新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ(完結済み) (KITT)
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メカニックファイル1 宇宙戦艦ヤマト

試験的に公開してみます。

一応お話の進行で本編に登場していない部分は削っているので、進行に伴って追加はあると思います。


 艦名 宇宙戦艦ヤマト

 全長 333m

 全高 94.5m(アンテナ込み)

 全幅 50m

 動力 主:リボルバー式6連波動相転移エンジン1基

    副:補助エンジン2基

 

 武装

 3連装46cm重力衝撃波砲 3基

 3連装20cm重力衝撃波砲 2基

 艦橋砲 8門

 4連装12.7㎝重力波対空砲 8基

 連装12.7㎝重力波対空砲 22基

 連装25㎜重力波対空機銃 6基

 3連装25㎜重力波対空機銃 4基

 艦首ミサイル発射管 片側3門計6門

 艦尾ミサイル発射管 片側3門計6門

 煙突ミサイル(8連装上方迎撃ミサイル) 8セル

 8連装舷側部ミサイル発射管 片側8セル計16セル

 中距離迎撃ミサイル発射機 2基 片側16セル計32セル

 トランジッション波動砲 1門

 

 その他装備品

 ディストーションフィールド改

 ディストーションブロック改

 ロケットアンカー

 多目的可変翼

 艦橋部コスモレーダー

 近距離用メインレーダー

 反重力感応機(リフレクトビット)

 探査プローブ(大・小)

 重力波ビーム発振装置

 小型コスモクリーナー

 

 搭載機 コスモタイガー隊

 ガンダムDX 1機

 ガンダムX

 Gファルコン 28機(予備機2)

 エステバリスカスタム 25機(予備機2)

 スーパーエステバリス 1機

 アルストロメリア 2機

 

 その他搭載機

 特殊探索艇 2艇

 救命艇 6艇

 雑用コバッタ 多数

 特務艇信濃 1隻

 

 

 

 特殊機能

 ワープ航法システム

 ボソンジャンプ(装備しているだけ)

 

 

 

 解説

 

 アクエリアスという水惑星の接近による地球水没から人類を救うべく自沈した、パラレルワールドの宇宙戦艦を回収して強化・復元した宇宙戦艦。

 元いた世界では幾度と無く人類滅亡の危機から人類を救った実績を持つ。

 

 元の世界では残骸が一切見つからなかった事もあり、跡形も残さず消滅してしまったと考えられているが、実際にはその時生じた膨大なエネルギーによって歪められた時空の裂け目に落ち込み、その先で“声”を聴いたことでテンカワ・ユリカと感応、彼女を接点とすることでこの世界に漂着した。

 その後、ガミラスの襲来を知ったユリカの手で引き揚げられ、ナデシコ時代の伝手を頼ってネルガル重工の手で復元、強化される形で見事復活を果たした。

 

 再建に当たり、イスカンダルからの技術供与を前提とした改設計が加えられている。

 シルエットは概ね以前ままだが、細部のデザインやバランスなどが一新されているのはこれらの改装の影響。

 特に目を引くのは電算室を擁し大型化された第三艦橋で、耐磁コーティングのため艦底色からブルーグレー系統に塗装が変更されている。

 

 全長は30mほど延伸され、全幅は10m近く拡大された。またバイタルパート部分にボリュームのある姿になったため、原型となった大和に近づいた安定感のある姿をしているのが特徴。

 中央部のボリュームが増したのは機関部の大幅な改定で居住区等中央のモジュールが左右に移動したためと、格納庫の容積拡大の結果。

 

 旧ヤマトでは遭遇した事の無い対グラビティブラスト防御を念頭に装甲やフレーム構造材に大幅な改良が加えられ、塗料を兼ねた防御コートも含めて空間磁力メッキのデータを活用したナノテクノロジーによる反射材が混入され、追加装備されたディストーションフィールドと合わせて防御力全般が強化されている。

 出力増大による負荷も考慮された結果、フレーム構造にも改訂が加えられており、以前のヤマトよりも高負荷に耐えられるようになったが、様々な意味でデータ不足であり想像を超える出力の増大もあって、最適化されているとは言い難い部分も散見される。

 

 主機関は相転移エンジンと波動エンジンを複合させた波動相転移エンジンと呼ばれる改良型に更新されていて、復元した波動エンジンの前方にスーパーチャージャーを挟んで小相転移炉心6つとエネルギー収束用の大相転移炉心で構成された、6連相転移エンジンが増設された。

 

 このエンジンの更新によって、波動砲は最大6連射可能な“トランジッション波動砲”に強化され、使い方次第では従来の波動砲では不可能だった面制圧や、複数の目標に対するピンポイント攻撃も可能となっている。

 

 並行宇宙の技術も加えた事で武装にも変化が生まれ、特に目を引くのが主砲と副砲が従来のショックカノンと異星人が残した技術であるグラビティブラストを複合して発展させた、重力衝撃波砲――グラビティショックカノンへと換装された事である。

 また、合わせて対空砲であるパルスレーザー砲もオーソドックスなグラビティブラストに換装され、重力波をパルス状に撃ち出すパルスブラスト砲に更新された。

 これらの換装は転移先の技術の反映は勿論、その世界でのガミラス帝国の艦艇にもそれらの装備が実装されていて、旧ヤマトをそのまま復活させただけでは通用しない可能性が懸念されたためで、相応の装備を与えた形となっている。

 

 ビーム兵器が重力波兵器に換装された反面、ミサイルは改良の時間が無かったため、旧ヤマトのデータベースにあった従来品に対ディストーションフィールド処置を施された程度に留まっている。

 

 また、単独での作戦行動が多かった過去の戦歴を鑑みて、大型の搭載艇を艦首底部に搭載し、戦術バリエーションを増やす事を狙った改装も施されている。

 

 その他の艦内設備も大幅にリニューアルが実施され、計器類などがその世界の標準的なものに更新された他、ナデシコの運用データに基づいて居住区画の改変が実施されたり、艦載機が宇宙戦闘機から人型ロボット兵器に変更されたこと等で、内装部分も大幅に変更を受けている。

 

 艦首フェアリーダー下と舷側ミサイルの後ろにペイントされた白い錨マークは、平和な時代が流されぬよう繋ぎ止める役割をヤマトに願う、という意図で施された。

 

 これらの改装の結果、ヤマトの総合性能は大きく強化されているのだが、ヤマトが本来いた世界に比べて宇宙艦艇の造船技術や波動エネルギーに対する理解の不足などが祟り、整備性や信頼性を含めた安定性には難が残っている。

 

 また、その優れた性能も6連波動相転移エンジンの大出力と波動エネルギーの特性に依存している部分が否めず、出力低下時の機能低下が旧ヤマトよりも深刻化している。また、燃費も全体的に悪くエネルギー制御全般が洗練されていない。

 さらに波動砲は著しい強化を施されたものの、恒星系間移動に必要不可欠なワープシステムに関しては復元が半端で連続ワープ機能が喪失しているなど、総合的な完成度は自沈直前のヤマトに比べて劣った状態にある。

 

 そのため、ヤマトは航行しながら自身の問題点を洗い出し、艦内の工作設備を使用した自己改良を続ける事を余儀なくされているため、旧ヤマトに比べて特に金属資源の消耗が激しく、機会があれば貪欲に求めるようになった。

 

 また、これらの改装にはイスカンダル製の技術が多く反映されているのだが、中には解析不能なブラックボックスの存在が確認され、要の波動エンジンの起動に通信カプセルが必要である事や、あまりにも歪な改装の原因となっているエンジンと波動砲の強化等、イスカンダルに対する嫌疑にすら発展しかねない秘密を幾つも抱えている等、一部の乗組員からは懸念を示されている状態にある。

 

 不完全さこそ目立つが、より逞しい姿となって復活を果たしたヤマトは、誕生した時と同じ大マゼラン雲のイスカンダルに救いを求めに旅立つ任務に就き、再び長い旅路に付いた。

 

 

 

 なお、ヤマトはその特異な誕生経緯故、一種の付喪神と呼べる霊性を獲得している。

 並行宇宙を移動する際、ユリカの精神に直接触れあったことが原因で人間でいう所の“自我”を手に入れた。

 ただし、自我を獲得したとはいえヤマト自身はあくまで“人間に使われる道具”であり、そうである事を大切にしているため自発的に動いたり行動を促す事は極めて稀である。

 言い換えれば、ヤマトが自ら行動する時はクルーが最大限に努力してもなお一押しが足りない危機的状況に晒されているという事でもある。

 

 

 

 武装

 

 3連装46cm重力衝撃波砲(グラビティショックカノン)

 

 ヤマトの主砲。重力衝撃波砲――「グラビティショックカノン」と称されている。ただし長いため専ら「主砲」または「ショックカノン」と呼ばれている。ただし木連出身者を中心に「重力衝撃波砲」または「衝撃波砲」と呼ぶことも多い。

 仰俯角は-5~45度。旋回角度は左右120度。射撃間隔は最速で4秒。

 砲室の形状が再建前から変更され、誕生当初のデザインをブラッシュアップしたものになっている。砲塔要員は3名。

 

 旧来のショックカノンと転移先の世界に存在したグラビティブラストのシステムを掛け合わせたハイブリッド砲。

 波動エネルギーの持つ時空間歪曲作用と先述のシステムを複合した結果、重力衝撃波を撃ち出す兵器となった。

 そのため通常のグラビティブラストよりもディストーションフィールド突破能力が高い。

 

 測距儀のレンズ部分は円形のカメラが2基並んだ物に変更され、独立した照準システムとしての性能が高められ、砲身も延長による収束率向上と合わせて射程距離が延伸されている。威力・有効射程はガミラス戦艦の主砲を凌駕している。

 

 構造が変化したことで実弾射撃能力は喪失している。これは機関部と波動砲の改装の影響で弾薬庫を用意出来なかった事も原因。

 弾薬庫喪失に伴い、供給手段がカートリッジ式からエネルギー伝導管方式に戻された。

 砲身は内部に螺旋状のライフルが彫られている点は変わっておらず、加速レールやライフリングとして作用するため、長射程化と命中精度の向上を担い、微力ではあるが貫通力向上にも役立っている。

 弾種が変更されたことで相互干渉によって弾道が乱れてしまうため、3門同時発射は不可能となった。そのため発射遅延装置が装備され、右から時間差を置いて発砲される。

 

 余談だが、波動エネルギーの影響か、発射された重力衝撃波は青白く発光して見える事が確認されている。

 

 なお、第二主砲と第一副砲を除く砲は、艦体から生えているアンテナやフィンに射線が重なってしまう確度があり、干渉を避ける改造が施されている(艦首ドーム部のアンテナは引き込まれ、後部マストウイングは上下に稼働、メインノズルの垂直尾翼はノズル外縁(冷却ジャケット)自体が回転することで干渉を避ける)。

 干渉するアンテナやフィンは擦過した程度では破損しない防御性能を与えられている(直撃は普通に吹き飛ぶ)。

 

 波動エネルギーの特性を利用した強化が施されたため、従来と異なり補助エンジン出力は発射不可能。

 

 

 

 3連装20cm重力衝撃波砲

 

 口径が小さくなり砲身が短くなったことを除けば主砲と全く変わらない装備である。

 仰俯角は-5~55度。旋回角度は左右90度。連射間隔は最速で2秒。

 砲室の側面に放熱装備が追加され、後部にも放熱フィンが増設された。砲塔要員は3名。

 口径は半分以下だが威力は口径以上を何とかを確保し、大型の主砲に比べて取り回しと近距離での命中精度はこちらの方が良いため対空砲としても使用出来る。回転速度は主砲よりも速い。

 砲身の中途にある太くなっている部分はエネルギー収束装置が埋め込まれた部分で、小口径による威力低下や射程距離の低下を少しでも補うために採用された物。

 

 大出力を活かした攻撃力はガミラス戦艦の主砲に迫るものがある。とは言え規模が小さいため射程距離は主砲の半分を切っており、旋回速度の速さを利用した近接防御や足の速い巡洋艦等に対する砲撃がメイン。

 連射速度と旋回速度が優秀なので、対空機銃が届かない範囲の敵機動兵器群に対する先制攻撃用としても使われる。

 

 

 

 艦橋砲

 

 第二艦橋下、司令塔の根元に装備された内蔵式の火器。内蔵式なので角度の変更等はほとんど出来ない。専ら信号弾や発煙弾を射出するために使うための装備で、攻撃用途には使われない。

 正面に4門、側面に2門づつ装備されている。

 

 

 

 12.7㎝重力波対空砲

 25㎜重力波対空機銃

 

 速射性と連射性能に富んだ対空砲と対空機銃。パルスレーザーから重力波砲タイプに換装されており、攻撃力と有効射程距離は飛躍的に伸びている。通称パルスブラスト(砲)。

 基本的な形状と配置は旧ヤマトからあまり変更されていないが、命中精度と威力向上の為砲身が延長されている。

 グラビティブラストに改装された結果、中型連装と大型4連装の高角砲に至っては両用砲として機能するほど破壊力が高く、集中砲火を浴びせることで比較的近い距離の敵艦に対しては十分な打撃力を発揮する。

 巡洋艦程度の規模の艦艇なら高角砲の4~5基もあればダメージを与えることが十分可能。

 配置と種類も更新され、小型連装が煙突ミサイル基部の4基に減らされ、副砲の両隣にある砲は中型連装に統一された。

 最大連射時間は30秒。

 

 舷側ミサイルと合わせて側面の個艦・艦隊の対空防御や副砲と合わせた近距離攻撃に威力を発揮する。有効射程は副砲の7割程度と長いため距離次第では主砲と併用した同行戦においても威力を発揮する。

 

 対空機銃は艦橋に装備されている小型の物。連装から3連装まで存在する。

 威力も射程も対空砲に比べて大きく劣り、主に高角砲と合わせた対空防御用に使われる。

 緊急時にはオモイカネからの自動制御で迎撃可能だが通常は砲手が詰めている。

 とはいえ、人間の反応速度のみでは追尾出来ない標的が多いため、基本的にはレーダーシステムと連動した火器管制システムで制御され、人間は誤差修正や射撃タイミングの調整を担っている。

 

 対空機銃の攻撃範囲は中型2連装が旋回角10~170度、仰角-5~45度。

 小型2連装艦首側が旋回角0~100度、仰角-5~45。艦尾側が旋回角180~80度までとなる。

 大型4連装が旋回角10~170度、仰角10~80度。

 

 

 

 ミサイル全般について。

 

 新生ヤマトが使用しているミサイルは、時間不足から対ディストーションフィールド対策を施した以外は従来の物を再生産して使っている状態にある。

 そのため火力は十分であり、強化された主砲や副砲には劣るがヤマトの貴重な攻撃手段。

 実体弾かつ誘導兵器である事は主砲には無い利点であり、砲撃の死角の敵を撃破するか動かす用途にも使われる。

 弾頭の直径は61㎝で統一されているが、機関部を含めた全長は搭載箇所によって差異がある。

 

 パーツ換装式で、エンジン部分の交換やセンサーの交換による誘導方式の変更で陸海空宙を選ばない働きを持つ。最も多く用意されているのは宙(空)対宙(空)タイプ。

 機関部には安定翼も装備されていて、発射前は横向きに畳まれているため、ミサイルを正面から見ると6角形になっている。ヤマトの発射管の断面もミサイルに合わせた6角形。

 

 新しく防御用のバリア弾頭が用意され、発射後設定された距離を飛翔後に弾頭が炸裂して円盤状にディストーションフィールドを展開し敵弾を防ぐことが出来る。

 弾頭が炸裂した場所にしか展開出来ないため高速移動しながらの防御には使い辛いが、敵の攻撃を読み弾幕の濃い部分に発射して数を減らす、減衰させるなどの用途で使えば敵中突破時に使えないことも無い。

 ディストーションフィールドは最大10秒程度しかもたず、防御性能もヤマトの副砲クラスを防ぐのがやっとで、主砲クラスになると貫通されるが威力は殺げる上多少は屈曲するため被弾せずに済むことはある。

 バリアミサイルは単独での作戦行動を余儀なくされるヤマトの損害を少しでも抑えるための苦肉の策。

 

 

 

 艦首ミサイル発射管

 艦尾ミサイル発射管

 

 艦首と艦尾に装備された宇宙魚雷。内部から再装填可能で、弾薬庫への補充も内部から可能。

 位置の関係で水中用の魚雷も数発ストックされている。

 

 喫水線の上に装備されているため主砲では砲撃出来ない位置にいる敵に対しては有効な攻撃手段。再装填にかかる時間は短く連続発射が可能だが、弾薬庫の規模から弾切れを誘発しやすい。

 この部位のミサイルは主砲と連携した使用が前提であり、敵艦を主砲の攻撃範囲内に移動させる、主砲の届かない喫水以下の敵に対する攻撃を担っている。

 バリア弾頭は配備されているが、元々正面や後方は投影面積が小さく被弾し難い為配備数は少ない。

 誘導兵器のミサイルであるため、推進剤などの都合から推奨はされないが180度ターンして反対方向の標的を攻撃する事も出来る。

 

 

 

 煙突ミサイル(8連装上方迎撃ミサイル)

 

 戦艦大和における煙突を模したミサイルランチャーである(当然ながら煙突としての機能は無い)。デザインと装備場所からこの名がついていて、改装された後も継続して採用された。内部から再装填可能。

 海上を移動する船舶である戦艦大和に類似した形状であるため、前後左右に比べ上下方向への兵装の少ないヤマトにとっては上方への攻撃を迅速に行える貴重な装備である。

 誘導兵器である事から真下の敵も狙えなくは無いが、余計な旋回行動をさせるため燃料消費が早まり追尾距離が短くなる問題がある。

 

 上方からの攻撃に対する防御を想定しているためバリア弾頭が配備されている。基本的にはパルスブラストの撃ち漏らしに対する防御として使われる。

 

 

 

 8連装舷側部ミサイル発射管

 

 ヤマトの舷側に装備されたミサイルランチャー。喫水線のすぐ上に装備されている。内部から再装填可能。

 通常は装甲シャッターに覆われているが使用時にシャッターが解放されて使用可能になる。装甲シャッターは1枚の細長い長方形状と、誕生時と同じ仕様。

 

 同時発射はせずに時間差で撃ち出されるが、撃ち方はその時その時で多少変わる。

 

 上方・下方に対しても使用可能で対空防御用としては非常に有効性の高い武装であり、ヤマトの対空防御には欠かせない存在。

 また横方向はヤマトの被弾面積が1番大きい為バリアミサイルが通常弾頭よりも多く配備され、対空機銃と並んでヤマトの防御装備としての意味合いが強い部位。その分通常弾頭のストック数がやや少ないのが欠点。

 全体的なストック数を増やすため、機関部は短いものを採用しているため有効射程が短い欠点がある。

 

 

 

 中距離迎撃ミサイル

 

 煙突ミサイル後方、アンテナマストの根元に設置されたミサイル発射装置。以前は機雷投射基であった。

 

 4セル1基の発射管が前後4基並んでいる。他のミサイルよりも小型で有効射程が短いが運動性能は上である。艦内からの再装填は不可能で、外部から行う必要がある唯一のミサイル。

 

 反重力感応基が配備されてからはそちらの射出に使われることも増えたため、実質攻撃装備から外された。

 上下角の調整や旋回も可能だがあまり活用されていない。

 

 

 

 トランジッション波動砲

 

 新生ヤマトの最強兵器。逆噴射及び全速後退のための噴射装置としても活用される。

 

 複合炉心による連射機能を持つ新型であり、“トランジッション”は切り替えを意味する。

 波動砲全般を示す正式名称としては「タキオン波動収束砲」だが、長いため専ら「波動砲」で通されている。

 

 波動エンジン内で生成された波動エネルギーを高出力・高圧縮状態にして一気に開放する事で発生する「タキオン波動バースト流」を撃ち出す兵器であり、時空間そのものを極めて不安定にする性質を持ち、通常の物質では直撃を受けると消滅する。

 タキオン波動バースト流は波動エネルギー=タキオン粒子の奔流でもある為、質量を持つ事から運動エネルギーを生じ、破壊原理と合わせてディストーションフィールドでは防ぐのが極めて難しい。

 さらに熱エネルギーとの相乗効果なのか“爆発”と形容しても差し支えない反応を生み出し、エネルギーが周囲に広がりより広域に及ぶ破壊をもたらしてしまう事がある。

 

 その威力は星すらも砕くとされ、扱いには慎重さが求められる。

 

 小相転移炉心1基と波動エンジンの1/6のエネルギーを合成して1発発射可能で、小相転移炉心の総数である6発まで連射出来る。

 

 撃発には戦闘指揮席に備えられた半自動拳銃型発射装置を使用する。

 発射装置前方に展開されるターゲットスコープ(ポップアップ式)を覗いて狙いをつける。そのため波動砲の照準時には艦の舵が戦闘指揮席に移行され、操縦席からの入力は補助扱いになる。

 艦長席にも収納式のターゲットスコープとセットになった発射装置が用意されていて、艦長権限で使用出来る。これ自体はヤマトが自沈する際、沖田艦長が使用したものと全く同じ。

 

 使用時には砲口奥のレンズシャッター状の装甲カバーが開く。

 また、改装された安定翼が重力波スタビライザーとしても機能する様になったため、精密照準時には安定翼を開いて射撃する事もある。

 

 発射機構が全体的に変更され、突入ボルトはエンジンルームに備えられ、発射口までをライフリングチューブと呼ばれるライフルの彫られた砲身で繋げられている。

 小相転移炉心の中央にある動力伝達装置=薬室内にてエンジンのエネルギーを合成して1発分のエネルギーに加工し、6連炉心そのものを突入ボルトに接続してエネルギーをライフリングチューブ内に流す構造を採用している。

 ライフリングチューブは突入ボルト部分と発射口直前に波動砲収束装置と最終収束装置の2つの収束制御装置を装備している。

 この構造の採用で、波動砲の長砲身化が果たされて有効射程距離やエネルギー制御の精度が向上を果たした。また改装の際、制御装置にグラビティブラストのシステムも補助で組み込まれ、エネルギー制御の精度を上げる工夫も凝らされている。

 また、チューブ内は空間磁力メッキを参考にした反射素材が張り付けられており、6連射の負荷に装置が負けてしまわないように保護すると同時に、エネルギーを強制的に発射口方向に押し流す働きをしている。

 

 システムの構造上、6発全部を同時に撃ち出す事は可能だが、この保護措置をもってしても受けきれない負荷を生じるため、使用すれば良くて波動砲システムの全損、最悪ヤマト自体が致命的な損害を被ると予測されている。

 

 欠点はその過剰過ぎる威力以外に、波動エンジンの起動に使われている相転移エンジンが発射数に応じて停止するため、連動している波動エンジンの出力も相応に低下する弱点も抱えており、出力低下に伴う性能低下が著しくなった新生ヤマトでは、複合炉心であることや連発式である事に胡坐をかいて迂闊に使用すると、1発であっても自分の首を絞めかねない弱点となりうる諸刃の剣である事。

 

 そして何より、その威力故に人の心を試す兵器である、ということであろう。

 

  モード・ゲキガンフレア

 

  波動砲のバリエーション運用。

  ヤマトがディンギル帝国の首都である都市衛星ウルクに強行着陸した際、ニュートリノビーム防御幕を波動エネルギーのリークで突破した際の“記憶”を基に考案された、防御特化の波動砲の応用戦術。

  防御特化と言うように、攻撃はほぼおまけ扱い。波動エネルギーの空間歪曲作用を利用した増速も出来るため、敵中突破戦術に使う事もある。

  波動エネルギーをタキオン波動バースト流にまで加工していない、エネルギーを膜の様にヤマトに被せただけという事もあってサテライトキャノン・クラスの破壊力はあるものの、自ら突撃して標的に激突しないと全く威力を発揮しない。

  波動エネルギーの膜で覆われるため、艦体への影響が懸念されるだけでなく、波動砲の様にある程度エネルギーの消費が決まっているわけではない(ほぼ直結状態にあり、人為的に切断しないと空になるまで放出してしまう)、エネルギーの膜が邪魔でヤマトが盲目状態になるなど、使い勝手が悪い。

 

  名称の由来はエネルギーを纏って敵に突撃する様がゲキ・ガンガーのゲキガンフレアの様だからというもので、名付け親は当然木星出身の技術者である。

  使用の際にはタキオンフィールドを展開するために安定翼の使用が絶対条件であり、破損した場合は使用出来ない。

 実戦でその有用性を示したとはいえ、戦艦での体当たりを辞さない突撃戦法は荒唐無稽とされ最後まで搭載を反対されていたが、ユリカが強固に搭載の必要性を主張して実装された経緯があり、安定翼の改装を含めたこの装備の搭載にはやや疑問が残されている。

 

 

 

 艦載艇

 

 特務艇信濃

 

 ヤマトの艦首底部に格納されている大型搭載艇。ヤマトの戦術の幅を広げるためにデッドスペースを抱えることを覚悟したうえで強引に搭載された突撃攻撃艇。全長81m。

 

 大型波動エネルギー弾道弾を24発装備している。本体にも格納庫にも予備を搭載する弾薬庫が用意出来なかったため、打ち切ったら再生産するまで補給不能。

 

 武装がそれしかないが攻撃力はヤマト並みに高い。

 

 波動エネルギー弾頭の搭載はヤマトも検討されたが、効果が不明瞭であるため試験的に信濃に搭載されたに留まった。

 

 従来で言うところの波動カートリッジ弾の代わりに積み込まれた波動エネルギーを使用した通常兵器であるが、信濃を介してしか使えないため、即応性が劣っているのが欠点だが、破壊力自体は弾頭の大きさもあって凌いでいる。

 エネルギー封入量は波動砲の1/80。

 

 ただし波動エネルギー弾道弾は生産に時間がかかるため、戦局の見極めが必要とされる。

 

 高いステルス性を持ち、小型艦特有の運動性能を活かして奇襲をかけることを想定している。

 しかし、波動エンジンの搭載が叶わなかった事から相転移エンジン駆動であり、総合性能性能ではガミラス艦の後塵を拝す。

 それを少しでも補うために艦尾にブースターユニットが接続されている。

 

 波動エネルギー弾道弾の生産性の悪さと信濃自体の性能限界もあり、本来想定されているヤマトとの連携戦術の域には達していない。

 将来的には波動エンジンへの換装や、装備のバリエーション開発なども検討されているが、全てはヤマトの航海の成功に掛かっている。

 

 

 

 

 

 

 防御装備解説

 

 ディストーションフィールド改

 

 ディストーションフィールド系列装備の強化発展型に相当するため“改”と付いたが、大体口頭報告では無視される。当初は別に“波動防壁”という別称が考案されたが、わかりやすさ重視で従来の名称を流用している。

 

 基本原理は従来と変わりないが、波動エネルギーを転用したことでより強固なフィールドを展開出来る。また、装置の改良により艦体の表面に纏うような複雑な制御を可能としている。

 

 その結果、火器の使用に影響を与えることなく防御フィールドを展開して攻撃と防御の両立を図れる点が従来のディストーションフィールドとの違いでもある。

 一方方向に集中展開する、ラグビーボール状に艦を覆うなど従来通りの使用も可能となっている。

 ヤマト全体を球殻状に覆う「バリアモード」と表面に沿うように覆う「アーマーモード」で区別されている。逆に一点に集中させるモードを「シールドモード」と呼ぶ。

 

 波動エネルギーを転用した事で性能が大きく向上しているが、基本的な性質はディストーションフィールドから変わっていないため、対ディストーションフィールド対策の殆どが転用可能であり、質量兵器には効果が薄い。

 

 装置は全体的にユニットが進められ、破損時の修理作業が迅速に行えるようになっている他、全体を保護するフェイルセーフが入念に施されている。

 

 大部分のコントロールは第三艦橋のECIが担当している。大元の発生器は煙突ミサイルの基部付近にある。

 普段は強固な1枚のフィールドを展開するが、場合によっては多重展開に切り替えて遮蔽を行うことも出来る。ただし、多重展開では1枚当たりの強度が低下する(防御・遮蔽能力では1枚に勝るが負担が大きい)。

 

 

 

 

 ディストーションブロック改

 

 かつてウリバタケ・セイヤが発明したディストーションフィールドを利用した隔壁の改良型。

 並みの隔壁よりも強固で瞬時に展開出来、また大規模な改修工事無しでも設置可能という利点がある。

 強度はメインのフィールドと大差無く、ヤマトに装甲板が複合中空装甲を採用している事を利用して、装甲の中空部分にも展開されているため、ヤマトは表面のフィールドと装甲だけでなく、装甲の間に展開されている数枚のディストーションフィールドを貫通しなければ内部構造に攻撃が届かないようになっている。

 外部を覆う通常のフィールドと合わせれば、ヤマトは常時多重展開したフィールドで重要機構を護っている事になるが、多勢に無勢の戦いを強いられるヤマトでは、これだけの防御であっても不安が残るのが実情である。

 

 

 

 防御コート

 

 装甲表面に施された防御処理。

 原理的には装甲等の構造材と同じで、反射材にエネルギー系の攻撃が命中すると、そのエネルギーを利用した反射フィールドを形成し、命中したエネルギーの拡散と乱反射、反射による相殺で威力を減衰させるというもの。原理上実体弾には効果なく、熱破壊にも無力。

 ビーム兵器と重力波兵器にしか効果は無く、本家本元の空間磁力メッキに比べて性能は格段に劣る。耐熱性は高いため、戦術兵器のカテゴリーに収まるのならビームの直撃による熱破壊には比較的耐性がある。

 性質上、実体弾によって剥がれてしまう事も多く、安定した効果を得るのが難しい。

 

 

 

 その他装備解説

 

 ロケットアンカー

 

 海上船舶が使用する錨にロケット推進機を装備したもの。

 ヤマトは様々な局面での使用を想定しているため、多種多様な装備を備えている。特に着水機能を持っているため、深度の浅い海に停泊する際は錨を下ろして艦を固定する必要がある。宇宙空間でも小惑星などの打ち込む事で停泊することが可能であるため、印象以上に需要が高い装備。また、敵に打ち込んだり牽引目的でも使用可能。

 

 さりげなくフィールドコーティングに対応しているため高い装甲貫通力を持つ。その貫通力は戦艦のフィールド毎装甲をぶち抜く。

 

 瞬間加重でもヤマトの2倍までの重量なら耐えられるだけの強度を持つ。

 

 ロケットアンカーのロケットノズルもタキオン粒子スラスターであり、離脱時は事前に蓄積された粒子で推進するが、接続時は艦の推進装置としても使用可能。

 

 

 

 多目的可変翼

 

 ヤマトに装備された大型の翼。不必要な時は艦内に格納可能な可変翼。

 “主翼”や“翼”と呼称される事もある。

 

 ヤマト新生に伴って大幅にモデルチェンジを行われており、従来の大型デルタ翼から形こそ変わっていないが、1枚だった翼は分割されて格納されるように変更され、それに合わせて翼面積も多少増えている。

 重力波放射装置を内蔵しており、カイパーベルト内での調整でタキオンフィールドの発生も可能となった。

 これらの機能を使ってヤマトの姿勢制御やフィールドによる艦体保護の用途にも使えるようになっているが、展開中は安定優先で運動性能が低下する、主翼は装甲化されていないので脆弱と、問題もある。

 

 タキオンフィールド発生機能が解禁されてからはワープ航行における安定化装備として機能する様になり、ワープ時の人体への影響緩和に繋がる安定度の向上、航続距離の延長が見込めるようになった。

 また、波動砲の精密射撃時の艦の安定を保つ役割や、まだ理論段階ではあるが波動砲の外部収束制御装置としても機能する事が期待されている。

 波動砲のもう1つの使い方である“モード・ゲキガンフレア”に不可欠な重要装備であり、大気圏内航行時にしか用途が無かった(無くても飛行可能)旧ヤマトに比べるとウェイトの大きな装備に変貌している。

 空力装備としての機能も保たれているが、揚力を得る形状はしていない。

 色は艦底色と同じ赤。

 

 モード・ゲキガンフレア完成前には、「主翼にフィールドをコートしてカッターに」というアイデアもあったが、強度不足で流れた裏話がある。

 

 

 

 

 長距離用コスモレーダー

 

 艦橋部、第一艦橋の上に設置された長距離用レーダー。主に航路探査や星系図の組み立てなどに使用され、交戦圏外の敵部隊の察知などにも使用されている。アンテナ表面にもディストーションフィールドが展開されているためレーダーの精度が狂わない様に改良を加えられている。

 

 上のアンテナが発信用、下のアンテナが受信用となっている。アンテナは可動式で上下左右方向への回転が可能。

 

 形状は従来の物と変わらないが縦のアンテナは抜けている格子状アンテナに変更されている。アンテナ基部の測距儀はカメラが1つから横に2つ並んだタイプに変更されている。

 

 

 近距離用メインレーダー

 

 艦首バルバスバウ部分に内蔵された、近距離用の高感度レーダー。

 

 コスモレーダーが航路探査メインのレーダーに対して、こちらは主に戦闘時の主レーダーとして使われる。

 

 

 

 反重力感応機

 

 旧ヤマトから継続装備された特殊装備。

 小惑星やデブリなどに撃ち込んで重力制御によって艦の表面に張り付けて偽装またはアップリケアーマーとして使用する他、リング状にヤマトの周囲を回転させて防御装備としても活用される。

 

 出航当初は機会に恵まれず使われていなかったが、カイパーベルトでの運用でその利便性が確認され、アステロイド等撃ち込む物体が無い場合でも似たような事が出来るようにと「リフレクトビット」と呼ばれる亜種が開発、配備された。

 リフレクトビットは反射衛星の反射板を参考に小型化された反射板と、ディストーションフィールド発生機を搭載。敵艦の砲撃の反射、フィールドによるミサイルなどの防御用に使われる。

 ただし、小さいため個々の性能は低く、数を活かしたフォーメーションで運用されて初めて真価を発揮する。

 

 当初は装備箇所が決定されておらず、艦橋砲かミサイルの弾頭に詰めての使用が検討されていたが、最終的に中距離迎撃ミサイル発射管に常時装填されるようになった。

 装填中はロケットモーターを有する土台に7本が固定され、発射後切り離されて周囲のアステロイドに撃ち込まれる。

 

 

 

 探査プローブ

 

 第三艦橋に搭載された探査装置。格納時にはロケット型だが起動すると前半分の外装が花開いて形成される電磁波探知アンテナと、先端に伸びた天体観測レンズで情報収集を行う。

 

 大型の物は星図作成用の天体観測を主とした広域探査と不明物体の調査に利用される。

 小型の物は惑星の探査用で鉱物資源の探査や植物等食糧に利用出来そうな有機物の探査に利用される。

 

 再装填は発射管から差し込む形で行われるため内部からでは不可能。使って損失したら再生産しないと補充出来ないため、可能な限り回収して整備の後再利用されるのが常。

 

 電算室(第三艦橋)とのリンクにより非常に高度な情報収集及び解析能力を発揮する。ヤマトの新しい目であり本体のレーダーシステムが破損した時の代用としても使える。

 

 

 

 重力波ビーム発信装置

 

 エステバリス系列機への無線エネルギー供給システム。エステバリスを艦載する艦ではポピュラーな装置で特別なものでは無い。

 ただし、ヤマトの場合はサテライトキャノンの無線供給用に大出力高指向性の発信装置を装備している。

 

 

 

 亜空間ソナー

 

 艦首バルバスバウに装備された亜空間に潜んだ物体を発見するためのパッシブソナー。

 艦首バルバスバウが前方にスライドしてアンテナを露出して機能する。パッシブとアクティブ混在型で必要に応じて使い分ける。

 

 パッシブタイプは相手のアクションを拾う形で使用するが、そのため“雑音”に極端に弱く、対潜攻撃等で時空の乱れを発生させると補足困難に陥る欠点がある。

 アクティブタイプは自らの位置を露呈してしまう欠点があるが、能動的に操作が可能というパッシブに無い利点がある。

 

 ヤマトのデータベースからの再建ではなくイスカンダルからの提供で開発されたシステム。だが、地球の技術の未熟さとデータの不足から本来の性能を発揮し切れていない。

 次元の境界面の探査にも使えるため、波動砲と併用すれば不慮の事故で落ち込んだ次元断層からの脱出も可能となる。勿論、任意で入り込むことも理論上は可能である。

 

 ただし、次元潜航艇に対して直接攻撃可能と推測される攻撃装備が実質波動砲しかないため、現時点ヤマトは敵を察知しても基本的には早急に逃走する事しか出来ない。しかし、信濃の波動エネルギー弾道弾は至近で爆発させれば効果があると推測されているので、連携すれば対応も可能と推測されている。

 

 

 

 小型コスモクリーナー

 

 イスカンダル星から譲り受けた放射能除去装置。その小型簡易版。ヤマト艦内のデータベースから制作された、宇宙線対策の要。

 

 コスモクリーナーとしての機能と効果は同等だが、宇宙船搭載用にシステムが簡略化されていて影響範囲が半径400m以内に限定されている。

 

 

 

 フラッシュシステム

 

 イスカンダルから提供された精神感応システム。人の精神波を受信して機械類を直接操作出来るシステムとされている。

 波動エンジンの制御装置区画に組み込まれているが、搭載理由不明。他の制御システムとも複雑に絡んでいるため、現状では取り外す事も不可能。

 

 

 

 

 

 

 艦内施設

 

 

 

 第一艦橋

 

 ヤマトの発令所。各部署の統括者が勤務し、それらの部署のデータが一挙に集まる場所。窓は5つ、全て硬化テクタイト製で非常に強固。全ての窓が二重から三重構造で、間にはディストーションフィールド等が展開され、防御や放射線除去をになっている。

 

 窓は出航当初は無色透明だったが、カイパーベルト内での修復作業中に減光フィルターを追加され外から見ると濃いオレンジ色になった。マジックミラーのような性質があり内から見ると透明のまま。

 透過する光の量は自動制御されるが完全な遮光は出来ない。

 

 防御シャッターは上下から展開される仕様に改められ、有視界を必要とする場合に備えて開閉可能な覗き窓も用意された。

 シャッター閉鎖中は窓がそのままディスプレイを兼ねるように設計されているため圧迫感を感じ難く、マスターパネルを別情報の表示に回せるようになっている。

 また、戦闘中や危険宙域の航行中は安全のため防御シャッターが下ろされている事が殆どである。

 

 改修に伴いより堅牢で機能的になっている他、計器類の仕様がかなり改められており、アナログメーターからデジタルメーターへの更新がかなり多い。

 結果この世界では標準的なフライウインドウと計器類と併用が可能になり、情報管理能力が上がっている。

 

 基本的なレイアウトはあまり変わっていないが、旧レーダー席の後方に副長席(新レーダー席)が追加さら、レーダー席位置には電探士席が新設、第三艦橋のECIと直通のエレベーターで繋がっていて、チーフオペレーターが任意で行き来する。

 

 艦橋後ろの壁にはダメージコントロールパネルと潜望鏡が設置され、エレベーターの内側の壁には液晶掲示板、外側にはトイレが新設されている。

 

 また、ここに留まらず司令塔全体のフィールド強度は艦体部分よりも高めに設定され、装甲の薄さを補うようになっている。

 

 

 

 第二艦橋

 

 発令所としての機能は無く主に航海班が使用する航路探査や宇宙地図の作成を行う部署。言うなれば縁の下の力持ち。この部署無くしてヤマトの航路は決定出来ない。

 

 基本的なレイアウトは以前のままだが、電算室へのエレベーターシャフトが通っているため少々手狭になった印象がある。

 

 再建時にはこの部分に装甲化されたCICの設置も検討されていたが、艦体に収まっていなければ誤差レベルという指摘と、電算室への直通エレベーターシャフトを遮ってしまう、重病で素早く移動出来ないユリカの事もあって没になった。

 

 

 

 第三艦橋

 

 新生ヤマトの電算室を擁する電子戦艦橋。再建に伴って最も仕様が変更された部署。

 ナデシコCの運用データが最も色濃く反映された場所であるため、正面にはナデシコの花びらのマーキングが施され、“ナデシコの魂を継ぐ”という意味合いが込められている。

 

 波動砲・ワープ・宙域走査や砲撃の弾道計算など、各艦橋や制御装置のバックアップを行う。一気に主要施設へと変貌したため、旧ヤマトよりも基礎構造と防御性能が大幅に強化されている。

 旧全天球レーダー室が開発の参考にしているため、球形の高解像度スクリーンの中に古墳の様なオペレート席が設置された構造を採用している。

 そのため上下対称構造だった以前とはデザインが大幅に異なり面影が全くない。後部には乗務員用ハッチがある。

 

 チーフオペレーター席は第一艦橋の電探士席と繋がっていて、高速エレベーターで“座席が昇降する”事でそのまま使用される。また、エレベーターシャフトは“左右に分かれたスーパーチャージャーの間を通っている”。

 単純な情報処理能力はECIの方が優れているが、第一艦橋の座席の方が艦橋要員の要求に応え易い利点がある。

 

 他の艦橋以上に装甲が強化されているため窓は存在せず、窓の様に見える部分は探査プローブ発射管のハッチ。

 改装の結果一回り以上大型化していて、大型化された翼はウイングアンテナとして扱われるため情報収集能力が上がっている。

 

 オモイカネの本体部分もこの第三艦橋に収められている。

 これは、ヤマトの艦内構造上艦の中央がエンジンと格納庫に占拠されてコンピューター室を設置出来なかったことと、“元々オモイカネを載せる予定が無かった”事に起因する。

 これは単純にヤマト完成前の最強戦力であったナデシコCが、ヤマト完成直前まで撃沈されずに残る保証が無かった事や、貴重な戦力を秘密裏に再建していたヤマトの為に潰せなかった事が理由。

 

 またルリの乗艦が揺るがなくなったことでチーフオペレーター席の仕様が変更され、ナデシコAと同じIFS対応パネルに置き換えられている。

 ただし、交代要員が操作する事も想定して、第一艦橋は通常のコンソールパネルが採用され、副オペレーター席も同様である。

 突貫工事でオモイカネとルリ向きの改造を行ったため、性能が十分ではないという欠点があるが、元々の素性が良いため限定的にはナデシコC並みの運用は可能。

 

 

 

 艦長室

 

 その名の通りヤマト艦長の個室。

 第一艦橋の艦長席とは直通エレベーターで繋がっているため非常事態にも対応しやすいのが特徴である。

 ベッドは収納式で裏には収納式の机があり、隣には本棚も用意されている。

 左前方には来客用の補助席が設置されているだけでなく、床下収納庫に予備席が幾つか用意され、食事用のテーブルもしまわれている。

 これは食堂を利用するには状態が良くないユリカが少しでも食事を楽しめるようにと、身内が一緒に食事を摂れるようにするための配慮。

 

 が、大和では主砲の射撃指揮所に当たる部位にあるため、見るからに危険というデメリットあり。

 個室としては最も立派だが、それを補って有り余る恐怖を新艦長であるユリカは日常的に味わっている。

 窓という窓に減光フィルターが装備されたのは彼女の意見によるところが大きい。

 

 眺めは良いがその分宇宙空間に非常に近い(窓の硬化テクタイト3枚越しである)ため怖いらしく、時折うなされているらしい。

 

 ドアを出て艦の右後方部分には洗面所と浴室も用意されている。

 艦長室へのアクセスは左側の主幹エレベーターから1階下のフロアに出てから階段を上るか、艦長席の昇降機能を利用のみ。

 ただし、非常用エアロックを使って外部からの侵入は可能。

 

 

 

 中央作戦室

 

 司令塔の直下に設置された作戦会議を行うための部屋。位置関係では丁度対空機銃群上段と下段の間。

 電算室の情報を即座に受け取れるなど作戦立案に必要なあらゆるシステムを備えている。敵兵力の分析などにも使用されることがある。かなり広い(司令塔の前から煙突ミサイルの半ばほどまでの空間)。

 床にはパネルが埋め込まれ、室内中央には立体投影式の宇宙儀が備えられていて事前に作戦を立てる時やヤマトの大まかな航路を確定する上で使用される。

 

 時折放送されるなぜなにナデシコの撮影所も兼ねているため、出航後隅の方に撮影用のセットや着ぐるみが置かれるようになっている。

 

 

 

 居住区

 

 ヤマトの乗組員達が寝起きする生活空間。流石にナデシコほど豪勢ではないがそれでも宇宙戦艦としては豪勢な部類に入る。

 

 各班・各科の長は個室を、それ以外のクルーは2人部屋を使用する。

 ただし、パイロットは格納庫に隣接した独自の居住設備を使用している。

 波動エンジンと波動砲が艦首から艦尾の中央が占有された影響で左右に分断され、両者が繋がっているのは艦中央部の主幹エレベーターホール部分のみとなっている。

 

 クルーの部屋以外にもバーチャルルームを始め、大浴場や小規模ながら映画視聴室といった福利厚生のための施設もある。

 なお、映画視聴室には男性乗組員用のポルノビデオも用意されているという噂もあるが、真偽は定かではない。一説には夜な夜な艦長に隠れて上映会が開催されているとか。

 何故か「熱血ロボ ゲキ・ガンガーIII」は全話揃っている。他にも各種ジャンルの映画やドラマ・アニメなどが豊富に揃えられている。

 他にも舷側展望室に連結しているほか、本格的な医療を行うための医療室も左右の区画に1つづつ備わっている。

 また、医療室には“お守り”と称して今や貴重品の日本酒が神棚に1瓶置かれているが、その由来を知っているのは現状ユリカのみである。

 

 

 

 機関室

 

 6連波動相転移エンジンの制御室。機関士が常時エンジンの様子を見て、常に最適の出力に調整する。各種設備は機関室から動かすことが出来、艦載機発進口や姿勢制御バーニアやサブ・メインノズル全てここから制御出来る。

 無論それらは艦橋側からの制御が主であるため、専らそれらのノズルが要求する(操舵席から入力された)出力を出し切るために必要なエネルギーを適切に供給するのが機関士の仕事である。

 機関部が大幅に拡大されているため機関室も大きくなっている。そのため上部にエンジン全体を素早く見渡すための移動式機関室も用意されている。

 

 

 

 格納庫及びカタパルト

 

 ヤマトの艦載機の格納庫兼発着場である。搭載艇信濃の格納庫も含める。

 旧ヤマトとはがらりと印象が変わり、格納施設や整備用の作業アームなどの装備のおかげでその様子はナデシコのそれに近いと言える。

 

 ただし、容積削減のためと、汎用化していた事もあってエステバリス用の換装フレームは搭載していない。

 

 搭載数は最大60機に及ぶが、Gファルコンとの合体機構が採用された事で実働数が半減している。

 これは宇宙戦闘機か人型機動兵器かで意見が割れていた事から最終仕様の決定が遅れが生じ、さらにはGファルコンとの合体によるエステバリスの強化がヤマト再建の終わりに近い時期であったこともあり、最適化する時間が足りず、合体したまま格納し、その状態でも整備が出来る構造を構築出来なかったため。

 

 発着方法が変更され、従来の格納庫と発着口が直結したタイプから、格納庫中央に用意された発進用レーンに機体を並べた後、レーンが傾斜して発進口に繋がるスロープになり、スロープと格納庫をシャッターで仕切ってスロープ自体を減圧室とし、その時点で解放された発着口から発進する流れになっている。

 連続出撃の際はハッチの開口部をディストーションフィールドで遮蔽して加圧してシャッターを解放、スロープに新しい機体を乗せてからシャッターの閉鎖、減圧、フィールド解放からの射出の流れ。

 カタパルトは重力波カタパルトを採用していて、スロープ内部の重力制御で機体を加速、発進後も外部に発生させた重力場を駆使して機体の消耗を極力抑えつつ発進方向を制御する事が可能。

 

 発進口は艦首側の大型が大型機(=重爆撃機仕様)の発進口、艦尾側が通常機の発進口として使われている。スロープ自体共通の物を使用して、大型ハッチを使う時は半ばから分断されて使われる。

 スロープに乗せられる機体は通常機が4機、大型機が2機となっている。

 スロープ構造と艦の中央にまで格納庫が伸びた事から、床下にスペースが生まれ、そこが艦載機用の弾薬庫や予備パーツの倉庫として活用されている。そのため待機スペース付近には運搬用のエレベーターが設置された。

 

 上部のカタパルトは主にアルストロメリアやダブルエックスと言ったGファルコンと合体可能で収納形態(戦闘機形態)を取れる機体のみが使用している。

 下部格納庫と専用通路で繋がっていて、運搬用のマニピュレーターによって持ち上げられ、カタパルト後方の装甲ハッチが解放された後、横にスライドしたカタパルトに乗せられて発進する。

 

 他にも第三艦橋両脇のバルジ部分に地上用車両、艦首の専用スペースに多目的輸送機、後部甲板下の格納庫に作業艇等が格納されている。

 

 

 

 工場プラント区

 

 通称・艦内工場。旧ヤマトの物を復元する際、木星に現存していた古代火星人の工業プラントのデータや部品を組み込んでアップグレードしている。

 単独で長距離を航行しなければならないヤマトの生命線であり、修理や日々のメンテナンスに必要な部品の生産を行うだけでなく、独自に新しい部品を設計して置き換えたり、新装備や新型機の開発すら可能となっている。

 全長は40mで施設毎に階層が分かれている。

 鉱物の精錬から合金の作成まで、データさえあればかなりマルチに製造が可能。

 

 

 

 ヤマト農園・合成食糧製造室

 

 居住区の艦首側の端から繋がっているヤマトの食糧製造施設。

 

 長期航海に備えてある程度自給自足出来るように用意された施設で、農園では遺伝子改良で成長速度を速めた野菜類が造られ、合成食糧製造室では合成たんぱく質の生産や植物性プランクトンの培養が行われ、最終的にはそこで合成肉やプランクトンペーストが造られている。

 生鮮食料(特に自前で供給する術が無い肉類)は地球出港時に積んだ分を使い切った場合は合成肉に頼る他無い。

 合成肉は特定の動物の味には寄せられていないため味が薄く癖が無い。

 ただし加工段階で調味液に付けたり、油分を多くしたり少なくしたり、調理の工夫などで少しでもクルーが飽きないように試行錯誤が続けられている。

 また、コラーゲンなども合成されゼラチンなどに活用されている。

 

 農園では主にニンジン・ジャガイモ・トマト・きゅうり・もやし・レタス・スイカ、大豆などの豆類が生産されている。

 他にも用意された種や苗などはあるが、専ら「ヤマトは船、船と言えば海軍、海軍と言えばカレー」という短絡的な発想の影響なのか、カレーの具材に使えるものや付け合わせのサラダを意識した野菜が中心に栽培されている。トマトとスイカはそのまま食べるだけでなくジュース類にも加工されて提供される。

 豆は貴重なたんぱく源でもある。また、主食に欠かせない米類や小麦は生産が厳しかったため、備蓄を使い切ってからは豆が主食になる予定。

 しかし、改良しているとはいえ合成食糧に比べると生産ペースが遅いため、より計画的な使用が要求される。

 ちなみに元素さえあれば水の合成も可能。

 

 また、艦内の下水施設の終点がここで、高度な再利用システムが用意されているがその詳細を担当者以外のクルーが迂闊に知ると、食事が喉を通り難くなる。

 

 

 

 倉庫

 

 パルスブラスト下段と同じ階層に位置し、所謂ヤマト坂から第三主砲の後ろ程度までの間にある資材置き場。主に工作用の資源を確保している。

 第二副砲両舷にある資材搬入口・組み立て施設と繋がっている。向上への直通ルートは艦首側の倉庫に用意されている。

 

 

 

 バラストタンク

 

 ヤマトの艦首と艦尾に内蔵されている海上・海中での姿勢制御に使用される貯水タンク。

 喫水の上下に設置されているため計8箇所ある。

 場合によっては海洋を有する惑星の水を蓄えて艦内の生活用水に使う事も考えられている。

 

 

 

 舷側部大展望室

 

 第二主砲の下側にあるバルジ部分。展望室と名がつく施設の中では最も広く、ヤマトでパーティーを行う場所は大体ここ。居住区と繋がっているため、非番のクルーが安らぎを求めて訪れる場所。艦体から飛び出している部分よりも内側に多少スペースが伸びている。

 側面に硬化テクタイトで造られた窓が存在し、宇宙の深遠を心行くまで満喫出来る。

 窓には装甲シャッターも備えられていて、戦闘中は閉鎖する事で耐弾性を確保している。

 展望室の下側には小規模ながら運動器具の揃った運動場がある。

 

 

 

 後方展望台

 

 第一艦橋と第二艦橋の中間にある司令塔後方の観測室。光学カメラを使うことなく後方監視を行うことの出来る数少ない施設ではあるが、使用頻度が低いため乗組員の憩いの場と化している。例によってここも装甲シャッターによって覆うことが出来る。

 

 

 

 食堂

 

 「レストランヤマト」と呼ばれる艦内食堂。居住区が左右に分断されている構造が原因で、左右の居住区に1ヵ所づつ用意されている。

 食事の提供は自沈前のヤマトと同じで自動配膳機によって行われている。基本的にメニューは生活班が決定した日替わりでクルーが任意で選ぶことは出来ない。

 これは厳しい食糧事情を考慮して食材を極力無駄にしないため。

 メニューは食堂に表として一週間分が張られているためクルーはそれを見て一喜一憂する。

 食糧事情が厳しくなるとメニューが固定されがちになる。

 事前に注文すれば簡単な料理なら用意して貰える(例:おかゆ等)

 

 

 

 動力

 

 6連波動相転移エンジン

 

 波動エンジンと相転移エンジンの組み合わせによって強化されたヤマトの主エンジン。

 

 強力な複合エンジンの一種であり、従来の地球艦艇はおろか、ガミラスの艦艇ですら単独でこれほどの出力を有した艦艇が存在しないことからも、その破格の性能が伺える。

 

 波動エンジンや相転移エンジン単独に比べて制御が難しく、機関士にも相応の技量とチームワークが求められる。

 新生ヤマトはこの出力を前提としているため、相転移エンジンの出力だけでは満足に活動出来ない。

 また、連装エンジン化した影響で波動エンジンは単独では稼働出来ないため、相転移エンジンからの供給が必須であり、波動砲発射後に相転移エンジンが停止すると相転移エンジンの再始動から行う必要があるなど、波動エンジンと密接な関係にあり単に繋げただけの関係にはない。

 

 相転移エンジンが生成したエネルギーをスーパーチャージャーで整流しながら波動エンジンに入力して、それを波動エネルギーに変換する過程で6倍に増幅する。その総出力も旧ヤマトの6倍に達する。

 そのため波動エンジンの出力強化に相転移エンジンを使っているという見方も正しいが、波動エンジンで相転移エンジンのエネルギーを増幅しつつ波動エネルギーに転化しているとも取れる、何とも表現に困る機関でもある。

 

 また、波動エンジン自体は復元したものであるが、修理にイスカンダルの協力を要する程損傷激しく、心臓部等にはこの世界のイスカンダルのデータが多分に使用されているため、過去のヤマトのそれとは動作の原理や仕様が異なる部分があるとされている。

 

 各装置の位置関係としては艦首側から

 

 リボルバー式6連相転移エンジン(小相転移炉心6つ)+エネルギー収束用大型相転移炉(エネルギーの生成はしない)+スーパーチャージャー(波動整流機兼波動変換機)+修復された旧波動炉心+エネルギー交換機+ワープエンジンユニット+メインノズル

 

 となる。これら全てが1纏めになって初めてリボルバー式6連波動相転移エンジンと呼ばれる。

 相転移エンジン部分は波動エンジンの技術を応用して改良された最新モデルであり、外見上は波動エンジンを模した形状となり、円滑な作動を実現するために同型のフライホイールが新設されている。

 

 旧波動エンジンも復元の際にスーパーチャージャーが分離され、デザインは誕生当初と改良後の折半と言った印象を受ける。

 相転移エンジンとの決定的な違いはフライホイールが2枚装備されている事で、この構造は波動エンジンと見分ける特徴として認知されている(相転移エンジンは1枚で十分)。

 

 スーパーチャージャーはエネルギーの増幅よりも整流機能に重点を置いた改装がされていて、波動砲の収束装置や艦砲へのエネルギーラインはここから伸びている。

 増幅機能もあるが、エネルギー不足時の補填時にしか機能しない。これは大出力化によって常時増幅する必要性が薄れた事と、ヤマトの構造自体が大出力に対して適正とは言い切れない不安定な状態にある為。

 

 

 

 メインノズル

 

 ヤマトの主推進機関。艦尾の大型ノズル。

 

 推進力は極めて大きく主エンジンと直結(間にワープエンジンが挟まっているが)している。

 主機関の強化の恩恵を波動砲に並んで受けている。

 

 噴射出力の調整はエンジンからの粒子供給量とノズル中央のスラストコーンを伸縮することで行う。推力を上げる時は内部に引き込み、下げるときは延ばす。

 また、第三主砲の後方射撃時に垂直尾翼が干渉しないようにメインノズルの外周部分が回転して砲撃を妨げないように改造が加えられている。

 

 メインノズルは取り外し可能で、ノズル毎メインエンジンを引き抜く事が可能でドック内でエンジンの徹底整備をしたい場合に活用される。

 

 

 

 サブノズル

 

 微速前進用の補助推進器。これ自体は復元した従来のヤマトの補助エンジンのまま。特別改良は行われていない。

 

 メインノズルが使えない時の推進用だが、メインと併用して最高速を出すにも使われる。

 推力の調整方法はメインノズルと同じ。

 

 

 

 姿勢制御スラスター

 

 ヤマトの各部に備えられた方向転換や前進以外の運動に使われる。

 

 配置箇所は艦首側が魚雷発射管前方、喫水の上下に2つづつ(計8つ)のリバース兼バウスラスター、発射管直下に片側2つづつ(計4つ)の上昇用、甲板の上に左右4つづつの降下用(逆進用も兼ねる)。艦尾側がメインノズル根元に喫水を挟んで上5つ下3つ。内上3つが降下用、その下2つと喫水下1つが方向転換用、その下2つが上昇用となっている。

 

 波動砲の照準や精密操舵用の低出力型と、高機動戦闘用の大出力型の複合型。

 スラスターの噴射口にはスラストベーンが設置されていて、噴射口の回転と合わせて噴射方向の調整が可能で、垂直方向から前後左右の任意の角度に噴射可能。

 

 ヤマトはこのスラスターを複数連動して使用する事で機動力を発揮している。

 こちらも大出力に依存して無理やり機動力を叩き出している面があり、出力低下時には機動力が大幅に低下する。

 

 こちらも非常用として波動エンジン停止時はコンデンサー内のタキオン粒子か別の推進剤を噴射することで機能するようになっている。

 

 

 

 特殊機能

 

 ワープ航法

 

 時間と空間を歪めてバイパス経路を造りだし、長距離を極めて短い時間で走破する技術。

 ワープとは“歪める”という意味で、その通り宇宙空間を歪曲して物理的な距離を減らして移動時間の短縮を図るものである。この時の経路は三次元宇宙の時間からも切り離されているため時間の損失も抑えられると言う利点がある。

 

 宇宙が四次元的に曲がっている事も利用しているため、任意の地点に跳ぶためには波動エネルギーを利用した空間湾曲の他に四次元的な湾曲のタイミングを合わせるなどの手間がかかる。このタイミングを無視すると出現地点が不明瞭な“無差別ワープ”になる。

 

 新生ヤマトでは主翼を展開してワープを行うことでワープ中の艦の姿勢を保つだけでなく人体への影響を抑えることが出来るようになっている。

 改装以降、ヤマトはワープ時に人体への影響を抑えるために主翼を展開してワープするのが常となった。

 

 ワープ空間は天体の重力場などの影響を受け、歪曲してしまうため、惑星や恒星などの重力場の大きな物体の傍で使用、または近くを通る際には細心の注意と準備が必要である(基本的には避けた方が賢明である)。

 直線的な移動しか出来ない性質も相まって、大質量天体等による重力場の影響が確認出来る場合は複数回に分けたワープを行うか、通常航行で影響を回避出来る場所にまで移動する必要がある。

 基本的に天体が密集している銀河の中では距離が制限されやすい傾向があり、特に銀河の中心方向は星の密度が特に高く超大質量ブラックホールの存在もあって、ワープの距離が特に制限されやすい。

 逆に銀河を離れる方向にワープすれば距離は伸ばしやすい。

 

 波動エネルギーの性質を利用した空間跳躍技術であるため、理論上は波動砲をワープ航路の入り口に撃ち込むことで大質量天体を跨いだワープを実現したり、場合によっては超長距離ワープの実行すら可能となると見られている。

 ただし、波動砲で無理やり空間を歪曲してしまうと精密なワープが不可能になる為、前者はともかく後者は理論に留まっている。

 

 新生ヤマトは再建当初は最大2000光年のワープがやっとだと考えられていたが、カイパーベルト内で安定翼のタキオンフィールド発生装置が使用可能になった事で、銀河内でも(中心から離れる方向に移動しているとはいえ)約2000光年の長距離ワープに成功している。

 安定翼の展開で負担も低下しているため、ワープの最長距離はもう少し伸ばせるか、インターバルを短縮する事で相対的な移動距離を増やせる見込み。

 

 

 

 ボソンジャンプシステム

 

 ほぼ搭載されているだけの機能。

 ヤマトは波動エンジン停止時(波動エネルギーが空)の状態に限りボソンジャンプによる移動が可能となっているが、ユリカの体調の都合からあってないようなものとして扱われている。

 

 ユリカがナビゲートした時に限り、実は波動エネルギーの干渉を補正したジャンプも可能と言えば可能なのだが、それでも多少の誤差が生じる。

 迂闊に使うとボソンジャンプによる時間移動すら誘発しかねない事から、封印状態にある。

 実際はヤマトの移動用ではなく、主砲への実弾射撃用の弾頭の供給や、ミサイルの高速装填に使えないかという研究目的で残されているのみ。



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メカニックファイル2 ガンダム関連

 ガンダムタイプの特徴。

 

 ヤマト漂着以降、回収された技術とイスカンダルの技術、既存の地球製人型機動兵器の技術を掛け合わせて誕生した次世代機の総称。

 名称はイスカンダルで研究されていた最強の人型機動兵器に由来する。偶然の産物であるがイスカンダルで完成されたガンダムと意匠が良く似ている他、多少技術的に未熟な点が散見されるが、イスカンダル製ガンダムに匹敵する基本性能を持つ(ただし、イスカンダルでは相当昔に開発が終了している)。

 

 エステバリスと消耗部品単位での互換性はあるが、系列の異なるため全面的な互換性は無い。武装単位でなら使えるがガンダム用の火器に比べると基本的に下位互換に甘んじている事が多い。

 

 最大の特徴は小型相転移エンジン搭載によって単独での長時間活動と大出力を実現し、それによって実用レベルに達したビーム兵器を主兵装としている事。

 イスカンダル製の精神波受信装置であるフラッシュシステムの搭載と合わせて、ガンダムの定義となっている。

 

 エステバリスとの最大の相違として、対ガミラスの戦闘経験が色濃く反映された結果ディストーションフィールドに依存し切った防御能力が見直されている点が挙げられる。

 本体の装甲素材やフレーム構造、装甲面積などが全面的に改められていて、エステバリスに比べると装甲箇所が非常に多く、特に外見上の相違にも繋がっているのが股関節を保護しているスカートアーマーである。

 また追加装甲として、従来では無かった実体のあるシールドを用意されている。

 

 ガンダムが使用する武装は仕様上はエステバリスでも運用可能である。

 ただし、ガンダム用に開発された装備の大半はその高出力に依存して火力を出す仕様になっているため、エステバリスで運用する場合はバッテリーの増設などで出力を補填してやらないといけない制約があるため、性能を引き出すことは難しい。

 

 なお、試作機故特注部品の割合が多くコストが高くなっていて、特注部品は求められる性能故に生産性に難がある。

 ただし、これはまだイスカンダルやヤマトから得られた技術を飲み込み切れていないガミラス戦役時点での話であり、将来的には十分量産可能なほどコストダウンする事が予想されている。

 ただし、ガンダムが量産されるかどうかは定かではなく、同規格の部品を用いた新型機であっても恐らくコストダウンが見込めるだろう、と言ったニュアンス。

 

 

 

 共通要素

 

 小型相転移エンジン

 

 機動兵器用に開発された新型動力。機動兵器用小型相転移エンジンである。

 

 宇宙戦艦ヤマトから得られたデータを参考に開発されたもので、エステバリスの内側に収まる程度の大きさでありながら艦艇用にも引けを取らない出力誇る。

 安定性や信頼性も高く併用されるジェネレーターの変換効率も非常に高くガンダムタイプが対艦戦力としてカウントされる要因になっている。

 

 後の改修でエネルギー増幅装置であるスーパーチャージャーが追加装備され、出力が向上している。

 

 

 

 重力波推進装置

 

 火星の遺跡から得られたテクノロジーから複製された空間歪曲を利用したフィールド推進装置の一種。ガンダムでは釣り鐘型や四角形といった形状を採用しているので、従来の燃料式スラスターとあまり変わらない外見にされているが基本は同じ。

 形状の変更は推力をより効率的に得るため。

 推力は高く、電力をそのまま推力に変化させる装置であるため電源ケーブルさえ引ければ燃料タンクや燃料パイプの類を機体に備える必要が無い。結果装置全体の軽量化に繋がる利点がある。

 小型相転移エンジンを持つガンダムタイプでは従来の機動兵器の比ではない推力を得る事が出来るため、一見シンプルなデザインのエックスやダブルエックスであってもエステバリスより格段に性能が勝っている。

 瞬発力に優れたモデルと長期的に安定した高出力を発揮出来るモデルなど、種類が豊富。

 

 

 

 フラッシュシステム

 

 イスカンダルから提供された思考制御システムの一種で、精神波感応システムの事。IFSとは違った思考制御が可能な上、イメージを正確に練らなくても反射にさえ対応するレスポンスの良さが特徴。

 だが、活用しきれていない。

 

 

 

 ディストーションフィールド改・ディストーションブロック改

 

 ヤマトの物と基本同一の仕様で、機体表面から従来通りの展開まで多目的に対応する。ガンダムにおいても防御の要であるが、出力の差からエステバリスよりも格段に強力である。

 

 

 

 装甲材質

 

 ヤマトと同じ反射材混合複合素材。機動兵器用の素材としては些か過剰気味の性能。

 

 

 

 防御コート

 

 ヤマトに使用されているものと同じ。ただし機動兵器サイズでは面積も小さく効果はあまり高いとは言い難い。

 

 

 

 バスターライフル

 

 ダブルエックスで初めて採用された銃型の機動兵器用粒子ビーム兵器であり、照射ではなく弾丸状に撃ち出すセミオートまたはフルオートタイプの銃器。

 ヤマトのショックカノンのシステムを応用する事で高い威力と貫通力を得た事で、それまでディストーションフィールド相手には不向きとされ疎遠された状況から、一躍主力兵器に数えられる水準に達した。

 ビーム故に火薬式の重火器よりも弾速が速く着弾までのタイムラグが小さいため命中精度が高く、戦場がより広域化したガミラス戦以降の主力兵器。

 

 グリップ部分には接続用のコネクターが装備されていて(左右どちらでも対応出来るようになっている)、この部分を接続することでライフルへの弾薬供給や撃発用の出力、ライフル側の火器管制システムとリンクして使用可能にする。

 人間が使う銃器の様にトリガーがあるが、これはセーフティーレバーでここを引いていないと撃発出来ない。

 信号のみで撃発すると保持が不完全な状態で発砲して反動の制御が出来なかったりマニピュレーターに深刻な損傷をもたらす危険があるため、それを防ぐための措置である。

 

 内蔵された弾薬に相当する粒子を撃ち切ると使えなくなる。再チャージには専用の施設が必要になる為出撃中のリチャージは出来ない。

 大出力モデルともなると、冷却システムも強力なものとなり気化した冷媒を排出する排気口が設けられている。

 

 グラビティブラストに比べると要求出力が低く済むため、ガンダムは同技術を採用したビーム兵器を主兵装とし、グラビティブラストの搭載は支援メカであるGファルコン搭載の物に限定している。

 

 

 

 グラビティブラスト

 

 形式を問わずライフルタイプよりも火力に特化した大口径砲で、サイズにもよるが専ら対艦・対要塞攻撃用途の装備。ハモニカ砲のような砲身らしい砲身を持たない特異な形状を有する物も存在し、必ずしも機体に内蔵・外装されているわけではなく、携行型のモデルも存在する。

 ビーム兵器同様着弾までが非常に速く命中率も射程も長く取れる為、ガミラス戦以降は需要が高い。

 

 ビーム兵器に比べ威力は勝るが要求出力も相応に高く、ハモニカ砲と拡散グラビティブラスト以外の機動兵器用装備は実用化されていない。

 また、要求出力の高さからガンダムタイプであっても機体の固定・携行装備として採用される事は稀で、基本的には専用ジェネレーターで補填しているGファルコンの拡散グラビティブラストくらいしか使われていない。

 

 高火力を実現するために装置自体が大型化している。大型化は装置自体の耐久力を向上させることが目的で、高出力に対応するための冷却システムも完備されている。

 安定して運用するためには機体に直接取り付けることが望ましく、内蔵式や外装式が主流であり、携行型のハモニカ砲はかなりの例外(ガンダムエックスだから問題なく使えている)。

 整備性や破損時の処理等を考慮した結果外装式が主流。

 ある程度仰角や方位の調整が可能であるとはいえ半固定式が主流。殆どのモデルがジェネレーター直結式で高威力、総使用回数が多いのが特徴。

 自由度の高い腕と手首で使用する携行火器に比べると近距離での取り回しには難があり、短時間で連射するとジェネレーターへの負担が大きく機体の出力低下を招く欠点もある。

 

 

 

 ビームソード

 

 粒子ビームを剣状に収束して刀身を形成した近接武器。

 

 破壊力は極めて高く、艦船用のディストーションソードをも突破する場合がある。収束されたビームは高速循環しているため一種のチェーンソーのような状態になっている。このため本来通用し難いはずのビーム兵器ながら対フィールド攻撃力が高い。

 

 フィールドアタックと併用すれば対艦攻撃の要にもなり得るのだが、接近戦のリスクを負うこともあり採用例は少ない。

 こちらも封入された粒子を使い切った場合は使用不能になる。

 ただし、サーベルラックには充填機能もある為小まめに再接続すれば使用時間を延長出来る。

 

 

 

 

 

 

 ガンダムダブルエックス

 全長 6.75m

 重量 2.4t

 動力 小型相転移エンジン

 

 武装

 DX専用バスターライフル

 ハイパービームソード

 ヘッドバルカン

 肩部マシンキャノン

 ブレストランチャー

 

 防御装備

 ディストーションフィールド改

 ディストーションブロック改

 ディフェンスプレート

 

 

 

 機体解説

 

 地球最強の機動兵器。基本性能はガンダムタイプの中でも最高の性能を持つ。

 ガミラス戦役時にほぼワン&オンリーに近い生産形態で1機のみが建造された、次世代型機動兵器である。

 ヤマト艦載を前提に開発された。

 

 ネルガル重工製機動兵器、エステバリスの月面フレームと非正式採用機(個人開発で失敗作)のXエステバリスの発展後継機に相当し、スタンドアローン可能な月面フレームの思想と小型機動兵器にグラビティブラストの火力を持たせるというXエステバリスの思想を融合させた機体になる。

 また、アルストロメリアのデータも参照されているためB級ジャンパーによる短距離ボソンジャンプにも対応と、ある意味ではネルガルとナデシコ(チーフメカニック・ウリバタケ・セイヤ)の総決算と言えなくもない機体である。

 

 ヤマトによってもたらされた技術を活かし切るべく完全新規設計された機体であるため、エステバリス系列機とは異なる独自の規格を持って開発された。

 その関係で機体名はXエステバリスの発展という事で「ダブルエックス」と名付けられたに留まっていたが、ヤマトに艦載された後改修を経た後、ガンダムの名を付け足され「ガンダムダブルエックス」と呼称されるようになった。

 

 とにかく数では勝てないため質を極限まで追求するという、前時代的発想に基づいて開発された結果、生産性は低めだが機体性能に関して言えば群を抜いて高く、総合性能の高さはガミラスの主力戦闘機すら凌駕するとされる。

 

 開発方針は途中で紆余曲折し、単体で全ての機能を盛り込んだテンコ盛り仕様からGファルコンと分離された機体に改設計され、その過程でグラビティブラスト搭載機から機動兵器向けに改造された波動砲技術の応用兵器=後のサテライトキャノン搭載機に改められた経緯がある。

 

 その結果、エンジンは限界まで出力を高めたハイエンドモデルが採用される事になり、ジェネレーター、構造材、冷却システム、推進系、各種センサー等々……いずれも小型機動兵器の範疇に収まらない度を越した性能で纏められてしまった。

 その性能たるや凄まじく、単なる殴打で(ダブルエックス開発に伴う改良後の)アルストロメリアを容易く破壊出来、装甲も機体剛性も人型の常識を超えた頑強さに達し、やはり人型としては最高水準を超えた機動力、地球―月間の距離があっても正確に標的を射抜けるセンサー精度と機体の精密制御が可能となった。

 

 特徴であるツインサテライトキャノンは戦略砲の名に恥じぬ常軌を逸した威力を持ち、最大チャージ時には全長40㎞近いスペースコロニーを1撃で“消滅”させるほどの威力を持つとされ、実戦での初使用となった冥王星基地攻略作戦では、海底にある基地施設を一撃で消滅に導く絶大な威力を見せつけている。

 

 その威力故機体のジェネレーターだけでは出力を賄いきれず、外部電源を要するのが欠点である。

 

 受信したエネルギーは大容量かつエネルギー開放速度に優れる新型コンデンサー“エネルギーコンダクター”に蓄積される他、手足に装備された大容量・高効効率冷却システム“エネルギーラジエータープレート”を主体に高エネルギーの変換に伴う膨大な熱量を効率的に放出する事で機体の自壊を防いでいる。

 ただし、増幅行程で相転移エンジンが生成するエネルギーをほぼ全て使い尽くしてしまい、機体の冷却が完了するまで通常出力に回復しないことから、ヤマトの波動砲同様発射後著しい弱体化に見舞われる欠点がある。

 

 採用されている火器もそれぞれの単機能としては最高水準の物である。

 それ故一見標準的な武装内容に反して攻撃性能が高いが、標準的であり自衛寄りの構成であることや通常時はデッドウェイトにしかならないサテライトキャノンがネックとなり、本質的には対機動兵器に向いているとは言い難い。

 結果、運用時にはGファルコンとセットで扱われることが殆どで、分離しての運用は専ら物資の採掘や積み込みなどの雑用が殆ど。

 

 なお、コックピットやOS含めて新規開発されたものを使用しているため、エステバリスはおろかステルンクーゲルからの機種転換においてもかなりの苦労が伴う。

 専用のコントローラーユニットを右操縦桿として使用するが、IFS対応という事もありスティック型のIFS端末という変わったデバイスを有する。

 このコントロールユニットはサテライトキャノンを有するダブルエックスの安全装置も兼ねていて、これを接続しないと機体自体が動かない。

 また、保安上の理由もありサテライトキャノンの発射に必要な管制システムはこのコントロールユニットに収められていて、機体側には存在しない。

 そのため、コントロールユニットの接続無しにサテライトキャノンの発砲は出来ず、必要に応じて生体認証セキュリティーも施せる。

 ただし、ヤマトの機体に関して言えば意図的に生体認証は施されていない。これは正パイロットとなったアキトが途中合流であり政府からの認定を受けていないため。

 

 これらの特徴と基本性能の高さと信頼性もあり、「機動兵器版ヤマト」の異名を持つ。

 

 オクトパス原始星団での停泊中にスーパーチャージャーの追加を受けて出力が向上し、本来想定していた最大出力を発揮出来るようになった。

 

 非常に強力な機体であり対ガミラスの切り札ではあるのだが、艦艇に比べて遥かに小回りが利き、ボソンジャンプと合わせて神出鬼没な機体に戦略砲を搭載する事自体が極めて危険な事である。

 そのためガミラスに追い詰められている状況下ではあるが、この機体が開発・運用されている事自体に何かしらの裏がある、という見方をする者もいる。

 

 

 

  GファルコンDX

 

 ガンダムDXがGファルコンと合体した事実上の強化形態であり真の完成形。ガンダムDXは特に調整無しでGファルコンと合体可能。

 全ての性能が極めて高水準で纏まっている事もあり、名実共に地球最強の機体として君臨している。

 

 Aパーツは肩関節の根元にあるAパーツ用のコネクターに尾部を接続、さらに通常時はBパーツとの接合に使われているコネクターを使って胸部を上下に挟み込む事によって行われ、展開形態では胴体正面に、収納形態では頭部に被せるように接続する(この時Bパーツ接続用コネクターは後頭部を掴む)。

 Bパーツはバックパックのドッキングコネクター(とバックパック上部に被さる補助ロックの併用)に接続され、このブロックの回転によって収納形態と展開形態を可逆的に変形し、展開形態では大型マニピュレーターを腰部ハードポイントに接続することで合体形態の維持と剛性の補正を行う。

 なお、機体バランスを補正する目的で正面に向けたサテライトキャノンの砲身も伸長状態になる。ただし格闘戦など邪魔になる時には瞬間的に短くすることもある他、上下に素早く回転したい時に振ることもある。

 可変の際はAパーツは一度分離するがBパーツは分離せずに行われる。

 

 Gファルコンのメインスラスターを足されたことで推力・機動力・敏捷性が大幅に向上し、重量増加による瞬発力の低下を感じさせない軽快な機動が可能。

 総合的な回避力は向上していると言って差し支えなく、さらにGファルコン単体では制限があるホバリング状態での滞空や、水平を維持したまま前後左右や上下に移動も可能となる。

 Gファルコンの火器が追加され、ダブルエックスの物を含めて全ての武装が使用可能という事で、中・遠距離における火力と手数が向上し、必然的に高機動戦闘と砲撃戦が得意な機体となる。

 よって、この形態では積極的に対機動兵器戦闘を行うことが出来る。

 

 サテライトキャノンの運用性も上がっていて、Gファルコン側の出力アシストによって発射直後に戦闘能力こそ失うものの、最低限の行動が出来る程度の余力が残せるようになる。

 さらにGファルコン側に追加エネルギーパックを装着する事で、重力波ビーム無しに1発だけならサテライトキャノンの発射が可能になる。

 

 戦闘スタイルは形態によって異なり、場合によっては分離と合体を繰り返しながらの運用も想定されているため、扱いにはGファルコンエステバリスには無い慣れが必要。

 

 展開形態ではほぼ人型機動兵器の感覚で扱える。

 関節部が多く機体剛性が本質的に低下する事を考慮して最高速を抑え、全体的に小回りや安定性に優れた制御に切り替わる。サテライトキャノンを最大現に活用出来る形態。

 機体形状と重量バランスからあまり得意とは言えないが、ビームソードを使った格闘戦も出来る。

 

 収納形態ではGファルコンの特性に近く、四肢の固定に加えダブルエックスのスラスターを推力に効率的に足せるため、高速で長距離を移動する能力に長け、最大速力はこちらの形態の方が高く、重武装ながら並みの宇宙戦闘機を上回る機動力を持つのが特徴。

 純粋な戦闘機同士のドッグファイトに向くが、ダブルエックスの武装が使い辛くGファルコンと攻撃性能に大きな差が無いため、戦闘能力は展開形態に劣る。

 ただし、DXの6門の機関砲が全て真下を向くため対地攻撃に優れた一面も。

 

 合体するとダブルエックスで余剰になっていた出力は全てGファルコンに分配され、展開形態では拡散グラビティブラストの出力に、収納形態ではスラスターの推力を主に分配されるが、任意で変更も可能。

 出力の分配が異なるのは展開形態は戦闘特化、収納形態は移動特化という扱いをされているため。

 

 

 

 余談だが、収納形態での着陸も可能でその場合はBパーツのランディングギヤとDXの両腕を使用して支える。バランスとスペースの問題を考慮して腕を下(DX正面)に回した後、二の腕でロールさせて肘を曲げる事でランディングギヤ代わりにする。

 また、Eパック非装着時に展開形態で直立する場合はBパーツのみを下に回転させてバランスを取る。この状態でのパイロットの降着も可能で、その場合はAパーツは全貌にスライドして開閉スペースを確保する。

 

 オクトパス原始星団での停泊中に、Gファルコンにもスーパーチャージャーが追加装備され出力が向上した結果、合体形態での出力も飛躍的に強化されより強力な機体となっている。

 

 追加パーツを既存の機体に取り付ける事で強化するという発想は、アキトがかつて乗っていたブラックサレナから着想を得た構想であるため、そういう意味では表向き無関係なブラックサレナの発展後継機――という見方もあながち間違いではない。

 

 なお、ヤマト専用の機体として開発された本機だが、ネルガル会長アカツキ・ナガレによって「調整が間に合わなかった」という嘘で月面のネルガル支社に残されヤマト出港時には搭載されていない。

 すぐに彼が発破をかけたアキトによってヤマトに運び込まれそのまま事実上の専用機となったが、万が一アキトが奮起出来なければ搭載されないまま終わっていた。

 

 

 

 武装解説

 

 DX専用バスターライフル

 

 ダブルエックスの主力射撃武装。専用に調整された高出力型ビームライフル。

 

 長銃身とシンプルな内部構造による徹底した軽量化が施されているため、見かけに反して取り回しは良好、かつ長銃身故に収束率が高く威力と貫通力は携行型ビーム兵器としては群を抜いている。

 その破壊力はエステバリス用の大型レールカノンを上回り、対ディストーションフィールド突破力も匹敵するなど、従来のビーム兵器の常識を覆す。

 長銃身と高精度センサーの恩恵もあり有効射程距離も長く、特別な改装無しで簡易狙撃銃としても使える程の精度も持ち合わせている。

 

 ガミラスの航空機であっても1発で撃破可能な火力を持ち、対艦戦闘でも近距離射撃に限定すれば駆逐艦クラスには有効。

 後に通常射撃の1.5倍の威力を発揮する“マグナムモード”が追加され、近距離であれば巡洋艦クラスまでのダメージが保証された。

 この破壊力の源はショックカノンのシステムを模倣して組み込んだ事と、ダブルエックス自身の高出力に由来している。

 結果、Gファルコンエステバリスでは出力不足で満足に扱えない、まさに専用モデルの名に相応しい逸品である。

 

 ただし欠点も存在し、高収束モデル故加害半径が小さいことは勿論セミオート射撃のみである為弾幕形成には不向きである事が挙げられる。

 

 Gファルコン合体形態での運用を考慮したモデルの1つで、Gファルコンの武装では困難な長射程への反撃に使用する。軽量な設計も高機動時の慣性力を考慮してのもの。

 

 

 

 ハイパービームソード

 

 両サイドスカートアーマーに装備された近接戦闘用の武器。

 

 ハイパーの名の通り破壊力は最高水準で刀身も長く大きいため、近接格闘戦では強力な攻撃手段となっている。

 切断力の高さから波動エンジン搭載艦艇のフィールドすら切断する火力と広い攻撃範囲を持つ。

 後発含めてビームソードとしては最強クラスの威力を有する。手から離れても短時間なら刃を維持出来る。

 

 ただし、対ガミラス戦では敵が宇宙戦闘機である事からビームソードを使う場面には恵まれておらず、対艦戦闘に使われる事が多いが一番使用頻度が高いのは資材回収の際の切り分けなので、半分工具扱いされている。

 

 そもそも対ガミラス戦においては近接戦闘よりも砲撃戦に重点を置いていたにも拘らずこのような装備が追加された理由は、「人型なら剣が欲しいでしょう」という真田志郎の拘り。

 ただし、彼がどこでロボット兵器の“お約束”を知り得たかは定かではない。

 

 

 

 ヘッドバルカン

 

 頭部に内蔵された小型の機関砲。口径が小さいが実弾兵器であり信頼性が高い。発射方式はチェーンガンで防空・牽制・対人攻撃に使用される。

 攻撃装備としては火力が乏しいが、ミサイルの迎撃や牽制用としては使い勝手に優れるため、アキトは対空戦闘においては比較的多用する傾向がある。

 

 

 

 ブレストランチャー

 

 ダブルエックス胴体、襟元と胸部インテークの下に左右計4門装備されている実弾の大口径機関砲。

 ダブルエックスの内臓火器では最高威力で、攻撃用機関砲としては強力な部類に入る。

 スーパーエステバリスが装備する連射式キャノンと同等の火力を内蔵火器で実現しているのが最大の特徴。

 短砲身であるが中距離までならバスターライフルと併用した攻撃用途に使うことが出来る。弾頭の初速を稼ぐために重力波コイルガンの原理を使用している。

 使うべき局面で使いこなせれば極めて強力であり、特に正面懐に潜り込まれた時に威力を発揮する。

 

 砲身3門のガトリングタイプだが、やや奥まって配置されている為パッと見大口径のランチャー砲にしか見えない。

 マルチパーパス仕様で弾頭の選択が可能。

 本来は肩の2門は別途に管理する予定があったのだが、火器管制システムへの負担を考えて同一装備として扱うようになった経緯がある。

 

 GファルコンDXの展開形態では使えない。

 

 

 

 ディフェンスプレート

 

 ダブルエックス用に開発された小型の防御シールド。左右非対称な形状が特徴的で、表から見た時右側に放熱口がある。

 機動兵器用の実体シールドとしては最初に開発された装備となる。

 基本的に左腕に装備することしか想定していない形状であり、右手側に持つと使い難い形状となっている。

 腕部用のマウントとは別に手持ち用のグリップが存在するため、手に持った状態で使える。

 腕に固定するよりも防御範囲を広くすることが出来るため、特に機体面積が増大し、形状的に大型シールドを使い難いGファルコン合体形態で利便性が高い(ただし気休め程度とも言われている)。

 

 ダブルエックスは開発当初よりGファルコンとの連動が考慮されているため、防御面積よりも取り回し優先のショートシールドとして開発された。衝角としての運用も考慮されているが、ガミラス戦では対艦戦闘でもない限り所謂白兵戦に発展しないことが多い為実戦で運用された経験は今の所ない。

 

 

 

 ツインサテライトキャノン

 

 ガンダムDXの象徴的な装備。機動兵器史上最強の威力を持つ固定武装で、戦略兵器。

 

 正式名称は「連装高圧縮タキオン粒子収束砲」。その名の通りタキオン粒子を撃ち出す武器である。

 ガンダムエックスが開発され、単装型のサテライトキャノンが開発された事を切っ掛けに、区別の為にツインサテライトキャノンに改称されたが、現場ではあまり浸透していない。

 当初の案では重力波砲であり、そこから重力衝撃波砲への返還を経て最終的に現在の使用に変更されて完成された装備。

 

 外部からエネルギー貯蔵機能を持ったリフレクターユニットに重力波ビームを送信して貰う、またはGファルコンと合体してエネルギーパックからエネルギーを供給するなどして、リフレクターユニット内部のタキオン粒子生成機を稼働して、タキオン粒子を砲身の薬室内に充填。

 その状態で高圧縮状態に持ち込んだ後、相転移エンジンの全エネルギーを注ぎ込んで増幅、最後にストライカーボルトで押し出して発生する「タキオンバースト流」を撃ち出して対象を破壊する。リフレクターユニットは外部からビームの制御を行うためのタキオンフィールドを展開する機能もある。

 本家波動砲には遠く及ばないが、それでもヤマトの通常火力を遥かに凌ぐ火力を叩き出す事が出来る、まさに切り札と言うに相応しい破壊力を有している。

 

 その破壊力は極めて高く、サツキミドリ級のスペースコロニーすら1発で消滅させる火力を有する。

 

 最大射程は宇宙では40万㎞にも匹敵する他、最大照射範囲は200mにも及ぶ。

 

 なお、タキオン粒子を弾薬とするにも関わらず、(そちらの方が装備が簡略化できるにも拘らず)専用の弾薬パックを使う方式を採用しなかったのは、ボソンジャンプシステムとの兼ね合い。

 

 

 

 オプション装備

 

 ビームジャベリン

 

 通常のビームソードよりもリーチが長い槍。

 長いロッド部分の先端にビームナイフと同程度のビーム刃を発生させるためエネルギー効率も良い。威力自体はハイパービームソードと同等で特にフィールド貫通力が高い。

 

 Gファルコン装備状態でもリーチと使い勝手に優れた格闘戦が実行出来る。

 また、ジャベリンと言うだけあって投擲に使うことも出来る。

 伸縮機能は無いためマウント時や不使用時にはその長さゆえに邪魔になることもある。

 

 ダブルエックス用に開発されたオプションではあるが、エステバリスのオプションとして運用される機会が多い。

 また、そもそも敵宇宙戦闘機との戦闘においてはこの手の格闘武装を使う機会が乏しく、対艦戦闘ではダブルエックスにはハイパービームソードという固定装備がある事もありあまり使われない。

 エステバリスでも専ら対艦戦闘のお供であり使用機会は限られている。

 

 

 ツインビームソード

 

 柄の上下からビームソードが出力出来る装備で、ハンドガードが両側についているためΦの様な形をしている。

 両側から出力されるため扱いを間違えると自身を切断してしまう可能性があるのが難点だが、出力自体はハイパービームソードを上回る最強のビームソードで非常に優れた破壊力を有する。

 扱いは難しいが、下の刃で切り付けた後連続して上の刃で切り付ける、回転させて鋸のように扱うなどすることで凄まじい切断力を発揮する。回転させた場合はシールド代わりにも出来る。

 真田作の一品であり、後述のGハンマーに対抗する「男のロマン」。

 

 ただしジャベリンと同じような理由であまり出番に恵まれない。また、エステバリスでは要求出力が高過ぎてそもそも運用出来ない数少ない武装。

 出番がないため裏で密かに改造が進められているとかいないとか……。

 

 

 

 Gハンマー

 

 唯一の大質量型格闘武器。男のロマン。Gの意味は特に無かったらしいが、ダブルエックスがガンダムの名を冠する用になってからは“ガンダム”の意味が与えられたとか。

 ワイヤーで連結された推進装置付の棘付鉄球(フレイルスター)で、その鋭さと質量で相手を粉砕する一風変わった武器。

 破壊力は極めて高く、直撃すればダブルエックスですら甚大な被害を蒙るほど。

 

 ただしワイヤー連結型であることと推進装置内蔵とは言えその質量故に極端に扱いにくく、機動兵器が使用する武装の中でも1.2を争うほど攻撃速度が遅いため直撃を狙うのは難しく有効射程距離も15m程度と短い。

 鉄球部分はフィールドコーティングに対応していて、自身の質量を活かしたフィールドアタックに鋭いスパイクによる破壊は、ガミラス駆逐艦の装甲をフィールドごと突破して破砕する威力を誇る。

 Gファルコン装備では干渉が激しく使い難いのが最大の欠点。

 

 実は、ウリバタケがハイパービームソードのアイデアを真田に先を越された嫉妬から生み出された「男のロマン」。

 アキトは止む無く使ったが、本音ではあまり使いたくないらしい。

 鉄球が重く慣性力が強過ぎるため、そもそもエステバリス系列機の駆動系では扱う事すら出来ないイロモノ兵器故、評価は非常に芳しくない。

 現状まともに運用出来るのは機体剛性と駆動力が非常に高いダブルエックスとその量産型のエックスのみ。

 

 ただし、採掘作業用の破砕機としての評価はかなり高く、ダブルエックスが土木作業機械として頻繁に駆り出される元凶となった装備である。

 

 

 

 ロケットランチャーガン

 

 カンフピストル風の大型ロケット投射機。

 大型の弾頭故に破壊力は極めて高く、ガミラス艦に対して通用する程。ただしそれ故に携行数は極端に制限され、重量を考えると最大でも5発がやっと。

 また、有効射程が比較的短く命中精度も低いため、専ら対艦攻撃用で対機動兵器戦闘には不向き。

 

 元々ダブルエックス用だが、そもそも電力をあまり使わない実弾兵器という事もあり、決定打に賭けるエステバリスに転用されることが多く、オプション装備の中では最も使用頻度が高い。反面十分な火力を持つダブルエックスが運用する例は少ない。

 対艦攻撃用にタキオン粒子を封入した弾頭が用意され、威力を発揮している。

 

 ただし最近では「弾頭を撃ち切った後邪魔になる」「弾頭交換に手間がかかるから場繋ぎ的にライフル的な機能が欲しい」と要望されて改良の予定があるとかないとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガンダムエックス

 全長 6.75m

 重量 2.5t

 動力 相転移エンジン

 

 武装

 シールドバスターライフル

 大型ビームソード

 ブレストバルカン

 ショルダーバルカン

 サテライトキャノン

 ビームマシンガン

 ディバイダー

 

 防御装備

 ディストーションフィールド改

 ディストーションブロック改

 

 

 

 機体解説

 

 ダブルエックスの量産機として開発された機体。基本特性はダブルエックスに準ずるが性能は下位互換に過ぎない。

 驚くべき事にヤマトの工場で生産された。

 ダブルエックスが(特にツインサテライトキャノン周りが)高額で生産性が低い事から、将来的に異星人戦力との戦争等を考慮した主力機動兵器として開発された。

 そのため、サテライトキャノンのみならず多様なオプションを使えるようにと機体自体がシンプルになっていて拡張性が高いのが特徴。

 

 本体自体はダブルエックス同様決戦兵器として開発されている為、空・陸・海・宙と人型機動兵器に要求されている地形のほとんどで活動・戦闘が可能で、拡張性の高さを活かしてマルチロール機として運用する事も出来る。

 機体性能自体はダブルエックスの下位互換機に過ぎないが、それでもアルストロメリアを圧倒する絶大な性能を誇る、ガンダムの名に恥じない機体。

 

 標準装備として扱われているのはサテライトキャノン装備で、ダブルエックスに比べると単装かつ腕を使って支える必要がある等、量産を意識した簡略化が随所に見られ、威力も半減している。

 それでも戦略兵器の名に恥じない威力は維持していて、サツキミドリ級コロニーを1撃で破砕する火力を持つ。

 このサテライトキャノンは、遊星爆弾等の地球に対しての直接攻撃に備えた衛星防衛兵器として数を揃える事を想定したモデルで、強いて言えば攻撃用途を前提に威力を追求したツインサテライトキャノンに対して、迎撃色が強い装備であり、単体での性能はあらゆる面でツインサテライトキャノンに劣る。

 

 武装はサテライトキャノンの尾部にマウントされた大型ビームソードと可変シールドと一体になったシールドバスターライフル、胴体に内蔵したブレストバルカン4門のみで、オプションでバックパック左上のハードポイントを使ってショルダーバルカンを追加する。

 良くも悪くもベーシックな機体なので、尖った強みも無くシンプルに使い易いがその分技量が戦闘力に直結する。

 ダブルエックス同様の理由から単独で戦闘運用されることも稀である。

 

 余談だが、完成時からスーパーチャージャー装備の小型相転移エンジンを備えている最初の機体。

 使用する武装の殆どがエステバリスの強化武装案として用意されていたもので、ガンダムエックスの開発が流れていた場合は全てエステバリスが使っていたとされている。

 

 

 

  ガンダムエックスディバイダー

 

 ガンダムエックスがバックパックの装備を換装し、携行武装にビームマシンガンとディバイダーを装備した対機動兵器戦闘と通常兵装による対艦攻撃に適した能力を与えた状態。

 使用兵器はエステバリスの延命目的で開発された強化装備が中心であるが、元々これらの装備は量産型ダブルエックスであるエックスを想定して考案されていたオプションでもある為、ある意味では原点回帰の機体。

 

 バックパックのサテライトキャノンとリフレクターユニット、オプションのショルダーガトリングを取り外し、ディバイダーのマウントと可変スラスター兼ディストーションソードラックを備えたカバーパーツ、下部のハードポイントに2本のエネルギーパックを装備。

 可変スラスター兼ディストーションソードラックとエネルギーパックでXの意匠を保ちながら、機体バランスと推力を向上させつつ、エネルギーパックを追加装備する事でGファルコンと合体出来ない事から生まれる出力差を補填し、Gファルコン合体形態との性能差を埋めている。

 

 携行武装のビームマシンガンはシールドバスターライフルを凌ぐ火力・連射性能を持ち、単発の連装バスターライフル機能と連射可能な連装マシンガンとしての機能を切り替えることでターゲットに応じた攻撃を可能とするため、手数と十分な火力を両立した射撃戦が可能になる。

 

 さらに機体名称にも反映されている特徴ともいえるディバイダーは大型シールドと大口径可変スラスターと多連装グラビティブラストを複合した強力な複合兵装であり、機動兵器用の携行武装としては最強と言われる強力無比な装備となっている。

 このディバイダーの大火力と防御力、さらには機動力の増加を合わせた高機動戦闘が可能になり、総合力を高めるための重要な装備として使われている。

 

 強力な携行火器は武器自体にも小型大容量のコンデンサーなど搭載されることが多いが、ディバイダ―の場合ガンダムエックス本体のエネルギーコンダクターと組み合わせることで携行火器の範疇から逸脱するほどの大出力を得る構造になっている。

 

 サテライトキャノンによる戦略的視点から見た絶大な破壊力や射程こそ失われたが、汎用型機動兵器としてはむしろ大幅に強化されたに等しく、ガンダムタイプとしては最もバランスに優れた機体となる。

 基本スペックにおいて本機を上回るガンダムダブルエックスやその強化形態であるGファルコンDXにも引けを取らない。

 

 性格上対機動兵器戦闘特化に近く、対艦戦闘もこなせるがサテライトキャノンの爆発力の損失やGファルコンと連動した航続距離が得られず持久力にも問題ありなので、防空戦闘向きの性能で纏まっている。

 サテライトキャノンを喪失している事合わせ、全体的な性能では圧倒するが、本質的な役割を考えた場合、エステバリスでも十分間に合う形態であり、ヤマトの戦力事情を考慮するとサテライトキャノンを外してまで運用する価値は乏しいと言わざるを得ない。

 

 

 

  GファルコンGX

 

 ガンダムXがGファルコンと合体することで完成されるガンダムXの強化形態の1つ。

 Aパーツは肩関節を引き出すことで出現するコネクターに接続することで行われ、Bパーツはバックパック中央のコネクターにAパーツとの接続に使うコネクターを使って接続、リアスカートアーマーのハードポイントに大型マニピュレーターを接続することで支持する。

 

 性能面ではGファルコンDXの下位互換であり基本的な特性も殆ど一致している。

 違いがあるとすればサテライトキャノンが単装である事から来る重量バランスの違い程度で、運用に伴う癖や技能に大きな差はない。

 

 ディバイダーに比べて長距離移動能力が高く持久力に優れ、何よりサテライトキャノンによる爆発力が長所だが、小回りや対機動兵器戦闘に適した装備を有するのがディバイダー装備であるため、換装の意義は残されている。

 火器管制システムの都合上、この形態ではディバイダーが使えない。

 

 

 

 武装解説

 

 シールドバスターライフル

 

 シールドと一体化したバスターライフル。ガンダムエックスの標準装備。

 DX専用バスターライフルよりも全体的に性能が劣るが、機動兵器用のビームライフルとしては十分強力なモデル。

 ダブルエックス同様、サテライトキャノン装備のエックスにとっては唯一まともな射撃戦を行える装備なので依存度が高く、使用頻度も高い。

 

 装備点数を減らして機動力を保持したいという発想からシールドと一体化して開発された経緯がある。

 シールド部分は通常装甲の3倍の強度を持たされている他、ライフルの出力をシールド用のフィールドに回せるためかなりの防御力を持つ。その強度を活かして鈍器代わりに使う事も出来る。

 シールドとライフルが一体化している弊害からシールドとライフルとしての機能を同時に使えない、シールドとして使って破壊されると同時に双方の機能を失ってしまうという欠陥がある。

 反面シールドと一体化しているため耐久力に優れ、被弾によって破壊されるリスクが小さい。推奨されていないが打撃武器として使える程度には頑丈。

 

 シールドモードではセンサーと銃身が収納されてからシールド部分が展開されグリップが畳まれる。小型シールドに分類される大きさなので防御面積は広くない。

 

 不使用時には装甲を展開せず銃身・センサー・グリップを収納した状態でバックパック下部のハードポイントに装着される。

 エネルギーの再チャージも可能だが効率はあまり良くは無い。

 

 ガンダムエックスディバイダーに換装されている時は装備されない。

 仕様上、エステバリスやダブルエックスでも運用可能。

 

 

 

 大型ビームソード

 

 通常よりも大型で出力の高いビームソード。ハイパービームソードの廉価版とも言える。

 

 サテライトキャノン装備時には、サテライトキャノンの尾部にマウントされている。極めて出力の高いエックスがサテライトキャノン由来のエネルギーコンダクターを併用して出力するだけあって非常に出力が高く、ビーム収束率も高い事がその破壊力を支えている。

 発生器自体が大型で発振される刀身も通常モデルよりも長くて太い。

 攻撃範囲も広いため近距離では頼れる武装となっている。

 

 サテライトキャノン装備時には1本だがディバイダー装備時には可変スラスターのホルダーに装備され、2本に増加している。

 エステバリスでも運用可能だが、今の所戦闘目的で装備された例は無い。

 

 

 

 ブレストバルカン

 

 胸部スラスター兼インテーク・ダクトの下に2門づつ、計4門装備されている迎撃・牽制用の武装。実弾兵器。

 胴体内臓式であるため機体正面以外には発射出来ないという使い勝手の悪さがあるが、4門もあり腕に依存せず使える貴重な固定武装という事もあって存在自体はかなりありがたい。

 威力も比較的高い方であり、ある程度集中砲火すれば機動兵器にダメージを与えることは出来る。

 発射時には左右同時かつ上下交互に発砲する方式になっている。

 

 

 

 ショルダバルカン

 

 ガンダムエックスのバックパック左上に追加装備される4砲身のビームガトリングガン。オプション装備。

 砲身の基部にセンサーユニットが装備されているため武器の側からも照準に補正をかけることが出来る。

 追加固定武装に相当するため腕部に依存せずに使用出来るのが強み。

 威力もそこそこで攻撃用途にも使える。

 Gファルコンと合体していても問題なく使用可能。

 

 

 

 サテライトキャノン

 

 ガンダムエックスの象徴にして最大の切り札に相当する武器。戦略兵器であり超長距離からの大規模破壊が可能な人型機動兵器の域を逸脱した破壊力を誇る。

 

 ダブルエックスのツインサテライトキャノンの廉価版であるため単装であり、破壊力等はおおよそ5割程度にまで低下している。

 技術の発展で開発に成功した装備で、基本的な機能はツインサテライトキャノンに準ずるが、こちらは手を使って保持する必要があるのが大きな違い。

 

 この装備を選択している時のみGファルコンとの合体が可能で、Gファルコンからのアシストで射撃する事が出来る点も同じ。

 ただし、消費エネルギー量も減少しているためエネルギーパック1本で1発撃てるのが強み。そのため1度の出撃で2回まで使用出来る事になるのだが、放熱などの問題から短時間での連射は不可能。

 

 

 

 連装ビームマシンガン

 

 ガンダムエックスディバイダー時の主力武器。元々はエステバリス用の強化装備として開発されたもの。

 厳密には連装化されたバスターライフル。上下2つの銃身から交互に撃ち出したり合成して射撃することも可能と運用性が高い。

 

 マシンガンの名の通り、最速の連射速度を持ち瞬間的な火力は高い部類に入る。ただし長時間の連射は不可能なので基本的には単射か2点バーストで運用される。フルオートでも最大30発の連射が可能となる。基本的に高速移動する目標に対する確実な命中を目的として使用される。

 連射性能の秘密は連装化されたことで銃身への負担が半分になった事と、トライアングル型の大型エネルギーパック兼チャンバーを採用した事にある。

 またデュアルセンサーによって高速戦闘での命中精度は高い。

 

 欠点はバスターライフルの中では最も重量がある事で、連射性能や速射性に反して取り回しがやや悪く、トライアングル型の大型エネルギーパックの影響もあって機体へのマウントが難しいため常に手に持っているしかないため武器交換の融通が利かない点にある。

 

 エネルギー自体は大容量エネルギーパックによる装填数の多さで通常のライフルよりは長持ちする。

 そのおかげでエステバリスでも比較的容易に使えるビーム兵器。

 火器管制システムの都合上、GXはディバイダ―形態でないと使用出来ない。

 

 

 

 ディバイダー

 

 ガンダムエックス・ディバイダーの象徴ともいえる武装。元々はエステバリス用の強化武装として開発された物。

 

 ガンダムエックスが使用する時は、腕部エネルギーコンダクター(サテライトキャノン用のエネルギー蓄積装置の一部)を使用することでエステバリスよりも安定した使用が可能。エステバリスでは増設バッテリーを併用する必要があるので使用制限が厳しい。

 大型シールドと両端にある大口径スラスター、さらには内蔵された多連装短砲身グラビティブラスト――ハモニカ砲を備えた複合ユニット。

 

 シールドとしての防御力は最強で、中央から伸びている4枚のフィン非常に多機能なフィールド制御装置で、シールドのフィールドの範囲拡大と防御力の強化を同時に行うことが出来る。その防御力と耐久力は駆逐艦クラスの艦砲射撃にも耐え得るほど。

 

 シールド両端のスラスターも高い推力を持ち、ディバイダーを前方に構えた状態で噴射することで防御と推進、または攻撃と推進を同時に行える。

 

 ハモニカ砲は技術革新で装置が非常に小型化されていて、見かけに反して高い攻撃力を発揮する。

 全部で19門内蔵していて、小口径の3門が1つに纏まったユニットを6つ、大口径1つとなっている。横から見ると全体的に薄いが、ディバイダー全体の土台になっているプレート自体がエネルギー蓄積装置を兼ねている。

 発射直前に重力波を合成することで相互干渉で威力が強化されることを利用して威力を叩き出しているため、3連装を個別使用する事は殆どなく、実質7連装と考えて良い。

 外部フィールド制御装置を併用する事で見かけに反して威力が高い。このアイデアと技術はサテライトキャノンの転用。

 

 多彩な射撃モードを持つのが特徴で、パイロットの要望次第で事前に調整も可能。

 機動兵器用の通常火砲としては最大の威力を持ち、ガンダムDXと合体してフル出力になったGファルコンの拡散グラビティブラストを上回る絶大な威力を持つ。

 

 欠点は複合兵装のお約束で3つの機能は同時に機能しない、複合兵器特有の弱点がある、多機能故に重量があり、大型で取り回しが悪い事、ハモニカ砲の燃費が非常に悪いという事。

 

 射撃モードは以下の通り

 

  多連装照射モード

 

  最も標準的な射撃モードで照射と単射の違いはあるが、全砲門を使用して正面または扇状の範囲を攻撃する“線”での攻撃。重力波の本数は7本が最大だが通常は中央の砲門を使用しないことがある。

 

  拡散放射モード

 

  制圧力重視の射撃モードで上下左右にランダムに(制御も可能)散弾の雨を降らせる攻撃モード。

  1発当たりの威力はバスターライフル以下と心許ないが、弾幕を形成して敵機の進路妨害や牽制に使われる。

  有効射程は短めで近距離制圧用に近い。用途はヤマトの対空砲群と変わらない。

 

  カッターブレードモード

 

  収束した重力波をカッターブレード状にして撃ち出す攻撃モード。

  貫通力と射程距離はハモニカ砲最大で、ほぼ切断に近い。専ら対艦攻撃に使用される攻撃モードで、チャージに時間がかかりトリガーレスポンスも悪いがそれを補って有り余る破壊力が特徴。

  高燃費なディバイダ―の事情もあり、最も使用頻度が高い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Gファルコン

 全長 8.125m

 重量 1t

 動力 相転移エンジン

 

 武装

 機首部大口径ビームマシンガン

 ミサイル

 拡散グラビティブラスト

 

 オプション装備

 サテライトキャノン用増設エネルギーパック

 大型爆弾槽

 武装追加用スタビライザー(宇宙魚雷4発と対艦ミサイル14発がデフォルト装備)

 

 防御装備

 ディストーションフィールド改

 ディストーションブロック改

 

 

 

 機体解説

 

 ガンダムとエステバリス用の支援戦闘機。戦闘機としても高水準の戦闘能力を持ち、ガンダムとエステバリス用の強化ユニットとしても機能する。

 

 元々はダブルエックスの一部として設計されていたが、1つの機体に機能を詰め込み過ぎると却って使い難くなるとの判断から分離され、最終的に支援戦闘機として状況に応じて使い分け出来る様に改めて再設計された機体。

 その後、ダブルエックスとGファルコン双方の仕様が完全に確定した時点で、「既存のエステバリスの延命にも使えるかもしれない」とのアイデアが出た為、エステバリス側の改修と合わせてドッキング規格を再構築して、ネルガル製機動兵器全般に対応する支援戦闘機へと推移していった。

 

 機体性能は総じて高く、ガンダムに使用されているのと同等の装甲部材を使用している事から非常に高い防御力と耐久性を持ち、火器も専用ジェネレーターを備えた拡散グラビティブラスト、20発のマイクロミサイルに機首の機銃と比較的重武装である。

 本体の強度と防御力はダブルエックスの支援メカとして設計された事からサテライトキャノンの負荷に耐える水準と極めて高い。

 機体全体が直線的なラインを主体としていて(特にコンテナユニットが)箱のような形状をしているのは生産性と強度を求めての事。

 結果、量産性を維持したまま高剛性フレームと高強度複合装甲を実現している。

 

 大口径スラスターを6発備え、各所の姿勢制御スラスターやリバーススラスターによって極めて高い機動性と運動性能を発揮し、単体での機動力はネルガル製機動兵器でも高い水準にある。

 エンジンは本体のウイングパーツに装備され、コンテナユニットには推力を効率よく発生させるための増幅装置が搭載されている。初期案では計3つのエンジンを搭載する予定だったが、生産性の低下や過剰出力で持て余してしまうという問題もあって取り止められている。

 

 キャリアー戦闘機の名に恥じず、エステバリスやガンダムタイプを空輸することが出来るが、他にも専用のコンテナパーツを組みわせることで武器・弾薬、さらには予備のバッテリーや人員輸送も可能であると、使い勝手は比較的良好な部類に入る。

 ある意味本命でもある人型戦闘機の強化パーツとしての運用の場合、火力と機動力を大きく底上げし、さらに双方の出力を自由に分配する事でそれぞれ単独時では不可能な行動を実現する等、強化パーツとして見た場合での性能も極めて良好である。

 

 半面この輸送能力や合体機能を備えたため、“純粋な”宇宙戦闘機に比べると機動力が劣る。そのため火力では勝るが運動性能や機動力においてガミラスの宇宙戦闘機に見劣りする点がある。

 大気圏内両用や大気圏内専用と比較した場合も、空力を殆ど無視した形状を有するため、推力を喪失した場合等はすぐに失速して墜落する危険性があり、能力故に抱えた欠点も少なくはない。

 また輸送機として見た場合も機体サイズ故にペイロードが小さく本職の輸送機以下の輸送力しか持たない点も、欠点と言える。

 

 しかしユニット構造が進められている事からそれらの用途に特化したカスタマイズが比較的簡単であり、人型に戦闘機並みの機動力と行動範囲を与え、追加の武装も比較的容易とその性能と発想が評価され、ガミラス戦中に正式化される異例の出世を遂げている。

 

 Gファルコンは機体の下部に大型のエネルギーパックを装着することが出来、それによってダブルエックスは“単独でサテライトキャノンの最大出力を発射出来る”と言う利点がある。

 ただし、このエネルギーパックは高価で生産性が悪いため一般には使われていない。

 

 組み換えが容易な構造のためか、戦時バリエーションが存在している。

 

 本体の部品は交換していないが、本来機動兵器の格納スペースであるコンテナ内部にも大型爆弾槽を2本備えつつ、コンテナユニット下部のハードポイントに搭載される大型爆弾槽、さらには追加武装スタビライザーを取り付け空対地・艦ミサイルと対艦用魚雷合わせて21発を装備する重爆仕様機。

 

 機首のビームマシンガンを除いた武装を撤去、拡散グラビティブラストの代わりにティルトウイングタイプのスラスターを取り付け(燃料式スラスターの増設も可)、下部のコンテナユニットを多種多様なコンテナに置き換える事で人員輸送から哨戒機、救命艇までも兼任可能な「Gキャリアー」と呼ばれるバリエーションも存在している。

 

 なお、Aパーツの機首にはフィールドアタック用の集中展開補助システムが組み込まれているため、意外と近接戦闘でも馬鹿に出来ない機体ではある。

 

 なお、Gは「ギャラクシー」の意であり、「銀河の隼」と言う名前を与えられている。ガンダムの名前が使われるようになってからは、ガンダムの一部という意味合いも含めるようになった。

 

 オクトパス原始星団での停泊中、スーパーチャージャーの追加を受けて出力が向上。

 結果、十分な火力を持つと判断された事で機動力に向上分の出力を回したため、それまでは後れを取ることが予想されたガミラスの宇宙戦闘機とも互角に渡り合える機動力を手に入れている。

 

 

 

 武装解説

 

 機首部ビームマシンガン

 

 Aパーツ機首に備えられたマシンガン。威力はブレストランチャーや肩部マシンキャノンに次いで高く、射程と命中精度は前者2つよりも高く信頼性に優れる。高圧縮粒子ビーム弾を発射する。

 Gファルコンの主兵装の1つであり、形態を問わず拡散グラビティブラストの連射間隔を埋める補助武器。

 高機動戦闘時の命中率と使い勝手の良さから使用頻度はかなり高い。携行火器を使える合体形態の展開状態でも、その機動力と推力ゆえに携行火器が使い難いことから牽制から迎撃まで幅広い用途で使用される。専ら攻撃用。

 

 これだけでも並の機動兵器なら撃破可能な破壊力があり、補助武器としては十分な攻撃力がある。

 ただし固定武装であるため対空防御に使えるほどの自由度が無いのが難点である点はブレストランチャーと同じ。

 

 

 

 拡散グラビティブラスト

 

 Gファルコンの主砲で散弾か単発の重力波を発射する兵器で事実上の主砲。

 基部に大出力ジェネレーターを装備していることから本体出力に反して出力が高い。

 

 機動兵器用のグラビティブラストとしては初めて実用化された。

 

 主に対機動兵器戦闘用のバックショットモードは散弾を発射する発射モードで、最大6発の弾をランダムに拡散させて発射する。ただし、1発だけは必ず正面に発射されるようになっている。

 対機動兵器用としてはガミラス相手にも有効だが、対艦攻撃には不向き。

 

 大型の重力波を発射するスラッグショットモードは対艦攻撃用が主で、収束して発射するため高威力・長射程・命中精度・貫通力に優れる。

 主に対艦攻撃に使用されるが、この装備の威力でも単独時やエステバリスとの合体では接射に近くないと有効打を与えられない。

 

 エックスとダブルエックス合体時には機体の余剰出力が回されて出力が強化されるので、近距離からの発砲でも有効打を与えられるようになる。

 また、散弾の数が6から8発に増えるため命中精度と加害半径が広くなる利点もある。

 

 なお、射撃時は左右に時間差をつけて射撃することで牽制と本命を分けたり同時射撃で瞬間火力を求めるなどの使い分けが出来る。

 無反動砲なので左右の時間差射撃による機体制御への悪影響は無視出来るレベル。

 

 簡単に交換可能なユニット構造なので、要望さえあればグラビティブラスト以外の武器や装置に置き換え可能。

 

 

 

 ホーミングミサイル

 

 Bパーツのコンテナユニット下部に内蔵された10連ミサイルポッド。左右合わせて計20発装填可能。

 弾頭自体はスーパーエステバリスが使用しているものと大差無く、対空戦闘には通用するが対艦攻撃には使い物にならない威力。

 基本的には補助兵装扱い。

 

 

 

 オプション装備

 

 サテライトキャノン用増設エネルギーパック

 

 サテライトキャノンのエネルギーを補填するために装備されるオプション。

 ツインサテライトキャノンなら2本で1発、サテライトキャノンなら1本で1発撃てる。

 大型装備で重量がある為機体バランスをやや損ない、運動性能に影響がある。

 高エネルギーを充填しているためかなり強固な作りになっていて、機動兵器用の武装が命中してもそう簡単には破壊されない。

 展開形態での補助支持架も兼ねる。可倒式。

 スーパーチャージャー追加後は出力強化の恩恵で重量による慣性力をスラスターの推力である程度誤魔化せるようになった。

 

 本当はもう少し小型軽量な物にしたかったのだが、技術力不足でこのサイズになった。

 

 

 

 大型爆弾槽

 

 エネルギーパックと二者択一で装備される大型の爆弾槽。中には1つで268発の高性能爆薬が内蔵されていて、個別に投下するか丸ごと投下するかはパイロット次第。

 爆弾槽自体が命中すれば1発で大型艦船を粉々に吹き飛ばすほどの破壊力があり、異星人の艦艇であっても例外ではない。

 その威力に比例して大型の装備であり、全長は12mと収納形態のGファルコンDXの全長と大差ない大型装備であり、装着時には機動力と運動性能の低下は防げず、対機動兵器戦闘は困難になる。

 装着状態のGファルコンは「爆撃仕様」と呼ばれ、主に対艦攻撃や対施設攻撃に用いられる。ちなみにヤマトの艦内工場で生産可能だが生産には時間も資材もかかるため意外と貴重品。

 Gファルコンでしか運用出来ない大型武装。

 エネルギーパックと二択になる関係上、ガンダムが装備する機会は非常に少ない。

 

 

 

 武装追加用安定翼

 

 Gファルコンのコンテナユニット下部に追加装備される。

 Gファルコンの空力特性強化も図れるが、元々ディストーションフィールドによる空力制御が可能な機体なので、専ら追加武装を施すためにのみ使っている。

 翼の上面にハードポイントがある。武器を使い切ったら重量削減の為パージされる事があるが、台所事情の厳しいヤマトなので基本的には持ち帰る事が求められている。

 

 対艦ミサイル

 

 三角柱型の新型対艦ミサイル。ガンダムの腕ほどの大きさがある。

 発射後にロケット部分から三角形の安定翼が飛び出して飛翔制御に使われる。

 下部に4発、上部に3発が横並びにマウントされる。

 

 宇宙魚雷

 

 円筒状の新型宇宙魚雷。大きさは対艦ミサイルとあまり変わらない。

 威力は対艦ミサイルよりも優れているが、誘導性に劣る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガンダムエアマスターバースト

 全長6.75m

 重量2t

 動力 相転移エンジン

 

 武装

 軽量型バスターライフル

 ヘッドバルカン

 ブースタービームキャノン

 ノーズビームキャノン

 

 オプション装備

 ミサイルライフル

 

 

 

 マグネトロンウェーブ発生装置の残骸と古代守が持ち込んだイスカンダルからの支援物資を用いて、ヤマト艦内で組み立てられた新しいガンダムの1機。

 以前から懸念されていた「ガンダムについていける機体が無い」という問題解消と、今後の戦闘におけるサテライトキャノンの安全な発砲を可能にするために開発された、ダブルエックスとエックスの護衛機の1つ。

 

 ガンダムタイプの機体の中で、機動力と空中・宙間戦闘での機動力に特化した性能を持つ。

 機体自体は徹底的な軽量化を施され、群を抜いた機動力を発揮する。その機動力を生かすことで偵察や観測機としての役割を果たすことも出来るのが特徴。

 

 本機は簡易変形フレームを採用して開発された、人類初の「人型と戦闘機形態を自由に可変出来る機動兵器」として完成されている。

 その可変機構を活かした機動力を持って早急に敵部隊に接敵し、前線を構築する事が役割である。

 形態の名称は人型が“ノーマルモード”で戦闘機形態が“ファイターモード”。

 

 その運用思想から近・中距離でのヒット&ウェイが基本戦術であり白兵戦用のビームソードなどは装備していない。

 基本武装は両手に装備する軽量型のバスターライフルで、これを主軸に両翼端のブースタービームキャノンや機首のノーズビームキャノン等で火力を出す。

 

 固定武装も強力でダブルエックスよりも火力的には上だが、機体出力が劣る事と戦闘機形態であるファイターモードでないと最大火力が出せない、最大火力を持つノーズビームキャノンも連射性と速射性が低く、ビーム兵器主体の構成。という点から総合的な火力が突出して高いわけではない。

 また戦闘機形態が本領であり火力が前方に集中してしまう事から、人型機動兵器特有の多方向への応答性が低い、弾幕形勢が苦手といった問題もある。

 

 また、徹底的な軽量化の影響で装甲強度がガンダムタイプでは最低で、非常に撃たれ弱いのが弱点。

 これは変形時間の短縮や機動力確保のためには軽量な設計が必須である事が原因で、ビームソード等の白兵戦特化の装備を備える事が出来ない理由の1つともなっている。

 また、本機はそれなりに重武装であるが、機動力を保てる限界まで積載されている他、重量増加が最小限のビーム兵器を中心としている。グラビティブラストの搭載は見送られた理由は機体出力と燃費のつり合いが取れない為。

 

 また、軽量な機体とブースター出力で機動力を叩きだす設計故に応答性がやや過敏であり、操縦難度が高め。

 これはイスカンダルの物資によって仕様がやや変更された影響もあり、本来は軽量さと主翼が生み出す空力や重力波放射によって機動力を出す、軽武装の機動特化機から方向転換した影響。

 

 可変機構との兼ね合いがあるため追加装備にも限りがあり、特にマニピュレーターで保持するような大型火器は殆ど運用出来ない欠点も抱えている。

 

 ファイターモードでのランディングギヤはGファルコンDX同様腕で代用されていて、概ね形は近いが元々逆方向に折れる構造になっている肘関節なので、そのまま肩を回して設置させることで着陸可能。

 ファイターモード時の機首部やマニピュレーター部分にはフィールドアタック用の補助システムが備わっていて、いざという時の近接戦闘を可能としている。

 

 ある意味ではGファルコンとセットでそれまで実現していた可変による性能変化を単機で成し得た画期的な機体だが、それ故に制約も多く重装甲化が困難、搭載火器は可変後を考慮する必要がある、シンプルな変形であっても構造が複雑化する等の理由もあり存外汎用性が低く、Gファルコンと人型戦闘機の組み合わせを凌駕する機体としての評価を得るには至らないでいる。

 しかし、本機もGファルコンと連動してより高性能な宇宙戦闘機としても使える事から、前線構築や早期警戒機としての需要があり、単独でもガミラスの戦闘機に匹敵あるいは凌駕する機動力を持つなど、独自の立ち位置を構築する事には成功している。

 

 

 

 Gファルコンバースト

 

 ガンダムエアマスターバーストとGファルコンが合体した姿。元々火力と機動力が強化されているため、宇宙戦闘機としてはGファルコンDX(収納形態)を凌駕する機動力と火力を発揮する。

 基本的にはGファルコンやエアマスターバースト(ファイターモード)の上位互換で運用などにも特に違いはない。

 この形態ではGファルコンの拡散グラビティブラストと干渉するためブースタービームキャノンが格納され、使用不能になっている。

 ただし、Gファルコンの武装が追加された事で総合的な火力は単独時を凌駕し、総合出力の増大で各火器の威力も向上したため、対艦攻撃も十分可能になる。

 

 人型との使い分けが機動力と攻撃性能の変化を与え、独自の立ち位置を得るに至ったエアマスターの長所を潰してしまうのが難点と言えば難点だが、宇宙戦闘機としてみると更なる重武装化と高機動を実現し、追加装備による爆撃機としての運用も可能であると、使い道がある。

 合体の際にGファルコンのAパーツを使わないので、連携する際はBパーツのみを引き連れての運用になる。

 

 

 

 武装解説

 

 軽量型バスターライフル

 

 主兵装。

 徹底的な軽量化が施された結果、元々軽量志向のDX専用バスターライフルの半分程度まで軽量化に成功している。破壊力はシールドバスターライフルにも劣り、ガンダム用のライフルとしては最弱だが、連射速度と2丁持ちでカバーしている。

 基本的には高機動戦闘特化型のバスターライフルで、一撃の重みよりも高速機動時の取り回しや命中精度に重きを置いた調整を施されている。

 

 形状としては人間が使うアサルトライフルに近く、後部にキャリングハンドルを持つ。軽量化の影響もあり、複合光学センサーを装備していない。代わりに銃口の下側にレーザー測距機を装備している。

 

 サイドスカートのハードポイントにマウント可能。使用する際には手で保持して使用するが、2挺装備している事と武器の構成上この武器が生命線なので、大抵2挺拳銃という形で使用している。

 軽量化こそしているがエネルギーパックには余裕があり、マシンガンのように連射することも出来る。

 

 用途が完全に対機動兵器戦闘特化なので、マグナムモードは実装されていない。

 

 

 

 ヘッドバルカン

 

 頭部に内蔵された小型の機関砲。性能面ではダブルエックスのモデルと差はない。

 

 

 

 ブースタービームキャノン

 

 エアマスターバーストで主翼の代わりに装備される追加ブースターと一体化した連装ビームキャノン。

 破壊力は高く、バスターライフルと同等の威力の連装砲。

 

 翼を広げればノーマルモードでも使用可能な武装であるため火力を補強する目的で広げることもあるが、ノーマルモードで広げると安定性重視の機動モードに切り替わるため敏捷性が犠牲になる。

 なお、翼を展開せずにブースターを上向きにすることで推力を下方に振り分ける事も出来る。この状態での発砲も可能。

 ジェネレーター直結武装であるため使用すると機体のエネルギーを使用する他、ブースターに回るエネルギーを転用してしまうため推力の低下も招く。

 

 Gファルコン合体形態では拡散グラビティブラストと干渉してしまうため、翼そのものを閉じているので使用不能。

 

 

 

 ノーズビームキャノン

 

 機首部分に追加されたビームキャノン。エアマスターバーストの中でも最大の火力を発揮する武装。

 

 独自のジェネレーターを内蔵しているため出力が高く機体自体のジェネレーター負担が小さく、連射性能も比較的高い。

 火力は機動兵器が搭載する火器の中でも高い方だが、グラビティブラストには火力が劣る為単独で対艦攻撃に使うにはあまり向いていない。

 収束率は敢えて高くしない事で攻撃範囲をやや広く取り、対空射撃に向いた調整を施されているが拡散射撃には対応していない。

 高収束射撃は可能だが、単独で波動エンジン搭載艦艇のフィールドを突破する威力には達していない。

 

 人型のノーマルモードでも頭上の敵に対する砲撃は可能。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガンダムレオパルドデストロイ

 

 全長 6.75m

 

 重量 2.9t

 

 動力 波動相転移エンジン

 

 武装

 

 ツインビームシリンダー

 ヘッドビームキャノン

 ブレストガトリング

 右腕部ビーム砲

 ショルダーランチャー

 連装ビームキャノン

 11連装セパレートミサイル

 ホーネットミサイル

 ビームナイフ

 

 共通オプション

 

 セパレートミサイル

 ヒートアックス

 

 

 

 機体解説

 

 マグネトロンウェーブ発生装置の残骸と古代守が持ち込んだイスカンダルの支援物資から組み上げられたガンダム。

 ガンダムタイプの機体の中でも火力と制圧力に特化した機体で、他の追従を許さない圧倒的な火力と弾幕形成能力を持つ。

 エアマスターと同様の理由から開発された、ダブルエックスとエックスの護衛機である。

 

 高火力機ではあるがエンジン出力はエアマスターと変わらない。これは飛行能力を意図的にオミットしたことで推進装置への供給が減り、その分を火器に転用しているため。

 

 腕部のみならず胴体や脚部にも武装を施すことで圧倒的な火力と武装積載能力を実現している。

 単独での火力は文字通り最強で、弾幕形勢で本機に勝る機体は存在しない。

 大型火器こそ装備しているが、制圧力を優先しているため連射力に優れたビームガトリングであり、強力な一撃ではなく連射による弾幕形勢による制圧を得意とする。

 その代わり長射程で一撃が重い武器が乏しく、近・中距離戦が得意。

 全身武器庫の様相ではあるが、ブレストガトリングとショルダーミサイルを除けば主力兵器が外装式で、内部構造の複雑化は極力避け、信頼性を保てるように心掛けている設計を採用している。

 

 ガンダムでは唯一1G重力下における完全な飛行能力を有しておらず、スラスターに回す分の出力を火器に回したり、機体バランスの関係等から大ジャンプは行えるが空中で自在に機動して戦闘を行うことが出来ない。

 その変わり足裏にはエステバリスと一部共用のキャタピラとローラーによるダッシュ機構が仕込まれていて、平面的な地表面なら飛行型に引けを取らない機動力を発揮するのが特徴。その意味では最も地上戦で強力な機体と言える。

 なお、ローラーとキャタピラは換装撤去も可能だが、同様の装備を有するエステバリス系列機でも撤去されない為大体宇宙でも水中でも着けたままがデフォルトとなっている。

 

 重装甲でもあり、ガンダムエックスにも匹敵する装甲防御を有する。

 ただし火力と重装甲重視なので四肢の可動範囲はガンダムの中では最も狭く、運動性能と機動力もガンダムの中では最低である(それでもアルストロメリアより上)。

 最大の弱点は地形適正の低さで、地上と宇宙空間では特に問題が無いが、飛行出来ず水中での活動にも著しい制限が掛かる。

 また、地上でもローラーダッシュが機能し辛い雪原や砂漠地帯、湿地帯などでは行動にかなりの制限が掛かる。

 そのためダッシュローラーを活かしつつ補助するダッシュスケートを用意する等の対策が必要。

 空中に関しては、Gファルコンと合体する事でカバー出来る。

 

 エアマスター同様、汎用性を犠牲に特定の機能に特化した機体であるため主力にはならないが、汎用型の機体に改造を加えるよりも優れた火力を誇る為、独自の強みのある機体である。

 

 

 

 Gファルコンデストロイ

 

 ガンダムレオパルドデストロイとGファルコンが合体した形態。

 原型機からさらに強化されただけあって総火力は全機動兵器中最大で、サテライトキャノン等の戦略級兵器を除けば以外にこれを上回る機体は実質存在しない。そこにGファルコンによって追加された機動力を併せ持つため、戦術兵器としては類を見ない程の制圧力を有する。

 基本的に合体した姿は旧Gファルコンエステバリスに準ずるが、ツインビームシリンダーを常に装備する形になるため、右腕のリストビームキャノンやビームナイフなどの使用に制限を受けやすくなり、使用時には都度保持アームで右腕のビームシリンダーを外さなければならない。

 ビームシリンダーを外した場合は通常時と異なり、バックパックには戻らず腰の辺りで待機状態になるのでビームナイフ使用時には邪魔になりやすいが、再装着は速い。

 Gファルコンの拡散グラビティブラストの追加によって「強力な単発射撃」が可能になり、そちらでフィールドを弱らせてから持ち前の弾幕を叩き込んでの対艦攻撃は有用で、やり方次第では機動兵器の火力では難しい戦艦への打撃も期待出来る重爆撃機としての運用が可能。

 収納形態ではツインビームシリンダーが外されて頭上を向くように格納されるが、腕の動力と連動していない状態なので発砲は出来ない。

 

 

 

 武装解説

 

 ツインビームシリンダー

 

 主兵装。両腕に被せるように装備して使用する。

 

 肘から下を包み込み、内部のコネクター兼用グリップをマニピュレーターで握って起動する。このコネクターは専用の大容量エネルギーラインが備わった代物で、他の機体の装備(バスターライフルやレールカノン)を使えない代わりに、大出力と大量のエネルギーを要求するツインビームシリンダーを完全に動作させる事が出来る。

 前身では腕全体を包み込むインナーアームガトリングだったが、取り回しを考え性能据え置きのまま小型化を実現し、両腕に装備されるようになった。

 あり合わせの資材で造られているため左右で同じ形になっていないが、結果としてプラスになったのでそのまま採用された経緯がある。

 腕の出力もビームジェネレーターに足せることと、腕部に専用の大容量エネルギーラインが通り、それを活用出来る専用のコネクターも装備されている事から出力が高く、ビーム機関砲にしては単発の威力も高い。

 腕を入れる際に展開するカバーのヒンジ部分に照準用の独立したセンサーが装備されている。

 

 右手は主に対空戦闘特化仕様であるため、連射速度の高いガトリングと発射遅延を利用して継続した射撃を可能とする3連装ビーム砲で構成され、絶え間ない弾幕形勢と物量で相手を押し切る使い方に向いている。

 左手は大小様々なビーム砲が混成された複合ビーム砲ユニットで、1門当たりの連射速度はガトリングに劣るが単発の火力が高く、それを複数備える事で弾幕形成を可能としながら破壊力の高い火力特化仕様。

 口径の大きい砲身断面が円と四角の者は高出力型で連射はライフル並だが単発火力が高くビームの弾体が大きく加害半径が広く、その横にある上下連装ビーム砲は連射重視の低出力タイプ、その上に単装のパルスビーム砲という構成。

 左右で異なるユニットだが、単位時間当たりの火力はほぼ同等なので相手によって使い分けても単純に左右に火線を振り分けるだけでも効果的で、左右異なる標的を同時に攻撃出来るという点で、原形よりも優れている。

 

 普段は対機動兵器戦闘や対空戦闘重視で取り回しと連射性を求めて腕に固定するだけで使用しているが、バックパックのマウントアームを接続して反動対策を取る事で出力を限界まで上昇させた対艦攻撃モードにも切り替える事が出来る。

 

 非使用時には腕を入れるスペースに砲身を収め、バックパックのマウントアームに連結してバックパックの両サイドに吊るされる。

 

 

 

 ブレストガトリング

 

 胴体に装備された大型ガトリングガンで、コックピットを挟むように設置されている。

 武装をコックピットの両脇、それもそれなりに規模の大きな装備という事もあって装甲ハッチは周辺よりも防御力を高くしてある。ハッチは上に跳ね上がるように開き、片側ずつ開いて使用する事も出来る。

 ジェネレーター負荷を小さくするため実弾を採用している。胴体部のスペースを上手く活用してケースレス弾を大量にばら撒く近接戦闘での要と言うべき装備。

 破壊力はダブルエックスのブレストランチャーに勝る。

 

 

 

 ヘッドビームキャノン

 

 対空用途に使われる、頭部の横に装備された比較的口径の大きいビーム砲。

 バルカン程の連射性は無いがその分威力が高く、攻撃用途にもギリギリ使える威力を持つ。

 

 

 

 右腕部ビーム砲

 

 右腕に装備されたスライド式の5連装ビーム砲。

 ツインビームシリンダーを装備すると使えなくなるが、火力よりも近接戦闘での牽制を目的とした装備で、ビームナイフ使用時に持ち替え無しで射撃をしたい時や、エネルギーを節約したい時に使われる。

 

 

 

 ショルダーランチャー

 

 ショルダーアーマーの上部に装備された連装砲。

 ビーム弾を発射する近接砲で、見かけは小さいが非常に高い貫通力を持つ。

 射程は短いが接近戦では頼れる存在。

 

 

 

 連装ビームキャノン

 

 右肩外に装備された連装ビーム砲。

 可動範囲が広く、広範囲の敵機に対応する事が出来る他、レオパルド唯一の長射程兵器でもあり精密射撃にも使用される。そのため収束率が特に高く貫通力に秀でている。

 砲身の間に独立したセンサーユニットが装備されていて、主に遠距離射撃に適した照準器に調整されている。

 なお、外側の装甲板はシールドとして使える強度があり、ビーム砲に衝撃で故障が生じないように緩衝材が挟み込まれている。

 

 

 

 11連装ミサイルポッド

 

 左肩外に装備された直方体のミサイルポッド。

 使用されるミサイル自体はスーパーエステバリスやGファルコンが使うのと同じマイクロミサイルなので、対艦用途には適さないが対機動兵器戦闘には威力を発揮出来る。

 

 

 

 ホーネットミサイル

 

 両ひざ部分に装備された大型のミサイル。

 装備数は両ひざ合わせて2基と少ないが、レオパルドの搭載ミサイルでは最も威力が高い。

 

 

 

 ビームナイフ

 

 右足側面に装備されている近接攻撃兵器。

 ナイフシースを模したマウントにグリップが接続され充電され、使用時にグリップを引き抜いて起動する。

 ビームの刃はナイフの名の通り短いが、消費が小さい割に威力が高い。

 レオパルドでは主に護身用の装備ではある。

 

 また、これをライフルの銃身に取り付けて銃剣にカスタマイズする事も可能。

 

 




 本作においてガンダムX系列の機体が採用された理由(メタ)

 作者が大好きだから、というのが一番であるが、作品との相性を考慮した結果。
 「本作の主役メカはヤマトである(つまりガンダム側が過剰に目立ってはいけない)」という鉄則を護りつつ、引用に値する特性を持っていたのが特にGX系列の機体だった。

 単に強力な機体が欲しいだけなら、単純に性能強化をしたと加えればエステで十分であり、そもそもクロス元の作品の機体を貶めかねないため、“ガンダムは存在自体が危険”。
 また、もう1つのクロス元であるヤマト系艦載機も十分な能力を劇中披露しているので、僅かな手間で(主に機銃系の対ディストーションフィールド処置)間に合ってしまうという点もあり、何かしら「エステに与えるにはちょっと……」という機能や個性が必要であると考えていた(その点で見て場合、本作のGXディバイダ―は“登場する必然性に欠ける機体”)。

 様々な資料等を参考にして考えた結果、ヤマトの様に通常戦闘では取り立てて華の無い堅実さと、波動砲の様な機会が著しく限られる代わりに華のある戦闘の両立が可能な点、特徴のサテライトキャノンも劇中での印象から波動砲と対比し易かったなどから、ダブルエックスを起点に本採用に至っている。

 ウイングゼロも作中での危険性が提唱されていたが、あれは強いて言えば無差別破壊を要求するゼロシステムの危険性がメインで、ツインバスターライフルは作中で軽々しく用いられていたため、除外された(波動砲の様な最終兵器としての印象が皆無)。

 サイズの決定はコトブキヤから2008年に発売された「ノンスケール ブラックサレナ」のエステバリスと1/144スケールのガンプラの比較で算出している。
 腕と頭と胴体のサイズは全長17.1m設定のガンダムXとほぼ同サイズで、股関節の位置や足の長さで身長差が生じている以外は奇跡的に縮尺が近かったため、それを参考として値を出している。
 単に全高のみならバンダイ製の1/48エステバリスとHGAWガンダムエックスが同じくらいだが、この場合手足は勿論胴体のサイズがMGガンダムエックスと同じ程度になってしまって破綻するので、本作のガンダムはエステバリスよりも一回り大きくなっている。

 あくまでプラモデルによる比較で設定されているため、内部容積の計算などはしていない(出来ない)。

 余談ではあるが、本作の追加機体は当初予定されておらず、ダブルエックスのみが新鋭機として奮闘する予定であったが、作者の願望や思った以上にエステバリスとの性能差を強調する作劇となったため、GXを原作とは真逆の立ち位置として登場させている(そのためエステが割を食って、直接的な活躍に恵まれず、サポートに終始する事になった)。

 更なる追加機も本筋の変更によって考慮された結果、Gファルコンとの連動を考慮してエアマスターとレオパルドで決定したが、当初は別の機体も考えられていた。

 イスカンダルでフレームのみになっている機体はνガンダムないしHi-νガンダムがイメージされ、後半の追加機として検討されていた。


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第一章 遥かなる星へ
第一話 人類SOS! 甦れ、希望の艦!


 

 

 

 テンカワ・ユリカは夢を見ていた。

 

 とても怖く、絶望に満ちた未来だった。

 

 それは侵略者によって滅亡の危機に瀕した地球。

 

 突然現れた異星人の侵略者は強大だった。

 

 全く太刀打ち出来ない人類。

 

 目の前に迫った終わり。

 

 もはや人類の手では決して覆すことの出来ない破滅。

 

 

 

 そんな悪夢を見るユリカに声が届いた。

 

 その声の主は確かに言った。

 

 「貴方方に望まれる限り、必ず私が救って見せます」

 

 と。

 

 その声の主は人間ではない。

 

 だがとても暖かくて優しく、綺麗な声だった。

 

 その声と共に、先程までとは違う形で破滅の危機に瀕した地球の姿を見る。

 

 だが、破滅に瀕した地球から1隻の宇宙戦艦が旅立つ。

 

 干上がった海底に眠る、赤茶けた鉄屑の中からその艦は生まれた。

 

 そして、想像を絶する苦難の末、その宇宙戦艦は見事破滅に瀕した地球を救って見せた。

 

 その後も、数度に及ぶ危機から地球を護り抜いてきた。

 

 白色彗星の恐怖。

 

 暗黒星団帝国による侵略。

 

 太陽の核融合異常増進による太陽系の危機。

 

 そして、遥か昔に分かたれた地球人類の末裔ディンギル帝国と、それに誘導された水惑星、アクエリアスの脅威。

 

 ユリカはそんな大どんでん返しを、その宇宙戦艦の視点から追体験する。

 

 その旅の全てを正確に把握する事は、ユリカには出来なかった。

 

 だが、その宇宙戦艦はたった1隻で絶望をひっくり返し、確かな希望を運んだ。

 

 それは、悪夢を見せられたユリカにとって紛れもない希望であった。

 

 そしてユリカは悟る。

 

 あの夢は未来の現実だったのだと。

 

 近い未来、人類は侵略者によって滅ぶ運命にあった。

 

 だが、その未来が変貌しようとしている。

 

 ユリカに届いた声の主が、それを成すのだ。

 

 その記憶を垣間見た、その意志に触れたユリカと共に。

 

 声の主の名が、ユリカの脳裏に浮かぶ。

 

 

 

 それはとても古めかしく、もう誰も意識する事の無い名前だ。

 

 しかし、声の主は来る。

 

 ユリカを接点として、別の宇宙からやってくる。

 

 

 

 全ては愛の為に。

 

 別の宇宙であっても、愛する地球と人類の未来を護り抜く為に。

 

 

 

 彼女はやってくるのだ!

 

 

 

 望まれる限り、幾度でも“奇跡”を起こすために!

 

 

 

 

 

 

 時に、西暦2201年。

 

 

 

 火星の後継者の蜂起を鎮圧したナデシコCは、ボソンジャンプを駆使して地球への帰途に付いていた。

 

 「現在月軌道に到達。以後は通常航行で地球に向かう予定です」

 

 オペレーターのマキビ・ハリが報告する。

 

 「わかりました、クルーの皆さんは交代で休憩に入ってください――私も少し休みます。ハーリー君、しばらく艦を任せますね」

 

 「は、はい艦長! 僕に任せてください」

 

 敬愛するホシノ・ルリに頼まれて、ハリは目を輝かせて応じた。ハルカ・ミナトに背中を押されたことや、火星での決戦を経験してか、わずかに自信を付けた彼は快く応じる。

 もちろんその心中には、ようやく救出が成った彼女の家族の片割れ――テンカワ・ユリカの見舞いに行きたいのだろうと言うルリの気持ちを察した事から、快く応じて心象を良くしておきたいという下心もあった。

 

 ルリはハリの様子に頬を緩ませると「では頼みます」と声をかけて艦長席を後にする。可愛がっている弟分の自信に満ちた姿に心が温まる。

 

 「ルリルリ、あんまり無茶させちゃ駄目よ?」

 

 「ユリカによろしく言っておいてね」

 

 等々と、ミナトやアオイ・ジュンと言ったかつての仲間達に声をかけられ、丁寧に応じつつも気持ちは医務室で休む家族の元へと走る。

 

 体面を損なわない程度の速足で医務室に向かったルリは、身嗜み用のコンパクトを使って軽く前髪を整えると医務室のドアを潜り、ベッドに横たわるユリカの姿を視界に収める。その隣には容態を調べているイネス・フレサンジュの姿もあった。その表情は、決して明るいものではない。その様子にルリの顔が一気に青褪める。

 

 「イネスさん……ユリカさんは、ユリカさんは大丈夫なんですよね?」

 

 挨拶もそこそこに本題に入る。ベッドの上に横たわるユリカの体はシーツで覆われていて伺えないが、穏やかな呼吸に合わせて胸元は上下しているし、顔色も悪くは見えない。と思われたが、薄っすらと、薄っすらとだが、その顔にはボソンジャンプ時に生じるナノマシンのパターンが光を放っていることが伺えた。その様子を見てルリの顔色がさらに悪くなる。

 

 「ああ、ルリちゃん。そうね、今のところは、ね。多少光っちゃってるけど多分大丈夫よ、問題無いわ」

 

 ルリの問いかけに答えるイネスの表情は取って付けたような笑顔で正直嘘くさい。こんなもので騙されると、誤魔化されると本気で思っているのだろうか。

 

 「今のところは? 多分?――お願いですイネスさん、正直に答えて下さい――どこがどう悪いんですか?」

 

 ルリの表情も硬くなる。そもそもボソンジャンプも明けて時間が経っているのにどうしてナノパターンが光っているのか、それ自体が異常のはずなのに誤魔化そうとしている。医務室に向かうまでの間は、今度こそユリカと話せるのではないかと心が沸き立っていたが、すっかりと萎んでしまった。

 

 ナデシコCに回収されたユリカはイネスの指揮の元、すぐに医務室に運び込まれて精密検査を受けることになった。演算ユニットから解放された直後は目を覚まし、かつてのようなボケすら見せた彼女だが、まもなく意識を失って眠りについてしまった。

 以降は面会を謝絶され、帰還の途に就いてからも頻繁に足を運んだルリはいつも門前払いを受けていたのだ。ルリにとっては運の無い事に、ユリカ以外に病人や怪我人と呼べるものはナデシコCにはおらず、こういう時に限って誰も体調を崩さないため、艦長として見舞いに、と言う方便すら使えずヤキモキしていたのだ。

 

 それが、ボソンジャンプの前にイネスから「顔を見るくらいなら」とようやく許可が下りたので、ジャンプ終了後にこうして馳せ参じたわけなのだが。

 

 「……ごめんなさい、本当は今話すべきじゃないと思ったんだけどね。せめて、彼女が目を覚まして、再会を喜び合うまでは……」

 

 沈痛な面持ちのイネスは告げる。残酷な事実を。

 

 「ナデシコでの精密検査には限度があるけど、恐らく病院で検査しても結果は同じだと思う――彼女は長くない。万全の態勢で治療を続けたとしてももって5年。少しでも無理をすれば、1年持たないかもしれないわ……」

 

 ルリは足元が粉々に崩れ去ったような錯覚に陥った。両足がわなわなと震えだし、歯がガチガチと音を立てる。思考がぐるぐると渦まいて、目の焦点が定まらなくなる。

 

 

 

 (ユリカさんが、長くない? どうして、どうして、折角会えたのに、もう一度やり直せるかもしれないのに?)

 

 

 

 「彼女の体はね、演算ユニットの物と思われる未知のナノマシンに浸食されているの。それも、彼女をジャンパー足らしめているナノマシンに寄生して……もちろん、補助脳にもね。今は活動を休止しているけど、何の弾みで活性化するか見当がつかない――いえ、1つだけはっきりとわかっているのは、彼女がボソンジャンプを使う度に確実に活性化して、体を蝕んでいく。彼女自身がナビゲートするのはもっての外、ナビゲートせずに巻き込まれるだけでもナノマシンが活動する。それどころか、演算ユニットと彼女は完全にリンクを切れていない、それが原因でナノマシンの活動を完全に停止させる事が出来ないのよ、このままじゃ、除去も……」

 

 今度こそ、ルリはその場に座り込んでしまった。嗚呼、何てことだろう。夫であるテンカワ・アキトが、あれだけその手を血に染めて、苦難の果てに救い出した妻はすでに手遅れだったのか……結局火星の後継者に捕らわれた時点で、この夫婦の未来は決まっていたと言うのだろうか。

 

 「――地球の医学力では、どうにも出来ないのよ。せめて、せめて遺跡の解析がもっと進めば、あれを作った異星人にでも接触出来れば、あるいは。もちろん、私たちも全力を尽くすわ、それでも、確実に救える保障が無いの」

 

 「浸食が進んだ場合……どうなるんですか?」

 

 弱々しい声でルリが尋ねる。顔からはすっかり生気が抜け落ちて、死人のような形相だ。

 

 「確実に言えるのは全身の細胞異常ね。遺伝子情報が破壊されたら体のあちこちにガンが発生する。ガンを治療しようにも、全身に発生したら今の医学でも追い付かないし、それ以上に根源であるナノマシン自体を除去、最悪抑制出来ない限り完治は出来ないわ。――それに神経組織にも負荷が掛かり続けることになるから、アキト君のような感覚異常が生じる可能性も高いし、下手をすると脳に損傷が発生してガンで死ぬよりも先に、植物、人間になる……可能性だって……」

 

 最後の方は詰まりながら、絞り出すように告げるイネスに、ルリはもう言葉も出なかった。最愛の家族が、1度は無くしたはずの家族が帰ってきたと思ったのに。また、失うのか。それも、こんな、こんな無慈悲な手段で!

 

 ルリの中で、火星の後継者に対して、理不尽な世界に対しての憎しみと怒りが渦巻く。

 自分の力を全て使えば、今は護送中であろう草壁ら火星の後継者の連中を殺すことは出来るはずだ。

 直接砲撃を叩きこんでも良い、システムを乗っ取って生命維持システムを止めてやってもいい。懲罰など知った事ではない。

 

 ユリカが生きられない世界に、私達家族が幸せになれない世界に何の価値がある。アキトも去った。

 彼とて五感に障害を抱え、今後どれだけ生きられるのか見当もつかない。それに、今度こそユリカを失ったアキトの姿を、ルリは想像もしたくない。

 いや、自分だって耐えられない、ようやく、ようやく取り戻せたのに。

 理不尽な運命を乗り越えて、もう一度、もう一度家族の生活を取り戻せると思ったのに!

 

 「ナノマシンが原因なら、ナノマシンが原因ならっ! 私がリンクして制御することは出来ないんですか?」

 

 思わず口をついた言葉に自分で驚く。が、ルリにとってはそれは妙案にも思えた。ナノマシンを介して他者にリンク出来ることは、かつての記憶麻雀の一件や、皮肉にも生体部品にされたユリカ自身が証明している。

 他者のナノマシンを情報端末として使えるのなら、それを掌握すれば抑え込めるのではないだろうか。

 

 「活動の内容そのものがよくわかっていないのよ? 下手にアクセスすれば貴方自身も障害を患う危険がある――彼女がそれを望むと思って?」

 

 「でも!!」

 

 「――必要ないよ、ルリちゃん」

 

 激昂したルリの言葉を遮ったのは、ベッドに横たわるユリカの声だった。至って冷静で、悲観も、弱々しさもない、極々普通に声。だがルリにはその声すらも、痩せ我慢の様に思えた。

 

 「ユリカさん!? 起きていたんですか……」

 

 「うん。枕元であんだけ騒がれたら、流石に、ね。体の事も、何となくわかったし。ルリちゃんの気持ちはうれしいけど、そんなことしちゃ駄目だよ?」

 

 ユリカはゆっくりと上体を起こしてルリと向き合う。ナノパターンの輝きは消え失せ、平常を取り戻した姿。その瞳には、ルリに対しての慈愛が浮かんでいた。悲しみも憎しみも浮かばない、優しく澄んだ目だった。

 

 「ユリカさん、聞いていたのなら試させて下さい。もしかしたら何とかなるかも――」

 

 「ならないよ。自分の体だもの。感覚的にわかるんだ。そんな方法じゃどうにもならない。ナノマシン自体を除去しないと、根本的な解決にならないって」

 

 立ち上がってユリカに詰め寄るルリをやんわりと抑えながら、ユリカは首を横に振る。ルリの提案は拒絶された。

 

 「それに、もしそれでルリちゃんがどうかしちゃったら……それこそ私は、自分が許せないから。家族の命を奪って少し生き永らえたって、何の意味も無いよ」

 

 断言するユリカにルリも言葉を続けられない。虚勢を張っているようにも見えて握りしめた両手がわなわなと震える。

 

 「それにね、希望が潰えたわけじゃないよ」

 

 「え?」

 

 「今から来るの。厄災と、それに立ち向かうための希望の片割れが」

 

 「何を言って」

 

 ユリカの言葉の意味を確かめる間も無くコミュニケが着信を発し、ブリッジにいるハリの慌てふためいた様子を映し出す。

 

 「か、艦長! 外の映像を見てください! と、とんでもない事が起こってます!!」

 

 ハリは一方的に告げると外部カメラが映し出した映像を医務室にデカデカと映し出す。その驚愕の映像に、ルリもイネスも驚愕に顔を引きつらせる。唯一ユリカだけが、その映像を真摯な眼差しで見つめていた。

 彼女だけは、その光景が何を意味しているのかを正確に把握している。

 

 「こ、これは一体……!!」

 

 ルリとイネスの言葉が被る。

 

 スカイウインドウに映し出された映像は宇宙の神秘、または超常の現象としか言えない、とても美しくあり、同時に酷く恐ろしいものだった。

 

 

 

 地球と月のおおよそ中間の地点で、何もない虚空が割れ、膨大な量の水が溢れだしたのだ。まるで瀑布のような勢いで渦巻き、これが真空の宇宙でなければ轟音を響かせているであろう神秘の映像。

 カメラ越しで見ることが憚れるような、驚異の現象であった。

 

 

 

 「アクエリアス」

 

 

 

 ユリカが不自然なほど静かに告げた。アクエリアス、その言葉の意味を問いかけるにはルリもイネスも、そしてコミュニケ越しに聞いていたハリを始めとするブリッジの面々も余裕が無かった。

 

 目の前に唐突に広がった幕府は次第に落ち着きを取り戻し、静かに称えた巨大な海と化した。その水面が落ち着きを取り戻したかに思えた次の瞬間、水面を割って何者かの建造物の様な物が姿を現す。

 

 その姿は黒味の強いグレーと鮮やかな赤に塗り分けられ、まるで洋上を往く船のような、非常にアンティークな形をしている。

舳先と球場艦首と思しき形状、グレー側の方には甲板があり、そこには砲身の歪んだ三連装砲塔が2つ確認出来る。物体は天を衝くかのように宇宙を仰ぐと、その身を震わせながら徐々に徐々に再び水中に没していく。

 

 まるで、役目を終えた船が、最後にその姿を見せようと力を振り絞ったかのようにも、それともまだまだ健在であるとその威容を見せつけているかのようにも見える。

 

 「……本当に来てくれたんだね、ヤマト」

 

 囁くようにその物体の名を発するユリカ。その声色には畏怖と敬意、そして羨望が含まれていた。

 

 「ヤマト?」

 

 ユリカの言葉を繰り返すルリに、ユリカはこくりと頷いて答えた。

 

 「そう、宇宙戦艦ヤマト。今はボロボロだけど、近い未来で私達の大いなる助けになる艦。そして、厄災も同時に……」

 

 

 

 ユリカの言葉を遮るように、今度は別の報告がブリッジから届き、世界が震撼した。

 

 

 

 そう、彼らは突然現れたのだ。まるで内輪揉めで慌てふためく人類をあざ笑うかのように、侵略の絶好の機会であると言わんばかりに。

 

 

 

 そして同時に災厄をはらう希望の使者も現れた。

 

 

 

 その名は、宇宙戦艦――ヤマト。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第一章 遥かなる星へ

 

 第一話 人類SOS! 甦れ、希望の艦!

 

 

 

 地球人類が謎の星間国家、ガミラスに侵略戦争を仕掛けられて11ヵ月の時が流れていた。

 

 西暦2202年。

 

 場所は冥王星近海。そこには地球の残存戦力をまとめ上げた最後の防衛艦隊の姿があった。総数はわずかに30隻。万全の状態で出撃した艦艇は半数にも満たず、何かしらの損傷を抱えている艦も多い。

 彼らは今日この地にて、最後になるやもしれない反抗作戦に臨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 圧倒的な科学力を有するガミラスの前に、地球は壊滅的な被害を被っていた。

 

 

 当初こそ互角に戦えるかと思われた地球艦隊ではあったが、ガミラスの艦艇は強力で、地球側の艦艇を容易く撃破した。

 地球側では減衰させるのがやっとな旋回砲塔式の高収束グラビティブラスト。

 地球側のグラビティブラストを容易に防ぐ強固なディストーションフィールド。

 相転移エンジンを遥かに上回る高出力機関である波動エンジンと、それが生み出す推力による圧倒的な機動力。

 フィールド無しでも強固で、グラビティブラストにすら耐性を持つ装甲。

 基本性能の時点で圧倒されているのに、艦隊運用でさえも地球よりも統率が取れている。

 そこに地球が付け入る隙は殆ど無かった。

 

 

 辛うじて航空戦力同士の戦いでは人型機動兵器の運動性能と攻撃力によって追従する事が出来たが、それでも対艦攻撃には力不足であったこともあり、形勢を逆転するには至らなかった。

 

 ついには条約で禁止されていたボソン砲や相転移砲、果ては火星の後継者との戦いで実績を残したナデシコCとホシノ・ルリによるシステム掌握も試みられたが、結果は芳しくなかった。

 

 ボソン砲は実体化までのタイムロスを埋められず、敵艦の機動力が優れていたことから避けられることが多かった。対策もされたのか、敵艦内にボソンジャンプさせようとしても座標が狂って狙った場所に送り込めなくなった事もあり、使われなくなった。

 

 相転移砲も何らかの対策を講じたのか、発射の兆候を捉えられると無力化されて効果が薄く、不意を突いて発射に成功した時のみ、その圧倒的な破壊力を披露するに留まった。

 

 そして、ある意味では頼みの綱のシステム掌握も、通信システムの大本が違うためか、管制システム自体の基本構造の差異故か、十分な効果を上げる前にナデシコC本体に攻撃を加えられて封じられるなど、後手後手に回り続けてしまった。

 

 

 

 当初は本物の異星人が攻めてきたことが知れたとしても、先の大戦でその威力を示し普遍化した相転移炉式戦艦と、それに支えられたグラビティブラストとディストーションフィールド。

 さらには限定的で自由には使えないがボソンジャンプ。最悪切り札たる相転移砲すらあるのだと高を括っていた統合軍の上層部は、すぐに自らの驕りと無知を曝け出すことになったのだ。

 

 無論ガミラス側が「奴隷か、さもなくば殲滅か、好きな方を選べ」と高圧的な態度を見せたことも反発を招いた理由ではある。

 

 まず手始めと言わんばかりに木星が滅ぼされた。次は火星、そして各スペースコロニーと、凄まじい勢いだった。もはや戦争の体すら成していない、一方的な虐殺。

 情け容赦のない殺戮に、火星の後継者の事件の直後で燻っていた地球と木星の対立はおろか、宇宙軍と統合軍の権力争いもぶん投げて対応を始めた頃にはもう遅い。

 

 とうとう地球への直接攻撃を許し、地球は徹底的に追い込まれていく道をひた走ることになったのだ。

 

 

 

 それでも地球は無条件降伏を受け入れなかった。何故なら受けれたが最後、母なる星地球を追われ、彼らの侵略の先兵になるか、資源採掘を目的とした労働船に乗せられ死ぬまで働かせるかのどちらかしか選択肢が無い事が予め示されていたからだ。

 

 また、水面下で進行していたある計画を知る者たちがそれを留めていたこともある。

 

 

 

 人類にはまだ、ヤマトがある。

 

 

 

 その言葉の意味を正確に知るものは少ない。

 

 ヤマト。

 

 その言葉の意味は実に様々だ。アジアの国の1つである日本国の異名、それに由来し企業の社名として使われたり、土地の名前を指す旧国名でもある。

 

 そして、今ではすっかりと忘れ去れたもう1つの意味。

 

 それは戦艦大和。

 

 大東亜戦争において旧大日本帝国海軍が建造・運用した、旧世代の洋上戦艦としては現在でも最大最強を誇るとされる、大戦艦。

 大艦巨砲主義の極致とでも言うべき46㎝三連装主砲を備え、同時にその直撃に耐えられる堅牢な装甲を持つ。

 

 だがその艦は碌な活躍も出来ずに没したのだ。時代の流れはすでに航空戦力に流れていて、その自慢の大砲の威力を披露する機会には終ぞ見舞われなかった。

 皮肉にも、航空戦力全盛の時代のきっかけを作ったのが守るべき祖国であったことは、何かの運命だったのだろうか。

 

 かくして大和は深き海底に没した。100機以上の爆撃機の波状攻撃に曝され、多くの兵士達の亡骸を抱えて、北緯30度43分、東経128度04分の、坊野岬沖の水深345mの地点に沈んだ。

 

 

 

 だが誰もがその艦が人類の希望だとは露ほども思わなかった。何故ならその艦体は2つに折れ、転覆して沈んでいるのだ。現在ではほとんど原形を留めていない鉄屑。

 だからこそ、ほとんどの者はヤマト、という暗号で呼ばれる何らかの兵器が水面下で建造されているのだとあたりを付けていた。

 

 そしてそれは正しくもあり、間違っていた。

 そう、大和は生きているのだ。その体は朽ち果て2度と再び立ち上がることは出来ない。否、体はあるのだ。あのアクエリアスの中に。

 

 こことは違う別の宇宙で同様の歴史を辿りながらも原形を留めたまま沈み、遥か未来で宇宙戦艦として蘇って幾度となく地球の危機を救った、伝説の戦艦ヤマトが息を吹き返しつつあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 そして現在、冥王星近海を航行中の旗艦ナデシコCのブリッジの中で、ミスマル・ユリカは瞑目していた。

 

 冥王星に艦隊を運搬するには、地球側はボソンジャンプに頼る他なかった。相転移エンジンの改良が進み巡航速度と航続距離は大きく強化されてはいるが、それでも太陽系内を短時間で航行する術はない。

 

 ガミラスの太陽系侵攻でターミナルコロニーを含むチューリップはほぼ全て壊滅し、ボソンジャンプを使うためにはA級ジャンパーによるナビゲートが必須となってしまったが、肝心のジャンパーのほとんどは火星の後継者に狩られてしまった。

 

 辛うじて存命していたジャンパーはミスマル・ユリカ、イネス・フレサンジュ、そしてテンカワ・アキトの3名。

 しかし内々ではコロニー連続襲撃事件の主犯とされつつも、公には正体不明・生死不明として存在自体がうやむやとされたテンカワ・アキトの足取りは掴めず、イネス・フレサンジュはネルガルの機密にかかわる研究に従事しているとされ軍事には関われない。

 

 そこで白羽の矢が立ったのがつい先月唐突に軍に復帰したミスマル・ユリカだった。

 

 火星の後継者の生体実験の影響で、生死に係わるほどの大病を患ったとされている彼女が復帰したことも、医師に止められているというボソンジャンプを平然と行使したことも軍部からすれば驚きではあったが、渡りに船であった。

 

 必死の調査の結果、ガミラスの太陽系進行の拠点となっているのは準惑星として太陽系の輪から外された冥王星であることが判明していたため、そこを攻略するためにはどうしてもボソンジャンプが必要とされる。

 

 地球側は総力を挙げて冥王星の基地に打撃を与え、僅かばかりの時間を稼ごうと必死だった。そのためなら、貴重なA級ジャンパーだろうが重病人だろうが、宇宙軍総司令の娘だろうが、1人の命になど構っている余裕はすでに地球に無い。

 最悪ここで彼女が死んでも、時間が稼げればお釣りが来るとすら考えている。

 

 彼女の協力で基地襲撃が可能となった事から、残存兵力の全てを寄せ集めて結成されたのがこの“最後の地球艦隊”であり、大戦中ナデシコでその勇名を“いろんな意味で”馳せた彼女にナビゲートでボソンジャンプ、相転移砲を用いて一矢報いる作戦だった。

 

 本当は数回に分ける予定だったジャンプを艦隊ごと一気に飛ばすという神業染みた真似をしたユリカのおかげで予定よりも早く行動に移れ、上手くいけば奇襲すら出来そうな予感がある。今は探知されないようにステルスを使用して静かに目的のポイントまで進軍している最中だ。

 

 今地球艦隊の士気は最高潮に達していた。木星が滅んだことで故郷を失った木星人達も、生き残った同胞の為、この状況に「一緒に敵を取ろう」と手を掴んでくれた地球の友達のためと、必死の形相で戦ってきた。

 

 皮肉なことに、ガミラスと言う強大な脅威を前に、人類は1つになった。いや、1つにならざるを得なかった。かつて木星を拒絶した地球も、地球を拒絶した木星も、もはやそんなことを言っている余裕はない。

 

 それでは勝てないと痛感させられ、同時に勝てたとしても荒廃の一途を辿る地球が――人類がその文明の再建を成すためにも、両者が争っていてはどうにもならないのだと悟ったのだ。

 

 

 

 目を瞑りながら、ユリカは頭の中で現状をあの時垣間見た“記憶”と比較する。

 

 (私があの時見た地球とは状況がまるで違ってる。あっちは7年近くも耐えられたはずなのに、こっちでは1年にも満たない短時間で追い詰められた……この違い、やっぱりあの時スターシアに教えて貰った、あれの影響かな?)

 

 ユリカの脳裏に浮かぶのは赤茶けて水と緑を失った死にかけた星。ユリカ達の地球とは異なる形で破滅に瀕した地球。それを救ったのがあの宇宙戦艦ヤマトと、救いの手を差し伸べてくれた愛の星。

 今、多少の差はあれど自分達も同じ状況に追いやられている。

 

 (果たして本当に、私はヤマトで地球を救えるのかな? 再建が成ったとしても、私は、沖田艦長や古代君の様にやれるのだろうか?)

 

 ヤマトは何度も地球を救った。これから自分達も同じ道を辿るのかはわからない。“記憶”は本当に断片的で主観的な情報でしかないから、それらを未然に防ぐ手段を構築することは事実上不可能。

 それに、自分はヤマトの全てを詳細に把握出来ていない。断片的に記憶を垣間見た程度で、それこそその時が来てみたら「あれ、これデジャブだ」と感じれるかどうかというレベルの、曖昧な物が殆どだ。

 特に個々の戦闘に関しては霧がかかって何が何だかさっぱり。まるで先入観を持って戦うなと言わんばかりの状態で、ユリカはヤマトの“記憶”を根拠に先手を打つことも出来ないし、実際状況が違うのだからと、そこに関してはきっぱり諦めた。

 

 だがそれでも、ヤマトが幾度も地球を救った事や、特に最初の航海の時の、地球の惨状は強く伝わっている。そして、ヤマトと最も近しい人のやり取りも、部分的には伝わった。

 

 だからこそ、例え僅かでも“記憶”を垣間見て、それを継ぐことを決意した自分が折れるわけにはいかない。

 

 (それでもやるしかない。私には、その責任があるんだ……それに、スターシアの好意を無駄には出来ない)

 

 知らず知らず拳を握り締める。今はただ、最後の希望ヤマトが目覚めるまで粘るしかない。

 ヤマトが属していた世界よりも遥かに早く屈しかけている地球を、少しでも延命して間に合わせるしかないのだ。

 

 そのためにユリカは、ここまで抗い続けてきたのだから。

 

 

 

 「ユリカさん、体調は大丈夫ですか?」

 

 艦長席に座ったホシノ・ルリが心配気に声をかける。目を瞑ったまま静かにしていたから、具合が悪くなったのではないかと考えたのだろう。

 

 「うん。まだ大丈夫。心配しなくても私って結構頑丈だから大丈夫だよ。ほら、この通り元気元気!」

 

 そんなルリにユリカは至って普通に、全く問題無いと言わんばかりに両手で力こぶを作るポーズまで取って見せた。

 

 「何だったら空も飛んでみせるよ!」

 

 両手を揃えて「シュワッチ!」とポーズを取って見せる。ルリは「貴方はどこぞの光の国の宇宙人ですか」と内心突っ込みながらも、

 

 「飛ばなくて結構です」

 

 ピシャリとユリカの冗談を叩き潰す。くすりとも笑わない真顔で叩き潰されたユリカは、

 

 「少しくらいノッテくれたって良いのに……」

 

 と両手の人差し指を顔の前で「ちょんちょん」と合わせてイジケル。

 

 彼女は今は、艦長席の右下にあるオペレーター席の1つに座っている。連合軍の軍服に身を包み、以前の彼女と一見変わらない様子で任務に挑んでいる。

 つい6週間前まで病院の集中治療室にいたとは思えないほど、平静に見えた。

 

 最近の彼女は明るく振舞おうと無理をしている様に感じてならない。一見何の問題も無く普段通りに振舞っているのだが、その瞳の奥には隠し切れない焦りと不安が浮かび、時折暗い表情を見せる事もある。

 だがそれも無理らしからぬと、彼女を知るものは心を痛める。

 ルリの様に旧ナデシコから関わりのある、またその容態を知っているハリやサブロウタ等の面々はしきりにその体調を心配し、無理をさせまいと振舞っている。

 

 ジャンプナビゲーター兼戦術アドバイザーという役職こそ充てられているが、実質ユリカがナデシコCで、艦隊で請け負う役割などボソンジャンプ以外に無いに等しい。いや、艦長であるルリがそれ以上の負荷をかけないようにと押し留めたのだ。

 

 案外素直に応じたユリカに思うところが無いわけでもないが、ルリはとりあえず従ってくれたことに安堵する。

 

 

 

 もう彼女の時間は残り少ないのだから。

 

 

 

 あの超常現象としか言いようのないアクエリアス出現の後、止めるも聞かずアクエリアスに没したヤマトなる戦艦の残骸をボソンジャンプを利用して強引に引き上げ、木星からかっぱらってきたという造船ドックの一角に収めた。

 

 

 それだけで終わりかと思いきや、ボソンジャンプを使って今度はドック毎アクエリアスの中に戻し、事前に用意させていたチューリップで内部へのゲートを確保すると、土星の衛星タイタンに出陣。

 ガミラスの目を掻い潜ってエンジンの構造材として必要だという未知の鉱石――コスモナイトの鉱脈を見つけ出し、ボソンジャンプを利用した採掘を行って地球にもたらした。

 他にも必要な鉱物資源を得るために散々ジャンプしまくったと聞いている。

 

 この時の行動力は本当に凄まじいもので、誰も邪魔する余裕が無かった。むしろガミラスの出現で混乱の極みにあるのを利用して好き勝手したと言っても過言ではない。

 さらにヤマトのデーターベースを持ち出してそこに収められている未知の技術の開示することにも成功する。ボロボロで2つに折れたヤマトの艦体を自由に移動するため、ボソンジャンプを使いまくったのは明白だ。

 

 まさに八面六臂の大活躍で、今までとは桁の違う凄まじいボソンジャンプの活用方法は間近に見たネルガルの方が情報隠蔽に走らざるを得ない程の物だった。

 

 その後はユリカの要望とアイデアを、イネスらネルガルが誇る天才頭脳の持ち主たちがヤマト伝来の技術を用いて形にしたのが、大きな改修もなく既存の機動兵器を強化する支援メカ、Gファルコンだ(正式名はGalaxy Falcon。「銀河の隼」の意)。

 エステバリス用に用意されていた高機動ユニットの発展後継品に当たり、これを対応改造したエステバリスに装備することで、つい最近とは言えようやくガミラスに対抗しうる機動兵器運用が可能となった。

 

 既存の相転移エンジンの改良も可能となり、ヤマトの物を複製して配備された新型ミサイルと宇宙魚雷をはじめ、幾許かの強化がされた艦艇は以前ほどガミラスに一方的に押し負けるケースは減っていた。とは言え根本的な解決には至っていない。

 

 また、最後の希望とユリカが過度と言える程期待を寄せる肝心要のヤマトすら、エンジン部分の再建が進んでおらず、形になっているのは増設予定の相転移エンジン部分位であった。

 本命である波動エンジン――ガミラスと同等のエンジンは未だに復元が完了していない。

 

 データが足りないのだ。たったそれだけの理由で、その心臓となる波動エンジンは復旧の目途が立っていない。

 

 それ以外の部分は順当に再建が進んでいるそうだが、何分ルリはナデシコCの艦長として忙しい日々を送っており、何とか合間を見つけてはユリカに会うのが精一杯なので、詳細は知らない。

 ただ、将来的には乗船の可能性があるとか何とかでネルガルの方から一方的な通達がある程度だ。

 

 

 

 彼女の功績は偉大だった。彼女が無理をしたおかげで地球はギリギリの所で踏ん張る事が出来たのは明らかであったが、これだけのことをした彼女の体がタダで済むはずもなく、当初5年程度を見ていた余命はついに6か月を宣告された。

 

 体は急速に衰え始め、歩行するにも難儀するようになって杖を必要とする様になったのは序の口である。長時間の運動は以ての外、筋力の低下も著しく、片足で立っている事が出来なくなったので着替えなどにも苦労の連続、入浴も1人では転倒の恐れがあって許可出来ないと言われた。

 筋力の低下は全身に及んでいるため体の線自体が細くなり、以前のユリカの象徴とでも言うべき健康的な魅力はすでに失われた。

 

 時折激しい頭痛や体のどこかしらの激痛に見舞われ、床やベッドの上でのた打ち回る事も増え、時には丸1日意識が戻らないこともある。

 髪から艶は失われ、油っ気のないぼさぼさ髪に変貌している。普段は誤魔化すために髪用の油を付けているくらいだ。とても妙齢の女性の髪とは思えない無残な有様で、抜け毛も増えた。

 

 追い打ちをかけるかのように消化器官の衰えから、液体に近い流動食の様な物でなければ受け付けなくなり、不足しがちな栄養などを補うためのそれは、味など到底期待出来るものではない。これでアキトの様に味覚が壊れているのならともかく、彼女の味覚はまだ健在なのだ。

 食事と言う楽しみを奪われたに等しいその心境は察して余りある。

 

 消化器官が衰え始めてからは、栄養の吸収率が下がったためか高カロリー食で辛うじて維持してきた体重も減少し始めている。幸いなのは消化器官が衰えたのが最近の為、ぱっと見少し痩せた程度にしか見えないことだろうか。

 

 

 

 止めと言わんばかりに、彼女の女性としての機能は完全に破壊され、2度と子供を産めなくなった。ナノマシンを除去しようとも、体の機能そのものが破壊されてしまってはどうにも出来ない。

 

 もうアキトが帰ってきたとしても、彼女は大好きな彼の手料理を堪能することは出来ない。

 彼との愛の結晶を残す事も出来ない。

 今のコンディションでは負担の面から愛し合う事すら危険と言われている。

 

 彼女が望んでいたであろう輝かしい未来への道は、永遠に閉ざされてしまった。その事実が告げられた時、運良く、嫌運悪くと言うべきか、ルリも同席していた。

 

 だから、その時のユリカの、一切の感情が削ぎ落されたようなあの顔は忘れられない。

 

 

 もう勘弁してくれ、私たち家族が一体何をしたというのだ! ルリは幾度となく心の中で叫んだ。1度は様子を見に来たハリに抱き着いて泣き叫んでしまったこともある。あの時は黙って聞いてくれたハリに感謝の気持ちで一杯だった。

 

 その上彼女は、必要と判断すれば命を削るボソンジャンプを躊躇なく使用する。――ジャンプをする度に彼女は何かが壊れていく。じりじりと、じりじりと、真綿で首を絞めるが如く追い詰められていく。

 

 ルリを始めとする彼女を知るほとんどの人間が限界が近づいていることをひしひしと感じ、自重を呼びかけるも受け入れられないという状況に心労を溜めている。

 

 今回のジャンプだって、直後にはナノパターンの激しい明滅が中々止まらず、自室に引き込んで襲い掛かってきた激しい頭痛に30分も悶え苦しんでいたのだ。それもイネスが可能な限り効果があるようにと処方した薬を飲んでなおこれだ。

 その姿をこっそりとモニターしていたルリが思わず絶叫しそうになったほど、凄まじい苦しみ方だった。直接ナビゲートしなくてもチューリップを通過する度に大小様々な苦痛が彼女を襲う。時には鼻血が止まらなくなって1時間近くも垂れ流し、輸血を必要とした局面すらある。

 

 その惨状にルリなど何度倒れかけたことか。必死に縋り付いて「もう休んでいて下さい!!」と必死に訴えてもユリカは決して首を縦に振らなかった。何度頼んでも「大丈夫。まだ希望は潰えてないから。むしろ希望を形にするためにも、私が頑張らないといけないんだ」と耳を貸さない。心配をかけまいとしているのか、それとも痩せ我慢をしているのか。自分に向けられる優しい笑顔が心を抉る。

 

 その希望が具体的に何なのかを教えてもらえないルリ達にとって、理解に苦しむ行為だ。まるで死にたがっているように見えてしょうがない。

 

 

 

 ルリにとっては追い打ちをかけるようにアキトは未だに姿を見せない。ネルガルが匿っていることは見当がつく。軍に協力出来ないのは下手なことをしてテロリストだと知れてしまえば、彼の今後が危うくなるとの危惧かもしれない。だがルリとしては彼が姿を見せてくれさえすれば、A級ジャンパーとしての力を貸してさえくれれば、ユリカがここまでの無茶をしなくて済んだのではないかと思わずにはいられない。

 

 今、滅びの時が近づいているのだ。地球だけではない、ユリカも。

 

 

 

 本当にかつてのアキトは死んでしまったのだろうか。目的を達したら、彼女の事など、自分達の事など最早どうでも良いのだろうか。今自分達はこんなにも苦しんでいるのに。例え滅びるとしても、傍にいてさえくれれば、受け入れられるのに。

 

 ユリカは救出されてからと言うもの、ルリの前でアキトの事を自分から切り出した事は1度も無い。こちらが振っても乗ってこない。それどころか旧姓のミスマルで名乗るばかりで、まるでアキトの事を忘れようとしているような気配すら感じられる。

 

 それとも、先が無い自分の事などさっさと忘れて、他の幸せを見つけろと言う暗示だとでもいうのだろうか。

 

 ルリは勿論ネルガルに散々掛け合ってアキトの所在を求めた。彼女には時間が無い、会うように説得して欲しいと。ユリカにもアキトは必ず帰ってくるはずだから、信じてあげてほしいと訴えた。

 

 前者はまともな回答など帰ってくるはずもなく、後者にしても優しく微笑むだけで首を縦に振ることもしない。

 

 ルリは追い込まれていた。抜け出せそうにない絶望の闇に捕らわれそうになったことは、1度や2度ではない。

 

 その都度支えてくれたのがサブロウタやハリと言った新しい仲間達。ミナトやユキナと言ったかつての仲間達だ。その存在にルリは幾分心を救われた。特にルリを独りにしまいと躍起になっているハリの姿には申し訳なさと共に不思議な温かみを感じる程だ。

 同時にルリは、ユリカに無理を強いる原因を作っているガミラスに存分に当たった。それは憎しみと言うほどドロドロしているわけではない。

 強いているのなら子供が駄々を捏ねる癇癪に近い代物だった。

 

 しかしガミラスは強い。ナデシコCの全力でも足元に手が届くかどうかという状況に、ストレスは溜まる一方。最近は肌荒れも酷いし目の下にはクマが出来つつある。それでも指揮官として懸命に自分を奮い立たせて立ち向かっているが、いつ足元が崩れてもおかしくないなと、自分でも感じている程状況は悪い。

 

 だが!

 

 「作戦開始まであと5分です。各員各所、準備を済ませて下さい」

 

 ルリは全艦に指示を出す。ナデシコCはこの作戦の要だ。掌握は出来なくてもセンサー類のかく乱が出来る事はここ数回の戦闘で判明している。

 当初は降伏勧告などの通信もあったが、現在では侵入される危険を考慮してか、勧告もなく殲滅戦に移行されるケースがほとんどだ。

 そうでなくても徐々に対策が進んでいるのか、手応えが無くなっていくのが怖い。が、諦めるわけにもいかない。

 

 まだ、自分には為さねばならぬ夢がある。

 

 「っ!? 艦長、冥王星に動きがあります」

 

 ハリからの報告を受けてルリは気持ちを切り替える。

 

 「詳細を」

 

 「冥王星より艦隊出現。総数は60、駆逐艦が50に空母が9、それと未確認の大型艦が1隻。スクリーンに出します」

 

 そう言ってブリッジ前方に投影されたウィンドウにはガミラスの艦艇が隊列を組む様が映っている。

 まるでヒレを広げた魚のようなシルエットに目玉のような艦首の装飾、緑を基調にした有機的なデザインをした、ガミラスの駆逐艦と思われる比較的小型の艦艇を中心に、ヒトデを連想させる快速を誇る十字型の空母の姿も見える。

 

 そしてその隊列の一番奥、中央には地球艦艇に近いとも言える紡錘・葉巻型の白と緑のツートンカラーで塗られた、多数の主砲を装備した見慣れぬ艦艇がある。

 今まで地球が遭遇したどの艦艇よりも重武装で、洗練されたデザインは、初めて見るルリですらプレッシャーを感じる程の迫力を醸し出している。

 サイズも、今まで遭遇した駆逐艦型よりも大きくて、ナデシコCにも匹敵するサイズだ。

 

 ステルスを駆使して近づいたはずだったが探知されていたのか。それともこちらの行動などお見通しだったというのだろうか。予定よりも会敵が速い。

 

 恐れていた事態が現実のものとなった。その事にルリは肘掛けのIFSボールを強く握り締めて悔しさを露にする。

 地球艦隊の力では、奇襲以外で勝ち目が薄いと言うのに。

 

 「おそらく敵艦隊の旗艦、戦艦タイプだね……やっぱり出てきたかぁ。ここで私達を完膚なきまでに潰して戦意を折るつもりだよ。駆逐艦で接近してかく乱して、空母の機動部隊で追い打ち、トドメに後方の戦艦の長射程砲かぁ」

 

 ウィンドウに表示されたガミラス艦隊の威容を見詰めながら、ユリカが状況を分析し始める。

 

 「乱戦に弱い地球艦艇の弱点をもろに突いてきてるなぁ。決め手になるのが相転移砲しかないし、グラビティブラストは接近して減衰する前に当てないと効果薄いし、どっちも取り回しは悪い固定砲で当てること自体が一苦労だもんねぇ。新型ミサイルと宇宙魚雷だけじゃ、強力な回転砲塔を有するガミラスとの接近戦で勝つのは難しい。最低射程の問題もそうだけど、迎撃されて無力化されることも少なくないから、決定打にはならないんだよなぁ」

 

 ユリカの言葉通り、地球艦隊が大敗を喫している理由がまさにそれだ。

 

 「艦隊戦では圧倒出来るけど、航空戦だと主導権を地球に取られかねないって判断して、地球側の航空戦力の対艦攻撃力が低くい事を考慮して艦隊戦で撃滅、ってところかな? 元々ガミラスの大艦巨砲主義的な艦隊運用は地球の比じゃないくらい強力だし、十八番の戦術で完膚なきまでに叩き潰してやるぞ、って意気込みが伝わってきそう……ルリちゃん、冥王星にも注意を払って。もしかしたら長距離ミサイルとかで攻撃されるかもしれないから……木星を滅ぼしたあの大型長距離ミサイル、多分発射地点は冥王星基地だろうし――ガミラスは遠慮してくれないよ。私達を潰せば後は傍観しているだけで地球が滅ぶことを、知ってるだろうから」

 

 ユリカにしては珍しく感じる程、真面目で緊張感漂う声で警戒を促す。

 この場においては権限など無いに等しいユリカだが、その目に狂いは感じさせない。ブランクが長いというのにそこまで頭が回る辺りは流石天才と称されただけのことはある。

 

 ルリはすぐにその忠告を受け取って作戦を開始する。予定外の事態に多少慌てたが、ルリもユリカと同じ結論に達した。

 生憎とガミラスとの交戦経験はこちらが勝るのだ。ユリカに言われずとも行き着く答えは同じだ。

 でも敬愛するユリカが衰えていなくて、そして同じ結論に至れるほど自分も成長したのだと考えると、ルリは少しだけ誇らしく思える。

 

 消耗激しい軍部は人材不足の極みにある。それが祟ってルリは臨時の艦体指揮官を兼任することになった。それに合わせて戦時階級として大佐に昇進させられたが、そんなものはどうでも良い。

 

 艦隊司令に関してはユリカが自分から立候補したが、コウイチロウが許可を出さなかった。建前上は復帰したての人間に艦隊を任せられないというものだったが、娘に少しでも負担をかけたくないという親心に寄るものなのは明らか。それを察してか、ユリカは素直に従ったのでルリはその場は安堵したものである。

 

 ――最も、ユリカが小さく舌打ちをしていたことは見逃さなかったが。そんなに戦いたいのだろうか。

 気持ちわからないでもないが、自重して欲しい。

 

 「敵のセンサーをかく乱して相転移砲で露払いをします。エステバリス隊は発進準備を。相転移砲の発射と同時に発進して下さい」

 

 指示しながら腹に力を入れるルリ。

 

 「ハーリー君、索敵・情報解析を任せます」

 

 「任せて下さい」

 

 ハリが力強く応じる。そこに、かつて艦の全てを任されて狼狽えていた姿は無い。

 

 「古代さん、相転移砲を始めとする火器管制、任せます」

 

 「了解!」

 

 新乗組員の古代進が緊張の滲んだ声で応じる。

 

 「島さん、艦の操舵を一任します」

 

 「了解……!」

 

 こちらも新乗組員の島大介がやはり緊張の滲んだ声で応じる。

 

 「ユキナさん、各艦にもナデシコの相転移砲に合わせて行動を開始するよう通達して下さい」

 

 「了解」

 

 と白鳥ユキナの声が元気のある声で応じた。

 

 ガミラスとの戦闘が激化する中で、切り札として投入されたナデシコCは幾らかの改装が施され、艦首重力ブレードの根本にミサイルランチャーが、さらにはエンジンの強化で禁断の相転移砲までもが追加装備されていた。

 一応ではあるが重力波通信の有効距離も延伸され、ガミラス艦に侵入した時のデータ等を参照に通信システムに改修を受け、かなり長距離からかく乱出来るようになった。

 流石に、完全掌握するにはデータが不足しているため、かく乱するのが精一杯だが、無いよりはマシだ。

 

 これらの改装の処置と、ルリが全力でかく乱に回らなければならないことから、ハリへの負担増大を懸念し、艦の管制システム自体に手を加えている。ブリッジ自体を小規模ながら改装し、あのヤマトを参考に管制席が増設された。

 

 火器管制を担当するスタッフとして古代進、艦の操舵担当として島大介が新たなブリッジメンバーとして乗船している。共にまだ18歳になったばかりの新人。学校を繰り上げで卒業してすぐにナデシコCに配属となり、この戦いが初陣となる。

 

 この人事には何故かユリカも口を挟んできて、この2名は「この役職が適切だと思う」と強引に意見を通した。正直気にはなったが、実際適正にも叶っているのでそのままにしたが、何かしら接点があったのだろうか。

 

 さらに通信士として白鳥ユキナも乗艦している。保護者のハルカ・ミナトには止められたが、持ち前の行動力で振り切って強引にナデシコCへの乗船を求めたのだ。彼女なりに、何かしたかったのだろうとルリは解釈して、深い理由は聞いていない。

 

 ナデシコCの隣ではかつての仲間であるアオイ・ジュンの乗る戦艦アマリリスがナデシコC防衛の為に陣取っている。

 

 かつてルリを「電子の妖精」と褒め称えていたアララギ率いる艦隊は、先の戦いでナデシコCを庇って全てが撃沈された。おかげでナデシコCは逃げ延びることが出来たが、ルリ達の心に重い影を残すだけで、事態は何ら好転しなかったのだ。

 

 今度こそ。

 

 ルリは決意を固めてガミラス艦に向け、かく乱のための欺瞞情報を強引に押し付ける。効果はすぐに見られた。地球側よりも射程が長いはずなのにガミラス艦は砲撃をしてこない。さらに隊列にもわずかだが乱れが見える。システムを途絶しようと抵抗がみられるが許してなるものか。ルリは額に浮かぶ汗を拭う事すらせず全力で妨害に努める。

 

 ナデシコCの、オモイカネの処理能力の大半がこのかく乱作業に使われる。強化された相転移エンジンをもってしても、このシステム掌握機能と相転移砲を同時に使えば一時的にエネルギーが枯渇してシステムのかく乱は停止、ナデシコC自体も再チャージにかなりの時間を要することになる。

 

 ここで打撃を与えられなければ一巻の終わりだ。

 

 そんな中でも進と大介は粛々と作業を進め、ハリの補助の下相転移砲の準備を整え、後はいよいよ引き金を引く瞬間まで来た。センサー類がかく乱されている今なら間違いなく決まるはず。相転移砲の加害範囲なら相当な打撃を与えられる、上手くいけば一網打尽も可能だ。

 

 引き金を握る進にも緊張が走る。普段から血気盛んで直情的な古代進ではあったが、緊張から額に珠の汗が浮かぶ。この一撃だけは外せない、戦果を上げなければならならない。何故ならこの戦場には進の大切な……。

 

 「落ち着けよ古代。慌てると仕損じるぞ」

 

 額に汗を滲ませながらも冷静な態度を崩さない大介が声をかける。絵にかいたような優等生タイプの島大介は、訓練生時代からの同期で親友の進を落ち着かせようとする。

 

 「わかってるさ。この一撃で全てが決まるんだ」

 

 親友の言葉に幾分冷静になった進は改めて相転移砲の照準を調整する。相転移砲の追加で変形機構を有した左右の重力ブレードの先端が開いて、相転移砲のシステムを露出する。そして、

 

 「相転移砲、発射!!」

 

 ハリの示したタイミングに基づいて相転移砲の引き金を引く。艦首に生じたエネルギーが敵艦体の中央に投げ込まれると同時に空間の相転移現象が広がる。

 

 「くっ、読まれちゃったか。あの状態で小ワープ出来るなんて、本当に侮れないよ、ガミラス……」

 

 まだ結果すらわかっていないはずなのにユリカが緊張に満ちた声を上げる。

 

 その言葉の意味を問い質す前に異変は起こった。

 

 「重力振多数、地球艦隊の真っただ中です!」

 

 ハリの警告が飛ぶと同時に地球艦隊の只中にガミラス艦が出現する。この現象は――。

 

 「ワープ!?」

 

 ユキナが引きつった声を出す。

 

 ワープ。それはガミラスが波動エンジンの力を利用して行う超空間航法の1種だ。

 

 ボソンジャンプの様にボース粒子への変換や時間移動などのプロセスを行わず、波動エネルギーが生み出す時空間の歪曲作用を用いて空間を歪めて、物理的な距離を限りなく0に近づけたワームホールを自力で生成、その中を通過することで極々短時間で超長距離を移動するというものだ。

 

 ユリカによれば、ボソンジャンプでも理論上は同程度の航続距離を出すことは可能らしい。

 ただし、A級ジャンパーによるナビゲート能力をもってしても、イメージ能力の限界から単独では惑星間航行が限度で恒星間航行は座標指定の問題で危険極まりないのだとか。 容易に光年単位で跳躍するワープに対抗するには、イメージを補助する何らかのマーカーを使うか、高性能なチューリップを使用するか、果てはかつての自分の様に演算ユニットに生体ユニットを組み込んだ上でもっと突っ込んだアプローチが必要になる、との弁だ。

 どちらにせよ、現在の地球の技術力と理解度では、惑星間ボソンジャンプが限度らしい。例え通信のような使い方であったとしても。

 

 もっとも、逆にワープは短距離を移動するには色々と面倒な手順とより精密な制御が必要になるらしく、またボソンジャンプが演算ユニット側で転送先の物質と接触したり衝突しないように補正をかけてくれるのに対し、ワープでは艦艇毎に都度設定が必要だ。

 また、ボソンジャンプの様に個人単位、特に密閉空間にすら容易に出現する特性を持たないことから、星の海を渡るのではかなり有用だが、完全制御すれば経済や軍事で圧倒的なアドバンテージを握れると言うわけではないのだとか。

 

 未だに演算ユニットへのリンクをわずかとはいえ保持しているからか、彼女の発言には妙な説得力があった。

 とすれば、先ほどのユリカの発言は演算ユニットにリンクしているが故に、何かしら超空間的な感覚を持ってそれを知覚したとでもいうのだろうか。その事を確かめる前に事態は急変を続ける。

 

 「ルリちゃん、すぐに対処しないと危険だよ!」

 

 ユリカの指摘通り、事態は最悪だ。完全に虚を突かれた。機動兵器部隊の展開はまだ完了していない。

 それに地球艦隊にとって最悪の構図である接近戦に持ち込まれるとは。

 ガミラスにとっての必勝パターンにまんまとはめられてしまった悔しさも露に、ルリは応戦を決意する。

 

 「エステバリス隊の発艦を急がせて下さい! 古代さんはミサイルで可能な限りの応戦を!」

 

 センサーかく乱作業から解放されたルリがすぐに指示を出す。各所がそれに応じて対応しようとする中でユリカが進言した。

 

 「駄目、そんなんじゃ間に合わない! ルリちゃん、すぐに撤退しないと全滅しちゃう!」

 

 ユリカの声は、混乱を極めつつあるブリッジ内においても良く通った。

 

 「この状況で撤退しようにも振り切れません。そんなこともわからない貴方ではないはずです」

 

 ルリも務めて冷静に返す。元々速力その他で負けているのだ、全力で後退したところで逃げ切れるわけがない。――通常航行では。

 

 「私がナビゲートしてジャンプで逃げれば何とかなる! 各艦にデータリンクとボソンジャンプフィールド展開の指示を出して! このままじゃみんな無駄死にする!」

 

 切羽詰まった声で提案するユリカに、ルリは頭に瞬時に血が昇った。かつてないほどの感情の発露を現すかのように、シートの肘掛けを思い切り叩いて反抗した。

 

 「これ以上負担をかけないで下さい! 貴方の体はもう限界が近いんですよ!」

 

 「だからと言ってこの場でみんなを無駄死にさせるわけにはいかないでしょ!――ルリちゃん、個人的な感情で見殺しにするの!? それでも艦隊司令なの!!」

 

 激昂するルリにこちらも怒鳴る様に対抗するユリカ。この2人のやり取りに他のクルーも戸惑いを隠せない。ユリカとは初体面になる進や大介ではあるが、事前にルリから彼女が重病人であり、本来は現場に出るべき人間ではないことだけは釘を刺されている。

 

 それ故にまだ若く血気盛んな進などは、内心場違いな人がいると考えているし、真面目な大介はむしろ体調を気遣う事も多く、ユリカが見せたナビゲート能力や戦術眼に素直に感心している。

 

 

 

 こうしている間にも状況は刻一刻と悪化していく。味方の艦載機の展開が追い付いてないのに高速十字空母は凄まじい勢いで全翼機型の航空機を展開して、防衛艦隊に次々にミサイルを叩きつけてくる。

 

 ナデシコCもエネルギーの枯渇で満足な戦闘行為が望めない有様で、その影響もあって艦載機の展開作業が遅れに遅れている有様だ。まだ1機も出撃出来ていない。

 ボソンジャンプフィールドはもちろん、ディストーションフィールドも予備電力で辛うじて形成出来る程度と、エネルギーの枯渇は深刻だった。

 

 今は隣のアマリリスや駆逐艦アセビが懸命にナデシコCを庇ってくれているが、徐々にその身に傷を刻みつつある。他の艦艇も似たようなものだ。驚くべき程の速さですでに半数近くの艦艇が傷つき、沈もうとしている。

 辛うじて展開した艦載機も、出撃した傍から艦砲射撃に巻き込まれて撃墜されていく。

 それを免れた機体も敵の航空編隊にかく乱され、母艦の援護もままならぬまま嬲り殺しにされていく。

 

 全員がまさかのワープ戦術に浮足立ち力を出し切れていないのが手に取るようにわかる。

 ガミラスもそれで遠慮してくれるわけでもなく、容赦なく砲火を地球艦隊に向け、1隻も残らず冥王星の海に沈めようとしているのがヒシヒシと伝わってくる。

 

 

 

 ルリは歯を食い縛って悔しさを露にする。強く噛みしめた歯茎も、握り締めた手も痛いが、それ以上に痛いのは心だ。またユリカに負担をかけなければならない。

 ルリが迷っている間にも被害は拡大し、ついにナデシコCにも命中弾が発生する。右舷重力ブレードの先端だ。まだ大事には至らないがここが破壊されたらジャンプフィールドはおろかディストーションフィールドも張れなくなる。

 

 「……ユキナさん、各艦に通達。ナデシコとデータリンクしてボソンジャンプフィールドを展開。ボソンジャンプで撤退します」

 

 ルリは決断した。ユリカを苦しめてでも、この場を生き延びあるかどうかわからない次に備えると。いや、冥王星から地球まで帰還するにはどちらにせよボソンジャンプが必要になるため彼女を苦しめること自体は最初から決まっていた。

 

 だがルリは辛さから目をそらしていたのである。それに勝ちさえすれば少しくらいは休息を与えてコンディションを整えることだって出来ただろうと希望的観測に縋っていた。自分達が不甲斐ないから、彼女の体調を整える間も無く再ジャンプすることになってしまった。

 

 「了解……各艦に通達します。ナデシコとデータリンクを開始してボソンジャンプフィールドを展開して下さい。ボソンジャンプで戦域を離脱します。繰り返します――」

 

 ユキナが各艦にルリの指令を伝達する。その目には薄っすらとだが涙さえ浮かんでいる。悔しくないわけがない。可能な限りの手を尽くしたはずなのにこの大敗っぷり。そして、ユリカが無茶をすればまたルリが悲しむ。

 

 「艦長、アセビが命令を拒絶しています!」

 

 各艦から了解の返事を受ける中、駆逐艦アセビだけは命令に背き、敵艦隊の只中に突撃を開始した。

 

 「艦長は誰ですか? 命令に従うように言って下さい」

 

 ルリはアセビに再度通達を指示する。ユリカを苦しめてでも助けようとしているのに逆らわれたら堪ったものじゃない。この場においては1人でも多く、1隻でも多くを助けて逃げなければ明日すら危ういのだ。

 

 「アセビ艦長の古代守中佐から通信です」

 

 「ホシノ艦長。ここは自分が引き受けます。ナデシコは他の艦を連れて、早く行って下さい」

 

 ウィンドウに移った古代守艦長が静かに告げる。他の乗組員の表情も穏やかなもので、それが決して艦長の独断ではないことを示している。

 

 「何を言っているんだ兄さん! 撤退の指示が出てるじゃないか!」

 

 口を挟んできたのは守の弟である進だ。彼にとって兄と共に戦場に出るのはこれが初めての事であり、相転移砲発射の際気負っていた原因だ。相転移砲を仕損じれば確実に艦隊は殲滅される。それは自身の死だけでなく、唯一残った家族をも失うことを意味していた。

 それだけに進は敵に背を向けて逃げる屈辱よりも兄がまだ無事で、共に逃げ帰れることに内心安堵を覚えていたのだ。

 

 「進、これは誰かがやらなければならないことだ。今生き残らなければならないのはナデシコ、いやホシノ艦長とミスマル大佐だ。彼女たちが残れば、きっと地球は救われるさ」

 

 柔らかい笑みを浮かべ、守は断言する。彼は知っている、要請が来ていたから。地球を救う最後の希望が目覚めようとしていることを。そしてそれを操る人間は、ナデシコCとアマリリスに乗船している面々であることを。この2隻を最小限の被害で守り抜くことこそが、自分の役割であると悟っていたのだ。

 

 「兄さん!!」

 

 「古代艦長。撤退します。同行して下さい」

 

 ルリは進を咎めようとせずに繰り返し命令する。家族を奪われる悲しみはルリ自身が一番良く知っている。だからこそ守も連れ帰ってやりたいという気持ちが強い。

 

 しかし、守は従わない。

 

 「ミスマル大佐。ボソンジャンプをお願いします。他の艦の準備も終わる頃でしょう。進、強く生きろ。俺達の地球を頼んだぞ!」

 

 守の言葉にユリカは顔を歪め、両手を握り締める。その目はルリ達と同じ、納得出来ずに従うことを求めている。

 同時に彼の行動で少しでもかく乱すれば、いや、生贄を残すことで撤退した部隊が追撃を受ける可能性を減らせると、彼女は理解していた。だが、よりにもよって進の兄を置き去りにしなければならないなんて。

 

 「ミスマル大佐、地球を、進を頼みます。最後の希望を、貴方達に託します」

 

 「……」

 

 そこまで言われて、ユリカは決意した。この場で恨まれたとしても、生き延びて明日を掴むと。――そして、彼の弟は自分が導いて見せると。

 

 「――ジャンプします。あと10秒」

 

 感情を押し殺して静かに告げたユリカに進が噛みつく。

 

 「何言ってんだアンタは!? まだ兄さんが……!」

 

 「ユリカさん駄目! 説得しますから時間を――」

 

 「ジャンプ」

 

 その一言で運命が決定した。進とルリが止める間もなくナデシコCは数隻の艦を伴ってボソンの輝きと共に冥王星海域から離脱した。

 

 そして、残されたアセビは猛奮戦の末魚雷を撃ち尽くし、十字砲火を浴びて爆発炎上。宇宙の彼方へと消えていった……。

 

 

 

 その戦場の脇を掠めるように超高速の移動物体が通過したことを知っているのは、余裕のあったガミラスの旗艦とジャンプ寸前のユリカだけだった。

 

 

 

 

 

 

 「何で! 何で兄さんを見捨てたんだ!! 連れ帰れたはずなのに!!」

 

 「古代やめろ! あの場は仕方なかったんだ!」

 

 ナデシコCのブリッジは騒然としていた。兄を見殺しにされた事で激情に駆られた進は、素早い身のこなしで自分の席を飛び出してユリカに掴みかかった。

 大介が止めようとしても止まらず襟を掴んで引っ張り上げて渾身の力で頬を殴りつけようと腕を振りかぶる。

 

 ユリカは抵抗の意思を見せない。

 

 ジャンプ直後ではお馴染みとなった、ナノパターンの発光の止まぬその瞳は、真っすぐに進を見つめ先を促しているようにも見える。

 

 まるで、断罪されたがっているようだ。

 

 その目が癪に触って、進は拳を振り下ろす。

 

 望み通り、その顔を思い切り殴り飛ばしてやる!

 

 「お願いだからやめてぇぇぇ!!」

 

 上から浴びせられた悲痛な叫びに、進は冷や水を浴びせられたかのように硬直する。

 ユリカを殴りつけるはずだった拳は寸でで止まり、届くことは無かった。

 

 ゆっくりと顔を上げて声の方向を仰ぐと、そこには両目からぼろぼろと涙を零して進に訴えるルリの姿があった。

 

 「家族を奪われる苦しみはよくわかります! 私だって、私だって経験者です、経験者だからよくわかります! でもお願いだからやめてぇ! ユリカさんを殺さないでぇ!! もう私から奪わないでぇ!!」

 

 嗚咽交じりに訴えるルリの姿に進は戸惑う。幾らなんでも大げさ過ぎると思った。1発殴り飛ばしてやろうとしただけなのに。

 

 

 

 しかし、その意味をすぐに知った、そして思い出した。

 

 「う……っ!」

 

 呻き声が聞こえたと思ったら、ユリカを掴み上げている左手に生暖かい液体が触れる。ぎょっとして視線を向ければ流れるような鼻血を出して、焦点の定まらない目をしているユリカの姿があった。

 素人目にも危機的状況であると事が一目で窺える。

 

 そうだ、彼女は人体実験の後遺症で重病人だったのだ。肉親の死に錯乱し、見捨てた張本人相手とはいえやり過ぎた。

 もしも本当に殴っていたら殺していたかもしれない。

 

 そこでさらに思い出した。彼女はルリにとって愛してやまない家族で、1度は失ったと思われていたことを。本人の口からそう告げられて、様子がおかしかったらすぐに知らせるようにと懇願された程だ。

 進の頭からさっと血が下りて顔が青くなる。

 

 そこまで進が思いついたところで遅れた大介が進からユリカを引き剥がして席に座らせ、持っていたハンカチで出血を抑えようと宛がうが、白いハンカチはあっという間に朱に染まる。

 間髪入れずにユキナに医務室に連絡するように指示を出すと、ユキナもすぐに応じて艦内通話を立ち上げる。

 主治医というべきイネスは同乗していないが、代理にと派遣された医師に引き渡さなければ。

 

 ブリッジは先ほどまでとは別の意味で混乱していた。ユキナからの連絡を受けて大急ぎで駆け付けた医師は、同行させた看護師2名と共にユリカの容態を確認すると、注射器を取り出して薬を注射する。

 この場では手に負えないと判断したのか、用意してきた担架を使ってすぐにユリカを運び出す。

 

 ユリカが運び出された後のブリッジには、心配そうにユリカが出て行ったドア見つめるユキナ、ルリに駆け寄りたいのを我慢して各艦の状況確認を懸命にこなすハリ、「気持ちはわかるが自重しろ!」と進を叱り飛ばす大介、艦長席で嗚咽を漏らして泣き崩れるルリ、そして左手に付いたユリカの血と泣き崩れるルリの姿に怒りも冷めて呆然としている進が残された。

 

 

 

 しばらくして医務室からユリカは持ち直して小康状態になり、しばらくは医務室で監視の元休養することになる。病状の進行については現状でははっきりしないと言う一言が、ルリの心をさらにかき乱す。

 既に余裕の無いルリは進を罰しようとも注意もせず、ただ自分の家族が彼の家族を見捨てる決断をしたことを謝罪しつつけ、出鼻を挫かれた進はルリが落ち着くまでその場に釘付けになった。

 

 

 

 「御免なさい古代さん。本当なら私は、貴方を止められるような立場に無いのに」

 

 泣き続けて目元を赤く腫らしたルリが何度目かの謝罪をする。

 

 結局あの後職務遂行は無理と判断した副長の高杉サブロウタが格納庫からブリッジに舞い戻り、ルリと進をブリッジから追い出した。

 厳密に言えばルリにはあの場を納める義務がある。

 

 そもそも役職こそ浮ついたものだが、まだまだ駆け出しの新兵である進が、一応は大佐の階級を授かっているユリカに手を挙げるのはご法度だ。

 だがルリはそんなことなど考えもつかず、家族が進にした仕打ちにのみ意識が向いてしまっている。

 

 「いえ、僕の方こそすみませんでした。つい、カッとなって」

 

 流石にルリ相手に当たり散らすわけにもいかず、進はこの場を収めにかかる。

 

 「わかってるんです。家族を奪われることがどういうことなのか……ユリカさんだってわかってるんです。わかってるはずなんです……」

 

 懸命に訴えるルリに進はバツが悪そうな顔をする。これではまるで虐めているみたいだ。

 

 「ユリカさんだって、アキトさんを、最愛の夫を奪われて今日まで会えてないんです。それなのに、それなのにあんな決断をしなければならなくなって、きっとユリカさんだって辛いはずなんです。許してくれとは言いません。でも彼女に当たるのだけは勘弁して下さい――殴りたいのなら代わりに私を殴って下さい。止められなかった私も同罪です」

 

 そんなことを言われても困る。殴り飛ばしたかったのは見捨てた張本人であってその関係者ではないし、そもそもルリに対しては敬意こそあれど敵意は無い。

 

 「いえ、もう良いんです。感情的になってすみませんでした」

 

 進は頭を下げると居たたまれなくなってその場を後にする。残されたルリはそんな進を沈痛な面持ちで見送り、涙を拭うとブリッジに戻るべく踵を返した。

 

 

 

 「ようハーリー、頑張ってるじゃんか」

 

 「からかわないで下さいよ、サブロウタさん」

 

 ブリッジでは逃げ帰った艦隊の状況確認が終わり、クルーの面々は沈んだ表情で粛々と己の職務に没頭している。

 

 全員が気落ちしていた。最後の反抗作戦は無残にも完敗で終わってしまった。

 

 生き残った艦は半分以下の12隻。どの艦も損傷激しくまともな戦闘能力は残されていない。ナデシコCも損傷こそ右舷重力ブレードの破損程度だが、この艦単独で敵に勝てる等という夢物語を語る者がいるはずもない。

 

 全員が理不尽な現実に叩きのめされ、明日への希望を失いつつあったのだ。

 

 そんな中でも極力平静に振る舞おうとしているのが、マキビ・ハリと高杉サブロウタだった。

 職務遂行が不可能と判断してルリをブリッジから追い出したサブロウタは、すぐに副長としてハリが行っていた艦隊の損害確認作業を手伝いつつ、ナデシコC自体の状況確認を済ませると泣き言1つ言わずに頑張ったハリの頭をわしわしと乱暴に撫でてやる。

 

 以前なら子ども扱いを怒っていたハリも、今はこの程度の事で文句を言う事は無い。――例外があるとすれば、ルリの前で賑やかしを目的とした時位だ。

 

 「いやいや、上出来だぜハーリー。良く艦長をフォローしたな」

 

 「僕はただ、艦長の助けになりたいだけです……艦長、この1年追い込まれてばかりで、可哀そうですよ」

 

 ルリの話題になるとハリも気落ちを隠せない。ルリがユリカを助け出した直後、とても嬉しそうにしていたのを見ているだけに、自分の命を鑑みないユリカの行動にも腹が立つし、それを見せつけられて追いつめられるルリの姿は、もっと見たくない。

 

 だからこそハリはせめてルリの負担が少しでも軽くなるようにと、ガミラスとの戦いが始まってからは甘えを堪えて懸命にルリの補佐を務めあげてきた。

 幸いにもサブロウタと言う兄貴分の存在のおかげで、ハリの手落ちもすぐにフォローされた。

 時間を作ってはルリに余計なことを考えさせないようにと、邪魔を覚悟で一緒に食事をしたり他愛もない話をしたり、時には真面目に職務の話をしたり。

 

 サブロウタと二人三脚で、今日まで支えてきたのだ。

 

 「何で、何でユリカさんはあんな無茶を重ねるんですか? あんなことしても艦長を追い込むだけだってわからないんですか? それとも、テンカワ・アキトさんに、旦那さんに捨てられたと自棄になってるんですか?」

 

 矢継ぎ早に不満を訴えるハリに、サブロウタは神妙な面持ちで自分の意見を語る。ここはおちゃらけて見せる場面ではない。

 

 「さあな。だけどよ、俺は彼女が自棄になってるようには見えないぜ? 何と言うかこう、もっと先を見据えて、そのための準備として無茶をしているような気がするんだ……例のヤマトも、この状況じゃあどこまで役に立つかわからないが、読ませてもらった資料の限りじゃ、あれだけがガミラス野郎に対抗出来る現状唯一の戦力だ」

 

 サブロウタも将来的な乗艦を打診されている身の上なので、ネルガルから送られてくるヤマトの資料には最低限ではあるが目を通している。目を通した後は要廃棄を求められているためすでに破棄して手元に無いが、そう思わせるには十分な事が書かれてはいた。

 

 もっとも、戦艦1隻でどうにか出来るような状況ではないと冷静な軍人としての自分が警告もしていたがこの場は気休めでも期待しておいた方が良いだろうと思う。

 

 「まあ、先の戦争じゃあ俺達は結局ナデシコA一隻に振り回されて、終戦まで持ち込まれたようなもんだけどな」

 

 と回想する。あの火星での痴話喧嘩は今でも覚えている。

 その時のやりとりが、自分達の今を決定付けたことを考えると感慨深くもあり、同時にそのきっかけとなった夫婦が、かつての自分達の大将に蹂躙されて悲惨極まりない状況に置かれていると考えると、サブロウタとしても何とかなって欲しい思うことはある。

 そもそも何とかなってくれないと、敬愛する我が艦長殿がどうにかなってしまいそうで怖いのだ。フォローも限界に近い。

 

 今のルリにとって、アキトとユリカは過去ではなく現在なのだ。

 

 彼女にとって渇望して止まない、幸せの象徴。

 

 それがこんな形で壊れていく様を見せつけられるくらいなら、それこそ本当に事故死していたとか、実験中に死んでいたとかの方がマシだったと思う。辛い現実には違いないが、生々しさを感じないだけルリにとっては救いになったはずだろう。

 それがこうも生々しく、確実に壊れていく様を見せつけられるのは、ユリカに近しいとは言えないサブロウタですらキツイと感じることがあるのだ。

 

 とにかく、今は救いが欲しい。それがサブロウタの本心だ。

 

 「本当によ。どうにかなって欲しいぜ」

 

 切実な願いは、空しくブリッジ内に拡散して消える。

 

 その願いが現実のものとなるのは、まだ少しだけ先の事なのだ。

 

 

 

 

 

 

 ルリと別れた進は行く当てもなく艦内を歩き回る。本当ならブリッジに戻るべきなのだろうが今は戻りたくない。どうしてかは知らないが、特に咎められていないことを考えると今は戻ってくるなと言う暗示にも思える。

 

 進は艦内を徘徊する。気が付くと医務室の前に足を運んでいた。考えもなしにそのドアを潜ると戦闘での負傷者や、倒れたユリカがベッドの上に寝かされている。

 

 負傷者連中は呻き声を挙げて苦しんでいるが、対照的にユリカは静かだった。

 だがその目は完全には閉ざされておらず、虚ろな視線を天井に向けている。

 半開きになった口からは呼吸音に交じり声の様な物も聞こえるが、言葉を成していない呻きに近いものだ。

 

 最後の撤退で使ったボソンジャンプの反動。それが彼女の体を蝕んでいることは明らか。

 最後の肉親を見捨てた張本人だというのに、進は掴みかかった自分を恥じたい気持ちで一杯になった。

 

 彼女もまた、命を懸けて自分達を救ったのだと思い知らされた。何となしにその顔に触れてみようと左手を伸ばすと、拭い去るのを忘れていた彼女の血がこびり付いていた。

 すっかり乾いて黒ずんだそれは、ユリカの表情と合わせて進にこれ以上無く“死”を連想させて欝な気分にさせられる。

 

 結局踵を返して医務室を後にしたところで、進はある女性に呼び止められた。

 

 「古代君、手に血が付いてるけど、どこか怪我でもしたの?」

 

 振り返って呼び止めた人物を確認すると、医療班に配属された森雪の姿を認める。

 彼女も今回の作戦でナデシコCに配属された新人で、進は大介と共に、乗船前の集まりで知り合っていた。

 同期の中でもとびっきりの美人さんなので、その時は大介と共に舞い上がったものだが、今はとてもそんな気分ではない。

 

 そう言えば、先程ユリカを運んだ看護師の中に居たような気がする。

 

 「……いや、これは。ミスマル大佐の血だよ。俺が、掴みかかった時に付いたんだ」

 

 罪を告白する気分で雪に告げる。

 ある意味進は誰かに罰して欲しかったのかもしれない。罵倒して欲しかったのかもしれない。

 守を失った悲しみに飲まれていたとは言え、見殺しにしたとは言え、文字通り命を削って自分達に協力してくれた人に手を挙げた後悔。

 軍の広告塔として名を知られ、密に憧れていたルリを泣かせてしまった事のバツの悪さ。

 いろんな感情が入り混じって自分でもどうしたいのかがわからない。ぐちゃぐちゃの心境だった。

 

 「そう、お兄さんの事ね」

 

 雪は悲しみに顔を俯ける。乗船前に知り合った進と大介と仲良くなった雪は、話の流れで進の兄、守がこの作戦に参加していることも知っていたし、その乗艦がどのような結末を迎えたのかも、知っている。

 出会って間もないとはいえ同期生で、しかも兄・守の事を自慢げに話していた進の姿を知るが故に、雪も悲しかった。

 

 雪はポケットからハンカチを取り出すと近くにあった化粧室に入り、水道でハンカチを濡らして進の元に戻り、手に付いた血を拭ってやる。乾き切った血は簡単には落ちない。濡れたハンカチも黒ずんだ血で汚れていく。

 その光景がまるで雪に自分の汚れが移っていくような気がして進はことさら気分が悪くなった。

 

 「もういいよ。自分で洗ってくるから」

 

 と雪からハンカチを取り上げて「後で洗って返すよ」と一方的に告げてその場を去る。雪が悲しげに自分を見つめていることは察したが、今は他人に優しく出来る余裕など、ありはしなかった。

 

 

 

 そんな進を見送りながら、雪は医務室に戻ってベッドに横たわるユリカの姿を見詰める。

 彼女が何をしようとしているのか、雪は知らない。だが、命を削ってでも成し遂げたい何かがあるのだと言う事を、本能的に察していた。

 だから雪は、彼女の世話を任された時から真摯に接してきた。

 

 初めて会った時、「これからよろしくね、雪ちゃん!」とやたらフレンドリーな対応をされた時は面食らったが、彼女の人柄は好ましく思えたのですぐに仲良くなれた。――天然故に偶に会話が噛み合わなかったりすることがあるが。

 ユリカの病状やそもそもなぜそうなったのかについては聞かされていたが、聞きしに勝るとはまさにこの事。

 ユリカの衰弱は激しく、普通の人間ならとっくの昔に心折れて自殺しているだろうと半ば確信する程だ。

 

 彼女がどうしてそこまで耐えられるのか疑問に思っていたが、雪はこっそりと教えて貰えた。

 

 火星の後継者等の悲惨な事件には素直に同情し、怒りを覚えた。

 

 問題は、その後始まった子供時代から始まってナデシコで再会し、結婚に至るまでの惚れ気話の数々だ。

 

 延々と数時間にも渡ったそれは、色恋沙汰に興味津々の雪であっても少々辛い物であり、「はいはいご馳走様でした」で済ませたくなった事は数回では利かない。

 

 とは言え、そこまで熱烈に愛せる人がいるという事は、羨ましく思えるし、自分もそのような相手に巡り合いたいと漏らすと、

 

「大丈夫だよ。雪ちゃんなら、きっとすぐにそんな人に会えるよ」

 

 と断言されてしまった。なぜユリカが言い切れたのかは長らく不明だったが、間違った言葉ではなかった。

 

 

 雪は確かに、そんな人に巡り合えたのだ。

 

 「ユリカさん。貴方も、旦那さんと再会出来ると良いですね」

 

 虚ろな目で天井を見つめるユリカを見詰めながら、雪は願う。

 

 彼女の体調は深刻で、まだ医療従事者としては日が浅い雪の目からも絶望的だ。そして、地球も救われる事は無いだろうと思う。

 ユリカは「最後まで諦めちゃ駄目。まだ地球には希望が――ヤマトがあるから」と口にして、雪を励ましていた。

 それが何なのか詳細までは語ってくれなかったが、ヤマト、と言う名前には妙に心惹かれる。

 少なくとも、患者が諦めていないのに医療従事者が諦めるわけにはいかないと、雪は気持ちを前向きにして頑張ることを決めた。

 

 だから、最後の日を迎えるよりも先に彼女が夫に再会出来る日が来ることを切に願う。そのためにも、彼女を1秒でも長生きさせるために、努力を積み重ねるしかない。

 

 今の自分には、それしか出来ないのだから。

 

 

 

 

 

 

 冥王星での戦いで敗走してから2日が過ぎた。残存艦隊はユリカのナビゲートで火星近海にジャンプアウトしていたが、残存艦の大半が傷つきまともに航行出来なかったため、最低限の補修を試みたり、駄目だとわかると生き残った艦への移譲が迫られ、時間を取られたのだ。

 最終的に稼働出来たのは戦艦アマリリスとナデシコCを含め8隻に留まり、他の艦はその場に捨て去って帰路に就くことになる。とは言えナデシコC以外の艦は沈んでいてもおかしくなかった所を救われる形になったため、敗北の屈辱は堪えたが、生き残った全員が「次がある」という前向きな気持ちをもって踏み止まっていた。オープン回線で流れた守とナデシコCのやり取りが、生きてさえいれば抗う事が出来ると、彼らの背中を支えたのだ。

 

 改良された相転移エンジンの巡航速度なら、ここから地球に戻るまで約2週間と言ったところだ。

 

 ユリカの容態も落ち着き、意識を取り戻したのも丁度この時。本人曰く多少のふらつきはあるが特別変わったことは無いとのことで、何とか現況維持に成功したらしいことが伺えた。これには医者も胸を撫で下ろし、ルリも安堵の表情を浮かべた。

 ただし無茶したことに対しての小言と癇癪は口を吐いたが、ユリカはその胸にルリの頭を抱き締める事でその場を収めた。昔のような潤いと張りを失った肌に悲しみを覚えながらも、大好きな姉の胸に抱かれたルリは一時の幸福を感じていた。

 

 願う事ならばもっと味わいたい。ご都合主義だろうと何でも良いからユリカが全快して、アキトも帰ってきて、また家族の生活を味わいたい。

 

 そう考えたルリにとっての誤算は、途中で堪えきれなくなったのか、

 

 「ホントに心配かけてごめんねぇ! もうジャンプしないから許してぇ~~~!!」

 

 と泣き出したユリカに全力で抱きしめられて、口と鼻がその豊かな胸元で塞がれて息が出来なくなったことだろう。必死に腕を叩いて訴えるも、ユリカは泣きじゃくるばかりで一向に気付いて貰えず、結局ルリが気絶してからようやく放して貰えたとか。

 

 後数分遅かったら、ルリは天国に旅立っていたと告げられ、医師に怒られて気落ちしているユリカに「気にしてませんから」とフォローしてその場は終わらせる。

 

 しかし……。

 

 (私も、あれくらいのボリュームが欲しかったな……)

 

 医務室を出てからそっと両手を自らの胸元に宛がう。ユリカに比べると慎ましやかで主張の少ない胸元に言いようのない敗北感を抱えながら、ルリはブリッジへと戻る。

 

 今後成長する事はあるのだろうか。して欲しいなぁ。

 

 

 

 ブリッジも敗戦の重い空気を何とか逸脱し、落ち着いた様子を見せている。雑務を片付けたハリとサブロウタは、交代でルリに構って心のケアに努める。

 

 つい先程等は、ユリカの見舞いに行ったルリが医務室を出るタイミングでハリを送り込んで捕まえさせて、一緒に昼食を取らせたり、戻ってきたルリに今度はサブロウタが真面目に職務の話を振りつつ何時もの軽い調子を披露して、彼女が極力暗い考えに捕らわれないようにフォローに奔走している。時にはユキナも混じってとにかく賑やかな状況を作ってルリの気持ちを持ち上げようと努力を重ねる。

 

 そんな仲間達の気遣いにルリは間違いなく救われ、癒されていた。肝心のユリカも、アキトも、そして住むべき世界の未来も先を感じさせないお通夜ムードを払拭出来て無いが、幾分気持ちがマシになった。それに先程の見舞いでユリカからも、「ジャンプはもうしない」と断言されたことで気分的にはかなり持ち直せた。――全力全開なハグもしてもらえたし。

 

 何かあれば使いそうな予感がするが、突っ撥ねられていた今までに比べれば遥かにマシだ。少なくともジャンプが原因でこれ以上病状が悪化することだけは無いと思えるだけで。

 

 

 

 後は地球の現況をどうするか、どうやってガミラスを退けるか、どうやって……ユリカの体を癒すかが今後の課題だ。

 

 そこまで考えると、今まで意識していなかった宇宙戦艦ヤマトの事が気にかかり始める。ユリカが命を削って再建を指揮した並行宇宙の戦艦。彼女はヤマトを指して「厄災に立ち向かうための希望」と断言した。どうしてユリカがあの艦の事を知りえたのかは何となく察しが付く。

 

 演算ユニットだ。時間と空間の概念が無いとされる空間跳躍システムのブラックボックス。恐らく火星から地球に帰還する時のジャンプ中に何かあったに違いない。その時に彼女は厄災――ガミラスの襲撃とそれに対抗出来る希望――宇宙戦艦ヤマトを知ったに違いない。そう考えればユリカのあの行動も説明が付く。

 

 そうだ、あの時彼女はヤマトを指して「片割れ」と言った。だとすればもう1つ、もう1つ何らかの“希望”を知り得たに違いない。だがユリカはその事を今まで1度たりとも口にしていないため、何のことを指しているのかわからない。

 

 だがもしかしたら、その片割れとヤマトがそろうことで、この状況を打破するどころか、完全にひっくり返すウルトラCが実現するのかもしれない。

 

 心労が和らぎ幾分聡明さを取り戻した頭脳がその可能性に行き着いた時、ルリは心に決めた。

 兼ねてからの要請通り、ヤマトに乗る。

 愛着のあるナデシコを降りるのは辛いが背に腹は代えられない。ユリカも恐らくは乗り込むはずだ。

 軍に復帰したのはそのためで、反抗作戦に同行したのも、やたらと口を挟んできたのも自分がまだ健在であることを、この脅威に対して命を捨てる覚悟で挑む心意気を持っていることを、示すためではないのだろうか。

 

 そうと決まれば話は早い。早く地球に帰還してヤマトの再建に協力しよう。後はエンジンさえ、エンジンさえ完成すればヤマトが使えるようになる。

 

 ヤマトの力で何とかガミラスを退ける事が出来れば……。あそこまで進んだ科学文明だ。医療技術だって進んでいるはず。その技術を手に入れる機会も巡ってくるに違いない。

 少なくともこれまでの戦いで、特にルリのシステム掌握を試みたことで、ガミラスがヒューマノイドタイプの知的生命体であることだけはわかっているのだ。

 だとすれば地球人に応用出来る可能性も残されている。今はそれに縋るしかない。

 

 ルリの心にここ最近感じることの少なかった2文字の言葉が蘇ってくる。

 

 

 

 “希望”の2文字が。

 

 

 

 「艦長、本艦の右後方から高速で接近する物体1!」

 

 レーダーを見ていたハリの声に意識を切り替えて情報をウィンドウに表示させ、ルリ自身も解析を試みる。

 

 「これは……宇宙船ですね。随分と小さいけど、亜光速に近い速度が出てます」

 

 だとすればとてつもない科学力を持っていることになる。

 望遠カメラで辛うじて捉えた映像は不鮮明ではあったが、ガミラスとも地球とも違う、有機的なデザインを持つフライパンのようなシルエットをした宇宙船の姿を映し出している。黄色を基調とした色合いをしていることまではわかった。そして、ガミラスの砲撃でも受けたのか、後部から煙を吹いて制御を失っているようにも見える。

 

 「1分後に本艦と交差! このままでは衝突します!」

 

 悲鳴に近いハリの声にルリは即座に命令を下す。

 

 「フィールド展開、速やかに回避行動を。島さん、頼みます」

 

 「了解。取り舵20、全力回頭。回避行動に移ります」

 

 ディストーションフィールドを展開した巡行形態のナデシコCの姿勢制御スラスターが火を噴き、300mを超える巨体がゆっくりとその進路を変える。接近する物体に比べると遅々たる動きだが、それがナデシコCの全力だった。

 

 「交差まであと10、9、8――」

 

 ハリが秒読みを開始するのに合わせて、ナデシコCと宇宙船の距離が急激に縮まる。そして、辛うじてではあるが、ナデシコCは宇宙船との衝突コースから外れることに成功する。

 が、両者が辛うじて衝突せずすれ違おうとした正にその瞬間、宇宙船からナデシコCに向けて何かが射出される。

 フィールドに接触したそれは幾らか勢いを落としながらも弾丸の様にナデシコCに食い込み、右舷重力ブレードの装甲板を貫通して艦内区画に食い込む。その衝撃は艦内全てに伝わり、乗組員の不安を否が応にも煽る。

 

 「隔壁閉鎖。保安部の方々は速やかに不明物体に接触して下さい。艦内に侵入されたかもしれません」

 

 額に汗を滲ませながらルリが指示を出す。ふと思い出したのは最初のナデシコの航海で、サツキミドリから脱出したアマノ・ヒカルの脱出ポッドがナデシコに命中した瞬間だ。

 懐かしい過去を思い出してルリはわずかな郷愁に駆られる。

 

 そんなルリを現実に強引に引き戻したのは医務室からの報告だった。

 

 

 

 ユリカが姿を眩ませたと。

 

 

 

 その報告にくらりと頭が揺れるがすぐに怒りが湧き出して怒鳴るように捕獲を指示する。“保護”ではなく“捕獲”という表現が出たあたり、ルリの心中が伺える。「安心して良いよ」と言った矢先にこれか!

 

 

 

 

 

 

 そんな風にルリが激怒しているであろうことを予測して心の中で謝罪しながら、ユリカはナデシコCに突入してきた物体に接触すべく、ふらつく足を叱咤して艦内を進む。キャスター付きの点滴台を杖代わりにヒイヒイ言いながら進んだ先に、それがあった。幸い周囲の気密は破れておらず空気漏れの心配はなさそうだ。

 

 予想通り、脱出カプセルだ。衝突の衝撃でハッチが壊れたのか半開きになっている。その搭乗者であったであろう薄紫色をしたドレスと思しき服を着た、長い金髪が美しい女性がカプセルから少し離れた場所に横たわっている。まるで絵画から抜け出してきたような神秘的な美しさにユリカは目を奪われる。相も変わらず美しい。

 だがすぐに気を取り直して「大丈夫ですか」と声をかけてその体に触れる。

 

 まだ温かい事に一瞬喜びをあらわにしたが、すぐに呼吸が無く、心臓も永遠に鼓動を止めてることに気付いて落胆する。――地球の危機を救うべく手を差し伸べてくれた恩人の片割れは、生きてその任を果たすが出来ず、遠い異郷の地でその命を儚く散らしてしまった。

 

 生きて大任を果たしたのなら、再起を果たしたヤマトで故郷に連れ帰る予定だったのに、そうそう上手く事は運ばないという事だろうか。

 ガミラスの妨害を受けて被弾するなんて予想もしていなかった。冥王星海戦のごたごたを利用すれば問題無いだろうと、密にタイムスケジュールを合わせたはずなのに。

 

 やはり早急に撤退しなければならない事態に追い込まれたことが効いているのだろうか。

 

 結局、守も見捨てなければならなかった。今後のカギになるであろう、古代進を悲しませたくないと頑張ったつもりだったのに、肝心の人を見捨てて逃げなければならないなんて、とんだ皮肉だ。

 

 ユリカは沈みそうになる気持ちを何とか奮い立たせる。弱気は厳禁、命を繋ぐためにも。

 もしも自分が倒れてしまったら、それこそ地球は救われない。

 地球を救う為にも、自分が未来を手にするためにも、何としても彼女の故郷に行かねばならないのだ。

 

 ユリカは静かに黙祷を捧げると、女性が手に握りしめているカプセル状の物体を認めて、彼女が命と引き換えに大任を果たしたことを知った。カプセルを手に取って確認してみるが外見に破損は無い。

 

 これこそ自分が待ち望んでいた最後のピース。今まで彼女達から秘密裏に得られていた援助と合わせて、地球を救う為の手段が全て揃った。後は実行に移すのみ。

 

ヤマトとの邂逅の際に見た、ガミラスに侵略されてあるべき姿を失った地球の姿を想う。

 

 これでもう、あの未来は到来しないはず。

 

 そう、あの未来を覆す最後の切り札、ヤマトは間もなく蘇る!

 

 

 

 「ありがとうございます、サーシアさん。貴方方の好意は決して無駄にはしません。さあ、じっと耐えるのはもう終わり。これからは反撃開始よ!……アキト、待っててね。貴方の為にユリカは……特大の奇跡を起こして見せるから! 蘇ったヤマトと一緒に!」

 

 

 

 第一話 完

 

 

 

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第一章 遥かなる星へ

 

    第二話 最後の希望! 往復33万6000光年の旅へ挑め!

 

 

 

    全ては、愛の為に――



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第二話 最後の希望! 往復33万6000光年の旅へ挑め!

