魔法少女リリカルなのは~魔王の再臨~ (シュトレンベルク)
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未だ来たらぬ魔王

 魔王。

 

 その言葉を聞いた者は一体どんな人物を想像するだろうか?

 RPGゲームに登場するようなラスボス?それとも戦火をばら撒き続ける悪鬼?はたまた永遠に戦い続ける修羅だろうか?どれを選ぶにせよ、一つの共通点が存在する。それは魔王と呼ばれる存在は絶対に圧倒的なまでの力を持っている、という事である。誰も寄せ付けないほどの強大な力。それこそが魔王を魔王たらしめる物だ。

 

 この世に地獄を齎す存在。とある魔王はそう称された。周りにある国に戦争を仕掛け続け、そしてその戦いの総てを勝利で終わらせる。そんな奇跡とでも呼ぶべき所業により、瞬く間にほんの小国だった国は大国へと成長していった。

 

「……陛下、よろしいでしょうか?」

 

「……入れ」

 

 玉座の間。そこには髪も瞳も総てが真っ黒ながらも、身に纏っている豪奢な服はピタリと似合っている青年――――魔王がいた。まるで総てに飽いているかのような輝きを放ちながら、玉座の間に入ってきた者を見る。

 現れたのは茶色の髪に翡翠の瞳を持つ少女。静々と玉座の間を進み、魔王の前に着くと片膝を付いて頭を垂れた。魔王の側近の一人であるこの少女は誰よりも深く彼に忠誠を誓っていた。その様子がありありと伝わってくる光景だった。

 

「失礼いたします。ご休憩の最中、申し訳ございません」

 

「……構わん。貴様が報告すべきと思った事だ。ならば、それを聞くのが俺の役目だ」

 

「ありがたき幸せでございます。……聖王家の件を報告に参りました。やはり聖王家は『ゆりかご』を動かすつもりであるようです」

 

「……そうか。搭乗者は誰が……と訊くだけ野暮か。聖王女の奴だろう?」

 

「……はい。殿下のお気に入りであらせられるオリヴィエ・ゼーゲブレヒト嬢です。どうも、『ゆりかご』との適合係数が並外れているようでして……」

 

「適合係数などまやかしよ。あの王家と貴族共は散々虐げてきた相手が有名になるのが不快なだけだ。どいつもこいつも王の器とはとてもではないが言えん。

王は王でも愚王の類だ」

 

「では、どうなさいますか?聖王女を暗殺なさいますか?」

 

『ゆりかご』は聖王家の最終兵器とも呼ばれた物だ。もし、それが解放されたなら間違いなくその矛先はこちらに向かうであろう事も、誰もが分かっていた。だが、だからこそ、それを阻もうと考えた。しかし、魔王は欠片も興味がなさそうだった。

 

「……陛下?」

 

「……王とは、何だと思う?」

 

 唐突な質問。何の脈絡もなく、何の意図を込めての発言なのかも分からない。しかし、少女にとってそんな事はどうでも良い。忠誠を誓う王が自分に問いを投げかけている。ならば、それに応えなければならない。それが少女にとっての絶対なのだから。

 

「国を纏め、民を率いる者。或いは旗頭となる者と愚考いたします」

 

「……なるほど。お前の言い分も正しい。それもまた王の在り方だ」

 

「では、陛下はどうお考えなのでしょうか?よろしければ矮小なる我が身に偉大なる知恵をお授け下さい」

 

「そこまで自らを卑下するな。逆に不愉快だからな。貴様はこの俺が選んだ、俺の側近だ。お前たちを侮辱する者は誰であろうとも赦さん。それがたとえ、貴様ら自身であったとしてもな」

 

「はっ、申し訳ございません」

 

 その言葉に、少女は顔が緩むのを必死に隠していた。それ故に歓喜に打ち震えている少女の事に魔王は気付かず、天井に視線を向けた。いや、天井ではなくその向こうに広がっている曇天を見つめているのかもしれない。それほどまでにその瞳は遠くを見つめていた。

 

「王という者は民に己の王道を示す者。聖者の如き者であろうと、覇を唱える者であろうと、それこそ冥王のような死者を愚弄する者であろうともだ。それができぬ俗物だから、あの王は愚物なのだ」

 

 王道を示すことの出来ない者は王たりえない。誰よりもそう確信しているからこそ、魔王は現状を認められずにいる。だからこそ、魔王は自分のやるべき道を決めた。

 

「……決めた。人員を百名用意しろ」

 

「はっ、指揮は誰が……」

 

「俺がする。聖王女の方を抑えに行くから、他の面子で聖王家を襲撃して『ゆりかご』を落とせ」

 

「なっ、態々陛下自らが出ずとも、我々が……!」

 

「駄目だ。貴様らでは聖王女の足止めもできない。それよりはあの愚王めの城を落とし、『ゆりかご』を破壊せよ」

 

「……なぜ、そこまで陛下は彼女に拘るのですか?」

 

 少女はそれが謎だった。いくら武勇を誇ろうとも、相手は敵だ。その武勇は恨めしく思う物ではあっても、決して誇るような物ではない。だと言うのに、魔王はあの聖王女に拘っていた。その理由が彼女には分からなかった。

 

「別に好悪の感情を抱いている訳ではない。だがな、アレだけは、『ゆりかご』だけは駄目だ。アレは王の死に方を損なわせる物だ。認める訳にはいかない」

 

「王の……死に方?」

 

「そうだ。王とは戦場において誰よりも鮮烈に輝かねばならない。奥で引っ込んでいる者は王ではない。それと同じように、王は戦場で死ぬべきだ。少なくともこのベルカの地において、ベッドの上で安らかに死ぬことは最大の屈辱だ。『ゆりかご』はそれと同じ者を齎すだろう」

 

 そこで一度言葉を切ると、少女の方に視線を向けた。魔王が言わんとしている事を、少女が分かっていない筈はない。即ち――――魔王以外に聖王と対峙できる者はいないという事実を。

 

「俺がやるからこそ、意味がある。あの娘にも伝え損ねていた事があったからな。ちょうど良いと言えばちょうど良い。自らの役目をまっとうせよ、『灼熱の煉獄女帝(デストラクター)』。我が従僕よ、我が命令を見事こなしてみせよ」

 

 魔王は告げる。ベルカという時代が終わりを告げる前兆を阻め、と。『ゆりかご』のような兵器の存在を赦すな、と。文字通りの『ゆりかご』のように、王を死なせる兵器など存在してはならない。鮮烈に生き、清冽に散るべきだと信じているが故に。

 

「……かしこまりました。我が命、我が力は総て陛下のために」

 

 どんなに不満があっても、決して少女は漏らさない。それこそが王への忠義であり、それこそが王に捧げる絶対の信仰なのだから。王の言葉こそが、何物にも代え難い至高の物なのだと本気で信じていた。

 そして少女が立ち上がった瞬間、目の前に魔王が立っていた。つい先程まで玉座に座っていた魔王が目の前に立っている。おかしな事はあるが、たったそれだけの事で少女は止まる。魔王はそんな少女に頓着する事なく、手を伸ばして少女の頬に触れる。

 

「貴様の苛立ちの理由は知らん。だが、俺に述べたき事があるなら述べるが良い。我が従僕の中でも特に我に近き貴様の言い分を蔑ろにするほど、狭量ではないつもりだ」

 

 頬から顎へ指を伝わせ、魔王はそう告げる。そこには労りと慈しみの感情がこめられていた。少女を誇るべき忠臣だと理解しているが故に、その言葉に偽りは存在しなかった。誰よりも彼女の事を信じ、同時に案じていた。その気持ちに嘘偽りはなく、その時だけの感情ではなかった。

 

 しかし、それは決して愛ではない。彼は王となって以来、いや、物心ついた頃からそんな物を持っていなかったのだから。誰にも与えられなかったが故に、魔王はそれが何なのか分からない。分からないのだから、与える事などできる筈がない。

 だが、そんな事は少女には関係がなかった。今、自分は敬服する王に言葉をかけられ、触れられている。たったそれだけの事で少女は満足だったのだ。愛される事など望む訳がない。王の傍に侍り、王の命令に従い、王の期待に応える。たったそれだけで、自分は満足できるのだから。

 

 故に、満たされている。誰に憚る事もなくそう言える。これこそが至上の幸福だと確信できるのだから、これ以上を望む事などどうしてできようか。

 

「……いいえ、そのような事はありません。私は王の望みと命令に応える王の下僕でございます。故に、不満など抱くはずもありません」

 

 同時に不甲斐なく感じてもいる。王を安心させるべき自分が、逆に不安がらせている。これを不甲斐ないと感じる事に、何の間違いがあろうか。しかし、だからこそ、自分はその不安を解消しなければならないだろう。

 

「お任せ下さい、我が王よ。あなたに勝利を報じる事こそ、我ら従僕一同の役目でございます」

 

「……そうか。ならば、我が総軍をもって『ゆりかご』を破壊せよ。完了次第、撤退せよ。勝手に死ぬ事は赦さん。貴様らの死に場所は俺が作るのだからな」

 

「ハッ!」

 

 今度こそ少女は玉座の間から出て行き、玉座の間には魔王ただ1人が残る事になった。魔王は玉座に戻り、誰も来る事がないその場所で、魔王は黙って待ち続ける。どことも知れぬ場所を視るその瞳は、絶えず人とは違う視点で世界を眺めているのだった。

 

 時と場所は移り、魔王は1人の少女と相対していた。真っ赤に燃え盛る木々、死体から流れる血の臭い、傷つき倒れた者たちの苦悶の声、そして炎によって焼かれた死体から出る焦げた臭い。そんな中で2人は立っていた。

 

「『魔王』……どういうつもりですか?」

 

「どういうつもり、とはどういう意図での質問だ?聖王女」

 

「このような襲撃をして、自らの身を危険に晒すような真似をする事です。あなたには何の利益もないでしょう」

 

「聖王家が『ゆりかご』を動かすと聞いた。そこで、貴様に言い忘れた事があったのを思い出したのだ。それを言いに来た。そして貴様に問いたい事がある」

 

「……何でしょう?」

 

 これまで多くの戦火をばら撒いてきた存在。そんな存在が自分の身を危険に晒してまで、言いたい事は何か。少女はそれが気になった。長引けば長引くほどにこの戦乱を終わらせるのに多大なる時間がかかる事を知っていても、好奇心を抑える事はできなかった。

 

「確認だが……貴様は本当に『ゆりかご』に乗るつもりか?」

 

「……もちろんです。それがこの戦乱を終わらせるのに必要だと言うのなら。私は『ゆりかご』に乗ります」

 

「……そうか。ならば、言ってやる。貴様は聖王女になどなるべきではなかった」

 

「な、にを……」

 

 言っているのか?目の前の男は一体、何を言っているのか少女には分からなかった。そしてその姿を見たが故に、魔王は自分の考えが間違っていない事を悟った。目の前のこの少女は、戦場(こんな場所)になど立つべきではなかった。

 

「戦場に貴様のような女は不釣り合いだ。力を持ってしまった事が、貴様にとって最大の不運だろう」

 

「あなたは!一体何を言っているのですか!?」

 

 力を持ってしまった事が不運?そんな訳はない。この力で多くの人々を救う事ができたのだ。不運であった訳がない。自分は皆を救う機会を得たのだ。これが不幸である筈がない。否、あって良い筈がないのだ。そうでなければ、自分が殺した人々に申し訳が立たない。

 

「そう思ってしまう事がそもそもの間違いなのだ。女らしく普通に生まれ、普通に生き、普通に死ねば良かった。

貴様は聖者にはなれても、決して王にはなれないのだから」

 

「……黙って、ください」

 

「貴様は優しすぎる。非情にはなりきれない。より多くの人間を助けたいと思ってしまう。貴様にとって、勝利とはどうでも良い物なのだろう?」

 

「……黙って」

 

「勝利を望めない。そんな存在が国を、民を、臣下を率いる王になどなれるものか」

 

「……黙れ」

 

「貴様は王族になど産まれるべきではなかった」

 

「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 認められない。認めてはならない。王族に産まれるべきではなかったなんて────認める事はできない。だって、それは今までの人生と出会いを否定する行為だ。感じてきた苦しみを、辛さを、悲しみを、楽しかった思い出を、幸福だった時間を否定する事だ。

 

「クラウスやリッドとの出会いが、間違いだったなんて認められる筈がありません。それは、それだけは、絶対に!」

 

「想い出を理由に否定するか。だからお前は王族に産まれるべきではなかったのだ。王族であるのなら、否定する理由は国や民であるべきだというのに……まぁ、良い」

 

 手元に1本の鎗と本を携えた魔王と鉄腕を構えた聖王女はぶつかり合う。互いの言葉と信念を否定するために、殺し合いを始める。魔王は1人の少女に終わりを与えるために。聖王女は魔王の言葉を否定するために。両者は決して混じり合うことなく、交錯することもなく、力を振るうのだった。

 ベルカ戦役において存在した最強の王。聖王女もその他の歴史に名だたる王の誰もが勝てなかった相手。もし、魔王が聖王女が『ゆりかご』に乗り込んだ後も戦場にその姿を現していたのなら。ベルカ戦役が終結するのはもっと長くなっていただろう、と言われている程の存在である。

 

 管理局創設以後も王として君臨し、配下の貴族の娘を娶って家を作った。現在の管理局と同等或いはそれ以上の戦力を保有し、今尚同盟という関係を崩さない程に巨大な家となっている。それほどまでに巨大な政権を保とうとも、魔王という存在は畏れられている。同時に、こう言い残されている。

 

『もし、私と同じ名を名乗る者が遥か未来で現れた時、その者を必ず保護せよ。それを怠った時、我が家は滅びを迎える物と覚悟せよ』

 

 魔王の子孫たちは遥か未来において、魔王は必ず再臨されると信じている。ベルカ戦役末期における最強の王たる魔王が再臨すれば、その力が自分たちに向くかもしれない。それはどんな難題に挑む事よりも恐れるべき事なのだ。特に魔王自身の力を知る者たちは最もその力を恐れたと言われている。

 歴史書曰く、魔王の力は世界を統べる力。ベルカ戦役時代、魔王が本気で世界の侵略を願っていたのなら必ずその願いは叶っていたと言われている。それほどまでに圧倒的な力があったからこそ、小国でしかなかった国が大国として成長した。考古学者たちはオカルト的ではあるが、魔王という存在はそういう運命の中にいたのではないかと言いたくなるほどに。

 

 あれほどまでに賢智に優れ、実力を有した王はいない。あれほどまでに運命という物に愛された王はいない。ベルカ戦役という数多の国が崩れ滅びてしまうような環境の中で、国と家を栄えさせた王はいない。だが、同時にあれほどまでに人間と世界という物に対して絶望していた王はいない。それが魔王と呼ばれた王に対する総称である。

 

「ふぅ……こんな物かな」

 

「ドクター?調べ物は終わりましたか?」

 

「ああ、ウーノ。今、終わったところだよ。やはり、魔王閣下は凄いという事を改めて理解したよ。あの御方こそ、私の選んだ中で最上の王の器だ」

 

 王の器の選定者(キング・メーカー)。それは時代の節目にいたとされる、世界の流れを変え得る器を選定する役割を担った存在である。

 

「古代ベルカ末期に存在したとされる最強の王。それがドクターの選んだ王の器なのですか?」

 

「そうなんだよ。私はこれでも色んな時代にいてね。この場にいる私もこの時代という括りにいる私でしかない。私は科学者であると同時に、王の器を選定する役割なんだ。しかし……この時代にはどうも私が選ぶに値する王の器が存在しないんだよ」

 

「それも時代の流れ、という事なのではないですか?時代が王を必要としていないという事では」

 

「それもそうなのかもしれないけどね。しかし、私はそれではいけないんだよ。確かに、私は一流を超えた超一流の科学者だ。それとしての役割を求められたのも知っている。しかし、私の本質は選定者なんだ。それになにより……それでは私が面白くないじゃないか!」

 

 選定者――――ジェイル・スカリエッティの言葉に、彼の娘であるウーノはため息を吐かざるを得なかった。徹頭徹尾、己の欲を満たそうとする姿は選定者などという仰々しい存在とはとても思えなかった。 無限の欲望という二つ名を受けるに相応しい、強欲な人間としか映らない。

 

「ウーノ、君は何やら考え違いをしているようだから言っておくがね。王の器の選定者(キング・メーカー)と呼ばれる者は私一人だけではないし、その中には君が思っているような奴もいる。しかし、大体は自分が楽しみたいがために王の器を選ぶのさ」

 

「それは……不道徳という物なのでは?」

 

「何故だい?」

 

「それは……」

 

「いや、君が言いたい事は分かるんだ。つまり、こう言いたいんだろう?一国の王となり得る器を選ぶのだから、そこには責任がついて然るべきで、そうする者は人の事を案じている物であるべきだと」

 

「……はい。違うのですか?」

 

「もちろん、違う。私たちは王と呼べるだけの器を持っている者を選ぶだけだ。その者に切っ掛けと持っている器に等しい力を与えるだけだ。その王が結果的に何をするのかは私たちの知った事ではないし、どうでも良い事だ。私たちはその王が綴る物語を通して、人間という存在の面白おかしさを楽しみたいだけなんだ。そこには、決して道徳なんて物は存在しない。あるとすれば、精々欲望くらいの物さ」

 

「……では、ドクターはかの魔王に何を求められるのですか?こう言うのはどうかと思いますが、彼の物語は既に終わってしまった物なのでは?」

 

「確かに。君の言う事は間違っていない。でもね、先ほども言ったが、この時代には私が選ぶにたる王の器がいない。英雄の器はいる。死者から作り出された新たな器もいる。継承され続ける闇の器もいる。しかし、この世界を魅了し、狂奔させるほどの王の器がいない!

管理局にいるのは私欲を貪る屑か、現状維持を望む根性なしか、正義を謳いながら改革を望まないヘタレばかりだ。まだレジアス・ゲイズの方が王の器に近いと言えるだろう!だが、彼では駄目だ。あまりにもその精神は俗世によって穢されてしまっている。惜しいものだよ。彼であれば、良き王の器となれただろうに」

 

「それで、彼の王を甦らせようと?失礼ですが、ドクターの努力不足なのでは?」

 

「ハッハッハッ。中々言うね、ウーノ。それもあるとは思ったんだがね。この世界は致命的に王の器が育つ土壌がないんだ。不足しているではなく、無いんだよ。それがどういう意味か分かるかい?」

 

「いえ……どういう意味なのですか?」

 

「それはね……アルハザードの再来だよ。何故生きているのかも分からず、ただ唯々諾々と生きていく日々を生み出すんだ。文明の最長期に到達し、そして滅びてゆく。いや、規模はアルハザードの比ではないかもしれないね。なにせ、多くの次元世界を巻き込むと言うのだからね!」

 

 きっと管理局の倒壊に多くの次元世界が巻き込まれる。そこで生まれる争いの比は、ベルカ戦役程度に留まらない。あのレベルの戦争ですら、次元兵器や禁忌兵器なる兵器が生まれたのだ。そうなった時、世界は一体どうなってしまうのか?想像するに難くないだろう。

 

「果ては次元世界の倒壊さ。何もかも悉くが死に絶える。そうして何もかもが消え去ってしまうんだ。それを防ぐために我々はあるんだ。目下の標的は最高評議会という所かな?」

 

「次元世界の倒壊を防ぐために、管理局を滅ぼすという事ですか?」

 

「それは違う。言っただろう?王の器が何をしようと、私たちは関与しないと。彼がどうするのか、それは彼自身が決めれば良い事なんだ。ただ私は何をするにしても、最高評議会の連中は邪魔だと言っているだけだよ」

 

 自分の家に戻るのも、管理局を叩き潰すのも、はたまた管理局を支配するのも王の自由だ。王の行動に関して、ジェイルは一切関与しない。だが、王を復活させる以上、管理局の頂点である最高評議会を斃さない事には彼も自分も自由にはなれないとジェイルは言っているのだ。そうしようとしているのが自分である、と言っているにもかかわらず。

 

「……ドクターのやる事ですし、私は関与いたしません。しかし、彼の王の怒りを買わないようにしてくださいよ?」

 

「もちろんだとも。なんだい、私の事が信用ならないのかい?」

 

「ええ。ドクターはその時のノリで勝手な事をされますから」

 

「ハハハッ、これは一本取られたね。なんにしても、大丈夫だよ。彼の器となる大事な肉体だ。私の全力全霊を尽くすさ。それこそが、私の彼に対する礼儀だからね」

 

 そう言いながら、ジェイルは後ろを振り返る。そこには一つの巨大なポットが置かれおり、そこには一人の青年が収まっていた。瞼を閉ざし、まるで世界の総てを拒絶しているかのように起きる気配がない。その姿を見ながらも、ジェイルは爛漫とした表情を隠そうとはしなかった。

 

「ああ、我が王よ!偉大なる『魔』導の『王』たるソロモンよ!どうか、今しばらくお待ちください。あなた様に相応しい環境は未だ整ってはいませんが、いずれ必ずあなた様がこの世に再臨させるだけの器を完成させて見せましょう!」

 

 それこそが我の役割なりと、そう告げたジェイルの姿はまるで神に仕える神官のようであり、同時に悪魔に仕える魔術師のようだった。即ち、神秘的にして魔的な感情を露わにしていた。己が選んだ史上最強の王と再び言葉を交わし、仕える事のできる喜びをジェイルは隠すことは出来なかった。

 そう。かく言う彼もソロモンという王の器に呑まれてしまった一人でしかない。本来、王の器を選定する事しか許されていない選定者すらも呑み込んでしまうほどの王の器。そんな存在がこの世界に蘇ってしまえばどうなってしまうのか……想像する事も出来ない。

 

 本来であれば、ここで計画を頓挫させてしまった方が身のためであり社会のためだ。強烈なカリスマを持つ者がいたとしても、それは社会を混乱させてしまうだけだ。今という現状の安定を望むのなら、目の前にあるポッドを叩き壊してジェイルの計画を止めた方が良い。それが一番だとは分かっている。しかし、ウーノにその選択をすることは出来なかった。いや、彼女だけではなく彼女の妹たち全員もだ。

 この御方を傷つけてはならない。理性ではなく、本能の部分がそう告げている。まるで、完全に完成した絵画を眼にした時、それを壊す事を恐れてしまうのと同じように。瞳を開かずとも、口を開かずとも、意志がなくとも、自然に放出されてしまうカリスマだけでそう思わされてしまう。それが、王の器の選定者(キング・メーカー)すらも狂奔させる王の力だった。

 

「ベルカ戦役最強の王――――ソロモン・アクィナス。聖王女がゆりかごを持ってしても討ち果たす事の叶わなかったと言われる存在ですか……」

 

 雷帝も、鉄腕も、覇王でさえも魔王たるソロモンに勝つことは出来なかった。それは智慧が優れているだけでなく、彼自身の実力が異常だったからだ。現代でさえ異常と言われるベルカ戦役時代の中でも異常と謳われていたのだ。今の時代でソロモンに勝てる者などいる筈がない。名実ともに最強と謳うべき存在だ。

 

「……考えていても仕方がないですね。私は私のできる事をしなければ」

 

 心を入れ替え、彼女は歩きだす。たとえ、その行為が一時しのぎの物でしかなくとも、彼女はそうせずにはいられない。王の気紛れ一つで木っ端微塵になってしまうような細やかな命でしかない以上、せめて王の興味を引かないようにするぐらいしかできる事はない。その程度しか彼女にできる事は残されていないのだから。

 

「フハハハハハハハハハハッ!あぁ、今からあなたの帰還が楽しみだ!」

 

 未だ総てを統べる王は来たらず。けれど、その兆しは既にあり。魔王がその眼を開いた時、その瞳に如何なる感情が宿るのか――――それは誰も予想のできない事であった。




就活中で色々と忙しい身なので、何時更新するかは分かりませんが気長にお付き合いください。何気に初短編なので、ご容赦のほどをよろしくお願いします。


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魔王は来たりて

 ジェイルとウーノの会話から時間は過ぎ、計画は最終段階に達しつつあった。ソロモンという史上最も恐れられ、敬われた王をこの世に復活させる偉業は人知れず、密やかに行われていた。

 

「さて、後は王に相応しい武器を作るだけなんだが……さてはて、どうしたらいいものかな?」

 

「そんなの、ドクターがちゃちゃっと作っちゃえば良いじゃないですか〜?ドクターならそれぐらいお手の物でしょう?」

 

「そういう訳にはいかないんだよ、クアットロ。なにせ、ベルカ戦役時代で我が王は私の作った魔導具を総て木っ端微塵にしてくれたからね。私が作るものでは耐久力が足りないんだよ」

 

「……それ、本当ですか?」

 

「本当だとも。あの時ばかりは王を恨めしいとさえ思ったものだからね。現代の魔導士では操る事さえ難しい魔導具を十全に操り、二つか三つ戦場を終える頃には使い潰していたからね。最終的に禁忌兵器を利用した武器を使うに至ったからね」

 

「禁忌兵器って、アレですよね?使ったが最後、星を食い潰すまで決して止まらない禁断兵器……今となっては一つも残らず破壊されたっていう」

 

「そうなんだよ。しかも、その禁忌兵器の中でも特にヤバめの物を再利用したんだ。闇の書よりも数倍ヤバめに改造した魔導書と、龍脈の魔力を食い潰して主に絶対の力を授ける槍とかね。基本的に使ったら最後系ばかりを武器にして渡したよ」

 

「えぇ〜……」

 

「そうでもしなきゃ持たないぐらい、我が王は魔力も技量もヤバかったんだよ。私でももう相手したくないぐらいだよ。でも、その辺りはどうとでもしようはあるんだ。殿下の本家にある筈たがらね。でもな〜、あの指輪だけはなぁ」

 

「指輪って……ソロモン王の指輪ですか?映画のネタに使われたりする」

 

「そうそう、その指輪だよ。持つ者に全能の力を授ける、っていう指輪」

 

 選定者に選ばれた王の器はその器に相応しい力を与えられる。それは選定者が自らの意思で選ぶのではなく、王の器が選定者の求めに応じた際にどこがしかより与えられる物となっている。正確に言えば、魂の器に等しい物が現出するという事になっている。

 その辺りの詳しいシステムは選定者にも分かっていないのだ。ただ彼らは己が選んだ王の行く末を見守る事しか赦されていない。その物語に関わる事はまだしも、助けになってはならない。試練を与えることこそ、選定者の役割であるが故に。

 

「まぁ、正確に言うと全能じゃないんだけどね。そんなの、たとえ彼でも使える訳がないし」

 

「えっ、違うんですか?」

 

「そりゃあ、そうだよ。全能は人の領分ではなく、神の領分だからね。大体、人がそんなの持っても持て余すだけ。さしもの彼もそれは否定しなかったよ」

 

 全能の力などあっても、意味がない。それは他ならぬ魔王の弁だった。人は人自身の力で未来を切り開かなくてはならない。己自身の未来を他人に委ねるようになっては、人として終わっていると言わざるを得ない。辛くとも、苦しくとも、自分の力で手に入れるからこそ、その人生には意味があるのだ。

 

「では、ソロモン王の指輪にはどういう能力があるんですか?」

 

「さしもの私にもそれは分からないな。なにせ、彼の王はその事に関しては一切口を開かなかったからね。言う必要がなかった、と言うだけかもしれないがね。ソロモン王はその辺りはまったく興味がなかったからね」

 

「ベルカ時代における最大の王なのに、自分の力に興味がなかったんですか?」

 

「興味がないんじゃなくて、態々気にするような物じゃなかったという事だろうね。彼にとって、力はただ力でしかなかった。自分が戦闘向きではない事も分かっていたから、軍事力のほとんどは彼の衛士が担当していたし」

 

「衛士、と言うと……親衛部隊の事でしたっけ?」

 

「王の守護よりも王の命令を第一とする、という前文が必要だけどね。実際、ソロモン王が前線にその姿を現した事はほとんどない。禁忌兵器が出た時ですら、ソロモン王は前線にその姿を現す事はなかったんだ。精々、初めの数回ぐらいだったと思うよ?」

 

「……そんなのでよく人が付いてきましたね。普通なら見捨てられてしかるべきだと思いますけど……」

 

「まぁ、前線に出ないだけで戦っていなかった訳ではないからね。大体、守るべき対象である王が前線にいる事は兵士たちの鼓舞にはなるけど、同時に国を崩壊させるリスクもある。基本的に王が前線に出てくる戦闘というのは、国がそれだけ危機的状態であるという事を示しているんだよ」

 

「それはそうかもしれないですけど……って、戦っていない訳ではない?それってどういう意味なんですか?」

 

「いや、原理自体は私もよく分かっていないんだけどね。ソロモン王は玉座に座ったまま、敵陣営に被害を与えていたんだ。考えられるのは超遠距離による術式行使だけど……その難度がどれほどの物か、君には語らなくても分かるだろう?」

 

 当たり前な話ではあるが、魔法という物は距離に応じて行使する魔力量が変化する。近ければ少なく、遠ければそれだけ多く、といった具合に。もし、視認する事すら出来ない程の超遠距離へ、それも敵に痛手を与えられるレベルの術式行使が可能だったとすれば、それはどれほどの魔力量を誇っているのか。

 SとかSSSなど話にならない。文字通りのEX――――測定不能という評価が相応しいだろう。誰も彼と魔力量の勝負をしても勝てる訳がない。それほどの力量を誇ると言うのなら、確かにソロモン王は魔王という呼び名が相応しい。こんな存在を討てるのは、それこそ同格である英雄(バケモノ)ぐらいだろう。

 

「そんな人、守る意味があるんですか?」

 

「流石の王も四六時中命の危機に晒されれば疲弊してしまうよ。そうでなくても、王としての仕事は激務だしね」

 

「それはそうかもしれないですけど……」

 

 クアットロにはどうしてもそんな存在を守る必要性が理解できなかった。明らかに一人だけでも過剰戦力という物ではないか。そう言いたいクアットロの事をジェイルも理解できるのか、苦笑を浮かべていた。しかし、衛士の重要性もジェイルには理解できているのだ。

 と言うのも、衛士隊の設立をソロモン王に提言したのはジェイルだからだ。その時の彼もまた、ソロモン王を守るべき対象だとは定めていなかった。そう定めていたのは、周りにいた貴族の中でも上位の実力を持っていた子息や子女たちであった。貴族たちが自分の娘や息子を王の周りに送る事ができれば、自分たちの地位も安定できると思っていたのもあるだろう。

 

「しかし、アレはなぁ……」

 

 どう考えたとしても、アレはソロモン王のカリスマに呑み込まれていた。あの当時、呑み込まれていない者などほとんどいなかった。しかし、それでもアレはそういう者たちとは一線を介していた。確実に子息たちには狂信の感情が、子女たちには色恋の感情が混ざっていた。

 少なくとも私利私欲が混ざっていた事は疑いなく、ソロモン王もそれを認知していた筈だ。しかし、ソロモン王はジェイルの提言を受け入れた。ソロモン王が何を考えていたのか、ジェイルには分からない。しかし、受け入れた理由は何となく想像できる。

 

「反感を買わない道を選んだんだろうけどね。それが正しかったのか、それとも間違っていたのか……今の私にも分からないんだよね」

 

 ソロモン王という強大なカリスマを彼らは信じきっていた。その上で、ソロモン王を守る衛士隊の設立とそれに参加する事を望んだのだ。ソロモン王の覇道に自分たちも馳せ参じたいと願い、その為ならどんな物であっても利用してみせる。それがたとえ、肉親であるとしても。

 狂的なまでの思想であり、ジェイルもここまで人を狂奔させた王という物を見た事がない。聖王女も覇王も凄まじいカリスマの持ち主ではあったが、これほどまでに人を揺れ動かした王はいない。少なくとも、ジェイルはソロモンを王の器として選んだことに対して後悔はしていない。

 

「ドクター、結局問題は解決していませんよ?」

 

「……そうだったね。さて、どうしたらいい物かな」

 

「というか、本家の方には保管されていないんですか?ソロモン王が身に着けておられた物なら、普通は保管されているのでは?」

 

「普通なら、ね。しかし、あの指輪はソロモン王専用に調整されている代物なんだよ。ソロモン王以外が身に着けても、何の効果もないんだ。だから……ね?分かるだろう?」

 

「すでに廃棄されている、という訳ですか。それで良いんですか?」

 

「良くはない……んだけどね。どうしようもないのが実情なんだ。しょうがないからまずは槍と本の回収だけ先に済ませて……」

 

 ジェイルがそう言った瞬間、ブザーがけたたましく鳴り始めた。何事かと思っていると、傍に置いてあったモニターが点いた。そこでは何やら慌てているドゥーエの姿があった。

 

「何かあったのかい……と訊くのは野暮か。誰が来ているのか分かるかい?」

 

「現在確認中ですが、管理局の局員ではないようです。しかし、たった三人でこちらの防護を次々と破られています!既にガジェットの6割が大破、防衛トラップも半分以上が突破されています!」

 

「ふむ、ここの防衛システムはそれなりに強化しておいた筈なんだが……侵入者の似姿は分かるかい?」

 

「最後に監視カメラが映した物はこちらになります」

 

 モニターに表示されていたのは真紅の杖を振るう女性と蒼い魔力刃を振るっている女性、そして魔力球を周囲に浮かせガジェットを破壊している女性だった。見事に女ばかりだったが、ジェイルはそれとは別の事に額を覆っていた。それを見ていたクアットロは思わずジェイルに声をかけた。

 

「ドクター?どうかしたんですか?」

 

「あぁ、クアットロ……どうやら嗅ぎ付けられたらしい。まさか、まだ王が目覚めていない段階で気付かれるとは思ってもみなかったよ」

 

「嗅ぎ付けられた?……まさか」

 

「そう。彼女たちは衛士隊の隊長格の子孫だ。ここを虱潰しにして王の素体を回収しようとしているみたいだね。訊いてくれるか分からないけど、とりあえず声をかけてみるとしよう。じゃないと、王の素体にどんな影響が出るか分かった物じゃ……」

 

 ジェイルがそう言った瞬間、クアットロに体当たりをするように抱きつき壁側に向かった。それと同時に床の下から(・・・・・)光の柱が迸った。瞬く間に床と天井を溶解させ、天を突くかのような光が生まれた。その光が何であるのか、どこから現れたのか、それを理解する暇はなかった。

 光が消えた瞬間に先程まで暴れていた三人の女性が飛び降り、それに追随するようにジェイルも飛び降りた。ジェイルに抱えられていたクアットロも同じように穴に飛び込む事になった。しかし、悲鳴を上げることはなかった。それ以上の何かを穴の底より感じていたからだ。

 まるで深い深い闇の底に向かうような、はたまた逆に眩く輝く光の根源に向かっているかのような、正反対としか言いようのない二つの感覚を抱いた。実際よりも長い墜落を体感しながら、五人は最下層に辿り着いた。そこには完膚なきまでに破壊されたポッドとその傍でたそがれている一人の男性が立っていた。降りてきた五人に視線を向ける事もなく、ただ黙って立っていた。

 

「……久しいな、王の器の選定者(キング・メーカー)。相変わらずのようで何よりだ」

 

「は……ハハハハハハッ!我が王よ、それはこちらのセリフですよ。やはり、私の研究は間違ってはいなかったようだ!」

 

「この俺を実験台に使うか。相変わらずのようだな、貴様は。それで、貴様らは……あいつらの名代か?」

 

 男性は高笑いをしているジェイルを懐かしげな表情で見た後、膝をついて頭を垂れている三人の女性に目を向けた。先ほどまで基地を破壊して回っていた女性たちが武器を置き、男性に対して敬意を向けている。それに対して、男性は何とも思っていないのがありありと窺えた。

 

「いえ、我らが王よ。王が没され、既に長き時が経過しました。我々は王の時代より連綿とお役目を継承して参りました。私は『灼熱の煉獄女帝(ザ・デストラクター)』の十代目でございます」

 

「同じく、『雷極の斬滅女帝(ザ・スラッシャー)』十代目でございます」

 

「我もまた十代目『暗黒の滅殺女帝(ロード)』を継承せし者。我らが頂点に立つ王よ、御身のご尊顔を拝する許可をどうか我らにお与えください」

 

「勝手にすればいいだろう。元より、俺には貴様らに命令をする資格などないのだから。だが、その前に……ジェイル」

 

「はい?なんでしょうか、我らが偉大なるソロモン王よ」

 

「……服を寄越せ。落ち着かないからな」

 

 一体何を言うのかと思えば、そんな事か。自分とはとんでもなく遠い場所にいる人物かと思えば、そうでもないというどうでも良い事にクアットロは何故か安心した。それが何故であるのか、今の彼女にはまったく理解できなかった。

 派手に破壊されたのを幸いとしてジェイルたちは別のアジトに移り、簡素な服を身にまとった男性――――ソロモンは用意された椅子に座り、用意されたコーヒーを飲んでいた。真っ黒な飲み物に最初こそ眉をひそめたが、一口飲んだ後は何も言わずに飲んでいた。半分ぐらいまで減ったあたりでソロモンは口を開いた。

 

「それで……どういう事なのか、教えてもらえるんだろうな?ジェイル」

 

「おや、存じ上げているのではないのですか?」

 

「馬鹿を言うな。俺が何かを知るためには視なければならない。結果は知る事ができても、過程まで知ることは出来ぬのだ。知っているだろうが」

 

「王の有する千里眼の事ですか?」

 

「そうだ。俺の魔眼は俺が生きている時間以外の物は結果しか見えん。だから、俺はこうして行動している姿を視れても、それ以外のどうしてこうなったのかは俺も知ることは出来ない」

 

 結果だけを知る力ではなく、一定の者以外は結果しか知る事ができない。基本的に千里眼という能力はその時間軸の出来事しか見る事ができない。そこまで自由度の高い能力ではないのだ。際限なく視る事ができるほど、ソロモンの持っている魔眼のレベルは高くない。敢えて言うとすれば、過去視と距離無制限の現在視及び超限定的な未来視ぐらいだろう。

 

「いや、十分に強力だと思いますが」

 

「普通に聞けば、な。だが、世の中には過去・現在・未来の総てを見通した王がいると聞く。それに比べれば、俺の魔眼などまだまだと言ったところだろうさ」

 

「それは幾らなんでもご謙遜が過ぎるのでは?」

 

「謙遜か。俺はそうは思わんが、これ以上この話をしていても不毛という物だろう。まずはそちらの話を聞いた方が良さそうだしな」

 

 ソロモンは先ほどから黙ったまま、出されたコーヒーにも口を付けずにいる三人の方に視線を向けた。ジェイルにとっての娘たちはアジトの一つを潰した三人に対して警戒心を露わにし、三人もまたジェイルを始めその娘たちであるというナンバーズを警戒していた。どちらもが敵対心を露わにしている今、戦いにまで発展していないのはソロモンとジェイルの存在が大きい。

 お互いがにこやかに話しているからこそ、彼女らは矛を交えない。止められてしまう事が目に見えているし、彼女たちも主を害する可能性のある行動を起こしたいとは思わないのだ。それを分かっているからこそ、ソロモンもジェイルもその事には触れなかった。

 

「さて、今代の我が女帝たちよ。何故、貴様らはあの場所に現れた?貴様らの先祖がそこの選定者に振り回された回数も指で数えられるような数ではないとはいえ、たかだかその程度ではないのだろう?」

 

「もちろんでございます、閣下。我々が閣下に望む事はたった一つ――――国許に戻り、再び王国を再興させていただきたいのです」

 

「ふむ……確かに、何やら大変な事態に陥っているようだが。それは俺の質問の答えではないな。そちらの方もまた尋ねる事とするが、まずは質問の方に応えて貰おうか」

 

「閣下。閣下はフェリスという貴族を覚えて御座いますでしょうか?」

 

「フェリス……あぁ、神官の一族か。確か、未来予知を行うことのできる家だったか?」

 

「はい。その認識で間違いないかと。聖王家の方にグラシアという同じような事ができる家がありますが、そこよりは精度の高さが自慢だそうです。今代の当主が閣下の事を占ったのです。その結果、閣下の居場所を把握したため、御身の安全を確保するために襲撃いたしました」

 

「……なるほどな。しかし、俺の事をそうまでして求める意味がどこにある。管理局の自作自演などが存在するが、それでも世界は平和だ。あの時代のように、俺が王としてお前たちを率いる必要がどこにある?」

 

「閣下。閣下は我らの希望でございます。聖王がこの世界の王者となろうとも、我らにとっての王者とは閣下に他なりません。御身のお家――――アクィナス家は惰弱に堕ち、管理局の風下に立とうとしています。我らはそんな惰弱な者たちに仕えたかった訳ではございません。

御身だけなのです。我ら衛士隊一同は御身の血統にではなく、御身にこそ仕えたかったのです。それだけが、御身に忠義を誓った先祖から連綿と続く我らの想いなのです。どうか、我らが王よ。至大にして至高なる我らの王よ、どうか御身のお傍に侍る事をどうかお許しください……!」

 

 心からの想いを籠めて、三人は頭を下げる。そんな三人の行動に対し、ソロモンは――――何とも言えない表情を浮かべていた。ソロモンにとって、それは当然な感情でしかなかった。この三人はつまりこう言いたいのだ。『あんなのは自分たちの理想じゃないから、理想であるあなたに仕えたい』と。しかし、そんな事を聞いて『はい、そうですか』と言えるならソロモンは王などしていない。

 現実と理想が食い違うのは当然の話だ。何もかもが理想通りなどという話がある筈がない。千里眼などというチート紛いの代物を持つソロモンですら、そんな事はあり得なかった。現実と理想の食い違いにそれでも争い、何とか自分の理想とする物へ手を伸ばす事こそが今を生きる人間に必要な事なのだ。

 ならば、そんなの知るかと彼女たちの手を振り払うかと訊かれれば、首を縦に振りかねる。不条理が満ちていた時代に生まれ、その在り様が嫌だと思ったからこそ彼は立ち上がったのだ。自分が理想としている者になるために、現実を食い破る力を求めた。そのために選定者の手を取る道を選択したのだ。そんな彼に、現実を変えるために理想へと助けを求める彼女らを否定することは出来ない。

 

「殿下。我らが偉大なる王たるソロモンよ。あなたには多くの道がある。彼女たちの願いに応える応えないも自由だ。しかし、忘れてはならない事があるのです」

 

「前の人生からは逃げられない、か。至極当然の話ではあるがな、ならば貴様は何をしたいのだ。自らの意志で王の器を選ぶ選定者よ、貴様は一体俺に何を望む」

 

「殿下、お忘れですか?私は王に何も望まない。救わない。私はただ王の在り方を見るだけなのですから」

 

「ハァ……俺は戻らん。今の俺はソロモン・アクィナスではなく、ただのソロモンでしかないからだ。アクィナスではないソロモンはかつて魔王と呼ばれたソロモンではない」

 

「それは……」

 

 それは否定しようのない事実だ。目の前にいるソロモンは、あくまでもジェイルの技術によって蘇った存在でしかない。アクィナスとして君臨している訳ではなく、ベルカ時代を席巻した魔王という存在はとうの昔に死んだのだ。魔導の王たるソロモン・アクィナスは最早どこにも存在しない。

 

「だが、この俺に――――ただのソロモンに仕えたいと言うのなら、勝手にすれば良い。どうせ貴様らの先祖も通ったような道だ。一々口を出すほど、俺も神経質ではない。他の連中にもそう伝えておけ」

 

「は……ハッ!寛大なるご処置、ありがとうございます!」

 

「俺は王ではないと言っているだろうが……そう言えば、今回の貴様はどうする気なんだ?選定者」

 

「はて、どうする気とは?」

 

「俺を見縊るなよ。態々、聖王の義体など用意してどうするつもりなのか知らないが、どうせ碌でもない事なんだろう?ゆりかごの修復といい、俺の復活といい、貴様は一体何を企んでいるんだ?」

 

「ハハハハハッ、やはり王には隠し事が通じないのですね。まさかこれだけの時間でそこまで把握されていらっしゃるとは。ただ、言い訳をさせて貰えるのなら、私は王の復活以外の事柄に関しては関わっていないのですよ。そういう事を支持する連中とは関わりを持っていますが」

 

「ほう……何処のどいつだ?そんな意味の分からぬ事を支持する連中というのは」

 

「管理局最高評議会――――王が同盟を結ばれた相手ですよ」

 

「……なんだ、奴らはまだ生きているのか?」

 

「えぇ、今となっては脳みそだけしか残っていませんが、自分たちの正義を掲げて。その正義によって轢殺されてきた世界や命の数は数えきれないほどです。それだけの犠牲者が出ている事について、王は何か思われますか?」

 

「奴らが勝手にしている事だろう。何故、俺がその事についてコメントしなければならない?」

 

 ソロモンの答えにナンバーズの少女たちは恐れを抱いた。彼女たちも犯罪者である父を持つ身だ。生きるために誰かを犠牲にする事に対して、特に心を痛める事はない。しかし、ソロモンほど平然とはしていられないだろう。動揺であったり、驚愕であったり、少なくとも何かしらの感情を露わにするだろう。

 

「あまり俺をからかうな、ジェイル。確かに痛ましい犠牲なのかもしれん。だが、それは俺との関わりのない場所で起こった事だろう。義侠心のある者なら怒って当然なのだろう。あの頃の管理局の連中なら、何とかしようと努力した事だろう」

 

 ソロモンは決して否定しない。ソロモンは基本的に自分が普通ではないという事を認めている。普通の人間がどういう感情を抱くのかは分かる。そういう時にどういう行動を取ろうとするのかも分かる。それが間違っているとは思わないし、好きにすれば良いと思う。けれど――――

 

「もう一度言うぞ。それがどうした(・・・・・・・)。どんな組織であろうと、どんな人間であろうと、長く権勢を揮ってきたモノはいずれ終わる運命にある。今の腐敗にしてもそうだ。あの連中はどうしても、後に託すという事ができなかった。納得もするし、その心理も理解できる。

 だが、それが何だと言う。聖王女にしても、奴らにしても、愚かとしか言いようがない。失敗や間違いは繰り返されるだろう。それは昔から連綿と続いてきた事だ。それを避けようとする事が愚かなのだ。始まりと終わりは不可分な物だ。だったら、その道中によって生まれた歪みも正しさも、その者たちだけの物だろうよ。それに対して、何故俺が口を出さなければならない?」

 

 その者たちの人生によって得た傷や涙や後悔はその者たちだけの物だ。他の誰も背負ってやる事は出来ないし、受け止める事などできる訳がない。嘘とか本当とか関係なく、その人生で得た総ての経験を受け止め背負う事は自分には出来ない。だったら、その者たちが犯した罪も、その者たちによって流された涙も、ソロモンはどうする事も出来ないし、したいとも思わない。

 

「払われた犠牲は多かろう。踏みにじられた者も多かろう。だが、だからどうしろと言うのだ?まさか、管理局を斃せとでも言うつもりか?行動する理由などどこにもないと言うのに」

 

 ソロモンの意見は一見すれば、ただの頑固者と同じだ。自分が納得できない理由では動かない。総ての意見を併せ呑まなければならない王としては失格だ。だが、ソロモンは最初からそういう男だった。感情だけでは動かない男であり、しかし理屈だけでも動かないソロモンという男は動かせなかった。

 だからこそ、ジェイルはソロモンの王の器に選んだ。感情によって動く王は失敗する。理屈だけの王では人がついて来ない。ただ存在するだけで人を狂奔させ、賢智に優れた王。素質としては最上位でありながら、個人的な信念に従って行動している。それ故にどういう理屈を辿るのか、さっぱり理解できない。

 

「言ってみろ、ジェイル。お前は一体何を望む?」

 

「……いいえ。我らが王、ソロモン王よ。どうぞ、あなたの御心のままに。我ら、王の従僕はあなたの覇道にこの身を委ねましょう」

 

 誰もが彼を希い、膝をついた。魔王の覇道を誰よりも傍で受け続けてきたジェイルだからこそ、ソロモン王の行き着く果てを誰よりも知りたいと思ったのだ。たとえ、その道の行き着く果てが滅びであろうとも、ジェイルも衛士隊の面々も民草も決して後悔しない。ソロモン王にその身を委ねた瞬間から、そのような悩みとは無縁の存在になったのだから。



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外部の反応・とある執務官の場合

 ソロモンが目覚めてから数日後、管理局執務官フェイト・T・ハラオウンは自室で報告書を書いていた。しかし、その指はまったく進んでおらず、あからさまに集中しきれていなかった。そんなフェイトの様子を見ていた補佐であるシャリオ・フィリーノ――――シャーリーはコーヒーを置いた。

 

「あ、シャーリー……ありがとう」

 

「いえ、気にしないで下さい。先日の調査の報告書ですか?」

 

「うん……色々と不可解な点が多くてね。全然筆が進まないんだ」

 

「う~ん、そういう時は一度整理してみたら如何ですか?意外とスッキリするかもしれないですし」

 

「……今回の件は今までの違法研究所の調査だったんだ。そこで行われている研究内容は『プロジェクトF』の研究だった。それ自体は別に何事もなく行われたし、子供たちも無事に保護する事ができた。でも、問題はその後だった」

 

「……アグリアス帝国の方と遭遇したんですよね。しかも、出会い頭に戦闘に勃発して」

 

「うん……本国の方に問い合わせても、詳細は不明だって話だしね」

 

 アグリアス帝国――――現存している古代ベルカ時代より続いている国であり、管理局と対等な関係にある大国。管理局と戦争を起こせるだけの戦力を持ち、歴史に名高い魔王が建立した国家。さしもの管理局と言えども、早々手を出すことは出来ない相手だ。

 

「恐らくだけど、彼らは衛士隊と呼ばれている人達なんだと思う。練度はエース、或いはストライカー級だったから、間違いないと思う」

 

「確かに数で圧倒的に勝っているこっちを食い止めるどころか、押していましたけど……そんな高い地位にある人たちがあんな短慮な行動に出るでしょうか?」

 

「……分からない。でも、あの国には伝説があるから。それに関連しているのかもしれない」

 

「伝説、って……ソロモン王の遺言の話ですか?でも、あんなの与太話に近いと思いますけど」

 

 ソロモン王の伝説――――既に死したソロモン王が最後に残した遺言である自身の復活を謳った物。しかし、そんな伝説の事を、シャーリーは信じる事ができなかった。その意見に対して、フェイトも否定することは出来なかった。ソロモン王の復活を信じる事など、少なくとも二人には出来なかった。

 

「そう、だね。私もそう思うよ。でも、一度話した事があるから分かるんだけどね。あの国の人達はソロモン王の事を絶対視しているみたいなんだ。彼の言う事なら間違っている筈がない。そう信じきっているんだ。だから、完全に否定することは出来ない」

 

「でも……」

 

「それに、方法が完全にない訳じゃない。プロジェクトFを利用すれば、死者の復活をする事ができる。その人がその人のままであるとは限らないけど、それでも復活はできない訳じゃない」

 

 プロジェクトF、通称プロジェクトF.A.T.E.(フェイト)。クローニングした素体に記憶を定着させることにより、従来の技術では考えられない程の知識や行動力を最初から与える事が出来る。その目的は、元となった人物の肉体の精製と記憶を植え付ける事で精神を再現する事。

 その技術を持ってすれば、ソロモン王を復活させる事は不可能ではない。その者が本当にソロモン王であるかどうかはさておき、理論上はソロモン王を復活させられる。かつてフェイトの母であったプレシア・テスタロッサが試みた時のように。

 

「あの廃棄された研究所では実際、その研究がされていたんだと思う。しかも、あそこにいたのは恐らくジェイル・スカリエッティ。あの男であるなら、不可能とはとても言い切れない」

 

 世紀最大の科学者にして次元犯罪者。ガジェットを始めとした多くの機械を作り、管理局に対して大きな被害を与え続けてきた。しかも、ジェイルはプロジェクトFの雛型を作った人間であり、クローン体という形で犠牲者を作り続けている人間だ。フェイト自身の経緯もあり、ジェイルは捕らえておきたい犯罪者のトップに当たっている。

 

「奴を放っておく訳にはいかない。もし、奴がソロモン王を復活させるのに成功していたとしたら、その力をどんな風に操るか分かった物じゃない。それだけは絶対に防がないと……」

 

「でも、実際どうなっているか分からないんですよね?衛士隊の方々も捕縛する事すら出来ずに撤退されましたし、残されたポッドの中身もありませんでしたし」

 

「そうだね。それに、戦闘中に起こった光の柱。アレも結局何だったのか分からずじまいだし……シャーリーはアレが何だと思う?」

 

「調査結果では純粋な魔力体という事ですが……俄には信じがたい、というのが感想ですね。100Mはある距離を魔力体で撃ち抜いた、という事になるんですよ?そんなの、不可能に近いです。なのはさんだって、そんな非常識じみたことは出来ませんよ」

 

「あははは……なのはを例に出したのは聞かないでおくけど。やっぱりそうだよね。私も正直、信じがたいと思う。でも、まずはそう考えてみないと話が進まない。もし、本当に魔力体であれだけの壁を打ち抜くとしたら何が必要になってくる?」

 

「そうですね……まずははやてさん並みかそれ以上の魔力量は必要です。後はなのはさんに並ぶかそれ以上の魔力制御技術ぐらいだと思います。地下から地上を撃ち抜いていますが、その魔力は本当に一直線になるように調整されています。少しも拡散していないんですよ?これってとんでもない技術ですよ」

 

「そうだね。あの二人の長所以上の物を兼ね備えた相手か……中々厳しい相手だね」

 

「もし、その人が本当にソロモン王だったとすれば納得ですけどね。聖王様に負けることなく、今も続くような大帝国を築き上げた人なんですから。古代ベルカ時代で最も強い王というのも納得ですよね」

 

「まぁ、それだけじゃないと思うけどね」

 

 考古学者曰く、ソロモン王が古代ベルカ時代において最強の王と称えられた理由は幾つか存在する。まず一つ目が本人の卓越した実力。次に彼の使っていた武器。だが、それ以上に強力な臣下がいた事が最大の要因ではないか、と言われている。

 ソロモン王が在位中、基本的には常勝不敗。誰が相手であっても負ける事はなく、悪くても引き分けの状態だったと言う。それほどまでの圧倒的な実力を持った人材がその土地で燻っていたとは思えない。実力さえあれば、いかなる国家でも名を馳せる事ができる。それこそが、古代ベルカという時代の異質性だからだ。本来であれば男社会であったのにも関わらず、女性も名を上げる事ができたという事がどれだけ人材不足だったかを語っている。

 

 ソロモン王は本人の実力もさる事ながら、ソロモン王に仕えた十四人を上手く使った。いかなる戦場であろうと、その十四人が登用された戦場では敗北はあり得ない。ソロモン王自身より大騎士の称号を与えられ、多くの騎士を屠ってきた者たち。そんな者たちを率いていたソロモン王がどういう人物なのか、フェイトには想像できない。

 だが、少なくとも言える事は一つだけある。現代に至って、ソロモン王が復活したのなら。十四人の後継者たちは絶対に馳せ参じる。ソロモン王亡き後、それぞれの大騎士はこう言い残した。『もし、閣下が再びこの世に顕現なされたのなら、疾く馳せ参じ力となるように』と。

 

「どちらにしても、ソロモン王が相手方にいる事を計算した上で動いた方が良いだろうね。スカリエッティの事だから、実際にソロモン王でなかったとしても利用している可能性が非常に高いだろうからね」

 

「分かりました、フェイトさん。関係各所に情報伝達をしておきますね」

 

「うん。お願いね、シャーリー」

 

「はい、お任せください!」

 

 出て行ったシャーリーの後姿を見た後、フェイトは徐にパソコンを立ち上げた。そしてソロモン王の伝説を確認し始めた。フェイトも歴史的に名高いソロモン王の事は知っている。しかし、それも言ってしまえば人が当然のように知っている程度の情報しか知らないのだ。

 古代ベルカ時代における最強の王、と言われてもフェイトにはピンとこない。知人であるシグナムよりも強いのかな?程度の事しか分からないため、危険性なども分からないのだ。そういう意味では、当時を生きた生き証人であるシグナムに訊けばいいのかもしれないが、生憎あちらも仕事中なので迷惑をかける訳にはいかない。そうでなくとも、気になったのだ。

 

「ソロモン・アクィナス……今の時代も語り継がれる絶対の王様。当時小国だった国を再建し、瞬く間に強大な大国へ導いた立役者。その手に十の指輪を身に着けたその王は、衛士隊と呼ばれた十人の天剣保持者と四人の魔導騎士を従えていた。魔導騎士は何となく分かるけど……天剣って何だろう?」

 

 どこを調べても天剣というワードが出てくるが、そのワードの意味が分からない。検索しようにも引っかからない。どうにも分からないので、フェイトは書物の迷宮とも言える無限書庫に向かった。ここになければ、どこを探しても存在しないと言われるほどに書物が溢れている場所であり、そこにはフェイトの知人であるユーノ・スクライアが館長をしている。

 

「あ、テスタロッサ執務官。今回はどうかされましたか?」

 

「こんにちは。いきなりで申し訳ないんだけど、ユーノ……スクライア館長はどこにいるか分かるかな?」

 

「スクライア館長ですか?資料をお求めのようでしたらこちらで用意しておきますが……」

 

「あ、ううん。そうじゃなくて……天剣保持者って知ってる?」

 

「……いえ、すいません。私は存じ上げません。そちらがご要望の資料ですか?」

 

「知っていたらな、程度の質問だったんだ。もしかしたら、スクライア館長なら知っているかと思ったんだけど……忙しいようならまた時間を見合わせるけど」

 

「少々お待ちください。館長に問い合わせてみますね」

 

「ありがとう。よろしくね」

 

 少しすると、ユーノと連絡を取ることに成功した。ユーノの休憩のついでに昼食を取りながら話をする事になった。フェイトはユーノと合流して近くの喫茶店に入り、注文した後に天剣保持者についてユーノに訊ねるとユーノは口を抑えた。

 

「……ユーノ?もしかして、訊いたらまずかった?」

 

「いや、そうじゃないんだけど……話しても良い物か分からなくてね。天剣保持者っていうのは、ソロモン王に仕えた10人の大騎士の事……っていうのは知ってる?」

 

「うん。でも、天剣と呼ばれる者が何であるのかは調べても出てこなかったんだ」

 

「それはね、天剣と呼ばれる物が現存していないからなんだ。理由までは分からないけど、少なくともこの世には天剣は現存していない事だけは確かなんだ」

 

「なんでそれだけは分かるの?」

 

「……ソロモン王が亡くなった時、当時の天剣保持者たちがソロモン王の亡骸の前で天剣を折ったからだよ」

 

「えっ!?」

 

「昔の歴史書曰く、天剣は折れず曲がらず朽ちず欠けず滅びないと言われていた。ソロモン王という絶対の権威ある限り、天剣は祝福されている……それはつまり、ソロモン王亡き後にはただの武具に戻るという意味なんだと思う」

 

 その身に欠損を許さない武具――――それこそが天剣。ソロモン王という天に捧げられる剣。天がなくなれば、それは天剣たる資格を失う。勝利を捧げるべき絶対の王がいなくなれば、騎士が騎士たる資格を失うように。天剣の破壊はベルカ戦争という時代の終焉を意味していた。

 

「でもね、フェイト。これは裏返せば、勝利を捧げるべき相手さえいれば、天剣はその性能を発揮できるという意味でもあるんだ。事実、帝国にはまだ天剣保持者の制度が残されているしね」

 

 帝国には今も尚大騎士の家柄が残っており、その名は最強を示している。ソロモン王亡き後、天剣という最強の武具を無くしてもなお帝国が最強と呼ばれる所以である。多くの世界に携わる管理局ですら、帝国には関わろうとはしない。それは関わろうとすら思わせない絶対の軍事力を持っている証でもあった。

 

「フェイト、これは忠告だけどね。帝国の問題には関わらない方が良いよ。下手をすれば、虎の尾を踏む程度では済まなくなってしまうからね」

 

「……うん、分かった。ありがとう、ユーノ」

 

「気にしないで。寧ろこの程度しか協力できないことに申し訳なさすらあるんだから。でも、急にどうしたの?」

 

「ちょっと今関わっている案件に出てきたんだけど、どこを調べても出てこなくて。私は帝国に行ったことないんだけど、ユーノは行ったことあるの?」

 

「僕もないよ。1族の中に1人だけ行ったことがある人はいたけど……随分前の事だからね。あんまり情報としては役に立たないと思うよ」

 

「そっか……私は帝国の貿易商の人と1回だけ喋った事があるぐらいなんだ。それでも、ソロモン王に対する敬意みたいなものが凄かったんだ。どうしてか知ってる?」

 

「う~んっとね。それはあの国の宗教が関係しているんだと思うよ。あそこはソロモン王を神様として仰いでいるんだ。地球でいう所の現人神って言うのかな?ともかく、それ以外の宗教がないから、熱心な信者が多いんだと思うよ」

 

 ソロモン王を教祖、というよりは神として崇めている。それはあまりにも大きな意味を持っている。聖王教会ですら、聖王を崇めていても神様のように扱っている訳ではない。平和を齎した偉大なる王として扱っているだけで、決して神様ではない。だが、ソロモン王は現代の技術を支える魔導の王。神様として扱われるには十分な経歴を持っている。

 

「ソロモン王に扱えない魔法はない。だからこそ、信仰される対象としては最上の存在なんだと思うよ。ミッドチルダにだって魔導王に祈願する人がいない訳じゃないからね。そういう意味で、ソロモン王は多くの魔導士にとっては羨望の対象だったんだよ」

 

 力は人を見る上で大きなファクターとなり得る。それが大きければ大きい程に、人の心を魅了する。強大な力を持つ存在は、それだけ周囲を揺り動かす力を持っているからだ。フェイトとユーノの知り合いである人々がそうであるように。外見と同じように、その身に宿す強大な力は人を歪めていく。そしてその歪みが、大勢の人を巻き込む渦となる。

 

「でもね、正直な話僕は怖いと思ったよ」

 

「え?」

 

「だって、なのはもはやてもこう言うのはどうかと思うけど……真っ当な生活を送ってない。なのはは一家離散の危機に見舞われたし、はやては両親を亡くした上に闇の書の生贄になりかけた。まるで強大な力を持つためなら、それに相応しい試練を受けなければならないとでも言うかのように」

 

「それは……言い過ぎなんじゃない?」

 

「分かってるんだ。本当はただの偶然だったんじゃないかって思ってる。でも、どうしてもそう思えてしまうんだ。なのはもはやてもフェイトも……英雄となるために犠牲になる道を選ばされているような、そんな気がしてならないんだ」

 

 力を手に入れるために、より華々しく高貴な存在となるために。傷つき、もがき、抗うように戦わせている。ユーノにはどうしてもそう思えて仕方がなかった。そう思えてしまうほどに、彼女たちは傷ついている。この現実をどうにかしようともがき、抗っている。そのあり様がまるで仕組まれているかのように思えてしまうのだ。

 もし、本当にそうであったとしたら。ソロモン王という存在はどうなる?彼こそまさしく古代ベルカという時代において、戦いの権化と称すべき相手だ。そして、戦いのあるところには輝かしい経歴を持った英雄が現れる。彼らは多くの存在を巻き込みながらその力を振るっていく。運命に轢殺された亡骸を山のように積み上げながら、彼らは戦い続けるのだ。

 

「ソロモン王の伝説は僕も知ってる。彼らが最後に残した言葉も……だからこそ、僕は思うんだ。ソロモン王がこの世に蘇れば、きっと酷い事になる。伝説は伝説のまま、眠らせた方が良いんだよ」

 

「……ユーノ?」

 

 フェイトはユーノの様子がどうにもおかしいと思わざるを得なかった。元々優しい青年である事は知っていたし、賢い上に鋭いからひょっとしたらこちらの気にしている内容に気付かれるかもしれないと思っていた。しかし、それにしてはおかしい。まるで何かに怯えているかのような姿に、フェイトは眉を顰めざるを得なかった。

 

「……ごめん、フェイト。どうにも疲れているからかな?なんだか嫌な考えばかりが湧いてしまうんだ。そろそろ休暇を貰った方が良いのかもしれないね」

 

「そうだよ。ユーノは頑張り屋さんだから働きすぎなんだよ。もし、ユーノの思った通りだったとしても、私もなのはもはやても平気だよ。だって、守りたい人たちがいる。私たちの事を支えてくれる人がいる。だから、そんな事にはならないよ」

 

「そうだね。確かにフェイトの言う通りだと思う。でも、働きすぎは君には言われたくないかな?前にクロノと飲みに行った時に言ってたよ。フェイトが全然休みを取らずに働いているって。リンディさんたちも心配してるらしいし、偶には実家に帰った方が良いんじゃない?」

 

「うっ……今の仕事が落ち着いたらね」

 

「またそんな事言って。どんな仕事をしているのかは知らないけど、すごく時間がかかる奴じゃないの?適当な理由を見つけて休みを取らないと大変だよ?」

 

「それを言ったらユーノだってそうじゃないの?無限書庫って仕事が凄く多いから、全然休みを取ってないって受付の人が言ってたよ。ユーノの方がよっぽどワーカーホリックだよ」

 

「……そう思うなら、クロノから送られてくる資料請求をどうにかしてくれないかな?僕が忙しい理由の半分ぐらいはソレだから」

 

「えっと……なんかゴメンね?クロノには私からも言っておく」

 

「お願いするよ……」

 

 暗い表情をするユーノに苦笑を浮かべるしかないフェイト。先ほどまでのユーノの様子に疑問は浮かんだものの、普段のユーノらしい表情を見てからは突っ込む気にもならなかった。



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過去の一幕

思いつきで書かれた話ですが、面白ければ幸いです。


 王の器とその選定者。それは古代ベルカ時代よりも以前から存在したシステム。選定者が当代最高と思しき人物を選定、或いは生み出す事で世界を変える王をこの世に降誕させる。新世界の王は旧世界の王を喰い破り、王となる事でこの世に降誕する。それはまさしく卵から孵る雛のようで――――

 

「なんだ……なんなのだ、貴様は!」

 

 されど生まれる者は惰弱な雛にあらず。旧き物とは言えども、一つの世界を滅ぼす者である。総てをその無双の咢で喰らい尽くす者。その威容をあえて言葉で語るとするならば、神話に語られる龍が如く。同格の英雄でもない限り、誰もその肉を切り裂く事すら叶わない。

 

「なんだ、とは随分な言い方だ……とは言うまい。誰であろうと俺のような存在を見れば、そのような感想を抱くのは至極当然のことだろうからな」

 

 そう語る男の周りは美しい朱色で染まっていた。誰もがその美しさに、男の持つ力と威容に動く事すら叶わなかった。何人かは呼吸すら忘れ、その光景を見つめていた。まるで、新世界の誕生をその目に映しているかのように、その瞬間を見逃すまいとしているかのように。

 

「あぁ、しかし、名も名乗らないというのは少々不義理に尽きるという物だろうな。故、名乗らせてもらおう。

初めまして、旧世界の王。俺の名はソロモン。ソロモン・アクィナスだ。選定者に選ばれた、この世界を変える運命を持つ者だ」

 

「なっ……ふざけているのか、貴様は!旧世界の王だと!?選定者に選ばれた程度で神様気分か!?この我を舐めるのも大概にしておけよ、若造が!」

 

「ハハハッ。そうだな。それぐらい息が良くなければ、こちらとしても食いでがないという物。その点だけは評価させてもらおう。まぁ……結局、俺がやる事は変わりないのだが」

 

 空間が歪む。ソロモンから放たれる魔力に空間が耐え切れず、まるでガラスを割ろうとしているかのように空間を歪ませる。これがソロモンの全力ではなく、恣意的な行動でしかないという事がソロモンと他の者たちの間にある絶対的な差だった。選定者に選ばれた最高の王の器――――新世界を統べる王。

