優花里はいつも突然電話をかける私に対して毎回丁寧に対応してくれた。その思いに応えたいと今回、私はいの一番に秋山優花里に電話をかけたのだ。この、大発見を早く伝えたい。そう思ったがいざ、本題を切り出すとき、なぜか私は声を震わせてしまった。

 

「じ、実は大変なものを手に入れてしまって……」

 

私の震える声を聞いて秋山優花里はいつになく真剣な声で尋ねる。

 

『大変なもの?何でしょうか?』

 

私はゴクリと一度唾を飲み込んで口を開いた。

 

「実は、知波単学園の第8課の資料なんですが……」

 

すると、電話の向こう側から秋山優花里の興奮した声が聞こえてきた。

 

『だ、だ、第8課!?あの知波単学園の!?ちなみにどんな資料が!?』

 

秋山優花里の興奮に飲まれて私も興奮気味に答えた。

 

「西住みほ隊長から第8課課長の小松喜巳子に送られた命令書などの類の書類と恐らく関係者の回想が記されたノートです!」

 

秋山優花里は更に興奮したまるで埋蔵金か何かを見つけたかのような声でまくし立てる。

 

『すごい!すごいです!あの、こんなお願い図々しくて申し訳ないのですが、ぜひその資料を見せていただけませんか?』

 

もちろん、私もそのつもりで秋山優花里に電話をかけたのだからもちろん了承した。いつにしようかと話すと早速明日はどうかとの話があった。明日は日曜だし、別に私はフリーのジャーナリストなので毎日自分の裁量で仕事を決められる。断る理由もないので明日に決定した。明日も研究室に行けばいいかと尋ねると段ボール箱2箱分は大変だろうから車で迎えに来てくれるとのことだったので秋山優花里の提案に甘えることにした。

 

「それでは、明日よろしくお願いします。失礼します。」

 

『こちらこそよろしくお願いします!』

 

そう言って電話は切れた。私はもう知的興奮が抑え切れなくなった。早く秋山優花里にこの資料を見せてあげたくてウズウズしていた。だが、まだ時間はある。私もまだ、全ての資料を深く見ているわけではないので改めてどのような資料なのか見てみることにした。そのようにして夜は更けていった。

次の日、私は秋山優花里の車に資料が入った箱を詰め込むと車に揺られて秋山優花里の職場である東京帝大のゼミ室へと向かった。ゼミ室には歴史学者でこうした資料の取り扱いに十分慣れているかつてのカバさんチームの中の一人、エルヴィンが待っていた。

 

「ああ、山田さん。こんにちは。新しい資料を見つけたんだって?すごいじゃないか!」

 

エルヴィンは興奮気味に鼻息を荒くしていた。私も嬉しくなってつい興奮してまくし立てていた。

 

「こんにちは。松本さん。そうなんですよ!実はですね、ルーマニアから荷物が届きまして開けてみたら資料が山のように入ってましてね!」

 

エルヴィンは私の言葉から出たルーマニアという国の名に首をかしげる。

 

「ルーマニアかあ、なぜそんなところから?」

 

「それが謎なんですよね。ただ、第8課関係の資料ですからこれを送ってくれた人が自らの身を守るために誰が送ったかわからなくするために色々な国を経由して私の手元に届いたと考えるのが自然かなって思ってます。」

 

エルヴィンはああ、なるほどと合点がいったような顔をしながら頷いた。すると、今度は秋山優花里が口を開く。秋山優花里はもう、待ち切れないといったような顔をしていた。

 

「さあ、そろそろ資料見せてください!実は昨日から私、楽しみでウズウズしてたんですよ!」

 

私はもちろんと頷くとダンボール箱からいくつもの分厚いファイルと大学ノートを取り出した。

 

「これなんですが……」

 

「拝見します!」

 

秋山優花里は食い入るようにファイルに収められた書類を見ていた。エルヴィンも同じように書類を見ている。そして、腕を組んで感心したような様子を見せる。

 

「知波単にこんなスパイ養成の部署があったなんて初めて知ったよ。いやあ、隊長がやることは驚きしかない。だが、まだこれらの資料が本物かどうか判断するには尚早だな。まずは、筆跡鑑定からだ。グデーリアン、確か隊長からの命令書か何かを今も持ってるっていってたよな?少し貸してくれないか?」

 

「え、ええ。いいですけど、ちょっと待っててくださいね。」

 

秋山優花里はそういうと研究室へと戻り、一枚の紙を持って戻ってきた。それは、秋山優花里が特別行動部隊(アインザッツグルッペン )の隊長に任命された時の辞令の書類だった。秋山優花里が研究室にその書類を取りに行ってる間、エルヴィンは携帯電話でどこかに電話していた。秋山優花里が戻ってきて30分くらい経った後、ゼミ室に一人の男性が入ってきた。エルヴィンの紹介によると、筆跡鑑定の専門家だそうだ。エルヴィンは私が持ってきた書類と秋山優花里が持ってきた辞令書を手渡した。両方とも一応西住みほのサインが入っている。私も秋山優花里に対する辞令書ははじめて見たが、二つのサインは同じようなサインで恐らく同一人物のものであることは明らかだった。だが、正確を期すためにはこの鑑定も必要である。筆跡鑑定人の口からは「恐らくは同一人物だと思います。」という言葉をもらった。やはり、ほぼ間違いなくこの書類は本物であることが明らかになった。筆跡鑑定人は辞令書と命令書の一部を持って正確を期すために精密調査をしてみると言って帰っていた。その後に私たちは恐らくこれを送ってくれた関係者の回想によるものと思われるノートの記述を丹念に見る。そこには、西住みほとの出会いと西住みほが諜報活動によって何をしようとしていたのかその内容が仔細に渡るまで書き連ねられていたのであった。ここからは、この回想を書いた第8課関係者の文章を引用し、この人物の目線から述べていきたいと思う。

 

**************

 

これは、あの大洗反乱軍の戦争に諜報員として参加した者たちの記録である。

私は知波単学園の第8課に所属している。表向きは普通の知波単学園の生徒として日々暮らすが、誰もいなくなった授業後などに立ち入り禁止の旧校舎で秘密戦の教育を受けている。私の他に秘密戦の教育を受けている現役の知波単生は川島恵子さんがいる。川島さんは優秀だ。川島さんは3年生だが、その年の第8課に入るための試験ではただ一人の合格者だ。ちなみに私は2年生で唯一の合格者だ。今年の1年生は残念ながら誰一人合格しなかった。試験の方法は既に述べたので割愛する。座学はかなり専門的でとても楽しいが、実戦をイメージした訓練はかなり厳しいのでなかなか辛い面もある。だが、他の皆には秘密のスパイの訓練を受けているということには誇りを感じていた。そんな生活が大きく変わったのは大洗女子学園の反乱軍がアンツィオを飲み込まんとしているまさにその時だった。ある日突然、川島さんと第8課課長の小松喜巳子さんが大洗女子学園の反乱軍の西住みほ隊長に呼ばれた。私も小松課長の従者として付いていくことを許された。ちなみに小松課長は現役生ではない。すでに成人しており、表の顔は学校事務職員だが、裏では第8課に所属する諜報員を取り仕切っている。彼女もかつては第8課で教えを受けた。第8課には私たち現役生よりもどちらかといえば、さらなる高みを目指す者やインテリジェンスの研究を行う者などの方が多かった。もちらん、全員元知派単の生徒でかつてはいずれも第8課で教えを受けた者たちだ。私たちは知波単自慢の航空隊の輸送機で大洗女子学園へと向かった。初めて向かう大洗女子学園は噂通りの惨状だった。校舎がある方が生徒会側で市街区と森を挟んだ校舎がない側が反乱軍側である。森林地帯の手前の市街地が完全に破壊されて焼き払われて何も残っていなかった。その中にバラック小屋のようなものが見えている。あれは何だろうか。家にしては粗末すぎる。私は隣に座っている川島さんに尋ねてみた。

 

「川島さん。あのバラッグ小屋は何ですか?」

 

すると、川島さんは首を横に振りながら言った。

 

「諜報員になるなら余計なことを知ろうとしてはいけないよ。」

 

いつになく真剣な顔つきで川島さんは言った。私はただ頷いて押し黙るしかなかった。やがて、大洗女子学園のメイン道路を滑走路にして輸送機は着陸した。大洗女子学園に到着した私たちを西住みほ隊長が直々に迎えてくれた。私は西住みほ隊長がどんなに恐ろしい人物なのだろうかと思って内心怯えていたら、意外にも西住みほ隊長は優しく迎えてくれた。この西住みほ隊長が市街地を焼き払うよう命じた悪魔のような人物とはとても思えなかった。私たち3人は西住みほ隊長の執務室に通された。応接用のソファに座るように促された私たちが腰掛けると西住隊長は自らの椅子に腰掛けてふうっと深く息をつきちょっと困ったような顔をしながら口を開いた。

 

「わざわざ呼びつけてご足労おかけしてしまってすみません。実は、ちょっとまずいことが起きて……」

 

川島さんは腕を組みながら西住隊長に尋ねる。

 

「まずいこと?それは何だい?」

 

西住隊長は再び大きなため息をつくと川島さん小松課長そして私の順に眺めて口を開いた。

 

「白熊の手が西に……正確を期せば金沢に伸びてきました。」

 

西住隊長は大きな日本地図を応接の机に広げてそれぞれの学園艦の本拠地がある場所に船の形をした赤と青、そして白の駒を置く。赤が敵、青が支持、白が中立である。川島さんはそれらを指で指し示しながら言った。

 

「それはやっかいだな。東を統べる白熊が西にまで手をかけるとは……アンツィオが落ちそうな今、東海地方を始めとする多くの学園艦が我々を支持することになるだろう。とはいえ、東の白熊が勢力を増してくれば、そちらになびく学園艦も増えて、反乱軍の求心力低下にもなりかねない。関東の大半は勢力下に置いたが、マジノは支持してくれてはいるが、戦線に出てこないから周りの中小規模の学園艦は態度を決めかねている。だから、甲信越の辺りの学園艦との繋がりはまだあまりないと言わざるを得ない。そうすれば東海地方との連携も薄くなり、東海地方を黒森峰やサンダースに奪われる可能性も出てくるし、漁夫の利を狙ったプラウダにとられるかもしれない。それは、反乱軍に賭けた僕たち知波単学園にも影響が出てくる。早めに対処しなくてはいけないね。まだ、西の強敵が2つも残っている。特に九州は厳しい戦いになるはずだ。あそこは、サンダースと黒森峰のお膝元だ。九州の学園艦は小規模と言えども懐柔は見込めない。ほとんどが敵に回ることになるだろう。あのカチューシャが率いるプラウダだ。今は我々を支持しているとはいえ、プラウダは信用できない。もしかしたら寝首を掻かられることになるかもしれない。その状態で戦うのは不安だ。プラウダは何としても東日本に押し込めておく必要があるな。」

 

川島さんはプラウダを示す青い駒の隣に敵対関係を表す赤い駒を置く。西住隊長は頷きながら今度は小松課長の顔を見ながら口を開いた。

 

「はい。そうなんです。そこで、第8課の皆さんにお願いしたいことがあるんです。」

 

今度はずっと腕を組んで押し黙っていた小松課長が口を開いた。

 

「お願い?何かしら?」

 

その時だった。西住隊長は本性を現した。西住隊長は残虐な笑みを浮かべて手招きすると少し小さな声で言った。

 

「第8課の皆さんたちには継続に潜伏して引っ掻き回して欲しいんです。」

 

小松課長は少し首を傾げる。

 

「継続?プラウダじゃなくて?」

 

西住隊長は首肯する。

 

「はい。継続です。実は今回の接近は継続の生徒会が企図したものなのです。今、継続とプラウダとの関係は最悪です。何しろ、継続の戦車隊が略奪を行い、それで戦車までをも奪われるという事態が起きたというのはもはや有名な話でしょう。そこで、継続の生徒会は関係改善に乗り出しました。だが、それは私たちの得にはならない。むしろ害悪です。だから、この計画を何としても瓦解させたいのです。」

 

「具体的には?」

 

「任せますが、内戦なんてどうでしょう?内戦の混乱に乗じて継続を美味しく頂いちゃいましょう。ふふふふふ。」

 

西住隊長は愉しそうに笑っていた。あの満面な笑みは忘れられない。西住隊長はこれから起きるであろう血を血で洗う内戦の光景を思い浮かべているようだ。恍惚の表情を浮かべていた。なるほど、確かに西住みほ隊長は市街地を焼き払ってもおかしくないし、どれだけの無辜の民が死んでも少しも心が痛まずに平気で笑っていられる人物であると私は彼女への評価を改めた。しかし、西住みほ隊長は私はそこまで深く関わることはない。それ以上に怖いのは小松課長だ。いつもは優しい小松課長も任務となればどんなに残酷なことも無表情で平気な顔をして確実に実行する女だからだ。その小松課長は目を瞑ってどのように内戦を起こすべきか思案している様子だった。そして、ようやく考えがまとまったのか目を見開いて口を開く。

 

「わかったわ。内戦ね。なら、刺激すべきは戦車隊の連中たちかしら。」

 

「そうですね。あの連中が一番プラウダに接近するのを嫌がるでしょう。人選や方法などはそちらに任せます。」

 

「わかったわ。じゃあ、早速人選と作戦立案を進めるわね。」

 

「よろしくお願いします。」

 

どうやら小松課長と西住隊長との間で話がまとまったようだ。二人は立ち上がって握手を交わした。川島さんと私も立ち上がると西住隊長と握手を交わして小松課長の後に続いて退室した。そして、私たちは再び輸送機に乗り込み、知波単学園の学園艦に戻った。機内で小松課長がおもむろに口を開いた。

 

「ついに私たちまで……今までは諜報は至誠の精神で活動してきた。でも、西住みほ隊長は至誠の精神とは程遠い人……虐殺をしても全く心が痛まなくて、逆に虐殺することに対して喜びや愉しみさえ覚えている人。まあ、彼女が受けた過酷な仕打ちを見ればそうなるのも仕方はないけれど……」

 

川島さんはいつの間に調べたのか西住隊長についてまとめたファイルをめくりながらため息をつく。

 

「ああ、そうだね。黒森峰で名門西住流の次女として期待されながら、周囲にその能力を嫉妬されていじめを受けた挙句、自分の身を守るために副隊長という立場を使って隊を恐怖で支配したが、その行為を姉に悪魔だと糾弾されて、黒森峰から追放、西住家から謹慎という名の監禁され、非人間的な扱いを受けて、大洗に島流しのようにやってきた。そして、そこで二度と自分のように辛い思いをする者が出ないように理想の帝国を築くために反乱軍を組織し挙兵……自分に逆らう者を次々に虐殺か……確かにみほちゃんがしていることは許されることではないが、同情の余地が無いわけではない。みほちゃんは可哀想な娘だ……みほちゃんはこれからどこへ向かおうとしているのかな……?僕は心配でならないんだ……みほちゃんは多くの人たちを虐殺しているからそれだけ多くの人の恨みを買っている。みほちゃんが自らの破滅を招かないといいが……」

 

小松課長はゆっくりと首肯すると輸送機の窓越しに遠くに見える何かをを見ていた。それはまるでこの戦争の先にあるものを見定めようとしているかのようだった。

 

「そうね。でも、任務となった以上はそんなこと考えてはいけないわ。私たちがすることは命令を忠実に実行すること、それが私達の仕事よ。例えそれがどんな命令だったとしてもね。とにかく、あの人から命令を受けて任務を行うことになった以上、もう今までのようにはいかないわね。内戦を扇動する以上、もしかしたら、私たち第8課でも死人が出るかもしれないし、逆に私たち自身が直接の敵だけでなく無辜の生徒や市民や教員たちに手を下すことになることもあるかもしれないわ。それだけは覚悟しておいて。」

 

私はゴクリと唾を飲み込んだ。無辜の民に手を下す。そのようなことが私にできるのだろうか。しかし、正式に命令された任務となれば問答無用でやらなくてはならないのだ。それは、諜報員の道へ進む選択をした私の義務である。逆らうことは許されない。これからどうなっていくのか私には全くわからなかった。あれだけ先見の明を持つ小松課長や川島さんだって悪魔のような西住みほ隊長のもとではどうなるかわからないという様子だ。この西住みほ隊長との出会いで私たち第8課の諜報員たちの運命の歯車が大きな音を立てて動き始めていった。私たちは闇の中で生きる人間だ。しかしながら、この西住みほ隊長との出会いでさらに深い闇へと引きずりこまれていく。

 

つづく

 




次回についてはまた詳細が決まったらTwitterと活動報告でお知らせします。


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第129話 諜報作戦会議

知波単第8課の影の戦争
今日その方針が決まります。
ちなみに、今回の物語はルーマニアから送られてきた回想録に書かれている文章という設定です。伏せ字になっているところはわざとで、ルーマニアより送られてきた文章が伏せ字になっているという設定です。
よろしくお願いします。


私たちは知波単学園に帰ってきた。輸送機は徐々に高度を落として航空隊の飛行場の中でも整備はされているが今ではほとんど使われなくなった古い飛行場へと滑り込み着陸した。これも我々が秘匿組織が故の配慮だった。しかし、これを読んでいるあなたはもしかしたら「第8課は秘匿組織なのに輸送機を使ったということは航空隊には第8課の存在が明らかになっているではないか。」と疑問に思われるかもしれない。これについて説明すると平時でさえ陸軍派と海軍派の抗争の為に情報が統制されている知波単学園は当時の大洗女子学園生徒会やアンツィオ高校と交戦していたことも手伝って更に徹底的な情報統制がされていたため、機密扱いの私たちの存在や正体を誰も知る術はなかったのだ。知りたいなら聞けばいいと思われるかもしれないが、当時は聞けるような雰囲気ではないし、戦前から存在する古い学園艦特有の戦時学園艦特別法がそのまま残っており、機密を探ろうとする者は敵のスパイであるとして死刑とすることができる法律も存在するわけである。学園艦上では日本国内で制定された法律よりも優先されるという条項が学園艦特例法にあるため、スパイ行為は死刑という条項は当然有効になる。いくら70年以上前に制定されたカビ臭い法律でも有効ならば、皆言うことを聞くしかないのであった。そんなこともあって私たちは誰にも咎められることなく、自由に活動ができたのであった。さて、学園艦に到着した私たちは、第8課の事務所になっている旧校舎へと向かった。旧校舎は今の校舎とは真逆の方向にある木造校舎だ。真逆の方向なので、今やかつての賑わいはなく、誰も近づかない建物になっており、誰にも見咎められることはない。だからこそ秘匿組織の事務所にするには都合が良いのだ。この旧校舎では私や川島さんのような学生の教育から諜報活動に対する研究まで多岐にわたる業務が行われており、事務所だけあって私たち課員が詰める課員室や小松課長の執務室などもあった。旧校舎の課員室に戻ると、そこにはいつも任務に出ていて滅多に顔を合わせない課員も含めて、どうしても都合や交通手段がなくてその日は帰ってくることができない者を除くほとんどが集合していた。どうやら、小松課長が招集をかけたらしい。恐らく、大洗に呼び出された時に小松課長は何かを察して西住隊長から命令が出ることを予想していたのだろう。小松課長は、自らの執務室に戻り、1時間ほどして課員室の中に入ってきた。皆はそれぞれのデスクに腰掛けながら小松課長に注目する。小松課長は皆が自らに注目していることを確認すると、口を開いた。

 

「みんな集まってるわね?」

 

「はい。全員揃いました。」

 

皆を代表して課員室の一番手前入口側のデスクに座る秋草俊子教官が口を開いた。彼女は対プラウダ諜報の専門家だ。学生時代からずっと対プラウダ諜報を行なってきたらしい。教官に任じられてからも大半はプラウダに出かけて諜報活動を行い、今では情報戦学科の学科長を務めるまでになった。ちなみに秋草教官は私の指導教官でもある。小松課長は秋草教官の返答を聞くと頷き口を開く。

 

「本日、大洗女子学園反乱軍司令本部の西住みほ隊長より、第8課に作戦命令が下りました。」

 

場の雰囲気が一変した。今まで緊張感はありながらも比較的和気藹々として和んでいた空気が一気にピリピリとしたものになった。すると、秋草教官の隣の席に座っている長い黒髪が美しい可愛らしい女性が口を開いた。

 

「どのような作戦ですか?」

 

田中吉乃教官だった。田中教官もまたプラウダを始め、聖グロ、サンダース、マジノ女学院などを飛び回った経験を持つ諜報のスペシャリストである。当時の彼女は3年前に教官になったばかりの若い教官だったが、川島さんの指導教官として彼女に諜報のイロハを叩き込み、見事に育て上げて第8課の教官たちからはかなり期待されていた。そして、若いだけあってその仕草がいちいち可愛らしい。田中教官は今も首をちょこんと可愛らしく右に傾けている。小松課長は、童顔でまだ幼さが残る25歳という若い田中教官の仕草に思わず微笑みがこぼしていた。

 

「継続高校生徒会の親プラウダ政権転覆工作よ。」

 

小松課長は微笑みをたたえながら物騒なことを言う。さすが小松課長だ、任務となると人が変わる。恐怖を覚えながらもある意味感心した。すると、次に口を開いたのは肩くらいの髪の長さの女性だった。

 

「プラウダ、とうとう動き出したんですね。私たちも情報を掴んでいましたが……プラウダと継続が手を結べば大変なことになりますね。」

 

猪俣弥生さんだった。猪俣さんは川島さんよりも5歳年上の女性だ。彼女は研究生としてさらなる高みを目指す為に卒業後も学園に残っていた。彼女は在学中からしばらくの間、対黒森峰対ボンプル対聖グロ諜報を行ない、卒業の試験では対プラウダ諜報を、その後卒業後の研究として要人暗殺についての研究を行っていた。彼女は教官ではないので私たちに指導する必要はない。だから、より積極的に活動を行える為、最新の各校の状況も掴んでいた。

 

「猪俣さん。今の各学園艦の状況ってどんな感じなのかしら?一番詳しいのは猪俣さんだけなの。わかる範囲でいいから教えてくれないかしら?」

 

小松課長は猪俣さんに現在の各校の状況について意見を求めた。猪俣さんはもちろんと頷いて大きな日本地図と駒を用意して口を開いた。

 

「今現在、交戦中のアンツィオが落ちるのは時間の問題である為、アンツィオの代理母港がある東海地方と本来の根拠地である栃木あたりに同じく根拠地を持つ中小規模学園は大部分が反乱軍支持を表明するつもりでいるらしく、関東と東海地方の勢力圏はほぼ確保したと言っていいでしょう。しかしながら、九州はもちろん黒森峰とサンダースの勢力圏ですし、北海道と東北はプラウダの勢力圏であることは火を見るよりも明らかです。プラウダは今のところ反乱軍とは友好的な関係を築いていますが、本心はどうかよくわからないところがあります。ただ、あれだけ関係が悪化していた継続との関係改善に乗り気になるということは恐らく、反乱軍を相当警戒しているということでしょう。更にいえば、北陸情勢はかなりまずい状態です。今回、プラウダが継続に接近したことで、福井のボンプルが反乱軍に対する包囲網を築こうとプラウダに対してしきりに工作を行っています。というのも、ボンプルはもともと大洗に対して良い感情を持っていなかったことに加え、ポーランドと縁がある学校として、抵抗する者たちを次々に強制収容所に送り、大量虐殺を繰り返すというまるでナチ・ドイツのような振る舞いを見せる西住みほ隊長に対して不信感とともに人道的観点からも許せないという考えがあるようです。いくら勢いがある反乱軍でも西と東、二正面作戦を展開することになれば確実に敗れます。ですから、現状は勢いがいいようで実はかなり危険な状態と言えます。もちろん、これは反乱軍だけの問題ではなく、我々知波単にとっても死活問題です。私たちは反乱軍に賭けた。敗戦すれば当然今次の戦争責任は私たちも問われます。ともすれば、西隊長以下戦車隊の隊員たちや小松課長をはじめ、ずっと反乱軍とやりとりしていた川島さん、そして諜報員として影の戦争に参加した私たちも戦犯として訴追されるかもしれません。それは絶対に避けねばならないことです。」

 

「ありがとう。猪俣さん。」

 

小松課長が報告への感謝を述べると静寂が訪れた。猪俣さんが言う未来は絶望しかない未来だ。私の瞼の裏に絞首台が浮かんできた。私は思わず身震いして首を何度も左右に振ってその最悪な未来の光景を振り切った。誰もが深刻そうな顔をしていた。皆、プラウダと継続が接近すれば厳しい戦いになるだろうことは十二分に承知していたが、事はもっと深刻であることは把握しきれていなかった。というのも、私たちは全国に散らばる学園艦に対して圧倒的にその数は少ない。私たちだけで対応できるわけがないのだ。しかも、そもそも地理的な位置と伝統からどちらかといえば対プラウダ諜報に力を入れてきたこともあり、北陸はあまり力を入れて活動してこなかったことも今回の事態を招いた。私たち諜報員も完璧ではないから限界があるにしても、改めて目を瞑り難い課題が見つかった。さて、慣れない任地でしかも少し間違えば最悪絞首台という窮地に追い込まれ、私たちは焦っていた。今回は絶対に失敗できない。継続とプラウダの関係を悪化させるためにはどうすればいいか、その為にどのようにして継続に工作をすればいいのか私は考えていた。すると、田中教官が口を開いた。

 

「あまり、このような策は推したくないのだけれど……」

 

田中教官は少し言い澱む。皆が一斉に田中教官に注目した。田中教官は言うべきか言わざるべきか悩んでいるようだった。

 

「どんなことでもいいわ。田中先生、言ってみて。」

 

小松課長が促すと田中教官は意を決したようで意見を発する。

 

「あの、いつか小松課長が話してくれたことがありますよね?甲第1号薬のこと。あれを使うと言うのはどうでしょうか?」

 

甲第1号薬とは覚せい剤のことを表す知波単内部の秘匿名称で私たち第8課の人間や上層部の人間の間ではそう呼ばれている。この覚せい剤は千葉県立大学の研究所を兼ねた工廠の分所で作られている。分所ではこのような諜報活動用の道具や薬物などが開発、生産されていた。もちろん、一般の学生や先生方は工廠については航空隊の航空機の整備などで知られていても分所の存在はもちろん、何が開発、製造されているかなど誰一人として知らない。更にこれらの薬物が決して学内で蔓延しないよう厳重の警備の元に保管されている。

 

「例えば?」

 

小松課長は具体的な作戦を話すように促した。

 

「簡単ですよ。これを継続の特に生徒会の外交を担当している子たちに蔓延させるんです。」

 

田中教官はさも当たり前かのような口調で言った。言うのは簡単だが、そんなに簡単に行くのだろうかと言う疑問が浮かぶがこの意見に援護射撃をしたのが秋草教官だった。秋草教官はスッと真っ直ぐ手を挙げた。小松課長が発言を促すと立ち上がって口を開いた。

 

「私は田中先生の意見に賛成します。というのも、プラウダは現在、継続に対してかなりシビアな要求をしているらしいです。これはプラウダの内部協力者の情報ですがどうやらプラウダはかつて継続に鹵獲された戦車のことを相当根に持ってるようで、KV-1を返還するよう求められているらしく、これの対応に外交担当は相当に苦慮しているらしいのです。継続戦車隊は当然引き渡す気はさらさらありませんが、プラウダは返還するよう相当な圧力をかけており、板挟みの状態でそのストレスは相当なものでしょう。そのような状態なので甲第1号薬にも勧めれば手を出しやすい状態にあると考えます。この事実を隠しカメラで撮影し、学園中にばら撒けば、ほぼ間違いなく薬物に汚染された政権は信用ならんとほぼ間違いなく反政権運動が起こるはずです。もちろん、引き金は必要ですが。」

 

確かにそういう状況なら成功の確率は上がる。でも、絶対に成功するという保証はない。すると、猪俣さんが手を挙げた。

 

「甲第1号薬を使うという作戦ももちろん良いと思いますが、必ずしも成功するとは限りません。最悪、風紀委員に通報されて逮捕される可能性があります。今回は絶対に失敗できません。プラウダは信用ならないということを継続の生徒たちに印象付けることが重要です。やはり一番効果的なのはプラウダの関係者が事件を起こすことでしょう。事件を起こせば、そしてそれが残酷的であればある日どこかで必ず反プラウダ感情が高まると思います。そこでなんですが私が交際しているプラウダの諜報協力者を継続に向かわせます。金さえ払えば犯罪でもなんでもする男ですから何かと使えるかとは思いますよ。」

 

小松課長は満足そうに微笑んで首を縦に振った。

 

「はい、ではその二つの作戦で行きましょう。あとは、誰を派遣するかだけど、私は○○さんと猪俣さんがいいと思うんだけどどうかしら?」

 

私は驚きを隠せなかった。思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 

「ええ!?私ですか!?無理無理!絶対無理ですって!私なんかより他の人が行けばいいじゃないですか!」

 

まさか、私が指名されるなんて思わなかったのだ。私はまだ学生の身分だし、実地でやれるなんて到底思えない。しかも、今回は失敗が許されないのだ。とても無理だと思い断ろうとするが、小松課長はニコニコ笑顔を浮かべて首を振る。

 

「それが、あなたしかいないのよ。この作戦では潜入者として教員役と生徒役が必要なんだけど、川島さんは大洗とのやりとりで忙しいし、他の教官や研究生では高校生っていうにはちょっと厳しいし……だからね、あなたに行ってもらうしかないのよ。大丈夫よ。あなたは優秀だからなんとかなるわ。」

 

小松課長は何としても私を派遣したいらしい。評価してくれることは嬉しいが、私自身がそんなに能力が高いとは思えない。全く自信がない。何とか逃れる策はないかと懸命に考える。今度は私はまだ2年生で諜報に関する授業はまだマスターしていないという点から攻めることにした。

 

「で、でも……私、まだ2年生で全部の授業受けてません!実地で通用する技術なんてないと思います!」

 

しかし、小松課長はまたしてもニコニコと満面の笑みで、恐ろしいことを言った。

 

「大丈夫よ。今日からあなたには特別な教育課程を受けてもらうから。1年半分の授業を2ヶ月で受けてもらうわ。朝の7時から夜の10時までみっちりね。この任務をやってくれたら、卒業試験は免除するわ。だからお願いよ。この通り。もちろん、猪俣さんにも支援はしてもらうようにするから。ね?お願い。」

 

もはや断れない。退路を次々と塞がれた私は首を縦に振るしかなかった。その日から私の地獄なような日は始まった。「それじゃあ早速授業に行ってきてね。」と言われて、その日は午後からだったとはいえ10時までみっちりと授業を受けた。厳しい訓練と今までの何倍にも及ぶ授業にヘトヘトになりながらもなんとか本来1年半で学ぶ内容を2ヶ月でマスターした。試験も良い成績を収めることができた。試験の結果が返却されて成績表を小松課長から受け取る日、2ヶ月で一つの授業も落とすことなくマスターした私を小松課長は讃えてくれた。

 

「2ヶ月間、よく頑張ったわね。あなたは私たちの誇りよ。」

 

秋草教官もニコニコと笑顔で頑張りを認めてくれた。

 

「本当によく頑張りました。ここで学んだことを活かして、作戦成功に励んでください。」

 

2ヶ月間なんとか乗り切れたことで自信をつけることができた。絶対に作戦を成功させようという気概とやる気が湧いてきた。私は背筋を伸ばして成績表を受け取るとはっきりとした口調で自信を持って応えた。

 

「絶対に作戦を成功させます!」

 

私の力強い言葉に、小松課長と秋草教官は満足そうに頷いた。

そして次の日、私たちが任地の金沢へと旅立つ日になった。私が集中的に授業を受けている2ヶ月間のうちに準備は着々と進んでいた。生徒という身分で諜報活動に従事する私の偽装転校届けが架空の学園から継続へと送られ、私の転校の正式な手続きがとられた。ちなみに、学園艦ではなく陸の上で山の中にある私立学校という設定である。教員の身分で潜入する猪俣さんは継続の教員の中で例えば家族が病気など大きな金が必要な事情を抱えている教員を見つけ出し接触を行ない、その金を肩代わりするし知波単で雇う約束をして継続高校を退職させ、その後任として猪俣さんが赴任するという計画を立てた。そして、猪俣さんも教員として採用された。更に、西住みほ隊長に作戦の内容を説明し、それに対する許可も出て指令書も交付された。準備は万端に整い、いよいよ任地金沢に赴任する日になった。その日の朝、小松課長以下、教官、研究生、そして現役学生の川島さんが課員室に集まった。猪俣さんと私はスーツ姿で小松課長の机の前に立ち申告を行う。

 

「猪俣弥生以下2名継続高等学校へ向け出発します。」

 

精一杯背筋を伸ばして胸を張り、引き締まった顔で申告する私たちに小松課長は頼もしげに頷き口を開く。

 

「二人の存分の働きと健闘に期待します。良い報告を待っています。ただし、本当に危険だと思ったら逃げることも大切です。的確に判断しながら行動してください。」

 

「了解しました。出発します。」

 

最後に小松課長は私たちに握手を求めてきた。私たちは小松課長の手を取ると、他の教官や研究生、そして現役学生の川島さんも握手を求めてきた。特に断る理由もないのにそれに応じる。それだけ期待されているということだろう。全員と握手が終わるといよいよ出発だ。猪俣さんに促されて課員室から出て後について行き、それぞれ旅行鞄一つと肩掛け鞄一つを持って飛行場へと向かった。荷物はあらかじめ向こうの学園艦に送ってあるので意外に少ない。しかし、この旅行鞄に詰められている荷物こそこの作戦の要となるものだ。私の旅行鞄のうちの一つには袋詰めされた甲第1号薬がぎっしりと入っていたし、猪俣さんの旅行鞄には大洗から作戦遂行費として支給された1億円もの大金が入っていた。荷物が荷物である。誰にも見つかってはいけない。私はごくりと唾を飲み込み、とてつもない緊張とともに輸送機に乗り込んだ。飛行場にはこの前と同じ機体番号の輸送機が駐機していた。輸送機に乗り込むと輸送機はすぐに離陸した。しばらくは空の旅だ。この瞬間をもって私は名前を変えて生活をすることになる。しばらく本当の名前とはお別れだ。ちなみに偽名は私が自由に考えて使うことができる。私は前田愛美と名乗ることに決めていた。色々考えたが、一番はじめに自然に頭に浮かんできた名前が良いだろうという考えに至った。あと他に着く前にやっておかなければならないことは猪俣さんの偽名などの偽の経歴の確認だ。この偽経歴情報について、私たちはイ号情報と呼んでいた。私は隣に座る猪俣さんに声をかけた。

 

「イ号情報について今のうちに確認しておきましょう。」

 

「そうですね。蜂谷真由美です。世界史の教員として赴任しました。平成元年7月25日生まれの23歳です。千葉県立大学文学部歴史学専攻科卒業後千葉県内の中学校に非常勤講師として勤務し地歴科教員1名欠員の継続高校の採用試験を受験、合格し来週より勤務です。」

 

「了解しました。前田愛美です。平成7年5月28日生まれの17歳高校2年生です。プラウダでの迫害を逃れ私立奥羽陸奥高校から転校、その後奥羽陸奥高校にプラウダの手が迫り更に継続に転校し、明日の月曜日から登校です。」

 

私たちは互いに何から何まで嘘で固められた偽の経歴を確認しあった。私の転校前の学校である奥羽陸奥高校などという学校は当然どこにも存在しない。猪俣さん、今は蜂谷先生の教員免許だけは本物だが当然のことながら教員としての勤務実績はない。自分のことをつくづく悪い人間だと思うが任務のためなら仕方がない。私は互いの偽の経歴を確認し終わると任務の成功を祈って握手を求めながら言った。

 

「了解しました。よろしくお願いします。蜂谷先生。」

 

蜂谷先生こと猪俣さんも私の手をとる。

 

「こちらこそよろしくね。前田さん。」

 

その後、いくつかこれからの動きについての諸連絡や確認すべきことの確認を行なった。そして、約2時間ほどだったと記憶しているが、石川県の小松空港に輸送機は着陸した。小松空港から到着ロビーに向かうとき、誰かに見咎められるのではないかと心臓がはちきれそうだった。ここで、これを持っていることが発覚したら逮捕は免れない。そうしたら作戦はおろか私の人生が終わる。冷や汗をかきながらも何とか空港を出ることができた。小松空港から高速バスに乗って金沢駅に向かった。そして、金沢市内のホテルへと向かい、その日は行動を終了した。

翌日の早朝、いよいよ継続の学園艦に乗り込む日になった。私はいつものように身支度を整えると、しばしの別れとなる蜂谷先生こと猪俣さんに申告を行った。

 

「○○○○、継続高校へ向けて出発します。」

 

「はい。いってらっしゃい。何か有る無しに関わらず1日1回は必ず連絡をしてください。」

 

「了解しました。では、行ってまいります。」

 

私はホテルを出るとタクシーで金沢港へと向かった。ちょうど昨日が寄港日になっており、今日の朝、出港する。来週の日曜日にもう一度寄港することになるらしい。そして、来週の月曜日にまた出港予定だ。蜂谷先生は来週の月曜日に着任予定だ。金沢港に到着して、待合のお手洗いで継続高校の制服に着替えて待合室で待っていた。すると、だんだん外がガヤガヤしてきた。どうやら、金沢市内出身の生徒が日曜日に帰っていた実家から学園艦に戻ってきたようだ。そろそろ学園艦に入ろうと私も待合の椅子から立ち上がって学園艦の方向へ向かった。継続の学園艦は随分小ぶりな学園艦だった。ここが、これから影の戦争の舞台になるとは思えないほど長閑だし、生徒も皆、穏やかで優しい雰囲気だった。私は何か間違ったのではないかと思うほど戦争とは程遠い印象を抱き、こんなにも長閑で静かで穏やかな人々が学ぶ平和な学園艦を陥れるということに少しばかり心の痛みを感じた。しかし、任務だからやるしかないとすぐに思い直し、私は学園館の入口へと歩みを進めた。そして、入り口に立っていた生徒に声をかけた。

 

「本日より転校してきた前田愛美です。よろしくお願いします。」

 

もはや後戻りはできない。私の影の戦争がこの瞬間から始まったのである。

 

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第8課関係文書所収

 

作戦指令書

発 大洗女子学園反乱軍総司令

西住みほ

宛 知波単学園第2部第8課課長

小松喜巳子

 

指示

 

第1号指令に基づき左記のごとく指示する

 

1.左記により継続高等学校生徒会に対する作戦を決行せよ

 

(1)作戦

継続高等学校生徒会親プラウダ政権に対する転覆工作

(2)方法

① 生徒会関係者及び風紀委員会に甲第1号薬を蔓延させ信頼失墜と反政権運動の誘引を企図する

② プラウダ内部諜報協力者による重大なる事案発生を工作し対プラウダ感情悪化と戦車隊の反乱の誘引を企図する

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猪俣弥生の偽名については工作員つながりで金賢姫氏の偽名にしてみました。「私」の偽名についてはかつて加賀百万石の栄光を築き上げた前田氏と現代っぽい名前を組み合わせて考えました。金賢姫氏の偽名を使うことに対してはご意見等色々あるかとは思いますが、オリキャラの名前を考えるのは結構大変ですのでお許しくだされば幸いです。
次回の更新については7/28の21:00に行います。
よろしくお願いします。


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登場人物紹介 第3弾

途中で止まっていた登場人物のご紹介です。
今回は知波単学園とアンツィオの一部を紹介をします。
これからも順次行う予定です。


知波単学園

 

氏名 :東田信子

所属 知波単学園

学年 1年生

略歴

第二知波単艦上戦闘機航空隊所属。階級は二等飛行兵曹。零戦五十二型甲を愛機にし、アンツィオ高校学園艦への全ての空襲作戦に参加し人や建物などに対する機銃掃射を行なった。一番最後の空襲作戦においてエンジン故障でアンツィオ高校学園艦に不時着、しばらく逃走したが風紀委員に当初は不法侵入の疑いで逮捕される。後に大量殺人の容疑でも逮捕、取り調べではまるで軍隊のような知波単学園の実態と、命令は絶対であり、命令拒否は死刑にあたるので本当はこの作戦は実行したくなかったが仕方なく実行したと供述した。しかし、彼女は自らの行ったことは決して許されることではないとして罪を認める。当初落合は、命令で仕方なく実行したという東田に対して不起訴処分にするという寛大な措置を取ろうとする考えもあったようだが、東田の存在が学内新聞に掲載され、暴動が発生、治安悪化を危険視した落合によって起訴が決定、戦時法特別会議により絞首刑の判決が確定した。処刑は判決当日の深夜0時0分に行われた。享年15歳。

 

第8課関係者

 

氏名:川島 恵子

所属:知波単学園

学年:3年生

略歴

知波単学園の諜報機関である第2部第8課所属の諜報員で第8課の中では唯一の現役3年生。彼女が1年生の時に第8課の試験を受け、その年の1年生の中で唯一合格した。西住みほたち反乱軍と西絹代の間を取り持った人物でもある。曽祖母の川島芳子を敬愛しているため、出で立ちや言葉遣いまで芳子そっくりであり、知波単では現代の男装の麗人と言われている。知波単生と大洗の幹部や後述の特殊情報部所属諜報員以外には諜報員としての正体は隠し、知波単軍の司令官として大洗女子学園反乱軍に加わっている。大洗女子学園では特殊情報部の部長を務め反乱軍の諜報員に教育を行いながら大洗女子学園で諜報を行なっており、大洗女子学園反乱軍とは利用し利用されの関係である。基本的には知波単学園に利するということが活動の方針であるため、大洗女子学園反乱軍に特別思い入れはない。そのため、戦況が不利になれば裏切ることも視野に入れている。また、性格は優しいが任務となれば冷酷な判断や手を汚すことも厭わない。後述の田中吉乃は川島の指導教官。

 

氏名:小松喜巳子

所属:知波単学園

略歴

知波単学園の諜報機関である第2部第8課所属の諜報員で第8課の課長。成人しており、普段は学校事務職員として働きながら第8課の諜報員たちを取り仕切っている。もともとは彼女も知波単学園出身であり、第8課の諜報員として活動していたが、課長になって以来、第8課の作戦立案や事務処理に徹しており、実際に活動することは滅多にない。

モデル

小松己三雄(チチハル支部長?)