 

 

 

 正体不明の宇宙船との遭遇を終えたナデシコCは、火星軌道を通過して一路地球へと向かっていた。

 結局ユリカは不明物体――脱出カプセル――の傍で捕獲された。ブリッジに連行されたユリカはルリの雷の直撃を受ける羽目になる。

 

 恐ろしい剣幕で目に涙を湛えながら責め立てるルリの姿に流石のユリカもタジタジで、土下座を繰り返しながら謝罪する。

 

 まるで米つきバッタみたい、とはユキナの談。

 

 異星人の女性の亡骸はユリカの要望で丁重に扱われることになり、最終的には1度火星に寄り道してその大地に墓を建てて葬ることになった。ユリカは遺体に手出しすることを頑なに拒み、せめて土の上で弔ってあげたいと強固に主張し、それにルリが折れた形だ。

 

 その遺体はユートピアコロニー跡の高台に埋葬され、どこから来たのかもわからない異邦人は火星の大地へと還っていった。埋葬作業に駆り出された進は、その女性の容姿が雪にそっくりなことに驚き、広大な宇宙には地球人と同じような命が存在していることに宇宙の神秘を感じた。

 

 

 

 その後、ユリカは今度こそ医務室に連れられて監禁されることが決定された。

 

 当然ユリカは「監禁って何よぉ~」と文句を口にするが、無言で鋭く睨むルリの迫力にあっさりと屈して脂汗を浮かべながら首を縦に振ることになる。

 

 そして、恐らく彼にとっては不幸な事だろうが、ユリカに対して甘い行動をしないだろうという理由から古代進が監視役として残されることになった。

 

 ユリカに対して良い印象が無い、どころか恨みを抱えている進に任せるのはルリとしても気が引けたが、自分は離れられないし補佐役として傍に置いておきたいハリとサブロウタも駄目。結局現在手が空いている戦闘部門の人間で、その感情故に彼女に容赦しないだろう彼が抜擢されたのだ。

 

 対する進も、病人に殴りかかろうとした後ろめたさもあって(渋々ながら)承諾し、進に対して後ろめたさのあるユリカは、大人しく医務室で休養することになったのである。

 

 

 

 「それ、美味いんですか?」

 

 ベッドの上で上半身を起こして食事を摂るユリカ。なのだが、その食事が至って珍妙に見えた進は、あまり口を利きたくないと思っていた進も思わず訪ねてしまう。

 広げたテーブルの上に置かれたスープ皿の中には、とろみのあるスープの様な物が注がれている。

 見かけはオレンジ色に近くてニンジンスープの様にも見えるが、湯気と共漂ってくる匂いは薬品臭く、隣で昼食として持ってこられたクラブサンドイッチを齧っている進も何だか自分が病人になった気分になる程だ。

 

 「全然。はっきり言って不味いよ」

 

 言いながらもあまり嫌そうな顔をせず、黙々と口に運ぶユリカを見てさらに追及したくなる。

 

 「どうしてそんなもの食べてるんですか? もしかして、普通食が食べられないとか?」

 

 少々不躾かと思ったが気になるので聞くことにする。

 

 「うん。食べると吐くし消化出来ないの……最初気付かないで食べたらエライ目に遭ったしねぇ……」

 

 と、遠い眼をしながら語るユリカに進は気持ちが数歩後退する。食事中だと言うのに、その“エライ目”とやらを想像してしまったのだ。

 

 「でも点滴だけじゃ不足しがちだし、せめて食べる形式くらい採ってた方が精神衛生上いいんじゃないかなぁ、って気を使ってくれたみたい。一応味とか匂いも頑張ってくれてたんだけど、これが限界みたい……最近地球も食糧事情が厳しいでしょ? だから薬に近いとは言っても、用意してもらえるだけ贅沢だから文句は言えないよ」

 

 遠い眼をしたユリカの言う通り、地球の食糧事情は一気に悪くなった。

 

 地球の環境はガミラスの手で激変してしまい、農作物がまともに育てられない、インフラも停止状態に近いため流通も行き届いてなくて、倉庫などに仕舞われている保存食を取り出して配るのもかなりの労力を要している始末だ。

 

 

 

 そう、今地球は死の星になりつつあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 医務室でユリカと進が食事をしている時、地球に向けて航行中のナデシコCの横を、隕石が通過する。最大巡航速度で航行するナデシコCよりもずっと速い速度で、直径が100m程の球状の小天体が地球に向かって飛び去って行く。

 

 「遊星爆弾を確認。迎撃しますか?」

 

 オペレーター席のハリがルリに伺いを立てるが、ルリは力無く頷いた。

 

 「お願いハーリー君。1つや2つ破壊したことで焼け石に水を通り越して今更だけど……」

 

 ルリの許可を得て、ハリはグラビティブラストを発射して小天体を破壊する。その顔には喜びもなく、むしろ諦めにも近い感情が張り付いている。

 

 そう、もう手遅れなのだ。

 

 ナデシコCの帰投先、地球。その姿はガミラスの遊星爆弾の影響で変貌を遂げていた。

 

 かつて地球は青い星と呼ばれていた。しかし今は、

 

 

 

 “白い星”と呼ばれている。

 

 

 

 スノーボールアースと呼ばれるその姿は、かつて地球が経験したことがある姿だと学者は言っている。

 

 今の地球は全てが凍り付いていた。ガミラスの落とした遊星爆弾は単なる質量弾ではなかった。地球の成層圏付近で自爆し、太陽光の反射率(アルベド)が非常に高い粉塵をばら撒いて太陽光を遮ったのである。

 

 その遊星爆弾が幾発も落とされ、ついに地上に太陽光は届かなくなった。

 

 さらに一部の遊星爆弾にはガミラスの物と思われる人口変圧装置が内蔵されていて、反重力フロートで大気中に浮かぶと気象を操作し、人口の嵐を巻き起こして地表を大混乱に陥れた。

 

 その結果地表は猛烈な吹雪に見舞われ、見る見るうちに海は凍り、大地も森も全てが凍り付いていった。

 まるで世界全土が南極の極地の様な有様となった。

 猛烈な吹雪によって地表の多くは雪に飲まれ、家屋を押し潰し、道を塞ぎ、飢えと寒さで多くの犠牲者を出した。

 

 またエネルギー問題も深刻で、発電施設の殆どがこの異常気象の前に正常に動かなくなり、エネルギー事情が急激に悪化した。

 

 この状況を改善すべく、ガミラスの襲撃を生き延びた軍艦やタンカーのカーゴブロックなどを改造した急増の避難所が各所で設立され、人々はそこを新たな住居とした。

 現存している対核シェルターなども全て開放して避難を促したが、間に合ったのは総人口の1/10程度で、残りは全て死に絶えた。

 

 艦隊による軌道上からの艦砲射撃とか、地上部隊による制圧などは行われなかったがその意図は明らかだ。

 

 降伏もせず愚かにも歯向かい続ける地球人類を嬲り殺しにするつもりなのだ。悪魔のような所業は多くの人々の心を抉り、その希望を奪い去っていった。

 

 環境破壊による被害者も大きかったが、明日への希望を失ったことで自ら命を絶ったものも、やはり多い。

 

 地球と人類は、間違いなく破滅の淵にいるのだ。

 

 ユリカがあの時見た記憶にある、遊星爆弾による放射能汚染で赤茶けた、並行世界の地球と同様に――。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第一章 遥かなる星へ

 

 第二話 最後の希望! 往復33万6000光年の旅へ挑め!

 

 

 

 「ごちそうさまでした」

 

 ユリカは皿の上にスプーンを置くと両手を合わせてそう言った。決して満たされる食事ではないだろうに。だが今の地球の状況を見れば、このような食事を用意してもらえるのは優遇されていると見て間違いないだろう。

 とはいえ、

 

 「はあ……普通のご飯が食べたいよ……」

 

 と小声で愚痴っていたのを聞き逃さなかった。先程は文句は言えないと口にしていたが、やはり辛いのだろう。進は敢えて聞かないふりをしながら、自分が食べているクラブサンドイッチを見る。

 これも今のご時世では貴重品となった生野菜を使用している。一度凍り付いて解凍したものだが。

 

 食糧事情で不幸中の幸いだったのは、氷漬けになった事で食糧自体の多くは傷んでいないことである。今は防衛艦隊に回せないような機動兵器などを駆使し、氷に閉ざされた倉庫などから食料を何とか回収して凌ぐ事が出来ている。

 とは言え、全ての食糧が無事と言うわけでもないが。

 

 寒冷化で食料を生産するプラントが停止している今は、合成食品であっても確保が難しい。このままでは、遠からず食糧難で更なる犠牲者が生まれ、最後には――。

 

 「どうしたの古代君? 食べないと勿体ないよ?」

 

 と、進の手に握られたサンドイッチに目を向ける。その羨望の視線を止めて下さい。

 

 「え? ああ食べますよちゃんと。そりゃ勿論、勿体ないですし」

 

 そう言って進は半分ほど残っていたサンドイッチを口に押し込む。正直彼女の前でちゃんとした料理を食べるのは居心地が悪い。なぜこんな思いをしなければならないのだ。

 押し込んだサンドイッチをこれまた届けられたパックの薄いコーヒーで流し込む。

 

 「ねえ古代君」

 

 進が口の中の物を飲み込んだのを見計らってユリカは話を切り出した。先程までと違って真剣な顔だ。

 

 「お兄さんの事。本当にごめんなさい。謝って済む問題じゃないけど、謝らせて」

 

 そう言われて進は胸が騒めくのを覚えた。意図的に避けてきた話題である。

 この場で彼女に掴みかかろうものなら進が悪者だ。

 それをわかった上で切り出しているのなら心底軽蔑するが、彼女の様子を見る限りではそれはないだろう。

 

 ユリカはとても辛そうな顔をしている。泣き出したいのを堪えているようにも見えなくはないが、泣きたいのは兄を亡くしたこちらの方だと進は内心反発する。

 

 「いえ。本当の意味で兄を殺したのはガミラスです。大佐の行動が無ければ、俺はこうして生きていられなかった。敵を討つことが出来るだけマシです……その、殴ろうとして済みませんでした。命を危険に晒してまで俺達を助けてくれたのに」

 

 内心の葛藤を抑え込んで務めて冷静に対応する。それくらいは大人でありたいという強がりだ。

 

 「ううん。助けられなかったのは事実だから。殴りたかったら殴っていいよ。1発くらいなら問題無いと思うし、気の済むようにして欲しいの」

 

 「嫌ですよそんなの! 万が一の事があったら、艦長はどうするんですか!?」

 

 ユリカの問題発言に、医務室だと言うのについ声を荒げてしまった。

 言ってから我に返って周りを見渡すと、会話の内容自体を聞かれていたためか皆苦笑して見逃してくれた。ナデシコCの乗組員は気の良い人たちが多くて助かる。

 対するユリカは進の叱責に目を丸くして驚く。

 

 「うん、そうだね。ルリちゃんをこれ以上心配させるのは良くないよね――ありがとう古代君。ルリちゃんの事心配してくれて」

 

 「べ、別に許すとかそういうんじゃないんですから、その言い方は、その、何だあ、不適切だと思います」

 

 微笑みと共に感謝の言葉を言われた進は照れ隠しの為に悪態をつくが、どうにもテンプレートなツンデレっぽい対応になってしまった。その様子にユリカはくすりと笑う。

 とても親しみやすく、年上が年下を見守る暖かい視線に、進は亡くなった両親の事を思い出す。

 

 トカゲ戦争の頃、まだ進が12の頃に両親は無人兵器の攻撃の余波に巻き込まれて死んだ。

 たまたま軍の学校に通う兄を訪ねて、その帰りのバスを時間に合わせて停留所で待っていた両親が偶然巻き込まれたのだ。

 進はトラブルで予定のバスに乗り遅れたため助かったが、それは救いとは程遠かった。

 

 結局、進はそのことが原因で軍人への道を走ることになった。ある意味では、唯一残った肉親と同じ道に進むことで自己保全を図ったのかもしれない。

 生来心優しく喧嘩も嫌いだった進だが、木星トカゲへの憎しみから暴力の象徴と言えなくもない軍に足を踏み入れた。

 幸か不幸か、進が戦場に出る前に戦争は終結した。

 そしてその正体が過去に地球から追い出された同胞であり、非は地球側にあったことも知らされた。

 感情は中々納得してくれなかったが、何とか復讐心を抑え込み、自分のような悲しい人を生まないようにと、世界を脅かす脅威から市民を護りたいと突き進んだのだ。

 

 しかし、結果として進はまた家族を失った。気持ちだけは先走るが、戦うための力が足りない。

 

 今の地球の力では……ガミラスに勝てないのだ。

 

 急に沈み込んだ進の様子に心配になったユリカは改めて声をかける。

 はっとした進は何でもないと誤魔化そうとするが、亡き両親を思い出したことで薄っすらと涙を浮かべてしまっていた。

 

 観念した進は亡き両親の顛末と、自分が軍人になった理由、そして軍人として果たすべきだと思っていることをユリカに話す。

 

 「そっか。戦争で家族を……」

 

 全てを聞いたユリカは進を手招きする。何事かと顔を近づければいきなり抱きしめられてた。

 大人の女性、しかも病気で衰えた体とは言え、まだ若い女性の豊かな胸元に顔を埋める形になった進は一瞬思考が吹っ飛んだ。

 

 「なっ!?」

 

 突然の事態にパニックに陥り離れようとするが、筋力が落ちているはずのユリカの腕を外せない。

 

 「辛かったね。悲しかったね。お兄さんの事は本当にごめんなさい。償いと言ったら変だけど、これからは私がお姉さんにでもお母さんにでもなってあげるから。辛かったら何時でも頼ってくれて良いよ……これでも私、子持ちの主婦だから」

 

 そう言って頭を撫でられる。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。彼女としては善意のつもりなんだろうが正直有難迷惑だ。

 背中に邪な視線を感じて居心地が悪くなった進は、何とかユリカを振り払って「トイレに行きます」と顔を真っ赤にして立ち去る。

 

 本来の役目であるユリカの監視の事などすっぽ抜けてしまった様子だ。

 

 ユリカはどうして進が逃げたのかをイマイチ理解出来ないながらも、ここは大人しく休もうとベッドの潜って目を閉じる。

 

 

 

 もう間もなく宇宙戦艦ヤマトが目覚める。彼女が目覚めれば、この状況を一気に覆す事が出来るはずだ。それまでは少しでも心と体を休めて備えよう。前人未到の長旅の為に――。

 

 

 

 (それにしても古代君可愛かったなぁ。お兄さんの事もあるし、私が優しく癒してあげないと。うん、ルリちゃんだって引き取った時には結構大きかったんだし、古代君をそう言う風に扱っても問題無いよね!)

 

 等と進にとっては有難迷惑な思考を巡らせながら、ユリカは睡魔に誘われて眠りにつく。

 

 

 

 進は方便だったはずのトイレを本当に済ませてから戻り、すやすやと寝息を立てているユリカにがっくりと肩を落とした後、監視任務を続行すべく椅子に腰かける。

 

 「はあ……俺、これからこの人に振り回されそうな予感がする」

 

 結論から言えば、不安的中だった。

 

 

 

 

 

 

 苦々しい気分で遊星爆弾を粉砕した後のブリッジでは、異邦人の女性が持っていた正体不明のカプセルの解析作業が行われていた。摩訶不思議なデザインのカプセルであったが、解析を進めるにつれてそれが通信カプセルであることが判明した。

 

 少々苦労はしたが、ルリとハリというIFS強化体質のオペレーターと、オモイカネと言う地球で最も優れたコンピューターがそろったナデシコCで解析出来ないほどではない。と言うよりも最初からプロテクトの類はかかっておらず、単にデータを読み取るための方式の構築に少々苦労したに過ぎない。

 懸念していたウイルスの類も検出されていないので、データを呼び出してみることにした。

 

 どちらにせよ、地球帰還まで長くかかるのでここでやっておいた方が建設的なのも事実だ。解析さえ終えてしまえば長距離通信を利用してイネス辺りに取りに来てもらい、地球に届けてもらえる。

 詳細な内容は防諜を考えると伝えられないが、ユリカの体調が心配とでも偽れば、イネスを呼ぶこと自体はさほど難しくない。

 

 「スクリーンに出します」

 

 ハリが報告してからごくりと唾を飲み込み、再生スイッチを入れる。

 

 『私は、イスカンダルのスターシア』

 

 メッセージの出だしはこうだった。画面に映し出されたのは床まで届きそうな長い金髪の絶世の美女だ。

 青い軽やかなドレスを身に纏った、地球人とほとんど違わない容姿も然ることながら、驚くべきことに地球の言語、しかも日本語を話している。一体どうやって学んだというのだろうか。

 

 『私の妹サーシアが、無事地球に辿り着き、このメッセージが貴方方の手に渡ったら、イスカンダルへ来るのです――ガミラスの環境破壊で地球の生物が滅びるのは、あと僅かに1年。疑ってる時間は無いはずです……しかし、我々の手には惑星環境復元装置、コスモリバースシステムがあります。残念ながら、もう私の力でこれを地球に届けることは出来ません。銀河系を隔てること16万8000光年……私は、貴方方がイスカンダルへ来ることを信じています。そのための船を、貴方方はすでに手にしているはずです――旅立つのです、遠き、イスカンダルに向かって。私は、イスカンダルのスターシア』

 

 メッセージはそこで終わっていた。そして続けて表示されたデータは銀河系やイスカンダルを有するであろう大マゼラン雲までの宙域データ、そして……。

 

 「艦長、これって!?」

 

 ハリの驚きの声にルリも目を見張る。そう、そこに映し出されていたのは待望のデータだったのだ。

 

 「これは、波動エンジンの完全なデータ!?」

 

 ヤマトの再建をあと一歩のところで邪魔していた波動エンジン。その完全版のデータだ。

 ヤマトに搭載されている波動エンジンは厳密には地球で大幅な改良を受けたモデルであるが、本体は当然破損し、ヤマトに残されていたデータも破損していたため、コア部分のデータが不完全で完全な再現が出来ないでいたのだ。

 

 それに、その波動エンジンの生み出す莫大なエネルギーを一挙に吐き出す究極の破壊兵器、波動砲に関する資料すらも添付されているではないか!

 

 そうか、そうだったんだ。これがユリカの言っていた希望の片割れ……!

 

 

 

 あの宇宙戦艦ヤマトを復活させるための最後のピースにして、地球を破滅から救い出すウルトラC!

 

 「このデータがあれば、ヤマトは蘇る! 地球を救う最後の希望が目覚める!!」

 

 ルリが興奮冷めやらぬ様子でウィンドウに視線を釘付けにしている。その図面は少しずつ移り変わり、最後には何らかの化学式を大きく映し出している。

 

 「これは?」

 

 食い入るようにウィンドウを見ていたユキナも最後に現れた化学式に首を捻る。

 

 「俺は専門外だけど、これ薬品か何かか? どう見ても波動エンジンとは無関係っぽいぞ?」

 

 サブロウタも首を捻る。

 

 「このデータ、医務室に送信して下さい。専門家に見てもらった方が良いでしょう」

 

 

 

 その後医務室にて送られてきた化学式の内容が非常に高度な医薬品と医療用のナノマシンであった。

 それを使えば今現在大怪我や病気で苦しんでいる人々はおろか、ユリカの時間をわずかではあるが引き延ばし、その夫でありルリの家族でもあるテンカワ・アキトの五感の回復も期待出来ることが判明したのは、まもなくの事であった。

 

 

 

 なお、その事を医務室にいるユリカに伝えようとしたら肝心の彼女が爆睡していたため、ルリはそわそわとユリカが目覚めるまでの8時間ばかりを落ち着かず過ごす羽目になった。

 ――幸せそうにグーすか眠るユリカの寝姿に、ちょっぴりイラっと来たのは言うまでも無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 「アキト君、ちょっと良いかしら?」

 

 エリナ・キンジョウ・ウォンは月面にあるネルガルの施設の一角、テンカワ・アキトが滞在している部屋に足を運んでいた。

 

 月の居住区は壊滅しているし、ネルガルの月面施設もガミラスの攻撃に晒されてはいるのだが、ガミラス自体は偵察以外では地球近海には出現しないため、月面はある意味では地球よりも幾らかマシな状況にあった。

 とは言え、ガミラスに悟られないようにしなければならないので、この11ヵ月余り、神経を削りながら慎重に慎重を重ねて作業していた。

 幸いガミラスはアクエリアスには興味が無いらしく、地球へ降り注ぐ遊星爆弾もアクエリアスには大きな被害を与えていない。

 

 アキトがここに滞在しているのは匿ってもらっているのもそうだが、アカツキ・ナガレ会長からの厳命で体の治療と並行しながらアクエリアスへの物資運搬や人員の輸送にボソンジャンパーとして協力させられているからだ。

 

 最近では開発中と言う新型機動兵器のテストパイロットを月臣元一朗と共に任されている。コックピットの仕様が根本から変わっているため中々慣れないが、ここ数回のテストではようやく馴染んできたと思っている。

 

 その機体は何でも「月面フレーム」と“あの”「Xエステバリス」を組み合わせた発展型らしいとは聞かされた。

 月面フレームはともかく、Xエステバリスの末路を間近で見たアキトは思わず「その機体、自爆しないだろうな?」と尋ねてしまったくらいだ。

 

 おまけにその開発に、Xエステバリスの生みの親であるウリバタケ・セイヤが絡んでると聞かされたら、不安も増大した。技術者としての腕は確かなのだが、マッド気質なのが玉に瑕だろう。

 

 ……一応、そのような兆候は見られないが。

 

 ともかく、匿われたアキトに外出は許可されておらず、この部屋と物資を輸送するためのジャンプ施設とアクエリアスドック、シミュレーター室や格納庫を行き来するだけの生活を送っている。

 困窮している今は、アキトの体を治療する事ももままならないでいた。

 

 「何だエリナ。今日の輸送はもう終わったはずだ」

 

 アキトはあまり感情を感じさせない声を発する。アキトは必要以上に他人に接触することを良しとしていない。

 ユリカ達に迷惑が及ぶ可能性がある事、アカツキ達ネルガルの上層部が宇宙軍と密約を交わして自分への追及を有耶無耶にしていることを知ったため、尽力してくれただろうアカツキや義父の気持ちを無駄に出来ないと大人しく引きこもり、復讐に力を貸してくれた恩義から新型機のテストや物資の移送に協力もしているが、本音を言えば関わらないで欲しい。

 

 どのような理由があれど自分は薄汚い犯罪者。火星の後継者と同じテロリストに過ぎない。その上、誰よりも大切な妻すら守れず辱められた、無力で誰も幸せに出来ない人間と自分で決めつけてしまっているアキトは、自分と関わって不幸になって欲しくないと、必要以上に誰かと接触することを避けているのだ。

 しかし、周りの人間が放っておいてくれないため内心憤りを感じている。

 

 そういう意味ではテストパイロットの仕事はありがたい。例え仮想標的だろうとも自分の感情をぶつける相手としては申し分ない。最近ではストレス発散も兼ねて自分から協力しているくらいだ。

 

 「ナデシコCから連絡があってね。今イネスが取りに行ったけど、貴方の体の治療に使えそうな薬のデータが、異星人からもたらされたんだって」

 

 「何っ!?」

 

 思わず興奮するアキト。その顔にはナノマシンのパターンが発光している。人体実験以来、感情が高ぶるとこのように全身がぼぅっと光るアキト。視覚補助機能を持った大きなバイザーで半分以上隠された顔も、例外なく光っている。

 

 「その薬とナノマシンを使えば、貴方の体に過剰投与されたナノマシンの除去や、壊れた五感の再建も可能で、恐らくだけど他の問題も克服出来るわよ。異星人さまさまのご都合主義ってやつね」

 

 エリナの言葉が脳に染みるにつれ、アキトは言いようのない感覚に襲われる。

 

 人体実験の後遺症でその機能の大半を失った五感が戻る。それ以外にも体に来ているガタが治るのなら、不安の種だった病気等のリスクも大きく減ることになる。そこまで考えると不意に思い出した顔があった。

 

 (ユリカ……)

 

 想うのは置いてきてしまった妻の事。復讐者に落ち、無関係な命すらも摘み取ってしまった自分の姿を見られたくなかった。

 拒絶されるのも怖かったし、大罪を犯した自分が幸せになって良いとも思えなかったのもある。

 

 肝心な時に助ける事が出来ず、ただ辱められるのを黙ってみているしかなかった自分が、彼女の傍にいて良いのだろうか。

 脳裏に浮かぶ妻は、アキトが大好きな満面の笑みを浮かべるだけで何も答えてはくれない。

 

 (それに俺は、エリナを……抱いてしまった。自棄になっていたとかそんなの理由にならない……そのことを知ったら、他の女に手を出したなどと知ったら、それこそ悲しませて、拒絶されるんじゃ)

 

 そんな考えが堂々と巡り続けた11ヵ月だ。アキトの元にはユリカの所在を含めたあらゆる情報が入ってきていない。唯一知っているのはナデシコCが地球へ連れ帰り病院に運び込まれたと言う事だけで、その後どうしているのかは聞いていない。

 聞くのが怖かったから自分からは聞けなかったし、周りの人間も話さなかったのでアキトは目をそらし続けていた。

 

 ガミラスの侵略の事は嫌でも耳に入るし、放っておけば地球が滅ぶ――ユリカもルリも死ぬとわかっていても、ガミラスと戦おうという気概は浮かんでこなかった。

 

 それほどまでにアキトの心は消耗していたし、自分1人が参加したところで事態が好転するはずもないと諦めている。

 

 だから、回復の可能性が示されたのは嬉しいが、治った所で何をすれば良いのかわからない。

 今更帰れない。もう見捨てたと取られても間違いじゃない行動を、とってしまったのだから。

 

 「で、どうするの? ウチとしては被験体も兼ねて治療に入りたいと思うんだけど」

 

 「今更治ったところで、どうしろと言うんだ。地球は間もなく滅ぶ。無意味だよ……」

 

 地球は滅亡寸前なのだ。どんな行動も全て無意味に終わる。アキトにはそう決めつけてしまっている。それを察したエリナは努めて冷静にアキトに告げる事にした。

 

 「……地球は必ず救われるわ。異星人の、いえ、イスカンダルの使者がもたらしたデータはヤマトを完成させるためのメカニズムと、救いの手段を提供する用意があるというメッセージ、さらには彼女らの星までの宇宙地図なのよ……ヤマトが完成すれば、少なくとも地球は回復する。ガミラスを退けられるかは不明瞭だけど、それすらやってのけるかもしれないわね」

 

 ヤマト。その名前はアキトも良く知っている。自分が協力している輸送作業は全てヤマトの復活に係わっているのだから当たり前だ。

 そして、テストパイロットを務めている新型も、ヤマト艦載を目的とした試作機なのだ。

 

 「楽観的だな……戦艦1隻であの軍勢がどうにかなるものか。敵の本体すらまだわかってもいない、勝ち目のない敵なんだぞ」

 

 アキトは苛立ち気にエリナを否定する。たかが戦艦1隻が何になる。精々限られた人間を載せた地球脱出に使えるかどうかだ。

 

 「その戦艦1隻で木星との戦争を終わらせるきっかけを作った、あのナデシコの、それも立役者の片割れとは思えない口振りね」

 

 なおもエリナの瞳は真摯だった。アキトを憐れむでも非難するでもなく、淡々と事実を突きつける。その視線にアキトは尚更苛立つ。ナデシコ、その名前は今もなおアキトの胸中に輝く存在。辛い事も多かったが、ユリカと再会し、自分らしさを見つけ出した思い出の場所。

 ――そして、妻共々火星の後継者の連中に蹂躙されてしまった、在りし日の象徴だ。

 

 「ナデシコはあいつの、ユリカの艦だ――俺には、関係ない。どちらにせよ戦艦1隻に過度な期待を寄せるなんて、夢の見過ぎだ――ヤマトだかトマトだか知らないが、悪足掻きするにしても、地球脱出船として運用した方がまだ――」

 

 「そう、ならそのテンカワ・ユリカも報われないわね。あんなに頑張ってるのに、肝心の旦那様がこれじゃあね……!」

 

 ポーカーフェイスを崩さなかったエリナがユリカの名を、彼女が全てを託したヤマトを愚弄した言葉を耳にした瞬間顔を歪め、怒りを含んだ声でアキトを非難する。

 

 「……ユリカが、何だって?」

 

 「教えないわよ、無意味なんでしょ? ともかく貴方はネルガルに従ってもらいます。以上!」

 

 アキトの返事も待たずにエリナは部屋から出て行って姿を消してしまう。捕まえようとアキトが伸ばした右手はむなしく宙を彷徨い、エリナの剣幕に追いかけることを躊躇してしまった。

 

 「ユリカ……」

 

 妻は一体、何をしているのだろうか。アキトの中でユリカの現状を知りたいという欲求が渦巻く。だが、改めてエリナを追いかけて尋ねる勇気を持ち合わせてなどいなかった。

 アキトの時間はまだ、止まったままなのだから。

 

 

 

 

 

 

 アキトの部屋を後にしたエリナは足音も荒く廊下を進む。全身から怒りを発散させていて、もしも人通りのある廊下であったら誰もが恐れて道を開け、声をかける事すらしないだろう。

 

 「全く……! あの朴念仁がっ!」

 

 エリナの怒りは収まらない。アキトが火星の後継者から救出されてから一時はその世話を勤め、彼を慰めるためにその身を捧げたこともある。

 今でもエリナはアキトへの想いを胸に秘めているが、だからと言ってそれを告げようとは露とも思っていない。

 

 結局のところ、あの男はミスマル・ユリカ以外眼中に無いのだ。自分を抱いている時ですら。

 

 男女の関係を持ってしまったエリナに対してはそれなりの優しさを見せることがあるが、それでもどこか距離を感じるもので一線を踏み越えてこない。

 関係を持った当初こそ数回にわたって肌を重ねたが、荒れていた時期を過ぎてからはどこか距離を置いているのがわかる。

 結局行為の責任を感じているだけで、エリナを女として愛してくれるわけではないのだと、思い知らされただけだ。

 

 そして今、彼が愛するミスマル・ユリカは、当然の事のようにテンカワ・アキトを心から愛し続け、彼の為を思って自分の全てを賭してこの世界を救おうと足掻いている。

 

 文字通り血反吐を吐きながら、体を壊しながら、残された僅かな命をやすりでゴリゴリと削りながら。

 

 例え世界を救えても自分が助からない可能性の方が高いに、彼女は果敢に立ち向かっている。

 

 アキトは好きだ、でも愛の為に自分の全てを捧げる覚悟のユリカには勝てない。いや、最初から勝負にすらなっていない。自分では結局アキトを本当の意味で救う事が出来ない。

 

 だが彼女なら、彼が愛して止まない天性の明るさを持つ彼女ならきっと、アキトを救う事が出来る。そのためにも彼女を護らなければならないのに。

 

 そして思い返されるのは約11ヵ月前、アクエリアスドック内でヤマトの再建計画が本格的にスタートした直後の事。

 あの時にはすでにガミラスの脅威が周知の物となり、世界中が恐怖に駆られ始めていたところだった。

 

 

 

 

 

 

 「ミスマル・ユリカ! 貴方、安静にしてなさいと何度言ったらわかるのよっ!」

 

 エリナはアクエリアス内に移送された元木星の自動造船ドックの中で、蹲って激しく咳込んでいるユリカに怒鳴りつける。

 

 元々性格的に相性が悪く衝突する事の多い2人ではあったが、今回は当然と言えた。何しろ怒られている人物の方が完璧に悪いのだから。

 

 「で、でも……っ、私が、やらないと……」

 

 息も絶え絶えと言った様子のユリカに肩を貸してやりながらエリナはさらに叱る。

 

 「ジャンプだけならドクターでもどうにかなるでしょ!? あんな無茶をして、そんなに死に急ぎたいわけ!?」

 

 エリナが怒るのも尤もだ。

 

 止める間も無く行動を開始したユリカは、アクエリアスの海に没してバラバラになったヤマトの全てをボソンジャンプで1度引き上げた。

 

 ここまでは良い。

 

 問題は、その残骸を木星の使用されていない自動造船ドックに余さず運び、アクエリアスの氷塊の中心をくり抜いて、そこに件のドックを送り込み、さらに内部を行き来するための小型のチューリップをどこからか見つけて来て、月のネルガルの使用されていない無人のドックとアクエリアス内のドックに設置したのだ。

 

 この間わずかに5日。誰も止める暇など無かった。立て続けに行われた驚異的なボソンジャンプの応用にイネスすら顔を真っ青にするほど。何れも現在の技術では実現不可能な神業の連発だったのだから無理もない。

 ジャンプの間にはそれなりの間があったが、その間誰もユリカの姿を捉える事が出来ず、事前に持ち出していたであろうわずかばかりの携帯食料と水だけで食い繋ぎ、火星に安置したはずの演算ユニットすら強奪してジャンプしたのだ。

 

 確かに演算ユニットさえ手中に収めればボソンジャンプフィールドの問題は改善されるが、この件でネルガルと宇宙軍は事態の隠蔽にえらい苦労をさせられた。驚くべき行動力と手腕だが、その代償は決して小さくはない。その反動は確実にその体を蝕んでいたのだ。

 

 結局彼女を捕まえる事に成功したのは、アクエリアス・ドックの中に物資と人員を運ぶと自分から姿を現した時だった。エリナは本来アクエリアスのドックに来る予定など無かったのだが、捕獲しようと接近したところでジャンプに巻き込まれた。無論集められた技術者連中もだ。

 誰もジャンパー処理などされていないにも関わらず、この娘は跳んだ。

 

 誰もが死んだかと思ったがユリカが何らかの補正を加えたらしく、エリナ達は無事だった。またドック内の行き来に必要なディストーションフィールドを展開可能な小型艇が用意されていて、帰りはそれを使えば問題なく帰れるらしい。

 

 だがナビゲートしたユリカはとうとう限界を迎えてその場で倒れ、ようやく確保することに成功した次第である。

 

 無茶を重ねたユリカの呼吸は荒く、不規則だ。ユリカが最後にジャンプしてからすでに5分が経過している。一向にナノマシンの輝きは収まらならい。

 明らかに良くない兆候を見れば、エリナでなくても怒るだろう。

 

 「貴方の体は普通じゃないの! これ以上の無茶は絶対に駄目! 大人しくベッドで寝てなさいっ!」

 

 「だ、だめ……ま、まだコスモナイトが……!」

 

 顔面蒼白で弱り切っているのがはっきりと見て取れるユリカだが、まだ仕事が終わっていないと休むことを拒絶する。

 

 「だから駄目よ! ホントに死にたいわけ!? たかが戦艦1隻の為に何でそこまでするのよ!」

 

 エリナの怒りは収まらない。ユリカに肩を貸しながら強引に医務室にまで運ぶ。

 このドックにも仮設ではあるが怪我人用にと医務室が設けられ、これからの本格作業に備えている。

 ユリカをぶち込むのなら大病院の集中治療室が適任ではあるのだが、そのためにはドックから出なければならない。

 つまりチューリップを通るしかないのだが、それすらも彼女の体を蝕む。

 

 だからエリナは容態が落ち着くまではここで休ませ、向こう側で待機させたイネス達に引き渡す用意を整えるつもりだった。その後は薬で意識を奪ってでも病院のベッドに縛り付けて治療させる。

 そうしなければこの娘は長く生きられない。

 

 エリナが仮設医務室にユリカを運び、医者にベルトを使って拘束して逃げ出さないようにしろと指示を出し、ドック内に引き返してヤマト再建計画に関する打ち合わせを始める。

 その場には、新入りながら素晴らしい才能と高いセンス、常識に捕らわれない発想力で実現する、ネルガル期待のニューフェイス・真田志郎も参加していた。

 角刈り頭で眉の薄い強面の男だが、人当たりは悪くなく紳士的で社内での評判も良い。

 

 彼の視点から見ても、並行宇宙の戦艦であると紹介されたヤマトに使用されている技術は素晴らしいものだそうで、確かにこの技術を吸収出来れば、現在までに判明しているガミラスの艦艇に打ち勝つ事が出来るだろうとの弁だ。同時に彼は、

 

 「構造が非常に解りやすいんです。案外、並行世界の私が手掛けた艦なのかもしれませんね」

 

 と、ユリカが予め用意してくれていた端末を操作して呼び出した、ヤマト艦内に残されていた修理用と思われる設計図や各種データを参照しながらそう言い切った。

 エリナは短時間での再建が可能なのかどうか、果たしてそれで信頼性が損なわれないのかどうかが心配だったので、そこも尋ねてみたが、

 

 「何とも言えません。しかし、何とかなりそうな気がします。まだあまり手を付けていませんが、不思議と作業が捗るんです。まるで、まるでそう、直して貰いたがっているような、そんな錯覚を覚える程に」

 

 真田自身も不思議そうな顔で、技術者ではないエリナからすればその言葉を信じて任せる他無い。実際問題早速ヤマトにとりついた技師たちは驚くべき速度で艦内を移動し、あちこちから情報を取得して再建プランの修正を粛々と行っている。

 

 優秀なメンツを揃えはしたが、ここまで優秀だっただろうか。

 

 そんなこんなで各種責任者と話を纏めてからユリカの様子を確認しに行くと、幾分落ち着いた様子で、だが拘束されて恨みがましい目をした彼女に文句を付けられた。

 

 「拘束を外して下さい。私が行かないと駄目なんです」

 

 「バカも休み休み言いなさい。これからドクターに引き渡して集中治療室行きよ」

 

 取り合うつもりは無い。このまま病院に放り込んで拘束する。そうしなければこの娘は死ぬ。

 

 アキトの努力を、わがままで潰されてたまるものか。

 

 「それとも、動けないのを良い事にあんなことやそんなことを……」

 

 「しないわよ!」

 

 いきなり変なことを言い出したユリカについノリツッコミする。この突拍子の無い発言は何時まで経っても治らないのだろうか。

 その後しばらく重たい空気が流れる。ユリカは何か言いたげな顔で口を開こうとすれば躊躇する、ある意味では彼女らしくない態度を取り続けたが、やがて意を決したのかエリナに話しかける。

 

 「――エリナさん、少し2人きりで話せませんか?」

 

 ユリカは何か諦めたような表情で訴える。エリナはその様子に感じたものがあり、医師らを追い出して部屋を施錠、密室状態にする。一応はドックの内部なので防音対策はされているらしく、余程騒がなければ音漏れはないだろうし、まだ盗聴の心配が必要な時期でもない。

 

 「エリナさん、アカツキさんから聞いたんですけど、アキトの世話をしてくれてたそうですね?――もしかしなくても、抱かれたんですか?」

 

 いきなりの爆弾発言にエリナは盛大に噴いて咳き込む羽目になった。何時の間にアカツキに接触していたというのだ。そんな話は聞いていない。

 

 「やっぱりかぁ……別に責めてるんじゃないんです。アキトもこのことでは責めません――肝心な時に傍にいられなかった私が悪いんですし、それに……私も他の男に好き放題されちゃったのと同じだし、奇麗な体ってわけじゃ、ないもの……」

 

 その時のユリカの表情は正直見るに堪えなかった。色々な感情が織り交ざっているが、色濃く浮き出ているのは後悔や無念と言った、暗い感情。

 

 彼女を知る誰しもが、似合わないと断言する類の感情だった。

 

 「そ、そういう言い方は卑怯だと思うわ。傍にいられなかったのも好き放題されたのも、貴方のせいってわけじゃないでしょう? 全部あのテロリスト共の仕業じゃない」

 

 これは本音だ。むしろ一緒に助け出せなかったことを、エリナ自身悔いているくらいだ。確かに馬が合わず対立も頻繁にしたが、だからと言ってユリカを嫌っているのかと言われると案外そうでもない。

 

 エリナ自身も、ナデシコでの影響は受けているのだ。そしてその中心となったのがこのユリカと、アキト。

 友人だと言うつもりは毛頭ないし自ら会いに行くほどの仲ではないが、かつて共に戦った仲間として、あのような理不尽な運命から救ってやりたいと思ったのは紛れもない事実。

 ヒサゴプランに対する嫌がらせや、貴重なA級ジャンパーを確保すべきと言う意見すら、ネルガルが没落し始めていたあの時期では重役会議を通るものではなく、結局会長の意向で行われた救出作戦だったのだから。

 

 それに、ユリカを奪われたアキトのあの落ち込み様。恋敵ではあるが、アキトを思えばこそ彼女を杜撰に扱うわけにはいかない。彼のあの血反吐を吐く戦いを、無駄にはさせられない。

 エリナも1人の女として、ユリカが受けた屈辱には心底同情しているし、火星の後継者の連中が憎くい。その身を、心を徹底的に利用され尊厳を踏みにじられたのだ。

 心中察して有り余る。

 

 「ともかく、アキトを支えてくれてありがとうございます。アキトが人の心を捨てずに済んだのは、エリナさんの功績が大きいと思います――だからかな、不思議とそれ自体は悲しくないんです。私は、妻として夫を支えられなかったから、支えてくれたエリナさんには感謝の言葉しかない。本当にありがとう――だからエリナさん、もしも私が生き残れなかったら、アキトを頼めますか?」

 

 

 

 

 

 あの時のやり取りは今思い出しても胸が痛くなる。彼女は決して絶望もしていなければやけっぱちになっているわけでもなかった。

 

 文字通り、最後の希望を命懸けで護っていただけだったのだ。

 

 ユリカはエリナとイネスとアカツキにだけと断って全てを語る。すでにユリカは1人では今後の活動が出来ないことを悟り、エリナとイネスとアカツキを巻き込むことで行動する腹積もりだったのだ。

 

 そう、正真正銘最後の反抗作戦に備えているだけだったのだ。そして彼女は、賭けに勝った。

 

 

 

 彼女はヤマトと共にイスカンダルに向かう。だが、その旅の末路は予測がつかない。イスカンダルに着くまで命が持つかどうか、着いたとしてもそこから先命を繋げるかどうかは、予測がつかない――。

 

 

 

 「だから、アキトは絶対にヤマトに乗せないで下さい。私の事も全部黙ってて下さいね。今の私は、私は……アキトにとって苦痛の種でしかないんです。今の私を見たら、きっとアキトは苦しんじゃう。自分のせいだと勘違いしちゃう。――アキトはとても、きっと今でも優しくて、優しくて、過度に自分を責めちゃう人だから……だから、もうアキトは戦うべきじゃない。戦場から離れて体を治して、もう1度幸せを掴めるように、気持ちを切り替えなきゃいけない」

 

 エリナはユリカの独白を黙って聞いていた。

 

 「――本音を言えば、私はアキトと一緒にいたい、台無しにされた新婚生活を再開したいって思ってます。でも、今は無理なんです。私が欲しいのは、アキトと一緒にイチャイチャラブラブに暮らすだけの世界じゃない、アキトと一緒にラーメン屋をして、みんなで楽しく暮らせる世界なんですよ――世界が滅んだらラーメン屋どころの騒ぎじゃない。食べてくれる人がいなかったら、ラーメン屋なんて……アキトの夢は今度こそ叶わない」

 

 悲痛な声だった。それは彼女が何よりも望んで、今は叶わない夢。

 

 「だから私は戦わないといけないんです。正直勝算がそこまであるわけじゃないし、地球は救えても、私は助からない可能性の方が高い――それでも、私はアキトの幸せの為ならどんな絶望もひっくり返す! アキトがもう1度幸せを掴めるようにするためにも、未来のお客さんの為にも絶対に地球を救いますそれが、アキトに助けて貰った恩返しで、妻として夫の為にしてあげられる、唯一の事だと思うから」

 

 そこまで聞いた時点で、エリナは彼女の意思を曲げる事が出来ないと、悟った。悟らざるを得なかった。

 

 「エリナさん。私が駄目だった時はアキトのフォローをお願いします。私の事、忘れさせちゃって良いです。何をしても良いから、アキトの心から私って存在を抹消して……勿論、生き残れるように最善は尽くすつもりです。私だって幸せになりたいから。でも、私が生き残れる確率は、多分万に一つ……だから、万が一の時はアキトを、アキトを助けて! 護ってあげて欲しいの! 復讐を始めてからもアキトを見続けてくれて、アキトの事を愛してくれてるエリナさんにしか頼めないの! だから、だからアキトを……お願い……」

 

 最後は泣きながら懇願するユリカの手を、エリナは無言で握り締め、彼女の願いを受け入れた。

 結局ジャンプの度に十分に休むことを確約させた後、幾分回復した彼女の拘束を解き、送り出す。

 

 

 

 彼女が、波動エンジンのコンデンサーやエネルギー伝導管など構成素材として必須であり、また使い方次第では装甲等の強化にも使えるというコスモナイト鉱石を、土星の衛星・タイタンの鉱脈からボソンジャンプを利用して採掘してきたのは、それから間もなくの事だった……。

 

 

 

 エリナは結局、ユリカの要望通りイネスにも全てを伝え、事前に話を聞いていたらしいアカツキもそのまま共犯者となった。3人はユリカ了承の元、ユリカの要望案とアイデアを形にすべく、ユリカの要望もあって真田も身内側に引きずり込んで出来るだけの事をした。

 

 元々ヤマトを整備・改良していたのは並行世界でヤマト工作班長であった真田志郎その人。

 

 厳密には別人なので同一視するのはどうかとも思ったのだが、ゲン担ぎも込めて進言する。能力的に不足は無いし、「この世界でもそのご都合主義っぷりを発揮して下さい」と言う願いも籠っている。

 

 その後、2つの天才頭脳とヤマトの万能工作機械及び自動造船ドックの設計システムを駆使することで、脅威的な速度でヤマトの再建と、対ガミラスを念頭に決戦兵器としての性質を持たせた単独行動も可能な新型機動兵器、さらに既存兵器にも転用出来る強化パーツを兼ねた宇宙戦闘機Gファルコンのプランが形になった。

 そのプランの中にはユリカが意見を出したり、それとなく提供した画期的とも言える図面や技術も散見されたが、その出所に付いて詳細を知り得るのは共犯者のみである。

 

 なお、ヤマト再建計画にナデシコが誇る元整備班長ウリバタケ・セイヤにも参加を願うという意見はあったのだが、「再建段階で余計なギミックを付けられるのは勘弁」と言うユリカの(ある意味では尤もな)指摘で見事に流れた。

 

 とにかく前科が多いのである。頼まれてもいない余計なギミックを取り付けて顰蹙をかった例は枚挙が無い。

 

 が、人手不足の極みにある現状では完全に無視も出来ない。

 

 ので、新型機動兵器に関しては協力を求める事になり、その過程でXエステバリスをモデルにその完成系を目指した機体として開発が決定。それまでに案の出ていた別プランを取り下げる形で進められた。

 その機能の大半は彼のアイデアと要望によるものだが、一部は真田も噛んでいる。

 

 その結果、別用途で開発されていた新兵器が機動兵器用に手直しされて搭載可能になった。それは間違いなく彼の手腕によるものだ。

 

 とは言え、予想されるその兵器の威力の余りの高さ故、必要とされているのをわかっていながらも、苦々しい顔をしていたのが印象に残っている。

 

 

 

 ユリカはエリナに説き伏せられたこともあり、可能な限りの休息と治療を受けることは受け入れたが、イネスと協力しながらも、壊れかけの体を騙し騙しジャンプを繰り返して、作業に必要な鉱物資源の運搬などを繰り返した。

 

 いや、繰り返さざるを得なかった。

 

 再建計画に必要な、地球では手に入らない鉱物資源の採掘場所自体はヤマトのデータベースから判明していた。

 とは言え、土星の衛星等の超長距離ボソンジャンプを軽々こなし、あまつさえボソンジャンプで鉱物資源を、それも不純物を極力除外した状態でジャンプさせる神業を行使出来たのは彼女だけだった。

 

 ヤマト再建計画が恐ろしくハイペースで進んだ理由の一端がこれだ。本来必要な採掘作業や精錬作業の過程を省略して資材を提供されれば作業時間は大幅に短縮出来る。

 

 単なる移送だけならイネスも協力出来たが、この神業の模倣だけは流石に無理だった。

 何より彼女はジャンパーとして能力を行使するよりも先に、科学者としてその頭脳をフル回転させてヤマトの再建とガミラスに対抗出来る新型機動兵器開発に協力する方が優先された。

 

 だから、ユリカが頑張るしかなかったのだ。

 

 結局、その無理が祟って彼女はまともな治療が出来ないほど体を壊し、寿命を大きく縮めた。

 最後の採掘作業を終えた後集中治療室送りになり、軍に復帰する2週間前までは病室を出る事が叶わず、激しい苦痛と迫り来る死神の誘いに耐えながら、明日への希望を護り続けた。

 

 そもそも披露した神業ジャンプのほとんどが死んでもおかしくない程の負担を強いるというのに、ナノマシンの活動を極限まで抑え込んで、それでいて演算ユニットへのリンクを最大限に活かしたジャンプを実行しながらも命を繋いでいるのは、アキトとルリへの愛に他ならない。

 

 全ては最愛の夫が生きる世界の為。全ては愛する家族が幸せに生きられる世界の為。彼女は文字通り命すら捨て去る覚悟を持って、困難に立ち向かう道を選んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 エリナはふつふつと頭が煮えるのを抑えられないまま、通信室に飛び込んで地球にいるアカツキに連絡を入れる。

 ナデシコCが回収した通信カプセルの事やその内容、そしてアキトには一方的に従うように命令して治療するつもりだと、鼻息も荒く伝える。

 

 本当ならあそこでユリカの名前を出すこと自体が約束に反しているのだが、流石のエリナも我慢の限界に来ていた。アキトの気持ちもわかるから尊重してきたし、ユリカの気持ちもわかるから尊重してきたが、現在進行形で壮絶な戦いを繰り広げている彼女の姿を思い出すと、アキトの発言の無神経さが事さら癇に障った。

 

 「ははは! その調子じゃテンカワ君はまだぐずってるのかい?」

 

 「ええその通りです!……全く、このままじゃルリちゃんも含めて可哀想よ。相当追い詰められてるって聞いてますから」

 

 エリナはアキトにこそ伝えていないが、ルリを含めてアキトに縁のある人の近況情報は可能な限り集めていた。個人的に心配だと言うのもあるが、アキトが再起した時、必要になると思ったから。

 

 「困ったもんだねぇ彼も。いや、ユリカ君も結局似た者同士ってところかな? 意地っ張りで周りの心配そっちのけでやりたい放題。お似合いってやつかな?」

 

 アカツキのお道化た態度にエリナは頭にさらに血が上るのを感じた。

 

 「ええ本当に迷惑ですわ! 夫婦そろって散々人を振り回してくれて!」

 

 悔しいやら心配やらで頭が沸き立つのを抑えられない。共犯者となって以降、エリナとユリカは急速に距離を縮め、友人と言って差し支えの無い関係にまで至っていたが、その関係に至ったからこそ尚更ユリカの無茶が心を抉る。

 きっとナデシコに乗る前の、野心の為なら他人を平然と蹴り落とせる自分だったらこうはならなかったはずだ。

 

 結局エリナもナデシコに毒された人間。だが後悔はしていない。だから自分がすべきと信じたことをする。

 

 「会長。私もヤマトに乗船しても構いませんか?」

 

 これしかない。エリナはそう確信した。地球に残ったところで出来る事は無い。しかしヤマトに乗れば彼女のバックアップを務める事が出来る。口では強がっても無理を重ねていることは明らか。

 彼女が最後まで折れないようにするためにはどうしても補佐がいる。追いつめられているルリだけでは不安だし、ヤマト到来以降接点の多い自分が行かなくては。

 ユリカはきっと怒るだろう。彼女は自分が地球に残り、アキトを支えることを望んでいる。

 だがこれだけは引けない。今は1人でも彼女を理解して支えられる人間が必要なのだ。

 

 「言うと思ったよ。まあ君は秘書課から外れてるわけだし、僕のサポートはプロスペクター君に任せるよ。君とドクターとゴートくんはヤマトに乗船して、彼女のサポートを務めてあげて」

 

 アカツキは快諾する。元々こちらから頼むつもりだった。とにかく今は人材が不足している。最後の希望ヤマト、可能な限り万全の状態で送りだしたいと思っていた所だ。エリナならまあ不足はないだろう。

 

 それから間もなく、ナデシコCに通信カプセルを引き取りに行ったイネス・フレサンジュが戻ってきた。相も変わらず無茶をしたユリカを叱ってきたとは、本人の弁である。

 

 

 

 

 

 

 ナデシコCが回収した通信カプセルのメッセージはすぐに地球連合政府にも届けられた。その内容を鵜呑みにする政治家や軍人は少なかったが、メッセージの内容通り、疑っている余裕は無い。

 最新のデータによれば地球人類が生存限界を迎えるまでの時間は確かに1年弱。頑張ればもう少しだけ伸ばせるかもしれないが、どちらにしても迷っている時間は無い。

 

 そしてこの段階において、ネルガルと宇宙軍が匂わせるだけに留めていた宇宙戦艦ヤマトの存在が連合政府内で公のものとなった。

 

 民間への発表はまだ先だが、並行宇宙で幾度となく地球を救ってきた奇跡の艦。

 現行の地球の技術ではないのに確かに地球の技術で造られたことが確認出来るヤマト。

 そのデータバンクに存在する、歯抜けもあるが輝かしいと言って遜色ない戦歴のデータは、確かに連合政府の人間を勇気づけたことは事実だ。

 

 そして冥王星攻略作戦において、被害を最小に抑えたのがミスマル・ユリカの手腕によるものであると明かされると同時に、本人の要望も瞬く間に受理された。

 

 連合政府、統合軍、宇宙軍。その意見は恐らく初めて完全に一致した。

 

 

 

 「我々の最後の希望を、宇宙戦艦ヤマトに託す。宇宙戦艦ヤマトを惑星イスカンダルに派遣し、コスモリバースシステム受領の任に付かせる!」

 

 

 

 ナデシコCを始めとする最後の防衛艦隊が地球に帰還して1ヵ月余りが経過した後、民間に対してとうとうイスカンダルのメッセージと最後の希望、宇宙戦艦ヤマトの存在が公表された。

 

 人類最後の反抗作戦が、まもなく決行されようとしているのだ。

 

 

 

 

 

 

 時はナデシコCが帰還する直前に遡る。

 

 「ユリカさん、お加減は如何ですか?」

 

 ここ最近では珍しい位明るい声で、ルリはユリカのベッドの横に腰かけ、毎度のペースト食を摂っている彼女に話しかける。

 

 「上々だよ。流石はイスカンダル製の薬だね。これならジャンプさえしなければ1年くらい余裕で持ちそうかな?」

 

 こちらも無邪気な態度で応じる。話の後半は全く持って明るくない話題ではあったが、それでもルリの気持ちが明るいのには訳がある。

 

 そう、イスカンダルだ。イネスが通信カプセルと地球に届けた後、ナデシコCのボソンジャンプ通信システムを通してデータが連合政府に開示され、そのメッセージを信じてヤマトを派遣することが決定。

 その艦長としてミスマル・ユリカが選出され、地球に帰還した後、少しばかりの休暇と訓練を経て発進することになっているのだ。

 

 ユリカが艦長を務めるであろうことはルリ自身予想していたことだ。ユリカはヤマトのシステム自体に詳しいし、先の戦いでも私情に走って判断を間違えかけたルリをフォローしている(普段なら逆なのに、とは冷静になったルリの弁)。

 

 それに、あの無茶苦茶な航海に挑むとなれば、ユリカの性格の方が艦長として向いていると言えるだろうし、型にはまらないユリカの強さは、ルリが一番よく知っている。

 

 だが不安はある。そんな大任に果たしてユリカは、アキトを欠いたユリカの心と体が耐えられるのか。そしてここ最近のユリカの体調を考えると、カラ元気を駆使してもかつてのような無邪気な明るさで皆を引っ張って行けるのか不安に駆られる。

 

 だがルリはユリカを信じることに決めた。冷静な判断なら今度こそ自分が勤めればいい。それにイスカンダルは不完全ながらも、ユリカの病状を食い止めるような医療技術を有しているのだ。

 最悪彼女を置き去りにすることになるかもしれないが、イスカンダルの医療技術ならユリカを救えるかもしれない。

 

 もしかしたら、彼女の女性としての機能の再生すらも可能かもしれないと、期待に胸が躍る。置き去りになったとしても迎えに行けばいいのだ。

 理由なんて後から考えればいい。

 

 過剰な期待であることは自分でもわかっていたが、余裕を失っているルリにとってイスカンダルこそが最後の希望であり、活力の源となっている。

 

 イネスは提供された医療技術を用いてもユリカの完全回復は不可能と断言した。アキトならこれで何とかなるが、ユリカは病状が進み過ぎている。

 だが、地球よりも遥かに医学の進んだイスカンダルなら、それを実行出来るような設備や医者がいるかもしれないという言葉が、ルリにとっての希望。

 

 実際治療薬の効果はすぐに表れて、食事までは改善出来なかったが、栄養の吸収率が回復し、高カロリーの食事を心がければ何とか体重も維持出来る状態になった。

 

 健康な時より痩せたことは事実だが、その体はまだ女性的な丸みを維持してくれていて、肌や髪の艶も少しは戻った気がする。

 ユリカの容態が持ち直したことに感極まって抱き着いたルリ。ユリカの温もりが、傷ついた心をわずかに癒してくれる。

 

 

 

 その直後、ルリの行動を嬉しく感じたユリカが、激しく頬擦りしたり、頭をぐりぐりと撫で繰り回したのは想定外だったが……。

 禿げたらどうしてくれると、ぼさぼさになった髪を直しながら視線で非難したが、ユリカは全く気付かず「もう少し撫でさせて~」と手を伸ばす始末だった。

 

 嬉しいけどやめて下さい禿げてしまいます。

 

 

 

 「ともかく、発進まで存分に体を休めて下さい。私も全力で補佐しますから、素直に頼って下さいね」

 

 頭皮を心配してユリカの申し出を遠慮した後、ルリはここ最近では滅多に見せなかった笑みをユリカに向け、ユリカも負けじと笑顔で了承する。それで満足したルリは医務室を後にして、偶には自分からとハリを誘って昼食を取ることにする。

 散々苦労を掛けてしまったし、そうした方が彼も喜ぶだろうと思っただけだ。

 

 以前に比べると味気無く量も減った食事だが、気持ちが前向きになったルリにはずっと美味しく感じられた。ついつい口数も多くハリと他愛もない雑談をしたり、イスカンダルへ想いを馳せたりと、明らかに浮ついていた。

 そんなルリの様子にここ最近の落ち込み様を知っているハリもつい嬉しそうに応対する。ユリカもボソンジャンプの使用は禁じると言っていることから、ハリも少しだけ肩の荷が下りた気分でルリとの食事を楽しめる。

 

 ハリもまた、ルリに希望を与えたイスカンダルに、そしてそこに行くための船であるヤマトに、期待を寄せ始めていたのである。

 

 

 

 

 

 

 一方月のネルガル施設では、2週間前にイネスが持ち込んだ薬と医療用ナノマシンを投与されたアキトが、五感の機能を回復させつつあった。

 

 「イネスさん。ユリカは、ユリカは一体何をやっているんですか?」

 

 治療中は薬の副作用などで眠っていることが多かったアキトも、症状が回復に向かうに連れて、ようやくまともに動けるようになってきた。

 後は体の感覚のずれを補うためのリハビリに励みながら治療していくだけというところになって、アキトはとうとうイネスに尋ねてみることにした。

 エリナの件以来、務めて考えないようにしていたが、体が回復し始めるとユリカの事が気になってしかたない。

 彼女は、どうなっているのだろうか。

 

 「残念だけど口止めされてるのよ。貴方は自分の体の事だけ考えてなさい」

 

 共犯者の1人として、イネスはアキトに取り合うつもりは無かった。事実彼女の状況は地球の医学だけならすでに手遅れ。救いようがない状況にまで達している。

 イスカンダルの超技術による奇跡に期待しなければならないほど困窮した様をアキトに突きつけるのは、例え共犯者でなくても心が引ける。

 

 「それじゃ納得出来ない。あいつは一体何をしてるんだ? 無事なのか?」

 

 アキトはなおも食い付くが、イネスは答えるつもりが無いとばかりにそっぽを向いてカルテに何かしらを記載している。応じるつもりはないと見たアキトは椅子から立ち上がって部屋を出るべくドアに向かう。

 体はふらつくがこの際構っていられない。

 

 「あら、どこに行くつもりかしら?」

 

 「ラピスの所だ。ラピスに情報を探ってもらう」

 

 ラピス・ラズリ。復讐者となったアキトを支え続けたもう1人の妖精。最後の戦いからしばらくは今まで通りアキトの世話を手伝っていた彼女だが、最近はアキトの傍を離れて別の仕事についている。

 元々アキトに対して軽度の依存は見られたが、エリナにも懐いていたこともあってか、深刻な依存に至る前にある程度自立に成功した。

 時折メールだったり音声通話等で話すこともあるが、以前に比べると感情表現が活発になって、アキトも頬を綻ばせたものだ。

 

 「彼女なら別件でしばらくここを離れているわ」

 

 「どうせアクエリアスだろ。ラピスが絡みそうな案件は、あの船しかない」

 

 今ネルガルが最も力を入れているのはヤマトの再建作業。完全な波動エンジンのデータを入手した今、急ピッチで最終調整に追われている最中だ。

 あと1月もあればドック内で出来る調整を全て完了して発進出来るだろうと言われている。

 

 最も、アキトにはさして興味のある話ではない。やるなら勝手にやればいい。どうせ無駄に終わるだけだ。――この治療も含めて。

 

 「会っても無駄だけどね。ラピスちゃんも口止めされてるし、エリナと会長直々に頼まれたら断れないでしょうね」

 

 実はこの発言も正確ではない。ヤマト再建にラピスが絡んでいることは事実だ。

 

 その経緯はやや特殊と言えた。

 物資が困窮している現在、使いもしないユーチャリスを維持しておくことは出来ないため、解体して資材に回し他のが発端で、愛着のあるラピスが嫌がったのだ。

 最終的にはエリナに「ユーチャリスはヤマトと一つになって残り続ける」と諭されては不満を抑えたのだが、だからこそユーチャリスの犠牲の上に成り立つヤマトに係わりたいと自分から申し出たのが発端だ。

 

 そこで、ラピスは運命の出会いも果たした。

 

 

 

 その出会いは決して感動的なものではなかった。

 

 その出会いはボソンジャンプ直後で体調を崩したユリカを、たまたま手が空いていたラピスが看病する羽目になったという、双方にとって心の準備を終えた上での邂逅ではなかった。

 

 ラピスはユリカと言う女性がアキトの大切な人だという事は知っている。

 

 アキトが本当は一番会いたくて、抱き締めたがっている人だと。彼女も自分の事は知っていたようなので、いずれは直接会うことになるだろうとは思っていたが、このような形で会うことになるとは……。

 

 

 

 「ありがとうラピスちゃん、もう大丈夫だから戻って良いよ……大人しく寝てるから」

 

 「駄目。貴方に何かあるとアキトが悲しむ。だから目を離さない。エリナにも頼まれてる」

 

 弱々しいユリカの言葉を無視してラピスはユリカの看病を続ける。ナノマシンの発光こそ収まっているが顔色は青褪め呼吸も細い。

 ベッドの上に寝かされたユリカの腕には点滴針が刺さり、その体に水分と薬品を粛々と送り込んでいる。

 他にも、彼女のバイタルを取得するための電極などが体に付けられている。

 

 その痛々しい姿は、情操教育が十分とは言い難いラピスですら見てて辛くなる。アキトの大切な人と知って、映像資料を何点か見たことも影響しているのかもしれない。

 

 しばらく2人の間には沈黙が流れる。

 ラピスは時折呻くユリカの汗を手拭いで優しく拭いてやったりと、実に甲斐甲斐しく面倒を見続ける。

 アキトの為にも彼女には回復して貰わないと困る、と言うのがラピスの考えである。

 

 「ラピスちゃんはさあ」

 

 点滴の残量を確認して、そろそろ医者を呼ぶべきかとコミュニケに手を伸ばしたところで、話しかけられた。

 

 「ラピスちゃんは、アキトが好き?」

 

 「好き。大切な人。だからアキトの大切な人、貴方の面倒を見る。アキトを悲しませたくない」

 

 ラピスははっきりと断言する。アキトのパートナーとして戦ってきたラピスにとっては死活問題。アキトに助けられなければ今の自分は無かったと思っているラピスにとって、恩人に対する恩返しも含まれた行動だった。

 

 「そっか。私もアキトが大好き、心から愛してる。だから、無茶だ止めろと言われても、止められないんだ。もっともっとがんばって、ヤマトを蘇らせないと……ヤマトが動かない事には、地球に未来が無いからね」

 

 「貴方1人が頑張っても無駄。私は地球に未来は無いと思う。ヤマトは地球脱出のための船ではないの?」

 

 ラピスはヤマトが地球脱出を目的として再建中の船だと解釈していた。確かにこれだけのスペックがあればガミラスにも早々遅れは取らない。逃げに徹すれば例え一握りの人類だけであっても、しばらくは生き残れる。

 

 ヤマトの艦内には万能工作機械を有する工場区があるため、ここが無事で資材を確保出来れば補修パーツの生産はおろか、弾薬や艦載機の製造すら可能としている。

 さらに小規模ではあるが、遺伝子改良によって早期に収穫出来る農園もあり、そこでは野菜や果物は勿論、観賞用の花まで栽培出来る。

 

 これで戦闘用設備を最低限を残して撤去して、居住区に当てれば3000人は養えるだろうし、そうやってどこかで再び文明を築いた方が建設的だと、ラピスは考える。

 

 そう、ラピスはすでに地球の状況を“詰み”だと判断して久しいのだ。

 

 ラピスなりに調べてみたが、現在の地球の状況、スノーボールアースと呼ばれる状態に持ち込まれた時点でもう終わっている。

 この状態からあの反射物質を除去したとしても氷が太陽光のエネルギーを反射してしまうので気温は上がらない。二酸化炭素の濃度を増やせば気温は上がるだろうが、それでも解凍までに数百年かかるらしい。

 とても人類はそこまで持たない。

 

 それこそ、時間でも巻き戻さない限りこの状況は救われない。

 案外ガミラスの科学力なら短時間でどうにか出来るのかもしれないが、地球の科学力では無理。

 戦艦でしかないヤマトでは地球の環境を短時間で改善する事が出来るわけもない。

 人間諦めが肝心だと、ラピスは地球を見限っていた。

 

 「何とか出来る可能性があるんだなぁ、これが。そうでなかったら、とっくにアキトのところに押しかけて、せめて最後くらい一緒に居ようよ~、って抱き着いてるよ」

 

 苦笑いするユリカの様子をラピスは不思議に思う。

 

 「なら会いに行けばいい。アキトは、本心では貴方に会いたがっている。どうしてもと言うのなら、逃げられないようにしてあげようか?」

 

 ラピスは地球が救われるとは思っていないし、ヤマトでの逃亡も限界が早いと考えている。だからアキトの気持ちを踏み躙ることになるかもしれないが、最愛の女性と再会させるのも1つの手だと考えていた。

 どうせ終わるのなら後腐れがない方が良いだろう。

 

 「だ~め。私が頑張れば、うんと頑張れば、地球は絶対に救われるの! 私達にはそのための希望の片割れ、宇宙戦艦ヤマトがあるんだから」

 

 「たかが戦艦一隻で惑星の環境をどうにか出来るはずがない。流石に夢物語だと思う」

 

 「ラピスちゃん。世の中理屈ばかりじゃないんだよ。それにヤマトは、似たような状況に陥った並行宇宙の地球で生まれて、何度も何度も護り抜いてきた正真正銘の救世主なんだ――そう、人々の願いと、夢と、大いなる愛を乗せて戦い抜いた、最後の希望を運ぶ艦――今私達の傍に、そのヤマトがいるの」

 

 ユリカはあの船に絶対の信頼を寄せているのがわかる。だがラピスはイマイチ納得しかける。そもそも色々経験の足りないラピスには、願いだの夢だの愛だと言った抽象的な言葉はイマイチ実像を結ばない。

 とは言え、アキトの戦いを間近でサポートしてきたことから、執念、ならまだ辛うじて理解出来なくもない。

 

 「それに、地球を救う最後の手立ては後数か月もすれば皆に知れるよ。だから私は、それまでにヤマトを再建する。そしてヤマトと一緒に旅立って、救いの手段を取りにいかないといけないんだ」

 

 「よくわからないけど、本当にそうだとしたら確かにあの船には価値があるかもしれない。わかった、ヤマトの再建作業、もっとがんばる」

 

 顔は真っ青なのにやたらと自信満々に言いきられて、ラピスは信じてみたくなった。

 理解しがたい部分はあるが、どうやらユリカはユリカなりの確信があってこんな無茶を重ねていて、その集大成とも言えるのがヤマトらしい。

 

 そう解釈したラピスはユリカがアクエリアスを訪れる度に、ヤマトとはどのような艦なのかを、以前のアキトはどのような人物だったのかを聞き続けた。

 ラピスは会う度にユリカとの距離を確実に縮めていき、その影響を受けることで次第に感情豊かになっていった。

 その成長と合わせるように、ユリカが期待を寄せる宇宙戦艦ヤマトに愛着を感じるようになっていったし、ユリカが言った夢、希望、そして愛の意味を理解し始めていた。

 

 ユリカから口止めされているためその現況をアキトに漏らすようなことは一切していないが、本音を言えば伝えたい。だがアキトの為だと言われたら従うしかない。

 

 ラピスの視点から見ても、今のアキトにこのユリカを受け止めるだけの余裕はない。

 彼の意識が変わらない限りは、絶対に会わせてはいけない。

 

 

 

 その後アクエリアスにラピスを訪ねてきたアキトはユリカの所在を問い質したが、ラピスはユリカとの約束を守り梃子でも口を開かなかった。しかしその心は両者の間で板挟みになって痛みを発していた。

 

 大好きな2人なのに一緒に接する事が出来ない。それはラピスが最初に考えていたよりもずっと鋭く、激しい痛みだった。

 

 

 

 

 

 

 そして、運命の日は来た。

 

 

 

 その会場には文字通り選りすぐりの人材が集めらえていた。総勢300名。全員が宇宙戦艦ヤマトへの配属を命じられた者達。

 

 かつてナデシコCに乗艦していたクルー、そして旧ナデシコクルーの一部もまた、その場所に集まっていた。

 

 ホシノ・ルリ、マキビ・ハリ、高杉サブロウタ、古代進、島大介、森雪、アオイ・ジュン、ウリバタケ・セイヤ、スバル・リョーコ、マキ・イズミ、アマノ・ヒカルと言ったナデシコに縁あるもの。

 

 ラピス・ラズリ、月臣元一朗、ゴート・ホーリー、エリナ・キンジョウ・ウォン、イネス・フレサンジュ、真田志郎と言ったネルガルからの出向組。

 

 さらには宇宙軍や統合軍を問わず、腕に覚えのある人員が集められ、艦長からの訓示を待っている。全員がヤマトの為に新しく作られた真新しい隊員服に身を包んでいる。

 

 各班毎に異なる色をしていて、戦闘班は白地に赤、航海班は白地に緑、技術班は白地に青、航空隊は黒地に黄色、生活班と通信科は黄色地に黒、医療科は戦闘班と同じだが胸元と左腕に赤十字のマーク入り、機関部門は白地にオレンジ、オペレーターは白地に黒と区別されている。

 

 体正面と背中には中央から左側に“レ”のようなマークが大きく書かれ、正面だけが右側にも少し返しのような装飾が付くことで変則的ではあるが錨マークの様なデザインになっている。

 

 旧隊員服を再生産しても良かったのだが、「ヤマトは生まれ変わったのだから制服も新しくしよう」と言うユリカの意見が通る形で、旧隊員服をイメージしつつ、新しいデザインで作り直されたのだ。

 

 あとある意味大問題に発展した事件が発生した事も、男女兼用の新隊員服が作られた理由となっている。

 

 

 

 もう人類に後は無い。これが正真正銘最後の作戦だと、その士気は高くもあり、悲壮であった。

 

 そんな心境の面々の前、壇上に上がるは宇宙戦艦ヤマト艦長の任に付いた、ミスマル・ユリカ。

 

 ヤマト用に制服は用意されていたのだが、その身を敢えて旧ナデシコの制服で包み、ナデシコで使っていた士官用のマントや艦長帽の代わりに、新しく拵えた黒を基調に白で縁取ったロングコートを羽織り、先代ヤマト艦長、沖田十三が被っていたのと同じデザインの帽子を被った姿だ。

 

 それは彼女の決意の表れだった。自分が自分らしくいられた思い出のナデシコと、これから新しい場所になるヤマト。その2つがあってこそ今の自分だという彼女の意思。

 

 ナデシコの制服はヤマトの制服と同じ機能を持たせるべく改造された。

 以前よりも肌に密着する作りになり、タイツは制服と同じ素材のインナーに改められ、ハイヒールだった靴はヤマトの制服と同じシューズに履き替えている。それ以外は、概ね当時のままだ。

 ベルトに刺していた指揮棒とディスクフォルダーは、ヤマトの正式銃として用意された新型のコスモガンを左腰に吊るヤマトのスタイルに変えてある。

 上に羽織る黒のロングコートはヤマトの艦長の制服の色であり、今は傍にいない夫が纏った服の色、それに自分を象徴した白で縁取ることで離れていても一緒だと自分に言い聞かせる。

 艦長帽のデザインを模倣したのは、自分なりに沖田の跡を継ぐという意思表示だ。

 

 右手に杖を持ち、可能な限り力強く壇上に上がったユリカは集まったかつての、そしてこれからの仲間達を一瞥して力強く宣言する。

 

 「皆さん、私が宇宙戦艦ヤマトの艦長を務めることになりました、ミスマル・ユリカです。皆さんの命、今日から私が預かります。……ヤマトと共に、必ず地球を――愛する家族の未来を救いましょう!」

 

 その宣言に全員が姿勢を正す。これから上官となる人物の力強い宣言に、否応なく気が引き締る。

 

 「最初に断っておきたいことがあります。あの宇宙戦艦ヤマトが並行宇宙からもたらされた戦艦であることは、ここにいる皆さんにはすでに知らされていると思います。しかし、その正確な来歴を知るものは、恐らく私だけです。だからこそ、ここで断っておきたい――あの宇宙戦艦ヤマトは、今から約260年前の戦争において旧日本帝国海軍が運用した、かつての日本では悲劇の戦艦の代名詞とされた、大和型戦艦1番艦大和が、宇宙戦艦として蘇った姿なのです!」

 

 ユリカの発言に全員が一斉に色めき立つ。正直に言えば、突拍子がなさ過ぎて付いていけなかったと言っても過言ではない。だがユリカは意に介さず続けた。

 

 「――かつて大和は守る事が出来なかった。守るべきお国の名前を頂き、当時最大最強と称される力を持ちながらも、大和は何も出来ないまま沈められ、守るべき国は敗北し蹂躙された――だからこそ宇宙戦艦として蘇った大和は、新たな命、新たな体、新たな使命、そして使命を同じとする新たな乗組員たちの手によって雄々しく立ち上がり、過去の悲劇を乗り越えたのです!」

 

 ユリカは語る。ヤマトの記憶を垣間見た事で感じた、彼女の想いを。伝えねばならない、これから共に戦う仲間達に。ヤマトの気持ちを。

 

 「しかしヤマトの戦いは終わったわけではない。ヤマトは守るべき母なる星、この地球が、人類が危機に陥る度に立ち上がって護り抜いてきた! それは何故か!? 簡単なことです! ヤマトは敗北の意味を知っているから、負ければ守るたいモノがどうなるのかをその身をもって知っている! だからヤマトは負けなかった、いえ、負けられなかった!! 例え想像を絶する苦難があったとしても、ヤマトの後ろには、護るべきモノがあったからです!!――ヤマトに乗船する以上、私は皆さんにも同じ気概を要求します。我々の敗北は守るべきモノの敗北と同意義であるという事を! だからこそ全員、信念をもって立ち向かいましょう!! この航海は、我々人類の、いえ、我々が愛する全ての未来を懸けた航海になります!!」

 

 ユリカの一喝に全員が震えあがった。ただ既存の技術では実現不可能な強力な宇宙戦艦としか認識していなかった一同は、明かされた事実にただただ圧倒された。

 そしてその中でも極一部の、ユリカがヤマト再建に尽力していたことを知っている者達はここで初めて、ユリカがヤマトに全てを懸けた意味を悟った。

 

 彼女はヤマトに自分を重ねていたのだ。肝心な時に何も出来ず、最愛の夫を壊され、自身の人生すらも蹂躙された。その敗北の苦みに負けそうになったことは1度や2度ではないのだろう。

 彼女もまたヤマトの、戦艦大和のリベンジとでも言うべき活躍にあやかりたいのだ。

 

 この戦いの先に、再び家族そろって笑い合える日々が来ることを信じて。

 

 「我々はこれから、往復33万6000光年の旅に出発します。目的地は大マゼラン雲の中にある惑星、イスカンダル! しかし、宇宙戦艦ヤマトを完成し、宇宙地図を提供されたとはいえ、全てが未知数の過酷な旅となることは明白です。また、ガミラスは我々の行動を的確に捉え攻撃をしてきていますが、我々はガミラスの正体を知りません。わかっているのは冥王星に前線基地があり、そこから遊星爆弾を送り込まれ、地球がこのような惨事になったという事だけです。周知の事ではありますが、我々とガミラスの間には歴然たる力の差があり、ヤマトの航海を彼らが妨害してくる可能性もまた、否定出来ません」

 

 改めてガミラスの脅威を語る。一般的に、ガミラスの目的は不明のまま。だからこそ、今後の航海の障害になる可能性を示唆する。

 

 「しかし! それでも我々は、イスカンダルに辿り着き、コスモリバースシステムを受領し、地球を、愛する家族を救わなければなりません! 許された時間はわずか1年。この限られた時間の中で航海を成功させる必要があります! だからこそ、皆さんの力を私に貸して下さい! 1人でも多くの乗組員が生きて再び地球の大地を踏めるように私も最善を尽くします! ヤマトも同じ使命を持った我々が最後まで諦める事なく尽力する限り、力を貸してくれることでしょう!――しかし、もしも私が、ヤマトが信じられないというのであれば無理強いはしません。皆さんに選択の機会を与えます……30分後にアクエリアスへの移動が開始されますが、抜けたい者はその前にここを離れて下さって結構です。誰も咎めたりはしませんし、咎めることを許しません。自らの意思で選択して下さい! 私は一足先に、ヤマトで待っています!!」

 

 そう締め括ったユリカに全員が敬礼で答える。ユリカはそれを見届けると壇上から降り、振り返ることなく会場を後にした。

 

 

 

 会場から連絡艇に向かう最中、ユリカは逸る心臓を抑えながら独り言ちる。

 

 「沖田艦長っぽくやってみたけど、あれで良かったのかな? ――う~ん。もうちょっと砕けた方が私らしかったかなぁ? でも緊張感台無しになるし――」

 

 と小声でブツブツと呟きながら歩いていたら、曲がり角に気付かず壁に「ゴッ」と痛々しい音と共に激突する。「い、痛いのぉ……」と泣き言を言いながらも落ちた帽子を何とか拾い上げ、改めて連絡艇に足を運ぶ。

 ちょっと鼻先が赤くなったが気にしない。

 

 

 

 そんなポカをしながらも、ユリカは宣言通りヤマトへ移動を開始していた。ボソンジャンプはもう使わない、その約束を守るべく連絡艇を使ってアクエリアスへと移動する。流石にこれ以上ボソンジャンプを使えば確実に助からない。自分の体だけにユリカは限界を迎えたことを理解している。

 イスカンダルに付くまでは死ぬわけにはいかないので、時間はかかっても安全な方法を取る。

 

 

 

 

 

 

 突如として地球と月の間に出現した大氷塊は、当初ガミラス以上に人々の関心を集め、恐怖を煽ったものだ。

 しかしガミラスと言う驚異の前にそれも流れ去り、ユリカがそう呼んだことから広まって、何時しか人々の中で氷塊の名前はアクエリアスだと定着していた。

 無論、その正体が並行宇宙の地球を水没の危機に陥れた、回遊水惑星の名前であるという事はほとんど知られていない。

 

 アクエリアス大氷塊の隅に、可能な限りの偽装を施したポートが建設された。これはボソンジャンプに依存せず物資や人員を運ぶための措置として造られたものだ。実際にはほとんど使用されておらず、利便性が高いボソンジャンプを利用した行き来が主だ。

 ユリカとイネスが共同で開発したボース粒子の検出を妨げるシールド処理が上手く行ったことも、ボソンジャンプがメインだった理由の1つだ。

 

 だが今回はユリカのみならず、ヤマトへの人員の移動は全てこのポートを使った連絡艇だ。そうすることで、クルーとなる面々はあのガミラスに破壊された地球の姿を目に焼き付けられる。

 ガミラスへの怒りと、地球を救いたいという願いを渇望させる事が出来る。

 

 我々こそが最後の希望だとクルーに教えるため、ユリカは危険を冒してでもその選択をする。

 

 連絡艇を降り、ドック内部への通路を歩くユリカ。杖をつき、決して速いとは言えない速度ではあるが、衰えた体からは想像出来ないほど力強い歩みだ。

 

 そう、彼女も待ち望んでいた瞬間だ。耐えがたきを耐え、絶望に心を折るまいと努力してきた。それが今ようやく実を結ぶ。もう良い様にはやらせない。この力があれば、ヤマトが機能さえすれば、

 

 

 

 アキトの未来を護れる。ルリの未来を護れる。新たにラピスも迎え入れる事が出来る。自分がどうなるかはまだわからないが、上手く行きさえすれば全部丸く収まるハッピーエンドを描く事が出来る。

 

 そう、今までヤマトが成してきたことだ。

 ヤマトは地球を幾度も救ってきた。赤茶けた星になった地球を、敵に占領された地球も、灼熱地獄と化した地球も、アクエリアスの水害に沈みかけた地球も。

 

 だから、自分達がしっかりすれば奇跡をまた起こせると、ユリカは信じていた。

 

 ユリカはその一念だけで常人なら発狂するような苦痛に耐えた。最愛の夫と会えない寂しさに耐えた。大切な家族と友人達を苦しめる罪悪感に耐えた。今にも散りそうなこの命を懸命に繋ぎ留めてきた。全てはこの瞬間を迎えるために!

 

 ドアを潜った先はドックの内部。その視線の先に、天井のライトに照らし出された雄々しき巨像の姿がある。

 その姿を見てユリカは心が沸き立つのを感じる。

 

 

 

 そう、ヤマトだ。

 

 かつてアクエリアスの大水害から地球を救う為に自沈した守護神が、ユリカが、人類が待ち望んだ宇宙戦艦ヤマトが、かつての姿、戦艦大和の面影を強く残した在りし日の姿を保ったままついに蘇った!

 

 幾度も地球人類を破滅から救い続け、その身を呈すことすら厭わなかった伝説の艦。その巨体が今、ユリカの眼前にある。

 

 

 

 「――ヤマト……!」

 

 

 

 ユリカは初めてその内部に足を踏み入れた時のことを思い出す。水に沈んだ第一艦橋の中で、息を引き取っていた沖田十三の姿を見た時、思わず涙がこぼれた。救出されて地球に帰るボソンジャンプの最中、その脳裏に刻み込まれたかつてのヤマトの活躍の日々の“記憶”。

 全てを鮮明に受け止めることは出来ず、不明瞭な部分も多い。しかしそれでも、ヤマトが成し遂げてきた奇跡の数々を、その原動力を理解するには十分と言える“記憶”を彼女は見たのだ。

 

 ユリカはヤマトの艦体を回収する際、沖田の亡骸を三浦半島にある高台に密に埋葬した。並行宇宙に彼の死を本当の意味で悼む者などいない。

 本当は元の世界に戻してやりたかったが、叶わない。だからせめて、息子の様に大切に思っていた部下、古代進の生家があった土地で埋葬してあげたくて、そうした。

 

 そう、ユリカは進の事を知っていた。ヤマトがユリカに垣間見せた記憶の中で、古代進を中心とした人間関係は、殊更強く色を放っていた。

 島大介、森雪、真田志郎と、ヤマトの中心と言えるメンバーの多くがこの世界にも違う形で生を受け、ヤマトに集おうとしている事に運命を感じずにはいられない。

 ヤマトにとって、古代進とは自身の代弁者だったのだろう。そして、その進に強く影響した沖田十三も、進にとって頼れる仲間達もまた、そうだった。

 

 とは言え、ユリカも彼らの人なりを把握しているわけではない。あの僅かな時間で得られる情報など大したものでは無いし、そもそもヤマトに焼き付いた記憶の断片を垣間見たに過ぎないのだ。

 だがそれでも、進を中心とした人間関係はある程度理解している。

 

 そう、ユリカはヤマト出現直前のボソンジャンプの最中、ヤマトの意思と触れたのだ。

 

 アクエリアスの水柱を断ち切るために自爆したヤマトは、その時生じた時空の裂け目に落ち込み、数多の並行世界と接する空間に一時身を置いた。

 その中で偶然接触したこの世界で、自身が必要とされていると理解したヤマトは、時空を超えるシステム、ボソンジャンプの演算ユニットとリンクを弱々しくも保っていたユリカを接点としてこの世界に現れた。

 

 その際ヤマトの身に刻み込まれた記憶に触れたことで、ユリカはヤマトがどのような艦なのかを、その使命を知った。

 

 そのためユリカは、どうしてヤマトがこの世界に来たのかも察する事が出来た。

 恐らくヤマトが到来せず、ガミラスによって破滅した未来の自分の嘆きが、悲しみが、偶然ヤマトに届いて呼び寄せる事になったのだと。

 

 そう、ヤマトの到来は一種のタイムパラドックスを引き起こしたのだ。

 

 だからこそ、ユリカはヤマトを蘇らせた。これから襲い掛かる様々な苦難に、人類が屈せぬように、立ち向かえるようにと。自分に応えてくれたヤマトへの恩返しも含めて。

 

 

 

 ユリカ涙を湛える目を袖で拭って再び足を進める。

 

 本音を言えば間に合うのかどうか何時も不安だった、何としてでも間に合わせるために無茶を重ねざるを得なくて、ただでさえ心配をかけている仲間達にさらに心配をかけているのが自分でも辛かった。

 

 だが報われた。ヤマトを囲う通路を弾む気分で歩き、左舷後部の乗船口にまで移動する。歩きながら、生まれ変わったヤマトの姿を目に焼き付ける。

 

 自沈したヤマトは第一副砲の直下で断裂していた。しかしその艦体は接合と同時に延伸され、かつてよりも巨大になっている。

 艦幅も増し、上から見ると丁度かつての大和のように前後が細く、中央が膨らんだ安定感のある姿に生まれ変わった。

 

 フレーム構造と装甲支持構造が改められ、より優れた耐弾性と耐久力を発揮するように、残された運用データを基に可能な限り手を加えた。

 

 従来は備わっていなかった防御フィールドとしてディストーションフィールド改を装備。これは艦の表面に張り付くように展開可能になった新型のディストーションフィールドで、従来通りの使い方も出来る。

 さらにかつてウリバタケが開発したディストーションブロックも中空複合装甲の空間に張り巡らせる。装甲表面もフィールドを多重展開可能とすることで、鉄壁と言える防御を実現した。

 

 構造材もヤマトのデータから回収した空間磁力メッキの技術を応用した、一種のナノテクノロジーを活用した素材が混入され、装甲表面にも同様の作用を持つ素材が塗料に交じって塗布されている。

 

 この素材に所謂エネルギー系の攻撃などが命中すると、そのエネルギーを利用して反射フィールドを自己生成する作用を持つ。オリジナルの様に完全に反射するのは無理だが、命中したエネルギー同士をぶつけ合って相殺する、または乱反射させることで驚異的な耐久力を発揮する。理論上はグラビティブラストが直撃してもいきなり内部まで貫通される事は無いはずだ。

 

 質量弾に対しては効果が無いが、そこは自前の分厚く強固な装甲で受け止めるヤマト元来の防御が活きる。

 

 基本的な武装と配置は変わらないものの、主砲と副砲は砲身が延長されエネルギー収束と有効射程が強化されたグラビティショックカノン――重力衝撃波砲に換装された。

 従来のヤマトのショックカノンの原理と、グラビティブラストを組み合わせた新型砲で、これならガミラスの防御を容易く撃ち抜く事が出来るはずだ。

 

 艦橋の周辺に集中配備されたパルスレーザー対空砲群も、対ディストーションフィールドを考慮したグラビティブラスト――通称パルスブラストに更新され破壊力が大幅に向上している。

 

 従来の地球艦艇ならこの武装の半分も使いこなせずに出力不足に陥っているだろうが、それを実現したのが波動エンジン、そして波動エネルギー理論だ。

 

 波動エンジン内部で生成されるタキオン粒子は、人類が定義していた質量が虚数の素粒子ではなく、正の実数の質量を有しながら超光速に達する粒子、いわゆるスーパーブラティオンと呼ばれる素粒子である。

 それ自体が時空間を歪める作用を有していることから、空間歪曲装置の類に誘導してやるだけで、高効率のディストーションフィールドやグラビティブラストを生み出す事が出来る。ガミラスの強さの秘密の1つだ。

 

 従来からのミサイル装備は全て継続している。計36門になるミサイル発射管は、主砲や副砲の死角からの敵を攻撃するために有用な装備だ。

 さらにディストーションフィールドを展開して攻撃を受け止める“バリアミサイル”が追加され、本体の消耗を防ぎながら攻撃を防げるようになった。

 

 特徴と言える波動エンジンは、復元された旧エンジンの艦首側にリボルバー状に配置した小相転移エンジンを6つ備えた6連相転移エンジンを増設、それを波動整流基とも呼ばれるスーパーチャージャーを挟んで接続した、“6連波動相転移エンジン”に強化されている。

 同じ真空を燃料とするエンジン同士相性が抜群で、相転移エンジンを事実上の増幅装置として機能する事で、波動エンジンは従来の6倍という劇的な出力強化を成し遂げた。

 

 波動エンジンのテクノロジーも反映して新造された相転移エンジンは、一見すると波動エンジンにしか見えない程外見が酷似している。

 ただ、波動エンジンがフライホイールを2枚装備するのに対し、相転移エンジンは1枚しか装備しないと言う差異がある。

 

 エンジンを更新したことで波動砲も6連発可能なトランジッション波動砲へと強化。従来威力の波動砲を最大6連発出来るようになっている。

 

 この大幅な改造で艦内構造は大きく改訂され、艦の中央は波動砲とエンジンで円筒状に占められている。

 居住区などは喫水より上の部分、艦の左右に分断される形になった。

 

 艦載機の格納庫も大幅に拡張され、第三艦橋支柱中央のエレベーターシャフトの手前までから、補助エンジンのすぐ後ろ付近までの長大なものとなった。

 

 そのエレベーターシャフト前から艦底部のドーム部分の先端までの範囲は改定された艦内大工場となっている。

 

 さらにその前方から艦首魚雷発射管の後ろ付近までのスペースを使って、特殊重攻撃艇信濃が格納されている。

 この信濃にはヤマトのミサイルよりも強力な、試作の波動エネルギー弾道弾が24発積載されている。ヤマトのデータには波動エネルギーを封入した砲弾、波動カートリッジ弾のデータが残されていたのでそれをアレンジしたものだ。

 

 さらに艦底部の第三艦橋は大幅に強化・改定されて新施設の電算室を内包した。

 一回りほど大きくなった姿は防電磁処理のため喫水上と同じ青の強いグレーで塗られ、外見的にも旧来との違いをまざまざと見せつける。

 

 本来想定していなかったホシノ・ルリらIFS強化体質の人間が乗船することから、電算室の部分には一手間を加えてナデシコCのオモイカネを移植してある。

 急な変更だったためマッチングがまだ完全ではないが、それでも十分な性能を発揮するはずだ。

 

 そもそも、ユリカはルリやハリやラピスがヤマトに乗ることを認めていなかったのだが、ルリには散々弱みを握られてしまったし、ルリが乗ればハリも乗る、ラピスもユリカが心配だと言って聞かないため、渋々受け入れた結果だ。

 

 なので、第三艦橋の先端部分には、ナデシコの魂を継ぐという意味合いで艦名とは縁も縁もない赤いナデシコの花びらのマークが急遽書き足された。

 

 他にも艦首波動砲とフェアリーダーの間に、舷側後方部分に白い錨マークの装飾が施されている。

 元々ヤマトに描かれたことがあるデザインではあるが、ユリカはこれを「平和と言う時代が戦争という嵐で流されて行かないようにすると言うシンボル」として、ヤマトの体に刻んだ。

 平和の象徴である白と、船を固定するための錨を掛けた、ユリカの切実な願いだ。

 

 

 

 ユリカはヤマトの艦内に入ると、まずは第一艦橋に上る。エレベーターから降りたユリカの目に飛び込んできたのは、電源こそ落ちているが、かつての面影を色濃く残した、ヤマトの第一艦橋の姿だ。

 レーダー席の後方に新たに副長席が新設された事や、旧レーダー席が電算室との連動を優先した簡易的なパネルになっている以外は、以前のまま。

 

 艦橋中央部分にある次元羅針盤も健在で、ユリカがイメージの中で見たヤマトの艦橋の姿が、在りし日の面影を残したまま蘇った事に感激が止まらない。

 

 自分でも驚く程このヤマトに感情移入している自分がいる。その気持ちはある意味では、かつての居場所であるナデシコにいた時とあまり差が無い。

 

 

 

 ――ここが、新しい私の居場所なんだ。

 

 

 

 ユリカは一通り艦橋内部を見渡すと、艦長席に振り向く。かつて飾られていた沖田艦長のレリーフは無い。そもそも、自分以外の人間は沖田艦長が最後までヤマトに残って運命を共にしたことを、知らない。だがそれでいい。必要なのはヤマトの伝説であって沖田艦長の存在ではないのだ。

 

 ――沖田艦長の教えを、ユリカは朧気ながらも知っていた。

 

 「最後の最後まで諦めない」という教えを。

 

 自分は沖田艦長の様には恐らく慣れない。だから、私らしく自分らしく、ヤマトとクルー達を導いていく。

 

 だから、

 

 (どうかユリカを導いて下さい、沖田艦長。貴方が指揮したこのヤマトは、私が継ぎます。この宇宙でも、必ずその使命を果たして見せます。どうか、見守っていて下さい)

 

 艦長席に対して黙祷を捧げると、ユリカは恐る恐る、艦長席に腰を下ろす。

 しっかりとした作りの座り心地の良い椅子だ。目の前に広がる艦橋の姿とコンソールを見て、自然と気持ちが引き締まる。

 

 これからは、私がヤマトの、そしてクルーの母になるのだ。

 

 「さあヤマト。旅立ちの時よ。いっちょ派手に奇跡を起こしに行こうか!」

 

 顔を上げて吠えるユリカの言葉に、電源のまだ入っていない計器盤が応えるように一瞬だけ機能したことを、彼女は知らない。

 

 

 

 

 

 

 今、宇宙戦艦ヤマトは目覚めの時を迎えようとしていた。

 

 行くのだヤマト、全人類の夢と希望を乗せて。

 

 ガミラスによる寒冷化現象によって地球の生命が滅びるまで、

 

 あと、365日。

 

 あと、365日。

 

 

 

 第二話 完

 

 

 

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第一章 遥かなる星へ

 

    第三話 号砲一発! ヤマトの目覚め!!

 

 

 

    全ては、愛の為に――

 



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第三話 号砲一発! ヤマトの目覚め!!

 

 

 

 ユリカの宣言を受けた会場は騒めいていた。ヤマトの来歴の衝撃もそうだが、彼女が見せつけたヤマトにかける熱い情熱と信頼。

 そして、自分達こそが愛するモノたちにとって最後の砦であるという事実を悲観的ではなく、むしろ誇らしげに語ってみせたその姿は、不思議と彼らの心を沸き立て、勇気を与えていた。

 

 無論ヤマトのクルーに選ばれた者たちは直接的、間接的に彼女が余命幾許も無い身の上であることを知っていた。少しでも穿って調べればすぐに見つかる情報である。

 

 だからこそ、あの力強い言葉に勇気を貰えたと言っても過言ではない。自分自身の未来すら危ういのに、むしろ地球同様すぐにでも終わってしまいそうな状態なのに、微塵も諦めを感じさせない姿に、クルー一同は敬意すら抱いていた。

 

 

 

 我々はまだまだやれる。絶望するにはまだ早い。信じてぶつかっていけば、何とかなるかもしれない、と。

 

 

 

 その後一人の脱落者も出すことなく全員がアクエリアスへと移動し、宇宙戦艦ヤマトに乗艦して行った。全員が連絡艇の窓から見た地球の惨状に心を痛め、この作戦の成功を心に近い、ガミラスへの怒りを湧き上がらせる。

 

 

 

 全員乗艦、欠員無し。その報告を艦長席で受けたユリカは全員の覚悟に感謝し、なおのことしっかりしなければと、改めて自分に決意表明をする。

 

 

 

 生まれ変わった体と、新たな使命、そして新たなクルーを得て、宇宙戦艦ヤマトの旅が、再び始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 ヤマトへの乗艦が完了してから1時間。乗組員は自分達の部屋割りを確認して荷物を置くと、それぞれの配属先に散らばってシステムを立ち上げていった。

 

 大介は配備先になる第一艦橋の操舵席にて、家を出る時まだ幼い弟から渡された激励の手紙をポケットに入れ、使命感を燃え上がらせていた。内容は弟だけではなく、父と母からの激励も書かれている。

 島は操舵席に備わった“コ”の字型の操縦桿を動かして手応えを確認し、各種スロットルの位置や計器類の表示を確認する。ヤマトの運航を一挙に賄う航海班の長として、努々手を抜くわけにはいかない。

 

 「次郎、親父、お袋よ。待っててくれ。きっと帰るからな……」

 

 そんな大介の様子を進は自分の受け持ちである第一艦橋最前席の中央、戦闘指揮席の計器チェックをしながら見ていた。各種武器を一括で管理するこの席は相応にモニターとスイッチが多く、チェックは入念に行う必要がある。

 ここは、ヤマトの最終兵器波動砲のトリガーを有する場所でもあるので、責任は重大だ。

 故に進は戦闘部門を一挙に引き受ける戦闘班長に任命され、航空部隊もその管轄下にある。経験と年齢が釣り合っていない役職だと思いはすれど、とにかく人手が足りない現状ではそこまで不思議に思うほどではない。ただし、ヤマトの、特に第一艦橋の人事にユリカの意向が大きく反映されていることは知らされていない。

 

 「島、気張って行けよ。しくじったら残された家族が可哀想だからな」

 

 胸に去来するわずかな悲しみを振り払い、進は親友を激励する。

 

 「古代……ああ、しっかりするさ。その、ありがとうな」

 

 進の前で軽率だったか、と言う顔をする大介に進は心配するなと笑い飛ばして見せた。

 

 「俺の事は気にするな。世界のどこもかしこも、同じような人間が山ほどいるんだ。それに俺は、ルリさんや、ユリカさんを信じるって決めたんだ。全身全霊をかけて、この計画に命を懸けるだけさ」

 

 「……そうか、そうだったな、古代。必ずやりきろうな。俺達の未来の為にも」

 

 家族を失った心の痛みは消えない。しかし進はナデシコCに乗船した時から交流を重ねることになったルリやユリカの影響を受け始めていた。

 

 

 

 

 

 

 始まりは勿論あのナデシコCの騒動からだった。

 

 ルリは厳密に言えば家族を失ったとはいえない状況にあるが、生きているだけで接点を失ったアキトの事、傍にいるのにどこか遠いユリカの事。

 進は同じような傷を抱えるルリと立場を超えて打ち解け、互いに家族への想いを馳せた。生存しているだけ羨ましいと思わないではなかったが、憔悴したルリにそんなことを言うわけにもいかず、むしろ進の方が聞き手に回って身の上話を聞く羽目になった。

 

 自分が作られた存在であること、両親と思っていたものが単なる虚像に過ぎず、遺伝上の両親とは縁遠く、ようやく手に入れた家族は無残に奪われ傷つけられた。悲劇を超えて取り戻せたと思ったら、また手から零れ落ちそうな現在。

 

 涙交じりに語られたルリの数年の記録は、進の心を大いに抉った。

 それまでは電子の妖精だとか、史上最年少艦長だとかと持ち上げられてきた少女が、年相応の、どこにでもいる人間なんだと、このやりとりで進は初めて理解した。

 

 そしてユリカだ。兄を見殺しにした張本人。だがその事に心を痛め、進が報復を企てようものなら、甘んじて受け入れようとする姿勢を見せられると、どうにも気概を削がれる。

 

 幸いなことに帰還までの2週間もある。

 

 そう考えた進は、彼女がどんな人間なのかを知りたくて頻繁に足を運び話をすることにした。正直かなり勇気が必要だったが、それでも自分には知る権利がある、納得しなければ先に進めないと思い正面からぶつかって行った。

 無論本人だけではなく、ルリの様に古い付き合いの人達に、または入院中のユリカの世話を担当していた雪に、その人なりを聞いて回る事も怠らない。

 

 

 

 そうやって数日も経てば、進はユリカが平然と仲間を見捨てられるような冷たい人間ではなく、逆に感情豊かで情に厚い、太陽のような暖かい人間であることを知った。

 それなのにルリを徒に心配させる行動についてもついつい非難してしまったが、ユリカは困ったような顔をして「そうするしかなかったの」と言い訳をする。

 その態度が悲しそうだったので、ユリカの行動が決して本意ではなく、本当に必要だから、そうしなければならない何かがあるのだと悟った。

 

 例え病床の身の上であっても、それが出来るのは実験の後遺症で異常な力を得てしまった彼女だけなのだと。そして、彼女を突き動かす最大の動機が今は雲隠れしている夫――テンカワ・アキトなのだと知り、彼がどのような道を進んだのかも、聞く事が出来た。

 

 そこまで理解が進むと、今度はあの一家を身勝手かつ自己満足の正義を振りかざして引き離した、火星の後継者にも怒りを覚えた。確かに実験の後遺症とやらが無ければヤマトの再建は成しえなかったかもしれないが、ここまで苦難な道を歩まずに済んだかもしれないのだ。

 いや、ガミラスが避けられない脅威であったとしても、彼女の隣には最愛の夫がいたであろうし、その夫にしても、自分で自分を許せなくなるような所業に手を染めずとも済んだはずだ。

 そんな感情が口を吐くと、ユリカは本当に泣きそうな顔で「それ以上言わないで」と進を留める。

 

 それから間を置かずに嗚咽を漏らして泣き出す姿を見て、火星の後継者の遺した傷跡が決して小さい物ではないことを実感させられた。

 

 彼女もまた自分と同じように、理不尽な暴力で不幸になった存在だったのだと。

 

 ――そして、彼女はまだ、火星の後継者の呪縛から逃れられていないことを。

 

 

 

 彼女らとの関係が深まるに連れ、何時しか進はユリカに強い敬意を抱くようになった。

 あんなに弱々しい体なのに、本心では寂しくて寂しくて泣き叫んでいるというのに、それを感じさせない不思議な包容力に心が休まるのを感じた。

 兄を見殺しにしたことを気に病んでいるのか、それとも生来の器の大きさ故なのか、彼女は進をよく気遣ってくれている。その優しい視線と態度が、ささくれていた進の心を癒してくれたのは間違いない。

 自分の事で手一杯のはずなのに、こんな自分すら気にかけてくれる。

 

 そんな彼女の心の強さを、進は尊敬するのだ。

 

 

 

 その後、進は彼女がかつて連合大学を首席で卒業した才女であると知った事から、「俺に戦闘指揮を教えてください」と頼んでみた。すると、彼女は「良いよ良いよ、大歓迎だよ!」と快く応じてくれた。「やっぱりそうなるんだね!」と言いたげな視線が気にはなったが、下手に突っ込んで機嫌を損ねたりしても嫌なので、スルーして感謝する。

 

 丁度その時傍にいたルリは、それはもう怖いくらいに目を吊り上げて「大人しくして下さい」とユリカを非難したが、「ゲームだからゲーム。そんなマジなのやらないから!」と、本当にオモイカネに頼んでテレビゲームを起動して進と対戦する、と言う形でのレクチャーを兼ねて遊ぶことになる。

 

 進はちょっと拍子抜けしたが、ルリの心情も考えるべきだろうとその場は我慢する。

 ――隠れてこっそりとユリカが進を指導するようになるのは、地球に戻ってからの事だ。

 

 その時遊んだのは本格的なリアルタイムシミュレーションゲームだった。

 巻き込まれた(と言うよりも監視の為に残った)ルリも交えて戦ったが、結局進は一勝も出来なくて悔しい思いをした。

 ルリは進よりはマシだが結局まともに勝つ事が出来ず、尊敬するような悔しいような複雑な表情で「もう少し手加減してくれても良いと思います」と唇を尖らせてた可愛い表情を見せてくれた。

 その表情にユリカも進も大笑いして、陰鬱な空気を完全に吹き飛ばした楽しい時間を過ごしたものだ。

 

 直後にルリは拗ねてしまったので、ご機嫌取りが少し大変だったが、それも嬉しい苦労と言える程度だった。

 

 

 

 時にはユリカの看病のために離れられない雪や、ルリを心配して様子を見に来たハリに、進がまた馬鹿をしでかさないかと気になって顔を出した大介すら巻き込んで、他愛の無い無駄話に花を咲かせることもしばしばだ。

 

 ユリカの無茶苦茶な活動報告も悪い事ばかりではなく、一部は地球では見られないような変わった気象現象などの写真だったり映像だったりを残していたらしく、未知なる宇宙の神秘の記録に全員で目を輝かせた。

 

 他にも全員でゲームをしてバカ騒ぎをしたり、過去の映画ディスクなどを見て笑ったり感動したりと、暇さえあればユリカの所に顔を出してはしゃいだものだ。

 

 地球に戻ってからはヤマト乗艦の為の訓練に勤しむことになったが暇さえあれば顔を出すことに変わりは無く、そのため今度はラピスやエリナ、イネスらを始めとする旧ナデシコの面々とも知り合うようになり、進は兄を失った悲しみを克服し、出会った友人たちの為にこの航海の成功を誓うようになった。

 

 もう2度と、大切な人を失うまいと固い決意を抱いて。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第一章 遥かなる星へ

 

 第三話 号砲一発! ヤマトの目覚め!!

 

 

 

 「ラピス、そちらの準備はどうですか?」

 

 電探士席に座ったルリが機関制御席に座ったラピスに問う。彼女はヤマトの電算室を始めとするコンピューター関連の総責任者、チーフオペレーターに任命された。ナデシコCからオモイカネも移植されているので心強かったが、ヤマトではオモイカネもサブコンピューター扱いだ。

 本来想定されていない改修故、マッチングが不完全なのが理由である。何しろ、ナデシコC自体どうなるかわからなかったので仕方がない。

 

 第一艦橋のパネルはやや簡素なもので、透明なスクリーンモニター1つとコンソールパネルが1枚だけで、パネルは右側にある支柱1つで支えられている。

 改修が追い付かずIFS端末の使えないキーボードタイプのそれは、ルリの能力を最大限に発揮出来るものではなかったが、元々本体は第三艦橋にあるのであまり問題ではない。本格的な作業をしたければそちらに移動すればいいだけだ。

 

 ただ、移動方法がちょっと……。

 

 ルリは当初、ラピスも自分の部下に付くものかと思っていたのだが、彼女は自らエンジン制御の責任者に名乗りを上げた。エンジン本体の調整作業はその細腕では無理だが、プログラム関連は元よりコンソールパネルを使用してのエンジンコントロール技術に優れた手腕を発揮したことで、案外すんなりと決まってしまった。

 本人も再建の際に最も力を注いだのが機関部の制御系だったようで、愛着があるのだとか。

 

 また、見目麗しい妖精が自分達の上司になった事で、どちらかと言うとむさ苦しい機関部の人間は小躍りして喜んだものだ。ラピス自身は特にそれを嫌がる様子もなく、むしろ年齢を考えれば当然だと大目に見ている他、礼儀正しく部下となる男共に接している。

 

 「起動準備は進展率50%。事前のエンジンチェックでは問題はありませんが、後は起動してみない事には何とも言えませんよ、ルリ姉さん」

 

 ラピスは計器類のチェック作業を止めずに回答する。こちらはボックスタイプの立派なコンソールが用意されているのだが、小柄なラピスだとパネルより先は殆ど見えない。長い桃色の髪は後ろで縛って邪魔にならないようにして気合いもばっちり。

 計器盤はアナログメーターとデジタルメーターが複数備わったもので、複雑なエンジンの出力管理とエネルギー分配はこの席で行う(意外なことにラピスはIFS端末への改修作業を断っており、想定されていた入力キーとレバーのみで機関制御席を操作するつもりだ)。

 無論、機関室からの直接制御を求められることも多いため、この席は機関室への直通回線が備わっている。

 

 ナデシコCが地球に帰還してからの一月の間に再会した、と言うよりも初めて顔合わせをしたと言える2人だが、共通の話題としてアキトとユリカがあったため思いの外早くに打ち解けた。

 無論ルリからはアキトの所在を教えて欲しいと頼まれたので、素直に月にいることを白状したが、ユリカが今の段階ではアキトとの再会を望んでいないことを止むを得ず教えた。無視して人の輪を乱すのは、ヤマトに乗る上で致命的と判断したラピスの独断ではあったが、なぜユリカがアキトを避けるのかを聞いたルリは納得せざるを得なかった。

 

 根の深いその問題にそれ以上の深入りを避けた2人は、互いの関係を深めるべくお泊り会を実施してみたり一緒にご飯を食べたり、過去のドラマを見たりなどして打ち解けることに努めた。

 

 その結果、ラピスはあまり実感の湧いていなかったユリカの「じゃあルリちゃんの妹だね」という言葉に実感を持つようになり、特にそう言われたわけではないが何時の間にかルリを姉と呼ぶようになった。少々困惑したルリではあったが可愛い妹分の追加にちょっとだけ心がときめいたのは内緒だ。

 

 「通信システムは現在の所正常、と。流石我が社の製品ね。完璧だわ」

 

 とは通信長に抜擢されたエリナの発言だ。こちらは壁面に備えられたコンソールが特徴で、目の前には艦内の各所を映し出す小型モニターが幾つも連なり、それぞれの場所に艦内通話を繋げる事が出来る。

 当然通信席なので、外部からの入電に対しても応答する必要があり、場合によっては不審な電波の受信や解析も担当する、地味に仕事の多い席でもある。入力は全てキー入力。

 ナデシコでは副操舵士の役割についていた彼女だが、ヤマトでは通信関係の責任者としての乗艦になる。と言うよりも第一艦橋に配属されるために少々無理を言ったのだ。

 

 「それにしても、エリナさんが乗艦するとは思いもしませんでした。てっきり月でアキトさんの世話をしているのかと」

 

 とはルリの言い分だ。ルリもこの一月の間にエリナが公私に渡って深くアキトと関わりがあった事実を掴んでいた。ラピスの話で納得するまではエリナが自分から、ユリカからアキトを奪おうとしているのかと思って敵意を持っていたものだが、どうやらそれは思い過ごしだと考え直して多少マイルドにはなった。

 が、元々ネルガルの上層部に良い印象のないルリとしてはどうしても対応がキツくなる。

 

 「――引っかかる言い方ね。何時までもあんな朴念仁の相手をしててもしょうがないでしょ。この航海が失敗したら地球は終わりなんだから。それに、私がいなくてもアキト君なら会長が面倒見てくれるわよ」

 

 と軽く流す。ルリの危惧をエリナが考えていなかったわけではないが、すでに心の整理はついている。そもそもアキトを本気で奪いたいならユリカを殺す以外に道は無い。彼女がいる限りは絶対に振り向いてくれないのは痛感している。最も、共犯者になる以前からそんなつもりは無いのだが。

 

 「ふむ、シミュレーターよりも操作しやすいな。火器管制制御の補佐は任せてくれて構わないぞ、戦闘班長」

 

 とは火器管制席に座るゴートだ。彼は砲術科長として武器運用の責任者に選ばれた。目の前には主砲や副砲用の専用照準モニターに各種誘導兵器用のモニター、さらには武装管理や切り替えを行うための入力キーが備わっている。煩雑さを避けるためかキー入力が主体となっているので仕事量の割にすっきりしたパネル設計だ。

 ついでにその立派過ぎる体格はヤマトの座席では少々きつそうに見える。この席と通信席は左舷側の壁面に設けられていて、艦首側にこの火器管制席がある。

 

 余談ではあるが、ゴートにはヤマトの艦内服があまり似合わない。元々新しいデザインの艦内服は体にフィットするデザインなので、筋骨隆々の大男が着ると目のやり場に少々困る。事実女性陣は特に気にした事の無いラピスを除いて極力直視を避けている。

 

 さらなる余談ではあるが、旧ヤマトの女性隊員服は、厳密にはヤマトの隊員服を着ていないユリカ含めて、満場一致で否決され男女共用となった。女性用も体のラインが出やすい服なので相応に不満の声が大きかったが、戦闘服やら簡易宇宙服などを兼任する都合上我慢して貰う他なかったのである。それでも旧デザインの錨の装飾が“パンツ”の様に見えるモノよりはかなりマシなのも事実。ズボンだし。

 

 これが、隊員服改訂騒動の中で、最も激しかった論争である。勿論、一部の男性クルーが旧隊員服での勤務を求めたことも、それに反発して血で血を洗う様な騒動に発展しかけたことも、改めて追記する必要は無いだろう。

 

 ――ただしこっそり旧女性用艦内服(しかも健康だった時の寸法の物)をユリカが入手していたりするのだが、その目的はひ・み・つだそうだ。ちなみに色は白に黒ラインの、ディンギル戦役時の雪と同じもの。

 

 「古代でいいですよゴートさん。頼りにさせてもらいます」

 

 と戦闘指揮席の進が返す。

 

 「古代、波動砲のテストモードを起動してみてくれ。問題ないとは思うが、操作手順の確認だけは怠るなよ」

 

 艦内管理席に座るヤマトの工作班(科学分析・修理・製造)の総責任者の真田が指示を出す。

 真田は古代進の兄である守の親友であったため、その弟である進を気にかけていた。民間人の真田は冥王星海戦には同行していないが、ユリカを通じて守が勇敢に戦い散って逝ったことを聞いていた。

 進とはそれまで接点が無かったが、こうしてヤマトで一緒になった。

 だが、真田の希望もあり守との関係はユリカも伝えてはいない。

 

 「了解。波動砲、テストモード開始します」

 

 古代が所定のスイッチを順に押していくと安全装置が外れ、戦闘指揮席のコンソールパネルの正面部分が裏返り、拳銃型の発射トリガーが顔を覗かせる。トリガーはそのまま回転したパネル毎進の目線の高さまで上昇する。

 そしてそのトリガーの先にポップアップタイプのターゲットスコープが出現し、「TEST MODE」の文字と共に波動砲の照準が表示される。

 

 進は両手でしっかりとトリガーユニットを握りしめると、横に前後に軽く力を入れてみる。遊びの無いサイドスティック操縦桿でもあるトリガーユニットは圧力を検知、それが反映されてターゲットスコープの仮想ターゲットマーカー動く。

 マーカーの動きは機敏とは言えずゆったりとしたものだがそれも当然だ。

 

 波動砲はヤマト艦首に固定装備された艦隊決戦兵器。それ故に照準動作は艦の旋回と連動している。この状態では操縦席からの操作はほぼ無効化され、このトリガーユニットを使用して艦の姿勢制御を行う。

 圧力センサーだけでは出来ない微調整を行う場合は別途入力装置を使用する。

 

 最後に計器が表示する情報が発射準備の完了を告げる。進は標的を照準に収めると引き金を引く。するとトリガーユニットのボルトが前進してターゲットスコープに映し出された仮想標的が粉砕される。

 動作は良好だ。次に複数回の連続発射モードを試す。

 

 新生したヤマトのトランジッション波動砲は、6連発が可能になっている。

 

 これはヤマトのエンジンが6連相転移エンジンを増設した、“6連波動相転移エンジン”と呼称される新型機関に換装された事に由来している。

 従来のヤマトでは1発でエンジンを空にしていた波動砲だが、新生したヤマトでは6発に分けて発射出来るようになった。

 無論、相応のリスクもあり気軽に撃てるような武器出ない事は変わっていないが、劇的なパワーアップを果たしている。

 

 それに伴い完成システムは一新されていて、複数のターゲットに対してピンポイントで撃ち込むことが可能になっている。

 ターゲットを事前にロックしてそれぞれ微調整をすれば、ある程度の艦の制御は自動化される。だが、やはり砲手の腕が多大な影響を及ぼす点は、従来のヤマトから変わっていない。

 後はトリガーを引く毎に、微調整を重ねて連続して標的を撃つ事が出来れば合格だ。ヤマトはこういう部分でかなりアナクロな艦だが、人の手で動かしているという実感が持てて進は好きだった。

 

 「ルリさん、仮想標的のデータ処理、お願いします」

 

 「了解。波動砲のターゲット出します。数は6、正確な位置データを転送。発射どうぞ」

 

 「受け取りました。発射します」

 

 ルリが表示したターゲットの位置情報を火器管制システムに組み込みロックオン。進はそれに向かって仮想の波動砲を撃つ。一射毎にトリガーユニットのボルトが前進しては戻り、6つの標的を見事に粉砕する。

 

 「波動砲テストモード終了。真田さん、問題ありません」

 

 「うむ。後はどこかで試射だな。使ってみなければ、どの程度の反動がヤマトに襲い掛かるかわからんからな。何しろ我々にとっては未知の兵器だ。

 かつてのヤマトは使いこなせていたのだろうが、何しろ基礎技術の足りない状態での再建、しかも強化改造だ。

 正直背伸びをし過ぎていて不安が残る」

 

 ヤマトの再建に1から取り組んでいる真田は、その発射システムや要求されるエネルギーと合わせて波動砲の破壊力をほぼ正確にはじき出していた。

 恐らく、小規模な天体なら消滅、地球規模の惑星であっても、数発で粉砕してしまう破壊力を有しているだろう。故に出来る事なら使わずに済ませたいと考えているのだが、状況が許してはくれないだろうと、その聡明な頭脳は言っていた。

 

 「でも強力な兵器なんですよね? 下手に使ってガミラスを刺激するって結末は、嫌ですよね」

 

 と、心配が口を吐いたのは航法補佐席に座るハリで、彼は大介の副官として、ヤマトの操縦に必要な航路データの割り出しや周辺宙域の解析等を一手に引き受けることになっている。

 こちらも通信席や艦内管理席、砲術補佐席と同じ壁面に備わったパネルで、目の前のパネルには各種環境データを表示するモニターが幾つも連なっている。

 小柄なハリでは元々成人を想定して作られた計器を操作しきれないため、突貫工事で取り付けたIFSコンソールを併用して操作する。

 

 「確かにな。とは言え地球は遊星爆弾のせいであのざまだ。戦時条約の類もない以上、使うべき時には使って危機を乗り越えなければ、地球を救う事なんて出来ないさ」

 

 と大介は波動砲の使用に対して賛成の姿勢を見せる。

 

 「俺も同感だ。だがハーリーの懸念も最もだ。威力の底が知れない以上、扱いには慎重であるべきだろうな。こいつは、あの相転移砲すら上回る怪物だと、艦長が言っていた」

 

 進は深刻な顔でそう語っていたユリカの姿を思い出して身震いする。あれは冗談とか誇張ではない。掛け値なしの事実を語る顔だった。

 

 と、空気が暗くなりかけていたところに副艦長のジュンが第一艦橋に飛び込んできた。

 

 「発進準備は進んでいるか?」

 

 と開口一番に尋ねる。ヤマトの副艦長を任命されたジュンは、凄まじいやる気と共に乗り込んできた。ジュンとて散々ガミラスに煮え湯を飲まされてきたのだから悔しくもあるし、ここまで追い込まれてしまったのは、自分達軍人が情けなかったからだと後悔の念もある。

 それに、アキトを失ってどう考えても無理をしているユリカを助けるためなら、ジュンは例え甲板掃除であったとしてもヤマトに乗り込んだだろう。すでに自分の気持ちにはケリをつけているが、今のユリカの姿は痛々しくて見るに堪えない。

 

 「はい、まもなく完了します」

 

 すでに艦橋に集まっていた責任者たちを代表して真田が返答する。

 

 「よし。古代君、艦長の様子を見て来てくれ。地球からの通信で、ガミラスの艦隊が接近中だ。流石に感づかれたらしい」

 

 「わかりました、艦長を呼んできます」

 

 進は逆らわずに従う。戦闘指揮席の波動砲テストモードを完了、通常モードに戻してから席を立ち、そのまま第一艦橋の後ろ、左側のエレベーターに乗る。

 ヤマトの艦長室は旧戦艦大和で言う所の主砲射撃指揮所に相当する場所にある。つまり、艦橋の一番上と言う地味に危険極まりない場所にあるのだ。

 

 何故このような場所に設置されたのかはわからないが、ユリカ自身が在りし日のまま復活させることを望んだためそのままになっている。

 

 

 

 後に本人自ら「変えときゃ良かったかも。――こわいよぉ~。何で沖田艦長大丈夫だったの~?」等と泣き言が飛び出すのはまた別のお話。

 

 

 

 ともかく艦長室に行く方法は2つある。1つは艦長席の昇降機能を使う事。艦長席は専用のエレベーターも兼ねていて、艦長室の間を座席毎速やかに移動する事が出来る。

 もう1つは主幹エレベーターの左舷側を使う事。このエレベーターは艦長室の1つ下の階層で止まり、そこから狭い階段を上ることで艦長席のドアの前に付く。

 部屋の手前右舷側のスペースは、洗面所とユニットバスのスペースだ。

 一応個室としての広さはヤマト最大で見晴らしも良いのだが、言い換えれば外から丸見えだ。

 それでもヤマトの窓は例外無く防御シャッターを備えているため、何らかの理由で遮蔽が必要な時はシャッターを下ろせば最低限のプライベートは確保される作りにはなっている。

 

 忘れた状態で船外作業中の乗員に室内を覗かれたとしても、不可抗力と許して貰う他ないが。

 

 進はドアの前に立つとノックしてから「古代です」と声をかける。すぐに「入って良いよ」と応答があったので「失礼します」とドアを開ける。

 目の前には一部の隙も無く制服を着こなし、椅子毎こちらを振り向いて座っているユリカの姿があった。

 

 「艦長。地球から通信です。ガミラスの艦隊が、アクエリアスに接近中とのことです」

 

 「わかった。じゃあすぐに発進して迎撃だね。ヤマトの初陣だ、気合入れて行こうね、進君」

 

 とってもフレンドリーに応対するユリカ。これだけだととても艦長と部下の会話には聞こえない。しかも交流を重ねた結果、ユリカは進を名前で呼ぶようになっただけでなく、すっかり我が子のように可愛がり始めている。

 

 正直嬉しいような恥ずかしいような。進はその度に黙り込んだり赤面したりしているが、ユリカは一向に意に介してくれない。でも流石に最近慣れてきた。むしろこの関係が心地良い。

 

 「はい! 気合マシマシで行きます!」

 

 ユリカ相手に、しかも周りに人のいない状況では堅苦しくしているだけ無駄と諦めている進は、冗談交じりに返事をしながら敬礼をする。

 ユリカも椅子に座ったまま笑顔で答礼して、第一艦橋に戻るようにと指示する。進もすぐに応じて艦長室を後にして第一艦橋の自分の席に戻る。

 

 「立派になるんだよ進。貴方が、これからこのヤマトを背負っていくんだからね――かつてのヤマトを導いた、並行世界の貴方の様に」

 

 進が部屋を出た後ユリカは独白する。自分の今後を考えればどうしてもヤマトの指揮を継ぐ人間が必要になる。

 残念だがジュンでは駄目だ。ヤマトを指揮するために必要なのは型にハマった強さじゃない。状況に応じての柔軟性だ。ジュンは教本通りにやらせたら自分に引けを取らない、いや経験値の分だけ勝るかもしれないが、ヤマトのような(この世界の基準からすると)特殊な艦艇を扱うには少々頭が固い。

 これはルリにも言える。

 

 だから、若い進のような存在が必要だ。交流を重ねた1か月半の間に、ユリカは進が自分の後継者足りえると確信を持った。

 

 足りない経験はこれから積めばいい。ジュンやルリと言った経験者もフォロー出来るだろう。今最も必要なのは諦めない心。挫けない心。そして、目的のためにひた走る情熱なのだ。

 並行世界の彼の姿とダブらせずにはいられないが、彼は彼だと思い直す。ヤマトが見せた“記憶”の中の進が無くても、ユリカは間違いなく進を後継者に選んだだろう。

 

 それだけの素質が、彼にはあるのだ。

 

 

 

 何より、「古代進はユリカ自慢の子供なんだぞ! エッヘン!」てな考えがすっかり染み付いてしまっているのである。

 

 「さて、私も降りるかな――ヤマト、行くよ!」

 

 

 

 第一艦橋に降りたユリカに全員が席から立って敬礼をする。艦長室では緩い態度を取った進とユリカも、ここではきちんとした態度で接する。

 

 「地球からの報告は?」

 

 答礼したユリカがエリナに尋ねると、

 

 「現在月軌道上にガミラスの駆逐艦5隻を確認。アクエリアスに接近中、到達まで後10分を想定」

 

 うむ、と頷くとユリカはすぐに指示を出す。

 

 「全艦発進準備。発進と同時に主砲と副砲で敵艦を砲撃する」

 

 「了解! 相転移エンジン、波動エンジン、起動開始!」

 

 艦長の指示を受けて副長のジュンが指示を出す。

 

 「い、ECIに移動。準備に入ります」

 

 一瞬の躊躇いの後、ルリが本格的な準備のために第三艦橋の電算室に移動する。電算室の主オペレーター席と第一艦橋の電探士席は、座席自体が直通のエレベーターを兼ねる構造になっている。

 ――そう、これからほぼヤマトの最上層に近い第一艦橋から最下層の第三艦橋まで“急降下フリーフォール”を体験することになるため、一口で言えばビビってるのである。

 

 ルリがシートのスイッチを操作すると座席がわずかに後退した後、そのまま床毎ピューッと降下する。床の穴はスライドハッチによって塞がれるが、その直前に引きつった悲鳴のようなものが聞こえた。

 

 一瞬発進の緊張感に包まれかけた第一艦橋の空気が霧散する。ユリカもラピスもエリナもハリも、果ては設計した真田ですらも何と言って良いかわからない、むず痒いような顔をする。

 

 そして瞬く間に第三艦橋のECIに到着したルリは、エレベーターシャフトから座席毎飛び出して制御パネルの前までスライドレールに沿って移動する。

 

 (し、心臓に悪い……!)

 

 急降下でちょっと乱れた髪を手櫛で直し、青褪めた表情のまま目の前のIFSコンソール両手を置く。こちらも設計段階では想定していなかったため急造の物だが、性能的にはナデシコCに遜色ない。

 今ルリ達オペレーターが座っているのは、全天球型スクリーンの中央に浮かんだ、古墳のような形をした制御台だ。二段高い位置にあるルリの主オペレーター席とその隣で一段下がった所に副オペレーター席(普段は空席)、最下段の先端の丸い部分に沿うような形で計4名、最大5名のオペレーター達がルリのサポートを担当する。

 

 ルリは弾む心臓を宥めながらシステムを次々と起動していく。

 

 「ECI、準備完了」

 

 ルリの言葉と共に「STAND BY」の文字が躍っていた全天球スクリーンにヤマトの外部カメラや各種センサーが拾った情報が表示される。当然映し出されるのは現在ヤマトが収まっているドックの内壁だ。

 

 同時刻。ヤマトの機関室でも慌ただしく機関士達が動き回ってエンジンの起動準備を整えていく。新生ヤマトのエンジン制御は従来のエンジン本体に直付されたコンソールではなく、機関室の壁面や天井を移動する専用の機関制御室内のコンソールで操作する。

 その内の1つに飛び込んだやや小太り気味の徳川太助と、中年に差し掛かろうと言うベテラン機関士の山崎奨と共に次々と計器類を起動して行く。起動終了後、通信マイクに向かって叫ぶ。

 

 「機関室、システム準備完了!」

 

 その報告を受け取った第一艦橋のラピスは、機関制御席のモニターが全て正常に稼働し、機関士が全て所定の場所に付いたことを確認するとユリカに報告する。

 

 「機関部門、配置完了――機関部の皆さん、よろしくお願いします」

 

 と、見えてもいないのに律儀に頭を下げて一言激励する。機関室から「うおおおおおおっぉぉぉ」と歓声のようなものが聞こえた気がするが、ラピスは気合に溢れて吠えているのだと勘違いする。

 

 「ぜ、全通信回線オープン。送受信状態……良好です」

 

 ラピスの様子に多少呆気に取られながらも自分の役割を果たすエリナは流れるような手付きで通信回線を覚醒させる。元々秘書として多種多様な連絡を受け取っては裁いてきたエリナなので、作業に淀みが無い。

 

 「レーダーシステム、異常無し。長距離用コスモレーダー起動完了!」

 

 操縦補佐席のハリがパネルを操作し、ヤマトの艦橋部分、測距儀に取り付けられた4枚のレーダーアンテナからなる長距離探査用のタキオン粒子レーダー、コスモレーダーを起動する。アンテナがモーターの駆動音と共に左右に動き、動作が問題無い事を告げる。

 

 「火器管制システム、異常無し」

 

 ゴートが黙々と全ての兵装システムを点検し、異常が無い事を口頭報告する。

 

 「艦内全機構、全て異常無し。出航に差し支えありません」

 

 艦内管理席で艦全体のチェック作業を終えた真田も報告した。ヤマトの状態は良好、何時でも発進出来ることを示している。

 

 「航法システム、異常無し」

 

 操舵席でモニターと計器を確認した大介も、ユリカにシステムが正常であることを告げ、改めて操縦桿を握る手に力を籠める。緊張で体が震えるが、計器類に見落としは無い。全てのスイッチが所定の位置に入っているのを確認する。

 ナデシコCでの操舵経験が生きている。初めてナデシコCの操舵を任された時は、スイッチの入れ忘れなどで少々ミスをしてしまったのが軽いトラウマになっていたが、今度は大丈夫だ。

 

 「発進準備、全て完了。ドック上昇へ」

 

 副長席のジュンは、モニターに発進準備が完了したことを示すメッセージ表示されたことを受けドックの管制室に指示を出す。

 指示を受けたドックの管制官は天井のハッチを解放し、巨大なエレベーターを兼ねる船台上昇を開始する。7万トンを超えるヤマトの巨体が持ち上がり、そのまま事前に掘られていた氷のトンネルの中を上昇していく。

 

 「補助エンジン、始動」

 

 「補助エンジン、動力接続」

 

 「補助エンジン、動力接続、スイッチオン」

 

 ユリカの指示を島が、ラピスが復唱して実行する。ヤマトの艦尾、喫水の下に備わった2基の補助エンジンから煌々と光が噴き出る。

 まだアイドリング状態だが、その噴射炎の圧力と熱量でヤマトや船台に張り付いていた氷が、エレベーターシャフトの内壁溶けて水蒸気を発生させる。

 

 「相転移エンジン起動。フライホイール接続」

 

 「フライホイール接続!」

 

 ラピスの指示が飛び、波動エンジンの前方に増設された相転移エンジンが起動を開始する。小相転移炉心の小フライホイールが、回転を始めると同時にエンジンの回転を円滑にするためのエネルギーを蓄えて、赤く発光する。

 小炉心が生み出したエネルギーは収束を目的として一体化している大炉心内部に誘導され、そこでも回転する大フライホイールが力を蓄える。相転移エンジンは起動に成功し、蓄えたエネルギーを波動エンジンに伝えはじめ、波動エンジンが唸りを上げて莫大なエネルギーを生成し始める。

 

 「続けて波動エンジン、第一フライホイール、第二フライホイール始動、10秒前」

 

 「波動エンジン、第一フライホイール、第二フライホイール接続。起動!」

 

 更なる指示が機関室に届き、太助と山崎が一緒に機関室内のコンソールを操作、波動エンジンに備えられた2枚並んだフライホイールが、重々しい音と共に回転を始める。2枚のフライホイールは回転が高まると同時に赤く発光し始める。

 その事を確認した太助が思わず「よしっ!」と言うと山崎がぐっと親指を立てて応える。

 

 相転移エンジンが、波動エンジンが、唸りを上げる。ヤマトの艦体が、強力無比なエンジンが生み出す莫大なエネルギーを受け止めて、震える。

 

 各乗組員がそれぞれの場所で己の役割を果たす中、ついにその時が来た。

 

 「ガントリーロック、解除」

 

 ジュンの指示でヤマトの艦体を固定してた拘束アームが次々と解放される。アームが解放されるわずかな振動を体に感じながら、ユリカは万感の思いを乗せて叫ぶ。

 

 

 

 「ヤマト、発進!!」

 

 

 

 大介が復唱して操縦桿を思い切り引く。同時にメインノズル内部のスラストコーンが後退して噴射口を広げ、僅かな溜めの後煌々とタキオン粒子の奔流が噴き出し、ヤマトの体が一瞬激しく震える!

 

 

 

 最大噴射!!

 

 

 

 厚さ数十㎝はある氷の天井を力付くでぶち破ってヤマトが浮上する。その体に張り付いた氷のかけらを振るい落としながら浮上する姿は、赤錆びた以前の体を振るい落として発進した、誕生時の姿を彷彿とさせる。

 

 全ては愛が故に。

 

 アクエリアスの海に没したヤマトは、1年の歳月を経て、再び地球と人類を護るため、

戦う艦として新生したのだ。

 

 メインノズルが生み出す莫大な推力の余波で、アクエリアスの氷が砕け散りヤマトの後方に巨大な煙を生み出し宇宙へと消えていく。氷上を水平に猛スピードで飛翔するヤマト。その力強さは従来の地球艦艇の比ではない。

 その姿を捉えたガミラス艦は速やかに攻撃体制に移行、ヤマトとの距離を詰めつつ照準に捉えようと身を捩る。ターレット室で巨大なギアが回転し、巨大な砲塔を旋回させる。

 

 「主砲、発射準備!」

 

 「了解! 主砲発射準備! 目標、右舷のガミラス駆逐艦隊」

 

 ユリカの号令と共に進が復唱してヤマトの主砲と副砲を起動を指示する。指示を受け取った各砲座の砲手達がパネルを操作して主砲と副砲を起動する。

 まるで拳銃の撃鉄が倒れるように、主砲の尾栓にある安全装置が外れる。

 

 「ショックカノン、エネルギー伝導終了。自動追尾装置セット。標的誤差修正」

 

 ゴートが火器管制席から第一から第三主砲、第一・第二副砲の作動を確認して計器を読み上げ、月軌道上で待ち構えているガミラス艦に照準を指示する。指示に合わせて砲手はコンソールを操作、狙いを定める。

 ヤマト自慢の三連装46㎝重力衝撃波砲――グラビティショックカノン――が首をもたげ、波打つように砲身を動かしながら回転し、その砲口の先に標的を捉える。同時に三連装20㎝重力衝撃波砲も標的を補足する。ヤマトの右舷方向に火力を集中する形だ。

 ガミラス艦との距離はまだ遠い、従来の地球艦艇は勿論敵の射程距離よりもまだ外側だ。

 ――しかし!

 

 「主砲、発射ぁ!!」

 

 「主砲、発射ぁ!!」

 

 発射準備完了の報告から間髪入れずに気合の籠ったユリカの指示が飛ぶ。

 進が同じく気合を乗せて復唱する。

 指示を受けて各砲の砲手がトリガーを引くと、強力な重力衝撃波が砲口から飛び出す。右・中央・左の砲と時間差を置いて発射され、反動を吸収するために砲身が後退、砲室内部では後退機が伸びきる。

 

 発射された青白く発光して見える重力衝撃波は狙い違わず各々の標的に命中。あれほど地球艦隊を苦戦させていたガミラスの艦艇を紙切れの様に撃ち抜ぬき、その内部で強烈な重力衝撃波をまき散らし、内側から徹底的に破壊して撃破する。

 

 その威力、射程距離は今までの地球艦隊のそれとは桁違いのものだった。

 

 

 

 それは地球にとって、誰もが見たがっていた光景。誰もが望んだ光景。

 

 そう、ついに、ついに地球はガミラスと対等に戦える力を得たのだ。

 

 宇宙戦艦ヤマトと言う、強大な力を。絶対の守護者を手に入れたのだ!

 

 

 

 

 

 

 その光景を目に焼き付けているのはヤマトの出向を見守るため、危険を承知でナデシコCに乗船して宇宙に上がったミスマル・コウイチロウら、軍や政府の高官達だ。

 全能力をヤマトの最終調整に割いたため、ナデシコCは制御コンピューターも仮設の物で飛ぶのが精一杯、襲われたら一溜りもない状態だが、彼らはその目で直接見届けたかったのだ。

 全員が直立した姿勢で敬礼し、ヤマトに最大限の敬意を表する。全員がその光景に涙を流していた。

 

 ついにやった。今まで一矢報いる事にすら多大な犠牲を払っていたガミラスをついにこちらが一方的に打ち勝った! これほど嬉しい事は無い! 

 

 その光景は、さながら6年前の佐世保で産声を上げた、機動戦艦ナデシコの再来の様にも思えた。奇しくも艦長は共通して、ミスマル・ユリカ。

 

 「これが、これが宇宙戦艦ヤマトか!!」

 

 誰かが感嘆の叫びを上げる。だがそれはこの場にいる全員の心境だ。そして、その渦中にあってコウイチロウは別の意味でも涙を流していた。

 ネルガルから水面下で接触を受け、今日までヤマトの再建とその後の運用について様々な便宜を図ってきた彼は、事実上ヤマトに関わる計画の責任者と言えた。

 

 「頼んだぞ、ヤマト。任せたぞ、子供達」

 

 氷塊から離れ、宇宙空間を進むヤマトの姿を見届けながら、コウイチロウは敬礼と共に言葉を贈る。

 

 (――必ず生きて帰ってくるんだぞ、ユリカ。パパも、アキト君も待っているんだ……。アキト君、君が何をしたとしても、今君が何をしていようと、帰って来てくれさえすれば咎めたりはせん。だから、ユリカの無事を、君の妻の帰りを信じてやって欲しい)

 

 愛娘が命を削って復活させたヤマト。その胸中の全てを出航前夜に打ち明けられたコウイチロウは涙が止まらなかった。

 それ以前からヤマトの再建に娘が関わっている事は知っていたが、その無謀と言える行動の裏にそのような理由があったとは、決意があったとは露と知らなかった。

 

 すっかり弱り切った愛娘をしっかりと抱きしめて「必ず生きて……帰ってくるんだぞ……!」と激励する事しか出来ない。旅立つ事を、止められない。

 

 今コウイチロウに出来る事はただただ娘が、ヤマトが無事に帰還することを願う事。ヤマトが帰ってくるまでの間、絶望に飲まれたこの地球を維持するために力を尽くす事。そしてコスモリバースが想定された機能を発揮してくれることを、願う事のみ。

 

 そこまで考えてふと思った。

 

 凍てついた氷の中で眠っていたヤマト。凍てつき氷に閉ざされた地球。

 凍てついた氷の中で生まれ変わり雄々しく浮上したヤマト。凍てついた地球の上で懸命に誇りを捨てずに生きている人々の姿。

 

 コウイチロウにはこの2つの事象が関連付けられて脳裏をかすめる。

 あのヤマトの目覚めは、今の地球がまだ死に絶えてはおらず、最善を尽くせばヤマト同様、再びあの青く美しい姿を、多くの命を湛えた素晴らしい生命の都として生まれ変わる事を暗示している様にも思えた。

 

 

 

 だとすれば、ユリカもきっと――。

 

 

 

 この映像は速やかに地上にも届けられた。

 今まで難攻不落を誇ったガミラスに、とうとう決定的な威力を見せつけたヤマトの勇士は人々を勇気付けた。

 

 ヤマトなら、やってくれるかもしれない!

 

 今までは漠然とその名前のみを伝えられていたヤマトが、ついに実感となって人々の胸に刻み込まれる。

 

 その名はすでに忘れさられた過去のものではない。

 

 人類最後の砦を指す名前。

 

 

 

 そうだ、ヤマトは再び人類の夢と希望を背負い、前人未到の長旅へ、ヤマトにとっては3度目となるイスカンダルへの長き旅路に挑むのだ。

 

 

 

 愛する地球と人類が救われる、奇跡を起こすために!

 

 

 

 

 

 

 「こ、これはどうした事だ……」

 

 その光景を目の当たりにした冥王星前線基地司令、シュルツは我が目を疑った。あの得体の知れない氷塊に怪しい動きがあると報告を受けたのは数時間前。懲りずに地球が何らかの反抗を企てていると考えたシュルツは、デストロイヤー級5隻、内1隻は高性能の観測装置を装備した艦で、偵察と必要ならば妨害を指示していた。

 

 この間の冥王星近海での戦いも、シュルツからすれば無駄な足掻きとしてしか映らなかった。降伏すれば屈辱に塗れてでも生きるチャンスはあると言うのに、勝てもしない戦に幾度となく挑み無駄に命を散らす様はとても痛々しく、僅かな同情の念をシュルツの心に刻んでいた。

 シュルツとて軍人だ。国の命令に従い地球を攻撃しているわけだがそこに地球への憎しみや嗜虐心があるわけではない。ただ淡々と命令に従っている。

 軍人としての誇りを持ち、部下たちを大切にしてきたシュルツにとって、祖国を救う為に命懸けで向かってくる地球艦隊は、例え武力で劣り幾度となく敗走を重ねようとも向かってくるその姿は、同じ軍人として敬意をもって迎え撃ってきた。

 

 だからこそシュルツは決して手を抜かず、全力をもって叩き潰した。ガミラスの為にも、ここで手心を加えるわけにはいかない、歯向かう力を完全に奪い去り支配下に置くか、そうでないのなら滅ぼす必要がある。

 

 そう固く誓って地球を追い込んできたシュルツの前に現れたあの未確認の宇宙戦艦。

 

 今までの地球の艦艇ならデストロイヤー艦1隻だけでお釣りが来るほどだったのに、今度は逆に自分達の方が容易く撃破されるとは。

 送られてきた映像は数十秒程度と短い物であるが、シュルツは何度も映像を戻しては可能な限りのデータを集めるように指示を出した。まさか、あの氷塊にあのような秘密が隠されていたとは。敵ながら完璧な防諜だったとシュルツは賞賛する。

 

 「シュルツ指令。地球の放送を傍受したところによると、あの戦艦の名前はヤマト、宇宙戦艦ヤマトと言うそうです。また、ヤマトはイスカンダルに向かう、と言う内容も含まれていました」

 

 「何イスカンダルだと? そうか、やはりこの間の宇宙船は……」

 

 シュルツは歯噛みする。ヤマトとかいう宇宙戦艦の戦闘能力は決して軽視出来ない。わずかな映像ではあったが、あの距離から、しかも副砲クラスの武装で我が軍のデストロイヤー艦の破壊する威力を有しているとは、桁違いの性能だ。

 

 あんな真似は、我が軍の最新鋭戦艦、ドメラーズ級ですら出来ない。

 

 「ガンツ」

 

 シュルツは片腕とでも言うべき副官を呼び出した。

 

 「はっ」

 

 右手を掲げるガミラス式の敬礼を持って敬愛する司令官に答える小太りの男。

 

 「すぐにこの事を本国に伝えろ。それと、駆逐艦と高速十字空母をすぐに派遣しろ。航空戦力と連動して即刻ヤマトを攻撃するのだ。だが無理はさせるな、まずは戦力分析が先決だ」

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

 アクエリアス秘密ドックを出航した宇宙戦艦ヤマトは、その勢いで撃墜した5隻の駆逐艦の残骸を尻目に湧き上がっていた。

 

 「やったな古代! 初めてにしちゃ上出来じゃないか!」

 

 「お前もだよ島! 見事な発進だったじゃないか!」

 

 親友同士仲良く互いを称え合う姿を、艦長席でユリカはほっこりとした顔で見つめている。

 仲良き事は美しき哉。こういう友情と言うものは見ているだけでも心が温まるものなのだ。

 

 「そうそう、2人ともよくやったよ。艦長直々に褒めてあげる。いい子いい子!」

 

 と言って頭を撫でるジェスチャーをする。本当に撫でてあげたかったがそこまで移動するのに時間がかかって台無しになりそうだったので、ジェスチャーで我慢する。

 それを見た進と大介の反応は異なっていた。最近良くからかわれる進は赤面して視線を逸らし、逆に大介は「ありがとうございます」と社交辞令的に会釈する。

 

 「素晴らしい艦だ……これならガミラス相手でも不足無い。余程の大部隊でなければ対処のしようがあるだろう」

 

 ゴートも興奮を隠せずヤマトを褒める。かつてナデシコで慢心し、火星で大失敗をした苦々しい記憶も思い起こされるが、それでも興奮せずにはいられない。

 

 「全くだわ――ユリカが頑張った甲斐があったというわけね」

 

 エリナも感慨深げに上を仰ぐ。その目にはわずかながら涙が浮かんでいた。この1年余りのユリカの死に物狂いの行動の結果が、このヤマトに集約されている。その戦いを追い続けた1人として、ヤマトの力は殊更胸に響く。

 そして、ヤマト乗船以降は昔のような笑顔とイマイチ締まらない振る舞いを見ると胸が熱くなる。

 それはもう演技でも気遣いでもない。かつての彼女の姿なのだから。

 

 ラピスも胸が高鳴るのを感じる。かつて所詮脱出船と侮った艦は、ガミラスすら退ける強力な宇宙戦艦だった。これが、私達の希望――!

 

 「機関部の皆さん、発進は成功しました。一先ずはご苦労様です。引き続きエンジンの管理をお願いします」

 

 と再び機関室に向かって激励を放つ。再び機関士達の「うおおおおおぉぉぉ!」という雄たけびが響く中、「静かにしろ!」と山崎が叱り飛ばし唯一通信に向かった太助が、

 

 「あ、ありがとうございます機関長! 引き続きエンジンを管理します!」

 

 と声を張り上げて応対する。ラピスも「頑張ってください」と笑顔で締めて通信を切る。その様を見た真田が思わず「妖精パワーとは恐ろしいな……」と呻いていた。

 

 その真田もまたヤマトには驚かされていた。発進の時、フィールドも無く力尽くで分厚い氷を突き破ったにも関わらず艦橋上部のアンテナの類は全くと言って良い程破損していない。無傷と言って差し支えない。

 再建に関わっていた自分自身でも少々信じられない耐久力だった。

 

 「ユリカの努力が報われた。この艦ならガミラスの妨害があっても何とか出来る。あとは、イスカンダルまでの道程か……」

 

 副長席でジュンも感慨深げに目を閉じて余韻に浸る。今まで散々辛酸を舐めさせられてきたガミラスに一矢報いた。思い起こされるのはやはりあのナデシコの初陣の事だ。メンバーは一部入れ替わったり足されたりしたが、何となくあの頃に戻ったような気分になる。

 

 そうやって湧いていた第一艦橋に電算室からルリが戻ってきた。何となくその姿を認めると同時に静まり返る第一艦橋。

 

 「……真田さん」

 

 地獄の底から響くような声に思わず真田も背筋を伸ばす。

 

 「な、何かなホシノ君」

 

 「なぜ、第三艦橋行きの手段がフリーフォールなんですか?」

 

 「いやぁ、戦闘中の行き来も考慮すると直通のエレベーターが便利だと思って。重力制御であまり加速度を感じないように調整してあるはずだが……」

 

 「だとしても、目の前で物凄い速度で壁が流れてたら良い気分はしません! 狭いから手を伸ばせば届くんですよ! さっきだって髪が壁に当たりそうで凄く怖かったんですからね!」

 

 ルリの絶叫に艦橋の全員がびくりと体を揺らす。すごくこわい。

 

 「る、ルリちゃん。今更改造なんてしてる余裕無いから、その、我慢してくれないかなぁ、なんて、ははは……」

 

 と一応艦長としてフォローしようと声をかけるが、ギギギという効果音が聞こえてきそうな動きでルリの首がこちらを向くとユリカがぎくりと硬直する。

 

 「……そう言えば、ヤマトの再建にがっつり絡んでいるんでしたよね、ユリカさんは」

 

 「は、はいぃ~」

 

 すっかり逃げ腰のユリカだが艦長としてここで引けないと踏ん張る。

 

 「もしかして、真犯人はユリカさんですか?」

 

 ルリの瞳が怖い。

 

 じっとこちらを鋭く睨んでくる。

 

 ユリカは艦長の威厳を奮い立たせて視線を受け止める。

 

 ルリの瞳が怖い。

 

 じっとこちらを鋭く睨んでくる。

 

 ユリカはルリの視線の圧力に敗退した。

 

 「うううぅっ。そのぉ、第三艦橋に電算室を置こう、って言ったのは……わ、私ですぅ」

 

 観念して白状する。機関部と波動砲の改造で艦内に大規模なコンピューター室を置けなくなったので、以前のヤマトではあまり有効活用されていなかったらしい第三艦橋を有効利用しよう、という安易な考えで要望を出したのはユリカだ。

 

 なお、断片的なイメージしか知らないためユリカはヤマトの第三艦橋が「割と悲惨な部署」であることを知らない。

 

 何しろ“3回も完全に破壊され跡形もなくなり”、被弾して外観は残ったが内部が壊滅したり、果ては地上への着陸を強行して潰されかけたりと、ヤマトではひそかに配属されたくない部署ナンバーワンと言われていた場所だという事を、全く知らない。

 

 まあ電算室を設置したこともあって基礎構造やら装甲等が大幅に強化され、ちょっとやそっとでは壊れなくなったはず――はずだ。

 

 「なるほど、よくわかりました」

 

 「で、でも直通エレベーターを考えたのは真田さんだからぁ! 私じゃないからぁ~!」

 

 ついに視線の圧力に負けて部下を売る。艦長として有るまじきその発言に「あ、ずるい」と真田も慌てる。

 

 「まあどうするかは今後の課題として考えておくとして……艦長、この後の予定は?」

 

 ルリは自分から話題を逸らしてくれた。正直思った以上に怖かったので文句を言いたかっただけなので、別に何かしらの報復をするつもりはない。それにユリカに飛び火したのは想定外だ。

 あまり追いつめて体に障ってはそれこそルリ自身が自分を許せない。

 

 「よ、予定、予定ね! え~ゴホンッ! ヤマトは月軌道に到着後小ワープのテストを行います。ワープ航法が成功しない事には、ヤマトはイスカンダルまで辿り着く事が出来ません。ルリちゃんはハーリー君と協力してワープ航路の算出をお願いね。場所は結果が分かりやすい場所ならどこでも良いから。重力干渉の影響が大きいから、進路上に天体とかの重力源があるとワープ航路の湾曲は勿論だけど、最悪ワープ空間から弾き出されて激突する危険性があります――今回は最初という事で入念な計算をお願いします。ただし、ガミラスの増援が来る可能性があるため出来るだけ早くしてね」

 

 と、最後は艦長らしく凛々しい態度に戻って指示を出す。言ってから思い立ったが、その手の計算を確実にするためには、ルリは電算室にトンボ帰りする必要がある。要するに、フリーフォール第二弾だ。

 

 「了解しました――大丈夫、目を瞑れば怖くない、怖くない」

 

 自分に言い聞かせながらルリはシートのスイッチを操作、髪の毛を両手で抑えて再びフリーフォールで電算室に移動する。やっぱりハッチが閉じる瞬間に悲鳴のような声が聞こえた。

 

 トラウマにならなければ良いのだが。

 

 ユリカと真田はつーっと頬を汗が流れるのを感じた。

 

 

 

 ルリを見送った後「ちょっと休憩」とジュンに第一艦橋を任せて艦長室に上がったユリカは座席をリクライニングさせて体を伸ばす。やはり体力がナデシコCの時よりもさらに落ちている。

 ちょっと気張っただけで疲労感が半端ない。

 流行る心臓を抑えるかのように痩せた胸元に手を当てて息を吐く。立ち上がるのも億劫なのでこのままシートで軽く休もうと目を瞑る。

 

 どちらにせよそれほど間を置かずにワープだ――果たしてワープの負荷に体が持つだろうか。少し心配だ。

 

 瞼の裏に思い浮かぶのは先程のルリの様子で、くすりと笑ってしまう。怖かったのは本当だが、ユリカはルリの行動に内心感謝していた。やはり自分は、“記憶”で断片的に垣間見た、沖田艦長の様に厳格な指導者には成れそうにない。どうしてもナデシコの様になってしまう。

 それが良い事なのか悪い事なのかはわからないが、きっとこれが「私らしく」なのだろうと思うと、それを改めてわからせてくれたルリに感謝したくなる。後でこっそり抱きしめてあげようかな。そこまで考えて不意に涙が流れたのを感じた。

 

 なぜ泣いたのかすぐにはわからなかった。だが気づいてしまった。今まで必死だったから考えずに済んだ、目を逸らしていられた事実にユリカは気づいてしまった。

 

 空虚感だ。

 

 あの時の第一艦橋の雰囲気はまさにナデシコのものだった。明確な上下関係があるはずなのに緩くて、艦長だろうと平気で睨まれて萎縮して、変なバカ騒ぎをして……でも、そこに居たはずの、何時もユリカの心を支えてくれていた王子様の姿は、ここに無い。

 

 そう実感すると止めどなく涙が溢れてくる。

 

 いけない、持ち直さないと、旅は始まったばかりなのにこんなんじゃあ、最後までとても持たない。

 

 でも、

 

 気が付くとユリカは声を出して泣いていた。溢れだす感情を抑える事が出来ない。

 

 

 

 アキト……ずっと我慢して我慢してここまで来た。イスカンダルからの薬で体は少し楽になった、ヤマトの完成で、さあこれからだって気合も入れたけど。けど……

 

 

 

 やっぱり、寂しいよ。ナデシコの雰囲気に近づくと、どうしても貴方の事を思い出して、寂しいよ……心細いよ……自分から離れることを選んだはずなのに……再会は最後の楽しみに取っておくつもりなのに……。

 

 

 

 アキト、胸が痛いよ、苦しいよ――

 

 

 

 会いたいよ―――

 

 

 

 傍に、いて欲しいよ――

 

 

 

 アキト、助けて。苦しいよぉ――

 

 

 

 アキトぉ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤマトの発進の少し前、ユリカが壇上で部下たちを激励していた頃、アキトは自分の部屋で拳を震わせていた。

 

 「何なんだよ、これは……!」

 

 アカツキに「今から面白い物が放送されるから見てみたら」と言われて特にすることも無いからとモニターを点けた。そこにはある意味アキトが一番恐れていた物が映し出されている。

 

 現在アキトは月の施設の自分の部屋で燻っていた。話し相手と言えたイネスもエリナもラピスも月臣も、皆ヤマトに乗ってしまった。新型機のテストも終わり、ヤマトに搬入されただろうし、イネスは乗船前にきっちりと自分の体を治していった。

 エリナとラピスからは「ヤマトで頑張ってくるから留守をよろしく」とビデオメッセージで別れを告げられただけで、結局この一月ほど顔も見ていない。月臣に至ってはそもそも何も言ってこない。

 

 イスカンダルの技術のおかげで五感が回復したのは素直に嬉しいと、今は思っている。失ったはずの嗅覚が、味覚がアキトの脳を刺激して、あれだけ無意味だと言っていたのに思わず涙が零れた。

 

 しかしアキトに残されたのはそれだけ、回復した五感だけだった。それまで接触していた人間の殆どが傍を離れて1人になった。

 あれほど構って欲しくない、1人になりたいと思っていたのに、実際になってみるとこれ以上ない孤独感に苛まれ、落ち着かない。

 我ながら現金なものだと自嘲するが、それで心が晴れるわけもない。

 

 だからアカツキからの言葉に釣られた。食事もレーションの類を部屋で食べるアキトは食堂に出向かないので、イネスと別れたここ1週間は誰とも会話をしていない。そもそも食堂に行きたくてもアキトのIDではその区画に入れないし、給料を貰っているわけでもないので食べることも出来ない。

 そんな寂しさを感じたので構ってもらえたことが内心嬉しくて何も考えずにモニターを点けた。

 

 

 

 そこに移っていたのは艦長服と思わしき制服を着て壇上で語るユリカの姿だった。久方ぶりに見る妻の姿につい胸が熱くなったのは一瞬だけだ。高感度カメラで撮影されたであろうそれは彼女の姿を鮮明に映し出していた。だからこそ気づいてしまった。

 

 彼女の体の異変に。

 

 化粧で誤魔化しているようだが顔色が優れないように見えるし、どこか体の動きが緩慢で億劫そうに見える。それに杖を突いて歩いてる……。全体的に以前のユリカの溢れんばかりの活力が無い。

 アキトが何時の間にか惹かれ、愛するようになった周囲すらも明るく励ます、あの活力が殆ど感じられない。

 

 映像中のユリカはアキトの印象とは裏腹に、力強い言葉で目の前に整列している人々にヤマトとは何か、これから自分達が何をするのかを説いているが、そんなものは頭に入ってこない。

 

 明らかにユリカは異常だ。あそこまで極端な衰弱が普通なわけない。考えられる可能性は1つ。人体実験の後遺症だ。それも、自分よりも遥かに悪い。

 

 「アカツキ!」

 

 アキトは映像を最後まで見届けることなくインターフォンに飛びつき、アカツキを呼び出して問い詰める。

 

 「これは一体なんだ、どういう事だ! 何でユリカがヤマトに乗るんだよ! どう見たって重症じゃないか!」

 

 そんなアキトの様子を冷ややかな目で見るアカツキ。その態度にアキトは無性に腹が立った。

 

 「何故って……そもそもヤマトを再建しようって言いだしたのはユリカ君なんだけど?」

 

 アカツキの言葉にアキトの心臓がキュッと縮まる。

 

 「いやあ彼女は凄いねぇ。余命5年を宣告されてボソンジャンプしちゃ駄目って散々念押しされたのに、『ヤマトを再建しないと終わりだから私が頑張ります!』って我が身を鑑みずにヤマトの再建に必要な下準備とか物資の輸送とかでとにかく跳び回って、八面六臂の大活躍ってやつ? それで余命半年を宣告されたのに今度は『私がヤマトをイスカンダルまで導きます。絶対に地球を救って見せます』って艦長に就任しちゃうんだもん。艦長のストレスで半年持たずに死にかねないってのに――本当に凄いよ彼女は。もうさ、死んだって良いからとにかく世界を救いたくて仕方ないみたいだね」

 

 茶化した言い回しにギリッと奥歯を噛みしめたアキトが激怒する。

 

 「ふざけるな! 何故止めなかった! 実験の後遺症なんだろあの弱り方は!」

 

 「止めたって聞き入れなかったんだよ。彼女は自分の命と引き換えにしてでも、君が生きるこの世界を護ることを決意したんだ」

 

 「ッ!?」

 

 アカツキの切り替えしにアキトは絶句する。

 

 

 

 ――俺の、ため?

 

 

 

 「彼女は君が何をしたのか全て知っているよ。コロニー襲撃は勿論の事、エリナ君とのこともね」

 

 「なっ!?」

 

 「まあゲロッたの僕だけどね。聞きたがってたから」

 

 「お前……!」

 

 「おやおや、別に僕は秘密にしてくれって頼まれたわけじゃないし、美女の頼みは断らないんだよ」

 

 やれやれと首を振るアカツキの態度にアキトは居てもたってもいられなくなって、非常用のCCを使ってアカツキの所に跳ぶ。

 ジャンプしてきたアキトの姿を認めたアカツキは「あ、やっぱり来た」と呆れたような喜んでるようなよくわからない顔をする。

 

 「まあ掛けたまえテンカワ君。話をしようじゃないか。それほど時間は無いと思うから手早く行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「艦長、ワープテストのプランが完成しましたので、第一艦橋に降りて来て下さい」

 

 何とか泣き止んで気持ちを持ち直したユリカは、エリナからの呼び出しを受けて艦長席を第一艦橋に降ろす。流石に第三艦橋直通程ではないが、これも少しだけ怖いシステムだ。でも便利なので好き。

 

 艦橋に降りたユリカは少し涙目のルリを見つけて口の端が引きつる。やっぱり怖い物は怖いらしい。真田も気づいているのだろう、物凄く居心地が悪そうだ。

 

 「ハーリー君と協議した結果、月―火星間なら障害物も無く、重力場の影響も少なく最適だと判断しました。どう思いますか?」

 

 とルリがユリカの前にウィンドウを流して意見を求める。データを見る限りでは特に問題がなさそうだと判断したユリカはすぐに決断した。

 

 「このプランで行こう。準備にどれぐらいかかりそう?」

 

 「機関部門は準備に2時間程必要と判断します。エネルギーの充填はともかく、ワープエンジンの操作手順を改めて確認しておきたいと考えます」

 

 と機関制御席のラピスが計器類を見ながら報告する。

 

 「そっか。わかった。でも出来るだけ急いでね。何時ガミラスに邪魔されるかわからないから」

 

 「わかりました、艦長――少し席を外しても構いませんか?」

 

 「? 別に良いけどどうしたの? トイレならエレベーターの横にあるよ?」

 

 「違います……!」

 

 ユリカのボケにラピスが顔を赤くして否定する。幾らなんでもデリカシーが足りないと、心の中で非難するが言葉に出すのは控える。

 これでも一応機関部門の統括者なのだから。

 

 「手順確認ついでに、部下達を激励してきます」

 

 「ああ成程。それなら問題無いよ、行って来てあげて」

 

 「ありがとうございます。それでは行ってきます」

 

 と言って座席を後退させて立ち上がると、軽く会釈をして第一艦橋を後にする。

 

 「あの子も変わったわね。昔はあまり感情を表に出さなかったのに」

 

 と感慨深く語るのは最も関わりの深いエリナだ。言葉は必要最低限で歯に衣を着せぬ発言が多かったのに、最近では教育の成果が出たのはお淑やかで丁寧な対応が目立つ。ただし、やはり実社会での経験値が少ないためか割と天然な気もしないでもない。

 

 少なくともあんなことを頻発しているとラピスを巡った修羅場が展開しそうな気がする。

 

 ラピスには、まだ恋愛は早いと思う。

 

 と、保護者視点から不安を覚えたエリナだった。

 

 「人って、変わるものですから」

 

 何気なく言ったユリカだが、旧ナデシコ組の面々は表情が曇る。全員が、ナデシコの空気を思い出したことで、今はここにいないテンカワ・アキトの事を思い出していた。だから、その言葉が思いの外胸に刺さった。

 敢えて触れないだけで、ユリカの目が充血気味で瞼も腫れぼったいことに誰もが気が付いている。きっと思い出して泣いていたのだろうと見当はつくが、だからと言ってしてあげられることなど何もないと、全員が見て見ぬ振りをした。

 彼女もきっと、触れて欲しくないだろう。

 

 「真田さん、艦内のチェックを急がせて下さいね。それと、ワープ明けしたら再チェックも怠らないように。一応昔のヤマトのデータを基に復元したと言っても、あちこちに手を加えていますから、どんなトラブルが起こるかわかりません」

 

 「わかっています、艦長。ウリバタケさんにも言っておきますよ。もっとも、言わなくても今頃あちこち艦内を駆けずり回ってるでしょうがね」

 

 冗談めかした真田にウリバタケの所業を知る全員が苦笑いを浮かべる。実際集会の時は抑えめだったが、いざヤマトに乗り込んだウリバタケはテンションも高く、あちこちで騒いでは壁に頬擦りしたり未知の技術に目を輝かせて涎を垂らしたり、とにかく周りがドン引きする程盛り上がっていた。

 

 そりゃもう出航の緊張感とかヤマトの使命感とかが銀河の彼方に吹っ飛びそうなくらい。

 

 どうもヤマトの再建計画に関われなかったことも悔しいらしく色々とデータも漁っているようだ。

 それでも新型機動兵器の開発に関われただけマシだとは思うのだが、やはり技術者魂とやらが納得しないのだろう。

 そもそもその新型を、あのような怪物に仕上げた張本人のくせに。

 ある意味、あの機体は「機動兵器版ヤマト」に他ならない。そうとしか形容出来ない程のスペックを秘めている。

 

 つくづく配備が間に合わなかった事が悔やまれるが、肝心のウリバタケがあまり騒がないのは何故だろうか。気になるが、単にヤマトに注意が言っているだけかもしれないと追及は止めておく。

 これからワープテストで忙しいし。

 

 「相変わらずですよねあの人は。奥さんとお子さん、心配しているでしょうに」

 

 とはジュンの言葉。そもそもユリカがウリバタケに声を掛けなかったのは奥さんと子供の傍にいてあげて欲しいという個人的な要望による。あの夫婦の仲はユリカには図れない部分も多いのだが、それでもこの一大事に夫が離れるのは心細いだろうと、現在進行形で離れ離れのユリカが巻き込まないように頼み込んだ。

 故に、新型機の開発にしても実際にテストを行っていた月面ではなく、地球に滞在したまま携われるように様々な配慮がされた。

 

 あと「ヤマト自爆スイッチ」とか「第三艦橋特攻爆弾」とかをヤマトに勝手に設置されても困ると考えたのも事実なので、ヤマトへのアクセスが可能な月面に彼を連れて行きたくなかったので、地球に留めたまま開発に協力して貰ったという事情がある。

 

 もっとも、その2つに関しては他ならぬ真田自身がこっそりつけようかな、とか考えていたりするので、ユリカの心配は物の見事に的中しているとも言えるのが何とも。

 

 堅物の様に見える真田志郎ではあるが、その実案外ノリが良いのである。

 

 「ああそうだそうだ。ちょっと嫌だけど、乗組員にワープについて説明しないといけないか。一応周知の事ではあるけど改めてってことで」

 

 と言いながらユリカはエリナに「医療室に繋いで」と指示を出す。エリナはその言葉の意味を悟って顔が歪む。

 

 「まさか、やるの?」

 

 エリナの様子に真田も感づく。同僚ではあるし自身も仕事の関係でやるにはやるし楽しいのだが、彼女のあれはもはや趣味の領域で無駄に凝っている。正直その内容はともかくあのノリにはあまり巻き込まれたくはない。

 

 ――まあ自分の話題についてこれる女性なので好ましくは思っているが。

 

 「やります――恥ずかしいけど乗組員に過度な緊張をさせるわけにはいかないので、ガス抜きも兼ねて。ルリちゃんも覚悟を決めてね!」

 

 「えっ……? まさか、ただ単に話すだけじゃなくてあれやるんですか?」

 

 ルリもその真意を察して羞恥に頬を染める。

 

 「うん。恥ずかしいけど恒例だしね。中央作戦室ならスペースは十分だよね。エリナ、悪いけど着替え手伝ってくれないかな? 1人じゃもう満足に着替え出来ないから」

 

 「ギャグ展開にしれっと深刻な話題を挟まないでよ!――ああもう仕方ないわね。ほら移動するわよ」

 

 呆れた顔で言いながらもエリナは通信席を立ち、杖を突いて歩くユリカの傍らに寄り添う。何だかんだ言いながら面倒見が良いのだ。

 

 中央作戦室はヤマトの艦橋(鐘楼)の土台部分にある。第二艦橋の2倍近い面積の巨大なブリーフィングルームで、床には高解像度のモニターに立体映像投影装置などが設置され、第三艦橋の電算室とも密接にリンクした、円滑に情報確認が出来るように考慮された部屋だ。

 

 本来今回の様な用途で使うような場所ではない、かも。

 

 

 

 「あ、ついでに真田さんも参加してね」

 

 「えぇっ!?」

 

 飛び火した。

 

 

 

 

 

 

 一方ラピスは宣言通り機関室に足を運び、電子と紙、双方のマニュアルを突き合わせて手の空いている機関士達と、システム操作手順と注意事項の確認を行っていた。何しろ完全に未知のエンジンであるため全員が一様に不安を顔に張り付けながらの作業となった。

 

 もちろんラピス自身、プログラム関係や計器を見ての制御はともかく、実際に工具を持ってエンジンに触れられる程の工学技術を持ち合わせていないため、不安はあった。

 が、上司として勤めて表に出さないように心掛け、部下たちの不安を和らげるべく、柔らかく微笑んで「貴方達ならきっと出来ます」と鼓舞する。

 笑顔が人の心を和らげるのだという事は、ユリカから学んだ。あの辛かった時期でも、ユリカは笑顔を完全には失わず、誰かに心配をかける度に懸命に笑って痛みを和らげようとしていた。

 

 だから、自分もそうやって部下達を支える。

 

 ラピスは自分なりの決意を固めヤマトに乗った。無論機関士と言うわけでもないラピスが長に収まることを嫌がった者もいたが、可憐な少女ににっこりと微笑まれて「これからよろしくお願いします。とても頼りにしてますから」と言われては面と向かって文句も言えない。

 エンジンを直接整備する事が出来ないものの、プログラム関連は天下一品、さらにコンソールを使ったエンジン制御のみならベテランにも引けを取らない適正と呑み込みの速さを見せた。

 結果、その容姿と相まって早くも「機関室の妖精」と揶揄され人気になっていた。再建に関わったためか、波動エンジンのメカニズムに関して一際詳しいのもグッド。

 

 ついでに体の線が出やすいヤマトの制服だと、別の意味でその可憐さが際立って早くも隠し撮りの写真が出回りそうな勢いだった。

 

 「この手順なら問題なさそうですね。後は本番で結果を出して、乗組員全員に我々の実力を見せつけましょう。皆さんの実力を発揮すれば大丈夫。頑張っていきましょう」

 

 と締め括り機関室での準備は終わった。解散した機関士一同は所定の配置に付き、ワープテストの為の準備を進めていく。

 「ふうっ」と軽く息を吐いて第一艦橋に戻ろうとするが、慣れない事の連続で疲れたのか少しよろめいてしまう。それを支えてくれたのは資料の片づけを手伝ってくれた太助だった。

 

 「大丈夫ですか、機関長?」

 

 「大丈夫。ちょっと足がもつれただけ――ありがとう徳川さん。徳川さんこそ気を付けてね。頼りにしてますから」

 

 と頭を下げて微笑をプレゼント。これは普通に感謝の気持ちだ。太助は赤くなってどもりながらも「大丈夫ならいいんです!」と送り出してくれた。

 ラピスはどことなく嬉しそうな太助の様子に「自分でもちゃんと人の上に立てるんだ。これからもこの調子で頑張ろう」と軽い足取りで機関室を後にしようとした。

 

 その時、独りでに艦内の至る所にフライウィンドウが立ち上がったり、使われていなかったモニターが起動して、軽快な音楽が流れだす。

 

 

 

 「なぜなにナデシコ~~!!」

 

 

 

 という、ユリカとルリの声が突如として艦内に響いた。開いたウィンドウとモニターは全て同じ画面を映している。

 

 映像にはウサギさんの着ぐるみを着た我らがミスマル・ユリカ艦長と、幼児向け番組の体操のお姉さんとでも言うべき格好をした、チーフオペレーターのホシノ・ルリの姿が映し出されていた。

 

 ついでに端っこの方には頬を羞恥で赤くした、トナカイの着ぐるみを着せられた工作班長真田志郎の姿もある。

 

 艦内の全員がいきなり始まった得体の知れない映像に硬直する。

 

 「おーいみんな、あつまれぇ~。なぜなにナデシコの時間だよ~!」

 

 「――あつまれぇ~」

 

 とノリノリな様でやっぱり恥ずかしくて頬を赤くしたユリカと、同じく恥ずかしがって赤くなっているルリ。その横で「なぜこうなった」と己の不運を呪っている真田と、カオスな状況が映し出されている。

 

 背景には「なぜなにナデシコ!! ヤマト出張篇~初めてのワープ~」などと書かれた背景が置かれている。ご丁寧にクレヨンとか鉛筆で書いたような丸っこくて本当に幼児番組そのものの字体。

 ついでに役者たちの前には、これまた児童向け番組に在りそうなセットが置かれている。

 

 

 

 悲壮な覚悟と崇高な使命感を持って乗艦したはずの乗組員達は困惑を隠せないでいる。

 

 

 だが唐突に悟った。確かにあのユリカの演説は正しい。彼女も相応の覚悟と使命感を持っていることは疑う余地が無い。

 

 

 

 だが、彼女は、彼女は。

 

 

 

 色々な意味で著名な“あの”機動戦艦ナデシコの艦長さんだったのだ。

 

 

 

 「えっ……これ何?」

 

 ラピスのセリフは、恐らく初めてナデシコのノリに触れる全員の心情を代弁していた。

 ただしラピス自身は頬を染めて「ウサギなユリカ姉さん可愛い。モフモフしたい」とか少々見当外れな感想も抱いていたが。

 

 

 

 

 

 

 なお、解説自体は幼児向け番組の体制を取ったことから、非常に解りやすくかつ丁寧にワープについての説明を乗組員一同に伝えることに成功し、思いの外好評ではあった。

 

 

 

 ヤマトのワープの場合、波動エンジンの後部に取り付けられた「イスカンダル製ワープエンジン」を使用して機能する。

 

 このエンジンと、波動エンジンが生み出す波動エネルギーの時空間歪曲作用が無ければ、ワープ航法は成立しない。

 

 波動エンジンが生み出す波動エネルギーとは、言うなれば「波動エンジン内部で生成される、自然界には存在しない超高出力タキオン粒子の発する波動」だ。

 波動エンジンの内部でなければ生成出来ないと言うのがミソで、仮に自然界に存在するタキオン粒子を収集したとしても、ここまで効率的に時空間を捻じ曲げることは出来ない。

 ヤマトはこれを、ワープエンジンと一体になっている「空間歪曲装置」に利用し、効率的に時空間を歪曲する事で、ワープに必要なゲートを開いているのだ。

 

 エネルギー消費量自体は全てを使い切る波動砲よりはマシだが、かなり激しい。

 

 旧来のヤマトでは、エネルギー増幅装置であるスーパーチャージャーの搭載と合わせて、ワープを複数回連続で行う事で超長距離を一挙に移動する「連続ワープ」が可能であった。

 無論、新生したヤマトもスペック上は同じ事が出来るだけの出力を有している。これが使えれば、試算ではイスカンダルまで1ヵ月未満と言う凄まじい速度で到達が可能になる。

 

 しかし、新生したヤマトはデータの欠損などの影響で肝心の連続ワープ機関の復元がまるで行えなかっただけでなく、艦全体の完成度が旧来のヤマトに及んでいないのが実情だ。

 未熟な技術で背伸びにも程がある改修を受けて復元したのだから、無理もない話だ。特に、ワープに伴う人体への負担の問題が深刻で、今の段階で無理に実行しようものなら、ワープに伴う強烈な加速度と空間歪曲の負荷で命を落とすのが確実とされている。

 

 今後の航海でデータを収集し、可能であれば復元したい機能とされているが、実際に復元出来るのかどうかは未知数であり、基本的には無い物として考えられている。

 

 それでも、今のヤマトは単発のワープであっても最長2000光年は跳べるとされている。

 

 一応、エネルギーの充填自体は6連波動相転移エンジンのおかげですぐに終わると言っても良いのだが、艦の保全や人体への影響を考慮して、最低24時間の間を開ける事が推奨されている。

 また、最長距離はあくまで理論値である上、実際は天体の重力場だったり空間歪曲の具合などで変動する為、常にその距離を飛べると言うわけでもない。特に、天体が密集している銀河の中では、その距離を飛ぶのはかなり難しいだろう。

 

 無論、宇宙船の規模からすれば間隙だらけなのだが、微妙に作用する重力場等は、意外と影響するのだ。

 そもそも、銀河自体その中心にある大質量ブラックホールの重力場のおかげで形成されているという説が立証されている今となっては、銀河の中に居る=大質量ブラックホールの影響を受けている、と言っても過言ではないのだし。

 連続ワープは、1度の跳躍距離を無理に引き延ばすのではなく、現実的なワープを連続して繰り返すことで移動時間を短縮するアイデアではあるが、6連波動相転移エンジンの完成によって、1度のワープ距離を延長出来る可能性も示唆されている。

 

 余談ではあるが、波動エンジンからエネルギーを取り出す際、波動エネルギーはそのエネルギーを電力等と言った形に変換される。

 エンジン内部のタービンやエネルギー変換装置等を使用して行われ、エネルギーを失った波動エネルギーはただのタキオン粒子になる。

 タキオン粒子と波動エネルギーは似て非なるものであり、タキオン粒子をグラビティブラストやディストーションフィールドに導入しても、波動砲ほどのパワーは出ない。

 勿論、このタキオン粒子を波動砲のような形で直接撃ち出しても、波動砲程のパワーは出せない。

 ヤマトの推進機関、特にメインノズルは、この搾りかすとでも言うべきタキオン粒子を反動推進剤にすることで莫大な推力を得ているのだ。

 

 ここからはなぜなにナデシコで解説されていないさらなる余談。

 

 ワープ航法が空間を歪めてワームホールを形成し、長距離を跳躍するシステムであること自体は、ガミラス出現からしばらく経った頃には周知の事だった。

 ぶっちゃけるとユリカがそう語ったのだ。ヤマトと言う裏付けもあり、事情を知るものがその事実を広めた。

 

 ユリカは演算ユニットと弱々しいながらもリンクを保っているため、意識していれば自分の周囲数十㎞の範囲で空間の歪みを知覚する事が出来る。

 無論、これ自体は決して彼女の体にとって良い物ではない。要するにユリカは今演算ユニットのアクセス端末に近い存在なのだ。なので、演算ユニットはユリカを通して宇宙を観測している、と言い換えても良い。その分、ナノマシンの浸食も進む。

 

 先の冥王星海戦でユリカがガミラスの小ワープ戦法を見抜けたのは、気張っていたからワープによって生じる時空間の歪みを知覚した事が原因だ。

 だからこそ、ユリカはワープとボソンジャンプのシステムの違いからくる得手不得手も、何となくだが把握する事が出来るのである。

 

 現在はイスカンダルの治療薬でナノマシンの活性化を強引に抑えているので知覚は出来なくなったが、そうでもしないとワープの度にナノマシンが(ジャンプ時程ではないが)活性化して早々に倒れてしまうかもしれない程、ユリカの体は不安定な状況にあった。

 

 

 

 ちなみに放送された後、ただでさえ高かったルリの人気はまた一段と跳ね上がり、戦後は知名度が低かったユリカも“いろんな意味で”乗組員の心を掴んで人気者となった(特に顔を赤らめ、普段の物と違って可愛い装飾のされた杖を使いながら、ヨタヨタと着ぐるみ姿で動く様が、なんか可愛いモフりたいと評されたことが原因)。

 惜しむらくは病気のせいでかつての美貌が損なわれていることと、人妻である事か、と言うのはメガネの技術者の談(なお「人妻がこんな格好で」と一部マニアックな層には受けたとか)。この映像は後に疲れた一部乗組員たちの心を癒す清涼剤になったとかならなかったとか。

 

 同時に付き合わされた真田には各所から同情の念が寄せられ、しばらくは誰もが無言で労を労ったものだ。

 

 ――笑いをこらえた顔で。

 

 さらに余談だが、撮影セットの横ではただでさえ筋力が低下して久しいユリカが、着ぐるみ姿でヨタヨタと動いているのをハラハラと見守るエリナが居たり、久しぶりのセットをぱっぱと用意したウリバタケが別カメラでこの映像を撮影して後に“転売”したり、脚本と演出を担当したイネスは感無量と満ち足りた顔をしていたり、万が一ユリカが倒れた時に備えて医療セットを抱えて見守る雪がいたり。

 中央作戦室も結構大変な状況になってた。

 

 ついでに撮影後に中央作戦室に突入したラピスは、着ぐるみを脱ぐ前のユリカに抱き着いて、思いの外毛並みの良い着ぐるみに頬擦りしたり抱きしめて貰ったりしてご満悦だったり。

 

 なお、ルリも便乗した模様。

 

 

 

 そんなバカみたいな展開を挟みつつも、第一艦橋でもワープの緊張感が徐々に支配し始め、特に運行責任者である大介は操作手順を繰り返し何度も確認し、額の汗を幾度も幾度も拭っていた。

 

 なぜなにナデシコを見た時は、隣の進と一緒に爆笑しながらも内容にしきりに感心していた大介だが、いざ本番が近づくと生来の生真面目さから徐々に余裕を失っていった。そんな大介に横からハンカチが差し出される。隅に花の刺繍がある白いハンカチ。女性が好みそうなデザインだ。

 

 「そんなに緊張していたら、体が持たないわよ」

 

 ハンカチを差し出したのは雪だった。生活班長の任についている雪は、緊張しているであろう友人・大介の様子を見に艦橋に上がっていた。本来艦橋とは無縁のはずの雪なのだが、ユリカの介護担当者でもあるため第一艦橋への入室自体は認められている。地味に艦長室にもフリーパスで入れるくらいだ。

 

 また、意外と才女なのでその気になればオペレーターとしても役に立つ技量を有するため、普段は空席になる副オペレーター席に着席してルリのアシストを行うことも想定されている。普段は艦の生活必需品の補充や清掃、調理部門やら医療部門やらの統括者として結構忙しい。むしろそれを軽々こなしてしまう容量の良さが、彼女の強みでもあるのだが。

 ――まあ、並行世界の彼女はさらにレーダー主まで勤めていたので、それに比べると少しは楽なのだろうと、ユリカは勝手に思っていた。

 今でも十分重労働だが。

 

 「そうだぞ島。今からそんなんじゃ、イスカンダルどころか太陽系を出る前に、石像になっちまうぞ」

 

 と雪に便乗して隣の進も島の緊張を和らげようと軽口を叩く。同じ時期に仲良くなり、ユリカを交えた輪の中に取り込まれた3人の絆は強い。まあ雪を狙っている間柄ではあるので牽制は多少飛び交うが、公私混同する程ではない。

 ついでにユリカとも打ち解けているからか、職務を離れれば彼女とは名前で呼び合う間柄でもある。

 

 「ありがとう2人とも。だがな、メカニズムが完璧に動作したとしても、俺が操縦ミスをしたらヤマトは終わりなんだ。緊張するなって方が無理だろ」

 

 と雪から渡されたハンカチで汗を拭う。そんな3人の様子に、なぜなにナデシコを終えて艦長席に戻ってきていたユリカが、

 

 「まあこの場合は両方とも正しいかな。でも大介君、肩の力を抜かないと却って失敗しちゃうってのは本当だよ。リラックスリラックス」

 

 とこれまた軽く笑い飛ばす。「しかし」と島が反論すると「しょうがないなぁ。よっこらせ」と艦長席を立ち、杖を突いて歩くと大介の隣に立ち、身を屈めて、

 

 「ふぅ……」

 

 と優しく耳に息を吹きかける。「わあっ」と飛び上がった島を見てケラケラと笑って、

 

 「だからリラックスだよ大介君。何なら私と進君で脇をくすぐってあげようかぁ?」

 

 杖から放した右手をワキワキさせる。進も便乗して両手を掲げて指先を動かしながらニヤニヤと笑う。

 この2人、本当に仲良くなったものだ、と思いながらも大介は「も、もう大丈夫です」と大きく息を吐いて椅子に体を預ける。

 

 多少強引であったが大介は肩の力が抜けるのを感じた。憮然とした表情をしながらも心の中で感謝の言葉を贈る。

 

 そんなやりとりを一歩引いた位置から見ていたエリナは、どうしても痛ましい気持ちを隠せない。急になぜなにナデシコを始めたことと言い、ユリカが郷愁に駆られて自分を抑えられなくなっているのは明白だった。

 

 念願のヤマトが完成して精神的に、イスカンダルの薬で体にわずかばかりの余裕が出来てしまったばかりに、今まで抑えてきた反動が来ている。

 

 このままでは、彼女は寂しさに押し潰されて致命的なことになる。イスカンダルの薬があったとしてもだ。今まで彼女を支えてきたのは間違いなく心の、意志の強さなのだ。それがぶれて弱まってしまえば、きっと崖から転がり落ちるように体を悪くして、死ぬ。

 

 エリナは落ち着かない。ずっと見てきたのだ、ユリカが血反吐を吐きながら全てはアキトのためにと必死になっていた様を。

 

 ――エリナさん。どうして、どうして私は、私達は、こんな目に遭わないといけないんですか? 火星に生まれたから? 私は、私はただ私らしくいられる場所が欲しかっただけ、アキトと一緒に、どこにでもあるような普通の家庭を持ちたかっただけなのに、何で何ですか? 火星に生まれただけで、何でこんな思いをしなきゃいけないんですか? 私は、私達は、実験素材にされるために生まれてきたわけじゃないのにぃ……! 助けてエリナさん、助けて、助けてよぉ。エリナぁ、苦しいよぉ――

 

 ふと、疲労と本人曰く全身がバラバラになりそうな激痛で倒れたユリカが、何時に無く弱気になって自分に縋り付いて来た時の事を思い出す。居たたまれなかった。かつては自分も彼女らを食い物にしようとしていた事を思い出す。その時はとにかく胸が痛かった。

 ナデシコに乗らなければ、例え火星の後継者が生まれなくても自分達が彼女達に同じような仕打ちをしていたかもしれないのだ。

 

 絶対に報われて欲しい、このまま悲劇的な末路を迎えて欲しくない。そうでなければ、本当の意味で自分はアキトを諦める事が出来ない。仮に彼女が死んでアキトを手に入れる機会が来たとしても、以前では考えられなかったユリカの存在に一生縛られる事になる。

 彼女の犠牲無くしてアキトと結ばれる事は無い、だが彼女を失うのは今の自分には辛い。

 

 絶対に死なせたくない。生きて、彼の所に送り返してやりたい。

 

 だが、彼女の生存は、それこそ奇跡が起こらない限り絶望的なのだ。その奇跡を起こせるのは、このヤマトとイスカンダルだけだとエリナも疑ってはいない。信じるに足る情報は、エリナもユリカを介して得ているのだ。

 

 ユリカの意向もそうだが、今の彼にヤマトに乗れと言うのは酷な話だろうから置いて来たし、下手に関わって感情を爆発させたくなかったので、月を離れてからの一月は連絡も取っていないが、まだ燻っているのだろうか。

 

 「ワープテスト30分前。各自は所定の位置にて待機ね」

 

 と島をからかい終えたユリカが艦内放送で指示を出す。

 

 (これでまた、アキトが遠くになる……駄目だなぁ、気が緩み過ぎだよ)

 

 心の中で泣きながら、それでも艦長として立派であろうと表情には出さないように努める。だがその寂しげな後姿をエリナが見ていることに気づく余裕は、今の彼女には無かった。

 

 

 

 ユリカの指示を受けていよいよと緊張が高まる。各々がワープの手順や注意事項を思い出す……のだが、なぜなにナデシコが連想されて顔が緩む。緊張感を削ぐほどではないが、良い意味で肩の力が抜けてテキパキと作業を進める事が出来ている。

 

 最初は驚いたが、案外有効なブリーフィングなのかもしれない。そんな考えが浮かぶくらいには心に余裕を持てた。

 

 それを吹き飛ばしたのは案の定攻撃を仕掛けてきたガミラスだ。

 

 「艦長! レーダーに反応、ガミラスの艦艇が接近中! 数7、空母が2隻含まれています!」

 

 ワープテストのデータ収集のため第一艦橋に上がってきたルリの報告が第一艦橋に響く。雪はすぐに第一艦橋を飛び出して自分の担当部署に戻り、ユリカも杖を突いて可能な限り全速で艦長席に戻る。が、疲労が溜まったためかその歩みは遅い。

 

 「推定距離80万キロ。月の影になっていたため探知が遅れた模様です。接近してきます」

 

 「こちらを射程に捉えるにはまだかかるはずだ。古代君、ヤマトはワープテストの為に全てセッティングされていてどの武装も使えない。航空部隊の用意をするんだ」

 

 ジュンが対応の遅れているユリカの代わりに副長席のレーダーパネルで敵艦隊の動きを確認、指示を出す。

 

 「了解! コスモタイガー隊は直ちに出撃の準備を! 艦長、俺も出ます!」

 

 「気を付けてね進君。貴方達なら勝てる! それだけの力は用意出来たからね!」

 

 ユリカの激励を背に受けて、進は下部の艦載機格納庫に向かって走り出す。

 

 何が何でもヤマトを護って見せる。

 

 この艦が、ヤマトが人類最後の希望なのだ。

 

 ワープテストの邪魔はさせない。

 

 

 

 

 

 

 ついに出航した我らが宇宙戦艦ヤマト。

 

 人類は君に全てを託しているのだ。負けるなヤマト、決して折れてはいけない!

 

 再び奇跡を起こす時が来たのだ!

 

 地球生命滅亡と言われる日まで、

 

 あと365日

 

 

 

 第三話 完

 

 

 

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第一章 遥かなる星へ

 

    第四話 再会! 光を超えたヤマト!

 

 

 

    全ては、愛の為に――

 

 



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第四話 再会! 光を超えたヤマト!

 

 

 

 ガミラスの襲撃を受けて第一艦橋を飛び出した進は、そのままヤマトの艦底部にある格納庫に飛び込む。

 

 簡易宇宙服を兼ねる制服は専用の手袋を付け、上着の気密確保用のインナーを顎まで引き出して、ヘルメットと電磁的に密着させることで気密を確保する。

 旧ヤマトから継承されたヘルメットは、衝撃吸収能力に優れ、高圧縮酸素ボンベを内蔵し、気休め程度だが空気の清浄装置も内蔵されている。可能であれば補助装置を付けるのが望ましいが、1時間程度ならこのまま宇宙空間で活動出来る実に高性能な服だ。

 

 

 

 ヤマトの格納庫は改装されたことで以前にも増して機能的になっている。

 壁面に上下二段に区切られた格納スペース(左右合わせて60スペース)には、搭載機であるエステバリスと、その強化パーツまたは高性能戦闘機として配備されているGファルコンがある。

 従来のエステバリスではガミラスと対等に戦うのには少々力不足だったが、Gファルコンを装備することで幾分状況が改善している。

 

 Gファルコンは支援戦闘機とも呼ばれていて、機首部分を構成するAパーツと、武装とエンジンユニットからなるBパーツに分かれている。エステバリスが主に使うのはこのBパーツの方で、中央ブロックを兼ねるウイングパーツには2基の大口径スラスターと、両翼端に拡散放射が可能なグラビティブラストが装備されている。

 ウイングパーツの下に2基取り付けられているカーゴスペースも兼ねるコンテナユニットには、大口径スラスター2基を搭載し、前方に10発のマイクロミサイルランチャーが内蔵されている。これが左右に装備されているので計20発。

 従来機に比べると破格と言える火力を有している。

 

 その大出力を支えているのがヤマトの技術で大幅に小型化された相転移エンジンによるもので、それ単体でも相転移炉式駆逐艦に匹敵する主力を持つ。

 これで全長は8m程度に収まっているのだから技術の急激な進歩を感じる。

 

 Aパーツのコックピットはダミーの複合センサーユニットだが、Bパーツのノーズ部分には人が乗り込めるコックピットも備わっていて、合体時に2人乗りすることも出来るようになっている。

 一応単独でも戦闘機として使えるが、基本が人型用の拡張オプションなので、宇宙戦闘機としての性能はガミラスのそれに劣る部分があるため、基本はセット運用だ。

 

 エステバリスで運用する時は、背中の重力波ユニットを外す必要があるため、中央ブロック兼ウイングパーツを縦に、コンテナユニットを回転させて後方に向け、グラビティブラストの砲身を正面に向けた形にして推力バランスを調整している。

 

 重力波ユニットを失ったエステバリスはGファルコンの相転移エンジンのみで稼働することになるため、何らかの理由でGファルコンを外してしまうと内蔵電源のみで活動することになるのが難点だが、如何せん合体機構自体が後付けで洗練されていないため仕方がない部分がある。

 

 ヤマト搭載機は重力波アンテナだけは増設して、ヤマトからの照射範囲内では十分な最終出力を得られ、かつ単独での行動が出来るように改造されてはいるが、元から比べると機動力もガタ落ちしているので非常手段に過ぎない。

 性質上分離を考慮していないため、大体はエステバリス側からの操作でGファルコンを稼働しているパイロットが大半だ。そのため戦場で分離した後の再合体の負荷は大きく、推奨されていない。

 

 1から設計した機体には及ばないが、エステバリス自身もGファルコンの全力機動に対応出来るように機体の強度と剛性を含めて全体的に見直しをしたことで、機体性能は幾分強化されている。逆に言えばその程度の小規模な改修で大幅なパワーアップを果たせたのはGファルコンの優秀さの証だ。

 

 現状でもガミラスの航空機と対等以上に渡り合える性能を有していることには変わりない、貴重な戦力。だが対艦攻撃だけは出力不足で少々苦手である。これは単純に小型相転移エンジン1基+重力波ビームでは出力が微妙に足りていない事が原因。

 

 元々は、搭載が見送られた新型機動兵器の相転移エンジンの余剰出力と合わせてフルスペックを発揮する設計だったのを、急遽エステバリスに転用したため、最適化が間に合っていないのだ。

 そもそも合体自体がウリバタケの「おっ、意外と干渉しねえぞ。これならエステにも着くんじゃねえか?」と言う発言によるもので、従来機の強化パーツは本来想定されていない。

 ――対応しちゃったけど。

 

 重爆撃オプションを装備すれば打撃力は得られるが、重武装から来る機動力低下で戦闘機相手には到底戦えない状態になる。

 

 ネルガルは本来Gファルコンと最大連動出来る新型機の他にも、エステバリス以上のスペックを発揮出来る改修機を拵えていたらしく、ヤマトには当初予定されていなかったその機体も配備された。

 

 アルストロメリアだ。

 本来はボソンジャンプ戦フレームとして開発されたエステバリス系列機の最新型だったのだが、ヤマトの技術伝来に合わせて再度設計を変更、ボソンジャンプ対応能力はそのままにGファルコンとの連動を前提に各部に補強を入れたことで、エステバリス以上にGファルコンのスペックを引き出す事に成功。

 これは同時期に開発されていた新型機のフィードバックが存分に活かされている。

 

 エステバリスが重力波ユニットを撤去したのに対して、元々ボソンジャンプ前提で重力波アンテナしか装備していないため干渉自体が無く、母艦の重力波ビームを有効に使える。同型のユニットを移植することで、エステバリス側も母艦の重力波ビームとGファルコンの出力の両立が可能となった。

 が、出力系のチューニングの差がある為、最大出力はアルストロメリアが勝っている。

 

 また可変させて接続するエステバリスに対して、アルストロメリアはBパーツを可変させずにそのまま垂直に交わるようにして合体する。これはわずかな機体バランスの違いや機体強度に影響された結果。そのため最終出力が互角だとしても、推力を集中出来る分エステバリスよりも速い。

 さらにGファルコンのAパーツを頭に被せ、Bパーツ内部に機体を収納するように装着することで、より機動力に特化した戦闘機形態――収納形態を取ることも出来る。機体を露出した展開形態ではAパーツをBパーツのカーゴスペースに固定することで紛失せずに済む。

 合体に伴いパーツの交換などをしていないこともあり、仮に戦闘中にGファルコンをパージしてもアルストロメリア自体の性能が損なわれることが無い事も強みで、その気になれば短距離ボソンジャンプで帰投することも容易と、エステバリスよりも全てにおいて勝っている。

 

 Gファルコンがあればガミラスにも引けを取らない空間戦闘機に、外せば従来通り陸戦や施設内戦闘にも使え、短距離ボソンジャンプでの急襲も可能と、現在の地球が欲する機能を備えている。しかも、将来的には小型相転移エンジンの搭載も視野に入れた設計もされているのだ。ネルガルは、ヤマト帰還後に正式採用機として売り込む気満々である。

 

 とはいえ、まだ試験機の域を出ていないのでヤマトには先行配備された2機しかない。搭乗者はテストパイロットも務めていた月臣元一朗と、ヤマト配属後に任された古代進。

 ヤマト艦載に当たってヤマトの装甲にも塗布されている防御コートを施されているので、機動兵器同士の戦闘なら破格の防御力を持って戦えると太鼓判を押されているが、実際はどうなるかわからない。

 

 アルストロメリア以外の機体は、全て既存のエステバリスに無理な改造をした機体でしかないため、少々不安が残っているのは事実。

 とは言えヤマトの万能工作機械を使用してアルストロメリアを量産するのは流石に無茶があるし、ネルガルとてこの機体を大量生産する余力が無い以上、これで凌ぎ切るしかない。

 

 余談だが、ヤマトが誇る3大頭脳は出航後に実益を兼ねた“趣味”でヤマト艦内での新型機の開発に成功していたりする。

 

 

 

 格納庫はすでに戦場と化している。甲板要員が右に左にと走り回り、天井に4基備えられたロボットアームが、格納スペースからエステバリスを引きずり出して駐機スペースに置く。

 駐機スペースに置かれたエステバリスの元に別のアーム運んできたGファルコンを接続し、床下の武器格納庫からは携行火器の大型レールカノンとラピッドライフルがせり上がる。

 一部の機体はGファルコン側の下部に身丈ほどもある、新配備の大型爆弾槽を2つ取り付けた重爆撃装備に換装されている。

 出撃準備を終えたエステバリスの元にパイロットが次々と駆け寄ってはコックピットに収まり、愛機を立ち上げていく。起動した機体は再びロボットアームが釣り上げて、格納庫中央のカタパルトレーンに載せていく。

 

 進も遅れまいと自分用のアルストロメリアに乗り込む。この機体の受領に伴って、進はジャンパー処理を受けており、アルストロメリアの短距離ボソンジャンプを使用する事が出来る。経験が乏しいのでまだ実戦では使うつもりが無いが、いずれは試す。

 

 個人用にカラーリングを弄って良いと言われたので。頭部や重力波アンテナ、膝と肩の先端部分を赤で塗って貰った。これはデータで見た、ヤマトの内部に残されていた艦載機の残骸、コスモゼロからインスピレーションを得たものだ。

 

 出来れば乗ってみたかったが、ヤマトの格納庫と発進設備を人型機動兵器用に改造する過程で結局放棄されたと聞いている。使われていた技術がGファルコンやアルストロメリア、そして未配備に終わった新型機にも転用されているらしい。

 

 戦闘班長の機体という事もあり肩には「01」と機体番号が振られ、ユリカの許可を貰った上で自分専用のこの機体に「コスモゼロ」の愛称を付けている。一応コンピューターにも登録してある。

 妙に心惹かれるあの戦闘機の名前を、どのような形であれ残しておきたいと言う進のわがままだったが、何故かユリカは涙を流して喜んでいた。

 ――本当に理解出来なかったがどうしてだろう。

 

 そのせいだろうか、ユリカはヤマトに所属する航空隊の名称を「コスモタイガー」と命名した。何でも旧ヤマトの戦闘機の名前らしい。

 

 IFSボールに右手を置くとコックピットの計器に光が灯り、アルストロメリア・コスモゼロを起動していく。Gファルコンとの合体は収納形態を選択してスタンバイする。

 

 「コスモタイガー隊は順次発進。ヤマトの護衛任務に付け」

 

 コックピットの中で発進命令を下す。それに合わせて格納庫内の管制塔からの操作で、格納庫中央の床が傾斜して発進スロープへと変貌する。スロープの上には4機のGファルコンエステバリスが並び、スロープの形成に伴って等間隔に改めて並び直される。

 

 その後スロープで生まれた空間を区切るように艦尾側からシャッターが閉じて格納庫と切り離す。

 閉鎖されたスロープ内はそのまま減圧室を兼ねた発進ゲートへと変貌し、減圧完了後に艦尾艦底部の発進口が開く。

 ブラストリフレクターが上がって後方の機体を噴射圧から守りつつも、起動した重力波カタパルトの勢いで次々とエステバリスが宇宙空間に向かって放出される。

 放出された機体は、ヤマトの重力制御装置が生み出す不可視のトンネルをくぐる形で消耗することなく敵機の接近方向に機体を向けらる。

 

 スロープ内の機体が全て出されると発進口にディストーションフィールドが展開されて機密を確保すると、スロープ内が加圧される。

 加圧が完了するとシャッターが開いて次の機体がロボットアームで並べられる。

 並べ終わるとシャッターが閉じて減圧し、ハッチを覆っていたフィールドが消失してまた次の機体が射出される。

 

 それを繰り返して計28機の機体が射出される。搭載スペースの内、4機(2セット)は予備機だ。

 

 新生したヤマトの発着口は2つ増設され、前後に並んだ形になっている。艦尾側の一回り小さい方が通常の機体、艦首側の一回り大きな方が重爆装備の大型機用となっている。

 

 進のコスモゼロは別のアームで持ち上げられて、上部の発進口へと誘導される。ヤマトの艦尾上部の窪みの部分がスライドして通路を解放すると、ロボットアームで艦尾に設置されたカタパルトの上に接続される。このカタパルトは人型には対応していない航空機用のもので、Gファルコンと合体して戦闘機形態をとる事が出来るアルストロメリアと未配備の新型機のみが使用する事が出来る。

 

 コスモゼロは左舷側のカタパルトに接続されて、右舷側のカタパルトには月臣が搭乗するGファルコンアルストロメリアが接続された。それぞれの機体が敵機が接近する方向に向けられる。

 

 「発進!」

 

 進の合図でカタパルトが作動してコスモゼロとアルストロメリアが時間差をつけて発進する。

 

 凄まじい勢いで発射されたコスモゼロとアルストロメリアは、Gファルコンの推力を活かして先発したはずのエステバリス達に追いつく。

 

 

 

 「よっしゃ見てろよ! 冥王星での屈辱を晴らしてやるぜ!」

 

 と吠えるのはスバル・リョーコ、愛機の赤いエステバリス・カスタムも改修を重ねながら健在だ。ナデシコCにも乗り込んでいたナデシコA時代からのベテランパイロット。

 火星の後継者事件の後、そのままナデシコCに所属されて幾多の戦いを生き抜くことは出来たものの、ガミラスにやられっぱなしでストレスを溜めていた。

 

 そもそも冥王星では出撃する間も無く撤退という事もあり、このチャンスを利用してストレスを発散するつもりでいる。

 

 最も彼女がストレスを溜めていたのは戦友であるユリカの事も関係していた。勿論リョーコはユリカの無茶を非難して止めようとしたが、全く言う事を聞いて貰えず、会う度に弱っていく姿を見せつけられたことで、危うく友情にヒビが入るところだ。

 その理由は未だに聞けていないが、内容がしょうもないことだったら殴ってやると心に決めて、リョーコはヤマトへの乗艦を決意した。

 

 「はいはーい。リョーコは相変わらずだねぇ~」

 

 「突っ込むのは良いけど、油断してると棺桶行きだよ」

 

 とかつての戦友であるアマノ・ヒカルとマキ・イズミが続く。この2人はヤマト乗艦以前は民間人として生活していたのだが、ルリの頼みに応じて快くヤマトに乗ってくれた。

 最もこの状況下では漫画家など成り立つわけもなく、雇われママさんをやっていたバーも潰れている。それ故に彼女らも思うところがあったのだろう。

 

 「まああたしは漫画のネタになりそうだしねぇ~。未知なる宇宙の冒険譚! 異星人の侵略物はしばらく勘弁だけど、これを題材にして漫画書きたいねぇ!」

 

 とはヒカルの談。

 

 「アタシは連中が気に入らないだけさ……これ以上葬式に参加するのは御免だよ」

 

 と何時に無くシリアスな雰囲気のイズミだ。ガミラスの攻撃で多くの人命が失われた世の中だ、過去のトラウマに触れるものがあるのだろう。

 リョーコを中心としてヒカルの黄、イズミの水色のエステバリス・カスタムが続く。

 

 「おうおう燃えてるねぇ~。でも、俺もいい加減負け続けはウンザリなんでね、ここらで逆転させてもらうぜ!」

 

 とサブロウタも気合を入れ直す。愛機スーパーエステバリスは元々火力の高い機体だったこともあり、Gファルコンを装備するようになってからは思い切って火力編重の運用を心がけている。

 大型レールカノンを腰部に無理やり増設したサブアームで保持させることで両手持ちした。

 Gファルコンの出力を借りれば従来のエステバリスでは困難だったレールカノンの2丁持ちも楽勝であり、さらに拡散グラビティブラストとマイクロミサイル20発が追加されるとあれば、その火力は未配備の新型にも届かんばかり――と言いたいが、実際は水を開けられていると聞く。

 

 冥王星での借りを返そうと全員が燃えていた。ヤマトが立った今、ガミラスの良い様にはさせないと全員が燃えているのだ。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第一章 遥かなる星へ

 

 第四話 再会! 光を超えたヤマト!

 

 

 

 ヤマトから発進したコスモタイガー隊を迎え撃つべく、高速十字空母からも戦闘機が出撃する。全翼機のような姿のそれはエステバリスよりも遥かに大型の機体だが、その性能はエステバリスどころかステルンクーゲルなど地球製のそれを凌いでいる。

 

 幸い人型特有の運動性能の恩恵で辛うじて戦えていたが不利は否めず、Gファルコンが配備されるまでは何とか蹂躙されずに済んでいる、という具合だった。

 しかも地味に強固なフィールドを装備しているため、当たりが悪いとダメージを与えられないおまけ付きだ。装甲が戦闘機らしく柔なのがせめてもの救いだ。

 

 それだけにパイロット達の間ではどうしても拭えない不安が残っている。確かに対等に戦えるようにはなったが、機体の限界性能に挑戦するような無理やりな改造をしているため、こちらには上げ幅が無い。対策されたら通用しなくなる。

 

 だがやるしかない。自分達が最後の砦なのだ。例え命を捨ててでもヤマトを護りきりらなければ。

 

 

 

 「流石に分が悪いかも。結構敵さんも嫌らしいなぁ。威力偵察も兼ねてるんだろうけど、よりにもよってこのタイミングでか」

 

 ユリカは疲労で靄がかかってきた頭を振りつつ文句を垂れる。流石になぜなにナデシコは調子に乗り過ぎた、前ならあんな着ぐるみ程度何でも無かったのに。

 ユリカの疲労に気づいているエリナはしきりに心配そうな視線を向けてくるが、仕事の手は休めていない。

 

 「コスモタイガー隊と敵航空戦力が接敵、駆逐艦クラスがそのままヤマトに向かってきます」

 

 ルリの報告にますますユリカの顔が険しくなる。どうする、ワープテストを延期してでもヤマトで砲撃すべきだろうか。未配備の新型ならともかくエステバリスで対艦戦闘は少々きつい。

 重爆撃装備の機体は今回は3機しか出せなかった。

 空母が2隻もあるとヤマトの搭載機の総数を上回る艦載機が出てくることになる以上仕方がない。Gファルコンとの連動で対抗した、という事は言い返せば貴重な格納庫の容積の半分を無駄遣いしていることにも繋がる。

 

 本来はGファルコン無しでも対等に戦える機体を用意して倍の60機以上の航空機を運用した方が良いのだが、そこまでの余裕は地球には無かった。

 そのため、「合体した状態で格納すれば倍の数が保有出来るんじゃ」というユリカの発想は、「それだと日常のメンテに支障をきたす」と取り下げられて実現しなかった。

 実現したかったら、相応の改装を格納庫に施す必要があるらしく、当初は搭載機の仕様が未定だったこともあり、そのような設計になっていなかったのである。

 

 とは言え、Gファルコンと戦場で任意に分離合体出来るアルストロメリア、または未配備の新型の様な機体であれば、状況に応じて使い分ける事で額面上の戦力よりも強力になるのだが。

 

 「せめて、ダブルエックスが間に合っていれば」

 

 無い物強請りだがやはり欲しかった。相転移エンジンを搭載したネルガルの最新鋭機。単独で駆逐艦程度の艦艇なら撃破出来る火力と、ヤマトかGファルコンと連動すれば要塞攻撃の要としても運用出来る機体だ。

 

 だが最終調整が間に合わないと、ヤマトへの配備が結局見送られてしまった。あの機体なら1機あるだけでもかなり楽になりそうなのに。

 

 

 

 案の定、コスモタイガー隊は苦戦を強いられていた。数で勝る敵機に対して果敢に戦いを挑んではいるが、多勢に無勢故に中々押し切る事が出来ない。

 

 出撃した重爆装備の機体はここまで生き残ったベテランパイロットの意地を持って、高性能爆弾を256発内蔵した大型爆弾槽を駆逐艦に叩き付けることに成功していた。

 弱った所を拡散グラビティブラストの収束モードと大型レールカノンの集中砲火を浴びせることで、何とか撃沈に成功したのが4隻。

 

 だがそれまでが限界だった。残った駆逐艦1隻は大型爆弾槽の当たりが悪く耐えきり、追撃を仕掛けようとしたエステバリスに艦載機部隊が来襲し、追撃を封じられた。

 

 「いかん、ヤマトが!」

 

 アルストロメリアの中で月臣が呻く。彼もレールカノン装備のアルストロメリアで前線に出ている。襲い掛かる敵機を躱し、何とか食らいつこうとするが許してもらえない。

 

 短距離ボソンジャンプで追いつくことは出来るだろうが、今は戦列を離れると艦載機もヤマトの方に抜けかねない。数で劣っているから下手に戦線を離れられないのだ。むしろ数の差をパイロットの技量と士気、さらには限界まで強化した機体で何とか食らいつくのが精一杯。

 余裕など最初から無いに等しいのだ。

 それでも月臣は懸命に敵機を退けヤマトに向かおうと足掻くが、その努力も報われぬままヤマトと駆逐艦の距離が縮まっていく。

 

 

 

 「敵駆逐艦1隻がヤマトに接近中。まもなく射程に入ります」

 

 ルリの報告に第一艦橋の面々の表情が強張る。ヤマトの武器は現状何一つ使えない。優れた耐久力を有するヤマトだ、早々沈みはしないがテスト前に損傷するのはトラブルの基になる。何としてでも避けたいが。

 

 ユリカは徐々に接近する機影を睨みつける。

 

 

 

 ――アキト

 

 

 

 ふと今はいない夫に助けを求めてしまう。それではいけないのに、彼はもう戦ってはいけない、むしろ自分が助けなければいけないのに。だが緩んでしまった心の檻は気持ちを抑えてはくれない。

 

 そうしている間にも敵は近づいてきている。ユリカは観念してヤマトでの反撃を指示すべく口を開く。ワープテストは少々延期するしかないだろう。

 

 

 

 ヤマトに接近中だった駆逐艦が破壊されたのはまさにその瞬間だった。

 

 爆炎の中に1体の機動兵器のシルエットが浮かび上がる。エステバリスに比べて幾分細身の様でもあり、それでいてマッシブな体形でもある。同時にディストーションフィールド頼みで装甲が薄く最小限のエステバリスと違って、股関節を保護するスカートアーマーを付けていたり全体的に装甲が多くて厚い。

 

 全体のカラーとしては白を基調にしつつ、紺で塗られた胴体と肩と手足の装甲の一部、腹の部分にはアクセントとして赤が配され、白い頭部の額には4つに分かれた金色のブレードアンテナが装着されている。

 輝く瞳はある意味では優しさすら感じるグリーンで、人間の口に相当する部分には縦に並んだ「ヘ」の字スリットが2つ、目の隈取と顎の突き出た部分は赤く塗られたフェイス。

 頬の部分には冷却用のダクトが設けられている他、斜め横に突き出したプレートがまるで髭の様。ブレードアンテナと合わせて「X」のシルエットを形成している。

 

 背中には巨大な翼のようなプレートが1対、身丈ほどもありそうな長大な砲身が1対、そのシルエットもまた「X」を形成している。

 右手には白を基調に紺でアクセントを加えられた長銃身のライフルと、左手には衝角としても使えそうな先端を持つ白と赤に塗られたショートシールドが装備されている。

 

 地球製と一見してわかるデザインだが、エステバリスともステルンクーゲルとも違う独特なデザインで、従来機とはまるで方向性が異なっている。

 エステバリスよりも頭1つ分大きいその姿は、より人間に近いシルエットを作っていた。

 

 「だ、ダブルエックス?」

 

 その姿を認めたユリカとエリナの声が奇麗に重なる。そう、その機体はヤマトへの配備が間に合わないと言われ彼女らを落胆させた、ネルガル重工の新型機動兵器。

 

 機体名ダブルエックス。開発に当たっては相転移エンジン搭載フレームである月面フレームのノウハウと、かつてウリバタケが“趣味で”“横領で”作り上げたXエステバリスを組み合わせた、双方の発展後継機とも言える、ダブルエックスだ。機体名もXエステバリスから取られている。

 さらに、アルストロメリアの経験を活かした短距離ボソンジャンプにすら完全対応した、史上初の全高8m以下の相転移エンジン搭載型人型機動兵器、ネルガル渾身の最強機体であり、ウリバタケ・セイヤにとっても生涯最高傑作と言われた機体だった。

 

 「何で、何でダブルエックスが? 完成間に合わなかったんじゃ」

 

 ユリカは困惑する。もしかしたら発進後に何とか間に合って送り込まれた可能性もゼロではない。しかし、レーダー警報すらなくあの場に出現したという事は……。

 

 「艦長、あの機体の出現時にボース粒子反応を検知しました。あの機体はボソンジャンプで出現したと思われます」

 

 ルリの報告を受けて大介を除いた全員が身を固くする。アルストロメリアの短距離ジャンプではないのは明らかだ。とすれば乗っているのはA級ジャンパー。消去法でたった1人しかいないじゃないか。

 

 「ダブルエックスから通信? つ、繋ぎます」

 

 通信席のエリナが咄嗟に回線を開く。第一艦橋正面、窓のすぐ上の天井に設置されたマスターパネルが点灯し、パイロットの顔をでかでかと映し出す。

 映し出された人物を見て、旧ナデシコクルーの表情が面白いほど変わった。

 

 「ヤマト、聞こえるか? テンカワ・アキト、ダブルエックスと一緒にヤマトの航海に参加させてもらう――良いな? ユリカ」

 

 

 

 

 

 

 アカツキから全てを聞かされたアキトは無力感に打ちのめされた。アカツキは決して責めるようなことを言わなかったが、ユリカが悲壮な決意を固めて戦い続けていたことを余すことなく伝えた。

 それ自体がアキトを追い詰める。

 

 ――俺が、俺が迷っている間にユリカが、ユリカが――

 

 ユリカは確実に破滅への道を進んでいる。だがそれは地球と人類にとっては救いの道。イスカンダルに辿り着きさえすれば、ヤマトは必ず地球を救う。

 

 だが、今のままではユリカが助かる確率は低い。もう彼女の体と心は限界に近い。このまま無茶を続ければ遠からず死ぬ。

 

 「一応繰り返しておくけどね、ユリカ君は君を諦めたり見放したから行動してるんじゃない。逆だよ。彼女にとって君は今でも一番星なのさ。復讐者に落ちて他の誰かを傷つけようが、別の女を抱こうが関係なく。むしろ話を聞いた後でも「やっぱりアキトはアキトなんですね。だから今でも私の王子様で夫です」って言いきるくらいだ――それをどう受け取るかは人それぞれだろうが、君はどう受け止める?」

 

 アカツキの言葉を受けて、アキトは自分がすべき事を定めた。それ以外に道は無い。そうしなければ、ユリカはイスカンダルに辿り着く前に果てる。

 

 だが、そうすれば、ユリカが生き残れる可能性が高くなるはずだ。

 

 (ユリカ……)

 

 アキトの脳裏に彼女との思い出が巡る。火星で一緒だった頃の記憶、ナデシコで一緒だった頃の記憶、ボロアパートで一緒だった頃の記憶、結婚式の記憶。

 何時でも自分に全力で好意をぶつけてくれた彼女。鬱陶しく思ったことも多いが、その嘘偽りの無い好意に何時しか心惹かれ、彼女を選んだ。

 

 ああ、最初から今すべきことは決まっていた。

 

 火星で最初に木星に襲われた時、エステバリスで逃げようとして敵中に放り出されて硬直した時、いずれも救ってくれたのはユリカのイメージ。優柔不断で気持ちと向き合えず、傷の舐め合いからメグミ・レイナードと仲良くなったり色々あったけど、ずっとずっと想っていたのは、きっと彼女だ。

 

 だから悔しかった。奪われて。

 

 だから申し訳なかった。護れなくて。

 

 もう、後悔は十分だ。

 

 後は突き進むだけだ!

 

 この想いのままに!

 

 「――俺は行く。ヤマトに行く! まだ月軌道にいるんだろ? 艦内見取り図を見せてくれ、ボソンジャンプで直接乗り込んでユリカを助ける。これ以上、俺のわがままであいつを傷つけたくない! 頼む!」

 

 アキトは土下座してアカツキに助力を斯う。アカツキはそんなアキトを見て嬉しそうに笑うと「それだったらあれも持って行ってもらわないと困るんだ。実は搬入が間に合わなくてね」とアキトを格納庫に誘った。

 

 かくしてアキトは調整が間に合わなかった、と嘘をついて残されていたダブルエックスに導かれ、機上の人となった。

 その左肩には白い百合の花弁に包まれるように小さな黒百合の花弁が書かれている。

 

 それが何を意味しているのかは一目瞭然。

 

 アキトはアカツキに感謝の言葉を贈るとそのままダブルエックスでボソンジャンプ。ヤマトを狙う駆逐艦を屠って合流したのだ。

 

 「やれやれ、約束を破った甲斐があれば良いけどねぇ。ホントに手間がかかるんだから」

 

 と、アカツキはとても清々しい笑みを浮かべていた。そう、アキトが見たユリカの演説はアカツキの策だ。あんな映像どこにも放送されてなどいない。防諜対策を可能な限り施したうえでアキトの部屋に意図的に流した。

 

 アキトが、自分の意思で戻るきっかけを作る為だけに、アカツキは持てる権力を使ってアキトにあの映像を見せたのである。

 

 今視線の先には、月軌道上でワープテストに備えたヤマトの姿を捉えたモニターがある。

 

 「ふぅ……柄じゃないと自分でも思うんだけどさ……宇宙戦艦ヤマト、人類とか地球の未来だけじゃない。あの家族の運命も君に託す――頼む、絶対に護り抜いてくれ。そのために、僕は君の再建に力を尽くしたんだぞ」

 

 

 

 

 

 

 「ア、キト?」

 

 ユリカは我が目を疑った。どうしてここにアキトがいる。どうしてダブルエックスに乗っている。思考がぐるぐると渦巻いて正常に働かない。

 

 「おい、聞こえてないのか? 乗船許可をくれ。とりあえず連中を叩いて――」

 

 「何で来たの?」

 

 アキトの言葉を遮ってユリカが言葉を出す。言葉を出してから訳の分からない怒りが込み上げてくる。そして感情のままに喚き散らす。

 アキトはここに居ちゃいけない。その考えだけが肥大化して逆切れに近い爆発を見せた。

 艦長としての立場も威厳も宇宙の果てに吹っ飛んだ大爆発だ。

 

 「何でアキトがここにいるのよ! 機体だけおいてさっさと帰りないよバカ!」

 

 「ばっ!?」

 

 いきなり罵倒されてアキトも狼狽する。が、ある程度は想定したことだと我慢する。そもそも置いて逃げた自分が悪いのだから。

 

 「アキトはヤマトに乗っちゃ駄目! 月でも地球でもどっちでも良いからヤマトの帰還を待ってれば良いの!」

 

 「――そんなこ」

 

 「言い訳無用! 帰りなさい!」

 

 取り付く島もない拒絶。容赦ない言葉の暴力に流石のアキトもムカついてきた。

 そしてとうとう我慢の限界を迎え、反撃の火蓋が切って落とされた。

 

 「帰れるわけないだろうが! アカツキから聞いたぞ、余命半年って何だ!?」

 

 痛い所を突かれたユリカが「うぐっ!」、と言葉に詰まるとアキトの攻勢が始まる。もう遠慮なんてない、言いたい事を言ってやるとばかりに胸の内をぶちまける。

 

 「ルリちゃん達にも凄く迷惑かけたっていうじゃないか! もう少し考えてから行動しろこのバカッ!」

 

 「――っ! に、逃げてた人に言われたくない!」

 

 「お、お前だって避けてたんだろうが! お互い様だ!」

 

 売り言葉に買い言葉、わあわあぎゃあぎゃあと、とても理不尽な悲劇に引き裂かれた夫婦の感動の再会とは思えない会話――と言うより痴話喧嘩にヤマトのクルー一同、戦闘中だと言うのに別の意味で頭を抱えたい気分になった。

 

 そう、“クルー一同”だ。アキトの姿を認めたエリナは艦内、どころかコスモタイガー隊にいる旧ナデシコのメンバーにもこの事を伝えようと焦って操作を誤り、うっかり全艦放送してしまったのだ。

 幸いヤマトに関係ない部署には届いていないと思うが、極めて恥ずかしい状況には変わりないのである。

 

 

 

 

 

 

 「おい、戦闘中に痴話喧嘩してんじゃねぇ! 気が散るだろうが!」

 

 と、リョーコが怒鳴り返すが、届いていないのか聞いていないのか喧嘩はますますヒートアップ。気が散ると言いながらもその動きのキレは全く衰える気配が無い。

 今この瞬間も後ろを取った敵機にミサイルを撃ち込んで撃破、爆風を利用して射線を隠したレールカノンと拡散グラビティブラストの散弾を見舞って、瞬く間に2機の戦闘機を撃墜している。

 

 「ある意味らしいよね、何か昔に戻った気分」

 

 ヒカルは先程までよりもさらに肩の力を抜いてエステバリスを操る。その見事な操縦技術はブランクを感じさせずガミラスの機体に追従し、撃墜していく。的確な位置取りと素晴らしい判断力を持って、格段に向上した火力を叩き込み、ガミラスを翻弄していく。

 

 「―――」

 

 イズミも何かしらのギャグを言ったようだが、生憎リョーコにそれを聞く余裕など無かった。イズミのエステバリスも動きの精細さを欠くことなく、むしろさらに鋭く敵機に食らいついていく。その正確な照準の前に、ガミラスの戦闘機は哀れハチの巣にされた。

 

 「おいおい、戦闘中に痴話喧嘩って、火星での決戦思い出すなぁ~。あれが無けりゃ、木星と地球の関係もまた違ってたのかしらねぇ」

 

 とサブロウタが笑う。スーパーエステバリスは動きも軽やかに敵機の攻撃を躱して返す刀で損傷を与え、被弾した敵機が錐もみして味方に激突して果てる。

 両肩の連装キャノンの弾幕とミサイルの雨あられ、そこに重力波の散弾とレールカノンの高速徹甲弾と、持てる火力の全てを出し尽くした猛攻の前に、ガミラスの戦闘機隊も這う這うの体で逃げ惑っている。

 

 「ふっ、ようやく振り切ったようだな。テンカワ」

 

 月臣も嬉しそうな笑みを浮かべながら、アルストロメリアのクローを敵機のコックピットに突き立てる。唯一まともな近接戦闘武器を保有していることもあり、時にはボソンジャンプを織り交ぜた変幻自在の戦闘機動で敵機を翻弄、着実にスコアを伸ばしていく。

 

 「あれが、テンカワ・アキトさん。艦長の旦那さんの」

 

 コスモゼロのコックピットで進も困惑しながらも、感動(?)の再会を果たした夫婦を見守る。困惑はしているが何故か胸が熱くなる。怒ってるようで、彼女はとても嬉しそうだ。

 流石にベテランパイロット達には及ばないが、あの2人の邪魔はさせまいと進もシャカリキになって攻勢に転じる。大切なユリカの為にも、この場は何としても死守する腹積もりで、進は果敢にガミラスと戦う。もう2度と失わないために。

 

 「アキトさん……」

 

 痴話喧嘩を聞きながらルリは涙を滲ませた目でモニターを見詰める。会話のノリは完全にナデシコ時代のそれだ。黒衣を纏った復讐者の面影が無い。

 アキト自身、この場に来たという事はある程度振り払ってきたのだろうが、ユリカと言葉を交わしただけでこんなにもあっさりと、以前の彼を覗かせる。自分の時は、黒衣を脱がせることは出来なかったのに。

 

 ――やっぱり、お似合いの2人です。

 

 ルリは再び2人が巡り合えた事に喜びの涙を流す。――そしてさよなら、私の初恋。

 

 

 

 お互い罵倒しあっていい加減疲れたアキトとユリカは、荒い息を吐いてようやく言葉の応酬を止める。

 

 「お前なぁ、せっかく会えたのに嬉しくないのかよ……」

 

 アキトが思わず本音を漏らす。多少非難されるのも怒られるのも覚悟の上だったが、まさかここまで拒絶されるとは。

 本当は愛想を尽かされたんじゃないかと疑いたくもなってくる。

 

 「嬉しいに決まってるじゃない!」

 

 即答したユリカにアキトはびくりと体が震える。

 

 「アキトは今でも私の王子様で、旦那様なんだから! 何があったとしても、アキトがどんな姿になったとしても、ずっとずっとそうなんだからぁ! 何があっても、私はずっとずっとアキトが大好き!! 一生アキトの妻なのぉっ!!」

 

 ユリカの絶叫がアキトの胸を打つ。怒りを通り越して悲しくなったのか涙を振りまきながら叫ぶ姿は、ある意味最も見たくない顔だ。

 

 でも、そのおかげでアキトは迷いが完全に無くなったのを感じる。

 

 「でも、だからアキトはもう戦っちゃ駄目! 無理して傷つく必要なんて無い! 今度は私がアキトを護る! アキトの未来を切り開いて見せる! だから帰りを待っててよ! もう一度ラーメン屋が出来るようにリハビリしててよ! お願いだからぁ!」

 

 先程から支離滅裂になりながらもユリカが繰り返している主張だ。心の準備も無く突然の再会にパニックに陥って論理的な思考など望めなくなったユリカは、ひたすら感情のままにアキトを追い返そうと必死だった。

 アキトをこんな困難な旅に巻き込むわけにはいかないし、これから先の自分を、見て欲しくない。その一心だった。

 

 この先どう転んでも避けられない自分の姿を、彼に見せるわけにはいかない。

 

 「駄目だ。それを聞いたらますます戻れるわけないだろ。ヤマトには、ヤマトにはな……俺とお前の未来も掛かってるんだよ! だいたいラーメン屋を再開したとしてもな、お前が隣にいてくれなきゃ嫌なんだよ! 傍にいて欲しいんだよユリカ! 俺達夫婦なんだろ!」

 

 そう言われてユリカが言葉を失う。両目から涙が溢れ、ぽたぽたと艦長席のコンソールに落ちる。

 そんなことを言われたら、これ以上の拒絶は出来ない。

 ユリカはアキトを止める事が不可能だと悟る。

 流れ落ちる涙は自分への確かな愛情に対する感激と同時に、これから先の自分を見せる事に対する悲しみの涙でもあった。

 

 「アキトぉ……」

 

 「すぐに行くからとにかく待ってろ。俺達の希望は、ヤマトはやらせない。この場は俺達が何とかする」

 

 そう言うと通信を切って駆逐艦の残骸付近に留まっていたダブルエックスが、驚異的な加速でコスモタイガー隊と交戦中の敵機群に向かっていく。

 

 「アキトぉ、アキトぉ……」

 

 両手で顔を覆って泣き出すユリカ。今の彼女に指揮を求めるのは無理だと判断したジュンが代わりに、「ワープ開始予定まで後15分だ。コスモタイガー隊は帰艦を急げ!」と帰艦命令を出す。

 やっぱり乗艦して正解だった。今まで無理をしてきた分、アキトとの再会がよほど堪えたのだろう。

 ――想定外の事態ではあるが。

 ジュンの胸の内で、空気読め、最高のタイミングで来てくれた、と言う相反する感情が駆け巡る。

 

 だが、帰って来てくれて嬉しいのは本当だ。ずっと心配していたのだから。

 

 

 

 

 

 

 ジュンの命令がコスモタイガー隊に届いてから少し遅れて、ダブルエックスが戦線に到着する。

 

 「アキト、帰艦命令だ!」

 

 「わかってる、殿を務めるからリョーコちゃん達は戻ってくれ。ダブルエックスならすぐに追いつける」

 

 リョーコの叱責アキトはすぐに反応する。アキトとユリカの痴話喧嘩を聞かされて余計な力が抜けたコスモタイガー隊の必死の活躍で、敵の航空戦力はすでに壊滅的な打撃を被っているが、健在な機体もまだ少し残っている。

 ダブルエックスは味方機と敵の射線上にわざと飛び込んで、敵のビーム機銃弾を受け止めて防ぐ。殆どの攻撃はフィールドが弾き返し、装甲に届いたはずのビーム弾も呆気無く散って終わる。

 従来機では想像出来ない程の頑強さだ。

 

 「1人でやる気か!?」

 

 「ダブルエックスだから出来るんだ。この機体は相転移エンジン搭載型で出力には余裕がある。火力も射程もそっちより上なんだ!」

 

 言いながら操縦桿を捻って右腕に装備された専用モデルのビームライフルを発砲する。発砲する度に、トリガーガード前の排気口から帰化した冷却材が少量噴き出す。

 

 ショックカノンの原理を応用した新型ビーム兵器で、針の様に細い高収束粒子ビームを猛烈な勢いを付けながら回転させて撃ち出す。

 命中するとドリルの様にフィールドに食い込む性質を持ち、物体に命中するとビームの粒子が回転しながら散らばる為内側で衝撃や熱を効率的にばら撒く作用もある。

 

 その恩恵で巡洋艦は少しきついが、駆逐艦や空母と言った軽装甲の艦艇にも威力を発揮する。対フィールド突破能力がレールカノンに引けを取らないと言えば、その規格外っぷりがわかるだろう。

 

 無論ダブルエックスは最初からGファルコン以上の――巡洋艦クラス相当の――相転移エンジンを搭載した高出力機、その出力を余裕を持って活用出来る機体だからこそ装備を可能とした規格外品だ。

 先程の駆逐艦も被弾個所にこのライフルのビームを正確にぶち込むことで機関部を破壊して撃破した。

 

 徹底してシンプルな内部構造による軽量さ、そして長銃身による高い収束率と命中精度を併せ持った一品、DX専用バスターライフル。

 そう銘打たれたライフルから発射されたビームは正確にガミラスの航空機に命中、容易くその身を引き裂いて撃墜する。

 

 有効射程も従来のエステバリスの火器を上回っている。

 ダブルエックス自身は高機動汎用型と言うべき機体だが、特殊装備の関係でセンサー類も最高級のものをふんだんに使用している。

 結果、アルストロメリア以上に優れたセンサー精度を持ち、ワンランク以上上の射撃精度を発揮するので、それに合わせたチューニングの結果である。

 

 その威力に呆気に取られながらも、リョーコ達は適度に反撃しながら速やかにヤマトに向かって突き進み、艦底部のハッチを潜って次々と着艦していく。

 殿を務めたダブルエックスも敵機を全て狙撃して撃破を確認し、最後にヤマトの発着口を潜る。

 だが安心は出来ない。航空機は全て叩いたが空母は無傷だ。空母にも武装が施されていることはこれまでの戦闘で分かっている。

 

 「艦載機、全て着艦。損傷機あれど未帰艦なし」

 

 管制塔からの報告が第一艦橋に響く。ワープ開始まで後5分。

 

 「ワープ5分前。各自ベルト着用」

 

 涙を拭ったユリカが指示を出しつつ自らも対ショック用の安全ベルトを締める。格納庫から戻ってきた進も戦闘指揮席に座り、安全ベルトを締めて準備を整える。

 

 ワープ用の時間曲線を示すモニター表示を見詰めながら大介がワープレバーに手を伸ばす。5本の横線がモニター上を左に流れ、中央を光点が上下に動くモニターは、ワープシステムによって捻じ曲げられる時間曲線を示している。この線――時間曲線――が捻じれた一点に光点――ヤマトが現在いる時間――が重なる瞬間にワープしなければならない。波動エネルギーの力で空間と時間を捻じ曲げているとはいえ、ワープシステム自体は宇宙が“最初から四次元的に曲がっている”事も利用している。

 そのため極短い時間なら保持出来るがタイミングを逸するとまた計測し直しになる。ワープテストの時間をずらせなかったのはこれも理由の1つだ。

 

 最も、ある程度任意のタイミングで飛べるくらいには宇宙とは複雑に捻じ曲がっているので、勝手さえ掴めばもっと短時間で適切なタイミングを見極める事が出来るようになる。ボソンジャンプに比べると1度の跳躍距離が勝る反面、精密さで劣るのはこれが理由だ。

 

 余談だが、このタイミングを計算せずに適当なタイミングで飛ぶことを「無差別ワープ」と言い、宇宙の歪曲任せの跳躍になる為どこに出現するかわからない危険なワープでもあるが、緊急回避時の手段として一応認知されていた。

 

 ワープ準備を全て完了して後は跳ぶだけになったヤマトを、ついに射程に捉えた高速十字空母が上部ミサイルランチャーを起動し、ヤマトに向かって発射する。

 丁度その時、ワープモニターの時間曲線の捻じれとヤマトの時間が重なった。

 

 「ワープ!」

 

 「ワープ!」

 

 ユリカの号令に従って大介がワープレバーを押し込む。するとヤマトの艦体が青白い輝きに包まれて、溶け込むようにして空間から消える。ヤマトに向かって発射されたミサイルは目標を失って空しく宇宙を彷徨う。

 

 その光景を目の当たりにした空母艦長の「馬鹿な……」と言う声も、空しく艦橋に木霊して消えた。

 

 

 

 ボソンジャンプとは似て非なる不可思議な空間の中をヤマトは進む。まるで1秒にも1分にも感じられるような不可思議な感覚にクルー一同が驚く中、時間にすれば一瞬で月―火星間を飛び越えたヤマトの姿が宇宙にある。

 

 眼下に青と赤の入り混じった火星の姿が伺え、ワープの衝撃で軽く意識を飛ばしていたクルー一同が、眼下に広がる火星の姿に喜びを露にする。

 

 成功したのだ! ヤマトはボソンジャンプとは異なる超空間航法を成功させ、今火星を眼下に捉えているのだ!