 

「ニェル・カウスティ・オルフェ・ヴェイン・グルドーン王。あなたは何故、この戦乱において名を挙げようとしない?」

 

「……なに?」

 

「今の時代は名を挙げる絶好の機会だろう。誰しもが己の欲を満たそうと争っている。この場にいる者たちもそうだ。民に重税を課し、己たちは悠々自適な生活を行っている。他の諸王にしてもそうだ。この広大なるベルカを統一せんと動いている。だが、貴様はどうだ?今の生活を守ろうとしているではないか」

 

「……それがどうした。今の生活を守ろうとする事の何が悪いという!人であれば至極当然の、当たり前の事ではないか!」

 

「無論、それはその通りだ。しかし、それは王の役割ではない。王の役割は民を栄えさせ、国を栄えさせる事だ。現状を維持させる事ではない。周りの国々を見渡してみればいい。ほぼ総ての国家が戦争に備えて準備している。何もせずにいるのはこの国ぐらいだ。おかげでスパイは入り放題……国が荒れるのも当然だな」

 

「貴様……!」

 

「貴様の治世は今日を持って終わりだ、グルドーン王。心配せずとも、最低限の生活は保障してやる。少なくとも死にはすまい。愚鈍であったとしても、貴様も王であったのだ。その程度の敬意は払ってやろう」

 

「この我を……侮るなぁぁぁぁぁッ!」

 

 グルドーンが立ち上がる。傍に立っていた兵士から剣を奪いとり、ソロモンとの距離を詰める。その動きはとても滑らかな物であり、相当な鍛練を積んでいる事が窺えた。騎士として活躍できる程度には、グルドーンは強かった。しかし――――ソロモンからすればその程度でしかなかった。

 

「起きろ、■■■■■」

 

 ソロモンの声に反応したかのように右人差し指にある指輪に大量の魔力が注がれていく。すると、ソロモンの背後に巨大な魔法陣が現れた。その魔法陣から荒々しい外見の龍が現れた。謁見場の天井まで届く背、そしてその身から放たれる威圧感は見た事がなくとも龍と同じ物だと分かった。

 

「ふむ……しかし、少々手狭だな。吹き飛ばせ、■■■■■」

 

 ソロモンが指を鳴らすと同時に龍が咆哮する。それと同時に謁見場から上の部分が木っ端微塵に砕け散り、その咆哮と同時に曇天の空が切り裂かれたかのように晴れていく。それはまるで世界がソロモンが王となる事を祝福しているようで――――その場にいたグルドーンを除く総ての存在がソロモンを王として認めた瞬間だった。

 ソロモンも■■■■■を退かせ、足を進める。腰を抜かして倒れ込んでいるグルドーンを無視し、玉座に着いた。騒ごうとしたグルドーンも周りの兵士に気絶させられ、牢に放り込まれた。そんな無様な姿をさらすグルドーンを無視し、ソロモン王は再び人差し指を鳴らした。すると、まるで時間が戻っていくように壊れた城が完璧に復元された。それはまるで神の御業の様であった。

 

「……これよりこの俺が、ソロモン・アクィナスがこの国の、この世界の王となる。それに不満がある者、認められない者は出てくるが良い!ベルカの掟に習い、力によってこの俺を屈服させてみよ!それができないと言うのならば、この俺に従え!」

 

「いいえ、アクィナス……いえ、我らが新しき王たるソロモン王よ。私共は貴方様に絶対の忠義を誓います。あなたこそ、このベルカという世界を統べるに値する御方であると認識いたしました」

 

「ほう……名乗れ。この俺に絶対の忠義を誓うと言ってのけた酔狂者よ。俺はつい先程まで王だった者から権力を簒奪し、この席に着いた。そんな俺に絶対の忠義を、だと?貴様は易々と王を変える尻軽か?」

 

「……そう仰られても仕方なき事かと存じ上げます。私は元筆頭騎士クリスフォード・エトランゼ・アルメニウスと申します。王よ、私は王の力を眼にいたしました。その瞬間に理解したのです。あなたこそが、ベルカを統べる王だと。私はあなたの覇道を共に歩きたいと思いました。どうか、この身をその一助にしていただきたいのです」

 

「騎士として生まれた以上、貴様の役割とは王を守る事ではないのか?」

 

「確かに。それは王の言う通りでございましょう。されど、私は騎士であると同時に一人の男でございます。男であるのならば、頂点という座に憧れるの至極当然の事。自分がそこには至れずとも、その場に至る御方の一助となれるのならば、それは本望という物でございます」

 

「……言うじゃないか。ならばその力、戦場にて示してみせるが良い。もはや、この国は他国からすれば絶好の獲物だ。近日中に戦争を起こされたとしても、なんらおかしくはない。それを防ぐ責務が貴様にはあるはずだ。なに、心配する必要はない。俺がお前たちを勝利に導いてやろう」

 

 その瞬間をその場にいた者たちは生涯忘れる事はなかった。ソロモン・アクィナスの――――ソロモン王の戴冠は帝国が生まれるターニングポイントであったからだ。その後、周辺の国家を征服した上で惑星一つを制覇したソロモンはベルカ戦役に堂々と参戦した。

 諸王乱立時代とも言われた古代ベルカ時代において、ソロモンは次々と国家を屈服させた。しかし、その国を治めていた王を無碍に扱う事はなかった。それ故に反乱を起こす国はほとんどなかった。政治体制によってはその別ではなかったとはいえ、ソロモン王に金や権力といった物に対する興味が一切なかったからこその判断だった。

 

 彼は、ソロモン・アクィナスは贅沢な生活をしたかった訳ではない。多くの人間を屈服させる事ができるような権力が欲しかった訳ではない。彼はただ、一度きりの人生で名を挙げる事もなく死んでしまう事が嫌だっただけだ。歴史に名を刻むとまではいかなくとも、せめて名もない大衆では終わりたくなかっただけだ。ソロモンという一人の人間は選定者に選ばれるまで、そんな小さい事しか考えていなかったのだ。

 

「……懐かしい夢だ。戴冠したての頃とはな。確かに、あんな感じだったな。いや、本当に懐かしい」

 

 気付くと、ソロモンは様々な絵画が飾られている美術館のような場所に訪れていた。その絵画は映像資料の様に見ていると勝手に動き始めていく。他にある絵画も自分の記憶にある場面を切り取ったような絵ばかりだった。即ち、ここはソロモンの記憶の保管所、といった所だろう。

 

 ソロモンにとって、若かりし頃の自分を見つめると言うのは心情的に来るものがある。大人にとって子供の頃にした事を見つめ直すというのが心に来るのと同じ理屈だ。今のソロモンにかつて自分が抱いていたような感情は一切として残っていない。それは実際に歴史に名を残したからではない。自分の思っていたことが杞憂であると分かったからだ。

 たとえ歴史に名を残せずとも。そこにいたという証は確かにそこにあるのだ。いつか時の流れによって消え去ってしまうとしても、いつか誰の記憶にも残らぬ日が来たとしても。自分はそこにいたのだと、少なくとも自分が覚えていられたのなら。それだけで良いのだと、ソロモンは思う事ができる。だからこそ、そんな衝動は今のソロモンの中にはない。

 

「あの頃は怖かった。父も母もおらず、天涯孤独の身として暮らしていた。だからこそ、名を残したかった。そういう意味で言えば、ジェイルとの出会いは寧ろ運命であったのかもしれんな」

 

 その昔、ジェイルとソロモンは出会った。ソロモンが様々な国を放浪し、最も名を挙げやすい国がどこか探しまわっていた。商才などを持ち合わせていたため、様々な国を渡り歩く事に不便はなかった。だからこそ、本来は帝国の以前に存在した王国も適当にやり過ごすつもりだった。武具を扱う技量には困っていなかったが故に、盗賊などが襲ってきても適当に追い返していた。

 ジェイルと会ったのもそういう時だった。偶々自分の道の先で盗賊に襲われかけていたジェイルを助けた。ソロモンからすれば、偶に行っている程度のお節介でしかない。ジェイルもこの時は純粋にお礼を言っただけだ。礼代わりに奢るから街で食事をしないか……と誘おうとした。

 

「急に眼をキラキラと輝かせ始めていたな。なんだ、こいつは唐突に気持ちの悪い、と思った物だ。実際、あの顔は今でも正直気持ちが悪いと思う……」

 

 心底気持ち悪そうな表情を浮かべながら、別の絵画に足を運び始めた。ソロモンの人生には様々な事があった。聖王との戦いだけに納まらず、ソロモンは様々な王と戦った。その上で自らの支配下に置いた王も手ずから殺した王もいた。思惑が交錯した事で生まれた争いもあった。

 

「思えば遠くに来たものだ……ただの一介の商人が今では歴史に名高い魔王様だ。まったくどうなるかは分からない物だ。多くの人と物を見てきた。そんな俺がまた現世に現れるとは……これもまた、お前の策略なのかな?■■■」

 

 ソロモンが振り返ると、その先には一人の男性が立っていた。ソロモンが凛々しい男性だとすれば、目の前に立っている男性は優しげな雰囲気をしていた。ソロモンと目の前に立っている人物には似通っている部分がまったくなかった。けれど、二人はどことなく同じような雰囲気を漂わせていた。

 

「そうではないさ。本来、消える運命(・・・・・)にあった私が何を間違えたか君の中に入った。理由は……私の方が訊きたいぐらいさ。君と私はこんなにも違うのに……どうして私は此処にいるのかという事をね」

 

「そんな事まで俺が知っている訳がないだろうに。ただ……俺たちは同じだ(・・・・・・・)。自分の人生にそれなりに満足している。いや、お前はそうでもなかったか?だが、それでも、託す相手を見つけることはできただろう?」

 

「うん、そうだね。彼になら、最後まで託すことが出来た。僕は何の力にもなれなかったけれど……彼の人生が幸多き物である事を願っているよ」

 

「ならば、良いじゃないか。俺もお前も最早どうにもできない場所まで来ている。今は新たに生まれた時間を楽しむとしよう。いつか……俺が総ての指輪を取り戻した時にはまた語り合おう」

 

「……私の事を思っていっているのなら、それは不要だ。私と君はどこまでも行っても違う人間だ。こうして私がここにいる事がそもそも不自然な状態なんだ。君が消えろと言うのなら、私は消えるだけだよ」

 

「馬鹿か。どうして此処にいるのか分からない奴が、消える方法なんて分かる訳ないだろう。それに、そんな理由じゃないさ。ただ、俺がお前と酒でも飲み交わしながら語り合いたいと思っただけだ。それでは、不服かな?」

 

 ソロモンの口振りに■■■は少しの間呆然としていたが、すぐに笑い始めた。しかし、ソロモンはそれを怒りはしなかった。ソロモンも■■■もお互いの事を分かっている。魂レベルで互いを理解し合い、けれどそうではない一人の人間として向き合いたいと願っている。

 ふとソロモンが上に視線を向けると、何かが崩れるような音を立てながら上から光が差してきた。その光景はつまり、時間切れという意味だった。泡沫の時の終わりを理解し、ソロモンはため息を吐いた。こんな風に互いが互いを認知した状態で話せる機会は滅多にない。それ故に惜しいと言わざるを得なかったが……■■■は微笑を浮かべながら、口を開いた。

 

「……分かったよ。またいつか、君が総ての力を取り戻した時に語り合おう。その時には話してあげるよ。僕が見続けた彼の、――――の物語をね」

 

「ああ、是非とも聞かせてくれ。それでは、またいつか」

 

「……うん。またいつか」

 

 そうして一夜の幻想は崩れ去る。彼らが対面していた証拠など、どこにも残りはしない。誰の記憶にも残っていない。それでも、彼らだけは覚えている。いつか、共に酒を飲み交わしながら話をする約束をした相手がいる事を。その為に必要な事をしようと思っている事を。

 

――――たとえ、それが終わりを迎えた幻想だとしても。彼らは決して諦めない。だって、彼らはそれを一人の男から学んだのだから。



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正義とは

 ソロモンが目を覚ましてから数日、相変わらずジェイルの許で暇を潰していた。膨大な魔力と魔眼によるソロモンの知覚範囲はほぼ無限に近い。あるのならば、ソロモン王は総てを見渡す事ができる。どこであろうと、ソロモンにとっては関係ないのだから。

 

「それにしても、現代も中々物騒な輩の多い事だ。戦人は消え、無法者が増えた。些末な事ではあるがな」

 

 ソロモンは自室で外の世界の様子を見ていた。そして目の前にあるパンを口にしながらため息を吐く。遥か昔を知っている身としては、今の世界はあまりにも酷すぎた。食事を持ってきたウーノはそんなソロモンの様子を見ながら、声をかけた。

 

「ソロモン王のお気には召しませんでしたか?」

 

「そんな事はないとも。我が……いや、帝国の臣民たちは変わらず穏やかな毎日を過ごしている。俺のなし得なかった事を、我が後継たちが果たしたと言うのなら否やはないさ。そうでなくとも、俺には関わりのない場所で起こっている事に一々怒るほど俺は正義漢ではない」

 

「王は……今生で何かしたい事でもあられるのですか?」

 

「うん?」

 

「絶対にして無双なる王。世界の果てを見た王。この世の総てを知り尽くした賢者と称されるあなたは、この世界に何を求められるのですか?」

 

「……初めて見た時はそうでもないと思ったが、どうも俺の眼は節穴だったらしいな。確かに、貴様はジェイルの血縁だ。そんな事を態々訊いて、俺の怒りを買う事になるとは思わなかったのか?」

 

「思いません。少なくとも賢者とまで呼ばれるほど聡明な方が、この程度の質問でお怒りになられるとは思いませんから」

 

「賢者と暴君は別物ではない。総てを知る者が暴君にならない訳ではない。総てを知るという事は、貴様が思っているよりもずっと持ち主を荒れさせる。何せそれ以上、賢者が知る事のできる事はなくなってしまうのだからな。しかし、俺のやりたい事か……少なくとも今はないな」

 

 ソロモンにとって、現代は楽しい物ではあるが興味をそそられる訳ではない。娯楽は昔よりもずっと増えた。文化が発展した事でより良い生活を人々に提供できるようになった。恩恵は多く、今を生きる人々を幸せにした。だが、その為に生まれてしまった堕落がソロモンにとっては度し難い。

 その昔、ソロモンが王と呼ばれていた事は足りない物があまりにも多かった。誰しもが各々の役割を担い、不要な人間という存在はいなかった。分かりやすく言えば、持て余している人間などいなかったのだ。誰しもが何かしらの形で国に貢献してきたのだ。何かしらの形で貢献する事ができたのだ。

 

「俺は最早王ではない。誰かを導く必要などどこにもない。そんな俺がしたい事など何もないさ。逆に訊くが、お前は何かしたい事でもあるのか?」

 

「……いいえ、私には特に。ただ、妹たちが幸せであれば良いと私は思います」

 

「自身の幸せよりも他者の幸せを願う、か……今の時代では珍しい考え方なのかもしれんな。しかし、それで良いんだろう。多くの人間がいるのだ。そういう人間がいても良いだろう」

 

「……王はご自分の子孫に会いたいとは思われないのですか?」

 

「うん?」

 

「御身は古代ベルカにおいて最強と謳われた王です。敬い掲げるべき王でございます。そして今、御身の子孫たちがこの世にはございます。その者たちに会いたいとは思われないのですか?」

 

「ないな」

 

「それは何故?」

 

「今代のデストラクターにも言ったがな。俺はソロモンであって、ソロモン・アクィナスではない。ならば、あの者たちと俺は無関係だ。俺が残した血統、その末裔たち。だが、そんな肩書に何の意味がある?富も名誉も栄光も俺には不要な物だ。今の俺が欲している物があるとすれば、それは自由だろうさ」

 

「自由、ですか?」

 

「そうだ。人は何かに縛られる生き物だ。組織に、家族に、友に、仲間に、女に、子供に……何かの縁がなければ人は生きていけない。だが、既に死人である俺にはそんな物はない。精々、流れるまま気の向くままに進んでいくだけの事さ」

 

「……羨ましい事ですね」

 

「羨ましい?俺がか?」

 

「ええ。あなたは凡そ、この世界に生きる総ての人間が求める物を持っておられる。魔王としての名声、帝国の初代王故の富、そして選定者に選ばれたが故の力……生きていれば欲しいと思えるだけの物を持っているし、用意する事ができる。そんなあなたが、何もいらないと仰る。その事が羨ましいのです」

 

「違うな。お前はそんな物が羨ましいと思っているのではない」

 

「何を……!?」

 

 ソロモンは顔を後ろにいるウーノに向けた。その瞳は燦爛と輝く水面の色をしており、その神秘さにウーノは言葉を失った。ソロモン王という存在が文献では測れない存在であるという事も理解できなかった。だが、ソロモンの言う事を理解はしきれていなかった。

 

「お前は富や名声が欲しい訳じゃない。ただ、管理局に縛られる現状が嫌なだけだろう?まぁ、あの連中がやっている事のせいで自分も妹も犯罪者にされてしまっている訳だからな。自作自演にも程があるだろうが、連中はこれで正義を保てていると思っているのだから笑えてくる」

 

「では、どうすれば良いのですか?」

 

「さあな。俺に頼れば極点攻撃で連中を抹殺する事など容易い。だが、それが正しい事なのかどうかは今の俺には分からん。昔であれば、王である俺のする事なのだからそれが正義だ、と言い張れたんだがな。今の俺は王ではない。そんな事を堂々と宣う事はできんよ」

 

 国にとって、王という存在こそが絶対の正義だ。特にソロモン王は周辺国を併合した上で世界の覇権にその身を投じて勝利してきた王だ。戦乱の世において、基本的に勝者の行う事は正義である。だからこそ、ソロモンも自分の政策に対して一々悩むような事はしなかった。臣下たちもソロモン王の行う事に間違いはないと信じきっていた。正義とか悪とか、そういう次元の話ではなくなっていたのだ。

 

「正義と勝利は不可分な物だ。分かるか?勝利するからこそ正義なのだ。正義を謳うなら勝たなければならない。勝てなければそれはただの戯言だ。たとえそれがどれだけ人の倫理や道徳から外れていようと、勝てなければ何の意味もない。何の価値もない。敗者の言葉には善悪を語る価値すらないのだ」

 

 勝者こそが絶対。正義か悪かを語れるのは戦う前か、勝者にのみ許される。敗者の言葉など、誰の心にも響きはしない。強者でもなく、弱者でもなく、勝者にのみ許された特権なのだ。正義という言葉は。だからこそ、その言葉には価値があり、その大義には人の心が揺り動かされるのだ。

 

「では、私たちはどうすれば良いと言うのですか!勝つ事など望むべくもない我々は、一体どうすれば……」

 

「単純だ。勝てるようにすれば良い。戦力を集め、管理局どもをひねり潰すほどの力を求めれば良い。その為なら何をしても構わんのだ。勝てば官軍負ければ賊軍なる言葉があるそうだが、まさしくそれだ。勝利するための行動ならば、いかなる事をしても許される。実際、連中はそうしているだろう?」

 

 ソロモンにも使用された技術を用い、クローン体を生み出した上で局員に救助させる事で戦力としている。犯罪者を捕らえ、贖罪と称して戦力としている。どちらも違いはあれど、結局は誰かを自分たちの戦力としている事には変わりがない。他人から見れば、正義などどこにもない。それどころか、下種の極みとすら言えるだろう。

 しかし、彼らからすればそれが正義なのだ。そしてそれをソロモンは否定しない。何故なら、彼らは勝者だから。世界に自分の正義を唱える資格があるのだから。そんな相手を態々否定しようと思うほど、ソロモンは酔狂ではない。

 

「裏切りは不名誉な事だが、調略は立派な作戦だ。この二つの違いが分かるか?勝ったか、そうでないかだ。やっている事はどちらも同じだ。正攻法どころか汚い手を使っている。だが、勝てばそれが正義なのだ。聖王のゆりかごとて同じ事だ。勝てば、それが正義となるのだ。まぁ、俺には勝てなかったがな!」

 

 ソロモンだけはこの世で唯一、絶対の正義として君臨できる。何故なら、彼は負けなかったのだ。その生涯の中で、彼はいかなる存在にも敗れる事はなかった。使えば世界を一つ壊す事ができるという禁忌兵器(フェアレータ)にも、聖王家の絶対の切り札とされた聖王のゆりかごにも、残された覇王を始めとした諸王にも。管理局の最高評議会も彼に勝つ事は叶わなかった。

 勝者こそが絶対という理念に従えば、ソロモンこそが絶対の存在だ。事実、帝国においてはソロモンという存在は絶対の存在として扱われている。彼らはソロモンが一声かければ、ソロモンの戦力となるために馳せ参じるだろう。それは今ソロモンたちの許に集っている天剣保持者や魔導騎士を見ればよく分かる。

 

「俺は確かに世界から見れば絶対の勝者だ。だからこそ(・・・・・)、好きにするのだよ。今の俺に支配など興味がない。また新しく国を作るなど面倒くさいしな。今生の俺の在り方は、これから世界を見ながら考えていくだけだからな」

 

 勝者として、ソロモンは己の正義を行使しない道を選んだ。王であったソロモン・アクィナスではなく、ただの一個人であるソロモンとして生きていく。それこそが、ソロモンの選んだ決断である。その道を阻む事はどこの誰であろうとも許されない。

 

「殿下……」

 

「勝つ事を願うのなら、躊躇ってはいけない。迷ってはいけない。自らの自由を謳いたいのなら、まずはその籠から出なければ話にならん。抗い、拒み、打ち克て。さすれば、道はおのずと開かれるであろうよ」

 

 そう言うと、ソロモンは立ち上がった。食事は綺麗に片付けられており、ウーノは何時のまにと思った。実際、いつ食事を終えたのかウーノには分からなかった。実際は音もたてずにソロモンが一切会話の邪魔とならないように食べていただけなのだが。

 

「悩めよ、若人。家族のために抗おうとするお前は正しい。だが、その為に必要な力がお前にはない。であれば、どうするべきか……家族と相談しながら探していくが良い。お前の時間はまだまだあるのだからな」

 

「……はい。ありがとうございます、殿下」

 

「ハハハッ、止せ止せ。年寄りのお節介という奴だからな。礼など不要だ。お前が自分の望む道を進めるように願っているよ」

 

 そう告げると、ソロモンは傍に置いてあった通帳とカードを取り出した。それは限度無制限のブラックカードであり、その昔ジェイルが思いつきで作り上げた物である。他にも似たようなカードが何枚もあり、その内の一枚をソロモンは保有していた。しかし、この基地にいる間はほぼ無用の長物だった。

 

「それではちょっと出かけてくるから、騎士どもとジェイルにうまい言い訳を考えておいてくれ」

 

「なっ、ちょっと殿下!?」

 

「任せたぞー」

 

 そんな間の抜けた声と共に、ソロモンの姿が消えた。人間とは常軌を逸するほどの魔力量を保有するソロモンだが、その技量は決して並の術者とは隔絶した領域に立っている。まるでその存在が夢か幻であったかのようにソロモンの姿は消えていた。一切の魔力残滓を残さず、魔法に使う魔力を制御してみせたのだ。

 

「……殿下、恨みますからね」

 

 しかし、ウーノにとってそんな事はどうでもよく。外から聞こえてくる足音に対してどう言い訳をしたら良い物か考え込むのだった。



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ソロモンと少女たち

 ウーノにその場を任せたソロモンは管理局本部のある地、ミッドチルダに来ていた。その目的はカードの使い方を知ったので、一度豪遊をしてみたいと思っただけである。その昔、王であった頃にはそんな贅沢をした事がなかったからである。

 王と呼ばれる存在であるなら、それなりに豪奢な生活を送れる物と思うかもしれない。しかし、ソロモンはベルカ戦役時代の王。戦争に勝つ事こそが重要で、金があるなら軍事部門につぎ込むのがその時代における当然の行動だった。それはソロモン自身も例外ではなかった。たとえ、ソロモンがどれだけ有能であったとしても、他の者たちまでそうである訳ではない。だからこそ、軍備を整えておくのは寧ろ当然だった。

 

「ふむ、しかし、流石に数百年も過ぎるといろんな物があるな。金はもう下ろしたが、まずは何から行くべきか」

 

 道を歩きながら考え込んでいるソロモンは田舎から出てきた少年の様に周囲を見渡していた。おのぼりさんという表現が正しいソロモンだったが、周囲の人々はソロモンの姿に見惚れていた。田舎から出てきた少年のようでありながら、ソロモンの行動の一つ一つに所作があるのもそうだが、何よりもソロモンの姿が美しかったからだ。

 肩まである美しい黒髪と眼鼻の形が整った少年。まるで絵画の中から飛び出してきたかのような姿に、男女問わずに見とれる者は多かった。その奥底にある圧倒的な力に気付く事はなかったが、それでもネットにその姿は瞬く間に広がっていく事となった。

 

「あの~」

 

「うん?」

 

 結局、どこへ行くでもなくただ道を歩いているだけだったソロモンは道の端に立ってジェイルからかっぱらってきた端末を弄り始めた。使い方は分かっていたが、どうもピンとくる物がなかったので書いては消すのを繰り返していた。そんなソロモンに青色の髪の少女が話しかけてきた。

 

「大丈夫?さっきからずっと何か考え込んでたみたいだけど」

 

「おや、これは申し訳ないな。なに、ここに来たのが初めてだったのでな。どこから行ったらいい物かと考えていたんだよ。もしよければ、お薦めの場所を教えてくれないかな?」

 

「私のおすすめ?う~ん、そうだなぁ。やっぱりアイスかな!」

 

「アイスというと……あの冷たい氷菓子だったか?思えばそういう物は食べた事はなかったな」

 

「えぇっ!?アイスを食べた事ないの?そんなの人生の半分は損してるよ!」

 

「おぉ、そこまで言うほど美味いのか?そのアイスというのは」

 

「もちろん!そうだ、これからティア……友達と一緒にアイスを食べに行くんだけど、君もどう?」

 

「それは願ったり叶ったりという奴だが……良いのか?友達と一緒に遊びに来ているのでは?」

 

「それはそうなんだけどね?でも、困っている人を置いていくなんてするべきじゃないと思うから!これでも将来は管理局員になるんだから、困っている人を助けるのは当然だよ」

 

「……なるほど。では、世話になるとしようか」

 

 ソロモンとしては少女のような存在は予想外だった。完全な善意で行動する人間という物は、王となって以来久しく会っていなかったからだ。古代ベルカ戦役とは、即ち人の巨大な欲望がぶつかり合っていた時代。そんな時代に生きていたソロモンに人の善意は信じるに値しない物でしかなかった。

 しかし、目の前の少女は完全に善意で行動している。それはソロモンに時代の変化と同時に人の当たり前とも言えるあり方を感じさせた。王であった頃、そしてこの時代に生まれ出でてからずっと感じる事のなかった物を、ソロモンは感じていた。それはソロモンに懐かしさと遠い場所に来たのだという事を感じさせていた。

 

 青髪の少女はオレンジ色の気の強そうな少女を連れてきた。その少女はソロモンを胡散臭そうに見ており、青髪の少女はそれに対してソロモンに謝っていた。ソロモン自身は一切気にしていないので、別に構わないと言った。ソロモンが迷惑をかける側なのだから、こういうリアクションをされるのは寧ろ当然だと思った。そもそも、王であった頃にはもっと凄い視線を向けられた事があるので、その程度は気にするまでもない。

 

「ねぇ、ティア。ちょっと落ち着いてよ~」

 

「良い?馬鹿スバル。休みの日に一緒に出掛けるのは良いわ。丁度私も買いたい物があったしね。でもね、私を置いてけぼりにした挙句に見知らぬ人と一緒に行動する事になった、なんて急に言われた私の身にもなりなさい。事態が急展開過ぎて意味が分からなかったわよ……さっきは不躾な視線を向けてごめんなさい」

 

「いやいや、お気になさらず。こちらがそちらの好意に甘えている身の上である以上、寧ろ先ほどの対応は自然であると言うべきだろう。そうやって謝る事ができるだけ、あなたは素晴らしい人間だ。世の中にはもっと酷い視線を向けた挙句、こちらを侮辱してくる人間もいるからな」

 

「……あんまりそういう人とは比較されたくないんだけど」

 

「これまた失礼。ともかく、気にする事はないという事さ。この話はここまでにしよう。これ以上謝り合いをしていても、不毛という物だからな」

 

「……そうね。申し遅れたけど、私はティアナ・ランスター。それで、こっちの青い馬鹿がスバル・ナカジマって言うの。よろしくね」

 

「これは親切にどうも。俺は……ソーン。ソーン・アレクシスだ。よろしく頼むよ、ランスター嬢。ナカジマ嬢」

 

「ティアナで良いわよ。名字で呼ばれるのは慣れてないからね」

 

「私もスバルで良いよ!」

 

「そうか。では、ティアナにスバル。よろしく」

 

 ソロモン――――ソーンは二人の先導の元、アイス屋に案内された。ソロモンが思っていた以上の種類に味があり、目新しい物が多かった。昔の氷菓子は氷を雪のように砕き、その上に果物のソースをかけるのが最大の贅沢とも言えた。しかし、目の前にある物はそれよりもよほど贅沢な代物に見え、ソロモンは目に見えて興奮していた。いくら世界を見渡す千里眼を持っているとはいえ、食べ物の味は分からないのだから。

 

「ティアナ、これはどれがオススメなんだ?」

 

「そうねぇ……最初なんだし、バニラで良いんじゃない?と言っても、その様子じゃどれがどういう味かも分からないでしょうし、好きにすれば良いんじゃないかしら?冒険するもしないもソーンの自由だからね」

 

「そうか……じゃあ、ティアナがオススメするバニラとやらを戴くとしよう。そうだ。折角だし、ここは俺が奢ろう。せめてものお礼、という奴だ」

 

「え?良いわよ、そんな事しなくても。自分の分くらい自分で払うわよ」

 

「いや、ここはお礼として受け取っておいてくれ。ほんの細やかな男のプライドだから、気にしないでくれ」

 

「……そこまで言われちゃ、これ以上文句を言う訳にはいかないわね」

 

 ティアナは大人しくソーンの言う事に従った。そこでソーンは首を傾げた。先ほどからスバルが一言も喋っていないからだ。確かに、ティアナにしか喋っていなかったがまったくリアクションがなかったのでどうしたのかと思っていると、既に注文して商品を待っているようだった。早いな、と思っていると次々と載せられていくアイスに開いた口が塞がらなかった。

 それだけのアイスを注文したスバルもそうだが、そのアイスを積み重ねていく定員の技量に驚いていた。何をどうやったら10段以上のアイスを積む事が出来るのか、ソーンには分からない。ソーンでは積めたとしても精々2~3段、出来たとしても5段くらいが限界だろう。そもそも、10段も積んだらむしろ食べにくいのではないか、とすら思っていた。

 結局、ソーンはスバルの分も合わせて金を払った。10段以上積む技量はそれだけの金を払うに値すると判断したからだ。味云々ではなく、技量が素晴らしいと思っていた。アイスを食べた際に今まで食べた事のない衝撃に、ソーンは大変満足していた。少なくとも、この時代に蘇ってから一番感動した事だろう。

 

「良い時間を堪能させてもらった。さて、この後はどうした物かな」

 

「私たちは買い物に行くけど、もし暇だったらソーンもどう?ミッドチルダに来たばっかりだったなら、いろんな物を見れた方が良いんじゃない?」

 

「ふむ……俺が一緒に行っても良いのか?親しい二人だけでした方が捗るんじゃないのか?」

 

「あのね、こういうのは買う事だけが目的じゃないの。誰かと一緒にワイワイと騒げるから良いんでしょうが。欲しい物があってそれを買うだけなら、こんな馬鹿連れずに一人で行ってるわよ。そうじゃないから、意味があるんでしょ?」

 

「ふふん、こう言って毎回一緒に出掛けてくれるんだからティアって優しいよね」

 

「はぁ?そんなつもりは全然ないっての。そもそもソーンはあんたが誘ったんだから、あんたも馬鹿みたいにアイス食べてないで喋りなさいよ。っていうか、いつも思ってるけど、どうしてそんだけアイス食べて頭が痛くならない訳?おかしくない?」

 

「う~ん、そんな事言われてもなぁ……どうかしたの?ソーン」

 

「いや、気にしないでくれ。俺の周りはとある事情でこんな感じで騒いでくれる奴がいなくてな。昔はそれなりにいたんだが、今ではほぼいないと言っても良い。だから、懐かしいと思っていただけだよ。そちらが良ければ買い物には付き合おう。まぁ、女性の買い物に付き合った事はないから、無作法になるかもしれんがその辺りは勘弁してくれ」

 

「えぇ、荷物持ちとしてこき使ってくれるから、覚悟しときなさいよ」

 

「おや、怖い怖い。お手柔らかに頼むよ。何分、女性に振り回される事など早々なかったからな。体力が追い付く範囲で頼むよ」

 

 ソーンがそうして喋りながら、視線をとある建物に向けた。そこには二人の男女がソーンを見ていた。ソロモンが行方不明になり、総員でソロモンを探す事になった中で偶々ソロモンを見つける事に成功した天剣保持者のNo.6ネムルス・M・アクトヴァーンとNo.9マジェス・G・ガルムシアだった。大慌てで姿を隠していたが、バレている事を二人は理解していた。

 

「ヤバいって……アレ絶対気付いてるよ。陛下、さっきこっちの事絶対に見てたって」

 

「バレてたってしょうがないでしょ。私たちは陛下の剣であり盾なんだから、護衛をしないといけないでしょ。ここで護衛を止めたら、後で女帝どもとネフティスになんて言われるか分かったもんじゃないんだから」

 

「そりゃ、そうだけどさぁ……何でこんな遠距離で護衛しないといけないんだよ。もっと距離を縮めても良いんじゃないのか?」

 

「さっきも言ったでしょうが。陛下が折角一人で散歩をしたいって言ってるんだから、それを邪魔する訳にはいかないでしょ?なんでこんな事も分からない訳?」

 

「いや、監視されているのがバレている時点で同じじゃないか?寧ろチラチラと見られている方が陛下も落ち着かないだろ。というか、バレた理由ってお前のソレじゃねぇの?」

 

 そう言いながらマジェスはネムルスの手元にある望遠カメラに目を向けた。さっきから双眼鏡でソロモンを見ながら嬌声を挙げつつ、写真をパシャパシャと取っていた。正直、傍に居たマジェスは辟易としていた。ソロモンに二人の事がバレた理由もそれだと信じて疑わない程度には、マジェスは引いていた。

 

「何言ってるのよ!我らが王たるソロモン陛下を写真に収めない、なんてそっちの方がありえないでしょうが!今残っている写真なんて百年以上前の代物なんだから、今のうちに取っておくのは当然でしょうが!あんたの方こそ、何で撮ってないのよ!御神体その物でしょうが!」

 

「えぇ~……なんで俺が怒られてるんだよ。また後で陛下に頼んで写真撮ってもらえばいいじゃん。陛下なら頼めば応えてくださるって」

 

「馬鹿言わないで!そんなの……そんなの……私が幸せ過ぎて死んじゃうでしょうが!」

 

「……どんだけだよ」

 

 マジェスは相方の狂いっぷりに完全にドン引きしていた。その後、ネムルスがまともな状態に戻るには数分を要し、その間にソロモンは姿を消していた。そしてまた荒れた二人の事を、ティアナたちの買い物に付き合いつつ千里眼で眺めていた。ある程度眺めた後、昔とはまったく違う服装の量に驚きつつも素材の悪さに眉をひそめていた。

 工業製品である衣類を身に着けた事がないソーンは、大量生産品はどうも肌に合わなかった。王であったという事は関係なく、昔は衣類という物は基本的に手作業によって縫われていた。大量生産はどうしても手作業に劣ってしまう以上、それに慣れきっていたソーンには何となく嫌だった。

 

「……結局、何も買わなかったのね」

 

「俺は欲しい物があった訳じゃないからな。別に構わないよ」

 

「まぁ、あんたがそれで良いなら別に構わないけどね。それで、あんたはどうするの?私たちはそろそろ帰ろうと思ってるんだけど」

 

「それなら俺もぼちぼち戻るとしよう。面倒な奴らも多いからな。まったく……散歩なんだから放っておけば良いというのに」

 

「……なんだかよく分からないけど、あんたも大変なのね」

 

「生きている以上、大変な事など山のようにあるさ。その程度で腐っていては何もしようがないという物だろう。気を落とさずにいる事だ」

 

「ねぇ、ソーン君!」

 

「うん?なにかな、スバル。やり忘れた事でもあったか?」

 

「この出会いも機会だと思うし、アドレス交換しておかない?確か、端末持ってたよね」

 

「俺は別に構わないが……良いのか?」

 

「別に良いんじゃない?また機会があったら一緒に遊べば良いじゃない。どうせこういう機会でもないと、対等に相手してくれる人がいないんでしょ?」

 

「……そうか。なら、そうさせて貰おう。これが俺の端末のアドレスだから、登録しておいてくれ」

 

「ありがとう。私たちの奴はまた後で送らせてもらうね」

 

「ああ。それじゃあ、またいつか」

 

 ソーンはティアナとスバルと別れ、少し歩いた辺りで路地裏に入っていった。少し歩いて誰もいない広場に出ると、天剣保持者たちが膝をついて頭を垂れていた。ソロモンは苦々しそうな表情を浮かべて天剣保持者たちを見下ろしていた。その感情を感知した天剣保持者たちは怯えていたが、唯一トップであるクリア・M・ネフティスだけは堂々としていた。

 

「貴様らは俺の細やかな休日を邪魔するのが生き甲斐なのか?俺が談笑しているところにパシャパシャと……鬱陶しいにも程がある。そもそも、俺に護衛など必要ではない事は貴様らもよく分かっていよう」

 

「申し訳ございません。ネムルスとマジェスには後できつく言っておきますので、どうかご容赦ください。しかしながら、陛下。御身を守る事は我々にとって必要かどうかではなく、最早義務と言っても相違ないのです。たとえ御身が王ならざる存在になったとしても、その事実は変わりようがないのです」

 

「よく語るな、メタトロン。ミカエルにガブリエルにしても、俺を不快にさせるな。次に彼女らと会う時……この地を訪れる時、俺を不快にさせる事があれば貴様らの首はなくなる物と思え」

 

「……恐れながら、申し上げてもよろしいでしょうか」

 

「なんだ」

 

「あの少女たちは御身とは到底格の合わぬ存在。これ以上逢われることはオススメできません。どうかご再考を」

 

「お前が俺の行動に口を出すとは、偉くなったものだな」

 

「御身の事を考えておりますが故の行動、どうかご容赦ください。しかしながら、陛下。陛下は我らにとっての旗頭――――絶対の王であります。あのような小娘とはそもそも同じ土俵に立っておられません。どうか、御身のお立場をご理解ください」

 

「それ故だよ、メタトロン」

 

「と、申されますと?」

 

「あの者らは俺に屈する事をしなかった。知らぬ事とはいえ、下手に出る事はなかった。あくまでも対等であらんとした。そのような者、皆目見た事がない。そういう存在は貴重なのだ。分かるか、メタトロン?」

 

「……私如きに理解できるほど、御身は矮小な存在ではございません。しかしながら、対等たる存在をこそ王は欲されているという事でしょうか?」

 

「欲している訳ではない。だが、そういう存在はいる事自体が貴重だ、という話だ。護衛の件は各々で話しておけ。出る際には一人だけ直衛に着けてやるから、その時に決めておけ」

 

『はっ!了解いたしました!』

 

 ソロモンはため息交じりに腕を振り、魔法陣を展開した。その魔法陣が輝き始めると、ソロモンと天剣保持者たちはその場から姿を消したのだった。



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指輪回収・1

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 かつて築かれた栄華があった。世界を分ける大戦があった。最早誰の記憶にも残らない、凄惨な人殺しの歴史があった。行き過ぎた人の欲望が滅ぼした世界があった。生きたいと願い、どこにいるかも分からぬ神に願う善良なる民たちがいた。

 その総てをソロモンは覚えている。そういう時代に生まれたのだ、と言われればそれだけでしかない話だ。しかし、それで納得するのは些か不義理がすぎるという物だろう。最早その者達は何処にもいけず、また何処にもいないのだから。

 

 陽気に見えるから忘れているかもしれない。ソロモンという王は人を超越した存在だ。人の賢しさと愚かさと醜悪さと美麗さを知り尽くした王だ。新世界を統べる王として見出され、しかしその道を選ばなかった革命の芽だ。

 世界の変革を任されながらそれを成さず、ただそこにある世界を愛した王だ。彼は古代ベルカという時代において、最も生命という物を愛していた。有機物も無機物も関係なく、彼はただ生きているという事を祝福していた。

 

 どれほど堕落しようと、彼は愛している。超常の視点を持っていたが故に、理解されずされどそれを意にも介さなかった王の祈りはそんな些細な物だった。革命者である必要性を感じず、同時に救世主となる義務を持とうとはしなかった男────それこそが、ソロモンなのだ。

 

 さて、何故このような話をしているのか?そこから話すとしよう。始まりはとある麗らかな陽射しが指していたある日の事だった。

 

「……そろそろ限界かもしれないな」

 

 スカリエッティから貰った携帯端末を弄っていたソロモンは読んでいたネット記事を閉じながらそう言った。その言葉に反応したのは、傍でソロモンの世話係をしていたチンクと天剣たちだった。魔導騎士たちは現在、本国に戻って様々な準備をしていた。

 

「ソロモン様、私は何がまずい事をした……しましたか?」

 

「うん?いやいや、そういう意味じゃない。ここ最近、ずっと違和感を感じていたんだ。どうも俺の魔力が許容量限界まで溜まりつつあるみたいなんだ」

 

 ソロモンの魔力総量は天文学的と言ってもいい程の量だ。それは元々の魔力量もそうだが、消費された魔力を補填する魔力生産量が途轍もないことが要因となっている。本来、満タンになれば生産されない筈なのだが、ソロモンの場合は違う。

 人間が満腹状態でも甘い物を見れば、胃が容量を生み出すように。ソロモンの魔力はリンカーコアに収まりきらない魔力を肉体に保管する。それはリンカーコアの許容量では、魔力生産量に到底耐えきれないからだ。『神の権能を持つ者』とも呼ばれたソロモンの魔力は、決して伊達ではないという事だ。

 

「昔は俺の魔力を馬鹿みたいに喰らう武器に加えて、十個の指輪もあったから問題なかったんだが……今ではどれもないからな。魔力が有り余って仕方がない」

 

「それではどうなさるのですか?私ではどうする事も出来ないのですが……」

 

「う〜ん、そうだなぁ……そろそろ指輪の回収作業に入った方が良いのかもな。家の倉庫からアレらを持ってきても使い道ないし、指輪だったらあっても困らないしな」

 

「しかし、指輪の現在位置は未だ解明できていません。そんな状態で王を出すわけにはいきません」

 

 チンクとしては、ソロモンには動いて欲しくなかった。何故なら、ソロモンは動く度に面倒を起こしてくれる存在だったからだ。目覚める前は魔導騎士と天剣保持者たちによる襲撃。勝手にミッドチルダに行った時は認識していなかったとはいえ、タイプゼロセカンドと接触している。

 ドクターに恩義などあまり感じてはいないが、家族が――――妹たちが危険に見舞われてるのは勘弁願いたい。だからこそ、この人には大人しくしてほしい。それがチンクの望みだった。しかし、ソロモンは何を言っているんだ?という顔でチンクを見ていた。

 

「まだ全部は把握していないが、少なくとも一つは分かっている。それだけでも回収しておきたい」

 

「えっ!?」

 

「ま、誠ですか?殿下」

 

「こんな事で嘘をついてどうする。土地の名前はよく分からんが、座標は覚えた。軽く行ってくるとしよう……懐かしい存在もいるようだしな」

 

 地面を足踏みするように蹴り、そこに出現した魔法陣が輝き始める。この人は王なのにフットワークが少々軽すぎるのではないか、と思いながらチンクは魔法陣が完全に発動する前にソロモンの服を掴んだ。そんなチンクの行動に多少唖然としながらも、ソロモンは笑った。

 そして魔法陣の輝きが完全に消え去ると、ソロモンとチンクの姿は完全に消えてなくなっていた。天剣保持者たちはまたなのかと思いつつ、動き出した。幸い、と言うべきなのか今回はチンクがソロモンに同行している。ならば、スカリエッティは二人が現在いる座標を把握できるだろうと思ったからだ。

 

「え?また殿下が姿を消した?今度はチンクも一緒に?う~ん……殿下、ちゃんと私が渡した端末持ってた?あ、なら問題ないね。アレには全次元世界で適応できるGPS機能がついてるから……えーっと、ここか。へぇ~……また懐かしい所にいるね……惑星エルトリア、か」

 

 その名前はスカリエッティにとって、縁のある者がいる世界でもあった。今頃彼は一体どうしているだろうか?と考えつつも、転送陣を用意しようとしたが転送先であるエルトリア側に不具合がある事が分かった。そのため、天剣たちと共同で動くことを決定した。

 

 その頃、先に転移したソロモンたち。ソロモンも障害がなかった訳ではないが、体内に存在した魔力でゴリ押す事で予定通りの場所に転移した。と思いきや、ソロモンとチンクがいたのは不思議な森だった。ソロモンの魔力を持ってしても、考えた通りにはならなかった。これはソロモンの言った通り、指輪があるかもしれないとチンクは思った。

 ソロモンは自分の思った通りにいかなかった事に怒る事もなく、ただ周囲を見渡していた。少しの間見渡した後、何かを薙ぎ払うように腕を振った。それと同時にどことなく存在していた息苦しさが払拭されたようにチンクは感じた。

 

「……何をなされたのですか?」

 

「うん?あぁ、どうも魔力濃度が濃いようだったからな。一度吹き飛ばしておいただけだ。自然の魔力は基本的に人間の身体へ害を及ぼす事はないんだが、これほどの魔力濃度では仕方がないだろうな。どうも原生生物もこの魔力濃度に当てられて変質しているようだしな」

 

「……殿下、早急に指輪を回収して戻った方が良いのではありませんか?」

 

「それもそうかもしれんな。指輪を回収すれば、星の自浄作用が機能する筈だしな。多少は真っ当な星に戻るだろう。やはりあの指輪による影響は紙一重だな。恩恵にも呪いにもなるというのは実に厄介だ」

 

「恩恵と呪い、ですか」

 

「そうだ。あの指輪は持ち主の願いを叶える。そのくせ、指輪に持ち主が呑まれればその持ち主の願望を無作為に叶えてゆく。ジェイルの端末でジュエルシードとやらがあっただろう。アレと同じような物だ。与える影響力では格違いの差があるがな」

 

「ジュエルシード……P.T事件ですね?」

 

「そんな名前だったかもな。次元崩壊を起こしかけたとか何とか書いてあったが、幾つか集めなければ起こせないようでは大した物ではない。指輪は一つあれば少なくとも2、30以上の次元世界を消滅させる事ができるぞ。それを持ち主が望めばな」

 

「それは……」

 

 人が扱って良い道具ではない。それは神と呼ぶべき範疇にある物が持っている権能という力だ。移ろいやすく、壊れやすく、脆い人間風情が持っていて良い代物ではない。ソロモンの言葉が事実であるのなら、この星の状態も人が望んだ結果となってしまう。

 

「指輪は願いを叶える。その恐ろしさを知っていたから、俺は積極的に指輪を使う事はなかった。俺が特異な体質だからこそ、魔力によってあらゆる事をなせたという理由もあるがな。知っているか?究極的な観点から見れば、魔法によって行う事のできない事柄は何もないんだ。死者蘇生であろうと、不老不死であろうとなせない訳ではない。俺は要らないがな」

 

「……何故、ですか?」

 

 死者蘇生と不老不死。それらは人間が最も切望し、けれど叶えられていない事柄だ。それが叶うのならば、どんな代償を支払っても良いという者はきっと多いだろう。それほどに、数えるのもアホらしくなるほどの昔から人々が求めてきた物なのだから。ソロモンがそれを要らないという理由がチンクには分からなかった。

 しかし、ソロモンはそんな事を言うチンクに呆れにも似たような表情を浮かべた。お前は一体何を言っているんだ、と言わんばかりのその表情にチンクは眼を見開いた。その表情からは本気でソロモンがそれを求めていない事が窺えたからだ。

 

そこまでして(・・・・・・)人から離れてどうする(・・・・・・・・・・)?」

 

「えっ……」

 

「俺は世界でもこれほどまでに浅ましく愚かで醜い生物はいないだろうと思える人間から生まれた。所詮は世界を生きる一つの種族でしかないくせに、自分たちを絶対視したがる生き物と同じ肉を持ってな。だからこそ、俺は知っているのだ。

 自らの浅ましさを。愚かさを。醜さを。自分がたまさか人々とは別次元の智慧を手に入れただけの、欲望を抱えた獣でしかないという事を。そんな俺が、そんな業を振るってどうする?冥王でもあるまいし、不死の軍団でも作れと?馬鹿馬鹿しい事を口にするな」

 

「………………」

 

「古代ベルカには様々な王がいた。貴様も知っているだろう?聖王女や覇王、冥王に雷帝……数えるのもアホらしい数の王がいた。当時はまだ選定者の数もそれなりにいてなぁ。俺も新時代の卵たる王と戦った事がある。その中には竜の心臓をその身に宿した者もいたよ」

 

「その王も理解していたよ。己という存在の間違いを、人間という人々の愚かさを……けれど、その愚かさと醜さを愛していた。しかし、奴は過ぎたのだ。その感情が、その想いが。結果的に、奴は己の中の人間性を限界まで削り尽くし……神の坐位へと手をかけたのだ」

 

「…………っ!?」

 

「あぁ、彼奴めは俺が殺した。核たる心臓を抉り取り、念のために頭を潰してな。あそこまで人間から外れれば、元に戻る事は叶わない。人間に敬われ、精霊に愛され、竜の一部を賜り、星の寵愛を受けた奴は結果的に人間ではなくなった。あそこまで行けば、最早禁忌兵器と大差はない。意志があるかないかの違いしかない」

 

 人間大の災厄。そこに意志の有無など関係ない。いや、意志がある方が厄介であると言うべきだろう。だからこそ、ソロモンは殺したのだ。哀れで惨めで、けれども尊かった彼女(・・)の命を摘み取った。これ以上、あのような無様な姿をこの世に残す訳にはいかないと判断した。

 何故なら、その心境はソロモンにしか理解できなかったから。ただの人には分からない。優秀なだけでも分からない。天才でも分からない。英雄でも分からない。天災と呼ばれるほどの領域に立つ者でも分からない。その心境は、最も神に近い場所に立っていたソロモンにしか理解する事ができないのだ。神の如き権能を揮う資格を持っていたソロモンにしか。

 

「奴は民草を愛していたのだろう。奴は決して誰も憎んではいなかったのだ。ただ純粋にその総てを救う事の出来ない己自身を恨んでいた。自分が余りにも恵まれているからこそ、その総てを救わなければならないと……そんな愚かな事を考えていたのだ」

 

 そんな訳がないのに。たとえ、ソロモンたちがどれほど人から離れた存在であろうとも所詮は人でしかない。人と神の視点は決して交わらない。ソロモンがどれほど達観しようとも、決して神にはなれないように。神がどれほど人に近付こうと、決して人としての視点を得ることは出来ない。

 

「奴もそれは分かっていただろうにな。それでも救いたいと思ったのか……今となっては分からないし詮無い事だ。今の俺には奴の思想など理解しえないからな。人が命を数で見るようになれば、それは個の終焉。人を質でしか見れなくなれば、それは群の終焉。王とはそのどちらによってもならない存在だという事を、奴は忘れてしまったのだろうな」

 

 そう言った時のソロモンの瞳には語ったその誰かの姿があるのか、どこか遠くを見るような状態だった。暫くその状態だったかと思えば、ため息混じりにチンクを自分の方に引き寄せた。急に異性に抱きしめられたチンクは顔を真っ赤にしたが、ソロモンが跳躍した後に先程まで自分たちがいた場所が爆発するのを確認すると、瞬時に周りを見渡した。

 そこにはまるでスカリエッティが開発したガジェットをより生態的したかのような、存在がいた。ソロモンの話に呑まれていたとはいえ、その気配に一切気付けなかった自分が腹立たしくて仕方がない。チンクはそう思った。しかし、同時に不思議に思っていた。何故か、地面に向けて再び落下しないのだ。

 

「まったく、意味の分からん原生生物だな。指輪の影響ならば、今の指輪の保持者は相当歪んでいるのだろうな」

 

「殿下、それは……?」

 

「これか?初代の暗黒の滅殺女帝(ロード)が使っていた物を流用した物だ。白など俺の趣味では決してないんだがな」

 

 ソロモンの背には六枚の翼が存在した。それは現代において、八神はやてが使用している物とほぼ同じ物だった。ただ唯一違いがあるとするならば、八神はやての使う物は黒い翼だが、ソロモンの使う物は純白の翼だった。あまりにも美しいソレは、ソロモンを超常の存在として認識させるには十分な物だった。

 

「さて、少々鬱陶しいと言わざるを得ないな。こうして飛んでいても構わんが、それでは埒が明かん。チンク、俺の首に捕まって決して離れるな。出来るな?」

 

「は、はい!」

 

「結構。では……久方ぶりに遊んでみるか」

 

 ソロモンがそう言った瞬間、純白の翼が翠色に変化した。同様にソロモンの髪に翠色のメッシュが入った。それと同時に、先ほどまで晴れ渡っていた筈の空に暗雲が立ち込め、暗雲に雷撃が迸り始めた。そう、ソロモンは天候を操作し始めたのだ。世界の一部を掌握し、それを己が思うままに操作する――――神に等しい所業を遊びで成し遂げたのだ。

 

「さぁ、これこそ神の権能を持つ者と言われた俺の能力(チカラ)だ。見たか?聞いたか?感じたか?理解する必要はない。その前に――――貴様らは消し炭だからな」

 

 ソロモンの言葉と共に、ソロモンとチンクを避けて雷が地面に降り注ぐ。一筋、また一筋と雷撃は納まる事なく轟く。神に仇なすその総てを撃滅せんと言わんばかりのその雷撃には、ソロモンの八つ当たりも含まれていた。思い出すまいと考えていた想い出を、思わず思い出してしまっていた事に対する八つ当たりだった。

 そんな八つ当たりをぶつけられた原生生物たちはもちろん跡形も残らず消し飛んでいた。雷撃によって森の木々に火が着いていたが、ソロモンは指を鳴らすだけでまたもや天候を操作してみせた。即ち、雲から雨を降らせてみせたのだ。

 

 それによって火は徐々に鎮火されていき、最終的にはそこには焦げた木々とボロボロの炭同然の状態に陥っている元原生生物、そして結界によって雨を防いでいたソロモンとチンクだけが立っていた。ソロモンがそれを確認すると手を払い、上空に集まっていた雲を散らしてみせた。そしてどことなくスッキリとした表情を浮かべていた。

 ソロモンは首を回し、伸びをすると身体の各所から音が響いた。アジトでもそれなりに運動はしているが、ずっとアジトにいたので身体が凝っていたのだろう。それは王ではなくなったのに、王としての扱いを受けるストレスもあるのだろうが。

 

「さて、それじゃあぼちぼち指輪の回収に行くとするか」

 

「は、はい……それで、場所の方は把握されているのですか?」

 

「大体はな。どの方向にあるのかは分かるが、その場所までどれほどの距離があるのかは俺にも分からん。指輪は万能の願望機として存在しているからな。それだけ力は強力で、俺としても細部まで把握することは出来ないんだよ。まったくどこにあっても厄介な物だ」

 

「……殿下、どうして指輪はその力を発揮し始めたのでしょうか?殿下亡き後、指輪はその権能を失った筈ではないのですか?」

 

「それならば決まっている。俺がいるからだ。ソロモン・アクィナスが、指輪の本来の主が世界に帰還した事で世界は揺らいだ。その揺らぎが、眠りについていた指輪を揺り起こした。そして、現在の指輪の主の願いを無作為に叶える願望機として行動しているのだ」

 

「で、では、この星の現状は殿下が帰還なされた事による弊害だという事ですか?」

 

「そういう事になるな。現在の指輪は今の主が誰であるかなどは一切気にしていないのだ。必要なのは、己が主の願望機として機能するという事。道具ならば、使われる事が至上であり使われる事によって生まれる弊害や利益などどうでも良い事なのだよ。彼奴らにとって、主とはその程度の存在だ」

 

 下手な人間では食われるだけ。指輪を使えるのは欲のない者か、欲を否定する事のできる者、そして欲に呑まれない者だけだ。しかし、そのような傑物は数多ある次元世界でも本当に稀少だ。何故なら、人は誰しもが欲を抱えている。楽になりたい、もっと美味しい物を食べたい、もっと技術を向上させたい……挙げればキリがない程に多種多様な欲を抱えている。

 指輪はその総てを叶える。その願いがどれだけ些細な物でも、どれだけ気高い物でも、どれだけ高尚な物でも、どれだけ悪辣な物であっても、どれだけ尊い物であっても。願いの別なく、その総てを叶えてみせる。それが指輪の存在価値であるが故に。

 

「それを止めなければならないのだ。本来の主としてではなく、この世に新たな命を持って生まれたほんのちっぽけなただの人間として」

 

 王ではなく、また神ではないが故に。人としてごくごく当たり前な感情によって、彼は世界を変えるだろう。しかし、その行動はきっと本当に些細な善意から生まれた物なのだと、チンクは思う事ができたのだった。



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指輪回収・2

最近Reflectionを見て感化されたので、Reflection要素が混ざってきます。(Dominationでどうなるか分からないので、独自設定になりますがご容赦ください)


訂正Domination×→Detonation〇


 急激な天候変化とその後始末。人の領域では到底叶いようもない程の事柄を為しても尚、ソロモンの魔力は衰える事を知らなかった。常時移動型の結界を張りつつ、近付いてくる原生生物を相手取っている。常人であれば魔力切れは愚か、死んでいてもおかしくない程の魔力を消費しているにもかかわらず、である。

 

「殿下、少し休憩を挟んだ方がよろしいのでありませんか?」

 

「どうした?お前が疲れたというのなら、そうしても構わないが」

 

「いえ、これまで殿下は大量の魔力を消費なされた筈です。魔力総量的に問題はなくとも、疲労の方は溜まっておられるでしょう?ここで一度休憩を挟んだ方が良いのではないでしょうか?」

 

「そういう意味か。であれば、無用の心配だ。この程度の魔力消費であれば、昔に良く経験していた。神殺しをなした時にはこれ以上の、それこそ体内で生産される魔力が消費に追いつかないような状態も経験した。この程度であればまだまだ平気だ。しかし……そうだな。少々、鬱陶しくなったな」

 

 そう言うと、ソロモンは右腕を上げた。それと同時に右腕に膨大な魔力が蓄積され始めた。何もかもを薙ぎ払わんと言っているかのような一撃に、チンクは言葉も出なかった。周囲に光の粒子が生まれた事にも気付かず、ただ何人も近づけない領域に立つソロモンをじっと見つめていた。

 

「――――星の光よ」

 

 その光輝は太陽の如き麗らかな光だったのか、それとも月の如き荘厳な光だったのか?チンクには理解しきれなかった。しかし、分かる事がたった一つだけあった。それは、これが決して一個人で再現されて良い物ではないという事だ。

 何もなかったのだ(・・・・・・・・)。ソロモンが腕を振り下ろした先には、木々の総てが消滅している上にいたであろう原生生物も粒子に還った。その輝きはまさしく神の権能か星の輝きだ。近付く者総てを抹消させる絶対強者のみが、超常の存在だけが振るう事を許される力だ。

 

「で、殿下……」

 

「…………ふぅ。これで連中も離れていくだろう。それに多少は歩きやすくなった。良い目印にもなっただろうしな」

 

 それだけの事をしたにも関わらず、ソロモンは息を切らせる事もなく単純に理屈を述べるように言ってのけた。彼にとっては、これほどの事をしても尚負担にすらなり得ないのだ。力を絶対視していた古代ベルカ時代において、これほどの傑物がいたのなら……確かに現人神として扱われるだろう。

 世界を制する力を持った存在だ。平伏せない方がおかしい。敬わない方がおかしい。絶対視しない方がありえないだろう。たとえ、どれだけ人という枠組みから外れた存在であろうとも。人々に恩恵を齎し、外敵を滅ぼし、誰にも負けない王であるのならば、受け入れて然るべきだったのだろう。

 

 しかし、その価値観は現在の価値観にはそぐわない。その理屈はまさしく、ソロモンの力に相応しく神代の考え方だ。ソロモンは理想によって力を揮うのではなく、力によって理想を作り出す。管理局という絶対正義が相対すれば、確実にぶつかり合う定めを持っている。そして恐らく、ソロモンはそれを良しとする。理想を力で作り上げるのなら、それはソロモンの望むところだからだ。

 弱者の理想は強者の暴論に蹂躙されるのみ。ならば、強者の暴論は世界の真理となり得る。ソロモンはそれを実行する事のできる人間だ。神々の権能を揮い、その力とソロモン自身が持つカリスマに魅了された強者を従え、一時代にその名を刻み込んだ存在だ。管理局など、ソロモンにとっては眼ではない。ただ理由がないから、争わずにいるというだけに過ぎない。

 

 戦おうと思えば、ソロモンは情け容赦なく殺す。管理局に勤めている者が子供であろうと大人であろうと、情け容赦なく殺していく。何故なら、彼はそういう時代に生きていたからだ。生け捕りなど生温い、完膚なきまでの殺し合いを経験してきたのがソロモンだ。彼が戦うのなら、きっとそこには塵一つ残らぬ戦場となるだろう。チンクはその姿を容易に想像できた。

 

「……そろそろか」

 

 ソロモンは斬り裂いた方角とは真反対の方向を向き、その方向をじっと見つめていた。その瞳は蒼く輝き、まるで深海の底にいるかのような感覚をチンクは感じた。そしてチンクもその方向を向くと、そちらから五つほどの光がこちらに向かっているのを感じた。

 その中で最も早かったのは、蒼色の閃光だった。その輝きはチンクの知っている輝きに酷似していた。その輝きは今は基地にいないあの人物の物と瓜二つと言っても良いほどに似ていて――――ソロモンはその輝きに、本当に懐かしい物を見るかのように眼を細くした。

 

 蒼色の輝きは物凄い速度でソロモンたちとの間にあった距離を駆け抜け、先程の落雷の如き速度で地面に着地した。そしてソロモンとの距離を詰めきると、土埃が舞った。その土埃が消えると、そこには膝をついている水色の髪の少女がいた。

 

「相変わらずの速さだな、雷極の残滅女帝(スラッシャー)。いや、紫天の守護者たる今はレヴィだったか?壮健そうで何よりだ」

 

「陛下。お目覚めから即座にお目通り願う事ができなかった事、ごめんなさい」

 

「良い。俺も貴様も、かつての役目とは別の存在だ。俺は王ではなく、貴様もまた俺の守護を任じられた騎士ではない。ならば、お前が謝る事は筋違いという物だ」

 

「しかし……」

 

「まぁ、落ち着け。俺たちには俺たちの目的がある。しかし、その前にこの世界の現状を把握しておかなければならない。どこか落ち着ける所へ案内してもらいたいんだが、良いだろうか?この世界の住人よ」

 

 ソロモンは初代雷極の残滅女帝(スラッシャー)にして、現紫天の書の守護騎士たるレヴィ・ザ・スラッシャーと対話しつつ、丁度到着した四人の内二人に向かって話しかけた。天真爛漫という言葉が相応しいレヴィが見知らぬ男性に跪いている姿に困惑を隠せなかった。

 共にいたもう二人――――レヴィと同じく紫天の守護者たるシュテル・ザ・デストラクターとロード・オブ・ディアーチェが跪いている姿に、困惑は加速した。そんな三人にソロモンはやれやれという表情を浮かべながら肩をすくめ、チンクもまた微妙な表情を浮かべていた。

 

「立て。かつて俺が頼りとした守護騎士たちよ。お前たちがそのような態度を取るようでは、話が一向に進まない。かつての俺と今の俺は違う。お前たちが真に俺の事を気遣うと言うのなら、遜った態度を取るのは止せ」

 

「しかし、陛下……」

 

「くどい。俺はもう、ソロモン王ではない。ただのソロモンでしかない。それを理解したのなら、過去のソロモン王に恥じない存在であると言うのならば、これ以上見苦しい姿を俺に見せるな」

 

 ソロモンは王であった頃にした事に間違いはないと思っている。それは殺した者たちに申し訳ないとか、そんなありふれた理由ではない。ただ単純に、自分が従えた騎士たちと共に歩んだ道に間違いはなかった、と思っているだけに過ぎない。どれだけの死骸を積もうとも、その道に間違いなどありえないと信じているだけだ。

 ソロモンは元々、その程度の器の持ち主だ。世界を変革させる事も、世界を救世する事も、ソロモン如きの器ではない。だからこそ、その歩んだ道に後悔はない。自分の為した事は、その時自分ができうる最大の選択だったと、ソロモンは思っているのだ。それが王としての道を歩むと決めた自分が、最大限守らなければならない誓いだと思っているが故に。

 

「……かしこまりました。度重なる無礼、何卒ご容赦ください。ソロモン様」

 

「だから、俺は……いや、いい。好きにしろ、紫天の守護者。お前たちに俺の思想を押し付ける事こそ、俺の傲慢だ。最早、前世の柵とは離れた我らだ。お前の為したいように、やりたいように……自由に生きろ。俺にはそれ以上の事は言えないのだからな」

 

 ソロモンは王ではないと公言して憚らない。ソロモン王は既に死に絶え、ここにいるのはソロモン王と同じ肉体と魂を持っているに過ぎない別人だと、そう認識しているからだ。ソロモン・アクィナスという人間は最早何処にもいないのだと、そうソロモンは考えているのだ。

 しかし、生前の癖は早々抜ける物ではない。自分は王ではないと認識しながらも、王として命令している事に今の今まで気付けなかったのだから。まったく、自分も何と言うか間抜けだなとソロモンは思っていた。自分(ソロモン)がその程度でしかなかったという事に、今の今まで気付けなかったのだからどうしようもない。

 

「えっと……よろしいでしょうか?」

 

「ああ、すまない。こちらから呼びかけておいて放置した無礼、何卒ご容赦いただきたい」

 

「い、いえ、それは大丈夫です。それで、あの……あなたは王様たちの知り合いという事で良いんでしょうか?」

 

「知り合い……まぁ、確かに。俺と紫天の守護騎士たちは知り合いだ。俺の名前はソロモン。こちらの少女の名前はチンクという。もし良ければあなた方の名前をお聞かせ願えるだろうか?」

 

「えっと、私はアミティエ・フローリアンです。こちらは妹のキリエ・フローリアン。それで、えっと、ソロモンさん?この星には一体何の御用で……?」

 

「これはご丁寧にありがとう。この星にはちょっとした失せ物探しに来ただけです。しかし、思っていた以上の魔力濃度だ。原生生物の群れも正直鬱陶しくなってきていましてね。本気になればどうという事はありませんが、その場合はこの周辺一帯を焦土と化す事になってしまう。

 それは俺の本意ではない。まぁ、要するに援軍というかサポート役が欲しかったんですよね。ご助力いただけるのであれば、この星を元に戻すための力になろうと思っているのですが、いかがでしょう?」

 

「あなたにはこの星の現状をどうにかできるって言うの?」

 

「原因の排除くらいは。感知してみたところ、この星には膨大な力が二つ存在している。紫天の守護者がいるという事は、一つはエグザミアだろう。指輪と対抗できるほどに強大な力を制御している事、流石としか言いようがない。しかし、星の魔力を使っている指輪相手に持久戦など長く続く物ではない」