 

氏名:秋草俊子

所属:知波単学園

略歴

知波単学園の諜報機関である第2部第8課所属の諜報員で第8課秘密戦学科の教官で学科長でもある。第8課の教育課程の構築を引き受けている。対プラウダ諜報の専門家で秘密戦学科でも対プラウダ諜報を教えている。成人しており、普段は学校事務職員として働いていて渉外関係の事務を担当しており、その立場を利用して出張を名目に教官となっても現役でプラウダを中心に諜報活動を行なっている。

モデル

秋草俊(陸軍中野学校初代校長、関東軍情報部長)

 

氏名:田中吉乃

所属:知波単学園

略歴

知波単学園の諜報機関である第2部第8課所属の諜報員で第8課秘密戦学科の教官、3年前に教官になったばかりの比較的若い教官。教官になる前はプラウダを始め、聖グロ、サンダース、マジノ女学院などを飛び回った経験を持つ諜報のスペシャリスト。川島の指導教官でもあり、川島が1年生の頃、第8課の受験を勧め、スパイの道に引き入れ諜報のイロハを叩き込んだ。

モデル

田中隆吉(徳化特務機関長など)

 

氏名:猪俣弥生

所属:知波単学園

略歴

知波単学園の諜報機関である第2部第8課所属の諜報員で秘密戦学科の研究生で卒業後も学園に残っている。在学中からしばらくの間、対黒森峰対ボンプル対聖グロ諜報を行ない、卒業の試験では対プラウダ諜報を、その後卒業後の研究として要人暗殺についての研究を行っている。また、教官ではない為、積極的に活動を行っており、最新の学校状況を掴み、第8課の活動を大きく助ける。

モデル

猪俣甚弥(陸軍中野学校一期生、ハルピン特務機関員など)

 

 

アンツィオ高校

 

氏名:安斎千代美

通称:アンチョビ

所属:アンツィオ高校

学年:3年生

略歴

アンツィオ高校戦車隊の隊長。愛知県出身ながらスカウトされて入学し、衰退していた戦車道部を立て直すために尽力する。自分以外は全て下級生で仁義に厚く血の気の多いが浅慮で個性的でノリと勢いだけの面々をまとめて信頼を獲得している。

アンチョビ誘拐作戦で秋山優花里たちの手によって催眠薬入りの酒を騙されて飲まされて大洗女子学園に誘拐され反乱軍に捕らえられる。西住みほから協力することを迫られ当初は断固拒否していたが、隊員を始め一般生徒たちが犠牲になる総攻撃を仕掛けると脅されて、彼女たちを守るために止むを得ず屈服し西住みほに協力することを約束した。(しかし、みほは約束を守らずアンツィオに空襲による攻撃を仕掛けた。)捕らえられた後、人体実験やみほから身体を弄ばれ性的虐待を受けるなど散々な扱いを受けている。

 

氏名:落合陽菜美

通称:カルパッチョ

所属:アンツィオ高校

学年:2年生

略歴

もう一人の副隊長ペパロニと共にチームの副隊長を務めるアンチョビの片腕で、セモヴェンテ部隊を率いる2年生。セモヴェンテM41では車長兼装填手を務めている。

茨城県つくば市の出身で、幼いころより戦車道を始めており、当時からの親友であるカエサルには「ひなちゃん」と呼ばれている。

しとやかで優しく冷静な性格。

アンチョビが行方不明になり、秋山優花里により誘拐されたのではないかと疑う。大洗女子学園反乱軍及び知波単との開戦にともなう空襲で機銃掃射を受けるも奇跡的に生還した。空襲後に人命救助のために行ったトリアージで多くの命を救ったことで生徒会から災害対策本部の本部長就任を依頼された。最初は躊躇するも就任を承諾、徹底した情報収集と被災者保護、避難所開設、防疫、遺体安置所開設など災害時における政策を指揮した。しかし、被害状況が徐々に明らかになり、想定以上に事態が悪化していたことから本人としては、市民生活を大きく縛ることになるとして反対したが、渋々災害対策本部をさらに権限が強い特別災害対策本部に格上げし、本部長に就任した。前述した東田信子機の墜落事件とそれに伴った暴動事件が発生した際は自ら法務官として裁きを下し、更に処刑を執行及び立ち会いを行うなど厳しい側面を見せることもあるが、基本的には権力を傘に着ることもなく、生徒思いの政策を行った。しかし度重なる空襲と、大洗女子学園反乱軍のプロパガンダによってアンチョビが大洗女子学園反乱軍に捕らえられている可能性が浮上すると、反乱軍側と和平を模索し、継続高校へ使者を派遣し、交渉を行うも反乱軍側の使者から降伏を迫られこれ以上の犠牲は望まないとして降伏を決意した。降伏後に西住みほ率いる占領軍に捕らえられた。その際にみほに裸にされて弄ばれ、全裸で連行されるといった辱めを受けるだけでなく、罪のない生徒の処刑を強制的に執行させられた。



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第130話 全ては知波単の為に

お待たせしました。
久しぶりの更新です。
本格的な諜報任務を始めた"私"
彼女はどのような任務を展開するでしょうか。



私が継続高校の学園艦の乗り込み口に立っていた生徒に声をかける。すると、どうやらその人も私が来ることを知っていたようだ。ニコニコと笑顔を浮かべて私を迎えてくれた。

 

「前田さん、お待ちしてました。お話は聞いています。ようこそ!継続高校へ!私たちはあなたを歓迎します!まずは、入学に関しての手続きをしてもらうので私についてきてください。」

 

ただの挨拶かもしれないが、ここまで歓迎してくれると悪い気はしない。諜報員として継続学園艦に潜入する身ながら、私は少し嬉しい気持ちになるのと同時に罪悪感を覚えた。もしかして、私たちの作戦の所為でこの目の前の生徒が死ぬかもしれないのだ。そう考えると気分も沈む。しかし、作戦が正式に命令された以上はやらなくてはならない。私は、早速目の前の彼女を諜報任務を遂行する上での情報源の1人にするために彼女と"友達"になることにした。まずは、適当な話題から始めることにした。一応、最近の流行り物についてはテレビならドラマからアニメ、さらに言えば動画サイトの有名人なども把握しているし音楽ならロックから演歌までスポーツも野球やサッカーなどの主要なものはもちろん、マイナーなものにも話を合わせる程度には対応できる程度に準備してある。だから誰とでも話をするのには自信があるし、"友達"になれる自信もあった。諜報員とは斯くもたくさんのことを覚えねばならぬのかと思われるかもしれないが、正直言えばこれでもまだ足りないくらいだ。そもそも、今回の任務は知波単の諜報員養成の教育課程がプラウダを中心とするものであった関係で、継続高校内部には諜報協力者の人脈が全くのゼロだ。そこから新しく諜報協力者や情報源を新規開拓する形になる。本来ならこうしたゼロから人脈を築き、諜報任務を遂行する場合はもっとベテランが任務に就くのが理想だが今回は作戦の都合上、学生である私が生徒として潜入するにはちょうどいいということで派遣されることになったのは既に記した通りだ。もちろん、私一人が諜報員として送り込まれるわけではなく、もう一人ベテラン諜報員の猪俣さんが教師として派遣されることもすでに記したが、猪俣さんが派遣されるからと言って私の任務が軽減するわけではない。私も人脈を築いた上で継続高校の政権を反乱の扇動を以って崩壊させるという重要な任務を帯びた一人である。むしろ、本作戦はどちらかといえば教師として潜入する猪俣さんよりも私が演じる生徒の役割が重要なのだ。学園艦で一番権力を持つのは教員でもなければ学園長でもない。もちろん、学園艦から外に出れば、文部科学大臣が全学園艦を統括するトップということになるが、そうした連中を除くと現場で実質的な一番の権力者は生徒会長でありそれを支える生徒会組織もまた絶大な権力を持つ。また、暴力装置である風紀委員会と戦車隊も動かしているのは教員ではなく生徒だ。もちろん、顧問という形で教員の名前はあるが、基本的にはそれら組織の運営や指揮はほとんど全てが生徒に任されており、どの学園艦でも基本的には教員は二の次で生徒が学園の中枢部や運営部においても中心的存在である。したがって、教員として彼女たちに接触して人脈を築くよりも、生徒の立場から接触して人脈を築く方が自然だし上手くいく可能性も高い。だから、多くの生徒と話し、大勢と一気に"友達"の関係を築く必要があるわけだ。その為には先ほど記したような準備を予め行なっておかないととてもじゃないが諜報員としての任務を遂行できない。だから、派遣までのただでさえ無い時間を更に割いて死ぬ気で覚えたのだ。その成果はすぐに現れた。まずは、軽くこの学校についてはわからないことだらけだから色々教えて欲しいという転校生として不自然では無い話から入った。そうしたら彼女からは好感触な反応が返ってきた。人から頼られて気分が悪くなる人はそうはいないから結果はある程度、頭では分かってはいたがやはり緊張はするので出鼻を挫かれる事態にはならず安心した。その後はスムーズだった。すぐに彼女は自らの名前と所属、そして趣味などを明かしてくれた。彼女の名前は宍戸鳴海さんといって私と同じ16歳で2年生らしい。趣味は読書だそうで歴史小説、特に地元の金沢を治めた前田氏の小説を好んで読んでいるそうだ。歴史小説は私も普段好んで読むものだから、彼女とは馬が合いそうだ。しかも、私は運がかなり良い方のようだ。宍戸さんは生徒会の職員だった。その中でも彼女は法務局学園艦管理部乗退艦管理課金沢港乗退艦管理係の係長という学園艦を入退艦する人を金沢港において管理する審査官を統括する仕事をしていた。第1課金沢港乗退艦管理係は生徒会の末端組織だし、宍戸さんは特別高い役職にいるわけではない。では、なぜ運が良いのかといえば、生徒会関係者と関係を築けたことも理由の一つだが、何よりも彼女の元に情報が集まりやすいというのが大きな理由だ。実は宍戸さんは生徒会上層部に関する情報も外部からの情報も入って来やすい丁度いい立場にいる。どういうことかというと、実は宍戸さんの役職である金沢港乗退艦管理係の係長は本拠地の乗退艦管理事務を現場で担っているだけあり、いわば、エースで幹部候補生がゴロゴロ集まっている部署だった。つまり、他の港の乗退艦管理係よりも実質的に強い権限を持っている。もちろん、見た目だけでは横一列同じ権限だが事実上はそうなのだ。だから必然的に宍戸さんに下からの情報や外部の情報が集まってくるし、上層部からも幹部候補生ということに加え、金沢港乗退艦管理係長は人事上のルールから乗退艦管理課長、延いては学園艦管理部長のポストがほぼ確約されていることもあり、課長クラスの重要会議への出席を求められることもある。そのような事情もあって、当然のように上層部の幹部とのつながりもできるわけであり、幹部たちの間でやり取りされている大量の情報が入ってくるというわけだ。そういうわけで宍戸さんはこれから先、諜報任務の情報源とするのに申し分のない人物だったのだ。更にもう一つ利点があった。その利点は一見関係ないようで実は私が受領している命令が関係している。私は司令部からの命令で"反政権運動"と"戦車隊反乱"を"誘引"するという任務を受けているが、当然ながらそれは通過点に過ぎず、西住隊長の本当の目的はその後にある。西住隊長は反乱が起こされた後について、具体的な方策についてはっきりと言わなかったものの、西住隊長ははっきりとその口で内戦の混乱に乗じて「美味しくいただいちゃいましょう。」と確かに言っていた。その発言に対して私の中では西住隊長がこの作戦が成功した後で何をする気なのか、シナリオがいくつか浮かんでいた。第1のシナリオは、反乱が起きる前に交換留学生と称して大洗女子学園の人間をあらかじめ継続高校に送っておき、反乱が起きた後にそれらの留学生の保護を名目に出兵し、継続反乱軍を支援、介入して新政権樹立を支援し、内戦終結後もそのまま継続に軍を残留、駐屯させ継続の新政権に圧力をかけ、その政治や外交に介入し、更に少しずつ権利を認めさせ領地の割譲を求めていき、いずれ継続高校学園艦の全てを手に入れるというシナリオ、2つ目が継続反乱軍を金沢港の学園艦事務所に人質をとって立てこもるよう手引するシナリオだ。第1のシナリオではなるべくスムーズにかつ継続の生徒会、特に会長などの上層部には知られないように、大洗の兵隊たちを継続高校に侵入させる必要があるし、第2のシナリオでは逆に継続反乱軍を金沢港の学園艦事務所まで連れ出す必要がある。その際に、これは私の腕次第だが、乗退艦管理官の実質的な現場のリーダーである宍戸さんを懐柔することができればスムーズに作戦を遂行することができるだろう。この3つの点から宍戸さんと"友達"関係になれて運が良いという所以だった。

さて、私は宍戸さんに連れられて、まずは乗退艦管理課に来ていた。そこで、私はまず自分の身分証明書の提示を求められた。私は偽の身分証明書を提示し、いくつかの書類を書いて乗退艦管理課に提出した。すると、特に問題なく審査が通って私は乗艦が許可された。そして、卒業までの間はこのような煩雑な手続きをすることなく、乗退艦することができるパスポートのようなものを貰った。その後に、継続高校へ転校するための手続き、そして寮に関する契約の手続きと鍵の引き渡し、そして引越しに伴う行政手続きなどが行われ、その日は学校に行くことなく終わり、寮に帰った。部屋にはすでに荷物が届いていたが、荷ほどきするのが面倒で今日は定例報告のための電話だけ引っ張り出して他はそのままにすることにした。今日は他に特にやることはない。しばらくベッドに腰掛けて呆けていたが、空腹に耐えかねて夕飯の支度などしていると、定例報告の20時になったので、私はまず、蜂谷先生こと猪俣さんに電話をかけた。電話は2コール以内に取られた。

 

『はい。』

 

私は電話の相手に合言葉を投げかける。合言葉と言ってもそんなに格好の良いものではない。むしろ侮辱に近い合言葉だった。

 

『骨までしゃぶりつくす。』

 

すると相手は即座にそれに反応して返した。

 

『女悪魔、西住みほ隊長。』

 

本人に知られたら虐殺されそうだが、この合言葉なら滅多に相手に破られることもないだろう。私はちょっと面白くなってクスクス笑い声をあげながら電話の向こうに話しかけた。

 

『ふふふ……定例報告です。猪俣さん。』

 

すると、電話の向こうからもクスクスと笑い声が聞こえてきた。なんとか平静を保とうとしているようだが、笑い声ははっきりと漏れて聞こえていた。

 

『うふふふ。決めた時にも思いましたけど、この合言葉なかなか破壊力がありますね。』

 

『私も自分で提案しておきながらそう思っています。』

 

しばらくは明るい雰囲気が電話の中で流れていたが、電話の向こう側にいる猪俣さんの声は一気に真剣な声に変わった。

 

『さて、それでは本題に入りましょう。報告を聞きましょうか?』

 

私も猪俣さんの雰囲気が変わったことを察知して真剣な表情で受話器に話しかける。

 

『はい。学園艦への潜入、成功しました。今日は学校には行かずに転校に伴う手続き等をしていました。ただ、その過程で生徒会関係者と関係を作ることができました。宍戸鳴海、16歳、私と同じ2年生で生徒会法務局学園艦管理部乗退艦管理課金沢港乗退艦管理係の係長です。もうご存知かもしれませんが、彼女はその役職の位置から上層部の情報も外部の情報も入りやすい、情報源として諜報任務に活用するには申し分のない人物だと評価しています。また、我々の任務が完遂され内戦が起きた後、西住隊長がこの先、何を考えているのかは私には全くの不明ですが、彼女を懐柔すればいかようにも使うことができるはずです。私はこのまま、諜報活動を続けます。では、また明日定例連絡します。全ては知波単の為に。』

 

『報告、ありがとうございます。このまま活動は続けてください。私もあと1週間で入りますから。では、また明日報告お待ちしています。全ては知波単の為に。』

 

猪俣さんはそう言うと電話は切れた。私はしばらく受話器を見つめていたが、そっと受話器を置く。そして、私はバッグに入った甲第1号薬のうちの一袋を取り出してそれを無表情で眺めた。そして、全ての甲第1号薬を金庫の中にしまって、その日は眠りについた。静かな夜は今日までだ。これから混沌に巻き込まれていく継続高校学園艦は嵐の前の静けさかのように不気味なほど静かだった。

次の日、私は朝早く目が覚めた。確か早朝の5時近くだったように思える。少しランニングして寮の近所を周って朝食を取ると、初めて継続高校へ登校した。まずは、職員室へ挨拶に行くと担任の先生と校長先生が迎えてくれた。しばらく応接室で待つように言われた。担任の先生は私をホームルームの時間に紹介するようだ。しばらくすると、朝のチャイムが鳴った。担任の先生がやってきて教室に行くから出てくるように言われた。私は担任の先生に連れられて、私の配属される教室へ向かった。担任の先生からしばらく教室の前で待っているよう指示された。少しばかり、その日の連絡などを行なって私の存在がクラスメイトに紹介される時間になった。担任の先生は私に目配せして入ってくるように促した。私がそれに応じて教室に入ると皆の注目が一気に私に集まった。教室は少しざわざわし始めた。

 

「静かに。今日から転校生がこのクラスに入ることになりました。まだまだ分からないこともたくさんあると思うので皆さん、色々と教えてあげてください。自己紹介をお願いします。」

 

私は彼女たちを一瞥すると口を開く。

 

「前田愛美です。よろしくお願いします。前は、奥羽陸奥高校という東北地方の学校にいました。よろしくお願いします。きたばかりでわからないことばかりなので色々と教えてくださいね。」

 

私がニコリと笑顔を見せると拍手が起きた。担任の先生は私に窓際の一番後ろの席に座るように促した。私はそれに同意して席に座った。私の紹介が終わるとホームルームが終わって、放課になった。1時間目が始まるまでは少し時間がある。私は皆にあっという間に囲まれた。そもそも、高校で転校してくる生徒などは珍しい。興味津々に話しかけてきてくれた。なぜ転校してきたのかから始まって趣味の話や最近の流行り物の話が中心になった。私は諜報員として話の技術を遺憾無く発揮した。結果としてその日の午前中までにクラスの半分の生徒たちと"友達"になり、午後にはクラス全員と"友達"になった。その中でも私は親友と言うべき人物と出会った。彼女は諜報任務を超えた本当の友達とも言うべき存在になっていくことになる。彼女は、私の前の席に座っていて、放課になったら真っ先に話しかけてくれた。彼女は高校生にしては小さくてまるで小学生みたいに本当に可愛い女の子だった。ブロンド色の髪を二つに結んで小動物みたいだ。彼女は戦車道をやっているそうで、アキと名乗った。苗字は聞いてもなぜか答えてくれなくて、アキと呼んでほしいと言われた。特に問題はないので言われた通りにした。彼女とはなるべく任務とは離れた関係の中で付き合いたいと思ったが、そういうわけにもいかない。こうした関係から情報を引き出し、扇動への糸口を見つけていく。アキさんの話を聞いていると、どうやら彼女は戦車隊の隊長と近い関係であるらしい。話の端々に隊長に対する愚痴があった。しかも戦車道の話ではなく私的な付き合い上のものであったので確実だろう。聞けば、彼女は隊長車の装填手兼砲塔旋回手を務めているという。なるほどならば、隊長とはかなり近い関係だ。しかし、隊長を説得するにはかなり手強そうである。アキさん曰く、隊長はひねくれているそうだ。何か策を考えなくてはならない。その為にはこのようなことは考えたくもないが、アキさんにも犠牲になってもらうこともあるだろう。「全ては知波単の為に」だ。愛する母校、知波単の為に彼女を殺せと命じられたら殺す覚悟である。私がそのような恐ろしいことを考えることは露ほども知らずに、私の目の前の小さな少女は両ひじを立てて頰に手を当てるとニコニコと笑顔を浮かべながら楽しそうに話していた。彼女は、私に戦車道の練習を是非見にきてほしいと誘ってくれた。私はもちろんと返事をしておいた。そして、新しい学校生活の1日目は激動の中で過ぎていった。その日、私が知り合えることができたのは一般の生徒ばかりだった。生徒会につながっている子はクラス委員くらいで生徒会の直接的な関係者は誰1人としていなかった。明日は、 もっと生徒会の関係者と"友達"にならなくてはならないと思いながら、放課後の廊下を歩いていた。すると、私の肩を叩く者がいた。

 

「うわあああ!」

 

びっくりして思わず声をあげて後ろを振り向くとそこには少女が立っていた。おどおどしていて目線を少し下げて恥ずかしそうな申し訳なさそうな顔をしている。

 

「あの……その……驚かせてすみません。ちょっとこっちにきてくれませんか。」

 

私は少し警戒して相手の素性を確かめる。

 

「あなたはどなたですか?」

 

「私は、生徒会の外交部の者です。少しあなたにお話を伺いたいのですが……あそこの会議室でお話伺えませんか……?」

 

私はさらに警戒を強めた。もしかして、正体がバレたのだろうか。それもそうなのだが、おどおどして自信なさげである。このような人物が外交部などとは笑わせる。人選を間違えているのではないだろうかと首を傾げたくなる。外交はもっと毅然とした人が良いのではなかろうか。そのようなことを考えていると彼女は自嘲するかのような笑みを浮かべて言った。

 

「私が外交部だなんて、笑えますよね。私も本当は外交部に着任なんてしたくなかったんです。私には向いてないってわかっています……でも、うちの学園は常にあの巨大なプラウダとの間に問題を抱えている外交部は不人気で人手不足だから……どうしてもやってくれって言われて……それで……仕方なく……」

 

私は表情ひとつ変えずに彼女の話を聞きながら、後を着いていった。彼女は私を部屋に通すとまたも自信なさげにおずおずと、私に対して座るように促すしてしばらく待っているように言われた。言われた通り座って待っていると、私に声をかけた少女の他に2人の少女が入ってきた。少女たちは私に対面する形で椅子に腰掛けると、一番真ん中に座った少女が口を開く。

 

「突然すみません。びっくりしましたよね。私は、外交部北海道・東北地方学園艦課の池田沙有里です。こちらは、同課の吉見と柴沼です。よろしくお願いします。」

 

池田さんは堂々としていてまさに外交官というような雰囲気だった。ちなみにあのおどおどした子は柴沼さんというらしい。池田さんは右手を差し出してきた。私は池田さんの右手を取った。

 

「こちらこそよろしくお願いします。それで、私に外交部の方が何の用でしょうか?」

 

池田さんたちとの握手が終わると、池田さんたちは一斉に頭を下げた。

 

「単刀直入に言います。お願いします。プラウダのことを教えてください。」

 

やはりそうか。私の予想は当たっていた。外交部が私を訪ねて来る用事は一つしかない。こちらから関係を作らずとも向こうからやって来るとは良い流れだ。彼女たちの所属から推測して、彼女たちがプラウダとの関係改善及び交渉に取り組んでいる外交官ということになるだろう。外交部の人間に工作することはなかなか厳しそうだと思っていたが、案外そのようなこともなさそうだ。特に柴沼さんなどは少し圧力をかければペラペラと何でも喋りそうだし、私の思うままに使えそうだ。そして、もう一つ彼女たちの間、延いては生徒会全体に甲第1号薬を蔓延させることも難しいことではなさそうである。私はすぐにでも動き出したかったが、もう少し様子を伺ってみることにした。

 

「プラウダのことですか?なぜ、私にプラウダのことを?」

 

私が惚けると、池田さんは書類を差し出した。

 

「失礼ながらあなたの経歴を照会させていただきました。前の学校は東北の方だったのですよね?どんな些細なことでも構わないのでお願いします。」

 

池田さんはどうにか私の協力を取り付けようと必死だった。どうやら、相当追い込まれているように感じた。私は少し考えるふりをして協力に同意した。

 

「わかりました。協力しましょう。」

 

池田さんはホッとしたような表情を見せていた。

 

「ありがとうございます。助かります。」

 

私はプラウダに関する情報を少しだけ、池田さんたちに話した。もちろん、悪い話はしない。なるべく良い話を選んで話した。今回は対プラウダとの関係改善を阻止するだけでなく、内戦を起こして"美味しくいただく"ことが重要だからだ。政権側が、これで対プラウダ感情を悪くして、プラウダと離れることになれば、内戦は発生し得ない。だから、政権側にはあえて良い情報を流し、何としても戦車隊と対立してもらわなくてはならない。しばらく、池田さんたちにプラウダについて話をした後、最終下校の時刻になったのでまた後日続きを話すことになり、お開きになった。ここで私は動いた。私はターゲットを柴沼さんに定めていた。柴沼さんを起点に甲第1号薬を蔓延させる。そうなると、残りの2人は今は邪魔だ。私は柴沼さんと2人きりになりたかった。そこで、私は柴沼さんに近づいて他の2人にはわからないように耳元で囁いた。

 

「柴沼さん。良かったら、後で私の寮に来ませんか?色々教えてあげますよ。あの2人には話していない本当のプラウダことや外交官の心構えなんかも。あなたが望むなら、外交上手にしてあげます。どうするはあなた次第。校門の前で待ってますから。」

 

「え……?」

 

柴沼さんは戸惑っていたが、私は特に反応することなく立ち去った。

校門で待っていると私が見込んだ通り柴沼さんはやってきた。

 

「来てくれたんですね。良かった。では、行きましょう。」

 

「はい……」

 

柴沼さんは恥ずかしそうに目を伏せながら小さな声で返事をした。しばらく歩いて私たちは私の寮へと向かった。その間中、柴沼さんは何一つ話さなかった。どうやら本当に控えめな性格をしているようだった。しばらく歩くと寮が見えてきた。寮は2階だ。私たちは階段を登って一番奥の角部屋にやってきた。ここが私の部屋だった。解錠してドアを開けて柴沼さんを部屋に招き入れた。柴沼さんは相変わらずおずおずとしながら部屋に入ってきた。私は、リビングに通すとまだ荷ほどきがほとんど終わってないから段ボール箱が沢山あって散らかっていて申し訳ないと伝え、狭いがくつろいでほしいと伝えた。そして、コップに麦茶をついで小さな机の上に運び、柴沼さんにお茶を勧めた。彼女は少しお茶に口をつけると言った。

 

「それで、お話って……」

 

「ああ、そのことなんですけどね。」

 

私はお盆を置いて、柴沼さんの隣に腰を下ろし、隠し持っていた知波単生で軍隊組織に所属している連中なら全員が持っている黒い武器を素早く柴沼さんのこめかみに突きつけた。

 

「え……?な、なに……?」

 

柴沼さんは明らかに動揺していた。恐らく柴沼さんのこめかみにはひんやりとした金属を感じているのだろう。私は黒い武器を突きつけながら声色一つ変えずに言った。

 

「そのまま、騒がず、動かないでください。」

 

柴沼さんは恐怖で震えていたが、抵抗することなく素直に私に従った。

 

「両手を後ろ手にしてください。」

 

私は後ろ手に組まれた柴沼さんの手首を縛る。すると、柴沼さんは今にも折れそうな心を奮い立たせて言った。

 

「私を……騙したんですか……?」

 

「そうですね。騙したかもしれません。でも、これだけは本当ですよ?まだ話していないことを話すって約束はね。実は私、あなたに一つ仕事を頼みたくて、ここに呼んだのです。」

 

「し、仕事……?」

 

柴沼さんは声を震わせ、先ほどにも増してブルブルと体を震わせる。私は頷くと、銃口で柴沼さんの頭を狙ったまま甲第1号薬を入れた金庫を開けて、薬物を取り出し、机の上に投げた。柴沼さんはいちいち私が動きを見せるたびに、ピクリと反応していた。きっと尋常ではない恐ろしさを感じていたのであろう。私は大きな袋に入っている小分けされた小袋を取り出して、柴沼さんの顔にそれを突き出して言った。

 

「実は、これを生徒会の中に蔓延させてほしいんです。」

 

「え……?これは……?」

 

柴沼さんは理解が追いついていないような顔をして小袋に入った結晶を見つめている。私は、柴沼さんの顔をじっと見つめて柴沼さんを洗脳するかのように耳元で囁いた。その姿はさながら悪魔のようであっただろう。

 

「甲第1号薬って言うんです。気分爽快になれますよ。見たところ、あなたはとっても疲れているように見える。というよりか、生徒会の人、全員疲れてますよね?私、知ってますよ。あなたたち、特に外交部はプラウダとの交渉で苦労してるって。そんな苦労も忘れられますよ。」

 

「これって……まさか……」

 

柴沼さんは何か言おうとしていたが、私はそれを遮った。

 

「どうですか?一度試してみませんか?」

 

私はそう言って、柴沼さんの手首をベッドの鉄骨に縛り付ける。私は甲第1号薬の結晶を水で溶かして針が付いた注射器に入れた。

 

「な、何するんですか……!」

 

柴沼さんは初めて抵抗した。流石に身の危険を察知したのだろう。しかし、私は人差し指を口に当ててちらっと拳銃を見せるとビクッと身体を震わせながらも抵抗をやめた。

 

「じっとしていてくださいね。」

 

私は震えて歯をカチカチ鳴らす柴沼さんの腕に針を刺し、結晶を溶かした液を注入する。それが、私が初めて人に直接的な危害を加えた瞬間だった。だが、その時からしばらくの間、私は"全ては知波単の為に"を言い訳にして、自分のした行為から目を背け逃げようとした。私はこれを皮切りにどんどん無慈悲で残虐になっていった。"諜報は至誠"の心でやっていたが、その心は失われていく。そして、柴沼さんは薬物中毒に冒されて、廃人となっていくがそれはまた後の話だ。

 

つづく




次回の更新はまた、Twitterや活動報告でお知らせします。


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第131話 影の戦争第一戦線

"私"が戦う影の戦争はやがて……


薬物を溶かした溶液を注射された柴沼さんは、急に明るくなった。いやにニコニコして、声も大きく、気も大きくなっているようである。そこにいるのは柴沼さんではなかった。人間を捨てた怪物と化した何かである。尤も、そうさせたのは私なのだが。もはや、彼女を完全には治す手段はない。専門の機関で治療を施せばある程度は治るが、それも本人の相当な努力と禁断症状という過酷な試練を乗り越えなくてはならない。例えそれを乗り越えたとしても一度この甲第1号薬に手を出せば、脳を丸ごと入れ替えなくては完全には治らない。だから、作戦以外では決して使うな、自分に対して一時の好奇心に駆られて使うのは以ての外だと厳命されていた。さて、このまま高揚し騒いでいる彼女をここに置いておくわけにもいかない。ここでこのまま大騒ぎされて、隣の住民に風紀委員を呼ばれては困る。私は彼女の口にガムテープを貼り付けて、後ろ手に縛ったままスーツケースに詰め込む。口を塞がれ、スーツケースに詰め込まれているのに、認知機能か何かに異常をきたしているのか、ニコニコと相変わらず笑みを浮かべていた。改めてこの薬物の恐ろしさが身にしみてわかった。もちろん、私にも罪悪感がないわけではない。彼女を廃人にしようと企んだのは私であるから、心は痛んだ。でも、一度でも手を下してしまえば、案外簡単に慣れるものだ。このままいけば、殺害することも躊躇いもなく、手を下せそうだ。そして、私は自分に、この作戦はこれからの知波単の為に必要な犠牲だと暗示をかけることで、なんとかこの過酷な任務を乗り越えようとしていた。そうしたら不思議なことに段々とこれは良いことだと思うようになった。そのような考えに至ったのには訳がある。私はもともと、そう思うようになる素地が備わってしまっていたのだ。実は私はプラウダや黒森峰、サンダースに対して良くない感情、単刀直入に言えば大嫌いだったのだ。あの連中は間違いなく私たち知波単を侮辱している。奴らは、私たち知波単のことを突撃しか能のない連中だとか無能だとか思っているのだ。これは私の本物の友人である、知波単生徒会外交部の人間から聞いた話だから信用できる話だが、奴らは外交交渉の場でも高圧的な態度で終始高慢らしい。奴らは完全に私たちを舐めていた。許し難いことだった。だから、そのような差別的な考えを持つ、黒森峰、サンダース、そしてその中でも特に凶悪で暴戻なるプラウダに支配されるよりは西住隊長の傘下に加わる方が幸せになれるはずだと確信していた。実際に西住隊長は奴らと違い、私たち知波単を対等に扱ってくれるばかりか、貴重で必要な戦力とみなしてくれていた。確かに、西住隊長は敵対陣営の街を焼き尽くし、敵を殺し尽くし、奪えるものは全て人も物も奪い尽くすという西住隊長の戦い方には川島さんや小松課長は許される行為ではないと本人の前で直接的には言わないにしろ、批判していたし、私自身も疑問には思っていた。それでも、私はそうした犠牲は些末であると捉え、西住隊長の軍事行動をほぼ全面的に支持していた。この時、かねがね苦々しく思っていた差別主義者たちに、西住隊長は牙を剥き、奴らの鼻っ柱をへし折ってくれた。聞くところによれば、西住隊長は大洗であのサンダースに支援を受けた大洗女子学園生徒会を追い詰めて、壊滅まであと一歩だという。私たち知波単学園は、もともとの設立経緯からか、反米保守思想が我が知波単の学園艦中を席巻している。私もそこの生徒だから反米保守思想であり、米国と強いつながりを持ち親米であるサンダースが支持している勢力を打ち破ろうとしているということは実に爽快だった。それに加えて、今回の作戦を提示されたことにより、西住隊長は、常に関東を窺い、西に影響力を持とうとしているプラウダといずれは手を切り、戦火を交えることが明確に示された。私は、この作戦が発令されるまで、西住隊長は実は親プラウダ派なのではなかろうかと懸念していたがどうやら杞憂だったようだ。

さて、私は制服からスーツに着替え、片手に柴沼さんを押し込んだスーツケースを持ち、学園艦に外部から訪れた人たち用に開設されているホテルへと向かった。私は、潤沢な諜報活動費の一部を使ってかなり長い期間、ホテルの一室を押さえていた。ホテルは私の寮からそこまで離れていない。せいぜい徒歩5分程度だ。すぐに到着したが、鬼門はチェックインだ。怪しまれないか若干、不安だったが、スーツ姿だった為か特に怪しまれることもなかった。問題なくチェックインを済ませた後、客室へと向かった。客室に到着すると、私はすぐに柴沼さんが入ったスーツケースを開ける。あまりモタモタすると、酸欠で死ぬかもしれない。死んでしまってはせっかく手に入れた情報源を失ってしまう。それでは何の意味もない。急いでスーツケースを開けると柴沼さんは笑っていた。不気味だったが、意識があって私はほっとした。彼女を抱きかかえるようにしてスーツケースから出すと、そのままベッドに寝かせて、手枷と足枷を三重にかけた。更に口に貼り付けたガムテープを新しいものに変えるために剥がす。すると、柴沼さんは楽しそうに大声で笑いながら言った。

 

「あっはははは!こんなに楽しい気分なのは初めて!うわぁ!綺麗!この世のものとは思えない!あっはははは!」

 

彼女の目は据わっていた。これ以上、騒がれたらまずい。私は慌てて新しいガムテープを貼り付けてその上に布切れを巻き、柴沼さんを決して逃れることも声を出すこともできないような状態にした。それでも、彼女は笑っていた。私は彼女の耳元で囁く。

 

「しばらくそこでおとなしくしていてくださいね。逃げようとしても無駄ですよ。」

 