 

 喜びに沸くのは第一艦橋でも同じだった。特に大任を果たした大介は熱いものが込み上げるのを必死に抑えながらも、ガッツポーズをとって喜んでいる。だがすぐに全員が異変に気付いた。艦長席があまりにも静かだからだ。

 普段なら我先に喜んで騒いでそうなのに。

 

 振り向いた先に見えたのはぐったりと青い顔で座席にもたれ、気絶しているユリカの姿。彼女の状態は周知の事実だけに全員の顔が青褪める。

 ワープは人体に多少なりとも負荷をかけることは承知していたのだが。

 

 「ユリカしっかり! やっぱり発進になぜなにナデシコにテンカワとの痴話喧嘩の連続はきつかったか……!」

 

 「後ろ半分は自業自得な気もするけどね……ユリカ、しっかりして、大丈夫?」

 

 「医務室、医務室に連絡を! ユリカさんしっかりして!」

 

 「ユリカ姉さんしっかりして! 死んじゃいやぁ~!」

 

 「ルリさんもラピスさんも落ち着いて! アキトさんが帰ってきたならユリカさんはきっと大丈夫です!」

 

 「みんな落ち着け! とにかく医務室に運ぶんだ。古代手伝え! 俺とお前で運ぶぞ」

 

 「雪! 艦長が倒れた、医務室に運ぶから受け入れ準備を!」

 

 「艦橋は俺と副長達が引き受けた。頼むぞ古代」

 

 「戦闘指揮席は任せろ、古代」

 

 ワープ成功の喜びも吹っ飛んで第一艦橋はパニックだった。

 

 

 

 

 

 

 妙にフワフワした感覚に包まれながら、ユリカは目を覚ます。目の前に移る景色は第一艦橋ではない。ここは、医務室だろうか。

 そうか、ワープテストで気を失ったのか。ワープが初見ではキツイと言うのは覚悟していたがまさか気絶とは。他のクルーを心配させてはいけないと言うのに。

 ユリカは若干の後悔を感じながらも身を起こそうと体に力を入れた。

 

 「ユリカ、気分はどうだ? 気持ち悪かったりしないか?」

 

 声の方に目を向けると、心配げな顔をしたアキトの姿が視界に飛び込んできた。どこにでもありそうな少々暗い色使いの服を着ているが、多少大人びたと言うか、眼つきが鋭くなった以外はあの頃のままの、ユリカの愛して止まないアキトの姿がある。

 その事が無性に嬉しくなってまたしても涙が流れる。まるでこの1年間我慢を重ねてきたストレスを洗い流さんとばかりに、溜め込んできた悲しみを洗い流さんとばかりに。

 

 「アキト、体は、体は大丈夫なの?」

 

 渾身の力で上半身を起こして、涙ながらに問うユリカにアキトは何度も何度も頷く。

 

 「ちゃんと治ったよ。味覚も元通りで、それ以外の部分も治ったよ――だから泣くなよ。こっちまで、泣けてくるじゃないか」

 

 アキトの目にも涙が浮かぶ。ずっとずっと逢いたくて、逢えないと思っていた最愛の妻とようやく逢えた。直前まであんなに会うのが怖かったのに、いざ対面したらこの様だ。嬉しくて嬉しくて仕方ない。今眼の前にユリカがいる。最も愛おしい女性が、眼の前にいるのだ。

 

 「俺、お前にちゃんと謝らないといけないんだ。俺は――」

 

 「何も言わなくていい。言わなくていいよ。私も何も言わない――辛かったでしょう、寂しかったでしょう。でも、もう大丈夫。私が、私がずっと傍にいる。もう離さないからね、1人になんて、しないから。地獄の底までだって付いていくよ」

 

 涙を流しながらユリカがアキトの手を掴んで顔に引き寄せ、唇の代わりと言わんばかりに掌にキスをする。

 本当はユリカだって辛い。こんな弱り切った、今にも枯れ果ててしまいそうな自分の姿を、これから先避けることの出来ない姿を、見て欲しくない。

 健闘空しく死ぬかもしれないから、あまり大きなことは言いたくない。

 

 でも、でも一緒に居たい。もう離れたくない。

 

 その一心で、アキトを繋ぎ留めたくて、必死になる。

 

 「ああ、俺だってもう離さない。離してなるものか……こんな、こんな最高の女を二度と離すもんか。ユリカ、愛してる。アカツキから全部聞いたよ。今まで本当に頑張ったんだな、ユリカ――ありがとうな、希望を護ってくれて。だから、絶対にイスカンダルに行こうな。イスカンダルで、お前を元通りにして貰って、一緒にまたラーメン屋をやろう。一緒に……幸せな家庭を作ろう!」

 

 アキトは掴まれた手でユリカの頬をそっと撫でる。

 ユリカはアキトの言葉を聞いて、彼が“全てを承知の上でヤマトに来た”事を悟った。――ならば、もう迷いはない。アキトと一緒に、皆と一緒にイスカンダルに行く。

 

 ヤマトなら、それが出来るはずだ。

 

 だから今は、この再会を喜んで良いはずだ。

 

 「おかえりなさい、アキト」

 

 「ただいま、ユリカ」

 

 本当の意味で再会の挨拶を交わした2人は、自然と抱き合い、唇を重ねるのであった。

 

 

 

 

 

 

 「やっと収まるべきところに収まった、って感じかぁ。これで少しでもユリカの心労が減ることを祈るわ」

 

 やれやれ、と第一艦橋のマスターパネルに……そう、“マスターパネルに映し出された”医務室の様子をみたエリナがため息を漏らす。

 ようやくこれで、アキトを完璧に諦める事が出来ると清々した顔だ。

 わざわざ気を利かせて人払いをした甲斐もあったというものだ。

 

 「そうですね。気持ちが前向きなら、イスカンダルまでユリカさんが持ちこたえる可能性がぐんっと上がりますし」

 

 頬を赤くしながらも、2人が元通りになった事が嬉しくて仕方ないルリが弾んだ声で同意する。

 

 「にしてもこれからどうするんですか? さっきの戦闘のと言いこれと言い、全艦放送で全員見ちゃってるんですよ?」

 

 ハリが指摘する。2人のラブロマンスが羨ましいとか、砂糖吐きそうとか以前にデバガメ行為に顔が青くなっている。真面目だ。

 

 「いいと思うけど? アキトもユリカ姉さんも嬉しそう。こんなの見たら誰もからかわないと思うけど」

 

 割と純真なラピスが言う。結論から言えばばっちりからかわれた。特にアキトが。

 

 「ふむ、離れ離れになった恋人同士の再会か……確かに、からかうのは野暮と言うやつだな――それにしても、良かった……」

 

 大人な真田に対して、

 

 「しかし、艦長も発進早々大泣きしてラブロマンスとは。俺達人類最後の砦じゃないんですかね?」

 

 大介が軽口を叩く。とは言え涙を流しながら未だに抱き合ってお互いの唇を深~く求めあっている2人に、呆れるやら喜ばしいのやらと、判断が付きかねている顔だ。

 とりあえず言えることはブラックコーヒーが飲みたい。それもうんと苦いやつ。

 

 「良いんだよ島。俺達が守るべきなのは、本来ああいうどこにでもある当たり前の光景なんだ。それを奪おうとする奴は、誰だって許しちゃいけない。どんな理由があってもだ」

 

 とは進の意見。進は火星の後継者の一件については聞いている上、自身が家族を亡くした直後だけに殊更胸に響くのだ。それに、もはや身内同然のユリカの幸福なので、茶化すようなことはせず心から祝福を送る。

 同時に2人を引き裂いた連中と、これから引き裂こうとするガミラスに対して敵意をむき出しにする。

 

 「そうですけど古代さん。私達が戦っているのは人格を持った生命体の可能性があります。だとすれば、今まで私達が撃墜してきたガミラスの兵器にだって、ああ言った人たちが乗っている可能性が否定出来ません。我々はガミラスの目的を知らない。最前線で戦っているのは、我々のような兵士かも知れないんです。それを履き違えてガミラス全てを憎むのは、私は嫌です」

 

 ルリが釘を刺す。進の意見には個人的には賛成したい。ルリとて如何なる理由があろうとこの2人を引き裂いた火星の後継者の連中と、今地球を滅亡に追いやろうとしているガミラスを許すつもりは毛頭ない。

 だが進の意見を推し進めた先にあるのは、かつての木星や火星の後継者なのだ。その事が頭を過ってついつい口を挟んでしまう。

 

 「……わかっていますよ、ルリさん。でも敵は敵、味方は味方です。もしも、もしもガミラスに深刻な理由があったとしても、地球にしたことを認めるわけにはいかない……これから先ガミラスと和解出来る可能性があるとしたら、その時になってから考えればいい。まだ俺は、兄さんを奪われた怒りを、憎しみを忘れていない。艦長をここまで追い込んだ元凶の一つだってことを、忘れてない。ルリさんだってそうでしょう?」

 

 拳を震わせて力説する進に「すみません、奇麗事を言いました」とルリが謝る。進はルリの真意を察したのでそれ以上何も言わない。いや、言うべき言葉が見つからない。

 

 そうだ、この考えはどちらも等しく正しくて、間違っている。理屈のみで言えばルリが、感情を考慮すれば進が正しい。絶対の正解が無い問題なのだ。2人ともそれがわかっているからこれ以上の深入りを避けた。

 

 それを理解しているからこそ、アキトも自分の所業を恐れ、1度は自分達の元を去った。ネルガルと宇宙軍が結託して誤魔化してくれなければ、そしてガミラスの襲撃でそれが加速しなければもしかしたら、アキトはテロリストとして指名手配されて2度と帰ってこれなかった。

 それどころか妻であり行動の動機ともなったユリカの人生は勿論滅茶苦茶になるだろうし、ナデシコの仲間達にも飛び火しかねない問題だった。

 

 人は、道を外した者に厳しい。そしてそれに連なるものにも鬼となる。

 

 汝隣人を愛せよ。罪は憎めど人は憎まず。

 

 とっくの昔に答え等出ているのに人は未だにこれが出来ない。

 

 それが良い事なのか悪い事なのか、それはルリどころか、誰にも図れはしないだろう。

 

 ただ言えることがあるとすれば、出来るだけ多くの人が報われて欲しい。その切なる願いだけだ。

 

 

 

 

 

 

 その後何とか落ち着いた(満足した)ユリカは、杖を第一艦橋に置き去りにしてしまったこともあって、アキトにお姫様抱っこしてもらって第一艦橋に戻ってきた。

 

 ちょっと恥ずかしいけど至福の時間だと、お互い最初は思っていた。医務室を出てすぐ数名のクルーに遭遇したが、何故か全員が感動を顔に張り付けて「おめでとうございます艦長! 何が何でもイスカンダルに行きましょう! 旦那さん、俺達も協力します!」と熱く語ってくる。

 

 もしかしなくても、と2人は顔を見合わせて青くなる。

 

 

 

 火星の時みたいに、クルー全員に聞かれたかも……やっべ恥ずかしい。穴があったら入りたい。

 

 

 

 第一艦橋に上がった直後、どこから持ち出したのか、クラッカーの祝福を受けた2人はその推測が正しかったことを知る。

 ルリはよほど嬉しいのか涙を滲ませながら「おかえりなさいアキトさん! ユリカさんもおめでとうございます!」と人一倍はしゃいでいる。実は、お祝いの為にクラッカーを所望したのはルリだ。

 すぐに用意して見せた真田も大概だが、艦橋でクラッカーを使おうと言い出したルリもだいぶ羽目を外しているのが伺えた。

 ルリ以外の旧ナデシコのクルーは口々に「お帰り、テンカワ・アキト」と各々の方法で祝福する。

 

 アキトとユリカは恥ずかしさに顔から火が出そうだったが、全員から祝福されるのは悪い気分ではない。

 

 ナデシコと無縁なヤマトの面々でも、アキトが連続コロニー襲撃犯だと気づいたものは多い。

 

 何しろ痴話喧嘩の時にそれらしい情報を互いに口走ってしまったから。でも誰も咎めようとはせず、結局その事で揶揄されたり責められることは、以降のヤマトの歴史の中で1度も無かった。

 

 痴話喧嘩の内容からその動機が判明した事、我らが艦長の夫であり戦う原動力であること、そしてヤマトで戦い地球を救うことが、アキトの罪滅ぼしとして十分に通用すると判断した事。

 そして、会話の内容からアキトは決して冷徹な犯罪者などではなく、心を持った人間であり責任感を持ち合わせていることを知ったからだ。

 

 だからこそ宇宙戦艦ヤマトはテンカワ・アキトを受け入れた。共に戦う仲間として。ヤマトの旗の下に絆を結んだ仲間として。

 

 

 

 

 

 

 しかし、と2人は思う。

 

 ユリカの体が健康体だったら多分“シテた”だろうから、ユリカの体が普通でないことに少しだけ感謝した。

 

 いやマジで。

 

 それくらい自分達の中では盛り上がっていたのだ。3年ぶりだし。でもディープなキスは見られてたんだと思うとやっぱり恥ずかしくて顔から火が出そう。

 

 でも、本当に幸せな一時だった――あれを永く続けるためにも、絶対に奇跡を起こして見せる。

 

 2人は固く互いの手を握り締めながら、決意も新たに長き旅路に挑む。

 

 その先に待ち構えている、ハッピーエンドを目指して。

 

 

 

 

 

 

 なお、この後話の流れでなぜなにナデシコをやった事を知ったアキトは、ウリバタケからその記録映像を融通して貰って自室で見ることになる。

 内容がワープ航法についての解説という事もあり、普通に聞くよりは解り易いだろうと思って見てみたら、重病の妻が着ぐるみを着てヨタヨタと動いているではないか。唖然とした後怒ろうかとも思ったが、笑顔かつ顔を赤らめてヨタヨタと動く姿が可愛かったので許すことにする。

 恥ずかしそうにしているルリも可愛く、娘同然のルリが健やかに成長した姿をこういう形で見せられると、ちょっと涙が浮かんでくる。

 

 

 

 この映像は保管して置こう。――巻き込まれたであろう真田には悪いがな。

 

 

 

 

 

 

 「で、火星に着陸したのね?」

 

 「そうだよ。ワープの影響で装甲板の支持構造が幾らか壊れていてね。エンジンの具合も心配だから一度着陸して徹底的に見ておいた方が良いと思って」

 

 ユリカが目を覚ました時、すでにヤマトは火星に着陸していた。かつて火星の後継者の拠点ともなった極冠遺跡。

 ガミラスの攻撃で破壊され、演算ユニットも地球に運び出されているため現在はその価値を失っているが、辛うじて使えそうなドック施設があったためそこに滑り込んだ。

 作業用の機材は動きそうにないのが残念だが、上空からの発見を避けられそうなのはありがたい。

 ヤマトにはランディングギヤが用意されていない(内部構造に余裕が無い)ため、大地に着陸することは通常出来ない。

 だが、ディストーションフィールドを艦底部に展開して地面を砕き、第三艦橋や下部のアンテナやスタビライザーが収まる穴を開けてやれば一応着陸出来るような構造にはなっている。

 

 現在ヤマトは左舷後部の装甲板を比較的広範囲に渡って破損している。丁度真横から見ると第二副砲から第三主砲の辺りにかけて裂けている。

 そのためカタパルトに繋がる艦載機の運搬通路も露出している。

 

 「そっか。なら仕方ないね。工作班の皆には修理作業を頑張ってもらいましょう。

 ラピスちゃん、機関班の様子は?」

 

 「現在エンジンを停止して整備中です。エネルギー伝導管の一部が溶けて折れかかっているのを発見、現在補修作業中ですが、作業完了にはしばらくかかりそうです。

 エンジン全体の点検を含めると1日欲しいところですね」

 

 と、機関室の様子をモニターしながら報告する。少々大袈裟かもしれないが未知の超機関という事を考える最低これ位欲しい。また何かあったら困るのだから。

 

 「エネルギー伝導管かぁ。予定の強度が出てなかったのか、それとも想定以上の負荷が掛かったのか、どちらにしても心配だなぁ。

 うん、仕方ないから火星で1日停泊しましょう。他の場所の点検作業も並行して下さい」

 

 内心ユリカは「やっぱり出力6倍は無茶だったかなぁ。でもこの出力が必須なんだよねぇ」とか思っていたのだが口には出さない。

 一応実現するために必要な技術の提供も受けているのだし、単純にこちらの不手際だろう。

 

 「おうっ、任せとけよ艦長! 艦長はテンカワと一緒に英気を養ってて良いぜ。発進までにはばっちり仕上げてやるからよ! ダブルエックスだって良い出来だったろ?」

 

 とコミュニケを通じてウリバタケが意気込む。あちこち駆け回ってヤマトのメカニズムを一通り満喫しただけに、上気した顔でそれはもう嬉しそうに嬉しそうに語っている。その嬉しさにはアキトが枷を振り切って帰還した事も含まれている。

 彼もずっと心配していたのだ。

 それだけに、自分が手掛けたダブルエックスと共にアキトが現れた時は、年甲斐も無くはしゃいで喜びを露にしたものだ。

 

 無論、自身最高傑作と言えるダブルエックスが、鮮烈と言っても過言ではない物凄い格好良い登場を果たしたことも、ご機嫌の理由であるが。

 

 「ありがとうございますウリバタケさん。でも、そうも言っていられません。アキトには折角だから乗組員の白兵戦用の装備のテストを手伝ってもらいます」

 

 「白兵戦の? 陸戦隊は乗ってないのか?」

 

 ユリカの隣に立っていたアキトが疑問を呈する。

 ――地味に一乗組員に過ぎないアキトが艦長の隣に陣取っている。だが誰もそれを指摘しないし咎めたりしない。一応明確な軍艦であるはずで、乗組員も半数以上が軍人なのに、あっという間にナデシコな緩い空気に毒されてしまった。

 

 でも誰もが仕事に手抜き無しなのがなんとも。

 

 「一応戦闘班が兼任してるよ。必要なら進君とか航空隊の人達も担当してもらう。専門の人もいるけど、ヤマトは人員の補充が利かないから誰も彼もが最低限は出来ないとね」

 

 私は流石に無理だけど、と言うユリカの言葉にふむとアキトは頷く。確かに単独で長距離航海。しかもどこにも寄港出来ないのなら自前でやりくりするしかないのは必然だ。特におかしいところはない。

 

 「幸いそこには施設の跡があるから色々試せると思うんです。月臣さんとゴートさんにもお願いします。アキトも……色々経験があってやれるでしょ? 頼めるかな?」

 

 言ってから夫の傷を抉っているかも、と思ったユリカの声のトーンが下がってバツの悪そうな顔をする。そんな妻の様子に苦笑したアキトは「問題ない。俺は出来る事をするよ」と胸を張って見せる。

 

 

 

 一応アキトの所属は戦闘班航空科、要するにパイロットになった。ジュン辺りは「生活班の炊事科にでも入るか? 味覚治ったんだろ?」と勧めてくれたが断った。

 

 「俺が料理をするのは、いや、料理を最初に食べてもらいたいのはユリカとルリちゃんだから。ユリカが治らない限りは誰にも料理しない。俺なりのケジメなんだ。――皿洗いくらいなら手伝うけどね」

 

 これがアキトの言い分だった。同じ理由でラーメンのレシピを返そうとしたルリに対しても「健康になったユリカと一緒に地球に帰ってからで良い」と受け取りを辞退し、ルリが「わかりました。また3人でラーメン屋をやりましょうね」と応じたことで一応の決着を見ている。

 アキトはその前にちゃんと「心配かけて御免。もう逃げたりしないから」とちゃんとルリに謝っているので、会話を聞いていたハリ(と通信で聞いていたサブロウタ)はアキトを許すことにした。

 そもそも彼を咎める事をルリが望まないだろう。

 

 「わかった。でも、夫としてユリカの身の回りの世話はすること。流石に艦長室で同居は許せないけど、出来るだけ時間を作って世話するんだぞ。今のユリカは日常生活に支障をきたしてるんだ。これは副長命令」

 

 と念を押された。まあそれは望むところだ。でも言いながらジュンが泣き顔っぽく見えたのは気のせいだろうか。

 

 

 

 「白兵戦用の装備のテストは良いとして、そう言えば航空隊での俺の配属ってどうなってるんだ? ヤマトの艦内組織に関しては無知だから、最低限は教えて欲しいんだけど」

 

 とアキトが不安げな顔で尋ねる。

 

 「わかりました。では直属の上司になる俺、戦闘班長の古代進が案内します。艦長、構いませんか?」

 

 と戦闘指揮席を立った進がユリカに伺いを立てる。

 

 「良いよ良いよ。進君にお願いするね。終わったら中央作戦室に集合ね。私達は先に行ってるから――アキト、軍隊だからって喧嘩腰は駄目だよ」

 

 めっとアキトに念を押すユリカに苦笑しながら「わかりました艦長。肝に銘じておきます」と返事をする。

 確かに軍隊とかそういうのが苦手なアキトなので、心配されるのはわかる。……一応妻も軍人なのだがどうにもそんな気分がしないのだ。

 

 「では、こちらです。航空隊の待機所と、格納庫を改めて案内します」

 

 「よろしくお願いします、古代戦闘班長」

 

 とアキトは進むに連れられて第一艦橋を後にするべくエレベーターに乗り込む。エレベーターの中で進は、

 

 「ユリカさんには、貴方の奥さんにはお世話になっています。どうぞ、これからよろしくお願いします、テンカワさん。気安く進で良いですよ。あの人もそう呼んでますし、俺もアキトさんと呼ばせてもらいますから」

 

 と握手を求める。断る理由も無いのでアキトはそれに応じるが、「迷惑かけてないかあいつ? 色々疲れることも多いだろう?」と真面目な顔で心配する。その様子に進は思わず笑ってしまった。

 

 「流石旦那さん、よくわかっていらっしゃる。でも心配ご無用。あの人と一緒にいる時間、楽しいんです。何て言うか、本人はもう俺の母親気分ですし」

 

 と頭をかく。

 

 「母親気分?」

 

 「ええ。その、冥王星海戦の時に――」

 

 進から聞かされた話にアキトの顔が曇る。

 

 「――そうか、あいつ」

 

 アキトは掛けるべき言葉が浮かんでこなかった。ユリカが進にした仕打ちは確かに酷と言えたし、そんな決断をせざるを得ない状況に置かれたユリカが不憫で仕方ない。

 

 その時はまだヤマトが間に合うのかどうかも、イスカンダルからの“最後の”援助も届くかどうかが不明瞭な状態で、さぞ不安だったろうに。

 それに、身内を失う悲しみを理解しているユリカが、身内の肉親を見捨てる決断をすると言うのはさぞ心が痛んだ事だろう。

 

 護りたいと願ったものを護れない痛みは、ナデシコ時代で散々経験しているのだから。

 

 「最初は見殺しにしたと恨みましたけど、間違っていました。あの時はそうするしかなかったし、彼女も好き好んでそうしたわけじゃない。ユリカさんが、そんなことを望むような人でないことはここ1か月余りの時間でよく理解しました――俺が恨むべきは、本当の仇は――ガミラスっ……!」

 

 ギリッと歯を鳴らす進にアキトは自分に似た物を感じた。それくらい今の進からは仄暗い闇が漏れている。かつての自分と、同じだ。

 

 「家族を、大切な人を奪われる苦しみはよくわかるよ」

 

 「……でしょうね。全部聞きました、ユリカさんから。貴方が彼女を取り戻すために、復讐の為に火星の後継者と戦ったことは」

 

 本当はアキトの行動について口外するのは憚られたが、進はある意味では同類を見つけたとしてアキトに親近感を抱いていた。その気持ちが、その言葉を吐かせた。

 

 「そうか……。俺は君に言っておきた事がある。憎む気持ちはよくわかるし復讐したい気持ちも痛いほどわかる。それを邪魔しようとは思わない、いや、邪魔する資格は俺には無い。だけど、憎しみに飲まれて過ちだけは起こさないでくれ。俺と、同じ思いをして欲しくない。復讐と言う行動の果てには付き物なのかもしれないけど、後悔だけは、残さないでくれ――後悔を残しそうなら、やり方を変えて欲しい」

 

 アキトの言葉に進は素直に頷く。アキトが何をしてのかはユリカから聞いている。アキトがどのような胸中で復讐者となったのかは、他人である進では理解する事が出来ない部分は多いだろう。彼もそれを語りはしない。

 だが、同じ痛みを知るものとしての忠告は、素直に受け止めるべきだと思う。それくらい彼の言葉は重く、そして様々な感情がべっとりとこびり付いていた。

 

 「……わかりました。憎しみだけに捕らわれないように、努力します。とは言え、あの人の下で働く限り、憎しみ一色に染まる事は無いと思いますが」

 

 わざと明るく答える。その答えにアキトも、

 

 「そうだな――俺もあいつが一緒に助け出されてたら、戦いはしても過ちは犯さずに済んだかもしれないな」

 

 少し寂しげに答えた。

 

 

 

 艦橋を移動するためのエレベーターを降りると、1度居住デッキで別のエレベーターに乗り換えてさらに下層のデッキに移動する。

 新生したヤマトは艦の中央に長大なエンジンルームが備わっているため、従来の様に第三艦橋まで全階層を突き抜けるエレベーターが主オペレーター用のフリーフォール以外に無い。

 エレベーターを乗り継ぎ辿り着いた下層デッキで、格納庫と繋がる管制塔内にある、パイロットの控え室にアキトを案内した進は、

 

 「ここがパイロット用の控え室です。少々狭いですが、ブリーフィングもここで行います。あそこのドアから格納庫に直接入る事が出来るので、そこを通って出撃します」

 

 と言ってドアを開ける。その先にはヤマトの広大な格納庫が広がっていて、着艦時に見たはずなのに改めてアキトを圧倒する。アキトの姿を認め、愛機の整備を手伝っていたリョーコが「おいアキト!」と声をかける。

 

 「リョーコちゃん。俺――」

 

 パイロットとして乗艦することになったから、と言おうとしたらその前にこっちに向かって駆けて来ていきなり胸倉を掴まれた。

 

 「てめぇ! 美味しい所持って行きやがって! てかあの機体なんだよ!」

 

 と、格納スペースに入れられる事なく駐機スペースに逗留されていたダブルエックスを指さす。

 

 「ああ、あれね。あれがヤマト用に開発されてた新型だよ。相転移エンジン搭載型でGファルコンとも完全連動する奴……そう言えば、ヤマトからエネルギー供給されるか、Gファルコンに拡張ユニット付けて初めてまともに機能する大砲も装備してたっけ」

 

 アキトが記憶の中にある仕様書を思い出しつつ説明する。

 

 「んで、あれお前が乗るのかよ。それとも別の誰かを乗せるのか?」

 

 今度は機体ではなくその扱いについての話に切り替わる。

 

 「そうだ、それについて話しないといけないんだっけ」

 

 アキトは進に向き直る。

 

 「俺、航空隊とは言っても具体的な配置とかどうなるんだ? 正直パイロットとしての腕前はリョーコちゃん達よりも劣ると思うんだ。おまけに単独行動に特化して鍛えたから部隊行動とか全然だし。そもそも体治ってから碌に乗ってないからまだイマイチ感覚が……」

 

 これは事実だ。アキトはそもそもパイロット時に限ってはIFSを通してラピスからアシストを受けていたが、それでも障害を抱えた体での操縦だったし、むしろブラックサレナ自体が対北辰・北辰衆向けに特化した結果戦えていた部分も多く、純粋な技量でリョーコ達に及んでいるとは思っていない。

 

 あれはとにもかくにも“執念”の勝利だ。

 

 あいつらに復讐する、それ以上にユリカを取り戻すと言う執念こそが、技量の差を埋めて食らいつかせたのだ。

 

 おまけに機動兵器戦では基本的に単独行動で、ユーチャリスと連動したのも数回、後はバッタの支援も受けたが大体はボソンジャンプの奇襲も駆使した単独行動。部隊の動きに合わせて行動する訓練をほとんど受けていない上、治療直後で感が狂っているアキトでは、ヤマトの航空隊の練度に着いていくのは少々厳しい。

 勿論訓練は受けるつもりだが。

 

 「それなんですが、ダブルエックスはこのままアキトさんに任せるつもりです」

 

 進の言葉を受けてアキトは驚きリョーコは「やっぱりそうなるか」と言う反応を見せる。とは言えありがたい話だ。

 ダブルエックスの性能は素晴らしい。自分の技量でヤマトの航空隊についていくには十分過ぎる機体だし、生存率が少しでも高い方がユリカのためにもなる。

 

 「ダブルエックスは機体性能が突出し過ぎていて、部隊運用に組み込むのが難しいうえ、コックピットのレイアウトも新しく、機種転換訓練には時間がかかります。それに、あの機体の運用思想を考えると、アキトさんが適任かと」

 

 確かにダブルエックスは、従来のエステバリスやステルンクーゲルとはコックピットシステムが大きく異なる。

 

 パイロット正面にあったコンソールパネルがごっそり無くなって、縦スティックの操縦桿が左右にあって、その前方に小さなコンソールパネルが1つずつついて、正面から180度の範囲に広がったモニターと、パイロット正面に被さる形でターゲットスコープと呼ばれるヘッドアップディスプレイが装備され、その根元部分に通信用のスイッチが少しある程度だ。あとフットペダルが2つ。

 

 そして、右の操縦桿が着脱式で、左よりも形状が複雑で紺色を基調としている他、後方上部に赤いアナログスティックが付いて、その下には赤いスライドスイッチがある。

 

 EOSによるマニュアル操縦にも対応しているが、この操縦桿自体がIFS端末も兼ねているため、アキトはIFS入力を主体にマニュアル操作も併用している。

 

 アキトもその違いに大分苦労をしたが、今ではかなり馴染んだ。

 

 「運用思想? そう言えば、機体の性能チェックだとかには付き合わされたけど、どんな運用をするのかについては聞き流してたっけか……」

 

 あの時は無駄な足掻きとしか考えてなかったし、単にストレス発散と義理で乗ってただけだから気にした事も無かった。

 

 「あいつは戦略砲撃機。背中にあるサテライトキャノンを使った、超長距離からの打撃力に特化した機体だよ、テンカワ。お前の参加を心から歓迎するぞ」

 

 突然現れた月臣の言葉にアキトの顎がかっくんと落ちる。その後に続いた歓迎の言葉など耳に入ってこない。

 

 「あれはヤマトからの重力波ビームを背中のリフレクターユニットで受信、またはGファルコンのエネルギーパックからのアシストで最大出力を発揮する、高圧縮タキオン粒子収束砲だ。機動兵器用に開発された波動砲の亜種になる。単一目標に対して撃ち切った場合の破壊力は絶大で、試算ではサツキミドリと言った大型のスペースコロニーすらも一撃で破壊しかねない威力がある」

 

 その言葉にアキトの顎がさらに落ちて、目が点になる。

 

 「弾薬のタキオン粒子は、受信した重力波ビーム、またはGファルコンのエネルギーパックのエネルギーを、リフレクターユニットが内蔵したタキオン粒子生成装置に流し込んで発生させる。他の部位に使えないため、実質サテライトキャノンの為だけに装備された装置で、波動エンジンの技術の応用だ。本来は衛星軌道上に固定砲台として配置して、遊星爆弾や敵艦隊に対する迎撃・攻撃用として考案されたものを手直しした武器だ――何分急造なのでシステムに無駄が多く洗練されていないが、現状でもちゃんと稼働するから安心しろ」

 

 月臣がさらに補足しながらアキトの傍らにまでやってくる。

 

 「まあ、あの頃のお前はダブルエックスどころか、ヤマトにも興味が無かったから仕方がないか。そちらのテストは俺が受け持っていたしな。と言うより、あの時のお前には任せられん」

 

 「おう月臣か。お前もあれに絡んでたのか。くそっ、知ってたら俺もテストパイロットに立候補したのにな」

 

 悔しがるリョーコだが、常に戦場を駆け巡っていた彼女にはそんな余裕も無く、ダブルエックスの存在自体知らなかったので無理な話である。

 そもそも最高機密の機体なので一介のパイロットが知る由も無いのだが。

 

 「んな物騒なもんに乗ってたのか俺は……」

 

 単に相転移エンジン搭載型の高性能機動兵器としか認識していなかった。

 あの背中の大砲もグラビティブラストの類だと思ったし「Xエステバリスの発展後継機」と言うのは覚えていたからてっきりその程度のものだろうと。

 

 いや、確かに考えてみれば、自前で相転移エンジンを持っているはずのダブルエックスがGファルコンと、それ以上に母艦となるヤマトからの供給無しでは発射も出来ない大砲を装備していると言う時点で、ヤバイものだと気付くべきだった。

 

 「じゃあ、もしかしてこの操縦桿が取り外し式なのって……」

 

 と腰のポーチに仕舞っていた操縦桿を取り出す。

 

 「そうだ、戦略兵器であるダブルエックスは扱いに慎重が要求される。相応のパイロットでなければ託せないからな。それが安全装置だ。そのスライドスイッチを入れるとコントローラーが変形して安全装置が外れる」

 

 何てことの無い操縦桿が異様に重く感じる。何か、重大な責任を背負わされた気がする。

 特に「コロニーすら破壊する」と言われると、どうしても自分の罪を突き付けられているような気がしてモヤモヤする。

 

 「さらに付け加えるのならダブルエックスがやたらと頑丈なのは、サテライトキャノンの負荷に耐えるためでもあり、多少被弾しても確実に運用する事を目的としているからだ。装甲も機体剛性も、従来機の非じゃない桁外れな数値なのは、それが理由だ」

 

 よくわかりました、とアキトは頷くしかない。そうか、異常なまでのあの耐久力と防御力は単に最高性能を目指したわけじゃなく、必要だから与えられたものだったのかと、今更ながら納得する。

 そう言えば、装甲も表面のコーティングもヤマトに採用されているのと同じ素材を使っているとか聞かされた気がする。

 そのヤマトも確か物凄い超兵器を積んでるとか聞いたし、そういう意味での関連もあるのだろうか。

 

 「一応使用の判断はこちらでもしますが、単独行動時に限り使用判断を委ねることもあります――強力な火器ですので使用には細心の注意を払って下さい」

 

 進がニヤリと笑いながらアキトの肩を叩く。アキトは「ど、努力します」と答えるのがやっとだった。

 

 その後パイロット達に挨拶をして回りその都度満面の笑みで「イスカンダルまで行きましょうね!」と言われて赤面する。ヒカルとイズミも、

 

 「アキト君おかえり~。またよろしくねぇ~」

 

 「……テンカワ、あんたの大事な人、2度と泣かせるんじゃないよ。そして、絶対に手放すな」

 

 と各々に歓迎してくれた。イズミがシリアスなのには驚いたが、至ってまともな発言なので素直に頷く。

 

 「ようテンカワ、歓迎するぜ。嫁さんの為にも頑張ろうな!」

 

 サブロウタも歓迎の意を示す。初対面なのだが、ルリの部下らしいし、そちらから聞いているのだろうと思う。

 

 「よろしくお願いします高杉さん。ルリちゃんがお世話になっているみたいで、本当にありがとうございます」

 

 そう言って頭を下げるアキトにサブロウタも好感を持てたのか、

 

 「俺はあの人に付いていくって決めてるんで、言いっこ無しですよ――でも、またあの人を置いていくような真似したら、狙い打っちゃうからねぇ」

 

 と右手で銃の形を作って、「ばぁん!」と発砲するそぶりを見せる。アキトはバツが悪そうな顔で「2度としません」と頷いて、互いに握手を交わした。

 

 

 

 

 

 

 一通り挨拶も済ませたので、白兵戦の訓練について打ち合わせをすべく連絡を入れてから中央作戦室に向かう。

 

 「お、来たね2人とも。それじゃあ打ち合わせ始めるね」

 

 エリナを脇に従えてユリカが中央作戦室の中央に立っている。他にも大介や雪、真田やゴート、月臣にサブロウタも同席する。

 

 ユリカは遺跡跡の施設を利用して、白兵戦の訓練を兼ねた装備のフィールドテストを考案した。と言うのも、ヤマトに配備されている武器はかつてヤマトで実際に使用されていた装備をベースに、新規に設計し直した物がいくつか配備されている。

 

 コスモガンもその代表で、ヤマトのデータに残されていたレーザーガンをベースに、自動拳銃をモデルにした角ばった大出力モデルと、回転弾倉拳銃をモデルにした長銃身の命中重視モデルの2つが開発されている。前者は主に男性に、後者は女性に支給されている。

 他にも曲床を採用したコスモガンベースのレーザーアサルトライフルも開発されている。

 

 どちらも地球でのフィールドテストは完了しているが、実戦配備されたばかりで実際の取り回しに関してはまだまだ未知数の武装だ。

 他にもそのまま再生産した投擲用のグリップが付いた、かなり古めかしいデザインのコスモ手榴弾、新規に用意されたコスモガン用のショットガンアタッチメントとグレネードアタッチメントが用意されている。

 

 とりあえず真田が用意した作業用の虫型機械の幾つかを敵ユニットとして改造して使用し、ヤマトからあまり離れない範囲で施設の残骸を利用してそれらの武装を使っての戦闘訓練が実施された。

 

 とりあえずヤマトの点検作業を考えると余り人数を割けるわけもないので、装備のテストに要点を絞って進、アキト、ゴート、月臣、大介、そして衛生兵代わりとして雪が同伴することになる。

 本当は真田を工作兵として仮想ターゲットの破壊任務も行いたかったのだが、ヤマトの修理作業の監督の仕事があるため断念してアキトが代わりを務めた。元々破壊工作に従事していたこともあって、その手の装備の扱いにも心得があったからだ。

 

 

 

 「よし、準備は出来たな。みんな、訓練を開始するぞ!」

 

 とこの場では最も立場が上の進が指揮を執る。進はコスモ手榴弾、レーザーアサルトライフルをゴートと月臣が、大介がショットガンアタッチメントコスモガン、アキトはグレネードアタッチメント(銃口に差し込むライフルグレネードタイプ)と爆破用のH-4爆弾、雪は白兵戦用にパックしたファーストエイドセットを腰に釣るしている。基本装備は全員共通でコスモガン。

 

 全員が極力一塊となり周囲を警戒しながら進。当然アサルトライフル装備のゴートと月臣が先頭に立ち、その後ろに大介と進が、そして雪とアキトが最後尾についている。

 

 全員無駄口を叩くことなく事前に渡されている目標地点までを慎重に進んでいくが、要所要所で出現する仮想ターゲットに襲われ、交戦を重ねる。

 

 これがまた嫌らしい思考パターンをしていると言うか何と言うか、とにかく良いタイミングで攻撃を仕掛けてくる。アキトやゴートに月臣と言った経験豊富な者ですら中々きわどいと思える攻撃を仕掛けてくる。

 一応敵の武器は麻痺銃であるパラライザーを使っているのだが、これの出力が割と高くてシャレになっていない。

 全員が緊張を高めながら出現する虫型機械全て始末しながら進んでいったのだが、

 

 「うげぇっ!」

 

 と呻き声を上げて倒れたのはアキトだ。虫型機械と相打ちした形でパラライザーを食らって麻痺した。

 相打ちした虫型機械の方はコスモガンの直撃を受けて制御ユニットに穴を開けて沈黙する。

 

 「テンカワさん、大丈夫ですか!?」

 

 被弾したアキトを、雪が事前に用意していた薬などを使って介抱する。

 

 「ちょ、ちょっと出力高過ぎないかこれ……?」

 

 「うむ、思いの外動きが良い。と言うよりも障害物を上手く使ってるな。駆動音もあまり聞こえないし、物音を極力立てないように動いている。真田工作班長は良い腕をしているな」

 

 と月臣はしきりに感心している。直撃こそ避けているが月臣とてパラライザーが掠めて左腕が少し痺れている。

 アキトも五感回復後のリハビリを終えた直後で感が狂っていなければ、直撃は避けられたはずなのだが。

 

 そんなこんなで苦労しながら進み、途中大介も直撃を受けて倒れたりしながら、ようやく目標を見つける。

 工兵役のアキトがH-4爆弾のタイマーをセット。標的となる大きめの残骸に張り付けてその場を離れる。セットした時間通りに爆弾が爆発。標的を完全に破壊することに成功した。

 

 「よし、訓練完了。各装備も特に問題無いな」

 

 進はコスモガンの具合を確かめながら訓練完了を宣言する。実際配備された新装備の使い勝手は悪くなく、威力も十分だ。

 実体弾を使用する従来の火器の方が信頼性が高いのは当たり前だが、少なくともこの訓練中にはトラブルを起こさなかった。

 思いの外重量も軽いから長時間持っていても疲れ難い、レーザーガンなので射撃時の反動も無いに等しいと、扱いやすい。

 予備のエネルギーパックも拳銃のマガジンと同じような物なのでそれなりに数を持てるし、アサルトライフルの方はそもそも100発以上の発砲を保証されているため、予備のパックを最低限に抑えてもかなり持つ。

 光速で飛ぶレーザーは当て易いのも良い。

 

 敵が同じような装備を持っていると仮定して、ヤマトの艦内服は対レーザー処理も施されてコスモガンの1発くらいなら何とか防げる。戦闘中はヘルメットやボディアーマーを装着したり、ネルガル謹製小型ディストーションフィールド発生機も用意されているので、そちらで防ぐことも出来る。

 敵にもこれと同種の装備があれば、コスモガンとて無力化してしまう可能性がある。とはいえ、個人で携行出来る火器でディストーションフィールドを貫通出来るような装備は、対物火器くらいしかないので気にするだけ無駄だろう。その場合はコスモ手榴弾やグレネードアタッチメントで対応可能だ。

 

 

 

 一通りのテストを終えて成果を確認した一行はヤマトに帰艦する。ヤマトの損傷個所にはエステバリスが数機駆り出され、資材運搬船と一緒になってヤマトの装甲外板の補修作業を手伝っている。

 人型機動兵器の利便性を利用した上手い修理術だ。

 

 「真田さん」

 

 テストの報告しに第一艦橋に上がった面々は、艦長に報告した後すぐに艦内管理席で状況を確認していた真田に詰め寄った。

 

 「どうした、怖い顔をした」

 

 「あのパラライザー、いくら何でも出力が高過ぎると思うんですが」

 

 と直撃して倒れたアキトや大介が文句を言う。

 

 「そうか? あれくらいの方が訓練に気合が入るかと思ったんだが……すまん」

 

 とアキトと大介の目が怖くて素直に謝る。とりあえず使用した武器類を改めて点検するために艦内工場区にある機械工作室に運ぶ。そこで改めて真田にチェックをしてもらって不備があれば手直しして改良を加えていく所存だ。

 

 

 

 「ふぅ……」

 

 艦長席に座ったユリカが息を吐く。とりあえず装備のテストも完了したし装甲外板の補修作業も終え、後は一晩かけて機関部門の調整を終えた後、クルーを少し休ませれば発進出来る。

 出航早々の足止めは痛いと言えば痛いが、ここで無理をして重大なトラブルで頓挫するよりはマシだろう。

 

 「疲れてるんじゃないの? 今日はもう休んだ方が良くない?」

 

 と相変わらず気の利くエリナが声をかけてくれる。

 

 「そうだね。流石に色々あったし、ちゃんと休んだ方が良いかな。ジュン君、後頼める?」

 

 「勿論。しっかり休んできてよ、ユリカ」

 

 とジュンも快く応じる。元々そのためにヤマトに乗ったのだから是非もない。ユリカは「ありがとう」と感謝してから改めて艦長室に上がる。

 

 艦長室に上がったユリカは杖を突いて「よっ! と」と座席から立ち、よろめきながら艦長室の右後方にあるコンソールを操作、壁に畳まれていたベッドを開く。

 コートと艦長帽を脱いでクローゼットのハンガーに掛けた所でドアがノックされた。

 

 「森雪です、入っても大丈夫ですか?」

 

 と声を掛けられる。

 

 「どうぞ」

 

 と短く答えると「失礼します」と雪がハンドバックを持って艦長室に入る。

 

 「エリナさんから連絡を頂きましたので、夕食をお持ちしました。それと着替えと入浴のお手伝いを」

 

 と雪がハンドバック掲げて見せる。中には食器とユリカと自分の分の食事、それと入浴を介助するために必要な物一式が入っていた。

 

 「ごめんね雪ちゃん。本当なら自分一人でしなきゃいけないのに」

 

 と申し訳なさそうに謝る。今のユリカは自分1人では着替えはともかく入浴は満足に出来ない。足腰が弱っているので滑り止め加工をした床の上でも転倒の危険があるし、何より1度湯船に入ると手すりを使っても中々出られなくて、のぼせたこともある。

 幸いトイレ位なら何とかなるが、病状がさらに進めばそれすらも介助が必要になる。

 

 そしてそれは、そう遠くの事ではないだろう。

 

 「いえ、ユリカさんのお世話は楽しいですよ。気になりません」

 

 と雪は笑って気にしていないと訴える。ユリカを慕っているのは本当だし、世話を焼くこと自体は元々好きだ。辛いのはユリカの病状を何とかする事が出来ない現実の方。

 

 「それに、古代君のお母さんみたいなものですしね」

 

 等と軽口を交えて艦長室の机を広げ、そこに夕食用の食器などを並べる。ユリカを介して接点を持ち続けた結果、雪は進に対して淡い思いを抱くようになっていた。

 それを察しているユリカも、そのような言い方をされては無下には出来ない。すっかり進の母親気分なのだ。

 

 「ねえ雪ちゃん。先にお風呂入りたいんだけど良いかな? 着ぐるみ来て動いたから汗掻いちゃったし」

 

 と訴えると、雪もそれに応じてユリカの服を脱がせてから、艦長室の後部にある浴室に運ぶ。と言ってもスペースに限りがあるためユニットバスであるし、ユリカのコンディションでは湯船に浸かるのも大変なので専らシャワーだけだ。

 一応1人でもシャワーくらいは浴びれるようにと、手すりや簡易的な腰掛けなど、体を支えられるものが用意されている。

 さらに浴槽の壁自体が一部開いて段差を超えなくて済むように、と配慮もされている。

 だが長時間杖無しで立っていられない、筋力も衰えているユリカにはそれでも厳しいのが現実である。

 

 雪は浴室に入ってから改めてユリカの下着を脱がせると、シャワーの温度を調整し、ユリカの髪や体を洗い始める。ヤマトの艦内服は簡易宇宙服として使えるものであるため当然の様に水を弾く。だから艦内服のまま入浴介助したところで問題無い。

 雪は袖口などから水が入らないように処理してから「お湯加減は大丈夫ですか?」等と尋ねながら丁寧に体を洗いあげる。ユリカは「だいじょぶだいじょぶ」と気持ち良さそうな顔で雪に身を任せる。

 一応手すりに捕まって自分でも体を支えているが、気持ち良くて力が緩んでしまいそうだった。

 

 当初こそ恥ずかしがったユリカであるが、介助を受け始めてそれなりに経っているし、何より気心の知れた間柄である雪とエリナに世話をしてもらう分には慣れた感がある。

 最近ではルリやラピスも混じることがあるのだが、小柄な体格で力の足りない2人では入浴の介助が務まらないので、専ら食事の席に同伴して話題提供や着替えの手伝い、場合によっては一緒に寝るなどして、少しでもユリカが寂しい思いをしないようにと気遣いするのが精一杯だ。

 

 入浴を終えたユリカは(先に艦内服表面の水を拭いとった)雪に体を拭いて貰ってから新しい下着を身に付ける。と言ってもそれすらも雪の手を借りなければ湯冷めするまでかかってしまう。

 その後は雪に体を支えてもらいながら艦長室にまで運んで貰って、寝間着を着せてもらう。ドライヤーで髪を乾かして貰い、薬を服用してしばらく談笑で時間を潰して、雪が用意してくれた食事に手を付ける。

 何時も通りのスープ状の不味い栄養食だ。雪も手軽に食べられるサンドイッチ(ヤマトの夜食用メニュー)とパックの紅茶で食事の席を賑やかし、食事を終えてしばらく経ってから、うとうとと舟を漕ぎ出したユリカをベッドの上に寝かせ、寝入ったのを確認してから艦長室を後にした。

 

 この後も雪は生活班の雑務が数点と資料の整理などがあるが、だからと言ってユリカの世話役を引くつもりはない。

 

 好意による所も大きいが、やはりその境遇への同情無しには語れない。

 

 死なせたくない、こんな理不尽の果てに。同じ女として、好きな男性と結ばれた先の幸せを噛みしめて、満足してから逝って欲しい。

 

 それは嘘偽りの無い、雪の願い。それを実現するためにも、多少のオーバーワークは覚悟の上。そもそも、無理をしていると言うのなら彼女以上に無理をしている人間は、ヤマトに乗っていないのだから。

 

 

 

 ユリカは夢を見ていた。とても幸せだったあの頃の夢を。アキトとルリと一緒の同居生活。ボロアパートで隙間風が寒くても、決して豊かとは言えないあの生活をユリカは愛していた。

 

 また、あんな生活がしたい。アキトと一緒に、ルリと一緒に。

 

 今度はそこに、ラピスを交えて、進や雪達ともっともっと遊びたい。

 

 

 

 皆と一緒に、笑って楽しく過ごしたい。

 

 

 

 

 

 

 次の日、修理と点検を終えたヤマトは火星を出発した。幸いにもガミラスの影は見えず、次の目的地である木星へと進路を取る。

 

 その先にどのような苦難が待ち受けているかをまだ彼らは知らない。

 

 

 

 ヤマトよ行け!

 

 全人類の希望と未来を乗せて!

 

 

 

 人類滅亡と言われる日まで、

 

 あと、364日。

 

 

 

 第四話 完

 

 

 

 次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第一章 遥かなる星へ

 

    第五話 悲しき決断! 超兵器波動砲!

 

 

 

    全ては――愛の為に。



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第五話 悲しき決断! 超兵器波動砲!

 

 「何? ヤマトが火星にワープしただと?」

 

 地球を死の淵へと追いやる大ガミラス帝国。その総統・デスラーは本星の執務室にてその報告を受けていた。

 端正な顔立ちで柔らかそうな金髪を揺らし、かなり若く見える男性だが、その雰囲気は一国の長に相応しい重みを持っている。

 

 「はっ! 冥王星前線基地司令のシュルツが、一部始終を目撃したとのことです」

 

 相も変わらず神経質そうな面構えの副総統・ヒスの言葉に、デスラーはくつくつと笑う。ヒスが渡したメッセージカプセルが映し出すスカイウィンドウにも、事細かな観測データが記されている。

 疑う余地は無いのは明白だ。

 

 「ワープくらい出来なくてイスカンダルにはたどり着けんよ。全くもって可愛いやつらだ、今頃未熟なワープの成功に湧き上がっている頃だろう。失われたボソンジャンプ技術を有しているだけでは、イスカンダルまで辿り着くのは未熟な文明人には不可能だろうからな」

 

 しかし、とデスラーは思考を巡らせる。この状況を覆すイスカンダルからの救援ともなれば、持ち出したのはあのコスモリバースシステムか。

 ガミラスには無いイスカンダル独自の超技術の結晶ではあり、ガミラスとしても欲しいシステムではあるが、デスラーは力尽くでイスカンダルからシステムを取り上げるつもりはない。

 

 それにあのシステムを確実に機能させるには幾つかの条件があったはずで、今のガミラスではそれを満たせない。よって、ガミラスにとっては無用の長物に近いのも理由の1つだ。

 

 だがイスカンダルが地球に提供するとすれば、その要件を満たすために必要なあのシステムも提供していると考えるのが妥当だろう。

 

 しかしなぜスターシアは地球に手を貸すのだ。一体どこで接点を持ったと言うのだろうか。彼女は我々の行動を非難してはいるが直接行動に出たことは1度もない。

 

 一体何が、彼女を動かした。

 

 「ヒス君。シュルツに伝えてやれ、ヤマトにはイスカンダルから受け継いだ超兵器が備わっている可能性が高いとな」

 

 とヒスに命じてデスラーはメッセージカプセルを握り潰す。

 

 コスモリバースシステムであの地球を救う為には、今現在ガミラスでも開発中のあの超兵器をシステムの一部として使う必要があるはず。だとすればヤマトもそれを有している可能性が高い。

 デスラーとてイスカンダルの過去の文献で目にしただけの、波動エネルギーを直接兵器転用したとされる超兵器には詳しくないが、波動エネルギーの性質を考慮すればその威力は――。

 

 ヤマトとかいう艦がどこまで逆らえるかは読み切れないが、あれを装備しているのならたかが戦艦1隻と侮るには少々危険か。

 

 「さて、未熟な文明に使いこなせるのかな……タキオン波動収束砲は」

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第一章 遥かなる星へ

 

 第五話 悲しき決断! 超兵器波動砲!!

 

 

 

 宇宙戦艦ヤマトは、木星に向かって静かに星の海を航行していた。ワープで一気に移動することも考えられたが、エンジン補修用のコスモナイトが不足している現状ではエンジンに負担をかけるのは得策ではないと、通常航行で移動となる。

 

 とはいえ、ヤマトの巡航速度は凄まじく、木星まで移動するのに1日程度と従来の宇宙戦艦では考えられない加速性能を示していた。

 

 

 

 「何で木星なんかに行くんだ? 素直に太陽系を出た方が早いんじゃないのか?」

 

 と、艦長室でユリカと昼食を共にしているアキトが質問する。

 

 

 

 最初はユリカの食事の内容に面食らって、自分の昼食であるプレートメニュー(パン2つ、ホワイトシチュー、バターを乗せたハンバーグと付け合わせのレタスとフライドポテト、レタスの葉の上にポテトサラダ、オレンジジュースを乗せた日替わり定食の1つ)に手を付けるのも忘れて、

 

 「それ、美味いのか?」

 

 とかつての進のような質問をしてしまう。対してユリカはと言うと、

 

 「アキトと一緒に食べるから美味しいよ!」

 

 と満面の笑みを浮かべて答える。アキトからすれば到底美味そうには見えない。匂いだってどこか薬臭いのだから。そんな食事の前で、ちゃんとした食事を摂られては決して気持ちの良い物ではないだろうに。

 

 それでも、自分と一緒だと美味しいと言ってもらえるのは素直に嬉しく思う。誰かに必要とされると言うのは、やはり気分が良いものだ。

 

 あんな事件があった後でも、変わらぬ愛情を示してくれるユリカが愛おしくて、ついつい頬に触れて撫でてみたりする。

 そんなささやかな触れ合いも、ユリカは本当に嬉しそうに受け入れる。以前の艶と張りを失った肌が物悲しくもあるが、妻との触れ合いはアキトの心も暖かくしてくれた。

 

 ――帰ってきて良かった。この温もりを取り戻せて。

 

 やっぱり、この女性と結ばれたことは自分の人生の中でも特別幸福なことかもしれないな、とアキトは考える。

 

 だからこそ、絶対に救って見せる。

 

 この航海を持って、火星の後継者の呪いを断ち切って、今度こそ平穏な生活を取り戻して見せると、アキトは誓いを新たにする。

 

 

 

 「理由は簡単。木星に何かしら資源が残っているかもしれないから。ヤマトの補修用の物資は潤沢じゃないし、もしも木星で使われたプラントだったり採掘施設に少しでも使えそうなものがあったら回収しておくに越した事は無いでしょ? 本当は遠回りになるんだけど、木星で用を果たしたら反対方向の土星にも行かなくちゃ。木星だとコスモナイトが手に入らないからね」

 

 スプーンを口に運びながらユリカは説明する。

 

 「コスモナイト?」

 

 「波動エンジンのエネルギー伝導管とかコンデンサーに使う、地球外鉱物資源ってところかな。あれが無いとエンジンの負荷に耐えられる部品が作れないの。元々ヤマトにも少しは在庫があったし、復元したエンジンもコスモナイトを主体とした部品が使われてる部分もあるからね。装甲にも使えるんだ。耐熱・耐圧性能も高いし、グラビティブラストみたいな重力波兵器にも、理屈はよくわからないけど耐性があるみたい……私がタイタンから持ち出したコスモナイトも、ヤマトの再建作業で使い切っちゃったから備蓄が乏しいし、ヤマトも地球もカツカツだよ」

 

 あむ、とスプーンを加えながら溜息にも似た息を吐くユリカに、アキトも思案気な顔を見せる。

 

 「他にもヤマトの機能自体ちゃんと働くか未知数だからねぇ。今回のパワーアップは必要な事なんだけど、物凄く背伸びしてるから技術的に未熟が目立つこと目立つこと。多分だけど、ヤマト以外の艦だったらワープどころか発進の時点で失敗してるかもねぇ」

 

 と言うか、エネルギー伝導管の小規模な破損と装甲板の亀裂で済んだこと自体が奇跡だと、ユリカは心の中で断言する。

 

 「ヤマトだから耐えられてるってことか? 確かに実績はあるんだろうけど、それは万全の状態の時の話で、今それほど関係ある事なのか?」

 

 とアキトは怪訝そうな顔をする。アキトはユリカと違ってヤマトの活躍のイメージを受けていないため、当然の疑問だ。と言うよりも、これはアキトに限らず他の全ての人に言える事でもある。

 

 「うん。ヤマトはね、生きてるから」

 

 「は?」

 

 「生きてるの! 確かに喋ったりしないし擬人化した妖精さんとかも出てこないけど、ヤマトはちゃんと命がある。意思がある。だからこんな短時間でちぐはぐな再建を成し遂げられた。ヤマトがそれを望んだから――ヤマトは人の手で制御されてこそ力を発揮するからそれ単体では何も出来ない……でも、ヤマトと目的を同じとする、心通わせる人が乗って操れば、常識を超えた力を発揮する。アクエリアスの水害から地球を守るために波動砲で自爆しても原形を留められたのは、まだ自分の力が必要だって感じて根性で耐えたの。そして、必要とされてるこの宇宙に来た。別の宇宙であっても、愛する地球と人類の為に、生まれ変わる時に捧げられた大いなる祈りのために――それが、ヤマトの強さだよアキト。ヤマトは260年もの長きに亘って存在し続けてきた。だからそう、一種の九十九の神みたいなものなんだよ――だから、ちょっと気が咎めたんだけど、この世界の大和の残骸の一部も再建にあたって使ってるんだ。ヤマトに改造することは出来ないけど、せめて一緒に戦おうって」

 

 と、ユリカは嬉しそうにアキトに語る。そんな様子に「夢物語」と否定的な感想を抱けるはずも無く「そっか。だったら、俺もちゃんとヤマトに向き合わないとな」と肯定する。

 実際、ヤマトに乗っているとどこか暖かいものを感じる。

 それがそうなのだとしたら、ヤマトが数多くの奇跡を起こしてきた理由が、何となくわかる気がする。

 

 何度も地球を救ったと言う艦がどうして壊れて漂着したのかについては、クルーを含めたヤマト計画に参加している全員が知っている。

 そうでなければ絶対の守護者と言われたところでヤマトが信用されることは無かったろう。

 

 「それに、ヤマトは冥王星の基地を叩いてから太陽系を出る。これはもう決定事項だから色々とテストしたり、先立つものを蓄えておかないと」

 

 「――噂に聞いたガミラスの前線基地。叩けるのか?」

 

 ユリカの大きな発言にアキトは不安げに尋ねる。アキトでなくても戦艦1隻で前線基地を叩くと言われたら誰だって不安になる。

 

 「出来る出来ないじゃなくて、やるの。後顧の憂いを立つためにも、これ以上地球を汚させないためにも、ここでやらなきゃ」

 

 とユリカはスプーンを握り締めて力説する。握られた手が白くなっている所を見ると、相当気合が入っていることが伺えるし、彼女自身勝てないとわかっていた戦いとは言え、なす統べなく敗退したことが悔しいのだろう。

 アキトはそんなユリカの手をそっと握って頷いた。

 

 「わかった。俺も頑張るよユリカ。ダブルエックスなら基地攻略作戦に向いてるしな……どうせこの人数だ、制圧なんて出来ないから破壊するんだろ?」

 

 「まあね。出来れば残骸からデータくらいは欲しいけど、まずは破壊が優先――ヤマトが太陽系を去った後は、2度と地球に遊星爆弾は降らさせない!」

 

 

 

 その後はユリカに薬を服用させた後、少しの間だけハグしたり軽いキスをしたりと夫婦のコミュニケーションを楽しみ、休憩時間が終わったユリカにロングコートを着せて艦長帽を渡し、座席毎第一艦橋に降りるのを見届ける。

 それから食事の後片付けをして、ようやくアキトは格納庫に向かう。

 

 副長命令としてユリカの世話――と称して一緒にいてあげなさいと命じられたアキトは、時間が空いていれば食事だったりユリカが艦長室に戻っている時に限っては、こうやって2人で過ごす様にしている。

 今回も医務室に寄ってイネスからユリカ用の食事を受け取って、注意点を聞いてから艦内食堂で自分の食事をテイクアウトして艦長室に来ている。むろん、廊下ですれ違ったクルーには冷やかされるのだが、そこには不思議と嫉妬とかは含まれていないのが助かる。

 

 まあこれは副長命令が艦内に知れ渡っている事や、絶大の人気を誇るルリが「決してお2人を邪魔しないで下さい、お願いします!」とあちこちに頭を下げて回ったことも多少影響している。

 一番の理由は痴話喧嘩からの仲直りの一件で、火星の後継者事件の詳細も知れることになり「身勝手な正義で引き剥がされ、それが原因で死に別れようとしている悲劇の夫婦」として同情を集めた点が大きい。

 そうでなくてもあの痴話喧嘩からの仲直りを聞いてなお邪魔をするような無粋な人間が、ヤマトに乗っていなかった、それだけの事だ。

 

 

 

 ただし口から砂糖を吐きそうになったり壁をぶん殴りたくなった人間は多数だった様子。

 

 頼むから、眼の前でイチャイチャしないで欲しいです……。

 

 

 

 

 

 

 アキトはコミュニケで予定表を呼び出しながら格納庫に向かって移動を続ける。

 

 「えーと、あと20分でシミュレーション訓練開始か。急がないとみんなに悪いな」

 

 と足早に艦内を駆ける。スペースが乏しく搭載機数が多いヤマトでは、ナデシコのようなシミュレータールームの確保が難しかったこともあり、機体自体をシミュレーションマシンに接続してコックピットを使用したシミュレーション訓練が行われている。

 慣性制御機構を上手く活用すればそこそこのGも再現出来るので、省スペース化にはもってこいだ。

 

 アキトもダブルエックスの専属パイロットとして他の面々と一緒に訓練に励んでいる。今もその訓練に参加するために格納庫に向かっているのだ。早くみんなと打ち解けて連携を取れるようにしないと、今後の作戦行動に支障が出る可能性がある。

 

 何としてでもヤマトはイスカンダルへ行き、地球とユリカを救わねばならないのだ。その足手まといになる事だけは許されない。

 

 その後アキトは遅刻もせず格納庫に集合し、隊長であるリョーコと仲間たちと一緒に訓練内容の最終確認。

 その後各々の機体に駆け寄り、格納スペースの脇にあるコンソールを操作して機体をシミュレートモードに設定してあるかを確認、それが終わったら機体に乗り込んでコックピットの電源を入れて訓練を開始する。

 

 

 

 シミュレーションデータ上ではあるが、アキトはダブルエックスを駆り他の航空隊の面々と共にガミラスとの戦闘を重ねる。

 

 「アキト、対艦攻撃だ遅れるな!」

 

 「了解、隊長!」

 

 アキトはリョーコ達のエステバリスに続く形で対艦攻撃に参加する。今はダブルエックスもGファルコンを装備した姿に変貌している。背中の砲身を伸長させて正面斜め上に伸ばし、リフレクターユニットを後ろに寝かせた状態でGファルコンのA、Bパーツに胴体前後を挟まれた展開形態と呼ばれる姿だ。

 これに対し、リフレクターを下に倒し切り、縮めた状態の砲身を頭上に向け、Gファルコンで上下に挟んだ姿を戦闘機形態の収納形態と呼ばれている。

 相転移エンジン搭載型のダブルエックスとGファルコンが合体しているだけあって、出力は重力波ビームを併用したアルストロメリアの合体形態すら圧倒的に凌ぐ。その出力は戦艦、それもナデシコ級に匹敵する大出力。

 

 そのためノンオプションで対艦攻撃に使えるほぼ唯一の機体として重宝されていた。

 

 

 

 余談ではあるが、設計段階ではダブルエックスは対機動兵器戦闘から対艦・対要塞攻撃性能の全てを単独で盛り込む予定だったのだが、結果的に単機に全ての機能を盛り込むことが不可能と判断され、過度な大型化を避けるために一部の機能をGファルコンという形で分離した、と言う経緯がある(サテライトキャノンを単独運用出来ないのはこのため)。

 そういう意味ではGファルコンDXの姿こそが、真のダブルエックスと言えなくもない。ちなみに追加パーツで完成させると言う発想はブラックサレナと高機動ユニットやらの経験が反映されているんだとか。

 その意味では、この機体はブラックサレナの系譜を受け継ぐ機体としての側面も持ち、アキトが乗る事が運命付けられているかのような機体だった。

 

 

 

 アキトのGファルコンDXは他の機体が敵艦を攪乱している内に急接近し、収束射撃モードの拡散グラビティブラストと専用バスターライフルを、最大出力で装甲が薄い下部から機関部に連続して叩き込む。流石に単発では撃破が難しいが、GファルコンDXの出力ならこれだけでも通用する。

 GファルコンDXの攻撃に耐えきれずにガミラス駆逐艦が爆散する。他の機体ではほぼ接射に近くないと通用しないのに、ダブルエックスはそれなりの距離があっても通用する。

 それだけでも、Gファルコン装備のダブルエックスが桁違いの出力を持ち、それを活かせる火器を装備している事が伺える。他の機体では現状真似出来ない芸当だった。

 

 「目標の撃破を確認。次に移る」

 

 アキトの報告に、シミュレーションながらリョーコも心が沸き立つのを感じる。これが新型の力か。

 この機体を活かす事が出来れば、ガミラス相手でも不足無く戦える。

 まさに機動兵器版宇宙戦艦ヤマトではないかと、リョーコのみならず参加している全てのパイロットが高揚する。

 

 「よしっ! 良いぞアキト、全機続け!」

 

 リョーコの指示に従って隊列を組んだコスモタイガー隊が次の目標に向かって襲い掛かる。アキトのGファルコンDXも何とか隊列に合わせて行動するが、動き自体は少しぎこちない。

 それでもリョーコの指示を上手く汲み取って可能な限り足を引っ張るまいと食らいつく。

 呑み込みの早さと真摯さに他のパイロットもアキトの実力を認めて対等に扱うようになったが、事はそこまで簡単ではなかった。

 

 そんなシミュレーションを数回繰り返してから全員で休憩に入る。

 

 

 

 一応サテライトキャノンのシミュレーションも組み込んでみたが、やはり相応に運用が難しい事が判明する。

 元来が戦略砲撃用で、戦術レベルの戦闘に持ち出す兵器でないことを差し引いても運用が難し過ぎる。

 

 まず第一にチャージに数十秒と言う時間が必要で、その間は一切の火器も使えず何とディストーションフィールドすら展開出来ない。

 幾ら度を越した機体強度と装甲強度を持つダブルエックスと言えど、棒立ちで集中砲火を浴び続ければいずれ決壊する。

 

 第二に、発射形態に変形したダブルエックスはどうしても装甲を開いて各種装備を展開する必要があり、そこが無防備になる。

 尤も、チャージがある程度進行すれば、放出した余剰エネルギー等の影響である種の防御フィールドを展開するのだが、万全と言えるほどの強度は無い。

 

 第三に、発射後はエネルギーが殆ど無くなる為、Gファルコンと合体していないダブルエックスは身動きもままならなくなる。

 合体していたとしても、Gファルコン側の出力だけでは満足に戦えないし、ダブルエックス自体も放熱の都合から最長5分間出力回復の見込みがないため、発射前後の時間の安全確保が重要となる点だ。

 

  また、攻撃範囲が過大で加減も利かないため、迂闊に発砲すると味方を巻き込みかねない危険性もあり、生かさず殺さず立ち回るのは、至難の業だった。

 

 

 

 アキトはダブルエックスのコックピットから這い出して大きく息を吐く。ダブルエックスのコックピットハッチは既存の機体と違って胸部――と言うより襟元に備わっている。

 頭部がわずかに後退し、上部のハッチが解放され、胸部中央ブロック自体が前方に倒れるようにスライドした後、シートが昇降してパイロットが乗り降りする形になっている。だからヤマトの格納庫では、固定ベッドに仰向けに寝かされる形で格納されている機体への乗り降りが他の機体よりも幾分楽である。

 ちなみに完成状態だと格納スペースのサイズをオーバーしてしまうため、格納中はリフレクターとサテライトキャノンは根元のブロックごと外され、格納スペースの壁に固定されている。

 

 アキトは機体を降りた後梯子を使って格納庫の床に降りると、訓練を終えた他のメンバーの所に集合して反省会に参加する。

 やはりと言うか話題に上るのはダブルエックスだった。アキトの技量については意外な事にそれほど問題ならなかったが、ダブルエックスの機体性能が隔絶し過ぎていて、下手に隊列に組み込むと性能を活かすことが難しく、かと言って単独行動をさせ過ぎると各個撃破されかねない、と言う問題に直面した。

 

 「くそっ。古代の言う通りダブルエックスは扱いが難しいな。アキト、お前の手応えはどうだ?」

 

 「そうだね、機体性能が高いから多少俺が遅れても着いてはいけるけど、速度を合わせたりすると性能を抑えてる感じがしてちょっともどかしいかな。ただ、火力に関しては折り紙付きだから、それを活かすためにもみんなと行動したいと思う。連携した方が攻撃しやすいし、こっちから皆をフォローするにもあまり離れるのは得策じゃないと思うんだ。流石に単機で敵部隊を退けられるような機体でもないし」

 

 と率直な感想を言う。リョーコを始めとするパイロット達も難しい顔で頭を捻る。

 

 「まあ確かに凄い機体なんだよな、凄過ぎて活用が難しいってのは贅沢な話かもしれないが」

 

 とパイロットの1人が自分の考えを述べる。それにシミュレーションではそこまで極端ではないが、ダブルエックスは機体のデザインからして悪目立ちする機体なので、実戦でその威力を見せつければ恐らく集中的に狙われる。

 それをフォローするのもコスモタイガー隊の課題ではあるが、ダブルエックスに追従出来なければフォローどころではないのは明らかだ。

 

 「いっそ、真田さんに頼んでエステバリスの性能向上を図るとか? 部品が共通してるならアルストロメリアの部品を組み込めるんじゃ?」

 

 「でも実働28機だぞ。その数を改造するのは結構手間じゃ?」

 

 「それに根本的な性能だからなぁ。改造でどうにかなる問題か?」

 

 「いっそダブルエックスはGファルコンを外して運用するとか? でも勿体ないか、Gファルコン無しで対艦攻撃はちょっと火力が足らないしなぁ」

 

 と意見は次々出るがどれもあまり現実味がない。そもそもGファルコンDXに追いつけないのは機体出力の問題と言うよりも推進装置の問題だ。

 

 エステバリスの場合はウイングユニットを下に向け、ブースターユニットを後ろに向けているため推力が分散してしまっている。さらにエステバリスのメインスラスターと言うべき重力波ユニットを取り外していることが原因だ。

 対してダブルエックスはGファルコンのスラスター6基が一方向に向いている上、相転移エンジン搭載機故に単独でも高推力なダブルエックスの推力を足す事が出来る。

 

 これが、エステバリスとダブルエックスに決定的な機動力の差を生んでいた。合体方式がダブルエックスと同じであるアルストロメリアはまだマシだが、それでも機体自体の推力差から追従は難しい。

 おまけに、ダブルエックスはB級ジャンパーが搭乗していれば短距離ボソンジャンプも実行出来るのだ。

 エステバリスでは勝負にならない程、隔絶した性能差がある。

 

 「となると、やっぱり運用方法を構築するしかないってか――おいサブ、何か知恵無いか?」

 

 と待機中のサブロウタに話を振る。待機組故にシミュレーションには参加せず、外部からモニターしていた。

 

 「と言われてもねぇ。いっそテンカワをもっと勉強させて、無理に部隊に組み込むんじゃなくて、単独行動でダブルエックスを活かしながら、状況に応じてこっちをフォローして貰うとか? 最悪テンカワはボソンジャンプも出来るし、そっちから合わせるのは然程難しく無いだろ――ただ、俺達の行動をフォロー出来るように全体を見通す視点が必要になるけど。幸い単独での作戦行動経験が豊富だし、俺達との信頼関係の醸成が進めばそれほど難しくは無いと思うぜ」

 

 とサブロウタは真面目な顔で顎に手を当てて悩む。こういう時はチャラい態度を取ることは少なく、真面目な軍人としての視点で語ってくれるため、リョーコとしても有難い。

 ――普段からこうであれば有難いのだが……。

 

 「まあ、それも手だな。それならアキトの単独行動で鍛えた手腕が活かせるか?」

 

 とリョーコも頷く。

 

 「そうだね。そのためにももっと部隊行動を学んで、皆がどんな時にどうするのか、何が出来るのかを把握しないと。リョーコちゃん、他に妙案も浮かばないしとりあえずはこのままの方向で訓練を続けよう。もっと互いに理解し合わないと作戦行動が成り立たないしさ。みんなもよろしく。俺、もっとちゃんとついていけるようにするから」

 

 とアキトは他の面々に頭を下げる。他のパイロット達も「おうよ。ダブルエックスが俺達の要だしな。よろしく頼むぜ!」と好意的に応じてくれる。勿論アキトが謙虚にしているのもそうだが、ここまで生き残ってきたパイロット達だけあって、輪を乱すような奴は生き残れないと知り尽くしている。

 だからこそわざわざ輪を乱すような事はしなかった。それに、アキトにとってもこの航海の成功が第一だという事は、散々見せつけられたのだ。それを信じてやるのもベテランの器と言うものだろう。

 

 ――本当はリア充爆発しろ、と言いたくもなったが相手が我らの艦長、しかも本当に死にかけともなれば口を噤むしかない。本当に爆発、と言うかいなくなられたらヤマトの今後が危ういのだ。

 それに合わせてアキトの苦難の道程を考えると、くだらない嫉妬で逆恨みするのは筋違いだと誰しもが感じている。

 

 でも目の前でイチャつくのだけは目の毒だから止めろ!

 

 「にしてもダブルエックスって本当にゲキ・ガンガーみたいだね。いやぁ、ロマンの塊ですなぁ」

 

 と、これまた待機組だったヒカルが楽しそうにアキトに話題を振る。

 

 「言われてみればね――ガイの奴が生きてたら、乗りたがったろうな……少なくとも、この状況に燃え上がってたのは間違いないか」

 

 ふと、ナデシコで最初に仲良くなった友人の事を思い出す。思えば、ダブルエックスの原型と言うべきXエステバリスと共に散ったムネタケ・サダアキ提督も、ガイの事で罪悪感を抱えてた様子だった、とアキトは思い返す。

 

 だとすれば、自分がダブルエックスに乗るのはある種の因縁なのだろうか。最後まで分かり合えずにいたムネタケ提督ではあったが、今の自分なら彼が最後に暴走してしまった理由がわかる。

 

 もしも出会い方が違っていたら、もしも自分が少しだけでも大人だったら、分かり合うことも出来たのだろうか。

 当時は鬱陶しい、威張り散らすだけの嫌な大人としか思えなかったムネタケ提督。

 当時分かり合えなかったことが、今になって無性に寂しいと感じるとは、考えもしなかった。

 

 「ムネタケ提督……正直、俺達最後まで分かり合えなかったけどさ、あんたが守ろうとした正義は、地球は俺達が絶対に救って見せる――だから見ててくれ。あんたが乗った機体と同じ、Xの称号を受け継いだこいつと、ヤマトの活躍をさ」

 

 

 

 

 

 

 「――以上が航空科からの要望です。どう思いますか、真田さん?」

 

 「う~ん。確かに想定よりもダブルエックスの出来が良いな。このままでは確かに部隊行動に支障をきたしかねん」

 

 第一艦橋で進からの報告を受けた真田が苦い顔で唸る。ダブルエックスが参加したことで航空戦力の打撃力が増したのは喜ばしいのだが、今度はエステバリス側の性能不足が露呈してしまうとは。

 

 「全面改修をする余裕はヤマトには無いが、部分的に手を加えればもう少し性能を上げられるかもしれん。本体に下手に手を加えるよりも、追加のスラスターを付けて機動力を上げることが先決だな。上手くすれば、ダブルエックスに追従出来る機体になるかもしれない。しかしそれをするにも資材が足りないな――艦長、木星で資材を入手出来た場合、エステバリスの改造計画を練っても構いませんか?」

 

 と真田の進言を受けてユリカも難しい顔で考えた後、「そうだね」と頷く。

 

 「何があるかわからない旅だし、部隊行動もそうだけど、長期戦とか変わった環境での運用とかを要求されるかもだし、備えておくのは悪い事じゃないと思う」

 

 と前向きな意見を口にする。問題は、木星にそれだけの資材があるかどうかと、実際の作業にどの程度の時間を取られるかにかかっている。

 

 「とりあえず事前計画だけは練っておいて。エステバリスは各パーツのブロック化が進んでるし、パーツ交換で済む程度の改造なら、それほど掛からないでしょう?」

 

 「わかりました。機械工作室に降りて計画を練ります」

 

 真田はコミュニケを起動してウリバタケにも連絡を入れるとそのまま機械工作室に降りて行った。

 

 「あっ!」

 

 とユリカが突然声を上げたので、第一艦橋の面々はびくりと体を揺らす。一体何事だと言うのだろうか。

 

 「ルリちゃん! 波動砲の説明、まだみんなにしてなかったよ!」

 

 とユリカが言うとルリは露骨に嫌そうな顔をした。

 

 「まさかまたやるんですか? 私はちょっと……」

 

 「嫌なら変わりましょうか? ルリ姉さん」

 

 嫌がるルリにラピスが助け舟を出す。が、可愛い妹を晒しものには出来ないと、ルリは思い悩んだ末、結局応じた。

 

 「じゃあまたイネスさんに連絡して、と。真田さんは仕事中だから……そうだ、進君行ってみようか! 進君にばっちり関係あるしね!」

 

 「えぇっ!?」

 

 巻き込まれた。

 

 

 

 

 

 

 あの後ダブルエックスの運用について全員で意見交換をした後、待機室でオモイカネに用意して貰った戦術のいろはに関する資料を読みながら過ごしていたアキトは、一通りの勉強を終えて伸びをしていた。

 

 正直頭が痛い。進の言った通り、ダブルエックスは単独行動に慣れたアキトに向いた機体と言われた理由がますますわかった。

 高性能過ぎて歩調が合わせられない、目立つ、1度存在が露呈したら最優先で攻撃される的。

 単独行動とか一対多数戦闘に慣れていないと運用し辛い。

 

 確かにこの機体なら、ブラックサレナで火星の後継者と戦った経験が活かせる。

 Gファルコンは高機動ユニットだと解釈すれば、あまり馴染みの無い他のパイロットよりも素直に扱えるし、ダブルエックスならある程度無線操作でもGファルコンを制御出来る。

 人型の特徴である手足を有効に使えなくなる展開形態も、追加装甲で四肢を固定するようにしていたブラックサレナの感覚に慣れ親しんだアキトには然程問題にならない。

 むしろブラックサレナよりも使えるのに使わな過ぎている、と指摘される位だ。

 

 「うぅ~ん、っと。流石に勉強続けると頭が疲れてくるなぁ」

 

 「そうだな、思ったよりも難しいぞあの機体。いっそ月臣にも相談してみたらどうだ、師匠なんだろ?」

 

 リョーコが相槌を打つ。月臣がかつて九十九を暗殺したことはリョーコも一応知っている。その事について思う事はあるが、現状では仲間であるし脛に傷を持つのはアキトも同じと割り切って極々普通に応じていた。

 事実頼れる腕利きではあるので事実を知らない面々は勿論頼りにしている。まあ元々木星ではエースパイロットとして名を馳せていたわけで。

 今は飲み物を求めに部屋を出ているが、待機組なのですぐに戻ってくるだろう。

 

 「そうだなぁ。月臣に頼るのも悪い事じゃないか。体も治ったし、感覚のずれを補正する意味合いも込めて、また少し稽古して貰うかな」

 

 と、アキトが椅子から立ち上がろうとした時だった。突如としてウィンドウが艦内の至る所に起動して使用されていなかったモニターに灯が灯る。

 そして流れ出す軽快な音楽。

 その時点でアキトは嫌な予感がした。

 

 

 

 「なぜなにナデシコ~~!!」

 

 

 

 続けて流れてきたユリカとルリの声にアキトは盛大に椅子から転げ落ちた。強かに打ち付けた左肩が痛むが、視線は開いたウィンドウに釘付けのまま剥がせない。

 

 「お、おーいみんな、あつまれぇ~。なぜなにナデシコの時間だよ~!」

 

 「――あ、あつまれぇ~……」

 

 最早恒例のウサギユリカと(前回以上に恥ずかし気な)ルリお姉さんに、巻き込まれたのだろう、進お兄さんもいた。

 ルリとお揃いと言うか、体操のお兄さんのような格好をさせられて顔を赤くしながらも、(自分が解説したくなる的な意味で)台本通りに動かない真田と違って、一応真面目に台本通りに動いている。

 だが不憫だ。

 

 背景には「なぜなにナデシコ ヤマト出張篇その2~初めての波動砲~」と書かれている。

 

 この瞬間、艦内では拍手喝采でなぜなにナデシコの放送を歓迎していた。可愛らしい艦長とオペレーターの姿、さらには生贄1名を見る事が出来ると言うのが大半の理由だが、説明される内容がヤマトへの理解に繋がるとなれば見ない理由もない。

 

 そもそも娯楽に乏しい宇宙戦艦の中で、これほど娯楽性の高い放送は人気が出ないわけが無いのだ(暴論)。

 

 「あ、あ……あのバカぁぁぁっ!!」

 

 叫んでアキトは待機室を飛び出して中央作戦室に向かって全力疾走を始める。1度ならず2度までも、普通の体ではないと言うのに何故安静に出来ないのかと、妻の暴挙に怒りを露にしてアキトが駆ける! 焦り過ぎてよろめいて壁に激突しながらも走る走る!

 

 可愛いからと、ちゃっかり前回放送分の映像ディスクを宝物として懐にしまい込んだことも忘れて、アキトは走る!

 

 「ユリカぁぁぁぁ~~~っ!!」

 

 廊下から叫び声が聞こえてくる。まるで地球でヤマトの帰りを待っている義父、コウイチロウが乗り移ったかのような叫び声だ。

 

 怒りと共に泣きが入っている当たりが複雑なアキトの心境を的確に表していると言えよう。

 

 「あ~あ。俺は知らねえぞユリカ」

 

 頭の後ろで手を組んでリョーコが呆れ顔で呟く。

 

 「何だ、また始まったのか――テンカワが走ってたのはこれが原因か」

 

 飲み物を片手に戻ってきた月臣がウィンドウを見ながら独り言ちる。意外な事に月臣はあまりなぜなにナデシコを笑っていない。多少面食らったが思いの外解り易く色々説明してくれるので、むしろ有難がっている。

 ――ただ木連時代だったら怒っていたかもしれないな、とは本人の弁。

 

 「まあなぁ。全くユリカもよくやるよ。付き合わされるルリも可哀想に……もっと可愛そうなのは古代かも知れねえけど」

 

 羞恥を堪えながら、画面の中で波動砲の仕組みについて台本通りのセリフと、用意された映像などを駆使してルリお姉さんと一緒に説明する、直属の上司であるはずの進お兄さんの姿に、リョーコは深~く同情した。

 

 

 

 同情しただけだが。

 

 

 

 結局中央作戦室に飛び込んだアキトは、待ち構えていたゴートの奇襲の前に遭えなく拘束され、猿轡を噛まされた上で簀巻きにされた。アキトの行動を読み切ったユリカの勝利である。

 そして着替えを手伝ったのだろうエリナが、それはもう申し訳なさそうな顔でこちらに手を合わせながらも、ヨタヨタと動くユリカの姿をハラハラと見守り、原画協力として待機室を抜けていたヒカルも、その手伝いとして同行したイズミも簀巻きにされたアキトをそれはもう楽しそうに弄り、メガフォンを構えて演出に余念がないイネスは一瞥も寄こさない。

 ユリカはカメラに映らないところでアキトの姿を認めて笑顔で手を振ってくるがそういう問題じゃないめっちゃ可愛いけど。

 アキトに気づいたルリは「お願いだから見ないで下さい」と言わんばかりの目線でアキトを責めるが悪いのは俺なのかと理不尽な思いをする。

 進も「止められません、無理」と目線で訴えるのみで可哀想だなお前。

 

 

 

 結局なぜなにナデシコ第2弾も好評の元に終了し、ヤマトのクルーは最終兵器である波動砲に対する理解を得たが、軽めのノリに反してその威力の凄まじさに全員が震えあがったのもまた、事実である。

 

 

 

 波動砲。正式名称は「タキオン波動収束砲」。ヤマトに装備されたそれはトランジッション波動砲と呼ばれている。

 

 それはヤマトの最終兵器にして地球人類が手にした火砲の中でもトップクラスに強力な代物だ。

 波動エンジン内で生成される波動エネルギー=タキオン粒子をエネルギーに変換せずそのまま発射装置に強制注入、圧力を限界まで高めて出力を上げ、“タキオン波動バースト流”の状態で一気に前方に開放する、ヤマトの必殺兵器。

 

 このタキオン波動バースト流は時空間そのものを極めて不安定にする性質を持つ。そのためこの奔流に飲まれた時空間は時間連続体を歪められる。空間が消滅したり穴が開く程ではないが、そこに物体があればもれなく消滅すると言う寸法だ。

 また、触媒となるのは波動エネルギーなので、何かしらの物体に命中してエネルギーが拡散すると二次被害を起こす。さらに厄介なことに、物体をただ消滅させるのではなく、その熱エネルギーとの相乗効果なのか“爆発”と形容しても差し支えない強烈な反応を生む場合も多く、その場合はエネルギーが飛散して広範囲を破壊してしまう場合がある。

 

 事実、過去に強力なミサイルの迎撃と艦隊攻撃を目的として発射された波動砲のエネルギーがミサイルの爆発で拡大し、艦隊を丸呑みにしてしまったこともあった。

 

 一応ヤマトの波動砲はエネルギーが集約しているため、通常射線自体は戦艦1隻飲み込めるかどうかと言う狭い範囲でしかない。

 が、撃ち出されたエネルギーの周囲の空間にも破壊作用は広まっているため、掠めた程度でも宇宙艦艇くらいなら容易く破壊する。

 

 さらに、破壊力も1発でオーストラリア大陸クラスの小天体を容易く消滅させるレベルと、ある意味では相転移砲すら凌駕しかねない禁断の兵器であることも、ここで改めて示される。

 

 新生したヤマトはそれを6発まで連続で発射出来るのだ。そのため本来は不向きなはずの広範囲攻撃も限定的ながら可能としている。

 

 その威力は地球の月すらも消滅させると言う。

 

 ついでに語られた豆知識によれば、外敵な力で月を消滅させるには今なお最強の核兵器である、水素爆弾の2兆倍もの威力が必要と言われているため、ヤマトはそれに匹敵、あるいは凌駕する破壊力を有している事になる。

 

 とはいえデメリットも相応にあり、発射体勢に入るとエンジンはエネルギーの生成を停止して発射装置への供給モードに切り替わってしまう。

 

 ヤマトの主動力は波動相転移エンジン、相転移エンジンを利用して波動エンジンの出力を大幅に強化した、複合連装エンジンシステムを採用しているのだが、発射体勢に切り替わると相転移エンジンから波動エンジンへの供給が停止し、波動エンジンもエンジン内のエネルギーを電力などに変換しなくなる。

 ヤマトの各機能はこの時点で半分麻痺する。

 

 その状態で各々エンジン内部の圧力を十分に高めた後、6連炉心の中央にある動力伝達装置とも呼ばれる波動砲用の薬室内にて、小相転移炉1つの全エネルギーと波動エンジン総量1/6の波動エネルギーを融合、6連炉心部が前進して突入ボルトに接続してそのエネルギーを流し込む。

 後は波動砲の発射口まで繋がる長大なライフリングチューブと、その中にある波動砲収束装置、最終収束装置を経て収束と増幅を繰り返して発砲される。

 使用する小相転移炉は6つ円周上に並んだ炉心の頂点に位置する炉で、発射の度に炉心が回転してエネルギー回路を切り替える構造を有している。これがトランジッション、“切り替え”と名付けられた由来だ。

 

 従来の艦首にある発射装置にエネルギーを誘導した後、ストライカーボルトで遊底を押し込む方式だと複合炉心でも連射が困難と判断され、改定された構造だ。

 

 そして、1発撃つ毎に小相転移炉心1つがエネルギーを空にしてしまうため停止する。基本的に6連炉心は信頼性を高めるため、それぞれに出力を補完する構造になっていない。1つが停止したからと言って、残った炉心からエネルギーを融通してすぐに再起動することは出来ないのだ。

 また、相転移エンジンからの供給が滞れば相転移エンジンの供給で稼働する波動エンジンの出力も低下する。

 ヤマトの波動エンジンは相転移エンジンとの連装型に改造されているため、稼働に必要なエネルギーは全て相転移エンジンからの供給で賄われている。

 

 そのため相転移エンジンが停止すると、稼働に必要なエネルギーを得られず停止してしまう。補助エネルギーで相転移エンジンが再起動しないと波動エンジンが再び動き出す事は無く、ヤマトの全機能が停止してしまう。

 

 そのため、波動砲の発射は例え1発であってもヤマトの機能を損なう諸刃の剣であり、その威力と合わせて安易に発砲出来るような武器ではないのである。

 

 

 

 この説明によってクルー一同、使いこなせれば頼もしい力になると同時に、一歩間違えれば自分達もガミラスと同等の存在に墜ちる可能性を示されて、顔が青褪めるのであった。

 

 

 

 んで、なぜなにナデシコ終了直後。

 

 「お前と言うやつは! 自分の体の事をわかってるのか!?」

 

 と激怒したアキトがユリカに説教を開始していた。

 

 「でもでも好評だったし、波動砲の事は乗組員全員が理解してくれないと困るのよ~」

 

 「だったら別の人にやらせりゃ良いだろうがっ! 俺は心配で心配で……」

 

 「ううぅ、ごめんなさいアキトぉ」

 

 アキトに真剣に怒られてはユリカも立つ瀬無い。ウサギユリカの格好のまましょんぼりと身を小さくする。やっぱり艦長の威厳が無い。

 

 「まあまあアキトさん。落ち着いて下さい、あんまり怒ったら却って艦長の体に障りますよ、“一応”病人なんですから“一応”」

 

 衣装を着替えていない進がフォローに回る。気持ちは十分に解るが一応病人なのだと抑える。そう、“一応”病人だと。

 要するに「本当に重病人なんだけどなんかそういう扱いするのが馬鹿らしい。心配してない訳じゃないけれど」と口外に語っていた。

 本当に染まったものである。

 

 「そうですアキトさん。止められなかった私達にも非があります。御免なさい」

 

 「御免なさいアキト君。その、ユリカの無茶を止められなくて」

 

 ルリお姉さんとエリナまでもがユリカを庇いに入る。こうまでされては流石に叱り続けるわけにはいかず、アキトは不満と一緒に怒りを飲み込むことにする。

 実際アキトに怒られたユリカは半端じゃなく気落ちしていて見ていてこっちが嫌になってくる。

 

 「まあ良いじゃない。怒る気持ちもわかるけど、ガス抜きは誰にも必要なのよ。大丈夫、彼女の体調は私が保証するわ――それに、アキト君が戻って来てから彼女本当に調子が良いのよ」

 

 薄く笑いながらイネスが場を収めに掛かる。最後の言葉に顔を赤くしながらもアキトはユリカに向き直って、

 

 「もういい――でも、あんまり無茶するんじゃないぞ。もう1人の体じゃないんだから」

 

 「うん、ごめんねアキト、心配させちゃって」

 

 涙声で謝罪するユリカをぎゅっと抱き締めて円満に終わらせることにする。周りが見てるが知るかそんな事。スキンシップは夫婦円満の秘訣、だとかアカツキが言っていた。

 

 ――あいつ未婚のはずだけど。

 

 「おっ……?」

 

 「? どうしたのアキト?」

 

 何故か手をわさわさと動かして体を撫でるアキトの行動を疑問に思ったユリカが問う。人前で体を撫でまわすなんてアキトらしくない。

 

 そういうのは2人っきりの時に是非とも裸で思う存分に隅々まで堪能して欲しい――って出来ないんだった今の体だと。恨めしいな本当に……!

 

 「いや、この着ぐるみすっげぇ手触りが良い」

 

 と抱きしめて思いの外気持ち良かったのかアキトの顔が綻ぶ。

 

 「そ、そう? あんまり気にしてなかったけど」

 

 「いや凄いってこれ。クッションとかにして配ったらストレス解消用に丁度良いんじゃないか」

 

 感激の声を上げるアキトにユリカが閃いた!

 

 「そっか! じゃあ艦内の空気が悪くなったら、私がこの格好で艦内歩き回ってハグしてあげればいいんだ!」

 

 「そういうのは止めておけ!!」

 

 アキトとエリナとルリとイネスから即座に突っ込みが返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 「アキト君、ちょっと良いかしら?」

 

 ユリカを艦橋に送り届けた後、エリナが声をかけてきた。

 

 「――良いですよ」

 

 アキトは少し戸惑ったが応じる事にする。2人はそのまま第一艦橋と第二艦橋の間にある後方展望室に足を運んだ。

 本来は後方監視用の展望室なのだが、何故かクルー達の憩いの場として活用されることも多く、互いが気になる男女が2人で立ち寄って良い雰囲気になる事があるとかないとか噂になっている。

 

 「エリナ……その、俺――」

 

 2人きりになった途端、謝ろうとしたアキトを遮る形でエリナの拳が鳩尾に突き刺さる。「かはっ……!」と呻いてアキトが鳩尾を抑えて立ち尽くす。

 

 「余計なことは言わなくてよろしい。最初からわかりきってた結果でしょうに。私はただ自暴自棄になってた貴方を慰めてあげただけ。ユリカから奪おうとか、責任を取って欲しいとかは考えてないわよ。と言うか、私はそんなに女々しい女じゃない」

 

 笑みすら浮かべた顔でアキトに宣言する。別の話をしたかったが、アキトの性格だと絶対にこうなるだろうと思って先制攻撃したのだ。大成功。

 

 「貴方は愛すべき女性はユリカだけ、勿論責任を取るのもね――もうこれ以上泣かせちゃ駄目よ。とってもお似合いなんだから」

 

 優しい声色でアキトを諭す。奇襲を受けて苦しんだアキトも、これ以上はお互いの為にならないと悟った。

 

 「あ、ありがとうエリナ。感謝、するよ」

 

 苦しみながらも礼を言う。これで、アキトとエリナの男女関係の清算は完全に終わった。

 

 「最も、友人としての関係はこのまま続けさせてもらっても良いわよね? あんたたち、放っておくと何しでかすかわからなくて心配なのよ……全く、質の悪い夫婦と仲良くなったものよね」

 

 苦笑するエリナにアキトもバツの悪い顔をする。

 

 「で、本題なんだけど。貴方アカツキ君からどれくらい聞いてるの?」

 

 「どれくらいって、ユリカがヤマトの再建に尽力した事と、余命が半年だってこと……それと、イスカンダルの事」

 

 万が一誰かに聞かれても困らないように、敢えてぼかして話したアキトだが、それだけでエリナは全てを察した。

 

 「そう、文字通り全部か。あの人も大胆ね、下手したらアキト君が潰れてもおかしくない、残酷な事実なのに」

 

 はあっ、と額を抑えて首を振る。この言い方でも特におかしな点は無い。アキトがユリカの近況を知らなかったのは事実だから、この言い回しならユリカの近況を知る事を指しても不自然さは無い。

 

 「……まあショックだったよ。でも、あいつが助かる可能性が万に一つでも残ってるんならそれに賭ける。俺は絶対にユリカを諦めない。一緒に生きていくって約束したんだ」

 

 アキトの静かな決意にエリナもニヤリと笑って応える。

 

 「なら私達に出来る事は」

 

 「ユリカを全力で支えてイスカンダルに辿り着かせることだ。ヤマトなら出来る」

 

 「ええ、この宇宙戦艦ヤマトなら出来る。ネルガルもそれしきの事が出来ない柔な戦艦に社運を賭けたりしないわよ」

 

 2人は静かに視線を交えて拳を打ち合わせる。

 

 「そうと決まれば話は早いわ。詳細は知らされてないけど、ユリカの世話役の森雪にもちゃんと顔見せして仲良くなっておくように。幾ら夫でも艦内の風紀を考えると入浴とかの介助は務まらないでしょ? 一応私と雪で交代で務めることになってるから」

 

 「わかった。にしても風呂も1人で入れないなんて、思った以上に弱ってるんだな。やっぱりなぜなにナデシコは今回で最後にしておくべきなんじゃ」

 

 アキトの心配はそちらに向く。騒いだ直後だと言うのもあるが、着ぐるみ着用で動き回るのが今のユリカにとって負担にならないわけがない、と言うのがアキトの考えだから当然の事だ。

 

 「それについては何とも言えないわね。ユリカの事ばかり考えて、クルーの精神衛生を無視するのも悪手だし。実際凄く受けが良いのよ。凄く不思議なんだけど。ユリカがあんな体なのは周知の事実、それで不安に思ってるクルーも多かったんだけど、出航前の演説もそうだけど、なぜなにナデシコでのギャップ、ついでに貴方とのラブロマンスで人気を掻っ攫って行ったんだから。だからこそ彼女が病床の身を押してでもイスカンダルに行きたがる理由も知れたようなもんだし、この間の冥王星海戦の判断についても知れているから、何とか信頼を得られているのよ」

 

 「そんなに受けてるのかよ……イスカンダルの薬を使ってるにしても、どの程度抑えられてるんだ?」

 

 アキトの質問にエリナは「そうね、私も専門家じゃないけど」と前置きした上で告げる。

 

 「今の所は軍に復帰する前の、集中治療室を出た直後とあまり変わっていないわ。むしろナデシコC乗船後、2回の大規模ボソンジャンプを実行した時よりはマシなぐらいよ」

 

 「つまり、多少は持ち直してるのか。でも、これ以上の治療は出来ないから、極力負担を掛けないように平時においては周りがサポートするしかないのか」

 

 エリナは「そうよ」と肯定する。

 

 「わかった。今後ともよろしく頼むよエリナ。頼りにして良いんだろ?」

 

 「当然」

 

 不適の笑みで頷くエリナにアキトも同じ顔で返す。それは2人の関係が形を変え、新たな絆として生まれ変わった瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、宇宙戦艦ヤマトは木星近海に到着した。艦内は俄かに慌ただしくなり、資源を得るためにどの場所に行くのが効果的かを調べるべく調査活動を開始した。

 

 つまり、新設された電算室とそのオペレーター達、新装備の出番である。

 

 「ルリちゃん、プローブ発射」

 

 「了解、プローブを撃ちます」

 

 第三艦橋の電算室に(フリーフォールで)移動した(涙目の)ルリは、コンソールから指示を出して第三艦橋に備えられたプローブの発射管を解放する。

 

 従来の第三艦橋では6つの窓の様に見えた部分の内、2つが展開して中から各種高感度センサーを満載したプローブがそれぞれ1基づつ、計2基が発射される。

 

 発射された魚雷型のプローブはしばらくロケットモーターで推進した後、先端の天体観測レンズ部分を残し、前半分の外装がばっと開いて電磁波探知アンテナ群を瞬時に展開する。

 

 たちまち電算室にプローブが収集したデータが送り込まれ、オモイカネとルリ達オペレーターが各々の担当データの解析作業を始める。今回は補助として雪も副オペレーター席に座って解析作業を手伝っている。

 

 プローブが収集したデータが電算室の高解像度モニターやウィンドウに所狭しと表示される。

 ルリ達オペレーターはその情報を種類毎に分別し、解析して最終的な回答を導き出していく。

 地球では名の知れたルリは勿論、そのバックアップを務めるオペレーター達も選りすぐりの才女達だった。

 

 「艦長、解析結果出ました。第一艦橋のマスターパネルに映します。オモイカネ、よろしく」

 

 ルリの指示に従ってオモイカネが第一艦橋正面のマスターパネルに解析結果を表示する。その結果を見て真田が唸る。

 

 「やはり、木星の居住区はあらかた破壊されてしまっているようだな。備蓄されていた資材が残っているかどうかまでは外部探査ではわからんか……艦長、敵影も無いようですし、最寄りのガニメデに寄って資源の確保に掛かりたいと思います――最悪、破壊された居住区の残骸を回収して資材に加工しましょう。心が痛みますが、ヤマトには必要です」

 

 沈痛な面持ちで訴える真田にユリカも神妙な顔で応じる。

 

 「わかりました。ではコスモタイガー隊から選抜して真田技師長の護衛を頼みます。工作班も総出でかかって下さい。出来るだけ短時間で終える必要がある為機動兵器を使用しての解体作業も許可します。ダブルエックスは必ず連れて行って下さい。それと、資材運搬のために作業艇は勿論、Gファルコンも忘れずに」

 

 と命じる。真田も敬礼を持って応じてすぐに工作班に招集をかけて自身も艦橋を飛び出す。

 

 その後、ヤマトは慎重にガニメデまで移動すると地表から10㎞の地点で停泊、ヤマトから資材運搬のための作業艇が数隻と、コスモタイガー隊の隊員が操るGファルコンが15機、エステバリスが3機、ダブルエックスが発進する。

 

 ヤマトは他の星での資材採取を考慮されていることもあり、そのための作業艇が搭載されている。搭載場所は第三主砲とメインノズルの間にある甲板下の専用格納庫で、カタパルト移動用のハッチを解放した後さらに内側のハッチを解放することで発進する。

 他にも第三艦橋両脇のバルジ部分にも上陸用の地上艇が格納されている。

 

 ヤマトを立った作業艇と艦載機は、ガミラスを警戒しつつ可能な限りの隠密行動で地表の元居住区画に侵入すると、すぐに資源確保のための調査に入る。

 ガミラスの攻撃で破壊された居住区に生存者は無く、僅かながら期待を持っていたヤマトクルー達の心に影を落としたが、幸いにも使えそうな資材が幾許か残されていた。他にも居住区を構成していた残骸の幾つかを解体して、ヤマトに積み込むべくピストン運輸を始める。

 

 ここで役に立ったのが、ダブルエックスが装備するハイパービームソードと呼ばれる武装だ。ビームを剣状に収束させた近接戦闘武器で、高収束率もそうだが、ビームの粒子を猛烈な勢いでまるでチェーンソーの様に循環させることで、ディストーションフィールドにも通用する破壊力を有する。

 収束率を上げて破壊力をもたらすため、横から見ると少々幅があるが、正面からでは細い線にしか見えないビームの刃は、居住区の残骸を容易く切断して運搬しやすい大きさに切り分ける。

 ダブルエックスと作業艇が協力して次々と使えそうな資材を掘り当て、切り分け、運搬の準備を整える。

 

 なお、対ガミラス戦が前提でGファルコンとの合体を含めて、射撃戦が主体な設計のダブルエックスにこんな武装が用意された理由は「人型なら剣が欲しいでしょう」という真田の一言のせいだ。

 ちなみに使い方次第では対艦攻撃にも使える威力を叩き出したのは真田のロマン追及の結果だったりする。

 なお、他の武装の開発に感けて意見を出し損ねたウリバタケは、それこそ唇を噛んで悔しがると同時に、真田が自分に似た人種であることを即座に理解して一気に打ち解ける切っ掛けとなった。

 

 ダブルエックスがこのような作業に積極的に駆り出された理由の1つがハイパービームソードの存在もあるが、重力波ビームもGファルコンも無しで長時間行動が出来るスタンドアローンタイプの機体であり、その動力が生み出す大出力と、それを活かしきれる破格の機体強度とパワーは、戦闘のみならずこの手の土木作業にも適しているためだ。

 

 逆にエステバリスはこのような障害物が多い、Gファルコンとの合体が出来ない状況での作業には正直向いておらず、今は補助バッテリーを接続して物資の積み込み作業に専念している。

 

 切り分けられた資材は、そんなエステバリスの手で纏められてGファルコンのカーゴスペースに収めれ、ヤマトに向かって運ばれる。

 機動兵器を格納するためのスペースは、その気になればこのような運搬作業にも使えるし、規格を合わせたコンテナを収めての人員移動、さらには武器を満載して補給機や爆撃機としても使える。

 この汎用性の高さも、Gファルコンが正式採用機としての地位を得た理由である。

 

 そうしてGファルコンが運んだ資材は艦尾甲板、第三主砲後部の左右に存在する搬入口に運び込まれる。その後は対空砲群の前後にある大規模な倉庫に運び込まれる。

 さらにそこから専用の運搬路を使用して、下部の工場区画に運び込まれて加工される。

 工場で生産された部品等はさらに専用の運搬路を通って艦内の各所、場合によっては艦外に運び出されて使用される。

 

 今回は保守点検部品の生産が主だったので、それらに加工されてから改めて倉庫等に運搬され、有事に備えると言う形になる。

 

 

 

 その後、ガミラスの妨害を受けることなく倉庫を満たす事が出来たヤマトは、出撃していた作業艇や艦載機を全て格納し、ガニメデを離れて木星圏の調査活動を開始してた。

 

 戦争開始早々に滅ぼされ占領されてしまった木星圏に、ガミラスの前線基地が無いかどうかが気がかりだったためである。

 もしも基地の類が残っていたらヤマトが去った後の地球がどうなるかわからないどころか、下手をすると後ろから撃たれたり、太陽系帰還後の安全の確保が難しくなる。流石に事細かに調べ上げる余裕は無いが、全く調べもせずに去ることも出来ないと言うのが、メインスタッフの総意だ。

 

 ルリは第三艦橋内の電算室で、追加で射出した探査プローブを駆使して木星圏の情報収集に努めている。プローブとて消耗品ではあるが、出し惜しみをして見落とししてはいけないと、さらに2基を追加しての調査。

 ルリを含めた6人のオペレーターとオモイカネが集めた情報を解析、さらに航法補佐席のハリがその情報を以前の木星圏の情報と照らし合わせ、その解析結果をまた電算室に送り返しを繰り返して最終的な回答を導き出していく。

 

 それを1時間も続けた頃だろうか、とうとうそれらしきものを見つけた。

 

 「艦長、木星の市民船と思しき物体を発見しました、パネルに出します」

 

 とハリが解析されたデータとプローブのレンズが映し出した映像を重ねてマスターパネルに投影する。

 マスターパネルに投影された市民船は、かつて木連の居住区として使われていた、言うなれば国土の一部。戦争開始と共に真っ先に攻撃され破壊されたか、住人を皆殺しにされたと聞いているが、何しろ圧倒的なガミラスの力の前に這う這うの体で逃げ出すのが精一杯だったため、細かな状況が伝わっていない。

 

 そのためその存在を認めたユリカは、淡い期待を抱くのを止められなかったのだが……。

 

 映し出された市民船はヤマトの1000倍では済まされないような、もはや小天体と言っても過言ではない凄まじい大きさで、その表面には戦闘によるものと思われる傷が無数に付いている。幾つかの傷はかなり大きく内部構造を露出させている部分がある。

 その市民船の周囲にはガミラスの艦艇が複数駐屯している。恐らく内部にも、相当数の艦艇が居てもおかしくない。

 

 その市民船が6つ並んでいる。

 

 「これって、もしかしなくても市民船を……拠点にしてる?」

 

 ユリカが呆然とした声で確認するように声に出す。

 

 「恐らくそうです。流石に内部までスキャンは出来ませんが、周囲にはガミラスの駆逐艦クラスが80隻、空母も18隻はいます。内部にもいるかもしれませんが、外部からでは確認出来ません」

 

 と航法管理席でハリが報告する。電算室からのデータを参照する限りではどの程度の艦艇が居るのかはわからない。

 そもそも太陽系に入り込んだガミラスの総数すらわかっていないので図りようが無いのも事実だが。

 

 「くそっ。ガミラスの奴らめ!」

 

 進が苦々しげに吐き捨てる。木星に必ずしも良い感情の無い進であっても、滅ぼされた挙句蹂躙される木星と言う国家に深い悲しみが生まれ、ガミラスに対する怒りが燃え上がる。

 

 「ルリちゃん、市民船のコンピューターにハッキングして、中を見れたりしない?」

 

 「結果だけを申し上げるなら可能です。ただ、そのためにはもう少し接近しないといけませんし、何より私のハッキング戦法はすでにガミラスに筒抜けです。下手に仕掛けるとヤマトの所在が露呈する恐れがあります。それに、ヤマトはナデシコCと違って電子戦――と言うよりも掌握戦術に特化した仕様ではないので、あれだけの物体を掌握して解析するのには、かなりの時間がかかります。出来たとして内部のカメラやセンサー類がどの程度生き残っているのかが不明ですので、知りたい情報が手に入る保証も無いです」

 

 専門家としてルリが答える。もうルリは、ユリカが何を気にしているのかを察して、暗澹たる気分になっていた。

 せめてもう少しガミラス側の情報がわかれば、システム掌握の精度を上げる事が出来るのだが。

 

 「艦長、市民船が完全に破壊されていない以上、もしかしたら生存者がいるんじゃないですか?」

 

 大介が疑問を呈する。そう、それがユリカの気にしている事だった。

 

 「確かに可能性がある。元々全滅か奴隷か何て言ってた連中だ。捕まって奴隷にされている人がいるかもしれないし、もしかした逃げ延びて助けを待ってる人がいるかもしれない……! 艦長、市民船を奪還しましょう。見過ごすことは出来ません!」

 

 進が血気盛んに吠えるが、ユリカは首を横に振る。

 

 「そうしたいのはやまやまだけど、ヤマトの戦力でどうやって奪還するつもり? 敵の総数もわからないし、艦隊戦力を叩いたところで内部にどの程度ガミラスが入り込んでるのかわからない。それに小天体にも匹敵するような市民船を、300名足らずの私達でどうやって掌握するの? 6つもあるのに」

 

 冷静な意見に進は言葉を繋げない。言われてみればそうだ。ガミラスに対抗出来る戦力と言っても、所詮は戦艦1隻と30機ばかりの航空戦力を有しているだけ。

 艦隊戦なら戦いようがあっても、この手の施設制圧等はとにかく人手が必要な事案だ。

 

 例えば敵の基地だったり宇宙要塞に対する破壊工作ならやりようはある。むしろ少数先鋭でもやり様では完遂出来る事は、ヤマトの戦歴が証明しているようなものだ。

 

 だが中に“居るかどうかもわからない”要救助者を探し出して保護し、さらに敵兵を駆逐するような救出作戦を展開出来る余力は、ヤマトには無い。

 

 市民船が大きすぎる。

 

 それに、救出したとしてもヤマトで受け入れることは出来ないし、アキトやイネスがピストン運輸しようにも、全ての木星人がジャンパー処理をしているわけではない。

 そしてボソンジャンパーを失った地球がここに迎えに来るのは、とても時間がかかる。

 それまで生き延びられる保証も無い。

 そもそも迎えをよこす余裕は、地球には無い。

 

 「しばらく様子を見ます。メインスタッフは中央作戦室に集合。対策を考えます」

 

 

 

 中央作戦室に集結したユリカ、進、大介、真田、ハリ、エリナ、ラピス、ゴート、ジュン、そしてアキトと月臣とサブロウタが呼ばれていた。ルリは電算室で情報解析をしながら通信で参加している。

 

 「アキト、ボソンジャンプで内部に入り込んでの調査は無理そう?」

 

 ユリカの質問にアキトは心底困った顔で、

 

 「ボース粒子反応を検知されたら発見されるだけだろうな。探知システムくらい持っていると考えるのが妥当だし。それに、このサイズの構造物を調べるのはヤマトの人数じゃ無理だろう。居住区画自体はたぶん制圧されているだろうし、メンテナンスハッチとかカメラの無い場所とかに隠れられてたりしたら、俺1人じゃどうにもならないよ――仮に月臣とか、木星出身者であっても、あんな物体の隅々まで詳細に記憶してはいないだろうから、人海戦術を取るか、膨大な時間を使って調べ上げるか、どちらにせよ現実的じゃない」

 

 と断言する。ユリカもわかりきっていたが、諦めきれずに聞いただけなので「そう」と短く答える。

 

 「俺も調査には反対だ。流石に規模が大き過ぎる。ヤマトの戦闘班を総動員しても手が全く足りない。不必要な犠牲を招くだけだ」

 

 ゴートもアキトを援護する形で反対を表明する。が、やはり苦い顔をしている。

 

 「俺にとっては祖国の大地だ、解放してやりたい気持ちはある。だが、この状況でそれを求めることは、俺には、出来ん……!」

 

 辛そうな月臣の姿に誰もが掛けるべき言葉を見つけられない。

 

 「残念ですけど、俺も月臣少佐と同じです……本当、胸糞悪いですけどね……」

 

 サブロウタも気落ちを隠せず、何時もの軽いノリは鳴りを潜めている。

 

 「航海班は、市民船攻略作戦は反対です。ヤマトの航路日程にはあまり余裕がありません。すでに火星での停泊で1日ロスタイムを生じていますし、これから土星のタイタンでのコスモナイト採掘作業を考慮するのであれば、ここは見過ごすのが得策かと思います」

 

 大介が心を鬼にして職務を優先しようと意見する。人道としては捜索すべきだと心が訴えるが、それでは本末転倒だと、理性が釘を刺す。胸の痛みを我慢して、大介は意見する。

 

 「何を言うんだ島! 生き残っている人がいるかもしれないんだぞ! それに、ここに敵戦力を残していくのは、後顧の憂いを立つという意味でも看過出来ん! 艦長、せめて艦隊戦力だけでも叩きましょう!」

 

 と熱く進が語るのを、ユリカは表情を変えることなく受け止める。彼の性格からすればこのような反応をするのは初めからわかっている事だから。

 

 そして、大介も進も自分の意見を訴えてくるが、意図的に口にしていない意見があることは明らかだ。

 

 「だが古代君、ここで戦闘をして時間もそうだが、ヤマトに傷を負わせて消耗させるのは得策じゃないぞ。多少の資材を確保することには成功したが、ヤマトの今後を考えると余剰は無いんだ。太陽系を出た後で資材の補充が出来るかどうかも、わからないままなんだぞ――事前計画で決まっている、冥王星基地攻略を忘れたのか?」

 

 とジュンが逸る進を抑える。「しかし……!」と進も食い下がろうとするが、ジュンの言っている事の正しさも理解しているためそれ以上言葉を繋げなかった。

 

 「古代君のいう事も尤もね。ここにあんな戦力を残していくのは不安なのも事実。とは言え、ヤマトを消耗させること無くあれを叩く方法何て……」

 

 エリナも難しい顔で床と空中に表示されている市民船のデータを睨みつける。本当はここにいる全員がわかっている。今取るべき最良の手段を。だが、実行したくないのだ。

 

 「――波動砲、しかないね」

 

 と、誰もが口に出したがらなかったキーワードをユリカが告げる。特に月臣とサブロウタの体がはっきりと震えた。

 その反応はわかっていた。だが、ヤマトの艦長として、逃げるわけにはいかない。

 

 「波動砲で市民船を消滅させる。艦隊毎全部、纏めて……」

 

 静かな口調の中にも諦めと悲しみが混じっているのがわかる。そう、波動砲で全てを消滅させる。

 それならヤマトへの負担を最小限に抑え、かつ不安材料を文字通り消滅させる事が出来るのだ。

 

 しかし、それが意味する事とは――。

 

 「それでは、それでは生き残っているかもしれない人達を見殺しにしてしまいます!」

 

 進が強く反発する。護るべき市民が残っているかもしれないのに、無視して波動砲で粉砕するなど到底承服出来ないと、感情も露にユリカに突っかかる。

 そんな進の姿に胸を痛めるユリカだが、それ以外の道は無いとその頭脳が訴えている。

 

 「居る、と言う確証があれば波動砲を使う事は無い。でも、確証は無いしこのまま放置も出来ない、かと言って制圧作戦を実行することも出来ない。だとすれば、ヤマトの航海の安全に繋がる手段を選択するしかない……違うか?」

 

 ユリカの隣で苦々しい表情のアキトが続ける。アキトだって本当はこんな手段を肯定したくはない。自分の罪を思い出して辛くなる。しかし、ここまで追い詰められた状況下で手段を選んでいられないのも事実。

 苦渋の決断なのだ。

 

 「それに、波動砲の試射も出来れば今の内にしておきたい。使うかどうかは未定だけど、予定している冥王星前線基地攻略の前に、それを抜きにしても補給の利きやすい太陽系内でテストを済ませて、万全の状態で外宇宙に出たいの」

 

 ユリカも心苦しさを顔中に張り付けながら、断言する。

 

 「工作班も波動砲の試射“には”賛成します。補修用の資材を確保する当てがある今の内に、ヤマトの全機能を試しておく必要があると判断します」

 

 「機関班も同意します。ワープでのトラブルを鑑みると、波動砲でもエンジンに何らかの反動が生じることが予想されます。コスモナイト補充の当てがある今の内にテストして、タイタンにて可能な限りの改修を行う方が今後の為になると思います」

 

 と、真田とラピスがそれぞれの部署の統括者として賛成の意を示す。ただし、その表情は見てわかる程暗く、苦しげだ。誰もが波動砲で市民船を撃つことを認められないでいるのは明らかだ。

 そう、言い出したユリカですらも。

 

 「僕は、波動砲の使用に反対です。ヤマトへの反動もそうですけど、古代さんと同じ理由です」

 

 ハリが悲しそうな顔で反対を表明する。まだ12歳の子供には酷な現実に全員が顔を俯ける。

 

 「ルリちゃん、波動砲で市民船を破壊するとしたら何発必要?」

 

 「――破壊するだけなら1発でも足ります。ただ、1発で2つ以上の破壊は恐らく無理です。直線に並んだ状態なら1発でも全て破壊出来るかもしれませんが、距離がありますし、どの方向から狙っても直線に並べる事が出来ません。複数回の発射は、必須だと判断します」

 

 ルリの回答にユリカは目を瞑って天を仰ぐ。僅かな沈黙の後顔を下げ、目を開くと決断する。

 

 「波動砲、6発全部を使用して市民船毎敵艦隊を消滅させます!」

 

 ユリカの指示を聞いて真田とラピスが目を見開いて驚く。

 

 「艦長、危険過ぎます! 試射もしていないのに全力射撃はリスクが大きすぎます!」

 

 「でも真田さん、いずれは試さなければならないことを考えると、今がチャンスなのでは? 今駄目なら改修の余地もありますが、これを過ぎればチャンスが無いかも知れません」

 

 真田がリスクを訴えるのに対し、ラピスは驚きながらもいずれは試すのだからと使用を消極的に肯定する。

 ――標的が何であるかはわかっている。だから、目には薄っすらと涙が浮かんでいる。

 

 「進君」

 

 静かなユリカの声に進は姿勢を正して聞きの姿勢を取る。

 

 「嫌なら私が波動砲の引き金を引く――どうする?」

 

 「――やります、やらせて下さい。せめて、せめて忘れないことが、逃げずに向き合うことが、彼らに対する弔いだと、考える事にします」

 

 進は辛そうな声で、しかししっかりとした姿勢で波動砲の発射を受け入れる。もうこれ以上議論余地は無い、今出来る事をするしかないのだと、受け入れる。

 

 「艦長、古代。俺は、決して貴方達を恨まないことを誓う――侵略者に蹂躙される位ならいっそ、ここで終わらせてやって欲しい。これ以上の辱めを、受けさせないでやってくれ」

 

 悔し涙を浮かべながら月臣は頭を下げる。足元にポタポタと垂れる涙がその心情を物語っている。サブロウタも言葉なく、月臣に倣って頭を下げる。

 

 誰もが、この決断に心から納得など出来ない。

 

 ハリもそんな月臣の態度に覚悟を決めたのか、もう反対をしなかった。メインスタッフ全員が、この業を背負って先に進む決意を固めたのである。

 

 「エリナ、艦内放送の準備を頼みます。木星出身のクルーにも、理解を求めます」

 

 「……わかったわ。今準備する」

 

 エリナは暗い顔のまま中央作戦室の通信システムを起動して艦内の全員にユリカの言葉を伝える。

 

 「ヤマトの皆さん、艦長のミスマルです。たった今我々メインスタッフ一同、木星の市民船を占領するガミラスに対する対応の議論を行いました」

 

 ユリカの言葉にヤマトのクルー一同姿勢を正して耳を傾ける。特に市民船の単語が出た瞬間、木星出身者が動揺する。

 大介が気づいたように、もしかしたら生き残り無いし捕縛された市民がいるかもしれないと言う考えに行き着いたからだ。

 

 「議論の結果、市民船の奪還、および生存者の捜索は行わず、波動砲を持ってガミラスの拠点となっている市民船毎、占拠しているガミラスを排除することを、決定しました」

 

 ユリカの言葉に木星出身者は絶望と怒りを覚える。しかし続く言葉にそれも萎んでしまった。

 

 「理由としては、ヤマトの戦力で6つもの市民船を奪還および捜索するには、莫大な時間を浪費してしまう事、かと言って放置して進めば、ヤマトが去った後の地球の危機に繋がるかもしれず、ヤマト自身が後ろから攻撃される恐れもあり、またイスカンダルからの帰路で妨害を受ける可能性もあります――よって、後顧の憂いを立つため、予定していた波動砲の試射も兼ねて……市民船とガミラスの部隊を殲滅します……木星出身のクルーの皆さんは、ご理解のほどよろしくお願いいたします」

 

 ユリカは命令を下すが、その声は物悲し気で、自分でも納得していないと雄弁に語っていた。

 

 「木星の同胞諸君。月臣元一朗だ。我らの故郷は、すでにガミラスに滅ぼされたのだ。この悔しさを、怒りを叩きつけるべき相手はガミラスなのだ! ヤマトは土星での補給を終えた後、冥王星の前線基地を叩く予定だ。我らの屈辱は、その時に晴らす! どうか、艦長を恨まないでやって欲しい」

 

 放送に割り込んだ月臣が同胞達に頭を下げ、ユリカを庇う。その姿に木星出身のクルーは受け入れ難い残酷な現実に涙し、そもそもの元凶となったガミラスへの怒りと憎しみを滾らせ――業を背負うことを決めた。

 決断したユリカへの怒りが湧かないわけではない。しかし、彼女自身がこれを不服と考えていることは明白で、怒りをぶつける事が憚られた。

 

 それに自分達は約束してきたのだ。

 

 絶対に地球を救って見せると。

 

 国としての木星が滅ぼされた時、励まし、手を取り合おうと言ってくれた友人達に、地球に逃げ延びて、ヤマトを信じて送り出してくれた同胞達に。

 

 人類にとって母なる大地を必ず救って見せると。

 

 その障害となるのであれば、割り切る他無い。すでにガミラスに滅ぼされて、蹂躙された姿を見るくらいならと。木星出身のクルー達は自分達に言い聞かせた。

 心の中で泣きわめき、この現実を呪いながら、彼らは決断したのだ。

 

 

 

 故郷の地を破壊することを。生きているかもしれない同胞を見殺しにすることを。

 

 

 

 自分達が、残してきた人たちが生き延びれるように。

 

 

 

 

 

 

 「司令、ヤマトが接近中です」

 

 市民船を占領し、拠点にしているガミラスの司令官に部下が報告する。

 

 「何だと? 例の地球艦か。すぐに艦隊を差し向けろ、ここを奴らの墓場とするのだ」

 

 司令官はすぐに部下にそう命じる。占拠した市民船に陣取ったガミラスは瞬く間に接近中のヤマト迎撃の為の用意を始める。

 ガミラスは地球に対する威圧も兼ねてまず木星を攻略した。市民船やコロニーに対しては冥王星基地の惑星間攻撃を可能とする超大型ミサイルを使った先制攻撃を加えて壊滅させた。その大きさ故に完全破壊を免れた市民船は、制圧して太陽系での活動拠点として運用している。

 住人はすでに全員処刑している。この市民船にいるのはガミラスの兵士のみだ。

 

 本当なら住人は労働力として使いたかったところだが、太陽系に侵入したガミラスの総力では到底御しれない数の住人が居たため、少々惜しかったが全員処刑と相成った。

 

 そもそも市民船の住人はやたらと反抗的であったし、複雑な市民船での土地勘で勝る相手だけに油断して足元を掬われるのも馬鹿らしかったので全滅して貰う方が都合が良い。だから中央制御室を乗っ取って大気循環システムを停止した。

 後は放っておくだけで窒息して全滅する。それを黙ってみていればいいだけなので、後先考える必要がある地球攻略よりも楽なものだ。

 死体は残しておいても不衛生なだけなので木星に捨て去った。

 

 今は市民船内部の工場区画や資源を利用して地球占領の為の下準備をしている。ここをヤマトに潰されるわけにはいかないが、戦艦1隻でどうにかなるような戦力ではない。

 

 そもそも、戦艦の火力でこの船を破壊することは出来ない。それが6つだ。どうせ義憤に駆られて向かってきているのだろうが、自殺行為でしかない。

 

 ガミラスの司令官は余裕を持ってモニターに小さく映るヤマトの姿を見て薄く笑う。さて、無様に沈む様を見せてもらおうか。

 

 

 

 

 

 

 ヤマトは市民船とガミラス艦艇から離れる事100万㎞の地点にあった。比較的木星の大気層に近い位置ではあるが、出来るだけ発見されずに近づきたかったので危険を承知で接近した。

 丁度ヤマトは眼下に木星の大気層を見下ろす形になっていた。マスターパネルに移る市民船の姿を目に焼き付けたユリカは、意を決して命令を下す。

 

 ただしその声は、何時もと違って非常に重苦しいものだった。

 

 「波動砲発射用意。艦内電源カット」

 

 「――了解、艦内電源カット」

 

 機関制御席のラピスが艦内の電力供給を必要最低限の生命維持システム以外、全てカットする。艦橋も計器類の明かりを残して照明が落ち、艦内全体が暗闇に墜ちた。

 そうすることで少しでも予備電力を確保し、エンジンの再始動を速やかに行うための処置だ。

 自沈直前のヤマトでは不要になっていた措置だが、今回は新生した後初めての発射という事で意識的に行っている。

 

 「相転移エンジンと波動エンジンの圧力上げて、非常弁全閉鎖」

 

 「エンジン圧力上げます。非常弁全閉鎖」

 

 ユリカの指示に合わせてラピスが機関室に指示を出しつつ機関制御席のコンソールでエネルギー制御を開始する。

 

 「非常弁全閉鎖。エンジン圧力上昇中」

 

 機関制御室の山崎が指示に合わせてコンソールパネルを操作、波動砲の発射準備を進める。操作に合わせて相転移エンジンと波動エンジンが唸りを上げる。

 

 「波動砲への回路、開いて」

 

 「波動砲への回路、開きます」

 

 ラピスの指示を受けて太助が山崎と並んで波動砲の発射準備を進めていく。

 

 「全エネルギー波動砲へ。強制注入器作動」

 

 計器を読み上げながらラピスが口頭報告を続ける。報告を受けたユリカが1つ頷いて指示を続ける。

 

 「波動砲、安全装置解除」

 

 「安全装置解除、最終セーフティーロック解除」

 

 ユリカの指示に合わせて進が戦闘指揮席から波動砲の安全装置を外していく。進の操作を受けて6連炉心の前進機構のロックが外されて、突入ボルトへの接続機能が解禁される。

 同時にヤマトの波動砲口奥のシャッターが開いて発射口を解放する。

 スーパーチャージャーから発射口手前の最終収束装置にエネルギーが送り込まれ、内部に波動エネルギーを制御するためのフィールドが形成、発生した光が発射口から外部に漏れる。

 

 戦闘指揮席の波動砲トリガーユニットが起き上がり、進の目線の高さまで持ち上がる。ごくりと唾を飲み込んだ進がトリガーユニットに恐る恐る手を伸ばし、両手でしっかりと掴む。

 

 「大介君、操艦を進君に渡して」

 

 「了解――渡したぞ、頼むぞ古代」

 

 「ああ、任しておけ!」

 

 迷いを振り切り力強く頷いて、トリガーユニットとコンソールを併用してヤマトの姿勢を制御する。

 

 「進君、6連射の反動もあるだろうから主翼を開いて。重力スタビライザーの機能もあるから、こういう時の安定感を増す分には真空でも有効よ」

 

 「はい、主翼展開します」

 

 進の操作でヤマトの中央、喫水線の部分から赤く塗られたデルタ翼が出現する。4つのパーツに分解された翼は展開と同時に組み立てられ、その姿を露にする。

 本来は大気圏内航行用または宇宙気流内での安定化装備であるが、改良型の主翼では宇宙空間での姿勢安定用にも使えるように重力波放射器としての機能も有していた。小回りが利かなくなる代わりに艦の姿勢が安定しやすくなるため、精密砲撃時に展開される。

 

 特に、波動砲発射時には有効な装備だ。無くても問題無いと言えば無いが、今回は初めての運用という事もあって展開する。

 

 「艦首を市民船に向けます。ターゲットスコープオープン、電影クロスゲージ明度20。ルリさん、市民船の正確な位置情報を頼みます」

 

 「――了解。市民船の正確な位置情報を送ります」

 

 電算室から送られてきた位置情報を頼りに波動砲の狙いをつける。収束型のヤマトの波動砲では広がった敵艦隊を一挙に撃滅することは出来ない。だが、背後にある市民船に巻き込む形なら話は別だ。

 

 今回はこれを狙う。

 

 ガミラス艦艇は特に広がりもせず一丸となってこちらに進路を取っている。これなら直線型の波動砲でも十分に巻き込む事が出来る。

 市民船に向けて発砲するだけでケリがつく。

 進は位置データに合わせて6発分の照準を設定し、射撃順序を組み立てる。

 

 「タキオン粒子出力上昇。出力120%に到達」

 

 ラピスが静かにエネルギーが十分な出力に達したことを報告する。

 

 「発射15秒前。総員、対ショック、対閃光防御!」

 

 ユリカの指示に合わせて艦内全員が安全ベルトの装着や手短な物にしがみ付く。同時に艦橋要員全員が対閃光ゴーグルを被って備える。

 本来なら防御シャッターを下ろして窓を閉鎖することが望ましいのだが、今回だけは、その成果を肉眼で見届ける必要がある。

 

 自分達の業を、その目に刻むのだ。

 

 「発射10秒前、8、7、6、5、4、3、2、1、発射!!」

 

 進はカウントが0になると同時に引き金を引く。トリガーユニットのボルトの前進と同じくして、エンジンルームの6連相転移炉心が前進して突入ボルトに叩き付けられる。

 同時に莫大なエネルギーが発射装置内部に一気に押し流され、ライフリングチューブ内を駆け巡る! 

 

 2つの収束装置を通過したタキオン波動バースト流がわずかな間をおいて轟音と共に艦首の砲口から撃ち出された! 

 1度ではない。

 2発、3発と6連炉心が頂点を入れ替えながら突入ボルトに激突し、その度にヤマトの艦首からタキオン波動バースト流が放出される!

 

 入力された照準に基づいて主翼の重力波放射推進器と各部の姿勢制御スラスターがわずかに作動して艦の姿勢をコンマ単位で制御、入力された照準通りに計6発のタキオン波動バースト流を撃ち切った!

 

 

 

 「な――――」

 

 ガミラスの指令はヤマトの急激なエネルギー反応の上昇に驚き、詳細を確かめようとしたところで消え去った。

 

 光よりも速いとされるタキオン粒子の奔流は、発射とほぼ同時に手前にあったガミラス艦艇を飲み込みつつ市民船に命中した。

 

 命中したタキオン波動バースト流の奔流に晒された市民船は、抵抗すら出来ずに歪んだ時空間に飲み込まれて素粒子レベルで消滅していく。

 命中と同時に飛び散り広がったタキオン波動バースト流の作用で、小天体にも匹敵すると言われる6つの市民船は跡形も無く、爆発するかのようにこの宇宙から永遠に消え去った。

 その爆発に飲み込まれたガミラス艦隊は、離脱する事叶わず宇宙の藻屑となる。

 

 そして、市民船とガミラス艦を消滅させてなお衰え切らなかったタキオン波動バースト流は、自然消滅するまで宇宙を切り裂いていった……。

 

 

 

 衝撃的な光景に第一艦橋の全員が言葉を失う。あそこにはまだ、守るべき市民が居たかもしれないのに。

 仮に居なかったとしてもガミラスを退けた後、再び戻る事が出来たかもしれない、木星人にとって故郷の地なのに。

 

 自分達が消し飛ばした。塵さえ残さずに。

 

 かつてその威力故に条約で禁止された相転移砲にも劣らない、場合によっては上を行くとユリカが語った波動砲。その威力をヤマトクルー全員が目の当たりにした結果、その言葉が誇張でも何でもなかったことを思い知らされる。

 しかも、市民船のサイズはヤマトが今まで波動砲で消し飛ばしてきた物体の中でも中堅に過ぎない。

 はっきりしているだけでも、ヤマトはこれよりも大きいオーストラリア大陸に匹敵する浮遊大陸なるものを1撃で破壊することに成功しているのだ。

 

 それが、ヤマトは6発も撃てるのだと、改めてその威力を見せつけられ、その責任をクルーに突きつける。

 

 「は、反則だ、こんなの……」

 

 そんな陳腐な感想しか浮かんでこない。ハリは目の前の光景が信じられない気持ちで一杯だった。

 こんなもの、宇宙戦艦が備えて良い装備ではない。

 

 波動砲の強烈な閃光も消え去り、計器以外の明かりが消えた艦橋の静けさが戻ると、ユリカは対閃光ゴーグルを乱暴に取り払って床に叩きつけようとして、止めた。

 流石に艦長として、この決断を下した人間として、そんな子供染みた真似は出来ないと自制する。

 

 しかし、予想以上の破壊力だ。

 

 (波動砲。やっぱりこれは、人類が持つべきではない禁忌の力なのかもしれない)

 

 改めてヤマトの持つ力に畏怖を感じる。

 

 (でも制御しなきゃ、使いこなさなきゃ。この力を使わない限りヤマトは勝てない。この星をも砕く禁忌の力を、人の心で制御して見せなきゃ!)

 

 ユリカは改めて波動砲と向き合い、御することを心に誓う。

 

 その時強烈な振動がヤマトの艦体を襲った。

 

 「状況報告!」

 

 慌てて叫ぶユリカにハリが叫び返す。

 

 「木星の重力に捕まりました! 艦体がどんどん引き寄せられています!」

 

 「艦長、波動砲の反動を吸収しきれなかったようです! ヤマトは反動で木星に突っ込みかけているんです!」

 

 真田が艦内管理席から叫ぶ。モニターは本来波動砲の反動を吸収して空間に固定するための重力アンカーが、正常に作動しきれなかったことを示している。

 

 そこでユリカは気づいた。6連射したことで都度の反動が加わって、従来の波動砲のデータを基に復元された重力アンカーがキャパシティオーバーしたのだ。

 そして、反動と閃光、そしてその威力に唖然としていたクルーはヤマトが木星に接近した事に気づくのが遅れた。

 

 ナデシコならオモイカネの自動制御もありえただろうが、ヤマトではオモイカネはあくまで電算室の一員であってメインコンピューターではない。

 その規模も幾らか縮小されて搭載されているので、ナデシコの様に艦全体を支配して制御することは出来ない。

 

 なお悪い事に木星の自転方向とヤマトの艦首方向が一致してる。反動で吹き飛ばされたという事は当然自転方向とぶつかり合う形になる。

 そのせいで反作用による加速が木星の自転速度で中途半端に相殺され、木星に引き込まれる形になったのだ。

 

 「エンジン再始動急いで!」

 

 ユリカの絶叫に応えるようにラピスも機関制御席から補助エンジンの出力を最大にするように指示を出し、自身もエネルギーを巧みにコントロールして推力を確保すると同時に波動相転移エンジンの再始動を開始する。

 

 「島さん! オーバーブーストを使って! 補助エンジンが焼けても構いませんから全力噴射を!」

 

 余裕なく叫ぶラピス。大介も操縦桿を巧みに操り何とかヤマトが木星の大気に沈まないようにコントロールを試みる。

 ヤマトの補助ノズル2つから強烈な噴射が始まるが、補助エンジンの出力では木星の重力場に勝つ事が出来ない。徐々にヤマトの艦体が木星のガス雲の中に飲み込まれつつある。

 

 「大介君、艦首を持ち上げつつ木星の自転方向に乗せて主翼で滑空して! 無理に噴射しても逃げられない!」

 

 「りょ、了解!」

 

 ユリカの指示に従い大介は主翼とメインノズルに3本備わった尾翼を制御、空力制御を利用して艦の姿勢を制御しつつ、足りない推力を補って何とかヤマトが没しないように懸命に舵を操る。

 大介の懸命な努力の甲斐もあって、ヤマトは辛うじて木星の雲の中を、それ以上沈まずに水平飛行している。が、このままではいずれ失速して飲み込まれてしまうのは明らかだった。

 今も、徐々に速度が落ちて行っている。

 補助エンジンの推力が限界に近い。元々微速前進や最大速度を出すための補助機関でしかないのだから、オーバーブーストの持続時間はメインエンジンよりも短いのだ。

 

 「こちら機関室、相転移エンジン再始動! 波動エンジン点火20秒前!」

 

 と太助の絶叫じみた報告がラピスに届く。

 ラピスも機関制御席のスイッチ類を操作し、計器に映るエンジンの状況をモニターして大介に告げる。

 

 「波動エンジン点火15秒前! 島さん!」

 

 「了解! 10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、点火!」

 

 大介が操縦席のスロットルレバーを押し込んでメインノズルの噴射を最大に設定する。

 轟音と共にメインノズルからタキオン粒子の奔流が噴き出し、失速しかけていたヤマトを加速させ、木星の重力場を振り切るに十分な力を発揮する。

 大介は操縦桿を引いてヤマトを上昇させ、そのまま木星の引力権を離脱させることに成功した。

 

 

 

 何とか重力の魔の手から逃げ果せたヤマトの中で、クルー一同が安堵の息を吐いていた。

 エンジンの再始動があと一歩遅ければ、ヤマトは木星の圧力に押し潰され、鉄屑となっていただろう。

 

 「あれが、波動砲の威力」

 

 進の呟きに真田が反応する。

 

 「我々は、身に余る力を得てしまったのかもしれない。このような武器が、果たして本当に必要なのだろうか」

 

 自ら再建に携わったヤマトの威力に、真田も恐怖を隠し切れない。

 追い込まれた地球を救い、ガミラスを退けるためには必要だと開発時には懸念を抱きながらも修復、強化した波動砲だが、実際にその威力を目の当たりにすると許されないことをしたのではないかと後悔の念が浮かんでくる。

 

 「波動砲は私達にとって、この上の無い力となることが実証されました――ただし、使い方を誤るとありとあらゆる物を破壊してしまう恐るべき破壊兵器であることもまた、実証されたのです――今後の使用には、細心の注意を払うべきでしょう。この星すら砕く力を、我々人間の心の力で、良心で押さえつけ、正しく使うように心掛ける以外ありません……恐らく我々人類は、もう波動砲を捨てる事が出来ないでしょうから」

 

 と、ユリカが締める。その声ははっきりとわかるほど暗くて重い。普段の彼女とは正反対の様子に、波動砲の使用が極めて重大な責任を伴う事を嫌でもわからせる。第一艦橋の面々は、今後安易な気持ちで波動砲を使用することはしまいと誓いを立てる。

 

 しかしユリカの言うように、迫りくる脅威に対して使用を戸惑って敗北を喫し、護るべきものを失うような結果を招くことも避けなければならないと、否応無しに波動砲と向き合うことを余儀なくされた。

 

 星すら砕く禁断の力。それを制御するのは結局人間なのだとユリカはクルーに突き付ける。

 

 そして地球人類はすでに恒星間航行を実現した文明の軍事力に対して大きく劣っていることが露呈し、破滅寸前に追い込まれた以上この力を決して手放しはしない。むしろこの力を使って身を護ろうとすることをも、ユリカは指摘した。

 

 その力を使って人類が将来、侵略者にならない保証はどこにもない。

 

 なら今の自分達に出来る事は何なのか。もしも将来、地球人類が侵略者になる可能性があるのだとすれば、ここで滅ぶべきなのだろうか。

 

 

 

 元々ヤマトに備わっていた装備ではあるが、イスカンダルから送られてきたデータにも波動砲が含まれていたのは事実だ。

 

 

 

 だとすれば、イスカンダルは何故この力を託したのだろうか。人類がガミラスのような侵略者にはならないと言う確証があったのか、それとも別の何かがあったのだろうか。

 

 ヤマトのクルー達は、そんな答えの出ない問題に直面して悩みながらも木星圏を後にする。

 

 

 

 ユリカと秘め事を共有する、僅かな共犯者を除いて。

 

 

 

 宇宙戦艦ヤマトよ。16万8000光年の前途は長い。

 

 君に与えられた時間はわずかに1年。

 

 地球では絶滅の恐怖と戦いながら、コスモリバースシステムの到着を待っている。

 

 人類滅亡の時言われる日まで、

 

 あと、363日しかないのだ!

 

 

 

 第五話 完

 

 次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第一章 遥かなる星へ

 

    第六話 氷原に眠る

 

 

 

    全ては――愛の為に。



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第六話 氷原に眠る

 

 

 「タキオン波動収束砲だと……!」

 

 冥王星基地司令、シュルツは目の前に映し出された映像に驚愕し、つい先程本星からもたらされた情報と照らし合わせてヤマトが木星で見せた威力を把握し、その対応に追われていた。

 長く軍に在籍しているシュルツではあったが、ここまでの威力を秘めた大砲など見たことが無い。

 髪の薄くなった頭頂に汗が浮かび、流れ落ちる。

 

 「いかん。ヤマトを野放しにしては、いずれガミラスにとって無視出来ない脅威となる。何としてもここで潰さなければ」

 

 シュルツは本星へ一部始終の映像を送り、その対応についての協議を求めていた。

 

 シュルツとて誇りあるガミラスの軍人であり地球攻略作戦の最前線を任された立場だ。相応の覚悟を持って務めているし例え本国からの救援などが無いとしてもここでヤマトを叩き潰すために必死の策を練っている。

 とは言えヤマトの脅威を知らせないわけにはいかない。ガミラスに万が一にも敗北をもたらさないためにも、打てる手は全て打つ。

 それがシュルツのガミラスへの、デスラー総統への忠誠心だった。

 

 

 

 

 

 

 「デスラー総統。冥王星基地のシュルツ司令より入電です。ヤマトがタキオン波動収束砲を使用したとの事です。それも、6連射したと」

 

 ヒス副総統の報告を受けてデスラーはくつくつと笑う。

 その様子に不安げな表情を見せるヒスではあったが、彼が何かを言う前にデスラーは言葉を紡ぐ。

 

 「やはりイスカンダルからの技術提供を受けていたか。それも6連射――如何にイスカンダルの技術を得たと言っても、あの未熟な文明では一朝一夕でそのような物は作れまい――ヒス君、確か地球とその月の間に、得体の知れない氷塊があったと思ったのだが?」

 

 デスラーの発言の真意を汲み取ったヒスははっとした顔で肯定する。

 

 「はい総統。地球とその月の間には正体不明の氷塊があります。最も古い記録では、地球の内紛に乗じて宣戦布告をした段階で確認されていますが、それ以前の偵察段階では発見されていませんでした。また、宣戦布告とほぼ同時刻にわずかな時間だけ強烈な時空間の歪みを計測したとの報告があります」

 

 当時の資料を思い出して告げる。

 あの時はすでに地球攻略作戦が開始されていたこと、発見された氷塊には何の動きも無く、それを調査する時間的余裕も無かった事から放置されていたのだが……。

 どうやら失策だったようだ。

 

 「なるほど。そう言う事か……どうやらヤマトは純粋な地球艦ではないらしい」

 

 「は?」

 

 「ヤマトはその氷塊に乗って地球に漂着した艦なのだろう。恐らくは我々の侵攻と氷塊の出現は同時期で、その中にあったヤマトを引き上げて使っているのだろう。その機能を使えている事と、イスカンダルとの繋がり――もしかしなくても、あのヤマトは並行世界から漂着したのかもしれないな」

 

 「並行世界、ですと?」

 

 突拍子の無いデスラーの言葉にヒスは困惑するが、並行世界の存在そのものはワープ等の研究からある程度立証されている。

 無論、ガミラスにそれを意図して渡る術は無いし、特別研究もされていない。

 ただ、次元の狭間を利用した戦術は研究中だ。それに点在する次元断層の幾つかは、ガミラスの大演習場として使われている。

 次元断層の中は通常空間からは観測出来ないため、艦載の新兵器のテストを秘匿したい時などにも使われる。

 

 「それだと全ての辻褄が合う。恐らくヤマトは並行宇宙の、あの未熟な文明が短期間に運用を学んでいることからすると、並行宇宙の地球から送り込まれたか、それとも何らかの事故で流れ着いたと考えるべきか――氷塊、水、もしや。伝説のアクエリアスか」

 

 デスラーは顎に手を当てて記憶の中にある情報を引っ張り上げ推論を並べていく。

 

 「アクエリアスと言えば、かつてイスカンダルとガミラスの祖先が住んでいたと言う星に、水と生命の息吹を与えたと言われる、あの回遊水惑星の事でしょうか?」

 

 ヒスも記憶の中にある情報を引っ張り出してデスラーの言葉を理解する。

 

 ガミラスにとっても遥か昔の記録に残されているだけで、詳細は無いに等しい文字通り“伝説”とされている惑星。

 それは銀河の中を自由に巡り、近づいた星を水没させ、何もない星なら水と命の種子を、文明があればそれを押し流して水没させると言われている。

 もっとも、そのような星が実在していたとしても、現在までに残っているかは定かではないが。

 

 イスカンダルもガミラスも、元々そこに誕生した生命ではなく、別の星で生まれた文明が宇宙に広がっていった過程で移民し、国を作ったに過ぎない。

 だが、度重なる内紛等で詳細な資料は失われていて、その原点がどこにあるのかはすでにわからなくなって久しいのだ。

 

 「その通りだ。かつて我がガミラスを内包する大マゼラン雲は、地球を含む銀河の傍にあったと聞く。その際に移民を行った民族の末裔が、イスカンダルとガミラスに国を作ったと伝えられている。アクエリアスはあの銀河の中を回遊しているとの記述も残されていた。という事は、その並行世界の地球は実在していたアクエリアスに接近され、水害に晒されようとしていた。それを防ぐためにヤマトが、恐らくはタキオン波動収束砲を使用した何らかの策を講じて防ぎ、それが生み出す時空間の歪みに落ち込んで並行世界間を超えた、と考えるのも当たらずとも遠からず、と言ったところだろう。ワープ技術に転用されている様に、波動エネルギーには時空間を歪める作用がある。何かの弾みで並行世界間の壁に穴を開ける事も無いとは言えない――そうか、だからイスカンダルに……」

 

 「総統?」

 

 急に黙り込んだデスラーにヒスが心配になって声をかける。

 デスラーはしばらく考え込んだ後、ニヤリと笑うと合点がいったと言う顔でヒスに言い放った。

 

 「どうやら連中を少し見くびっていたようだ。ボソンジャンプを高度に使いこなせる何者かがいるらしい」

 

 「ぼ、ボソンジャンプでございますか?」

 

 「そうだ、誰かは知らないがヤマト出現の時空の歪みを利用した超長距離ボソンジャンプで、イスカンダルにコンタクトを取ったのだ。だからスターシアは地球に使者を送ったのだろう。恐らくヤマトは破損していてすぐには使えなかった。そして出現の遅さを見る限り修理に必要なデータ――推測だが波動エンジンとタキオン波動収束砲が破損していたのだろう。だから、イスカンダルの使者無しでは出現出来なかった。そして、コスモリバースシステムに必要なシステムとして、6連射可能なタキオン波動収束砲のデータを送ったのだろう」

 

 デスラーの推測は恐ろしい事に的を得ていた。

 わずかな情報から己の知識を最大限に活用して、ヤマト出現の真相をほぼ見抜いていたのだ。

 

 「しかし、そのようなことが本当に可能なのでしょうか? 如何にボソンジャンプと言えど、16万8000光年もの距離を覆すようなものでは――」

 

 「可能でなければヤマトは出現していないだろう――もっとも、地球にヤマトの後に続く艦を作る余力はあるまい。ヤマトの出自がどうであれ、あの艦さえ粉微塵に粉砕すればそれで終わりだ。シュルツに全力でヤマトを潰せと命じろ! 冥王星前線基地に援軍を送れ! ヤマトはイスカンダルに行く前に必ず冥王星基地を叩きに来るはずだ。冥王星をヤマトの墓場にしてやるのだ!」

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第一章 遥かなる星へ

 

 第六話 氷原に眠る

 

 

 

 宇宙戦艦ヤマトは一路土星に向かって進路を取っていた。

 

 案の定波動砲の反動でヤマトは傷を負っていた。

 発射口周辺の装甲板に亀裂が入ったのもそうだが、波動エンジンのエネルギー伝導管が焼け付いたり、コンデンサーの融解が発生。このままではエンジンそのものが致命的な損傷を被りかねない危機的状況にある。

 そのため初速を稼いだ後は波動エンジンを停止し、相転移エンジンから得られるエネルギーのみでの片肺飛行を余儀なくされていた。

 

 元々ヤマトのメインノズルはタキオン粒子の噴出による反動推進と、タキオン粒子の持つ空間歪曲作用を利用した、フィールド推進機関を併用した複合推進装置だ。そのため、タキオン粒子を生み出せない相転移エンジンからの供給だけでは作動しない。

 また、波動エネルギーの転用によって機能している重力波兵器やディストーションフィールドも、相転移エンジンからの電力供給のみでは十全な機能を発揮出来ない。

 

 一応、波動エンジン停止時に相転移エンジンからの供給で最低限の機能を維持出来るバイパス回路が用意されていたので、ヤマトの機能が失われるという事だけは避けられているが、それでもヤマトの消費に釣り合うエネルギーを、6連相転移エンジンが生み出す事は無い。

 

 そのため、ヤマトは現在まともな戦闘能力が無いに等しい。出力不足で火器も防御も機動にも著しい制限が掛かっているのだから当然だ。

 

 土星到着まで約2日を想定しているが、その間ガミラスの攻撃が無い事を祈るばかりと言う、大変心許ない状況に置かれていた。

 

 

 

 

 

 

 「ガミラスの追撃が無いのは不幸中の幸いだね……あちらさんも、波動砲が相当怖いみたい」

 

 と艦長室でアキトと雪と一緒の食卓を囲んでいるユリカが溜息と共に独り言ちる。波動砲の試射から数時間。流石に食事が喉を通らないが、いやでも摂取しなければあっと言う間に駄目になる体なので、無理やり胃に流し込む。

 食べ慣れたはずの栄養食が、何時にも増して不味く感じる。アキトが傍にいてくれるのにこれだという事は、自分の決断ながら相当堪えているな、と考える。

 

 アキトも雪も食の進みは遅かったが、同じ気持ちなのか食べ物を口に運ぶことを止めない。アキトはプレートメニュー(白米、合成肉のステーキ、ミニトマトの入ったレタスのサラダ、コーンポタージュ、ヤマト農園産トマトジュース)を、雪は手軽に食べられるタマゴサンドと野菜サンド、それに紅茶パックを夕食として持ち込んでいる。

 食の進みも遅いが会話も弾まない。波動砲で市民船を消滅させたことを、誰もが気に病み艦内の空気を悪くしていた。

 

 「確かにな。今まともに戦おうとしたら艦載機しかないけど、ダブルエックスと重爆装備のエステバリス以外じゃまともな対艦攻撃出来ないし、結構不味いよな」

 

 アキトは合成肉のステーキを齧りながら、ユリカの意見に賛成する。

 ユリカの前で普通に食事するのが申し訳ないアキトだが、一緒に食べる事をユリカが喜んでくれているし、こっちが遠慮すると却って気にしてしまうので、我慢して食べる。

 

 ヤマトも食糧事情は決して豊かではないため、食品の一部が早くも合成食品になっている。

 今齧っているステーキにしても人工的に培養したたんぱく質をそれっぽく固めているだけなので、勿論本物の肉には味が及ばない。

 味覚を失っている間はそれこそ栄養食だけで過ごしたアキトだが、せっかく味覚が戻ってもこれでは嬉しさ半減。いや、自分が閉じこもっている間にここまで状況が悪くなっていたのだと改めて思い知らされた。

 今はまだ野菜もその形を保っているが、そう遠くない内に食用プランクトン等を固めた、野菜代わりのペースト食か固形食に切り替わる。

 

 それでも農園が稼働している限りは多少なりとも形を保った野菜が得られるのが、せめてもの救いだ。

 と言うか、ユリカが言い出したある要望のおかげで予定よりも早くに合成食品を使わざるを得なくなったのだ。内容が内容なので反対意見よりも賛成意見が勝ったため、結局こうなっている。

 

 「でもガミラスが慎重になるのもわかるわ……あの威力、使った私達自身が一番怖いのだもの」

 

 雪が自分の気持ちを吐露する。

 あの力に頼らなければヤマトの航海の安全は無く、今後の地球の安全問題にも関わってくるかもしれないと知らしめられた直後なだけに、ついつい波動砲の事を考えてしまいがちだ。

 

 その後も会話は弾まずただ食事を口に運ぶだけに留まり、ユリカが入浴する段階になるとアキトは食器を引き取って艦長室を後にする。

 夫とは言え自分がユリカの入浴介助をするのは流石に風紀的に不味い。

 

 それに、欲望を抑えきれずに襲い掛かってしまったらユリカの体に大きな負担をかけることになる。

 今の彼女のコンディションでそんな負担を掛けたら大変なことになりかねないので我慢するしかない。

 夫として、妻を苦しめる行為だけは避けたいのである。

 

 ――もの凄く残念だけど仕方が無いのだ!

 

 

 

 「ねえ雪ちゃん」

 

 「何ですかユリカさん?」

 

 ユリカの髪を丁寧に洗いながら雪は応対する。

 

 「進君とは進展無いの?」

 

 「えっ!?」

 

 ユリカの突拍子もない言葉に動揺してつい手に力が入る。髪を引っ張られたユリカが「いだっ!?」と呻く。ついでに首が勢い良く後ろに倒れる。油断していたから殊更ダメージが大きい。

 

 「す、すみませんユリカさん。でも、いきなりそんなこと言うから」

 

 動揺を隠せない雪はドギマギしながら洗髪を続ける。

 ユリカは痛む首を摩りながらも追及の手を緩めない。

 

 「だって、案外そういう話が聞こえてこないし。やっぱり職場が違うとなかなか厳しいのか――私の時は結構アキトに会いに行ったけど、雪ちゃん忙し過ぎるよねぇ」

 

 と、ナデシコ時代を思い返してみる。

 ユリカの時はジュンが日頃の雑務の多くを引き受けてくれていたし、むしろ押し付けてアキトに会いに行っていた。

 

 ……今思うと艦長としてどうかとも思うが、その結果アキトと結ばれたのだから個人的には良かったのだろう。

 ――艦長としてはやっぱり減点だろうが。

 

 対して雪は真面目に責務を果たしているし、艦内での仕事はむしろかなり多い。

 

 300人もの人間が日々生活しているとなればどうしても消耗品の消費も激しく、様々な問題も発生する。

 生活班としてそれらに対応する事は勿論、クルーの健康を日々気遣い食事のメニューの決定や健康診断の実施、怪我人が発生すればその治療だったり場合によっては手術の有無、さらには艦内の食糧プラントの管理運用に各部署から要求される生活必需品や常備薬の補填や交換等々。

 それらの統括責任者である雪の仕事は中々に大変なものだ。

 

 無論生活班と一口に言っても部門毎に分かれていて個々に責任者がいる。

 イネスも生活班医療科の責任者であり艦医の立場にあるし、食堂の管理を任されているのは炊事科の平田一という古代と島の同期の1人だ。結構腕が立つので合成食品が使われているヤマトの食事も割と好評だ(ナデシコ組には物足りない様子だが)。

 ――密かにアキトは料理人として尊敬していたりするので、暇を見つけては少し話をして、どのような創意工夫を持って美味な料理に仕上げているのかを色々訪ねてはメモしたりしている。

 復帰後に反映すべく座学に余念が無い様子だ。

 

 「そ、そんなこと言われても。今の古代君はそんな余裕が無いですし……」

 

 てな感じでテレテレしながら雪が反論する。

 実際今の進は何としてでも冥王星基地を叩いて見せると意気込みも露にゴートやら月臣やら、さらには基地攻略の要になるであろうアキトを交えて戦術論争に余念が無い。

 それ以外でも日々の日課であるトレーニング全般に愛機の整備作業の手伝いなど、忙しく過ごしているため雪と遭遇する回数は片手で数えるほどしかない。

 

 「出航して3日目にしてそれじゃあ体が持たないのに……ねえ雪ちゃん、仕事を増やすようで悪いんだけど、タイタンでお仕事頼んで良い?」

 

 にっこりと微笑んだユリカの提案に、少し悩んだ後雪は応じた。

 

 (これで少しは進展すると良いなぁ。ヤマトの記憶とか関係無く、お似合いに思えるしね)

 

 てな事を考えながら、ユリカは進と雪をくっ付けようと色々画策し始める。完全に下世話なのだが彼女は全く気にしていない。

 お似合いだと思うのは本当だし、進にはこういったしっかりした女性が一緒にいた方が良いだろうという、完全な親目線の思考が定着している。

 

 それが進にとって良い事なのか悪い事なのか、神のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

 入浴を終えたユリカは、少し涼んでから雪に手伝ってもらいベッドに入った。

 

 だが、全く寝付けない。

 

 頭上に広がる宇宙空間を何とも無しに見ている。

 体は疲れ切っているはずなのに意識だけははっきりと覚醒して眠れない。

 

 脳裏を駆けまわるのは波動砲で消滅した市民船の姿。

 そして、熱い涙を流して自分を擁護した月臣の姿。

 

 強烈な罪悪感に胸が苦しい。かつて故郷を奪った相手、自分達の幸せを奪った相手の故郷とは言え、こんな結末は望んでいなかったと言うのに。

 ガミラスとの戦いが終わったら、再建は無理でも思い出の品の回収くらい出来たかもしれないのに。

 

 その機会を永遠に奪ってしまった。許されないことをしてしまった。

 

 思い返されるのは自分の判断ミスが原因で死なせてしまったユートピアコロニーの生き残り。あの時の光景と波動砲で消し飛ばした市民船の姿が重なる。

 

 ――気持ち悪い、吐き気がする。

 

 後悔渦巻くユリカの胸を突如として激しい痛みが貫く。体を内側から引き裂かれるような、まるで寄生生物か何かに食い荒らされて突き破られるような、到底堪えられない程の激痛にユリカは絶叫する。

 

 「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁーーーーーーっ!!!」

 

 両手で胸を抑えてエビ反りになって苦しむ。

 痛みで霞む視界の中から何とか右側の壁に据え付けられている艦内通信パネルを見つけて、ユリカの為にわざわざ用意された医務室への緊急コールボタンを渾身の力で叩くが、上手く叩けなくて2度3度と叩いてようやく押すことに成功した。

 パネルの点灯を見届けたユリカだが、安堵する間も無く絶え間なく襲い掛かる激痛に身を捩って堪えようとするが痛みは収まらない。

 

 むしろ強くなっているような気すらする。

 

 ベッド横の棚に置かれた薬に手を伸ばすことも考えられず悶え苦しみ、とうとうベッドから転がり落ちる。両目から止めど無く涙が溢れ、口から泡を飛ばし、ビクビクと手足が痙攣を起こす。すでに視界は焦点が定まらずまともに像を結ばない。

 それでも何とか意識を保つ。意識を失ってしまったら2度と覚めないと思い、激痛に吹き飛びそうになる意識を何とか繋ぎ留めて耐える。

 

 「た……助け、てぇ……だれ、かぁ……あ、あき、とぉ……」

 

 霞む視界の中、ドアに向かって手を伸ばし、救いを求める。度重なる死神との死闘で弱り切った体と心がさらに疲弊していく。

 

 それでもユリカは戦い続ける道を選ぶ。

 

 全てはこの先にある未来の為。

 

 地球を救い、この戦いを終わらせて、もう1度アキトと一緒にラーメン屋をするため、アキトの子供を産むため、ルリに今一度暖かい家庭を与えるため、ラピスに家庭と言うものを教えるため、エリナやミナトら友人達と楽しい時間を過ごすため。

 そして息子同然と愛情を注ぎ始めた進の為にも。

 

 負けられない。その一心で必死に生にしがみ付く。

 

 緊急コールを聞きつけた当直のイネスが、第二艦橋の下にある医務室から緊急セット一式を詰めたカバンを下げて、2分もしない内に駆け付けてくれたのは、彼女にとっての救いだった。

 

 

 

 

 

 

 その後イネスの懸命の処置で何とか落ち着いたユリカは、ぐったりとした様子でベッドに身を委ねている。

 半分だけ開かれた瞼から覗く目は、焦点が合っていない、薄く開いた唇からは呻き声が漏れ、汗に塗れて青白くなった顔が痛々しくて見ていられない。

 痛みとの戦いで力を使い果たしたのか、意識もはっきりしていなくて、こちらの呼び掛けにもあまり反応してくれない。

 

 教えておくべきだろうと呼び出しを受けたアキトとルリ、エリナとラピスも青褪めた顔でユリカの容態を伺っている。

 

 「おそらくストレスが原因ね。波動砲の件、想像以上のストレスだったみたい」

 

 イネスの診断に全員が納得しつつも、慰めの言葉が無い事実に気落ちする。あの状況ではあれ以外に選択肢が無いのは事実だ。だがそんなことは彼女自身が一番良くわかっている。

 仕方なかった、で納得出来るほど小さな問題でもない事も、身に染みている。

 

 彼女は自身の決断で、滅ぼされたとはいえ木星市民が還るべき場所の一画を永遠に奪ってしまったのだ。

 

 「ここ最近は薬で落ち着いていたけど、やっぱり過度のストレスがかかると抑えきれないのね……」

 

 イネスの表情も暗く、悔しそうだった。彼女の力を出し切っても、イスカンダルの医療技術を活用しても、現状では救う手立てが無い。

 そしてこの一件で、今後ガミラスの妨害で激戦に晒されたら、大宇宙の自然が牙を剥いてきたら……それを乗り越える度に、そのストレスでユリカが苦しむ可能性示された。

 それはすなわち、彼女の遺された時間が急激に減っていくという事を意味している。

 

 その残酷な事実がこの場にいる全員を打ちのめす。

 

 「ユリカ……」

 

 涙声で妻の名を呼ぶアキト。

 彼にとっては初めて見るユリカの姿に胸が騒めく。

 自分の知らぬところで彼女は幾度もこのような苦しみを味わい、そして耐えてきたのだろう。

 滅んでもなお彼女を苦しめ続ける火星の後継者に改めて怒りが湧いてくるが、組織としてはすでに影も形も無く、荒廃した地球で死に絶えた連中にアキトが出来る事は何一つ無い。

 

 そしてアキト自身も、ユリカにしてやれることは殆どない。

 ストレス解消のために日々の生活を共にすることしか出来ないのに、彼女がこうなったのは自分がその役割を果たせなかったからではないかと後悔が胸に渦巻く。

 

 「イネス、彼女の傍に誰かおいていた方が良くないかしら。せめて今日だけでも」

 

 そう提案するエリナにラピスが手を挙げる。

 

 「私が残ります。ルリ姉さんよりも体が小さいから、一緒に寝ても負担に成り難いと思う。本当はアキトが一番だと思うけど、風紀上の問題があるんでしょ?」

 

 何時に無く積極的なラピスに全員が頷く。

 

 「頼むよラピス。ユリカを見ててやってくれ」

 

 「私からもお願いします。ラピス、何かあったらすぐにイネスさんを呼んでね」

 

 「頼んだわよラピス。でも、貴方もしっかり休まないと駄目よ」

 

 各々が頭を下げ、名残惜し気に艦長室を後にする。これ以上ここに居ても邪魔になるだけだ。

 帰りのエレベーターの中で我慢しきれなくなったルリはついに泣き出してしまう。

 地球帰還後は、薬のおかげで以前のような発作を起こさなくなっていたユリカに安心していただけに、今回の発作が殊更ルリの心を乱している。

 

 「ルリちゃん、貴方も今日は私の所に泊まりなさい。放っておけないわ」

 

 「――は、い。お、願い、します」

 

 しゃくり上げながらエリナの提案に応じたルリはそのままエリナの部屋に連れられて行った。アキトも自分の部屋に戻りベッドに身を投げ出す。

 

 「――大丈夫だったのか?」

 

 同室になった月臣が声をかけてくる。

 ヤマトの乗組員は各班・各科のチーフなどを除けば基本的には2人部屋か3人部屋で生活する。

 出航直後は月臣は2人部屋を1人で使う形になっていたが、これはアキトを意地でも送り出してヤマトに乗せようとしたアカツキの配慮だ。

 こういう事態の時、見ず知らずの人間よりは行動しやすいだろうと、気遣ってくれたのである。

 つまり月臣もその点では共犯者である。

 

 「何とか」

 

 「発作の原因は?」

 

 月臣が訪ねてくるが、アキトはすぐに答えられない。沈黙で誤魔化そうとしたが、駄目だった。

 

 「――俺に言えない事なのか?」

 

 「――波動砲の、ストレスだろうって、イネスさんが言ってた」

 

 これを月臣に告げるのは酷だろうと思ったが、そこまで食い下がられては言わないわけにはいかない。

 「そうか」と言葉少な気に受け入れた月臣は続ける。

 

 「気にするな、と口にするのは簡単だ。だが、慰めにはならないだろうな」

 

 月臣とてユリカが心配だ。彼女を、そしてアキトを苦しめたのはかつて自分が信じた上官であり、正義なのだ。その犠牲者を目の前に突き付けられ、もがき苦しむ様を伝えられては平気ではいられない。

 それに、ヤマトの再建計画やダブルエックスの開発で多少なりとも接点を持っている以上、月臣とて関係者の1人と言っても良い。

 

 「ああ」

 

 2人の間を沈黙が支配する。これ以上交わすべき言葉思い浮かばないし、交わしたところでユリカが救われるわけではない。

 彼女自身の決断が招いた事なのだ。酷なようだが彼女自身が乗り越えるしかない。

 願う事があるとすれば、他の木星出身のクルーが彼女を責めたりしないことだけだ。

 

 だが、それすらも虫の良い話だと2人は自己嫌悪に苦しむ。

 

 結局2人はそれ以上言葉を交わすことなく互いに眠りについた。

 その胸に、この状況を生み出した暴走した正義と、ガミラスへの怒りを燻らせながら。

 

 

 

 

 

 

 エリナの部屋に案内されたルリは、エリナに向かって胸に溜まっていた感情をぶつけていた。

 迷惑だろうと残された理性が訴えていたが、そうでもしなければ自分が壊れてしまいそうでどうしようもなかった。

 

 「どうして、どうしてユリカさんがあんな目に遭わないといけないんですか? 戦争に参加したから? A級ジャンパーだから? どちらにしたって理不尽じゃないですか……! 私たち家族が何したっていうんですかぁ……!」

 

 泣きながらしがみ付いてくるルリを優しく抱き留めて背中を摩るエリナは、黙ってルリの感情を受け止めあやし続ける。

 しばらくそうしていると、ルリがエリナから離れて両目の涙を拭う。

 無言で差し出されたティッシュを「ありがとうございます」と受け取って鼻をかんで、ようやく落ち着きを取り戻した。

 

 「御免なさいエリナさん。エリナさんに当たってもしょうがないのに」

 

 「構わないわ。下手に抱え込んでしまうよりも、吐き出してしまった方が楽よ」

 

 可能な限り明るく応対するエリナ。本当は自分だって無情な現実への不満を喚き散らしたい。

 だが、今はその時ではない。ここは堪えなければならない時だ。

 

 「ありがとうございます。今晩は、お世話になります……」

 

 「どうぞ、遠慮しなくて良いわよ」

 

 と受け入れる。

 その後は、エリナが個人的に持ち込んでいた嗜好品の紅茶を1杯頂いて、気持ちを落ち着ける事にする。

 

 「美味しいです――エリナさん、淹れるのが上手ですね」

 

 ルリはティーカップから漂う芳醇な香りを放つ琥珀色の液体を一口、また一口と口に運ぶ。

 口の中一杯に広がる香りと、熱い感触が荒れていた心を沈めてくれる。

 それにしても、良くこのご時世でこのような嗜好品を確保出来たものだと感心しつつ、ルリは紅茶を堪能する。

 

 「そりゃ会長秘書も務めましたからね。お茶くみだって立派なスキルよ――個人的な嗜好の追及でもあるけどね」

 

 答えながらエリナも自ら淹れた紅茶を一口。うん、上出来だ。

 

 「今度、私にも淹れ方を教えてくれませんか? ユリカさんが回復したら、淹れてあげたいんです」

 

 「私で良ければ何時でも教えてあげるわよ」

 

 断る理由も無いので快く応じる。

 どのような形であれ、前向きなのは良い事だ。

 

 「と言っても、貴重な茶葉なんだから、失敗したら承知しないわよ」

 

 冗談めかして告げるとルリの体がびくりと跳ねる。

 あれ、そんなにきつい言い方だっただろうか。

 

 「そ、そそそそうですよね。貴重なんですよね……ど、努力します」

 

 ルリの態度から「ああ、この娘普段料理とかしないし、お茶もティーバックとかインスタントで済ませてるんだな」と知れた。

 

 「大丈夫よ。付きっきりでみっちり教えてあげるから」

 

 朗らかに笑いながら宣言しただけなのに、ルリは恐縮した様子で「お願いします」と返事をする。

 こういう恥じらいの表情も可愛いではないか、とエリナは率直な感想を思い浮かべる。

 

 ナデシコA時代の彼女からは想像も出来ない感情豊かな表情に、当時を知る1人として成長を、時の流れを実感する。

 

 かつて大人のエゴで生み出された命は、その枷を振り切って健やかに成長した。そんな当たり前の出来事が嬉しく思える辺り、自分も丸くなったものだと苦笑する。

 

 そうやってお茶を楽しんだ後は、夜も遅いので寝支度を始める。明日の仕事に差し支えては本末転倒だ。

 ルリはエリナの寝間着を借りて一緒にベッドに入り込む。

 

 「――エリナさんと一緒に寝るなんて、想像もしていませんでした」

 

 「私もよ」

 

 ルリは子供のようにエリナの体にしがみ付いてその胸に顔を埋める。今は無性に人肌が恋しい。

 

 「ユリカさん、助かりますよね? イスカンダルを、信じて大丈夫なんですよね?」

 

 ルリは先程の一件で浮かんだまま払拭出来ない不安をエリナに打ち明ける。

 イスカンダルは確かにコスモリバースシステムと、優れた医療技術の一端を提供して地球に希望を与えた。

 

 ――だがユリカの体を治せるなどとは当然ながら言われたわけではない。

 

 そもそも彼女の事をイスカンダルが知るはずも無いし、知っていたとしても助ける理由が無い。

 彼女の体を蝕む病魔は地球人同士の内紛が原因でありガミラスが関与しているわけではない。

 

 これは、ルリ達が勝手に言っているだけの事なのだ。

 

 「――助かるわよ。イスカンダルの技術なら、きっとあの娘を元通りに回復させて――子供だって産めるようになる。そうしたら、貴方とラピスも含めた5人での生活が始まるのよ。信じてルリちゃん。そこに確かな希望があるのよ」

 

 らしくない物言いだとエリナは内心自嘲する。だが嘘は言っていない。イスカンダルに行けばユリカが助かる可能性が生まれるのだ。

 

 そう、“全てが上手く行けば”。

 

 だが、全てを知って行動する自分と、何も知らずにあるかどうかも定かではない希望に縋るルリとの間に、温度差を感じないわけではない。

 

 「大丈夫。彼女は必ず昔の儘の元気な姿を私達に見せてくれるわ。信じるのよルリちゃん」

 

 それは自身に言い聞かせた言葉でもある。例え万に一つの可能性でも0でないのなら縋るしかない。

 それはユリカだけなく、地球にも言える事なのだ。

 

 今はただ、信じるしかない。

 

 

 

 

 

 

 「ごめんねラピスちゃん……」

 

 非常に弱々しい声で謝るユリカにラピスは、

 

 「全然大丈夫だから心配しないで、ユリカ姉さん。私、ユリカ姉さんと一緒に寝れて嬉しいよ」

 

 左手を抱えるように抱き締めて慰める。

 イネスが去った後も顔色が優れず、薬が効きピークを過ぎたとはいえ苦痛が残っているのか呻くユリカを、ラピスは30分くらいはベッドの傍で額に浮かぶ汗を拭ってやったり手を握って励ましたりしながら様子を見続けた。

 少し具合が良くなったのを見定めてから自分もベッドに潜り込む。余り夜更かしをすると自分の仕事にも差し支える。

 元々1人用でそれほど広くないベッドだが、小柄なラピスが抱き着く格好になれば何とかなる。互いの体温を感じて、ユリカもラピスも安らぎを覚える。

 

 「何時でも頼って欲しいの。戦闘指揮とか、皆の鼓舞とかは私じゃ務まらないけれど、機関長としてユリカ姉さんを支えることは出来ると思う。だから抱え込まないで。私も、ユリカ姉さんの家族なんだから」

 

 ラピスははっきりと自分の意見を告げる。アキトに助けられて火星の後継者と戦い、それが終わったらヤマトの再建と、平穏な時間を過ごせているとは言い難いラピスではあるが、これまで出会って来た人達との絆の大切さはわかる。

 だから教わって来た事を今度は自分が実践する番だとして、機関長の職務を懸命にこなし、そしてユリカの家族として彼女を支えるのだ。

 

 「うん――ラピスちゃん、暖かいね」

 

 「ユリカ姉さんも、暖かいよ……大好き、ユリカ姉さん」

 

 「私も大好きだよ、ラピスちゃん」

 

 互いの体温と鼓動を感じながら2人は次第に夢の世界へと旅立っていく……。

 

 

 

 ……前に。

 

 「でもここ結構怖いんですね。外丸見えで」

 

 頭上に広がるのは、無限に広がる大宇宙。

 

 星々の煌めきの中にあると、自分の小ささが身に染みる思いだ。

 

 と言うか、本当に吸い込まれそうな広大さと暗さにマジで恐怖が走る。

 ラピスは身を縮こまらせて恐怖を露にする。

 

 「うん……シャッター降ろそっか?」

 

 ユリカもラピスの意見に賛成する。この部屋ですでに3日生活しているわけだが、最初の1日は幼少時代を過ごした火星だったから問題無かった。

 だが、2日目に初めてこの部屋で、窓を開いた状態で就寝した時は真面目に怖かった。

 

 だって透明な硬化テクタイトを3枚隔てた(実は放射線除去や防御の都合で3枚重ねで、その間にフィールド等が展開されている構造)先に真空の宇宙があるのだ。それは恐怖である。

 ついでに星の明かりが室内に入り込むため、場合によってはそれで目が覚める事があるのも、すでに経験した。

 

 素直に再建の際、艦長室を移動しておけば良かったとつくづく後悔したものだが、衰えた体で緊急事態に即応し、艦橋に移動する事を考えると、旧来の構造を再現した方が都合が良かったのも事実だ。

 しかし、何故ヤマトは宇宙戦艦として生まれ変わる際にこのような場所に最高司令官の部屋を用意したのだろうか。考えれば考える程不思議だ。

 

 「勿論降ろしましょう」

 

 ラピスはユリカの提案にそれはもう眩い笑顔で応じた。

 ユリカは返事を聞くが早いか防御シャッターの開閉スイッチに手を伸ばして、シャッターを下ろす。

 

 艦長室の窓が装甲シャッターで覆われて、広大な宇宙空間が視界からシャットアウトする。

 一応弱い室内灯が点灯するので、完全真っ暗と言うわけではないが、これで部屋の中には安寧な光景が与えられたと言えよう。

 

 「それじゃ、改めてお休み、ラピスちゃん」

 

 「おやすみなさい、ユリカ姉さん」

 

 

 

 

 

 

 次の日、ユリカはラピスと雪と一緒に朝食を摂る。何故ラピスが艦長室にいるのか雪は疑問に思ったが「寂しかったから一緒に寝て貰った」とユリカが誤魔化したためラピスも本当の事は打ち明けなかった。

 その理由も事前に聞かされていたので多少呆れたが、特別反抗する理由もないので。

 

 「いやぁ~。艦長室って剥き出しだから偶に怖くなるんだよねぇ~。やっぱり再建の時に別の場所に移せばよかったかなぁ~」

 

 ケラケラ笑っているユリカだが、雪は顔色が悪い事を即座に見抜いて、ラピスが一緒にいたのは彼女の様子を観察するためだと察した。だが、本人達が隠したがっているようなので余計な詮索はせずに、

 

 「そうですね。プライバシーがあってないようなものですし、女性の部屋としては不適切ですね」

 

 と話題に乗っかる。

 

 でも、艦長室のシャッターが下りていたことを考えると案外怖かったのは事実なのだろうと思う。

 景色は良いが暗い宇宙空間はじっと見つめていると、吸い込まれそうな錯覚を起こすこともあるので気持ちはわかる。

 

 「本当に怖かった。ユリカ姉さんもよくここで生活する気になったと思います――でも、プラネタリウムと考えれば大丈夫なのかな? 星の海はとても奇麗ですし」

 

 今は解放されている艦長室の窓の外を見て、ラピスがうっとりとした顔で感想を述べる。

 確かにドーム状の窓ガラスから観察出来る星の海は吸い込まれそうなほど奇麗だ。

 

 こういう席では、この景色を一望出来るのは悪くない。とてもムードがある。

 

 (何時かアキトとこんな場所で思う存分イチャイチャして、朝を迎えてみたいなぁ)

 

 等と凄まじい妄想をしながらユリカはスプーンを加える。

 

 本当に、弱り切った体が恨めしい。

 

 

 

 

 

 

 身支度を終えたユリカはラピスを伴って、と言うよりはラピスに同行する形で機関室に顔を出した。

 相も変わらず杖を突いて、ゆったりとした足取りで歩くユリカを心配そうに見ながらもラピスは止めない。

 いや、止めようとはしたのだが「空気が重いから巡視を兼ねて明るくしに行こう」と言い出したユリカを、例によって止める事が出来なかった。

 

 一応ユリカ自身も「艦内巡視に出るから随伴よろしく」とラピスを従えたり、機関室を見た後は途中でアキトと落ち合ってそのまま他の部署も見て回るつもりのようだ。

 

 本当は昨日の今日なので大人しくして欲しいのだが、言い出したら聞かなくて困る。

 

 機関室に足を踏み入れた2人。ラピスは近くにいた徳川太助の姿を認め、挨拶ついでに現状確認をしようと声をかける。

 

 「おはようございます徳川さん。エンジンの様子はどうですか?」

 

 「あ、おはようございます機関――」

 

 長と続くはずだった言葉が途切れる。その隣に制服をビシッと着た最高責任者の艦長が立っていれば無理も無いだろう。

 

 「か、艦長!?」

 

 太助の絶叫が機関室に響き渡る。

 その声に驚いた機関士達が一斉に出入り口に視線を向ける。

 確かにそこに艦長と隣に立つ我らが妖精の姿があった。

 

 「艦長! どうなされたのですか?」

 

 機関士の中ではベテランで副機関長の立場にある山崎奨が傍に駆け寄って用件を尋ねる。

 ユリカが(一応)重病なのは艦内周知の事実。それがわざわざ足を運んだという事は、何か重大な案件があるのかもしれない。

 もしかして、予定が変わって土星に行けなくなったとでも言うのだろうか。

 

 「いえ、皆の様子を見に来ただけです。エンジンも気になりますけど、私の知識と技術じゃどうにも出来ませんし、そこは皆さん頼みです。ははぁ~」

 

 と言って機関士一同を拝むユリカの姿に全員が何とも言えない気分になる。

 仮にも最高責任者なのに、こんなに簡単に頭を下げて良いのだろうか。しかも拝まれてるし。

 

 「それに、艦橋と艦長室だけ行き来してるのも息が詰まりますし、顔を出しておかないと忘れられちゃうかもしれませんしから!」

 

 と言うユリカに対して、

 

 「いえ、それだけは無いでしょう……」

 

 と山崎は苦笑いを浮かべる。後ろで機関士達も似たような顔をしている。

 その脳裏に浮かぶのは当然なぜなにナデシコ――時折クルーの間でリピートされているので忘れられることだけは絶対に無いと思う。

 機関部門でも、ワープの回は理解を深めるためにとこの4日間でも結構な頻度で繰り返し見ているのだし。

 

 そもそも出航してまだ4日目なのに艦長の存在を失念するような者がいるのだろうか……居たらそいつは叱責確定だな、と山崎は考える。

 

 生真面目で頑固者の気がある山崎も、最初ユリカがなぜなにナデシコを始めた時は面食らったものだが、艦長として部下のケアに努めているのだと思えばまあ大丈夫――実際受けがいいし。

 ただ、視聴して部下がはしゃぐ姿は正直見ていて胃が痛む。

 お前らもう少し真摯に仕事に向き合えないのかと文句が口から出そうになるが、せっかくユリカやルリ、生贄1名が体を張って艦内の空気を明るくしようとしてくれているのにそれではいかんと、山崎は自分を抑え、仕事でミスをしたら叱責するに留めている。

 

 「あの、艦長」

 

 山崎の隣を抜けて数人の機関士がユリカに向き合う。その姿を見て山崎は眉を顰める。

 

 全員が木星出身のクルーだ。

 

 まさかユリカに腹いせをするつもりじゃないだろうかと疑うが、そのような気配も無いし決めつけて遮るわけにもいかない。

 ユリカも木星出身者であることを承知しているのだろう。先ほどまでの軽い雰囲気が消えて背筋を伸ばす。

 

 「冥王星前線基地を叩くとは、本当なのですか?」

 

 「本当だよ。最初からそのつもりだった。放置しておいたらヤマトが帰る前に地球が滅んじゃうかもしれないからね――それに、あそこを潰すことが、今まで散って逝った仲間達に対する弔いだと思う。例え反対されたとしても、私は艦長命令を持ってあそこを叩く――これだけは絶対に譲れない」

 

 これは本心だ。ユリカは別に争いを望んでいるわけではないし復讐とかにも興味は無い。だが愛するモノを護るために全身全霊をかけて戦い、今日まで希望を繋いでくれた英霊達に報いるためにも、あそこだけは叩き潰す。

 

 それを手向けとしてヤマトはイスカンダルに行く。この戦争の先にどのような結末が待っていようとも、仮にあそこを叩くことで今後の妨害がより苛酷になるとしても構わない。

 

 散って逝った、そして今も生きている仲間達の為にも、冥王星前線基地だけは絶対にこの手で叩き潰す。

 

 それがユリカの偽りならざる想いだ。

 

 「――それが聞ければ満足です。我々木星人一同、我々を受け入れてくれた地球の皆さんの為にも、そして地球に残してきた同胞たちの為にも、誇りと名誉にかけて任務に尽くします! 艦長、我々も共に戦います! 我々の想いは1つです!」

 

 全員が敬礼を持って熱い想いをユリカにぶつける。不覚にもユリカは胸が熱くなった。

 罵倒されてもおかしくないのに、着いてきてくれるのか。

 

 「わかった。ならもう一度言うよ。皆さんの命、私が預かります。ヤマト共に、必ず地球を――愛する家族の未来を救いましょう!」

 

 ユリカの言葉に合わせて木星人クルーの周囲にもウィンドウが展開、敬礼した同じ木星人のクルーの姿が映っている。

 その中には月臣とサブロウタの姿もある。

 どうやらコミュニケをサウンドオンリーで起動して全員に聞かせていたようだ。恐らく、彼らの内誰かがユリカに遭遇したらこうするつもりだったのだろう。

 ユリカは全員に向けて答礼して応える。もうこれ以上の言葉は余計だ。

 

 隣で不安そうな顔をしていたラピスも、今は笑みを浮かべてユリカの姿を見守っている。良かった、これでもうユリカは市民船の問題に潰される事は無い。

 

 その後は機関士全員を改めて1人1人激励し、エンジンの具合を聞いて頭を悩ませた。

 幸いラピス率いる機関班と真田率いる工作班の間ではすでにエンジンの改修案が固まっているらしく、後はコスモナイトを手に入れてエネルギー伝導管やコンデンサーを新しいものに置き換えるだけと言う段階まで言っていると聞いて、ユリカも顔を綻ばせる。

 

 「ただ、部品の交換作業には半日以上、部品製造にもその程度はかかると思われるので、改修後のテストも含めると1日、余裕を見ても1日と6時間は欲しい所です」

 

 とは山崎の意見だ。

 

 「わかった。後で大介君達と相談して日程の調整をするね――ベテラン機関士の意見だから無下にはしないよ。私は皆を信じてるから!」

 

 満面の笑みで言い切るユリカに機関士達も頼もしい笑顔で応じる。

 

 「じゃあ私他の部署見てくるね。ラピスちゃん、山崎さん、太助君、後よろしくね」

 

 手を振りながら踵を返す。ベテラン機関士である山崎奨はとても頼りになるのだが、名字の関係で自分達を弄んだあの科学者の事を思い出すのが辛い。

 まあ人を食った笑みを浮かべるあの科学者と違って、こっちの山崎はナイスミドルなおじさんと言った感じで頼もしいのだが。

 強いて言えばガミガミ五月蠅いのが玉に瑕か。恐らく内心ではユリカ達ナデシコのノリに馴染めない部分もあるのだろう。

 

 でも、自分が指揮する艦で沖田が指揮したヤマトの様な雰囲気はあり得ないので我慢して下さいと、ユリカは声に出さず山崎に諦めるように願う。

 

 ユリカはアキトと合流すべく廊下を進み、次の目的地である格納庫に向かう。心配させないように事前に連絡は入れておく。

 また怒られたくないし。

 

 「艦長、おはようございます」

 

 前から歩いてきたクルー達が挨拶してくる。うむ、ここは変な心配をさせないように1発ビシッと決めるとしますか。

 

 「おはよう、今日も頑張って行こうー!――っ!?」

 

 元気よく右手を振りかぶってみた時、異変が彼女を襲った。

 

 

 

 

 

 

 ユリカが機関室を立ってからしばらく、アキトはリョーコに断ってからユリカの様子が気になって待機室を出た。

 「すぐに行くよ~」と連絡が来てから5分も経つが一向に姿が見えない。心配になったので迎えに行くことにしたのだ。

 一応コミュニケに連絡しよう。もしかしたらどこかで休んでいるのかもしれないし。

 

 

 

 

 

 

 その頃、ルリはハリを呼んで電算室で色々と相談を持ち掛けていた。

 

 「――やっぱり今のままだとガミラス相手にシステム掌握を仕掛けるのは無理だと思いますよ。ヤマトの通信システムの規格は、ガミラスのそれに近づいた物なのでナデシコCよりその点はマシだと思います。でも、ヤマトはナデシコCみたいに電子戦特化ではなく、極々オーソドックスな、直接相手と打ち合う正真正銘の宇宙戦艦です。オモイカネもヤマトでは全力を出し切れませんし、無理をすればその分ルリさんの負担も大きくなります」

 

 「――わかってはいても、残念です。システム掌握が出来れば戦闘の負担も減ると思ったんですけど……やっぱり無い物ねだりなのかなぁ」

 

 そう、ルリはハリに協力して貰って、ヤマトでも何らかの形でシステム掌握が実施出来ないかを再検証していたのだ。ユリカの負担を少しでも減らせないかと考えての事だったが、やはり今のヤマトでは難しい事が分かっただけだ。

 ヤマトの通信システムはガミラスの物に類似したタキオン粒子を使用した超光速タキオン通信波システム。ガミラスもどうやら似た様な物を使っていることが、ヤマトの完成に伴うデータ比較で判明している。

 なのでもしかしたら、と淡い期待を抱いたのだが、そうは問屋が卸さないようだ。

 

 「真田さんに相談して、ヤマトに改造を加えてもらうか、それとも何かしらの手段を講じれば限定的には出来ると思いますよ。対策されるとどんな攻撃だって通用しなくなって行くと思いますから、ルリさんが気落ちするようなことはありません!」

 

 ハリはルリを励まそうと力強く意見する。

 だが何の保証もないわけではない。ハリとてルリの落ち込みを放置出来ずに色々と知恵を絞り続けていた。

 以前の様に通信回線を利用したハッキングが出来ないのなら、直接相手に端末を打ち込んで強制介入するとか、もしくはハッキングではなくウイルスを送り込んで攪乱してしまうとかだ。

 とは言え、ガミラス艦のシステムのデータが不足気味なのでどの手段も有効とは言い切れない。

 

 「ありがとうハーリー君。励ましてくれて――せめて、ガミラスの兵器のサンプルでも手に入れる事が出来れば、徹底解析して対策を立てることも出来るのに……」

 

 ガミラスとの戦争が始まってすでに1年が経過しているが、一方的に打ち負かされ続けている地球はガミラスの兵器を直接鹵獲する機会には恵まれていない。

 無論地球とてガミラスの兵器を撃破はしているのだが、広大な宇宙空間での戦闘では中々回収出来るものではない。

 有効打になるのが相転移砲という事もあって、撃破した兵器は破片も残らない事も多かったのも、それに拍車をかけていた。

 ルリのハッキングによって得られた成果もあるのだが、全貌を解明するにはデータが不足気味だ。

 

 やはり、現物を抑えて徹底的に解析する他ない。出来れは基地施設とか軍艦のシステムを解析する機会が欲しい所だ。

 

 「これ以上根を詰めても意味がなさそうですね。オモイカネもご苦労様でした……ハーリー君、付き合わせたお詫びにお茶をご馳走するね。一緒に食堂に行こう」

 

 無理にでも笑顔を作ってハリを誘う。ハリも笑顔を作って応じるが内心では泣きたくて仕方ない。これではヤマトに乗る前の、ユリカが無茶をしていた頃のルリに逆戻りだ。

 

 多分、昨晩ユリカに何かあったのだろうとハリは見当をつけた。波動砲で市民船を吹き飛ばした事が負担になったんだと思う。あれは、自分にとってもとても辛くて、正直言えばまだ飲み込めてないし、昨日の夜はよく眠れていない。

 しかしハリはそれを顔を出さないように懸命に堪える。今ルリの前で泣くわけにはいかない。不満を言うわけにもいかない。敬愛するルリの為にも自分が我慢しなければ。

 ハリはその一念で涙を堪えて笑顔を浮かべる。

 

 電算室を出て食堂に向かう途中でサブロウタに遭遇した。

 

 「お、デートですか2人とも」

 

 「茶化さないで下さいよ、サブロウタさん!」

 

 サブロウタの軽口にハリはいつも通りの反応で応じる。

 こういう時サブロウタの存在が有難い。こうやっていつものノリを演じることがルリにとっての救いになると、ハリは信じている。

 だからこそからかって貰えたことを安堵してそれに乗る。

 

 サブロウタもそんなハリの心中は察しているし、ルリは彼にとっても敬愛する上官だ。だからハリが望む通りからかい、場を盛り上げるのだ。

 ――内心では宇宙の塵と消えた故郷に思う所がある。が、先程のユリカの答えでサブロウタも自分なりにケジメを付けた。

 ――全てのツケは、ガミラスに払わせる。

 

 「――まあ、そんなところですね。それともハーリー君は、不満?」

 

 心なしか頬を染めたルリの態度にハリもサブロウタもぎょっとするが、こういう時ハリの反応は光よりも速い。

 

 「め、めめめ滅相もありません! ぼ、僕はる、るるるルリさんとデート出来て大変こここ光栄です!」

 

 予想外のサプライズ(?)にすっかりのぼせ上がったハリはどもりながらも喜びの言葉を紡ぐ。完璧に地が出ているが取り繕う余裕なんてない。

 まさに天にも昇るような気持だった。

 こういうご褒美があるからこそ、ハリは普段我慢出来るのである。

 

 (これはこれは……)

 

 予想外のルリの言葉にサブロウタもたいそう驚いた。

 ルリなりの冗談、場を盛り上げるためのリップサービスなのかもしれないが、テンパってるハリを見るルリの目は優しく愛おしいものを見ているようだ。

 無論、これが今まで通り可愛い弟分に向けている視線とも取れるが、もしかするともしかするのかも。

 

 (まあこの1年、一番彼女を傍で支えてきたのはハーリーだもんな。もう少し男を磨けば案外チャンスあるんじゃねえか?)

 

 そう思うとサブロウタも嬉しくなってくる。可愛がってきたハリが着実に男に成長している。

 サブロウタもこの1年ハリのフォローやアドバイスをしてきた甲斐があったと言うものだ。

 

 「んじゃあ、お邪魔無視は去るとしますかね。楽しんで来て下さいよ、ルリさんにハーリー」

 

 と頭の後ろに手をやって飄々とした態度でその場を去ろるサブロウタ。

 

 (頑張れよハーリー。もしかしたらお前、ルリさんの一番星になれるかもしれないぜ)

 

 と、弟分にエールを送りながら持ち場に戻る。こんな日常を護るためにも、絶対に旅を成功させなければ。

 サブロウタなりに、改めてヤマトの使命の重みを実感しながら足を進める。

 その姿に何時もの軽薄さは無く、かと言って木連時代ほど堅苦しい物でもない、だがサブロウタらしい実直さが表に出ていた。

 敬愛する上官の為にも、可愛い弟分の為にも、より一層腕に磨きをかけて如何なる窮地も乗り越えて見せる。

 

 サブロウタは今、熱血していた。

 

 

 

 

 

 

 ルリとハリが食堂でお茶を楽しんでいた頃、アキトはユリカと医療室で合流していた。

 その理由は至って簡単で、ユリカが他のクルーによって医療室に運び込まれて処置を受けていた、ただそれだけの事だ。

 

 「――で、背中とか脚とか腕とかが攣って、動けなくなったと?」

 

 「……うん、心配かけてごめんなさい」

 

 雪に体を解して貰いながら消え入りそうな声でユリカが謝る。あの時元気よく挨拶をしたところ、全身が「ビキッ!」と言った感じで攣ってその場で動けなくなったのだ。

 声も無く青くなって硬直するユリカに驚いたクルーは、そのままコミュニケで医療室に連絡。迎えに来た雪や医療科の人間に運び込まれて治療と相成った。

 ――アキトがすぐにそのクルーに謝罪と感謝を伝えて、せめてものお礼として飲み物を奢ったのは自然な流れだっただろう。

 

 「多分筋力の低下が原因で姿勢が悪くなって、あちこちに負担が掛かっているんだと思います。それに、どうしても運動不足になりがちですから」

 

 ユリカの整体をしながら雪が説明する。本当に多芸な娘である。

 

 「ぅ……んっ……はぁ~……気持ち良いぃ~」

 

 整体して貰っているユリカも心地良さそうにしているが、アキトは心配が尽きない。果たしてこのままユリカに艦長を続けさせるべきなのだろうか。

 いや、代わりを務められる人間が居ないことは重々承知だ。このヤマトは従来の地球艦艇のノリで運用すると全く力を出し切れない。正しく乗組員の意思を纏め上げる象徴としての艦長が必要であり、それ足りえるためには優れた指揮能力と人間的な魅力が要求される。

 

 今のヤマトにはユリカに変わってそれが務まる人間がいない。

 ジュンは型にハマってこそ力を発揮するタイプから、こんな特殊な運用を必要とする艦の指揮官には向いていない。

 ただ、副官としてなら問題ない。むしろ型外れな指揮官をある程度抑えたり常識的な見地からの指摘は必要な事だから。

 

 ルリもどちらかと言うと駄目だろう。残念だがルリはその容姿から来る人気は絶大だが、人間的な魅力で人を纏めるカリスマには大きく欠けている。

 この人に付いていけば何とかなる、と思わせるような魅力と安心感が不足しているのだ。ただ、やはり副官と言うか縁の下の力持ちとしては必要な存在だ。

 

 後、ヤマトでユリカに変われそうな人間は――進だけだ。あの熱い人間性と意外なほど柔軟な思考を持ち、これと決めたらやり通そうとする意志の強さ。

 彼なら、ユリカの代わりにヤマトを引っ張っていく事が出来るはずだ。

 

 だが、彼は経験が大幅に不足しているし、熱血直情型の性格が少し落ち着かない限りは却って自滅しかねない危うさがある。

 

 「はいっ! これで終わりですユリカさん。後は湿布を張りますから、出来るだけ安静にしてて下さい」

 

 「えぇ~。艦内見回るって言っちゃてるのに、ここで止めたら信用無くしちゃうよ~」

 

 唇を尖らせるユリカの姿を「ちょっと可愛い」とか思いながら、アキトは助け舟を出すことにする。

 

 「雪ちゃん、車椅子用意出来ない? 俺が押して回るから」

 

 「用意出来ますけど。それだと艦長の具合を却って心配されませんか?」

 

 「言い訳なら考えてあるから問題無いよ。ユリカの体調が周知の事なら、夫の俺が過度な心配をしてそうしたって言えば誤魔化せるさ。それに、どっちにしたって病状の悪化じゃないんだから、バレてもそこまで深刻じゃないよ……笑い話にはなるかもだけど」

 

 朗らかに笑いながら告げると雪も「それもそうですね」と応じて、壁の収納庫に仕舞われている車椅子を引き出してアキトに渡す。その後はあまり匂わない湿布を貼って貰ったユリカを車椅子に座らせて艦内を練り歩く。

 予想通りユリカの具合が悪いのかと心配されたが、本人が至って元気なのとアキトが心配そうな顔をして見せればそれで大体納得して貰えた。

 

 そもそもヤマト艦内でこの2人の扱いは“ヤマトきっての熱愛(バ)カップル”であって、こういう組み合わせにさほど違和感を抱かないのである。

 痴話喧嘩に医務室でのアッツ~いラブシーンに、先日のなぜなにナデシコでのアキトの行動は、すでに艦内に知れ渡っているのだ。

 

 そうでなくてもこの2人に何があったのかを概ね察しているクルー一同なので、アキトの心配もわからないでもないと考えているのも事実である。

 それだけに、この夫婦を救う事も、密にヤマト艦内では地球を救う事と並んで大切な使命である、と言う認識が定着しつつあった。

 

 

 

 でも、巡視中にイチャつくのは勘弁して下さい。口から砂糖が出てしまいます。壁に大穴を開けたくなってしまいます。

 

 お願いだからピンク色な空気を出さないでぇ~。特に艦長自重して~。

 

 と言うクルーの心の叫びは、残念ながら色々我慢し過ぎたせいでタガが外れているこの夫婦には、微妙に届いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、ヤマトはようやく土星の姿を視界に捉えていた。

 

 太陽系第5惑星の土星。

 誰もが知る特徴的な巨大なリングが生み出す神秘的な姿は、ヤマトのクルーの心にも感銘に似た感情をもたらす。

 今まで人類が直接訪れた事の無い未知の惑星だ。太陽系内では著名な惑星で、映像資料や写真等で知らぬ者がいない程知名度があるとはいえ、実際にその姿を肉眼で確認したのはユリカが初めてである。

 

 当時、コスモナイトを手に入れるために土星圏に足を踏み入れたユリカは、あまりに凄い景色にコスモナイトの事も忘れてはしゃいで、危うく宇宙服の酸素残量が足りなくなるところだった。

 幸いにもそうなる前に我に返って事前に調べていたコスモナイトの鉱脈を探し出し、所在を確認した後ボソンジャンプでぶっこ抜いて帰還した。

 

 が、その時念のためにと持ち込んでいたカメラで思う存分周りの景色を撮影し、帰還後ジャンプの後遺症で具合が悪くなっているにも拘らず「スッゴイ感動的だったよ! みんなも見て見て!」とテンションも高くカメラを振り回して、案の定「安静にしてなさい!」とエリナとイネスに怒られたのである。

 

 ヤマトが立ち寄るのはその数多い衛星の1つ、タイタンだ。土星の衛星の中では濃密な大気を持ち、生命が存在する可能性を示唆されていた。

 太陽から遠いため、表面の温度は低く氷に覆われているが、多くの金属元素が眠っているとされている。

 

 ヤマトはこの星に微量ながら埋蔵されている、コスモナイトを必要としている。

 ヤマトは主翼を展開しつつ、補助エンジンを使ったタイタンの軌道に到達。上空から地表の様子を調べた後、降下していく。

 

 軌道上にヤマトを留める事も考えられたが、まともに戦えないヤマトを宇宙に置き去りにしたところで的になるだけだと判断し、それなら起伏に富み、クレバスなど身を隠せる場所のあるタイタン地表の方がマシである。

 

 

 

 

 

 

 そんなヤマトの姿を遠くから捉える影がある。ガミラスの高速十字空母だ。ヤマトに気づかれぬよう土星の輪の陰からそっと様子を伺っている。

 そして捉えたヤマトの映像とパッシブセンサーが拾った情報を、悟られぬよう慎重に冥王星前線基地に送り届けていた。

 

 

 

 

 

 

 「ヤマトが土星のタイタンに降下しただと?」

 

 「はいシュルツ指令。偵察の高速十字空母から報告です」

 

 発令所のモニターには空母が送り届けたヤマトの姿が映し出されている。

 今ヤマトは横っ腹からデルタ翼を広げ、タイタンの大気を滑空するようにして地表付近に降り立とうとしている。

 

 「ガンツ、解析データを出せ」

 

 「はっ!」と応じて副官のガンツが、送られてきたヤマトのデータをコンピュータにかけて速やかに解析、モニターに表示されたヤマトの解析図を読み上げて報告する。

 

 「エネルギー極度に微弱」

 

 「何? エネルギー極度に微弱だと?」

 

 シュルツが解析データに頭を捻る。

 

 「故障かも知れません。直ちに我が艦隊を繰り出して――」

 

 「待て、油断するな」

 

 シュルツは顎に手を当てて思案する。ヤマトには今まで散々煮え湯を飲まされている。

 功を焦っても勝てる相手ではない。

 これまでの解析データからして、悔しいが単艦での性能では我がガミラスの戦闘艦を大きく上回る化け物であることが明白なのだ。

 これが攻撃を誘うための演技の可能性すら捨てきれない。それに、今はヤマト迎撃の為戦力を冥王星基地に集中して作戦を練っている最中。

 迂闊に動かせばこちらが隙を見せることになりかねない。

 

 「しかし連中は、タイタンで何をするつもりだ?」

 

 シュルツはまだ現状を把握しきれてはいない。ガミラスが太陽系に侵入して1年が経過しているが、流石に全ての天体を掌握しているわけではない。

 

 地球人の居住区のある木星や火星等は制圧して支配下に置いたが、目当てだったボソンジャンプ関連の施設は勢い余って破壊してしまい、価値を失った火星は放棄が決定した。

 幸い過去のデータを基にジャミングシステムは形にしたが、あれとて完全ではない。ジャンプ時の座標を狂わせるのが精一杯で、ジャミング範囲内からの離脱に関しては止める事が出来ない。

 

 木星は地球への上陸作戦用の準備拠点として使っていたが、ヤマトのタキオン波動収束砲で吹き飛ばされてしまった。

 

 土星とその衛星にはまだ手を付けていない。

 

 資源を手に入れるだけなら開発が進んでいた木星圏を手に入れればそれで事足りたし、連中は手を付けていなかったが、衛星の幾つからかコスモナイトも手に入れることも出来たため、わざわざ貴重な時間と労力を割いてまで他の星を開発する必要も無かった。

 

 そんなことは地球を手に入れてからゆっくりとすれば良い。

 

 強いて言えば、この間の戦闘で撃沈した地球の駆逐艦1隻が墜落したので、それの捜査に部隊を送り込んだことはあった。おかげで何人か貴重な地球人のサンプルを手に入れることに成功し、本国に送還して1ヵ月。

 もしかして、タイタンに友軍艦が墜落したのを知って、その捜索にでも向かったと言うのだろうか。

 

 「探らせましょう。ヤマト偵察中の高速十字空母、応答せよ。高速十字空母、応答せよ」

 

 「こちら高速十字空母、どうぞ」

 

 「ヤマトのタイタンでの活動の目的を探れ。状況は逐一報告せよ。偵察を悟られない様に慎重に事に当たれ」

 

 「了解」

 

 冥王星前線基地からの指令を受けた高速十字空母は土星の輪から抜け出してタイタンに接近する。

 ヤマトに発見されないよう反対側から回り込みつつ、偵察のための艦載機を発艦させた。

 

 

 

 

 

 

 「よし、手早く作業しちゃいましょう! ヤマトの停泊理由を悟られたら大問題だしね」

 

 第一艦橋でユリカが明るい声で意気込む。今第一艦橋にはいつものメンツの他にも雪が呼ばれていた。

 ヤマトは現在地表のクレバスに身を隠し、ロケットアンカーを左右の崖に撃ち込むことで艦体を固定している。

 

 「2班に分けます。進君と雪ちゃんとハーリー君は信濃で発進して周囲の偵察をお願いします。真田さんは工作班からチームを作ってコスモナイトの採掘、出来れば他の有用そうな資源も確保しちゃって下さい。作業を迅速にしたいのでダブルエックスを忘れずに! 場所は渡したメモにばっちり書いてありますから。と言っても、コスモナイトだけ抜き取ってきたから表面から見てもわからないと思うので、超音波探知とかで不自然な空洞を探してもらえると一発だと思います!」

 

 ユリカは楽しそうに指示を出す。波動砲の一件以来沈みがちだった第一艦橋の空気が目に見えて明るくなって、気分が楽になるのを感じる。

 これは、この人にしか出来ないな、と誰もが受け止める。

 

 「ただし、ヤマトは今とても不調でまともに機能していません。ですので、行動は慌てず急いで正確に、状況判断を間違えないで下さいね」

 

 と締めてパンと柏手を打ち鳴らす。

 

 「はいっ! 『コスモナイトを手に入れてヤマトを元気にしよう作戦』開始です!」

 

 ユリカはそれはそれは楽しそうに宣言する。

 

 ――ネーミングセンスどうにかならなかったのか、とは誰もが思ったが疲れそうなので突っ込む者はいなかった。

 まあ、解り易いのは良い事だろう。と、強引に納得する。

 

 「よし、偵察は任せたぞ古代!」

 

 「了解! そっちこそ手早く頼みますよ真田さん!」

 

 互いに頼もしい笑顔で応じる進と真田にユリカも満面の笑みで見送る。

 

 

 

 真田たちが各種運搬船や作業艇、ダブルエックスを引き連れて発進した後、進、雪、ハリの3人は艦首底部に格納された“特務艇(または重攻撃艇)信濃”に乗り込んでいた。

 全長81mにもなる大型の搭載艇でヤマトの作戦行動の幅を広げるために貴重な艦内スペースを割いてまで搭載した新装備だ。

 

 潜水艦の様に凹凸が少ない艦体を持ち、艦首に引き出し式のT字型安定翼(スラスター内蔵)を装備し、艦尾には取り外し可能なブースターユニットを装備している。

 武装は上面の24発の垂直ミサイル発射管、艦橋もほぼ埋没している。

 優れたステルス性能や対電磁波シールドを持ち、先行偵察や敵陣に突入してかく乱を主目的としている。

 積載された24発の波動エネルギー弾道弾は、ヤマトのミサイルや主砲以上の火力を発揮する、波動エネルギーを転用したミサイルだ。封入された波動エネルギーは、トランジッション波動砲の1/80と、波動カートリッジ弾よりも多い。

 その火力や生産性の低さ等から使い所はやや難しいが、上手く使えればヤマトの火力支援としては申し分ない性能を持つ。

 

 しかし懸念材料として、旧ヤマトの波動カートリッジ弾をベースに開発しただけあって、波動エネルギーの安定封入には成功しているが、如何せん発射試験すら碌にしていないため、実際の効果が未知数なのだ。

 そもそも波動エネルギーを実際に扱えたのが2週間前、ヤマトの波動エンジンが組み上げられ、テストを始めた段階の話なので致し方ないが。

 

 波動エンジンを搭載していないため、単独でワープも出来ず、構成素材こそヤマトと同じだがフィールド出力でも見劣りすると、総合的な戦闘能力ではガミラスの艦艇には及んでいないが、それでも旧来の艦艇よりはマシだ。

 そもそもがヤマトの専属支援艦なので、用途に合わせた運用をすれば相応に役立つだろうと思われている。

 貴重な艦内スペースを食い潰してまで搭載した艦なので、役に立ってもらわないと困るのだが、後は実戦でどうなるかと言う所だろう。

 如何せん、試験運用はしているが実戦投入はこれが初めてなので仕方が無い。

 

 「よし、火器管制システムは異常無しだ。雪、レーダーはどうだ?」

 

 「こちらも異常無し、通信システムも正常、ハーリー君、そっちはどう?」

 

 「航法システムにも異常ありません。何時でも発進出来ます」

 

 信濃の点検は済んだ。続けて全員が長袖の手袋にヘルメットを身に付け、隊員服を簡易宇宙服として機能する様にしていることも確認する。

 「よしっ」と全ての準備を終えた進はすぐに管制室に連絡してハッチを解放させる。

 ヤマト艦首底部の大型ハッチが観音開きに開いて、そこからゆっくりと信濃の姿が現れる。オレンジを基調に青のアクセントの艦体色で、安定翼の側面にでかでかと漢字で艦名の信濃と書かれている他、艦尾にはヤマトと同じ白い錨マークも施されている。

 

 格納庫から完全に表れた信濃はゆっくりと安定翼を展開して加速、ヤマトから離れていく。このままタイタンの地表付近をアクティブ・ステルスを発動しながら飛び回り、パッシブセンサーで周辺を警戒する予定だ。

 

 

 

 

 

 

 ヤマトを離れた真田率いる工作班は、かつてユリカがコスモナイトを発掘した場所に来ていた。ユリカによれば、元々ヤマトの天文データの中にあった座標を実際に確かめてみたら本当にあった、と言う流れで発見したらしい(ヤマトの“記憶”も参考にしたのだが)。

 早速真田も各種探査装置を駆使して探ってみると、あった。ユリカが掘り当てた後だ。

 

 「あったぞ。手早く表面の岩を砕いてしまおう。アキト君、早速頼む!」

 

 「了解! しかし、よくこんな装備考えますね……これセイヤさんの仕事か?」

 

 「お? 気に入らねえかテンカワ。棘付き鉄球は男のロマンだろ?」

 

 と三者三様のやり取りを繰り広げる。現在ダブルエックスは専用バスターライフルの代わりに右手に巨大なハンドガード付きのグリップの先端に、スラスター付きの棘付き鉄球――Gハンマーを携えている。

 対ディストーションフィールド対策の一環として考案された装備で、「質量攻撃に弱いんだから鋭く尖った重量物なら突破しやすいんじゃね?」という発想とウリバタケの「男のロマン」によって試作されたイロモノ装備。

 地味にダブルエックスの開発に関与していた時から考えていたのだとか。

 

 ――なんでも、「ハイパービームソードのアイデアを真田に取られた」とウリバタケが敗北感を感じたのがきっかけで、よりロマン特化の武器を開発したのだと言う。

 ありがた迷惑な話だ。どうせ作るならもっと使い易そうな武器にして欲しいとアキトは真剣に考える。とは言え、ロマンを感じる気持ちはわからないでもない。

 

 グリップと鉄球の間はカーボンナノチューブワイヤーで結合されていて、最大で15mほど伸びる。

 伸びた状態でスラスターやダブルエックスの腕を使って勢いをつけて、フィールドコーティングも施した鉄球を相手に叩き付けると言う、シンプルイズベストな武器。

 まさしく鈍器、“ドタマかち割りトゲボール”の名に相応しい破壊力を期待出来る。

 

 なのだが、如何せん鉄球自体が重く、相転移エンジン搭載型のダブルエックスの強靭な骨格とパワーが無いと満足に扱えない困ったちゃんでもある。当然エステバリスじゃまともに使えない。

 ぶっちゃけ対機動兵器戦闘には向いていないと思われている。こういう破砕作業とか対艦攻撃で使い道があるか無いかと言う所か。

 おまけにサテライトキャノンの砲身と胸部に着くAパーツが邪魔になる為、GファルコンDXの姿ではまともな運用すら出来ないので、今後使い道があるのやら……。

 

 一応、他にもダブルエックス用のオプション装備として、柄の上下からビームソードを出力する“ツインビームソード”や、ビームソードよりも間合いが長く投擲にも対応した“ビームジャベリン”に、大型の弾頭を発射するカンフピストル風のロケット投射機“ロケットランチャーガン”等が用意されているが、今の所テストも碌に出来ていない。

 なんでも完成したのがヤマト発進の直後らしく、アキトらのテストに間に合わなかったのだとか。

 

 「じゃあ行きますよ。下がってて下さい!」

 

 アキトはGハンマーのワイヤーを伸ばして頭上で思い切り旋回させて勢いをつける。

 

 「フィールド出力安定、砕け!」

 

 ハンマーにフィールドを収束してスラスターに点火! 凄まじい勢いで岩壁に激突したハンマーは容易く岩壁を打ち砕いて周りに凄まじい土煙と礫をまき散らす。

 ダブルエックスもあっという間に土煙に飲み込まれて礫に全身を打たれるが、流石ダブルエックス何ともないぜ! 全くの無傷でセンサー類の保護グラスにすら傷が無い。

 

 湧き上がった凄まじい土煙もディストーションフィールドを上手く使って吹き飛ばして視界をすっきりさせる。

 成果のほどはまずまずで、岩壁を砕いで奥にあるコスモナイトの金色の輝きがわずかだが伺える。

 

 「よしっ! アキト君、この調子で続けてくれ」

 

 「はいっ! これは――病みつきになりそうだ!」

 

 と一気にテンションの上がったアキトが、ハンマーを岩壁に叩きつけては煙を吹き飛ばす作業を何度も繰り返す。

 2日前に苦しんだユリカの姿を見てから、溜まりに溜まっていた鬱憤を全て岩壁に叩き付けてやる、と言わんばかりのアキトの猛攻に、哀れ岩壁は粉々に打ち砕かれしまったのである。

 ――合掌。

 

 なお、その鬼気迫ると言っても過言ではないアキトの猛攻撃に、傍で見ていた真田とウリバタケを始めとする工作班の面々は背筋がぞっとしたとか。

 

 ――ああ、あいつもストレス溜まってるんだな。

 

 と同情もされたらしいが、その要因もどうせ我らが艦長だろうと考えると、普段目の毒になる程イチャイチャしてるのだから、これと言って言葉をかける必要は無いか、と投げ出された事を、アキトは終ぞ知る事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 タイタンの地表付近、クレバスや山間を極力発見されないよう、推力を抑えながら飛んでいる信濃の中では、雪が幻想的な景色に心を躍らせていた。

 

 「うわぁっ! 古代君見て、凄く奇麗な景色よ!」

 

 ブリッジの窓から除く景色は一面に広がる氷の大地と、地平線から顔を覗かせる土星の姿。

 地球では決して見ることの出来ない神秘的な景色は、見る者を魅了すると言っても過言ではないだろう。

 

 「こら雪、遊びに来てるんじゃないんだぞ――でも、確かに奇麗な景色だ。こりゃ、偵察任務に出た甲斐があったかもな」

 

 進も一応叱りながら、同調する。紛れもなくユリカの悪影響だ。

 

 そもそも雪を信濃に乗せて偵察任務に就かせたのはユリカのお節介である。

 ちょっとでも関係が進展したらなぁ、という余計なお世話だ。

 

 この任務に託けたデートに水を差さないためにも、雪に自分の病状を正確に伝えたくなかったのである。とんだ親馬鹿思考だ。

 

 「確かに凄い景色ですね。宇宙ってホントに凄いんだなぁ」

 

 宇宙の神秘を体感したハリも、感動を顔に張り付けている。

 彼も同行しているのは勿論任務のバックアップの為でもあるが、彼なら人の恋路をむやみに邪魔しないだろうと言う思惑と、完全に2人っきりにするのは大介に悪いという、これまたユリカなりの配慮である。

 

 でも大介を同行させない辺り贔屓が出ているのは間違いない。

 

 「まあ、向こうの世界でも振られてるし、脈は無いから」

 

 と、ユリカは心の中で合掌して進と雪をくっ付けに掛かっているのである。

 進に比べて自立している分、大介は割を食っているのだ、いろんな意味で。

 多分彼は泣いても良いと思われる。

 

 「ルリさんにも見せてあげたいなぁ。きっと今頃電算室の中でデータと睨めっこしてるんだろうし。こういう景色を見てリラックスして欲しいなぁ」

 

 てな感じでハリがついつい本音を漏らすと、進は悪い笑みを浮かべて、

 

 「おやおや、愛しのルリさんとデートの妄想かぁ。ハーリーも隅に置けないなぁ」

 

 とからかう。顔を一気に赤くしたハリを見て、

 

 「古代君やめなさいな。人の恋路を邪魔すると、馬に蹴られちゃうんだからね!」

 

 と言って雪が庇う。「へいへい申し訳ございませんでした」と進が表情を変えずに形だけ謝る。

 しかし唐突に顔を引き締めて、

 

 「ん? 今何か見えたぞ!」

 

 2人に警戒を促す。雪もハリもすぐに計器を確認して痕跡を調べる。

 

 「これは、ガミラスの航空機です。恐らく我々を偵察に来たと思われます!」

 

 ハリが報告すると同時に雪は無線機を手に取って、

 

 「こちら信濃、タイタン上空にガミラスの航空機を確認! 繰り返す――」

 

 速やかにヤマトに連絡を取り、詳細な座標を転送する。

 

 

 

 

 

 

 「こちらヤマト、了解。信濃はそのまま警戒を続けて――工作班に告ぐ、タイタン上空でガミラスの航空機を補足、厳重注意の上、作業を急いで!」

 

 通信席でエリナが真田率いる工作班に注意を求める。

 艦長席のユリカも険しい顔で信濃から送られてきたデータを睨みつけている。

 

 「艦長、念のため航空隊の出撃準備をしておきますか?」

 

 ジュンが確認を取ると「そうだね、お願い」とユリカも短く応じる。

 

 「艦長、バイパスを通せばショックカノンも3発までなら保証します。しかし、ヤマトのエネルギーもほぼ空になります。場所が場所なので、武器は煙突ミサイルが最適かと」

 

 砲術補佐席のゴートが報告する。相転移エンジンの出力だけでは満足に戦えないヤマトにとって、ミサイルはエネルギーを抑えつつ使用出来る最後の切り札だ。

 とは言え、余裕を持って使える程の弾数は無い。

 ヤマトの場合、他の装備で内部容積が圧迫されている事と、艦内工場で資材さえあれば補充が出来るという変わった特性を有していることから、各ミサイルの弾薬庫の規模はやや抑えめなのだ。

 そこに、バリア弾頭の追加で通常弾頭の数がさらに減っているため、ヤマトはミサイルを攻撃の主体にする事が出来ない状況にある。

 

 「ヤマトの所在を明らかにするのは得策ではないので、直接攻撃は最後の手段とします。コスモタイガー隊はヤマト発艦後は距離を取って潜伏し、万が一に備えて下さい」

 

 ユリカはそう指示を出す。

 

 今襲撃されたヤマトは一巻の終わりだ。何としても凌がなければ……。

 

 「こうなると、信濃が頼りだなぁ」

 

 

 

 

 

 

 「くっ。まだ予定量のコスモナイトを採掘出来ていないと言うのに……!」

 

 工作船の中で真田が歯噛みする。アキト(の八つ当たり)のおかげで手早く岩壁を除去してコスモナイトの確保作業には入ったが、必要量にはまだ足りていない。

 ヤマトの航海に時間が無い事を考えると、何としてもここで確保したいところだが。

 

 「真田さん、俺が警戒に回ります。工作班の皆はそのまま作業を続けて下さい」

 

 アキトがダブルエックスで周辺の警戒を担当することを進言し、「頼む」と真田も頷く。

 アキトは機体を素早く岩陰に隠して、ちょっとした裏技を使って本来はサテライトキャノンの砲身を固定と照準に使う、両肩に内蔵されたマウント兼スコープユニットを展開して警戒に当たる。

 アクティブセンサー類を使うのは見つけてくれと言わんばかりなので、パッシブ光学センサー頼みでの警戒になる。

 一応電波の逆探知も出来るが、恐らく向こうも発見を避けるためにアクティブセンサーは必要最低限以下に抑えているだろう。

 

 「先制出来ればめっけものだけど、そうも言っていられないか……」

 

 今ダブルエックスは固定武装の大小合わせた6門の機関砲以外に飛び道具が無い。果たしてこの装備でどこまでやれるのやら。

 

 何せ棘付き鉄球だし。

 

 アキトは緊張で額に汗を滲ませながら警戒を続ける。

 こうなると、敵の不意を突いて先手必勝を狙うしかない。上手く行けば良いのだが。

 

 上手く行かなかったらとりあえず変な武装を考えたウリバタケを殴る。

 

 

 

 

 

 

 「雪、母艦の反応はまだないか?」

 

 「ええ、まだ見つからないわ」

 

 ガミラスの偵察機を発見した信濃は、ステルスを継続しながらタイタンの空を飛んでいた。とにかく本隊に連絡される前に叩き潰してしまわないとヤマトが危険だ。

 逆にここで手早く片付けて本隊との連絡を絶つ事が出来れば、幾許かの時間を稼げるかもしれない。

 

 「ハーリー、敵の母艦がいるとしたらヤマトの索敵範囲の外のはずだ。タイタンの地形データをもう一度確認して、隠れられそうな場所を探してくれ」

 

 「了解」

 

 と応じたハリが改めてタイタンの地形データを参照する。今の所地球が遭遇した空母タイプは高速十字空母だけだ。

 あの形状とサイズから隠れられそうな地形を算出するが、如何せん候補が多い。

 

 「――仕方ない。高度を上げて探索しよう。一刻も早く探し出さなければ」

 

 進は操縦桿を引いて高度を上げる。胸中には焦りが渦巻き、額に汗が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 同時刻、ガミラスの偵察機はついに真田率いる工作班の一団を見つけていた。

 

 「あれは……コスモナイトか!」

 

 偵察機のパイロットは地表から露出する金色に輝く鉱石を見て即座にヤマトの目的を察した。

 

 「そうか、コスモナイトはエネルギー伝導管とコンデンサーに使う物質。ヤマトの不調は機関トラブルか」

 

 と唇の端を歪める。そうとわかれば話は早い。機関トラブルでは、あのタキオン波動収束砲も使えないはず。速やかに本隊に連絡してヤマトを叩く絶好の機会だ。

 そう考えて彼は通信機に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 「思い通りにはいかないぞ、ガミラス!」

 

 偵察機の姿を確認したアキトは脇目も振らず最大戦速で接近して、頭部バルカンで牽制を掛けながらGハンマーを思い切り振り抜く。

 ガミラスの偵察機はダブルエックスには気づかなかったようで、好都合な事に頭上を飛んでくれた。

 Gファルコンが無くてもダブルエックスの推力は桁外れに高い。戦闘機相手ならいざ知らず偵察機如きに後れを取るような事は無い!

 

 アキトの気合と共に射出されたハンマーはそのままガミラス偵察機の翼に命中して粉砕する。辛うじて機体を捻る事で、胴体への直撃は避けた様だ。

 中々良い腕をしている。

 しかしバランスを失った偵察機はそのまま錐もみ状態で墜落を始める。

 アキトはダブルエックス胸部に備わった4門の機関砲、ブレストランチャーを撃ち込んで容赦なくハチの巣にする。

 

 ブレストランチャーは近・中距離での使用を想定した“攻撃用”内臓機関砲である。頭部に備わったミサイルの迎撃と牽制、対人攻撃を目的としたヘッドバルカンとは火力が桁違いに高い。

 その威力はスーパーエステバリスの連射式カノンと同等と言うのだから、内蔵火器としては破格にも程がある火力を有しているのが伺える。

 

 万が一にもヤマトの状況を悟られぬようにと、徹底した攻撃だった。

 

 

 

 

 

 

 「偵察機124号、偵察機124号、応答しろ。偵察機124号!」

 

 ガミラスの空母では突如として連絡を絶った偵察機の行方を求めていた。

 

 「最後に反応のあった地点はどこだ?」

 

 艦長の指示に応じて部下の1人が座標を報告する。

 

 「よし、すぐに艦載機を向かわせろ! 何としてもヤマトの動向を掴むのだ!」

 

 

 

 

 

 

 「あれは……!」

 

 進は山の陰から飛び出すガミラスの艦載機の姿を見つけた。とすればそこに母艦があるはず!

 

 「よし! 母艦を叩くぞ!」

 

 「ヤマトに連絡しないの?」

 

 「通信を傍受されるかもしれない。奇襲で一気に叩く!」

 

 進は言い切ると操縦桿を操って信濃を敵母艦の予想潜伏地点に向かわせる。

 大型艦のヤマトと違って軽快な運動で信濃は山間を駆け抜ける。

 

 「見えた!」

 

 ついに信濃はガミラスの空母を捉えた。

 進は出力を食うアクティブ・ステルスをカットして火器管制システムを立ち上げる。まだ試験もしていない波動エネルギー弾道弾だが、威力は十分なはず。

 

 「これでも食らえっ!」

 

 発射レバーを下げると、信濃甲板の垂直ミサイル発射管(VLS)のハッチが2つ解放されて2発の大型ミサイルが発射される。白い弾頭はロケット噴射で加速してガミラス高速空母に接近する。

 空母側も信濃に気づいて迎撃態勢を取り、上部に備わった5連装ミサイルランチャーを起動して撃ちかけてくるが、古代は懸命に操縦桿を捻って信濃の巨体をまるで戦闘機の様に操り、追いすがってくるミサイルを何とか躱す。

 ガミラス高速空母も持ち前の快速で波動エネルギー弾頭弾を回避しようとするが、近接信管で起爆した波動エネルギー弾道弾の爆発に煽られてよろめき、脚の様に伸びだ艦載機射出口4本の内2本をもがれて錐もみしながら墜落する。

 

 直撃でもないのに凄まじい威力だ。波動エネルギーを兵器転用する事の恐ろしさを、改めて伝えているような気持になる。

 

 しかし、墜落した空母は小規模な爆発を繰り返して炎上しているが、奇跡的にもほぼ原形を留めているではないか!

