宝石の女王 (ふらみか)
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プロローグ

 

 文明崩壊が確認されたとある特別管理世界――ミッドチルダ語で「大樹」の名を冠したその世界には、もはや生物は存在しない。

 魔法文明が発達しすぎた結果、崩壊し、一度終末を迎えてしまったその世界だが、一周して、かなり広大な自然が広がっていた。

 ヒトの背丈よりも大きい直径の大木が乱立する森が、何千km四方にも渡って広がり、かつて集落だった場所までも飲み込み。

 一方では、草すらも存在しない荒野が、果てなく続き。

 かと思えば、南北数万kmの、底が確認できないほど深く大きな亀裂が走っており。

 岩石の山々の間に、ひときわ大きな氷山がそびえ立ち。

 厳しく壮大な自然ばかりかと思いきや、波の穏やかな、くるぶしほどの深さしかない海がどこまでも広がっており。

 大人の腰よりも高い草原には、穏やかな風紋が広がっている。

 魔法文明崩壊により様々な現象に“バグ”が出ているその世界は、それだけで研究の価値があり、また“バグ”が安定していることもあって、「大樹」は観光地としての価値も高かった。なにより、発掘作業にスクライア一族が手を貸したことで、当初の予定よりも早く観光地として活用出来るようになっていた。

 大木の森林入り口付近を、森林浴さながらに歩けるトレッキングコースに。

 人工物一つ一つ専門学者が解説を付けた人工博物フィールド。

 亀裂に透明な橋を架け、そこから命綱を付けて1kmほど下りられるアトラクションや。

 海のほぼ真ん中あたりに、高床式のウッドデッキを設けた展望兼休憩スペース。

 それら観光地整備に、人の往来のための舗装された道路の建設も忘れてはいけない。

 ともかく、観光地としても賑わいを出した崩壊後特別管理世界「大樹」であったが、そこでの居住は管理局が厳しく規制していることもあって、日没以降はすべての生命体がその星を去ることになっていた。

 ――のだが。

 日が沈み、二つの月が空に浮かぶ夜を迎えた「大樹」に、三人の人間が残っていた。

 一人は、考古学者を目指す少年。あと二人は、血縁関係のある姉妹。

 年齢は、少年と姉が15歳で、妹が10歳。傍から見ると、少年少女が管理局の送迎船に乗り遅れてしまって取り残されたように見える。

 

「文献と僕の解釈が間違ってなければ、あの遺跡だ」

「ここまで来てあれだが、本当にこの子を救えるのか?」

「大丈夫。大昔、ここは“沢山の魔力を込めた種”を量産してた世界だから。その技術があれば、きっと上手くいくよ」

 

 しかし、少年たちは自らの意志でこの時間まで残っていた。

 姉妹の妹は、生まれ持ったその膨大な魔力の影響を、周囲の人を巻き込まないようにするためにはどうすればいいかずっと悩んでいて。

 姉妹の姉は、妹の尊い気持ちを守ろうと、ようやく出会えた親身になって話を聞いてくれる存在の少年に相談し。

 少年は、ただ只管にまっすぐな夢と善意によって計画し。

 管理局の人たちがいなくなった後の崩壊後特別管理世界「大樹」で、一人の少女にかけられた生まれつきの“呪い”を解こうとしていたのだった。

 

「あの遺跡は、少し前にスクライア一族がロストロギアを発見したことで有名なんだ。けど、その調査は完璧じゃない。絶対に残っているはずの遺物を、彼らは見つけてないんだ。それがあの遺跡に」

「静かに! 見回りだ」

 

 姉妹の姉の方が、少年の口を手でふさぎ、妹と一緒に抱きしめてなるべく小さな陰になるように身をひそめる。

 制服を着てデバイスを武装した管理局員が、けだるそうに歩いて行った。

 

「……はぁ。その話は出発前にしてくれたから、今改めて言わなくても大丈夫だ。私たちは君を信じている」

「そう。じゃあ、仮説が正しいことを証明するために、現物を見つけないとね」

「ええ。それと、この子のためにも」

「分かってる。急ごう」

 

 少年と少女たちは、「大樹」にある遺跡の一つに向かう。

 そこは、あるスクライアの少年が、一つの宝石と出会った世界。

 そこは、あるスクライアの少年が、21個のロストロギアを発掘した場所。

 

 そこは――宝石の女王が眠る国。

 

 

 

 



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一話

 

 どこか近未来的で自然を感じられない空気をわずかに吸い込んではその量よりも多く吐き出す、という行為を繰り返す少女がいた。

 憂鬱を表現した少女のため息は、虚しく空気に溶けていく。

 彼女の手元にあるティーカップに入った紅茶は、ずいぶんと冷めてしまっていた。

 時空管理局次元航行部隊にある飲食スペースの一席に、少年一人と少女二人が座っていた。

 ここで軽食を口に運ぶと決まって「自分で淹れる紅茶の方が美味しい」と思っていた少女だが、今日はそういうことを想うこともなく、口を付けてはため息を吐くだけの機械と化していた。

 リボンで二つに結んだ髪の房も、心なしか、落ち込んでいるようにも見えた。

 

「らしくないね、なのは。まぁ、気持ちは分かるよ」

 

 なのはと呼ばれた少女は、声をかけてきた少年――ユーノ・スクライアに、頬杖をつきながら相手をする。

 

「だって、飛行禁止令だなんて……試験もまだいっぱいあるのにぃ」

 

 少女は、一人前の魔導師を目指していた。そのために、地元の地球から遠く離れた次元航行部隊本局に足を運んでいる。

 まだ嘱託扱い。将来のヴィジョンを見つめると、ここで足踏みするのはあまりよろしくなかた。できる限り、早く次のステップに進んでおきたい。

 焦りにも似た感情とは裏腹に、現在の魔導師には「管理局権限により、一時、飛行魔法とそれに類する魔法を禁ずる」という飛行禁止令が発令されていた。地球からこの本局に来た時に初めて知らされたことだった。

 理由は、数日前から頻繁に起こるようになったインテリジェントデバイスの原因不明の急停止によるもので、要するに落下事故を未然に防ぐために発令された禁止令だ。

 安全を最優先にしてはいるが、管理局員はもちろん、なのはのような魔導師試験を受けようとする民間人にも、それは多大な影響を与えている。

 

「仕方ないよ。そのうち、技術部の人たちが原因を突き止めて、更新データを配布すると思うよ」

「うぅぅ……試験じゃなくても空飛びたいのに!」

「禁止令がなくても、どの世界でも一般的に飛行魔法は理由無しでは認められてないからね、なのは」

 

 しんなりした少女を見て苦笑いをしながら、もう一人の方の、金髪の少女――フェイト・テスタロッサ・ハラオウンが窘める。彼女は、なのはが次元航行部隊本局で魔法の練習をするというからついてきたのだった。

 なのはとっては、魔法だろうが何だろうが、空を飛ぶということそのものに特別なものを感じていた。

 思い描いていたファンタジーが、自分の手にある。

 そのことを強く実感できるのが、空を飛んでいる時だった。

 自由に、何もない空間を、特別な力で動き回る。

 それが本当に、他に味わえない快感があって、一種の中毒性を感じ取ることもあるくらいだった。

 もちろん、手にした力のせいで、様々な事件にかかわることにもなったけれど。

 だが、結果的に、今のところは。

 どれも関われて良かったと、思えなくもない。

 掛け替えのない友人もできた。

 尊い思いに触れることもできた。

 夢のような一夜も過ごした。

 痛い思いもたくさんしたけれど、それらもすべて含めて、良い時間を過ごしてきたと、小さな胸を張って思えたのだった。

 

「でも、なのはじゃないけど、私もやっぱり空飛びたいな……ちょっとだけだけど」

 

 フェイトも、なのはの気持ちを全肯定するわけではないけれど、だいたい同じ気持ちではあるようだった。

 照れながらの告白を見ていたなのはは、金色のシルクのような髪とほんのり朱が差す透き通る白い肌のコントラストを見て、身体の奥にある熱を感じ取った。

 

「じゃあ、飛行、ではないけれど……似たようなことでいいなら、できなくもない、けど? ちょうどこの後行こうかなって思ってたところだったし、なのはたちに用事がなければ」

「ほんと!?」

 

 あきれたユーノが詳細を省いて提案すると、なのははユーノの手を握り、輝く瞳で彼を見つめて早速「ありがとう! ありがとう!!」と繰り返している。

 

「まだ詳しく言ってないんだけど……じゃあ、飲み終わったら行こうか」

 

 たじろぐユーノを見ながら、フェイトは幸せな微笑みを浮かべていた。金色の髪の少女は紅茶を飲んで思う。

 やっぱりここよりは、なのはが淹れたものや翠屋で飲む紅茶の方が美味しいな、と。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 確認できる世界中の書物が際限なく集まる無限書庫。アナログなデータベースということと、整理しても整理しても溢れる書物のせいで、その場所は使い物にならないともっぱらの評判だった。なのはとフェイトは、初めて訪れたときに、その評判が現実本当なのだと知った。

 今では、何を隠そうユーノ・スクライアによる整理整頓術により、驚くほど使い勝手が良いと言われるほどになったのだった。いずれ司書にでもなると、クロノからもお墨付きがあるようだし、数年後にはなのはの知る図書館並に使い勝手がよくなるかもしれない。

 少年少女が受付を過ぎて本館に脚を踏み入れた瞬間、重力が消えて無くなる。

 無重力空間により、なのはの小さな体が浮き始めるが、少女はあちらこちらに散らばって浮いている本の方に目が行っていた。

 整理整頓術を使って評判を回復しつつある無限書庫だが、なのはの感覚で言えば、これは散らかっていると言える。

 おそらく他の人々もそれは思っているのか、耳にしている評判に比べ、休憩時間にあたる時間帯だというのに、なのはたちが訪れた時点で利用客はほとんどいなかった。

 

「ここで何か調べものでもあったの?」

 

 フェイトが尋ねる。

 

「それとも、私たちに片付けの手伝いをお願いするつもりだった? 最近良い噂聞いてたけど」

「ああいや、そういうわけじゃないよ。片付けしてるのは、発掘の延長というか、趣味というか……まぁ、調べものがあるってのは本当かな」

 

 整理整頓も実は面白いよと力説しだしたユーノを話半分で聞きながら、なのはは自分の状態を思い出す。

 広い無重力空間で、上下もなく漂う。

 確かに、飛行とは別物だが、似ている。気もする。

 気分転換にはなっているかなと考えて、「ユーノ君、ありがとう」と彼の話を半ば遮るように、逆さまになりながら感謝を述べた。

 

「せっかく来たんだから、私も何か調べたいな」

「あ、じゃあ検索は僕も手伝うよ。テストプレイもしたいし」

 

 検索魔法、というものは、実はあまり発達していない。人の生活の補助をする魔法は沢山あるが、使うタイミングが限られる検索魔法は、作られた時点で完結したとまで言われたことまであった。地球と同じような理由で、検索を行うのが人ではなくなったというのも大きな要因だろう。

 その検索魔法の新バリエーションを作る、なんてのは、おそらく現在では世界広しと言えどユーノ・スクライア位だ。

 ユーノは、少し興奮気味になって意気揚々と検索魔法を展開する。

 緑色の魔法環がユーノの手のひらに浮かび、四角いウィンドウが複数浮かぶ。

 

「まだ完璧じゃないけど、今までの検索魔法よりは使いやすいと思うんだ」

 

 のちにこれがこの書庫に標準設置される魔法になるとは、少女たちは知らない。

 さて。

 調べたいと言い出したなのはだったが、特段調べたいことがないのが正直なところだった。

 自分の知識で疑問に思ったことがあるとすれば、大抵は鳴海市の図書館か、携帯やパソコンで調べれば分かる程度のものだ。

 未知の領域の疑問を持つには、未知の領域に脚を踏み入れないといけない。

 なのはが「実は特に調べたいこともないんだけど」と念話でフェイトに助け舟を求めると、フェイトも同じような言葉で念話を返すだけだった。

 どうしたものかと思案していると。

 

『現在発生しているデバイスの突発的不調についてお調べしたらいかがでしょうか?』

 

 胸元にあるルビー色の宝石が明滅しながら英文で話しかけてきた。

 なのはのインテリジェントデバイス。名称レイジングハート。“彼女”も、なのはにとって掛け替えのない存在となっている。

 スピーカーでの発言だったためユーノにも声は届いていたが、少年は芳しくない表情を浮かべた。

 

「うーん。実はそれ、調べてるんだけど、ちょっと結果が出てなくてね……不調になるデバイスの共通項とかが分かってたら話は変わってくるんだけど」

 

 キーワード検索と言っているくらいだから共通項がある方がいいというのは、なのはにもすぐに理解できた。

 レイジングハートを見ながらなのはが考えていると、ふと、一つの疑問が過った。

 よし、これにしよう。ユーノに調べてもらうことは決めたが、それを聞く前に、事前にあることを聞いておかなければならない。

 

「そういえば、ユーノ君。フェイトちゃんのバルディッシュはリニスさんが作ってくれたって言ってたけど、レイジングハートってユーノ君たちが作ったの?」

「え? いやまさか。そんなの無理だよ。僕はただ見つけただけ。ジュエルシードの発掘の少し前に、同じ世界でね」

 

 いくら優秀な友人と言えど、デバイスを作り上げたわけではないようだ。

 ならばと、なのはは心に決めた質問を彼にぶつける。

 

「じゃあユーノ君。レイジングハートのこと、調べてもらえるかな?」

 

 未知の領域に踏み込んでおり、尚且つ謎が沢山あって、自分が知らないこと。

 こんなに身近にあるじゃないかと、フェイトと一緒になってレイジングハートを見つめる。

 当の宝石は見つめられて恥ずかしいのか、ぴこぴこと点滅しながら何かをしゃべっているが、ユーノが検索魔法を走らせ始めたので少女二人は、そちらに注目した。

 なのはにしてみれば、出自が分かるくらいでもいいかなぁ程度に考えていたが、予想以上に文献が多いのか、ユーノは苦戦している表情を浮かべ始める。その横顔はかっこよかった。

 あまりにも見つからなすぎたら諦めてもらおうかなと考え始めたところで。

 

『リンディ提督より連絡が入りました』

 

 レイジングハートとバルディッシュに、同時に通信が入った。それも、緊急時の通信だ。

 すぐに接続すると、見慣れた大人の女性が空中モニターに映し出される。

 

『あら、二人一緒だったのね。ちょうどよかったわ』

「どうかしましたか?」

『特別管理世界で魔法的爆発が起きたと通報があったの。でね、ちょっとその被害が大きくて、現地の局員だけじゃあ対処できなくて……。応援要請に応えたわけだけど、なのはさんがこっちにいるのを思い出したから。任務なら飛行も規制されてないし、せっかくだからどうかなと思って』

 

 きわめて明るく伝えるリンディだったが、不穏な単語が飛び出したため、なのはとフェイトは緊迫した様子で問いかけた。

 

「爆発って、怪我人とかはいなかったんですか?」

『爆心地付近に三名、意識の無い少年少女が発見されて保護されたけれど、命に別状はないと報告が上がっているわ。不幸中の幸いで、局員以外の民間人はその時間、惑星からいなくなっているようで、その点は大丈夫。その三人も、なぜその時間に残ってたのか気になるところではあるけれど……まぁそれについては回復したら聞けばいいし、いずれ分かるでしょう。問題は、爆発によって遺跡のいくつかが壊れて、あちらこちらに瓦礫が散乱していることなのよ。だから、任務はそれのお片付け。ね、どうかしら? 嘱託とはいえ、本当はあんまり頼める立場じゃないんだけど……なのはさん、元気なかったし。もちろん、フェイトさんも、ね、どうかしら?』

 

 状況を聞く限りでは、ひとまず安心してもいいようだ。リンディの口調からも、任務とはいえ、そこまで重いものでもないと考えられ、少女二人は胸を撫で下ろして返答する。もちろん、了承するためだ。

 

『良かった。じゃあ、一度ちょっとブリーフィングルーム2に来てくれるかしら?』

 

 通信を切り、ユーノの方を見る。彼は今のやり取りを、検索魔法を駆使しながら聞いていたようで、少女二人がが声を出す前にすかさず告げた。

 

「なのはたちは行ってきていいよ。僕はこの後整理するつもりだったし、ここに残るよ。レイジングハートのことも調べておくから」

「いいの? レイジングハートのことは、今すぐ知りたいってわけでもないんだけど……」

 

 なのはやフェイトから切り上げていいことを伝えられてもなお、ユーノは検索魔法をやめようとはしなかった。

 

「んー……考えてみれば、特に詳しく調べようともしてなかったし。改めて調べるのもいい機会だと思うんだ。まぁ、検索魔法のテストランも兼ねてるから」

「ユーノ君がそこまで言うなら止めないけど……」

「なにか分かったら、教えるよ」

「うん。ユーノ君も、あんまり根詰めないでね?」

「了解」

 

 優しい笑みを浮かべた少年は、すぐさま真剣な表情に変わって、空中モニターとにらめっこをはじめる。

 真剣モードになった少年に挨拶をし、無限書庫を出る。本館から一歩外に出ると、忘れられていた重力が伸し掛かってきた。体の重さは、魔法の練習後の疲労感に似ていると、二人は話し合いながら指定された場所へと向かった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 彼女たちの元から、インテリジェントデバイスが消失していることに気が付いたのは、ブリーフィングルーム2に着いてからだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 指定場所に向かう途中、本局の慌ただしさから、なのはたちは問題が起きていることを理解した。

 せわしなく動く局員の邪魔にならないように、リンディの元へと急ぐ。

 難しい表情でモニターを眺めている彼女に恐る恐る声をかけると、わずかに表情を和らげながらそれに対応した。

 

「あぁ、ごめんなさい、呼んでおいてこんな感じで」

「いえ、それは大丈夫なんですが……何かあったんですか?」

「ちょーっと失くしものが多くてね。ま、とりあえず活動予定地域について話を――」

 

 簡単に伝えるわねと、右へ左へ行き来する局員を尻目にリンディが説明しようとした矢先。

 大きなアラートが、局員内全域に響き渡った。

 

 

 ……――非常事態を宣言します。待機任務中及び出動可能な全局員は、直ちに担当の司令官または部隊長に申し出るようにしてください。繰り返します。非常事態を宣言します。待機任務中及び出動可能な――……

 

 

 その瞬間から全局員が会話を止め、作業を止め、歩みを止め、アラートの隙間から聞こえてくる女性の声に耳を傾けていた。大きな事件が起きたのだということは、少女であっても容易に予想出来る。

 どうするべきかとリンディを見ると、彼女は先ほどとは打って変わって、厳しい表情を浮かべてモニターを注視している。

 

「……聞いたかしら。悪いのだけれど、貴方たちにも現場に向かってもらうわ。とは言っても……もともとその場所に行ってもらうつもりだったのだけれどね」

 

 もともと? と呟いたのは、フェイトの方だった。

 

「ええ。数分ほど前に魔法的爆発が起きた場所で、緊急事態になったわ。崩壊後特別管理世界『大樹』。事態の詳細が来たわ」

 

 備え付けのデスクデバイスに、三つのモニターが表示される。

 

「保護していた少女二人のうち一人が……意識喪失状態で覚醒。直後に大規模召喚魔法を……」

 

 詳細を読み上げながら、届いた画像を一つ一つ見ていくリンディが、最後の画像を見て、絶句した。

 そこには、様子のおかしい女性の姿と、棒状の何かがいくつも空中に浮かび、彼女を取り囲んでいる。

 なのはが、なんの棒だろうと焦点を合わせていくと、いくつか見覚えのあるものが写っているのが分かった。

 さらにその女性の手元にも、記憶にしっかりと焼き付いているものが見える。

 見間違いだろうか。いや、見間違えるはずがない。だけど、絶対にありえない。だって“それ”は今ここに――。

 

「――あっ、ない! レイジングハートが!」

「バルディッシュも……!」

「じゃ……じゃあ、そこに写ってるのって……!!」

 

 なのはとフェイトはそれぞれ、自分のインテリジェントデバイスの普段からあるべき位置を手探りしてみたり、普段絶対に入れることのない場所を何度も何度も探ってみたりするが、やはり見つからない。

 となると、画像に写っているそれらが、自分のものであることが確定するのだが、当然受け入れられるはずもない。

 

「やっぱり、貴方たちもなのね」

 

 その様子を一通り眺めていたリンディは頭を抱えた。

 

「貴方たちに協力を要請してすぐ、局内のあちこちでインテリジェントデバイスが消失する事案が発生したわ。そして今のアラートと通報と、この画像……。容易に予測できてしまうけれど、決めつけるのはやめておきましょう。可能性を狭めるのは、真相に近づいた時です。見間違いと記憶違いもなくはないわ」

 

 当然、その可能性がどれだけ小さいものかは、少女たち自身が誰よりも分かっている。だからこそ、受け入れられないのだから。

 

「ふたりには、予備のデバイスを装備して現地に向かってもらいます。……本当はこんなことをお願いするつもりで呼んだのではないのだけれど……ごめんなさい」

「いえ。私たちにできることがあるのなら協力させてください。そのために勉強だって訓練だってしてきたんです」

 

 それに、とフェイトが手に力を込めて続ける。

 

「あの子の周りに浮かんでいるデバイスも気になりますが……もしそこに私たちのデバイスがあるのなら……私たちが行くべきです」

「ほぼ全局員に通達されているということを鑑みると、事態は最悪のケースも想定されています。例えば、ロストロギアの暴走……。ともかく、できるだけ万全にして、転移ゲート前に移動してください。私はここで指揮を取らないといけないし、クロノ今は休暇中だから援護に出られない……二人に頼り切りで、本当に、本っ当に、申し訳ないと思うわ。とにかく今は、出動の準備をしてください。予備のデバイスを受け取る場所は、わかるわね?」

「はい!」

 

 元気のいいなのはの返事に、リンディは笑顔を浮かべて「では、行動を開始してください」と優しく指示した。

 現地に向かう二人の背中を見て、残されたリンディは一人これからを不安に思う。

 

 

 

 



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幕間一

 

 瞼を持ち上げ、焦点を定めないままの景色を見る。

 ぼやけた世界は、それでも私には眩しすぎた。

 頬を撫でる風がくすぐったい。その風に乗ってくる潮の香りは、どこか懐かしい。日の光はじんわりと、それでいて、はっきりとした輪郭を持って私を温めてくる。全てが心地良い。しかし、確かな違和感と共に、それらは襲って来ていた。

 

「んんっ……?」

 

 そこでようやく、はっきりとした意識を掴んだ。

 惜しみつつも、微睡みを振り払い、自分の状態を確認する。

 五体満足、外傷無し。バリアジャケットである殲滅服も着ていた。唯一記憶が曖昧な位だが……状態は今までで一番いいと思えた。記憶が曖昧とはいえ、自分自身が「シュテル」だということは思い出せる。それ以外が微妙なところだが。

 不思議に思うは思うが、文句があるわけではないので、私は周囲の確認に移った。

 辺りを見回すと、私の視線よりも高い背丈の草に囲まれていた。力の入りにくい膝に無理やり力を込めて立ち上がると、それらは私の腰よりも少し上にくる程成長している。なんと青々として生きているのだろうか。

 しかし、植物以外の生物の気配がない。

 優しいそよ風だけが、通り過ぎていく。

 

(ここは、消滅後の世界? ……ではなさそうですね)

 

 自分のことを思うと、一度消滅したかマテリアル体に戻ったかして、再び出現したのだとあたりをつける。

 消滅が死と同義というのならば、ここは天国だろうか。穏やかすぎるので、地獄ではないだろう。もっとも、どちらも行ったことがあるわけではない。

 

「海鳴市とも違うようですが」

 

 お尻についた埃をササッと払ってから、より多くの情報を得ようと、感覚を研ぎ澄ます。

 

「磯の香りがするので、海はあるのでしょうけれど……」

 

 遠くの草原には、風紋が浮かんでいる。そこだけを見れば、心地良さそうで、もう何も考えなくて良いのではと思ってしまう。穏やかだし、ここがどこかなんて考えなくてもいいのではと思える。

 が、やはりこのままは少し気持ち悪い。なんというか、心地いいが気味悪さが少しばかりある。

 風景と自分の、色々な意味での『色』が、かけ離れ過ぎている気がする。

 

「……まずは、状況を整理しましょうか」

 

 自分は誰か。

 自分は、星光の殲滅者。略称として「シュテル」と呼ばれていた。

 ここに来る前は、何をしていたか。

 鳴海の海の上で……誰かと戦い、敗れた。誰かが全く思い出せないが、その時に消滅した気がする。

 でも、私はここにいる。

 それでは、ここはどこか。

 見渡す限りの草原と青い空。少しばかりの潮の気配。

 自然に囲まれているのだから、どこかの惑星ではあるはずだ。地球の可能性もあるかもしれないが、直感的に、それはないたろうなと思った。空気中の魔力の波長が、記憶していたものと違う。生物の気配の無さから、無人惑星か、或いは、とてつもなく巨大な惑星だろうとは思えるが、確信があるわけではない。

 ……今はここまで分かっていればいいか。これから少しずつ分かっていくだろう。

 ここの場所よりも疑問なのは、自分が消滅していないということだ。

 流石に、これほどリアルな世界が、消滅後の「夢」だとは思えない。

 

「……そういえば、あの書物は『夢』に拘っているマジックアイテムでしたね……考え過ぎでしょうか」

 

 そもそも、マジックアイテムが断片的に再生した「理のマテリアル」である自分に、どこまで望めるのだろう。

 夢は見るのか。

 たまたま生まれたこの自我は、消滅後のことを認識できる程、出来たものなのだろうか。

 

「まぁ、ナノハたちのような通常の人間にある自我が、消滅後を認識できるかと聞かれても分かりませんが」

 

 思考して、導き出されるのは、考えても答えは出ない、という結論ばかり。

 

「はぁ……仕方ありません。分かることから片付けていきましょうか」

 

 分かること、それは。

 何の悪戯か、自分はまだ自我を持ったまま、ここにいる。

 雷刃や王は、今はいない。いたとしても、とても遠くもいるのだろう。念話で呼び掛けても届かない程遠く、だ。となると、いないものとして扱ってもいいかもしれない。

 最後に。

 

「――すみませんでした、ルシフェリオン。無視していた訳ではありませんので、そんなに怒らないで下さい」

『聴力に問題が生じたかと思って、生体スキャンをかけるところでした』

 

 首にぶら下がる、深藍の丸い宝石のついたペンダントは、先ほどからピコピコと、しつこく点滅を繰り返していた。

 私の理解者、ルシフェリオン。

 

「大丈夫です。聞こえていますから。少し、混乱していました」

『混乱しているのは、マスターだけではないのですよ』

「分かっています。状況整理をしていただけです。ちなみに、ルシフェリオン。そちらは何か、分かったことはありますか?」

『私個人で出来る範囲では、何も』

 

 予想した通り、彼女個人ですでに、エリアサーチをかけていたのだろう。答えは芳しく無かったが。

 

 「ふむ……」

 

 彼女個人で結果がよろしくないのであれば。

 

「魔法は使えるようですね」

『マスターのリンカーコアは、いたって正常です』

「本来なら無くなっていないといけないのですが……まぁ、いいでしょう。ルシフェリオン、ヒートヘッドに切り替えてください」

 

 瞬間、深藍の丸い宝石は、機械的な魔道師の杖へと形状を変えた。高町ナノハの持つレイジングハートと、とてもよく似た形へと。

 

「では……ワイドエリアサーチ」

『Wide Area Search』

 

 足下に朱色のミッドチルダ式の魔法陣が展開される。

 ルシフェリオンだけのサーチで届かないのならば、私の魔法でより遠くへ。

 リンカーコアから魔力を杖へ送り、その先の命令式に“あてる”。

 複数の空中モニターが、目の前に現れた。

 

「とりあえず、何かが見つかればいいので……簡易的にいきましょう」

『かしこまりました、マスター』

 

 流石に、半径300kmを広域検索すれば、何かはヒットするだろう。

 軽い気持ちでいた私が、虚しい汗を流すのは、三十分後の光景である。

 

 

 

 

 



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二話

 

 崩壊後特別管理世界「大樹」へ転移する前のこと。

 高町なのは達は、次元航行部隊本局にある一室に、他の局員数十人と共に集まっていた。その場所は次元航行部隊本局が保管している汎用デバイスを局員に支給する場所になっている。……本来は。