私はそう言い残すと柴沼さんを置いてホテルを出た。風紀委員の動きを調査し把握するためだ。時間帯別に数回調査して、どの時間帯で武装蜂起するのが適当かを決定する。まず、学園艦の地図を手に適当に歩き回って風紀委員の様子とどこに何人いるのかを探る。地図上ではこの学園艦は10の街区に分けられていて、風紀委員の詰所、陸地でいうところの交番が10の街区のうち、5つの街区にあるようだ。まずは、この夕方の時間帯、風紀委員詰所に何人の人間がいるのか調査する。防諜の関係上、メモに残すわけにはいかない。しかし、この程度のことなら頭に入れられるから、そこまで苦ではない。私は怪しまれないようにそれぞれの詰所近くにあるビルから双眼鏡を覗き込んで詰所の様子を窺う。すると、5つある詰所のうち、この時間帯に3人以上いる詰所が2つで他は無人だった。それらの詰所が常に無人であるのかは別途に他の時間帯で調査がいる。残り3つの詰所は有人で、そのうちの1つ、ちょうど戦車隊格納庫の目と鼻の先にある詰所だが、その詰所は5人ほどの風紀委員がいた。地図を見るとそこには幹部詰所と記載があった。陸地でも、幹部交番や警部交番と呼ばれるものがある。幹部交番とは、警察署の統合などによる警察力の空白地帯を生まないように大規模な交番を設置し、逆に治安維持能力を高めるものだが、戦車隊格納庫前に置かれている風紀委員幹部詰所はそれとは大きく性格を異にしていた。継続高校風紀委員会が公開している文書の1つである幹部詰所の組織図の中に警備課情報係に所属している委員が常駐していると書かれていた。これは、陸上の公安警察に相当するものだ。風紀委員会が戦車隊を監視及び捜査対象にしていることは明白だった。これは、戦車隊を武装蜂起させるのは骨が折れそうな予感がしていた。とりあえず、今日は幹部詰所の夜間のシフトを確認することにした。私は、幹部詰所近くのビルの屋上に上がり監視を続ける。2時間くらいすると幹部詰所から2人の人間が出てきた。今日は3人が夜勤らしい。その後もしばらく監視を続けたがその後は特に変化はない。やがて定例の報告時間になった。ここで、電話をかけてもいいが盗聴の可能性もある。幹部詰所から少し離れたところで携帯電話から電話をかけることになった。相手の猪俣さんは1コール以内に出る。合言葉を交換し、相手の素性の確認が済むと、今日の報告をする。

 

「本日の報告です。本日は、学校に登校し、私が配属されたクラス全員の生徒と友人になりました。その中には、戦車隊の隊員が含まれています。本名は聞き出せませんでしたが、アキと名乗り、隊長車の装填手兼砲塔旋回手を務めているようです。また、生徒会の外交部北海道・東北地方学園艦課から接触があり、私にプラウダ高校の情報を求めてきました。その中の1人、柴沼という人物ですが、彼女を情報源とし甲第1号薬を生徒会に蔓延させる起点とするために注射で投与しました。現在、彼女は継続高校学園艦内のホテルに監禁しています。また、本日は風紀委員会の人員調査を行いました。まだ、全ての時間帯における調査が完了しているわけではないので何とも言い難いところもありますが、今日の夕方は5つある詰所のうち2つが無人、3つが有人でした。そのうちの1つ、戦車隊格納庫のそばにある幹部詰所では5人がいましたが、途中で2人が帰宅し、本日の夜間は3人体制になると思われます。以上、本日の報告です。」

 

「報告ありがとうございます。風紀委員についてはそのまま調査を続けてください。生徒会に関しては随分大胆な手を打ちましたね。わかっているとは思いますが、くれぐれも慎重に、こちらの計画が露見しないようにしてください。全ては知波単の為に。」

 

「分かりました。このまま慎重に調査と蔓延拡大に務めます。全ては知波単の為に。」

 

そう言うと電話は切れた。私はこの後、先程までいた幹部詰所近くのビルの屋上へ再び向かった。そして、深夜まで監視を続けたが深夜2時くらいに寮へと戻って一眠りした。次の日の朝、皆が起きだす前5時くらいに起きてホテルへと向かう。柴沼さんを監禁している客室へ向かった。客室には、薬効が切れてダランと体をベットの上に投げ出す柴沼さんがいた。どうやら薬効が切れたようだ。疲れた顔をしている。私は柴沼さんのベッドの側に立って見下ろす。

 

「おはようございます。柴沼さん。」

 

柴沼さんは何かを求めるかのような顔をしていた。柴沼さんの口に貼られたテープを剥がすと、柴沼さんは弱々しく辛そうに口を開いた。

 

「あ、あの……あれをください……あれをもう一度私に……打ってください……辛くて死んでしまいそうです……」

 

私がスーツの懐から甲第1号薬と注射器を差し出すとハアハアと息を荒げて大きく目を剥く。

 

「あ……ああ……!打って……!それを打って……!早く……!早く……!お願い……!」

 

薬が入った小分けの袋を柴沼さんの顔先に持っていくと手枷をガチャガチャと鳴らしていた。

 

「いいでしょう。その代わり、2つの約束を絶対守ってもらいます。1つ目、誰にも私のことは言わないこと。2つ目、この薬物をできる限り多くの人に広めること。特に、1つ目の約束は絶対に守ってくださいね。私のことを誰かに言ったら……分かってますよね。私はいつでもあなたのことを監視しています。私の監視からは絶対に逃れられないと思ってくださいね。私、これでもこうしたことのプロなんですよ。もし、誰かに言ったら……そうですね。あなたはもちろん、言った人、あなたとその人の家族も皆殺しにします。私はなるべく自分の手を血に染めたくない。だから……もう言わなくてもわかりますね……?」

 

柴沼さんは頭を激しく縦に振った。私はにっこり微笑んで注射器に結晶と水を入れ、溶剤を腕に打った。柴沼さんは気持ち良さそうな蕩けた顔をしていた。

30分くらい強烈な興奮状態になるので経過後に足枷と手枷を外して注射器の薬物が入った袋をいくつか手渡した。柴沼さんは奪い取るように受け取って愛おしそうに頬ずりしていた。柴沼さんをそれを大切そうにスカートのポケットに入れる。今の時間ならまだ、受付にも人はいない。私はこっそり柴沼さんの通学鞄に盗聴器と発信機を忍ばせて寮へ帰した。私も寮へと戻り、学校へと向かい1日が始まった。

それから、しばらくは学校に通いながら、途中で早退したり遅刻したりしながら風紀委員に関する調査を朝晩問わずに行いながら、柴沼さんの手を借りながら外交部を中心に生徒会を薬物で汚染していった。外交部では、プラウダとの難しい交渉に疲れた職員が、次々と手を染めていき、あっという間に蔓延した。猪俣さんが蜂谷真由美先生として赴任してくるまでの6日間の間でなんと半数の東北・北海道地方学園艦課職員が薬物に手を染めたのであった。学園艦唯一の警察組織である風紀委員会もどうやら、人手不足のため、戦車隊の監視で手一杯らしく、闇の中で出回る"キケンな白い粉"に気がつく様子もなかった。また、この1週間で交友関係は大分広がった。一般の生徒とはもちろん、生徒会、そして戦車隊と幅広い人脈を築いていた。

そして、翌週の月曜日、遂に蜂谷真由美先生こと猪俣弥生さんが継続高校へとやってきた。その日、私は柴沼さんの寮へ立ち寄った。インターホンを鳴らすと柴沼さんは主人の帰宅を待っていた子犬のようにかけてきて扉が開かれた。私は山のような薬物と注射器を渡す。すると、柴沼さんは震える手でそれを奪い取り、注射器の中にたっぷり薬物を入れて自分の腕に打った。だんだんと薬物の量が多くなっているようだった。どんどん廃人になっていく様子がありありとわかった。私はそれを尻目に寮から出ると珍しく朝から遅刻することなく、学校へと向かった。全校集会で体育館に集められて、紹介された。紹介によると、普通科の2年生全クラスと3年生の一部で世界史を教えるらしい。私も2年生だから"蜂谷先生"の世界史を受けることになる。それは大変素晴らしいことだった。 今まで色々と教員に言い訳して早退したり遅刻したりしていたので、最近はあまりにも頻度が多く、怪しまれ、すんなりとできなくなっていたから、幾分楽になる。今日早速、世界史の授業でその手を使った。風紀委員会の各時間帯の詰所の人員状況は先週の調査で大分把握できてきたが確実に毎週そのような実態なのかと問われても自信がない。追加調査が必要なのだ。当然、そのような事情は同じ世界にいる人間同士だからよく理解してるので当然許可された。その日も一通り調査して、放課後になった。大体傾向は掴めたし特にいつもと変わりはない。あと2、3日ほど調査し、何も変化がないようであれば人員状況については総括を行なっても問題はないだろう。

さて、その日の深夜のことだ。私は猪俣さんと情報を交換するため、諜報任務用に用意したあの例のホテルに来ていた。猪俣さんには学校で、別れ際に今日の定例報告の時間と場所を指定しておいた。猪俣さんは既に到着していて私を待っていた。扉を叩き、いつものように合言葉を確認して中に入り、いつもと同じように状況の報告を行った。その日の定例報告で、風紀委員詰所の人員配置状況の傾向が大分掴めてきている旨を、伝えて今のところの中間の調査結果を報告した。この時報告した内容は次のとおりである。

 

1.初回調査時有人詰所について

・初回調査時有人の詰所は常に有人であることが確認された。

2.初回調査時無人詰所について

・常に無人の詰所とその時々で有人だったり無人だったりする詰所がある確認された。

3.幹部詰所について

・幹部詰所は朝と昼間は常に5人体制、夜は3人になり、他の有人詰所は朝と昼間は3人体制、夜は1人になることが確認された

4.今後の方針

・今後2・3日ほど調査を続行し総括とする

・今後の生徒会および戦車隊への工作は協議によって決定する

 

報告と方針に対して、猪俣さんは了承し、私は報告を終え、猪俣さんの報告する番になった。報告によると、猪俣さんは生徒会の中で唯一教員が所属することができる組織である、生徒会監査部に配属されることになったとの報告を受けた。それを受けて、協議の結果、風紀委員の人員配置状況の総括が終わったら、私は主に戦車隊への工作、猪俣さんが生徒会への工作を行う所謂、分業体制をとることが決定されたのであった。また、生徒会への薬物蔓延工作については猪俣さんが引き継ぐことになり、柴沼さんにもその旨は通達した。そして3日後、風紀委員会人員配置状況について状況は特に変化がない為、総括が行われ、一旦風紀委員会に対する調査は終了となった。そして、私は本腰を入れて戦車隊への工作を行うことになったのである。

戦車隊への工作はすぐに始まった。同じクラスのアキさんからはずっと是非とも練習を見に来て欲しいと誘われていたので接触に関しては全く苦労することはなかった。アキさんには今までの早退や遅刻の理由を引っ越し疲れと環境の変化による体調不良と言っていたので、気を使ってか、しばらく見学のお誘いはなかったが私から声をかけたことによって回復と見学の申し出を大層喜んでくれた。アキさんには今日の放課後にでも練習を見にいくと伝えていた。放課後、アキさんは私を連れて学校の敷地外にある戦車道格納庫に向かった。格納庫が戦車隊のブリーフィングルームを兼ねていた。アキさんが扉を開けると注目がアキさんに集まる。格納庫の中には戦車隊員が集まっていた。皆、思い思いに話や練習の準備をしていた。継続高校はそこまでお金持ちではないから、弾も整備用品も何もかもが不足している。だから、聞くところによれば毎日練習があるわけではないようだ。今回、たまたまある方法で弾が手に入ったから練習が行われるらしい。皆、気合が入っていた。

 

「あ、アキ!やっときた!練習始まっちゃうよ!あれ……?新人さん?」

 

私に一気に皆の注目が集まる。アキさんは私を皆に紹介する。

 

「うん。そうだよ。この間、転校してきた前田愛美ちゃんだよ。この間から見学に誘ってたのだけど、転校してきた疲れで体調崩しちゃってたけど、大分、落ち着いてきたからって今日見に来ててくれたの。みんな、仲良くしてあげてね!」

 

私はぺこりと頭を下げて挨拶をした。

 

「前田愛美です。よろしくお願いします。ずっとお誘いを受けてたのですけど、体調を崩しちゃってて……でも、今日は楽しみにしていたのでよろしくお願いします。」

 

私の挨拶にアキさんが思わず笑い声をあげた。

 

「愛美ちゃん、固いよ。もっとリラックスして!」

 

「は……う、うん。」

 

私は思わず「はい。」と言いかけたが私の砕けた返事を聞いて嬉しそうに笑っていた。

 

「よし、それじゃあ練習始めようか!愛美ちゃんに格好いいとこ見せよう!」

 

アキさんが声をかけると、一人、離れたところでカンテレを弾いている不思議な雰囲気な女性が口を開いた。

 

「格好良い。それは、戦車道に必要なことかな。」

 

この人はミカという。彼女もまたアキさんと同じように名字は名乗らなかったが、3年生でこの人こそ、この継続高校の戦車隊を率いる隊長である。また、ミカさんは戦場の哲学者としても名高く、異彩を放った人物だ。アキさんはそのようなミカさんに対して頰を膨らませた。

 

「もう!ミカはまたそんなこと言って!せっかく見にきてくれているのだから格好良い姿を見せようとするのは当たり前でしょ!」

 

ミカさんはカンテレを弾きながら言った。

 

「戦車道はね、人生の大切な全てのことが詰まっているんだよ。だから、彼女にはそれを見せてあげるといいんじゃないかな。」

 

そう言って、ミカさんは戦車に乗り込んだ。

 

「もう、なによそれ。愛美ちゃん。あそこの監視塔で見てて。」

 

アキさんは、そう言うと後を追うように隊長車に乗り込んだ。私は、言われた通り監視塔に登って練習を見学した。今まで私は戦車道が盛んな知波単にいながらも、戦車道の見学をしたことはなかったが、なるほどなかなか面白い。少し離れたところからでも爆音が響いて迫力がある。しかも、あの巨体を自由自在に動かし全て標的に当てた。しかも、資金が少なく、整備が不完全な戦車も多いというのが実情だ。一発たりとも無駄にはしない。実に見事だった。やがて、練習が終わって隊員たちは格納庫に戻ってきた。私も格納庫で皆を迎える。

 

「すごいです!私、戦車道を見たの初めてだったんです!精錬されていて素晴らしいものでした!戦車があんなに自由自在に動くなんて……!」

 

私は拍手をして皆を称えた。これは素直な嘘のない反応だった。

そんな私を見て、ミカさんを除いた隊員たち皆か嬉しそうな顔をしていた。ミカさんは、いつもと同じように澄ました顔で微笑を湛えながらカンテラを弾いていた。アキさんは嬉しそうに満面の笑みを浮かべて口を開いた。

 

「えへへへ。そんなに絶賛されると照れちゃうよ。」

 

その後、私たちはお互いの親睦を深めるために、色々と話をした。とても和気藹々とした楽しいものだった。しかし、1人の隊員によるある質問によって場の雰囲気は180度違うものになった。

 

「前の学校はどんな学校にいたの。」

 

ミッコという隊員だった。彼女は隊長車の操縦手を務めている。その操縦術はまさに魔法といっても過言ではないものだった。私にこの質問をしたミッコさんの目には私に対しての明らかな不信感があった。継続高校を取り巻く情勢から判断すれば、当たり前のことだろうとは思う。これは好機だ。これを機に工作を始めよう。私は設定通りの答えを返した。

 

「東北の方です。」

 

それを聞いた途端、皆の表情が変わった。笑顔を作っているが、目が笑っていない。ミッコさんはさらに不信感を増した表情をしていた。

 

「ふうん。東北ね。東北っていったらプラウダの勢力圏内だよね。まさかとは思うけど愛美……」

 

それに割り込むようにしてアキさんが憤りの声をあげた。

 

「ミッコ!こんな時にそんな話持ち出さないでよ!今は関係ないでしょ!?ミカも黙ってないでなんとか言ってよ!」

 

さらにその非難の声に割り込むようにしてミッコさんが口を開いた。

 

「アキは黙ってて。みんな、この子を縛って拘束して。」

 

ミッコさんの指示で、私は近くにあった椅子に数人の隊員の手で拘束された。諜報員である私が拘束されるとは不覚だった。

 

「な、何するんですか!?」

 

私はあえて抗議の声をあげた。ミッコさんは何かを見定めるように私の瞳を見つめながら問う。

 

「単刀直入に聞くね。君、東北の学校から来たっていったけどプラウダのスパイとかじゃないよね?」

 

その言葉を聞いて私はメソメソ泣く演技をした。

 

「スパイ……?そんな……酷いです……」

 

アキさんは私を擁護してくれる。私の背中をさすりながらキッとミッコさんを睨んだ。

 

「ミッコ!なんてこと言うのよ!そんなわけがないじゃない!いくら何でも酷いよ!愛美ちゃん泣いちゃったじゃない!突然こんなことして本当にごめんね……全く……スパイだなんて……」

 

アキさんは懸命に私を宥めながら励まそうとしてくれた。しかし、このまま武装蜂起の方向へと持っていくためにアキさんには申し訳ないが、そのまま泣く演技を続けた。

 

「屈辱です……!私は……私は……プラウダの迫害を逃れてやっとの思いでここまで来たと言うのに……!!」

 

私は叫び声をあげた。私の叫び声に皆、一瞬たじろいだ。アキさんも、ミッコさんも何を言っているのかわからないという顔をして、大きく目を見開いて戸惑っている。しばらく沈黙が続いた。ものすごく長い沈黙に感じた。

 

「え……?プラウダの……迫害……!?どう言うこと……?」

 

やっとの思いで口を開いたのはアキさんだった。私は、このシナリオの核心をつく話を迫真の演技で話した。

 

「私は……私は……これで転校は2回目なんです……一番はじめはプラウダにいました……私は本当に楽しい学校生活を送っていたんです……あの暴君が戦車部隊を掌握し、実権を握るまでは……」

 

「暴君って……?まさか……」

 

「そうですよ……!カチューシャです……!カチューシャが実権を握ってからはプラウダの学園艦は地獄になりました……監視社会になったんです……そして、逆らう者は全員シベリア送りという名で氷点下ともなる冬の北海道の地で何日も何日も働かされるんです……満足な食事も与えられず……寝床も暖房も何もかもがなくて……想像できますか……!?私は、カチューシャに意見しました。やりすぎだと。その結果私は追われる身になったのです……私も、シベリア送りとなりました……そして、何日も何日も寒くてひもじい思いをしながら強制労働です……私は学校を愛していました……でも、私も生きる為に逃げました……仲間を置いて……仲間がどうなったかはわかりません……もしかしたら連帯責任で殺されているかも……必死に逃げて逃げて逃げ続けました……そして、ようやく東北にたどり着き、私はそこで生活を始め、学校に通い始めました……プラウダに見つかるかもしれないから陸の学校です。苦労しました……食べていくのにも大変で……学費も含めるとあっという間にお金は底をつきました……でも……学校ではみんな優しくしてくれて楽しかった……なのにそんな幸せは長くは続きませんでした……プラウダが私のことを見つけたんです……だから、また私は逃げました。そして、反プラウダで有名な継続ならば、きっと大丈夫だと信じてここまでやってきました……なのに……疑われて……よりにもよって……あの……あの……プラウダのスパイかですって……?ふざけないでくださいよ……!私がどんな思いでここまできたのかも知らないで……!」

 

私の話はもちろん全てが真っ赤な嘘だ。しかし、私のあまりにも悲痛な演技に皆、ころっと簡単に面白いように騙された。皆はこれが本当にあった出来事だとおもって俯いている。涙を流している生徒もいる。アキさんは声に出して思い切り泣きじゃくり、私の体から縄を解いて抱きしめてくれた。その小さな体は恐怖で震えていた。

 

「大丈夫……もう大丈夫だよ……そんな辛い思いをしてきたなんて……私、知らなかった……させないよ……プラウダから愛美ちゃんを守ってみせる。だから安心してよ……」

 

ミッコさんは明らかに憤っていた。それは、自分自身にもプラウダにもだ。悔しそうにギュッと拳を握って怒りに震える。

 

「ごめん……私が間違ってたよ……私、何してんだろう……何も罪もない人をこんな傷つけて……本来の敵を見失っていたよ……プラウダがこんなだったなんて……それなのに生徒会は……許せない……!」

 

ミカさんは表情には出さず、いつものように優しげな微笑を浮かべてカンテレを弾いていた。でも、その手は震えているように見えた。そして、ミカさんもようやく口を開いた。

 

「ここにいる仲間が君を助けてくれるはずさ。」

 

そう一言だけ私に告げた。こんなに皆が疑いもなく簡単に引っかかると思っていなかった。は罪悪感でいっぱいになったが、一先ずは反プラウダの空気を醸成することができた。さて、後はある言葉を戦車隊の誰かの口から聞き、私がそれを一押しするだけで一気に火は燃え上がるはずだ。私はその言葉を待っていた。すると、その言葉はすぐに紡がれた。

 

「なら、何としても阻止しなくちゃね。生徒会の計画を……」

 

その言葉を言ったのは意外な人物だった。アキさんだ。私は演技を続ける。悲劇の少女、前田愛美として。

 

「え……?生徒会の計画……?」

 

「うん、生徒会がプラウダと手を組もうとしているの。」

 

私は恐怖に怯えた顔をして思いきりかぶりを振った。

 

「い……嫌だ……!やめて……!お願い……お願いだからプラウダなんかと手を組まないで……!地獄を味わうことになるわよ……!何としても阻止して!お願い!あなたたちのその戦車という力を使ってでも!」

 

私は最後の一押しとなる言葉を紡いだ。アキさんを始め継続の戦車隊の面々は力強く頷いた。一人、ミカさんを除いて。これで、何か事件があればほとんどの確率で戦車隊は動くことになると判断してほぼ間違いないだろう。ただ、懸案があった。それは、ミカさんの反応である。ミカさんを見る限り、あまり行動を起こすことに乗り気ではないような感じがした。ミカさんは確固たる信念を持っている。ミカさんはよっぽどなことがない限り動くことはないだろう。例えば、身近な人に危害が加わるとか。何かしらの対策を考える必要があった。これは、猪俣さんと相談して決めることにしよう。排除か巻き込むか。いずれにせよ、間違いないことはどの道を進もうとも行き着く先は地獄であるということただ一点だ。私が一度つけた火はあっという間に継続高校の隅々まで広がり、猛火として包み込むことになり、私を含めて地獄を見ることになったのである。

つづく

 




次回の更新は終戦の日、特別編として大洗戦線に参加した名もない二人の元兵士のお話です。
彼女たちは戦場で何を見たのでしょう。
8/15の21:00更新を目指します。
よろしくお願いします。


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終戦の日 特別編 無名兵士の手紙〜殺してしまった〜

終戦の日特別編です。
あの、30年前に大洗戦線に参加したある無名兵士の手紙です。



拝啓

終戦記念日も間近となり、残暑が続く今日のこの頃です。突然のお手紙に驚かれたことかと思います。

初めまして、突然のお手紙、申し訳ありません。私は大洗戦線で反乱軍の一兵士として参加した元大洗女子学園生です。山田様があの、大洗女子学園艦をはじめとする、各学園艦で西住みほが引き起こした戦争についての取材で反乱軍幹部や被害者たちとの面会を重ねていると知り、私も何かお役に立てることがあるのではないかと考え、また、アジア・太平洋戦争終結から九十七年目の夏を迎え、あの悲惨な戦争の記憶を持つ最後の一人がこの世を去ってから五年あまりの月日が経ち、日常のあまりの忙しさからあの戦争の記憶が引き継がれないまま、ただの過去の遠い、歴史として忘れ去られていくことを憂いたとき、私もあのアジア・太平洋戦争は当然、体験していませんし、本質が全く異なるものであると雖も、西住みほによってもたらされた戦争を実際に戦場での戦いを体験し、許されざる罪を犯した者として、平和の尊さを改めて考え、私のあの忌々しい記憶とあの地獄のような戦争の記憶を私の記憶が確かな若いうちに誰かに引き継いでいかなくてはならないと思うと止むに止まれず筆を取りお手紙をしたためている次第です。記憶のままに、あの日々を思い起こし文にするため、乱筆乱文になることをお許しください。

さて、あの戦争が始まったのは平成二十四年(二〇一二年)六月二〇日でした。西市街区と呼ばれる地区に軍を置き、不当に実効支配していた西住みほは自らの支配圏を拡大し、全ての学園艦を自らの手で支配し、そこにいる生徒や市民たちを自らの思うままにコントロールするという野望を果たすため、約一万の兵を動かし、戦略上重要な地となっていた展望台を目指し、進軍を開始しました。それが、戦争の引き金になりました。展望台は、生徒会も目をつけており、数は圧倒的に少ないものの守備隊がいたのです。包囲しようと迫ってくる反乱軍に対して、まず最初に戦端を開いたのは生徒会でした。生徒会軍が恐怖に駆られて私たち、反乱軍に発砲したのです。でも、生徒会にとってこの戦争は青天の霹靂、まさかこのような戦争になるとは思っておらず、当然十分な訓練が行われていない、新兵も同然の兵隊たちばかりでした。ほとんど虐殺のような状態で初戦の決着はすぐにつきました。その後の戦闘でも私たちはたまに苦戦することがあったものの、優位に戦闘を進めました。西住みほは圧倒的な軍事力を背景に生徒会軍を次々と撃破、殲滅していったのです。私はこの戦争の時、大洗女子学園高校の2年生で、私の小隊の仲間たちも2年生で構成されていました。私たちの小隊は、後ろの方の集団にいました。中隊長と大隊長は3年生です。私は小隊の一兵士にすぎませんでしたが、中隊長も大隊長も不安で戦闘の前に震える私たちにとても優しくしてくれて声をかけてくれました。当初、私たちは前線に配属されることになっていたのですが、「死ぬのは年齢順だ。1年生や2年生が手を汚す必要はない。」と言って、私たち2年生の小隊を後方に下げてくれました。人は誰しもが優しい心、美しい心を持っているものです。大隊長と中隊長のおかげで、私たちは、あの生徒会との戦争中、最後の決戦になった市街区戦の前まで、人を撃ったことはありませんでしたし、それどころか一度も小銃を撃つことはありませんでした。このまま、私たちの小隊は誰も殺さないまま戦争が終わればいいと思っていました。しかし、戦争は残酷です。私自身も狂気の世界へと攫っていってしまったのです。狂気の世界の悪魔に攫われた私は、あの生徒会との最後の決戦の市街戦で、どんなにもっともらしい言い訳をしても許されることのない罪を犯したのです。この話は今まで誰にも話したことはありません。初めて告白します。あの決戦の日のことは一生忘れることはできません。私の心に一生消えることのない大きな傷を作りました。

あの日、反乱軍は西住みほから生徒会軍へ総攻撃を行い、雌雄を決せよという命令を受けて森林地帯に集結していました。とうとう西住みほは生徒会軍の完全なる殲滅を決意し命令を下したのです。作戦は、まず猛烈な爆撃と砲撃を繰り返し行い市街地を破壊したあとに、市街地へ侵攻、徹底的な燼滅戦を行うという作戦でした。私たちの分隊は大隊長らの配慮で、砲撃の弾着を展望台に設置された観測所で観測する任務についていました。観測所からは私の寮の辺りもよく見えました。私の寮は左舷側の森林地帯前市街区にありました。海の見える素敵な寮でそこの一番上の部屋でした。この学園艦の中で一番私が好きな場所でした。晴れた日に見えるキラキラとした海がとっても綺麗でいつまで見ていても飽きませんでした。寮の部屋には開戦時には持って行けなかったかけがえのない思い出の品がまだまだたくさんありました。でも、戦争はそれを容赦なく燃やしてしまいました。どこからともなく、無数の爆撃機が飛んできて二五〇キロの爆弾を敷き詰めるかのように落として行きます。ものすごい炸裂音と地響きと振動が伝わってきます。市街区のあちこちに土煙と火薬の煙が見えていました。爆撃機がいなくなると、すぐに砲撃が開始されます。砲撃は思い出の街を次々と破壊していきます。そして、その砲撃で私の寮は瓦礫の山と化しました。私は私の手でカノン砲を誘導し、私の思い出の自慢の寮を街区をめちゃくちゃに破壊したのです。私は何をやっているのだろうか。もはや、涙も出ませんでした。その後も何度も何度も執拗に猛烈な爆撃と砲撃は続いて、気がつくと目標となった街区には瓦礫しかありませんでした。本当に瓦礫だけです。残っている建物など一つもありませんでした。やがて、砲爆撃が止むと、森林地帯からアリのように小さな人たちが大勢わらわらと破壊された市街地区に走って行く姿が見えました。反乱軍による生徒会軍の燼滅作戦が始まったのです。小銃の音があちこちから響いてきていました。砲爆撃では人間の姿が全く見えないので、あるいはここはみんな避難していて無人なのではないかと、思い込むこともできました。しかし、実際に高いところから建物が綺麗さっぱり無くなった市街区での燼滅作戦の様子を見ていると、戦場の実態がありありと見えるのです。遠くから見るとアリのようにちっぽけでした。それを見ていると思いました。なぜ、私たちは戦っているのだろうと。展望台から見たちっぽけな人間たちの数々のバカバカしくもとてつもなく残酷な戦いの中で最も強烈に記憶に残っているものは左舷側の市街地区での戦闘です。森林地帯側に四人、おそらくこれは反乱軍と思われます。市街地の私の住んでいた寮のあたりの跡地に二人、これは生徒会軍の兵士と思われます。四対二で戦闘をしていました。生徒会軍と思われる兵士は仲間と別れてしまったのか戦闘で死んでしまったのかはわかりませんが二人きりで防空用の窪みのような場所で応戦していました。それを反乱軍側と思われる兵士たちが包囲し、今にも殲滅しようとしていたのです。二つの兵隊たちのグループの間に曳光弾の光が絶え間なく見えていました。まず、最初に倒れたのは生徒会側の兵隊でした。兵士は後ろにばたりと倒れます。その後、もう一人の生徒会軍と思われる兵士は倒れた兵士には目もくれずに、戦闘を続け、反乱軍兵士を撃たれました。しかし、生徒会軍兵士は弾切れになり、結局、撃たれてしまいました。反乱軍と思われる兵士の三人は倒れた一人の元に駆け寄りしゃがみこんで何かをしています。しかし、やはり息はなかったようで遺体を放置して更に前へと進もうとしていました。しかし、突如として三人とも倒れました。どこから狙撃されたようです。一体この一連の戦闘のどこに勝者があったというのでしょうか。この戦闘に関わった両軍の兵士は皆、死んでしまったのです。一体私は、いえ私たちはこんな皆が不幸になる戦争に身を投じて何をしているのでしょう。このようなことに大事な青春を使って何の意味があるのでしょうか。際限のない破壊と身の破滅を招来するだけです。私はこの時にようやく気がついたのです。戦争というものの本当の恐ろしさを。ですが、一度始まってしまったら戦争は際限なく続きます。その後も、残酷な光景は続きました。先ほどの地区の燼滅作戦が完了したと判断されて次の街区への砲爆撃が始まり、次の街区もまたその次の街区にも砲爆撃と燼滅作戦が行われて、ついに深夜に角谷杏生徒会会長と小山柚子生徒会副会長が反乱軍最高司令官の西住みほに降伏を申し入れ、戦争は終わりました。

それに伴って、私たちの分隊も侵攻していった反乱軍本隊に合流するために展望台を降り、駐屯している街区へ向かいました。私たちは燼滅作戦が行われた街区に入りました。街区には人の形をしたものがゴロゴロと転がっていました。それが遺体だというのは言わなくともわかることでしょう。ただ、はっきりとは見えなかったので見てないふりをしていました。

私たちは、もう戦争は終わったから、撃たれることはないだろうと安心してお喋りをしながら呑気に歩いて移動していました。しかし、その時でした。突如として、燼滅作戦が終了し、もう残党はいないと宣言された治安粛清された地区だったはずなのに断続的に発砲音が響きました。一瞬何が起きたのかわかりませんでした。私たちは撃たれたのです。市街区にはまだ、生徒会軍の残党兵が何人かいたのです。十字砲火で撃たれ、分隊の八人中五人の仲間が倒れました。私は倒れなかった三人の仲間と瓦礫に隠れました。その時に倒れた分隊長の首根っこを掴んで他の仲間たちと瓦礫の中へとに逃げ込みました。でも、まだ四人の仲間が残党兵の射線の中にいました。何とか救助しなくてはならないと、私たちは匍匐前進で倒れている仲間のもとへ行き救助しようとしました。でも、仲間が上体を起こした瞬間、また銃声が聞こえました。また一人仲間が狙撃を受けたのです。その仲間を助けようとしたもう一人の仲間も撃たれました。もはや、私には手に負えません。私は匍匐前進で何とか瓦礫の壁へと戻り、しばらくじっとしていました。ああ、これで死ぬのかなと死への覚悟をしていました。不思議と怖くありませんでした。私はポケットの中に入れていた御守り代わりの家族写真を取り出してそれを指先で撫でながら見つめていました。最後に一目会いたかった。そう思っていました。そうだ。折角ならば、眠ったまま撃たれて逝った方が痛くないかもしれない。そう思って眠りにつくことにしました。目を瞑るとあっという間に眠りに落ちていきました。目を開けると私は死んでいないことに気がつきました。どのくらいの時間が経ったでしょうか。空を見ると夜が明けかけているのか少しだけ明るくなっていました。流石に時間が経ったので先程の残党兵もどこかに行ってしまっているはずです。撃たれるかもしれないという恐怖もありましたが、私は勇気を振り絞って移動してみることにしました。慎重に瓦礫の壁から顔を覗かせました。すると、そこには血を流し、変わり果てた姿で分隊の仲間たちが倒れていました。生存者がいないか探しましたが無駄でした。彼女たちを連れて帰ってあげたいと思いましたが、それはできません。泣く泣く仲間たちの亡骸は置いていくしかありませんでした。私は周囲を警戒しながら移動しました。しばらく歩いた時、私は集団が遠くから歩いてくることに気がつきました。残党兵でした。向こうは五人で私は一人です。私は、近くの砲弾の跡の窪みに隠れて様子を伺いました。すると、彼女たちは武器はなく、ボロボロの服で足を引きずりふらふらしていました。私はしばらくこのままやり過ごすかどうか考えていましたが、彼女たちの姿を見て、私は先程、私の分隊の悲惨な出来事を思い出し、彼女たちに復讐してやりたいという真っ黒い心が湧き起こりました。どうしようかとしばらく考えましたが、突然襲われ、訳も分からぬまま命を落とした分隊員たちの無念を晴らすことこそ供養になると思い、私は決意しました。もしかして、彼女たちは演技をしているだけかもしれませんが、少なくとも手には何も持っていないので武器の準備には少しは時間の余裕がありそうでしたから、もし変な動きを見せたら即座に射殺すれば良いと判断して決断しました。私は窪みから少しだけ顔を覗かせ、小銃を残党兵の足元に掃射しました。残党兵は突然撃たれて驚いてオロオロと狼狽えるだけでした。どうやら、本当にボロボロの残党兵と判断して良さそうです。私は銃を構えて、残党兵たちに銃口を向けて止まるように言いました。残党兵たちは素直に従って両手を挙げると、降伏したい旨を私に伝えてきました。私は了承した旨を伝え、水と食料はいらないかと聞きました。すると、必要だという答えが返ってきたので私は彼女たちに向かって手招きをして私のいた窪みに誘いました。窪みの中で捕虜になった残党兵たちは私から水と食料を奪うように受け取ると貪るかのように飲み食いし始めました。相当喉が渇き、お腹も空いていたのでしょう。誰も私が心の中で醜く黒い感情を抱き、それを実行に移そうとしているなどとは思ってもいないようです。降伏もしたし、ようやく、安全が確保されて安心したという顔をしていました。そして、私は一時の感情に任せて行動に移してしまいました。私はまず捕虜の足に向かって小銃を撃ちました。捕虜たちは撃たれた痛みで叫び声をあげて悶え苦しんでいました。これで捕虜たちは容易には動くことができません。捕虜たちは抵抗する気は無いからどうか銃を下ろしてほしいという意思を示していました。しかし、私は捕虜の願いを聞かずに、自分の感情に任せて、復讐のために捕虜を小銃で殴りつけました。それこそ何度も何度もです。捕虜は悲鳴をあげていました。気がついたら捕虜の顔はぐちゃぐちゃになって倒れていました。さらに私の中の悪魔はさらにもう動かない捕虜を小銃で撃ち殺すように囁いてきました。私は、小銃の銃口を捕虜の頭にぴったりとつけて、引き金を引きました。私の手にべったりと脳と血液が付着ていました。あの色と感触は一生忘れられません。そして、さらに追い討ちをかけるように私は射殺した捕虜を何度もナイフで突き刺しました。人間の体というものは案外柔らかくてスッとまるで豆腐に箸を突き刺すかのように簡単にナイフは身体の中に入って行きました。捕虜を滅多刺しにすると、更に私は手榴弾を投げ込み、その場を去りました。これが、私の犯した罪です。本来、捕虜はその安全が確保されなければなりません。しかし、私は彼女たちを殺したのです。しかも、安全を確保することを騙って、わざわざ安心させるために食料や水を与え、警戒心がなくなったところを足を撃ち、動けなくしてから顔がわからなくなるほど殴りつけ、射殺し滅多刺しにして手榴弾で遺体を吹き飛ばす。何という残酷さでしょうか。これを、私が30年前本当にやってしまったのです。その他にも、これは命令されたこととはいえ、処刑任務も何回か行いました。処刑された人たちに何の罪があったかなどわかりません。もはや、私には感情がありませんでした。ただ、機械のように淡々と殺戮を繰り返すようになってしまったのです。あの時のことを思い出せば、今、冷静になって考えると、私がなぜ、あのような残虐なことをしたのか全く理解に苦しみますが、とにかく憎しみに駆られ狂気に支配されていたことは確かです。

あの戦争から30年の月日が経過しました。30年経った今でも、あの日々のことを思い出さない日はありません。毎日毎日、あの日々のことを悪夢に見ます。体の傷は治っても心の中に残された深い深い傷は消えないのです。30年経った今、思うことはあの戦争で私たちは大切なものを全て失いました。本当に全てです。あの時は、皆、殺し殺されることが当たり前になっていました。恐らく、少なくともあの戦争に参加した反乱軍兵士は全員一人は殺しているでしょう。だから、遺体を見ても皆怖がることなく何も感じなくなっていました。遺体を見ても素通りです。部分遺体が道の真ん中に落ちていても平気で踏んで歩いて行きます。私たちの心は荒み、誰もが狂気の悪魔に取り憑かれていました。あの地獄のような戦争に意味などありませんでした。あの戦争で得たものなど、醜い悪魔のような闇の心と憎しみしかありません。美しいものは全て燃えて失ってしまいました。戦争の業火によって燃やされてしまったのです。大切なものすべて燃やして、私は一体何をやっていたのでしょうか。貴重な青春時代、キラキラと輝き仲間たちと楽しい学園生活を送るべき人生で一番楽しい時をわざわざこのような殺し合いのために使うなんて。私は残念でなりません。しかも、相手が何か悪いことをしたのなら、例えば、私の友人を殺したとかであれば、殺してやろうという気持ちになるのも仕方ないのかもしれません。しかし、もともと相手は何もしていないのです。全てを支配しようとした強欲な西住みほに唆されて本当に取り返しのつかないことをしてしまったのです。あの戦争があったから、相手は私たちの分隊員を殺したのです。あの戦争があったから私は殺された報復で捕虜を殺したのです。あの戦争があったから、私たちは不幸になったのです。あの戦争で誰か幸せになった人はいるのでしょうか。いいえ、そんな人はいません。あんなにも大勢の尊く何よりも重い命を犠牲にして、一体私たちは何のために戦ったのでしょうか。私は目の前で友人をたくさん失いました。もう二度と同じような目に未来の子供たちにあって欲しくはありません。だからどうか、愚かな私が体験した愚かな戦争を伝えてください。そして、私たちはどうしてこの戦争に煽動されたのか、西住みほの手口を伝え、世に警告を発してください。