 

 「ん? どうやら爆発しなかったようだな……これは、資料を得るチャンスかもしれない!」

 

 と進は沸き立つ。長い事その正体が謎に包まれてきたガミラスだ。その資料を得ることは今後のヤマトの戦いにおいても決して無駄な事ではない。

 

 「雪! すぐにヤマトに報告だ! 俺達はこのまま――」

 

 偵察を続ける、と言うはずだった進の言葉は途中で止まってしまった。

 

 「どうしたの古代君?」

 

 「古代さん?」

 

 雪とハリも進の様子がおかしいことに気付いてどうしたのかと尋ねてくるが、進の耳には入らない。

 

 空母が墜落したすぐ近くに、巨大な氷塊がある。

 

 いや、炎上する空母の熱に晒されてその表面がわずかに溶けているではないか。

 

 「あ――あれは、あれは兄さんの艦だ! 兄さんの!!」

 

 進の絶叫に雪とハリも慌てて確認する。

 

 そう、そこにあった氷塊は墜落した駆逐艦アセビ。冥王星海戦で進の兄、古代守が乗っていた艦だったのだ。

 

 進は止める間も無く信濃をアセビと墜落した空母の近くに着陸させる。

 着陸を確認するとすぐにブリッジの後ろに向かって駆けだして、ジェットパックを掴むと後部にある搭乗員口を開いて外に飛び出す。

 

 進の眼前には破壊され、穴だらけになったアセビの無残な姿が晒されている。冥王星空域で撃沈された後タイタンに不時着したのか、その艦体はまだ原形を保っている。

 

 ――もしかしたらまだ生きているかもしれない、と根拠の無い期待を抱いた進はジェットパックを背負って信濃から飛び降り、アセビに駆け寄る。

 

 「兄さん! 兄さん! 居たら返事してくれぇーっ! 兄さぁぁ――ん!!」

 

 進はアセビの周辺を駆けまわり、何とか内部に入れないかと探るが、破損個所も含めたあちこちは凍結してしまっていて、侵入口が無い。

 堪えきれなくなった進は侵入口を作ろうとコスモガンを抜いて凍り付いたアセビを撃つ。抑えきれない衝動をぶつけるかのように撃つ。

 砕かれた一際大きな氷塊が足元に転がって来て、慌てて避けると凍り付いた地面に金属片が埋まっているのが見えた。

 

 その金属片を見て、進は愕然として膝をつく。

 

 

 

 それは、氷中に埋まった――守のドッグタグだった。

 

 

 

 守は、もうここにはいない。

 

 墜落の衝撃で体がバラバラになってしまったかもしれない。もしかしたらそれ以前に宇宙に投げ出されて――。

 

 

 

 呆然とその場に座り込んでしまった進に、雪もハリも掛けるべき言葉が無かった。

 

 

 

 

 

 

 その後、出撃したガミラスの航空隊を難なく退けることに成功したヤマトは、停泊地点を移動しながらも念願だったコスモナイトの回収に成功していた。

 

 早速真田はラピスを伴って艦内工場にて波動砲とワープの負荷を考慮したエネルギー伝導管とコンデンサーの製造を始める。

 さらにコスモタイガー隊の力を借りてコスモナイトを余分に回収しつつ、いくつかの鉱物資源も採掘して、ヤマトの倉庫を潤わせる。今後どこで補給出来るかわからない以上、ここで倉庫を満載にする覚悟であった。

 

 さらに、信濃が撃沈したガミラスの空母の解析も並行して行われる。残念なことに内部は火災で酷く焼けていて、生存者も無くまともな遺体の回収も出来なかった。

 

 しかし、無事だった幾つかのコンピューターを回収することに成功し、今まで全く不明瞭であったガミラス艦のメカニズムについても理解を深めることに成功したのは行幸だった。

 

 

 

 「――進君が戻ったら、艦長室に来るように言っておいて」

 

 ユリカはそう言うと座席毎艦長室に上がっていく。心なしか元気が無い。

 

 「ユリカ。もしかして、アセビの事かな……」

 

 ジュンが心配そうに艦長席を見上げるが、そこにすでにユリカの姿は無い。

 

 「そうかもしれません――ユリカさん、凄く気にしてましたから」

 

 沈んだ声でルリも同調する。

 あの場でアセビと、守を見殺しにしたのはユリカで、それを止めることも出来なければアセビを、守を助けることも出来なかったのはルリだ。

 

 「思いつめなければ良いんだけど……」

 

 昨日の今日なのでまた体調を崩してしまわないか心配になるエリナだが、冥王星海戦に参加していないエリナでは慰めようもない。

 

 

 

 

 

 

 「すまん、少し外の空気を吸ってくる」

 

 「わかりました。こちらで作業を進めておきます」

 

 真田はラピスに断って艦内工場区を出ると、その足で右舷の大展望室に入る。展望室から除くタイタンの景色は寒々としていて、今の真田の心境を現しているようだった。

 

 「守……」

 

 行こうと思えばアセビの傍に行くことも出来た。

 だが、真田にはその勇気が無かった。

 親友の墓標と言うべき艦に向き合うには、心の準備が出来ていない。

 

 「……お前の弟は、よくやっているよ。俺が、お前の代わりに見守っていこう――守、安らかに、な……」

 

 真田は視界の先にあるであろう守の墓標に敬礼する。

 その目には珍しい事に、涙が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 「古代です」

 

 艦長室のドアの前で声を張り上げる。

 あの後進はコスモガンの銃把で氷を砕いてドッグタグを回収、最低限の調査を行ってから信濃に戻り、しばらく周囲を偵察した後ヤマトに帰艦した。

 雪もハリも必要なこと以外は喋らず、そっとしておいてくれたことに感謝しながら進は何とか任務を終え、報告の為に第一艦橋に上がった所で艦長室に呼ばれていると言われ、この場に来た。

 用件はおおよそ見当がついている。

 

 彼女にも、関係のある内容だ。

 

 「入って」

 

 重い気分を引き摺ったままドアを開けた進は、艦長席に座ったまま窓の外を向いているユリカを見つける。

 

 「報告して――駆逐艦アセビの事を」

 

 「は、はい――タイタンに不時着したと思われる駆逐艦アセビに……生存者は、生存者は……無く……っ!」

 

 無残なアセビの姿を思い出して涙を、嗚咽を堪えて黙る進。

 その手には、守のドッグタグが握り締められている。

 

 「生存者は、無く、か――」

 

 進の報告にわかっていたにも拘らず、涙を流さずにはいられない。

 あの戦いで負けるのはわかりきっていた。だからこそ、ユリカは早々に撤退を促して1人でも多く助けるつもりであの戦いに参加した。

 無論、サーシアと合流するためにも必要な陽動も兼ねていたが、それは彼らの与り知らぬ事で、ユリカもそれを踏まえた上で全力で臨んだ戦いだったのだ。

 

 まさか、ヤマトの乗組員候補としていた守が残るとは思わなかった。本当なら進と守の兄弟を乗せて、ヤマトで旅立つつもりだったのに。

 

 結局守は死に、進は心に深い傷を負った。

 

 それが悔しい。自分の無力さが情けない。

 

 「進君」

 

 そこでユリカは進に向き直る。涙を拭い去り、毅然とした顔で進に向き合う。

 

 「地球を、アセビみたいにはしたくないよね」

 

 「……はい!」

 

 進は涙を堪えた顔で力強く頷いた。ユリカは渾身の力で立ち上がると、杖を使わずよろめきながらも進に近づき、そっと抱き締める。

 

 「――冥王星基地を叩こう。守さんが護り抜いてくれた私達が、このヤマトで」

 

 「はい……! 兄さん仇は、必ず!」

 

 ユリカの言葉に、とうとう進は堪えきれず泣き出す。

 力が抜けて崩れ落ちる進を支えられず、ユリカも一緒に膝をつくが、改めて進の頭をその胸に抱いて、優しく髪を鋤き、背中をぽんっぽんっと叩く。

 

 「今はたくさん泣いて良いんだよ。悲しみを吐き出して。私が受け止めてあげるから――だから、泣き終わったら前を向いて歩くんだよ、進。ここで立ち止まったら駄目だからね。貴方には、まだまだ色んな未来があるんだから」

 

 ユリカに母の温もりを感じながら、進は大いに泣いた。ユリカの体にしがみ付いて、声を出してわんわん泣いた。流した涙がユリカの胸元を濡らしていく。

 ユリカは黙ってその涙を受け止め、優しく進をあやし続ける。

 

 進はそんなユリカに甘えてしばらく泣き続けた。ここで悲しみを洗い流し、来るべき戦いに備えるために。

 

 より力強く、明日を歩いていくために。

 

 

 

 

 

 

 翌日、修理を終えたヤマトは静かに土星を後にする。

 

 地球を発ってすでに5日が過ぎている。

 

 地球で待つ人類は、冷え切った地球で刻一刻と近づく破滅の時を恐れながら耐えている。

 

 急げヤマトよ、33万6000光年の旅を。

 

 人類滅亡の日まで、

 

 あと、360日しかない。

 

 

 

 第六話 完

 

 

 

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第一章 遥かなる星へ

 

    第七話 ヤマト沈没! 悲願の要塞攻略作戦!!

 

 

 

    愛の為に戦え!



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第七話 ヤマト沈没! 悲願の要塞攻略作戦!!

 冥王星は、かつて太陽系の最果てと言われていた星だった。

 200年以上も前に議論の末に惑星の定義から外され、準惑星として太陽系近隣の天体として扱われるようになり、自然と話題に上り難くなった星である。

 その半分忘れられた星に、ガミラスは太陽系攻略の前線基地を設けていた。

 現在の冥王星はガミラスの手で惑星改造を施され、表面積の半分以上にもなる海洋が持たされている。

 その海洋の下に基地施設を設けることで、ガミラスの冥王星前線基地は地球からの発見を免れていた。

 ガミラスは戦火を開く前に2年をかけて冥王星に拠点を作り上げ、その準備が整った瞬間から地球侵略を開始していた。

 無論、地球が内紛で外部に対して意識が向いていないことを承知した上で、ガミラスは準備をしていたのである。

 

 海洋の下の透明な耐水圧ドームの中に、冥王星前線基地の様々な施設が収められている。

 地上に近い部分に設けられた宇宙船ドックに、生活を支える食糧生産工場など、複数の施設がドーム毎に区分けされて連なっている。

 基地司令のシュルツは、その施設の中の1つである司令室の中で腕組をしながらモニターを睨みつけている。

 

 「ヤマト確認、方位PX703からOP6へ」

 

 モニター上には宇宙を悠々と航行するヤマトの姿が映し出されている。

 この宇宙戦艦には既に幾度となく煮え湯を飲まされている。

 あの大氷塊の中に隠れていた事さえ事前に掴めていればと、後悔の念に苛まされた事は1度や2度ではない。

 

 「ヤマトめ、本気でこの冥王星基地を攻略するつもりか」

 

 モニター上のヤマトを睨むシュルツに、副官のガンツは逸る自分を抑えて報告する。

 

 「シュルツ司令、部隊はすでに配置についています。如何されますか?」

 

 ガンツの言葉にシュルツは気持ちを固める。

 事前に出来るだけの準備は整えた。後は実行に移るのみ。

 

 「よし! ガンツ、遊星爆弾を発射してヤマトを誘え。母なる星を痛めつけられれば向こうから勝手に来てくれる。あのタキオン波動収束砲は脅威だが、デスラー総統から賜ったデータと、ヤマトの使用記録を検証する限り、あれはチャージに相応の時間が必要で、正面にしか撃てないようだ。さらに、エネルギーを使い尽くすため使用後の隙も甚大とされる。ならば今までの地球艦隊同様、包囲して接近戦を仕掛ければ使用を封じることも出来るはず――冥王星にまで引きずり込めば使いたくても使えまい。冥王星の破壊に巻き込まれて自滅するだけだからな」

 

 と、シュルツはヤマトのタキオン波動収束砲を封じる策を披露する。

 実際、ヤマトのタキオン波動収束砲は混戦状態では“機能し辛い”ため、シュルツの目は確かだと言える。

 ヤマトのタキオン波動収束砲がその威力を発揮するのは、強いて言うならアウトレンジからの強烈な一撃にあり、対象が宇宙要塞や基地施設、まとまった艦隊なら最大の威力を披露出来る。

 シュルツはそれを避けたかった。

 艦隊でなら対処することは出来る。しかし、身動き出来ない基地施設はタキオン波動収束砲の格好の獲物だ。

 それ故に慎重な、それでいて大胆な作戦を練るのは骨が折れる。

 

 「奴が所定のラインを越えたら、まずはステルス塗装を施した超大型ミサイルで後ろから煽る。その後は艦隊を小ワープでヤマトの至近距離に出現して混戦に持ち込み、冥王星の領空に入った後は、反射衛星砲で止めだ」

 

 シュルツは自信も露に笑みを浮かべる。

 先のタキオン波動収束砲によって破壊された木星の市民船と、そこに駐屯していた艦隊を纏めて損失したのは大きな痛手だった。

 が、デスラーの一声で冥王星前線基地にはそのキャパシティー限界までの艦艇が配備されたので、兵力的に不足は感じない。

 ガミラスの技術力なら、危険を伴う最短コースでガミラス星から太陽系まで1週間程度、安全な迂回路を通っても数十日程度の時間で到達出来るとは言え、すぐに都合出来る戦力には限りがある。

 強いて言えば、空母を全て喪失してしまったのが痛い。

 あれがあれば航空戦力と合わせて攻撃出来るのだが、今や基地防衛の為の最低数しか航空機が残存していないのだ。

 デスラーの予定した増援の中には宇宙空母も含まれていたのだが、すぐに出撃出来る空母の中に高速十字空母が無く、ガミラスの主力空母である多層宇宙空母は足が遅く、ヤマトの進行速度の速さもあって間に合わなかったのだ。

 尤も、あのヤマト相手に航空戦力がどの程度有効なのかはわからず、艦隊での包囲殲滅を目論むと流れ弾での撃墜が気になる艦載機が使い難いのも事実だったが。

 

 ガミラスは地球侵略の目的の関係から、冥王星前線基地に試作兵器のテストの役割を与えていた。

 それが反射衛星砲だ。

 惑星全体を防衛する最新鋭の防空システムの雛型で、衛星軌道上に大量に反射装置を備えた衛星を打ち上げて、基地の砲撃を幾重にも屈曲させて目標に確実に命中させる恐るべき兵器であった。

 攻撃範囲内に入ったが最後、破壊されるまで逃れることは叶わない。

 だが、試作品故に弱点もある。

 

 「問題は上手くヤマトを追い立てて、反射衛星砲の射程内に入れられるかどうかにかかっている。反射衛星砲はあくまで拠点防衛兵器……射程距離はヤマトの砲を下回っている。それに、ヤマトの砲は副砲クラスですら我が軍の艦を一撃で破壊する威力がある……追い立てに失敗して最大射程から砲撃されては、反射衛星砲も宝の持ち腐れだ。また、反射衛星砲は我がガミラスの艦艇なら、戦艦であろうとも一撃で破壊する威力を持つが、ヤマトの防御性能に関しては不明瞭な点が多い――少なくともタキオン波動収束砲の反動に耐える以上、決して柔な艦ではないはずだ。1撃で決められれば良し、さもなくば沈むまで何発でも命中させるまでだが、エネルギーのチャージには相応の時間が掛かる……その間に反撃の機会を与えてしまわないかが心配だ」

 

 シュルツなりにヤマトを分析する。

 如何せんヤマトとの交戦機会は少なく、その性能を推し量ることは出来ない部分が多い。

 艦載機戦力を使用して別動隊を派遣する可能性も無くは無いが、こちらの基地の所在は掴まれていないのは地球艦隊の動きから推し量れる。それに、ヤマトの艦載機の火力で基地施設の破壊は困難極まるだろう。ましてや水中の施設だ。

 少なくとも最初の攻撃で艦載機兵力の投入が無ければ、艦載機による基地襲撃を警戒する必要があるが、全部でなくても今まで確認され、推測されているヤマトの最大搭載数に近い数が出撃していれば、過度に警戒する必要な無い。

 

 1機や2機程度でどうにか出来るほど柔な基地ではないし、ヤマトの艦載機は恐らく単独で長時間・長距離の任務に対応出来るものではないはずだ。

 これまでの地球との交戦データでそれは判明しているし、比較的データの少ないあの宇宙戦闘機もどきの追加パーツを装備してからも、性能向上は著しいが対処出来る程度の能力に留まっている。

 

 やはり、警戒すべきはタキオン波動収束砲であり、ヤマト自身の戦闘能力だろう。

 ――持てる力の全てを叩きつけなければ勝てぬ相手だと、シュルツはヤマトを高く評価していた。

 

 「だが、我らとて誇りあるガミラスの軍人だ! デスラー総統への忠誠に誓って、必ずやヤマトをここで打ち取って見せるのだ!」

 

 シュルツの鼓舞にガンツら部下達も闘志を奮い立たせてモニターに映るヤマトを睨みつける。

 

 ガミラスの誇りにかけても、必ずやここでヤマトを叩き潰す! この命に代えてでも!

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第一章 遥かなる星へ

 

 第七話 ヤマト沈没! 悲願の要塞攻略作戦!!

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 宇宙戦艦ヤマトは土星を発った後、通常航行で冥王星を目指して飛行していた。

 

 「では、コスモタイガー隊のパワーアップは成功したんですか!」

 

 ユリカが目を輝かせて真田に確認する。

 

 「ええ、エステバリス側にGファルコンとの合体に干渉しないスラスターユニットを搭載しました。完全追従とはいきませんでしたが、これでGファルコンDXにも置いてきぼりを食らう事は減るでしょう――それに対艦戦闘を考慮して、ダブルエックス用に用意されていた武装の幾つかをエステバリスで使えるようにしました。ビームジャベリンとロケットランチャーガンの2つです。ビームジャベリンは消費エネルギーに対して威力が高く、試算ではハイパービームソードに匹敵するフィールド突破力があるはずです――勿論、エステバリスの出力では使用が制限されますが、補助バッテリーを併用すれば何とかなります」

 

 と真田が答える。地味に次世代機であるダブルエックス用のオプションを汎用装備に改造する辺り、相変わらずの万能っぷりである。

 

 「それでも無いよりも全然マシです! これで皆が生き残る確率が上がるんなら万々歳ですよ! さっすが真田さん! いよっ! ヤマトの切り札! 生きるご都合主義!」

 

 ユリカは素直に喜んで真田を煽てる。パチパチと拍手のおまけも付いた。

 煽てられて真田も悪い気はしないのか、珍しく照れ笑いを浮かべている。

 艦橋の全員が、そんな光景を疑問を挟まないあたり、全員毒されているのがわかるというものだ。

 

 「ありがとうございます、艦長。他にも、試作品ですが、通常の炸薬の代わりにタキオン粒子を封入した弾頭も用意してみました。波動エネルギーに比べると破壊力は大きく劣りますが、それでも従来のロケット弾やミサイルよりも火力が増しています。テスト結果も良好で、対フィールド用弾頭としては申し分ない威力を持っています――勿論、全機に配備出来るだけの数は用意しています」

 

 真田の言葉にユリカも大いに頷く。今は少しでも戦力が欲しい時だ。有難く配備させてもらおう。

 

 「本当に頼もしいですね、真田さんは! この間のエステバリスの強化要望を受理して正解でした!」

 

 実際問題、この強化案を実現するためにあまり余裕の無いヤマトの資材在庫はまた少し厳しくなった。

 だが、それに見合うだけの成果は得られた様子で一安心である。

 

 「艦長、3日後には冥王星に接近します。航路はこのままで良いんです?」

 

 操舵席に座る大介が艦長席を振り返って形だけの確認を取る。

 今回の冥王星攻略作戦自体は航海班も納得済みではあるが、攻略にどれほどの時間がかかるのか、そもそもヤマトの被害がどのくらいになるのか、その回復にどの程度の時間がかかるのか見当もつかない。

 ヤマトの運航責任者としては、出来る事なら回避していきたい戦いでもある。――職務上は、だ。

 

 「このままで良いよ。下手に進路を変えても意味が無いし。どうせ向こうはこっちの動き何てお見通しだろうしね」

 

 ユリカはあっさりと肯定する。

 ならばと、大介は視線を隣の席の進に向ける。

 

 「古代、お兄さんの敵討ちはわかるが、勢い余って空回りするなよ」

 

 大介は親友に対して心ばかりの助言を送る。

 大介とて進が、ユリカ達がこの宇宙で辛酸を舐めたことは理解している。自分だって悔しかった。

 だからこそ、この戦いを止めることはしない。多少の遅れは、それこそ航海班の総力を挙げて取り返して見せる所存だ。

 

 「ああ、わかってる――ガミラスの奴ら、今度こそ叩いて見せる。兄さんの敵討ちだ」

 

 大介の言葉を受け入れつつも、進は静かに闘志を燃やしている。この宇宙で兄はやられた。

 あの時は成す術無く敗退するしかなかったが、今度は違う。

 この宇宙戦艦ヤマトなら、ガミラスに太刀打ち出来る。

 

 「――やれやれ。まあ、僕も冥王星基地だけは叩かないと気が済まないから、ここは古代君に習うべきか」

 

 ジュンも冥王星海戦では苦い思いをさせられた1人だ。今回ばかりは気合の入り様が違う。

 

 「――私にとってもリベンジです。あの時の悔しさ、ここで全て晴らして見せます」

 

 ルリも闘志に満ち溢れた顔でシステムチェックに余念が無い。

 あの時システム掌握がもう少し上手く行っていれば、敵の行動を読めてさえいれば。そう思わずにはいられないのだ。

 あの海戦に参加した全員が、あの時の悔しさと憤りを全て、冥王星前線基地に叩き返してやるつもりだった。

 

 「よし! じゃあ作戦を煮詰めようか。中央作戦室に集まって!」

 

 ユリカの号令に第一艦橋の面々は力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 「これが、冥王星です」

 

 今回は中央作戦室で直接データを操作しているルリが、床の高解像度モニターに冥王星の姿を映し出す。

 

 「これは先の冥王星海戦の時に撮影された映像です。御覧の通り、ガミラスによるものと思われる環境改造を受けた様で、今の冥王星は海洋を有しています」

 

 映し出される冥王星の姿はかつて地球からの観測などで得られた姿と異なり、水によって青々とした姿に変貌している。

 

 「今までの調査で冥王星にガミラスの前線基地がある事だけはわかっていますが、残念ながらそれ以上の事は不明です。ハーリー君、ヤマトのタキオンスキャナーで得られた、最新の映像データを表示してくれませんか?」

 

 「わかりました」

 

 ルリの隣でアシスタントを務めるハリがコンソールを操作、冥王星の姿をより鮮明に映し出した。

 ヤマトには波動エネルギーを構成する超光速粒子、タキオンを応用したセンサーシステムが各所に設けられている。

 光よりも速いその粒子を利用したレーダーや光学測定システムは、使い方次第では数千光年先をも捉える事が出来る(ワープ計算に必要な時差の無い天体観測が限界だが)。

 幸いにも冥王星は恒星を背にしていないため、恒星風等で解析が阻害されることもない。

 

 「……ん? やけにデブリが多いな」

 

 表示されたデータを見て真田が疑問を抱く。

 最初はてっきり撃破された艦艇の残骸かと思ったが、考えてみれば地球側が冥王星の近海で戦ったのは先の海戦のみで、残骸がデブリとして冥王星を回り始めるには少々時間が足らない。そもそも数の絶対数が違う。

 

 「ガミラスの偵察衛星か何かか? だがそれにしても数が多い。何らかの衛星兵器の可能性があるな」

 

 ゴートが自分の意見を言う。

 ゴートはかつてのバリア衛星や、サテライトキャノンの初期案を知っているため、衛星軌道上に何らかの武器を設置している可能性を指摘する。

 その指摘は結果から見れば正しかったのだが、情報不足からその正体を推測することは出来なかった。

 

 「だとすると、迂闊に冥王星に接近するのは危険ですね――波動砲を使えない以上ロングレンジ攻撃で一気に撃滅、といかないのが難点ですね」

 

 進が難しい顔で情報を分析する。

 この作戦の本格的な立案は木星で波動砲の試射を行ってから行われたが、その結果を踏まえて波動砲は使用せずに作戦を実施する事が確定していた。

 

 「そうですね。波動砲を使えば冥王星自体を破壊してしまう可能性がありますし、もしそうなったら、冥王星の破片や影響を受ける小惑星帯が地球に降り注ぐ危険があります……それに、波動砲で星を砕くなんてマネは、したくないです」

 

 ラピスも波動砲の使用に反対する。その気持ちはヤマトのクルー全員の気持ちでもある。

 もしそうするとしたら、それは本当に生き残るための最終手段という事になる。

 

 「そう、波動砲は使えない。でも基地攻略を成し遂げるためには大火力の運用が必須。つまり切り札は……」

 

 ユリカの視線がこの場に呼ばれていたアキトに向けられる。

 

 「ダブルエックスの、サテライトキャノンか」

 

 「そう、僕たちが保有する最小サイズの戦略兵器。これに賭ける」

 

 ジュンが補足しながらも、アキトに信頼の眼差しを向ける。

 

 「うん、この作戦のカギになるのはダブルエックス。サテライトキャノンの火力なら基地制圧に十分な火力を叩き出せる――何せ、火力はヤマトの波動砲に次ぐ、私達の切り札その2だからね」

 

 ユリカが断言する。

 

 ダブルエックスのツインサテライトキャノンは高圧縮タキオン粒子収束砲、言わば波動砲の一種だ。

 とは言え波動エネルギーではなく、それよりもエネルギー順位の低いタキオン粒子を使用しているため、破壊力と言う点では本家波動砲には遠く及ばない。そもそも相転移エンジンからの出力ではこれが限界だ。

 だが、それでも重力衝撃波砲を遥かに凌ぐ火力を有していて、大型のスペースコロニーすら一撃で消滅に導く破壊力を有する、まさにコスモタイガー隊の切り札である。

 波動砲と違って出力調整の幅も広く、対象の破壊規模に合わせることも比較的簡単であるため、今回の様に過剰火力は求めないがそれでも並外れた火力が必要と言う時には適切な装備である。

 そもそも半ば技術的挑戦から開発された兵器とは言え、小回りの利かない波動砲の穴埋めとして用意された艦隊決戦兵器としての側面もある。

 

 要するに、強力過ぎる波動砲は最後の手段として極力使用を控え、波動砲のような艦隊決戦兵器が必要とされる状況下では、可能であればサテライトキャノンによる撃滅を図る事で想定される被害を極力抑え込み、それすらも困難な状況下であれば信濃の波動エネルギー弾道弾を使う。

 それが新生ヤマトの戦略の1つである。

 

 ただし、サテライトキャノンも急造であることや、その要求される破壊力を満たすため等の理由から様々な制約が課せられている。

 まず第一に、発射の為に必要なエネルギーを単独では用意する事が出来ず、外部からの供給を必要とする。

 そのためにはヤマトから重力波ビームによる外部供給か、Gファルコンと合体し、かつGファルコン側に追加エネルギーパックを装備が求められる。

 第二に、発射後は機体のエネルギーがゼロになり機能低下、さらには放熱に時間がかかる為連射が出来ない。

 ダブルエックスには勿論強力な冷却装備が備わっているため単発なら問題は無い。しかしデータ不足で更なる要求であった連射にまで対応出来ていないのが実情だ。

 第三に、機体の破損状況次第では反動に耐えられないため、発砲自体が封じられてしまうと言う点だ。

 ダブルエックスは両手両足に冷却装備を、肩に砲身マウント兼スコープユニットを、背中にはエネルギーの受信と変換の為に必要なリフレクターユニットと砲身が装備されている。

 このため、手足の1本を失っただけでも発砲出来なくなるし、十分な装甲が施されているとはいえ、背中に背負ったリフレクターユニットと砲身が破損しても当然発射出来なくなる。

 人型機動兵器に無理に戦略砲を搭載した皺寄せとも言えるのだが、人型としての機能と信頼性を極限しつつ、戦略砲を装備すると言う矛盾した要求を満たした結果、装備の大半が外装式になり、発射寸前までの保護がやや難しくなっているのが欠点だ。

 

 そのため、地球圏最強の人型機動兵器としてその高い性能を存分に発揮するとサテライトが活かせず、サテライトを活かすと最強の機動兵器としては活かせぬという、ある意味では究極の矛盾を内包する機体として完成されている。

 

 ダブルエックスの運用の難しさと言うのは、単に高性能で周りが付いていけない以上に、この矛盾が一番影響を与えている。

 よって、コスモタイガー隊はヤマトだけではなく、サテライトキャノンの使用を考慮した場合はダブルエックスの護衛も担当しなければならないため、その負担が急激に増えている有様なのだ。

 幸いなのは、アキトのパイロットとしての技量の高さと単独行動に慣れている異色の経験が、ダブルエックスの運用思想と上手い具合に噛み合っている事と、想定以上にダブルエックスが強く、敵航空兵器に対して極めて高い優位性を持っている、という事だろうか。

 

 「Gファルコンに追加エネルギーパックを装備したダブルエックスは、サテライトキャノンを最大出力で1発だけ撃つ事が出来る。この火力を冥王星の前線基地に叩き込めれば、形勢は一気にこちらに傾くはずだ」

 

 ゴートが期待を寄せる。現状基地攻略の手段としては最良と言えるのだから当然とも言えるのだが、問題が無いわけではない。例えば、

 

 「冥王星基地の具体的な規模、構造などが不明であり、基地の所在もわかっていません。また、サテライトキャノンの実戦使用が初めてであるため、波動砲同様、その威力も厳密には未知数です。ガミラスへの露見を避けるため、小天体等を相手にした試射も無く、その威力は発砲した時の観測データとエネルギー量から来る推測に過ぎない。ですので、使用の際は確実を期するため事前調査を怠らないよう心掛ける必要があります」

 

 それらの不確定要素を挙げて、真田が釘を刺す。相手はこちらの戦力をおおよそ把握しているが、こちらは全く把握出来ていない。

 それこそがこの作戦の一番の問題なのだ。

 

 「そこで、今回の作戦ではヤマトとダブルエックス以外の航空部隊を全て囮として使います。敵は恐らく波動砲の使用を警戒して、包囲しての接近戦を挑んでくる可能性が高い。それにもしこのデブリが敵の装備の一角であるとすれば、敵はヤマトを冥王星にまで誘き寄せる可能性もある――何しろ、僕たちの心情を抜きにしたとしても、冥王星に接近した状態で波動砲を使用すれば、冥王星の崩壊に巻き込まれて自滅の恐れがありますからね」

 

 ジュンは事前に立案されていた計画を再確認しつつ、改めて波動砲は使えないと強調した上で続ける。

 

 「この作戦ではヤマトはわざと敵の術中に嵌まり、冥王星に慎重を重ねながら、それでいて確実に接近します。基地攻略はダブルエックスのサテライトキャノン単独での成功がベストではありますが、場合によっては特別攻撃班を選定して、基地への破壊工作作戦への切り替え、または両者の同時進行も考えられるため、臨機応変な対応を心掛ける事が求められます。何分敵の兵力も基地の所在も含め、情報が決定的に不足した状態での作戦になります――無謀以外の何物でもない本作戦を成功するカギは、ヤマトクルー全員の臨機応変さに掛かっていると言っても過言ではないでしょう」

 

 と締める。改めて口に出してみても、無謀としか言い表せない作戦だと思う。

 計画そのものを立案したのはユリカで、ジュンがそれに色々と質問をして纏め上げた代物なのだが、やはり不安は尽きない。

 ――と言うのもユリカは最初から「基地攻略はダブルエックスで決まり! アキトが失敗するはずないもん!」と言い切った為、それでは他が納得しないとジュンが色々と付け足したのである。

 ナデシコだろうがヤマトだろうが、ユリカに振り回されることに変わりはない様だ。尤も、ユリカの突飛な発想に理屈付けしたり、理解を示せるようになったのは、ジュンが経験を重ねた分だけ成長したという事なのだろう。

 ……これで人間としても大きくなっていれば良いのだが、相も変わらず他人の玩具にされたり不遇な部分は一向に改善されていないのである。

 

 「――敵の術中にわざと嵌まらないと敵の本拠もわからない、か。かなりハイリスクな戦闘になりそうね」

 

 エリナも渋い顔をしている。戦闘畑の人間ではない彼女でも、この作戦の無謀さは理解出来る。というよりも、理解出来ない奴は正真正銘の阿呆だけだろう。

 しかし、「本当に勝てるのかしら?」という言葉を心の中で留める辺り、彼女なりに不安を煽らないように気を配っていることが伺える。

 ナデシコ時代なら、それこそ「こんな戦い勝てるわけないでしょ! もう少し考えてから物を言いなさい!」等とヒステリックに騒いでいただろう。

 

 「確かに、いくらヤマトが凄まじい艦でも、要塞の大型火器の類に直撃されたら、耐えられない可能性も十分に考えられますからね」

 

 ハリも懸念材料を口に出して確認する。

 実際、冥王星基地が大型の惑星間ミサイルを装備している事は判明している。ヤマトの火砲なら迎撃自体は可能だが、艦隊戦の最中に撃ち込まれたら脅威になる。

 他にも未確認の武器があってもおかしくない以上、警戒するに越した事は無いのだ。

 

 「でも、ヤマト以外に囮が務まらない以上、やるしかないよ――真田さん、艦のコンディションはどうですか?」

 

 「全艦異常ありません。望み得る限り最高のコンディションです」

 

 「エンジンも正常です。タイタンでの改修は上手く行きましたので、想定される激戦にも耐えてくれるはずです」

 

 真田とラピスが自信たっぷりに宣言する。

 先のトラブルから知恵を絞りに絞って改修を加えたヤマトだ。早々に故障することはあり得ないと胸を張る。

 技術者の誇りにかけて、と胸を張る2人に全員が頼もしさを感じる。

 

 「だったら思い切ってぶつかって行きましょう。この戦い、尻込みしていては絶対勝てません! 私達の、ヤマトの力を十全に引き出して戦えば勝てます! 全員、気合入れて行きましょう! おぉーーーっ!」

 

 てな感じで気合たっぷりに拳を突き上げるユリカに、アキトはとても心配になる。

 ――つい先日同じことをして全身が攣った姿を見ているからだ。

 それを知らない他のクルーは完璧に乗せられて「おぉーーーっ!」と気合いも新たにしている。珍しい事に普段は乗らない真田まで乗せられている。気に恐ろしきユリカの影響力だ。

 

 「じゃあ解散! 関係各員に詳細を連絡した後、決戦の日まで英気を養いながら準備して下さい!」

 

 ユリカの号令でスタッフ一同解散してそれぞれの持ち場に戻る。

 が、エリナとアキト、そしてアキトに止められた進と不穏な気配を察したルリがその場に残る。

 

 「ユリカ」

 

 真剣なアキトの声に居住まいを正したユリカが正面から向き合う。

 

 「何?」

 

 「ダブルエックスに、進君を同乗させても構わないか?」

 

 「俺、ですか?」

 

 と予想外の発言に進も怪訝そうな顔をする。

 

 「ああ。出来ればサテライトキャノンの引き金を譲りたい――進君、お兄さんの敵討ち、ここで果たして、けじめを付けるんだ」

 

 と真剣な表情のアキトに進も真剣な顔で応じる。

 

 「けじめ、ですか」

 

 「そうだ。ガミラス全体が憎い気持ちはわかる。俺だって、火星の後継者が憎かった。だけど、特に憎かったのは俺とユリカを誘拐した実行犯の、北辰だ――弄んでくれた科学者連中もそりゃ憎かったけど、直接討ち取ってやりたい、譲れないと思ったのは、あいつだった」

 

 アキトから漂う狂気と形容しても遜色ない暗い気配に、全員が痛ましい顔になる。

 

 「火星の後継者を直接抑え込んだのはルリちゃん達ナデシコだったけど、もしもあの時、あいつまで一緒に逮捕されていたら、俺はきっと復讐を終われなかったと思う。どんな形であれ、討ち取ったって事実が復讐を終える合図になった事には違いない……進君、君は大丈夫かもしれないけど、もしもこのままガミラス憎しが強くなると、俺と同じ轍を踏まないとも限らない――だから、せめて直接の仇と言える冥王星基地だけは、君の手で叩くべきだ。それで敵討ちは終わらせて、後はヤマトの使命の為に、地球を救うって目的の為に全力を尽くすように気持ちを切り替えるべきだと、俺は思うんだ」

 

 アキトの言葉に進はしばし考えた後大きく頷いた。

 

 「わかりました。ここは、先輩のアドバイスに従います」

 

 応じる事にする。確かに進はガミラスが憎い。いや、今の地球でガミラスを憎まない者などいないだろう。

 とは言え、以前ルリに言われたことも、自分を慰めてくれたユリカの事を思えば、アキトが言う所の「後悔の無いようにする」ためには、けじめが必要だろう。

 アキトが自分の事を心配してくれているのは痛いほどよくわかった。だから止めるのではなくけじめを付ける、と言う形で終わらせてくれようとしている。

 この好意は、受け入れるべきだと思う。

 

 正直に言えば、かつて憎んだ木星の市民船を波動砲で消し飛ばした時に、薄々と感じていたことだ。

 もしも自分が木星の事を消化出来ずに憎み続けていたら、きっと喜んで波動砲を撃ちこんでいただろう。

 そんな自分を連想した事が怖かった。ガミラスは憎い、復讐を果たしたい。でも、そのまま突き進むのは怖い。

 そう考えていただけに、アキトの提案は有難かった。

 

 それで自分の気持ちにある程度区切りを付けないと――どうにかなってしまうかもしれない。

 

 ユリカもそんな進をとても嬉しそうに見つめている。

 最近のこの人は、本当に母親同然の位置に収まってしまった。だけど、それがとても嬉しい。この間は大分甘えてしまったし、彼女の存在が進の心の闇を払ってくれているのは事実だ。ルリが慕うのも良くわかる。

 この人は本当に周りの人を明るく染め上げる。ある意味では、この人の下に付けたからこそ、自分は暗い感情に囚われ続けずに済んでいるのかもしれない。

 

 「じゃあ出撃に向けての準備は怠らないように。アキト、しっかりレクチャーしてね」

 

 「わかってる。俺はGファルコンの方に乗るよ。合体中ならGファルコン側からの操縦を受け付けるから、急な戦闘は俺が対応する事にする。サテライトキャノンの発射だけは、ダブルエックス側からしか操作受け付けないから、進君にはダブルエックスのシミュレーションも受けてもらう事になるけど、構わないだろう?」

 

 アキトが先程までの雰囲気を捨てて進に促すと「では、早速お願いします」と揃って格納庫に向かう。

 が、退室前に進はユリカに向かって「では、アキトさんをお借りします」と会釈をしていく。

 ユリカは我が子を見送る母親の顔でVサインを突き出し、「いってらっしゃい!」と快く送り出した。

 何故そこでVサインなのかはよくわからないが。普通に手を振るだけで良いのではないか、と考えながらも進はアキトと一緒にダブルエックスの元へと向かう。

 

 「古代さん、意外とアキトさんのアドバイスを受け止めてくれていますね」

 

 「――この戦争が今後どうなるのかなんて予想もつかないけど、憎しみを抱いた戦いの果てがどういうものなのか、アキト君っていう解り易いお手本が目の前にあるしね――特に古代君は、肉親を殺された直後だし、その無残な姿を目の当たりにしてる。だから、互いの姿が重なって見えるのよ、きっと」

 

 分析するエリナの脳裏には、ユリカを奪われ、五感に障害を抱えて自暴自棄になったアキトの姿が、徐々に黒衣の復讐者となっていく過程が思い起こされる。

 もう、あんな光景は見たくないものだと思う。

 人が壊れて闇に飲まれていく姿何て、本当に見るものじゃない。

 

 「でも、私もアキトも、進君をそんな道には絶対歩ませません。確かに戦争は続いていますし、私だってガミラスに怒りや憎しみが無いと言えば嘘になる。勿論、今は亡き火星の後継者にだって……でも、私達も、進君もまだまだ明るい未来が掴めるんです! だから、私達なりの方法で導いて見せます」

 

 ユリカの決意は固い。

 並行世界の、ヤマトと共に戦い抜いた進はそのようなことも無く、最後は愛する人と一緒になった様だが、この宇宙の進がどう転ぶのかはわからない。

 来歴も恐らく違うだろうし、性格や人間性も全く同じではないだろう。

 だから、しっかりと導かなければならない。

 

 そう、沖田艦長の代わりに自分が。

 

 ユリカは改めて“母親として”進に向き合っていく決意を固めてしまう。もはや、ユリカの中では「古代進は息子である」という考えが完璧に定着してしまい、書き換え不可能になっていた。

 そして進もすっかりユリカに毒されて、その事を当たり前と感じるようになってしまっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、ユリカはルリとラピス、今日の世話役であるエリナと食卓を囲んでいた。

 今回アキトは進に操縦のレクチャーをしているため、格納庫に入り浸っており来れなかった。作戦前という事もあってユリカも「そっちを優先して良いよ」と気持ちよく送り出して終わりだ。

 

 ヤマトに乗艦してからユリカがルリとプライベートを過ごすのは、これが初めてになる。

 ユリカの食事内容は相変わらずだが、ルリはユリカと食卓を囲めること自体が幸せだった。隣には出来たばかりの妹分のラピスに、この間の一件で打ち解けたエリナもいる。

 かつて失ったはずの家族の温もりは、人の輪を広げてルリの元に帰ってきた。

 後はイスカンダルの助太刀で地球を救い、ユリカを救い、ガミラスとの戦いを終わらせれば、アキトとユリカの生存を知って以来、火星の後継者との戦いを終わらせてからずっと望んでいた平穏な生活に戻る事が出来る。

 そう考えると、ルリは気分が高揚するのを止められない。

 

 慎ましやかな夕食を終えた後は、色々と雑談に花を咲かせる。

 

 「ガミラスの空母を解析した事で、少しですけどシステムの理解が進みました。まだまだ不完全ですが、解析がさらに進めば、限定的ですがシステム掌握も可能になると思います」

 

 ルリがやや明るい顔で報告する。

 タイタンで回収した空母の残骸から得られたデータは、ルリにとっては喉から手が出るほど欲しいものだった。

 おかげでガミラスのシステムを不完全ではあるが解析することに成功し、システム掌握や相手のシステムの攪乱等の制度と成功率が、随分と向上出来た筈だ。

 

 嬉しくないわけが無い。これでユリカの負担をまた一段と減らせることだろう。

 敵をルリが無力が出来れば、そこまで行かなくても弱体化させる事が出来れば、艦の指揮を執るユリカは幾分気が楽になるだろうし、そうすればストレスも減って、あのような発作を起こすことも無くなるはず。

 

 「そうなんだ! 流石ルリちゃん!――でも、あまり使わない方が良いかもしれないなぁ」

 

 最初は驚いて喜んだものの、すぐにやや浮かない顔になったユリカにルリは少し傷ついた。

 システム掌握が出来ればユリカの負担を減らせると思って必死に頑張ってるのに、その言い方はないのではないだろうか。ちょっとだけルリは拗ねる。

 

 「これでヤマトがシステム掌握と波動砲を両立出来るなんて知れたら、相手がどんな対策を練ってくるのかわからなくなっちゃうよ。掌握は本当に最後の切り札として温存しちゃって、それ以外は純粋な戦闘艦として戦った方が却ってやり易いかも知れないね――ヤマトは外見的にもナデシコと違って純粋な戦闘艦だから、そういう先入観を与えた方が付け入り易いかも知れない。幸いと言うか、ヤマトには波動砲って言う凶悪過ぎるほど凶悪な武装があるわけだし、先入観は与えやすいのよね……その、別にルリちゃんが私の負担を考えてくれてるのを無視してるわけじゃないの――でも、切り札を残しておかないと今後どう転ぶかわからないから、その、ごめんね」

 

 そう言われてルリも納得する。

 確かにナデシコCの時点でも敵は対策を始めていた。相手の基礎技術力は地球を上回っている以上、通用するのは恐らく1回だけ、運が良くても数回程度だろう。

 温存したがるユリカの意見も納得出来る。――それに、ヤマトはシステム掌握を前提にシステムを構築していないので、ナデシコC程融通が利かないのは確かだ。

 

 自分の能力を最大限に発揮出来る戦法だ、かつて火星の後継者に対して決定打に成った手段だと、ルリは知らず知らずの内に思い上がってしまっていたのかもしれないと、自省する。

 とはいえ、この事でルリに非は無い。彼女とて、ガミラスとの戦争が始まってからは自身の無力さで追い詰められる日々を送っていたのだ。

 そんな中で、敵に対して通用する数少ない戦法だったのだから、磨きをかけて決定打に持ち込みたいと考えるのはある意味では自然である。

 だからこそユリカはさらに補足する。

 

 「だから解析作業はこのまま続けて、例え1度きりでも完璧に出来るように準備だけは進めておいて欲しいな……もしかしたら、本当に切り札になるかもしれないからね。使用の判断は私がするから、ルリちゃんの独断では使わないように。ただし、私が指揮を執れない状況だったり、もしくは判断を仰いでからじゃ遅いっていう超緊急事態の時は、ルリちゃんの裁量に任せる……でも、ギリギリまで我慢してね?」

 

 しっかり釘を刺されてしまった。

 「わかりました、艦長命令に従います」とルリも素直に応じる。

 一応とは言え使用の判断を委ねて貰えればそれで十分だ。それに考えてみれば、冥王星基地攻略に掌握を使わないという事は、その来るべき日に備えて入念な準備が出来るという事でもある。

 これからは、暇を見つけてはより手段を研鑽し、いざと言う時にどでかい一撃を見舞えるように備えるべきだと、ルリは頷く。

 

 自惚れるわけでも、その身に施された遺伝子操作を肯定するわけでもないが、それこそが自身の、そして友人たるオモイカネの能力を最大限に発揮する戦法であるのは明白だ。

 ならば、今度使う時は絶対に決定打にして見せる。そして、ヤマトを必ず勝たせて見せる。

 ルリは新たな決意を固め、今後のプランをハリと検討しようと考える。

 

 ラピスは最近、この手の話題に乗ってくれないし、協力が消極的なので声を掛けないようにしている。

 今だって、嬉しそうにシステム掌握について話すルリを複雑な顔で見ている。その瞳には素直な称賛の他にも、自己嫌悪等が見て取れる。

 ルリは1度だけ理由を尋ねたことがあったが、ラピスは「IFSを使いたくない。私はみんなと同じようにヤマトと接したい」としか答えてはくれなかった。

 何故そのような考えに至ったのかは聞けなかったが、ならばそれ以上は聞くまいと、ルリは望み通り深入りせず、話題も極力降らないように心掛けている。

 姉としてその考えを尊重したいのだ。無論、彼女なりに答えが出て、その上でIFSを含めた自分の在り方を定められたのなら、それに応じて手を借りればいい。

 きっとラピスはかつての自分同様、自分の居場所を自分の手で掴みたいと考えているのだろう。

 

 「問題は冥王星でどの程度の損害で切り抜けられるかに掛かってるわね。出来るだけ最小の被害で切り抜けたい所だわ」

 

 と、エリナはため息を吐く。正直敵基地攻略作戦を単独で実行するなど正気の沙汰ではない。確かにヤマトにはそれを実現する性能があるのかもしれないが、その切り札と言うべき波動砲は封じされている。幸いにもダブルエックスという切り札は健在だが、果たしてうまく機能するのかどうかは未知数なのだ。

 

 「最前は尽くします。でも、どうなるかはやってみないとわかりません――私は、絶対にイスカンダルに行きます。そして必ず、アキトやルリちゃん達と一緒の生活に戻るんです」

 

 ユリカはそう力強く宣言して拳を握る。小刻みに震える拳が決意の強さと同時に不安を現している。

 元より苦難は覚悟の上だ。楽にイスカンダルに行けるなんて最初から思っていない。

 だが、諦められない理由がある。

 

 例えそれが個人的なものだとしても、ユリカには諦められない夢がある。だから、どんな苦難も力尽くで通るのみ!

 その夢を実現するために世界を救って見せるのだ!

 

 

 

 「あっ! 折角だからルリちゃん今日は一緒に寝ない? ハーリー君との進展が気になるし、もしかしなくても恋人一歩手前?」

 

 「……え゛ぇっ!?」

 

 結局捕まって根掘り葉掘り喋らされた。この辺は結局いつも通りである。

 

 

 

 

 

 

 2日後。ヤマトは冥王星空域に到達した。自ずと艦内の緊張が高まる中、戦い始まりを告げる合図が静かに現れた。

 

 「十時の方向、レーダーに感20……遊星爆弾です!」

 

 ルリの報告に第一艦橋の全員の顔が引き締まる。

 

 「くそっ! 俺達を誘うための見せしめか!」

 

 進がいきり立って座席の肘掛けを叩く。だが進の言葉はヤマトクルー全員の気持ちだ。

 すでに瀕死の地球にこの仕打ち。

 地球に住む者として決して看過出来るようなものではない。

 

 「……へぇ~。そう、そこまでしてくるんだ……」

 

 艦長席でユリカも怒りで頭が煮えてくるのを感じる。

 ガミラス、こいつらが侵略などしてこなければ、地球はあんなことにならなかった。

 木星も滅ぶ事は無かった、誰も彼もが絶望に打ちひしがられる事はなかったのだ!

 地球侵略の目的は知っているが、物には限度と言うものがある! この悪行は決して許せない!

 

 冥王星前線基地だけは、今日で終わりにして見せる。

 

 「――コスモタイガー隊発進準備。敵さんこちらに気付いているみたいだから、ダブルエックスの出撃は慎重にね。進君も早く格納庫に行って……戦闘指揮は私が執る。席を借りるよ」

 

 彼女らしくないと感じるほど低く落ち着いた、底知れぬ迫力のある声で宣言する。

 ユリカはすぐに艦長帽を脱ぎ、杖を突いて立ち上がってからコートも脱ぎ捨てて座席に引っ掛ける。

 そのまま席を離れ、同じく席を立ち艦橋中央で立ち止まった進と手を打ち合わせる。

 

 何時に無く真面目だ。本気と書いてマジと読む。ユリカの超シリアスモードの発現である。

 だからこそ進もユリカの子供(?)としてではなく、一人前の戦士として応じる。

 

 「しっかりね」

 

 「はい、艦長!」

 

 短く言葉を交わすと進は主幹エレベーターに駆け込んで格納庫に、ユリカは進の代わりに戦闘指揮席に着く。

 再建の際、戦闘指揮席は艦長席の機能を活用出来る様にダイレクトリンクが組み込まれている。所定の操作と認証を済ませれば、艦長席代理(ユリカ命名)の出来上がりだ。

 これはかつてのヤマトにおいて、艦長代理の任に着いて以降、艦長になっても戦闘指揮席を使い続けた進の記憶を垣間見たユリカの希望で与えられた機能だ。

 最悪自分が倒れても、すぐに進が引き継げるようにするために。と言っても、まだ彼には伝えられていない機能ではあるが。

 

 「全艦戦闘配置! 各砲座位置につけ!」

 

 ユリカがマイクを手に取って各部署に指示を出す。一斉に艦内が慌ただしくなり、戦闘班・砲術科の面々は各砲座に次々と着席する。

 並行世界の宇宙戦艦を復元した、と言うだけあってヤマトは従来の宇宙戦艦と違って艦砲毎に制御するシステムが残されている。

 一応第一艦橋からの集中制御も出来るようには造られているので、その気になれば砲手はいらない。

 

 だが、砲手を配置した方が各砲ごとに任意の敵を任意のタイミングで攻撃出来るし、戦闘指揮席や砲術補佐席もターゲットの選定や敵部隊の把握に全力を注げるようになって柔軟性が増すのだ。

 

 それ以上に、人の血肉が通ってこそヤマトは真の力を発揮する。物理法則の限界を超えた力を発揮出来る。

 そのためにも、過度な自動制御方式の導入な極力避けなければならない。

 それが時にアキレス腱になる事もあるだろうが、それが宇宙戦艦ヤマトなのだ!

 

 「防御シャッター降ろせ! 全艦、砲雷撃戦――用意!」

 

 ユリカの指示でヤマトの全ての窓に防御シャッターが下ろされる。

 ヤマトは所謂CICに相当するような装甲で囲まれた発令所が存在しない為の処置だ(厳密には大和には装甲内の司令室があったのだが、ヤマトには無い)。

 第二艦橋内部に新設する事も考えられたが、「艦体に収まってないなら誤差レベル」と言う意見から廃案となり、装甲シャッターで戦闘時に窓を覆い、多重展開するフィールドで防御すると言う方式を採用している。

 無論、フィールドが消失した後の防御力は艦体部分に比べて劣るのは仕方ないが、艦体内部に発令所を設置する余剰空間が無いのだから仕方が無い。

 防御シャッターを下ろされた第一艦橋は有視界での索敵が出来なくなるところだが、シャッターで覆われた後の窓がそのままスクリーンとして機能し、コスモレーダーが乗っかっている測距儀のカメラ等が捉えた映像がそのまま投影される。

 そのため意外なほど閉塞感は感じない。

 

 ヤマト自身が戦闘準備を進める中、下部の大型格納庫でも慌ただしく出撃準備が繰り広げられている。今回は大規模な艦隊戦が予想されているため、機体の半分は重爆撃装備に換装して待機している。

 

 準備が出来た機体から順次出撃していく中で、Gファルコンと合体したダブルエックスも収納形態の姿で左舷カタパルトに乗せられる。

 

 「よし、Gファルコンからの制御が有効になった。進君、心の準備は?」

 

 「勿論終わっています」

 

 計器類を確認し終えた進がアキトに力強く答える。シミュレーターでは何度も座った席だが、実戦ともなるとやはり感覚が違う。

 アルストロメリアとは桁違いのパワーを、進は操縦桿越しに感じ取って身震いする。

 

 これが、地球圏最強の機動兵器の鼓動か。

 

 「古代、しっかりやれよ! 兄さんの敵討ちだ!」

 

 通信で大介が進を鼓舞してくる。本当にありがたい親友だ。そう言われてはますます気合いが入ると言うものだ。

 

 「島、しっかりやろうぜ! 今日から遊星爆弾は地球に落とさせん!」

 

 気合がさらに増した進に、アキトもますます気合いが入る。

 

 「よし、発進!」

 

 左舷カタパルトに乗せられたGファルコンDXが、カタパルトの勢いで一気に加速して冥王星めがけて突っ込む。

 

 今回は特別に光学迷彩を可能とする装備と、ステルス処理が徹底的に取られている。そして、サテライトキャノンを撃つために必要な、2本の機体全長にも匹敵する巨大なエネルギーパックが、コンテナユニットの下に装着されている。

 

 最悪基地に潜入しての破壊工作も考慮した装備もコンテナ詰めて装着した。加速が終了した後はエンジンも切って最低限の航法システムを使って冥王星に飛ぶ予定だ。

 ヤマトとの連絡は極力避けたいが、万が一に備えてボソンジャンプ通信機も設置した。ユリカとイネスが考案した秘匿システムのおかげで、ボース粒子反応を検知され難くなっている。

 短文程度なら問題無く送れると思うが、使用は最終手段にしておきたいところだ。

 

 ダブルエックスは今回の艦隊戦には不参加で、冥王星基地をピンポイントに発見して叩くのが仕事になる。

 勿論、現状最強の機動兵器であるダブルエックスを艦隊戦で動員出来ないのは相当な痛手だが、ヤマトと違ってその威力を見せつけていない分注目度は低いはず。

 基地さえ叩ければ、ヤマトの勝ちが見えるのだ。失敗は許されない。

 

 

 

 発進したコスモタイガー隊は、半数ずつヤマトの両翼を固めるように編隊飛行を開始した。コスモタイガー隊を従えたヤマトは、慎重かつ大胆に冥王星に向かって直進する。

 

 

 

 

 

 

 その姿を冥王星前線基地のモニターで捉えたシュルツは、迫り来る強敵を前に不敵な笑みを浮かべる。

 相手にとって不足無し、今日が地球との戦いに終止符を打つ日だと、戦意を高揚させる。

 

 「やはり動いたか、ヤマト。ガンツ、超大型ミサイルでヤマトを後方から煽れ!」

 

 「はっ!」

 

 シュルツの指令に従ってガンツはすぐに基地の制御パネルから事前に配備して置いた超大型ミサイルに指令を送る。

 これでヤマトを後方から煽り、冥王星領空圏内に、反射衛星砲の射程内に納めなければならない。

 

 さあ、勝負だヤマト!

 

 

 

 

 

 

 電算室で警戒任務を務めているルリは、緊張で額に浮かぶ汗を何度も袖で拭いながらレーダーで周囲を監視する。敵の発見が早ければ早い程ヤマトが優位に立てる。念のためにプローブも3基ほど発射しているが、まだ目立った動きは見つけられない。

 

 じっとレーダーに目を凝らしていると、ヤマトの後方に放った探査プローブが何かの影を捉える。距離10万㎞、高速でヤマトに接近してきている。

 

 これは!

 

 「こちら電算室! ヤマト後方10万㎞地点に超大型ミサイル群を発見! 数は推定20、どうやらステルス塗装を施していたようです。長距離用のコスモレーダーでは探知出来ませんでした」

 

 ルリの報告に第一艦橋にも緊張が走る。最初からなかなか激しい歓迎だと、ユリカは口元に笑みを浮かべる。

 さあ、戦闘開始だ。

 高ぶり切った戦意も露にユリカは戦闘指揮を執る。全力で迎え撃ってこい、こちらも全力で叩き潰してやると言わんばかりの顔だ。

 

 「第三主砲、第二副砲は大型ミサイルの迎撃を開始! 艦尾ミサイル発射管開け! 通常弾頭装填! 発射した後はすぐに再装填して追撃に備えて!」

 

 戦闘指揮席からの指示に、即座に第三主砲・第二副砲と艦尾魚雷発射制御室が迎撃態勢を整える。

 第三主砲が重々しく、第二副砲が軽やかに回転して後方から迫り来る大型ミサイルに照準を合わせる。

 鼓型で全長が500mにも達する巨大なミサイルだ。直撃したら如何にヤマトでも耐えきれるものではないだろう。

 第三主砲・第二副砲から送られてくるデータが、目標を捉え発射準備を終えたことを知らせる。

 

 「撃ち方始め!」

 

 ユリカの号令で第三主砲と第二副砲が火を噴いた。

 各砲時間差で発射された6本の重力衝撃波は、狙い違わず大型ミサイルに命中する。

 しかし1射では破壊出来なかった。

 続けてもう2射撃ち込んで1発迎撃に成功。大都市を1撃で吹き飛ばしてしまいそうな超特大の爆発が発生する。

 あの爆発の規模だと、至近距離での破壊も避けなければならないだろう。すぐに第三主砲は次の目標に向けて砲撃を行う。

 だが手数が足りない。徐々にヤマトとミサイルの距離が徐々に詰まってくる。

 しかし、距離が縮まれば艦尾ミサイルの射程に入る。それで手数は足りるはずだ。いざとなれば煙突ミサイルも足せる。

 

 「艦長、増速しますか?」

 

 「まだ駄目。敵の狙いは冥王星にヤマトを追い込む事。まだダブルエックスが予定の地点に全然届いていないから、ギリギリまで粘る。第一戦速を維持、このまま迎撃を続ける。各砲攻撃の手を緩めないで!」

 

 ユリカは大介の提案を却下して粘る事を決める。

 早々に敵の術中に嵌ってやる必要はない。

 ギリギリまで粘ってダブルエックスが冥王星の上空に侵入するまでの時間を稼がないと。

 

 「艦尾ミサイル、全門発射!」

 

 同時にヤマト艦尾喫水部分にある6門の61㎝魚雷・ミサイル発射管。その全てが開いて6発のミサイルが発射される。

 艦砲では狙いにくい、甲板よりも低い位置にある大型ミサイルに向けて、ヤマトの対艦ミサイルが煙の尾を引いて襲い掛かる。

 対艦ミサイルが命中しても超大型ミサイルは破壊出来ていない。その結果を知るが早いか、速やかに再装填した艦尾ミサイル発射管から再度6発の対艦ミサイルが放たれる。

 命中、超大型ミサイルの撃墜に成功する。

 

 その事に喜ぶよりも先にハリの鋭い声が艦橋に響く。

 

 「後方よりミサイルの残骸が接近。このままではヤマトに直撃します」

 

 ハリの報告にユリカは即座に命令する。

 

 「艦尾ミサイル、バリア弾頭装填! 装填完了と同時に発射! 諸元データの入力はこっちでやるから!」

 

 命令に従って艦尾ミサイル発射管に新配備のバリア弾頭に換装したミサイルが装填され発射される。

 バリアミサイルはヤマトと残骸を隔てるようにディストーションフィールドを展開。

 フィールドに命中した破片は一瞬拮抗した後、フィールドを貫通してヤマトに迫る。だがその勢いは幾分の衰えている。これならば艦のフィールドで十分に防ぎきれる。

 

 「フィールド、艦尾に集中展開! 衝撃に備えて!」

 

 ヤマトの艦尾方向に集中展開されたフィールドがミサイルの破片を辛うじて食い止める。

 元々質量兵器に対しては強固とは言い難いディストーションフィールドだが、持ち前の高出力で何とか防ぐ。辛うじてではあるが、ヤマトは超大型ミサイルによる被害を受けずに済んでいる。

 この調子で全て叩き落とすと、戦闘班の士気もどんどん上がっていく。

 

 一方、ヤマト周囲を固めるコスモタイガー隊にも破片が襲い掛かるが、機動力に富んだ艦載機達は、その破片を易々と、編隊を維持したまま回避して凌ぐ。

 こちらも破片が直撃しようものなら1撃で木っ端微塵だ。余裕を持って避けているがパイロット達は幾分緊張した面持ちだ。

 尤も、ヤマト航空隊でも特にエース級の腕前の数人は涼しい顔だったが。

 

 

 

 第三主砲と第二副砲は休む間もなく砲撃を続け、次々とミサイルを沈めていく。

 艦尾ミサイルも通常弾頭での迎撃と、バリアミサイルでの防御を交互に使い分けてヤマトへの損害を抑える。

 超大型ミサイルの猛攻を全力で凌ぐ最中、航法補佐席のハリが叫ぶ。

 

 「重力振、ヤマト周囲に多数! 包囲されます!」

 

 ハリの報告と同時に、小ワープでヤマトの周囲にガミラスの駆逐艦隊が出現、包囲する。

 総数120隻にも及ぶ大規模な艦隊だ。ここまでの規模は今まで見たことがない。

 その数にレーダーを睨んでいたハリは勿論、電算室でルリ達オペレーターも声の無い悲鳴を上げる。

 初手からこの数とは、敵は本気で、恥も外聞も無く全力でヤマトを沈めつもりだ。

 

 ほぼ唯一冷静さを保ったユリカは、すぐにその意図が波動砲の封殺であることを看破する。

 予想通りと言えばその通りだが、やはり類似した装備であるグラビティブラストや相転移砲に対応しただけあり、即座に運用上の弱点を突いてきた。

 流石にこれだけの数が来るとは予想していなかったが、だからそれがどうしたと言うのだ。

 やることは変わらない、例え1000隻で掛かって来ようが返り討ちにして冥王星基地を叩く。それだけの事だ。

 最初から容赦などするつもりが無い。徹底的に叩き潰すのみ。

 

 地球とそこに住まう全ての命の未来を背負ったこの宇宙戦艦ヤマト、そう簡単に討ち取れると思うな!

 

 「全砲門開け! 主砲とミサイルは距離がある敵を、副砲は近くの敵を優先します! パルスブラストは対空防御に集中! 各砲ターゲットの選定はこちらで行います!」

 

 ユリカが各砲室に向けて指示を出す。

 

 それまで沈黙していたヤマトの第一主砲と第二主砲、第一副砲が、艦橋の両脇を固める様に装備された2連装から4連装までの12.7㎝対空重力波砲――通称パルスブラスト砲が、その下側に設置された両舷8連装61㎝短ミサイル発射管が、艦橋後方にある8連装61㎝上方迎撃ミサイル――通称煙突ミサイルが、艦首喫水付近の6門の61㎝魚雷・ミサイル発射管が、それぞれ起動する。

 

 「コスモタイガー隊はヤマトの死角の敵に向けて攻撃開始! 全砲門、撃ち方始め!」

 

 ユリカの号令でヤマトの全兵装が一斉に放たれる。

 ほぼ同時にヤマトを取り囲むコスモタイガー隊が各々に定めた獲物に食い付いていく。

 そして、負けじとガミラス駆逐艦もヤマトに向かって主砲とミサイルを次から次へと叩き込んでくる。

 

 「第二戦速に増速! 進路3-3-7、降下角7度で水平降下、右に8度ロール!」

 

 ユリカの命令を復唱して、大介の巧みな操艦を受けてヤマトの体を捻り、攻撃を避け、受け流していく。

 装甲表面を覆うディストーションフィールドに敵艦の重力波が命中して発光、迎撃を免れたミサイルが命中して爆炎を上げる。

 避弾経始を意識した曲面構造の艦体と、敵艦の推定8倍以上の出力で展開されるディストーションフィールドの組み合わせは、ヤマトに命中した数十を超えるガミラス艦の砲火を見事耐え凌ぎ、ヤマトを護りきった。

 

 爆炎の中から悠然と姿を現すヤマトに、ガミラス兵士達が「化け物か……!?」と恐怖を覚えて引き攣り、目を血走らせて徹底攻撃を決意する。

 これではっきりした。相手は正真正銘の化け物。気後れしていたは絶対に勝てない相手だと、歴戦の兵である兵士達は血気盛んに砲撃を撃ち放つ。

 

 大介の操縦で敵の多くを射程に捉えたヤマトは、今までの借りを返すと言わんばかりの怒涛の勢いで弾薬を吐き出し、次々と敵艦を葬っていく。

 

 主砲の一撃は敵艦を粉砕、射線上で重なっていれば2隻纏めて撃ち抜き葬り去る。

 副砲も1撃で敵の駆逐艦を葬るに十分な威力を見せつけ、主砲を上回る旋回速度と連射速度で確実に戦果を重ねる。

 主砲も副砲も、時に砲身を扇状に開いて少しでも命中率を稼ぐ。

 砲撃の邪魔になる艦首ドームのフィンや、左右に伸びるマストアンテナ、メインノズルの垂直尾翼等は、引き込まれたり根元から回転したり、ノズル外周の冷却ジャケット毎回転するなどして邪魔にならないように動く。再建の際に追加された機能だ。

 飛び交うミサイルは互いに迎撃し合うため決定打にはなり難いが、ヤマトのミサイルは命中すれば確実にガミラス駆逐艦を痛めつけ、撃沈を免れても一度姿勢が崩れれば、主砲や副砲が射貫く。

 または本来当たらなかったであろう味方の流れ弾に被弾して沈んでいく。

 

 並行してヤマトは、まだ数発残っていた超大型ミサイルも片付け、そちらに割いていた火力をガミラス艦隊に向け始めた。

 連続発射の出来ないミサイルに変わって主砲は4秒に1発、副砲は2秒に1発のペースで次々と火を噴き、確実に敵艦を葬り去っていく。

 対空砲であるパルスブラスト砲は、隣り合う砲身から交互にパルス状に青白く見える重力波を吐き出しつつ旋回、迫り来るミサイルを撃ち落とし、時には敵艦の横っ腹に片舷38門の集中砲火を浴びせて手傷を負わせ、当たりが良ければそのまま撃沈に持ち込む。

 

 6連波動相転移エンジンの大出力を存分に活用し、両用砲(対艦と対空の兼用砲)として使えるように改造された結果だ。

 元々ヤマトは最終時の大和をベースに建造されているため、初期状態の大和の様に副砲を4基備えた艦隊決戦仕様を参考にしていない。

 しかし、従来のヤマトの航海で火力はともかく手数が足りない局面はあったため、出力強化に託けて思い切った改造が施されたのである。

 

 その火力や凄まじく、主砲や副砲では真似出来ない高密度の弾幕と合わせて対空防御と対艦攻撃をシームレスに切り替えての大活躍。

 射程距離も副砲に迫るほど長く、ミサイルや敵航空戦力の早期撃墜を図るに十分なスペックを持つ。

 それでも、あまりの標的の数に砲身の冷却が追い付かなくなって来た。発射間隔の調整やローテーションを組むなど、あの手この手で対処して何とか持たせる。

 今は火力を少しでも落とせない状況なのだ。

 

 宇宙を飛び交う砲火も騒がしいが、ヤマトの艦内も騒がしい。

 

 電算室のルリは敵艦の位置、エネルギー反応、射撃レーダーの照射等を目まぐるしく解析して艦橋に送る。

 ルリ達オペレーターは縁の下の力持ち。

 彼女らが解析したデータが無くては各部門のプロフェッショナル達もその実力を発揮しきれない。そして時には実力以上の力を出せるのだ。

 そう言い切れるほど、ルリを頂点としたオペレーター達のデータ捌きは神懸かっている。

 

 データを受け取ったハリが、ゴートが、ユリカが、各々必要とするデータを読み取る。

 

 ハリは敵の行動に応じた回避行動データを作成しては操舵席に送り付ける。

 

 ゴートは敵の正確な位置データを改めて読み取って、適切な火器に振り分けて攻撃指示を出す。さらにはミサイルの諸元データの入力や各武装のコンディション管理、さらにはフィールド担当班と連携してフィールド強度の維持と出力分配を行う。

 

 ユリカは敵艦隊の行動データ等を読み取って脅威度の高い敵に優先して攻撃する様に指揮すると同時に、コスモタイガー隊との連絡を取り合ってヤマトと密に連携出来る様に心掛け、コスモタイガー隊が弱らせた敵の止めや、優先攻撃目標の指示、損耗具合に応じた交代指示などを出す。

 

 艦内管理席の真田は、被弾個所の具合を見て必要に応じたダメージコントロールの指示を次々と飛ばす。部下達を手際良く分担させ、ヤマトの機能を落とさないよう、戦闘班にも迫る大活躍を見せる。

 

 通信席のエリナもコスモタイガー隊や艦内通話の回線を次々と操作して、指示漏れが発生しないようにする。彼女の手際の良さに助けられ、ヤマトとコスモタイガー隊の連携は破綻すること無く、同時に艦内の被害報告も漏らさず伝わってくる。

 

 機関制御席のラピスも主砲や副砲、パルスブラストにディストーションフィールドと、凄まじい勢いで消費されていくエネルギー管理を徹底し、ヤマトが息切れしないように細心の注意を払ってエネルギー分配を制御する。

 エンジンの出力を落とさないように機関室に檄を飛ばす事も忘れない。

 全力戦闘中のヤマトのエネルギー消耗は激しく、推力に分配する出力が落ち込み機動力が鈍りつつある。

 おまけに技術的背伸びを承知で改造された6連波動相転移エンジンは、予想を超える激戦で動作が不安定になりつつあった。

 機関室もエンジンの出力を落とさないよう、コンピューター制御やエンジンの直接管理と、八方手を尽くしてヤマトを支える。

 

 副長席に座るジュンはユリカが戦闘指揮で手一杯になっているため、代わりに各部署の情報を統括してヤマトの状況を正確に把握し、敵部隊の動きを解析して全体の戦況把握のために尽力する。

 合わせてヤマトの進路の修正案を幾つも提示する。

 それに何とかユリカが目を通しては理想に近いものを採用して隣の大介に送り、ヤマトの進路を細かく修正していく。

 

 クルー全員がとにかく必死の顔で、額に汗を浮かべながら刻一刻と変化していく状況に対応し、確実にガミラスの艦隊を駆逐していく。

 

 だが、ヤマトも無傷では済まない。

 

 負荷で弱ったフィールドを抜けた重力波が、ミサイルがヤマトの装甲に傷を刻んでいく。それでも再建の際に施された反射材混入の装甲と表面コートの頑強さ、そして装甲の空間に張り巡らされたディストーションブロックの不可視の隔壁で、何とか内部へ貫通される事だけは防いでいる。

 だが衝撃が内部に少なからず抜けて、内部構造にダメージが生じる。被弾の度に艦体が軋む音が耳に入り、クルー達の不安を煽る。

 ヤマトの威力は凄まじいが、回避行動や被弾の衝撃で主砲も副砲も照準がずれて命中を逃すことも多く、すでに50隻余りを撃沈せしめたとは言え、危機を脱したとは言い切れない。

 第一艦橋にも各所から被害報告が引っ切り無しに届くようになり、ガミラス艦の必死の猛攻の前にヤマトは、徐々に損傷を蓄積しつつあった。

 

 

 

 「ガミラス! あの時の借りを返しに来たぜ!」

 

 コックピットで吠えるリョーコは愛機を巧みに操って狙いを定めた敵艦に接近する。ヒカルとイズミもそれに続く。

 

 「相変わらず熱いねぇ~リョーコは。でも、私も漫画家廃業の危機に追い込まれて、怒ってるんだからね!」

 

 「山の頂上、それは、いっただき~」

 

 ヒカルとイズミも続く。全員がビームジャベリンを右手に、左手にはロケットランチャーガンを携え、機動力を増した愛機を駆ってガミラス駆逐艦に接近する。

 

 まともに撃ち合っても防御を抜けることは困難なので、3人娘は比較的防御が薄く、破壊すれば指揮系統を混乱出来るブリッジに狙いを定めて急接近。

 対空砲火を潜り抜けて装甲表面を覆うフィールドにジャベリンを突き立てる。

 ジャベリンは急激にエネルギーを消耗しながらも周辺のフィールドを押し分けて僅かな穴を開けていく。

 そこに至近距離からGファルコンの拡散グラビティブラスト(収束モード)とロケットランチャーガンを連続で撃ち込んで、何とか撃沈に成功する。

 

 ブリッジを破壊されたガミラス艦は制御を失って蛇行し始める。

 そのまま味方の射線に入り込んでヤマトを襲うはずだった重力波を代わりに受け止め、撃沈する。

 

 「よっしゃぁ! この調子でいくぜ! ヒカル、イズミ!」

 

 「いいよ、いいよぉー! 堪りに堪った鬱憤をぶつけちゃんだからぁ~」

 

 「同感。今までのツケをたっぷりと払って貰うよ!」

 

 気合たっぷりの3人娘は、新しい獲物に次から次へと襲い掛かる。勿論ロケットランチャーガンの弾頭を再装填するのを忘れない。

 Gファルコンのカーゴスペースに搭載した予備弾頭を、ラックに併設されたサブアームで引き出して、銃口に差し込んで再装填完了。大型で威力が高い弾頭な分、どうしても携行数が限られてしまうのが難点だが、この火力は悪くない。

 他のパイロットとは一線を画した活躍に、全隊の士気も上がっていく。

 

 

 

 「よっしゃっ! 頂きだぜ!!」

 

 威勢の良い掛け声と共にサブロウタが駆るスーパーエステバリスは重爆装備で出撃していたが、落ち込んだ機動性を感じさせず、巧みな操縦でガミラス艦の機関部に大型爆弾槽を叩きつけることに成功した。

 2基の大型爆弾槽、計512発の高性能爆弾の破壊力の前にガミラス艦もあっさりと装甲に大穴を開け、損傷して暴走した機関部が弾け飛んで爆発炎上、そのまま味方艦にあわや衝突しかける。

 

 「三郎太!」

 

 月臣の叫びに応えるように衝突を避けようとして横っ腹を見せたガミラス艦にスーパーエステバリスとアルストロメリアが果敢に襲い掛かる。

 スーパーエステバリスは左手に持ったビームジャベリンで、アルストロメリアはフィールド中和機能を有している両腕部のクローを使って機関部周辺のフィールドを中和。

 弱った所に2機分の拡散グラビティブラストを叩き込んで、何とか戦闘能力を奪うことに成功する。

 

 「くっ、ダブルエックスが居ないと火力が足りんな……っ」

 

 流石の月臣も弱音が口を吐く。

 短距離ボソンジャンプを駆使しながら的確に弱点を攻撃しているはずなのに、アルストロメリアの火力では中々致命傷を与えられない。

 

 相転移エンジン2基で動くGファルコンDXは、とにかく火力がエステバリス系列機とは段違いなので、本来ならこういう戦闘でこそ活きてくる機体でもあるのだが、如何せんより適切な目的で運用されているから愚痴しか言えない。

 

 「確かにキツイっすね。でも、負けてられませんよ少佐! この戦いの果てに人類の未来が掛かってるんです! くぅ~っ! 卒業したはずの熱血が疼くぜぇ!」

 

 サブロウタは勢いを緩めずに敵艦に食い付く。右手のロケットランチャーガンと両肩の連射式カノンとマイクロミサイル、Gファルコンの火砲と持てる火力の全てを出し惜しみせずにぶつけていく。

 まさに動く弾薬庫の様相を呈している。

 

 「確かにな。だがこんな熱血なら悪くない! これこそが本当の木連魂だ!」

 

 叫んで月臣もさらに勢いを増して攻撃に転ずる。

 短距離ボソンジャンプを駆使して攪乱しつつ、両腕のクローを突き立ててフィールドを弱らせ、拡散グラビティブラストをしこたま撃ち込んでダメージを与える。

 

 コスモタイガー隊は当初の指示通り、ヤマトの砲撃が届き難い位置にある敵艦を優先して攻撃しているが、その攻撃力からヤマト程ハイペースでは潰せていない。

 それでも用意されたビームジャベリンやロケットランチャーガンの火力を併用する事で以前よりも決定打が増しているのが救いで、部隊全体で10隻を屠った。重爆装備の機体が幾つか健在なので、まだまだスコアが伸ばせる。

 以前の装備なら5隻程度が限界であっただろうが、地道な改良が功を奏している。

 

 ヤマトとガミラス艦隊の一進一退の攻防が続く。

 双方余裕など無い熾烈極まる激戦が、静寂の宇宙に喧騒をもたらしていた。

 

 

 

 

 

 

 その頃、慣性飛行で冥王星に向かうGファルコンDXも、パッシブセンサーでヤマトの状況はおおよそ把握していた。

 

 「苦戦してるな……と言うか、戦艦1隻にこんな仰々しい戦力をぶつけてくるなんて……流石のガミラスも、波動砲は怖いんだな……」

 

 アキトはGファルコンのコックピットの中で歯噛みする。

 わずか1年とは言え地球を散々打ちのめしてきたガミラスだけある。波動砲の存在があれど、単艦のヤマト相手に全く容赦してくれない。

 

 「くそぅっ! これじゃあ、俺達が基地を潰す前にヤマトが沈んじまう!」

 

 進はダブルエックスのコックピットで操縦桿を握り締める。元が血気盛んなので、こういう時に冷静さを失い易いのが、進の欠点である。

 

 「落ち着くんだ進君。ヤマトを、ユリカを信じるんだ」

 

 アキトは平静を保った声で進を宥める。

 実際はアキトも気にはなっているが、作戦を台無しにするわけにはいかない。

 ここは、ヤマトのタフネスとユリカの采配に全てを託す。

 最初から、ヤマトとユリカを信じて挑んだ航海だ。今は自分が成すべきことを成せば良い。

 

 

 

 

 

 

 「ヤマト、冥王星に依然接近中! 艦隊の半数以上が撃破されました!」

 

 司令室のオペレーターが驚愕の声を上げる。

 まさか120隻にも及ぶ艦隊と真っ向からやり合えるとは、常識外れにも程がある。

 艦も凄いがこちらの艦隊行動を読み切り、最小限の被害で最大の効果を上げる指揮官の采配も見事だと、シュルツは敵ながら素晴らしいと内心称賛する。

 

 「攻撃の手を緩めるな! 超大型ミサイルを追加で撃ち込め! ありったけだ!」

 

 シュルツの指示を受けて副官のガンツはすぐに自らオペレートして、基地に用意されている超大型ミサイルをありったけ発射する。

 先発してヤマトに送ったミサイルと合わせて計40発。

 ――たった1隻でここまで戦える。正真正銘の化け物だ。だからこそ、ここで潰さねば!

 

 「ワシは反射衛星砲の管制室に行く。ガンツ、ここは任せたぞ」

 

 そう言うと、シュルツはエレベーターに乗り込んで基地の下層にある反射衛星砲の管制室に向かう。

 決着の時が、じりじりと近づいているのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 「レーダーに感! 冥王星から超大型ミサイルが接近! 数20!」

 

 ルリの悲鳴に近い報告にユリカはギリッと歯噛みする。

 まだそれだけの余力があるか。

 一筋縄ではいかないと覚悟はしていたが、大した戦力だ。

 面白い、我慢比べで早々負けるつもりはない。こちとらこの1年、毎日のように死を覚悟しながら抗い続けてきたのだ。

 ユリカの闘志がさらに燃え上がる。

 

 「進路変更、面舵30、ピッチ角プラス5、左に10度傾斜!」

 

 ユリカは大介に操艦の指示を出すと、続け様に艦砲制御室に怒鳴りつけるようにして指示する。

 

 「火力を左舷に集中、目標超大型ミサイル! 左舷ミサイル発射管は全門通常弾頭発射、発射後バリア弾頭に切り替えて防御幕を形成!」

 

 ヤマトはその巨体を捩るようにして回頭し、超大型ミサイル迎撃の構えを見せる。

 巻き込まれることを恐れてか、ガミラス艦隊はヤマトからやや離れるような姿勢を取っていて、攻撃の手が僅かに緩んだ。

 

 「大介君、信濃で出撃してコスモタイガー隊と連携、ガミラス艦隊に当たって! 操舵はハーリー君が変わって! ゴートさんも同乗して攻撃を担当してあげて下さい!」

 

 「了解!」

 

 3人は余計なことは言わずに了承すると、持ち場を入れ替えて戦いを続ける。

 ハリの体格では操舵席のコンソールは少々持て余し気味だがこの際仕方が無い。

 ユリカも操舵は出来るが、そうすると戦闘指揮を執るものが居なくなってしまう。

 ジュンはバックアップにてんてこ舞いで戦闘指揮をする余裕が無い。

 

 此処が温存しておいた信濃の使い所だ。

 信濃とコスモタイガー隊との連携は、新生ヤマトの戦術の要だが、信濃は正面切っての戦闘よりも闇討ちの方が向いている。

 元々24発の波動エネルギー弾道弾以外に武装を持たず、生産性の悪さから補充が困難で継戦能力が極端に低く、小型故に耐久力でヤマトに劣り、波動エンジン未搭載故に最高速と防御力で劣る信濃は、むやみに出しても戦果を挙げられないのだ。

 信濃の強みは小型艇特有の運動性能の高さにあって、それを活かせなければ何の役にも立たない。

 つまり、このような混戦で、ヤマトが別の何かに注力しなければならない時こそが信濃が活きる場面なのだ。

 

 

 

 ミサイルの迎撃態勢を整えたヤマトの主砲と副砲が同時に斉射され、1つ、2つと超大型ミサイルを破壊していく。

 続け様に左舷8連装ミサイル発射管から対艦ミサイルが放たれ、直後にバリア弾頭を装備したミサイルが乗組員の懸命の努力で速やかに再装填される。

 少しでも破片を撃ち落とすためにとパルスブラスト砲も大量の弾を吐き出して懸命に弾幕を張る。

 ヤマトの火器も幾らか被弾して機能障害を発生しているため、開戦直後に比べると攻撃の密度が薄くなっている。

 それでも懸命に弾を吐き出し、徹底抗戦の構えを持ってヤマトは戦う。

 

 全ては帰りを待つ人々の為に、そして自分達を含めた全ての人類に未来を与えるために。

 

 

 

 黙々と砲撃を続けるヤマトの艦底部から信濃が発進、ミサイルの迎撃に全力を注いでいる無防備なヤマトを攻撃しようとしたガミラス艦隊に猛然と突っ込む。

 全長81mと相手よりも小柄な体格と小回りを活かして、回避行動を取りながら24発の波動エネルギー弾道弾を次々と放つ。

 大介の巧みな操縦技術と、冷静沈着なゴートの正確な照準と発射タイミングの組み合わせは絶妙で、迎撃の隙を極力与えず、そして敵の迎撃を巧みに掻い潜って肉薄し、確実な攻撃を加えていく。

 その威力や凄まじく、1発で容易くガミラス艦を粉砕し、余波だけでも損傷を与えることに成功している。

 信濃の攻撃でさらに19隻のガミラス艦が轟沈し、弱った艦を最後の力を振り絞ったコスモタイガー隊が喰っていく。消耗が激しいコスモタイガー隊には、もう満足に対艦攻撃出来るだけの弾薬は残っていない。

 これが正真正銘のラストアタックだ。

 

 この攻撃で残存僅かとなったガミラス艦隊は、これ以上の戦闘継続は無理と悟ってか、冥王星へと下がっていった。

 

 ヤマトも辛うじてミサイルの迎撃に成功し、バリア弾頭の防御幕や艦体を覆うフィールドを突き抜けた破片の衝突で傷を負ったが、戦闘能力を保つ事には成功していた。

 弾薬を使い果たして戦闘継続が困難になった信濃とコスモタイガー隊は次々とヤマトに帰艦していく。

 ヤマトも収納が完了するまでは迂闊に動けず、不本意ながら無防備な姿を晒す羽目になる。

 そしてこの隙を逃すほど、冥王星前線基地は甘くなかった。

 

 

 

 

 

 

 反射衛星砲の管制室に到達したシュルツはモニターに映るヤマトの姿に不敵な笑みを浮かべる。

 敵ながら見事な戦いぶりだ。これほどの戦いは、軍歴の長いシュルツとてそう経験出来るものではない。

 ――そして今からその強敵を討ち取れるのだ、頭脳で地球人に勝るガミラスの叡智の結晶によって。

 

 「ヤマトは今、こちらに脇腹を見せています」

 

 部下の報告に笑みをますます深めると、

 

 「よぉし……反射衛星砲発射用意」

 

 と静かに命令を下す。今、雌雄を決する時が来たのだ。

 

 「反射衛星砲、制御装置準備完了!」

 

 「エネルギー充填、150%」

 

 部下が命令に応えて反射衛星砲を目覚めさせる。

 海底に走ったエネルギーチューブの中を膨大なエネルギーが駆け巡り、反射衛星砲に集中する。

 驚異の艦、ヤマトを屠るために余分にエネルギーをチャージして必殺に一撃を見舞う。

 これならヤマトがどれほど強力であろうと、確実に息の根を止められるはずだ。

 

 「ヤマト、お前は素晴らしい強敵だ。その実力に敬意を表して、我が冥王星前線基地の切り札を持って沈めて見せよう」

 

 シュルツは獲物が刻一刻と罠に近づくのを待ちかまえながら、祖国の為に決死の覚悟で挑んで来たヤマトに最大限の敬意を表する。

 願わくば、敵としてではなく戦友として会いたかったと、柄にもなく考える。

 きっと彼らとは、美味い酒が交わせただろう。

 いや、妙な感傷はよそう。この強敵を沈めぬ限り、ガミラスに安寧は無いのだ。

 そう、地球とガミラスは相容れない、相容れるわけが無いのだ。

 

 「発射用意!」

 

 シュルツは発射装置を右手に構えてヤマトに照準が合う瞬間を待つ。

 モニター上のヤマトは着々と反射衛星砲の射程に近づいてくる。あと少し……。

 

 「反射衛星砲、発射!」

 

 シュルツは発射装置を押し込んだ。

 その瞬間に、チューリップを彷彿とさせる砲身から強力なエネルギービームが打ち出される。

 砲を保護している透明な保護ドームはこのエネルギービームを透過するため、砲を保護したまま発射出来る。

 この仕様が原因で重力波砲を採用出来なかったのだが、基地施設と直結した大出力砲の威力は、決して重力波砲に引け劣らない。

 海中を突き進むビームは、凍り付いた海面をぶち破って天に向かって飛び去って行く

 砕かれた氷はすぐに凍り付いて、僅かな痕跡を残すのみとなる。

 そのまま宇宙へと飛び出したビームは、真っすぐに無防備なヤマトの横っ腹めがけて突き進む。

 

 

 

 

 

 その頃ヤマトはようやく信濃とコスモタイガー隊を格納し、体勢を立て直そうとしていた。

 ガミラスの艦隊が離れたわずかな隙に、ユリカはポケットに忍ばせておいたタブレットケースを振って、錠剤を2つほど口の中に放り込む。

 薬の吸収効率の良い舌下で舐めて、コンディションが悪化しないように気を配る。つい先日の反省が活きていた。

 戦闘指揮で熱くなり過ぎた。

 頭がズキズキと痛み始めてきたし、胸も苦しくて動悸が収まらない。指先がかすかに痙攣をするようになった。

 このままでは指揮を執れなくなる。承知していた事とはいえ、弱り切った体に憤りを感じずにはいられない。

 

 「艦長、大丈夫ですか?」

 

 隣のハリが気遣わし気に尋ねてくるが、ユリカは笑顔と右手のVサインを作って応える。

 正直余裕は無い。だが引けない。

 ――この戦いだけは絶対に、散って逝った仲間達の為にも。

 

 「左舷方向! 強力なエネルギーが接近中っ!」

 

 悲鳴染みたルリの報告にユリカは即座に反応した。

 

 「フィールド左舷に集中展開! 右ロール20度!」

 

 命令が下るとフィールド制御担当は、即座にヤマトの左舷に集中展開して被弾に備える。ハリもすぐに反応してヤマトを右にロールさせる。

 対応がギリギリで間に合った直後、反射衛星砲の一撃がヤマトの横っ腹に突き刺さった。

 

 ヤマトの艦体が激しく揺れる。集中展開したフィールドの妨害に遭い、曲面装甲に一部が受け流されながらもフィールドを抜けて複合装甲と、装甲下のディストーションブロック数枚をも貫通し、内部構造を露出する大打撃を与えた。

 幸い装甲貫通までで威力を失ったが、もしもフィールドの集中展開が遅れていたら、艦をロールして装甲面に垂直に命中させないようにしなかったら、機関部にまで達してヤマトは終わっていたかもしれない。

 

 ヤマトは、左舷錨マークの前付近、左舷搭乗口部分に直径7mにも達する大穴を開けたまま、冥王星に向かって突き進む。

 

 

 

 「左舷ミサイル発射管付近に損傷。装甲を全て貫通されました!」

 

 真田の報告に第一艦橋の全員が顔を青くする。

 強力な要塞砲の存在は考慮していたが、まさかヤマトの防御を意図も容易く突破する程とは。

 

 「艦長、推進機の出力制御装置に損害発生、出力の制御が効きません!」

 

 ラピスが機関制御席で悲鳴を上げる。機関部近くまでダメージが及んだため、各ノズルへの出力制御装置を破損してしまった。

 

 「駄目です! このままだと冥王星に突っ込んでしまいます!」

 

 ハリは半泣きになりながらも懸命に立て直しを図るが、舵が言う事を聞いてくれない。

 出力制御系が破損した事で逆噴射に上手く出力が回らない。メインノズルへの供給は何とか停止したが、これではやがて冥王星に墜落して大破炎上だ。

 

 「艦長! 右上方15度方向に冥王星の衛星らしき天体があります!」

 

 ルリの報告にユリカが視線を向けると、そこには冥王星の衛星らしい小天体を認めた。

 地球からの観測データには無い非常に小さな、最も長い所で20㎞程度の楕円状の岩石。

 冥王星にかなり近い軌道を回っているようだ。ロシュ限界の僅か手前といった所だろうか。

 もしかしたら彗星か何かが一時的に冥王星の軌道を回っているだけで、衛星ではないのかもしれない。

 その姿を認めた瞬間ユリカは即断する。

 

 「ロケットアンカーを使います! ハーリー君は左舷スラスター全力噴射の準備をして!」

 

 「は、はいっ!」

 

 ユリカは戦闘指揮席からの制御でロケットアンカーの目標を入力、衛星に最接近したタイミングで発射する。

 洋上艦を模したヤマトはその姿に偽らない主錨を艦首の左右に備えている。海上停泊時に投錨する本来の使い方は勿論、このような状況下で天体に撃ち込むことで艦を固定する目的でも使われる。

 発射命令を受け取った右舷ロケットアンカーは、各部を変形させて鋭い銛となり、ロケット推進で岩石に向かって突き進み、その表面に深々と突き刺さる。

 

 同時にヤマトはアンカーを起点に振り子のように振り回される。遠心力が生み出す激しい横Gに、艦内の全員が近くの物にしがみ付いて堪える。

 そのままあわや衛星に激突しようとしたところで、ハリとラピスと機関士達の懸命な努力で最大噴射を果たした左舷スラスターの推力が、寸での所でヤマトを停止させる。

 噴射の圧力で衛星表面に生じた粉塵が、ヤマトがどれほど接近していたのかを如実に表していた。

 

 ヤマトが停泊に成功したところで全員がほっと胸を撫で下ろす。

 

 「はぁ~……もう駄目かと思った」

 

 とハリが弱音を漏らし、

 

 「機関室の皆さん、お疲れさまでした。何とか命拾い出来ましたね」

 

 ラピスが青い顔で部下に感謝の意を表する。我らが妖精の言葉に汗と油で汚れた機関士達がニッと笑って親指を立て、それはもう頼もしく応える。

 

 「あ、危うく交通事故だったね。ペチャンコにならなくて良かったぁ~」

 

 疲労でシリアスモードが解除されたユリカがボケると、「シャレにならない例えは止めて! 想像しちゃったじゃないか!」と艦橋の面々から総突っ込みを受けて「ふみぃ~……」とへこむ。

 

 そこでようやく信濃から戻ってきた大介とゴートが、それぞれの席に戻っていく。

 

 「変わろうハーリー。よく頑張ったな」

 

 大介が出来るだけ余裕がある様に見せながら、ハリを称賛する。

 

 「ぬうぅ、これが冥王星基地の切り札か。恐ろしい威力だ……!」

 

 砲術補佐席で武装の稼働状況を調べながらゴートが呻く。

 駆逐艦とは言え、それまで容易く地球艦を破壊してきたガミラスの砲撃に対して圧倒的な防御力を示したこのヤマトが、それまでの損害があるにせよ、たった1発でここまで追い込まれるとは。

 やはりガミラスは油断ならない敵だと、ゴートを始め艦内の全員が気持ちを引き締める。

 

 「艦長、補修作業を指揮します」

 

 と真田がユリカに告げる。この損傷はすぐにでも応急処置しないと、艦の機能に影響が出ると真田は警戒も露にしている。

 

 「わかった。でも気を付けて、必ず追撃が来る。船外作業は最小限に留めて内側の応急処置を優先して。今迂闊に外に出ると、犠牲者を増やしかねないから」

 

 ユリカの言葉に真田も「はっ!」と応じて第一艦橋を飛び出していく。

 そのまま真田は被弾個所周辺の隔壁の閉鎖を指示しつつ、今の攻撃でダメージを負ったフィールド発生装置の応急処置を始める。

 幸いにも機能停止には至っていないが、それまでの被弾と合わせて相当な負荷が溜まっている。

 艦の各所に分散されたフィールド発振装置のコイルやヒューズなど、フェイルセーフ用の交換部品を、部下達と協力して手早く交換していく。

 ヤマトの技術班の大部分は、ヤマトの再建作業に携わった技術者が多い。勝手知ったる何とやら、驚異的なスピードでヤマトの機能を回復させていく。

 地味にここで大活躍するのがウリバタケ・セイヤその人で、出航からずっと艦内を駆けずり回って色々探求していたことと、持ち前の技術力を思う存分披露して、真田でもすぐには手が付けられないような、破損の大きな部位を瞬く間に応急処置していく。

 頭脳では真田が勝るが、技術ではウリバタケが勝る。

 似た者同士と言うか、互いに多くを語らなくてもこの手の作業で相手が何を求めているのかがわかるので、最小のコミュニケーションで最大の効果を挙げる、地味に凶悪なコンビが生まれていたのである。

 

 なお、一部からは「あ~あ。出会っちまったよ」と嘆きの声が聞こえたとかいう噂が流れたらしいが、真偽のほどは定かではない。

 

 

 

 

 

 

 「ヤマト、冥王星の反対側に隠れたからと言って、安全ではないぞ」

 

 反射衛星砲の、しかもオーバーチャージの一撃を耐え抜いたばかりか致命傷すら与えられなかったことに、内心計り知れない衝撃を受けているシュルツであったが、動揺を表に出さず次の指示を出す。

 強力な反射衛星砲の一撃からヤマトを保護したのは、同じ反射衛星砲から生まれた保護メッキ技術であることを、幸か不幸かシュルツが知る事は無かった。ついでにヤマトクルーも。

 

 「次弾装填急げ。反射衛星、反射板オープン。目標、ヤマト!」

 

 シュルツの指示に従って部下達がヤマトを狙うために必要な反射衛星を選択する。

 

 「反射衛星2号、10号、11号、6号、用意。微動修正開始」

 

 司令室の命令を受諾した、軌道上の反射板搭載衛星――通称反射衛星の稼働状態になる。

 花弁とも表現出来る4枚の反射板を展開し、角度を微調整してヤマトへの射線を通す。

 勿論基地の所在が判明し難いよう、一直線ではなく数回に屈曲させることも忘れない。

 

 「反射衛星、準備完了!」

 

 部下の報告にシュルツは笑みを深くする。

 

 「さあヤマト、冥王星基地が誇る反射衛星砲の真の威力、とくと味わうが良い――発射!」

 

 シュルツが発射装置を押し込むと、反射衛星砲から放たれたビームが再び天を貫き、軌道上の反射衛星に命中してその進路を屈曲させていく。反射衛星は起動と同時に反射フィールドを展開し、それを利用して屈曲させる。

 数回の屈曲を経たビームが、ヤマト目掛けて突き進む。

 その事にヤマトはまだ気づいていない。

 

 

 

 

 

 

 戦闘指揮席でユリカが呻く。流石にこの遠心力は中々辛かった。

 安全ベルトこそ装着していたが、腹部に食い込んだベルトが痛いし、視界が揺れる。

 大激戦で消耗激しいとはいえ、本当に弱った体が恨めしい。

 自分がしっかりしなければ、艦長がぶれたらヤマトは駄目になってしまうと言うのに。

 

 「艦長、これを飲んで下さい。栄養ドリンクです」

 

 と、何時の間にか第一艦橋に上がって来ていた雪が栄養ドリンクのビンを差し出している。キャップは開封されていて、すぐに口を付けられる様に配慮されているのがニクイ。ユリカは「ありがとう雪ちゃん」と受け取って一気に煽る。

 

 「ぷはぁっ! くぅ~、五臓六腑に染みわたる~!」

 

 大袈裟なリアクションを取るユリカに雪が苦笑する。

 ……でも最近は水と何時もの栄養食くらいしか口にしていないのだから、こんな栄養ドリンクでもご馳走なのだろうと考えると、ちょっと胸が痛い。

 

 「他の皆には?」

 

 「もう配りました。私も負傷者の手当てに戻ります」

 

 足早に艦橋を立ち去る雪。勿論空き瓶を全部回収して持ち帰る事は忘れないプロの鑑だ。

 忙しい中第一艦橋の面々、すなわちヤマトの頭脳達を激励するために何とか抜け出してきたのだろう。

 ――良いお嫁さんになりそうだ、ますます進を任せたいと、ユリカはちらりと考えた。

 

 「……ここで停泊すると、的にならないかしら?」

 

 栄養ドリンクで幾らか気力を回復したエリナがもっともな疑問を口にする。停泊した艦艇など、確かに的にしかならない。

 

 「ここは先程の砲撃地点から冥王星を挟んで、丁度反対側ですよ。あの大砲がすぐさま飛んでくる事は無いと思いますが?」

 

 大介が暗に心配は無いだろうと言った直後だった。本当に直後だった。

 

 「右舷より高エネルギー反応! 先程の大砲です!」

 

 というルリの無慈悲な報告が第一艦橋に響き渡る。

 

 「フィールド右舷に集中展開! 右ロール急いで!」

 

 慌てて指示を飛ばすユリカに応えたフィールド制御担当の早業と大介の反射神経により、ヤマトの右舷に命中した反射衛星砲の一撃は、またしても致命傷にならずに済んだ。

 しかしそれでも右舷展望室の直下付近にまたしても直径8m程になる大穴が空き、内部構造が露出する大損害を被ってしまった。

 

 なお悪い事に、その衝撃でロケットアンカーが抜けてしまい、ヤマトは再び冥王星に向かって墜落を始める。

 エンジンの出力制御系がまだ回復していないため、逆噴射は最低限しか使えず、メインノズルの点火もままならない。

 

 「もう! 大介君が余計なフラグ立てるから!」

 

 「お、俺のせいですか!?」

 

 ユリカのボケに悲鳴に近い声で大介が反応する。

 その顔には「理不尽だ!」と言う言葉が浮き出ていたが、コントに付き合う余裕の無い他のクルーは、それぞれの部署の損害確認と衝撃で投げ出されないように体を固定する事に全力を注ぐ。

 可哀想だと思われながら、大介は放置された。

 

 でも「フラグ回収乙!」とかしょうもない言葉が脳裏に浮かんだ者が居たらしいことが、後の雑談で判明したのであった。

 

 「くそっ、減速しきれない……このままでは墜落する!」

 

 「主翼展開! 重力波放射機能で滑空しつつ減速掛けて! ハーリー君、冥王星の海洋の位置を大介君に! 着水させれば何とか耐えられるかも!」

 

 「は、はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 冥王星に墜落を始めたヤマトを見て、司令室は喜びの歓声が上がる。

 あれほど手強かった強敵が、冥王星基地の切り札を前に右往左往している。そして、確実にダメージを与えているのだ!

 ――しかし、本来なら木っ端微塵になっていなければおかしいのに、2発も耐えた事に青褪めた者も多かった。

 

 「ヤマトは赤道付近の海に向かっています」

 

 「よし、もう一息だ。完全に息の根を止めてやる。反射衛星砲発射用意!」

 

 

 

 

 

 

 主翼を展開したヤマトは主翼から放たれる重力波に乗る形で何とか減速をかけていた。

 艦内では破損個所付近の隔壁を全て閉鎖して浸水に備える。

 

 「島さん、出力制御装置が一部回復しました、逆噴射出来ます」

 

 ラピスの報告に応じると、大介はすぐに姿勢制御スラスターの噴射操作を行う。

 ヤマトの艦首のスラスターがタキオン粒子の奔流を噴き出してヤマトの落下速度が低下し、艦首を持ち上げることに成功する。合わせて主翼を畳んで着水の体勢に入る。

 減速出来たとはいえそれでも相当な速度が出ているため、操縦桿を握る島の手にも力が入り、額に汗が浮かぶ。

 眼下には、凍り付いた海面がぐんぐん迫ってくる。

 

 「着水するぞ! 全員、衝撃に備えろ!!」

 

 着水まであと少しと言う所で島が艦内通信機に向かって叫ぶ。それから10秒もしない内に、凄まじい衝撃と共にヤマトが着水する。

 艦内に衝撃音と乗組員の悲鳴が轟く。

 ヤマトは氷を砕き、激しい水飛沫を上げながら数㎞に渡って海面を滑走し、1度は完全に水中に没して、大きく艦首を跳ね上げて水面から飛び出し、再び着水してようやくその勢いを失った。

 艦内の慣性制御機構をフル稼働してもこの衝撃、慣性制御機構が無かったり破損していたら、乗員は残らずミンチになっていただろう。

 着水したヤマトは、被弾個所から浸水が続いている。

 隔壁で閉鎖されているため、広範囲の水没は免れているが、破損個所の修理作業が完全に停滞してしまった。さらに通気口などからも少なくない浸水が発生し、電装品等を痛めつけていく。

 第一艦橋の面々もほっと胸を撫で下ろしながらも、はっとして戦闘指揮席の様子を伺う。

 戦闘指揮席のユリカはぐったりとした様子でコンソールに突っ伏している。

 

 「艦長! 大丈夫!?」

 

 すぐに通信席から駆け出したエリナがユリカの肩を掴む。

 

 「うぅ……」

 

 突っ伏したユリカから呻き声が聞こえると全員の顔が青褪める。今の衝撃で容態が悪化してしまったのではないだろうか。

 もしもそうだとしたら、これからの航海はどうなる。無傷で済まないのは承知の上とは言え、もう少し自分達に力があれば。

 等と思考が混乱しているとユリカは小さな声で「気持ち、悪いぃ……吐き、そう~……」と呻いている。

 「え?」と言う感じでエリナがユリカを抱き起すと、両手で口を押えて青白くなっているのが確認出来た。何だか頬が膨らんでいるような。

 

 「ちょ! え、エチケット袋どこ!?」

 

 エリナが慌てる。こんなところでリバースされたら堪ったもんじゃない。

 

 「え~と、ってその前に、各部署は被害状況報告を!」

 

 ジュンが副長としての仕事を果たす。

 艦長が指揮出来ないのだから当然の振る舞いなのだが、想定外の事態に声が上ずり気味でやや頼りなく感じるのが玉に瑕。

 

 「ユリカ姉さん、大丈夫? エリナ、後ろのトイレを使って!」

 

 ラピスが浮足立ってエリナを促す。

 一応第一艦橋の後方、左右のエレベーターの内側には艦橋要員用のトイレが設置されている。通常勤務中に催しても持ち場から余り離れずに済むのはとても有難い。

 無論、事前にわかっていれば戦闘中は全員おむつ着用である。当然今回は全員がそうである。

 ユリカはすぐにエリナと手伝わされたゴートに連れられて、艦橋後部のトイレに連れ込まれた。

 すぐに「おえぇっ~!」と思い切り嘔吐する声が聞こえる。

 固形物を食べていない事もあって、先ほど飲んだドリンク剤と少量の胃液を吐くに留まったが、もの凄くしんどそうだ。

 

 「うぅ……ベルトでお腹をぐってされたし、滅茶苦茶揺れたから、耐えられなかった。うぷっ……」

 

 青褪めた顔でわざわざ報告する。

 正直言わないで欲しい。釣られそうだ、と誰もが思った。

 ひとまず落ち着いたユリカを戦闘指揮席に戻した直後。

 

 「真上から着ます!」

 

 ルリの絶叫が響き渡る。

 

 「え? 金ダライ?」

 

 相次ぐ不調ですっかり平常モードのユリカに対して、

 

 「んなわけあるかぁ~!!」

 

 全員でノリ突っ込みしながらもフィールドだけは上部に集中展開して備える。

 

 凄まじい衝撃音と共に第二副砲横、右舷搬入口付近に着弾。

 傍にあった連装対空砲1つを全壊させながら大穴が空き、ヤマトはバランスを崩して左に傾き始める。

 

 「ああっ、ヤマトがボケた!……じゃなくて傾斜が止まりません!」

 

 大介が操舵席で必死にバランスを取ろうとするが操縦系にも支障をきたしたのか、いう事を聞いてくれない。

 ――ユリカのせいでヤマトが本当にボケたのかと一瞬真剣に考えてしまった。

 

 「島君、何とかならないの!?」

 

 戦闘指揮席のシートにしがみ付いて傾斜に耐えるエリナに、「駄目です!」と大介が操縦桿とスイッチ類を操作しながら答える。

 完全にコントロールを失ってしまった。

 

 「金ダライなんて落ちてくるものなんですか!?」

 

 パニックに陥ってピントがずれた問いかけをするラピス。

 

 「大昔のコントですよ! 専用のタライを使って――」

 

 こっちもパニックに陥ったのか律儀に答えるハリ。

 

 「お前達落ち着かんか!」

 

 ゴート叱責するも効果なし。

 

 「ああもう滅茶苦茶だぁ~!!」

 

 溜まらず絶叫するジュン。

 そうこうしている内にヤマトは完全にひっくり返り、艦尾を天に向けてそのままゆっくりと冥王星の海に沈没した。

 

 

 

 ヤマト、どうしたのだ?

 

 かつては切り抜けた苦難に屈してしまうのか?

 

 それとも本当にボケを体得したと言うのか!?

 

 しっかりするのだヤマト!

 

 人類絶滅と言われる日まで、

 

 あと357日しかないのだ!

 

 

 

 第七話 完

 

 

 

 次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第一章 遥かなる星へ

 

    第八話 決死のヤマト! 冥王星基地を攻略せよ!

 

 

 

    愛の為に戦え!



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第八話 決死のヤマト! 冥王星基地を攻略せよ!

 

 

 反射衛星砲の攻撃で、ヤマトは冥王星の海へと没した。

 しかし、当然ながらこの程度の事で死に絶える事は無い。

 ヤマトは地球を救えず、人類を護りきらずに死に絶える事など無いのだ。

 

 「水深300m。海底に到達した模様です」

 

 計器を読み上げながら、平常心を取り戻した大介が報告する。

 あの後制御を失ったヤマトではあるが、原因が重力制御装置のトラブルであったことが判明。

 ヤマト以前の艦からある重力発生装置が、反射衛星砲の直撃で暴走。艦の外部に強力な重力場を形成してしまったため、ヤマトは制御を失ったのだ。

 

 その問題が判明した直後、ルリの判断で艦内の重力制御を一時遮断した事でヤマトの沈降は食い止められたのだが、すぐにユリカの「このまま死んだふりして」と言う命令に合わせ、潜水用のバラストタンクを注水、そのまま潜水艦行動に移行して現在海底に達したところだ。

 

 ヤマトは海底の岩を幾つか砕きながら着底し、右に傾いだ状態で固定される。

 艦内の重力制御が正常に戻ったため、クルーは艦の姿勢とは関係無く、床と水平の感覚を保つ事が出来ていた。

 

 「着底完了。ラピスさん、エンジンの具合はどうですか?」

 

 島がヤマトの姿勢が安定したことを確認してから、エンジンの具合をラピスに尋ねる。

 

 「損傷はありません。現在は死んだふりの為停止していますが、再始動はすぐに出来ます――ですが、出力制御系の修復がまだ終わっていません。それに、3度の被弾であちこちのエネルギーラインにエラーが生じていて、全力運転してもヤマトの各部に十分な出力が行き渡らない状態にあります」

 

 大介の質問にラピスが答える。

 こちらもようやく落ち着いたようで、先程の取り乱しを思い出してかほんのり頬が赤い。やはり恥ずかしいらしい。

 

 「真田さん、修理状況は?」

 

 戦闘指揮席で唸っているユリカに変わって、ジュンが損傷個所で修復作業にかかりきりになった真田に尋ねる。

 沈降時の衝撃もあってか、現在ユリカは満足に指揮が採れない。

 

 「何とも言えません。浸水による被害も各所に及んでいて、すぐに手を付けられない部分が多過ぎます。最低限の応急処置も、あと8時間は掛かる見込みです」

 

 汗と油で汚れた真田がコミュニケに向かって報告する。

 

 

 

 反射衛星砲による被害は想像以上に大きい。

 

 最初の1発は機関部に近い場所を破壊され、そこからエネルギーラインの一部に浸水が発生して、ヤマトの機能の一部が麻痺状態に陥っている。

 特に問題なのはやはり推進系で、現状ではメインノズルの最大噴射は勿論、各姿勢制御スラスターへの供給が安定せず、機動力がガタ落ちした状態と言えた。

 

 2発目は丁度艦内工場のすぐ傍に損傷が達しているため、こちらも浸水で工場区の一部が被害を被っている。

 また、居住区、それも右舷医務室付近にも被害が発生しているため、一部の医療機器が現在使用不能になった。

 ……不幸中の幸い無いのは、左舷側が無傷な事と、右舷側も手術などの大規模な治療が出来ないだけで、軽症者の治療には支障をきたしていない事か。

 

 3発目は元々空間の広い物資搬入口に被弾した事もあって、ある意味では最も浸水が深刻だ。

 第二副砲の回転機構にもダメージが及び、エネルギー伝導管までもが破損している。

 現在第二副砲は使用不能で、近くに装備されていた連装対空砲は1つが消滅、1つが半壊している。

 

 他にもそれまでの戦闘による被害の累計も大きい。

 左舷展望室は、防御シャッター越しに被弾したにも拘らず、窓である硬化テクタイトにひびが入って軽度の浸水が発生し、艦橋トップにあるコスモレーダーのアンテナも、右舷側は1/3程欠けている状態だ。

 煙突ミサイル後方のマストアンテナも、反射衛星砲の被弾で損傷し、右側の回転機構が破損して大きく跳ね上がった状態にあり、T字(Y字)型のマストも右側が少し欠けている。

 アンテナマストはコスモレーダーと並んでヤマトのセンサーや電子妨害の要であり、ここが傷ついた今、ヤマトの探知能力と電子戦能力は相応に衰えている。

 

 各武装の被害も決して軽微ではない。

 艦首ミサイル発射管も左中央が開閉不能になり、右舷の8連装ミサイル発射管もハッチ開閉不能、艦尾ミサイル発射管は左舷側ハッチが全部開閉不能、煙突ミサイルが辛うじて無傷だが、ミサイルは全部撃ち尽くしている。

 

 第一主砲も被弾して左砲が機能障害、第二主砲は反射衛星砲被弾の衝撃と合わせて回転不能、第三主砲は左測距儀が破損、パルスブラスト対空砲群も半数以上が何らかの損害を被っている。

 第一副砲は無傷だが、これだけで対艦戦闘を行うのは少々心許ない。

 

 装甲も至る所に弾痕が残り、反射衛星砲を除いて貫通が無いとはいえ防御力には少々不安が残る。

 

 これらの損害を纏めると、ヤマトは中破状態に等しく戦闘力がガタ落ちしているのが現状だ。

 乗組員もかなりの人数が負傷しているし、数名の死者も出した。旗色が悪いのは疑いようのない。

 とは言え、並の戦艦なら最初の超大型ミサイルの時点で宇宙の藻屑になるので、この物量さに加え、相手のホームグラウンドで対等に渡り合った、ヤマトとそのクルーの底力の凄まじさもまた、疑いようが無いのだ。

 

 事実、冥王星前線基地はその戦闘能力に半分怯えていたのだから。

 

 

 

 「うぅっ……状況はぁ……?」

 

 戦闘指揮席でダウン寸前のユリカが呻きに近い声で尋ねる。

 今はエリナの手で後ろに倒されたシートにもたれて右腕を額に当てている。

 顔色は相変わらず悪いままで、目を閉じて苦しそうに息をしている。

 

 時折「吐きそう……」とか聞こえるのが凄く気になる。

 

 「あの大砲の被害で、第二副砲が使用不能で対空砲1基が全損、1基が半壊。被弾個所からの浸水はようやく止まったみたいだけど、浸水による被害も多数。他にもエネルギーラインの断絶が数か所――辛うじて戦闘は可能だけど、またあれに直撃されたら流石に不味いよ」

 

 ジュンは第一艦橋後方、左右の壁にあるダメージコントロールパネルを見ながら報告する。

 再建に当たって新設された第一艦橋の設備で、ヤマトのコンディション管理を容易にする目的で取り付けられている。

 その画面にはヤマトのフレーム画像が表示されているのだが、至る所が赤く色づけされ、そこから細かく文字と線で損傷の程度を表示している。

 その画面だけで足らない部分の注釈は周辺に展開されたウィンドウが補う形だ。

 

 「指揮は僕が引き継ぐから、ユリカは少し休んでて。その状態じゃあ指揮は無理でしょ?」

 

 ジュンは極力優しい声で休息を促す。

 ユリカもコンディションの悪さを自覚しているからか「うん」と力無く応えてそれ以上の被害報告を求めない。

 こういう時、ジュンは本当に頼りになる。

 本当、“バックアップ要員としてなら”ヤマトに欠かせない存在だと、ユリカは改めてジュンが乗艦してくれて良かったと胸を撫で下ろす。

 

 隣の操舵席に座る大介もユリカの様子が気が気でない様で、計器類をチェックしながらもしきりに視線を隣に向ける。

 

 少し前までの大ボケは如何ともし難いが、やはり天才と称された頭脳は本物だった。

 

 冥王星空域での戦闘指揮は見事なもので、その力が無ければヤマトはあの場でハチの巣にされていたことだろう。

 それくらい凄まじい攻撃で、それを退けたのはヤマトのタフネスもそうだが、ユリカの采配のおかげで敵の攻撃を的確に裁く事が出来たから、という点を無視出来ない。

 

 実際に指示通りに操舵した大介だからこそ分かる。

 敵の攻撃を読み切り最小の被害で済ませられるような、針の穴を通すような精密操舵を要求された。ジュンの提案したプランだけではなく、口頭指示でヤマトの進路を細かく指示され、大介は死に物狂いでヤマトを操ってみせたものだ。

 正直、引き出しを全部出し切ったと思う。

 

 そうだ、ユリカの指揮能力を十全に引き出し、応える事が出来るヤマトのクルーは、経験値にバラつきがあれど凄腕揃い。

 そのクルーを纏め上げてその力を引き出せるだけの器が、彼女にはある。

 

 普段の軽いノリやボケは、彼女への親しみ(または呆れと不安)になり、戦闘中の凛とした姿が指揮官としての頼もしさになる。

 その両方を極端に備える彼女だからこそ、クルーは日頃は肩の力を抜く事が出来、いざと言う時には彼女の采配に命を懸けられる。

 彼女を信頼出来るのだ。

 

 ――ギャップが大き過ぎて時折唖然とさせられるのが玉に瑕だが。

 

 それが彼女の魅力だと頭では理解しているが、もう少し真面目に、と言うか常日頃から落ち着けないのかと、普段冷静沈着を心掛ける大介は考えてしまう。

 

 ……親友の進はすでに慣れ切ってしまったのか、彼女が突然ボケようが、そこから急にシリアスを決めようが動じなくなってきたが。

 

 だからこそ、急に不安になってしまった。

 確かにユリカは凄い。

 だがその体調は火星の後継者の人体実験と、ヤマト再建のための度重なる無茶で極端に悪くなっている。

 これから先どのような苦難が待ち受けているかわからないが、彼女の指揮の下なら大丈夫だろうという信頼を持ってしまったがために、それが呆気無く失われてしまうかもしれない現状に、どうしても不安を煽られる。

 

 多分それは、自分だけではない。誰しもが抱えつつある不安であると、大介は漠然と考える。

 

 「雪ちゃんもイネスも、今は負傷者の治療で手が離せないみたいね……よし、ハーリー君、悪いけど艦長をよろしく。私は医務室に薬を取りに行ってくるわ。ルリちゃんもこっちに戻ってくれないかしら? 代わりに通信の番を頼みたいの」

 

 エリナがハリとルリにそう頼むと、「わかりました」と共に快く応じてくれる。

 すぐにハリは航法補佐席から立ってエリナの代わりにユリカの傍らに陣取る。エリナからハンカチを受け取ると、ユリカの顔に浮かんだ汗を代わりにふき取る。

 

 「ありがとうハーリー君。ホントに良い子だねぇ、よしよし」

 

 薄っすらと目を開けて礼と共に左手でハリの頭を撫でるユリカの姿に、大介はますます胸が苦しくなる。

 少しでも心配を掛けまいと気丈に振舞っているが、撫でている手が微かに震えているのに気が付いてしまった。

 ハリもそうなのだろう。ユリカの状態があまり良くないことを察してぎこちない笑みを浮かべているではないか。

 

 「や、止めて下さいよ艦長。僕だって一人前のクルーなんですよ?」

 

 やんわり不本意だ、と主張する。

 ユリカは「そう?」と応じて頭を撫でるのは止めた。

 空いた左手は今度は自分の腹部に当てられる。安全ベルトが締め付けた部分だ。

 痛むのだろう。嘔吐したくらいだし。

 

 大介の不安は増すばかりだが、この状況でもユリカが諦めていない事や、艦長であり続けようとしている姿に、わずかばかりの勇気を貰った気がする。

 

 この諦めない心こそが、挫けぬ心こそが、かつてのヤマトが苦難を乗り越えてきた、本当の秘訣に思えてきた。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第一章 遥かなる星へ

 

 第八話 決死のヤマト! 冥王星基地を攻略せよ!

 

 

 

 冥王星前線基地の司令室では、海底に沈んだヤマトの捜索が始まっていた。

 

 「お見事ですシュルツ司令。さしものヤマトも、司令の采配の前では打つ手無しでしたね」

 

 ガンツが嬉しそうにシュルツを褒め称える。被害は決して小さくは無いが、それに見合うだけの大戦果と言っても良いだろう。

 敵はタキオン波動収束砲すら備えた超戦艦なのだ。

 このような大物は過去に例がない。この強敵の撃破は、デスラー十字勲章ものだと、ガンツは敬愛する司令の手腕を称賛して止まない。

 

 「まだ油断するなガンツ。確実に息の根を止めるまでは安心してはならん。敵はヤマトだ、たった1隻で我らにここまでさせる強敵なのだ。油断して足元を掬われては、デスラー総統に顔向け出来ん」

 

 シュルツはここまで追い込めたことに喜びを抱きながらも、司令官として毅然とした態度を崩さぬまま次の手を指示する。

 まだ手を緩めるわけにはいかない。

 その艦体を真っ二つに引き裂き、2度と再び飛べぬようにしてからでなければ安心して勝利の美酒を煽ることは出来ないのだ。

 

 「潜水艇を発進させろ、ヤマトの沈没地点を捜査して、発見次第魚雷を叩き込んで粉々に粉砕しろ。妥協はするな、油断もするな。2度と浮上出来ぬよう鉄屑に変えるまで、攻撃の手を緩めるな!」

 

 シュルツの指令を受けて、水中に設けられた発進口から次々と小型の潜水艇が発進していく。

 

 目標はヤマト。

 

 現況最大最強の敵を確実に葬り去るべく、ガミラス冥王星前線基地はありったけの武力をつぎ込む覚悟だった。

 

 

 

 

 

 

 その頃、単独行動中のGファルコンDXはようやく冥王星に到着した所だ。

 流石に慣性飛行だけでは相応に時間がかかってしまうのは仕方が無い。

 

 「ヤマト、結構派手にやられてましたね……ユリカさん達は大丈夫だろうか?」

 

 得体の知れない砲撃を受けて、煙を噴いたヤマトが右往左往する様を見ることになった進の気分は暗い。

 そう簡単にやられるとは考えていないが、ただ黙ってみているしかない現状も重なって不安と心配が募る。

 

 「あいつがそう簡単にやられるもんか。あれくらいで終わってるんなら、木星との戦争の時、ナデシコは火星で終わってるさ――それに、ヤマトもこんな旅の序盤で終われないよ。冥王星前線基地って言ったって、イスカンダルへの旅路の序盤の序盤、初めてのボスキャラみたいなもんだ。ヤマトが負けて良い相手じゃない」

 

 アキトは進を不安にさせないように極力普通に振舞う。

 勿論胸の内ではユリカ達の安否が気になって仕方が無い。

 だが、復讐者として数多くの修羅場を潜り抜けてきた経験を持つアキトだ、ここで焦っても出来る事は無く、むしろ自分達が基地を叩く事さえ出来ればそれだけでヤマトが救われると理解していた。

 それに、自慢の妻はこの程度の苦難で音を上げる程柔じゃない。

 

 「――信じているんですね。やっぱり、奥さんだからですか?」

 

 「それを抜きにしても、ナデシコが戦争で沈まずに戦い抜けて、大戦果を挙げられたのはユリカの采配による所が大きいからね……失敗も多かったけど。後は、否定しても意味が無いから言っちゃうけど、進君の言う通りだ。ユリカは俺の妻だからってのは勿論ある。あいつは俺に絶対の信頼を抱いてるんだ。俺が応えてやらなきゃ誰が応えるんだよ――俺、あいつの夫で王子様だから」

 

 笑みを浮かべながら断言するアキトに、進は「ごちそうさまです」としか言えなかった。

 だが、少し気持ちが楽になる。

 

 「さて、雑談も良いけど仕事だ仕事。超大型ミサイルと例の大砲の最初の発射地点は、大体この辺だったか……」

 

 アキトはコンソールを操作して冥王星の簡単な地図を表示し、超大型ミサイルと大砲が放たれた位置を書き込んでみる。

 大砲の発射地点と超大型ミサイルの発射地点はそれなりに離れているが、それでも半径30㎞の範囲内に収まっている。惑星全体を比較として考えれば、隣接していると考えて問題無いだろう。

 

 「はい。流石にダブルエックスのセンサーでは詳細な位置はわかりませんが、大凡の地点はそこで間違いないと思います。しかし、衛星軌道から見る限りでは地上に建造物が見当たりません。海洋の下に隠されているか、何らかの遮蔽フィールドの類を展開していると考えて良いかもしれませんね」

 

 進はデータを参照しながらそう推測する。後者ならまだありがたいが、前者の場合は少々問題だと、進はデータを睨みながら考える。

 

 「だろうね。このまま衛星軌道に陣取ってても仕方ない。地表付近を飛んで調べてみよう」

 

 アキトの提案に進も頷き、GファルコンDXは慎重に冥王星の地表付近に降りて行った。

 

 元々が「全部乗せラーメン」を指標に開発された機体なので、GファルコンDXは単独で地球の大気圏の離脱と再突入が容易に実行出来る機体だ。

 相転移エンジン搭載で重力波スラスターを採用したGファルコンDXは、所謂燃料切れの心配が無いし、その既存機を上回る推進力から生み出される機動力とボソンジャンプ能力のおかげで、ヤマトの元居た世界の名機――コスモタイガーに匹敵する活動範囲と哨戒能力すら持つのだ。

 今はその能力を最大限に活用して冥王星前線基地の所在を探り当て、機動兵器としては異例の戦略級火力を使って、基地殲滅を目論んでいる。

 この機体の詳細を把握出来なかった(機会に恵まれなかった)のが、冥王星前線基地の不幸だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 「それじゃあ、あの大砲は例のデブリを使用して射線を屈曲させている、と?」

 

 第一艦橋に上がってきたルリの報告にジュンが驚く。偶然の一致だろうが、サテライトキャノンの初期案と本当に良く似ている。

 尤も、サテライトキャノンの場合は中継衛星を介してエネルギーを送信して貰い、衛星軌道上の大砲を発射するシステムなので、順序が逆と言えば逆だが。

 

 「はい。恐らく、あのデブリは何らかの反射装置を内蔵した大砲のシステムの一部だと思われます。地上で発射した砲撃を衛星で屈曲させることで、理論上の死角が無い。惑星全体の防空用装備として考えればかなり強力な武器だと思われます。現在までに判明しているデータでは、砲撃の間隔などから考えて大砲は1門だけで、衛星自体に攻撃能力も無い……もしかすると、ガミラスにとってもまだ試作段階の装備なのかもしれませんね」

 

 ルリは通信席のパネルを操作して、オモイカネに繋ぐとデータの表示を頼む。

 

 「オモイカネ、観測データに基づいた、砲撃予想地点を表示して下さい」

 

 ルリの指示にオモイカネはすぐに作成したCGデータをマスターパネルに送る。冥王星を基準に、ヤマトの移動経路と被弾地点、最初の砲撃予想地点を基準にデブリで屈曲されたビームがヤマトに届くまでの経路など、様々なパターンを表示した。

 本当に網の目の様に描かれたビームの予想経路に、第一艦橋の面々が舌を巻く。これでは正確な発射地点を特定出来ない。

 

 「なるほど。これなら確かに死角が無い――本当に俺がフラグ立てたのか?」

 

 大介がぼそりと呟くと、全員があからさまにそっぽを向く。地味にユリカの発言に傷ついた大介だった。

 

 「ともかく、この仮称・反射衛星砲は厄介だ。移動目標に対する脅威度がわからない以上、迂闊に飛び出せない。対策を考えないと」

 

 ゴートも難しい顔で対策を吟味する。流石にもう1発あれを食らうとヤマトがどうなるかわからない。今度こそ致命傷を負う可能性もある。

 単発とは言え死角が無く、ヤマトの防御を1撃で貫通する脅威の大砲。やみくもに飛び立てば狙い撃ちにされ、今度こそヤマトは海の藻屑と終わる。

 そこに、医務室から薬の入った無針注射器と医療キットを手にエリナが戻ってきた。

 

 「留守番ありがとう、ルリちゃん。はい、この薬を艦長に打って。無針注射器だから簡単よ」

 

 ルリに持ってきた注射器を渡して、通信席から追立て代わりに自分が座る。自分で打ちに行っても良いのにわざわざルリに譲るのは、エリナなりの気遣いだ。

 

 「わかりました――ありがとう、エリナさん」

 

 ルリは公然とした理由でユリカの下に駆け寄る。その姿を誰もが微笑ましく見送りながら、邪魔をしないようにデータを睨みつけて反射衛星砲攻略の糸口を探る。

 今の所攻撃が無いとはいえ、この包囲網を抜け出して基地に対して反撃するのは困難極まりないと、ジュンもゴートも難しい顔で黙り込んでしまった。

 

 「ユリカさん、お薬です。これで気分が良くなりますよ」

 

 ルリはハリに付き添われているユリカに、それはもう満面の笑みを浮かべて注射器を見せる。しかし、台詞と笑顔の組み合わせが非常にアブナイものになっているとは、全く気付いていない。

 

 「うぅ~ん……その言い方だと、危ない方のお薬みたいだよぉ」

 

 グロッキーなユリカがルリの言い回しを指摘する。確かにルリの言い回しにも問題があるのも事実だと、隣で聞いていたハリと大介は思う。

 

 「~~っ!」

 

 言われて気が付いたルリは羞恥で頬を染める。そんな照れ顔を至近距離で拝めたハリは、ルリには悪いが眼福眼福と、密に脳内フォルダーにその表情を保存した。

 ユリカと絡んだルリは、こういう無防備な表情をたくさん見せてくれるのでハリは本当にありがたく思っている。多分アキトと一緒の時もそうなのだろうが、如何せんアキトはヤマトに乗ってからルリとあまり絡んでいない。

 正直気に入らないところはあるが、ルリの為にもアキトと一緒に居られるように謀ってみるか、と考えるハリであった。

 

 「そ、そんなボケかましてないで、左手出して下さい」

 

 赤面したままのルリに言われるまま左腕を差し出すユリカ。

 ルリは袖口に隠されたファスナーを下ろしてから袖口を捲る。ユリカの艦内服は旧ナデシコの制服デザインだが、隊員服同様簡易宇宙服として使えるように改造されているため、袖は肌にぴったりと着くようになっている。なので、こういう手間が必要なのだ。

 剥き出しになった腕に注射器を押し当ててボタンを押すと、浸透圧で薬液がユリカの体内に送り込まれる。

 特に痛みは無いはずだが、体内に何かを送り込まれる感覚にユリカが軽く呻く。

 

 「えへへ、本当に薬漬けみたいだね、私」

 

 そう笑われると釣られて笑いそうになるが、本当に薬漬けの日々を送っているユリカに言われると、可哀想に思えて泣き顔と笑い顔がごっちゃになったような変な顔になってしまう。

 

 「お、ルリちゃん睨めっこがしたいんだね。あっぷっぷぅ~」

 

 何か盛大に勘違いしたのか、それとも場を和ませるためなのかは判断が付かないが、ユリカも変な顔を作ってルリと向き合う。

 ……そのまましばし互いに変な顔を突き付けたままでいたが、双方の顔を近くで見ていたハリが噴き出すのを切っ掛けに、ルリも「参りました」と今度こそ笑い出して「私の勝ちぃ!」とユリカが拳を天に突き上げて、第一艦橋全体に笑いが響く。

 

 先程までのやや重かった空気が霧散していくのを感じながら、それでも大介の心境は晴れ渡る事が無い。

 こんな細やかなやり取りで過度な緊張を取り除くのは流石だが、果たして本当に、彼女は持つのだろうか。彼女が倒れた後、誰がそれを引き継げるのだろうか。

 この時点で副長のジュンが引き継ぐのが妥当だろうと考えない当たり、彼がどれほど影が薄く、縁の下の力持ちに徹しているのかが伺えるというものだ。

 言い換えれば、ユリカが強過ぎてジュンが霞んでいるとも言える。

 

 「ん?」

 

 微笑ましい光景に頬を緩めながらもレーダーパネルを見ていたジュンは、ヤマトに接近中の物体に気付いた。潜水艦行動を想定しているヤマトには当然水中用のセンサーが備わっている。

 そのセンサーが、ヤマトに急速に接近している物体を捉えた。

 

 「未確認物体接近中だ! 持ち場に戻れ!」

 

 ジュンの声にルリとハリも慌てて自分の席に戻る。ルリは電探士席のパネルを操作してセンサーが捉えた物体の正体を探る。

 

 「未確認物体の正体は、恐らく潜水艇です。数は40。沈没したヤマトの捜索と、トドメが目的だと思います」

 

 音響センサーが捕らえた推進音が、確実に近づいてきている。敵は恐らくヤマトを発見しているはず。一直線に近づいてくる。

 戦闘を回避する事は、出来そうにない。速やかに判断したユリカとゴートの反応は速かった。

 

 「艦首発射管に魚雷の装填急がせて。多弾頭弾で」

 

 シートを起こしたユリカがすぐにゴートやミサイル発射室のクルーに指示を出す。

 薬で多少持ち直しているが、やはり顔は青褪めたままで声に力も無い。それでも気丈に指揮を執ろうとする姿にゴート達は何も言わずに従う。

 

 「多弾頭魚雷、艦首発射管にセット完了」

 

 ゴートは砲術補佐席から艦首ミサイル制御室に指示を出し、接近中の潜水艇の位置情報と進路、速度などの情報を入力していく。

 艦首のミサイル発射管扉が解放され、多弾頭魚雷の発射準備が全て整う。

 

 一応水中でも主砲と副砲は機能するにはする。出力が凄まじいし、重力衝撃波も水中で極端に減衰したりはしない。

 だが、死んだふりの一環でエンジンを停止しているし(そもそも母体が相転移エンジンなので、大気中や水中では出力が低下する欠点は解消されていない)、エネルギーラインに損傷がある状況下で迂闊に砲撃するのは、傷を深める危険性が高く推奨されない。

 こうなると、環境に合わせて用意された専用の装備が物を言う。

 何世紀も掛けて進化を続けてきた魚雷の営みは、宇宙戦艦となったヤマトにも脈々と受け継がれているのである。

 

 ガミラスの潜水艇が近づいてくる。そして、

 

 「センサーに感! 魚雷を発射した模様です!」

 

 ルリの報告を受けてユリカも魚雷の発射指示を出す。命令は速やかに復唱され、艦首の発射管から魚雷が放出される。放たれた魚雷は一定距離を進んだ後、先端のカバーを解放して中から9発の小型爆弾を放出して散らばらせる。

 

 そしてその爆弾の網の中にガミラス潜水艇が突っ込むと、近接信管が作動して爆発する。水中は空気中よりも衝撃波の伝播が速い。それに水圧かかかる関係でディストーションフィールドのような歪曲場を纏う事が難しい。

 そのため、爆圧に晒されたガミラス潜水艇はそのまま衝撃波に砕かれ、押し潰されて鉄屑に変貌する。

 

 しかし6発の多弾頭魚雷だけでは全部を仕留めきれるはずもない。最初に放たれた魚雷も含めて数十にも及ぶ魚雷がヤマトの艦体に突き刺さる。

 被弾の衝撃でヤマトが震える。潜水艇は1人乗りの小型な物なので魚雷も相応に小さいが、フィールドも無く自前の装甲で耐えるしかない今のヤマトにとっては塵も積もれば何とやら。

 装甲は無傷でも衝撃で内部メカに被害が生じる危険性は十分にある。

 

 ヤマトはもう一度多弾頭魚雷を発射して応戦するが、魚雷もこれで品切れだ。元々宇宙空間での運用がメインのヤマトに、水中攻撃用の魚雷を多くストックする余裕は無い。通常のミサイルでは、誘導方式の関係もあって水中では役に立たないので、実質対抗手段を失ったに等しい。

 

 その後、潜水艇とヤマトの死闘はその後も数十分に渡って続いた。

 魚雷を使い果たしてヤマトは止むを得ず、まだ弾薬が残っていたアンテナマストの根元に装備された中距離迎撃ミサイル――通称ピンポイントミサイルとパルスブラストを数基使用して何とか迎撃に成功したが、思いの外長期化した戦闘でその傷を深めてしまった。

 

 「きゃあっ!」

 

 運悪く第一艦橋に被弾した魚雷のダメージで、戦闘指揮席のパネルが火を噴く、飛び散った破片がユリカに襲い掛かる。だが装甲シャッターで守られた第一艦橋の窓が割れたり浸水が始まったりはしない。

 ただ衝撃で計器の方が耐えられなかっただけだ。

 

 「ユリカ!」

 

 すぐにエリナが先程持ってきた医療キットを携えて駆け寄る。一応第一艦橋にも備え付けの医療キットはあるのだが、こちらは強いて言うならユリカ用にと、備え付けのキットには備わっていない薬品が収まっているのだ。

 戦闘が長期化するのは避けられないと踏んだエリナが、イネスに少々無理を言って用意して貰ったものである。

 

 「さ、刺さった……!」

 

 咄嗟に顔を庇ったため艦内服が破片を防いでくれたのだが、剥き出しだった手首には容赦なく破片が襲った。左掌に深々と5㎝程になろうかという尖った破片が刺さっている。

 見てるだけで痛いのがわかる。

 

 「抜くわよユリカ。我慢なさい」

 

 エリナは断ってから掌に刺さった破片を力一杯引き抜く。激痛にユリカが悲鳴を上げるが構わず医療キットから取り出した消毒液を、容赦なく傷口に浴びせる。

 そこに一切の慈悲は無い。

 

 「アっーーー!」

 

 ユリカはそりゃもう耳に刺す甲高い悲鳴を発したが、構わず薬を塗ってガーゼで覆ってから手早く包帯を巻く。

 でも少々耳がキーンと耳鳴りを起こしている。親子そろって、地声が大きいと思考が脱線しかけるくらいには効いた。

 

 「え、エリナぁ。もっと優しくしてぇ~」

 

 泣き言を漏らすユリカに「ちゃんと処置しないと大変でしょう?」と取り合わない。処置を終えると涙目のユリカに、

 

 「戦闘が終わったらちゃんと見てもらいなさいよ。感染症を起こしたら大変だから」

 

 と念を押す。ユリカも「はぁ~い」と涙声で応じて手当された掌に「ふぅー! ふぅー!」と息を吹きかけている。

 

 そんな姿を見て、大介は先程から抱いている不安がますます強くなる。今はこの程度で済んだから良いが、もしも指揮を執れない程の怪我をしたら、どうなる。確かにバックアップ要因としての副長や、ナデシコCで艦長経験のあるルリがいるが、この2人にユリカ程の信頼がおけるかと言われたら答えはノーだ。

 この2人にはこの人に付いていけば、と思わせるようなカリスマは感じられない。

 

 平時の軍ならともかく、今のヤマトは軍の指揮系統から逸脱し、実質艦長が全権を握った状態にある。それこそ一国一城の主とまで言われた、大昔の艦長そのものが要求される。

 あの2人には、それに至る為の器が足りないと、大介は半ば確信していた。というよりも、ヤマトが特殊過ぎるのだ。

 現代の戦争において、単独で長期に及ぶ作戦行動自体、余程特殊な艦艇でもない限りはあり得ないし、それでも必要に応じてバックアップを受ける事が不可能なわけでない。

 しかしヤマトは一切のバックアップを受ける事が出来ない。

 さらには、戦闘だけでなく未知の宙域を定められた時間内に全て乗り越える事を要求されているのだ――正気の沙汰ではない。

 

 それ故にヤマトの艦長には、容易に乗組員を追い詰めるこの過酷極まる任務の精神的負荷を取り除く絶対的な支柱になる事が求められる。

 ジュンもルリも、実務能力はともかく精神的支柱とするに大介の目から見ても力不足としか見えない。

 

 だからこそ不安なのだ。今のヤマトに、ユリカの代わりにクルーの精神的支柱足りえる人間が、この大役を継げる人間が、果たして居るのだろうか。

 

 大介の不安は、徐々に積み重なっていった。

 

 

 

 

 

 

 潜水艇の攻撃を凌ぎ切ったヤマトの様子にシュルツは険しい表情を浮かべる。

 

 「何と言う奴だ。これほどの攻撃を受けながらまだこれほどの余力があるとは……」

 

 司令室全体の空気が重い。シュルツも含めた全員が先程までの余裕を失い、常識外れの能力を見せるヤマトにはっきりと恐怖を抱き始めていた。

 

 「爆雷を投下しろ! 何としても浮上させて、反射衛星砲で止めを刺す!」

 

 シュルツの指令に全員が浮足立ちながらヤマトへの攻撃準備を進める。

 必殺兵器をもってしても決めきれないと言う事実は、冥王星基地から完全に余裕を奪い去っている。

 作戦は完璧だったはずなのに。予想通りヤマトは波動砲を封じられ、冥王星基地の全戦力による猛攻撃を受けて深手を負った。

 

 だが、それだけだ。

 

 戦艦1隻など1秒で宇宙の塵と消えるはずの猛攻を耐え凌ぎ、今もまだ生きている。これを恐怖と言わずして何と言うのか。

 何時の間にかヤマトと冥王星基地の戦いは、互いの根競べ、即ち持久戦に突入していた。

 それだけにその意識はヤマトにだけ集中してしまい、少数兵力の別動隊をヤマトが放出していたかもしれないという警戒意識を完全に削がれてしまっている。

 それが勝敗を分けるとは、この時のシュルツは知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 冥王星の地表すれすれを飛行するGファルコンDXは展開形態に変形、パッシブセンサーを駆使して冥王星前線基地の所在を懸命に捜索していた。

 ダブルエックスを露出した戦闘形態と言うべき展開形態では、ダブルエックスの推力を上下に、Gファルコンの推力を前後に向けている状態にある為、宇宙空間や空中での運動性能が戦闘機状態の収納形態よりも高いし、ホバリングによる滞空もこちらの方が容易である。

 バランス的に不得手ではあるが足を使った歩行も出来るため、戦闘以外にもこういった探索任務にも向いた姿だ。

 

 「……駄目だ。痕跡を発見出来ない。この辺りのはずなのに」

 

 ダブルエックスのコックピットの中で呻く進。ヤマトが冥王星に不時着してからすでに2時間近くが経過している。

 アクティブセンサーを使えば発見出来るかもしれないが、隠密作戦を求められる現状には適していない。仮に基地を発見出来ても、サテライトキャノンを撃つ事が出来なければ負けてしまう。

 

 「くそっ。もしも本当に基地が海中にあるのなら、ダブルエックスのセンサー類じゃ時間がかかり過ぎる。それに、サテライトキャノンも水中基地に対する直接攻撃のテストなんてしてないし……せめて、地上に露出した部分か、地表近くに施設があれば……!」

 

 焦りから唇を噛む進。だが彼の心配も尤もだ。

 

 タキオン粒子砲であるサテライトキャノンは、波動砲同様一種の時空間歪曲作用を主とした(副次効果で膨大な熱量破壊も含めた)破壊兵器だ。出力も極めて高いため大気中での減衰は殆ど無視出来る。

 これは、ガミラスの目を掻い潜って地表で行われたテスト(皮肉にも、太陽の光を遮った粉塵が地表の様子を遮蔽した)で判明している。

 とは言え、水中の標的となると話は違ってくる。

 密度の高い水中では、ビームの減衰が強烈になる可能性は十分に高い。幾ら波動砲の亜種であっても、テストも無しでは無視出来るとは保証しきれない。原理的にも出力的にも、大きく劣っているので単純比較が難しいのである。

 原理的には400mくらいまでは無視出来ると真田とイネスが保証したが、本当にその範囲内に基地があるかは不明だ。

 二次被害をもたらす周辺への破壊作用の拡散や、粒子の飛散がどの程度になるかも予想が出来ないのも不安の種だ。

 それに、水中に基地が敷設されていた場合、上空からその所在を把握する事がそもそも不可能だ。

 ダブルエックスは汎用型なので水中でも活動出来るが、一番苦手な地形だ。静粛性は期待出来ないしセンサー感度も最低。地表を飛び回る以上に発見され易く、迎撃される危険性が高まる。

 さらに水中ではサテライトキャノン自体が発砲出来ない。余剰エネルギーや膨大な熱を排出するシステムは、それ自体が水蒸気爆発を誘発し、自滅してしまう。

 ダブルエックスがサテライトキャノンを水中の目標に使うとすれば、その所在を確認した上で空中から発砲する必要があるのだが……。

 

 「あの大砲が地表に露出していないのなら、どこかに排気塔みたいなものがあるはずなんだ。それさえわかれば、ある程度基地の位置も判明するんだけど」

 

 アキトも計器と睨めっこしながらこの状況を打開するための知恵を絞る。

 

 「排気塔。目立つようには置いてないでしょうね」

 

 「だろうな。でも大砲を撃てば確実に排気する――ヤマトが撃たれない事には探しようが無いのか?」

 

 流石のアキトも焦燥感に支配されつつある。如何にヤマトでもあんな大砲を何発も食らって無事でいられるわけが無い。

 ヤマトがやられない内に発見しないといけない。

 焦りだけが募る中、GファルコンDXは凍てついた冥王星の大地の上を右往左往していた。

 

 

 

 

 

 

 その頃ヤマトは大量の爆雷の雨に晒されていた。1発1発は“ヤマトにとっては”そう強力ではないが、如何せん数が多い。海面ギリギリを航行する潜水艇が次々と爆雷を落としていく。

 反撃手段の無いヤマトは甘んじてそれを受けるしかない。

 

 爆発による激しい振動がヤマトを襲い、クルー達に不安を与える。

 

 「くそっ。このままでは傷が深まるだけだ……!」

 

 「テンカワと古代は、まだ基地を発見出来ていないのか……?」

 

 大介とゴートが険しい表情で不安を口にする。

 

 「……う~ん。もしかすると、基地が見つからなくて右往左往してるのかも」

 

 薬を口に放り込みながらユリカがズバリ正解を言い当てる。こういう時の感がやたらと鋭いのも、ユリカの特徴である。

 

 「やはり、基地が地表に露出していないと?」

 

 電探士席のルリが今までの解析データを洗い直して、冥王星前線基地の在処を探ろうとしているが成果は上がっていない。

 そもそもデータ不足であるし、戦闘の合間に収集したデータだけで発見出来るほど、杜撰な偽装はしていないだろう。

 

 「まあそうだろうね。わざわざ海洋を作ったってことは、そこに隠してると考えるのが妥当だろうし。流石のダブルエックスも、水中の基地をサテライトで叩くのは難しいよねぇ」

 

 のほほんと語るユリカにジュンが自分の意見を述べる。

 

 「だとすると、特別攻撃隊を編成して破壊工作を考えた方が良いかな?」

 

 意見してみたが、ジュンはそれが適切な作戦だとは思えなかった。

 ヤマトの動きは敵に監視されているだろうし、油断もしていないだろう。この執拗な攻撃でわかる。

 特別攻撃隊を乗せた揚陸艇の類は、爆雷の雨を潜り抜けて氷上に出る事が難しいし、そこから改めて基地の探査となると、途方もない時間がかかる。

 ヤマトが持つとは考え難い。

 

 「必要無いよ――大介君、浮上して。敵に撃たせてあげましょう、必殺兵器」

 

 あっけらかんと言ったユリカに全員が驚愕する。

 

 「しょ、正気ですか!? 今度ヤマトに命中したら……!」

 

 「大丈夫。アレを海面上のヤマトに命中させたかったら、衛星で反射しないと当たらないでしょ? 要するに反射板の開閉タイミングに合わせて急速潜航すれば当たらないってこと――それに、潜ったヤマトに撃ってこないところからすると、水中では威力が極端に減衰しちゃうか、水に入った瞬間に屈折しちゃうか……どっちかだと思うから、潜っちゃえば安心安心。この爆雷の雨がそれを証明してくれてる。要するに、とっとと浮上して来い、そうすれば反射衛星砲で決めてやる、って言ってるようなものよ。敵さん、あんまりにもヤマトがタフなんで、焦って余裕を無くしてるみたい――問題は反射板のどれを使うか、ってところかな?……ルリちゃん、ヤマトの上空に反射衛星ってある?」

 

 「あります。頭上に1基、他にもヤマトを狙えそうな衛星が4つほど確認出来ます」

 

 ユリカの読みに感心したルリは聞かれる前から情報を検索し、事前に把握していたデブリ――反射衛星の位置情報を再度確認していた。

 この手の情報管理はお手の物、かつてアララギから言われた「電子の妖精」の異名に恥じないよう、常日頃心掛けている。

 彼らが命懸けで守ってくれたこの命。それが間違いでなかったと証明するためにも。

 

 「さっすがルリちゃん! 打てば響くってやつだね! ルリちゃんは私の自慢だよ! んじゃ、浮上して撃ってもらいましょうか――私達の反撃の狼煙を」

 

 思わず背筋がぞっとする程含みを持たせた最後の一言に、全員が頼もしい笑みを浮かべる。

 ルリだけはそれに合わせて「ユリカの自慢」と言われた事を嬉しがっていた。

 そして、ラピスだけは「褒められて羨ましい」とルリに羨望と嫉妬の眼差しを送って軽く頬を膨らませていた。

 

 (やっぱりこの人は凄い。依存しているのかもしれないが、今は考えるのはよそう。この人に従って、この場を切り抜けるのが先決だ)

 

 大介も先程まで胸中に渦巻いていた不安を振り払い、速やかに準備を整える。

 

 「両舷バラストタンク排水」

 

 「メインタンクブロー」

 

 大介とハリが共同してヤマトの浮上準備を終わらせる。バラストタンクを排水したヤマトは、爆雷の雨の中ゆっくりと浮上を開始する。

 

 

 

 

 

 

 「ヤマト、浮上しました!」

 

 ヤマトの動向を伺っていたオペレーターが喜色に満ちた声を上げる。ヤマトは海面の氷を叩き割ってその姿を露にする。

 

 「よし、このチャンスを逃すな。攻撃機を撤退させろ、反射衛星砲発射用意!」

 

 「反射衛星砲、エネルギー充填150%!」

 

 「3号衛星、角度調整右30度」

 

 「8号衛星反射板、オープン!」

 

 オペレーター達が次々と準備を整えていき、その照準がヤマトを捉えた!

 

 「反射衛星砲、発射!」

 

 シュルツが渾身の思いを込めて発射装置を押し込む――これで決まってくれ。

 切実な思いを乗せた反射衛星砲のビームが凍てついた海面を割り、反射衛星を中継してヤマトに向かう。

 

 

 

 

 

 

 「ヤマト頭上の反射板が開きました!」

 

 第三艦橋に降りたルリの報告を受けてすぐに大介はヤマトを潜航させる。

 

 「急速潜航!」

 

 操縦桿を思い切り押し込みバラストタンク全部に注水開始。姿勢制御スラスターも使って強引にヤマトを海中に押し込んでいく。凄まじい水の抵抗を力尽くで押しのけて、ヤマトは海中へと没していく。

 第一艦橋を冷やりとした感覚が包み込む。ヤマトが潜るのが先か、ビームが命中するのが先か、さながら気分はチキンレースだ。

 ヤマトが完全に海中に没してから2テンポは遅れてビームが海面に突き刺さった。

 ユリカの予想通り、ビームは海面に激突した瞬間急激に威力を減衰させ、ヤマトの防御コートと装甲の反射材でも十分に無力化出来る程度の弱々しい威力に終わった。ほんの少し揺れた程度で、ダメージは無い。

 今回の賭けは、ヤマトが勝った。

 

 「っ!?……ふぅ~、間一髪だ」

 

 「艦長の予想通り、海の中には通用しないみたいですね」

 

 「だから言ったじゃない。大丈夫だって」

 

 大介が潜航が間に合った事に安堵し、ハリがユリカの読みの正しさを褒め、ユリカが明るい声で「ほれ見た事か」と自信満々で胸を張る。

 海に潜ってから薬を摂取しまくっているおかげか、幾分体調が回復した様子だ。

 爆雷の雨は鬱陶しかったが、常に敵艦の動きとヤマトの位置取りを考えて指揮するのに比べれば、随分と負担も小さいのだろう。

 ピンチであることに変わりは無いはずなのだが……と言うか本当に薬漬けだ。その内禁断症状が出るんじゃないかと、不謹慎な妄想が頭を過るくらい。

 

 「今の砲撃を捉えてくれていると良いんですが」

 

 上手く行ったことに安堵しながらも、少しだけ不安そうな顔でルリが言うと、

 

 「大丈夫だよ。だって、アキトと進君だもん。私の自慢の夫と息子だから、きっと意地でも成功させてくれるよ」

 

 とユリカは余裕たっぷりだ。何気に進をはっきり“息子”と断言しているのが彼女らしいと言うかなんというか。

 今更だが、もう確定事項なんですね、とルリは心の中で突っ込む。

 

 「……ある意味古代さん、外堀を埋められましたね」

 

 ルリが小さな声で呟く。

 はっきりと断言された事もそうだが、密に艦内でそういう認識が広まりつつあることを知ったら、きっと顔から火を噴いて恥ずかしがるに違いない。

 何しろ狭い宇宙戦艦の中だ。ちょっとでも面白い話題があるとすぐに伝播する。何しろ軍艦の中は娯楽が少ないので、格好のネタにされるに決まっている。

 

 ユリカが進を我が子同然に可愛がっている事はすでに周知の事実。そこに至るまでの過程もどこでどう漏れたのか、案外知れているのだ。

 

 むしろユリカが率先して広めている気がする。

 

 ある意味艦長が特定の乗組員と過度に親しいと言うのは大問題な気がするが、それで統率が全く乱れないこの艦は一体どうなっているのやら。

 

 ああ、そう言えば自分もラピスもユリカの家族と公言しているし、追加要員とは言え夫のアキトも乗ってるから今更なのか。ルリは納得納得と頷いて仕事に戻る。

 それで納得する辺りルリもユリカに、と言うかナデシコに毒されているのが伺える。

 

 (アキトさん、古代さん。頼みます)

 

 ルリは別行動中の2人に自分達の命運を改めて託す。

 

 (あ、でも古代さんがユリカさんの息子の立場を受け入れたとして、その場合私はお姉ちゃん? それとも妹? 年齢的には古代さんの方が上だけど子供になったのは私の方が……まあ、後で考えればいいか)

 

 ちょっぴり思考が脱線したルリである。

 

 

 

 

 

 

 ヤマトに向けて反射衛星砲が放たれた直後、GファルコンDXはそのビームの奔流を直接視認する事が出来ていた。

 

 「大砲が発射された!?」

 

 進が天に向かって伸びるビームに驚愕していると、アキトの叱責が飛ぶ。

 

 「早く排気塔を探すんだ!」

 

 叱責されて我に返った進はすぐに機体を上昇させて周囲360度を探査する。サテライトキャノンのために搭載された高感度センサーを最大活用しての捜査。高感度センサーはすぐに目的のものを見つけ出す。

 

 「ありました! あれが恐らく排気塔です!」

 

 海中から放たれたビームの丁度反対側、小さな崖に埋もれるようにして排気塔があった。放出された凄まじい熱がまるでオーロラの様に暗い冥王星の空を照らす。

 すぐさま機体を翻して排気塔に直行する。

 ここからサテライトキャノンを撃ち込めば基地は一巻の終わりだ!

 逸る気持ちのままにサテライトキャノンを用意しようとした進をアキトが留める。

 

 「駄目だ進君!――あの大砲までかなりの距離がある。基地施設と併設された砲台じゃないかもしれない以上、基地が加害半径に含まれてる保障が無い。ここに撃ち込んだだけじゃ仕損じるかもしれない……」

 

 アキトが冷静に分析する。

 排気塔からビームが発射された地点までの距離は約8㎞。

 数値だけならサテライトキャノンが命中した時の加害半径には含まれているが、それは地表に露出していて、かつ大砲が基地に併設されている場合の話。

 大砲が基地から離れているかもしれないし、構造次第では上手く威力が伝わらず、基地に影響を及ぼせるかどうかはまだわからない。

 それ以前に、敵基地の全貌もわからないのに1発限りの切り札を使うのは早計だ。

 実戦投入も初めてなのだから、慎重を重ねて困る事は無いはず。

 無論、慎重になり過ぎて仕損じても本末転倒だが。

 

 「あ……すみません。気が急いてしまって。まずは調査分析、ですね」

 

 「その通り。焦る気持ちはわかるけど、こういう時は落ち着かなきゃ。折角ユリカが作ってくれた機会だ」

 

 アキトは先程の砲撃がユリカの差し金だと瞬時に察していた。

 恐らく自分達が未だに動けていない事から、基地の捜索に手間取っていると見抜いてその所在を把握する為に行動したのだろう。

 おかげでビーム発射の正確な位置と、排気塔を見つけられた。

 進もアキトの言葉でそれに気が付き、要らぬ心配をかけてしまったと少し後悔しながらも、ユリカの気遣いに感謝して機体を操る。

 ダブルエックスを排気塔に寄せて、内部を覗いてみる。暗視カメラを使用して覗いた排気塔は、やはりと言うか途中で屈曲してビーム砲の方向に向かっているようだ。

 

 「これだと、ただ撃ち込んだだけじゃ駄目そうですね。排気塔の周りにエネルギー源でもあれば、誘爆を期待出来そうですけど――くそっ、ここからじゃそこまではわからないか」

 

 進は何とか突破口が無いか周りを調べてみる。これほどの建造物なら、必ず人の出入りする場所や、手入れをするための何かがあるはずだ。

 排気口のサイズさえ合っていればダブルエックスで直接入り込んでも良いのだが――。

 

 「この排気塔のサイズだと、ダブルエックスで直接入るのは無理か――ん? アキトさん、メンテナンスハッチがあります!」

 

 排気塔の端にメンテナンスハッチを見つける。やはりあった。ここから施設内部に入り込めるはず。

 上手くすれば基地の全容を掴めるだろうし、内部から破壊工作も出来る。

 

 「よし、ここから内部に潜入してみよう」

 

 アキトはすぐに決断した。潜入して情報を集め、適切な場所にサテライトキャノンを撃ち込む。それ以外に冥王星前線基地を破壊する手段は無い。

 一応破壊工作用の爆弾は持ち込んでいるが、持ち込める程度の爆弾では焼け石に水だろう。

 動力炉や動力パイプ、または発射直前のあの大砲にでも仕掛けて爆破すれば誘爆で吹き飛ばせるかもしれないが、流石にそれは高望みだ。

 

 「わかりました。アキトさん、頼りにさせてもらいます」

 

 「任せろ。褒められた経験じゃないけど、今は出来る事をやりきる」

 

 進の操縦でGファルコンDXが排気塔近くの物陰に着陸する。追加されたエネルギーパックを補助脚として、4本足でその場に立つと、慎重に足を曲げて片膝立ちの姿勢を取る。エネルギーパックもそれに連動する形で基部で回転して背中に合体したままのGファルコンBパーツを支える。

 進がハッチ開閉レバーを捻ると、胸部に合体したAパーツが前方にスライドしてからダブルエックスのハッチが解放される。

 同時にアキトもGファルコンBパーツのコックピットハッチを解放する。中央ノーズ部分の、赤いドーム状のパーツが左右に割れて、さらに内側のハッチが上に開いてコックピットが露出する。

 機体から這い出した2人は、ちゃんとハッチを閉め直してからGファルコンのカーゴユニットの内側、ダブルエックスを格納しても邪魔にならないところに固定していたコンテナを開封する。

 

 「よし。最低限これだけあればどうとでもなるな」

 

 アキトは中身を取り出して手早く身に付ける。

 白兵戦用に用意されていたプロテクターは忘れずに装着する。

 デザインは極々シンプルなもので、肩当ての付いた胴体を包む構造のプロテクター(背中に酸素パック内蔵)を着込み、手足につけるプロテクターは肘と膝から下を包み込む形状のものだ。色は光沢の無い黒。

 対レーザーコーティングの他にも、対弾・耐衝撃仕様の軽量型。可能な限り装着者の動きを阻害しないように工夫を凝らされているため、身に付けてもそれほど違和感が無く防御力は十分。

 最初から着込んでいないのは、特に胴体のプロテクターが操縦の邪魔になるからだ。

 

 腰には常時下げているコスモガンの他に、ショットガンアタッチメントとカプセル型のH-4爆弾2つにコスモ手榴弾を2つ、予備のエネルギーパック1つを吊るす。

 今回は施設内部での隠密行動を予定しているので、かさばり易いレーザーアサルトライフルは置いてきた。ショットガンアタッチメントなら分解すれば20㎝程の箱状の部品にしかならないし、接近戦ではアサルトライフルよりも使い易くて良い。

 外せば普通のコスモガンになるから、近接戦闘での取り回しにも問題が無い。

 また、アキトだけは万能探知機、小型カメラ、マッピング用の目印と、念のためとしてCCを持ち込んだ。

 

 屋内戦ならこれで十分なはずだ。それに2人という少人数での潜入作戦になるし、これ以上の重装備は運用出来ない。

 

 「目的は敵の施設の全貌を掴む事。出来れば大砲くらいは潰したいけど、欲張って失敗しないように。どっちにしろ、基地の全貌を確認したら戻ってサテライトキャノンで決める」

 

 「はい!」

 

 アキトは進を引き連れる形でメンテナンスハッチを慎重に開ける。この場合、単独での破壊工作の経験が豊富なアキトが指示を取るべきと、事前の打ち合わせで決まっている。

 

 (ボソンジャンプが出来れば楽だろうけど、そう上手くは行かないかもな)

 

 アキトは事前にユリカに聞かされていたことを思い出す。

 

 

 

 「良いアキト? ガミラスは自分でボソンジャンプを使うことは出来ないみたいだけど、ボソンジャンプの出現座標を狂わせるジャミング手段を保有しているの。何でも波動エンジン誕生後に盛大に事故ったらしくって、タイムパラドックス的な危険性も考慮して永久封印したみたい。対策は残したみたいだけど」

 

 攻略作戦前、呼び出しを受けたアキトは艦長服をビシッと着込んだ真面目な表情のユリカから、ボソンジャンプに関する注意を受ける事になった。

 

 「スターシアに助言が正しければ、ガミラスもイスカンダルも、阻害の方法は波動エネルギーとワープシステムで得られた、時空間歪曲作用を利用してジャンプアウトのタイミングと場所を狂わすって方法だよ」

 

 ユリカはかつてスターシアから聞いた、研究が停止する前のボソンジャンプ対策についてアキトに伝える。

 これに関してはイネスも承知しているのだが、時間が無かった事からアキトはレクチャーを受けていない可能性を考慮して、改めて自分の口から伝える事にしたのだ。

 案の定、アキトはそこまでの説明を受けていなかったようだ。

 

 「入力そのものを妨害する手段は、機械類へのジャミングで防いでたから研究されてないって。私達みたいなA級ジャンパー自体が相当なイレギュラーらしくて、少なくともイスカンダルでは前例がないってスターシアが言ってたし。肉体はジャンプに耐えられるけど、行き先の指定は専用の入力装置で行ってたって言ってたから、敵にA級ジャンパーの知識は無いと思って良い。研究も何世紀も前に終了してから再開している節が無いって聞いたから、多分ガミラスも対策は出来ないよ。火星の後継者の実験内容を回収してるとも思えないしね」

 

 ユリカは断言する。ガミラスはA級ジャンパーを知らない。そしてその妨害も出来ないと。しかし――

 

 「ジャミング圏内でのジャンプは、もしかするとかなり危険かもしれない。ジャンプアウトに影響する時空間の歪みが、ジャンプインの時にどう作用するのか、検証してる時間は無かったから……今の私だから言えるけど、本来ボソンジャンプと波動エネルギーはね、相性が最悪なの。波動エネルギーは超光速粒子のタキオンの塊で、光速を突破した物体は時間が遡るって聞いたことあるでしょ?」

 

 「いや無い。SFにそこまで詳しくないから」

 

 素直に答えたら黙ってしまった。勉強不足でごめんなさい。

 

 「ゴホンッ……ともかく、時間移動を利用しているボソンジャンプにとって、波動エネルギーが持つ時空間歪曲作用と、このタキオンの時間遡行作用が組み合わさると、位置座標も時間座標に盛大な誤差が生じる可能性が高いのよ。何しろボソンジャンプの実用化段階では波動エンジンも波動エネルギー理論も無かったからね――ダブルエックスがタキオン粒子砲を装備してるのに、何で発射する時しかタキオン粒子を生成しないのかって言うと、ボソンジャンプシステムに悪影響が出る可能性が否定出来ないからよ」

 

 なるほど、とアキトは頷く。確かに疑問だったが、それが理由だったのか。

 

 「勿論ヤマトも例外じゃない。というか波動エネルギーな分もっと質が悪い。一応炉心内部で生成してエネルギーに変換してる分には外部に影響しないように遮蔽されてるから、艦内でジャンプするのは大丈夫。艦自体がジャンプするのは影響受ける可能性が高いけど。ただ、今のヤマトは敵と同じジャミングシステムを搭載してるから、艦内でのジャンプはご法度だよ。時間がずれるだけならまだしも、位置座標が狂ったら最悪宇宙にポイだから」

 

 ユリカの言葉に、アカツキがダブルエックスをわざわざ残していた理由を知った。ボソンジャンプで乗り込もうとしたら、最悪そうなってた可能性があったのか。

 

 「じゃあ、冥王星基地内部からの脱出にボソンジャンプを使うのは、リスクが高いんだな?」

 

 「うん。でも、基地施設の動力源が波動エンジンかどうかによる。勿論、停泊中の軍艦から波動エネルギーを融通してもらって、ジャミングしてる可能性もあるけどね――だから、あまり頼らないで。慎重にね。アキトが居なくなったら私、私……」

 

 最後は泣きそうになりながら訴えるユリカの顔を思い出して、アキトは気を引き締める。

 絶対に死ねない。ユリカを遺しては!

 

 

 

 

 

 

 同時刻、シュルツはヤマトの動きを見て違和感を感じていた。

 

 「ガンツ。ヤマトの動きに違和感を感じんか?」

 

 「違和感、ですか?」

 

 ガンツは真意を掴めない、と言う顔で聞き返す。

 

 「う~む。ヤマトはもしかして、わざと反射衛星砲を撃たせたのかもしれん。何らかの狙いがあるのか、それとも……」

 

 何ともむず痒い感覚が続く。

 仮にわざと撃たせたとして、ヤマトの現在位置からでは反射衛星砲を直接確認することは出来ない。

 衛星の反射にしても、ヤマトの探知装置を警戒して惑星の影を利用する形で屈曲している。それに、ヤマトから別動隊が出現したと言う情報も入っていない。

 先程の一撃を回避したのは頭上の反射板の動きを見てだろうが、そう何度も同じ手で回避される程、反射衛星砲は甘くない。

 

 「仕方ない。爆雷攻撃を続けろ。もう一度燻り出すのだ。そして、今度はヤマトの死角から反射衛星砲を叩き込んで、今度こそ決着をつける」

 

 あまり時間を掛けてはいられない。ヤマトが何らかの対策を講じる前に決定打を与えなければ。

 シュルツは焦り、少しずつではあるが判断力を低下させていた。

 そのため、現在のヤマトの動きには細心の注意を払っていたが、それ以前に放たれた別動隊がすでに基地内部に潜入していた事には、気づけないでいた。

 

 

 

 

 

 

 アキトと進は慎重に施設内部を進む。万が一にも発見されないように身を低くして物陰を辿りながら、監視カメラ等を警戒しつつ進む。

 アキトの持つ万能探知機は真田とウリバタケの渾身の作品で、アクティブセンサーとパッシブセンサー双方の機能を持ちながら、少々大型で厚めの携帯端末と変わらないサイズで運用出来る、地味にどうやって纏めたのか気になる逸品だ。

 アキトはそのセンサーを左手に持ち、センサーが捕らえるトラップやエネルギー反応を目安に進路を定め、角に遭遇する度に小型カメラで覗き込んで、それを探知機の画面に映してカメラや敵兵を警戒しながら進む。そして来た道を戻れるように、そっと印を残すのも忘れない。

 後に続く進も緊張に口の中を乾かせ、何度も唾液を飲み込みながらアキトの足を引っ張るまいと神経を張り巡らせながら周囲を警戒する。

 

 施設に侵入してすでに1時間が経過している。

 緑を基調に生物的な意匠を持つガミラスの施設内部は、アキトにとっても進にとってもどこか不気味さを感じる。

 驚く事に、大気組成も地球人の呼吸に適したもので、仮にヘルメットを取っても施設内なら問題無いだろう。

 この大気組成と施設の形や操作盤から、2人はガミラス人が間違いなく地球人型の宇宙人であると結論付けていた。

 一応小型カメラで撮影しておく。貴重な資料になる。

 最低限の人数で運用しているのか、施設内部は思いの外静かだ。

 見かけるようになった兵士達も、必死な様でどこか怯えた表情であちこちを駆けまわっている。推測通り、地球人と遜色ない外見だ。

 ただ、肌の色が青い事を除いて。

 

 「――ヤマトが予想以上にしぶとくて浮足立ってるみたいだな」

 

 「ええ。つまり、まだヤマトは無事ってことですね」

 

 2人は顔を突き合わせて接触通信で会話する。電波を飛ばして傍受される危険性を下げるためだ。

 今はガミラスの正体が地球人型の異星人であることは詮索しない。下手に動揺して失敗したらヤマトが危ないのだ。

 慎重に慎重を重ねて、息の詰まる時間を過ごしながら2人は着々と施設の奥へと侵入していく。

 幾度か扉を潜った先で、2人は窓のある長い廊下に出た。慎重に廊下に出た2人は窓の外の景色を確認する。

 

 「なるほど、やっぱり水中に施設があったか」

 

 アキトはようやく全容が掴めたと、満足げに頷く。

 

 「これほどの規模、あそこでサテライトキャノンを撃たなくて正解だった」

 

 進も呆然とした表情でアキトの判断の正しさに改めて尊敬の念を抱く。

 眼下に広がる基地施設は、幾つもの対水圧ドームに覆われながら連なった、大規模なものだ。

 サテライトキャノンで十分致命的なダメージを与えられる規模だが、水上から闇雲に撃っても効果は薄いだろうと、アキトは分析する。

 それに、ドームと案外透明度の低い水が邪魔になって細かい形がわからない。これではどこが基地の中枢なのかはっきりしない。やるなら確実に中枢を破壊したい。

 ――この規模と深度なら、サテライトキャノンは通用するはずだ。ただ実戦経験の無い兵器だから、もう少し何かしらの“保険”が欲しい。

 何か無いだろうか。

 

 「アキトさん、あの海底に走っているパイプは何でしょうか?」

 

 進に促されて視線を向けると、透明なパイプかチューブと形容出来る何かが一点に向かって走っている。その先を確認すべく、カメラを構えてズームアップしてみる。

 そこまで望遠出来るわけではないが、肉眼よりはマシだ。

 

 「これは……もしかして、あのチューリップみたいなのがあの大砲なのか?」

 

 カメラにぼんやりと映るのはチューリップの様な細長い物体で、海底に透明なドームに包まれる形で保護されている。

 

 「とすれば、この海底を走っているパイプは、エネルギーラインの可能性が高いですね――アキトさん、俺今良い事を思いつきましたよ」

 

 「奇遇だな進君。俺も良い事を思いついたばかりだよ」

 

 2人は顔を見合わせてニヤリと笑う。

 

 「サテライトキャノンと大砲の発射を合わせて誘爆も含めて基地を葬り去る!」

 

 全く同じ内容を同時に口にしてさらに笑みを深くする。やることは決まった。

 

 「よし、やることが決まった。もう少し基地を探索して、保険を仕掛けておこう。その後は脱出してヤマトに連絡、あの大砲を誘って貰えばばっちりだ」

 

 「はい!」

 

 「やるぞ。今日が冥王星基地の最終回だ」

 

 

 

 

 

 

 反射衛星砲を撃たせてから2時間、ヤマトへの爆雷攻撃は続いていた。流石に在庫が乏しくなってきたのか、幾分散発的にはなっていたが、止まることは無い。

 破損個所付近に命中した爆雷のダメージは、確実にヤマトの内部機構を破壊し浸水による被害を広げている。

 このままではいずれ致命傷に繋がりかねないと、クルー達の危機感が煽られる。

 

 「む~。流石に被害もシャレになら無くなって来たなぁ――アキトと進君がここまでてこずってる当たり、相当規模が大きいか、効果的にサテライトキャノンを撃ち込める場所の選定に手間取ってるのかな?」

 

 アキト達が失敗したとは露とも考えないユリカは、すっかり気が抜けているのか、欠伸を1つしてからぐっと体を伸ばして「待つしかないか」とだらけきっている。

 気を抜き過ぎだと誰しもが思ったが、咎めても無駄だろうと無視する。

 それに、最高責任者が力を抜いているので各班のチーフ達も過度に部下達を締め付けるわけにはいかず、ピンチが継続中にも関わらず艦内の空気は思いの外重くなかった。

 

 「艦長。このままで大丈夫ですかね?」

 

 大介は不安げな顔で操縦桿を握っている。かれこれ4時間はこうして潜ったままだ。

 

 「他に手段無いしね――ラピスちゃん、各エネルギーラインの方はどうなってる?」

 

 「浸水個所は手が付けられていないので、進展はあまりありません。この爆雷の中では、水中で作業させるわけにもいきませんし」

 

 ラピスは悔しそうだ。爆雷の雨の中、迂闊に船外作業をさせれば爆圧で作業員が死ぬ。小バッタとてバラバラだ。

 かと言って内部の補修が完了しても、水中にあるラインを修復しなければ、ヤマトの機能が完全に回復する事は無い。

 

 「だよねぇ~。真田さんも似たような感じですか?」

 

 「はい。申し訳ありません艦長。やはり、この攻撃の中では修理作業を進めることは出来ません」

 

 第一艦橋に戻って来ていた真田も、苦虫を噛み潰したような顔で報告する。出来るだけの処置はしているが、破損個所を直接触れられない限り、根本的な解決が出来るはずもない。

 「自己再生とか出来ない?」と心の中でヤマトに問いかけてみるが、「出来たら苦労しません!」と反論されたイメージが浮かぶ。

 ですよね~。

 

 「じゃ、とりあえず待機で。医療科はどうなってるのかな?」

 

 「軽症者の手当は終わったそうよ。でも、重傷者の手術はまだ継続中。医務室からも医療室からも、爆雷をどうにかしろって苦情が来てるわ」

 

 通信席で艦内通話を色々と聞いているエリナが、医務室と医療室からの苦情を繋げる。確かに重病人の治療をするのに、手元を狂わす振動はノーサンキューだ。

 

 「どうにかしろって言われてもねぇ~」

 

 と頭の後ろで手を組んだユリカが悩んでいる時、待ち望んでいた一報が飛び込んで来た。

 

 「――流石だよ2人とも……これでこの戦いはフィナーレ、私達の勝ちだ」

 

 先程までの無邪気さが消えた冷たい声に、艦橋の全員が思わず姿勢を正す。

 そしてようやく気が付いた。

 のほほんとしているようでこの状況に苛立っていたのは彼女も同じ。そして冥王星前線基地に対して、一切の慈悲を持っていなかったという事を。

 

 

 

 

 

 

 アキト達は基地の中を必死に逃げていた。

 

 あの後さらに基地の奥に足を踏み込んだアキト達は、基地の動力施設と思われる場所に到達した。ここを見逃す手は無いと、持ち込んでいたH-4爆弾セットする――これは囮だ。

 わざと見つからなそうで見つかりそうな場所にセットする。こちらの本当の狙いを悟られないようにするためにも必要な事だ。

 無論、ここで爆弾が起爆してくれた方がありがたいのでそれも狙って設置はする。

 本当はあの大砲に設置したかったが、距離があるし何よりガードが堅い。2名だけではどうしようもないとすっぱり諦めた。

 何とか爆弾を設置してダブルエックスの所まで戻ろうとしたところで、とうとう敵兵に発見された。2人は発見した敵兵を素早く射殺して、持っていた携帯端末をちゃっかり拝借しつつ、脱兎の如く駆けだした。こうなったら時間が大事だと、速やかに来た道を駆けだす。

 

 予めセットして置いた印を頼りに全速力で駆けて行く。追いかけてくる敵兵にはショットガンアタッチメントを付けたコスモガンで威嚇する。

 ショットガンアタッチメントは、コスモガンのレーザーを増幅して銃口のプリズムで拡散し、円錐状の範囲に撃ち出すオプションだ。一射毎に銃口のプリズムが回転することで散弾のパターンは発射毎に変わるようになっている。

 そのレーザーの散弾を適度にばら撒きながらアキトと進は基地内部を駆けて行く。

 

 アキトは腰に下げていたコスモ手榴弾を1つ掴むと、角を曲がる時にグリップの底にある安全装置を壁に叩き付けて解除し、後方に放り投げる。

 起爆。爆音に交じってガミラス兵士の悲鳴が聞こえる。何とか足止めで来たらしい。

 アキトがコスモ手榴弾を使い切ると、今度は進がそれにならって要所要所で手榴弾を使い、何とか半分ほど戻った所で挟まれた。

 前後から飛び交う銃撃を物陰に隠れてやり過ごすが、このままではやられるだけだ。

 

 「仕方ない。駄目元でジャンプしてみる」

 

 「だ、大丈夫なんですか? 艦長が――」

 

 「聞いてるけど他に手段が無い。一か八かだ!」

 

 アキトは進の肩を掴んで身を寄せると、CCを取り出してダブルエックスの足元をイメージする。

 

 (頼む、跳べてくれ!)

 

 アキトは神に祈る気持ちでボソンジャンプを決行する。失敗するかと思われたボソンジャンプは、成功した。

 どうやら懸念していた座標の乱れは回避出来た様だ。

 ジャミングが弱かったのか、それともA級ジャンパーのイメージがジャミングよりも強いのかは不明だが。

 しかし、どちらにせよツイているのは確か。

 邪魔になる胴体のプロテクターだけはその場で脱ぎ捨てて、すぐさま眼前のダブルエックスに乗り込んでこの場を離れる。

 幸いなことに、ダブルエックスは発見されていなかったらしく、アキト達は安全にその場を離れる事が出来た。後は、

 

 「よし、ヤマトに連絡だ。あの大砲を撃ってもらうぞ!」

 

 アキトはすぐに積み込んでいたボソンジャンプ通信機を起動してヤマトにメッセージを送る。

 

 『冥王星基地に対してサテライトキャノンを使う。誘爆を狙うため敵の大砲を撃たせてほしい』

 

 と。

 

 

 

 

 

 

 「何? 基地内部に侵入者だと!?」

 

 ヤマトに対して神経を集中していた司令部は軽いパニックを起こしかけた。一体いつの間に別動隊を出撃させていたというのだろうか。

 いや、最初から別動隊を出していたのだろう。とは言え、それらしい機影をヤマトが放った痕跡は見つかっていない。

 いや、1度だけあった。ヤマトが艦載機を放出した、戦闘開始直前だけならその隙がある。

 まさか、貴重な航空戦力を割いてまで別動隊を出したのだろうか。

 

 しかし、ヤマトの艦載機の総数は最初の威力偵察で空母航空部隊とやり合った数とほぼ一致している。

 ヤマトのサイズと今までに判明している装備から推測される格納庫容積を考えても、恐らく搭載総数に近い数が出撃したはず。

 別動隊と言っても、艦載機1~2機程度の戦力と言うには心許ない数しか出せなかったはずだ。

 

 「はっ! 数は2名、ボソンジャンプを使用して逃走した模様です」

 

 部下の報告にシュルツは顔しかめる。

 

 (一体どうやって潜入した。ヤマトから艦載機の発進の兆候は無かった。まさか最初から別動隊が? だとしても2名では少な過ぎる。しかし、弱いとはいえジャミング下でボソンジャンプを成功させるとは……余程強力な入力装置を持っているのか? 時間歪曲すら補正する程の?)

 

 何とか自体を把握しようと思考を巡らせるが情報が少な過ぎて答えに辿り着けない。

 ともかく確認せねばならないことは他にもある。

 

 「何か仕掛けられたか捜索したか?」

 

 「はっ! 侵入者を発見した反射衛星砲の機関部の一角から、時限爆弾らしいものを発見。現在処理班が向かっております」

 

 部下の報告にとりあえずは一安心。別動隊を使って侵入したようだが、人数を絞り過ぎた挙句、爆弾の設置も洗練されていなかったようだ。

 ここまで別動隊を気付かせずに行動した割には、杜撰な結末だ。

 そもそもたった2名で攻略出来るほど、冥王星前線基地は無防備ではない。

 気付かれずに別動隊を出したことは褒めてやるが、見込みが甘い。

 

 「そうか、先程のヤマトの行動はこれが狙いか」

 

 シュルツは得心が言ったと唸る。

 わざと反射衛星砲を撃たせて、恐らくは地上に露出している排気塔を頼りに侵入したに違いない。

 

 「シュルツ司令、排気塔付近にヤマトの所属と思われる艦載機の反応を発見しました!」

 

 ガンツの報告にモニターを向くと、そこには戦闘機と人型が垂直に交わったようなアンバランスな機体が空を飛んでいる。

 見慣れ無い機体だ。

 確か、ヤマトが最初のワープをした時にボソンジャンプで出現して傷ついた駆逐艦1隻を屠った機体が、あのような形をしていたと思うが、それ以外に交戦記録も無いし、その時も他に比べれば強力なビーム兵器を所有していた以外は目立った動きをしていない。

 れ以上にヤマトの性能が驚異的過ぎて完全に失念していた機体だ。

 そう言えば、先の艦隊戦では姿を見かけなかった気がする。

 

 それにしても、まさか艦載機1機程度の別動隊を用意し、破壊工作を仕掛けてくるとは思わなかった。無謀を通り越して馬鹿だと断じる。

 たった2名、それも戦闘機に搭載出来る程度の装備で基地を破壊出来ると本気で考えていたのだろうか。

 

 「!? 司令、ヤマトが浮上しました! 海面を飛び出してこちらに飛んできます!」

 

 重なる報告にシュルツは一瞬迷ったが、すぐに「よし! 反射衛星砲でヤマトを狙え! あの艦載機は戦闘機に任せろ!」とヤマトを優先して叩くことを決める。

 所詮は艦載機、母艦さえ沈めてしまえば袋の鼠だ。

 同時に残された艦隊戦力も使って徹底的に叩く事を決意し、自らも乗艦してヤマトと雌雄を決する準備を進める。

 

 

 

 結果から言えば、シュルツは見事ヤマトの狙いに乗せられたことになる。

 だが、ガミラスの戦略兵器は惑星間弾道ミサイルとでも言うべき超大型ミサイルや遊星爆弾といった物が主流であり、艦載機の運用もしているが基本戦術が大艦巨砲主義で軍艦が主戦力。

 これは恒星間に及ぶ広大な空間を移動出来て十分な戦力を得られるのが艦艇のみという、ガミラス以外も含めた恒星間戦争の事情によるところが大きい。

 そのため地球の様にあくまで惑星間、それも極めて狭い範囲における防空・攻撃を目的とした艦載機を主軸にした戦闘自体が、ガミラスからすれば時代遅れの戦術に過ぎない。

 よって、ガミラスは人型機動兵器の存在に驚き、その威力をある程度評価しながらも「所詮は恒星間戦争に適さない人形遊び」と意に介していなかった。

 なので、まさか全高8mにも満たない艦載機が恒星間戦争に対応可能なスペックを有し、それどころか地上の基地施設を1発で消滅させることの出来る大砲を備えているなど、考えもしなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 その頃ヤマトはアキト達の要望に応じる形で海面から飛び出し、翼を開いて緩やかに飛んでいた。

 

 「艦長。反射板が開きました。敵の砲撃体勢が整ったようです」

 

 緊張の滲んだルリの声が、第一艦橋に届く。

 

 「さて、お膳立てはしたからね。頼んだよ、アキト、進」

 

 ユリカは静かな面持ちで離れた所にいる夫と息子(?)に全てを託す。

 

 

 

 そして、ヤマトの右前方約100㎞の地点で巨大な爆発が起こった。

 全員が緊張を顔に張り付けてマスターパネルを見詰める中、ユリカだけは窓の外、その視線の先に居るであろうダブルエックスに優しい眼差しを送っていた。

 

 「よくやったね、進。ありがとう、アキト」

 

 

 

 

 

 

 「シュルツ司令、例の艦載機が反射衛星砲の上空で停止しました」

 

 部下の報告に戦艦に乗艦していたシュルツはすぐに応じる。

 

 「構うな! 射線上で停止してくれるのならむしろ有難い。ヤマト諸共葬ってやれ! 反射衛星砲発射用意!」

 

 

 

 

 

 

 進とアキトはすぐに大砲のある海上にダブルエックスを停止させる。

 ここからサテライトキャノンで水中の標的を狙撃する。自分達に出来る正真正銘最後の攻撃だ。

 

 進は一度唾液を飲み込んでから右操縦桿の赤いスライドスイッチを左に押し込む。スイッチが入ると、操縦桿前方と上のカバーが開いて、専用の管制モニターが出現する。

 同時にダブルエックスも姿を変える。

 砲身は伸びたまま前方に倒れこみ、肩から出現したマウント兼スコープユニットにがっちりと挟まれて固定される。

 Gファルコンの拡散グラビティブラストの砲門が一度上を向き、背中のリフレクターユニットが起き上がって展開、6枚3対の羽のようなシルエットを構成する。その形はまるで横向きのWの様。

 リフレクターユニットが展開されると、上がっていた拡散グラビティブラストの砲身も下がって正面に向き直る。

 手足に装備されている紺色のカバーが展開、中からそれぞれ2枚ずつの放熱フィンが出現する。

 

 この姿が、ダブルエックスのサテライトキャノン発射形態。言うなればダブルエックスの真の姿と言うべきものだ。

 

 変形が完了するとGファルコンのコンテナユニットの下部から突き出たエネルギーパックからの供給が始まる。

 同時にリフレクターユニットの内側の面が金色に輝く。

 膨大なエネルギーをタキオン粒子に変換し、砲に供給すると同時にタキオンフィールドを形成、外部からタキオンバースト流の制御を行うシステム。

 変換しきれなかった余剰エネルギーと機体の発熱を、手足の冷却フィン――エネルギーラジエータープレートが効率的に排出することで、ダブルエックスはその身に蓄えられる膨大なエネルギーに負けることなく粛々と発射準備を進める事が出来る。

 右の操縦桿の管制モニターに表示されたX字のエネルギーメーターが最大値を示し、青く発光する。

 

 「エネルギー充填120%。最終安全装置解除!」

 

 進の操作で砲身内部のストライカーボルトと遊底を固定していたロックが外れる。発射機構は旧ヤマトの波動砲を模したものだ。

 眼前のターゲットスコープは、海中にある大砲を正確に捉えているはずだ。

 ビーム発射時の観測データと基地内部で得た情報を基に、かなり正確な位置を割り出す事が出来た。

 右操縦桿の後方に突き出ているアナログスティックを使って微調整、これで決める!

 

 「サテライトキャノン、発射ぁっ!!」

 

 進は右操縦桿のトリガーを引き絞る。

 

 わずかな間をおいて、轟音と共に両肩の砲身から強力なタキオンバースト流が放出される。それはタキオンフィールドの作用もあって砲口から放たれた直後、絡み合うように1軸に合成され強力なビームへと変貌する。

 回転しながら直径200mにはなろうかと言う青白いビームはそのまま凍てついた海面に突き刺さる。その膨大な熱量で瞬時に海面が蒸発、殆ど減衰することなく海底の反射衛星砲に突き刺さって瞬時に消滅させた。

 

 そして、大爆発が起こる。

 

 

 

 

 

 

 「な、何事だ!?」

 

 突然の衝撃についにシュルツはパニックを起こした。

 彼にとって不幸だったのか、それとも幸福だったのか。

 サテライトキャノンは海底到達するまで十分な威力を保つことに成功した。そしてその膨大な熱量と衝撃によって基地周辺の水をも瞬時に蒸発させ基地全体に致命的なダメージを与えていた。

 エネルギーラインを逆流するエネルギーも利用して基地全体に誘爆させるという、アキト達の思惑を超えてほぼ自力で基地を吹き飛ばす威力を見せつけたのだ。

 しかし、反射衛星砲の制御室を離れ、ドック施設の戦艦に移乗していたシュルツは、膨大な水と頑丈なドックのおかげで基地諸共消滅することを免れた。

 

 「シュルツ司令! 例の艦載機の砲撃です! 基地が一撃で壊滅的な打撃を受けてしまいました! 誘爆も続いていてドックも何時まで持つかわかりません! 逃げないと危険です!!」

 

 ガンツもパニックに陥りながらも状況を報告し、退避を促す。

 

 「ば、馬鹿な。艦載機に……8mにも満たないあんな人形に……これほどの火力を持たせるなんて……!」

 

 地球人は阿呆か。シュルツは心の中で叫ぶ。物騒何てものじゃない。

 ある意味ではヤマトのタキオン波動収束砲よりも危険ではないか。

 シュルツはここで死する気はない。何としても逃げ延びてヤマトの脅威を伝えなければ。ヤマトは艦載戦力にすら戦略兵器を持たせていると、何としても知らせなければならない。

 シュルツは屈辱を噛みしめながらガンツに促されてヤマトとの交戦を諦め、艦隊毎退避することを決定する。

 反射衛星砲も無しにヤマトと直接対峙することは危険であるし、あの艦載機の大砲についても詳細がまるで分らない――このままでは戦えない。

 想定外の事態の連続で慎重になり過ぎていたシュルツは勝機を逃した。

 現在のヤマトの状態では冥王星の残存艦隊を相手取るのは難しく、またダブルエックスも戦闘能力を失っている――千載一遇のチャンスだったのだが、常識外れのヤマトとダブルエックスの威力に恐れを抱いたシュルツは、絶好の機会を逃してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 進は眼下の光景が信じられなかった。

 

 サテライトキャノンの一撃は、予想以上の威力を持って進達の期待に応えて見せた。

 サテライトキャノンが起こした水蒸気爆発の衝撃波で上空に吹き飛ばされたGファルコンDXであったが、持ち前の頑丈さで殆ど傷らしい傷を負わずに持ちこたえ、アキトがGファルコン側から懸命にコントロールしたおかげで墜落も免れた。

 眼前では基地から脱出したと思われる艦隊と、ヤマトに蹴散らされた部隊の残存戦力が合流して一目散に冥王星を去っていく。

 どうやらヤマトやダブルエックスに攻撃する気持ちが萎えてしまったようだ。

 

 エネルギーを使い果たして浮いているのがやっとなので、この場では有難い。

 

 進は、自らの手で招いた惨状に言葉を失っていた。

 波動砲の時も感じたこの感覚。

 そうだ、これは後悔と……畏怖だ。

 

 確かにガミラスは憎い。木星やコロニー等の宇宙移民の国を滅ぼし、地球を荒廃させ、兄を殺し、そして新たな母と言うべきユリカを死に追いやろうとしている。

 

 憎くないはずがない。だが、だとしてもこれは、やりすぎではないか。

 進の胸に去来する大量破壊兵器への恐怖。そしてその引き金を引く自分自身への嫌悪。それの原動力となりえる憎しみの感情。

 それらが進の胸をかき乱し、痛みを発する。

 

 「――やったな、進君。これで冥王星基地は終わりだ。君の復讐も、終わったんだ」

 

 優しげな声でアキトに言われて、進はようやく現実に返ってきた。

 

 「はい……これで、俺の復讐は終わりました。いえ、終わらせます!」

 

 進は最初は力無く答え、最後は力を込めて断言した。

 

 2度と憎しみの感情で、波動砲もサテライトキャノンの引き金も引かない。

 引くとすれば、それはそうしなければ生き残れない状況下での最後の手段とする。

 例えその結果、多くの命を散らすことになったとしても、その現実から逃げずに受け止める。

 進は自然とその回答に、ユリカから示された答えに行き着いた。

 

 「ありがとうございます、アキトさん。おかげで俺、気持ちの整理がつきました」

 

 「そっか。良かった」

 

 アキトは嬉しそうだった。

 その表情には凄まじい威力を見せつけたサテライトキャノンへの恐怖が伺えるが、それ以上に進の成長を見届けられたことの方が大事の様だ。

 進はそんなアキトの様子に、自分が支えられているんだと実感する。

 だから自然と、言葉が発せられていた。

 

 「俺、ユリカさんの事、母親みたいに思ってます」

 

 「ん?」とアキトは唐突に切り出された話題に首を捻る。

 

 「不思議な気分です。歳だってそう離れてないのに、姉じゃなくて母なんですよ。普段の態度や言動は姉の方がぴったりのはずなのに――そうなると、アキトさんもユリカさんの夫だから……兄じゃなくて父、になるんですかね」

 

 照れ臭そうに心情を告げる進にアキトは赤面する。

 まさかの展開だ。

 ユリカがお母さんぶっていると聞かされた時からこういう展開は予想していたが、まさか本人から切り出されるとは……。

 

 「何か、大分ユリカに毒されたみたいだな」

 

 アキトはそうとしか言えなかった。

 

 「否定はしません――だから、これだけは言わせて下さい。貴方が復讐のために戦って、それを乗り越えた経験があって――同じ道に進みかけた俺を諭してくれたから。ユリカさんがそれを見守って、俺の心を癒してくれたから――俺はもう、復讐に生きる事が無い。どんな形であれ、俺は貴方達夫婦のおかげで救われたんだと思います」

 

 それは心からの感謝だった。

 もしもユリカに出会わなければ、アキトに出会わなければ。

 自分はガミラスを憎み続け、波動砲やサテライトキャノンと言った大量破壊兵器の使用に一切躊躇無い悪魔になっていたかもしれない――そう、憎んでるはずのガミラスの同類になったかもしれないのだ。

 

 「そう言って貰えると、俺も救われた気分だよ。どんな言い訳をしても、俺の罪は消えない。俺が無関係な人の命を、幸せを奪った事実は消せない――でも、そんな俺でも誰かの為になれたって言うんなら、嬉しいな」

 

 アキトは痛々しい笑みを浮かべて進に答える。自分のした事の重大さは自分が一番良く知っている。だから、

 

 「俺さ、取り返しのつかない事をしたって自覚はある。だから帰れなかった……俺は、もう昔の俺じゃない、あいつの王子様じゃないんだって、自分で決めつけてた。あいつの気持ちを無視してた――結婚する時にわかってたはずなのに。あいつの幸せを決めるのはあいつ自身だから、あいつを信じて一緒になろうって。なのに俺は、ユリカを捨てようと……」

 

 頬を涙が流れる。

 あの状況で戦わないという選択肢は無かった。

 ネルガルに全てを任せて、ユリカが帰ってくるのを待つなんて出来ない。

 

 自分の手で取り戻したかった。

 護れなかったから、本当に大切な人だから。

 大切な人が、あんな連中に蹂躙されている現実に我慢ならなかった。

 

 その結果、罪を重ねた挙句自分勝手に放り出そうとするなんて、ユリカにとって酷な仕打ちだと言う自覚はあった。

 だがアキト自身の気持ちの整理がつかなかった。

 だからヤマトでユリカが旅立つに至るまで戻れなかったのだ。

 

 「それを責める事は……恐らく誰でも出来るし、誰にも出来ないと、俺は思います」

 

 進はそんなアキトに思った事を投げかける。

 

 「確かに罪は罪、償いが必要だと思います。でも、貴方達が置かれた境遇と、あいつらの――火星の後継者の悪辣さを考えると、一方的に責めるわけにはいかないって思えるんです。貴方は、確かに罪を重ねたかもしれない。でも、人の心を捨て去ったわけではない、だから償いの機会を与えられるべきだって、そう思うんです――それに、愛する人に変貌した自分を見せたくない、失望させたくないって気持ちは、今の俺にはわかります」

 

 アキトは進の告白を黙って聞く。

 かつての自分と同じ道を進みかけ、踏み止まる事に成功した彼の言葉を。

 

 「俺は、ユリカさんを失望させたくない。尊敬してるから、心の底から尊敬してるから。だから、俺を導いてくれている彼女を裏切るようなことはしたくないって、彼女が自慢出来る俺でありたいって思うから――だから、俺はアキトさんの行動を非難出来ません。そんな資格も無い。でも、俺はアキトさんと出会えた事を嬉しく思うし、貴方に助けて貰ったと信じて疑わない――だから、ヤマトの旅の成功を持って罪滅ぼしにしましょう。そうしてユリカさんと……お母さんと幸せになるんです」

 

 それは進の本音。

 最初の出会いは決して良くなかった。

 でも、ユリカが居たから今の自分があると、進は疑わない。

 だからこそ、アキトの気持ちがわかる気がする。

 

 「ありがとう。理解者がいるって、良いもんだな」

 

 「……ええ。本当に……理解者がいるって、素晴らしいです」

 

 涙ぐんだ声で頷き合う2人。

 それ以上の会話は、もう必要なかった。

 

 「帰ろう、ヤマトに。俺達の、ユリカの所に」

 

 「帰りましょう。そして地球も……お母さんも、必ず救って見せます!」

 

 2人の想いを乗せて、GファルコンDXは冥王星の空を飛ぶ。

 

 その先に待つのは、人類最後の砦であり、ユリカが命を懸けて蘇らせた――宇宙戦艦ヤマト。

 

 2人にとって大事なユリカの艦――そして、地球と人類と、彼ら家族の未来を乗せる艦が待っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 冥王星基地が陥落して少し時間の過ぎた頃、ガミラス本星では。

 巨大な姿見の前で身嗜みを整えていたデスラーは、鏡に映りこんだヒスの姿を認める。焦っているようだ。

 

 「デスラー総統……冥王星前線基地が、全滅しました……」

 

 力無く報告するヒスにデスラーは冷たい笑みを浮かべて聞き返す。

 

 「全滅、だと?」

 

 その様子にヒスは身を固くして続ける。

 

 「はっ、シュルツ司令とガンツ副指令は、辛うじて艦隊と共に脱出したようですが……」

 

 「脱出?」

 

 デスラーの冷たい声にヒスは当事者でないにも関わらず萎縮する。

 

 「戦闘を放棄したのか? 以ての外だ。ガミラス星への帰還は許さん――戦って死ねと……いや、ヤマトを屠る事が出来たのなら、帰還を許すと伝えろ」

 

 デスラーの冷酷な言葉にただただ萎縮するヒスだが、内心ではそれも仕方の無い事だろうと思う。

 冥王星前線基地には追加の艦隊を派遣し支援していたのだ。実験兵器とは言え反射衛星砲すらあるのに、戦艦1隻にシュルツは敗北して、おめおめと生き恥を晒している。

 この大失態に見合う償いは、死しかないだろう。

 それだけに、最後の温情とでも言うべき言葉には酷く驚いた。だが、そうでもして発破をかける必要があると言う事なのか。

 確かに、今はガミラスにも余裕が無いが……。

 

 一方でデスラーは表面上は落ち着いていたが、内心では憤っていた。

 戦力を増強してやったのに敗北したシュルツらに対する怒りもそうだが、新たなガミラス星として目星をつけた唯一の星の思わぬ反撃に対しても、焦りを感じている。

 

 (住む場所の違い程度で互いを滅ぼし合うような野蛮人如きが調子に乗りおって……! 宇宙戦艦ヤマト……その名前、忘れんぞ。必ずや葬り去り地球を手に入れて見せる。それこそが、我がガミラスの生き延びる道なのだ)

 

 デスラーは傍らにある端末に表示される映像を見て忌々し気に唇を歪める。

 モニターには赤いガスの渦が、悠然と宇宙を突き進む姿が映し出されている。

 それは、進路上にある星々を飲み込みながら、一路ガミラス星を目指して進んでいる。

 

 その渦は、ガミラスで“カスケードブラックホール”と名付けられた、世にも奇妙な移動性ブラックホールであった。

 

 

 

 

 

 

 女王スターシアはイスカンダルの首都、マザータウンと呼ばれる都市の中心にあるタワーの屋上から夜空を眺めていた。

 

 その視線の先には双子星であるガミラス星が映っている。

 隣人達の暴挙にはかねてから憤りを感じていたが、今回の謀略には殊更憤っていた。

 しかし、それでも隣星の隣人であり、生きたいと願う気持ちは理解出来ないでもない。

 それで彼らの暴虐が許されるわけでもないが……。

 

 「ユリカ。貴方は今頃、宇宙戦艦ヤマトと共に、このイスカンダルを目指した長き旅路についているのでしょうか?」

 

 スターシアは遥か彼方から救いを求めに意識を飛ばしてきた、地球の女性を想う。

 

 今はもう、接触する事も叶わぬ女性を。

 

 最初は彼女の要望に対してスターシアは難色を示した。ガミラスがどのように地球を侵略するのかは大凡予想が付いていた。

 それに対して、イスカンダルに遺された技術なら、確かに地球はガミラスに対抗出来るようになるだろうし、救うことも出来なくはない。

 だが、それが新たな争いの火種になることを懸念した。

 

 提供しなければならない技術の中には、超兵器であるタキオン波動収束砲が含まれている。

 そして、スターシアにとってそれ以上に許せない手段も取る必要がある。だから応じたいという気持ちを抱きながらも、イスカンダルの女王として難色を示さざるを得なかった。

 

 果たしてそれらの技術を渡して、かの星がガミラスと同じ道を歩んでしまわないかと。

 

 だからスターシアは問うた。

 

 ――強過ぎる力は、使い方を間違えれば他人だけでなく自分自身をも傷つけます――貴方達は大丈夫ですか?

 

 と。

 それに対するユリカの答えは簡潔だった。

 

 ――勿論です!

 

 その答えを受けてスターシアは決断した。地球を――ユリカと言う女性を信じて支援すると。

 それから数回、彼女の意識と何度も話をして、イスカンダルに伝わる技術を幾つも提供した。彼女の記憶力の高さと、ボソンジャンプを使ったデータ送信を駆使して。

 波動エンジンと波動砲だけは、送られてきたヤマトの仕様と今後に合わせ、こちらのマザーコンピューターを使った改設計必要だった。

 だから、彼女の体が限界を迎える前に伝える事が出来ず、サーシアを使者として派遣し、合流出来る様にと日程を調整するのが精一杯だった。

 

 サーシアは、無事なのだろうか。

 ガミラスの動きから察するに、恐らくヤマトは発った。

 ユリカを乗せて。

 

 「初めて貴方と話した時は断ろうと思いましたが……今はただ、貴方方がイスカンダルを訪れる事を望んでいます――このイスカンダルが失われる前に」

 

 傍らにある端末のモニターには、デスラーの端末に映っていたのと同じカスケードブラックホールの姿が映し出されている。

 この脅威を払拭する手段は、ガミラスどころか今のイスカンダルには――無い。

 かつてのイスカンダルなら恐らく対処出来ただろう。

 

 しかし、今は無理だ。

 

 だからこそ、最悪の事態が訪れる前にヤマトはイスカンダルに辿り着かねばならない。

 

 「ユリカ。私は忘れません。貴方のその一途で強い愛を。だからこそ、信じてみようと思ったのです」

 

 瞳を閉じるスターシアの脳裏にあの時のユリカの言葉が思い起こされる。

 

 ――大丈夫です! どんな苦難が待ち受けていたとしても、私は絶対にそれを乗り越えて見せます! 愛するアキトの為に! ヤマトとなら、それが出来ます!

 

 技術提供は勿論の事、地球の技術力では往復33万6000光年の旅は無理だろうと諭すスターシアに返した言葉だ。

 

 あのような強い感情は、ある意味ではスターシアが縁遠くなって久しいものだった。

 今度はちゃんと生身で顔を合わせて話してみたい。

 スターシアは視線を遥か彼方の宇宙に向ける。

 その先に、ユリカが乗る宇宙戦艦ヤマトがあることを信じて。

 

 スターシアはタワーの最下層にある格納庫に足を踏み入れる。

 その中にあるのだ。

 ユリカの意思を受け止めこの遠距離通信を可能としてしまった、封印された技術の塊が。

 それはボソンジャンプシステムを有した機動兵器。

 そして、精神感応システム――フラッシュシステムを搭載している。

 この2つが揃ったこの機体が封印されていたことが、遥か16万8000光年もの距離を繋いでユリカとイスカンダルを結んだ奇跡を生み出したのだ。

 

 本来破棄しなければならないはずのこの機体を、何故先人達が保存していたのかはわからない。

 しかし、その判断が今、地球を救う架け橋なった。

 

 「ガンダム……先人達が生み出した最強の機動兵器の雛型。貴方は、何を思っているのですか?」

 

 装甲や動力の全てを抜き取られ、フレームのみの状態でベッドに固定された“人型機動兵器”は、静かにスターシアを見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 地球を始め、太陽系の人類居住区を制覇していたガミラスの前線基地は消えた。

 

 それはヤマトの前途に明るいものを感じさせはしたが、ガミラスの陰謀は深い。

 

 急げヤマトよイスカンダルへ!

 

 地球の人々は君の帰りを待っている。

 

 人類絶滅まで、

 

 あと356日。

 

 

 

 第八話 完

 

 次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第一章 遥かなる星へ

 

    第九話 回転防御? アステロイド・リング!

 

 

 

    戦え、愛する者の為に



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第九話 回転防御? アステロイドリング!

 

 冥王星基地攻略を成功させた進とアキトは、翼を開いて冥王星の空を飛ぶヤマトへと無事に帰艦した。

 サテライトキャノンの1撃による大爆発とダブルエックス帰艦の報告を受け、ヤマトの艦内は勝利に沸いていた。

 地球と人類をギリギリの所にまで追い込んだ憎き冥王星基地を攻略したと言う事実は、人類にとって吉報である。

 これを喜ばずして、何に喜べと言うのかと言わんばかりに沸き上がっている。

 

 この事実は速やかに地球に届けられ、ヤマトがガミラスに通用する力であると改めて知らしめる結果となった。

 

 その報告の中には占拠された市民船を止むを得ず破壊したと言う事実も含まれていたが、ヤマトの英雄性を損なうとして政府によって公表はされず、ヤマトクルーと一部の軍・政府の高官のみが知る事実として闇に葬られた。

 表向きはヤマトが調査した段階ですでにガミラスによって破壊され、木星に飲まれたと報じられる。

 波動砲の発射は、試射を兼ねて木星圏に現れていたガミラス艦隊を屠るための物だった、という形で歪められ、ヤマトクルーにとっては苦々しい結果となってしまった。

 

 地球でその事実を知った秋山源八郎は受け入れ難い事実に涙を流したものの、苦しい決断を強いられたヤマトクルーを労い、軍人として自分を律する。

 そうする事が出来たのは、ヤマトの決断を受け入れる事が出来たのは、ヤマト艦長ミスマル・ユリカの人柄を知っていて、決して本意ではなかったであろうと察する事が出来た事も大きい。

 それに木星と言う国は滅んでしまっていても、生き残った同胞達が生きて行くためには、権力を持つ秋山が頑張らねばならない。

 

 彼はそう思う事で、ヤマトを恨むことも無く、己の職務に打ち込むことで悲しみを乗り越えたのであった。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第一章 遥かなる星へ

 

 第九話 回転防御? アステロイドリング!

 

 

 

 無事に任務を遂げて格納庫に戻ったアキトと進は、すぐに同僚の戦闘班や格納庫内で機体の整備を担当している工作班のクルー達にもみくちゃにされた。

 やれ「よくやった!」だの「木星の敵を取った!」だの「ガミラスの連中め思い知ったか!」等の歓声を受けながら何とか格納庫を脱出して第一艦橋に上がる。

 

 「……凄い沸き様ですね……」

 

 「……まあ、地球を追い込んだ前線基地を叩いたんだから、当然かもね……」

 

 2人そろって揉みくちゃにされたのでかなり疲れた。ただでさえ単独作戦行動――休み無しで5時間以上神経を張っていたと言うのにこれはキツイ。

 しかも、1時間は敵前線基地に忍び込んでの工作に従事していたのだ。神経はすっかりくたびれきっている。

 

 「でも、これが希望に繋がると言うのなら、個人的な感傷は抜きにして誇りたいと思います。復讐は終わっても俺達の戦いは終わっていない……地球を救うその日までは……!」

 

 改めて志を語る進にアキトは拳を掲げて応える。進は掲げられたアキトの拳に自分の拳を打ち付ける。

 2人はこの作戦を通じて互いを理解し合い、互いに無二の存在と認め合っていた。

 2人を乗せたエレベーターが第一艦橋に到達し、ドアが開く。その視線の先に飛び込んで来たのは……。

 

 

 

 「はあ~。ルリちゃん良い子良い子ぉ。本当によくやってくれたよぉ~」

 

 「ちょ、ユリカさん苦し……」

 

 ユリカに抱き締められ、頬擦りプラス頭を撫でられているルリの姿だった。

 しっかりと抱え込まれたルリの顔はユリカの胸元に埋まっている。痩せたとはいえまだまだボリュームのある胸元に顔を押し付けられたルリは、軽く呼吸困難に陥っている。

 恥ずかしいのか嬉しいのか、果ては苦しいのか。顔を赤くして手をぱたぱたと振っているがそれほど抵抗しているわけでもない。

 何とも微笑ましい光景だ――ラピスが羨ましそうに見ているのが気になる。

 

 「おっ! お帰り2人とも。大金星だね!」

 

 2人に気付いたユリカがぱっと明るい顔を向けて大きく手を振る。だがルリは解放されない。

 釣られて手を振り返した2人は、こちらに来れないだろうユリカの為に自分から近づく。

 

 「ただいま帰艦しました。冥王星前線基地破壊任務、無事に成功です」

 

 敬礼と共に進が報告すると、ユリカはそれはもう嬉しそうに頷いた。

 

 「さっすが進君とアキトだね。もうホントに私の自慢だよ!」

 

 うんうん、とルリを拘束したまま頷くユリカ。

 ルリは今度こそ間違いなく恥ずかしさで顔を真っ赤にしてジタバタと暴れ始める。

 それでもユリカをぶったりしないように色々と気を使っているのがわかるが、そんな抵抗で脱出出来るほど甘い拘束ではなかった。

 

 「ユリカさん、お願いですからもう放して下さい……!」

 

 ちょっぴり焦ったような恥ずかしいような、そんな声色で暴れるルリを、ユリカは名残惜しそうに放す。解放されたルリは乱れた髪を手櫛で直してコホンと1つ咳払い。

 すでに威厳もへったくれも無いだろうが形としては主オペレーターであり電算室室長の立場であるので、形だけでも威厳を持たねばという涙ぐましい努力が伝わって来て、進もアキトも心の中で涙がちょちょぎれる思いだった。

 

 「お、お疲れさまでした。おかげで私達も命拾いしました」

 

 「結構大変だったけどね……そうだルリちゃん。施設内に侵入して色々漁って来たんだ。映像データと探知機の解析データ、何かの参考になるかもしれないから――おっと、そうだそうだ、一応ガミラス兵が持ってた携帯端末らしきものも分捕って来たんだった。これもね」

 

 と、アキトは小型カメラと探知機、それにガミラス兵が持っていた端末をルリに手渡す。ルリは貴重な資料を得られたことに喜びも露にする。

 アキトの手癖の悪さを突っ込んだりはしない。というか、そんな考えに至るよりも先に貴重な資料を得られた喜びが頭を占めてしまったのだ。

 

 「ありがとうございます! この資料を解析して、ガミラスのシステムへの理解を深めたいと思います!」

 

 ルリは小躍りしそうなほど喜んで、すぐに電探士席に座ると解析作業を始めるための準備を電算室に依頼する。

 この調子だとすぐに自分も電算室に移動するつもりなのだろう――フリーフォールはいい加減慣れて来たらしい。

 

 「ともかくご苦労様。2人ともゆっくり休んで良いよ」

 

 満面の笑みを浮かべるユリカに進はつい嬉しくなって、

 

 「はい! ありがとうございます、お母さん!……あっ!?」

 

 と盛大に自爆した。頭の中で「やっちまったぁ~~~!!」と叫ぶが時すでに遅し。

 

 

 

 しばらく第一艦橋の時間が止まった。

 

 

 

 ユリカは目をぱちくりと大きく瞬いて、両手で目を擦ってから進を凝視し、耳が詰まってないかと両手の小指で耳穴をグリグリ。詰まってない。

 

 「進、今私の事、お母さんって……」

 

 ユリカは両手を胸の前で組んでおずおずと座席から身を乗り出すようにして進に迫る。その目は確かな期待を湛えて輝いている。

 その眼差しを裏切る度胸を、進は持ち合わせていない。よって、返答は1つしかなかったわけで……。

 

 「え、と。その――はい。呼びました」

 

 進が照れ臭そうにそっぽを向いて後頭部を掻きながら答えると、ユリカは渾身の力で進にダイブを敢行。

 姿勢が低かった事と、筋力不足が祟って進の鳩尾に頭から突っ込む形になる。

 

 「げふぅっ!?」

 

 凄まじい呻き声を上げて進は第一艦橋の床に沈む。

 一撃KO、見事な頭突きだった。

 

 「うれしい! 進! もう私達家族だね!」

 

 と、進の胸に抱き着いているユリカを呆れ顔でアキトが見下ろす。

 

 「おいユリカ、のびてるぞ」

 

 アキトの声も聞こえないのか白目を向いて痙攣している進に抱き着いたまま、ユリカは本当に嬉しそうにしている。

 やれやれとアキトは首を振る。

 事前に進の気持ちを聞いていただけにアキトは今更驚きはしないが、改めてこういう場で口にされるとむず痒い気持ちになる――まあ良いか。ユリカも喜んでるし、進にとっての幸せに繋がるなら問題無いか。

 と、進がのびている現実から目を背けながら自己完結する。

 

 ルリも「ご愁傷さまです」と進の今後を考えて胸の前で十字架を切った。

 だがルリも嬉しい気持ちが溢れている。

 ルリも進に対して心を許しているし、家族の事でお互いに弱みを吐き合った関係だ――思い返してみればルリが一方的にぶちまけている事が多かった気がするが気にしない気にしない。

 

 (進さん、歓迎しますよ――後は、貴方が兄なのか、それとも弟なのかを決めるだけです)

 

 歓迎する気持ちに偽りは無いが、妙な対抗心が頭を覗かせる。

 ……自分ですらユリカとアキトを「母」「父」と呼べていないので、進に先を越されたようで悔しいが、実際に自分にそれが出来るのかと問われると、恥ずかしくて出来ないだろうと思って頬を赤くする。

 でも、今度チャレンジしてみようかなとか考えたりする。

 

 今は困窮しているピースランドの遺伝上の両親には悪いが、ルリにとって“家族”と呼べるのはアキトとユリカであり、そう呼ぶのであればこの2人以外に思い当たらないのである。

 

 喜びと気恥ずかしさを覚えているルリに対して、ラピスは何となくムズムズする気持ちだ。

 進の事は好きだし、ユリカが散々「息子」と公言していたので、進が感化されたとしても今更驚きはしない。そもそも実験体として生み出され、遺伝子提供者が不明なラピスにとって血縁関係は正直どうでも良い。

 将来的に自分が子供でも産めば話は別だろうが、大事なのは当人同士の意識だとユリカとエリナからも教えられたので、ラピスはそれが正しいと信じている。

 ――ただ、

 

 (羨ましい。私だって、頑張ってるのに……)

 

 ラピスにとっては地味に深刻な問題らしい。

 元々まともな家庭環境に置かれた経験が無いラピスは、感情の発露を覚えたことをきっかけに愛情に飢え始めた。

 エリナは勿論ユリカにも甘えたい時は甘えたいし、当然ながら頑張ったら褒めてもらいたい、認めてもらいたいという欲求もある。

 そうやって自己を固めている最中なのだ。

 だから、進が家族になるのは良い。でも進ばかり(ルリもだけど)褒められているのはラピス的には面白くない。

 気絶していなければ、その進が褒めてくれたかもしれないのに。

 てな感じで頬をぷくぅ~っと膨らませていたら……

 

 「お? ラピスどうした、可愛い顔が台無しだぞ」

 

 と気づいたアキトがラピスの頭を撫でて「初めての艦隊戦お疲れ様。疲れただろ」と労ってくれた。

 アキトもラピスにとっては大切な家族であり、父でありお兄さんと言える存在なので嬉しくないわけが無い。

 それでご機嫌になっていると、「あ~! 私もなでなでするぅ~!」と進をホールドしたままのユリカがアピールを始める。

 

 ……気づいてくれなかったのはユリカ姉さんなんだよ。と思いもしたが、ここで拗ねるのは損はあっても得は無いと考え、静かに席を立ってユリカの下に足を運ぶ。

 

 すぐにユリカに抱き締められて「ん~。ラピスちゃんの髪の毛柔らかくてすべすべ~。今日はご苦労様。大変だったね」と労ってくれる。うむ、素直に応じて大正解。

 アキトにしてもらうのとユリカにしてもらうのでは微妙な違いがあって、同じ話題で2度美味しい。満足満足と、満面の笑みを浮かべるラピス。

 

 なお、ラピスがアキトやユリカを父母と呼ばないのは、同じように大切なエリナに優劣をつける様で悪いという彼女なりの配慮だ。

 エリナは気にするなと言ったのだが、ラピスは頑として拒否して今に至る。

 

 そんな光景を目の当たりにした大介は、笑って良いやら呆れて良いやらと、イマイチ判断の付かない顔で操縦桿を操っている。

 現在のヤマトは(自動制御装置がダメージを受けているため)手動制御の真っ最中なので、注意力散漫は事故の基なのだが……すぐ隣で見せつけられる家庭事情というか茶番というか、何と言って良いかわからない緩い光景に注意を向けるなと言う方が酷だろう。

 面白いし。

 

 (思った以上に感化されてたんだな古代。しかしまあ、孤独だって思うよりはマシなのかもしれないな)

 

 と考えながらも、母と慕うユリカも余命幾許も無く、イスカンダルに行ったからと言って確実に助かる保証が無い現状では、また辛い別れを経験するだけじゃないかと心配になる。

 大介は大介なりに、親友の事が心配で仕方が無い。

 

 (こいつに悲しい思いをさせないためにも、俺達航海班が遅れを取り戻さなければ……任せろよ古代。もうお前に家族を失う悲しみは背負わせないからな!)

 

 大介は決意を新たにヤマトをイスカンダルまで辿り着かせて見せると、航路計画を練り直すことにする。

 

 しかし……その前にこの面白い光景を存分に目に焼き付けておくか、としっかり観察する事を忘れない。

 後でこの話題を肴にコーヒーを楽しんでやる。

 

 ジュンは一気に緊張感を失った空気に「これで良いのかなぁ?」と思いつつも「まあナデシコもこんな感じだったかな?」と粛々と自分の仕事をする。

 要するにユリカが気を抜いている時は自分がフォローすれば良いだけだと自己完結する。

 本当に副官としては有難い存在であった。

 

 エリナは「あ~あ。これは後が大変ね」と呆れかえった表情で事態を見守っている。と言うよりも大激戦を終えた直後で疲労してるんだから騒いでないで休め、と言いたくて仕方が無いが、進だけならまだしもラピスが巻き込まれては怒鳴り込むわけにもいかない。

 まあ気持ちが休まっているのなら良いのかな、と思い直して自分の仕事をしようとコンソールに向き直る。通信士もまだまだやることが多いのだから。

 

 ハリは「進さんも大胆な自爆をするなぁ~」とユリカに抱かれて至福の表情を浮かべているラピスを眺めている。

 とても愛らしいが、個人的には先程までの皆の前で撫でられて羞恥で赤くなっていたルリの方が良かったなぁ、とか失礼な事を考える。

 あの姿も脳内フォルダーに保存済みだ。厳重にロックをかけて消去しないようにしなくては。

 正直な感想を述べるなら、ユリカには是非ともルリと絡んで今までに見た事の無いルリの一面をバンバン引き出して欲しい。眼福である。

 

 そして、真田は床でのびている進やユリカに甘えているラピスを苦笑して見ながらも、どのような形であれ進が理解者を、そして大切な人を見つけて幸せを掴もうとしている姿に内心感激を覚えている。

 そしてそれを成したのは、真田にとっても恩人と言えるユリカ達だと思うと、奇妙な縁に胸が熱くなる。

 

 (守。お前の弟は立派に成長しつつあるぞ。新しい家族も手に入れて、こんなにも明るい表情をするようになった――お前も、天国で見ているか、守)

 

 今は亡き友に心の中で報告して、真田はヤマトの被害確認に戻る。勝ったとはいえ、ヤマトは満身創痍。

 こういうささやかな幸せを護り抜く為にも、ヤマトを万全の状態に戻さなければならない。

 それが、工作班長としての使命だと、真田は被害確認に精を出す。

 

 よし、ユリカが生き延びられるようにするためにもヤマトの問題点を洗い出して、出来る範囲内で改修して行こうと固く心に誓った。

 

 そう、本格的な暴走の予兆であった。

 

 

 

 

 

 

 その後すぐ、ヤマトは冥王星を発った。

 本当なら基地から資源を漁りたかったのだが、海中にある基地の残骸を漁るのは合理的ではない。

 なので、代わりに冥王星空域で撃破した敵艦の残骸少々に研究用として反射衛星を1つ回収しながら、ヤマトは冥王星軌道の外側にあるカイパーベルトに向かって進路を取っていた。

 ここに紛れて残存艦隊からの追撃をわずかばかりでも遅らせるために。

 

 

 

 

 

 

 「カイパーベルトって何だ?」

 

 てな感じで、天体に疎いアキトが質問する。

 例によってユリカ達と食事を共にしての一時だ。今回は(強引に連れられて)進とルリとラピスと雪も囲んでいる(エリナも誘ったのだが仕事が忙しいと辞退された)。

 食事はユリカが何時もの栄養食である以外は、一律でプレートメニュー(食パン2枚、スパゲッティーサラダ、ホワイトシチュー、合成ハムステーキ、オレンジジュース)を食べている。

 

 「カイパーベルトとは冥王星軌道の外側にある小惑星帯の事です。正式名はエッジワース・カイパーベルト。わかり易く説明するのなら、火星と木星の間にあるアステロイドベルトと同じような物です」

 

 ルリがスパゲッティーサラダを口に運びながら解説する。医療室で患者の治療をしているイネスが「説、明?」と反応していたが仕事が忙しくて抜け出せずに悔しい思いをしていた。

 

 「アステロイドベルトって言うと、あの小天体が密集してる地帯の事だっけ?」

 

 アキトが確認すると、ルリは「そうです」と頷く。

 

 「小天体から鉱物資源を採取出来る可能性があるしね。ヤマトもかなりダメージを受けてるし、ミサイルも撃ち尽くしちゃったから。金属資源を補充しないと修理も生産も立ち行かなくなっちゃうよ」

 

 スプーンを口に運びながらユリカが目的を説明する。

 

 確かに今のヤマトは満身創痍だ。装甲を貫通した被害は反射衛星砲の3発に限られるが、装甲表面には大量の弾痕が刻み込まれている。

 痛んだ装甲は必要に応じて張り替えて交換し、表面が削れたり軽くへこんだだけの部分等は、補修用に開発された液体金属を流し込んで補修する。

 

 堅牢なヤマトの装甲板ではあるが、勿論修理の為に必要な溶接や溶断の為の技術も確立しているため、従来の物よりも手間がかかるが、問題無く張替え出来る。

 また、表面の防御コートがあったままだと作業が進展しないため、先ずはそれを除去する溶液を塗布してコートを剥がし、作業終了後に改めてコーティングする。

 この防御コートは塗装も兼ねているため、地球型の惑星の大気中は元より、宇宙を漂う星間物質などによる腐食等から装甲を保護する役割がある。

 後コンピューター保護の防磁作用も。

 

 被弾によるダメージも然ることながら、浸水によってエネルギーラインや電装品が負った細かい被害もシャレにならない状態であり、こちらは主に艦内作業になる為外部作業とは違った意味で大変である。

 奥まった場所や構造上どうしても作業スペースが確保し辛い場所があるため手間がかかるのだ。

 

 「修理には最低でも20日以上かぁ。装甲の交換と修理は大仕事だけど、エステバリスとかを使えるからまだ楽なんだよねぇ。と言っても、肝心のエステバリスも損傷が結構酷いし、早々修理作業に駆り出せないんだよねぇ――わかってはいたけど大損害だよ」

 

 ユリカは憂鬱そうに語る。それでもこの程度の被害で済んだのが奇跡と言える程度の激戦だったには違いない。

 普通なら返り討ちで轟沈している。これからもこの規模の戦闘が無いとも言えない以上、戦術をもう一度練り直した方が良いかもしれない。

 

 「でも今は、素直に勝利を喜びたいと思います。この宙域で散っていった、戦士達の弔いとして」

 

 進はオレンジジュースでパンを胃に流しながら、モニターに映し出される冥王星宙域を一瞥する。そこにはヤマトが撃破したガミラス艦の残骸が四散している。

 あの最後の反抗作戦と言われた艦隊戦では一方的に蹂躙された地球が、ヤマトという強大な力によってついに逆転に成功した証。

 

 ガミラスはまごう事なき敵。とは言え、人と変わらぬあの姿を見た後ではこの大量の残骸――大勢の人死の跡にはわずかばかりの感傷も覚える。

 しかし、だからと言って我々は止まれない。

 何が何でも妨害を潜り抜けて地球を救い、未来を護らなければならないのだ。

 

 「そうですね。それに、波動砲を封印しても私達は戦える。それが証明された事も嬉しいです。そうでないと私達どころか、これからの地球は波動砲の依存した防衛戦略に傾倒してしまうかもしれないですし」

 

 ラピスも進に便乗しつつ、拭い去れない波動砲への恐怖を口にする。

 幼いラピスにとって、波動砲の問答無用の威力は別格過ぎる畏怖の対象として心に刻み込まれてしまったようだ――無論、“イスカンダルの支援や異世界の先進技術を有する宇宙戦艦ヤマトが強力だったから成し遂げられた”という面が決して払拭出来ない事は承知の上だ。

 そもそも、ヤマト以前の地球艦隊では太刀打ち出来なかったのだから、そう考える方がむしろ自然であり、その事実を無視して今後の地球がヤマトで得られた技術とデータを使って強力な艦隊を整備する軍拡路線に進んだとしても、一概に間違いとは言えない。

 

 現に、地球は滅亡寸前まで追い込まれているのだ。

 

 「そうだね。波動砲に頼れば何でも解決、何てなったら嫌だもんね――スターシアも、そんなつもりで私達に託したわけじゃないし」

 

 ユリカの言い様に違和感を感じたのはルリだけの様だ。

 アキトは特別気にした節も無く切り分けられたハムステーキを口に放り込んでいるし、ラピスはスパゲッティーサラダを啜ってご満悦と言った顔をしている。意外と麺類が好きらしい――気持ちはわかるけど。

 進も特別リアクションを取ること無く隣の雪と言葉を交わしている。

 

 「ユリカさん、スターシアさんの心境がわかるんですか? まるで知り合いみたいな言い方ですよ」

 

 ルリの言葉に「しまったぁ!」と顔にでかでかと張り付けてユリカは「そ、そう思っただけよ~」と誤魔化す。

 ジト目で睨んでみるがユリカは話す気が無いらしくシカとしている。追及するだけ無駄だと諦めたルリは先割れスプーンをシチューに突っ込んで具と一緒に掬い上げる――ヤマトのランチプレートは例外なくこの先割れスプーンが採用されている。

 と言うもの食器をむやみやたらに増やせない事が原因で、極力効率化しようと思った結果がこれらしい。

 はっきり言って使い難い。

 

 とは言えこれは一般食の場合で、本来なら艦長のユリカは専用の食堂で一般クルーよりも立派な食事を摂る事が出来るのだが、肝心のユリカの容態がこれなので食事を提供する機会は皆無、艦長用の食堂はすっかり埃を被っている始末だ。

 

 そもそも食事の為だけに衰えているユリカを艦内で歩かせるのも問題視されたこともあり(その割に視察と称して動き回っているが)、食事は大抵世話役の雪かエリナ、夫のアキトを中心とした内輪の者が、艦長室で摂ることになっている。

 今回は6人と大人数なので、使おうかとも考えたのだが広さに大差無いため結局今回もお流れになった。

 流石に手狭だが、この距離感が心地良いといえば心地良い。

 

 「それにしても艦長、今日は随分と具合がよろしいようですね」

 

 この状況に内心ウキウキの雪がユリカの体調を気にして尋ねる。

 進がユリカを「お母さん」と呼んだことは瞬く間に艦内に広がり、すっかりからかいの対象となっている。

 つまり、この状況でユリカの“家族”ではないのは雪だけなのだが、ユリカは雪を進の相手役として認識している。

 つまり将来的には雪が進の家族になるための予行演習、的な思考が頭の片隅でちらついている状態だった。

 

 なお、雪は大介に意識されていることに全く気づいておらず、進しか見ていない(大介にとっては残念な事に)。

 好意のきっかけは守を失ったことに対する同情から来る保護欲であったが、ユリカと一緒に笑う進の笑顔に惹かれ、一緒になって騒いだあの瞬間が物凄く楽しかったのが決定打になった。

 

 また雪自身ユリカの影響を受けている部分が多少なりともあり、特にアキトが合流してからは世話をしている時にアキトとの惚れ気話を聞かされたり、食事の席にアキトが混ざれば時折2人の世界に突入しかけたりして、色々と熱々な空気にさらされた影響で、殊更意識している状態なのだ。

 

 つまり大体ユリカが悪い(断言)。

 

 「まあね。薬がぶ飲みしたし、戦いには勝てたし、何より進がとうとう私をお母さんって、お母さんって言ってくれたもの! もう嬉しくて嬉しくて……!」

 

 ほろりと涙を流すユリカに進は真っ赤になって俯き、先割れスプーンでシチューをかき混ぜている――観念したとはいえ、やはり面と向かって言われると気恥しいのだろう。

 

 「でも、普段からそう呼ぶのは止した方が良さそうだな。進君の精神衛生上」

 

 見かねたアキトが助け舟を出す。アキトとしてもあまり年の離れていない進に「お父さん」と呼ばれるのはむず痒いと言うか違和感を感じる事があるので、ユリカにも習わせようと思っている。

 言い方に違和感を覚えるだけで、進が慕ってくれていることは嬉しいし、頼ってくれるのであればそれに応えたいと考えるのは、アキトの生来の気質だ。

 

 それに、そうやって人を育てられると言う実感は、許されない事をしてしまったという自責の念を消せないアキトにとって、ユリカ達家族の存在とは別の意味で「ここに居て良いんだよ」と言われているような気持ちになって、とてもありがたいのだ。

 特に進は、火星の後継者の一件と関係が無いだけでなく、ナデシコAとも関係ない完全な部外者。

 だからこそ、アキトにとっての救いとなったのだ。――今は身内だが。

 

 「む~。アキトがそう言うんならそれでも良いけど。それにどう呼ばれたってもう私達の絆が途切れる事は無いからね。先人さんが言ったんだって、“絆とは断ち切る事の出来ない強い繋がり。離れていても、心と心が繋がっている”って」

 

 ユリカの発言にその場にいた全員が「へぇ~。説教臭いけど案外良い言葉だなぁ」と頷く。

 そんなこんなで食事の席は話題が尽きず、つい数時間前まで緊迫した戦いを繰り広げた戦艦の中とは思えない穏やかな時間が流れていた。

 

 話の話題は次第に予想以上の頑張りを見せるラピスに向いた。

 まさかの機関長就任から今日まで、ラピスは非常に頑張っているのはユリカも知るところである。

 

 「ホントにラピスちゃんはしっかりしてるよなぁ。エリナさんの教育が良かったのかな?」

 

 と進が感心する。この一家と付き合いがあってエリナと縁遠いという事は勿論なく、それなりに親しい間柄にある。

 以前ユリカに翻弄され続けている進の肩を無言で叩いて紅茶をご馳走してくれたこともある。ので、本当に気が利く人だと、進はユリカとは違う意味で尊敬していた。

 

 「勿論です。エリナには、出会った頃からお世話になりっぱなし――今度、何かお礼をしたいです」

 

 頬を染めて照れるラピスに進もほっこりと頬を緩ませる。ユリカのおかげで接点を持ったこの桃色の妖精を、進はそれなりに可愛がっている。

 日頃は業務や自身の鍛錬に余念が無く、接点があるように思われていないが、休憩が重なった時等はジュースをご馳走したり、密に機関長としての手腕を褒めたりしているのだ。

 そんな事もあって、ラピスは適度に自尊心を満たしてくれてアキトとは違った意味で頼れる進に良く懐いていた。

 

 「古代さんもすっかりお兄ちゃんが板についてきましたね」

 

 とはルリの感想だ。

 年下かつ立場的には同等のラピスの場合、階級や立場的にも上であったルリと違って接しやすく打ち解けやすかったのもあるだろうが、自分の時に比べてもラピスが懐くのが早い。

 これがコミュニケーション能力の差か、とルリは感心したものだ。

 是非とも自分も会得したいものだが、どうやってやれば良いのかイマイチ良くわからない。

 

 ルリがそんなことを考えている間にも、ラピスがエリナにどんな贈り物をするべきかで徐々に話がヒートアップしていく。

 

 しかし贈り物に疎い男2人とルリは話の輪から締め出され、ユリカと雪が意見をぶつけ合ってラピスがそれを拾い上げる時間が進む。

 輪から外れた3人は白熱した議論を聞きながら黙って食事を口に運んで飲み込む。ちょっぴり空しい瞬間だ。

 

 だがこの光景こそ、ユリカ達が最も求めている「平穏」と呼べる時間であることは疑いようが無い。

 ヤマトの最終目標は、この光景が日常的に行われる“平和”を取り戻すことにあるのだと、実感するのであった。

 

 

 

 なお、ラピスの贈り物は艦内で用意出来てかつ小物類と指針が決まった事もあり、最終的には有名なクラシック曲のオルゴールを制作して送るという事になった。

 真田とウリバタケの協力も仰いで用意したプレゼントは、後日メッセージカードと共にエリナに送られ、大層喜ばれたという。

 

 

 

 

 

 

 食事を終えた後、ユリカは疲労を考慮してそのままお風呂に入ってから就寝と言う事になったので、雪に世話を任せてアキト達は退室する事になった(退室時のハグはもはや恒例)。

 ラピスはエンジン周りの点検作業の視察と手伝いに、進は第一艦橋に、ルリとアキトは揃って展望室へと足を運んだ。

 

 「そう言えば、ヤマトに乗ってから2人で話すのってこれが初めてだっけ」

 

 「そうですね」

 

 展望室のソファーに並んで腰を下ろした2人は、展望室の窓から星々の海を眺めつつ言葉を交わす。

 

 「アキトさんのおかげで、ユリカさん凄く幸せそう……1年振りです、ユリカさんのあの笑顔は」

 

 「そっか。俺がいない間のユリカの様子、聞きたいとは思うけど、敢えて聞かない事にする。この1年の俺の事、あいつも聞きたがらないしさ」

 

 話して楽しい話題でないことは確かだ。

 ユリカはヤマト再建の為に文字通り命を削り、アキトは罪悪感と無気力の中で停滞していただけ。

 それを話し合ったところでそれこそ傷の舐め合いにしかならないだろうし、それは互いの望むところでは無い。

 

 「私も話したくないです――でも、未来の話はしたい。アキトさんは今回の旅が成功した後、どうされるつもりなんですか? ラーメンの屋台はそうですし、ユリカさんとの夫婦生活を再開するのはわかりますけど、それ以外に何か願望は無いのですか?」

 

 「そうだなぁ。実は俺さ、ネルガルでも軍でも良いから、パイロットを続けるつもりなんだ」

 

 アキトの告白にルリはたいそう驚いた。

 

 「パイロットって、ラーメン屋はどうするんですか?」

 

 「勿論やるよ。二足わらじを踏むんだ。今回の件で、宇宙には他の文明が幾つも存在して、それが地球にとっての脅威になりかねないってわかったからね――だから、少しでも良い、今後またあるかもしれない脅威の為の備えを残したいんだ。もう2度と、ユリカをあんな目に遭わせないためにも、引き離されないためにも、俺は必要とあらば戦場に出る事を厭わない。例えこの手をまた血に染めても構わない。ユリカやルリちゃん達は、俺という人間が本質的に変貌してしまわない限り傍に居てくれるってわかったし、こんな俺でも慕ってくれる進君みたいな子の為にも、俺は出来る事をしていきたい」

 

 そう語るアキトの瞳には強い決意が宿っていた。

 

 「――アキトさんらしいですね。でも、コックさんとしての修行も怠ったら駄目ですよ。アキトさんの本分はコックさんなんですから」

 

 冗談めかして言うルリにアキトも大きく頷く。

 

 「勿論だよルリちゃん。俺は一人前のコックになるんだ。戦いで死ぬなんて御免だからね!」

 

 ガッツポーズを取りながら語るアキトにルリは心からの笑みで応じる。

そうだ、この姿こそがテンカワ・アキト。自分が恋し、ユリカが何よりも愛する彼本来の姿。

 

 アキトが帰ってきた。改めてルリは実感する。あのシャトル爆発事件の時に失われたと思ったルリの家族は、不完全ではあるけれど確かに帰ってきたのだ。

 

 ――後はユリカだけ、ユリカの体さえ直せれば、ルリにとって最高のハッピーエンドが待っている。

 

 ラピスや進と言った新しい家族も迎えられたのだから、むしろパーフェクトエンドと言っても良いのではないだろうか。

 

 「ごちそうさまです、アキトさん。それよりその考えはユリカさんには?」

 

 「まだ誰にも言ってない。ルリちゃんが例外だ。勿論、黙っててくれるよね?」

 

 悪戯っぽく笑いながら唇に人差し指を当てるアキトの態度にルリは同じ仕草で返す。

 

 「勿論です。アキトさんが打ち明けるまでは、2人の秘密です」

 

 「ありがとうルリちゃん」

 

 2人の秘密。その言葉に少しだけトキメキを感じる。

 今更アキトに恋慕も何も無いが、やはり大切な人とのこういうフレーズは楽しいものだ。それに、アキトがユリカに打ち明けない理由も何となくわかる。

 今のユリカの前で「将来的再度危機が起こるかも」というネガティブなイメージを含む将来を語れるわけが無い。いや、ユリカ自身はとっくに想定しているだろう。

 

 だってヤマトを蘇らせたのはユリカで、ユリカはヤマトが数度に亘って地球と人類を外敵の脅威から護り抜いて来た事を知っている。

 つまり、この世界でも同じことが起きかねないという事を最初から想定しているはずだ。

 

 だがユリカは決してその事を口外しない。

 あるかどうかもわからない脅威に戦々恐々するよりも、眼前の脅威を取り除く方が先決であるし、何よりその先にある平和が不安定だと口にするのは、艦長として不適切だろう。

 

 それにユリカ自身、願うのはアキトとの幸せな結婚生活が一番で、そのためにはそのような脅威は無い方が好ましい。つか来るな、だ。

 また心血を注いで復活させたヤマトにしても、願わくばこれが最後の戦いであって欲しいと考えている様子が伺え、出来れば平和になった地球の海で永久に錨を下ろして欲しいと考えていると、ルリは聞かされたことがある。

 それが、恐らく叶わぬ願望と理解しているとも。

 

 「さて、もう少し話題が無いかな。折角の機会だから、もう少しルリちゃんとお喋りしたいな。ユリカとはべったりだけど、ルリちゃんは疎かにしちゃってるし」

 

 アキトは少し申し訳なさそうだ。確かにヤマトで再会してからアキトとルリの接点は少ない。パイロットは電算室にそれほど用が無いし、アキトは暇があれば訓練かユリカの相手をしているかで、狭い艦内だと言うのにルリとはあまり話せていない。

 とは言えこれは仕方のない事だ。ユリカのケアが第一だし、仲睦まじいこの夫婦の邪魔はしたくない。

 

 ――砂糖も吐きたくないし。

 

 しかしこういう機会もあまりないのだから、ルリももう少しアキトと2人っきりで語らいたい。

 だから、かなり恥ずかしいが自分にとって結構重要な案件を話題として提供する事にした。

 

 「そうですね。私もサブロウタさんやオペレーター仲間……は、ハーリー君とは良く話してますけど、アキトさんとはあまり機会が無いですし」

 

 ハリの名前を出す時わずかにどもってしまう。と言うのもこれは先日の艦長室でのお泊りが原因だ。

 

 

 

 決戦3日前の夜。ユリカに誘われてベッドを共にしたルリは、しっかりと抱きしめられて拘束されながら、質問責めにあっていた――何故拘束されなければならないのかと、ルリは若干理不尽な想いを抱きながら、大好きな姉であり母であるユリカの温もりを味わっていた。

 これで話題がもう少し普通だったら言うこと無いのだが。

 

 「ねえねえ、ルリちゃん。実際の所ハーリー君とはどうなってるの? 傍から見てると凄く初々しいカップルなんだけど」

 

 と目を輝かせながら訪ねてくるユリカに視線を逸らしながら、

 

 「べ、別に何ともなってないです。ハーリー君は、可愛い弟分みたいなもので、別にそういう意識は……」

 

 と否定するが、内心自分でもわからないところがある。1年前までだったらそれこそ全く意識していなかったが、この1年、見違えて成長したハリの姿を何度も見せつけられた。

 対して自分はユリカの事で弱々しい態度を取り続けていたし、ハリやサブロウタに良く慰められていた――確かに、特に頻繁に接触するハリに甘えていた自覚はある。だがそれは恋愛とは無関係なものだったはず。

 

 「そうなの? ハーリー君はルリちゃんの事好きだと思うんだけど」

 

 そう言われると心臓が飛び跳ねる。実は最近、ハリの態度は姉のような存在に対する憧憬ではなく、異性に対する恋慕ではないかと、少しだけ疑っていた。でも務めて考えないようにしていた。

 自分は17歳で、相手はまだ13歳(になったばかり)の子供なのだ。恋愛対象になるはずがない。

 

 「まあ年齢は気になるよね。でも、私がアキトに恋したのは幼稚園の頃だったんだよ」

 

 2歳しか差が無いでしょうが、と内心突っ込む。

 

 「ほぼ同年代の恋愛と一緒にしないで下さい」

 

 「え~。愛さえあれば歳の差なんて関係ないよ~。実際20歳以上も離れた結婚なんて珍しくないじゃん」

 

 「それは両方とも成人しています。ハーリー君はまだ13歳になったばかりですよ?」

 

 不満たっぷりに唇を尖らすルリにユリカは「微笑ましいなあ」と顔を綻ばせる。駄目だこの人、人の話を聞いていない。

 

 「一番大事なのは年齢じゃなくて愛だよ。ルリちゃん、ハーリー君と居る時すっごく楽しそうに見えたんだけど――なあんだ。私の勘違いかぁ」

 

 「残念残念」と話を切り上げて、「おやすみ~」とユリカはあっさりと夢の世界に旅立つ。

 

 一方的に言うだけ言って眠ってしまうとは。相変わらずと言えば相変わらずだが腹立たしい。

 

 ちょっとムカついたので頬を抓ってみるが起きる気配が無い。むなしくなっただけなので早々に止めて、自分も目を瞑る。

 

 ミナトと並んで自分に大きな影響を与えた女性に抱きしめられて、ルリは幸福だった。彼女の安らかな寝息と心臓の鼓動を感じて心が休まるのを感じる。

 

 (私、何時からこんな甘えんぼさんになったのかな?)