 魔導師にとってのデバイスというのは、相棒、というよりも身体の一部と言っても過言ではない。

 手となり足となり、目となり耳となり、心となって魔導師と共に歩む存在。それが、デバイスだ。

 たとえ市販の汎用デバイスだとしても、魔導師一人ひとりにチューニングを施すのが当たり前で、他人の物を使うことは本当に稀なことになる。義手義足がオーダーメイドで作られるのと同じようなことだ。十人十色はデバイスも言える。

 だから、その場所は次元航行部隊の局員たちが個人所有するデバイスを保管しておく場所、という扱いになっていた。多数のインテリジェントデバイスが消失し、残ったほとんどが予備の汎用デバイスとなった今、建設当時の本来の用途で使われるのは皮肉なことだ。

 高町なのははそこで支給された中距離用予備汎用デバイスを握りながら、同時に、自分が使っていたレイジングハートの精度の高さを実感していた。

 元々ユーノの所有物だということを加味すると、高町なのはに限りなく適合していたことが伺える。手元から消えてしまった今だから、より強く痛感する。もしかしなくても、レイジングハートがなのはに合わせていたということに、少女は気が付いてしまった。

 フェイトや予備デバイスを受け取っていった局員たちも同じようなことを思っているのだろう。皆、察せる顔色を浮かべていた。

 なのはとフェイトは見つめ合いながら、不満を隠すように苦笑いをする。

 ちょっとの間、我慢だね。なんて言葉を、念話で言い合うと、転移ゲートへと足を運んだ。

 断りを入れておくと、局員レベルの魔導師であれば、デバイスが変わったところで任務は難なくこなせるものだ。

 

「万全の状態で任務に当たれ。だが、いつでも万全な状態でいられるとは限らない。常に現状で、最高の仕事をこなせ」

 

 入局希望者は必ず耳にする言葉の一つに、それがある。なのはたちも例外なく耳にしている言葉だ。

 今できること。それに全力を出す。

 デバイスが違っていようが、なのはたちが行うことに変わりはない。

 次元世界、並びに、無力な人間を守る。

 その理念がある組織に入っている以上、どのような状態であろうと、それに基づいて行動するべきだ。守られる側からすれば、局員のデバイスが違うかどうかなど些細なことでしかないのだから。

 ゲートに入り、転移が始まる。転移するまでの間に、局員たちはバリアジャケットに身を包ませた。

 重ねて言うが、デバイスが変わったとしても、局員は最高の仕事をこなさなければならない。そのための訓練も、彼らは行っている。

 つまり何が言いたいかというと。

 なのはたちの魔法は、デバイスが変化したとしても大きく変わることは、ほとんどない。

 一部自分専用のデバイスにしか記憶してない魔法もあるにはあるし、デバイスが変わることで効果の変わる魔法もある。

 しかし、局員が任務で行使する飛行魔法やバインドなどに関しては、デバイスによって効果が変わることなどはあり得ない。そういう訓練を、日ごろ行っているのだ。

 式さえ覚えていれば発動できるもの、というのが魔法だ。

 なのはたちもいつものバリアジャケットに着替える。しばらくして、転移先の世界に到着した。

 たった数分、あるいは数十秒で自分のいる場所が変化し、景色が一変する。この感覚は、高町なのはにはもう慣れたことだった。ここ数年、何度経験したことか。

 管理外世界出身者としては異例の速さでの順応だってクロノ君に驚かれたなと、思い出し笑いを浮かべる。あの時はそう言ってもらえて、少し、気分が良かった。

 転移先の世界の空気を吸い込み、頬で風を感じる。

 息ができるので、酸素があるのかもしれない。ぴりぴりとした感覚は、この世界特有の魔力素が関わっているのかもしれない、説明を受けてはいるが、少女にはどちらも詳しく知らなかった。

 少女が分かることといえばは、空は青く広々としていて、空気もそれほど悪くないということだった。

 ともあれ、今大事なのは、自分のできることに全力を尽くすこと。

 あの言葉を思い返しながら、少女は心の中で気合を入れ直した。 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 管理世界は通常「次元を移動する技術があり、それによって他の世界の存在を知り、かつ管理局に所属している世界」を指すものだ。そういった世界では、質量兵器の破棄と地上部隊の設置が義務付けられている。

 が、実はそうでないものも、管理世界と呼ぶことがある。

 

「魔法文明が発達しすぎた結果、行使する生命体の手にあまり、崩壊の運命を辿ってしまった世界」

 

 そういった世界も、管理局は管理対象として認識していた。要は、危険な魔法的遺産も管理した方がいいですよね、ということだ。

 全体ブリーフィングを終えたなのはたちが転移してきた世界も、それに当てはまった。

 崩壊後特別管理世界「大樹」。

 転移魔法陣が、「大樹」のとある草原内に局員を移し始めて、五分が経った。今回の部隊長を含める先ほどの三人を最後に、転移は完了している。そのまま隊長たちは、現地局員と情報交換に向かっていった。

 なのはは辺りを見回した。

 ミッドチルダはもちろん、地球よりも自然が広大な惑星。

 ブリーフィング時に説明を受けたときは単純に「地球より大きな星なんだな」と思うだけにとどまったが、山の規模がそもそも大きく思えたり、人工物が全く見えないことには、若干の不気味さを覚える。

 空の色も、空気も。ほとんどが地球やミッドチルダと変わらない。この大自然の中で、何の懸念もなしに佇むことが出来れば、どれだけ心地いいことか。と思えるほどに、空や空気は悪くなかった。

 だが、生き物の気配がない。おそらく不気味さの大半はそこに帰結しているのだろう。

 

「なのは、大丈夫? 転移酔いとかなかった?」

 

 現地局員との打ち合わせも終えた隊長クラスからの作戦が、各デバイスに通達され始めると、待機中だった局員たちが飛行していく。それを見送りながら、フェイトは真面目な面持ちでなのはに話しかけた。

 

「うん、大丈夫だよ。フェイトちゃんは?」

「私は平気。……それにしても、静かなところだね」

「崩壊したって言ってたけど……本当は、鳴海よりのどかなところだったのかな」

「歴史的には戦争で幕を閉じた文明ってあったけど、なんかそういう雰囲気はないよね。穏やかっていうか」

「ユーノ君がジュエルシードを見つけた星でもあるらしいんだけど」

「ジュエルシード……私となのはの、きっかけになったロストロギア……」

 

 うん、と予備汎用デバイスを見つめながら、なのはは返事をする。

 本来であればレイジングハートを握っているはずの手には、ある意味見慣れた予備汎用デバイスが握られている。青いクリスタル・コアが輝いていた。

 

(レイジングハートと出会ったきっかけでも、あるんだよね)

 

 もしも。

 ユーノがジュエルシードを発掘していなければ。

 輸送中の事故がなければ。

 地球に落とさなければ。

 落下した地点が鳴海市を中心とした地域でなければ。

 今の自分は、ないかもしれない。いや、絶対にない。

 今この場にいない友人たちのことも思うと、自分が魔法と出会っていなければ、ぞっとする。

 その人たちと出会わないどころか、もしかしたらそのうち事件に巻き込まれて死んでいたかもしれない。冗談ではなく。

 なのはは、魔法と出会っていて本当によかったと、心底ほっとしていた。ちなみに、その友人たちは今ミッドチルダでいろいろな手続きを進めている最中のはずだが、それはまた別のお話。

 

「今日はちょっといつもと違うけど、頑張ろうね、フェイトちゃん」

「うん。気を引き締めて行こう」

 

 次々と飛び立つ管理局員に続いて、なのはたちも浮遊する。

 少女はフライヤーフィンを唱えると、桜色の魔力光で出来た翼が両くるぶしに展開された。

 いつもと違って出力が低いのか、発生した羽が小さくなっていて、心持ち体が重い気がする。無限書庫を出たときに感じた感覚と似ていた。

 地球より大きな惑星だから、重力も大きいのだろうかとも思いつつ、注ぎ込む魔力を多くして、遅れないようになのはは着いていく。燃費が悪いからか違和感が大きかったが、なのははそれを気のせいだと一蹴した。

 ブリーフィング時に伝えられていた目標まで、案外すぐの距離だった。

 そして、対象は、一目で見て分かるように、異質だった。

 緩やかなウェーブをかけながら、腰よりも長く無造作に下された高級感のある上品な白金髪と、病的なまでに白い肌。頬や首元には真っ赤な蔦のようなデザインのペイントが、浮いているように見える。白い豪華なドレスは上半身の華奢さを強調するように、下半身のスカートは大きな傘を広げるが如くに大きい。彫刻のようなレースも、目を惹きつけた。

 パッと見で、会話ができるような状態では無さそうだとなのはは思うが、魔法が絡むとその先入観も簡単に否定してくるので、決めつけてはいけない。

 ただ、この人気のない世界においては、彼女は明らかな異常性の塊だった。先に到着していた局員たちは動きを止めて観察している。

 お姫様みたいで綺麗だなと、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ思ったなのはだったが、その思いはすぐに打ち消された。

 対象の周りに浮かぶ無数の棒状のあれはなんだろう。

 いや、知っている。

 私は知っているはずだ。

 あれは。

 あれは。

 あれは。

 

 

 

 

 魔導師が使う、インテリジェントデバイスだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 次元航行部隊への緊急応援要請。

 崩壊後特別管理世界「大樹」より。

 爆心地付近で気絶していた少年少女のうち、少女一人が覚醒。

 身体に浮かぶ文様などの特徴により、未知のデバイスとの融合と見られるが、原因は不明。

 コミュニケーションは不可。

 覚醒時より攻撃性あり。現在敵対中。

 大規模魔法の詠唱を確認。ミッドチルダ式魔法陣の展開確認。

 中断を試みるも失敗。

 何かを召喚していた。

 召喚したものは非生物。無機物……視認によりインテリジェントデバイスと断定。

 総数……50……いや、それ以上と判断。

 目的は不明。

 敵対中ではあるものの、行動は落ち着いており、召喚魔法以降の特別な様子は見受けられず。

 現状膠着状態。

 至急応援求む。

 繰り返す。

 至急応援求む。

 

 

 

 



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幕間二

 

 広域検索を行っても、分かることと言えば「何もない」ということだけ。

 私はため息を一つ吐き、あてもなく飛行することに決めた。

 鳴海市より幾分か飛び易いのは、空気中の魔力濃度の濃さのせいだろうか。それとも、質の問題だろうか。

 

「魔力としては十分ですが、空気が死んでいますね。悪くないですが、良くもない状態です。それに、死んでいる空気で、自然が生きようとしている……あべこべな風景ですね」

『生命力を高めて適用させたのでしょうか。動物は適用する前に死滅したみたいですが』

「総合して、気分が悪い世界です」

 

 好みの問題かもしれないが、私個人としては、お世辞にも心地良い空気とは言えなかった。

 生暖かい風が私の飛行予定ルートをずらしたかと思えば、痛いほど冷たい風が壁となって行く手を遮る。

 それでも空気中の魔力を贅沢に使って、飛行魔法の出力を上げる。

 

「そういえば、ナノハは加速魔法を持っていた気がします。ルシフェリオン、使えませんか?」

『高町なのはのそれは、所持しています。映像記録として、ですが。命令式としては、申し訳ありませんが、私には記録されていません』

「……はぁ」

『今ため息を吐きましたね、マスター?』

「吐いてません」

『いいえ、吐きました』

「吐いてません」

『デバイスの目を欺けるとお思いですか?』

「ついてません」

 

 相棒ルシフェリオンに、適当に相槌をうちながら、マルチタスクで思考を巡らせる。

 

(ここがどこだという疑問はもう、意味はなさないでしょう。先ほど気が付きましたが、今の私には目的がありません。なぜ私がここに出現したかの方が、考えるに値します)

 

 例えば、鳴海市にマテリアルSとして現界した時には、明確な目的と使命感を持っていた。闇の残滓ならいざ知らず、あの時の私には“欲”があったはずだ。

 しかし、今の私には、それがない。

 

 ここがどこかなんて、どうだっていい。

 私は、何をすればいいんだろう。

 

 マテリアルSというプログラムの一つに、高町なのはの数値をあてただけの存在。それが、星光の殲滅者。

 プログラムは、製作者が明確な目的をもって作るものだ。攻撃性も、防御性も、特別な方向性も。

 目的が無ければ、生まれ得ない。

 それに、作る時の目的もそうだが、プログラムであれば何よりそのプログラムを走らせる場合にも目的がなければおかしい。

 自然発生するような存在ではないのは、自分が一番分かっている。

 私が現実に出てくるには、私自身が現界を望むか、外部から引っ張られるかのどちらかでないといけない。

 今回は前者ではない。前者の場合ならば、現実に出る少し前から意識と感覚が記憶されるはずだ。今の私にそれはない。

 となると、自然と後者だと思うしかないが……分からないのは、いったい誰が私を出現させたか、だ。引っ張り出しておいて、近くにいないのでは話にならない。

 

「ルシフェリオン」

『だいたいマスターは、私をないがしろにしすぎです。旧知の仲とはいえ、多少は礼儀を持って』

「不平不満は後で聞きます。私の話を聞いてください」

『……はい、なんでしょうか? マイマスター』

「貴方は、今回現界する直前を覚えていますか?」

『……この世界に現れる前のデータで最新のものは、雷刃の襲撃者と飛行していた時のデータになります』

「レヴィとですか? 確かに飛んでた記憶はあるんですけれど、だいぶ曖昧なんですよね……勝負に敗れたのが、私の中の最新なのですが、それはありませんか?」

『恐れながら、そちらは誰との勝負でしょうか?』

「それが、よく覚えてなくて……ずっとナノハとの対戦だと思っていたのですけれど、今のルシフェリオンの話を合わせれば、レヴィとでしょうか?」

『そのデータは私にはありませんので、なんとも』

「そうですか……。消滅したと思っていましたし、自分で出ようと思っていた記憶がなかったもので。一体誰が引っ張り出したのかと」

『答えは出ましたか?』

「いえ。念のために聞きますが、貴方は誰が私たちをここに呼び出したか知っていますか?」

『……私が知らないことを聞かないでください』

「なんのためのインテリジェントなんですかね」

 

 今回のこれは、自分の意志でも誰かが明確な目的を持って呼び出したわけでもない、ということになるのだろうか。

 不運なエラーやバグによって現界してしまった、と。

 

「もしバグで現界したのであれば、レヴィや王も散らばって現界しているかもしれませんね」

『先ほどの広域検索にはそれらしい反応はありませんでしたが』

「それより向こう側、ということです。例えば」

 

 私は一度速度を緩め、仰向けになってさらに上空を指差した。深い深い青空は、遠くを見つめていると、まるで自分が深海に落ちていっているような感覚に陥るから好きだ。炎属性的には好ましくないが、深い水の底に沈むのは、一度体験してみたいことでもある。

 

「この星の、外側、とか」

『そうなると、合流も難しくなりますね』

「ええ。どのような可能性にしろ、ここは二人の協力は無いものとして動いた方が」

 

 良いかもしれませんね。と私が仰向けのまま言う前に、ルシフェリオンから警告音が響いた。“初めて”聞くそれは、無理やりにでも緊張感を高まらせる。

 

『マスター、お話中すみません。こちらに高速接近する飛翔物体があります。コンタクト逆算……接触まで300秒』

「なるほど。今のはインテリジェントっぽくありました。方角はどちらですか?」

『現在の方向から考えて、約六時の方角です。……対象が加速しました。接触まで150秒。衝撃に備えてください』

「えっ」

 

 流石に速すぎるのでは。

 試しに進路を大きく変えてみたところ、向こうもそれに合わせて変えたようだった。偶然こちらに向かって来ているというわけではない。

 耐衝撃の準備する間もなく、タイムリミットが迫る。

 せめてその姿だけでも捉えてやろうかと振り向くと、ヤツはもうすぐそばまで来ていて。

 

「ああもう、ついさっき、その可能性を諦めたというのに」

「お~~~~い!!!!」

 

 彼女は私に抱き着いて……いや、抱き着く姿勢のまま激突して、そのままのスピードでおよそ1km進んだ。「ぐっ」っと可愛らしくない声を出して、地面と平行に、1km。

 なんともまぁ、傍から見ればシュール以外のなにものでもなかったが、正直少し安心した。

 冷静を装っていても、どこかで「自分は一人だ」という不安を感じていたのだろう。

 押し出された分の酸素を、思いっきり補充しなおして、私のお腹に巻き付く彼女を観察する。

 水色の髪を二房に結すんだ同じ色のリボンと、紺色のマント。それに、この魔力反応。

 この魔力反応は、知っている。

 先ほどの広域検索は半径300kmという範囲で行った。にも関わらず、この反応を掴めなかったということは、それのさらに外側から近づいてきたのか。それとも、私が検索を行った後に呼び出されたのか。

 

 まぁいっか。どうでも。

 

 いまだスピードを緩めようとしない彼女を軽く抱き寄せ、私は彼女の進行方向とは真逆に飛行魔法を噴出させる。

 減速し始めたことで彼女もそろそろ止まらないとまずいと感じたのか、私に協力し始めた。

 飛行というよりは浮遊と言えるほどにまで減速してから背後を振り返る。まだまだ距離はあるが、青白く尖った山脈が背後に控えていた。

 

「あれに突っ込む前に止まれたのはよかったです」

「え?! ……あ! ご、ごめん、僕、そんなつもりじゃなくって」

「分かっています。嬉しかったんですよね? ……合流できて、私もうれしかったですから」

 

 レヴィは破顔し、私を強く抱きしめる。

 苦しくてくすぐったかったけれど、今だけは許せるなと、密かに思うのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 合流し、私とレヴィは一度落ち着ける場所で状況を整理しようということになった。

 合流地点から見下ろした大地には広大な樹林が広がっていたが、背に腹は代えられないということで、降下し、森林へと入った。どの樹木も私が見たこともないほどに巨大に成長していて、鬱蒼とした密林、というよりは、塔がいくつか乱立しているドームの中、という印象だった。

 大木を束にしたような太い胴回りの樹に背を預け、二人で腰を下ろす。

 とりあえず、彼女に今までどうしてたかを聞くと、その質問の意図が分かったのか、レヴィも「負けて、消えて、それからんーと……気が付いたらここにいた!」と元気よく答えてくれた。どうも、私と同じ境遇にあるみたいだ。

 

『マスター。バルニフィカスも、私と何ら変わらない状態だと診断しました』

「そうですか」

 

 まぁ、そうだろうなという予想はしていたので、あまりがっかりはしない。

 レヴィに膝枕をしてあげながら、透き通った髪を手で梳いていく。指を滑らすたびに「にゃぁ」と聞こえてくるのは、さすがに幻聴だと思うことにした。

 

「これからどうしましょうか」

「にゃ?」

「目的もなく、辺境の星に出現してしまって……ここがどこなのかが分からない限り、特定の場所を目指すのも困難です」

「にゃー……」

「……あんまりふざけてると意地悪しますよ」

「ひぁっ! いひゃいいひゃい!」

 

 レヴィの鼻をつまんで軽く引っ張っては、涙目になりそうになる寸前で止める。それを何回か繰り返すと、レヴィは両手で、私がつまんだあたりをさすりながら、恨めしそうにこちらを見た。

 私はその視線に気が付かないふりをして、あさっての方を見ながらぼやく。

 

「せめてここがどこか分かれば、動きようはあるのですが……これでは帰れませんね」

 

 帰れない。帰らないといけない。待ってくれている人がいるはずだから。

 帰りたいのに。あの星へ。

 

 ……。

 

 私は、今、何を想った?

 

 帰れない? どこへ?

 

 帰りたい? どこへ?

 

 あの星へ? どの星へ?

 

「私は今……何を……」

 

 忘れているのだとつぶやこうとして、“何かを忘れている”ことに対して 強い拒絶感が浮かんだ。思い出したいことを思い出せないエラーが、頭痛みたいで苦しい。

 こめかみに手を添え、私のインテリジェントデバイスに質問をしようとすると、私が口を開く前にレヴィが心配そうな声で問いかけてくる。

 

「どうしたの、シュテルん。どこか痛い?」

「……なんでも、ありません。大丈夫ですよ」

 

 手を放し、無表情を浮かべようとする。うまくできているか自信がないので、もう一度彼女の髪を撫でてごまかした。

 

「ルシフェリオン。鳴海での最後の活動はなんでしたか?」

『雷刃の襲撃者とのランデブーです、マスター』

「本当に、そうですか?」

『他の記録はありません』

「本当に? ほんとうにありませんか?」

『……マスターが何を言いたいのか、私には分かりません』

「私は、それ以降に何かがあったのでは、と思うんです。いいえ、確信に近い」

『何か、とは?』

「忘れてはいけないようなことだと思います。それがどうしても思い出せませんが……」

 

 どこか……そう、この星のような……いや、この星よりももっと荒廃していてどうにかしなくてはいけない―――――に行かなくてはいけなかった気がする。

 ……名前が思い出せない。

 けれど、そこまで思い出せた。無地のキャンパスに、下書きを浮かび上がらせた。

 

「レヴィ。私たちには、行かなくてはいけない場所があったと思うんです。貴女はそれがどこか、覚えていますか?」

「僕? うーん……わかんない……ごめん……」

「まぁ、分からなくてもいいんです。私も分かっていませんから」

 

 的を射る回答では無かったが、口にして改めて強く思う。

 私には、帰るべき、行くべき場所があった。

 当面の目標はその場所を思い出すことと、そこに帰ることになるか。

 休息をとって、だいぶ体力も回復した。

 まずは、自分がどこに帰りたがっているのかを思い出さなければ。

 

「今後の行動も見えてきました。そのためには、出来る限りの『きっかけ』に触れた方がいいでしょう。そうすれば何か思い出すかもしれません」

「??? どゆこと?」

「この星の色々なところを見て回ろう、ということです」

「いいね、それ! この星も気持ち良さそうだし、なにより、強いモンスターがいそうだもんね!!」

「強いモンスターがいるかどうかはさておき、そのうち私たちを招いた存在も見つかるかもしれません。暫らくは、それを頭に入れて行動しましょう」

 

 ではそろそろ、と、レヴィをふとももから転がし、立ち上がろうとした瞬間のことだった。

 

 

 そう遠くない場所で、検索しなくともわかるほどの莫大な魔力を、私を含めその場にいた全員――デバイスも含めて――が感じ取ったのだった。

 

 

 

 



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三話

 

 白金の長髪をなびかせながら、地面に引きずってしまうほどの白色のロングドレスを身に着けた彼女は、装飾が華美に振る舞われたデバイスを軽く抱き、虚ろな瞳で中空を見つめていた。

 まるでお姫様みたい。

 一目見た時、高町なのはの頭に浮かんだ感想は、場違いにもそれだった。

 彼女が抱いているデバイスは、装飾が華美で、まるで宮殿など豪華絢爛な場所に飾っていた方が雰囲気としては合っているような見た目をしている。一方で、形状など全く違っているにも関わらず、一目で高町なのはが使用していたレイジングハート“そのもの”だということも認識できた。なによりこれは、高町なのは自身が誰よりも一番そう感じていた。

 

「あれ……なのはのレイジングハート、だよね?」

「うん……。フェイトちゃんのバルディッシュは、あそこに浮いてるね」

 

 レイジングハートを抱いた“お姫様”を球状に囲むように、管理局から喪失したデバイスたちが浮かんでいる。中にはフェイトのものも確認できた。総数、およそ80以上。現在進行形で、数は増えていた。

 状況をまとめると、浮遊デバイス群の中心には“お姫様”がいて、彼女はなのはが普段使っている時よりも装飾の多いレイジングハートを抱いている。

 なのはが彼女に目を奪われていると、今度は彼女の胸の辺りで、強い発光が起きた。

 発光現象が収まると、発光していた場所に輝きながら浮いている、十二個の見覚えのある宝石が出現している。

 

「あれっ! もしかしてジュエルシード……!?」

 

 管理局員たちも現れた物体に動揺し、現場の緊張感が一層高まった。

 なぜ、厳重に保管されているロストロギアが。

 当たり前だが見過ごせない疑問だ。

 ジュエルシードでない可能性も、もちろんあるが、そうだとしても純粋高魔力結晶が出現した事実の重さは変わらない。

 局員の混乱を知ってか知らずか、“お姫様”は構わず動き始めた。

 ゆっくりとした動作で視線を下げる。なのはにはそれが、出現した宝石の数を確認しているように見えたのだった。

 装飾過多のレイジングハートを片手で支え、もう一方の手を出現させた純粋高魔力結晶体にかざす。

 すると彼女は、突然、涙を流し。

 

 足りない。

 

 呟いた。ように見えた。

 なのはのところまで声が届かなかったのは、声量が小さかったからなのか、そもそも音を出さなかったのかは分からない。

 声が聞こえたところで、言葉が分かるものでもなかったのかもしれない。

 けれどなのはには、彼女が「足りない」と言ったように思えてならなかった。

 彼女は緩慢な動作で、レイジングハートを目の前に突き出し、目を瞑る。

 直後、大きな大きな魔法陣が足元に展開され、なのははおろか、局員全員が見たこともないような細かな命令式が幾重にも重なっていった。言葉は、ミッドチルダ語ではなかった。

 命令式は彼女の足元の魔法陣に留まらず、螺旋を描きながら地中から上空へと走り抜ける。

 全局員が身構えながら、不測の事態に備え、撤退も含めた防御準備を進めていると、いよいよ彼女の魔法が発動する。

 魔法的な暴風が、なのはたちの間を吹き抜けた。

 すべてを攫おうとした暴風は局員数名の体勢を崩させただけにとどまったが、“お姫様”を中心に暴風の痕がくっきりと地面に描かれていく。

 風が止むと、彼女の目の前に、光り輝く九個の宝石が新たに出現しているのが目視で確認できた。

 増えた。ジュエルシードと思われるものが。しかも、あの輝きからして、新品なのでは。

 

 おかえり。

 

 出現した宝石に向かって、“お姫様”は優しい笑みを浮かべて何かを語り掛ける。

 なのはは彼女の雰囲気から、そう言ったのだと確信した。

 あれは、慈しむ時の目だ。母が自分に話しかける時の目と、同じの。

 愛おしそうに、新たに出現した純粋高魔力結晶へ近づこうとする“お姫様”は、すぐにその行動を阻害された。

 拘束担当局員によるバインドが、彼女の腕や足のみならず、全身へと巻き付いていく。

 AAクラス相当の解除能力がなければ解除できず、またそれ相当の能力をもってしても数十分と拘束できるバインドが、20以上。

 なのはは、少し可哀想だと思ってしまったが、ジュエルシードのような物体が本物か偽物かに関わらず、それに近づくという行動は純粋に危険以外の何物でもない。悪意があろうとなかろうと。彼女の命を守るための行動だということは、なのはも理解している。

 が、それにしても見た目はちょっとやりすぎ感が否めない。

 

「もう少し、弱めてあげてもいいんじゃないかな」

 

 そういう風に少しでも思った自分を、なのははひっ叩きたくなった。

 

 間違っても管理局の、しかも拘束においてのエキスパートが発動したバインドだ。それも一つ二つではない。十数人分がそれぞれ解除キーの異なる強固な拘束具を、合計で20以上。

 それを、彼女は。

 身動き一つせずに。

 全てを消し飛ばして見せた。

 その一瞬の出来事を、少女は見逃さなかった。

 

 あの宝石を、使った。間違いなく使った。

 

 拘束具を消し飛ばす直前、新たに出現した純粋高魔力結晶体が、刹那、輝きを増したのだった。

 後には、彼女とジュエルシードらしき宝石と、膨大な数のデバイス群が、数秒前と変わらないままに佇んでいる。

 異様な雰囲気が、辺りを包んだ。

 

「なのは。あの子、ジュエルシードの製作者とかなのかな?」

「分かんない……でも、あれってやっぱりジュエルシード、だよね? ここに来た時より、いくつか増えちゃったけど。いくつでも作れるのかな?」

「だとしたら、あの子自身がロストロギアになりそうだけど」

「でもでも、あの子って保護された女の子の一人、でしょ?」

「うん。そのはず」

「ってことは、つまり……なにかのマジックアイテムでああなったって思った方がいいかも? はやてちゃんの時みたいに」

「解析班からの連絡次第だけど、一応はそう見てた方がいいかもね」

「どんな状況にしろ、あの子を保護するのが先決だよね。ジュエルシードと思われる宝石からも遠ざけてから、保護」

「うん。できれば、ジュエルシードも封印したいところ、だけど……」

 

 フェイトとなのはは手元のデバイスを見た。

 普段使っているデバイスと似ているけれど、まったく違うストレージ型インテリジェント汎用デバイス。

 使いにくいわけではない。

 事実、管理局入局関連の試験を行う際、いくつかはこの汎用デバイスで試験を行わないといけない科目もある。

 それでも、いつもの安心感がないのは事実だ。

 自然と、冷や汗が手のひらに滲んでいく。

 なのはとフェイトは、普段と違う今の自分自身の状況を、俯瞰的に考えた。

 私たちは、今までどれだけ頼ってしまっていたんだろう。

 今までの自分たちの輝きが、あのデバイスあってこそのものだと思えてならない。

 そして、今自分たちが思っていることを、口に出さずとも、感じ取ってくれて。すぐに、こう言うはずだ。

 そんなことはない。主人があっての、自分だ、と。

 嘱託とはいえ、今は二人とも管理局員となっている。デバイスが違うからという理由で失敗は許されない。

 この世界に来た時にフェイトが言っていたように高町なのはは気合いを入れ直し、再び視線を“お姫様”に戻した時、事態がさらに動く。

 

 対象が、ぼそりと何かを呟くように口元を動かすと、浮遊していただけのデバイス群が全て一斉に、局員に向けられた。

 

 明らかな敵意、というにはまだ弱いが、先ほどのバインド除去があっただけに、生唾を飲み込むのは当然だった。

 膠着状態はとても長く感じられたが、実際は数十秒だったかもしれない。

 先に動いたのは、やはり、“お姫様”だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 数十人の派遣された局員は主に、最前線対応班、最前線補給班、中近距離支援兼第二波シフト班、中距離支援班、遠距離広域支援班、結界魔導師隊で分けられていた。拘束班は、中距離支援班と遠距離支援班に属する。負担の大きい最前線対応班が、一番人数が多く、フェイトとなのはは現在ここに分担されていた。

 最前線対応班の中でも、なのはたちは幾分後方に陣取っていたが、それでも対象との距離は、かなり近い。

 雰囲気だけでなく、総数100以上の浮遊デバイス群――結果としてそれだけの数になった――や、ジュエルシードと思われる莫大な純粋魔力を秘めた物体も相俟って、かなりの威圧感をなのはたち受け取っていた。

 

 そして、その威圧感は、過小評価だったことをすぐに思い知る。

 

 彼女の動きは、とても小さかった。

 手に持った装飾過多のレイジングハートを“お姫様”にとっての前方、つまり、なのはたち最前線対応班へ向けただけ。

 それだけでなのはたちへ向けられた100以上の浮遊デバイス群に円環魔法陣が浮かび、それぞれ一つ以上の光弾を出現させる。赤や青、黄色や緑、紫や水色などの、この世に存在する魔力光がジュエリーショップのショーケースよろしく輝いている。

 綺麗、という感情は生まれるはずもなかった。

 最前線班の、本当に一番最前線の数人が、すぐに防御魔法を重ねていく。

 防御魔法が重なりきるのが早いか、対象が攻撃魔法を放つのが早いか。あるいは、防御魔法と攻撃魔法の強弱関係で、均衡が破られるか。

 結果は、すぐに判明した。

 

 なのはの足元に。少女の足元にだけ、十数発の光弾が降り注いだ。

 

 二発分の着弾を体感した直後に、フライヤーフィンの上位魔法であるアクセルフィンで上空へ離脱する。離脱した後も、長い間なのはが経っていた場所に光弾が襲撃していたが、次第に彼女を追うように光弾の射線が動いていく。

 

『なのはっ! 大丈夫!?』

 

 フェイトからの念話が届く。

 マルチタスクを用いて、なのはは光弾回避をしながらそれに応答した。

 

『こっちはなんとか! 誘導型じゃなくて直射型だから、まだ平気だけど……フェイトちゃんたちの方は?』

『私の方も大丈夫。だいぶ弾幕が薄いから、余裕もある、けど……!』

 

 フェイトの話を聞いて、なのはは先ほど覚えた違和感を、確かなものへと変えた。

 私の方を狙って来てる!