あの戦争では戦車道が権力を掌握し戦争への道を突き進む根源となりました。戦車道とは戦車隊という軍事力を隊長に与えることになります。それは、高い倫理観のある人がやらなければいけません。今回の戦争も歪んだ倫理観を持っている西住みほが軍事力を握ってしまったが故に起こった悲劇です。私たちに国際的な紛争や武力衝突を防ぎ止めることは難しいかもしれませ。しかし、学園艦という小さな社会でなら、防ぎ止めることはできるはずです。学園艦で涙を流す学生は私たちで最後にしてください。戦争では誰も幸せにはなりません。誰も彼も皆が不幸になっただけです。どうかお願いします。

最後になりましたが、残炎の折柄、何卒お身体ご自愛のほどお祈り申し上げます。

敬具

 

令和二十四年八月十四日

平和を願う元反乱軍兵士

山田 舞様




終戦の日特別編の2は今日の22:00に更新します。
今度は同じ大洗戦線で生徒会軍に従軍した一兵士の手紙をご紹介します。


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終戦の日 特別編 無名兵士の手紙〜振りほどいた手〜

終戦の日特別編です。
あの、30年前に大洗戦線に参加したある生徒会軍の無名兵士の手紙です。


拝啓

97年目の長崎原爆忌を迎え、恒久平和と核兵器という悪魔の兵器の使用に人類を向かわせた戦争の恐ろしさを改めて考える今日この頃です。突然のお手紙に驚かれたことかと思います。

はじめまして。突然のお手紙、申し訳ありません。私は、西住みほが引き起こした戦争の中で大洗女子学園での戦いに生徒会軍の一員として従軍し、一兵士として参戦した元大洗女子学園の生徒です。山田様が、あの悲惨な戦争について取材しているという情報を私と共にあの戦争を戦ったある方から、伺い、私の体験が山田様があの地獄のような戦争を白日のもとに晒し告発する役に立てるのではないかと思い、また、原爆忌をはじめアジア・太平洋戦争終結など九十七年目の夏を迎え、平和の尊さと戦争の愚かしさを世界中の人々が考える日々を迎える中で、本質は全く違いますが、西住みほによってもたらされた戦争で実際に、言葉では形容しがたい全ての地獄を集めたような戦場を体験した者として、平和の尊さを改めて考え、30年前の忌々しい地獄のような戦争の記憶を忘れないうちに、話せる若いうちに誰かに引き継いでいかなくてはならないと思うと止むに止まれず筆を取っている次第です。記憶のままに、あの日々を思い起こし文にするため、乱筆乱文になることをお許しください。

まずは、私が体験した戦場へと至るまでの過程を大まかな概要を記したいと思います。

戦争は、平成二十四年(二〇一二年)六月二十日に始まりました。私は、戦争開戦前、寮にいましたが、突然、戦争が始まるから避難せよという生徒会の防災無線と不気味な空襲警報のようなサイレンを聞いて、持てるものだけ持って着の身着のまま慌てて学校に逃げ込みました。私の寮は反乱軍が勢力を持っている街区のすぐ近くの境界線沿いにあった街区だったそうで、あと少し遅かったら私はその場で死んでいたかもしれません。私が学校に逃げ込んだ頃には既に大勢の避難民が不安そうな顔で避難してきていました。まだ、その時は何が起きているのか理解できていませんでしたが、やがてどこからともなく銃声が聞こえてきました。私はその時、まだ兵士として従軍していませんでした。ただの避難民でした。生徒会軍は弱くて脆い装備も何もかもが不十分な軍隊でした。緒戦で負け続け、学園艦の街区は次々と西住みほたち反乱軍の手に堕ちていきました。サンダースが援軍を送ってくれて、点を取る程度の勝利はありましたが、それでもすぐに奪い返され、強大な軍事力で攻めよせる反乱軍に対してかなりの苦戦を続けていました。しかし、快進撃を続けていた反乱軍は突如として、進撃を停止しました。しばらくの間、束の間の平和が訪れたのです。その間に生徒会は自軍の再編成を推し進めました。大規模な募兵を行いました。私は追い詰められる生徒会軍に私も何か貢献できることがあればと思い、志願しました。その日のうちに健康の検査が病院で行われ、一番良い兵隊であるという証の1級で合格しました。あの時の私は、戦争の実態を何もわかってはいなかったのです。戦場がどういうところなのかということも全くです。ただただ正義感で動いていました。その日から厳しい訓練が始まりました。人を殺す訓練です。毎日、基礎的な体づくりと射撃の訓練、格闘戦や武道の訓練です。ただ、射撃訓練では弾が勿体無いと言う理由で使いませんでした。模擬弾すらありません。こんなことで本当に大丈夫なのかと大変な不安だったことを覚えています。仲間と励まし合いながら、厳しい訓練を乗り越え、私は晴れて第二連合守備隊に配属されたのです。二千名の部隊で、森林地帯を挟んですぐ奥に反乱軍の占領地区があるというまさに最前線でした。初めて実弾が入った銃を手渡されてこれで、反乱軍をやっつけてやると息巻いていました。この後、地獄を見ることになるとも知らずに。そして、運命の日はやってくるのです。

運命の日、私はあの日、いつものように部隊の仲間と朝食をとっていました。朝食といってもレーションで、お世辞にも美味しいとは言えません。前日の夜に食べた、ミネストローネの味を思い出していました。その時でした。突然、空襲警報のサイレンのような不協和音が響き渡り、スピーカーからは角谷会長の声で、反乱軍が再び侵攻を開始したことに対する警告と市街地区から速やかな退避の命令と今から避難して移動が必要な場合を除いた外出禁止令が発令されました。私たちに緊張が走りました。いよいよ西住みほは私たちを滅ぼすために行動を開始したのです。さあ、どこから来るか。臨戦態勢で辺りを見回していると突然でした。背後で断続的に爆発音と熱を感じたと思うと、私は吹き飛ばされました。反乱軍による砲爆撃でした。しかし、その時は何が起きたのかわかりませんでした。ほんの少しの間、私は気を失っていました。気がつくとあたりには、変わり果てた戦友の姿がありました。幸い私にけがはありませんでした。辺りは地獄そのものでした。私はこの目で見たのです。ついさっきまで楽しく話していた戦友の手脚が散乱し、首が街路樹に引っかかっているのです。他にも、体を貫通された戦友もいました。腹わたが飛び出ている戦友もいました。手脚を切断されて呻いている戦友もたくさんいました。助けて助けてと、皆叫んでいました。お母さんと叫ぶ声も聞こえてきます。阿鼻叫喚の地獄絵図でした。でも、ショックを受けている時間はありません。その間も次々と砲弾と爆弾が着弾しているのです。早く逃げなくては私もいつ四肢がちぎれて腹わたが飛び出るかわかりません。私は逃げようとしました。その時でした。私の足首を誰かが掴みました。ギョッとしてそちらを見ると、そこには私の戦友の中でも特に仲良しだった戦友が脚を掴んでいました。戦友の身体は瓦礫に埋もれてしまっていて動けないでいました。助けて、助けてと必死に私に言っていました。助けてやりたかった。でも、あの砲爆撃の最中で、私は逃げることに必死であろうことか、その掴む手を蹴って振りほどいて見捨ててしまいました。あの時の彼女の悲しそうな顔は忘れられません。今でも悪夢を見ます。夢枕の彼女は何も言いませんが、あの時と同じ悲しそうな目で見ています。彼女は私に振りほどかれても私に助けを求めていました。でも、あの時はとにかく生き残ることに必死だったのです。私はその声を聞くことなく駆け出しました。すると、爆弾が着弾したクレーターを見つけました。クレーターの中には戦友たちがたくさんいました。私たちはなすすべもなく、クレーターで砲爆撃を凌ぐだけでした。

やがて、砲爆撃は止みました。顔を上げてみると辺りには何もなくなっていました。あんなにも建物がたくさんあったのにです。私たちはバラバラになってしまい、あっという間に第一戦線を反乱軍に突破されてしまいました。その為、守備隊長は第二戦線まで部隊を下げることを決断しましたが、混乱で全員には行き渡らず、そのまま敵に突っ込んで死んでいった戦友も多いと聞きます。しかし、戦線を下げても歩兵が戦車による猛攻に敵うわけもなく、更に犠牲を大量に増やして後退しましたが、そこでも、敵が深く浸透し包囲される危険があった為、結局守備隊長は街区を放棄し立て直すことを決断しました。後方の街区前で何とか部隊を集結させましたが、人数は二千人が約六百人に減っていました。これ以上進ませるわけにはいきません。これ以上進ませればその先にあるのは野戦病院です。反乱軍が野戦病院を制圧すれば、さらにその後方、避難民が大勢避難している学校に押し寄せ、制圧されたら、反乱軍が何をするか、今まで行ってきたことを鑑みても、何が起きるかは火を見るよりも明らかです。この戦いに参加していない私の友達が学校にはまだたくさん残っています。彼女たちには絶対に帰ってくると約束していましたが、どうやら無理だということを悟り、私は死ぬ覚悟を決めました。せめて、ここで少しでも食い止めて、避難する時間を稼ぐために。私は、二枚の写真をポケットの中から取り出して、写真に写る家族と友達に今生の別れを告げました。そして、それをポケットの中に戻して再び銃を手にして侵攻してくるであろう方角に銃口を向けていました。やがて、反乱軍の姿が遠くに見えました。いよいよ決戦です。しかし、相手の軍は強大でした。援軍もありません。私たち600人は、砲撃でも破壊されなかった建物に立てこもって戦いました。私も必死に銃を撃って、反乱軍の侵攻を何とか防ぎ止めようとしましたが、結局敵のの猛烈な砲撃で殲滅されてしまいました。隊長は私に、何とか建物から逃れて、隠れ続けてゲリラ戦を戦うようにと言われました。その為、私は森に逃れて、戦いを続け、食料などが無くなれば街に出て調達をするというゲリラ戦を継続しました。何度か反乱軍によるゲリラ掃討戦が行われましたが、見つからないように隠れ続けました。その間は食事も取ることができません。とてもひもじくて辛かったことを覚えています。角谷杏生徒会会長小山柚子生徒会副会長が降伏し、戦争が終わったことは知っていましたが、今更、反乱軍に降っても私は、殺されると思っていました。だから、どうせ死ぬなら少しでも多くの反乱軍を殺してから死のうと思いました。そうした戦いを続けて何日も何日もそれこそ1ヶ月くらい経った頃です。それは深夜のことでした。私は警備のためか一人で歩いている反乱軍の兵隊を見つけました。辺りを見回しても他の反乱軍はいないようでした。狩るのにはちょうどいい相手でした。私は、前からその兵士を撃ちました。その兵士はゆっくりと後ろのめりに倒れました。私は、その兵士から食料や水、武器弾薬を奪うために駆け寄りました。すると、その人にはまだ息がありました。その人はポケットから写真のようなものを取り出して見ていました。そして荒い息で呼吸し、泣きながら何か苦しそうに何かを言っていました。耳をすませると消えそうな声で彼女は「お父さん、お母さん、ごめんなさい、私はもうダメ、死ぬ前に一目でいいからもう一度会いたかった。」と言って絶命しました。それを見た瞬間、私は思いました。なぜ、私はこのようなことをしているのかと。私はこの人に恨みもないのに反乱軍だという理由で殺してしまったのです。心底戦争が嫌になりました。そして私は、人間でいることさえ嫌になってしまいました。人間なんかに生まれたからこのような目に遭うのだと思ったのです。これだけ人を殺して真っ当に生きていく勇気はありませんでした。でも、捕まって殺されるのは痛そうで嫌でした。海に身投げして自殺しよう。そう思って、私は左舷側の展望公園へと向かいました。星明かりに照らされて、とても綺麗な海でした。このまま、汚いものを持ったまま死ぬのは嫌だったので銃は置いていくことにしました。そして、私は海に身投げしました。冷たくて気持ちのいい海でした。海の上でこんなに綺麗な星空を見ながら死んで行くなら本望でした。不思議と心穏やかでした。私は静かに穏やかな気持ちで眠りに落ちていきました。しかし、気がつくと私は漁船の上にいました。どうやら、助かってしまったようです。いや、もしかしたら戦友からまだくるなと言われたのかもしれません。このような大海原に投げ出されてちょうど私を見つけてもらえるなど奇跡中の奇跡です。生きろと言われているような気がしました。私は、生きることに決めました。その後、私は二度と大洗には戻ることはありませんでしたから、学園がその後どうなったのかはわかりません。この話は家族にも子どもにも誰にも話すことはありませんでした。

さて、あの戦争から三十年経ちました。私の人生はあの戦争によって大きく狂わされてしまいました。戦争はおよそ人間としての尊厳を全て奪い、人を畜生以下の存在にしてしまいます。今、考えると私自身も畜生以下の存在に成り下がっていたと思っています。私自身、助けを求める人の手を振り払って逃げてしまいました。しかも、あの部隊で私の一番の友人をです。私が生きることで精一杯で人間性を失いました。それに、面識も全くなく何の恨みもない人を反乱軍にいるというだけの理由で殺していたのですからとんでもない犯罪者です。戦争になると感覚が麻痺してしまうのです。殺しても何とも思わなくなってしまいます。罪悪感などありませんでした。私はあの記憶から立ち直るのにずいぶんな時間がかかって苦しみました。あの戦争に関わった人は皆、不幸になりました。皆が何かしら心に大きな傷を負ったのです。この傷は一生、何があっても治らないでしょう。だから、戦争というものはどんなに大義名分があったとしてももっともらしい理由をつけても決してやってはいけないことなのです。今回の戦争については、確かに私たちは一方的に攻められたから迎え撃っただけの防衛戦争ですが、このような戦争が起きる前ににできることはなかったのだろうかと思います。私はあの戦争については、当時の生徒会にも大きな責任があると思っています。生徒会が、戦車隊を西住みほに任せてしまったのでこのようなことが起きたと思います。生徒会は戦車隊は軍事力であると理解すべきでした。軍事力を倫理観に欠けた人間が握ってしまえば、どのような結果を招来するかは、わかっていたはずです。生徒会がもっとこのことを理解して、慎重に西住みほの人間性を判断していればこのような結果は免れたのではないかと考えています。ただ、生徒会を監視しなかった私たちにも問題はあるでしょう。あまりにも、巨大な権力を監視もせずに野放しにしてしまい、独走を許してしまいました。私たちにも責任はあり、もし生徒会という権力を監視できていれば、戦争が起きなかったかもしれないと思うと残念でなりませんが、今となっては後の祭りです。私は今の子どもたちには私たちと同じような辛い思いをして欲しくありません。楽しい学園生活を送ってほしいと思っています。だから、もう二度とこんなことが起きないように、伝えていってほしいのです。あの時のことは解き明かさなければならないことです。このまま闇に葬ってはいけません。どうかお願いします。

最後になりましたが、これからも酷暑が続くことだろうと思います。くれぐれもご自愛くださいますようお祈り申し上げます。

敬具

 

令和二十四年八月九日

元生徒会軍兵士

山田 舞様




次回の更新はまた、Twitterと活動報告でお知らせします。よろしくお願いします。


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第132話 出会いと再会

久しぶりに本編です。
前半が30年後の世界で後半がカルパッチョ目線からのお話です。
よろしくお願いします。
また、本日は天才冷泉麻子さんの誕生日!
お誕生日おめでとうございます!


長い長い学園艦史の中にいくつかある謎の中でも有数の謎。 知波単学園第2部第8課の謎が今、明らかにされようとしている。このことは、私たち3人にとっては心踊ることだった。第2部第8課については反乱軍による戦争が終わった少し後に、そのような組織が暗躍していたらしいという話が何度か出て、反乱軍による戦争を検証するために戦争に関わった各学園艦が選出した委員により構成、設置された検証委員会による研究を始めとして、何人もその存在を追い続け、実態を明らかにしようとしてきた。しかし、知波単学園艦が出した公的な文書等の史料となるものが何一つ残っておらず、実態が全く見えていなかった。それならばと関係者に話を聞こうにも他の学園艦職員の人事記録や生徒の記録はしっかりと残っているのにも関わらず、第8課のものだけはすっぽりと抜け落ちており、結局、誰にも話を聞くことができずに、そのまま細々と調査は続けられていたが、詳細不明のまま調査は終わってしまっていた。その結果、都市伝説のような形でその存在が語り継がれているに過ぎない存在になってしまっていたのだ。誰しもがその存在の実証を諦めかけていた頃に、このような史料と手記が思いがけずに発見され、具体的な作戦行動などその実態まで明らかになるということは大快挙だったのだ。更に、この戦争についてを自らの研究とは別のライフワークとして捉えている秋山優花里にとってその喜びはひとしおだっただろう。だが、知的興奮を覚えながらも、秋山優花里とエルヴィンは冷静だった。まず、最初に口を開いたのはエルヴィンだった。

 

「すごく興味深い史料だが、これだけでは断定できないな。何か裏付けが必要だ。偽物の可能性も十分ある。誰か、当時の継続のことがわかる関係者がいるといいが。」

 

エルヴィンの言う通り、実はこれだけでは、これが本物であるかどうかは断定できない。それを裏付ける史料、もしくは証言が必要だ。公的な命令書などの文書については前述した通り、簡易的なものではあるが、西住みほの筆跡と同一人物のものであるという鑑定結果が出たが、手記についてはまだ本物であるという確証がない。素人はこうした裏付け作業を行わず、情報を鵜呑みにしてトンデモ論に引っかかるが、やはり2人とも流石は学者(プロ)だった。あの戦争の関係者の人脈を広く持つ秋山優花里が腕を組んでしばらく考え込み、しばらくして口を開いた。

 

「えっと……実は、継続高校は謎が多い学校なんですよ。だから、関係者が生存しているかどうかもわからなくて……でも、探してみます!」

 

さて、その日は時間が来てしまったので、一先ず史料と手記の検討は終わることとした。史料と手記は私の手元に置いておいても、検討は大学で行われるので、また持ってこなくてはならない。それはとても面倒くさい。そのことについては二人とも理解してくれて、どちらかの研究室に保管してくれることになった。最初、秋山優花里が自分が預かると申し出てくれたのでそちらに預けようと思ったが、エルヴィンがあの本が山積みで足の踏み場がない部屋にこれ以上物を増やすのは得策ではないという忠告を受けて、エルヴィンの研究室で保管してもらうことにした。秋山優花里は、残念そうだったが、30年前という最近のものとは言え、史料保存の方法を心得ているエルヴィンに預けた方が良いだろう。もちろん、秋山優花里だって大切に扱ってくれるとは思うが、あれ以上物を増やし、秋山優花里の研究室で本来の研究ができないというのは申し訳ない。それに秋山優花里は継続高校の関係者を探すと言っていたこともあるから、史料の検討と研究はエルヴィンに任せる方が色々スムーズに進むだろう。もちろん、私も丸投げするつもりはない。私もいくつか公的文書である反乱軍司令部から発せられた命令書の類を持ち帰り、秋山優花里たちと別れた。帰り際、大学の門の辺りで何気なしにスマホを見てみると落合陽奈美から不在着信があった。どうやら、夕方の15時頃にかかってきたようだ。集中しすぎて気がつかなかったらしい。時計を見ると16時30分頃だった。今ならまだ、常識的な時間なので掛け直すと、落合陽奈美はすぐに電話に出た。用件を聞くと、あの戦争の時の続きの話の件で、自身の予定がはっきりし冷泉麻子からも了承を得た。土日に集合できるが予定はどうかという問い合わせだった。その日は特に予定もないので了承した。集合は今日と同じ東京帝大だった。それまでの1週間。取材の成果などをまとめて時間が過ぎた。

そして1週間後、私は再び東京帝大に来ていた。場所は前回、秋山優花里たちと史料を検証した時同じだ。この日よりも少し前に冷泉麻子から今回は、エルヴィンと左衛門佐が参加する旨は連絡を受けていた。確か、落合陽奈美を救うことを企図したのはカエサルこと鈴木貴子を首班とする戦車隊の歴女チームたちだったから今回の参加は自然なことで頷ける。今回、おりょうこと野上武子は都合で欠席になった。会場に入ると落合陽奈美とエルヴィンと左衛門佐は既に来ていた。しかし、時間になっても冷泉麻子だけがなかなか来ない。気長に待っていたが遅すぎだ。とうとうしびれを切らして、大きく溜息をつき、エルヴィンが口を開いた。

 

「冷泉さん……大学で伝説になっていると聞いていたがどうやらあの話は本当のようだな……毎回遅刻してくる先生がいて、授業時間終了10分前にしかこないって……流石に単なる噂かと思ったが……まったく……仕方がない……どうせまたどこかで寝ているんだろう。武部さんが言っていたが、本当に世話が焼けるな。ちょっと見てくる。」

 

そう言うと、エルヴィンはどこかに走っていった。30分ほどしてエルヴィンは冷泉麻子と一緒に戻ってきた。冷泉麻子は眠そうな顔で目をこすっている。

 

「すまない……待たせてしまって……」

 

冷泉麻子はペコペコと頭を下げていた。冷泉麻子の遅刻についてはいつものことなので誰も非難はしなかった。冷泉麻子が席に着くと本題に入った。あの戦争の体験の続きである。まず、最初に口を開いたのは落合陽奈美からだった。

 

「それでは、全員揃ったので始めましょう。話は私からで良いですか。」

 

「私はそれで良いですが、冷泉さんたちはどうですか。」

 

私が尋ねると冷泉麻子は学者陣3人を代表して言った。

 

「私たちはそれで良い。ただ、落合さんの話しと私たちとで交互に話していこう。」

 

「わかりました。では、準備しますね。」

 

私はそう言って、取材用のノートと音声を録るICレコーダーを用意した。準備が完了すると落合陽奈美は徐に語り始めた。

 

********

 

反乱軍に捕虜として捕らえられた私は、大洗に知波単の輸送機で連行された。しかもただ普通に連行されるだけでなく、あの女悪魔西住みほはわざわざ私の服を全て奪った上で全裸で街を歩かせられながら連行された。私を見世物にしたのだ。そして、連行される輸送機の中で、護送担当のあの悪辣な護送管理官に辱めを受けた。あの時の私が味わった心の痛みは一生忘れない。いや、あの時の私の心は、私が受けた辱め以上に形容し難い酷い出来事が沢山あり、死んでしまっていたと言う表現がぴったり合致するような状態にあったので、そのようなことを考える余裕はあるいはなかったかもしれない。私の心は度重なる虐殺と辱めによって、冷たく閉ざされて闇の中に放り出され、完全に光を見失っていた。ここまでは、話したように思う。今日はここから何が起きたのかを話していこう。

管理官は離陸するまでの間、始終、私の体に触れて私の嫌がる姿やその反応を眺めては愉悦に浸っていた。弱々しい私の姿は悪辣でサディストの管理官にとって嗜虐心を昂らせる対象であっただろう。しかし、これだけで終わりではなかった。輸送機がアンツィオ高校学園艦を離陸すると、管理官は密室状態をいいことにとんでも無いことを始めた。担当官は私の身体をただ触るだけでは飽き足らずアンツィオ学園艦の人々が処刑される中継映像を流しながら、私の体の愛撫を始めた。いや、訂正しよう。あれは愛撫などと言う生易しい表現で済むものではない。あれは、同性同士であったとはいえ、強かんと拷問を折り合わせたものだった。輸送機内で、しかも雲の上であり、咎める人は誰もいない。だから担当官はやりたい放題だった。彼女は輸送機に荷物を乗せる際に使う小さなクレーンのようなものに私を鎖で吊るした。私の手首に鎖が食い込む。痛みで思わず顔を歪ませる。私は何とか脚を閉じて大切な場所だけは晒さないようにする。管理官はそれを見てニヤリと悪い笑みを浮かべて、私の体をまじまじと眺める。私の顔を羞恥で真っ赤に染まった。

 

「ふふふふ。改めて見てみると、本当に綺麗な体してるんですね。何時間見てても飽きないわ。ああ……また……またゾクゾクしてきた……ふふっ……次は何しようかな。」

 

私は吊られたことによって鎖が食い込んだ手首の痛みに思わず悲鳴と叫び声をあげる。

 

「痛い!痛い!痛い!いや!やめて!もうやめて!」

 

「うるさい!黙りなさい!静かにしないと射殺しますよ!」

 

管理官は怒鳴りながら拳銃を構えた。私は苦痛に顔を歪ませながら口をつぐむ。管理官は満足そうに笑うと今度は腹部に手を伸ばして撫でまわし始めた。私は今度は消えそうな声で言った。

 

「うぅ……もう……もうやめてください……お願いです……」

 

しかし、ここで終わるはずはない。管理官は私の弱々しい姿を見て嗜虐の心をくすぐられたのか、悪辣な笑みを浮かべる。

 

「あっははは!こんな綺麗な体を見せられたら、やめられませんよ。大洗学園艦に着くまではあなたの白くて柔らかくてすべすべした甘やかな可愛い体は隊長のものではなく私だけのもの。大洗に着陸するその瞬間までまだまだ時間はありますからたっぷり楽しませてもらいますよ。」

 

管理官はしばらく吊られた私の裸体を眺めていたが、やがて私を再び下ろして、積まれていたマットレスのようなものに私を寝かせた。そのマットレスの近くの壁に手枷と足枷が付いていてそれを私の手首と足首に固定した。担当官は優しい手つきで私の髪と頰を何度か撫でる。

 

「ああ……可愛い……可愛いわ……もう触るだけじゃ満足できない……見れば見るほどにその柔らかい体を全身で感じたくなる……」

 

そう言うと、自らの服に手をかけて一枚一枚脱いでいき、管理官は生まれたままの姿になった。そして、同じく生まれたままの姿で手枷と足枷で固定されて体を開き、まるで行為を待っているかのような格好の私の裸体に抱きついて素肌と素肌を擦り付けた。

 

「きゃっ……!」

 

私は思わず悲鳴をあげた。すると、管理官は顔を赤らめて息を荒げながら満足そうな笑みを浮かべる。

 

「ふふふ……可愛い鳴き声……もっともっと可愛い声で鳴いて!あああ……柔らかくてすべすべで心地いい……もっとあなたの体を全身で感じたい……」

 

管理官はさらに腕に強く力を入れて体同士を密着させて素肌と素肌を擦り付ける。管理官にとっては心地よく気持ちの良い感触なのかもしれないが、私にとっては恐怖と気持ち悪さの象徴に過ぎない。私は体をくねらせてなんとかもがこうとした。管理官は全身を私に預けてきた。管理官も女の子だから彼女の体が特別重いというわけではないが、人ひとりが私の上に乗っているのだ。私はその重みが体にのしかかる苦しさにうめき声をあげた。

 

「くっ……うぅっ……」

 

しかし、その呻き声によって行為は更にエスカレートした。私の呻き声はどうやら、管理官を喜ばせ、煽ってしまったようだ。管理官はいきなり私の初めての唇を奪ってしまった。

 

「な、な、な、何するんですか!キ、キ、キスなんて……!そんな……そんな……」

 

私が管理官に抗議すると管理官は再び体と体を擦り付ける。そしてわ素肌と素肌が触れ合う柔らかな感触とそれに相反するような強烈な刺激と背徳感を愉しんでいた。そして、私の髪を手櫛するとそのまま足の先までをねっとりとした手つきで撫で回して、体全体で私の裸を愉しむ。

 

「あなたがいけないの。あなたがこんなに可愛いから。可愛いからいじめたくなっちゃうのよ。ああ……可愛い……!可愛い……!柔らかい……!柔らかい……!柔らかい……!柔らかい……!最高……!最高よ……!今度は匂いを嗅がせてちょうだい。」

 

更に、管理官は私の髪を鼻先に持っていってその匂いを愉しむ。そして鼻先を首筋の方に移動して全身の素肌の匂いを愉しんだ。

 

「やめて……嗅がないでください……」

 

管理官は私の言葉には耳を貸さずに匂いを愉しみながら言った。

 

「ふふふふ。なぜ?とてもいい匂いですよ。さすがは女の子ね。アンツィオではきっとお風呂に入れなかったでしょうけど、甘くてとってもいい香り……」

 

管理官の鼻先は更に移動してついに私の大切な場所に到達した。

 

「いやっ……!そ、そこは……!」

 

管理官は自らの指を私の下腹部で蠢かせて意地悪く私の耳元で囁く。

 

「ふふふふ。え?ここは……?何……?ふふふ、どんな匂いがするのでしょうね。」

 

「やだ……!やめて……!そこだけは….!だめ……!」

 

私は今まで以上に強く拒否する。無駄な抵抗だが、ガチャガチャと手枷と足枷を鳴らして、体を閉じようとした。私にはどうしても強く拒否しなければならない理由があった。もちろん、大事な純潔を守ると言うことも理由の一つだが、実は私はアンツィオでマフィアに捕らえられ、恐怖のあまり漏らしてしまってから、風呂に入る余裕はもちろん、何かしらの適切な処理をする余裕さえもなくそのままにしていた。そんな状態の下腹部を嗅ごうというのだ。間違いなく強烈な臭気を放っているだろう。普通の人ならそのようなものを嗅ごうとはしない。しかし、目の前で今にもそれを堪能しようとしている管理官にとっては通用しない。彼女にとってそれは濃厚で豊潤な香りなのだ。嗅ぎたくて仕方がないものなのだ。それに、目の前の残虐な心を持つ少女が実は私がかつて恐怖のあまり高校生になってから失禁して経験があると知られたらどうなるだろう。きっともっとひどい目にあうのは目に見えている。だが、何としてもそこだけは守りたかった。だが、そのようなことは当然聞き届けられることはなく、管理官は私の下腹部に鼻先がぴったりとくっつきそうな距離まで持っていき思い切り息を吸い込む。すると、管理官は少し顔を歪ませた。あまりの臭いに少し驚いた様子だった。しかし、すぐに満面の悪魔のような笑みをたたえて私の耳元で囁く。

 

「ふふふふ。この匂い……もしかして、失禁(もら)したの……?熟成されて芳しい良い香りになってますよ。」

 

私の秘密がばれてしまった。私はこれらの辱めを唇が紫になるまで噛み締めて耐えていたが、これ以上は我慢の限界だった。これ以上、こうした辱めを許せば、管理官はどこまでも際限なく辱めを続けるだろう。やがて超えてはいけない一線まで踏み超えてしまいそうである。私は管理官に懇願した。

 

「お願いです……お願いですからこれ以上は……」

 

しかし、管理官は私の下腹部を辱めていた指を口に持っていってねっとりと舐り、自らの唾をたっぷりと滴り落ちるほどつけて、上気した両頬に手を当てると狂乱するように笑い叫び声をあげる。

 

「あっははは!こんな扇情的な姿を見せられたらもう止められませんよ!可愛い蝶よ、あきらめて私に食べられてしまいなさい!」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

管理官が私の貞操を奪おうとした時、思わぬ形で救いの手が差し伸べられた。それはこの輸送機の機長だった。管理官の手が下腹部に伸びて今にも貞操が奪われるかという瀬戸際のタイミングで突然、機内放送が入った。

 

『あの……えっと……お楽しみのところすみませんが、着陸態勢に入るのでお二人とも席についてください。』

 

すると、管理官は残念そうな顔をして。大人しく席に着く。いくら管理官でも、流石に乗務員に逆らうことはできないようだ。管理官はため息をつく。

 

「良いところだったのに……空気が読めないのね……まあ、仕方ないですね。到着するまでって約束でしたから。」

 

どうやら、一線を超えるような辱めはないようだ。それにはひとまず安心したが、管理官の手は常に私の胸にあった。管理官は始終、片手で私の胸を愛おしそうにこねくりまわしていた。放送が入って以来、輸送機は少しずつ高度を下げた。そして、やがて大洗の学園艦が見えてきた。私は窓側に座っていたから、横目で学園艦を見たが、ひどい光景だった。輸送機の進行方向手前側が恐らく反乱軍側と思われる。そこは綺麗な街だったが、そこから少し離れたところの地区は上空から見てもわかるほどに瓦礫だらけで色のない街と化していた。その色のない街にバラック小屋がいくつかあった。それが、絶滅収容所であることを知ったのはだいぶ先の話だ。さて、輸送機は何回か旋回してから大洗女子学園の大幹線道路に着陸した。大洗に着陸すると管理官は改めて私の情報が載ったファイルを確認した。

 

「えっと……あなたは……ああ、特別監房行きですか。まあ、可愛いですからね。隊長のお眼鏡にかなって良かったですね。少なくともあなたは生命は維持できますよ。あれに映る死にゆくゴミどもと違ってね。まあ、精神がどうなるかは知りませんが。」

 

そう言って管理官が指し示す映像では血だらけの裸の遺体が大穴に山積みになっており、今まさにその日最後の処刑が行われようとしていた。大穴のへりに裸の少女が跪かされている。そこに、真っ黒な服を着た処刑執行人が拳銃を突きつけ引き金を引こうとしている。その少女の目は恨めしそうにカメラの方を見ていた。その少女の恨みの目はまるで私に向けられているかのようだった。助けたい。でももう私にはどうすることもできない。私は震える腕を伸ばした。

 

「ああ……もう……やめて……殺さないで……なぜ罪のない子たちがこんな目に……?」

 

しかし、引き金は容赦なく引かれる。発射音がすると同時に私は思わず目を背けてしまった。私は心の中で処刑された人々へ謝罪し続けた。なぜ、彼女たちが殺されねばならないのだろう。彼女たちに罪はない。この戦争でもし、戦争責任を取らなければならないとすれば、それは私。もしそれでは足りないというのであれば生徒会の役員だけだ。全くわけがわからなかった。確かに、私も人間だから生きたいと思っており、先ほど管理官から少なくとも生きることはできると言われてかなり嬉しかったし、ホッとしたのは間違いない感情だ。しかし、処刑するならこの私なのになぜという複雑なえも言われぬ感情だった。それに、管理官は「隊長のお眼鏡にかなった」から命は助かると言っていた。その言葉に不穏なものを感じた。もしかして、私には殺されるよりも酷いことが待つ予感がしていた。体中から冷たく嫌な汗がじわじわと染み出し、背中を流れていくのがわかった。私は未知の恐怖にガタガタ震えていた。その姿は管理官の嗜虐心を煽る要因になった。

 

「ああ……怖がる姿もまた可愛い……!その恐怖に染まる顔……!その怯える目……ああ……可愛い……!可愛い……!可愛い……!」

 

管理官はじりじりと私に近づいてくる。私は思わず後ずさりをするが狭いスペースですぐに行き止まりになった。

 

「やめて……!来ないで……!」

 

しかし、私の体は管理官の手に絡め取られてまた素肌と素肌をぴったりとつけて私の頬を撫でながら耳元で囁く。

 

「最後にもう一度だけ、あなたの柔らかくてすべすべで心地いい肌の感触と髪と肌の香り堪能させてください。」

 

管理官は私の肌の感触を忘れないよう何度も何度も私の素肌に触れ、さわさわと撫で回し、体と体を擦り合わせる。そして、髪の匂いと肌の匂いを再び愉しんだ。10分ほど堪能して、私はようやく辱めから解放された。私は、席から立たされて手錠と腰紐をつけられて輸送機から降ろされた。席を立って輸送機のタラップを降りる間も管理官は私の臀部を撫であげていた。輸送機の外に出ると別の反乱軍兵士が私の身柄の引き取りに来ていた。反乱軍兵士と管理官は何度か言葉を交わすと管理官はファイルをその兵士に手渡し、こちらに戻ってきた。

管理官は私の肩に手を置いて言った。

 

「あの兵士に付いて行ってください。」

 

管理官はまた臀部を最後の一撫でと言わんばかりに撫であげてから私の肩を後ろから小突いて早く行くように促した。私にはもはや抵抗する気力さえもなかった。私は兵士に小銃を突きつけられ、小突き回されながらしばらく歩かされた。やがて、私はある建物に連れてこられた。その建物の前に小さくてまるで子どものように可愛らしい白衣を着た黒髪が美しくよく似合う少女が立っていた。そう。この人こそ、私の命の恩人、冷泉麻子さんだ。私は彼女と出会ったが故に助かった。彼女は、反乱軍の中でも唯一の良心といってもいいほど聡明で心の美しい少女だった。だが、この時はまだ私は彼女が優しい人だということは知らず、他の反乱軍の兵士や幹部たちのように心底心が冷たい残虐な人物なのだろうと思っていた。しかも、恐怖の対象だったのは彼女の白衣姿だった。こうした残虐な考えを持つ支配者が支配する国などの組織に捕らえられた捕虜が白衣姿の人物と対面した時、何が起きるかは私だって高校生で其れ相応の教育を受けてきたから理解していた。私の頭の中には"人体実験"と"生体解剖"の二つの言葉が浮かんだ。しかし、冷泉さんは私の想像とは全く真逆の人だった。冷泉さんは全裸で連行されてきた私の姿を見て心底驚き、慌てて駆け寄ってきた。

 

「その格好……どうしたんだ……!?なぜ裸なんだ……!?」

 

冷泉さんは白衣を脱ぐとそれを私に着せて問い詰めた。私はあっけに取られて何も話せないでいると今度は兵士の方に問い詰めた。

 

「おい……君、何か知ってるんじゃないか……?」

 

冷泉さんはじっとりとした目で兵士を見つめる。兵士は答えに窮していた。

 

「まさか、君がやったのか……?」

 

すると、兵士は慌てて否定した。

 

「ち、違います!私じゃありません!」

 

冷泉さんは想定外の低い地を這うような声で兵士に迫った。

 

「じゃあ、誰がやれと言ったんだ。言え。」

 

兵士はぴくりの体を震わせて、怯えたような表情で口を開いた。

 

「た、隊長だと私は聞いています!」

 

冷泉さんは納得したような顔をして頷く。

 

「そうか。君は何もしなかっただろうな。」

 

すると、兵士は背筋を伸ばして叫ぶように言った。

 

「小突いてしまいました!」

 

すると、冷泉さんはますます険しい表情になって兵士を睨みつけた。

 

「何をしているんだ。この人たちは学園艦を守るために戦ったんだ。捕虜は私たちの名誉あるゲストだ。そういうことは二度とやめろ。」

 

冷泉さんの言葉は素直に嬉しかった。反乱軍の中に私たちの戦いを肯定し、敗戦しても私達を客人として捉えて迎えてくれる人がいたのだ。兵士の少女は90度に腰を曲げて冷泉さんに謝罪する。

 

「申し訳ありません!」

 

「私じゃない。謝るならこの子に謝れ。」

 

冷泉さんは私に対して兵士の少女に謝罪させた。

 

「はいっ!申し訳ありませんでした!」

 

兵士の少女は先ほどよりも更に深く頭を下げる。私はあっけに取られて許すとも許さぬとも何も言うことができなかった。すると、まだ許されていないと思ったのか、兵士は膝をつきはじめた。土下座する気なのだろう。私は慌ててそれを止めた。

 

「もう、やめてください。許しますから、そんなことしないでください。」

 

すると、兵士は顔を上げてホッとしたような表情になって、冷泉さんの方を向き、書類を差し出した。

 