 

 エグザミア。それは紫天の守護者が守る永遠結晶の名前だ。ソロモンが魔力を操作する力に長けた者なのであれば、エグザミアは生命力を操作する力に長けた物。人間にとって必要不可欠とも言える生命力操作の力は一部の者を除けば、相当に危険な代物だ。しかし、操る事が出来るのであれば、それはとても強力な力となり得る。

 

「星の魔力を使った滅びか……エグザミアでもこれをどうにかする事は叶うまい」

 

「あなたは……何を知っているのですか?」

 

「俺は知っている事しか知らんよ、アミティエさん。中々に厄介な相手がいるという事もな」

 

 そう言った瞬間、ソロモンの瞳が蒼色に染まった。そしてその輝きが消えると、すぐさま背後を振り返った。それと同時に竜巻にも等しい何かがソロモンたちを襲った。突如現れた脅威に対して、アミティエもキリエも唖然としていた。対処しようとした瞬間にはもはや手遅れと言った距離に迫っていた。

 それに対して、ディアーチェたちは一切焦ってはいなかった。その攻撃がどれほどの力を持っているのか、彼女たちは知っている。生前、プログラム体となる以前に相対した事がある。竜の心臓を持ち(・・・・・・・)世界の光を具現化した(・・・・・・・・・・)剣を保有していた王(・・・・・・・・・)。誰にも追随を赦さなかったソロモン王が認めた数少ない王。

 

「騎士王……アーサー・ペンドラゴン」

 

「どうやって蘇ったんだろうね?あの時、殿下に間違いなく殺された筈なのに」

 

「どうでも良い。迎撃態勢を整えよ。ソロモン様のお手を煩わせる訳にはいかぬからな」

 

 

――――最■てに■■ける■(ロ■ゴミニ■■)

 

 

 聞き取れないその声が響いた瞬間、嵐の勢いが激変した。世界を滅ぼす神の威光に相応しい激流へ、ソロモンと同じく神の権能と呼ぶに相応しい領域へ、世界を支配せしめる貴き王の玉座へと至った者へと変化する。かつて彼女らが初めて出会ったソロモン王と同じ頂に立つ者へと、その者は至ったのだという事を彼女たちは理解した。そして、それは――――彼女らの逆鱗に触れるという事を意味していた。

 

「貴様、ふざけるなよ!貴様如きが貴き彼の御方と同じ領域に立つだと!?ふざけるのも大概にしろ!」

 

 紫天の王は彼女らの前に現れた大罪人を赦さない。魔王に認められるのは良い。業腹ではあるものの、彼の騎士王も魔王と同じく世界を平定せしめた、選定者に選ばれた王だ。魔王の同類であると認められなくもない。しかし、それでも、至上の王は魔導の王たるソロモンだけだ。貴き御方であるソロモンと同じ領域に立つなど、認められる筈がない。

 それは同じく紫天の守護者である理の体現者と力の体現者にとってもそうである。彼らが認め欲した主は、世界で唯一絶対にして至上の存在。唯一とはたった一人だからこそ、意味のある言葉なのだ。並び立つ存在など赦せる訳がないし、そもそも認められる筈がないのだ。

 

 たった一人、完全なまでに部外者であるチンクだけが、ソロモンを見ていた。迫りくる嵐を見ているようで、その先にいる発生源に立っている誰か(・・)を見ている姿を。それがどこか懐かしそうで、けれどだからこそ痛ましいと感じているような表情だった。

 それを見た瞬間、ソロモンの身体から先程の天候操作や『星の光』に使用された魔力よりもなお強大な力が吐き出された。それと同時に膨大な魔力が太陽の如き熱量に変化する。ソロモンの肌を舐めながら、現れたソレは――――太陽は荒れ狂う嵐と正面衝突する。

 

 甚大な被害を地表に齎しながら荒れ狂う嵐と太陽。ソロモンは迫りくる被害を防御陣で防ぎきっているが、そのぶつかり合いをどこか悲しげに見守っていた。嵐と太陽は力を使い果たし、先程まで存在した木々は残らず消し飛び地表は大量の爆弾がそこで炸裂したかのように、真っ黒な大地と成り果てていた。

 そして、嵐の発生源であったであろうそこには、白い馬に乗り鎗を構えている白と黒、両方の色に染まった鎧を身に纏う女性がいた。ソロモンにとっては懐かしく、紫天の守護者たちにとっては忌々しい存在。ソロモン王の同盟相手であった騎士王、アーサー・ペンドラゴンの姿がそこにはあった。

 

「……流石だな、ソロモン王。相変わらずそうで何よりだ」

 

「それはこちらのセリフだ、騎士王。しかし、これはどういう事なのかな?貴殿は俺が殺した。確かに核たる心臓を抉り取り、念を入れて頭を潰した筈だ。それなのに何故、貴殿……いや、貴様は生きている?」

 

「分かりきっている質問をするとは、あなたらしくもないな。昔は動揺など微塵も起こさなかったあなたが、そうまで動揺しているとは……蘇るのもまた一興だな」

 

「……やはり、そういう事なのだな。どうか外れていてくれれば、と思ったのだがな……」

 

「それは無理だろう。あなたの予想が外れた事など無い事を、残念ながら私は知っているからな。しかし、よくぞ耐えてくれた。小手調べ程度とはいえ(・・・・・・・・・・)、耐え切れなければどうした物かと考えていたからな」

 

「……アレで、小手調べ?」

 

 アミティエは恐怖した。あんな物、自然災害と何も変わらない。人の領域ではどうしようもない事だ。少なくとも、アミティエにはどうする事も出来ないほどの猛威だった。もし、あの攻撃が自分たちを呑み込むだけに飽き足らず、そのまま直進すれば――――家にいる父母にも被害が出てしまう。それだけは避けなければならない。

 自分が死ぬ事も恐れず、アミティエは武器を取ろうとした。しかし、その前にソロモンがアミティエの肩に手を当てた。その温もりは、恐怖に支配されていたアミティエの心をじんわりと解いた。そしてアミティエやキリエたちを守るようにソロモンは前に出た。

 

「あまりそうやって人を揶揄う物ではないぞ、騎士王。お前の選定者の癖でも移ったのか?」

 

「マーリンのか?そうかもしれない……と、言いたいところだが。それは違う。今のは私は本来の私とその真反対――――オルタナティブの中間に立つ者。それ故に、思考がちぐはぐになってしまう事があるのだよ。どうか許してくれ、偉大なる我が同盟者」

 

「許すも許さぬもない。我らの時は、この命が燃え尽きた瞬間に止まったのだ。新たな命を始めんと抗う貴様にとっても、そして新たな命を始めた俺にとっても、過去の因縁はもはや関係のないものだろう」

 

「関係のない物……か。では、教えてほしい。新たな命を始めたあなたは今、幸せか?」

 

「幸せかどうかを今の俺が論ずる事など不可能だ。何故なら、幸せとは過ぎ去った時間を振り返った時、人が思う事であるからだ。だが、あえて言うなら……幸せとは言えんだろうな。目覚めて以来、天剣どもにジェイルの娘たちは俺の監視をしてるし、俺が動けば騒ぎだすしな」

 

「いえ、殿下はもっと事前に報告をして下さい。事前に言って下されれば、我々も騒がずに済みますので」

 

「お前らは俺の親か何かか。……ともかく、俺はもはや王ではない。人を救う事も、人を導く事も、俺の役割ではない。かつて、お前が同盟者と呼んだソロモンはどこにもいない。ここにいるのはただのソロモンだ」

 

「ただのソロモン、か。羨ましい事だ。生身の肉体を持って蘇り、あなたも変わったようですね。その変化は最後まで生き抜いてから死んだからなのしょうね。私とはまったく違うのですね」

 

「騎士王、俺は……」

 

「何も言うな、ソロモン。今の私とあなたは敵同士。今回はただの顔見せにすぎません。次に相対した時、その時には全力でぶつかり合いましょう。……今のあなたがどれほどの力を揮う事ができるのかは置いておきますが」

 

 その言葉と共に、その場に暴風が吹きすさび全員の眼を晦ませた。そして次に目を開いた時、騎士王の姿はなくなっていた。ソロモンは先ほどまでアーサー王のいた場所を少しの間見つめた後、アミティエたちに視線を向けた。その視線に、どこか寂しげな物をアミティエとキリエは感じた。

 

「今は態勢を整えたい。俺としてもエグザミア――――ユーリを見ておきたい。そちらの本拠に連れていって貰えないだろうか?アミティエ殿」

 

「アミタ、今は引くべきだ。今の装備ではあの王と相対するには不安が大きい。ソロモン様は間違いなく、我々の力となって下さるはずだ。ユーリも会いたがるだろうしな」

 

「そうそう!殿下がいれば絶対に負けないからね!」

 

「そうですね。我々もソロモン様とはもっと落ち着いた場所で語り合いたい物です」

 

「……お姉ちゃん、ここは連れて行った方が良いんじゃない?」

 

「……そうですね。では、私たちについて来てもらえますか?えーっと、ソロモン様」

 

「そこの三人は様付けをしているが、貴女まで様付けする必要はない。呼び捨てでもさん付けでも好きに呼んで下さい」

 

「分かりました。では、ソロモンさんと呼ばせていただきますね。私のことはアミタと呼んでください」

 

「分かったよ、アミタ殿「アミタ、でよろしくお願いしますね?」了解、アミタ。よろしく頼む……が、移動する時間が勿体ないのでな。時間短縮をさせて貰おう」

 

 ソロモンは指を鳴らし、転移魔法陣を展開した。そして展開された魔法陣によって移動した先にはアミティエ――――アミタたちの本拠地、グランツ研究所があった。気楽に展開された転移魔法に唖然としながらもソロモンを見たアミタとキリエに、ソロモンは笑いかけるのだった。



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指輪回収・3

「ふむ……なるほど。それではソロモン君、で良いかな?この星の自然は回復している筈なのに、環境に変化がないのは君の言う星の魔力が消費されているからなんだね?」

 

「その通り。俺の思っている以上に博識な方でよかった。普通はこんな話は与太話と言って斬り捨てるからな。ジェイルを始めとした選定者や選ばれた王ぐらいにしか分からない話だからな」

 

「まぁ、彼も割とはっちゃけた人間だけど、科学者としては有能だから。かの大賢者ソロモン王の知識を疑うほど、博識であるとは思っていないからね」

 

 グランツ研究所を訪れたソロモンたちはまず、アミタとキリエの父親であるグランツ・フローリアン博士と面会していた。そこでソロモンの事を知っていたグランツと話が盛り上がり、現在まだ病気が治ったばかりだというのにグランツは興奮していた。

 

「父さん、ちょっと落ち着いて下さい。まだ病気が治ったばかりなんですから……」

 

「そうは言ってもね、アミタ。この世総ての智慧を得た大賢者ソロモン王と対話する事ができるなんて、智慧を求める者としては夢みたいな事なんだよ」

 

「昔の俺ならいざ知らず、今の俺には総ての智慧を得るとまではいかないだろうな。今の俺にそれほどの力はない」

 

「そうなの?」

 

「『総ての智慧を得た者』は俺が指輪を持っていた時の称号だからな。世界を見つめる千里眼を持とうとも、総てを知るには程遠い。まぁ、今の俺にはそんな物は必要ないんだがな」

 

「なんと勿体ない……」

 

「選定者に選ばれた王としては失格なんだろう。しかし、ただの人間に『全知』の力など不要でしかない。人は己の手元にあるモノさえ把握していれば十二分だ。それ以上を望めば、その果てには滅びしか待っていないのだからな」

 

「……そうかもしれないですね。ともかく、こうしてあなたと出会えて光栄だ。この星を救うために尽力してくださると言うのなら是非もない。狭い所ではありますが、利用してください」

 

「礼を言おう、グランツ殿。必ずや俺の指輪を回収し、この世界を救うための一助となる事を約束しよう」

 

「……礼を言うべきはこちらの方です。たとえ、あなたの形見がエルトリア崩壊の一助を担っているのだとしても。あなたにはそんな物を無視する選択肢もあった。けれど、こうして助けとなってくれるのであれば礼を言うべきは私なのです。ありがとうございます」

 

 グランツはまだ苦しいだろうにベッドから起き上がり、ソロモンに頭を下げた。それに対して、ソロモンは微妙な表情を浮かべていた。今回の一件を終幕させ、エルトリア復興に対する一助となる事は当然の事だからだ。指輪が外部に流出していた事はソロモンの予想外だった。けれど、それはソロモンがこの星の現状を無視していい理由にはならない。

 そうでなくとも、かつてとはいえ自分の従者が世話になっている家だ。ならば、尽力とはいかずとも、一助になる事は当たり前な事でしかない。態々礼を言われるような事ではない。それに、自分たちだけでもこの星を救いたいと願う者たちを見捨てるほど非道になった覚えはない。王ではなく、ただの一個人として、ソロモンは彼らを助けたいと願ったのだから。

 

 自分という存在がどれほど力になれるかは分からずとも。せめて、こうして頑張る家族に頑張っていて良かったと思えるような、そんな光景を見せたい。ソロモンはそう願ったのだ。そして願った以上、その為に力を尽くす。それがソロモンなりの流儀という物だ。

 たとえ、いつかは死にゆく命だったとしても、その過程には救いがあるべきだ。誰しもがこの星を見捨てていく中で、それでもこの星を救いたいと願って努力し続けてきたこの家族に。その過程で苦しんだであろうこの家族に。少しでも良いから、その努力が報われたと思える瞬間を与えたい。ソロモンはそう想ったのだ。

 

「王様!お久しぶりです!」

 

「久しぶりだな、ユーリ。お前は数百年は経っていると言うのに全然成長していないな」

 

「え、ユーリはプログラム体だから成長しないんじゃないの?」

 

「……?何を言ってるんだ?ユーリは人間のように成長するし、順調に歳を重ねれば死ぬ。そうでなければ紫天の守護者など付ける訳がないだろう」

 

「えぇっ!?」

 

「そういえば、ディアーチェ。お前らも何故子供の姿をしているんだ?魔力が足りていないのか?」

 

「えっと、どういう事なんですか?私たちには呑み込めてないんですけど……」

 

「ユーリは俺に仕えていた四人の魔導騎士の一人、光華の破壊女帝(ブレイカー)アナスタシア・エーベルヴァインの娘だ。だが、生来生命力が弱くてな。最早死産と言っても差し支えないほどに産まれた時に生命力がなかった。しかし、アナスタシアが俺に懇願したのだ。どうか、エグザミアをユーリに移植してほしい、とな」

 

「それは……」

 

「エグザミアは永遠結晶。朽ちず壊れず滅びない。その特性は生命力を操作する事。どれだけ微弱であろうとも、生命力があるのであればそれを活性して生きることは可能だ。アナスタシアはそれを使って、ユーリを生かそうとした。……その為には、俺に許しを乞い、叶えられても謗りを受けねばならないと知りながらな」

 

「どうして、なんですか?」

 

「エグザミアは元々禁忌兵器に使用されていた物だからだ。周囲に存在する総ての生物から生命力を奪いとり、果てには星すら食い潰す禁忌兵器にな。俺はエグザミアをその禁忌兵器から抉り出し、厳重に封印した。その危険性を理解していたからだ」

 

 一歩間違えれば一つの星を食い潰すほどの兵器、その源たる永遠結晶。それを用いたいと告げたアナスタシアに対するバッシングは途方もない物だった。当然だ。いくつもの世界を滅ぼした禁忌兵器、その動力源たる永遠結晶を自分の娘を救うために使用したい、と言ったのだ。到底許されるような物ではないだろう。

 

「自らの首を捧げる覚悟すらある、という表情をされてはな。アナスタシアの事が惜しかった訳ではない。自分の娘のために、ソロモン王という当時最強の王を相手にする覚悟を持っていた。それを見て、ユーリに永遠結晶を移植する事を許可した。まぁ、その代わりユーリが永遠結晶を操作できるようになるまで、俺が養育したがな」

 

「え?そうなんですか?」

 

「当然だ。魔力と生命力は同等の代物だ。いつ永遠結晶を暴走させるか分からない幼児など危険すぎる。他人に世話を任せる訳にはいかない。ユーリが永遠結晶をきちんと制御できるようになるまで、俺が面倒を見なければいけないのは寧ろ当然という物だ。ちょうど王位を譲ろうかと考えていたし、ちょうど良かったと言えばちょうど良かったがな」

 

「そうだったんですね……知りませんでした」

 

「お前には知らせていなかったからな。俺が庇護する必要もない段階まで来たが、ユーリに防衛戦力を付けない訳にはいかなかった。そこで開発されたのが紫天の書だ。夜天の魔導書をベースにして、他の魔導騎士を守護者として配置した。普通に生きて、普通に死なせるためにな」

 

「あの、ソロモンさん?ユーリは……」

 

「分かっている」

 

 ソロモンは言いにくそうにしているキリエを見ながら、膝の上に座っているユーリの頭を拳でぐりぐりと抑えつけた。ちょうど中指の第二関節で頭を抑えつけられているため、ユーリは悲鳴を上げた。ソロモンにいじめられているユーリの悲鳴に、ディアーチェは慌て始めた。

 

「ユーリ~……お前、長く寝てたからって永遠結晶の制御方法を忘れてんじゃねぇぞ。ん?俺が教えてやった方法は無駄だったってか?どうなんだ?」

 

「痛い痛い!痛いです、王様!」

 

「痛いじゃねぇよ。反省してんのか?俺は教えた筈だよな?お前の力は一歩間違えれば、世界を滅ぼす力だと。だから、お前はその力を制御できるようにしなければならないと。それを忘れて暴走するとは何事だ?」

 

「ごめんなさい~!許してください、王様!」

 

「まったく……ディアーチェ、紫天の書を貸せ」

 

「はっ、かしこまりました。どうぞ」

 

 ディアーチェから紫天の書を受け取ると、ソロモンは適当なページを開いた。そして右手を叩きつけた。それと同時にソロモンの身体から魔力が紫天の書に注がれた。先ほどの太陽ほどではなくとも、膨大な魔力量だった。それこそ、ディアーチェとシュテルとレヴィの魔力を集めても足りないほどには多かった。

 少しの間魔力を注ぎ込むと、ソロモンは紫天の書をディアーチェに返した。その頃には紫天の魔導書は魔導書という言葉が相応しい程の魔力を注ぎ込まれていた。そう、ソロモンは紫天の書が耐えきれる限界まで魔力を与えた。本来、誰かが保有する事で本領を発揮する魔導書にマスターが必要なくなるほどの魔力を注ぎ込んだのだ。

 

 それによって、省エネモードと言っても良かったディアーチェたちが本来の力を発揮できる(・・・・・・・・・)余裕が生まれた(・・・・・・・)。ディアーチェたちの身体に魔力が迸り、光に包まれながら余剰の魔力が稲光として奔った。それは紫天の守護者が本来あるべき姿へと立ち返るという事。彼女らが本領を発揮できる姿への回帰を意味していた。

 ユーリの守護を任じられた初代魔導騎士のプログラム体。しかし、マスター無き状態では本来の実力を発揮することは不可能だ。魔導書に搭載されている自然からの魔力収集機能では、省エネモードで使える魔力の補填ぐらいしか出来ない。本来の実力とは程遠い、子供時代であればこんな物か程度の実力しか発揮できないのだ。

 

 魔導の王たるソロモン王が選んだ四人の魔導騎士。その実力は決して生半な物ではない。彼女らの実力がどれほどの物であったか、ソロモンは知っている。だからこそ、彼女らを選んだのだ。世界を滅ぼすかもしれない永遠結晶の保持者の守護と、場合によっては保持者の排除をさせるために。

 

「さて、肉体の調子はどうだ?お前たちの身体能力が最も高かった時に設定できた筈だが」

 

「万事問題なく。今すぐにでもあの騎士王を殺しに行っても良い程には快調です」

 

「だよね~。流石はソロモン様!さっきの状態じゃ不安があったけど、今はそんなの欠片もないもん」

 

「当たり前な事を抜かすな。我らが至上の王と仰いだ御方だぞ。この程度、寧ろ朝飯前と言ったところだろう」

 

 光が晴れると、先程まで子供の姿をしていた三人はどこにもおらず。大人に成長していた三人がそこにはいた。ソロモンの加護を受け、天剣保持者たちに匹敵或いは凌駕するほどの実力を持っていた頃まで肉体は成長していた。元となった少女たちの情報はそのまま利用し、肉体は完全な状態に成長していた。

 

「凄い……」

 

 これがソロモン王の誇った魔導騎士。女帝の名を賜り、魔王の近衛としての地位を与えられた存在。世界の王たるソロモンから信頼されていた騎士。アミタとキリエは戦わずとも理解していた。自分ではどれだけ努力しても届かない地平に、彼女らは立っているのだという事を。

 

「それなりにはなったか。神器を持たずとも、その状態ならそれなりに戦えるだろう」

 

「神器?そんな物があるのかい?」

 

「ああ。天剣保持者たちが天剣を持っていたように、魔導騎士たちは神器を持っていた。まぁ、神の器と呼ぶには少々脆すぎるがな」

 

「いえ、それはソロモン様だけです。普通の人間であればどれだけ魔力を注いだとしても、罅の一つも入れることは出来ませんから」

 

「えっと……何の話?」

 

「その昔、ソロモン王は神器の耐久力が気になったのです。神器は天剣と同じく、折れず曲がらず朽ちず欠けず滅びないと称されるほどの強度を持っていました。事実、まともな武器では天剣も神器も衝突した瞬間に壊れてしまいます。それほどの絶対的な強度を持っていたのです。

 そこでソロモン王は神器に限界があるかどうかが気になったのです。そこでソロモン王は己の持ちうる魔力を神器に注ぎ込みました。神器もしばらくは耐えました。けれど、ある一点を超えた時、空間が軋み始めるのと同時に神器に罅が入り始めたのです」

 

「あれ以上は無駄だと思ったから、そこで止めたがね。あのまま続けていれば……いや、別に良いだろう。それよりも、今は状態の確認を急げ。明後日には騎士王討伐及び指輪の回収を行う」

 

『ハッ、かしこまりました!』

 

 ソロモンの言葉に三人は胸元に手を当てた。それを確認すると、膝の上で不安そうにしていたユーリを抱き上げた。そして外に出ると、ユーリを上に投げ飛ばして遊び始めた。それはユーリが幼少の頃、ソロモンがユーリにしてあげていた遊びだった。魔力を使って軌道を弄るという無駄な高等技術も使っていた。

 それから暫くの間、身体を休めたソロモンは誰もが寝静まった深夜に研究所を出た。ソロモンにこの家族を巻き込む気が欠片もなかったからだ。紫天の書に魔力を注ぎ込んだのは、紫天の守護者と呼ぶにはあまりにもディアーチェたちの力がお粗末な物だったからだ。あんな状態ではいざという時にユーリを守りきれないと判断したのだ。

 

「殿下」

 

「おや、まだ起きていたのか。夜更かしは身体に悪いぞ」

 

「知っております。しかし、私は殿下の監視役兼警備役です。殿下が一人で参ろうと言うのに、それをみすみす放置することは出来ません」

 

「勝手なことを……」

 

「勝手ではございます。けれど、それが私に課せられた役割でございますので。殿下が自由になさると言うのなら、我々も自由にさせていただくだけです」

 

「……なるほど。確かに、それは道理だな。好きにせよ。もとより貴様の行動を制限する資格など、俺にはないのだからな。そしてそれは、お前たちも同様だ」

 

 ソロモンが研究所の方を振り向くと、そこには既に装備を整えているディアーチェたちがいた。三人ともこの事態を認識していたからなのか、特に何とも思ってはいなかった。強いて言うなら、自分たちは頼りにならないのかと思っていたぐらいだ。ソロモンの意向に抗う気はないが、頼りにされないのはそれはそれで嫌だった。

 

「相手は騎士王。我が同盟者だった存在だ。女神だった頃ほどではないが、あいつも十分人から離れている。そんな存在との戦いにお前たちが参戦する必要はない。お前たちが守るべきは俺ではないからだ。お前たちが守るべきは俺ではなく、ユーリだ。その事を忘れるな」

 

「もちろん、言われるまでもない事です。しかし、相手はこの星を滅ぼそうとする者。ならば、いずれ退治せねばならないのは必然。であれば、今という絶好の好機を逃す事は愚かなことでしょう?」

 

「俺すら利用しという訳か。良い。実に良いな。その在り様は俺にとっても望むべき物だ。ならば行くか。紫天の守護者よ。化け物退治だ」

 

 ソロモンは転移魔法を使い、見つけた歪みの中心へと向かった。神話に登場する英雄のように、彼らは世界を救う戦いへ赴いた。彼らの姿が欠片も残さず消え去った時、その者がちょうど目を覚ました事を誰も気付く事はなく事態は動き始めた。

 ソロモンが転移してくるのと同時、騎士王は目を覚ました。もはや睡眠も食事も必要なくなった彼女だが、それでも休むという事は重要だと認識していた。しかし、敵が来たというのなら話は別。主の最大戦力として戦場に赴く必要がある。

 

『アーサー、敵が来たの?』

 

「はい。我が同盟者であり、主の持つ指輪の本来の主であるソロモン王がこちらに向かっているようです。いかがいたしましょう?」

 

『追い返す、しかないでしょう?この指輪を渡す訳にはいかない。私は必ず……』

 

「……かしこまりました。では、命令(オーダー)を。我が主」

 

『撃退なさい、アーサー。私の願いを阻む総てを、その槍を持って貫きなさい』

 

「了解いたしました、マスター。しかし……」

 

『……何かしら?』

 

 

「別に殺してしまっても良いのでしょう?」

 

 

『……ええ、構わないわ。あなたの力を、私に見せてちょうだい』

 

「――――御意に。我が力、我が槍、我が運命、私の総てはあなたと共にあるのだから」

 

 そして騎士王――――否、嵐の王は戦場へ向かう。その総ては己が槍を揮うと決めた主のために。たとえ、相手が自分と同じ選定者に選ばれた者であろうとも、その力が主を傷つけるものであるのならば抗わなければならない。我が暴虐を持って、敵の総てを薙ぎ払わんと決めたあの時からそう決まったのだ。

 

「頼むぞ、ドゥン・スタリオン」

 

 自身の愛馬に乗り込み、嵐の王は敵を待つ。己の生涯の中で、最も強かった相手であり同時に己が唯一敗れ去った相手である魔導の王。互いに相手の事を尊重し、真実同格だと思うことのできた相手。己の全力を持ってぶつからなければ、きっと勝てないだろう。

 

「……来ましたか、ソロモン王」

 

「ああ、来たともさ騎士王。いや、その呼び方も今は正しくないのだろう。お前を信じ支える部下も、お前が救い導く民草たちとも最早いないのだから。それは俺も同じ事だがな」

 

「そうですね。思えば遠くに来たものです……そうは思いませんか?ソーン(・・・)

 

「そうだな。懐かしきベルカの地は既に遠く、我々はこうしてまた相争う事となった。再会を喜べばよいのか、それともこうして争う事を悲しめば良いのか……どちらだと思う?アルトリア(・・・・・)

 

 最早知っている者も少ないであろう互いの真名で呼び合う二人。ソーンの生涯において、その名前を知っているのは同格である同盟者と妻だけ。アルトリアにしても家族と選定者ぐらいのものだろう。どうであるにせよ、その名前の意味を知る者はほぼいない。ディアーチェたちはその意味を予想してはいるが。

 だからこそ、その意味を知っているアルトリアが羨ましく憎い。何故なら、その名前を知っているという事はソロモンに心から信頼されている証だからだ。ソロモンは人を信用する事はあっても、信頼の領域にまで至る事は滅多にない。それはディアーチェたちに真名を明かしていない事からも明らかだ。だからこそ、真名を預けられているアルトリアが羨ましく同時に憎くてたまらないのだ。

 

「さて、私としても答えには迷うところですね。それで、ソーン。こうして雑談しに来たのですか?それならば、幾らでも応じますが」

 

「ハッハッハ、そんな訳ないだろう?俺は俺の指輪を取り戻すためにこの星を訪れた。目的の物がすぐ近くにあるというのに、それをみすみす放置する訳にはいかん。お前とて分かっているだろう。アレ(・・)が人の器には余るものだという事ぐらい、な」

 

「確かにそれはそうなのでしょう。しかし、私の役割はこの場所を守る事です。私はあなたを通す訳にはいかないのです。もし通りたいと言うのなら――――」

 

 アルトリアは空中から鎗を取り出して構えた。それは明確な敵対宣言であり、ソーンを除いた全員が武器を構えた。ソーンはただじっとアルトリアを見つめていた。アルトリアもまた戦闘態勢を取らないソーンを見つめながら、暴風を発生させる。砂を巻き込む暴風はソーンの頬を撫で、ソーンの頬からは血が流れた。

 

「――――私を斃していきなさい。かつて、私を討ち取った時のように、私を殺してみせなさい」

 

「……良いだろう。それがお前の選択だというのなら。俺がお前を殺してやる――――武装形態」

 

 ソーンはその言葉と共に、ゆったりとしたフードに身を包んだ戦闘向きとは思えない戦闘装束を身に着けた。これはソーンの魔導に対する絶対の自信、そしてそもそも近寄らせる気すらないという意志の表れだった。事実、古代ベルカ時代において、この戦闘装束を身に着けたソーンは負けた事がない。

 アルトリアは戦意を露わにする。当然だ。ソーンはかつて女神へと至ったアルトリアを殺してみせた相手だ。決して侮って良い相手ではないし、そんな事をしている余裕もない。選定者に選ばれた王が相対すれば、そこにはどちらかは必ず死ぬ。世界に選ばれるとはそういう事なのだから――――

 

「さぁ、始めよう。俺たちの戦争を、再び」

 

「ええ、そうしましょう。この因縁に今度こそ決着を」

 

 魔導の王と嵐の王はこうして激突した。世界の総てを変革させ、救世する王たちは再びぶつかり合うのだった。




ディアーチェたちの姿はinnocentの大人モード的な奴をイメージしてください。
ソロモンの戦闘装束はfgoのソロモンイメージで大丈夫です。


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指輪回収・4

 それはまさしく神々の戦いという言葉が相応しかった。ソーンの魔術や魔法という領域を超えた絶技、アルトリアの頂上の鎗とそれを十全に振るう技量。その戦いは他者の追随を赦さないほどに激烈な物だった。互いに一秒たりとも同じ場所に存在せず、己の力をぶつけ続けた。

 

「これは精霊との戦いではない『――――承認、ランスロット』」

 

「甘い」

 

 アルトリアの持つ聖鎗に施された十三の拘束。それを解除する暇をソーンは与えないし、解除したとしてもそれはソーンを上回る事を決して意味しない。何故なら、ソーンもアルトリアもお互いに本領を発揮する訳にはいかないからだ。

 神の権能を揮う領域に立つ者がぶつかる時、その場所は何もない場所でなくてはならない。少なく見積っても半径数百キロは無人の領域でなくてはならないのだ。全力を発揮するには二人の立っている場所はあまりにも人に近すぎた。目の前の相手を殺す前に守るべき相手が死んでは本末転倒だ。

 

 だからこそ、互いに全力を発揮する事ができない。ソーンとアルトリアの間に力量の差はほぼ存在しないと言って良い。だからこそ、外部の要因が彼らの勝敗を左右する。そして現在、事態はソーンの有利に働いていた。

 

「勝負だ!騎士王!」

 

「邪魔です、斬滅女帝。貴女如きでは私の相手にはならない」

 

「それは、どうかな!?」

 

 レヴィのバルフィニカスとアルトリアの聖鎗が衝突する。その衝撃によっていとも容易く地面は砕け、アルトリアが体勢を崩す……かと思いきや、アルトリアの騎乗する愛馬ドゥン・スタリオンは何もない空気を駆け、驚くレヴィをアルトリアは聖鎗を振り下ろす事で地面に向けて叩き落とした。

 叩き落としたレヴィを一瞥する事もなく、聖鎗を突き出しシュテルの砲撃を散らした。そして聖鎗を構え、一気に突き出した。すると、鎗の形をした暴風がシュテルを襲う。シュテルは防御陣を展開する事で耐えるが、それによって身体が硬直している間にアルトリアは距離を詰め、防御陣に聖鎗を突き刺す。すると、みるみる防御陣が聖鎗によって貫かれ始めた。

 あと一歩で完全に貫かれそうになった瞬間、天空から闇の剣がアルトリアに向かってきた。それを見た瞬間、防御陣から聖鎗を引き抜いて振り回す事で破壊した。そして、ドゥン・スタリオンの手綱を引き、ドゥン・スタリオンの後ろ脚で蹴りあげさせ防御陣を破壊しながらシュテルを吹き飛ばした。

 

 地面が壊れた衝撃によって上がっていた土煙を風によって吹き飛ばした瞬間、いつの間にか出来ていた雲から落雷がアルトリアに向かってきた。しかし、その自然現象ですらアルトリアの前では通用しない。鎗を雲の方に構えながら、アルトリアはただ呟いた。

 

「聖鎗よ、果てを語れ――――」

 

 その言葉と共に聖鎗から光が生まれ、落雷を引き裂きつつ雲を吹き飛ばした。星々の光を受け、輝く姿はまさしくソーンと同じく選定者に選ばれた王に相応しい威光だった。その最早どう言葉にすれば良いのか分からないほどの美しさを前に、ディアーチェたちの憎しみはより増していく。

 アルトリアはディアーチェたちの事を一切見ていない。ただ迫りくる脅威に対応しているだけで、その視線は常にソロモンに集中している。アルトリアからすれば、今のディアーチェたち程度では視線を向ける必要すらないのだ。たとえ、本来の実力を取り戻そうとも、彼女たちでは相手にならない。神器を持っていれば話は別だったかもしれないが、それは言っても詮無き事だろう。

 

「……やはり、そういう事か。アルトリア、お前は蘇った訳じゃない。英霊としてこの世に召喚されたんだな」

 

 散発的な攻撃しかしていなかったソーンはアルトリアの霊核を調べていた。竜の心臓を保有するが故に、アルトリアの対魔力能力は強力だ。しかし、どれだけの対魔力を持とうとも、魔力に関する事では誰も魔導の王を凌駕する事は叶わない。

 しかし、ソーンの力を持ってしてもアルトリアの力を精査するのは多少の時間が必要だった。そのために少しの間攻撃の手をディアーチェたちに任せたのだ。彼女たちの力がアルトリアには届かない事を知りつつ、それでも彼女たちの実力を信じて。

 

「……流石は我が盟友。この短時間で私を解き明かしました」

 

「元々、お前が生身の肉体を持って蘇った訳ではない事は理解していた。小手調べ程度とはいえ、お前の聖鎗―――――世界の最果てにて輝く鎗(ロンゴミニアド)の出力があの程度ではない事ぐらい、俺も理解している」

 

 アルトリアの保有する聖鎗、ロンゴミニアドは別名『世界の柱』。遥か昔に存在していた神代と現代とを繋ぐ嵐の錨であり、その本領を発揮すれば世界一つを滅ぼす事すら可能だ。ソーンが保有していた鎗と魔導書と同じく、アルトリアの本領を発揮させるために用意された鎗――――それこそが、ロンゴミニアドなのだ。

 本来は放たれれば終わりという代物だ。それが大量の魔力を使ったとはいえ、防ぎきれた時点でアルトリアが本来の実力を発揮できていない事は明白だった。だからこそ、ソーンはアルトリアを調べた。その結果、アルトリアがどういう状態なのかを理解した。

 

「英霊召喚。この世界には存在しない概念だ。お前の主はどうやってお前を呼び出したんだ?」

 

「私は魔術師ではありません。そのような事が分かる筈もないでしょう?」

 

「自信満々に言うな。確かに、お前は俺の知っている中で最も優れた剣士であり槍兵だ。けれど、この世界においてお前の知名度はほぼ皆無に等しい。それならばもっと別にいたと思うんだがな。お前の主が何を考えているのかは知らないが、選択は正しいとは言い切れないだろうな」

 

「随分と私のことを理解しているようだが。私とてお前の事は分かっているよ、ソーン」

 

「だろうな。俺がお前の事を理解しているように、お前もまた俺の事を理解しているんだろう。無駄だとは思うが一応訊いておこう。お前は俺の何を分かっているんだ?」

 

「お前の身体、その脆弱性について」

 

 ソーンは予想通りとも言える答えに微笑を浮かべた。しかし、ディアーチェたちはアルトリアの言っている事が分からなかった。ソロモンの身体の一体どこが脆弱なのか、彼女たちには理解しきれないからだ。ソーンの全力を眼にした事のない彼女たちには分かる筈がないのだ。

 

「お前の桁違いの魔力。それは私の聖剣や聖鎗と同じく、星の力と同等かそれ以上の代物だ。だが、それを揮うために必要な耐久力が今のお前にはない。精々、昨日の太陽ぐらいが限界なのだろう?それ以上お前が魔力を使った攻撃を行えば、必ずお前の肉体は砕ける。従来の力を発揮すれば、お前の肉体は完全に消滅する。それぐらい、今の貴様の肉体は脆弱だ。違うか?」

 

「いいや、まったくもって正解だ。お前の私見は何も間違っていない。確かに、お前の言う通りだ。俺の身体は酷く脆弱で、もう少し時間をかけて肉体の成長を待った方が正解だったんだろう。究極的に言えば、この星を見捨ててお前の主も滅んだあとに指輪を回収した方が正しいんだろう。しかし、それは俺が嫌なんだ」

 

「何故?お前の言う通り、主はこの星を滅ぼすという願いさえ叶えばお前に指輪を還しても良いと思っている。あと少しなのだ。その少しすらお前は待てないのか?」

 

「待てないな。俺はあの家族と約束をした。この星を救う、その一助となると。ならば、俺はその約束を守らなければならない。『これから』を見据える者が救われなければ、それは嘘だ。『終わり』しか見ていない人間の願いを叶えるほど、俺はお人好しではない」

 

「……ふっ。なるほど、実にあなたらしい事だ。しかし、私も主の願いを叶える義務があるのだ。彼女に召喚されたサーヴァントとして、そして同盟者に恥じぬ者であるために」

 

 アルトリアの身体から嵐の如く魔力が放出される。放出された地面を打ち砕き、嵐の王に恥じぬ威光を発揮する。そうたとえ本領を発揮する事ができなかろうと、彼女が世界に選ばれた王であるという事実は変わらないのだ。その実力は決して本領を発揮できない程度で損なわれるほど安い物ではない。

 ソーンもその事は理解している。たとえ、その力を完全に発揮する事ができずとも、彼女は強い。しかし、それはソーンとて同じこと。肉体が脆弱な物であろうと、砕けることを前提にすれば戦えない訳ではない。ソーンはそんな従来はあり得ない戦闘を可能とするだけの魔力がある。ならば、後は胆力の話だ。

 

「聖鎗、抜錨――――」

 

 アルトリアはロンゴミニアドを高々と掲げる。それと同時に鎗が高速で回転し、それによって竜巻の如き暴風がロンゴミニアドを覆っていく。ロンゴミニアドが保有する本来の実力を発揮させるための真名解放。騎士王ではなく嵐の王としての威光を発揮するように、ロンゴミニアドは従来と違う力を発揮する。

 

「ソロモン様、これは……」

 

「そう来るか……全員回避行動を取れ。神器なしのお前たちに耐え切れるような物ではない。外側から攻撃して少しでも良いから、あの宝具を削り取れ。さもなくば……あの研究所が吹き飛ぶぞ」

 

 ロンゴミニアドの進路方向にはグランツ研究所があった。少しは距離があるが、あの暴風の前では何の安心も出来ない。間違いなく、その程度の距離は確実に埋めてくる。あんな攻撃を受ければ、間違いなく研究所諸共グランツ一家を殺す事など容易いだろう。それを許す訳にはいかない。

 

「集え、星光――――我に仇名す総てを蹂躙せよ」

 

「突き立て!喰らえ!十三の牙!『世界の最果てにて輝く鎗(ロンゴミニアド)』!」

 

 ソーンの魔力と周囲に散らばる残留魔力を利用した集束砲とロンゴミニアドの竜巻の如き暴風が激突する。互いの力が激突し、地面が耐え切れずに壊れていく。ディアーチェたちは何とかソロモンの力になろうとするが、竜巻はまったくその威力を損なわない。どころか、互いにその魔力を取り込む事で被害は拡散していく。

 しかし、流石と言うべきはソーンの技術だった。ロンゴミニアドの魔力と激突しながらも、それによって散っていく魔力を再び集束砲に注ぎ込むことで宝具の衝突に対応していた。このままであれば、間違いなくロンゴミニアドの攻撃にも耐えきれるだろう。そう、このままであれば(・・・・・・・・)

 

「はぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

「アミタ!?何故ここに……!」

 

「関係ない人がこの星を救うために戦っているのに、私たちが戦わなくて良い訳がありません!私だって、少しはお力に……!」

 

「……鬱陶しいぞ、人間!」

 

 周囲を飛び回り、効かないとはいえ攻撃してくるアミタの存在を鬱陶しく感じたのか、魔力放出でアミタに攻撃を仕掛けた。それによって生まれた隙を突き、アルトリアの立っていた地面を集束砲によって吹き飛ばした。宝具発動のために踏ん張っていたアルトリアだったが、地面が砕けた事で体勢が崩れ槍の穂先が空中にずれた。その隙に転移でアミタを回収したソーンは次の瞬間、眼を見開いた。

 

「甘いぞ、魔王。この程度でどうにかなるほど、私は甘くない!」

 

 砕けた地面を蹴りつけ、ドゥン・スタリオンが跳躍した。そのまま墜ちるのかと思いきや、ドゥン・スタリオンは空を駆けあがっていく。アルトリアは湖の精霊から加護を受け、水上を走る能力を持っている。それを利用する事で、空中に限定的に水の壁を作って跳躍していたのだ。

 

「地に増え、都市を作り、海を渡り、空を割いた。聖鎗よ、果てを語れ!『世界の最果てにて輝く鎗(ロンゴミニアド)』!」

 

 そして雲よりも上の領域まで至ると、そのまま駆けあがって行った時と同様に、けれど落下速度も加味された聖鎗がソーンとアミタに向かう。ソーンは再び集束砲を叩きこむが、聖鎗の突撃の前には意味をなさなかった。ソーンはそれを確認すると、転移魔法で回避を試みる。しかし、転移魔法を構築する事ができなかった。それどころか、空を飛んでいたディアーチェたちも落下し始めた。

 

「移動魔法の制限……指輪を使ったか!仕方がない――――ヘルメス・トリスメギストス!」

 

 これによって回避の選択肢はなくなった。今から回避するために動くよりも聖鎗が直撃する方が早い。そう判断したソーンは三層によって構築された防御術式を展開した。錬金術、天体学、降霊術の三つを利用した防御障壁。その防御障壁の前には数少ない例外を除けば、ありとあらゆる必殺を無効化せしめる。

 

「その程度で……この私を、止められると思うなぁ――――っ!」

 

 対するアルトリアは真正面からロンゴミニアドを防御障壁に叩きこんだ。本来であれば、それは何の意味もない徒労だ。しかし、アルトリアは必ずや勝利を手に入れなければならない。でなければ、自分の主は、彼女(・・)はあまりにも報われない。たとえ、その果てが滅びでしかなくとも。彼女の願いを叶えると誓ったのだ。ならば、その為に全力を尽くすだけだ。

 

「く、そ、がぁっ!」

 

 ありとあらゆる攻撃を遮断する絶対の防御能力を誇る三層の(ヘルメス・)防御障壁(トリスメギストス)。アルトリアはそれを真っ向から押し始めた。一層目に亀裂を生じさせ、みるみるうちに引き裂いていく。ソーンは魔力を注いでいくが、アルトリアの前には焼け石に水という言葉が相応しかった。障壁を支えている右腕から血が噴き出してくるが、まったくアルトリアを抑えきれていない。

 ソーンはこの攻撃を防ぎきれないと判断し、傍にいたアミタを筋線維の一本一本に強化魔法を注ぎ込んだ左腕で投げ飛ばした。ソーンに手を伸ばしていたアミダを無視し、障壁にギリギリまで魔力を注ぎ込んだ。しかし、その健闘虚しく、防御障壁は破られソロモンのいたところには巨大なクレーターが生まれた。

 

 アルトリアが鎗を掲げると、その穂先にはちぎられた誰かの左腕が掲げられていた。良くも悪くもその左腕が誰の物なのか分からないほど、彼女らは耄碌していなかった。アミタは助けに来ておきながら助けられた自分の不甲斐なさに血が出るほど歯を食いしばり、ディアーチェたちはその思考を復習の一色に染め上げられた。

 流石のアルトリアも先ほどの障壁を突破するのは消費が伴ったのか、身体から魔力の粒子が出るほどには疲労していた。しかし、その事ですら彼女にとってはどうでも良かった。彼女は静かにロンゴミニアドの穂先にある左腕を取った。アルトリアはそれを寂しげに見つめながら、その肉を喰らった。

 

 その光景は異様とも言うべき物だった。古来、超常の生物の血肉を喰らう事でその身に取り込むという風習はあった。しかし、彼女は英霊だ。その肉体は精霊と同じ物と化し、ソロモンの血肉を喰らったところで何も得られる物はない。その光景の意味を、その場にいる誰もが理解する事ができなくなってしまっていた。

 いや、本当は分かっていたのかもしれない。けれど、それを認めたくなかったのだ。それを認めてしまえば、きっとこの胸に燻っている感情を抑えてはいられなくなる。アミタはそう思ってしまったからこそ、アルトリアが左腕の血肉の総てをたいらげるまで、ただ黙って見つめている事しか出来なかった。

 

「あなたは、どうして……」

 

「……さぁ、どうしてなのだろうな。私にもどうしてなのか、分からないのだよ。お前には分かるか?どうして、私がこんな事をしたのか」

 

 あぁ、この人はきっととても不器用な人間なのだと、アミタは思った。自分がどうしてそんな事をしたいと思ったのか、理解するような経験はなかったのだろう。きっと彼女は人を■した事がなかったのだ。より明確に言えば、全体の人ではなくたった一人を選んだ事がないのだ。だから、彼女はそんな顔(・・・・)でこんな質問をしてくるのだ。

 

「分からないんですか?本当に、あなたは今自分が持っている感情を、理解する事が出来ないんですか!?」

 

「何を、言っている?私が、持っている、感情……?」

 

「いいえ、分からない筈がない!あなただって本当は分かっているんでしょう!?分かっているのに、分かりたくないから、理解したくないから!分からないフリをしているんでしょう!?」

 

「お前は……何を言っている。一体、何を言っているんだ!?」

 

「あなたがあの人を、ソロモンさんを殺して!本当に何も思っていないなら!涙なんて流す訳ないでしょう!?」

 

「何……?」

 

 その時、アルトリアは初めて自分の頬が濡れている事に気付いた。どうして、何故、そんな思考が頭の中をぐるぐると回っていく。理解する事の出来ない感情に胸を支配されていく。防御障壁を破られた一瞬、ソーンが自分に何かをしたのかとすら考えた瞬間、アルトリアの頬に衝撃が奔った。目の前にはアルトリアと同じく涙を流すアミタがいた。

 アミタの手で地面に引きずり落とされ、襟を掴まれる。自分はどうしてこんな力もないただの小娘に、何もすることが出来ないのかと考えた。アミタを吹き飛ばそうとするが、魔力が足りていないのか身体を動かす事ができない。アルトリアは再び頬を叩かれ、アミタを見上げた。

 

「私を、見ろっ!」

 

「……………………っ」

 

「どうしてあなたは目を逸らすんですか?目の前にある現実から、自分の中にある意思から、自分自身から!どうして、貴女は自分を認めることが出来ないんですか!?」

 

「お前は……」

 

「アーサー・ペンドラゴン!あなたは私だって知ってる、次元世界の王様なんでしょう?本当に自分の民を愛していた王様なんでしょう?そんなあなたがどうして自分の想いを認められないんですか?」

 

「私のことを、知っている?」

 

「知っています。知っていますとも!あなたは絵本にも出てくるような英雄です。皆が幸せになる事を願い、その為に戦い、果てには化け物に成り果てても人々の平和を願った優しい王様。あなたの事を知らない人なんていません。それぐらい、貴女は凄い事をしたんです!」

 

 そんな馬鹿な。自分が存命だった頃、そんな絵本が世に出回っているなどという話は聞いていない。ならば、自分の死後か?では、誰が?アルトリアは女神と成り果て、人々を救済しようとしたところをソロモンに討たれた。ソロモンという絶対の王を褒め称えるなら、寧ろアルトリアは貶され貶められて当然の存在だ。だと言うのに、目の前の少女に優しい王様などと……そこまで思考が行った瞬間、アルトリアは一つの可能性に気付いた。

 いるではないか。生前アルトリアに優しい王様だと、そう言った者が。その者の言葉に自分はどこか恥ずかしく感じたものの、それでも嬉しく思った。アルトリアの治世を褒めてくれた者が確かにいたではないか。

 

「まさか……ソーン。あの人が……」

 

「あなたはどうして、貴女が彼の事を好きだったと認められないんですか……?」

 

 アミタのその言葉にアルトリアは頭を金鎚で殴られたような衝撃を受けた。アミタの言葉はアルトリアにとって、青天の霹靂とも呼べる代物だったからだ。

 

「私が、彼の事を……好きだった……?馬鹿な、そんな馬鹿な事があるものか!私と彼は――――」

 

「ソロモン王とアーサー王は互いを認め合った盟友だったと聞いています。あなたたちがどういう時間を過ごしたのか、私には分かりません。けれど、貴女がソロモンさんを凄く信頼していた事は知っています。あなたはソロモンさんの事が本当は好きだったんじゃないですか?

 それでも、互いに王様だから。そうやって線引きをしていたんじゃないですか?さっき、貴女がソロモンさんの左腕を食べたのは少しでも彼の一部が欲しいと思ったからじゃないんですか?」

 

「私、は……」

 

「あなたは、本当は彼を愛していたんじゃないんですか――――?」

 

「黙れ……黙れ、人間!」

 

 その瞬間、アルトリアを中心に嵐が巻き起こる。その風に耐え切れず、アミタは吹き飛ばされた。しかし、吹き飛ばされたアミタを抱き留める人物がいた。その人物はアミタを受け止めながら笑っていた。

 

「やぁ、大丈夫か?アミタさん」

 

「ソロモンさん?」

 

「そうだよ。待たせたな、アルトリア。第二、いや、第三ラウンドを始めよう」

 

 威風堂々とした姿で再びソロモンはアルトリアの前に立ちはだかるのだった。



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指輪回収・5

 アミタとアルトリアが言い合いをする寸前、即ちアルトリアがソーンの防御障壁を貫通した瞬間のこと。ソーンは一層目を破られた段階でこの攻撃は防ぎきれないと判断した。アミタを投げ飛ばした後、自分の手で(・・・・・)左腕を切り落とし(・・・・・・・・)それを媒介に幻覚を作り上げた。

 しかし、さしものソーンでもあの短時間で完全に回避することは難しく、クレーターができた衝撃によって地面に叩きつけられていた。アルトリアが自分の左腕を食べ始めた瞬間には引いていたが、無視してディアーチェたちに念話をした。

 

『ディアーチェ、シュテル、レヴィ。聞こえているか?』

 

『ソロモン様!ご無事ですか!?』

 

『ああ。左腕はもがれたが……まぁ、仕方あるまい。アレだけの攻撃だ。左腕一本で何とかなったのだから御の字、というぐらいだろう』

 

『ソロモン様、今すぐに向かいます。座標を教えてください』

 

『分かった。座標をデバイスに送るから、オプティックハイドで身を隠しながら来い』

 

『了解しました』

 

 三人が来るまでの間に極小の結界を張り、傷口を焼いた。呻き声を噛み殺し、ソーンは一息ついた。それと同時に三人が現れ、ボロボロの状態のソーンに息を呑み同時にアルトリアへの怒りを露わにした。しかし、苦悶の声を漏らしたソーンにその怒りは霧散した。

 

「陛下、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だ。左腕はもがれたが、回復……いや、修復魔法で戻せば済む話だ。しかし、腕を戻してあの場に戻ったところで事態は決して好転はしないだろう。この肉体の脆弱性がある限り、あいつに勝つのは難しいだろうな」

 

「そんな、陛下があのような輩に負けるなど!」

 

「……事実、現状使用できる最強の守りを破られただろう。口惜しい話ではあるが、俺があいつに後れを取っている事に間違いはない。俺が存在する器としては及第点でも、俺が力を揮う器としては未だ及第点には程遠い、という事か……ふんっ!」

 

 左肩からおぞましい音を立てながら、左腕が再生していく。完全に元に戻るまで、ソーンは歯を食いしばり痛みに耐えた。先ほどの傷を焼くよりもきつい痛みがソーンの身体を迸り、ソーンはそれに何とか耐えきった。何とか左腕は戻ったが、ソーンの体力は一気に削り取られていた。

 

「はぁ……はぁ……さて、この戦局をどう覆すか。神器を持たないお前たちは聖鎗を持つ奴には届くまい。俺もまた脆弱な肉体のままではあいつに勝てない。手がない訳ではないが……それには時間が必要だ。その時間を稼ぐ方法が必要だ。お前たちに考えはあるか?」

 

「……陛下。恐れながら、私に一つ案がございます」

 

「ほう……?陳べよ、シュテル。お前の案、一つ訊いてみようじゃないか」

 

「はっ……私の案は――――」

 

 シュテルの案を聞いたディアーチェはお前は正気かとシュテルを疑った。レヴィは自分がどれだけ気に入らずとも、そんな案を言わなくてはならなかったシュテルを案じた。ソーンはシュテルの案を聞き――――笑っていた。その作戦のいかれ具合を面白いと感じたからだ。

 

「シュテル、本気か?貴様は本気でそのような策を陛下にさせようと言うのか?」

 

「……現状、これ以外の策はございません。援軍は望めず、望めたとしても相手があの騎士王であるのならば、いかなる存在が現れたとしても無為に近い。しかし、この作戦であれば今だけに限らず今後とも陛下にとってプラスとなるでしょう」

 

「シュテルン……」

 

「陛下、どうなさいますか?決められるのは陛下の役割でございます」

 

「……良い。その作戦に乗ろう。確かにお前の言う通り、その作戦であれば今後の俺にとってもプラスとなるだろう。そうでもしなければ奴に届かないという事も理解している。ならば、するだけだろう」

 

「ありがたき幸せにございます、ソロモン様」

 

「ソーンだ」

 

「は……?」

 

「俺の名前はソーン。ソーン・アレクシスだ。この戦いが終われば、俺の事はそう呼べ。愛しき我が配下たち……否、紫天の守護者たちよ」

 

「は、はいっ!ソロモン様!」

 

 真名を預けられた。それは彼女たちにとって、最も大きな事柄だった。その言葉に籠められた信頼という衝撃が彼女らの心と体を打ち震えさせる。この世で数少ないソロモン王の真名を預けられた。彼に焦がれた彼女らにとって、それはこの世で最も至上の名誉であり幸福だった。

 

「さぁ、行くぞ。我が最強の魔導騎士たち。世界を救うとしようじゃないか」

 

『我ら女帝の名に懸けて、御身に勝利を!』

 

 そして再びソーンはアルトリアの前に立ちはだかった。何故か涙を流しているアルトリアに首を傾げたが、些細なことかと切り捨てた。アルトリアはソーンが生きている事が信じられないのか、呆然としていた。

 

「おいおい、どうしたアルトリア?この短時間でどうやったらそんなに腑抜けるんだ?敵を前にして地面に座り込んだままだなんてお前らしくもない」

 

「ソーン……?本当にあなたなのですか?」

 

「もちろんだとも。さっきまで戦っていたのが実は偽物だったなんて話はないし、ここにいるのが偽物だなんて話もない。お前と戦い始めた時から、いやこの世界に来た時から俺は俺だ。ソロモン・アクィナスと呼ばれた魔王様だよ。そんなに気になるのなら触ってみるか?うん?」

 

 ソーンは適当に言ったつもりだった。殺した筈の相手が生きているからそんな態度を取るのだと、そんな風に勝手に納得していた。真実がそうではないと知らない彼は、アルトリアを煽っていた。アルトリアはよろよろと立ち上がると、ソロモンに近付き――――抱きしめた。流石にそこまで行くとソーンもアルトリアがおかしい事に気が付いた。

 

「……アルトリア?」

 

「……あぁ、本当だ。あなたは今、生きているのですね」

 

 ソーンの肉体の熱を感じる。心臓から響く鼓動の音が聞こえる。ソーンは今、確かにここにいるのだという事を実感する事ができる。その事実に、アルトリアは再び涙をこぼした。そんな彼女を知る者であれば予想する事すら出来ない事態に、ソーンはため息を吐いた。

 

「……アルトリア。お前、一体どういうつもりだ?俺はお前の主の敵だぞ。敵に無防備に抱きつくなど、正気か?」

 

「ソーン……ソーン。あなたは生きているのですね。だったら――――」

 

「ふ、ざけるなぁっ!」

 

 魔力が球体状となりアルトリアを吹き飛ばした。その表情は怒りに満ちていた。アルトリアのその無様さに失望の表情すら宿っていた。この短時間で一体何があったのか、ソーンには分からない。けれど、きっと彼女の根本を揺るがせるほどの何かがあったのだろう。それは理解した。けれど、それでも、ソーンにとっては許せない事がたった一つだけあった。

 

「お前は、なんて顔をしているんだ。この世に絶望したのか?お前自身に失望したのか?何が今のお前を支配しているのかは知らない。それでも、その先にお前を進ませる事だけは許さない。絶対にだ!」

 

 アルトリアの瞳から光が消えていたのだ。その瞳をソーンは知っている。その瞳は、かつてアルトリアが女神の坐位に至った時の瞳だ。人間としての総てを消して、超常の存在へと至ろうとした馬鹿な女の姿だ。それは、それだけは、決して認める訳にはいかなかった。同じ選定者に選ばれた王として、何より同じく人々を愛していた一人の人間として、そんな存在に成り果てることを認める訳にはいかなかった。

 アルトリアがかつて女神となった時もそうだった。何にそこまで絶望していたのかは分からない。けれど、結果として何かに絶望しきったアルトリアは女神となった。その在り様を認められなかった。人として王となる事を決意したソーンからすれば、アルトリアの選択は到底認められない物だった。女神という超常の存在へと逃げるという選択がソーンにとってはとても許せる物ではなかった。

 

「お前だって人間だ。辛い事や苦しい事があるしあったんだろう。でもな、人間(俺たち)はそこから逃げちゃいけないんだよ。どれだけ逃げたくても、どれだけ辛くても。俺たちはそこから目を逸らしちゃいけないんだ。それが俺たちの役目なんだ。人を救い導く事を選んだ俺たちの役目なんだ」

 

 人の在り方から、目を逸らしてはいけない。それがどれだけ辛い事であっても、それがどれだけ醜い物であっても。だからこそ、逃げてはいけない。人として彼らの在り様を見つめなければならない。決して、超常の存在へと成り果てて良い筈がないのだ。

 

「その眼……俺が最も気に入らない眼だ。その、人を羽虫か何かを見るかのように見るその眼が、俺は大嫌いだ。俺に言いたい事があるのなら……伝えたい事があるのなら……自分の言葉を吐いてみろ!女神としての言葉ではなく、人としての言葉を、俺に言ってみろっ!」

 

「私、は……」

 

「それとも、お前はその程度の事も出来ない軟弱者か!?俺が、この俺が認め真名を預けたアルトリア・ペンドラゴンという女はその程度だったとでも言うつもりか?ふざけるのも大概にしろ!」

 

「ソーン……私はあなたを、あなたの事を……いえ、今言っても詮無い事。話は総ての戦いが終わった後にするとしましょう。あなた以外の総てを打ち倒し、その後にあなたを縛り付けて話し合うとしましょう」

 

 アルトリアは再びドゥン・スタリオンに乗り込み、圧倒的な存在である嵐の王としての威光を見せつける。その絶対性は決して揺らぐことなくその場にある。女神としてではなく、人としてあるために――――この瞬間から彼女は完全に嵐の王となったのだった。

 その事に、ソーンは安堵すらしていた。相手が強力な存在になった事はソーンにとってはどうでも良い事だ。それよりも自分にとっては譲れない境界線が破られなかった事の方が重要だ。彼にとって、人であるという事は絶対に守らなければならない境界線だ。自分の認めた相手が強くなる事よりも、化け物と成り果てる事の方がソーンにとっては許しがたい事だった。その代償に相手が強くなる程度、ソーンにとってはどうという事はない。

 

「さぁ、行くぞ。お前らは俺が認めた勇士だ。強くなったとはいえ、今の奴程度ならば勝てない相手ではない。違うか!?」

 

『いいえ、ソロモン様の言う通りにございます。我らの力が合わされば』

 

『あんな奴、敵じゃないね!』

 

『我ら三騎士の名の下に、陛下に勝利を齎しましょう』

 

 ソーンの足元にベルカ式の魔法陣が現れ、ソーン本来の魔力光を意味する白を中心に各角を赤と青と紫が均等に混ざり合っている。その従来であればあり得ない魔法陣の色をあえて説明するならば――――

 

「……なるほど。今の三女帝はプログラム体……理論上はユニゾンデバイスと同じ事ができる。それを利用したユニゾンによって肉体の脆弱性を埋めた、という訳か」

 

「無論、それもある。だが、それだけではない」

 

 ソーンの言葉と共に、肉体が砕ける音が響いた。左腕と右腕の骨が砕けながら魔法の術式によって肉体が再構築されていく。肉体が砕ける度に魔法陣が現れ、肉体を修復していった。何度も何度も何度も何度も。肉体は砕け、その度に魔法によって修復されていく。

 ソーンの周りに血だまりができ、最終的にソーンの全身は血まみれになっていた。それはまるで古き血を出し、新生する事で新たな肉体を得る不死鳥のようだった。音が響かなくなった頃には文字通り肉体総ての血と肉を入れ替えたのではないか、と思いたくなるほどの血が辺り一帯に流れていた。

 

「……ふぅ。やっと終わったか。痛覚をカットしておいて正解だったな。こんなの流石に平常心で耐えるのは不可能だったろうからな」

 

「あなたは……何という無茶をするのか。自らの肉体を砕き、それを再生する過程で魔力を流し込み、それによって魔力に対する異常なまでの耐性と耐久力を得たのか」

 

「よく分かったな。しかし、これでもまだ本来の半分程度、或いはそれ以下の出力が限界だろう。後は成長の過程でどうにかするしかないだろうな。だが……今はそれだけあれば十分だろう」

 

 肉体の状態を確認しながらそう言ったソーンは次の瞬間、先程とは比べ物にならない魔力を吐き出した。それと同時に空間が軋みを挙げ始める。空間を圧迫するほどの魔力に、ソロモンの肉体は傷つく事なく平然としていた。それを確認すると、ソロモンは微笑を浮かべた。

 

「先ほども言ったが……さぁ、第三ラウンドを始めるぞ!アルトリア!」

 

「来い、ソーン!」

 

 ソーンが踏み出した瞬間、ソーンの肉体が雷光に包まれた。次に足を踏み込んだ瞬間、アルトリアの圏内よりも内側に踏み込んだ。とある世界に伝わる縮地と呼ばれる技術を使ったかのように見えたソレは、何のことはない。ただ雷速によって生まれた距離を、その速度によって人の反応速度を超えて近付いただけだ。

 

「弾けろ、焰鎗」

 

 空気中に生まれた焔の鎗が生まれ、アルトリアの顔面に向かう。その総てを風の魔力放出によって迎撃され、しかし次の瞬間にはその場から空中に場所を移していた。ソーンが本来得意とする魔法砲台とはまた一風違った戦い方。けれど、なにも違和感なく戦えていた。

 天然の嵐のように何処から攻撃してくるのか分からない。何もないはずの場所に魔法陣が現れ、アルトリアを襲っていく。それによって、アルトリアは動く事ができなくなった。下手に動けば、何が待っているのか分からないからだ。それはアルトリアとしても上手いと言える手だった。

 

 しかし、鬱陶しく感じたのかアルトリアは聖鎗に風を纏わせ、一気に突き出した。それによって槍の形をした暴風がソーンに向かって突き進んできた。それを躱すことは不可能ではなかったが、ソーンはその攻撃に対して迎撃する道を選んだ。

 

「お前の得物を借りるぞ、ディアーチェ」

 

『ご存分に。我が力、総ては御身に捧げし物にございますれば』

 

「咆えたてよ、復讐の焔。その業火を持って、万象総てを焼き払え――――咆えたてよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)

 

 ディアーチェの鎗でその一撃を受け止め、その魔力をも利用して紫色の焔を生み出した。焔を纏った槍を揮い、アルトリアに反撃した。ソーンは『敵の攻撃を受け止め、それを増幅して返す』という宝具の再現をこの短時間で成し遂げたのだ。今のソーンにとって、闇と焔と雷にまつわる宝具の再現など造作もない事だった。

 ソロモン王の叡智はこと魔術や魔法に限れば総てを知り尽くしている。単純な魔力体による反撃など、この王にとっては何の意味もない。それどころか、自分が痛い目を見るだけという悲惨な未来すら待っている。その事を、アルトリアは忘れていた。

 

「くっ、おおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 まとわりつく復讐のために生み出された焔を吹き飛ばし、アルトリアは息を切らす。ソーンは刻一刻と本来の実力へと回帰しつつある。これ以上時間をかければ、間違いなく手が付けられなくなる事は間違いないだろう。その前に決着をつける必要がある。そう決断したアルトリアは再び聖鎗に魔力を注ぎ込み始めた。聖鎗の真名解放にて総てを吹き飛ばすと決めたのだ。

 アルトリアの決意を察したのか、ソーンはアミタの傍に降り立った。そして彼女に手を差し伸べた。アミタは困惑しながらも、ソーンの手を取った。それを確認したソーンは確かに笑みを浮かべた。

 

「アミタ、相手は最後の賭けに出る事を選択したらしい。この進路方向には研究所があるから迎撃をしなくてはならない。だから……祈ってくれ。俺が勝つ事を、そして俺たちがこの世界を救える事を」

 

「どうして、それを私に……私が弱いからですか?」

 

 アミタには不思議でならなかった。ことこの戦場において、アミタは何の役にも立っていない。それなのに、どうしてそんな事を言うのか、アミタには分からなかった。邪魔だから引っ込んでいろという意味だろうか?思わずそう思ってしまうほどに、アミタは自分の弱さが嫌になっていた。しかし、それに対してソーンは笑いながらその質問に答えた。

 

「何を言ってるんだ。――――英雄の勝利には、いつだって乙女の祈りが付き物だから、さ!」

 

 ソーンは強く足を踏み込み、魔法陣を高速で稼働させる。目の前に先の戦いで宝具と衝突した際と同じ集束砲が現れる。しかし、先程とは籠められた魔力とそして周囲に散らばった残留魔力の回収速度、そしてそれを高速で動かす事でより威力を上昇させる工程の速度が桁違いに速かった。

 優にSランクを超える魔導士であるディアーチェらと、そもそもランクという括りでは縛れない領域にいる魔導士たるソロモン。その演算能力を持ってすれば、不可能はない。大規模に集束された魔力砲が眼の前に現れた。その威力は最早自然災害の域に至っていた。

 

「突き立て!喰らえ!十三の牙!――――『世界の最果てにて輝く鎗(ロンゴミニアド)』!」

 

「吹きすさべ、滅びの星光よ。世界の最果てを汝の星光を持って、我が障害の一切を汝の滅びによって満たし尽くせ――――『神々の怒りは此処にあり(オルカシア・ネプトゥヌス)』!」