 いつまでたっても少女の周りは弾幕が薄くならない。色とりどりの、殺意のある光の雨が、斜め下から降ってきている。

 時にラウンドシールドやプロテクションでいなしつつ、なのははさらに上へ上へ駆け上っていく。

 ここまで行くと、弾幕の行方が高町なのはの方へ向かっていることは一目瞭然となるので、、フェイトを含める前線局員たちは少女を追うように飛び上がった。

 が、なのははフェイトたちが近付いてくるのを見て、すぐに念話を繋げた。

 

『こっちは大丈夫です! むしろ狙いが固定化されてるので、このままでお願いします。皆さんは、あの子の保護を!』

 

 フェイトがそれに対して異を唱えようとする。

 

『でも!』

『私を狙う理由は分からないけど、こっちを向いてるなら、隙ができるはず! それに私、防御型だし、平気です!』

『……分かった』

 

 飛び上がろうとした前線局員たちのほとんどは今の念話で下がるが、隊長命令なのか、三名ほどはなのはの方へ向かったままだった。

 その間も、下から光弾の嵐が容赦無く降り続ける。

 アクセルフィンの出力は先ほど使ったフライヤーフィン同様上がらない。が、空気中魔力濃度が鳴海市より高いせいか、レイジングハートを用いて発動するそれに食らいつくくらいの出力は、結果として出せていた。ブレーキ速度やジャイロ制御などの細かいスペックで劣るのは、なのははこの際目を瞑ることにした。

 避けきれない光弾を防ぐ盾も、厚さや展開速度が気になってしまうレベルでレイジングハートとのスペック差を思い知らされる。それも少女は気にしないように努めた。

 レイジングハートとの差は、出て当然。

 あのデバイスは特別だから。

 入局試験の時にも思い知った。

 彼女は、特別だ。

 本当に、特別だったんだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 フェイトを含めた地上に残された局員たちは、隙だらけの対象を拘束しようと画策していた。

 事実、あの弾幕は上空遥か彼方へ飛び立った一人の少女へと向けられている。対象である“お姫様”の視線もじっとそちらを見つめていた。

 拘束班による二度目の集団バインドは、呆気なく失敗に終わった。

 拘束は現状不可能。

 ではと、今回の部隊長は、結界魔導師隊に次の一手を念話で指示する。

 対象を囲むように、魔力送受遮断シールドを展開。

 デバイスを直接持っているならまだしも、あの100以上の空中に浮いたデバイス群を操作するには、遠隔による魔力送信がなければできないだろうと考えたのだった。

 指示を受け、結界魔導師たちによるシールド展開が行われる。対象の魔力強度がどれほどか予測できなかったことから、シールドは各局員最大出力のものを展開した。

 四重の魔力送受遮断シールドが展開されると、魔力送信が遮断されたのか、浮遊デバイス群より放たれる光弾が一時収まる。

 

「落ち……着いた?」

 

 思わずフェイトが呟くと、対象の視線が、地上にいるすべての管理局員へと注ぎ込まれた。

 そこには。

 焦点を定めないままなのはの方を見上げていた、虚空や空中を見つめていた視線に、明らかな敵意の色が加わっていた。

 寒気がするほどのそれは、本当に先ほどまでと同一人物なのか疑ってしまう力を持っている。

 直後、ジュエルシードと思しき宝石が二つ輝き、四重のシールドを破砕する。「シールド内で魔力風が暴れた」ということが分かったのは、破砕されたシールドの破片と共に、魔力風が前線班のバリアジャケットに軽微なダメージを与えてからだった。

 悲鳴を上げる余裕も奪い、大魔法の気配すら漂わせず、大きな被害を与える。

 その姿はまさしく、生けるロストロギア。かつて戦った闇の書の意志・リインフォースを思い出させる。

 フェイトを含んだ前線班は空中に避難する。姿勢を整え、思考を巡らせる。

 

(報告では魔力反応の小さい方の女の子に異常が起きたみたいだから、あの子自身はロストロギアではない……。でも、今までの魔法は全部、リインフォースと同等か……砕け得ぬ闇レベルのランクがあるんじゃ?)

 

 かつて自分たちの複製まで作り上げたあの魔導書のように。

 何かしらの外部からの強い影響のせいで、大きな力が身に着いている。

 つまり。

 

「はやてと同じ、被害者……」

 

 先ほどなのはと相談していた時には、うっすらとしていたが、フェイトは絶対にそうだと断定する。

 怒りに似た焦りが沸き上がるのは、同じ境遇の少女を知っているからかもしれない。

 足元に魔力を集中させたフェイトは、先ほど部隊長から届いた「直近五人以下三人以上でフォーメーションを組み、浮遊しているデバイス群の対応と、可能であれば純粋高魔力結晶体の封印。直近に三人以上いない場合、中距離支援班待機位置まで後退」という念話を心の中で復唱する。

 デバイスがバルディッシュじゃないことは、もう気にしない。大切なのは、仕事をこなすこと。つまりは、あの子の保護。

 フェイトは自慢のスピードを生かし、直近三人ですぐに戦術フォーメーションへと移った。

 空戦魔導師になる場合、あるいはなった後すぐに、個人戦闘技術と同時に学ぶのが、複数人数による戦術コンビネーションだ。

 フェイトを含めた三人のグループはまず、二対一に分かれ、二人がデバイス群へと接近していった。残り一人は、二人を視界に収めつつ、バインドや魔力譲渡、時には攻撃射線に割り込んでの防御魔法の展開を行う。割り込んだ場合、攻撃と防御の担当がシフトする。リスクのある攻撃も、誰かがカバーしてくれるという安心感が、局員の動きを鈍らせない。

 隙が出来てしまうのなら、誰かが守ればいい。

 言葉にすればそういうことなのだが、信頼関係がなければなかなか行えないのが、この戦術コンビネーションというものだ。

 フェイトはその安心感に身を任せ、近接戦には不釣り合いな大振りの魔法攻撃を行っていった。近接用予備汎用デバイスでの、棒術に似たデバイス捌きは、いつぞやのなのはとの特訓を思い出させる。

 浮遊デバイス群の数が多かろうと、特別脅威があるわけではなかった。

 きちんと打撃を与えていれば、いずれ撃墜でき、そのまま動作を停止している。

 そこまで重大な事案ではないのかもしれないと、フェイトは前後を挟んで攻撃しようとしてきた浮遊デバイスを的確にクリアしながら思う。

 でも、これだといつかバルディッシュにも攻撃しちゃうな。それはちょっと、嫌な気がする。

 とまで思う余裕を取り戻しつつ、攻撃の手を緩めないまま、彼女はなのはの方を見上げる。

 フェイト以外のコンビネーションチームの活躍もあり、デバイス総数は80以下となっていたが、そのほとんどはまだ砲口を彼女に向けていて、光弾を撃ち続けていた。

 遠目に見ても、なのはの動きが少し鈍っているのが分かるが、まだ危険というわけではなさそうだ。

 その様子を見て、フェイトはさらに冷静になった。

 コンビネーションの攻撃パターンを少しずつ変えて、相手の対応を遅らせていく。

 直に戦って分かったのは、浮遊デバイス群だけなら機械的な動きしかしない、ということだった。

 バインド除去や初撃でこそ虚を突かれたが、それ以降の“お姫様”には目立った動きがない。

 これならいずれ彼女も保護して事件も終息するだろうと考えたのは、軽率以外のなにものでもなかったと、フェイトは反省することとなる。

 “お姫様”がデバイスを掲げてモードチェンジをさせ。次いで、彼女の足元から視線の先、背後に至るまで、大きな魔法陣がいつくも出現し。

 

 そして、桜色の極光が、集まりだした。

 

 あれは……。

 あれは、マズいのでは。

 フェイトはもちろん局員すべての人が、遭遇していなくともデータで共有している、まさにそれなのでは。

 なにしろ、話題にまでなったのだ。9歳の少女が、大人でさえ辿り着けないような魔法を、大出力で使ったのだと。

 

 ――集え、星の光。

 

 浮遊デバイス群を対処しながら“お姫様”に注視していると、聞き覚えのある詠唱まで始まった。かつて闇の書の意志が唱え、広域拡散型へと変化させたあの詠唱。

 距離が離れているのに耳に届くのは、その詠唱を相手に理解させること自体に、何かの追加効果があるかもしれなかったが、フェイトにはそのことを考える余裕が消えてる。

 直撃を味わったことがあるからこそ、フェイトは誰よりも早く、局員たちに撤退の念話を送った。もちろん、なのはを含めた上空チームへも。

 上空でなのはを援護する局員たちが手を止め、距離を取り始めたのはフェイトにも目視確認できた。しかし、肝心の高町なのはがまだ数分前と同じ動きをしている。

 集束砲撃を行おうとする一方で、“お姫様”は残っている浮遊デバイス群による援護射撃を一層激しくさせる。

 フェイトは離脱コースを外れてなのはの救援に向かおうとした。

 まずそれを阻害したのは、浮遊デバイス群だった。

 

「ッ! 邪魔ッ!!」

 

 5本のインテリジェントデバイスに行く手を遮られ、対応しようとすると、息つく暇もなく10本のインテリジェントデバイスが彼女を取り囲んだ。フェイトの動きが鈍ったのは、虚を突かれたからではない。そのうちの一本が、他でもないバルディッシュだったからだ。

 しかしそれらはすぐさま攻撃してこなかった。

 足止めさせるために自分を取り囲んだという明確な意思を、フェイトは感じる。元の離脱コースへ戻るのは容易そうなのが、余計に苛立ちを募らせる。

 何か変わればと、なのはと直接念話を繋げた。

 

『なのはっ!! 早く離脱を!!』

 

 マルチタスクを使いながらの通信を行うなのはが、フェイトへ返事を送る。

 

『私の援護をしてくれてた局員さんにも言ったんだけど、なんとかするから、気にしないで離脱して!』

 

 いくら付き合いが長く、信頼を寄せているからと言っても、その言葉を二つ返事で信じられる状況ではない。なによりフェイトから見てなのはには、そういう余裕があるとはとてもじゃないが思え無かった。

 現に、フェイトは繰り返し離脱を促す念話を贈り続けていたが、先ほどの念話以降、なのはからメッセージが来ない。アクセルフィンが描く桜色の軌跡が上空に模様を描き続けている。

 さすがに留まりすぎたのか、フェイトを取り囲んでいた浮遊デバイスが光点を作り出した。それを見て、フェイトは無理やりなのはの言葉を飲み込み、泣く泣く離脱することにした。

 避難しながらもなのはを気にして見ていると、少しずつ距離を取っているようにも見える。

 離脱可能確率が一番高そうなシナリオは、集束砲撃を撃つ前に浮遊デバイス群が攻撃を止めるという流れになった時だろうかと、フェイトは思案する。

 それでも、安全な位置まで距離を稼げるだろうか。

 防御型だから、多少は耐えられるのだろうか。

 もしかしたら。

 いや、でも。

 あの子だって、自分と同じ、生身の人間だから。

 局員総出のプロテクション領域の内側に辿り着いたフェイトは、最悪の事態を思い浮かべる。彼女の顔には絶望感が漂っていた。

 そんなこともお構いなしに、時は訪れる。

 桜色の極光の壁が、迫る。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 息が詰まっている感じがする。

 高町なのはは、先ほどからその感覚に包まれていた。

 彼女は知らないが、原因は、今使っている予備汎用デバイスにあった。

 簡単に言うと、高町なのはに合ってない。

 彼女の魔力量は膨大だが、同時に、魔力を送るスピードも力も大きかった。

 一般的に魔導師はデバイスにある特定の魔法命令式を任意で選び、そこに魔力を送って命令式を有効化させ、展開させる。

 魔法の発動において、リンカーコアが魔力の出発点、命令式が魔力の到達点だとするのなら、デバイスは中間ポイントとなる。

 デバイスは、その性能によって保有できる命令式の数も違ってくるが、一度に受け付けられる魔力量と、一度に命令式に魔力を送れる量によっても性能が左右される。

 つまり、デバイスは水道管のような存在なのだった。

 今、高町なのはが使っている予備汎用デバイスはレイジングハートと比べると、受け入れられる魔力量も命令式に送れる魔力量も大きく劣っていた。

 彼女の魔力量は膨大かつ、デバイスへの魔力供給量もスピードも桁違いなのに対し、デバイスの魔力送受口は一般レベルで作られている。

 汎用デバイスとしては、局員仕様になっているだけで市民が扱うデバイスよりはランクは上なのだが、奇才とされる彼女からすると、足りないとしか言いようがなかった。

 それでも彼女は入局試験を通過し、局員となっている。最低限の予備デバイスの扱いは心得ているはずだった。

 ……が、現状のように、予備汎用デバイスを用いて事件にあたる経験は、今日が初めてだったりする。

 魔力の詰まりを高度による息苦しさだと思っているなのはは、浮遊デバイス群から放たれる光弾の弾道予測が、いくらリンカーコアから魔力を送っても計算スピードが追い付かないのにかなりイラついていた。

 

(マルチタスクまで使ってるのに……攻撃が通り過ぎた後に弾道予測が出るとか、命令式間違ってるのかなぁ?!)

 

 とにかく送る魔力を費やせばいいと考えている彼女は、思い描くよりもワンテンポツーテンポ遅れる魔法を、勘で補おうとしていた。

 いつもよりも魔法が遅れて感じるのなら、一手二手を予想して、先に動けばいい。

 弾道予測が遅れてしまうのなら、この際肉眼で対応しよう。

 防御が間に合わなそうであるのなら、加減速や旋回で対応しよう。いっそ、減速は切り捨ててしまおうか。

 少女が思考している中、三発の光弾が背中と腹部、左の太ももの裏に当たる。我慢できるダメージだと知った高町なのはは、当たるのも止む無しと思考に組み込んだ。

 大切なのは、落ちないこと。

 

(よっ……っと。だんだん慣れてきたかも。それにしても、ちょっと弾幕薄くなってる、のかな?)

 

 浮遊デバイス群、とはいうが、さながら戦艦を相手しているようなものだ。それを相手に光弾数発のダメージで済んでいる奇才高町なのはという存在は、援護してくれている数名の管理局員の存在意義を深く考えさせた。

 果たして本当に自分たちは役に立てているのだろうかと、本気で悩みだした局員だったが、事態は一変する。

 

 眼下。具体的には対象の頭上で、桜色の極光が集まっていないか?

 

 援護していた管理局員全員がその光景を視界に収めた瞬間、部隊長から離脱命令が飛んでくる。

 これはいよいよまずい。

 なのは援護局員たちは、離脱準備をまだ始めないなのはに向かって、念話を飛ばした。

 

『高町さん! 離脱命令です! 早く!』

 

 局員の念話に対して、五秒おいてから、高町なのはは応答する。

 

『りょ、了解です! でも、ちょっと今はその、余裕が! あれですよね、あの子、集束魔法使おうとしてるからですよね?』

『分かってたんですか、そうですよ! 危険ですので、プロテクション領域内への退避を』

『だったらなんとかできるので、私のことは気にせず避難行動を取ってください!』

 

 局員の念話に対して、なのはは食い気味に対応した。念話さえもラグが出るので、使えたものではないなと高町なのはは密かに感じていたのだ。

 局員に予測で対応しながら、なのはは、タスクをもう一つ広げる。そこで、防御魔法の予想強度を概算し始めた。いくら自分が防御型とはいえ、自分が放つ集束魔法に耐えられるだろうか、というシミュレーション。

 タスク上で出るシミュレーションの結果は、お察しだった。

 

『そうはいきません! 高町さんが万が一欠けたら我々は』

『集束なら私もできますから、阻害術式をかけてみます! 大丈夫です!』

 

 食い気味に来る返事を局員たちは必死だと受け取ったことと、安易に近づけなかったこともあって、局員は高町なのはの要望通り、後ろ髪を引かれながら退避していく。

 それを視界の外に収めながら、なのはは思う。

 今はそもそも魔法の調子が悪い。この状態で、力が未知数の相手の集束を捌ききる自信は、あんまりない。

 防御に専念するにしても、今張られている弾幕をどうにかしなくては、それも満足にできない。

 かといって、バリアジャケットだけでは、強がったとしても無駄だろう。

 味わったことは……そういえば闇の書の管制プログラムは広域型に変化させた“アレ”を放っていたけれど、自分の集束とは違う気がしたから、やっぱり味わったことはないことにする。

 この際、味わっておくべきかな?

 フェイトちゃんたちは、ちょっと大げさに言ってると思うんだけど……そんなに凄かったかな。

 局員たちに広がる緊張感とは裏腹に、なのはは「やっぱりレイジングハートを持ってるから使えるのかな」と、現状使用できる魔法一覧をタスク上に表示させながら考えていた。

 冗談で受けてみようかと考えてみたものの、やはりダメージは受けたくない。その上、できれば封印砲をジュエルシードと思われる宝石にぶつけるまでは、魔力をある程度保っていたかった。我が儘を言っていられる場合でなくなったのは百も承知だけれども。

 誰かを救うために飛んだのに、誰かを救う前に落ちては、それこそ笑えない。

 

(攻撃数発は仕方ないから、いっそ防御の展開に集中を……ううん、距離を取った方が確率としては……)

 

 マルチタスクを使って贅沢に悩んでいると、いよいよ相手の集束砲撃が最終フェーズに入った。

 距離を置くにはさすがに遅すぎる。……と思う。

 残された選択肢は、防御を張るくらい。

 なのはは光弾数発のダメージと引き換えに、二枚重ねたプロテクション・パワードを展開した。もっと重ねたかったが、魔力を送っても送っても展開速度が上がらず、なのはは焦りと冷や汗を浮かべるだけだったので、強度補助に意識を向けることにした。衝撃緩和用にアクセルフィンも同時に展開する。

 耐えようとするより、流れに逆らわずに“押される”感じにした方がいいかもしれないと、少女は判断した。

 いよいよ桜色の極光が迫りだす。

 

 

 

 

 結果を言えば。

 高町なのはが張った防御魔法も。強度補助への魔力運用意識も。衝撃緩和用のアクセルフィンも。

 どれも、役に立つことはなかった。

 

 

 

 



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幕間三

 

 レヴィに抱えられながら、私たちは魔力反応があった方向へと飛んでいた。

 彼女曰く「僕は一人乗りだけど、ルシフェリオンは特別!」らしいので、出発前に私とルシフェリオンでレヴィにとりあえず賛辞を送った。バルニフィカスはいいんだろうか。野暮か。

 上空に出ると、よりはっきりとした感覚が伝わってくる。同時に、記憶のどこかでこの感覚は何かに似ていると囁いてきた。

 何なのかは、まったく思い出せない。

 もやがかかったような曖昧なもので、まるで塗りつぶされている部分が多い写真を見ている感じだ。でも、塗りつぶされている写真を手にしているのは分かっている。「もやがかかった曖昧な記憶を持っている」ということには揺ぎ無い自信があった。

 強大な魔力反応が懐かしい。

 真新しくない感じの魔力が懐かしい。

 もっと言えば、こうしてレヴィと一緒に飛んでいること自体が懐かしい。

 それはレヴィも同じだった。

 

「懐かしいね、シュテルん。あの時以来だね」

「あの時、とは消滅前の時のことですか?」

「うん! ……ん? あれ? あのあと消滅したっけ? んー?」

 

 レヴィの発言が、私と同じ症状からきたものなのか、ただの物忘れなのかは、分からない。

 私が何度か思い出そうと試みた時、そのいずれでも頭痛を伴う息苦しさがあった。しかしレヴィは会ってからずっとあっけらかんとしている。今だってそうだ。うんうん悩んでいる声は聞こえるが、苦しそうな声は聞こえない。演技されているのであれば、私はレヴィの演技力をなめていたことになる。

 ……正直なところ、レヴィが幻覚の類なのではと思っている自分もいた。

 ちょっと、誇張されすぎだと思う。あの子は、もう少し、なんというか、その、聡明な時も、たまにはある。

 けれど協力的なこともある上に、レヴィの魔力反応と全く一緒なことから、わずかに浮かんだ疑念は頭の隅に追いやった。

 

「魔力反応地点までまだかかりそうですか?」

「ん、もうちょっとかな。でも、ずいぶんと派手な反応だよね。こんなに離れてるとは思わなかったけど」

『複数の細かい反応と、大きな塊の反応です』

 

 群青色のクリスタル・コアを点滅させて、ルシフェリオンが話しかける。

 

『精度の高いエコーサーチを行った結果、大きな塊の周辺にも細かい魔力反応がありました』

「もしかして交戦中ですか?」

『大きな塊を中心にして球状の隊列を作っていることと、その隊列からおよそ20m離れた場所に扇状の隊列を組む魔力反応も検知しました。扇状の隊列からいくつかの魔力反応が中心に向かって動いているので、おそらくは交戦中かと思われます』

「シュテルんは気が付かないの?」

「何がですか?」

「さっきっから、光がびゅんびゅん飛んでるよ?」

「レヴィは私より目がいいですね……私には何も」

 

 ということは、おそらくではなく、ほぼ確実に交戦中だ。彼女は私よりも視力がいいのを忘れていたが、ここまでいいとは思っていなかった。

 レヴィが確認できて私が確認できない距離を、彼女の速さで移動していく。先ほども思ったが、魔力反応の明瞭さから近いと勘違いしていた。目的地まで、まだだいぶかかりそうだ。

 到着までに自分たちのスタンスを固定しようと、私は全員に相談を持ち掛けた。

 

「目的地で集団と集団が交戦していた場合、どちらに付きますか?」

「正義の味方っぽい方!」

「自由を求めていても、歪んだ正義によって悪の烙印を押される場合もありますが、その場合でも正義の方に付くつもりですか?」

「ん? 何の話?」

「例えとジョークです。パッと見では正義か正義じゃないかを判断するのは難しい、という」

「シュテルんの話はいつもちょっとだけ難しいよ。ちょっとだけだけど」

「すみません」

「でも、確かにそうだよね。んじゃ……危ない目に合ってる方を助ける! 颯爽と現れるヒーローやりたい!」

 

 やる気満々だというレヴィの声を聞くと、混戦してたらどうするのかという言葉は飲み込まざるを得なかった。

 しかし、レヴィはああ言ったが、やはりどちらの陣営に付くべきかは慎重に行わなくてはいけない。

 選択を間違えてしまえば、帰るべき場所にも帰れないだろう。

 少し離れた地点で一度様子を見るのが正しい選択かもしれないと心の中で決断すると、私の悩みを吹き飛ばす感覚が、私たちを襲った。

 

 この魔力波形は、覚えている。

 懐かしい。

 忘れるわけがない。

 私の原点――高町ナノハを。

 

 これにはレヴィも気が付いたようで、心なしか、飛行速度が上昇した気がした。ルシフェリオンの表示する速度計では数値の変動はあまり見られない。

 ただし、私は手放しで気分を高揚できる状態ではなかった。

 

(……ルシフェリオン)

(マスター、お気付きになられましたか)

(ええ、もちろん。彼女のですから。間違えるはずがありません)

(ならば、私もサーチ結果をお伝えします。高町なのはの魔力反応は、“二つ”あります。一つはせわしなく動く小さなもの。もう一つが、まったく動かない大きめのもの。先ほどから感じ取っていた大型魔力反応が、後者の反応になります)

(ルシフェリオンが故障している、とかではないんですよね?)

(至って正常です)

(となると、どちらかが本物で、どちらかが偽物……)

 

 デバイスと念話をしながら、偽物が偽物の可能性を考慮するのはずいぶんと皮肉的だと苦笑いをした。今度、何かのギャグに使えるかもしれない。

 

(通常であれば、動いていない大きめの反応の方を本物の高町なのはだと断定しますが……)

(不気味です。動いていないというのが。ナノハを思えば、少し考えにくいです)

(かと言って、せわしなく動いている方が本物かと言われると)

(反応が小さすぎます。ルシフェリオン、過去のデータと照らし合わせてみてくれませんか?)

(過去のデータと照らし合わせなくても、一目瞭然です)

(です、よね……)

(マスターは、どちらが本物だと思われますか?)

 

 難しい。

 通常であれば、といったルシフェリオンの言う通り、反応が大きい方が本物だと思うのは間違っていない考えだ。

 彼女の魔力は、桁が違う。

 集束砲撃を行っているのであれば止まっていてもおかしくはない。特大の魔力の塊が地上で留まっているというサーチの結果を受けると、その最中か、とも予想できる。

 一方で、空中を飛び回っている方が彼女らしい、とも私は思う。

 少し恥ずかしいことだが、その記録が眩しくて幸せそうで、だから私は憧れて、そのデータを自分にあてたんだ。

 私にとっての自由そのものを、私は渇望した。

 当時を思い返してしまい、わずかに頬が赤くなるのを自覚したのでこの話はもうやめよう。

 意識を件の魔力反応へと向け直す。

 近づくにつれて、地上の反応への疑いは深まっていった。

 

(私だったら、空中で飛び回っている方が本物だと考えます)

(マスターがそういうのであれば、私はそれに従うまでです)

(ルシフェリオン的には、どちらだと思ったのですか?)