「お許しを頂きありがとうございます!それでは冷泉さん。確かに捕虜の身柄を引き渡しましたからこれにサインを。」

 

冷泉さんは兵士から書類を受け取り、サインをする。兵士はどこかに立ち去って行った。それを見送ると、冷泉さんは私の方へ、くるりと体を向けて口を開いた。

 

「ここまで連行されて来るまでに大変な酷い目に沢山あってきたのだろう。あとで話を聞こう。まずは、私の部屋に案内する。付いてきてくれ。」

 

私がコクリと首を縦に振ると冷泉さんは微笑をたたえて、私を建物の中へと案内してくれた。その中のある部屋にたどり着いた。冷泉さんは私を部屋の中へ通した。

 

「ここだ。入ってくれ。」

 

冷泉さんは鍵を開けてその部屋に入っていく。その部屋には本と何かのファイルと実験道具があふれていた。どうやら研究室か何かのようだ。私は少し警戒して、入室をためらっていた。やはり、冷泉さんは何か実験する気なのではないだろうかと。すると、冷泉さんは私が入ってきていないことに気がついて不思議そうに首を傾げた。

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ、えっと……その……」

 

冷泉さんに返す適切な言葉が見つからずに答えに困っていると冷泉さんは察してくれた。実験器具を手に取り、それらを引き出しなどにしまいながら言った。

 

「ああ、これか。出しっ放しで怖がらせてしまったな。何もしないから大丈夫だ。安心してくれ。」

 

私はその答えを聞いて勇気を出して一歩ずつ慎重に足を踏み出した。冷泉さんは私に応接用の椅子を勧めた。冷泉さんはその隣に座り、私の体をまじまじと見ると私に言った。

 

「少し検診を行わせてくれないか。」

 

「まさか、あなたも私の体目当てですか!?」

 

私は胸の前で腕を交差して胸を隠す。冷泉さんの言葉に私は最初、不信感を募らせていた。このひともまた、私の体を好き放題弄ぶのだろうと思っていた。しかし、冷泉さんは即座に否定した。

 

「違う。そんなつもりはない。私は、反乱軍の中で防疫と衛生を担当しているんだ。君が悪い病気にかかっていないか調べたいんだ。調べたら、服を着てもらって構わない。しっかり用意してあるから信じてくれ。」

 

冷泉さんは引き出しから布のようなものを取り出して私に渡した。受け取って広げてみるとそれは着物状の服だった。

 

「サイズが合うかわからないが、検診が終わったらひとまずはそれを着てくれ。」

 

私は納得して検診を受けた。そんなに難しい特殊な検診ではなくありふれた普通の検診だった。検診が終わってその着物状の服を着終わると冷泉さんは執務用の椅子に座って兵士に渡されたファイルを開いて基本情報の確認を行った。

 

「まず、名前を確認するが、君の名前は落合陽奈美さんで間違いないな。」

 

「はい。間違いありません。」

 

「所属はアンツィオだな。それで、戦車道の副隊長で、戦時に生徒会の仕事をしていたとあるが、これも間違いないか。」

 

「はい。それも間違いありません。」

 

「わかった。ありがとう。私は冷泉麻子。2年生だ。」

 

冷泉さんは基本情報に間違いがないことの確認が終わると、ファイルを閉じて椅子に座りなおし、自らの自己紹介をしてから若干前のめりになって私に言った。

 

「さて、それでは本題に入ろうか。落合さんが話したいこと何でもいいし、どこからでも話せる範囲で構わないから話してくれないか。」

 

私はコクリと頷くとポツリポツリと話し始めた。まず、戦争の始まり。知波単の爆撃機や戦闘機による空襲でペパロニはじめ多くの戦車隊の戦友を亡くしたこと。その空襲で自らも機銃掃射で目標にされたこと。機銃掃射で多くが目の前で死んでいったこと。生徒会の仕事を任されることになった経緯と、災害対策本部長として業務を懸命に行ったが、及ばずに降伏することになったこと。占領軍がやってきて、捕虜として捕らえられ、西住みほに裸にさせられ辱めを受け、そのまま裸のまま連行されたこと。処刑執行を無理やり担わされたこと。そして、輸送機の中で管理官に体に触れられて辱めを受けたことなど、墜落し、逮捕した知波単の飛行士に裁きを下したこと以外の全てのことを告白した。冷泉さんは真剣な表情で全ての話を黙って聞いてくれた。私の目からは自然に涙が溢れ出てきた。それを見て冷泉さんも泣いていた。そして、私が口を閉じると冷泉さんは苦虫を噛み潰したような顔をして、次に怒りを露わにした。そして、机に自らの拳を叩きつける。

 

「何ということだ!これが人間のすることか!こんなことが許されていいはずがない!」

 

「きゃっ……!」

 

冷泉さんの突然の大声に体を震わせて小さく悲鳴をあげると冷泉さんはハッとしたような顔をして私を抱きしめて背中を撫でながら私以上に泣きじゃくりそれでも優しい声で言った。

 

「すまない……怒りに我慢ができなかったんだ……落合さん。君はよく頑張った。もう頑張らなくてもいい。私が守る。だから、私を信じてくれ。私が必ずここから解放するから。」

 

冷泉さんはまっすぐ私の目を見つめていた。その目は曇りのない綺麗な目だった。信じてもいい人の目だ。この人なら信頼しても良さそうだ。私は、彼女の目を見つめ返しながら問う。

 

「本当に信頼しても良いのですね。」

 

冷泉さんはためらうことなく首を縦に振った。私は安心して彼女に身を委ねることにした。私は冷泉さんを信頼したことで、冷泉さんに、大洗に来たら聞きたかったことを尋ねた。

 

「あの、ドゥーチェ……安斎千代美先輩と、たかちゃん……鈴木貴子ちゃんは無事ですか。ここにいると聞いたのですが。」

 

「ああ、もちろん無事だ。近いうちに会わせてあげよう。」

 

私はそれを聞いて心底安心した。再会する日を楽しみに生きようと思っていた。そのうちの一人とこの後すぐに再会するとは思ってもみなかった。それは、私が冷泉さんが管理する特別な収容所に収容されることになった直後の話である。この収容所は私が捕虜であるから格子はあるものの、比較的優しい収容所だった。厳しい労働があるわけでもなく自由に過ごしていても問題がないし、食事もそれなりに良いものを用意しているとのことだった。あの、過酷な占領政策を行う者たちと同じ組織が運営する収容所だとは思えないほどだった。私は悪くない待遇で安心していた。私には独房が与えられた。私がゆっくりと独房のベッドの上で寝転がって過ごしているとこちらに近づいてくる二つの靴音があった。そして、私の部屋の前でその靴音が止まり、ガチャリと音を立てて鍵と扉が開き、冷泉さんが顔を覗かせた。

 

「お待ちかねの人が来てくれたぞ。」

 

冷泉さんはそう言うと後ろに控える人物に中に入るように促した。入ってきたその人は私が夢にまでみた会いたくて会いたくて仕方なかった私の大親友だった。鈴木貴子ちゃんだった。私は大親友のたかちゃんと遂に再会したのだった。

 

「た、たかちゃん……!」

 

「ひなちゃん!ひなちゃん!やっと……やっと会えた!無事で良かった!怪我はない……?」

 

私たちは互いに泣きじゃくりながら抱き合った。たかちゃんとの再会は本当に嬉しかった。今まで感じたことのない嬉しさだ。

 

「うん……うん……平気よ……」

 

私たちは互いに再会を喜びあった。そして、積もるいつものおしゃべりをまず最初にした。そのあと、たかちゃんは本題を切り出した。

 

「実は私、裸で大洗の学園艦を連行されていくひなちゃんを見ちゃったんだ。それで、わかったんだ。ひなちゃんが酷い目にあってるって……それで心配でつい、飛び出してきちゃった……辛かったでしょう……私でよかったら話聞くよ……?」

 

たかちゃんは私の肩を抱きながら言った。私はまたもボロボロと大粒の涙を流しながら今までの経緯をポツリポツリと言った。たかちゃんの顔は険しく怒りの形相へと変わっていった。そして。

 

「許せない!そんなことされていたなんて絶対に許せない!体を好き放題に弄ばれるなんて……!ひなちゃん!私決めたよ!私はひなちゃんを絶対にここら出す!だから、諦めないで!ひなちゃんは自由になるんだ!私がひなちゃんを輝く太陽の光のもとに連れ出してあげる!約束するよ!私を信じて!」

 

たかちゃんは私の肩をがっしりと掴んで言った。私には2人の心強い仲間がいる。それは、私にとっての何よりの希望だった。私は絶対に諦めない。絶対にここから逃げてみせると誓った。しかし、それがとてつもなく厳しく辛い道のりになることを私たちはまだ知る由もなかった。

 

つづく




次回の更新はまた、Twitterや活動報告でお知らせします。


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第133話 第1回人事編成

今日は冷泉麻子の視点から人事編成を見つめます。
今回のお話の人事をまとめた組織図をあとがきに記載のURLに公開します。



今度は私の話だ。私からは、落合さんとカエサルこと鈴木貴子さんの1回目の面会が終わってからの話をしようと思う。あの時は身震いするほどに酷い目にあった。私が落合さんを虐待しているとカエサルさんに勘違いされてしまって、何とか誤解が解けたから良かったが、本気で殺されると思ったほどだった。友を傷つけられる怒りは凄まじいもので今まで命の危機を感じた中でも、有数の恐ろしい出来事だった。

さて、ことが動いたのは落合さんと出会ってから3日後のことだった。3日後の朝に西住さんがアンツィオから大洗に戻ってきたのだ。私はいつものように昼まで寝ていようという気でいたので、西住さんが帰ってきたことに全く気がつかなかった。その頃、私はいつもの安らかな朝を夢の中で過ごしていた。しかし、その安らかな時は突然中断させられる。どこか遠くで音が聞こえるような気がする。その音はだんだん大きくなってハッと目が覚めた。だが、頭は覚醒しておらず、ぼやっとしていたその頭で時計を見るとなんとまだ6時だ。なぜ、このような朝早くに目が覚めたのかわからない。もう一度寝直そうと思っていると、声が聞こえてきた。

 

「麻子さん!起きて!朝だよ!」

 

西住さんの声だ。どうやら、私の安眠を妨害したのは西住さんだったようだ。私は苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。そして、その声を無視して布団をかぶってもう一度眠ろうとした。すると、それを見越していたかのように、西住さんはドア越しで私に言う。

 

「起きてきてくれたらケーキをあげるから起きて。」

 

その手には乗らない。ここで出て行ったら、西住さんの思う壺だ。だから、涎が口から溢れそうになるのを我慢して布団を被り、目をギュッと瞑る。しばらく、沈黙が続いて、とうとう西住さんが根負けした。深いため息をつき諦めたように言った。

 

「もう、しょうがないな。じゃあ、ここに置いておくから早く起きてきて食べてね。」

 

西住さんはそう言ってどこかに行ってしまった。私はしばらく様子を伺って扉を開けた。その時だった。黒い影が私を襲った。

 

「な、なんだ!?」

 

よく見るとそれは西住さんだった。西住さんは私の腕と脚を押さえつけて言った。

 

「ふふふ。捕まえた。やっと出てきてくれたね。待ってたよ。」

 

私はまたしても西住さんにしてやられたことに対する悔しさでぎりりと歯ぎしりをして西住さんを睨む。

 

「に、西住さん……待ち伏せしてたのか……」

 

西住さんは屈託のない笑顔で頷く。そして、少し寂しそうに尋ねた。

 

「ねえ、麻子さん。どうしていつも出てきてくれないの?」

 

西住さんはコクリと首を傾げる。私は、はあっと深いため息をついて言った。

 

「何でって……今、何時だと思っているんだ?朝だぞ。しかも、まだ6時じゃないか。私が朝に弱いの知ってるだろ。」

 

「うん。知ってるよ。でももう起きたよね。はい。約束のケーキ。」

 

西住さんは笑顔で皿に載った美味しそうなケーキを差し出した。私は頰を膨らませて、そのケーキを受け取って食べ始めた。西住さんは、その様子をしばらくの間、黙って微笑を湛えながら美味しそうにケーキを頬張る私を眺めていた。西住さんは私がケーキを全て食べ終わったことを確認すると、口を開いた。

 

「実はね、麻子さんに頼みがあって。」

 

「頼み?なんだ?また、殺しの手伝いをしろとでもいうのか?」

 

すると、西住さんはくすくすと笑いながら、首を横に振る。

 

「ふふふふ。別に私も毎日毎日そんなこと考えているわけじゃないよ。実はね、アンツィオも手に入れたことだし、そろそろ組織をしっかりと固めようと思ってね。その組織の編成をしたいと思ってね。そこで、麻子さんの意見が必要なの。赤星さんや知波単の子たち人事編成委員会の委員として編成に参加してくれないかな。」

 

私は少し考え込んだ。人事を握れば、ある程度は私の計画に賛同してくれる者を幹部にさせることができるかもしれない。

 

「わかった。やろう。」

 

私が了承すると西住さんは嬉しそうに笑った。

 

「ありがとう!じゃあ、早速だけど会議室に一緒に来てくれるかな。」

 

西住さんの後について、会議室に向かうと、既に会議室には大量の書類とともに赤星さんと知波単生が数人いて書類の山を前にウンウン唸っていた。私があっけにとられていると西住さんは入るように促す。

 

「これ全部、幹部候補者の調査書なんだ。この中から人事を決定して欲しいの。」

 

大変なとんでもなく辛そうな仕事を引き受けてしまったと、私は呆然とした。しかし、一度引き受けてしまった以上、後には引けないし、なによりも私たちの計画を成功に近づけるにはそうするほかない。私は膨大な調査資料の山の前の椅子に腰を下ろした。西住さんは私が椅子に腰掛けたことを確認すると資料を配って趣旨の説明が行われた。

 

「それでは、全員揃いましたので人事編成委員会を開催します。この委員会ではアンツィオを降伏させ新たな学園艦を統治することになった現戦況を鑑みた的確な政権運営を行なっていくため、部署を編成し、その部署の人事を決定していくものです。我々は、今回のアンツィオ占領に伴って、知波単と今後も強固な連携を必要とすることから、連立的な政権を組むことに決定しました。そこで、今回の部署編成と人事は知波単学園と共同のものとなります。それでは、皆さん。よろしくお願いします。」

 

こうして、膨大な資料に目を通し、適正に合わせた人事を決定、組織を編成するという退屈な仕事が始まった。ここで、一応、この人事編制委員会のメンバーを紹介しておこう。人事編成委員会は西住さんが委員長として大洗からは私が、黒森峰から出奔反乱軍へ合流組からは赤星小梅さん。そして、知波単からは陸軍派から永田雅子さん。海軍派から三戸寿恵さんがそれぞれ選定されていた。

さて、この人事編成委員会では、主に軍を知波単が、政が大洗と黒森峰出奔組が編成を担当した。西住さんの位置は絶対不可侵の総統として、統帥権、立法権、議会の開閉会権を総攬する存在として位置づけられていた為、私たち人事編成委員はそれ以外の人事と編成を担当することになる。まず、着手したのは総統となった西住さんが事務を行ったり西住さんを補佐する部署である総統府の編成と人事だ。しかし、この総統府の編成と人事についてはさしてやることはないはずだった。なぜかといえば、総統府にはそもそもの部署が少ないからだ。総統府には総統を除くと副総統と人事局しか部署がない。副総統は知波単と連立的な政権を樹立するときに、知波単の生徒会長が就くことが取り決められたらしいので、そのため、現知波単生徒会長の東條佳恵さんが就任することになることが任命権は私たち人事編成委員にあるにしろ事実上決定していた。ちなみに東條佳恵さんは知波単の陸軍派だ。私たちは、それを前提にして人事を編成し、総統府人事第1案を提案しようとした。その編成が以下の通りだ。以下、私たちが提案した人事案を示す。

副総統 東條佳恵(知波単陸軍派)

総統府人事局長 赤星小梅(黒森峰出奔組)

補任課長 永田雅子(知波単陸軍派)

恩賞課長 三戸寿恵(知波単海軍派)

しかし、この人事に対して真っ向から反対する者がいた。それが、三戸さんだった。三戸さん曰く、これでは陸軍派がかなり優遇されており、海軍派の立場がないという。特に、海軍派から懸念が出たのは陸軍派が副総統という強大な権力に加えて、人事までその手に握ってしまうという点だった。副総統については二つの学園艦で結ばれた協定に基づいたものだから文句は言わないが、人事権に関しては見直してほしいと言われた。言われてみれば確かにそうだ。確かに、知波単は一枚岩ではないのだからそれなりの配慮はいるだろう。永田さんを除いた委員は納得して人事の見直しを行った。しかし、そうは言ってもどのように人事を組めば良いのだろうかそこが問題である。海軍派からの要請は人事権を陸軍派に独占させるなという要望だったが、まさか補任課長を二人にするなどということはできない。私たちはウンウンと唸りながら対処法をなんとか考え出そうとしていた。そしてなんとか苦し紛れの人事案が出来上がり、以下の通りの人事第2案を提案した。

副総統 東條佳恵(知波単陸軍派)

総統府人事局長 赤星小梅(黒森峰出奔組)

補任課長 永田雅子(知波単陸軍派)

採用課長 三戸寿恵(知波単海軍派)

恩賞課長 土岐香織(大洗女子学園)

この案では人事権を二つに分け、補任権を陸軍派、採用権を海軍派に与えることで苦し紛れではあるものの権力の分散を図り相殺しようとした。そして、恩賞については中立で公正な判断をするために、大洗生の土岐さんを入れた。すると、当初は反対してくれた三戸さんも納得してくれたようだ。何とかこれで良いと首を縦に振ってくれた。これから、いちいちこうして対立があるかと思うと気が滅入るが仕方ない。そこで、色々揉めそうな軍事部門は後回しにして、行政部門を先に片付けることにした。行政部門では行政本部をトップとしてその下に局があり、その下に部や課が置かれている形になる。まず、行政本部長を選任する。これは、行政の長、つまりは陸上でいうところの首相に相当する地位だ。そこには、西住さんの腹心の一人で黒森峰時代にも行政関係で補佐していた宮崎美羽さんが選出された。その下にそれぞれ、総務局、保健衛生局、外務局、法務局、財政局、経産局が設置されていて、さらにその下にそれぞれ部や課が設置されていた。以下のような組織である。

 

総務局

総務課

行政管理課

企画課

 

保健衛生局

総務課

医療課

感染症対策課

 

外務局

外務政策課

北海道・東北地方学園艦課

関東地方学園艦課

甲信越地方学園艦課

北陸地方学園艦課

東海地方学園艦課

近畿地方学園艦課

中国・四国地方学園艦課

九州地方学園艦課

 

法務局

特別課

刑事部

思想取締課

通常犯罪取締課

検察課

裁判課

矯正部

収容所課

 

財政局

財政課

資産課

 

経産局

経産政策課

通商課

技術課

製造課

商務情報課

 

この組織の局、部、課に人事を割り振っていく。こちらの行政関係の人事では、特に対立構造もないので問題なくスムーズに進んだ。私を含めて戦車隊のメンバーも多くが役職付きになったが、それも含めて後でまとめて紹介しようと思う。

問題は、軍事関係だった。ここで、大揉めしたのだ。大揉めした要因はやはり知波単内部の陸軍派と海軍派の対立だった。本当に面倒な事である。一つ人事を編成しようとする毎に主に海軍派から反対と懸念が表明されて怒鳴り声が聞こえるという有様だった。遅々として作業が進まない。私たちはもううんざりしていた。しかし、それでは困るのだ。私たちは一枚岩でなくてはならない。これから先、まだまだ戦争は続く。それどころか西にはサンダース延いては黒森峰という強敵が待っている。戦争がさらに激しくなることは必至だ。そのような時に軍事部門が一枚岩でなくて、相互不信の状態ではとても勝てない。なんとか丸く納めなくてはならない。さて、ここで全てのエピソードをお話しすると莫大な時間を要するので、この軍事部門人事編成の会議における対立のエピソードの中で特に強烈に対立し激しく衝突した一幕を厳選して一つを紹介しようと思う。

行政部門の人事編成が滞りなく終了し、いよいよ人事編成委員会は軍事部門の人事編成に着手することになった。どこから人事を編成しようか話し合った結果、最初は軍務局から始めようということになった。軍事部門の人事は軍の専門家である永田さんと三戸さんにほぼ丸投げしていた。しかし、それがいけなかった。部署編成については陸軍派海軍派双方ともに特に問題なく承認された。部署の編成がさすが知波単だけあって日本軍のそれによく似たものだったのが面白いところであろう。とはいえ、日本軍そのものまるごとコピーというものではなく、統一されていたり、部署が減らされていたりなどされていた。部署を編成するときは、多少の重苦しい雰囲気はあったもののそこまで強烈なものではなかったが、具体的な人事の話になって一気に雰囲気が重苦しいものに変わった。特に、経理局をなくした代わりに軍政のみならず、予算編成権も持つ軍務局長の人事を決めるときにその対立は最大級に及んだ。まず、口を最初に開いたのは、永田さんだ。

 

「私は、軍務局長には武藤を推します。武藤はなかなかのキレものですよ。」

 

しかし、それに対して三戸さんが机を拳でドンと叩きつけると怒鳴り声をあげた。

 

「陸軍派は人事権だけでなく、予算編成権までも握るおつもりか!私は反対です!私は軍務局長には岡を推します!」

 

しかし、永田さんも怯まない。永田さんは腕を組み深く息を吐くとあくまで冷静な口調で言う。

 

「海軍派はこの戦争での主役を誰だと思っているのですか。間違いなく我々ですよ。我々が兵員をあなた方よりも多く提供しているのです。確かに海軍には優れた戦闘機があることは認めます。しかし、我々は爆撃を行い、輸送を行い、そして上陸を行い、現地で血を流し、戦うのは我々です。だから、我々が予算や人事や兵員の編成権を握るのは当然の帰結でしょう。」

 

確かにその通りだ。しかし三戸さんも負けない。

 

「それは……!私たちもこれからは兵を積極的に出すつもりだ!いつだってその用意はできている!」

 

そう言うとギリっと奥歯を鳴らした。

 

「これからですか……陸戦に対する訓練もろくにされていないのに大丈夫なんですか?これからの相手は強敵で西の覇者、黒森峰とサンダースですよ。虐殺状態にならなきゃいいですがね、せいぜい我々の足を引っ張らないようにしていただきたいものです。」

 

永田さんの言葉に対して三戸さんは今度は両手で机を叩き勢いよく立ち上がる。

 

「だからこそ!兵員と予算が必要なんだ!予算編成権や兵員編成権まで陸軍に取られれば我々に予算など回らないじゃないか!今までだってそうだ!これだから陸軍は信用ならん!」

 

「しかしながら、現状大きく新大洗政府軍に貢献しているのは私たちです。多く兵を出している私たちが予算権を得るのが当然でしょう。」

 

二人とも譲らずににらみ合っていたが、やがて永田さんが西住さんの方を向いて意見を求めた。

「どうでしょう。西住さん。西住さんはどう思われますか。私と三戸編成委員とどちらが正しいと思われますか。」

 

すると、西住さんはこのような事態になることを想定していたようで即座に回答した。

 

「そうですね。お互いの言い分はよく理解できました。陸軍派の言うことはもっともですし、海軍派の言うことも十分納得できます。ですが、今回は陸軍派の言い分に分があります。今までの実績から判断した結果です。ただ、私もどちらかを贔屓したいわけではない。どうでしょう。このまま二人にお任せしても良いのですが。禍根が残りそうですし、私が予め考えていた人事案を一度見てもらえませんか。」

 

すると、二人とも第3者がそう言うのであればと納得して一度、西住さんが選んだ人事案を見てみることにしたようだった。西住さんが考えた人事案は陸軍派が大勢を占めていたが、海軍派の戦力を増やし、強化したいということも十分理解しており、軍務局の軍事課長や整備局の戦備課長は海軍派が担当することになった。それでも多少の不満が双方から出たものの、これでいく他ないことを西住さんが説得し、なんとか納得してもらえた。最終的行政、軍事合わせた全ての人事は後ほど図で示す。

さて、これで全ての行政、軍事の人事編成が終わり、人事編成委員会から残りの辞令書などの事務を早速、補任課長の永田さんに送付され、私たちの任務は終わった。今回の事務作業はとてつもなく長くて疲れてしまった。早く寝たい。そう思って、研究室の方へ戻ろうとしたら、西住さんに呼び止められた。

 

「麻子さん。ちょっといいかな?」

 

私はピクッと体を震わせて振り向く。

 

「なんだ……?まだ何かあるのか……?眠いんだ……寝させてくれ……」

 

私が目をこすらせながら言うと、西住さんは微笑みながら言った。

 

「うん。すぐ終わるから安心して。あのね、もうすぐ大洗での戦争は終わるよ。アンツィオも手に入れたし、準備は整った。すぐに終わらせる。」

 

私はそれを聞かされて素直に嬉しかった。ようやく、平和が訪れると思った。

 

「それじゃあ、もうすぐ平和が来るのか?」

 

しかし、西住さんは首を横に振る。

 

「ううん。まだ、まだだよ。まだ平和は来ない。麻子さんは私の真の目標って何か知ってる?」

 

私は泣きそうな声で答える。

 

「黒森峰に復讐することじゃないのか……?」

 

しかし、西住さんは微笑みながら首を横に振った。

 

「うん。確かにそれは私の目標の一つ。でもね、そこは通過点に過ぎないよ。私の本当の目的はね。この学園艦を日本から分離すること。そして、ゆくゆくは黒森峰やサンダース、プラウダと姉妹学園艦として提携している世界の学園艦も私の支配下に置いて世界を股にかける支配圏を確立すること。それが私の一番の最終到達地点。つまりは、本当の海上帝国を作ることが私の真の目的だよ。せっかくここまで来たのだから、行けるところまで行こうよ。世界を獲ろう。そのためにはまず、科学力と経済力をつけないと。麻子さんにはこれからも科学の分野で頑張ってもらうからね。ふふふふふ。」

 

西住さんは不敵な笑みを浮かべた。私は背中に拳銃を突きつけられたような寒さを感じた。嫌な汗がダラダラと背中を伝っていく。恐ろしくて恐ろしくて仕方がない。この人は一体どこにいくつもりなのだろうか。「本当の海上帝国」なるものをこの人なら本当に実現しそうで恐ろしい。軍を組織し、アンツィオを手に入れ、行政機関を組織して……私は恐ろしくてガタガタと震える。すると、西住さんが近づいてきた。私の体を抱き寄せて背中を撫でた。

 

「ふふふふ。いつか見せてあげるよ。世界を股にかけた私の大帝国をね。」

 

西住さんは私の耳元で囁いた。私は青い顔で俯いていた。

 

つづく




次回の更新予定はまたTwitterと活動報告でおしらせします。
今回のお話の組織図は以下です。
https://drive.google.com/file/d/1MaTpTL1Gnkz5MoAS78fkdjUvWm7fdaWn/view?usp=sharing
スマホで見る場合はスプレッドシートを利用した方が見やすいです。


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第134話 軍事境界線を越境せよ

お久しぶりです。今日はカエサルたちのお話です〜
よろしくお願いします!


冷泉さんが反乱軍の人事に苦戦し、落合さんが捕らえられ、辱めを受けて苦しんでいた頃、私たち歴史好きの4人は1軒の家に集合していた。呼びかけ人はもちろんカエサルで議題は落合さんの件についてだ。そこは戦争が始まる前までは私たちが日々を暮らしていた戸建ての寮だった。会合場所に私たちの寮が選ばれたのには訳がある。まず一つ目にその寮は西住隊長の支配圏内にあり、特に障壁なく自由に行き来できることである。しかし、西住隊長の勢力圏内にあると聞くと、盗聴などの心配があるのではないかと心配されるかもしれないが、私たちもあの時は高校生だったとはいえ、そのくらいのことは分かっていた。だから、細心の注意を払って会合は行われた。まず、声を発さなくても良いように、会合は全て筆談で行なった。更に、どこかから見られないように会合はその寮にあった屋根裏部屋で行われた。屋根裏部屋には窓はなく、私たちの趣味である歴史に関する書物を収納する書庫のようになっており、足の踏み場もない。例え、屋根裏部屋には潜もうにもこの本の山を突破するのは至難の技で、管理者である私たちにしかできない。だから、簡単には侵入することはできない。例え、この山のような本を退けて侵入したとしても、私たちはどこに何の本があったのか全て覚えているから動かされていたらすぐにわかる。更に、設計者も倉庫のように使用することを想定していたようで電気は通っていないので、電気を使うアダプター式の盗聴器は付けられないから微々たる確率かもしれないが盗聴のリスクも下げることができる。これだけ完璧に対策しておけば、そうそう情報が流出することはないだろう。最初にペンを取ったのはカエサルだ。サラサラとノートに文字を書いていく。

 

『今日は、集まってくれてありがとう。早速だが、話を始めようと思う。話は、ひなちゃんのことについてだ。私は、ひなちゃんがこれ以上、傷つき、苦しむ姿は見ていられない。だから、私はひなちゃんをここから脱出させたい。もちろん、これは私のわがままだから、みんなに協力は矯正できない。この作戦は命の保証はない作戦だ。あの西住隊長のことだから、もしこの計画がばれたらどうなるか。十中八九殺されるだろう。少なくとも、首謀者の私は必ず殺される。もしも、参加したくないということであればすぐに立ち去っても構わないし、私は決して責めるつもりはない。しかし、私は一人でもひなちゃんを脱出させるつもりだ。それが、親友としての使命だと思っているからだ。だが、それでも、危険を冒してでも私に協力してくれるというのであれば、どうか力を貸して欲しい。』

 

カエサルはそのように書かれたノートを私たちに見せて頭を下げた。私たちは、もとよりカエサルに協力するつもりだったから、4人とも頷いてノートに『喜んで協力する。』という文字を書いた。すると、カエサルは目を潤ませて私たちの手を取って黙ったまま頭を下げ続けた。カエサルは震える手でノートに『ありがとう』の5文字を書いていた。私たちは微笑んでカエサルの肩に手を置いて任せろとばかりに首を縦に振った。すると、カエサルも頼もしそうに笑っていた。私たちはその後すぐに議論に入った。まず最初にペンを取り、具体的な話を始めたのは左衛門佐だった。

 

『して、何か策はあるのか?これだけの大ごとだ。まさか無策で突っ込むことなぞできまい。』

 

すると、カエサルは頷き、左衛門佐が置いたペンを取る。

 

『そこなんだ。隊長の勢力範囲からひなちゃんを脱出させるには軍事境界線である森林地帯を抜けて、逃す必要がある。しかし、軍事境界線の守りと警備はとんでもなく堅い。そこをいかに攻略するかが問題だ。』

 

そのようなことは皆、わかっている。私たちだってあの森で警備をしたことがあるからだ。少しの間、考えて今度は私がペンを取った。

 

『実は、こんな話を軍事境界線の警備隊員が話しているのを聞いたことがある。軍事境界線の森林地帯付近で生徒会派のパルチザンが活動しているらしい。噂によると、ゲリラは縦横無尽に森中にトンネルを張り巡らせて神出鬼没で困っていると聞いたことがある。もしかしてパルチザンなら私たちに協力してくれるかもしれない。何とか接触できないだろうか。』

 

すると、私を除いた3人は思わず声をあげた。

 

「それだ!」

 

私は慌てて人差し指を口元で立てる。皆も慌てて口に手のひらを当てる。カエサルが3人を代表してペンを取った。

 

『すまない……つい……では、その方針でいこう。パルチザンとはどのように接触する?』

 

すると、今度はおりょうがペンを持った。

 

『それは、生徒会の支配圏に渡って接触する他ないぜよ。反乱軍の支配圏にいる状態で接触したところで信用してもらえんぜよ。スパイ思われて殺されるのがオチぜよ。』

 

確かにおりょうの言う通りだ。しかし、軍事境界線には精鋭ではないものの厳しい監視の目が光っている。境界線付近に侵入し踏み越えようとしようものなら、射殺されるのがオチだ。どちらにせよ殺される未来しか見えない。私たちはどうすべきか考え込む。しかし、良い案が浮かんでこなかった。私たちではこれ以上は無理だった。仕方がないあの人に相談してみよう。私はペンを持つ。

 

『冷泉さんに相談してみるか。何か良いアイデアを教えてくれるかもしれないし、あの人は我々と違って幹部だしその中でもとりわけ地位が高いから、融通してくれるかもしれない。』

 

カエサルたちはそれに同意した。そして、私たちは屋根裏部屋から這い出して冷泉研究室に向かった。冷泉研究室は真っ暗だった。だが、それはいつものことだ。冷泉さんは普段研究室にいるときは仕事などほとんどしない。いつも毎回必ず寝ている。そういう時はいつも何度もしつこく扉を叩くと出てくるが、今日はなぜか居なかった。それもそのはずだ。私たちが訪ねた時間、冷泉さんは人事案作成というとても面倒な仕事を隊長から任されていたのであった。人というのは集まれば、派閥というものを形成する面倒くさい生き物だ。今回の人事でも知波単の派閥争いがあったことはすでに冷泉さんが話した通りだ。しばらくして、冷泉さんはふらふらになりながら帰ってきた。冷泉さんは私たちをちらりと見ると辛そうな顔で言った。

 

「すまない……せっかく来てくれたところ悪いが少し寝させてくれ……疲れた……今日、朝早くから駆り出されて、人事編成をしていたんだ……悪いが、1時間後くらいに来てくれ……今は……無理だ……」

 

そう言うと、冷泉さんは研究室のドアを開けて倒れこみ、寝息をたてて眠り始めた。こうなったらしばらく起きないし、見ていて不憫なので今は寝かせてあげて後でもう一度来訪することにした。そして、1時間半後くらいに再び冷泉研究室を訪ねた。すると、相変わらずまだ真っ暗だった。冷泉さんはどうやら自分から起きる気はさらさらないらしい。扉をまるでヤクザの借金取り立てのごとく激しく叩くと目をこすり迷惑そうな顔をして冷泉さんが出てきた。

 

「冷泉さん。時間だ。」

 

私がそう言うと冷泉さんは時計をちらりと見て。ぺこりと頭を下げる。

 

「ああ、もうそんな時間か。すまない。迷惑かけた。それで、何の用だ。」

 

カエサルが私たちを代表して用件を伝える。

 

「例の件だよ。冷泉さん。」

 

すると、冷泉さんは無表情のまま、中に招き入れる。

 

「ん……わかった。早く入れ。」

 

冷泉さんは私たちが入ったことを確認すると外の様子をよく確認して扉を閉める。

 

「それで、何かあったのか。」

 

冷泉さんは椅子に座って手のひらを組んで私たちに尋ねた。今度は私が口を開く。

 

「ああ。ある人たちと接触したいんだ。」

 

 

「ある人たち?」

 

冷泉さんは首をかしげる。すると、今度はおりょうが口を開いた。

 

「パルチザンぜよ。」

 

冷泉さんはおりょうのその一言で全てを察したようだった。

 

「ふむ。なるほど。そう言うことか。つまり、生徒会の支配圏に渡りたいから私に融通しろと。そう言いたいんだな。」

 

私たち4人は頷く。カエサルは満足そうに笑みを浮かべた。

 

「話が早くて助かるよ。そう言うことだ。何とかならないか。」

 

冷泉さんは少し考えて躊躇いがちに慎重に口を開いた。

 

「どうにかならなくはない。だが、君たちが辛い思いをするかもしれないが、それでもやるか。」

 

冷泉さんは私たちを見回してその覚悟を試していた。カエサルは即答した。

 

「ひなちゃんのためなら私はやるよ。」

 

私はおりょうと左衛門佐と2人と目を見合わせる。2人とも頷く。私たちももとより覚悟はできていた。私は他の二人を代表して答えた。

 

「私たちもだ。もとより覚悟はできている。」

 

冷泉さんはしばらく微動だにせずにカエサルの瞳をじっと見つめて、ふうっと深く息を吐いて言った。

 

「そうか。わかった。そういうことなら、何とか向こう側に行けるように手配してやる。それこそどんな手を使ってでもな。ただ、恐らくは命令で派遣されるという形になるだろう。しばらく、別命あるまで待機ということになるが、それで良いかな。」

 

カエサルは頷きながら言った。

 

「わかった。では、それで頼む。」

 

これで何とかこちらの警備隊に撃たれる可能性なく生徒会の支配圏に行ける目処がついた。あとは、向こう側に行ってからパルチザンとの交渉次第になる。冷泉さんに協力を得られて満足して礼を言ってから帰ろうとした時、冷泉さんに呼び止められた。

 

「ちょっと待ってくれ。伝えておくことがある。君たちに朗報だ。実は君たち全員、今回の人事で新政権幹部に内定した。正式な辞令は、また後日赤星さんか西住さんから伝えられると思う。これで幾分動きやすくなるはずだ。」

 

私はしめたと思った。冷泉さんの言う通り、これで随分動きやすくなる。後に知ったことだが、冷泉さんはこの人事を通すのに相当な準備をしたようだ。私たちのために本当にありがたいことである。いつも無表情で無愛想に見えて、不器用なりに気遣いをしてくれる冷泉さん。私たちは嬉しくて涙が出そうになった。私たちは冷泉さんの気遣いに対して礼を言って冷泉さんの研究室から立ち去ったのであった。

次の日、軍事境界線警備を行う戦車隊の当番メンバーだった私たちは西住さんに突然呼ばれた。用事は昨日、冷泉さんに言われた人事についてだろうと大体予想がついていた。西住さんの執務室の前に到着すると、カエサルが代表で3回ノックをした。

 

「失礼します。鈴木貴子はじめ4名、入ります。」

 

「はい。どうぞ。」

 

中から入室を許可する西住隊長の声が聞こえたことを確認して、私たちは入室する。すると、中には西住隊長の他に冷泉さんと赤星さんが待っていた。代表して、西住さんが口を開く。

 

「冷泉さんから、昨日伝えてあるとは聞いているけど、改めて伝えるね。あなたたち4人を新政権の幹部として迎えます。それで、今日呼んだ理由は辞令の交付と、早速何人かに仕事をお願いしたいからです。まずは、辞令の交付から行います。赤星さん例のものをここに。」

 

西住隊長に声をかけられた赤星さんは仰々しく西住隊長に紙のようなものを数枚手渡した。西住隊長はそれを受け取り、ちらりとそれを確認すると厳格な顔つきで名前を呼んだ。

 

「鈴木貴子さん。前へ。」

 

「はい。」

 

カエサルが返事をして前に歩み出る。西住さんは辞令を読み上げた。

 

「鈴木貴子。あなたを総務局総務課長に任じます。」

 

カエサルは一礼してから両手で辞令書を受け取り、再び一礼する。西住さんはニコッと微笑むとすぐに厳格な顔に戻って次の名前を呼んだ。

 

「松本里子さん。前へ。」

 

「はい。」

 

私もカエサルに倣って同じような所作で前に出る。西住さんは私の辞令も読み上げた。

 

「松本里子。あなたを総務局行政管理課長に任じます。」

 