 

 紫色(ししょく)の竜巻と四色(ししょく)の星光がぶつかり、その場を破壊の輝きによって満たすのだった。破壊の光に満ち、その場にいた全員が光に呑み込まれた。




なんか毎日投稿時間が後ろにずれていく……


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指輪回収・6

流石に毎日更新は厳しかったよ……Reflectionのネタバレが混ざっていますが、よろしくお願いいたします。


「突き立て!喰らえ!十三の牙!――――『世界の最果てにて輝く鎗(ロンゴミニアド)』!」

 

「吹きすさべ、滅びの星光よ。世界の最果てを汝の星光を持って、我が障害の一切を汝の滅びによって満たし尽くせ――――『神々の怒りは此処にあり(オルカシア・ネプトゥヌス)』!」

 

 アルトリアの聖鎗とソーンの魔法が衝突する。その威力は完全に拮抗しており、どちらかが欠けばその時点で決着がつくような状態だ。だからこそ、どちらも引く事なく力を籠め続ける。互いの宝具と魔法の中心点は完全に消滅していた。互いに相手を撃ち破らんと魔力を注ぎ込む。

 

「ぐ、あああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「う、おおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 どちらも手加減など一切なく、己の持てる全身全霊を注ぎ込む。同時に籠められた力はどんどん高まり、被害は比例するように拡大していく。事態はこのまま推移するのかと思いきや、アルトリアの魔力が急に弱まり始めた。その理由をアルトリアとソーンは同時に理解した。

 そう、ソーンが連れてきていたチンクだ。ソーンがアルトリアと戦闘を行う事でアルトリアとそのマスターの目を惹き、その間にチンクに指輪の探索を任せたのだ。この場で最も力のない者だからこそ、警戒心を抱かれない唯一の存在としてソーンはその役割を任せたのだ。

 

「これで終われ、アルトリアァァァァ――――ッ!」

 

「負けられる訳がない……彼女の願いを私は必ずや――――!」

 

 しかし、アルトリアの覚悟もむなしく、アルトリアの宝具はソーンの集束砲に撃ち破られた。それと同時にユニゾンが解除され、息を切らした三人と少しだけ息が上がっているソーンがいた。そして、ソーンは倒れ伏しているアルトリアに近付いた。

 

「私は……負けたのか。しかし、マスター狙いだったとはな……いや、そこまで思考を行かせることが出来なかった時点で私の敗北は決まっていた訳か」

 

「まぁ、その通りだな。チンクを何の力もないただの一般人と認識した時点で、お前の敗北は決まっていたんだよ。最も警戒されない彼女だからこそ、俺はこの役割を任せられたんだ」

 

「そうか……ソーン。私の願いを訊いてもらえるだろうか?」

 

「……とりあえず言ってみろ。聞いてからその返事はしてやる」

 

「どうか……どうかマスターを生かしてやってくれ。彼女はただ後悔しているだけなんだ。そのために指輪を使っただけなんだ……だから」

 

「知るか。お前のマスターをどうするかどうかなど、俺が決めるべき事じゃない。お前のマスターをどうするか決めるのは、この惑星で生きる者だ。俺にどうこうする権利などあるものか。俺は指輪の回収と惑星の活性化するぐらいしかするつもりはない」

 

「そう、ですか……あなたらしい事ですね。では、私の近くに来てもらえますか?」

 

 ソーンがアルトリアに近付くと、アルトリアは身を起こしてソーンの顔を捕まえた。何をするつもりなのかと思えば、アルトリアがソーンの唇にキスをした。あまりにも予想外だったのか、ソーンは呆然としていた。そんなソーンを見てアルトリアは華やかに笑い、消滅していった。ソーンはアルトリアの行動に暫し呆然としつつ、暫くすると立ち上がった。その顔には何とも言えない表情が浮かんでおり、ため息を吐いた。

 

「……何をしているんだ、お前は。まさか俺に惚れていた、とでもいうつもりなのか?」

 

 一種の失望の色すら見えたソーン……ソロモンの表情にアミタは物申したかった。しかし、する事はしなかった。何故なら、ソーンの頬を一筋の涙が流れていたからだ。

 

「馬鹿が……だから、お前は優しすぎると言うんだ。俺のような人間に色恋の感情など抱いてどうする。お前ならばもっと良い奴が捕まえられるだろうに……」

 

「ソロモンさん……」

 

「まぁ、良い。今言っても詮無い事だ。今はチンクと合流するとしよう。本来の目的を果たすために」

 

 アミタが一瞬垣間見た涙はまるで幻想だったかのように消えていた。そしてソロモンたちはアルトリアが守ろうとしたマスターがいるであろう場所――――廃教会に向けて歩みを進めた。ソロモンが教会に近付くと、扉があったであろう場所にはチンクが立っていた。

 

「お待ちしておりました、殿下」

 

「ああ。指輪回収、大義であった。お前のおかげで俺が勝利したと言っても過言ではあるまい。よくぞやってくれた」

 

「いえ、御身の力があればこその成果と言うべきでしょう。私だけではあの御方の足元にすら遠く及びません。勝利という結果を得られたのは御身の存在故です」

 

「謙遜する事ではないし、俺がいなければお前がここに来る事もなかったのだ。今の俺にお前に与えられるほどの温床を用意できない以上、せめて称賛の声ぐらいは素直に受け取ってくれ」

 

「……かしこまりました。それでは、ソロモン様。御身の指輪を」

 

 チンクはソロモンに右手を差し出した。そこには特殊な装飾が施された黄金の指輪が一つ乗っていた。それを摘まみ上げ、少し確認した後右手の中指にその指輪を嵌めた。すると指輪がソロモンから凄い勢いで魔力を吸い取り始めた。その感触を持ってようやくソロモンは納得した。

 

「……ああ、確かに。しかし、お前も中々に無欲だなチンク。この指輪があればいかなる願いも叶うというのに、何も願わないとはな」

 

 ソロモンは意地悪そうな笑みを浮かべながら、チンクにそう言った。けれど、チンクはそんなソロモンに対して特にどうという事はないという態度を取っていた。ありとあらゆる願いを叶える万能の願望機としての力を持つ指輪を前にしても、チンクの心は揺れなかった。

 

「……私にその指輪は必要ありません。その指輪を前にした時、自然とそう思えたのです。殿下、私はおかしいのでしょうか?」

 

「いや。そんな事はない。お前はまったくもって正常だよ。指輪を前にしてそういう思考ができるお前は真っ当な人間だよ。欲に溺れた人間ほど指輪に呑まれる。そうではなかったのだから、お前は胸を張って良いんだ」

 

 そう言った時のソロモンの表情はとても穏やかな物だった。指輪を見た者の欲望が満たされている時、指輪を欲する欲望は生まれない。しかし、それは当然の話である。ありとあらゆる願いを叶える力だ。叶えたい願いが難題であればあるほど、それを叶えることの出来る力を持っている指輪を欲するのは当然の話だ。

 チンクにその感情が湧かなかった、という事は今の彼女は満たされているという事を意味している。渇いていれば渇いている程に、飢えていれば飢えている程に指輪の力は強くなり、同時にそれを欲する衝動も強くなる。チンクにその感情がなかったという事は、彼女の器は指輪を欲するほどに飢えている訳ではないという事を意味していた。それはソロモンにとって、喜ばしい事でもあった。

 

「人なのだ。飢えていれば良い、渇いていれば良いなどと言える訳がない。須く弱い人々はその飢えを満たしたいと願うのだからな。それが悪い事だとは言わん。それでも、領分という物があるのだ。満たすべき飢えと満たさずとも良い飢えの二つがな」

 

「満たすべき飢えと満たさずとも良い飢え……ですか?」

 

「そうだ。そして後者が強ければ強い程、指輪はその者を魅了する。困った物だとは思わないか?」

 

「……そうですね。それで、この後は如何なさいますか?アミティエ殿が何故ここにいるのかは存じませんが、グランツ一家に一言挨拶をして戻られますか?」

 

「そんな不義理をするつもりはない。天剣たちが俺たちの迎えに来るつもりのようだからな。それまでは待つとしよう。世話になったというのに、こちらの目的を叶えたのだからさよなら……というのは些か問題だと思うが?お前が家族の元に戻りたいと願うのは自然なことだが、もう少し付き合え。それぐらいの余裕はあるだろう」

 

「……かしこまりました。総て、殿下の思うがままに」

 

「ふっ、悪いな。今はあいつのマスターとやらに会っておきたい。あいつが救いたいと思ったマスター……眼にしておいても構うまい」

 

 チンクはソロモンを止めようかと思ったが、ソロモンの好きにさせることを選択した。チンク個人としては、あの娘に同情する心はあった。けれど、それがソロモンも同様であるとは限らない。どころか、ソロモンの琴線に触れ、怒らせる可能性もあると思ったのだ。しかし、自分が言った程度では止まらないだろう事も分かっていた。だからこそ、止めるような事はしなかった。

 

 ソロモンが廃教会の中に入ると、そこには一枚の石板とその前に座り込む少女がいた。何もかもを失ったかのような、そんな人間の眼をしていた少女は入ってきたソロモンたちに目を向けた。そしてその視線が指輪に向いた瞬間、まるで人が変わったかのように突っ込んできた。そんな少女にソロモンはため息を吐き――――鳩尾につま先を打ち込んで蹴り飛ばした。

 強化の魔法も使用されていたのか、少女が突っ込んできた速度の倍の速度で石板に衝突していた。崩れ落ちる少女をしり目に、ソロモンは阻害魔法をかけられた手袋を身に着けた。そして少女に近付き、頬を張った。衝突した衝撃によって朦朧としていた少女はそこで意識を取り戻した。

 

「娘、お前がアルトリアのマスターだな?」

 

「アルトリア……?アーサーのこと?」

 

「……そうだ。騎士王アーサー・ペンドラゴンの事だ。お前が何故英霊召喚の儀式を知っていたかはどうでも良い。しかし、一つだけ訊いておきたい。貴様は何故、エルトリアの崩壊を願った?何か恨みでもあるのか?」

 

「……恨み?ええ、そうね。私は許せない。私を殺し、私の家族を殺した、ユーリ・エーベルヴァインのことが!あいつがのうのうと生きているこの世界が!私は許せないのよ!」

 

「イリス……」

 

 あまりの変わりようにアミタは思わず少女の名を呟いていた。それを聞いたソロモンはアミタの方に顔を向けた。何やら因縁があるようだが、ソロモンにとっては指輪の力に狂った少女でしかないからだ。

 

「……なんだ、知り合いなのか?」

 

「少しだけ、ですけど……彼女はイリス。キリエの古い友人です。ユーリや王様の関わった事件を引き起こした首謀者で、キリエや多くの人に迷惑をかけた罪で管理局に拘留されている筈だったんですが……」

 

「どういう訳か、ここにいると。まぁ、理由などどうでも良い。指輪を使って逃げたのか、それとも誰かが脱走の手助けをしたか……そんな事を論議しても仕方がないな。どうする、アミタ?」

 

「どうするって、どういう意味ですか?」

 

「この少女をどうするかは君の自由だ、という事さ。アルトリアに言った通り、この少女をどうこうする権利など俺にはない。その権利はこの星を救わんと健闘した君の自由だ。その上で、君はどうしたい?」

 

「私は……彼女を救ってあげたいと思います。キリエや他の皆さんに迷惑をかけました。確かに、彼女にも彼女なりの理由があったんです。それでも……もう解放してあげたいと思うんです」

 

「……なるほど。了解した」

 

 そう告げたソロモンは千里眼を使い、過去に何が起こったのかを理解した。そして目の前にいるイリスという少女が、現在どういう状態になっているのかを理解した。同時に何故、アルトリアが少女を救いたいと願ったのかも理解した。そしてソロモンは結論付けた――――この少女は救われないと。

 

「肉体を殺され、途方もない年月を復讐心によって固定されていたか。そんな状態で指輪を使えば、真っ当でいられる訳がない。指輪は暴走し、願った人間を壊すだけだ」

 

 そもそも、復讐心を数えるのも馬鹿らしくなるほどの年月固定し続けるというのは魂に相当な負荷を与える。それこそ、その時点で壊れてしまっても何もおかしくはない。復讐心も殺意も、長時間固定し続けるなど人間には到底できる事ではないからだ。それができてしまうという事は、その段階で魂は相当に壊されていると言っても過言ではない。

 人間の魂はそこまで強固には出来ていないのだ。だというのに、そんな状態で指輪を使えば魂はほぼ完全に壊されている。ソロモンの目の前にいるのは、イリスという少女の記憶と積年の慚愧をその身に宿している肉人形に過ぎない。最早、イリスと呼ばれた少女の残滓など何処にも残されてはいないのだ。

 

「どうして……どうしてあいつが幸せそうに暮らしているのよ?私のパパとママは、苦しんで死んだのに。私だって痛くて苦しくて、どうしようもないぐらいに悲しかったのに……どうしてあいつは幸せになれるのよ!?」

 

「そんな事、知るものか。お前の悲しみも苦しみも、俺にとってはどうでも良い事だ。……まぁ、確かにお前の経歴ならユーリの事を憎んだって、しょうがないのかもしれないな」

 

「だったら……!」

 

「だがな。復讐したいならお前自身の手でやれ。他人を利用するな。超常の力に手を出して自分の好きにしよう、だなんて考えが甘すぎる。お前がお前自身の手で行う事ができないなら、それはその時点で間違いなんだ。だから、お前の野望は総て妨げられるんだよ」

 

「私の家族は不条理に奪われた!だったら、不条理を持って返して何が悪い!?」

 

「お前がそう思っても。お前のやり方では必ず歪みが生まれる。その歪みに巻き込まれた人間は、お前のやり方を認めようとはしない。そう思われた時点で、お前のやり方が間違っている証明なんだ。都合の良い存在なんていないし、都合の良い力もまた簡単に頼って良い存在ではないのだから」

 

「私は……!」

 

「しかし、今のお前に言っても詮無い事だ。復讐という概念に捕らわれたお前は、最早真っ当な人間ではない。今のお前では……な。故、俺が総てを奪おう」

 

「何を……!?」

 

 ソロモンはイリスの頭を掴み、その手に魔力を注ぎ込み始めた。アルトリアとの戦いほどではなくとも、ディアーチェやシュテルたちを容易に上回る魔力にイリスは恐怖を抱いた。ソロモンはそんなイリスに対して、まるでおいたをしたをした子供を見るような瞳でイリスを見つめていた。

 

「お前の想い出の総てを。お前がこれまで培ってきた技術の総てを。そして……お前が育んできたその復讐心の総てを。その総てを俺が奪いとる。それによってお前は新たな命を得て、新生するんだ」

 

「私から……奪うの?パパやママの思い出を、この気持ちを……!?」

 

「そうだ。最早、今のお前を救う術があるとすれば、それ以外にはない。俺は俺の事情でお前を救う。それがたとえ、お前の何もかもを奪う結果になろうとも――――これ以上の災厄を振りまく前にお前を殺してやることがお前にとっても救いとなるだろう」

 

「……ふざけるな!神様にでもなったつもり!?人を好き勝手するなんて、許される事だと思っているの!?」

 

「……他人の持ち物を使って星を滅ぼそうとした人間に言われてもな。お前は自らの欲望のために星を滅ぼそうとした。お前こそ神様気取りか何かか?俺はあいつにお前を生かすことを求められ、アミタにお前の救いを求められた。ならば、それを叶えるだけだ」

 

「そんな、私はまだ……!」

 

 ソロモンはイリスの言語体系や知識を除いた総ての記憶を奪いとった。そして意識を奪い、眠りにつかせた。

 

「ソロモンさん、イリスは……」

 

「失ったよ。何もかも。復讐心も、それが生み出された要因も、その為にしてきた事の総ての想い出を。魂の修繕は終わったから、後は真っ当な人間として生きていく事ができるだろう。それで、彼女はどうする?」

 

「……それは、イリスの今後の話ですよね?」

 

「そうだな。何もかもを失くしたが魂の修繕は済んでいる。今の彼女は記憶喪失の患者と同じだ。ただし、どれだけ長い時間をかけても記憶は戻らないがな。君たちにとっては嫌な記憶しかない相手だろう。もし、顔を見るのも嫌だというのなら、帝国に連れて帰って孤児院にでも入れよう。

 今の俺では、この少女の面倒を見切れないからな。ソロモンのクローンであるとしか他の人間には認識されないのが、今の俺の現状だからな。そんな場所で面倒を見る訳にはいかん。さぁ、どうする?まぁ、相談したいと言うのなら別に構わないがな」

 

 それぐらいの時間はあるだろう、とソロモンは言った。確かに、これはアミタ一人だけで決めて良いような問題ではない。しかし、アミタの心情は既に決まっていた。自分が取るべき道はどういう道なのか、アミタは自分の信条を裏切る訳にはいかない。

 

「私は――――」

 

 その答えにソロモンは優しく微笑んだ。優しき少女が選んだ道を、純粋にソロモンは祝福するのだった。

 



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指輪回収・7

 結果として――――イリスはフローリアン家で保護される事になった。アミタがなんとか家族を説き伏せ、イリスを保護する事にしたのだ。ソロモンはその選択を受け入れ、アミタがフローリアン一家に何とか受け入れてもらえるように努力している姿を黙って見つめていた。

 

 本来であれば、ソロモンの案に乗れば楽だったのだ。いくらイリス自身が自分のやった事を覚えていないのだとしても、アミタもキリエも紫天の守護者達も彼女がした事を覚えている。それは彼女がいる限り、彼女らの記憶に触れ続ける事になる。それは彼女らにとっても辛い選択だろう。

 しかし、それでも、アミタはイリスを保護する道を選択したのだ。酷い目に遭ったのだから、他人に任せてしまえば良いというのは違うのだと、アミタは言った。たとえ、その結果として自分たちが大変な思いをする事になったとしても。一人ぼっちになってしまった彼女を見捨てることは正しい事ではないと思ったのだ。

 

「まったく物好きなものだ。そこまでして苦労を買おうとするとはな」

 

「そう仰られる割に、殿下の表情は緩んでおられるようですが?」

 

「それはそうだろうさ。易きに流されず、自分の意志で辛い道を選択した。俺はその意志を尊重するし、その選択を尊い物だと思うよ。チンク、お前は違うのか?」

 

「……いいえ、そんな事はありません。私には彼女たちの間に何があったのかは存じ上げません。それでも、きっと並々ならぬ関係だったという事は伝わってきます。それでもそういう選択をする事ができる、というのは素晴らしい事だと思います」

 

 チンクは知識があるだけの赤子に近いイリスの世話をするアミタとキリエを見ながらそう言った。ソロモンはチンクの言葉に黙って頷き、窓の外にある光景に目を向けた。指輪による干渉がなくなった結果、エグザミアによって回復しつつある自然と環境。それは、フローリアン一家が求めてやまなかった光景だった。

 それを見つめながら、ふと空を見上げると魔法陣が現れた。その総数は十四。膨大な魔力反応にフローリアン一家に戦慄が奔った。しかし、ソロモンが立ち上がると自然と理解する事ができた。ソロモンたちの迎えが来たのだと。それは同時にソロモンたちとの別れを意味していた。

 

「さぁて、そろそろ時間という訳だ。俺も俺の果たすべき役割を果たす事にしよう」

 

 ソロモンが外に出ると、空から武装状態の魔導士たち――――天剣保持者と魔導騎士たちが現れた。ソロモンが彼らに手を振ると、猛スピードで距離を詰めソロモンの前で膝をついた。相変わらず、仰々しい連中だとため息を吐いた。そのため息を違う意味で勘違いした彼らの頬に汗が流れた。

 

「はぁ……まずは何と言うべきか。迎えご苦労と言うべきなのか?それともお前らは少し落ち着いた方が良いと言うべきなのか?俺が少し出歩くぐらいでお前らは一々騒ぎすぎだ。栄えある帝国の頂点に立つと言うのなら、もう少し落ち着きを持て」

 

「しかしながら、殿下。御身はこの世界において並び立つ者無き、至上の存在にございます。我らは御身の安全を守るために存在する騎士であれば、その本分を全うできぬ事は恥辱にございます。どうか、どこかに遠出されると言うのならば、我らをお連れ戴きたいのです」

 

「俺は初めてのおつかいも出来ない子供以下か。まったく……何度も言っているが、俺は王ではない。帝国の王であった昔ならばいざ知らず、今の俺にそのような価値があるものか。そうでなくとも、お前たちにそこまで心配されるほど柔ではないよ」

 

 ソロモンの感情に触発されたのか、ソロモンの身体から魔力が流れ出した。それは決してソロモンの意図したところではなかったが、天剣たちは察した。ソロモンの魔力が旅立つよりも明らかに上昇している事を。それは同時にソロモンという王の絶対性が増したことを意味していた。

 

「……しかしながら、ソーン様。その者の申し出を無碍にされるのも些か無情な事かと思われます」

 

 ソロモンが不満を抱えているのを知りながらもソレを顧みず、忠言は齎された。その忠言の主は空から降りてきた。その人物――――シュテルは偶々パトロールに出ており、戻っている途中で膨大な魔力反応を検知して早急に戻ってきたところだった。会話はサーチャーを先に飛ばして聞いていた。

 

「シュテル……」

 

「ソーン様、騎士にとって主とは絶対に守らなければならない対象でございます。そんな方に守らなければならない筋合いなどない、と言われては騎士としての本分を見失ってしまいます。どうか、御身が自由を謳われるのであれば、彼らにもその本分を守る自由をお与えください」

 

「……そう言われてはどうしようもないな。それが、騎士の声であるとお前は言うのだな」

 

「はい。初代煉獄女帝として、何より御身に絶対の忠誠を誓った者として。この言葉に嘘偽り、間違いはございません。ソーン様、どうか彼らにお慈悲を」

 

「……俺がそう言われて否定できると思うのか?」

 

「はい。万象統べては御身の支配下にございます。ソーン様にできない事などありよう筈がありません。それが我ら女帝と天剣たちが絶対の忠誠を捧げ、世界にその名を轟かせたソロモン王でございますが故」

 

 ソロモンはシュテルの顔に苦い表情を浮かべる。少し頭を掻いた後、溜めこんできた物を吐き出すように長く息を吐きだす。天剣と魔導騎士たちは内心で斬首寸前の罪人のように怯えながらも、ソロモンの沙汰を待った。そしてソロモンが息を吐き終えると、首を一度回した。

 

「……まったく。お前にそう言われては俺も何も言えなくなってしまうだろうに。中々ひどい奴だな、お前も」

 

「お褒めに預かり、恐悦至極にございます」

 

「まぁ、良い。お前たちも俺の騎士を名乗るであれば、それに足る矜持と余裕を持て。俺が何かしら行動する度に余裕を崩すようでは、騎士などとは到底呼べんぞ」

 

「はっ、粉骨砕身で務めさせていただきます。ところで、殿下。そちらの方は一体……?」

 

「私の名はシュテル。シュテル・ザ・デストラクター。ソロモン王に仕えし初代灼熱の煉獄女帝(ザ・デストラクター)にして、初代光華の破壊女帝(ブレイカー)の娘ユーリ・エーベルヴァインの守護を任じられし紫天の守護者です。以後、お見知りおきを」

 

 シュテルはそう言って、頭を下げた。天剣たち、特に今代の灼熱の煉獄女帝(ザ・デストラクター)にとっては急転同地も良いところだ。初代の女帝が生きていた時代など、数百年は昔の話だ。そんな人物が眼の前に現れて、混乱しない訳がない。しかし、その感情もシュテルの瞳を見た瞬間に掻き消えた。

 

 初代の女帝の中で、最もソロモンに忠誠を捧げ且つ最も戦場において過激だったのは煉獄女帝だった、と言われている。その瞳の奥ではソロモンに対する忠義に燃え、その忠義の焔を体現するように敵を燃やし尽くした。煉獄女帝のいる戦場において、生き残りを期待するなど間違っている。その総てを煉獄の名の下に、灰燼と化すからだと言われるほどにその戦いぶりは過激だった。

 生き残りがいる事を赦さない。ソロモンの言いつけを必ず守り、その為ならば自分の命とて惜しくはない。そう公言して憚らなかったのが初代煉獄女帝である。その伝承が正しいという事を、今彼らは身をもって知った。その瞳に宿る熱量を持って、ソロモンに対する感情がどれだけ強力なのかを強制的に理解する事となった。

 

「……あなたが今代の灼熱の煉獄女帝(ザ・デストラクター)ですか?」

 

「ハッ!私が十代目灼熱の煉獄女帝(ザ・デストラクター)の地位を授かりましたリゲル・アルぺシウスと申します!ご尊顔を拝見でき、恐悦至極であります初代様」

 

 シュテルはリゲルの瞳をじっと見つめた。己の裁定に引っかからなければ、その時点で燃やし尽くすつもりだった。その内容はソロモンに対して狂信と言っても良い程の忠誠を捧げる事ができるか、という内容だった。それを測るためには瞳を見れば十分だ。何故なら、彼女の一族は文字通り燃え盛る業火のような熱量を瞳に宿している。他人に追随を赦さないその熱量を宿していれば、それで十分だからだ。

 何故なら、ソロモンはその只人であれば触れる事すら叶わない熱量を受け止められる。それは彼女の息子や娘にしてもそうだった。ほんの一時だったが、ソロモンに仕えた彼女の親族もまたその熱量をソロモンに向け、ソロモンは笑いながらそれを受け止めた。常人とは次元違いの器を持つソロモンだからこそ、彼らの熱量に何とも思わない。しかし、他の者たちからすれば彼女の一族は過ぎる(・・・)のだ。

 

 王のために。王のためならば総てが許されると平気で信じている。王を守るためならば、敵を根絶やしにするのは当然。王に仇名すならば、敵を灰すら残さず燃やし尽くすのも道理。王の願いであるのならば、それが如何なる難業であろうとも叶えるのは自然な事……彼女らが認めた王に対する絶対の忠誠心たるや、他の者たちなど及びもつかないほどに過激なのだ。

 だからこそ(・・・・・)、一般的な俗物はそれに耐えられない。並の王では過激に過ぎる彼女の一族の所業を認められない。自分の心身を燃やし尽くしても尚足らぬ業火に身をくべる、彼女らの精神性に耐え切れないのだ。それ故に、彼女の一族はソロモンが現れるまでの長きに渡り、子爵位の貴族として粛々と暮らしていた。そう、彼女らの熱を受け止められる王を見るまでは。

 

「……良いでしょう。あなたの継承を、私が認めます。ゆめ、忘れることのなきように。その瞳に宿るその熱量を受け止めてくださる王の存在を。我らが受けたその恩寵は、如何なる人間にも叶えられない――――ソロモン王の御業だという事を」

 

「はい。この身の総てが燃やし尽くされるその時まで、王に絶対の忠誠を捧げる事を此処に宣言いたします」

 

「当然です。己が役割を忘れる事なきように」

 

 ソロモンはそんな二人のやり取りを見て、苦笑を浮かべるだけだった。相変わらず豪勢な事だ、と思いながら。殺気によって空間が凍り付いた……否、二人がその身に宿す熱量によって、一歩でも動けば燃やし尽くされるのではないかとすら思えた。そんな空間にいて尚、苦笑を浮かべる程度しかない。その器の大きさに他の者たちは流石だと思う他なかった。

 同時に他の魔導騎士たちは羨ましいとすら思っていた。彼女らにとって、初代女帝と面会する事は叶う事がない夢の一つでもある。ソロモン王に仕え、その生涯の総てを王に捧げた伝説中の伝説。その過激ぶりに他国が攻め入る事を躊躇うほどの抑止力となっていた十四人の近衛。その名に憧れ、天剣や魔導騎士を志す者は非常に多い。

 帝国で未だ尚『騎士』という階級が通用する要因、それこそが十四人の近衛騎士。ただの一般人であろうと、実力さえあれば這い上がる事ができる階級であり、努力と才覚次第では天剣となる事も不可能ではない。事実、この場にいる者の中にはそうして天剣となった者もいる。

 

「……さて、こうしてダラダラと喋っていても良いが。その前にやるべき事をやっておくとしよう。ディアーチェ!」

 

「はっ、此処に」

 

「紫天の魔導書を寄越せ。俺をマスター登録しておく。そうしなければユーリはいつまで経っても小さいままだからな。これ以上、長い時を歩かせる訳にはいかん」

 

 ユーリの成長には必要な要素が二つある。それは人並み以上の生命力、そしてBランク以上の魔力だ。ユーリは一度大人と呼べる年齢まで成長したが、ソロモンの死後ユーリに相応しい魔力量を持つマスターに恵まれなかった。ましてや、闇の書となってからはナハトヴァールの再生機構にエネルギーを吸われる一方となり、成長など恵まれる筈もなかった。

 多少時間はかかるが、ソロモンがマスターとなる事で本来の状態まで成長する事が可能となる。少なくとも、ディアーチェたちの肉体年齢まで成長するのにそう時間はかからないだろう。本来の肉体の状態に戻るだけなのだから、寧ろ時間をかけすぎていると言えるかもしれないが。これは本来の機構を無視して、ユーリがディアーチェたちに魔力を送っていた結果なのだが……詳細は省いておこう。

 

「……まったく。お前は優しすぎるんだよ、ユーリ。お前がディアーチェたちに構わず本来あった予定通りに成長していけば、こいつらの役目も終わったと言うのに」

 

「で、でも……そんなの悲しすぎます。母様が私を助けてくれて、陛下が私を守るために用意してくださって、ディアーチェとシュテルとレヴィが私を守るためにずっと一緒にいてくれた……その好意を無碍にするなんて、悲しすぎます。私にはそんな事は出来ません!」

 

「……そうか。お前は本当に優しいな。まぁ、お前のやりたいようにやれば良い。お前の選択を俺は歓迎するからな。お前はお前なりに生きていけば良いんだ」

 

「はい!頑張ります!」

 

「おう、頑張れ頑張れ。お前は時々へっぽこだけど、ちゃんとやればできる子だって事は俺がよく分かっているからな。お前はお前なりにやって行けば、俺はそれで満足さ」

 

 ユーリを持ち上げ、その命を感じるように抱きしめた。そして、ソロモンを見つめているフローリアン一家を見た。ソロモンは微笑を浮かべ、まるで神の啓示を受けた神官のように腕を広げた。

 

「さぁ、残された最後の仕事をするとしよう。惑星(ほし)の救済――――そんな大それたことに挑み、遂には成し遂げた人間に俺が心ばかりのプレゼントを渡すとしよう」

 

 ソロモンは右手の手袋を外し、その指に嵌められた金色の指輪を空に掲げた。今も尚、ソロモンの魔力を吸い続けている指輪。いかなる願いをも叶えてみせる願望機としての機能は既に回復している。ソロモン()の意のままに指輪は己が権能を揮う。主たるソロモンの願いを叶えるために、己の本分をまっとうするために――――神の権能を揮うソロモンの力となる。

 指輪に集中する魔力。人の枠組みをとうに超えたほどの魔力。先のアルトリアを思い起こさせるほどの魔力量にアミタとキリエに戦慄が奔る。古代ベルカという戦乱の時代において、超常の存在として崇め奉られた王。人とは真逆の領域にいるように見えるソロモンに、キリエは恐怖を。アミタは物悲しさを抱いていた。

 

「さぁ、俺の願いを叶えろ。この世界のために努力した者のため、そしてこれからの再興を願うちっぽけな、けれど真に美しき家族のために――――」

 

 指輪が次第に輝きを放ち始める。その荘厳にして秀麗なる輝きは、神が人に明かりを与えた伝承をなぞっているような気にさせた。思わずその場にいたソロモンを除く全員が強すぎる光に眼を晦まし、次に眼を開いた時には光は完全に消え去っておりソロモンは手を地面に押し当てていた。眼を閉じたまま地面に手を押し当てていたソロモンは暫くすると眼を開いて立ち上がった。

 

「……これで大丈夫だろう」

 

「あの、ソロモンさん。一体何をしたんですか?」

 

「資源の活性化、と言うべきかな。指輪を使って加工した魔力を星に流し、それによって星の資源をもう一度生産したんだ。少なくとも、向こう数千年は人の手が入ったとしても問題ない程度には資源に溢れているよ、この星は」

 

「それって……」

 

「エグザミアがこのまま機能すれば、文字通り真っ当な世界として始める事ができるという事さ。君たちの努力は報われたんだ。後は長い時間をかけて、この星の環境をどうにかする事だな。そうすれば、万事元通りどころかうまく回っていくだろうさ」

 

「ソロモンさん……ありがとうございます!私たちのためにここまでしていただいて、本当に何とお礼を言うべきなのか……」

 

「礼など不要だ。俺は俺ができる事をしただけに過ぎない。この後にこの星をどうするのか……それは君たち次第だ。栄えるもよし、滅ぼすもよし、好きにする事だな」

 

 ソロモンは再び手袋を嵌めながらそう言った。そして、再び記憶に刻み込むように空を見上げた。その姿から、ソロモンはこの先特殊な事情でもない限りはこの星に来ないのだという事が分かった。その事に、アミタは心の底に焦りのような物が生まれていた。アミタの母――――エレノアはそっと娘の背中を押した。エレノアに押されたアミタはソロモンの前に出てきた。

 

「どうかしたか?アミタ」

 

「えっと、その……どうかお礼をさせて貰えませんか?今回、ソロモンさんの助けがなければ私たちはこの星を救う事ができませんでした。部下の方もご一緒に」

 

「……お礼にお礼を重ねてはしょうがないだろう?今回の一件は、俺の持ち物を使われたんだ。という事は、間接的に俺にも責任があったという事だ。俺は責任をまっとうしただけなのだから、礼など不要なんだ」

 

「な、何を言うんですか!確かに、ソロモンさんにも責任の一端があったのかもしれません。けれど、私たちがあなたのおかげで助かった事は事実なんです!それに対して礼が不要だなんて言わないで下さい!」

 

「……そうだな。それは軽率だった。だが、分かって欲しいんだ。俺は今回の一件に対して、何かしらの報酬を求めて行動した訳ではない。俺は俺がするべき事をしただけで、君たちが助けられたことはあくまでも結果論に過ぎない。だから、その為に君たちが心を砕く必要はないんだ」

 

「私は……私はただあなたの事が……」

 

「……ふぅ。君が俺に惚れたとかそんな話ならば、尚の事止めさせてもらおう。アルトリアの時も言ったが、君にももっと真っ当な男が現れる筈だ。俺のような破綻者ではなく。もっと真っ当な人間がな」

 

「ソロモンさん……どうしてソロモンさんは自分の事をそう卑下なさるんですか?この数日間接してきただけでも分かります。ソロモンさんは良い人です。ユーリの事も、イリスの事だって、ソロモンさんは尽力してくれました。本当はそんな事する必要はなかった筈なのに……」

 

 アミタには分からなかった。どうしてソロモンがそこまで自分の事を卑下するのか。ソロモンの事を好く事を間違いだという風に語るのか。アミタからすれば、ソロモンはよほど真っ当な人間だ。この星の事はソロモンには関係ない話だったのに、迷惑をかけたからと言って尽力してくれたのだ。それだけの事をしてくれたソロモンが真っ当ではない訳がない。

 

「ふむ……前世において、俺は選定者と呼ばれる存在に王に選ばれた。君も知っているだろう?古代ベルカという時代において、あらゆる人間を恐れさせた魔王って奴さ。悪逆非道の限りを尽くし、ベルカ戦役において生まれた混乱を加速させたと言われる男だ。そんな奴が真っ当だと思うのか?」

 

「「殿下」そんな事は関係ありません!たとえ、世界中の人々があなたの事を非道な存在だと言ったとしても!私にとっては、ソロモンさんは真っ当な存在です!そうやって逃げようとするのは止めてください!」

 

「……参ったな。君はアレか?一度決めたら梃子でも動かない人間か?」

 

「話を逸らさないで下さい。ソロモンさんはどうして、そうやって逃げようとするんですか?」

 

「逃げる、か……」

 

「そうです。騎士王さんの好意からもあなたは逃げようとしている。どうして受け止めようとしないんですか?どうしてあなたは、彼女の……私の想いから目を逸らそうとするんですか?アルトリアさんもあなたも、二人とも同じです!自分に向けられた想い、そして自分が抱く想いから目を逸らそうとするんですか!?」

 

「――――あまり調子に乗るなよ、小娘。この御方をどなたと心得る。唯一にして絶対なる至高の存在、ソロモン王だぞ。身の程を弁えよ」

 

 ソロモンを糾弾しようとする娘を前に、今代の煉獄女帝は我慢ならなかった。ソロモンが必要ないと言っているのだから、そのまま黙っていれば良いのだ。ソロモン王が優しくするのを良い事に好き放題宣う小娘に、彼女は今すぐ身の程の差という物を教えたくなったほどだ。

 煉獄女帝がそう言えば、普通は黙る。当然だ。彼女は王のためになるのであれば、どんな事でもやってのける。目の前の小娘一人を焼き殺すぐらいなら平気でやってみせる。たとえ彼女の事を知らなかったとしても、彼女の瞳を見れば分かる。本気だという事がありありと伝わってくるからだ。しかし、残念ながら、と言うべきなのか―――――アミタはそこまで物分かりが良くはなかった。

 

「いいえ、黙りません!私はソロモンさんの口から答えを聞くまで黙る事はありません!あなたこそ、どうして私を止めるんですか?本当にソロモンさんの事を思うのであれば、自分に向けられた好意を無碍にする事を良しとするなんて間違っています!」

 

「……貴様は王の意向には従えないと、そう言う訳だな?」

 

「そうです。私は私が納得できる答えを聞けるまで、決して黙りません。大体、貴女は何なんですか?本当にソロモンさんの事を考えているんでしたら、こういう質問から逃げるのが悪い事なのは分かるでしょう!?」

 

「……よろしい。それが末期の言葉でよろしいですね?」

 

 まずい。その場にいた全員が同時にそう思った。間違いなく、煉獄女帝の堪忍袋の緒が切れた。そう言いきれるほどに言葉から感情が消えていた。このままであれば、あの少女は死んでしまうかもしれない。そう思った瞬間、全員の視線がソロモンに向いた。

 

「……ハッ。ハハハハハハハッ!面白いにも程があるぞ!そんなに人の堪忍袋を攻撃しまくった奴は見た事がないぞ!」

 

「殿下……?」

 

「ああ、面白かった。もう良いぞ、灼熱の煉獄女帝(ザ・デストラクター)。後は俺がなんとかしよう。アミタ、君はどうしても何かお礼を渡さないと引き下がれない。そう言いたい訳だな?好意云々は置いといて」

 

「……まぁ、そうですね」

 

「そうか。だったら……」

 

 そこからソロモンの行動は一瞬だった。アミタの顔を掴み、何の躊躇いもなくアミタの唇を奪った。しかも、掴んだ瞬間に時間を止めているためにアミタ以外の誰も気付かない。口の中を蹂躙され、時間停止が解けた瞬間にアミタは腰砕けになっていた。

 

「――――ごちそうさまでした。それでは、これにて失礼」

 

 有無を言わさずに転移し、空より高き先にあるコロニーへとソロモンは移動した。その時、ソロモンの頬にほんの少しだが赤みがさしていた事には誰も気が付かなかった。天剣たちがソロモンに追いついた頃には平然としたソロモンが立っていたが故に。

 暫く後、アミタ宛に紫天の書を通じてメールが届き、その時にメールの内容を見たアミタの顔は真っ赤になっていた。そんな状態になったアミタは暫くの間、キリエや他の面子によって揶揄われたという……。これがソロモン第一の指輪収集の事件の顛末であった。




 これにて指輪回収一旦終了です。
 次回のネタはまだ未定ですが、活動報告で質問コーナーを作ってそれを当作品で説明しようと思いますのでよろしくお願いします。


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海鳴観光・上

 ソロモン王。それは世界に名高いアグリアス帝国を建国し、民の心にその名を刻み込んだ神の名前。いつの日か蘇るとされ、帝国中の民たちがそれを今か今かと羨望している信仰対象でもある。十四人の近衛騎士を従え、世界を制する存在だと予言された王は今――――観光を楽しんでいた。

 

「う~ん、やはり外は良いな。こうして伸び伸びとしていられるのは実に良い事だ。そうは思わないか?」

 

「殿下が楽しまれていらっしゃるなら何よりでございます」

 

 ソロモンと天剣保持者のNo.2メヌス・R・フォルネイスはアジトから遠く離れた惑星――――第97管理外世界と呼ばれる場所を訪れていた。そこは管理局で有名なエースたちが生まれ育った場所と聞き、ソロモンは興味を抱いていた。特別な存在が生まれる場所には、それ相応の歪みという物がある。それがどんな物か、気になったのだ。とはいえ、興味の大半は観光に向いていたが。

 

「空気は多少汚いが、それでも海は美しいな。空も青いし、中々に良い世界のようだな」

 

「この場所――――海鳴市は海の外観を観光のウリにしているようですので、自然環境の整備に力を入れているようです。都会というよりは環境に配慮した街になっているようです」

 

「ほぅ……良きかな良きかな。そういう事に意識を向けられるのは良い事だ。闘争の果てには滅びしかないように、繁栄の果てにもまた滅びしかない。その前にそういう方向に意識を向けるべきだ。そうだろう?」

 

「まったくもって、その通りです。それでは、殿下。次は如何いたしましょう?」

 

「その前に。この世界では俺の事を殿下と呼ぶのを止めろ。確か、ここは王制ではないのだろう?そんな場所で殿下呼びなど目立って仕方がないだろう。俺は純粋にこの街を楽しみたいんだ」

 

「し、しかし……殿下は殿下でございますから。名前呼びなど畏れ多く……」

 

「……相変わらず固いな、お前たちは。そうだな、ではこうしよう。この街では俺の事をサンと呼べ。偽名ならば呼び捨てる事ができるだろう?」

 

「…………………やってみます」

 

「何故、そこまで真剣な表情で覚悟を決める必要があるんだ……まぁ、良い。くれぐれも殿下呼びはするなよ」

 

「はい!頑張らせていただきます!」

 

「いや、だから、頑張る事じゃ……いや、もういい。気を付けてさえくれればそれで良い」

 

 ソロモンはため息混じりに大丈夫かと思いながらも、大丈夫じゃないなと諦めていた。今回の人選は天剣保持者と魔導騎士たちによる壮絶な――――じゃんけんの末に決定された物だという事を知らないソロモンは、何でこいつが今回の付き人なんだろうか……と思わずにはいられなかった。

 ソロモンに楽しんでもらうため、地球にあるガイドブックを買いに行き入念に観光プランを考えながらも、ソロモンの付き人になれた事でその内容の大半が吹っ飛んでいる。そのため、しどろもどろの状態になってはいるが、ソロモンが観光にはノープランで行動する人間のため問題はなかった。ソロモンは周囲を見渡しながら、メヌスの説明を聞いていた。

 

「それにしても、人の多い事だ。随分と平和な世界なんだな」

 

「そうですね。この世界、というよりはこの国では数十年ほど前に行われた世界大戦で敗れ、その時に軍事力を放棄したそうです」

 

「……軍事力を放棄などすれば、他国から狙い放題だろう?その問題はどう解決したんだ」

 

「そうですね……軍事力を放棄、と申しましたがそれは正確ではないようです。正確に言えば、攻撃用の軍事力がないという事です。防衛用の戦力は存在するようなので、有事の際はその戦力が戦う事になるようです」

 

「ははぁ……つまり、一般市民に対する徴兵制度が存在しないという事か。戦いになど関わる事がないからこそ、このように平和だと……しかし、それは腑抜けている(・・・・・)のと同じだろう?」

 

「はい、で……サンの言う通りです。この平和は戦いに関わる事がないからこそ、とも言えますが……彼らには暴力を行う覚悟すらないのでしょう。それ故、と言うべきなのでしょう。いじめという問題があるそうです」

 

「イジメ?なんだ、それは?」

 

「不特定多数が一個人に暴力や恐喝などを始めとした犯罪行為を行う事、だそうです。それによって死人すら出る場合もあるとか」

 

「犯罪なのにか?」

 

「はい。犯罪なのに、でございます」

 

 ソロモン――――サンはメヌスの言葉に首を傾げざるを得なかった。王制ではないとはいえ、この国にも正式な法と呼ばれる物がある筈だ。理不尽な暴力などから民たちを守るための法が。だというのに、犯罪行為を犯しても裁かれないのならば、法がある意味とは何だ?そんな物、ただの紙きれ以下の価値しかないではないか。

 

「……この国は無能なのか?」

 

「それが集団の限界という事なのでしょう。……それでも、これは酷いと思われますが。虐げられる者が我慢を強いられる、そう人に勘違い(・・・)させる文化の様です」

 

「ふぅん……それは何とも難儀な話だな」

 

「そうですね。この国も一人の絶対の王が統べていたという話ですが、何とも残念な話でございます」

 

「まぁ、そういう裏話に興味がない訳ではないが。今は楽しい話を聞きたいな」

 

「かしこまりました。この土地では相当に有名な喫茶店があるそうです。そちらに行ってみられますか?」

 

「ふむ、それも悪くはないが。まだ来たばかりだからな。もう暫くは歩き回ろう。こうして視察以外で他国を見回った経験など久しくないからな。こういう事ができる事自体が嬉しいのだよ。見た事もない景色というのは、見ているだけでも面白いからな」

 

「……それはようございました。私も殿下にお力添えする事ができ、嬉しく思います」

 

「……殿下呼びすんな、って言っただろうが」

 

「……あ。す、すいません」

 

「はぁ……もう少し慣れさせなければならんのだろうな。お前にしても騎士たちにしても」

 

「も、申し訳ございません!」

 

「良い。この程度の事で怒るほど短慮になったつもりはない。それよりも他に見る場所などはないのか?そちらにまずは行ってみるとしよう」

 

「は、はい。それでは……」

 

 メヌスが鞄から手帳を取り出し、ペラペラと開き始めた。サンがそれを優しげな表情で見つめていると、その後ろから二人組の男が近付いてきた。サンがその気配に気付き振り返ると、そこにはそれなりに顔の良い男の二人組がいた。

 

「お姉さん、何か困り事かな?」

 

「俺たちが力になるよ。なにせ、此処は俺らの地元だからね。力になれると思うよ」

 

「は?」

 

 サンを押し退け、二人はグイグイとメヌスに話しかけていく。魔法技術が広まっていない現地人が相手だからか、メヌスもやりにくそうにしていた。それでも、きっぱりと断っているが二人はまったく聞く耳を持っていない。ナンパに相当な自信があるのか、女が自分たちに靡かない訳がないと思っているようだ。

 

「メヌス、そろそろ行くぞ。時間は有限だからな」

 

「は、はい。それではこれにて失礼します」

 

「ちょっと待ってって。まだ話は終わって……」

 

「そちらの話は終わっておらずとも、こちらの話は終わっています。そちらが聞く耳を持っていらっしゃらないだけでしょう?」

 

「そんなひょろい男(・・・・)より、俺たちの方がずっと良いと思うけど?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、サンは何かが切れる音を聞いた。明らかな幻聴ではあるのだが、サンはため息を吐かずにはいられなかった。その音が何であるのか、これ以上なく理解しているからだ。……ついでに言うと、サンは筋肉がつきにくいのでひょろく見えるが、その筋肉密度は常人の三十倍以上ある。魔力で強化せずともトラックを持ち上げられる程度には力がある。普段はその八割がたを封印しているが。

 

「……今、何と言った?」

 

「へ?」

 

「殿下を侮辱したか?この世に並び立つ者なき、至高の御方を侮辱したな……?」

 

「ハァ……おい、そこのお二人さん。悪い事は言わんから、早く謝った方が良いぞ。この手の輩は――――」

 

 サンがそう言った瞬間、メヌスは二人の腹部に強烈なレバーブローを叩きこんだ。二人はあまりの激痛に身を屈めた瞬間にこれまた強烈なアッパーカットを繰り出した。鼻の骨をへし折り、中々の美形だった顔面は見る影もなくなっていた。

 

「釣り合わない反撃を……って、もう終わってるし。せめて最後まで言わせろよ」

 

「申し訳ございません、殿下。もう少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?この身の程知らず共に、もう少し身の程という物を弁えさせなければなりません」

 

「放っておけ。あの程度、侮辱にすらなりはしない。そんな輩に使う時間など無駄すぎるだろう?」

 

「しかし、絶対至高の御身を貶したのです!その罪、命を持って償わせなければなりません!どうか、今暫く時間を!」

 

 メヌスの眼は本気だった。サンが放っておけば、間違いなくメヌスはこの二人を殺す。それを確信できるほどにメヌスの瞳は冗談の色がなかった。その本気度にサンはため息を吐いた。これはメヌスに限った話ではなく、天剣保持者に限った話でもなく、近衛騎士全体に言える事なのだ。

 ソロモン王は帝国における信仰対象だ。そしてその宗教ではソロモンを神として仰いでいる。つまり、ソロモンという存在は民からすれば神なのだ。しかし、近衛騎士或いはその近辺に達する騎士は総じて狂信者が多い。だからこそ、その名を傷つけ貶める者がいれば総力を結集してその者を消す。いや、それだけに納まらない場合も存在する。

 

「放っておけ。たとえ、その者らが俺を貶そうとも、俺は欠片も傷ついてはいない。報復するほどの理由も存在しない。それよりも、だ。楽しい時間をこそ、俺は欲している。俺からそれを奪うつもりか?」

 

「い、いえ!そのような事は決して!私も殿下には楽しい時間を過ごしてほしいと考えております!」

 

「そうか?ならば、その程度の者の血で手を穢すな。俺の近衛たる事を誇る貴様がそれでは、俺の株も下がってしまう。そのような事を、貴様はするつもりなのか?」

 

「いえ!そのような事は決してありません!」

 

「それで良い。さぁ、次の場所に行くぞ。なに、時間は有限だが、それでもまだ日が沈むには早い。多少はのんびりとしていても構わんだろうさ」

 

「はい!かしこまりました!」

 

「まぁ、それはそれとして……殿下呼びは止めろ」

 

 倒れ伏して気絶した二人を放置し、サンとメヌスは歩き始めた。それから暫くの間散策を続けた二人は目的地としていた喫茶『翠屋』に向かった。そこはかなり繁盛をしており、これは味の方も期待できるだろうな。とサンは考えていた。残念ながらテーブル席は埋まっており、二人はカウンター席に案内された。

 

「いらっしゃいませ。こちらがメニューになっておりますので、決まりましたら声をおかけください」

 

「ありがとう。ふむ……メニューが多すぎてよく分からん。メヌス、すまんが任せても良いか?」

 

「はい!ええっと、では……エスプレッソを二つ。それとシュークリームを二つで」

 

 『翠屋』のオススメはシュークリームだとガイドブックに書いてあった。なんでも、その道のプロが集まる大会で優勝したほどの腕前だとか書いてあった。サンに紹介したかったのもあるが、メヌスとしてもそれほどの菓子だというのなら食べてみたいと思っていた。しかし、マスターらしき男性は困ったような表情を浮かべながら頭を下げた。

 

「申し訳ございません、お客様。シュークリームは現在品切れ状態でして……」

 

「えっ。そ、そうなんですか……それじゃあ、どうしましょう」

 

「……店主。飲み物は先ほどのエスプレッソ?とやらを二つ。菓子は店主のオススメを二つ頼む」

 

 サンは困った表情を浮かべながらメニューを見ながら、これでもないあれでもないと迷っていたメヌスを見ていた。よほど楽しみにしていたのか、悩んでいるメヌスにサンはそう言った。マスターはサンの注文に頷き、メヌスは驚いたような表情を浮かべていた。

 

「で……サン。どうして……」

 

「よほど楽しみにしてようだがな。ない物はないと納得するしかない。しかし、今のお前にその選択をさせるのは忍びないからな。なに、これほどに賑わう店の店主だ。俺たちの要望に応えてくれるだろう」

 

 サンは置かれた水の入ったコップを飲みつつ、浮かんだ氷をじっと見つめていた。サンが生きていた時代では水と言えば煮沸消毒された普通の水だ。水を凍らせて作った氷を再び水に突っ込む、という飲み物はない。それを言えば、そもそも冷えた飲み物など地下で保存されていたりするワインなどが精々だったのだが。どちらにしても、稀少であったことに変わりはない。

 

「それにな。お前のおかげと言うべきか、今回の旅は中々に楽しい。それだけでも、お前を連れてきた甲斐があった。お前は俺のために努力したのだろう?ならば、お前の悲しそうな顔を見るのは忍びないという物だ。俺のやりたい事について来てもらっているのだからな」

 

「そ、そんな事はありません!私はあなたに楽しんでもらうために……」

 

「それでも、だ。お前が俺の世話と護衛を仕事としているとはいえ、俺のために尽力したのだろう?ならば、その労を労いたいと思うのは当然の事だ。お前の思い通りではなかったとしてもな。それに……旅なのだ。自分の予想通りにいかない事もまた一興だろうよ」

 

「……ありがとうございます」

 

「良い良い。気にするような事ではないしな」

 

「……お待たせいたしました。こちらエスプレッソと僭越ながら私オススメのケーキになります」

 

 サンの言葉にメヌスが感動していると、マスターがコーヒーとショートケーキを置いた。メヌスは恥ずかしげに頬を赤く染め、サンはコーヒーカップを手に取りその匂いを嗅いでいた。生前、コーヒーを飲んだ事のないサンだったが、個人的にはその匂いは好きだった。同時に匂いだけで分かった。これは美味い、と。

 実際、そのコーヒーは美味しかった。一緒に出されたケーキもまたコーヒーに合っていて美味かった。これはこの店も流行る訳だとサンは簡単とせざるを得なかった。メヌスの方を見ると、これまた美味そうに食べており、しかもご丁寧にサンが食べている物とは違うケーキだった。

 

「メヌス、もし良ければなんだが」

 

「はい?なんでしょうか?」

 

「お前の菓子も一口くれないか?」

 

「え、でも、私の食べかけですよ?」

 

「それがどうした?確かに、行儀としては悪いんだろうがな。ここには行儀作法の教師がいる訳でもない。多少、行儀に反していようが問題はあるまい」

 

「そ、そうですか?で、では、どうぞ……」

 

「おお、ありがとう。それでは失礼して……うむ。これはこれで美味い。店主も中々商売上手だな」

 

「ありがとうございます。そちらも注文なさいますか?」

 

「いや、今は結構だ。しかし、このコーヒーだったか?も美味いし菓子も美味い。言う事なしだな」

 

「ありがとうございます。お客様は外国からご旅行ですか?」

 

「外国……まぁ、外国か。確かに、今日は観光に来ていてな。ここは美味いとこやつが教えてくれたのでな。確かにここの菓子は美味いな。俺は中々に満足だ」

 

「お客様のいた場所にはケーキ――――洋菓子の類はなかったのですか?」

 

「そもそも、俺のいた場所には美食の文化がないのだ。食事とは栄養補給の為の物であり、仕事を迅速に済ませる或いは備えるために速く食べられる物が良しとされたのだ。このように手間のかかりそうな物は少なくとも俺の身の周りにはなかったな。他の場所にはあったかもしれんが」

 

「その割にはお嬢さんはご存知のようですね……?」

 

「私とで……彼は働いていた場所が違いますから。私は様々な土地を訪れていましたが、彼は一ヶ所で仕事をされていた方なので」

 

「なるほど……王族の方(・・・・)も大変ですね」

 

「確かにな。王族というのも中々大変なのだよ。仕事は溜まる一方だし、臣下を纏め上げるというのも大変でな。まぁ、今となっては懐かしい思い出だ。気にする事もない」

 

「……何も仰られないんですね」

 

 マスター――――高町士郎は驚いたような表情を浮かべていた。自分としてはカマかけのつもりでしかなかったが、そのまま乗って来られたので驚いていた。それに対して、サンはあっけからんとしていた。

 

「別に驚くような事ではない。俺にとってはどうという話ではないし、当てられても焦るような事ではない。マスターもこの現代にらしからぬ肉体をしているな。何か格闘技の類でもしているのか?」

 

「ええ、ちょっとした古武術を」

 

「ほう。古武術という事はアレか?割と実践的な物という事か?」

 

「そうですね。この仕事をする前はボディーガードなどをしていましたから」

 

「なるほど。そういう仕事は長くは続かぬものだからな。早めに辞める事ができて良かったな」

 

「……ええ、本当に」

 

 士郎は本当にそうだと言わんばかりに頷いた。そんな士郎にサンは微笑を浮かべ、メヌスはそんなサンに困惑した。誰かの――――王のために全力を尽くす事はメヌスからすれば当然の事。命の総てを王のために尽くす事は当然のことであり、たとえ家族であろうとも逃げだす事はこの世で最も恥ずべき不名誉な事だ。だというのに、王はその選択を肯定した。

 天剣であれ、魔導騎士であれ、ただの騎士であれ。己の命を神たる主のために尽くす事は当然の事。逃げることが正しい事であったとしても、主を置いての逃亡など万死に値する。それが誰のためであったとしても関係ない。信仰に殉じる者ならば、神であり王である存在に命を賭けるは当然の事だ。

 

「メヌス。全員がお前らのような狂信者ではない。重きを置くのは人の自由だ。それが自分であれ、家族であれ、恋人であれ、主であれ……それは人が選ぶことなのだ」

 

「……承知いたしました」

 

「不服そうだなぁ……一定の人間では世界は成り立たない、という事だけ分かっていればいい。それ以上の事をお前に押し付けるつもりはない」

 

 サンはそう言うと、黙って再びケーキとコーヒーを楽しみ始めた。話はここまでだと言わんばかりの主の態度に、これ以上この話を続けるのは無粋な事なのだとメヌスは無理矢理納得した。メヌスも目の前の食事に再び没頭した。そんな二人を見ながら、士郎は注文を捌いていった。




~ソロモンと作者によるQ&Aコーナー~

「さて、そんな訳で始まる事となったQ&Aコーナーだ。相も変わらず思いつきで適当な事をするな、貴様は。申し遅れたが、ソロモンだ」

「別に良いじゃん。自分で作っておいてなんだけど、お前の設定とか壮大すぎるから。複数の次元世界の王とか意味不明だから。あ、作者のシュトレンベルグです。皆様、当作品を応援してくださり、ありがとうございます」

(ソロモン以下、ソ)「うむ。お気に入り登録も300以上と作者ともどもなかなか快調ではないかと思っている。これからも応援のほど、よろしく頼む」

(シュトレンベルグ以下、シュ)「さて、このコーナーは活動報告で募集したり、感想で戴いた疑問にお答えしていこう!というコーナーになっています。さて、栄えある第一回目の疑問は……こちら!」

Q.生前のベルカで忠誠心の高い女帝や天剣達がいましたが、妻がいたと書かれてた…よな?よく女帝や天剣達が認めましたね。反対とか無かったんですか?

シュ「まずは質問をして下さった岬サナ様、ありがとうございます。いつも感想をいただき、まことに感謝しております。それはそれとして……これはまぁ、思われそうな内容ですよね?」

ソ「そうだな。思われても仕方のない質問ではあるな。それでは答えさせていただくとしよう。
 まず、前提として王の仕事は三つある。一つが国を栄えさせる事。二つが外敵を排除し、民の安全を守る事。そして三つめが、王の後継を作る事だ。つまり、俺が妻と結婚したのは妻を愛していたからとかではなく、後継者を作る必要があったからだ」

シュ「まぁ、次代の後継者がいないと周りは困るもんなぁ。戦乱渦巻く古代ベルカなんていう時代で生きてるんだし、周囲の声は尚の事強かっただろうな」

ソ「そういう事だな。俺の後継を望む声は貴族だけでなく、民の声もあった。女帝や天剣もその声に逆らってまで否定する事は出来なかったのだ。たとえ、俺が誰にも負けぬ存在であったとしても、死なぬ訳ではないからな。不承不承ながら、何とか認めたという所だ」

シュ「ちなみに奥さんの数は?」

ソ「三人だ。正室が一人に側室が二人。子供の数は……十人は超えていた、と思う」

シュ「なんで覚えてないんだよ……それ、親としてどうなの?」

ソ「仕方なかろう。何年前の話だと思っているんだ。俺が結婚したのはベルカ戦役終了後だが、それでも随分と昔の話なんだぞ。蘇ってからは刺激が多すぎて、前世の頃の事はあまり多くは思い出せんのだ」

シュ「そっか~……じゃあ、次の質問行くよ」

ソ「興味なしか……」

Q.天剣のNo.って何を基準にしてるんですか?戦闘能力?総合能力?忠誠心?とか想像してますが、実際にどうなのかと思いました。

シュ「これも分かる質問ですね。実際、十話以上書いておきながらまだ一回も戦闘してませんからね、あの集団。ほんと、すいません(土下座)」

ソ「この質問は……そうだな。俺の時代で言えば、戦闘能力。この時代で言えば総合能力、と言ったところか」

シュ「なんで違うの?」

ソ「求められる仕事の差だ。俺のいた時代は戦乱の時代。故に、戦闘能力が求められた。俺の近衛が斃れれば、俺が死ぬ可能性が上がる。だからこそ、最も強い十四人の騎士を俺が選定した。
 今の時代では管理局に対する抑止力というだけでなく、様々な式典を始めとした仕事を任されているからな。戦闘だけできる馬鹿は必要ないという事だ。まぁ、戦闘力のある奴は基本的に頭も良いがな」

シュ「じゃあ、どうやって決まるの?」

ソ「そもそもの違いとして、女帝は血統。天剣は実力によって選定される。これは女帝は異能を持つ血統であるため、同種且つ現当主を超える者が現れない限りは変更する事ができないからだ。まぁ、そんな輩がいれば真っ先に血統に取り込むだろうがな。
 逆に、天剣は謂わば究極の騎士という存在だ。だからこそ、絶対的な強者を実戦形式の決闘によって選定する。帝国に分類される総ての領域から騎士を集め、その総てと騎士たちは戦う。最後まで残っていた十人で争い、最後まで立っていた者から順に格付けされていく」

シュ「それだと、最後の戦いに残っていても逃げ回っている人間が上位に立つ事もあるんじゃないの?」

ソ「その段階まで行った連中は基本的に狂信者且つ自分の実力に自信を持っているが……そうだな。そういう可能性もあるな」

シュ「それは良いの?」

ソ「無論、構わん。最後の十人によるバトルロワイヤルは、天剣に相応しい力を持っているかどうかだけを見ている訳ではないからだ。戦闘能力は元より、判断能力などを始めとした各要素、そして運も見ているからだ」

シュ「運?」

ソ「そうだ。運も実力の内、という言葉があるようにな。戦闘力だけではなく、運も大事になってくる場合もある。たとえ、運によって自分では勝てない者よりも上に上がったとしても、それがその者の実力なのだ。間違いではない」

シュ「それだと不満を持つ人もいるんじゃない?俺はあいつよりも強いのに~とか、そういう事を言う人がいてもおかしくないと思うけど」

ソ「いないな」

シュ「なんで?」

ソ「勝ち上がった者がこれは運ではなく、ソロモン王による加護の賜物だと抜かすからだ。もちろん、俺は何もしていないがな。そう言われた奴は納得する他ないのだ。そこまで勝ち上がる奴は大体、狂信者だからな」

シュ「なんで狂信者が勝ち上がりやすいの?」

ソ「……天剣はソロモン王の剣であり、死後はソロモン王の御下に送られる。とかいう迷信があるからさ。そんな事はないし、俺も顔を会わせたことはない。それでも、死後の事など誰にも分からないんだ。天国に行きたいと思って生きている連中と大差ないのさ」

シュ「天国か信仰する対象の下かの違いがあるだけで、か」

ソ「そういう事だな。だから、忠誠心はあまり関係ない。初代の連中は忠誠心が信仰心に変わっていたし、それ以降の連中も俺――――ひいてはアクィナス家に対する信仰心で仕えているからな。裏切られる心配とかはした事がない。寧ろ眼が本気すぎて俺が引くレベルだ」

シュ「なるほど……とまぁ、こんな感じで質問にお答えしていきます。他にも気になる事などがありましたら、感想か活動報告の方に質問を送ってください。こちらの方で答えられる質問にはこのコーナーで答えていきたいと思っています」

ソ「感想でも構わないが、質問の内容によっては運対に引っかかってしまうからな。活動報告の方に書いてもらえるとありがたい」

ソ・シュ「「それでは質問、お待ちしていま~す!」」

・幕間という名の謝罪
ソ「作者めが俺の認めた王は聖王と騎士王だ、等とのたまったらしいがここに訂正しておこう。俺は聖王女を英雄としては認めていても、王としては認めていない。作者めの適当な戯言で誤解させてしまったら申し訳ないのでな。ここで詫びさせてもらう」

シュ(本当にすいませんでした!)