(マスターと同じですよ。奇遇ですね!)

 

 まだ距離があるからなのか、ふざけ始めようとした愛機を受け流す。

 と、地上の方の反応が、急に、さらに大きくなった。

 やはりというか、なんというか。この魔力の塊の成長具合は、十中八九集束砲撃だろう。

 そういえば、と私は彼女と話したことを思い出した。集束砲撃について話した時だ。

 発動までの時間の長さを補うために、対象物がほとんど動いていない状態になってからでないと、彼女は使わないと言っていた。

 多数の魔力反応が動き続ける目標地点で、止まっているのが中心の大魔力と、扇状の外側にある細かな魔力群の二つだけ。

 彼女が集束砲撃をチャージしているのだとして、その魔力群を目標に集束砲撃を行うだろうか。

 魔力群は大きく散らばっているようにも見えるし、なんだったら扇の中心に集まっていた魔力群も、そちら側へだんだん移動しているとサーチャーは検知した。

 扇状の集団対中心地点。

 今の形勢なら、集束砲撃を行うよりも、誘導型の魔力弾を多数出した方が戦略的に有利になると思えなくもない。なにより、動き回るのも得意な彼女にとって、この局面で集束砲撃を使う客観的な理由がない。

 彼女の考えでの集束砲撃は、集団を狙うものではなかったはずだ。

 私はその記憶により、飛翔している方を本物だと確信した。

 彼女が飛んでいることへ安堵すると同時に、なんだか嫌な予感がする。

 

「レヴィ、もう少し速く飛べますか?」

「え? いいけど……なんで?」

「胸騒ぎがします」

「あー、確かにね。でっかいの、ドッカーン! ってやりそうな雰囲気だよね。シュテルんのオリジナルなら、なおさら」

 

 目的地までの概算距離が、ルシフェリオンから告げられた。まだ20000m以上は離れている。

 現時点の速度――140km/hでは、早く見積もっても9分はかかる。

 

「出来れば、上空を飛んでいる彼女の魔力反応の方へ向かって加速してください」

「うん? 反応っていくつもあるの? ……ほんとだ、二つある。飛んでる方はだいぶちっちゃいけど……そっちでいいの?」

「ええ、おそらくそちらが本物です」

「じゃあ、地上のでっかいのは偽物? 集束のチャージ中じゃないのこれ」

「ナノハのものより小さいですよ。私は詳しいんです。上空の方は何らかの原因で全力を出せていないと見られます。ナノハのところに颯爽と現れて、正義のヒーローになりましょう」

「オッケー! 行くぞー!」

 

 もちろん私見は6割適当だったが、レヴィを納得させるのにはこれで十分だ。ここは彼女の素直さに甘えておこう。

 速度が上がるとすぐに、私はマルチタスクで確率を計算する。

 スターライト・ブレイカーの予想射線上に直前で入り、防御魔法で防ぎきる確率を。

 前提として、到着から攻撃を受けるまでの時間を三秒として、ラウンドシールドの展開上限を……この前提だと、どれだけ早く展開しても5枚がいっぱいいっぱいだ。シールドを到着までにある程度準備して、到着に合わせて展開することは、性質上できない。展開前には必ず、展開場所での座標固定を行わなければ効果が大きく削がれる。仕方ないので、上限5枚で計算を続ける。

 まず、このままの速度では、到着した次の瞬間にナノハと共に集束に飲み込まれると出た。

 間に合わせるためにレヴィを加速させたとしても、予定地点で止まるための減速距離が伸びてしまう。色々と調節して時間と距離を合わせると、大目に見ても加減速の数値がとんでもないものになった。この数値はレヴィのスペックを超えないといけないものなので、却下する。

 そもそも。

 私やレヴィが段取りよく到着したとして、ナノハを助けることはできるだろうか。

 非現実的な数値で目的地に辿り着けたとして。

 私のスペックで防御を展開したとして。

 出てくる防御確率は、当たり前のように絶望的な低さだ。

 どう転んだところで、到着地点で高町ナノハを颯爽と助けることは、できない。

 ……。

 レヴィに念話を飛ばす。

 

『レヴィ』

『なに、シュテルん?』

『颯爽と現れる正義の味方、やりたいんですよね?』

『まぁそうだけど……。どしたの?』

『嫌な予感というものは、当たるものです。なので、万全の状況を作り出す必要があります。これから私が言う作戦を実行してくれませんか?』

『どんな作戦?』

『レヴィは目的地近くまで加速し続けてください。絶対に減速させず、飛んでいるであろうナノハを回収し、そのまま回収場所からできるだけ離れてください』

『うえぇ!? ぼ、僕、一人乗りだよ!?』

『ですから、回収する前に私を降ろせばいいんです。タイミングはこちらが合図を送りますから』

『あ、そっか! ……っていやいやいや! それじゃシュテルん、大変なことに』

『私ならご心配なさらずに。彼女の所持魔法の良し悪しは、きちんと頭に入っています。裏を返せば、私の魔法の良し悪しなので……。だから大丈夫ですよ、レヴィ。何とかなります』

『……シュテルんがそういうなら、やるけど。でも、ヤバそうじゃない? シュテルんの作戦、疑ったことはないけど、これでシュテルんが消えちゃったら僕ヤだよ?』

『ご心配、感謝します。でも、本当に平気ですよ。いいですか。もっと加速して、私が合図を出したら私を離してください。レヴィはそのまま限界まで加速して、ナノハの回収を。これが一番いい手です』

 

 推定高町ナノハを救出するために、途中で私を降ろして、レヴィはそのまま彼女の回収へ向かう。集束砲撃が放たれるとするなら、どこで私を降ろしたとしても、射線から逃れることはできない。それだけ集束砲撃は極太だからだ。

 私を降ろすなら、私は集束砲撃を防ぎ切らなければいけない。

 レヴィもこのことは分かっていたのだろう。私がこの作戦の詳細を言う前に、彼女は何も言わずに加速してくれた。

 ルシフェリオンにさせていたシミュレーションの数値が書き換えられる。到着予測が3分後にまで短縮した。単純計算で約300km/hまで加速してくれたみたいだった。

 そしてさらに、幸運が舞い込んできた。

 レヴィへ伝えた計画を遂行しやすいようにかは知らないが、飛び回っていたナノハの魔力反応が、空中で静止した。これならレヴィも掴み損ねることはないだろう。

 私は、ブレーキ用の魔法を準備する。

 

(マスター。あの光を集束魔法だとして計算してましたが、違った場合はどうするんですか?)

(その時は、別に、どうも。そのまま、臨機応変に対応するだけですよ。ルシフェリオンに計算させた時の数値は、最悪のものを想定したものです。それ以下になるのであれば、私としては文句なしです)

(もう一つ聞いてもよろしいですか?)

(時間がありませんので、手短に)

(なぜ、そこまでして、高町なのはのことを守ろうとしているのか、お分かりですか?)

(それは……)

 

 理由など、考えなくても分かる。

 高町なのはのデータに触れて。

 高町なのはのデータに光を見て。

 高町なのはに憧れて。

 彼女の数値を私に当てはめたのだから。

 けれど、たとえ自分のデバイスだとしても、このことを言うのは恥ずかしい。

 

(私がナノハのコピーだから、ではダメですか?)

(ひとまず、それで納得しておきましょう。最後に、報告です)

(話が長いですね。話の長いデバイスは嫌われてしまいますよ)

(ご忠告感謝します。ですが、大事なことです。仮に、高町なのはの持つ集束砲撃と同等の威力があの地上の魔力の塊にあるとするならば、です。それを私たちの所持する防壁魔法で防ぐには、およそ72枚を重ねる必要があります)

(はぁ。そんなことですか。それ、ちゃんとカードリッジを使って計算しましたか? ちゃんと使った数値で計算を……えっ、カードリッジ使ってそれなんですか? 本当に?)

 

 もはやその枚数は「防壁を犠牲にしながら、自分の元へ砲撃が届かないようにする」ための展開数だ。防ぐための盾じゃない。

 まぁ、そんな枚数の展開は、まず不可能なわけだが。

 

(……オリジナルよりも威力が抑えられていることを願いましょう。仮に、同等の威力だったとしても、あなたの主人は落ちたりしません)

 

 絶対に落ちたりしないんです、と自分にも言い聞かせていると、やがてレヴィに合図を出す地点に到達した。

 念話でレヴィに合図を送り、私を抱いていた手が離れる。

 

(エアブレーキ、重力式空中姿勢制御をお願いします、ルシフェリオン)

(了解しました。マスター)

 

 まず、エアブレーキと姿勢制御の魔法を広げた。足元に二対の朱色の羽が広がると、それぞれが独立した動きを見せる。高町ナノハにとってのアクセルフィンにあたるこれは、様々な点で彼女に届いていないことを私は理解している。が、速さで言えば、私の方が速い自信があった。まぁ、加速が良いだけではだめなのだが。

 現に、目標静止地点で止まるためには、大幅に魔力を使わなければいけなかい。ブレーキ性能があれば、もっと魔力を消費せずに止まれただろう。

 

「それだけレヴィが飛ばしてくれたってことなんですけれど……!」

 

 小さな点になっていく彼女が、これまた遠くにある小さな点の推定ナノハを掴み、遥か彼方へ消えていく。作戦第一段階が上手くいったみたいで、よかった。

 

『まもなく静止します』

「分かり、ました……間髪入れず、防御を展開してください!」

『了解です』

 

 レヴィと推定高町ナノハは、既に離脱した。二人分の魔力反応はもう彼方まで離れている。さっきまで推定彼女がいた場所で私が静止浮遊すると、今度は防壁魔法を時間の許す限り展開させた。シミュレーションより早く来れたので、展開数に余裕が出る。まずは、13枚。

 魔力がごっそり抜けていった。

 

「あ、あと20枚くらいは出しておかないと……!」

『マスター、これ以上は身体に障りますが』

「そんなのはもとより承知の上です!! いいから、シールドの術式を繰り返しなさい!!」

 

 思わず叫ぶと、ルシフェリオンは黙ったまま防壁術式を重ねて走らせた。展開、再実行、展開、再実行……。

 力と体温が、大きく消失する感覚が私を襲う。視界が暗転しそうになるのを、無理やり抑えた。

 決死の攻撃を行った時ならいざ知らず、まさか防御魔法で全力全開をするとは思っていなかった。

 空中と言えど座標固定しているので、本来は足場があるように感じられるものだが、力が入らず踏ん張れない。悔しさが込み上げてくる。

 今からレヴィに念話を繋げば、拾ってくれるかな。

 弱気まで頭に浮かびそうになるのを、気合で掻き消した。

 もう、明らかに時間が足りない。ついでに魔力も足りない。カートリッジも足りない。

 桜色に似た色の極光の壁が迫り始めた。

 つべこべ言っている暇はない。踏ん張るしかない。力が入らなくても、できるはずだ。やるしかないんだ。

 だって私は、高町なのはの――。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 肩で息をしながら、ルシフェリオンを意識して強く握る。そうでもしないと、落としてしまいそうだから。

 

「ハ、ァ……ッ! 思い、出しました……!」

 

 全身から力という力が吹き飛んだ。きちんと立てているか、自信がない。

 あのスターライト・ブレイカー“もどき”も、桜色の魔力光だからか知らないが、集束砲撃だけあって威力は抜群だった。

 シールドを展開しても展開しても破壊……というより飲み込んでくるアレは、規格外という他ない。防御が意味を持っていたのか疑問だが、生きていることを考えると、多少は役に立ったのだろう。

 何はともあれ、アレが私に衝撃を与えてくれたおかげで、もやがかかった記憶が、晴れ晴れとした。

 接続の悪かった記憶を引き出す機能が、うまく働く。

 

「ッ……この頭痛は、記憶の混在のせい……なんでしょうね」

 

 思い出してみれば、やっぱり、と思えた。

 誰が、自分を必要としたのか。なぜ必要としたのか。完全に理解した。

 しかし、それでもこれから自分がどうすればいいのかは分からない。

 こんな状態だからなのか、本当は分かっていたけれどこんな状態になってしまったから混乱しているのか。

 朦朧としている意識で考えるのは、難しい。

 もっと時間があれば、落ち着いてから考える、ということもできるのだが、それは許してくれなさそうだった、

 アレを撃った存在が、二撃目らしきチャージを始めている。

 瀕死状態のルシフェリオンに、なけなしの魔力を送って自己修復を加速させる。

 まだAIは壊れていない。フレームも。マシな状態だ。

 重力が下方に向かっている認識を取り戻して、ようやくいくらかのダメージが過ぎ去ったことを認識すると、私はルシフェリオンを優しく抱いてあげた。

 と、すぐにレヴィの回線で念話通信が入る。

 

『これで、いいの? ……わっ、ほ、本当にシュテル? だ、大丈夫……?』

 

 通信を入れたのは高町ナノハだった。手放してしまいそうになる意識を無理やり掴んで、私は冷静を装う。

 

「ナノハ、お久しぶりです。ですが、すみません。再会を喜んでいる場合ではありません。レヴィがいるかと思いますが、こちらに寄越してくれませんか? 飛翔する魔力が勿体なくって」

 

 どれだけ繕っていても、声や息は震えていた。きっとナノハにも気づかれていただろうけれど、彼女はそれを指摘することはなかった。

 

『あ、えっとね、心配しなくても大丈夫。フェイトちゃんがそっちに向かってるから』

「レヴィのオリジナルもいるんですか」

 

 うん。と心配そうに返事をしたナノハによって、私は思い出す。そういえば、そっちの魔力反応もあったような……気がする。大量の細かな反応が散らばっていたから、その中に紛れていたのかもしれなかった。

 

『でも、なんで二人がこっちに……ディアーチェとかもいるの?』

「そういったことも含めて、合流してからお話します。どうやら次の攻撃が来そうなので」

『あ、そうだね。了解。じゃあ、フェイトちゃん。そのままシュテルをお願いね。拾ったら、私のところに来てほしいな』

『分かった』

「助かります」

 

 念話、そっちにも繋がっていたんだということを考えるのも億劫になった私は、ルシフェリオンの自己修復機能以外をシャットダウンさせた。

 今はできるだけルシフェリオンの回復を早めたい。さっきも言った通り、飛翔するにも魔力が惜しいので、彼女たちの助けは素直に嬉しかった。

 それからすぐ、レヴィのオリジナルであるフェイトが私を拾い、抱きかかえると、そのまま高町ナノハの方へと向かう。

 私が弱っていることもあって、フェイトは特に何も聞いてこなかった。

 レヴィたちも向こうから少しずつこちらへ近づいているのかもしれなくて、合流は意外とすぐできる……だろう。正直、それを考えるだけのエネルギーと調べるためのエネルギーが惜しい。なんとなくうっすらと分かる程度でも安心できたのだから、それでいい。

 合流までの一分強を、目を瞑って休息の時間にしつつ、簡単なまとめをする。

 一体誰が私を求めたのか。なぜ求めたのか。これからどうすればいいのか。

 三つのうち、二つは分かった。

 あと一つもそのうち分かるだろう。

 考えて答えを出すのは、今求められていない。

 私に今必要なのはむしろ覚悟なのかもしれないということは、実はうすうす気が付いていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 その後、何事もなく、私はレヴィのオリジナルに抱えられ、高町ナノハと合流した。

 今は、集束砲撃を撃ってきた“アレ”から遠く離れ、くるぶしほどの深さしかない海の方へとやってきている。そこに浮かぶように建てられた休憩所に、一時的に避難している。追撃は、距離を取ったからか、ぱたりとなくなった。

 私はそのウッドデッキで横になり、近くに三人が腰を下ろす。傍から見れば、姉妹二組のピクニックに見えるかもしれない。

 

「久しぶり、シュテル。大丈夫?」

「ええ。お久しぶりです、ナノハ。大丈夫ですよ、私は防御型ですから」

「とても大丈夫には見えないんだけど……支援班の医療スタッフに連絡しようか?」

「いえ、お気遣いだけ受け取らせていただきます、フェイト」

「シュテルんが消えなくて良かった……」

「レヴィ、作戦を信じてくださってありがとうございました。速くてかっこよかったですよ」

「そ、そうかな? えへへ」

 

 照れくさそうに微笑むレヴィの目尻には、涙の跡が残っていた。そうなった理由など、容易に想像できる。彼女には、精神的に負担をかけてしまった。謝るタイミングがあればいいのだが。

 

「でも、なんでシュテル達がここにいるの?」

「……呼ばれたんです」

「呼ばれたって、だってシュテル達は」

「分かっています。エルトリアに行ったはず、というのは、今しがた思い出したことです」

「思い出した……?」

 

 集束砲撃を受けるという荒治療だが、まぁ、なんだっていい。全て思い出せたのだから。

 私たちは紫天の書事件の最後、エルトリアに旅立った。それは時空を超える移動になったが、ナノハとフェイトと、それにこの場にはいない夜天の書の主であるハヤテには、時間移動の部分だけ記憶封鎖の魔法を施したのだ。

 彼女たちにとって、エルトリアは次元の違う世界という認識だと思う。本来であれば、関係者と接触することでその封鎖が解けてしまう可能性があったはずだ。

 

「ええ。ですが、安心してください。私のようで私ではない感じですから。ついでに言えば、レヴィもです」

 

 しかし、私は確信していた。

 彼女たちの記憶封鎖は、自分との接触によっては解けないと。

 現に、ナノハたちの記憶封鎖が解ける様子はない。

 安心していい、という言葉が何を意味しているのか、ナノハ達は理解しておらず、一様に首を傾げている。レヴィも一緒になって、はてなを浮かべた。

 私は、貴女も状況的には同じなんですよ、と小さな声でレヴィに語り掛けた。

 

「……あー! そうだそうだ、エルトリア!」

 

 首を傾げてたのは、そっちだったらしい。ずっとエルトリアという単語に引っかかっていたのだろう。レヴィは興奮気味に私に詰め寄る。

 

「レヴィも思い出してくれましたか。あと、顔が近いです」

「あ、ごめんごめん。でも、僕も思い出したよ、うん……! あれ、じゃあなんで僕たちここにいるの? 王様たちは?」

「うんそうだよ。ここにいるってことは、転移ミスでもした?」

「いいえ違いますよ、ナノハ。あとレヴィ、ディアーチェたちは居ません。私たちだけです。我慢しましょう。……ちなみにですけれど、ナノハ。私と別れてから、どれくらい経ってますか?」

 

 ちょっと危険な話題になりそうだったのを、無理やり修正する。多少無理があったと自分でも思うが、今の私の状態もあって、細かな指摘は飛んでこなかった。

 

「んー……大体、一年くらいかな? 一年ちょっと経ったくらい?」

「なるほど……通りで、少し大人っぽく見えたわけです」

「え、そ、そうかなぁ? 私、大人っぽいかなぁ?」

 

 私が褒めると、ナノハは頬の火照りを両手で感じつつもじもじしだした。横になっている視点からそれを見たのが面白かったので、もう一人の方のオリジナルもからかってやろうかと思い、そちらへ視線を向ける。が、そちらはそちらで何かに集中している。

 それならそれで、好都合だ。単純な思考でできる一対一の会話ならまだしも、複数人と会話する気力は、少ししか回復していない。私はもじもじするナノハに視線を固定して、話を続ける。

 

「ナノハ。あの時の約束は、今はさて置きましょう。現在、どういう状況なのですか?」

「あ、えっとね……」

 

 話を簡潔に説明される。どうやら、集束を撃ってきた“アレ”が本命で、その周りに浮いていた浮遊デバイス――自分の集束砲撃後に多くを巻き込み、落下させていた――が第二目標、みたいな感じらしい。

 ふむ。なるほど。しかし、今の説明では、まだ分からないことがある。

 それについて聞こうとした時、別のことに集中していたフェイトたちが立ち上がり、こちらの会話に割り込んだ。

 

「隊長から連絡が来て、あの子への対策を練り直すみたいだから、私たちもう行くね」

「レヴィも行くんですか?」

「うん! オリジナルにどうしてもって頼まれちゃったからね!」

「そうですか。気を付けてください」

「うん! 頑張ってくる!」

「あ、じゃあ、私も」

 

 ナノハが二人について行こうとするのを、フェイトが止めた。

 

「なのははこっちで休憩しててって隊長からの伝言。メッセージ送ったけど返事がないって隊長言ってたよ。確認してなかったら早くして欲しいって」

「嘘……ほんとだ。送受信も調子悪いのかな……」

「しっかり休んで、回復したら合流して、ね?」

「分かった……気を付けてね、フェイトちゃん。レヴィも」

「うん」

「行ってきます!」

 

 二人が飛び立ち、私たちだけが残される。

 二人きりになったことで、彼女はあからさまに落ち込みだした。親友の手前、少し強がっていたのだろう。私も、その気持ちは分かる。

 

「ナノハ。一つ聞いてもいいですか?」

「……うん? なぁに?」

「“アレ”の持っていたデバイス……あのレイジングハートによく似たデバイスは、貴方のものですよね?」

「……ごめん。本当のところはよくわかんないんだ。同じ物だとは思うんだけど、見た目は違うから……」

「マスターである貴方は、分かるのでは? 多少形が違ったところで、見分けが付かなくなることはないと思いますが」

「……」

 

 今の彼女にとっては痛いところを突く質問のようだった。ナノハは黙り込む。

 サーチしていた時から私見で予想していた上に、彼女の口からも「魔法の調子が悪い」と呟きがあった。

 それはおそらく、デバイスの違いのせいだろう。デバイスが合っていない、またはデバイスにあった魔力運用をしていない。

 詳しくは、分からない。私には、そのデータは入れられていない。

 気持ちの沈んだ高町ナノハを見て、私は「手助けしたいと」心から思った。

 この気持ちは、私のオリジナルが「高町なのは」だからではない。

 レヴィが積極的に「正義の味方みたいになりたい」と思ったのと、同じ理由だ。

 

「ナノハ」

「?」

「レイジングハートのマスターは、レイジングハートが認めた貴方しかいないはずです。デバイスのマスターになるためには、デバイスが認めなければいけない。デバイスと結ぶのは、ただの使役関係ではありません。信頼を介する主従関係と言えます。それは、デバイスを『道具』としないためではないでしょうか」

「シュテル……?」

「今、“アレ”の手元にあるデバイスからは、悲鳴が聞こえます。ずっと聞き続けている貴女ならその悲鳴が何なのか、分かっているのではないのですか?」

「でも……」

「“アレ”の方が正しく運用できるというのなら、一度貴方に聞かなければいけないはずです。このデバイスを、譲ってくれないか、と。現マスターは、貴方なのですから。貴方が手放すというのであれば、管理権限を移す手続きを行わなければいけません。まだ行っていないというのであれば、あのデバイスは今、不正な状態で使われているのではないでしょうか」

 

 私が大人っぽいと言った時とは180°違う様子の今の彼女は、とてもとても小さく見える。私が憧れた彼女とは、全くの別人に思えた。

 

「あ、あの、ね……? なんか今日、魔法が上手くいかなくって……それでも私、取り戻せるかな?」

「貴女たちは、自由そのものです。望めば、運命はそれに応えてくれるでしょう」

『自動修復達成率、75%。自然修復へ機能を変更します』

「ルシフェリオンも起きましたね。おはようございます」

『おはようございます。マスター』

 

 数分前は傷が目立っていたルシフェリオンだったが、パッと見ではもう新品同様にまで回復してくれた。

 私は、ルシフェリオンを見て、レイジングハートを想い、高町ナノハを想う。

 なぜ、私が召喚されたか。

 一体誰が、私を召喚したか。

 私は、何をすればいいのか。

 自覚してしまった私に必要なのが何なのか。

 私がナノハに言えたように、私にも言える。ほんとうは、分かっているはずだと。

 

「私が貴女を元に構築したように、ルシフェリオンはレイジングハートを元に構築しています。そのことは、ご存知ですね?」

「う、うん」

「でしたら、今は、これを代わりに使ってください」

「そんな! だってこれは、シュテルのデバイスじゃ」

「ナノハ」

 

 優しい彼女のことだから、反対されるのは想像できていた。私は彼女の言葉を塞ぎ、自分の言葉を繋げる。

 

「今の私は、ただのお荷物です。魔力残量はもうほとんどありません。残っていた残滓もすべて、デバイス修復に費やしました。このデバイスであれば、貴方の行く末を明るく照らせるでしょう。……ずっと、考えていたんです。私がここにいる理由を」

 

 ルシフェリオンに目線を移し、私は少ない記憶を辿る。実際はとてもとても少ない記憶だ。それを隠すために、データで入力された記憶を、あたかも自分の経験のように話す。

 

「私たちは、自動防衛プログラムが切り離されてから、より明確に自由を望みました。憧れました。実現しようとしました。手段として魔導師の形をとり、そして活動をしました。ですが、結果はご存知の通りです」

 

 自由とは何だったのか。私たちがいる理由とは何だったのか。なぜ私は、私たちは、自我を持っていたのか。どうして今ここにいるのか。きっと、答えなんてない。――本当だったら。

 

「私がこうして考えたのも、『高町なのは』で身体を作ったからかもしれません。ほかのマテリアルからすると、くだらない考えなんだと思います。我が王ならば、そんなことより我のことを考えろとか言いそうですよね。でも私は、その答えが知りたかった。自分が、ここにいる理由を」

 

 私は身体を起こし、高町ナノハと同じ目線になった。ルシフェリオンをナノハに差し出す。海風が、私と彼女を優しく撫でた。

 

「その答えが、これです。きっと、貴方のデバイスを模したこのルシフェリオンを、ナノハに渡す。この為だけに、出現したのだと思います」

 

 この私を作った存在は、高町ナノハを助けたくて、私を作り出した。それは間違いない。その意志を、私は思い出した。

 レヴィもそう。フェイトを助けるためなのか、私がナノハを助けられなかった場合の保険なのかは分からない。が、目的は一緒だろう。でなければ「オリジナルを助ける正義の味方になってみたい」なんて、言ったりしない。……まぁ、レヴィの場合は実際でも言いそうではあるけれど。

 今の私は「自分の正しいデータ」と「作り上げた存在から見た私たちのイメージ」とが混ざり合った状態だ。

 ルシフェリオンはこのことに気が付いていた節があった。というか、最初から知っていたのだと思う。人よりも記憶の引き出しがスムーズにできるインテリジェントデバイスが、記憶を引き出せないなんてあり得ない。

 私はそのことを認識しながら、笑顔を作る。この笑顔も、「彼女」がプログラムしたのかもしれない。ナノハにこうすることを想定していて、笑顔になるように作り上げたのかもしれない。

 それでもいい。本当のことが分からなくても、本当のことが残酷だったとしても。作り物の感情と作り物の言動だとしても、彼女の為にするのなら。

 そう思って、これもそう考えるように作ったんだろうなと、自虐気味に笑う。この笑みを見たナノハは、困ったような顔を浮かべた。

 私は構わず、彼女へデバイスを渡す準備を進める。

 優しいナノハは、全権を譲渡したとしても、受け取らないかもしれない。

 だから私は、口上だけは貸与を意味する言葉を並べた。

 

「ルシフェリオン。管理者の“追加登録”を」

『マスター……分かりました。登録プログラムの実行を開始します』

「音声認証なので、自分の名前をおっしゃってくださいね、ナノハ」

「あ、うん……でも、本当にいいの?」

「管理権限を追加するようなものです。あまり深くお考えにならずに」

「……分かった」

『管理者登録を行います。あなたのお名前を教えてください』

「高町、なのは」

『高町なのは……管理者に登録しました』

「ナノハ用のセットアップを開始してください。自動最適化設定も有効で」

『了解しました』

 

 私はルシフェリオンをナノハの胸元に押し付ける。勢いに負けた彼女がルシフェリオンを受け取ると、レイジングハートの待機モードのような形態をとり、宙に浮きだした。ナノハは群青の宝石に目線を合わせるために、立ち上がる。

 ナノハが目線を合わせたのを確認したルシフェリオンは、彼女に2つの面型魔法陣と7つの環状魔法陣を、それぞれ頭上と足元と彼女の胴体に展開した。

 

『ようこそ、新しいマスター。まずはあなたに合わせたバリアジャケットをデザインいたします。おすすめは、こちらになります』

 

 ルシフェリオンがそういうと、モニターに私のバリアジャケットがイメージとして表示された。おすすめというか、それ自体の原型が高町ナノハのものなのだが。

 というか、ルシフェリオン的には、私以外の主人に使われるのは気に入らないのだろう。私から見て、音声がちょっとぶっきらぼうだ。それだけ好意を向けられるのも嬉しいが、彼女をあまり困らせて欲しくないという主人の願いも聞き入れて欲しい。