私は再びカエサルに倣った所作で辞令書を受け取った。また、西住さんはニコリと微笑んですぐに厳格な表情に戻った。それをあと2回繰り返して、辞令の交付は終わった。おりょう、野上武子は外務局外務政策課長に、左衛門佐、杉山清美は総務局企画課長にそれぞれ任じられた。これで、政権の幹部にもなれたことだから、益々作戦の遂行がしやすくなるし、情報も一般では出回らないものまで幅広く入ることになるから上々だと思っていた。しかし、そう簡単にやすやすといかないのが世の常というものである。西住さんはふふふと笑うと笑顔で私たちに"最悪な仕事"を命じた

 

「早速、皆さんには働いてもらいます。外務政策課長は外交政策の立案をしてください。行政管理課長は、新たに領地にしたアンツィオ方面の行政管理を直下総督と考えてください。そして、総務課長と企画課長は……人体実験の新鮮なモルモットを生徒会支配圏から仕入れてきてください。」

 

「え……?」

 

私は耳を疑った。隊長が何を言っているのか分からなかった。それを補足するかのように冷泉さんが口を開いた。

 

「私が研究中の細菌兵器の実験に新鮮で健康なモルモットが数人いる。だが、収容所の収容者は健康状態が悪く、使い物にならないし、この間手に入ったアンツィオの者たちも生活環境が悪いから同じようなもので、あまり健康状態が良いとはいえない。そこでだ。モルモットを仕入れてきてほしい。指定は中1から高3までの女子だ。少なくとも各学年一人ずつはほしい。絶対ないとは思うが、まだ実験段階の兵器だ。学年ごとにもしも、万が一罹患率が変わったら困るからな。それでは、頼むぞ。」

 

冷泉さんは無表情のままペラペラと何でもないことのように言ってどこかに立ち去っていった。カエサルは青い顔で言葉を失っていた。

 

「それじゃあ。そういうことだから。みんな、よろしくね。」

 

西住さんはそう言うと退室を促した。過酷な任務を命じられたカエサルと左衛門佐はトボトボとした足取りだ。辛いものになるかもと聞いてはいたが、まさか、代償がこんなにも大きなものであるとは思わなかったのだ。これはどういうことなのか、冷泉さんに問いただす必要がある。私は西住隊長の部屋を出るなり駆け出した。そして、冷泉さんの部屋に入って怒鳴り声をあげた。

 

「冷泉さん!これは一体どういうつもりだ!モルモットを狩ってこいだと!?よくもそんなこと言えたものだ!冷泉さんはこの鬼畜どもの中でも唯一の良心だ思っていたのに!失望したよ!」

 

冷泉さんは最初、びっくりした目をしていたがすぐに俯く。そして、小さな消えそうな声で言った。

 

「すまない……これが、私が出来る精一杯なんだ……こんなこと、君たちにさせたくはないし、私も人体実験などしたくもない……だが、そういう理由を付けないと、君たちの安全を守れないんだ……疑われて隊長に粛清されないためにも……頼む……理解してほしい……モルモットとして要求はするが、私としてはすぐに逃がす方針だし、もし実行せざるを得なくなってもすぐ治療をして助ける方針だ。」

 

なるほど、そういうことか。そういうことなら仕方ないし、いずれ助かるのであれば少しは安心できる。冷泉さんにはそのまま任せることにした。その前に怒鳴ってしまったことを謝罪しなければならない。私が恐縮しながら謝ると、冷泉さんは許してくれた。その後、絶望するカエサルに事の真相を話して、その後、冷泉さんの口からも説明してもらって、説得して、これでなんとか落合さんの救出作戦という劇の舞台は整った。あとは、全2幕を無事に演じ切らなくてはならない。第1幕、パルチザンとの接触の開演までは後少しだった。ただ、それが上手くいくかどうかはまた別の話。この劇を演じきるのには一筋縄ではいかない巨大な障壁が私たちに迫ろうとしていた。

 

つづく

 




次回はまたtwitterと活動報告でお知らせします。


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第135話 躾

今日のお話はカルパッチョが酷い目に遭う話です。



私が、大洗に連行されてから3日目の夜にかけて起きたことを話そうと思う。私が、大洗に連行されてからたかちゃんは私のことを一生懸命お世話をしてくれた。ちょっと過剰かなと思うこともあったが、私を思っての行動なのだろう。冷泉さんも収容施設の責任者として栄養たっぷりの食事を用意してくれて、適度な運動もさせてくれたし、久しぶりのお風呂にも入れてくれ、私を捕虜としてではなく、名誉ある客人としてもてなしてくれた。たかちゃんは用事がないときはいつも私に会いに来てくれていたし、たかちゃんと同じ戦車に乗る戦友たちも毎日会いに来てくれていた。しかし、そのような楽しい時間は突然終わりを告げた。あれは深夜だった。その日も私は、人の心の暖かさに触れて、穏やかな気持ちで眠りについていた。だが、私は忘れていた。そこが敵地であるということを。すっかり油断してしまっていたのだ。それはいきなりだった。ガチャリと鍵が開けられて扉が開く音が聞こえた。コツコツと靴音を立てて誰かが近づいてくる。それは理解できていたが、そんなことをどうでも良いくらいに眠くてそのまま目を閉じていた。冷泉さんかなと思った。その人は私が眠っているベッドのそばにやってくると、そこで立ち止まった。そして、ベッドスタンドをつける音と明かりが見えた。すると、視線を感じた。身体中に視線を。ねっとりとしたまるで舐めるようなそんな視線だった。その人物が狼が獲物を捕らえる前のようにジッと私を見ているのだ。私は体を丸めて布団を被ってそちらを見ないようにして怯えていた。すると、その人物は口を開いた。

 

「ふふふふ。起きてるのはわかってるよ。落合さん。」

 

その声の主を私はよく知っていた。眠気は一気に吹き飛んで私は目を剥いた。可愛らしく優しそうな声をして、実は心の奥底まで全てが氷でできた少女。人間の皮を被った悪魔のように残虐で、殺戮することを生きがいにしているような少女。西住みほである。みほはアンツィオで好き放題蹂躙の限りを尽くして、暴れ回って、大勢の罪のない私の大切な友達、優しい先生、そして学園艦で働く善良で働き者の市民を虐殺して帰ってきたのだ。この女悪魔は私に一体、何をする気なのか。私は恐怖でガタガタ震えていた。

 

「あはっ!震えてるね……可愛いなあ……ねえ、あなたのその可愛い顔、見せて。」

 

みほはベッドのマットレスに座ると私の顔まですっぽりと覆われた掛け布団を少しだけ捲った。私の目の前にみほの顔が見える。みほはニヤリといたずらをする子どものような悪い笑みを浮かべて、私の頰を指でいかにも愛おしそうに撫でながら言った。私は暗闇の中で突然顔に触れられたことに怯えたような反応をして口を開く。

 

「何の用……?何をする気……?」

 

私は警戒したような声で尋ねると、みほはくすくすと笑いながら耳元に口を寄せると囁く。

 

「ふふふふ。うん?覚えてないかな?初めて落合さんに会った日に私が言ったこと。私、3日も我慢してたんですよ。」

 

みほの言葉に私は総毛立った。私はこの女悪魔がかつて吐いた言葉を思い出していた。私は知っている。この悪魔が言っていることを。嫌だ。絶対に嫌だ。それだけは絶対に。もう二度とあの屈辱は味わいたくない。私は一縷の望みにかけて恐る恐るみほに尋ねる。

 

「我慢って……一体何を……」

 

すると、みほは異様に興奮したような様子で答えた。

 

「ふふふふ。あっははは!あなたは知ってるはずだよ。私が何をする気なのか。私があなたに何がしたいのか。落合さん。それとも、知ってるけれど認めたくないだけなのかな?」

 

そうだ。みほの言う通り。私は理解している。みほが私にしようとしていることを。忘れたくても忘れられない、あの恐ろしい記憶。私を捕まえて、あの女悪魔が私に何を言ったか。あの時みほははっきりと言った。私の耳にあの時のみほの言葉はこびりついている。「この身体をもっと触れてみたい」みほははっきりそう言った。邪魔者はもういない。今、私とみほは1対1で私は逃げられない状態。私の身体を好き放題に弄ぶ舞台は整っているのだ。みほは、私を跨ぐようにしてマットレスに膝を立て、私の顔の近くに手をついて四つん這いの状態になって少しずつ近づき覆いかぶさってきた。

 

「や……やだ……嫌だ……やめて……近づかないで……」

 

私は震えながら後ずさりをして、それを逃れようとする。しかし、すぐに行き止まりだ。

 

「あはっ!その絶望に沈む顔、とっても素敵ですよ!さあ、私にあなたの綺麗な身体を見せてください。落合さん。いえ、ひなちゃん?」

 

私は、大きく目を剥いた。なぜ、その呼び方をみほがするのか、私は混乱した。その呼び方は友達しか知らないはず。もちろん、私の名前から適当にみほが呼んだのかもしれない。しかし、みほのしたり顔の表情を見る限りではどうやら違う気がする。

 

「なぜ……?その呼び方を……あなたが……?どうして……?」

 

みほはやはりとでも言いたげな顔をして言った。

 

「ふふふふ。やっぱり、ひなちゃんはあなただったんだね。」

 

みほはとことん人を怒らせる天才のようだ。人の感情を逆なでしてくる。やめろ。私は心の中で叫ぶ。その呼び方は、その愛称は友達の間で呼び合う神聖なものだ。それをよりにもよってこの女悪魔に、私たちを敵どうしにした憎むべき悪魔に呼ばれた。私は怒りに震えてみほに問い詰める。

 

「質問に答えて!なんであなたがその呼び方を知っているの!?」

 

しかし、みほはただくすくすと面白そうに笑うだけだった。人をとことん馬鹿にしたような笑みを浮かべる。彼女は私の反応をただ愉しんでいたのだ。

 

「ふふふふ。そんなこと、あなたが知る必要はないよ。ひなちゃん。」

 

ギリッギリと私の奥歯が鳴った。でも、私には何もできない。私は鳥籠の中の小鳥だ。生き抜くためだ。我慢するしかない。私は睨んでいた目をゆっくりとそらす。

 

「ふふふふ。そうそう。ひなちゃんはそうやって良い子ちゃんでいれば良いんだよ。私に逆らおうとせずに。そうすればあなたは生きさせてあげる。ひなちゃんは可愛いからね。さあ、たっぷり可愛がってあげるから素直に身体を開いて。」

 

みほはそう言って掛け布団を私の膝あたりまで捲った。私は観念して目を逸らしてアルマジロか何かのように丸めていた身体を少しずつ開いていく。足を全て広げて、それから手もゆっくり少しずつ。だが、どうしてもあの時、辱められた記憶が蘇って胸の前で手が止まってしまう。

 

「早く。」

 

みほは急かす。しかし、身体は動かない。目を逸らして腕を胸の前で組んでじっとしていると、みほは私の手首を掴んで頭の上にあげて押さえつけた。みほは、私の姿をまじまじと見つめる。顔を蒸気させて異様に興奮していた。その時、私は寝巻として支給された着物状の寝間着を着ていた。それが、みほの心を煽った。みほは、着物状の寝巻の布と布が胸の前で合わさっている部分、襟というらしいがそこから手を侵入させた。一気にあの時の記憶がフラッシュバックした。

 

「嫌!嫌!嫌!やめて!やめて!もうやめて!もう私を汚さないで!お願い!お願いだから……」

 

しかし、それは逆効果だった。嫌がれば嫌がるほど、みほはそれに対して喜びや興奮を覚える。

 

「ふふふふ。可愛い。可愛い。なんて可愛いの。その嫌がる表情がまた唆る。ひなちゃんの恥ずかしがったり嫌がったりする姿を見てるとゾクゾクしてくる。」

 

そして、みほは襟から差し入れた手をそのまま私の胸に当てゆっくりと円を描くように捏ねまわした。

 

「くっ……うっ……うぅ……」

 

屈辱だった。悔しくて悔しくて涙が溢れ出て止まらない。みほはニタリとした笑みを浮かべて言った。

 

「初めて見たときから思ってたけど、ひなちゃんの胸、大きすぎず小さすぎずで丁度いい大きさだよね。形も綺麗だし。こんなに柔らかくて。ふふっ。それじゃあそろそろ裸を見せてもらおうかな。じゃあ寝巻、脱がすね。」

 

そう言うとみほは私の胸を弄んでいる方とは逆の手で腰のあたりで縛ってある寝巻の紐を引っ張って解いた。胸元がさらに緩む。みほは胸元から布を開く。みほは私の体を少し持ち上げると、寝巻の袖を腕から取り去って、巻きついた寝巻を私の身体から除いた。私は、下に何もつけていなかったから、生まれたままの姿をみほに晒してベッドに横たわった。みほは、まじまじと舐めるように私の裸を見つめる。

 

「くっ……うぅ……み、見ないで……」

 

私はその屈辱と恥ずかしさで顔を手で覆って目を逸らし、唇を噛んで呻いた。しかし、それがみほの嗜虐心を煽った。

 

「ふふふふ。それで、服を脱がせたわけだけど、やっぱり、何度見てもひなちゃんの裸は綺麗で可愛いね。あ、そうそう。これを首に巻いて四つん這いになって。」

 

みほは、私に輪っか状のものを渡してきた。それは首輪だった。

 

「これって……く、首輪……?それに四つん這いだなんて……まるで犬じゃないですか……!」

 

私は渡された首輪を地面に叩きつけた。あまりに酷い扱いに、私は許せなかった。みほは、投げ捨てられた首輪を拾って拳銃を見せながら言った。

 

「ふふふふ。当然でしょ?ひなちゃんは私の奴隷で私のペットなんだから。ひなちゃんはもう人間じゃないんだよ。だからこれからたっぷり躾けてあげるね。それにしても、悪い子だなぁ。そんな悪い子にはお仕置きしなきゃね。ほら、早く四つん這いになって。私に逆らおうなんて考えない方がいいよ。ひなちゃんの命は私が握ってるのだから。ひなちゃんの命なんて私の手のひらでころころ転がして簡単に消せる。さあ、立って。抵抗しないでじっとしてて。」

 

みほは私の首筋を二回指で撫でると、首輪を装着した。

 

「くっ……うぅ……こんなの……嫌……」

 

私は唇を噛んで俯くことしかできなかった。首輪をして俯く少女。何と扇情的な絵面だろうか。それがみほの嗜虐心をさらに昂らせることは自明のことだった。みほは顔を蒸気させて頰に両手を当てる。

 

「あはっ!よく似合ってるよ、ひなちゃん。うわあ!またゾクゾクしてきた。ほら、早く四つん這いになって。でないと……わかるよね?」

 

みほは拳銃をチラリと私に見せる。抵抗すればどうなるか、暗に示すかのように。

 

「わ、わかりましたよ…………これで……良いですか……?」

 

私はその場で四つ足動物のように手をつかされた。みほは私に装着された首輪のリードを持って笑みを浮かべる。

 

「あはっ!いい格好ですね!それでこそ奴隷、私のペットって感じで惨めですね!あっははは!どうですか?今の気分は?友達を大勢殺されて、こんな格好までさせられて。あはっ!それじゃあ、私の執務室のベッドにお散歩しながら行きましょうか!」

 

みほは私の首輪の先についたリードをぎゅっと引っ張る。

 

「うっ……く、苦しい……やめて、行くから……!」

 

私は膝をついた四つん這いの状態でみほの執務室まで歩いた。みほの執務室は意外と遠い。何階建てだったかは記憶が定かでないが、この建物の一番上の階にあった。だから、何度も階段を上らなくてはならなかった。しかも、みほは階段を上るときでさえも立ち上がることを認めず、四つん這いで上ることを命じた。

 

「ふふふふ。ほらほら、頑張って。こっちだよ。」

 

みほは、リードを引っ張って私を急かす。私は必死に手足を動かして付いていった。そして、大きな扉の前でみほは立ち止まった。どうやらみほの執務室のようだ。みほは片手で扉を開くと、またリードを強く引く。私は首の苦しさに咳き込みながらついていった。みほの執務室はすっきりと整理されていた。二つの部屋に分かれていて、手前の部屋には本棚と執務用の机が、奥の部屋には大きなベッドがあった。私は生唾を飲み込む。これからここで行われる行為にゾッとした。しかし、みほは上がるようにリードを引っ張って促す。私は、慈悲を求めるような目でみほを見たが、みほは悪い笑みを浮かべるだけだった。諦めるしかない。私は四つん這いのままベッドに上がった。すると、みほは私の背中を押した。

 

「きゃあっ!」

 

私はベッドの上に倒れこむ。驚いて振り向くとみほは、頰を朱色に染めて、息を荒げながら自らも服を脱いでいた。そして、自らも生まれたままの姿を晒した。みほの肌は白磁のようできめ細かくて美しかった。こんな状況でなかったら、同性の私でさえ、見惚れてしまう。私はうつ伏せで身を丸めて最後の抵抗とばかりに自分を守ろうとした。

 

「ふふふふ。たっぷり朝まで可愛がってあげる。心の準備はいい?まあ、準備できていなくても関係ないですけどね。さあ、こっちを向いて脚を開いてください。」

 

みほはにじり寄ってくる。私はベッドのシーツを掴んで首を激しく左右に振った。

 

「やあっ……!やめて……!来ないで……!怖い……!」

 

私は、うつ伏せで動かなかった。すると、みほはイラついた声で言った。

 

「もう!手間をとらせないでくださいよ!」

 

みほは私の膝を掴んで無理矢理脚を開かせようとしてきた。必死で脚に力を入れるが、少しずつ脚が開いてきた。ある程度開いた時、みほは私の股の間に腰を入れてきた。

 

「きゃあああ!やめて!やめて!」

 

みほは私の体に自らの体を重ねた。

 

「ふふふふ。観念してください、ひなちゃん。ひなちゃんは私のものになるんです。今日からあなたは私の所有物。だから、あなたのことをどう扱おうと私の勝手です。」

 

みほは腕を私の背中に回し絡めて抱きしめる。そして、ゆっくりと自らの体を私の体に擦り合わせる。素肌の柔らかな感触がみほを刺激する。みほは、恍惚とした表情で体を擦り付ける。

 

「はあぁぁぁ!柔らかい!柔らかいなあ!肌もこんなにスベスベで綺麗で!素敵ですよ!最高ですよ!流石ひなちゃんですね!じゃあ、次は……」

 

そう言うとみほは唇を私の唇に重ねた。いきなりのことで驚いて、慌てて口を閉じる。みほはそれをこじ開け、口の中に強引に舌を入れようとしていた。そしてみほは口内を蹂躙した。私は目を剥いて暴れようとした。何とかみほの魔の手から逃れようとしたが、みほはがっしりと私の体を固定してしまって動けない。みほは数分間、口内に舌を入れて散々弄んだ。ようやく離れた。みほと私の口に透明の橋が架かる。口元に私とみほの唾液が混ざったものが垂れていた。みほは、それを啜ると恍惚とした表情を浮かべる。

 

「はあ、ひなちゃんの口の中、温かくて美味しいね。舌も滑らかで唾も甘くて……」

 

私は咳き込み息を荒げていた。当然だ。悪魔の唾液を注ぎ込まれるなど、身の毛もよだつ話である。私は、注ぎ込まれた唾液を必死に吐き出そうと口がカラカラに乾くまでシーツの上に唾を吐き出す。

 

「うぅ……!な、な、な、何するんですか!キスだけならまだしも、口の中を……舌で……!こんな……こんなこと……!酷い!」

 

私は、みほの私に対する非道な扱いに抗議の言葉を並び立てる。しかし、みほはクスクスと笑うだけだった。まるで、相手にされていないのは明らかだった。私はみほの人形だった。みほは幸せそうに笑みを浮かべる。

 

「ふふふふ。やっぱりあなたを奴隷にして良かったです。こうやって好き放題やれる。ああ……嬉しいな。やっと手に入った。3日間、我慢した甲斐がありましたよ。こんなに良い思いができるだなんて。幸せ。あはっ!あなたの裸を眺めてたら、またひなちゃんの体に悪戯したくなっちゃった。あああ……ゾクゾクする……ふふふふ。」

 

みほは再び私を抱いて、今度は手のひらで私の体を楽しんだ。手のひらが私の体中を縦横無尽に駆け巡り、撫で回す。頭の先から足の先までを何度も何度も触られた。まずは、髪を撫でられサラサラとした自慢の髪を手櫛された。そして、鼻先に私の髪を持っていき、思い切り鼻から息を吸い込み、髪の毛の香りを楽しむ。

 

「はあぁぁぁ。甘くて本当にいい匂い!さすが女の子だね。ひなちゃんの髪の毛、こんなにサラサラしてるよ。」

 

みほはうっとりとしたような顔をして、歓声をあげる。そして、興奮したまま今度は私の頰に手を伸ばしてもちもちと摘んだ。

 

「ふふっ柔らかい。」

 

みほはそう呟くと頰を摘んでいた指が今度は首筋までやってくる。首筋を何度も柔らかい手つきで触れた。そして、二つの双丘に到達した、みほはうっとりとした表情で胸部を見つめる。

 

「ああ……綺麗だね。やっぱり、何度見ても綺麗。形もこんなに良くて、大きさもちょうどいい。麻子さんみたいに小さいのも可愛くて素敵だし、小梅さんみたいに大きいのも包まれてるみたいで素敵だけどひなちゃんみたいなのも良いよね。ふふふふ。それじゃあ……触るね?」

 

みほは何度もその柔らかい肉を揉みしだきこね回して蹂躙した。その手つきはねっとりとしていた。

 

「くっ……うぅっ……やめて……」

 

私は目を瞑って、苦しそうに悶える。みほは、それを見て嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「うん。やっぱり何度触ってもこの柔らかさは飽きないよ。本当に綺麗で可愛いね。」

 

そして、何度も私の胸を数分に渡って弄んで、そのまま臍と腹を愛おしそうに撫でて脚に到達した。みほは柔らかい太ももに何度も頬ずりして撫で回す。

 

「あはっ!スベスベだあ!」

 

ねっとりと何度も何度も触られた。その手がだんだん上に上がってきた。そして、足と股の付け根で手が止まるとみほは耳元で囁いた。

 

「ふふふふ。ここ、触ったらどうなっちゃうんだろう?」

 

私は首を左右に振りながら泣きそうな目でみほに言った。

 

「お願い……!そこだけはやめて!」

 

しかし、みほは私の言葉に聞く耳を持たない。下腹部を指で摩って蹂躙した。

 

「ふふふふ。ここ、もちもちだね。とっても触り心地いいよ。」

私は気持ち悪さと悔しさで涙を流した。

 

「くっ……ううっ……やめてって言ったのに……酷い……酷いよ……なんで、私がこんな目に……」

 

みほは、その姿を見て愉悦を感じ、嗜虐心をくすぐってしまった。みほは、私に後ろを向くように命じた。すると、みほは私の臀部を掌で上下に撫で回し、柔肉を揉みしだく。そして、再び私を抱きしめて体中を撫で回しながら興奮した様子でまくしたてながら言った。

 

「ひなちゃんがいけないんだよ?ひなちゃんが私をそんな可愛い顔と体で煽るから。あ、もう!その表情がいちいち可愛いなあ!そんなに可愛いからいじめたくなっちゃうんだよ?もうそれはひなちゃんの責任だよね?あ、ひなちゃん。また、そんな風に怒りと絶望が混ざったような顔をされると……私の心がゾクゾクと……!ああ、ダメ!抑えられない!可愛い!可愛いよ!可愛すぎるよ!ひなちゃん!もう私、ひなちゃん無しでは生きられないかも。ああ、ひなちゃん!ひなちゃん!ひなちゃん!ああ!可愛い!可愛すぎる!もうひなちゃんのこと絶対に離さないよ!絶対に!ひなちゃんはね、もう私の奴隷だから!奴隷といってもただの奴隷じゃないよ?私に体を捧げる奴隷だからね?この柔らかくてふわふわな髪の毛!このもちもちのほっぺ!この綺麗ですらっとした首筋!この柔らかくてちょうどいい大きさで形も綺麗な胸!この柔らかいお腹!この切れ長でくりっとしたお臍!この柔らかくて小ぶりなお尻!このすべすべな脚!それに大事な大事な隠されてるもちっとした女の子の大切なところ!どれをとっても全てが柔らかくて肌は真っ白ですべすべで本当に本当に綺麗!あぁ……!また!まただ!またゾクゾクしてきちゃった!ああ……!触りたい!触りたい!触りたい!こんなに短時間なのに!ゾクゾグが止まらない!我慢できない!ねえ?ひなちゃん?もう一度触るね?触るよ?触っちゃうね?ああ……ああ……興奮が……収まらないよ……!柔らかい!柔らかい!柔らかい!柔らかい!柔らかい!はぁぁぁ!柔らかすぎるよ!あはっ!ひなちゃんの肌、これ絶対舐めたら甘いよね?きっと舌が蕩けちゃうよね……?ああ……もう我慢できない!ひなちゃん。舐めるね?いいよね?ダメなんて言わせないよ?それじゃあいただきまぁす!」

 

みほが、徐々に顔を近づけてくる。私は本能的に危険を感じて後ずさろうとするが、みほがガッチリと固定していて逃れられない。

 

「やめて……!やめて……!そんなこと……!お願い……!お願いだから……!」

 

しかし、みほがそのようなことに耳を貸すはずもなく掌で撫で回すのと同じ具合で私の体を隅から隅まで舐め回す。ぴちゃぴちゃといかにも美味しそうに。

 

「あはっ!やっぱり……甘い!甘いよ!ひなちゃんのその肌、甘くて甘くて!」

 

私は目を強く瞑ってそれを絶えた。みほの舌は当然、下腹部にも及ぶ。

 

「あはっ!ここはどんな味がするんだろう?」

 

みほは股に顔を近づけた。

 

「いや……!いや!いやあああああ!」

 

股に気持ち悪いヌメヌメとした感触が走る。くすぐったくて切なくて私は思わず今までにない声が漏れてしまった。みほはピクッと反応して、上目遣いで私を見てニタリと悪い笑みを浮かべて更に舐った。私は私じゃないような声を上げ続けた。その声はまるでその行為を楽しんでいるかのようだった。心は嫌なのに、なぜそのような声が出るのか。私は戸惑った。そして、体が高いところから落ちるようなふわりとした感覚を覚えて、せつなさから解放された時、みほは口を下腹部から離した。ようやく全ての行為が終わったのか。そう思っていた。しかし、現実はそれほど甘くはない。みほは私の耳元で囁く。

 

「ふふふふ。ひなちゃん、甘くて砂糖菓子みたいで……とっても美味しかったよ。でも、まさかこれで終わりだなんて思ってないよね?」

 

私は絶望した。これ以上、この悪魔は何をしようと言うのだろうか。

 

「な……!これ以上、何をする気ですか……?」

 

問い詰めるとみほは、私の下腹部を指で摩りながら言った。

 

「ふふふふ。まだ最後の仕上げが残っているよね?」

 

「え……?」

 

まさか。私の顔は真っ青になった。それだけは。それだけは絶対に嫌だ。私は、ほとんどの初めてを悪魔たちに奪われ続けた。だから、せめて最後の初めてだけは本当に好きな人に捧げたい。私は懇願した。

 

「お願い!お願い!お願い!それだけは!それだけは許してください!それだけは私の好きな人に捧げたいのです!本当に好きな人に!だからお願い!私の最後の初めてなんです!もう奪わないでください!」

 

しかし、みほは満面の笑みを浮かべながらも冷たい声で言った。

 

「ふふっ。何言ってるの?私の大事なものを奪ったくせに。」

 

訳がわからなかった。私が何をしたと言うのか。私が混乱しているとみほはある人物の名前を耳元で囁く。

 

「東田信子二等飛行兵曹。」

 

私は目を剥いた。なぜ、その名前をみほが知っているのか。理解ができなかった。

 

「どうしてその名を……?」

 

私が震えながら尋ねると、みほはますます笑みを浮かべて答えた。

 

「ふふふふ。だって、ひなちゃん。書類燃やすの忘れたでしょ?機密も何もあっものじゃない。全部引き出しや書棚に残ってましたよ。それで、よくも私の大切な熟練パイロットを殺してくれましたね。報復として500人を磔にして処刑してあげましたが、まだ足りません。」

 

私は震え上がった。そして、絶望した。輸送機の中で見させられたあの処刑は私の所為で行われたものだったのだ。私があの判決を下さなければ起きないことだったかもしれないのだ。私は過去の私を恨んだ。

 

「ご、500人を……?そんな……」

 

私は絶望した。なぜ、こんなことになってしまったのか。私には唇を噛んで俯くことしかできない。みほは、私の顎先を掴んで上を向かせて、私の絶望した顔を見て愛おしそうに笑う。

 

「ふふふふ。その絶望した顔、可愛い。本当はあなたも処刑すべきだけど、私はひなちゃんを気に入ってしまった。だから、処刑できません。だから、私は精神的にあなたを殺すことにしたんです。ということなので、残念ですがあなたの初めては全て私が奪います。一生の思い出になりますね?全ての初めてを同性から奪われただなんて。ふふっ。じゃあ、そろそろ、ひなちゃんの初めて、もらいますね?」

 

みほは私の足を抑えて今にも下腹部に指を侵略させようとしていた。私は必死で泣き喚いた。

 

「お願い!それだけは……!本当にやめてっ!許して!処刑してしまったことは謝るから!お願い!許して!」

 

しかしみほは無慈悲で残虐であり、さも当然かの如く笑う。

 

「ふふふ。ダメだよ。」

 

みほは、私の下腹部に指を深くまで侵入させた。そして、乱暴を働いたのである。あの時の痛さといったら酷いものだった。叫び声が我慢できない。喉が枯れるまで叫び続けた。

 

「ぎゃああああああ!痛い!痛い!痛い!助けて!痛い!痛い!裂けちゃうよ!」

 

それを面白がってみほは下腹部への乱暴を何度も繰り返し行った。乱暴するものだから傷つきに傷ついて下腹部は血に染まった。私は痛みに泣き叫んだ。

 

「ふふふふ。おめでとう。今日はお赤飯だね。」

 

みほは私の下腹部に乱暴しながら言った。私の下腹部は血や分泌物やみほの唾液が混ざり合ってぐちゃぐちゃになっていた。みほは私の下腹部を弄り回した。そして、何度も何度も乱暴された。みほはようやく、私の下腹部を解放してくれた。私は息も絶え絶えで、ベッドの上に倒れこむ。しかし、みほは再び私の膝を掴んだ。

 

「ふふふふ。まだまだ休ませないよ?絶対に寝かせない。一晩中、朝まで可愛がってあげるね。」

 

そして、みほは首輪のリードを引っ張りながら再び私の体に自らの体を重ねて擦り付けた。

 

「苦しい……!首!苦しい……いや!もういや!もうやめて!」

 

みほは、その私の姿に嗜虐心をくすぐられて、両頬に手を当て、残虐な笑みを浮かべる。

 

「あはっ!これからたっぷりと躾けてあげます!」

 

その後、みほは私の体を散々にいじめ抜いた。何時間にもわたって休みなくだ。そして、朝になった。みほの執務室に朝日が差し込む。本当なら、今日も捕虜でありながらもたかちゃんと1日をささやかに楽しく過ごせるはずだった。みほは、私から離れてベッドから降り、自らは服を着て私を抱えた。そして、私が収監されている牢獄へと連れて行き、そこのベッドの上に私を投げ捨てた。そして、私を見下ろすと最後にもう一度と言わんばかりに体を撫で回して、口づけをしながら囁いた。

 

「また今晩もいっぱい可愛がって、躾けてあげるからね……って聞こえてないか。ちょっと可愛がりすぎちゃったかな。あははは。」

 

みほはそう言い残し、リードと手錠をベッドの端に括り付けて独房から退室していった。私は、息を荒げて裸で震えていた。体中を汚された私は自分の汚さに絶望した。死んでしまいたかった。消えてしまいたかった。これから先、このようなことが続くなら、死んだほうがマシだった。神や仏などない。なぜ、私がこんな目に。神よ仏よ。私が一体何をしたと言うのか。なぜ、私にこのような過酷な目に遭わせるのか。私は憎み恨んだ。絶望を抱えたまま泥のように眠った。心をズタズタに引き裂かれ、体の痛みを抱えたまま。私の魂はあの日死んだ。あの時のことはあの時の痛みは30年経とうと50年経とうと、70年経とうと死ぬまで忘れられないだろう。

どれくらい時間が経ったのだろう。目が覚めたらお昼過ぎだった。どうやら、気を遣って起こさないようにしてくれたらしい。でも、まだ痛みがあった。下腹部を弄り回されたあの痛みと似たような痛みがズキズキとしていてあのできごとがついさっき起きたことのように思い出される。何もする気が起きなくて体を丸めて泣いていると、誰かがやってきた。ゆっくりと扉の方を振り向くとたかちゃんが立っていた。たかちゃんは私の悲惨な姿を見て、狼狽えていた。

 

「ひなちゃん……」

 

私は必死で裸をたかちゃんから隠そうとする。こんな姿、大親友に見られたくなかった。

 

「た、たかちゃん……!いや!見ないで……!」

 

 

たかちゃんは口を手で抑えながらあまりにショッキングで悲惨な光景に目を剥いていた。

 

「たかちゃん……私、私ね……汚されちゃった……私、犯されたの……めちゃくちゃにされちゃった……だから、こんな汚れた私を見ないで……!」

 

私は初めてたかちゃんを拒否した。たかちゃんはがっくりと膝を落として項垂れていた。

 

「な、なんで……?どうして……?どうしてひなちゃんがこんな目に……?いやあああああ!」

 

たかちゃんはあまりにショッキングな光景に胃の中身を全て吐き戻してしまった。すると先ほどの叫び声と嘔吐した時の声が外まで響いたようで、私の独房に冷泉さんが飛び込んできた。

 

「どうした!?ってこれはひどいな……」

 

冷泉さんは私とたかちゃんの惨状を交互に見て呟く。そう言われるのも無理はない。私は体液と血でドロドロでたかちゃんも口が吐瀉物で汚れている。冷泉さんはたかちゃんを連れて行こうとした。しかし、たかちゃんは泣いて嫌がる。

 

「連れて行かないで!ひなちゃんのそばにいさせて!」

 

しかし、私も普通の精神状態ではなかった。いつもなら嬉しくていつまでも側にいて欲しいのに、その時私はたかちゃんを断固拒否した。

 

「出て行って!お願い!一人にして!こんな汚れた私を見ないで!」

 

それを見て冷泉さんは、今のたかちゃんは私と一緒にいさせない方が良いと考えたらしく追い縋るたかちゃんを無理矢理引きはがす。

 

「ダメだ!ここにいたら二人にとって良くない!済まないが、二人ともしばらくの間は面会を禁じる!」

 

そう言って冷泉さんはたかちゃんを引っ張って何処かに行ってしまって、私は一人残された。誰もいなくなった独居房で私はあんなに心配してくれたたかちゃんにひどいことを言ってしまったと後悔していた。そして、また私は死にたくなった。もう生きたくはなかった。旧日本軍じゃないがまさに虜囚の辱めだった。私はこの後、数日にわたって毎日朝までみほから辱めを受けた。ある時は道具を使って、ある時は鞭を使って甚振られた。そして、私の心は完全に破壊され、私はみほを愉しませるための奴隷になったのである。この出来事は私たちに多大な影響を与えた。そして、これにより心をかき乱された私たちは判断が鈍ってしまった。私たちが運命の日を迎える丁度一週間前の出来事であった。

つづく




次回の更新はまた活動報告やtwitterなどでお知らせします。


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第136話 戦斗実験場

今日は闇ぽりんの誕生日!
ということで水曜日ですが、特別に公開します!
よろしくお願いします!