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海鳴観光・中

ハーメルンよ、私は帰ってきた!(訳:お待たせしてごめんなさい)


 ケーキに舌鼓を打ち、コーヒーで余韻を楽しんでいる最中。サンは何の気なしに探査魔法を使った。すると、奥の方に何やら巨大な建物――――道場がある事を発見した。士郎の言っていた古武術と言われる奴を稽古する場所なのかと思い、訊いてみた。

 

「マスター。何やら大きな建物があるようだが、あそこで古武術とやらの稽古をしているのか?」

 

「はい。と言っても、今ではめっきり使わなくなった物なのですが。私も技術はあっても、身体がついて行かないというぐらいには衰えていますので。基本的に使うのは娘なんですよ」

 

「技術の伝承か。良きかな良きかな。連綿と続く物を絶やさないというのは良い事だ。とはいえ、色々と大変なのではないか?」

 

「技術の方は息子が継いでおりますので。ただ、息子も基本的には海外にいる身なので中々会えないのですが……この後お時間があるようならご案内しましょうか?」

 

「ほう、良いのか?」

 

「ええ。今は息子とその娘――――孫が使っていますが、その後でもよろしければ」

 

「無論、構わないとも……と、俺が言うのは勝手か。メヌス、この後に予定などはあるか?」

 

「サンのお好きに為されるがよろしいかと。元々、そのための旅なのですから。それにもとより、あなた様のしたいと思う事を阻む権利など私にはございません。どうかお好きなように」

 

「ふむ……そうか。では、頼めるかな?マスター」

 

「ええ……という訳で、この場を頼むよ美由紀」

 

「えっ!?ちょっと、お父さん!?」

 

 ハッハッハ、と笑いながら士郎はサンたちを連れて店を出た。その際、キッチンで調理していた妻は仕方ないわねという表情を浮かべ、いきなり店を任された娘は混乱しきっていた。確かに、クールタイムと言っても良い時間だったが、それでも店は開いているのだから。

 

「ここが道場です。普段は娘ぐらいしか使いませんので、少し汚いかもしれませんがご勘弁ください」

 

「大丈夫だ、マスター。こちらが頼んでいる身なのだ。そんな恥知らずな事は言わないとも」

 

「それでは、どうぞ。稽古の途中だと思いますので、お静かにお願いいたします」

 

「それはもちろん。出来うる限り、邪魔をしないようにしましょう」

 

 サンがそう言った瞬間、まるでその場から消えてしまったかの如くサンとメヌスの気配が消失した。士郎も目の前で見ていなければ気の所為か、と思ってしまうレベルの気配断ち。本当に何者なのかと思ってしまう。

 道場の扉を開き、中に入るとちょうど休憩中だったのか一人の青年が水を飲み、その足元で少女が息絶え絶えという状態で倒れていた。どんな過激な鍛練を積んでいたのか、と思ってしまう状況でありながら、サンは別の要因で驚いていた。

 

「……人外種、それも吸血種か?こんな魔法文明のない未開の地にまだ生息しているとはな。これは驚きだ」

 

「そうですね。今となっては相当に数を減らしていますしね。私も実物を見るのは初めてです」

 

「「っ!?」」

 

 サンとメヌスにとってはどうという事はない事実。しかし、それは士郎やその息子――――恭也にとってはそうではない。人は違う存在であるが故に、人外は人々に狙われ続けてきた。その事実を考えれば、恭也の取った行動が間違いだとは誰も言い切れないだろう。

 サンたちとの距離を詰め、手に持っている木刀を叩きつけようとした。その動きを見ていた(・・・・・・・・・)メヌスは左手の甲で木刀を受けつつ、角度を付けて受け流す。そして右手を恭也の心臓目掛けて突き出した。

 

 天剣に選ばれる人間は真っ当な存在ではない。場合によるが、単体で龍種(ドラゴン)を討ち取る事すら可能な人材だ。しかも、メヌスはその天剣の中でも第二位に位置する。魔力も何も持たないただの人間がその攻撃を受ければ、間違いなく死ぬ。武器の有無など、天剣にとっては些細な問題なのだから。

 

 その攻撃を見た誰もが、間違いなく恭也は死んだと思った。メヌスは平常の状態とトップギアの差が激しい。であるにも関わらず、トップギアまで至るのは一瞬だ。コンマ以下の時間で彼女の精神は変化させる事が出来る。しかし、それはあの男にとってもまた同じ。

 

「……?」

 

「そこまでにしておけ、メヌス。今のは俺の無遠慮な言葉に反応してしまっただけだ。俺に危害は加えられていないし、気にする程の事でもない」

 

 恭也の身体に当たるまでほぼ零と言っても良い程の距離。そこで一ミリにも満たないような盾が構築されていた。そんな針で突けば壊れてしまうようなサイズでの盾に、メヌスの攻撃は止められていた。流石に衝撃までは殺しきれなかったのか、防いだ際に起きた衝撃と爆音で恭也は吹き飛ばされていた。

 

「しかし、殿下。あの者は殿下に危害を加えようとしたのです。極刑にして然るべき罪状です」

 

「殿下って呼ぶなと言ってるだろうが。それに俺が許すと言っているのだ。それ以上の危害を及ぼすというのなら、その時は俺が相手をする事になるぞ?」

 

「……畏まりました」

 

「すまないな、マスター。邪魔をしないと言っておきながらこの始末だ」

 

「あ……いえ、息子を、恭也を助けていただきありがとうございました」

 

 あの瞬間、士郎は動く事が出来なかった。間違いなく恭也は死んだものと思った。自分が現役だった頃でもなす術もなく殺されていたであろう一撃。それを事もなく防いでみせた。たとえ、普通の方法ではなかったとしても助かった事は事実だ。

 

「いいや、気にする必要はない。こちらが無礼を働いたのだ。寧ろ怒るぐらいで丁度良いんだぞ?」

 

「ハハハ……」

 

 サンはあまりの衝撃に動けなくなっている恭也に近付き、手をかざした。一瞬だけ魔法陣が現れ、恭也を包み込んだ。すると、恭也の身体から痛みが消え去っていた。それを確認すると、サンは立ち上がった。そして壁に立てかけてあった木刀を手に取った。

 

 サンからすれば、武芸の鍛練とは本物の武器で行うのが当然なのだ。切り傷や打撲の類は当たり前で、場合によっては死んでしまう事や重傷を負ってしまうのは当然の話だった。木を削り、こんな武器を使うような事はサンの考えではありえなかった。

 故に、真新しいという感想を抱かざるを得なかった。軽いのが不満と言えば不満だが、木が原料となっているのだから仕方がないと思った。そこでふとサンは思った。

 

――――天剣保持者(こいつら)はどれぐらい強いんだろうか?と。

 

「……そうだよな。俺ってあいつらの実力をよく知らないんだよな」

 

 そう思った瞬間、サンは握っていた木刀をメヌスに投げた。メヌスがそれを受け止めた頃にはサンは別の木刀を手に持っていた。メヌスにはサンの目的が分からず、呆然としていた。木刀を構えながら、サンは告げた。

 

「思えば、俺はお前らの実力をよく知らん。お前たちが天剣と名乗っている事以外、俺はお前たちの事など知らないからだ。――――故に、お前を測ってやろう。真に天剣を名乗るに相応しいか、示してみせるが良い」

 

 剣を構える。それ即ち、鍛練の始まり。古代ベルカにおいて最強を誇った魔王を相手にして行われる、一生に一度あるかないかと言われるほどの出来事。初代天剣保持者たちですら、魔王との鍛練をした者はそうはいない。

 

「――――喜んで、お相手努めさせていただきます」

 

「良い。全力を尽くせ。さもなくばその首、無いものと思え」

 

 サンがそう言った瞬間、重圧の感じる剣戟が九度(・・)空中に響き渡る。その剣戟は誰の眼にも止まらない。脳のリミッターを解放し、肉体の限界を超える御神の剣士にすら、彼らの鍛練に届く事はあり得ない。

 

 肉体は限界まで強化され、それに応じて得物も限界まで強化される。今ではサンの――――ソロモンの剣戟について行く事が出来ている。ソロモンの伝承における極致――――初めて握った武器すら十全以上に使いこなすソロモンの技量。

 拳であれば名を馳せる拳闘士を撲殺し、剣であれば騎士と呼ばれた天才どもを斬殺し、鎗であれば無二の鎗手ですら穿ち殺した。その類稀なる魔法の才だけではなく、武技の才でもソロモンは万人を凌駕した。ジェイル曰く、如何なる得物ですら壊すほどに使い潰す程の逸材。

 

 

 そうでなくとも――――天剣保持者とはソロモンを前にして、最後まで立っていた者の順番なのだから。

 

 

 空気が炸裂する。腕がぶれる度に何かが衝突する音がする。メヌスが必死に動き回り、何とかソロモンとの距離を詰めようとする。しかし、それでも。ソロモンの身体を動かす事は叶わない。たとえ背後に回ろうとも、如何なる術理か剣戟は背後にすら届く。

 

 壱にして百を知る?いいや、否。零にして千を知る?いいや、否。真実、最強にして絶対無敵なる存在とは得物を握った瞬間から万を知る者。始まりから極点へと至る者。それこそが唯一無二なる至高の存在。常勝不敗と謳われ、世界に畏怖の念を抱かせる超越存在なのだから。

 

「どうした?現代の天剣とはその程度の力しかないのか?」

 

「ぐっ……!」

 

 防戦一方。天剣とは天に捧げられた剣であり、天に敵対する事を考慮していない。いや、天に敵対する事など烏滸がましい傲慢。ソロモンを神として掲げる宗教において、あり得べからざる大罪なのだ。だからこそ、どうしても剣が鈍る。

 主に剣を向ける奴隷がいようか?慈愛をもって接する親を率先して害そうなどという子がいようか?主に逆らう騎士がいようか?そして――――神に逆らう事を、神を傷つける事を率先して行おうとする使徒がいようか?いいや、否。上の者が下の者に報いる限り、そのような事が起こりよう筈がない。

 

「……ふん。では、こうするとしよう」

 

「……?」

 

「本気を出せ。さもなくば……貴様から天剣位を剥奪する。俺の言葉に従えない者など天剣には相応しくない。天剣とは王を守る剣であり盾である。その命は総て王のためにある。王の力になり得ないなら、天剣など不相応な物だろう?」

 

 世界で天剣からその位を剥奪する事が許されるのは二人だけ。即ち、剣を捧げた王とその始祖たるソロモンのみ。そして、天剣にとって最も不名誉な事はその位を剥奪される事だ。その昔、当時の王が良かれと思って天剣位を取り上げた結果、自殺した天剣保持者がいる程に。

 ただの王ですらそうなのだ。ソロモン相手に天剣位を剥奪されれば、それどころの騒ぎではない。一族郎党全員が自殺しても足りない程、その行為が齎す物は途轍もない影響を持つ。それに何より、ソロモンから見放される事を彼らは極度に恐れる。それこそ、それ以外が総て些事に変わる程に――――

 

 ソロモンの言葉と同時に、メヌスの気迫が明確に変わる。メヌスの中ではこれが鍛錬だという事すら消え去り、完全に戦闘状態に移行した。間違いなく、その刃はソロモンの命へと届かせようとしている物へと変化している。

 

 響き渡る音がより重々しい物へと変化させる。その攻防は完全に鍛練の枠組みを超え、命のやり取りへと変化していた。それを如実に理解させるように、木刀に注ぎ込まれた魔力や気が合わさり剣気へと変化していった。

 

「…………」

 

 二人の剣戟に士郎は目を惹かれていた。瞬きをする時間すら惜しいと感じさせる程の極致。これこそが、剣のあるべき姿だと思わせられるほどの剣だ。集中しても微かにしかその剣戟を見切れない。そんな自分が情けないとすら思ってしまう。

 

「そうだ。このぐらいはして貰わなければ、俺も安心して護衛など任せられん。だが、これで終わりではなかろう?たとえ、自分専用の得物ではなくとも、この身に一撃を与えてみせよ。その程度できなければ、お前は第二位など名乗れまい」

 

 ソロモンの言葉を聞いたメヌスは如何なる術理か、ソロモンの距離を詰めた。その行動にソロモンは微笑を浮かべながら、踏み込む。剣よりも内側の間合い。これでは互いに全力を発揮できない――――訳がない。

 魔力で高められた剛力の掌底がメヌスに迫る。メヌスはそれを捌き、逆に吹き飛ばそうとした――――が、そのような小細工をソロモンが許す訳がない。風の流れでこれは捌ききれないと判断したメヌスは距離を離そうとする。

 

 しかし、メヌスの移動術――――縮地をソロモンは大地の経脈を揺らす事で阻む。万事休すという状態となってしまったが、それで慌てるようではそれこそ天剣失格だ。木刀の柄をソロモンの腕に当て、弾かれる事で距離を開けた。

 

 改めて、剣を構え同時に衝突した瞬間――――両方の木刀が砕け散った。二人の強化と攻防に木刀の方が耐え切れなかったのだ。柄を残して何もなくなった木刀を見下ろしたソロモンは笑い始めた。その笑い声に安堵したように、メヌスも笑った。……流石に苦笑と呼ぶべき物であった事は致し方ない、という他ないだろう。




~ソロモンと作者によるQ&Aコーナー~
「リアルが忙し過ぎた所為で大分時間がかかりましたが、何とか戻ってきました。シュトレンベルグです」

「時間を置きすぎな気もするが、これからも遅れる可能性が非常に高いので勘弁してやってほしいと思う。ソロモンだ」

シュ「それでは今回も質問に答えて行こうと思います。まずはこちら」

Q.管理局の白い悪魔、魔王と言われてるなのはさんですが、この世界ではソロモンが魔王として言われてるので、この世界でも魔王と呼ばれてるのかな?

シュ「岬サキ様、感想共々いつも拝見しています。今回もお便りいただきありがとうございます。で、その辺はどうなの?」

ソ「こちらからすれば、そのなのはとやらの事は知らないが……俺以外にも魔王と呼ばれている者がいるのか?」

シュ「はい、そんな訳でこの王様は特に役に立たないのでこちらが答えさせていただきます」

ソ「分かっているなら、何故話を振った……」

シュ「え~、まずなのはさんとこの王様では魔王の意味合いが違います。
なのはさんの場合は魔王の如き力で破壊をもたらす魔導士という意味合いの魔王。
この王様の場合は総ての魔導士の頂点に立つ王様という意味の魔王です。

 なので、どうやってもなのはさんとこの王様の意味合いが被らないので、魔王と呼ばれる事でしょう。運命からは逃げられない」

ソ「ふむ、けったいな魔導士もいるのだな。一度会ってみたい気もするがな」

シュ「止めて。君たちが出会ったらその場所は間違いなく大変な事になるから。……本当に止めてよ?冗談じゃないからな!?」(ピコンッ!フラグが立ちました)

ソ「(余計なフリをするから……)まぁ、その話は良い。次に進んだらどうだ?」

シュ「そ、そうだな……次はこちら」

Q.シュテルの家系の説明で、そこまでやるのかって狂信者ぶりがありましたが、レヴィやディアーチェと後はユーリの家系にもシュテルの家系のようなものはあるのですか?

ソ「うむ……まぁ、そうだな。あいつらの沸点は俺の話題に限り、途轍もなく低い。和平の条約を結びに行ったはずが、そのまま相手国を滅ぼしたなんて話もあるぐらいだからな。俺が悪辣非道な魔王と呼ばれる理由の大半はあいつらの怒りだからな」

シュ「えっと……何したの?」

ソ「基本的に俺の参謀である煉獄女帝が有名なんだが、他の連中も大概だった。殲滅女帝は俺を侮辱した連中を国ごと闇に沈めたし、斬滅女帝は一族郎党斬首して晒し首にした後、腐り始めると何事もなかったように消し炭にしていたな。
 破壊女帝は確か……住まい事圧縮して肉塊に変えていたか?少なくとも、原形も残る事はなかったな。なんにしても、ろくな事にはならなかったな。普段は優秀なんだが、俺の事が絡むと途端に過激になるからな」

シュ(ここにあの四人を招かなくて本当に良かった……これからも絶対に招かないようにしよう)

ソ「まぁ、俺の関係者など大概ろくでもない連中だからな。俺の事になれば過激になるのはいつもの事だ。放っておけば良い。それで次は?」

シュ「質問は一応次で最後だな。最後はこちら」

Q.今代の女帝や天剣達の実力ですが、やっぱり一対一なら誰が相手(なのは、フェイト、はやてのレベルも含めて)でも負けなく、悪くても引き分けになる実力は兼ね備えてるんですか?

ソ「そんなにその者らは強いのか?この平和なご時世には珍しいな」

シュ「ああ~……まぁ、青春を仕事に捧げている人間だから、じゃなくて!元々才能のある女性だから!皆そう思っちゃうんじゃないかな!?」

ソ「何を慌てているのだ。それで?実際のところ、その辺りはどうなのだ?」

シュ「ふむ。今回の話を読んでいただければ分かりますけど、基本的に天剣やら女帝に選ばれる人材というのは化け物レベルです。この王様に追随する事が出来るぐらいの力量はあります。じゃなければ、こんな化け物守ろうとは思いませんから」

ソ「化け物とはひどいな……昔であればあの位の力量の者は他にもいたぞ?」

シュ「どんな人外魔境なんだ、古代ベルカ……ともかく、相対評価としてはそもそも眼中にないのが正解です。序列によって実力の違いが半端ではないので、誰がどのくらいかというのは一概には語れません。というのが質問の回答です。分かりにくくてすいません(土下寝)」

ソ「さて、質問は以上か。岬サキ殿、二回連続で質問を入れてくれて感謝の意を表明しよう。これからもこの物語をご愛読いただけると幸いだ。他の読者殿も、な」

シュ「それでは皆様、また次回お会いしましょう。さようなら~!」


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海鳴観光・下

お待たせしました。卒論とかで忙しくて、中々筆が進まなかったよ……。
あと、エレちゃんも当カルデアには来てくれなかった。

それはそれとして、アズレンのドイツイベ楽しみ。


 二人の木刀が粉々に砕けた後、サンは砕けた木刀を修復させて士郎に渡した。膨大な量の魔力を流し込まれた所為か、元々よりも更に頑強になったソレらは振るう人間によっては相手を撲殺しかねないぐらいには硬くなっていた。

 

「あの程度はついて来られるか。まぁ、天剣と名乗っても支障はあるまい。俺が発破をかけないと本領を発揮できない、というのはどうかと思うがな」

 

「申し訳ありません……」

 

「構わんさ。有事の時など、どうせ訪れまいからな。何の権力も持たぬ今の俺に襲いかかってくるような者はおらんだろう。しかし、久しぶりに身体を動かしたな。ストレッチ紛いの事はやっていたが、それでも訛っていかん」

 

 手首を振りながらそう言うサンに対し、メヌスは苦笑いを浮かべるしかない。魔導の王とも神とも呼ばれるソロモンの本質は武神――――戦う存在だ。戦士の中でも至上究極の存在たるソロモンの力があの程度ではない事は、メヌスには理解できていた。

 

 神話に曰く。ソロモンの得物は鎗と魔導書。雑魚を膨大な魔力によって押し潰し、英雄や選定者に選ばれた王には緻密な魔力加工を施された鎗でもって叩き潰した。それ故に、本国に設置されているソロモンの石像では槍と魔導書を携えた姿となっている。

 

「ご満足いただけましたでしょうか?」

 

「満足ねぇ……まっ、満足とは言い切れんな。得物は柔く、お前も俺もまだ本領ではなかった。不完全燃焼だが、目的は果たした。ならば、別にこだわらずとも良いだろうさ」

 

「はっ、かしこまりました」

 

「ああ。それに、お前たち用に天剣も作らなければならんだろうしな。非常に面倒ではあるが、必要な事だろう」

 

「…………我々が天剣を戴けるのですか?」

 

「うん?なんだ、要らないのか?元々、天剣は前払いの報奨のような物だ。大した物ではないさ」

 

 ソロモンにとって、天剣も神器も大した違いはない。認識としては王権(レガリア)と大差ない。つまり、象徴としての存在なのだ。魔王に使える者どもが振るう力は、ひいては魔王の力だ。だからこそ、ソロモンは天剣と神器を作った。

 

 古代ベルカの時代において、力こそが総て。情よりも、血縁よりも、愛よりも何よりも力こそが絶対だった。弱い者は蹂躙されるだけでしかない時代だ。だからこそ、ソロモンは力をこそ求めたのだ。

 

「天剣も神器も、俺にとってはそう大した物ではない。帝国においては絶対の象徴として扱ったが、なんという事はない。俺以外の人間がどれだけ魔力を注ぎ込んでも壊れない耐久力、どれだけ殺しても落ちぬ切れ味。他にもあるが、おおよそそれらを体現しただけの代物だからな」

 

 言うは易く行うは難し。数多の武器を使い潰したソロモンらしい言葉かもしれないが、古今東西そのような武器を創った者など一人もいない。それを事もなげに語る姿からはまさしく万物の頂点に立つ神の如き威光が感じられた。

 

「いえ、そのような事は決して……」

 

「まぁ、多少疲れるが出来んことはないしな。知っているか?かつて、お前の初代が天剣を受け取った時の事を」

 

「はっ……陛下より与えられたことに感激し、涙を流したと聞き及んでいます」

 

「その程度ではなかったよ。色々な物を垂れ流しながら気絶していたんだよ……そう言えば」

 

 サンは手袋越しに指輪に魔力を流し、現れた異空間に躊躇いなく腕を突っ込んだ。得体の知れないソレにメヌスは混乱していたが、サンが何ともない様に振る舞っているので黙って見ていた。お目当ての物を見つけたのか、一気に腕を引き抜いた。

 

 そこには黄金の装飾を施された直剣があった。サンは重さを確認するように無造作に振り回していたが、その場にいた者たちは突如として現れたその剣から眼を離せなかった。

 

「で、殿下……それは、まさか……」

 

「俺がかつて作り上げた天剣。その試作品だな。亜空間の方に放り込んでおいたんだが、まだ現存していたんだな。てっきり、誰かに回収されている物とばかり思っていたわ」

 

「これが……天剣」

 

 初代当主……初代天剣保持者が醜態を晒したとしてもおかしくないと思えるほどの美しさだった。少なくとも、メヌスはこれをソロモンから直々に渡されれば意識を保っていられるかも分からない、と素直に思った。それほどまでに、その剣は秀麗で……途轍もなく冷たかった。

 

 それは武具における究極。間違いなく既存のありとあらゆる兵器を凌駕する武器だ。矛盾という言葉すら許さない力がそこにはあった。サンはその剣を少し見つめた後、また空間に戻した。その瞬間、メヌスは息が苦しくなっていた。剣に魅入りすぎて呼吸を忘れている事にそれまで一切気が付かなかったのだ。

 それほどまでに秀逸で美麗なる剣。これが自分にも与えられると考えれば、歓喜の心を抑える事などできないだろう。あれが天剣。帝国の中でも本当にごく一部の人間にしか与えられなかった最強の武具。クレーターを作り上げるほどの魔力砲すら斬り裂いたとされる絶対の一。

 

「ふぅ……やはりこれは失敗作だな。どうにも毒気が強すぎる。天剣として授けるには毒気が過ぎ、さりとて武具として扱うには傑作に過ぎる。まったく、使い道すら迷わせるとは我ながらとんでもない剣を作ったものだな」

 

 サンは事もなくそう言った。天剣のプロトタイプであるあの剣は、ソロモン以外の存在に対してその身を委ねる事はない。至高の王と呼ばれたソロモンに生み出された最初の天剣。王以外の手の中にある事を絶対に認めようとはせず、王以外の者が持てばたちまち不和と不幸をもたらす代物。

 

「まぁ、どうせ俺以外の者は持たんだろうがな。式典用にしか使ってこなかったし」

 

 惜しむらくは、剣の望む使い方をされるのはごく少ないという事だろう。

 

「あの、そこのお兄さん」

 

「うん?どうした、吸血種の童よ。悪いが、俺の血はやれんぞ?」

 

「お兄さんは私みたいな人の知り合いなんですか?」

 

「ふむ、冗談だったが流されてしまったか。まぁ、それはそれとして。確かに、俺はお前のような奴の事は知っているよ。俺がいた場所にはそういう普通の人間とは違う奴もいたからな。今はどうなってるんだ?」

 

「どこかに隠し里があり、そこで暮らしているとは聞いていますが……申し訳ありません。自分は彼らのような人種の担当ではありませんので詳しくは……ただ、重臣の中には竜人種がいます」

 

「珍しい事もある物だな。ああいう連中はやっかみを受ける事もよくあったから、一箇所で固まって生きている者が多いんだがな。時代も変わるという事か……良きかな良きかな」

 

 サンは少女の頭を撫でながらそう言った。そして気が善くなっているサンの姿に満足そうな表情を浮かべているメヌスだったが、次の瞬間表情を厳しくした。魔力を用いた結界が急に作られたからだ。

 

「おや……結界か」

 

「隔絶結界……管理局の仕業です。どこまでも空気の読めない……」

 

「メヌス、確かこの星は管理局の管理外の場所なのだろう?連中は管理外でもお構いなしに領土侵犯をしているのか?」

 

「おそらく、隠居なりした人物が暮らしているのかと……そうすれば、管理局とは表向き関係ない人間になります。そうなれば、通報したとしても一般人からの通報という形になります」

 

「ふむ、なるほどな。しかし、なんと言うか……随分と脆い(・・・・・)結界だな」

 

 サンが撫でるように結界に触れると、それだけで結界は跡形も無く消滅した。サンが掌に籠めた魔力に耐え切れず、自壊したのだ。普通であれば、そのような事が起きたりはしない。しかし、相手は常人では耐え切れない程の魔力を有する絶対存在である。そんな存在を結界程度で隠蔽できる訳がない。

 

「流石は殿下。どれだけ有象無象が集まろうと御身に届きようがない……まさに至高と呼ぶに相応しい御方です」

 

「そんな事を言われてもな……この時代の魔導士の力量が落ちているだけではないか?まぁ、戦乱の時代に結界を使う場所なんて後宮か或いは診療所ぐらいのものだからな。強度など求めていなかったしな」

 

 こう言っているが、そもそもこの人は結界に世話になった事など欠片もない。膨大すぎる魔力が原因で防御魔法は砦の如き防御力を誇っている。誰かから身を守るまでもなく、アホのように強いため狙われる事もなく。同格の人間以外で命の危機に合う事もなく、結界など使う時がそもそもなかった。

 

 実に守り甲斐のない男とはまさにこいつの事である。

 

「さて、そろそろ我々もお暇するか。実に有意義な時間だったしな。俺は満足だ」

 

「ご期待に添えたようで何よりでございます。それでは、もう宜しいのですか?」

 

「ああ。これ以上の面倒事は少々困るからな。俺とて他人を慮るぐらいの余裕はあるつもりだ。これ以上、この世界の住人にもお前にも迷惑をかけるつもりはない。そうでなくとも、騒がしい中でゆったりしようという考えはないしな」

 

 サンの……ソロモンの魔力を介した探知は転移によって現れた魔導士たちを捉えていた。ソロモンからすれば、それこそ吹けば飛びそうなくらいか細い連中でしかない。それでも、管理局と事を構える気は欠片もない。ふっかけられれば買うが、それ以外では管理局などソロモンにとってはどうでも良い。

 ソロモンにとって管理局とは障害にもなり得ない敵未満の何かであり、率先して何かをするべき相手ではない。それは管理局に限らず、犯罪者だろうが、最強の龍種であろうがそうなのだ。現状、ソロモンと同格の存在などこの世のどこにも存在しないのだ。

 

「まったく……退屈な物だ。確かに、ジェイルの言う通りなのかもしれんな」

 

 王の育つ土壌の不足。かつてジェイルが指摘したソレの深刻さをソロモンは理解した。どれだけ科学技術を発展させようが、上に立つべき人間は生まれる。しかし、同じぐらいの力を持った人間を作ろうとしているならば話は別だろう。

 

 王となる者に必要な環境は競争社会だ。ベルカはそれに加えて生存闘争も存在したからこそ、あれだけ大量の英雄と王が生まれた。しかし、現代はまったく逆だ。誰もがある程度まで進めば満足する。自分の限界を自分で定め、それで納得しようとしている。

 それでは駄目だ。それでは王など生まれようがない。絶対の存在を生み出すには、どうしても果てのない飢餓が必要なのだ。王の玉座に至るというのは生半可な執着ではない。劣悪な環境こそが、突出した存在を育て上げる。

 

「平和ゆえの……という奴か。この分ではよほどの事がない限りは変化など得られんか」

 

「……………」

 

「さて、それではそろそろ行くとするか。マスター、色々と世話になったな。ケーキとコーヒー、美味かったぞ」

 

「ご期待に添えたのなら、何よりです」

 

「薄々思っていたが、魔法の事を知っているのだな。身内に魔導士でもいるのか?」

 

「ええ。娘が管理局に勤めています」

 

「なるほど。それならば納得だ。俺の事を聞かれたなら別に話して構わんぞ。自分の身を守るために必要な事はするべきだからな。たとえ、それが誰かを売る行為であったとしても、守るべきは己とその家族だからな」

 

「分かっています。まぁ、そんな事はするつもりはありませんが。お客様のプライベートに過度な口出しをするほど、野暮なつもりはありませんから」

 

「そうか。まぁ、好きにすると良い。また訪れさせてもらおう。その時には自慢のシュークリームとやらの相伴に預かるとしよう」

 

「またのご来店、お待ちしております」

 

 士郎の言葉にソロモンは笑いながら転移魔法を駆動させた。強烈な光が空間を呑みこみ、光が晴れた後にはソロモンとメヌスの姿は掻き消えていた。まるで彼らの存在が泡沫であったかのようで、信じきれなかった少女は二人がいた場所をぺしぺしと叩いていた。

 

「父さん、あの二人は……」

 

「邯鄲の夢みたいだったな。それでも……恭也、私は剣の極致という物を見た気がしたよ」

 

「……俺もだよ、父さん」

 

「惜しいな。あの剣をもっと若い頃に知れていれば……と、思わずにはいられない程に」

 

 ソロモンとメヌスの剣技には総てが籠められていた。これまで長きにわたり、剣士が求め続けてやまなかった何かがあの剣には籠められていたのだ。あの剣こそ、まさしく頂点だ。目指す事が出来るなら、今からでも目指したいと思えるほどにその剣は素晴らしかった。

 

「それでも、良いんだ。私は今のままで良い。一度死にかけているんだ。もう一度死にかけて、桃子を悲しませる訳にはいかない」

 

「父さん……」

 

「それに私が……俺がその場所に至れずとも。いつの日か、御神の剣士の誰かがきっとあの領域に至ってくれるさ」

 

「……そうだな、父さん」

 

 そうして二人は眼を輝かせながら、先ほどソロモンたちが使っていた木刀を振っている少女を見つめるのだった。




~ソロモンと作者によるQ&Aコーナー~
「皆さん、メリークリスマス。帰ってきました、シュトレンベルグです」

「作者は今年もまたクリぼっち?とやらだそうだ。ソロモンだ」

シュ「うるさいな。良いじゃん、別に。彼女いない歴=年齢だけど、困ってないし」

ソロ「まぁ、俺もどうでも良いがな。それで、今日の質問は何だ?」

シュ「本当にどうでも良さそうだな……これだからリア充は。まぁ、良いや。え~っと、今回の質問はこちら」

Q.現在の女帝達や天剣達の見た目のモデルっていますか?

シュ「まずは岬サナ様、毎回質問をいただき感謝しています。それで、こちらの質問ですが、作者としては特にいません……というより、確定していません。その内、登場キャラの説明と一緒に載せたいと思います」

ソロ「こやつとしても完全には練れていないのでな。余裕が生まれる1月後半以降には載せられるだろうから、今暫く待っていてほしい」

シュ「ご迷惑をおかけします。さて、気分を切り替えて次に行きましょう」

Q.ソロモンと英雄王が会ったらどうなるの?

シュ「人類最古の英雄王に関しての質問だね。その辺はどう?」

ソロ「ふむ……場合によるな。だが、少なくとも敬意は払おう。古代ベルカよりも昔、世界を切り拓いた最古の王。そのような偉業をもたらした王に、敬意を払わぬ訳にはいくまい?」

シュ「ふ~ん……ちなみに場合って?」

ソロ「戦場であれば戦おう。どれだけ敬意を払ったとしても、戦う必要があるならば戦うだけだ。協力する必要があるならば、率先して協力するしな」

シュ「先人に敬意は払うけど、それを理由に何もしない訳じゃないって事かな?」

ソロ「そういう事だな。敬意を払う事と抗わぬ事は同意ではない。我らは同格の王なのだからな」

シュ「なるほど……さて、今回はここまで!それでは皆さん、また次回!今年の更新はこれが最後だと思いますので、良いお年を!」

ソロ「うむ。来年の皆に幸福のあらんことを」

~作者とソロモン退出後~

「……いなくなったか?」

「ええ。もう大丈夫のようです」

「良かった~。殿下と鉢合わせなんて出来ないしね」

「えっと、皆さん初めまして。ユーリ・エーベルヴァインでしゅ!」

「少し落ち着け、ユーリ。そう焦らずとも良い。ロード・オブ・ディアーチェである」

「シュテル・ザ・デストラクターです」

「レヴィ・ザ・スラッシャーだよ!いえ~い、皆見てる~?」

ディ「落ち着かぬか、レヴィ。今回は我ら相手に質問が着ているから参った次第だ。よしなに頼むぞ」

シュ「それではユーリ。質問の発表をお願いします」

ユ「は、はい!えっと、今回来た質問はこれです!」

Q.ソロモン王に抱かれたいとか思わなかったの?

ディ・シュ・レ「「「……………」」」

ユ「えっと、王様は私にとってお父様みたいな存在なのでそういう感情はないです。お母様は素晴らしい人だって言ってましたし、私もそう思いますけど」

ディ「…………ふぅ。さて、何の質問だったか?」

シュ「ディアーチェ、何か不遜な質問があった気がしますが気の所為ですよね?」

レ「え、シュテルンと王様も?僕も何かあり得ない質問を見た気がするんだよね~」

ユ「……えっと、お母様の意見なんですけど、王様に劣情を抱く事がそもそも不敬らしいです。王様は神様で、神様にそういう感情をぶつける事は間違い……らしいです。よく分からないですけど」

ディ「ユーリ、質問は一体何だったか?どうも見えぬのだが……」

ユ「えっと、次の質問はこれです!」

Q.ソロモン王が妻を招いた時に葛藤や嫉妬って無かったの?

ディ「ふむ。嫉妬は少なくともなかったな。王は完璧な存在とはいえ、肉体が人間である以上は終わりがある。完全なる神に至るための試練とはいえ、何とも言えぬ。しかし、必然的に後継は必要となる。仕方のない事と言えるだろう」

シュ「王のいない国など、その瞬間から駄馬にも劣りますが……それでも、王の築いた物を守らなければなりません。そのためなら必要な手段かと」

レ「う~ん、王様に必要とは思わなかったけど……それでも、皆が願ってたからね。その想いを無碍にするのは王様の臣下としてはどうかと思ったから。それ以上言う事は特にないかも」

ユ「私が王様のお世話になったのは王様の奥さんがもういた頃ですから、特に言う事はないです。ごめんなさい」

ディ「気にするな、ユーリ。お前がそこまで責任を感じるような事ではないからな。それで、質問はこれぐらいか?」

ユ「あ、はい。質問はこれだけです」

ディ「そうか。では我らから一言ずつ述べさせてもらうとしよう。……我らが至高の御方、ソロモン王の旅路は未だ果てず。どうか読者諸君には我らが王の勇姿をその身に刻んでほしいと思う」

シュ「後継たちはまだまだ情けない面が多いと思いますが、どうか生暖かい目で見てくださると幸いです」

レ「皆、どうか楽しんでいってね」

ユ「えと、皆さん健康には気を付けてくださいね。あと、この作品とは関係ありませんけど、来年のDetonationをお楽しみに」

ディ「ユーリ、少々メタいぞ……まぁ、何はともあれ。今回も閲覧してくれたことに感謝を。そして、当作品に限らず応援のほどよろしく頼む。では、失礼する」


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定めた道

いきなりの急展開。我ながら意味不明ですが、それでも良い方はどうぞ。




P.S. 新成人の皆様、おめでとうございます


 何も見えない暗闇。その中をただ一人で歩いている男がいた。そこには空は愚か、大地もあるようには見えない。それでも、男はそこに何があるのか分かっているかのように歩いていた。

 

 果ては見えず。どこまでも底の見えない場所で、男は何かを求めていた。自分でそれが何なのかも分からず、ただひたすらに求め続けた。まるで人類の悪性を象徴しているかのような歩みであり、そこには己が願い続けた物は無いと知りながらも男は進む。そんな男に、何処からか声が降りかかってきた。

 

『――――汝に問う。汝、騎士なりや?』

 

――――否。俺は騎士にあらず。

 

『――――汝に問う。汝、貴き者なりや?』

 

――――否。俺は貴き者にあらず。

 

『――――汝に問う。汝、王なりや?』

 

――――否。俺は王にあらず。

 

『――――汝に問う。汝、何者なりや?』

 

――――俺は■■■■■だ。それ以外の何者にもあらず。

 

 

『――――汝に問う。汝、何を求める?』

 

――――不明。されど、今俺が求める物があるとすれば。それは――――

 

 

 その瞬間、男が何と答えたのか。当人たち以外には誰にも分からない。ただ、一つだけはっきりとしている事がある。これこそが、彼の起源。始まりとなった場所であり、自分の価値という物を決定づけた瞬間なのだ。

 

『――――汝に問う。汝、何者なりや?』

 

「趣味の悪い事をしてくる物だな。長き時を経れば、俺の答えが変わるとでも思っているのか?」

 

 いつの間にか足を止めた男――――ソロモンは一寸先すら見通せない闇の空を見上げる。そして、何も見えない空に手を伸ばす。そこに何があるのか分かっているかのように、ソロモンはただ手を差し伸ばし続ける。

 

「俺は何者でもない。あの時から、俺はずっと変わってなどいない。だからこそ、俺は今もこうしていられるんだ」

 

どれほどの時を経ようとも、そのあり方が変わる事はなく。それ故にソロモンは光のない闇を恐れる事がない。生物が本能的に持っている恐怖を抱く事もなく、普段通りの自然体。そのあり方に声の主も納得の意を浮かべた。

 

『――――理解。汝、未だ選抜者なりと』

 

「俺はそんな物からはさっさと脱却したいぐらいなんだが。どうも、周りはそうはしてくれんらしい」

 

『――――無理。汝、抜ける術無し』

 

「簡単に言ってくれる。しかし、この場所に俺が招かれたという事はそういう事(・・・・・)なのか?」

 

『――――当然。汝、未だ軛より抜けず』

 

「そうか。ならば続ける他あるまいな。さて、今回の俺はいかなる事をすれば良いのやら……」

 

 そんな事を呟きながら、ソロモンは止まっていた歩を進め始めた。その果てはいまだ見えず、その道中には何があるか分からない。石ころがあるかもしれないし、川があるかもしれないし、一歩先は断崖絶壁かもしれない。けれど。決して、ソロモンは歩を止める事はしない。

 石ころがあるなら蹴飛ばそう。川があるなら凍らせて渡ろう。断崖絶壁があるなら空中でも歩いてみせよう。いかなる障害があろうとも、いかなる苦難があろうとも、決してソロモンは足を止めない。それは彼の信条なのだから。

 

 過去と現在を見渡し、未来は少ししか見えない。精々、一手か二手先程度しか見えない。そんなソロモンだからこそ、彼は止まる事をしなかった。止まっているように見える時も、彼は別の方向に進んでいた。それが王となる前にソロモンが決めた事だからだ。

 ソロモンが帝国を作る以前に存在した国は足を止めた国だった。だからこそ、ソロモンはそんな状態でいたくはないと思った。平穏が大事な物である事は知っている。だからこそ、この信条を他人に押し付けるつもりは欠片もない。だが、自身だけは挑戦し続ける者でありたいと思っていた。

 

 だからこそ、彼は止まらない。並み居る障害を薙ぎ払い、彼の足を引こうとする者を実力で黙らせ、無理難題と言われた事ですら成し遂げた。それだけの力が彼にはあって、その為なら決して周りを顧みようとはしなかったからだ。自分の邪魔をする物は尽く叩き潰すと、彼は決めているのだから。

 良き物であれば考え、悪しき物であれば問答無用。邪魔をする者に呵責も容赦も存在しない。だからこそ、ソロモンは絶対の王として存在する事ができた。良き王でも悪しき王でもなく、絶対の王として君臨し続けた。

 

「俺の宗教なんざ、最初は俺に対する恐怖心から出来た物だったのにな。時間は総てを風化させる、か」

 

 何もない場所だからこそ、柄でもない事を考えている。生まれ落ちた物総てはいつか風化していく物だと、知っていた。自分が築いた物など、次に目覚める頃には総て消えてなくなっていると思っていた。これは単純に自分が思っていたよりも起きる時期が早かっただけなのだが。

 

「総て。総てはいつか消えていく定めで、俺もそのうちの一つなんだと思ってた。名誉も、名前も、富も、俺が生きてきた道筋すらいつかは滅ぶもんだってな。俺が死んでから数十年も経てば消えてるもんだと、勝手に思ってたよ。でも、残る物ってのもあるんだな……」

 

 感慨深げにソロモンは呟いた。心底意外だと、そう思っていたかのように呟いていた。

 しかし、ソロモンにとっては当然の事だった。それはそうだ。彼はただの人として様々な国や世界を渡り歩き、王として様々な国や世界にある物を壊してきた。生者必衰の理を自らの手で再現し続けてきた人物なのだ。

 生まれ、育ち、滅びる。それが必定だと思っている。そういう人生を送ってきたし、そういう人生を多く見てきた。故に、それは必然だ。それは悪いとは思わないし、永遠なんて物があるとは到底思っていない。

 

『――――不思議。汝、何故生きる?』

 

「それが分かっているのに、か?確かに、人は生まれればいつかは死ぬものだ。その道中は様々な物があり、最後にはきっと苦しみが待っている。しかし、だからこそ、生きていく意味があるのさ」

 

『――――不可解。意味を理解できず』

 

「矛盾と言うか?俺にとっては矛盾でも何でもないさ。生きていれば分かる事だが……そうだな。きっとお前たちには分からないだろう。過程ではなく、結果にこそ意識を向けるお前たちにはな」

 

『――――否定。我らに不明など存在しない』

 

「ハハハハッ。そう怒るな。確かに、お前たちは俺の望んだ存在としている。その事に対して疑いなど存在しないし、お前たちはまごう事なき俺の半身だ。しかし、そんなお前たちにも分からない事があるからこそ、この世界はまこと不思議なのだよ」

 

『――――不認。この世界に希望などない』

 

「そうだな。いつだって世界は理不尽で、不条理で、望んだ通りにはならない。その狭間に人は振り回され、時に磨り潰されて消えていく。それが嫌なら、圧倒的な……それこそ世界を蹂躙してしまうほど強大な力を得る事で、世界を意のままに従えるしかない」

 

『――――同意。望みを叶えるなら神になる以外なし』

 

「俺もそう思っていたよ。王となるまではな。だからこそ、ジェイルの言葉に乗った。それが俺にとって必要な事だと判断したからだ。だがな。王としての一生を過ごした今の俺ではそうは思わんよ」

 

『――――疑問。その思考の変化は非常に興味深い』

 

「そら。お前たちにも分からぬ事はあるだろう?これもまたその一つであり、応えは自分の意志で探し当てるしかないだろうな」

 

 カラカラとソロモンは笑う。困惑する声の主のあり様がとてもおかしいと言わんばかりに。そんなソロモンの姿は声の主を更に困惑させる。少しの間笑い続けたソロモンだったが、愉快そうな表情を浮かべながら歩き続ける。そして、歩き続けているとか細く、けれど確かに光が見えてきた。

 それはこの闇と夢の終わり。それを見たソロモンはその光に向かって進み続ける。そんなソロモンを行かせまいとしているのか、次々と光がそこかしこに生まれていった。それはまるでふと空を見上げてきた時に見える星々のように美しかった。

 

「諦めろ。今回の団欒はこれにて終了だ。なに、そう焦らずとも次があろうさ。そうでなくとも、俺の旅路は未だ果てを見ず。今は一度の小休止に過ぎない」

 

 それでも、ソロモンの足は止まらない。目標が見えるまで歩き続け、目標が見えても歩き続ける男は周りの景色に眼を奪われる事など無い。そうあれかしと定めた時から、ソロモンの巡礼の旅は決定されていたのだから。既に決めた物に抗う程、酔狂な性格はしていない。

 

「我らの旅に終わりはなく。その旅路で別れたとて、それは永遠ではなく。俺たちは未だ果てに至る事もなく。いつかは座を超えた場所へ……我らが定めた終末へと至る。その間に幾度か身体を休めたとて、文句を言うものなどおるまいさ」

 

 光に進む足取りを止めるものは既になく、その旅路が終わりを得る時までソロモンの道は途切れる事を知らず。だからこそ、その足取りに恐怖はない。その道行きに恐れはない。その生き方に迷いはない。何故なら、それが自分で決めた道なのだから。

 自らの誓いに嘘はつかない。嘘をついても仕方のない事であり、そのような愚かな事だけはしたくない。神と敬われ、怖れられた絶対の力を持っていると言われた王でありながら、決してそんな事はないと思い続けた王。その道に間違いはないと信じている。

 

「さぁ、新たな時間の始まりだ――――楽しんでいくとしよう」

 

 光はより強くなり、その光の先へソロモンは歩き始めた。そして光を抜けたその先で、ソロモンが見たのは――――既に見慣れた天井だった。立てかけられた時計を見れば、いつも通りの時間を示していた。そしてその視線を指輪に向ける。

 

「これより試練の開始なり、か……俺も本腰を入れていかなければならないという訳だ。まずは何から手をつけるべきか……なんて、もう決まってるか」

 

 ソロモンは転移魔法で外に出た。外の天気はちょうど曇り空であり、少しすれば一雨来そうなくらいには雲の量が多かった。ソロモンは少し地面を蹴り、空中に少し浮かんだところで轟音が響くぐらいの力で空間を踏んで跳躍した。軽々と雲の層を抜けてみせたソロモンは空に浮かんだまま、指輪に魔力を籠め始めた。

 膨大な魔力が注ぎ込まれ、空間が歪んでいく。空間の歪みに反応して雲がソロモンの周りを囲み、太陽の光がソロモンに降り注ぐ。その様はまさしく神々しいの一言であり、ソロモンを見た天剣保持者たちは神を――――伝説を見た。ソロモンが腕を揮うと膨大な魔力嵐が次元世界全体に広がっていく。

 

「――――見えた。しかし、やはり面倒な事になりつつあるな」

 

 ソロモンの肉体に魔力が満ち溢れ、無意識に千里眼が起動していた。次元世界の総てに自身の魔力波を行き渡らせ、その魔力に反応した総ての魔導具を千里眼で目視した。ソロモンの魔力に反応する魔導具――――それはソロモンの指輪に他ならない。

 世界全体を見渡す千里眼に見通せない物はなく、指輪の所在をソロモンは知った。そして、何故自分がこの世界に舞い戻ったのかを理解した。同時に自らの試練の正体も自然と見えてきた。ただ、それが自分にとって後始末的な要素を多分に含んでいる事を理解して憂鬱な気分になっていた。

 

「これはクリアするのは中々大変だな。遺言を残しておいて正解だったと言うべきか、なんと言うべきか……」

 

「殿下、何かを見られましたか?」

 

「ああ。俺がやるべき事、行くべき道を漸く見定めたよ。改めて問おう、大騎士たちよ。俺に貴様らの剣を捧げる覚悟があるならば、これから俺の挑む試練に同行する許可を与える。そうだな、お前たちに分かりやすく伝えるとすれば――――神話の再来とでも言えば、分かりやすいか?」

 

 神話の再来。ソロモンはその神話の中で数多の英雄と王を相手取った。その道中には初代の天剣保持者や女帝たちが存在したと言われている。初代たちもソロモンが『試練』と称した戦いの数々に同行できたことを最大の名誉と語ったほどだ。

 それは現代において、ソロモンを信仰する者たちにとっては親類血族を殺してでも欲しい名誉だった。その名誉ある旅路に同行する機会を与えられた。これに乗らない者がいよう筈がない。その旅路がどれだけ厳しい物であったとしても、共にあれるだけで至上の名誉と言える。

 

「殿下、どうか我が剣をお受け取り下さい。我が身、我が命、我が力は天剣の栄誉を授かった瞬間から殿下に捧げると決めていたのです。どうか御身の旅路に同行する栄誉を我らにお与えください」

 

「――――よかろう。お前たちの剣を預かる。お前たちに名誉を授ける。決して見逃すな。この旅路の果てを、な」

 

『ありがたき幸せ!この身の総ては御身のために!』

 

 ソロモンは動く事を決意した。安穏とした日常を送るつもりだった。あの啓示さえなければ、第二の生を謳歌するために動いていただろう。しかし、そういう訳にはいかなくなった。彼には果たさなければならない使命があったという事を漸く認識したのだから。

 これより、ソロモンは自らの運命の輪を回す。己の果たすべき使命のために、己の残した後始末を終わらせるために、魔導の王は立ち上がる。現代に現れた最強の王が立ち上がる事を決意したのだった。




~作者とソロモンによるQ&Aコーナー~

「さて、物語は新展開を迎える訳ですが、こちらはのんびり進ませていただきたいと思います。シュトレンベルグです」

「卒論も完成し、これから少しの間だけ余裕ができてきたので執筆速度を速めたいと言っているが、正直無理だろうと思っている。ソロモンだ」

シュ「まぁ、今までも時間がなかった訳じゃないんだけどね。ネタが浮かばんのだよ、これが。あ、遅ればせながらご挨拶をば。あけましておめでとうございます」

ソ「ならば、もう少し外に出てはどうだ?外に出ないからネタが浮かばんのだろう?」

シュ「そりゃそうなんだけどさ。でも、外は寒いし天気は悪いしで外に出たくないんだよな。まぁ、自分の近況はさておき。新年一発目の質問はこちら」

Q.魔王と呼ばれる意味合いの違いは分かりました。ですが、天剣や女帝達に後は国の人達は意味合いは違えども魔王と呼ばれてる高町なのはに対して何かしら思ってないの?

シュ「岬サナ様、毎度質問を送っていただきありがとうございます。うん、まぁ、当然の質問だよね」

ソ「前に言っていた管理局員の話か。実際、どうなるかは俺にも分からんな」

シュ「まぁ、端的に言えば興味ないというのが本音だと思います。不遜だとか思われる事はありますけど、ちょっかいだされたりとかはないですね。そこまでなのはさんに興味示さないでしょうし」

ソ「ほう。その心は?」

シュ「あのねぇ。あんたみたいなレベルカンストどころか上限突破して果てが見えんような相手と比べられる訳ないでしょ?魔王と呼ばれた頃の実力って天剣の末席に着けるか着けないかレベルだからね?
 育成ゲームで言えば、同一の種族だとしてもレベルが天と地ほどの差がある奴を比べる訳がないだろ?それと同じ事だよ。精々、優秀な魔導士だなぐらいにしか思われないさ」

ソ「ふむ……そういうものか?」

シュ「そりゃそうさ。自分と比較にならないモノは総て同じように扱われる。恒星だって光の差とかあるけど、人間からすれば皆ただの星だ。そこに違いなんてありゃしないさ」

ソ「なるほどな。さて、次の質問に行くか。次の質問は……これか」

Q.今代の光華の破壊女帝は他の女帝達と一緒にジェイルの所に何故攻めに行かなかったんですか?

シュ「これは当然の質問かな。この質問の答えですが、破壊女帝は話を聞けていなかったので他の女帝の仕事を押し付けられて忙殺されていたからです」

ソ「……そんな理由だったのか。道理で、初めて会った時には怒り狂っていた訳だ」

シュ「現代の大騎士は戦うだけじゃなくて、自分の土地の管理も行っているからね。攻め入る時に偶々破壊女帝だけは領地に帰っていたって訳。その後も引き継ぎが終わるまでその場に縛られ続けたしね」

ソ「ああ……それは怒るだろうな。一気に四倍の仕事が押し寄せてきて、あいつらは悪びれてすらいなかったからな。怒髪天間違いなしだ」

シュ「まぁ、そういう事です。では、次の質問に行かせていただきます」

Q.ソロモンって、その気になれば英霊召喚も出来るの?このソロモンなら生前の実力を十全に発揮出来そうだし、それに魔力消費にも多少は役立つと思うのだけど?

ソ「結論から言えば、できるだろうな。ただし、俺が召喚しても生前の実力を発揮できるとは限らんし、魔力消費に役立つとは限らんがな」

シュ「なんで?」

ソ「呼び出されるのが聖王女だとか有名な奴ならば良いが、俺も聞いた事のない輩が召喚されれば知名度の問題で実力は発揮できん。同時に知名度の低い輩は最悪俺の魔力消費にすら劣る可能性がある」

シュ「つまり、何が召喚されるか分からないから良い結果になるとは限らないと?でも、それなら触媒とかを用意すれば良いのでは?」

ソ「用意しても、連中が来るとは限らんからな。場合によっては裏切られる可能性もある。そんな危なっかしい連中を呼ぶつもりはない。……同僚なら別だが」

シュ「はい?なんて?」

ソ「なんでもない。次の質問に行くぞ」

シュ「え~……まぁ、良いや。次の質問はこちら」

Q.もし、ソロモンが冗談で天剣達にクビなって言ったら、どんな暴走が起きますか?

ソ「…………………」

シュ「ああ~……これは、そうですね……」

ソ「……まず、碌な事にならん。天剣たちは俺の近衛だ。そんな連中が一気に死んだりして見ろ。間違いなく、国が荒れる。王にとって、大騎士というのは信頼を向けるに値する者たちであると同時に、扱いに困る連中でもあるからな」

シュ「まぁ、まず自害は間違いないとして。他には……どうなるんだろ。あんまり想像したくないなぁ……」

ソ「国を一つ滅ぼす程度で済めば良いな……」

シュ「………………ま、まぁ、とりあえず質問はこんな物で終わりかな?それでは、皆様本年も当作品をよろしくお願いします」

ソ「そうだな。これからも少しずつ頑張っていくので、よろしく頼むぞ」

~ソロモン&シュトレンベルグ退出後~

「……大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫っぽいよ」

「ふぅ……一々潜入するだけで一苦労とは。我らが王ながら怖いものよ。ディアーチェだ」

「まぁ、王様ですから。しょうがないと思います。ユーリです!」

「それでこそ、と言うべきでしょう。シュテルです」

「うんうん、そうだよね!やっぱり陛下はそうでなくっちゃ!レヴィだよ!」

ディ「レヴィ、王には陛下呼びは止めろと言われていただろう?」

レ「それはそうだけどさぁ~。僕にとって陛下は陛下だし、それ以外の呼び方はしっくりこないよ」

シュ「それはそうですね。しかし、殿下の言葉は絶対です。次から訂正しなさい」

レ「は~い」

ユ「それじゃあ、質問に行きますね。最初はこちら」

Q.シュテル、レヴィ、ディアーチェに聞きますが、もし、もしですからね!ソロモンが夜伽の相手をしろって言ってきたらするの?

シュ「………………また、ですか」

レ「………………また、だね」

ディ「………………また、だな」

ユ「さ、三人とも!もし!もしの話ですから!」

シュ「分かっていますよ、ユーリ。……質問の答えですが。殿下の言葉に逆らうような愚かな事はいたしません。殿下はそこまで愚かではありませんが」

レ「僕もかなぁ。王様の命令に逆らう人なんてあの時代にはいないしね」

ディ「そうだな。元より、我らの身は総て陛下に捧げている。今更求められた程度で恥ずかしがる事も拒む事もせん。寧ろ、大変栄誉な事と言えるだろう」

ユ「な、なるほど。そうなんですね」

ディ「そういう事だ。では、次に行こう」

Q.ユーリに聞きたいのですが、ソロモンの事を先生、親のように思っているように感じたので、幼い頃はエグザミアの制御とは別で、大きくなったらお父さんと結婚する的な事をソロモンに思いましたか?

シュ「まぁ、昔の頃ならありえますね。親というのは一番身近な他人とも言えますし、その頃は性別という物に疎いですしね」

ディ「それで、その辺りはどうなのだ?ユーリ」

ユ「えっと……どうだったんでしょう?言ったかもしれませんけど、覚えてないです。それに、母様が言っていました。『陛下はこの世で最も尊き御方だ』って。だから、そういうのはあまり思わなかったような気がしますけど……」

レ「まぁ、かなり昔の話だしね。覚えていなくても仕方ないよ。僕でも子供にはそう言ったと思うし、それにそういう対象として見るには陛下は遠いからね」

ディ「……そういう事だな。さて、質問は以上か?ならば一言ずつ残して行くか。
 こうして二度目の機会を賜り恐悦至極だ。何やら次も呼ばれそうな気がするが、それは置いておくとして。この作品をどうかよろしく頼む」

シュ「それでは私も一言。
 陛下の旅路はまた新たな物となりました。最新の神話をどうぞお楽しみください」

レ「まぁ、陛下には負けなんてあり得ないし、あんまり心配はいらないんだけど。僕らの後輩の活躍をお楽しみに」

ユ「王様の頑張りを楽しんで下さいね。それでは新年もよろしくお願いします」


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始まりは此処に

今回は思いの外質問が多かったので、一問一答になっている質問もありますがご了承ください。これからも増える場合は、質問を紹介する話を分けたりする事になると思います。申し訳ありませんOTL


 それでは、急展開を迎えまくりで意味不明な当作品ではありますが楽しんでいってください!


 ソロモンの旅路から始まってからちょうど一年後、スバルとティアナは機動六課に入隊した。スバルは度々連絡を取り合っていたソーンにその事を話していた。ソーンもまたその事に対して、本当に嬉しそうに話を聞いていた。

 

『それでね!なのはさんとお話する事ができたんだ!』

 

「へぇ。それは良かったな。確か、管理局の誇るエース・オブ・エースだったか?ともかく、屈指の実力者みたいだな」

 

『そうなの!明日からはなのはさんと同じ部隊で働けて、共同も受けられるんだって!もう楽しみで楽しみで!』

 

「そうか。なら、今日は早めに寝る事だな。万全の態勢で物事には挑むのは重要な事だ。整えられる内に整えておけよ?」

 

『うん、分かったよ。ところで、ソーンは今どこにいるの?っていうか、何してるの?』

 

「ちょっとした知人の家、だな。ちょっとした大仕事が立て込んでいてな。俺としては面倒極まりないが、俺以外に適任がいないとあっては仕方がない。って訳で、今は英気を養っているところさ」

 

『そうなんだ。私に手伝える事があったら何でも言ってね!手伝うからさ!』

 

「ああ。当てにさせて貰うよ。それじゃあ、新しい職場で大変だろうが頑張れよ」

 

 そこで通信が切れ、ソーン――――ソロモンは椅子という名の玉座に改めて座り込んだ。その眼下にはソロモンからの沙汰を待つ大騎士たちが跪いていた。大騎士たちの様子に一切心を配る事はなく、何の感情も宿さない視線を向けた。それはまさしく、魔王時代のソロモンその者だった。

 

「……聖王教会とやらから使者が来るそうだが、名は何と言ったかな?」

 

「ハッ、聖王教会大司教の代理として聖王教会枢機卿の一人であるアリウス・ヴォールゲドンが訪れる予定となっております」

 

「そうか。大司教ともなれば早々動く事は叶うまいが……代理に枢機卿を動かす辺りはことの重要性を理解しているのだろうな」

 

「そこまで愚物ではない事は救いとなりましょう。既に、七つの次元世界を焼却されている(・・・・・・・・・・・・・・・)という事実は把握しているという事ですから」

 

「事態を重く見た管理局も動いてはいますが……何の成果もあげられてはいないようです」

 

「当然だな。質ではなく、数を優先した連中にどうにかなる訳がない。燃え尽きた世界の中に突入する事すら儘ならないだろうな……俺や貴様らのような例外を除いてな」

 

 ソロモンの視線の先――――総勢百名以上の大騎士(・・・・・・・・・・)が黙って頭を垂れている。ソロモンの手によって選出された百名以上の大騎士たちは来たる聖戦に胸を踊らせながらも、その感情を露わにする事はなかった。王の前で感情を露わにする騎士など三流だからだ。

 

「これより、聖戦の始まりを宣言する。立て、我が騎士を名乗る者どもよ!」

 

 ソロモンの言葉に総ての騎士たちが一切身体をブレさせる事なく立ち上がった。右手を胸の上に置き、ソロモンの視線を受ける。望んで止まなかった至上の王が目の前にいて、自分たちがその王の許に侍る事を許される。それは彼らにとって最高の幸せだった。

 ソロモンは自国に戻った際、天剣の力を借りずに単騎で総ての大騎士候補たちをねじ伏せた。未だ完全な力を取り戻してはいない筈のソロモンであろうとも、発展した帝国を相手にしても劣る事はなかった。その瞬間、倒された大騎士たちや王族たちは神話の再来を見たという。

 

「これから始まるぞ。我らと奴らの生存競争が。大いなる試練の始まりはもうすぐそこだ。遍く生物を、遍く世界を総てを焼き払う最後の焔はすぐそこまで迫っている。これなるは大いなる戦い――――聖杯戦争(グランド・オーダー)の始まりだ!」

 

 開戦の狼煙は上がる。ソロモンは自らの意志でこの平和な時代に起こった戦乱を終わらせる事を決意した。その手に槍と魔導書を携え、再び戦場へ赴く事を選択した。

 

 同じ頃、『古代遺物管理部 機動六課』――――通称、機動六課の隊長陣が一堂に会していた。始まりはフェイト・テスタロッサが部隊長である八神はやてに訊ねたのが始まりだった。それはフェイトが耳にしていた一部の次元世界への渡航禁止令が原因だった。

 特殊な魔力嵐が発生したため、危険があるという内容だった。それだけであれば、どうという事はない。理由はともかく、時間が過ぎれば何とかなる内容だからだ。しかし、それが同時多発的に起きたとなれば放置する事などできはしない。

 

 七つの次元世界において、ほぼ同時に起きた魔力嵐。これをただの偶然と割り切るのは難しい。しかし、執務官という特殊な地位にいるフェイトすら知り得ない情報を、この幼馴染なら知り得ているのではないかという考えからの行動だった。

 その質問に対し、はやては此処では答えられないと言った。フェイトが望んだ情報が秘匿性が高く、誰にも知られてはならない内容だったからだ。だからこそ、はやては隊長陣だけには情報公開をしておくべきと考え、もう一人の隊長である高町なのはを執務室に呼び出した。

 

「それで、はやてちゃん。これはどういう話し合いなの?緊急だって言うから来たけど……」

 

「その前に、や。フェイトちゃんはどこまで情報の内容を知っとるん?」

 

「七個の次元世界との連絡が途切れている事と渡航が禁止されている事、ぐらいかな?とにかく情報のロックが強すぎて、何も分かってないのが現状なんだ」

 

「そうか……まぁ、それはそうやろな。こんなん誰にも明かせる訳ないしな」

 

「確か、ニュースでも警告されてたよね。魔力嵐のせいで特殊な魔力磁場が発生してて、危険性が高いから渡航不能になってる……って話だったよね。でも、それがそんなに大変な事なの?偶にニュースで聞くけど……」

 

「なのはちゃん、そのニュース聞いたんは何時や?」

 

「え?確か、三ヶ月くらい前だったかな?」

 

三年前(・・・)や」

 

「え?」

 

「その魔力嵐が起きてから今年でちょうど三年目、って言うたんや。今までその事象に対して、何の手立ても打てとらん。なんやったら、その地域にいる筈の管理局員とも連絡取れてへん」

 

「なっ……そんな状態だったの!?どうして本局は動いてないの?」

 

 フェイトは驚かざるを得なかった。三年も前からその事件が起きていたとは思わなかったからだ。天下の管理局の力をもってしても、三年かけても解決できない問題。そんな事件の存在を自分がまったく気づいていないとは思わなかった。同時に、これは相当まずいという事も理解した。

 

「動いてへん訳やあらへん。動けへんねん。この一件に対して、うちらは何の対策も打ててないねん。いや、打てへんっちゅうのが正しいかもしれへんな……」

 

「ど、どういう事なの?」

 

「その世界に調査に向かった人員の生命反応がな。ごっそり消えとんねん。おそらくやけど、その特殊な魔力磁場は人間に害がある物なんやろな。それこそ、入った人間の命を速攻で奪いとるぐらいのな」

 

「そんな……どうにかならないの?」

 

「何とかできるプロトタイプは開発済み。後はそれの本試験を経て、事態解決に動く。その際にはうちらも動く事になるのは間違いないやろうから、準備を整えておいてほしいねん」

 

「……分かった。私も出来る限り早く準備を整えておくね」

 

「頼んだで。なのはちゃんも、新人たちを出来るだけ早く仕上げといて欲しいねん。もちろん、なのはちゃんがしっかりと育て上げたい言うのも分かる。けど、この事件は一刻を争うからな。お願いするわ」

 

「……うん、分かった。私も出来る限り切り詰めてやってみる。でも、場合によっては新人は退避させる。それで良いよね?」

 

「それで構わへんよ。うちとしても実戦に出た事のない子らに無茶させるんは本望やないしな……ん?グリフィス君、どうかしたん?」

 

『八神部隊長宛に小包が届いていますが、如何いたしましょうか?』

 

「ああ~……いや、うちんところに送ってもらえるか?こっちで確認するわ」

 

『了解しました。それではお送りします』

 

 心当たりがあるのか、はやては副官であるグリフィス・ロウランが転送魔法で小包を送った。はやてはそれを受け取り、差し出し人を確認して納得していた。気になったなのはとフェイトが差し出し人の欄を確認してみると、そこにはフェイトも知っている人物の宛名が書かれていた。

 

「カリムさんから郵送なんて珍しいね」

 

「そやね。基本的に手渡しばっかりやったけど、何でも早急に渡したい物があるって話でな?流石に急やったからうちも時間が取れへんかってん。そしたら郵送で送る、って言ってきてな。そんな事せんでも、ちょっと時間をくれたら何とか帳尻合わせたんやけどなぁ……」

 

 そう呟きながら送られてきた荷物を開くと、そこには二つの機械と手紙が添えられていた。見た事もない機械にはやてたちは首を傾げ、次に手紙を手に取った。封筒に仕舞われ、その封筒には『親愛なる我が友 八神はやてへ』と記されていた。

 

「えっと、何々……?『話を始める前に、まずは大きい方の機械の電源を入れろ』?えっと、こっちか」

 

 はやてが手紙の指示通り電源を入れた。とはいえ、電源がついても特に変わった様子はなく、精々電源のところが真っ黒だったところから緑色に変化したぐらいだ。はやては更に首を傾げ、手紙を読み進めた。すると、血相を変えたはやては通信を試みながら、同時に副官であり相棒でもあるリィーンフォース・ツヴァイに連絡を繋いだ。

 

「リィン!そっちから聖王教会――――カリムに連絡は繋げられるか!?」

 

『ど、どうしたですか?はやてちゃん』

 

「急いでカリムと話さなあかん事ができた!出来るか出来へんかだけでも教えてほしいんや!」

 

『ちょっと待ってくださいね……えっと、繋がらないみたいです。というより、これは……!魔力嵐の発生している次元世界にある魔力磁場が機動六課の外に広がっているみたいです!』

 

「クッ……やってくれたな!」

 

 はやては拳を机に叩きつけた。その尋常ならざる様子からなのはとフェイトは手紙を読み始めた。そこには魔力磁場が一体何であるのかが書き記され、それがミッドチルダにも襲いかかっている事とはやてが起動した機械は磁場を防ぐ結界の役目をしていると書かれていた。

 同時に魔力磁場に包まれた世界がどうなるか、そして魔力磁場を解消するために何をするべきなのかも記されていた。しかし、何にしてもこれで機動六課はミッドチルダにある管理局の唯一の組織となった。彼女たちはこれから事態の解決に動かなくてはならない事が決定づけられたのだ。

 

「はやてちゃん。今は皆との情報共有を急いだ方が良い。これは私たちだけじゃなくて、皆の協力が必要だから」

 

「なのはの言う通りだね。はやて、今は私たちにできる事をするしかないよ」

 

「……そうやな。なのはちゃんとフェイトちゃんはフォワードチームを集めて説明しておいて。うちはロングアーチに説明を済ませておくから、そっちは頼んだで」

 

「「了解!」」

 

 なのはとフェイトは敬礼すると、すぐさま執務室を出て行った。はやてはすぐさまツヴァイに連絡を繋げ、後方支援を主とするロングアーチを招集しておくように命じた。先ほどのはやての慌てぶりから緊急事態になっている事を理解した。命令を受け、すぐさま行動を開始した。

 ツヴァイに命令をした後、はやては椅子に倒れ込み深いため息を吐いた。そうせざるを得ない程、事態は深刻だった。何処までも澄んだ青い空を見上げた後、手紙の続きを読み進める事にした。どうするにせよ、情報は少しでも欲しいと思ったからだ。

 

 そこではやては見つけた。ほんの少し、暗闇にぽつんと置かれている篝火程度ではあるものの、確かに希望と呼べる物が手紙には記されていた。まだ、戦う術はある。この事態を打開する術はある。それははやてたちに訪れた絶望を希望に変える、最後の望みだ。

 

「世界の存亡を賭けた七つの特異世界攻略――――聖杯戦争(グランド・オーダー)。まさか、そんな物にうちらが参加する事になるとはな。ええ度胸しとるわ……」

 

 はやては手紙を机に置き、空を睨みつける。まるでそこに親の仇がいるかのような反応だった。しかし、それは正しい反応だった。何故なら、その相手は少なくとも八つの世界の人間の命の尽くを奪いとったのだから。

 

 

 

 

 これより始まるは七つの特異世界にて繰り広げられる聖杯戦争(グランド・オーダー)。数多の人間たちの欲望に塗れた聖杯探索と悲劇と残虐の色に彩られた戦争の始まり。過去に頂点と謳われた英雄が率いる軍勢と現在に英雄と謳われる魔導士とその仲間たちの聖杯戦争は――――今、開幕の鐘の音を響かせたのだった。




~ソロモンと作者のQ&Aコーナー~

「はい、我ながら突拍子もない展開に進んでいると思っております。シュトレンベルグです」

「最早、短編物ではなくなりつつあるからな。ソロモンだ」

シュ「本当にねぇ。これ、自分には細部まで書くの相当難しいだろうし。あんたは主人公にするには完成されてるし」

ソ「まぁ、貴様の望んでいるようにはならんだろうな。ところで、今日は何か嬉しい事でもあるのか?やけに更新が早いが」

シュ「ふふん。卒論が終わったというのが一つ。二つ目は、常連の岬サナ様以外に質問者様が現れた事かな!という訳で、早速質問の方へ!最初はこれ」

Q.fateのアンデルセンがソロモンと天剣や女帝達の目の前でソロモンに対して人物像を語ったらどうなりますか(ギルガメッシュは軽く受け止めましたが)?