 

 もう17歳だと言うのに。少し恥ずかしいかも知れないが、ユリカ相手に遠慮するだけ馬鹿らしいと思い返して自分からもユリカに抱き着く。痩せた体の感触が物悲しいが、かつてと変わらない温もりを一杯に感じ取る。

 この旅の終わりにはきっと、彼女の体は元通りになる。そうしたら、今度こそ元気一杯の在りし日のユリカが帰ってくるはず。

 

 漠然とした、過大とも言える希望が現実になりそうな予感を胸に秘め、ルリはユリカの温もりに包まれて夢の世界に旅立った。

 

 

 

 幸運な事に、普段寝相の悪いユリカもこの時ばかりはお行儀良く寝てくれたので、ルリはヤマトに乗ってから最も安らかで、充実した睡眠を貪る事が出来たのである。

 勿論、最近良くあった“大好きホールド”からの窒息または呼吸困難の展開も無かった。

 

 ただし、それはそれで残念だったかも、とか思っていたりもするのだが。

 

 

 

 しかし、ここでユリカに意識させられたせいか、仕事中ならともかくプライベートな時間ではハリをまともに見れない。

 言われたから意識しているのか、元々その兆候があったのか、自分では良くわからない。

 折角の機会なので、アキトにこの事を話してみた。

 相談されたアキトはそれはもう困った顔で、

 

 「ごめんルリちゃん。俺恋愛沙汰には疎くてさ。ユリカくらい解り易ければともかく、ハーリー君とは接点も乏しいし、アドバイス出来ないや」

 

 と頭を掻きながらルリに答える。

 

 「それに関しては最初から当てにしていません」

 

 ルリはばっさり切り捨てる。そもそもナデシコ時代から色恋沙汰で優柔不断な態度を取り続け、天然ジゴロとも捉えられかねない言動や態度を取った事もあるアキトに恋愛相談など、馬鹿のする事だと断定している。

 自覚があるとはいえ、ばっさり切られたアキトの頬がやや引き攣る。ちょっぴり傷ついた様子。

 

 「ただ、アキトさんには知っていて欲しかったんです――その、もしも本当に私がハーリー君を好きになったんだとしたら、しょ、将来的には、その……」

 

 ごにょごにょと言葉を濁す。顔は酔っ払いすら連想させてしまうほど赤く染まっていて、アキトにとって初めて見るルリの表情に驚きと共に感動を覚える。

 

 (ルリちゃん。俺がいない間に、こんなにも感情豊かに、普通の女の子に育ったんだね)

 

 その成長を見届ける状況に無かった事が、改めて悔やまれる。

 

 「それから先は、今後の楽しみだね――俺も、少しハーリー君と話してみようかな。何だかんだでルリちゃんをここ1年の間支えてくれたお礼もしたいし」

 

 そんなことを言ったらルリはさらに恥ずかしくなったのか頭を抱えて蹲ってしまう。アキトはそんなルリの様子にユリカとの語らいとはまた違った充足感を得る。

 

 ナデシコ時代の無機質染みた少女は、愛さえも理解する感情豊かな女性へと成長した。

 一緒に居た時間は決して長いとは言えないし、酷い仕打ちをしてしまった自覚もある。だが、家族の確かな成長を見る事が出来てアキトは喜びを感じる。その成長に、自分が少しでも関与出来ているのだとしたら、こんなにも嬉しい事はそう無いだろう。

 

 (ユリカとの間に子供が生まれたら、またこんな感動を味わえるのかな?)

 

 今は閉ざされたままの未来の予想図。だが何時かは実現する可能性のある未来だ。

 

 (そっか、俺とユリカの子供だけじゃない。ルリちゃんが、ラピスがいずれ誰かと結婚して、子供を産んだら、その子の成長も見届ける事が出来るんだな)

 

 そうやって家族の輪は、人の愛は広がっていくのかと考えると、アキトは急に視野が開けた錯覚すら覚える。

 

 

 

 やっぱり、帰ってきて良かった。この人の環こそが、愛こそが人を幸せにするのだと――これ以上無く感じられた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。ユリカは雪を伴って医療室に足を運んでいた。

 ここは第二艦橋直下の医務室と違って重病者の治療や手術等を行うための場所で、先の冥王星での戦いで発生した重傷者が多数治療を受けている。

 流石にベッドの数が足らないため、程度の軽いクルーは自室に戻されているが、今もなお、生死の境を彷徨うクルーが、自室に戻せないと判断されたクルーがベッドの上で苦しんでいる。

 

 ユリカはそんなクルーの1人1人を丁寧に見舞い、励ます。

 

 「冥王星前線基地は壊滅した。これでもう地球に遊星爆弾は降らないし、太陽系からガミラスを追い出せた。貴方達が頑張ってくれたからだよ」

 

 と、言葉を変えつつ傷を負いながらも職務を果たしたクルーを励まし、犠牲となった数名のクルーの葬儀も慎ましやかに行う。

 ナデシコの時の様に個人個人の要望に応じた派手な物は出来ないが、カプセルに収められたクルーの遺体を宇宙に放出する宇宙葬で弔っていく。

 

 頭上に向かってレーザーアサルトライフルで弔砲を放ち、ヤマト後方の宇宙へと消えていく仲間達の遺体を皆で見送る。

 宇宙で死んだ仲間は宇宙に還す。

 以前のヤマトで行われている方法であり、遺体を保存して置く余裕の無いヤマトにとって、最も効率的な葬式であった……。

 

 

 

 葬式を終えた後、アキトは偶々食堂で食事を摂っていたハリと遭遇する。

 艦長として今日くらいは喪に服すと言い出したユリカの気持ちを汲み取って、今日は一緒に居ないように心掛けたアキトは食堂で昼食を摂りに来たのだ。

 

 アキトが壁に設置された自動配膳機のスイッチを押すと、配膳機の自動ドアが開いて中からプレートに乗った食事がベルトコンベアに乗って手元に流れてくる。

 省スペース化と徹底した衛生管理を考えた事もあり、ナデシコのような厨房を覗ける食堂ではない。

 貴重な食材を無駄なく活用するための綿密な計画に基づき、生活班が考案したセットメニューを朝・昼・夕の三食、日毎にローテーションして提供される。

 

 無論、事前に注文をすれば多少のオーダーには応じてくれるが、食材運用計画から大きく逸脱したメニューの注文はそもそも出来ない。

 精々雪が艦長室で良く食べているサンドイッチなどの軽食や、ちょっと体調が悪い時用のおかゆやオートミール程度だ。

 料理人としてのアキトはこの温かみを感じない食事の提供には眉を顰めたが、ヤマトの特殊性と食糧事情等を考えると文句ばかりも言っていられないと妥協する。

 とにかく余裕が無いのだ。

 

 アキトは食事を手に取るとハリの向かいの席に向かう。

 食事時でそこそこ混んでいるためさほど不自然では無いし、スペースの有効活用と効率良くクルーを捌く為、食事の相席はヤマトでは日常的に行われている。

 余程の理由が無い限りは断らない様にと通達もされている。これは人間関係は円滑にするようにとのお達しでもある。

 幸い、現時点ではクルーの間で目立った対立やいじめ問題等も発生していない。

 

 「ここ、良いかな?」

 

 「良いですよ」

 

 だからアキトが向かいに座っても良いかと尋ねても、ハリは快く応じる。と言ってもその表情は微妙に緊張しているようにも見える。

 惚れた女性の父親代わりの様な人物相手に緊張するなと言うのが無理か、とアキトは思いながら腰を下ろす。

 

 「こうして話すのは初めてだね。ルリちゃんの事、ありがとうな」

 

 「いえ、僕は、その、当然の事をしたまでですから。それに、サブロウタさんもいましたから」

 

 照れたような怒ったような、曖昧な表情のハリ。

 ルリを置き去りにして悲しませた自分に対しての怒りがあり、ルリの事で礼を言われたことに対する照れが綯い交ぜになっているのが良くわかる。

 真っすぐな子だ。

 

 「だとしても本当にありがとう。こういうのも変かもだけど、これからもルリちゃんの事、よろしく頼む」

 

 「そ、その言い方だと、まるで娘をお嫁にやるち、父親みたいじゃないですか……!」

 

 上擦った声でハリが指摘すると、アキトは「そういう捉え方もあるのか」と納得した様に頷く。

 

 「でも、ハーリー君にその気があるんなら、俺は構わないと思うよ。少なくともハーリー君はルリちゃんを支えて来たんだし、きっとこれからも大丈夫だと思うから」

 

 昨晩のルリとの会話を思い出して、アキトは暗にハリとルリがそうなっても良いと認める。

 殆ど親らしいことを出来ていないが、一応は親代わりの立場にある。

 ……余計なお世話かも知れないが。

 

 「ほ、本当ですか?」

 

 アキトの反応が予想外過ぎたのか、ハリはつい嬉しそうな声を上げてしまう。

 

 「まあ、ルリちゃんを振り向かせる事が出来たら、だけどね。頑張れよハーリー君」

 

 アキトは心からのエールを送ってからようやく食事に手を付ける。

 ハリは顔を真っ赤にして先割れスプーンで食事を突いたりして戸惑っているが、頭の中では「アキトさんに認められた。こ、これは物凄いチャンスかも!」とルリとの今後の進展の妄想が止まらない。

 

 そんなハリの様子に苦笑しながら食事を終えたアキトは、「早く食べないと後が支えるよ」と声を掛けてから食器を返却口に放り込んで食堂を後にする。

 この後は格納庫でダブルエックスの整備の手伝いをする予定だ――流石のダブルエックスも間近で水蒸気爆発に巻き込まれたら全くの無傷とはいかず、衝撃で内部メカが少し損傷している。

 ――小しで済んでいること自体が異常だとリョーコ辺りからツッコミがあったが。

 

 現在ヤマトは戦闘能力をほぼ喪失している。

 艦の損傷を鑑みれば波動砲は論外、主砲や副砲のエネルギーラインやコンデンサーも点検作業が長引いていて、無傷の第一副砲も使用不可。

 パルスブラストは幾らか使えるが対艦攻撃には心許ない数で、ミサイルは在庫ゼロ。

 

 となると、残された戦力は艦載機のみだが、こちらも対艦攻撃用装備の大半を使い果たしてしまったので、現在まともに戦えるのはGファルコンDXだけだ。

 しかし、この機体ですら巡洋艦までが限度で、サテライトキャノンを除外すれば戦艦クラスに適正と言える火力は無い。

 となればやはり……。

 

 「サテライトキャノン。波動砲と同じ大量破壊兵器。使わないに越した事は無いんだけど」

 

 甘い事を言っていられる程状況が芳しくない事がなおさら癪に障る。

 

 このような兵器は、本来あってはならないはずなのに。

 

 

 

 それから間も無く、傷ついたヤマトはようやくカイパーベルト近くに到着する。

 後は有用な資源を有する小惑星を見つけて採掘を行い、その陰に身を隠しながらヤマトの補修を終わらせる作業に入る。

 問題は、それを敵が黙って見逃してくれるかだ。

 アキトと進がもたらした「ガミラスは地球人と変わらない姿形をしている」と言う情報は、艦内で混乱を招いたがそれもユリカの、

 

 「姿形で差別しちゃいけないよ。相手が知的生命体なのはわかりきってたことだし、どんな理由であれ戦場で相見えるなら、せめて相手も人だって忘れないようにしよう」

 

 と言う発言で鎮静化した。

 確かに相手がどんな姿をしていようとも、ヤマトは障害を跳ね除けて進むしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 その頃、冥王星基地を脱出したシュルツ達は、何とか体制を整えた後、血眼になってヤマトを探していた。

 

 ヤマト撃滅無くしてガミラス星への帰還が許されない彼らは文字通り必死だった。

 

 「未確認飛行物体発見!」

 

 「司令、ヤマトでは?」

 

 「ヤマトに違いない……!」

 

 司令のシュルツを始め、全員が額に玉のような汗を浮かべてレーダー画面を睨みつける。あれだけの猛攻を凌いだヤマトを残存勢力で叩き潰せる確たる自信は無い。

 

 だがやらねばならなぬ。本国への帰還が果たせずとも良い。だがガミラス帝国の障害となるあのヤマトだけは、ヤマトだけはここで潰さなければならない。

 ましてや相手は手負いだ。この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない!

 

 「全艦に告ぐ。ヤマトと思しき艦影を発見した。これより全速で接近する! 一時隊列を崩して、各々別航路を取って目標地点に結集せよ!」

 

 シュルツの指令に従って残存した冥王星基地の艦艇が散らばってヤマトへと向かう――そしてこの事実に、ヤマトはまだ気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 「カイパーベルトに到着しました」

 

 操縦補佐席のハリがユリカに報告する。ヤマトの修理は昼夜問わずに続いているが、現在の復旧率はあまり高くない。

 冥王星基地攻略作戦の直後から不眠不休で工作班らを働かせるのは酷過ぎる、と言う判断もあり、現在はローテーションを組んで、手が空いている他の班のクルーも動員して何とか回している状態だ。

 

 「ありがとうハーリー君。大介君、カイパーベルトの運航周期に合わせて。少しでも敵の目を欺きたいの。エンジン停止、エネルギー反応も極力抑えよう――でも、すぐに再始動出来るようにしてね」

 

 テキパキと指示を出しながらも、かつてのトラウマが蘇ってちょっぴり弱気に指示を出す。ラピスはすぐに、

 

 「了解。機関室、エンジン停止。緊急時に速やかに再始動出来るよう、準備をお願いします」

 

 艦内通話で機関室に指示を出す。大介も、

 

 「了解、メインノズル噴射停止。カイパーベルトの運航周期に合わせます」

 

 命令に従ってヤマトの速度を姿勢制御スラスターで調整してカイパーベルトの運航周期に合わせる。

 これでヤマトは晴れて小天体の仲間入りを果たす。周囲には直径数m程度の岩石や直径が数㎞、数百㎞にも達する小天体も無数に点在していて、迂闊な操艦はそのまま衝突に繋がるような密度の高い空間だ。

 そこでエンジンを停止してエネルギー反応を抑えているため、早々に敵に発見される事は無いだろう。

 もっとも、光学センサーの類までは誤魔化せないので、すぐにでも身を隠す必要がある。

 何しろ、冥王星前線基地から脱出した艦隊が傍に居ないとも限らない。警戒を怠れるような状況ではないのだ。

 

 「では真田さん、例のアイデアを早速試してみましょうか」

 

 ユリカが促すと真田はそれはもう頼もしい笑顔で「了解」と頷く。

 

 「古代、中距離迎撃ミサイルランチャーを起動してくれ。ターゲットはこちらで選定済みだ」

 

 真田の要請に進は頷いて、冥王星の海中で止む無く使用した中距離迎撃ミサイル発射管――通称ピンポイントミサイルのハッチを開放して、中に収められていた新型弾頭を撃ち出す。

 弾頭はダーツの矢のような装置が7本纏められたもので、ピンポイントミサイルが1セル辺り4発発射出来ることから、32発もの弾頭が打ち出された計算になる。

 

 発射された弾頭は入力データに基づいて各々異なる軌道を描いてカイパーベルトの中を飛び、所定の位置でダーツの矢のような装置を切り離し、周囲にばら撒く。計224基の矢のような装置が散らばる。

 それらの装置は近くにある岩石に次々と突き刺さり、後方にあるアンテナを展開して起動する。

 

 「よし、反重力感応基全て異常無し。ホシノ君、電算室から制御を頼む」

 

 「了解。続けて岩盤装着開始します」

 

 ルリの操作に合わせて岩石に撃ち込まれた反重力感応基が重力制御を開始、ヤマトに向かって岩石を引き寄せ始める。そのままヤマトはあっという間に岩石に包み込まれてしまう。

 第一艦橋から上とバルバスバウ部分、メインノズルとサブノズルの噴射口を除いて細かな岩石に包まれた姿に変貌した。

 バルバスバウを覆わなかったのは、この部分がセンサーユニットの塊だからだ。

 さらに、剥き出しの第一艦橋と艦長室の照明は落とされて、灯火管制も実施。これで早々発見される事は無いはずだ。

 有視界での索敵も並行したいため、各窓には防御シャッターを下ろさず、岩石で覆い隠しもしない。

 

 「このまましばらくカイパーベルトに流されます。敵に発見される前に資源を得られそうな小惑星を発見し、その表面に偽装毎張り付きます」

 

 ユリカの指示に従ってヤマトは敵に発見されないように慎重に近くの小惑星を解析する。

 

 ヤマトが今使った装備は「反重力感応基」と呼ばれる、かつてのヤマトでも使われていた特殊装備である。

 「アステロイドシップ計画」。要するに小天体を遠隔操作してヤマトの身を隠すための隠蔽、場合によってはアップリケアーマーとして使うために継続装備された。

 使用するためには周りに岩石などの小天体等が必須なため、使える状況は限られるが、使い方次第ではヤマトの戦術バリエーションを大きく増やせる装備だ。

 

 ユリカなどは、かつてのヤマトでの運用データを見るよりも先に自分なりの活用方法を幾つも編み出していて、その検証にルリも何度か付き合っている。

 ルリも自分なりに色々考えたものだが、大体ユリカと被っていたので検証は恐ろしくスムーズかつ効率的に行え、今その成果を垣間見せている所だ。

 

 「艦長、資源を得られそうな小惑星を発見しました。楕円型の小惑星で、大きさは大きなところで約600㎞、ヤマト右舷前方、包囲右18度、上方35度、距離12000㎞です」

 

 ハリの報告に「ハーリー君仕事速い!」と喜びも露に、ユリカはその小惑星に向かって微速前進を指示する。

 ヤマトの補助ノズルが弱々しく噴射して、岩石を纏ったヤマトをゆっくりと前進させる。

 今この段階でメインノズルを点火すればガミラスに発見される恐れがあるので、隠蔽優先でメインノズルは使わない。

 ヤマトは補助エンジンを点火して初速だけ稼ぐと、後は慣性航行で小惑星に接近する。

 その時、ヤマトのパッシブセンサーが接近中のガミラスの艦影を補足した。

 

 「うえぇ~。何でこう嫌なタイミングでばかり」

 

 物凄く嫌そうな顔でマスターパネルに映るガミラス艦を睨むユリカに「いや、それ基本中の基本でしょ」とジュンが突っ込む。

 突っ込みながらも副長席のレーダーモニターに真剣な眼差しを送る辺り、彼もかなり度胸が据わってきたようだ。

 

 「艦長、やはり主砲と副砲へのエネルギー供給は現状では無理です。思った以上に被害が大きくて……」

 

 と機関制御席のラピスが申し訳なさそうな顔でユリカに謝る。

 「気にしない、気にしない。ラピスちゃんは悪くないもん」と務めて明るく対応する。

 実際この損傷では武器が使えたとしても全力逃走以外に道は無いのだし。

 

 「とりあえずこのまま小天体のふりして移動しましょう。アステロイド・シップ状態のヤマトをすぐに発見出来るとは思えないし」

 

 ユリカは緊迫感を全く感じさせない声で適当な指示を出す。

 ヤマトはそのまま慣性航行を続け、何とかガミラスに発見されること無く目的の天体に接近することに成功する。

 小天体が密集していてレーダーだけでは探索が難しい宙域であることが幸いした。

 勿論、狙ったが。

 

 「んじゃ、ロケットアンカー発射」

 

 ユリカの指示で、ヤマト右舷のロケットアンカーが岩盤の隙間から飛び出して小惑星に撃ち込まれる。

 慎重に鎖を巻き上げてヤマトはゆっくりと小惑星の表面に接近する。

 こういう時、地味に便利な装備だと実感させられると同時に「錨があると船って感じするよね~」という意見がちらほら出る、とてもアンティークな装備だ。

 

 「岩盤解除、プローブを発射後、簡易ドックに再構築します」

 

 ルリは電算室で反重力感応基を制御する傍ら、部下のオペレーターにプローブの射出を指示する。

 最大搭載数である6基全部を発射、反重力感応基を利用してその位置関係を制御しつつ、1度はヤマト覆った岩盤をドーム状に再構成、岩盤の合間に展開前のプローブを植える形で設置してから展開。

 

 これで、ヤマトは小惑星の表面に簡易ドックを設営する事が出来、かつプローブをドック表面に設置することで索敵機能を阻害されること無く本体を完全に覆う事が出来る。

 その気になれば繭の様にして宙を漂う岩石にもなれる。

 

 これが、ユリカとルリが共同で考え出したアステロイド・シップ計画の活用方法だ。

 旧来のヤマトでは単に身に纏う偽装としてしか使わなかったが、制御装置の技術が一段上の新生ヤマトではこんな複雑な制御も容易くこなせる。

 

 「真田さん、修理作業と天体からの資源採掘をお願いします。必要なら手の空いてるクルーに応援を頼んでも構いませんので、慌てず急いで正確にお願いしま~す」

 

 ユリカの命令に真田は「お任せください艦長!」と頼もしく頷き、早速悪友となったウリバタケにも声をかけて自身も第一艦橋を飛び出す。

 

 こうして、ヤマトの本格的な修理作業が開始された。

 

 真田とウリバタケはそれぞれ役割分担して作業を進める。

 

 真田は主に資源採掘と補修用の部品の製造を一手に引き受け、ウリバタケはヤマト本体の点検と修理作業を全て引き受けた。

 ウリバタケはこの手の実作業には強いが、真田程効率的に部品の製造ラインや採掘作業を指揮出来ないので、妥当な配置であった。

 ついでに、冷静沈着な真田に対して、無駄にテンションの高いウリバタケの指揮する修理陣は士気が妙に高く、妙に迅速な修理作業を実現していることもあって、最近では真田が直接修理現場に顔を出すのは、構造が複雑な特殊機構の部分か、ウリバタケに呼び出されて修理と並行した改修案を吟味する時くらいになっている。

 

 互いに強い信頼関係を結んだこともあり、仕事外でも釣るんで色々と話し合っている様子を目撃されている。

 

 問題はその会話の中に「主砲で実体の砲弾撃ちたい」「弾薬庫と給弾装置のスペースがなぁ~。やっぱボソンジャンプ給弾か?」とか「第三艦橋を独立運用出来るように改造したい」「あのデザインだと単独移動しても違和感ねえしなぁ。改造しちまうか?」等の物騒な話題が混じっていたとかいないとか噂されている事だろう。

 時折その場にイネスも混ざってさらに怖い話題が飛び交っているとか噂されている。

 その中に「艦長アンドロイド化計画」なるものが存在していると、密やかに噂になっていた。

 

 本当に恐ろしい話である。

 

 

 

 

 

 

 ヤマトが姿を隠して8時間余りが経過した。

 順調にヤマトを追いかけていたと思ったシュルツは、ヤマトが脇目も振らずカイパーベルトの中に入り込んだ事に歯軋りし、すぐにその消息を追わせた。

 

 「まさか、ワープで逃げたのか?」

 

 言葉に出してその可能性を追求してみるが、ガンツが調べた限りではワープの形跡は全く掴む事が出来ない。

 

 そもそも時空間を歪めて跳躍するワープ航法はその瞬間にかなりの痕跡を残す。

 そのため、ワープを使用して隠密に対象に接近する事は、相手のセンサーがワープの痕跡を捉える事が出来ない程劣悪でない限り、不可能と言われている。

 特に真正面からワープアウトを観測すると、高確率でワープの距離やジャンプ開始地点を計算する事が出来る程だ。

 

 カイパーベルトの中に身を隠したとはいえ、ヤマトがワープすればカイパーベルト内部を捜索中の艦隊に捕捉されない訳が無い。

 そもそも、小天体の集まりとは言えカイパーベルト内でワープするのは重力場のバランス的にもリスクがあるし、周辺に障害物があるとワープインの際に巻き込んでワープ中やワープアウト時に激突してしまう危険がある。

 安全にワープしたいのなら、ヤマトは艦隊の目を盗んでカイパーベルトを離脱し、その外側でワープする必要があるはずだ。

 その場合も、やはり痕跡を測定出来ない訳が無い。

 

 「やはり、ヤマトはカイパーベルトの中に身を潜めたとしか考えられん! ガンツ、ヤマトの最終確認地点はどこだ?」

 

 「はっ。ヤマトはこの地点で姿を眩ませたと報告が重複しております」

 

 ガンツはレーダーモニターに映るカイパーベルトの1点を指さして報告する。シュルツはその地点を中心にヤマトの捜索包囲網を形成することを指示する。

 

 「早く発見せねばならぬ。ヤマトの修理が進めば進むほど、あの波動砲の威力が物を言うのだ」

 

 冥王星でヤマトは波動砲を使わなかった。

 勿論使われないようにシュルツなりに作戦は練ったが、恐らくヤマトは冥王星を破壊する可能性のある波動砲の使用を自粛したのだろうと、見当はついている。

 だがここはカイパーベルトだ。

 確かに波動砲の威力で天体のバランスが崩れ、地球に何らかの影響が生じる可能性はあるが、冥王星を砕くに比べれば幾分対処しやすいはず。

 

 ヤマトが波動砲を有する限り、正面から艦隊決戦を仕掛けるのはリスクが高過ぎる。

 それに、ボソンジャンプを使ってこないという保証がイマイチ得られないのも気がかりだ。

 

 「しかし、ボース粒子反応も検出されていないし、ヤマトは今まで1度たりともボソンジャンプを使っていない。やはり、波動エネルギーの影響で不安定なジャンプしか出来ないからか?」

 

 シュルツは顎に手を当てて考えるが、答えを導き出すことは出来ない。

 ボソンジャンプを利用する事は出来なくなって久しいガミラスだが、対策の為の基本知識くらいは持っている。

 実際ジャミングにしても、主に波動エネルギーの時空間歪曲作用を利用して出現座標を狂わせることで行われている。

 ランダムに狂わすことも、ある程度制御することも出来るため、特に帝都ではそれを利用して安全を保っている。

 しかし、連中はボソンジャンプを利用していたのだから、波動エネルギーの影響下でも正確に跳べる可能性を捨て去ることは出来ない。

 それ故にシュルツはヤマトに対して慎重に接してきた。

 超兵器波動砲、ボソンジャンプ、それらを抜きにしても圧倒的な性能を誇り、120隻もの艦隊に包囲された状態で生き延びた。それを実現した指揮官の采配の素晴らしさも忘れてはならない。

 そして当然艦を操る制御システムやクルーの練度の高さは疑う余地が無い。

 

 悔しいがヤマトは強い。生半可な手段と覚悟では勝てない。

 故にシュルツはヤマト攻略のための手段として、奥の手を使う覚悟を固めていた。

 

 「何としても探し出せ! 星の裏も表も全て調べ上げろ! 我らの命に代えてもヤマトはここで叩かねばならんのだ!」

 

 シュルツの剣幕に部下達は必死になってヤマトの姿を追い求める。シュルツの焦りは艦隊全体の焦り。

 あの激戦でヤマトの脅威は身に染みている冥王星基地の面々にとって、ヤマトは命と引き換えにしても叩き潰す必要のある、祖国の脅威と認識されている。

 全員が必死になってヤマトを探す。文字通り目を皿のようにして、僅かな痕跡すら見落とすまいとレーダーを睨み、双眼鏡片手に窓から有視界で探す。

 

 

 

 捜索が始まって2時間余りが経過した頃、ガンツは光学モニターに映る1つの小惑星を目に留めた。

 

 「シュルツ司令! 不審な小惑星を発見しました!」

 

 頼れる副官の声にシュルツは即座に駆け寄りモニターに詰め寄る。

 

 そこに映し出されているのは何の変哲もない小惑星。だがその表面に妙な膨らみがある。

 その膨らみの表面は非常に荒く、まるで岩石を無理やり寄せ集めたような不自然さを感じる。

 だがそれも注意して見ていればの話で、注意を払っていなければ見逃しかねない程度には自然だ。

 

 「ガンツ、あの不審な膨らみを拡大しろ」

 

 シュルツの命令に従ってカメラの倍率を拡大する。

 岩石の隙間に埋められるような形で、カメラやアンテナが一体になった装置が確認出来る。

 巧妙に隠されているが、外部を監視する役割を持つ装置だけに、完全に覆われておらず辛うじて視認する事が出来た。

 

 「あれは探査プローブの一種だな……だとすれば、ヤマトはあの中に居るはずだ!」

 

 どうやったかは知らないが、発見を避けるために周りを漂う小天体を寄せ集めて偽装に使用したらしい。

 中々頭の回る連中だ。しかし、冥王星前線基地艦隊を舐めて貰っては困る!

 こちらとて、必死の覚悟で挑んでいるのだ!

 

 「全艦集結せよ! ヤマトに対し、最後の攻撃を仕掛ける!」

 

 

 

 

 

 

 少し時を遡り、岩盤の中に身を隠したヤマトの中では。

 

 「しっかし派手にやられたもんだぜ。俺達が居なかったら修理出来なかったかもしれねえな」

 

 宇宙服を着込んで船外作業に従事するウリバタケが愚痴る。百戦錬磨の名メカニックの目から見ても、ヤマトの損害は目を覆わんばかり。無事な場所を探す方が大変な位だ。

 とは言え、

 

 「まあ、沈まなかっただけ運が良かったか――そういう意味じゃ、確かにお前さんは伝説の艦で、ナデシコの魂も継いでるって事か」

 

 ウリバタケは独り言ちる。

 

 ヤマトの戦歴に関してはすでに目を通している。詳細な戦闘データこそ残されていなかったが、大まかな経歴を知るには十分な資料が遺されていた。

 ウリバタケはそれを捏造だとは疑わなかったし、実際にヤマトに触れてそれが嘘偽りの無い物だと確信した。

 

 ウリバタケとてメカニックの端くれだ。艦体構造や改修内容から、ヤマトが潜り抜けてきた修羅場の数々が窺い知れると言うものだ。

 

 再建に伴ってヤマトの艦体は大部分が組み直され、新造パーツの割合が増えてはいるが、再建前のヤマトのデータにも目を通せば容易に判断出来る。

 完成された後、幾度にも渡って手を加えられた故の歪さと不完全さが同居しながらも、それらを踏まえて徹底的に性能を底上げしていったヤマトの歴史。

 ウリバタケはそう言ったメカニック達の壮絶な戦いにも、同じメカニックとして敬意を表す。

 

 それに、ヤマトに比べれば戦績は劣るかも知れないが、かつての乗艦ナデシコも相応の修羅場を潜り抜け生還した艦なのだ(と言っても現存しているのはブリッジ部分だけだが)。

 

 ウリバタケにとって思い入れのあるナデシコを引き合いに出すのは当然の流れだろうし、戦いの規模が違えど同じように修羅場の数々を潜り抜けた名艦2隻に関われた事は、メカニック冥利に尽きるとも考えている。

 

 しかも、戦いにおける立場としては揃いも揃って「初めて敵に正面から対抗出来る戦艦」の立ち位置にあるのだ。

 この因縁故に、ウリバタケだけではない、初代ナデシコのクルー達はヤマトを「違う形で登場したナデシコの跡継ぎ」と考えている節がある。

 

 そう考えるのが自然だと言わんばかりに、ヤマトとナデシコの立ち位置は似通っている。

 強いて違いを挙げるなら、ヤマトは常に目的を完遂してきたが、ナデシコは目的を完遂出来ずに敗退した事がある、ということくらいか。

 

 そんなことを考えながら、ウリバタケは部下達に細かく指示を出しながら自身も破損個所に取り付いて、壊れた装甲板の切除や溶接、その前に外部から作業した方が早いだろう内部構造の修理を的確にこなしていく。

 

 「セイヤさん、この装甲はどこに運べば良いんですか?」

 

 宇宙服の内蔵無線からアキトの声が響く。

 早々に修理を終えたダブルエックスと一緒に修理作業の手伝いに駆り出されたアキトは、ヤマト艦首の左右に搭載された資材運搬船と協力して装甲等の大きな部品の運搬作業や、装甲の張替え作業の手伝い等に従事している。

 生憎と他の機体はまだ修理が十分ではなく、ナデシコからお馴染みの3人娘と、今回出撃しなかった進のコスモゼロ(アルストロメリア)くらいしか稼働状態に無い。

 

 今回ダブルエックスに白羽の矢が立ったのは、そのハイパワーもそうだが、仮にこのまま戦闘に突入しても、固定武装である程度対応出来るので即応性が高いからだ。

 これがエステバリスだと、戦闘用装備への換装から始めないといけないので、不意の戦闘に備える機体と分けなければならないのだ。

 よって、3人娘は愛機のコックピットで絶賛待機中である。

 

 「おう! それは右舷展望室下の装甲板だな。張替え作業を手伝ってやってくれ! 雑な仕事すんじゃねぇぞ!」

 

 ウリバタケの指示に「はい!」と応じてアキトは慎重にダブルエックスを操る。戦闘用の機体の癖に、案外手先が器用なダブルエックスによる修理作業は手早く精密だ。

 修理作業を円滑にするために、わざわざルリに頼んで制御プログラムも組んでもらったから間違いない。

 このある意味無駄とも言える技術の結晶は、真田とウリバタケの技術者の意地とプライドをかけた張り合いの結果であることを――知る者は少ない。予想したものは多数だが。

 

 そんなこんなで8時間ほど修理作業が続いたが、そこで第一艦橋のエリナから無線でガミラス接近の警告が届く。

 ユリカからも警戒体制に移行するので修理作業を中止する様にと通達される。

 

 「ちっ、しょうがねえな。全員艦内に避難だ!」

 

 ウリバタケは渋々修理作業を中断して作業員を引き揚げさせる。

 勿論作業艇や工作機械の類も一緒に引っ込めるが、剥がしたばかりだったり、これから溶接するところだった装甲板は置き去りだ。

 何かあってロストしたら貴重な資源を無駄にすることになる――何事も無く過ぎ去って欲しいものだが。

 

 

 

 「ガミラス艦隊は、真っすぐこの小惑星を目指している模様です。後方にも展開を確認、囲まれました!」

 

 電算室でプローブからの情報を解析するルリが緊張を滲ませた声で報告する。

 

 「あちゃ~。敵さんの執念を侮ってたよ。こんなに早く発見されるなんて」

 

 ユリカがぺちっと額を叩く。もう少し位粘れると思っていたのだが、流石に見込みが甘かったか。

 いや、素直に敵の執念深さに敬意を表するべきだろう。ヤマトが回復する前に決着を付けたいと考えること自体は、当然の事だ。

 

 「艦長、どうします? ヤマトの武装はほとんど使えませんよ」

 

 戦闘指揮席で進が額に汗を滲ませる。

 各砲へのエネルギーラインの修理は順調に進んでいるが、まだ取り付け作業と点検が終わっていない。この状態で無理に発砲してエネルギーが暴発でもしようものなら、ヤマトは一巻の終わりだ。

 元々機関部から直接エネルギー伝導管を引っ張っている構造であるわけだし、リスクを避けるのは当然の判断である。

 おまけにミサイルは全て打ち尽くしたまま補充されていない。

 

 「だいじょぶ、だいじょぶ。アステロイド・シップ計画に死角無し。ルリちゃん、いよいよ本番だよ。心の準備はOK?」

 

 「はい、任せて下さい艦長。ヤマトは私達オペレーターがきっちりしっかり護って見せますとも」

 

 ルリは不敵な笑みを浮かべて部下達に指示を出す。普段目立たない縁の下の力持ち達にスポットライトが向けられた瞬間だ。

 と言っても、ルリは常日頃から目立っているが。

 

 「偽装岩盤解除、ヤマト浮上後、岩盤を回転させます」

 

 「了解!」

 

 4人の部下達がそれぞれ応じ、今後の作戦に合わせてコンピューターを操作する。

 

 「大介君、偽装解除と同時にヤマトを小惑星から浮上させて。このカイパーベルト内でガミラス艦隊を迎え撃ちます!」

 

 ユリカの頼もしい声に大介を始め、第一艦橋の面々が真剣な眼差しで各々の計器類に目を向ける。

 

 「了解。機関長、メインエンジン点火準備願います」

 

 「了解。機関室、メインエンジン点火準備。偽装解除後、ヤマトを小惑星から浮上させます」

 

 大介の要求を得て、ラピスは頼もしい部下達に命令を下す。

 幸いな事にエンジン自体にはダメージは無く、反射衛星砲で大打撃を受けた出力制御系統の修理は真っ先に終わらせてある。

 攻撃能力こそ喪失しているとはいえ、ヤマトは身動きを封じられたわけではないのだ。

 

 「反重力感応基、動力伝達を確認。岩盤解除15秒前」

 

 ルリの報告を受けてラピスも「メインエンジン点火10前」と指示する。ルリのカウントダウンは続き、カウントがゼロになった瞬間大介はスロットルを押し込む。

 

 「メインエンジン点火。ヤマト、浮上します」

 

 ヤマトをドーム状に覆っていた偽装岩盤が解除され、その中からメインノズルを噴射したヤマトの姿が浮上する。

 

 

 

 

 

 

 「ヤマト、自ら姿を現すとは潔い奴だ」

 

 モニターに映るヤマトの姿にシュルツは気を引き締める。

 

 「シュルツ司令、ヤマトはどうやら反射衛星砲のダメージがまだ回復していない様子です。一気に畳みかけるのが最善かと」

 

 ガンツはヤマトの姿を拡大するや否や、シュルツに意見具申する。モニターに映るヤマトは反射衛星砲だけでなく、その前の艦隊戦で損傷したであろう装甲板の処置が終わっていない。

 部分的には内部構造を露出した大穴が開いているし、張り替えたばかりで塗装すら終わっていない部分が散見される見ずぼらしい姿だ。

 勝機があるとしたら、今しかない。シュルツは決断した。

 

 「全艦に告ぐ。全砲門を開いてヤマトを撃滅せよ! これが最後のチャンスだと思え!」

 

 シュルツの号令に応じて各艦が隊列を整え照準をヤマトに向ける。一斉攻撃の構えだ。

 

 

 

 

 

 

 「ガミラス艦隊より射撃用レーダーの照射を確認。攻撃態勢に入った模様です」

 

 反重力感応基の制御で手一杯のルリに変わり、副オペレーター席に座った雪が第一艦橋に報告する。

 その報告にユリカとルリと真田以外の全員が額に汗を滲ませる。

 

 殆ど攻撃能力の無いヤマトでは到底凌げない。

 その中で進だけがすぐに格納庫に連絡してダブルエックスのライフルとシールドを取り付けたGファルコン、3人娘のエステバリスの出撃準備を整えさせる。事前に備えていたので後はカタパルトに乗せるだけだ。

 対艦攻撃がメインになる以上、主力はノンオプションでそれが可能なGファルコンDX。

 エステバリスはその補佐と目くらまし要員だ。

 ……残念だが大型爆弾槽も残っていないし、信濃も波動エネルギー弾道弾を撃ち切って戦力外だ。

 

 問題があるとすれば、このような障害物の密集した場所だと自爆の恐れがある為サテライトキャノンが使い辛いということだ。

 幾ら全長40㎞近いスペースコロニーをも一撃で消滅させるサテライトキャノンも、そのくらいの規模の小惑星が点在しているアステロイドベルトの中では流石に分が悪い。

 ついでに、整備の都合からエネルギーパックの充電が終わっていなくて、ヤマトからの重力波ビームの照射が必須になっている。

 こんな障害物だらけの空間で受信している余裕なんて無いだろうから、アキトはこの戦いでは使わずに気合いと実力でどうにかするつもりだった。

 

 

 

 すぐにカタパルトにGファルコンが乗せられ、出撃したままのダブルエックスに向けて自動操縦で射出される。

 アキトはそれを確認するとすぐさま展開形態でドッキング。

 

 伸長したサテライトキャノンを肩越しに前方に向け、リフレクターを後方に倒したダブルエックスに、GファルコンのAパーツが機首と翼を畳んで胸部に被さり肩関節の下にあるドッキングロックで固定、Bパーツが背中のドッキングロックに接続、Bパーツ中央ユニットに内蔵された大型マニピュレーターが腰に接続されてBパーツを起き上がった状態で支える。

 合体完了後すぐにカーゴスペース内に吊るされていた専用バスターライフルと小型シールド――ディフェンスプレートを両腕に装備して戦闘態勢を整え――たがカーゴスペースにちゃっかりGハンマーが吊るされている事を確認――ウリバタケめ、試せというのかこの状況で。

 今のGファルコンにはエネルギーパックが装備されていない、身軽な姿だ。

 充電が終わっていないパックはデッドウェイトにしかならないし、そもそも純粋な戦闘機動を優先すると邪魔になる。

 今回は身軽さを優先して一気に有効射程に捉え、持ち前の火力で叩き潰す。

 

 「さあかかって来い。ヤマトは、俺達の希望はそう簡単にはくれてやれないぞ」

 

 静かに闘志を高めるアキトに進から通信が入る。

 

 「アキトさん、ヤマトはまもなくガミラスへの対処行動に入ります。それに合わせてリョーコさん達と協力して対艦攻撃を願います」

 

 「了解」

 

 短く応じるとすぐにヤマトから今後の作戦プランに関する資料が送られてくる。

 簡潔に記された内容にアキトは開いた口が塞がらなかったが、すぐにニヤリと笑う――これは、相手の意表を突ける良いアイデアかも知れない。

 

 

 

 その頃電算室では、反重力感応基を撃ち込まれた岩石の位置情報を完全に把握したルリが、ユリカと考え出した活用法の為に部下達と念入りに周辺情報を探る。

 ドームに埋め込んでいたプローブもついでに解き放ち、傷ついたヤマトのレーダーシステム代わりに使ってガミラスの動向をを正確に捉える。

 ここまで情報があれば十分だ。

 

 さあ、思い知るが良いガミラス。私達家族が力を合わせれば、この程度の脅威は脅威でなくなるのだと!

 

 「ルリちゃん!」

 

 「はい! 岩盤回転! アステロイド・リング形成!」

 

 ルリの意思がIFS端末を通してオモイカネに、ヤマトのコンピューターに送り込まれる。それは個々の反重力感応基に伝わってその動きを一括制御する。

 

 偽装ドームを解除されて周辺に散らばっていた岩石が反重力感応基に操られ、ヤマトの周辺に再集結して左回りに高速回転する帯を形成した。

 

 

 

 

 

 

 「ヤマト、そのようなコケ脅しが通用すると思っているのか! 全艦砲撃開始!」

 

 シュルツの号令でガミラス艦隊は次々と重力波とミサイルを放ちヤマトを宇宙の藻屑にせんと火力を叩きつけてくる。

 たかが岩石、これだけの火力を叩きつけてやればあっさりと消滅してヤマトは宇宙の塵と消えるはずだと、誰も疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

 ヤマトはアステロイド・リングを操作して襲い掛かってくる重力波とミサイルを次々と受け止める。

 時に帯の様にヤマトを包み、時に回転する盾の様に形成したりと、変幻自在の動きで適切な防御力を各所に展開してヤマトを護る。

 

 本来ただの岩石で防げる重力波砲ではないが、反重力感応基は小型のディストーションフィールド発生機が内蔵されている。

 そこにヤマトからの重力波ビームを受けて、重力制御とフィールド用のエネルギーを確保して機能する。

 波動エネルギーの恩恵を直接受けられず、装置の規模から強度も十分とは言い難い、心許ない出力……だが、数が揃えば相互作用で補える。この辺の技術はすでに確立済みだ。

 それに装置が回転しているのもミソで、一種のフィールドアタックの様にミサイルだったり重力波を横殴りに殴りつける事で、フィールド強度以上の攻撃を凌ぐ事が出来る。

 ここにヤマト本体のフィールドを加えて二重に防御幕を展開する事で、ヤマトの防御力を飛躍的に強化出来るのだ!

 

 だが、それだけではいずれ押し切られて岩盤が失われてしまうので、ここでルリとユリカが考案した次の行動が真価を発揮する。フィールド発生装置はこのためのおまけに過ぎない。

 と言うよりも、ビームではなく重力波砲をガミラスが備えていた時点で、ユリカは防御システムとしてのアステロイド・リングにある程度見切りをつけていた。

 勿論ミサイルなら問題無く機能するのでそちらも考慮はしたが、本命はこれから行う行動にこそある。

 

 「ルリちゃん、勢いつけてぇ~~」

 

 「何時もより多く回しております」

 

 ユリカの指示を受けてルリはアステロイド・リングの回転速度を最高にまで上げる。

 リングはヤマトの喫水線と平行になるような位置で回転し、凄まじい運動エネルギーを蓄える。その姿はまるで天体の膠着円盤の様。

 そして、ガミラス艦の位置情報や周辺環境データを、雪達オペレーター達が改めて処理してルリの手元に送り込む。

 

 準備完了!

 

 「やっちゃえーー!」

 

 「投擲開始!」

 

 ユリカの命令でルリは回転するアステロイド・リングから次々と岩石がガミラス艦目掛けて射出される。

 その様はまるでピッチングマシーンの様で、ヤマトの前後左右からランダムに岩石が飛び出す。

 

 ガミラス艦は想定外の事態に狼狽えながら迎撃や回避行動に映るが、間に合わずに岩石の直撃を受けて損傷した艦が次々と出現する。

 元々ディストーションフィールドは質量を持った攻撃に弱い。おまけに、重力波ビーム範囲内ではフィールドを身に纏っているのだ。

 フィールドを纏い高速で飛来する質量弾を防ぎきる事はガミラス艦でも出来ず、あっさりと突破されてダメージを負う。

 

 これが、ただの岩石では十分な防御力を得るのが難しいと考えたユリカの考えを、ルリの技術で形にしたアステロイド・ノック戦法だ。

 

 当時のやり取りを抜粋すると、

 

 「どうせ岩石じゃグラビティブラストを満足に防げないんだよね? だったら、今までは防御用か欺瞞用だったアステロイド・リングを攻撃に転用すれば死角も減るし、ヤマトの消耗を極力抑えられて一石二鳥じゃないかな?」

 

 と言うユリカの発言に、

 

 「良いですねそれ。私とオモイカネならその複雑な制御を共同でこなせると思います。場所や状況が限定されるとはいえ、上手く活用すればヤマトの戦術バリエーションに華を添えられると思いますよ」

 

 てな感じでルリが食い付いた事から、冥王星前線基地攻略までの合間も含め、ルリは反重力感応基の制御プログラムをオモイカネとハリの協力を得て完成させていたのだ。

 

 まさか周辺の岩石を制御して武器に転用するとまでは考えなかった冥王星残存艦隊は、たちまちパニックに陥った。

 

 

 

 

 

 

 「や、ヤマト。何という攻撃手段だ……!」

 

 シュルツは急な回避行動で揺れるブリッジで近くの物にしがみ付きながら戦慄する。

 周りにあるものをこれ以上無く有効活用して、僅か一手でこちらの体制を崩されてしまった。

 全くもって恐ろしい艦、そして奇抜な発想を現実のものとする指揮官とその部下達。

 常識に縛られることを良しとしない、型破れな相手だと改めて戦慄する。

 

 本当にどこまで非常識なのだ!

 

 「しゅ、シュルツ司令! あの人型が向かってきます!」

 

 ガンツが示したモニターの中で、冥王星基地をただの一撃で葬り去った人型機動兵器、GファルコンDXが迫ってくる。

 その威力を味わった彼らは、ヤマト同様の脅威を感じ速やかに迎撃姿勢を取ったが、それで止まる程GファルコンDXは甘くなかった。

 

 

 

 

 

 

 アキトはGファルコンを装備して完全状態になったダブルエックスを駆り、手短なガミラス駆逐艦に襲い掛かる。

 ヤマトに繋いだままの通信からは、

 

 「やったぁ~! ルリちゃん流石ぁ!」

 

 とか、

 

 「いえいえ、私達電算室オペレーターズのチームワークです」

 

 とか、

 

 「艦長! アステロイド・シップ計画は完全に成功しました!」

 

 とか、

 

 「凄いなこれ! 島、いっそこれからは岩石を身に纏ったまま航行するのもありじゃ……」

 

 とか、

 

 「馬鹿言うな! 積載量が増えて航行に支障が出るだろうが!」

 

 等のやり取りが聞こえてくる――このノリは本当にナデシコだな、とか考えながらも千載一遇のチャンスと襲い掛かる。

 体勢を立て直す時間は与えてやらない!

 少し遅れてリョーコとヒカルとイズミのエステバリスもアキトが狙いを定めた艦のすぐ近くの艦に襲い掛かる。

 

 GファルコンDXは、既存機の比ではない推力を最大限に生かした機動で、岩石をぶつけられて弱ったガミラス駆逐艦に接近、爆発に巻き込まれる事の無い距離から収束モードの拡散グラビティブラストと専用バスターライフルを計12発叩き込む。

 相手のフィールドを食い破ったビームと重力波は、破損部からたちまちガミラス駆逐艦の内部構造を破壊、破壊されて暴走した機関部の爆発で内側から引き裂かれてカイパーベルトの一部と成り果てる。

 

 撃沈を確認したアキトは機体を翻し、リョーコ達が注意を引いている別の艦に即座に発砲、最初にブリッジを叩き潰して指揮系統を混乱させ、それに便乗した3人娘のエステバリスが機関部に取り付いて、手持ちのレールカノンとロケットランチャーガンにGファルコンの火力を全力で叩き込んで沈める。

 息の合った連係プレイにガミラス艦隊はさらに浮足立つ。

 

 それを確認するが早いか、アキトはまた別の艦艇に目標を定めて最大戦速で急襲、今度は左手でハイパービームソードを抜刀し、装甲が比較的薄い艦底部に突き立てるように押し付ける。

 密着しなければ役に立たない剣状の武器ではあるが、ビームの収束率と突破力はバスターライフルを上回るだけに、僅かな抵抗で敵艦のフィールドを突破して装甲に突き刺さる。

 ビームジャベリンが通用した以上通用するとは思ったが、機体出力の差がもろに反映されたのか、こちらの方が突破が早い。

 粒子が激突する際に生じる熱と衝撃で見る見る内に装甲が融解して穴を開けていく。

 そのままでは致命傷を与えられないためビームソードを引き抜くと同時に左の拡散グラビティブラストを発射、追い付いた3機のエステバリスもダブルエックスに便乗して次々と砲火を叩き込んでいく。

 

 情け容赦ない攻撃に碌な抵抗も出来ずに破壊されたガミラス駆逐艦の残骸を尻目に、GファルコンDXとGファルコンエステバリス達は更なる獲物を求めてカイパーベルトの間隙を飛び回る。

 ついでにサービスとして右手のライフルをGハンマーに持ち替え、ワイヤーを伸ばした後機体をコマの様に急旋回! スラスターで加速したフィールドコーティング済みの鉄球を駆逐艦に叩きつける!

 棘付き鉄球は予想通りというかそれ以上と言うべきか、駆逐艦のフィールドをあっさり突破して装甲にめり込む。フィールドを解放してやるとその部分の装甲が拉げて開口部に変じる。

 容赦なくグラビティブラストを叩き込むと思った以上に手早く処理出来た。

 

 (……うん、使い難いけど対艦攻撃には使えるかもしれないな、これ)

 

 アキトは心の中のメモ帳にそう書き留めた。少しだけ、ウリバタケの評価を上向き修正しても良いかもしれない。

 

 でももっと使い易くて効果的な武器を作って欲しい(切実)。

 

 ネルガルがこの世に生み出した最強の人型機動兵器は、その称号に劣らぬ獅子奮迅の活躍を持ってガミラスを恐怖させる。

 まさに「機動兵器版ヤマト」の異名に恥じない、常識破りの活躍であった。

 

 

 

 

 

 

 予想を遥かに超えるGファルコンDXの戦闘力に顔面蒼白になったシュルツは、いよいよ最後の手段に訴える決意をした。

 

 (たかが人形と侮っていたが、あの新型は危険だ。まさか単独で我が軍のデストロイヤー艦に匹敵する戦闘能力を持っているとは……! だが、所詮は艦載機。母艦を失えば何も出来まい!)

 

 「ガンツ、最後の手段に出るぞ……体当たりだ!」

 

 「えぇっ!?」

 

 「ヤマトはここで潰さねばならんのだ! この命と引き換えにしても、デスラー総統に近づけるわけにはいかん!――ガンツ、生き恥を晒させるようで悪いが、お前は脱出してヤマトとその搭載機との交戦データを本国に伝えるのだ」

 

 シュルツの命令にガンツは反発する。

 冥王星基地以前から慕ってきた、共に戦ってきた上官に一緒に死なせてくれと切実に訴えたが、シュルツは頑として首を縦に振らなかった。

 

 「お前まで死んだらヤマトの脅威を伝えるものが居なくなってしまう――行けガンツ! 我らの戦いを無駄にするな!」

 

 敬愛する上官の檄に、ガンツは涙を溢れさせながら心からの敬礼を捧げ、脱出艇に走る。

 その姿を見送りながらシュルツは損傷が無く近くに位置していたデストロイヤー艦1隻に戦域を離脱してガミラス本星に戻る様に伝える。

 例え極刑に処されたとしても、データだけは渡すのだと言うシュルツの懇願に近い命令に、そのデストロイヤー艦の艦長と部下達も熱い涙を流しながら応え、屈辱に紛れてでもヤマトとの交戦データを伝えると確約する。

 

 まもなく、シュルツの乗る戦艦から飛び出した脱出艇が、離脱を受け入れたデストロイヤー艦に収納される。

 脱出艇を受け入れた後、その艦は速やかに反転してカイパーベルトを離脱していく。

 

 その姿を見送ったシュルツは、無線機を手に取って指揮下にある全ての艦、全ての部下に最後の命令を下す。

 

 「全艦に告ぐ。冥王星前線基地司令のシュルツだ。ヤマトはここから1歩も外に出すわけにはいかん。最後の決着をつけるのだ!――諸君。長い様で短い付き合いだった。これより、ヤマトへの体当たりを敢行する。これ以外に活路は無いのだ……諸君の未来に栄光あれ。冥王星前線基地の勇士達よ、覚えておきたまえ……我らの前に勇士無く、我らの後に勇士無しだ!」

 

 シュルツの最後の演説に全員が涙を流して震えていた。

 

 それは死ねと命令されたことに対する悲しみでも反発でもなく、祖国に殉ずるために全てを投げ出す覚悟を掲げ、我ら冥王星前線基地一同を最後まで大切に思ってくれたシュルツへの感謝、最後の瞬間まで付き添う覚悟、そして強敵ヤマトをここで葬り去り、祖国への脅威を取り除こうとするガミラス軍人としての誇りで、身を震わせていたのだ。

 

 「……さあ行くぞ! 全艦突撃開始!!」

 

 シュルツの号令でガミラス艦隊は砲撃しながらヤマトに体当たりすべく突き進む。

 そこに一切の恐れは無く、ただただ祖国への忠誠と、敬愛する上官を寂しく逝かせまいとする覚悟のみがあった。

 

 

 

 

 

 

 「艦長! 艦隊が真っすぐ突っ込んできます!」

 

 電算室でルリの補佐を務めていた雪が、ガミラス艦の行動を速やかに第一艦橋に報告する。

 

 「ルリちゃんリング解除! 大介君、身軽になったらすぐに回避行動に移って! 体当たりするつもりよ!」

 

 敵艦の動きからその目的を悟ったユリカがすぐに決断する。使い方次第ではとても有用なアステロイド・リングにも1つ弱点がある。

 ヤマトの全力機動に追従出来ないのだ。

 リング形成中は急激な機動をすると、追従出来なかったリングがヤマトに激突する危険性があり、リングを解除して身に纏っても、重量増加で機動力が落ちる二重苦を抱える、防御性能の向上と引き換えに機動性能を半減させる、防御特化の戦術なのだ。

 

 「了解、リング解除!」

 

 「了解、取り舵一杯! 回避行動に移ります!」

 

 命令を受けた全員の行動は素早かった。

 ルリはすぐにまだ残っていた岩石を敵艦隊の進路に向けて狙いも定めず放出、ハリは大介の操縦を補佐すべく電算室から送られたデータを頼りに敵艦の進行方向からヤマトを外すための行動プランを選出して送る。

 送られたデータを頼りにヤマトを操る大介、その行動を確実にするために機関コントロールに余念の無いラピス。

 全員が一丸となってヤマトを操る様は、まさに一個の生命体と言うに相応しい。

 

 

 

 ばら撒かれた岩石に激突したガミラス艦は、ヤマトという1点を目指していたが故にたちまち僚艦と衝突を繰り返して次々と沈んでいく。

 それは、単純に砲火で沈むよりも凄惨で物悲しい光景であった。

 

 さらに、ガミラス艦の行動を阻止すべくアキト達も決死の覚悟で敵艦の機関部を破壊した。

 ガミラス側も艦載機に構っている余裕が無いのだろう。対空砲火も疎らでヤマトに突っ込む事しか考えていない。

 

 そうやって熾烈極まる攻防で艦隊が壊滅していく中、シュルツの乗る戦艦だけはヤマトに肉薄することに成功する。

 

 

 

 

 

 

 「デスラー総統バンザァァァァイッ!!!」

 

 シュルツは仕えるべき主の名を叫びながらヤマト向かって突き進む。そこに死への恐怖は無い。ただただ祖国の脅威を取り除かんとする、戦士の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 「進! ロケットアンカー!」

 

 「はい! ロケットアンカー発射!」

 

 ユリカの命令に進は疑問を挟むことなく即座に応じる。彼女が何を狙っているのかを直観的に理解したのだ。

 

 進の操作で撃ち出された右舷ロケットアンカーは、ヤマトに突っ込もうとしていたシュルツ艦の横っ腹に苦も無く突き刺さる。

 アンカー自体に高密度のフィールドを収束させ、ディストーションアタックと同じ事をしたのだ。

 アンカーは命中と同時に内部でフィールドを解放して小規模な爆発を引き起こす。

 戦艦を動かすには非力なはずの1撃だが、ヤマトの回避行動を成功させるには十分だった。

 

 本来ならヤマトの右舷にぶつかる事が出来たであろうシュルツ艦は、僅かに軌道を逸らされヤマト右舷のコスモレーダーアンテナを2枚とももぎ取って、その下にあるマストウイングの先端や対空砲の砲身の幾つかをへし折る事には成功したが、ヤマト本体への追突は叶わなかった。

 

 そして、深く突き刺さったロケットアンカーの鎖が伸びきり、1度ピンッと張った後千切れる。

 その反動で姿勢制御を誤ったシュルツ艦は、空しく小惑星に激突して宇宙に散った。

 

 その爆発の光に垂らされながら、千切れた鎖を漂わせるヤマト。

 

 物言わぬ戦艦のその姿は、死力を尽くして向かってきながらも儚く散った強敵に対して、哀悼の意を捧げているような物悲しさがあった。

 

 小惑星に激突して宇宙に散ったシュルツ艦の姿を見送ったユリカは、ガミラスの残存艦艇が居なくなったことを確認した後、全乗組員に黙祷を命令する。

 

 「皆さん。彼らは地球を追い詰め、我々と砲火を交えた、紛れもない敵です――しかし、祖国の為、命を捨ててもヤマトを討ち取ろうとしたその忠誠心に、愛国心に、同じく祖国の命運を背負った戦士として、哀悼の意を捧げましょう……全員、黙祷!」

 

 誰もその命令に逆らうものはいなかった。

 確かに地球を破滅寸前まで追い込んだ怨敵ではあるが、最後の特攻の瞬間、確かに感じたのだ。

 祖国の為に脅威足りえるヤマトを何としても討ち取らんとする凄まじい気迫を。

 

 それは、自分達が地球を救うべくヤマトで戦う理由と……気概と同じだと。

 

 だから、ヤマトのクルー全員が死力を尽くして戦った冥王星前線基地艦隊の戦士達に心から哀悼の意を捧げ、その健闘と生き様を称える。

 

 護るべきモノの為に命を賭した、戦士たちの冥福を祈って。

 

 「黙祷、終わり!」

 

 傍から見れば敵対した兵士に対しても礼を護ったに過ぎない行為であった。

 

 しかし、ガミラス侵攻の事情を知らない大多数のヤマトクルーにとって、進達が持ち帰った地球人と変わらぬ姿を持ち、そして祖国の為に命を賭せるメンタルを持つ行動を見せつけたシュルツ達の姿は、同じメンタルを持つ“人”なのだと改めて認識させるのに十分過ぎるものだった。

 ユリカを始め事情を知る一部の者も、それは同じだった。

 

 そう、ヤマトクルーの意識を変えた。それは、シュルツが命と引き換えに成した、小さな……だが大切な一歩だったのである。

 

 

 

 弔いを終えたヤマトは、改めてカイパーベルトの小惑星に取り付いて資源の採掘と、傷ついた艦の修理作業に没頭する。

 念のためにと、なけなしの反重力感応基を使って再びドームを形成した。

 

 ヤマトの修理完了予定まであと25日。それが完了するまでは、ヤマトは太陽系に足止めを食らう羽目になった。

 

 それは、冥王星前線基地の執念と祖国への忠誠心が成した成果。

 ヤマトクルーは、その事を深く心に刻み、これからもあるであろう妨害を掻い潜ってイスカンダルに辿り着くと、気を引き締めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 太陽系に入り込んだガミラスの軍勢を辛くも壊滅させたヤマト。

 

 だが、その前途は未だ険しい。

 

 地球絶滅の危機を刻々と迎えている人類を救えるのは、宇宙戦艦ヤマト。

 

 その愛と知恵と勇気しかない。

 

 急げヤマト、その日まで!

 

 人類滅亡と言われる日まで、

 

 あと354日。

 

 

 

 第九話 完

 

 次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第一章 遥かなる星へ

 

    第十話 さらば太陽系! いつか帰るその日まで!

 

    全ては、愛の為に



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第十話 さらば太陽系! いつか帰るその日まで!

 

 

 冥王星前線基地の残存艦隊を、アステロイド・シップ計画とGファルコンDXの活躍で辛くも切り抜けたヤマト。

 

 しかし冥王星前線基地攻略作戦で負った傷は大きく、ヤマトは航行スケジュールの予定日数を超過する形で太陽系内に足止めを食らっていた。

 

 だが、それでも艦内の空気は明るかった。

 その最期に思う事こそあったが、地球を滅亡寸前にまで追い込んだ脅威を退ける事に成功し、図らずも最後の希望として2度目の復活を遂げた宇宙戦艦ヤマトの威力を肌身に感じる事で、多少の遅れならどうとでも出来ると気が大きくなっているのだ。

 

 本来なら緩んだ気を引き締める立場にある艦長のミスマル・ユリカも、

 

 「いえ~い! 私達勝ったよ~~! 祝勝会だ~~!」

 

 と艦内のあちこちに出現しては、左手でVサインを高らかと掲げ、勝利の喜びを共に分かち合おうとハイタッチをしたり、手を握り合ったり、隣で付き添っているアキトやエリナの眉間に皺が寄るレベルで盛り上げていくので、誰も歯止めがかけられなかったのである。

 ユリカなりに皆が気落ちしないようにと、艦内の空気を持ち上げようと必死だったのだ。

 

 とは言え陰で小言を言われる事は避けられないし、「お前自分の体調わかってるのか?」と夫から白い眼で見られて、泣きを見る羽目になるのも全部自業自得である。

 

 ある意味、天国の沖田艦長が苦笑しているであろう軽~い空気で満たされたヤマト。

 

 その艦長室で、そんな空気を積極的に広めているユリカは、日々の書類仕事に勤しんでいた。

 冥王星前線基地残存艦隊との決戦から、8日程が経過していた。

 

 「ふ~む。やっぱりあちこちやられたせいで修理に時間がかかるんだねぇ……」

 

 ペン型入力端子を鼻と唇の間に挟んで唸りながら、真田が纏めて提出したヤマトの損害報告に頭を痛める。

 今は壁に収納したベッドの裏側の折り畳み式デスクを開いて、その上に紙書類とバインダー、ファイル、さらには電子報告書を表示したウィンドウなどを広げて、ユリカなりに今後の運航についてアイデアをひねり出している所だ。

 

 「真田さんとセイヤさんに言わせると、結構細かい所にダメージが及んでいるらしく、時間を取られているそうです――それに、部品の生産が追い付かないので作業の進みが遅いとか」

 

 ユリカの隣で書類の整理を手伝っているルリが補足する。

 今は電算室をフル稼働させる必要も無く、索敵任務は部下達と自ら手伝いを名乗り出たハリの好意に甘え、ルリはユリカとお話をしに来たのだが、事務作業中だったので手伝いを買って出たのだ。

 ルリはユリカの隣で電算室に頼んで出して貰ったヤマトの損害報告一覧と、真田が提出した修理の進展や運用によって判明した問題の改善作業、それに伴う資源の消費についての資料を突き合わせて、今後の見込みを立てる。

 

 「ユリカさん、やはりカイパーベルトの天体だけで資源を調達するのには限度があります。希少金属などの資源がほとんど得られません……一応アキトさん達がこの間のガミラス艦の残骸なんかを拾い集めてくれていますが、回収に苦労しているようです。特にアキトさんがボソンジャンプを駆使して頑張ってくれてますけど」

 

 ルリは資料を睨みながらユリカに報告する。

 現在ヤマトは破損した自身の残骸、撃破したガミラス艦の残骸、さらにはカイパーベルト内の天体から回収した資源を使って艦の修理作業と、今後に備えた資材と交換部品のストックに努めている。

 

 とにかく単独でどこにも寄港せず航行するしかないヤマトは、こういう風に残骸を漁って再利用したり、可能であれば立ち寄った惑星から資源を確保しなければ保守点検すら危うい。

 その資源採掘に役立つのが意外と汎用作業機械として使える人型機動兵器各種で、Gファルコンに装備された相転移エンジンの恩恵で活動時間が大幅に延長されたこともあり、航空科のクルーはヤマト防衛の為の半数を残してローテーションで飛び回り、使えそうな資源の回収作業に当たっている。

 

 今の所ガミラスの姿は確認されていないが、不意の遭遇戦は想定する必要があるので、作業艇の類を出撃させる時は航空科が護衛するのが当たり前となっている。

 そんな状態なので、固定武装だけでもエステバリスを凌駕する戦闘力、かつボソンジャンプ無しでも速力と運搬能力に優れるダブルエックスはほぼ出ずっぱりの日々だ。

 

 アキトは状況が状況なので文句も言わずに働いているが、依存度の高さから疲労が溜まり気味なので、出来ればアキトを休ませたいと皆が考えているのだが、資源回収だけは早く終わらせないと、その後の生産作業が全部遅延してしまうため外すに外せない。

 

 状況をさらに悪くしているのは、既存機と大幅に異なる操縦系を持つダブルエックスに乗れるのは、開発に協力したアキトと月臣、アキトから直接レクチャーを受けた進しかいない事だ。

 またパイロットで唯一のA級ジャンパーである事も、彼にとっては災いしていた。イネスがナビゲーターをするには、まだ艦内の負傷者の具合が悪過ぎたのである。

 

 ちなみに、機関班からはエンジン絡みで「コスモナイトがもう少し欲しい」と要望があったため、ラピスに「駄目ですか?」と潤んだ瞳で頼まれては断れず、アキトは可哀そうな事に単身タイタンにジャンプして例の採掘場所からコスモナイトも回収してくる羽目になった。

 とても不憫だ。

 

 余談だが、回収した資源は1度に工場区に運んだり倉庫に入れられないため、反重力感応基を取り付けてアステロイド・シップ計画よろしくヤマトの周囲に停滞させて少しづつ消費している。

 本当に地味ながら便利な装置であった。

 おまけにこれでユリカとルリがさらなるひらめきを得て、反重力感応基のさらなる発展を考えてしまったので、修理が一段落したら最終案を真田とウリバタケに纏めた貰う所存である。

 

 「はあ……この7日間、アキトにまともに会えてないなぁ」

 

 寂しそうに呟くユリカにルリは少し同情する。

 が、内心「どうせ会えるようになったら所構わずイチャイチャするんでしょ」と冷ややかな考えも浮かんでくる。しかし、それを咎める事は誰にも出来ないだろう。

 

 だって本当に目の毒なのだから。特に独り身で相方募集中だったり結婚願望がある人間にとっては。

 ルリもその内の1人なので、2人が再会して元の鞘に収まった事に対する喜びのピークが過ぎれば、こういう感想も出てくる。

 

 そんなんだからエリナに「ラピスの教育に悪いから自重しろ」と夫婦そろってお説教を食らうのだ。

 思春期直前のラピスの眼前だと言うのに、2人の世界作ってキスなんてしたら当然である。

 で、その後決まって「恋をするってどんな気持ちなんですか?」とラピスに質問されるエリナも気の毒だった。

 ラピスももう13歳。そろそろ誰かに恋をしたっておかしくない時期だから、なおさら自重を求めたい。

 

 「すぐに会えますよ。離れ離れになったわけじゃないんですから。それに、資材の回収もそろそろ目処が立つらしいですし、そうしたらたっぷりイチャイチャして下さい――さて、一息入れましょう、ユリカさん」

 

 そんな考えは顔に出すことなく、休憩しようと切り出す。

 

 「そうだね」

 

 とユリカも応じる。

 と言っても、今のユリカは栄養ドリンクの類か水しか飲めない。なので、ルリも付き合って同じ栄養ドリンクを飲むことにする。ルリも疲れているので、栄養ドリンクがとても美味い。

 こうして家族の時間を過ごす事が、最近のルリとユリカの楽しみでもあった。

 

 しかし、穏やかに見える日常の裏では、(ある意味ではとても深刻な)問題が発生しつつあったのだった。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第一章 遥かなる星へ

 

 第十話 さらば太陽系! いつか帰るその日まで!

 

 

 

 ヤマトの修理作業は順調に進んでいた。

 修理開始から10日が過ぎる頃には装甲外板の補修作業は粗方終了し、ヤマトの艦内はようやく気密を取り戻す事が出来た。

 

 そこからは専ら内部の修理活動になるのだが、これがまた厄介なもので、単独での長期的に多種多様な作戦行動が求められるヤマトは、全長333m、艦幅50mの艦体に似つかわしくない程多数の機能を盛り込んだ宇宙船である。

 結果、とにかく内部構造が複雑で余裕が無いと言う致命的な問題を抱えている。

 必要な物を効率的に詰め込んではいるが、一般的な宇宙戦艦には不要な装備(艦内工場とか)も多いため、必然的にそうなってしまうだ。

 

 

 

 先の戦闘でヤマトが負った損傷の内、特に被害の大きかった反射衛星砲のダメージの回復にはかなりの時間を割かなければならなかった。

 

 装甲板の穴を塞ぐだけなら製造含めて2日もあれば足りたのだが、内部への被害も大きく、装甲を塞いだ後艦内から修理すると却って手間になる部分も散見されたため、装甲の修理と並行して破損部から内部の部品交換や修理作業を行う事になった。

 

 真田とウリバタケのコンビはここでもその能力を発揮し、ぱっと見どう手を付けるべきかと悩みそうな損傷個所を一瞥すると、すぐにその場で打ち合わせをして補修の優先順位をあっという間に定めてしまった。

 その後はすぐに部下を率いて補修作業に乗り出し、陣頭指揮を執りながら自らも工具を手に破損個所に挑む。

 

 だがその2人が指揮しても手間取る程損害は大きい。

 

 浸水による被害と被弾の衝撃等で細々とした破損が多かったこともあり、ヤマト全体の検査と修理作業が一段落して何とか出港出来る、と言う所まで回復するのに予定されていた補修日数の14日を大きく超過する後れを出し、スケジュールの予備日数もまた、大きく目減りしていた。

 

 

 

 そんな大修理が終わる少し前に、その事件は起こった。

 外装の修理を完了し、後は内部の補修が完了すれば弾薬や消耗品の補充作業に切り替えられるので、日数の消費が激しい事もあって修理完了次第出航すると言う話になった。

 そこまでは特に問題が無い。

 

 問題はその後で、ユリカはヤマトが誇る技術者3人組に今後の事を考えた提案とやらを持ち掛けられた事である。

 

 

 

 「新兵器の開発?」

 

 第一艦橋で真田とウリバタケ、さらにはイネスを交えた面々に話を振られてユリカは目を白黒させる。

 

 「ええ。先の冥王星海戦でコスモタイガー隊の決定力の乏しさが課題になってしまいましたし、ダブルエックスはサテライトキャノンの運用が第一で、今後も今回の様に戦闘に参加出来ない状況が想定されます――そこで、その穴埋めをするために既存機をより強化出来ないかと、仕事の合間を縫って3人で知恵を絞ってみたのです」

 

 真田の言葉にユリカは腕組みして天井を仰ぐ。

 確かにあの戦い、航空隊にもう少し火力があれば楽だったとは思うし、あれで敵機動部隊が出てこられたらヤマトはどうなっていた事か……。

 だから、航空隊が強くなるに越した事は無いのだが……。

 

 「ヤマトの設備と資材で出来るんですか? 実働28機分ともなると、かなりの資源が必要になると思うんですけど」

 

 ユリカの疑惑は尤もだ。万能工作機を持つヤマトの工場区画とは言え、倉庫のスペースにも限りがある。それが資源の上限だ。

 これを増やせない以上、下手に許可を出してヤマトの懐事情を切迫せるわけにはいかないのだ。

 

 「何とかなります。いきなり全機分用意することは難しいですが、時間さえ頂ければ可能です。すでに試作品が1組完成していて――」

 

 「ちょっと待って下さいな」

 

 ユリカはこめかみをぴくぴくさせながら真田の言葉を遮る。今、聞き捨てならない事を聞いた気がする。

 

 「私、新兵器の開発の許可を求められていたと思うんですが、試作品とは言え何故もう造られてるんですか? その辺も許可制だと出航前に念を押しましたよね?」

 

 ユリカの指摘に「あっ」と真田が口を押える。隣に立つイネスも「失言ね」と非難を込めた視線を送り、「ちっ、しくじりやがって」とウリバタケも悔しそうな顔をする。

 

 そうかそうか、あんたら全員グルだな。こんなところは本当にナデシコの気質にがっつり染まってるじゃないか、とユリカは少々頭痛を覚えた。

 

 修理作業の遅滞は聞いていないので仕事の合間を縫ってやったのだろうが、だったらその労力で1日でも早く修理を進めてくれた方がありがたいのに(2日も予定より短縮しているが)。

 

 ちなみに、ヤマトが誕生した世界の真田も流石に無許可では無いが、色々と発明を行っては“テストも無しにぶっつけ本番で披露する”事が多々あった事は、流石にユリカも知らない。

 知っていたらもう少し手綱を締めている。そりゃもうギリギリと。

 

 どちらにせよ、現在のヤマトは軍・政府の管理下を外れたかなり特殊な状況にある。

 そのため、ヤマトの運航に携わる諸々の案を最終的に決定する最高責任者は艦長のユリカであり、何をするにもその許可を取り付ける必要があった。ので、その許可を取り付けずに勝手に新装備の開発だとか生産とかを行って、資材や労力を使われるのは無視出来ない問題となる。

 

 とはいえ、ユリカの体調を気遣った副長のジュンがとても有難い事に、「少しでもユリカの負担を減らせるなら……」と自身の裁量で7割近い雑務を片付けてくれるし、要点もまとめて口頭報告してくれるので、ユリカはそれを聞いて問題が無ければハンコを押すだけとなっている事案も多い。

 もしも彼がいなかったら、ユリカはこの時点で過労で倒れていた可能性がある。

 ルリも暇を見つけては手伝ってくれる事もあり、ユリカの負担はかなり減っていて、その分体調管理に精を出しているのが現状だった。

 

 常日頃ナデシコ時代のような気安さと能天気さを見せているとはいえ、ユリカも並々ならぬ覚悟でヤマトに乗り込んだのだ。

 それに、他のクルーは知らないとは言え、ユリカは自分なりにヤマトの艦長としての気負いがある。半端な仕事をするつもりは最初から無い。記憶の断片でとはいえ、あの偉大な沖田艦長の背中を見た1人なのだから……。

 ただ、彼女のやり方だと艦内の空気が(特に平時において)緩いだけなのだ!

 

 「責任追及はまた後にするとして、その新装備って奴を見せて貰いましょうか」

 

 ユリカはそれはもうにこやかに要求するが、目は全く笑っていない。

 その迫力に真田もウリバタケもイネスもついっと視線を逸らす。一応悪い事をしたと言う自覚はあるようだ。

 と言うか、初めて会った時から意外とお茶目な所があった真田ではあるが、どうもウリバタケから悪い影響を受けている節がある。

 少なくともヤマトが生まれた世界の真田は、許可も無く勝手をしたりはしなかったと思うのだが……。

 

 あれ、もしかしてそれってナデシコな空気を作った私のせいじゃ、と思ったそこは敢えて無視をする。無視をするったら無視をする。

 

 「えー、ゴホンッ。では、新装備については私から説明しましょう」

 

 ようやく巡ってきた千載一遇のチャンスにイネスが俄然張り切る。

 なぜなにナデシコを(驚愕の艦長公認かつ主導の下に)演出したイネスではあるが、やはり自分の口で直接説明するのとでは得られる快感に雲泥の差がある。

 それはもう大変満足げな表情で口を開くイネスを横目で見た真田は、「本当に楽しそうで生き生きとしている。この表情は好きなんだがなぁ~」とか心中で呟いていた。

 

 あまり女っ気のあるとは言い難い真田ではあるが、女性に興味がないわけではない。恋愛だってしてみたいという欲求も一応ある。

 ただ、それ以上に科学に向き合っているだけであるし、そんな自分に付いてこれる女性と言うものが想像出来なかっただけだ。

 そもそも、自身の科学との向き合い方は生涯を掛けたものなので、妻を娶って巻き込むことを内心恐れ、及び腰になっていたのだ。

 

 だが、ネルガルに入りヤマト再建計画を通じて接点を持ったイネス・フレサンジュは、そういう意味では真田にとって大変好ましい女性であると言えた。

 美人なのは勿論、自分と共通の話題で対等以上に渡り合えるのだから、話が結構盛り上がるのだ。それに、うっかり口を滑らせた自身の科学との向き合い方にも理解を示してくれたのだ。

 意識しない訳がない。

 

 事実ヤマト乗艦前にも頻繁に食事の席を共にしたり、技術面で相談を持ち掛けられたりもしているので、憎からず想っていると言っても良い感じなのだが、どうにもこの説明好きには馴染み切れないでいる。

 

 そもそも真田も“自分が説明したい”クチなので、問答無用で聞き手に回らなければならないイネスの“説明”は少々苦痛なのだ。

 つい口を挟んだり、先読みして正解を言い当ててしまうと、冷たい視線が飛んでくるので地味に辛いのである。なぜなにナデシコがそうだった。

 格好も含めて耐えがたいので、今後の出演はボイコットする気満々であった。

 

 対するイネスも、自分の隣にいて好ましく思える男性として真田を見てはいるものの、自分の説明好きをイマイチ理解してくれない事には多少の不満を持っている。

 良いじゃないか、好きなだけ喋らせてくれたって。しかし、それを差し引いても好ましい感情を持っていることは事実。

 

 一緒に居て苦痛に思えないと言うのは、相性が良いと考えて良いのではないかとも考えているが、イネスはこの旅が最良の結果で終わらない限り自分の幸せを追求するつもりはない。

 それが、共犯者としての責務であり、場合によっては自分の命すら差し出す覚悟もっているからなのだが、きっとそれを主犯であるユリカに話せば「そんなの気にしなくて良いのに」と返されるに決まっているだろう。

 

 だが自分の気が済まないのだから仕方ない。

 

 だから、絶対に助けてみせる。

 

 そんな深刻な考えも頭を過ったがまずは説明、1も2も無く説明だ。

 イネスはどこからともなくホワイトボードを取り出して準備を整える。

 

 「一体何処から……!?」

 

 真田が驚いているが……乙女の秘密だ。

 

 「この度私と真田さんとウリバタケさんが考案したのは、ダブルエックス級の火力をエステバリスに持たせるための多目的兵装――名付けてディバイダ―と連装ビームマシンガンの2つの武装です」

 

 「ディバイダ―? 製図用語で“仕切る”って意味ですよね?」

 

 電探士席で状況を見守っていたルリが合いの手を入れてあげる。

 この際付き合ってあげよう。普段ユリカの健康管理でお世話になっているのだし――そうなると今後もなぜなにナデシコは定期的に協力しないといけないなぁ、と考えてルリは少し憂鬱な気分になった。

 

 恥ずかしいものは、恥ずかしいのだ。

 

 「そう、このディバイダ―は一見すると大型シールドにしか見えない」

 

 ホワイトボードに貼られたカラー写真には、縦長で上下対称デザインの大型シールドが写っている。白を基調に縁を紺に近い青で塗られ、アクセントで赤色が配されている。

 中央がドーム状に膨らんでいて、そこを中心に“Xのシルエットを象った”プレートが4枚伸びている。

 上下の端には見るからに推力の高そうな、大口径スラスターユニットが装着されている。

 

 「しかしてその実態はその名の通り複合兵装システムとなっているの――この通り」

 

 イネスが懐のバインダーから新しい図面を取り出して張り付ける。

 先程のシールドが中央から割れ、内部構造を露出した図だ。割れたシールドは後ろ側に折り畳まれ、中央から伸びていたプレートも起き上がって正面から見てXのシルエットを象り、上下方向を向いていたスラスターユニットは後方に倒れている。

 

 特に目に付くのがシールドが解放された事で露出した中身で、まるでハーモニカのような多連装砲が覗いている。

 中央に大口径1門。その上下に小口径の3連装砲が3つずつ装備され、計19門もの砲門が内蔵されている。

 

 「ディバイダーはダブルエックス開発時に試作された、展開式シールドと、多連装グラビティブラスト――通称ハモニカ砲と、大口径可変スラスターユニットを組み合わせた武装ね。つまり、ディバイダーを装備すれば攻撃力・防御力・機動力の3つの機能を1度に強化出来るって寸法ね。携行武装だから、人型で5本指のマニピュレーターを装備していれば、とりあえずはどの機体でも使えるのも魅力かしらね」

 

 自信作と言わんばかりに胸を張るイネスにとりあえずジュンが突っ込む。

 

 「3つの性能が上がるのは良いとして、実際の性能はどうなんですか?」

 

 「まずはシールドとしての能力だけど、表面に強力なフィールドを多重展開出来るから、総合的な防御力はダブルエックスのディフェンスプレートよりも上よ。試算では機動兵器の武装じゃ傷1つ付かないわ。火力も勿論保障するわよ。ハモニカ砲は最大出力ならGファルコンDXの拡散グラビティブラストを上回る火力があるしね」

 

 「え? GファルコンDXと前置きしているという事は、エステバリスと合体した時とでは火力が違うんですか?」

 

 イネスの言い回しが気になったラピスが疑問を投げかける。

 実はダブルエックスの開発にはノータッチで、ヤマトの再建――特に機関室に入れ込み続けていたラピスは、Gファルコンを含めたヤマト伝来以降の機動兵器知識がやや乏しいのだ。

 

 「そうよ。エステバリスやアルストロメリアと違って、ダブルエックスは相転移エンジン搭載機。それもGファルコンよりも強力なモデルで合体した後は出力が合計した値になるから、必要に応じてそれを分配する事でGファルコン側の機能も強化出来るの。それにね、ダダ余りってわけじゃないけど、自力で使えないサテライトキャノンを除けば武装や機能がシンプルな分、相転移エンジンの出力に余裕があるのよ」

 

 イネスはラピスの疑問に対し、丁寧な回答を心掛ける。ここが腕の見せ所だ。

 

 「また、サテライトキャノン用のエネルギーの蓄積補助や、発射後の再始動を高速化するために、機体の各所に“エネルギーコンダクター”と命名された新型コンデンサーが内蔵されていて、余剰エネルギーをそこに蓄積し、必要とされる時に開放する事でダブルエックスは瞬間的に大出力を発揮することが出来るのよ」

 

 何時の間にか表示されていたダブルエックスの簡易図解を使用して説明を続ける。

 

 「これらの要素が重なっているから、GファルコンDXはノンオプションでも対艦戦闘に問題無く対応出来るってわけ。完全新規設計で、新しいアイデアを詰め込めたからこそ、実現出来たのだけどね」

 

 イネスの説明にラピスは「納得しました。凄いんですね、ダブルエックス」と素直に称賛する。

 喜んでくれたラピスの様子に満足したイネスはホワイトボードの脇に吊るしていた袋から飴玉を取り出すと、「はい、良い子にはプレゼント」とラピスに手渡す。

 「ありがとうございます」と、ラピスは嬉しそうに受け取って、早速貰った飴玉を頬張って美味しそうに口の中で転がす。第一艦橋での飲食は禁止されていないし、食べかすを出さない飴玉では叱責もされない。

 口の中に広がる甘味を味わいながら、ラピスは興味津々と言った視線でイネスに続きを促す。それを受けてイネスも喜び勇んで続ける。

 

 「説明に戻るけど、このハモニカ砲は見ての通り多連装だけど、これは言うなれば重力波同士の相互干渉を利用して破壊力を向上させるための措置であると同時に、短砲身でも効率的にエネルギーを放出出来るように、と言う構造でもあるの。まあ、こうでもしないとこのサイズで十分な火力を叩き出せないのだけども」

 

 「サテライトキャノンと同じ理屈ね」とイネスは付け加える。

 ダブルエックスのサテライトキャノンが連装型で、発射後に1軸に合成する方式を取っているのは、単装だと要求されたエネルギーを撃ち切れないからだ。

 その副次効果として、発射したエネルギーが旧ショックカノンよろしく螺旋を描きながら1本に纏まり、ドリルの様に突き進むので貫通力向上と命中時の余波が広範囲に広がる効果が生まれたのだ。

 冥王星前線基地を容易く破壊で来たのはこの効果によるところが大きく、テスト段階ではこれによる効果が把握出来ていなかったことも、あの時の2人が慎重にならざるを得なかった理由の1つだ。

 余談だが、ディバイダーの土台にもなっているハモニカ砲の部分は、板状のパーツの中にコンデンサーやジェネレーター等が組み込まれているため、見かけよりも複雑な構造を持つ。

 

 「だから、砲門数だけなら19発だけど、実際は7発と考えてくれた方が正解に近いわね。ただ単に細い重力波を7本発射するんじゃなくて、シールドから伸びてる4枚のプレート、これはダブルエックスのリフレクターの様に、制御フィールドを形成してグラビティブラストの収束制御を行う外部制御装置なの」

 

 「これもサテライトキャノンの応用技術よ」とイネスは更なる補足を加える。この場合は、リフレクターユニットが発生するタキオンフィールド制御機構を指す。

 

 「これを使う事で面制圧を実現する拡散放射から、相互干渉で破壊力を大幅に増した収束射撃、さらにはフィールド突破力に優れて対象を切断可能なカッター状に加工して放出するなんて荒業も出来るし、逆にシールドモードで受け止める重力波の収束を乱せれば、ディストーションフィールドと合わせて理論上は駆逐艦クラスの艦砲射撃を受け止める事も可能よ。端に付いている大口径スラスターも、ダブルエックスに採用されているのと同じタイプの新型重力波放射スラスターで、推力も大きい……これらの機能を統合して考えた場合、ディバイダーを装備した機体はその性能が大幅に向上すると言っても過言ではないわ」

 

 長々しい説明を根気強く聞く艦橋の面々は、内心「そろそろ終わらないかなぁ」と考えながらも、その表情からまだまだ続くと察してげんなりしつつ、続きを促すことにする。あまり、機嫌を損ねたい相手ではないし。

 

 「それだけ聞けば万能だけど、何かしら欠点があるんじゃないの?」

 

 今回合いの手を入れたのはエリナだ。一応仲の良い友人であるし、共犯者である事も相まって無視するのが憚られる――だが本当は長くなりそうなので食い付きたくないのだが……。

 

 「勿論あるわよ。まず最初の欠点はその重量と大きさから来る取り回しの悪さ。身丈程もある大型シールドですもの、当然取り回しが良いとは言えないわね」

 

 言われてみれば当然だな、とパイロットでもある進は頷く。

 余談だが、フィールドがあるのに増加装甲の一種であるシールドが登場したのは、ガミラスが強力過ぎて、フィールドに依存しきった従来の防御方式では心許無いと考えられたからだ。

 なので、今は装甲も立派な物を付けるべきと言う風潮になっている。

 

 「次の欠点が要求出力が高い事。Gファルコンエステバリスだと、その機能を十全に発揮するには補助バッテリーパックを装着する必要があるわね。そもそもハモニカ砲は所謂“必殺武器”として調整しているから、主砲として常用する事を前提とし、内蔵ジェネレーターを組み込まれている拡散グラビティブラストに比べると、どうしても燃費が悪い。だから使い所は考える必要があるし、バッテリーパックを使い切ったら使えなくなってしまうから、エステバリスでの使用はダブルエックスに無い制限がどうしてもかかってしまうの」

 

 確かにエネルギー制御問題は大変だと、飴を舐めながら機関長のラピスが頷く。

 この間の戦闘で思い知ったが、増設されたエンジン出力に物言わせて高性能を獲得した新生ヤマトも、エネルギー効率は悪い傾向にあった。

 

 「後は3つの機能を強化とは言っても、実際には機能が競合して同時に使える機能は2つまでって事かしら。尤も、これはマルチウェポンと言う武器自体が抱える根本的な問題でもあるけどね」

 

 ふむふむと頷く面々。確かに複数の異なる機能を両立させる事の難しさはわかる。

 

 「連装ビームマシンガンの方はもっと単純よ。上下連装なのは、ダブルエックス・クラスのビームを交互に発射する事で、威力を維持したまま射撃レートを上げるためと、2軸合成で強力な単射までをカバーする事を目的としたもの。トライアングル型の大型ビームジェネレーターを採用する事で、ダブルエックス程の出力が無くても、同等の火力を叩き出せる――とは言え、そこそこ重量があるし、近距離から中距離の制圧射撃を目的としているから、DX専用バスターライフルよりも射程が短いのが難点だけど、既存の火器よりは遥かに強力よ」

 

 これにて説明終了と判断した面々が拍手を送る。

 説明ご苦労様でした、と形ばかりの労いであった。

 

 「ヤマトの万能工作機械に余裕があれば、新型の1機でも造りたい所だったんだけど、流石にそこまでの余力が確保出来る保証も無くてね……一応アイデアと言うか、設計図自体は無いわけではないのだけども……」

 

 自分から脱線しておきながら言葉を濁すイネスに、戦闘班長として問い質したい進が尋ねる。

 

 「新型の設計図? そんなものがあるのならどうして地球で造ってこなかったんですか? ダブルエックスは完成しているのに」

 

 尤もな疑問だとイネスは思った。

 こればかりは自分が説明するには少々不足なので、真田に視線を送ってバトンタッチする。

 心得た、と真田は視線で返して進に答える。

 

 「イネスさんが仰った新型は、簡潔に言えばダブルエックスの量産型の事だ。元々高性能を追及し過ぎてコストも高く、生産性の低さが問題視されていたんだ。だからコストダウン機を作ってそちらを今後の主力艦載機に――という案はあったんだが、ダブルエックスの稼働データが不足していた発進前では形に出来なかったんだ」

 

 「へぇ~! ダブルエックスの量産型ですか! 造れるなら1機でも良いから欲しいですね!」

 

 ユリカはあっさりと食い付く。とにかく戦力不足が深刻なヤマトなので、少しでも戦力が増える分には一向に構わない。後は資材管理の問題だ。

 

 「一応ダブルエックスと内部構造の大半や外装の一部を共用出来るようにデザインしていますので、開発そのものは全力を挙げれば1ヵ月以内に、多少余裕を見ても2ヵ月以内には完了出来ます。先程開発したビームマシンガンとディバイダーを最も効率よく使える装備バリエーションの他、単装になりますが、サテライトキャノンも装備出来ますし、そちらならGファルコンとの連動も可能です」

 

 「ほう。もし本当に造れるのなら、戦力として当てに出来そうだな」

 

 最近影が薄いゴートが話題に入る。こういったところで輪に入らないと、忘れられそうな予感がするのだ。

 

 「そこは期待してくれて良いぜ、ゴートの旦那。なんせ、ナデシコが誇る俺とイネス先生に、真田さんが組んだんだからな! 鬼に金棒って奴だ!」

 

 とウリバタケも太鼓判を押す――自信満々なのは良いが、失敗作もあるから少しだけ不安が残る。

 

 「ジュン君、進、どう思う?」

 

 頼れる副官と息子に意見を求める。2人は少しだけ難しい顔をして悩んだ後、目を合わせて1つ頷く。

 どうやら同じような結論に達したらしい。

 

 「とりあえず、1機だけならあっても損は無いと思うよ、ユリカ。戦力を増強したいのは事実だし、サテライトキャノンの追加が可能なら有難いよ」

 

 「俺も副長と同じです――正直サテライトキャノンの増産は心苦しくもありますが、ヤマトの航海成功には欠かせない力です。それに、ダブルエックスの負担を少しでも軽減出来るのなら価値があるかと」

 

 その意見を受けて、ユリカはダブルエックスの量産機の試作を許可する事にした。まあ、連中も航行中の宇宙戦艦が新型を用意するとは思わないだろうから、意表を突けるかもだし。

 

 

 

 その後、勝手な兵器開発をした真田、ウリバタケ、イネスは厳重注意を受け、始末書の提出を求められた。ついでに「2度はありませんからね」とマジで脅しておく。

 想像以上のユリカの迫力に3人揃って「2度としません」と真顔で頷く。

 

 「こんなこともあろうかと、って言いたかっただけなのに」

 

 等と裏で嘆いていた他、口を滑らせた真田がウリバタケやイネスに食事を奢る羽目になった事は、容易に予想出来たであろう。

 

 なお、このセリフを言いたがるのは、大昔に誕生した日本が誇るヒーロー番組“光の国の超人シリーズ”。

 その記念すべき1作目に登場するメカニック担当の隊員が、「こんなこともあろうかと、二挺作っておきました」というセリフと共に新型の光線銃を取り出したシーンがあり、それ以外にもストーリーの都合で何の伏線も無く発明品を出したり、その場その場で必要となるアイテムをすぐに用意する活躍から、メカニックキャラクター=「こんなこともあろうかと」のイメージが生まれ、後続の作品に多大な影響を与え、現実世界でもメカマン憧れの名台詞として、何と200年以上経過した今日まで語り継がれている。

 

 勿論真田やウリバタケが、事ある毎に言いたがるのはこの事を知っていて、憧れがあるからだ。

 

 んで、その後すぐにダブルエックスに装備した新兵器の実演テストが行われた。

 パイロットはアキトを休ませるためと進が代理を務め、カイパーベルトの小天体相手にその威力を見せつける。

 

 結論から言えば試作段階で想定された通りの威力を発揮し、そのまま正式に量産体制に移行する事が決定され、件の新機動兵器の開発が加速する事になった。

 

 その後に行われたバッテリーパックを増設したエステバリスでも運用に成功。

 最大出力のハモニカ砲の使用制限はやはり厳しく、使い所は難しかったがその威力にテストを担当したサブロウタも満足。

 

 元々エステバリスやアルストロメリアがダブルエックスに劣るのは、相転移エンジンの有無による所が大きいが、相転移エンジンを増設出来ないのにはそれなりの理由がある。

 まず第一に搭載スペースが無い事。最初から搭載前提で開発されたダブルエックスと違って、エステバリスは動力を内蔵するようには設計されていない。アルストロメリアも将来的な改装の上で搭載可能というだけで、現時点では搭載不能な設計である。

 Gファルコンと言う形で増設するのならともかく、下手に外付けのエンジンユニットを付けると機体バランスが崩れる危険性があり、そもそもその大出力を適切に活用する構造も有していないため、実現に至っていない。

 

 が、今回の改装はある意味ではサテライトキャノンの技術転用も含まれていて、エンジンを搭載するのに比べるとバランスの調整も楽だし、何よりエステバリス本体の設計変更が必要ない。

 サテライトキャノン用のエネルギーパックは量産が利かないし、大き過ぎてエステバリスでは持て余してしまうが、このパックは大きさがエステバリスの腕程度と小さく、バッテリーなので過剰供給の心配もない。

 これをGファルコンとの接続コネクターに2本接続、腕部のエネルギー供給ラインと剛性に手を加えてやるだけで、ダブルエックスと同等の強力な火器が使えるようになったのだからお得だ。

 このおかげで、量産型ダブルエックス用の火器として考案された先の2種の他に、ハイパービームソードの廉価品である大型ビームソードや、小型シールドと一体になったシールドバスターライフルと言った武装も使用可能になったのである。

 問題は、十分な数を調達するにはもう少し時間がかかる事だ。出来れば調達出来るまでの間は大規模航空戦は避けたいのだが……。

 

 

 

 

 

 

 それから2日過ぎ、ようやく修理を終えたヤマトは、翌日には検査作業を終えてカイパーベルトを発ち、いよいよ人類が定めた太陽系の範囲を超える事になる予定だ。

 残りの弾薬と補修パーツは、飛びながら生産していく予定になる。

 

 ここを過ぎれば、人類製のボソン通信機では地球と連絡を取ることが難しくなると判断したユリカは、地球の連合政府に対して往路における最後の通信を行うことにした。

 

 

 

 「随分遠くまで行ったんだな、ユリカ」

 

 通信に出たのはヤマト計画の事実上の責任者であるユリカの父、コウイチロウだった。

 

 ボソンジャンプ通信なので、人類にとって最長距離の通信をしているにも関わらず比較的安定した通信状況だ。

 

 コウイチロウとしては、瀕死と言っても過言ではない愛娘が健在である事が救いになっているらしく、冥王星前線基地を叩いた事よりも、その時に負った傷を癒したヤマトが航海を再開すると言う報告よりもそうだが、何より娘が健在である事を喜んでいる。

 

 それに、彼はネルガル会長アカツキ・ナガレから、アキトが非常に前向きな考えでヤマトに合流した事を聞かされている。となれば、当然娘とよりを戻したであろうことは容易に想像がつく。

 コウイチロウとて、アキトの事が心配だったのだ。愛娘の夫である以上、義理の息子であるわけだし。

 

 加えてアキトが冥王星前線基地壊滅の立役者に名を連ねた事もあり、彼がコロニー連続襲撃犯であると感付いていた連中も、その功績とヤマトの成功を持って彼の罪状を追求せず闇に葬る事に同意させる事が出来た。

 

 そう、ヤマトが成功さえすれば彼が愛する娘夫婦は元の生活に戻れるのだ。これほど嬉しい事は無い。

 それに彼は、アキトが合流した時点でヤマトが失敗する事は無いと半ば確信していた。 親としては少々悔しい気持ちもあるが、愛するアキトを取り戻したユリカがしくじるなど、露ほども思っていない。

 とは言え、これから娘を待ち受けている過酷な運命には、心が痛む。人として、親として、受け入れ難い運命に。

 

 ユリカもそれを察してか笑顔で応対するが、すでにヤマトが地球を発って1月が経過しようとしている。それだけに……。

 

 「そんなことありません。本当なら、とっくに太陽系を出てなきゃいけないのに」

 

 忸怩たる思いだった。

 冥王星基地攻略は発進前に決定されていた事であり、ユリカとしても譲るつもりの無い作戦であったが、深手を負ったヤマトは長期に渡って足止めを食らったのは事実。

 言い訳のしようがない失態である。

 

 ヤマトの旅は観光旅行などではない。

 1年と言う限られた時間の内、1/12もの時間を太陽系で消費してしまっているのだ。

 

 「なぁに。ヤマトならその程度の遅れは取り戻せるんだろう? 確かにこの遅れで軍や政府内ではヤマトの成功を不安視する声も上がってはいるが、それをお前達が気にする事は無い――ヤマトはただ前を向いて、その使命を果たせば良いのだ」

 

 コウイチロウはユリカを始めとする、ヤマトのクルーを一切責めるようなことはしなかった。

 

 「まあそれはそれとして、諸君には改めてこれを見て欲しい」

 

 コウイチロウが通信画面に呼び出したのは、地球の現状だった。

 

 「見ての通り、遊星爆弾が止んだとはいえ地表は凍り付いたまま、生き残った生物は無い」

 

 上空に浮かぶ人口変圧装置は粗方除去されたのだろう。猛吹雪に見舞われることが当たり前だった地表は落ち着きを取り戻しているが、未だに太陽の光が届いておらず、むしろ吹雪が収まった事で、暗く冷たく音の無い死の空間が広がっている。

 痛々しい地球の現状に第一艦橋の空気も重くなり、全員が沈痛な面持ちでその光景を目に焼き付ける。

 

 「各シェルターや避難所の人々も、間近に迫った終末に恐怖し、救いを求めて来ている」

 

 コウイチロウの言葉の重みに、改めて自分達の使命の重さを実感する。

 失敗は許されない。

 総人口の9/10が死に絶えたとはいえ、まだ10億もの人類が耐え忍んでいるのだ。

 

 絶対に救わなければならない。

 

 「幸いにも、ヤマト発進から冥王星前線基地を撃破するまでの活躍は、一部事実を伏せながらも民間に発表されている。おかげで、幾分気持ちが上向きになっているようだ、諸君らの活躍のおかげだ――ありがとう」

 

 そう言って頭を下げるコウイチロウに全員の目頭が熱くなる。

 伏せられた事実とは市民船の事だ。それに関しては仕方が無いと思いつつも、自分達の活躍が地球の支えになっていると聞かされて、嬉しくないわけが無い。

 

 「無論、ヤマトが遠くなることで不安も積もってきているし、旅の過酷さ故にその成功を疑う者も少なくは無い――だが、我々はヤマトの成功を信じている。これからもそのつもりで、航海に挑んでくれ」

 

 そう言って敬礼するコウイチロウに、全員が答礼して応じる。

 それで職務は終わりと判断したのか、艦内全部に話が伝わる様にしなさい、と前置きしてから、幾分軽い口調でコウイチロウは話を切り出した。

 

 「あ~ユリカ。出航前に頼まれた通り、クルー全員の親類と極めて親しい人は、こちらで纏めて保護しておいたよ」

 

 その発言にユリカ以外の全員が目を剥いた。

 

 「艦長、そんなこと頼んでたんですか?」

 

 驚きの声を上げたのは進だった。あの頃は発進準備に色々忙しかったというのに、何時の間にそこまで手を回していたのか。

 

 「うん。だって家族の安否が気になってたら、ヤマトの旅に集中出来ないでしょ? だから親類とか、特別仲の良い友人とか恋人とかは、お父様に纏めて保護して貰えるように頼んでたの」

 

 「どう? 気が利いてるでしょ?」とばかりに胸を張って鼻を鳴らすユリカに、思わず全員が拍手する。これは本当にありがたい。

 

 「うむ。家族は大事にするものだからな。この件に関してはネルガルのアカツキ会長も力を尽くしてくれてね。個人情報を調べ上げるのは申し訳ないと思ったが、こちらで調査して該当した人々は漏らさず保護したよ」

 

 コウイチロウの言葉に艦内が沸き上がる。家族だけならまだしも、親しい友達や恋人まで保護して貰えるとは破格の待遇だ。

 ヤマトに乗って良かった、と叫ぶクルーが出てくるのも当然だろう。ただ軍に所属している程度で囲って貰えるほど、地球に余裕は無い。

 

 最後の希望ヤマトに乗り込んでいるからこそ、そしてクルーを大事に思うユリカの気遣いと、娘にだだ甘なコウイチロウ、そしてユリカの心情を組みヤマトの成功を疑わないアカツキの力があってこそ、成し得た超好待遇だ。

 

 「そこでだ。幸いにも保護した人々は他の人々と半ば隔離されていてね。ヤマトがまだ太陽系にいる事を知られるのは不安を煽るだけだから伏せなければならないが、諸君らの大切な人に声をかける程度の事は許可されて良いと思う――そこでだ、諸君らが太陽系を離れて通信出来なくなる前に、全乗組員に5分間の個別通信を許可する」

 

 コウイチロウの言葉にクルー全員が喜びを露にする。まさか個人の通信を許可して貰えるとは考えてもいなかった。

 

 「こちらの方でも順番の調整を行うので、全員話したい事を纏めておくように。また、同じ人と通信したい者が居るのなら、人数分併せての通信時間を許可する。ああ、別の人の通信に便乗しても構わんが、その場合は時間は延長しない。いずれの場合も、必ず相手の了承を得るように。詳しい事はまた後で連絡する。それでは、準備をしておいてくれ」

 

 そう言って通信は切れた。故意か偶然か、控えていた2人に発言の機会は巡って来なかった。

 

 そして案の定、艦内は大パニックに陥った。ついでに身内の保護を頼んでいたユリカの元にはお礼の連絡が殺到。あっと言う間にウィンドウに包まれてユリカの姿が見えなくなった。

 予想通り過ぎる展開に、副長のジュンが進とルリと協力して、冥王星基地攻略の“祝勝会兼太陽系お別れパーティー”の準備を粛々と行うのであった。

 

 

 

 

 

 

 そして、コウイチロウの通信からきっかり6時間でパーティーの準備は全て整った。

 

 この手のレクリエーションを任せると異常な程作業が早いのが旧ナデシコクルーである。

 ヤマトに乗艦したナデシコクルーは決して多くは無いのだが、ナデシコクルーの中でも特に優れた能力を持つメンツが揃っていて、彼らが陣頭指揮を執って部下を動かすため予想を遥かに上回るスピードで準備が行われたのである。

 

 また、パーティーともなれば料理も相応の物を用意しなければならないので、当然生活班――特に炊事科の面々は今後の食糧管理等に頭を痛めるところなのだが、ちゃっかり事前計画に「冥王星攻略後、太陽系さよならパーティーをするかも」とユリカの書き込みがあったので、念の為と相応の準備をコツコツとしてきたので、何とかギリギリ対応出来た。一部の生鮮食料はこのために備蓄していた。何とか足りる。

 

 とは言え、パーティーの形式が立食パーティーともなれば料理は自由に取ることが前提になるし、当然使用する食器も普段食堂で使っているプレートは使えない。

 かと言って、艦長や来賓用に用意されている食器では数が足りないとなれば、もう工作班に制作を依頼するしかない。

 ので、陶器の皿は用意出来ないが、雰囲気を損なわない程度に気を使った樹脂製の食器類が大量に用意されることになった。他にも不足が予想される品々も発注される。

 本当に便利な万能工作機械である。

 

 勿論、パーティーが終わったらこれらの品々は資材に還元され、今後のヤマトの保守点検に使われるのだ。

 リサイクル万歳。

 

 そして、戦場と化した厨房では料理長を務める平田一がその手腕を発揮して様々な料理を用意する。

 ヤマトの食糧事情が決して豊かではないのは彼が一番よく知っているが、それがどうしたと言うのだ。

 料理人のプライドにかけて、パーティーに参加する全クルーの舌と胃袋を満足させて見せると気合いも露わに調理と配膳の指示を出して良く。

 

 生真面目で口数も多いわけではないが、必要な事は全て丁寧かつわかり易く伝える彼は人を使うのが上手く、滅多な事では怒鳴らない(ただし対応は厳格)事もあって、部下達から慕われている。

 地味にこれで進と同期――18歳だというのだから驚きだ。

 なので、アキトは尊敬すると同時にちょっぴり敗北感も味わったりした。

 

 余談ではあるが、新生したヤマトは波動エンジンと波動砲が艦の中央を通っている構造なので、居住ブロックが左右に分割されている。左右で繋がる場所は主幹エレベーターの根本くらいしかない。

 ある程度のスペースを要求される食堂をそんな狭いスペースには置けないので、左右の居住ブロックに食堂がそれぞれ存在している特殊な構造を持っている。

 

 この構造のおかげで、炊事科の面々は(自動調理器があるとは言え)2か所の食堂を分担して管理しなければならなくなっている。

 面倒ではあるが、片方だけに食堂を置くと、片側のクルーが食事を摂る際かなりの遠回りを要求されて不便になる。

 艦の中央に置けなくなった以上、被弾して損傷する危険性も増した事もあり、左右に置く事で片方が使えなくなってももう片方で補完したり、今回のような大規模な調理においても役割分担を容易に出来たりと、デメリットばかりではないのが救いか。

 

 これは、新設された医療室も同様だ。冥王星前線基地攻略戦でも、そのおかげで怪我人の治療を分担出来たのだ。

 

 ともあれ、生活班の必死の努力の甲斐もあってパーティーの準備は目立ったトラブルも無く終了し、乗組員の地球との個人通信の順番や相手との調整も問題無く終了した。

 

 地球に家族の居ない、極僅かなクルーを除いて。

 

 

 

 

 

 

 全ての準備が整った後、パーティーの開始を宣言すべく、ユリカは左舷大展望室に誂えられて台の上でグラス片手にマイクに向かっていた。

 勿論この宣言はコミュニケを通して全艦にリアルタイムで送信されるので、フライウィンドウがあちこちにユリカの顔を映して浮かんでいる。

 傍らにはエリナとアキトが控え、ユリカの移動や小道具の準備に勤しんでいる。すでに見慣れた光景となっているので、クルーは何も言わない。

 

 ――目の前でちょっとイチャつかれても「はいはい、いつものいつもの」とやや投げやりな反応だ。流石に悲劇の夫婦であっても、そろそろ呆れてきた様子であった。

 

 「え~、皆さんの類稀な働きの結果、我々は無事冥王星前線基地の攻略に成功し、その残存艦隊の撃滅にも成功しました。全て皆さんの実力であり、艦長として大変誇らしく思っています」

 

 と言う出だしから開会の言葉が始まる。

 艦長直々に褒められて、激戦を潜り抜けたクルーの胸も熱くなる。

 実際ヤマトが優れた戦闘艦であっても、ユリカの指揮官としての采配が優れていても、勝利するにはクルーの働きが不可欠。

 ヤマトとはそういう艦なのだと理解しきったクルーにとって、その称賛がリップサービスではなく本心であることは良くわかった。

 

 「基地攻略からすでに23日もの時間が流れ、今更感はありますが、ヤマトの修理中にパーティーなんかしたら工作班の人達から恨まれてしまうので気にしない事にしましょう」

 

 この言葉には流石にクルーも笑いを隠せない。

 実際あの被害から回復するのに工作班はフル稼働を余儀なくされたし、それ以外の部署でも復旧作業の為それなりに忙しい日々を送っていたのだ。とてもパーティーをする余裕なんて無かった。

 

 ――ので、「祝勝会だ~!」と艦長自ら騒いでいたのに結局お流れか、とがっかりしていた過半数のクルーにとっては大変喜ばしい事態になったのである。

 しかも、個人的な地球との交信すらおまけでついて来たのだ。棚から牡丹餅とはまさにこの事。

 

 「ともあれ、ヤマトはまもなく太陽系を突破し、前人未到の外宇宙へと飛び出そうとしています。修理作業でヤマトの航行スケジュールがちょっと遅れ気味なので、これから少し規模の大きいワープを行い、次の経由地であるプロキシマ・ケンタウリ星系に跳びます。その距離はおおよそ4.25光年と、イスカンダルに比べるとご近所なのですが、そこまで行くともう地球との連絡も覚束なくなります。ので、ミスマル司令の御厚意に与り、皆さんに5分間だけですが、地球に残してきた大切な人との通信を許可しちゃいます!」

 

 改めての宣言に、クルーが盛り上がる。ちなみに「ちょっと遅れ気味」と言っているが、実際には計画に含まれていた修理作業を大きく超過、スケジュールからすでに10日ほど遅れていた。

 

 「それでは皆さん! パーティー終了まで飲んで騒いでお話して、存分に楽しんで下さい! パーティーの成功を期待します!――乾杯!」

 

 そう言ってグラスを掲げる。グラスにはなんか濃い緑色のドリンクが注がれている。青汁の一種だろうか。

 「乾杯!」と大展望室に集まったクルーが応じる(交代でパーティー参加なので、絶賛仕事中のクルーは参加出来ず悔しい思いをした)。

 

 全員がグラスを掲げて乾杯し、中に入った色鮮やかなジュースを煽る。

 流石にアルコールの摂取は許可出来なかったが、ヤマト農園で取れた新鮮な果物を使ったフレッシュジュースは美味い。

 ユリカは飲めないので、「この時の為に用意した」と言われた栄養ドリンクを代わりに煽る……そして、

 

 「ぶほぉっ!」

 

 噴き出した。

 いきなり場の空気を壊すような一撃にクルーに動揺が走る。

 一体何事か!

 

 「ゲホッ! ゲホッ!……なにこれ、すっごく苦い!」

 

 むせるユリカにクルーの側頭部に汗が一筋。

 

 「……え、艦長いきなり罰ゲーム?」

 

 と誰かが呟く。

 

 「あ、それ残さず全部飲むようにってドクターからの伝言ね」

 

 と言いながらエリナは脇に置かれていた小振りのピッチャーを構えて継ぎ足しの準備を整える。何故楽しそうにしているのだろうか。

 

 「パーティーの余興で倒れられても困るから、何時もの食事よりも栄養価を高めてあるそうよ。一気に飲む必要は無いけど、このまま会場で騒ぐなら必ず飲み切る様にって」

 

 ピッチャーに並々注がれた緑なドリンクにユリカの顔が引きつる。不味い栄養食には慣れたつもりだが、これはそれよりも不味い。

 たった一口で口の中がイガイガする。

 それを、全部……。

 

 「そうだぞユリカ。体の為にも残さず飲むんだ」

 

 視線で助けを求めた夫に見捨てられた。

 あ、貴方の可愛い奥さんのピンチですよ!

 

 「みんなも艦長に倒れて欲しくないわよね?」

 

 親友はそう言ってコミュニケも含めれば艦内全てに同意を求める。あれ、味方いないの……。

 

 (に、逃げようかな……でも、艦長としてパーティーの賑やかしをやるって宣言しちゃったし……どうしようぅぅ~~!?)

 

 立場的に逃げるわけにはいかない。視線でアキトに救いを求めても黙って首を横に振られた。

 

 「はい! 倒れて欲しくありませ~ん!」

 

 と比較的軽い声でクルーが唱和して応じる。ますますユリカが顔を青褪める。

 

 「艦長、クルーの総意です。どうしますか?」

 

 ニコニコとピッチャーを突き出すエリナにユリカが折れた。そりゃもうぽっきりと。へし折れた。

 

 「うう……飲みますぅ~」

 

 涙目で飲み切ることを承諾する。完全敗北確定。

 

 ちなみに、ドリンクが栄養価を高めてあるスペシャルな品なのは本当だが、味を調整せず苦いまま出しているのは、普段あまり自重せずアキトとイチャイチャし過ぎてクルーにダメージを負わせているユリカへのささやかな嫌がらせである。

 勿論飲んでもらわないと困るので、クルーも巻き込んで強要するのだ。

 

 この一件に関してイネスとエリナはグルだ。勿論アキトだって知っている。だから不味いのを承知の上でユリカに残さないよう釘を刺す。

 

 そして、嫌がらせが含まれていると聞かされたのでこれからはもう少し自重しよう、と反省したアキトであった。

 

 

 

 結局ユリカは涙を流しながらドリンクをちびちびと煽り、会場はそんなユリカをも肴にして盛り上がる。

 すでに上下関係は無いに等しいが、だからと言って無礼になる程でもないと言う絶妙な距離感を保っている。

 

 パーティーという事もあって活躍の場を得たと心得たか、イズミがユリカが開会を宣言した壇上に上がり、持ち込んでいたウクレレ片手に漫談を始めた。

 旧ナデシコクルーはやや冷ややかな対応だったが、何も知らないクルーにはそこそこ好評であった。流石はバーの雇われママさん!

 さらには、場を艦長自ら盛り上げるべきだと気張ったユリカが、

 

 「ミスマル・ユリカ! 一曲歌います!」

 

 と宣言して、かつてナデシコの一番星コンテストでも歌った「私らしく」を熱唱。流石にアイドルコスチュームではないし椅子に座った状態ではあったが、(涙目の)ウインクのおまけをつけたりしてとにかく盛り上げに徹する。

 

 さらには景品を掛けた大ビンゴ大会まで開催される悪ノリっぷりを見せつける。

 景品の中に「ウサギユリカ(杖ありと無し)」と「ルリお姉さん(17歳バージョンと11歳バージョン)」のフィギュアセットが含まれていて、アキトがウリバタケを睨むハプニングもあったが、大会はつつがなく進行した(ちなみにフィギュアはラピスが掻っ攫って行った)。

 

 そんな会場も人の出入りはそこそこ激しい。当然、個別通信のため通信室の前に移動しているからだ。

 

 今、ヤマトの通信室の前には残してきた人と話すべくクルーが待ち構えている。

 事前に地球側で調整された順番に合わせて列を作り、生活班長の雪がPDAを片手に捌いている。

 通信の時間はスケジュールで管理されているので、列を作る人数は5名に制限され、1人入る毎に次のクルーがコミュニケで呼び出しを受ける流れになっている。

 

 列に並ぶクルーから世間話が漏れ聞こえる。待っている時間を適度に潰すためか、前後のクルーと雑談に興じているのだ。

 

 「地球を出発する寸前に生まれた子供なんだ」

 

 と赤子の写った写真を見せて語るもの。

 

 「俺、婚約者を残してきたから、帰ったら結婚するんだ」

 

 と語る者が居て、

 

 「リアル死亡フラグ!?」

 

 と突っ込まれたり、

 

 「父の容態が良くないんだ。帰るまで、元気だと良いんだけど……」

 

 と家族の様子をしきりに気にする者など、実に様々だ。

 

 列の先頭に立つものは、通信室を出るクルーと入れ替わって中に入る。通信室を後にするクルーは涙を浮かべながら寂しげな表情を浮かべるものが多い。

 

 当然だ。また話せる保証は無いのだから。

 

 ヤマトの航海の過酷さは誰もが知る事。そして、保護されているとはいえ、地球の現状を考えれば何も無いよりはマシ程度で、絶対の安全が保障されたと考えるような楽天家はいない。

 これが今生の別れかも知れないと思うと、通信では成功を強く誓って励ましていても、それが終わると不安に駆られて落ち込むのも無理らしからぬことだ。

 

 通信室を去るクルーの様子に、列を作るクルーも覚悟を決めて通信室に入っていく。

 

 その中に、航海班長の島大介の姿もあった。

 

 大介は、雪の指示を受けた通信科のクルーに案内され通信室に入る。そこで通信機の操作を教わる。

 と言っても、ドックタグに記載された認識番号を打ち込んでスイッチを入れるだけだ。

 大介が認識番号を打ち込んでスイッチを押すと、20秒程度の待ち時間の後、通信画面に両親と弟の姿が映し出される。

 

 「お父さん、お母さん、次郎……!」

 

 「大介……!」

 

 「兄ちゃん!」

 

 1ヵ月ぶりの対面に互いの顔が歓喜に彩られる。

 

 「ご無沙汰してます。お父さん、少し痩せたようですね?」

 

 「おお、そうかね?」

 

 他愛の無い話題から会話が始まる。限られた時間では言いたい事を全て言い切ることは出来ないが、重苦しい話題から入りたくないのは、同じ思いだ。

 

 「次郎、元気そうだな」

 

 「へへへ、そうかい?」

 

 年の離れた弟も元気そうで、大介は一安心した。ヤマトで出発する時は使命感に駆られていたとは言え、置き去りにする家族の事が心配だったのだが、ユリカの手回しのおかげで状況は悪くないようだ。

 

 それから少しだけ近況報告をする中で、母はやや思いつめた表情で大介に尋ねる。

 

 「ねえ大介、ヤマトは本当に大丈夫なの?」

 

 「うん?」と大介はいきなり深刻な話題を切り出した母に怪訝そうな顔をする。

 

 「大丈夫に決まってるだろ。何てったって、俺達はあの冥王星基地だって攻略して見せたんだぜ」

 

 大介は極力明るく応対する。不安があるのは大介とて同じだが、それを家族に見せるわけにはいかない。

 

 「そう? 噂に聞いた話だと、ヤマトの艦長さんは命に関わる大病を患ってるって言うじゃない。そんな人で本当に大丈夫なのか、心配になって……」

 

 大介は辛うじて表情を変える事を堪えた。

 母の心配はわかる。他ならぬ自分自身、ユリカの体調に不安を抱いている。

 

 軍内部では周知と言っても良いユリカの体調も、民間には当然公表されていない。死にかけの人間が指揮する艦に、誰が希望を託せるものか。

 明かされているのは、彼女がかつての戦争で活躍したナデシコの艦長である事と、第一次冥王星海戦にて艦隊の被害を最小限に抑えた立役者であることくらいだ。

 しかし軍に保護された以上、ユリカの体調に関する話が漏れ聞こえたとしても、何ら不思議ではない。

 

 だからこそ、大介は努めて明るく答えるのだ。

 

 「心配ないよお母さん。艦長は本当に凄い人だ。あの人が居なかったら、俺達は冥王星基地を攻略することも出来なかったし、ヤマトの窮地をもう何度も救ってる。それに、普段から俺達を大切にしてくれてて、空気を明るくしてくれるし、変に怒鳴り散らしたりもしないし、ノビノビと任務に打ち込める――本当に尊敬出来る艦長だよ」

 

 言いながら、これまでのユリカの振る舞いの数々を思い返す。

 戦闘指揮の凄さやいざと言う時の決断力は疑いようが無いが、それ以上に思い返されるのは、艦長としては奇行と言う方が相応しいであろう行動の数々。

 

 発進直後から着ぐるみを着込んで児童番組同然の用語解説番組に出演したり、それから間を置かず夫婦喧嘩を勃発させて艦内に痴話喧嘩をリアルタイム放送したり、それが終わったら感動の再会に託けてイチャイチャを生中継したり、またなぜなにナデシコを開催したり、作戦名のセンスは微妙だし、戦闘中の体調崩して嘔吐したりボケをかましてノリツッコミせざるを得なくなったり。

 

 ……あれ、本当に尊敬してるのかわからなくなったぞ?

 

 「そうなの? それなら良かった。良い上司に巡り合えたみたいで、お母さん安心したよ」

 

 息子の回答に満足したのかほっと胸を撫で下ろす母の様子に、大介も安堵する。

 母としても、最期の希望であるヤマトに無視出来ない不安材料が含まれているとは思いたくないのだろう。噂話よりも息子の答えを信じる事にしたようだ。

 

 「大丈夫。ヤマトは必ずコスモリバースを受け取って……地球に帰ります」

 

 そこで、無情にも時間が近づいている事をブザーが知らせた。家族の顔も寂しげなものに変わる。あと15秒しかない。

 

 「それじゃあ、お父さん、お母さん。お元気で」

 

 「兄ちゃん!」

 

 弟が通信モニターにしがみ付いてくる。その顔は、まだ終わりたくないと切実に訴えていたが、時間が許してくれない。

 

 「次郎……あまり世話を掛けるんじゃないぞ」

 

 弟に別れの言葉を告げたところで、通信モニターが暗転する。

 

 「さよなら……」

 

 大介は寂しさを飲み込んで、暗くなったモニターに別れの言葉を告げる。

 次に会えるのは……ヤマトがコスモリバースを受け取って地球に帰った時になる。

 

 果たしてその時が訪れるのか、その時まで自分は生きていられるのか。

 

 そんな寂しさを抱えながら、根が生えそうだった体を座席から引き剥がして通信室を後にする。

 1人でいると寂しさに負けてしまいそうに思えたので、大介は左舷展望室に戻ることにした。あそこの会場は艦長がいて、反対側の右舷展望室にはルリがいる。

 

 ヤマト艦内でも特に話題のアイドル2人を分散する事で、どちらかの会場に人が集中しないようにするという苦肉の策だ。ルリもユリカも、互いに離れてパーティーに参加するのは残念そうだが、賑やかしのために仕方なしと言う感じだった。

 

 母とのやり取りでユリカの体調への不安が再発したので、恐らく元気にパーティーの盛り上げに勤しんでいるであろうユリカを見て安心したかった。

 ――ぶっちゃけ普段の彼女を見ている分には重病で余命僅かなんて信じられないので。

 

 そう思って通路を進んでいると、眼前から徳川太助が歩いてくる。さっきまでは左舷展望室でパーティーに参加していたと思ったのだが。

 

 「あ、島航海長!」

 

 大介の姿に気付いた太助が緊張の滲んだ声で敬礼する。

 

 「おいおい、今敬礼は必要無いだろう。パーティーの真っ最中なんだぜ」

 

 大介はそう言って太助の反応に苦笑いする。

 

 「あ、す、すみません!」

 

 手を下ろしながらも硬い表情の太助にとうとう島は笑いを隠せなくなった。

 

 「そんなに固くなるなよ。もっと気楽にいこうぜ」

 

 そう言って肩を叩く。

 

 太助は島の2つ下の後輩にあたる存在だが、それぞれ専攻した分野が違うため接点はあまりない。とは言え、その名前は大介も知っていた。と言うのも……。

 

 「そういえば、君の親父さんは徳川彦左衛門さんだったよな?」

 

 「――ええ、そうです。僕は、父の背中を追って機関士になりましたから」

 

 父の名前を出された瞬間、太助の表情が曇る。

 この話題はすでに飽きるほど繰り返された。

 

 太助の父、彦左衛門はかなり名の知れた凄腕の機関士だった。

 

 彼が現役だったのは丁度木星との戦争が行われている最中で、全く新しい機関である相転移エンジンに関しても、四苦八苦しながらではあるが見事制御して見せ、ネルガルから購入した相転移エンジンやグラビティブラストなどを搭載してようやくまともに戦えるようになった宇宙軍を、陰から支えた立役者の1人だ。

 

 そんな彼も、ガミラス戦の初期に戦死している。

 

 太助はその悲しみをバネに機関士として勉学に励み、ヤマトに配属された。

 とは言え、立派な親を持ち、その後を追いかけるとなれば当然比較されることも多い。

 すでに大成していた父に比べれば駆け出しの自分は足元にも及ばない。当然怒鳴られることも多いし、その都度「親父が泣くぞ!」と言われれば、どれほど父を尊敬していても気が滅入ってくる話題だった。

 

 「そうか……悪い事を聞いてしまったようだな。すまん」

 

 大介は太助の地雷を踏んでしまったと察して素直に謝る。少し考えてみればわかりそうな事だったのに……迂闊だった。

 

 「いえ、父の事は尊敬してますから……。それでは、僕はこれで」

 

 「ああ、引き留めて悪かったよ――徳川」

 

 「はい?」

 

 「お前なら立派な機関士になれるさ。負けるなよ」

 

 「は、はい! ありがとうございます!」

 

 大介の激励に太助は感激を顔に張り付けて頭を下げると、駆け足で通信室に向かう。その背中を見送った大介は、目的地である左舷展望室に足を踏み入れた。

 

 ――何だか、異様に盛り上がっている。

 

 大介は何事かと注意深く展望室を見渡して、すぐにその正体に気付いた。気付かないわけが無い。

 

 「ウィナー、ミスマル艦長ぉ~~!!」

 

 司会を担当しているであろうウリバタケがマイク片手に叫び、その傍らでユリカがブイサインを観客に突き出している。

 誰もが見られるようにと大きなウィンドウが開いていて、そこには戦略シミュレーションゲームの画面が映し出されている。対戦者の名前は「ホシノ・ルリ」とあった。

 

 どうやら余興としてユリカとルリがゲームで対戦したらしい。

 

 「さあさあ! ヤマトが誇る天才頭脳! ミスマル艦長に挑戦する勇気ある者は他に居ないかぁーー!」

 

 テンションも高く煽るウリバタケにクルーもわいわいと「次お前が対戦したらどうだ?」「いや無理無理勝てっこないって」と言葉を交わし合っている。

 

 挑戦、という言葉からするに、ユリカをチャンピオンか何かに見立てて挑戦者が挑む形式の様子。

 

 冥王星で見事な指揮を見せたユリカに挑むのは例えレクリエーションと言えどそれなりに勇気のいる行動だと思うのだが、意外と挑む者が多いようだ。

 

 現にゲーム画面の隣にやや小さいウィンドウで今までの対戦結果がつらつらと並んでいる。

 複数回の挑戦も許されているようで、ルリは立て続けに2回挑戦しているのが伺える。他にもラピスやゴート、戦闘班のクルーを中心に挑戦者の名が刻まれている。

 

 地味に月臣の名が連なっている。この手のレクリエーションには関心が無さそうだと思ったのだが……。彼なりに賑やかしに気を使っているという事だろうか。

 

 「おおっ! 艦長当てに挑戦状が届いたぞぉ! これは……第一艦橋で当直中の古代進戦闘班長だぁ~! 去る冥王星攻略作戦でついに艦長の息子になった古代戦闘班長! どんな戦いを見せるのか、今から楽しみだぞぉ~!」

 

 ウリバタケの言葉を聞いて大介は思わず顔を手で覆う。

 

 「当直中に遊びの予約入れるなよ、古代……」

 

 染まり過ぎだ。

 それが大介の率直な感想だった。

 

 親友の今後が――とても心配になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 ユリカとシミュレーション対決を終えたルリは、傍らに控えていたハリの手を取って通信室に向かって移動を開始した。

 観戦していたクルー達に会釈しつつ、「順番が近いので通信室に行きます」と断ってそそくさと右舷展望室を後にする。

 

 余興とは言え、正直負けたのはかなり悔しい。結構良い所まで追い込んだと思ったのに、僅か一手でひっくり返されてしまった衝撃は計り知れない。

 元々天才と言われるに十分な実力を持ったユリカだったが、ヤマトに乗艦してからはその能力に磨きがかかっているような気がする。

 

 「今度は負けませんよ……」

 

 悔しさを滲ませた呟きを聞いたハリは「ルリさんなら勝てますよ」と励ましてくれる。素直に感謝しながらも、今は地球との通信が大事だと気持ちを切り替える。

 

 ルリは通信相手にミナトとユキナを選んでいる。ピースランドの父と母も気にならない訳ではないのだが、そこまで近しいとは言えない距離感なのでここは親しい人を選ぶ。

 

 「本当に良いんですか、僕も一緒させてもらって」

 

 遠慮がちに尋ねるハリに「勿論です。ハーリー君だって気になるでしょ?」と返す。

 ハリはルリの通信に便乗した後、養育してくれた義理の両親に連絡する予定だ。ナデシコに乗ってからはあまり会えていないが、血は繋がっていなくても育ての親である。やはり挨拶はしておきたい。

 

 通信室前に到着した2人は、列に並びながらそわそわとその時を待つ。最初にルリがミナト達と話してから、ハリが両親と話す流れになっている。

 ――流れでルリはハリの通信にも同席する事になってしまったが、挨拶しておいても損は無い。ナデシコ時代は上官だったわけで、今でも立場上はチーフオペレーターの任についているルリの方が上だ。

 

 とは言え、内心では「相手の両親に通信越しとは言え対面するなんて、まるで交際の許可を取ろうとしているみたい」とか考えてちょっとドキドキしている。

 ユリカに焚きつけられてから1ヵ月近い時間が流れてしまったが、未だに自分がどう想っているのか、どう在りたいのかの答えが出てこない。

 意外と、恋愛では優柔不断だったのだな、と思う。これではアキトを笑えない。

 

 「おっ、ルリさんにハーリーじゃないですか。通信ですか?」

 

 声をかけてきたのはサブロウタだ。ちゃっかり最後尾のルリとハリの後ろに付けている。

 

 「サブロウタさんもですか?」

 

 ハリの質問にサブロウタは「おう」と頷く。

 

 「俺は秋山少将と話しておこうと思いましてね。両親もいないし、木星時代はお世話になったんで」

 

 思い出すのは木連時代、かんなづきに乗っていた頃や、戦後宇宙軍に参画した事。

 ナデシコに乗ってからはやや遠くなったが、サブロウタは変わらず秋山源八郎の事を慕っている。

 

 「……高杉か」

 

 想い出に浸っていたサブロウタを引き戻したのは、月臣だった。

 

 「月臣少佐――」

 

 「……」

 

 驚くサブロウタと対照的にルリの顔はどうしてもキツくなる。

 ルリも、彼が九十九を殺したことを知っている。そのせいで、ミナトが悲しい思いをしたことを忘れる事なんて出来ない。

 

 そう簡単に割り切れるはずも無い。許せるわけもない。

 

 とは言え、恨みを持って戦うのはもうんざりだ。

 彼を責めるのは簡単だが、アキトは許して欲しい、償いの機会を与えて欲しいと思っていたルリが、罪の意識で苦しむ月臣を責め立てるなど、出来るはずも無い。

 

 それに、彼はアキトを助けてくれていたのだ。その事も、忘れる事なんて出来ない。

 

 「貴方も、誰かと話たいんですか?」

 

 「……ああ」

 

 月臣は多くを語ろうとはしなかった。ルリも問うつもりはない。ただ、言葉を交わしてみたかっただけだ。

 

 「ホシノさん。頼みが――いや、忘れてくれ」

 

 「――何ですか?」

 

 「忘れてくれ。気の迷いだ……」

 

 「……」

 

 月臣の様子から何を言いたいのかは予想がつく。

 

 大方ミナトとユキナの事だろう。かつて自分が殺めた親友の想い人と妹。

 

 あの戦争が終結して4年。すでに草壁との決着も付け、人類の進退をかけた未知の脅威との戦いに身を投じる事になった今も、過去の過ちを清算し切れていないのだろう。

 

 「私は、ミナトさん……白鳥さんの恋人だった人と、ユキナさんと話すつもりです――後で様子をお伝えしますね」

 

 余計なお節介だと自分でも思う。嫌味だと思われても仕方が無いとも思う。だが、このままで良いとは思えない。

 そんな、個人的な感情だ。

 

 「……心遣い、感謝する」

 

 言葉少なく礼を告げる月臣にそれ以上ルリは声を掛けなかった。

 

 

 

 それからしばらくして、順番が来たルリはハリを引き連れて通信室に入室。順番が連続している事と、互いに通信に同席する事が通達されているため、合計10分間通信室を利用する事になっている。

 

 ルリは早速認識番号を入力して通信機を起動する。

 わずかな待ち時間。そわそわした気持ちで待ち構えていると、通信モニターが灯った。

 

 「ルリルリ、元気そうね」

 

 「ルリ、しばらくぶり!」

 

 「ミナトさん! ユキナさん!」

 

 モニターに映ったハルカ・ミナトと白鳥ユキナの姿に、ルリもハリも気分が高揚する。

 

 「お体の具合は、もう良いんですか?」

 

 「ええ、大丈夫よ。イスカンダルの薬って凄いのね。おかげさまですっかり元気よ」

 

 モニターに映るミナトの顔色は確かに良さそうだ。2人はほっと胸を撫で下ろす。

 行動力にやたらと優れたユキナがヤマトに乗艦しなかったのは、適性試験に落ちた事もあるが、それ以上に体調を崩したミナトが心配だったからだ。

 

 現在の地球は極度に寒冷化が進んでいるため、地表ではウイルスや細菌等は生存していない。が、人々が暮らす居住区はそうもいかない。

 食糧事情が厳しく慢性的な栄養不足に閉鎖空間でプライベートすらも確保出来ない程切迫した避難生活。

 それらのストレスなどから体調を崩す人は後を絶たず、暴動や略奪等も繰り返し発生している。

 

 ミナトは、避難生活が始まってからも教育者として避難所の子供たちに勉強を教えたり、ボランティアの引率と言うような形で居住環境の改善のための活動をしていたが、避難生活のストレスと疲れから、丁度ナデシコCが冥王星海戦に望むべく発進した後倒れてしまったのだ。

 ナデシコCが帰艦した頃は相当具合が悪く、本人は平気だと言い張ったものの、心配になったユキナはそのままミナトの介護に専念する事にしたのだ。

 

 ユキナは、もしかしたら自分が制止を聞かずナデシコCに乗り込んだ事がミナトが倒れた切っ掛けになったのではないかと自責の念に駆られ苦しんだ。

 しかし幸運な事に、ナデシコCの帰還は同時にイスカンダル製の医薬品の本格的な拡散を意味していた。

 先行してネルガルがアキト相手に行ったテスト結果から効果ありと判断され、少しづつではあるが民間にも出回りつつある。

 薬の入手を巡った争いも少なからず発生してしまったが、それでも状態の悪い人間に優先して与えられ、幾人もの人命を救う結果をもたらした。

 

 ミナトは残念ながらなかなか薬を得る事が出来ないでいたのだが、ヤマトの発進に合わせてネルガルと軍が保護した事もあり、最悪な事態を迎える前に治療を受けられるようになった。

 その甲斐あって、治療開始から1月程経つ現在では完治に近い状態まで回復した。

 

 「心配しなくて良いよルリ。あたしがついてるんだから!」

 

 そう言って胸を張るユキナだが、ミナトは「調子に乗らないの!」と軽くその頭を小突く。

 ユキナも勝手を言ってナデシコCに乗艦して迷惑を掛けた自覚があるので、強くは出れないらしく「てへへ……」と頭の後ろで手を組んで可愛らしく舌を出す。

 

 「それだけ聞ければ満足です。心配してたんですよ」

 

 「僕もです。これで安心してイスカンダルに行けますよ」

 

 ルリもハリも、ミナトの病状が回復した事に安堵する。

 困窮した地球の状況では医薬品を手に入れる事も難しく、民間人、それも教員と現状では立場の弱い地位にあるミナトは、それらを手に入れる手段に乏しかった。

 ユリカがクルーに縁深い人間を保護するように頼んでいなかったら、もしかしたら今もミナトは病魔に侵されたままだったかもしれないし、もしかしたら……。

 

 「もう大丈夫だから安心して。それと、ユリカさんにありがとうって伝えておいて。アカツキ君から彼女が保護を訴えてくれたって聞いたわよ……特別扱いなのは心苦しくもあるけど、ユキナも一緒に保護して貰えたし、感謝してるって」

 

 複雑な心境なのは本当だった。今の地球に安全と言える場所は無い。備蓄された資源は着々と減って行っている。

 だが、軍に保護されたミナト達は他の一般人に比べると食料も医薬品も優遇された立場にある。

 心苦しくない訳が無い。

 ミナトの教え子達も、今まさに苦しんでいるのだから。

 

 「あ、そうそう。ルリ――元一朗ってヤマトに乗ってるの?」

 

 予想外の質問に2人の顔が強張る。その様子から察したのか、ユキナは「そっか」と呟いた後、

 

 「じゃあさ、伝えといてくれない。お兄ちゃんを殺した事、許せないけどさ……ヤマトの航海が成功したら、一緒にお墓参りに行こうって。だから、死んじゃダメだって、伝えておいて」

 

 そう言伝を頼む。

 今でも複雑な気持ちだ。兄を殺された事は許せないし、許せるとは思えない。彼も許されたいとは思っていないだろう。

 しかし、色々な人間模様を見てきたユキナはこのままで良いとは思えないでいた。

 だから向き合いたい。その思いを言葉にした。

 

 「わかりました、伝えます」

 

 ルリがそう答えた所で、時間が来た。

 

 「時間みたいね……ルリルリ、必ず帰ってくるのよ。勿論、ユリカさんもアキト君も一緒にね」

 

 「帰ってきたらお祝いするからね! 準備を無駄にしないでよ!」

 

 「……必ず、必ず帰ります……!」

 

 「約束します、約束しますとも!」

 

 涙を浮かべながら別れの瞬間を迎える。モニターは無情にも時間きっかりに通信を終了し、暗転した。

 

 2人は次に会えるのはヤマトが帰って来た時だと、未来に想いを馳せながら気持ちを落ち着かせ、次の通信相手、ハリの育ての親に繋げる。

 

 そこで、隣に立つルリの姿を見るや否や「お前の彼女か?」等とからかわれて大いに赤面する羽目になる、予測可能回避不能な出来事もあったが。

 

 

 

 そんな(予想された)ハプニングを挟みつつ、通信を終えた2人は通路で自分の番を待っている月臣にユキナの言伝を伝える。

 それを聞いた月臣は静かに目を伏せて「わかった。ありがとう」と言葉少なく受け取った。

 それ以上は邪魔になるだろうとその場を後にし、再び賑やかしを務めるべく右舷展望室に戻っていく。

 

 その胸に、必ず帰るという強い決意を刻み込みながら。

 

 

 

 先に通信を終えたサブロウタに続き、月臣も通信室に足を踏み入れる。

 最初は誰とも話さないつもりだったのだが、ふと、かつての友と言葉を交わしてみたくなった。

 多分それは、アキトが戻った事に影響されたのだろうと、今になって思う。

 

 「よう、久しぶりだな月臣」

 

 「ああ、久しぶりだな秋山」

 

 月臣が選んだ相手はかつての友人である秋山源八郎。今は、連合宇宙軍に参画して、コウイチロウの片腕として敏腕を振るっている。

 

 「お前がヤマトに乗るとは、流石に驚いたぜ。何かきっかけでもあったのか?」

 

 「……俺はただ、九十九を殺した償いがしたかっただけだ。それに、あいつが生きていたらこうしただろうと思うと……じっとしていられなくてな」

 

 それが月臣がヤマトに乗った理由だ。それと、

 

 「テンカワも気がかりだった。会長の計略で乗る事になるだろうとは思ったが、万が一の時はあいつの代わりに艦長を護ってやるつもりだった――あの夫婦は、敵ではあったがそれ以上に俺の信じた正義の……草壁の被害者だ。少しでも、力になってやりたくてな」

 

 ただがむしゃらに正義を、熱血を追い求めていたあの頃が懐かしく思えると共に、深い考えを持たずただ言葉とロマンばかりを追いかけていた自分が恥ずかしい。

 もう少し視野が広ければ、もう少し九十九に理解を示す事が出来れば……あんな事にはならなかったかもしれないのに。

 

 「そうか……なあ、月臣よぉ。そろそろ良いんじゃねぇか? 自分を責めるのを止めたってよ」

 

 「しかし……」

 

 「お前は十分罪滅ぼしをした。お前が気にかけてるテンカワ・アキトにしたって、世間に顔向け出来ねぇ事をした。だが、自分に向き合って真っ当に生きる事にしたんだろ?」

 

 「それは……」

 

 月臣自身、感じていた事だ。同じく過ちを犯しながらも、それを乗り越えて元の道に戻る決意をしたアキトの存在が、とてもまぶしく思える。

 自分には、帰るべき場所も待ってくれている人も居ない。

 だが、紛いなりにも彼の師の1人として、このままで良いのかと悩んでいた。

 

 「何をしようが九十九の奴は帰って来ねぇ、昔に戻れるわけでもねぇ。だがな、テンカワを案じたお前が、元通りとはいかなくても普通の生活に戻る事を望んだお前が、そのままで良いわけねえだろ?」

 

 秋山の言葉が胸に突き刺さる。自分でも思っていた事だ。

 そもそも、九十九暗殺から続く自身の戦いは、すでに終わっている。

 今の人生が蛇足でしかないと感じる事は多々あった。

 ――ヤマトに乗る前は。

 

 「おっと、そろそろ時間か。説教臭くなって悪かったな。無事の帰還を信じてるぜ、月臣」

 

 「ああ、必ず帰る。俺の戦いにケリをつけるためにも」

 

 そこで通信は途切れた。だが、月臣の気分は幾らか軽くなった。

 必ず地球に帰り、九十九の墓参りをしてから、身の振り方を考えよう。

 少し前までに比べると前向きな気持ちで、月臣は通信室を後にする。

 

 とりあえず自分の同類だったと言えるアキトの様子でも見るかと、左舷展望室の会場に足を踏み入れた瞬間、月臣はゴートに捕獲された。

 何事かと問い質すと、「思った以上に盛り上がってるからリベンジしろ」と一方的に告げられて引っ張られた。

 で、連れていかれた先は、会場の盛り上げになるかと思って挑んだユリカ艦長とのシミュレーションバトルの場だ。

 ――先程よりも会場が豪勢になっているような気がする。

 

 「おおっとぉ!? 先程は前線空しく敗退した元優人部隊のエース、月臣元一朗のリベンジだぁーー!!」

 

 相変わらず司会を続けているウリバタケが煽る煽る。その傍らに大きく表示されるウィンドウには対戦者の名前が山と表示されている。

 一部の連中は束になって掛かって纏めて撃沈したらしく、試合の回数よりも挑戦者の数が多いようだ。

 

 「ヤマト艦長との戦いだけに、山と挑戦者が現れる……お粗末」

 

 何時の間にか隣に現れたイズミがそんな駄洒落を言ってから去る。

 それが言いたかっただけか。

 

 「わ、私もう十分戦った気がするんですけど……」

 

 例の苦ぁ~いドリンク片手にバテ気味のユリカが暗に「もう終わりにしよう」と訴えるが、誰も聞く耳持たない――ゲームとは言え全く疲れない訳ではないのですけど。

 でも倒れないのは栄養ドリンクのおかげだろうか。

 

 (ああ――ここまで来たら、せめて一勝持って行かないと気が済まないのか)

 

 月臣は自分がこの場に担ぎ上げられた理由を悟る。

 先程は、かつて秋山が「快男児」とまで評した指揮官の腕前を自分で体験してみたかったこともあって戦ってみたが、もう十分その手腕はわかった。

 残念ながら、指揮官としては太刀打ち出来ない。

 

 あの後再戦したであろう、3度目のルリの挑戦も空しく終わった様だ。名前の横に3つ目の黒星が付いている。

 地味に艦長の息子の立場を受け入れた古代の名前が予約リストに入っている。

 

 ――あいつ当直中に予約入れたのか。

 

 少し頭痛がしてきた月臣だが、この場で断るのは得策ではない。

 逃げたと言われるのも癪だし、パーティーの成功に繋がるのなら――クルーの気分を盛り上げる事が出来るのならこの程度の協力は惜しむべきではないだろう。

 

 艦長には……頑張ってもらおう。普段イチャつき過ぎて不評を買った報いと諦めてくれ。

 普段の様子からするに、この程度なら大事にも至らないだろうし。

 

 「そう言う事になったようです。艦長、再挑戦させて頂く!」

 

 やる気十分と宣戦を布告して操作盤の椅子にどっかりと座る。

 月臣のやる気にユリカは引き気味だ。

 

 「うう……もうこれで49戦目……」

 

 ――嘆くユリカの姿に心が大いに痛んだが、乗せられてしまった以上完遂する。勿論全力で挑むのは、戦士の礼儀だ。そう、過ちを犯してしまったが、月臣元一朗は元来戦士の気質の持ち主だ。

 例え病弱だろうと女性だろうと、戦うのなら全力でやらせてもらうのみ!

 

 「ふっ、分の悪い賭けは嫌いじゃないんでな……いざ! 尋常に勝負!」

 

 「……嫌って下さい、休ませてぇ~……」

 

 気合い溢れる月臣と疲れた顔のユリカの対比が面白いと、観戦中のクルーが盛り上がる。

 何時の間にかユリカの傍らに来ていた夫のアキトがグラスにドリンクを継ぎ足して、

 

 「頑張れよユリカ! 俺、ユリカの勝利を信じてるからな!」

 

 良い笑顔で煽る煽る。本当は心配で仕方ないのだが、余興のためと妻の戦意を駆り立てるべく尽力している。

 とは言え連戦連勝な妻の勇姿を誇らしく感じているのは本当だ。

 万が一に備えて無心注射器を懐に忍ばせてあるし、ここは医療室にも近いから即対応可能なのだ! 良薬をありがとうイスカンダル!

 

 「うぐっ……ア、アキトにそんなこと言われたら……頑張らない訳にはいかないじゃない……!」

 

 追い詰められた表情ながら、しっかりと操作盤に向かって対戦準備を始めるユリカ。本当に旦那に弱いな、と改めて月臣は思う。

 さて、申し訳ないが観戦者のためにも良い試合をしようではないか!

 

 そして、月臣元一朗とミスマル・ユリカの(2度目の)戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 ユリカが月臣との対戦でヒイヒイ言っていた頃、当直任務を大介に引き継いだ進がようやくパーティー会場に顔を出していた。

 副長のジュンも、真田に引き継いだ後、家族との通信のために通信室に足を運んだ。

 

 地球に話したい相手の居ない進は気が楽なもので、パーティー会場に顔を出すと近くのクルー相手に雑談に華を咲かせながら、適当に料理を摘まんで腹を満たし、フレッシュジュースを飲んで喉を潤す。

 

 ヤマトで発つ前は、最後の家族を亡くして天涯孤独になったと悲しんだものだが、今の進にはユリカとアキト、ルリやラピスと言った新しい“家族”が居る。

 だから進はもう寂しくなかったし、他のクルーが地球に残してきた家族や友人、恋人達と通信していようが孤独を感じないし嫉妬も無い。

 寧ろ(ちょっと恥ずかしいが)日常的に“家族”と接している事を悪いと考えてしまうくらい、今の進は満たされていた。

 

 勿論、その“家族”に引き摺り込んだ張本人であり、新しい母と言えるユリカが危機的状況にある事は重々承知だ。

 激情のままに胸倉に掴みかかった時に触れた血の感触は、忘れたくても忘れられない。

 万が一にもあそこで殴り飛ばしていたら、きっと今の自分は無かった。

 それ以前にヤマトが木星以降乗り越えてきた困難に屈してしまい、旅が終わっていたかもしれないのだ。

 

 あんな事をした自分を優しく受け入れて、ここまで導いてくれたユリカには感謝が尽きない。

 勿論、ユリカと接するきっかけを与えてくれたのは同じ悲しみを共有したルリのおかげで、復讐という行為に対して考えさせてくれたのはアキトだ。

 この3人の内1人でも欠けていたら、どうなっていたのだろうか。

 ラピスにしたって、弟として生きてきた自分にとって初めて出来た妹のような存在である。可愛くて仕方ないし、彼女と接する事が進の他者への優しさを損なわせなかったのかもしれない。

 それに――、

 

 「あら、古代君もお休み?」

 

 合成肉のステーキを齧っていた進に、雪が声をかけてくる。

 手にはサラダとハンバーグの乗った皿を持っている。

 

 「ああ。島の奴に引き継いだよ。俺だってパーティーを楽しむ権利くらいあるさ。冥王星攻略の要だったんだぜ?」

 

 とわざと調子の良い事を言ってみる。

 進はあの功績はアキトの物だと考えている。表沙汰に出来ない経験に寄るとは言え、アキトの経験値とそれに基づいた判断が無ければ、失敗していたかもしれない。

 

 「うふふ。そうね、古代君とアキトさんの手柄だったものね」

 

 それをわかっている雪はわざわざ補足して進をからかう。進も「ちぇっ」とわざとらしく反応して互いに笑う。

 未だに距離を縮められないでいるが、進は恋も知った。

 

 今後彼女とどうなるかはそれこそ神のみぞ知ると言った所だろうが、いずれはアキトとユリカの様に、仲睦まじい家庭を築きたいと将来の願望を抱くようになった。

 その幸せ家族計画のためにも、何としてでもイスカンダルに行かなければならない。しかし――、

 

 (イスカンダル……それ以外に希望が無いのも事実だが、何か引っかかるな……)

 

 展望室の窓から深淵の宇宙を覗きながら、進はユリカと今まで交わした会話等からイスカンダルに対しての疑問を思い返す。

 疑問とは言うが、イスカンダルの協力や支援を疑っているというわけでない。

 ユリカの言動などから鑑みるに、イスカンダルには一定の信頼を置いて良いと思う。それにユリカの失言等を考慮すると、何らかの方法で――恐らくはボソンジャンプでイスカンダルとコンタクトを取った事は疑いようが無いだろう。

 だからこそ、ユリカはイスカンダルを信じているのだろうし。

 

 進が懸念を示しているのはイスカンダルの技術そのものだ。

 壊滅的な被害を被った地球を救うと言われているコスモリバースシステム。果たしてどのような原理でそれを成すのだろうか。

 

 それに、ユリカはあまりにも自分を気にかけ過ぎていると感じる事がある。鬱陶しいとかではなく、まるで自分の跡をすぐにでも継がせようとしているように感じる事が稀にあるのだ。

 その様子は、自分がそう遠くない内に指揮を執れなくなる事を示しているように感じて、不安であると同時に何か裏がありそうな気がする。

 

 (確かに病気が進行すれば、指揮を執れなくなるのは自然だ。しかし、副長だっているし艦長経験のあるルリさんだっている。なのにどうして俺に期待するんだ?)

 

 経験値で勝るジュンとルリが控えているのだから、新米の域を逸脱していない自分に期待するのは筋違いに思える。

 

 (お、月臣さん負けたのか……相変わらず凄いな、ユリカさん。ユリカさんの思惑はわからないけど、今は好意に甘えて自分を鍛えて、彼女の期待に応えて行こう)

 

 結論の出ない思考を早々に打ち切って、進は皿の上の料理を飲み込んでカラになった皿をテーブルの上に置き、ユリカの居る場所に向かって歩き出す。目的は勿論。

 

 「艦長! 挑戦に来ましたよ!」

 

 「うええぇ~~~っ!!」

 

 鍛えたいのは貴方でしょう、と言わんばかりの視線を向けると「進相手じゃ断れないぃーっ!」と頭を抱えて対戦を承諾する(予約済みだから会場が拒否させてくれないが)。

 うむ、生徒として恥じない戦いをしてみせるぞ。

 

 楽しげな様子の進に雪も肩の荷が下りた気がする。正直、今回の地球との交信で問題になったのは、すでに家族を失って天涯孤独の身になっているクルーだった。

 雪の中で特に気がかりだった進だが、すでにユリカ達と良好な関係を築けた事から振り切っているようで、一安心。

 他の孤独なクルーも、ナデシコクルーが作り出すこの緩くて騒ぎやすい空気のおかげか、パーティーに参加している限り寂しさを感じない様子。

 

 (でも、古代君が寂しくない理由の中に、私は含まれているのかしら?)

 

 少しだけユリカ達に嫉妬する。関係を進められない臆病な自分にも非があるが、特にユリカが身近過ぎてこちらのアプローチに気付いていないのではと、少し恨めしい。しかし、

 

 (焦りは禁物ね。そのユリカさんも協力してくれているんだし)

 

 軽く頭を振って、せっかくだから特等席で進を応援しようと近づく。

 ユリカの後ろではアキトが盛り上げのためにユリカを鼓舞し、挑戦者の進には周りから「絶対に勝てよ!」と野次が飛ぶ。

 いい加減無敗の王者が地に落ちる様を誰もが見たいのだ。

 幸いにも相手は弱り切っている。

 ここで決めねば何時勝ちを拾えるというのだろうか! と最早悪役のノリである。

 

 「――じゃあ、進との対戦はちょっと特別な編成でやろうか」

 

 疲れ切ったユリカは不敵な笑みを浮かべて提案する。やはり、手塩にかけて育てている進相手だと気合いが違うようだ。

 

 ユリカの提案した編成は至ってシンプル。

 進は新生ヤマト単艦(搭載機30機(ダブルエックス含む)と信濃)。

 対するユリカはヤマトのデータベースから復元したらしいアンドロメダなる戦艦とその原型らしい量産型の主力戦艦からなる30隻の艦隊。

 基本性能では新生ヤマトが勝るが、数ではユリカ有利でしかない編成にブーイングも出たが、進はあっさり了承して戦う事にする。

 恐らく、進を自身の後継者として本格的に鍛えるためのステップだと判断したのだ。

 母からの挑戦状と言うべき戦いに、進の戦意も上がるというものだ。

 

 不敵な笑みで応じた進は、ユリカ率いるアンドロメダ艦隊と戦った。

 

 結果は、引き分けだった。過去最高成績と言っても過言ではない戦いは、最後は波動砲の相打ちによる双方の破壊で幕を閉じる。

 波動砲搭載艦艇での試合は唯一とは言え、ユリカに波動砲使用の決断を指せたという事で、進は称賛された。

 進としては、波動砲の使用を“促された”のは艦隊行動から察したし、それに乗る以外の手段では引き分けに持ち込めなかった以上、負けた気分なのだが。

 だが、ようやく彼女相手に戦えるレベルにまで成長出来たのではないかと思うと、今後の勉強に励みが出るというものだ。

 

 (ユリカさん、貴方が何を思って俺を鍛えているのかは、今はわからない。でも、その期待だけは裏切らないって、約束するよ)

 

 司会の隅で健闘を喜んでいる雪の姿を見つけて、進はもう少し話してみるか、と席を立った。

 

 

 

 そうして、“2日間”にも及んだパーティーはいよいよ終幕へと向かう。300人近い人数が5分とは言え個別に通信するとなると、大体25時間は掛かる計算になる。

 つまり、ヤマトの発進予定がまたしても1日ずれ込んだことになる。

 

 結局その2日間はどんちゃん騒ぎのお祭りパーティーが続き、クルーは大いに英気を養った。

 2日目は流石に半ばダウン状態のユリカだったので、会場には居たが半ば上の空、隅っこでぐったりと椅子に座りながら例のドリンクをチビチビ煽り、時折司会担当としてマイクを掴む程度だった。

 代わりに、今度は1日目に優先して通信を終えた航空科の面々によるシミュレーターによるトーナメント方式の対決が行われ、またしても騒ぎになった。

 なお、優勝者は月臣でだった。

 

 アキトは1日目の終わりも間近という頃に、ユリカを同伴してコウイチロウとアカツキと通信した。色々と裏で工作してくれた事への礼を述べると共に、必ずの帰還を誓う。

 

 「アキト君、改めてユリカを頼むよ」

 

 改めて告げられた義父の言葉に、アキトは深々と頭を下げて応え、通信は終わる。

 寂しい気持ちは沸き上がったが、生き残り、ヤマトの旅を成功させればまた会えると、気持ちを入れ替える。

 必ず、あの平穏な日々を取り戻すのだと硬く誓って。

 

 

 

 そうして全員が思い思いの人と通信し、ヤマトの使命に改めて向き合ったパーティーの閉幕の時。

 ユリカはクルー全員に唱和を求めた。

 

 「皆、地球と残してきた大切な人達に改めて宣言するよ!――必ずここへ! 帰ってくるぞーーー!!」

 

 必ずここへ、帰ってくる!

 

 全員が心の底から叫び、使命を果たして帰還する事を改めて誓って、パーティーは閉幕した。

 

 

 

 パーティー閉幕から2時間後。宇宙戦艦ヤマトは長距離ワープで太陽系を後にした。

 ワープに伴い生じる空間の波動は、まるで別れを惜しむかの様にゆっくりと溶けて消えて行った――。

 

 

 

 我が故郷太陽系に別れを告げて、ヤマトは旅立つ。

 

 その先に待ち構えているのは、ガミラスの魔の手か、それとも大宇宙の神秘か。

 

 ヤマトはすでに、予定日数をオーバーして36日もの時間を費やしている。

 

 人類滅亡まで、

 

 あと、329日。

 

 

 

 第十話 完

 

 次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

   第二章 大自然とガミラスの脅威

 

   第十一話 絶体絶命!? ガミラスの罠!

 

   全ては、愛の為に



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第二章 大自然とガミラスの脅威!
第十一話 絶体絶命!? ガミラスの罠!


 

 

 ガミラスの環境破壊で凍てついた氷の星となってしまった母なる星――地球。

 そこで懸命に明日へ命を繋いでいる人々の中に、旧ナデシコの通信士であり、地球が荒廃して以降もアイドルとして活動しているメグミ・レイナードの姿もあった。

 彼女もユリカの手回しもあって保護された1人で、彼女の家族も一緒になって保護されている。

 自分だけでなく両親にまで手が回ったのは、ユリカの要望を聞き入れたコウイチロウとアカツキの尽力によるものなので、軍やネルガルに良い印象の無いメグミも、その点に関しては素直に感謝の意を表していた。

 彼女は今、同じく保護された旧ナデシコのクルーであったハルカ・ミナトの見舞いに訪れていた。

 

 「ミナトさん、体の具合はどうですか?」

 

 「あらメグミちゃん、お久しぶり。見ての通り、もう全然平気よ」

 

 そう言ってミナトはわかり易くガッツポーズを取って見せる。実際軍に保護されてからはイスカンダル製の治療薬を工面して貰えたこともあり、ミナトの体調は倒れる前よりも良い位だった。

 

 「よかったぁ。倒れたって聞いた時は本当に心配だったんですよ。中々お見舞いにも来れなくてごめんなさい」

 

 そう言いながらメグミは持参した紙袋から、今は貴重になっている紅茶のティーバッグの箱を取り出す。今まで大事に残していた嗜好品である。

 

 「メグミちゃんは、確かあちこちの避難所とかシェルターで慰問ライブをしてるんだっけ?」

 

 「そうですよ――でも、皆気が立ってるのか、騒動になることも少なくないんです」

 

 沈痛な面持ちで語るメグミに、ミナトも相当苦労しているんだなと、労わりの表情を浮かべてそっと肩を叩く。

 メグミはガミラスの侵攻が始まってからもアイドルとして可能な限りあちこちを巡り、慎ましやかではあるが、無償でライブを行ったり、握手会を開くなどして少しでも人々を励まそうと苦心していた。

 勿論こんなご時世なので、治安の悪化などから危ない目に遭ったことも1度や2度ではないし、目的が目的なので当然お金にもならない。つまり、活動費用は自費になっている部分も多く、彼女自身の疲労もピークに達しようとしていた。

 

 軍とネルガルに保護されてからは、それらの活動に援助が付くようになったし、かつての同僚であるプロスペクターも護衛や交渉に力を貸してくれているので、幾分楽になった所だ。食事も質が良くなったので、何とか活動する体力を維持することも出来ているが、果たしてどれだけ続けられるかは自分でもわからなくなってきた。

 

 「大変ね、メグミちゃんも。でも、貴方の歌を聴いてると、私も元気が出てくるよ」

 

 そうやって励ましてくれるミナトに笑顔で応え、メグミは自分の想いを言葉にする。

 

 「そう言って貰えると嬉しいです。それに、私はユリカさん達が何とかしてくれるって、信じる事にしてますから――だから、ヤマトが帰ってくるまで、皆を励まし続けるって誓ったんです」

 

 正直に言えば、メグミとて絶望を感じている。木星とか火星の後継者とかの抗争とは桁の違う被害に、心折れそうになったことがある。

 だが、そんな時ひょっこりと顔を出したのは人体実験の後遺症で入院している、それも面会謝絶と言われていたユリカだった。

 かつての上司で、アキトを巡った恋敵。相性も良いとは言えない間柄だけに、最初はメグミも戸惑った。勿論彼女を、アキトを襲った非道な仕打ちについては知っていたし、具合が良くないと聞かされて心配しなかったわけではない。

 何だかんだ言って、2年近い時間を一緒に過ごして、苦楽を共にした仲間なのだから。

 

 「ユリカさん、はっきりと言ったんです。この状況を覆せる手段があるって。今はまだ表沙汰に出来ないけど、私達を助けてくれる異星人もいるって。その異星人の支援で、箱舟も用意出来るって、それはもう力強く断言してました」

 

 今だからこそわかる。それがイスカンダルと、宇宙戦艦ヤマトを意味していたと。

 

 「その時は絶対に人に言い触らさないでって念を押されて……でもその内皆にも知れるから、嘘じゃないからって。私が絶対に救って見せるって、凄く真剣な顔で宣言して……あの人、本当は病院で付きっきりの看病が必要な状態なのに」

 

 メグミは看護師の資格を持っているので当然相応の医学知識があるし、いざと言う時の応急処置くらいなら今でも出来る。

 だから、再会したユリカの顔色が優れず、何かしらの障害を抱えている事をすぐに見破った。

 

 まだ希望が残ってる、諦めたら駄目だと力説するユリカを1度は黙らせて、その病状について問い質した時は、しらばっくれ様としていたが、それでも問い詰めて吐かせた。予想通り、彼女の具合は芳しくなかった。

 

 当然メグミは安静にしていないと駄目だと訴えたのだが、ユリカは他と変わらぬ対応で丁重に断った。その理由については聞き出せなかったが、今彼女はヤマトと共に太陽系を飛び出して、イスカンダルに向かっている。

 

 ヤマトの存在とイスカンダルのメッセージについて発表された時、その少し前から出回るようになった新しい薬の存在と合わせて、メグミはイスカンダルの医療ならユリカの体を治せるのではないかと考え、ユリカが重病の体をおしてヤマトに乗り込んだのは、限界を迎えるより先にその医療に与ろうとしたからではないかと推測した。

 無論、メグミがユリカと最後に会ったのは半年以上も前の事で、現在の彼女の具合については知らされていない。だからこそ、ルリ達に比べると些か楽観的な予想ではあったが、概ね同じような推測に行き着いていた。

 

 「それに、さっきアカツキさんから聞いたんですけど、アキトさん、ヤマトに乗ったそうです」

 

 「ホントに!? ルリルリとの通信じゃそこまで話す余裕無かったから聞けてなかったんだけど……良かったぁ。ルリルリもユリカさんも、気が楽になったでしょうね」

 

 「ええ、きっとヤマトの中で所構わずイチャイチャして、周りを呆れさせてるんですよ」

 

 大正解であった。

 

 「ホントにね。ちゃんと帰って来れるか不安になっちゃうわ……」

 

 「でも案外何とかするんじゃないんですか。ユリカさん、何だかんだで私達をちゃんと平和な日常に返してくれましたから」

 

 ユリカの楽天的な振る舞いに不安を感じた事は数知れない。だが、彼女は何だかんだでナデシコを沈めさせなかったのだ。幸運による所もあったろうが、紛れもない事実である。

 正体不明の敵の新兵器を、その天才と称された頭脳で見事対処し撃ち破っても見せた。

 あのミラクルを期待するしかない。今の地球には、ヤマトとイスカンダル以外に縋るものが無いのだから。

 

 「そこで私、ホウメイガールズの皆と協力して新曲を作ることにしたんです。もうタイトルは決まってて、ユリカさんとヤマトについて歌ってみようかと」

 

 メグミの発言に驚いたミナトが目を丸くする。

 

 「あら! メグミちゃん戦争とかそう言うの嫌いじゃなかったっけ?」

 

 「嫌いですよ。だから、“ユリカさんとヤマトの歌”なんですよ。あの人って、ある意味軍人さんなのにイメージからほど遠い人ですから」

 

 そうはっきりと答える。どのような理由があっても、戦争だとか殺し合いは肯定出来ない。勿論そのための道具に過ぎないヤマトも、本来なら関わり合いたくない代物だ。

 しかし、道具は所詮使い方次第という考え方もあるし、今はあの艦を信じてみたいのだ。

 ――あの艦を指揮しているのは、かつての仲間なのだから。

 

 「なので、あの人の戦う動機なんかを考慮した題名は――」

 

 

 

 この愛を捧げて。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第二章 大自然とガミラスの脅威

 

 第十一話 絶体絶命!? ガミラスの罠!

 

 

 

 ガミラス帝国本星、銀河方面軍司令本部。

 ガミラス星の建造物は、いずれも植物を模したような有機的なデザインで構成されていて、この司令本部のデザインも、直線的なデザインが多用された高層ビルという感じの地球のそれと比べると、まるで巨大なツクシのような外見をしている。

 

 その建物に向かって、マントを翻しながらデスラー総統が歩いていた。

 地球のリムジンのような豪華な車から降り、赤い絨毯の引かれた道を歩き、階段を上る。その道の両端には、デスラーを迎える下士官や使用人がずらりと並び、ガミラス式の右手を掲げる敬礼を送る。

 デスラーはその中を悠々と歩き、長い廊下を世話係の者を引き連れながら進んでいく。

 中央作戦室に近づく、通路の端に控える軍人の階級も上がり、全員がそれまでの者達とは違う立派な軍服に身を包み、一様に敬礼しながら、

 

 「デスラー総統ばんざぁぁい! デスラー総統ばんざぁぁい!」

 

 とデスラーへの忠誠心を見せ、彼を称える。

 通路の照明の辺り具合によって、デスラーの肌は本来の青から時に肌色にも見える事がある。施設内の清潔さを保つための滅菌灯など影響によるものだが、デスラーとしてはやや疎ましく思える瞬間だ。

 衛生概念が希薄なのではなく、ガミラス人にとって青とは特別高貴な色とされている。如何なる理由があれそれが損なわれる瞬間と言うのは、ガミラス帝国をこよなく愛し、誇りとしているデスラーにとって不愉快な瞬間だ。

 

 そう、デスラーは決して私利私欲の為には権力を振るわない。その権力は全て誇り高きガミラス帝国の繁栄の為にこそ使われるべきものだと信じて疑わない。

 

 デスラーは大ガミラスの総統としての威厳たっぷりに通路を進み、中央作戦室に足を踏み入れる。そのまま奥にある自らの玉座の前に立ち、後ろを振り返り軽い笑みを浮かべて部下達に答礼する。

 そして悠然とした態度で自らの席に腰を下ろす。デスラーが腰を下ろした後、室内に控えていた部下達も自らの席に腰を下ろして身住まいを正す。

 

 今日、このような席が設けられたのは、ガミラスにとって甚だ不本意な大敗についての再度の検証と、その対策についてだ。

 

 「では、始めてくれたまえ」

 

 デスラーが促すと、傍らに控えていたヒス副総統が応じる。

 

 「は、それでは地球の宇宙戦艦ヤマト。その忌々しい航海ぶりについてご説明いたします」

 

 そう、今日の会議の題目は現在ガミラスが最優先で行っている地球攻略作戦を阻む強敵――宇宙戦艦ヤマトの動向だ。

 

 「デスラー紀元52年、301日に地球を出発したヤマトは、同年同日に太陽系第4惑星、火星宙域にワープテストを行い、成功させました」

 

 デスラーの眼前の巨大なモニターに、凍り付いた白い地球とその月、火星が、本来の距離を無視してわかり易く表示されている。その映像の中で、ヤマトの現在地を示す光点が、月軌道から火星軌道に瞬時に移動した。

 

 「地球の宇宙船としては初めて、光速を突破する性能を見せつけました。また、この際偵察に向かわせたデストロイヤー艦5隻を瞬く間に撃沈、続けて威力偵察に派遣したデストロイヤー艦4隻と高速十字空母2隻の攻撃を耐え凌ぎ、デストロイヤー艦4隻が撃沈、航空機部隊を壊滅に追い込んでいます」

 

 ヒスの報告に合わせて、モニターには回収されたヤマトとの交戦データが表示される。映像が主体だったが、その時間は戦果に対して短かった。

 最初のデストロイヤー艦5隻の時は、氷塊を割って出てから十数秒で呆気無く撃破されている。

 威力偵察に出した艦隊も、航空隊の死に物狂いとしか言いようのない猛攻に後れを取って碌にヤマトに攻撃出来なかった。

 とは言え、ヤマトに搭載されている航空機の性能がある程度計れたのは確かだ。どうやらヤマト出現の少し前から配備されるようになった強化型が主力の様で、見た事の無い大型爆弾を使い始めた以外は変化がない。だが、得体の知れない新型の姿がある。

 

 ガミラスも、大昔にはこの手のロボット兵器が実用化されていた時代がある。

 しかし、最終的にその版図を大マゼラン全域に広げていく過程で、より航続距離に優れ、生産性に優れた兵器を欲するようになり、最終的に大気圏内両用の宇宙戦闘機が主力兵器となった経緯がある。

 勿論、ガミラスにとって力の象徴である強大な宇宙艦艇の方が主役である事も影響し、その武装はあくまで宇宙艦艇の補助がメインで、様々な観点からビーム機銃と外装式の対艦ミサイルか対空ミサイルに留まっている。

 例外的に、敵の本星を攻略する目的の航空爆弾と、それを運用するための大型の重爆撃機も存在しているが、近年ではあまり使われていない。艦砲射撃や惑星間弾道ミサイルで賄える様になったからだ。

 

 そういう意味では、地球がロボット兵器――それも人型を模した兵器を航空戦力として使っている様は、ガミラス視点から見ると極めて古典的な人形遊びにしか見えない。

 尤も、その運動性能と火力は中々侮りがたく、度重なる実戦を経て洗練された我が軍の宇宙戦闘機相手に食らい付いてきているあたり、ボソンジャンプと同じく他文明の技術を吸収してそこそこ立派な人形を拵えたものだと、嘲笑を持って受け入れていた。

 だがその程度で覆せるほどガミラスは甘くない。物量も科学力も。

 

 「それで勢いを得たヤマトは、同年302日……我が軍が接収し、前線基地として使用していた第5惑星木星の大型の市民船を、タキオン波動収束砲の6連射を持って撃破しました」

 

 辛うじて得られた映像データには、ヤマトの艦首から吐き出された強力無比のタキオン波動バースト流が、凄まじい威力を持って駐屯していた艦隊諸共小天体にも匹敵する市民船6隻を苦も無く消滅させている姿が映っている。

 その圧倒的な威力に、ガミラス軍の将軍達が揃って息を飲み、血の気を失う。

 これほどの大砲は、ガミラスと言えども保有していない。少なくとも、艦載兵器としては。

 

 「ふふふ……しかし未熟な文明でありながらタキオン波動収束砲を使うとは、地球人も中々頑張るじゃないか。そう思わんかね、ヒス君?」

 

 他の面子と違い、唯一表情を動かしていないデスラーが余裕を見せてヒスに問う。勿論、内心ではこの結果を相当苦々しく思っているのだが、それを表に出しては総統など務まらない。

 偉大な大ガミラスの指導者として、余裕を見せる場面なのだ。

 

 「は……忌々しくはありますが、敵ながら天晴れな奮戦ぶりです」

 

 デスラーの顔色を窺いながらそう答えると、デスラーはくつくつと笑いながらヒスに報告を続けるよう促す。

 ――どうやら、機嫌を損ねずに済んだようだ。ヒスは内心ホッとしながら報告を続ける。

 

 「そして同年304日、第6惑星土星の衛星、タイタンにて何らかの作業を行ったと見られますが、偵察部隊が詳細を報告する前に撃破されてしまったため、不明です」

 

 その報告にはさしものデスラーも眉がわずかに動く。何の結果も出さずに敗退するなど、誇りある大ガミラスの恥だと言わんばかりに。

 その事を察しながらも己が職務を遂行すべく、ヒスの報告が続く。

 

 「同年309日、ヤマトは地球側が準惑星と呼ぶ冥王星に築いた、太陽系における我が軍最大の軍事拠点、冥王星前線基地に攻撃を仕掛けました。冥王星前線基地から退却した、副官のガンツが持ち帰ったデータによりますと、ヤマトは冥王星前線基地の全兵力、超大型ミサイル40発とデスラー総統が遣わした援軍含め、デストロイヤー艦120隻の艦隊、それに反射衛星砲の全てを退けて前線基地を撃破」

 

 その報告に改めて将軍達が顔を顰める。たかが戦艦1隻の戦果としては、ガミラスの目から見てもあまりに常識から外れている。

 

 「また、この戦闘でヤマトはタキオン波動収束砲を使用していません。つまり、ヤマトはタキオン波動収束砲の威力に頼ることなく、この戦果を挙げたことになります」

 

 その補足でとうとう会議に参加した将軍達が呻き声を上げる。

 戦略兵器に頼らずにそれだけの戦果を挙げたとなれば、推測されるヤマトのスペックは勿論の事、指揮官やその手足となって動くクルーの能力も凄まじい事になる。

 一方的に弄っていたはずの地球の思わぬ反撃に、歴戦の兵達もこれは空想の産物ではないかと疑いたくなる。だが、それをしてしまってはいよいよ敗北が濃厚になると、懸命に現実として受け止めた。

 

 「この事から推測されるヤマトのスペックは、我が軍の最新鋭宇宙戦艦、ドメラーズ級を遥かに凌ぐ事が判明しています。特に機関出力は、タキオン波動収束砲の仕様等から推測するに、ドメラーズ級の3倍以上――つまり波動エンジン6基分以上が確定しております」

 

 報告するヒスも頭が痛くなってきた。

 ヤマトがデスラーの言うように並行世界から漂着した艦だとしても、正直行き過ぎだと感じる。恐らく地球製なのは疑いようが無いだろうが、下手をするとその世界の地球は、科学力に関してはガミラスと同等、もしくは凌駕している可能性も否定出来ない。

 最低でも、軍事に関わる科学力、造船技術は同等だろう。

 だとしても、戦艦1隻にこれほどの性能を詰め込むとは――正気の沙汰ではない。万が一にも反乱など起こされたら、どうするつもりだったというのだ。

 

 「ガンツが持ち帰ったデータの内、映像記録がこちらになります」

 

 モニターに映し出されたのは、冥王星前線基地の猛攻を前に果敢に立ち向かうヤマトの姿。超大型ミサイルの猛攻も、艦隊による包囲も、全て巧みな操艦と攻撃目標の選択によって見事に耐え凌いだ。艦の性能も素晴らしいが、やはり指揮官の采配の素晴らしさも際立つ。

 

 「また、ヤマトは反射衛星砲の攻撃には対処しきれず、計3発の被弾で1度は冥王星の海洋に沈みましたが、事前に発進していたらしい敵新型機動兵器の攻撃で基地が破壊されてしまいました。敵新型機動兵器は、全高8m未満の大きさでありながら、我が軍の超大型ミサイルにも引けを取らない威力の戦略砲を搭載していたことが、この戦いで判明いたしました」

 

 モニターに流れる映像には、海面下の基地に向けてサテライトキャノンの狙いを定めるGファルコンDXの姿が映し出されている。

 まるで輝く羽を広げたかのようなシルエットには、デスラーを除いた将軍達が唸る。

 最近強化パーツを付けてガミラスの宇宙戦闘機に迫る機動力を手に入れ、持ち前の火力と運動性能にも磨きをかけたロボット兵器と同じく、戦闘機を模した強化パーツを装備した姿は、お世辞にも洗練されているとは言い難い。

 

 だが、その威力は本物だった。映像には両肩の大砲から強力なビームを発射し、海面下の基地をただの1撃で吹き飛ばす悪魔の姿がやや不鮮明な部分があれど、納められていたのだから。

 

 「艦載機にこのような火力を持たせるなんて……地球人は何を考えているのだ……!?」

 

 衝撃的な記録に将軍の1人が呻き声を出す。ガミラスでは航空戦力にこれほどの過剰火力を持たせることは絶対にしない。

 万が一の反乱も懸念されているし、何よりガミラスは大艦巨砲主義に根差した戦術思想を持つため、火力が欲しければ艦艇を使うのが一般的で、航空戦力の仕事は基本的に対航空戦力と敵艦隊の攪乱が主だ。

 

 これはガミラスが交戦した事のある惑星国家の全てにおいて共通している事で、「戦闘機に戦略兵器を標準装備する」発想自体がすでに時代遅れの産物なのだ。

 これも惑星間戦闘というスケールの広さと、それを可能とする宇宙戦艦の強力さに由来している。

 逆に、どの国家も惑星の中での戦争を繰り返していた頃は、航空戦力が戦いの主役となり、その過程で戦略装備を運用可能な戦闘機が登場する事ともあったが、全て過去の話だ。

 

 「また、映像や被害から推測するとこの砲は、恐らくタキオン粒子砲の一種であり、タキオン波動収束砲を機動兵器でも使えるように手直しした物と思われます。威力はオリジナルのタキオン波動収束砲には到底及びませんが、それでも戦局を左右するに足る威力があり、並大抵の手段では防ぐ事が出来ないと考えられます」

 

 窮鼠猫を噛む。そんなことわざが将軍達の脳裏をかすめる。イスカンダルの支援を得たとは言っても、自力で自らの太陽系を出る事も叶わない未熟な文明が、これほどの兵器を作り上げるとは……。

 必要は発明の母とは本当らしい。

 

 「その後ヤマトは、冥王星軌道の外側にある小惑星帯に身を潜め、冥王星基地を脱出したシュルツ以下、残存艦隊と交戦、これを撃破した模様です。先の戦略砲搭載型機動兵器も、通常兵装でこの戦闘に参加、それ以前に交戦した機動兵器とは別格の強さで我が軍を翻弄しています。また、この際ヤマトは周囲のアステロイドを何らかの装置で制御して攻防一体の戦術を披露するなど、ヤマトの戦い方は我々の常識では測れないものがあると言っても、過言ではないでしょう」

 

 予想だにしなかった地球の抵抗に、将軍達の顔色も冴えない。

 勿論、ガミラスの全力を叩きつけてやれば勝てない相手ではないだろう。所詮は1隻だ。が、1隻だからこその身軽さが、大艦隊との戦いに慣れたガミラスの裏を突けている気がする。

 

 数に頼った飽和攻撃を掛けたくても、あのタキオン波動収束砲を使われたら甚大な被害が出る。今の所収束射撃しか確認されていないが、広域放射が出来ないという保証がない。

 また、包囲殲滅も同士討ちの危険性を考慮すると自ずと数と隊列に限界がある。そしてヤマトは、単艦に対して密集可能な限界数と対等に渡り合った実績がある。

 血を流す覚悟無くしては決して勝てない強敵と言えよう。

 

 「同年334日、ヤマトは修理を終えたようで、小惑星帯から発進した事が確認されています――これが、現状得られているヤマトの全てです」

 

 それでヤマトの動向に関する報告は全て終わった。

 

 「総統、現在我が軍はヤマトに十分な戦力と労力を割ける状態にはありません。かと言って、半端な戦力を差し向けたとしても返り討ちに遭う危険性があります。そこで、艦隊戦力ではなく罠に嵌めて撃滅する方が得策だと考えます」

 

 ヒスの反対側に控えていたタラン将軍がそう進言する。

 タラン将軍はある意味デスラーが最も信頼する参謀と言っても過言ではない。政治面なら副総統のヒスが、軍事では現在本星を離れて大マゼラン防衛の為、ルビー戦線に赴いているドメル将軍が勝るが、彼は政治と軍部の双方に精通している。

 基本的に軍事も政治も統率しているデスラーにとって、両方の面で補佐を頼める優秀な人材だった。

 

 「ヤマトは恐らく長距離ワープの事前テストを兼ねてと思われますが、太陽系から4.25光年の距離にあるプロキシマ・ケンタウリ星系にワープアウトが確認されています。その星系の第1番惑星には、我が軍の採掘部隊が派遣されています」

 

 眼前のモニターに小規模ながら資源採掘を行っている工作艦の姿が映る。ガミラスの宇宙船の中でも最大級の大きさで、惑星からの資源採掘や浮きドックの代わりも務まる艦艇だ。

 

 「この惑星は恒星との距離が非常に近く、恒星に面した面は極めて高温になります。特にこの恒星は閃光星であり、その活動には波があります。しかし、それ故に他の星では余り類を見ない、特殊な耐熱金属資源を確保出来る星でもあります」

 

 タランの説明に合わせてモニター上にはその資源に関する簡略な資料が表示される。

 当然ガミラスはその金属資源を採掘している。地球攻略は早急に終わらせることが望ましい状況だが、兵站の確保を疎かには出来ない。

 恒星間航行可能な宇宙戦艦に使える金属資源は貴重だ。

 ガミラスが盛んに版図を広げに掛かれるのは、母星であるガミラス星にガミラシウムと呼ばれるエネルギー資源があり、ガミラス星が属するサンザー恒星系とその近くの恒星系にコスモナイトが豊富に埋蔵されているからだ。

 これがガミラスの宇宙進出を助けてくれていた。

 

 「恐らくヤマトは大規模な修理作業で資源を枯渇しかけている事でしょう。だとすれば、ヤマトはこの恒星系内で鉱物資源の採取を行う可能性は高いと思われます」

 

 タランの発言に将軍達も頷く。確かに単艦での作戦行動、しかも何が起こるかわからず常に自給自足していかなければならないヤマトの状況を鑑みれば、資源は喉から手が出るほど欲しいはずだ。

 

 「ですので、我々はこの星に罠を張ります。他の星は資源の採掘には向かない褐色矮星と、目ぼしい資源の無い岩石惑星のみですので、ヤマトは資源を求めてこの惑星を訪れると考えられます。予想されるヤマトの航路上に資源を得られそうな恒星系は決して多くありません。貴重な機会を見す見す棒に振る事は無いでしょう。ヤマトが確実に惑星に降下するよう仕向けるため、すでにこの惑星から我が部隊は撤退させ、採掘跡は巧妙に隠蔽しております」

 

 モニターには予想されるヤマトの進路と、隠蔽工作について事細かに描かれている。予想では、ヤマトは褐色矮星である第三惑星方向からプロキシマ・ケンタウリ星系に侵入し、第二惑星を経由して第一惑星に向かうとされている。

 もちろんこれは、効率的な探査航路を模索しての結果だ。

 

 「ヤマトが資源採取の為に惑星に降り立った後、恐らくおざなりな調査しかしないであろう第三惑星に隠れた工作部隊が惑星の死角から軌道上に侵入し、総統の名前を頂いた新型宇宙機雷、デスラー機雷で惑星を封鎖いたします」

 

 モニター上にはまるで金平糖のような形をした、青色の宇宙機雷が表示されている。大きさは球体部分の直径が3m程、棘の部分を含めても6m程とかなり小さい。

 

 「このデスラー機雷は総統の名を頂くに相応しい、高貴な青に染められているため、宇宙空間での低視認性も備えておりますし、ステルス塗装も兼ねているためまず長距離用のコスモレーダーには引っかかりません。そのため、ヤマトは資源を得て意気揚々と惑星を出た所で、この機雷に包囲されることになります。後は、機雷の動きを制御するコントロール機雷の指示に従い機雷は徐々に徐々にヤマトを絡め取り、閉じ込めます」

 

 モニター上のシミュレーション映像では、機雷原に突入したヤマトが絡め取られる様が映し出されている。

 

 「このデスラー機雷はワープの空間歪曲に反応しても起爆しますし、ボソンジャンプ対策も施されています。とは言え、現在までヤマトがボソンジャンプを行使した事はありません。波動エンジン搭載艦艇のボソンジャンプが極めて危険であることは、両者をある程度研究すれば自ずと知れる事ですので、ヤマト側も承知であると思われます。が、エンジン停止状態なら話は別です。ヤマトの工作員が使用した例が冥王星前線基地の交戦記録にある為、この機雷はボース粒子反応を検出して起爆する様にプログラムもされています。残念ながら、ジャミングではジャンプそのものを阻害は出来ないため、このような対策を取るほかありませんでした」

 

 ガミラスはかつてボソンジャンプの技術を持っていたのだが、波動エンジンと波動エネルギー理論が構築されたあたりから、その相性の悪さが引き起こす大事故の危険性が示唆され完全に封印されてしまった。

 この時はまだ交流が活発だったイスカンダルの技術者の後押しもあり、封印は速やかに行われたと伝えられている。

 外敵に使われた時のためにジャミングシステムとその概要こそ残されたが、ボソンジャンプそのものを実行するための手段やそれに繋がりかねない技術や情報は残されていない。

 

 ジャミングシステムも、ユリカがスターシアから聞かされたように出現時の位置と時間の座標を狂わせて精密さを失わせると言うのがメインで、イメージ伝達の阻害は出来ない。

 勿論、ジャミング範囲内では入力にも誤差が生じるのだが、ボソンジャンプの申し子たるユリカと、その夫であるアキトの繋がりが凌駕した。

 あの時アキトが成功出来たのは、実は演算ユニットとユリカがリンクしている事が原因で、薬でも抑えられないユリカの無意識がアキトを失うまいと強く補正した事が原因であった。

 勿論、アキトもそしてユリカもこの事実を知らないのだが……。

 

 「本来であれば、機雷原突入と同時に起爆したい所ですが、ヤマトの防御力と機雷の移動速度を考慮すると、すぐに起爆することは叶いません。機雷の間隔を徐々に狭め、最終的に機雷の放つ電磁波がヤマトに接触したところで起爆し、ヤマトを吹き飛ばす予定です。艦隊を投入して艦砲射撃と合わせる事も検討されましたが、ヤマトには例の戦略砲撃を可能とする艦載機があります。恐らくヤマトは機雷原に囚われた直後、周辺の警戒のために出撃させるでしょうし、あの出力から推測される有効射程外から砲撃する事は、我が軍の艦艇でも叶いません。よって、本来は冥王星基地への援軍を予定していながら間に合わなかった、多層式宇宙空母3隻がアルファ・ケンタウリ星系に再度派遣されております。搭載された新型戦闘機と爆撃機による攻撃で、ヤマトの艦載機部隊を封じる手筈です」

 

 モニターに映ったのは、全通式の飛行甲板を3段備えたガミラスではポピュラーな宇宙空母の姿。ガミラス艦の標準色である緑と青と紫に塗り分けられている。

 

 「恐らくヤマトは人型による機雷の撤去作業を試みるはずです。あの手の機械類の器用さと汎用性は、ガミラスとしても認めざるを得ません。しかし航空攻撃を仕掛けられれば、機雷の起爆を阻止するため迎撃に向かわせざるを得ないでしょう。あの戦略砲が航空戦闘に向いているとは思えませんので、1撃で壊滅とはいかないはずです。人型が航空部隊で足止めされることで機雷を撤去する労力を得られず、ヤマトは紙飛行機の様に儚く燃え尽きる事でしょう」

 

 タランの提示した作戦にデスラーも満足げに頷く。だが、作戦はこれだけではない。

 

 「私としては、ヤマトにはここで終わってもらいたいのだが、万が一にもこちらの策に乗らなかった場合に備えて、もう1つ策を用意してある。尤も、それを披露するのはヤマトが無事に突破したら、の話だがね」

 

 万が一にもあるまい、という態度を示し不敵に笑うデスラー。

 

 しかし、その胸中は複雑だ。

 

 あの大氷塊から飛び出して以降、デスラーはヤマトの存在を大層疎まくに思ってきた。

 偉大な大ガミラスに歯向かう愚かな艦、野蛮人が得た身の丈に合わぬ超兵器。

 それがデスラーのヤマト評だった。だったのだが……。

 

 (冥王星前線基地攻略戦のヤマトの姿。滅びゆく祖国の為に死に物狂いで向かって来るあの姿。この上なく美しく、そして力強かった……)

 

 デスラーのヤマトに対する評価が変化したきっかけは、敵前逃亡というガミラスでは死刑確定の大罪を2度も犯したガンツが、それすら承知で持ち帰ったデータだった。

 本当はすぐに処刑してしまうつもりだったが、必死の形相でデータの重要性を訴えるガンツに僅かばかりの猶予を与え、超空間通信で送られてきたデータを目にする。

 デスラーにとって初めて目にするヤマトの奮戦ぶりを克明に記録した映像データは、彼の目を捉えて離さなかった。

 あれだけの猛攻を耐え凌ぎ、最後の最後まで諦めずついに圧倒的戦力差を覆したヤマト。

 しかも、超兵器タキオン波動収束砲を封じたまま。

 

 (どのような困難に直面しようとも、生き抜いて護り抜こうとする強い意志を感じる。記録映像だというのに、それが色褪せる事無く伝わってくるとは……あの戦いぶりには一片の曇りも無い、まさに守護者の戦いぶり。敵ながら……本当に素晴らしい戦いぶりだった……)

 

 デスラーは戦士だ。大ガミラス帝国を背負う戦士なのだ。だからこそ戦士の心が理解出来る、ヤマトの戦いを支える心の強さが手に取るようにわかる。

 それが生み出した美し戦いぶりには、本当に惚れ惚れした。

 繊細かつ大胆な操艦が生み出す美しさ。それに的確な攻撃で確実に障害を打ち払っていく力強さ。

 その2つを支えているのは乗組員の練度の高さもそうだが、艦としてのスペックの優秀さ、何よりその背に祖国の命運を背負っているという使命感の強さだろう。

 

 (頑ななスターシアをも動かした人間――ミスマル・ユリカ……と言ったか……その女性がヤマトの艦長か――会って話してみたいものだが……)

 

 その事実もまた、デスラーがヤマトに急速に共感を覚え始めた理由の1つだった。

 あのスターシアが、頑なに封印してきたタキオン波動収束砲を提供しても良いと考えさせるような人物とは、一体どのような人柄をしているのか。個人的な興味も尽きない。

 

 3週間前に事故でイスカンダルに墜落した護送船に乗っていた捕虜なら、案外知っていたのかもしれないと思うと残念だ。

 デスラーはイスカンダルに墜落した護送船の詳細を問い質そうとはしなかった。

 ただ乗員の生死に関してはホットラインで問い合わせたが、彼女は「生存者は地球人1名だけ」と返した。

 本当なら捕虜の引き渡しを求めるべきなのだろうが、デスラーは敢えてそのままイスカンダルに置き去りにすることを選んだ。

 スターシアは孤独だ。日々の変化も乏しいあの星においては良い刺激になるだろうし、彼女の話し相手になるかもしれないのなら、多少こちらが損をしても構わない。

 

 もしかしたら、甘んじて滅びを受け入れようとする彼女が心変わりする切っ掛けになるかもしれない。

 

 そう思ってデスラーは、生き残った捕虜に関する情報を握り潰した。

 ただ、デスラーは1つだけ問うた。

 

 君に接触した地球人について僅かでも良い、教えてくれないか――と。

 

 スターシアはデスラーの要望に、

 

 「ミスマル・ユリカと言う女性です。彼女は愛する家族の未来を護るために、ヤマトの艦長としてこのイスカンダルに向かっています。勿論彼女には、私が知る限りのイスカンダルとガミラスの状況を全て、教えています」

 

 とだけ答えてくれた。

 デスラーはそれで十分と霊を述べた後通信を切った。この時得た情報は、未だデスラーの胸の内に留めている。

 

 本来なら最後の切り札になるであろうガミラスとイスカンダルの関係すら知られていては、今後の戦略に修正が必要だろう。

 それに、スターシアは「ミスマル・ユリカ」なる地球人に共感を抱いている事が、僅かにだが見て取れる。

 戦う理由としては個人的だと思うし、そもそも人を愛するという事の理解が乏しいデスラーには、それで国や民族の運命を背負って戦えるものなのかと理解に苦しむところはある。

 

 しかし――護るべき何かの為に戦う事の意味と強さは、デスラーも知っている。

 

 もしもガミラスが今、苦境に立たされていなかったら――地球制圧がもっと余裕のある作戦であったとしたら――きっとヤマトとの戦いをお遊びとしか思えなかっただろう。

 ユリカなる人物がスターシアに接触しようとも、特に気にも留めなかっただろう。

 

 しかし、今のデスラーは違う。ある意味ではヤマトと同じ状況に立たされている。

 

 祖国を救う為、全てを賭して抗う立場に。それが「愛」だというのであれば、まさしくヤマトとデスラーは同じ動機で戦っているのだ。

 

 その奇妙な感覚がそうさせたのだろうか、貴重なデータを持ち帰ったとして、デスラーはガンツに温情を与え、今回の機雷網による撃滅作戦が失敗した時の為の後詰めを任せている。生還は望めない作戦だと念押ししたが、シュルツの元に逝きたがっている彼らには、どうやら最上の任務になった様だ。

 敬愛する上官を討ち取られ、ヤマトへの敵意に溢れているガンツは命と引き換えてでもヤマトを討ち取ると誓いを立て、デスラーが送り込んだ補給隊と接触し、作戦に必須の装備一式を受け取る算段になっている。

 しかし、デスラーはこの2段構えの作戦をもってしても、ヤマトを止められないのではないかと、第六感が警鐘を鳴らすのを感じている。

 

 ヤマトは強い。それは単に優れた宇宙戦艦だからではない。

 人の意思だ。途轍もなく強い人の意思だ。

 それがヤマトに常識を超えた強さを与えている。

 だとすれば、かつてイスカンダルで研究された事があるという、人の意思を体現するマシンだとでも言うのだろうか。

 

 「ガミラスの科学の粋を集めた宇宙機雷です。如何に強力な宇宙戦艦だとしても、地球人の科学力では突破は不可能でしょう」

 

 デスラーに誇らしげに語るタランの姿に、デスラーは部下としての頼もしさを感じると同時に、ヤマトに対する考え方の違いをはっきりと感じた。

 タランもヤマト攻略のために同じ資料を見ているはずだが、デスラーの様に妙な共感を覚えたりはしていないのだろう。

 

 「とは言え、不可能に思われた冥王星前線基地攻略を成功させた艦が相手。油断して足元を掬われないよう、2段構えの作戦を構築した次第です――あの艦は祖国の命運を背負って飛び出してきた、いわば地球人類そのもの。映像記録からでもヒシヒシと感じる強い意志に敬意を表して対峙せねば、勝てぬ相手でしょう」

 

 訂正、タランもヤマトの強さの本質を感じ取っているようだ。これだからこの男を傍らに置いておきたいと思うのだ。

 その時、タランの部下の1人が中央作戦室の入り口に立ち敬礼を掲げる。

 

 「ご報告いたします。ヤマトがプロキシマ・ケンタウリ星系を航行中です。予想通り、第三惑星を通過した後、第二惑星を向かっています。この様子では、第一惑星にも向かうでしょう」

 

 どうやら予想通りに事が進んだ様子。ヤマトはきっとこのまま第一惑星に降下して資源の採掘を始めるだろう。

 罠が張り巡らされているとも知らずに。

 

 いや、デスラーだけは罠の可能性を考慮しながらも敢えて資源を採掘し、どのような罠であっても食い破って航海を続ける考えなのだろうと予測した。

 ガミラスの未来すらも砕きかねないヤマトに敵意はある。しかし、それと同時に奇妙な共感を抱くのを止められない。

 そんな気持ちが出たのだろう。デスラーはある意味では現状に相応しくない、しかしヤマトなど歯牙にもかけていないとするのであれば、適切とも言える言葉を口にしていた。

 

 「ふふふ……では諸君、宇宙戦艦ヤマトの無事を祈ろうではないか」

 

 従者が用意したグラスを掲げて不敵の笑みを浮かべる。グラスに映る自分の顔を見て、これなら妙な誤解は招くまいと安堵する。

 その時「ガハハハッ!」と不愉快な笑い声が耳に飛び込む。

 デスラーは不愉快そうに視線を送ると、

 

 「ヤマトの無事を祈るとは! 総統も相当、冗談がお好きなようですな!」

 

 と太めで髭を生やした中年の将軍が笑っているではないか。

 デスラーは無言で座席左側の肘掛けの一部をスライドさせ、タッチパネルを露にすると手早く操作した。

 その瞬間、下品な笑い声を上げていた将軍が座席毎床下に引き込まれて消え去る。その様を見ていた将軍達は視線を逸らし、素知らぬ顔で無言を貫く。

 

 「ガミラスに下品な男は不要だ……」

 

 そう言って改めてグラスを掲げる。その頃には全員にグラスが行き渡り、皆一様にグラスを掲げて、

 

 「デスラー総統ばんざぁぁい!」

 

 と唱和する。

 デスラーはそれを聞きながらグラスの中の酒に口を付ける。

 

 (さて、どうなるヤマト? ここで終わるとは思わんがね?)

 

 デスラーは早々にヤマトに消えて欲しいという気持ちと、ヤマトと直接対峙してみたいという気持ちがせめぎ合うのを感じながら、酒を飲み干した。

 さて、この作戦の結果が楽しみだ。

 

 結果が出るまでは、ガミラスの移民計画に関しての修正案について検討を進めるとしよう。

 地球の確保が遅れるにしても、カスケードブラックホールにガミラス本星が飲まれる前に国家を維持する対策を完了せねばならないのだ。

 それはガミラスの総統として、努々疎かに出来ない事案であった。

 

 

 

 

 

 

 宇宙戦艦ヤマトは、太陽系に別れを告げるワープ航法を終えた。

 青い閃光に包まれながら滲みだすように通常空間に復帰するヤマト。

 その輝きが消え去り本来の姿を現したヤマトの姿に、ワープテストの時のような傷は見えなかった。そして、以前とは違い安定翼を開いた姿でのワープであった。

 

 「ワープ終了!」

 

 操舵席でワープレバーを引き戻した大介が報告する。各計器はヤマトが無事に通常空間に復帰した事を告げている。

 予定通り、地球から4.25光年離れたプロキシマ・ケンタウリ星系の近海に出現していた。

 眼前には(宇宙規模の視点で)それほど離れていない恒星が1つ確認出来る。

 

 「艦の損傷認めず」

 

 艦内管理席の真田が計器をチェック。ヤマトの各所に設置された自己診断システムは異常が無いと知らせる。が、念のため工作班の面々を各所に派遣してチェックさせよう。

 

 「波動相転移エンジン、異常無し。引き続き検査を続けます」

 

 機関管理席のラピスも計器上はエンジンに異常が無い事を報告する。

 

 「どうやら上手く行ったみたい。私も特に何ともないみたいだし」

 

 艦長席のユリカがほっとした声を出す。

 前回のワープでは終了直後に気絶してしまったことを気にしていたのだが、どうやら今回は大丈夫だったようだ。

 

 「ええ、どうやらヤマトの改装作業は成功したようです――長い足止めも、悪い事ばかりではなかったようですね」

 

 真田が部下の報告を受け取りながらそんな感想を口にする。

 冥王星前線基地で大損害を受けたヤマトの修理は長期化し、25日も足止めを食らった。

 

 だが転んでもただでは起きないのがヤマト魂!

 

 修理が長期化する事が明白となった瞬間、真田とウリバタケは各部署の総責任者と一緒に会議を招集。

 発進から冥王星基地攻略作戦までのわずかな運用データではあるが、それと各部署の意見を聞いて回って出来る限りの改修作業を行ったのだ。

 

 まず最初にトラブルを起こした装甲の支持構造は、部品の品質と取り付け時のヒューマンエラーが主な原因だったようで、修理作業に並行したわずかな補強と手直しで想定値に近づける事が出来たはずだ。

 次に主砲や副砲、パルスブラストと言った重力波兵器。動作自体は問題は無いが、実戦で獲得したデータを基に、エネルギーの消費量やら重力波の収束率等に微調整が加えられた。これだけでも幾分違うはずだ。冷却装置にも少しだが手直しを加えたので、少しは連続使用時間が延長されたはず。

 衝撃で破損したり不具合を起こした部位は、やはり修理と並行して改修され、少しでも信頼性を高めるべく工作班の苦心が垣間見える。

 

 そして、一番の問題児である波動エンジンも再調整を加えていた。

 航行も戦闘もしないのなら、相転移エンジンの供給だけで賄えなくも無いので、特にトラブルを起こしていない6連相転移エンジンは稼働したまま波動エンジンを停止。

 1度熱で溶けたり折れたりしたエネルギー伝導管やコンデンサーも含めて、再度徹底的な検査が行われた。

 タイタンでの改修はやはり上手く行っていたようで、冥王星での激戦を経ても深刻なトラブルを起こす事は無く、その部位に目立った破損も不具合も見られなかった。

 が、問題が皆無というわけではない。

 

 確かにワープや波動砲の様に大量のエネルギーを1度に消耗したわけではないが、主砲や副砲にパルスブラスト。おまけにディストーションフィールドにディストーションブロックと、とにかく長時間に渡って大量のエネルギーを湯水の如く使いまくった。

 そのおかげでエンジンは常に全力回転を余儀なくされたし、被弾による衝撃等で制御システム等に小規模のトラブルが頻発。機関班はエンジンを保つのに大奮戦を余儀なくされたのである。

 

 その忙しさは戦闘班と比べても遜色が無いとまで評され、戦闘終了後は互いの健闘を称え合って仲の良くなった班員が多かったと聞く。

 なので、折角の停泊の機会に徹底して調整作業が行われるのは必然と言えた。

 

 「ワープによるエンジンの損傷を認めず。出力の回復も順調――再調整の甲斐があったようです」

 

 再調整の甲斐もあって、ヤマトの艦体は勿論、エンジンへの反動は見られない。

 タイタンでの改修の際は、時間的余裕の無さもあって破損した部品の交換と大雑把な調整しか出来なかったが、カイパーベルトでの長期修理中に時間をかけて調整した結果がちゃんと表れているようで、ラピスも満足気だ。

 後は、試射以降使用の機会に恵まれていない波動砲だ。改修したエンジンに妙な反動が生じないかどうかが気がかりである。

 

 「改装した主翼もワープ航法時のスタビライザーとしてちゃんと機能したようです。上手くいって良かった、これでワープ航法時の人体への影響を減らせると思います」

 

 そう、ヤマトが安定翼を開いたままワープした理由は、改装によってワープ航法時の衝撃を減らすスタビライザーとしての機能が開放されたからだ。

 改装された安定翼は重力波放射装置に手を加える事でタキオンフィールドを展開可能になり、それによってワープ航法開始時と終了時、つまり次元の壁を超える際の艦の安定を保ち、人体に掛かる加速度等の衝撃を和らげる保護バリアの役割を果たしてくれる。

 従来のヤマトの場合はそんな事をしなくても乗組員が慣れさえすれば問題無かったが、今回は重病のユリカが居る。それに、ヤマト自身身の丈に合わない改装で安定性に欠けると考えた真田が、少しでも信頼性を高めるために再建時に考案し実装していた機能だ。

 

 この発想に至った理由は、惑星の大気圏や宇宙気流の中、場合によってはガス雲の中くらいでしか用途が無く、使用頻度自体決して高く無いがオミットするには……というポジションだった安定翼なので、使い道を増やしてデッドウェイトにしないようにと言う考えである。

 ので、ワープのデータが得られてから段階的に改装していく予定が出航当時からあり、重力波放射機能を付加されていたのもその改装を視野に入れた設計の恩恵だ。

 

 技術的にはサテライトキャノンのリフレクターユニットと似た様な物なので、サテライトキャノンの研究・運用データが参考とされている。

 さらに、もう1つ秘匿されているシステムを使用するためにも必要な改装なので、折を見てそちらのテストもしてしまわなければならないだろう。

 

 真田は予想以上に上手くいった事に満足している。これで、ユリカの病状の進行が少しでも抑えられたら幸いだ。勿論、戦闘やトラブルで負傷者が出た時も、負傷者への負担を減らしつつ航行を続けられるというのは大きい。

 改装には怪我人の治療を終えて少し手の空いたイネスの協力もあったので、思いの外スムーズかつより高い完成度で仕上がった。やはり彼女は素晴らしい頭脳の持ち主だと改めて感服する。

 今後とも、仲良くしていきたい所だな、と真田は1人頷いた。

 

 「よし! じゃあ点検作業を続けながら、通常航行でプロキシマ・ケンタウリ星系に接近。可能であれば惑星から資源を採取しつて、それが完了次第、次の経由地であるオリオン座のベテルギウス近海に向けての大ワープテストを実行します。今度は地球から約642光年、現在地からでも638年は離れた遠方にワープするからね!」

 

 チェックを怠らないようにと釘を刺すユリカに、特に真田とラピスが強く頷く。

 航行責任者の島も関係者ではあるが、彼の場合はメカニズムに対してではなく、ワープの航路計算や天体観測データによる航路算出等が主だった仕事なのだ。

 なので、早速航路計算に移らなければならない。

 

 「それじゃあルリさん。すみませんがプロキシマ・ケンタウリ星系の観測と、そのデータ解析をお手伝い願えますか?」

 

 島はそうルリに要望を出す。一応電算室はハリでも扱えるが、ハリは航海班の副官として、一緒に航行艦橋である第二艦橋での解析作業に同席して貰いたい。となると、ルリか雪に頼むしかないのだ。

 地球からの観測では、1つ惑星が存在する事が観測されているが、もしかしたらヤマトの距離からなら発見されていない他の星があるかもしれないし、発見されている惑星にしても、有用な資源を得られるかもしれない。

 ヤマトの倉庫事情は依然厳しいままなのだ。

 

 「わかりました。すぐに始めますか?」

 

 「そうですね。自動操縦にセット、第二戦速でプロキシマ・ケンタウリ星系に向かって航行する様に設定しました。到着予定は10時間後を予定していますから、十分時間がありますね」

 

 島の操作で自動操縦に切り替わったヤマトは、安定翼を格納してメインノズルを点火。悠然と宇宙を航行し始める。

 

 「では、私も機関室に降りてエンジンの様子を直接見てきます」

 

 ラピスも機関制御席を立って早々にエレベーターに足を向けている。

 

 「艦長。俺も同行して構いませんか? 波動砲の制御装置の様子を見ておきたいので」

 

 「別に良いよ~。職務熱心でお母さん嬉しいよ……」

 

 よよよよ、と言った感じで涙を拭う振りをするユリカに「では失礼します」と、進は全く取り合う事無くラピスと一緒に第一艦橋を後にする。

 いい加減ユリカのあしらい方を学んだらしく、以前の様に赤面したり過剰に反応して恥ずかしがる事はほぼ無くなっていた。

 そのおかげか、自分の感情をコントロールする術も学んできたようで、ヤマト乗艦直後に比べると、直情的で熱血漢な部分が適度に抑えられつつあるようだ。

 

 「……進のイケずぅ~」

 

 顔の前で両手の人差し指を「ちょんちょん」とぶつけながら嘆くユリカだが、第一艦橋に残ったクルーは誰も取り合わない。

 通信席でエリナが右手で額を抑えて「はあ~」と溜息を吐いていた事が、ユリカの態度に対する唯一の反応と言って差し支えないのかもしれないが。

 

 

 

 進とラピスはエレベーターに乗りながら言葉を交わす。内容は普通に職務に関わらる事なので、2人とも真剣な表情だ。

 

 「ラピスちゃん、今のエンジンの状態で波動砲を使ったとしたら、問題出ないと思うか?」

 

 「難しい質問ですね。確かにエンジンも波動砲も、テストの時から可能な限りの改修は加えています。しかし、あれから波動砲は1度も使っていませんし、改修内容が正解なのかどうかは、やはり実用データが無いとはっきりとしたことは言えません」

 

 機関長として現状を正確に伝えるラピスに、進も「そうか……」と頷く。

 確かに発射時のデータを基にエンジンも波動砲の関連装置も調整を加えている。勿論ラピスはエンジンの改修と調整に自信を持っているが、だからと言って不安が消え去ったわけではない。

 

 「改装を訴えたユリカ姉さんには悪いと思いますが……やはりこの改装は無茶だったとしか考えられません。エンジン制御はまだ何とかなります。実際多少の不具合こそ起こしましたが、冥王星海戦では最後まで戦い抜く事が出来ました。しかし、ワープに比べて波動砲の負担は大き過ぎます」

 

 波動砲発射後の波動エンジンの惨状を思い出してラピスは身震いする。

 ワープの時も、エネルギー伝導管が溶ける被害を被ったが、比較的修理は簡単だった。その後の改修も上手くいっているようで、このプロキシマ・ケンタウリ星系へのワープでもトラブルを起こしていないようだ。

 

 しかし、波動砲はもっと酷かった。

 エネルギー伝導管どころかコンデンサーも複数破損してしまった。それに波動砲口周辺の装甲板にも亀裂が入った。

 幸いにもライフリングチューブや2つの収束装置は損害を免れたようだが、波動砲の反動の大きさに一抹の不安を覚えたのも事実。

 勿論、あの時の甚大な被害は本来反動を吸収してヤマトを空間に固定するのみならず、艦全体の保護にも使われる重力アンカーが正常に作動しなかった事も原因ではあった。

 一応、あの時の経験を基にした改修を行い微調整を繰り返しているが、やはり撃ってみないとわからない。

 

 「単発での発射なら大丈夫だと思います――でも、連射の反動に耐えられるかどうかは保証出来ません……ユリカ姉さんは、一体どうして波動砲の連射なんて考えたんでしょうか? そのためのエンジン強化のおかげで、冥王星基地攻略を成したと言えなくも無いですが、そもそもあそこまで過剰戦力をぶつけられたのはトランジッション波動砲のせいじゃないかって、思うんです」

 

 ラピスの意見は尤もだと進は考える。とは言え、波動砲は例え1発であっても想像を絶する威力の超兵器であることに変わりない。

 結局、波動砲の存在が敵を刺激したには違いないだろう。それに……、

 

 (ガミラスはやけに必死だった。波動砲が怖いのはわかる。だがそれでも……たかが1隻に過剰戦力も辞さないなんて、自分達の優位性を信じて疑わなかったガミラスにしては、やけに切り替えが早くないか?)