 私が「もっと印象よく対応してください」とやんわりと注意すると、群青の宝石は点滅して答えた。不満を訴えているのだろうけれど、インテリジェントなのだから我慢して欲しい。

 私とルシフェリオンのやり取りがおかしかったのか、ナノハはころころと笑いだした。

 

「ルシフェリオンもいい子なんだね。ふふふ」

『早くしていただかないと、こちらにいたしますが?』

「あー待って待って! そっちはそっちでかっこいいんだけど、私はもう少し可愛いのがいいなぁ。シュテルのバリアジャケットに、私のデザイン取り入れたり出来ないかな?」

『かしこまりました』

 

 ナノハの今着ているバリアジャケットが分解・収納され、新しいバリアジャケットがリデザインされ、彼女に装着されていく。

 魔法陣が消えると、ヒートヘッドモードへとモードチェンジしたルシフェリオンと共に、新たなバリアジャケットを纏った高町ナノハが現れた。

 展開されたバリアジャケットは、私のデザインが大半を占めていた。違うところは、縁取りのえんじ色が群青色になっているところと、スカートが裾に向かってグラデーションをかけていて、裾に近付くほどナノハがいつも着ている感じになっている。ガントレットと靴はナノハのもので、胸の装飾は私のものだった。

 

「可愛い……かな? まぜこぜって可愛い?」

「素敵ですよ、ナノハ」

「にゃはは……」

『個人的には私のマスターのバリアジャケットの方が、何倍も素敵です』

「今のマスターは高町ナノハなので、ナノハのことを褒めてるんですね、ルシフェリオン」

『あ、ちがっ、私のマスターはマスターだけです!』

「ルシフェリオンお墨付きのデザインですので、胸を張って飛んでください、ナノハ」

『マスター!』

「あんまりナノハを困らせると、捨てますよ」

 

 あんまりです、と喚くルシフェリオンを無視しつつ、ナノハの目を見て話を続ける。

 

「ご覧の通りのデバイスですが、まぁ、我慢してください。よろしくお願いします」

「それは大丈夫というか、むしろ借りてる立場だし……。それにしても、今だけとは言え、マスターが二人いるってなんだか不思議」

『本来であれば絶対にあり得ないことです』

「分かってるよ。ルシフェリオンのマスターはシュテルだけだもんね? だから、私のことはマスターって呼ばなくてもいいよ?」

『丁度、私から提案しようとしていたところです。よろしいですね、高町なのは?』

「なのは、だけでもいいんだけど……うん。よろしくね、ルシフェリオン」

『……今日だけですよ』

「お行儀よくしてくださいね、ルシフェリオン」

 

 ナノハへの移行が完了したのを受け、私はバリアジャケットをより簡易的なものへと変化した。

 これで、完全にルシフェリオンへの権限が、私から失われたことになる。とはいっても、永遠に続くものではない。私もルシフェリオンも、それを分かっていたから行った。

 私はえんじ色のインナーだけになると、その場に倒れるように、横になった。

 

「わわっ、大丈夫?」

「お気になさらずに。バッテリー切れみたいなものです。しばらくしたら動けるようになります。ナノハはどうか、飛び回ってください」

「う、うん……あの、ありがとね、シュテル」

「いえ」

「じゃあ、私、行ってくるね?」

「幸運を祈ります」

 

 なのはは手を振り、そのまま上空へと戻っていった。

 自分とよく似た少女が見えなくなるまで、私は空を見上げる。

 完全に一人になったところで、溜め息を吐いて、仰向けになった。

 空が眩しすぎるので、左腕で視界を覆う。

 

「困っている人がいて、助けてあげられる力が自分にあるなら、そのときは迷っちゃいけない……」

 

 とても懐かしい感じのする言葉だ。この言葉が、ルシフェリオンを渡す決心をした時に、頭をよぎった。

 高町ナノハが、レイジングハートに喋っていたのだろう。

 自分にも反映されていることから、よっぽど大事な言葉なのだと、私は思う。そう思うように、あのデバイスは私を作ったらしい。あのデバイスにとっても、重要な言葉なのかもしれない。

 もっとも、確認する気はない。

 きっとこのまま事件は終わるのだろう。私には、確信めいたものがあった。

 解決すれば、自分とレヴィは消えてしまう。もちろん、ルシフェリオンとバルニフィカスも。

 先ほど受けた集束砲撃で、自分たちを作り上げたのはレイジングハート、ということが分かってしまった。

 あのデバイスは、高町ナノハの助けになるように、という想いとセットで、私とレヴィを作っている。

 限りなく本物に近い再現をして。

 恐らく、第三者の意志は介在していない。今、レイジングハートは“アレ”の手にある。“アレ”がそうさせる理由が見つからない上に、高町ナノハに対して敵対的だったことから、インテリジェントデバイスの独断で行ったことだろう。

 

「そう考えると、あのデバイスが“アレ”の手に渡る直前か直後か。その辺で私たちを作り出した、ということでしょうか……ほんと、私と比べてもルシフェリオンと比べても、イヤになるくらい高性能なデバイスです」

 

 本物の「星光の殲滅者」であったなら、こんなことで悩んだりしないのだろうか。

 自分だから、考えてしまったのだろうか。

 今の自分のありようは、他者から――レイジングハートから見たありようで、あのデバイスから見た「シュテル」は、こういうイメージなのだろうか。

 まぁ、どうだっていいか、もう。目的は達したし。

 あとはただ消失を待つだけだと改めて考えると、自然と寂しくなってきた。

 空を見ないようにしていた左腕で、そのまま目元を隠す。誰に見られているわけではないが、こうしたかった。

 もう少し。

 憧れを、渇望した輝きを、見ていたかった。

 近付きたかった。

 触れていたかった。

 こういう思いもすべて幻想だとしても。

 夢ならば、目が覚めるまで。

 出来る限り、浸っていたかった。

 

 

 

 

 



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四話

 

 予備汎用デバイスからルシフェリオンへと交換して以来、高町なのははすこぶる調子がよかった。

 イメージ通りの加減速、イメージ通りの旋回、イメージ通りの魔力運用。

 どれもがレイジングハートと近くて、使いやすい。

 確認程度の飛行だと思って飛び上がったが、汎用デバイスとの快適度の落差に、このまま事件のことを忘れて飛び回っていたいと思ってしまうほどだった。

 なのはは飛び回りながら、デバイスに記憶されている魔法を一覧で表示させる。シュテルの魔法が記憶されているのはもちろんだが、いくつか自分の魔法も記憶されていた。というか、すべて入っている。

 

「ねぇ、ルシフェリオン」

『はい』

「アクセルシューターとかも入ってるんだね?」

『当たり前です。私を誰だとお思いですか?』

 

 操者が高町なのはになってから、ルシフェリオンはずっとむすっとしていたが、受け答えはしてくれていた。相当苦悩中だろうということは、なのはにも理解できる。その上で不満を漏らさず、律儀に対応してくれているのは、なんとも可愛らしい。

 

「ふふふ。それじゃあ、ルシフェリオン。もっとこうしてたいけど、そろそろ行こっか」

『もう確認はよろしいのですか?』

「うん。ルシフェリオンのおかげで、だいぶいつもの感覚に戻ったよ。ありがとう」

『……』

 

 これまでルシフェリオンに何度か感謝を述べて来たなのはだったが、そのいずれも無視される形で反応を得ることは出来ていない。きちんと反応してほしいと少女は思うが、そこまで要求するのも何か違うと感じ、このまま先ほどの現場へ戻ろうと飛行方向を変える。

 途中、幽かにデバイスが熱を持った気がして、それがAIなりの葛藤の表れなのではと考えたが、確かめようとはしなかった。

 もしも、デバイスの表情が人間と同じように見えるのだとしたら。

 ルシフェリオンというデバイスは感謝を受け入れるのを恥ずかしがる性格なのかもと、なのはは想像する。頬を染めながらぷるぷるしている様子も浮かび、遠く離れた世界にいる金髪の親友の昔の姿にちょっと似てるかなと、なのははこっそりと微笑んだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 予備汎用デバイスは待機状態にして、ルシフェリオンの中に保管した。ルシフェリオンになってから快適なことこの上ないが、使用デバイスを変えたことは、報告しないままにはできない。

 高町なのはは、次元航行部隊の本局で、今回もモニタリングでサポートしてくれているエイミィへと連絡を入れた。

 

「あ、エイミィさん! 高町なのはです!」

『あら、知らないデバイスからの連絡だと思ったら、高町さんだったのね。ずいぶん、イメージチェンジしたみたいだけど、どうしたのかしら?』

 

 通信をすればオペレーターであるエイミィに繋がるはずだったが、応答したのはリンディだった。

 

「り、リンディさん!? あ、あの、これはその」

『まぁ、モニタリングしているから分かっていたのだけど。マテリアルの彼女のデバイスと交換したのよね?』

「はい。すみません、勝手なことをしてしまって」

『いいのよ。……って言いたいんだけど、彼女と接触した時点でこっちに連絡が欲しかったわ。こちらからのコールもずっと気付かないんだから、無理はないんだけれど』

「反省してます……」

 

 それを聞いて、もし連絡に気が付いていれば自身の魔法の不調についても何か分かったかもしれないと、高町なのはは後悔した。ルシフェリオンを手にした今となっては、だが。

 

『まぁでも、彼女のおかげで魔力運用率も安定してるみたいだし、今回は見逃しましょう。これからターゲットポイントに復帰するのね?』

「ありがとうございます。はい。隊長にも連絡を入れてから、それから合流するつもりです」

『そう。じゃあこちらからも、あなたのバイタルデータ渡しちゃってていいかしら?』

「あ、すみません、助かります。よろしくお願いします」

『ふふ、了解。通信ついでに、もう一ついいかしら?』

「はい、なんでしょうか?」

『あなたと連絡が取れたら繋いで欲しいってお願いが来てるのだけど……繋いでいい?』

「お願い、ですか? 構いませんけど……」

 

 誰だろう。わざわざ指令室経由で連絡してくる人など、なのはには心当たりがなかった。

 通信も念話も、知人はだいたい連絡先を知っているし、魔法が使えない友人家族からの連絡も、デバイス経由で……。

 と彼女は考えて、今はレイジングハートでも予備汎用デバイスでもないことを思い出す。少し前までは、通信すら満足にできていない状態だった。

 リンディが通信を転送してくると、そこにはとても頼りになる少年の顔が浮かんでいた。つい数時間前に別れたばかりだというのに、なのはには彼がずいぶんと久しぶりに感じる。

 

『あ、よかった! なのは、今大丈夫?』

「ユーノ君!」

 

 ルシフェリオンを手にして魔法の調子を取り戻したとはいえ、ひどく不安になっていたのは間違いなかった。少女の目には、彼の存在はいつもより大きく見えている。実際頼もしいのだが、こういう時程、安心する存在もなかなかいないと、なのはは少し泣きそうになった。一方で、レイジングハートが奪われてしまったことへの罪悪感も、急速に増大する。

 

『連絡できなくなっててびっくりしたよ。事情はリンディさんから聞いてる。大変なことになっちゃったね、大丈夫だった?』

「ごめんユーノ君……あの、ね……レイジングハートが……」

『いいんだ、なのはが無事ならそれで。それに、今回の事件、元はと言えば僕の見落としがあったからだし……まぁ、それは帰って来てから説明するよ。局員全体に僕の調査内容を送ってるんだけど、それはまだ見てない、よね?』

「ご、ごめん……今までずっと魔法の調子が悪かったから……」

『謝ることはないよ。個人的に気になることはいっぱいあるんだけど……とにかく、僕が掴んだことを、今教えるね』

「うん、ありがと、ユーノ君」

『実際に現場に行ってるのはなのは達なんだから、僕には僕のできることをしないとね。いい? なのは達が今相手してる存在についてなんだけど――』

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 インテリジェントデバイスに囲まれた対象は、第二波を放とうと構えてから、動きを止めていた。

 現地に出動していた部隊長を含めた全局員は、次元航行部隊本局より送られてきた資料を参照する。

 調べたのは、ユーノ・スクライアという少年だった。無限書庫の整理を現在進行形で行っている優秀なスクライアの少年だということは、次元航行部隊中で知れ渡っている。

 つい数年前の闇の書関連事件で、今まで不明瞭だった部分を、文字通り本の山の中から探し出してまとめた、という逸話が彼にはある。

 管理局が闇の書の存在を掴んでから最後の事件が終わるまで分からなかった部分を、たった数日数時間で、彼は調べきった。

 魔導師としての才能も、発掘や調査を行う才能も、彼にはある。連れてきたハラオウン一派がそう言ってこっそり喜んでいたのを、普段は彼女たちとはあまり関わらない今回の隊長でさえ耳にしていた。

 今回の事件に関する資料を眺めながら、部隊長はいたく感心する。

 少年一人が書き上げた資料とは思えないほど、整っていた。

 部隊長である彼が見た闇の書事件の資料よりも簡潔になっているのは、必要な情報だけを綴ったからだろう。

 少年と実際に顔を合わせたわけではない部隊長だったが、彼は気遣いのできる紳士的な子なのだろうと想像を巡らせた。

 ともかくとして、ユーノの資料によると、現在対象は何かしらのエラーを起こしているとのことだった。エラーを起こして今のようになっているのではなく、元からエラー状態で起動している、らしい。詳しく知るためには、この事件を終わらせ、再び彼の手を借りなければならないだろう。

 エラー状態で動きの止まっている対象を見て、彼らはこれを好機と判断した。

 周囲の浮遊デバイス群は確かに無視できないものだが、もっとも危惧すべきなのは、対象のすぐ近くに浮いている複数の純粋高魔力結晶体だ。スクライア製の資料によると、あれは正真正銘のジュエルシードだという。つまりは、封印が何より先だ。

 先ほど来たフェイトからの報告で、集束砲撃後、高町なのはは信頼できる協力者に回収されたとのこと。

 報告を受けた部隊長は、現在の彼女の状態を次元航行部隊本局指令室との協議の末、戦力外にすることにした。下手にダメージを負って引退、なんてことにはしたくない。引退ならまだしも、少女と呼べる年齢の子が殉職、などとなれば、保護者に説明するのも気が重くなる。

 人で優劣を付けるような人間ではない部隊長だったが、あの子も大切に扱わなければいけない局員の一人だと、彼は考えていた。ユーノ同様、ハラオウン一派が見つけてきた原石でもある。

 他にも、ハラオウン一派が見つけた原石は居る。

 たった今報告を送ってきたフェイト・テスタロッサ・ハラオウンや、ヴォルケンリッター率いる八神はやてもそうだ。

 縁に恵まれる人たちなのだと、ハラオウンの血筋に想いを馳せていると、合流命令を伝えていたフェイトが、協力者とやらと一緒に戻ってきた。

 彼女が連れてきた信頼できる協力者は、フェイトと色だけが違うだけの瓜二つな奇妙な少女だった。好奇の目に晒されている少女は居心地悪そうに、フェイトのマントの後ろにすぐ隠れてしまう。局員でも知っている人しか知らない彼女のことを、部隊長は資料を通じて知っていた。

 

「お疲れ様です、隊長。フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、ただいま戻りました」

 

 フェイトの後ろに隠れて局員たちを睨んでいる少女に、フェイトは「ほら、ご挨拶」と促すも、唸り声を上げるだけ。事情を知らない人は、二人を姉妹か何かかと想像していた。

 闇の書事件に関連した二つの事件に大きく関わり、しっかりと爪痕を残した件の少女は、「マテリアルL」と呼ばれる存在だ。

 どうして彼女がここにいるのか、この際気にしないことにする。フェイトが信頼できると言ったのだから、信じよう。普段なら未知の存在を受け入れることはしないが、今このときに限って言えば、戦力の多いことに越したことはないと部隊長は考えていた。

 部隊長は簡単に挨拶をすると、恥ずかしがりやの少女は「レヴィ」とだけ呟いてフェイトのマントの中に潜り込んでしまった。

 隊長とフェイトは苦笑いを浮かべる。少女はとても可愛らしいが、ロストロギア由来の彼女は、部隊長からしても頼もしい限りだった。

 

「資料、目を通しました。やっぱりあれ、ジュエルシードだったんですね……」

 

 フェイトが真剣な雰囲気で隊長に確認するのも束の間、マントの中から声が聞こえた。

 

「ねぇ。オリジナルってば。ジュエルシードって何?」

「えっと……分かりやすく言うと、とっても危ない宝石、かな。高濃度の純粋魔力が封じられていて、ちょっと刺激を与えると、次元震が起きちゃうんだ」

「ふーん」

 

 不思議な会話の仕方をするものだと局員は微笑み、視線を集めていることを知ったフェイトは照れくさそうに頬をかいた。

 和やかな空気が漂うが、飛び交う単語は不穏なものだ。

 浮遊デバイス群の対処、純粋高魔力結晶体の封印、対象の救助と保護、結界の補強、カートリッジの所持数等々。

 各班の次の目標が、次第に決定していく。

 ここから管理局による形勢逆転の始まりだと部隊長が告げると、局員たちは一斉に上空へと飛翔した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 最前線に加わっていたフェイトはレヴィも戦列に加え、真っ先に対象へと近づいていった。

 被害者である少女の名前は分からないが、その少女をああしたマジックアイテムについては、ユーノが調べてくれたおかげで分かっていた。

 融合型の、インテリジェントデバイスを補助する外部デバイス。仮名称・宝石の女王。

 ユーノが送ってくれた資料には写真データはなかったが、絵付きでその説明が載っていた。赤く透明な宝石で出来た刀身を持つ、柄の部分だけが木製の、シンプルな小さい剣。起動時に、インテリジェントデバイスの中に収納される形で、融合形態になるようだった。

 曰く、天然のクリスタル・コアを持つインテリジェントデバイスを、遠隔制御する補助機能を付与する目的で作られた、らしい。

 長い歴史の中で機能はいくつか増えていった、とのことだが、詳細は書かれていない。前述した機能が重要なのだろう。

 それと、重要な機能としてもう一つ、資料には記されている。

 ジュエルシードの精製。

 記述を見たとき、一番最初に見たあれなのだとフェイトは思い返した。もしかしたら、21個というジュエルシードの上限はたまたまなどではなく、宝石の女王が関わっているかもしれない。が、そのことを考えるのは女王の暴走に巻き込まれた彼女を救助し、保護してからだ。

 資料によると、起動手順の違いや大きな破損の影響で暴走状態となっている可能性が高い、というユーノの推察があった。

 暴走状態というのも、間違いではないのだろうとフェイトは考える。

 浮遊デバイス群の大半は、宝石の女王の集束砲撃第一波により機能を停止させ、落下している。

 意図してあのデバイス群を配置したのだとしたら、自分の攻撃により戦力を削っていることになる。

 飛行で接近しながら、フェイトとレヴィは念話で作戦の確認を行った。最前線対応班は、浮遊デバイス群対応チームとジュエルシード封印作業チームに分かれていたが、少女二人は後者のチームに入っていた。

 

『レヴィ。作戦の流れとか、大丈夫?』

『オリジナルだからって、僕のことバカにしてるでしょ? ちゃんと分かってるから大丈夫!』

『そう、ならいいんだけど……。私、レヴィの封印魔法、見たことないから。使える、よね?』

『僕だって使えるもん! オリジナルにできて僕にできないことは、少ししかないからな!』

『う、うん。分かってるよ。でもほら。私も封印魔法使えるようになるまで結構大変だったから……レヴィもそうなのかなって。でもそれなら、大丈夫、だよね? 分からないことがあったら聞いて欲しいし、』

 

 もちろん私のサポートもお願いね、とフェイトが告げる前に、浮遊デバイス群の動きが、活発化する。

 宝石の女王による集束砲撃で、多くの浮遊デバイスが停止し落下したが、いまだに30近くは残っていた。フェイトを含む達最前線チームに向かって、そのすべての砲口を向けている。

 

『ねぇオリジナル。僕、難しいことは分からないけど、あれは相手した方がいいよね?』

『そう、だね』

『でもオリジナルたちはフーインサギョーをしなきゃいけないんでしょ? だったら、あれは僕に任せて!』

「えっ、ちょっ、ちょっとレヴィ!?」

 

 レヴィの急な方向転換にフェイトは驚きで念話から通常の会話に切り替え、呼びかけた。しかし、レヴィは「任せてー! あとでオリジナルのデバイス届けてあげるから!」と言いながらフェイト達に手を振って、一人デバイス群へと向かっていく。

 いくら減ったとはいえ、まだあと30近くは稼働しているその群に。

 流石に一人で集団を相手するのは危険と判断したフェイトは、浮遊デバイス群を対処するために飛んでいるもう一つの前線チームに念話を送る。快く把握してくれた念話先の局員に感謝を述べて、最前線対応班は速度を上げて接近した。

 レヴィが浮遊デバイス群と接触する。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 レヴィが最初に相手したデバイスは、青いボディの槍型のものだった。

 槍型だというのに突いたりはせず、魔力で形成されたブレード部分を振り回してみたり、ボディを縦に開き、内部に仕込まれた銃口を光らせたりする戦法をとってきた。魔力光は黒に近い青。

 レヴィはバルニフィカスを大鎌形態バルニフィカス・スライサーへとモードチェンジさせ、水色の魔力刃を飛び出させる。槍型デバイスの魔力ブレードに魔力刃を食い込ませると、大きく振り回し、刃に食い込ませたまま光翼斬で吹き飛ばした。遠方でバーストさせると、槍型デバイスのクリスタルコアの光源が暗転し、墜落していく。

 しっかりと確認させる余裕も与えず、次のデバイスがレヴィの前に立ちはだかった。

 高町なのはや中距離戦を主体とする局員が使うような形のデバイス3本。

 囲まれないようにレヴィは高度を上げ距離を離すと、3本のデバイスは光弾を放ち、その後を追いかけ始めた。

 速度を上げつつ旋回しながら、レヴィはとりあえず数発の電刃衝を発射してみたものの、かすりもしなかった。向こうが誘導弾なのに対し。レヴィが射出したのは直射弾。分が悪いのはレヴィにも分かっていたが、じっとしていられなかった。

 分かっていながらも、魔法を使った結果が自分の想像と違った彼女は、苛立ちを募らせる。ならばと、さらに彼女は速度を上げ、距離を離してから静止し、振り向いた。次いで、バルニフィカスを超刀バルニフィカス・ブレイバーに変形させて、その大剣を天へと掲げる。

 にやりと笑いながら、レヴィは叫んだ。

 

「雷光輪・追の太刀 極光!!」

 

 空中を十文字に切りつけると、斬撃がそのまま直進する魔力刃となって飛ばされる。

 直進とは言うがその範囲は広く、レヴィを追っていた光弾はもとより、彼女が意識していなかった浮遊デバイスにも当たっていった。

 巻き添えを食らったデバイスと、レヴィに光弾を放っていた3本のデバイスの合計7本が、機能不全となって墜落していく。それを確認したレヴィは、意外と簡単だなと、笑みを浮かべた。

 

「でも仕方ないか! ボクが強かったのがいけなった!!」

 

 レヴィは腰に手を当て、のけぞるくらいに高笑いをする。が、10のデバイスが休みなくレヴィを取り囲むと、彼女は笑みを消した。

 

「な、なんだよ、僕が強いからって、一気に来るのはズルだぞ! っていうか、ほとんど僕のとこに来てるじゃんか!! 卑怯だぞ!!」

 

 文句を言いながら、レヴィはフォームチェンジをし、スプライトフォームとなった。

 急加速をして大気の薄い上空まで高度を上げる。上がりすぎたと感じたレヴィは、急いで旋回――空を駆ける彼女自身でさえ振り回されそうになった旋回も、彼女特有の野生的勘によってすぐに自分のものとして、急下降していく。重力加速までもが彼女の味方をし、結果として、肉眼はもちろん精密機器のセンサーですら反応できない速さへと変貌した。魔力光の軌跡すら残らない速さは、彼女が消えたような錯覚さえ与えた。

 その速さの中でレヴィは重ねてモードチェンジをして、破砕斧バルニフィカス・クラッシャーへと戻す。まったくついて来れていない浮遊デバイスたちへ、近くを通り過ぎる時に軽くフレームをぶつける感覚でデバイスを振るっていく。

 バルニフィカスからはずっと、軋む音が途切れなかった。自分に合わせたフレーム設定のはずなのに、スプライトフォームの速さと力について来れていない。

 しかし、そのことを疑問に感じつつも、彼女は物理的な連続近接斬撃の手をやめなかった。

 取り囲んでいた10のデバイスたちからすれば、風が通り過ぎたと思った瞬間にはどれかが撃墜されているようなものだろう。その光景に、操者がいないにも関わらず、それらは後ろへたじろいだようにも見えた。

 瞬く間に8本が撃墜されると、残った2本は相手をしてはいけないと判断したのか、離脱を試み始めた。

 そんなことは、レヴィが許さないが。

 

「いけないんだ。遊んでる途中に帰っちゃうなんて。そんなもったいないことしちゃ!」

 

 いつの間にか再びモードチェンジをし、バルニフィカス・ブレイバーへと変形させていたレヴィは、刃ではなく“面”で、2本まとめて左から右へ、大きく振りかぶって叩き付ける。

 デバイスは地面へと打ち付けられ、激突し、クリスタル・コアを明滅させ、やがて光を失った。

 

「ふぅ。一丁上がりーっと。さて、と……ん、ちょうどいいね。次はオリジナルのデバイスだ」

 

 レヴィとバルニフィカスが一息吐いていると、ちょうど彼女の真後ろに、フェイトのインテリジェントデバイス『バルディッシュ』が静かに浮遊していた。

 バルニフィカスを肩に担ぎ、レヴィは言う。

 

「えーっと……僕は考えるのが苦手だから、なんでこんなことになったかとか、そういうのはよく分かんないんだけど。まぁ、バルディーらしくないと思うんだよね、今のこれって」

『……』

「言い訳ぐらいしろよなー。こんな時でも無口だと、すぐにオリジナルに愛想尽かされるんだぞ」

 

 大剣状のバルニフィカスを突き付け、レヴィは不敵な笑みをバルディッシュに贈った。

 

「ふっふっふ……でも安心するといい、バルディー……僕とバルニフィカスでお仕置きするからね!」

 

 直後、レヴィが高速で動く。彼女が消えたのをきっかけに、佇んでいたバルディッシュも、クリスタル・コアを光らせた。

 誰が使っているわけでもないのに、バルディッシュはひとりでにカートリッジを一つロードし、ハーケンフォームへとモードチェンジする。

 黄色い大きな鎌状の魔力刃が出現すると、まるで誰かが振りかぶったように動き、そのまま誰かが横薙ぎにするように回転する。と、見えていたのかと疑うくらいにタイミングよく、バルニフィカスと激突した。

 甲高い金属音、バルニフィカスが軋む音、魔力刃どうしが擦れ合う不快な音。さらにレヴィが食いしばっている歯ぎしりと唸り声がそれらに混ざり合い、瞬きの間響いた。かと思えば、再び彼女の姿は消失する。

 超高速で動き回るレヴィは、今のバルディッシュの動きを、今までのデバイス群の動きとは違うものだと感じ取っていた。

 機械的な動きとも思えるが、むしろ、どこか人間味がある。

 なんだか、自分みたいだ。

 考えて動く機械は、はて、なんと言っただろうか。そういえば、考えて動く機械を知っているけれど、今はそうじゃなくて、ええっと。ええっと。

 二撃目を攻撃した時は、バルディッシュはそれをラウンドシールドによる防御で防いだ。

 無理やりシールドを破壊してやろうかとレヴィは一瞬考えたが、足元や自分の周囲にバインドの気配を感じ、すぐさま距離を置く。

 バルディッシュがアサルトフォームに変形すると、今度はそちらの方からレヴィに接近した。

 速度は、スプライトフォームのレヴィの方が断然速い。だが、避けて回避するには、少し速すぎる反応速度を求められた。

 レヴィが人の反応速度で動いているのだとしたら、バルディッシュは機械の反応速度で応対する。

 その速度での接近により、レヴィはバルディッシュの近接連撃を、直接受け止めざるを得なくなってしまった。

 力のマテリアルの自分にとっては、たいしたことはない攻撃……とレヴィは言いたいところだったが、想像していたよりも、一撃一撃が重い。

 

(ッ!! オリジナルの攻撃より激しい!!)