シュ「カレー様、質問ありがとうございます。これは最近始まったExtraシリーズの続編CCCであった話だな」

ソ「俺はそのアンデルセンとやらを知らんのだが……」

シュ「アンデルセンって言うのは(説明中)っていう英雄、というか絵本作家だな」

ソ「なるほど……実に面白そうな輩だな。ああ、どのような評価を下そうともそれを真に受け止めよう。命を賭けて言葉を語るその者は、たとえ死に瀕しようとも口を噤む事はあるまい。そういう在り方は好きだよ、俺は」

シュ「まぁ、あんたはともかく大騎士とかは間違いなく殺しにかかるだろうけどね。それじゃあ、次」

Q.天剣や女帝達は謹慎処分になったりしたことあるんですか?

ソ「何をもって謹慎と呼ぶか、だな。そも、騎士と呼ばれる連中はただ戦えればいい訳ではない。他にも仕事は山ほどある。大騎士ともなれば尚更な。あまりに仕事がたまりすぎ、片付けろと命令したことは幾度もある。それを謹慎と呼ぶなら、そのようにした事はあるな」

シュ「ただ戦えれば良いだけの人材で回る程、易い時代ではないと」

ソ「まぁ、そういう事だ。責任ある立場にある者は必然的に書類仕事もある。そして、得てしてそういう連中に届く書類というのは重要な物が多い。滞ってもらっては困る訳だ」

シュ「なるほど……まぁ、それは謹慎処分とは言わないだろうけど。戦場で問題起こしたりとかはないの?」

ソ「戦場は殺す場所。殺す事が役割である連中がしくじるとすれば、相手が大英雄の時だけだ。交渉の場で相手を潰したという時は……やはり謹慎にはしなかったな。暇にさせておくのが問題な人材ではあったし、何より正しい事をしたんだからな」

シュ「正しいこと?」

ソ「負けたのにも関わらず、俺への嫌味を言った。それは反乱の芽となり得る。そのような人材のいる国を残す意味などあるまい?」

シュ「忠誠心を持てとかそういう話?」

ソ「そうではない。不満がある、という事が問題なのだ。それを如何に解きほぐしていくかは上の仕事だが、そういう問題ではない輩もいる。そういう問題をどうにかするには、大体が根絶やしにする他あるまい?」

シュ「そういうもんかね。まぁ、いいや。それじゃあ、次の質問へ」

Q.シバの女王についての評価は?

ソ「シバの女王?……あぁ、あいつの事か。実に面白い奴だった。あの時代に女だてら王をやっている訳ではないというのが伝わってきたよ」

シュ「やっぱり美人だったの?」

ソ「美人?そうだな、奴は美女ではあったよ。どこか残念な、という前置きが付くがな。奴はベルカ戦役後に会ってな。俺が何者か分かっているというのに、不遜にも俺を試してきた。アレは面白かった。あいつの問いではなく、周りの反応がな」

シュ「へ、へぇ~……」

ソ「最終的に結婚という形で同盟を結んだ。今は帝国の一部になっている筈だ」

シュ「結局、女王に対する評価は?」

ソ「俺を楽しませた面白い女、と言ったところだろうな。では、次だ」

Q.大変だ!臣下達が全員暴走状態になった!(これも質問です)

ソ「全員物理的に沈める。連中を諭すなど時間の無駄だからな。強制的に意識を奪いとった方が早い」

シュ「こわっ……じゃ、じゃあ次へ」

Q.ソロモンから見たギャラハッドについて

ソ「ギャラハッド……あぁ、アルトリアのところの騎士か。清廉な男だったな。悪く言えば、欲のない男だ。生気も少し欠けていた気がする。ともかく、そこまで印象には残っていないな。会話した事もないしな」

シュ「聖杯探索という意味では最上のキャラなんだけどね。当作品ではギャラハッド或いは関連の登場人物は現れません。当作品には立香に該当するキャラいないしね。では、次の質問へ」

Q.女帝や天剣等、臣下が女性ばかりですが、ソロモンの臣下に男性はいないんですか?

シュ「います。現段階で言うと、六話に登場するNo.1とNo.9は男です。これからも出すつもりではあります。勘違いさせてしまい申し訳ございません(土下寝」

ソ「大騎士はあくまでも実力が重要視される。性別などは二の次だからな。男でも強い奴は普通にいるさ。というより、原作が女性に比重を置きすぎなだけだ」

シュ「そういうメタい事を言うなよ。ともかく、ここまでがカレー様の質問。次は常連の岬サナ様の質問です」

Q.今年に劇場版魔法少女リリカルなのはの続きが放送しますが、その内容次第では、この小説にシュテル、レヴィ、ディアーチェ、ユーリがまた出る可能性もありますか?

シュ「あります。別に内容関係なくても出しますけど、内容次第で活躍のレベルが変わるかもしれません。そこははっきりとは言えません」

ソ「これは制作陣に期待する他ないな。それでは次だ」

Q.ソロモンってジェイルが生み出してる聖王のクローンのヴィヴィオには会ったの?

ソ「会ってはいないな。というより、別にジェイルが作った訳ではない。ジェイルも関わっていただけで、作ったのは別の人間だ。俺はジェイルが関わっていた事を知っているだけだからな」

シュ「そのヴィヴィオは現在登場するかどうか未定なので、どうなるかは分かりませんね。気が向けば登場するかも?といった具合です。
さて、質問は以上……だな。それでは改めて岬サナ様、カレー様。質問いただきまことにありがとうございます。励みになりますので、他の方々もバンバン送ってくれると嬉しいです。それではさようなら~」

~ソロモンとシュトレンベルグ退出後~

「さて、これにて三回目の登場になりますね。シュテルです」

「出番が多いのは良いことなんじゃない?レヴィだよ」

「そうさな。悪いがユーリは眠ってしまっている故、今日は休みだが許してやってほしい。ディアーチェだ」

シュ「まぁ、今回は質問は一つ?だけのようですし、大丈夫でしょう。それでは質問は……これですね」

Q.シュテル、レヴィ、ディアーチェの3人は、今ソロモンのおかげで全盛期の姿に戻ってますが、今の状態ならなのは達に負けない自信がありますか?
劇場版で負けた事に対する思いも何かありますか?

シュ・レ・ディ「「「負け(ません/ないよ/ぬさ)」」」

シュ「あの時は魔力も足りず、本領を発揮できませんでした。しかし、今であればなのは相手にも負ける気はありません。原作でああもあっさりと負けたのは殿下を知らぬが故。知っていれば、もっともがき抜いた事でしょう」

レ「うんうん、あの時だって全力では戦ったけどさ。記憶がぼんやりしててあんまり戦いに集中できなかったしね。次は負けないよ。正直、勢いに任せ過ぎ感はあるかな。あれでこそ、という感じもするけどね」

ディ「神器はなくとも、我らには殿下より戴いた魔力がある。小鴉程度に負けるなど認められる訳がない。次に会った時にはまとめて蹂躙してくれる。それと別に我は負けた訳ではないような気がするのだ……違ったか?」

レ「王様、ボケたの?」

ディ「ボケとらんわ。ボケとるとすれば、それは作者の頭だ。まぁ、何はともあれ物語は動き出した。皆の者、続きを楽しみにするが良い。では、さらばだ」

~マテリアル組退出~


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英霊召喚

 ミッドチルダを始め、各所の次元世界から磁場が次元世界中に広まっている。その報告を受けた天剣保持者や女帝たちの行動は早かった。彼らは翌日に控えていた出航を前倒しにする事を、既に乗り込んでいたソロモンに報告していた。その報告を聞きながら、ソロモンは手元の資料を見ていた。

 

「……殿下、恐れながらお聞きしてもよろしいかな?」

 

「なんだ、ジェイル。何か気になる事でもあったか?」

 

「何故、結界生成システムとアレ(・・)を聖王教会を通じて機動六課へ?私はてっきり王ご自身、あるいは天剣たちに使わせるものと思っていましたが」

 

「ジェイル、今回の一件では我々だけで解決したとしても意味がない。なにせ、次元世界全体を呑み込まんとしている事件だからな。抑止力もこれを修正するのは並大抵ではあるまい。我々に必要な物ぐらいは分かるだろう?」

 

「目撃者、ですか?」

 

「それもある。だが、我々だけで解決した訳ではないという事実もいる。それに、この事件の果てで得られる物は連中にくれてやれば良い。最大級のロストロギアだ。今の帝国で扱えるような代物ではないし、俺のもとにあっても邪魔でしかない。管理できる連中に渡せばいい」

 

「彼らにも扱いきれるとは思えませんが……」

 

「使い潰すも破壊するも好きにすれば良い。どちらにしても、俺にとっては不要な代物だ。それとも、お前は欲しかったか?ならば、悪い事をしたな」

 

「いいえ、そのような事は微塵もありません。しかし、それならばアレまで渡す必要はなかったのでは?」

 

「なに、俺なりの祝いさ。友の門出だからな。少しはマシな物でも、と思っただけよ」

 

 ソロモンは資料を傍に置いてあった机に置き、立ち上がった。その瞳に蒼色の輝きを宿し、遠く離れた土地にいる友を見た。そして、ちょうどその場では事情の説明が行われていた。

 

「……皆、集まってもらったのは他でもあらへん。異常事態への説明をするためや」

 

 八神はやては語った。次元世界に起きている異変を。この機動六課という組織はその異変に対応するために設立された事を。そして、不幸な事に想定されていた以上の異変が起こってしまった事を。

 もちろん、誰もきちんとは把握しきれていない。しかし、大事件が起こってしまっている事、そしてそれを解決する事ができるのは自分たちしかいないという事は理解できた。けれど、不安もあった。それは自分たちに解決できるのかという事だ。

 

「皆、不安はある事やと思う。ウチやってそうや。解決できるかどうかなんて分からへん。それどころか、ウチに指揮官として皆を引っ張っていけるかどうかすら定かやない。けどな。ウチはやらなあかん。その義務と責任があるからや。

 だから――――どうか。どうかこんな不甲斐ない指揮官ではあるけど、ウチに協力してほしい。お願いします!」

 

 なりふり構っていられない。そんな余裕、端から彼女には残されていない。次元世界そのものが滅びる可能性すらある異常事態。全員が一致団結して事に挑まなければ、すぐさま彼女らは敗北してしまいかねない。それが彼女らの現状。最初からクライマックスと呼んで差支えないだろう。

 

「もちろんだよ、はやてちゃん」

 

「私たちはそのために集まったんだからね」

 

「主はやてのご命令のままに」

 

「あたしらははやての守護騎士だからな。当然だぜ」

 

 プライドなど端から捨て去り、彼女(はやて)は助けを求めた。ならば、彼女を助けない者がいない訳がない。そもそも、彼女の求めに応じて、ここにいる者らは集ったのだから。そんな彼女らが、助けを求めている隣人を助けようとしない訳がない。

 そして、それは残りの者たちもそうだ。彼女が求め、彼女に関わりのある人間がそれに応じ、ここにいる面子は揃った。そんな彼らが彼女を助けない訳がない。総て、彼女の目的を達成するために始まった事なのだから。

 

「皆……ありがとう!」

 

 彼女は感謝するしかなかった。ここで離反されたとしても文句は言えない。それでも、彼らは彼女の願いに応えてくれた。次に進むためには彼女たちにはどうしても必要な事だった。だからこそ、次へ進むための一歩へ進む事ができる。

 ロングアーチを始めとした後衛組は早速動き始め、フォワードチームも動こうとしたがはやては止めた。彼女たち、戦う事が仕事であるチームはしなければならない事があるからだ。

 

「皆、どうか落ち着いて聞いて欲しい。うちらはこの事態を解決するための一歩がある。ウチらの希望は絶えてへんねや」

 

 そう言うと、はやては一つの機械を取り出した。それは、はやての友人であるカリムから送られてきた小包みの中に同封されていた機械だった。はやてはその機械が希望であると語ったが、それが何であるのかは誰にも分からなかった。

 

「あの、八神部隊長。それは一体、何なんですか?」

 

「これはな――――英霊召喚システムや」

 

「英霊召喚システム?」

 

「そう。英霊っていうのは、過去に存在した英雄の事や。皆に分かりやすく言えば、オリヴィエ様とか昔におった英雄を呼び出すって事やな」

 

「……そんな事が可能なんですか?」

 

「……分からへん。けど、これがうちらが頼れる唯一の縁や。おそらく、これから向かう先にはウチや高町一等空尉らでも勝てるか分からへん魔境や。次元世界総てを滅ぼそうとする、なんてけったいな事をしでかす連中なんやからな」

 

「それは、そうかもしれませんが……」

 

「ティアナが信用ならへんちゅうのもわかる。やから……最初にウチが召喚する」

 

「なっ、そんなのはやてがやる必要はないだろ!?あたしがやったって……」

 

「ううん。ヴィータやシグナムはウチとパスで繋がってる。やから、英霊召喚を行うことは出来へんねん。やから、ウチがやらなあかん。そうでなくとも、ウチは自分でも出来へんことを誰かにやれなんて言いたくないしな」

 

 はやてはそう言うと、機械を起動させた。すると、機械が空中に浮かび上がった。そして地面に魔法陣を転写した。見た事もないその魔法陣にはやては魔力を注ぎ込み始めた。すると、青色の魔法陣が白色に染まり始めた。それと同時に、はやての右手には何かの紋様が浮かび始めた。そして完全に魔法陣が白く染まった瞬間、魔法陣が強烈に発光した。光が消えると、そこには銀色の長髪をたなびかせた女性が跪いていた。

 

「……え?」

 

「サーヴァント、キャスター。召喚に応じ、参上しました。これより我が身はあなたの剣であり盾となりましょう。――――お久しぶり、と言うべきなんでしょうか?」

 

「リイン、フォース……?」

 

「いいえ。私はあなたがリインフォースと最初に名付けた個体のオリジナルです。けれど、彼女の綴った物語を私は見ていました。だからこそ、彼女の嘆きも彼女の喜びも私は知っています。それを、彼女が喜ぶかは分かりませんが……それでも私はあなたの事を知っています」

 

「ウチは……」

 

「どうか、自信を持ってください。あなたがこの戦いに参戦すると決めた瞬間から、サーヴァントたちの多くはあなた方の味方をするでしょう。私にしろ、他の者たちにしろ、あなた達という未来を守るためにサーヴァントとなったのですから。

 それは彼女も同じことです。あなたにリインフォース(アインス)と名付けられた彼女は、あなたに名前を貰った瞬間に救われた。そして、あなたという未来を繋ぐためにその命を捧げたのです。彼女の犠牲を無駄にしないというなら、あなたも未来へバトンを繋いでください」

 

 リインフォース――――キャスターははやての手を掴み、はやての眼を見ながらそう言った。その瞳からは既に亡き彼女の姿が幻視された。その姿にはやては何も喋る事ができなかった。静かに涙を流すはやてを抱きしめながら、キャスターは後ろを振り向いた。

 

「この戦いは、聖杯探索(グランド・オーダー)。世界の未来を賭けた戦争だ。もし、君たちが未来を繋ぐために戦うというのなら……どうか。彼女の言葉を信じてほしい」

 

 頼む、とキャスターは頭を下げた。その真摯な姿に誰も口を開くことは出来なかった。それでも、前に出た者はいた。はやての昔からの友人である彼女ら――――なのはとフェイトは友の言葉を疑う事はしない。そうでなくとも、彼女らもはやてと共に立つ事を決めた者なのだ。

 

「もちろん。はやてちゃんは友達だもん。私たちは絶対にはやてちゃんの助けになるよ」

 

「うん。私たちもはやての力になりたいと思ってるから」

 

 そんななのはに続くようにフォワードチームの新人たちも前に出た。彼女たちはそこまではやての事を知らない。けれど、尊敬に値する人が信頼しているというだけで彼女たちが信じる理由としては事足りた。その事実にキャスターは心の底から感謝した。

 

「ありがとう……魔力を注ぎながら願ってくれ。君たちの願いに、英霊はきっと答えてくれる筈だからな」

 

 六人は同時に魔法陣に魔力を注ぎ込んだ。すると魔法陣が次々と色を変えていった。ある時は空色に、ある時は茜色に、ある時は桃色に、ある時は黄色に、ある時は金色に。そして魔力が魔法陣全体に及ぶと虹色の輝きへと変化していた。虹色の魔力光は魔法陣を高速で巡り、光は次第に強くなっていった。

 そして光が最大まで高まり、爆発するように魔力光は光り輝いた。そして、光が消えたその先には――――六人の男女が跪いていた。その光景はあまりにも幻想的で、その場にいたほぼ全員の視線を釘付けにした。

 

『我らは御身のサーヴァント。この命尽き果てる瞬間まで、盾となり矛となりましょう』

 

 図ったかのように全員が一斉に立ち上がり、自分のマスターの前に歩み寄った。

 

「初めまして!私はセイバー。真名は後で改めて名乗るけど、ひとまずよろしくね!マスター!」

 

「うん、初めまして。どうか、私に力を貸して、セイバー」

 

 金髪の女性――――セイバーは高町なのはの許へ。

 

「お初にお目にかかります。我がクラスはランサー。我が一族の名に懸けて、御身に勝利を捧げましょう」

 

「えっと、よろしくお願いします!ランサーさん!」

 

 緑髪の女性――――ランサーはエリオ・モンディアルの許へ。

 

「……俺はアーチャー。我が名に懸けて、君を守り抜く事を此処に誓うよ。どうかよろしく頼む」

 

「……ええ。あなたが力を貸してくれるなら、きっと百人力だと思うわ。よろしくね、アーチャー」

 

 オレンジ髪の青年――――アーチャーはティアナ・ランスターの許へ。

 

「僕はライダー!こっちは相棒のヴァーズ!よろしく、マスター!」

 

「私はスバル!よろしくね、ライダー!」

 

 赤髪の青年と小龍――――ライダーはスバル・ナカジマの許へ。

 

「わた……僕はアサシン。マスターのために、粉骨砕身の精神で挑ませてもらうよ」

 

「そう言ってくれるのはありがたいけど……自分の身も大事にしてね?」

 

 黒髪の女性――――アサシンはフェイト・T・ハラオウンの許へ。

 

「俺はアヴェンジャー。あまり俺に近付きすぎないようにしろよ、マスター。怪我をしても知らないからな」

 

「え、えっと……よろしくお願いします!」

 

 灰髪の青年――――アヴェンジャーはキャロ・ル・ルシエの許へ。

 

 その光景を見ていたソロモンは自然と頬を緩めた。万雷の喝采を挙げたいと思うほどには素晴らしいと思っていた。実に楽しげなソロモンの姿に、彼の上機嫌具合を知ったソロモンは無粋と知りながらも尋ねた。ソロモンもそう思っているであろう事を知りつつ答えた。

 

「上機嫌ですね、殿下。何か面白い物でもありましたか?」

 

「――――ああ。実に、実に面白かった。古今東西、いやあれは未来の者もいたかな?ともかく、実に美しいと言わざるを得ない。あれは俺には呼び出す事などできまい」

 

 ソロモンは理解していた。今回の黒幕の正体を知っているからこそ、自分や関係者が召喚する英霊は敵対するだろう事を。だからこそ、その力を他に託す事にした。その美しき光景は自分には出す事ができないと理解していたからこそ、彼は他に投げたのだ。

 無論、ジェイルに語った言葉に嘘はない。機動六課という組織を生かすために、そして友人であるスバルやティアナが争いの間で死なないようにするという名目は確かにある。だが、それ以上に彼は見たいと思ったのだ。過去・現在・未来の英雄たちが未来のために手を取り合う姿を。

 

「ジェイル、これで総ての舞台は整った。さぁ、特異点攻略へと赴こうじゃないか」

 

 そう言ったソロモンたちの眼前にある巨大なモニターには、それぞれの特異世界の情報が記載されていた。それぞれに暫定的な名前が付けられ、画面に表示されていた。順番は特殊な磁場が発生した順番となっている。

 

 

『第一特異世界 “救世の乙女”終滅世界大戦アルフォッグ』

 

 

『第二特異世界 “絶雷の帝王”進化革命帝国フォンジーズ』

 

 

『第三特異世界 “絶海の支配者”閉鎖隔絶海域ヴォルニエフ』

 

 

『第四特異世界 “叛逆の獅子”絶対夢霧王国ニーレイム』

 

 

『第五特異世界 “非情なる医王”邪龍討伐戦線アルス・パトロフィーニ』

 

 

『第六特異世界 “中道の■士”審判超越世界ベルグチーク』

 

 

『第七特異世界 “■■■■■”夢想侵略戦争ホープノーツ』

 

 

「壮観だな。そうは思わないか?ジェイル」

 

「あしらえたかのような数ですから、そう思われるのも無理らしからぬ事かと」

 

「……まぁ、それはそうだろうがな。どちらにしても、俺たちのするべき事は変わらない。そうだろう?」

 

「御身の望むがままに」

 

 まるで劇に登場する執事の如く、ジェイルは頭を下げた。そんなジェイルの行動を鼻で笑いつつ、ソロモンは特異世界への侵攻を命じた。その命を受け、ソロモンの乗る船――――次元航行船『ノア』の乗組員が急いで動き始める。

 

「懐かしき生存競争の始まりだ――――一勝負といこうか、管理局よ」




~ソロモンと作者のQ&Aコーナー~

「はい、そんな訳で両者ともに物語を動かすためのピースがひとまず揃いました!やっと進められるよ……シュトレンベルグです」

「懐かしき闘争の始まりだな。まぁ、語られるかどうかは皆目分からんが。ソロモンだ」

シュ「まぁ、できる限りはやっていこうかな?戦闘より会話メインになるかもしれないけど」

ソ「致し方ないか。それでは質問に移っていくか。最初の質問は……これか」

Q.ソロモンって女性の好みとかあるの?ソロモンの普段を見てると女性の好みが存在するのか気になった。

シュ「ああ、やっぱり来たね。で、実際どうなの?」

ソ「女性の好みか……俺の意見に従わない奴とかは好きだな」

シュ「反抗的、って事?」

ソ「そういう意味じゃない。ただ、イエスマンに興味はないという意味だ。他にも面白い奴は好きだな。前回出てきたシバの女王とかな」

シュ「多分、この質問は性癖の話をしてるんだと思うけど……」

ソ「なんだ、フェチズムの話か。と言われてもな……身体つきに関しては一切気にした事がない。天剣やら女帝は鍛えているから身体つきは良い。あそこまでとは言わないが、多少は鍛えてあって肉付きが良い方が抱き甲斐はある。……これで良いか?」

シュ「うん、もう、なんていうか……それで良いんじゃない?じゃあ、次の質問」

Q.ソロモンに聞きたいんですが、高町一家やその他諸々に年齢詐称に近いレベルの若さを異能、魔法使わずに保ってる人達に何か疑問とか湧き上がったりしない?

ソ「……何かおかしいか?」

シュ「うん、まぁ、普通は40代半ばまでいって、あんなに若々しい訳ないからね?」

ソ「異能や魔法など使わずともそういう輩はいるさ。俺が見た中では生涯、子供の姿のままでいた輩もいた。それに比べればどうという事もないさ」

シュ「えぇ……それってどうなの?まぁ、良いや。じゃあ、次の質問」

Q.ソロモンがGOD時空に飛んだら闇の欠片は反応するの?過去に出会って人達の女帝やら天剣やらとかが出たら、ソロモンと相対してすぐに膝を折るのが想像出来たのだけど。

シュ「これは……場合によるんじゃない?」

ソ「そうだな。俺がいた時空なら反応するだろうが、別次元では反応しないだろう。まぁ、俺がいない世界では天剣も女帝も名を馳せていないのだから、出現するかどうかも曖昧だがな」

シュ「闇の書の欠片はどうなるだろ?」

ソ「それは魔力の塊なのだろう?俺の魔力に触れなどすれば、消滅するのが関の山だろう。俺から関連した人間を召喚するのはほぼ不可能と言って良いな」

シュ「そんなもんなんだ」

ソ「そんなものだ。さて、質問は以上だな?岬サナ殿よ、いつも質問を送ってくれて感謝している。こやつとしては良いモチベーション維持に繋がっているそうだからな」

シュ「本当にいつもありがとうございます。他の皆様も気になる事があれば質問をどしどし送ってくださいね!待ってますから!それではこの辺で。さようなら~!」


~ソロモンと作者退室~

「それでは最近レギュラーとなりつつあるな。ディアーチェだ」

「呼んでくれてありがとう!レヴィだよ」

「いつもありがとうございます。シュテルです」

「こんにちは!ユーリです」

ディ「最近気温が一気に変わりつつある。こういう時は風邪をひいてしまう可能性が高い。体調には気を付けるのだぞ」

シュ「作者は最近innocentが終わったと知り、驚いていたそうですが皆様は楽しめたでしょうか?楽しめたなら幸いです」

レ「それじゃあ、興の質問へ行ってみようー!」

ユ「お、おー!」

Q.女帝一家の血筋が十代まで続いてたけど、シュテル達って結婚したの?ソロモンの忠誠心の高さから他の人と結婚してるイメージが沸かない。

ディ「本当にこういう質問が好きなのだな。……まぁ、結婚はしている。政略結婚に近い物だったがな」

シュ「私はしなくても良かったのですが……殿下が作った物を守るためなら仕方がありません。そうでなくとも、血は残す必要がありますから」

レ「愛していたかどうか、ってなると微妙だけどね。言い方は悪いけど種馬みたいな物だったしね」

ディ「まぁ、総じて愛はなかったな。子供は教育の必要もあるし接してはいたが……それも愛ゆえとは言い難いしな」

シュ「しかし、間違っていたとは言えません。私たちの行動が今の殿下をお助けしている訳ですから」

ディ「それもそうだな……他に質問は無いか。それではこれにて失礼させてもらうか。最早諦めているが、あまりこういう質問ばかりしないようにな」

レ「僕は困らないけど、あんまり長続きしちゃうと……ね?」

シュ「私たちも元は英雄の一種。ひょっとすれば、私たちの英霊が現れるかもしれませんね?その時は……気を付けてくださいね?」

ユ「えっと、質問お待ちしてます!」


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協力する事は仲が良いと言う意味ではない

「マスター。最初に言っておく事がある」

 

 フォワードチームが召喚を済ませた後、キャロのサーヴァント――――アヴェンジャーは唐突にそう言った。身体中に刺青の入った青年にキャロは若干恐怖しながら、その眼を見た。アヴェンジャーは忌々しい物を見たと言わんばかりの表情を浮かべた。

 

「マスターは守ろう。マスターが命じるなら、他のマスターどもを守る事にも否はない。しかし、そこの三騎士どもとは絶対に協力しない。これだけは明言させてもらう」

 

「ど、どうしてもですか?」

 

「どうしても、だ。マスター、召喚されたサーヴァントが皆仲良しこよしだと思っているのなら、それは間違いだ。俺たちはあくまでもマスターたちの目的である人理の救済に協力しているだけなんだからな」

 

「……そのような身勝手が許されると思っているのですか?アヴェンジャー」

 

「黙れ、ランサー。お前なんぞとは話していない。忌々しいにも程がある。救うなどという題目で多くの人間を死に至らしめた英雄なんぞと話す事など何もない」

 

 キャロに対する優しげな口調とはまったく正反対の拒絶の感情しかない対応。一気に一触即発の状態になったその場に、誰もが動く事ができなくなっていた。ただただ、ランサーとアヴェンジャーの敵意だけが際限なく高まっていた。

 そんな中、そんな事は関係ないと言わんばかりに二人の間に入ったのはセイバーとライダーだった。セイバーはランサーに、ライダーはアヴェンジャーに落ち着くように促した。

 

「まぁまぁ、落ち着きなよ。僕らの仕事は人類史の復活だろう?敵対するのはその仕事が終わった後でも出来るんだからさ。そんなに焦らなくても良いんじゃない?」

 

「ランサー、私たちの役目は仲間割れする事じゃないでしょ?今は協力して事に当たらないと……ね?」

 

 二人が間に入った事で白けたのか、アヴェンジャーは舌打ち混じりに矛を納めた。アヴェンジャーが敵対する気がない以上、ランサーも戦う気はない。アヴェンジャーを一度睨みつけ、アヴェンジャーはそれに対応せずにセイバーを睨みつけた。

 

「……流石は世界を救った大英雄殿だ。言う事が違うな。忌々しい父親殺しの罪を犯した罪人の癖に、偉そうに」

 

「貴様、アヴェンジャー!よりにもよってセイバーを侮辱するか!?」

 

「当たり前だ。俺はそこの女や貴様らのせいで総てを失った。貴様らを恨みこそすれ、感謝する事などあり得ない。ライダーの忠告に従って、敵対する事はしない。しかし、俺は絶対に貴様らだけは許さん。忘れるな、俺が復讐者(アヴェンジャー)として召喚された意味をな」

 

「……忘れる筈がないよ、アヴェンジャー。最後まで自分の愛に殉じた英雄……私は絶対にあなたの事を忘れない」

 

「……ふん」

 

 アヴェンジャーはセイバーの返しが気に入らなかったのか、鼻を鳴らすと霊体化して去っていった。そんなアヴェンジャーの姿を眺めていたキャロは我に返ると、セイバーとランサーに頭を下げた。

 

「ご、ごめんさない!アヴェンジャーさんがその……」

 

「気にする事はないよ、アヴェンジャーのマスター。あれはランサーも悪かったし、彼も我々とは因縁深い英雄だからね」

 

「私が悪いと言うのですか?アーチャー」

 

「そりゃそうだろう。君のやった事は悪手だよ、ランサー。肉体年齢相応になっているのかもしれないけど、噛みつく必要などなかっただろう?彼と俺たちが噛み合わない事なんて分かりきっていた事じゃないか」

 

「それはそうかもしれません。けれど、それを放置しておく事の方が悪手でしょう」

 

「そうかもしれない。でも、それは力を合わせる時だ。君も彼もそんな物とは程遠い存在じゃないか。自らの力量で敵を圧倒する……そういう存在だろう?俺のように誰かと組んだ時に本領を発揮するタイプじゃない。そうでなくても、君も彼の心情は組めると思うけど」

 

「それは……」

 

 ランサーが口を噤まずにいられなくなった時、アサシンはセイバーに喋りかけていた。気配遮断スキルを使って近づいたにもかかわらず、セイバーは一切焦っていなかった。完全にアサシンの動きを把握している雰囲気であり、アサシンはセイバーの性能の高さに舌を巻いていた。

 

「これは忠告だが、セイバーとアヴェンジャーは一緒に戦わせない方が良いね。召喚されてからアヴェンジャーの殺意はセイバーに集中してた。先程はマスターを巻き込まないように抑えていたみたいだけど……マスターさえいなければ間違いなく彼はセイバー()に襲いかかっていたよ」

 

「うん……しょうがないと思う。私は私のやっていた事を悔いるつもりはない。でも、結果として私の起こした行動が彼の大切な人達を奪ったのは事実だから。彼の復讐心と相対するつもりはあるよ」

 

「……そうかい。おっと、自己紹介がまだだったね。僕はアサシン。よろしく頼むよ、セイバー」

 

「こちらこそよろしく、アサシン。あなたは必要不可欠な存在だから期待させてもらうね」

 

「君の期待に応えられるかは分からないけど……精一杯尽くさせてもらうよ」

 

 セイバーとアサシンはにこやかに話していた。その雰囲気が多少は先ほどの殺伐とした雰囲気を緩和させていた。しかし、これ以上この場にいても仕方がないのでサーヴァントたちと隊長二人は別室にて情報共有を行う事となった。

 しかし、サーヴァントという超常の存在にまったく疎い彼女たちでは理解しきれなかった。だからこそ、サーヴァントたちが知る基本的な情報を教えてもらう事から始まった。

 

「今回の人理修復において、マスターたちがするべき事は一つだけ。それは特異世界を構築している元凶――――大聖杯の回収。それさえ回収すれば、少なくとも目的は達成できる」

 

「色々聞きたい事はあるけど……まず大聖杯って何?」

 

「う~ん……まぁ、大規模な魔力貯蔵庫だと思って貰えればいいよ。大聖杯は星に流れる魔力を汲み上げ、ありとあらゆる願いを叶える万能の願望機なんだ。本人が想像できる範囲で、という制限こそあるけどね」

 

「それが、今回の異変の原因なの?」

 

「一部は、と言うべきでしょうね。そんな事をしでかした張本人、黒幕と呼ぶべき相手がいる事は確か。それも七つの特異世界にある聖杯を総て回収すれば分かる事でしょう」

 

 S級ロストロギアに匹敵、或いは凌駕しうるほどの力を持つアーティファクト。超常の領域に立っている者ぐらいにしか作れないような代物だ。古代ベルカの時代よりも昔、文字通りの神代の人間にしか作れない遺物。それだけの力を持つ物は今の世には存在しない。

 

「……あなたたちはその大聖杯に何かを願うの?」

 

 なのはの提示した疑問は当然の内容だった。労働には対価が必要、などという事は子供でも知っている事だ。ならば当然、なのはたちに力を貸す目の前の英傑たちも何かを求めている筈だ。そう考えたなのはにしかし、英傑たちはキョトンとしていた。

 

「……私は別にないけど。皆は何かあるの?」

 

「私も特には」

 

「俺も同じく。元より、聖杯に何かを願う事もありません」

 

「僕もそうかな。そんな物に叶えてもらう願いはない。強いて言えば受肉くらいかな。それも興味程度の話だけど」

 

「僕もそうだね。聖杯だなんて物に叶えてほしい事はないよ。僕の感じた総ての感情は僕だけの物だ。それを誰かに渡したりはしない」

 

 英雄たるサーヴァントたちは聖杯に託すものは無いと謳う。そしてそれは、この場にいないキャスターやアヴェンジャーも同じことだった。聖杯に願う事など何もないと、彼らは言うだろう。それはこの場に集った全員が何かしらの形で納得しているからだ。

 

 彼らは『座』と呼ばれる場所にある本体の分け御霊である。その生涯には様々な苦難があり、様々な逆境があった。けれど、彼らにはそれ以上の喜びがあり、同時に彼らは自分の人生に納得していた。アヴェンジャーの場合は納得とは違うだろうが、それでも聖杯に託す願いはない。

 何故なら、死しても尚彼が恨み憎み続けているのは彼を殺した英雄ではない。彼にとって大切な人の命を奪った連中だ。そして、その復讐自体はとうの昔に終わりを告げている。そうなのだろうと分かっていても、彼から大切な者を奪われた嘆きは消えていない。それが消える瞬間まで、彼が復讐者から外れる事はない。しかし、彼がその嘆きを晴らす事はない。だからこそ、彼は復讐者(アヴェンジャー)なのだ。

 

「マスター。確かに聖杯に願いを託すサーヴァントはいる。けれど、私たちに聖杯に託す願いは無いんだよ。私たち――――少なくとも私は、私の歩んだ生涯に納得してる。だから、聖杯はマスターたちが使えば良いよ。私たちには無用の長物だからね」

 

 セイバーはそう言い切った。聖杯の価値を知る者であれば、目ん玉引ん剝くような事を平気で。少なくとも、ソロモンがその場で聞いていたら間違いなく大爆笑確実の言葉だった。価値としてはそんなに簡単に切り捨てられる物では決してないからだ。

 なにせ、これを求めるために争いが勃発するぐらいの遺物だ。世界の魔力を汲み上げ、それを利用する事ができる物だ。例えば、一生かかっても使いきれない程の財貨を作る事も出来るし、永遠の命を得る事も出来るだろう。なんにしても、これさえあれば出来ない事はほぼないと言える。

 

「まぁ、手に入れた聖杯はエネルギー源にも出来るから、最初の一個は私たちの魔力源にすればいいと思うよ?そうなればマスターたちが使える魔力も多くなるだろうしね」

 

「え?そんな事も出来るの?」

 

「聖杯は魔力貯蔵庫だって言ったでしょ?魔力は私たちが存在する上で必要不可欠なエネルギーの一つ。存在するためにも、宝具を使うためにも、魔力は大量にあった方が良いんだ」

 

「宝具って何なの?」

 

「ありていに言えば、そうだね……象徴、かな」

 

「象徴?」

 

「そう。私で言えばこの剣が私の宝具の一つなんだ」

 

 そう言ったセイバーは片手では到底持ちきれない大剣を片手で持ち上げた。なのはとフェイトが見た目に反したセイバーの力に驚いていると、セイバーは大剣を霊体化させた。

 

「この剣を持っているのは私だけ。だからこそ、この剣を持っている人間がいるとすればそれは私、という事になる。こんな風に、武器と本人をイコールで結ぶことが出来る象徴――――それが宝具なんだ」

 

「つまり、宝具を開帳するという事は同時に、その本人がどのような生涯を送ってきたかを教える事となります。生涯を知るという事は、その人物の弱点を知る事になりますが……私たちは特に心配はいらないでしょう」

 

「……どうして?」

 

「それは……」

 

「少なくとも俺たち三騎士はこの世界に経歴がないからだよ」

 

 ランサーが言っても良いか迷っていると、アーチャーが代わりに答えた。アーチャーにとっては言ったとしても何も困らない情報だ。それはランサーも分かっているが、正直荒唐無稽に過ぎるため言ったとしても信じてもらえるか疑問だったので迷っただけだ。

 

「そうだね。良い機会だし、とりあえず私の真名は教えておこっか」

 

 セイバーはそう言うと立ち上がり、召喚された時と同様に跪いた。その瞬間、空気が僅かに張り詰めた。それはまごう事なき英雄としての威圧感に相違ない。最初から疑ってはいなかったが、確かに目の前にいる女性は英雄なのだとなのはとフェイトは理解した。

 

「我が真名はヴィヴィオ。ヴィヴィオ・アレクシス。ソロモン王より薫陶を賜り、その生涯において師であり父たる人物を討ち果たした人間です。このような人間を信じるのは難しいと思います。けれど、我が剣はあなた達の未来を救うために捧げます。それだけはお許しください」

 

 ヴィヴィオの放ったその言葉に、なのはとフェイトは唖然とせざるを得なかった。ライダーとアサシンは眼を閉じ、ランサーとアーチャーはヴィヴィオを純粋に心配していた。しかし、ヴィヴィオは必要な事だと判断した。人理救済に挑む上で、隠し事の類は出来る限り失くしておいた方が良い。その類の隠し事は間違いなく後々禍根となり得るからだ。

 

「……そっか。ねぇ、セイバーはその事を後悔してないの?」

 

「後悔はしていません。勿論、悲しかったし苦しくはありました。しかし、同時にこうも思っていました。――――父様を止めるのは私でなければならないと。他の誰でもなく、この私自身の手で止めなければならない。だからこそ、私は立ちあがりました。多くの人々を先の見えない恐怖から救うために」

 

 近付いてきたなのはの眼を見るヴィヴィオの視線は真っ直ぐな物だった。復讐など負の感情で戦う人間にこんな瞳をすることは出来ない。ヴィヴィオは自分の意志で止めなければならないと思ったのだという事がなのはには伝わってきた。

 

「分かった。これからよろしくね、セイバー……ううん、ヴィヴィオ」

 

「ありがとうございます、マスター。しかし、任務中はセイバーと呼んでください。真名バレが恐ろしくないとはいえ、やはり知られない方が何かと便利ですから」

 

「そう?分かった。それと、もうその敬語は止めても良いよ?似合ってないしね」

 

「ああ、やっぱり?敬語って肩が凝るんだけど、真面目になりたい時は有効だからね。まぁ、何にしても……こちらこそよろしく、マスター。マスターたちの未来のために尽力させてもらうね」

 

 セイバーとそのマスターは絆を深め、他のサーヴァントたちとフェイトもそれを歓迎していた。全員で一致して事に当たらなければならない以上、絆を深めると言うのはとても大事な事だからだ。六課組は好調なスタートを切ったと言えるだろう。

 この時、確かに彼女たちは未来に希望を抱いていたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 少し時間は遡り、ソロモンたち一行は第一特異世界に向けて航行していた。同じ次元世界に到着してから転移の類を発動させる事ができなくなり、超級魔導炉に蓄えられた魔力を使って目的地に向かっていた。予想していたとはいえ、暇が生まれた事は事実。その間、ソロモンが何をしていたかと言えば――――

 

「――――まぁ、こんな物か」

 

 訓練場で槍を揮っていた――――天剣保持者と女帝全員を相手に。ソロモンの相手をしていた全員が地面に倒れ伏しており、辛うじて第一位であるクリア・M・ネフティスだけが膝立ちの状態だった。それでも完全に息を切らしており、どれだけ苛烈な物だったのか窺える内容だった。

 

「どうだ、メタトロン。神器の具合は」

 

「……ハッ。流石は歴史に名高き至上の武具と言えるほどです」

 

「お前たちが潜在的に求めている形に変化するからな。それでも十二分に扱えていると言えるだろう」

 

「いいえ、そこまでではありません。何より……我らは未だ『守護者』としての変化に対応しきれておりません。これでは御身の守護者としては型落ちも良いところでしょう」

 

「まぁ、それは昔の天剣どもも通った道だ。徐々に慣らしていく他あるまい。実際、貴様らは大したものだ。守護者となってまだ幾ばくかしか経っていないと言うのに、位階領域に足をかける者まで現れるとはな」

 

 ソロモンが槍を回しながら、石突きで地面を突くと訓練室に張られていた結界が解けて消えた。そしてソロモンの手元に現れた書物を閉じると、全員の体力が一気に回復した。ソロモンは槍と書物を縮小化させると、置いてあったドリンクに手を伸ばした。

 

「ごくごく……ふぅ。とはいっても、この旅路の中でどれほどの成長を遂げられるかは分からんがな。お前たちが至ろうとしているのは、人間を超えた連中が至る場所だからな。選定者に選ばれた人間――――選抜者ならばいざ知らず、ただの人間が至れるかどうかは俺にも分からん。しかし、至れるのなら――――それはきっと」

 

 ソロモンが何を言おうとしたのかは誰にも分からない。だが、その瞳が人々の遥か先の未来を見ている事は確実だ。何故なら、ソロモンは誰よりも早く人類の限界を超えた選抜者であり、世界に再臨した神なのだから。

 

「パパー!」

 

「おや、どうした?リーナ(・・・)

 

 まだ歳幼い緑と赤のオッドアイ(・・・・・・・・・)に黒髪の少女(・・・・・・)がソロモンに突進してきた。ソロモンは衝撃を受け流しつつ少女――――リーナを受け止めた。リーナはソロモンに抱きつき、頬を擦りつける。その時ばかりはソロモンは王然とした雰囲気ではなくなっていた。

 リーナの後ろからは焦って追いかけてきたのか息を切らしているオットーとディードの姿があり、女帝たちから睨まれていた。ソロモンが手を挙げるとすぐさま睨みつけるのを止め、息を整える事に専念し始めた。その間に完全に恐縮している二人に視線を向けた。

 

「ご苦労だな、二人とも。リーナが迷惑をかけているようで申し訳ない」

 

「い、いえ、そんな事は!」

 

「むしろ、教育係でありながらこのような醜態を……申し訳ありません!」

 

「よい。リーナの将来はリーナ自身に決めさせるのだ。お転婆なくらいで丁度いい。寧ろ、お前たちには苦労ばかりかけさせて申し訳ないと思っている程だ。こんなお転婆娘の面倒を押し付けてしまって悪いな」

 

「いいえ、そのような事はありません。殿下」

 

「オットーの言う通りです。リーナ様は勉学に礼儀作法、武芸に関してもどんどん知識を吸収されております。凡百の騎士ではリーナ様には到底敵わないでしょう」

 

「ほう……まぁ、このお転婆相手では騎士は全力を発揮しきれないだろうがな。そうでなくとも、随分と成長したようだな。将来の相手は相当の猛者でないと無理かもしれないな」

 

 愉快愉快と言わんばかりのソロモンに対して、むくれるリーナと冷や汗を流すディードとオットー。若干冷えた空気に対して、むくれたリーナはソロモンから離れて腰にぶら下げている剣を手に取った。

 

「そんな風に言うならパパが相手してください!私の実力を分からせてやります!」

 

「ほう?面白い事を言うな、リーナ。お前が俺に勝つって?ハハハハ、こやつめ言いよるわ」

 

 ソロモンは笑っているが、他の人間からすれば笑い事ではない。ソロモンはこと戦闘や魔法の部門においては他の追随を赦さない絶対の存在。世界の中でも有数の実力者である天剣すら足元にも及ばない。そんな相手に対して、娘として扱われているとはいえ他人であるリーナが言って良い訳がない。

 

「子供の戯れ事、と言うのは容易いが……少しは娘の成長を見せてもらうとするか。来い、リーナ。少し遊んでやろう」

 

「本気で行くからね!」

 

「応とも。手加減されても困るだけだしな」

 

 リーナの振るう剣をソロモンは魔力の籠められた手で受け流していく。一歩も動かないソロモンに対してムキになったリーナは足に魔力を集中させ、同時に空気中に魔力の壁を作り出した。ピンボールの領域で跳ねまわり、一気に難易度は増していた。

 しかし、そうなってもソロモンは時に身体を傾け、時に剣の側面を殴りつけ、時にスピードを利用して放り投げた。かすり傷は愚か、風が髪を撫でる事すら許さない。神懸った武の技が完全にリーナを翻弄していた。五度、繰り返した時にはリーナは既にこの戦法を無意味と判断した。

 

「おや、もう良いのか?繰り返していけばいつかは俺にかすり傷ぐらいは与えられたと思うが?」

 

「かすり傷程度じゃ全然意味がないもん。絶対にその笑みを斬り捨ててやる」

 

「出来ると良いな?」

 

「やってやるよ……!」

 

 リーナは空気中に存在する魔力を自分の身体に集中させ始めた。それは一見すると収束魔法(ブレイカー)のようだったが、明らかに何かが違っていた。その違いが何であるか他の者たちは分かっていなかったが、ソロモンだけは魔力の流れを見ただけで理解する事ができた。

 同時に、ため息を吐かざるを得なかった。我が娘ながら独力でその域に辿り着くとは、まこと末恐ろしい奴よと。一頻り魔力を集め終え一歩目を踏み出そうとした瞬間、急に別の力によって後ろに引っ張られた。埒外の方向からの力にリーナの集中が切れて魔力が拡散していった。

 

 リーナの集中を切った物、それは――――空気中に存在していた鎖だった。リーナが突然現れた鎖に驚いていると、ソロモンの手元に書物が開いているのを見つけた。その瞬間に理解した。現れた鎖はソロモンが魔力によって構築した物なのだと。

 

「ズルい!娘相手にそんな物を使うなんてパパズルい!」

 

「ズルくありませんー。俺は使わないだなんて一言も言ってないしな。しかし、実際失敗したよな。まさかお前があの領域に独力で至るとは思ってなかった。もうちょっと気を使うべきだったな」

 

 鎖をほどいて降ろしたリーナを抱きながら、ソロモンはそう呟いた。その言葉に一部の天剣たちは理解しがたい事実を聞いたような気がした。自分たちが少なくとも一部分において、あの少女に負けていると言う事実。それはソロモンの剣を自称する天剣にとって、何者にも代えがたい屈辱でもあった。

 

「まぁ、致し方ない事でもあるか。才覚で言えば俺に及ばずとも、人間の最高峰。優良な遺伝子を使ったハイブリッド……この子はあらゆる意味で特別なのさ」

 

「しかし、それは我々が屈辱を感じない理由にはなり得ません。殿下、今一度鍛練の時間を」

 

「……ふっ。良いだろう。大いに鍛えるが良い。お前たちが本来持つべき、いや至るべき領域へと存分に手を伸ばせ。その為のに行う努力を俺は認めよう。オットーとディードはリーナを連れて行け。これから礼儀作法の勉強の時間だろう?」

 

「は、はい!」

 

「かしこまりました」

 

「勉強が終わったら一緒に夕飯を食べるか、リーナ。そのぐらいの時間はあるだろうしな」

 

「本当!?」

 

「もちろんだ。今回の目的地に到着するまであと数日はかかる。その間はお前に付き合うさ」

 

「ねぇ、パパ!私も特異世界?って言うのに行ってみたい!」

 

 リーナの興味は彼女としては自然な事だった。次元世界を蝕む今回の異変の中心である特異世界がどのような場所か、知りたいと思っても仕方がない。なにせ、彼女はまだまだ幼い子供でしかない。多くの事柄に興味が湧くのはごく自然な事だった。

 しかし、実際に赴く大騎士たちからすれば堪った物ではない。たとえ、力があったとしても子供など足手まといでしかないのだ。秩序だった集団に異物など放り込まれても、他の者たちにとっては邪魔なだけ。そう思っているからこそ、否定的な雰囲気があった。

 

「駄目だ」

 

「えー、なんで?」

 

「第一特異世界はお前が本領を発揮できるほど、丈夫な世界ではない。お前が気兼ねなく力を揮えるような場所に辿り着くまで温存しておけ。暇だったら俺が相手してやる」

 

「うう~……分かった」

 

「良し、いい子だ。それじゃあ、まずは勉強を頑張ってこい」

 

 ソロモンはリーナの潜在的な能力(ポテンシャル)を誰よりも把握している。だからこそ、リーナが全力を揮うという事の意味をよく理解していた。それ故に、ソロモンはリーナの世界渡航を禁じた。ソロモンと同じように、リーナが力を揮う事ができるほどの世界ではないと判断していた。

 ソロモンは多くの大騎士たちを選出した。しかし、それはソロモンにとって彼らが有能だったという意味ではない。天剣や女帝を送るまでもない戦場もあると認識していたからに過ぎない。帝国にいる騎士たちの中でも、多少はマシ(・・・・・)というだけの認識でしかない。

 

 今も昔も、ソロモンは個人的に気に入った者以外の選出基準は『弱肉強食』だ。つまり、強い者か何かしらの才覚が尖っている者でない限りは、ソロモンの眼を止める事はできない。だからこそ、初代の天剣や女帝は必死だった。ソロモンにどうでも良い存在として見られる事だけは嫌だったが故に。

 実力として帝国の上位に立つ者ほど、ソロモンを崇拝の対象として見ている。だからこそ、ソロモンにどうでも良い存在として見られたくない。それだけは耐えられないのだ。どんな感情でも良いから、ソロモンに見られたい。それが彼らの魂に刻み込まれたソロモンの存在感だった。

 

「さぁ、鍛練の続きだ。見事、俺の予想を裏切ってくれるのは誰かな?」

 

 ソロモンの魔導書が開き、再び結界を作り上げた。天剣と女帝たちは残らず立ち上がり、自らの武器を構えた。ソロモンは異空間から剣を引き抜き、右手に槍、左手に剣という状態になった。そして剣を天剣たちに向ける。それが合図だったかのように、天剣は動き出したのだった。




~ソロモンと作者によるQ&Aコーナー~

「時間が出来てきて執筆時間が取れるようになりました。シュトレンベルグです」

「良い事なのだが、結局ストーリーが進まず悩んでいると言う本末転倒ぶりに結局苦しんでいるというのにどうかと思っている。ソロモンだ」

シュ「そうは言ってもさ。これでも悩んで書いてるんだから、勘弁してくれよ。第一特異世界だって書くか怪しいレベルなんだぞ?」

ソ「何の自慢にもならん事を堂々と宣うな。欠片でも作家志望なのだから、もう少し努力しろ」

シュ「そんな事言ってもさ~……なろうの一次小説は全然進まないし、これでも結構苦労してるんだぜ?」

ソ「知るか。やりきってからそういう事は言え。作家見習いに等しいとはいえ作家だろう。自分の描いた作品には責任を持て」

シュ「きつい事を言ってくるなぁ……とりあえず、今回の質問に移るぞ」

Q.この聖杯探索は本来のStrikerSの代わりの話しなのですか?それとも後でStrikerSをする予定?

シュ「えっと、これは前者に当たりますね。聖杯探索終了後にStrikers編をやったら、相手が可哀想になるくらい六課組は強くなっちゃいますから。なんだったらエクリプス相手にしても圧勝します」

ソ「パワーインフレにも程があるな」

シュ「その筆頭みたいなお前が言うな。なんだったらこの聖杯探索、あんた一人いればどうにかなるからね?デウスエクスマキナの極みだからね?」

ソ「生まれつきなんだから仕方がないだろ」

シュ「そういう風にしたのは俺だけどさぁ……まぁ、いいや。それじゃあ次ね」

Q.そういえばベルカ時代を生きた時にソロモンには72柱の悪魔っていたんですか?

シュ「……これは作品の根幹に関わってくるので秘密です。初めてきたよ、答えられない質問」

ソ「割と遅かったな。お前はもっと早く来ると思っていたのにな」

シュ「ホントそれな。じゃあ、次」

Q.技術のみで魔法の領域にまで行った佐々木小次郎や、三段突きの沖田総司に、佐々木小次郎のライバルの宮本武蔵、体術だけで暗殺者顔負けの気配遮断能力を持つ李書文のソロモン評価はどんなもの?

ソ「素晴らしいの一言だな。ただ、彼らはこの世界にはいないし、いたとしてもサーヴァントだろうがな。実に惜しい。間近でその技の冴えを見たかったものだ」

シュ「まぁ、あなたみたいな才能を完全に開花させた化け物は見ただけで術理を理解して使いこなしちゃうけどね。李書文とかはまだしも、武蔵ちゃんは確実に涙目だね」

ソ「分かってしまうのだから仕方がないだろう」

シュ「そんな簡単に言うんじゃありません。武蔵ちゃんとか超頑張って開眼した境地なんだぞ?」

ソ「そんな事を言われてもどうしようもないだろう。ともかく、次」

Q.ヘラクレス、カルナ、スカサハの評価も気になります。

ソ「優秀な大英雄だな。ヘラクレスは一度戦った事があるし、カルナとスカサハは伝承だけは聞き及んでいる。俺がその世界に訪れた際には既に死んでいるかいなくなっていたからな」

シュ「会ったら戦ってみたい?」

ソ「会ったら語り合ってみたいな。どのような生涯を歩んだかは伝承で分かるが、どのような思考で生きてきたのかは語り合ってみなければ分からんからな」

シュ「知ってどうするの?」

ソ「どうもせんさ。ただ俺が知りたいだけだ」

シュ「そんなもんなんだ」

ソ「そんなものさ。他人の人生感を知りたいと思う事は、最早趣味の一環だからな。それでは次に行こう」

Q.初代女帝達を選出する時に他にも女帝候補っていたの?

ソ「結論から言えば、いたな。女帝は当代最高の異能力者がなるものだ。しかし、異能力者の類はあの時代に多く存在した。初代選定以降もどんどん現れたしな。それでも、連中は自らの手で勝ち取った。それは素晴らしい事だ」

シュ「ちなみに、どれぐらいいたの?」

ソ「俺が存命の頃でそうだな……最高で一万は超えていたと思う。正確な数までは定かではないが、それぐらいはいた筈だ」

シュ「ははぁ……とんでもないね」

ソ「それだけ連中の熱意は本物だったという事だ。それで、質問は以上か?」

シュ「そうだね。岬サナ様、いつもいつも質問ありがとうございます。いつも言わせて戴いていますが、まことに感謝しております」

ソ「他の者たちもどんどん質問してくれると嬉しい。これからも楽しんでいって貰えると幸いだ。それでは失礼する」

シュ「ばいば~い」



~ソロモンと作者退室後~

「寒くなったり温かくなったり忙しいですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?シュテルです」

「大雪が降ったり大変だとは思うけど、頑張ってね!レヴィだよ」

「受験やらテストやらで忙しいとは思うが、頑張ってほしい。ディアーチェだ」

「皆さん、ファイトですよ!ユーリです」

シュ「さて、もうレギュラーと言っても良いような存在となってきましたが、今回の質問はどのような物でしょうか?」

レ「えっとね~……今回の質問は三つあるみたいだよ!まずはコレね」

Q.ソロモンに最初に会った時の印象ってどうだった?

シュ「言うまでもなく。歓喜の一言です。紹介されていましたが、私の一族は満たされない時を過ごしていました。そんな中、我々を受け止めて下さる事は愚か、満たしてくださった殿下に対して歓喜の念以外ありえません」

レ「あの時は凄かったね。純粋な力の塊であり、極限の暴力……なんて言って良いか分からないんだけど、とにかく凄かったとしか言えないね」

ディ「確かにな。少なくとも、その場にいた者たちにとっては人生の転機となった時間だった。あの御方こそ至高の王と呼ぶに相応しいと感じたな」

ユ「母様は王様の姿を初めて見た時、人類の究極を見たって言っていました。それでは次の質問へ行きましょう」

Q.ソロモンの真名を知れた時の幸せは上位に、やはり来ましたか?

シュ・レ・ディ「「「それ以上(です/よ/だな)」」」

シュ「上位などと生温い。最上位と言っても尚足らない程、あの時は幸せでしたとも」

レ「殿下の真名を知っていたのは、選定者を除けば同列の王ぐらいのものだったんだ。奥方だって殿下の真名は知らなかったんじゃないかな?」

ディ「殿下が真に信用が置けると思った人間しか知ることの出来ない真名を知れて、歓喜の絶頂に至るのはごく自然な事という事だ。それほどまでに殿下の真名を知る事には大きな意味があったのだ」

レ「だからこそ、僕らは長い生の中であれほどまでに幸せだったことはないと断言できる。それぐらい、あの言葉は嬉しかったんだ」

シュ「そういう事です。真名を明かすという事は、相手に自分の総てを明け渡すという事と同じなのですから。それでは最後の質問へ参りましょう」

Q.他の女帝候補の中から自分が選ばれた時はどんな気持ちが心の中を占めましたか?