今度は、また私、冷泉麻子が証言しようと思う。人事編成会議が終わり、カエサルさんたちが訪ねてきた後のことだった。深夜だった。時刻は2時ごろだったと思う。いずれにせよ遅い時間だった。私は、夜更かしの朝寝坊なので、かなり遅い時刻まで起きている。だから、その日もいつもと同じように夜更かしをして、読書に勤しんでいた。その時だった。突然、廊下に悲鳴が響いた。私は驚いて体を飛び上がらせる。こんな時間にいきなり悲鳴を聞けば、誰もが同じような反応をするだろう。ただ、特に私は幽霊が苦手中の苦手で、恐ろしくて仕方ないので、その恐怖は一入だった。だが、どうやら悲鳴の主は幽霊を見たわけではないような声だ。どちらかといえば、恐怖の悲鳴というよりも、嫌がっている時の悲鳴に聞こえる。どうやらその悲鳴が独居房の辺りから聞こえる。声の主はどうやら落合さんのようだ。そこで、私はああ、やられたのかとすぐにその意味を理解した。なぜなら、西住さんが夜毎にしているあのおぞましい辱めを私も受けていたからだ。私も、元々は西住さんに誘拐されて、ここにいるのだ。始まりは、落合さんたちと変わらない。そして、私は化学研究所長兼保険衛生局長の職を拝命した今もなお、西住さんにこの体を捧げ続けている。そもそも、この独居房は西住さんの奴隷小屋なのだ。西住さんは気に入った囚人を奴隷として躾ける趣味があった。そうした西住さんの欲望のはけ口にするための独居房がここというわけだ。実は、私は落合さんがここに来てから遅かれ早かれ辱めを受けることになるだろうということはわかっていた。そもそも、ここに来た時、落合さんの姿を初めて見て美しい金色の髪に白い肌という容姿端麗な姿の落合さんはこれは西住さんがいかにも好みそうな子だなとは感じていた。もちろん、鈴木貴子さんから相談された時点でこのような目にあう前になんとか脱出させる心算でいたが、間に合わなかった。だが、それと同時に、落合さんのおかげでしばらくは欲望の捌け口を落合さんにそらすことができると心のどこかで思っていた。もちろん、それで何も感じないほど、私も落ちぶれてはいない。悪いとは思っていた。だが、私にはどうすることもできなかった。私は、廊下中に響く悲鳴に耳を塞ぎながら床に就いたのである。さて、その間、落合さんがどんな酷い目に遭っていたのかというのは既に落合さんが話してくれたし、次の日の昼以降のできごとも落合さんが軽く触れてくれたから良いだろう。私が話すのは次の日の午前中のことだ。西住さんが初めて落合さんの体を弄んだ次の日、厳密にいえば弄んだ当日だが、とにかく午前中のことだ。私は、その日もまた朝早くから叩き起こされた。起こしたのはもちろん、西住さんだ。私は目をこすりながら西住さんの横暴に抗議したが、無理矢理起こされた。しかも、その理屈が西住さん曰く、私は寝てないけれども冷泉さんはたくさん寝たからいいでしょとのことだった。寝てないのは西住さんの自己責任だろうと正直思ったが黙っておくことにした。目をこすりながら西住さんの姿を見ると髪は乱れて、顔は蒸気しており、明らかに愉悦を感じて興奮していて、なんだかいつもよりも元気な様子だった。私の疑惑は確信に変わった。

 

「西住さん……昨日……聞こえていたぞ……」

 

私は腕を組みじっとりとした目で西住さんを見る。西住さんは両頬に手を当てると先ほどよりももっと顔を赤くして言った。

 

「ふふふふ。聞こえてた?うん。そうだよ。昨日ね、落合さん、ううん。ひなちゃんと遊んだの。愉しかったなあ……ふふふふ。あはっ!思い出したらまた興奮してきちゃった。ひなちゃんの胸やお腹やお尻や女の子の大切な場所を触った時の体の柔らかな感触と反応、白くてすべすべな肌、そして甘くて芳しい匂いと味。もう、全てが良くて、一晩中可愛がったんだ。あはっ!あの顔、あの表情、あの反応、あの声、可愛かったなあ!」

 

 

「そうか……程々にしろよ……?」

 

西住さんはニヤリと悪い笑みを浮かべると、私の頰を愛おしそうに撫でながら言った。

 

「あはっ!良かったね麻子さん。しばらく身代わりが見つかって。麻子さんいっつも泣いちゃうもんね。」

 

私は、何も言うことができなくて、唇を噛んで俯いていた。

 

「あはっ。でも、やりすぎないように気をつけるよ。まあ、純潔は捧げてもらったけどね。あまり壊しすぎても楽しくないし、あの子にはまだまだ奴隷として私を愉しませてくれなくちゃいけないからね。ふふっ。」

 

ああ、可哀想に。まだまだ落合さんにとっての地獄が続くことになりそうである。あの子の心が完全に折れないうちになんとか手を打たなければ、私はそう誓っていた。さて、これ以上西住さんにこの話をさせてはまた西住さんが興奮して今度は私の体を弄ぼうと画策する危険がある。私は話題を変えた。

 

「それで、今日は何の用だ?」

 

すると、西住さんはあ、そうだ。と言わんばかりの顔になって言った。しかし、それは落合さんの話と変わらないくらい最悪な話だった。西住さんはニヤリと再び悪い笑みを浮かべて言った。

 

「ちょっと一緒に来てくれない?」

 

私は西住さんに言われるがまま着いていった。建物を出て、しばらく歩く。その足が向かう先、それには覚えがあった。あの、二度とは訪れたくはない地獄の入り口。絶滅工場。そうだ。絶滅強制収容所だ。近づくだけで悪臭が漂ってきた。私は思わず、手で口と鼻を覆う。西住さんはそのようなことまるで気にしていないかのように私の手を引っ張ってずんずんと進んでいく。まさか、西住さんは私をここに入れる気なのか。私の顔が青く血の気をなくしていくのがわかった。そして、西住さんは、門の前で立ち止まった。私は恐る恐る首を西住さんの方に向ける。西住さんは満面の笑みを浮かべていた。

 

「なあ、西住さん……収容所に何か用なのか……?」

 

西住さんはニコリと微笑んで頷く。

 

「うん。そうだよ。すぐにわかるよ。」

 

西住さんはそう言うと門の守衛と一言二言言葉を交わす。すると、大きな音を立ててギイっと鉄の門扉が開いた。私は恐怖だった。顔を強張らせてカチコチになりながら西住さんと歩くと西住さんが口を開いた。

 

「安心して。別に麻子さんをここに入れようと思ってきたわけじゃないから。それとも、麻子さん。もしかして、後ろめたいことでもあるのかな?ふふふふ。」

 

 

良かった。どうやら私が色々と企んでいることはバレていないようだ。私はブンブンと首を横に振りながら言った。

 

「無い!断じて!無い!」

 

すると、西住さんは微笑を湛えて嬉しそうに笑った。

 

「ふふっ。良かった。」

 

そして、私たちは管理棟へとやってきた。管理棟ではまだ、人事が公開されていないので、梓が所長として私たちを迎えた。

 

「ようこそ。お待ちしてました。隊長、冷泉先輩。」

 

西住さんは笑顔でそれに答える。

 

「お出迎えありがとう。それで、例の荷物、届いてる?」

 

西住さんの問いかけに梓は頷いた。

 

「はい。届いています。それに、囚人の準備も。」

 

西住さんは満足そうに笑みを浮かべた。

 

「ふふふふ。ありがとう。それじゃあ、早速頼むね。」

 

私と西住さんは梓の運転する車に乗り込む。すると、梓は車を収容所の端の端まで走らせた。梓が言うには収容所が拡張されて、歩いて行くのは大変になったので、自動車部に相談したら一台融通してくれたらしい。しかし、と私は不思議に感じた。拡張する必要性がわからなかったからだ。拡張しなくても、収容所には現段階で十分の空きがある。これからの戦争で発生する新しい囚人たちの入るスペースも余裕であるのだ。私は不思議に思って首を傾げていた。すると、私の目の前に、突然街が現れた。寝ぼけているのだろうかと目をこすっても何度目を瞬いてみても街だった。私は混乱した。ここは、破壊されたはずなのにどうして。不思議に思っていると、みほが口を開いた。

 

「ふふふふ。目的地はここだよ。麻子さん。」

 

何か嫌な予感がする。私は、恐る恐る西住さんに尋ねる。

 

「ここは一体……?」

 

西住さんは自慢げな顔をして私の質問に答える。

 

「あはっ!驚いた?これはね、街の模型だよ。本物とほとんど同じ縮尺のね。材質も同じなんだよ。」

 

西住さんは車から降りて、パンパンと建物の壁を叩いてみせた。私も建物の壁に触ってみると確かにコンクリートでできている。しかし、一体何のためにこれを作ったのか。私の頭の中である可能性が頭に浮かぶ。それを確かめたくて恐る恐る尋ねる。

 

「一体何のために……?」

 

 

すると、西住さんは満面の笑みを浮かべて言った。

 

「ふふふふ。武器の性能実験のためだよ。実はね、頼んでた武器が届いたんだけどね。何しろ、紛争地やらそう言うところで出回ってた武器だからしっかり仕事してくれるかわからないんだよね。だからね、その実験をしなきゃいけなくて。もし、実戦の時に使えないってわかっても遅すぎるからね。」

 

確かに、西住さんの言うことは普通じゃないが間違いでは無い。実戦に使えるかどうか、そういう実験ならばおそらく普通の軍隊でも行うだろうし、戦車道でもよくやっていたことなのだろう。そういうことならと私は安堵していた。西住さんの次の言葉を聞くまでは。西住さんは悪い笑みを浮かべて次の言葉を紡いだ。

 

「ふふっ。それでね、囚人を使って実験しようかなって。」

 

私は耳を疑った。囚人を使って、武器の実験。私の目の前に惨劇の映像が再生される。

 

「え……?どういうことだ……?」

 

すると、西住さんは無邪気に笑いながら武器が入った箱のようなものからロケットランチャーを取り出しながら言った。

 

「あはっ!こういうことだよ!」

 

西住さんの持つロケットランチャーが火を吹いた。西住さんは目の前の家の模型にロケットランチャーを撃ったのだ。ロケットランチャーは目の前の家の模型に当たって家の模型は大きな爆発音を立てて崩れ落ちる。その時である。

 

「きゃあああああ!」

 

「何!?何が起きたの!?」

 

「助けて!!助けて!!」

 

「うぅ……痛い……!痛いよお……!お父さん!お母さん!助けて!」

 

「早く逃げろ!火が!火が!」

 

悲鳴が模型の街に響き渡る。人々が火を逃れて逃げて行く。しかし、西住さんはニヤリと悪い笑みを浮かべて、ロケットランチャーから小銃に持ち替え、逃げ惑う囚人たちに向かってバババババッとやった。

 

「いやあああああああああああああああ!助けて!」

 

囚人たちは悲鳴をあげながら次々に弾に当たって倒れて行く。目の前に遺体の山が築かれる。私は恐ろしくて、尻餅をついて倒れこみ、後ずさる。

 

「あははは。やっぱり、そうなるよね。実はね、この実験場、私の為じゃなくて、麻子さんのために用意したんだよ。」

 

「私の……為に……?」

 

私はガタガタ震えながら、尋ねると西住さんは首を縦に振った。

 

「あはっ!だって今度の戦闘は市街戦、ゲリラ戦になって血で血を洗う戦闘になることが十分に予想されるからね。動いてる人を殺し慣れておかないとね。人影を見たら反射的に殺せるようにね。だって、麻子さん、今まで、動いてる人間を直接的に殺したことはないでしょう?人体実験や生体解剖は動かないもんね。それに、麻子さん実験だって言わないと来なかったでしょう。はい、これ。麻子さんの銃だよ。ここにはね、400人の囚人たちが暮らしてる。実験場とも知らずにね。今回の訓練ではここで暮らす囚人たちを一人残らず狩ってきてね。」

 

西住さんは私に自動小銃を手渡す。私は受け取ったはいいもののブルブル震えてそのまま動けなかった。すると、西住さんは私にライフルの銃口を向けた。

 

「ふふっ。やれないなんて言わせないよ。これは命令だからね。それじゃあ、ある程度数はロケットランチャーと迫撃砲で数を減らしてあげるね。それが終わったら行って。」

 

西住さんはロケットランチャーと迫撃砲を何度か撃った。そしてライフルを私に突きつける。そのようなことをされてはやむを得ない。私は仕方なく立ち上がった。

 

「上から見てるからね!もし、変な動きしたら上からドンだからね!死にたくなかったらしっかり狩ってきてね!あ、そうだ。囚人たちに武器は持たせてないから安心してね!」

 

私は生唾を飲み込んで、少しずつ前に歩き始める。すると、すぐに囚人たちに出くわした。皆、銃を持った私の姿を見て一様に逃げ出す。私は銃を構えて目を瞑りながら撃つが、なかなか当たらない。そうしてるうちに誰もいなくなった。失敗だ。こんな残虐行為は早く終わらせてしまいたかった。しばらく進むと、また別の囚人たちに出くわした。私はまためちゃくちゃに銃を撃ちまくった。だが、なかなか当たらない。しかし、その逃げ惑う囚人の少女の一人が石か何かにつまづいて転んでしまった。私は、チャンスとばかりに走って近づく。少女は手をついて後ずさりをする。

 

「いや……近づかないで……!いやぁぁ……!助けて……助けてよ……私が何をしたというのよ……!」

 

そうだ。彼女たちは何もしていない。何もしていないのに訳もわからず、連行されてここで今ここで私に殺されようとしているのだ。何の罪もないのに。だが、私も彼女を殺さなければ殺される。私は、心を鬼にして銃を構え心臓に突きつける。

 

「すまない。許してくれ。」

 

そう告げると引き金を引いて、心臓と頭にそれぞれ2発撃ち込んだ。少女の血飛沫が飛び、仰向けに倒れた。頭からは血がドクドクと溢れ出ている。私は付着した血を手の甲で拭う。一人殺したら、何故だかだいぶ楽になった。もともと、人を殺したことがあるからか、ハードルはなんだかんだ言って随分低いものだった。私は簡単にそのハードルを乗り越えてしまった。その後は早かった。私は無表情のまま、囚人たちを見つけては小銃をババババッとやった。人というのはあまりにも脆くて弱い存在だ。こんなにも軽い引き金であっという間に数十という命が消えるのだ。私がぶっ放すたびに悲鳴をあげながら面白いように倒れ、死んでいく。私は、それに慣れてしまった。「死ね!死ね!」と言いながら小銃をぶっ放して、大量に殺戮する行為を楽しむようになっていた。今まで、そうした大量虐殺行為を嫌悪していた私は死んでしまった。いや、もともと私はそうした素質を持っていたのだ。何を隠そう私は私の好奇心のためだけに人体実験と生体解剖を繰り返していた時期があったのだから。今更、足掻いてもいくら反省し罪を滅ぼそうとしても私も結局は悪魔だったのだ。私はあなたと同じだった。西住さん。私は西住さんがいる後方の監視塔の方を見ながら心で呟く。監視塔では、西住さんがライフルを構えて、悪魔のように笑いながら撃っていた。どうやら、隠れている囚人の狙撃を楽しんでいるようだった。まるでゲームのように人を殺していた。そして、あっという間に私たちは400人を狩り尽くした。囚人たちの血にまみれで錆色になって戻ってきた私を見て、西住さんはニタァと悪魔のように笑いながら言った。

 

「ふふふふ。麻子さん。殺戮はどうだった?」

 

私は銃を投げ捨て、血をタオルで拭き、地面に座って梓から水をもらってそれを飲み干しながら答える。

 

「ああ。意外と楽しかったな。それに、今日は私よりも西住さんが殺した数がだいぶ少ないな。珍しく私の勝ちだな。」

 

西住さんは私の答えに腹を抱えて笑った。

 

「あっはははは!だって今日は麻子さんが主役だもの!それに、私は狙撃用で麻子さんは自動小銃なんだから!それにしてもこんな風になっちゃうなんて!やっぱりやって良かったよ!これで私たちはまるっきり同じになったね。麻子さん。麻子さんは私と同じ。だからもう、私と同じくらい戦えるよね?戦争の時は奮戦を期待してるよ。」

 

私は大きく頷いた。こうして私は直接的な殺戮にも慣らされた。その結果、私はあの戦争で西住さんが予想した以上の活躍をした。殺戮に殺戮を繰り返すことになる。そして、私は敵からも味方からも獰猛な殺戮プロフェッサーと呼ばれ恐れられるようになるが、それはまた別の機会にお話ししようと思う。

 

つづく

 




次回の更新はまた活動報告とTwitterでお知らせします。


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第137話 接触

お待たせしまし!復帰後初にて今年最後の投稿です!
今回はエルヴィンたちのお話です!


今度はまたカエサルと行動を共にしていた私たちの動きについて話そうと思う。

その知らせがもたらされたのは突然だった。その日も、朝早くからカエサルは落合さんの世話をするために出かけていった。私たちはその背中を見送る。久しぶりにカエサルに笑顔が戻ったような気がしていた。しかし、その日はいつもと違っていた。それは突然だった。確か昼過ぎだったように思う。私たちの寮の横開きの扉ががらりと勢いよく開いた。私たちは驚いて何事かと玄関まで行くとそこにはカエサルがいた。

 

「どうした?カエサル。忘れ物か?」

 

私が尋ねるとカエサルは力なく首を横に振った。カエサルは青い顔をして俯いている。ただならぬ雰囲気だった。おりょうが口を開く。

 

「何があったぜよ……?」

 

カエサルはしばらく黙ってただ俯いているだけだったが、ポツリポツリと話し始めた。

 

「やられた……」

 

「やられた……?」

 

「ひなちゃんが……虐待された……西住隊長に……!性的な虐待……いや、あれはもう強姦といってもいい……!ひなちゃんは西住隊長に身体を……全身を……触られたらしい……!それだけじゃない……裸に剥かれて……辱めを受けた……!大切な場所に指を入れられて初めてをぐちゃぐちゃにされて全て奪い尽くされて陵辱された……!なんてことだ!私は許せない!こんなこと、許されていいはずがない!絶対に!絶対に許さない!殺してやる!絶対に殺してやる!今すぐに!」

 

カエサルは怒りで冷静さを失っていた。今にも単身でも飛び出して西住隊長を討ちにいこうというような勢いだ。私たちは必死にそれを止める。

 

「お、落ち着け!」

 

しかし、カエサルは聞く耳を持たない。カエサルは暴れに暴れまくった。手足を動かして殴る蹴るのオンパレードだ。人間本当に怒ると味方にも容赦ないらしい。私たちの体はあっという間に青痣だらけになった。

カエサルの怒りはよくわかる。西住隊長のやったことは女同士であるとはいえ一線をとうに超えた強姦であり、断罪され裁かれるべき犯罪だ。そのようなこと、同じ女として、人間として許すわけにはいかない。いずれは西住隊長を裁きの元に引きずり出さねばならない。

しかし、単身で怒りに任せてこのまま西住隊長を討ちに行ったらどうなるだろう。そのオチは捕らえられ、残虐な方法で処刑されるだけだろう。処刑された後、遺体も侮辱されるかもしれない。それは、西住隊長が一番望んでいることだ。彼女は人を殺すこと、とりわけ残虐な方法で殺戮することを何よりも愛している。策なき突撃はそのような悪魔に格好の獲物を与えることになりかねない。それは何としても避けるべきことだ。ましてや、我を忘れた挙句に取る手段ではない。それは、他にやりようがなく、最後の最後に取るべき方法だから、今やるべきことではない。

では、どうすれば良いのか。敵の女悪魔は強大だ。彼女に立ち向かうには力では勝てない。数百倍の兵隊たちによって鎮圧されるだけである。やはり頭脳しかないのだ。知恵と知識で戦略を練り、彼女を超える他ないのである。

その為に、まず最初に私たちが、やること、それはこれ以上、落合さんを苦しめることがないように軍事境界線の向こう側に逃がすことだった。しかし、カエサルは変わらず完全に何も見えていないようで暴れ続ける。

 

「離せ!離せ!行かせろ!行かせて!」

 

暴れるたびに羽交い締めにしていたカエサルの身体がだんだんと私の手から離れてきた。このままでは、カエサルに振りほどかれてしまう。そのまま飛び出されては大変だ。腹ばいにして抑えるしかない。私はおりょうと左衛門佐に叫んだ。

 

「まずい!カエサルを抑えるぞ!」

 

すると、カエサルは潰されながらさらに大声で叫んだ。

 

「やめろ!行かせろ!殺さなきゃ気が済まない!死んでもいい!あの女悪魔め!」

 

「死んでもいい」このカエサルの言葉に私の中で何かが弾けた。私はその言葉に怒りを覚えた。許せなかった。気がついたら私は手を振るわせながら風切り音を上げながら思いっきりぶん殴っていた。今まで暴れていたカエサルが嘘のように静まった。左衛門佐やおりょうも驚いてただ口をポカンと開けて目を丸くして固まっている。ただただ、静寂が支配した。そして、私はカエサルの首根っこを掴んでもう一度頰を思い切りぶん殴ってやった。私の手のひらもジーンとした痛みが伝わってくる。カエサルの頬もまた赤く染まっていた。私はカエサルの頬を両手で挟んで泣きながら心の底から叫ぶ。

 

「バカ!死んでもいいだと?なんてこと言うんだ!?それを落合さんの前でも言えるのか!?それを今までの戦闘や虐殺で死んでいった人たちの前で言えるのか!?ふざけたこと言ってるんじゃない!いい加減にしろ!いいか、カエサル!落ち着け!そして、私の話をよく聞いてくれ……頼むよ……」

 

カエサルはなんとか落ち着きを取り戻してくれた。そして、がっくりとうなだれて泣きながら謝る。

 

「ごめん。私、どうかしてたよ……」

 

私は一二度深呼吸して心を落ち着けて頷くと今度はカエサルの両肩に手を置いて再び口を開く。

 

「いいか、カエサル。カエサルの怒りはよくわかる。今回のことは私も怒りしかない。このような卑劣な犯罪行為は女として、いや人として絶対に許してはならない。尊厳をめちゃくちゃに傷つける行為だ。いつか、西住隊長には裁きのもとに引きずり出して裁きを受けさせなくてはならない。しかし、今は無理だ。敵は連合国軍のように強大だ。私たちには力がないから容易には勝てない。良いか。だから知恵を使うんだ。私たちがやるべきことは何かを考えるんだ。今は復讐をするときじゃない。まずは、落合さんを保護し、この世の地獄から救い出すことだ。全ての大切なものを失っても、陵辱されても、明日は来る。未来はある。もし、単身突っ込んでカエサルが死んだら、落合さんはどうなる?今度こそ、闇に悪魔に囚われたままだ。それどころか、今度こそきっと心が壊れてしまう。しかも、カエサルが死んだ理由が自分が原因と知ったら落合さんはどうすると思う?きっと落合さんは命を絶ってしまうだろう。いいかカエサル。カエサルは落合さんの一筋の光だ。小さくとも強い希望の光だ。地獄の中の道しるべだ。未来そのものだ。カエサル、その光を自ら消そうとするな。照らし続けろ。カエサルの力で落合さんをこの闇の地獄から、悪魔の支配下から救い出し、眩しい光の下に連れ出すんだ。そして、幸せな未来をもう一度歩んでもらうんだ。カエサルと一緒にな。それが、親友として今、カエサルがやるべきことだ。義務だ。決して単身突っ込んで死ぬことじゃない。」

 

カエサルは泣きじゃくりながら何度も頷いていた。カエサルを落ち着かせて、道を示した私は早速動き始めることにした。まずやるべきことは2つだ。1つは情報収集、そして2つ目はパルチザンとの接触である。私は、早速1つ目の情報収集の為に冷泉さんのもとへと向かった。カエサルの話を疑うわけではないものの、興奮してる分、話をもっている可能性は否めない。これが、本当に急ぐ必要があるのか、それとももう少し余裕があるのか慎重に見定める必要があったからだ。

冷泉さんの研究室を訪ねる。ノックするが反応がない。鍵は開いていた。扉をそっと開けてみると中で冷泉さんが机に突っ伏して眠っていた。かなり深い眠りだったようで体を揺すってもなかなか起きない。何度か強く揺すると眠そうに目をこすりながらようやく起きてくれた。

 

「気持ちよさそうに寝ているときにすまない。」

 

冷泉さんは不機嫌そうに顔を上げて私を睨んだ。

 

「すまないと思うのなら起こさないでくれ……今日は朝早くから西住隊長に付き合わされてものすごく眠いんだ……」

 

冷泉さんはそう言うとすぐに机にもう一度伏せた。私は冷泉さんの真後ろから近づいて耳元で囁く。

 

「すまない……例のことで話があるんだ。」

 

すると冷泉さんは顔を上げて、背筋を伸ばした。そして、私の目をじっと見つめると口を開く。

 

「カエサルさんから話は聞いたか……?」

 

「ああ……聞いた……落合さんが酷い目にあったって……」

 

「そうか……聞いたか……かなり酷い目にあったようだ……さっき、私も医務担当として診たが、驚いたよ……相当酷かった……下腹部も肛門も傷だらけだったし、体には噛まれた歯型が無数にあった……それだけじゃない。首輪をされていたんだ。実際に彼女から話も聞いたが、それはそれはおぞましいものだったよ……今度は何されるか分かったものではない……西住隊長は落合さんを人間として扱っていないぞ……玩具だと思っている。私もここまで酷いとは正直思っていなかったよ……急げ……とにかく急げ……」

 

私は息を飲んだ。今まで、最前線で西住隊長を見てきた冷泉さんがここまで言うのだ。そこまで酷いとは思っても見なかった。もちろん、カエサルを信じなかったわけではない。

ただ、ここまでの酷さであったとは思えなかったのだ。少なくとも女同士だから少しはマイルドなものであると思っていた。しかし、現実は厳しいものだった。

 

「わかった……」

 

私は震えながらコクリと頷いた。冷泉さんはさらに続ける。

 

「それともう一つ、報告しておくことがある……今日、戦闘訓練があったんだ……私のための戦闘訓練だ……生身の人間を使った戦闘訓練をさせられた……知波単では精鋭部隊が厳しい訓練に励んでると聞くし、この大洗からもかなりの人数が行って戦場さながらの訓練をしているらしい。本格的な準備が加速してる。西住さんが軍事境界線を超える日は近い。超えてしまったら最後、もはや接触をできない。既にあちら側と再び戦火を交えるのは秒読みの状態だ。一刻も早く、パルチザンと接触するんだ。」

 

私はもう一度首を縦にゆっくりと、でも確実に振った。しばらく、沈黙が研究室を支配した。事態は思ったよりも深刻だった。次の言葉が見当たらない。急がなくてはいけないが、慎重に行動しなくてはいけない。失敗は絶対に許されないという緊張で冷や汗が溢れ出て、カチカチと歯が鳴った。

更に、私が恐怖を覚えたことが、冷泉さんが行ったという「生身の人間を使った戦闘訓練」だ。それが何なのかを知ることは、大変な恐怖だった。しかし、人間は不思議なもので、怖いもの見たさというものがある。私も怖いもの見たさで、冷泉さんに尋ねた。

 

「なあ、冷泉さん。生身の人間を使った戦闘訓練って一体なんだ……?」

 

冷泉さんはピクリと身体を震わせると怯えたような目で私を見つめる。私もその瞳を見つめ返すと冷泉さんは目を逸らしてボソリと呟いた。

 

「知りたいか……?」

 

私はコクリと頷く。

 

「ああ、知りたい。」

 

すると、冷泉さんは諦めたように深く息を吐くと目を逸らしたままボソリボソリと話し始めた。

 

「あれは、収容所の囚人を使った訓練だった……隊長曰く、人を殺すことに慣れる訓練だったそうだ……原寸大の街のレプリカに収容所の囚人を住まわせて、そこを攻撃するという訓練だった。酷いものだったよ……私は罪のない人に向けて銃を撃ちまくって……全員を……殺した……西住隊長は、それを見て笑っていた……自らもライフルで狙撃して楽しんでいた……」

 

私はこの話を聞いたことに後悔した。私は言葉を失っていた。何を言えばいいかもわからなかった。私は無意識に、震えている冷泉さんの小さな身体を抱きしめていた。

 

「すまない……すまない……こんな辛いことを話させてしまって……わかった……私は私のできること、やるべきことをやるよ……今日の夜にも向こう側に行こうと思う……」

 

冷泉さんは泣きながら何度も頷いていた。

私は、冷泉さんと別れて、その足で西住隊長の執務室へと向かった。今回、向こう側へと渡る名目は、冷泉さんの研究に使うモルモットを狩ってくるという任務の為だ。出発する旨を伝えて、越境の許可を貰わなくてはならない。西住隊長の部屋を尋ねてノックをする。

 

「どうぞ。空いてるから入っていいよ。」

 

部屋の中からはいつもの西住隊長の聞こえてきた。その声を聞いて入室すると、西住隊長は真っ直ぐこちらを見つめていた。

 

「あ、エルヴィンさんか。何か用かな?」

 

「ああ、今日の夜、出発するから、越境の許可を貰いに来た。」

 

「あ、そうか。今日なんだね。わかった。えっと、向こう側に行く人数は全員でいい?」

 

「ああ、全員で行くつもりでいる。」

 

「わかった。じゃあ、そこで待ってて。」

 

西住隊長は、机の引き出しから一枚用紙を取り出すと、印鑑と自らの名前をサインする。

 

「はい。これ持っていってね。この許可証は往復に必要だから、任務中も絶対に無くさないでね。無くすと色々面倒だから。それじゃあ、気をつけていってきてね。あと、パルチザンたちにも重々気をつけてね。最近、境界線付近で目撃情報が相次いでて、何してくるかわからないから。」

 

西住隊長は、まさか私たちの目的がそのパルチザンと接触することとは思ってもいないようだ。今は、まだ私たちの計画は発覚していないようである。私は安心して大きく縦に首を振った。

西住隊長と別れて再び寮へと戻った。寮では皆が心配そうに待っていた。私は西住隊長から渡された越境許可証を皆に見せつける。皆からは歓声が上がった。

 

「今夜、早速だが動き始めるぞ!もはや猶予はあまりない。再び戦端を開くための準備が色々と加速しているようだからな。」

 

とりわけ喜んだのがカエサルだった。カエサルの目は異様に鋭く光っていた。

私たちは早速、越境するための準備を始めた。人を入れられる大き目の鞄を人数分と眠らせるための薬、それにロープとガムテープというなんとも物騒なものを鞄に詰め込む。準備を完了させて夜を待った。

7時間ほど後に暗闇に慣れるために外に出た。出発予定は10時だ。それまでには慣らさなくてはならない。だんだん夜目に慣れてきて完全に慣れた頃の10時に私たちは出発した。真っ暗な道を進んでいく。やがて、森が見えてきた。その森を少し進むと関所のようなところがある。そこが軍事境界線警備兵の詰所になっており、兵士役の女子生徒が4人ほどで警備していた。彼女たちは私たちの姿を認めると、2人が近づいてきて、声をかけてきた。

 

「あの詰所から向こう側は西住隊長の支配圏外の生徒会支配地域です。越境は特別な許可がなければ許可できません。戻りなさい。」

 

普段なら言われた通り戻るが、今日に限っては私たちは正当な理由という名目で向こう側に越境する。私は、満を辞して西住隊長に渡された越境許可証を警備兵に手渡す。

 

「西住隊長の命令で、越境する必要がある。この通り、許可証もある。」

 

警備兵は手渡された書類を確認し、本物であることが分かるとやおら慌てて背筋を伸ばした。

 

「し、失礼しました!どうぞお通りください!最近、境界線付近にパルチザンゲリラ隊が目撃されていますのでお気をつけて!」

 

私たちは警備兵たちに見送られながら、関所の門のようなところを通った。

警備兵たちは私たちが見えなくなるまで見送ってくれた。戦闘が始まるまでは当たり前のように往来していた森だが、久しぶりに一歩向こう側に踏み入れてみると空気が全く違っていた。怒りと憎しみ、そして悲しみが満ち溢れた空気がしていた。背中に冷や汗が流れてくる。今回の本当の目的はパルチザンと接触することであるとはいえ、パルチザンからしたら明確に私たちは敵であり、仲間たちを収容所に送り込んだ悪魔であるという認識だろう。いつどこから銃弾が飛んでくるかもわからない。周囲警戒しながら歩き続ける。しばらく歩くと、どこかから誰かに見られてるような

気配を感じた。私は、皆に一度停止するよう指示を出した。悪い予感がした。明確なものではないが、ものすごい殺意を感じた。その時だった、銃声が響いた。誰か撃たれた!そう思って急いで伏せて顔を前後左右に動かして見回してみるが、誰も倒れてはいない。幸いにも弾は外れたようだ。もう一発銃声が聞こえる。今度は、私の顔の30センチ手前の石に当たって弾かれた。まずい。明確に狙われている。私は鞄の中に入っていた白いタオルを忙しなく振って茂みに向かって叫んだ。

 

「撃つな!私たちに敵意はない!抵抗しない!繰り返す!私たちに敵意はない!話し合いを望む!私たちは君たちに会いにきた!パルチザン諸君!私たちに敵意はない!どうか面会に応じてくれ!」

 

何度かこうした呼びかけを繰り返す。すると、何人もの人影が茂みの中から現れた。そして、銃を向けながら私たちを何重にも囲んだ。その人物たちは誰もが黒い布で顔を隠して格好は船舶科の服を着ている者、普通科の制服を着ている者、水産科や農業科のつなぎを着ている者もいた。武器もまちまちで、銃を持っているのはほんの数人、小銃一人拳銃も一人、その他は竹槍やこの森の木で作ったのか棍棒みたいなものや、斧や鍬、水産科のものだろうか銛、さらには竹槍を持っているものもいた。まさに絵に描いたようなパルチザンのゲリラだった。それが、はじめての接触となった。その中の一人の船舶科の制服を着た者が口を開く。

 

「動くなよ?動いたら俺の小銃が火を噴くぞ?死にたくなかったら、言う通りにしろ。まずは、腹ばいになって手を背中で組め。」

 

勝気そうな少女だった。彼女が一番いい武器を持っている。おそらく、このパルチザンゲリラ隊のリーダーだろう。私たちは、抵抗することなく言われた通り従った。すると、彼女たちは私たちの顔を地面に押さえつけながら腕を後ろ手にロープで縛り上げた。

 

「立て!」

 

小銃の少女の声とともに部下と思われる竹槍や鍬や斧を持った少女たちが私たちを縛り上げたロープを強く引っ張る。

 

「ふふっ。盛大な歓迎に痛み入るよ。」

 

いたずらな笑みを浮かべて片目を瞑り軽口を叩いてみせたら、拳銃の少女が私をマガジンで散々殴りつけてこめかみに拳銃を突きつけながら低い声で凄む。

 

「てめえ……!脳みそぶち抜いてやろうか?!」

 

「うっ……あっ……はは……乱暴はしないでくれ。私たちに敵意はない。」

 

私は彼女たちを宥めるように微笑むとその後は素直に従った。私たちは袋状の目隠しを頭から被せられてどこかに連行された。しばらく歩かされたあと、おそらく同じ森の中だとは思うが、あるところで停止させられた。ここが目的地なのだろうか。少しでも情報を得るために目が見えない代わりに耳を研ぎ澄ませてそばだてていると、カサカサとした音と、何かをめくる音、そして、何か重いものを持ち上げて、何かを開ける音が聞こえてきた。その後に、もう少し前に進んでからしゃがむように命令された。そして手を金属状のもの、おそらくハシゴのようなものに捕まらせた。そして、それを降りていくように命じられた。そのハシゴのようなものを降りていくと、とても狭い空間に辿り着いた。立ち上がることはできるが、そのままでは、前にも後ろにも右にも左にも進めない。先に降りていた、ゲリラたちは私にしゃがんで左側の鉱山のトンネルのような狭い横穴に向かって進むように命令した。私は言われた通り!四つん這いになって進んでいく。意外と長くてグネグネと曲がっていてかなり進みにくい。あちこちに体と頭をぶつけて難儀しながら、しばらく進むと進んでいる先からかすかに声が聞こえてきた。その声はだんだん大きくなってはっきり聞こえるようになってきた。しばらく待つように命じられて、止まっていると会話がすぐそこではっきりと聞こえてきた。

 

「よう。どうした?何かあったのか?」

 

「反乱軍の奴らを捕らえた。奴ら、越境して悠々と歩いていた。」

 

「おお!よくやったな!親分も喜ぶ!訊問はしたのか?」

 

「いや、まだだ。捕まえて連行しただけだからな。まあ、一人が減らず口を叩きやがったから、少し遊んでやったがな。今、もうすぐそこに連れてきている。」

 

「どれどれ。あいつらか……随分個性的な格好をしてる奴らだな。わかった。親分を呼んでくる。反乱軍の奴らは、そこに座らせておくなり何なりしろ。殺すなよ?」

 

「わかってるよ。俺もそこまで馬鹿じゃない。」

 

「なら良い。おまえはすぐ頭に血がのぼるからな。その分、虎のように勇敢なのは結構だが、危なくてしょうがない。どうせ、今日も反乱軍を見たら即ズドンだったんだろ?まあ、いい。結果オーライだ。じゃあ、あたしは親分を呼んでくるから。くれぐれもズドンは無しだからな?」

 

「ああ!もう!わかってるっつってんだろ!早く呼んでこいよ!」

 

私は、相手の会話を聞きながら、相手がどんな人物かを分析していた。第一目標のパルチザン諸君との接触は最悪な形ではあるものの達成できた。しかし、この状態から交渉となると大変困難な状況であると言える。残念ながら、彼女たちは理路整然に話せば話を聞いてくれるというタイプではなさそうだ。言葉は悪いが荒くれ者、所謂不良という類に入る人物だと確信した。敵とみなした者には容赦がないし、もしパルチザンのメンバーの友人や家族が反乱軍に殺害されていたらほぼ間違いなく私たちの命はないし、少しでも対応を間違えると大変なことになる。気をつけないといけない。もしも何かの間違いで怒らせることがあったら、殺される可能性が大いにある。交渉はかなり難航しそうだと確信していた。しかし、不良は実は不器用なだけで根は優しいともいう。もしかしたら、可能性はあるかもしれない。ごくりと苦い唾を飲み込んで難しい交渉の覚悟を決めた。

しばらくすると人が何人かやって来る気配がしてやがて、袋が取り払われた。一気に光が目に入ってくる。真っ暗闇から一気に光が目に飛び込んできた。しばらく眩しくて瞼を何度か開けたり閉じたりしていたがやがて鮮明になってくる。そこは一人暮らし用の寮くらいの広さで、裸電球が一つ天井から釣り下がっており、机と椅子が一つ。その椅子の上にはロングコートを羽織り、ロングブーツと羽根つきの船舶科の帽子を被った褐色肌の少女が座っていた。

どうやら、この人がリーダー、先ほど親分と言われていた者らしい。周りには小銃を持ってフルフェイスヘルメットを被った少女や拳銃を持ってバンダナで顔を隠した少女、その他大勢のマスクやバンダナやヘルメットやタオルで顔を隠して鍬や斧、棍棒、竹槍を私たちに向けた少女たちが私たちを囲んで冷たいまるでゴミを見るかのような目で見つめていた。

ごくりと再び私の喉がなる。

不敵な笑みを浮かべながら褐色肌の少女が口を開く。

 

「あんたたちかい。私たちの仲間をたくさん殺してる悪魔みたいなやつらっていうのは。本物の悪魔には会ったことはないけどね。」

 

高度で私が経験した中で一番難解な交渉サバイバルゲームが始まった瞬間だった。

 

つづく

 

 




それでは皆様良いお年をお迎えください!
また、来年2020でお会いしましょう!
新年の予定についてはまたわかり次第ご連絡します!