 

 生き物が動かしていないからか、本来であれば体に負担のかかるような剣筋で、二撃三撃と迫ってくる。さらに、予備動作なしで強力な打撃を行ってくるのが質が悪い。

 レヴィも負けじと反撃するが、不気味なほどに動きを合わせてくる。

 

(……違う。読まれてる……僕の動きに合わせてるんじゃない!)

 

 先読みして、あらかじめバルニフィカスが通る部分に魔力刃なりシールドなりフレームなりを“置いて”くる。

 それを可能とさせているのが、レヴィには理解できなかったが、だからこそ彼女は、単純に処理したのだった。

 

「――だったら、それより速く叩けばイイッ! バルニフィカス、カートリッジ・ロード!!」

『Load Cartridge』

 

 キーワードをきっかけに、バルニフィカスのローダーが回転し、二発分の薬莢が排出される。

 カートリッジシステムは魔力そのものを操者とデバイスに追補充する機構だ。同時に、使用者が魔法式に魔力を送る時のパイプを、太く強靭かつ加速器が一時的に付けられた状態となり、結果として性能が格段に上がった魔法を使えるようになるものでもある。

 そういう意味でいえば。

 今のバルディッシュのカートリッジシステムは、十全の機能を果たしていないと言えた。

 操者がいない浮遊デバイスたちは、その内側に自然と溜まった元々の操者の魔力を使って、今まで魔法を用いてきていたのだから。

 太くて強いパイプや、カートリッジシステムがあったとしても、それを生かす操者がいない。

 一方、満足に魔力運用できているレヴィは、さらに速度を上げて攻撃を加えた。

 相手が自分を先読みするのであれば、その先を行けばいい。

 一つ先を読まれて対処してくるのなら、それよりも速く。もっと速く。二つ、三つ、四つ、五つ先を行く速さで。機械が対処しきれないくらいに、もっともっと速く。

 両手両足に浮かぶ姿勢制御と加減速の魔力の羽が、彼女の意志に応えるように、二回りほど大きくなる。

 レヴィがカートリッジ二発分全てを飛翔魔法に費やした結果、先ほどの重力加速を加えた下降速度よりも速くなった。機械では絶対に反応できないスピードへと、少女は上り詰めていく。

 これにはさすがの無人バルディッシュでも対応できず、二つ防いでは三発分のダメージを負う、ということを繰り返さざるを得なくなった。

 簡単そうにやってのけた彼女だが、レヴィがその攻撃を楽々と行っている、というわけではない。

 カートリッジを用いたからと言って、そもそもの操者の魔力量が増えるわけではない。ただ上乗せするだけなのだから。体内魔力を使い続ければ、魔力が急に体内から減ることで起こる貧血に似た症状の「魔力欠乏症」に見舞われるのは当然だった。レヴィはそれに襲われながら、絶えず攻撃を続けている。

 バルニフィカスで打撃を行う度に、意識が、地平が揺らぐ。

 自分の強さに自分が持っていかれそうになるのをごまかしながら、およそ60発ほどを叩き込んだ頃。

 バルディッシュのクリスタル・コアが点滅し始めた。それに伴い、バルディッシュの動きが鈍くなっていったのを確認したレヴィは速度を通常のものに戻す。バルニフィカスの“面”を縦に振り下ろして打撃で一刀両断すると、バルディッシュは力なく墜落していった。

 

「ど、どーだ!! はぁ、はぁ……ってそうじゃないそうじゃない!」

 

 オリジナルに届けないと、と叫びながら、バルディッシュの墜落に合わせてレヴィは急降下する。自分で思いっきり叩きつけたために相当な速度で落ちて行っていたが、高度があるだけ、まだ追い付けそうだった。

 カートリッジの残り全てをロードし、急加速させ、バルディッシュに追いつくと、その柄を握る。彼女の手に握られた時点で、減速しても地上に激突するのは確定していた。かといって、方向を変える距離も時間も魔力も足りない。

 

「あー……バルニフィカス、どうしよっか?」

『バルディッシュをオリジナルの元へ投擲し、我々はプロテクションかなにかでなんとかするしかないかと』

「おっけー、それで……いこーか! オリジナルまで、飛んでけーッ!!」

 

 逆さまになりながら、レヴィはバルディッシュを魔法による弾道補助を付けて投げる。

 投げた後、レヴィはバリアジャケットをスラッシュスーツへと戻し、残った魔力をすべてプロテクションに用いた。

 展開した防御は。厚さ3枚分。

 カートリッジを使ってもっと厚くしようとレヴィはデバイスに命令したが、残弾がもう無いと言われたので、泣いても笑ってもそれが限界だった。

 

「や、やっぱり、“本物”だったらもう少し長持ちしたのかなぁーっ?!」

『おそらくは』

「うあぁぁぁぁぁぁ、せめて死にませんよぉぉぉぉにぃぃぃぃっ!!」

 

 レヴィが地面に激突したのは、それから一秒も経たない内だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 フェイトはレヴィを見送った後、ジュエルシードの封印処理の為にデバイスをシーリングフォームにしようとして、デバイスが今はバルディッシュではないことを改めて実感していた。

 予備汎用デバイス向けの魔力運用に慣れてしまって、いつもの感覚でモードチェンジを行おうとしていたのが間違いだった。彼女は、数時間ぶりのもどかしさと、忘れていたことへの恥ずかしさに苛まれる。

 今は、この予備汎用デバイスで封印処理を行わなければならない。

 バルディッシュを手にして必死になってジュエルシードを集めていた時は、封印処理なんて意識せず行っていた。しかし今は、そうは言っていられない。

 マジックアイテムの封印処理法は、きちんと勉強した。頭に叩き込まれている。

 高純度の純粋魔力が大量に貯蔵されている物品を封印処理する場合、まずはそれに刺激を与えないようにするのが先決だ。フェイトは数年前の自分の行動を思い出し、当時は結構雑に扱っていたなと反省した。

 封印処理を行う場合、一次収容から最終収容まで手順がいくつかある。封印処理専門の機関に運ぶまでの最初の手順としては、解除キーが設定された高強度の魔力外殻を物品に対して作成する、というのが最適解だ。

 恥ずかしさを忘れるように入局試験の勉強を反芻しながら、フェイトはジュエルシードへと接近していく。

 それは同時に、宝石の女王に接近することを意味していた。

 彼女は今、何かしらの影響で動きを停止している。

 ユーノの話を聞くでは、大きな破損を抱えたままで起動してしまった可能性が高いとのことだ。

 彫刻のようになった彼女を近くで見ると、身体そのものがうっすらと輝いているように思えた。

 

(なんだか、苦しそう……?)

 

 ロストロギアの仮呼称は「宝石の“女王”」だと聞いたが、彼女は少なくとも、フェイトとそれほど変わらない年齢の少女に見える。その少女の表情は、憂いを帯びているようにも見えた。

 起動条件を満たしていないことも、不完全な起動になってしまった原因だとユーノの資料にあったが、年齢も関係しているのだろうか。

 なによりも、彼女は被害者で、救助しなければいけない対象だ。

 事件の流れを聞く限り、彼女は曝露されたに過ぎない。

 一刻も早く助けたい気持ちが膨れ上がるのに比例して、彼女を取り囲むように浮遊するジュエルシードの存在感も大きくなっていく。

 浮遊デバイス群が、レヴィが飛んで行って戦列に加わったもう一つの最前線班に向かっているうちに、フェイト達は女王の懐へと入っていった。

 彼女を観察する暇はない。とにもかくにも、ジュエルシードの封印処理から行わなければ。と、フェイトを含む封印処理班は、それぞれ目の前にあるジュエルシードへ、デバイスを向ける。

 瞬間、突然全てのジュエルシードが発光した。

 

「な――」

 

 まさか発動でも、とフェイトは瞬時に身構えたが、彼女が知るジュエルシードの発動とは様子が違っていた。

 視界を奪われてすぐ、ひっきりなしに轟いていた戦闘音が、全て消える。ただ、無音になったわけではなく、妙な騒がしさは残っていた。

 発光が治まると、ホワイトアウトしていたフェイトの視界が戻ってくる。防御準備をしたまま周囲を確認すると、今まで数人の局員と一緒にいたはずなのに、その全員がいなくなっていた。

 それどころか、周囲の風景も変化している。

 荒廃し、動物が存在していなかった場所だったはずなのに。フェイトは今、それとは正反対の場所にいた。

 人々が行きかっている。少女が知る都会とは建物の様式が違うが、人はそれなりに多い場所。

 人が多い集落、という言葉が一番しっくりくる。

 あるいは、科学文明が発達しきる前の都会とは、こういうものかもしれなかった。

 フェイトはどこか懐かしさを覚えながら、手にしていたデバイスと自身のリンカーコアの状態を確かめる。

 

「デバイスもあるし、リンカーコアも正常……」

 

 前に闇の書に取り込まれた時はデバイスが脱出キーになっていたが、今回は違うようだ。

 これはなんなのだろうと、フェイトは前回と比べかなり冷静に思考を巡らせた。

 場所は、自分の知らないところだ。記憶や経験を元に再現された場所ではない。

 かといって、直前にジュエルシードが発光したのは、無関係ではないはずだ。

 推論としては、誰かがジュエルシードで作った仮想世界に、自分が取り込まれた、というところだろうか。

 では、ここは誰の思い描く世界なのだろう。

 戦闘の雰囲気から一転して至って平和な集落に放り出されたフェイトの気分は、戸惑い以外の何物でもない。が、仮想世界だとするのなら、脱出キーを探すために情報収集するのが有効だ。

 困惑しつつも、近くの人にとりあえずここがどこか聞き出そうとしたフェイトの前を、幼い子供が駆けていく。

 その子の横顔に見覚えがあった気がして、フェイトはすぐに子供の方を目で追った。

 女の子だ。背丈は、だいぶ小さい。周りを歩く人間と同じ髪や肌の色をしている。

 フェイトの知人にそういった人がいるわけではない。

 雰囲気が、今まで自分たちが保護しなければと躍起になっていた存在――宝石の女王と酷似しているのだ。

 

(あの子が作り上げた世界なのかな?)

 

 しばらく遠目で観察していると、さらにもう一人。今度は、背丈も顔も宝石の女王と全く一緒の人間が、その子に近付く。

 件の子供が成長すればああなるかもしれないという、典型的な感想が、フェイトの頭に浮かんだ。

 

(もしかして姉妹、かな)

 

 遠目からでも分かる。二人はとても似ている。

 ただただ微笑ましいだけの風景に、フェイトは尚更彼女を救わなければと強く思った。そのためには、ここからの脱出だ。

 二人がキーになっていればいいが、そうでなくても、何か掴めるかもしれない。

 フェイトはそう考え二人に近付くと、景色が再び、突如として大きく変化した。

 

「――え」

 

 集落はなにもかもが破壊しつくされ、家も人も、すべてが消えている。

 地面に何かが吹き付けられた跡と焦げたような匂いが漂っていたことから、爆風の類によるものと思われる。

 慎重に、警戒を怠らずに、フェイトは地面の跡を辿ってその中心地点へと歩き出した。

 中心に向かうまでに一人でも残っていればいいと願って良く観察しながら歩いたが、残念ながらその陰すら見当たらない。

 

「残骸も瓦礫もほとんどない……全部吹き飛ばされた……?」

 

 少女は来た道を一度振り返る。地面は爆風が通ったような跡がある地平が、頭上にはどんよりとした曇天が、どこまでも広がっているだけだった。

 彼方まで続く景色が、いったいどこまで続いているのかに関しては、フェイトは考えるのをやめた。

 再び中心地点へ向かおうと歩みを進める。

 しばらくして、うずくまってかすかな嗚咽を漏らしている人影を捉えた。

 そのシルエットから、先ほどの姉妹のような二人の、幼い方であることが伺えた。

 フェイトが駆けつけようとすると、不意に肩を掴まれ、動きを邪魔される。

 驚きと、接近を許したことと、気配がなかったことに体を強張らせたが、掴んだ人物を確認すると、フェイトは警戒態勢をわずかに解いた。

 

「私の妹に近寄るな」

 

 接触してきた人物は、宝石の女王に巻き込まれた彼女そのものだった。服装も見た目も同じ物。しかし、現実世界にいる彼女よりも疲弊しているように見えるし、なにより無気力だった。フェイトは、なるべく怖がらせないように、会話を試す。

 

「あの子のお姉さん、ですか?」

「ああ……そうだな。あの子にとっての汚点そのもので、無能で、何もできない木偶の姉だ」

「私、魔導師をしているフェイトって言います。……あの、何があったか、詳しく教えてくれますか?」

 

 震えながら小さくなっている妹を眺めながら、姉だといった彼女は憎しみを溢れさせて言葉を連ねる。

 

「私は消し去りたかったんだ。あの子の膨大な魔力を。無くしたかったんだ……いや、消し去りたかったのは、私の方か。私さえいなければ、あの子はもっと幸せに、平和に生きていけたのだから」

 

 無気力な彼女に、フェイトはデバイスからユーノの資料を提示して問いかける。妹を見ていた姉は、ちらりとだけそれをみて、再び視線を戻す。

 

「その願いを叶えるために、この“宝石の女王”を使ってジュエルシードを作り、願ったんですか?」

「……詳しくは分からない。君が言う“宝石の女王”とやらを使えば、魔力を移せるんだと教えられた。そもそも、私の願いは、わざわざ願わなければいけないほど小さなものじゃない。……ある種の願望器だと教えられていたが、あれはただ過去の記憶を元に仮想させるだけ。こんなものを何度も観たくて、願っていたわけでもない」

「あの……申し上げにくいのですが……ジュエルシードそのものには、願いを叶えるという力は持ち合わせていません。欲という感情に動かされやすい純粋魔力を貯蔵する宝石です。本来の用途は、空気中の魔力濃度を増やすために作成された物品だと、今は予想されています」

 

 フェイトの言葉を聞いた姉は、落胆した様子もなく――元から落胆していたのかもしれない――返事をする。

 

「無駄だったか。初めてこの話を聞いたときは、うまくいくと思ったんだが」

「そのことに関しては、私たちが力をお貸します。だから、元の世界に」

「いいや、それはまだだ」

 

 妹を見ていた姉は、急にフェイトを向いて、厳しい目で睨みつけた。

 

「幸いにも、ここは仮想世界……シミュレーションをするのに最適だ。妹の魔力が無くなってほしいと、私は願っている。もう、願望器には頼れない。そもそも願望器ではなかったかもしれないが……それならそれで、方法はある」

「えっ――」

 

 姉が右手をゆっくりと上げると、それに合わせて、うずくまっていた妹が操り人形のように、宙に浮いた。

 

「私があの子の魔力を使い切らせる。空になって、機能し無くなれば、魔力は生まれない」

「それじゃあ妹さんを助けることにならないです! 魔力は生命力と直結するリンカーコアから」

「危険が伴うのは分かっている! だからこそこの仮想世界でシミュレーションをするんだ。現実で確実に行えるか、確かめる為に! もう何度だって試した! 今回だって、君という新しい要素を使って試せと、あの宝石は言っているんだ!」

 

 操り人形のようになった妹の目の前に、何かが出現した。それは、小さな小さな石のように見て取れる。

 その石を、フェイトはジュエルシードだと確信した。ジュエルシードが見せる仮想で、ジュエルシードそのものを見ることになるとは思ってもみなかった。

 妹と言われた少女は、ぎこちない動きで祈るような格好になり、両手を合わせる。途端に、苦しむ声のボリュームが上がった。

 両手の隙間から、光が漏れ出す。

 

「魔力を無理やり込めさせてる……! 止めてください!」

「嫌だ。可能性があるのなら、どんなことでも何度でもすると決めたんだ。あの子の魔力がどうにかなるのなら、なんだってすると! 私のせいで苦しんだあの子を、もう苦しませたくない!」

「お姉さんが苦しませてどうするんですか!? 私たちに任せてください! 魔導のプロフェッショナルが、必ず、あなた方の力になります!」

 

 妹は魔力を込め終えたのか、苦痛の声を途切れさせると、力なく倒れた。魔力が込められたジュエルシードは少女の手から零れ落ち、地面へと転がり、転移する。

 姉が掲げていた指と指の間に移ると、姉は涙を流し始めた。

 

「力になる……そう言って、我が民を、我が家族を、我が子を、貴様らは奪っていった! 私が望むのは“諍いのない、平穏な世界”だけだったんだ!」

 

 直後、目が眩むほどの明かりが辺りを包んだ。

 

「っ!」

「お前も我が子の敵となるのであれば――」

 

 光が収まると、姉の手には赤く透明な鉱石で作られた長さ60cm程の剣が握られていた。フェイトはそれを、資料上で見たことがあった。

 

「私の望みの糧になれ!」

(言ってることが途中から変になったし、それにあれって……ッ!)

 

 もしかしなくても、宝石の女王。

 泣きながら声を荒げた始めたあたりから、彼女の言動がおかしくなっているのには、フェイトも気が付いていたが、そのことを考える余裕はすぐに消えてなくなった。

 宝石剣を持った姉が、その得物をフェイトへ振り下ろす。

 斬撃には魔力属性が付与されていて、通常女性が振るう斬撃ではない威力を生み出していた。

 それを条件反射のように受け止めてしまったフェイトは、デバイスと自分の両腕が軋む音を直に聞いてしまう。同時に、全身の骨に重く深い鈍痛が広がった。

 自分を押し潰そうとしている意思が見受けられたため、フェイトは離脱を試みる。

 デバイスを斜めにし、攻撃を滑らせ流した。宝石剣が地面に衝突する前に、フェイトは上空へ飛び上がる。

 衝突の瞬間、爆弾が炸裂したような音が鳴り、土煙が大きく上がった。

 

(このデバイスじゃ、フレーム強度が足りない……! 直に受け止められるのはあと1回、も無理かもしれない……!)

 

 汎用デバイスの欠けたフレームを眺めつつ、フェイトは今の攻撃を思い返す。

 ベルカ式魔力付与攻撃に似ていただろうか。近い系統でいえばシグナムの紫電一閃、威力はヴィータのラケーテンハンマーを上回っていた気もする。

 汎用デバイスでの防御では、防ぎきれない。だいぶ絶望的だ、とフェイトは冷や汗を流す。

 土煙が晴れ、二人の間を遮るものが無くなる。できるだけ話し合いで、この場を治めようと考えたフェイトは、なおも言葉を投げかける。

 

「落ち着いてください! こんなことをしたってなんの解決にもなりません!」

「必要不要が分かるのは、今ではない! すべてが過ぎ去った後だ!」

 

 地上にいた姉は、瞬時にフェイトの眼前に移動してきた。一呼吸も置かず、横薙ぎでの一撃を与える。ラウンドシールドによる防御の展開でその打撃を受け止めたが、インパクトの瞬間にはもうシールドにひびが走った。

 フェイトはそうなることを予想していて、既にブリッツアクションによる離脱を準備していた。シールドが割れた直後、後方へ避難し、距離を取る。

 一撃一撃は恐怖だったが、まだ連続での攻撃が来てないことを見ると、高速移動で避け続ければ、いずれ対象は魔力切れになることが予想された。

 ライトニングバインドを設置しながら、細かな移動を繰り返し、相手の攻撃を紙一重で交わしていく。と、設置したバインドの一つに、彼女が引っかかった。あまりこういうことに慣れていないのかもしれない。

 

「大人しくして頂ければ、こちらからは何もしません」

「ぐっ……!」

「それに、協力するっていうのは本当です。あなたの力になります。約束します。私も、妹さんを想うお姉さんの気持ちが分かりますから」

 

 バインドを必死に解こうとしていた姉の動きが止まった。初めて見た時に局員の多重バインドを解除した、現実での宝石の女王とは似ても似つかない姿だった。あの時は何か条件があったのかもしれないと思ったフェイトは、そのまま話を続ける。彼女はフェイトの話に、俯きながら黙って耳を傾けていた。

 

「私は、姉を失っています。こんなはずじゃなかった現実に呑み込まれて。そのどうしようもない運命を変えようとして、母も、失いました。だから私は、あなたが家族を想う気持ち、よく分かります。私も、皆のこと、大好きだったから」

「……」

「家族が苦しむのを見るのは、辛いです。家族を失うのは、とても悲しいです。あなただって、それは同じはずです。でなければ、妹さんが苦しんでいるときに、あんなに辛そうな顔はしないですよね?」

「…………」

「もうやめましょう。妹さんは、お姉さんにこんなことをしてほしいと、望んでいないはずです」

 

 フェイトの言葉が終わって、数十秒が流れると、姉が顔を上げた。

 彼女は、涙でぐずぐずになった顔で、苦しそうな瞳で、少女に訴えかける。

 先ほどまで浮かんでいた「宝石の女王」は、そこにはいなかった。今の表情を浮かべている彼女が「本当の彼女」で、被害者である「保護された姉」であるのだと、フェイトは理解した。

 その「本当の彼女」は、嗚咽交じりに、風に吹き飛ばされてしまいそうなか細い声で、フェイトに助けを求める。

 

「止められないんだ。止めたいんだ、私は。でも“アレ”が私に思わせる。我が子を守りたいと。我が子を救いたいと。私が助けたいのは、私の妹なのに。どうしても抑えられないんだ。世界中に散らばった自分の子を集めたくなって。そんなことはしたくなかったのに」

(破損した『宝石の女王』が思わせてる……?)

「お願い……私を、止め……」

 

 言葉は途切れ途切れとなり、ついには消えてなくなった。

 直後、バインドを破壊し、『宝石の女王』が剣を突き立てながら、フェイトに向かって突進する。

 既にいない家族を強く愛する少女は、女王の思いを受け止め、決意を口にした。

 

「止めます! 絶対に!」

「ぅああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 フェイトは右手でデバイスを握りながら突き出して、ラウンドシールドを展開する。

 彼女としては防御で防ぐよりも、当たらないように攻撃をよけ続ける方が戦法としては得意だが、今の宝石の女王の攻撃は受け止めたいと思えたのだった。

 宝石剣が突き刺さる。ラウンドシールドの中心を貫きかけ、切っ先がフェイトの手に近付いた、その瞬間。

 レヴィからの届け物が、フェイトの真左から届けられた。

 空間を“割り”ながら侵入してきたそのデバイスを見て、一瞬驚くも、すぐに安堵の表情を浮かべる。

 

「レヴィ、ナイスコントロール……!」

 

 空いていた左手でバルディッシュを受け取ると、その慣性を利用して、食い込んでいた宝石剣ごとシールドを振り回した。

 振り回された女王は、宝石剣が抜けると一緒に落下していき、うずくまったまま動かなくなった妹の近くに着地する。再び向かってくる気配を感じ、フェイトは、このわずかな猶予をバルディッシュの状態診断に使うことにした。

 マルチタスクはまだ苦手だけれど、そんなことを言っている場合ではない。幸い、操作を受け付けたので、同時進行で各項目スキャンをしていく。

 

(外部フレーム、クリスタル・コア、メモリー、全部正常……だけど、なんだろう、これ)

 

 見たことのない幽かな“異物”を見つけ、少女は眉を顰めた。

 本来は、事件後にこの状態のまま提出するものだが、今は緊急事態だと判断し、とにかくそれを消去する。

 バルディッシュの起動シーケンスを再び行い、フェイトの相棒が息を吹き返した。

 感動の再会をしたいところではあるが、女王はすでにこちらに飛翔してきている。もう余裕がないと踏んだフェイトは、バルディッシュの魔法ストレージからブリッツラッシュを選ぶと、カートリッジを1発分ロードさせた。

 魔法を発動し、フェイトが上空へと飛び上がると、さっきまでいた場所を、宝石の女王が切りつけた。その剣筋は、まさしく空を切る。

 間一髪で上空へ避難できたフェイトは、改めてバルディッシュをその胸に抱きしめた。

 

「おかえり、バルディッシュ……! ほんとに、おかえり……!」

『マスター……申し訳ありませんでした。自分はインテリジェントデバイス失格です。裁きはいくらでも受けます』

「そ、そんな。帰って来てくれただけで、私は十分だよ」

『……勿体なきお言葉です』

「ふふ、いつものバルディッシュで安心した。……じゃあ、仕切り直しだね」

『ええ』

「帰ってきてすぐだけど、大丈夫?」

『問題ありません』

「――じゃあ行こうか」

『了解』

 

 予備汎用デバイスを待機モードにしてバルディッシュ内にしまうと、フェイトは再び『宝石の女王』へと向かっていく。

 大切な家族から贈られた相棒と共に、家族を想う気持ちに混じってしまったノイズを消し去りに。

 少女の目には、強い意志が宿っていた。

 

 

 

 



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五話

 

 ターゲットポイントへ向かう途中の空。

 ユーノ・スクライアによる直接の説明を聞いていると、高町なのはにはあまり馴染みの無い単語が彼の解説の中に出てきた。なのはは相槌を打つ形でユーノに質問をする。

 

「補助デバイス?」

『補助デバイスっていうのは「インテリジェントデバイスやストレージデバイスを主要デバイスとしてそこに接続し、機能を増設するサポート機器」だね。それ単体では、本来はあんまり使われないデバイスで……ちょっと違うかもだけど、なのはだったら、携帯二台持ちって言った方が分かりやすいかな?』

「それなら、なんとなく……!」

『デバイス自体のスペックが上がったから、最近はもう使われなくなっちゃったけどね。で、問題の補助デバイスなんだけど、状況から見て、だいぶ“壊れちゃってる”みたい。どういうわけか、補助と主要の関係が逆転しちゃってて……。だからと言って本来の主要が補助扱いになってるかというと、そうでもなくて、補助が主要並みに扱われてるって感じで……』

「補助が補助じゃなくなってるってこと?」

『うん、そうそれ。実際は調べてみないとだけどね。とにかく、今は大事なところだけ伝えるよ、なのは』

「う、うん」

『「宝石の女王」の被害者を救助・保護するためには、補助デバイス自体を停止させないと厳しい。だから、まずはそれが先だ。……けど、補助デバイスの停止だけでは、まだ主要デバイスが動いていて、そのせいで被害者が止まらない可能性がある。そっちの停止も行った方がいい』

「うん」

『主要デバイスの停止が出来なかった時は、停止させた補助デバイスを、今度は正しい方法で再起動させることも考えられる。どっちのデバイスを先に止めるべきか、っていうのは無限ループになっちゃうから、「二つのデバイスを同時に止める」って思っておいた方がいいかも』

「なんだか難しそうだけど、それしかないんでしょ?」

『救助・保護を目的とするなら、ね。完全沈黙させるなら、話は変わるけど』

「完全沈黙って……気絶、とか?」

『……ううん。覚醒時の大まかな流れを教えてもらったけど、あの子、たぶん今も気絶状態だと思うんだ。それでも動いてるってことだから……』

「それじゃダメ! 絶対にデバイスを止めないと!!」

 

 さすがのなのはでも、具体的な単語を聞かずとも、ユーノの言いたいことは理解できた。

 魔法で誰かが悲しむのは、あんまり見たくない。

 誰かを笑顔にするのが魔法だと思っているなのはは、絶対に諦めないと、自分に言い聞かせた。

 

「二つのデバイスを同時に止めるためには、どうすればいいの!?」

『方法はあんまり多くない。その上、君にしかできないことなんだ、なのは』

「私にしか、できないこと?」

『うん。今回の補助デバイスは融合型だから、主要デバイス内に補助デバイス分のプログラムが溶け込む形で接続されている。その補助デバイスを止めるためには、主要デバイスから停止命令を送らないといけないんだけれど、そもそも壊れていた補助デバイスを起動して融合させてしまったせいで、主要デバイスがそういった操作を受け付けない状態にあると考えられるんだ。だからまず、その溶け込んだプログラムを外部から書き換えるか、消去する。それを行ってから、主要デバイスで停止命令を補助デバイスに送って完全停止させ、すぐに主要デバイスをシャットダウンする』

「えっと、なんとなくわかったけど、それがどうして私にしかできないの?」

『プログラムを書き換えたり消去したりするにしても、停止コマンドを送るにしても、シャットダウンするにしても、管理権限を持っていないと行えないことばかりなんだ。そして、さっきから何度も出てきてる「主要デバイス」っていうのが、なのはのインテリジェントデバイス。レイジングハート』

「レイジング、ハート……」

『今のレイジングハートのマスターは、高町なのは、君だ。君だけなんだ』

「私、だけ」

 

 シュテルにも言われたそのことを、なのはは自分の身体に沁み付けさせるように、心の中で何度も繰り返した。

 レイジングハートのマスターは、私だけ。

 

『いいかい、なのは。繰り返すよ。まずは、レイジングハートを取り返して、溶け込んだ補助デバイスのプログラムをどうにかする。どうにかしたら、補助デバイスに停止コマンドを送る。送ったら、レイジングハートをシャットダウンさせる。これがあの子を助ける流れで、同時に、レイジングハートを助けることにもなるから、頑張ろう』