シュ「当然の事かと」

レ「やった、とは思ったかな?」

ディ「何とかなったか、とは思ったな」

ユ「えっと、三人とも何と言うか……」

ディ「淡白と言いたいのか?ユーリ。しかし、な。我々にとっては当たり前の事でしかないのだよ。ソロモン王の隣に立つという事は並大抵な事ではない。それは事実だ。しかしな、それは当然なのだ。
 選定者をして、至高の王と称される御方の間近に仕えるのだ。厳しくて当たり前だ。難しくて当然だ。しかし、その程度で誇ってはならない。何故なら、女帝になるという事はゴールではないからだ」

シュ「女帝になるという事は、その命が尽きる瞬間までソロモン王にお仕えするという事。そして、お仕えしている間はソロモン王の使命を総て完璧にまっとうしなければならない。その程度の覚悟もなしに、ソロモン王にお仕えする事などできない」

レ「女帝になれた程度(・・)で喜んでちゃ、その先どうにもならないからね。だからこそ、嬉しくはあったけどそこまで激しい感情はなかったね」

ユ「そうなんですか」

ディ「喜ぶのがいけない訳ではない。しかし、我らは全次元世界を統べたとしても何らおかしくはない相手に仕えるのだ。そんな大仰に喜ぶようでは、その仕事をまっとうする事などできんという訳だ」

シュ「女帝になれた事よりも、これからお傍にお仕えする事ができる。という方が我らにとっては重要だった、という事ですね。それで、質問は以上ですか?レヴィ」

レ「えっとね~……うん、これで全部だよ。今回も質問を送ってくれてありがとうね!」

シュ「我ら一同、読者の皆様には感謝の念が絶えません」

ディ「どうかこれからもこの物語をよろしく頼む。では、機会があればまた次回に」

ユ「さようなら~!」

~マテリアルズ退出~


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初めての地獄

第一特異世界編、飛び飛びながらスタートです。
勝手ながらマテリアルズたちの質問は、活動報告でさせていただきます。


 日夜を徹した作業により、機動六課は七つの特異世界の発見に成功した。その後、まずは第一特異世界と呼称されたアルフォッグへの調査に乗り出す事が決定された。

 

 アルフォッグはそこまで有用な世界ではない。昔からの自然が豊かな国であり、魔法技術などに関しては未だ黎明期と言っても差し支えない程には覚束ない物だ。少なくとも、ミッドチルダ式魔法やベルカ式魔法を持っている彼女たちからすれば、まったく問題ないレベルだった。

 だからこそ、彼女たちは勘違いをしてしまった。魔法を至上の物として扱っている管理局の人間だからこそ、魔法の存在しない世界での戦闘がどういう物なのか理解する事ができなかった。彼女たちは最初の世界で一つの地獄を見た。

 

 血みどろの戦争。誰も彼もが目の前にいる敵を殺すため、全力を尽くしている。総ては自分たちが生き残るためにという題目を掲げ、彼らは殺し合う。人間がその身に宿している原罪を体現するように。それこそが貴様らの逃れられない業なのだと刻み込むように。

 

「なんなのよ、これ……」

 

 ティアナは目の前に広がる惨状に思わずそう呟いた。他の者たちも大小様々ではあるが、同じ事を思った。戦乱の時代を知らぬ彼女らにとって、目の前で繰り広げられている闘争は、何よりも信じがたい物だった。

 食事をするよりも簡単に人が死んでいく。情けもなく、容赦もなく、慈悲もない。彼らが求める物のために、彼らは一切手加減しない。だからこそ、その眼の前にある惨状は何よりも酷く、少なくとも彼女たちの及びもつかない程の命が目の前から失われていった。

 

 そして彼女たちは知った。この戦争は大聖杯を巡って行われた物であるという事を。一つの小国が大聖杯を手に入れ、その大聖杯の力を使って世界の支配を目論んだ。間一髪のところで大聖杯の奪取に成功し、けれど敵側に大聖杯に搭載されたある機能を起動された。

 それが大聖杯に搭載された緊急機能――――両陣営に七騎のサーヴァントを齎し、殺し合うシステム。サーヴァントは基本的に一騎当千の英霊であり、普通の人間には勝つ手段など存在しない。だからこそ、サーヴァントと戦える存在は基本的にサーヴァント以外には存在しない。それが基本的な道理なのだ。

 

 しかし、敵である小国にはバックに帝国が付いている。戦場には天剣保持者が確認されており、既に三騎のサーヴァントたちが敵側に討ち果たされていた。今この瞬間も、世界は力で支配される悪鬼の世界へとなり果ててしまう可能性があるのだと。

 管理局の存在を知っていたのか、連合国側は機動六課に救助を求めた。次元世界の治安が仕事である彼女らにとって、それは願ってもない事だった。もし、その国家が本当に力による支配を望んでいるなら、それは阻止しなければならないと思ったからだ。

 

 それはきっと真っ当な人間であれば当然の理屈だったのだろう。しかし、だからこそ、サーヴァントたちはその理屈に納得してはいなかった。戦争の中を生きてきた彼らにとって、マスターである彼女たちの言葉は甘いと言わざるを得なかった。

 

「馬鹿馬鹿しい。何故、俺たちが弱者の尻拭いをしてやらなければならない?弱いのが悪いだけだろうが」

 

「アヴェンジャー!そんな言い方は……!」

 

「ふん。しかし、俺は当然の事しか言っていないぞ。寧ろ、その小国は当然の事を言っているだけじゃないか。力による支配。大いに結構だろうが。始まりが力でも、治世が優れていれば文句をいう人間などいない。いるとすれば、くだらないプライドを持っている人間だけだ。俺の言っている事は間違っているか?なぁ、三騎士様方よ」

 

「「…………………」」

 

「間違ってはいないね。でも、力による支配には反発が生まれる物でしょう?だったら、彼らの言葉も間違ってはいない。でも……正直、私も彼らに手を貸したくはないかな」

 

「それは、どうして?」

 

彼らが同じように(・・・・・・・・)ならないとは限らない(・・・・・・・・・・)から(・・)。マスター、私たちは人類総てを救わなくてはいけない。あの程度の犠牲なら切り捨てなければならないんだよ。大事の前の小事を気にしている余裕は私たちにはないの」

 

「あんまりその意見には賛同したくないな。大勢を救うためなら、少数を犠牲にしても構わないという意見には賛同できない。それはあんまりにも報われない意見だ。まぁ、セイバーの方針に反対な訳ではないけどね」

 

「どういう事?ライダー」

 

「その前に……アヴェンジャー、眼は?」

 

「全部殺した。どうやら連中も、俺たちの事を信用しきれてないみたいだな。監視なんてしてくるとは……これは黒じゃないか?」

 

「どうかな。それで、マスターの質問だけどね?正義の反対は悪とは限らない。そして、一方の意見が絶対に正しいとは限らない。早急に結論を出すべきではないと思うけどね」

 

 ライダーの言葉に、彼女たちは考えを改めざるを得なかった。確かに、連合国側の意見が正しいとは限らない。一面的な考え方では碌な結末にならない事を、隊長陣はよく理解していた。世の中の問題は敵を斃せば解決するほど生易しくはない。

 善意は大切な物だ。それは疑いようのない事実であり、サーヴァントたちも否定する事はしないだろう。しかし、それだけで世界が回るほど、世界は優しくはない。それを知っている彼らはマスターたちの善意を全面的に肯定することは出来なかった。

 

「どちらにしても、私たちはサーヴァント。マスターの指示には従うよ。私たちの考えはどうあれ、マスターたちは好きな方針でやってもらって大丈夫。失敗したって私たちがサポートするから、どんどん挑戦して良いよ」

 

「でも、セイバーたちだって絶対じゃない。もしかしたら死んじゃう事だって……」

 

「あ、そう言えば言ってなかったね。私たちは死んでも本部にあるシステムに戻るだけなんだ。私たちを召喚したあの機械に零基は記録されているから、またすぐに呼び出せるよ」

 

 必要であれば使い捨てろ、とセイバーは言外に告げていた。たとえ死んだとしても、自分たちにはまた次の機会があるのだからと。そしてそれを、周りのサーヴァントたちは一切否定しようとはしなかった。アヴェンジャーですら、セイバーの意見は正しいと思っているのだ。

 

「……セイバー、そんな事を言わないで」

 

「マスター?」

 

「確かにセイバーたちは既に死んだ人なんだと思う。でも、私たちの目の前にいるのは今のあなた達だけ。たとえ、同じ記憶を持って蘇ったとしても、それは今のあなた達とは違うの。それだけは、分かって」

 

 高町なのはは死んでも構わない人などいないと思っている。それは彼女の父親が意識不明の重体に陥った時、彼女の家族が大変だったという経験があるからなのかもしれない。はたまた、親友の家族の命を救えなかった後悔ゆえなのかもしれない。

 何にしても、彼女は救う事を諦めない。目の前に涙を流す人がいるのなら、立ち向かう事を諦めない。それは彼女の生き様と称しても変わりない物だ。だからこそ、人々は彼女の事をこう称えるのだ――――『不屈のエース・オブ・エース』と。

 

「分かったよ、マスター。我が身命、そして我が宝具に誓う。私は必ず生きて帰る。マスターのサーヴァントは最強なんだと、世界に知らしめてみせる」

 

「うん。よろしくね、セイバー。……それで、これからの方針を相談したいんだけど良いかな?」

 

 なのははセイバーから視線を離し、他のサーヴァントたちに視線を向けた。サーヴァントたちは自分たちに視線を向くと思っていなかったのか、少し驚いた表情を浮かべると頷いた。

 

「この身で良ければ、いくらでも」

 

「マスターの上司の言葉だ。従わない訳にはいかない。それに、君のあり方は僕にとっても好みだ」

 

「問題なく。まぁ、僕は戦略とかには疎いから助言なんて出来ないだろうけどね」

 

「僕に手伝える範囲で良ければ」

 

「助言はしない。……口を挟むだけならしてやる」

 

「うん、ありがとう。フォワードチームは先に休んでおいて。フェイトちゃんはエリオとキャロと一緒にいてあげて。ティアナたちもそうだけど、エリオとキャロには特に負担が大きかっただろうし……」

 

「……分かった。でも、なのはもすぐに休んでね?ショックが大きかったのは、なのはもそうだし、ね?」

 

「なのはさん、私も同席させてください!」

 

「ティアナ?でも、ティアナも休んだ方が良いよ。これから先、いつでも休んでいられる訳じゃない。休める時に休んでおかないと」

 

「それでも、私は休んでなんていられないんです!……正直、あの戦場はショックでした。でも、これから私たちの動き次第で助けられる人がいるなら、私はその力になりたいんです!」

 

「……分かった。じゃあ、力を貸して?ティアナ」

 

「はい!」

 

 その後、ティアナやなのはと共に今後の方針について話し合った。話し合い終了後、セイバーは空を見上げていた。一人で黄昏ているセイバーの後ろから近付いてきたのは――――ライダーだった。予想外の人物が現れた事にセイバーは少し驚いたが、それでも強く反応する事はなかった。

 

「……セイバー、君は確か未来の英雄なんだよね?」

 

「そうだよ。そういうライダーは過去の英雄なんだっけ?」

 

「まぁね。まさか僕の子孫に早速会う事になるとは思わなかったけど、そういう事もあるよね」

 

「それって……あの子供たちの事?」

 

「そうだよ。僕にも一応子供はいたけど、僕の方が先に死んじゃったからね。その後にどうなったのか……僕にはほとほと分からないんだよ。ねぇ、相棒?」

 

 ライダーがそう言うと、白銀色の鱗の龍が肩に留まっていた。その龍はキャロの相棒であるフリードに酷似していた。セイバーが顎の辺りを撫でていると気持ちよさそうにしていた。そんな龍のあり様にライダーは呆れたように言った。

 

「おいおい、そんな子龍みたいな反応をするほど若くないだろうに。なに?外見に精神まで引っ張られているのかい?」

 

『そのような事を言うな。昔はこれほど美しい女傑に巡り会った事もなかろう。それに、この者中々に撫でるのが上手いぞ』

 

「えっ」

 

 突然聞こえてきたその声に、セイバーは思わず手を離した。その姿にライダーも相棒である龍もケラケラと笑っていた。しかし、驚かざるを得ない程に外見と音声のギャップが酷かったのだ。五歳ぐらいの子供がとんでもなく渋い声で喋ったぐらいのギャップだった。

 

「今は魔力量が多くないからね。そんななりだけど、本来は何百メートル級の龍なんだよ。歳だって僕らみたいな人間じゃ比べ物にならないレベルだしね。見た目ほど若々しくはないよ。まぁ、それは僕も同じだけどね」

 

「それは私もそうだよ。サーヴァントは全盛期の姿で召喚される物だからね。年齢と外見が合わないのは仕方ないよ」

 

「……セイバー、君も薄々感じていると思うけれど。この事件には間違いなく、あのクラス(・・・・・)に在する存在が関与している事は疑いようがない。それは分かるかな?」

 

「……そうだね。私も生前は英霊召喚に関する研究をした事があるから、分かってるつもりだよ。でも、だとすればどうして上位存在が動かないの?」

 

「そうだね……候補がいくつかあるけれど、何から聞きたい?」

 

「ライダーが知っている事を教えてくれれば、私はそれで構わないけど?」

 

 ライダーの言葉に、セイバーは悪戯を思いついたかのような表情でそう言った。セイバーの言葉にライダーは苦笑を浮かべ、空に浮かぶ星を見た。そして何度か顎を指で突いた後、思いついた事から挙げるように口を開いた。

 

「一つは僕らの存在。この世界に存在するように、きっとこれからの世界にもサーヴァントは存在する。そして、その地にいるサーヴァントたちと手を結んで事に挑めば、どうにかなると思われているから。というのはどうだろう?」

 

「理由付けとしては、弱いんじゃない?抑止力はそんなに甘い考えで行動したりはしないよ」

 

「そうだね。他に挙げるとすれば、帝国側も挙げられる。あちらの天剣保持者や女帝は素質だけ見れば、僕らサーヴァントに匹敵する。そして、彼らの気質は『英雄』だ。この危機に対し、傍観しているという事はない。間違いなくね」

 

「……そうだね。彼らは強い。ソロモン王が生きていた頃、ソロモン王の助けがあった場面もあったとはいえ彼らは不敗だった。でも……」

 

「彼らはソロモン王以外の言葉には従わない。今の彼らも見ているのは血統であって、王本人じゃないだろう。彼らが無益と定めれば、特異世界から去る可能性は十二分にある。だからこそ、彼らの行動は些か不可解だ」

 

「彼らは忠義のためなら何でもする人たちだと思うけど?」

 

「天剣や女帝はあくまでもソロモン王に仕える者。彼らは誰の指示にも従わない存在だ。たとえ、それが彼の血統であったとしても、彼らはソロモン王以外の決定には従わない権利がある。そんな彼らがサーヴァント相手にするなんて早々ないさ」

 

 サーヴァントは基本的に一騎当千の相手。場合によっては天剣や女帝ですら敗北する可能性がある。そんな相手に態々挑む事を彼らが自ら決定する事はない。ソロモンが天剣や女帝に求めたのは敗北しない事であって、勝利する事ではないのだ。

 

「だからこそ……彼らに指示した人間がいる。無敗ではなく、最強を天剣や女帝の代名詞にするために。もしかしたら、サーヴァントたちも彼らにとっては踏み台に過ぎない可能性すらあるね。それがどういう意味なのか……君なら分かるんじゃないかい?セイバー」

 

「まさか……」

 

「そう。上位存在が現れない理由……既にその地位にある人物がいるから。僕の中の有力説はそれかな。でも、だとすれば『彼』の行動する意図が見えない。『彼』だけで特異世界など終えてしまえるのに」

 

「……多分、信じてるんだと思うよ。人間は、この逆境を打ち破る事ができるって。過去の英雄ではなく、未来を生きた英傑でもなく、現在を生きる人間だけがこの事態を打開できる。そういう可能性を信じてるんだと思う」

 

「……なるほど。それなら確かに『彼』らしいと言えるだろうね。それで、君はこの後どうなると思う?」

 

「……あの人は欲しい物を確実に手に入れる。その為に必要な事は何でもする人だから……きっと」

 

 セイバーがその先を言いかけた瞬間、爆発音のような物が響き渡った。それと同時に城を固く守っていた城壁の一部と城門が粉々に消し飛んでいた。そしてそこから武装した男女の集団が現れた。

 

「……予告通り、大聖杯を戴きに参った。誰ぞ、おらんのかな?」

 

「そのような強盗モドキのあり様を歓待する者がいると思うのか!?」

 

「そのような事はどうでも良い。我ら、ソロモン猊下の剣なれば騎士のあり様など持たぬ。我らはただ猊下の願いを叶えるだけで良い。それに逆らう貴様らは総て罪人なり」

 

 そう言い放った男は腰に吊るされていた剣を抜き放った。あからさまな敵対行動を繰り返す相手に我慢しきれなくなったのか、兵士の一人が突っ込んで行った。しかし、相手はソロモンから選抜された大騎士だ。たとえ、ソロモンからの評価は低くとも、それでも大騎士と呼ばれるに値するだけの力がある。

 高々城を守るだけの兵士に負けるほど、大騎士は弱くはない。それだけの力がなければ、ソロモンの騎士を名乗る事などできはしないのだ。だからこそ、その場にいた誰もが次の瞬間に首を断たれている兵士の姿をイメージしていた。

 

 しかし――――

 

「まっ、そういう訳にはいかないよね」

 

 予想は外れ、振るわれた剣は弾かれ兵士は放り投げられていた。そして剣を弾かれた大騎士はセイバーに殴られ、吹き飛ばされていた。突如として現れたその女に対し、大騎士たちは警戒心を露わにした――――瞬間、上から強烈な一撃を受けて意識を失った。

 そこには白銀の龍と龍に乗っているライダーの姿があった。虐殺の現場となってもおかしくなかったであろう現場を、たった二人の英霊が制圧した。セイバーとライダーの姿は、その場にいた兵士たちにとって希望となり得るものだった。

 

「ふむ、付き添いは要らないかと思っていたが……そうでもなかったようだな」

 

「……そういうあなたは真っ当な騎士、って感じじゃなさそうだね」

 

 闇から突如現れたその人物の短剣を事もなげに受け止めたセイバー。空を裂くように放たれた拳を躱し、その人物は闇に紛れていった。その瞬間、空間を支配するように咆哮が響き渡る。その咆哮に誰しもが身体を硬直させ、その間隙を縫うようにセイバーが闇に向けて大剣を揮う。

 

「……っと、危ない危ない。なるほど、あなた方があの方の言っていた管理局のサーヴァントたちですか。これは中々に分が悪いようだ。ここは引かせてもらうと致しましょう」

 

「出来ると思う?」

 

「出来る出来ないではなく、やるしかないのですよ。何の成果も残せないどころか逃げ出すしかないのは残念ですが、この場は引かなくてはマスターがあの御方に殺されてしまいますから」

 

「ふぅん……ねぇ、あなたは何て呼べばいいのかな?あなたって呼ぶの分かりにくいんだけど」

 

「……不思議な事を気になさる御方だ。では、こう名乗らせていただきましょう――――『黒のアサシン』と。では、失礼」

 

 黒いフードを身に纏う人物――――黒のアサシンの服が解け、それに続くように真っ黒な霧が広がっていく。焚いている篝火すら覆い尽くすほどの闇を前に、セイバーとライダーは動こうとはしなかった。黒のアサシンがどこにいるのか分からない訳ではない。討伐のために動けば、兵士を皆殺しにすると言外に主張した動きをしているのだ。

 ここで動く事は容易い。しかし、マスターたちが行動するためにはここで動くのは得策ではない。信頼と引き換えにするには、目の前のサーヴァントは弱いと言わざるを得ない。それに、二人は英雄だ。犠牲を許容していても、犠牲を率先して容認している訳ではないのだ。不要な犠牲は失くした方が良いと思っている。

 

 黒のアサシンの気配が完全に消えると、セイバーは剣を振り上げた。その風圧によって霧は完全に吹き飛ばされ、そこにはただ破壊された城壁と城門、そして唖然としている兵士たちだけが残されていた。そして、ある方向を見つめていたライダーは後ろを振り向いた。そこには同じ方向を見ているアヴェンジャーがいた。

 ライダーの視線を受けたアヴェンジャーは心底面倒くさそうにしながら、懐からナイフのついたリボルバーを取り出した。そして、その銃口を先ほどまで見つめた方向に向け、引き金を引いた。しかし、その銃口から何かが放たれる事はなく、アヴェンジャーはそのまま銃を仕舞った。

 

 その頃、アサシンは見晴らしのいい草原を走っていた。既に城のある都市からは数キロ規模で離れている。警戒するとすれば、アーチャーからの狙撃位だがそれでも何かしらの予兆があってもおかしくはない。しかし、そのような兆候がない辺り、逃げ切れたと判断した。

 

「……アサシン、聖杯はどうしたの?」

 

「おっと、これはこれはアンタレス殿。口にするのも憚られるが、失敗だよ。しかし、あのままでは彼らが死んでいた可能性もあったんだ。だから……」

 

「……そう。言い訳はそれだけかしら?」

 

「なに……?」

 

「負けたら死ぬ。当然の事でしょう?寧ろ、猊下の命令を果たせない塵屑など死んで然るべき。そうじゃないかしら?」

 

「……味方が死んでも構わなかったと?」

 

「構わない訳ではないけれど。猊下の命令は何を差し置いても果たすべき物。それすら果たせないのなら、死んで詫びるのが当然でしょう。それが当然だし、その程度の事も出来ない穀潰しなら私か他の天剣に殺されているわよ。つまり、あなたは自ら失点を増やしただけなのよ」

 

「……これは何とも恐ろしい。流石は帝国きっての狂信者集団に属しているだけある、と言うべきですかな?」

 

「狂う程度であの御方に仕える事ができるなら、誰もが狂っていると思うけれど。それで……いいえ、これ以上あなたを責めても致し方ないわね」

 

「ほう。温情を戴き、感謝いたしますと言うべきですかな?」

 

「いいえ?そんな事を言う必要はないわ。だって、あなた――――これから死ぬんだもの」

 

「……は?――――ガッ!?何、を……!?」

 

「私じゃないわよ。凄まじい力量ね。あれだけの遠距離であなたの霊核だけ(・・・・・・・・)を分断するなんて……まさしく神懸った、という言葉が相応しい。世の中にはあんな人間もいるのね。嬉しい誤算、と言うべきかしら?あんなサーヴァントが敵方にいるとはね。猊下に報告できることが増えたわ。ありがとう、アサシン。最後に役立ってくれて」

 

 アンタレス――――シャウラ・C・アンタレスは地に斃れ伏すアサシンに礼を告げた。しかし、礼を告げられたアサシンはそれどころではない。現界するために必要な、文字通りの生命線である霊核を断ち斬られたのだ。死んでしまうまで秒読みとはいえ、その激痛たるや並大抵な物ではない。

 アンタレスの言葉に反応する事も出来ないアサシンにアンタレスはため息を吐いた。そして、懐から銃を取り出しアサシンに向け――――何の躊躇いもなく、その頭を撃ち抜いた。残り数秒程度とはいえ仲間の命を何の躊躇いもなく断ち、アンタレスは城の方に視線を向けた。

 

「ここで戻るのは簡単……でも、何もせずに帰るというのも問題よね。少しは情報集でもしていくとしましょうか」

 

 アンタレスはそう呟くと、いつの間にか握っていた狙撃銃を構える。その銃口を城の方に構え、引き金を引いた。その銃口からは想像しがたい程の質量のエネルギー弾が真っ直ぐに城の方に飛んでいった。何の抵抗もなければ、城を木っ端微塵にしてしまうエネルギー弾はしかし、空中で撃ち落とされた。

 それだけであれば、きっとアンタレスは何も思わなかった。元々、駄目で元々程度の考えで放った弾丸なのだ。数キロ先の敵の急所を分断するなどという神懸っている技量の敵がいるのだ。撃ち落されたとしても何も思わなかっただろう。

 

 しかし、アンタレスは一度に九発の弾丸(・・・・・)を放っていたのだ。同時に放たれ、しかし総て着弾点の違う魔弾。小手調べ程度であったとはいえ、アンタレスに手抜きはない。そのアンタレスの狙撃を、相手は総て同時に撃墜した。ソロモンから認められたアンタレスからすれば、その行為は侮辱に等しかった。

 もし、これが戦場におけるタイマンであれば、アンタレスは再び狙撃しただろう。天剣として、何より狙撃手として、アンタレスには絶対の自負がある。少なくとも、狙撃という領分に関しては誰にも負けてはならないと思っている。それは彼女にとって、誰にも譲れない物なのだ。

 

「覚えておきなさい……私は絶対にあなたを射殺す。あなたを殺すのは私の魔弾だけと知りなさい。アーチャー」

 

「覚えておこう……と言いたいところだけれど。君ほどの狙撃手を忘れる事なんて早々できそうにないから、その点は心配しなくていいよ」

 

 アンタレスの狙撃を射落とした射手――――アーチャーは手に持っていた銃を降ろしながら、そう呟いた。そして、転がっている大騎士たちを放置して転移魔法で帰還していくアンタレスを見送った。それから大騎士たちが転がっている場所を通達し、回収に向かわせた。

 

「さてはて、一日目にしてコレか……これからは中々劇的な日々になりそうだ。これは俺たちも暇を持て余している時間は無さそうだ」

 

 アーチャーはその言葉と共に霊体化し、マスターたちの警護に戻ったのだった。




~ソロモンと作者のQ&Aコーナー~

「そんな訳で最初の特異世界アルフォッグが始まりました。序盤から急展開で申し訳ない。シュトレンベルグです」

「主人公ながら、一度も顔を出さなかったソロモンだ」

シュ「あ、暫くあんたの出番はないんで」

ソ「……そうか。まぁ、それは良い。暫くは天剣たちに任せればいいのだろう。気ままにやらせてもらうとしよう。では、最初の質問へ行くとしよう」

Q.選ばれなかった女帝候補は天剣もしくは他の仕事に継いたの?

シュ「この質問が過去か現在かで内容が変わってくるんですけど、女帝候補たちは天剣にはなりません。天剣は実力、女帝は異能力によって選ばれているからです」

ソ「単純な実力勝負では女帝は天剣に及ばない。異能力を交えた戦闘であれば、奴らは天剣に匹敵するだろうが……物理的な戦闘力で叶うぐらいなら、そもそも天剣になっているだろうしな」

シュ「女帝候補は神官見習いのような扱い、という事になります。ちなみに今の帝国では天剣や女帝の一切存在しません。大量の騎士がいるだけになっています。
望み通りの返答だったかは分かりませんが、こちらの返答は以上になります。では次の質問へ」

Q.初代光華の破壊女帝について聞きますが、どんな人でした?

ソ「ユーリを成長させて、もう少し顔付きを大人っぽくした感じ……とでも言えば良いのか?少なくとも、あんなにポワポワしてはいなかったな」

シュ「まぁ、ある程度は成長してるからね。ユーリは魔法少女に当てはまるぐらいの年齢だし、容姿に関してはしょうがないんじゃない?」

ソ「そうだな。性格に関しては……真面目な人間だな。あいつも多少なりとも狂っている人間だったが、それでも女帝におけるストッパーだったな。煉獄女帝は俺の参謀だったが、一番安心できたのはあいつだったかもしれないな」

シュ「まぁ、まともな枠だしね。話に登場する予定は一切ないけど」

ソ「まぁ、それはそうだろうな。過去の話など早々予定はないのだろう?」

シュ「うん。あんたの親族は出る予定だけど」

ソ「なんだと?お前は今なんと言った?」

シュ「それじゃあ、この質問はこの辺で。では次」

ソ「おい、勝手に進めるな!おい!」

Q.スカさんが指輪はソロモンでも万能では無いって言っていたって言ってましたが、使ってる部分を軽く見ても万能感凄いんだけど、何が出来ないの?

ソ「あるぞ。時間逆行やら因果の改変……世界の根幹や運命への介入は出来ない。総てに干渉する事は出来ない。世界の物資の生産やらは錬金術の一環だしな。万能と言い切るにはまだまだ遠いという事さ」

シュ「それに、指輪の力は魔力ありきですからね。魔力という膨大な量のエネルギーを加工して使用しているだけなんです。なので、干渉できるのはあくまでも表面的な物がほとんど。10個揃うまで、その状態は変わらないです」

ソ「他人から見れば神に等しく見えるかもしれんが、結局はエネルギー転換でしかない。無から有を生み出しているという訳ではない、という事だ。これで良いかな?」

シュ「まぁ、そう言うしかないよね。じゃあ、次の質問へ」

Q.ソロモンって、何歳まで生きたの?

ソ「さて、幾つだったかな?あまりきちんと覚えてはいないな」

シュ「自分の事だろうに……えっと、質問の答えですけども。この王様は大体、70歳前後ですね。100歳とかまで生きた訳ではありません」

ソ「できない訳ではなかったがな。しかし、そこまで長生きしても仕方がないと思っていたからな。俺がそのぐらいでもう良いだろう、と思っただけだ」

シュ「自分で死期も選べる辺り、この王様ヤバいですよね」

ソ「とはいえ、いつかは老衰で死んでいただろうがな。流石に龍種ほどの生命力を持っている、などという事はないさ。では、次へ」

Q.ソロモンってインセントだと、どんな感じになり、どのような立ち位置になるの?今の性格のままなら痛い子認定待った無し確実だよね。

シュ「イノセントのサービス終わっちゃいましたよね。作者としても好きだったので残念です。それで、この王様の立場としてはジェイルの遠縁の天才少年って感じですね」

ソ「身も蓋もない言い方だな」

シュ「しょうがないでしょ。実際、あんたはバグキャラその物だから。どうしたって扱いようがないよ?マスターモードすら素の状態で打ち破るスペックな上に、頭の回転も化け物。どうしろと?恋愛小説でも書けと?こちとら、あんたほどの化け物じゃないけど、それでも化け物を主人公にした作品エタってるからね?(やけくそ」

Q.アミタの事はどうするの?キスまでしたけど。

ソ「どうするとは?結婚するも何も、俺は戸籍がないし結婚などは出来ないぞ。まぁ、それでも良いなら娶る事は構わない。日々に困らない程度の生活は保障するし、贅沢したいというなら別にそれも叶えられん訳ではないが」

シュ「ほんとにこの王様頭おかしい。言ってる事がヤバい」

ソ「おかしいと言われもな……実際、物欲面は叶えられると思うが愛がどうこうという問題を俺がまとめられるとは思えないがな。俺はそういう方面に関しては特に疎いからな」

シュ「まぁ、神に近い代わりに人から最も遠い人間だからね。そういう情念的な物はまったく分からない。だからこそ、不思議だよね」

ソ「何がだ?」

シュ「あんたみたいな奴が育てた子があんなに良い子になるって言うのがさ」

ソ「やかましい。燃やすぞ」

シュ「アッツ!熱い熱い熱い!勘弁してくれよ!」

ソ「要らん事を言うからだろうが。さて、質問はこの辺りで終わりか……こやつは火達磨になったし、質問コーナーはこの辺りで終わりにしよう。それではまた次回」

シュ「(灰から手だけ生えて)サヨウナラ~」


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現れる復讐者

私事ですが、自分3月4日付けで23歳になりました。
これまで応援してくださった方々、これからもよろしくお願いします!


「……以上が事の顛末となります」

 

「なるほど。こちらはサーヴァントを一騎失い、多数の大騎士は向こうの手に落ちたか。中々の被害と言えるんじゃないか?」

 

「そ、ソロモン殿。大変申し訳ありません。態々手助けして下さっているというのに、そちらの戦力をみすみすあちら側に……」

 

 ソロモンたちは自国との繋がりがあったマイルス王国側に着いていた。夜が明け、アンタレスから報告を受けソロモンは楽しそうに、国王であるクルス・アゼウス・ノルド・マイルスは冷や汗を流しながらソロモンに頭を下げた。しかし、ソロモンはそれを不要と語った。

 ソロモンにとって必要なのは、いかなる事態であろうとも打破する屈強な戦士だ。たとえ、サーヴァントが相手であろうとも不意打ちの一撃でやられる程度の騎士に用はない。この戦いはソロモンにとって、ただ勝てばいいだけの話ではない。ソロモンとしては彼らにはこの『試練』の中で成長してもらいたいのだ。そこに、軟弱な騎士は要らない。

 

「古代ベルカの掟に従えば、力こそが絶対。破れた段階で連中に価値などないのですよ。だから、そこまでかしこまらずとも良いのです。こちらとしてはアサシンを落とした事の方が問題だ。元より、アサシンは戦闘ではなく情報収集や奇襲に優れたサーヴァント。それが落ちたのは中々の痛手だ。申し訳ない」

 

「い、いえ!確かにアサシンの脱落は痛手です。これで、大聖杯にまた一つ力が入ってしまった。それは由々しき事態ではあります。しかし、力をお借りしている立場で偉そうな事は言えません」

 

「実直な人間だ、あなたは。俺としては好みだが、素直すぎるのは問題だ。少しは直していくように。……それで、管理局側のサーヴァントは分かっているか?」

 

「はっ。従来の六体に加え、バーサーカーの代わりにアヴェンジャーが入っているようです。アサシンを殺したのはアヴェンジャー、私の狙撃を迎撃したのはアーチャーのようです」

 

「なるほど。遠距離から霊核だけを分断する英霊……間違いなく未来の英雄だろう。少なくとも、俺が把握している限りそんな輩は見た事がない。それに狙撃だけならばヘラクレスの真似事ができるアンタレスの狙撃を迎撃してのけるアーチャー……中々に優秀なサーヴァントを引き当てたようだな」

 

「ソロモン王、少々不謹慎なのでは?彼らがこちらの味方になるとは限らない以上、警戒するに越した事はないのでは?」

 

「ランサー!ソロモン殿を相手に何を……!」

 

「構わんよ。それに、ランサーの――――雷帝殿の言う事は実に正しい。この国にとって、優秀なサーヴァントは障害にしかなり得ない。それは確かだろう。しかし……特異世界はここで終わる訳ではないからな」

 

「だからと言って、歓迎するような口ぶりは止めていただきたい。援軍であるあなたにそのような事を言われては、士気に関わります」

 

「ハッハッハッ。まぁ、そう怒るな。軍師としてはそうでも、英雄としては強敵の出現は嬉しいものだろう?」

 

「それは……確かに否定しきれません。しかし、私には私が楽しむ以前に、マスターを勝利させる義務がある。そんな悠長なことは言っていられません」

 

「雷帝殿らしい事だな。だが、俺はあなたに命令される筋合いはない。俺を従えたければ、古代ベルカの掟に従った行動をするが良い」

 

「……サーヴァントに勝てるおつもりで?」

 

「逆に問うが、負けると思っているのか?俺があなたを転がし続けたのは、はて一体何時の事だったかな?」

 

 ランサーとソロモンの戦意がぶつかり合う。ただし、ランサーの苦々しい表情とは異なり、ソロモンは実に楽しげな表情だった。端から、互いに立っている領域が異なるのだ。ランサーがサーヴァントとしてどれだけ優秀であったとしても、それはソロモンに勝てる理由にはなり得ない。

 確かに、サーヴァントは人より高次領域にある精霊の一種だ。その力は現代を生きる人間では届き得ない程、高い領域にある。人間とサーヴァントでは端から戦いにならないのが道理なのだ。しかし、その枠組みに嵌まらない存在がいる。それは――――神代の人間だ。

 

 まだ神が世界に関わっていた時代。人と神が交じり合う事が、珍しくはあったがあり得ない話ではなかった時代。その時代に生きた英雄がサーヴァントとなれば、彼らの力は生前の物とは段違いで低くなる。それは彼らが精霊のいる位階よりも高次領域に存在しているからだ。だからこそ、劣化は免れない。英霊という代わりの器では、彼らの全霊を発揮するには貧弱なのだ。

 古代ベルカは選抜者に認定された『最後の神代』。神は既にその地を離れ、精霊たちも刻一刻と世界を去っていった神代という時代の最後の残り香。ソロモンはその時代において最強と呼ばれた存在。サーヴァントに堕ちた雷帝との間にあった差は既に測れる物ではなくなっているのだ。

 

「いい加減にしろ、ランサー!我々に力を貸してくださっているソロモン殿に対し、何たる無礼だ!たとえ、我が身を案じての物であれど、それ以上は侮辱であると知れ!」

 

「……申し訳ありません、マスター」

 

「……殿下、この後はいかようにいたしましょう?」

 

「そうだな……アンタレスはこのまま残れ。戦場にこれ以上、天剣を導入するつもりはない。俺たちは援軍以上の存在であってはならない。この国には、既に旗頭たる聖女殿がいるのだしな」

 

 そう言いながらソロモンは立ち上がり、最前線がある戦場の方に視線を向けた。今尚、冷める事のない戦場の熱を今この瞬間も最も浴びているであろう存在。ソロモンたちがこの国を訪れるまで、サーヴァントたちを相手にしてもこの国が持っていた最大の理由。

 

「素晴らしい事だ。あれほどの逸材をこの時代に見る事になるとは、やはり俺の選択は……」

 

「殿下?」

 

「ふっ……いいや、気にするな。ただの独り言故な。さぁ、次なる一手はどうなるか?サーヴァントに頼っているようでは、どうにもならないが」

 

 ソロモンがそこまで呟いた瞬間、視線を動かした。ソロモンの行動に追随するように、ランサーも同じ方向に視線を向けた。今、膨大な魔力流が溢れ出してきた。その行動の意味を、この場にいる者たちはよく理解していた。

 

聖杯を使われた(・・・・・・・)……?」

 

「なにっ!?しかし、規定量にはまだ……」

 

「規定量に達さずとも、聖杯自体は使える。何者かの独断による物だろうが……えらい物を引っ張ってきたな」

 

 ソロモンの視線の先には先程まで雲一つなかった青空が広がっていた。しかし、今やその面影すら窺えない程の曇天が広がり、中心とも言える箇所から異音が響いた。何か(・・)が空間を削っている。はるか遠い場所にいる筈の何かが、この世界に現れようとしているのだ。それが一体何であるのか、ソロモンとランサーには理解できた。

 

「……世界の裏側から態々舞い戻ってきたのか。ご苦労というか何と言うか……」

 

「……幻想種」

 

 二人のその言葉と共に、空間が砕けた。そこから黒い鱗に赤い瞳の巨大な竜と竜に追随するワイバーンの群れが確認された。それを見た瞬間、アゼウスは部屋を飛び出し部下への指示を出しに向かった。ランサーはそれに追随し、ソロモンとアンタレスは黙って竜の群れを眺めていた。

 

「さて、どう出るかな?人理を生きる者たちからすれば、初の幻想種との遭遇……どう抗うか、実に楽しみだ」

 

「御身の威光に比べれば、比べる必要もない矮小の存在かと。私どもが討伐してきても構いませんが」

 

「必要あるまい。我々は彼らの戦いに深入りしてはならない。あくまでも、この特異世界での戦いは彼らが主役でなくてはならない。我々がこの世界の未来を決定づけてはならない。その事を忘れるな」

 

「かしこまりました。総て、御身の思うが儘に」

 

 その言葉を最後に、アンタレスは口を噤んだ。そんなアンタレスを一瞥したソロモンは『ノア』へと戻っていった。アンタレスはソロモンに同行し、これ以降はアルフォッグに戻ってくることはなかった。この段階から既にソロモンは悟っていたのだろう。この世界での自分の役割は終わっていると。

 

 前線では突然現れた幻想種に混乱していた。それは連合国も小国も問わずであり、誰もかれもがどうすれば良いのか分からず、まったく身動きが取れなくなっていた。しかし、小国側には希望が存在していた。一人の少女が旗をかざし、全員の視線がその少女に集中した。

 

「皆さん、慌ててはなりません!ジル、指揮をお願いします!」

 

「分かりました、ジャンヌ!全員、小隊ごとに固まっての行動を心掛けよ!巨大龍の相手はサーヴァントに任せ、我々はワイバーンの相手に専念しろ!巨大龍との接触は避け、すぐに退避せよ!」

 

『はっ!』

 

「恐れるな!我らには主と聖女の加護がある!あのような蜥蜴モドキに負ける筈がない!」

 

『応!』

 

 旗の聖女ジャンヌ・ダルクと彼女を支えた軍師ジル・ド・レェ。二人の存在にマイルス王国側は瞬く間に体勢を立て直し、対処するために動き始めた。その姿を見ている集団は二つ存在した。片方は聖女たちと陣営を同じくする天剣たち。もう片方は大空を飛ぶドラゴンの頭の上から見下ろしていた。

 

「……あれが、もう一人の私?」

 

「えぇ、アヴェンジャー。あれこそが本来のあなたであり、正道と呼ぶべき存在。まさしく人々の希望となるために生まれ出でた聖女です」

 

「そう。キャスター、それで私はどうするの?」

 

「――――あなたのご随意のままに。あなたは今一度、この世界を謳歌する資格を得た存在。あなたがどのような決断をしようとも、それは誰に責められる物でもない。ならば、あなたは好きに行動すれば良い。あなたを縛る存在はどこにもいないのだから」

 

「……意外ね。あなたは復讐しろ、とは言わないのね。あなたの意志で私を生み出しておきながら」

 

「そうですとも。無論、私個人としてはあなたに復讐して貰いたいと思っています。しかし、あなたを生み出して理解しました。それは私個人の願いであって、あなた自身には関係のない事なのだと」

 

「身勝手だこと。それは無責任というのではなくて?」

 

「そうかもしれません。けれど、アヴェンジャー。いえ、ジャンヌ・ダルク・オルタよ。人とは元来身勝手な物です。そこを責めても何も始まりませんぞ?」

 

「……そう。なら、私は――――」

 

 『アヴェンジャー』――――ジャンヌ・ダルク・オルタはドラゴンから飛び降りた。全身に黒い炎を纏わせながら、戦場に降り立つ。着陸する寸前、ジェット機の噴射装置のように炎を噴射させる。片手に聖女と似て非なる旗を持ち、もう片手で腰にある剣を引き抜いた。

 

「――――憎みましょう、この戦場に立つ総ての者を。恨みましょう、この世界に生きる者を。そして、呪いましょう、本来の私を。

 さぁ、喝采せよ!我が真名はジャンヌ・ダルク!この世界とそこに生きる総てを憎み恨む復讐者(アヴェンジャー)!我が怨讐を拒むと言うのなら、死に物狂いで足掻いてみせなさい!」

 

 ジャンヌ・ダルク・オルタが引き抜いた剣を地面に刺し、引き抜くと間欠泉のように黒い炎が広がっていく。人を憎み、世界を恨み、自分自身を呪う復讐者の焔が広がっていく。その焔を浴びた者たちは絶叫する。この世にある負の概念を背負った焔は触れた者皆総てを呪い殺す。

 その姿を見ているキャスターは徐々に広がっていく黒い炎、そしてその焔を真っ先に浴びながらも苦悶の声一つ漏らさずに立つアヴェンジャーの姿に美しさを感じた。彼女もまた聖女であると感じていた。その気高さ、完成された精神性は感嘆の一言しかない。

 

「さぁ、世界はどう動くかな?あの御方の望んだ通り、滅びの一途を辿るのか?それとも……」

 

 キャスターはその姿を見下ろしながら、とある方向に視線を向けた。そこには得体の知れない黒い炎を見て、それでも決して怖れる事はなく立ち向かう聖女の姿があった。その姿はまさしくキャスターがかつて抱いていた聖女の姿そのものだった。しかし、だからこそ――――

 

「あなたは認められないのだ、聖女よ。あなただけは、決して容認することは出来ない」

 

 キャスターのその言葉と共に多数のワイバーンたちが聖女に向けて放たれた。聖女と軍師もそれに気付き、対処に移る。魔法が、砲弾が、ワイバーンに向かって放たれる。しかし、ワイバーンたちとて腐っても幻想種。高々その程度の攻撃で死ぬほど柔ではない。

 ワイバーンの牙が聖女たちに届きそうになった瞬間、ワイバーンたちの首が残らず刎ね飛ばされた。そこにあったのは魔導王率いる天剣保持者。時代に選ばれた王に認められた現代の英雄たち。その言葉に嘘偽りなく、威風堂々とした姿は戦場を席巻した。

 

「……なるほど。ワイバーンたちでは役不足という事なのね?なら、それに相応しい役者を呼ぶとしましょう」

 

 アヴェンジャーの言葉と共に、彼女の足元に巨大な魔法陣が現れた。七つの魔法陣が現れ、彼女の手元に現れた杯からそれぞれの陣に膨大な魔力が注ぎ込まれていく。それが何であるのか、天剣たちが理解した瞬間にはもはや術式は完成していた。

 

「さぁ、来なさい。抑止の輪に集い、されど悪の道より集い来たる者ども。我が怨讐に華を添えよ」

 

 その言葉と共に魔法陣が最終段階に達する。そして、それを妨げようと天剣保持者が攻撃しようとした瞬間、その攻撃を阻むように黒い剣が現れる。その剣の先には黒いドレス衣装を身に纏う女が立っていた。そして攻撃を跳ね返し、飛来したワイバーンにそれぞれのサーヴァントが乗り込んだ。

 

 これ以後、戦場は連合国対マイルス王国対幻想種というこれ以上ない程の混沌具合を呈する事となったのだった。



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23話

 黒の聖女ジャンヌ・ダルク・オルタ。彼女の登場と共に、戦乱は一気に加速した。互いの勝敗は戦場でのみ決するという暗黙の了解を平然と無視し、彼女は何の関係もない村を、街を焼き払い滅ぼしていった。この世界の人間にとって常識の埒外の行動を繰り返す彼女に誰もが対応が遅れていた。

 

 そんな中、白の聖女ジャンヌ・ダルクは機動六課と出会い、この一件の解決に協力してほしいと申し出た。機動六課もこの要請に応じ、少なくともジャンヌ・ダルク・オルタ討伐に関してのみ、協力する事にした。その旅の中で、機動六課の面々は彼女が聖女と呼ばれる理由を理解した。

 彼女は恐れない。共に戦う兵士たちの先陣に立ち、兵士たちを鼓舞し続ける。そんな彼女の姿に誰もが勇気づけられる。だからこそ、どれだけ怖くとも、どれだけ相手が強くとも。彼らの前に立つ聖女の姿がある限り、彼らはその恐怖を乗り越えられる。その信頼関係こそが、彼女たちの強さだった。

 

 彼女は折れない。黒の聖女に襲われた町や村を訪れ、人々に拒絶されても助ける事を諦めはしない。手を差し出す事を止めはしない。石を投げつけられても、罵声を浴びせられても。彼女は絶対に人々を救う事を止めようとはしなかった。

 何故なら、彼女は信じているからだ。人は弱い生き物で、だからこそ強くあろうとしている事を。今は嘆き怒っていても、いつかはその悲劇を乗り越えていける事を。その為なら罵声や怪我を負うくらいは安い物だと考えているのだ。

 

 彼女たちの旅の行程でとある街に辿り着いた。善良な人々が日々を暮らしているだけの街。何の変哲もなく、何の特殊な要素もない、ごくごく普通の街だった。彼女たちはそこで言葉を交わし、感情を交わした。しかし、その場所は黒の聖女の陣営によって尽く壊された。

 残ったのは悲鳴と嘆きと恐怖と怒り。奪われた事への嘆きがその場を満たし、次に奪われる事を恐れ、奪った者に対する消える事のない憤怒が街を埋め尽くした。それを見ても尚、黒の聖女は表情を変える事はなく。ただその場に映る悲劇を淡々と見つめていた。ただ一人、黒の聖女と対面したジャンヌは問うた。

 

「あなたは……一体何がしたいのですか?」

 

「愚問ね、白い私。……復讐よ。この世界に生きる者、その総てへの復讐を私は誓った。奪われたのだから、奪い返すのは当然ではないかしら?」

 

「……私には分かりません。私は奪われた事などない。奪われた者などいない。命を落とした人はいました。二度と会うまいと誓った故郷もあります。しかし、私は奪われてはいない!」

 

「……ええ、そうでしょうね。私は、正史を生きたあなたの成れの果て。今のあなたとは決して違う存在よ」

 

「正史……?」

 

「ええ。とはいえ、私は答える気はない。知りたければ問いなさい。あなたは総てを知る存在を知っているのだから」

 

「総てを知る存在……それはまさか」

 

 白の聖女がその言葉の真意を理解した瞬間、黒の聖女が従えるサーヴァントたちの前に黒の麗衣を纏う女性――――メヌス・R・フォルネイスが現れた。メヌスが街の惨状を眼にすると、彼女の身体から膨大な量の魔力が放出され、その魔力に呼応、否、共鳴するように神器が振動し始めた。

 魔導士が魔力の元たるリンカーコアを全開にするフルドライブとは違うその現象。その現象を目の当たりにした街の人々も戦う兵士たちも、この時ばかりはそれまで抱いていた負の感情を消していた。その現象があまりにも美しく、その美しさを汚してはならないと無意識に判断したからだ。

 

「猊下、我が不義をお許しください――――■■(ジェネレイト)

 

 蒼色の魔力がメヌスを覆う。これぞソロモンより賜りし天剣、その力の一端。ソロモンの赦しなくして開放する事は赦されない絶対の力。メヌスの行動は本来、天剣位にいる者ならば絶対に起こしてはならない愚行だ。しかし、彼女は目の前の光景を赦す事は出来なかった。

 メヌスが絶対に許せない事が二つだけある。一つはソロモンに対する侮辱。これは天剣位の者たちに共通する事である。もう一つは力のない者を襲う悲劇だ。それだけは絶対に赦す事ができない。認める事ができない。必要であるならばともかく、無用の悲劇を彼女は最も嫌う。

 

 有り体に言えば――――黒の聖女は今、最も彼女の逆鱗に触れた存在となった。

 

 そこからの戦闘は圧倒的な蹂躙だった。街の人々を襲うワイバーンは尽くが斬首され、黒の聖女のサーヴァントたちが三人がかりで挑んでも圧倒されていた。それは天剣の力の一端を解放したというだけではなく、メヌスの殺意が黒の聖女に向いていたのが大きい。

 今の彼女は黒の聖女を殺すために意志を向けているため、その方向性に頭が動いている。だからこそ、彼女はどうすれば最短で黒の聖女を殺せるか思考が目まぐるしく動いている。その障害になり得る存在を認識し、いち早く行動を把握しているのだ。

 

 対して、彼女のサーヴァントたちは別に仲間意識がある訳ではない。それどころかこんな仕事はさっさと終わらせたい、という想いすらあった。そんな時に本気で怒っている人間が現れたのだ。彼らも途轍もなくやりづらい状態だった。

 彼女の姿こそ、本来英雄が抱くべきあり方その物だ。このような非道を赦す存在が、このような外道を犯す存在が、英雄などであるものか。悪を怒り、憎み、討伐せんとする者こそ英雄だ。そうでなければ、誰が英雄などという物に憧れを抱くだろうか?

 

「……あなたが怒りを抱くのも当然なのでしょう。しかし、私もここで終わる訳にはいかないの。――――アーチャー、ランサー、ライダー。宝具を持ってそこの女を……撃滅せよ」

 

 背中から赤い翼が現れ、その内の三角が光り始めた。それが魔力の奔流に変わるのと同時に三体のサーヴァントたちに令呪の力が及んだ。それに嫌そうな表情を浮かべながらも、己の得物をメヌスに構えようとした瞬間、誰かが空中から降り立った。

 

「……そこまでにして貰おうか、黒の聖女。俺たちを相手にタダで済むと思うか?」

 

「天剣九位のマジェス・G・ガルムシア……あなたこそ、我々を相手にして無事に済むとでも?」

 

「どうかねぇ。だが、俺もソロモン猊下に仕える天剣なんだよ。早々負けを認められる訳ねぇだろ?」

 

 その言葉と共に赤い魔力がマジェスの身体を覆い始める。それと同時にハルバードに魔力共振が起こり始める。再び戦闘が繰り広げられるのかと思いきや、黒の聖女とメヌスたちを分けるように地割れが奔った。その先には剣を振り抜いた姿勢の男が立っていた。

 

「今度は天剣一位のクリア・M・ネフティスなのね……良いわ、ここは退きましょう。ただし、次はないわ」

 

「待て!貴様は、貴様だけは赦さん!ここで……殺してやる!」

 

 龍に飛び乗り、配下のサーヴァントたちもそれに従った。そんな中でメヌスだけは殺意に満ち溢れていた。必ず殺すという意志に溢れ、その権化となりつつあった。それを止めるようにマジェスがメヌスの肩を掴んだ。

 

「おいおい、このまま終わりそうなんだから噛みつくなよ」

 

「黙れ、邪魔をするなガブリエル!あの女だけは赦しておく事は出来ない!あの女だけは決して!」

 

「……ならば、猊下の命令に背くか?ラツィエル」

 

「そ、れは……」

 

「猊下は仰った。この戦争はあくまでもこの世界の人間で決しなければならないと。あの黒の聖女がこの戦争の中核にいる。ならば、この世界の問題だ。では、この世界の人間が問題を決するべきだ」

 

「……ならば、この暴虐を赦せと言うのか?この街の、力のない民が傷つけられた事に憤るなと貴様は言うのか!?」

 

「猊下の言葉は絶対だ。天剣である以上、天に剣を奉じた人間である以上は絶対の理だ。それに逆らうと言うのなら、天剣を返上しろ。それが天剣の役割だ」

 

「それは……それだけは出来ない。それだけは絶対に……」

 

 天剣はたった一つだけ恐怖する。それはソロモンに見向きもされなくなる事。ソロモンから恩恵を賜る存在から外れ、一人ぼっちになってしまう事を何よりも恐れる。大なり小なり要職に就く存在は何かに縋っている。それは時に金であり、家族であり、愛であり、神であったリする。

 ソロモンの言葉が彼らを救った。彼の残した言葉は多くの者を救い、救われた多くの者がソロモンを崇拝した。天剣も女帝も、ソロモンの言葉に影響された者たちだ。だからこそ、彼らは恐れるのだ。ソロモンに見向きもされなくなるという事は、救われなかった過去に戻る事を意味しているから。

 

「それに……あの女を殺す事よりも先にしなければならない事がお前にはあるのではないのか?」

 

 クリアはそう言いながら眼前に広がる惨劇を見た。その時、ようやくメヌスも落ち着いて行動する事ができるだけの冷静さが戻ってきた。そのメヌスを見て、ジャンヌは頭を下げた。

 

「ありがとうございます。本来、関係ない私たちのために尽力してくださって……」

 

「まぁ、気にすんなよ。俺たちは猊下の命令で動いているだけ、って訳じゃない。人並みには情があって、その為に行動したいと思ってるんだ。今回はあいつが暴走しちまったがな」

 

「もとより、猊下は戦火の火よりあなたを守れと仰った。その為に行動するのは当然の事だ」

 

「ソロモン王が私を、ですか……?」

 

「はい。猊下はあなたの事を重要視していらっしゃいます。それはあなたがこの戦争に現れるよりも以前から」

 

「え……?」

 

「まぁ、猊下の考えを理解しようとは思わない事だな。猊下は俺たちの測れる尺度にいるような存在じゃないからな。まさしく神の如く、ってな」

 

「神?あの方は神だと言うのですか?」

 

「そうだとも。あの御方は現代に蘇った現人神だ。誰もあの御方がいる領域には届かんし、あの御方の傍に侍る事などできない。我らですら足元にすら及んでいるかどうか……」

 

「…………………」

 

 ジャンヌは何も口にする事ができなかった。クリアとマジェスが本気でそう言っている事が分かってしまったからだ。彼らは冗談でもなく、本気でそう思っているのだ。だが、ジャンヌにはその想いがどうしようもなく恐ろしいものだと思ってしまった。

 

 彼らの思いはまさに信仰という言葉が相応しく、同時に盲目な物だと思わざるを得ないからだ。彼らはソロモンを奉じ、しかし目の前にいるソロモンと言う存在を見ていない。良くも悪くもソロモンは神代を生きた人間で、現代を生きる彼らはソロモンを特別視する。

 同じ人間だとは思わない。同じ生物だとは思わない。この世界で生きる同じ存在だとは絶対に思わないのだ。ソロモンという存在を、奇跡として捉えている彼らにとってはソロモンが人間であると認識する事はない。それを理解しているからこそ、ソロモンは自身に仕える誰にも心を開かないのだ。

 

 当然だ。彼らはソロモンを存在ではなく、事象として捉えている。ソロモンを人ではなく物として捉えているのだから、心など開く訳がない。信用もしているし、信頼もしている。しかし、決して心を開いてはいないし、背中を預けるような事もしない。端からそういう存在ではないのだから。

 

 ジャンヌは直感でそれを理解してしまった。だが、だからこそ、自分はソロモンと話をしなくてはならないと思った。自分はこの戦争の意味を知らなければならない。この戦争に存在する秘密を、この戦いに関わる彼らの意思を。そして、ソロモンの意思を。

 

「ネフティス様、差し支えなければお願いがあるのですが」

 

「なんでしょう?」

 

「あなたの主に……ソロモン王との対談を。私はソロモン王から聞かなければならないお話があるのです」

 

「……その要求に素直に応じることは出来ない。しかし、もうすぐ定期報告の時間です。その場でソロモン王に伺いを立ててみましょう。それでよろしいですか?」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 クリアとしては幾らソロモン王が気に入っているとはいえ、たかが一人の少女の要求に乗るつもりはなかった。しかし、ソロモン王は彼女の要望にできる限り応えるようにと命じていた。ソロモン王の命令を第一に置く彼にとっては、ソロモン王の命令に背く事をするつもりはない。

 そして、興味があったのだ。ソロモン王が気に入った少女、ジャンヌ・ダルク。その少女がソロモン王と言葉を交わせばどうなるのか?自分たちと同じようにソロモン王を崇拝するようになるのか?それとも逆に反対する事になるのか?もしくは――――

 

 何にしても、彼女の願いを叶えるために動かなければ。クリアはそう考えると、部下たちを纏め上げて指示を下すのだった。




~ソロモンと作者のQ&Aコーナー~

「さて、そんなこんなで第一特異世界の物語が進んでいきます。シュトレンベルグです」

「お前の出番ないからと言われたが、出番があって安心している。ソロモンだ」

シュ「まぁ、あんたは便利だからね。気付いたら出してたわ」

ソ「適当だな……まぁ、良い。それでは質問の方に行くとしよう」

Q.ソロモンでも初代山の翁ことキングハサンに首を出せをされたら、やはり抵抗出来ずに死んじゃいますか?相手も同じ冠位のお方ですし。

ソ「キングハサン?……あぁ、暗殺王の事か?抵抗しきれない事はないだろうが、一筋縄ではいかないだろう。あれほどの妙技、対応する事はそう易い事ではないからな」

シュ「へぇ、余裕とは言わないんだ」

ソ「当たり前だ。アレは気付けば死んでいる、という域の剣技だ。俺であっても余裕などとは口が裂けても言えん。まぁ、それは冠位にいる総ての存在に共通する事でもあるんだがな」

シュ「と言うと?」

ソ「同位の存在というのは同格という意味ではない、という事だ」

Q.ソロモンってアンリマユの中でもギルガメッシュと同じように寝ながら自我を保てるのですか?

シュ「そもそもギル様が寝ていたかどうかは分かりませんが……どうなの?その辺」

ソ「人類悪、この世総ての悪(アンリマユ)か。断片でもそれに耐え切るとは、流石という他ないな」

シュ「そりゃあ、人類最古の英雄王だからね。総てを背負っていると豪語するだけあるって事だよ。で、お前さんはどうなの?」

ソ「俺か?というか、冠位の英霊は人類悪の影響を受けない。何故なら、冠位はそれ自体が既に完成している物だからだ。他者から影響を受けるような事はない。そういう次元にはいないのだからな」

シュ「つまり、バフデバフは一切効かないと?」

ソ「そうとも言うな。他者からの干渉でどうにかなる程度の英霊が冠位など得られる訳がない。冠位とは人類と世界を守るために存在する最終装置だからな」

Q.ソロモンさんの子供に対する反応が予想と違って驚きましたが、実は子煩悩なのですか、作者さん?

シュ「子煩悩、とは少し違いますね。正確に言うなら人煩悩と言ったところでしょうか?これ以上はこの物語に関わってくるので、この質問の返答はここまでとさせていただきます」






『別会場にて』

「出番はないが、仕事はしている。ディアーチェだ」

「変異生物の退治って本当に大変だよね。レヴィだよ」

「しかし、遣り甲斐はある。ソーン様の残してくださった仕事、キッチリとこなしましょう。シュテルです」

「皆頑張っているので、エルトリアは大分復興出来ました!ユーリは寝ているので、今日は代役として私が来ました!アミタです!」

ディ「ふむ、アミタも来るようになったか。これからどんどん人が増えていきそうだな。それはそうと、質問に行くとしよう」

Q.マテリアルの皆さんはソロモンの写真か映像をデバイスもしくは紫天の書に入れてるの?

ディ「そんな物は必要ない。写真や映像は忘れるのを防ぐためにする物だ。我々は殿下を忘れる事などあり得ないのだから、そんな物は必要ないとも」

シュ「そうですね。殿下から与えられた熱は今もこの胸に。この胸の焔、心火が絶える事は決してないのですから」

レ「殿下と共にあった時間は覚えてる。だから、僕らはそれだけで十分なんだ。それだけで十分な栄光であり、十分な報奨なんだから」

ア「ソロモンさんの昔か……私はちょっと気になりますけどね」

Q.レヴィはソロモン前だと、いつものような天真爛漫な性格は抑えるようにしてるの?

レ「う~ん、抑えてたって言うのは正確じゃないかも。今の僕も素だし、殿下の前にいた僕も素なんだ。だから、そうだね。どっちも僕っていうのが合ってるのかも」

シュ「そもそも、人の性格など一面では測れない物。それで良いのでしょうね」

Q.ディアーチェの家事能力の高さはソロモンに仕えてた時に家事系列のしてたからなの?

ディ「……忘れているようだが、これでも我は貴族だからな?女帝時代は家事などした事もなかった。今の家事能力があるのは紫天の守護者になって以降に学んだ物だ」

ア「昔から料理とかが上手だった訳ではないんですね」

ディ「可もなく不可もなく、と言ったところだっただろうな。変に奇を衒わず、レシピ通りに作るぐらいだ。そこまで大層な物は作れないし、作ろうとも思わなかった。……だからまぁ、叶うならもう一度くらいは殿下に料理を振る舞いたい物だ」

ア「……その時はお手伝いしますね、王様」

ディ「ふっ。ああ、頼むとしよう」


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魔王と聖女の語らい

 ソロモンはノアにある自室で書物を読んでいた。無音の部屋に通信の着信音が響き、そこで漸く定時報告の時間になっている事に気が付いた。ソロモンは書物を置き、テーブルの上に置いてある通信機を叩いた。そこに現れたクリアから報告を聞き、最後に興味深い事を聞いた。

 

「ほぅ……聖女殿が俺と話したいと?」

 

『ハッ。話の内容は不明ですが、殿下と直接話をしたいと』

 

「なるほど……良いだろう。対談に応じよう。彼女は今そこに?」

 

『いえ、今は被害が出た街の瓦礫の撤去作業に負傷者の手当てなどに動いています』

 

「そうか。分かった。では、話はこちらで済ませておくからお前は作業を継続せよ」

 

『かしこまりました』

 

 通信が切れた瞬間、ソロモンは指をパチリと鳴らした。それと同時に被災した瓦礫が粒子に変わり、その粒子が建物に集まり元の姿を取り戻した。そして切ったり折れたりといった単純な怪我が治っていった。流石に複雑な怪我をしている者は即座には治らなかったが、それでも鎮痛剤を打たれたかのように安らかな顔になっていた。

 それを確認すると、指を軽く振った。それと同時に自室に転移魔法の魔法陣が現れ、魔法陣が光った次の瞬間にはそこにジャンヌ・ダルクが立っていた。急激な事態の変化に混乱していた彼女だったが、目の前にいるソロモンの姿に総て納得した。

 

「ソロモン王、いきなりこのような事をするのはお止めください。皆、混乱してしまいます」

 

「まぁ、そう言うな。話をする上で邪魔な障害を排除しただけだ。何かしらの心残りがあっては、話に集中することが出来ないだろう?」

 

「それはそうですが……」

 

「それと、王呼びは禁止だ。あと敬語もな。君と話をするのはただの俺だ。君の話しやすい喋り方をしてくれ。そちらの方が俺も気が楽だからな」

 

「……分かりました。では、ソロモンとお呼びします。私のことはどうぞ、ジャンヌとお呼びください」

 

「ああ、それで構わない。……茶を二人、いや三人分用意してくれ」

 

『かしこまりました、殿下』

 

 ジャンヌの切り替えの早さに気を良くしたのか、ソロモンは笑みを浮かべていた。通信機を起動し、茶の用意をさせるとジャンヌを対面に座るように促した。ジャンヌもソロモンの言葉に従い、対面のソファに座り込んだ。あまりの感触の良さに驚いたが、まっすぐにソロモンを見つめた。

 

「俺には時間があるが、君の時間はそう多くないだろうからな。単刀直入に訊こう。一体、何の話かな?」

 

「その前に、一つよろしいでしょうか?」

 

「ふむ、聞こう」

 

「私は恐らくこれからあなたに失礼な事を言ってしまうかもしれません。それでも、私は答えを聞かなければなりません。どうか、私の無礼をお許しください」

 

「まだ犯してもいない事を態々責め立てる気はない。それに、この話し合いはただのソロモンとただのジャンヌの話だ。無礼も失礼もない。気を害する事はあるかもしれんが、別にそれを口実に何かをしたりはしないさ」

 

「ありがとう。最初の質問ですが、あなたは正史の私を知っているのですか?」

 

「ほう?中々興味深い話だな。まずは何故、俺が正史の君を知っていると思ったのかを聞かせてもらおうか」

 

「天剣の方々から聞きました。あなたは私を特別視していると。天剣の方々に援護させるほど、私のことを評価しているという事も」

 

「それはそうだろう。今回の戦火において、君の存在は酷く重要な存在だ。あの国は国王が斃れたとしても、君がいれば立て直す事ができる。君は、あの国の国民たちにとって希望の星なのだからな」

 

「……私はそこまで特別な存在ではありませんよ」

 

「そんな事はない。少なくとも、兵士たちにとってはそうだ。君という存在が、彼らを鼓舞していたからこそサーヴァントを前にしても戦う事が出来ていた。それはまさしく、英雄の行いだ。それは胸を張るべき事だろう?」

 

「いいえ、そんな事はありません。事実、私は多くの方々の命を犠牲にして戦火を長引かせただけと言われた事もあります。私の言葉が、私の行動が、彼らを殺したと言われても仕方ないのです」

 

 どこまでも自分の頑張りを否定するジャンヌに、ソロモンは呆れた表情を浮かべながら運ばれてきた茶を飲んだ。

 

「律義な事だ。そんな事を気にしていても致し方がないだろうに。そもそも、戦争だぞ?兵士が死ぬのは当然だ。人が死ぬのは当然だ。人に生きていて欲しいから、国を渡す?売国奴どころではないだろう、それは」

 

「しかし、人の死を嘆くのは人として当然の理屈でしょう?」

 

「そうかもしれんな。しかし、国を背負うという事の重みを知らん言葉だよそれは。国を背負うという事は、命を背負うという事だ。一度は王となった観点から言えば、君のやった事は間違っていない。他国に蹂躙される国というのは何時だって惨めな物だからな」

 

「……やはり王様が言うと言葉の重みが違いますね。話を戻しましょう。あなたは私が戦場で戦う前から注目していた、と天剣の方々から聞きました。それはどういう事ですか?」

 

「それはそうだ。注目しない筈がない。抑止に後押し(・・・・・・)された人間(・・・・・)など見た事がないのだからな」

 

「抑止……?なんですか、それは?」

 

「文字通り、世界全体に対する抑止力の事さ。次元世界毎に抑止の方向性というのは異なっているが、おおよその方向性は一致している。それは、世界の存続だ。滅ぶ要因を排除し、世界を存続させる。それこそが、抑止力という存在の意志」

 

「そんな存在が、私を……?」

 

「そうだ。だからこそ、君という存在は大変興味深い。古今東西において、抑止力が後押しした人間など見た事もない。俺ですら、抑止力は敵にも近しい存在だったぐらいだ。そんな存在が力を貸す存在を注目しない訳がないだろう?」

 

「それが……私に注目した理由ですか?」

 

「きっかけは、そうだな。しかし、抑止の後押しもその人間の意志がなければ何の意味もない。総てはジャンヌ、君の意志があればこそだ。世界を、国を、人々を救うという意志は君だけの物だ。それは大事にするが良い。それは、万人には決して持ち得ない物なんだからな」

 

「そんな事はありません。私のしたことは他の方にだってできる事です」

 

「否。それはあり得ない。君は少々、抑止という存在を侮りすぎだな。抑止の後押しを受ける存在はそんじょそこらの人間でもできるような事をする人間じゃない。その人間にしか出来ないと、抑止力が定めた人間だからこそ抑止は君に力を貸しているんだ。もう少し、自分に自信を持つ事だな」

 

「パパ~?誰かいるの?」

 

 ソロモンの言葉に考え込んでいると、ノックの音もなく開いた扉の先にいた少女が入って来た。ジャンヌが見た事のないその少女は部屋に客人がいる事に気付いた。出て行こうか考えていると、ソロモンが手招きしていたのでそのまま部屋に入った。

 

「ジャンヌ、不要かもしれんが紹介しておこう。この娘はリーナ。リーナ・A・アクィナス。俺の娘だよ。リーナ、この人は以前に言った聖女殿だ。挨拶をしておきなさい」

 

「初めまして!リーナ・A・アクィナスです!パパがお世話になっています!」

 

「い、いえ、こちらこそソロモン…殿には大変お世話になっています。よろしくお願いしますね、リーナさん」

 

「パパ、どうして聖女様がここにいるの?」

 

「ちょっとした話し合いさ。さぁ、まずは座ってお茶でも飲みなさい」

 

「は~い」

 

 ジャンヌはそこでもう一人分用意されたお茶がリーナの為の物なのだと知る。そして、美味しそうにお茶を楽しんでいるリーナを見た後にソロモンを見た。ソロモンはリーナを優しげな視線で見つめ、リーナもそれを分かった上で楽しんでいた。ジャンヌはそのあり方から一種の家族の形を見た。

 

「ソロモン…殿、リーナさんはお子様という事ですが、奥様がいらっしゃるのですか?」

 

「いいや?俺に妻はいないよ」

 

「え?しかし、それでは辻褄が」

 

「つかないだろうな、辻褄は。一人で子供を作る事など俺には出来ないし、神だってそんな事はしない。するなら二人生み出すだろうしな。しかし、この世にはあるだろう?人の手もなく、神の手でもなく、別のアプローチで生命を作り出す方法が」

 

「……まさか。そういう、事なのですか?」

 

「まぁ、想像した通りだ。この娘は様々な英雄や王の優性遺伝子を用いて造られたクローン……最も、大半の遺伝子は役に立たんがな」

 

「それは、どういう意味ですか?」

 

「言っただろう?様々な英雄や王の遺伝子を使っていると。使われた遺伝子の一つは、俺だ。そして俺は、世界に名だたる王だ。そんな存在の遺伝子を使っていて、数多の有象無象の遺伝子が生きられると思うか?」

 

 答えは否だ。魔導の王としての遺伝子は他の英雄や王の存在を認めない。世界(肉体)には自分以外の不純物など必要ない。ただ己が己としてあるだけで満たされているのだ。それ以外の要素など、ただひたすらに邪魔でしかない。どのような優性遺伝子も悪性にしかなり得ない。

 だからこそ、ソロモンの遺伝子によってほぼ総ての遺伝子は駆逐された。それはソロモンが現界していた事も大きいが、何よりも完全から不完全への劣化でしかない。既に満たされている一にゴチャゴチャと付加する事は、決して良い結果を生まないという証明だった。

 

「まぁ、その所為でリーナの身体は非常に不安定だ。俺が王としてあった頃の力など、ただの人間が受け止めきれるものか。早晩、身体が崩壊して死ぬのがオチだ……が、仮にも俺の遺伝子を使って生まれた娘だ。見捨てる訳にはいかない。自立できるまでは面倒を見ようと思ってな」

 

「それで、父親役を?」

 

「役とか言うな。たとえ、俺の遺伝子を使おうが、リーナは俺とは違う。選抜者ではなく、民を率いる王でもない。ただこの瞬間を生きているだけの生命に過ぎない。それを否定する事が正しい訳がない。如何なる手段で生まれようと、人は人だ。そして人である以上、俺が否定する意味は欠片もない」

 

「……そういうあなたは天剣の方々からは人扱いをされていない。それはどうお考えなのですか?」

 

「…………」

 

「彼らにとって、あなたは象徴でしかない。あなたという存在を崇め敬っていますが、それは盲目の信仰でしかない。あなたは、それで良いのですか?」

 

「……私はあの人たち嫌い。っていうか、ナンバーズ以外の人達は皆嫌い」

 

「リーナ?」

 

「だって、皆パパの事なんて興味ないんだもん。パパがどういう事を考えているかとかは私にだって分かんないよ。だって、パパは私より物知りで私より全然強くて、私が想像できない時間を生きてるんだもん。でも、だからこそ、パパの事を知りたいって思ってる。

 でも、あの人たちは違う。神話越しにしかパパを見てない。昔のパパの姿しか見てないんだ。本当はパパがどういう人間かなんて欠片も興味ないんだもん。パパは天上の存在だって信じ込んる。……本当に、馬鹿みたい」

 

「リーナさん……」

 

 リーナの不満そうな表情にジャンヌは何とも言えぬ表情を浮かべた。心の底から不満ですと言わんばかりのリーナに苦笑を浮かべつつ、ソロモンはリーナの髪に触れた。リーナの不満はソロモンが了承した上で言わずにいた物でもあったからだ。

 

「……そうだな。良くも悪くも、神話や宗教の影響が強すぎたんだ。だからこそ、あいつらは今の俺を見る事ができない。俺は昔、そういう存在としてある事を心掛けたからな」

 

「……どういう事?」

 

「俺にとって、王とは民草の総てを……いや、世界そのものを背負う存在でなくてはならない。文字通り、神の如くその世界総てを支配する存在でなくてはならない。してはならない事以外で不可能などあってはいけない。だからこそ、俺は戦場で不敗を誇り、自分の治める国家で足りないという事を許さなかった。文字通り、全知全能の神と名乗れるだけの力を揮い続けた」

 

「パパ……」

 

「それを間違いだとは思わない。高貴な血を持っている訳でもなく、何かの功績を持っていた訳でもなく、世界に名を馳せる賢者であった訳でもない。そんな俺が世界にその名を知らしめるためには必要だったんだ。誰も寄せ付けない力が、誰にも届き得ない地平に立つための力が。だからこそ、俺はそうしなければならなかった」

 

 何人であろうとも、彼には届かないと。そういう伝説を作る必要があったとソロモンは語る。王であるならば世界の総てを統べ、世界の総てを統べるのなら世界を背負い、世界を背負うなら不可能などあってはならない。信条でしない事を除き、出来ない事などあってはならない。そういう存在に――――神にならなければならない。

 生前、ソロモンは本気でそう信じていた。だからこそ、そうあるように振る舞った。それに対して、後悔した事など一度もない。そうでなければ、王と名乗る資格すらないのだと本気で信じていた。とあるきっかけがあるまで、ソロモンはそれを疑う事はなかったのだ。

 

「あいつらはそういう俺の愚行の煽りを受けただけに過ぎない。敢えて言えば、あいつらとて被害者に過ぎないのだ。そんな連中を責めるほど、俺は狭量ではないつもりだよ。俺を見ろ、等と言うつもりはない。俺自身を偽るつもりは欠片もないがな」

 

「あなたは……本当にそれで良いんですか?周りの人間があなたの事をちゃんと見ていなくても」

 

「構わんさ。それに、俺の事を案じる者は既にいる。ならば、周りの連中がどう思うが知った事ではあるまい?俺は俺の役割を果たすだけだよ」

 

 リーナの頭を撫でながら、ソロモンはそう言い切った。ソロモン自身に迷いなどない。ソロモンと対等であれた存在などいないこの世界で、ソロモンは自らが果たすべき役割をこなす。それがソロモンが肉体を持って現界した理由なのだから、それをこなす事に迷う訳がない。

 

「それに、君の要件とはそれではないだろう?若人が態々疑問の答えを求めて訪ねてきたんだ。その質問に答える事ぐらいはしようじゃないか」

 

「……黒の聖女が、彼女が言っていたんです。『世界に奪われたから、世界に復讐する』と。そして、言ったんです。彼女は正史の私の成れの果てだと」

 

「なるほど。まぁ、そういう事なんだろうな。復讐者(アヴェンジャー)というクラスに該当する存在はそれだけ深い復讐心を持っている。そして、そういう輩は忘れないんだ」

 

「忘れない?」

 

「ああ。やられた事を忘れない(・・・・・・・・・・)。復讐の基本理念とは報復だからな。理由を忘れるような輩がそのクラスに着ける訳がない。どれだけ辛くとも、どれだけ惨めでも、どれだけ悲しくとも、連中は絶対に忘れないんだ」

 

「絶対に忘れない……それは」

 

「そう、途轍もなく大変な事だ。なにせ、それは何も出来なかった屈辱を忘れないという事だからな。死して尚、忘れる事のない屈辱とそれを晴らそうとする信念。それがどれほどの物か、お前に想像がつくか?」

 

「……いいえ、私には分かりません。しかし、それを赦して良い筈がないのです。たとえ、どれだけの苦しみを味わったとしても、それを赦さなければならない。そうでなければ、終わりのない戦いが続いていく。そこで失われていく人命を、見過ごすことは出来ません」

 

「誰もがお前のように思えれば、戦いなどなくなっている。しかし、そう思えるなら最初から復讐などしていない。連中はただ燃やし尽くすだけだ。己を害した総てをただ、己の胸の内に宿る焔の赴くままに。たとえ、その焔が自分すら燃やし尽くすとしてもな」

 

「……自分が死ぬって分かってても止まれないの?」

 

「そうだ。連中は止まれない。無駄だと分かっていても、こんな事をしても意味がないと分かっていても、復讐の焔が消える事はない。それは最早使命と言っても相違ない領域にある事だからな」

 

「……悲しいね」

 

「それが復讐(・・)という物さ。たとえ、終わった後には何も残らないとしてもやらずにはいられない。感情で動く事を止めることは出来ないんだよ」

 

「パパもそうなの?何かに復讐したいと思った事があるの?」

 

「……ないさ。俺は誰かに復讐しようと思った事はない。俺は意図的にそこまで想う相手を作らないように立ちまわってきたからな。そんな感情を抱くような相手はいなかったよ」

 

 リーナの言葉にソロモンは少しだけ感情を揺らがせた。と言っても、誰の眼にも止まらないほんの一瞬の出来事であったために知られる事はなかった。リーナの頭を強めの力で撫でた後、ジャンヌに視線を戻した。

 

「察するに、正史の自分の末路を知りたいと言ったところか?態々、自分の終わりを知りたいとは物好きだな」

 

「……そうなのかもしれません。しかし、私は知らなくてはならないと思うんです。彼女がそう思った理由を。その復讐の起源を知らなくてはならない。そうでなければ、私は彼女と向き合う事もできないでしょう」

 

「そうか……では、右手を出して貰えるか?」

 

「えっと……どうしてですか?」

 

「神話上、俺の千里眼は総てを見通すと書かれているがそれは違う。俺は未来を見る時には何かのきっかけを必要とする。何もなしで未来視を起動させるというのは難しい。それも特定の個人の未来に関してはな。だから、個人の未来を見る場合はその人物、或いは関係する何かを持っている必要があるんだ」

 

 この場合、ソロモンが使うのは未来視の魔眼ではないが、難易度的には同じ物だったので説明は省いた。個人の時間軸を視る魔眼など本来は誰にも使えないが、ソロモンはインチキをして視る事ができる。ただ、原理は難解に過ぎるために説明する気は欠片もない。

 そう言われては、とジャンヌは右手を差し出した。ソロモンは壊れ物を扱うように右手を握った。その瞬間、ジャンヌは自分が久しく男性に触れた事がない事を思い出した。咄嗟に右手を引こうとした瞬間、ソロモンの両眼が蒼色に輝いているのが見えた。

 

 大空のように澄んでいるのに、深海のように重い色。ソロモンの時間の積み重ねを証明しているかのように、その瞳から重さを感じ取っていた。その輝きはジャンヌから思考能力を奪いとり、ただその瞳に釘付けにさせた。その輝きが消えても尚、呆然しているジャンヌにソロモンは首を傾げたが、話を進めるために右手を叩いた。そうして漸くジャンヌは意識を取り戻した。

 

 そして、ソロモンは語った。正史の彼女の末路を。聖女ジャンヌ・ダルクが辿る筈だった未来と、その未来の果てに待つ彼女の最後。それを傍らで聞いていたリーナは黒の聖女の行動が納得できてしまった。関係ないと知ってはいても、その憤怒をぶつけずにはいられない筈だと。だからこそ、ジャンヌの言葉が信じられなかった。

 

「……それでも、私は彼らを恨む事はしないでしょう。彼女は止めなくてはなりません」

 

「しかし、黒の聖女の行動は世間一般から見れば当たり前の事だ。彼女の行動は君の境遇を知れば誰もが思う事だ。そうじゃないか?」

 

「……確かに、あなたの言う通りなのでしょう。しかし、私はそれでも彼らに復讐心など抱けない。怒ろうとも思いません。善であると信じた彼らが私のことを悪と称し、悪を倒す事を喜んだというのは悲しい事です。それでも、それでも私は彼らを赦したいと思うのです」

 

「それは何故?」

 

「人の運命は色鮮やかで、残酷なほどに様々です。無意味な生と同じくらい無意味な死があり――――意味ある生と同じくらい、意味ある死がある。私は未来でどうなるか分かっていたから動いていた訳ではありません。どうなるか分かっているから動き、分かっているから動かない。そんな物は――――人間ではない」

 

「…………」

 

「私はその時その時を自分が信じた道に向けてひた走っているだけなのです。それに……『明日は明日の風が吹く』。そうではありませんか?」

 

 ジャンヌは自分の行ってきた道に後悔していない。それは正史であろうが、この時間軸であろうが同じ事。彼女はただ自分が信じる道を進んできただけなのだ。その結果としてどうなろうが、それは自分の責任なのだと割り切っている。そんな彼女の姿に、ソロモンは納得と歓喜を覚えた。

 彼女の姿を見た瞬間から気になっていた。何故、抑止力が彼女に協力するのか?彼女がこの世界の歴史において重要な存在だからか?それとも、彼女の存在が特異点を生み出すからか?いいや、どれも違う。彼女の存在が、その精神性が多くの人間に影響を与えるからだ。

 

「……素晴らしい。素晴らしいな、ジャンヌ・ダルク。そう思える人間は本当に少ない。君という命に祝福あれ。そう素直に思うよ」

 

「……ありがとうございます。色々とお世話になりました。私はすぐに戻らなければ」

 

「まぁ、待て。急ぐのは結構だが、過程を楽しむ事も重要だぞ?今回で言えば……茶ぐらい最後まで楽しんでいけ。多少語らう時間ぐらいはあるだろう?」

 

 そう言いながらカップを掲げるソロモンに苦笑を浮かべつつ、少しだけ上げていた腰を再び下ろして語らいの時間を楽しむのだった。




~ソロモンと作者によるQ&Aコーナー~
「最近、お気に入り登録者の数が減る事に快感を覚えつつあるという末期症状作者ことシュトレンベルグです」

「中々に楽しませてもらったソロモンだ」

シュ「はぁ~、本当に面白い話を書くって難しいよな」

ソ「創作者であれば誰もが抱く物だな、それは。地道にコツコツと努力するしかあるまい」

シュ「そりゃあそうなんだけどさ。面白くなってるのかなんて自分には分かんないし、モチベーションが上がんないんだよ」

ソ「そんなに急激に成長するなら誰も苦労する訳がないだろう。日々精進、この一言だろう。では質問に行くとしよう」

Q.シュトレンベルクさん、この小説を書こうと思った切っ掛けは何なのか教えてください。( ゚∀゚ )

ソ「ほれ、来たぞ。これはどうなんだ?」

シュ「え~?えっと、最初は魔力値がほぼ無限に近いあんたの劣化コピーを主人公にした作品を書こうとしてた。その時の名前は未定だけど。舞台はVivid時空で、しっちゃかめっちゃかする予定だった。ちなみにオチはない」

ソ「主人公最強物、という事か?」

シュ「まぁ、魔力量が多いだけで使っている技術は既存の物だけどね。アホみたいに強いから、戦わせる気は欠片もないけどね。そんな実力と拮抗する相手をポコポコ創りたくなかった、というか思い浮かばなかったし」

ソ「では今は?」

シュ「なんか書いてたらできた。以上」

Q.ソロモンを人ではなく物の認識か、かなり詳しいのはを飛ばしますけど、これって初代女帝や天剣達は許す案件なの、ソロモン?