 

 進はそこが気掛かりだった。如何にヤマトが強力でも、所詮は1隻。

 直接戦闘指揮を執る事は無かったが、冥王星海戦の時の敵艦の数は些か大袈裟に思える。

 進が知るガミラスだったら、自分達の優位性を疑う事無く、それこそゲーム感覚で適当に叩こうとするのが常だと思う。

 

 それなのに、いきなり形振り構わない全力を尽くしてきた。

 勿論冥王星前線基地にとっては目の前の脅威だからわからないでもないが――それだけでは説明が付かない必死さを感じた気がする。

 進はアキトと共に、ヤマトに恐れを抱いている基地要員の姿を直接見ているのだ。

 

 あれではまるで、ヤマトがガミラスそのものにとっても脅威になると言わんばかりの慌てようだった。

 

 「確かにトランジッション波動砲は過ぎた力だと思う。だけど、その存在が俺達の航海の安全を守ってくれている気もしてるんだ。あれだけの超兵器、向けられたくないのは誰だって一緒だろうしね」

 

 進は努めて冷静にラピスに自分の意見を言う。幾ら機関長の任を拝命しているとはいえ、まだ13になったばかりの少女なのだ。それに、進にとっては可愛い妹分。徒に不安がらせることは言いたくない。

 

 「それだと良いのですが……」

 

 それでもラピスの表情はあまり明るくない。そんなラピスと一緒に、進はヤマトの機関室に足を踏み入れる。

 

 艦首側にあるドアを潜れば、眼の前にはワープエンジンを含めれば、全長が160mにも達する長大な6連波動相転移エンジンがその威容を見せつける。機関室にある部分だけなら110mと幾分短くなるが、従来の地球艦艇では類を見ない超大型複合エンジンだ。

 その先端部分に、波動砲の薬室と突入ボルトを兼ねている6連相転移エンジンがある。

 回転弾倉式拳銃用のスピードローダーを彷彿とさせる、実包のような配置の小相転移炉心。

 中央にある動力伝達装置とも呼ばれる波動砲の薬室部分。

 

 「何時見ても、凄いよなぁ……このエンジン」

 

 「ええ。ナデシコCと比較しても24倍以上ですからね、最大出力だと」

 

 ラピスの言葉に改めてこの巨大連装エンジンの凄まじさがわかる。

 そもそも、従来の相転移エンジンでは最高クラスの出力を誇っていた改修後のナデシコCのエンジンよりも、眼前の小炉心の方が出力は上だ。それが6つ。

 大炉心の方は、エネルギーの収束と波動エンジンへの供給用でエネルギーを生み出していないから除外しても、この部分だけでナデシコCの4倍近い出力がある。

 その出力が、波動炉心で波動エネルギーとして出力されると、6倍化されて24倍もの大出力を生み出す。

 333mと言うサイズの宇宙戦艦には、あまりにも過大な出力だ。

 

 「それに、その出力も技術的に未熟でエンジンのポテンシャルを引き出せていない現段階での話ですから、もっと理解が進んで、ポテンシャルを引き出せるように手を加えたら……」

 

 もっと増える。ラピスは暗にそう告げた。

 それは、ガミラスで最も交戦経験が多いあの駆逐艦クラスと比較しても、8倍越えと言う絶大な出力差を持っている。

 それが生み出すパワーを利用した攻撃力と防御力、そして機動力。それらを最大限に生かしたヤマトはあれほど苦戦を強いられていた、いや、そんな表現すらも生ぬるい程圧倒されていたガミラス艦隊相手に、真っ向から立ち向かえるだけのポテンシャルがある。

 再建される前のヤマトのスペックも把握しているが、炉心の強化によるパワーアップは凄まじく効果的だったと言える。

 もしもこのエンジンを採用していなければ……仮に主砲を重力衝撃波砲に換装しようが、ディストーションフィールドを搭載しようが、ヤマトはもっと不利な戦いを強いられていただろう。

 勿論、過大な出力の対価として艦全体の完成度を低下させ、旧ヤマトでは乗り越えていたであろう問題が幾つも再発し、未だ根治に至っていない。

 

 「最初に出航した時は、これでガミラスに勝てるって……単純に浮かれてたんだよな」

 

 「はい。あの時はそれが当然だと思いますけど、浅はかだったとも思っています」

 

 あの時の進達は、ようやく対等になれた事にだけ意識が向いていて、その力が何をもたらすのかまでは考えていなかった。

 恐らくユリカ以外は、同じだったはずだ。

 

 「あ、機関長! それに古代さんも!」

 

 眼前で相転移エンジンと波動エンジンを繋ぐ、エネルギー整流装置――スーパーチャージャーに取り付いていた太助が、並び立って歩く2人に気付いて敬礼と挨拶をする。

 その陰になるところで整備作業を手伝っていた山崎も、油汚れで黒くなった手をウエスで拭いながら太助同様に敬礼と挨拶をした。

 

 「機関長、ワープ後の確認作業ですか?」

 

 「はい、山崎さん。第一艦橋の計器だけでは全貌がわかり難くて……」

 

 機関制御席だと全体のエネルギー管理やエンジンの自己診断システムによる状況はわかっても、実際のメカニズムの具合はわかりにくいのだ。

 

 「古代さんはどうしたんですか? 戦闘班長が機関室に用って事は……」

 

 「ああ、察しの通り波動砲に用があるんだ、徳川」

 

 一応進の後輩に当たる太助なので、2人の間には多少の上下関係があった。

 と言っても、ユリカに毒された進は割とフレンドリーで、修理作業の時も波動砲絡みで何度か機関室に足を運んだ進なので、この場に現れてもあまり嫌な顔をされていない。

 何しろ波動砲の引き金を引くのは進なので、気にするのも当然だろうと思われているのである。

 

 ただし偶に“進お兄さん”と笑われるが。

 

 「なあ徳川。お前から見てトランジッション波動砲のメカニズムに、何か疑問とかは無いのか? ほら、イスカンダルからデータが送られて来たんだろ? そこに何か良くわからないものがあったとか」

 

 そう言われて太助は答えに窮する。所詮下っ端に過ぎない自分が告げて良いものなのか判断に困ったのだ。そう、進の疑問の答えは太助も、いや機関士なら全員が知っている。

 

 「古代さん。疑問に思われている通り、波動砲には……正確には、それも含めたエンジンの制御システムには、ハード・ソフト両方にブラックボックスがあります」

 

 太助の隣にいた山崎がそう答える。進の隣のラピスが「構わない」と目で告げたのに気づいたからだ。

 

 「ブラックボックス?」

 

 「ええ。トランジッション波動砲や6連波動相転移エンジンの制御システムには、普段は機能していない正体不明のシステムが組み込まれています――例の通信カプセルを覚えていますか?」

 

 「はい。ユリカさんが、サーシアさんってイスカンダルの人から受け取った、あのカプセルですよね?」

 

 進の答えに山崎も太助も頷く。

 

 「古代さん、実は、その通信カプセルがエンジンの制御装置に組み込まれてるんです。提供された図面に、必ず制御装置に組み込むようにと指示が書かれていたんですよ」

 

 太助が困惑気な表情で告げると、進は大層驚いた様子で「あのカプセルが?」と少々間抜けな声を出す。

 

 「そうなんです。私も組み込む前にルリ姉さんに解析を依頼したんですけど、プログラムの中に解析出来ない部分があると報告を受けて、ブラックボックスの存在が判明したんです。とは言え、無理に抉じ開けて駄目にしてしまっては本末転倒でしたし、当時の私達の技術力だと、このエンジンの制御プログラムを完成させられなかったので……」

 

 悔しそうなラピスに「仕方ないじゃないか、未知のエンジンなんだから」とフォローをしながらも、進はさらに追及してみる。

 すると、組み込んだ通信カプセルは確かに通常時にはエンジンの制御プログラムとして機能していて、膨大なエネルギーを生み出すエンジンを事細かに制御している。

 

 しかし、エンジンに組み込んでみた後判明した事があった。

 てっきり制御に必要と思われていたブラックボックス部分は、全く動作していない事が判明したのだ。

 しかも、それ以外の制御プログラムはルリ達にも解析出来た部分であり、エンジン制御はそこでのみ行われていたのだ。

 また、トランジッション波動砲にも使われていないハードウェアが組み込まれていて、それも波動砲を発射するまでは存在が知れないようにと巧妙に隠蔽されていたと言うのだ。

 

 今の所問題は出ていないが、それが何を意味しているのか未だに解析出来ていない。

 機能していないのに、ブラックボックスは他のプログラムやハードウェアと密接に絡んでいて、手が出せなかったのである。

 

 「ユリカさんには報告したのか?」

 

 「ええ、でも艦長が放っておいて良いと取り合ってくれなくて……まあ、ヤマトの再建に最初から関わっている人ですし、僕達には知らされていない秘密の1つや2つあるのかもしれないですけど、ちょっと不安ですよ」

 

 「ユリカ姉さんはイスカンダルは信じて大丈夫だから、必要な物なんだよって言っていましたし、凄く自信たっぷりだった事もあってそれ以上追及するのが憚れて……」

 

 ラピスの補足に進も「ふむ」と頷く。

 

 「わかった、とりあえずこれ以上の追及は無意味そうだし止めておくよ――とにかく、現状波動砲に問題は無い、と考えて良いんだな?」

 

 進の言葉にラピスは勿論と頷く。エレベーター内で話した通り、不安は残るが単発での使用なら恐らく大丈夫だ。

 

 「ただ、繰り返しますが連射の反動はまだ不安が残ります。それに、ワープ直後の使用は艦体に負荷が掛かって損傷する危険があります。威力もそうですが、ヤマトへの負担を考えると安易な使用は首を絞めると考えて下さい」

 

 ラピスに念を押されて「わかった、気を付けるよ」と朗らかに答えて進は機関室を後にする。だが機関室を出る時に、6連炉心を一瞥する。

 

 機関室を出て、第一艦橋には戻らず格納庫で機体の整備作業をすると断りを入れてから格納庫に入り、愛機であるコスモゼロの格納スペースに入り込むと、コックピットの中に滑り込んでハッチを閉じる。

 

 「なるほど。波動砲とエンジンにブラックボックスか……となると、これがユリカさんとイスカンダルの秘密に繋がってるみたいだな」

 

 何故波動砲のデータ、それも旧ヤマトを凌ぐトランジッション波動砲を地球に提供したのか。それと密接に絡んだ6連波動相転移エンジン。

 そしてハードとソフトの双方に仕込まれた、ブラックボックス。

 進は着実に答えに近づいていると、感が囁くのを感じた。全ての謎が解けた時、果たして真実を受け止められるのかはわからない。

 

 だが、漠然と如何なる真実であっても受け入れなければならないと感じ取っていた。

 

 

 

 10時間後、ヤマトはプロキシマ・ケンタウリ星系に接近していた。丁度第三惑星である褐色矮星が進路上にあるが、あれは木星などと同じくガスの塊の天体、と言うより太陽のなりそこないと言われることもある天体なので、ヤマトが欲する資源を得ることは出来ない。よって詳細な調査予定が無い。

 

 「何か、太陽に比べると可愛らしい大きさだね」

 

 マスターパネルに映るプロキシマ・ケンタウリの映像と比較された太陽の大きさを見て、率直な感想を漏らすユリカ。

 

 「確か、プロキシマ・ケンタウリは赤色矮星だから、恒星としては特に小さい部類に入るんじゃなかったかしら? ヤマトに乗る前に少し天文学を少し齧ってみた時に書いてあったけど」

 

 エリナがそんな補足を入れた瞬間、彼女は来た。

 

 「説明しましょう!」

 

 やっぱりか。と全クルーが心の中で呟いた。

 

 「調査時間を減らしたくないから手短に済ませるわね。プロキシマ・ケンタウリは地球から最も近い位置にある恒星で、赤色矮星という主系列星と呼ばれる時期の恒星としては最も小さい部類に入る星よ。大きさは大体太陽の1/7で、質量は1/8程、平均密度は40倍と言われているわ。ヤマトでの観測結果も大体合ってたわね。磁気活動によって不規則かつ急激に明るさが変化する爆発型変光星――くじら座UV型変光星の一種でもあるわね。赤色矮星は質量が小さく核融合反応が緩やかに行われるため、私達が良く知る太陽よりもずっと寿命が長く、それこそ宇宙創成からすぐに誕生した星ですら、まだ寿命を迎えていないと言われているわ。プロキシマ・ケンタウリは、地球から最も近い事もあって、しばしば恒星間航行の目的地として挙げられているわよ。これ豆知識。以上、簡易だったけれど、イネス・フレサンジュでした」

 

 空気を呼んだのか至ってシンプルな説明で終わらせてイネスの放送は終わった。というよりも、自分がさらに調査したくて早々に打ち切ったのだろうと、付き合いの長いエリナと趣味が似ている真田は感付いていた。

 

 実際、ヤマトが接近して初めて観測出来たのだが、地球から観測されていた岩石型惑星の他に、それよりも少し外側の軌道に褐色矮星が1つ、それよりも内側の軌道に地球より少し小さいサイズの岩石型惑星が1つ確認された。

 褐色矮星はともかく、岩石型惑星は何らかの鉱物資源を得られる可能性がある以上、俄然調査の意欲が高まる。

 しかも太陽系外の天体を直接観測するのは初めてなのだから、可能であれば褐色矮星にプロキシマ・ケンタウリも調査もしたいと言う欲求はあるはず――いやあるに違いない。

 その気持ちは真田もわかる。人類で初めて太陽系外の天体に接近したのだ――それも太陽系には無い褐色矮星に赤色矮星。調べたい気持ちはある。

 

 とは言え、ヤマトの旅が成功すれば波動エンジンを搭載した艦艇が量産されるのだろうから、いずれそのような機会もあるだろうし、タキオン粒子を使用した超長距離測定技術が誕生した事もあり、太陽系からでも今までよりもずっと精度の高い観測が可能にはなるだろう。……が、やはり現物を生で見るのは素晴らしい感動を得られる。

 ゆくゆくは、ヤマトをそう言った用途に改装して、この大宇宙を探査して回るのも面白いのかもしれないな、と真田は考える。

 

 退役したヤマトを払い下げて貰えるのなら、だが。

 

 「艦長、第一惑星と第二惑星は岩石型惑星ですので、もしかしたら資源を得られるかもしれません。地表近くに鉱脈があれば短時間で採集が出来るはずです。浅い場所にあるのなら、乱暴な手段にはなりますが、ヤマトの砲撃やサテライトキャノンで地表を吹き飛ばして採掘する事も可能です」

 

 さらっと怖い事を言う。隣の席のハリ等はその光景を想像したのか引き攣った顔をしている。

 砲撃で巻き起こる粉塵に飛び散る大地。

 自然を大切にね。とかいう謳い文句が脳裏を過った。

 

 「まあ時短の為にはそれくらいしないとどうにもなりませんよね……悠長に発破なんてしてられないし、さっさと回収しようとしたらそれしかないんだよねぇ~」

 

 ユリカは憂鬱そうな顔で真田の意見を肯定する。

 惑星の環境破壊などを考慮すると過剰手段にも程があるし、生命の存在を考慮するならそもそも不必要に惑星に立ち寄ること自体が問題行為なのだが、ヤマトはその目的の都合から、航海の成功に必要であるのなら必要分だけの作業は政府から許可されている。

 尤も、許可が無くても問答無用で採掘を行ったのがユリカだが、ヤマトの存在故に不問とされている。

 

 「とにかく接近しよう。ガミラスへの警戒は怠らないでね。太陽系に一番近い恒星系だから、ガミラスも中継地にしている可能性があるしね。もしかしたら、希少資源とかがあって、ガミラスが採掘してるかもしれないしね」

 

 あははは、と笑うユリカに頷き真田はルリに改めて解析と警戒を促す。勿論ハリも、航行補佐席で周辺宙域の不審な動きが無いかを警戒する。

 航行補佐席だけあって、航路探査にも不可欠な周辺の重力異常や空間歪曲等を探知するのに向いている。

 

 「赤色矮星とは言え恒星系だものね。さしものタキオン光学測定も、惑星の近海まで接近しないと鉱物資源の探査が無理なのが残念だわ」

 

 エリナが一応自社で形にした新しい探査システムの数少ない弱点に嘆息する。

 光学測定の名の通り、タキオン粒子が発する光を使っている以上、光によって阻害される事がある。特に恒星系では主星の輝きに飲まれて惑星探査に支障が出る事も多いのだ。

 実際太陽系の場合、太陽から遠く殆ど恩恵に与れない土星以降の天体で何とか離れた位置からの探査が出来る程度だ。

 

 赤色矮星のプロキシマ・ケンタウリは太陽の1/7程度の大きさとは言え、密度的には太陽の8倍の恒星風出している。それに、閃光星の都合から安定した光量を保っていないため殊更観測が難しい。

 今プロキシマ・ケンタウリは、急激に増光しては元に戻る、という活動を数回繰り返していた。急激な光の変化対応すべく、ヤマトは窓に装甲シャッターを下ろして艦内を保護していた。

 一応ヤマトの窓には減光フィルター機能が追加されたのだが、それでも限度がある。

 波動砲もそうだが、恒星に接近すればその強烈な光が窓から飛び込んで内側を焼き尽くしかねず、艦長室で生活するユリカの要望に応える形で、それはもう嬉々としてアイデアを絞って修理作業と並行して全ての窓という窓に処置を施したのだ。――ウリバタケが。

 

 なお、減光フィルターを搭載した関係でヤマトの窓は、それまでの透明から赤味の強いオレンジ色に見え、内側からの光をあまり外部に出さない特徴がある。

 内側から外を見る分にはほとんど色が見えない、マジックミラーのような性質もあるようだが、良くもこんなアイデアを思い付いたものだと、皆感心したものだ。

 

 そうこうしている内に、ヤマトはプロキシマ・ケンタウリ第二惑星の重力影響圏内に入った。

 地球よりもほんの少しだけ大きな岩石型惑星の姿が見える。さて、本腰を入れて惑星の鉱物資源の探査活動を行おう。

 

 「真田さん、ルリちゃんとハーリー君と協力して、プロキシマ・ケンタウリ第二惑星の調査を継続して下さい。有用な資源があるようなら、確保していきます。今は消耗したヤマトの倉庫事情を潤すチャンスを見逃せません」

 

 「ガミラスが近くに居ない事を祈ろう。採掘作業中はヤマトも無防備だしね」

 

 ジュンは不安げだった。太陽系外ともなれば、人類はほとんど何も知らないに等しい。地球からの観測データは、当然だが年単位で古いものになる。

 光の速度より速く伝達される情報が自然界に無い以上、光年単位で離れると情報も距離の数字分古いものになるのは避けれれない。

 それに、地球から観測出来る天体の大半は恒星で、惑星の存在を知る事が出来てもその詳細な姿と特性を知る事は極めて難しいのだ。

 

 「ヤマトの目的地は知られてるだろうけど、それにしたって艦隊戦力で叩くなら戦場を選ぶと思うよ。やみくもに戦って勝てる相手だとは思われてないでしょ」

 

 波動砲もあるし、とユリカは言外に匂わせつつ断言した。太陽系内での拠点だったとはいえ、冥王星での戦いを経験した限りでは、敵はヤマトを相当脅威に感じているようだった。

 

 見えない不安を払拭しきることは出来なかったが、それでも資源を求めて惑星の探査作業に移る事になった。勿論、周辺への警戒は怠らない。

 特に探査作業に従事する真田とルリは忙しい。ルリは高精度解析を行うため第三艦橋に急降下。いい加減慣れた様で、悲鳴は聞こえなくなった。

 

 ルリが第三艦橋に移動して準備を終えると、ヤマトは探知装置をフル活用して惑星の組成や鉱物資源に関しての調査を開始する。

 第三艦橋の探査プローブ(小)のハッチが2つ開いて中から小サイズの探査プローブが射出される。

 こちらは惑星の地表探査に特化したもので、先の光学測定器を使用して惑星の金属資源の分析作業が開始される。

 タキオン粒子の放つ光は粒子の放つ波動の影響か、物体を透過しやすい性質があるようでこの手の探査作業に向いていた。勿論、その反応を見てどのような資源が得られるかを見極めるのは、システムもそうだが扱うオペレーターの手腕に依存するところも大きいが。

 

 プローブが取得したデータが第三艦橋(電算室)でノイズなどを除去された状態で真田の艦内管理席に送り込まれ、そこのデータと比較して惑星の鉱物組成等を改めて確認する。

 電算室との連動で情報処理能力が格段に向上したヤマトであるが、電算室だけで全ての情報処理を賄っているわけではない。

 首脳陣が詰める第一艦橋の各々の座席には、それぞれの役割に特化した情報や処理能力が与えられており、双方に補完し合う事で初めてヤマトはその優れた情報処理能力を活かしきれる。

 今も電算室が収集し、解析したデータを改めて真田が確認する事で、単に解析したデータをコンピュータとオペレーターが確認するだけでは気付けないような情報を引き出そうとしている。

 

 「うーむ。どうやらこの星には目ぼしい資源は無い様です。鉄にケイ素と、ありふれた資源のみで、足しにもなりません」

 

 「そっか。じゃあ第一惑星の方に向かおうか。その程度の資源に時間は割けないし」

 

 ユリカの言葉を受けて、大介はすぐにヤマトを第二惑星近海から発進させる――前に勿体ないからとプローブをエステバリスで回収して再使用に備える事も忘れない。

 そうしてから発進したヤマトの航路を指示すべく、ハリは大介に第一惑星への最短コースの情報を届ける。それに合わせて大介はヤマトの航路設定を行い、自動操縦でヤマトはプロキシマ・ケンタウリ第一惑星の周辺に到達した。

 そこで改めて回収したプローブを使って惑星の探査を開始する。

 そして――

 

 「艦長! 大変な事がわかりました!」

 

 興奮も露に大声を出す真田にユリカも表情を強張らせる。

 

 「何か不審な物でも!?」

 

 だとしたらすぐにこの星系を離れて次の経由地に移動した方が良い。資源採掘のチャンスを潰すのは痛手だが、それ以上に余計な損害を被りたくはないのだ。

 

 「いえ、この惑星には今まで見た事も無い変わった組成の金属資源が埋蔵されているようです! 恐らく主星に近く惑星表面が非常に高温な事が要因で、太陽系では存在しない鉱物が形成された可能性があります!」

 

 報告を受けてユリカ含め第一艦橋のクルーは「ああ、だからそんなに興奮したのか」と納得すると同時に、人騒がせな報告に自然と視線が険しくなる。

 その視線に我に返った真田は、コホンと咳払いをして続ける。

 

 「っと、失礼しました……回収して調べてみない事にはどのような特性があるのかはわかりませんが、上手くすればヤマトの機能を向上させる事が出来るかもしれません」

 

 「それは素晴らしい。しかし、ガミラスはそれを知っているのだろうか。もし知っているのなら、ガミラスもこの資源を採掘するために部隊を派遣している可能性があるのでは? もしかしたら、拠点を備えている可能性も」

 

 最近影の薄さを嘆いているゴートが率直な感想を漏らす。ガミラスの母星がどこにあるのかわからないが、太陽系への侵入方向から考えると、このプロキシマ・ケンタウリが進行方向に被る事が計算でわかる。

 

 「どう思いますか、真田さん?」

 

 「う~む。可能性はあります。しかし、その資源があるのは恒星を向いた面です。あの第一惑星は潮汐力の影響もあって、自転と公転が同期して常に同じ面を恒星に向けています。丁度、地球の月を想像して頂けるとわかり易いと思います。そちら側は表面温度が1500度を超えていますし、閃光星故の不安定な環境でもあります。ガミラスの技術力に関しては詳細がわかりませんが、仮に採掘しているとしても、この環境下に施設を造るのは困難でしょう――恐らく、工作船の類で乗り付けて採掘して持ち帰るという手段を取っていると思います」

 

 真田の推測に少し悩んだ後ユリカは、

 

 「――ちょっとリスクがあるかもしれないけど、惑星に降下して資源を採掘しましょう。ヤマトには補給が必要です」

 

 惑星への接近を指示した。

 ヤマトの懐事情の厳しさは目に余る。もしガミラスが採掘したのなら、その跡を使わせてもらえば作業が迅速に済むだろう。

 勿論、ヤマトが経由するのを見越して罠を張っている可能性は十分にある。

 太陽系から最も近い恒星系ともなれば、恒星間航行のテスト地点として都合が良いのは考えればすぐにわかる。

 ガミラスが見落とすとは思えない。

 だがユリカの予想が正しければ、しばらくの間ガミラスは艦隊戦を仕掛けてこないはずだ。

 波動砲は驚異的だろうし、冥王星基地を単独で陥落させたヤマトの脅威は敵が一番良くわかっているはず。相応の戦力と戦場が無ければ、ヤマトに艦隊戦を仕掛けてくるとは考えにくい。

 とすれば、宇宙戦艦として如何に強力であっても対処するのが難しい、何らかの罠を展開する可能性が高いと言えるが……

 

 「ルリちゃん、ハーリー君。センサーの最大探査範囲内におかしな動きってある?」

 

 「今の所ありません。プロキシマ・ケンタウリの恒星風や光が邪魔ではありますが、センサー範囲内におかしな動きはありません」

 

 「こちらもです。一応タキオンスキャナーを使って半径2000光年の範囲を探査してみましたが、不審な動きは見られませんでした――と言っても、あくまで航路探査用のシステムですし、惑星の位置情報やワープ航法時の障害物探査用のセンサーなので、数千隻を超える大規模艦隊でも無ければ補足するのは非常に困難なのですが――」

 

 ルリとハリが各々報告する。

 数千光年を1度に跳躍出来るヤマトのセンサーは当然だがワープの最大距離に応じた最大捜査範囲を誇る。光よりも速いタキオン粒子の性質を利用した事で初めて実現したセンサーだ。とは言え、詳細を検査する程の精度は流石に無い。

 基本的には光年――数字の年数分だけ誤差が生じる天体の位置情報やワープの障害になる重力場などの情報を大雑把に収集するのが目的のセンサーなのだ。

 宇宙船等を対象にした索敵ともなれば、障害物による死角を除外しても精々惑星間が限界なのが実情だ。

 余談だが、ワープ航法システムにはこのセンサーの穴埋めとして、航路上に惑星等の重力場等を“障害物”として感知し、それらに“衝突”しないように強制ワープアウトさせて危機回避する安全装置も組み込まれている。

 ただし、この装置で強制ワープアウトすると空間歪曲場や急減速の影響で艦に大きな負担が掛かり、損害を受ける危険性も高い。

 とは言え、悠長に安全なワープアウトを実行して激突しては元も子もないので仕方が無い部分はあるのだが。

 

 「じゃあこのまま行きましょう。仮に罠が張られていたとしても、それを食い破って突き進むのがヤマトです。真田さん、現宙域で仮に戦闘になった場合、艦への影響はありますか?」

 

 「ヤマトは問題ありません。熱と放射線は強烈ですが、ヤマトの装甲なら十分に耐えられる熱量ですし、強力な放射線シールドに除去装置も用意されています。合わせてディストーションフィールドもありますから、仮に赤色超巨星に接近したとしても、短時間なら持ちこたえられます。ただ、ミサイルは自爆の危険がある為使用は推奨出来ません。ですから、艦は持ちますが波動エネルギー弾道弾が不安な信濃は出撃を見合わせるべきだと思います」

 

 「なら、艦載機はどうなりますか?」

 

 今度は進から質問が飛ぶ。

 

 「ダブルエックスなら耐えられる……それ以外の機体は何とか活動は出来るが戦闘は少々厳しいだろう。環境が悪過ぎて、機体の保護にフィールドを最高強度で保ち続けるくらいしないと、熱で機体がやられてしまう可能性がある。ダブルエックスはヤマトと同じ構造材で造られているし、ヤマト艦載が前提で開発された唯一の機体だ。当然ヤマトと同じく極限環境での運用も視野に入っている。放射線対策も万全だから、仮にフィールドを喪失してもパイロットがすぐにやられる事は無い。ただ、戦場が惑星の裏側なら放射線も熱も遮られるから、エステバリスでも問題無く活動出来るはずだ」

 

 「戦えるだけマシです。なら、ダブルエックスはGファルコン装備で格納庫で発進準備をさせて、いざと言う時は出撃して対応させましょう。艦長、よろしいですか?」

 

 進の提案にユリカは頷く。たった1機されど1機。ダブルエックスはガミラスの駆逐艦に匹敵する戦闘能力を持つ事はすでに証明された以上、当てにするのは当然だ。

 それに、ヤマトの波動砲では過剰破壊が懸念される局面でも、それ以下で済むサテライトキャノンは手加減としても有難い。

 戦略砲である以上、“波動砲よりはマシ”程度でしかないが、多勢に無勢を切り抜けるにはどうしてもこの手の装備が必要になってしまう。

 ジレンマだ。

 

 「古代、武装にはレールカノンを選択してくれ。この状況下ではビームの粒子が太陽風の影響ですぐに減衰するだろうし、何より磁場などの影響も受けて真っすぐに飛ばないかもしれない。ラピッドライフルでは心許無いが、レールカノンなら火力も十分だ」

 

 「わかりました。格納庫、ダブルエックスはバスターライフルの代わりにレールカノン装備で準備だ。それ以外の装備はそのままで構わない」

 

 早速マイクを掴んで真田のアドバイスを基に準備を進めさせる。とりあえず、今打てる手はこれくらいだろう。

 

 ヤマトは慎重にプロキシマ・ケンタウリ第一惑星に接近し、改めて惑星表面の探査を行う。目当ての資源の採掘ポイントを探ると同時に、ガミラスの痕跡の有無を探る必要があった。

 大気は無いが安定性を高めるために安定翼を開いた姿で、ヤマトは第一惑星の低空を飛行しながら探査装置を全開にする。

 ガミラスが採掘したらしい痕跡は、今のところ見当たらない。勿論ヤマトの接近を警戒し、油断させるために隠蔽している可能性もあるので、警戒は続ける。

 鉄をも溶かす高熱に晒されながらも、ヤマトは特に問題を生じることなく探査活動を続け、ようやく採掘場所を定めた。

 ヤマトは耐えられるが、流石に作業艇にこの高熱は厳しいでは済まされない。

 仕方が無いので反重力感応基と反射衛星の技術を組み合わせたリフレクトビット(ウリバタケ命名)の実践投入となった。

 

 これはユリカとルリの「岩石を自在にコントロール出来るのなら、バリア弾頭にくっ付けて自由に制御すれば、盤石の防御を構築出来る可能性があるんじゃ?」という意見を反映したものだ。

 開発には反射衛星砲の反射衛星が参考にされていて、ディストーションフィールドの他に、先端部を開いて反射衛星と同じ反射フィールドを形成可能で、それによって敵の砲撃を屈曲させて防ぐ事が出来るだけでなく、ヤマトの砲撃を捻じ曲げて普段は届かない死角に向かって砲撃させることも可能となった。

 1基ではサイズの問題からショックカノンは無理だったが、それも数基連動すれば解決するため主砲の砲撃の屈曲させて意表を突く使い方も出来るのではないかと期待が高まっている。

 

 企画段階ではパルスブラストの部品を転用して砲撃用途に使えるブラストビットのアイデアもあったが、こちらは冷却システムだったりエネルギー問題等からまだ実用に至っていない。

 

 そのおかげでピンポイントミサイルの発射管は完全に反重力感応基絡みの発射装置として扱われていて、すっかり補充されなくなった。

 ――他に搭載出来る場所が無いという世知辛い事情もあるが。

 今は半分がアステロイドリング用の反重力感応基、半分がリフレクトビットと振り分けられていた。

 

 ヤマトから放たれたリフレクトビット計28基は、ヤマトの頭上に散らばって、ヤマトからの信号とエネルギーを受信するための後部アンテナ4枚と、各種フィールドを展開する為先端のプレート4枚が開かれ、ディストーションフィールドを展開。

 ヤマトからのエネルギー供給を受けて巨大な日傘となる。

 

 主星からの光と熱を完全に遮蔽する程ではないが、作業艇とエステバリスが活動するには十分な遮蔽に成功し、ユリカもルリもアイデアの正しさを示されてホクホク顔で、見事形にしたウリバタケも誇らしげな表情だ。

 

 目当ての資源が得られる鉱脈は、比較的地表に近い事が確認された。普通に砕いていては時間がかかってしまうので、ここは火砲を使って手早く鉱脈を地上に露出させる事にする。

 鉱脈毎吹き飛ばすわけにはいかないので、GファルコンDXが早速新装備のディバイダーを携え、拡散モードの拡散グラビティブラストとハモニカ砲の拡散連射モードを駆使して適度に加減しながら地表を抉っていく。

 

 「環境破壊、ごめんなさい」

 

 アキトは誰に向かってというわけでもなく謝罪しながら砲撃を続ける。

 最近ダブルエックス共々土木作業が板についてきた気がする。大出力頑強が使い易いのはわかるが、ぶっちゃけ戦闘よりも土木作業やヤマトの修理のお手伝いとか資材集めとか、戦闘以外の用途に駆り出される機会が多過ぎる。

 それだけ機体の完成度が高くて汎用性が優れているという事なのだろうか……。

 

 「こちらアキト、粗方地表を剥いたぞ。このまま採掘も手伝うのか?」

 

 アキトが通信機に向かって問うと、ユリカからすぐに返事があった。

 

 「ご苦労様アキト! ダブルエックスは戦闘待機だから戻って良いよ。そしたらパイロット室で待機してて」

 

 「了解」

 

 アキトはすぐに機体を翻して、採掘作業に従事すべく出撃したエステバリスとすれ違ってヤマトに帰艦する。

 

 GファルコンDXを駐機スペースに戻し、再出撃に備えてカタパルトへ接続出来るロボットアームに固定する。

 Gファルコンのコンテナ部分、下部ハッチの両脇の4か所にあるハードポイントに接続されたロボットアームは、収納形態のGファルコンDXを軽く浮かした状態で停止する。後はアキトがコックピットに飛び乗ればすぐにでもカタパルトに接続して出撃出来る。

 コントロールユニットは接続したままスタンバイ状態に設定、アキトは即応体勢が整った事を確認してから機体を降りる。

 

 「お疲れアキト。お前すっかり土木作業が板についてきたな」

 

 パイロット室に入るなり待機中のリョーコからそう言われて、「ああ、やっぱりそう言う認識なのね」とアキトは半分諦めたような表情をする。

 すると「あ、わりぃ。気にしてたのか」とリョーコが軽く謝罪する。

 

 「いや、ヤマトの旅を成功させるためなら何でもするつもりだけどね……」

 

 ただ単に「確か惑星の環境をむやみに破壊するのって禁止されてなかったっけ?」と疑問に思っただけだ。まあ、そんな事を気にしていたらヤマトの航海は立ち行かないのだが。

 

 「ご苦労さん。ユリカの為にも失敗出来ないしな。今度は俺が変わってやろうか? 戦闘は無理でも作業くらいなら何とか出来るかもしれないぜ?」

 

 「ありがとうリョーコちゃん。でも、それはちゃんと操縦出来るようになってから言ってね」

 

 少々上から目線に聞こえるかもしれないが、本当に慣れないと戸惑うのだから仕方が無い。

 それを承知しているからこそリョーコも「言うじゃねぇか!」と笑いながら憤慨している様に見せて、お互いにゲラゲラ笑いあった。

 

 

 

 それからしばらくは、黙々と採掘作業が続いた。

 今回は駆り出されたヒカルやイズミ、サブロウタも工作班の指示に従って資源を運んだり掘り起こしたりと、人型ロボットのパワーと器用さ、特にIFSの柔軟性を存分に活かして手際よく進めていく。

 ダブルエックスが特に便利使いされているだけで、いつ何時このような作業に駆り出されても大丈夫なようにと、工作班に出向いて講習を受けるという珍妙な場面が展開されているだけあって、経験値が高くない割には作業は淀みなかった。

 人員の補充が効かず、自前でやりくりしなければならないヤマトの過酷な労働環境が伺える瞬間であった。

 

 そうやって工作班と航空科の共同作業で採掘された未知の金属資源は、そのまま艦内工場区の機械工作室に運び込まれ、真田とイネスの手によって解析される。

 

 「艦長、例の金属資源の解析が終了しました!」

 

 「早いですね。結果はどうでした?」

 

 採取してまだ1時間程度しか経っていないのにもう解析出来たのか、と雪が気を利かせて持ってきてくれた栄養ドリンクをストローでチューっと吸いながら、結果を聞く事にする。

 食の娯楽が乏しいので、すっかり栄養ドリンクがジュース替わりのユリカであった。

 

 「この金属は単体ではあまり役に立たないのですが、チタン系の素材とコスモナイトで合金化すると、耐熱性を大幅に引き上げられることが判明しました。流石にヤマトの装甲に反映するには時間と労力が足りませんが、エンジンやスラスター、武装等の耐熱性が求められる部分の部品をこの素材で作って置き換える事で、耐久力や信頼性の向上が図れます。特に波動砲やワープ機関、長時間の使用が想定されるパルスブラストやディストーションフィールド発生機には率先して改良を加える価値があります」

 

 真田の報告に進とラピスは「おお~」と驚きながらも思わず拍手。

 ただでさえ問題児のエンジンと波動砲が機能改善を果たせるのなら、作業に伴う多少の時間ロスも惜しくないと感じてしまう。

 それに、主砲や副砲は発射サイクルの関係でそれほど深刻ではないが、弾幕形勢が役割であるパルスブラストは、冥王星での戦いで冷却が追い付かない場面があった。それを考えると、可能であれば改修したいところだ。

 

 「作業にはどれくらいかかりますか?」

 

 「採取と並行して部品の製造と置き換えには、そうですね……エンジンだけなら1日貰えれば何とかなります。それ以外の部位は、航行しながら作業するしかないでしょう。あまりここで足止めを食らうと、ただでさえ遅れている航行スケジュールへの影響が懸念されます」

 

 真田の提案を受けて視線で大介に問うユリカ。その意味を汲み取った大介は、

 

 「真田さんの言う通りです。1日くらいならともかく、一気に改修を進めて2日も3日も足止めされると、航行スケジュールの修正が効かなくなります。ただでさ当初の予定から15日以上も遅れているのです。ただ、ワープの信頼性を高めるためにも、エンジンの改修が可能であるのなら多少のロスは航海班の誇りにかけて、必ず修正して見せます!」

 

 大介の意見にユリカはうんうんと頷き、「じゃあ作業しましょう。エンジントラブルはシャレになりませんし」と改修作業を許可する。

 

 一応、カイパーベルト内でも再調整はしているが、問題を起こした事があるエネルギー伝導管とコンデンサーの問題が少しでも解決出来るのなら願ったり叶ったり。あれ以来不具合を起こしていないが、専ら波動砲のせいで不安が残っているのだし。

 幸いにも炉心内部やエネルギー交換用のタービン等には損傷が無いようで助かっている。というか此処が壊れたら航行中の修理は絶望的だ。機関室内でそこまで派手にエンジンをばらす事なんて出来ない。

 

 もしも壊れたら、1度メインノズル毎エンジンを艦体から抜き出して、宇宙空間で分解整備が必要になってしまう。そんな手間は、とてもかけていられない。

 

 工作班と航空科は、交代しながら資源の採掘と運搬、部品の製造と置き換え作業を続ける。エンジン関係だけあって機関班も総動員しての作業と相成った。

 制作に必要なコスモナイトは、カイパーベルトでの長期修理中にラピスに泣き落とされて頑張ったアキトが集めた分が使われる。

 取り外した部品は工場区に運び込まれ、解体の後再度資源化されて予備部品に早変わり。

 色々と懐の寂しいヤマトでは、壊れた部品や交換した消耗品を再度加工してまた使えるようにでもしなければ立ち行かない。

 そういう意味では規模こそ小さいが資源の加工から複雑な部品まで製造可能なヤマトの艦内工場は、かなりオーバースペックな代物と言えた。

 断じて宇宙戦艦に積むような代物ではない。

 

 なお、新生ヤマトの艦内工場は木星にあった古代火星人(とされる宇宙人)の工場プラントの技術が転用されているため、地味に旧ヤマトからアップデートされた部位でもあった。

 

 作業は順調に進み、真田の言葉通り1日でエネルギー伝導管とコンデンサーの交換作業は終了した。

 経験値が蓄えられていたこともあって部品の製造も取り換え作業も前回よりも格段に早く進み、そこそこの時間をかけて再調整する事が出来た。後は飛びながらでも調整出来るし、武装や推進装置の部品も作り始めているので、少しずつ交換していけばヤマトの信頼性が格段に向上する――かもしれないのだ。

 

 ヤマトは翼を開いたまま惑星の裏側に回り込んでから重力圏を離脱すべく飛行していた。

 イスカンダルへの航路に復帰するには、そちらの方角が正しいからだ。

 資源の補給も出来て、機関部の改良も滞りなく終わり、しばらくかかるだろうが武装や推進装置の性能も底上げ出来る。

 真田によれば、高熱に晒され続けた故に変質した構造の解析が出来たそうで、ヤマトの工場区でも少々難易度が高いが類似した金属を精錬する事が出来るそうで、今後も改良した部品の製造は一応可能らしい。

 本物には若干及ばないらしいが、そうそう別の星でも採取出来るとは思えないので、類似品が作れるだけマシである。

 

 惑星の引力権を離脱寸前、大介とルリが異変に気付いた。ヤマトの惑星間航行用計器が何かの障害物を検知している。

 レーダーには何も映っていないので誤作動か何かを疑ったが、念のために制動を掛けてヤマトを停止させることにする。

 ルリも大介の報告を受け取って電算室に移動して、ヤマトのセンサーをフル稼働して異変の正体を探る。

 結果が表示されると同時にルリが叫び、データを即座に受け取った大介が急制動に操作を切り替えたが、全ては遅かった。

 

 ヤマトはガミラスが設置した宇宙機雷の群れの中に突入してしまっていた。

 すぐに逆進で抜け出そうとするが、機雷が動いている。これでは迂闊に動けない。機雷に接触したら連鎖爆発で一巻の終わりだ。

 

 「なるほど。やっぱりこの星の存在を知っていて、ヤマトが補給に立ち寄ることを想定して罠を張ってたのか。艦隊戦をしたくないから機雷でドカン、か……」

 

 世の中そう甘くないね、と真剣そのものなユリカの言葉にヤマトの艦内は緊張に包まれる。

 

 「艦長! 前方から航空機多数! ガミラスの戦闘機と爆撃機の編隊です!」

 

 電算室から続けて飛び込んで来たルリの絶叫にますますクルーの表情が強張る。

 その中で、ユリカと進は焦りを表に出すことなく眼前の機雷原と航空機編隊を睨みつける。

 

 「さあ、この罠を食い破ってイスカンダルに行こうか……!」

 

 「ええ、ヤマトなら切り抜けられられます……!」

 

 誰もが急展開を迎える事態に困惑する中、この2人だけは戦意をむき出しに応じる。

 そんな2人に引きずられる様に、クルーは事態に対処すべく艦内を走り回るのであった。

 

 

 

 ガミラスの巧妙な罠に囚われたヤマト。

 

 だが屈するな、そして旅路を急ぐのだ!

 

 地球は刻々と最後の日に近づきつつある。

 

 ヤマトよ、君が戻る日は何時か。

 

 人類絶滅と言われる日まで、

 

 あと、327日。

 

 

 

 第十一話 完

 

 

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第二章 大自然とガミラスの脅威

 

    第十二話 機雷網の脅威! 灼熱の星を越えろ!

 

    全ては、愛の為に

 



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第十二話 機雷網の脅威! 灼熱の星を超えろ!

 ヤマトがプロキシマ・ケンタウリ星系第一惑星に降下した事を確認したガミラスは、すぐにヤマト撃滅の為の作戦を展開していた。

 プロキシマ・ケンタウリが有する3番目の星である褐色矮星に潜んでいた工作部隊の艦艇が、ヤマトに発見されぬよう密やかに行動を開始する。

 幸いと言うべきか、ヤマトは度々周辺探査に使用しているプローブをこの星には使用しなかったし、あまり接近もしなかった。

 資源を得られない恒星のなりそこない――褐色矮星。このような星に我々が拠点を作る事は無いだろうとタカを括ったのだろうが、それが過ちであったと思い知らせてやろう。

 偉大なデスラー総統の名を賜った新型宇宙機雷を満載した大型輸送艦が、偽装解除して褐色矮星の影から姿を現し、第一惑星に向けて航行を開始する。

 

 ヤマトはすでに惑星の地表付近に降下していて、そちらの面にはプロキシマ・ケンタウリが煌々と燃え盛っている。

 ヤマトは今惑星の外側に対する監視の目が相当損なわれている事だろう。現に第一惑星の裏側から慎重に接近した工作艦隊に、ヤマトは全く気が付かなかった。

 

 工作艦は第一惑星の軌道上に到達すると、巨大なカーゴスペースを全て開放して、中から大量のデスラー機雷をばら撒き始める。数千、万に届こうかという凄まじい数の機雷の中で、たった1つだけ異なる物体が混じっている。

 形状こそ酷似しているが、一回り程サイズが大きく球体から飛び出している突起の数も倍以上、色も総統の名に恥じぬようにと高貴な蒼を使用している他の機雷と違って血のような赤色をしている。

 

 コントロール機雷だ。これ自体は接触しても爆発する事の無い代物だが、散布した大量の機雷の動きを一括でコントロールすることの出来る言わば司令塔の役割を持つ。

 このコントール機雷は、ヤマトが機雷原に突入するまで機雷の信管を意図的にオフにし、ヤマトが網にかかってから信管を作動させる。

 こうすれば、機雷の間隔が広い最初の段階で起爆して十分な威力を得られずヤマトが耐えてしまうことを防ぎ、確実にヤマトを破壊出来る包囲網を形成するまで巧みにコントロールする事が出来る。

 そして1度絡め取られたが最後、機雷は徐々に間隔を狭めヤマトの逃げ道を塞ぎつ、その艦体を確実に粉砕するまで全ての機雷が襲い掛かるのだ。

 

 ガミラスの技術の粋を集めて生み出されたデスラー機雷を切り抜けるには、このコントロール機雷を無力化する以外に道は無い。しかし、コントロールを無力化したとしても、個々の機雷は自動的に信管をオンにしてその場で留まる様に設計されている。

 そうなれば、大型の宇宙艦艇であるヤマトは逃れる事が出来ない。

 ワープもボソンジャンプも駄目。

 人型機動兵器での撤去も考慮して、コントロール停止後はそちらにも反応するよう別の信管も作動するよう設定されている。

 

 そう、捉えられた時点でヤマトは終わりなのだ。脱出する術など無い。

 ガミラスの科学力は地球のそれを遥かに凌駕しているのだ。

 外部からの助力を得たとはいえ、突然変異的な宇宙戦艦を生み出して一矢報いた所で、根本的な技術力の差を覆せるわけが無い。

 

 工作部隊の隊長は、機雷の敷設作業に成功し、ヤマトがその中に飛び込んだ時点で勝利を確信していた。

 後は、ヤマトが吹き飛んだ事を確認してから、総統に成功の報告を告げるだけで良い。

 そうすれば、今は凍り付いているあの青々と美しい地球は、第二のガミラス本星となるのだ。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第二章 大自然とガミラスの脅威

 

 第十二話 機雷網の脅威! 灼熱の星を超えろ!

 

 

 

 「艦長。この機雷は前の超大型ミサイル同様、コスモレーダーには映らないステルス塗装を施されていたようです。惑星間航行用の安全装置が反応したところから推測すると、近距離用のメインレーダーなら、感度優先の最小レンジで辛うじて捉えられるようです」

 

 電算室で必死の形相で部下のオペレーター達と共に機雷の解析作業を続けるルリ。

 こんな事なら探査プローブを軌道上に配置しておけば良かったと後悔の念に駆られるが、この環境下では探査プローブも正常には作動しないという現実に直面して、この場所に罠を張ったガミラスの戦術の見事さに舌を打つ。

 

 広大な宇宙空間で単独航海するヤマトにトラップを仕掛けるのは難しい。その目的地が割れているとしても、どの航路をどのように航行するのかを正確に予測する事は不可能に近い。

 だが特定の場所を経由するとか、補給のために立ち寄るであろう惑星に目星をつけて罠を張るのなら話は別だ。

 冥王星前線基地の激戦によって大損害を被り、その傷を癒すために備蓄を欠いたと予測する事は容易いだろうし、カイパーベルト内では資源が得難い事も予測が付いたのだろう。

 そして、波動エンジンが実現する超空間航法――ワープの技術と経験が未熟な地球人が、最初の目的地として最寄りの恒星系を選んでテストをすることまで予測されてしまうとは。

 流石はガミラス。一筋縄ではいかない。

 

 「ユリカ、接近中の航空部隊に対処しないと。ヤマトが機雷に接触しなくても、敵の攻撃で起爆されたら一巻の終わりだ!」

 

 流石は経験豊富なジュンだ。緊急事態での対応の速さが光る。

 

 「コスモタイガー隊の出撃準備は出来ています! 艦載機なら機雷の間隙を抜けて航空部隊の迎撃が可能と思われます!」

 

 「すぐに出撃させて! 進はヤマトに残って。もしかしたら、機雷の対処に出て貰う必要があるから。それと……サテライトキャノンの使用を許可します」

 

 「了解!」

 

 詳しく問い質したりせず、進はすぐにコスモタイガー隊に出撃を指示する。

 採掘作業に駆り出した事もあり、多少消耗している機体とパイロットが居るが、それでも半数以上が十分な休息と機体の整備を受けている。

 戦力の要のダブルエックスは万全だ。いざとなればサテライトキャノンで敵編隊に大打撃を与えることも出来る。

 

 「真田さん、この機雷網からの脱出は可能だと思いますか?」

 

 ユリカの質問に真田は淀みなく応える。すでに電算室から送られてきたデータを独自に分析しておおよその性質を割り出していたのだ。

 伊達に生きたご都合主義とは言われていない。

 豊富な知識と確かな技術、柔軟な発想。

 

 そして何より用意周到さが無ければ「こんなこともあろうか」と言う技術者憧れのセリフは到底言えないのである!

 

 「難しいと思います。機雷の動きから推測すると、恐らく機雷全体の動きをコントロールする中央制御装置があるはずです。周辺に艦艇の反応が無く、接近中の部隊が大規模コンピューターを搭載出来ない航空隊である事を考慮すると、恐らく機雷群の中にコントロール機雷の様な物が紛れているのでしょう。それを止めない限り、機雷はやがて隙間無くヤマトを囲い込み、一斉に起爆してヤマトを爆破するでしょう」

 

 「艦長、機雷の突起から電磁波が放出されているぞ。あまり遠くまでは飛んでいないが、それに接触しても機雷は起爆するはずだ。これまでの交戦経験を考えると、ワープやボソンジャンプで逃げようとすると、その兆候を察知して起爆する恐れがある」

 

 真田と協力して機雷の分析に当たっていたゴートが補足する。砲術補佐席には兵器関連のデータが充実しているので、この手の分析作業はゴートの仕事の一環だ。

 

 「なるほど……まず最初にすべきはコントロール機雷の無力化か――ルリさん、分析出来ますか?」

 

 進の要望にすぐにルリは応える。

 探知が遅れたがばかりにヤマトは機雷原に囚われてしまったのだ。意地でも失態を返上して見せる。

 

 「やって見せます――それらしい物体を発見。ヤマト前方仰角5度方向、右42度方向に異常電波在り。機雷の信管として機能しているものとは周波数が違います。恐らくコントロール電波の一種でしょう」

 

 流石電子の妖精、仕事が早い。進は手短に礼を述べるとすぐにユリカに進言する。一刻の猶予も無い。

 

 「艦長。俺が行きます。真田工作班長とウリバタケさんを連れてコントロール機雷に接触し、これを無力化したいと考えます」

 

 「許可します。でもジャンプは駄目だからね。念のためアルストロメリアとGファルコンで向かって。大型の作業機械が必要になるかもしれないから」

 

 「了解」、と進と真田がウリバタケに連絡を入れつつ格納庫に全力疾走を開始する。

 

 

 

 ほぼ同時刻、事前に発進準備を整えていたコスモタイガー隊が次々と格納庫から飛び出して敵航空部隊を迎え撃つべく進路を機雷網の外に向ける。

 ここは惑星の陰で恒星風の影響を受けにくい。何とかエステバリスでも戦えるはず。辛うじてだが、ビームライフルも使える。

 

 持ち前の機動力で機雷原を真っ先に飛び出したアキトのGファルコンDXは、すぐにサテライトキャノンを起動して砲撃体勢を取る。

 流れ弾ですら致命的になりかねないこの状況下で使用を躊躇していられない。アキトは痛む良心を黙らせて、発射体勢に移行した機体をヤマトに振り向かせる。

 

 今回は機体を重くしたくなかったのでエネルギーパックを外している。だからサテライトキャノンを撃つにはヤマトからエネルギーを供給して貰う必要があるのだ。そしてリフレクターの受信は正面側からしか出来ないのである。

 

 ダブルエックスからの信号を受信したヤマトは、専用の重力波ビームをダブルエックスに向けて照射する。

 指向性が極めて強く大出力なので、エステバリスでは受け取る事もままならない。

 重力波ビームを受信したリフレクターの表面パネルが金色に発光し、変換しきれなかった余剰エネルギーが両腕両脚のエネルギーラジエータープレートから放出され、機体全体が高熱のフィールドと、タキオンフィールドに包まれる。

 受信開始からきっかり10秒でチャージを終えると機体を翻し、敵編隊に砲門を向ける。

 

 「ちっ、流石に対処は考案済みか……」

 

 舌打ちしたアキトの視線の先には、発射準備開始直後から散開した敵航空編隊の姿を映したモニターがある。

 如何にサテライトキャノンと言えど、照射範囲には限度がある。それを見越しての事だろうが、少々見込みが甘い。

 この武器は波動砲程“エネルギー制御が洗練されていないのだ”。

 

 「だが、それでも密集し過ぎだよ!」

 

 アキトは引き金を引くと同時に半ば強引に機体を旋回させる。

 すると、発射された極太のビームが放出され、機体の旋回に合わせて振り回され、散開した敵航空部隊の実に半数近くを横薙ぎに飲み込んだ。

 砲身サイズの都合からエネルギーを放出するのに時間がかかり、ビームの収束が甘く螺旋を描いて合成された後もビームが広がるサテライトキャノンだからこそ出来る“線”の攻撃。タキオン粒子の速さも着弾までの時間を極限まで減らしてくれるので、有効射程内なら回避はまず不可能。

 

 こういった用途で使う限り、サテライトキャノンは文字通りの「必殺兵器」なのだ!

 

 発射直後の出力回復と冷却の為、5分程のクールタイムに突入したGファルコンDXの両脇を後続のコスモタイガー隊がすり抜けていく。

 予想以上の威力を見せたサテライトキャノンに浮足立った敵編隊と、猛然とぶつかりに行くコスモタイガー隊。

 

 「アキトの一撃を無駄にするな! 全機攻撃開始! 間違っても機雷原に向けて発砲するなよ!」

 

 リョーコの檄が飛ぶ中、コスモタイガー隊とガミラス航空隊がついに交差。そして――

 

 「リョーコ、こいつら新型みたいだ! 油断してると足元掬われるよ!」

 

 「うへぇ~、速いよ~!」

 

 果敢に攻撃するイズミとヒカルも、今まで相対した事の無い型のガミラス戦闘機と爆撃機と判別出来る機体の強さに苦戦を強いられていた。今まで戦ってきた全翼機型の機体に比べると、機動力も火力もはっきりと上だった。

 

 戦闘機と思しき機体は緑色を基調とし、機首が横に膨らみ、機体後方に主翼のある姿は、地球でエンテ型と呼ばれる戦闘機に似ている。機首に従来機にも見られた高収束タイプのビーム機関砲を主翼と機首に内蔵し、翼下に対空ミサイルを左右4発づつ吊るしている。

 

 爆撃機と思しき機体は紫色を基調とし、機首左右に小型8連装ミサイルランチャーを搭載し、中翼配置の逆ガルウィングの翼下にも大型爆弾と対艦ミサイルらしい装備が多数吊るされている。ガミラスの科学力を考慮すれば相当な大火力だ。

 ヤマトの頑強さでも軽視出来ない被害を受けるかもしれない。

 

 「くそっ、Gファルコン装備でも着いてくのがやっとかよ……!」

 

 コックピットの中でリョーコが毒づく。元々技術的に限界チューンのエステバリスにGファルコンを足して辛うじて追い付いていた状況なのに、新型機を投入されるのは辛いなんてもんじゃない。

 

 ヤマト搭載以降も細々と改良を続けているのに、また引き離されようとしている。

 

 対してアルストロメリアは互角に渡り合えているように感じる。

 新装備のディバイダーとビームマシンガン、それを活用するためのエネルギーパックを装備していなかったら、エステバリス共々翻弄されていたかもしれない。が、将来的には相転移エンジン搭載が視野に入っている基本性能の高さにも助けられ、何とか通用する様だ。つまり、エステバリスも最低限ディバイダー装備仕様に改装出来れば対抗出来る可能性があるという事の証左。

 しかし、まだディバイダーの配備が追い付いていないエステバリスには、あくまで“将来の展望”に過ぎなかった。

 

 「ふざけんな! 性能差が何だってんだ! 何としてもイスカンダルに行って、地球とユリカを助けるんだよ!」

 

 「同感! 性能の差は技量で埋めてやるよ!」

 

 「そうそう、性能が劣る旧式だって、努力と根性でどうにかなるのがロボット物のテンプレートなんだから!」

 

 そうやって自分を鼓舞しながら無謀にならない程度に果敢に攻め続けるリョーコ達。

 それでも性能さと数の差から、被弾してダメージを受ける機体が少しづつ増えてきている。

 エステバリス本体は傷ついてきているが、ダブルエックスと同じ素材で出来ているGファルコン部分の損傷は比較的小さいのが救いだった。

 

 だが苦戦の理由は何も性能差と未知の敵との交戦による戸惑いだけではない。

 

 機雷原に1発も流れ弾を出すまいとするが故に行動が制限され、場合によっては避けられる攻撃をその身で受け止めなければならないというハンデを抱えた事は、あまりにも大きい。

 じりじりと、だが確実に追い込まれていく最中、機体の冷却を終えて戦闘可能になったGファルコンDXが収納形態の姿で追い付いてきた。

 

 「皆、すぐにフォローする!」

 

 新型相手に苦戦していると察したアキトが、少々無謀と思いながらも敵陣に突っ込む。

 この中で最も脅威と認められているGファルコンDXの突撃に、ガミラス航空編隊は見事な連携を持って包囲殲滅を図ろうとする。

 

 「やるぞダブルエックス!」

 

 しかし突っ込むと同時に機体を翻し、人型の展開形態に姿を変えたダブルエックスは、右手に携えたエステバリスの大型レールカノンと左手の専用バスターライフルを腰だめに構えて連射、そこにGファルコンの大型ビーム機関砲とミサイルと拡散グラビティブラストを合わせて弾幕を形成する。

 どうやら新型機相手でもGファルコンDXの性能は圧倒的に優勢らしく、多少の被弾は強固なフィールドと持ち前の重装甲で弾き返し、優れた機動力で優位なポジションをキープ、そして圧倒した火力で蹂躙する。

 

 Gファルコンの兵装は高速戦闘時の命中精度と威力を両立すべく搭載された大口径ビーム機関砲と拡散重力波砲。

 ビーム機関砲での牽制から繋げられる重力波の散弾のコンビネーションは、新型相手にも有効で瞬く間に7機もの敵機を撃墜していく。

 

 ちなみに「邪魔」の一言で装備していないが、これでディバイダーのハモニカ砲の弾幕を組み合わせたら、それこそ一騎当千も夢ではないと思えてしまう。

 流石はコスト度外視の次世代機の雛型にして、決戦兵器の異名を持つダブルエックスだ。

 

 「月臣! ディバイダー!」

 

 「了解だ、テンカワ!」

 

 短距離ボソンジャンプを封じられても元が高機動なアルストロメリアでダブルエックスに何とか並び立つと、持っていたディバイダーをダブルエックスに放り投げ、ダブルエックスはレールカノンをアルストロメリアに放り投げる形で、武器を交換する。

 常用するには邪魔だとしても、こういう状況下で制圧力の高さは必要だ。ダブルエックスならハモニカ砲の最大火力とGファルコンの最大火力を両立出来る。

 

 右手でディバイダーを掴んだダブルエックスは、すぐにシールドを開いてハモニカ砲を露出させ、機体正面に縦に構えた。

 ハモニカ砲を拡散放射モードにセットして、拡散グラビティブラストの散弾と一緒に重力波の雨を敵部隊に降らせる。機体もその場で旋回させてとにかく広範囲に弾をばら撒く。

 ほとんど狙いを付けない威嚇射撃に近いが、命中したら即撃墜の攻撃に回避に徹さざる得ないガミラス航空隊は、その連携を乱してしまった。

 こうなればしめたもの、性能差と数を活かした連携と流れ弾を出せないハンデキャップに苦しんでいたコスモタイガー隊の怒涛の反撃が開始される。

 

 元々火力と運動性能はこちらが上、機動力もGファルコンと合体した今は――絶対的な差ではないのだ。

 

 レールカノンを受け取った月臣のアルストロメリアも新装備のビームマシンガンからビームを連射して確実に敵機に命中させ、撃墜まで追い込んでいく。

 ヤマトが誇るマッド3人が手掛けただけあって、戦艦内部の工場で造られたとは思えない程優れた性能を示す。火力も命中精度も、ラピッドライフルとは桁違いだった。

 

 アルストロメリアと再び装備を交換しつつ、圧倒的な性能で敵の調子を狂わすGファルコンDXを起点に猛反撃を開始したコスモタイガー隊は、決して小さくは無い傷を負いながらも何とか敵航空部隊の殲滅に成功した。

 無論、全部叩き落したわけではない。形勢不利とみなした生き残りが30機ばかり、這う這うの体で逃げ出すのを見送る事になった。

 戦意が無い者を討つのは本意ではなかったし、こちらも撃墜が4機出てしまった。

 正常に作動して切り離されたアサルトピットをすぐにでも回収し、その安否を確かめなければならない。

 とても追撃出来る状態ではなかった。

 

 それでも念の為と、敵部隊の行く先を確かめるべく例によってサテライトキャノン用のスコープを起動したダブルエックスは、スコープで観測出来るギリギリの距離に甲板を3つも重ねた見慣れぬ空母が3隻(緑、青、紫)存在するのを確認した。

 艦の一部が焦げたり溶解しているように見えるのは、もしかしなくてもサテライトキャノンが至近を掠めたのかもしれない。

 ――そう言えば、最大射程は約40万㎞にも達するとか聞かされた気がしたな。と、アキトは勝手に納得する。

 

 結局、空母は生き残りの航空隊を回収すると早々にワープで撤退する。良い引き際であった。

 

 

 

 コスモタイガーが激戦を繰り広げている中、ヤマトは機雷原の中で少しでも触雷を遅らせるための努力を繰り広げていた。

 進が操るコスモゼロ(クドイ様だがアルストロメリア)は複座にしたGファルコンに真田とウリバタケを乗せて、コントロール機雷目指して機雷の間隙を抜けていく。

 その姿をレーダーで追いながら、ユリカは大介に操艦の指示を出し続けていた。

 

 「微速前進0.5。左前方の機雷の隙間に入り込んで」

 

 「了解。微速前進0.5」

 

 大介は補助ノズルの推力を絞ってヤマトを低速で前進させ、ユリカの指示通り、比較的隙間の広い空間にヤマトの巨体を捻じ込んでいく。

 ただ前進するだけでなく、艦を一桁単位の数字でロールさせ、数十㎝単位で水平移動、時には一桁単位、場合によってはコンマ単位で艦を動かしてとにかく機雷の間隙を縫い、触雷を遅らせるべく精密操舵を続ける。

 そうやって30分近くも大介はヤマトを機雷の脅威から護り続けた。航法補佐席のハリも電算室のルリと協力して、機雷の動きからヤマトが捻じ込める空間を必死に算出してフォローする。

 その情報は艦長席のユリカも受け取り、時に完全に大介の技量頼みの針の穴を通すような操舵を指示して、ただでさえ冷や汗で濡れている大介の顔に汗を追加注文する真似をする。

 内心愚痴をこぼしながらも、大介はそれに見事に応え続けた。機雷の動きは自爆を避けるためか緩やかだったのも幸いした。

 それでも、限界は自ずと迫ってくる。もうこれ以上はヤマトを動かすスペースが確保出来ない!

 

 「島、気を付けろ! 左舷の機雷に接触寸前だ!」

 

 砲術補佐席からも機雷の動きを監視していたゴートの警告に、大介はすぐに艦を右側に倒してギリギリの所で接触を回避した。

 

 「艦長! これ以上は限界です!」

 

 大介の悲鳴にユリカは、

 

 「大介君なら大丈夫! 必ず耐えられるよ!」

 

 丸投げとも取れる声援を持って応えた。

 大介の額に青筋が浮かびかけるが、反論している余裕が無い。余所見もしていられない。ひたすら計器と睨めっこして機雷を躱し続けなければならない。

 

 (古代、真田さん、ウリバタケさん、早くしてくれぇ~!)

 

 大介は心の中で泣き言を吐いていたが、その手は、視線は、ヤマトを機雷から護るべく動き続けていた。

 

 

 

 そんな大介の悲鳴を聞き届けたかどうかは定かでないが、進達はようやくコントロール機雷を発見して取り付く事に成功した。

 

 「よしこれだ! 解体作業を開始するぞ!」

 

 船外作業用の宇宙服に身を包んだ真田とウリバタケがGファルコンのコックピットから飛び出す。

 進はコスモゼロからGファルコンを分離させ、無線制御での操縦に切り替えさせる。機雷の解体にコスモゼロの力が必要だとするのなら、重心バランスを狂わせるGファルコンは邪魔でしかない。

 

 「ルリ君、解析作業を手伝ってくれ!」

 

 宇宙服の通信機で真田が呼びかけると、ルリはすぐに「了解」と応じる。

 カイパーベルト停泊中に第三艦橋直通エレベーターの一件で“色々話し合った”ので、大分打ち解けた様子だった。

 

 「オモイカネ、コントロール機雷の解析を始めますよ」

 

 ルリの呼び掛けにオモイカネもすぐに応じる。

 前にアキトが冥王星基地の兵士から強奪してきた端末機器の解析もあり、ガミラスのコンピューターへの理解が深まったルリとオモイカネは、此処が力の見せ所と張り切って挑む。

 真田がコントロール機雷に向けたセンサーの情報を頼りに解析作業を進める。ユリカとの約束もあるので、ヤマトからコントロール機雷にハッキングして停止する事はしない――したくてもまだ無理だが。

 

 「解析終了。結果を転送します」

 

 「よし! 古代、その突起を外してくれ!」

 

 解析結果を受け取ったウリバタケはすぐに進に指示を出す。指示を受けた進はすぐに機体を操って一際大きい突起物に取り付き、慎重に回し始める。

 取り付け部がネジになっている突起物が外れる。本体と繋がったコードの束が引きずり出されて進が呻く。変に力を入れてコードが切れてしまったら、それこそ機雷が自爆しかねないと恐怖する。

 そんな進の心の内など知ったことでは無いと言わんばかりに、その隙間を縫うように真田とウリバタケが機雷の中に身を踊らせ、解析データを基に中央コンピューターの配線を瞬く間に解体、あっさりと中枢部を取り外してしまった。

 

 「よし! 解体終了だ!」

 

 真田の報告と同時に、機雷の動きが変わった事をヤマトは確認していた。

 

 「機雷の動きが停止しました。電磁波の放出も止まっています。信管の停止は確認出来ませんが、これ以上ヤマトに接近してくる事は無いと思います」

 

 ルリの報告にとりあえずは一安心。後はどうやって撤去するかだが、信管が動いているとなるとコスモタイガー隊に任せるのも不安がある。それに、彼らは撃墜された仲間の捜索と機体の回収作業などで忙しくてそれどころではない。

 

 「工作班と手の空いてる戦闘班の皆さぁ~ん! 艦長命令です! すぐに船外作業服を着て“素手で”機雷の撤去作業を始めてくださぁ~い!」

 

 その命令にヤマトの艦内が凍り付いた。

 

 「す、素手でか!?」

 

 「無茶だよユリカ! 起爆したらミンチじゃすまないよ!?」

 

 ゴートとジュンがすぐに反発するが、ユリカはどこ吹く風と言った感じで涼しい顔をしている。

 

 「え? 宇宙戦艦用に作られた機雷に人間が触れたって起爆しないでしょ? 信管の感度は知らないけど、普通は大型船舶とかと接触して初めて機能する様に設定しない? だって宇宙って色々細かいものが飛び交ってたりするんだし、人間程度でも反応する感度じゃ、信管入れた瞬間にドカァンッ! でしょ?」

 

 言われてみればそうだった。実際人類が作った機雷や地雷の類も、目的とした対象に合わせて信管の感度を調整するものだ。

 

 「それに、ガミラスって科学技術の凄さを誇ってる節があるし、超原始的な人力作業で撤去する事までは考えてないよ、きっと。逆に人型のエステで動かす事は想定してるだろうから、やっぱり人力しか選択肢は無いと思うよ」

 

 妙に自信ありげなユリカの態度は不思議だが、確かに人類とて、科学技術の発展に伴って人力作業を機械に置き換えてきた歴史があり、ヤマト以前の最強の艦であるナデシコCですら、それを逆手に取った掌握戦法を行使出来るからこそ猛威を振るったわけで、地球以上のガミラスならそのような考えに至っても不思議は無いかも知れない。

 

 「そうとなったら話は早い。艦長、俺も行って撤去してくる」

 

 ゴートも自ら機雷撤去作業を手伝うべく第一艦橋を飛び出していった。

 ヤマトのエアロックや搭乗員ハッチから次々と工作班と、今回全く出番が無かった砲術科の面々、さらに手の空いている部署から志願したクルーが飛び出して行く。

 

 最初は恐る恐るだったが、人間が接触しても機雷が起爆しない(流石に信管と思われる突起には触れないが)と解ると、流石は選りすぐりのクルー達。

 すぐにコツと掴んで船外作業服のスラスターを上手く使ってヤマトの航路上の機雷を次々と取り除いていく。

 単に押し出すだけだと他の機雷に接触して爆発してしまうので、ちゃんと考えて動かす必要があったが、その辺は電算室のオペレーター達が面倒を見てくれたので、外のクルー達は移動と通信にだけ注意を払えば良かったのでまだ楽だった。

 

 「こちらリョーコ、コスモタイガー隊帰投する! 撃墜4機、負傷者8名、喜ばしい事に死者は無し!」

 

 仲間の救助活動を終えたコスモタイガー隊の隊長であるリョーコからの連絡に、ユリカもジュンもほっと一安心。サテライトキャノンで半分吹き飛んだとは言え、80機以上の新型機と正面から戦わざるを得なかったコスモタイガー隊の損耗の大きさはすでに耳に入っていた。

 貴重な機体が4機も失われた事は悩ましいが、怪我人こそ出ても死者が出なければ十分過ぎる朗報だ。人を補充する事は出来ないが、機体を補充する事なら時間をければ不可能ではないのだ。

 

 「こちらゴート、進路上の機雷の撤去作業が終了した、これより全員帰艦する」

 

 ゴートから機雷撤去の報告が届くと、全員に通信を繋げたユリカが労いの言葉を贈る。

 最後に付けくわえられた「コスモタイガー隊と機雷除去に従事したクルーの食事にはアイスでもおまけしておいて」という言葉に該当するクルーは喜び、急な要望に生活班炊事科の面々は渋い顔をする。

 アイスくらい作れるが、食料管理のスケジュールが狂うので正直勘弁してほしいのだが、クルーの慰安を考えると無下に出来ないのが頭痛の種だ。

 

 ヤマトはクルーが人力で抉じ開けた間隙をゆっくりと潜り抜け、ついでに貴重な資料としてコントロール機雷と撃破した敵新型艦載機の残骸(しかもパイロットが投げ出された関係でコックピットも含めて原形を留めた貴重品!)をちゃっかり回収しつつ、機雷原から距離を置く。

 

 「第三主砲発射!」

 

 ユリカの号令で進はそれはもう嬉しそうに主砲の引き金を引く。今回は第一艦橋からの操作なので砲塔要員は不在の砲撃。だがそれも当然だろう。目標は動かない宇宙機雷なのだから。

 第三主砲から放たれた重力衝撃波は機雷原に飛び込み、射線上の機雷を幾つも破壊して爆発させる。当然誘爆して機雷原全体が大爆発を起こす。

 

 「た~まや~!」

 

 「か~ぎや~」

 

 ユリカの言葉に悪ノリしたルリが同調し、その光景を展望室で、あるいはウィンドウを通して目の当たりにしたクルーが拍手を送る。

 色々と面倒な手間を掛けさせてくれた宇宙機雷原の最後にテンションが上がる上がる。

 

 ただ、思った以上に爆発の規模が大きくて被害こそ受けなかったが、爆炎にヤマトの姿が飲み込まれるオチが付いてしまったが。

 

 「爆発オチとか最低だぁ~!」

 

 とか絶叫したクルーが居たとか居なかったとか。真偽は定かではない。

 

 

 

 

 

 

 機雷群に囚われてからヤマトの一連の行動を漏らさず捉えたガミラスは、予想されていたとは言え現実のものになるとは思っていなかった――というより空想であって欲しかった光景に唖然としていた。

 遥か16万8000光年の距離をも物ともしない超光速通信(中継ブースターは幾つも挟んでいるが)によって、ほぼリアルタイムで中継された光景を、デスラーは幹部連中と一緒に見ていた。

 

 「――タラン」

 

 「は、はい総統」

 

 「近頃物忘れをするようになってね。あの機雷の名前は何と言ったかね?」

 

 「……はっ、総統の名前を賜って、デスラー機雷と……」

 

 本当に申し訳なさそうに告げるタラン。

 大ガミラスの指導者であり顔と言うべきデスラーの名を貶めるような真似は、命をもって償わなければ……。

 そう口にしようとしたタランを片手で制して、デスラーは笑みすら浮かべて笑う。

 

 「恐れ入ったよ。まさか宇宙機雷を人間の手で取り除こうとはね……ガミラスの科学の粋を凝らしたデスラー機雷でも、そんな原始的な手段にまでは対策を施していなかった。まったく、野蛮人の素朴な発想には学ばされるじゃないか」

 

 口ではそう言うデスラーだったが、内心ではますますヤマトの評価が、その最高責任者であろう艦長の評価が上がる。

 

 (恐らく何の考えも無しにあのような手段を取った訳で無い。我々が地球よりも優れた科学力を有し、それを誇っていると見抜いたからこその手段だ。人力と言う前時代的な手段にまで対策を取りはしないと見越していたに違いない。実際、盲点だったよ)

 

 直観的にユリカの考えを見抜いたデスラーはますます笑みを深くする。

 程度の低い内紛を起こすような未熟な文明と見下していたが、中々どうして、見所のある連中がいるじゃないか。

 ガミラスの文明の特徴を、限られた情報から見抜いてぶっつけ本番にも怖気ず行動する胆力。

 どのような障害にぶち当たっても知恵と勇気をもって打ち破り、目的を完遂しようとする使命感。

 我がガミラスの兵達にも勝るとも劣らない。

 しかし――。

 

 (それだけの知恵と実力持ちながら、何故最後にあのような迂闊な真似をしたのだ? ミスマル・ユリカ……考えが読み難いな)

 

 脳裏を過るのは爆炎に飲まれたヤマトの姿だった。

 流石のデスラーも、直接対面した事の無いユリカが、ド天然で決める時とそうでない時のギャップが激しい難解な人物である事までは、推測出来なかった。

 

 「さて、ヤマトの最後が見られなかったのは残念だが、早速次の作戦の準備に入るとしようじゃないか。偉大な我がガミラスが、策の1つや2つ破られたくらいでどうにかなるものではないと、ヤマトに教えてあげようじゃないか」

 

 デスラーの言葉に冷や汗を浮かべながらもガミラスの将校達は次の作戦の披露を待つ。デスラー直々にこのような事を言い出すことは珍しく、今までこの流れから無事に切り抜けた敵は居ない。

 ヤマトは今度こそ終わりだと、誰しもが考えた。

 

 「タラン、ヤマトの現在位置からイスカンダルまでの航路を計算した場合、次の目的地は赤色超巨星のベテルギウスと推測されるんだったね?」

 

 「はい総統。ヤマトはプロキシマ・ケンタウリへのワープで、短距離の恒星間ワープテストを成功させています。となれば、次にヤマトが目論むのは長距離の恒星間ワープテストであり、イスカンダルへの航路を考えると、プロキシマ・ケンタウリから約638光年程離れた、ベテルギウスだと推測されます。赤色超巨星で、地球の太陽半径の約950~1000倍の大きさがあり、強力な重力場を持ちます。ヤマトのワープ性能は不明ですが、仮に我々と同等の技術があったとしても、この恒星を航路上に置いては飛び越えられるはずもございません。進路に変更が無い限り、ヤマトは必ずベテルギウスでワープアウトします」

 

 断言するタランにデスラーも頷く。ワープ航法は繊細だ。ガミラスの様に全力であれば数万光年もの距離を一挙に移動出来るワープ技術があったとしても、これほどの大物を飛び越えるのは自殺行為だ。

 素直に迂回路を設定するか、1度ワープアウトして安全なルートを再計算する必要がある。

 

 「そこで、我々はこのベテルギウスの周囲に磁力バリアを設置した。ヤマトの機関出力が波動炉心6つ分だとしても、このバリアを力尽くで突破する事は不可能だろう。バリアに接すれば、磁力の影響で計器類も狂ってまともに動けないだろうしね。だが、このバリアはベテルギウスに面した一角だけ意図的に開けられている。そこにヤマトを誘い込む」

 

 デスラーの視線を受けて、タランがモニターにある実験室の映像を映し出す。

 

 「こちらをご覧下さい。これはガミラスの開発局が偶発的に開発した、ガス生命体です」

 

 モニターには容器に閉じ込められた、時折赤い電を纏う黒色ガスが蠢いている。そのガスに向かってレーザーが放たれると、レーザーはガスにあっと言う間に吸収され、レーザーを吸収したガスの総量が急激に増えて活性化した。

 続けて投入された金属片も、あっという間に分解して吸収、またしてもガスの量が増えて活性化するではないか。

 

 「このガスは物質のエネルギーを吸収して成長する特性があります。このガスを封入した魚雷を、すでに作戦の為待機しているガンツの艦に渡してあります。ヤマトがバリアに接触すれば、付近に忍ばせたミサイルポッドからミサイルが発射され、ヤマトを煽り、運が良ければ傷つける事が出来るでしょう。ミサイル発射を確認次第、ガンツの艦からこのガスを収めた魚雷が発射されます。このガスはより大きなエネルギー源であるヤマトに自ら食らい付いていくでしょう。そして、ヤマトはこのガスから逃げるため、バリアが開いている唯一の方角――ベテルギウスに自ら向かっていくしかありません。そして、ヤマトの航路上にもバリアがあるため、ベテルギウスのコロナの中を突き進むことなります」

 

 「そう、ヤマトの運命はガスに食われるか、ベテルギウスの高熱に溶かされるか、2つに1つだ。仮にガスがベテルギウスに惹かれて飲まれたとしても、追撃するガンツの攻撃に追い立てられる事に変わりはない。己の命と引き換えにヤマトを葬らんとするガンツの猛攻の前に、ヤマトは頭を押さえられ、ベテルギウスの炎に飲まれて燃え尽きる運命を辿る事だろう。仮にタキオン波動収束砲で強引に進路を開こうとしても、発射する前の無防備なヤマトを、今のガンツが見逃すとは思えないがね」

 

 自然を上手く利用した奇策に、将軍達も唸る。

 ガス生命体相手では、波動砲を除いたヤマトの攻撃全てが通用せず、タキオン波動収束砲の隙が、ヤマトを追い込むことも計算されている。

 これなら勝てる。まともに戦えば苦戦は必須の相手を、最小限の労力で打ち取る事が出来る。

 誰もがヤマトの命運は決まったと考えるの中、デスラーは深い笑みを浮かべて思う。

 

 (さあヤマト。私と君達、どちらの想いの強さが勝るか、勝負と行こうではないか)

 

 デスラーは密かにこの戦いにおける好敵手として認めたヤマトに心の中で勝負を挑む。

 だがデスラーは、この策をもってしてもヤマトを止められないのではないかと密かに考えていた。

 

 ヤマトは強い。

 

 孤軍奮闘を余儀無くされながらも決して諦めることなく立ち向かう姿の、何と美しく力強い事か。デスラーはヤマトに対してある種の敬意すら覚えつつある。

 しかし、デスラーとてガミラス帝国を背負う立場にある。どれほど好ましく感じるとしても敵は敵。それもガミラスの存亡を左右する強敵。

 このままその航海を続けさせるわけにはいかない。

 

 (やはりドメル以外には考えられんか――彼ならば、あるいは)

 

 デスラーはこの策の失敗を想定した次の手をすでに考え始めている。

 それはかつて、ヤマトを撃沈寸前まで追い込んだ数少ない名将の1人。ドメル将軍の召喚であった。

 

 

 

 

 

 見事な爆発オチを決めながらも、デスラー機雷の脅威から逃れたヤマトは次の経由地であるベテルギウスに向けた大ワープの準備を行っていた。

 

 機雷原によるヤマトへの損傷は皆無で、高温のプロキシマ・ケンタウリ第一惑星の環境もヤマトを害するには至らなかったのだが、問題は大きな損害を被ったコスモタイガー隊だった。

 

 結局GファルコンDXとアルストロメリア以外のほぼ全ての機体が大小問わず損害を被っていた。

 正確にはダブルエックスも10回近い被弾を経験し、装甲表面の防御コートが禿げたり衝撃で内部メカにちょっとトラブルが生じたりはしているのだが、他に比べると損害が無いに等しい。

 アルストロメリアも巧みな操縦とディバイダーの防御力の恩恵で重大な損傷を免れた。ディバイダーの装甲もダブルエックスより軽微な損傷しかない。

 対してエステバリスはいずれも目に見えて大きなダメージを被っていた。無残な光景だった。

 

 「これは……思った以上に酷いな」

 

 損害確認のためにと第一艦橋からわざわざ足を運んだ真田が唸る。

 エース中のエースであるリョーコ・ヒカル・イズミ・サブロウタの機体ですら、かなりの手傷を負っている。

 冥王星攻略戦直後の様に、すぐにでも再出撃出来るのはダブルエックスだけという有様になってしまった。

 

 「……状況不利に初めて戦う相手とはいえ、この損害は性能差による所も大きいぞ……何とかしてやらねぇと、次はねえ」

 

 ウリバタケも険しい表情だ。普段から手塩にかけて整備している機体が、こうも呆気無くボロボロにされてしまうとは。

 

 「――とにかく修理作業を始めないとヤマトが航空攻撃に無防備になる。損傷の軽い機体から手を付けて行こう。Gファルコンがほぼ健在なのが救いだな」

 

 撃墜されたエステバリスも、脱出したアサルトピットと本体よりも頑丈なGファルコンは修理出来る程度の損傷で済んでいる。最悪Gファルコン単体での運用も考慮すべきだろう。

 

 「修理作業も大事だけど、回収した敵の新型の解析も大事ね。敵の性能が少しでもわかれば、付け入る隙を見つけられるかもしれないし、もしかしたらエステバリスの強化にも役立つかもしれない。負傷者の手当てが終わったら私も手伝うわ。修理作業に託けた改修なら、時短にもなるしね」

 

 「お願いします。ルリ君、君にも手伝い頼めるか?」

 

 「はい、オモイカネも準備万端です」

 

 真田の要請を受けてルリも解析作業の手伝いを了承する。

 勿論後でコントロール機雷の制御システムを徹底的に解析してやるつもりだが、それよりも先に航空隊の問題を解決しないと遠からず壊滅の憂き目に遭うかもしれない。

 大切な仲間達を、これまでの戦いの様にむざむざ死なせたりはしない。

 

 「ウリバタケさん。エックスの完成も急がないといけませんね。ダブルエックスが優勢であるのなら、エックスも十分戦えるはずです。それに、上手く経験を得られれば、エステバリスの更なる限界突破も可能になるかもしれません」

 

 「だな。このまま修理しただけじゃ勝てねぇ――何とかして基礎性能をもっと向上させねえと」

 

 ウリバタケの脳裏に思い浮かぶのは、やはり自身の最高傑作のダブルエックスの事だ。

 完全新規設計で基本性能がエステバリスを圧倒的に引き離していた新型機。

 既存機の強化に過ぎないエステバリスに、ダブルエックスと同等の性能を持たせることは不可能だ。

 

 しかし、このままでは敵を退ける事が出来ない。エステバリス隊の強化は急務。

 すでに最高傑作と言えるダブルエックスはあり、その運用データもかなり集まった。

 その技術をコストダウン量産機である仮称エックスだけでなく、エステバリスの強化に使う事が出来る可能性は十分にある。これでも一応コツコツとプランは考えていたのだ。

 まだ形にもなっていないのでユリカに提出していないが、ウリバタケどころか真田もイネスもプラン作成に協力していて、今度こそ「こんなこともあろうかと」のセリフと共にプランを提出する所存だった。

 全くもって凝りていないのである。

 

 「せめてディバイダーを最大出力で気軽に使えれば何とかなるが、バッテリーへの負担がちょっと大きいな……Gファルコンのエンジンを強化したくても、肝心のスーパーチャージャーがまだ形になってないしなぁ。こいつが形になれば、バッテリーへの負担を抑えつつディバイダーの制限が緩くなるし、他にも幾らか余裕が出るはずなんだが……」

 

 懸念はそれだ。エンジンの出力強化なら出来る。Gファルコンはまだ耐久力に十分過ぎる余裕があるので、ダブルエックス同様後30%程度の出力強化の余地がある。

 

 だが、それを実行するためのエンジンの強化手段が完成されていないのだ。

 

 波動エンジン復元時に、搭載されていたエネルギー増幅兼整流装置のスーパーチャージャーを、小型相転移エンジン用に手直しして使えないかと考えてはみたのだが、未だに実現出来ないでいる。

 将来的な改装を考慮して、Gファルコンやダブルエックスの機関部には少し余裕が持たされているが、そのスペースを埋めるスーパーチャージャーが形にならなくてはただのデッドスペースだ。

 

 「一応、艦長に改修作業については進言してみます。ただ、実のある進言に出来るかはまだわかりませんが――」

 

 「だな。もう少し煮詰めてみるか。何とかしてエステバリスを強くして、こいつらが生きて帰って来れるようにしねぇと、夜も寝れやしねぇ」

 

 

 

 それから10時間ほど時間が流れた。

 エステバリスの修理作業が思いのほか進展していない事から、ベテルギウスへの大ワープの予定がやや繰り下げられていた。

 ただでさえ数百光年を一気に跳躍する大ワープでヤマトへの負担が心配されるのに、今は工作班にゆとりが無い。

 それに、航路が敵にばれていると考えたユリカは、最低でもコスモタイガー隊の稼働率が50%以上に回復するまではワープを控える考えを示し、航海班も渋々納得した。航路の大きな変更をするには、少々日程をロスし過ぎている。

 

 で、我らがマッド3人組は良い意味でやらかしてくれました。

 

 「艦長! 朗報です!」

 

 「朗報って――さっき聞かされたエステの強化案の事ですか、真田さん?」

 

 機械工作室から嬉々として第一艦橋に報告を始めた真田に、ユリカは航海班から受け取った今後の航海プランの資料から目を離して応じる。何か対策が出来たのだろうか。

 

 「回収した敵の新型機の残骸を解析したところ、開発が滞っていた小型相転移エンジン用のスーパーチャージャーと、エステバリスの強化プラン、それとエックスの開発完了の目途が立ちました」

 

 立て続けに報告された3つの事案に、ユリカは目を丸くする。

 

 「スーパーチャージャーって、波動エンジンにも付いてるあれですか?」

 

 「そうです。敵機のジェネレーターとエンジン回りを解析したところ、ガミラスも戦闘機には小型相転移エンジンを採用していたようで、応用出来そうな技術を発見する事が出来ました。ルリ君の手柄です。これで、相転移エンジン搭載のGファルコンとダブルエックスが、想定されていた最大出力にまで達する事が出来ます」

 

 「なるほど。後でルリちゃんにはご褒美をあげないとね」

 

 ユリカの労いにルリは「ありがとうございます」と会釈する。

 今回は部下達はワープに向けての航路探査を航海班と協力して行っていたので、最近では珍しくルリだけの手柄だった。

 

 「他にも、解析した機体構造等にエステバリスに転用出来そうなものがありました。機体構造の強化に使えますので、出力と機動力の向上にも耐えられると思います。また、同じ構造の転用でエックスの開発の遅れていた部分の穴埋めが可能です。これなら、3週間後には形に出来ます。とは言え、構造や制御システムの大半を転用している都合上、すぐにでも乗れるのは月臣君くらいでしょうが……」

 

 真田の報告にユリカも安堵した様に頷く。

 量産が出来ないとは言え、戦力拡張の目途が立ったのは、本当にありがたい。

 

 「期待しててくれよ艦長! 出来るだけ短い時間でエステバリスの強化を形にして見せるからな!」

 

 通信に割り込んだウリバタケの声にユリカは「期待しています」とエールを送る。

 

 (……これで少しでも生存率が高くなると良いんだけど……このままだとコスモタイガー隊はあの新型が出てくる度に甚大な損害を被ってしまう。それを改善出来るなら、多少懐が寂しくなっても構わない)

 

 ヤマトの懐事情は常に厳しい。

 今はプロキシマ・ケンタウリ第一惑星で採取した資源があるが、それもすぐに尽きるだろう。だが、ここでケチって人的損害を出すくらいなら、倉庫が軽くなった方がマシだった。

 それに機雷原を突破してから、少し調子が悪いのが気がかりだ。視界がぼやけたり耳が遠くなる事がある。

 

 (――ナノマシンの浸食で弱った体が、また弱り始めてる……ガミラスとの戦いのストレスが、思った以上に大きいんだ)

 

 状況は芳しくない。これから先、ますます状態が悪くなる。

 だが、弱音を吐くわけにはいかない。

 

 (私は、宇宙戦艦ヤマトの艦長なんだ! 沖田艦長だってきっと、このくらいの苦難は越えてきたはず!)

 

 詳細はわからないが、どうも最初のヤマトの航海の時、沖田艦長が病気を――それも死に至る病を患っていた事だけはわかっている。進を艦長代理に任命したのもそれが原因だと、前後の状況から推測出来る。

 

 でも、まだこの世界の進には早い。

 

 何としてでも、その時まで耐えなければ。

 

 

 

 コスモタイガー隊の半数が修理を終え、ヤマト本体のディストーションフィールド発生機の改修を終えた後、ヤマトはベテルギウスの近海にワープした。

 予定よりも4日ほど遅れを出してしまったが、それでも600光年を超える大ワープを何の問題も無く実現出来た事で、運行責任者である大介の表情も明るかった。

 安定翼の改装は効果的だったようだと、真田もウリバタケも大満足だ。

 

 ベテルギウスはオリオン座α星とも言われ、おおいぬ座のシリウス、小犬座のプロキオンと共に冬の大三角形を形成している事で著名な星だ。

 大きさは太陽系の中心に置いた場合、木星の公転軌道近くにも達すると言われる大物で、質量は太陽の約20倍にも達するという。

 

 赤色超巨星であるベテルギウスは、言うなれば星としての寿命を終える寸前の末期の状態にある。

 この状態は安定した水素の核融合を終え、水素の核融合で生まれたヘリウムによる核融合を開始して外層が膨張し始め、表面の温度が下がった事で形成される。

 ベテルギウスの場合は、質量が大きくヘリウムの核融合も開始され、中心核ではヘリウムが炭素に変わる核融合すら発生し、窒素、酸素、ネオンと言った具合に、最終的に鉄までの重い元素が形成されていく。

 そして、鉄は安定した元素であるため核融合がそれ以上進まなくなり重力収縮を起こしながら温度が上がっていき、中心温度が約100億Kに達すると“鉄の光分解”と呼ばれる吸熱反応が発生、その結果中心核の圧力が急激に下がって星が潰れる重力崩壊と呼ばれる現象が発生し、その反動で星の大部分が吹き飛ばされる爆発現象――“II型超新星”が発生する。

 

 ベテルギウスは、脈動偏光する程赤色巨星として不安定であるため、II型超新星を起こすであろうと予想されている赤色超巨星の1つである。

 

 ちなみに、ベテルギウスが超新星爆発を起こすとガンマ線バーストと呼ばれる大量のガンマ線が放出されるとされ、それが地球に直撃すればオゾン層が破壊され、地球生命に甚大な被害が生じるのではないかと懸念されていた。

 近年の研究では恐らく心配ないとされているが、断定出来るだけの根拠は未だにはっきりしていない。

 

 ヤマトは今、ベテルギウスの放つ光に照らされてわずかに主に染まっていた。

 恒星にかなり近い位置にいる為、減光フィルター越しでも艦内に相当な光が飛び込んでくる事もあり、防御シャッターが全て降ろされカメラが捉えた映像を窓に投影したりウィンドウで浮かべたり、マスターパネルに映したりして見ていた。

 

 「ほへぇ~。おっきいねぇ~」

 

 能天気なユリカの率直過ぎる感想に、誰もが思わず賛同する。

 

 「そりゃそうよ。さっき説明した通り、ベテルギウスは木星の公転軌道直径にも届かんばかりの超巨星ですもの。ルリちゃん、フィルターを通した映像を見せてあげて」

 

 上機嫌で説明を続けるイネスの要望に疲れた顔でルリが応じる。すでに何度か観測データを超特急で解析させられ、要望に応じて何度も形を変えて表示させられいる。

 眼前の部下達に航路探査の為に降りて来ているハリも、やはり疲れた顔でイネスの要望に応えるべくベテルギウスの観測に努めている。

 なのでその他業務フォローの為、雪がルリの代わりに第一艦橋の電探士席に就いている。ただし、座席はルリが持って行ってしまっているので、立ったままの作業を余儀なくされていた。

 予備座席はありません。

 

 「あれ? 太陽みたいに完全な球形じゃないですね?」

 

 フィルターを掛けられ、単なる光の玉から恒星特有の何とも形容しがたい表層が見れるようになったベテルギウスだが、太陽の様に真球に近い形ではなく、大きな瘤状のものをもった形状であった。

 ラピスが疑問に思うのも無理はない。

 

 「ああ、恐らくだけどガスが表面から流失して表面温度が不均一になったりして、星自体が不安定な状態にあるからだと思うわ」

 

 「それじゃあ、今この瞬間にもドカァ~ン! って事もあり得るってことですか」

 

 イネスの回答に不安を感じたユリカが尋ねると、「ありえるわよ」とにべも無く答えるイネス。

 艦内の空気が……重くなった。

 

 「今の所それらしい兆候は見られませんから多分大丈夫だと思いますよ」

 

 見かねたルリのフォローに安堵するクルー達だが、

 

 「あら、恒星の研究――それも超巨星なんてまともに解析されているとは言い難いのよ。私達が気づいていない、もしくは想定していたのとは違う動きをしているだけで、超新星爆発の秒読みに入っていても何らおかしくないわよ」

 

 イネスはルリのフォローを台無しにした。

 

 「そ、そうなんですか?」

 

 「そうよ。だから慎重に通過して。こんな大物のすぐ横をワープで通り抜けるのは困難極まりないわ。質量は大きさ程でないにしても、航路が歪曲されるには違いないし直径がが広すぎてて恒星の中にワープアウトしかねないわ――もしも爆発したら、亜光速まで加速しても逃げ切れるかどうかは正直怪しいけど、一か八かの賭けくらいなら出来るわよ」

 

 「賭け?」

 

 イネスの発言に大介が食い付く。いざと言う時ヤマトの舵を握っているのは彼なので、そんな手段があるなら聞いておいて損が無い。

 

 「波動砲よ。ワープ開始と同時に波動砲をワープ航路に撃ち込んで強引に空間を湾曲させることで、太陽質量の30倍までの恒星なら、真っすぐ突っ込むような真似をしなければ影響を振り切ったワープをする事は、理論上可能よ。ただ、ワープと波動砲の同時使用は負担も大きいし、波動砲の影響で歪曲した空間を跳ぶから精密さは皆無の無差別ワープになるわね。場合によってはそれ以上に危険な賭けになるけど、どうしてもワープしなければらならない時の最終手段として覚えておいて損は無いと思うわ――そんな事にならないのが一番だけど」

 

 かなり大事な事だと、大介とユリカは心のメモに書き留めておく。

 

 「まあ、恒星に背を向けて遠ざかるワープなら深刻な影響を受けたりしないと思うわ。流石にワープ航路が真後ろにひん曲がる事は無いでしょうしね」

 

 と付け加えた。

 

 

 

 そう言った難しい話を展開しながらも、ヤマトは慎重にベテルギウス近海を通過すべく航行を続けていた。

 強力な重力場とそれが生み出す僅かな空間歪曲の影響で、ヤマトは真っすぐ進んでいるつもりでも計器上の数値が狂ったり重力に引かれたりで、ベテルギウスの方向に何度か舵を切りかけて冷や汗を流した。

 今はルリとハリが電算室で共闘して補正を掛けたので、ようやく落ち着いた所だ。

 

 「ルリさん、ご苦労様です。ホント、何時も大助かりですよ」

 

 副オペレーター席で情報処理を終えたハリが尊敬の眼差しを向けてくる。

 未だ自分の中でハリに対する接し方が(1ヵ月も経つのに!)決まっていないルリには、その視線がなおさらこそばゆいものだった。

 

 「そんなこと無いよ、ハーリー君もよく頑張ってる。本当に、立派になったね」

 

 頼りなさが目立った弟の様な彼は、ガミラスとの戦いが始まってから急激に成長している。

 かつてのような泣き言を聞く機会は目に見えて減って、顔つきにも幾らかの頼もしさや落ち着きが出てきている。

 

 「どうしたんですか、そんなに見つめられると照れちゃいますよ……」

 

 大分頼もしくなったが、こういう所は年相応に純心で微笑ましい。

 もう少し褒めてあげようかと思って副ナビゲーター席に近づいたところでヤマトを凄まじい衝撃が襲う。

 バランスを崩したルリはそのままハリに向かって倒れ込む形になり、慌ててハリもルリを抱き留めようと向き合う。

 倒れ込んだルリはハリに抱き留められて事なきを得た……はずだったのに。

 

 「!?」

 

 ラブコメのお約束。倒れた拍子のキスをまさか自分が経験してしまうとは。

 衝撃的な出来事にフリーズするルリとハリ。

 

 「チーフ、大丈夫で――っ!?」

 

 階下の部下達がルリを心配して振り返ると、そこには明らかに事故っているチーフオペレーター様の姿が。

 想定外の事態に固まるオペレーターガールズ。

 

 「ルリちゃん、今の衝撃は何?――ってええ~~~っ!!」

 

 状況確認の為に第三艦橋に問い合わせたユリカの眼前には、キスした状態で固まったままのルリとハリの姿。

 

 「……え、えっと。お邪魔しました」

 

 妙な気を利かせたユリカがそのまま艦内通信を切る。

 だが、すっかり気が動転してフリーズしてしまった2人は動かない。

 居心地の悪さを感じながらも、オペレーター達は硬直してしまった責任者の代わりに周辺状況の解析作業を始める。

 何となく、邪魔しちゃいけない気がしたのだ。

 自然と互いのやり取りも小声でコミュニケを介したものになる。

 

 結局フリーズが解除されたのは、この衝撃に関わる事態が一段落した後だった。

 

 

 

 「大介君、航法装置に異常は?」

 

 「ありません! 自動操縦、手動操縦共に正常です。ラピスさん、エンジントラブルは?」

 

 「こちらも確認出来ません。相転移エンジンも波動エンジンも正常そのものです」

 

 第一艦橋では状況確認の為に声が飛び交っている。突然の衝撃に続けてヤマトの航行速度が低下して、停止寸前にまでなっている。ベテルギウスへの接近速度が明らかに低下しているのだから、ヤマトが停止しかけている事は間違いない。

 この原因不明の衝撃と減速がヤマト自身のトラブルでないのなら、外的要因があるはずだ。

 

 「イネスさん、真田さん、想定される要因は何ですか?」

 

 「情報不足で何とも言えませんが、ベテルギウスの脈動による衝撃波も想定されます」

 

 「私も真田さんと同意見ね。ベテルギウスは星自体の形状が変化する脈動変光星の一種だから、膨張と収縮を繰り返している星。それによって表層のガス帯が外部に流出もするだろうし、それがヤマトに作用した可能性は考えられるわ。とは言え、直前の観測データそれらしい兆候は無いわね……脈動なのだから、星の表層に動きが見られるはずなのだけれども……」

 

 ヤマトが誇る天才頭脳が揃っても、この現象の答えは出てこない様子。

 

 「自然現象で無いとしたら、ガミラスの工作の線があるのでは?」

 

 ジュンが尤もな意見を述べると、衝撃でよろめき必死に電探士席のコンソールにしがみ付いて堪えた雪がレーダーシステムの情報解析を始める。

 かなり怖い体験だったが、直後に進から「大丈夫か、雪?」と気にかけて貰えたので怖さも吹っ飛んだ。ついでに大介も心配してくれた。彼は本当に気配りの利く人だと感心する。

 雪はレーダーシステムのログを呼び出しながら、レーダーの感度や対応レンジを細かく切り替えてリアルタイムの反応を調べつつ、そのデータを電算室に送って解析に回す。

 

 相変わらず沈黙したままのチーフオペレーターは役に立たないので、各分析担当のオペレーターが雪の指示を受けて解析作業を行う。

 雪もオペレーターとしての仕事に就く事があるので、オペレーター達とは交流が盛んで仲が良く、雪自身のオペレーターとしての実力がルリやハリに次ぐ程高い事もあり(IFSを含めた格差は大きいが)、こういった状況下ではリーダーとして頼られているのだ。

 本当に多芸な娘である。過労が心配になってきたと、ユリカは後に述懐している。

 

 「……これは!? 艦長、周囲に磁力バリアが展開されています! ヤマトの振動と減速はバリアに接触した事が原因です! このままでは完全に停止してしまいます! それに、ヤマトの計器類に磁場の干渉によるものと思われるエラーが発生し始めています!」

 

 雪の報告にユリカの顔も強張る。これは紛れもなくトラップだ。ガミラスがヤマトを罠に嵌めたがっている。

 

 「大介君、バリアからの離脱を試みて。雪ちゃんはバリアの範囲と位置の詳細を。全艦戦闘配置。進、主砲とパルスは何時でも使えるようにしておいて」

 

 3人は「了解」と各々応じて作業に取り掛かる。

 

 「ラピスさん、エネルギー増幅。リバーススラスターを最大噴射願います!」

 

 「了解。機関室、エネルギー増幅! リバーススラスター最大噴射!」

 

 ラピスの指示で機関室が慌ただしくなる。

 

 「徳川! エネルギー増幅、最大噴射だぞ!」

 

 「は、はい!」

 

 原因不明の衝撃の調査でエンジンに取り付いていた太助は、山崎に怒鳴られるように指示されて大慌てで機関制御室に飛び込んで出力制御を始める。

 先に制御室でコントロールを始めていた山崎もすぐにリバーススラスターに出力分配を増やして全力で後進出来るように準備を整える。

 6連波動相転移エンジンが唸りを上げ、艦首の喫水部に縦4つ並んだバウスラスター兼リバーススラスターが最大噴射を開始する。

 噴射の反動とバリアの抵抗でヤマトの艦体がビリビリと震える。

 しかしヤマトは磁力バリアに深く食い込んだまま、抜け出せない。

 

 「ラピスさん! これが限界ですか!?」

 

 操縦桿を捻ってヤマトの艦体を揺らすように動かして強引に抜け出そうと努力するが、推力が足りていない。

 大介はヤマトの姿勢制御スラスターが全て推力変更ノズルであることを活かして、艦首ミサイル発射管下にある下部スラスターと、艦首甲板の上にある上部スラスターのスラストベーンを捻って推力の足しにするが、それでも足りてない。

 

 「エンジンは最大出力です! スラスターもこれ以上出力上げられません!」

 

 大介の叱責にラピスは泣きそうになりながら答える。全力を尽くしているのにそれが全く反映されていない。これほど悔しく無力感を煽る事は無い。

 

 「10時30分の方向から大型ミサイル接近! 数は24! 対艦ミサイルだと思われます!」

 

 レーダーを睨む雪からミサイル接近の報を受け、大介の、ラピスの焦りが募る。

 

 「機関長! 波動砲口からエネルギーを噴射する逆進システムを使いましょう! カイパーベルトで調整したあれですよ!」

 

 機関室から太助の意見が届く。ラピスは自分が緊急時の急停止・全速後退用のシステムの存在を失念していた事に気付かされ、太助の意見に従って実行の許可を出す。

 テストこそ済ませていたが、普段使う機会が無いので失念していた。ここで使わず何時使うというのか。

 太助はラピスの了承を得たので、山崎にも補助を頼んで波動砲の発射口を機関室からの操作で開放し、バイパスを通して波動エネルギーではなくタキオン粒子を波動砲のライフリングチューブ内に導入、波動砲用の最終収束装置のみを使用してメインノズルと同等の推力を発生させて逆進を図る。

 

 旧ヤマト時代でも1度だけ使用された事のある機能だが、波動砲の構造変更の煽りを受けてテストも完了していないシステムだった。

 

 太助はまだまだ未熟な機関士だが、山崎から普段の機関コントロールでダメ出しを受けながらも若さ故の柔軟性には一目置かれている。

 機関士としての才能は親父譲りかと山崎は感心していたが、それだけにちゃんと指導して育ててやらなければ才能が花開かないと、煙たがれるのも覚悟できつめに指導してきた。

 どうやらその成果が顔を覗かせてきたようだと、太助に見えないように唇を嬉しさで歪ませる。

 

 「よし! 動き始めたぞ……! 機関長、この状態をキープして下さい!」

 

 波動砲リバーススラスターの推力は絶大で、噴射を続ける他のスラスターの推力と合わせて満足に動けないでいたそれまでとは逆にヤマトをバリアからじりじりと引き剥がしにかかる。

 だが、ミサイルを回避するには間に合いそうにない。

 

 「進! バリアミサイル!」

 

 「了解! バリアミサイル発射!」

 

 左舷8連装ミサイル発射管が解放され、8発のバリア弾頭搭載の短ミサイルが煙の尾を引いて発射。そのままミサイルの眼前でディストーションフィールドの円盤を展開して対艦ミサイルを全て受け止める。

 超大型ミサイルや高収束グラビティブラストならまだしも、普通の対艦ミサイル程度でこれを貫通してヤマトに被害を与えることは出来ない。

 それからすぐに、ヤマトは艦首を突っ込んでいたバリアからも離脱する事に成功した。一先ずは、危機を脱する事が出来たのである。

 しかし、ヤマトがバリアに触れた事を切っ掛けとしてか、後方もバリアに囲まれて身動き出来なくなってしまったのだった。

 

 

 

 「すみません、肝心な時に呆けてしまって……」

 

 羞恥で顔を真っ赤にしたままのルリが、艦長席の前で首を垂れる。隣には同じく真っ赤なハリが申し訳なさそうな顔で立ち尽くしている。

 

 「気持ちはわかるし責めたくは無いけど、流石にあの状況で沈黙はペナルティー無しじゃ示しがつかないか……う~ん、とりあえず通常業務の後に艦内の掃除かな」

 

 困った顔のユリカが、一応の罰則を2人に与える事にする。艦長の身内という少々難しい立場のルリとその相手(とユリカは断定した)ハリが相手だと、甘くするのは問題なのだ。

 致命的な事にもならなかったのだから、定番の艦内の清掃作業が適切な罰則と言えよう。

 

 「まあ2人の関係については今後の話題として取っておくとして、ルリちゃんは雪ちゃんと協力してバリアを含めて周辺の状況を探って。ハーリー君は、最悪の事態に備えてベテルギウスの観測をイネスさんと協力して行ってね」

 

 最悪の事態、という単語が引っかかったが問い返す気力もわかないので2人は「はい……」と簡潔に応じてそれぞれの席に座る。

 

 一方、機関制御席を離れたラピスは機関室に降りてエンジンの直接整備を指揮していた。と言っても、ハードウェアの整備を先導することは出来ないので、そこは副官の山崎と二人三脚での作業となるが。

 

 「徳川、さっきの機転は中々良かったぞ。普段使われていないシステムをちゃんと覚えていたばかりか、機関長のフォローまでするとはな。きっと、親父さんも喜んでるぞ」

 

 珍しく手放しで山崎に褒められて、太助は喜んで良いのか気味悪がるべきなのかイマイチ判断がつかなかった。

 普段からやれ「半人前」だの「親父が泣くぞ!」だのと特別叱責されている立場だし、変に思い上がろうものなら直後に雷が落ちる。太助の困惑も当然と言えよう。

 

 「あ、ありがとうございます山崎さん。でも、上手くいって良かったですよ、ホントに……」

 

 「そこは我々機関士の腕の見せ所だ。意見具申から離脱までの機関コントロールもよくやっていた――今回は助けられてしまったな。だがこれに慢心せず精進しろよ、お前はまだまだ育ち盛りなんだからな」

 

 本当に珍しく上機嫌に太助を褒め、その成長を期待する素振りに嬉しいやら気味悪いやらが本当にわからなくなった。

 

 「助かりました、徳川さん。適切な助言をありがとうございます」

 

 にこやかに助けにお礼を述べるラピスに流石に照れる太助と、それを見て嫉妬の視線を向ける機関士達に、「素直に受け取っておけ」とやはり珍しく叱責しない山崎と、ややカオスな光景が一瞬出現した。

 

 「山崎さん、波動相転移エンジンを何時でも比較的長時間の全力稼働に備えてチェックしておいてほしいと、艦長の要望です」

 

 「長時間の全力稼働、ですか? まさか、ベテルギウスの至近でも航行するつもりなのですか?」

 

 「艦長が言うには、ガミラスの罠が張られている以上、ベテルギウスを利用しない事は無いだろうから備えておいて欲しいとの事です」

 

 そうとなればオチオチ漫才などしていられないと、全員が気分を切り替えてエンジンに取り付いて各部をチェックする。

 

 作業開始から割とすぐ、とりあえずヤマトをバリアから少し離れた位置に停泊させた大介が、見事なアイデアで危機を脱するきっかけを作った太助に感謝を述べにわざわざ足を運び、テンパっていたとは言え少々乱暴な口調で催促をしてしまった非礼をラピスに詫びたり、折角足を運んだのだからと機関コントロールについて日々の感謝をしたりと、最近あちこちで見られるクルー同士の歩み合いが見られた。

 

 度重なる危機を潜り抜け、悲しみや不安を紛らわすべく一緒にバカ騒ぎをしてきただけに、クルーの結束は急速に強まりつつあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 「……ヤマト、冥王星での戦いから今日まで、お前の姿を忘れた日は無かったぞ……!」

 

 デスラーに本作戦の為にと充てられた、シュルツが乗っていたのと同型の戦艦の艦橋で、モニターに映るヤマトの後姿を睨みつけていた。

 あの戦艦に、敬愛する上司と苦楽を共にした同僚や部下の大半を殺された。

 

 「デスラー総統の名誉の為にも、シュルツ司令の敵を取る為にも、この策をもってヤマトを叩き潰す――皆、命を捨てる覚悟は出来たか?」

 

 周りを振り返れば、共にシュルツを見殺しにする形で撤退した同僚達の姿がある。

 皆一様にヤマトに憎しみの視線を向け、命を捨ててでもヤマトを討ち取らんとする強い意志が垣間見える。

 そして、一緒に生き恥を晒している、ヤマトを討ち取って敬愛するシュルツの元に逝こうと視線で訴えていた。

 元よりこの策に生還の可能性など無い。ヤマトと共にベテルギウスの至近を通過するのだ。

 驚異の艦、ヤマトなら早々に音を上げはしないだろうが、この艦には赤色超巨星の至近に長く耐えるような力は無い。

 

 「作戦通り、ガス生命体を放った後、ガスの注意を惹かないようにヤマトを追撃してベテルギウスに接近する。あのヤマトがガスに飲まれるとは思えない。ガス生命体はあくまでベテルギウスに確実に追い込むための陽動に過ぎん。本命は本艦の全攻撃能力を駆使してヤマトを痛めつけ、ベテルギウスの炎の中に叩き落す事にある! 差し違えるために体当たりも辞さない覚悟で行くぞ!」

 

 ガンツの檄に仲間達は力強く頷いて、最後の作戦の準備にかかる。

 

 「ガス生命体を放て! ヤマトとの決戦だ!」

 

 ガンツの叫びに応えるように艦首の魚雷発射管からガス生命体を収めた宇宙魚雷がヤマト目掛けて突き進む。

 ヤマトが迎撃しようがしまいが、一定の時間で弾頭が解放されて中からガス生命体が出現して、ヤマトをベテルギウスに追い立てる。

 そしてヤマトは、自ら死地に向かって突き進むことになるのだ。

 

 

 

 

 

 

 「艦長、分析結果が出ました。バリアはヤマトの全周をほぼ覆っていますが、推測通りベテルギウスの方向だけは開いています。となればガミラスの次の手は――」

 

 ルリが電算室の解析結果を第一艦橋に報告していた時、レーダーに後方から急速接近する物体の姿が映る。サイズからして宇宙魚雷とか対艦ミサイルの類だ。

 

 「進、迎撃!」

 

 「了解! 目標、接近中のミサイル。第二副砲発射!」

 

 進の指示で第二副砲の砲手達が迫り来るミサイル目掛けて3本の重力衝撃波を叩きつける。例え艦艇に比べれば遥かに小さい対艦ミサイルだとしても、このようにじっくり狙える状況下で外すようなことはしない。

 重力衝撃波の直撃を受けたミサイルは呆気無く四散して終わった……筈だった。

 

 「? 艦長、ミサイルの弾頭からガスの様な物が放出されました。パネルに出します」

 

 マスターパネルに映し出されたのは時折赤い稲妻が表面や内側を走る黒色ガスが、ヤマト目掛けて接近してくる。

 

 「何これ? 何かの妨害物質か何か?」

 

 接近してきたガスの一部が触腕の様に伸びて左舷カタパルトとメインノズルの左尾翼に接触する。すると、接触された部分のフィールドが瞬時に消失して見る見る接触箇所がボロボロになって崩壊していくではないか。

 慌ててフィールドを強化して強引に遮蔽する。しかしそのフィールドも急激にエネルギーを喪失して弱り始め、代わりにガスの動きが活発化して増量しているではないか!

 

 「金属腐食ガスだ! 逃げないと艦がやられる!」

 

 真田の叫ぶような指摘にユリカはすぐに発進を指示する。

 

 「しかし艦長! 進路が……!」

 

 「構わないからベテルギウスに向かって! こうなったら死中に活を見出す以外に道は無いよ!」

 

 「――了解! ハーリー! ベテルギウスの活動データを随時解析して航路を見つけてくれ! プロミネンスに接触したら終わりだからな!」

 

 ユリカの活に覚悟を決めた大介はヤマトをベテルギウスに向かって前進させる。同時にハリに航路データの作成を依頼する。バリアのせいでコロナの中を通過しなければならないし、恒星風の影響も近づけば近づく程に強くなり、ヤマトを苛む。

 少しでも被害を抑えるためにも、ディストーションフィールドの出力も下げられない。

 一応、ヤマト装甲板は恒星の接近にもある程度は耐えられる程の凄まじい耐熱性を持ってはいるが、流石に赤色超巨星に真っ向から突っ込んでいって無事で済むほどではない。

 

 ガスを振り切るべく最大噴射を始めたヤマト。ガスを振り切れると思われていたのだが……

 

 「くそっ! メインノズルから噴出するタキオン粒子を食って加速してやがる! あのガスは周囲のエネルギーを食って増殖するガス生命体なんだ!」

 

 焦りからか普段よりも乱暴な口調で吠える真田。

 そんな時、第一艦橋にファーストエイドキットと船外作業用の宇宙服を手にして飛び込んで来た。

 

 「やっぱりこうなるのね! 艦長! 全員に宇宙服を着せて! 艦内の冷房は食糧庫や医療関係の場所に集中させる必要があるの! そうすると他の場所に手が回らないから!」

 

 イネスのアドバイスを受けてすぐにユリカは全乗組員に宇宙服の着用を指示する。自身はイネスの手を借りてよろめきながらも宇宙服を着こむ。

 

 「正直この無茶は貴方の体に毒ね。終わったらしばらく入院よ」

 

 「わかりました、先生」

 

 ユリカはにっこり微笑んで了承する。だが……

 

 (恐らくガミラスは、ヤマトがあのガス生命体を駆逐するためにベテルギウスに接近する事を見越している。勿論ガス生命体で追い込んで溶ける事だけじゃなく、進路上の障害を波動砲で除去しようとすることまで視野に入ってるんだろうね。だから戦艦に追わせてその隙を突こうって腹か……でも、波動砲の使い方は、1つじゃないんだよ!)

 

 テスト未了な上に上手くいく保証も無いが、波動砲には再建時から想定された隠し機能が1つあるのだ。その機能を使う事になるかもしれない。

 

 ヤマトはバリアの開口部を潜り抜けながらベテルギウスに接近していく。ベテルギウスの光に照らされて、ヤマトの姿が完全に朱に染まり、表面と内部の温度が急激に上昇していく。

 出来る限り熱や放射線等を遮断するため、ベテルギウスの方向に集中展開されたディストーションフィールドの出力も高められる。

 フィールドとは無関係のヤマトの対放射線防御壁や放射能除去装置――コスモクリーナーなるシステムがフル稼働してヤマトに降りかかる大量の放射線を防ぐ。そうでもしなければ、全員が被爆して即死している。

 それでも機関部とフィールド発生装置の改修のおかげで、思った以上に耐熱に余裕が出来ているのが幸いだった。

 

 ヤマトは全力で航行を続け、その後ろにガス生命体、さらにそれを追跡する形でガミラス戦艦が追いかけてくる。

 

 「ガミラスの戦艦もガスの後方から追ってきています。ガスと共闘してヤマトを潰すつもりだと思われます」

 

 宇宙服越しでも襲い掛かってくる高熱に汗を流しながらルリが報告する。

 艦内の温度もあっという間に100度に達しようとしている。

 こういった事態も想定されて設計されているヤマトの内部構造とコンピューターだが、熱で暴走してしまわないかが心配になる。

 

 ヤマトはベテルギウスの重力に引き込まれて燃え尽きないように、メインノズルとサブノズルから最大噴射を継続しながら、恒星風に乗って少しでも浮力を稼げるようにと安定翼も展開していた。

 気休めに近かったが、タキオンフィールドによる艦体保護にも一役買っていた。

 

 「気を付けて、火の粉であってもヤマトなんて一飲みだからね……」

 

 ユリカの指摘に第一艦橋の緊張感が高まる。

 ハリは電算室と連携してベテルギウスの活動の詳細を分析し、プロミネンスの発生や飛び散る高熱のガスの動きを全て捉え、操舵席に航路データを転送して回避行動を促す。

 万が一にも接触すれば、ディストーションフィールド程度では防げずヤマトは蒸発して消える。

 ヤマトは大介とハリのコンビネーションに操られ、プロミネンスや火の粉を次々と交わしていく。

 安定翼を開いたのは正解だった。

 タキオンフィールドの保護もそうだが、恒星風の力を借りて浮いていられるので、プロミネンスを回避するために速度を落として旋回しても、辛うじてではあるが墜落を免れている。

 

 「それにしても暑いわね……艦長、大丈夫?」

 

 艦内無線の維持に努めながらもユリカの体調が気になるエリナが気遣わし気に尋ねる。そう言う彼女自身、あまりの暑さに少々のぼせ気味だった。

 

 「何とかね……バリアを抜けてベテルギウスから離脱出来るまで後1時間……みんな! 何としても切り抜けるよ!」

 

 艦長席からの檄を聞いた全クルーが「おおっ!」と応じる。

 全員が堪らぬ熱さに喘ぎながら、それぞれの部署を守り通す。

 この高温に水や食料、医薬品が痛んでしまわないようにと生活班は限りあるエネルギーを融通してもらって冷却システムを全開にして対処するが、すでに限界が近い。

 1時間と言わずすぐにでも離脱して欲しいのだが、そうも言っていられない。

 

 「機関室、エンジン出力が低下しています。エンジンのチェック急いで下さい!」

 

 ラピスの指示を受けて機関士達が慌ただしく機関室を駆け回る。

 機関室も温度が極めて高くなり、身動きし辛い宇宙服を着ての作業となって、中々エンジンの直接整備が覚束ない。

 それを見かねた山崎は決断した。

 

 「徳川、俺はエンジンを直接見てくる、此処は任せたぞ!」

 

 「りょ、了解!」

 

 返事を聞く同時に山崎は機関制御室を飛び出して、暑さでへばっている機関士に「サウナに入ったこと無いのか! このくらいでへこたれるんじゃない!」と檄を飛ばして自ら稼働中のエンジンに取り付き、熱やら最大稼働の負荷でトラブルを起こしていないか、起こしているとしたらどこなのかを調べ始める。

 

 一方で機関制御室に残された太助は、第一艦橋のラピスと協力して制御プログラムのバグを確認しつつ、コンピューター方面からのエンジン管理を継続する。

 ベテランの山崎はどちらかと言えば直接エンジンに触れる方が得意で、まだ若く育ち盛りの太助は、柔軟な分山崎がそれほど得意としていないコンピューター方面からの制御に秀でていた。

 それでも作戦行動中に機関制御室を完全に任されるのは初めての経験なので、暑さとは別に冷や汗もだらだら浮かんでくる。

 

 「くそっ、めげてたまるもんか……! 親父、見守っててくれよ! 名機関士の息子の名に恥じない、立派な機関士になって見せるからな!」

 

 自らを鼓舞しながら太助は出力低下を防ぐためにあの手この手を駆使する。脳裏に浮かぶのは亡くなった父、徳川彦左衛門の背中。口煩くて苦手な所もあったが、己の職務に誇りを持ち、卓越した技術で責務を果たし続けてきた広い漢の背中。

 

 今でも太助の目標であり追い付きたいと願っている父の背中。

 

 苦境にあって太助は、天国の父が少しだけ背中を押してくれているような錯覚に陥りながらも、必死に己が責務を果たさんと機関制御に果敢に挑み続けるのであった。

 

 「現在ベテルギウスから700万㎞の位置を通過中。コロナによる乱磁場随所にあり。大介さん、右に7度転進して下さい」

 

 今、ヤマトとベテルギウスの間には太陽半径の10倍程の空間が開いている。だがその程度の至近距離ではベテルギウスのコロナの範囲内にあるため、100万度を優に超える超高温に晒され続ける事になる。

 持ち前の優れた耐熱性と複数枚のディストーションフィールドによる遮熱が無かったら、ヤマトはとっくの昔に蒸発していただろう。

 

 「後方のガスの動きに変化あり! 火の粉に触れて発火しているようです!」

 

 ハリの報告にマスターパネルにガス生命体の様子を映し出す。ヤマトと共にコロナの中を突き進み、その熱エネルギーを吸収して月すら呑み込めそうなほど巨大化していたガス生命体が、とうとうプロミネンスに触れてしまった。

 ガス生命体はそのままプロミネンスに飲まれるようにしてベテルギウスに飲み込まれ、呆気無く燃え尽きてしまった。

 

 「ガミラス艦接近、射撃用レーダーの照射を確認しました。砲撃が来ます!」

 

 ガス生命体が消え去って危機を1つ乗り越えたと思いきや、急速に距離を詰めてきたガミラス戦艦からの砲撃がヤマトに襲い掛かってくる。

 急速に距離を詰め、次から次へとヤマトに襲い掛かる重力波。

 恒星風を凌ぐためにフィールドの出力を割いているヤマトなので、この被弾でエネルギーを削られるのはかなり痛い。

 幸いまだ貫通には至っていないが、このまま距離を詰められればいずれ……。

 

 「あいつら、ヤマトと心中するつもりなのか?」

 

 進の背中に戦慄が走る。ガミラス戦艦は明らかにカイパーベルトの時を上回る速度でヤマトに接近し砲撃を仕掛けて来ている。

 これは、エンジンのリミッターを外して暴走させているのではないだろうか。そうまでしてヤマトを潰そうとする気迫に、進は半ば飲まれていた。

 

 「っ!? 前方に恒星フレア発生! イレギュラーで計算にはありません! 規模と距離から計算すると、限界まで減速しても避けきれません!」

 

 ハリが非常な現実に悲鳴を上げる。恒星フレアは、太陽の5つや6つくらいなら簡単に飲み込んでしまえるような規模をもってヤマトに立ち塞がっている。

 

 「くそっ、波動砲も間に合わない距離だぞ!」

 

 距離が近過ぎて、このままだと発射直前に恒星フレアに激突してしまう。

 減速して間に合わせようとすると、推力低下でベテルギウスに墜ちる事になる。

 それに、後方から心中する覚悟で迫ってくるガミラス戦艦の接近をこれ以上許してしまえば、無防備になったメインノズルを狙われてしまう。

 そうなったらヤマトは一巻の終わりだ。

 

 進は必死に考える。この状況を打開出来る手段は何か、何か無いのか――!?

 

 「波動砲用意! モード・ゲキガンフレア!」

 

 進の思考を彼方に吹き飛ばすような力強いユリカの指令に、詳細を知らない進は唖然とし、艦橋内で詳細を知るエリナ、イネス、真田、ラピスが驚愕する。

 

 「しかし! あれはまだテストも――」

 

 「これがテストです! 主翼の改良も済んだ今なら実行出来るはず! 議論している余裕はありません!」

 

 ユリカの勢いに気圧されて、真田は青くなりながらも進に操作手順を口頭説明する。

 その間にもラピスは大慌てで機関制御席を飛び出して、エンジン直接管理の為に機関室に向かって走り始めた。

 今回ばかりは機関制御席からの管理では少々厳しいと判断したためだ。

 

 「古代、波動砲のトリガーユニットを起動したら、ボルトを手で押し込め! それで切り替わる!」

 

 進はもはや疑問を挟んでいる余地は無いと、黙って指示に従って波動砲のトリガーユニットを起動し、言われた通りボルトを手で押し込む。

 普段トリガーを引かないと後退したままで、前進しても自動で戻る部分なだけに、手で押し込むという発想は今までなかった。

 ボルトを押し込むと、起き上がったターゲットスコープのレティクルの下に「Mode ゲキガンフレア」と表示されている。

 

 何故ゲキガンフレアだけカタカナなのだと突っ込む余裕も無く、表示される操作マニュアルに従う。

 

 それは、波動砲に備わったもう1つの機能。

 

 ユリカが見た“記憶”の中で、波動砲から波動エネルギーをリークさせて突撃する姿と、ブラックボックスの制御に必要なシステムを組み合わせて構築したシステムである。

 要するに、波動エネルギーを波動砲口から意図的にリークさせ、安定翼のタキオンフィールドを利用してエネルギーを強引に艦の周囲に停滞させ、その状態で突撃するという無茶苦茶な戦法だ。

 周囲を覆う波動エネルギーの空間波動の一部を後方に放出してメインノズルの推力に足す事で爆発的に推力が向上。

 波動エネルギーのタキオン波動バースト流への加工手順が省略されるため、波動砲に比べると3/4程度の時間で実行可能な即応性を持つ。

 艦の制御は、波動砲と同じく戦闘指揮席のトリガーユニットを中心に行われるため小回りが利かないのが難点だが、元々敵中突破用の突撃戦法用に構築された代物なので問題ではない。

 

 波動エネルギーに包み込まれたその姿がまるで「ゲキガンガーのゲキガンフレアみたいだ!」と木星出身技術者が騒いだ事から、ノリでモード・ゲキガンフレアと呼ばれるようになってしまった。

 なお、ユリカは最初もっと格好良く「シャインスパー……」と意見を出したが全く耳に入らなかったらしく、なし崩し的にそれが正式名称となってしまったのである。

 

 しかし問題点も多く指摘され、波動砲の様にタキオン波動バースト流にまで加工していないとは言え高圧化させた波動エネルギーを周囲に停滞させる事による艦体への影響、メインノズルの噴射を継続しなければならない、効率の問題からエネルギー消費量が波動砲以上で持続時間も短い。

 しかも波動砲の亜種であるため、使用後ヤマトの機能が低下する欠点も据え置き。

 さらに、推進しなければならないのにこの状態では一切のセンサーが使えない、盲目状態での突撃を余儀なくされる。

 そのため事前に収集した環境データを基に盲目の計器飛行を強要される使い勝手の悪さ、そもそも“戦艦で体当たりを敢行する”という無謀さもあり、実は最後の最後まで搭載が反対されていた機能だったのである。

 

 (まさか本当に使う機会があるとは……艦長の先見性を賞賛すべきなのだろうか……しかし、一体何処からこんな着想得たというのだ?)

 

 準備を進めながらも真田はかつてない疑問を抱く。真田は共犯者ではなくユリカがヤマトの“記憶”を垣間見た事までは知らされていないので、ある意味では当然の疑問と言えよう。

 そして、ユリカ自身は“ヤマトの記憶”以外にナデシコ乗艦時代に幾度か見たエステバリスのフィールドアタック戦法を参考にしていたりする。

 つまり、必要ならば普通のフィールドアタックもする気満々である。

 

 「相転移エンジン、波動エンジン、出力120%に到達。非常弁全閉鎖、強制注入器作動。突入ボルトに6連炉心接続」

 

 ラピスが機関制御室の計器を読み上げつつ粛々と準備を進める。

 手順が幾らか省略されているため、作業は円滑に進んでいたが初めてのシステムに緊張を隠せない。

 一応このシステム自体はラピスも知っていたし、その意図も聞かされている。本当に使うとは思わなかったが……。

 

 「波動砲とは違った負荷のかかるシステム……機関室の皆さん、踏ん張りどころです! 何としても成功させますよ!」

 

 普段とは違って機関室で直接張り上げた激励の声。

 すでに半分ラピスのファンクラブと化していたヤマト機関士一同、我らがアイドルの前で無様は出来ないと気力充填150%でエンジン制御に挑む。

 

 これからエンジンはエネルギーを流出させつつ全力運転を続けなければならない。

 果たしてどれだけの負担になるのか、そもそも恒星フレアを突破して引力圏を離脱する推力を残せるのか。

 

 全てが未知数の一か八かの大勝負となってしまった。

 それは波動砲の変化形という事もあり、舵を担当する事になった進も感じている事だ。

 親友に比べれば自分の操縦技術など子供騙し。果たして盲目の計器飛行でベテルギウスに突っ込むことなく、ヤマトをこの溶鉱炉から抜け出せる事が出来るのか、不安が胸に渦巻く。

 だが、やるしかない。

 

 何故なら古代進は、母として、艦長として敬愛するミスマル・ユリカを裏切ることは決して出来ない。

 それ以上に残してきた地球とそこに住まう全ての命の未来を護り抜く、ヤマトの戦士なのだから!

 

 この程度の苦難、乗り越えられずして地球が救えるものか!

 

 

 

 

 

 

 その頃、恒星フレアに向かって突き進むヤマトの姿をガンツ達は会心の笑みを浮かべながら見送っていた。

 あの様子では回避は不可能だろう。もうヤマトの命運はベテルギウスに飲まれて速やかに蒸発する以外には無い。

 勝った。あの悪魔のような力を持った戦艦に。

 我らの行動は無駄ではなかった。デスラー総統の策は素晴らしかった。

 ここで命果てようとも、怨敵宇宙戦艦ヤマトをここで屠る事が出来る。

 

 (シュルツ司令……貴方の行動は無駄ではなかった。貴方が私に託したデータのおかげで、ガミラスは奇策を用いてあの化け物を屠る事が出来ました)

 

 ――感涙にむせび泣くガンツ達に水を差したのは、やはり宇宙戦艦ヤマトであった。

 

 

 

 

 

 

 「波動砲口よりエネルギーリーク開始! それ、ゲキガンフレアァーーーー!!」

 

 お約束の絶叫と共に、波動砲口から青く輝く粒子の奔流が噴き出す。

 その粒子の奔流は、安定翼が生み出すタキオンフィールドに制御され、繭の様にヤマトを包み込んで輝く弾丸と化した。

 そのままヤマトは恒星フレアに最大戦速で突撃。

 

 直後、凄まじい衝撃がヤマトを襲った。

 

 超高温の恒星フレアはヤマトの突撃で割かれながらも、真下から猛烈にぶち当たり続け、ヤマトを翻弄する。桁違いのエネルギー総量と勢いに、ヤマトを覆う波動エネルギーの膜が剥がされそうになる。

 それでも全力運転するエンジンは健気にエネルギーを波動砲から放出、それまでに蓄えたエネルギーでメインノズルからの噴射も止めない。

 

 しかし、限界は早々に訪れた。

 

 幾ら6連波動相転移エンジンを備えるヤマトとて、恒星のエネルギー総量に勝てるわけが無い。

 恒星フレアなど、星自体のエネルギー量からすれば微々たるもののはずなのに、ヤマトは力負けしようとしていた。

 

 「駄目! もうエンジンは限界です!!」

 

 機関制御室で直接制御に赴いていたラピスの悲鳴が第一艦橋に届く。

 辛うじて恒星フレアの猛威からヤマトを護っている波動エネルギーは、急速にエンジン内から失われていく。

 波動エネルギーの膜が消失知れば、ヤマトは一瞬で蒸発して果てる。

 

 やはり、赤色超巨星の保有するエネルギー量は生半可ではなかった。

 波動砲さえ……波動砲さえ間に合う状況なら、恒星フレアを波動砲で引き裂いてヤマトは無事にこの難局を切り抜ける事が出来たはずだった。

 だが、ただその身に纏っただけでは、6発分のエネルギーでも足りないのだ。

 そんな諦めにも似た焦燥が艦内を蔓延する中、ユリカは腹の底から叫んだ。

 

 「根性入れなさいヤマトぉ!! 使命を果たさずに沈むつもりかぁ!!!」

 

 それはヤマトへの叱咤。艦内に響き渡った叱咤の声は、クルーには向かない。その事について疑問を挟むより先に異変が起きた。

 

 ――そんな結末を、私は望みません!――

 

 それは声だった。誰かが口を開いたわけではない。ただ頭の中に自然と入り込んできた、とても静かで、それでいて熱く、透き通った綺麗な声だ。

 その声がクルー全員の頭の中に響いた後、機関室と第一艦橋にすぐに変化が訪れた。

 

 「フラッシュ……システム?」

 

 戦闘指揮席と艦長席のコンソールの一角にウィンドウが浮かび上がり、フラッシュシステムなる装置が起動した事を伝える。

 それは、進が疑問を抱き独自に調査を進めようとしていた、波動エンジンとイスカンダルのメッセージカプセルに組み込まれていた――ブラックボックスの一端であった。

 

 「え? 安全装置が全解除!?」

 

 機関室でラピス達の驚きの声が上がる。なんと両エンジンの安全装置が1つ残らず勝手に外れていくではないか!

 突入ボルトに接続された状態で外から見えないが、6基の小相転移炉心の前方に備わった制御棒が限界まで抜かれ、半暴走状態に突入する。

 ――そして、本来不可能なはずの波動砲起動中のエネルギー生成も実行されて息を吹き返した相転移エンジンからの供給を受け、波動エンジンは再び全力運転を始めたではないか! こちらも本来不可能なエネルギーの生成と変換機能が解放されている!

 

 そして、あっという間に不足していた波動エネルギーを補填して波動砲からの放出を続ける!

 驚くラピス達。物理的に実行不可能に近いはずの動作を見せるエンジンに、恐怖すら感じる。

 だが案の定エンジンは不安定になったので、すぐに制御盤やエンジンに飛びついて安定化を図る。

 安全装置を掛け直したいがそれではエネルギーが枯渇してしまう。

 仕方ないので安全装置を掛け直すことなく、手動で制御装置を操りエンジンを何とか安定化させようと試みる。

 次々と現れるプログラムエラーを修正し、異常振動で緩みかけるボルトを締め付け、冷却装置も限界までフル稼働させる。

 とても不安定で安定させるのが難しいが、ラピス達はその卓越した技術で辛うじてやってのけたのである。

 

 進もトリガーユニットを必死に操作してヤマトを制御、間違ってもベテルギウス本体に直進しないように進路を取る。

 そのまま無限とも思える時間が過ぎ去り、ヤマトは青く輝く弾丸の姿を保ったまま恒星フレア諸共磁場バリアまでも突き抜けた。

 フレアとバリアを突破して僅かな間を置いて波動エネルギーの膜は霧散して消え、ヤマトはメインノズルを最大出力で点火、ベテルギウスのコロナから離脱していく。

 

 その頃には、エンジンの制御棒も含めた安全装置は独りでに全てかけ直され、ヤマトは再び安定した状態に戻っていた。

 

 

 

 この裏で、フラッシュシステムとは異なるブラックボックスが密かに機能していた事は、ユリカと共犯者達以外、誰も気付かなかった――。

 

 

 

 

 

 

 「こんな……こんなことが……」

 

 ヤマトからかなり遅れて追跡していたガンツ達は呆然とヤマトの行動を見届けていた。

 儚く燃え尽きるはずのヤマトは波動エネルギーの膜でその身を包み、彼らの星系の恒星を容易く呑み込んでしまう巨大な恒星フレアに突っ込んでしまったではないか。

 

 直観で悟った。ヤマトは無事に突破すると。

 

 想像を絶するヤマトの行動に、とうとうガンツ達の心は折れてしまった。

 彼らはそのまま艦の制御も忘れて呆然と立ち尽くし、ヤマトが突撃した恒星フレアに吸い込まれるように飲まれ、一切の抵抗も許されず燃え尽きてしまった。

 

 

 

 

 

 

 そして、その光景を最後まで見届けたガミラス本星の中央作戦室も混乱に見舞われていた。事の顛末を見届けるためにベテルギウス周辺に設定した偵察衛星の映像が、全てを映していた。

 

 「馬鹿な……」

 

 将軍の誰かが我が目を疑う光景に呆然とする。

 

 「まさか、タキオン波動収束砲にあのような使い方があったとは……そして、それを怖気付かずに実行して成功させるとは……!」

 

 想像の遥か上を行くヤマトの力に、デスラーは驚愕を隠せない。だが、同時にますますヤマトに心を惹かれる。

 

 (これほどの危機に見舞われても諦める気配無しかヤマト! これ以上の敵は存在しない――改めて認めようヤマト……君達は我らに勝るとも劣らない救国戦士達だと!)

 

 デスラーはベテルギウスから急速に遠ざかろうとする艦影を見送りながら、内側から沸き上がる熱を感じる。

 それは、愛する祖国を窮地に追い込む怨敵に対する怒りや憎しみなどではない。

 最初にその姿を見た時に感じた、共通の目的の為に死力を尽くす存在に対する敬意であり、対抗心。

 

 ガミラスの為、デスラーはヤマトを討たねばならない。

 

 地球の為、ヤマトはデスラーを討たねばならない。

 

 決して相容れない立場にありながらも、根底に流れるモノが全く同じであることが実感出来る。この不思議な感覚。

 そう、デスラーはヤマトを「好敵手」として認識していたのだ。

 

 「――これではっきりしたようだね諸君。ヤマトには生半可な覚悟では太刀打ち出来ない。ドメル将軍を呼び戻し、ヤマト討伐を命じよう。ガミラス最強の将軍、宇宙の狼の力に頼るとしようではないか」

 

 デスラーの発言に、誰もが言葉なく頷く。

 

 誰もが、ヤマトを恐れている。

 例えその正体が並行宇宙から流れ落ちた純粋な地球艦でないにせよ、ガミラス相手に単艦でここまで抗う存在は、今まで存在しなかった。

 

 だから、ガミラス最強の艦隊を指揮するドメル将軍に任せるのは適任に思われた。

 

 そしてそれは――今後のガミラスの運命を決定付ける、とても重大な決定であった。

 

 

 

 

 

 

 ガミラスの仕掛けた2つの罠を、辛うじて切り抜ける事が出来たヤマト。

 

 しかし、その立役者となったブラックボックスの正体は何か。

 

 そしてついに現れたヤマトの意思は、今後どのように影響していくのか。

 

 急げヤマトよイスカンダルへ!

 

 人類滅亡と言われる日まで、

 

 あと、323日しかないのだ!

 

 

 

 第十二話 完

 

 

 

 次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第二章 大自然とガミラスの脅威

 

    第十三話 銀河の試練! オクトパス原始星団を超えろ!

 

    全ては愛の為に!



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第十三話 銀河の試練! オクトパス原始星団を超えろ!

 

 

 

 徐々に後方へと遠ざかるベテルギウスの姿を後方展望室から見送りながら、雪は両手を胸の前で組んで祈りを捧げていた。

 

 (どうか、艦長の容態が安定しますように……)

 

 ベテルギウスは、過去に“オリオンの願い星”として称されていたと聞く。

 先程までは随分と苦しめられた灼熱地獄だったが、今はその言い伝えに縋りたい気分だった。

 

 「ねえヤマト。貴方にも意思があるのなら、貴方を蘇らせるために力を尽くした、艦長を護ってあげて。ねえ、お願いよ」

 

 ヤマトは何も返さない。先程聞こえた声の正体がヤマトの意思だという事は、ユリカの口から語られている。

 それが事実なのかどうかを確かめる術は、無い。そして、ユリカに問い質すことも今は出来ない。

 ベテルギウスの至近を通過するという決断、そして波動砲のモード・ゲキガンフレアで太陽フレアを突破した行為は、彼女の体に決して小さくない負担を与えていた。

 ベテルギウスから離脱し、ヤマトに起こった不可思議な現象に対して困惑と恐怖を隠せないクルーを落ち着かせるべく、ユリカは――

 

 「あれは……ヤマトの意思だよ。イスカンダルの支援物資の中に、向こうで開発された精神感応システム、フラッシュシステムが含まれていたみたいね……ヤマトはそれを介してシステムが接続されてる波動エンジンと波動砲の制御に関与したんだよ――まさか、そんなものが積まれてたなんて私も知らなかったし、ヤマトがそれを活用出来るなんて想像もしてなかった……ヤマトが私達の意思を受けて……限界を多少越えられるのは知ってたし、今までもあったことけど……まさか……システ、ムで――」

 

 彼女は限界を迎えて倒れてしまった。そして今、医療室の集中治療スペースでイネスの懸命の治療を受けているのであった。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第二章 大自然とガミラスの脅威

 

 第十三話 銀河の試練! オクトパス原始星団を超えろ!

 

 

 

 「では、ユリカの容態は安定したんですね?」

 

 ジュンの確認にイネスは疲れ切った表情で頷いた。

 

 「何とかね。幸いな事だけど、ナノマシンの浸食が進んだわけではないの。緊張と高熱で体力を消耗しただけ。要するに過労よ。ただでさえ体力が落ちてるのに、あんな無茶するんだもの……私も少し休ませてもらうわ。雪ちゃんも戻ってきたしね」

 

 「お疲れ様です先生。ゆっくり休んで下さい」

 

 ジュンが労うとイネスは軽く手を振って通信を切る。相当疲れている様子だった。

 

 「当然だろうな。宇宙服を着てもあのサウナ状態だ。それからすぐに艦長の治療では、体力が持たんだろう」

 

 ガタイの良い大男なので幾らか余裕のあるゴートは、心配そうな表情を浮かべる。ネルガルの社員同士なのでそれなりの付き合いがあるし、こう見えて結構気遣いの出来る男なのだ。

 

 「副長、私はユリカの様子を見てくるわ。これでも世話役だしね」

 

 「わかりましたエリナさん。お願いします――テンカワには?」

 

 ユリカの夫であるアキトがどうしているのかが気になる。

 今のヤマトにとって、ダブルエックスは貴重な戦力だ。

 幸い追撃の類を受けていないが、エネルギーが枯渇して出力が最低値にまで下がっているヤマトを護れるのは、あの機体のサテライトキャノンだけだ。

 

 「彼ならもうお見舞いに行ってるわ。顔だけ見たら戻るって言ってたのを月臣君やらスバル・リョーコやらに押し切られて、しばらくは一緒にいるそうよ」

 

 「そうですか」、とジュンは納得して脱力して副長席にもたれる。

 今は全乗組員が宇宙服を脱いで、各部署の点検作業に従事している。特に装甲外板、食料や医薬品、そして全クルーの放射線被爆の検査など、やることは山積みの状態だ。

 

 しかし、ベテルギウスからまだ十分に離れたとは言い難い状況下では、船外作業は出来ない。放射線や高熱が心配だ。

 

 炊事科と医療科の報告によれば、食料や水、医薬品への被害は最小限に食い止められたようで、備蓄分の問題は小さく済んだらしく、すぐにでも調整に入る予定だそうだ。

 ただ、居住ブロックの艦首側の端から繋がっている農園や合成食糧用製造室には無視出来ないダメージがあったようで、生鮮食料の1/6程が駄目になってしまって、食料の合成に使う培養たんぱく質やプランクトン等も、全体の22%程が使えなくなったと報告があった。

 ただでさえ余裕の無いヤマトの食糧事情が、さらに厳しくなったのは手痛い被害と言える。

 

 乗組員の被爆チェックも少しづつだが進行している。だが、コスモクリーナー(小型改良型)のおかげであの状況でも艦内への放射線の透過は殆ど無かったと聞く。

 念のために行っているが、それほど深刻な問題ではないと考えれている。

 

 「どこか、植物の自生している惑星が無いものかな……」

 

 かなり贅沢な悩みだと思うが、もしもそんな惑星がヤマトの航路上に存在していたら、食用に使える植物の採取が出来るかもしれない。

 

 だが、地球からの観測では発見される星の大半は恒星が主で、惑星系を持つ恒星を発見しても、観測方法の関係で見つかる星の大半は褐色矮星か大質量の木星型惑星か海王星型惑星。

 植物が自生するとしたら、岩石型惑星――しかも恒星のハビタブルゾーンと呼ばれる生命の誕生するのに適した環境と考えられる領域内の惑星に限定されてしまう。

 

 一応、地球からの観測でもその領域内に惑星が見つかった事はあるが、実際にその惑星を直に観測出来たわけではない。

 仮にその領域内にあったとしても、食用に適した植物がある保証も無く、ヤマトには航路予定を変更してまでそれらを探しに行く余裕は無いので、航路上かその近くの恒星系にある事を祈るしかないのである。

 

 「艦長の不在と言い、食糧問題と言い、ヤマトをベテルギウスで燃やし尽くすというガミラスの策は不発に終わったが、確実なダメージを受けたことに変わりは無いか……やはり、油断ならん相手だな」

 

 「そうですね……艦長、大丈夫かな……過労だって言うし、しばらくはゆっくり休んでもらった方が良いんですよね?」

 

 呻く真田に露骨に不安がるハリ。

 しばらくは食糧を節約する方向で行くしかないかもしれない。一応ヤマトにも有機物を循環して動物性たんぱく質を供給するシステムがあるので、“人が普通に生活していれば”ある程度は何とかなる(詳細は殆どの乗組員に知らされていないが)。

 システムそのものが破損したわけではないのが救いだ。システムが壊れてしまえば無事だった分も痛んでしまって使えなくなる。

 農場に関しても、早期収穫出来る様に改良された野菜類なら成長の早い品種に振り分けて再建すれば2週間程度で“ある程度は”回復するだろう。

 

 だが、ユリカの体調が今後どの程度回復するかは未知数だった。

 

 

 

 その頃機関室では、機関士一同が汗水垂らし油汚れに塗れながら、先程異常としか言いようのない動作をした6連波動相転移エンジンに取り付いて点検作業に従事していた。

 勿論、ラピスも例外ではない。普段は(体格と体力もあって)エンジン本体の整備作業には参加せず(させてもらえず)、機関制御席や制御室のコンソールからプログラムチェックを担当するのが常だった(逆にその方面では独断場)。

 しかし、今は髪を纏めて直接エンジンに取り付いて制御パネルやら基盤のチェック、さらにはエンジンの制御中枢に組み込まれたイスカンダル製の通信カプセルも確認する。

 

 エネルギーをほぼ使い切っている状態なので今は相転移エンジン共々停止状態にあるが、まだベテルギウスの引力圏から完全に離脱出来ていないし、航行中だという事を考慮すると、解体しての整備は控えるべきだろう。

 今は整備用ハッチを開けて、内部の目視検査やテスターを使っての基盤や回路の点検作業が主になる。

 

 「おかしい……安全装置も全部外れて暴走状態だったはずなのに、制御パネルの大半が損耗していないなんて……」

 

 ラピスは太助を助手に付けて制御パネルを見て回っているのだが、予想に反して8割以上のパネルが通常時と変わらない程度の損耗しかしていない。精々波動砲とエネルギー収束・増幅系にダメージがある程度だが、そちらも致命傷には至っていない。部品交換ですぐに回復出来る程度だ。

 確かにプロキシマ・ケンタウリ第一惑星で改修して耐久力と信頼性は向上したが、あの高温下、しかも波動砲の関連システムを使い、本来想定されていないシステム稼働中のエネルギーの生成と変換というスペックを遥かに超越した異常動作をしたにも関わらず、ここまで損傷が無いというのは不自然極まりない。

 

 まるで――自己再生でもしたみたいだった。

 

 「確かにおかしいですね……あんな動作をしたら、制御システムの大半が壊れてもおかしくないのに……」

 

 隣でPDAで情報を纏めながら太助が首を捻る。

 

 「山崎さぁ~ん! そっちはどうなってますか~!」

 

 声を掛けられて、駆動部の損耗やら安全弁の動作やらを確認していた山崎が太助に叫び返す。

 

 「こっちも目立った異常無しだ! エネルギーを使いきって回復が遅れているが、補助エンジンからの再チャージが完了次第、通常運転可能だ! 点検作業の終了と合わせて、2時間後には回せそうだ!」

 

 山崎の返事を聞いてラピスと太助は顔を向き合わせて首を捻る。

 

 「波動砲とは無関係の補助エンジンが稼働し続けるのは問題無いとしても……」

 

 「エネルギーを使い果たしただけで、エンジンが無傷に近いってどういう事なんでしょうかね?」

 

 ますますわからない。

 そう言えば、前にユリカと食事を一緒した時に「ヤマトには命があって、本当なら吹き飛んでもおかしくないような負荷が生じても、使命を果たすために根性で耐えてくれてるんだよ」とか言ってた。

 

 「本当にユリカ姉さんが言っていた通り、ヤマトが根性で耐えたって言うのかな?」

 

 「それって凄く非現実的ですけど、あんな体験した後だと信じる気になりますね……」

 

 太助が何とも言えないという表情でラピスに同意する。

 

 「ヤマト……260年の眠りから覚めた戦艦大和。そんな変わった来歴のせいなの? それとも――」

 

 「ただ言える事は、そんな常識外れの艦が俺達の味方だって事ですね……有難い事に」

 

 心からの言葉に、ラピスも大きく頷いたのだった。

 

 それに、ユリカが必死に目覚めさせた最後の希望なのだ。

 

 ラピスは秘められた謎に興味こそ示したが、ヤマトを疑うようなことは考えていない。

 ヤマトを疑うという事は、ヤマトを信じて抗い続けたユリカを疑うようで嫌だったからと言うのもある。

 

 それに、人類はヤマトに縋るしかないのだ。

 

 これはクルー全員が思っている事で、その気持ちとこれまで共に過酷な戦いとトラブルを越えてきたヤマトに対する愛着が、それ以上踏み込んで疑いの目に変わる事を極度に恐れていた。

 

 

 

 ルリは電算室で今回の件で解放されたブラックボックス――フラッシュシステムに関しての解析作業に携わっていた。

 本当はすぐにでも医療室のユリカを見舞いたいのだが、仕事を放り出していくのは部下に示しがつかないので堪えるしかない。

 内心イライラしているが、この謎を少しでも解明してからでなければ休憩も言い出せない。

 今までは解析する事すらままならなかったブラックボックス。どうやら、フラッシュシステム以外にもまだ残っている様だ――解析出来ないままの個所がある。

 

 「――確かにユリカさんの仰る通りでした。このフラッシュシステムは精神波を感知して機械類のコントロールに反映するインターフェイスの一種だそうです。解析した――というよりは、マニュアル含めて開示されてました」

 

 拍子抜けだと表情に現れるのを見て、報告を受けたジュンと真田が苦笑する。傍から見てもルリがイライラしているのがはっきりとわかる。

 

 「開示された情報はこっちでも閲覧出来るのかな?」

 

 「すぐに転送します。マスターパネルで良いですか?」

 

 「構わない――それから、お見舞い行って来て良いよ」

 

 ジュンがそう告げるとルリの顔がパッと明るくなる。

 「それではお言葉に甘えて」と部下に引き継ぐと足早にエレベーターに乗り込む。

 その直前に部下のオペレーターガールズに「艦長の様子、後で教えてください」と声をかけられる。

 ルリは頷いてエレベーターのドアを閉じると、5層構造の居住区の内、医療室のある最下層区画のボタンを押す。

 ヤマトのエレベーターは戦闘中などの高速移動も考慮して移動速度が速いので、まるで一昔前のゲームの様にすぐに到着する。

 エレベーターのドアが開くと、眼の前にはリョーコとヒカルとイズミといった、ナデシコ時代からの仲間であるパイロット3人娘が居た。

 

 「おう、ルリじゃねえか。例のブラックボックスの解析終わったのか?」

 

 「終わりました。と言うよりも、起動と同時に詳細が明かされた、と言った方が適切だと思います。残されたブラックボックスはうんともすんとも言いませんし、私がした事と言えば、開示されたフラッシュシステムの情報を整理したくらいです」

 

 ルリが答えると3人とも難しい顔をしている。

 

 「艦長はあの声をヤマトの声って言ってたけど……そうだとすると物凄くオカルトと言うか、ファンタジーみたいだよね。漫画とかアニメだと、ロボットが意思を持ったとかってたまにある展開だけど、戦艦ってのは予想外だったなぁ」

 

 その方面に強いヒカルは戸惑いながらも比較的受け入れられているように感じる。オタク強いな。

 

 「でもヤマトに意思があるとしたら、私達の行動とか言動とかも全部記憶してたりするのかな? ちょっと恥ずかしいねぇ~」

 

 「……」

 

 実は、ルリもそこが少し気がかりだった。

 人間私生活に置いてまで他人に見られることを前提に生きているわけじゃない。

 それに、お風呂だとかトイレだとか……親しい人でも見られたい訳ではない行動だってあるし、他人に知られたくない秘密の趣味とかだってあるだろう。

 オモイカネの様な機械ならカメラやマイクの範囲外に出る事で誤魔化せるが、意思を持つ戦艦ともなれば、何処に居たって逃げようが無い。

 

 「大丈夫でしょ。そもそもヤマトが今の今までああいったアクションを起こしてこなかった事を考えれば、相当限定された状況でなければ行動に移せないか、システムの補助が必要って事だろうし。それに、私はあの声から私達クルーを害するような悪意は一切感じなかった」

 

 そうイズミが反論したので、ルリも含めた全員が驚いた顔でイズミの顔を見る。

 

 「何?」

 

 「いや……お前オカルトに強かったっけ?」

 

 リョーコは少し気味悪げに問い質すと、イズミは簡潔な回答で応える。

 

 「率直な感想を言ったまでよ。どちらにせよ、ヤマト以外に頼れない以上過度に気にしたって無益なだけでしょ」

 

 「確かになぁ。にしても、ユリカの奴どこでヤマトの意思って奴を知ったんだ? それに、ブラックボックスのはずのフラッシュシステムって奴も、存在自体は知ってたみたいだし」

 

 リョーコの疑問にルリは自分なりの推論を話した。

 ヤマトの出現時に、ガミラスの到来についても示唆していて、それが現実となった事。

 その際ヤマトと対比して、イスカンダルからの援助を「希望の片割れ」と称していた事。

 ヤマト再建の際、無茶なボソンジャンプを繰り返していた事。

 何より、ユリカはスターシアと知り合いだと取れる言動が見られた事。

 

 「となると、ユリカはヤマトの出現時にその意志に触れたって言うのか? 何かファンタジー過ぎて付いていけねぇや。まあ、そんなユリカが必死こいて再建したんだから大丈夫だと信じるしかないか……ヤマトにユリカが洗脳された――とは思いたくないしな」

 

 「……」

 

 実は、それもルリが気になっていた点だ。

 ルリの目から見て、ヤマト再建に入れ込むユリカの姿は異常にも思えたのだ。

 確かに戦歴も凄いし、実際その力も体験した。

 ヤマトは強く、頼もしい存在だと疑う気持ちはすでにない。

 だが。

 

 (新規に戦艦を1隻作った方が早いようにも思える背伸びした全面改装。ヤマトがユリカさんの言う通り救世主として戦い続けて来た艦だというのなら、それをこの世界でも果たすためにユリカさんを利用して復活を図ったという線も……否定出来ない)

 

 疑いたくは無いが、疑いを消す事が出来ない。

 この疑問に答えられるのは……。

 

 「リョーコさん達は、ユリカさんのお見舞いに?」

 

 「ああ。流石に心配になってな。アキトの奴も放り込んで来た。ダブルエックスの事を考えるとアキトは外したくなかったけど、ユリカには一番の特効薬だと思ってな。ヤマトとの関係はともかく、ユリカにはイスカンダルに辿り着いて貰って、ちゃんと治療受けさせてやらないといけないからな。あんなテロリスト共に良い様にされたままで終わられちゃ、こっちも落ち着かねぇんだよ」

 

 強い口調で言い切るリョーコにルリも頷く。

 ルリがヤマトに乗ってのは、地球や人類の未来もそうだが――ユリカを救う為でもあるのだ。

 それを果たさずには終われない。

 

 「お気遣いありがとうございますリョーコさん。ユリカさんの具合はどうでした?」

 

 「意識は戻ったけど、辛そうだったな。ルリも顔見せに行くんだろ? 励まして来てやれよ。ルリだってあいつの家族なんだからな。顔みせてやれば、過労くらい屁でもねえだろ」

 

 リョーコにそう送り出されたルリは照れた表情を浮かべながら医療室に足を運ぶ。

 医療室は居住区の最も艦首側にあるので、艦の中央よりも少し後ろにある主幹エレベーターからは結構歩く必要がある。

 ヤマト乗艦後は、多少トレーニングルームを利用しているルリではあるが、元の体力の乏しいルリなので実はちょっと面倒に思っている。

 

 だって居住区の端から端って60mはあるんだもの。

 

 旧ヤマトはオートウォークだったと聞くが、再建の際にオミットされてしまった。

 構造が複雑化するのを避けるためらしいが、ちょっと残しておいて欲しかったと思う。 そんな事を考えながらも目当ての左舷医療室に辿り着いたルリは、入り口ドアの前で軽く深呼吸をしてからドアを潜る。

 

 「あら、ルリさん。艦長のお見舞い?」

 

 医療室で医療科の手伝いをしていた雪がルリの姿を見つけて声をかけてくる。

 本当に多芸で忙しい人だとルリは感心すると同時に、ヤマトの人材不足を痛感する――ナデシコなら、これで十分足りたのに。

 

 「はい。ユリカさんは?」

 

 雪は笑顔を浮かべたまま一番奥のベッドを指さす。今はカーテンで仕切られているが、人影が動いているのが何となくわかる。

 ルリは雪に軽く会釈をしてからユリカのベッドに近づいていく。

 「失礼します」と声をかけてからカーテンを潜ると、青褪めた顔でベッドに横たわるユリカと、ベッドの左側で椅子に座って手を握ってやってるアキトの姿があった。

 エリナはもう戻った様だ。

 

 「ルリちゃん」

 

 「わあ、お見舞いに来てくれたんだ」

 

 青褪めているが、思ったよりも元気そうだ。アキトの表情も暗くない。いや、これは呆れ顔か。

 

 「ルリちゃん――ルリちゃんからも叱ってやってくれないか」

 

 「は?」

 

 「ユリカの奴、目を覚ますなり「休まないといけないんなら、一緒にゲームでもしよう」って言って聞かないんだ」

 

 アキトの言葉にルリの視線が鋭く冷ややかなものになる。

 

 「だって、退屈なんだもん。潤いが欲しいよぉ~」

 

 「ゲームしたら休めないでしょう。大人しく寝てなさい」

 

 ルリは全く取り合わない。

 ぶっちゃけユリカが倒れる度に何らかの形で繰り返されるコントだった。

 

 「アキトが目の前でプレイしてくれるだけで良いんだけどな~。私見て楽しむから」

 

 「……ここ、病室だぞ」

 

 「うるうるうる……」

 

 「……わかった、何をやれば良いんだ?」

 

 あ、折れた。

 まあユリカ相手にアキトが勝てるわけないか。

 しかし、それくらいの元気があるのなら答えてもらいたい事がある。

 答えて貰えないかもしれないが。

 

 「ユリカさん」

 

 「ん?」

 

 「ヤマトの意思って何ですか? それと、フラッシュシステムがどうして波動エンジンの制御系に組み込まれていたんですか? 答えて下さい」

 

 ルリの問いかけにユリカは困った表情を浮かべる。アキトもだ。

 

 「説明しようが無いよ。ヤマトの意思って言ったってそのままの意味だし、フラッシュシステムもイスカンダルとのやり取りで知っただけで、何で提供してくれたのかよくわからないんだよ……」

 

 「……」

 

 嘘だと思って睨んでいると、ユリカは縮こまって「うぅ、ルリちゃんが怖い」とシーツを口元まで引き上げている。

 

 「嘘じゃないよ……ヤマトは生きてる。だから私達の救いを求める声を聴いて助けに来てくれたんだよぉ……でもヤマトはあくまで人の手で制御される戦艦ってスタイルを通してるから自分じゃ何も出来ないだけで……今までだって頑張ってたんだよ」

 

 「え?」とルリが声を上げると、ユリカは今まで幾度となくヤマトを襲ったトラブルや困難における負荷でヤマトが致命傷を負わなかったのは、ヤマトがクルーの意思を自分の力とする事で耐えたからだと言うのだ。

 正直ユリカの頭がおかしくなったかと疑ったが、具体的な例を出されてしまっては反論しようが無くなった。

 実際、本来なら負荷が掛かって壊れていなければならない場所が壊れていなかったという不可思議な報告は、いずれの時も確認されていた。その事実は覆せない。

 

 「正直信じられないし超常現象にしか思えませんが……どちらにせよ私達にはヤマトしかない以上、疑っていても意味がありませんし。とりあえず、私の方からも噂を流して少しでも理解を求めてみます。だから、お・と・な・し・く・休んで体力を回復して下さいね?」

 

 強い口調で念押されてユリカは押し黙った。怯えた視線でアキトに助けを求める。

 

 「心配しなくてもしばらくは傍に居るって。一緒にゆっくりしような」

 

 その優しい笑顔が眩しいです! 私はとても良い旦那を持ててそれだけでもう恵まれた人生だと思えます!

 ユリカは尻尾をぶんぶん振る小犬の様にアキトにすり寄る。

 顔色はあまり良くないがとても幸せそうだ。

 

 「ごちそうさまでした……」

 

 「そう言うルリちゃんもハーリー君とキスしたじゃない。で、どうなの?」

 

 思わぬ切り返しにルリは無言で逃亡した。

 その事でからかわれるのはノーサンキュー。

 三十六計逃げるに如かず。

 

 ユリカとアキトは振り返ることなく逃走したルリを見送った後、顔を見合わせて安堵する。

 

 なんとかフラッシュシステムに関して何とか誤魔化せた様だ。ゲーム云々で誤魔化せなかった時はどうしようと思ったが、話題があって助かった。

 あのシステムを積んだ理由について詮索されると、色々と隠し事を追及されかねない。

 ――そういう意味では、ヤマトがシステムを起動して奇跡を起こした事が有難かった。最悪イスカンダルもその事を知っていて緊急用に用意していた、と誤魔化せるし。

 

 ただ、痕跡を残さなかったとはいえもう1つのブラックボックスを起動した事は問題かもしれないが。ばれなくて良かった……というか、あんな使い方も出来るのか。

 

 ついでに病状の進行の影響で髪の色が急速に抜けていっている事も何とか誤魔化せた。これからは染料を使って悟られないようにしないと――。

 

 そんなこんながありつつも、その後ユリカは心行くまでアキトに甘え、ユリカに甘えられたアキトも悪い気はしないもので、“隣のベッドに体調を崩したクルーが寝ているにも拘らず”イチャイチャラブラブの空気を出しまくって寝ているクルーが血を吐いていた事に、終ぞ気付く事が無かった。

 

 自重とは何だったのか。

 

 

 

 で、医療室から逃げ出したルリはルリの姿を探していたハリに遭遇した。

 対面するなりお互い赤面する。

 あの後言葉を交わすタイミングも無く(形ばかりの)お説教の後は解析作業にベテルギウスの突破作戦だ。

 こういう形で顔を合わせると、やはり気恥ずかしい。

 

 「……その、ハーリー君……」

 

 「は、はい!」

 

 緊張した面持ちのハリにルリもさらに硬くなるが、訪ねておかねばならない。

 

 「あの、嫌じゃ……なかった?」

 

 「い、嫌だなんてとんでもないです! ルリさんこそ、嫌じゃなかったですか?」

 

 「――私も、嫌じゃなかった……」

 

 廊下の真ん中で何とも言えない空気を醸し出すハリとルリ。

 このままではいけないと、ルリは思い切った行動に出た。

 

 「その、場所変えない?」

 

 そう言ってハリを連れて行ったのは何と自分の部屋。

 ルリもチーフナビゲーターの役職を得ているので当然個室だ。ハリは立場が航海班の副官であっても科長ではないので、サブロウタと同室だったりする(なのでハリはパイロット居住区に住む例外)。

 

 ちなみにラピスは機関長なので個室持ちで、ベッドサイドにビンゴで当てたなぜなにナデシコフィギュアを飾っているのだ!

 

 「あの、事故みたいな形になっちゃったけど、こういうことがあったからには……気持ちをはっきりさせておくべきだと思うの……」

 

 部屋の中でテーブルを挟んで向き合う2人。顔は赤いままだがルリは真剣な眼差しだ。

 

 「その、まだ自分でもよくわからないんだけど……この1年の間ハーリー君には凄く助けて貰って、凄く感謝してる。それで……ちょっと頼もしいとか色々思ったりして……傍に居てくれると嬉しいな、って」

 

 緊張し過ぎて自分で何言ってるんだと思いつつも、気持ちを言葉に乗せる。

 

 「そ、そう言われると僕も嬉しいです――ルリさんの事はずっと尊敬してますし、その――魅力的な女性だと思ってますから」

 

 はっきり言われてルリの心臓が大きく跳ねる。

 

 「じゃ、じゃあ……私と交際したいですか?」

 

 「勿論です! ってええっーー?」

 

 ノリで応えてから驚愕したハリが大声を上げると、ルリはさらに身を縮こまらせて赤くなる。

 

 「じゃあ、そういうことでお願いします――ハーリー君」

 

 テンパりまくった結果一足飛びにそんな事になってしまった。

 

 その後、同室のサブロウタとキスの件が話題になった時にその事を話すと、彼はからかうではなくハリの頭をくしゃくしゃとかき乱しながら、

 

 「やったじゃないかハーリー! だが、これで胡坐描いて自分磨きを怠るなよ!」

 

 と大層喜んでくれた。

 やっぱり、サブロウタはハリにとって頼れる兄貴分だった。

 

 

 

 ベテルギウスの近海を通過してヤマトが次のワープを行ったのは艦の修理と点検、ユリカを始めとする体調を崩したクルーが回復した2日後だった。

 大きな損傷が左カタパルト損失と左尾翼半壊だけ、フィールドのおかげで艦底部のスタビライザーや第三艦橋は表面が軽く焦げたり溶けた程度、艦内の精密機械の幾つかに熱による破損が見られたが、深刻な被害も無く再出発は速やかに行われた。

 これも、ヤマトの常識を超えた力の発露なのかと考えられたが、答えの求めようが無い問題なのであっさりと捨て置かれる。

 耐えたという結果があれば良いと好意的に解釈して終えるしかなかった。

 

 ヤマトはその後約1000光年の長距離ワープを敢行し成功を収めた。

 懸念されていた人体への負担も安定翼を調整したタキオンフィールドで保護する事でかなり解消された事も確認され、更なる長距離ワープのテストも実施された。

 その距離約2000光年! 当初の試算では銀河間空間に出て初めて実現出来るだろうとされていた距離だ。

 

 成功!

 

 ヤマトは改修が進んだことで、失われていたワープ機能を幾分取り戻しつつあることがこれで証明されたのだ。

 

 その後、ガミラスの妨害や危険な宙域を突破すると言ったトラブルも無かったので、日程の遅れを取り戻すべく約2000光年のワープを1日1回実施。

 修理完了から12日ほどかけて約25000光年の距離を進み、ようやく銀河系を抜け出せると言う所まで来た時、重大なトラブルに遭遇した。

 

 

 

 「ワープ終了!――ん? おいハーリー、ワープアウト座標が計算と違わないか? これは――強制ワープアウトだぞ」

 

 操舵席の計器を見るまでも無い。

 ヤマトは本来飛び越える予定だった暗黒ガス帯――暗黒星雲の中にワープアウトしているのだ。

 何か異常があったとしか考えられない。

 

 「こちらでも確認しました。これは……何か大質量の天体に引かれてワープ航路が歪曲した形跡があります!――まさか……島さん、暗黒星雲の中に未確認の大質量天体があるんじゃ?」

 

 ハリがコスモレーダーやワープの衝突回避システムのログをチェックする。

 強制ワープアウトしたという事は、安全装置が作動したという事であり、歪曲されたワープ航路の先や付近に大質量物体がある可能性が高いのだが……。

 

 「やはり、暗黒星雲を突っ切るワープは調子に乗り過ぎたかもしれませんね……」

 

 ここ最近はガミラスの妨害も無く、ヤマトもトラブルを起こさず快調そのものだったので少々調子に乗ったワープをしていたのは事実だ。

 

 「かもな……艦長、一旦停泊して――」

 

 航路探査をやり直しましょう、と続くはずだった言葉はヤマトを襲った振動で遮られた。

 慌てて大介が手動制御で舵を立て直し、ハリが電探士席のルリと協力して周辺状況の探査を始める。

 空間探査こそ終わっていないが、今ヤマトが振動している理由はすぐに判明した。

 宇宙気流に巻き込まれたのだ。

 

 宇宙気流。

 字面の通り、宇宙空間を高速で流れるガスなどの星間物質の流れだ。

 星間物質の密度が高い宙域等で見られる現象で、飲み込まれると艦の制御を失ってそのまま流され続ける羽目になったり、惑星や恒星――最悪のパターンとしてブラックホールに引き寄せられる事もあり得る。

 そのため、仮に遭遇したとしたら飲み込まれないように迂回路を取ったり、その気流の先に何があるのかを見極める必要がある。

 と、ヤマトのデータベースには残されていた。

 

 「ルリちゃん、ハーリー君。気流の先の解析はまだ出来ない?」

 

 ユリカの催促にルリとハリは現時点までに判明している情報を告げる。

 

 「気流の先に強い重力場を確認。核融合反応こそ確認出来ませんが、暗黒星雲の隙間からとても強い光を確認――これは、原始星だと推測されます!」

 

 ルリからの報告に天文学に詳しくないゴートやラピスが首を傾げる。

 

 「原始星――星として固まり始めている恒星の初期も初期の姿……そんなものの近くにワープアウトしたのか……まだ固まってないにしても、将来の恒星候補になる程の質量があるんなら、ワープ航路が曲がっても不思議は無いか……」

 

 ヤマト副長を拝命するにあたり、天文知識も(付け焼刃ながら)色々と仕入れたジュンが独り言ちる。

 

 「そうだね。でもこの気流の流れはかなり複雑だよね……もしかして、連星系なのか?」

 

 「周辺に同じような重力場を8つ確認しました!――信じられません、この原始星は相互に水と原始雲放射線帯で相互に結び付いています! この気流は、原始星が引き寄せる星間物質の他に、それが猛烈な力で渦巻いている事で生じている模様です」

 

 ハリの報告にユリカの表情がはっきりと暗くなる。

 

 「それって、とんでもなく面倒な宙域に出ちゃったって事だよね……しまった、イスカンダルからじゃ銀河の、それも暗黒星雲の中の原子星団なんて見つけられなかったんだ」

 

 とんだ盲点だ。イスカンダルからは確かに宇宙地図が提供された。

 航路上の危険宙域(特に銀河間空間と大マゼランの中)も記されていたが、天の川銀河のデータはそれらに比べるとやや精彩さを欠いていた。

 

 (そうだよね、今のイスカンダルがそこまで精密な宇宙地図を作成して提供出来るわけないよね)

 

 ユリカはスターシアから聞いたイスカンダルの現状を思い出して歯噛みする。

 

 「とにかく解析を続けて。こんな宙域じゃあワープも早々出来ないし、通常航行で突破しないといけないからね」

 

 

 

 その後、何とか気流帯から抜け出して落ち着いた宙域でヤマトは停泊する事になった。

 そして、この異常事態にユリカの取った行動は……。

 

 

 

 使われていなかったモニターに灯が灯り、ウィンドウがあちこちに開き、軽快な音楽が流れだす。この時点で艦内が沸き上がった。

 

 「3! 2! 1! どっか~ん! なぜなにナデシコ~~!!」

 

 もはや恒例と化したなぜなにナデシコの開幕であった。

 

 「おーいみんな、あつまれぇ~。なぜなにナデシコの時間だよ~!」

 

 「あつまれ~」

 

 何時ものウサギユリカの隣にはすでに達観した表情のルリお姉さんが居て、その傍らにはアシスタント担当のトナカイ真田が居た。

 背景には「なぜなにナデシコ ヤマト出張篇その3~原子星団って何? ヤマトはこれからどうなるの?~」と書かれている。

 2度と出演すまいと断固拒否の姿勢を貫きたかったのだが、ユリカに潤んだ瞳で見つめられ、ルリの刺すような冷たい視線のダブルパンチにあえなく轟沈した。

 今は達観した目で大人しく台本に従って道化を演じている。

 その姿に工作班の部下達はざめざめと悲しみと同情の涙を流し、それ以外の班のクルーは涙を流して笑った。

 

 しかし、ただで転ぶ我らが真田工作班長ではない!

 

 「こんなこともあろうかと! 艦長の衣装にはイネス先生の手を借りてパワーアシストを組み込んでおきました! これで杖無しでも問題無く活動出来るでしょう!」

 

 やけくそ気味に放たれた真田の言葉通り、ウサギユリカは(要らぬ)ぱわ~あっぷを遂げていた。

 

 アクチュエーターや強化骨格を目立たぬように、そして装着者の違和感にならないようにと徹底的に配慮されて組み込まれ、さらにIFS制御の恩恵でウサギユリカは杖を突いたヨタヨタしい動作から解放され、健康だった頃と遜色無い軽やかな動作を手に入れていた!

 

 一部からは「その労力とアイデアを別のものに使えないものなのか?」と疑問の声が上がったが、実益を兼ねた趣味と言われては文句のつけようが無かった。

 

 「う、ウサギ艦長が軽やかに動いているだとぉっ!?」

 

 となぜなにナデシコのファンにしてユリカ派を自称するクルーの1人が驚愕の叫びを上げ、それが同志達に伝播する。

 逆にルリ派を自称する面々としても、軽やかに動くはウサギユリカの姿に驚きを隠せず、それを見て嬉しいようなやっぱり大人しくしていて欲しいと視線を向けるルリお姉さんに「新たな魅力発見!」と騒ぎ始める。

 

 なので、生真面目で頑固気質な山崎辺りはこめかみをピキピキさせながら仕事を疎かにしないようにと監視しながらも、かと言って艦長達が体を張って艦の空気を良くしようと努力しているのを無駄にしないように、上手く加減して締め付けなければならなかった。

 幸いな事に山崎ら真面目組の胃に穴が開く事は無く、放送終了からしばらく経ってから艦長直々に「何時も艦内の締め付けありがとうございます」とお褒めの言葉を頂き、こっそりと労いにと嗜好品を提供して貰っているのが効いているのだと、述懐していた。

 

 そうでもなければやっていられない。

 

 

 

 今回のなぜなにナデシコで扱ったのは、ずばりヤマトを捉えてしまったこの原始星団――8つの原始星とそれが生み出す渦の形などから「オクトパス原始星団」と名付けられたこの宙域に因んだ雑学である。

 

 原始星とは、ジュンが語った通り恒星の誕生初期の状態の事で、暗黒星雲の分子が集まり自己の重力で収縮を始め、可視光で観測出来るようになる「おうし座T型星」になる直前までの状態を指している。

 

 ヤマトが現在突入している暗黒星雲は、星間雲と呼ばれる天体の一種だ。

 星間雲とは、銀河に見られるガス・プラズマ・塵の集まりの総称で、何もない空間に比べて分子などの密度の高い領域である(または星間物質の密度が周囲よりも高い領域)。

 暗黒星雲の場合は、光を放たず背後にある恒星の光も通さず黒く見える事からそう呼ばれている。オリオン座の馬頭星雲が有名だろう。

 

 こういった密度の高い空間において、近くの超新星爆発の衝撃波等を受けたりすると、雲の中で分子の濃淡が出来、濃くなった部分は重力が強くなることから周囲の物質を引き付けて濃度が濃くなる。すると重力が強くなって――を繰り返して濃くなっていくと、最終的に原始星が誕生するとされる。

 

 原始星は周囲の物質が超音速で落下していき衝撃波面が形成され、その面で落下物質の運動エネルギーが一気に熱に変わる事で輝き、それは主系列星よりも非常に明るい。

 そこから自己の重力で収縮してゆき、重力エネルギーの開放で中心核の温度が上昇していくと、恒星風により周囲の暗黒星雲を吹き飛ばして可視光で観測出来るようになった「おうし座T型星=Tタウリ型星」の段階を経て、収縮が続き最終的に中心核で水素の核融合反応が開始すると主系列性――我々が良く知る太陽の姿に至る(つまり太陽が生まれるには分子雲の構成分子に大量の水素が必要という事でもある)。

 恒星系の形成は、「おうし座T型星」の段階で星の周囲を回転している濃いガスの円盤の中で、原始星に取り込まれなかった塵がぶつかり合って微惑星になり、それが集まって原始惑星が形成されていくことで形成されると言われている。

 ただし、地球からの観測ではまだまだ詳細がわかっておらず、推測を含んだ部分が多い分野である(宇宙物理学なぞ大体そうだが)。

 

 その大きさは具体的な定義が無く(まだ固まっていないため定義し辛い)、本体は精々恒星の(主系列星として成立した時の)数倍程度かもしれないが、その周囲のガス等を含めた大きさになると、確認されている中で最大とされているもので直径が148億㎞を超えるとされている。

 要するにとにかく馬鹿でかいのだ。

 

 ヤマトの眼前には、連なったその原始星が8つも並んでいた。

 その規模は観測出来るだけで太陽系(カイパーベルトまで)の軽く6倍以上となっている。

 しかも厄介な事に、丁度原始星の自転軸と連星系の公転軸に対して平行にヤマトが突っ込んでしまった事で、原始星の周りに生じるガスの流れが壁になってしまっているのだ。

 

 さらに厄介な事に、このオクトパス原始星団はまだ周囲の暗黒星雲を吹き飛ばす段階に至っていないため、ヤマトはそれこそ400光年には達しそうな巨大な暗黒星雲の中に閉じ込められてしまった事になる。

 更なるダメ押しと言わんばかりに、暗黒星雲を含めた分子雲の中は、普通の宇宙空間に比べて密度が高い事からコスモレーダーの感度が著しく低下し、タキオンを使った光学測定にもかなりの制約が課せられる。

 だからこそヤマトは一気にワープでこれを跳び越えたかったのだが、その濃密さ故か、それとも旧ヤマトクルーと違って外宇宙での航行経験が少ないためか、不幸な事に見落としがあったようだ。

 

 そして、天体観測と空間スキャンに大きな制約が課せられてしまった事もで、ヤマトはこの暗黒星雲の外側はおろか、内側を十分に探査する事もままならない状態になってしまった。

 一応ある程度の重力場を利用した探査は出来るが、原始星団が邪魔になって精度が落ちているし、原始星団を強引にワープで超えようにも航路屈曲や安全装置による強制ワープアウトで原始星の中に突っ込みかねない。

 最終手段の波動砲を併用したワープにしても、データ不足からくる計算上の成功率の低さに加え、連星系が生み出す入り乱れた重力場を超えるのは至難の業と判断され、自重と相成った。

 これが恒星1つくらいだったら何とかなったかもしれないのだが……尤も、それでも超大質量天体(太陽の数十倍越え)ともなれば危ういのだが。

 

 となれば通常航行しかないが、ヤマトを飲み込んだ暗黒星雲は大きさが400光年にも達しているため、ワープ無しで離脱する事は実質不可能。

 ヤマトのワープ記録を見る限りでは、ヤマトが停止した位置は丁度暗黒星雲を突き抜ける寸前らしいことが伺え、この距離なら通常航行でも抜け出せる位置だったが……最悪な事に、そのためには眼前のオクトパス原始星団を突破する必要がある。

 

 しかも厄介な事に、すでに原始星団が生み出すガスの奔流の中に捕らわれたヤマトは、逆走しようにもガスの流れや強烈な放射線が邪魔になって思うように航路探査出来ず、オクトパス原始星団の真逆の方向が果たして本当に来た道なのかすら、今の状況では判別出来ないのだ。

 こんな盲目状態では危険過ぎてワープは出来ない。

 通常航行で離脱するにしても、盲目飛行では極めて高い確率で迷子確定だ。時間の限られたヤマトの旅でそれは許されない。

 

 傍から見ればものの見事に詰んだような有様だが、ヤマトが誇る天才頭脳とオモイカネとオペレーター達は、僅かな可能性を見出すことに成功していた。

 

 「と言う事で、ヤマトはしばらく現宙域に留まりあの8個の原始星が生み出す嵐の中心点――海峡と呼べそうな場所の探査を続ける事にしました。このオクトパス原始星団は水と原始雲放射線帯で相互に結び付いていて、それが猛烈な力で渦巻いている危険な宙域だけど、相互に作用しあっているのならどこかで力と力がぶつかり合って相殺した場所とか、もしかしたら台風の目よろしく穏やかな場所があるかもしれないんだよ」

 

 「じゃあお姉さん、ボク達はそんな海峡を見つけ出してから通り抜けた方が、しばらく足止めされたとしても、迂回するよりは早く突破出来るんだね?」

 

 「そうだよ、ウサギさん。だから、テレビの前の皆も変に焦ったりしないで、気持ちを大きくして待っててね。じゃ、また次回の放送までさようなら」

 

 その台詞を最後に、第3回なぜなにナデシコの放送は幕を閉じた。

 

 同時に、オクトパス原始星団に捕らわれたヤマトの長い闘いの日々の開幕でもあった。

 

 

 ヤマトがオクトパス原始星団に捕らわれて1週間が経過した。

 電算室や航行艦橋である第二艦橋では、航海班とオペレーター達が日々協力してオクトパス原始星団の探査・解析作業を続けていた。

 

 しかし、原始星やヤマトを覆う濃密な星間物質と強烈な放射線に阻まれている事もあり、探査は困難を極めていた。

 誰も責めるようなことはしなかったが、ヤマトの運航担当の航海班は目に見えて意気消沈しており第二艦橋は常に重苦しい空気に包まれていた。

 特に責任者の大介と補佐役のハリは落ち込んでいて痛ましかった。

 

 ついにハリと交際する事になったルリは、ここで今まで支えて貰った恩を返さんとそれはもう優しく大らかに接した。

 仕事上でも協力し合っている仲なのでフォローはばっちり、皆が見ている前では今まで通りに、プライベートで2人っきりになったらそっと抱き締めてあげたりして、仲を深めつつも彼の仕事を支え続ける。

 大介も、艦内の空気を気にした雪がコーヒーを淹れに行って励ますつもりだった。

 

 つもりだったのだが……。

 

 「んっ!?」

 

 やれやれ、と疲れた表情で雪が淹れたコーヒーに口を付ける大介だったが、一口飲んだだけで顔を顰める。

 

 「――何だこのコーヒーは……! 控えめに言っても不味い……!」

 

 大介の一言に雪の笑顔が凍り付いた。

 

 「――ははは、そのぅ……美味しいですよ……」

 

 苦い顔で(第三者が見てはっきりわかる程)お世辞を言うハリ。凍った雪の笑顔が怖かったらしい。

 だがそんなハリの対応に素早く食い付いた雪が「あらそう! ならもう一杯いかが?」と告げると「もう結構です」とハリは即座に断った。

 

 「ハーリー君、無理なくて良いんだよ。時には相手を傷つける覚悟ではっきりと“不味い”と言わないと、アキトさんみたいな目に遭うんだから」

 

 と、ユリカの(ホウメイ曰く)「愛の劇薬」を食す羽目になって悶絶したアキトの事を思い返す。あの時はメグミとリョーコも交えた3人からの攻撃で大層難儀していた様子。

 結局ユリカのメシマズは改善されていないので、これからの家庭が少々心配だ。

 

 (まあ、あのラブラブ夫婦ならイチャイチャしながらアキトさんが料理教えるって事もあるのかな?)

 

 とか考えながらもばっさりと切り捨てるルリ。

 雪は口角をピクピクさせながらも、場の空気を悪くすまいと(全員せめてものやさしさで飲み干して)空になったカップを受け取ると、怒りのオーラを纏いながらワゴンを押して第二艦橋を後にする。

 そんな雪の様子に第二艦橋の空気も和らぎ笑いが起こったのだが、結局リベンジを誓う雪が毎日押しかけて“一向に上達しない”コーヒーを飲まされ続ける羽目になったと言う。

 ついでに少し経ってからルリも「あ、私も料理出来ないや」と気付いて、花嫁修業の必要性を痛感する羽目にもなった。

 

 また、1度は安全圏に離脱したヤマトではあったが、時折流れの変わる宇宙気流に右往左往する日々で、強力な放射線や高速で激突する星間物質の類から艦を護る為、ディストーションフィールドをラグビーボール状に展開する――通称「バリアモード」で耐え忍んでいた(戦闘中は火砲を使うために艦の表面に沿って展開し、その必要が無い局面では制御が容易な球形を使い分けている)。

 

 こうやって翻弄される事で、ヤマトはますます自身の所在があやふやになり、あるかどうかもわからない海峡以外での脱出手段を取れなくなっていくのだった……。

 

 

 

 機関長のラピス・ラズリは夜遅く、自身の就寝時間だというのに機関室に足を運んでいた。

 ヤマトの勤務体系は交代制で、地球の勢力圏を飛び出した単独航行という事もあり、3交代制を採用している。戦闘などの非常時を別とすればある程度省力運航が可能な程度の自動化はされているので、地球時間における夜間における要員はやや少なめである。

 

 オクトパス原始星団に捕らわれたヤマトはワープも波動砲どころか、通常航行すらしていない。

 なので、フィールドや最低限の航行能力を維持出来る範囲で波動エンジンや相転移エンジンの再検査と、今後に備えた気休め程度の改修作業も行っている最中だ。

 他にも工作班が今まで回収したガミラスの兵器から色々と新しい技術を吸収したり、それを基に新しいアイデアを捻り出したりと、時間が空いているからか普段はやり辛い事を色々と行っている。

 

 その作業の1つがダブルエックスとGファルコン、さらには開発中のエックスに搭載される相転移エンジンのパワーアップ、スーパーチャージャーの開発と搭載だった。

 これが搭載出来れば相転移エンジンの出力は3割は向上する。そうすれば、先の戦いの様な苦渋を舐める事は無くなる――と思われている。

 こういった作業は本来なら段階的に行って最終的に全体が完了する、と言うのが普通なのだが……。

 

 「外がこんなだとダブルエックスでもまともに活動出来ねぇな。だったら全部の機体を一気に作業しても問題無いわけだ。ついでにヤマトの改装も終わらせちまおう」

 

 というウリバタケの発案が(恐ろしい事に)採用されてしまい、ヤマトの艦載機は全部の機体が改修作業を受けるという前代未聞の惨状を招いていた。

 ダブルエックスとGファルコンは、スーパーチャージャーの搭載とそれに関係するエネルギーラインの調整作業を。

 各エステバリスはさらなる改修作業を受ける事になった。

 

 具体的にはGファルコンとのドッキングパーツの更新と機体全体の補強作業だ。

 従来では背中の重力波ユニットを外して、アサルトピットの推進器を置き換えるような形でドッキングパーツを設置していたが、それを腰部にまで下げた。形状はダブルエックスのバックパックを模している。

 直立状態でもGファルコンのウイングパーツ部分のスラスターが接地してしまいそうなほど下がったが、このおかげで重力波ユニットの再装備が可能となった。

 今までの重力波ユニット+間に合わせのスラスターユニットよりも、推力と出力面で幾分マシになったし単独行動能力が回復した。

 

 さらに先に開発された新エネルギーパックをドッキングパーツ取り付ける事で、極短時間ならGファルコンの相転移エンジンにも負けない出力を確保出来るようになり、機体の性能が大幅に強化された。

 強化された出力に負けないよう機体各所に適切な補強を加え、全面修理に託けてダブルエックスやエックスと同じ素材で装甲を作り直すなど、資源が持つのかと心配される程の大規模改修を実施。

 

 おかげでダブルエックスやエックスには及ばないものの、エステバリスの兵器としての寿命が延び、生産性と拡張性の高さを武器に今後もしばらくは主力機として残れるかもしれない、と言うくらいにまでパワーアップする事に成功したのである。

 

 ついでに、これまでの戦闘データ等から武装面に関してはスーパーエステバリスをベースにした改装が効果的と判断され、全ての機体がスーパーエステバリスと同型のショルダーユニットに換装し、連射式キャノンとミサイルポッドを装備した。

 これは、アルストロメリアも同じだ。

 

 さらに例の解放されたブラックボックス――フラッシュシステムもダブルエックスとエックスの2機に試験的に搭載され、機体の制御やオプションの制御に使えないか試してみるらしい。

 一応図面通りに作成してエンジンに組み込まれていたブラックボックスだったこともあり、正体がわかれば複製も用意とは言え、かなり冒険じみた改装だと思う。

 と言うか、ここまでの全面改修と並行して件の新型機をほぼ仕上げにかかっているというのはどういう事だろうか。この調子だとあと20日程度で完成させてしまいそうだ。

 これがヤマト驚異の科学力と言う奴なのかと、誰かが囁いていたとかいないとか。

 

 さらにプロキシマ・ケンタウリ第一惑星で確保した耐熱金属を使用したパーツの置き換え作業も、完了していなかった場所が次々と完了していっている。

 外が嵐でも問題無い、内部から交換可能な部品だったとは言え驚異的なスピードだった。

 

 ラピスも機関部門の総責任者として、同時に優れたプログラマーとしてスーパーチャージャーの搭載や出力系のチューニングに関わる部部分の改修に協力する事になり、一応出来る限りの事はした。

 

 しかし、ラピスの胸の中にはモヤモヤした感情が渦巻いている。

 確かに協力はしたしそうする事自体に不満は無い。

 とは言え、プログラミングの仕事となると当然ながらIFSを使った方が早い。だが、ラピスは自らの心情を優先してキーボード入力で打ち込んでいる。

 勿論完成したプログラムは自信作だし、最終的な完成度はIFS使用時と変わらないと自負しているが、打ち込みに数倍もの時間がかかったのは事実だ。

 現在のヤマトは停泊中とはいえ、限られた時間の中で目的を果たさなければならないヤマトにとって時間は何よりも貴重。

 それを個人的な感情で無駄にロスしたのではないかと考えると、気持ちがモヤモヤして仕方が無い。

 

 根が真面目なラピスはそれが気になって夜も寝付けず、ここ数日は少々寝不足気味だった。

 アキトやエリナやユリカと言った、親しい大人に相談する事も考えたのだが……どうにも恥ずかしくて相談出来ずにいた。

 

 それで今日も今日とて寝付く事が出来ず、部屋にいても落ち着かないので、機関室の様子を見ようと起き出して来たのである。

 思えばヤマト再建時に最も力を注いだ部分だ。相応に愛着もあるし機関部の職務を希望したのもそれがあっての事。

 ある意味ヤマトで最も安らぎを感じる場所でもあるし、ここにはこの若輩者に付いてきてくれる得難い部下達もいる。

 勤務時間を護らないのは問題かもしれないが、ここは1つエンジンと部下達の様子でも見て落ち着きたい。

 

 そう考えたラピスが機関室に足を踏み込むと、眼の前で徳川太助が相転移エンジンに取り付いて汗水流して整備作業に勤しんでいる。隣には山崎奨も指導の為かマニュアルと工具を手に持って口と手を出している。

 とは言えその表情は真剣だが穏やかで、太助の作業に特別問題が無い事が見て取れる。

 

 「こんばんは徳川さん、山崎さん。エンジンの様子はどうですか?」

 

 勤務時間外のはずのラピスに声を掛けられて太助は驚いたように振り向く。

 山崎も同じような視線を向け、「どうかなさったのですか?」と尋ねてくる。彼は実の子同然の年齢のラピスにもこうして敬意を表してくれるので、上司として有難く思うと同時に少々申し訳なさを感じている。

 ――実力を考えれば、彼が機関長になっていてもおかしくないのに。

 

 「機関長? 今日はもう終わりのはずじゃあ……」

 

 「ちょっと眠れなくて……」

 

 言葉短く視線を逸らしたラピスの様子に何かあると考えた2人は顔を見合わせると、「何か悩み事ですか?」と異口同音に尋ねてくる。

 ラピスは少し悩んだ後、思い切って気持ちを吐き出してみる事にした。

 正直同僚、しかも立場的には部下にそのような悩みを打ち明けるのは戸惑われたのだが、ある意味ではアキト達に比べると少々遠い位置にいる人間なので、気持ち的に相談しやすかったのだ。

 

 悩みは単純で、それでいて根深いものだった。

 

 ラピスは人為的に遺伝子調整を施された人間として生まれてきた。それ故に普通の人間では不可能なIFS適性を持ち、より高度なオペレートが可能になっている。

 そう言った存在故に、まともな戸籍も無くずっと研究素材として扱われ続けていた。火星の後継者に――北辰に拉致されて火星の後継者の手に渡っても状況は変わらなかった。

 ラピスの人生が変わったのは、アキトに救われてからだった。

 実験体として扱われる生活は終りを告げ、違う人生が始まった瞬間。

 自らの人生を歪め、愛するユリカを奪った火星の後継者への復讐に生きているとはいえ、生来のやさしさを失う事が無かったアキトはラピスに優しかったし、アキトと一緒に自分の世話も担当してくれたエリナも本当に良くしてくれた。

 実験の遺症で障害を抱えたアキトの補佐を頼まれた時も、その能力を使う事に疑問は無かった。生まれた時から持っていた能力なのだから当然だ。

 それにラピスはそれまで人と接する経験が絶対的に不足していて、他者との違いを認識し始めたのはヤマトの再建に関わるようになってからだった。

 

 ラピスはヤマト再建の際にプログラム関連の仕事を担当し、時には設計にも関わったりしてその能力を存分に活用した。

 その時はすでにユリカと接触して、特にヤマト再建に熱を入れていた時期だったことも影響していたのだろう。

 ヤマト再建計画のメンバーは良心的な人間が揃っていた。が、それでも年端も行かないラピスがベテランや将来有望とされた技術者と上回る能力を見せた事は大層驚かれたものだった。

 そんな日常で、ラピスは自身と他者の“違い”に関する決定的な言葉を耳にしてしまった。

 

 「遺伝操作で生まれた? へえ~、つまり俺達とは生まれからして違うのか。それじゃあ、あの能力も生まれ持った才能なのか作られた才能なのか、全くわからないのか」

 

 ショックだった。多分その場の雑談程度で悪意は無かったのだろう。ラピスが偶々部屋の入り口で聞いてしまった何て、考えもしていなかっただろう。

 だが、聞いてしまった。

 ネルガルの研究所で生まれた事も自分が“改造された人間”だと言う認識はあったが、はっきりとした形で突き付けられたのはこれが初めてだった。

 自分が“普通ではない”、どれほど素晴らしいオペレートをしたとしても“出来て当たり前”で出来なければ“失敗作”。

 

 その事実を意識した瞬間、ラピスは自分自身の在り方がわからなくなってしまったのだ。

 

 それ以来ラピスは、ヤマト再建作業中は効率重視で与えられた才能を――IFSを使ったオペレート能力を存分に使った。……これが使い納めだと思って。

 不幸中の幸いだったのは、そんな陰口を叩いた作業員も作業においてラピスに悪意を向けたり、不快にさせるような振る舞いが無かった事だろう。

 逆に、色々と気を使ってくれたくらいだ。それでも、ラピスの心の内が晴れる事は無かったが……。

 

 だからヤマトに乗艦すると決めた時――ユリカの手助けをすると決めた時からその力を封じてきた。

 ヤマトで機関長の任に着いて、第一艦橋の機関制御席を任されることになった時も他の同類2人とは違って、制御システムの改修の一切を断ったのはそれが理由だ。

 

 ラピスは、人為的に与えられた自分の意思とは無関係なスキルに頼りたくなかった。

 

 与えられた能力ではなく自分で勝ち取った能力で身の証を立てたかった……普通の人と同じようになりたかったのである。

 

 遺伝子操作の結果“普通ではない”能力を得て生まれてきたルリとハリは、その事に対して何かしらの葛藤を抱いているようには見えない。

 もしかしたら、ラピスと出会う前に自己解決しているか、見えないだけで何かしらの葛藤を抱いているのかもしれないが、ラピスにはわからない。

 特にお姉さんであるルリには何度か相談しようかとも思ったが、ルリはユリカの事で大層苦しんでいたし自身の能力が通用しない現状にも苦しんでいた。

 同年代のハリもそんなルリを支えるので手一杯の様に見えたので、ラピスはこの2人に要らぬ気苦労を掛けさせまいと相談するのを控えてしまった。

 

 そうした悩みを太助と山崎に打ち明けたラピスは、気持ちが少しすっきりした代わりに恥ずかしさも覚えた。

 しかし太助も山崎もそんなラピスを笑ったりしない。

 山崎は大人なので思春期のそう言った悩みは覚えがあるし、ラピスの出生の特殊さは聞いている。こういった悩みがあっても当然だろうと理解がある。

 若過ぎるとはいえその優れた機関制御能力を見込んで機関長への就任を受け入れたし、副官としてばっちり補佐していく所存であったが、彼女の年齢を考えた接し方は失していたのかもしれないと自省する。

 どうアドバイスして良いか山崎が悩み始めた時、太助がぽつりと言った。

 

 「その気持ち、ちょっとわかります。僕は、遺伝子操作とかとは無縁ですけど、立派な父親がいましたから――その背中に憧れて同じ道を進みましたけど、だから良く父と比べられて……今だって良く山崎さんにそうやってどやされてますし」

 

 「それはだな……」

 

 思わぬ返しに山崎が口籠る。

 単に発破をかけてるだけで、太助の素質には大きく期待してる山崎は大いに困った。

 

 「偉大な親がいると子供はどうしても比べられますよ。親父の事は尊敬してるしあんなふうになりたいとは願ってるんですが……やっぱり比較されると辛い時ってあります。こっちはまだ駆け出したのに、同じように出来て当たり前みたいな言い方されることだってありますし、失敗したらした親父が泣くぞ! とか酷い時には出来の悪い息子だとか……」

 

 太助の告白にラピスの山崎を見る目が氷点下にまで下がる。

 

 「いや、私は――」

 

 「あ……や、山崎さんは全然良いですよ! 失敗したらちゃんと教えてくれますし、今だってわざわざ休憩時間を削って指導してくれてるんですから!」

 

 誤解させたと思った太助が慌てて山崎をフォローする。

 

 「それに、山崎さんは成功すればちゃんと褒めてくれるし」

 

 太助のフォローに「そうでしたね、すみませんでした」と謝罪するラピス。そう言えば、この間の磁力バリアからの離脱後の機関整備時にそんな姿を見た。

 これは失敬失敬。危うく心底軽蔑するところだった。

 

 「――ともかく、そういう色眼鏡で見られる気持ちはわかります。でも、それに負けてたらそれを認める事になりますから、僕は親父の背中を負いながら……何時か超えてみせるってこうやって頑張ってるんです。多分、ある程度の開き直りは必要だと思います。機関長も、あんまり卑屈にならない方が良いですよ。僕は、そんなの関係なく尊敬してますから」

 

 太助の宣言にラピスは少し救われた気分だった。

 確かに少し卑屈になっていたかもしれないと思う。

 

 「なるほどね……IFSをやたらと忌避していたのはそういう事だった訳ね」

 

 聞きなれた声にぎくりと体を硬直させたラピスがゆっくりと振り返ると、いつの間にか機関室に入り込んでいたエリナの姿が視界に入る。

 ラピスに注意が向いていた太助と山崎も気付いていなかったようで、驚いていた。

 

 「エリナ……」

 

 まるで悪戯が見つかった子供の様に身を縮こませるラピスに、エリナはふっと微笑む。

 

 「何となくわかってたけどね。色々と裏で注意喚起してたんだけど、ちょっと遅かったのか。にしても、そういう相談ならまずユリカにしておくべきだったんじゃないの?」

 

 「でも――ユリカお姉ちゃんだって色々忙しいし……」

 

 「あの娘もね、軍人の家系として高名なミスマル家に生まれて、その長女として扱われることを窮屈に感じてナデシコに乗ったような娘なのよ。そういう意味では徳川君と同じような悩みを持って生きてきたんだから」

 

 ナデシコに乗っている当時は理解しようとしていなかった――いや、理解出来るほどの接点が無かったが今なら理解出来る。

 彼女にとって、家名とは一切関係なく接してくれるアキトの存在は、“家名と言うなの檻に閉じ込められていた”彼女を文字通り救ってくれた“王子様”だったのだろう。

 実際、アキトはどこまでいっても“ユリカをユリカとしてしか扱わない”。ミスマル家がどうとかは一切無く、常に彼女自身とだけ向き合っていた。

 恐らく好意の切っ掛けはそんなところから始まって、想い続けて結婚までこぎつけたのだから大したものだ。

 

 あまりアキトから彼女に対する想いを聞いた事は無いが、ふと漏らした言葉等から察すれば、意識してなかっただけで案外火星時代から陥落していて、それを妙に勘の鋭いユリカに見抜かれていたのが「アキトは私が大好き」発言だったのかもしれないな、と今になって思う。

 そもそも本気で嫌な相手とは接触自体を避けたがるのがアキトの性格だろうから、普通に接していた時点で彼女を嫌っていないは理解出来る。

 

 「そうだったんだ……知らなかった」

 

 余り自分の事をベラベラ話すタイプでもないから、ラピスが知らなくても無理は無いだろう。

 考えてみれば、そうやって“ユリカ”である事に躍起になっていた彼女が、今度は“A級ジャンパー”として自分の全てを侵害されてしまったあの事件は、相当酷だったろうなと思う。

 そう思えるのも、彼女との間に友情を育んだ今だからこそ、なのだろうが。

 

 「ある意味ではアキト君だって、コックになりたいって願いながらもパイロットとして戦うことを求めれてたり、自分がなりたい自分と他人が求めてる自分ってのが上手く合致しなくて苦しんでたんだから」

 

 苦しめてた1人としてそう告げるしかないが……今は心が痛い。

 

 「だから恥ずかしがる事は無いわ。人間誰しもそうやって大きくなっていくんだから。だから思いっきり悩んで、1人でどうにもならなかったら誰かに相談したりして、自分なりの答えを見つけていくのよ」

 

 エリナに諭されてラピスはこくりと頷く。これからは素直にそうしようと思った。

 正直なところ、機関長と言う任を拝命した事で、自分を追い詰めてしまっていたのかもしれない。

 

 この一件の後、ラピスは太助と山崎とさらに打ち解け、特に年齢が近い太助とは急速に仲良くなった。

 山崎も今まで通り「上官に対する礼を失しない程度に相談に乗りましょう。おじさん代わり思って頂ければ光栄です」、と態度で示した事もあり、ラピスは以降技術面だけではなく身の上話――それも“家族”には打ち明けにくい話は、大体山崎に振るようになったという。

 

 なお、その事を知って頼って貰えないとユリカがざめざめと涙を流し、アキトも少し寂しい気持ちになったとか、その事を知ってラピスが慌てたと軽い騒動があったという。

 

 

 

 ヤマトがオクトパス原始星団に捕らわれて2週間が経過した。

 (主に旧ナデシコクルーのせいで)比較的空気の軽いヤマトの艦内も流石にピリピリしてきた。些細な事で諍いが発生する様になり、罰則を科せられるクルーが出始めている。

 航海班、大介は特に表情がきつくなってきた。

 

 またこの時期、弱り始めたユリカが再び体調を崩して寝込んだのも、タイミングが悪かった。

 普段から極力艦内を見回ったり放送で一日の開始を告げたりと、ユリカは過酷な航海でクルーが精神的に参らないように、艦内を明るくしようとあの手この手を尽くしていたのが災いしたのだ。

 

 艦長室でアキト達家族やエリナと言った友人に多少甘えて心身を休めながらも、ユリカは艦内の空気が悪くなったと聞いてそれを解消する手段を色々と考える。

 

 「と言うわけでルリちゃん、エリナ、協力してくれないかな?」

 

 ベッドの上で上半身を起こし、世話に来てくれたルリとエリナに頼み込む。

 ルリは露骨に嫌な顔をして、エリナも渋い顔をするが……艦内の空気をこのままにはしておけないと涙を呑んだ。

 

 「ちゃんとアキト君にも許可を取ってからね。それと……生贄にも」

 

 その後、医務室のイネスから薬を渡すようにと頼まれたアキトが艦長室にやってくると、早速相談された。

 やっぱり物凄く渋い顔をしたが、アキトも艦内の空気が悪くなっている事を実感しているので渋々と……本当に渋々と了承する。

 そして今、艦長室に呼び出しを受けた真田と進が艦長直々の要請に顔を見合わせた後、超渋い顔で応じた。

 

 「――なあ古代。断り切れない俺は弱い人間か?」

 

 「――いえ、そんな事はありませんよ、真田さん……」

 

 生贄枠2名は互いの肩を抱いて慰め合う。元から仲が良かった2人だが、この件でさらに仲良くなったことは言うまでもないだろう。

 

 

 

 「はぁ~い! 今日は日頃頑張ってるヤマトの乗組員諸君を励ますべく、ウサギさんとお姉さんとお兄さんとトナカイさんが応援に来たよ~~!」

 

 そう、かつて第二回の時ユリカが舞台裏で閃いた通り、人気番組なぜなにナデシコのキャラクターとして握手会(サインも可)が実施されたのだ。

 ウサギユリカとルリお姉さんを中心に、脇に控える生贄2名。

 

 普段から乗組員の憩いの場として、こういう時には有視界による天体観測の場として活気溢れる大展望室、その右舷側がなぜなにナデシコ出演者のイベント会場に早変わり。

 工作班主導の下、リサイクルも考えられた装飾で染め上げられ立展望室。そして廊下にすら連なるクルー達の長蛇の列。

 最初は会場を作らず艦内を練り歩くつもりだったのだが、それだと「艦内に要らぬ混乱が生じるから自重して」とエリナに釘を刺されたので会場を設営してのイベントとなった。

 日頃の撮影会場の中央作戦室は、現在航海班が使っているので展望室が選ばれた裏話もあったりする。

 

 「――みんな、娯楽に飢えてるんだな」

 

 アキトが盛況な会場を見て遠い眼をして呟く。アキトは会場の警備担当なので出演者たちの脇に控えたり入り口付近に待機して、万が一が無いように備えている。

 ついでにゴートと月臣、サブロウタも警備担当として備えていた。

 厳ついゴートは当然として、レクリエーションに少しでも協力して空気を軽くしたいと考える真面目な月臣と、ルリのナイト役を買って出ているサブロウタも、こういった時には積極的に協力してくれるのがありがたい。

 

 「ようアキト。艦長のアイデアに付き合わせれて大変だな」

 

 パイロット仲間として、ルリの保護者として最近かなり打ち解けてきたサブロウタに話しかけられて、アキトは何とも言えない顔をする。

 

 「本当は大人しくしてて欲しいんだけどね。サブロウタもありがとうな、手伝ってくれて」

 

 「気にすんなって。ルリさんの護衛役なんでね。そういや、ハーリーとの事は聞いてるのか?」

 

 サブロウタが振った話題にアキトも食いつく。

 

 「ああ、交際始めたんだっけ? 前に相談された事もあったから時間の問題だとは思ってたけど……やっぱりこの間の事故が原因なのか?」

 

 「だろうね。まあ、我々は保護者として暖かく見守っていこうじゃありませんか」

 

 ニヤニヤと語るサブロウタにアキトも「からかい過ぎは厳禁だよね?」と楽しそうに応える。

 そうしてから「へ~い!」と拳を打ち合わせる2人のすぐ近くでは、なぜなにナデシコ出演者の握手会とついでに派生した写真撮影が行われている。

 基本的に希望すれば全員との握手や撮影、場合によっては複数のキャラクターと同時に撮影可能と言う大盤振る舞いのサービスに、大体どのクルーも全員分と撮影してホクホク顔で帰って行く。

 

 一番ノリが良いウサギユリカはハグまでならOKなので、ラピスやアキトすらも魅了した滑らかな手触りの着ぐるみと美人の“人妻に”ハグという異様なシチュエーションに誰もがインモラルな感情を抱くが、調子に乗るとすぐ近くに居る旦那からの殺気で背筋が凍る思いをする。

 

 握手と撮影のみだが、羞恥で頬を染めているルリお姉さんの破壊力は絶大で、萌えと言う感情をこれ以上無く強烈に揺さぶって、男性クルーのみならず女性クルーすらも虜にしていく。

 「勘弁して……」と雄弁に訴える瞳がその可愛さをさらに引き立てて否応なく魂を揺さぶるのだ!

 ハリが握手と写真撮影を求めた際も「後生ですから勘弁して下さい」と目が語っていたが、残念ハリは数少ないチャンスを見す見す流すような愚か者ではなかった。

 

 生贄枠の進と真田も専ら弄りネタ確保の為か、握手や撮影に割と忙しい。

 それぞれお兄さんの格好とトナカイの着ぐるみという何時ものスタイルを取らされていて、「ああ、早く終わらねえかな……」と魂が半分飛んでいた。

 

 ちなみにちゃっかり並んでいたラピスは思う存分ウサギユリカに抱き着いて頬擦りした後、ルリお姉さんに満面の笑みで飛びついてルリお姉さんを困惑させ、進お兄さんとトナカイ真田も懐かれて照れるやら困惑する始末。

 ある意味、エリナのコスプレ趣味の影響を受けてしまったのかもしれない。勿論全員集合写真はばっちりゲットだ!

 

 で、ユリカ達の体を張ったイベントのおかげで艦内の空気は何とか一時的に軽くなった。

 しかし、それが一時凌ぎである事は誰もが理解していた。

 

 「ご苦労様、進君。ユリカの無茶に付き合わせて悪かったね」

 

 優しさと同時にとても強い同情の念が籠った視線に進も疲れた顔ながら、

 

 「まあ、これで艦内の空気が良くなってくれれば本望ですが……」

 

 と返す。

 最近はすっかり無鉄砲な熱さが鳴りを潜め、急速に落ち着きを身に着け始めている。

 彼自身、これまでの航海と戦いで何かしら得るものがあったのだろう。

 

 案外ユリカに弄られまくった事がきっかけかもしれない。

 

 「この2週間、艦内をそれとなく見て回ったり、雑談やゲームに参加したりしてみましたけど……やっぱり艦内の空気がギスギスしてます。ただでさえ13日以上遅れを出して、その後もガミラスの妨害で少しづつロスを重ねてますから、気が気じゃないんだと思います」

 

 進はこれまでに艦内を巡って集めた情報をアキトに報告する。

 今までの進なら、むしろ一緒にイライラして騒動の1つでも起こしそうなものだと思っていたのだが……。

 

 「それに、話を聞いた限りだとユリカさんが倒れた事も堪えているみたいです。イスカンダルに到達して帰るまでには、まだ10ヵ月半の時間があるとはいえ、ユリカさんの余命は――診断によれば後4ヵ月半しかありません。日程が遅れると、間に合わないんじゃないかって、みんな心配し始めてるんです――ユリカさんがクルーに慕われている事は、俺としては嬉しくて誇らしく思うんですが、ここに来て足枷になって来てるみたいですね」

 

 進の報告にアキトも難しい顔をする。

 わかっていた事だ。

 ユリカが優れた指揮能力とその型破りな振る舞いで「みんなのハートをキャッチ(ユリカ談)」している事は、統率が要求されるこういう閉鎖社会ではとても有難いし、近年の艦長に求められるとされる「アイドル」としての役割を見事に果たせているという事を意味する。

 勿論、コンピューターやオペレータがやるから必要無いとされている、全権を握る大昔の艦長としての役割も、果たしている。

 だがそうやってアイドルとして成立しているからこそ、余命幾許も無い重病人に依存して縋っているというジレンマが、こういう時に顔を出すのだろう。

 

 「今はユリカさんが元気な姿を見せてるし、率先して動いているから何とかなってる状態ですけど……今後が心配です」

 

 顎に手を当てて思案に暮れる進。アキトも隣で考え込む。

 

 「それと……ユリカさんが――共謀しているアキトさん達が何を隠しているのかは、今は問うつもりはありませんが」

 

 進の鋭い声色にアキトがぎくりとする。真摯な瞳でアキトを貫く進の姿に、アキトは(超シリアスモードの)ユリカの面影を見る。

 

 「イスカンダルが信用に足る存在なのは俺も疑っていません。が、どうにも今は公表出来ない何かを隠しているような気がして仕方ないんですよね」

 

 鋭いな、とアキトは内心舌を巻く。

 実際、とても今公表出来ないようなヤバい情報をユリカ達は隠しているのだ。

 最終的には公表必須の情報で、嫌でも理解してもらうしかない物でもあるが……正直進んで打ち明けるには相当な勇気が必要な内容だった。

 

 「さて、俺はまた艦内を巡って――弄られついでに様子を見てくるとしますか。それじゃ、艦長をよろしくお願いします」

 

 言うだけ言うと進はアキトを置き去りにしてさっさと去っていった――こういう所もユリカの影響を受けているらしいと思うと、ちょっと複雑な気分になったアキトだった。

 しかし、進も進なりに成長しているようでアキトは嬉しかった。

 

 これなら、ユリカの代わりにヤマトを任せても大丈夫かもしれないと――アキトは期待を抱くのであった。

 

 

 

 ヤマトがオクトパス原始星団に捕らわれて3週間が経過した。

 解析そのものは何とか進んでいて、ヤマトが短時間でこの宙域を通過するために必須とされている“海峡”とでも呼ぶべき場所の検討も大凡ついた。

 推測では8つ並んだ原始星の内、中央に位置する4つの間――眼前に広がるオクトパス原始星団の丁度ど真ん中。

 

 星団の形状やガスの流れからあるとすれば此処だろうと比較的早期から見当が付いていたのだが、流れが変わった暗黒ガスの中に突っ込んで抜け出すのに時間がかかったり、そのせいで観測位置が変わってそれまでのデータ解析に支障をきたしたり……とにかく定点観測出来ない事で時間ばかりかかってしまっていた。

 現在でもその詳細な位置までは掴めていないし、果たしてヤマトが通過する時間の間安定して形成されてくれているのかもわかっていない。

 しかし、見当が付いただけでも大きな進展であるとして艦内にその事は速やかに伝えられた。

 が、3週間も足止めされた事で今後の航海で果たして遅れを取り戻せるのか、ユリカの命が持つのかという不安が、またしても蔓延し始めていた……。

 

 

 

 「不味いね……また艦内の空気が悪くなってきちゃったよ」

 

 「無理も無いわね……ただでさえ時間の限られた旅だし、みんなユリカの事も心配してくれてるのよ」

 

 お風呂上りにエリナにマッサージで体を解して貰いながらユリカは、何とかしなければとまた対策を考え始める。

 なぜなにナデシコはネタが無い。

 出演者による慰問イベントももうやった。

 何か無いか……ナデシコの2年間に何か無かったか……!

 

 「……そうだ、まだ1つだけアイデアが――ナデシコの思い出がある」

 

 「え? も、もしかしてあれ!?」

 

 察したエリナにユリカは力強く頷く。

 もう――これしかない!

 

 

 

 「と言う訳で! 明日13時よりミス一番星コンテストを執り行いたいと思いま~す!」

 

 いきなり艦内放送でそんな宣言をしたユリカに旧ナデシコクルー以外が困惑を隠せない。

 そもそも「ミス一番星コンテスト」って何、と言う具合だ。

 

 「参加者はお1人でもグループでも構いません! 自分の容姿だったり芸に自信のある人は奮ってご参加下さい! 優勝賞品はヤマトの1日艦長体験です!」

 

 「あの、ルリさん……何ですかこれ?」

 

 戦闘指揮席で波動砲用測距儀で前方の観測を手伝っていた進が、電探士席で作業を手伝っているルリに尋ねる。

 なにやら重要な事がぶっこ抜けている放送だ。

 進の質問にルリは困惑した様子で、

 

 「ナデシコAで行われたミスコンです。その時は木星トカゲの正体が判明した直後で、それまでの戦争の在り方が変わったとして皆落ち込んでましたし、最新鋭艦のナデシコなら誰が艦長でも問題無いから人気のある人を艦長に据えて、機密漏洩を防ごうと企んだネルガル上層部の意向もありましたが」

 

 今思えばそう言った思惑とは関係なく息抜きとして非常に役立ったイベントだった。飛び入り参加で優勝を掻っ攫ったルリだが、結局気恥ずかしくて辞退して、次点のユリカが繰り上げ優勝で艦長継続したんだったか。

 

 とは言え、その後の戦闘でボソン砲という未知の兵器に対応して見せたのは(知恵袋であるイネスもあってのものとはいえ)ユリカの手腕であって、もしもルリがあの時艦長になっていてユリカに指揮権が無くなっていたら……ナデシコは海上でブリッジを吹き飛ばされて終わっていたかもしれない。

 そう考えるとゾッとした。近代における艦長の役割に異議を申し立てるつもりはない。実際自分もそんな感じだったから。

 だが、本当に能力のある人間がその地位に就けばそんな常識すらあっさり覆るものだと、今になって実感する。

 

 過去を思い返して懐かしんでいたルリに対して進は、

 

 「本当に常識外れの艦だったんですね、ナデシコって」

 

 極めて率直な感想をもってばっさりと切り捨てた。

 

 「返す言葉もございません」

 

 ルリはそうとしか言えなかった。

 それ以外に何と言えばいいのだ。

 

 

 

 結局「このまま憂鬱な気分のままでいるよりは……」という消極的な理由からミス一番星コンテストは粛々と開催され――やっぱり異様に盛り上がった。

 

 実は結構美人が豊富なヤマト。男性陣の話題でも「誰が一番美人何だろうね」と上がる事がしばしばあり、大体はルリと雪が候補に出る(ユリカは人妻+病気の事もあって、この手の話題からは意図的に外されている)。

 その2人の容姿は誰もが認めるが、素直に敗北を認めるのは女のプライドが許さない!

 ここで優劣をはっきりさせるのも一興か……と言った妙な空気が生まれていた事もコンテスト開催に大きな影響を与えていた。

 

 要するに想定外に長期化した足止めに、皆頭のネジが盛大に緩んだりぶっ飛んでいたのである。

 

 んで、

 

 「レディース&ジェントルマン! これより、第一回宇宙戦艦ヤマトミス一番星コンテスト! 1日艦長権争奪杯を開催いたしま~す!!」

 

 パチパツパチパチッ! と盛大な拍手に煽られながら(軍艦に有るまじき)ミスコンテストの開催が宣言される。

 開幕の音頭はナデシコで開催された前大会の(繰り上がり)優勝者であるミスマル・ユリカ艦長が勤め、その傍らには司会担当のウリバタケ・セイヤ(誰もがやると思っていた)とアオイ・ジュン副長(巻き込まれた)が固めている。

 ちなみに、

 

 「そう言えば、艦長は参加しないんですか?」

 

 という(ある意味的外れな)質問も飛んだが、それに関してはユリカ自身から、

 

 「私、人妻だもん! それに、アキトの一番であれさえすれば良いから……」

 

 と惚気に発展しかけたので「はいわかりました」と速攻で話を終わらせて防ぐ。

 一応アキトもこういった場でイチャラブするつもりは(この間の反省で)ないので、そう言って貰えることに嬉しく思いながらも手を握るだけ(ただし掌を合わせた恋人繋ぎ)でユリカの気持ちに応える。

 

 結局イチャついてるじゃねえか、という周りのツッコミは夫婦揃ってスルーと相成りましたとさ(ちゃんちゃん)。

 

 自重するとは何だったのか……。

 

 しかし、ミスコンに参加するには体調や(理不尽な形で)衰えてしまった容姿についても気にしているのだろうとは察する事が出来た。

 事実、化粧で誤魔化しているようだが出航当時に比べるとまた衰えたような印象があるのは否めない。

 

 しかし、それとは別に男性陣にとっては気になるあの子が参加していれば、煌びやかに飾られた姿を見るチャンスであり、そう言った相手が居なくてもキレイな女性の艶姿を見れるのはとても光栄な事である。

 

 女性陣は不本意に見世物にされるこのイベントだが、2ヵ月以上経過したヤマトの旅。

 穏やかな時間も多かったが危機的状況に晒される事も多く、同じ班・科員同士だったり関わりのある別の班・科の異性と仲良くなっているクルーも多い。

 ので、公に出来るアピールとして精々利用してやろうと考えて参加を決めた女性も結構いたのだ。

 

 なお、ヤマト艦内での恋愛模様がやや活発なのは、吊り橋効果もそうだが、それ以上に“ヤマト最大の(バ)カップル”であるテンカワ夫妻に当てられて「ああ、恋人欲しい……」とか考えちゃうクルーが一定数居た事も原因である。

 

 

 

 つまり大体ユリカが悪い(再度断定)。

 

 

 

 そんな艦内の人間模様故に、ミス一番星コンテストは鬱屈した艦内の空気を一変させる起死回生の一打として機能する事が出来たのだ!

 

 「まさか……雪さんまで参加するとは思いませんでした」

 

 驚き半分呆れ半分のルリに雪も、

 

 「あら、私もルリさんが参加するとは思わなかったわ」

 

 と返す。

 勿論2人が参加した本音はハリや進へのアピールが主だが、合わせて艦内の空気を少しでも改善するための生贄として立候補した面がある。

 というか、ヤマト艦内で人気を二分する(独り身の)二大美女であることも参加を断れなかった要因で、この2人が参加しないと場が白けてしまうのだ。

 要するに勝った気がしない、と。

 

 「――ある意味、人妻と言う手段で逃げたユリカさんが羨ましいです」

 

 「そうねぇ。でも、場の空気を盛り上げるためなら見世物にもなるわ――露出過多は遠慮するけど」

 

 片や目立つこと自体が苦手のルリに、生活班長として艦内の空気を気に掛ける雪との意識の差が垣間見えるやりとりだ。

 

 「それじゃあ、今度のなぜなにナデシコでユリカさんの代役しますか? 番組の存続はともかく、これ以上ユリカさんに暴れられるのは有難くないので」

 

 「謹んでお受けします。実は、ちょっと参加してみたかったのよね」

 

 今まで声がかからなかったけど。と意外な事を口にする雪にルリはびっくり仰天。

 

 (これが、生活班長としての矜持……! わ、私には真似出来ない……!)

 

 これに関しては個人的な興味が大きいのだが(着ぐるみも着たい、番組出演したい)、ルリは盛大に勘違いしたまま雪の職務に対する姿勢に驚愕した。

 

 優勝候補2人がそんなやりとりをしている傍らで、リョーコはサブロウタに絡まれていた。

 

 「あれ? スバル中尉は参加しないんですか?」

 

 「しねえよ。恥ずかしいだろうが……」

 

 頬を赤らめながら参加辞退を明確に示すリョーコに、サブロウタは両手を頭の後ろで組んでがっかりする。

 

 「そりゃ残念。折角中尉の晴れ姿が見れると思ったのに」

 

 すっごく残念だ。火星の後継者事件で知り合って以来、時間を見つけてはアプローチを続けているのだがなかなか成果が出ない。

 態度からするに脈が無いわけではないのだろうが――男勝りな態度に反して奥手で乙女な部分があるんだな、と改めて納得する。

 そのギャップが良い、もっと見たい。

 

 「ばっ! 何言ってやがるんだこの野郎!」

 

 と脇腹に肘を捻じ込まれるが、照れ隠しの一撃なので悶絶する程は痛くない。それでも不意打ちも重なって「げふっ!?」と呻くが、こういったやりとりもまた楽しいものだ。でもMじゃありません。

 

 (まあ、ヤマトの旅が成功してミスマル艦長が救われない事には――気が引けるんだろうけどな)

 

 脇腹を抑えて呻きながら、頭の中では冷静にリョーコを分析する。

 実際ユリカが実験の後遺症で余命幾許も無いと知らされた時は誰よりも(それこそ家族のルリよりも)激しく憤り、激情も露に捕縛した火星の後継者の連中を全員殴り飛ばしてやると騒いでいたり、その後のヤマト再建に関わる無茶を知った時も、烈火の如く怒って「アキトを残して死ぬつもりか!」と何とかして安静にさせようとしていたくらいだ。

 

 (まあ、かつての恋敵とは言え大切な戦友って奴なんだろうし――正直あの2人がイチャ付いてるのは元の鞘に収まって嬉しい反面、遠くない離別を想像して気が気じゃないんだろうな)

 

 パイロット室でもアキトにユリカの様子をかなりの頻度で尋ねたり、ユリカが具合を悪くしたと聞けば問答無用でアキトを追い出して行かせようとする等、リョーコなりに気を使っている事は良くわかる。

 ずっと、傍らで見てきたのだ。

 

 「――そんなに、見たいものなのかよ……?」

 

 リョーコの呟きに真面目な思考も一時停止して振り向く。

 

 「そりゃまあ……気になるあの子の普段と違う姿は見たいのは当然の欲求と言いますか」

 

 ドストレートに反応してみる。

 そもそもリョーコと知り合ってからは他の女性に手を出していない――と言うか今の地球の状況ではナンパに精を出すことは出来ない。声をかけてた女の子達も今は生きるのが精一杯だし、何人かは訃報も聞いた。

 一応それとなく手を回して少しでも生き残れるようにと力を貸しはしたが……果たして無事だろうか。

 ともかく、今サブロウタがマジでアプローチをかけているのはリョーコ1人だ。

 

 サブロウタのストレートな発言にさらに赤くなるリョーコ。

 追撃しようかとも思ったが、機嫌を損ねたり場の空気を悪くしても悪手だろうと思って自重しておく。ただ、一言だけ告げておきたい。

 

 「俺、マジだからね」

 

 その発言に、リョーコは茹蛸同然になった。

 

 

 

 結局熾烈極まる投票の末、雪を辛うじて退けたルリは一日艦長に任命された。

 わざわざ用意された「一日艦長」の札が張られたユリカと同デザインのコートと帽子を被って艦長席にも座る羽目に。

 

 「流石に艦長席は……」

 

 と辞退したかったのだが、

 

 「艦長が艦長席に座らないでどうするのよ。折角だから体験体験」

 

 てな感じで無理やり座らせれてしまった。正直大袈裟だと思ったが、艦長席の座り心地は決して悪いものではなかった。普通に高級なシートだった。

 また艦長席から望む第一艦橋の景色は、自分が最高責任者なのだと嫌でも実感させてくれるようなプレッシャーを感じさせてくれる。

 

 (ユリカさんがマジになり易いはずだ……凄いプレッシャー)

 

 人類最後の希望――ヤマト。

 これが単に艦隊の一角に過ぎない艦とは、質が全く違う。

 つくづくヤマトが特殊な状況下に置かれた艦だと実感させられる。

 

 とは言えこれはユリカを公然と休ませる良い機会だと考え、艦長としての仕事を肩代わりする事にする。

 やはりナデシコ以上にやることが多かったが、同じような考えをしていたジュンも張り切って仕事を手伝ってくれるのでそれほど苦労は無かった。そもそもこの手の事務作業は得意である。

 

 ルリの一日艦長で公然と職務から解放されたユリカは、この機会にとアキトやラピスにエリナも誘って映写室で定期的に行われている映画上映に参加して映画を楽しんだりと、英気を養ってええ気分になっていた(イズミ談)。

 

 なお、雪は自分への投票者に進の名前があった事に大層喜んでいた。

 

 

 

 そして、ヤマトがオクトパス原始星団に捕らわれて30日が経過した時、ついにその時が訪れた。

 

 「艦長! 海峡らしき空洞を発見しました! それに、嵐が弱まっています!」

 

 待ち望んでいた瞬間に艦内が活気付く。これを逃したらもしかしたら期限内に抜け出せないのではないかと言う危機感もあり、ヤマトの出港準備も瞬く間に進められていく。

 特に大介は気合の入り様が半端じゃない。

 1ヵ月も足止めを食らった事で責任を感じているのだろう、このチャンスに何が何でも突破するつもりのようだ。

 

 「探査プローブを発射します。この空洞が海峡であるかどうかを突き止めないと進めません」

 

 気合満点のルリの進言に、ユリカも応じる。

 この宙域の規模を考えると、海峡の調査に艦載機は役に立たない。となれば、探査プローブを使って広域走査をかけるしかない。それで情報を得られなかったら……終わりだ。

 

 第三艦橋から大盤振る舞いで6つの探査プローブ(大)が全て打ち出される。

 探査プローブはロケットモーターを点火して弱まったガスの嵐の中を突き進み、アンテナを展開、ヤマトの目となり耳となり情報を集め出す。

 そして――6つの探査プローブからの送信が無くなった。恐らくガスの流れに飲み込まれてバラバラに分解されてしまったのだろう。

 だが、プローブの送信が途絶える前に収集したデータを無駄ではなかった。

 

 「解析を終了。確度は7割程度ですが、ヤマトが通過可能で反対側に繋がっている可能性の高いトンネルの様な空洞があります。丁度、渦の中心の様になっているようです。芯を貫けば――ヤマトが分解されること無く通過出来るはずです」

 

 ルリが集めた情報を解析したハリがそう報告すると、大介の操縦桿を握る手にも力が入る。

 

 「よし! 100%を求めていたら、ずっとここで足止めされちゃいます。だから……ヤマト! 海峡に向かって突撃!!」

 

 「了解! ヤマト、発進します!」

 

 ユリカの勢いたっぷりの命令に、大介は気合いも露にヤマトを発進させる。

 流石にベテルギウス通過時に比べれば負荷は小さいだろうが、念のためにエンジンの出力維持と、いざと言う時のエネルギー増幅と最大噴射に備える様、ラピスは山崎と太助に依頼する。

 

 そして、ヤマトは渦巻くガスの中心目掛けて最大戦速で突撃を開始する。

 クルーには対ショック準備が発令され、座席や持ち場近くのフック等に体を固定して衝撃と揺れに備えた。

 ヤマトが渦に近づくにつれてガスの流れは激しくなる。水で結びついている事もあってか、凍結していない高温の水の流れもヤマトに襲い掛かる。

 おまけにガスの中を塵とでも言うべき微天体が流れている事もあり、展開したフィールドの表面にひっきりなしに激突しては砕けていく。

 ラグビーボール状に展開したフィールドで、ヤマトを包むガスと水の流れを受け流して整流していたが、艦の安定が保てない。微天体の激突が多過ぎてフィールド出力も安定しないし、何より抵抗が大き過ぎる。

 

 「大介君、フィールド制御をアーマーモードに切り替えて安定翼展開。こうなったら翼も利用して安定させてみよう」

 

 ユリカの指示に大介はすぐに応じる。

 フィールド担当班がすぐにフィールド制御をヤマトの表面に沿って展開する「アーマーモード」に切り替える。

 この状態だとヤマトの形状がダイレクトに空気抵抗などに反映されてしまうのだが、ヤマト全体を余裕をもって包むバリアモードに比べると、投影面積は小さい傾向があり、安定翼を使った安定化を図れる利点がある。

 また、こちらがメインだが火砲の発射口を塞がないように展開する為、従来の地球艦艇では難しかった防御と攻撃を両立しながら戦闘出来る特徴がある。

 これは、再建時にそれを前提に色々調整しまくったヤマト以外の地球艦艇にはまだ備わっていない機能だ。

 

 安定翼を開いたヤマトはガスの中をあっちへふらふらこっちへふらふらと蛇行しながら進んでいく。

 大介は額に汗をびっしりと浮かべながら操縦桿とコンソールのスイッチやレバーを絶え間なく操作してヤマトを操るが、あまりにも複雑で精密な操舵を要求されて全く余裕が無くなった。

 見かねた進はついに進言した。

 

 「艦長! 予備操縦席を使って島のフォローをします!」

 

 「許可します!」

 

 進の意見をあっさり受け入れたユリカの返事を受け、進は安全ベルトを外して揺れる第一艦橋の床をよろめきながら左隣の予備操縦席に転がり込むように座り込む。

 普段は使われない席だが、操舵席が破損した時の予備としての役割は勿論、こういう忙しい時のバックアップとしても使う事が出来る。

 進とて波動砲の引き金を預かった身なので、最低限の操縦技術は会得しているし、暇さえあれば通常航行時に大介にお願いして、操舵のレクチャーを受けたりしているのだ。

 

 「――すまん、古代!」

 

 「いいからやるぞ島! 俺達でこの荒波を乗り越えるんだ!」

 

 2人は息を合わせてヤマトを操り、縦横無尽に流れるガスの奔流の中を進んでいく。

 異なるガスの流れにぶつかる度にヤマトの艦体が大きく揺れ、進路が定まらなくなる。

 それを2人がかりで強引に抑え込む。額から滝のような汗を流しながら必死にヤマトを操る。ルリとハリも気流の流れを読んで2人のフォローに力を尽くす。

 足りない推力をエネルギー増幅で補い、メインノズルと補助ノズルからは煌々と噴射が続いた。

 

 そうやって2時間近い時間が流れた。

 無限に続くかと錯覚しそうになる程密度の濃い時間を過ごしたヤマトは、ついに海峡を通り抜けて反対側に抜け出した。

 眼前の宇宙はまだ暗黒星雲に包まれているようだが、銀河中心側に比べると濃度が大分薄い。

 ヤマトはその薄い間隙部分を全速力で駆け抜けていく。

 そしてついに、暗黒星雲の隙間を見つけ出した! その先には久方ぶりの星の海が広がっている!

 

 「……抜けた」

 

 大介がやり遂げたと、万感の思いで呟く。

 

 「やったじゃないか島! 流石はヤマトの航海長だぜ!」

 

 「古代……! いや、お前が手伝ってくれたおかげだ! ありがとう!」

 

 揃って席から飛び出した2人は、戦闘指揮席の後ろでがっしりと互いの手を掴んで成功を喜び合い、互いの肩を抱き合って力無く床に座り込む。

 

 「よくやったよ2人とも! これで、ヤマトは銀河系を離れて銀河間空間に進出した……人類初の快挙をまた成し遂げたんだ!」

 

 ユリカの宣言にクルー全員が、とうとう銀河系すら飛び出した事を実感する。

 これで、ヤマトは地球を発って約2万5000光年の距離を進んだことになる。

 思わぬ足止めを食らってしまったが、着々と大マゼラン雲に――イスカンダルに近づいている。

 

 そして、この銀河間空間では銀河同士に作用する重力場の影響こそあれど、銀河内や恒星系の中に比べるとワープへの干渉は小さくなる。

 安定翼をスタビライザーとして、タキオンフィールドで乗員保護も進んだ今のヤマトなら、もしかしたら2000光年以上の大ワープも出来るかもしれない。

 

 そんな期待に胸躍り、クルー達は思わぬ長期の足止めに気が立っていた事も忘れて互いの健闘を称え合い、今後の大ワープに備えて各々の部署を万全とすべく動き始めた。

 

 さあ、挽回の時だ!

 

 何としても遅れを取り戻して、ヤマトはイスカンダルに辿り着く。

 次の中継予定地点は、銀河系と大マゼランの中間に位置するとされる銀河間星――それも自由浮遊惑星のバラン星。

 

 そこにガミラスの銀河方面前線基地が設置されている事を、ヤマトはまだ知らない。

 

 

 

 苦難の末、ついに宇宙の難所を超えたヤマト。

 

 その背後には母なる太陽系を含む天の川銀河がある。

 

 急げヤマトよイスカンダルへ!

 

 人類滅亡とされる日まで、

 

 あと279日しかないのだ!

 

 

 

 第十三話 完

 

 次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第二章 大自然とガミラスの脅威

 

    第十四話 次元断層の脅威! ヤマト対ドメル艦隊!

 

    愛の為に戦え!



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第十四話 次元断層の脅威! ヤマト対ドメル艦隊!

 

 

 ヤマトがオクトパス原始星団に突入して間も無い頃、ガミラス本星――。

 

 デスラーは自身の居住空間内にある、専用の浴室で日々の疲れを洗い流していた。

 ガミラス星に向かって真っすぐに突き進んで来る移動性ブラックホール――カスケードブラックホールが観測されたのは3年ほど前の事だった。

 当初はその軌道計算を幾度も行いガミラス本星への直撃コースにあるかどうかを確認したが、何度計算してもガミラス星とイスカンダルを飲み込んでしまうことが明白となる。

 

 勿論デスラーは速やかに対策を検討し、カスケードブラックホールと名付けた観測史上初となるその存在を徹底的に分析させた。

 

 その結果、カスケードブラックホールは大マゼラン星雲の中の居住可能惑星――それもガミラス人が移住するに適した星を根こそぎ飲み込むコースを描くという、自然現象としてはあり得ない軌道を描いていることが発覚し、ガミラスが誇る優秀な科学者の不眠の努力の果てに、あのカスケードブラックホールが人工天体――それも何らかの転移装置の類だという事が判明したのである。

 

 そこでデスラーは、人工物なら壊せるはずだという発想から破壊の検討、そして失敗した時に備え、大マゼラン星雲の外に新天地を求め移住する対策を並行して行う事としたのである。

 

 とは言え、前者に関してはガミラスが保有する兵器では本体である転移装置を直接狙い撃つ事が出来ない事から、極めて成功率が低いと判断されるまでさして時間が掛からなかった。

 次元の裂け目が生み出す重力圏が邪魔をして、狙いが逸れてしまうのだ。

 

 なのでデスラーが目を付けたのは、イスカンダルの古い文献にその名を残していた超兵器――タキオン波動収束砲だった。

 その砲の威力であれば、重力圏の影響を振り切って狙撃出来ると踏んだのである。

 

 デスラーはスターシアに双方の星の危機だと訴え技術提供を願ったが、スターシアは――。

 

 「侵略戦争を繰り返しているガミラスには渡せません。例えイスカンダルが滅びるとしても、それで理不尽な破壊が防げるのなら本望です」

 

 と取り合ってはくれなかった。

 だがこれは想定されていた事だ。ガミラスの技術局とて無能ではない。

 答えに行き着いてから2年の歳月をかけて、今まさにガミラス製のタキオン波動収束砲が形になろうとしている。

 現在その砲は新しいデスラーの座乗艦への搭載作業が進められていて、作業進展率はは60%程だ。

 

 しかし、今のガミラスでは結局波動エンジン2基分の出力をギリギリ撃ち出すのがやっと……どうあがいてもヤマトの6連射には及びもつかない。

 その出力で、あの次元転移装置が生み出す重力圏の影響を突破して破壊出来る保証は――限りなく低い。

 

 不幸中の幸いだったのは、移民計画も並行して行っていたことでタキオン波動収束砲が間に合わなくても、民族滅亡の可能性がかなり低下した事だろうか。

 

 数ある候補地からデスラーが移住先として選んだのは、兼ねてより進出を考えていた天の川銀河にあり、まだまだ豊かな自然を持つ美しき星――地球であった。

 天の川銀河への侵攻を検討した時から目を付けていた星であり、惑星改造無しに速やかに民族を移住させられるというのは、この上なく魅力と言える。

 

 問題は、交渉によって極力平和的に解決するか、侵略によって手に入れるかの選択だった。

 結局、デスラーは度重なる検討の末……侵略という手段を取る事を選んだ。

 理解出来た限りの地球の情勢――特にここ数年分を鑑みた結果、交渉するに値しないと断定したからである。

 あのような文明相手では、交渉している間にガミラスが消滅してしまうという焦りもあったのは、事実である。

 

 調査開始から半年も経った頃には冥王星に前線基地の設営が始まり、その過程でボソンジャンプの痕跡も発見した。

 それにより、地球には恐らく古代異星人の残したボソンジャンプに関連する施設がある事が予想され、それの入手も視野に入れられた。

 失われた技術を解析する事で、更なる高みを目指せるかもしれないと欲が出たのだ。

 

 そうやって順調に作戦は進み、悟られる事なく全ての準備を終えて、内紛に乗じる形で侵攻を開始した。

 さらに地球人が古代異星人の技術――相転移エンジンやグラビティブラストやディストーションフィールド――それにボソンジャンプ。

 それらの優位性を信じて胡坐をかいていたので、赤子の手をひねるより容易い戦いだった。

 

 グラビティブラストとディストーションフィールドはともかく、相転移エンジンなどガミラスでは何世紀も前に艦艇用としては廃れてしまった旧世代の機関だ。今は精々戦闘機用のエンジンに使っている程度。

 それも発掘したものに少し手を加えた程度では……後れを取るわけが無い。

 相転移砲やハッキング戦法は多少鬱陶しかったが、絶対的な力の差を覆せるものではなかった。

 

 もう、地球に勝ち目は無い。後は凍えて死滅しつつある地球を制圧して移住の準備を進めれば、それでガミラスの未来は安泰だった。

 スターシア達を置き去りにするのは隣人として心が痛んだが、彼女達が同行を受け入れない事は容易に想像が付いていたので、一国の代表として諦めざるを得なかった。

 

 そうやって未来を掴んだと思った矢先に現れたのが――あの宇宙戦艦ヤマトだ。

 

 (記録を見れば見る程に素晴らしい艦だ……石を齧り泥水を啜ってでも祖国を救おうとする姿の――何と勇ましく美しい事よ)

 

 ガミラスの未来を摘み取らんとするヤマトの存在は疎ましい。それは揺るがない事実だ。

 だが同類と言うべきヤマトを心から憎むことが出来ようはずもない。立場が違えばデスラーがそうしただけだ。

 そう思わせる程に――ヤマトの戦いは気高く美しい。

 

 大ガミラスの総統としてヤマトに屈することは出来ないが、もし仮にヤマトがデスラーの見込んだ通りの存在だとしたら――スターシアが見込んだ人間が、ガミラスを滅ぼすような真似をするだろうか……。

 いや、ガミラスが最後まで地球を諦めないようであれば、ヤマトはきっとガミラスを滅ぼす事を躊躇しないだろう。そしてスターシアも状況次第ではその事でヤマトを咎めはしないだろう。

 果たしてヤマトに対し、どのように応じれば良いのだろうか。デスラーは時間が経てば経つほどに迷いを生じていた。

 

 それはヤマトを通して見た地球人類に対しても、果たして自分の選択は正しかったのかという疑念へと発展するくらいに……。

 

 ガミラスの為にも、デスラー個人としても――ヤマトが欲しい。

 艦だけではない。クルーも含めて全てが欲しいのだ。

 

 きっと……最高の理解者となれただろう。

 ガミラスが侵略者でなければ。

 

 「デスラー総統。ドメル将軍がルビー戦線より戻られました」

 

 「ん……わかった」

 

 使用人の報告にデスラーは湯船から出る。

 その後は従者の手を借りて何時もの軍服を身に纏い、マントを翻して歩き出した。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第二章 大自然とガミラスの脅威

 

 第十四話 次元断層の脅威! ヤマト対ドメル艦隊!