 

 レイジングハートを取り返すこと。

 ユーノの声音から、なのははそれが一番の難所だと理解した。

 できるだけ傷つけないように、手にしているデバイスを奪う。

 一番最初の大変な部分。けど、彼の言う通り、頑張らなければいけない。

 なのはは表情を強張らせながら、飛行スピードを上げた。

 

「ねぇユーノ君。さっき、ジュエルシードって言ってたけど、やっぱりあれは本物なんだよね?」

『そう、なるね』

「封印しないと、危ないよね?」

『そうだけど、でもなのははレイジングハートを取り返すことに集中した方が』

「できそうだったら、封印も一緒にするね」

 

 いや流石にそれは仕事が多すぎるよ、という言葉は、少女には届かなかった。彼女が通信を強制的に切ったからだ。

 なのははこの時、彼女が思うよりもずっと強く意気込んでいた。無意識に無茶をする、という彼女の悪い癖が出ている。もちろん、なのは自身が気が付くことはない。

 ユーノとの通信を切ったなのはは、すぐに、デバイスが変わったことと自分の状態を隊長に知らせることにした。

 作戦のどこに組み込まれるかは分からないが、レイジングハート奪還は自分の手で行わなければいけない。ユーノの説明を聞いたからでもあったが、それを抜きにしても強く思っていたことだった。

 そのことも強く主張しなくては、と意気揚々と通信したものの、いつまでたっても応答がない。終いには、エラー表示に切り替わる始末。

 通信に関しては、なのはは専門外だったが、妨害ではないことはすぐにわかった。

 通信状況が悪いから繋がらないのではなく、そもそも相手が見つからないエラーが表示されていた。

 よくわからない事態に、高町なのはは冷や水を掛けられたみたいに、一気に冷静になっていった。

 こういう時は、どうすればいいか。

 別の通信可能な人を探して、伝えてもらう。

 ルシフェリオンによるエリアサーチを行うと、さらに彼女は驚くこととなった。

 局員と思える反応が、一つもない。

 あるのは、『宝石の女王』によって巻き込まれた被害者と、数個の浮遊しているデバイス、だけだ。ジュエルシードの反応も無くなっている。

 まさかの全滅、という悪い想像を浮かべ、直後に否定を始める。

 いくらなんでも、自分がいなかったあの数分で全滅するほど、局員はやわじゃない。親友のフェイトやさっき再会したレヴィが、たった数分で撃墜されるわけがない。エリアサーチをよくよく見ると、撃墜された場合でも絶対に一時間以上は空気中に残り続ける固有魔力の反応もなかった。

 撃墜は、されていない、はず。

 悪い想像が弱まると、今度は不可思議なことに意識が向いた。

 皆、どこへ消えてしまったのだろう。

 思えばジュエルシードも一つ残らず消えていることが、かなり不気味だ。封印処理をしたとしても、普通、反応までは消えない。

 異常事態に恐怖心が芽生え始めたなのはは、次元航行部隊本局指令室のリンディへと連絡を入れようとする。と、逆にそちらから通信が入った。

 

『なのはちゃん、無事!?』

「エイミィさん! ちょうど良かったです! 私は無事ですけど、あの、聞きたいことが……」

『よかったぁ……じゃなくて、うん。わかるよ、なのはちゃんが何を聞こうとしているのか。みんなの反応が消えちゃってるけど、どうしたんだってことでしょ?』

「あ、はい! あの、それだけじゃなくて、ジュエルシードも無くなってて」

『うん。大丈夫だから、安心して。その様子はこっちがモニタリングしてたから』

 

 エイミィ曰く。ジュエルシードが輝きだし、被害者から近い順に、身体が消えていった。範囲は後衛班の一番後ろの局員にまで及んだ。輝きは小さくなり、そのままジュエルシード自体が全て消えた。

 

『消失の様子から、仮想世界に転移させられたと見てるんだけど、それがどういう世界なのかは分からない……とにかく、なのはちゃんが無事でほんとによかったよ』

「仮想世界……」

 

 フェイトがその魔法を経験した、という話を、なのははしたことがあった。

 味わったのが闇の書の意志と戦った時で、確かになのはの目の前でフェイトが消失していったことも覚えていた。

 幻影の上位魔法で、なんでもランクによっては五感、欲求、記憶といったものも再現出来るらしい。

 フェイトが送り込まれた仮想世界は「概ね現実」だったという。そこから脱出するには、キーとなる物品や言葉、行動を見つけ出す必要があるとのことだった。

 その話の最後、フェイトは「幻影や幻覚、変身魔法ならまだしも、仮想世界を作るなんて普通の魔導師じゃ出来ない」と言っていた。

 その後なのはは少し調べて、仮想世界の再現とそこへ転送をする場合の魔力消費が、とんでもない数値になることを知った。

 先ほどのエイミィの話と合わせて考えると、指令室調べにも拘わらず、疑ってしまうほど規模がおかしい。

 全員を同じ仮想世界に送るにしても、一人ひとり別の仮想世界に送るにしても、消費魔力が天文学的数字になるだろう。一人の人が抱え込む魔力量のおよそ云万倍が必要で、逆に言えばそれだけ世界というものが情報の塊だということになるのだが……一体数十人分をその魔法に巻き込むためには、どうすればいいのか。

 高町なのはは考えて……可能性があることに気が付いてしまった。

 あるじゃないか、都合のよい物品が。しかも、一連の流れの最後には、消えていたという、魔法の宝石が。

 

『今、増援を送ってるから、合流したらなのはちゃんも対応してね』

「……」

 

 少女は、考える。

 むしろ、今は好機なのでは。

 ジュエルシードを封印することも念頭に置いていた少女にとって、仕事が減るのは好都合すぎる。

 このまま、レイジングハートを奪還し、プログラムを書き換えて『宝石の女王』を停止させ、レイジングハートをシャットダウンさせる。

 そのことだけを意識すればいいのであれば、むしろ集中力が上がる。

 それに、ジュエルシードの魔力さえ意のままに操るような相手が、増援を待っている間に何もしないとは限らない。仮想世界に送られた局員も、ずっと無事でいる保証はない。

 増援を待ち、作戦を組み立て直す時間はない。

 なのははサーチの結果をもう一度確認すると、浮遊デバイスの残りの数を大まかに予想して、これなら何とかできると心で言った。

 

「エイミィさん。私一人でやります。あの子を助ける方法も、ユーノ君から聞いていますし、大丈夫です」

『えぇっ!? だ、だめだめ! いくらなんでも危険だから!』

「でも、ジュエルシードをきちんと使えるような相手です。仮想世界が安全な場所とは断言できません。一刻も早く、対応した方がいいと思うんです。あの子を助けるのも、局員の皆さんを助けるのも」

『それは……そう、だけど……』

「増援は呼んでもらってた方がいいですけれど、到着まで私一人ででも対応します」

『高町さん』

「リンディさん……すみません、たぶんじゃなくても、ダメですよね?」

『そうね。あなたを危ない目に合わせたくはないから。って言っても、入局した段階で、そうも言ってられないわよね。あなたの言い分も説得力はあるし、なにより、私たちより現場にいるあなただからこそ気が付いたこともあるでしょう。その上で大丈夫だというのであれば、私たちはあなたを信用します』

「ありがとうございます!」

『危なくなったら、ちゃんと退避してね? そこを約束してくれないと、許可できないわ』

「約束します!」

『よろしい。くれぐれも、無茶はしないように。高町さん、無茶する癖があるから』

「そ、そうですか?」

『ええ。本当に、ダメよ?』

 

 指令室お墨付きの単独行動が許されると、なのはは通信を切って、飛行速度を上げた。

 絶対に、取り返すんだ。

 あの子も、レイジングハートも、皆も。

 決意と共に手を強く握りしめると、ルシフェリオンが呼応するように、熱を帯びながら幽かに震えた。

 接敵まで、あと2056m。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 高町なのはが『宝石の女王』を再び視界に捉えた。浮遊デバイスは、サーチと目視確認により、残り2本というところまで減っている。もっと浮遊デバイスがあったとなのはは思ったが、あの2本のデバイスだけ魔力反応が大きいだけのようだった。局員とジュエルシードは、どこにもない。

 やはり、エイミィの証言通り、こことは別の場所にいるのかもしれない。とにかくなのはは彼ら彼女らの無事を祈った。

 

「ルシフェリオン。準備はいい?」

『いつでも』

「じゃあさっそく、行こうっ!」

『Accel Fin』

 

 アクセルフィンを展開させて、一直線に彼女へ向かう。

 と、なのはと『宝石の女王』を結ぶ直線ルート状に、残りすべてとなる2本の浮遊デバイスが、進路に立ちふさがった。

 それぞれ、白に赤い輪郭の複数の魔力光弾と、緑の魔力刃を展開した剣先の丸い長剣でなのはに襲い掛かる。

 光弾はラウンドシールドでのいなしやシューターを用いての相殺で迎撃し、合間合間に切りかかってくる長剣には、デバイスでの直接防御を行う。ルシフェリオンのフレームは、レイジングハートとほぼ同等だったのが、幸いした。

 

『高町なのは。レイジングハートから「デバイス使いが悪い」と言われたことはありませんか?』

「無いよっ! あ、もしかして痛かった? ごめんね、大丈夫?」

『私のフレームを侮ってはいけません。この程度、蚊に刺されるよりも軽微なダメージです』

(蚊に刺されたことあるの……?)

 

 ラウンドシールドを避けてなのはの懐に入ってきそうになる光弾は、ルシフェリオンによる弾道予測を用いて、あらかじめスフィアを配置することで防いでいった。

 長剣の斬撃は、デバイスとシールドによる防御以外に、アクセルフィンでのアクロバットも織り交ぜながら、なのはは回避していく。地上では到底できないような宙返りなどを行っていく少女は、ここが水中であれば、魚のように見えただろう。それほどの鮮やかさがあった。

 シューターとスフィアでの相殺、シールドとデバイスでの防御、アクロバット回避。それらを行う裏で、マルチタスクで次の魔法を準備する。

 時限式空間座標指定長期拘束魔法。

 自前のレストリクトロックに、ルシフェリオンにあったルベライトという拘束魔法の拘束時間延長効果を混ぜ合わせ、高町なのははオリジナルの魔法をこの場で作り上げた。

 あと60秒が過ぎれば、浮遊デバイスは光の輪に拘束され、魔法の使用が不可能になる。

 それまでの間、少女は相殺、防御、回避を重ねていった。

 

『私の弾道予測があるとはいえ、流石の空間認識能力ですね』

「え、何?! 今結構いっぱいいっぱいなんだけど!!」

『いえいえ、なんでもありません』

 

 60秒が経過する。

 高町なのはは詠唱完了を確認すると、発動キーを叫んだ。

 

「レストリクト……ルベライト!」

『Restrict Rubellite』

 

 捕縛対象となったなのはを相手していた浮遊デバイス2本に、桜色の光輪が巻き付く。

 デバイスの沈黙と落下を確認すると、なのはは『宝石の女王』の方へと身体を反転させて、飛翔する。

 直後。

 

『Protection Powered』

「え――」

 

 急にルシフェリオンが呟く。デバイスは自らの意志で、カートリッジをロードし、桜色の強固な防御膜が彼女の目の前に広がった。

 突然のことに困惑したなのはは急停止させ、視線をルシフェリオンに移す。

 何してるの、と聞くことは、“彼女”が許さなかった。

 

「――ッ!?」

 

 ルシフェリオンの展開したシールドに、強烈な衝撃を受ける。とっさに足元に魔力の足場であるフローターフィールドを出し、少女は踏ん張った。

 なのはは場の安定を小さな足の裏で感じ取ると、視線を衝撃の方向へと向ける。桜色の光が、彼女の視界全体に広がっていた。

 桜色の光の暴力と化したそれを放っているのが誰なのか、なのははすぐに理解した。

 光が収まり、ホワイトアウト気味になった目を凝らす。

 ゆっくりと色を取り戻していく世界の中心に、装飾華美なレイジングハートをバスターモードへと変形させ、両手に握ってこちらへ構えている『宝石の女王』がいた。 

 

『油断しないでください、高町なのは』

「油断はしてなかったつもりだったけど、でもびっくりした……」

『デバイスを相手していた時から、ずっと狙われていましたよ』

「全然分かんなかった……守ってくれてありがと、ルシフェリオン」

『もっと褒めてくれてもいいんですよ』

 

 微笑ましい会話をしている場合ではない。

 今砲撃魔法を撃ってきた保護対象者は、レイジングハートをアクセルモードにし、さらに次の魔法を唱えようとしている。

 

「アクセル……シューター……」

 

 彼女の口がそう動いたのを、なのははしっかりと見た。

 円形のミッドチルダ式魔法陣が三つ浮かぶと、それぞれ12発計36発分の桜色の光弾が広がる。

 

『先ほどからの彼女の魔法は、彼女自身の魔力ではないみたいです。魔力波長が、高町なのはのそれに酷似しています。おそらく、レイジングハート内に貯蔵されていた一時魔力でしょう。あれだけ溜めてたんですね』

「そう、なの? 私、知らなかったんだけど」

『一時貯蔵魔力の存在を考慮しての魔力運用は、それが保険でなくなる可能性が高くなりますから、伝えなかったのだと思われます』

「へぇ。レイジングハート、ちゃんと考えてくれてたんだ」

『あくまでも仮説です。まぁ、仮に保険で溜め込んでいたんだとしても、溜め込み過ぎは否めませんが』

「あ、だからさっきも砲撃とかできたんだね、あの子」

『あんなに溜め込んでいなければ、こんなことには……』

「レイジングハートも私のこと考えてしてくれたんだから、あんまり悪く言わないで……って言ってるそばから、飛ばしてきた! ルシフェリオン、アクセルフィン!」

『Accel Fin』

 

 遥か上空へと飛び出したなのはを、36の桜色の光弾が後を追う。不規則に突撃してくる追尾レーザーと化した光弾を、なのははぎりぎりで避け続ける。自分もシューターを出して撃墜を図るが、あまりにも数が多い。ルシフェリオンの補助と、向こうの追尾が若干分かりやすい分、10発分はなんとかかんとか撃墜できた。

 残り26発。

 

『流石高町なのは、というところでしょうか。数だけでなく、質という意味でも、あれは一流の魔力弾なのですが。全くものともしてませんね。10発も撃墜しましたよ!』

「なんか馬鹿にしてる?!」

『スタンディングオベーションですよ(拍手の音)。まぁ、私のマスターでしたら、パイロシューターで一網打尽でしたでしょうけれど』

「馬鹿にしてるね!」

『ともかく、あれを処理しましょう』

「分かってるけど、追っかけてきてるから砲撃で一掃することもできないよ!」

『我が最高の操者である高町なのはには、アクセルシューターがあるではないですか。あれと同じものが』

「それを撃つ余裕もないし、あっても自分のと混じっちゃって混乱するから、単発射出するのが精一杯だよ!」

 

 魔力光が同じなのにその上で同じ魔法を使う、となると、どれが自分のものなのか分からなくなる。なのはがアクセルシューターを使わない理由は、むしろそこにあった。実際、10発分を処理した際、少女は何度か混乱している。

 

『ふむ……では、プロテクションバーストで消滅させるのは』

「取りこぼしがあったら当たっちゃう! バースト直後は無防備になっちゃうから!」

『なんかないんですか? 貴女は魔導師でしょう?』

「それはこっちの台詞! わわっ!」

 

 デバイスとの突っ込み合いをしていても、相手は手を緩めてくれない。

 自分の魔法レパートリーとデバイスに入っている魔法をモニターしつつ、上下前後左右から飛び掛かってくる光弾を、シールドとアクセルフィンによる加減速で当たらないように動き回る。

 ルシフェリオンが音声補助の合間に『どんな空間認識能力してるんですか』と聞いてきたが、なのははそれを無視した。

 

「あっ、これは? よっ。ディザスターヒートって魔法、私は使ったことないかも!」

『そちらをお使いいただく場合、静止姿勢での魔力チャージが必要となります。砲撃魔法ですので』

「じゃ、じゃあ、他には!?」

『生存確率的に言えば、プロテクションで全弾防ぐというやり方が現実的でしょうか』

「や、やっぱり? よっ」

『至近距離での接触は危険ですので、球状にしたプロテクションを大きく展開し、遠方で防ぐのが最適かと』

「わ、分かった! 魔法のタイミングはルシフェリオンにお任せします!」

『分かりました』

 

 すべての弾がなのはから離れた一瞬のタイミングで、ルシフェリオンは大きな球状の防御魔法を実行する。なのはを中心として半径3.5mの球体が、少女を守る壁となった。

 薄い桜色の透明な球に光弾がぶつかると、その部分が爆発する。

 相手のアクセルシューターには防御貫通能力がない代わりに、バースト効果が付与されていた。ぶつかる度に、爆発によってシールドの耐久値が減っていく。この分だと、あと4、5発でシールドは消えてしまうだろう。

 けれど、その分までの時間は稼げそうだ。

 

「こんがらがっちゃうけど、スフィア展開してからシューターで各個撃破が一番いいのかな?」

『砲撃魔法でも問題はなさそうですが、取りこぼしが出てしまえば大変ですからね。万が一にも、回避ルートを用意しておく方がよろしいです』

「分かった。じゃあ、とりあえず……ルシフェリオン! アクセルシューター、スフィア展開!」

『了解しました』

 

 シューター発射用のスフィアが二つ、彼女の左右に浮かび、強烈な光を放つ。

 プロテクションが破られると、残りの10発分の光弾が、なのはめがけて直進してくる。

 

「シュート!!」

『Accel Shooter』

 

 掛け声とともに、左右のシューターからそれぞれ6発計12発の魔力弾が出現した。

 10発分の光弾は、すべてシューターにより消滅する。

 

「上手くいってよかったね!」

『ええ。本当に』

「さて……」

 

 なのはは再び『宝石の女王』の方を向いた。再び、距離は離れてしまったが、まだなのはの射程圏内だった。

 あれだけ長い間逃げ回っていたというのに、彼女は追撃をしてこなかった。こちらの意表を突く攻撃は、先ほどのディバインバスターのみ。

 現在彼女は華美なレイジングハートを掲げたまま、何かを思案するように、その杖を見ている。

 何を考えているんだろうとなのはが様子を伺っていると、遥か遠くの彼女はレイジングハートを三度バスターモードへ変形させ、何かの魔法を詠唱し始めた。

 彼女の足元にミッドチルダ式の魔法陣が浮かび始める。次いでなのはがディバインバスターを撃つ時と同じように構え、杖にも円環魔法陣を纏わせた。

 桜色の魔力光が、先端で輝きだす。

 

『貯蔵してた魔力、まだあったみたいですね』

「カートリッジも使えるみたいだし、まだまだ余裕はありそうかな」

『向こうが砲撃をしてくるのであれば、これらもそれで応酬しますか?』

「ううん。その必要はないよ」

 

 なのははそういいつつ、ルシフェリオンを砲撃姿勢で構えた。

 

「ルシフェリオン。レイジングハートのエクセリオンモードみたいなの、あったよね」

『ディザスターヘッドですね』

「A.C.Sはできる?」

『一体誰のデバイスだとお思いですか? できるに決まってます。貴女が望めば』

 

 ルシフェリオンはそういうと、カートリッジを二発ロードし、ディザスターヘッドへとモードチェンジする。

 シュテルが用いていたのならば、炎のものとなっていただろう翼を広げた。たとえシュテルのデバイスのルシフェリオンだとしても、高町なのはが用いれば、杖に出現する翼は桜色のものになるのだった。

 翼を広げ終わると、なのはの足元には魔法陣が浮かび、彼女の意志を汲み取って深紅の魔力刃をその槍先に出現する。

 

「ストライクフレームも出せるんだ」

『貴女が望みましたので』

「なんか不思議……だけど、出してくれたってことは、準備万端ってことだよね?」

『もちろんです』

「間違っても当てちゃダメ! あくまで懐に入るのを目的に! 行くよ、ルシフェリオン!」

『了解です。――A.C.S Drive』

 

 一回り二回り翼を大きくさせると、滑空する形で少女が“射出”された。

 『宝石の女王』へと急降下していく。

 桜色の加速翼を二、三度羽ばたくと、それだけでなのは本来の最高速よりも速い速度を記録した。シュテルのデバイスだからかもしれないと、なのはは軌道修正を掛けながら心の中で感謝する。速いに越したことはない。

 思えばリインフォースさんに使って以来だったなと懐かしさを覚えながら、弾丸と化した彼女は次の魔法の準備をルシフェリオンに命じた。

 

「着弾までに、バインド準備!」

 

 下降途中、『宝石の女王』はレイジングハートをエクセリオンモードにして、なのはに砲撃を数発放つ。しかし、その魔法を良く理解している魔砲少女にはかすりもせず、身体をわずかにひねるだけで避けていった。

 目標は、彼女の足元。

 砲撃を避け、さらに加速し、彼女自身を弾頭として、彼女の足元の地面に着弾した。

 勢いと、なのはとルシフェリオンにより抉られた地面によって、彼女の姿勢は大きく崩れる。あまりの衝撃に、彼女は杖を手放してしまった。

 纏わらせていた円環魔法陣も、空中に溶けるように消えていく。

 体勢を立て直そうと足元に力を入れ直したようだが、その行動は、彼女の両くるぶしと両手首、さらに上半身に桜色の光の輪が巻き付かれたことで阻害された。

 

『Restrict Rubellite』

 

 身じろぎしながら、被害者の彼女はバインドを破壊しようと試みる。

 彼女にとっては造作もないことのはずだとなのはは思い返した。局員が仕掛けた多重バインドを、吹き飛ばしたのは、昔の話ではない。

 だが、バインドは長時間効果を発揮してくれていて、彼女もバインドを除去できないようだった。杖がなければ魔法の行使も難しいのかもしれない。

 

「手荒くしてごめんなさい。でも、やっぱり、あれは私やユーノ君のだから……返してもらいますね」

 

 バインドを破れないと悟ったのか、彼女の動きが止まった。

 その隙に、なのはは弾き飛ばされた杖へと向かう。

 と、被害者の彼女が何かを呟きだした。

 

「……助け、たい」

「ん?」

 

 なのはがそちらを見ると、無気力な表情のまま、彼女はぶつぶつと言葉を並べている。

 

「助けたい助けたい助けたい助けたい助けたい助けたい。我が子を。救いたい。我が国を。業火に焼かれ、ささやかな願いすらも奪われ。私は、導くものとして。救いたかった。救いたい」

「女王さん……? あの、お話、できますか?」

 

 少女が問いかけると、女王と呼ばれた被害者の彼女は、顔を上げる。あの熾烈な攻撃を行っていたとは思えないほど、彼女の目に力は感じられなかった。

 

「……ああ、我が子に触れるな。我が子を痛めつけるな。我が子を泣かすな。私はそんなこと望んでいない。私は。私は。こんなことを望んでなどいない。助けてくれ。救いたいだけなんだ。我が子を。我が子ではない。我が子など知らない。我が子を助けたい。違う。救いたい。違う、私は。我が子を。関係ない。救いたいのは。我が子に。妹だ。触るな。助けたい、救いたい。救いたい。助けたい。助けたい。救いたい。助けたい。助けたい。助けたい。救いたい。救いたい。救いたい。救いたい。救いたかった」

 

 不具合が起きてしまった機械は、断片的に正常な状態を表す。正常な状態を断片で再生することは、正常などではなく、異常となることを知らずに。

 ユーノの話を聞いてからも、なのはは『宝石の女王』と壊れているということが、どうも結びついていなかった。

 どこか、意志がある気がしていた。目標というか、目的というか。芯がある動きだと思ったのだ。

 だからこそ高町なのはは、ぼそぼそと言葉を紡ぐ彼女の、その一言一言を、聞き漏らさないように聞いていた。

 今の彼女の言葉も、壊れた機械の軋む音と言えなくもない。十人が十人、壊れた機械だと言うかもしれない。

 だとしてもなのはは、十一人目になりたかった。“相手の話す言葉”というものを、とても大切に考えているから。いつだって大事にしてきた。それは今この瞬間でも失われていない。

 

「女王さん。子を大切に想う気持ち、私はまだ全部を分かっていません。家族を想う気持ちに似ていると思うけれど、たぶんきっとそれとはまた別の、もっと特別な感情なんだと思います」

「我が、子を」

「そんな私でも、分かることがあります」

「助け、たい」

「親が子を想うように。子も親を想っているって」

「救、い……」

「いつまでも手元に置いて大事にしていたいという気持ちも理解できます。その気持ちは、適当に扱っちゃいけない気持ちだって思います。……でも、一方で、いつか巣立つものだってことも、分かって欲しいんです」

「……」

「まだ私は子供もいないし、親から巣立ってもいないけど」

 

 てへへと照れくさそうに微笑む少女を、彼女はしっかりと見ていた。

 

『高町なのは。対話もいいですが、早く貴女の杖を奪還しましょう』

「あ、うん。それじゃあ、すみません。失礼します」

 

 一礼してから、高町なのはは杖の方へ改めて近付いていく。

 その後姿を、彼女はじっと見ていた。

 

「……君は、しっかりしているんだな」

「えっ……?」

 

 不意に被害者の彼女に話しかけられて、なのはは振り返る。

 

「私は、どうしたらいいのかわからない。本当に救いたくて守りたい存在がいるんだ。その想いのすぐ隣に、子を守りたい、救いたいと強く思うなにかが急に生まれた。どちらも救いたいし、守りたい。もう止まりたいと思う一方で、まだ止まってはいけないと、誰かが囁きかける」

 

 これが本当に、『宝石の女王』の壊れている部分なのかもしれないと、なのはは考えた。

 その壊れてしまった歪んだ想いが、被害者の想いに溶け込んでしまっているのだと。

 ユーノが言っていた「プログラムが溶け込んでいる」というのを、まさかここで感じるとは、少女も思っていなかった。

 

「君は、私たちを、助けてくれるのか……?」

 

 弱弱しい、壊れた想いの、壊れていない部分。

 なのははそれが、とても尊く思え、自然と笑みがこぼれる。こういうものを、自分の魔法で守れるのなら、守っていきたい。

 

「助けます。だからあと少し、待っててください」

「ああ……。ありがとう」

 

 安心しきった彼女を見てから、高町なのははレイジングハートを手にする。

 久しぶりの愛機は、彫刻や浮彫などされていて、ずいぶんと豪華になっていた。

 

「……えっと」

 

 まずは、このレイジングハートと融合してしまった『宝石の女王』のプログラムを消さなければいけない。

 ……の、だが。

 

「そういえば私、インテリジェントデバイスのプログラミングとか、やったことなかった……それでもできるものなのかな?」

 

 溶け込んだプログラムを外部操作で書き換えるか消す。という言葉の意味は分かるが、方法を少女は知らなかった。デバイスの内部事情に関しては、メンテナンススタッフに任せる形をしていて、自分で弄ることがほとんどない。ないわけではないが、プログラミングともなると、なのはは全く行ったことがなかった。

 なのはが「ここに来て、かっこまでつけて、メンテナンススタッフへ投げなくてはいけないのか」と悩んでいると、ルシフェリオンが呆れた様子で提案する。

 

『私とレイジングハートを外部接続してください』

「うーん……ん? 外部接続?」

『今、接続コネクタを出します』

 

 ルシフェリオンはカートリッジのマガジンを自動で排出すると、そこから同じぐらいの大きさの接続端子を出現させた。

 レイジングハートのマガジンを外してそこに繋げと、なのはに指示を出す。

 言われたとおりに、少女は接続した。エクセリオンモードのレイジングハートと、ディザスターヘッドのルシフェリオンが重なり合う。同じような形に見えるが、細部は違っていた。もっとも、今のレイジングハートは高町なのはがいつも使っている見た目ではないのだが。

 

『接続を確認しました。診断を開始します』

 

 空間モニターが投影され、レイジングハートのプログラミング状態が水流の如く流れていくと、ある一点でスクロールが止まった。

 プログラム文の合間合間に、赤く点滅する文字が混じっている。これが、『宝石の女王』が溶け込ませたプログラムという奴だろうかと、なのははルシフェリオンに問いかけた。

 ルシフェリオンはその質問に、空間モニターを使って答えた。汚染、と表示されている。

 

『見つけました。この不正なプログラムを消去すれば完了です』

「具体的にはどうすればいいの? 私じゃ何もできない?」

『いえ、貴女でもできる方法はあります。このまま私を通してレイジングハートへ貴女の魔力を送り、そのまま外部へ押し出します。その状態で、私で魔力消費の高い魔法を発動させてください。具体的には、集束砲撃に巻き込んで、そのまま消滅させるのがよろしいでしょう』