ソ「怪しいところだが、連中も似たような所はあったからな。完全に怒る事も出来ないが許すのも難しいという微妙な案件だな。まぁ、一度ぶつかり合って納得するんじゃないか?分からんが」

シュ「許しきるのは難しいから六割殺しみたいな感じじゃない?」

Q.残りの指輪探しは聖杯探索後に、またやるの?

ソ「実は省いているんだが、指輪は現在エルトリアの分も含めて五つ。右手側は埋まっている」

シュ「要望次第ではその話を書いても良いんですが、今の事件解決までは書く気が起きないと思うので、終わった後でも良いから読みたいという方がいれば書こうかと」



『別会場にて』

「相変わらず仕事が終わらないディアーチェだ」

「徐々に進んではいるんだけどね。レヴィだよ」

「目に見えるだけまだマシ、と言ったところでしょう。シュテルです」

「前回に引き続きお呼ばれしました。アミタです」

ディ「ユーリはキリエと共にイリスの世話をしているのでいない。では質問へ」

Q.(今回の2番目にしたソロモン質問)……的な質問をソロモンさんにしたんですが、初代女帝の意見を教えてください。

ディ「なんだ?……許せる訳ではない。しかし、一方的に糾弾する事も難しかろう」

レ「王様は王様で、人間って言うのはちょっと違う気もするしねぇ……」

シュ「それを他人に察せられるようでは駄目でしょう。殿下ならば察してくださるかもしれません。しかし、異邦人に察せられるようでは罰は避けられないでしょう。半殺しにした上で王城から国境までダッシュ10本と言ったところでは?」

ディ「まぁ、それぐらいかもしれんな」

レ「それで良いんじゃない?不可抗力でもあるだろうけどね」

ア「(それはもう十分な厳罰なのでは……?)」

Q.最初(劇場版だよ!)のユーリの服って誰が作ったの?

ディアーチェはオカンイメージが強かったので、ここでは貴族って事を忘れてました。すみません、謝罪します。m(_ _;)m

ディ「許そう。で、ユーリの服か……誰だったか?」

レ「う~ん、あんまり覚えてないかな」

シュ「ユーリの服装は本の持ち主によって変わりますからこの場合……イリスの父親ではないですか?」

ア「え、えぇ……大丈夫だったんですか?」

シュ「少なくとも、ユーリの安全は保障しますよ。彼女の安全は私たちの至上の命題ですから」

ア「(イリスのお父さんは一体どんな目に……)」

Q.アミタさん…………ソロモンとのキスはどうでした?(・∀・)ニヤニヤ

ア「えっ!?え、えっと、それはその……秘密です!」


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同盟成立と

 一面に見える焔。そして、その外側にいる人々の嘲笑。そのどれもがとても卑しい物に感じてしまう。人々の善性などを信じた結果がコレだ。どうせ、人々は裏切るのだ。自分たちの命が危機に晒されれば、人は容易く他人の命など踏みにじる事ができる。

 

『本当に?』

 

 当然だ。そうでなければ、何故あの者たちは自分を見捨てた。自分はただ、神の声に従って人々を、国を救うために戦っただけだというのに。自分の存在がなければ負けていただろう。自惚れではなく、それだけの仕事をしていたつもりだ。

 別に英雄として称えられたかった訳ではない。人々が平和な日常を過ごせるように、あの国を守りたいと願っただけだ。神の声がきっかけだったとはいえ、そういう想いが確かに自分にはあったのだ。なのに、あの連中は私を売ったのだ。これを恨んで何が悪い?

 

『本当に?』

 

 ……不快だ。一体、誰なのかは知らないが、私は本音で話している。それの一体何が不満だと言うのか。

 

『あなたの言葉は矛盾している』

 

「矛盾?私の行動の一体どこに矛盾があると?」

 

『恨んでいるのなら、憎んでいるのなら。どうして簡単に殺してしまう?苦しめれば良い。痛めつければ良い。自分と同じ痛みと苦しみを与えてやれば良い。なのに、あなたはそうしない』

 

「当然です。憎しみはある。恨みもある。怒りもある。しかし、そのような外道はしない」

 

『それは何故?』

 

 自分がその誰かと話している事にすら気付かず、それでも言葉を連ねる。この問いからは逃げてはならないと、心のどこかで察していたからだろう。この問いは、ジャンヌ・ダルク()復讐者(ワタシ)としてあるために必要な物なのだと。

 

「復讐に意味なんてない。やられたからやり返すだけ。私はあいつらを苦しめて殺すほどの価値を見出してない。私が苦しんだから相手も苦しめ、と思うなら。それは連中と同じ外道に成り下がるだけ。私には何の得もないのよ。私は復讐者であって、悪魔じゃない!」

 

『……ならば、何故復讐する?意味がないのなら、行動する必要などない。違うか?』

 

「ハッ!何も分かってないのね。意味などなくても、価値などなくても、無駄であったとしても。それをしなきゃ始まらない事がある。私は心の中にあるこの焔を刻み込まなきゃ始まらない。私の復讐()を、侮るな!」

 

『………………』

 

「この戦いは、この復讐は私の意志だ!創られたからじゃない!私が私自身の意志で決めたんだ!復讐(コレ)は私が、ジャンヌ・ダルクという器から脱するためにやってる事なのよ!私を見縊るな!」

 

 意味など求めていないし、価値など欲してはいない。そうあれかしと望まれたからそうする訳じゃない。私が私自身の意志でそうする事を願ったからに他ならない。だからこそ、私の行動に他人の意志が介在する余地などないし、そんな物を私が認める訳がない。

 

『そうか。ならば、私の言葉など必要ではないだろうな』

 

「ええ。不要よ、ソロモン王(・・・・・)。あなたからすれば私は子供なのかもしれない。けれど、あなたのソレは私にとってはお節介なのよ」

 

『そのようだ。いやはや、長く生きるとこういう弊害も起こるから困る。では、自らの本懐を果たしたまえ。あり得べからざるジャンヌ・ダルク――――いや、ジャンヌ・ダルクの正反対(オルタナティブ)。ジャンヌ・ダルク・オルタよ』

 

「言われるまでもない。私は私らしくあるだけよ。精々玉座に踏ん反り返って見ていなさい。神の声を聴いただけの小娘、その紛い物の足掻きをね」

 

 いつの間にか、少女だけを包んでいた焔は周りに広がり始めていた。その焔は老若男女の区別なく、少女を嘲笑していた人々を呑み込んだ。それどころか、建物も燃やし始め……果てには世界そのものを焼き尽くした。最早、燃やす物など何処にもないのにそれでも焔は燃え続ける。

 少女の総てを燃やし尽くしても尚、それでも燃え続ける焔。それこそが、復讐者の本質なのだという事を理解しても尚、声の主は彼女を――――ジャンヌ・ダルク・オルタと名付けられた少女を惜しく思う。鮮烈に生きる彼女が(・・・・・・・・・)死ぬために行動している(・・・・・・・・・・・)事が。

 

『しかし、それがあの娘の願いだというのならば自重せねばなるまいな……』

 

 己の願いのために。声の主はそう言い残し、その場から離れていった。残されたのは誰もいなくなった世界でも燃え続ける焔のみ。その焔はまるでオルタの命であるかのように燃え盛り、総てを灰に包みこんだまま尚もあり続けるのだった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 双方共に犠牲を被った事によって、両国――――特に連合国側は重い腰を上げる選択をした。そう、復讐者(アヴェンジャー)ジャンヌ・ダルク討伐のための協定である。聖杯戦争が勃発して以来、互いに仲違いを続けた両陣営は一時的ではあっても歩み寄る選択をしたのだ。

 

「ま、そういう訳だ。よろしく頼むぜ?黒のランサー」

 

「分かっています。同じ陣営であるならば是非はありません。しかし……赤のランサー、忘れぬ事です。我々は元々敵同士でしかないという事を」

 

「分かっているさ。しかし、今は味方だ。ならば、協力する事に否はあるまい?」

 

「それがマスターの選択であるならば、否定はしません。事実、あのサーヴァントの実力は常軌を逸している」

 

「大聖杯に直結してるんだろうさ。アレはこの星の地脈と接続している。実質、使える魔力量は無尽蔵と言って相違ないだろうな」

 

「やはり、ですか……それで、赤のランサー。あなたの見解は?」

 

「敵方のサーヴァントか?そうだな……俺は神代の人間だから詳しくは知らんが。それほど知名度が高い相手じゃないだろう。あまり動きに違和感を感じられなかったからな。ああいう動きが出来るのは生前と同じ様な身体能力の奴だけだ」

 

 神代の人間であればあるほど身体能力は劣化し、現代の人間であればあるほど身体能力は上昇する。それがサーヴァントという物だ。たとえ、戦い方を理解していても、変化した身体能力に自身の能力をアジャストさせるというのは意外と難しい物だ。だからこそ、赤のランサーにはそう結論付けた。

 

「生前とあまり変わらない身体能力の混沌か悪属性のサーヴァントですか。中々、面倒な相手と言わざるを得ませんね」

 

「そんな事は今更だろうが。それに、気を配るのはサーヴァントだけじゃないだろ?」

 

「真龍ですね。まったく、厄介な相手を引っ張てきてくれたものです」

 

 真龍――――それは聖杯が使われた日に現れた巨大な龍の事である。かつて、神代の時代に存在したとされる龍のことを真龍と呼ぶ。ほぼ総ての真龍は世界の裏側と称される場所に行ったとされ、二度と現代に戻ってくる事はないだろうとされていた。

 それは、神代が終わった後の世界は真龍を始め神々や精霊の類が生きる事が難しくなったからだ。神々が猛威をふるった時代。そんな時代に生きていた者たちが、人間の時代に適合できる訳がない。弱体化は免れないし、何より生きていく事自体が難しくなったのだ。

 

「弱体化した私たちでは彼らを殺しきれるかどうかも怪しいのが実情。万全を期すならば、選ぶ選択肢は一つでしょう」

 

「だが、それは無理と。俺より後世を生きた奴だってのに頭が固いんだな?」

 

「別にあの王は頭が固い訳ではありませんよ。ただ、自分が力を貸す必要はないと判断した。だから手を貸さない。そういう事なのでしょう」

 

「……俺たちでどうにかなると?」

 

「そういう事でしょう。しかし、彼の言う『可能』とは犠牲を容認したもの。例えば、そうですね。私とあなたが霊基を崩壊させる事を承知で宝具を使えば、真龍を殺す事は『可能』でしょう?」

 

「おいおい、それじゃあ何の意味もねぇだろ。そりゃあ、相手が相手だ。犠牲くらいは出るだろう。しかし、それ在りきで話をするなんて冗談じゃない。ならざるを得ないならしょうがないがな」

 

「それがあの王のやり方です。伊達や酔狂で『魔王』などと呼ばれる訳ではないのですよ」

 

 ソロモンは魔王と呼ばれたのは魔導の王の略称だけではない。何よりも、他人を平気で捨て駒として扱う事も辞さない悪魔のような男だったからだ。歴史上、彼ほど自らの国を繁栄させた者はいない。だが、同時に彼ほど国の成長の過程において人を殺した者もいないのだ。

 それほどまでに、ソロモンという王は恐れられた。勝利のためにという題目を掲げて生き抜いた王はいない。善性を持たず、悪性を担わず、ただ勝利を持って人々を導いた者はいない。王であれば、否、人であれば誰もが掲げる題目を掲げずにソロモンはかくあり続けたのだ。

 

「しかし、赤のランサー。私は事実として知っているのです。あの王にはそれだけの事を成し遂げるだけの力があった。善性も悪性も必要とせず、ただ絶対の力を持って総てを蹂躙できるだけの力があった事を。いえ、これは古代ベルカを生きた総ての英雄が知っていましたが」

 

「分かっていたのに、それでも戦ったのか?」

 

「当然です。勝てない事など分かっていた。戦えば敗れるなど赤子が大人に挑むよりも分かりきった結果です。それでも、私は王だった。ならば、王としての責務を果たさなければならなかった。あの王と戦った因縁はただそれだけの事です。納得できますか?アルスターサイクルの魔眼の槍手」

 

「分からんでもないよ、ダルクスの最後の雷帝。しかし、俺は責任で戦っていた訳じゃない。俺の人生は、俺の意思で選んだ物だった。だから、俺は俺のやりたい事をしていただけに過ぎないんだよ。ただ、父より賜った命を後悔で失いたくはなかっただけだ」

 

「そんなあなたが、何故聖杯戦争に?」

 

「ふっ、決まっているだろう?――――再戦を。俺を殺した奴との、何のしがらみもない再戦を果たすため。ただ、それだけのためだよ」

 

 いつの間にか手に持っていた朱色の槍を振り回すと、銀髪の男――――赤のランサーはその場を離れた。そのいっそ清々しいと言えるような願いに、黒のランサーはため息を吐いた。自分はあんな風に正直ではいられないだろう。そう察する事が出来てしまったが故に。

 

「ランサー」

 

「セイバー、どうかしましたか?」

 

胸元と背中が開いた鎧に身を包んだ男――――黒のセイバーが黒のランサーに近付いてきた。黒の陣営は普段、戦場か王都に控えており、黒のセイバーは最初期から戦場にいたためあまり顔を会わせた事をがなかった。それでも、彼が実直な人間である事を黒のランサーは重々承知していた。

 

「マスターたちが作戦会議をするので諸将を集めるようにとの仰せだ。あなたは総指揮官に近いのだから、参加した方が良いのではないか?」

 

「そうですか……まともに軍議が成立すれば良いのですが」

 

 なにせ、つい先日まで敵だった者同士だ。相手はこちらの戦力を削っておきたいだろうし、こちらは相手の戦力を削っておきたい。それに……自分のマスターを悪く言うつもりはないが、マスターは平凡だ。サーヴァントという存在は彼にとってあまり認めたい物ではない。

 

「四面楚歌、と言いたいところですね。聖杯戦争の終わりは、この戦争の終わりを意味する訳ではありませんし」

 

「それでも、我々は戦わなければならない。そうだろう?」

 

「そうですね、セイバー。……ふぅ。それでは、失礼させていただきます。セイバー、これからは連合国側の人間とも会う事になるでしょう。気をつけてくださいね」

 

「ああ、分かっている。しかし、それはそちらにも言える事なのではないのか?」

 

「ふふっ、残念でした。私は寿命で天寿を全うした人間です。あなたのように明確な弱点なんて私にはないんですよ」

 

 華のように微笑みながら、黒のランサーはそう言った。そして、その表情のままその場を離れていった。その後ろ姿を数秒眺めた後、黒のセイバーは鍛練場に足を運んだ。閑散として誰もいない筈の場所で、四組の少年少女がサーヴァントからの訓練を受けている姿が目に入った。

 見覚えのない彼女たちに首を傾げた後、マスターから聞いた話を思い出した。管理局の人間が今回の事態解決のために動いているという。この世界で赤と黒の陣営に属さないサーヴァントがいるとすれば、それは管理局のサーヴァントだからあまり手を出すなと言っていた。

 

「……あなたは黒の陣営のサーヴァントですね?クルス王から訓練場の使用許可はいただきましたが、問題ありましたか?」

 

「いや、許可を取っているなら問題ない。俺は普段、戦場にいるから誰かがいるとは思わなかっただけだ」

 

「戦場勤め?では、あなたが黒のセイバーですか」

 

「知っているのか」

 

「ええ。黒の陣営において最高峰の剣士だとお伺いしています。お会いできて光栄です」

 

「こちらこそ。次元世界の平和に貢献している人間たちに会えるとは思っていなかった。これからの戦いで共に戦えることを期待しよう」

 

 黒のセイバーは話しかけてきたランサーと握手をした後、その場を離れようとした。彼らとは仲間では無いし、なにより彼らは別世界の住人だ。それに見たところ、まだまだ幼い子供たちがマスターのようだ。自分のような武骨な人間がいてはやりづらいだろうと思ったのだ。

 

「あ、あの!」

 

「……どうかしたのか?少年」

 

「もし、もしよろしければ僕の槍を見てくれませんか?」

 

「マスター?私の指導に不満でも?」

 

「そ、そんな事はないよ!でも……僕は早く強くなりたい。たくさんの人を助けられる人になりたいんだ!」

 

 最初は恩人の力になりたかった。早く自立して、自分を助けてくれた人のように酷い目に遭っている人々を助けたかった。でも、この世界に来てその考えが甘いものだと分かった。今のままでは足りないのだ。助けられる命を助ける事すらできない。今の自分では圧倒的に力不足なのだ。

 だからこそ、力が欲しい。命の危機に瀕している人々を助けられるだけの力が。しかし、そんな一朝一夕で力が手に入る訳ではない事ぐらい、自分でも分かっている。ならば、経験を積んでいくしかない。多くの経験を積んで、どんな事態にも対応できるようにしなければならない。その為に必要な事は何でもする。そう決めたのだ。

 

 そんなエリオの意志が伝わってきたのか、黒のセイバーはじっとエリオを見つめていた。覚悟を測るように、ただじっとエリオを見つめている。自分が測られている事をエリオは無意識で理解していた。だからこそ、物理的な重みすら感じる大英雄の視線を受け止める。決して視線をそらさない。

 

「少年、何故戦う?」

 

「力のない人々を助けるため」

 

「少年、何故力を求める?」

 

「無力な自分でいる事が嫌だから」

 

「少年、君は何故――――大人に頼らない?君の傍にいる人間はそんなにも頼りないのか?」

 

「そんな事はない!フェイトさんもなのはさんも、皆良い人で頼りになる人だ。でも、それは僕が人を助けるための力を求めない理由にはならないんだから――――!」

 

 エリオの啖呵は子供の戯言と言えばそうなのかもしれない。しかし、黒のセイバーにとってとても心地よい物だった。だからこそ、背中に現れた大剣を抜き構えた。これより言葉は不要。武を持って語るのみ。そう告げる黒のセイバーの態度にエリオも槍を構えた。

 

「――――来い」

 

「行くぞ――――!」

 

 それ以上の言葉はいらず。少年とセイバーはぶつかり合った。他のサーヴァントとマスターたちは二人の戦いを見守っていた。ランサーは不貞腐れたように。アーチャーは苦笑を浮かべながら。ライダーは誇らしげに。アヴェンジャーは興味なさげに。ティアナは男の子ねと思いながら。スバルは尚やる気を出しながら。キャロは心配そうに。

 

「そう不貞腐れるもんじゃないよ、ランサー。彼も君の事を頼りにならないと言った訳じゃないだろう?」

 

「不貞腐れてなどいません。ただ、あまり良い傾向とは言い難いでしょう」

 

「この特異点に限った話じゃないけど、これから生きていく上ではまず要らない経験だからね。でも、彼はあれで良いと思うよ。守るべき者、守りたい者のために強くなる。それは――――英雄の条件の一つだ」

 

「……くだらない。お前らは何を心配してやがる。どうせ、なるようになるしかない。あのガキが英雄に至るか、それとも途中で死ぬ愚者になるか。そんな物、なった時まで分からんだろうが。それより前にしなきゃならん事があるんじゃないのか?」

 

 エリオとセイバーの戦いを心配そうに見つめる己のマスターを見下ろしたアヴェンジャーはそう言った。そもそも、此処にいる誰一人として英雄と呼ばれる事を望んだ者はいない。ただ、結果として英雄と呼ばれる存在になったに過ぎない。だからこそ、今を生きる者が英雄になるかどうかなど分かる筈がないのだ。

 英雄の資格があるかどうかなど、動いてみなければ分からない。やってみなければ分からないのだ。ならば、そのようにあるしかないだろう。先達たる彼らが今を生きる後進にしてやれる事など限られているのだから。

 

「……まっ、それもそうだね。さぁ、訓練に戻ろうかマスター。あの子に負けたくはないでしょ?」

 

「もちろん!私だって人を守れるようになりたいんだから!」

 

 スバルとライダーのペアは気合十分とばかりに向かい合った。空間に青色の道が現れ、スバルがその道を駆ける。ライダーは相棒をある程度巨大化させて乗り込む。そうする事で疑似的な空戦を再現する。

 

「そうね。私だってあの子に負ける訳にはいかないしね。頼むわよ、アーチャー」

 

「分かっているさ。この身はマスターのために、だからね」

 

 ティアナとアーチャーのペアは相方を見て苦笑しつつも、やる気を窺わせる。この二人も頑張る人間の傍にいてやる気を出さない人間ではない。アーチャーは自分の持ち得る技術をティアナに叩き込み、ティアナは少しでもその技術を掴もうと懸命に思考を働かせ続ける。

 

「マスターも心配ばかりしてないで自分の訓練に集中しろ」

 

「でも……」

 

「マスターもあいつの相方なら、あいつを信じろ。相方を信じられないなら、そんなのは相棒(バディ)とは言わない。今のお前にできるのは、強くなったあいつの傍にいられるように努力する事だろう?」

 

「……分かった」

 

「(やれやれ、本当に大丈夫なのか……?)」

 

 明らかに不安を露わにしているマスターを相手に、アヴェンジャーは内心でそう思わずにはいられない。それでも、マスターが生きていけるように力を貸すしかない。元より、アヴェンジャーはそのためにこの場にいるのだから。

 一部の不安を他所に、ランサーはマスターが死なないようにセイバーとの戦いを見守るのだった。




~ソロモンと作者によるQ&Aコーナー~

「いよいよ新社会人生活目前となりつつあり戦々恐々。シュトレンベルグです」

「今回の話が恐らく自由に投稿できる中で最後の投稿となるだろう。ソロモンだ」

シュ「はぁ、来週には社会人ですよ。王様としてなんかアドバイスないの?」

ソ「なるようにしかならん。不条理ならまだしも、納得できる理由で怒られたとしても我慢できるようになれ」

シュ「まっ、そりゃそうだよね。なるようにしかならないか……んじゃ、質問へ」

Q.ソロモンってエルトリアの後にミットチルダにはちょくちょく行ってたりしてるの?

ソ「時々だな。暇だからと言って行っていた訳じゃない。鍛練していた時もあったし、リーナの相手をしていたりとする事は色々あるからな」

シュ「今回の事件を把握してから仕事が凄く増えたしな。でも、行った事はあるんでしょ?」

ソ「誘われた時ぐらいはな。それ以外だと電話で済ませる事になっている。触れた時ぐらいは、と思ってな」

Q.あのステラァァ!で有名はアラーシュさんについては、どんな印象を持ってますか?

ソ「献身、と言うべきだな。少なくとも、俺ではあんな風には生きられん。それだけは確実だろうな」

シュ「ネットではネタにされてるけど、あの軽い雰囲気で重い経歴の持ち主だからな。wiki読んでビビったわ」

Q.ソロモンでも根源に接続してる奴(式や愛歌とか)、相手だと苦戦はしますか?

ソ「苦戦は時々だが、基本的に面倒くさい。連中は獣の前兆をプンプン臭わせてるから警戒しないといけないが、警戒しすぎると獣になったりする場合がある。悪いだけの奴らではないが、基本的に面倒。これに尽きる」

シュ「獣が分からない人はtype moon wikiで確認しよう。ただ、基本的に相手をするのが面倒な人たちなので、根源接続者は物語には関わってきません。それだけはご了承を」

Q.これは質問よりかは悩みだね。最近、これを質問しよう!って決めたはいいけど書く時や時間が空くと忘れるだよね。シュトレンベルクさんとソロモンにはありませんか?

シュ「まぁ、ありますね。こう書こうと思ってたけど、動画とかに気を引っ張られて忘れるとかはあります。どうにかしますけど」

ソ「やろうと思ったらやっておけ。忘れそうなら、何かにメモっておく事だ。最近はスマホでメモアプリもある。思い立ったが吉日、という奴だ。とはいえ、重要な事でもないならどうにかなるだろう。どうせそのうち思い出すだろう」

シュ「さて、それでは今回はここまで。次の更新が一体何時になるかは分かりませんが、よろしくお願いします」

ソ「期間は空くだろうが、また会う時もあるだろう。では、その時まで」




別室

「少しは時間が空きそうで安心している。ディアーチェだ」

「苗も植えたし、これからが楽しみだね。レヴィだよ」

「異種生物の掃討もだいぶ終わりましたしね。シュテルです」

「今日はお姉ちゃんの代わりに来たわよ~。OKK!キリエよ」

ディ「さて、こんな調子ではどうなるか分からないな……では、質問へ」

Q.シュテル達って姉妹兄弟居たの?あの苛烈具合を聞くと冗談抜きでシュテル達が子供作ったって言うよりは、結婚した事が信じられない。シュテル達の姉妹兄弟が子供作ったって言われた方が、まだ信じられる。(君達のソロモンに対する忠誠心の高さが原因だからね!?質問したのは!)

シュ「本当に失礼ですね。……まぁ、分からなくもないですが。私は妹が一人いました」

レ「僕は弟が二人いたよ。可愛い盛りだったけど、一人は戦場で死んじゃった。もう一人は家の当主になったしね」

ディ「我にはいなかったな。特にそういうのを欲する事もなかったしな。……まぁ、認知されいないだけで他にはいたかもしれんがな」

キ「王様とレヴィは意外。てっきり上とか下に誰かいるのかと思ってたけど」

レ「そんな事ないよ。まぁ、騎士の先輩とかからは可愛がってもらったりしてたけどね」

ディ「我は面倒を見なければならない者が他にもいたからな。それに、貴族家の当主としての教育もあった。自然とこういう性格になっただろうさ」

キ「なるほど~」

Q.ソロモンの写真とかの実物に安心感とか得らないの?俺は実物がここにあるって安心感があったら心が落ち着くけど、忠誠心のブレーキが壊れてると無くてもいけるのか?

シュ「安心感など必要ないのですよ。我が心は殿下と共にあり、我が魂は殿下の物。ならば、殿下は私たちの傍におられる。ならば、不安など存在しないのです」

レ「そうだね。僕たちの総ては殿下の物。だからこそ、何も心配する事はないんだ」

ディ「我らは殿下と共に同じ時代を駆けた。その想い出があるだけで十分なのだ。だからこそ、殿下は我らにとって絶対なのだよ」

キ「(……う~ん、口には出せないけどやっぱり王様たちってちょっと異常よね。普段は良い人なんだけど)」

ディ「そう言えば、キリエ。お主にこんな物が届いておったぞ」

キ「え?何?……ああ、アミタの事ね。アミタはあれ以降、届いた手紙を読み直して嬉しそうな表情したりとか、唇を撫でて顔を真っ赤にしたりしてるわよ~」


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大戦の始まり

「……これは一体どういう事なのですか?」

 

 黒のランサーは問うていた。黒と赤の陣営は一時的ではあるが、一纏まりとなっていた。この戦いが終われば、再度聖杯対戦は再開されるだろう。しかし、それでも手を取り合う事が出来た。この機会を逃すわけにはいかないし、下手な行動をとられると困るのだ。そう、例えば――――決戦を前にしての退却とか。

 

「何故、ソロモン王がいらっしゃらない?この情勢下で勝手な行動をとられては困るのですが」

 

「『最後の雷帝』カストレイア・クリュス・ダールグリュン卿。あなた個人に関して、私は畏敬の念を感じえない。だが、あなたに猊下の行動を縛る権限はない。いや、そんな物は誰にもないのだ。猊下は自らの存在がこの戦場において不要と仰られた。故に身を引かれただけの事だ。一々騒ぎ立てるな」

 

「言ってくれますね――――天剣風情が」

 

「ほぅ……それは私共に対する侮辱か?それとも歴代に対する侮辱か?」

 

「どちらでも構いません。あなた方はいつもそう。ソロモン王の意向のみを絶対とし、周りの迷惑など欠片も考えない。ソロモン王を仰ぐことしかできない木偶風情が、偉そうに宣うな」

 

 黒のランサー――――カストレイアは吐き捨てるようにそう言った。生前、ソロモン王に敗れた後も思い続けてきた事を。ソロモン王は絶対の実力を持つ王だ。それは真実で、カストレイアも否定することなく頷くだろう。かの聖王女がゆりかごをもってしても、倒せなかったのだ。ならば、その実力を疑う事はしない。

 しかし、ソロモン王が人間的に見て完璧だった訳ではない。ソロモン王は人を超越した視点をもって動いており、それ故に人の心が分からなかった。それは騎士王にも似たところがあったが、アレはそれ以上だった。それでも、天剣と女帝たちはソロモン王を仰ぎ続けたのだ。これを木偶と言わず何と言うだろうか?

 

「ランサー!何を……」

 

 それに慌てたのは、カストレイアのマスターを始めとした黒のマスター陣営。事実として、ソロモン王の援助があったからこそ小国であるにもかかわらず、連合軍相手に立ちまわれてきた。今後の作戦に関しても、彼らの援助なくして勝つ術はない。だと言うのに、堂々と喧嘩を売るのだ。それは慌てるだろう。

 

「黒のランサーの言い分は尤もだ。きつい言い方ではあるが、間違っちゃいねぇ。今は全員が総力を結集して対処するべき場面だ。だってのに、敵前逃亡たぁ……誹りを受けてもしょうがねぇわな」

 

「貴様……使い魔(サーヴァント)風情が、猊下を愚弄するか!」

 

「愚弄も何もその通りだろうよ。んで?その辺りはどうなんだい?魔王殿」

 

 赤のランサーがそう言うと、唯一空席だった席に立体映像のソロモンが現れた。その表情は実に楽し気な物であり、二人と天剣のやり取りを面白がっていたことが窺えた。ソロモンは片手をあげ、感情を荒げる騎士たちを諫めた。ソロモン王の命令に騎士たちは黙して従い、下手ないざこざが再発する事はなかった。

 

「流石はサイクリアが誇る最強の英雄の呼び声高き『魔眼の槍手』だ。俺がこの軍議を覗いているのが、分かっていたのか?」

 

「いんや?別に千里眼で見るほどじゃねぇよ。あんたはこの聖杯大戦を終わらせに来たはずだ。だったら、あの魔女を殺すための軍議を放置しておくわけねぇよな?」

 

「なるほど。確かに、それは道理だな。だが、勘違いしてもらっては困る。俺は聖杯を取る気はない。あの中に、俺の求める物はないからな。俺がこの聖杯大戦に願う物はない」

 

「だから、手を引くと?そら、身勝手ってなもんじゃねぇのか?」

 

「ランサー……いい加減にしておくことだ。それ以上、猊下を侮辱するというのなら……」

 

「言うのなら、なんだ?まさか、お前ら如きが俺に敵うなどとは思っていまいな?なぁ、ソロモン王」

 

「そうだな。今のこやつらでは、お前には勝てまい。惑星を代表するに足る力を持つ大英雄たるお前に敵うとすれば、初代の天剣たちぐらいのもんだろう。だがな……()を侮るなよ」

 

 ソロモンがそう言った瞬間、赤のランサーが肌が粟立つような感覚に襲われた。ソロモンは赤のランサーを高く評価している。しかし、それはソロモンが赤のランサーに劣っているという意味ではない。ソロモンからすれば、赤のランサーも無数にいる英雄の一人でしかないのだから。

 

「赤のランサー……惑星サイクリアにおいて神と人の間に生まれた人間よ。お前は特別なのだろう。かの猛犬に劣らぬほどに、貴様の実力は際立っているのだろう。だが、それでも俺は負けん。それが何故か……お前に分かるか?」

 

「………………」

 

「背負うものが違うからだ。所詮という訳ではないが、一人で生きるお前に背負う物などあるまい。あったとしても、微々たるものであろう。しかし、俺は国を背負っている。俺の背には俺の守るべき民がいる。故に、俺は負けんのだ」

 

「……絆こそが力ってか?魔王らしくもない言い方だな」

 

「背負う物があるものは強い、という事だ。世界から課せられた使命を放棄してでも、俺はしなければならないことがある。無駄な事にかかずらっている暇はない。俺には世界を救う義務がある」

 

 ソロモンの言葉には力が宿る。赤のランサーはようやく理解した。これが『王』だ。『惑星』ではなく、『時代』を代表する『王』。決して英雄が劣っている訳ではないのに、それの上位に立っているようにすら感じられるほどの威圧感。初めての感覚に、興奮すら覚えていた。自分がこの王と同じ時代にいたなら、その下にいたかもしれないと僅かながらでも思ってしまった。

 これこそが、ソロモンのカリスマ。人智を超越した王の放つ言葉に万民が魅了された。強大な力を持ち、その理想のために総てを捧げた王がいたとすればそれは『神』と呼ばれるようになるだろう。そして、信仰こそが人の力ならば、ソロモンに勝る者はいないだろう。

 

「……とはいえ、だ。確かに、このまま何もしないのであれば不義理が過ぎよう。故に、マスターたちの安全ぐらいは保障しよう」

 

「ほう?どうやって」

 

「こうやって、だ――――宝具展開」

 

 ソロモンの手元に一冊の本が現れ、その本から膨大な量の魔力が溢れかえる。その魔力はまさしく濁流の押し広がり、王都とそれ以外を遮るように展開されていく。

 

「我が輝きよ、不変たれ。その威光は色褪せる事無くありて、遍く総てを包み込め――――」

 

 

 

――――彼方にて輝く星の都(ログリアス・ソロモニア)

 

 

 

 ソロモンの言葉と共に、結界が完成した。その宝具が展開されたのを結界の外から見たジャンヌ・オルタは真龍に攻撃させてみた。端から破れるとは思っていないが、生半可な防御なら防御ごと食い破らんと言わんばかりの強烈な攻撃だった。

 事実、その攻撃は黒と赤両陣営のサーヴァントが宝具解放して漸く相殺できるだろうという威力だった。しかし、ソロモンは特に構えることもなくただ悠然と笑みを浮かべる。放たれた火球は結界にぶつかり、結界の外の大地を蹂躙し――――けれど、結界には傷一つつけることは叶わなかった。

 

「スゲェな。あれだけの攻撃をもってしても、傷一つつかんとは。どうする、マスター?破れかぶれで宝具解放でもしてみるか?」

 

「不要よ。どうせ、あの壁は壊そうと思っても壊せない。あの中を蹂躙したければ、正面から堂々と破ってこいという訳ね。言われるまでもない事よ、ソロモン王。我が悲願の邪魔立てなどさせはしない。行くわよ、我がサーヴァントたち。敵は目前。時には英霊らしく正面から食い破って見せなさい」

 

「英雄らしく、か……俺ららしくもない事だ。俺たちみたいな悪役(ヒール)にはな」

 

「ならば、悪役らしく盛大に散りなさい。心配せずとも、骨の一つは拾ってあげましょう。どうせ、私たちにほかに道など存在しないのだから」

 

「はっ……言ってくれるじゃねぇか。まぁ、良いさ。ならば言葉通り、せいぜい華々しく散るとしようか」

 

「――――礼は言わないわよ。悪鬼」

 

「カカカッ!いらねぇよ。あんたは信念のために戦い、俺はそんなあんたの道具として戦った。そんだけの話さ。あのバカほどじゃねぇが、あんたも損な性格をしてるよ」

 

「私は太陽の寵児ほど、周りに嫌われてないけどね」

 

「そもそも、そこまで思われるほど周囲の人間なんざいないだろうに。役割を与えられ、その役割の通りにしか生きられない……そんな生き方を不憫には思うが――――そんな生き方は嫌いじゃない」

 

 その言葉と共に斧を片手にオルタと話していた男――――バーサーカーは先頭に立った。悪役となるしかなかった少女の姿に、かつての旧友の姿を垣間見ながらも意気揚々と戦場に立つ。それぐらいしか自分に出来ることなどないと知っているがゆえに。

 バーサーカーは進みを遮るものはなく、空中を飛び回るワイバーンたちですらバーサーカーの前では道を開けた。そんなバーサーカーの先には彼と同じくマスターたる少女に仕えるサーヴァントたち。これまで狂化を受け、しかし先だってその枷を解かれた者たちだった。

 

「さぁて、最後の戦いだ。不満もあったろうが、これが最後だ。なら、精々楽しんでいこうじゃねぇか」

 

「……解せんな、バーサーカー。貴様はあの蹂躙を楽しんでいたのではないのか?」

 

「そら、言いすぎだなアーチャー。蹂躙なんて楽しんじゃいないさ……ただ、思うところはあった。それだけだ」

 

「あの女の来歴か……世界を呪うその在り方には同情するが、我はあの女は好かん」

 

「それで良い。誰もがあいつの事を好きである必要なんかないし、そんなのは気持ち悪いだけだ。俺はただあいつの扱いが俺の友と似てたから、協力しただけだしな」

 

「まったく狂戦士(バーサーカー)らしくないな、貴様は」

 

「まっ、俺の狂化スキルってEランクだしな。血を見たら戦いが楽しくなっちまう……それぐらいのもんさ。もっと酷くなれば、そりゃあ会話もできないだろうが。嬢ちゃんはそこまで望まなかったんだろうさ」

 

「あのマスターが?何の冗談だ、それは」

 

 アーチャーはバーサーカーの言葉を鼻で笑った。アーチャーからすれば、今のマスターは敵でしかない。彼女は人が懸命に生きる姿が好きだ。しかし、あのマスターはそれを嘲笑うかのように無力な人々を殺した。その所業を許しておく事などできない。

 バーサーカーにもアーチャーの言い分は分かる。信頼を得るというには、彼女はあまりにもやりすぎた。英霊の心を捻じ曲げ、力のない人々を痛めつけることで己の心の闇を晴らそうとした。己の役割を、踏みにじられた己の過去を払拭しようとした。しかし、今の彼女にそんな負の感情はない。何故なら、見てしまったからだ――――踏みにじられても、嫌悪されても尚、己の意思を貫くオリジナルの姿を。

 

「かく在れかしと定められた己。役割に縛られたあの少女は、過去を直視させられた事で悟っちまった。自分のしたかった事を……そして、自分のなすべき事をな」

 

「それがキャスターの抹殺だった、と?」

 

「さぁね……ただ、あの男がいたままだとマスターは己の道を進めないと思ったんだろ。俺も実際にそう思うしな……あれはまさしく妄念の塊だよ」

 

「確かに……それは違いない。ならば、彼女は正しく自分の因縁を断ち切ったという事かな?」

 

「そこまでは知らねぇよ。ただ、ここからなんだろうさ。あの子の復讐譚は。……まっ、やれるだけやろうじゃねぇか。どうせ、やれる事なんてたかが知れてる。華々しく戦って散る。それだけで良い。細かい事は一々考えないようにしようぜ」

 

「単純明快と……戦士らしい考え方ですね」

 

「考えるのは王様の仕事で、俺たちの仕事は王様の考えた作戦を実行するだけ。そういう風に生きてたし、死んだってその生き方は変えられんさ。なんせ、馬鹿だからな俺は」

 

「自信満々に言う事ではないですね……」

 

 笑うバーサーカーに対して、アサシンはそんな姿に呆れかえるしかなかった。いっそ、さっぱりとしたその姿は英雄らしく、それ故に世界を滅ぼす陣営に協力していることが信じられなくなるほどだった。その疑問に対して、彼はきっとこう答えるのだろう――――仁義だと。

 

「嬢ちゃんは覚悟を示した。なら、戦士として俺はその覚悟に応える義務がある。白痴ではなく、一個の人間として進むってんなら応えない訳にはいくまいよ。それに俺は好きなんだよ。どんだけ人に否定されようが、一つの生き方を貫こうとする奴がな」

 

 そう告げたバーサーカーは傍に停まっていた自らの乗騎であるワイバーンに乗った。主が乗り込んだのを確認したワイバーンは一際強い咆哮を挙げながら飛び立った。そして、己が持つ戦斧を掲げ天に向かって咆えた。

 

「この一戦こそ、この世界の命運を決める大舞台!死に物狂いで参れ!貴様ら(英雄)の討つべき()はここにいるぞ!」

 

 バーサーカーの言葉に励起されるように、戦斧が風を纏う。その風に集まるかのように雲が集い、集った雲はいつの間にか雨を降らし、風が吹き荒れ、雷が降り注ぐ。しかし、本来当たって然るべきワイバーンたちには一筋たりともぶつからず、ソロモンの張った結界にのみ雷がぶつかり続けている。

 

「我が雷と風を恐れぬ兵どもよ!我が首を取って見よ!さすれば、この星の――――否、世界の命運を預けるに足ると認めよう!されど、この俺の屍を踏む事すら叶わぬ者にその大望を叶える事など不可能と知るが良い!」

 

 その啖呵を聞き、奮えぬ者は英雄などではなくただの臆病者だ。そう、誰しもが思ってしまう程にはバーサーカーの啖呵は晴れ晴れとしていた。それは天剣と女帝たちも例外ではなく、自分(ソロモン)のためではなく英雄としての血が彼らを突き動かそうとしている姿を見てソロモンは笑みを浮かべる。

 

「素晴らしい。さぁ、どうする?宣戦はなされたぞ。英雄(お前たち)の勇姿を俺に見せてくれ。なに、心配するな――――俺はいつだってお前たちの背中を見ている」

 

 ソロモンが見ている。世界の総てを支配するにたる最後の王が、この一戦を見ている。これに奮い立たぬ騎士など存在しない。ソロモンのことが好きではないカストレイアとて、その例外ではない。それほどまでに影響力を与える存在だからこそ、彼は世界の総てを支配することの出来る器だからこそ、世界で最も偉大な魔導士の名を冠するのだ。

 

「さぁ、戦に挑め。この世界の命運はその肩に掛かっている。その命の赴くままに――――己が武威を揮え」

 

 その言葉と共に、大戦を終わらせる戦いは幕を挙げた。



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戦闘勃発

皆さん、どうもこんにちばんは。
あとお久しぶりです。外出自粛のおかげで大幅に時間が取れたので執筆活動に勤しんでおります。シュトレンベルグです。
今の仕事が時間が不定期という事も相まって中々執筆できないという言い訳はさておき、とりあえず今の期間にかけるだけ書いておきたいと思いますので、なにとぞよろしくお願いします。

では、本編どうぞ。


 雷の暴威。

 相手方のバーサーカーの放つ魔力によってできた空間は、まさしくそう称するに相応しい空間だった。無論、その力が相手方にも配慮されていたものか?と問われれば、まったくそんな事はなかった。雷を躱しながら、相手方も赤黒連合に近づいてきた。

 

「バーサーカーめ、少しはこちらに配慮しろというものだ……!」

 

 連続して鳴り響く雷轟に顔をしかめる。森の中とはいえ、バーサーカーの振りまく雷轟はとても邪魔に感じていた。狩人である彼女にとって、聴覚的にも視覚的にも雷というのは邪魔でしかない。それがたとえ彼にとってはどうしようもない物だとしても。

 それを傍で聞いていたランサーは懐かしい光景でも見ているかのように、雷降り注ぐ敵陣を見つめていた。そしてぶつくさと文句を言っているアーチャーに視線を向ける。

 

「おや、余裕がないのだなアーチャー。このぐらいならまだ余裕だろう」

 

「無論、効くか効かないかという話であれば意味がない。だが、この轟音も閃光も鬱陶しいことこの上ない。特に私のような弓兵にとってはな」

 

「そうか。ならばその憂い。この場で断ち切ってやろう」

 

「そう簡単に行かせると思うか?赤のセイバー!」

 

 その言葉と共に、攻撃が交錯する。槍と剣がぶつかり合い、その間に飛び交う矢を紫電が焼き払う。地面を薙ぎ払いながら、激しい攻防が重なる。セイバーは数的不利をモノとはせずに、どころか一部分では押す勢いで戦いを展開していた。

 

「お前らを殺して、魔女も殺す。そうして手柄を立てる。そして次の戦場へ。俺にとって代わることのない日常さ。ただ仕える対象が違う、ってだけでな」

 

「……なるほど。生粋の戦士という訳だ」

 

「いんや、これでも生粋のベルカ騎士だよ。ただ、俺の生涯はその殆んどが戦場と共にあった。だから、俺にとっては王様とか領主様とかの義理よりも、手柄を立てて家族に良い暮らしを、っていう方が重要なのさ」

 

「ほう……そんな現実主義者が態々聖杯を求めるとは。今のお前には、養うべき家族も守るべき仲間もおらぬだろうに」

 

「だから、って奴さ。生前は現実主義で生きたってんなら、死後は忠義とかそういう臭い奴のために生きてみたいと思ったのさ。だから、召喚してもらって信頼してもらう。それさえ叶えば、俺の願いは叶っているのさ。あんたらがどうかは知らないがね?ついでに言やあ、いろんな英霊と話してみたいってのもあるが」

 

 剣の腹で肩に叩きながら、赤のセイバーは子気味良さそうに笑う。彼が主の命令を受けて戦場に立っている時点で、彼の願いは叶っているのだから当然だろう。そして、そんな彼の在り方はある種、英雄らしいとも言えた。

 

「なるほど。近代の英雄にもこれほど英雄らしい者がいるとはな。侮りがたい」

 

「まっ、うちの姫様ほど高名な英雄じゃないがね。天災兵器を止めただけのしがない男なんでね」

 

 赤のセイバーの周囲を紫電が迸る。その電は周囲に降り注ぐ雷の進路を捻じ曲げ、己の被害を回避する。それに留まらず、その自然エネルギーを己の力に変えていく。際限なく高まっていく魔力にアーチャーとランサーは警戒を強める。

 

「俺はかつてとある天災兵器と闘い、相打った。そういう経歴を持った英雄であり、逆に言えばそれぐらいしか特筆した活躍をしなかった男だ。だからこそ、なのかねぇ?そこら辺の描写はやたら細かく、かつ壮大に盛られたんだ」

 

「なに……?」

 

「生前の俺に、こんな力はなかった。ただ、俺の戦った天災兵器――――禁忌兵器(フェアレータ)ってのは、文字通り自然を操る兵器だった。それこそ、こんな嵐の再現すら簡単なぐらいにな。で、だ。後世の人間は思った訳だ。どうやって俺は勝ったのか、ってな?」

 

 周囲を自らの紫電で焼き払いながら、赤のセイバーは口にする。その圧力を先ほどとは段違いの領域に上昇させながら、握りしめるその剣に力を籠める。それと共に刀身に魔力が集中していく。白銀の刀身は紫色に染まり、次第に赤色に塗り替わっていく。

 

「なに、そう難しい話じゃねぇ。本当はここまでの道中みたいに自分に襲い掛かってくる物だけ破壊して近づいて全力の一撃をぶっ放して殺したんだ。だが、後世の連中は荒唐無稽だと思ったんだろうな。だから、連中は俺が相手の攻撃に含まれる(・・・・・・・・・・)魔力を吸収して(・・・・・・・)、その一刀でもって相打ったってな。そっちの方が無茶だろ?

 理論的には収束魔法(ブレイカー)と同じだがな。相手の攻撃に含まれる魔力を一方的に奪い取って?その攻撃を自分の武器に収束させて放つ?そんなもん、俺本来の技量で成しえる業じゃねぇっての。だが、それを宝具にまで昇華させるってんだから、とんでもねぇよな。人の意識ってのはよ」

 

 肩をすくめながら、そういう英雄はどこまでもふざけている。その宝具の来歴からすれば、その宝具を放てばどうなるのか、分からないはずがない。その宝具は命を燃やす宝具。この英雄は端から自分の命を使い捨てにして、自分たちを止めに来た。

 それは先達への尊敬であり、同時にそうしなければ止められないという危機感の表れでもある。多くの英雄に触れあえば、浪漫に心奪われた者であれば、語りたい事も聞きたい事もあった。その機会は多ければ多いほど良いものだ。

 

 それを理解していない訳ではない。しかし、その夢を、願いを放棄してでも力のない民草を守る。それは願い以前に、己自身がなすべき事だと定めた事だ。夢を叶える前に、まずは現実を見て、その現実に向き合わなければならない。それは死後であっても変わることのない彼の在り方だった。

 

 

「……なるほど。どこまで行っても侮れないのは人の願いか。確かにその通りだな」

 

「怖いよな。もしかしたら、この戦闘の後に残ったもので俺は化け物扱いされちまうかも。それは今更な気もするがな」

 

「ならば、死す前に教えてくれ。貴様はその生き方を後悔する事はないのか?」

 

「あん?」

 

「弱者のために尽くす。なるほど、良い言葉であろう。英雄譚に名を連ねるに相応しい信念だとも。だが、その生き方はとても儚いものだ。大きな逆境を前にしたとき、貴様は絶えずその信念を貫けるのか?」

 

「知らねぇよ、んなもんはな。相対した時にまた改めて考えるさ。でもまぁ、なんだ。俺は、俺がその時になすべきと思ったことを為すだけだろうさ。それが善であれ、悪であれな」

 

 そう告げると赤のセイバーは剣を構える。これ以上の問答は不要だろうと、これより先の決着は言葉によって齎される物ではないのだと、言外に伝えながら。その言葉に是非もなしと、ランサーが一歩を踏み出した瞬間に決着はなされた。

 

「宝具解放――――」

 

「なにっ……!?」

 

「アサシンッ!貴様、なにを――――」

 

「余計な事をするな、アサシン!貴様はただマスターの周りをウロチョロしていればそれで良い!」

 

 

「――――汝、深淵に堕ちよ(アム・ラスティオン)

 

 

 その瞬間、赤のセイバーの意識が割断された。宝具に供給されていた魔力が一瞬にして途切れ、構築されていた術式も絶たれた。先ほどまで行われていた何もかもが絶たれ、赤のセイバーの命はこれにて終了――――となる筈だった。

 

「……舐めんな!俺は聖王国の聖騎士(パラディオン)!この程度で死んでたまるか!」

 

「なに……?」

 

 『戦闘続行』スキル。最後の戦いしか目立つところがないと嘯きつつも、彼は何度倒れても再び立ち上がる事から『不屈の聖騎士(レイジング・パラディオン)』と呼ばれた。聖王国の中でも有数の騎士であり、帝国はその実一度として彼を討ち取る事が出来なかった。

 天剣と闘い、それでもその命を落とすことはなく。魔王として君臨した皇帝に手を差し伸べられてもその手を払い。数多の英雄や騎士と闘い、それでも生き残ってしまった騎士。それこそが『不屈の聖騎士』ことネルバス・アスティオンの在り方だ。

 

「誰にも我が膝を折ることを能わず!誰にも我が意を曲げること能わず!そして――――誰にも我が命の終焉を選ぶこと能わず!

 燃えよ、我が命。奮えよ、我が信念。仰ぎ見よ、掲げし我が聖剣を!『我が落陽、其は輝ける星の終焉(オムニプス・アウム・レクリカ)』!」

 

 一度絶たれた剣――――聖剣レクリカに再度、魔力が流れ始める。自分の霊基を文字通り崩す勢いで聖剣に魔力を流していく。自分という器を己が振るいうる以上の魔力で満たして剣に注ぐのではなく、自分という器が崩壊していくほどの魔力を注いでいく。それによって、宝具としての体をなす。

 しかし、それは本来の威力を発揮しえないという事でもある。自分という器以上の力を発揮するのではなく、自分という器を崩すことでなす。それでは十全の状態で発揮するわけではない以上、どうしてもその本領が発揮できないのは仕方がない事でもあるのだが。

 

 本来は雷降り注ぐ周囲一帯を雷撃によって焼き払う宝具なのだが、今回に至ってはその限りではなく。されど、この場にいる三体を諸共に焼き払うぐらいの威力はあった。あったのだが――――

 

「……はっ。よもやよもや、相殺、されるとはな……」

 

「いや、相殺とはいかなかった……私一人だけではな」

 

「クカカカッ……やはり二人同時に相手どろうと欲張ったのが悪かったか。でもまぁ、これも悪くない。不敗神話はここで砕けた訳だが、一流の英雄相手取ってこの様なら悪くない話なんだろうさ。魔王様相手には悪いがな」

 

「魔王……ソロモン王の事か?」

 

「応さ。俺はソロモン王と約束をした。自分の不敗の代価に俺を配下にする事を諦める、っていうな」

 

「……あんたはそれを受け入れたのか?」

 

「ああ。さっき名乗っただろ?俺は聖王国の聖騎士だってな」

 

「……何故だ?何故、あんたはソロモン王に仕えなかったんだ?あの王は絶対の王だ。その配下に仕えていれば、絶対の治世が約束されている。あんたはその恩寵をどうして跳ね除けたんだ?」

 

 

「決まってる。それが嫌だったから、俺は俺の道を自分で決めたいと思ってる。俺が守るべきものを守るためにはあの王の力は要らないし、何よりあの王の存在が戦乱を呼ぶ。少なくとも、俺が生きていた当時はあの王のいるところは戦乱だったからな」

 

 

「戦う事を嫌っているくせに、騎士なんぞ名乗ってるのか?意味不明すぎるだろ」

 

「あん?……さてはあんた、近代か未来の英雄だな?しかも、あの王様に心酔している類の。だったら、分かんねぇだろうな。あの王様はいつだって時代の中心にいる。そして、時代の中心にいる存在っていうのは物理精神問わず、争乱の中心にいる存在なんだってことをな」

 

 その言葉と共にネルバスは退場していった。誰を退場させた訳でもなく、誰に痛痒を与えた訳でもなく、誰かを助けた訳でもない。それでも、ネルバスは後悔する事もなく退場していった。その事実にランサーは惜しい事をしたという表情を浮かべ、アーチャーは申し訳ないという表情を浮かべ、アサシンは気に入らないという表情を浮かべた。

 誰の心にも納得という感情も、勝利したという感慨を残すこともなく、赤のセイバーは落ちた。相手にとって心強い存在であった強敵のサーヴァントを落とし、誰にも喜びを与えなかったという点で魔女陣営にとっては厄介な存在であると言えるだろう。

 

 そして、その脱落をその場におらずともソロモンは感じ取っていた。

 

「ネルバス・アスティオンが落ちた……か。強力な勇士であったが、油断でもしたのかな?さて、あの勇士を真っ向から落とすほどの強者がもしいるのだとしたら……今の天剣では厳しいかもしれんな」

 

「では王よ、いかがなさいますか?今でしたらまだ、手の施しようがありますが」

 

「要らんよ。この程度の難所、俺なしで超えてもらわなければ困る。超えるに足る力は与えた。それを使いこなすにはまだ足らんが……サーヴァント相手に戦えるだけの力は既にある。ならば、俺はただ座して待つだけであろうよ。それとも、連中は俺の手がいるとそう思うのか?」

 

「いいえ、王の決められた事に異を反するつもりはありませんよ。なにより、両陣営のランサーがいれば、この程度は問題にもなりえますまい。王に及ばずとも選定者の目に留まるだけの力を持つ王と、一つの世界を代表するに足る大英雄。彼らの手が及ばない相手ならば、それこそ彼らは生き残れますまい」

 

 ジェイルのその冷たいともいえる言葉に、ソロモンは否定の言葉を述べることはない。彼もまた同じ事を思っており、それ故に彼らに願っている。器の開花を、神器の覚醒を、何より最後のステージへの到達を。かつての天剣と女帝たちが至っていた場所へ、今代たちも至れることを。

 

「世界をかけての大戦争――――といえども、我らにとっては最初の障害であり最初の外殻でしかない。この程度の障害で躓くようであるなら、彼らはそれこそ天剣位を返上した方が良いでしょう。ここから先、そんな生半な覚悟では死を待つ以外にないでしょうから」

 

「随分と厳しい事を言うのだな。道理ではあろうが」

 

「当然でしょう。あなたの娘程度にも劣る騎士ならば、いる意味がないではありませんか。あんな欠陥作品に「ジェイル」……失礼しました」

 

「お前の考えも分かるがな。リーナは確かにそのコンセプトからすれば欠陥と言っても相違ない。しかし、あの娘は俺に及ばずとも王の器だぞ。なんだったら、どこかの世界を任せてみればいい。いずれ、あの子を中心として一つの国が世界を呑み込むぞ」

 

「……あの娘にそれほどの素養があると?」

 

「無論だ。あの子を誰だと思っている?この時代で俺の因子を受け継ぐ唯一の存在だぞ?その程度の事も出来ない訳がない。まぁ、それは管理局のあの娘にも言える事のようだがな」

 

「あの娘、ですか?」

 

「おや、お前にも分からぬ事があるとは。『無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)』などと呼ばれるお前にしては珍しい事だな。それはそれで子気味良いがな」

 

 その言葉と共に、ソロモンは再び意識を戦場に向ける。戦場では今まさに、赤黒連合のサーヴァントたちがワイバーンの集団と接敵していた。一騎当千の英霊たちからすれば物の数に入らない敵だが、それでも他の者たちにとっては厳しいと言わざるを得ない相手だった。

 

「アクセルシュート!」

 

「ハーケンセイバー!」

 

 それでも管理局の戦力も加われば、少なくとも退却まで考慮に入れる必要はなかった。だからこそ、サーヴァントたちも各々の役割を全うする事に専念できた。

 しかし、天剣たちには分からなかった。ソロモンが自分たちに求めている役割も、ソロモンが願っている到達点に関しても。ただ、少なくとも分かっていることは一つだけ。手に入れたばかりである『力』をどうにかしなければ、自分たちもどうしようもない事を。

 

「……なるほど。ソロモン王もかなり焦っている、という事なのでしょうか?アレは生半可な努力で手に入る物ではないでしょうに。それこそ――――死を覚悟するレベルでなければ」

 

「?どうかしたのか、ランサー」

 

「いいえ、少しだけソロモン王の目的が読めただけの事です。この大局には欠片も影響しないので、無視しておいてください。それより、進軍率はどれほどですか?」

 

「まだそれほどでもないだろう。なんなら、セイバーの宝具で穴を開けますか?」

 

「そこまでではありません。それに彼の宝具はそんなに頻繁に使うような事態には陥っていない。侮る気はありませんが、欲張って早々にダウンしてもらっては困ります。彼にはまだ求める役割があるのですから」

 

 『黒』の陣営は特に焦ることもなく、この事態に対処していた。彼らからすれば、目の前に広がる相手は恐れるに値しない程度の敵でしかない。それよりも、奥にいるであろう七騎のサーヴァントたち、そして真龍の方が相手としては面倒この上ない。

 ここに至るまでに敵方のサーヴァントの損耗率は非常に低い。相手が意図的にサーヴァントのいない場所にサーヴァントを派遣していたというのもあるが、それでも接敵率が0だった訳でもない。時にはこちらが有利の場面もあった。それでも討ち取れていない辺り、敵の優秀さも窺えるというものだろう。

 

「……あんだと?セイバーが?」

 

「マスターからの報告になりますが、そのようです」

 

「ふ~ん……まぁ、不思議じゃねぇが。その割には、被害が少なすぎるあたりが気になるな。不意でも打たれたのか?あいつにしては珍しいな」

 

「それで、こちらはどうしますか?」

 

「どうするもこうするもなかろうよ。俺たちは俺たちでやるしかなかろうよ。元々、この場限りの同盟で互いに真名を明かしている訳でもないんだ。俺たちでやれる事をやるしかあるまい」

 

「それは分かりますが……」

 

「今から戦いが終わった後の事を考えたってしゃあないだろうが。今は目の前の戦いに集中しろ。この戦いが終わった後に誰が生き残っているのかなんて、誰にも分からないんだからよ」

 

 『赤』の陣営は唐突に強力な味方であるセイバーを失ったことに混乱を隠せずにいた。しかし、リーダー役である『赤』のランサーは戸惑うことなく戦闘に集中していた。無論、セイバーを失ったことが惜しくない訳ではなかった。それでも、それは目の前の戦闘から目をそらしてまで考える事ではなかった。

 少なくとも、この雷降り注ぐ環境を構築したサーヴァントはランサーの見立てでは神霊だ。正確に言うなら、神の血を持った英霊だろう。即ち、自分の同類であり、全力を出せる環境であれば末恐ろしい相手であり、且つ相手は聖杯というバックアップがある。手を抜くことはできない状況なのだ。そんな状況下で余計な事を考えている暇はない。

 

「さて、どんだけ生き残る事が出来るのやら……マスターたちはちゃんと考えてくれてんのかね」

 

 考えてないんだろうなぁ……と思いながら、『赤』のランサーは槍を振るう。その薙ぎ払いで十にも届きそうなワイバーンを殺しつつも、赤黒連合は戦場を突き進むのだった。



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