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第138話 協力

あけましておめでとうございます。
新年初投稿です。
今年もよろしくお願いします。
今年の抱負として、今年は2020東京オリンピックもあり、チャレンジの年なので、私も色々チャレンジしようと思います。
まずはずっと言っている新作としてストライクウィッチーズの二次小説を執筆したいと思っています。



「私たちは悪魔ではないさ。一度も人を殺したことはない。」

 

私の言葉にゲリラのリーダーは不敵な笑みを崩さない。なかなかの強敵に見える。舞台は整った。ゲリラに捕まった時はこんなにもスムーズに事が運ぶとは思っていなかった。何と幸運。そう捉えることにした。親分と呼ばれたゲリラのリーダーと直接交渉できるなんて。

この機会を逃すわけにはいかない。私は相手をなるべく刺激をしないように、まず目の前の褐色肌のゲリラのリーダーの口から何か言葉が紡がれるのを待っていた。

 

「人を殺したことがないだって?信じられるとでも思ってるの?あんたたち。命知らずにも程があるね。わざわざ捕らえられるような真似をするとは。馬鹿なんじゃないか?でも、まさか何も考えなしで、のこのこやってきたわけじゃないだろう?船だって針路を決めなきゃ動けないってもんさ。まずは、なぜこちらに渡ってきたのか、その目的と理由を聞かせてもらおうか。」

 

私は迷った。正直に打ち明けるべきか。しかし、完全に敵だと思われている今、あれこれ言い訳がましいことや事実を歪曲して伝えることは決して得策ではないのではないか。捕縛された私たちの周りにはいまだに私たちに銃やら斧やら竹槍やらを向けて殺気立っている連中が囲んでいる。私は全てを正直に打ち明け相手に理解を求めることにした。

 

「ふふっ。信じられないか。まあ、当たり前だろうな。私たちは敵同士だからな。だが、ここからはもっと信じられない話だぞ。それでも話を聞いてくれると言うならいくらでも話す。」

 

私の言葉に対してゲリラのリーダーは不敵な笑みを浮かべ、パイプをくわえて次を促す。

 

「話してみなよ。」

 

「私たちは君たちに会いにきたんだ。」

 

突然、思いもしなかったまるで恋人のような越境の理由に驚いてリーダーは思わずパイプを落としそうになる。

 

「はあ?私たちに会いにきた?何じゃそりゃ?嘘つくならもっとマシな嘘をつくんだな。」

 

だが、私は至って真剣だ。嘘ではなく本当の話だからこれ以上に言いようがないのだ。今思えば若干言葉が足らなかったとは思うが、あの時はとにかく落合さんを救いたい一心だったから簡単なストレートな言葉になってしまったのだ。たしかに、言葉のまま受け取ればゲリラに会いたいなどというおかしな敵であり、冷静に考えれば嘘だと思われても仕方がない。だが、その時は気がつく暇はなく、嘘だと思われては都合が悪いと私は即座に否定した。

 

「嘘じゃない。本当だ。君たちに会いにきたんだ。」

 

同じことを繰り返す私に対してリーダーは少し苛ついた様子で尋問する。

 

「だから、何で私たちに会いに来る必要があるんだよ?その目的はなんだ?」

 

「私たちの目的は、ある人をこの大洗の学園艦から脱出させることだ。その人はアンツィオ生で隊長の奴隷にするためにアンツィオの学園艦から大洗の学園艦に連れてこられた。彼女は隊長から酷い性的虐待にあっている。この間は体を触られ、舐められ、純潔までも奪われたらしい。これ以上、隊長に好き放題にさせたら何をするかわからない。だから、これ以上エスカレートする前に何としても逃がしたいんだ。これ以上、罪のないアンツィオを苦しませたくはない。本来はこの学園艦の生徒会に保護してもらうものだが、君たちもわかっているとは思うがもはや生徒会にその力はない。そこで、お願いがあるんだ。その人を、君たちの力で逃がしてあげてくれないか。勝手なお願いであることはわかっているしもちろん、ただでとは言わない。だからどうか頼む。」

 

私はどうか頼むとゲリラのリーダーに頭を下げる。すると、周りのゲリラからは罵声が飛ぶ。

 

「そんなこと信用できるか!」

 

「嘘だ!嘘に決まってる!この悪魔どもめ!」

 

「殺せ!今すぐ殺せ!」

 

周りのゲリラはじりじりと迫ってくる。しかし、リーダーは強く厳しい言葉でそれを制する。

 

「待て!手を出すな!手を出したら許さない!武器を下ろせ!」

 

リーダーの言葉にゲリラたちは渋々武器を下ろした。リーダーは少しの間何事か考えてから口を開く。

 

「あんたたちの言い分はわかった。それなら数人でうろうろして敵でありながら私たちに会いたいという理由も納得できる。だけど、その人を助けたところで私たちには何もメリットがない。それに、本当に嘘をついていないかもわからない。もしかして、私たちを誘き出すための罠かもしれない。それはどう説明する気だい?」

 

確かにリーダーの言う通りだ。もしかして罠かもしれないと思うのは普通だ。いきなりやってきた敵の言葉を信じろと言われても不可能であるのは当然だ。しかし、証拠を出せと言われても私たちは何も持ち合わせていない。私はどうにか納得させるために少し考えた。しかし、方法はどう考えても一つしかなかった。

 

「まず、メリットについてだが、メリットはこちらの情報を君たちに私たちの知る情報を全て提供するというのでどうだろう。そして、証拠についてだがすまない。これは今、証拠を持ち合わせていないから出すことができず、証明することはできない。だから、自分たちの目で直接見て真実かどうか見定めてほしい。だから、私たちと一緒に来てくれないか。もちろん人質を置いていく。約束を反故にしたら即座に殺してもらって構わない。それで何とか許してくれないか。」

 

リーダーはもう一度考える。しかし、今度は先ほどよりも早く結論を出した。

 

「ほう。確かに情報は欲しい。それに、人質を自ら差し出すとはあんたなかなかやるねえ。でも、流石に即答はできない。あんたたちをどうするか、少しこっちで話し合わせてもらうよ。おい誰か!こいつらを仕置部屋に連れていって監禁しておけ!手出しするんじゃないよ!」

 

「良い返事を待っているよ。」

 

私の言葉に反応することなく、ゲリラのリーダーは奥の部屋へ数人の幹部らしき人間とともに消えて、私たちは先ほど私たちを連れてきたゲリラのメンバーに仕置部屋という監禁場へ連れていかれて監禁された。

監視は厳重だったが、虐待されることはなかった。あのリーダーはどうやら強い権力を持っているようだ。ゲリラたちはリーダーには従順で、リーダーに言われた通り、私たちに手出しをしようとするものは一人もおらず、リーダーの言うことを忠実に守っていた。

今回の交渉は早くトントン拍子に済んでしまって正直全く手応えがなかった。上手くいったかどうかはよくわからない。もしかして、殺されるかもしれない。私たちがゲリラに協力してほしいという理由と思いは伝えた。あとは、相手がそれに答えてくれることを願うだけだ。相手はあまり交渉とか理屈とかそういうものを好むタイプではない。感情でそうだと思った方に動くタイプだ。いわゆる情に厚い人物。その情にいかに訴えかけられかけれたかが勝負だった。そう思いながら、

数時間が経った頃、私たちは「親分がお呼びだ。」というゲリラからの言葉で再びリーダーの前に引き出された。

 

「みんなと話し合った。人質を出すというのなら良いだろうということになった。一度反乱軍支配地に渡って、確かめてから最終的に協力するかは判断する。そして、人質はあんただ。ただし、期限は明日の23時59分までだ。それまでに戻ってこい。もし、1分でも遅れたら人質を殺す。」

 

私たちはリーダーの出した条件に承諾した。しかし、あともう一つリーダーを納得させなくてはならない。それは、越境するための大義名分として西住隊長に承認された事項の履行だった。私たちは、冷泉さんの人体実験用のモルモットを狩るために越境を許可された手前、一応は捕らえてきたことにしなくては都合が悪い。そのことを納得してもらわねばならない。

 

「一つこちらかもお願いがある。これは、スムーズに越境するために必要な措置だ。どうか守ってもらいたい。申し訳ないが、反乱軍支配地域に渡るときは私たちに捕らえられたことにしてほしい。縄と手錠をつけて持ってきたカバンの中に入ってもらいたいんだ。屈辱的かもしれないが君たちの身の安全のためと思ってどうか聞いてほしい。私たちは向こう側では人体実験用とモルモットを捕まえてくるという名目で越境したことになっている。そのまま何もせずに越境となると怪しまれて面倒だ。どうか頼む。協力してくれ。あと、越境する人数だが、3人ほど用意してほしい。一人ずつこの鞄の中に入ってくれ。」

 

「わかった。そのくらいは問題ない。」

 

リーダーも私が提示した条件に納得してくれた。こうして話がまとまり、私たちは翌朝ゲリラを連れてもう一つの極秘任務を遂行することになった。ゲリラ連中はなかなか個性的、平たく言えば不良のような人たちがほとんどだった。だが、不良のような格好をした人たちを私たちが捕らえたというのは不自然である。間違いなく軍事境界線の事務所で怪しまれることになるので、なるべく大人しめの格好をした者を選んでもらえるようにリーダーに頼んだ。

朝になった。ついに動き出す。私たちは左衛門佐を残し、3人のゲリラは私たちの要望通り大人しめの普通の格好や髪色をした者たちだった。ゲリラたちに手錠と腰縄をつけ、持ってきたカバンの中に入ってもらって軍事境界線へと向かう。暴露たらいずれも命はない。息を呑み心臓が動悸ではちきれそうになりながら軍事境界線に向けて歩き出す。やがて軍事境界線に近づき監視塔が見えた頃、境界線の向こうから警備兵が現れた。私は懐に入れていた通行許可証をヒラヒラと振る。普通は軍事境界線に近づいたら問答無用で撃ってくるところだが、軍事境界線の事務所で行きの越境の時にしっかりと手続きをしているので近づいても特に怪しまれることなく銃弾での手荒い歓迎を受けることもなく帰りの越境の手続きは取られた。左衛門佐が一人いないことを指摘されたが、潜入調査員として残留してもらっているともっともらしい理由をつけたら難なく通してもらえた。

軍事境界線から反乱軍支配地域に渡った私たちは早速、唯一、私たちに味方してくれている幹部の冷泉さんのもとへと向かった。冷泉さんの研究室の扉を叩くと、冷泉さんはすぐに扉を開けてくれた。

 

「おかえり。無事で良かった。目的は達成できたか?」

 

冷泉さんの問いに私が代表して答える。

 

「ああ。一応接触はできた。手荒い歓迎を受けたが、何とか納得してもらえた。ただ、協力するのは実際に自分の目で確かめてからということになった。しかも、左衛門佐を人質として置いてきた。期限は明日の23時59分までだ。1分でも遅れたら殺されることになる。それまでに絶対にゲリラを連れて戻らなくてはならない。早速だが、冷泉さんの権限でゲリラと落合さんの部屋を同室にして欲しい。早く実状をゲリラに知ってもらってなるべく時間的に余裕を持ったまま戻りたい。」

 

「わかった。なら、早速手配する。それで、その人はどこにいる?」

 

「ああ、ここだ。」

 

私たちは鞄を下ろしてチャックを開けると中から勢いよくゲリラが飛び出してきた。冷泉さんはネズミのように飛び上がって私の後ろに隠れてしまった。

 

「暑い!熱中症で殺す気かよ!」

 

ゲリラが私たちに怒鳴りつける。ゲリラは周りをグルリと見回すとギョロッとした目で私たちを睨みながら言った。そして、白衣姿で私の後ろに隠れて怯えている冷泉さんを見つけて首根っこを掴んで激しく揺さぶりながら再び怒鳴る。

 

「てめえか!?チビ野郎!人体実験用のモルモットとかを欲しがった奴は!どんな悪どいことしてきたんだ!?てめえ!」

 

すると、冷泉さんはされるがまま、狼狽えながら唇を噛んで下を向きながら消えそうな声で告白する。

 

「私は……そうだな……悪いことをたくさんしてきた……人も殺したし……解剖もしたよ。生きている人を……」

 

「え!?なんだって!?聞こえねえよ!まあいいや。それで、証拠とやらを見せてくれるんだろ!?さっさと見せろ!」

 

ゲリラはかなり興奮していたこのままの状態では会わせるわけにはいかない。私はなんとか落ち着くように諭した。

 

「わ、分かったから少し落ち着け。その人に会わせるから。だが、その人の前では決してそのような態度はやめてくれ。少なくとも、相手は完全な被害者なんだからな。」

 

「分かってるよ!私たちはこれでも優しいんだからな!」

 

とても優しいとは思えないが、こちらもあまり時間をかけてもいられないので、早速面会させることにした。冷泉さんがゲリラを3人連れていく。カエサルも一緒に落合さんのもとへ行った。事情の説明のためだ。

ゲリラ3人とカエサル、そして冷泉さんが落合さんのところへ行ってからしばらくした後のことだった。5人は戻ってきた。だが、ゲリラ3人の顔は先ほどまでのガンを飛ばした恐ろしい顔とは180度違って泣き腫らした顔をしていた。

 

「酷い……酷いよ……こんな……こんなこと……これが人間のすることなのか……?なあ、教えてくれよ……なんでこんなことになっちまったんだよ……」

 

私は少し声をかけることをためらったが、言質をとるチャンスだった。「協力する」という4文字を。

 

「おかえり。どうだった?話を聞いて。協力、してくれるかな?」

 

ゲリラは泣きじゃくりながら頷く。

 

「知らなかった……アンツィオでこんなことが起きていたなんて……する……するよ……もちろん……協力する……あんなこと聞いて放っておけるわけがない……今日聞いたこと。私たちが証拠になる。親分には、絶対にやるべきだ伝えるよ。」

 

「ありがとう。嬉しいよ。」

 

 

私たちとゲリラとの間に協力関係が築かれた瞬間だった。完全に信頼関係があるわけではないが共通の目的から絆ができた。しかし、私たちの試練はまだ続く。むしろここからが本番で重要だった。期限までにゲリラの本拠へ向かって左衛門佐を解放してもらい、再びゲリラを伴って、反乱軍支配地域へ行って落合さんを連れて脱出しなくてはならない。しかも、早くしないとまたいつ戦端が開かれるかわからない情勢だ。戦端が開かれたら身動きが取れない。銃を持った兵士がうようよいる中ではとてもじゃないが行動不能だ。見つかって裏切り者として撃たれるのがオチである。早くしなくてはならない。焦りは募るが、焦るとボロが出るのが人間だ。何とか気持ちを落ち着かせて冷静を保つ。このまま上手くいってほしい。それは誰しもの願いだった。しかし、現実というものはそんなにうまくいくようにはできていない。この後、私たちは何度も試練と苦しみを味わうが、この時の私たちはまさかあのような過酷で辛いことが起ころうとは思ってもいなかった。しかし、運命の時、即ち脱出実行の日は確実に近づいているのであった。

 

つづく

 

 




次回の投稿はまた活動報告とTwitterでお知らせします!


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第139話 命の天秤

皆さん大変お待たせしました。
今日は麻子の視点からお送りします。


ある夜、トントンと私の研究室の扉が叩かれた。時計を見ると23時。こんな時間に誰だと思って扉を開けると、私の目の前には西住みほという名の悪魔がニコニコと笑って立っていた。私は恐怖に陥った。まさか、バレたのか。誰が裏切ったのか。私たちの秘密の計画を。私は恐る恐る如何なる用かを尋ねると悪魔は私の小さな身体を抱き寄せて耳元で囁く。

 

「ふふふふ。こんばんは。麻子さん。今夜、久しぶりに……いいよね。」

 

そういうことか。私はなぜ西住さんがここに来たのかを察した。つまりは今日、久しぶりに私をおもちゃにして弄ぼうというのだ。決して良くはないが、絶対に発覚してはいけない秘密の計画は未だに西住さんにはバレていないようだった。良かった。安堵した。私の心臓がドクドクと、鼓動を打つのを感じる。西住さんは愛おしそうに私の髪を撫でながら少し力を入れて私を抱きしめる。

 

「うっ……」

 

苦しくて少し声が漏れる。西住さんは何も言わずに私の頭を撫でていた。

 

「久しぶりだね。麻子さん。久しぶりに楽しもう。」

 

西住さんは私を抱きしめながらさわさわと私の体を撫でていく。きた。私は息を飲んでその行為を甘んじて受け入れる。どくどくと心臓が素早く打つ。西住さんの手つきは変態のそれそのものだった。性犯罪者のような手つきだ。私はギュッと目を瞑り、掌を強く握ってそれが終わるのを堪えていた。西住さんはゆっくり手を動かして私の尻を撫であげる。

 

「きゃうっ!な、な、西住さん!何を!」

 

私は西住さんの手を尻から振り払うようにすると、西住さんは耳元で囁いた。

 

「ふふふふ……そんなことして、いいんだっけ。麻子さん。おばあちゃんがどうなってもいいの。いつでもおばあちゃんの首を届けてあげるよ。それとも、おばあちゃんに麻子さんの首を届けたほうがいいかな。それが嫌なら、じっとしててくれないかな。」

 

私は唇を噛んで尻から手をどかして気をつけの姿勢をとる。西住さんは満足そうに笑って再び体を撫で始めた。

 

「も、もういいだろ……西住さん。」

 

「ふふふふ。何言ってるの。今夜は寝かさないよ。さあ、私のベッドに行こうね。」

 

西住さんは私をいわゆるお姫様抱っこで抱き上げると自分の執務室へと連れていった。そして、自分の部屋の大きなベッドに私を寝かせると、その上から覆いかぶさってきた。

 

「えへへ。久しぶりの麻子さんだあ……やっぱり可愛いね。麻子さん。ふふふ。今日は今までしばらく一緒に過ごせなかった分もたっぷり朝まで可愛がってあげるね。」

 

西住さんは私の頬を撫でていた手をすうっと制服のところに持ってきて私の服を脱がせて裸にさせた。

 

「あはっ!麻子さん。全然成長してないね。まだまだ可愛い子どもみたいな体。綺麗だね。あ、そうだ。良いこと考えちゃった。会長を捕まえたら、麻子さんと一緒に遊んであげるのも良いかもしれないね。体が小さい同士、楽しめそう。ふふふふ。」

 

西住さんは何やら不吉なことを口にしながら、自らも服を脱いだ。

裸を見られることはやはり慣れない。私は恥ずかしくて手で裸体を隠す。しかし、それは西住さんから阻まれる。

 

「ふふっ。隠したらダメ。麻子さんの綺麗な裸、もっとよく見せてね。」

 

西住さんは私の裸をまじまじと見つめた。

 

「み、見るなぁ……」

 

西住さんから目線を逸らすと西住さんは私の顎を掴む。

 

「目、逸らさないで、こっち見てて。」

 

私はゆっくりと目線を西住さんに戻す。すると、西住さんは満足そうに微笑み、私の肌を撫ではじめた。

 

「綺麗……綺麗だよ……体、ぽかぼかしてる。温かい……それに、とってもいい匂いだよ……」

 

そして、いつものように行為に及び、西住さんは私の体を撫でたり触ったり舐めたりして弄んだ。頭の先から足の先まで体を這い回る手と舌の感触は相変わらず慣れることはなく、気持ち悪くて仕方がなかったが、何とか我慢していた。ここで、もし弱い声でもあげようものなら、どんな辱めを受けるかもわからない。私は必死で口を閉じた。しかし、どうしても生理的な現象は防げない。たまに下腹部を触られたり舐められたりした時などに声を上げてしまった。その時は大変だった。西住さんはニヤリと悪い笑みを浮かべるとそこを執拗に攻撃した。その度に私は声を上げてしまって、西住さんの嗜虐心を煽ることになったのである。さすが、西住さんはたくさんの女の子を自らを楽しませるおもちゃにする為の奴隷として扱っているだけあって、何がとは言わないが上手かった。さて、一通り私の体を楽しんだ後、西住さんは私をうつ伏せにさせて背中から抱きしめて体と体を重ねた。そして何時間か経った後、そろそろ、終わりだろうかと思っていた時だった。西住さんは、一瞬体を離すと私の耳を舐めながらある衝撃的な言葉を私の耳に囁きかけてきた。

 

「あ、そうそう。麻子さんに聞きたいことがあったんだった。ねえ、麻子さん。私に何か隠してることない?」

 

私はその言葉に息を飲んだ。私は再び、身を固くする。もしかして落合さんの脱出計画が露呈してしまったのだろうか。

 

「そ、そんなわけないだろ?」

 

私は首を即座に横に振った。しかし、否定する声が震えて裏返ってそれが嘘だということを証明してしまう。すると、西住さんはクスクスと面白そうに笑いながら私の胸に手を当てる。

 

「本当?胸、こんなにドキドキしてるのに?声も震えているよ。本当のこと言ってごらん?怒らないから。」

 

私はそれでも首を横に振る。これだけは何を言われようとも話すわけにはいかない。言ってしまったら、それこそ、大変なことになる。西住さんに何度も繰り返し本当のことを話すように説得されたが私は、首を横に振り続けた。西住さんは、深いため息をついた。

 

「麻子さん。強情だね。でも、声が裏返ったり、体を硬くしたりしてる様子を見てると、麻子さん、嘘ついてるよね。本当のことを喋らない嘘つきには、お仕置きしないといけないよね。でも、麻子さんにはまだまだ働いてもらわないといけないから、怪我とかさせるわけにはいかないし、どうしようか……あ、そうだ。おばあちゃん。麻子さんのおばあちゃんを殺しちゃおうかな。私に嘘ついたらどうなるか、麻子さんには思い知らせてあげないといけないものね。さあ、最後のチャンスだよ?どうするの?」

 

「な!そんな……おばあは関係ないじゃないか!」

 

すると、西住さんは思惑通りと言う顔をして、私の肩をがっしりと掴むと私の顔すれすれまで顔をくっつけながら迫った。

 

「やっぱり!何か知ってるんだね?知らなかったら、こんな反応しないもの。本当のことを話して!話さないと……言わなくても言いたいこと、わかるよね?」

 

もはや、いくら違うと言っても、信じてもらえそうにない。私は落合さんたちと、おばあを天秤にかけた。おばあにこのことを話したら、友達を取れと言うだろう。しかし、私にそれはできなかった。私にとってはただ1人の身内で家族だ。それを捨てることはどうしてもできなかった。私はおばあをとった。

 

「わかった……話す……」

 

私は、心の中で落合さんたちに土下座しながらぼそりぼそりと落合さんを脱出させる計画があること、関わっているメンバー全てを西住さんに話し始めた。まさか、私が皆を裏切ることになるとは思わなかった。私は、泣きながら西住さんに全てを暴露した。西住さんは、話せば話すほど険しい表情になった。そして、全てを話し終わった時、恐る恐る西住さんを見ると、明らかに怒り狂っていた。

 

「私を……この私を裏切るなんて……!あっはははは!命知らずにも程があるね……絶対に許せない!殺してやる!殺してやる!ぐちゃぐちゃにしてゴミみたいにしてやる!さあ、どうやって殺して、ぐちゃぐちゃにしてあげようかな……?ふふっ……ふふふふ……」

 

私は怒り狂う西住さんに対して恐ろしくて声をかけることもできず、ただ下を向いていた。すると、西住さんは私の顔を覗き込みながら言った。

 

「さて、麻子さん?麻子さんも同罪だよ。1度ばかりでなく2度も裏切るなんてね。まあ、1度目は協力拒否だったから裏切りとは違うか。さて、麻子さん。今回だけは最後のチャンスをあげる。許してあげる。今のところは麻子さんの代わりはいないし、全部正直に話してくれたからね。おばあちゃんも麻子さんも殺さないであげるよ。でも、本当に次はないからね?次、裏切ったら、少なくともおばあちゃんは絶対に殺す。おばあちゃんのバラバラの死体を麻子さんに届けてあげる。そんなおばあちゃん見たくはないでしょう?」

 

私は震えながら首を縦に振るしかなかった。西住さんは怒りに震えていた。私は西住さんに恐る恐る、尋ねる。

 

「カエサルさんたちをどうするつもりだ……?殺すのか……?」

 

「当然だよ?殺すに決まってる。でも、今すぐじゃつまらないよね。ただ、死んでもらうだけじゃお仕置きにならないからね。カバさんチームの子たちには希望を見せてからたっぷり苦しんで死んでもらおうかな。あはっ!それが一番楽しいよね。希望を見せておいてから絶望に叩き落とした時の叫び声と表情。もうあれだけでゾクゾクしてくるよ。とても気持ち良くなってくる。だから、あの子たちにはこのまま脱出作戦は続けてもらうよ。あの子たちには、越境する直前に……地獄を見てもらうよ……ふふっ……ああ……あっはははは!どんな顔をするんだろう。楽しみだなあ……!あはははは!」

 

西住さんは悪魔そのものの笑みを浮かべていた。私は心底、私という弱い人間が嫌になった。私は裏切り者だ。私がしたことが正しいとは思えない。しかし、どうすれば良いのか。どうすれば最善なのか。たった1人の家族を人質にとられているような状態なら、そうするほか、道はないではないかと自分に言い聞かせる。冷たい言い方だが、仲間は所詮他人にすぎないのである。それならば、血が繋がった家族を優先する。それが、おかしなことなのだろうか。私は私自身にそう無理やり納得させようと答えのない問いを繰り返し私に問うていた。

そのような堂々巡りを続けていた私は、完全に私の今の格好と今まで西住さんとどのような行為をしていたのかを忘れていた。私は西住さんのベッドの上で、足を大の字に開いて生気のない顔で遠くを見ながらあれこれ考えていたのだ。そのような姿を西住さんに見せたらどうなるか、わかっているはずだったのに、私は自分の行動がショックで考える余裕を失っていた。それを良いことに西住さんは近づいてきた。

 

「ふふふふ。いいのかな?そんなふうに脚を開いてても。誘ってるの?麻子さん。いいよ。なら、お望みどおりにしてあげる。麻子さんには、いつも頑張ってくれてるご褒美として、大切なものまでは奪わないであげたけど、誘われたのなら仕方ないよね。」

 

西住さんは、私を強姦しようとしていた。西住さんは指を舐ると下腹部に標的を定めた。何度か指でさすり、舐める。

 

「な、何をする気だ……やめ……やめろ……やめてくれ……いや、やめてください……お願いします……」

 

しかし、西住さんは聞かない。西住さんは悪魔のような笑みを浮かべて言った。

 

「ふふふふ。これも、お仕置きだよ。悪いことしたら、お仕置きされなきゃいけないんだよ。殺されるよりはマシでしょ。」

 

西住さんはそう言うと下腹部に痛みが走った。そのときには西住さんの指は私の大切なものを奪っていた。これだけは私の好きな人に捧げようと思っていたものは見るも無残にも奪われたのであった。西住さんはその後も何度も指で下腹部に悪戯をしてぐちゃぐちゃにした。もはや、涙も出なかった。そして、朝日が昇る頃に、私は裸で西住さんの執務室の外に放り出された。着ていた服は窓の外に捨てられて、裸のまま取りに行くことを強制された。私が西住さんを裏切ったのだからこのような扱いを受けるのは仕方がない。命だけは助けられたことに感謝しなくてはならないと私は通常の判断が全くできなくなっていた。私はフラフラと外に捨てられた服を取りに行くと、自分の研究室に戻って泥のように眠ったのである。もう、しばらく昨夜のことは考えないようにしようと考えていた。しかし、現実はそう甘くはない。その日の午後、私は西住さんに叩き起こされた。昨夜、あのようなことがあったのだから、しばらくゆっくり眠らせてほしいと頼んだが、処分を言い渡すから来いと無理やり西住さんに執務室まで連れて行かれた。西住さんは私を机の前に立たせるとその前で処分を言い渡した。

 

「それじゃあ、麻子さん。麻子さんの処分を言い渡すね。麻子さんの役職、これについては全て解任します。麻子さん自身と麻子さんの家族については今回、約束どおり処刑する事はしません。全て正直に話してくれたからね。しかし、その身代わりとして武部沙織さん、五十鈴華さんのどちらかを処刑します。執行人は麻子さん自身、誰を処刑するかは麻子さんが選んでください。そして、カエサルさんたちについては、この前伝えた通りそのまま計画を実行させてください。その後、どうするかはまた追って知らせます。」

 

その処分はあまりに過酷すぎるものだった。私は目を剥いて反論も何もできずにただ立ちすくんでいた。

 

つづく




次回の更新は、またTwitter、活動報告でお知らせします!


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第140話 進むも地獄退くも地獄

皆様、お久しぶりです。
だいぶ就職先にも慣れてきたので久しぶりの更新です!
よろしくお願いします!


西住隊長は、私に処分の通達をしたら、私はもう用済みとばかりに私を執務室から追い出した。私は、言われるがまま、隊長の執務室を出たが、その後もしばらくの間、茫然と固く閉ざされた隊長の執務室の前にたたずんでいた。

それから、どのくらい時間がたったのだろうか。突然、執務室の扉が開いて、中から西住隊長が出てきた。もしかして、あの重すぎる処分を考え直してくれたのかもしれない、。そう淡い期待を込めて、私は、西住隊長の目を見つめた。しかし、西住隊長は私をじろりと見やるとうっとうしそうに手で追い払う。

 

「ま、待ってくれ。私はどうなっても文句は言えない。西住さんを裏切ってしまったからな。でも、沙織と五十鈴さんは何の罪もない。どうか、あの二人をどちらか処刑しろという命令だけは撤回してくれ。」

 

しかし、西住隊長は首を縦に振ることはなかった。西住さんはとても冷たい氷のような目で私を見つめながら言った。

 

「だめです。この決定は覆りません。決して。それが麻子さんが犯した罪に対する代償です。これ以上言うなら、二人とも処刑してもらうからね。」

 

西住隊長はそれだけ言い残すと表に待たせていた知波単の輸送機に乗ってどこかに行ってしまった。私は、またしばらく茫然と佇んでいた。それから、自分がどうしていたかしばらく記憶がない。その後の一番古い記憶があるのは、私がなかなか研究室に来ないことを心配した五十鈴さんと沙織が私を探しにきた場面だ。

 

「あ!いた!麻子!こんなところで何やってるのよ!心配したじゃない!」

 

沙織がいつものやかましく説教する。五十鈴さんも心配そうに私の顔を覗き込んだ。

 

「大丈夫ですか?だいぶ疲れているようなご様子ですけど。顔色もこんなに悪いですし……」

 

私は心配する二人の声に思わず泣き出してしまった。二人は突然訳も分からず泣き出した私を見てうろたえてしまった。

 

「ちょ、ちょっと麻子。どうしたのよ。」

 

「今日はもう休んだ方が……」

 

「そうだよ。無理しない方がいいよ。」

 

その優しい声に私は二人を心配させまいと涙を拭いていつもはあまり見せない笑顔を必死に作る。

 

「いや、なんでも……何でもないんだ……」

 

「そんなわけないでしょ!」

 

しかし、そんなあまりにレベルの低い取り繕いはすぐに見破られるのは自明である。沙織と五十鈴さんは私の顔すれすれまで顔を寄せて真剣な顔つきで言った。

 

「麻子さん。本当のことを話してください。」

 

「そうだよ!何があったの?」

 

しかし、そうは言われてもあなたたちのどちらかは私の手で死ぬことになりましたなどという話は当然のことであるがやすやすと話せるような話ではない。とてもではないが話せない。いずれは私が選択しなくてはならないが、少なくとも今は無理だ。私は必死に首を横に振り続けた。話せ、話さないの応酬が続いたが、私は頑として譲らなかった。すると、沙織と五十鈴さんは何とかあきらめてくれて、私が話せるようになってからということで落ち着いた。話せるようになる時など、絶対に来ることはないと心の中では思っていたが、少なくともしばらくはこのことは誰にも言わずに心の中にしまっておくことができてほっとしていた。とはいえ、この命の選別の問題は私が選択するまでついて回る問題だから、考えないわけにはいかない。私は、研究室に戻りながら五十鈴さんと沙織、二人の背中をそれぞれ見ながら、脳で二人の命の重さをはかり始めていた。どちらが今回の処刑で死ぬべきなのか、そのような残酷なことを考えていた。今でも、私という悪魔に嫌悪感がわいてくる。私は、言葉を隠れ蓑にして非情で残酷な命の選別をしようとしていた。その選別基準は例えば、このような感じだ。例えば、研究に重きを置くならば、五十鈴さんは技術もそれなりにあるから五十鈴さんを生かし、沙織を殺すことになる。しかし、知り合った時間、友達としてみて、どちらが長く信頼しあった仲かと問われれば、当然、五十鈴さんを殺し、沙織を生かすことになる。私は、こうした内容を総合的にというまるで就職の選考をするかのように私に頭の中で行っていた。しかし、この問題の問いはやすやすと答えが出るようなものではない。結局、その日は方向性すら見つけ出すこともできずに終わってしまった。どちらに進んでも残酷な結果が待ち受ける答えのない問題を解くのは私のような弱冠16歳の少女には無理な話であった。いや、この問題はだれが解いても不可能な問題だろう。いや、だれが解いてもというのは若干間違いがある。私はこの問題を解ける人間を一人だけ知っている。それは、この残酷な問題を出した張本人西住美穂隊長その人だけだ。

 さて、私を絶望の深淵に叩き込んだ西住隊長がその日何をしていたか。その時、私はわからなかったが、のちの様々な記録から、その動向が明らかになりつつある。資料によると西住隊長はその日、輸送機に乗って、知波単学園の学園艦に向かった。知波単の参謀たちと、来る大洗女子学園生徒会との最終決戦の作戦を話し合うためだったという。その内容は極秘で長い間詳しいことが一切わからず、秘密にされてきた。わかっても一兵士の証言しかなく、その正確性に欠けるものだった。しかし、近年、その時の参謀の一人の回想録が私家出版されていたことがわかり、取り寄せてみると、某参謀は「細菌戦が計画されていたことに驚いた。」と回想している。この細菌というのは言うまでもなく、私の研究室で研究し兵器として開発したO-111大腸菌やコレラ、赤痢といった病原菌のことである。参謀はその容赦のない作戦に恐怖を感じ「西住隊長は敵に回してはいけない人とは思えない戦い方だ。」と評し、さらに「西住隊長は人を苦しませ、いたぶることを心の底から楽しんでいる。」と書き残している。さらに、生の資料として、その日に決済され、西住隊長はじめ参謀の判が押された作戦命令書が見つかった。それによると、まずアンツィオの捕虜たちを使って、食糧支援を名目に、生徒会側に侵入して混乱を引き起こし、混乱しているすきに電撃戦で戦車やキャノン砲、並びに爆撃機、戦闘機で繰り返し、空襲を行い、街ごと相手戦力を殲滅したうえで、占領、敗残兵刈りを行うという数にものを言わせた徹底的な破壊を目指すものだった。この戦い方は、これから先の戦いにおいても西住さんのスタンダードな戦法になっていくのであった。

さて、話を私自身の体験についてのことに戻そう。その夜のことだった。私のもとに私がとっくの昔にすべて洗いざらい西住隊長に打ち明けて、裏切っていることを知らずに、カエサルさんがやってきた。

 

「準備ができた。明後日実行することになったよ。明後日は新月だ。月もないから、明かりも少ない。この日を逃したら、次はない。噂によるともうすぐまた戦闘が始まると聞く。チャンスは一度きりだ。冷泉さんには今までたくさん世話になったが、当日も支援を頼みたい。作戦としてはこうだ。まず捕虜の輸送と称してひなちゃんを変装させて、境界線を突破する。

そこから、パルチザンと合流して、ひなちゃんを引き渡し、あとは、パルチザンに海から緊急脱出用の船で逃してもらう。そういう手筈だ。どうかよろしく頼む。」

 

カエサルさんは私に手を差し伸べてきた。私は、その手を取ることを少しだけためらった。私は裏切り者なのだ。そのような人間がその手を取っていいのだろうか。しかし、私は租手を取った。すると、カエサルさんは私の手を強く握ってきた。手の痛みと相まって、心の痛みを感じる。私は、それとなくカエサルさんに中止を勧告した。

 

「なあ、本当に大丈夫か。本当に準備は万端か。絶対に失敗はしないか。」

するとカエサルさんは頭を横に振った。

 

「残念だが、完璧かと問われれば、否というしかない。絶対に計画が露呈しないかと言われたら否というしかない。正直言って絶対という自信はない。しかし、歴史上、こうした決断をしなくてはならない瞬間はいくつもあった。その決断の結果、成功した決断もあるし、多大な犠牲を払って失敗した決断もあった。しかし、それらは確実に歴史を動かしてきた。明後日、どのような結果になろうとも、私の行動で歴史は大きく動くはずだ。たとえ、失敗したとしても第二第三の私のような存在が現れるはずだ。明日、もしも、万が一失敗したら私は死ぬ覚悟だ。だが、ひなちゃんだけはどうしても向こう側に逃すつもりでやる。だから、私では心許ないかもしれないが、どうか頼む。」

 

カエサルさんは必死で頭を下げる。私は、分かったと返事する他なかった。カエサルさんは胸を張って絶対に成功させると自信満々で私の部屋を後にした。私はその後ろ姿を黙って見送ることしかできなかった。この勇ましい後ろ姿に許されない裏切りを働いた私は罪悪感で心をかき乱された。しかし、私にはどうすることもできないことであった。全ての計画が露呈している現状を知っておきながら黙っていなくてはならないことは例えようもなく辛すぎることだった。いや、違う。私は我が身可愛さに黙っていたのだ。何としてもカエサルさんたちを助けたいと思うならば、別にこの話をしても良いはずだった。しかし、私は違う選択をした。もちろん、それが間違っていたとは私は思えない。人間、追い詰められれば、我が身が一番大切になる。誰も進んで死の道を進もうなどという人はいないだろう。だから、仕方ないことだと私は30年間ずっと思い続けてきたのだった。

さて、その日の夜のこと、私は2日連続、西住隊長に弄ばれた。西住隊長はその日の深夜に私を迎えに来て、再び、私の体を求めたのである。西住隊長がなぜ、裏切り者の体を求めるのか、私はわからなかった。しかし、どうやら西住隊長は私の子どものような小さな体がお気に入りのようだった。西住隊長にとって、私を殺さない理由は私の持つ知識と体、この2つだけだった。この2つを満たす他者が見つかれば私は簡単に殺されてしまう。私はそれが恐ろしかった。だから、私は出来る限り西住隊長の求めに素直に従って、西住隊長の好みの女になろうとしていた。私は今回の裏切り行為が露呈してから更に西住隊長の好みの女になろうと決意した。最初の頃とは180度態度が違う。最初は絶対に屈服しないと誓っていたのに、今や従順な犬になっていた。ただの西住隊長を喜ばせるためだけの奴隷と化した私は西住隊長に連れられて執務室へ向かった。この瞬間、私は娼婦へと変貌する。いつものように執務室のダブルベッドの前に来ると西住隊長は私をベッドの上へと押し倒すと服を切り裂く。もう何着服が破り裂かれ無駄になったかわからない。私はただ抵抗も何もせず、西住隊長の手の動きを見つめるだけだ。西住隊長は裂かれた服を脱がせると、私を押し倒し、私の体に触れる。まず最初に触れるのは腹だ。まず、臍に触れるとそのままその手を上に撫であげて私の慎ましい胸に触れる。沙織や西住隊長に比べると随分と控えめで小さな胸を掴んで捏ね回す。しかし、いつもと違い昨日から裏切り者の私を扱う西住隊長の行動はだんだんと荒々しくなっていた。いつもは何というか荒々しい中でも優しい手つきなのだが、今回は刺々しい扱いで荒々しさの更に度を越していた。こういう裏切り行為があると徹底的に痛めつけて屈服させることが特に好みという歪みに歪んだ好みを持っているので覚悟はしていたが、正直な感想を言えばかなりの肉体的、精神的な痛みを伴った。まあ、私がこの身で受ける苦難はカエサルさんたちが受けるかもしれない苦難に比べたら命を奪われない分、まだマシだ。

私は苦い生唾を飲み込んで、西住隊長の細くて白い指の動きを見つめていた。そして西住隊長は今日もまた私を強姦し、私の体を汚したのである。そして、散々、私を弄んだあと西住隊長は、私の臀部を撫で回し、下腹部に舌を這わせながら言った。

 

「ねえ、麻子さん。あれから、何かわかったことはある?裏切り者たちの話。」

 

「うっ……くっ……あ、ああ……明後日新月の闇に紛れて計画を実行するそうだ。捕虜と称して輸送して、そこからパルチザンと落ち合って、海から緊急脱出用の船で逃すそうだ。」

 

「ふふふふ……そっか。なら、忌々しいパルチザンどももまとめて処分できるってことだね。麻子さん。よく知らせてくれたね。ありがとう。ご褒美あげなきゃね。」

 

西住隊長は私の報告に対して満足そうに笑うと、私の下腹部をより一層激しく弄んだ。私は痛みで顔を歪ませ、泣きながらそれに耐えていた。その様子を西住隊長は楽しんでいた。

 

「ふふふふ。泣くほど良かったの?なら、もっとやってあげないとね。」

 

西住隊長は、そう耳元でささやくと更に私の体を侵略してきた。

 

「や、やめ……て……もう……こんなこと……したくない……」

 

しかし、西住隊長は許さない。西住隊長は、私の頬に愛おしそうに触れながら耳元で囁く。

 

「ふふふふ……可愛い……ダメだよ。言ったよね?麻子さんには私なしでは生きられないようにしてあげるって。さて、麻子さん。やめてだなんてまだそんなこと言ってるんだね。もっとちゃんと躾けてそんな口を聞けないようにしてあげないとね。」

 

西住隊長は更に繰り返し繰り返し私の体を強姦しておもちゃにした。そして、何度も何度も体を重ねた。そして、私はようやく解放された。

次の朝、西住隊長は、朝日を浴びて思い切り伸びると極悪人が犯罪を成し遂げたときのような笑みを浮かべながら言った。

 

 

「あはっ!明日が楽しみだなあ!裏切り者たちの絶望に沈む顔もパルチザン狩りもね。今のうちに機銃の準備をしておかないとね。ふふっ……ふふふふふ。」

 

すぐそばにこの戦争有数の惨劇が迫っていた。

 

つづく




次回はまた、時間かかるかもしれませんが、Twitterと活動報告でお知らせします!


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