Fate/Grand Order  「炎の記憶」 (乾燥わさび)
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序章
序章1


ふと、信じられないような熱を感じることがある。
身体の内から燃え上がるような熱気。
目を閉じても景色は紅く、頭がぼーっとして、手足は痺れ蕩けていく。
その紅はだんだんと白く燃え、完全に尽きる寸前、嘘だったかのように元の世界にもどる。
刹那、響く。
「まだ早い」
その響きをなぜ知っているのか、理解できるはずがなかった。


2015年7月某日明け方 ロンドンのとあるアパートの一室

 

 昨晩の雨は湿った重い空気を街にもたらした。夏のロンドンは暑くて雨が多い。外に出るとジメッとして気だるさに覆われる。街中が少し落ち込んでしまうのも仕方ないだろう。

 現に、ここ一帯のアパート街は静かで、木々をなぞる風だけがただ目覚めているかのようだ。誰もが寝静まっている街に未だ火の灯る窓が一つ。

 

「ふあーあ、こんなもんかな。今日もおやじ帰ってこなかったな。てか暑いな、窓開けるか。う、うわぁ‥」

 

 滑り込む湿気、不快な温度。窓を開けたのは逆効果だったようで少年はその黒い髪を掻き毟り、青い眼をギュッとつむる。

 遠坂ロア、今年16歳になる彼はロンドンで産まれ、ロンドンで育ってきた。172㎝という身長は日本人の16歳男子としてはやや平均以上といえるが、彼の学友とはなかなか目線を合わせるのが困難なのだろう。常に肩を痛めている。

 学生の頃ヨーロッパへ留学に来ていた父と母がそのままこちらで結婚式を挙げたようで、幸せに流されるかのようにロアが産まれた。だが、ロアは母の顔も声も覚えていない。ロアを出産すると父にも何も言わずに消えてしまったらしい。父はロアに「母さんは俺に宝を与えて消えてしまった。だから俺は母さんのためにお前を立派に育てないとな」と言って聞かされてきた。

 

「こいつら磨いてるのもいいけど、おやじにいろいろ教えてもらう方が楽しいんだよな。いっつも俺がいないときにばっかり帰ってきやがって。」

 

 彼の部屋にところせましと並んでいるのは木製でアンティーク風のジュエリーボックス。3段の引き出しは下ほど深い構造のため上には小さくキラキラ、下には大きくてゴージャスな宝石によって彩られている。

 彼の父親、空時は鉱石に関する研究者だった。ロアはいつも父に鉱石の話をするようにねだり、目を輝かせて聞いた。鉱石は精製される際にエネルギーを発する。空時はこの鉱石のエネルギーを実用化するために最近は研究所に籠っている。

 もっぱら彼が実験などに使っているのは日本でサッと手に入れることのできる宝石なのだが。

 空時が気まぐれで帰ってくる際には決まっていらなくなった宝石を置いていく。その宝石を毎晩磨くのがここ数か月、ロアにとっての唯一の楽しみだった。200を軽々と超えるだろう。床に座り込んで様々な大きさ、形、色をした宝石を磨いていく。傾けて光を当てる。一番の輝きを知っているのは父かロアだけだ。最高の煌めきを求めるうちに日は沈む。

 そんな宝石部屋に唯一存在している鉱石がある。

 

「今日もきれいだな、《炎帝》。お前を見ないと寝れる気がしねえよ。情熱的で気高い、燃えたぎる中に鋭さがある。磨き足りないよなほんとに。」

 

 ロアが空時から5歳になる前にもらった鉱石《炎帝》。アルマンディン・ガーネットと呼ばれるガーネットの一種で《炎帝》という名は空時が付けた。

 この《炎帝》の特徴はとにかく黒い。一般的なアルマンディン・ガーネットも赤い鉱石の中では黒が目立つ石だが《炎帝》には一見、赤いという感想は皆無だ。

吸い込まれそうな黒。しかし、暗黒は光を求む。鉱石の中心に向かって細い光を当てることで《炎帝》は燻り、真紅を放つ。

 空時に初めて見せられた時はあまりの驚きで泣き出しそうになってしまった。それ以来、ロアにとってこの《炎帝》は無くてはならない宝物になっている。

 

《炎帝》を満足いくまで眺めたロア。

 

「あーねみい、そろそろ寝ないとな。あ?あ、そうだった窓開けてたn「それ、綺麗だね」は?」

 

 生温い液体を少年は浴びる。騒がしい部屋。動く身体。遠い意識。

 

(なんだこれ、夢か?)