「外部へ押し出して……集束……」

『用は単純なことです。悪い部分をすべて吐き出させるイメージを持てば、貴女ならできます。全力でお願いします』

「……うん。分かった!」

 

 二本の杖が重なった状態で、高町なのはは上空へと杖を構えた。

 ルシフェリオンを通して、レイジングハートへ魔力を送る。

 ルシフェリオンは単純なことと言ったが、やろうとしていることは、言うほど単純なものではない。

 現状、なのははすでに、魔力がごっぞりと無くなった時に陥る魔力欠乏症と戦っていた。

 そもれもそのはずで、マルチタスクの使用。レイジングハートへの魔力送信と外部出力。その上で、ルシフェリオンでの集束魔法の準備。特に、レイジングハートへの魔力送信と外部出力が、デバイスを通じて行うという今までにない魔力運用法を求められているため、思っているよりも遥かに多く魔力を使っている。魔力の受け渡しはしたことがあるが、それとはまったく別ものだった。

 体温が下がり、視界が狭まっていく。見つめていた上空が、周りから暗くなっていくのが、なのはにははっきり分かっていた。

 それでも、やらなければいけない。

 助けて欲しいって、頼まれたから。

 

「る、ルシフェリオン、まだ……!?」

『レイジングハートへの魔力充填が規定量に達したため、エクセリオンモードを稼働させます』

 

 その言葉と共に、今度はレイジングハートが桜色の翼を広げた。四対の翼から、同じ魔力光で出来た羽が辺りに飛び散る。ルシフェリオンでも四対の翼が出ていたが、レイジングハートの翼に呼応するように、ルシフェリオンの翼は大きくなった。合計八対十六枚の翼が、一斉に広がる。

 カートリッジシステムを導入してから、カートリッジなしでこの魔法を使うのは、初めてだった。これからは絶対にカートリッジを使おうと、なのはは心に決める。

 翼が広がりきると、大量のミッドチルダ式の魔法陣が、彼女を取り囲む。

 なのはの目線の先に“種”が生まれた。

 幸い、今この周辺には、彼女の魔力が溢れている。なのはが発動した魔法の数々に加え、『宝石の女王』もなのはの魔力を使っての攻撃を多数仕掛けてきていたのだから。もっと言えば、地球より大気中の魔力濃度も高い。

 なのはの視線の先、“種”と上空の間に、今回の事件で一番大きな魔法陣が一つ、そしてそれに重なるように一番小さな魔法陣がまた一つ、現れる。

 次いで“種”がわずかに膨らむと、それを中心に、円環魔法陣が四つ巻き付いた。

 円環魔法陣がそれぞれ独立した回転を始めると、魔力光の“種”は鼓動を打ち始める。

 星が、産声を上げた。

 数々の集束砲撃を撃ってきたなのはだったが、その様子がいつもの魔法ではないことに、今気が付いた。

 

「こ、これ……スターライトブレイカー、じゃ……ない?」

『申し訳ありません。スターライトブレイカーの魔力消費では除去できそうにありませんでしたので、アレンジを加えました。詠唱が必要になります』

「りょ、了、解……ッ!!」

『それでは、まいります。――Fixstern Breaker』

 

 周囲の魔力という魔力を、残滓さえも貪欲にかき集める。浮遊デバイスや『宝石の女王』に巻き込まれた被害者に施したバインドも餌食となったが、極光を前にして、全てが動きを止めていた。

 桜色の光の“種”はもはや、その色ではなくなり、次第に朱色、そして青白色へと変化していく。

 光球は既に直径は130mを超えた。

 集束砲撃で集まる魔力光には熱量エネルギーはないはずなのに、そこから肌が焼き付けるような熱が降り注いでいるのを、なのはは錯覚する。そういえば、シュテルは魔力変換資質の「炎熱」を持っていた。錯覚で主張しなくとも、あなたのマスターの存在を忘れることはないのにと、なのははルシフェリオンを強く握ることで伝えた。

 200mを超えたあたりで、ルシフェリオンから念話で詠唱が送られてくる。頭の中に浮かんだ詠唱を、目を瞑りながらなのはは唱え始めた。

 

「輝け、恒星――」

 

 高町なのはのスターライトブレイカーが星々の輝きを集めるようなものだとするならば。

 星光の殲滅者のルシフェリオンブレイカーが疑似的に太陽を作り上げるようなものだとしたら。

 今、高町なのはが頭上で創っているのは、星そのものの輝き。

 

「旅人照らす、浄化の光となれ――」

『耐衝撃シールド設定、射線補正設定、排熱処理設定、発動キーワード設定、完了。射線上障害物検索、クリア。これより、安全装置の作動に伴い、最低限の機能を残してスリープします』

「行くよ、ルシフェリオン……!」

『……』

 

 デバイスからの応答はないが、稼働はしている。杖を握るなのはには、ルシフェリオンの火照りが文字通り、手に取るように分かっていた。

 発動目前にして、恒星はさらに成長する。

 少女は両腕を押しつぶす圧力を、創り上げた恒星から感じた。同時に、重力があるかのように引っ張られる感覚にも襲われる。集束砲撃第一段階で展開していた時間差発動系拘束魔法が発動し、少女自身の両足と地面が硬く結び付けられた。

 

「フィクスシュテルン……ブレイカーッ!!」

 

 高町なのはは、叫ぶ。しかし、暴れる魔力から絶え間なく発生する金属同士の摩擦音のような音に掻き消され、一番近くにいた『宝石の女王』に巻き込まれた彼女でさえも、その声は聞こえなかった。

 二本となったデバイスを、構えながら一度下げ、再び振り上げる。

 杖先が真上を指した瞬間、なのはから一番離れた、最も小さな魔法陣が機能を停止させた。同時に、最も巨大な魔法陣の中心に穴が開く。

 暴れまわる魔力の塊が、そこを目指す暴流となった。

 星の泣き声が叫び声となり。

 この世界の崩壊を覚悟させるような一撃が、遥か彼方に撃ちだされた。

 一条の光、と表現するには、あまりにも眩しすぎる閃光の奔流。

 少女一人で制御するものではないそれを、ここにきて高町なのはは悪癖で乗り切ろうとしてしまう。

 全身の骨という骨、筋肉という筋肉、血管という血管、内臓という内臓。どれもが正常で無くなる気分になったとしても、絶対に倒れない。

 人であることすら疑い始めそうになったなのはは、それでも立ち続ける。

 長い長い集束砲撃が終了した後、なのはは朦朧とする意識の中で、レイジングハートから『宝石の女王』へ停止コマンドを送る。

 赤い透明な宝石で出来た短い剣――ちょうど半分のあたりで砕けて折れている――が、レイジングハートから吐き出されると、『宝石の女王』に巻き込まれた女性は地面へと倒れ込んだ。それを霞む視界の端に収めたなのはは、愛機レイジングハートをシャットダウンさせる。

 これで終わった。と安心した少女は、静かに意識を失った。レイジングハートとルシフェリオンが、彼女の隣に寄り添う。

 なのはの集束砲撃のあまりの威力に、仮想世界を作っていたジュエルシードはすべて封印され、『宝石の女王』が作った新しいジュエルシードは消滅。取り込まれた人々も次第に戻り始めた。

 現実へと戻った局員たちは事態が飲み込めず、指令室からの通信によってすべてを把握する。

 戦闘途中で戻されたフェイトは、倒れているなのはを発見し、勢いよく駆けつける。息がまだあることと、バルディッシュによる緊急メディカルチェックの結果で、慌てるようなものではないことに安堵の息を漏らした。

 なのはの横にある、機能停止中のレイジングハートを見て、フェイトも事件が終わったことを確信した。

 何はともあれ。

 まだ慌ただしくはあるが。

 ひとまずこれで、この事件は終息となった。

 

 

 

 



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エピローグ

 

 消毒液の匂いは世界が違っても共通だということは、ちょっと前に病院に来た時に知った。

 医療は世界を跨いでもある程度は同じ技術に行きつくのだと学び、同時に、地球の医療技術もそれなりに高水準であることを実感した。

 窓の外の空は澄み渡るほどに青く、あそこを飛び回れたらどれだけ気持ちいいか、想像するだけでもぞくぞくする。

 とは思うものの。

 

「いっ……」

 

 寝返りを打つのにも全身に痛みが走る今は、何もしないのが一番だと身体が訴えてきている。

 私、高町なのはが目覚めたのは、管理局直属の病院の一室だった。

 目が覚めてどこにいるかはすぐに分かったが、まず身体が動かないことに驚いた。

 次に、魔法で医者に連絡しようとしても全く使えないことになっているのに絶望した。

 どうしようと思って、指に意識をやると、動かないのではなく、本能で動かすべきではないと脳が判断しているのだと気が付いた。

 状況が知りたかった私は、痛みに耐えながら、地球と同じタイプのナースコールを押す。と、数分後にニコニコ顔の看護師と老齢の医者が来て、私に診断を下した。

 リンカーコア内の魔力枯渇と、普段使わないような筋肉を含めた全身の筋組織の損傷と炎症。骨と内臓は、無事らしい。

 外傷はほとんどないとのことで、じっとしていればその内退院できると教えられた。

 ほっとするのも束の間。

 私は直前の出来事を思い出し、点滴を交換する看護師にそのことを聞く。が、すぐに来るであろう友達から聞いた方がいいと言って、医者と二人で帰ってしまった。私が起きた際、連絡したのだと思う。

 で、話をしてくれる友達とやらが来るのを、窓の外を眺めながら待っていたというわけだ。

 しばらくして、息を切らしたユーノ君が入ってくる。

 

「なのは、大丈夫?」

「平気平気。ちょっとはしゃぎすぎちゃった」

 

 えへへと笑うと、ユーノ君は安心した時に出るため息を一つ吐いて、近くに腰かけた。

 

「ほんとに、目が覚めてよかったよ……フェイトやはやては、夕方来るって」

「そっか、分かった」

「……えっと……色々と伝えないといけないことがあるんだけど……まず、ごめん!!」

 

 ユーノ君は、地球で生活していた時に身に着けた謝罪方法で、謝ってきた。つまり、彼は今、私に頭を下げている。

 

「え、ユーノ君が謝ることじゃないよ?」

「違う、違うんだ……そもそもの発端が、僕の責任というか……」

 

 バツの悪そうな表情で、彼は目を逸らして話を続けた。

 

「あの星、レイジングハートとジュエルシードを発掘した星だったんだけど」

「うん、それはあの場所にいた時に、ちらっと聞いたかも」

 

 私や私たちのきっかけの場所なんだと思ったのが、ずいぶん前に感じる。そういえば、私はどれだけ眠っていたのだろう。後でユーノ君に聞いておこう。

 

「あの場所での発掘作業は終わってた。……って思ってたんだ。だって、レイジングハートとジュエルシード、どっちも相当大きな発掘だったし、レイジングハートに関してはインテリジェントデバイスとしての機能が証明されたから、初期化して、発掘作業で活用してたくらいだし……。ジュエルシード発掘後は、とりあえずこれは一時輸送しておこうかって話になって、それで事故にも合っちゃって……そのあとの処理というか、引継ぎがうまくいってなかったみたいで……ううん。違うよね。全部言い訳だ。僕がもっとしっかり調べてたら、今回みたいなことにはならなかったよ。ほんとに、ごめん」

 

 頭を下げ続ける彼は、フェレットモードの時よりも小さく見えた。可哀想に思え、私は頭を上げるように促す。

 おずおずと私を伺いながら頭を上げた彼は、なんだか可愛かった。

 

「でも、おかげでユーノ君にも出会えたし、フェイトちゃんにも出会えた。はやてちゃんにも、皆とも。レイジングハートにだってそう。私が魔法と出会えたきっかだから、私はむしろ、感謝してるよ。変な言い方だけど、事故にあってくれてありがとうって」

「うう……なのはにそう言ってもらえると、ちょっとは気持ちが楽になるけど、でも甘えたくはないんだ。やっぱり、僕がしっかりしてたことに越したことはないから」

「うーん。じゃあ、一つ私のいうこと、聞いてくれる? それでチャラにしてあげます」

「なんでも聞くよ」

「うん。考えとくね」

 

 ようやく分かってくれた可愛い頑固者は、次にレイジングハートと宝石の女王について話してくれた。

 

「まず、『宝石の女王』と呼ばれる補助デバイスなんだけど、そもそもあれは、あの土地でジュエルシードを生産する手助けとして、レイジングハートと一緒に作られたものだったんだ。そのあと、性能の高さと時代背景からインテリジェントデバイスを統率する機能とかが後付けされた……いわゆる、安全装置としてね」

「安全装置?」

「うん。あの星では魔法を用いた戦争があって、その戦争中、味方が自分に刃を向けることがないようにって。その国を治めていたのが『女王』だったから、『宝石の女王』なんて名前が付けられた」

「そうなんだ……それが、変な風に起動しちゃったの?」

「まぁ、そうだね。大量のデバイスを遠隔召喚させたのも『宝石の女王』の命令だってことも、レイジングハートのログに残ってたし。それの照会も全部終わって、今はきちんと修理点検された上で持ち主のところに返されてるよ」

「良かった……」

「でも、二つだけ、召喚元が不明なログが残ってたんだよね」

「召喚元が不明? ……それって、もしかして……ああ、そうだよ! ねぇ、マテリアルの子たちは?」

「それが……」

 

 御礼を言わないと。今回の事件が解決できたのは、彼女たちのおかげなんだと。異世界に行く途中に転移ミスでもあったのかと思ったけれど、まさか『宝石の女王』が召喚させたのだとしたら、とんでもない巻き添えだ。

 御礼もだけれど、謝罪もしないと。

 そう考えたが、ユーノ君から告げられた言葉で、その夢は叶わないのだと私は理解した。

 

「いくら捜索しても、見つからないんだ。目撃証言とか、実際になのはがルシフェリオンを使用していたことは僕も知ってるんだけど、現場は荒れちゃったから、足跡とかもないみたいで……」

「もしかして、帰っちゃったの?」

「……僕はそういうスペシャリストじゃないから、これはあくまで仮説で、可能性の一つでしかないんだけど……」

「う、うん……」

「『宝石の女王』が起動して、最初に呼び出されたのがレイジングハート。で、そのレイジングハートを使って世界中のクリスタル・コア……要するに、インテリジェントデバイスを召喚する。この時たぶん、レイジングハートのAIはまだ機能してたんだと思う。でも、召喚魔法は止められない。だから、レイジングハート内に記憶されていたマテリアルのデータを、デバイスの召喚魔法に横槍を入れる形で再現召喚したんじゃないかなって」

「そん、な」

「それが一番事態を収束してくれる可能性が高いっていう、レイジングハートが導き出した答えだったのかも」

「じゃあ、シュテルとレヴィは」

「レイジングハートが作った虚像……つまり、本物じゃなくて、幻影。なのは、会話してて、違和感とかなかった?」

「あの時は必死だったから……」

 

 二人が虚像だとすると、発見されなかったのはエルトリアに帰ったとかではない。

 ……二人は。

 

「たぶん『宝石の女王』が停止した時に消失したか……。まだ捜索中だけど、痕跡も見つからないみたいだし、そのうち打ち切りになると思う」

「まだわたし、おれい、とか……言ってないのに……」

 

 泣きそうになって、すぐに身体が痛み出したので、涙が引っ込んでしまう。

 感情もうまく表現できないのを“痛感”し、今の身体が少しだけ煩わしく思えた。

 

「でも、僕のはあくまで仮説だし、可能性の話だから。真相は、修復が終わったレイジングハートに直接聞いてみてよ。痕跡がないっていうのは、消滅したっていうのも含めてだから、もしかしたらまた会えるかもだよ」

「……うん」

 

 精一杯の彼の慰めも、正直気休めにしかならない。

 レイジングハートのその行動がなければ、事件は解決しなかったことを考えると、あのインテリジェントデバイスはこうなることも想定していた気がする。

 あの愛機は、私がこの状況を乗り越えられると信じたわけで、その信頼を踏みにじることは許されない。

 私は、レイジングハートのマスターだから。

 ユーノ君が言った「万に一つの可能性」になっていればいいと、私は願った。

 話を変えるように、ユーノ君は慌てて空間モニターを表示させる。

 

「あと、最後にもう一つだけ。一番大事なこと。今回の、被害者について」

 

 空間モニターは、私が見やすいような位置に動かしてくれた。

 

「まず、『宝石の女王』の影響下にあった彼女。本名『セイルビア・アストレク』。魔力資質から算出した魔導師ランクはDで、どこにでもいる女の子。なのはより一歳年上だね。次に、その子の五つ下の妹さん。本名『リコリィス・アストレク』。この子の魔力資質から算出した魔導師ランクはSSS。なのはやフェイト、さらにははやてよりも上だね。便宜上SSSって言ったけど、定規が足りないからSSSって言っているだけで、それより上があればそれになるような子だよ。で、最後に、この男の子。本名『カナイト・メイジ』。彼が『宝石の女王』のことを姉妹に教えたみたいだけど、完全な善意だったみたいで、こうなることは予想してなかったって」

「……もしかして、女王さんが呟いてた『妹が……』とかは、この子のことかな」

「たぶんそうだね。お姉さんも、妹さんの魔力をどうにかしたかったって言ってるし。皆、この妹さんの魔力をどうにかしたくて動いてたみたいだから」

「あれ、でもランクDなのに、お姉さんが発動させたの? というか、起動できるものなの?」

「ううん。たぶん起動者はこの妹さんだと思う。でも、『宝石の女王』は大きく破損してたから、お姉さんを発動者だと設定してしまって、そのまま……って感じかな」

「そう、なんだ……ほんとに、被害者ばっかりなんだね」

「うん。ただ、三人とも幸い怪我が少なくて、命にも別状はないんだ。『宝石の女王』の後遺症みたいなのもなかったから、事情聴取が終わったら釈放されるだろうね。まだ三人とも入院してるけど」

 

 今のユーノ君の話だけは、本当に奇跡だと私は思った。第一、私がこうなっていても、いずれ退院できるとも言われているし。今回の事件で一番損害を受けたのは、インテリジェントデバイスたちかもしれない。

 

「妹さんの魔力、無くしたがってたけど、協力できないかな?」

「それに関しては大丈夫。管理局はもちろん、無限書庫にも知識は沢山あるし、なにより魔力制御術は今力を入れてる分野だからね。絶対協力できるし、僕が協力したいし、協力させて欲しいっていう要望も通ったから、安心して」

「良かったぁ……」

 

 これでとりあえずのハッピーエンドになりそうだと思えた。最低ラインはクリアしていると思う。

 ついでにと、ユーノ君はウィンドウに、赤い透明な宝石でできた短い剣と、ジュエルシードを表示させた。

 

「『宝石の女王』とジュエルシードは事件後に回収したけど、『宝石の女王』はもう無力化してて、マジックアイテムでもなんでもなくなってる。今は事件の証拠品として扱われてるけど、そのうち博物館にでも保管されるかもね。ジュエルシードはやっぱりロストロギアのままだから、これは今まで通り『厳重に保管』で変わらずだね。事件前の数とも変わってなかったから、全部回収できてるよ」

「じゃあもう、本当に解決したって言えるんだね」

「そうだね。……って言いたいけど」

 

 ユーノ君はディスプレイを消すと、立ち上がり、私をのぞき込んでいたずらっぽい笑みを浮かべて、告げる。

 

「なのはが回復するまで終わりじゃないよ。だから、早く良くしないとね」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 あれから一か月後。

 私の身体も回復し、自由に空を飛び回れるまでになりました。

 中断されていた管理局員の空戦魔導師試験も再開して試験勉強もしなきゃだけど、とりあえず平和に戻ったことになります。

 あの事件の被害者さんは、今はミッドチルダで生活しているみたいで、どうにかしたがっていた高魔力保持者の女の子もそのお姉さんも、考古学者を目指している男の子も、元気に暮らしているようです。

 ちなみに、魔力制御はユーノ君が一番力を入れています。

 もちろんはやてちゃんやヴォルケンリッターの皆さんも、フェイトちゃんも、私だって協力してたけれど。

 その魔力制御ももうすぐ完了するみたいで、終わったらみんなでパーティをしようって話で最近は盛り上がりました。

 とはいっても、皆それぞれの道を、それぞれの速さで進んでいるので、全員が集まれる機会は本当に少ないんだけれど。

 合間を縫って顔を合わせたり、近況を報告したり、昔話をしたり。

 忙しいけれど。こんな毎日が続けばいいなって思っています。

 まぁ、きっと難しいことなんだろうけれど……でも、なにが起こったって、皆で解決できると信じています。

 シュテルたちにもまた会いたいし、会って御礼が言いたいし、少なくともそれまでは元気でいないとね。

 そのためにも、絶対に落ちることの無いように。

 

 

 今日も私は、飛び続けます。

 

 

 

 

  Fin.



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あとがきと解説

 

 

 ふらみかです。ここからはあとがきになります。本二次創作作品のネタバレを多く含みますので、こちらから読もうとしておられる方は、素直にプロローグから読んでいただければと思います。

 準備が整った方から、スクロールして先にお進みください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この度は、本作をお読みいただき、誠にありがとうござます。読む側にかなり不親切で、とても読みにくい文章だったかと思われます。地の分ばっかりだったりしますしね……最後まで読んでいただいた方には、本当に頭が上がりません。

 視点、というか、地の分の人称が本編と幕間で違っているのは、心理描写が重要なところとそうじゃないところで分けている……という言い訳をさせてください。数年前から私はこういう書き方をしているので、単純に成長してないのですすみません。

 本来であれば視点を固定すべきなんですけれどね。我慢できないんです許して。三人称も二人称も一人称も、いいぞ。

 さて、前述した通り、分かりにくい&読みにくい文章だったと思うので、伝えたいことが伝わっているか分かりません。伝わっているといいのですが、不安なので、ちょびっと解説したいと思います。

 ここからは独自解釈部分になりますので、「そういう見方もあるのか」程度に捉えて頂ければ……。

 まず、なのは世界のデバイスについてです。

 これ関しては、全て出し切ったと思いますが、説明してない部分が一つあります。

 本物語では「『クリスタル・コア』を使って作られたインテリジェントデバイスが『宝石の女王』によって掻き集められた」としました。

 この「クリスタル・コア」ってなにって話なんですが、これは公式設定ではない部分になります(私が調べた限り、ですが)。ではこれはなにか、というと、デバイスにある水晶部分、と考えていただいてオッケーです。それです。あの透明なところです。

 そして、今回事件に巻き込まれたデバイスは、“一部”です。クリスタル・コアを持っている全てのデバイスが巻き込まれた、というわけではありません。

 巻き込まれたのは、“天然の”クリスタル・コアを持つインテリジェントデバイス、です。

 ここで独自設定が一つ増えます。

 現代のデバイス作製では、天然のクリスタル・コアを用いる場合と人工のクリスタル・コアを用いる場合の二通りがある、です。

 そういうわけで、全てのデバイスが事件に巻き込まれたわけではないんですね。はぇ~。

 次に、『宝石の女王』についてです。

 今作の主軸となる物品です。

 ユーノ君が調べたり推察したりしてましたが、大体あっております。彼はいつも正解しか言いません。

 補助デバイス、とありますが、レイジングハート専用の、という前置きが付きます。

 レイジングハートと融合すると、その力を発揮します。

 本来は、ジュエルシード作製の為に作られました。融合させたレイジングハートならジュエルシードが作れる、という設定です。

 なぜあの世界ではジュエルシードを作っていたのか、なのですが。それはもう少し後で、説明します。

 『宝石の女王』には、他にも「デバイスの遠隔操作」という機能がありますが、これは後付けされた機能となります。操作方法は、電波的な何か……特に決めてませんが、魔法ではありません。

 遠隔操作できるのは「天然のクリスタル・コアを持つデバイス」限定で、女王が現役だった当時はそれで事足りた、というわけです。後付け理由は、作中にあった通りです。さすユノです

 次に、ジュエルシードです。

 ジュエルシードは、公式設定などでもある通りの設定「『願望器』というわけではないが、いろんな色に染まりやすい魔力がたくさん詰まった小さい宝石』という認識は変えていません。

 当時はどうやってこれを活用していたのかな、と考えたときに、独自設定を思いつきました。

 まず「シード」ってどこから来たんだ、と考えました。

 文献に載っていたとか、伝承であった、とか。理由はいくつかあるかもしれませんが、私はこれを「元々は地中に埋めて、育てていたからでは」と予想しました。

 正しく育てれば、大きな木となり、空気中に魔力を拡散させる魔法の種なのでは、と。

 崩壊後特別管理世界「大樹」の名前は、そこから取りました。

 あの星が魔力で満ちていたのは、ジュエルシードによるものです。また、途中出てきた大きな木が、成長後のジュエルシードだと思ってください。今そうしました。しっくりきますか? どうですか? 私はしっくり来たのでそうします。

 魔法に関しては、作中にある通りです。もし不思議なことが起きても、それは魔法ということで理由の説明になるのではないかと個人的に思います。

 レイジングハートが作ったというマテリアル娘のコピーですが。

 作ったタイミングと作った理由はユーノ君の通りです。が、消滅した描写をしなかったので、もしかしたらまだいるのでは……(消滅したという明言はしてないはずですので、あったらこっそり教えてください。こっそり消します)。

 いて欲しいですよね。私もそう思います。せっかく生まれたのですから、レイジングハートを母と慕って出てきて欲しい……欲しくない?

 被害者三人ですが、細かい設定はあるようでない感じです。大きめの集落で迫害を受けた家族に妹ができ、しばらくしてその子が時限爆弾みたいだと判明してから余計に迫害が強まった。結果、爆弾は爆発して、姉妹二人以外生存者はおらず、星々を転々としていたところ、スクライア一族に憧れ考古学者を目指す少年と出会う。そして事件が起きる、程度にしか考えていませんので、彼女たちの話は、後にも先にもなくなるでしょう。

 これでだいたいは解説は終わりなのですが、疑問点などありましたら、何かしらで聞いていただければ、私が答えます。答えられなかった場合は……まぁ、そういうものだと思ってください。矛盾点とかは、あんまり掘り出さないでいただけると精神的に助かります。

 

 

 この話を考えたきっかけは、数年前になのポGODを遊んだことです。その後、「あれ、レイジングハートってもともとユーノ君が持ってたよね?」「ジュエルシードって、なんで最初からジュエルシードって名前だったんだろう。もしかして、種みたいに植えて使ってたりしたのかな?」といったところからプロットが誕生しました。

 当初は、シュテルを主人公とした「姉vs妹」の話でしたが、当時の私は若く、全然進まなかったのでお蔵入りとなっておりました。

 最近時間的な余裕が出て、1st2ndの4DXを観たこともあって、熱が入り、プロットを発掘して、今の私で磨きを掛けました。結果、主人公はシュテルではなくなのはになりました。

 それに、どうしても彼女に集束砲撃を撃ってもらいたかったので、集束砲撃で幕を閉じさせました。

 局員役に立ってなくない? とも思う展開でしたが、集団戦闘描写ができんでな……ログアウトしていただいたんじゃよ……。

 まぁ、それに限らず、なのはやフェイト、レヴィなどのドッグファイトシーンは、一対一の構図が映えるので、そういう展開にさせました。頑張れ局員。頑張るべきだった、私。

 

 ここまで読んでいただけた方がいらっしゃいましたら、その方へは足を向けて眠れませんね。今日から倒立して寝ることになるかと思います。よろしくお願いします。

 

 最後に。

 

 隔二日~三日更新というのをやって、下書きがあったにもかかわらず、本当に辛かったので、こういうペースでやってる方は本当にすごいです。尊敬します。私は今後、やらないです……。

 ともあれ、最後までお付き合いいただいた方、重ねて御礼申し上げます。本当にありがとうございました。ありがとうございました。

 お読み頂いている方がいる、というのがとても励みになっておりました。あなたがいなければ、途中で辛くて投げてました。

 この作品は、貴方の力があって、完結したも同然です。

 本当に、お疲れ様でした。

 おこがましいですが、また何かでお付き合いいただくことがあれば、その時も存分に励まされたいと思っております。覚悟はしてなくていいです。

 さぁ、そろそろ〆たいのですが、〆の言葉は、やはりこれしかないでしょう。と言うことで、それで〆たいと思います。

 

 本当に、本当に、ありがとうございました。

 

 

 

 

  ふらみか

 

P.S.

資料的な何かが、後日公開されるかもしれません。分かりません。



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