 

 

 

 ガミラス銀河方面軍司令本部。

 そこへ続く道を、濃いモミアゲと割れ顎に筋骨隆々とした体躯の、如何にも軍人と言った風情との男――ドメル将軍を乗せた車が駆け抜けていく。

 車内から見えるガミラス市街の様子は落ち着いて見える。

 その様子を見ながらドメルは思案に暮れていた。

 

 (まだ市民に大きな混乱は広がっていないようだな……)

 

 ガミラス本星から離れた場所で防衛線構築を担うドメルにも、本星の状況は耳に入ってくる。

 

 (地球から出現したヤマトとかいう戦艦――シュルツの冥王星基地を破ったばかりかデスラー総統の策を2つも打ち破って見せるとは……侮りがたい艦だ)

 

 最初その報告を聞いた時は、地球がどのようにしてそんな戦艦を建造したのかが気になった。

 ドメルは優秀な軍人だ。我が目で実際に確かめるまではどんな噂も頭ごなしに否定したりはしないし、相手を侮ったりもしない。

 だが、優位に進んでいたはずの地球攻略作戦に単独で待ったをかけた、ヤマトという艦の出自は気になった。

 

 ドメルもシュルツの事は知っているが、決して無能ではない。むしろ有能だと言っても良い。部下にも優しく慕われる指揮官だった。

 それを正面から――超兵器も使わずに打ち破って見せるとは……。

 

 ドメルは自分が召喚されたのも当然だと考えた。驕るつもりはないが、自分以外に戦える指揮官は居ないだろう。最近国境付近に現れる正体不明の黒色艦隊は気になるが、ヤマトも無視出来ない。

 思案に暮れるドメルを乗せた車が、銀河方面軍司令本部前に停車する。

 ドメルは車を降りると司令本部内に続く長い階段を上り、デスラー総統の待つ執務室へと進んでいく。

 

 

 

 「デスラー総統。ドメル、ルビー戦線よりただ今帰投いたしました」

 

 「ご苦労。忙しい所呼び出してすまなかったね」

 

 敬礼するドメルの労を労い手振りで楽にするように伝えるデスラー。

 

 「今回君を呼んだのは他でもない、地球の戦艦――ヤマト討伐を任せたいと思ってね」

 

 「その名前はルビー戦線にまで届いております。大分苦労されていると――」

 

 ドメルの言葉にデスラーはふっと笑う。

 

 「そうだ。突然降って湧いた戦艦だが……これが大層強くてね。冥王星前線基地を潰されたばかりか、ガミラスの兵器開発局が誇る最新鋭の宇宙機雷も、ベテルギウスを利用した罠も全て乗り越えられてしまったよ。いやはや、敵ながら天晴れとしか言いようが無くてね」

 

 妙に清々しい表情のデスラーにドメルは、彼がヤマトと言う艦に並々ならぬ思いを抱いている事を察した。

 だからこそ自身も感じた事を素直に伝える事にする。

 

 「記録映像は私も拝見いたしました。素晴らしい艦です。性能も然ることながら、乗組員の質も士気も高く、何より祖国の命運を背負って孤軍奮闘する姿には、気高さすら感じさせられました」

 

 「そうか――やはり君もそう感じたか……」

 

 「やはり、総統も?」

 

 ドメルが問うとデスラーは1度頷いてからしばしの間を置いて、ぽつりと話す。

 

 「素晴らしい艦だ。もし……ガミラスに余裕があった状態で相対したならば、彼らを嘲るだけだっただろう。しかし、滅びゆく母星と民族の為に必死に抗う姿には――共感を覚える。だが、我々が加害者である以上その力の向く先は――ガミラスの為にも引くことは出来ぬのだ」

 

 目を伏せて心情を吐露するデスラーの姿に、ドメルは軍人として答える。

 

 「総統。私も同じ考えです。だからこそ、偉大な祖国の為――ガミラスの為、このドメルめがヤマトを打ち破って見せましょう。それが、総統のお望みとあれば」

 

 「君は察しが良くて助かるよ、ドメル。君には今一度、ヤマトを見極めて貰いたい。今後の為にも……5日後にバラン星にある銀河方面前線基地に向かってくれ。君を銀河方面作戦司令長官に任命する。同時にバラン星基地の司令官も兼任してくれたまえ」

 

 デスラーは予め用意していた命令書を渡す。

 それを受け取ったドメルはガミラス式の敬礼を送ると、踵を返してデスラーの執務室を出る。

 

 5日の準備時間はあるが、あまり猶予があるとは言えない。

 現時点でも底が見えていないとは言え、相応のデータは得られているのだ。

 対ヤマト用に幾つかアイデアがある。それを形に出来るかどうか、現状のデータから有用であるかどうかを兵器開発局に提出して検討して貰わなければ。

 それに、ヤマトと戦って死んでいった者達の墓も参りたいし、軍務でなかなか帰れず寂しい思いをさせているであろう家族にも顔を見せなければ。

 

 やるべき事は山ほどあるのだが、せめて1日くらいは家族でゆっくりと過ごす時間を作らねば――。

 

 

 

 

 

 

 その頃、オクトパス原始星団を突破し、小規模のワープで強引に星団の重力影響圏を離脱したヤマトでは。

 

 「ワープ成功! 現在位置は銀河系外縁より推定20光年の位置、イスカンダルへの航路誤差は方位右25度3分、上方に11度です。オクトパス原始星団の重力場の影響は受けた模様ですが、想定内の誤差です」

 

 大介はワープレバーを戻し、ヤマトの現在位置を計器から読み取って航路誤差を口頭報告する。幸いな事にそこまで極端な航路誤差は生じなかったようだ。

 報告を受けてユリカもホッと一息。

 

 「よしよし。それじゃあワープ後の点検が済んだら、もう1度ワープして少しでも距離を稼ごうか。結構遅れちゃったしね」

 

 そういうユリカにエリナは心配そうな顔で念を押す。

 

 「艦長、体は大丈夫? 小ワープとは言え負担が掛かるんだから、最低でも12時間は時間を置かなきゃ駄目よ」

 

 「わかってるって、エリナ。無茶して倒れたら本末転倒だしね。自愛するよ」

 

 「艦長。報告が少し遅れましたが、例の新型機が完成しました。最終調整の為に実働テストを行いたいのですが……」

 

 真田の報告にユリカはきらきらと目を輝かせて「私も格納庫で現物見たぁ~い!」と強請る。

 ヤマトの貴重な資材を消費してまで造った待望の新型機。

 是非ともこの目で見たい!

 

 ――失敗作だった時用のキッツイお仕置きも考えてあるのだ!

 

 「ええ、是非とも見てやってください! 開発許可を出した事が間違いではなかったと実感して戴きたいので!」

 

 真田もテンション高く応じる。

 その喧騒を見るなりエリナは通信席のパネルを操作、問答無用でアキトを第一艦橋に呼び出した。

 

 

 

 そして格納庫。

 新型機のテストの準備していたアキトは、呼び出しを受けて第一艦橋に召喚され、予想通り、ユリカを乗せた車椅子を押して格納庫にトンボ帰りする事になった。

 最近は杖を使っても歩行が困難になってきたユリカなので、艦内を移動する時は車椅子か誰かに背負って貰う事が増えている。

 結果、元気の元である夫のアキトが移動を補助する機会が必然的に増えているのだ。

 

 そうしてアキトに連れられて格納庫に来たユリカは、眼前に膝立ちしている待望の新型機の姿に感動する。

 

 「カッコいい……ダブルエックスよりもスタイリッシュな感じだぁ……」

 

 ユリカの眼前にある機体はダブルエックスと意匠がかなり似ている白い機体――エックスだ。

 胴体と足首と袖の部分が青、胸周りと顎と隈取、頭頂部のカメラの外周部分が赤、胸部のダクトと頭部のブレードアンテナが光沢の無い金に塗られている。

 全体的にマッシブな印象のダブルエックスに比べると、シンプルでスリムな印象が強い。装甲の持つ曲線美はより滑らかだ。

 襟や肩や腕や足には、外装式のエネルギーコンダクターが装備されていて、エネルギー解放時には青白く発光するらしい。

 背中に装備されたバックパックは薄い四角形で、辺の部分に長方形型のスラスターが装備され四方に噴射出来る。角の部分にはそれぞれ前後方向に回転可能なハードポイントが装備されていて、装備の換装が考慮された造りだ。

 相転移エンジンはダブルエックス以下、Gファルコン以上の中間出力らしい。

 そして引き続き、アルストロメリアやダブルエックス同様、B級以上のジャンパーによる単独ボソンジャンプ機能も装備している。

 

 「エックスは、サテライトキャノン運用に特化して最適化したダブルエックスと違って、サテライトキャノンを外した装備への換装も可能なように設計されています。これは、地球帰還後に正式採用機として使い易い様にと言う配慮です――我々としても、サテライトキャノンに依存しきってしまうのは、良心が痛みますので」

 

 「ふむ」、とユリカは頷く。確かにあの火力は――人を悪魔に落としかねない。

 ダブルエックスは基本性能でエックスを凌いでいるし装備の換装もある程度可能だが、本質的にはやはりサテライトキャノン運用特化、エックスの柔軟性には及ばない。

 

 「現状エックスにはサテライト仕様とディバイダー仕様の2種の換装形態が用意されています。戦略的打撃を求めて運用するか、機動兵器として特化した運用か、状況に応じて選択可能です」

 

 真田が説明するには、サテライトキャノン装備は全体的にダブルエックスの下位互換機で、Gファルコンとの合体も含めて同じ感覚で運用出来るらしい。

 

 サテライトキャノンは砲身1門と4枚2対のリフレクターユニットで構成されている。

 砲身とリフレクターユニットは回転軸で接続されていて、非使用時は畳まれたリフレクターがL字型に見えるようにマウントされていて、斜めに背負われた砲身がまるで長刀を背負った様。

 砲身尾部には大型ビームソードがマウントされ、バックパック右下のハードポイントにはシールドバスターライフルがマウントされる。

 この装備は展開式小型シールドと一体になったバスターライフルで、双方の機能を同時に使えない欠点があるのだが、装備点数を減らす目的で採用された。

 どちらの装備もダブルエックスのそれには及ばないが、従来機とは比較にならない威力がある。

 オプションで左上のハードポイントに4砲身のショルダーバルカンが装備出来、空いている左下のハードポイントにさらなる追加装備も可能だ。

 さらに、リフレクターユニットはタキオンフィールドの形成によって推力補助が可能で、空中・空間飛行能力も高い。

 この状態ではX字に展開したリフレクターの姿が機体名を連想させる粋なデザインになっていて、下を向いた砲身もスタビライザー代わりに動かす事が出来る。

 

 Gファルコンの合体形態もダブルエックスに準じているが、バックパックの形状の違いから、Gファルコン単体ではAパーツを接続するのに使うドッキングロックをバックパック中央に差し込む形で接続し、大型マニピュレーターを腰に接続して支持する。

 収納形態でも同じドッキングロックを回転させて使用する。

 勿論サテライトキャノンの砲身は前に向けられ、リフレクターは後ろに寝かされた状態だ。

 ダブルエックスに比べると左右の重量バランスが多少悪いのが難点である

 

 最大の武器であるサテライトキャノンを使用する時は、マウントアームで持ち上げてからリフレクターを後ろ向きに展開した後、根元で回転させてパネル面を正面に向ける。

 非合体時は砲身を右肩に担ぐ形で正面に構え、リフレクターの中心も右肩後方にあるのだが、合体中はGファルコンが邪魔になる為中心が頭の後ろ移動する。ので、砲身は正面ではなく右前方に向けるしかないので、単独時に比べると少し照準に融通が利かないのが難点だ。

 

 逆にディバイダー装備はバックパックのハードポイント上2つを使用して、大型ビームソードラック兼可変スラスターユニットを装備した、ディバイダーのマウントパーツを兼ねるカバーを被せ、下2つにエステバリス用強化パーツと同型のエネルギーパックを装備する。

 このシルエットも、Xを象っている。

 Gファルコンとの合体が不可能であることからエンジン1基での稼働になるが、エネルギーパックからのアシストでGファルコン形態と同等のパワーを得る事が出来る。

 全力戦闘でギリギリ1時間程度しか持たない持久力の不足が弱点となるが、装備がビームマシンガンとディバイダーなのでGファルコン装備よりも遥かに小回りが利く。防空用の戦闘機としてはむしろこちらの方が強いと言って良いだろう。

 逆に、サテライトキャノンを抜きにしても長距離侵攻だったり長期戦が想定される場面では、Gファルコンと合体出来るサテライト仕様が向いているといった違いがある。

 

 コックピットレイアウトはダブルエックスと全く同じで、サテライト装備への換装を残す場合はコントロールユニットによる保安システムも健在だ。

 逆に、サテライト仕様を無視してディバイダーオンリーか換装機能を活かし汎用機として扱うのなら、右の操縦桿は左と同じ仕様に改める事が出来る。

 

 テストパイロットに選出されたのはコスモタイガー隊隊長のスバル・リョーコで、オクトパス原始星団で停泊中、地道にダブルエックスを使って訓練してきた成果の見せ所だった。

 

 テストはまず最初にディバイダー装備で実施され、リフレクトビットを仮想標的にビームマシンガンにハモニカ砲、大型ビームソードの運用テストも実施される。

 いずれも十分な性能がある事がわかり、ダブルエックスとエステバリスでは不可能な、ハモニカ砲展開中のディバイダーをバックパックに接続する高機動モードが実装され、専用に調整したと言うに相応しい性能だった。

 

 その後サテライト装備に換装して再出撃し、Gファルコンとの合体も合わせたテスト結果も良好で、まさにダブルエックスの量産型と言うに相応しい出来栄えである。

 

 「将来的な量産に備えた本格仕様ですね。ヤマト艦内で量産出来ないのが残念」

 

 「資源さえ潤沢にあれば出来るのですが……それに、開発短縮の為に共用可能なダブルエックスの予備パーツも使ってしまったので、そちらの面でも不安は残ります」

 

 流石に予備パーツ全部を使ったわけではないが、あまり損耗が見られなかった(異常に頑丈な)フレーム部分はかなり流用してしまって、在庫が少し心許ない。

 装甲は太腿や脛、上腕といった一部のみ共用で後は新規設計という事もあって、そちらも少々在庫に不安がある。

 

 尤も、ダブルエックス自体敵戦闘機との戦闘では殆ど装甲が痛まないので、余程の大規模戦闘でなければ大丈夫だと思いたいが――何があるかわからないのが戦いの怖い所だ。

 

 「どこかで補給出来ると有難いんだけど……後で大介君に航路上に何か惑星が無いか、調べて貰おうかな」

 

 言ってからユリカは、イスカンダルから送られてきた宇宙地図の要注意点について思い出した。

 銀河系と大マゼランの間には、かつて両者が接近した名残であるマゼラニックストリームと呼ばれる水素気流の流れがあって、その高速で流れるガスの中には次元断層と呼ばれる異次元空洞に通ずる境界面が存在しているらしい。

 

 ただ次元断層の落ち込むことも危険だが、より致命的なのは次元が異なる事で相転移エンジンや波動エンジンの動作が逆転して、エネルギーを生成するのではなく放出してしまうこともあり得るという事だ。

 それ以外にもエネルギーの吸収性を持つ場所もあると聞かされている。

 

 それを警戒して、イスカンダルの協力で改修された相転移エンジンと波動エンジンには、エネルギー流出を防ぐための安全措置が施されている。空間の違いで効率が極めて悪化するが、活動不能には陥らずに済むように対策はされている。

 

 また、脱出の為の手段についても触れられていて、次元の境界面を探し出して波動砲を撃ちこみ空間を強引に抉じ開けて通常航行で脱出するか、波動砲で空間を乱して強引に通常次元に接続するワープを敢行する必要があるらしい。

 どちらも事実上の連装エンジン化して波動砲発射後の活動が容易になった、新生ヤマトだから通用する手段だ。

 ヤマトの背伸びした改装の目的は別にあるが、思わぬ副産物を得られたものだと当時は軽く思っていたが……。

 

 (イスカンダルへの最短コース上にも重なってる部分があるし、断層の位置情報はイスカンダルからじゃ探査も出来なかったから、注意しないといけないか……)

 

 ヤマトの艦首バルバスバウ部分には亜空間ソナーと呼ばれる探査システムがあり、これ自体は旧ヤマトにも次元潜航艇とかいう艦艇に対抗するために急造された物のデータが残されていたが、イスカンダル製のそれは次元断層の存在を探査して危機回避する役割も付加されている。

 とは言え、技術不足とデータの乏しい地球製では探査範囲が精々3天文単位程度、アクティブとパッシブが併用されているとはいえ、どちらもその方式故の欠点がある事から万全と言うには心許ない。

 

 (スターシアが言うには、万が一落ち込んだ時の出口の探査にも使えるって言ってたけど。ワープ中に落ち込んだ場合、空間歪曲の波長次第で境界面から離れた場所に出現する事もあるって聞いたし、そうなると動き回って次元の境界面を見つけないといけないから、空間が広い程に脱出の可能性が……落ちないに越した事は無いよね、やっぱり……)

 

 「よし! テスト結果は良好。これなら十分戦力になるでしょう」

 

 真田の声に思考を中断してユリカは改めて帰還したエックスの姿を見上げる。

 しかしダブルエックスもだが、見れば見る程に似ている。

 

 「そういや、こいつらってXシリーズとかで良いのか、名前? こう、全部ひっくるめた名前が無いとちょっと不便じゃねぇか?」

 

 機体から降りたリョーコの一言がきっかけで、ユリカは今まで口にした事の無かった名前を口にした。

 

 「……私は、ガンダムが良いな」

 

 ユリカはそれがイスカンダルがかつて開発した最強の機動兵器の雛型――相転移エンジン搭載でボソンジャンプシステムとフラッシュシステムを搭載した、人型機動兵器が存在した事を伝えた。

 

 「へえ。今まではフラッシュシステムを積んでなかったから名乗れなかったが、今のこいつらなら名乗れるな。力強い名前でこいつらにピッタリだ」

 

 ウリバタケの意見もあって、以降エックスとダブルエックスはガンダムを名乗るようになった。

 

 ガンダムエックスとガンダムダブルエックス。それが、彼らの新しい名前であった。

 

 そして、「エックスだけでは言い難い」と言われたガンダムエックスは、頭文字を繋げて「GX」と言う愛称を与えれ、正式にパイロットに選別されたリョーコの愛機となる。

 

 (イスカンダルから提供されたデータ通りってわけじゃないけど、この子達は機能だけじゃなく意匠もスターシアが教えてくれたガンダムに酷似してる。そりゃあ、データを仲介したのは私だけど意図したものじゃなかった。機能を追求していくと、この形が理想的になるのかな?)

 

 だとしたら妙な偶然もあるものだと、ユリカは思った。

 

 

 

 その後ヤマトは遅れを取り戻すべく慎重に検討を重ねた結果、ワープの最長記録に挑戦する事になった。

 今度は約2100光年のワープにチャレンジしてみる。先のワープでわかった事だが、やはり銀河間にも銀河同士の重力場の影響がある事がはっきりした。

 伴銀河や銀河団などの天体があるのだからもしかしたら――とは思っていたが。これでは銀河を飛び出してもワープ距離を飛躍的に伸ばすというのは、難しそうだ。

 しかし、遅れを取り戻すためにもワープ距離の延伸は必要だ。

 

 ユリカへの負担は気がかりだが、本人も乗り気だし1日でも早くイスカンダルに到着する方が彼女の為になるだろうと、航海班もやる気に満ち溢れている。

 

 オクトパス原始星団で遅れた1ヵ月、余命の限られている彼女にとって気が気でない遅れだったろうに。あんな遅れを招いた償いの為にも、工作班と機関班の協力も得て、何としても長距離ワープを成功させて遅れを取り戻して見せる!

 

 そんな気概と共に実行されたワープがまさかあんな事態を引き起こしてしまうとは……。

 誰が悪かった、と言う訳では無かったのに――。

 

 

 

 長距離ワープを終えたヤマトを間髪入れずに衝撃が襲った。ワープ直後にこのような振動が起こった事は今まで無い。

 つまり、異常事態が起こったという事だ。

 

 「何があったの!?」

 

 問い質すユリカに、探査システムを全開にしたルリとハリが共同で事態を探る。

 

 「ん? おかしいぞ……星が、全く見えない!?」

 

 戦闘指揮席から身を乗り出して窓の外を確認する進。銀河を飛び出したとはいえ、他の銀河や銀河間に漂う星の光が全く見えないという事はあり得ないはず。

 なのに、進の視界に星の光は1つも入ってこない。

 そして、視界を遮る星間雲の類も全く見えないのだ。

 

 「島、ワープシステムのログは?」

 

 進が問い質すと、操舵席でログを確認していた大介が首を振る。

 

 「ワープシステムは正常だ。安全装置が稼働した形跡もない――まさか……艦長、ヤマトは次元の境界面付近にワープアウトして、次元断層に落ち込んでしまったのでは?」

 

 大介の言葉を受けるまでも無く、ユリカはその可能性に行き着いていた。懸念していた事が、現実になってしまった。つまり、フラグを立ててしまったのだ。

 

 「艦長、波動相転移エンジンの反応効率が急激に悪化しています。幸い停止には至りませんが、大量にエネルギーを消費するとエンジンが停止してしまう危険性があります」

 

 エンジンの様子を見ていたラピスの報告にユリカだけでなくジュンの顔も曇る。

 

 「ここが次元断層だとしたら、僕達の技術だと脱出に波動砲が必要になる……撃てそうかい?」

 

 「発射は可能です。ただ、この空間内でエンジンが停止してしまうと再始動出来ない恐れがあります。現在エンジンのエネルギー生成量は平常時の20%にまで落ち込んでいます。蓄積したエネルギーでヤマトの機能を保つことは出来ますが……万が一にも戦闘になったら供給が追い付くかどうか」

 

 あまり口にしたくないと顔に出す。この空洞内に居るのがヤマトだけと言う保証はない。もしかしたら、事故で落ちたガミラスの艦隊が居ないとも限らないのだ。

 とは言え、落ち込んだ場所を捜索すれば次元の境界面はすぐに見つかると思うのだが――。

 

 「とにかく慎重に行動しましょう。万が一を想定して艦内の電源を極力カット。少しでも予備電力を蓄えて下さい。脱出の為には波動砲とワープ、それぞれ1回分のエネルギーが不可欠です。ラピスちゃんはエンジンが停止しないように機関班を総動員して。ルリちゃんとハーリー君はイネスさんの協力も仰いで、この空間を全力で解析して――」

 

 そこまで指示したところでユリカは気づいた。何時も――イスカンダル製の薬で可能な限り抑え込んだ状態でも頭の片隅に引っかかるようなあの感覚が、消え失せている。

 

 「……私、演算ユニットとのリンクが切れている……」

 

 「という事は、この空間は演算ユニットが観測出来ない――ボソンジャンプ出来ない空間って事?」

 

 エリナが尋ねると、ユリカはゆっくりと頷いた。

 

 「そうだと思う。これ、私にとってもヤバいかも……演算ユニットとのリンクが切れちゃったら、リンクを確立しようとしてナノマシンが活性化しちゃうかもしれない――エリナ、イネスさんにすぐに連絡とって。ジュン君は私の代わりに艦の指揮をお願い。私、しばらく医務室で様子を見て貰って来るから」

 

 ジュンはすぐに「わかった、任せて」と頷き、エリナも医務室のイネスに連絡を取った後、艦橋後ろに常駐するようになった車椅子を広げて、ユリカを運ぶ準備を整える。

 

 「じゃあ、後は任せたね」

 

 そう言い残し、ユリカはエリナに運ばれて医務室に向かった。

 

 「……何事も無ければいいのだけれど」

 

 ユリカの事となると、ルリは人一倍敏感に反応する。

 ルリにとって、“母”と呼べる存在であるだけに心配が尽きない。

 早く何とかしなければ。貴重な時間を浪費すれば、その分ユリカの未来が危うい。

 

 「ハーリー君、ECIに行きます。この空間の解析作業を第二艦橋で手伝って下さい」

 

 ルリはオペレーターとして最も信頼しているハリにそう頼むと、座席のスイッチを押して第三艦橋へ移動する。

 すぐにでも電算室をフル稼働させて、この空間の情報を集めて脱出の手段を探さなければ!

 

 ルリが気合を入れて探査システムを稼働した瞬間、レーダーに何かが反応した。

 

 ガミラス艦だ!

 

 「この状況で戦闘はリスクが高過ぎます。副長、逃げましょう」

 

 ガミラス艦発見の報を受けるや否や即断した進はそう進言する。

 ジュンもその意見を受け入れてすぐにガミラス艦から距離を取る進路を指示して、一目散に逃げだした。

 本当は現在位置を示すためのマーカーの類を置いておいた方が探査に役立つのだが、そんな余裕も無く逃げに徹する。

 

 (あの熱血直情型だった古代君が、こんな冷静な判断をするようになるなんて――案外、ユリカには子育ての才能があるのかもな)

 

 2ヵ月という短時間でここまで成長した進の姿に、ジュンは目頭が少し熱くなった。

 

 

 

 

 

 

 「何? ヤマトを第六区異次元演習場で発見しただと?」

 

 部下の報告にドメルは驚きの声を上げた。

 

 

 

 デスラーに任命され銀河方面作戦司令長官の地位に就いたドメルは、すぐにバラン星基地に赴任した。

 自身の乗艦でもある最新鋭戦艦――ドメラーズ三世と手塩にかけて育てた部下達の艦と試作の無人艦を含めた数十隻の艦隊を引き連れて。

 

 入室した司令室の中、眼前の口髭を生やした男――この基地の先任司令官だったゲールは、事前に送られていたデスラーの命令に大層不満気だった。

 突然の命令だったので無理は無いだろうが、余程未練があるようだ。

 視界の片隅に移る司令室の調度品も、正直「下品」の一言で済ませるしかないものでドメルとしては反吐が出そうであったが、嫌悪感も何もかもを飲み込んで極力事務的に、かつ横柄にならないように心掛けて接する事に務める。

 

 「よろしく頼むぞ、ゲール。早速だが、2日後に艦隊の半分を引き連れて今後の移民船団護衛訓練の為、第六区異次元演習場で演習を行う。君は別の艦隊を率いて、あのヤマトに対して作戦行動を実施して貰いたい」

 

 今は協調を乱してはならない。感性が合わぬ人間であろうとも問題無く付き合い、足元を掬われるような事態を極力避けなければ、ヤマトには通用しない。

 あの艦は、正真正銘祖国の命運を背負った1隻でありながら地球艦隊そのものだ。不確定要素を1つでも多く潰さなければ、その僅かな隙を突かれて痛い目を見る事間違いなし。

 

 幸いなのは、ゲールと言う男は重要拠点であるバラン星の基地を任されているだけあり、総統への忠誠心に厚く、少々詰めが甘い事を除けば軍人としても優秀な部類に入る事だろう。

 資料を読んだ限り戦略の方針がドメルと合致するとは言い難いようだが、副官として置いておけば役に立ちそうな予感はする。

 

 一方でゲールも、突如として湧いた自分の後釜に対して敵意を抱いていた。

 とは言えガミラス軍人としてデスラー総統の意向に逆らうわけにはいかない。不満を押し殺して新たな上官となったドメルに渋々ながら従う。

 最初にドメルから依頼されたのは、彼の考案した罠を張りヤマトを待ちかまえる事だった。

 最初は意図が読めなかったが、資料と口頭説明でその意図を聞かされれば唸るしかない。

 上手くいけば、軍内部でも噂になっているあのヤマトを屠る事が出来るし、失敗してもこのバラン星から目を逸らす事が出来るのなら、ガミラスにとって損は無い。

 

 「ヤマトはタキオン波動収束砲を装備しているだけでなく、純粋な戦闘艦としての能力もクルーの質も極めて高い。正面から戦いを挑めば、物量で圧倒しても甚大な被害を出しかねん。だからこそ、ヤマトの意表を突く事が大事になる」

 

 ドメルが仕掛けた罠は、常識ではなかなか考えられない事だった。まさか自然現象すら利用するとは、中々お目に掛かれない作戦だ。

 その後のおまけも、目的を達すれば良いとするなら、悪くない。

 

 「お任せ下さいドメル司令。このゲールめが、司令の作戦を一切の遅滞なく実施し、必ずやヤマトを討ち取ってご覧にいれましょう!」

 

 上手くすればあの強敵を直接討ち取れる誉れも得られる。それに与れなくても、国家の危機を救う作戦に従事する事に不満はない。全ては偉大なるガミラスの為、デスラー総統の為だ。

 ドメルが極力紳士的に接している事もあって敵意を抑え込み、忠実な副官として振舞うことを決める。

 

 ドメルは「頼んだぞ、ゲール」と彼を鼓舞しながら、何とか協調姿勢を維持出来そうだと心の中で嘆息するのであった。

 

 

 

 そして現在、宣言通りドメルは艦隊を率いて異次元空洞内で大演習を行うべく、今まさに空洞内に侵入したばかりだった。

 同じ空洞内にヤマトがいるとなれば、悠長に演習をしているわけにはいかないだろう。

 

 (空洞内では、波動エンジンの効率は大幅に低下する。対策無しではまともに機能すらしない――ヤマトはイスカンダルからの技術支援を受けていると聞く。恐らく対策しているだろうが、初めてでは身動きもままなるまい)

 

 実際ガミラスも初めての時はそうだったのだ、如何に強敵ヤマトとは言え、初めてでいきなり完全対応は出来っこない。

 

 (ヤマトが次元断層に入ったとしたら、恐らくワープの事故だろう。運の無い事だ。さて、恐らく地球人にとって初めてとなる異次元での戦闘――これは、またとない好機やもしれないな……)

 

 ドメルは頭の中で様々な策を練る。これは、どう転んでもガミラスにとっては益があるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 電算室に降りたルリは、部下のオペレーター達と第二艦橋のハリを中心とした航海班の面々と協力して、この次元断層内の探査に勤しんでいたが……。

 

 「――駄目……次元の境界面を発見出来ない。それどころか空間の端すら見えてこないなんて」

 

 ルリはあの手この手でこの空間内をスキャンしようとセンサーの感度やレーダーの波長等も変えているのだが、一向に成果が上がらない。

 頼みの亜空間ソナーをアクティブモードで起動しても、範囲内に無いのだろう、次元の境界面を発見する事が出来ない……。

 ヤマトがこの空洞に落ち込んだ地点からもそんなに離れていないはずなのに――。やはり、ワープ中の事故で落ち込んだからか、元の次元に近しい境界面とは離れた場所に出現してしまったのかもしれない。

 

 「思ったよりも広いのかもしれないですね。それに天体のような物体も発見出来ませんし、もしかすると――ここは次元が違うせいで物質の構成が僕達の次元とは根本的に違うのかもしれません。それで、ヤマトの探知システムには反応しないのかもしれません」

 

 ハリの意見には解析作業に参加した全員が頷く。

 ここまで入念に探査しても結果が変わらないという事は、ヤマトのセンサーシステムでこの空間内の物体を補足する事は不可能であると結論付けしなければならないだろう。

 

 「……少し休憩しましょう。ぶっ続けで4時間になりますし、一息入れたら何か閃くかもしれません」

 

 ルリの進言に全員が頷き、40分間休憩を取る事になった。

 解析作業に参加したクルーは、背筋を伸ばしたり腕を回したり、それぞれの部署を出て食堂にお茶を飲みに行ったりと、思い思いの手段で頭を休めようとする。

 

 ルリは最初食堂で何か甘いものでも飲もうかと思ったのだが、それより先にユリカの様子を見たいとハリに断って1人医務室に向かう。

 特に何も聞こえてこないのだから何もなかったのだろうが、心配は心配だ。顔を見て安心したい。

 そう考えて医務室に顔を出してみると、部屋唯一のベッドの上でユリカが眠りこけていた。腕に点滴針が刺さっているが、ラベルから察するに栄養剤の類だろう。

 その事に少しだけホッとする。どうやら大事には至っていない様子。安心した。

 

 「あらルリちゃん。艦長の事が心配だったのかしら?」

 

 「まあ、そんなところです」

 

 ルリの姿に気付いたイネスが話しかけると、ルリは気恥ずかしそうに頷く。

 

 「なら安心して。今の所は問題無いわ。ただ、あまり長い事この空間に留まるとどうなるかわからないから、出来るだけ早く脱出したい所ね」

 

 イネスの言葉にルリの顔が強張る。

 そうだ、この人になら相談しても全く問題無い。むしろ頼るべき人物だ。

 

 「その、解析作業に行き詰ってしまっていて……」

 

 ルリは思い切って調査結果をイネスに打ち明けて、ついでに愚痴も聞いて貰う事にした。

 造られて与えられた力とは言え、ルリにとって他の追従を許さないオペレート能力はプライドの一種と言っても過言ではない。

 指揮官として無能だとは思わないが、作戦の立案と指揮はともかく、改めて見せつけられたユリカの人徳と言うか統率力にはまだまだ及ばない。

 

 それに――不本意な形で巻き込まれてもいるが、アイドルとして乗組員を鼓舞して士気を維持しようと奮戦するユリカの真似だけは、絶対に出来ない。

 恥ずかしいとか以前に、最近ではかなり解消されたと思っているがやはり人付き合いは根本的に苦手だ。

 あのカイパーベルトやオクトパス原始星団での停滞の時、ルリも自分なりに部下や周りのクルーを鼓舞して盛り上げようと頑張ってみたのだが、どうにも良い言葉が出てこなくて当たり障りのない言葉ばかり口を吐いた。

 正直イマイチ効果を実感出来なかったが、ユリカの体当たり的な手段はいずれも一時的とはいえクルーの焦りを和らげ、士気を取り戻していた。

 

 それだけに、ユリカが倒れた時は士気の低下が著しかった。ワープ直後のダウンでは影響は少なかったはずなのに、何時の間にか彼女はヤマトの精神的支柱として欠かせなくなっている。

 彼女がちょっと元気な姿を見せてやるだけで、アキトとクルーの前でイチャイチャするだけで、クルーは安心して職務に打ち込んでいた。

 

 自分ではきっと、ああはいかないだろう。

 自分の容姿を理由に周りが騒いでいる事も、人気を得ている事は把握しているが――それだけではヤマトの士気を保てない事はすでに立証されたも同然だ。

 

 だがガミラスとの戦争が始まって以降、オペレーターとしても技術者としても以前では考えられなかった辛酸を舐める機会が多い。

 それがルリのプライドを傷つけ、ユリカの容態の悪化と合わせて焦燥として積み重なっていった。

 幸いヤマトという頼れる艦に出会えた事で希望を繋いだが、ヤマトの再建にルリは何1つ関与していない。

 出航してからはヤマトのチーフオペレーターとして恥じない働きをしてきたとは思うが……やはりこういう形で自分の力の限界を突き付けられると気持ちが落ち着かないのだ。

 

 ルリは、何としてもユリカの命が尽きる前にイスカンダルに彼女を運ばなければならない。そのために全力を尽くしているのに、それが通用しないという現状は酷く堪える。

 

 そんな事までついついイネスに話してしまった。ユリカが爆睡していてよかった。

 ある意味彼女には聞かせられない。

 要らぬ心配をかけてしまいそうだ。

 

 「――気持ちはわかるわ。私も医療従事者として、そして科学者として、彼女を救いたい気持ちはあるもの。でも、私の力だけでは彼女は救えない。イスカンダルに縋りたいのは――私も同じよ」

 

 イネスは“全てを知っている”。

 この航海の果てに何が待つのかも、ユリカが助かる可能性がどの程度あるのかもおおよそ把握している。

 

 “全てユリカから聞かされたことだ”。

 

 エリナも地球に残ったアカツキも、アカツキから聞かされたアキトも知っている。

 今なお隠されているこの情報故に、ユリカは当初ルリ達“家族”の乗艦を拒否していたのだ。

 

 それら全ての事情を知るが故に、イネスはルリとは違った意味でイスカンダルの技術力に縋りたい思いだった。

 しかし、あまりそれを口にするわけにはいかない。

 うっかり秘密を喋ってしまうかもしれないし、カウンセラーも兼ねている自分が気落ちした姿を見せるわけにもいかない。

 だからここは、目先の問題に対して自分なりの意見を述べて誤魔化してしまおう。

 

 「ルリちゃんは今までこの空間そのもの解析に拘ってたみたいだけど、ヤマトみたいにこの空間に落ち込んだ通常空間の物体は探してみたの?」

 

 イネスの言葉にルリは静かに首を振った。

 

 「いえ、この空間の解析が先だと思って――今のセンサー感度だと、宇宙船サイズの物体は反応しないから発見も……」

 

 ルリは、いや航海班の面々も含めて次元の境界面やあるかもしれない天体を探すことに夢中になって、自分達の様に断層内に落ち込んだ物体の捜索を疎かにしていた事に気付かされた。

 

 「じゃあそれをやってみたら良いんじゃないかしら。もしかしたら通常空間の物体が存在する空間に次元の境界面があるかもしれないし、何かこの空間について知るヒントを得られるんじゃないかしら。取っ掛かりがあるだけだけでも幾分違うものよ」

 

 柔和に微笑みながら諭すイネスにルリは例もそこそこに医務室から飛び出していく。

 すぐにでもイネスのアドバイスを基に探査し直す準備を――と思ったが自分が先走っては部下が休めない。

 しかたなく逸る気持ちを抑えて食堂に向かい、先に行っているハリや部下のオペレーター達とお茶を兼ねて話をしてみようと思う。

 

 そんなルリの姿を見送ってイネスはひっそりと笑う。

 

 「やれやれ、あの子も結構溜まってるわね――その原因として、何か言いたい事でもあるかしら?」

 

 イネスはそう眠ったままのユリカに振ってみる。当然反応は無い。

 それはそうだ。ユリカを休ませるために投薬してまで眠らせたのは、他ならぬイネスなのだから。

 

 「ま、眠ってなかったらあんな話はさせなかったけど。我ながら良い判断だったみたい」

 

 席から立ち上がってベッドの上で眠るユリカの顔を覗き込む。

 今は穏やかな寝顔を浮かべているが、果たしてこの空間を脱出した後無事でいられるかどうか保障はない。

 

 「――イスカンダルまでは必ず持たせてみせるから、信用して頂戴ね」

 

 自分に言い聞かせるように宣言する。

 彼女が助かるには何が何でもイスカンダルに辿り着かねばならないのだ。

 単にイスカンダルに連れて行くだけなら冷凍睡眠という手段もあるが、諸々の事情からそれは出来なかった。

 そんな事をしてしまえば、ユリカはまず助からない。浸食自体は抑えられても、その後の回復手段を取ることが難しくなってしまう。

 

 それに……ヤマトには彼女が必要だった。ヤマトを理解し、勝手のわからぬクルーにその道を示すためにも。

 だから彼女は艦長として乗り込んだのだ。導くために。

 

 正直想定以上だ。ユリカが士気を高めるべく奮闘しているのは知っているし、そうでもしないと過酷極まるこの航海でクルーの士気をここまで保てなかっただろう。

 しかし、そろそろ限界が近い。

 正直今からでも冷凍睡眠という手段を考えるべきなのかもしれないが、今彼女を失えばヤマトは――。

 

 「後は後継者――古代君次第になってくるのね……」

 

 果たして、あの若者が耐えられるのだろうか。

 このプレッシャーに。

 

 

 

 休憩を終えたルリ達は、イネスの助言を受けてすぐにヤマトと同じくこの空間に引き込まれたであろう通常空間の物体を捜索した。

 

 結果はすぐに出た。ヤマトを中心に3方向にそれらしい反応が見られた。

 ヤマトの現在の進行方向から見て1時と5時と7時の方角。

 その結果と合わせると、この空間内部は太陽系がすっぽりと収まってしまうほど広大である事が判明し、所謂“端”が未だに見えていない事からそれ以上の広さが想定される。

 検討を重ねた結果、ヤマトの現在地から最も近い7時方向の反応地点に向かう事が決定され、ヤマトは通常航行で目標座標に向けて発進した。

 ワープも使えないため到達までは最大戦速でも23時間は掛かる。

 他の地点はそれぞれ30時間に48時間。もしも何も得られず梯子する事になったら、どれほどの時間をロスするかわからない。

 だが、ヤマトはそれに賭けるしかない。3つの反応地点に一縷の望みを託して、ヤマトは次元断層を進み続けた。

 

 そして――

 

 「目標座標に到達。前方に多数の障害物を検知、反応からすると――これは宇宙船の残骸だと思われます」

 

 航法補佐席のハリが計器の反応を確認しながら報告すると、真田がピクリと瞼を動かす。

 

 「艦長、調査と並行してこの残骸の回収許可を頂けないでしょうか? 宇宙船の残骸ともなれば、ヤマトにとって有用な資源足りえます」

 

 「許可します。ヤマトの倉庫事情も厳しいですし、この機会に詰めるだけ詰みましょう」

 

 ユリカは即決した。この次元断層からの脱出が急務ではあるが、貴重な補給の機会を見す見す棒に振ることは出来ない。ヤマトの航海はここを出てからが本番なのだ。

 それに上手くいけば、回収した残骸からこの空間に関する情報を得られる可能性もある。

 

 「? 艦長、10時の方向に微弱ですが動力反応があります」

 

 ルリの報告に全員が緊張を湛えた表情になる。もしかしたら、まだ生きているガミラス艦かもしれない。

 

 「――慎重に接近して。今は、危険を冒してでも情報を得る事を優先しましょう。残骸の回収作業は効率を重視して反重力感応基を使って下さい」

 

 「艦長、解析データによると、スーパーチャージャーを装備した小型相転移エンジンはヤマトからエネルギー供給する事で辛うじて始動可能ですが、エネルギー生成効率が悪過ぎて重力波ビームを含めても……エステバリスは満足に戦える程のエネルギーを得られません。恐らく、ガンダムも――しかし、少々問題もありますが、機動兵器の活用法についてアイデアがあります。」

 

 真田の進言を受けてユリカとジュン、それに進とゴートもそのアイデアを採用した。

 確かに少々リスクのある活用法だが、満足に運用出来ない機動兵器を少しでも活かすには、それ以外に方法が無いだろう。

 

 改めて様々な制約を課せられた状態である事を突き付けられはしたが、ヤマトは挫ける事なく調査活動を開始した。

 反重力感応基を射出して周辺の残骸に打ち込み、艦体に装着する様に引き寄せる。引き寄せた残骸はすぐに搬入口から回収して収納しやすい様に加工し、次々と倉庫に叩き込まれていく。

 ついでに回収した反重力感応基も、次の射出に使えるようにとロケットブースターに再接続されて発射管に再装填される。

 

 おまけでこの空洞内ではまともに運用出来ないであろう信濃は、1度ハッチを解放して外部に出した後上下反転させて再格納して固定する。

 こうすれば、本当に切羽詰まった時は発進口を解放する事で波動エネルギー弾道弾を遠隔操作で発射出来る。

 本来の強みであるヤマトと連携した多方向からの攻撃が出来ないのが難点だが、死蔵してしまうよりはマシだろう。

 

 反重力感応基で残骸を回収しながら動力反応を微速前進で追い続けたヤマトは、中央が円形で前後に足のような構造物が伸びた、ボロボロの宇宙船を発見した。

 

 「あれか……」

 

 異様な風体の宇宙船にジュンがゴクリと唾を飲む。

 

 本当に如何にもな幽霊船だ。動力反応はあの船から確認されている。

 

 「外部からだけでは良くわからんな……艦長、危険を伴いますが調査隊を編成して内部から調べる必要があると思います」

 

 真田の進言に難しい顔で悩んだ後、ユリカは頷く。危険を恐れるばかりではこの状況を打開出来ない。

 

 すぐに幽霊船(仮称)調査の為、古代進・森雪・ウリバタケ・セイヤ・ゴート・ホーリー・月臣元一朗・高杉サブロウタの6名が選抜され、艦首両舷の格納庫に収納された、Gファルコンを改修して郵送機能に特化させた多目的輸送機「Gキャリアー」と命名された機体に乗り込み、幽霊船に向かう。

 

 この機体はGファルコンのAパーツとBパーツのウイングパーツのみを流用し、下部のスラスターとミサイルポッドを構成するコンテナパーツを廃し、多種多様なコンテナを換装して人員輸送から哨戒機、果ては救命艇までも兼任可能な機体だ。

 拡散グラビティブラストも撤去され、ティルトウイングタイプのスラスターに換装されている。

 相転移エンジン搭載で色々と出力に余裕があり、ユニット構造故にユニット交換で色々な用途に対応可能なGファルコンの設計上の強みを最大限に生かした形だ。

 Gファルコンのカーゴスペースにユニットを装着する方が手軽だが、特化した機体があった方が優柔が利くと判断され、出航直前に急ごしらえで搭載された機体である。

 全長はコンテナ装着時に17mと、ほぼ倍化している。

 

 相転移エンジンの不調も何のその。急遽用意された燃料式スラスターをティルトウイングに強引に取り付けて、通常時よりも低速だが、異次元空洞内を順調に飛行する。

 

 Gキャリアーは幽霊船の周囲を旋回しながら侵入口を探し出し、ゆっくりと接舷。固定用のワイヤーを胴体部分から撃ち込んで漂流しないように機体を固定する。

 減圧室に移動した進達は、減圧完了後ハッチを解放して機外に出る。

 そのまま発見したエアロック接近、技術担当のウリバタケと雪が協力して周囲を探りコンソールパネルを発見。辛うじて電源が生きているらしく、雪が手早く解析して開放する事に成功した。

 

 「流石だな、雪」

 

 「もっと頼ってくれても良いのよ、古代君」

 

 船内に侵入した6人は、すぐに調査準備を始める。とは言え、解析はウリバタケと雪の仕事で、他の4人は警戒が仕事だ。

 もしかしたら侵入者用の攻撃システムが生き残っているかもしれない。

 

 今回は前衛担当の進と月臣が、屋内戦では強いだろうとショットガンアタッチメント装備のコスモガンを両手で構え、支援担当のゴートとサブロウタがレーザーアサルトライフルを隙無く構えてウリバタケと雪を護る。

 

 道中、本当に生き残っていた自動砲台の砲火を掻い潜り、いきなり現れた、予想の斜め上を行くSFじみた怪物の襲撃を何とか凌ぎ、返り討ちにすることに成功した一行は、疲れ果てながらも幽霊船のコンピュータールームに到達した。

 

 「――何だったんでしょうね、あの怪物は」

 

 襲撃と撤退を繰り返して数回に渡って怪物と激突する羽目になった進が、同じように怪物と至近距離で相対した月臣に話を振る。

 

 「わからん。しかし、根拠は無いが人為的な手が加えられている様にも感じられる」

 

 月臣の感想に嫌な予感が一行の頭を過る。コスモガンやレーザーアサルトライフルを相当数撃ち込んでようやく倒すこととが出来た怪物の耐久力は、確かに人為的なものを感じる。

 それに形勢不利と見るなり天井のダクトを使って一時撤退し、次の部屋に移動すべくドアを潜ろうとした瞬間背後に降り立って鋭い爪を振るう、戦闘力が最も低い雪を積極的に狙いに来る等、相当頭も良かった。

 果たして野生動物がここまで戦術的に行動出来るものなのだろうか。

 

 不穏な空気に飲まれかけながらも、雪とウリバタケは協力して辛うじて生きている幽霊船のコンピューターからデータを吸い出す。

 異星人の宇宙船なのでデータの方式も違って手こずると思われたが、思いの外呆気無くデータの吸出しが終わってしまった。

 得られたデータを流し読みする2人に、想像より遥かに速く作業が終わった事に驚いた進は、思わず歓喜の声を上げる。

 

 「凄いな雪。何時の間にそんな技術を――」

 

 「すぐにヤマトに戻らないと! 大変な事がわかったわ!」

 

 「雪ちゃんの言う通りだ! すぐに戻って対策しないとヤバイ!」

 

 2人の剣幕に困惑する進達だが、すぐにヤマトへの帰還を決定して来た道を素早く戻る。

 道中で雪は進の懸念が晴れる真実を口にした。

 

 「古代君、この船はね――」

 

 

 

 「ガミラスの標的艦!?」

 

 調査メンバーのもたらした報告にジュンが大声で問い返す。

 

 「はい。あの艦のコンピューターはガミラスの物でした。データの吸出しがすぐに終わったのも、ルリさんがガミラスの解析を進めていたからです。それによると――」

 

 雪の報告は恐るべきものだった。

 

 ガミラスのこの次元断層の存在を認知しているだけでなく、この空間内で大規模な艦隊演習を何度も行っているらしい。

 あの幽霊船と思われていた宇宙船は、ガミラスの試作大型宇宙空母だったもので、想定された性能を発揮出来ず廃棄が決定され、この空洞に運び込まれて標的艦とされていたのだ。

 となれば、この空洞に落ち込んだ直後に接触したガミラス艦は意図的にこの空洞内に入って来た事がわかる。

 となれば、その目的は演習前の空洞内の事前調査の可能性が高い。

 

 そして、今ヤマトが居る場所は……標的艦の密集した場所だ。もし近い内に演習があるとしたら、ここにガミラス艦隊が出現する可能性が極めて高い!

 

 「どうやらあの艦艇は自力航行でこの空間に入って来たみたいです。航路データが残っていましたので、それを解析する事で次元の境界面があると思われる空間座標も取得する事が出来ました」

 

 雪の報告を聞くなりユリカはすぐに発進すべく準備を進めさせる。

 一刻の猶予も無い。すぐにでもその境界面の座標に向かって脱出を図るか、さもなくば一目散にこの場を離れて安全の確保を――。

 

 そう考えていた指示を出していたユリカの声を、非常警報が遮った。

 

 「艦長! ガミラスの大艦隊が接近中です! 数はおよそ400!」

 

 ルリの絶叫に、ユリカの思考も一瞬停止した。

 

 最悪の事態が――起こってしまった。

 

 

 

 

 

 

 「あれがヤマトか……」

 

 ドメラーズ三世の艦橋内で、モニターに拡大投影されたヤマトの姿を見てドメルが呟く。

 ガミラスにとっては非常に珍しい形状の艦型。

 果たしてどのような機能を求めてあのような姿になったのかは用として知れないが、これまでの交戦データを考えると非常に優れた宇宙戦艦である事は疑いようが無い。

 

 ドメルが乗るこのドメラーズ三世も、ガミラス最新鋭の超弩級戦艦ドメラーズ級である。

 全長はヤマトの倍近くあり単純な砲撃装備の数では圧倒している。

 とは言え、重武装・重装甲の艦隊旗艦として設計されているため、小回りが利かず機動力では劣っている事が予想されている。

 それに、砲撃装備の数で圧倒しているとは言え機関出力で大きく差を付けられているため、総火力は五分といった所だろうか。

 制御の難しさと生産性もあり、ガミラスでは主機関を連装化している艦艇は殆ど無いので推測でしかないが……。

 

 「ドメル司令、ヤマトはどうやらこちらに気付いたようです」

 

 部下の報告にドメルは小さく頷く。思ったよりも対応が遅かった。やはり、次元断層内での行動は不慣れなのだろう。

 しかし不慣れな状況ながら、現状打破の為に自分達と同じ次元の物体を探し出し、脱出の為の手掛かりを得ようとするまでの行動の速さは特筆に値する。

 やはり、かなり思考が柔軟でトラブルに強いようだ。

 

 「よし、まずは艦隊の全火力をもって先制攻撃を仕掛ける。それで撃沈出来なかった場合は包囲して波状攻撃をかける。一気に仕留めようとするな、じわじわと時間をかけて追い詰める。この空間の中では6連炉心と推測されるヤマトとてエネルギーは厳しいはずだ。持久戦に持ち込めば我が軍の勝利は揺るがない。タキオン波動収束砲もこの環境ではおいそれとは使えず、無駄撃ちすれば脱出の可能性すら消してしまう事を、連中は知っているはずだ。まずはヤマトを消耗させることを考えろ。指示した通りのローテーションを組んで、我が軍の消耗は極力抑える。エネルギーが厳しいのはこちらも同じだという事を忘れるな」

 

 ドメルは静かに、だが力強く指示を出す。

 バラン星に駐屯していた艦隊に自身が育て上げた頼れる部下達。

 まだ連携が完璧ではないのが懸念材料であるが、この千載一遇のチャンスを逃す手はない。

 そして――。

 

 (さあヤマト、次元の境界面は我々の後ろだ。この状況では取るべき手段は1つしかあるまい……!)

 

 

 

 

 

 

 「――艦長、データによれば次元の境界面は……敵艦隊の背後にあります」

 

 隠し切れない緊張の滲んだ声で報告するルリ。

 流石に桁が違う規模にユリカも一瞬判断に迷ったが、こうなっては取るべき手段は1つしかない!

 

 「全艦第一戦闘配置! 敵の中央を突破して次元の境界面に接近します! この状況で明後日の方向に逃げても却って状況が悪くなるだけです! 一か八か、死中に活を求める以外に助かる方法はありません!」

 

 ユリカは有無を言わせない強い口調で命令する。今はそれ以外の最善策が無い。

 

 「しかし、突破するにしても中央には敵の旗艦と思われる超ド級戦艦があります。ヤマトよりも大型ですよ」

 

 半ば確認するような進の口調に、

 

 「それでもよ! 迂回したり防御の薄そうな場所を突こうとしたら却って包囲殲滅されかねない! それに、旗艦に接近すれば敵部隊も迂闊に攻撃出来なくなる!」

 

 力強く断言するユリカに進も覚悟を決めた。全兵装を起動させて全力攻撃の構えを取る。

 

 「進兄さん。再度確認しますが、エンジンの効率が大きく落ちているのでヤマトのエネルギー回復量は何時もの2割がやっとです。改良で武器のエネルギー効率が上がっているとしても、あまり攻撃と防御に専念し過ぎるとエネルギー切れを起こして、エンジンが停止してしまう恐れがあります」

 

 あまり有難くない情報だった。この空間からの脱出には波動砲が必須で、脱出後にワープで距離も取りたい。

 だとすれば、包囲突破時点で相転移エンジン2基以上の稼働と総エネルギーの3割程度は残さないと、ヤマトは終わりだ。

 

 「敵艦隊より射撃用レーダーの照射を確認! 一斉砲撃が来ます!」

 

 

 

 

 

 

 ドメル艦隊はヤマトを射程に捉えるや否や、全火力をヤマトを含めたデブリ帯に向けて容赦なく叩きつける。

 

 数百もの重力波の火線が、ヤマトのいるデブリ帯を一瞬で消滅させる。

 殆どの将兵がこの瞬間勝利を確信していた。

 どれほど強固なフィールドであろうとも、これだけの物量に勝てるものではないのだ。

 

 しかしドメルだけはヤマトがまだ沈んでいないという確信を持っていた。

 何故ならば――。

 

 「ヤマト、健在の模様です!」

 

 部下の驚きに染まった報告にも、ドメルはさも当然だと言わんばかりに受け止める。

 何故ならヤマトは恒星フレアを突破した、あのタキオン波動収束砲の応用戦術を有しているのだから。

 ドメルは薄く笑う。そうだ、そうするしかなかっただろう。

 貴重なエネルギーを大量に消費する以外に生き残る道が無い。私はその選択肢しか残さなかったからな。

 

 

 

 

 

 

 「モード・ゲキガンフレア解除――何とか砲撃を凌げたようです」

 

 トリガーユニットを握った進の報告にユリカもホッと胸を撫で下ろす。

 波動エネルギーの繭を脱ぎ捨てて、艦体に反重力感応基で集めた大量のデブリを身に纏ったヤマトの姿が露になる。

 

 「第3戦速! 敵艦隊中央に向けて突撃開始!」

 

 「了解! 第3戦速、進路、敵艦隊中央!」

 

 モード・ゲキガンフレアで稼いだ初速も利用して、ヤマトは400隻にも及ぶ大艦隊の真っただ中に向かって突撃する。

 

 あの瞬間、砲撃を避ける事が出来ないと瞬時に判断したユリカは最速でモード・ゲキガンフレアの使用を決断した。

 状況が状況なので誰もが必死な思いで準備を進め、着弾寸前に何とか間に合った。

 

 しかし――。

 

 「艦長、第一、第二相転移エンジンが停止。ヤマトの総エネルギー量が4/6以下にまで減少しました……」

 

 険しい顔でラピスが報告する。

 防御のみが目的だったので極力抑えたつもりだったが、攻撃を凌ぎきるのに結局波動砲2発分を使ってしまった。元々直結構造で波動砲の様に分割消費が出来ないシステムだから仕方ないと言えば仕方ないのだが……いきなり総エネルギーの4/6を使わされたのは幸先が悪い。

 

 「艦長、やはりこの空間内では再始動は――不可能です。限界まで電力を注ぎ込んで起動しようとしても、上手く点火してくれません」

 

 状況はかなり悪い。いや最悪と言っても良い。

 通常空間なら、この状況でも辛うじて相転移エンジンの再始動が間に合う。波動砲やワープが使えるほどの回復は望めなくても、活動不能に陥る危険性がぐっと低くなっただろうが、現状では消耗していく一方だ。

 ヤマトのスーパーチャージャーはエネルギーの整流が主目的で、増幅作用は波動エンジンの方に向けられているため、機動兵器用のエンジンと異なり起動補助としては使えない。

 このまま全力戦闘を行えば、ヤマトのエネルギーが枯渇してしまうのは火を見るよりも明らかだ。

 

 「進! 不必要な砲撃は避けて、進路の邪魔になりそうな敵にだけ絞って! ミサイルを撃ち尽くしたって良い、とにかく主砲は最小限で行くよ!」

 

 「了解! ルリさん、アステロイド・リング防御幕の形成を! 合わせてリフレクトビットも射出願います!」

 

 「了解、制御は任せて下さい!」

 

 進の指示にルリはすぐに応える。

 両舷中距離迎撃ミサイル発射基が起動して、収められていたリフレクトビットが次々と展開されていく。

 ビットは艦体を離れてたデブリに交じってヤマトの周囲を旋回、共に防御幕を形成する。

 

 「雪さん、私はアステロイド・リングとリフレクトビットの制御に全力を尽くします。情報統括処理は全て貴方にお任せします」

 

 「任せて下さい!」

 

 第三艦橋に降りていた雪が、左隣の副オペレーター席で頼もしく応えた。

 実際、雪の情報処理技術はかなり高い水準にある。色々多芸な娘であるが、最も適性が高いと言えるのは間違いなくオペレーターであろう。

 その才能を見込んで、自身の部下から外れてしまったハリの代わりにと暇を見つけては色々と助言と教育を自ら施しただけあって、ルリもその実力を疑う事は無い。

 

 これで、ルリは全力をアステロイド・リングとリフレクトビットの制御に注げる。

 確かにこの2つの装備はヤマトの全力機動に追従出来ない。それはハードウェアよりもソフトウェアの問題の方が大きい。そして、改良を加えるには少々稼働時間が不足している。

 が、ルリが他の追従を許さないその卓越したオペレート能力を全て注ぎ込めば、話は別だ。そのための訓練は大介の協力の元何度も行っている。

 頼もしい部下達が居ればこそ出来る無茶なオペレートだが、この難局を突破するには欠かせない。

 

 ヤマトが全力フィールドを張るよりも、この2つの機能の方が消費エネルギーが4~5割程度少なくて済む。

 1%でもエネルギーに余裕を持たせたい現状なので、思い切ってヤマトのフィールドをカットし全ての攻撃をこの2つの機能で限界まで凌ぎ切れば、その分余力が生まれるはずだ。

 幸い今回のリングの構成素材は軍艦の残骸。小天体よりもずっと耐久力に優れている。

 

 さあ、電子の妖精の腕の見せ所だ。

 

 

 

 

 

 

 「ヤマト、艦隊に向かって進撃してきます。例のアステロイドを利用した戦術を使用しているようです」

 

 「なるほどな、中々思い切りの良い指揮官だ」

 

 ドメルはヤマトの行動に素直に感心した。

 艦隊から遠ざかるではなく敢えて突撃して艦隊を突破し、後ろにある次元の境界面に達して逃亡するつもりなのだろう。

 勿論、ヤマトが確実に逃げ延びるにはそれ以外の選択肢はない。

 次元の境界面は他にも幾つか存在しているが、それを悠長に捜索している余裕はヤマトには無いだろう。

 1日でも早くイスカンダルに辿り着き、地球が滅亡する前に帰らなければならない心理的圧迫感が常にある以上、余計な時間をかけたくは無いはずだ。

 

 明後日の方向に逃げたとしても、この空間から脱出出来なければ意味が無く、ワープも出来ない状況でこの大艦隊に追いかけられながら当てもない捜索活動を行うのは、心理的にも困難極まりない。

 エンジンへの負荷や再始動の危険性を考慮すれば、タキオン波動収束砲は使うに使えないはず。あの兵器が次元の境界面を強引に抉じ開けるための最終手段として機能するであろう事は、その原理から容易く推測出来る――ますます心理的に使い辛いはずだ。

 

 「さて、ヤマトが取れる行動は――」

 

 あのリング防御幕を展開した以上、消費を極限まで抑えつつ艦隊を突破して次元の境界面にタキオン波動収束砲を撃ち込んで開口部を形成、通り抜けつつワープで現宙域を離脱して逃走、という所だろう。

 となれば、継続的に攻撃を加えてリングを剥がし、嫌でも本体のフィールドで防御しなければならない状況に追い込みつつ、可能な限り戦闘を長引かせ、エネルギーを枯渇させて無力化を図る。

 如何にヤマトが強力でも、エネルギーが無ければ何も出来はしない。

 そうすれば、撃破も鹵獲も思いのままだ。

 

 総統もきっと、一番の望みはクルーを含めて鹵獲する事だろう。

 

 それにしても、ここであの戦術を直に見れるとは運が良い。

 大方この空間の把握の為、自分達と同じく引き込まれた物体を捜索した結果あの標的艦とその残骸のデブリに遭遇して、情報を得ると同時に単独航海で不足しがちな資源を回収しようとしていたのだろう。

 恐らく艦隊に向かって直進してくるのも、あの中で次元の境界面のデータを手に入れる事が出来たからだろう。

 

 そうなると、あの戦術を取れたのはヤマトにとっては幸運で、こちらにとっては不幸としか言いようがない。

 あれが無ければ、艦体防御にディストーションフィールドを使わざるを得ないため、ヤマトの消耗をより効率的に誘えたのだが……。

 

 (やはり、ここは数の優位を活かして消耗戦に持ち込むしかないかないか……)

 

 本来ヤマト相手には愚策になりかねない距離を置いた包囲陣形も、最大の懸念材料であるタキオン波動収束砲を状況的にも心理的にも使い辛いこの状況なら活かせる。

 数で圧倒しているので、余裕をもってローテーション出来るのも優位に働いている。

 

 だがドメルとしては、通常空間ではこの数でもヤマトと正面切っては戦いたくない。勝っても兵を無駄死にさせるのがオチだ。

 やはり、あの艦に勝利するには艦隊と航空隊――それも相手の不意を突ける環境下での波状攻撃で混乱を誘い、タキオン波動収束砲を封じた上で絶対的な兵力差から来る持久力の無さを突くしかない。

 

 はっきりわかっているだけでも、ヤマトは状況に応じてタキオン波動収束砲、応用突撃戦法、通常戦闘をプレキシブルに切り替えて対応出来ることが判明している。

 さらに少数精鋭の航空隊も有しているのだ。

 この航空部隊も、地球攻略時から姿が見えるタイプはともかく、ヤマトの艦載機として初めて確認された戦略砲持ちは危険極まりない。

 あれとボソンジャンプが組み合わされているとしたら、その脅威度はヤマトにも引けを取らない。

 単機で戦局を左右せしめる、まさに戦略兵器なのだ。しかも、通常戦闘でも滅法強いときた。

 

 隙らしい隙の無い、単艦でありながらこれほど充実した戦力を有した相手と相対した事は、ドメルとて初めて。

 状況がドメルにとって有利に働いていても、決して油断ならない相手と気を引き締める。

 

 さあ、ヤマト。デスラー総統にすら見込まれたその知恵と力と気高さを、このドメルに示して見ろ。

 お前の全てを、この将軍ドメルの前に曝け出すのだ。

 

 

 

 

 

 

 (読まれてたか……予想よりも艦隊の展開が早い)

 

 ヤマトはアステロイド・リングを使用しながら第3戦速を維持してガミラス艦隊の中央を突き進む。

 ヤマトの周囲を、まるでトンネルを作る様にガミラス艦が円運動をしながら包囲している。そして、やや離れた地点で後方の出口を塞ぐかのように配置し、断続的に砲撃とミサイルを発射してくる。

 主砲での2枚抜きやサテライトキャノンで薙ぎ払われる事を警戒しているのだろう、間隔も広く取られているのに……抜け出す隙が見出せない。

 ……手強い。

 

 ユリカは、雪が第三艦橋から送ってくる敵艦隊の位置データを基にヤマトの進路を細かく指示する。

 ジュンも手伝って2人の頭脳をフル回転、コンピューターやオペレーターのデータ処理と合わせて艦隊の動きを把握し、最小の消耗で突破出来る様にヤマトを導く。

 大介も指示通りにヤマトを完璧に動かして、敵弾を1つでも多く回避しようと必死だ。

 

 全力を出したルリのアステロイド・リングの制御は見事なものだった。

 右回転、左回転と異なる方向で回転するリングを幾つも形成して動かして、ヤマトに襲い掛かってくる攻撃を的確に防いでいる。

 ルリの制御の巧みさのおかげで、ヤマトはまだ1発も撃っていない。

 そして、リフレクトビットの制御も巧みであり、ヤマトに撃ち込まれた重力波を的確に逸らし、逆にヤマトを囲むガミラス艦に命中させていく。

 ルリの奮闘の甲斐あって、砲撃をせずに進撃するヤマトは、何とかエンジンが生成可能なエネルギーと消費エネルギーが釣り合った状態を維持出来ている。

 

 ガミラス艦は反射された自分達の砲撃で傷つくと、あっさり後退して無傷の艦が穴を埋める。

 一切の遅滞を感じさせない、滑らかな艦隊運動だ。

 

 (数で圧倒してるから部下を無駄死にさせないって事か。徒に兵力を消耗させない、手強い指揮官……それに、ヤマトを囲んでる艦が定期的に入れ替わって消耗を抑えてる。ガミラスも、この空間では波動エンジンの効率が低下するんだ――だから数の優位を活かしてローテーションを組んで損耗を抑えて、ヤマトを消耗させて撃破するか鹵獲するつもりね……ただでさえ持久戦は苦手なのに、この状況じゃあ……)

 

 包囲網の外側に攻撃に参加せず同行している艦があるのは、交代要員だろう。

 ……この状況はガミラスが圧倒的に優位だ。ローテーションを組むことで消耗を抑えられる相手に対して、ヤマトはそれが出来ない。

 それに……波動砲目当てで鹵獲も考えている事も、何となくだが察せられる。

 ガミラスの状況を考えれば、完成された波動砲は欲しいだろう。……だが、欲張って油断してくれる気配はない。運が良ければ、程度にしか考えていないのだろう。

 

 とにかく、リングで防げている内に格納庫ではコスモタイガー隊の戦闘準備も進められている。人型を生かした運用方法というものがあるので、この状況でも辛うじて戦力になるはずだ。

 

 「リング損耗率30%!」

 

 ルリの報告が第一艦橋に飛び込んでくる。ヤマトが突破作戦を開始して30分が経過している。

 艦隊はヤマトを包み込むようにして同行している形になるので、突破には相当な時間が掛かる。おまけに次元の境界面までは最短コースを進めたとしても、18時間もかかる。

 標的艦から距離があるのは、恐らくそこそこの時間この空間を航行させることで、普段はあまり気にしなくて済むエネルギーの管理や機関コントロールを効率良く学ばせるためだろう。

 

 どちらせによ、辛い戦いだ。やはり、この局面を突破するには“アレ”を試すしかない!

 そのためにも、敵旗艦の眼前まではこのまま進まなければならない!

 

 「艦長! コスモタイガー隊の攻撃準備が整いました!」

 

 「リング損耗率が40%越えたら備えさせて、ヤマトも砲撃開始よ!」

 

 ユリカの命令に進もすぐに応じる。この状況では少しでも戦力が欲しい。

 あまり推奨出来ない使い方だが、この状況ではそれしかないだろう。

 

 

 

 進からの指示を受けて、アキトとリョーコは右手に持ったコントロールユニットを差し込んで機体を起動する。

 ガンダム2機の双眼に光が灯る。残念ながら、普段なら力強く駆動する相転移エンジンも弱々しく、何とか飛行出来る程度のエネルギーを得るのがやっとだ。

 それでも、2基のエンジンと2種(ディバイダー用とサテライト用)の追加エネルギーパックのパワーを足せば、短時間なら十分に戦える。

 今2機は、エネルギー消費を極力抑えて戦えるようにと工作班が急ごしらえながらも追加武装をたっぷり施してくれた。

 

 まず左手に専用バスターライフル。ダブルエックスは何時も通り、GXは展開式シールドと一体になったシールドバスターライフルを装備する。ただし、増設バッテリー付きで消耗を抑えられる様に応急改造されている。

 さらに。より遠方から対艦攻撃に適した射撃を可能とする「マグナムモード」が追加されたため、打撃力も強化された。

 

 バッテリーを増設したレールカノンも右手に保持。これで本体の電力消費を抑えつつレールカノンの火力に頼れる。強度と電力さえ十分なら、レールカノンは対艦攻撃にも使えるのだ。

 

 そして、両足の脛部分に急造のマウントを取り付けてGファルコンが搭載しているのと同型のマイクロミサイルを、簡素なマウントで縦に4つ並べて装備している。

 

 さらにGファルコンはコンテナユニットの下部には大気圏内用安定翼――を兼ねたミサイルマウントが接続され、そこに新型の三角柱型の空対空ミサイルが上に3発、下に2基ずつセットが2つで計7発。さらに下側の2発セットの下には長めのパイロンを使って新型の航宙対艦魚雷が1発づつ吊るされ、左右合わせてミサイル14発と魚雷4発の重装備が追加されている。

 

 さらにその安定翼の根元には仮のマウントで右側にロケットランチャーガン、左側に予備弾薬を5発強引に装備している。

 

 おまけのおまけに両者揃って足首に機体を艦体に固定するための磁力ブーツが履かされている。

 それは同時に起動して、ディバイダーを中心に重装備を施したイズミとヒカル、サブロウタと月臣、他6機のエステバリスも同じだ。

 

 本来は大規模航空戦等に備えて考案されていた重装備仕様。機動力を保てる限界まで武器を積載した「フルウェポン仕様」だ。

 今回はとにかくエネルギー消費を抑えて継戦能力を高めるために実体弾が主体の構成を採用している。とにかく使い捨ての武器で機体の消耗を抑え、使い切ったら武装やマウントは捨てていく贅沢仕様――ヤマトの台所事情ではそう何度も使えない攻撃特化の装備構成だった。

 

 「こんな重武装――流石に初めてだぜ……無駄にせず出し惜しみもしないで使うのは、ちょいと難しそうだな」

 

 「そうだね、そもそもこれって本来は航空戦用の装備で、対艦攻撃特化ってわけでもないし」

 

 本来そちらに特化した仕様と言うのが、重爆装備だ。

 大型爆弾槽に今回初お目見えになった安定翼兼ミサイルマウントを足したのが本当の重爆仕様で、今までの物は言うなれば“コスト削減版”だったのだ。

 ――単純にスーパーチャージャー完成前だと出力不足で機動力が落ち過ぎで使い物にならないから――という世知辛い事情によるのだが……。

 

 「リング損耗率40%!」

 

 「コスモタイガー隊、所定の場所で攻撃開始!」

 

 その瞬間、ガンダム2機を含めたコスモタイガー隊の任務が始まった。

 ガンダム2機はカタパルト運搬路を自力で移動してハッチから飛び出した後、閉じられたハッチの上に陣取って“固定砲台”となった。

 残った他の機体も、解放された2つの発進口のハッチの上に陣取ってこちらも固定砲台となる。

 新生ヤマトは艦載機発進時、防御シャッターで格納庫とカタパルト内部が隔離される構造になっているからこそ出来る変則的な手段だ。

 通常空間ならまだしも、エネルギー問題が深刻なこの空間ではヤマトと並走した突破作戦は難しい。

 

 だが“ヤマトの上で砲台になるくらいは出来る”。

 そうすれば推進装置でエネルギーを消費しなくて済む。ヤマトのフィールドも加味すれば、防御に割くエネルギーも火器に回しやすく、何より在庫を目一杯使えば大量のエネルギーパックを有線接続して使い倒せるので、重力波ビーム無しでも戦え、火器を増やせることも含めてヤマトの負担を減らせる。

 

 それに、ガンダムも辛うじてではあるがサテライトキャノンの選択肢をギリギリ残せる。

 今は少しでも攻撃の手数が欲しい。そんなヤマトの切実な事情が色濃く反映された戦法であった。

 

 

 

 ルリは、損耗率が40%を超えたリングを汗に塗れながら必死に持たせていた。

 ヤマトには常に数十にも達する重力波とミサイルが休みなく襲い掛かる。

 ヤマトの進路変更にも適切に対応し、リングがヤマトに接触しないようにしなければならないのはかなりの重労働だが、そこに攻撃に応じた適切な制御を加えるとなると――流石のルリとオモイカネも余裕が皆無だ。

 デブリを覆うフィールドの強度の調整や攻撃を受けるために密度を高めたり、リフレクトビットで反射出来る重力波は、的艦の動きを予測して反射して敵艦に撃ち返し、少しでも打撃を与えようと力を尽くす。

 

 雪達他のオペレーターが頑張ってくれているおかげで集中出来ているのが幸いだ。そうでなければここまでリングを維持して攻撃を耐え凌ぐ事など出来はしなかった。

 

 損耗率が40%を超えた為、ついにヤマトからの砲撃も開始される。

 エネルギー消費量が比較的少なく、かつ敵艦隊を構成する主力の駆逐艦型を容易く撃破出来、取り回しと連射速度に優れる副砲が主力となる。

 ――主砲は、まだ撃たない。

 

 ユリカはヤマトをローリングさせて直進させることで、強引にヤマトをトンネル状に包囲する敵艦を副砲の射界に捉える。

 敵がトンネル状にヤマトを包囲しているからこそ通用する戦法だが、この状態ではヤマトも進路変更に大きな制約が付く為長くは続けられない。

 進とゴートは、その限られた時間を最大限活用すべくそれぞれ砲撃とミサイルを分担して指示、的確に脅威度の高い標的を排除していく。

 

 全ての敵艦を相手に取る余裕は無い。進路上の障害になり得る標的だけを狙い撃ちにする。

 とは言え、折角撃沈ないし撤退に追い込んでもすぐに新しい艦が穴埋めに来てしまう。

 モグラ叩きの気分だったが、進もゴートも弱音を飲み込んで黙々と攻撃指揮を続ける。

 元々寡黙なゴートはともかく、ユリカに後継者として見込まれていると悟った進は意識して自分を押さえつけている。

 状況は最悪に近いが、ここで狼狽えているようではユリカの後継者にはなれない。それに、確実に病気が進んでいる彼女の補佐役の1人になる為にも、弱音を表に出すわけにはいかないのだ!

 

 「リング損耗率55%!」

 

 また、ヤマトの防御が薄くなった。これ以上は危険と判断した進は決断した。

 

 「主砲射撃開始だ! 目標は全てこちらで指定する!」

 

 とうとうヤマトの主砲からも砲撃が開始された。まだフィールドと併用していないだけ消費はマシだが、冥王星の時の感覚で連射するにはエネルギーが心許ない。

 通常1度の射撃で3門から撃ち出す重力衝撃波だが、今は1門づつそれぞれ別々の標的に向けて発射される。砲身をバラバラに上下に開き、1門撃っては砲塔を旋回させて次の標的に――それを繰り返す。

 さらにリングの損耗でミサイルの迎撃が追い付かなくなった事もあり、パルスブラストもリングの間隙を縫って迎撃補助に砲撃を始めた。

 

 固定砲台と化したコスモタイガー隊も必至の攻撃を展開している。

 磁力ブーツのおかげで艦体に機体が固定されているおかげで、何とか振り落とされないで済んでいる。

 改良が進んだ事や、ガミラスとの交戦データも充実してきたこともあり、遠方からでもガミラス艦に有効な砲撃に必要な出力や収束率も判明している。

 敵もヤマトに合わせて多少の改良や調整をしている可能性もあったが、どうやらまだそこまで至っていない。戦力的にヤマト程余裕が無いわけではないからか、わざわざ個別に改修はしていないようだ。

 というよりも、単独で航行しているのに頻繁に改修するヤマトが異例中の異例なのだろう。

 

 Gファルコンと合体しているガンダム2機は、収束モードの拡散グラビティブラストはさらに収束率を上げて貫通力を増し、スーパーチャージャーの追加と合わせて出力も向上している。

 流石に撃沈は難しいが、損傷させるだけならこの距離でもなんとかなるはずだ。

 そこにマグナムモードのバスターライフルと最大出力のレールカノンも加えれば、当たり所次第で撃沈も狙えるだろう。

 右舷にはダブルエックス、左舷にはGXが陣取ってありったけの火力を惜しみなく吐き出していく。あっと言う間にミサイルを撃ち尽くして、弾切れになったレールカノンも脇に落とし、ロケットランチャーガンを可能な限り最速で撃ちまくる。

 とにかく1隻でも良いから隊列から落とさなければ、と必死の攻撃であった。

 

 一方、開放した発進口のハッチに陣取ったエステバリス達も、横に2機づつ、後方に1機の並びでヤマトの死角を補う。

 カタパルトの通路には予備弾薬とそれを渡す補給担当のエステバリスに、ケーブルで攻撃担当機に繋げられた大量のエネルギーパックが置かれている。手狭でGファルコンと合体出来ないからこその苦肉の策だ。

 増産が進み10機分用意されたディバイダーを主兵装として、強引に確保したエネルギーを使ってカッターモードのハモニカ砲を絶えず撃ち続ける。

 カッター状に撃ち出された重力波は、収束モードの拡散グラビティブラストよりもフィールド突破力が高く、ガンダムにも劣らぬ打撃力をエステバリスに与えていた。

 ブリッジ等の装甲脆弱箇所に命中すれば、何とか落伍させる事が出来る。

 ヤマトに迫ってくるミサイルに対しても、コスモタイガー隊が連射式キャノンやマイクロミサイルを駆使して懸命に迎撃してヤマトの負担を軽くすべく苦心する。

 

 ヤマトはコスモタイガー隊と協力して、必死の抵抗を繰り広げる。

 だがより攻勢を増したガミラス艦の猛攻に、とうとう防御の要、アステロイド・リングは限界に達しつつあった……。

 

 

 

 

 

 

 「ヤマト、包囲網の2/3を突破しました。まだダメージを与えられていません……!」

 

 オペレーターの驚愕に満ちた報告にもドメルは特に驚かなかった。冥王星での戦いを考えれば、この程度は予想出来た。

 ヤマトが単独作戦行動を前提に建造されているのなら、自前で補給物資を得るための工場設備を持っていても不思議はない。

 ならば、自身に多少の改良を施すことも十分にあり得る。

 とはいえ、あのリング戦法の強化は著しいようだ。単に小惑星をフィールドでコーティングして展開するだけでなく、どうやら反射衛星を鹵獲して研究したであろうシステムを採用して、攻撃の反射機能を持たせたようだ。

 見事な発想力と吸収力だ。

 それに、思った以上にヤマト自身の足も速い。この分だと最高速ではこちらのデストロイヤー艦に匹敵、あるいは凌駕するかもしれない速度だ。尤も、最高速を出させるつもりは無いが。

 

 (良い指揮官だ。思い切りも良く判断も申し分ない。だが……少々経験不足だ)

 

 そろそろ、ヤマトはドメラーズ三世の有効射程に入る。

 どれ、渇を入れるためにもガミラス最強の戦艦の威力……思う存分味合わせてやろう。

 ドメルはヤマトの回避行動を予測して砲の狙いを付けさせる。狙うは艦首上甲板の主砲2基。ここで抵抗力を確実に削ぐ。

 砲手はドメルの指示に自身の技量を余すことなく発揮して、ここぞというタイミングで下された指示に一部の狂いも無く応え、主砲を発射した。

 

 

 

 

 

 

 「リング損耗率90%!」

 

 「フィールド艦首に集中展開! 残ったリングは後ろで盾にして!」

 

 消耗し過ぎて役に立たなくなったリングは後方で盾にして、艦首方向の攻撃はもうフィールドで防ぐしかない。

 展開したフィールドに次々と重力波とミサイルが命中して、強化されたはずのフィールド発生基にみるみる負荷が溜まっていく。

 あっという間にイエローゾーンに突入し、エネルギーも急速に消耗していく。

 ……元々6連波動相転移エンジンに依存したヤマトは――燃費が悪いのだ。

 第三相転移エンジンも空になって停止寸前だ。波動砲発射の為には最低でも第五・第六エンジンは維持しなければならないのに、このままではそれすら尽きてしまう!

 

 それにしても見事な艦隊運用だ。ヤマトの進路を尽く遮り絶妙に減速させて来る。

 リングの維持はとうに放棄しているのに、とても最大戦速まで加速させられない。

 ヤマトの攻撃で落伍した艦の補填も相変わらずスムーズで、攻撃の指示も見事でヤマトを的確に追い詰める。

 ユリカもフェイントを幾度も交えたが、尽く見破られている。

 手強い。冥王星基地の司令官もそうだったが……やはり百戦錬磨の強者だ、経験値では勝てない。

 

 (それでも、私はヤマトの艦長なんだ! 負けられない!)

 

 沖田艦長から受け継いだこの役目、果たせずには終われない。

 その一心でユリカは格上の相手に懸命に食らい付く。

 幾度目かの集中砲撃に対して、ユリカは右に回頭して装甲の丸みを利用して受け流す事を指示した……が。

 

 猛烈な衝撃がヤマトを襲う。ヤマトが回避行動を取り、包囲した艦からの攻撃を何とか凌いだと思った瞬間、敵旗艦からの強烈な砲撃がヤマトの艦体に突き刺さったのだ。

 銀を基調に両サイドに巨大なインテーク状の構造物と円盤状の艦橋を有する超ド級戦艦の砲撃は、舷側部程では無いがそれなりに厚いヤマトの上甲板――それも“ヤマト坂”と呼ばれる第一主砲と第二主砲の間にある傾斜部分に命中してフィールドも装甲を撃ち抜いた。

 駆逐艦とは桁違いの火力もそうだが、狙いの正確さが成した技だった。

 

 「第一、第二主砲機能停止! 第一副砲も障害発生!」

 

 「機関部にも障害発生! 出力が低下していきます!」

 

 一気に主砲2基を潰された! それどころか副砲まで……!

 

 回避行動を完全に読まれて、主砲2基を潰せるように正確な狙いまでつけられた。

 敵指揮官の能力も凄いが、それに応えた砲手も恐ろしい腕前だ。

 もう躊躇していられない。タイミングが早いが最後の手段に出る!

 

 「慣性航行に切り替え! 反転右150度! 上下角-22度! 波動砲発射用意!」

 

 矢継ぎ早に指示を出す。この状況で波動砲の発射命令が出た事に殆どの艦橋要員が驚きの声を上げたが、指示通りに準備は進める。

 こうしている間にも、あの超ド級戦艦が次の砲撃準備を整えているはずだ、それより先んじないと撃沈される!

 

 「発射と同時に重力アンカーをカットして反動でかっ飛ばします! ラピスちゃん、後何発いける!?」

 

 「2発まで保証します! それで小ワープ1回分のエネルギーも残るはずです!」

 

 ユリカの問いにラピスはすぐに応えた。ユリカは、

 

 「1発使って敵艦隊を強行突破します! 敵艦を狙う必要は無いよ!」

 

 と決断を下す。

 

 意図を理解した大介はすぐに操縦桿を捻ってヤマトを最速で回頭させ、境界面のある方向に艦尾を向ける。

 敵旗艦に無防備にメインノズルを晒してしまう形になるので、早く波動砲を発射して離脱しなければ危険だ。

 今も周りの艦艇からの砲撃が、フィールドを失ったヤマトの艦体に突き刺さっている。駆逐艦の砲撃は装甲を貫通するに至っていないが、先程の戦艦は確実に貫通する。

 しかし、無情にも発射準備が整う前に敵旗艦の主砲にエネルギーが集約していく。

 

 ――間に合わない!

 

 と思われた時、ヤマトの両舷カタパルト付近から強力なビームが敵艦隊の間隙に向けて放出された。

 

 サテライトキャノンだ!

 

 「流石ユリカ! 機転が利くな!」

 

 「だな! やっぱり準備してて正解だったぜ!」

 

 アキトとリョーコは、非常時には敵艦隊の包囲網を乱し突破口を開く最終手段として、何時でも撃てるようにと準備だけは怠らなかった。

 発射に必要なエネルギーを確保すべく、専用エネルギーパックからの供給量を抑え、限られたエネルギーの遣り繰りは――決して楽ではなかった。

 実際、消費も激しかったので出力は普段の5割程度の出力だったが、発砲出来たのは奥の手を残すべく苦心した2人の手柄である。

 

 サテライトキャノン発射の兆候を確認して回避行動を優先した敵旗艦の砲撃は明後日の方向に飛び去り、千載一遇のチャンスを逃した。他の艦艇も回避を優先した結果、巻き込まれた艦はゼロだったが包囲網を乱してしまう。

 

 最初から当てるつもりはない! 連携を乱して隙を作るのが狙いだ!

 

 艦載機発着口のハッチを閉じ、残ったエネルギーで転がり込むようにカタパルト運搬路に滑り込んだガンダム2機を含め、コスモタイガー隊の格納を完了した。

 

 「波動砲――てぇぇぇっ!!」

 

 「発射ぁぁぁぁっ!!」

 

 これ以上は無い、そう断言出来るほど高速で発射準備を完了した波動砲が火を噴いた。

 ヤマトの艦首からタキオン波動バースト流が勢い良く放出され、艦首前方に伸びていく。同時に、本来反動を吸収してヤマトを空間に固定する働きの重力アンカーがカットされた事で、木星での試射の時同様――ヤマトは波動砲の反動で後方に吹き飛ばされた。

 

 そう、木星での経験を踏まえて発案されていた一か八かの切り札である。

 

 メインノズルすら遥かに凌駕する推進力を得たヤマトは、サテライトキャノンで浮足立った艦隊の隙間を縫ってついに艦隊の包囲網から飛び出した。

 

 推進力にすることが目的だったので、噴射圧を少しでも稼ぐべく最大収束で発射された波動砲の軸線上に敵艦は無く、ガミラス艦隊は1隻たりとも巻き込まれてはいない。

 

 だが、予想に反する形で使用された波動砲に敵艦隊の動きがはっきりと乱れる。

 ヤマトはその隙に再度反転してメインノズルを全力噴射、目暗ましにバリアミサイルを6発、第二艦橋下の艦橋砲から発煙弾を撃って全力逃走を開始した。

 

 

 

 

 

 

 「まさか――このような手段まで隠していたとはな……!」

 

 1度は驚愕に染めた顔に、今度は称賛の笑みを張り付け直すドメル。

 ヤマトは凄まじい速度で艦隊の包囲網を突破して、勢いそのままに距離を広げようとしている。

 残念だが、火力と装甲に特化したドメラーズ三世ではあの快速に追いつけそうにない。デストロイヤー艦の最大戦速でも無理だろう。

 

 「ガミラス最強のドメル艦隊破れたり――か。ヤマト……想像以上だ」

 

 ドメルは、超兵器を推進力に転用するという奇抜な発想にも、あの機動兵器用の大砲を増産していた用意周到さにも感服していた。

 流石はデスラー総統が目をかけた艦だ。

 鹵獲優先で撃沈する気持ちが弱かったとはいえ、そのわずかな隙を突けたのは最後まで諦めない彼らの執念の成果だろう。

 

 (これなら、シュルツが負けたのも頷けるというものだ。経験不足すら補う発想力に、それに従い実現を促すクルーの技量と信頼関係……見事だヤマト。やはり我らの目に狂いはなかった)

 

 「ドメル司令、追撃いたしますか?」

 

 「いや、いい。あの速力には追い付けそうにない。それよりも、損傷した艦の応急処置と遭難者の救助に全力を尽くせ」

 

 追い付けないという理由もあるが、それ以上に健闘を称える、先を見越してという意味でヤマトを見逃すことにした。

 しかし、直にタキオン波動収束砲を見れたのは今後の戦略において優位に働きそうだ。

 後は脱出の時に使用するであろう1発のデータを、境界面付近に巧妙に隠してきた観測機が捉えてくれることを願うばかりか。

 

 

 

 

 

 

 波動砲による全力逃走と言う奇策をもって辛うじて包囲網を突破したヤマトは、ドメルの意向もあって追撃を受ける事も無く無事次元の境界面に到着していた。

 しかし、伏兵があるかもしれないと警戒を強めたままのヤマトは、到着までの間交代で休息を取りながらも、気の休まる時間が一切無かった。

 

 「次元アクティブソナーに感あり……次元の境界面です」

 

 疲労をべったりと張り付けた声で雪が報告すると、ユリカはすぐに波動砲で境界面を撃つ事を指示する。

 全員が疲労困憊だった。早くこの場を脱出してワープで逃げ延びたい。

 その願いを乗せた波動砲は次元の境界面を押し開いて開口部を作り出した。

 安定翼を開き、まるで雷雲の中のような回廊を抜けて次元断層を脱したヤマトは、半ば無差別に近い緊急ワープで宙域を離脱し、何とか一息つける状況になった。

 

 

 

 はずだった。

 

 

 

 ワープ明けの直後、ユリカが倒れさえしなければ。

 

 通常空間に復帰した直後、彼女の体内のナノマシンが活性化、浸食を再開してしまったのだ。

 かつてない強敵との戦いで疲弊しきった体に、抵抗力など残されていなかったのである。

 絶叫と共に白目を向いてコンソールパネルに突っ伏したユリカを、進が抱き上げて医療室に走った。

 万が一に備えていたイネス達の懸命な処置のおかげで最悪の事態は回避出来たのだが……。

 

 「――手を握ってるのは……アキトとルリちゃんなの? ねえ、何で電気消してるの? 真っ暗で何も見えないよ。あれ? 私、ちゃんと喋れてる? 何も聞こえないんだけど……」

 

 意識を取り戻したユリカは、視力と聴力に重大な障害を抱えていた。

 ベッドに横たわるユリカの手を掴んでいたアキトとルリの顔が、傍らで見守っていたラピスとエリナと進の顔が、その報告を受けたクルー達の顔が、悲しみに染まっていく。

 

 傍らで発せられた家族の慟哭は、今のユリカには届かず、悲しみに染まりきったその顔を見る事も――叶わなかった。

 

 

 

 次元断層に落ち込むというトラブルも、ガミラス最強と謳われるドメル艦隊の猛攻撃も辛うじて切り抜ける事に成功したヤマト。

 

 しかし、度重なる苦難の連続についにユリカは大きなダメージを受けてしまう。

 

 だがヤマトよ、止まっている時間は無いのだ。

 

 ユリカの命を救う為にも、帰りを待つ地球と人々を救う為にも!

 

 人類滅亡と言われる日まで――

 

 あと、270日しかないのだ。

 

 

 

 第十四話 完

 

 

 

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第二章 大自然とガミラスの脅威

 

    第十五話 艦長不在の試練!

 

    全ては、愛の為に



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第十五話 艦長不在の試練!

 

 ガミラスによって壊滅的な環境破壊を受け、凍てついてしまった地球。

 

 その地球で自家用シェルターに入りながらも、ネルガル会長のアカツキ・ナガレは精力的に活動を続けていた。

 人員や物資の不足が目立つため色々と厳しいご時世だったが、今後の事を考えると生産活動を停止させることは論外だった。

 アカツキは最初からヤマトが失敗するとは考えていない。いや、考えないようにしていた。

 アカツキはそもそも誰かに屈服するというのが大嫌いな人種だ。例え格上の侵略者だろうとも関係ない。ネルガルが再建したヤマトは、今まで好き勝手してきたガミラスに散々煮え湯を飲ませているはずだ。そう考えるだけで明日への活力が生まれてくる。

 

 ヤマトは必ず地球を救う。かなり厳しい賭けになるだろうが、ミスマル・ユリカは愛するアキトと添い遂げるため、必ずその身を健全だった頃まで回復させ、再びアカツキ達ナデシコの仲間達に元気な姿を見せてくれるはずだ。

 アカツキはそう信じているからこそ頑張っている。

 

 「ふむ。食品と医療品の供給は何とか軌道に乗りそうだね。もう少し増やして暴動の抑制もしたいところだけど、これ以上は流石に無理か……」

 

 「はい。人は何とかなりますが、資源が乏しい現状ではこれ以上生産量を増やすのは難しいのが現状です」

 

 アカツキの秘書役を任されているプロスペクターが、対面しながら資料を読み上げネルガルの現状を伝える。

 プロスペクターの報告にアカツキも渋面を隠せない。人道的云々もそうだが、ここで多少の無理をしても恩を売っておけば、地球の復興に便乗してネルガルの発言力を増せると考えているからこその支援だ。

 木星との戦争でスキャンダルが発覚して地位を落としたネルガルにとって、ヤマトの活躍や地球の現状維持に全力を挙げて協力する事は、ネルガルの負のイメージを少しでも払拭させて明日の繁栄を得るための投資に過ぎない。

 勿論、アカツキなりに現状をどうにかしたいという気持ちがあるのは事実であるが、ネルガル会長として再びネルガルを盛り上げたいと考えるのは当然と言える。

 

 そのためにも、色々としておかなければならない事は山ほどある。

 

 「プロスペクター君、ナデシコCの改装と波動エンジン搭載艦艇基礎設計の進展はどうなっている?」

 

 アカツキは手元に開いていたウィンドウの1つに視線を移しながら、今後の作戦に関わる案件とネルガルの造船部門の進展を問う。

 1つはヤマトが地球に帰還してから使われるナデシコCの改装について。こっちはヤマトが帰艦までに仕上げる必要がある。

 もう1つは、ユリカがヤマト再建時、データベースから引っこ抜いてネルガルに提供してくれた並行世界の艦艇の情報から生み出される新造艦について。

 当初、提供されたデータにアカツキは諸手を挙げて喜んだものだ。企業のトップとしては当然の反応であろう。

 そこにイスカンダルからの支援で得られた各種データ、さらにヤマトが帰艦した後にはその運航データの全てがネルガルに提供される手筈になっている。

 

 ユリカがネルガルに提供したデータには、アンドロメダと主力戦艦の外見から再構築したシミュレーションデータがある。

 外見から推測出来る武器や、データベースに残されていた虫食いの資料のみが頼りなので、内部構造やらは未完成の代物でしかないが、参考になっている。

 今はこれらのデータを基に、こちらの技術や規格に合わせて改設計した主力戦艦の完成を目指した、下積み段階といったところだ。

 

 「それらはヤマト再建に携わり、地球に残留した技術者を中心に進行中です。新造艦についての最終決定は――ヤマトが帰艦して、ユリカさんの意見を聞いてからになるでしょうね――特に、波動砲の搭載に関しては」

 

 「まあ仕方ないよね。正直今更感があるけど、データを提供してくれたのはイスカンダルなわけで、ヤマトが太陽系を出てから軍や政府に開示した波動砲の資料は――だいぶ効果的だったみたいだしね」

 

 アカツキは皮肉気に笑う。あのデータを見た連中の顔は忘れられない。

 ヤマト再建を持ちかけられた時、その改修内容の一部について聞かされたアカツキもきっと同じ顔をしていただろう。

 

 「イスカンダル。あの星も色々あったんだねぇ。まさか、波動砲があそこまで危険極まりない技術だとは思わなかったよ……あのお偉方が、波動砲搭載艦艇の量産どころか生産にすら消極的になるとはねぇ」

 

 ヤマトが市民船に向かって発射した波動砲のデータは細大漏らさず伝えられている。

 当初は相転移砲を凌ぐ破壊作用に驚きながらも、今後の地球圏防衛の為に数隻は波動砲搭載艦――しかもヤマトのデータベースに残されていた“拡散波動砲”を開発すれば安泰だと考えていた連中が、揃って顔面蒼白になったくらいだ。

 旧ヤマトの波動砲でも凄まじい威力があり、新生したヤマトではそれを6連射可能と恐ろしいパワーアップを遂げ、その威力を地球とガミラスの双方に示したそれすら、まだ序の口だったとは……。

 

 さらに彼らを煽ったのがヤマトが太陽系を離れてから明かされたコスモリバースシステムの真実と、それに関連する対ガミラスの方針。

 すでに知らされていて腹を括っていたミスマル・コウイチロウとその腹心を除いた連中の阿鼻叫喚と言って過言ではないあの惨状。

 あれは忘れられないだろう。

 ヤマトに問い質したくてもすでに通信圏外。

 

 尤も、干渉されたくないからこそあのタイミングで明かされたわけなのだが。

 ……今は渋々とだが、ユリカが考えたプランを後押しする形で色々と動いている始末だ。尤も、冷静に考えた場合それ以外選択肢が無いというのも事実ではあり、今はヤマトがそのプランを達成した場合に備えたシミュレーションに余念がない。

 

 「まあ、どうせ最終的には保有数を制限しても造るとは思うけどね、波動砲搭載艦はさ。結局ここまで追い込まれた経験がある以上、破滅の力であっても縋りたくなるってもんだよね、人間ってさ――後は、その力をどうやって御するかにかかってるわけだけど……」

 

 「ええ。愚かではないと信じたいものですなぁ、地球人類が」

 

 そう願いたいね、とアカツキも頷く。

 

 まさしく神にも悪魔にもなれる力……。

 

 後にアカツキは、波動砲に関わる全ての技術を指して、そう比喩したという。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第二章 大自然とガミラスの脅威

 

 第十五話 艦長不在の試練!

 

 

 

 綱渡りに等しい挑戦に成功し、次元空洞に落ち込むという危機と強敵ドメル艦隊との交戦を切り抜けたヤマト。

 

 しかし、その事を喜ぶクルーの姿が見受けられない。

 

 そう、ヤマトクルーにとって精神的支えであった艦長ミスマル・ユリカが、病の急激な進行で緊急入院したせいだった。

 ただ倒れただけでも不安を煽るというのに、彼女は視力と聴力を完全に失う重大な障害を抱えてしまった。

 以前からその傾向があったのだが、誤魔化していた染料を落とした事で頭髪の半分近くが白髪となっていた事も露となり、視力を失った目は焦点が定まらない。

 そのあまりにも痛々しい姿はすぐに艦内に広まり、否応なく不安を煽っていく。

 

 さらにはユリカを凌ぐ凄腕の指揮官が登場した事も知られ、今後ヤマトの前に立ち塞がる事が想定された事も相まって、なおさら指揮官として信頼されていた彼女が倒れた事を不安視する空気が広まっていくのだ。

 

 ――オクトパス原始星団の時に薄っすらと感じられていた、ユリカへの精神的な依存が、改めてヤマトクルーに突き付けられる形になったのである。

 

 そして、ユリカが倒れた事が引き金となり、アステロイド・リングの制御やその後の探索活動の疲労もあって、チーフオペレーター・ホシノ・ルリまでもが倒れてしまった。

 

 さらに追い打ちをかけたのは航海の遅れであった。

 次元断層の中では通常空間より時の流れが早かったらしく、内部で過ごした2日の4倍に当たる、8日間もの時間をロスしていた。

 次元断層からの復帰地点も予定航路から大きく外れていたのに、やむを得なかったとはいえ無差別ワープで距離を取った事が重なって、予定されていた航路から大きく外れ、ワープのインターバル含めて10日間の遅れを生じてしまっていた……。

 

 

 

 翌日、緊急入院したユリカを見舞うため、進は右舷居住区にある医療室に訪れていた。

 ユリカもそうだが、ヤマトも次元断層内の戦闘で傷ついている。

 被弾によって使用不能になった第一・第二主砲は、第一が右、第二が左を向いた状態で停止していて、砲身も上下にバラバラの角度で沈黙している。

 まさか……1度の被弾で甲板を撃ち抜かれるとは思ってもみなかったし、その上主砲が2基も1度に潰されるとは、敵ながら手強いと戦慄したものだった。

 主砲は幸いにも回復可能な損害に留まっていた。下手をすると丸ごと損失して復旧出来ない――つまり通常戦闘での主力兵器の2/3を失ったままになっていたかもしれないと思うと、背筋がぞっとする。

 

 この程度の被害で収まったのはディストーションブロックのおかげだ。ディストーションブロックが誘爆を抑え込むことで被害を抑え込んでくれたのである。

 もしディストーションブロックが機能していなかったら……第二主砲直下のエンジンルームにまで達していたかもしれない……。

 

 ヤマトの倍近くある超ド級戦艦だけあって、火力もヤマトに匹敵する強力なものだった。

 被弾が続いて弱っていたとは言え、艦首に集中展開したフィールドを貫通し装甲全層とディストーションブロック3枚分を撃ち抜くとは、流石に駆逐艦とは桁が違う攻撃力を見せつけてくれる。

 それに、12発もの砲撃を狂いなく一転集中させて直撃させる技量は――ヤマトクルーよりも上かもしれない。

 

 主砲の修理作業はゆっくりとだが確実に進んでいて、交換部品の用意も含めて5日もあれば修理出来ると聞いている。

 真田とウリバタケによれば、制御システムや駆動ギヤ、重力下でひっくり返っても外れないようにしているロック機構が壊れただけらしい。

 第一副砲は衝撃で不具合が起きただけらしく、今は完全復旧している。

 エネルギーラインが通っている部分だけあって、ディストーションブロックが特に入念に展開されていた事に救われたらしい。

 

 それ以外に大きな損傷を受けずに済んだ要因はリフレクトビットが有用だったことと、ルリのアステロイド・リング制御が優れていたおかげだ。

 とはいえフィールドを喪失したヤマトに敵駆逐艦の砲撃が直撃し、艦体には数十の弾痕が刻まれている。

 その際運悪く第三主砲のバーベッド部分にも直撃弾があり、第三主砲も機能停止に陥っている。こちらも砲塔が左後方を向いたまま砲身がバラバラの角度で停止している。回復には3日を要すると報告を受けた。

 そのため、今ヤマトは対艦戦闘の要である主砲3基を全て損失した状態にあり、戦闘能力を著しく落としていた。

 

 幸いミサイルを撃ち尽くす前に波動砲を利用しての撤退に移ったため、副砲と合わせれば数隻程度の小規模な艦隊なら何とか戦えなくはないと言った感じだった。

 準備だけはしていた信濃の遠隔操作による波動エネルギー弾道弾の発射も、結局実行されなかった事で丸々24発残っている。

 主砲に比べると信頼性は劣るが、無いよりは遥かにマシだった。

 

 ワープで逃走した後、幸運にもヤマトはガミラスの部隊に遭遇することも無く航行出来ている。

 どこかの惑星に立ち寄りたい所なのだが、銀河を離れ、恒星系が航路上に無い今はそれもままならない。

 ただ、次元断層内で資源を回収出来た事で修理用の資材には困らずに済んでいる。今は、大急ぎで補修部品の生産とリフレクトビットと反重力感応基の補充が行われている。

 

 アステロイド・リングはともかくリフレクトビットは単体でも使えるので、今後の防御の要として期待を寄せられる成果を得たと言っても過言ではない。今後は制御プログラムも含めて改良を進める事になるだろう。

 だが、進はそれに関心を持てる状態に無い。

 

 「……お母さん――」

 

 ヤマト農園で取れた美しい花を片手に訪れた進の眼下には、酸素マスクを付けられ、薬品を体内に送り込む管が何本も腕に刺さったユリカが眠っている。

 何時もにこやかに笑っている顔は青褪めていて、そっと頬や手に触れてみるとひんやりとした感触――まるで、死体のようだ。

 かつてナデシコCで倒れた時と違って呻き声を発さず、薄眼も開けずに昏々と眠り続ける姿に、よりも容態が深刻なのだと嫌でも思い知らされる。

 

 進は持ってきた花をベッドサイドの花瓶に挿す。

 ――花瓶には、アキトら家族が――そして他のクルー達が見舞いに来る度に1輪づつ持ってきたのであろう、花が束と刺さっていた。

 ――これだけで、彼女がどれほどクルーに慕われていたのかが良くわかる。そういえば、進が花を貰いに行った時、随分と閑散としているなと思ったが……全部、彼女の見舞いに使われていたのか。

 

 意識を取り戻してそれほど立たない内に再び意識を失ったユリカは、そのまま昏睡状態に陥った。

 その後行われた検査の結果、彼女の視力を回復する手段は無い事がわかった。視神経が完全に破壊されているらしい。聴覚も同じだ。

 他にも体温の調節機能に異常をきたしているらしく、今も体温調節のため常に監視体制を維持しなければならなくなっている。

 筋力の低下も一段と進んでいるようで、もう自力で歩くことも出来ないと聞かされた。

 

 予想を上回る状態の悪さににアキトもエリナも顔面蒼白で、ルリはその場で崩れ落ちて膝をついて床で泣き伏し、ラピスは気を失ってしまった。

 航海班――特に責任者の大介は、自身が立案した長距離ワープの挑戦のせいでヤマトが次元断層に落ち込んだのではないかと責任を感じて、苦しんでいる。

 

 今、ヤマトはクルーの精神がボロボロの状態にあり、到底戦闘に耐えられる状態にはなかった。

 

 

 

 

 

 

 ヤマトクルーが意気消沈している頃、ドメルは艦隊を率いて次元断層を飛び出し、早速デスラーにヤマト遭遇の報を知らせていた。

 他のクルーには聞かれぬように最大限の防諜を施してから、通信室で1人パネル越しにデスラーと向き合う。

 自身の執務室で連絡を受け取ったデスラーは、思いの外早いドメルとヤマトの邂逅がどのようなものであったか、詳細を求めていた。

 

 「そうか、ヤマトと一戦交えたか……」

 

 神妙は面持ちで報告を受けるデスラー。秘匿回線を使った1対1の話なので、互いに本音でのやりとりとなる。

 

 「はい、聞きしに勝るとはまさにこの事でした。改めて、素晴らしい艦です。それに、ヤマトは自前の工作設備を有していて、航行しながらでも艦の機能や装備の改良を続けている事がこの交戦から伺えました。2ヵ月前の冥王星での戦闘時に比べると、戦術もさらに洗練されているだけでなく、こちらの意表を突く事を目的としているであろう新装備の投入も行っていました」

 

 ふむ、とデスラーは軽い驚きを覚えた。

 単独航行をするのであれば、工作艦としての機能も多少なりとも有していてもおかしくないとは考えていたが、まさか自己改良まで行える規模と設備があるとは。

 出来ても、修理と補給が精々だと考えていたが、ヤマトは思った以上に多種多様な機能を有している。

 重ね重ね、敵に回したくないタイプだ。大規模な工廠と豊富な人材を使える国軍には及ばないまでも、以前の交戦データを基にした戦術を新しい装備で覆される危険性があるという事か。

 ただでさえタキオン波動収束砲という厄介極まりない装備を持つ艦艇なのに、ますますやり難い。

 

 だが、だからこそ惹かれる。

 

 「それに、タキオン波動収束砲をこの目で直に見れた事も幸運でした。次元断層の境界面に向けての発砲も観測出来ましたので、その生データをすぐにでも本星に届ける手配をします。こちらで見た限りでは、やはりあのカスケードブラックホールに対して有用な破壊手段となり得ると思われます。ただ問題は、エネルギーが引き摺られて仕損じる可能性が依然残る事でしょうか」

 

 ドメルの報告にデスラーも頷く。出来ればヤマトには、もう少し観測出来る状況下でタキオン波動収束砲を使って欲しい所だが、それで艦隊に大損害を出すのは本末転倒。少し方法を考えるべきか。

 自軍への被害を抑えつつ、タキオン波動収束砲を使わせる――使わなければならない状況に追いやる手段を。

 

 「また、連中はタキオン波動収束砲で我が艦隊に損害を与える事よりも撤退の方を優先していました。おかげで包囲網の中心で撃たれたにも拘らず、我が艦隊に被害はありませんでした。例の人型の戦略砲も同様で、これ見よがしに発射準備をして発砲と……最初から回避行動を誘発させて徹底を確実にするための布石としてしか使用しませんでした」

 

 流石のドメルも大砲の反動で艦を離脱させるとは思いもしなかった。

 ガミラスにはあそこまでの反動を有する艦載砲も無いし、艦隊決戦兵器であろうタキオン波動収束砲を逃走の為の推進力として使うとは……中々頭の柔らかい指揮官だと思う。

 その使い方があると知った今であっても、本来の攻撃用途に使うのか推進用途に使うのかを見極めるのは極めて難しいし、その両方を同時にこなす事が出来るという意味では、あの突撃戦法と同じような厄介さがある。

 本当に色々と戦い難い艦だ。単艦でガミラスを退けてイスカンダルに行こうとするだけの事はある。

 多種多様な状況を想定した様々な装備を、数の不利を埋めるための柔軟な発想で使われるのがここまで厄介だったとは。

 被害を鑑みず力押しですり潰すのなら勝てない相手ではないが、移民船団護衛の為の戦力を確保しなければならない現状でそれは現実的ではない。

 如何に強大なガミラスと言っても、物量には限度がある。

 

 「ほう……意図的に当てなかった、という事か。ドメル、君なら同じ状況に置かれた時どうする?」

 

 「タキオン波動収束砲の方は、同じ判断をしたでしょうが、人型の方まで含めて外したのは犠牲を極力払わないようにしたいという考えに基づいての物と考えられます。恐らく、彼らは大量破壊兵器に物を言わせて我を通す事を嫌っているのでしょう――やはりヤマトは、総統の眼鏡に叶う相手と見ました。ですので、今後の対ヤマトの方針に関しましては、総統の意向を尊重したいと思います」

 

 ドメルの話を聞いて、デスラーは少し考えた後「君の考えている決戦までは適度に泳がせて構わない。ただし、バラン星には近づけるな」と告げた。

 最終的な判断を下すには、まだヤマトのデータが足りない。

 

 いや、ガミラスの立たされた苦境を考えるのであれば何としてでもヤマトを掌中に収める事を考えるべきだろう。

 恐らくヤマトなら、カスケードブラックホールを破壊するに足る力がある。

 そしてヤマトを手に入れれば、地球も得る事が出来るのだ。

 

 ……だが侵略者である限り、ヤマトは決してガミラスには屈しはしないだろう。万が一一切の抵抗が出来なくなったとしたら、鹵獲されるよりも自決の道を選ぶかもしれない。

 スターシアと共感した指導者が、ガミラスにヤマトを渡す道を選びようが無いのはわかりきっている。

 となれば、利害関係の一致による一時的な共闘かさもなくば――和平による共存の道を選ぶしかない。

 

 だがそうすれば、恐らくデスラーが求める「大宇宙の盟主」たる大ガミラスの存在は夢と消える。

 どのような理由があったにせよ、辺境の惑星の戦艦1隻に屈したとあれば、ガミラスの影響力は地に落ちる。

 今まではその軍事力を警戒して静観していた星間国家も、こぞってガミラスを屈服させに来るであろう。

 

 そして、それは地球も同じはずだ。ヤマトは地球そのもの。ならばヤマトに屈するという事は、地球に屈する事に等しい。

 どれほど強力で敬意を持つに相応しい存在であっても、戦艦1隻に事実上敗北するなどあってはならない大失態だ。

 そうなったらもう、ガミラスは誇りを取り戻せない。

 

 それだけは断じて許してはならないのだ。

 デスラーは偉大な祖国を弱者にするつもり等毛頭ないのだ。

 

 確かにヤマトには共感を示しその偉大さを認めているが、地球人そのものに対しては不信が残る。

 つい最近まで内紛が発生していたこともそうだが、その原因が調べた限りでは100年も前の事件が原因だというではないか。

 そんな過去の怨恨を何時までも引きずるような文明に、信を置く事など出来ない。

 デスラーにとって地球人とはそういうものでしかなかった。だから事情を打ち明けての共存ではなく侵略による略奪を方針とした。

 あんな野蛮人相手に下出に出る程ガミラスは落ちぶれていない。そしてそんな野蛮人の国相手では――協議している間にガミラスは取り返しのつかない事になる。

 

 デスラーとて、スターシアの考えが全く理解出来ない訳ではない。

 力に溺れ、破壊と略奪にのみ明け暮れる蛮族に成り果てるつもりは毛頭ない。が、デスラーは戦いの中に生命の美しさを見出し、戦いの中にあってこそ命とは煌びやかに美しく輝くものだと信じて疑わない。

 そして、その戦いの対価として祖国も繁栄していっているのだ。

 

 ……それは、デスラーのやり方が正しい事の証左ではないのだろうか。

 力によって得られる絶対の自信こそが、宇宙に平和をもたらすのではないのだろうか。

 そう、デスラーはスターシアが言う所の「人同士の愛」という感情を理解し切れていないのだ。

 祖国を宇宙の盟主としたいのは愛国心と理解しているが、デスラーには人同士の繋がりの「愛」が理解出来ない。

 スターシアには敬意を抱いているが、それが「愛」なのかは自分でもよくわかっていないし、他に心惹かれる異性や執着する何かがあるわけでもない。

 

 だから彼は、自身の美学に則った指導者としての振る舞いが何よりも優先される。

 

 それに――ガミラスは侵略のみで勢力を広げたわけではない。武力が背景にあるとは言え、交渉によって傘下に入れた星もあり、同時にその武力の庇護下に入ろうと自ら進んで傘下に入った星も多い。

 そう言った星々にはガミラスの植民星となる事を条件に支援も行い、可能な限り紳士的に応じてきた。勿論不必要な搾取も圧制も敷いてはいない。反乱を起こされても面倒だったという理由もあるが、スターシアの言葉に引っかかりを覚えたからでもある。

 

 そう、それほど宇宙には戦乱が巻き起こっている。調べた限りでは、あの天の川銀河の中でも特に星の多い銀河中心方向で活発に領土拡大の為の戦乱が起こっているようだ。

 そういう意味では、地球はガミラスと戦わずともいずれそれらの軍勢と争い、敗北していたはずだ。

 

 あの宇宙戦艦ヤマトが無ければ。

 

 デスラーの苦悩は続く。

 力が無ければ何1つ成すことは出来ない。それはガミラスの在り方が立証しているはずだ。

 あのヤマトですら、力が無ければ太陽系内のガミラスを排し、銀河の海原へ進むことは出来なかった。

 しかし、戦う目的も力を振るう理由も同じであるはずなのに、ヤマトにはデスラーすら魅了する別の何かがある。

 それがスターシアが語った「ミスマル・ユリカ艦長は愛する家族の為に戦っている」事と繋がっているのかが、気になる。

 そんな個人的な思惑が、国を救うに足る原動力になり得るのか。

 

 人に向けられる「愛」というものが、「国家」を救うに足る力だというのだろうか。

 

 すでに天涯孤独の身となって久しく、幼いころからそう言った感情とは遠い権力抗争の世界で生きてきたデスラーにはどうしても理解し難い。

 もしかしたら、ヤマトと手を取り合いミスマル・ユリカという人物に接触すれば、それがどのようなものなのかわかるのかもしれないが、個人的な願望で国を犠牲には出来ない。

 ヤマトに「敗北」することでガミラスが地球に「屈してしまう」。それだけは避けたいが、何か落としどころが無ければヤマトと和解は出来ない。

 

 果たしてデスラーは、ヤマトに対してどう対処していけばいいのだろうか。

 普段ならばすぐにでも「排除」を決められる程度の案件に過ぎないはずなのに――彼は、答えに窮していた。

 

 

 

 一方ドメルも、今のやり取りでデスラーが個人の思惑としてはヤマトと直接語り合いたがっていると悟り、今後の方針に幾らかの修正を加える必要があると考えた。

 

 ドメルとしては、またとない強敵としてヤマトと全力で戦いたい願望があるが、それは国家に忠誠を誓った軍人の本分に反する。

 ドメルはデスラーからイスカンダルとのやり取りまで含めた、ヤマトに関する詳細な情報を渡されている。

 これは最前線で実際にヤマトを量る上で必要という配慮だ。政治面まで含めればヒスやタランにも詳細を打ち明けるべきだろうが、彼らはデスラーと知っている事に変わりがない。

 ヤマトを推し量るその役目は、最前線でヤマトと直に戦える立場にあるドメルにしか出来ない。

 ヤマト相手に対等に渡り合える指揮能力を有するドメルにしか出来ないのだ。

 

 ヤマトを試すべく、ドメルはゲールに任せた策の他にも1つ仕込みをしてあったのだが、どうやら変更を加える必要は無さそうだ。

 デスラーから許可も出たので、ドメルが考えている七色混成発光星域――通称七色星団での少数先鋭の艦隊決戦以外でヤマトの撃破を狙う必要は無いだろう。撃破を狙う罠を張るのならそこがヤマトの航路上にあって最適であるし、下手に挑んで無用な犠牲も出す失策も犯したくはない。

 

 しかし、七色星団に誘い込めたとしても勝利のためには兵器開発局に依頼した対ヤマト用の装備と、長年ドメルが温めていたアイデアが形になることが必須だ。進展の具合は悪くないと聞いているので、ヤマトのワープ性能を考えれば何とか間に合うだろう。……途中で劇的に改良されなければ、だが。

 

 ヤマトに勝つには、タキオン波動収束砲を封じて一発逆転の可能性を奪って精神的打撃を与えつつ、十分な攻撃力を持った航空部隊と艦隊の連携による柔軟で休む間を与えない飽和攻撃を仕掛ける必要がある。

 

 それによって最大の弱点であろう、持久力の乏しさを突かなければ。

 

 推測を孕んだ部分は大きいが、根本的な技術力で劣る地球で完成された事と、初期に見られたトラブル、そして交戦した際のヤマトの行動を鑑みるに――もしかしなくても、こちらの艦艇に比べてエネルギー効率が悪い可能性がある。

 ガミラスに比べて地球の技術力が未熟なのは疑いようが無い。

 故に大出力を必ずしも効率的には使えておらず、図らずも短期決戦に特化してしまった可能性が考えられる。

 

 そう考えると、シュルツが敗北したのはヤマトを相手取るには戦力――特に航空機との連携した艦隊行動が出来なかった事と、想像を絶した威力に恐れ戦き、短期決戦を求めてしまったプレッシャーによるところが大きいのだろう。

 

 それにしても――。

 

 ドメルは思う。

 あのデスラーがこうも心を惹かれるとは、予想だにしていなかった。

 ドメルは妻も子もいるので、デスラーが理解出来ないでいる人同士の「愛」については理解しているし、デスラーからミスマル・ユリカ艦長の戦う動機と聞かされた時、むしろ納得したくらいだ。

 要するに、誰かを愛したら愛した誰かの愛する人も大事になり、そうやってどんどん輪が広がっていって――やがて世界すらも愛おしく思うようになるといった具合だろう。

 ある種典型的な博愛主義とも言えるかもしれない。

 ドメルも似たようなものだった。だから気持ちはわかるし、ヤマト相手に油断が出来ないと強く実感したくらいだ。

 

 デスラーは……そういう意味では幼き頃から政争の只中にあり帝王学を徹底的に叩きこまれた人生であった故に、理解出来ないのだろう。

 親の跡を継いでガミラスの総統となり、個人的な美学を挟むことはあるものの、その力はガミラスという国家の繁栄の為だけに向けられている。

 

 そういう意味では、少々失礼ながらデスラーを哀れに感じる事はあった。彼の父は徹底した現実主義者であったし、暴力によって権力を拡大していくのに躊躇がない人物だった。

 彼の母も、夫に逆らえない大人しい性格かつ政略結婚だったので、「愛」というものを感じ難い家庭であったことも災いしていたのだろうか。

 

 もしかしたら、ヤマトがガミラスの妨害を跳ね除けガミラスに肉薄したとしたら……ガミラスは転換期を迎える事になるのかもしれない。

 ドメルは何となく、そんな予感がした。

 

 しかしまずは、次元断層を脱したヤマトの現在位置を調べねば。

 タキオン波動収束砲を使った脱出は、次元回廊の形成においてガミラス以上に遠距離に出現する可能性が高い。それにワープを重ねれば、恐らく予定されていたであろうイスカンダルへの航路から大きく外れているはず。

 早く捕捉しなければ。用意していた罠が使えなくなるのは少々具合が悪い。

 データを得るために、ヤマトにはどうしてもあの罠を通過して貰う必要があるのだから。

 

 後は、そこでゲールが早々に戦死などと言う失態を踏まない事を切に願う。

 彼にはまだまだ働いて貰わねばならないし、自身の策で無駄死にを出すのはドメルの美学にも反する。

 ドメルは拭い切れない不安を抱えながらも、ゲールの無事を祈るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 ユリカの見舞いを終えた進は、第一艦橋には戻らず艦長室に足を運んでいた。

 今は住民たるユリカが医療室に入院しているため誰もいない。

 本来なら、立場的に進が容易に入れるような場所ではないのだが、ユリカに戦術指南をしてもらう事が度々あった進は“息子”になる前からフリーパスで入室出来ていた。

 

 「古代進、入ります……」

 

 誰も居ないと承知しているのについ断ってしまう。それは、家主が居ないのに勝手に足を踏み入れる申し訳なさや、弱気になった自分に対する嫌悪が含まれていた。

 ドアノブを捻って扉を潜ると、見慣れた艦長室の光景が目に飛び込む。

 ――足りないのは、ユリカの姿と彼女が生み出す心地良い喧騒だけだ。

 

 「……」

 

 進は言葉も無く室内を進み、普段ユリカと他愛も無い会話をする時に良く座る、艦長室右前方に備え付けられた椅子に座る。

 ――普段なら、進の右隣に艦長席に座ったユリカが居て、他愛の無い雑談を楽しんだり戦術シミュレーションで指導を受けたり……。

 ヤマトに乗ってから、進にとっても最も楽しく安らいだ時間だった。ユリカを中心にルリが居て、ラピスが居て、アキトが居て――そして雪が居る。

 

 進の今の人間関係の殆どが――ここに集約されていた。ユリカの傍らに。

 

 「――っ!」

 

 寂しさが胸に広がり目頭が熱くなる。つい弱音を吐きそうになった自分が嫌になる。

 ユリカは自分を見込んで――こんな未熟な自分を後継者として弱り切った体で育ててくれたというのに。

 

 ここで弱音を吐いたら――ユリカの努力を……想いを無駄にしてしまう!

 

 そう思い直った進は、寂しさを振り切る為に艦長室を後にしようと踵を返したところで「ガコッ」という不審な物音を聞いた。

 振り返ってみると、何時も進が座っている椅子の傍にある引き出しが開いていた。

 電子ロックで封じられていたはずの引き出しが独りでに開くなんて――。

 恐る恐る空いた引き出しを覗くと、ファイルが1冊入っていた。結構厚い。そしてその奥には、何やらレリーフの様な物も見える。

 

 「これは――」

 

 手に取るか悩んだが、進は意を決して引き出しの中に置かれていた分厚いファイルを手に取る。表表紙には何も書かれていなかったが、表紙裏には「古代進へ」とユリカの字でメッセージが書かれていた。

 

 『古代進へ このファイルを手に取っているという事は、私はすでに艦の指揮を執れなくなっている状況にあるはずです――』

 

 出だしはそうだった。メッセージを読み進めていくにつれて進の表情が険しくなる。

 そしてそのままやや乱暴な手つきで中の資料を次々と読み漁っていく。

 ファイルを捲る度に、指が震える。

 額に汗が浮かび、喉が渇いてごくりと唾を飲みこむ。

 胸の内で沸き上がる感情に呼吸も細くなる。

 

 ――2時間ほどかけてファイルを読み切った進はがくりとその場に膝をつき、ファイルを胸に抱えて恥も外聞も無く大泣きした。

 

 まさか……まさかこんな真実が隠されていたなんて――!!

 

 進は自身がイスカンダルに抱いていた不安が的中していた事を理解した。

 

 そう、イスカンダルは確かに地球の為に力を尽くしてくれていた。それはまぎれない事実であったのだが――そこには事態が収拾されるまで到底明かす事が出来ないであろうとんでもない事実が含まれていた。

 そして進の予想通り、ユリカは、アキトは、エリナは、イネスは――その全てを承知の上でこの旅に挑んでいた。

 ようやく合点がいった。どうしてユリカが進を育てるのに躍起になっていたのか。どうして、ジュンやルリではいけなかったのか。

 

 進は全てを理解した。否応なく理解させられた。この旅の先に待つ試練を。

 

 進は感情の全てを吐き出した後も、しばらくその場に蹲って動けなかった。それくらい、衝撃的な事実だった。

 この内容に嘘はないだろう。ユリカが自分の為に――旅の途中で指揮を執れなくなった時、イスカンダルに辿り着いてなおガミラスの脅威が払拭出来なかった時に備えて残してくれた資料だ。

 

 この資料が正しいのであれば、ユリカが助かる可能性は――健康でアキトの子を産めるような体に戻れる確率は――5%にも満たない。

 だがファイルにはその成功率を上げるための手段も書かれている。それは、ユリカが重病を押して艦長になった理由にも繋がっていた。

 

 「全てを最善の結果で終わらせるには……」

 

 進はファイルを胸に抱いたままゆらゆらと立ち上がる。

 

 「俺が……俺がしっかりしないと」

 

 決意も露に顔を上げる進。もう彼は泣いてはいなかった。

 同一視されるのは不愉快にも思えるが、やらねばならない。

 かつてこのヤマトと共に戦った、“古代進”に倣って。

 

 「そう言う事なんだろ……ヤマト」

 

 引き出しのロックを解除して進に知らせて張本人であろう、ヤマトにそう語りかけていた。

 視線の先にはファイルで隠されていたレリーフがある。

 

 ――それは初代ヤマト艦長にして、並行世界の進にとって父親代わりだった――沖田十三のレリーフだった。

 

 

 

 「――大体こんなところかしらね。微調整は必要だけど、方向性としてはこれで良いと思うわ」

 

 機械工作室で真田とイネスとウリバタケの3人は、今後必要になるであろうある物品の設計と生産の為、ヤマトの修理作業の合間を縫って話し合っていた。

 

 「これでいけるでしょう。幸いにも、フラッシュシステムに関してはヤマトの意志の発現で、効果が立証されてますからね」

 

 口に出して「妙な事だ」と思いながらも、不思議と大きな違和感は感じない。

 ヤマトとは他のクルーに比べて1年程長く付き合っている。

 初めて出会った時、この艦は自沈によって2つに折れ、スクラップと形容するしかない無残な有様だった。

 

 真田は合理的な人間なので、当初はテクノロジーを回収した後はヤマトの残骸を資源に新しい艦艇を建造すべきだと主張したのだが、ユリカに「ヤマトを復活させなきゃ意味がない」と言われて早々に撤回する事にした。

 流石に無茶が過ぎるし、地球の状況の悪化を鑑みるに出来るだけ早くガミラスに対抗出来る戦闘艦を用意すべきだとは思ったが、恩人たるユリカの意向は極力汲みたかった。

 

 思い返すのは5年前の12月。世間はクリスマスに騒いでいる時期で、真田は大学の卒業後の進路で色々と悩んでいた時期だった。

 大学の研究室に残るというのも考えたが、それでは自身の目的を果たせないのではと考え、出来れば企業の研究開発に携わる部署に付き、行く行くは自分の信念に基づいた結果を世に出していきたいと考えていた時期だった。

 

 真田はそんな思いを抱いて様々な企業を巡り、あの時は丁度ヨコスカを訪れていた。

 

 そう、ボソンジャンプの研究を察知してそれを妨害すべく、初めて木星のジンシリーズがその威容を現した、あの日だ。

 あの時、事態を収拾したのがナデシコである事は真田も知っている。テツジンを無力化し、相転移エンジンの暴走でヨコスカを滅しようとしたマジンもボソンジャンプで連れ出してくれたことで、真田は命拾いをしたのだ。

 

 そのナデシコの艦長がユリカであったこと、ボソンジャンプを実行したのがアキトだと知ったのは戦争が終わってからの事で、守が教えてくれたのだ。彼も偶然知ったと言っていたが。

 だから、世間でどう言われようとも自分の命を救ってくれたナデシコとそのクルーへの感謝を忘れた事は無い。

 それ故に、何気なく見た新聞の記事で2人が死んだと報じられた時は酷く落胆したものだ。

 あの2人がラーメンの屋台を営業している事は知ったので、近い内にお礼も兼ねて食べに行こうかと思っていたのだが……。

 

 真田が2人の生存を知り、叶わぬと思っていたユリカとの対面を果たせたのが――あのヤマトのドックだったのだ。

 丁度、ネルガル傘下の家電メーカーに就職して研究職に就き、メキメキと頭角を現した真田をネルガル本社がヘッドハンティングしたのだ。

 落ち目だ何だと言われながらもナデシコの建造元という事で興味があったネルガルなので、その関連企業に就職した真田であったが、スカウト先では兵器開発の職に就く事を要求されたので非常に悩んだものだ。

 

 真田は自身の技術と知識が、直接的に人を不幸にするであろう兵器関連に使われる事は望ましく考えていなかった。だが、自分の命を脅かしたのも兵器なら、救ったのもまた兵器だった事も理解している。

 確かに兵器は直接人を殺めるために造られる存在ではあるが、それで護られる人も居るのだという事を身をもって味わった。

 

 勿論、それはその兵器が他者に向けられ、その命を刈っているからこそ成立しているという事も理解した上で。

 

 大いに悩んだ結果、真田は了承した。

 かなり熱心に口説かれた事もそうだが、やり取りの中でついアキトとユリカの事を口にしてしまった際、「これから貴方に働いて欲しい場所でなら、会えるかもしれませんよ」と言われた事が決め手だった。

 最初は「あの2人は事故で死んだはず」と、軽々しく嘘を口にした眼鏡をかけたちょび髭の男性に憤慨したものだが……。

 

 「いえ、嘘ではないのです。まだ公表されていませんが、実は――」

 

 プロスペクター、と名乗った男性が語った衝撃の事実に真田は絶句して、強く拳を握り締めて憤った。

 真田にとって最も許せない手段を平然と取りながら、「全ての腐敗の敵」などと宣ったあの恥知らず共に、真田は頭が真っ白になる程の激情を露にしたものだ。

 それに、真田をスカウトしに来たのは折しも突然出現した侵略者――ガミラスの存在も大きく、強大なガミラスに対抗するためにも真田の知恵と技術を借りてより強力な兵器開発を行いたいと言われ、ついに真田も重い腰を上げたのだった。

 

 その結果、望みながらも果たせぬと思っていた、運命的な出会いを果たしたのである。

 

 だから、真田はユリカの意向を最大限に汲み取ってヤマト再建に協力した。そういう意味では恩返しを兼ねていたと言っても過言ではないだろう。

 ヤマト乗艦を志願したのも大体それが理由だ。再建に最初から関わっている真田にはこの艦の機能の全てがわかっているし、どのような形であれ彼女の乗る艦に乗りたかったのだ。

 まさかそこで守の弟と同僚になるとは思ってもみなかったし、復讐者に墜ちていたアキトが出航直後に彼女の元へ帰ってくるとも考えてはいなかったが。

 

 「ヤマトの意思が発現――か。改めて口に出すとおかしな気分ね。日本には古来から、付喪神という伝承みたいなものがあったけど……ヤマトが260年前の戦艦大和の改造で生まれた艦と言うのなら、長い年月を経て霊性を得たと考えるのもありかもしれないわね」

 

 科学者の言う事じゃないでしょうけど、とイネスは自分なりの見解を告げる。だが、真田はその考えが嫌いではなかった。

 

 「確かに科学者とか技術者の言う事じゃねぇけど……そういうオカルトは嫌いじゃないぜ。モード・ゲキガンフレアと言い、ますますアニメチックになってきたな」

 

 つい今し方仕上がった図面を掲げ、惚れ惚れする様にねめ回すウリバタケの姿に真田とイネスは軽く引く。

 図面の内容が内容なのではっきり言って危ない人だ。まごう事なき変態だ。おかしな改造を追加されないように監視を強めねば!

 

 (しかし、これが完成して機能さえすれば……艦長の助けになるはずだ。艦長……アキト君やルリ君やラピス君、古代の為にも負けないで下さい――)

 

 とにかく、まずは例の品に手を加えて試作品としよう。

 真田は科学者として、必ず人の幸せのためになって見せると、意気込みも露にヤマトの整備と並行してユリカの為の品を作り始める。

 イネスはそんな真田の傍にそっと寄り添って、自分の仕事を疎かにしない程度に手を貸すのであった。

 

 

 

 「――もしかして、俺って邪魔なのか?」

 

 少し離れた所で良い雰囲気(?)な真田とイネスを見て、少し居心地を悪く感じる。

 

 ちなみに開発が決定したユリカへの支援物資は物がものなのでついつい妙な興奮をしてしまったが、想定通りの機能を発揮すれば日常生活には何とか支障をきたさずに済むはずだ。

 病状の進行を止める事は技術者のウリバタケには叶わないが、こういった支援は出来る。

 ナデシコ時代からの付き合いだし、あの2人の結婚の際は既婚者として色々協力したし、ウリバタケはこういった時簡単に人を見捨てたりするような薄情な真似は決してしない。

 

 ――家族を保護して貰った恩もある。

 

 ガミラス戦が始まってからあまり間を置かずに生まれた3人目の我が子を養うのは、地球の荒廃が加速度的に進んでいるこのご時世ではそれは厳しいものだった。

 

 ヤマト計画の一部であったダブルエックスの開発に参加した時は、相応の手当ても貰えたので本当に助かったものだ。

 何とか家族を養えたのはこの計画への参加が大きく、この時ばかりはネルガルの存在に感謝したが、「再建前におかしな改造をして欲しくない」とヤマト再建計画から締め出された事や、家族の事を思ってユリカが意図的に声をかけなかったと聞かされた時はそれは憤慨したものである。

 

 自業自得と周りからは言われたが。

 

 ともかく、必要とされていると感じてヤマトに乗ったが、内心家族を置き去りにすることに罪悪感が湧かない訳ではない。木星との戦いや火星の後継者との戦いとは状況があまりにも違い過ぎる。

 今生の別れになる危険性は――今までの比ではないのだから。

 

 だからせめてもと思い、ヤマト発進前にウリバタケからネルガルに保護を頼み込んでいたのだが、返ってきた答えが「もう艦長に頼まれて準備してるよ。心配しなくても帰って来るまで面倒見てあげるから、頑張ってきてよ」と、アカツキ会長に太鼓判を押されて拍子抜けしたくらいだ。

 ウリバタケはそれを聞いた直後、ユリカにお礼を言いに行ったのだが「太陽系を出る時にみんなに教えるから、それまで黙ってて下さいね」と言われたので約束通り黙っていた。

 

 結果があの大盛況に終わったお別れパーティーだ。

 そう言った経緯があるので、ウリバタケは一気に打ち解けた真田とも協力してヤマトに航空隊の改良に勤しみ、こうして合間を縫ってユリカを支える物資の制作も行っている。

 

 ユリカが示した条件を考えると、ユリカやルリらナデシコの元首脳陣がヤマトに乗る以上、その“友人”という立場にあるウリバタケ一家はウリバタケがヤマトに乗らずとも保護対象になる。

 その事実に行き着いたウリバタケは、技術者として不審がられた事には憤慨したが、友情を大切にしてくれたユリカに対しては感謝せずにはいられなかったものだ。

 

 だからこそ恩返しがしたい、家族と友の未来を懸けたこの戦いに勝利したい、緑の地球は俺達が護る! というシチュエーションに燃えているからこそウリバタケは全力でヤマトの航海に挑んでいる。

 

 ユリカが倒れた事にはショックを受けているが、恩を返すためには――彼女と地球の未来を守るためにはウリバタケが出来る事を最大限にこなして、ヤマトをイスカンダルに辿り着かせるしかない。

 “大人な”ウリバタケは、そうやって自分を鼓舞して今眼の前の仕事に取り組む。

 同時に艦内のこの空気を“ユリカの息子”である進が払拭するだろうと、漠然と考えていたのであった。

 

 

 

 雪は居住区の廊下を足早に移動していた。

 恋する進が変に気落ちしていないかが心配で堪らなくなり、仕事の合間を縫ってその姿を探していた。

 

 今はルリが倒れているので、雪は生活班長の職務と合わせて副オペレーターとしてヤマトの情報管理を行わなければならない。

 流石の雪でもそれだけの激務を処理する事は不可能なので、今は事務仕事に強いエリナの助力も借りて辛うじて捌いている有様だった。

 

 だがその忙しさにあっても雪は進が心配で仕方が無い。

 母親同然のユリカが倒れて、進もさぞショックを受けているだろう。

 雪だって辛い。雪にとってはユリカは尊敬する上司であると同時に、年の離れた仲の良い友人である。それに上手くいけば将来の義母同然の人だ。

 イスカンダルまでの旅路はまだ半分も過ぎていないのに、ユリカの体調がここまで急激に悪化するとは予想されていたようで、されていなかった。

 決して楽観していたわけではない。雪もイネスもユリカの体調管理には気を遣っていたし、ユリカも大人しくしていないようで自身の体調管理には相応に気を遣っていた。

 

 次元断層に落ちた事はまごう事なき事故であり、誰の責任と言う訳ではない。それだけに、クルーは誰しも責任を感じてしまって士気を落としていた。

 普段からユリカがどれだけ自分達の事を気遣ってくれていたのか、最悪の形で思い知らされてしまっていた。

 

 そんな状況なので、少しでも愛する進の支えになりたいと考えて――自身の辛さも誤魔化したくて雪は進の姿を探していた。

 居住区にも姿が見えなかったので、艦橋か艦長室にでも居るのかと思ってエレベーターに乗ろうとした所で当の進とばったり出くわした。

 

 「雪、どうしたんだ? 血相変えて……」

 

 「え!?」

 

 進に言われて思わず顔に触れてみると、強張った表情をしていた事に気付いた。

 やはり、この艦内の空気は日頃クルーの精神衛生を気遣っている雪にとっても辛かったのだと改めて思い知らされた。

 

 「え、あ、その……古代君の事が心配で……」

 

 動揺があったからか、つい本音が漏れる。

 雪の言葉に目を見開いて驚いた進だが、すぐにふっと表情を和らげて雪に微笑みかける。

 

 「心配してくれてありがとう、雪……でも、もう大丈夫だ。雪は少しでも艦内の空気を改善出来るように何か考えてくれないか?」

 

 そう言われて雪は「ええ、わかったわ」と頷く。進はそんな雪の肩を叩いて「頼りにしてるよ」と声をかけるとエレベーターを降りて居住区を進んでいく。

 凛々しい進の横顔に見惚れながらも、雪の冷静な部分があの方向は進の部屋だ、と行き先を予想する。

 

 (あのファイルを置きに行くのかしら。自室に置くという事は重要な資料ではないという事になるけど、あんなに厚い資料を一体何処で――)

 

 雪は進が脇に抱えていた分厚いファイルが気になった。

 もしかしたら、とんでもない内容でも書かれているかもしれないと、女の感が囁くのだ。

 もしかしたらユリカが、進を奮起させる何かを万が一に備えて残していたのかもしれない。

 雪は、ふとそう考えるのであった。

 

 

 

 艦内が重苦しい空気に侵されていた頃。ルリは自室のベッドで休んでいた。

 電子の妖精と呼ばれ、遺伝子操作でオペレーター特性が強化されているルリではあったが、流石にあのリング制御は無茶が過ぎた。

 回転速度やリングの数の制御は勿論、攻撃方向を各種観測データから予測してリングの向きやデブリの密度を調整し、さらにミサイルなら極力デブリで、重力波は極力リフレクトビットで受け止め、さらに重力波の反射角の計算と……正直ルリとオモイカネの実力をもってしてもオーバーワーク気味であった。

 そこに日頃悩みの種になっていたユリカの病状が急激に悪化してしまったとあれば……ルリが限界を迎えてしまったのも頷けるというものだろう。

 

 「ユリカさん――イスカンダルまで持つのかなぁ?」

 

 過労で倒れたルリは、苦しみながらもユリカの身を案じていた。

 ユリカの事を思うとオチオチ休んでいられない、自分がしっかりしてヤマトの機能を維持してイスカンダルへの航行を続けさせなければと思うのだが、体が言う事を聞いてくれない。

 立ち上がろうにも頭が締め付けるような痛みに襲われ、視界がぐらぐらと揺れて真っすぐ立っていることも出来ない。当然歩行は論外だ。

 イネスにも雪にも「大人しく寝ていなさい」と自室で静養する様に言い付けられては、もうルリに逆らう力など残されていない。

 

 そうして大人しく自室に引き籠ることしたルリではあったが、あまり休めている気がしない。

 夜も寝る度にユリカが苦しみもがいた末落命する夢を見た。

 

 全身にナノマシンの輝きを宿し、血反吐を吐きながら全身を痙攣させて死ぬユリカ。

 

 過労のせいか、なかなか寝付けないのにこの夢だ。

 しかも夢の中のユリカは決まって激しく苦しみ、ルリに「助けて……」と縋ってくる。

 吐血で汚れた手でルリの服の裾を掴み、血だらけになった顔で……。

 ルリは何かしてあげたくても何もする事が出来ない。

 凄惨な光景に指先1つ満足に動かす事が出来ず、ユリカが死んでいくのを黙ってみる事しか出来ないのだ。

 そしてユリカが動かなくなってから自分の絶叫で目が覚める。それを寝る度に繰り返す。

 

 ルリの気持ちは全く休まる事無く、ただただ時間だけが過ぎていく。

 嫌な汗を掻いて濡れたパジャマが気持ち悪いが、自分では着替えもままならない。

 

 (……もうお昼か)

 

 食欲は全く沸いてこない。朝は雪がおかゆを持ってきてくれたが、雪とて忙しい身だ。それなのに時間を割いてまで食べさせてくれて、その後着替えまで手伝ってくれたのだから、本当に頭が上がらない。

 

 雪は今、倒れたルリの代わりにオペレーターとしてヤマトの情報統括任務にも就いているはずだし、本来の役目である生活班長としての任務も平行しているはず。

 そう思うと、無理らしからぬ事とはいえ過労でダウンしてしまった自分が情けない。

 雪は普段からルリ以上の激務をこなしているはずなのに。

 

 そう思ってもう一度起き上がろうと上半身を起こしてみたが、酷い眩暈と頭痛に呻いて、倒れ込むようにまた枕に頭を埋める。その衝撃で更に酷く頭が痛む。

 本当に情けない。ユリカはイスカンダルからの薬を得るまでは、ずっとこんな苦しみに耐えながらヤマト再建を先導して――最後の希望を繋いだというのに。

 

 悲しくて悲しくて、ルリの目から涙が溢れる。顔の横を流れた涙が枕を濡らす。

 

 ルリなりに力を尽くしたはずだった。あのアステロイド・リング制御はルリとオモイカネのコンビだからこそ出来た神業だと自負している。

 だがそれでも届かなかったのだ。ルリとオモイカネの全力を尽くす事でヤマトはあの包囲網の半分は無傷で突破出来たが、ユリカの機転で波動砲を推進力に使わなければ……リョーコとアキトがサテライトキャノンの使用を考慮して戦っていなかったら……ヤマトは沈んでいた。

 指揮官を経験したルリにはわかる。いや、ジュンや進もわかったはずだ。

 

 敵指揮官はユリカに勝る能力を持つ。

 

 万が一、ユリカ不在の状態でまたあの指揮官が率いる艦隊と交戦したとしたらヤマトは……そう思うと心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚に陥る。

 ゲームとは言えユリカ相手に全戦全敗のルリでは到底勝ち目が無い。

 戦力に絶対的な差がある状態であの百戦錬磨の指揮官相手に打ち勝つには、如何に相手の思惑を外せるかにかかっている。

 

 だが、良くも悪くも“常識的な”ルリとジュンではそれをするのが難しいのだ。こういうのは経験もそうだが、本人の資質によるところも大きい。

 ユリカは常識や正攻法を知りながら、“良くも悪くも”それに囚われない突飛さを持ち合わせた人間だ。

 時にそれが裏目に出る事もあるが、それはルリやジュンには無い発想力に繋がっている部分でもある。

 現に波動砲の反動を利用した逆推進も、最初に思い付いたのはユリカだった。

 ルリは頼まれて実際にやったらどうなるのかを計算はしたが……あの局面で使う事を考えられたかは怪しい。

 それはルリが合理的な行動を選択するように心掛けているからだ。あの局面で波動砲を使用して推進力にしたとしても、包囲網を突破出来る保証は殆ど無かった。

 実際、ユリカも当初は突破後の最後っ屁として考えていたはずだ。

 それを取り下げてあのタイミングで使用したのは、それ以上の長期戦はヤマトを沈めるだけだと判断した思い切りによるところが大きい。

 

 実際あの時、ヤマトが包囲網を瞬時に抜け出せるような隙は無かった。その隙を作ったのはサテライトキャノンの砲撃であり、切羽詰まった状況故の出たとこ勝負に過ぎなかった。

 逃走に成功したのは、アキトとリョーコの下準備とユリカの思い切りが上手く噛み合ったからに過ぎない。

 もしもサテライトキャノンが発射不能だったら……ヤマトを待っていたのは機関部を破壊されて撃沈――もしくは鹵獲だっただろう。

 

 ゾッとする話だ。同時にヤマトがガミラス艦隊に対してある程度強気に出れているのは、やはり波動砲の存在が大きく、それが封じられればあそこまで脆くなるのだと思い知らされて、憂鬱な気分になる。

 

 それにしても――。

 

 ルリは思う。何故銀河系を出てからもガミラスの攻撃があるのだろう。

 それに、あんな指揮官が出てきて、次元断層に落ち込んだヤマトをわざわざ攻撃しに来るなんて。

 

 「ガミラスの本星は――てっきり銀河系にあると思ってたけど、違うの?」

 

 ガミラス本星の所在は、現在に至るまでわかっていない。

 だがあれだけの文明を持つ星となると、やはり地球型の惑星が必須だろうし、艦隊を整備するための資源を得られるとなると、大量の恒星系を有する銀河の中でしか発生しえないはずだ。

 

 だからルリは、ガミラスは天の川銀河の中で発生して勢力を拡大する過程で地球を狙ったのだとばかり考えていた。

 だが天の川銀河を出てからもガミラスに接触し、あそこまで優れた指揮官を刺客として送り付けてくるという事は――。

 

 「……大マゼランか小マゼラン、もしくはアンドロメダ銀河のような別の銀河系から版図を拡大しに来たって事になってしまう。それに、イスカンダルはガミラスの名を知っていた」

 

 となると、ガミラスは大マゼランか小マゼランのいずれかにあって、イスカンダルもその存在を知る事が出来る状況にあるという推論が成り立つ。

 

 だとすれば――。

 

 ルリは恐ろしい想像に行き着いてしまった。

 もしも、ガミラスがイスカンダルを知っていて、イスカンダルが地球に支援した事を把握しているのなら……ガミラスがイスカンダルにも侵略の魔の手を伸ばす可能性がある。

 

 そうなったとしたら、ヤマトはどうすればいい。地球を救う為にはコスモリバースシステムを受け取ってすぐに帰還して環境改善を行わなければならない。

 それが成ったとしても、今度は地球の復興だ。インフラの再建もそうだが、また侵略者が現れないとも限らない以上、防衛艦隊の整備も急務になる。

 そんな状況下で、イスカンダルが危機に晒されたとしても救援に向かえるのだろうか。

 

 イスカンダルは、すでにコスモリバースシステムを自力で届ける事すら出来ない状況にある事が確定している。

 だとすると、イスカンダルは自分の身を護るに十分な戦力すら有していない、地球と似たり寄ったりな状況の可能性も否定出来ない。

 ただ、それだと地球に支援出来る程度の余力があったことが理解出来ない。それともコスモリバースシステムを提供する代わりに、完成したヤマトの力でイスカンダルの脅威を取り除くという交換条件でもあったのだろうか。

 

 だとしても、最初のメッセージで一切触れない事が気がかりだ。救いを求めているとは考え難いが……。

 

 やはり、寝ていられない。何としてもヤマトを――1日でも早くイスカンダルに到着させなければ。

 イスカンダルの思惑を量っている余裕は無い。今はどれほど気掛かりであっても、スターシアの言う通り、疑う事無くイスカンダルを目指すしかないのだ。

 

 また家族で一緒に生きていくためにも!

 

 ルリはもう1度上半身を起こそうと力を振り絞るが、激しい頭痛と眩暈、今度は吐き気までもが襲い掛かってくる。

 

 (負けてられない。ユリカさんは……ユリカさんは、アキトさんは……ボロボロの体でも頑張れたんです!)

 

 苦しみながらベッドから起き上がろうとした時、インターフォンが鳴らされた。

 ベッド横にある端末を操作してドアの前の映像を写すと、

 

 「ルリさん、ご飯持ってきましたよ」

 

 「どうも、お見舞いに来ましたよ」

 

 ハリとサブロウタが来ていた。

 

 

 

 サブロウタは食堂で食事を摂りながら、隊長のリョーコと今後の方針について軽い話し合いをしていた。

 ディバイダーとビームマシンガン、それらを活用するためのエネルギーパックがそこそこの数配備された事で、コスモタイガー隊の総火力はかなり向上している。

 しかし、次元断層での大規模艦隊戦となると流石に出番が無かった。

 環境的に出撃出来なかったとはいえ、あのような大規模戦闘となると砲撃密度が高く、流れ弾による撃墜の危険性が高過ぎて機動兵器部隊が運用し辛い。

 例外は、ボソンジャンプによる急襲と回避が可能なアルストロメリアとガンダム2機だけだが、それだけだと手数が足らない。

 頼みのサテライトキャノンも連射が効かず、発射直後の無防備さをフォローするにはアルストロメリアだけでは到底手が足りない。

 発射直後はタキオン粒子の空間波動等の影響を考え、ボソンジャンプシステムが停止してしまう事もフォローの難しさを助長している。

 

 そんな事をリョーコと話して、これからの連携や工作班への改良や装備の開発要請などを何点か纏めて提出するかどうかを検討してみる。

 

 どうせ自重していないのだから。

 

 サブロウタが食事を終えて食堂を後にしようとしたところで、自室でダウン中のルリに食事を運ぶ役割に志願したハリと遭遇した。

 で、おかしなことにならないように監視して欲しい――ついでに落ち込んでいるであろうルリを一緒に励まして欲しい、との事なのでサブロウタも快く応じて同行する事にする。

 交際を始めたと聞いていたから少し遠慮していたのだが、万が一にも暴走しないようにハリも自重しているようだ。

 まあ、舞い上がってしまう気持ちはわからないでもない。が、抑え役を求める辺りはヘタレではないかと思う。

 ……ハリらしいと言えばハリらしいのだろうか。

 

 そんな事もあってサブロウタはハリと一緒にルリの部屋にお見舞いに来ていた。

 ――思った以上に、具合が悪そうだった。

 顔色が悪いし涙が流れた跡もある。

 過労もあるだろうが、やはりユリカが倒れた事が効いているのだろう。

 

 サブロウタですら今後の航海の不安が増したくらいだ。

 ヤマトの使命はもちろんだが、サブロウタにとっては敬愛するルリが望む結末が得られるかどうかも大切である。そのためにユリカの生存と回復が必須となれば、彼女の病状の急激な悪化は到底好ましいとは言えない。

 それに、ナデシコと戦っていた時はあまり意識していなかったが、ヤマトで共に戦うようになってからは彼女の指揮能力がどれ程優れていたかを、これ以上無い形で見せつけられた。

 それだけに、あの艦隊を指揮した指揮官との再戦が想定される現状――ユリカが倒れてしまった事は最悪に等しいシナリオと言えた。

 サブロウタの目から見ても、ルリとジュンではあの指揮官に打ち勝つのは難しい。そもそもルリは、ヤマトの防御機構であるアステロイド・リング防御幕の制御をリアルタイムで完璧にこなす必要性が、今後出てくるだろう。

 そうなるとルリには指揮をする余裕が無くなる。

 ジュンは指揮能力はともかく、ユリカほどの突飛さもなく危機的状況下でのガッツにやや不安が見られる。

 現状を変えられる一手があるとしたらやはり……。

 

 (古代がヤマトの指揮を執る……しかねぇかもな。あいつはメキメキと実力を上げてるし、シミュレーション上とはいえ、いざと言う時には波動砲の使用すら躊躇しない度胸がある。あの対戦のおかげで指揮能力が低くないってことは証明されたし、後はあいつ次第でどうにでもなる。あの艦長と引き分けた、って結果は他の連中には頼もしく見えただろうしな)

 

 「わざわざお見舞いに来てくれてありがとう……でも、もう大丈夫だから……」

 

 ベッドで寝ているルリは、案の定というか無理をしてでも起き上がろうとしていた。

 サブロウタは思考を中断して「駄目ですよルリさん。今はゆっくり休んで回復するのが仕事です」と、やんわり注意して体を起こそうとしたルリをベッドに押し留める。

 予想通り。気持ちが落ち着かなくて無理しようとしている。

 こういうのを諫めるのも、副官としての役目だろう――元だけど。

 

 「そうですよルリさん。大活躍だったんですから休んでて下さい。それに、ルリさんが無茶して体を壊す事を、ユリカさんが望むとは思いません」

 

 ここでユリカの名を出して諫めるとは……一歩間違えば逆効果になるが、今回は効果があった様だ。

 

 そういえば、ハリはユリカが倒れた後も自分の任務を疎かにする素振りを見せない数少ないクルーだった。

 少し気になったサブロウタが尋ねてみると、

 

 「別に艦長に対して何も感じないってわけじゃないんです。でも、僕がしっかりしないと。島さんだって落ち込んでますし、ルリさんだって…………艦長を救ってみんなで笑顔でいられるようにするためには、ヤマトがこの航海を完遂するのが一番なんです。僕は――ルリさんの為にも頑張らないといけないんです!」

 

 との事だった。

 

 「――ぅぅ、わかりました……」

 

 諫められたルリは素直に休んでいる気になった様だ。

 サブロウタはそれを確かめた後「ちょっと失礼しますよ」と、ベッドをリクライニングさせて上半身を起こしてやり、食事しやすいようにする。

 

 「それじゃあご飯をちゃんと食べて、ゆっくり休んでて下さいね――はい、あーん」

 

 ハリは持ってきたルリの食事――おじやの器の蓋を開けてスプーンで掬って突き出す。

 

 一瞬ルリとサブロウタの思考が完全に停止した。

 

 「……ちゃんと食べないと駄目ですよ。食べて良く寝て早く元気になって下さいね」

 

 そう言ってさらにスプーンを突き出す。ハリの頬も心なしか赤らんでいる気がするが、だからと言ってスプーンを引っ込めようとする気配が無い。

 

 (こいつ――意外なところで根性あるじゃねえか!)

 

 「じ、自分で食べれるから良いですよ……!」

 

 恥ずかしさで顔を真っ赤にしたルリは自分で食べようとスプーンに手を伸ばすのだが……。

 

 「朝も自分で食べれなくて、雪さんに食べさせてもらったって聞きました。無理しないで下さい」

 

 そういえばそんな事を聞いたな、とサブロウタも思い返す。食事を注文した時、料理長の平田が、

 

 「今朝の食事は班長が食べさせてあげたと聞いている。まだ具合が悪そうだったら、そうしてあげた方が良いかもしれないな」

 

 と微笑みながらハリにおじやを入れた器を渡した。基本的な食事はプレートで提供されるとはいえ、こういった食事の為に少数だが専用の食器も用意されているのだ。

 

 ――ともかく、平衡感覚も微妙で自力で食事するのが困難な自覚のあるルリは、真っ赤なまましばらく唸った後、観念して口を開けた。

 

 それからの事は、ルリはあまり口にしたくないと後に語っている。

 

 だって、サブロウタが「じゃあ俺、エステの整備に行って来るんで」と気を利かせて2人きりにされてしまったのだから、もう逃げられなかったのだ。

 

 そうなると今度は自分の格好が気になる。

 

 だって、パジャマだし。肌着も付けてないから汗で濡れて微妙に透けて……はいないか。

 でも、汗臭く無いかな、と体臭が気になりだす。着替えさせてもらったし、お湯で軽く濡らしたタオルで拭いて貰ったとは言え、アレからまた汗掻いた……。

 

 (あ゛あ゛あ゛ああぁぁぁっ!!!)

 

 と、色んな意味でルリは絶叫を上げた。勿論、心の中で。

 

 

 

 ルリが心の中で絶叫していた頃アキトは「ちょっと外の空気吸ってくる」とリョーコに断ってから、パイロット室を抜け出した。

 ユリカの見舞いはもう済ませたが、結局アキトが見舞っている間意識が戻る事はなかった。昏々と眠る姿は見ていて辛いので、気持ちを入れ替えたくて最寄りの右舷展望室に寄り道していた。

 

 「……ユリカ、負けるなよ……」

 

 眼下に広がる広大と言う表現すら生ぬるく感じる宇宙。ヤマトの後方には母なる地球を含んだ、太陽系を擁する天の川銀河の輝きがある。

 地球から約2万6300光年は離れたと言っても、宇宙のスケールからすればまだ近所にいるのだと嫌でも理解させられる。

 

 次元断層から離脱したヤマトは敵の追撃をかわす目的の無差別ワープをして以降、ワープをしていない。

 ユリカとあの戦闘の怪我人の状態を考えた結果、次のワープは30時間後とされ、今から6時間後を予定している。

 不幸中の幸いなのは、主砲を3基も潰された割に死者が出なかった事だろうか。

 重傷者は数名出たが、何れも医療班の懸命の治療の甲斐あって容態が安定している。イスカンダルの医薬品とヤマトから回収された医療機器等を組み合わせた結果、地球側の医療技術は一段と進歩し、重症者であっても2週間程度の入院で何とか復帰出来るほどになっている。

 勿論その場合の怪我は五体満足であることが絶対条件で、手足を失ったり臓器に甚大な損傷を受けると、それ以上の長期入院は避けられないし、回復出来るかも微妙になる。

 

 そして意外な事だが、ヤマトでは義手や義足と言った四肢の欠損を補う医療に関して妙に充実しているのだ。

 冥王星の時は、片足を切断しなければならなくなったクルーが1人出てしまったのだが、あまり間を置かずにそのクルーに適した見事な義足が届けられ、IFSを応用したナノマシン神経接続技術であっさりと動けるようになってしまった。

 おまけに熱や痛みなどもちゃんと感じられる拘り抜いた一品は、「紛い物とは思えない」と本人が漏らすほどであった。

 

 ヤマトは特殊な任務に従事している上長期に渡って寄港も出来ないため、紙幣や硬貨と言う形での給料は支払われておらず、全て電子マネーで支払われている。

 日々の食事や最低限の医療費等は差っ引かれるのだが、これだけ高性能な義足でありながら格安で提供されたため、実は裏があるんじゃないかとそのクルーが問い合わせたところ真田工作班長から、

 

 「良いから貰っておけ。何かあったらすぐに言えよ。俺が手入れしてやるからな」

 

 と笑顔で言い切られ、引き下がらざるを得なかったと聞く。実際、何のトラブルも無く快適に生活出来ていて任務にも支障をきたしていないとか。

 外からぱっと見ただけではわからないほど精巧に作られ、接続部も人工皮膚で隠蔽されているので、「海に行っても大丈夫そうだ」と冗談半分に言っていたのをアキトも聞いている。

 

 ユリカに関してもアキトが似たような症状を抱えていた事や、その時の主治医的立場にあったイネスが居る事もあって、アキトも使っていた品々をベースに手を加える事で何とか最低限の日常は遅れるようにすると豪語していた。

 アキトよりも格段に状態が悪いのに、本当に大丈夫なのかと心配になったが、アキトの治療に携わってきたイネスなら大丈夫だと思う。

 それでも、ユリカが自分と同じような障害を被ってしまったという事が、アキトにとってはとても辛い事だった。

 経験したアキトだからわかる、当たり前のはずの感覚が失われるあの喪失感――絶望。

 ユリカには、味わって欲しくなかった。ユリカにだけは――。

 

 それに、予想よりもユリカの病状の進行が速まっている。次元断層に落ちた事が加速した直接の原因だろうが、やはり想像通り過酷なヤマトの航海が、彼女の命を容赦なく削り取っている。

 新生したヤマトは信頼性に難があるとは言え、性能面では以前のヤマトを超えているのだ。ユリカも旧ヤマトの詳細な活躍はわかっていないと言っていたが、似たような旅をした事はあるはずだと言っていた。

 

 だとしたら、今のヤマトの航海は旧ヤマト時代に比べて過酷さを増しているという事だろうか。

 

 このままガミラスの妨害の過酷さが増したら……いや、それも問題だがヤマトが元々あった世界と宇宙の構造が同一とは限らない、いや違っていて当然だろう。

 だとしたら、ヤマトが今まで経験もした事の無い未知なる空間を進む事になって、ヤマトがさらなる苦難に晒される事だって。

 

 本当に、ユリカは耐えられるのだろうか。戦闘なら、アキトもダブルエックスで頑張れる。だが宇宙の難所を超えるには役に立たない。

 ――ヤマトという組織の中では、アキトは一介のパイロットに過ぎない。直接運航に関わってユリカを助ける役目についていないのである。

 そんな自分の無力さに悶々としていると、

 

 「テンカワ、ちょっと良いかい?」

 

 イズミに声をかけられた。

 珍しい人物に声をかけられて、アキトは少し戸惑ったが断る理由もないので応じる。

 展望室の壁側に設置されているソファーに並んで腰かけ、少しの沈黙を経てイズミが口を開く。

 

 「辛いだろうけど、あんたがめげちゃいけないよ。艦長は、あんたの大切な人は――まだ生きてるんだからね」

 

 「イズミさん……」

 

 多分励ましに来てくれたんだとは思っていたが、思った以上に真面目な流れだった。

 

 「大切な人を亡くす辛さはよく知ってる。でも、まだあの子は生きてる。辛いだろうけど、あの子の為にもあんたは笑顔を浮かべる余裕を持たなきゃ駄目だ。あの子を何としても繋ぎ留めたかったら、これまで通り無理をしてでも励ましてやらなきゃ駄目だ」

 

 「――気付いてたんですか、俺が……少し無理してるって」

 

 イズミの言い方にアキトが尋ねる。

 

 「最初は、理不尽に引き剥がされた後の再会だからタガが外れただけだと思ったけどね。それにしたって、あんた、少し艦長とイチャつき過ぎに思えたよ。2人きりならともかく、ああいう風に人前でイチャつくのは……艦長はともかくテンカワにとっては苦痛だと思ったしね」

 

 「――まあね。確かに少しタガが外れてたのは事実だけど、少しでもあいつを元気付けられるんなら多少の恥は気にしないつもりだった。イスカンダルまで、何としてでもユリカの命を繋がないと未来が無くなるから――俺は、あいつと生きる未来が欲しい。1度は一方的に置き去りにしちゃったけど、その分の詫びも含めて、あいつをイスカンダルに連れて行きたいんだ。だけど、今の俺にはヤマトの現状をどうにか出来る力は――」

 

 拳を握り締めて俯くアキトを横目に見ながら、イズミはぽつりと言った。

 

 「私も、大切な人を――婚約者を2度も失った身だ。見ず知らずの他人ならまだしも、知り合いが同じ目に遭うのを見るのは……正直良い気分じゃない。当人同士で揉めて離縁したなら、話は違って来るけどね」

 

 イズミの告白に驚くアキトだが、そう言えば「記憶マージャン」の時にちらりと見た気がする。

 そうか、だから気にかけてくれていたのか。

 思い返してみれば、ナデシコ時代に比べるとイズミがアキト達を気にかけてくれている気がする。

 リョーコに比べると自然な感じだったから、そう言った裏事情までは感付けないでいた。

 「だから色々あったにしても、彼女を一方的に置き去りにしたあんたに怒りが湧かない訳じゃなかった。けど、戻って来て決着をつけたみたいだから水に流すとして――今は力を貸してやるよ。パイロットであっても、力になれる事はあるはずだしね」

 

 ふっと笑うイズミを見て「珍しいものを見た」という顔をするアキト。

 旧ナデシコ時代からの付き合いだが、個人的な付き合いがあったわけでもない、パイロット仲間としてもリョーコほど近くもない、ヒカルのような話題も無いと、少々距離のある付き合いだったから、こうやって話しかけてくること自体異例中の異例だ。

 

 「その、ありがとう、イズミさん」

 

 思いがけない人物の思いやりに、アキトは少し目頭が熱くなった。

 改めて思うが、本当に色々な人に支えられて、ここに立てている。

 

 「だから艦長やテンカワ達が何を隠してるのかは、敢えて聞かない事にするよ」

 

 イズミの言葉にアキトがピクリと反応する。

 

 「私なりに色々考えてみたけど、指揮能力の事を考えても艦長がヤマトに乗艦するのは――病気の事を考えるとどうしても不自然だ。ヤマトが地球に帰還するまで命が持たないにしても、もっと体の負担を抑えられる役職に就いても良かったのに、どうして艦長でなければならなかったのか。色々考えてみると、あまり良い答えには行き着けなくてね……」

 

 「――確かに。爆弾だよ、俺達が隠してる情報って。だから、これ以上は今は――」

 

 「聞き出すつもりは無いよ。そっちが愚痴で口を滑らせても、私は決して口外しないって誓う。正直暗い雰囲気は好きじゃないしね」

 

 そりゃアキトだって暗い雰囲気は好きではないが、普段どちらかというと陰湿な雰囲気なイズミが言うと説得力を感じ難い。まあ、良く駄洒落や漫談を披露しているので本音なのだろうが。

 アキトは周囲を見渡し、人影が無い事を確認するとコミュニケの電源をオフにしてから、

 

 「――俺の独断になるけど、イズミさんには話しても良いかと思う」

 

 その態度にイズミもコミュニケをオフにして周囲に気を配りながら、アキトの告白を聞いた。

 

 …………。

 

 ……。

 

 「……覚悟はしてたけど、やっぱり特大の爆弾だね。口外しなくて正解だよ。こんな情報が早々に漏れてたら、ヤマトの航海はもっと苦しくなってたかもしれない」

 

 イズミも苦い表情だ。誰かに聞かれる危険を考慮して掻い摘んだ説明になってしまったが、それでも概要は理解して貰えたようだ。

 

 「誓った通り、誰にも口外しない。出来る限りのフォローもするけど……あんたも気持ちをしっかり持って、優しくしてあげるんだよ」

 

 「わかってるよ。俺、ユリカの夫だから」

 

 イズミにそう答えた所で、展望室に進が入ってきた。揃ってぎくりとしたが、進は特に突っ込まなかった。

 

 「アキトさん、ガンダムの状態はどうですか?」

 

 真面目な表情の進にアキトも気を引き締めて答える。

 

 「消耗部品の交換作業は終わってる。何時でも出撃可能だ、戦闘班長」

 

 「エステバリスも、次元断層で使用した機体の整備は終わってる。被弾らしい被弾も無かったからね」

 

 「わかりました。今ヤマトは主砲が使えず攻撃力が激減しています。ガンダムを主軸にした航空隊が戦力の要となるので、何時でも出撃出来るよう厳戒態勢を敷いて下さい」

 

 「了解!」

 

 イズミとそろってアキトは敬礼して答える。一応ヤマトは軍艦なので、アキトも幾分こういった仕草が板についてきた感がある。

 

 「頼みます。ああでも、アキトさんはユリカさんの見舞いに行って来てくれませんか?」

 

 「さっきみ――」

 

 見舞ったばかりと言おうとしたアキトを制する様に「貴方の期待に応えてみせるって、伝えて来て下さい」と言われて察した。

 進はそれだけ言うとすぐに展望室を出て行ってしまう。アキトとイズミは進を見送った後、顔を見合わせて、

 

 「ありゃ、さっき聞かされた事を知った感じだったね」

 

 「――確か、ユリカは万が一に備えて今話した事をファイリングしてるって言ってたっけ。進君……それを見ちゃったのか」

 

 アキトはこういった時、折を見て進にファイルを渡す役割を任されていた事を思い出した。

 ただし、「アキトから見ても進が指導者としてやっていけそうに感じたら」と前置された上で。

 だが進は、アキトやエリナやイネスと言った、真実を知る者の判断を超えた所で真実を知りながら――それを受け止めた様子だった。

 

 「どうやら、思った以上に強い子だったみたいだね。まだ18だって言うのに、大した子だ」

 

 イズミは優し気な声で感想を述べる。

 アキトも同感だった。ユリカが拾い上げて一生懸命育てた古代進は――“古代進”とは全く違う人物を教師に育ったにも拘らず、同じような風格を身に付けつつあった。

 

 「ユリカの奴――結構後進の育成が上手いのかもしれないな」

 

 

 

 その後アキトはイズミと別れ、再び医療室のユリカの元を訪れた。

 

 「あら、さっきも来てなかったかしら?」

 

 真田達と別れて医療室で怪我人や病人達の検診をしていたイネスがからかうように言うと、アキトは後頭部を掻きながら「進君に言われて報告に、ね」と答えた。

 イネスはそれだけで、何の事なのか察した様子だった。

 追及もせず適当な理由で人払いして、ついでに隣り合ったベッドの怪我人・病人に睡眠薬を打って眠らせて、強引に防諜体制を整えてしまった。

 やりすぎじゃ、と思ったアキトだが下手に口を出して痛い目を見るのは馬鹿馬鹿しいので沈黙する。

 そうやって密談の体勢が整った病室で、アキトは眠り続けるユリカに報告した。

 

 「ユリカ……進君が俺達の秘密を知ったよ。いずれそうなると知っていても、いざ知られると怖いものだな。俺やイネスさん達は関わっていない。進君が艦長室の資料を見つけたみたいなんだ。となると、犯人は――」

 

 病室の天井を仰ぐ。その視線の先に何かが居るわけではない。アキトが居るこの“場所自体”が、犯人なのだ。

 

 「ヤマトは、進君に務まるって判断したのかな。それともこの緊急事態を凌ぐために無理を承知で導いたのか――どちらにせよ、知られてしまった事はもう覆せない。ユリカ――まだまだ、進君には荷が重いよ。無茶言うようで悪いけど、もう少しの間お前が導いてやらないと。だから早く――目を覚ましてくれ」

 

 そっと右手でユリカの頬を撫でる。反応は無い。彼女はただ眠り続けるだけ。

 それでもアキトは精一杯の笑みを浮かべて、ユリカに優しく触れ続けた。

 

 

 

 「――うぅっ。もう、飲めないよぉ……激マズドリンクは、もういらないぃ~……」

 

 しばらくして、寝言とは言えようやく見せたユリカの反応がそれだったので、激しく脱力したアキトとイネスであった。

 

 とは言え、内容が脱力必須のユリカらしいものであったことから、クルーを励ますに使えるかもと、ユリカが反応を見せてから回していた録音・録画記録から、音声だけをぶっこ抜いて艦内に知らせる事が出来るようにと準備に入るイネス。

 アキトはどうリアクションして良いのかわからない様子ながらも、そっとユリカの左手を両手で優しく包んでみる。

 

 ふと、眠り続けるユリカの表情が和らいだ気がした。

 

 

 

 その頃ラピスは重い体と気分を誤魔化しながら機関室に顔を出していた。

 ユリカが倒れてしまったショックは大きく、泣き腫らした目は真っ赤、夜も眠れなかったのだろう目の下にはクマが出来ていて、ただでさえ色白な肌が更に白く見える。

 見るからに落ち込んでいるので、そんな状態で作業するのは危険だ、休むべきだと山崎と太助は訴えたが、ラピスは頷かなかった。

 ユリカの事が心配で心配で堪らないのは覆しようが無い事実であったが、ラピスにもヤマトの機関長としての意地があった。

 それに先の戦闘で無茶したエンジンの事だって気になる。

 

 ラピスには、地球もユリカも救うという重大な使命がある。

 元気になったユリカ、五感と本来の人間性を回復したアキト、お姉ちゃんになったルリ、頼れるお兄ちゃんの進、そして今まで自分に人間性の大切さを説いて育ててくれたエリナ。

 みんなと平和になった地球で思う存分生きて行く。

 その願望を実現するためにも、折れたくないのだ。

 これは意地だ。意地だけでラピスは機関長として職務を果たそうとしている。

 それに“アキトもユリカも頑張ったのだ”。

 

 ラピスと違って健康とは程遠い体で、文字通り血反吐を吐き地面に這いつくばりながら頑張ったのだ。

 

 アキトはユリカを救い、火星の後継者を倒すため。

 ユリカはヤマトを蘇らせ、苦境に立たされた地球を救い、家族と友人を護る為。

 

 ラピスにはユリカの様にヤマトを引っ張っていく力はない。アキトの様にパイロットとして直接的と砲火を交えることも出来ない。

 

 でも機関長として機関部門を完璧に運用していくことは出来る!

 

 アキトとユリカの子として、挫けて全部を失うような真似だけは決して出来ない。

 ルリだって己の役割を果たした結果倒れたのだ。まだ自分は倒れる程頑張っていない。 まだまだラピスは頑張れる。そう自分に言い聞かせて懸命に仕事に打ち込む。

 

 勿論ラピスのその姿勢は、周りから見れば危ういものである事は一目瞭然である。

 だから、不安定なラピスに変わって陣頭指揮を執るのは副長にしてベテランの山崎が受け持ち、忙しくて手が離せないエリナに代わって最も近しい部下である太助が、周囲から嫉妬を買いながらもフォローに走っているのだ。

 予想通り、ラピスがそれに気づく事は無い。普段であれば何となく察する事が出来る程度には成長したはずの彼女が、全く気付く事が出来ないでいる。

 気負い過ぎて余裕を完全に失っている事が明らかだった。

 どうしたものかと頭を悩ませていた山崎と太助だったが、コミュニケを通してイネスから一報が届く。

 

 「艦長の容態は回復に向かってるみたいよ。さっき寝言も言ってたわ」

 

 呆れ返った声でしっかり録音されていた先程の寝言を流すと、ラピスだけではなく聞き耳を立てていた機関班のクルーが揃って脱力する。

 呆れもそうだがそんな寝言が出る程度には余裕があると思えば、彼女はまだ大丈夫だと思えて安心出来る。

 

 ――しかし夢に見る程不味かったのか……。

 

 思い起こされる太陽系さよならパーティーの喧騒。

 

 ――うん、もう艦長にあんな無理強いはしないぞ。

 

 些か悪ノリの過ぎたパーティーでのユリカに対する所業を今更になって反省する事になろうとは。

 

 ごめんなさい艦長。でもすっごく盛り上がりました。楽しかったです、はい。

 

 心の中で懺悔とも反芻とも区別のつかない思考を展開する機関士達の中、顔色の悪かったラピスも、ユリカが回復に向かっているとわかると目に見えて雰囲気が明るくなる。

 その様子に山崎も太助もホッと胸を撫で下ろし、問題児である6連波動相転移エンジンの整備を急ぐのであった。

 

 

 

 ヤマト第二艦橋。

 航法艦橋とも呼ばれるそこで、航海班の面々は今後のヤマトの進路についての打ち合わせを続けていた。

 しかし、班長の大介を始め航海班の表情は皆一様に暗い。

 誰もが、次元断層にヤマトを落としてしまったのは自分達の責任だと気に病んでいる。

 それに、ユリカが倒れた時もヤマトの航海が停滞した時は、冥王星攻略作戦の後始末を除けば皆航海班の責任と言われても反論出来ない物ばかりだ。

 

 ベテルギウスで嵌められた時も、オクトパス原始星団に捕まった時も、そして今回の次元断層のトラブルも。

 普段は予定の遅れは必ず取り戻して見せると息巻いているのに、肝心な時に失敗しているのは航海班だけな気がして仕方ないのだ。

 

 大介は特に責任者として、ヤマトの舵を直接与る身として気に病んでいる。

 今は副官であるハリが休憩を利用してルリの見舞いに行っているので、フォローしてくれそうな部下もいない。

 

 (俺がヤマトを次元断層に落としたせいで、艦長ばかりかルリさんまで倒れさせちまった……俺は、皆に――古代になんて詫びれば良いんだ……)

 

 親友の進がユリカの“息子”という立場を受け入れた時、「古代が悲しまないようにヤマトをイスカンダルへ」等と決意したというのにこのザマだ。

 

 情けなくて涙すら出てこない。

 それに、予定を大きく外れた事で本来なら何ら影響しないはずだった大質量天体がヤマトの進路を塞いでいる。

 迂回するとなると、丁度現地点からイスカンダルへの進路に対してさらに大きく外れてしまう位置関係にあるため、さらに3日の遅れを出してしまう。

 だがそのまま進めば重力高配の影響で至近距離にワープしてしまう危険がある。大質量天体の傍ではワープの危険度がぐっと上がるので、万が一ガミラスに遭遇した場合はとても危険だ。

 

 リスク回避のために日程を遅らせてでも迂回すべきか、それとも――。

 

 度重なるトラブルで心労を溜めた大介には決断しきれるものではない。いや、最終的な決断を下す最高責任者は不在。代理である副長のジュンもこの情報に頭を悩ませている。

 誰もが不安なのだ。今までヤマトの進退を決定してきたユリカが倒れ、その状態でも航行を続けなければならない事に。

 今まではユリカが倒れても、ヤマトは停泊を余儀なくされる出来事がすぐに起こったから、彼女不在で航行を続けた事は無い。彼女も大事には至っていなかった……だが今回は違う。

 不安を感じないわけが無い。感じずにはいられない。

 そうやって結論が先延ばしにされていた第二艦橋を訪れたのは、本来用が無いはずの進だった。

 

 「島、次のワープ航路の計算はもう出来てるのか?」

 

 「古代……」

 

 進に問われても大介はすぐに応えられなかった。彼の顔が直視出来ない。思わず謝罪の言葉が口を吐こうとする。

 

 「どうした島? お前らしくもない。航路はまだ計算してないのか?」

 

 謝罪の言葉が出そうになるのを堪えて、大介は「2通り出来ているが、ちょっと問題が……」と濁した答えしか返せなかった。

 

 「問題? 問題って何だよ」

 

 やけに食らい付いてくるな。少し鬱陶しくも思うが大介は丁寧にその問題を進に教えた。

 

 「現地点からイスカンダルまでの最短コース上には高重力場を持つ天体――ブラックホールがあるんだ。この傍を掠めるようにワープすると、航路が歪曲されてヤマトのワープアウト地点が限定されてしまう。ヤマトの現在位置がガミラスに割れていると、罠を仕掛けられる危険性があるんだ。だがこれを迂回するルートを通ると安全と引き換えに3日をロスする事になる。ヤマトはすでに50日近い遅れを出している以上、3日とは言えロスタイムが生じるのは避けたい。が――」

 

 「が、罠の可能性を抜きにしても危険宙域を通っていくのはリスクが高過ぎるって事か……確かに今のヤマトは万全とは言い難い。危険の可能性を回避したい気持ちはわかる……だが島、危険を承知してでも、今は突っ込むべきじゃないのか?」

 

 進の言い様に大介はすぐに反発した。

 今戦闘になればヤマトはどうなるかわからない。

 それ以上にブラックホールのすぐ傍を通るような航路は、あまりにもリスクが高いと言い切った。

 進は黙って島の意見を聞いた後、静かに言った。

 

 「だとしてもだ。今の俺達には危険を承知でも時短を図る方が大事じゃないのか。確かに罠を張り易い場所かもしれないが、本来の航路からは大きく外れているし、次元断層を出た後の緊急ワープの行き先までを知られているとは考え難い……あれから1日だ。罠を張るには、ガミラスにとっても準備時間が無さ過ぎる」

 

 「確かに、ガミラスがイスカンダル行きを知っていたら、普通は最短コース上に罠を張るか……俺達だってこれほど航路から脱線する事は考えられていなかったし、次元断層の中で追尾してきた艦隊がヤマトの緊急ワープをトレースする事は出来ない――か。確かに1日程度で罠を張れるとは思えないな」

 

 進の思わぬ進言に、大介も不安と後悔で鈍っていた頭が急激に働き始めるのを感じる。

 言われてみればヤマトの行き先がガミラスにばれているとユリカも読んでいたし、それを前提にガミラスの動向を予測するのなら進が正しい。

 とは言え、ガミラスの所在が不明な現状ではガミラスの動向を完全に把握するのは難しいのだが……

 

 「わかってくれたか、島。なら頼みたい事がある。今から言う事を真田さんやイネスさんの力を借りて検証してくれないか? 実は――」

 

 進の話を聞いて大介が驚きに跳び上がる。理屈では可能かもしれないが、あまりに危険な賭けだった。

 

 「古代! そんな無茶をしたら、怪我人はともかく艦長のお体が……」

 

 「艦長が俺達を置いて勝手に逝くわけないだろ。島、真面目で思慮深いのはお前の美点だが、今回ばかりは考え過ぎだぜ」

 

 「古代……!」

 

 「俺は艦長を信じる。艦長は最後の最後まで絶対に諦めない考えだ。艦長の息子として、弟子として、部下として、俺は艦長を信じて最後まで突き進むだけだ。お前も艦長部下なら、艦長を信じろ。そして、艦長が命懸けで蘇らせた、この宇宙戦艦ヤマトを信じるんだ!」

 

 予想外に力強い進の言葉に、大介も気持ちを引き締めて「検討してみる」と宣言する。

 「任せたぞ」と大介の肩を叩き他の航海班のクルーを軽く激励して第二艦橋を去る進の背に、大介は確かにユリカの面影を見た。

 

 普段は楽天的でアキトとイチャイチャしたりボケたりして、クルーを呆れさせることも多いのに、いざと言う時には病弱な体からは想像もつかない活力でみんなを引っ張っていく。

 今の進からは、そんなユリカの面影がしっかりと感じ取れる。

 

 (何時の間にか、お前は俺の前を行ってたんだな……)

 

 同期の親友で、同じ位置に居たと思っていた進は、何時の間にか大介よりも先に進んでいた。

 

 今の古代進は、かつての直情的なだけの熱血漢ではない。

 

 尊敬する母の背中に必死で追いつこうとしている指導者の見習いだったのだ。

 

 

 

 第一艦橋に上がった進は、すぐに戦闘指揮席に着いて武装の稼働状況を調べる。

 主砲の復旧が望めない事は承知の上だ。だが副砲の回復具合にミサイルの残弾、パルスブラストの稼働具合等、見るべきところは多い。

 予想通りだが、主砲以外の武装は一通り使える――ありがたい事に波動砲も。

 結局出番に恵まれなかった信濃の波動エネルギー弾道弾も、何時でも使える状態のまま放置されている。これを使えば対艦戦闘も多少は可能で、いざと言う時は逃走用の目暗ましとして使えそうだ。

 コスモタイガー隊の稼働状況はヤマトと反対にすこぶる良好。次元断層内での戦いは砲台代わりで至近弾も無かった事が幸いしている。これなら、ガンダム2機を前面に他の機体で支援させる運用なら何とかなりそうな予感もする。

 

 問題は、航路復帰した後ガミラスがどこで仕掛けてくるかだろう。どんな手段を講じてくるか、読み切れるほどの情報が無い。

 やはりここは、出たとこ勝負しかない。

 元々ヤマトの旅自体がそう言った面を多分に含んでいるのだ。怖気付いていては先に進めない。

 

 「熱心だね、古代君」

 

 副長席のジュンがヤマトの状況を確認している進に話しかけてくる。

 

 「今はヤマト全体が不安定ですからね。誰かがしっかりしないと、明後日の方向に飛びかねないですから」

 

 「……そう、だね。ごめん、頼りない副長で……」

 

 別に貶める意図は全く無かったのだが……。

 とはいえ、本来艦長が倒れたこの局面においては最高責任者として艦を維持していかなければならないはずのジュンが、(特にクルーの精神的支えとしては)あまり役に立っていない事は周知の事である。

 やはりと言うかなんというか、実務能力ではなく人物としての押しと言うか印象がどうしても弱く、ユリカの陰に隠れてしまった事もあり「あの人本当に頼れるのかわからない」ともっぱらの評判であった。

 いや、陰に日向にユリカを支え続けている苦労人で、他ならぬユリカ自身から「ジュン君が居てくれると色々楽だよ」と言われる程の逸材なのだが……。

 自身が艦長を務めたアマリリスではそのような言われ方をしなかったのに、何故ヤマトではそんな事を言われてしまうのだろうか。

 多分自分含めてアクの強い連中が揃いに揃っているから、普通なジュンが埋没するのだろう。

 それにユリカは単に有能なだけでなく“色々な意味でアクの強い人間だ”。それに慣れるとやっぱりジュンは印象がうっすいのだろうな、と進は納得する。

 “以前のヤマト”ならジュンでも問題無く指揮出来ていた可能性はある。

 皆真っ当な軍人揃いだから、ユリカや沖田艦長という人物のようなカリスマは無くても、こういった時の維持くらいなら問題ない程度の人望を得られたはずだ。

 

 結局、ユリカの下に付いたのが運の尽きか……ご愁傷さまです。

 

 「いざとなったら、俺が音頭を取りますよ。教育されてますから」

 

 進は気負っていない風を装ってジュンにそう告げる。ジュンは結構なダメージを受けた様子ではあるが、

 

 「そうだね、ユリカが育てた古代君だしね……まあ、フォローは任せてよ。そういうのは得意だから……」

 

 言っておいてなんだが本当に頼りないな、おい。

 

 (しかし、本当に俺に出来るのか? ジュンさんが付いているとは言っても、俺に指揮なんて……)

 

 背中に冷や汗が流れるのを感じる。進にとって艦隊戦の経験はカイパーベルトと次元断層の2つだが、いずれのケースも進が担った役割は少ない。

 

 だが、進とてもう引くわけにはいかないのだ。

 “別の宇宙の自分の様に”ヤマトを導いていかなければならないのだ。ユリカが復帰出来なくてもヤマトをイスカンダルまで導く役割は――もう進にしか出来ない。

 

 ジュンにはユリカの代わりが務まらない事が立証されてしまったし、ルリにはオペレーターとして全力を尽くしてもらう方が実力を発揮出来ることも立証された。

 後は、ユリカの息子、なぜなにナデシコ、そしてゲームとは言え天才ユリカと互角に渡り合った――様に見える事で注目を集めている進くらいしか、他部署のクルーの信頼を集められそうな人材がいない。

 

 (ユリカさんは――最初からそのつもりで俺を育ててくれていたんだ。それが“別の宇宙の俺”を知るが故だったかどうかはこの際どうでも良い。そのおかげで俺達は巡り合えた。今の俺になれたんだ。なら俺は……俺として出来る事をする)

 

 ――自分らしく頑張れば良いんだよ――

 

 何時だったか、ユリカ相手にフルボッコにされて自信を失いかけた時の――励ましの言葉が蘇る。

 ヤマトに乗るにあたって――ガミラスと戦うにあたってこうあらねばならないと決めつけかけていた進にとって、目から鱗が落ちる感覚を与えてくれた言葉だ。

 

 それから進は“自分に何が出来るのか、何をしたいのか”を色々考えながらここまで来た。

 実際ユリカは進にどうあるべきかを強要した事は1度も無い。そう、“古代進”になる事もだ。

 こうあって欲しいと望んだことあるし、今こうやってユリカの代わりを務める事を望んでいる。

 

 だがそれを受け入れたのは進自身だ。拒絶する余地もあった。自信が無ければ資料をジュンとルリに開示して判断を仰ぐようにと指示されていた。

 それを拒んで自分が背負うと決めたのは他でもない進自身。

 

 進は自分の意思で受け入れた。

 

 ユリカの代わりに、ヤマトを導くと――。

 

 ユリカ同様、沖田艦長の教えを受け継ぐ――と。

 

 第二艦橋の大介から「進の提案に則って、ブラックホールの重力エネルギーを利用した、フライバイからの超長距離ワープを実行する」と報告があったのは、まもなくの事であった。

 

 

 

 ユリカを欠き、ルリを欠き、不安と困惑の渦中にあるヤマト。

 

 しかし真実を知った古代進は倒れたユリカの代わりになる事を決意する。

 

 行くのだヤマト、遥かなる星イスカンダルへ!

 

 地球は君の帰りを、君の帰りだけを待っているのだ!

 

 人類滅亡と言われる日まで、

 

 あと、269日。

 

 

 

 第十五話 完

 

 

 

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第二章 大自然とガミラスの脅威

 

    第十六話 超新星! ヤマト、緊急ワープせよ!

 

 

 

    全ては――愛のために



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第十六話 超新星! ヤマト、緊急ワープせよ!

今更ですが、本作の天文関連の記述はWikipediaを中心にインターネット上で収集した情報を基にしています。
間違いなどがあるかもしれませんし、お話の都合で現実的ではないであろう現象などが含まれることは、予めご了承ください。


 

 

 

 少し恒星進化論について触れよう。

 恒星とは、星間ガス等が濃く集まり続け、自身の重力による自己収縮による熱と圧力で核融合を開始して燃えがった天体であるが、核融合によって最初に反応を起こす水素はヘリウム変換されていく。

 太陽質量の約0.46倍程度の赤色矮星では温度が低くヘリウムの核融合が発生せず、水素を燃やし尽くした後は外層部が宇宙空間に放出されていき、残った中心核が余熱と重力による圧力で光と熱を発する“白色矮星”になる。

 

 太陽質量の0.46倍から約8倍までの恒星では、それ以降も反応が起こるが窒素が作られる段階でそれ以上進まなくなり、赤色巨星を経て白色矮星になる。

 

 中性子星の場合は8倍から10倍の質量を持った恒星の晩年の姿とされている。

 それ以下質量しか持たない恒星からさらに核融合反応が進み、炭素・酸素からなる中心核で核融合反応が起こり、酸素やネオン、マグネシウムからなる核が作られる段階になると、中心核では電子の縮退圧が重力と拮抗するようになり、中心核の周囲の球殻状の部分で炭素の核融合が進むという構造になる(玉ねぎの様な層になると考えられている)。

 それによって生じる核反応物質によって中心核の質量が増えていくが、中心核を構成する原子内では陽子が電子捕獲により中性子に変わった方が熱力学的に安定となるに及ぶ。

 これによって中心核は中性子が過剰に埋め尽くされるようになり、一方で電子捕獲によって減った電子の縮退圧が弱まる為、重力を支えられなくなって星全体が急激な縮退を始める。

 中心核の縮退は密度が十分大きくなって、中性子の縮退圧と重力が拮抗すると急停止する為、これより上の層は中心核によって激しく跳ね返されて発生した衝撃波で一気に吹き飛ばされる現象――“超新星爆発”を起こし、残された中性子からなる高密度の核を、中性子星と呼ぶ。

 

 太陽質量の10倍以上の大質量星の場合は、元々の密度が大きくないため中心核が途中で縮退する事なく反応が進み、最終的に鉄の中心核が作られる段階まで核融合が行われる。

 鉄原子は原子核の結合エネルギーが最も大きいためこれ以上の核融合が起こらず、熱源を失った鉄の中心核は重力収縮しながら断熱圧縮で温度を上げていく。

 その温度が約100億Kに達すると鉄が光子を吸収し、ヘリウムと中性子に分解する“鉄の光分解”という吸熱反応が起きて急激に圧力を失い、これによって支えを失った星全体が重力崩壊で潰れて超新星爆発を起こす。

 爆発後に残るのは爆縮された芯のみで、残った芯の質量が太陽の2~3倍程度なら中性子星になるとされるが、それ以上ならば重力崩壊が止まる事無くブラックホールになるとされている。

 

 これらの現象は地球上で行われた観測結果やシミュレーションによるもので、より正確な条件は勿論、実際に恒星の辿る詳細な進化についてはわかっていない部分も多い。

 

 ただ1つ言える事があるとすれば――。

 

 桁外れの重力とエネルギーを放出する恒星自体に近づく事も危険であるが、晩年と言うべき中性子星とブラックホールも、それと同等かそれ以上に危険な天体であり、星々の海を渡るというのであれば最大限の注意を払って回避するのが望ましいという事だ。

 

 今ヤマトは、ブラックホールに接近する危険を冒して最短コースを進もうとしている。

 それが蛮勇故の愚行か勇敢さに基づいた英断であるかを決めるのは――行動の結果であろう。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第二章 大自然とガミラスの脅威

 

 第十六話 超新星! ヤマト、緊急ワープせよ!

 

 

 

 「以上が、これからヤマトが接近しようとしているブラックホールに関わる恒星進化論よ。で、本題の――」

 

 大介がブラックホールに接近する航路を選択したと聞くや否や、イネスは医務室から喜び勇んで飛び出し“占拠した”中央作戦室の中央に陣取って説明を始めていた。

 航海班としては、イネスの説明を聞くまでも無くヤマトが自ら危険な航路を選んだ事は重々理解している。

 本当ならこんな航路を取らずに迂回すべきところだ。

 

 だが、ヤマトは航路日程に後れを出している。

 そして、仮にイスカンダルに遅れて到達したとしてもユリカが持たなければ意味を成さないという認識が根付いている以上、危険であっても遅れを取り戻すために最短コースを通るしかいないのだ。

 

 「ブラックホールについてはこれから説明するわね。それじゃみんな大好き何時もの番組で行くわよ!」

 

 嬉々として説明継続を雄弁に訴えるイネスを止められる人間は――ヤマトには居なかった。

 彼女はブラックホールについてそれはもう自分が知り得る限りの事をつらつらと語っていく――つもりだったようだが艦内の空気を鑑みて欲しい、という進の意見を採用して何時もの手法に切り替えた。

 

 使われていなかったモニターが灯り、ウィンドウがあちこちに開いて流れ出す軽快な音楽!

 

 「3! 2! 1!……どっか~ん! なぜなにナデシコ~!」

 

 何時ものである。

 違う点があるとすれば、ウサギユリカの代理としてゴールデン・ハムスター雪が登場している事と、ルリお姉さんの代わりにオカメインコラピスが登場している事だ。

 ついでに今回はトナカイ真田ではなく進お兄さんが出演している。

 

 なのでハムスター雪は念願叶ったなぜなにナデシコ出演に(しかもマスコットキャラ!)、愛しの進と同じステージに立ったと気力充填120%で臨んでいた。

 

 視聴者の皆様方は何時ものメンツが生贄のみである事に不安を抱いていたが、代理のキャスティングは誰もが納得するものであった。

 ミス一番星コンテスト2位の我らが麗しき生活班長と、機関班を中心にその勢力を伸ばしつつある桃色の妖精ことラピス・ラズリ機関長。

 このキャスティングに異論のある視聴者など居ようはずがない。

 

 特に機関室で汗水垂らして油まみれになりながら機関部の調整を行っていた彼女の部下達は、愛くるしくデフォルメされたノーマルオカメインコの着ぐるみを着た上司の晴れ姿に狂喜乱舞した。

 モニターに張り付いて騒ぐ部下達――とちゃっかり参加している太助の姿に、額に手を当てながら嘆息している山崎も、ユリカとルリが倒れて気落ちしていたラピスがこんな余興に参加する気になるくらいは持ち直していると思うと、頬が緩む。

 

 ともかく、キャスティングを大幅に変更して開催された記念すべき第四回放送のタイトルは「なぜなにナデシコ ヤマト出張篇その4~ブラックホールって何?~」となっている。

 

 キャスティングの変更でセリフ回しなどに差異はあるが、概ね何時ものノリで進行していく番組。

 番組内では「シュヴァルツシルト半径」だの「膠着円盤が」だの「重力の特異点が」だのと色々難解な言葉がつらつらと流れるように登場している。

 さしもの才女ハムスター雪も、完全に専門外な宇宙物理学となるとチンプンカンプンの様で、割と素の困惑から合いの手を入れているのが見て取れる。

 同じくマスコット枠のオカメインコラピスも似たり寄ったり。

 

 だが彼女は“天然枠”だったのだ。

 

 天然妖精ラピス・ラズリ。彼女がこの番組における最大の狂言回しと言えた。

 最初は「寝込んでるルリ姉さんの代わりになるなら……」と消極的な理由でイネスの呼びかけに応じたのだが、自分の知らない知識を学べる環境に置かれた事や、エリナが用意していた(用意させていた)着ぐるみを着せられて気持ちが切り替わってしまったためか……

 

 大 暴 走

 

 素のリアクションで台本を無視した合いの手や質問を連発。悪乗りしたイネスもそれに応じてリアルタイムで脚本を変更してはカンペを出して、セットや演出担当のウリバタケやヒカルに(強制参加の)真田が大忙しで駆けずり回り、番組司会担当の進お兄さんと同じくマスコット担当の雪までも振り回すに至った。

 

 その振る舞いは、自身も一杯一杯なハムスター雪ではとても抑えられず、進お兄さんはリアルタイムで変更される台本をカンペで確認しながら、自分でもちゃんとわからない複雑な用語やらを、カンペ横目に棒読みにならないように必死に己の役目を果たさんとする。

 そんな周りの努力も視界に入らず、変わらず暴走を続けるオカメインコラピスによって、古代進は今まで経験したどんな苦難よりも激しく荒く、その精神力をゴリゴリと削り取られていった。

 

 そんな(スタッフの涙ぐましい努力によって成り立った)番組の内容を(無慈悲に)要約するのであれば以下の通りとなる。

 

 ブラックホール。

 

 その呼び方が定着するまでは崩壊した星を意味する“collapsar(コラプサー)”などとも呼ばれていたという。

 その特性上直接的な観測を行う事は困難であり、他の天体との相互作用を介して間接的に観測が行われていて、X線源の精密な観測と質量推定によって幾つか候補となる天体が発見されてはいるが、直接的な観測は未だに成されていない。

 それもそのはずで、ブラックホールには光すらも脱出出来ないとされる非常に強い重力によって歪められた時空、事象の水平線とも称される空間で周囲を覆われているのだ。

 この半径をシュヴァルツシルト半径、この半径を持つ球面を事象の水平線(シュヴァルツシルト面)と呼ぶ。

 

 ブラックホールは単に元の星の構成物質がこの半径よりも小さく圧縮されてしまった状態の天体でしかなく、事象の水平線とはいうものの、その位置に何かがあるわけではない。

 そのため、ブラックホールに向かって落下するという事は、いずれこの半径を超えて中に落ちていく事になるのだが……。

 

 恐ろしいのは、時間の流れは重力の強さによって無制限に引き延ばされてしまうという事だ。

 それ故に、事象の水平線を超えてしまうととても不可思議な現象が垣間見えると言われている。

 落ちた物体を離れた位置から見るとやがて水平線の位置で永久に停止した様に見え、落ち込んだ物体からは宇宙の時間が無制限に加速されたように見えると言われているのだ。

 

 この常識の一切が通用しない空間の中心には、重力が無限大になる重力の特異点があるとされている。その特異点も回転していないブラックホールでは1点に、回転しているカー・ブラックホールではリング状に発生すると言われている。

 

 また、ブラックホールには熱的な放射である「ホーキング輻射」と呼ばれる現象も提唱されている。

 誤解を恐れず小難しい説明を全て省略してしまえば、ブラックホールが質量を失う際の放射の事と言ってしまっても良いのかもしれない。

 この説も最終的には「ブラックホールに落ち込んだ物質の情報は失われず、ブラックホールの蒸発に伴って何らかの形でホーキング放射に反映され、外部に出てくる」という形に落ち着いたとか。

 

 こういった小難しく専門知識無しでは到底理解が出来ないような難解極まりない説明が、3人の役者を使ってある程度砕かれた形で延々と続き、さらには我々が住まう太陽系を擁する銀河系も「中心に太陽質量の10の5乗倍から10の10乗倍の質量を持った超大質量ブラックホールが存在し、それによって形成されている」という脱線も踏まえて続いた。

 

 そうやって放送時間が1時間を超える頃になってようやくエンドマークが出現。

 終わった終わったと、皆が席を離れようとしたところで後半パート「なぜなにナデシコ ヤマト出張篇その5~ブラックホールを使った超長距離ワープ~」の放送予告。

 まさかの2本立てに視聴者は喜ぶよりも先に困惑の色を濃くする。

 

 その(出演者の汗と涙の結晶の)番組内容を(またしても無慈悲に)要約すると以下の通りになる。

 

 散々危険であると連呼したブラックホールを利用した航路を選ぶ最大の理由は、ブラックホールの重力エネルギーを利用しての超長距離ワープを敢行する事にあるのだ。

 番組内でその理屈を長々と語っていたが、詳細には触れず内容を要約すると、ブラックホールに意図的に接近して天体の重力を利用して加速する航法である“フライバイ”を敢行。

 それによって得られるブラックホールの重力エネルギーを利用し、ワープエネルギーを強引に高めて通常のシステムでは実現出来ない超長距離ワープを実現する、というものだ。

 ヤマトのワープはタキオン粒子の波動――空間歪曲作用を利用して一種のワームホールを形成するものではあるが、入り口と出口になる開口部はともかく、ワープの距離に影響する4次元的な宇宙の湾曲を考えると、時空をも歪めるブラックホールのエネルギーを活用すればワープ航路を強引に延伸することは出来る。

 突入にも当然相応のエネルギーを要するが、それはフライバイで得られる加速で補えるので、“理論上は”今のヤマトでは実現出来ない超ワープを実現する限られた手段である。

 

 ただ――

 

 フライバイに失敗すれば、事象の水平線を超えてブラックホールに引き込まれる……いや、それ以前に潮汐力でヤマトがバラバラになるのが先かもしれない……。

 

 アイデアを受けてこの航路を選んだ大介も緊張と不安で胃がキリキリと痛む。

 本来なら、本来ならこんな危険を冒すことなく安全に運行していくのが責任者の常。

 なのだが、遅れに遅れたヤマトの航海予定を取り戻し、一刻も早くユリカをイスカンダルに運ぶためには避けられないリスクだ。

 

 こんな無茶をしなくても、ヤマトはイスカンダルに到着して地球に帰還するギリギリの日程はある。

 しかし、最短コースを進むとしたらヤマトは大マゼラン手前のタランチュラ星雲の一角を通過しなければならない。

 スターバースト宙域と呼ばれる活動の活発なその場所を通過するリスクは極めて高く、迂回すればかなりの日数を消費してしまう。

 ガミラスの妨害による航海の遅れが今後も無いとは言い切れない以上、1日でも遅れを取り戻せるのなら取り戻しておきたいのが実情だ。

 

 それに最新情報によればユリカの余命は――あと3ヵ月あるかないか。

 それも、今後病状が悪化するようなストレスやら負傷が無ければという前提で、今後ガミラスの妨害で負傷したりストレスを受けたら……。

 

 ユリカの命を確実に繋ぐためにも……時間が欲しい。

 

 自分達に、地球に――最後の希望を与えてくれたユリカは絶対に助けると、クルーは全員誓いを立てている。

 それが血反吐を吐きながらこの航海の準備を整えてくれた彼女に対する恩返しだと。

 

 だから……ヤマトは行かねばならない。

 無茶なワープによる負荷で、本末転倒の事態を招く危険性もある。

 その危険性を理解してもなお、ヤマトは突き進むしかない。

 

 

 

 ヤマトに与えられた時間は限られているのだ!

 

 

 

 その後ヤマトは、ワープで利用予定のブラックホールに接近した。

 緊急ワープ地点から約1400光年程離れている、本当なら接近するはずの無かった天体である。

 銀河間空間にあったであろう赤色超巨星の成れの果てと思われる天体だ。

 一体どのような経緯でこの天体がこのような空間に存在してしまったのかは様として知れないが、今は暢気に探究していられない。

 

 とにかく気は急いていたが、安定翼のスタビライザー機能でクルーへの負荷が軽減されているとしても、ユリカを始めとする病人・怪我人の事を考えると連続してワープを敢行するわけにはいかない。

 インターバルも兼ねて徹底したワープ航路の計算、そのために必要なブラックホールの観測を実施。

 今から24時間後にフライバイ・ワープを敢行する事になった。

 

 

 

 「お疲れ、古代。お前、よく頑張ったよ」

 

 疲労困憊で戦闘指揮席に突っ伏している進を見て、操舵席を立った大介が肩を叩いて労う。

 

 「………………」

 

 実質ルリの代わりの説明役だったのだが、天然少女ラピスのせいでエライ目に遭った。

 とは言えそんな事を本人に面と向かって言えるわけも無く、「またやりましょうね」とキラキラと輝く眼で言われては――もう進に反論する気力が残らなかった。

 

 ――ああ、可愛い妹は桃色の悪魔(無自覚)なのでしょうか。

 

 その桃色の悪魔は現在、通信席に座るエリナ相手に喜々として感想を語っている。

 

 ――う~む。

 

 「お疲れ様、古代君。はい、ヤマト農園産フレッシュトマトジュースよ」

 

 こちらも思わぬ番組構成に疲労困憊ながらも、甲斐甲斐しく進にジュースを運ぶ雪。妙に表情が艶々しいのは愛しの進と共演し、苦難を共に出来た連帯感故か。

 そんな雪の姿を見て、大介の胸に諦めの感情が広がる。

 

 (失恋――だな。雪の奴は古代しか見ていない。それに、最近の古代を見てると……)

 

 正直悔しい気持ちはある。

 同期だったはずなのに、進はユリカに見初められてメキメキと実力を伸ばし、今やユリカの代わりにヤマトを先導する指導者としての頭角も現しつつある。

 自分と進の何が違ったのか、どうしてユリカは自分ではなく進を選んだのか、男のプライドが傷つく。

 しかし、聡明な大介はすぐにその理由に行き着いた。

 

 進は自分と違って人を惹きつけて従わせるカリスマの様な物を持っている、と。

 

 確かに成績上は進との間に大きな差は無かったが、周りに人が集まり易かったのはどちらかと言えば彼の方だった気がする。

 それに良くも悪くも理屈っぽくて合理性を重視する自分には、ユリカや今回の進のような一見合理的に見えない、博打の様な手段で道を切り開くような選択は中々出来ない。

 ユリカは進のそんな資質を見抜いて自分の後継者に選んでいたのだろう。

 そして、雪もそんな進に心惹かれて――

 

 (いや待てよ。それもあるだろうが、艦長はやたらと古代と雪を引き合わせてなかったか?)

 

 思い返してみれば、色々と2人の中が進展しやすいようにとお膳立てをしていたような気がする。

 ――そこまで面倒を見る必要があるのだろうかと疑問に感じるが、まあユリカも相当変わった人柄だから考えるだけ無駄だろう。

 というか早くも嫁選びですか。意外と――いや、あの親にしてこの子在りな親バカ気質なのだろうか。

 

 ともかく、先を行かれた挙句雪まで(実質)ゲットした進には、当然嫉妬もあるが納得している自分もいるのだ。

 実際、進の言葉が無ければ今回のワープに踏み切れたのかどうかもわからず、ずるずると後れを引き摺って最悪の事態を招いていたかもしれないと考えると――やはり、指導者としては彼の方が向いていると言わざるを得ない。

 それに大介は「任された」のだ。

 先を行く進でも手が出せない――大介の専門分野。その知識と技術を彼は欲しているのだ。

 

 ヤマトの航海班長としてやり遂げなければならない。大介が舵を握らなければ、ヤマトの航海は成功出来ないのだ。

 大介は嫉妬をその心の内に抱きながらも、航海長としてのプライドを奮い起こし、ヤマトの操縦桿を握り直した。

 

 

 

 「そう、ブラックホールのフライバイを利用して……」

 

 「そうです。それでヤマトは超長距離ワープを敢行します。どの程度跳べるのかは未知数ですが、上手くいけば1万光年以上の距離を跳べます。そうすれば、遅れた航海予定を何日分か取り戻せるはずです。超長距離ワープが人体にどんな影響を与えるのか未知数なので、ルリさんもしっかりと体を固定して備えて下さいね」

 

 そうコミュニケでハリから教えられたルリは、枕に頭を埋めて深く息を吐く。

 

 ――まだ……動けそうにない。

 

 ハリ達の見舞いから6時間。最低でも5日は休養を取る様に言い付けられてまだ1日と半日。当然だ。

 フライバイワープとなれば精密な計算が必要になるはずなのに、チーフオペレーターとしてそんな大仕事を任せきりにしてしまうのは心が痛む。

 

 「雪さん……みんな、頼みます」

 

 今のルリには頼ることしか出来ない。

 だが、雪を含めた部下達はみんな凄腕揃いだ。本質的な能力やオモイカネとの交感能力は及ばなくても、今人類が用意出来る最高の実力者が揃っている。それに――

 

 「ハーリー君、頑張ってね……」

 

 雪よりもオモイカネとの交感能力が高いハリが力を合わせれば、何とかなるはずだ。ガミラスとの戦いが始まってから急激に成長を続けているハリなら――。

 

 (あ、あと古代さん、なぜなにナデシコご苦労様でした)

 

 心の中で大任を果たした進を労う。おかげでラピスを伴うと番組が混沌と化すことがわかった。

 

 生贄、ご苦労様です。

 

 とりあえず、今回の放送に出演せずに済んで本当に良かった良かった。

 今後、ラピスが出演する時はぜぇったいに断るとしよう。

 

 

 

 そのような人間ドラマが流れながらも、ヤマトは粛々と眼前のブラックホールの解析を続ける。

 太陽質量の300倍を超えるブラックホール。銀河間空間にありながら、太陽質量を超えたブラックホールだ。

 ブラックホールの周りには水素で出来た降着円盤が形成されている。恐らくこのブラックホールがマゼラニックストリームの近くにある為、それを引き込んだのだろう。

 確証は得られないが、ブラックホールの質量が恒星質量を上回っているのもそれが原因だろうか。

 膠着円盤はブラックホールに近づくにつれ回転が速くなり、徐々に赤く変じていっているのが伺える。

 これは落ち込んだ物体の放つ光が重力による赤方偏移を受けているためだ。

 その膠着円盤も、ある一点で停止しているように見える。

 それこそが――

 

 「あそこが、事象の水平線だ。あれを超えてしまうと一巻の終わりとなる。尤も、潮汐力の影響や重力による時間の流れの遅滞を考慮すると、過度な接近はご法度だ」

 

 真田が険しい表情で大介に忠告する。人類全体にとってブラックホールに接近すること自体が初めての事なので、艦内の空気は大分ピリピリしてきている。

 

 とはいえ、

 

 「わかってますよ、真田さん。にしても、古代が開催したなぜなにナデシコは無駄じゃなかったって事だな。緊張感はあるが思った以上に艦内の空気が軽い。道化も必要って事か」

 

 こちらは緊張しながらも余裕を持とうと努力している大介が、笑みを浮かべて語る。笑みの理由は察すべし。

 

 「そりゃ良かったよ……」

 

 放送終了から3時間程経って幾らか回復した進は、波動砲用の測距儀を使ってブラックホールの光学観測をしながら気のない返事をする。

 フライバイ・ワープの成功率を高めるためには、クルーの緊張を適度に取った方が良いと思ったから頑張ったのだ。頑張ったのだが……。

 

 (お母さん……ラピスちゃんは天然な小悪魔になっちゃったよ)

 

 心の中でユリカに報告する。彼女が相手では、ユリカの体力は絶対に持たないだろう。

 自分が犠牲者で本当に良かった。心から思う。彼女に悪気はない、悪気は無いのに――天然なのだ。

 だから面と向かって文句も言えない。

 

 ああ、お兄ちゃんは辛いよ……守もこんな気持ちを抱いていたのだろうか。

 

 「僕、古代さんを尊敬します。恥を忍んで晒し者になってまでみんなの為になぜなにナデシコを開催出来るなんて――流石は艦長の息子ですね!」

 

 場を盛り上げようと進を持ち上げるハリにも悪気は無いのだが、進の疲労がそれで取れるわけも無く、何とも微妙な気分であった。

 

 「あ、島さん、ブラックホールの解析データが集まって来たみたいです。第二艦橋に降りて航路計算をしましょう」

 

 「ん、そうだな。じゃあ古代、俺達は第二艦橋に居る。第一艦橋は任せたぞ」

 

 「ああ、しっかり頼むぜ島。最終的にはお前の腕が頼りだからな、当てにしてるぞ」

 

 進の嬉しい言葉に大介の顔も緩む。

 

 「任せろ、俺はヤマトの航海長だからな!」

 

 そう、ここから先は……大介の見せ場だ。

 

 

 

 そして、運命の瞬間がやってきた。

 

 ヤマトはいよいよフライバイワープによる超長距離ワープを実行する時が来た。

 ヤマトは安定翼を開いた姿でブラックホールに接近を続ける。高速で流れる水素気流の中を抜けるため、窓には防御シャッターを下ろして安全を確保し、電源を少しでも蓄えるため、照明を落とされた艦内は非常灯で赤く照らされていた。

 

 緊張感が高まる。

 

 雪は第三艦橋の電算室でリアルタイムに航路計算の修正作業を担っていた。

 雪は額を流れる汗を拭う暇すら無くキーを叩き、全天球モニターとコンソールに浮かべたウィンドウを流れる大量のデータを視線で追い、他のオペレーター4人と協力して情報処理を続ける。

 ルリが抜けた穴は大きく、普段に比べると情報処理能力は明らかに落ちていた。

 オモイカネも心なしか元気がない様な気もするが、それでも全員が一丸となって取り組むことで、何とか困難な計算作業をこなしていく。

 

 計算データを受け取ったハリも、データを参考に航路データを参考にワープシステムの調整を繰り返す。

 今回は航路計算の大部分を電算室に託し、自身はワープシステムの調整に全力を注ぐ。

 ワープインの座標や空間歪曲システムの稼働タイミング、ワープインに必要なエネルギーの必要量の計算を最新のデータに基づいて細かく修正する。

 

 ラピスはその計算データを基に波動エンジンからワープエンジンへのエネルギー供給量を決定する。

 ブラックホールの重力波干渉によって波動相転移エンジンの出力が微妙に低下しているので、補正を必要としている。

 エンジンの稼働には空間歪曲の原理が使われている箇所があり、そこが影響を受けている様子。普段以上に繊細な管理を求められた。

 

 舵を握る大介も、指定された航路に沿ってヤマトを操縦するのに必死だった。

 雪達オペレーター、ハリ、ラピスと言った面々がどれだけ頑張っても、大介がそのデータ通りに操縦出来なければその努力が水泡と化すのだ。

 ヤマトの自動操縦システムでは到底このデータ通りの航路を進むことは出来ない。

 ――ここから先は、大介の技量に全てが掛かっている。

 

 ヤマトは慎重にブラックホールの周囲を回る膠着円盤に突入する。外周部は相対的に流れが緩やかだが、それでもかなりの勢いで水素気流が流れている。

 フライバイによる加速を付けつつ、予定するワープ方向にヤマトが向かうように慎重に操縦しなければならない。

 仮にフライバイワープが成功したとしても、ヤマトの進路がずれてしまってはロスタイムを埋めるどころか却って増やしてしまうのは明白。

 勿論膠着円盤に突入する方向も、十分な加速が得られる距離を得られるように計算されている。

 大介は緊張で額に浮かんだ汗を流れるままに、瞬きも我慢して計器を睨む。

 全神経を集中して操縦桿を操って、ヤマトを進める。

 

 ヤマトは水素気流の奔流の中をふらふらしながら全速力で突き進む。

 全身のスラスターと安定翼や尾翼の各部も動かして姿勢制御を行う。

 高速で流れる水素気流。フィールド無しでこの流れに飲まれたら、生半可な宇宙船ならあっという間に粉々にされてしまうだろう……。

 

 限界まで緊張が張り詰めた時間が続く。実際には十数分程度の短い時間だったはずだが、ヤマトのクルーにとっては数時間にも感じられた。

 

 「波動相転移エンジン、出力100%を維持! ワープエンジンも正常稼働中!」

 

 ラピスが激しい振動に耐えながら計器を読み上げる。

 ブラックホールの干渉を受けて何時もより安定しないが、何とかエンジンの状態はキープ出来ている。

 

 「座標設定完了! 時間曲線同調20秒前! タキオンフィールド展開確認」

 

 航法補佐席のハリも振動音に負けない大声で口頭報告を続ける。緊張で額に汗が滲むが、拭う暇を惜しんで計器を読み上げコンソールの操作を続ける。

 

 「空間歪曲装置作動開始! ワープ10秒前!」

 

 大介がワープスイッチに手を伸ばしてカウントダウンを開始する。泣いても笑ってもこれが最初で最後のチャンスだ。

 ヤマトはブラックホールの重力と膠着円盤の回転を利用して、メインノズルの推力だけでは時間のかかる亜光速までの加速を瞬時に行う。

 

 「5……4……3……2……1……ワープっ!!」

 

 大介はありったけの願いを込めてワープスイッチを押し込む。

 

 ヤマトは――これ以上無い程最良のタイミングでワープインする事に成功した。

 ヤマトの艦体を何時もの青白い閃光――タキオンフィールドで身を包みながら時間と空間を跳び越える。

 普段ならワープ航路の安全のためにと回避する天体の重力場――それもブラックホールを利用したイレギュラーなワープにヤマトの艦体がビリビリと震える。

 安全ベルトが千切れて座席から放り出されてしまうと錯覚してしまうほど激しい衝撃であった。

 

 (お母さん、耐えて下さい!)