 

 更に遠く、手のひらから零れ落ちる。

 

 

 

 

 

 

同日、日没前 人理継続保障機関カルデア 連絡通路にて

 

「「お疲れ様でした、ようこそカルデアへ」」 

 

 長く下っていく通路でひっきりなしに響く電子音声が苛立ちを増幅させる。ようこそもなにも俺は勝手に連れて来られたというのにこの仕打ちか。このカルデアという機関は雪山の地下一帯に張り巡らせているらしく、入口まで辿り着くのには苦労した。さすがに2時間雪山を登らされるのは文句を言ってもいいだろう。

 

「そんなピリピリしても、いいことないわよ。」

 

 前を進む小さな頭がひょこひょこ動く。ちょうど俺の肩くらいの背だろうか、振り返ることはせずに言葉だけを発している。

 

「まあ、お前のせいでもあるんだけどな。寒い中来たってのにいきなり付いて来いなんて言われたらイライラはするだろ。」

 

 そう、凍えながらここに辿り着いた俺に「付いて来て」とだけ言って歩きだしてしまった彼女。メビウスって名前らしい。聞いたら教えてくれた。薄暗くて分かれ道だらけ、複雑極まりないこの施設。もう入口には帰れないだろう。一方メビウスは何の迷いもなく歩みを進めている。案外お偉いさんだったりするのか?

 とりあえず俺もほいほい付いて行っているが今のところどこに向かっているのかもわからない。歓迎しなくてもいいから早く休憩させてくれ。

 

「仕方ないでしょ、遅かったんだよ君は。言うならば大遅刻よほんとに。いい?みんなここまで普通に歩かないよ?魔術師はいろいろできるんでしょ?君ほんとに呼ばれたの?」

「あーもう!俺も魔術を習ってるわけじゃないのに何で呼ばれたかなんかわかんないって!どうすりゃよかったんだよ。」

「そんなこと知らないわよ、私は迎えに行ってと頼まれただけなんだから。まあ、君には君の役割があるんだよ、きっと。」

「なんだよ、役割って」

 

聞くと、少女は振り向き紫蘭色の眼を向ける。

 

「さあ?誰にでも役割はある、でも役割なんて知らずに死んでいくのが普通よ。それがわかるだけでも私は幸せだと思うけど。」

「役割が誰にでも?醜くせがむ物乞いや虐待を受け続ける子ども。それが役割だとでもいうのか!」

「ええ、案外そんなものよ?世界って。」

 

 そういうとまた振り返って歩き出した。じっと俺を見て淡々と呟いた彼女に何が見えているのかはわからない。だが、その深い瞳に誘われているようだった。

 

 報われない人などいくらでも見てきた。強者に虐げられ甚振られ、それが弱者の役割。そんなことがあるのなら世界に価値などあるのか。

 

「さて、いろいろ話したけれど着いたわよ。ここがカルデアの司令部、いわば心臓部。」

 

開く扉。薄暗かった廊下が赤に染まる。鼓膜を響かす低い振動。轟々と地を鳴らす。天井に届く炎。

 

「これ、って、、」

 

 五感が理解を拒否していることだけがわかる。肌を焼く熱、盛る炎の音、数えきれない死体、風に乗った血の匂いと味。

 

「そうよ、遅かったと言ったはずよ。大遅刻よまったく。」

 

 なにも変わらない、少女は淡々と呟く。

 

「重ねて言いましょう。ようこそ、カルデアへ。」

 

 

 

 

 








あとがきで設定などを公開するか検討中です。
感想お待ちしております。


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序章2

 メビウスによると、司令部の惨状を見た俺はそのまま倒れてしまっていたらしい。脳は痺れ、手足は震えている。あんな景色、地獄だ。

 目が覚めると俺はベッドに寝かされていた。とても簡易的なタイプのものだったせいか肩や腰が硬くなっている。

 

「さて、少しは落ち着いたかしら?紅茶くらいなら入れるわよ。さすがにあの惨状を見て堪えたのかしら。」

「え、どういう……あ!あぁぁぁ!!な、な、なんだあれは!あんなもの、、なんで、、俺をどうしようと、いうんだよ!」

 

 惨状という言葉を聞き思い出す。あの光景を脳が強制的に呼び起こし胃が暴れだしそうになる。うまく言葉を紡げない。喉だけではこの感情を満足に表せることができない。ひとしきり叫ぶと糸が切れたように力が抜けてしまう。

 

「まあ、無理もないでしょう。それでこそ人間というものよ。残虐、非道徳的、薄情、冷酷。そんな言葉を人は嫌うわ。言ったはずよ、誰にも役割がある。動物の本能として同種で殺しあうことはありえない。それも言ってみれば役割よ。まぁ聞いてないかしら。」

 

 なんだ、よくわからない。彼女の音は耳をすり抜けていく。一方、口から洩れる音はまるで無機物のように冷たい。

 

「俺をどうしたいんだ。お前は、なんなんだ。それにほかに人はいないのか。」

「そうね、聞きたいことだらけでしょう。でもごめんなさい、時間がないの。いくら彼でもそう長くは持たないわ。」

 

 あくまで冷静、まるで自分とは無関係。彼女の言葉には意志が感じられなかった。事務的、という言葉がぴったりだろう。

 と、考えていると視界が暗くなる。

 

「ほら、早く着替えてくれる?あなたにすべてが託されてる。遠坂ロア。」

 

 視界を遮ったのはどうやら衣服のようだ。白い制服?胸と腰にベルトがあって…。直感がこのデザインをダサいと訴えている。まぁ、とりあえず着てみるけど…。

 

「似合ってるじゃない。」

「嘘だろ。」

「いいえ、似合ってるわよ。その生気のない顔にぴったり。まるで囚人服ね。」

「それはどうもありがとう、まったくうれしくないね。」

 

 どこまでも人を苛つかせるのが得意なんだろうこいつは。真顔で言ってくるのがなおさら質が悪い。面白がってるのか、それとも真面目に言ってるつもりか。

 

「それだけまともに喋ることができるのなら、少しは落ち着いてきたのかしら?あなたが可能ならば少しずつ説明するわ。」

「ああ、だいぶ吐き気は収まったから大丈夫だ。とりあえずなんだけど、カルデアってなんだ?ここはどんな施設なんだ?」

「そうね、そこからよね。よく聞いていてちょうだい。」

 

 

 

 

 

 

「理解が早くて助かるわ。さすがカルデアが選んだ人材ね。」

「勝手に選んでおいて責任を押し付けないでくれ。簡単に言うと、ここは人類の未来が焼却されるのを防ぐ機関の施設でそのためにたくさんのマスターと呼ばれるエージェントを招集したが、一人足りなくなり急遽俺が連れて来られたと。」

「まぁ、そういった感じね。君がカルデアにたどり着くまでの間に事故が発生。マスターは全滅、生き残った職員は十数人といったところよ。」

 

 遠坂ロア、特質した点はないどこにでもいる少年。私の思うように行動し、死を見れば怒りを吠える。非常に扱いやすく都合がいい。私の目的のためにも彼を死なせてはならない。

 

「ということは、俺は唯一のマスターというわけか…。俺一人に全人類を押し付けるなんて、ひどい役割を受け持ったもんだな。といってもなんで事故なんか…。」

 

 今回の事故は間違いなく意図的に仕組まれたものだろう。そもそも一人足りないというのがおかしかった。入館する際に各マスターの情報は記録されていて、その時点だと予定の人数通りだったはずだ。

 

「全マスターが揃ったタイミングで偶然事故が起こるのは考えにくいわ。だけど、それをあなたが考える必要はない。昔から感情の起伏がないと言われるけど、本当に今は余裕がないの。あなたにはすぐに特異点に向かってもらうわ。」

「特異点?どこなんだそれ。」

「酷でしょうけど、また司令部に向かうわよ。そこから飛んでもらうわ。」

「……あそこか。想像するのさえ嫌なんだが、行くしかないんだろ?」

「当たり前よ、何のためにここにいると思ってるの。救ってもらうわよ、世界を。」

「そのために最強の剣とか無敵な鎧とかの支給はあるんだよな?」

「あるわけないじゃない、その身一つでなんとかしてちょうだい。さ、行くわよ。」

「ちょ、待って、冗談でしょ。待ってって。」

 

 どこで見落としていたのだろう。マスターの補充の際にロンドンで確認されたとてつもない魔力量を貯蔵する少年。カルデアで当初集めたマスターの誰よりも飛び抜けて多い魔力を持つこの少年を何故最初から招集しなかったのか。

 

 

 




だいぶ短いですが、きりがいいのでここまでです。
心情を表すのは難しいな、と悩む日々です…。
ゆっくり投稿していきますがぜひお付き合いください。

メインキャラクターは原作とがらりと帰るつもりですし、オリジナルキャラも多数登場します。初めて見るキャラクター、気に入っていただけるよう頑張りますのでどうぞよろしくお願いします<(_ _)>
次話でやっとレイシフトできそうです。
どんなサーヴァントが活躍するのかお楽しみに。


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