 

 進は全身に力を込めて衝撃に耐えながら、ユリカの身を案じていた。

 

 

 

 ユリカはヤマトがフライバイを開始した瞬間、ぼんやりとだが意識を取り戻していた。

 視界も音も無いのは変わらない。体の感覚もイマイチ微妙で自分の状況が良くわからないが、この様子だと医療室で入院させられている事は容易に予想が付く。

 避けられない出来事だったとはいえ、まだ銀河系を出て間が無いというのにこの体たらく。

 ――皆もさぞ心配しているだろう。

 生真面目な大介辺りは、自分がヤマトを次元断層に落としてしまったからと気に病んでいそうだ。

 鈍った体を強烈な衝撃が襲うのを感じる。ベルトでベッドに固定されているとは思うが、それでも投げ出されそうな衝撃だ。

 

 (ああ、これは大質量天体を利用したフライバイワープか。私のファイルにそれについて記載してたっけ。イネスさんやエリナがわざわざ進言するとは考え難いし、進……見たんだね)

 

 ユリカは何となく進が自分が残したファイルを見た事を察する。

 ――そうなると、今まで隠してきた全ての事情も知らされた事になる。

 だがフライバイワープを決行したとするのなら、進は全てを受け入れ先に進む決意をしたという事だろうか。

 予定よりもだいぶ早い展開だな、と思う。バラン星を通過するくらいまでは頑張るつもりだったのに。

 

 ――ユリカ、私の声が聞こえますか? 古代は決断しましたよ。貴方の跡を継ぐことを――

 

 ヤマトの声が聞こえる。音ではなく、直接脳裏に響く為かクリアに聞こえる。こういう時に有難いなと思う。

 ユリカも声を出さず頭の中で言葉を紡ぐ。それでヤマトに伝わるはずだ。

 

 (ヤマト……報告してくれてありがとう。それと、何時も本当にご苦労様。何度も無茶させてごめんね)

 

 ――いえ、それが私の使命ですから。それと、ごめんなさい。私の独断で彼にファイルを渡してしまいました――

 

 (いいよ。そのおかげで先に進めるみたいだから)

 

 どちらにせよ、この状態では艦長としての責務を果たし続けることは出来ないだろう。

 勿論まだまだ頑張るつもりだ。次元断層で遭遇した指揮官は進だけでは――いやユリカだけでも正直手に余る。

 

 全員が一丸となって立ち向かわなければ超える事が出来ない。まだユリカにリタイアは許されないのだ。

 

 ――貴方達怪我人や病人は私が何としても護り抜きます。フラッシュシステムの助けを借りてフィールドを調整すれば、負荷を軽減するくらいなら出来るはず。難しいでしょうが、1日でも早く指揮を執れるようになって下さい。まだ、私達には貴方の力が必要です――

 

 (うん。わかってるよ、ヤマト――私も、まだリタイアするには早いからね)

 

 

 

 ヤマトは激しい閃光と共にワープアウトする。

 何時もなら溶けるように消えていく艦を覆う青白い閃光が、まるで氷の様に剥がれ落ちて周囲に散らばり、宇宙空間へと消えていく。

 普段とは少々異なるワープをしたからかもしれないが、そんな事を追求出来る余裕のあるクルーは居なかった。

 

 「……っうぅ――ワープに成功したのか?」

 

 戦闘指揮席でふらつく頭を振りながら進が身を起こす。コンソールパネルを操作して窓を覆っていた防御シャッターを開ける。

 シャッターが解放されると、ヤマトの正面に星々の煌めきが広がっている。

 進は艦内通話のスイッチを入れて電算室の雪を呼び出す。

 

 「雪、起きてるか?」

 

 「あいたたた……今起きたわ、古代君。ヤマトの現在地の探査を始めるわね」

 

 みなまで言わなくても雪はオペレーターがダウンして放置されていた電算室のシステムを操作、ヤマトの現在位置を周囲の天体との位置関係から計算する。

 

 「――成功、したのか?」

 

 隣の操舵席の大介も呻きながら体を起こす。

 

 「ワープは成功したようだな。後は、どの程度の距離を跳べたかだが……期待してもよさそうな気配だな」

 

 何時の間にか起き上がっていた真田が、艦内管理席でヤマトのコンディションをチェックしながら話しかけてくる。

 真田にしては、少々楽観的とも言える発言だが、これで成果無しでは危機を冒した甲斐が無いと思っているのが声に現れている。

 

 「う~む。自己診断システムによると、艦体にかなりの負荷が掛かった様だな。主砲は脱落せずに済んだようだが、傷が開いたようだ。この様子では後5日は使えんぞ。それに、艦尾左に装甲板の亀裂、長距離用コスモレーダーにも障害が発生している。よし、詳細を確認次第修理作業を開始しよう」

 

 「いててて、修理作業は頼みますよ、真田さん」

 

 こちらも意識を取り戻したジュンが状況確認を始めた様だ。

 

 「古代君、結果が出たわ」

 

 電算室の雪から待ち望んだ一報が届く。

 

 「コスモレーダーを始めとする観測機器に損傷があって正確さが不十分ではあるのだけれど、ヤマトはイスカンダルへの予定航路上にワープアウトしたとみられるわ。地球からの距離は約4万8000光年……ブラックホールから約2万光年程をワープした計算になるわよ!」

 

 雪の声にも喜びが滲む。

 ブラックホールのフライバイを利用したワープは、1回のワープとしては今までのヤマトでも最長クラスの2万光年ものワープを成功させた。

 ヤマトの艦内に歓声が響き渡る。

 多少の損害は被ってしまったが、それに見合った成果と言えた。それに――。

 

 「こちら医療室、イネス・フレサンジュよ。艦長を始め、入院中の患者達は全員無事、バイタルに乱れは無いわ」

 

 「これから本格的に診察するけど、まず報告」とイネスの言葉に全員が安堵する。

 最も心配されていたユリカが何ともないのなら、無茶をした甲斐があったというものだ。

 これで、次元断層に落ちて遅れた分だけは取り戻す事が出来た。

 

 「みんな喜べ! 今回のワープで、乗員保護のために使っているタキオンフィールドの更なる調整が可能になるデータを得られた。それだけじゃない、超長距離ワープを実行するために必要な空間歪曲のデータもだ! このデータを組み合わせれば、ワープの安定度の向上と、劇的とまではいかんだろうが跳躍距離の延伸が望めそうだぞ! 特に安定度の向上はクルーへの負担軽減も図れるから、上手くいけばワープのインターバルの短縮も図れるかもしれん! 上手くいけば、距離こそかつてのヤマトには及ばないまでも連続ワープの復活を見込めるぞ!……無茶をするのも、偶には良いものだな!」

 

 真田の報告に、悪化の一途を辿っていた艦内の空気がさらに明るくなる。

 流石にこの規模のワープを繰り返す事は難しいが、それでもワープの距離を伸ばせて、さらに間隔を縮めることも出来るなら何とか遅れを取り戻せるかもしれない。

 

 超長距離ワープの成功に不可欠なのは、やはり航路を構成するために必要な空間歪曲場の構築にある。

 その点ヤマトは、最もウェイトの大きい出力は全く問題無いのだが、技術力とノウハウの不足でワープエンジンの機能を自沈前と同程度にまで回復出来ず、運用データのロストも激しいため誕生当初よりマシ程度に落ちていた。

 だが、それを補填するに足るデータが得られれば、システムの再調整を行う事で大幅に増強された出力を活用し、ワープ距離の延伸を図る事は決して不可能ではない。

 流石にいきなり超長距離ワープ能力を取り戻せないだろうが、それでも連続ワープの復活は見込めると真田は語った。

 もし連続ワープが可能となれば、乗員への負担次第になるとはいえ1日当たりの跳躍距離を倍に出来るかもしれない。

 そうなれば、ヤマトの航海日程の遅れはあっという間に取り戻せるはずだ。

 

 それは今後の航海に希望が持てる知らせと言って不足は無いだろう。

 

 「ヤマト――お前が、お母さん達を護ってくれたんだな」

 

 進は漠然と、そう感じていた。

 

 

 

 それからヤマトは、補修作業を続けながら航行を続けた。

 念のため、クルー全員の健康診断を行って超長距離ワープによる影響の程度を調べる。

 幸い大事に至るような体調不良を訴えたクルーは居ない。喜ばしい事に病人・怪我人もだった。

 

 反面ヤマトは無茶相応の損害を被っていた。

 装甲板の亀裂、主砲の修理のやり直し、コスモレーダーを始めとする観測機器の破損と、外部の被害は大きい。

 とは言え大事に至るほど深刻なものではなく、スペックを遥かに超える2万光年の大ワープを敢行したにしては軽症と言えた。

 そう何度も使えない手段ではあるが、おかげでワープ性能の向上が図れるようだし、今回ばかりは無茶をした甲斐があったと艦内でも評判だ。

 

 特にこれまでの失態を続けていた(と本人達は思っている)航海班は歓喜に震え、今回のワープの発案者として進の名前も艦内で話題になった。

 別に進本人が吹聴したわけではないのだが、第二艦橋でのやりとりが雪に知られて、航海班――特に大介の手腕共々褒め称えてた結果、艦内で一躍有名になってしまったのだ。

 元々ユリカ絡みで艦内でその名を知らない者が居ない(太陽系さよならパーティーでウリバタケが過剰に煽った事もあって)進なので、これでまた加点が1つ。

 正直変なプレッシャーを感じてしまうが、同時に今の進にとっては好都合でもあった。

 

 これからのヤマトは、進も引っ張っていかなければならなくなっているのだ。

 進の予想では、ユリカはまだ艦長として戦い続けるはずだ。あの次元断層で戦った指揮官は手強い。

 数で勝るとは言え、あのユリカが手玉に取られた相手にまだまだ未熟な進が勝てる道理は無い。

 だとすれば打開策はたった1つ。ユリカと進を中心に、この寄せ集めの様でプロフェッショナルな集まりのヤマトクルーの意識を1つに纏めて対抗する。

 これ以外に無い。

 

 勿論本音としてはユリカを休ませて進がヤマトを導くのが理想ではあるが、そこまでの実力があると思い上がれるほど進は自分を知らない訳ではない。

 自分の無力さはもう十分に味わった。

 だがそんな進でも力を付ける事が出来る事を――無力さを嘆くばかりではなく実行する事で道を開く事が出来ると――ユリカとアキトから教わった。

 

 「よし! 予定航路に復帰したと言っても安心していられないぞ! 少し休憩をしたら航路探査の後、改めてイスカンダルに向けて出発だ!――それで良いですよね、副長?」

 

 勢い勇んで第一艦橋のクルーを鼓舞したところで、戦闘班長に過ぎない今の自分の立場を思い出してジュンに――現在の最高指揮官に伺いを立てる。

 いかんいかん、つい“古代進”のつもりになって張り切ってしまった。

 まだ、ユリカから“艦長代理”を拝命したわけではないのだから自重しなくては。

 

 「――ああ、うん。古代君の言う通りだ。航海班は航路探査と今後の航海日程の再調整案を、後で提出してくれ。工作班はヤマトの損傷のチェックと補修作業を。他の部署の責任者もそれぞれ被害報告と稼働状況を纏めて提出する様に。次のワープは航路探査終了とヤマトの補修が一段落してからにする。8時間後に中央作戦室でミーティングをするから、それまで各自1時間の休憩を必ず取ること。以上!」

 

 もう進がユリカの代わりに艦長代理として指揮を執った方が良いんじゃないだろうか。ジュンはそんな思いに駆られながらも最高責任者として指示を出す。

 

 (ああ。僕って結局情けないというか決まらないなぁ……)

 

 ちょっぴり悲しくなった。しかし、

 

 (――副長権限で指揮を任せるってのもありかもしれないなぁ)

 

 別に責任放棄するわけでは無いが、音頭を取るなら進の方が自分よりもヤマトという艦に適している様に感じている。

 それに、自分の力をヤマトで活かしきろうと思ったら、積極性のある指揮官をフォローする補佐役が最も適切であると自負している。

 となれば、指揮は表向き進に任せてしまって、自分は裏方に徹するというのも決して悪い手段ではない(ますます頼りないと言われるだろうが……)。

 ……レクリエーションのシミュレーション対決で、進はそれまで全勝のユリカ相手に引き分けている(多分意図された結果だろう)。

 戦いそのものは終始ユリカが優勢だっただけに、相当インパクトが強い。

 実際進の手腕は大したものだった。ジュンの目から見ても十分合格ラインだ。

 ユリカが倒れてからのヤマトを主導しているのも彼であるし、変な増長の類も一切見られず思慮深さも増してきているし……これは、真剣に検討した方が良いかもしれない。

 

 

 

 しばらくして、大介と進は休憩の順が回ってきた事もあり、食事を摂るべく食堂に足を運んでいた。

 今後の方針を決めるための話し合いも大事だが、まずは腹ごしらえ。緊張に晒され続けてどっと疲れたから、腹も減る。

 

 「ふぅ~、腹減ったぜ」

 

 「全くだ。さっさと食って休んで、その後は第二艦橋で仕事だ」

 

 進と大介は仲良く並んで自動配膳機から食事の乗ったプレートを呼び出して手に取る。

 

 「――また同じメニューか。最近続いてるな」

 

 「それだけ食糧事情が厳しくなってるんだな……航路上に植物や水の得られる惑星でもあれば良いんだが……」

 

 プレートの上に乗った食事のメニューは、ここ最近続いている食パン2枚、ソース無しのスパゲッティ、豆入りカレースープ(スパッゲティ投入前提)、植物性プランクトンを固めた緑の物体、オレンジジュースである。

 ベテルギウス突破後の打撃に加え、オクトパス原始星団で停泊していた間に食糧事情がかなり切迫した。

 あの時はクルーの精神衛生を考慮して少し無理をしてでも、と食事を少々豪華にしていた反動がここに来ている。

 特に小麦粉はそろそろ厳しくなってきているので、今後の主食は豆になりそうだと、平田から聞いている。

 

 「そうだなぁ……とは言え、植物があっても食えるかどうかは調べてみない事にはわからんし、中々に難問だな」

 

 進にとっても頭の痛い問題だ。

 ユリカの代わりに艦の指揮を執るというのなら、自然とこういった部分にも気を配っていかなければならない。

 ここは――雪にでもご指導を仰ぐか。それを口実に一緒の時間を持ちたいという下心もある。

 ――これ位はユリカもやっていたのだから問題無いだろう。うん。

 

 「しかし古代……最近随分雪と仲が良いんじゃないか?」

 

 大介の発言にぎくりとする。ちょっと良からぬ事を考えていた所にまさかこんな指摘が来るとは……。

 

 「そ、そうか?」

 

 「傍から見てると成立間近のカップルだよ。全く――雪も苦労するなぁ、こんな鈍感が相手じゃな」

 

 「……」

 

 仰る通りでございます。正直全く自覚がありませんでした。

 

 「そんなんじゃあ、雪に愛想尽かされちまうぞ。艦長の代わりを頑張るのは結構だが、艦長の子供を自称するなら恋愛だってしっかりしないとな」

 

 (……島、お前も随分染まったな……)

 

 以前の大介だったらこのような物言いはしなかったと思うのだが。それに、

 

 「お前雪に――」

 

 「生憎、勝てない勝負をする程俺は無謀じゃないさ。俺に申し訳ないとか思ってるなら、なおさらしっかりしろよ」

 

 大介はそこまで言うと、話に夢中になって放置されていた食事に手を付ける。

 これ以上は楽しい話題でもないので進も目の前の食事を口に運ぶ。

 

 親友の気遣いが、心に染みた一幕だった。

 

 

 

 食事を終えて大介と別れた進は、パイロット待機室にいるアキトに接触するついでに、コスモタイガー隊の稼働状況を直接確認する事にする。

 

 進も一応パイロットを兼任しているのだが、今後出撃出来る機会はそう多くないだろうと思うと、いっそコスモゼロ(アルストロメリア)も誰かに譲渡してしまった方が良いかもしれない。

 遊ばせておくには勿体ない機体だし。

 

 「――ってところで、今んところコスモタイガー隊に問題はねえ。この間の次元断層の戦いじゃ、大型爆弾槽も使えなかったから、冥王星以降地道に貯めてきた分を含めて、倉庫の限界数まで回復してる。ディバイダーを含めた強化装備一式も10組ある。やっぱり稼働全機分用意すると補修パーツの確保も厳しくなるって言うんで、強化装備を使えるのはGXをディバイダーにしなければ10機までって事になった」

 

 結局プロキシマ・ケンタウリ第一惑星での攻防以来、撃墜されたエステバリスの補充は行われていない。

 その分のリソースをガンダムエックスとディバイダーの生産に回したからだ。

 これは撃墜されたパイロット達からの「数では絶対勝てないのだから、質を上げる事を優先すべきだ」という要望にもよる。

 そして予備機の2機を受領出来なかったパイロットは、修理されたGファルコンのパイロットに転向している。

 

 Gファルコン単体ではガミラスの宇宙戦闘機には見劣りする――のは少々過去の話。

 以前はエステバリスのスラスターを利用した運動性能の高さと火器の威力で対抗していたが、Gファルコンも改良を受けているのだ。

 スーパーチャージャー搭載に伴う出力向上と、それに合わせて推進系を軽くチューニングした事で、ガミラス宇宙戦闘機に匹敵する機動力を確保する事が出来たのだ。

 元々攻撃力は十分なので、必要以上に強化する必要性は薄い。対艦攻撃は合体した機体に任せれば良いのだ。

 

 「単独運用のGファルコンは爆装して運用する予定になってる。エステバリス無しじゃ、接射が必要な対艦攻撃はちょいと厳しいが、ヤマトの防空に専念すれば問題無いはずだ。それに、いざって時にはカーゴスペースに予備の武器や弾薬を満載した補給機として使えるようにも準備してる――とは言え、ガミラスの連中だって俺達の戦術やら能力やらをだいぶ把握してきてるはずだ。正直、ヤマトが万全な状態に無いのは心許ないぜ……」

 

 リョーコの表情はあまり明るいとは言えない。

 ガンダムエックスの完成で、1機とは言えアルストロメリアを超える強力な機体を新たに確保出来たのは素直に嬉しい。

 

 が、ガンダム1機追加した程度で楽観視出来るわけではない。

 

 ガンダム最大の武器であるサテライトキャノンで2度も煮え湯を飲まされているガミラスが、本格的な対策を考えないとは考え難い。

 ――いい加減対策が確立しつつあると考えるべきだろう。

 尤も、スーパーチャージャーを得て基本性能が強化されたガンダムとGファルコンの本格的な連動に関しては、次元断層の戦いからでは恐らく掴めはしないだろうから、そこに付け入る隙があるかもしれないが。

 

 「そうですね。そういう意味では、真田さん達が日々ヤマトの機能を少しでも改良してくれているのがありがたいと思います。少しでも敵の思惑を外せるかもしれないのなら――いやでも、流石に少し自重が欲しいとは……」

 

 思い出すのはカイパーベルト内で初めて見せた3人組の暴走。ユリカもキレたあんな暴走は流石に自重が欲しい。

 

 「そうだなぁ……思い返すと、ナデシコの時も結構色々やってたしなぁ」

 

 アキトの脳裏にウリバタケの発明――と言うなの暴走の産物が浮かぶ。

 ディストーションブロックにフィールドランサー……それに最大の失敗作で“結果的に人死を出してしまった”Xエステバリス。

 一応ヤマトでの発明というべきディバイダー装備一式にリフレクトビット――ついでにスーパーチャージャー搭載は成功はしている。

 とは言え、それらの制作やら細かな改良をするためには当然ながら“資源”が必要なのだ。

 そして、ヤマトは航海の途中で立ち寄った惑星や次元断層のデブリ帯等から資源を回収して満たしているが、潤沢に使える程倉庫が広い訳でもなければ資源回収が出来そうな場所も早々見つかるものではない。

 

 つまり、カツカツの資源を如何に遣り繰りしていくかが課題の1つであるわけで、無駄遣いされると本当に困るのだ。

 

 「――ともかく、コスモタイガー隊は現状問題無し! 万が一の戦闘にもすぐにでも対応出来る様に待機してるから、そのつもりでいてくれ、戦闘班長!」

 

 話が物凄く脱線しかけたのをリョーコが大声で遮った。

 

 「わかりました。ヤマトの主砲は5日後には回復する予定ですが、それまでの間はコスモタイガー隊が要になります。万が一の時は、よろしくお願いします」

 

 進はそう言うと“私用”としてアキトを連れ出して、司令塔後部の展望室に連れ込む。内密の話があるに違いないと考えたアキトだが……。

 

 「アキトさん! 次になぜなにナデシコやる時は、貴方にも生贄になってもらいますよ! 俺だけじゃラピスちゃんが参加した時に抑えきれません!」

 

 「そっちの話かよ!?」

 

 

 

 結局ユリカ達の秘密の話も並行しながら、必死の説得でアキトの了承を取り付けてから進は各武装の制御室を回って稼働状態を確認した。

 それが一段落した頃には8時間が経過、中央作戦室でのミーティングの時間になっていた。

 

 「これが、ヤマトの周辺の宇宙地図です。観測によって作成した地図と、イスカンダルから送られてきた地図を合わせて表示します」

 

 ハリは中央作戦室床の高解像度モニターと立体映像投影装置を併用して、ヤマト周囲約2000光年の観測結果と提供された地図を表示する。

 銀河間空間にいるだけあって、星の数は銀河の中に比べると非常に疎らで相当空間が開けているのが見て取れる。

 しかし――。

 

 「ふむ、約450光年先に赤色超巨星――約1000光年程先に恒星系が1つあるな……イスカンダルへの予定航路から少し逸れるが、もしかしたら資源を得られるかかもしれないな」

 

 宇宙図を見た真田が、右手で顎を撫でながら呟く。

 眼前の赤色超巨星は惑星を有していない(すでに飲み込んでしまったのかもしれないが)ので、特別探査する価値は無さそうだ。

 件の恒星系も、提供された地図に記載はされているが、その環境の詳細については特に記載が無い。

 恐らく観測は出来ていても、イスカンダルが直接調査したわけではないのだろう。

 だが、データによればバビタブルゾーンの中に含まれる惑星があるようだ。

 つまり、水と植物を得られる可能性がある。

 

 「確かにイスカンダルの航路からは少し外れていますが、この程度なら遅れは最小限で済みます。それに、ベテルギウスにオクトパス原始星団と――トラブルの連続でヤマトの食糧事情もかなり厳しくなっています。だよな、雪?」

 

 「そうね。農園で得られる野菜にも限りがあるし、水もちょっと心許ないわ。どこかの惑星から採取出来れば改善出来るけど、そうでなければ、今後はもう少し締めないといけなくなるわね」

 

 大介の指摘に雪も頷く。航海にトラブルは付き物だとは言われるが、補給の目途が付かない単独での長期航海がこれほどのものだとは流石に想像が及んでいなかった。

 かつての大航海時代などは、過ぎ去って久しい歴史上の出来事に過ぎず、宇宙に進出して開拓を始めたのは比較的近い事柄だが、やはり過去の出来事だ。

 しかし、ヤマトが行くの未知の宇宙。理解が進んでいる太陽系とはわけが違う。

 夢物語に近かった恒星間の移動が現実のものとなり、さらには銀河間の往来を目的としていた途方もない航海。

 地球の科学技術とノウハウを考えれば、無謀極まる挑戦なのだ。

 

 そこにガミラスと言う侵略者の妨害まで加わってしまえば、地球で立てた航海プランがあっさり瓦解してしまっても無理らしからぬといったところだろうか……。

 

 「……真田さん、ワープシステムの改良はどうなってますか?」

 

 「まだ終わっていない。機関部を含めたそれなりに規模の大きい改装だからな。とは言え、この場で作業が終わるまで停泊するわけにもいかん。最短航路を選択した場合、赤色超巨星付近で1度ワープアウトしてから再度ワープする少々危険な航路になってしまうが、ここで時間をロスしては折角のフライバイで稼いだ分が無駄になってしまう。仮に帳消しになるにしても、同じ損失を生むなら理のある損失の方が気持ちも前向きに出来るはずだ」

 

 真田の返事に進も頷く。

 

 「島、補給目的でこの恒星系に寄った場合のロスタイムはどの程度になる?」

 

 「そうだな……幸いバビタブルゾーン内の惑星は1つしかないから、調査はその星だけに絞っても良いはずだ、目的は鉱物資源よりも水と食料だしな。有用な資源があった場合の採取に関しては、雪達に聞いた方が早いだろう」

 

 「そうね、実際に資源があった場合、水と食用に使える資源の調査と採取だけなら、2日もあれば足りると思うわ。勿論、食品への加工も含めてね」

 

 大介に話を振られた雪も、生活班長としての見解を述べる。

 実際エステバリスを始めとする人型機動兵器はこの手の作業にも向いている。

 旧来のヤマトに比べると、その手の作業効率は大幅に向上しているのでそれほどの遅れは出さずに済むというのが工作班との共通認識となっていた。

 

 「なら、まずこの赤色超巨星付近までワープしてからもう1度ワープしよう。リスクはあるが、貴重な恒星系をみすみす見逃してしまっては、今後何時補給の目途が立つか見当もつかない。食料になりそうな資源もそうだが、ヤマトの維持に必要な鉱物資源もあるかもしれないんだ。フライバイワープで取り戻した時間を使ってしまうかもしれないが、それに見合った価値はあると思う――先立つものは必要だ」

 

 今回のミーティングで実質司会を担当している進がそう言うと、第一艦橋のクルーを始め、各班各科の責任者が頷く。

 そんな中にあってラピスは内心「それって副長のジュンさんがやるべきことじゃ?」と思っていた。

 だが、他のメンツは気にも留めていない様子。

 ジュンも気にしている素振りを見せないのが気になるが、他ならぬラピス自身ジュンの姿を視界に入れるまで、進が事実上の進行役を担っている事を特に疑問を感じてなかった。

 もしかして、ジュンにはジュンなりの考えがあるのだろうか。

 疑問に思ったが、この場で口に出すのは止めておこうと思った。

 

 「それで良いですか、副長?」

 

 「良いと思うよ。実際ヤマトの台所事情は厳しいわけだしね。古代君の言う通り、先立つ物が無くちゃ今後の航海の不安が募るばかりだ。ここはワープシステムの改良を当てにして、寄り道をしよう」

 

 主導権を進に譲ったとはいえ、一応最高責任者であるジュンが了承した事でヤマトの航海プランが決定した。

 

 「ただし、戦闘配備を維持したままワープする事を心がけよう。こちらの進路変更が読まれているかどうかはわからないけど、ヤマトが物資を求めて星に立ち寄る事自体はガミラスも想定しているだろう。もしかしたら、この赤色超巨星を利用した罠の類があるかもしれないからね」

 

 

 

 赤色超巨星付近へのワープは16時間後に実行され、ヤマトは赤色超巨星から少々離れた地点にワープアウトした。

 件の赤色超巨星との間には、まだ相当な距離が開いているはず……なのだが、眼前の赤色超巨星の姿は地球から見る太陽に比べても大きく見える。

 赤色巨星へと至る過程でその質量の多くを宇宙に流出させているのだとしても、太陽に比べれば質量は大きいし、何よりその大きさたるや……。

 やはり接近しないに越した事は無いと痛感させられる瞬間だ。

 

 「ワープ終了!……よしっ! 多少予定よりも引きずられたが、狙い通りの位置だ。少々近い位置にワープアウトしたが、この後この星の影響圏を抜ける時間を短縮するためには、この方が都合が良いだろう。何しろ太陽半径の800倍の大きさがあるんだ。ワープ無しで迂回するのにだって、下手をすれば1日以上掛かってしまうからな」

 

 大介は観測機器で赤色超巨星との距離を測り、何とか予定通りの位置に出現出来た事を喜ぶ。

 ベテルギウスの時も内心冷や冷やだったが、やはり恒星付近へのワープは心臓に悪い。

 

 「艦内全機構異常無し――やはり恒星付近へのワープは航路が多少なりとも引きずられるな。このデータも反映してワープシステムを改修しよう。今後もこう言ったワープをしないとも限らん……しかし流石は島だ。難しいワープを連続でこなすとは、お前ますます腕を上げたんじゃないか?」

 

 難しいワープを続けたこなした大介の手腕に素直に感心する真田。

 

 「勿論です。俺はヤマトの操舵士ですからね」

 

 大介も真田の声に含まれる惜しみない賞賛に気を良くする。

 油断出来る状況には無いが、それだけの仕事はしていると自負しているので、素直に受け取って気持ちを盛り上げた方がこれからも上手くいきそうな予感がするのだ。

 

 そんなやり取りを横目に、雪は警戒の為センサーをフル稼働して周辺の状況を探る。

 スクリーンと周囲に浮かんだウィンドウが映し出すデータに目を走らせ、すぐにそれを発見して警告の声を上げた。

 

 「!? 前方の恒星から生じたと思われる衝撃波が接近中! 回避間に合いません!!」

 

 雪の警告にジュンはすぐに「総員対ショック準備!」と指示を出す。

 指示を出して僅か十数秒、凄まじい衝撃と共にヤマトがきりもみに回転する。大介は懸命にスラスターや慣性制御装置を駆使して姿勢を安定させようと努力する。

 その甲斐あって、ヤマトは辛うじて姿勢を安定させることは出来たのだが……。

 

 「波動相転移エンジン出力低下! 現在出力80%! 先程の衝撃でエネルギー伝導管に損傷が発生した模様です! 出力低下が止まりません!」

 

 衝撃でコンソールパネルに頭をぶつけて額から血を流しながら報告するラピス。

 かなり痛いし流れた血が右目に入って視界が塞がれるが、無事な左目で計器とウィンドウが表示するデータを睨んでエンジンの現状維持に努める。

 機関室では、この瞬間も機関士達がエンジンに取り付いて応急処置を行っているはずだ。自分が休んでるわけにはいかない。

 

 「ちょっとラピス、大丈夫なの!?」

 

 通信機器のチェックをしていたエリナがラピスの負傷に気付いて声を上げる。

 「大丈夫です」と答えるラピスに慌てて医療キットを引っ掴んで駆け寄って、消毒薬で浸したガーゼで血を拭って止血を行う。

 小さい悲鳴が艦橋内に響いた。

 

 「副長、通信機器にも異常あり。通信アンテナが破損したらしく、長距離通信は不能です! 周辺環境と合わせて、コスモタイガー隊の運用に制限が付くと思われます!」

 

 ラピスの治療をしながらも先程までチェックを続けていた通信機器の様子を報告する。

 

 「コスモレーダーも右舷のアンテナ損失、機能停止を確認! 艦首メインレーダーにも感度低下が認められます! やはり、先程の衝撃の影響のようです!」

 

 航行補佐席のハリがレーダーシステムの稼働具合を確認して顔を顰める。

 原因不明の衝撃に晒された影響で、艦橋上部のコスモレーダーアンテナが右舷2枚が全損、左側も辛うじて原形を留めているが到底機能する状態に無く、完全に停止してしまった。

 勿論、アンテナの基部である波動砲用の測距儀も同様で、レンズを破損して使用出来ない状態にある。

 幸いなのは、バルバスバウの中に収められている近距離用メインレーダーがその機能を辛うじて保っている事だ。

 

 「古代、今の衝撃で武装の大半に機能障害だ! ディストーションフィールド発生装置にも異常発生! 消失までは至っていないが、出力が安定しない!」

 

 額に汗を滲ませたゴートの報告に進も歯を食いしばる。武器もフィールドもダメージを受けてしまうとは――。

 原因がわからないので断定出来ないが、もしやこれはガミラスの罠――いや、それにしてはタイミングが早過ぎる。

 ヤマトのワープアウトに合わせての攻撃にしては、幾ら何でも……。

 

 「古代君、あの赤色超巨星は脈動変光星の一種だったのよ! どうやら私達は、運悪く星の脈動のタイミングに合わせてワープアウトしてしまったようなの! あの衝撃波は、その脈動で生じた自然の産物よ!」

 

 雪の報告にクルー全員が運の悪さを呪った。

 まさかそんなタイミングに合わせてワープしてしまうとは――宇宙とは人類にとってまだまだ未知の空間なのだという事を、またしても痛烈に教えられた。

 授業料はヤマトの損傷か――神様は相当皮肉なのかと、進は額に手を当てて唸るが、沈まなかっただけマシ――。

 

 「――っ!? わ、ワープアウト反応! これはガミラス艦です!」

 

 ハリの絶叫に今度こそ第一艦橋に悲鳴が上がった。

 

 

 

 

 

 

 「ふふふ……次元断層を脱出した後の足取りが掴めないと苛立っていたというのに……運の無い奴だ、こちらの思惑以上の結果だぞ……!」

 

 戦艦の艦橋でモニターに小さく映るヤマトの姿を嘲るゲール。

 彼はドメルが考えた作戦を実行するためにバラン星基地を発進し、2日程この宙域で待機していたところだ。

 

 「ヤマトがイスカンダルへの最短航路を取るとなれば、必ずビーメラ星が航路の脇に捉えられる。単独の長期航海ともなれば、水と食料を必ず補給したがるだろうから、水と植物のあるビーメラ星に向かうため、このエルダーの近くにワープアウトすると考えたドメル司令の読みは、正しかったようだな」

 

 正直面白くないが、素直に従った結果本当にヤマトをこの手で討ち取るチャンスに恵まれた。

 ガミラス軍人でその名を知らぬ者などいないと言わしめる宇宙の狼――ドメル将軍。

 その手腕をこうも見せつけられては、やはりその称号に偽りなしと実感させられる。

 

 「ヤマトのこれまでのワープ記録から割り出したワープ距離と周期から、銀河を脱してから予測通りに航行した場合、ビーメラ星の存在に気付くだろう」

 

 イスカンダルへの旅路を急ぐヤマトは、多少のトラブルで遅れても何とかして修正する。

 そして、急ぎの旅路でも先立つ物は貪欲に求めるだろうと力説したドメルは、本当に正しかった。

 

 「エルダーは老いた星だ。その寿命は最早尽きる寸前。恐らく1月以内には超新星爆発を起こしてその生涯を終え、その中心に中性子星を残して消えるだろうと推測されている……星の死期を早めるのは気が引けるが……専用に改造された超大型ミサイルを10発を預ける。不安定極まりない寿命寸前の赤色超巨星にこれを打ち込めば、まず間違いなく爆発する。主系列星の段階では問題にもならないが、老いて不安定になった今のエルダーには劇薬として作用するはずだ。計算では80%以上の確率でヤマトを巻き込んだ超新星爆発が誘発出来るはずだ」

 

 これがドメルの思い描いたプランだった。

 

 「君の仕事は、星が超新星爆発を起こすまでの間ヤマトを足止めする事だ。運が良ければ、星の脈動で発する衝撃波にヤマトが襲われて傷つくかもしれないが、過度な期待は出来ない。そこで、私が持ち込んだ“無人艦”を中心とした編成した艦隊を用いてヤマトの足止めに専念するのだ。勿論君は安全圏から事態を把握し、星の爆発の兆候が見られたらすぐに逃げろ。ただし、観測機器は置いておく事を忘れないように」

 

 流石はガミラス最強と称される名将。

 ゲールではここまでの事は考えつかなかった。

 ヤマトの航路を正確に予測した手腕もさることながら、その場で利用出来るモノを全て利用し尽くす発想力の素晴らしさたるや――。

 嫉妬は隠せないゲールであっても、素直に敬意を抱かずにはいられない。

 

 「さて、運良く弱っている内に叩き潰すとするか――エルダーにミサイルを撃ち込め! 無人艦隊制御開始! ヤマト至近にワープアウトさせてから、フィールドを最大出力で展開しつつ攻撃して足止めするのだ!」

 

 ゲールの指示で弱ったヤマトを狩るべく、血の一滴も通わない無人艦隊が牙を向いた。

 

 

 

 

 

 

 「全艦戦闘配置! ガンダム発進準備!」

 

 進はマイクに向かって叫びながら、自身も戦闘指揮席の計器類とデータウィンドウに目を走らせる。

 ヤマトのコンディションは良くない。

 主砲が全滅していて火力が大幅に落ちているだけでなく、衝撃波で武装の大半が機能障害を起こしている。

 致命的な損傷では無いが、作動機構やエネルギーラインの点検と修理には時間が掛かる。

 使える武装は――煙突ミサイルと艦尾ミサイルが半分程度。この環境では攻撃には使えないだろう……。

 ヤマト後方に出現した敵艦の総数は65隻。普段のヤマトなら何とか対処出来る数だ。

 進はガンダム2機を主力にした航空戦で足止めしつつ、早々に逃げ出す事も考える。

 ――嫌な胸騒ぎがするのだ。

 それに、この環境ではガンダムはともかくエステバリスでは活動が厳しく出撃は見合わせるしかない。

 敵艦隊は何時も通り駆逐艦を中心に数隻の戦艦を擁する編成。

 改良されたとはいえ、戦艦クラスに有効な火力を有するのは――ガンダムだけだ。

 

 「雪、あの星の解析をすることは出来るか?」

 

 「今始めたわ。でも探査機器の損傷が激しいし、電算室も不調だから、時間が掛かります」

 

 雪がすぐにパネルを操作して進の要望に応える。とは言え、状況は芳しくは無い。

 あの星がどの程度の周期で脈動するかを知らなければ撤退のタイミングも計れない。

 脈動変光星と一口に言ってもその周期は千差万別なので、もしかしたら非常に短い間隔で脈動してまた衝撃波が発生するかもしれない。

 またあの衝撃波を食らったら、ヤマトがどうなるか予想が付かない。

 

 「……くそっ。副長! 姿勢制御スラスターが不調です! 推力が全く上がりません! このままだと、方向転換すらままなりませんよ!」

 

 報告を受けたジュンが言葉に詰まる。

 どうやら先程の衝撃波に煽られたショックで故障してしまったようだ。

 とにかく艦を安定させる事に全力を注いだので、ヤマトの向きまでは注意を払えていなかったのも事態を悪くしている。

 

 ――艦首の右横には赤色超巨星の姿がある。ワープ航路への影響が生じる位置関係だ。通常推進で通過するにも、またしても至近距離を掠めなければならない角度だ。

 

 進は胸騒ぎがますます強くなるのを感じる。

 

 (――やっぱり、波動砲は何時でも撃てるようにしておいた方が良さそうだな)

 

 進は戦闘指揮席から波動砲のコンディションを確認する。衝撃波で多少のダメージがあるが、システムは正常に稼働中だ。

 とはいえヤマトのコンディションを考えると、2発目は無い。つまり取るべき手段は――。

 

 「副長。万が一に備えて波動砲とワープの準備を進めたいと思いますが」

 

 進の進言にこれまた苦い顔をするジュンだが、その意図はすぐに理解して貰えたようだ。

 

 「まさか――イネスさんが言っていた波動砲ワープを敢行するつもりか!?」

 

 「はい。ヤマトの方向転換が望めない今、ワープで離脱するためにはそれしかありません。ベテルギウスの経験を踏まえると、敵はあの恒星を利用した罠を仕掛けていないとも限りません。他に道は無いと進言します」

 

 進の意見にジュンも唸る。

 確かにあの恒星が相当不安定なのはもう理解した。早急にこの宙域を離脱すべきという意見には賛同出来る。

 

 「真田さん、ヤマトの姿勢制御スラスターの回復にはどの程度かかりますか?」

 

 「推測では、8時間程かかります。しかし、フィールドの安定しないこの状況下での船外作業は不可能です」

 

 真田からの報告も芳しくは無かった。

 それ故に、ジュンも決断せざるを得ない。

 

 「――わかった。波動砲とワープ、どちらもすぐに使えるように準備を進めてくれ。エンジンの出力低下が痛いけど、何とかして機能させてほしい。島君とマキビ君はワープの航路計算を頼む。それと――リスクは大きいけど、出せる限りの速度で前進して後方の敵艦から距離を取るようにしてくれ。このまま恒星との安全距離を保とうとすると、敵艦に狙い撃ちされてしまう」

 

 「了解! ヤマト、全速前進!」

 

 大介は覚悟を決めてヤマトを前進させる。

 ベテルギウスの二の舞は御免だと思っていたが、またしてもガミラスにしてやられた。

 悔しさを噛み締めながら、大介は少しでもヤマトへの被害を避けるべく、恒星に向かって突き進むチキンレースに挑む事となった。

 

 「――了解。機関室、波動砲とワープの準備を進めて下さい! この状況を打開するため波動砲ワープを敢行する可能性があります!」

 

 ラピスの命令に機関室では悲鳴が上がるが、それでも懸命にダメージを受けた波動エンジンに取り付いて指揮官の要望に応えるべく作業を始めた。

 

 「こちら格納庫! ガンダム2機、発進準備完了! 何時でも行けるぜ!」

 

 「ガンダム発進! ただしヤマトは緊急ワープで現宙域を離脱する予定だ! すぐに帰還出来るようヤマトから離れ過ぎるな!」

 

 進は出撃を命じながらも念を押す。進はガミラスの攻撃以上にあの脈動変光星である赤色超巨星が怖い。

 わざわざガミラスがこのタイミングで仕掛けてきたという事は――過去の経験から推測するに、ヤマトが進路変更してこの赤色超巨星の至近を通過するルート――すなわちこの先にある恒星系に補給を目的として立ち寄る事を予想しての事だろう。

 

 ガミラスがヤマトの懐事情を詳細に把握しているとは思えない。

 が、単独での長期間の作戦行動かつ自力で物資を調達しなければならない、時間が限られた航海で航路を大きく逸れる事も許されない――おまけに、地球人がまだ己の恒星系すら出た事も無かった大宇宙に関して“無知”な民族であるとなれば――その行動の予測も可能なのだろう。

 

 (そもそも、目的地が割れている以上は行動の予測は当然か……イスカンダルとガミラスが双子星である事を考えると、大マゼランも含めて地球までの航路上の天体について、向こうが詳しいだろうしな。となれば――)

 

 これから予定している恒星系には、“ヤマトが求める物資がある可能性が高い”。

 幾らガミラスでも、ヤマトの詳細なスペックは知らないだろうし、イスカンダルから宇宙地図を貰っているかどうかの確証は得られていないだろう(予想はしているだろうが)。

 

 とは言え無茶に見合った成果を得られることは確定した。

 恐らくガミラスはヤマトが目的とする恒星系に資源があると確信を持っていない事を知らない。

 だが“自分達はそこに資源がある事を知っているから”こそ“ヤマトがその恒星系に補給を求めるはずだ”、と思い込みが生じた可能性がある。

 だからここに罠を張ったのだろう。

 

 となると、目的地にプロキシマ・ケンタウリのように罠を仕掛けれている可能性が浮上したが、どちらにせよガミラスの妨害を避けては通れないのだ。

 

 押し通るのみ。

 

 ガミラスとイスカンダルは二重惑星。イスカンダルに接近する事自体がガミラスの懐に飛び込むと同義。

 

 ヤマトの目的地と目標が変わらない限り、衝突は避けようが無いのだ。

 

 それにガミラスとて必死なのだという事は、ユリカのファイルを読んだ今の進には理解出来る。

 手段を肯定する事は決して出来ないが、護るために必死に抗う者の強さは知っている。

 だからこそ、こちらも死に物狂いで抗わなければならない。

 どのような形であれ、民族の存亡を賭けて戦っているのは進達とて同じ事。

 しかし、例え地球を追い込んだ怨敵であったとしても――生きるために彼らの“滅び”を肯定して良いのだろうかという迷いは、進の胸の内にあった。

 

 だがそれを表に出して手心を加えるつもりは毛頭ない。

 そんな余裕はヤマトにも――地球にも無いのだ。

 

 勿論――ガミラスと和解の可能性が潰えているわけではない事は、ユリカのファイルに書かれていた。だから進も一縷の望みを託したい気持ちがある。

 しかしそれには――

 

 (ガミラスの総統デスラー……彼は果たして、俺達を理解してくれる存在なのか?)

 

 ユリカのファイルには彼に関しての記述が僅かに書かれていた。

 しかし、その人物像をそのまま鵜呑みに出来ないのは――進が自分で証明してしまっている。

 

 根っこは似ていても、経験と状況の違いから“古代進”と古代進は必ずしも同一の人物とは言い切れない差異を抱えている。

 それを考慮すれば、ガミラス――デスラーとの和解はあくまで“あり得る可能性”に過ぎないのだ。

 

 (全てを決めるのは――やはりサンザー恒星系に到着してからだな。それまでは、ガミラスには“障害”として対応するだけだ)

 

 進は胸の内の迷いを振り切って、ヤマトの戦闘準備を進めるのであった。

 

 

 

 「作戦を確認するぞアキト。俺達の仕事はギリギリまで粘ってヤマトが準備を整えるまでの時間稼ぎだ。フィールド出力に注意しろよ。この熱量だ、ガンダムでもフィールドが無くなったらあっという間に蒸発しかねないからな!」

 

 「了解隊長、気を付けるよ」

 

 リョーコの口から作戦の最終確認が済んだ後、2機のガンダムが発進していく。

 衝撃波で破損してカタパルトが使えないため、今回ガンダム2機は下部発着口から発進する事になった。

 中央の発着レーンにGファルコンDX、GXディバイダーが乗せられた所で傾斜が始まって発進スロープが形成、シャッターで格納庫と区切って減圧室を形成して減圧、ハッチが解放されて重力波カタパルトで初速を得た艦載機が発進する。

 猛烈な加速と共に艦外に放出された後、姿勢制御しつつヤマト後方に位置する敵艦隊に向き直る2機のガンダム。

 恒星に近い位置である為、改修されたとしてもエステバリスでは少々活動するには厳しい環境だ。

 ガンダムでも、ちょっと油断すれば最悪の事態になりかねない極限状況での戦闘に、流石のアキトとリョーコも不安を隠せないでいる。

 

 「おっしアキト! 俺とお前で何とか敵の足止めを果たすぞ! 先鋒はお前、俺がフォローだ! ディバイダー仕様なら小回りが利くから、思う存分突っ込んでくれて良いぜ!」

 

 威勢の良いリョーコの言葉に「了解」と苦笑気味に返す。

 確かにリョーコのGXは、サテライトキャノンを外して換装したディバイダー装備――通称GXディバイダーと呼ばれる形態になっている。

 最大火力と継続戦闘能力はGファルコンGXに劣るが、大仰な追加装備が無いため非常に小回りが利き、武装も粒ぞろい。

 強いて言えば、対艦攻撃にどうしてもハモニカ砲――可能であれば最大出力のカッターモードで使う必要があるため、少々エネルギーのやり繰りが大変といった具合だ。

 

 ディバイダーをバックパックに接続した高機動モードなら、展開形態のGファルコンDXにも何とか追従出来る程度の機動力を持ち、運動性能で勝れるので本来なら対艦戦闘のみが想定される今回の様な戦場よりは、戦闘機との戦いが主体になる航空戦の方が向いている。

 

 (まあ、今回の作戦を考えると小回りが利く分だけ、こっちの方が良いのかもしれないな)

 

 そんな事を考えながら、アキトは展開形態のままGXディバイダー(高機動モード)を引き連れて敵艦隊に突撃する。

 

 

 

 一方、2機のガンダムが飛び行く様を待機室のモニターで見送った居残り組はというと……。

 

 「やっぱり凄いねぇ~ガンダム。この状況下で活動出来るなんて……ホントにリアルゲキ・ガンガーって感じ?」

 

 改修されたエステバリスでも活動出来ない環境下で活動するガンダムの姿に、呆れるやら感心するやらの判断がイマイチ付かないヒカル。

 

 「確かに……この間の改修でまた差が開いたみたいだね」

 

 こちらもシリアスモードなイズミが率直に述べる。

 正直性能差云々よりも、ユリカの現状を理由にアキトが鈍っていないかどうかの方が気掛かりだった。

 が、その心配は無さそうだと、軽快にかっ飛ばすGファルコンDXの姿を見て安堵する。

 とはいえ、手助け出来ない事が、今は悔しい。

 

 「まあ、基本性能が桁違いですし。隊長殿もご機嫌でかっ飛ばしとりますなぁ、少佐?」

 

 自身のスーパーエステバリスには相応の愛着があるが、見事なまでに性能差を見せつけられ、かつその高性能にご満悦と言った様子のリョーコの動きを羨ましく思う。

 腐っても木星男児の高杉サブロウタ。

 やはり、高性能で(現状)ワンオフの特別機には相応の憧れがある様子。

 

 勿論その根底には、このような状況下で何も出来ない無力な自分への憤りが含まれている事は、その声色からも明らかだった。

 

 「そうだな。隊長にこそ相応しいとパイロットを譲ったが……」

 

 本来ガンダムエックスのパイロットに内定していながらも、「コスモタイガー隊の隊長にこそ、ガンダムは相応しい」と、密にダブルエックスの操縦を代われる様にと猛特訓していたリョーコの気持ちを汲んで辞退して譲りはしたが、今の状況ではむしろ変わってやりたいという気持ちがある。

 

 リョーコでは、ボソンジャンプを使えない。それに頼った緊急帰投が出来ないのだ。

 フィールドさえ健在なら、アキトが何とかするかもしれないが、確定出来る事象ではない。

 

 皆、軽口の様な言葉を吐いて自分を誤魔化しているが、悔しい気持ちは一緒だった。

 

 そんな仲間の憤りを乗せるかの如く、モニターに映るガンダムは敵艦と接触、交戦状態に突入した。

 

 

 

 先陣を切るアキトは敵に航空部隊が居ない事から、敵艦の対空砲火だけに注意を払って突撃を敢行する事にした。

 恐らくこの状況下では、ガミラスとて艦載機を運用出来ないのだろうと推測する。

 

 数でも質でも不利な状態での強襲は、火星の後継者との戦いで散々繰り返してきた。

 その決して褒められた手段ではなかったアキトの戦いの日々の成果が――こうも地球の存亡に大きく関わるとは……アキトは運命の皮肉を感じる。

 

 航空攻撃への対処は航空戦力に依存しているのだろうか、ガミラス艦の対空砲はかなり少ない――というか戦艦以外には確認もされていない。

 駆逐艦や巡洋艦クラスの対空攻撃は、甲板上の主砲で行われている事も確認済みだ。

 確かに駆逐艦の小口径な主砲なので小回りも利くし、連射速度も高い。対空射撃に使えなくはない性能だ。

 

 ――だが、そんなものに撃ち落されるほどアキトもGファルコンDXも甘くはない。

 

 アキトは右手の専用バスターライフルをマグナムモードで、収束モードの拡散グラビティブラストを適度に発砲、解析データから割り出したレーダーシステム(と存在する場合は対空砲)を破壊していく。

 

 撃沈は狙わない。というより狙えない。

 敵の防御が普段よりも厚く、主要区画を突破するのが難しいのだ。

 なので、アキトはすぐにリョーコに伺いを立てた後ヤマトに打電、火力支援を要請した。

 

 リョーコもアキトと協力して対空砲とレーダーシステムの除去には協力する。

 エックスディバイダ―は右手のビームマシンガンと左手のディバイダ―からカッターブレードモード(通称ハモニカブレード)の砲撃を次々と撃ち込んでいく。

 最強武器の名に恥じず、ハモニカブレードの一撃は今までよりも遠方からの攻撃で敵艦にダメージを与えられている。

 流石に一撃必殺は望めないが、この火力は頼りになる。

 

 改修によってガンダムの火力は更に向上している。これでより対艦攻撃の要としての役割が強化されたと言えよう。

 

 ……となれば当然試すべきなのは戦艦に対する威力。

 

 今まで通りなら、ガンダムの火力であっても重装甲・高強度フィールドを持つ戦艦に対して決定打を与えるのは難しいと考えられていた。

 だが、改修を受けた今なら通じるかもしれない。

 とはいえ無理は禁物だ。作戦の完遂が第一。ヤマトに攻撃を届かせない事が仕事なのだ。

 

 アキトとリョーコが曲芸飛行染みた軌道で敵艦隊の中を飛び回り、着実に敵艦にダメージを与えていく。

 十分とは言えないが、これ以上ガンダム2機だけでは限界だと判断したリョーコは、ヤマトに火力支援を求めた。

 

 「こちらリョーコ! 敵艦のレーダーにダメージを与えた! 波動エネルギー弾道弾を使ってくれ!」

 

 

 

 「こちらヤマト、了解! ゴートさん、お願いします!」

 

 「了解! 信濃格納庫ハッチ開放! 信濃の無線コントロール開始、火器管制システム正常作動中!」

 

 ゴートの操作で無線制御された信濃が起動。

 ヤマト艦首下部の専用格納庫のハッチが観音開きに開いて、次元断層内で上下逆さまに格納されたままになっていた信濃がその姿を覗かせる。

 格納庫扉は元々かなり頑丈であったし、ヤマトに格納されていた信濃は衝撃波のダメージを受けていないのだ。

 

 「発射!」

 

 ゴートが発射スイッチを押すと、格納されたままVLSのハッチを開いた信濃から計24発の波動エネルギー弾道弾が次々と発射される。

 万が一の戦闘を想定して、限界まで耐熱コーティングを施した波動エネルギー弾道弾は、姿勢制御スラスターで進路を修正しながら、ガンダムからの誘導に従って目標に向かって猛進、疎らな対空射撃を掻い潜って次々と命中、その威力を見せつけた!

 

 この連携攻撃によって、敵艦隊の1/3に相当する20隻の敵艦を一挙に撃破する事に成功したのは幸運だと言って良いだろう。

 スコアの大半は駆逐艦だが、まずは頭数を減らすことが第一。

 火力支援を受けたガンダムもさらに鬼気迫る勢いで敵艦隊に襲い掛かり、確実にダメージを与えて言っている様だ。

 

 しかし――。

 

 「あの動き――やはり敵艦隊は無人艦で編成されている様だな。恐らくAI制御を基本に外部からのコマンド入力で制御されているのだろう」

 

 真田はガンダムと波動エネルギー弾道弾に対する迎撃行動から、敵艦隊が無人のAI制御を基本に外部からの管制を受ける無人艦隊だと見抜いた。

 ヤマトの決死の攻撃が上手くいったのは、相手が無人艦で判断がやや鈍かったからだろう。

 

 「しかし妙だ。今までガミラスが無人艦を使った事なんて確認されてないぞ?」

 

 きな臭いものを感じてジュンが眉を顰める。

 無人艦を使わなければならない程ガミラスは人材が不足しているとでも言うのだろうか。

 いや、だとしても連中に何度も煮え湯を飲ませてきたヤマトを相手取るのに、柔軟性に欠ける無人艦で戦いを挑んでくるものだろうか。数に任せるならまだしも、数が少な過ぎる。

 恐らくヤマトの行動を予測し、衝撃波で弱る事すら予測に含まれていたにしても、確実を期すならもっと多くの戦力を動員してくるはずだ。

 

 これではまるで――自軍の人的損失を抑えつつも艦艇の損失は鑑みない、自爆戦術のような――。

 

 胸騒ぎを感じながらも、ヤマトはそれから1時間に渡って敵艦隊との攻防を繰り広げた。

 防御を固めた敵艦に対しては、如何に改修されたガンダムと言えど決定打を与えるのが難しい。

 そうこうしている内に、眼前の赤色巨星の重力も使って加速し続けるヤマトと赤色巨星との距離が詰まってくる。

 そろそろ、ガンダムと言えど活動限界が近い距離だ。

 

 「こ、古代君! 大変よ!」

 

 切羽詰まった雪の声に進のみならず全員が注目する。皆の視線を受けても青褪めた表情の雪は本当に大変な事態が進行していた事を告げた。

 

 「分析によると、あの星は核融合が最後の段階まで進んでいて、星の中心核には鉄がかなり生成されているの! 中心核の推定温度も100億Kに到達してて、鉄の光分解がかなり進行しているの! 今も星全体が急激に収縮を始めていて、このままだとあの赤色巨星は数十数分以内に超新星爆発を起こすわ!」

 

 あまりに衝撃的な状況に誰もが言葉を失い青褪める。

 

 超新星爆発。恒星の生涯を終える瞬間の最後の輝き。

 

 鉄の光分解で恒星の核に蓄積していた鉄分子が分解されて星の中心が空洞のような状態になることで支えを失った星が潰れて、中央で星の物質が急激に圧縮されてコアが形成され、コアが反射した衝撃波が外部に広がり星が崩壊する現象――重力崩壊が起こる。

 そう、II型の超新星と呼ばれる星の末路――それがヤマトの眼前の恒星で今まさに起ころうとしているのだ!

 

 「でもこの現象は自然に発生したとは思えないわ! 戦闘開始から間もない頃に星の表面に急激な変動が起きていたの! 星の脈動にしては妙な動きだったから、恐らく何らかの外的要因で星が刺激されて超新星爆発が誘発された可能性が高いの!――やっぱり、古代君の懸念通り、ガミラスが意図した罠だったのよ!」

 

 進は……胸騒ぎが的中した事を実感した。

 

 

 

 

 

 

 「ゲール副司令、エルダーの変動を確認! 星全体が急激に収縮を開始! 超新星爆発の予兆です!」

 

 待ち望んだ報告にゲールもにたりと笑う。後は恒星が爆発するまでヤマトを釘付出来ればこちらの勝ちだ。

 ここで退避が遅れると、ゲール達も超新星爆発に巻き込まれてしまう。

 ゲールは速やかに無人艦を自立行動のみに切り替えて撤退を指示する。

 ギリギリまで粘って指示を出す方が確実だが、それで退避が遅れては元も子もない。

 ドメルの指示でもあるし、後は観測機が拾った情報を眺めて葬った証を得れば良いだけだ。

 

 

 

 

 

 

 「超新星爆発だぁ!?」

 

 ディバイダーを背中に装着した高機動モードで、左手で背中のラックから抜き放った大型ビームソードを敵駆逐艦のフィールドに押し付け、装甲に切りこみつつあったリョーコが驚き問い返す。

 

 「ガン……はす……帰艦! ヤマ……はこ……り……ワープ……行し……より離……る!」

 

 通信アンテナの損傷でノイズの混じる通信を聞きながらリョーコは唸る。

 不明瞭だが帰艦指示とワープに関する情報が聞けたのなら、やるべきことは1つだ。

 

 「――っ! 了解! アキト、撤収だ!」

 

 大型ビームソードで敵艦の装甲を割き、間髪入れずに右手のビームマシンガンをしこたま破損部に撃ち込みながら左手の大型ビームソードをラックに戻し、離脱と並行して背中から外したディバイダーからハモニカブレードを発射して駄目押しする。

 その猛攻の前に耐えきれなかった眼前の駆逐艦が爆ぜ、宇宙に華咲かす。

 しかし、今まさに恒星が末期の華を咲かせようとしていると考えると、眼前の爆発すらも雑草同然なものに思える。

 

 「リョーコちゃん! 敵艦隊の動きが!」

 

 隣の駆逐艦を同様に近接のハイパービームソードから接射による集中砲火で葬り去ったアキトが、爆発から離脱しながらリョーコに告げる。

 敵艦隊の動きが明らかに変わった。

 今まではヤマトをこの場に釘付けにするためか消極的に包囲網を形成するに留まっていたのに、ヤマトを確実に超新星爆発に巻き込むためか、より積極的な攻撃に転じている。

 

 「くそ……っ! 仕方ねぇ、ギリギリまで粘るぞ! 少しでも良い、敵艦隊を足止めしてヤマトを逃がさなけりゃ、何のためのガンダムだ!!」

 

 答えながら再チャージを完了したハモニカブレードで発射して、少し離れた位置にある敵戦艦に打撃を与えようと試みる。

 ――弾かれて終わった。

 収束率が高く、機動兵器用火器では最も優れたフィールド突破力を持つハモニカブレードとはいえ、やはり遠方から戦艦クラスのフィールドを撃ち抜くのは容易ではない様子。

 

 ――やはり、相転移エンジンと波動エンジンでは単純に生成するエネルギーの質と量で雲泥の差がある。

 そして、単純な出力以上に波動エネルギーを転用する事で効率を増したフィールド発生機やグラビティブラストの威力が凄まじさは、ガミラス戦役開始からヤマトの完成に至るまでの経緯で嫌というほど身に刻まれていた。

 

 この格差を埋められるのは――サテライトキャノンだけ。

 

 だがその切り札を使えばしばらくは身動きが取れなくなる。

 ――この状況下では、取れない選択肢だった。

 

 

 

 ガンダム2機の必死の攻防の意図を知った進達は、その心意気に応えるべく「良いからすぐに戻って来い」という言葉を飲み込んで、波動砲とワープの準備を並行して行う。念のため、格納庫内のボソンジャンプジャマーはカットしておく。

 その旨も通信で伝えはしたが、雑音交じりでは伝わっている保証が無い。気付いてくれれば良いが……。

 

 「こちら機関室! エンジン出力は40%で横ばいですが、何とか波動砲とワープの同時使用に足る出力を得られそうです!」

 

 太助の報告にラピスも頷く。額に巻かれた包帯が痛々しい姿だが、彼女は懸命にヤマトの機関部を統括していた。

 元々エネルギー総量と出力の値は旧ヤマトの6倍もあるのだ。ワープも波動砲を同時使用するにしても、35%程度もあれば十分事足りる。

 

 問題は、その負荷に損傷したエンジンが耐えられるのか、ヤマトの艦体が持ちこたえられるか、だ。

 

 「波動砲発射用意、安全装置解除」

 

 「ワープ準備。安定翼展開、タキオンフィールド展開準備」

 

 粛々と両機能の使用準備が進められていく。

 フライバイワープからあまり間を置かずにまた無茶なワープを強いられ、全員の緊張が色濃くなる。せめてヤマトがまともに方向転換出来れば普通のワープが可能なのだが……。

 スラスターの推力が低下したヤマトは、まともに進路を変える事が出来ない。

 安定翼の重力波放射機能はあくまで姿勢安定化様なので、方向転換に使うには少々性能不足。

 

 つまりこの場における最善策は、以前イネスが語った波動砲によるワープ航路の強制開口しかない。

 

 準備を続ける最中、ギリギリまで粘っていたガンダム2機がようやく帰艦した。

 しかし、その惨状は燦々たるものだった。

 一言で言ってしまえば無理のし過ぎである。

 如何にガンダムと言えどもたったの2機、サテライトキャノンも無しに数十隻からなる敵艦隊を食い止められようはずがない。

 その無茶の対価は、ガンダム2機共に中破という結末であった。

 

 GファルコンDXもGXディバイダーも、防御を捨てた攻勢に転じた事で何とか足の速い駆逐艦の何隻かを沈めはした。

 だが、帰艦直前にヤマトへの直撃コースにあった駆逐艦の砲撃を身を呈して防いだ事で、甚大な被害を被った。

 2機とも盾を眼前に突き出してフィールドを前方に最大集中展開して砲撃を防ぐ事は出来た。だが、エネルギー不足が祟って全身を覆う事が出来ず、フィールドが消失した部位が発生し、そこが砲撃で砕かれかつてない大損害を被る羽目になった。

 幸いだったのは、ヤマトが影になった事で恒星の熱からは守られた事だろう。

 

 それ程の被害を受けながらも撃墜には至らず、残されたエネルギーを振り絞って機体を高熱から守りながらヤマトの格納庫に自力で飛び込んだが、一歩間違えれば2機ともここで墜されていただろう……。

 

 ガンダム2機の文字通り身を呈した活躍で時間を稼いだヤマトは今、爆発寸前の赤色超巨星に向かって突撃を続けている。

 後方から迫る無人艦隊は、死を恐れぬ機械特有の無機質さを存分に発揮してヤマトを追撃、次々と主砲を放ってくる。

 ガンダムの加護を失ったヤマトは、代わりに艦尾ミサイル発射管から次々とありったけのバリアミサイルを放って砲撃を凌ぐ。高熱によって自爆する前に起爆すれば、フィールドを展開がギリギリ間に合う。

 

 ――今はエネルギーを少しでも節約しなければならない。

 

 頼みのバリア弾頭が尽きる前に、そして超新星爆発に巻き込まれる前にこの場から逃げ出さなくては……。

 

 「!? 恒星の収縮がさらに加速!――星が……潰れます!」

 

 雪の報告を聞くまでも無い。

 あれほど巨大だった恒星が急激にそのサイズを縮めているのが、窓に投影された艦外カメラの映像にもはっきりと映し出されている。

 その光景を目の当たりにするクルーの噴き出す汗の量が、一段と増えた。

 

 「最終セーフティーロック解除! タキオン粒子出力上昇!」

 

 「時間曲線同調! 空間歪曲装置作動開始!」

 

 進と大介の言葉が連なる。本来同時に使用される事の無い装置が同時に機能しようとしている。

 果たして――上手くいくのだろうか。

 

 「頼むぞ古代……ワープインの瞬間に波動砲を撃つんだ。タイミングがずれたら――」

 

 「任せろ島――俺達なら出来るさ!」

 

 2人が互いの呼吸を合わせる中、波動砲とワープの準備は最終段階を迎えようとしていた。

 

 「操縦を渡すぞ古代! 安定翼の重力波放射機能でも姿勢の固定と微調整くらいなら出来る。後はハーリーの指示に従ってヤマトを安定させるんだ!」

 

 「わかった!――ハーリー、頼むぞ!」

 

 「任せて下さい!」

 

 戦闘指揮席正面のパネルがひっくり返って、波動砲のトリガーユニットが出現し、進の目線の高さまで持ち上がる。

 進は両手でしっかりとトリガーユニットを掴み、対閃光ゴーグル越しに計器を睨む。

 

 「ターゲットスコープオープン! 電影クロスゲージ明度7!」

 

 「タキオン粒子出力上昇! ワープエンジン出力上昇、ワープ可能領域に到達!」

 

 ラピスの報告に進はトリガーユニットを握る手にさらに力を籠め、大介はワープスイッチレバーに手を伸ばす。

 後はこの2つの操作タイミングを完璧に合わせるだけ。

 それは、互いの呼吸を理解している親友同士の進と大介にしか出来ない芸当だろう。

 

 「古代、バリアミサイルでの防御は限界だ。直撃が出る前に頼むぞ」

 

 バリアミサイルの障壁を貫通した砲撃が、ヤマトの傍を掠める。

 艦尾ミサイル発射管の弾薬庫に、もうバリアミサイルは無い。ゴートは声を荒らげないように自分を抑えながら進に報告する。

 

 「さあ、やるぞヤマト! 衝撃で音を上げるんじゃないぞ!――波動砲発射15秒前!」

 

 「ワープ15秒前! 各自安全ベルト確認!」

 

 進と大介の警告が殆ど重なる。未知なる挑戦にクルー達の緊張が最大限に高まる。

 クルー達は、己の役割を果たしながら宇宙戦艦ヤマトがこの困難に打ち勝つ事を望む。

 あのベテルギウス突破の時に見せて、奇跡としか形容出来ないあの瞬間の再来を。

 

 ――耐える事には自信があります。後は……貴方達次第です、私の大切は戦友達よ――

 

 またしても脳裏に響いた“声”に、クルーは気持ちが少し落ち着くのを感じた。

 

 

 

 理屈などどうでも良い。確かな事は――今ヤマトと言う艦と進達クルーの心は1つとなりて――宇宙戦艦ヤマトと言う“存在”として確立しているという事だ。

 

 そしてその助けとなっているのは……遥かなる星イスカンダルからもたらされたフラッシュシステム。

 

 ユリカの呼びかけに応え、苦慮の果てに救いの手を差し伸べてくれた愛の星。

 

 ヤマトはそこに行かねばならぬ。

 

 必ずコスモリバースシステムを受領して帰らねばならぬ。

 

 全ては地球を救う為。

 

 愛を通すため。

 

 ……ヤマトの眼前で、ついに恒星が爆ぜた。

 

 支えを失った星の中心に構成物質が流れ込みコアを生成、そのコアに反射した衝撃波が高温のプラズマを周囲に凄まじい速度で弾き飛ばす!

 ヤマトへの到着にはまだ少し時間があるが、悠長にはしていられない。

 

 「3……2……1……発射ぁっ!!」

 

 「ワープッ!!」

 

 恒星の爆発と同時に、進が波動砲の引き金を引き、大介がワープスイッチレバーを押し込む。

 寸分の狂いも無い完璧なタイミングでシステムが作動し、ヤマトの艦首に波動砲の煌めきが灯り、波動砲のエネルギーで強引に拡張された艦首前方の時空の裂け目が、可視出来るレベルまで大きく開く。

 青白い稲妻と共に青白く輝く空間に、閃光に包まれたヤマトが力尽くで突入する。

 

 ヤマトが空間の裂け目に完全に侵入したすぐ後に、次元の開口部は膨大なエネルギーを放出しながら閉鎖され、ヤマトを追撃していた無人艦隊との間を遮る。

 

 直後、超新星爆発の想像を絶する衝撃波と共に周囲にばら撒かれたかつて恒星だった超高温の物質に飲み込まれて――無人艦隊もその一部と成り果てるのであった。

 

 

 

 航海の遅れを取り戻すべく決行されたフライバイワープ。

 

 その成功によって、航海に明かる兆しが見えたかと思われた直後のトラブルとガミラスの罠。

 

 緊急手段を用いて辛うじて退けたヤマトではあるが、その前途は厳しい。

 

 しかしヤマトよ、挫折する事は許されない!

 

 君の背中には、地球とそこに住まう全ての命が背負わされているのだ!

 

 人類滅亡と言われる日まで、

 

 あと、266日!

 

 

 

 第十六話 完

 

 

 

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第二章 大自然とガミラスの脅威

 

    第十七話 浮かぶ要塞島! ヤマト補給大作戦!?

 

    全ては、愛の為に。



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第十七話 浮かぶ要塞島! ヤマト補給大作戦!?

 古代守は暖かな温もりの中で目を覚ました。

 眼前にはベッドの天蓋の様な物が見え、体は柔らかく温かい、すべすべした手触りの布団で包まれていた。

 

 (確か俺は――タイタンでガミラスの捕虜になって……)

 

 ナデシコCを始めとする地球艦隊を――最後の希望たるヤマトに欠かせない人材を逃がすために囮となって――撃沈されたのだ。

 

 大破したアセビは物凄いスピードで太陽系内を突き進み、土星の衛星タイタンに不時着した。

 幸運な事に、その時点では守を始め数名のブリッジクルーが負傷しながらも生き延びていた。

 守はヤマトが発進した場合、資源採取のためにタイタンに立ち寄ることを知らされていた。だからヤマトが資材を求めてやって来るまで、何としてでも生き延びるつもりであった。

 

 元々古代守は宇宙戦艦ヤマトの戦闘班長か副艦長の任に着く事を望まれていた。勧誘の際、ある程度の情報は知らされていたのである。

 若いが思い切りが良く戦況判断も良い。蜥蜴戦争の末期から火星の後継者の事件――それにガミラスの開戦直後から経験を積んでいるだけあって、実戦経験も十分豊富と言え、ヤマトのクルーとしては申し分ないと判断されていた。

 無論、それはあくまでヤマト再建の中心人物であるユリカ個人の要望であり、まだ内定にも至っていなかったが(ヤマトの人員配置が確定したのは存在が公になった発進の1月前)。

 

 ヤマトへの乗艦が叶わなかったことは残念に思うが、それでも発進さえしてくれれば良し。散って逝った仲間達の為にも、今を生きている人々の為にも、希望の灯を消さない事が肝要と、守は囮となって散る事を選んだのだ。

 結果として守は生き残った。ならばヤマトに合流を図るのが、彼がすべき最善の選択であろう。

 過酷な航海に挑むヤマトには、1人でも人材が多い方が良いと。そう言って生き残った部下達を励まして何とか命を繋ごうとしていたところ、彼らはガミラスのパトロール部隊に囚われたのだ。

 

 それからの事は、あまり覚えていない。生き残ったとはいえ守達は負傷していたし、連中はその場で殺したり尋問したりもせず、本国に輸送するつもりだったらしい事しか記憶にない。

 守は少なからずヤマトについての情報を持っていた。それが露呈する事は避けねばならない。何としても情報を護らなければならない。その思いだけが強く記憶に残っている。

 結局、すぐに冷凍睡眠装置に放り込まれてしまったので、自決による機密保持すら出来ずに守は永い眠りについた――はずだったのだが。

 

 「お気づきになられましたか?」

 

 左隣から聞こえてきた柔らかく美しい声に、守はゆっくりと頭を向ける。それだけの動作なのに、体中が悲鳴を上げる。

 ――どうやら、命拾いはしたが重傷を負っている様子。寝返りすらままならないとは……。

 

 苦痛に呻きながら首を向けた先には――絶世の美女がいた。

 床まで届きそうな煌びやかで美しい、柔らかそうな金髪。

 愁いを湛えているかのような眼差しに長い睫毛に美しい顔立ち。

 まるで絵画の中から飛び出して来たかのようなその姿に、守は思わず見入ってしまった。

 

 「どうかなさいましたか?」

 

 反応が無い守を気遣う美女の姿に、「いえ、何でも無いです」と当たり障りのない返答で濁す。まさか見惚れていました……と正直には言えない。

 

 「あの、ここは一体何処なんですか?」

 

 「ここは惑星イスカンダルのマザータウン――私の宮殿の一室です、地球の人」

 

 女性の口から出た“イスカンダル”という単語に守は強く反応した。聞いた事の無い星だ。

 

 「イスカンダル? 地球ではないのですか?」

 

 守の問いに女性は静かに首を振った。

 

 「ここは地球から約16万8000光年の彼方、大マゼラン星雲の中にあるサンザー太陽系の第八惑星――私はこの星の女王、スターシアと申します」

 

 想定外の事態に、守は理解が追い付かなかった。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第二章 大自然とガミラスの脅威

 

 第十七話 浮かぶ要塞島! ヤマト補給大作戦!?

 

 

 

 「――それで、ヤマトはワープに成功したというのか?」

 

 「は、はあ……ヤマトはタキオン波動収束砲でワープの航路を強引に押し開いたようで……その、申し訳ございません」

 

 ゲールは怯えも露にデスクに座るドメルに頭を下げていた。

 作戦は見事に失敗。無人艦とは言え貴重な艦隊を丸々損失したばかりか、あれほど恵まれた状況で失敗したという事実は、申し開き様も無い大失敗である。

 ガミラス軍の在り方を考えれば、即極刑ものだ。

 

 「――その時のデータは取れているのか?」

 

 「は……何とか観測衛星のデータを回収する事には成功しましたので、タキオン波動収束砲を使ったワープの瞬間やその直前の戦闘データも含めて、観測したデータの損失はありません……」

 

 「なるほど。わかった」

 

 欲しい答えを発したゲールにドメルは安堵する。彼はちゃんと与えられた役割を完璧にこなして来たのだ。

 確かに戦果だけ言えば見事なまでの大失態。ゲールが戦々恐々としている様に、通常なら速やかに極刑に処すレベルの失態だ。――普通の作戦なら。

 

 (次元断層の戦いでもヤマトの甲板上から砲撃していた、それまでの報告に無い新型機動兵器――その実働データが取れた。そして、ヤマトの搭載艇からと思われるあの強力なミサイル兵器のデータにタキオン波動収束砲の新たな使い方……十分過ぎる戦果だ)

 

 データは十分に得られたし、“ヤマトに早々に沈んでもらっても困る”のだから、これは恐らく最上と言える結果だ。

 今は表立って褒められないが、ゲールは良くやってくれたと言って良いだろう。

 

 インテリアの趣味が致命的なまでに合わないのが残念この上ないが、彼は宇宙の狼ことドメル将軍の副官たる能力は十分にある。是非このまま副官を続けて貰いたいところだ。――インテリアの趣味が合わないことが本当に残念で仕方ない。

 

 「ご苦労だったな、ゲール。ヤマトを撃滅出来なかったのは残念だが、十分に目標を達成している。作戦は一応の成功を見たと言って良い……今日はゆっくりと休め。明日からはまた頑張ってもらうぞ」

 

 ドメルの意外な言葉に、ゲールは我が耳を疑った。

 

 「し、しかしドメル司令――」

 

 「ゲール、ヤマトは手強い。仕留められなかったのは残念だが、それでもヤマトの手の内を垣間見る事が出来た。そのデータを損失無く持ち帰る事が出来た事で、今後の戦略にも大きな影響をもたらす事だろう。気に病む事は無い――それに、ヤマトが無傷で済んでいないのは君の頑張りによるものだ。本当に良くやったぞゲール」

 

 ドメルの言葉に、ゲールは彼の指揮官としての器の広さを感じた。

 自分には無い度量に嫉妬は感じるが、汚名返上のチャンスを与えてくれたドメルに感謝し、素直に応じる事にした。

 

 「はっ! それでは休ませてもらいます。明日から、またよろしくお願い致します」

 

 ゲールはドメルに敬礼を送ると、身を翻して退出する。

 

 (ヤマトめ……今度相対した時は必ず仕留めてくれる! 俺のプライドと――何よりドメル司令とデスラー総統の為に!)

 

 退出したゲールの後姿を見送った後、ドメルは改めて提出された戦闘記録に目を通す。

 

 デスラー総統が果たしてヤマトをどうしたいのかは――未だに不明だ。

 しかし、ドメルはデスラー総統に――ガミラスに忠誠を誓った軍人。やはりどちらに転んでも良い様に手を打っておく必要があると考えた判断は間違っていない。

 それにドメル自身も、2度も自身の作戦を切り抜けたヤマトに対して強い敬意を抱くに至っている。

 デスラーがどちらの選択をしても良い様に、ドメルなりに行動していかねばならないだろう。

 

 (さてヤマト。ビーメラで水と食料を得ると良い。その前に、私の差し向けた玩具と対面して貰う事になるがな――攻略出来ねば宇宙の藻屑、攻略すれば資材と――我が軍の資料が手に入るぞ)

 

 ドメルは唇に薄く笑みを浮かべる。

 ヤマトが万全の状態であれば、主砲の一撃で終わってしまうような脆く無価値な罠。

 だが脈動変光星の衝撃波に翻弄され、その直後にイレギュラー要素の強いワープとなれば、かなりの被害を受けている事が容易に想像出来る。艦隊に対して砲撃を確認出来なかった事から察するに、艦砲が全滅している可能性も高い。例の新型2機もゲールの働きで損壊している。外部からでは成す術がないはずだ。

 とはいえヤマトの事だ。外部から壊せないなら内部から壊すに決まっている。

 あれは軍用兵器ではないから自衛装備は無く、侵入者を撃退するセキュリティーも無い。

 ――それでは話にならないので、気休め程度に小型のガードロボットは大量に置いておいたが。

 それでも彼らの技量をもってすれば容易く解体して終了だろう。その後はきっとおいしく資源として活用するはず。

 

 だがそれで良い。ヤマトに対するデスラーの選択は――まだ定まっていない。

 

 だからこそ、手を取り合える可能性が潰えない内は……ヤマトには健在であって欲しい。

 無事にこの罠を突破すれば、得られた資料でバラン星に我が軍の基地がある事を知らされながらも、“タキオン波動収束砲で攻撃するわけにはいかない事実も知るだろう”。

 

 (この程度の障害、君達なら傷ついていたとしても容易に突破出来るはずだ。ヤマト、万全の状態をキープして航行を続けたまえ。ガミラス存亡の為には、恥も外聞も捨てて君達に縋る他無いはずだ……)

 

 ヤマトの今後がガミラスの未来を決定付ける。それはドメルだけが得た確信ではない。デスラー総統すらも漠然とそれを理解していた。

 

 果たして討つべき存在か、誇りを一時投げ捨ててでも味方とすべき存在か。

 ガミラスの苦境を確実に乗り切るためにはヤマトの――あの6連射可能なタキオン波動収束砲が必要なのだ。

 

 ――決断の時が迫っている。

 

 今ドメルがすべきことは、ヤマトを倒す戦略を練り、そのための戦力を整える事と、ガミラスが折れた時ヤマトが手を貸してくれるよう、こちらの情報を適度に流し、ヤマトが万全の状態になれるようにそれとなく補給の機会をくれてやる事だけだ。

 

 例えこの戦に負けても、ガミラスの誇りに傷が付いたとしても、祖国を護る為ならどんな汚名を着ても構わない。

 どちらにせよ、ガミラス最強と謳われるドメルを破ったとあれば――ヤマトに正面切って戦おうとする気概を持てるのはデスラー総統ただ1人だろう。

 後はギリギリタラン将軍辺りが交戦の意思を示せるかどうかだが、国を破滅に導きかねない愚策を取るようなことはしないはずだ。

 

 当然、デスラーも。

 

 ドメルを破れば士気はガタ落ち、イスカンダルとガミラス本星が二重惑星である以上、ヤマトが接近すればタキオン波動収束砲の脅威が嫌でも頭を過る。

 そう、迂闊にヤマトを刺激して万が一にもタキオン波動収束砲をガミラス本星に――本星から逃げ出す国民達に向けさせるわけにはいかないのだ。

 

 (ミスマル艦長、そしてヤマトの戦士諸君。君達は誇り高い戦士達だ。決して無抵抗の人間を虐殺するような真似はしないだろう。矛を交えた私にはわかる。君達は撤退を優先したとはいえ、我が艦隊をタキオン波動収束砲とあの戦略砲に巻き込まなかった)

 

 ドメルの脳裏にタキオン波動収束砲の反動で急速離脱するヤマトの姿が浮かぶ。

 狙う余裕がなかったのと、1発でどうにか出来る状況でもなかった事が大きいにしても、1隻も巻き込もうとしなかったのは恐らく彼らの気質だろう。

 

 甘いと言えば甘いが、超兵器と言う絶対的な力に溺れず自制する心を持つ彼らを、ドメルは高く評価している。

 

 だからこそ、和解の道筋が残されているのだ。

 

 もしもヤマトがガミラスを怨敵と憎み切っているのなら、その威力に物言わせて殲滅しても良かったはずだ。

 それをしないという事は、ヤマトは終戦の手段として講和を視野に入れていると考えても、そう外れてはいないはずだ。

 

 「ヤマト、身勝手は承知している――だが願わくば、私の全力を乗り超えて、君達の祖国と――ガミラスを救って欲しい。君達の戦いに、地球とガミラスの双方の未来が掛かっているのだ……」

 

 

 

 

 

 

 凄まじい衝撃と共に、宇宙戦艦ヤマトは艦体を覆う閃光を割れた氷の様に四散させながら通常空間に復帰した。

 波動砲で強引に押し広げたワープ航路を通過する際の衝撃は凄まじく、ほとんどのクルーが安全ベルトを腹に食い込ませ、激しい頭痛に呻き、悶絶する羽目になっていた。

 

 「うぅ、ワープ……終了……」

 

 それでも生真面目な大介は根性でワープの成功を口頭で報告する。

 揺れる視界で何とか捉えた計器の数値を見る限り、ヤマトは無事に通常空間に復帰した事が見て取れる。

 

 「さ、流石だな、島……」

 

 こちらも波動砲トリガーユニットを握りしめたまま俯いていた進が大介を称賛する。

 ――しかし、気持ち悪い。

 

 「ぬ……うぅ……自己診断システムによると、今のワープでの損傷は一部の装甲板に亀裂が生じたくらいの様だな……恐らく衝撃波の直撃を受けて弱くなっていたところが裂けたんだろう……良く、この程度の被害で済んだものだな」

 

 呻きながらもしっかりとヤマトの損害を確認する真田。彼も大概タフな男である。

 

 ――耐えるのは慣れている、と申しました。私が直接話せるのは……今はここまでの様です。フラッシュシステムの助力を借りても、意思の疎通が出来るのは極限られた時間だけ……しかし、流石は私の自慢の乗組員達。前の乗組員達にも、勝るとも劣りません――

 

 「――やっぱり、フラッシュシステムが関わってたのか……なるほど、艦長が言っていたヤマトの意思って奴がシステムを介して俺達の頭に直接語りかけてた、って寸法なのか」

 

 頭を押さえながら進が確認すると、ヤマトは応えた。

 

 ――その通りです。イスカンダルからの援助で、私は――

 

 声はそこで途切れた。限界が来たらしい。

 

 「――う~む。提供された資料には無かったが、どうやらフラッシュシステムは精神波を拾うだけではなく、自身の精神波を直接相手にぶつける発信装置としても使えてしまうのだな。なるほど――だから最初から情報が解禁されていなかったのか」

 

 幾分回復した真田が顎に手を当てながら自身の推測を口にする。

 

 「……確かに、これって使い方次第だと洗脳とかに使えますもんね――もしかして、最初に封印されてたのは、それを恐れていたからかもしれませんね……」

 

 若さの力か、何とか復活しつつあるハリが率直な意見を述べる。

 言われてみれば、と真田も眉をしかめる。

 

 確かに使い方次第では、システムを使った発信者の思考を強制的に他人に押し付けて強引に洗脳したり、思考を誘導して遠隔操作出来る危険性がある。

 こんなシステムを下手な権力者が手に入れてしまえば――波動砲とは別の意味で最悪の事態を招くだろう。

 

 「そうだな――最初はヤマトが使命を果たすために艦長を洗脳したとかも噂されてたしなぁ……」

 

 と、進が最初にその意思を示した時に流れた噂をボソッと呟くと……。

 

 ――い、一応こういった使い方は想定外ですので! わ、私は洗脳とか誘導とかはしていな――

 

 先程までと違って凄く力の籠った――と言っても怒鳴ってるとかじゃなくて無理やり言葉を発している時特有の力んだ声に、第一艦橋の面々は失笑する。

 

 「あ、誤解を招かないようにって必死になってる」

 

 ハリの率直な感想もまた笑いを誘う。

 ここまでの様、と言っていたにも拘らず気合いで意思の疎通を図るヤマトが何か可愛い、と思ったのは進だけではないだろう。

 

 そうか、これが艦船とかの擬人化萌え文化に繋がるのか。

 

 と盛大に誤解していそうな感想が、艦内にしばらく蔓延し、(某眼鏡技術者を中心に)「ヤマト擬人化計画」等というものが裏で進行し始めたのは、丁度この時期であった。

 

 

 

 嗚呼、ヤマトの祖国日本が生んだ萌え文化は、この時代にあってもなお健在であった。

 

 

 

 ――そういうつもりではなかったのに……――

 

 もはやシステムの力を借りても意思疎通が出来なくなったヤマトが、上手く伝わらなかったとしょげる。

 

 フラッシュシステムは基本的に精神波を“機械制御”に反映させるのがお仕事なので、搭載した機体の操縦や、無線遠隔装置のコントロール等に使うのが一般的――らしい。

 ヤマトの場合は、どうして出来るのかは良くわかっていないが、わかっている範囲では波動エネルギーの生み出す空間波動に言葉を乗せる事で意思の疎通を図っているのであって、洗脳紛いの強制力は無い。

 拡張次第では出来なくは無いらしいが、イスカンダルから提供されたシステムにそのような機能は含まれていない。

 とは言え、全く的外れではないので疑われても無理は無いと思いつつも、複雑な気分だ。

 

 ――言葉を交わすのって、難しい……――

 

 ヤマトは人間が言葉のみで分かり合えず衝突する理由がわかった気がした。

 相手の受け取り方次第では違った意図に取られてしまう。これでは誤解を招いて争いが起こるのも無理はない。

 意思疎通と言う手段に目覚めたばかり、人間に近い自我を構築したのがユリカと接触してから、さらには自身は人間に使われる道具でありその役割を果たす事を至上としてきたヤマトは、言葉によるコミュニケーションの大切さを存分に理解すると同時に、些細な事で諍いが起こる理由を痛感するのであった。

 

 ――誤解……されていないと良いなぁ……――

 

 

 

 それからしばらくして。

 機能が大幅に低下したレーダーの代わりに射出した探査プローブ2基がもたらしたデータによって、ヤマトは目的地であった恒星系のすぐ傍にワープアウトした事が判明した。

 恒星系としては太陽系よりも小さいようなので、ヤマトの速力ならワープ無しでも2日半あれば横断出来そうな位だった。

 プローブがもたらしたデータによれば、この恒星系の第四惑星が件のハビタブルゾーン内にあり、豊かな水と植物を有する地球型惑星である事が判明。

 

 ヤマトは補給を実現すべく可能な限り速力を上げて第四惑星に接近する事となった。

 

 

 

 そんな中、ユリカがようやく意識を完全に取り戻した。

 

 視覚と聴覚に深刻な障害を抱えたユリカ用の補装具もユリカの覚醒に何とか間に合った――まだ試作段階だが。

 何分本人の意識が戻らないとテストも碌に出来ないので、こればかりは致し方が無い事であった。

 が、それでもいきなり使えるものを用意する辺り、この3人の技術力と発想力の高さが伺えるというものだ。

 

 そして現在、ユリカは医療室のベッドに横たわったまま視覚と聴覚を補うための補装具が身に付けていた。

 

 しかし補装具とは言っても彼女の視力と聴力は完全に破壊されてしまっているため、機衰えた機能を機械で増幅して補助する従来の方式では意味を成さない。

 そこでウリバタケが着目したのが、ユリカがIFSを体に入れていて、その機能が未だ損なわれていないという点だった。

 まずは彼女の目と耳の代わりになる補装具を造る事から始めた。

 彼女の耳朶の形に合わせて成形された青い聴覚センサー(ネックバンド型ヘッドフォンにそっくり)ですっぽりを覆う。

 そこにアキトと同じタイプの薄緑色(目を隠す意味もあるので半透明)のバイザー型の視覚センサーユニットの蔓を、ヘッドフォンの耳当て部分に差し込む。

 その後、バイザー型視覚センサーユニットと聴覚センサーの得た映像データと音声データを、聴覚センサーの耳当て部分に内蔵したアンテナから送信。

 右手首に取り付ける上品な青いブレスレット型の受信機(これも緑色の宝石を模した受信ユニットが付いている)に送りこみ、一体になった白いフィンガーレス・ドレスグローブ型IFSコネクターからIFSを通してユリカの脳に情報を送ることで、失われた機能を再現するという方法を構築した。

 システムを構築した後、次に取り掛かったのはデザインだ。実用性重視の無機質な外見では物々しいし、何より妙齢の女性が身に付けるものとして相応しくないだろうと、派手さを抑えた装飾品を模して印象を落ち着かせる。

 同時に、頭や右腕が重くなって負担が増えるのはユリカの状態を鑑みるに絶対に避けなければならなかったので、徹底した軽量化を施している。

 

 このちょっとした気遣いと遊び心を含めた品は――ヤマトマッド3人組の自信作だ。これで、失った視覚・聴覚の補填は何とかなったと断言して良いだろう。

 

 ただ、病状が悪化したユリカは筋力の低下も進み体温調節にも障害を抱えているため、それをカバーするための補装具も完成版を鋭意制作中だ。

 試作品は持ち込んだが、まずは視力と聴力だけを補い、リクライニングさせたベッドの上で進の報告を聞く事になった。

 

 「申し訳ありません艦長。無茶を繰り返した結果、ヤマトを損傷させてしまいました」

 

 進はユリカに向かって頭を下げた。

 結果的にユリカが倒れてからヤマトの進路を決めたのは進だ。

 危険なのはわかっているのだから、航路上の赤色巨星をもっと詳細に調査してからワープしても遅くは無かったはずだ――全ては気負い過ぎた事と航海の焦りが生んだ失態だ。

 

 「別に構わないよ。大体ヤマトから事情を聞いてるし」

 

 すでに周知の事実とは言え、しゃらっととんでもない事を言っている。

 

 ヤマト艦長のミスマル・ユリカさん。実はシステムの助けが無くてもヤマトと精神感応出来る事があるのだ。事実冥王星の海の中でも瞬間的に繋がって、コントを演じたりもしていた。

 ヤマトの自我形成はユリカとの精神的接触によって生じた事例であるので、恐らくそれが原因だろう。

 当然眠っている間もそういった瞬間が幾度かあり、その中でフラッシュシステムにまつわるコントもちゃんと聞かされている(正確には泣きつかれた)。

 

 多分ユリカがこうして意識を取り戻し、表面上は普通にしていられるのも、ヤマトとの精神的繋がりに影響されている部分もあるのやもしれない。特に命と自我を持つ物体ににフラッシュシステムを取り付けた事例は過去にないと聞く。その影響で本来精神波を受信するインターフェースに過ぎないシステムが、何らかの物理的現象を引き起こしてしまっているのかもしれない。

 システム無しでも“根性”で耐久力と防御力が微上昇するヤマトだから、その作用がより強化され、ユリカにも恩恵があっても不思議はない――かもしれない。

 実証は極めて困難であるが。

 

 「――進、人は失敗を繰り返しながら成長していくものなんだよ。私だって失敗した――取り返しのつかない失敗も。最初から完璧にやるなんて、出来っこない。特に人の上に立って指揮するって言うのは、ね?」

 

 ユリカの言葉に進は力無く頷いた。ユリカの指導を受けて、最低限は出来るつもりだったのにこの様だ。

 ――やはり、まだ未熟と言わざるを得ない。

 

 「それに、フライバイワープの決断に超新星からの離脱って成果も挙げてるんだから、気落ちしないで。それから……言うまでもないと思うけど、もう私は艦長としての職務を十全に果たす事が出来ないから、今後はジュン君と一緒に私の副官として補佐を務めて欲しいの。出来る?」

 

 ユリカの言葉に、今度は力強く頷いた。

 本当は艦長代理として指揮権を譲り受け、非常時にのみユリカが指揮を執った方が幾分楽なのだが、それをするにはまだ進は経験が足りていない。

 というよりも、ユリカが音頭を取らないとクルーがまだ不安がるのだ。

 

 戦果だけ見れば進はユリカの代わりをしっかりとやってのけたのだが、発進から次元断層までの間ヤマトを操っていたユリカと、教育されているとはいえフライバイワープの決断と超新星からの手早い逃走くらいしか指揮官としての成果が無い進とでは、やはり信頼度に差が出てしまう。

 

 尤も、進がユリカの代わりを務められるようになるのは時間の問題だろう。彼はユリカの期待に見事応え、成果を上げているのだから。

 

 「艦長、急場凌ぎではありますが、日常生活を補助するスーツを用意出来たので、着用して具合を見て下さい。その運用データを基に本命の仕上げに掛かるので」

 

 ユリカの様子に安堵した表情の真田がそう言うので、ユリカも気軽にOKしたのだが――傍らにいたウリバタケが取り出した1品を見た時は、流石に絶句してしまった。

 

 

 

 んで、ヤマトはそのまま修理作業を継続しながら通常航行で恒星系――イスカンダルの宇宙図によればビーメラ星系――に接近した。

 コスモタイガー隊を総出で駆使した事で、姿勢制御スラスターの修理作業は予定よりも早く6時間程度で完了した。

 結構派手に壊れていたが、比較的短時間で修理出来たのは日頃の訓練の賜物だろう。動作テストも良好だ。

 ついでに波動砲ワープの反動で破損した装甲板も張り替え始め、破損したコスモレーダーのアンテナも倉庫にあった予備に置き換える作業を開始する。

 

 勿論修理作業で剥がした装甲や部品は艦内工場に運び込んで、補修部品の生産や弾薬の補充のため可能な限り再利用。リサイクル精神は大事。無くそう、無駄遣い。

 

 ついでに、前々から囁かれていたヤマトの自我についてもよりはっきりとした形で接触した事で、クルーもよりヤマトに愛着を抱くようになったという。

 人柄も実直で(かわいく)我々クルーを信じてくれているとなれば、共に戦う仲間として頼もしい限りだ。

 

 そう、“宇宙戦艦ヤマト”と言う“存在”は、艦とクルーが1つとなって初めて完成する“存在”なのだと、はっきりと理解する段階に至った。

 これはもはや、1つの生命と言っても過言ではない――はずである。

 

 

 

 「主砲と副砲は変わらず機能停止中、パルスブラストとミサイル発射管の半数は何とか使えるようになりましたが、完全ではありません。修理作業は継続中、予定では主砲はあと4日、副砲が2日後には完了の見込みです。コスモレーダーはアンテナの交換を終了し、現在調整作業中です。装甲板の張替は3時間ほどで終了を予定しています。コスモタイガー隊はガンダムを除いて万全の状態にありますが、ガンダムは損傷が激しく修理完了には最低12時間を要します」

 

 簡潔にまとめた被害報告をする真田。

 駆逐艦とはいえ艦砲射撃を正面から受け止め、あちこちを粉砕されたガンダム2機は、共に右側の手足を失う被害を被っていた。

 特にダブルエックスはサテライトキャノンの砲身とリフレクターを半ばから失い、GファルコンはBパーツが半壊。ジャンクになった。

 エックスも2本のエネルギーパックが破壊された時の爆発の影響で、バックパックに損害を受けているなど、損害は重かった。

 

 交換部品の用意にも時間が掛かるし、全体の被害の大きさを考慮した結果、今はオーバーホールに近い整備作業を実行中である。

 

 「ビーメラ恒星系まで後3時間を予定しています。機関部の修理中の為、メインノズルの推力は40%が限度ですが、航行に支障はありません」

 

 「は、波動相転移エンジンの復旧作業の進展は50%。応急修理はあと10時間程で完了の見込みですが、応急修理だけでは波動砲とワープの使用は不可能です……」

 

 島、ラピスが続けて報告する。

 ただし、ラピスだけ様子がおかしい。どこか落ち着きが無く、頬を赤らめてもじもじしている。

 

 「そう。それじゃあヤマトはこのまま目的地のビーメラ第四惑星に接近して。真田さんは主砲の復旧を優先しつつ、ヤマト全体の検査を続けて下さい。フライバイに波動砲ワープと、とにかく無茶を繰り返したので、補給ついでに腰を据えて作業をお願いします。勿論、ラピスちゃんと協力してワープシステムの再調整もお願いしますね」

 

 艦長職に復帰したユリカも、休んでいた分を取り戻すかのようにキビキビと指示を出す。

 そんなユリカの姿を見てラピスが「はわわわわ……」と右手を口元に当てて目を見開き、わなわなと震えている。

 「ん?」とラピスの様子に気付いたユリカが悪魔の一言告げる。

 

 「カモ~ン!」

 

 と。ラピスはその一言でストッパーが完全に瓦解した。機関長としてのプライドや自制も働かず、ふらふらと席を立って艦長席に赴き、ユリカの“白くてもふもふした”体に抱き着く。

 丁度時同じく、雪がユリカの為に栄養ドリンクを入れたボトルを差し入れに来たが、こちらもくすくすと笑いが堪えられない様子。

 だが、ユリカは気にした風も無くボトルを受け取って「ありがとうね、雪ちゃん」と口を付ける。

 

 そう、もうお気づきだろう。

 

 ユリカは今「ウサギユリカ・はいぱぁ~ふぉ~む」と化していたのだ!

 

 オクトパス原始星団のなぜなにナデシコを思い出してほしい。

 あの時彼女は「こんなこともあろうかと」とやけっぱちに真田が明かした改良で、全身のパワーアシスト機能を搭載、IFS制御で自身の体同然に動けるぱわぁ~あっぷした「ウサギユリカ・ばぁ~じょんツゥー」と化していた。

 

 今回さらに衰えたユリカの日常生活を助けるため、また介助の負担を少しでも軽減すべしとマッド3人組が取り組んだ試みの1つが「第二の筋肉と皮膚を兼ねるパワードスーツの開発」であった。

 とはいえ、そんな未知なるアイテムをすぐに用意出来るほどご都合主義を極められなかった3人は、試作品も兼ねてユリカウサギの衣装をベースに改良を加え、その場凌ぎをすることを思い立ったのだ。

 

 改良で取り付けられたパワーアシストはそのままに、耳の部分には聴覚センサーの補助システムを内蔵。

 体温の調節用のヒーターやクーラーの装備、さらには着ぐるみでは脱ぐも着るも大変なので、そこそこ大きい排泄物パックを内蔵し、清潔さも保つための工夫も凝らた。

 さらにさらに、IFSを視覚と聴覚の補助に使ったので、代わりに開示された資料に含まれていたフラッシュシステムの受信装置と変換器を搭載し、よりレスポンスを改善するなど、さらなる改良が加えられた結果、「はいぱぁ~ふぉ~む」が君臨したのだ!

 

 そこに視覚センサーであるバイザーを装備している事もあって、傍から見ると不良なウサギにしか見えないため、「悪ウサギユリカ」のあだ名が付けられた。

 

 ついでに艦長職である事を示すため、普段付けている艦長帽を耳の間に置き(マジックテープで固定)、コート……は流石に着れないので「艦長」と書かれた腕章を付け、ヤマトを表す錨マークに、ナデシコを表す撫子の花びらとユリカを表す百合の花が添えられた、3㎝程の大きさのブローチが胸元に付けられている。

 

 このブローチは、重病の身をおしてまでヤマトを今まで導いてくれた彼女に対するクルーの感謝の気持ちとして用意されたもので、進が指揮を執るようになってから「艦長が目覚めた時、少しでも励みになる様に感謝の印を送ろう」と裏で進言して実現したものだ。

 クルー全員がアイデアを出し合った結果、すぐに用意出来て邪魔にならず、何時も身に付けていられるアクセサリーの類が選ばれ、最終的に彼女の名と、ナデシコとヤマトの艦長に因んだデザインで纏められた。

 このブローチを渡した時、感極まって号泣したユリカの姿を見て、進達も嬉しかったものだ。

 

 ――まさか最初に付ける場所が着ぐるみ衣装になるとは想定外だったが。

 

 雪が渡したドリンクのボトルも、3人の遊び心満載で可愛らしくデフォルメされたニンジン型の保温ホルダーに入れられ、ストローが付いている部分がニンジンの先っちょ、艦長席の小さな作業机においても簡単には倒れぬようにと、置く時にはスタンドとして機能する葉っぱが3枚。

 これを飲むウサギユリカの姿は、さながらニンジンを齧っているかの様。

 

 そして今は、光悦とした表情の美少女を侍らせて椅子にふんぞり返った性悪ウサギの様な様相となり、第一艦橋に明るい(あ、軽い)空気を広げているのだ!

 

 「まあ、皆の気分が明るくなればそれに越した事は無いけどさ……」

 

 とはウサギユリカ・はいぱぁ~ふぉ~むの弁。すでに何かしら達観した様子を見せている。

 

 「はぁ~……もふもふ……」

 

 ウサギユリカ・はいぱぁ~ふぉ~むの左わき腹付近に抱き着いているラピスは本当に幸せそうで、手でビロードのような手触りの白い毛を撫でたり頬擦りしたり、ぎゅっと抱き着いてみたり――年相応かより幼い印象すら受ける仕草に、誰も「任務中」と注意しようとはせずほっこり顔だ。

 これにはユリカも敵わず、左手で頭を撫でてあげる。ラピスの顔がさらに崩れた。

 

 つい1年前まではあまり表情の変わらない、とても無機質で人形のような印象を与えていたとはとても信じられない変貌振りに、エリナは目頭が熱くなる思いだ。

 

 ――よし、艦橋内のカメラを使って写真を撮っておこう。勿論個人フォルダーに保存して、彼女の成長の1ページとして永く残す所存である。

 

 「エリナ!」

 

 そんなエリナの心情も知らず、至福の表情で居たラピスが何か思い立ったらしく、鬼気迫る表情でエリナに叫んだ!

 

 「私も着ぐるみを着る!」

 

 流石にこの発言には全員がずっこけて「おいおい……」とツッコミを入れる。

 そしてエリナも超速で反応してラピスを嗜める。

 

 「駄目に決まってるでしょラピス! 貴方の着ぐるみは椅子に座れないのよ!」

 

 「そっちかよ!?」

 

 エリナの少々論点がずれたダメ出しに思わず突っ込む大介。最近ノリツッコミに磨きがかかってきた様子だ。

 

 

 

 そう言えば、エリナ・キンジョウ・ウォンは“コスプレが趣味”と聞いた気がする。

 嗚呼、その教育を受けたラピス・ラズリもその影響をばっちり受けてしまっていたのだな……。

 島大介は1人納得するのであった。

 

 

 

 「……ええぇ……」

 

 まだ療養生活が解かれていないルリが、ハリとアキトから聞かされたユリカの状況に何とも言えない声を上げる。

 かなり具合が良くなったルリではあるが、まだゆっくりしなさいと言われ自室のベッドで腐っていたのだが、まさかアキトとハリが同時に見舞いに来るとは流石に予想してなかった。

 

 (嗚呼――彼氏を父に合わせる娘の心境をこんな形で味わうとは……)

 

 特に問題が発生したわけではないが、妙に居心地が悪い。

 あの、アキトさん。私決してショタじゃないですよ。

 

 「しかし、補装具が付いたとはいえユリカさんは艦長職に復帰して大丈夫なのですか?」

 

 「本人も無理はしないって明言してるからね。とりあえず艦橋には居るけど、実務の殆どはジュンと進君がするんだってさ。一応エリナも雪ちゃんも付いててくれるから、そんな心配は無いと思いたいね」

 

 そういうアキトも心配が顔に出ている。

 とは言えユリカが倒れた後、進が音頭を取るまでのヤマトの沈み方を思い返すと、大人しく寝ていろとも言い難いのだろう。

 

 実際――過酷極まるヤマトの航海においてユリカの役割はあまりにも大きかった。

 戦闘指揮の手腕も然ることながら、艦内の空気を少しでも良くするためにと自ら道化役すら買って出たりと――普段から気を遣っていた(たまに砂糖を吐かせていたが)。

 

 勿論、死に至る病に侵された自身の事を極力心配させまいとする考えもあったのだろうが、良くも悪くもクルーから注目され、肩の力を抜かせてきたのも事実。

 

 ――あれは、性格上ルリの真似出来る事ではない。というか真似したら最後、頭の病気を疑われてしまう!

 

 「僕達も目を光らせて、少しでも具合が悪そうだったらすぐに医務室に連れて行けるようにはします。ですから、ルリさんは万全の体調に戻してから戻って来て下さいね――正直、僕達だけでどこまで抑えられるか……」

 

 不安げな口調のハリだが、これに関してはルリも責めることは出来ない。

 だって自分も抑えきれないんだもの、普段のユリカは。

 そんな事を考えていたら……。

 

 「ルッリちゃぁ~ん! お見舞いに来たよ~!」

 

 と元気のいい声でユリカがやってきた。傍らには離れられなくなったであろうラピスがしがみ付いている。――顔面崩壊して幸せそうであった。

 

 ついでに心配でついて来たのであろうエリナも傍らに居て――個室だとしても少々人数オーバー気味であった。

 

 でも、賑やかなのは決して嫌いじゃない。

 ……とりあえず、もふもふして癒されておこう。可愛いは正義。実に名言だ。

 

 

 

 ビーメラ第四惑星を光学カメラで捉える距離に達したヤマトの眼前には、まるでサツマイモのような形をした深緑色の物体が漂っていた。

 本体には無数の穴が開いているし、周囲にはトゲのあるこん棒の様な物体が12個ほど浮遊している。

 

 「なんだろうね、あれ?」

 

 ユリカがマスターパネルに映し出される物体に首を捻る。物体までの距離は現在2万㎞。

 ビーメラ星が背後にあったため、緑豊かな星の色と同化して光学カメラでの発見が遅れたのと、例によってステルス塗装されているらしくレーダーに映らなかったので、見落としてしまったのだ。

 ――ユリカの口調は至って普通なのだが、格好が格好なのでイマイチ緊張感が無かった、と後にエリナは語っている。

 

 「人工物である事だけは確かです。ただ、ガミラスの物と断定するにはデータが不足しています。もしかしたら、このビーメラ星系にも宇宙に進出した文明が存在していて、防衛の為の要塞を設置していたとしても、不思議ではありません」

 

 真田が慎重な意見を述べる。

 目下の所ヤマトに直接害を及ぼす異星人はガミラスだけだが、宇宙にどの程度の文明が栄えているかの資料は無い。

 ……ここは慎重に行動すべきだろう。

 

 「そうだね……雪ちゃん、探査プローブを」

 

 「わかりました――プローブを発射します」

 

 ユリカの指示で雪は電探士席のパネルを操作、第三艦橋の発射管から探査プローブが1つ発射される。

 発射されたプローブはロケットモーターで加速しながら先端部の電磁波探知アンテナ群を展開、先端に突き出たままの天体観測レンズと合わせて物体の探査活動を始める。

 

 プローブは徐々に物体に接近していく。その距離が5000㎞を過ぎたあたりで異変が起こった。

 プローブから送られてくるデータは、磁気の様なものを捉えた事を示していたが、詳細な解析をする前にプローブがバラバラに分解されてしまったのだ!

 

 「!? これは……一体……」

 

 「雪! こっちにデータをよこしてくれ!」

 

 真田の鋭い声に雪は慌てて艦内管理席にデータを転送する。真田は真剣な表情でデータを何度も見返し、測距儀で捉えた映像も繰り返し視聴して分析し、低く唸る。

 

 

 

 真田は第一艦橋で分析結果を報告せず、中央作戦室を使って説明する事にした。

 こればかりは高精度の立体投影装置を備えた中央作戦室の方が説明しやすいと考えての事だ。

 

 説明――と聞いてイネスもふらりとやってきたのだが、今回は申し訳無いがアシスタントに回って貰った。

 不服そうではあったが、真田の様子から以前聞かされたトラウマが刺激されたのだろうと察して、素直に身を引いてくれたのがありがたい。色んな意味で。

 

 中央作戦室にはウサギユリカを始め、各班の責任者と、事態に関係する各班の責任者とクルー数名が集められた。

 ただし第一艦橋を留守には出来ないので副長のジュンと砲術科長のゴート、存在感薄い組がお留守番をしている。

 

 「まずはこの映像をご覧下さい。探査プローブが破壊された時の映像です」

 

 硬い表情の真田がパネルを操作すると、中央の立体スクリーン映像が投影される。クルーの位置関係に合わせて四方にスカイウィンドウが向いた状態だ。

 流れる映像は、ヤマトの光学カメラが捉えた探査プローブの後姿だが――異様な光景が映し出されて全員が思わず息を飲む。

 

 物体に接近していた探査プローブはバラバラに分解されていくのだが、爆発したわけではない。それどころかビームだったりミサイルだったりが飛んできたわけでもない。

 突如として全体が振動したかと思うと、プローブを構成しているパーツがまるで引き剥がされるように次々と分解され、ビス一本に至るまで完全に解体されてしまったのだ。

 

 「どうです、わかって頂けましたか? この分解の異様さが」

 

 真田の問いかけにも全員が難しい顔をする。

 

 「う~む……破裂したというよりは――継ぎ目が外れた……としか形容出来ませんね。溶接個所は勿論、ビス止めされた部分までもが徹底的に」

 

 進の言葉に真田は頷いた。

 

 「そうだ。もう一度見て欲しい」

 

 今度はスロー再生された映像が流れる。

 スローにされると尚更異質さが際立つ。艦橋測距儀の光学カメラはその光景を鮮明に記録していたのだ。

 プローブ全体が細かく振動したかと思うと、プローブを構成していたであろう細かな部品が急激に振動して次々と分解されていくのだ。

 それでいて、天体観測レンズの様な部品は脱落の際の応力で割れた事が確認されるが、割れた後のレンズが更に分解される事は無かった。

 他の金属部品も、過度に分解されずパーツの原型を比較的保ったまま散らばっていく。

 

 「……マグネトロンウェーブと思われます」

 

 真田が発した単語に全員が首を捻る。聞き慣れない単語だった。しかし、マグネトロン――という事は磁力か何かが関係するのだろうか。

 

 「推論を含むところはありますが、大雑把に言ってしまえば範囲内に入ったある種の金属を滅茶苦茶に揺さぶる事で解体する作用を持つ……程度に考えて戴ければ良いと思われます。そしてそれはヤマトは勿論、宇宙戦艦等に使用される金属に合わせて調整されているようです――そしてこのマグネトロンウェーブは、あの物体から放出されていると見て間違いないでしょう」

 

 真田の説明に一同さらに首を捻る。何となく言いたい事はわかるような気がするが、果たしてそんなことが本当に可能なのだろうか。

 

 「原理上、ミサイルによる破壊は不可能です。そして、安全圏から砲撃可能な主砲と副砲は修理が完了していません――勿論、波動砲も駄目です」

 

 「艦長、あれからヤマトの航路を右方向に100㎞程ずらしてみましたが、追尾してきています。こちらとの距離も徐々に詰めて来て居るのが確認されますが、現在のヤマトの速力なら十分に引き離すことも出来ます」

 

 大介の報告にユリカも頷く。主砲――いや副砲でも健在なら、距離を取って粉砕してやれるのだが――現状では距離を離すと攻撃手段が無くなるし、マグネトロンウェーブ以外の攻撃手段を持っている可能性もある。

 しかし、あまり悠長な事はしていられないとユリカの第六感が警鐘を鳴らす。

 

 「そのマグネトロンウェーブは、ディストーションフィールドで防げないんですか? 防げるんなら、機体の修理完了後にサテライトキャノンで吹き飛ばせば良いと思うんですけど……」

 

 アキトの控えめな発言に真田は頷いた。

 

 「理論上は可能だが、発生機がマグネトロンウェーブの影響圏内にあると発生機が変調してフィールドの維持が出来なくなる可能性が高い。勿論、あの物体との距離が近づいて受ける影響が強くなればなるほどそれは顕著になる。とは言え、ヤマトの発生機はまだ大丈夫だな……完全修理は時間がかかるが、とりあえず1発撃てる程度の応急修理が完了したら波動砲口にでも陣取って貰って――」

 

 そこからサテライトキャノンで撃ってもらう、と続けようとした真田の言葉を非常警報が遮った!

 

 「前方の不明物体からミサイルが発射された! 迎撃するぞ!」

 

 第一艦橋からゴートの緊迫した声が届く。ユリカもその判断を尊重して迎撃作業を一任したが――まさかこれすら罠だったとは、流石に気付く事は出来なかった。

 

 

 

 ヤマト目掛けてこん棒のような形をした物体――ミサイルが12基、高速で接近してくる。

 高速で接近するミサイルに向かって、ゴートは艦首ミサイル発射管からバリア弾頭のミサイルを6発放った。

 主砲も副砲も使えない現状では遠方で迎撃するにはこれしかない。

 

 しかし、バリア弾頭が炸裂して生成した円盤状のフィールドを避けるかのように、棘の部分が本体から分離して回り込むようにヤマトに向かって突き進んでくる。

 ヤマトを上下左右に包み込むようにして接近する子弾に向かって、自動制御のパルスブラストで応戦。砲塔要員の配置を待つ猶予は無い。

 レーダーで捕捉した子弾に向かって、稼働してはいても完全とは言い難いパルスブラストが断続的に重力波を吐き出す。そのせいで命中精度はかなり悪い。

 ジュンはアーマーモードで展開したディストーションフィールドも使ってミサイルを受け止める事にした。ゴートと二人三脚では手が足りないのでこれ以外に対処しようが無い。

 2人の必死の努力もあって、ミサイルは全て撃ち落とされるかフィールドで防ぐことが出来たのだが――様子がおかしい事に気付く。

 

 あまりにも威力が低いのだ。フィールドにも殆ど負荷が掛からず、それでいて弾頭が爆発すると何やら粉末の様な物質を周囲にばら撒いている。

 これは……ジュンもゴートも直観的に察した。

 このミサイルはヤマトへの攻撃が目的ではない。この物質でヤマトを包み込むことが目的だったのだと。

 

 異変はすぐに起こった。

 ヤマトのコンピュータが強力な磁場による干渉を受けて狂い始めたのだ。

 その影響を真っ先に受けたのはレーダーやディストーションフィールドなど、比較的艦の外部に近い装置。

 瞬く間に制御装置にエラーが頻発、外壁に耐磁コーティングされている第三艦橋ですらECIにエラーが発生して、その機能を著しく落としていった……。

 

 

 

 

 

 

 「強磁性フェライト……ですか?」

 

 ゲールの問いにドメルは「そうだ」と短く応えた。ゲールも見ているモニターには、ヤマトを迎えるべくビーメラ星系に設置した宇宙要塞の図面が表示されている。

 

 「このマグネトロンウェーブ発生装置は、廃棄された宇宙戦艦と言った人工物を解体する事を目的として開発された処理施設だ。勿論今回の様な作戦に導入するには少々性能不足気味なので、そのままではヤマトに通用しないだろう」

 

 「しかし」とドメルは続ける。

 

 「この強磁性フェライトで対象を包み込むことで、マグネトロンウェーブの影響を増幅し、別途照射する磁力線で捉え逃走を許さず、ヤマトの反抗そのものを奪うという三段構えの効果が期待出来る」

 

 ドメルの説明にゲールも唸る。まさか宇宙船の解体用に開発された処理施設をこうも有効活用するとは……。

 ドメルが言う通り、この装置はガミラスの“民間会社”が開発した宇宙船の処理設備をバラン星に回して貰ったものの1つだ。

 特、前線基地ともなれば損傷して修復困難になった艦艇も出てくるし、手っ取り早く資源に出来れば、その分軽症な艦艇の為にもなる。中間補給基地も兼ねるバラン星では意外と重宝する装置だった。

 移民後不要になる移民船を資源にする上でも大いに役立つ事だろう。

 

 最初こそ疑問視されたものの、実際には結構効果的で、人やアンドロイドや作業機械でちまちま解体するよりも早くて楽、遠隔操作で停止出来るので誤解体の危険性も小さく、単独移動可能とこれからガミラスが宇宙にさらに拠点を広げていく上で、頼れる宇宙の解体屋になるのでは、と期待されてはいたが……まさかそれを兵器転用するとは思わなんだ。

 

 「しかしドメル司令、それでもヤマトに通用するのでしょうか? あの艦は――」

 

 「わかっているさゲール。それに通用しなかったとしても構わんのだ。ビーメラ星と撃破したあれの資材で補給を済ませようとすれば、その分時間をロスする。その間にバラン星基地を隠蔽してヤマトの目から逃れ、攻撃を回避するのが目的だ。時間の限られた旅故、星を1つ1つ入念に調査する余裕など無いだろうし、腹が膨れているのなら猶更だ。必要な行動とは言え時間的損失が生み出す焦りも加われば、隠蔽は上手くいくはずだ……ヤマトを早急に討ちたい君の気持ちはわかる。だが、このバラン星基地だけは護り抜かねばならんのだ。堪えてくれ」

 

 ドメルが示した対応は、ゲールにも理解出来るものだった。

 バラン星近隣ではヤマトと戦わない。万が一にもバラン星前線基地を破壊されてしまえば、併設されている“民間施設”にも被害が及ぶ。

 

 ――それだけは軍人として避けねばならない。ゲールとてその程度の認識はある。全てはガミラス帝国――デスラー総統のかけがえのない財産なのだから。

 

 問題は、ヤマトがこのバラン星を都合よく素通りしてくれるかどうかにかかっている。 万が一発見されたりしたら……後願の憂いを立つため、そして何より地球を守る為、ヤマトはタキオン波動収束砲を撃ち込んで基地を壊滅させるだろう。

 

 ――願わくば、そのような事態は確実に回避したいものだが……怨敵ガミラスの基地を、見す見す見逃してくれるだろうか……。

 

 

 

 

 

 

 一方、強磁性フェライトの霧に包まれたヤマトでは――。

 

 「くそっ! 強磁性フェライトでヤマトを包み込むとは……っ! フェライトでマグネトロンウェーブの作用を強くしつつ電子機器を狂わせ、磁力線で捉えて逃がさないつもりか……!」

 

 語調も荒く真田が吠える。どうにもマグネトロンウェーブによる探査プローブの破壊を見てから穏やかではない。

 今も悔しそうに中央作戦室の壁を殴っている。だが気持ちはわからないでもない。

 

 これではサテライトキャノンで遠距離から破壊することも出来ないだろう。

 ダブルエックスもエックスも、先の戦闘での被害を回復出来てはいない。

 応急処置ではマグネトロンウェーブの影響を回避出来ないし、本来の威力を発揮する事も出来ない。

 それをカバーするためにヤマトのフィールドで保護して、直接ケーブルを引っ張る等の措置で強引に発砲させる予定だったのが、強磁性フェライトで全て流れた。

 ボソンジャンプで影響圏に離脱して狙撃するには、修理を完了した万全の状態でなければならない。が、完全修理を待っている間にヤマトはバラバラになってしまうだろう。

 

 それどころか、ヤマトは右も左もわからない状況に置かれてしまったので、物体から距離を距離を置こうにもどっちに進んで良いのか全く分からなくなってしまった。

 おまけに強磁性フェライトに向けて照射された磁力線によって拘束され、嫌でもあの物体に引き寄せられているはずだと、真田は推測している。

 こうなると、時間稼ぎすら満足に出来はしない。

 

 「真田さん、イネスさん、この状況を打開するにはどうすれば良いと思いますか?」

 

 真田が激昂している理由がトラウマだと見当をつけたユリカは、そこには触れずに知恵だけを求める。

 

 「そうね……この状況で強磁性フェライトを除去するのは難しいわ……二重三重にフィールドの発生が阻害されていては……このままだと、ヤマトを十分に解体出来る距離まで接近されて一巻の終わりよ……最も確実で手早い手段は、あの要塞を無力化、つまりマグネトロンウェーブを停止してヤマトの解体を防ぐことだけね」

 

 「急がないと取り返しがつかなくなる。この瞬間にもヤマトへの影響を計算してマグネトロンウェーブの調整を行っている可能性がある。これ以上状況が悪くなる前に、何とかしなければならない」

 

 イネスも真田も深刻そうな表情を崩さない。今この瞬間もヤマトは解体待ちの廃品同然の状態なのだ。気が気でないのも当たり前である。

 ――あるのだが。

 

 「――あの物体を解体したら、不足してる鋼材関連の補充が出来るよねぇ」

 

 とユリカが余計な事を呟いたことで事態が一転した。

 

 「そうだな……ヤマトの鋼材関連は何時でも火の車状態だしなぁ……あの物体、ヤマトよりもでかいんだ……つー事はだ。かなりの量の鋼材の補充が出来るし、もしかしたら機関部のどこかに貴重品のコスモナイトだってあるかも……!」

 

 ウリバタケも現在までに確認されている物体のデータを改めて確認して、色々と不足しつつあるヤマトの物資補充が可能である事に気付いた!

 

 「となったら、何とかしてあの物体を解体して、資源にしないと……! いやそれだけじゃない。あれの後ろには緑豊かなビーメラ4……生野菜として食べられる食料も合わせれば、ヤマトの備蓄が一気に改善される……! これは天の恵みだ! 何としてでも確保しなければ!」

 

 色々と毒され切った進の認識も変化。一気にあの物体が「ヤマトを解体しようとしている脅威」から、「ちょっと反抗的だがヤマトが必要としている補給物資の塊」に変換されてしまった。

 そして、ここ最近の食糧事情の厳しさから、普段はあまり好んでいると言い難い生野菜への羨望すら首をもたげる!

 

 「……おいおい……っ!」

 

 気が気ではない真田の声も届かず、すっかり空気が変わってしまっていた。

 傍らにいたイネスも気遣わしげではあるが、諦めてと言わんばかりに苦笑している。

 

 「真田さん、あのマグネトロンウェーブの影響圏ってどの程度に及ぶと思いますか?」

 

 「――そうですね、恐らくヤマトを破壊する威力を発揮出来るのは、探査プローブが破壊された5000㎞以下だと思います。ただ、強磁性フェライトをこの距離でヤマトに使った事から考えると、磁力線そのものはこの距離でも届くものだと考えて間違いないでしょう……」

 

 努めて冷静に答える真田にユリカは腕組して考える。

 それ自体は自然な動作なのに、ウサギユリカ・はいぱぁ~ふぉ~むの格好では威厳もへったくれも無い。

 

 「……」

 

 手っ取り早く改造出来て、無理なく様々なアシスト機構を仕込めると用意したのは自分達だが、やっぱり止めておけば良かったかもしれないと内心後悔する。

 

 緊張感帰って来い。欲しいのはシリアルではなくシリアスだ。

 

 「う~ん。データ不足だから断言不能だけど、あの物体がボソンジャンプ対策までしてないんだったら、ジャンプで接近出来るね。向こうにはA級ジャンパーは居なくて、座標入力は全部機械入力だったって聞いてるから、このコンディションなら入力も妨害出来てるって勘違いしてくれる可能性もあるし」

 

 「だったら、あの物体に直接取り付くまで行かなくても、近くにジャンプアウトしてから宇宙遊泳で取り付いて進入するってのもありじゃないか? そうすれば、あの物体を鹵獲して色々解析したり資材も手に入る」

 

 凄く乗り気なアキトも色々と手順を考え始めている。

 

 「だとすると、ヤマト内部のジャミングシステムをオフラインにしないといけないわ。貴重な補給資源を見逃すなんてありえない!」

 

 エリナも乗り気だ。常識人だと思っていたのに。

 

 「真田さん、あの物体はマグネトロンウェーブの影響を受ける事は絶対に無いのですか?」

 

 進が真田に問い合わせてくる。正直データ不足で何とも言えないのだが……。

 

 「断定は出来んが、マグネトロンウェーブの影響を回避する手段は幾つかある。まずは継ぎ目のないシームレス構造を採用する事だ。変動磁場を使って振動させているにしても、一体構造なら構造体全体が振動するだけで破壊される事は無い。他にもマグネトロンウェーブの影響を受けない非磁性の素材で作るというのもあるし、対象を選べるのなら対象外、または影響が少ない素材を使うとか。後はそうだな……発振装置が外部にあって、影響を受ける外層だけシームレス構造を採用して、何らかの手段で遮蔽して影響を受けない内部は普通に組み上げる――とかが考えられるな。だが、直接調査してみない事には何とも……」

 

 「だったら直接乗り込んで調べれば良いんですね?」

 

 ドアの方から聞こえた声に全員が驚き振り返る。

 そこに立っていたのは艦内服をばっちり着込んだ療養中のルリの姿だった! 右手には飲み干したばかりのドリンク剤の空き瓶が握られている。

 ――ドーピングしているのが丸分かりだ。

 

 「話はオモイカネが聞かせてくれました。今こそ私の出番だと思います。ハーリー君のアシストもあれば、今まで研究を続けてきたガミラスのコンピューター……見事に掌握してご覧に入れます」

 

 ラピスの名前を出さない当たり、IFSを忌避している彼女の心情を重んじるルリのやさしさが垣間見える。

 

 「だったら私も同行します。こんな状況下では意地なんて張っていられません。3人が掛かりで徹底的にやった方が確実です」

 

 己の悩みを打ち明けて気持ちの整理が付いたラピスはもう躊躇わない。

 この場に及んでは封印を解いてでもあの物体を資源に還元して見せる。そんな気合いが全身から迸っていた。

 一応、ハリとラピスもジャンパー処置は受けているのでジャンプには耐えられる。同行には問題が無いが、強いて言えば敵地潜入の経験が皆無で戦力には全くならないことが問題か。

 

 「おっとルリルリにラピスちゃんにハーリー。クラッキングのための機材は現地で調整必須だろう?――ここは、この俺ウリバタケ・セイヤも同行して現地で端末の調整をば――」

 

 「セイヤさんはジャンプに耐えられないでしょ?」

 

 ウリバタケの名乗りはアキトに防がれた。

 「む、無念……!」と撃沈されたウリバタケを尻目に、資源云々はともかくあの物体をどうにかしたい真田が名乗り出た。

 

 「俺が同行しよう。ヤマト再建時、ドックと外を自由に行き来したくてジャンパー処置は受けてるんだ。俺なら同行してあれの解析が出来る」

 

 「だとするとぉ……運搬役がアキト、万が一の護衛役とか労働力として進と月臣さん、解析担当にルリちゃんとハーリー君とラピスちゃん、システムエンジニアとして真田さん――」

 

 「私も同行させてもらうわ。アキト君とセットで行けば、いざと言う時の補完もし易いわよ」

 

 珍しくイネスが声を上げる。最近は艦内での発明はともかく、艦外作業をしてまで解析担当を務めることは殆ど無かったのだが……。

 

 「あら? 私だって技術者の端くれよ。ウリバタケさんが駄目な以上、私が行かなくて誰が行くというのよ」

 

 自信たっぷりに宣言するイネスの姿にこれは止められないと一同確信する。

 そして、除け者になったウリバタケが床に“のの字”を書いて拗ねていた。

 

 

 

 話が纏まったとなれば行動するのみ。

 ユリカは物体攻略部隊として編制した進、アキト、月臣、ルリ、ラピス、ハリ、真田、イネスに合わせ、「ルリさんとハーリーが行くなら俺が行かないと」と名乗りを上げたサブロウタを含めたの計9名が一緒に作戦を煮詰める。

 

 「そもそもあの物体って攻撃用の要塞とは思えないんだよね。どう考えても宇宙戦艦の解体用っていうか、処理施設の一部みたいって言うか――」

 

 「あり得ますね。もしかしたら今ヤマトを包んでる強磁性フェライトも、本来攻撃用ではないマグネトロンウェーブを攻撃用途で使おうとした、苦肉の策なのかもしれません」

 

 呼び出された雪が今までに得られたデータから推測を重ねる。

 コンピューターが全部沈黙してしまったわけではないので、反応の悪いコンソールを操りながらデータを表示し、後は自前の頭脳でどうにかする。

 

 「プローブが解体される直前までに送られてきた映像データからも、あれが要塞の類とは考え難いと思います。このフェライトを封入したミサイルもあの物体の周囲に浮遊していて、物体に備え付けられていたわけではありません。最初から軍事用に開発されていたのなら、本体に発射管の類があっても良いものですが、無いという事は別の用途で造られた装置を強引に兵器転用した可能性があり得ます」

 

 と、ルリが雪の説明に捕捉する形で推論を述べる。

 

 「私もそう思う。多分今ヤマトに仕掛けてくるとしたら次元断層で戦った指揮官だろうし、あんな凄腕の指揮官がこんなヘンテコな手段に期待するとは考え難いよ――多分嫌がらせかヤマトの足止めが目的で、撃破は考えてないよ」

 

 ユリカももふもふの腕を組んで思案する。あの凄腕の指揮官がこんな奇抜なアイデアを駆使してヤマトと戦うとは正直考え難い。

 これは絶対に足止めが目的だ。恐らく解体されて資源になる事すら想定されているはず。

 ――となれば。

 

 「という事は、ガミラスはヤマトが航路変更してこのビーメラ4で補給するって読んでたって事になるな……あの赤色巨星の罠を考えるとそうだろうとは思ってたけど、やっぱりガミラスはこの周辺の宙域にも精通していると考えた方が良いな」

 

 アキトも今まで得られた情報からそう推測する。

 ユリカもルリも進も妥当な推測だと考える。そうでもなければヤマトの航路を読むことも出来ないし、当然適切と思われる場所に罠を張ることも出来はしない。

 となるとますますバラン星が怪しい。ユリカと共犯者はもはや確信を得たと言ってもいい。

 

 彼女らはガミラス星の所在を知っている。

 所在を知っていれば、現宙域から最も近くガミラス星と地球を結ぶ上で拠点とし易い場所は――。

 

 (バラン星か……)

 

 裏付けるだけの情報は得られていないが、恐らくそれで間違いないはずだ。

 それならば、ヤマトの進路上にこうも容易くトラップを仕掛けられる手際の良さが頷けるというものだ。

 

 (……何か企んでるのは間違いないけど……それがヤマトにどう作用するのかが全く読めない。ガミラスの事情からすれば、トランジッション波動砲は喉から手が出るほど欲しいとは思うけど……だからヤマトを極力万全の状態にしておきたい?)

 

 今ガミラスが置かれている状況――カスケードブラックホールによる母星消滅の危機。それを乗り越えるには、カスケードブラックホールの破壊が理論上可能と思われる波動砲が不可欠。

 ――ヤマトはそれを6連射で備えている。

 カスケードブラックホールの破壊を抜きにしても、ガミラスが戦争によって版図を広げようとするのであれば波動砲の破壊力は魅力的な筈。

 

 そういう意味では、(相当)運良くヤマトを仕留められたとしても、解体に留められ、比較的原形を留めたまま回収可能なマグネトロンウェーブによる破壊を目論むのは、わからないでもない。

 だとしてもあまりにも脅威として小さ過ぎる。これだったら以前の機雷網をもう1度敷いた方が余程確実だろうに。

 

 ――とすれば、これを置いた指揮官はヤマトの撃滅を出来るだけ先延ばしにしようとしている事になる。大方「失敗前提。むしろ突破させる事でわざと補給の機会を与え、時間を使わせる」とか嘯いて部下を納得させつつ、本命はヤマトが万全の状態を極力保てるように一計を案じたのだろう。――トランジッション波動砲を維持させるために。

 ――となれば、トランジッション波動砲を欲するあまりガミラス内部でもヤマトに対する方針が割れている、と考えるのは都合が良過ぎるだろうか。

 もしそれが事実なら、付け入るスキがあるかもしれない……。

 

 「ふ~む。やはり、映像から見る限りではあの要塞はシームレス構造の外郭を持っている様だな。それに外殻に開いているあの穴……恐らくあそこからマグネトロンウェーブを照射していると見て間違いないでしょう」

 

 「そうね。内部構造がどうなっているのかはこれじゃわからないけど、本体がシームレス構造だとするなら、あの穴の中にメンテナンス用の通路の類が設置されている可能性があるわね。マグネトロンウェーブの発生装置がどの部分にあるのかはわからないけれど……内部までシームレス構造ないし防磁処理がされていないのなら、発射口のすぐ奥ね。されているのなら物体の深部って事もあり得るけど……情報が少な過ぎて確定出来ないのがもどかしいわ。アキト君と古代君が収集した冥王星基地の内部構造も、あまり参考になりそうにないわね」

 

 こっちは真田とイネスが仲良く物体の分析を続けている。

 持ち前の知識を総動員してあの物体の構造を可能な限り推測して、少しでも突入作戦のプランを綿密にしようと努力を重ねている。

 

 「こちらウリバタケ。突入部隊運搬用に、非磁性素材をメインで使ったシームレス輸送機の制作は80%完了だ。と言っても、非磁性素材とシームレス構造のせいで必要最低限以下程度の性能しかないけどな。計器も推進装置も簡素なものだから、情報の信頼性が一段と劣るし、速度も持久力も足りねえ。マグネトロンウェーブの影響の事を考えると、一気にジャンプで接近するのも心配だから、1度艦外に出た後はスラスターで接近してくれ。ただ、帰りはジャンプ頼みになるから確実にあいつを沈黙させてくれよな。あと、防磁性を強化した宇宙服も用意が間に合うぞ。普段のよりも感じが違うから注意してくれよな」

 

 ウリバタケは作業の手を休める事無く進展の報告をする。

 今工場区で開発しているのは急場凌ぎのシームレス輸送機。

 マグネトロンウェーブで影響を受け難いと思われる非磁性の素材や、磁場の影響が小さいと考えられる軽合金にエステバリスの構造材にも使われていたセラミックや強化樹脂等を使用して、何とか輸送機の形にでっちあげている代物だ。

 外殻はシームレス構造の合金製だが、それ以外の部品は先に挙げた素材で何とか形にしている程度。ジャンプフィールド発生装置は2回使えるだけのバッテリーが接続され、防磁素材で厳重に梱包されている。一応影響が小さいと目される素材で出来ているから大丈夫だとは思うが、心配の種は尽きない。

 

 だが、マグネトロンウェーブに分解されない事とヤマトがバラバラにされる前に対応するという制約がある以上、これが最上の出来だった。

 ウリバタケも簡素の中にもキラリと光る職人魂を詰め込み、想定される状況下で100%の動作を保証される出来栄えにすべく、腕を振るっている。

 

 「ありがとうウリバタケさん。マグネトロンウェーブの影響を考えると、持ち込む道具も選ばないといけないわね……コミュニケやパソコンは大丈夫かしら?」

 

 「宇宙戦艦の構造材に対して特効になる様に調整されているのなら、その程度の物は大丈夫だと思います。念のため、武器共々非磁性トランクに厳重に梱包して持ち込みましょう」

 

 「実包を使う銃器があれば、動作だけは保証されるんだけどなぁ~」

 

 真田の言葉にアキトがぼやく。

 ヤマトではクルー全員に配られたレーザー銃・コスモガンを中心に、レーザーアサルトライフルやコスモ手榴弾、コスモガン用のアタッチメントでショットガンとグレネードランチャーが用意されている。が、実包を使用する古き良き銃器はあまり用意されていない。

 ヤマトの場合、白兵戦があるとしたら艦内に侵入を許した場合の防衛戦、または敵施設内に進入しての破壊工作が想定されている。

 宇宙戦艦や宇宙要塞の場合、外も中も金属素材をメインにした構造体である事が多いと考えられ、跳弾の危険が高い実体弾を使用した銃器は自損の危険が高いと判断され、ヤマトのデータベースから回収されたレーザー銃を正式化した経緯がある。

 他にも、民間出身のクルーでも反動が少なくて使い易く、ガミラスの科学力で造られるであろう防弾装備に通用するとしたら、並行宇宙でヤマトのクルーが白兵戦で存分に使った実績があるコスモガンなら間違いは無いだろう、と言った理由もあった(外見は新調されたが中身はきっちり模倣されている)。

 

 「流石にグレネードは持ち込めないな。密閉空間での影響もそうだが、マグネトロンウェーブの影響で信管が誤作動したら自爆するだけだし、下手に壊して止められなくなったら不味い」

 

 「だとすると、レーザーアサルトライフルはともかく散弾は不味いですね。一応アサルトライフルを分解してコスモガンと一緒に梱包しましょう。後は、どちらもダメな時に備えた装備を幾つか用意しないと……」

 

 「そうだな……一応ナイフや警棒の類も持って行こう。俺も木連式の武術を幾つか修めている。敵の兵士がいるとすれば、それは俺が打ちのめそう」

 

 サブロウタと進と月臣が持ち込む武器について議論を重ねる。

 

 「ラピスさん。パソコンが持ち込めるにしても、ヤマトとの連絡が絶たれた状況だとオモイカネのサポートも受けられません。マグネトロンウェーブの影響を考えると持ち込める機材にも限りがあります。どういった物を持ち込みましょうか?」

 

 「そうですね……あまり欲張っても仕方ありません。最初はマグネトロンウェーブの停止に注力してヤマトの解体を阻止しましょう。その後でオモイカネの力を借りて完全制圧するのがベターだと思います――あまり褒められた事ではありませんが、アキトと一緒に火星の後継者相手に工作した経験もありますから、ルリ姉さんとハーリーさんとオモイカネが今まで積み立ててきた対ガミラス・ハッキングデバイスがあれば、何とか出来ると思います」

 

 こちらも顔を突き合わせて、物体攻略のために不可欠なコンピューターの制圧手段の計画を煮詰めていた。

 

 「今回の作戦は敵施設への侵入ですし、経験の多いアキトさんにリーダーを担当して貰った方が良いでしょうか?」

 

 「ううん。アキトは確かに経験値が多いけど、今回はあの物体の無力化が最優先だから真田さんかイネスさんがリーダーの方が良いと思う。単純に火力で破壊する事が難しい状況だから、やっぱり専門知識のある人の知恵を借りて堅実に解体していくしかないと思う」

 

 ルリとユリカの話し合いの結果、今回のリーダーは真田が担当する事になった。

 一番機械に対する理解力と解析能力が高く、多少羽目を外したり激昂する事もあるが、感情のコントロールに優れる人柄を鑑みての事である。

 

 「そう言う事でしたら、今回の突入部隊の指揮官を拝命いたします」

 

 「サポートはばっちり任せてね。何、私達が一丸となって掛かればあんな物体すぐに資材に早変わりさせてみせるわ!」

 

 イネスの言葉に全員が頷く。

 ガミラスが何を企もうがどんな罠を仕掛けてこようが、ヤマトは全てを打ち破ってイスカンダルに行く!

 

 「それではこれより! マグネトロンウェーブ発生装置解体を兼ねたヤマト補給大作戦を開始します!」

 

 選ばれた9名の特別工作隊が出来たてほやほやのシームレス輸送機に乗り込み、ボソンジャンプ対策を一時カットしてからアキトのナビゲートでボソンジャンプ。

 工場区からその姿を消したのであった。

 

 全ては、資材を得るために!

 

 

 

 そしてヤマトの艦外にボソンアウトしたシームレス輸送機は、ヤマトと物体の現在位置をざっとではあるが確認した。

 

 「ふむ、現在地はヤマトから推定2㎞、物体との距離は推定1万と4000㎞か……いかんな、このペースだとあと4時間ほどでヤマトはマグネトロンウェーブの影響をもろに受け始めるぞ」

 

 「そうね、発進前の検査でも主砲や副砲を始め、損傷個所で振動が見られるようになってたし、あんまり悠長に構えてると補給の前にヤマトの修理作業が長引く事になるわね」

 

 もうすっかり資源獲得作戦に変貌している事がその言葉からも伺える。

 普通ならヤマトが解体されてしまう事が最も気掛かりであるはずなのに、ヤマトの修理作業の延長による時間的損失にしか目に入ってない。

 

 あの物体が本質的には単なる解体用機材で、攻撃用要塞ではないと見抜いたが故の事ではあるが……。

 

 「シームレス輸送機で接近するのに約1時間、となると、作業時間は3時間程を目安にしないといけないな。スラスターを噴射、物体への接近を開始するぞ」

 

 操縦桿を預かるサブロウタが簡素なレバーを引くと、後部に据えられた2つのスラスターが点火、物体に向けて加速を始める。

 その姿は本当に簡素なもので、艦内工場の能力をフル活用した一体成型のボディは、以前のヤマトで散々活躍した救命艇に近い代物であった(今のヤマトの救命艇は形状が異なっている)。ただ、ティルトウイングタイプではなく、後部に取り付けられたボンベのような形の推進器で飛行する。

 そのため第一印象は“ティッシュ箱”であった。

 

 「時間なかったんだから文句言うな。性能は保証する」

 

 とは、その姿に突っ込んだアキトに対するウリバタケの反論である。

 

 ともかく、シームレス輸送機は徐々に速度を上げてマグネトロンウェーブを発する物体に接近していく。

 念のために持ち込んだ機材のチェックも継続しながら、各々これからの作業に備える。

 しばらくして、シームレス輸送機はマグネトロンウェーブの影響をもろに受け始めるであろう物体との距離5000㎞の地点に達した。

 シームレス輸送機は全体が振動に見舞われたが、何とか持ちこたえている。突貫工事で不安が残っていたが、何とかなった様だ。

 ホッと胸を撫で下ろしていると、窓の外に解体されたプローブの残骸が漂っているのが見えた。

 ビスの1本に至るまで解体されているようで、細かな部品と成り果てている。

 それは自分達が失敗した時のヤマトの末路だと思うと、緊張を煽られてソワソワした気持ちになった。

 

 そんな中で真田はプローブの残骸を辛そうに見ていた。傍目にも、嫌な記憶とダブらせてみているのが伺える。

 

 「真田さん……どうしたんですか?」

 

 隣に座っていた進が尋ねると真田は渋い顔で「少しな……」とだけ答えて黙り込んでしまう。

 あまり話したくない話題だという事は確定した。事情を知っているのであろうイネスは心配げな表情だが、承諾も得ず口に出すつもりは無いようだった。

 しかし、口にしてしまった方が楽になると考えたからか、真田はぽつりとぽつりと話し始めた。

 あまり思い出したくはない、しかし決して忘れられない、過去の惨劇を。

 

 「――俺はな……子供の頃は絵が好きでな。大きくなったら画家になりたいと思っていたんだ……だが、15年程前に遊園地で事故に遭って、そこから人生が一変したんだ」

 

 真田が語ったのは15年ほど前に地球の遊園地であった痛ましい事故だった。

 その遊園地では、機械トラブルによるジェットコースターの事故が発生、何と乗客を乗せた小型のコースターが宙に飛び出し、乗っていた子供2名が宙に放り出される痛ましい事件が発生したのだ。

 その乗っていた子供2人と言うのが、幼き日の真田志郎とその姉だったのだ。

 

 「俺はその時姉を亡くした。あの時、コースターに乗りたい乗りたいとわがままを言ったのは俺でな……姉は地面に叩きつけらるその瞬間まで、俺の手を握ってくれていたのを今でも鮮明に思い出す……あのバラバラになったプローブを見た時、地面に叩きつけられたコースターの残骸と、その傍らで亡くなった姉の姿がフラッシュバックしたんだ……」

 

 真田の告白に、事前に知っていたイネスも含めて沈痛な面持ちになる。

 

 肉親の死。

 

 これ以上に生々しく思える“死”は無いだろう。

 両親の理不尽な死を見たアキトも、つい最近守を亡くした進も、真田に共感して薄っすらと涙が浮かんでくる。

 

 「酷いものだったよ……姉は俺の自慢だった。綺麗で明るくて優しくて――そうだな、そういう意味では艦長に近い人なりだったかもしれん。もし俺が、あの時我儘を言わなければ、もしも、あのコースターが事故を起こさなかったら――今でもそう思う事があるよ」

 

 真田は自身の両腕と両足が視界に入ると、さらに続けた。

 

 「なあ古代。俺の手足をどう思う?」

 

 「え? どうって言われても……普通じゃないんですか?」

 

 普段の真田の姿を何とか思い出しながら進は応える。なぜなにナデシコのキャラクターイベントで共演した時に互いの肩を抱き合ったりしたが、特別違和感は――。

 

 「この手足は作り物なんだよ。あの事故は、姉の命だけじゃない、俺の手足も奪っていったんだ」

 

 真田の告白に、やはり知っていたイネス以外の全員が驚く。

 普段の挙動に、作り物の手足を思わせるような仕草は無い。それに、あれほど精巧な工作作業もしているというのに――。

 

 「俺の両親は技術者でな。特に俺みたいに四肢を欠損した人が苦も無く日常を過ごせるようにと、安価で精巧な義肢を作ることに情熱を燃やしているんだ。俺の手足も、元々は両親が設計した物だ。おかげで日常生活においては不便さは感じないし、皆も見ている様に精密作業もこなせる。むしろ生身だった頃よりも器用になったくらいさ」

 

 自嘲気味ではあったが、言葉の端々に両親に対する確かな敬意と感謝が感じられる。

 

 「この一件以来、俺は科学畑の道を進むことに決めたんだ――科学とは、人の幸せのために生み出されたもののはずだ。生活を豊かにし、より高みを目指すためにこそあるはずだ。だが、現実はどうだ! 姉の命や俺の手足を奪ったような事故は枚挙が無い! それどころか科学に心奪われ外道に走る人間もなんと多い事か! 俺は、科学とは人の為にあり、人は科学に勝るものだという事を証明するために――科学を屈服させ、人の幸せを冒さないようにしたいと願って、科学者になったんだ!」

 

 握り締められた拳に、真田の決意の固さが伺える。

 

 「――屈服、ですか」

 

 真田の告白を聞いてから、ルリはぽつりと呟く。

 真田の過去に対する同情があっても、科学というもの自体に向けられる憎しみに対する反発を覚えずにはいられない。

 コンピューターを友達として成長したルリにとって、機械はとても身近な存在であり――対等な関係だった。だから、何となく友人を貶められた気がして、気分が悪くなる。

 

 「わかっているよ、ルリ君。君とオモイカネの関係はこの目で見させてもらった。君達の様な関係こそが、俺の目指すべき本当の答えなのではないかと、ヤマトに乗ってから思うんだ」

 

 先程までの感情の荒ぶりを抑え、出来るだけ優しく真田は告げる。

 

 「しかし人が科学を制すべきというのは――正しいのだと今でも思う。科学で生まれた全ての機械が――オモイカネの様に人と歩み寄れる存在ではないからね。それに……人が裏切らない限り、科学もまた人を裏切らないものだと、誰かの言葉を耳にした事もある。俺は、誰もがそう在れるようにするためにも科学を制し、同時に科学と接する人の在り方についても模索していきたいと考えている――そのきっかけは間違いなく、君達の関係だ」

 

 「真田さん……」

 

 「つくづく、俺は君達に救われたり道を示されているのかもしれないな…………アキト君、実は今まで話していなかったんだが――君は俺の命の恩人なんだ」

 

 「え?」

 

 いきなりそんな事を言われてアキトは戸惑う。ヤマト以前に、何か真田との接点があったのだろうか。

 

 「まだ艦長にも言えてはいないんだが、君達がヨコスカで自爆寸前のジン・タイプを1機、何とかしてくれただろ? あの時、俺もヨコスカに居たんだ。ナデシコが暴れていたジン・タイプと戦ってくれなかったら、君がボソンジャンプを使ってまであの機体を放り出してくれなかったら、俺はあそこで死んでいただろう」

 

 思わぬ告白に、あの場で自爆して果てようとしていた月臣がぎくりと硬直する。

 真田はあの時のマジンのパイロットが月臣だったとは知らないようだが、まさか自分が殺しかけた民間人の中に、今ヤマトを支えている科学者が居ようとは思いもしなかった。――超居心地が悪くなった。

 

 「だからこそ、君達の訃報を新聞で見た時には悲しかったし、プロスペクターさんを通してヤマトの再建計画に誘われて、真実を――君が五感に障害を抱えて復讐鬼となり、艦長がボソンジャンプの制御装置にされたと聞かされた時には、腸が煮えくり返る思いだったよ。俺が最も唾棄すべき存在――科学に心奪われ人間性を失った連中の玩具にされたなんて……だから俺は、命を救われた者として、科学者として……恩人の君達に少しでも報いたいと思ってヤマトの再建を手伝う覚悟を――兵器開発に携わり、俺が生み出した兵器で血を流す覚悟を決めたんだ」

 

 「真田さん――そんな事があったなんて、俺、知りませんでした」

 

 「あまり語る必要を感じなかったのでな。恩を着せたいわけでもないし、俺個人が納得していれば済む話だった。しかしな……再建したヤマトが君にも明日への希望を与え、ダブルエックスが君達の再会の懸け橋になってくれたと知った時は、感無量だったよ。どちらも俺が関わっていたからな……」

 

 目を閉じた真田の脳裏に、ダブルエックスに乗ってヤマトの危機を救い、ユリカと痴話喧嘩を繰り広げた後、医務室で感動の再会を果たした2人の姿が――そしてその姿を喜びも露に見ていたルリ達の姿が浮かぶ。

 理不尽で愚かしい思惑で引き裂かれた恩人達の幸せそうな姿に、筆舌し難い感動を味わったのは記憶に新しい。ある意味、真田の努力が報われた瞬間だった。

 

 「他にもヤマトにナデシコCから移動になったルリ君が乗ると聞いた時も、出来る限りの時間を割いてオモイカネの搭載の調整や、IFS対応のインターフェイスを組み込んだり、要望に応じたハードウェアの改造もした」

 

 「――通りで、親切だと思いました」

 

 実際第三艦橋への直通エレベーター問題でも妙に狼狽えていたし、日々の調整でもかなり細かく要望に応じてくれていたり、強面によらず親切で人当たりが良い人だとは思っていたが――そういう裏もあったのか。

 

 「という事は、ユリカ姉さんの着ぐるみの改良を頼まれてもいないのにやってくれたのって……」

 

 「勿論、艦長が少しでも楽になる様にと気遣ったんだ。幸いイネスさんの協力も仰げたから楽なものだったよ。俺も両親から義肢関係の技術は伝授してもらっているし、アイデアも幾つか使わせてもらっているんだ。あのパワードスーツ化も、両親が考えた半身不随になってしまった人や、欠損はしていなくても麻痺などで体が自由に動かない人の為にと考案していた技術を使わせてもらっているんだ。形にする上では、ウリバタケさんの協力も大きかったと付け加えさせてもらうよ」

 

 思いがけない事実にアキトもラピスも開いた口が塞がらない。

 ごめんなさい、人が良いけどマッドだなんて思ってしまって。

 

 「正直な気持ちを言えば、どんな形であれ兵器開発に携わり血を流した以上、科学で人を幸せにするという願いに土を付けたという思いはあるんだ。だが、綺麗事だけ並べて眼の前の犠牲を見過ごすのは耐えられない。俺の信念の為にも、例えガミラスの血を流す事になったとしても……ヤマトの航海は成功させる。ヤマトを生み出したのも科学だ。科学者としての俺が手塩にかけて甦らせ、改良も重ねてきた。ヤマトの成功は、少なくとも地球に残された人々の幸せに繋がるのは確実なんだ!――本音を言えば、ヤマトの力が侵略者とは言えガミラスに向けられ、多くの血を流す結果になっているのには、心苦しくもある」

 

 それは真田の本音だった。地球を追い込んだガミラスを恨まずにはいられない。だがそれでも、自身が開発した兵器でガミラス人が死んでいくというのは気分がよろしいものではない。

 ガミラスとて人なのだと、あの冥王星基地の残存艦隊が教えてくれたのだ。

 向かって来るのなら退ける。綺麗事で済まないのなら、降りかかる火の粉を払うことにためらいはない。

 だが、戦いが終わった後に感じる虚しさは――消す事が出来ない。

 

 「それに詳細はわからないが――艦長の言葉を聞く限りでは、イスカンダルには確かに彼女の未来を拓く何かがあるよう思えるんだ。俺の感が囁くんだが、もしかしたら艦長の命を救うのは医学ではなく、科学技術によるものかもしれない」

 

 進とアキトとイネスは表情に出す事は辛うじて堪えたものの、真田の言葉に内心舌を巻いた。ズバリ的中だ。ユリカの体は医学では治せない。彼女も承知の事だ。

 

 「医学では治せないって――でも治療と言ったら医学なんじゃ!?」

 

 ユリカの事には過剰反応するようになったルリが声を荒げるが、真田は極力冷静に推論を離す。

 

 「俺も医学にはそれほど詳しく無いが、あそこまで破壊された体を元通りにする事は不可能だと思う。例えば、クローン体の様な新しい体を用意して脳髄を――もしくは記憶や人格と言った彼女を形作るパーソナルを移植して事態を解決する、という事もあり得ない話ではないし、その場合は医学と言うよりも科学が救うと言える。もしくは――」

 

 ひぃ~!

 

 進とアキトとイネスは真田の推論に肝が冷える。推論は大体当たっていた。気に恐ろしきは天才科学者といった所だろうか。

 

 「全ては推論に過ぎない。真相はイスカンダルに辿り着き、向こうの人間か艦長が真相を語ってくれることを祈るしかない。だが俺は、あの人は自分の命と引き換えに地球を救って俺達を置き去りにするような事は考えていないと信じている。必ずイスカンダルに何かがある。あるからこそ、彼女は命を削る事を躊躇わなかったと、俺は信じているよ」

 

 そう真田が締めた所で、目的の物体が大分近づいてきていた。――彼が真実を知るのはそう遠い話ではないのだが、真実を知った時の反応が容易に予想出来て……震えあがった。

 

 「ん? どうやら着いたようだな。長話に付き合わせて悪かった。さあ! 接舷してあの物体の制圧に掛かろう! ヤマトが解体される前に終わらせないとな!」

 

 吐き出すものを吐き出してすっきりした真田が音頭を取ると、真田の口から語られた出来事にショックを受けて意気消沈した一名を除いて、全員が元気に応えるのであった。

 

 

 

 「ユリカ、マグネトロンウェーブの影響が強くなってきているみたいだ。修理中の装甲板の剥離が始まったよ」

 

 強磁性フェライトの影響で計器類はあまり信用出来ないものの、工作班の面々が損傷個所を中心に目視と艦内通話を使って艦橋に報告してくれているので、何とかヤマトの状況を知る事が出来ていた。

 

 「う~ん。まあ間に合うだろうけどこれ以上解体されるのもねぇ。ヤマトぉ! 気合で耐えてくれないかなぁ!」

 

 すでに周知となっているから語りかける事に躊躇が無い。他のクルーには返事は聞こえなかったがユリカには確かに返事が届いた。

 

 「――頑張ってみます!」

 

 と。

 

 頼もしい限りだが、ちょっぴり泣きが入ってた気がする。――トラウマでもあるのだろうか。

 

 

 

 一方でマグネトロンウェーブ発生装置に取り付いた9名は、ワイヤーでシームレス輸送機を係留した後、マグネトロンウェーブの発射口と思われる開口部から侵入を試みていた。

 シームレス構造である以上、外部にメンテナンスハッチの類があるはずも無いという考えから、少々危険を感じてはいたが時短の為に突撃を決意した。

 

 「良かった。手を加えた宇宙服はマグネトロンウェーブの影響を退けられるようね」

 

 「帰ったらウリバタケさんに何か奢らないといけませんね」

 

 イネスの安堵の声にハリも同意する。ウリバタケは同行こそ出来なかったが、確かな仕事振りで自分たち突入部隊を支えてくれていた。

 

 全員慎重に発射口と思われる開口部にその身を潜らせる。人が入るのに十分な大きさな穴ではあるが、9人も入るとなると流石に手狭だ。

 互いに装備を引っかけないように順序立てて慎重に進んでいく。奥行きは15m程と短く、直ぐに行き止まりに達してしまう。

 真田とイネスは周囲を検分しながら少しの間歩き回り、互いに意見を交わして結論を出した。

 

 「ふむ、どうやら発射装置よりも奥にはマグネトロンウェーブ自体が届かないようだ。案外指向性があるんだな。この奥の隔壁も、防磁コーティングされてはいるようだが直に作用したら長くはもたんだろう――よし、このまま最深部に侵入して、マグネトロンウェーブを内部に反転させられないかを試してみよう。上手くいけば、この物体自体を解体出来るはずだ」

 

 真田の発案もあって、一行は慎重に内部を進むことにした。全員が防磁性の小型トランクを腰に吊るし、各々の装備品を入れてある。これで機能を保ててくれていればいいが……不安を残しながらも、隔壁の傍にあった防護扉をハッキング(物理)して開放、内側に入る。

 その先には予想通り、メンテナンス用と思われる通路が伸びていて、その様相はアキトと進が持ち帰った冥王星基地の構造に酷似した有機的なものだ。

 どういった意図なのかは読めないが、ケーブルが絡み合ってまるでトンネルのような構造を作り出している。

 戦闘担当の4人はトランクからコスモガンを取り出して構える。機能に問題は無いようだ。レーザーアサルトライフルも問題ない。スリングを肩に通して構える。

 

 「行くぞ。このケーブルを辿っていけば、心臓部に辿り着けるはずだ」

 

 アキトと進が前衛を担当し、そのすぐ後ろの真田とイネスが道を示し、中衛にサブロウタ、サブロウタの近くにルリとラピスとハリ、後衛に月臣という陣形で、慎重に先を進んでいく。

 通路は正直言って狭く、人がすれ違うのがやっとと言った具合で入り組んでいる。まるで迷路のようにあちこちに通路が伸び、真田とイネスが主要のケーブルを見極めて先導してくれなければ迷子確定だ。

 進みながら冥王星でも使ったマーキングを残して退路を確保しつつ、9名は慎重に進んでいく。

 不思議と防御装置の類が見受けられず、何の妨害を受ける事が無いまま進んでいくが、如何せん構造が複雑で階層も分かれている。

 人口重力が働いているので一行はケーブルで出来た通路を歩かねばならず、病み上がりで(ただでさえ無い)体力が不足気味のルリを気遣って、周りがフォローする事は欠かせなかった。

 

 そうやってかなりの距離を歩いた。時にはケーブルで出来た壁面を這い上って階層を移動する。

 途中、60㎝程度の赤い4つ足ガードロボットに遭遇して少々焦ったが、物陰に隠れてやり過ごしたり、発見される前に破壊して切り抜ける。

 案外脆くて助かった。

 

 「もう5㎞も歩いてるのか……真田さん、イネスさん、まだ中心部には着かないんですか?」

 

 「もうすぐだ古代。この物体は完全に無人で動いている、言わばこの物体自体が巨大なロボットのようなものだ。イネスさんとも結論が共通したが、どうやらこの通路も一種の電気回路のような構造をしている様だ。内部には作用していないが、恐らくこの物体全体がマグネトロンウェーブの発生装置になっているんだろう――そして、その構造を鑑みた上で俺とイネスさんが導き出したゴールが……ここだ!」

 

 真田が示した部屋の中の様子は、それまでの通路とは一変していた。

 円形の部屋の中央には、球形の巨大な電子頭脳と思しき物体があり、その四方からオレンジ色のケーブルを伸ばして床や壁、天井に繋がっている。

 周囲には平らな床もあり、一目見てわかる、ここが心臓部であると。

 

 「では、手早く無効化してしまいましょう。ハーリー君、ラピス、私達の出番です」

 

 ルリの呼び掛けにハリもラピスも頷く。吊るしていたトランクから端末を取り出すと電源を入れる。どうやら、マグネトロンウェーブの影響は受けていないようだ、正常に機能している。

 

 「アクセスポイントを探すのは私達に任せて、アキト君達は周辺の警戒をよろしく」

 

 イネスに言われて4人は技術者組を固めるように周囲を警戒する。あのガードロボットが大挙して襲い掛かってくるかもしれないので、備えを怠ることは出来ない。

 

 真田とイネスはすぐにアクセス出来そうな端末を発見、地球の物とはだいぶ規格が違うが、過去の解析データからでっち上げたコネクターを調整して接続、後は真田達のバックアップを受けたルリ達3人の仕事だ。

 携帯端末では全力を出すには少々物足りないスペックではあるが、ルリがハリや部下達と一緒に構築したガミラス用のハッキングデバイスの出来栄えは見事だった。苦戦していたヤマト出航前とはうって変わってスムーズに掌握していく。

 

 作業が順調に進む中、案の定と言うべきか、警報システムが発動した。やはり完全回避はまだ出来なかった。真空の物体内では音は聞こえないが、あちこちで赤色灯火が点滅している。ガミラスも共通の警戒色らしい。今までやり過ごして来たガードロボットが大集結。一挙に襲い掛かってくる。

 上部のカバーが開いてレーザーガンを発射。施設の破損を気にしてか出力はやや低めだが、それでも命中すれば宇宙服の気密が危うい。

 進達はコスモガンとアサルトライフルを二挺持ちして応戦。とにもかくにもルリ達の邪魔をさせるわけにはいかない!

 入ってきた入り口は勿論サービスハッチの類からも飛び出すガードロボットを、4人は代わる代わる立ち位置を入れ替えて応戦していく。

 

 飛び交うレーザーを防ぐべく、真田とイネスが持ち込んでいたらしい個人携行用のディストーションフィールドを展開して持ちこたえる。内部にマグネトロンウェーブの影響があったら使えない代物なのに、念には念をと持ってきた周到さに感心させられる。

 とは言えバッテリーはそう長くは続かないし、応戦中の4人は無防備なままだ。

 

 「ルリさん達、急かす様で申し訳ないどさ、早い所頼んますぜ!」

 

 余裕が無くなってきたサブロウタが堪らず急かす。

 月臣は宣言通り、宇宙服を着ているとは思えない凄まじい体術を見せつけてガードロボットを蹴り飛ばし、レーザーの火線を見切って縦横無尽の大活躍。

 他の3人はそこまではいかないが、必要に駆られて蹴ったり撃ったりエネルギー切れの銃を投げつけたりナイフや電磁警棒で応戦したり。必死で抵抗しているがやはり多勢に無勢。

 溢れるように出て来る大量のガードロボットの群れと残骸に埋もれてしまいそうな錯覚すら覚える。

 

 「ルリさん、こっちは準備出来ました!」

 

 「ルリ姉さん、こっちも行けます!」

 

 「それじゃあ、ポチっと行きましょう」

 

 3人はタイミングを合わせて最後の仕上げを完遂する。

 それでセキュリティーシステムは勿論、マグネトロンウェーブの発射システムも掌握する事に成功し、この物体の制御を完全に手中に収めていた。

 

 「ふぅ~。クラッキングは久しぶりでしたけど、腕は鈍っていませんでしたね」

 

 「私も久しぶりですけど、務まって良かったです」

 

 「良い経験値でした。今後に是非とも反映したい所ですね」

 

 3人は清々しい表情だった。制圧までの時間は15分。オモイカネの助けも無く、ガミラス製のコンピューター相手にこの程度の時間で済んだのだから、大金星だろう。

 今まではそもそも掌握すら出来なかったのだから。

 

 「無人で稼働していたらしく、生身の人間は誰もいませんでした。この物体はもう我々の物です。真田さん、外部コントロールシステムも掌握したので、外部からコントロール可能です。マグネトロンウェーブも内側に向けての照射が可能の様です」

 

 ルリはとっても嬉しそうだった。ようやく彼女個人としてガミラスに一矢報いたと思っている事は、表情から容易に察する事が出来る。

 

 「よし! 1度脱出してヤマトに戻ろう! 外部からコントロール出来るのなら、わざわざ内側から壊す必要は無い。この忌々しいジャンク製造機をジャンクに代えて、我々の航海の足しにしようではないか!」

 

 「さんせ~い!」

 

 と皆が挙手で同意を示す。

 手早く帰り支度をしてガードロボットの残骸を踏み越え、心臓部を後にする。

 9人はまた足場の悪いケーブルのトンネルを進んでいく。構造が判明したので工程が多少楽になったのが幸いだった。ついでに人口重力も切ってスイスイ泳ぐから早い早い。

 疲れと心地よい達成感を感じながら、一行はシームレス輸送機に乗り込み、ボソンジャンプでヤマトの艦内に帰艦する。

 

 格納庫でジャンプアウトしたシームレス輸送機の姿に、待ち構えていたクルーが歓声を上げ、ウサギユリカ・はいぱ~ふぉ~むも駆けつける。

 そして一同を代表し、真田が報告する。

 

 「艦長、マグネトロンウェーブ発射装置の無力化に成功しました! あのジャンクはたった今から我々の補給物資です! データの吸出しが終わったら、早速解体しましょう!」

 

 

 

 ビーメラ星系第四惑星で補給が出来ると喜びも露にした矢先に襲い掛かったガミラスの罠。

 

 立ち塞がったマグネトロンウェーブ発射装置の脅威を切り抜け、貴重な資源をゲットしたヤマト。

 

 しかしヤマトよ、油断は禁物だ。君の行く手にはガミラスの妨害と、神秘なる宇宙の大自然が立ちはだかっているのだ。

 

 人類滅亡と言われる日まで、

 

 あと、265日。

 

 

 

 第十七話 完

 

 

 

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第三章 自分らしくある為に!

 

    第十八話 新たなる脅威! 暗躍する第三勢力!

 

    ヤマトよ、奇跡を起こせ!




 マグネトロンウェーブの原理のアイデアについて相談に乗って下さったお師匠様、ありがとうございました。


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第三章 自分らしくある為に!
第十八話 新たなる脅威! 暗躍する第三勢力!


 

 

 古代守は状況を整理していた。

 聞けば、彼女には2ヵ月ほど前に救出されたようで、残されたわずかな医薬品を全て使って処置した後らしく、すでに峠は越えているらしい。

 そして、守の証言と照らし合わせる限りでは冥王星攻略作戦失敗から約3ヵ月が経過している。

 スターシア曰く、太陽系から比較的安全な航路を選んだ場合、ガミラスの宇宙船なら1月もあれば余裕でここ大マゼランまで帰れてしまうのだとか。

 

 ――つくづく、技術力の差を思い知らされる。

 

 守から地球の惨状を聞いたスターシアは、悲しそうに顔を伏せていた。

 ――果たしてそれが地球を憐れんでのものなのか、それとも隣人の暴挙に由来するのか、守には図れなかったが、何となく両方なのだと感じた。

 

 「古代守さん、貴方は――貴方は、ミスマル……いえ、テンカワ・ユリカという女性をご存知でしょうか?」

 

 スターシアの口から意外な人物の名が飛び出したと当時は思ったが、今になってみれば当然の問いだったと思う。

 

 「ええ、存じてます。彼女は――地球で数年前に起こった戦争を終結に導くきっかけを作った、“英雄”の1人ですし、つい最近起こったテロ事件での被害者でもあります。そして、正真正銘――地球最後の反抗作戦に使われる宇宙戦艦の建造に深く関わった、今の地球に欠かすことの出来ない人材です」

 

 守は当たり障りのないレベルで答えた。ヤマトの事で勧誘される前まで、その程度の認識だったのは事実であるし、彼女を――彼女達を死なせない為に自分は命を捨てたのだ。

 正直に言えば、彼女の安否は今も気になっている。守の記憶にある最後の姿の時点で、相当弱っていた事が伺えた。

 恐らく完成なったヤマトと共に、今も戦っているのだとは思うが……。

 

 「彼女の具合はどうでしたか? 私達が提供した医薬品は、効果がありましたか?」

 

 そう言われても、守は地球がイスカンダルから支援を受けた事を知らない。その事を伝えるとスターシアは残念そうに「そうですか……」とだけ返した。

 

 「スターシアさん、貴方はミスマル大佐とお知り合いなのですか?」

 

 守の質問にスターシアは丁寧に応えてくれた。

 スターシアが語った真実は守には飲み込み難いものだったが、ともかくユリカがボソンジャンプを利用して自身の意識をこちらに残されていたフラッシュシステムの端末――ガンダムのフレームにシンクロさせることでスターシアと綿密に打ち合わせ、ヤマトの再建に必要な支援だけでなく、噂に聞いた新型機や守も目にしたGファルコンと言った新兵器の完成にも関わっていたという事も理解した。

 

 更にスターシアは言う。ユリカはヤマトと共にイスカンダルに向かっているはずだと。

 確かに守の視点から見ても、ユリカがヤマトと言う戦艦にとても強い期待と愛着の様な物を抱いていた事は、直接勧誘された時に感じていた。

 しかしまさか、ヤマトの再建の裏にこのような事情が隠されていようとは……。

 だとすれば、体調云々以前にヤマトの旅とは、彼女の命を賭した文字通り最後の手段だった――という事なのか。

 ならば、あの入れ込みようも理解出来る。

 

 そうやってスターシアからユリカとヤマトの隠された秘密を聞かされながら、守はどうにかしてヤマトの旅を支援出来ないかと考え始めていた。

 守とて地球人だ。何か出来るのならしてやりたい。死んでいった部下達の命に報いる為にも、ヤマトの航海は絶対に成功させたい。

 

 そんなことを考えながらさらに1月が経った。守はだいぶ回復して自由に動けるようになっていた。流石に激しい運動を長時間続けるようなことは出来ないまでも、宇宙船を操縦するくらいなら問題ない。

 

 何とかして、航行中のヤマトに物資を届けられないだろうか。

 

 幸い、イスカンダルから地球までの大凡の宇宙図は手元にある。

 ヤマトのワープ性能も、改装に関わったイスカンダルのマザーコンピューターの演算によれば、跳べたとしても2000光年程度が目安で、自己改良を続けても、ガミラス艦を無傷のまま鹵獲して部品を移植でもしない限りは、プラス200光年が限界らしい。

 

 守はスターシアの許可を得て、タワーの最下層にある格納庫やそれに隣接した倉庫に足を踏み入れた。

 ユリカと交感し奇跡の立役者となったガンダム。使える機体の1つでもないだろうかと考えての事だった。

 スターシア曰く「全ての機体が解体・封印されましたが、もしかしたらまだ使える部品が残されているかもしれません」との事なので、僅かな希望を託す。

 

 幸いな事に、保存状態の良い部品の収まったコンテナが色々と見つかる。

 守の知識ではこの部品を完全に組み上げられるか判別出来ないが、何かの足しにはなるだろう。

 これは――幸先が良い。イスカンダルで組み上げるのは難しいが、ヤマトに運び込めれば何とか組み上げて戦力を拡充出来るかもしれない。

 恐らくヤマトには親友の科学者――真田志郎が乗っているはず。彼ならば、この部品とアイデアさえあれば独学で何かしら作れると、守は信じて疑わない。

 

 それに、オプションとして用意されたのであろう、波動エンジンとワープエンジンを搭載した巨大な外付けのモジュールらしい部品とデータも見つけた。

 これにイスカンダルに残存している連絡船を組み合わせれば――ヤマトに合流出来る。

 それに、この輸送モジュールのデータを反映すれば、ヤマトはイスカンダルやガミラスの域には及ばないまでも――連続ワープ機能を取り戻し、イスカンダルまでの旅路を短縮出来る。

 1日でも早く辿り着かねばならない彼女らにとってはこの上ない助けのはずだ。

 問題は、この広大な宇宙を旅するヤマトの所在をどう突き止めるか、だ。

 大凡の航路はわかるにしても、正確にワープアウトせねば行き違いになってしまう。何らかの事情で航路を逸れている可能性も否定出来ない。

 

 どうしたものかと悩んでいる守の耳に、スターシアの悲鳴が突き刺さった。

 駆けつけた守の視界に飛び込んだのは、ボソンジャンプシステムとフラッシュシステムが起動した例のガンダム・フレームと、その眼前で蹲るスターシアの姿。

 駆け寄った守に、スターシアは告げた。

 

 「ユリカの……ユリカの状態が急激に悪化しました……」

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第三章 自分らしくある為に!

 

 第十八話 新たなる脅威! 暗躍する第三勢力!

 

 

 

 マグネトロンウェーブ発生装置を停止し、マグネトロンウェーブは勿論、強磁性フェライトと連動して動きを封じていた磁力線の影響も無くなったヤマトは、マグネトロンウェーブの影響で不調を起こしていたディストーションフィールド発生装置の再調整を完了していた。

 

 出撃出来ずフラストレーションの溜まっていたウリバタケの汗と涙の結晶というべき成果だった。

 フェライトを除去しない事にはヤマトのコンピューターが正常に動かないため、再起動したディストーションブロックとアーマーモードで展開したディストーションフィールドでフェライトを何とか艦体から隔離、その後フィールドをバリアモードに広げてから補助エンジンを点火して前進、フェライトの中から抜け出すプランが決行された。

 

 「補助エンジン始動、出力上昇中」

 

 「補助エンジン点火10秒前」

 

 工作隊として活躍して疲れ果てたラピスに変わって機関制御席に就いた山崎が、計器を読み上げ補助エンジンが正常に稼働中である事を告げると、大介が操舵席から補助エンジンの点火スイッチを押す。ゆっくりと前進を始めたヤマトが強磁性フェライトの中からゆっくりと姿を現す。

 相変わらず計器が正常とは言い難い状況なので、こうして前進するだけでもひやひやものだ。何しろ宇宙は何が飛んでいるか知れたものではない。こうやって進んでる間にも、何らかの物体がヤマトに直撃して損害を被る危険があり得るのだ。

 

 幸いにもそんなトラブルも無く、強磁性フェライトの霧の中から抜け出したヤマト。フェライトの影響を受けていた計器類も少しづつではあるが正常値に戻りつつある。

 

 「さて、後は工作班を動員して艦体に付着したフェライトの除去作業だな。ちゃんと除去してやらないと、トラブルの基になるからな」

 

 真田はヤマトの艦体に大量に付着しているフェライトを見て、「しかし面倒な作業だな」と珍しく愚痴る。

 この作業には工作班総出プラス作業用の小バッタ総動員で行う事になるが、綺麗に除去するには数時間は掛かる。

 とは言え、これをきちんと除去しないと計器類の完全復活もままならないのだから、やるしかない。

 

 「真田っちは休んでくれてて良いぞぉ~。俺達居残り組がせっせと除去しちまうからよ」

 

 苦労してきた真田を労わってか、ウリバタケがそう進言してくる。真田は少し悩んでから「では、お願いします」と了承してユリカに伺いを立てる。

 

 「いいよいいよ、休んじゃって。大活躍だったもんね」

 

 ウサギユリカ・はいぱ~ふぉ~むな艦長はもふもふな腕を組んでうんうんと頷く。

 

 ……やっぱり、早々に完成型を作ろうと真田は硬く誓った。

 緊張感が――保てない。可愛いのだが、人妻かつ恩人に対して長々とさせているべき格好では――断じてない。

 

 真田はまずは休憩して、それから超特急で済ませようと思って後方展望室にでも行くことにした。

 後方にある強磁性フェライトの霧は邪魔だろうが、少し星の海を眺めて心癒された方が良い。

 そう思って展望室を訪れた真田は、手すりに両腕を乗せてもたれる様に宇宙を眺めている進と出くわした。

 

 「真田さん――」

 

 「よう、古代。お前も息抜きか?」

 

 真田が問いかけると進は頷いてから、「兄の事を考えていたんです」と呟いた。

 その言葉には真田も表情が変わる。進の兄・守は、彼にとっても無二の親友と呼べる存在だった。

 その最期を思えば、心乱さずにはいられない――そんな存在。

 

 「古代……守、か。あいつは――どんな気持ちで囮役を務めたんだろうな」

 

 「? 真田さん、兄の事をご存じなのですか?」

 

 「ああ、良く知ってるとも……今まで黙っていたがな、俺とあいつは無二の親友だったんだ」

 

 真田の告白に進は我が耳を疑った。

 いや――待てよ、確か高校時代の守は、曰く「理工学系の面白い奴と友達になった」と楽しげに語っていたような気がする。何分幼き日の事なのであまり記憶に無いが……。

 

 「俺とあいつは、高校時代にたまたま知り合ってな。派手なお前の兄貴と地味な俺――全く正反対な筈の2人は奇妙なほど馬が合ってな。シームレス機の中で話したように、当時の俺は、将来は科学を屈服させようと息巻いてひたすら勉学に打ち込んでいた時期だったが……あいつと付き合い始めたおかげで良い意味でガス抜きが出来たよ」

 

 当時を懐かしむ様に振り返る。

 本当に――色々と振り回し、振り回されたものだ。大人と言うには幼く、子供というには年を取った、何とも半端な時期の思い出。だが色褪せない、在りし日の大切な思い出だ。

 

 「そうだったんですか……」

 

 「ああ。だからな、古代。気を悪くしないで欲しいんだが、お前を見てると――どうしても守の事を思い出してな……寂しい気持ちも沸き上がるが、それ以上にあいつに変わってお前を見守っていきたいと考え、今日までを過ごしてきた。正直に言って、お前の急成長には驚かされるよ。艦長やアキト君の存在が、今日のお前を形作ってきたんだと思うと、感慨深いものを感じるよ……」

 

 真田の言葉に進は小さく頭を振った。

 

 「艦長やアキトさんだけじゃありません。真田さん達が――ヤマトが俺を育てたんです」

 

 進の言葉に真田も笑みを浮かべて頷く。

 それからしばらくは、守の昔話が花咲く。家ではこんなだったとか、学校ではこういった事をしていた、とか。

 そうやって昔話にひとしきり盛り上がった後、進は言った。「俺は、兄がまだどこかで生きているような気がするんです」と。

 真田はその言葉静かに頷いて肯定した。

 

 「少なくとも、俺達の胸の中に――思い出の中で守は生き続けている。俺達が忘れ去らない限り、ずっとな」

 

 この言葉に進も頷き、2人は仲良く連れ合い後方展望室を後にする。折角の機会だからと、真田はユリカ用の補装具の制作に関して意見を少々求めたのだ。

 ウリバタケの思惑を振り切りさっさと仕上げてしまうためにも、ここは“そういう意味”では常識人の進の視点が欲しい、との事だった。

 幸い今は進も長めの休憩を貰っていて特別支障が無いので、所在を第一艦橋に報告してから真田に同行する。

 真田がわざわざこういうのだから、さぞウリバタケ発案の補装具と言うのはおかしなものなのだろうと警戒しながら、進は機械工作室のドアを真田と一緒に潜る。

 

 そこで見せられたウリバタケ案の補装具のアイデアを見せられて、進はそっとアキトに一報を入れるのであった。

 

 

 

 そして、進とアキト監修の元、ユリカ用の新しい補装具が形になった。

 真田とイネスに言わせれば「まだ完全とは言えない」らしいのだが、何時までもウサギユリカでは士気に関わる(緊張感を削ぐ)と、短い休憩で必死こいて形にしてくれた力作だった。

 まだ工作部隊として突撃して3時間程度だというのに……アキトと進は頭が上がらないな、と感謝の意を示す。

 

 勿論、ウリバタケが艦外作業で関与出来ない事も織り込み済みの作業である。

 ウリバタケが示したアイデアを見て呆れ――を通り越して怒りが込み上げてきたのは、アキトも同じだった。

 

 「ほえぇ~。これが正式版なんだ!」

 

 早速エリナとイネスの手も借りてユリカが身に付けたのは、身体に密着した黒いボディースーツだ。

 ベルト状の人工筋肉や体温維持に必要な保温・冷却機能が盛り込まれた、ある意味次世代型パワードスーツの雛型というべき代物である(現時点ではその用途に使える性能は無い)。

 また、今のユリカは不健康そのものと言えるくらい体の線が細くなってしまっているので、人工筋肉だったり保温・冷却機能も利用して在りし日のスタイルに近づける様、肉襦袢よろしく盛ってある。

 これは散々悩んだ末、「健康そうに見える方が良い」という決断から実施された気遣いだ。

 この上に何時もの艦内服を着こみ、胸元には皆が送ったブローチを飾り、艦長帽とコートを羽織れば、新スタイルのミスマル・ユリカ艦長の出来上がりだ。

 

 「うん! すっごく良いよこれ! 着ぐるみよりは全然動きやすい!」

 

 その場でくるくると回って見せるユリカの行動にエリナとアキトはハラハラするが、特に転倒しそうな素振りは無い。上手く仕上がっている様だ。

 他のクルーにもちゃんと仕上がった事を報告すべく映像と音声を艦内中に放送しているので、さながらファッションショーの様。

 すっかり色が抜けて白髪となってしまった頭髪も、もう染めて誤魔化しても手遅れと判断してそのままにしてある。

 衰えた姿には違いないのに、「旧ヤマト式の敬礼!」とか言って拳を握った右腕を胸の前で横にして掲げてみせるなど、何時ものノリなので皆苦笑しながらも、元気そうで何よりと、ちょっと安心した。

 

 「ちぇっ。結局この案で通っちまったか」

 

 完成の報を聞いて、お披露目会場となった中央作戦室に駆けつけたウリバタケは残念そうに呟く。

 ウリバタケが最初考えていたのは、真田案では悩んだ末だったスタイル補助の肉襦袢も最初から盛り込んだ“旧女性用艦内服型のボディースーツ”だ。

 一応着替えの手間も減るし、緊急処置の時脱がしやすいという合理的な理由を上げてはいるが、はっきりとセクハラ親父の考えが透けて見える。

 それをよぉ~~く理解しているアキトは、残念そうなウリバタケの後ろから肩を叩いた。

 

 「セイヤさん、人の妻で遊ぼうだなんて……そんな不謹慎なこと考えてませんよね?」

 

 静かだが、とても迫力のある声色にウリバタケの体が硬直する。

 

 「と、当然だろテンカワ! お、俺は純粋に自分の案の方が機能的だと思っただけで……!」

 

 アキトは言い訳をするウリバタケに「次は無いですからね」と釘を刺す。アキトの放つ黒いオーラ(殺気混入)にウリバタケは一も二もなく頷いて応じた。

 

 

 

 そんな騒動の後、アキトは格納庫に戻ってダブルエックスの修理作業の手伝いを始める。

 工作班の大半は強磁性フェライトの除去作業で忙しいので、人手を増やして少しでも作業を進めておきたい。

 ガンダムはヤマトの貴重な戦力だ。何時またガミラスが来るかわからない状況下で、何時までも整備中のままにはしておけない。

 

 「テンカワ」

 

 コックピット周りの基盤の交換作業をしていたアキトに、コックピットハッチから顔を覗かせてイズミが話しかけてきた。

 

 「良かったね、艦長がとりあえずは元気になって」

 

 どうやら心配してくれていたらしい。同じ科の同僚としては唯一真相を知らされている事もあってか、イズミは最近こうしてアキトを気遣う機会が増えている。

 

 「ありがとう、イズミさん。でも、油断は禁物なんだ。流石に日常の雑務の類はもうジュンとか進君に投げっちゃって、戦闘指揮とか今後の方針に関わる重要な決断に関与するに留めた方が良いって、イネスさんからも念押しされてるくらいだからね」

 

 基盤の交換作業を終え、メンテナンスハッチを閉じたアキトがコックピットから這い出す。

 今ダブルエックスは、全身の装甲の張替えや損失した部位を新品に置き換えるなど、大規模な修理作業の最中。普段の格納スペース内では手狭なので、今は駐機スペースの方に置かれ、直立状態で整備を受けている。

 全身の装甲の大半が剥がされて内部構造を露出した姿は痛々しい。

 が、機動兵器でありながら駆逐艦の砲撃の直撃に耐えきり原形を留め、数時間の修理作業で復旧可能で済んでいるあたり、やはりガンダムは化け物だ。

 プチヤマトの異名は伊達じゃない。

 

 「お~い、アキトく~ん!」

 

 声の主を探してダブルエックスの足元を見ると、ヒカルが手を振っていた。

 

 「リョーコがコックピット周りの調整教えてって言ってるよ~」

 

 どうやら手こずっている様子。リョーコはまだガンダムに触れて間が無いので、テストパイロットも含めれば数か月以上乗っているアキトの方が、整備作業含めて一日の長がある。

 

 「わかった! すぐに行く!」

 

 「こっちは私が手伝っとく。リョーコの世話を頼むよ」

 

 イズミに送り出されて、アキトはダブルエックスの胸部付近にまで上がっていたリフトに乗り込み、下に降りると向かいのスペースで作業中のGXの元に向かう。

 イズミはそんなアキトの後姿を見送りながら、アキトの代わりに頭部センサーの部品交換を手伝う事になった。

 

 主砲も波動砲も使えない今、ガンダムがヤマト防衛の要。

 そう考えるとイズミとてこの機体の整備を黙って見ている気にはなれない。自分の時も心底辛かったが――友人夫婦が死に別れるのを見せつけられるのは、正直御免だった。

 せめてあの夫婦の危機だけでも、乗り越えさせてやりたいが――果たして、上手くいくのだろうか。

 

 (波動砲から生まれたサテライトキャノン。強大過ぎる滅びの力……今はこれに縋らないと生き抜く事すら危ういとはね……)

 

 イズミは生き抜くためとはいえ、無差別に破壊をまき散らす大量破壊兵器を搭載したガンダムに、複雑な気持ちを抱かずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 「……デスラー総統」

 

 声を掛けられ、目を通していた書類から顔を上げると……険しい表情をしたタラン将軍が立っていた。

 

 「どうかしたのかね、タラン?」

 

 「は……イスカンダルから、宇宙艇が発進しました。進路を計算してみた所、バラン星の方角に向かっています――イスカンダルがヤマトに対して何らかの支援を敢行した可能性がありますが、妨害いたしますか?」

 

 その報告にデスラーも少し驚いた。イスカンダルがヤマトの大凡の所在を突き止めている事もそうだが、支援物資を直接的に渡すとは――スターシアの性格と方針を考えれば信じられない事だ。

 となれば、

 

 (あの時見逃した捕虜が行動した、という事か。しかし、スターシアの承諾も無く実行出来るとは考え難い。そして――スターシアが行動を起こさざるを得ないとなれば……)

 

 ドメルからの最新の報告によれば、ヤマトは現在ビーメラ星系第四惑星を目指していると聞く。

 先を急ぐ航海とは言え先立つ物は必須。度重なる戦闘やトラブルを考えれば、ヤマトの物資も困窮しているのであろうことは容易に予想される。

 そうなると、バラン星から少し航路を外れるが、水と植物が補給出来るビーメラの存在は無視出来ず、必ず進路を取る。そうすれば超新星間近の例の赤色巨星に接近するだろうから、そこに仕掛けた罠で痛めつける。撃沈は出来なくても良い。

 さらに、ビーメラ星系に到着したヤマトを民間施設に手を加えたマグネトロンウェーブ発生装置でさらに打撃を与えつつ――水と食料、そして金属資源を意図的にくれてやる事で時間を数日とは言えロスさせる。

 

 そうする事で、バラン星への接近を遅らせ基地を隠蔽させる算段となっている。

 

 無論、くれてやった物資の中にはバラン星基地を匂わせてしまう物も含まれているが、それ自体が“基地施設に民間人が居る事を匂わせ、攻略に二の足を踏ませる”誘導にもなっている。

 

 地球攻略を断念し完全に手を引いた場合の事を考えると、バラン星基地が破壊される事だけは絶対に阻止したい。

 あそこの基地は、移民計画に則り先発してインフラ整備をしている民間人が多数居住しているのだ。

 当初の予定通り地球を手に入れたとしても、居住出来るように環境を元通りにするには時間が掛かる。

 凍てついた地球を急速解凍するための装置のテストも民間主導で行われているし、地球の準備が整うまで――そしてヤマト出現以降は万が一の失敗に備えた重要拠点として拡張が進行している施設だ。

 

 万が一にもヤマトに発見され、破壊されるような事があったらガミラスは行き場を無くしてしまう。あそこが無事なら、ビーメラから水と食料を得る事が容易で、他の星を探すまでの時間稼ぎが出来る(原生林の規模からくる開拓の手間やら周辺状況を考えると第二のガミラスには適さない)。

 故に、正攻法では攻略出来ないヤマトの強さを逆手にとって、こんな変化球な作戦を実施している。

 まだ……ヤマトに沈んでもらうわけにはいかない。

 

 あのスターシアの眼鏡に叶ったミスマル・ユリカという人間なら、恐らく民間施設を確認すれば攻撃を控えて逃走する可能性は高いと見て間違いない。

 そんな人間でなければ、どれほど縋ったとしてもあのスターシアがコスモリバースシステム――それと密接に関わったタキオン波動収束砲を渡すとは思えない。

 しかし、同時にあの艦はどうしても避ける事が出来ない状況下では、涙を呑んでそれを成す覚悟がある。そこに躊躇は無いだろう。

 デスラーはヤマトの戦いをそう解釈しているし、スターシアもそういう用途の使用であれば咎めはしないだろう。

 故に、ドメルが計画しているヤマトへの艦隊決戦が失敗に終わったら――デスラーは大人しくヤマトのイスカンダル行きを認めるか、移民船を護るべき戦力を総動員してでも対峙するかの二択を迫られる事になる。

 

 ヤマトはイスカンダルとガミラスが連星であると知っている。となれば、タキオン波動収束砲に物言わせて降伏を迫ってくる可能性は高い。そうなったら――ガミラスは飲むしかないのが実情だ。

 勿論その場で飲んだ振りをして、地球帰還前に反故して叩き潰す事は容易だ。コスモリバースを受け取ればタキオン波動収束砲も封じられる。ヤマトとて、承知の事だろう。

 そうなれば武力に物言わせて降伏を迫る事は決して不可能でない。ガミラスの未来を考えるのならそうするべきなのはわかっている。

 

 しかし、決断出来ない。

 

 地球人全てを信じるなど到底出来ない相談であるし、地球に屈するつもりも毛頭ない。

 だが、あのヤマトなら、ヤマトを操る地球人達なら――解かり合えるかもしれないと、漠然と考え始めていた。

 自分でも驚く解決方法であるが、デスラーとて誇りがある。誇りがあるからこそ、“本物”に対しては相応の敬意を払うべきだと考えている。

 故に、後から反故して後ろから撃つような選択は無い。デスラーのプライドも許さない。

 

 ヤマトは敬意を払うに相応しい存在だ。

 

 きっと彼女らもガミラスが地球を諦めると言えば、完全に信じはしなくてもこちらが反故するまでは一切の攻撃を止めるだろう。恐らく地球に戻った後も、こちらが手を出さなければ何もしてこないはずだ。

 そのような人間性を感じなければ、スターシアが託すわけが無い。

 それ故にデスラーはヤマトを信じる事が出来る。

 

 徹底抗戦を選ばない限り、ヤマトは過去の遺恨を乗り越え和平の道を選ぶと。

 

 勿論、ヤマトからしてもその提案はこの上ない魅力のはずだ。

 タキオン波動収束砲を失い、決定打を欠いた状態で妨害を掻い潜りながら地球に帰るのは容易ではないし、帰った所でガミラスが健在では、今度は地球を背に守りながら戦う事になる。如何にヤマトでもそれでは勝ち目が無い。

 つまり、ヤマトにとってもイスカンダル到達は決断の時なのだ。

 

 ガミラスと和解して共存の道を模索するか、侵略者への報復、解り合えない敵と断じて徹底的に叩き潰すか、どちらかを選ぶ時が迫っている。

 だがガミラスの不手際無しに後者を選べば、恐らくスターシアはコスモリバースをヤマトに渡さないだろう。

 結果として、ヤマト側も和平に望みをかけるのが得策なのだ。

 恐らくスターシアはミスマル・ユリカを信じると同時にヤマトの安全保障として――カスケードブラックホール破壊に必須なそれがある事で、デスラーが尻込みする事も見越しているに違いないだろう。

 

 とすればそれが最善策であろうが、その場合は結局戦艦1隻に屈したという拭い去れない大敗の記録が刻まれる。

 ガミラスとて無敗だったわけではないが、相手が戦艦1隻というのはインパクトがあまりに強過ぎる。

 それも滅亡寸前からの大逆転という、大衆好みの英雄譚そのものとなれば、その影響は計り知れない。

 

 そうなったら、デスラーが愛するこの国の栄光が損なわれてしまう。ただでさえカスケードブラックホールに――何者かの侵略に屈したという泥を被っているというのに!

 

 それを避けるためには何としてでもヤマトを撃滅するしかないが……払う犠牲が甚大過ぎる。

 今、ガミラスの工廠という工廠は軍艦ではなく移民船の建造に全力を割いていて、損失した戦力の補填すらままならなくなっている。これも、ヤマトに対して積極的に数の暴力で襲い掛かれない理由の1つだ。

 同時に、機械力に依存しているガミラスとて一人前の軍人を育てるには相応の時間もかかる。この大事な時に貴重な人材をみすみす死なせるなど愚の骨頂だ。

 宇宙戦艦でありながら大量破壊兵器を保有し、任意のタイミングで使用する事が出来るヤマトは、そういう意味でも無視出来ない存在だ。

 デスラーの美学に反するが、困窮気味なガミラスの現状を考えて研究を進めている無人艦や、アンドロイドを利用した操艦もまだ不完全。

 そんな半端な戦力では数を揃えたとしても、あのヤマト相手では一方的に蹂躙されて終わりだろう。数だけで勝てるのなら冥王星基地が敗北するはずがない。シュルツはそこまで無能な男ではなかった。

 

 つまり、ガミラスはヤマトが対処出来ない規模の戦力をぶつけて始末する事も出来ない程追い詰められているのだ。

 ――やはり、確実にガミラスの存亡を図るのなら和平を検討するのが正しいのだが……。

 

 「放っておけ。それでヤマトが時間を使い、バラン星基地の隠蔽工作が滞りなく進むのであればそれに越した事は無い……ヤマトにバラン星基地を攻撃されるわけにはいかないのだ」

 

 「わかりました、総統。しかし――相手があのヤマトとは言え、ここまで消極的な対応を迫られるとは……」

 

 タランの表情は複雑だった。たかが戦艦1隻に振り回される屈辱もあれば、たった1隻でここまでガミラスに立ち向かう偉業に対する敬意も入り混じっていた。

 

 「総統。お言葉ですが、総統はヤマトをどうしたいと考えられているのですか? 万が一にもドメル将軍が敗れれば、ヤマトはイスカンダルに接近し――我がガミラスをタキオン波動収束砲の射程に捉えます。ヤマトがイスカンダルの隣にガミラスがあると知れば――」

 

 その言葉はヤマトに対して明確な“脅威”を覚えているからこその言葉だろう。

 万が一にも接近を許せば、あの星すら砕きかねないタキオン波動収束砲の威力が物を言う。

 対してこちらの同型装備はまだ最終調整中で、ヤマトの進行速度次第ではそれ無しで対峙しなければならなくなる。

 完成していたのなら、イスカンダルとガミラスを擁するサンザー恒星系への航路を計算して厳重警戒し、ヤマトを射程に捉えると同時に超長距離からタキオン波動収束砲の狙撃をもって撃滅を図るという戦法も取れる。

 しかし次弾発射に時間がかかる我が方と、6連射を確認しているヤマトでは仕損じた後のリカバリーに雲泥の差があり、1度でも発射すれば発射地点を特定されカウンタースナイプされる危険性も極めて高い。

 そうやってタキオン波動収束砲の搭載艦を撃滅した後は――ヤマトのタキオン波動収束砲がガミラス星を襲うだろう……イスカンダルへの影響を加味して威力を加減する事が出来るのなら、星を吹き飛ばす事無くガミラスを滅ぼす使い方もあるやもしれない。

 

 ――本星に接近される前に、いずれかの方針に定めて全体を統率しなければ最悪の事態を招く可能性は極めて高い。

 タランの懸念も尤もであり、言われるまでも無くデスラーも散々検討した。しかし――

 

 「タラン。ヤマトはとっくにその事を知っている。承知の上で進んで来ているのだ」

 

 デスラーの言葉にタランの表情がはっきりと強張る。

 

 「でしたら……」

 

 早急に叩くか、それが叶わぬのであれば和平を視野に入れた活動のいずれかが必要になる。そう訴える前にデスラーは――。

 

 「タラン――ヤマトは我らを滅ぼしてイスカンダルに向かうと思うか?」

 

 デスラーの問いかけにタランは少し悩んだ後、

 

 「はい、総統。我々が徹底抗戦の構えを崩さなければ、ヤマトがその選択肢以外で地球を救えないと考えたのなら、躊躇しないと思います」

 

 「そうか……ならばタラン。軍と政府内でのヤマトに対する危機意識について調査を頼む。戦うにしても講和するにしても、皆の反応を知っておきたい。想定外の事態ではあるが、これはガミラスにとっても非常に重要な決断になる」

 

 デスラーの指示にタランも慎重な面持ちで頷く。

 

 果たしてヤマトはガミラスをどう思っているのだろうか。

 憎むべき侵略者と認識されていれば、そこに和解の余地は無い。容赦なくあのタキオン波動収束砲の業火に国を焼かれ、国家としてのガミラスは滅する。

 

 対策を一任されたドメルは少数先鋭の艦隊決戦に備え、ヤマトのタキオン波動収束砲を封じ、かつヤマトを翻弄して撃滅可能な新しい戦術を考案した。

 今、ガミラスの兵器開発局はタキオン波動収束砲を装備した総統座乗艦と平行して、そのオーダー通りの兵器を汗水垂らして必死に形にしている最中だ。

 

 最初その案を見せられた時、タランは実現性を疑ったが、完成すれば今後の切り札になり得るとデスラーの許可も降り本採用に至ったとはいえ、ドメルもそれで確実にヤマトを撃滅出来るとは考えていないようだった。

 

 「まだ直接対峙した事が無いので確たることは言えません。しかし、ベテルギウスの1件を見る限りでは、ここぞと言う時の爆発力は無視出来ないでしょう。それにタキオン波動収束砲の封印を狙う装備は、ヤマトの航空戦力の間隙を縫い、かつヤマトの意表をついて回避行動を取らせないよう、高度な連携をもってあたらなければ成功しません。もう1つの装備にしても、ボソンジャンプの技術を有する地球の情勢を考えれば、速やかに対処される可能性もあり得ます」

 

 ドメルはタランにそう言い切りながらも、「それでも私はヤマトを討ち取って見せます。それが、ガミラスの為になるのなら」と死すらも覚悟した表情を浮かべ、まだ見ぬ強敵との戦いを考えていた。

 タランはそこに口を挟みはしなかった。軍事においてはドメルの方が上手であるのは承知していたし、その戦術の有効性は実現出来れば素晴らしいものだと、彼も考えていたからだ。

 

 しかしタランは、願わくばヤマトと手を取り合い、共存の道を選ぶ方が良いと考えていた。総統の補佐官として接点の多いヒス副総統も同じような考えを示している。

 ヤマトが頷いてくれるかどうかは定かではないが、6連射可能なタキオン波動収束砲はガミラスで開発中の物よりも優れている。もしかしなくても、あのカスケードブラックホールを消滅せしめる威力を有しているかもしれない。

 

 そうなれば――都合の良い話だが、ガミラスは地球を狙う理由が無くなる。

 そしてヤマトに恩が出来る。

 それを理由にすれば、“敗北”という形ではない講和を求める事が出来るかもしれないが――それは全て、ヤマト側の考え次第。

 何より侵略者という身の上でありながら、被害者相手に身勝手な期待を抱いている事自体、恥ずべき事であるという自覚は――決して消える事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 艦長室で眼前に見える緑豊かなビーメラ第四惑星と、その手前にあるヤマトをびみょ~うに苦しめたマグネトロンウェーブ発生装置を時折見ながら、ユリカは呼び出した進やアキト、エリナやイネスと言った“共犯者”を交えて、奇しくもデスラーとタランが繰り広げていたのと同じ話題で議論を重ねていた。

 

 マグネトロンウェーブ発生装置の罠の不自然さなどから、ユリカ達はあれはヤマトへの事実上の補給物資であり、バラン星への接近を暗に遅らせて欲しいと言う意志表示と見ていた。

 つまりそれは――。

 

 「――バラン星にガミラスの基地があるのはほぼ確実と考えて良いのだとすると、接近は避けて通り過ぎるのが一番安全って事になるわね」

 

 エリナの言葉に頷きながらも、進は戦闘班長としての立場から、

 

 「素通りした場合、基地施設を交えた艦隊との戦闘は避けられますが、後方に敵を残す形になります。そうなった場合、ガミラス本星に接近した際に講和出来たのならともかく、そうでない場合は帰路の妨害も心配しなければならなくなります。それに、バラン星基地の情報が艦内に噂として広まると、木星の1件が引っかかりますね」

 

 と指摘する。後願の憂いを立つ。そのためにヤマトは波動砲をもって市民船を――木星人達の故郷の一角を消滅させたのだ。

 立地条件的に太陽系内に拠点を残すに比べれば、一見危険度は大きく劣るようにも思える。

 が、バラン星の基地の規模が不明な現状では断言出来ない。

 ガミラスはこちらよりもワープ性能が優れているのは容易に伺え、バラン星からでも地球に対して進軍する事が不可能とは言い難い。

 それに、銀河系と大マゼラン雲を結ぶ延長線においてバラン星は丁度中間地点。前線基地ないし補給基地として大規模な施設を有している可能性は極めて高い。

 だとすればヤマトの航海の安全のためにも、波動砲をもって一気に撃滅を図るのが得策ではあるのだが……。

 

 「バラン星の基地の規模がわからない限り、迂闊に波動砲と言う訳にもいかないよな……ユリカ、確かガミラスはカスケードブラックホールによる母星消滅の前に地球に移住する事が目的なんだろ? だったら、バラン星には――」

 

 「中間補給基地も兼ねた移民船の停泊地――または一般市民の一時避難先になっている可能性も否定出来ないよ。今回の件からするに、もう民間人が入ってる可能性は高いと思う」

 

 ユリカも険しい顔でアキトに答える。

 それがあるから、バラン星に基地があるとした場合の対応が難しい。

 

 「例えガミラスが敵国で、地球を滅亡寸前に追いやった怨敵であっても――それを理由に波動砲で避難先を……一般市民ごと吹き飛ばすような真似をしてしまえば、平和的な解決を模索する事は絶対に出来なくなる。仮にガミラス本星に接近してから波動砲で脅してもなお徹底抗戦の構えを取るのであれば、こちらも徹底抗戦しかないけれど……良い気分じゃないわね、仮定の話だとしても」

 

 イネスもいつも通り冷めたような表情と口調ではあるが、声には苦いものが混ざっている。

 

 「――ガミラス憎しを口にしていた俺が言えた義理では無いかも知れませんが……それでも、平和的に解決出来るに越した事は無いと思いますし、自ら進んで波動砲で破壊の限りを尽くせば――俺達は、それこそガミラス以下の暴君に成り下がってしまう。それだけは、亡き沖田艦長から受け継いだこのヤマトの使命に掛けて、断じて容認出来ません! ヤマトが敵国そのものを滅ぼすとしたら……それは、そうしなければ地球が滅んでしまうような極限状況下に置かれた時だけです。俺達は――このヤマトに込められた願いの為にも、平和的解決を模索するべきだと考えます」

 

 「戦争という嵐で平和と言う安寧が流されないよう、繋ぎ留める……か」

 

 進の言葉にエリナはヤマトに施された白い錨マークを思い浮かべる。

 ユリカが希望したヤマトに込めた願いの刻印。――波動砲の真上に描かれた、願い。

 平和を求めるヤマトが、平和とは真逆の行為に進んで手を染める事は避けるべきだ。

 この艦の再起を最初から見てきたエリナは、ユリカの言動も併せて彼女なりに真剣にヤマトの取るべき道を求めていた。

 

 エリナは今し方進が口にした沖田の人なりも含めて多くを知らない。名前を知ったのもヤマトの再建作業中に倒れたユリカのうわ言で耳にしたのが最初だ。

 後で聞いた話では、その沖田という人物は宇宙放射線病なる病気を患いながらもヤマトの航海に挑み、完遂すると同時に仮死状態に陥ったのだと聞く。

 その後、懸命の治療で一命を取り留め長らく療養を続けていたようだが、元の世界におけるヤマト最後の航海にて、再び艦長に復帰して戦い――最後はヤマトと運命を共にして遺体はこの世界に漂着し、ユリカが埋葬して弔ったと聞く。

 それでも、ヤマトの次期指揮官として教育された進にとっては、偉大な先人でありヤマトの父と言う認識が強く、自分の道を模索するための指針にしている様子が伺える。

 

 「となると、切り札になるのはやはり波動砲ね。本当に波動砲の全弾発射でカスケードブラックホールを破壊出来るの?」

 

 この中では唯一の技術者であるイネスが珍しく疑問の声を上げる。流石のイネスも波動砲は未知の要素が多く、その真価を知っていても不安が拭えない。

 

 「理論上はね。特にあのカスケードブラックホールは人工物だし。ブラックホールと言っても単にそう見えるだけで、その正体は次元転移装置なんだって。スターシアがデスラー総統からそれを理由に波動砲の技術提供を求められたらしいから。断ったって言ってたけど、ガミラスの科学力ならそろそろ波動砲の自力開発に成功してもおかしくないから、丁度ヤマトがイスカンダルに辿り着く辺りが一番危険だって」

 

 「だとすると、イスカンダルを眼の前に波動砲で狙撃される危険が伴うって事になりますね――その場合、こちらにも波動砲による反撃の名目が立つと言えば立ちますが……その場合波動砲の向ける先は……」

 

 「間違いなくガミラス本星になる。でも、連星だというのなら迂闊にガミラス星に波動砲を撃つと、イスカンダルへの影響が懸念されるわね……」

 

 「確かにね……前にヤマトが本土決戦を挑まれた時の記憶に、海底火山脈に波動砲を撃ちこんで相手の足場そのものを崩すって手段があったの。記憶見ただけで詳細はわからないんだけど、沖田艦長の助言によって実行されて――」

 

 「向こうの世界の俺が、撃ったんですね。俺もファイルの資料を見ただけですけど、それしか方法が無い状況に追い込まれていたのは確かだと思います。言い換えれば、和解の手段を見つけられずにガミラス本星に接近するという事は――」

 

 「ヤマトかガミラス、どちらかが屈するか滅びるまで砲火の止まない殲滅戦になる……か。正直、心底有難くない状況よね」

 

 ユリカと進の言葉にイネスも心底嫌そうに自分の感想を漏らす。

 だが、ガミラスが応じてくれなければ和平はあり得ない。

 それに――。

 

 「クルーの考えも気になります。カイパーベルトの戦いやベテルギウス突破以来、明確にガミラスへの怨恨を口にするクルーはかなり減ってしますが、それでもここまで地球を追い込み、特に木星を始めとする宇宙移民の人達は国自体を滅ぼされています。信頼されているユリカさんの方針が和解の道の模索であっても、従ってくれる保証がありません。今結束が乱れれば、ヤマトは……」

 

 進の指摘にユリカ達も重々しく頷く。

 単純な戦艦としての機能の高さではなく、クルーの結束が生み出す想いの力をヤマトが受け取る事で絶大な戦果を導き出して来たのがヤマトだ。

 

 だが、その結束を生み出す要因の1つが目的意識。

 今回のヤマトの旅はあくまでイスカンダルに辿り着きコスモリバースを受け取り、地球を救うことが第一。

 それ以外にクルーの願望としてユリカの回復があるが、ガミラスに対しては基本的に「障害になるようなら排除する」の方針で一致している。

 これは、ガミラス星の所在がわからずこちらから打って出る事が出来ないと考えられているからこそだ。

 逆に所在が知れていれば、波動砲で殲滅という極端な手段も取れるし、そうするべきだという意見が出て来てもおかしくない。

 

 「俺達の意思統一もそうだけど、果たしてガミラスが俺達の要求に耳を傾けてくれるのかってのも疑問が残るんだもんな。ガミラスが交渉らしい交渉をせずに地球を侵略に掛かったのも、俺達を下に見ていたってのもそうだけど、もしかしたら木星との戦争とか火星の後継者のテロによる国内の混乱が影響してる可能性が無きにしも非ず、何だろ? 波動砲があるにしたってたかが戦艦1隻。ガミラス程の連中が本腰入れて潰しに来ないのも妙な話だ。波動砲が欲しいならなおさらヤマトを無力化して鹵獲したがってもおかしくないのに……」

 

 アキトの発言に全員腕を組んで悩む。

 流石のスターシアも、ガミラスの総統デスラーが事前の交渉も無く「奴隷か、さもなくば殲滅か」等と強硬姿勢を一切崩さず侵略を開始した詳細を知るには至っていないし、仮に知っていたとしても、ユリカと交信出来る時期を逸脱していては意味がない。

 

 それを聞けたであろうサーシアは……命を落としてしまった。

 

 地球を下に見ているからこそ、同時に内紛で混乱している上、事前調査等で火星の後継者の主義主張は勿論、遡った先にある木星との怨恨等を知っているのだとすれば、傍から見れば未成熟な文明と見做されても反論しきれないのは、アキト達も感じている事だ。

 無論、侵略者に言われたくはない、という反感もあるが。

 

 彼らに「自分達と対等」と思わせられるだけの何かをヤマトが示せない限り、この戦いは殲滅戦にしかならない。

 そして、1度でもヤマトがガミラスの一般市民に砲火を向けてしまえば、こちらが和解ではなく報復を望んでいると解釈され、和解の道が閉ざされてしまう。

 

 しかし、イスカンダルに辿り着く時には何らかの決着を付けなければ、コスモリバースで地球を回復させてもその後の戦争で地球はガミラスに屈するしかなくなる。

 どれほど強力でも“点”の戦力でしかないヤマトでは、殴り込みによる解決はまだしも、“面”の戦力を求められる防衛戦にはとことん向いていない。

 そして、今の地球は将来的な艦隊整備の企画が上がりこそすれど、それを実行してガミラスに対抗出来る宇宙艦隊を用意する余力など残されていないのだ……。

 

 「――そろそろ、潮時かもしれないね」

 

 天井を仰いだユリカがぽつりと告げる。

 言わんとすることは、ここに居る全員がわかっている。

 

 ユリカ達は、航海に集中して貰うため、そしてある種残酷であるが故に幾つもの秘密を抱えながらここまでやってきた。

 

 イスカンダルとガミラスが双子星であること。

 ガミラスが地球を侵略した理由。

 ヤマトの歪な改装の真実。

 

 そして――ユリカが艦長としてヤマトに乗り込んだもう1つの理由。

 

 全てを1度に打ち明ける事は難しくても、ガミラスとイスカンダルの関係と侵略の目的については、そろそろ打ち明けるしかないだろう。

 

 「でも、一歩間違えればイスカンダルへの不信に繋がりかねないわよ。確かにイスカンダルは貴方と何らかの形で交信して、その上で援助を申し出てくれたって事はベテルギウスの後、ルリちゃんが口にした考察が広まって周知の事実にはなっているけど、それでクルーが付いてきてくれるかは、打ち明けてみないとわからないわ」

 

 ユリカの方針に賛同しつつも、問題がある事をエリナは指摘する。

 

 「わかってる。でも、ここから先は地球とガミラス――そしてイスカンダルの未来に関わる航海になる。最悪、ガミラスに対してはカスケードブラックホールの破壊に協力する、って形で譲歩を引き出すことは出来ると思うけど、破壊の成否に関わらず、波動砲の全力を解放したヤマトは――多分戦闘能力を喪失する。その状態でもガミラスの攻撃に備えるって目的もあって、ダブルエックスが――サテライトキャノンが開発されたとは言え、流石に波動砲程の威力も無いからね」

 

 そう、サテライトキャノンと言う化け物が開発された理由の1つがそれだった(アキトはヤマトに乗ってからユリカに聞かされ、絶句した)。

 実際サテライトキャンの威力は随所で示され、いずれの場合もヤマトの別動隊として、護衛として遜色の無い戦果を挙げてはいるが……この間の異次元空洞内の戦闘であまりにも規模の桁が違いすると流石に支えられない事が露呈してしまった。

 本来予定に無かった、エックスと言う戦力が加算されてこれである。

 

 となれば、ガミラスとの和解を前提としないカスケードブラックホールの破壊はヤマトにとってリスクが高過ぎるという事になる。

 無論、救いの手を差し伸べてくれたイスカンダルをむざむざ飲み込ませるわけにもいかないので、破壊しないという選択肢は取れない――取れないが、ガミラスと言う不確定要素を抱えたままでは実行出来ないのも事実。

 もしも、ガミラスと本土決戦を展開したとしたら……ヤマトは全力の波動砲を撃つ余力を残せない可能性もある。

 それにガミラス星を滅ぼしたとしても、その残党まで狩っている時間的余裕は無く、その後の報復などを考えるとつくづく割に合わない。

 

 相手は地球を上回る規模の軍隊を持っているのは疑いようが無く、ヤマトが本星を撃破すれば報復のために各地に散っている部隊が集結して攻撃してくる可能性は極めて高いと、ユリカは予想している。

 

 それに、全く話し合えず解かり合えないという確証がない限り、ユリカとしては和解して共存を目指していきたい。

 

 「ガミラスが上手く乗ってくれれば良いんですが……ともかく、発表のタイミングはヤマトの修理と補給が完了してからで良いですよね? 今公表して修理や補給が滞ってしまっては問題ですし」

 

 進の提案にユリカも頷く。

 

 「そうだね、まずはあれを解体して傷ついたヤマトの回復と、第四惑星で水と植物の採取が最優先だね。折角ガミラスからご厚意頂けたんだし。進、悪いけど第四惑星に降りる調査隊の護衛を任せても良いかな? 出来ればアキトも付いていってあげて」

 

 アキトと進はユリカの提案を了承した。

 ユリカにはちょっと申し訳ないが、ヤマトの外を出て惑星調査に託けたリフレッシュをしたいとか思っていたのだ。

 勿論、進はそれに託けてちょっとは雪との進展を――等と下心もあったが。

 

 「艦長、惑星の大気に有害な細菌や物質が含まれていない事が確認されたなら、貴方も降りて少しリフレッシュして来なさい。歩き回ったりしなければ問題無いと思うわ」

 

 とイネスからの有難いお言葉もあり、調査隊に同行するアキトとのデートは断念したが、介護役のエリナと護衛の月臣とゴートを引き連れて、ユリカも惑星に降りる事になった。

 ――久しぶりの艦外と思うと、胸が躍る気分であった。

 

 

 

 それからしばらくして、艦体に付着した強磁性フェライトを除去し終えたヤマトは、作業を一気に進めたい欲求もあったのでロケットアンカーをマグネトロンウェーブ発生装置に打ち込んで牽引、ビーメラ第四惑星の軌道上に進路を取った。

 後は、軌道上に付いた後、静止衛星軌道を維持してマグネトロンウェーブを内向きに発生させて発生装置を解体、資源を回収しながらヤマトの修理作業を進め、同時進行で生活班を主体に第四惑星の資源確保を続ける算段だ。

 

 地球が壊滅的被害を被って以来となる緑豊かな惑星への寄港に、否応なくクルーの気持ちも高まる。

 

 結局、ヤマトの修理が完了するまでは停泊と言う事になったので、その間交代で希望者は惑星に降りてちょっとしたリフレッシュを行う事になった。

 調査の結果、ビーメラ第四惑星の大気は地球人にも適したもので、特に有毒な物質も変わった細菌の類も無い事が確認出来たからであったが。

 

 

 

 

 

 

 「何!? 試験中だった瞬間物質移送器搭載艦が消息を絶った!?」

 

 ゲールが持ち込んだ報告に、バラン星基地に赴任してから初めてドメルが声を荒らげた。

 

 「は、はいドメル司令。報告では、司令が依頼していた瞬間物質移送器のテストの為、決戦場として想定していた七色星団に向かっていた艦と連絡が取れなくなり、不審に思った調査隊が向かった所、跡形も無く消え去っていたとの事です」

 

 ドメルの剣幕に怯えながらもゲールは報告を続ける。

 

 「他にも、対ヤマト用に司令が考案されていたドリルミサイルを搭載した重爆撃機もテストをしていたようで、そちらも消息を絶っています……司令、私見で申し訳ないのですが、ここ最近大マゼランに侵入してきていた、例の艦隊の仕業でしょうか?」

 

 ゲールの言葉にドメルも「断定は出来んが、その可能性は十分にある」と苦々しい顔で頷く。

 しかし、最悪の事態だ。

 あの瞬間物質移送器はガミラスの最高軍事機密に属するものだ。昔からドメルが考案し、つい最近になったようやく形になりつつあった、指定対象を外部からワープさせるいわば“転送戦術”の要となる装置。

 あの類を見ない強敵、ヤマトと対等に渡り合うために完成を急がせていた新装備だった。

 

 それに、同時に試験していた重爆撃機は昔から存在する機体だが、ドリルミサイルは対ヤマト用に用意した絡め手の1つだ。

 

 惑星の探査目的で開発された特殊削岩弾をベースに、ヤマトの波動砲に打ち込んで砲栓として使用を封じ、ドリルで砲口内を掘削して内部に侵入し起爆、ヤマトを撃沈するという考えの基に生み出されたものだ。

 元が民間転用とは言え十分な時間を掛けて改造している。例えヤマトでも易々とは撤去出来ないようにと。

 それが外部の手に渡るという事は、当然今までガミラスが手に入れてきたヤマトのデータも外部に漏れた可能性がある。

 

 (いかん。転送器だけでも深刻な問題だが、ヤマトの――タキオン波動収束砲の情報が洩れれば、それを狙った他の星間国家が横槍を入れてくるかもしれん……!)

 

 ドメルは状況の悪さに唸った。もしかしたら、ヤマトとは手を取り合える可能性があるのだ。

 ドリルミサイルにしても、使用すればヤマトに対して致命的な一打を与えられる切り札足りえるが、ガミラスにとっても無視しがたい6連射可能なタキオン波動収束砲に致命的な損害を与える事が前提の兵器であるため、ドメルとしてもそのまま使うかどうかを少々悩んでいた代物だ。

 最悪、内部まで侵入せず発射口を塞ぐだけに留め、そこから発射口を伝って工作員を内部に送り込んで内側から制圧し、ヤマトを手に入れるという策も検討している最中だというのに……!

 もしも第三者相手にヤマトが敗れれば――タキオン波動収束砲の技術までもが外部に漏れ、ガミラスに向けられる危険性が高い!

 

 「ゲール! すぐに本国に詳細を問い質して何としても行方を追わせるのだ! あれが無くてはヤマトに勝てん……! それに、我らに敵対する国家の手に渡った可能性がある以上、あれがどのように活用されるか予測がつかない。すぐに対策本部を設立する様に訴えねば!」

 

 ドメルの命令にゲールもすぐに応じる。彼もこれが国家の危機である事は重々承知だ。

 小ワープによる転送戦術は今後のガミラスの戦術の要になるかもしれない、ある意味ではタキオン波動収束砲にも劣らぬ強力無比な戦術だ。それが漏洩したとあれば……。

 

 これは……ヤマトにも劣らぬ大事になるかもしれない。

 ますます、ヤマトがバラン星を素通りしてくれることを祈らんばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 「ほう、地球の――宇宙戦艦ヤマト、か」

 

 男は捕らえたガミラス艦の乗員から聞き出した情報に興味を抱いた。

 最初は何かしら資源を得られるかと、あの七色の輝きを持つ美しくも険しい星団を訪れたのだが、思わぬ拾い物を得た。

 まさか、指定範囲内の物体を小ワープさせる装置を開発しているとは……ガミラスも中々に優れた技術を持っている。

 勿論手に入れた戦利品――瞬間物質移送器のデータは本国に送るべきだが――その前に使えるかどうかをその目で確かめておきたい。

 

 それに、面白い情報も得た。宇宙戦艦ヤマトと、それが装備しているという6連射可能なタキオン波動収束砲とかいう超兵器――興味が尽きない。

 我が帝国に取り入れられるのであれば取り入れ、危険因子であれば消滅させる。まずは現物を手に入れねば――。

 

 「そのヤマトの現在地は――ビーメラ星系の第四惑星か……ふむ。攻略予定のバラン星と近いな……よし、バラン星攻略艦隊から何隻か選抜して、捜索に当たらせろ。気になる存在だ」

 

 男はすぐに指示を出した。

 

 

 

 

 

 

 ガミラスを揺るがす一大事が起きているとも露知らず、ヤマトはビーメラ第四惑星の衛星軌道に留まり作業を続けていた。

 

 「改良? パルスブラストの?」

 

 例によって真田から持ち掛けられた改良案に首を傾げながら、ユリカは栄養ドリンクを口にする。

 病状の進行でとうとう今までの栄養食でも足りなくなってしまったユリカは、就寝時以外は2時間置きにこうして専用に調整された栄養ドリンクを規定量飲み、それに合わせてさらに調整された栄養食を3食食べて何とか体力を維持している。

 それでも戦闘指揮後は消耗が激しいであろうことを考慮して、医務室か医療室で点滴を受ける事を義務付けられている状態だ。

 味の方も相も変わらず――いや今までよりも不味くなった食事に辟易しつつも、イスカンダルまで道半ばまで来たと堪えているのだ。

 

 「はい。修理も兼ねて、Gファルコンの拡散グラビティブラストのシステムを組み込み、パルスブラストでも拡散射撃を可能にしようと考えまして。有効射程が短くなる代わりにより高密度で予測の難しい弾幕を張れるようになりますし、今まで通りの収束射撃との切り替えも可能ですから、遠方と近距離で役割分担出来るようになります」

 

 真田の発案にユリカは軽い調子で許可を出した。

 幸い資材もあるし修理作業と合わせても時間的ロスが少ないらしい。だったら今後の事を考えてちょっとしたパワーアップも悪くない、そんな気持ちでOKを出す。

 

 「それと艦長。修理ついでのガンダムの改修もだけどよ……無茶を承知で新しい機体の開発をしても構わねえか? 前々から思ってたが、やっぱりあの2機に完璧に追従出来て、制空権の確保や敵機の排除を担える機動特化と砲撃特化の機体を用意して安全確保を図らんことには、今後大規模戦闘が起こった時サテライトキャノンを完璧に封じられちまう。サテライトキャノンが使えないとどうなるかは、今回の戦いで痛感させられたしなぁ……」

 

 それは困る。ユリカは表情を変えずに考えた。

 ただでさえ今後のヤマトの自衛に関して、サテライトキャノンが要になるかもしれないというのに、それを封じられたらお話にならない。

 

 「――うーん。まあ、別に良いかな? 今は資材はたっぷりあるんですからジャンジャンやっちゃって下さい。どうせほとんど持って行けないんです」

 

 ユリカが艦橋左側面の窓に視線を向けると、窓の外には哀れ工作班と自身のマグネトロンウェーブで解体されてバラバラになってしまった、マグネトロンウェーブ発生装置の残骸が浮かんでいる。

 シームレス構造の外層はマグネトロンウェーブではどうしようもないので、小バッタやエステバリスを駆使して、例によって増設バッテリーで使えるようにしたハイパービームソードや大型ビームソードで切り刻み、外殻に切れ目を入れた後はマグネトロンウェーブで内側を解体して現在に至る。

 

 勿論、データを得るために再度内部に突入して制御装置の類を抜き出し、遠隔操作で強引にマグネトロンウェーブを作動させて解体するのは忘れてはいない。

 あと困窮気味だったコスモナイトがそこそこゲット出来たのは本当にありがたい。しかし、構造を解析した真田曰く「別に使う必要が無いのにわざわざ組み込まれていた」との事なので、ヤマトに補給物資を送った事は確定された。ありがとうガミラス。

 

 こうも露骨だとバラン星に基地があるのは確定だ。それも推測通りガミラスにとっての最重要拠点として。

 だからヤマトが接近することを恐れている。

 発見すれば波動砲で撃滅されると恐れ、十分な物資を与えて腹を満たす時間を割かせる事で、隠蔽工作の時間を稼ぐつもりだろう。

 実際、避けられなかった補給ではあるがヤマトは数日ロスした。それで十分隠蔽出来る算段なのだろう。

 

 ――この警戒振りからするにやはり民間人がいる可能性が高い。

 地球とガミラス星の中間地点。地球に限らず天の川銀河への渡航を考えるのであればこれ以上ない立地条件で、ビーメラ星系にも近い。地球が駄目なら最悪そっちを開拓して――というサブプランがあるのかもしれない。

 

 つまり眼前の資源の数々は、ヤマトに“意図的に”見落として貰いたいが故の“賄賂”なのだろう。

 ――恐らくスターシアから何らかのやり取りで聞き出して、ユリカが接触してガミラスについても情報を得ていると踏んだ上での作戦だろう。

 地味に効果的なやり口だ。ユリカの人柄も考慮してなのだろうが……ガミラスと雌雄を決する展開になったとしたら、ここで見逃すのは痛手でしかないが……。

 

 「サンキュー艦長! 前々からアイデア自体は温めてて、ありあわせの資材だけでも造れるようにと備えてたんだ! こんだけの資材を貰えるなら最低限の形にはして見せるぜ、突貫工事で!」

 

 「早いに越した事は無いですけど、完璧に造って貰う方が大事ですからね?」

 

 一応念を押しておく。まあ、GXの建造データもあるし何とかなるだろうとは思うが……。ウリバタケだし。

 

 「ユリカさん、ちょっと良いですか?」

 

 第三艦橋に降りて、マグネトロンウェーブ発生装置のコンピューターを解析していたルリの姿がマスターパネルに映し出される。

 

 「どしたのルリちゃん?」

 

 「はい、解析していてわかったのですが、やはりあの物体は軍事目的ではなく廃棄処分した宇宙船の解体を目的として建造された、スクラップ処理施設の様です。それと、色々情報も残されていた――というよりは、意図的に残したとされる情報が幾つかあります」

 

 ルリは助手として手伝って貰っていたハリと一緒に、解析によって得られた情報を幾つか伝える。

 それは、この物体がバラン星に配備されていたという事、だ。

 そして、この物体を製造したのはどうやら民間企業らしく、ここに置かれる以前は民間のスクラップ業者によって運用されていたという。

 さらにプレゼン用と思われる資料も残されていて、最終的には地球に移送して移民に伴う都市開発の資源として移民船の解体作業に役立てる云々という内容まで、きっちりと。

 

 「ありゃ~」

 

 まさかこんな方法でヤマトにそれを警告してくるとは思わなかった。

 これで確定だ、バラン星には民間人が居る。それも決して少なくない人数が。

 

 「ユリカさん……これが嘘でなければ、中間目標と定めていたバラン星にガミラスの拠点があって、そこに民間人が決して少なくない人数が入植している、という事になりますよね?」

 

 ルリはやや青ざめた表情でユリカの判断を求めている。

 前線基地があるのならば、可能な限り打撃を与える方がヤマトにとっては都合が良い。後願の憂いも断てるし、ガミラスに打撃を与えた方が地球侵攻を遅らせる事が出来る。

 だが、一般市民を巻き込むような戦いをすれば最も理想的な解決方法である講和が非常に困難になってしまう。

 少なくとも、一般市民を巻き込む攻撃をしたヤマトが訴えた所で聞く耳持たないだろう。

 

 ルリは、講和があるとすればヤマトの――波動砲の威力を見せつけてガミラスと戦力的に対等になったと強調し、無益な争いを続けるくらいなら終戦を、という流れだと思っていた。

 ヤマト以外に頼れる物が無い地球は決してガミラスに強くは出れないが、それでも何とかする道筋があるかもしれないと、希望的な観測も持っている。

 しかし、ヤマトがこのままバラン星に到達し、基地を攻撃するような事態になったら……。

 

 「ルリちゃん、この事を他に知っているのは?」

 

 「ハーリー君とオペレーターだけです。解体に関わった工作班の人達は、ガミラスの言語がわかりませんから……」

 

 「じゃあ悪いけど、こっちでタイミングを見て発表するからそれまでは黙ってて。正直なところ、今ヤマトの中でガミラスとの終戦条件に和平を考えてくれてる人がどの程度いるのかわからないし、下手に不安を煽ってヤマトの修理と補給が遅れる方が不味いから……」

 

 ユリカに言われてルリもハリも、ECIのオペレーター達もやや青ざめた顔で頷く。これは迂闊に口外出来る情報ではない。

 

 「そのままモヤモヤしてても体に良くないから、手の空いた人は星に降りてリフレッシュして来て良いよ。丁度、先に行った便が帰って来てるし」

 

 ユリカの提案に全員が頷き、責任者という事で残ったルリ以外のオペレーターガールズは、ECIを後にして帰艦したGキャリアーに向かう。

 多目的輸送機を使った食べられそうな植物と綺麗な水の採取作業。それに託けて、クルー達は自然の中に羽を伸ばしに降りている。2機ある内の1機は、そういった観光目的で運用されていた。

 ヤマトが大気圏内に降りていれば、第三艦橋両脇にあるバルジ内に格納された地上探索艇も使えるのだが、まだ修理作業と金属資源の補給作業が終わっていない。

 無重力の方が作業しやすいので、それが終わるまではヤマトは大気圏内に降りれないし、そもそも作業の終了が同時なら降りる機会すらない。

 

 「――俺達も、黙ってた方が良さそうだな」

 

 「ええ。私達も、今の事は口外はしません。私は――艦長の判断に従います」

 

 ウリバタケと真田も箝口令に従うと意思表示をした後、各々の作業に戻っていった。

 ユリカは第一艦橋で勤務していたゴートやジュン、ラピスにも同じように口止めをした後、天井を仰いで呟いた。

 

 「……和解の道――ホントにあるのかな……」

 

 

 

 

 

 

 その頃古代守は、連絡船の中で1人寂しい食事を摂っていた。

 スターシアがフラッシュシステムからもたらされた情報に嘆き悲しんだ後、何とか落ち着かせた守はその詳細を窺った。

 

 要約してしまえば、恐らくは次元断層か何かに落ち込みボソンジャンプの演算ユニットとの接続が一時切断、その後脱出に伴い再接続された影響で抑えていたナノマシンが活性化、ユリカの病状が急激に悪化した可能性が高い、との事だった。

 かつて彼女とリンクしイスカンダルと繋いだガンダムのシステムは、この危機的状況をもイスカンダルに漏らすことなく伝えたのである。

 

 しかし、おかげでこのフラッシュシステムは彼女に断続的に接続状態にあるらしく、ヤマトの所在に関する手がかりを掴む事が出来た。

 時間的余裕は無いと判断して、ナビゲーター代わりにガンダム・フレームから切り離したボソンジャンプシステムとフラッシュシステムに、使えそうな部品を可能な限りコンテナに詰め込んだ。

 後は、当初の予定通りかつてはガミラスとの往来に使われていた連絡艇に例のワープユニットを接続して準備完了だ。

 

 スターシアを1人残していくのは不安だったが、彼女からも「ヤマトを頼みます」と言われては行くしかない。

 1日でも早く合流し、ヤマトの旅の手助けをせねばならない。

 スターシアも、文字通り命を削って救いを求めてきたユリカを救いたがっている。一目会いたがっている。

 “滅亡寸前のイスカンダル”において、すでに隣人の暴走を止める活力も無く、ただ存在し続けていただけのスターシアに活力を与えてくれた彼女を。

 

 そして――

 

 「守。貴方も無事に再びイスカンダルにやってくる事を、願っています」

 

 守のリハビリテーションを務めさせるうちに、スターシアの介護を受けるうちに、互いに恋に落ちた自覚はある。

 まだ想いを交わしてはいないし、スターシアは守が地球に帰った方が幸せだと考えている様だが、守はイスカンダルでスターシアと添い遂げる覚悟を決めている。

 愛するスターシアの為にも、生きて戻らねばならない。

 そして、イスカンダルをカスケードブラックホールから救う為にも、例え離れ離れになってしまうとしても、弟の進がこれからも生きて行く地球を救う為にも、ヤマトの力が必要なのだ。

 

 「待っていてくれヤマト。必ずこの物資を届ける。どれほど微力でも良い、必ず助けになってみせるぞ! 替えの無い命を散らさせてしまった、俺の部下達の為にも……!」

 

 思い返すのはアセビの部下達。明日への希望を繋ぐために共に命を懸け、先に逝ってしまった若者達。その犠牲は――無駄に出来ない。

 彼らに報いる為にもヤマトは絶対にイスカンダルに辿り着かせ――地球を救うのだ!

 

 

 

 

 

 

 その頃ヤマトは、ビーメラ第四惑星での停泊2日目に突入していた。

 初日の調査で食用に出来る植物の存在が確認され、水も一応フィルターを通せば飲み水としても使える事がわかった。

 ついでに被弾やら何やらで艦内の圧縮空気ボンベの消費もそこそこあるので、水を分解して少し補充していくことも決定した。

 

 まさかこのような惑星で補給が出来るとは思っていなかったので、特にカツカツな資材をやりくりしていた生活班は安堵するやら喜ぶやら、とにかくまたとないチャンスとがっついていた。

 それに同行して漫画のネタ集めに写真を撮りまくってるヒカルの姿もあったが、珍しい事には違わない緑豊かな地球型惑星なので、誰も咎めない。

 

 進とアキトも打ち合わせ通り雪達生活班の護衛として降り立ったのだが――お約束的に原住生物、しかも運が悪いというか、地球で言うのならクマに相当するような大型(体長3m!)の肉食獣に見事遭遇した(しかも数回)。

 進やアキトは死に物狂いで肉食獣の囮となりコスモガンを連射、気分は生物パニック映画な状態で何度も危うい橋を渡ってようやっと撃退した(物凄くタフで中々殺せなかった)。

 苦心の末撃退した肉食獣は調査分析に回され――た結果食用として使える事が判明したので、ヤマトの食卓に並ぶ事になった。

 

 獣肉故癖が強かったものの、太陽系を脱してからは専ら合成肉が主体だったこともあってか、久方ぶりの天然物のお肉に舌鼓を打ち、皆で美味しく頂いた。

 

 雪も生活班長として気を抜けない仕事であるので、少しでもバリエーションを持たせた食事が出来るように、同時に栄養バランスを考えた食事が提供出来るようにと平田と協議。

 で……。

 

 「ホントに少し、少しだから!」

 

 と2日目にして戦闘班を動員しての“狩り”が実行され、大型獣を中心に20頭ばかりを確保。クルーの英気を養うために保存食への加工よりも、全員参加型の焼き肉パーティーが優先、実施された。

 

 ――唯一まともな食事の出来ないユリカが物欲しそうにしていたが、そこは見て見ぬふりだ。

 

 停泊3日目、潤沢な物資に肉で力を付けた工作班の努力の賜物か、当初4日掛かるとされていた主砲の修理も3日目にして終了、ヤマトの状態がほぼ万全と言える状況にまで回復した。

 小バッタやエステバリスを活用した修理技術の恩恵もあるが、やはり工作班の不休の努力と眼前に漂うジャンクの山の威力は大きい。

 植物の採取と水の補給も終えたが、今後何時補給出来るかもわからないので、思い切ってバラストタンク内にも水を貯える。

 後は、少々遅れ気味の機関部の改装とミサイルなどの弾薬の補充を急ピッチで行う事となった。

 

 そして、ヤマトが停泊して5日が経過。

 ようやく補給も完了し機関部の調整が一段落したので、使い切れなかったジャンクに後ろ髪を引かれながらもテストを兼ねたワープを実行、飛距離を伸ばして何と最高記録の2500光年のワープに成功して、少々浮かれていた。

 24時間のインターバルを置いて再度2500光年のワープ。今度も無事成功、ヤマトにも異常は無い。

 後はインターバルを短く置いた場合の人体への影響を調査するため、最高記録の半分のワープを2度、12時間の間隔を開けて実行。

 どうやら、1度に2500光年跳ぶよりは気持ち負担が小さいらしい。

 後は、もう少しワープの距離を短くしてインターバルを短縮し、24時間以内のワープの回数を増やせれば、日程の遅れを取り戻せるかもしれないと考えていた時だった。

 

 古代守がヤマトとの合流に成功したのは。

 

 

 

 「守!? この野郎……! 生きてやがったのか!?」

 

 「に、兄さん!? い、生きていたんだね! 兄さん!!」

 

 ワープ明けからしばらくして、救難信号の様な物を受信したとの報を受け、戦闘体制に移行しながら発信源に接近したヤマトは思わぬ拾い物をした。

 それが、イスカンダルから物資を持ってきたという、死んだはずの古代守だったのだから驚きだ。

 2度と会えぬ考えていた無二の存在の奇跡の生存に、真田や進の様に驚きと嬉しさを隠せず騒ぎ立てる者もいれば、

 

 「ううぅっ……! よ、よがっだよ゛~~~っ!!」

 

 「古代中佐――本当に良かった……うぅっ」

 

 ユリカとルリの様に泣き出して止まらなくなる者もいた。

 

 ヤマトクルーには守とは初対面の者も多かったが、それらの反応を見れば彼が死んだと思われていた古代進の兄である事が、かつての冥王星海戦でユリカ達を地球に無事返すため囮となったアセビの艦長である、という事に思いの外早く行きつき、誰の説明を要する事も無く艦全体が納得していた。

 

 ――そして、空気を読まず守が持ち込んだイスカンダルの物資の数々に狂喜乱舞していたのは、相も変わらずウリバタケだった。

 ただし、1人で勝手に騒いで守に内容を問い質したりしなかったのは、彼なりに気を利かせていた、という事なのかもしれない。

 だったら騒ぐな、とは誰しもが思うだろうが。

 ついでに感動の再会を見てもらい泣きしながらも「漫画のネタゲット!」と写真撮影をしているアマノ・ヒカルの姿もあったという。

 

 

 

 「そうか……そういう経緯があったんだ」

 

 感動の兄弟の対面や親友との再会、ついでに大泣きした戦友2名が落ち着くのを待ってから、話し合いの場所は中央作戦室に移っていた。

 一応、話の流れもあってユリカ(とおまけのアキト)が進の義理の親も同然の関係に至った事を聞かされた守は、最初は目を点にして驚いた後、「まあ、そう言う事もあるかもな」とちょっと複雑な顔をしたが一応受け入れてくれた。

 知られて恥ずかしげではあったが、進がそのような関係を心底喜んでいる事はすぐにわかったし、“あの”ユリカの人柄を耳にすれば、眼の前で自分を死なせてしまった、見殺しにしてしまった事の後悔からそんな突飛な行動に出ても不思議は無いかも知れない。

 

 ――でもお母さんはぶっ飛び過ぎだと思う。

 常識人な守はそう考えたが、口には出さないでおいた。

 

 「はい。俺は、スターシアに助けられて何とか生き延びました。そして、治療を受けながらどうにかしてヤマトを支援出来ないかと手段を模索していたところ、艦長とリンクしていたガンダムのフラッシュシステムが共鳴現象を起こしまして……」

 

 その場に集められていた各部署の責任者と副官一同に、艦内放送で傍聴を許可されたクルー全員が、守生存の真相は勿論、ユリカがどうやってイスカンダルに渡りを付けたのかを、ここで初めて知る事になった。

 勿論“共犯者”は全部知っているし、ルリの様に持ち前の頭脳と様々な情報の組み合わせから察していた者も少なくは無かったが。

 

 「そこで俺は、スターシアの許可を得たうえでイスカンダル王家が住まうタワーの地下にある倉庫から、使える物が無いかと探してみたのです。そこで、ガンダムに使われていたとされる部品を発見する事が出来ました。これがヤマトへの助けになる考えた俺は、スターシア協力の元、イスカンダルに辛うじて残っていた連絡艇と、ガンダム用のオプションだったと思われるワープ可能な超長距離用ブースターユニットを使って、何とか合流を図った次第です」

 

 「ふ~む。しかし、あんな外付けのオプションでこれほどのワープが実行可能とはな……改めて思うが、イスカンダルの技術とは本当に凄いな」

 

 「ああ。とは言え、流石に無茶が過ぎたようだ。元々倉庫で埃を被っていた物を碌に整備もせずに使ったからな……本当なら完全な状態で渡してやりたかったんだが、そう上手くも行かなかったらしい」

 

 申し訳なさそうな守だが、真田もウリバタケも「参考に出来るだけ有難い」と特に気にも留めていない。

 守が乗ってきた連絡艇の追加エンジンユニットは、メンテ不足で動かした為かオーバーヒートを起こしていた。

 ヤマトが偶々守が立ち往生した空域の近くにワープアウトしたのをユリカとリンクしたフラッシュシステムが捉えたので、一か八かの救難信号を発したから事なきを得た。

 が、最悪の事態の1歩手前だったことを考えると、我ながら後先考えずだったかと反省する次第だった。

 

 「ともかく、回収したエンジンからこの図面に書き込まれた部品を抜き出して、壊れてるようならコピーしてヤマトの波動エンジンとワープエンジンに組み込めばいいんだな? しかし、6連波動エンジンの設計もイスカンダルがやってくれたはずなのに、ここまで開きがあったのか……」

 

 ウリバタケも自分達が歓喜していたあのエンジンがまだまだ不完全だったのだと思い知らされた気分だ。

 そうだ、ついでに聞いておいても良いだろう、例のブラックボックスの事を。

 話を振られた守は、少し驚いた様子を見せた後、無理も無いか、と1人納得した様子を見せる。

 気になる。何か隠している事はもうわかった。

 

 「ウリバタケさん、それは俺の一存では話せません。艦長の許可が無いと……」

 

 この流れは不味い。ユリカ達は内心焦る。確かにいずれは告げなければならない事だが、心の準備も無く話すのは辛い。

 

 「――艦長、そろそろ話してくれませんか? ヤマトの歪な改装やブラックボックス――そして何より、貴方が“艦長として”乗り込んだ本当の理由を」

 

 真田の言葉に心臓がドキリと跳ね上がる。

 

 「貴方の体調は――正直余りにも悪い。普段の振る舞いから忘れそうにはなりますが、単にイスカンダルに行くことだけが目的なら、冷凍睡眠という手もありますし、それが出来ないにしても、もっと軽い役職についても文句は言われないでしょう。確かに、我々には貴方の力が必要です。貴方の指揮のおかげでここまで来れましたし、倒れられている時でも貴方に報いたいと必死になれた――それは、地球を救いたいという思いにも決して劣らぬ、我々の素直な気持ちです」

 

 真田の言葉がユリカの胸に突き刺さる。

 まさか、そこまで真剣に考えて貰えていたなんて……。

 クルーの印象に残る様にと色々な事をしてきたが、普段はアキトとイチャラブしたくて自重が足りなかったから、半分呆れられていると思ったのに。

 

 「教えてください艦長。艦長という役目に付き、我々を導いた理由は――ヤマトの精神を、それを構築した前艦長の遺志を我々に継がせるというだけではなかったはずです。単に戦闘指揮をするだけなら、戦術アドバイザーでも良かった。確かに影が薄い副長ですが「おいっ!」――それでも艦長の不在時には為すべきことをされていましたし「無視かよっ!?」――わざわざ艦長になったのにも何か意味があるはずです」

 

 ジュンの嘆きを完全に無視して真田は続ける。誰もジュンのフォローはせず、ユリカの解答だけを待っている。

 ここまで迫られては――もう黙っているのも限界だろう。止むを得ない、予定より早いが皆に真相を打ち明けよう。

 

 「……わかった。全部話すよ。その代わり、約束して。これから明かされる“真実”がどれほど残酷だとしても、受け入れ難いとしても、前に進むことを止めないって――ヤマトの精神である、“最後の最後まで諦めない”を果たすって」

 

 力の籠ったユリカの言葉に、クルーは相当辛い内容である事を察し、ごくりと唾を飲みこんでから頷く。

 今まで話してくれなかった事から、何となくそういう内容だとは覚悟していた。

 しかし、内容がどのようなものであっても知りたい! ユリカがどんな覚悟を背負ってヤマトを蘇らせ――ここまで来たのかを!

 

 クルーの覚悟が定まったと感じたユリカは、重々しく口を開こうとする。その時だった。

 艦内に非常警報が鳴り響く!

 

 「どうしたの、オモイカネ!?」

 

 すぐにルリが監視を任せていたオモイカネに問い合わせると、「警告!」「未確認の艦隊接近中!」とウィンドウが躍る。

 

 「ネタばらしはまた後で! 総員戦闘配置!」

 

 こうなっては仕方が無い。後ろ髪を引かれながらも各々の部署に走り、システムを立ち上げていく。

 

 守も「とりあえず第一艦橋に!」と言われた事もあり、進の隣の予備操縦席に着席して艦の管理を手伝う事になった。とは言え、初めて乗る艦に初めて扱う計器。

 如何に場数を踏んだ守とて、マニュアルを呼び出してまずは計器の場所と種類を覚える必要がある。

 ヤマトの計器は、それまでの宇宙戦艦と勝手が違い過ぎる。

 

 そうやって慌ただしくなったヤマトの艦内とは対照的に、未確認の艦隊はゆっくりと威厳を示すかのようにヤマトに接近してくる。

 

 「データベースに無い未確認の艦隊だ。フォルムも違い過ぎる……これは、ガミラスではない!」

 

 額に汗を浮かべながらゴートが報告する。砲術補佐席から呼び出した過去の戦闘記録データに該当する物が無い。

 過去のヤマトの戦闘データは欠損が多かったし、下手な先入観を得ないようにと意図的に封じられているので、この場で参考には出来ない。

 

 「艦長、敵艦が通信を求めて来ています」

 

 緊張を顔に滲ませながらエリナが報告する。ユリカはすぐに繋げるように指示すると、頭上のマスターパネルに人の顔が映し出された。

 灰色の肌に頭髪の無い丸坊主の頭に、強膜(白目と呼ばれている部分)が青く、唇も厚く角ばった顔立ち。そして筋骨隆々とした体格の良い身体。

 今まで得たデータから推測されるガミラス人とは、容姿がかなり違う。

 身に付けた服もまるでタイツの様で体のラインが出ていて、肌の色と同じ灰色なのでまるで全裸の様にも見える。

 それに黒い肘まである手袋と膝までのブーツ、裏地が赤い黒のマントを羽織った出で立ちだ。

 

 「――こちらは地球連合宇宙軍所属、宇宙戦艦ヤマト。貴官の所属と目的を教えられたし」

 

 全く未知の文明ともなれば言語が通じる保証はない。少なくともヤマトには彼らの言語のデータも無いので、敢えてこちらから声を発する。

 もしかしたら向こうはこちらの言語データを持っていて、解析して話せるかもしれない。

 ユリカの思惑は当たっていたようで、画面に映し出された指揮官と思しき男は1度目線を画面の外に向けて何かしら手で合図をする。しばらくして男が口を開けば、こちらの言語――日本語に翻訳された言葉が返って来る。

 どういう手品かを追求する余裕は無いが、かなり高度な文明を持っている事は伺える。

 

 挨拶もそこそこに告げられた男の言い分は、極めて単純だった。

 

 「ほう、貴様らがガミラスも手を焼いているという宇宙戦艦ヤマトか。その力、我らが暗黒星団帝国に献上して貰おう。丁度今行っている宇宙間戦争に役立ちそうだ。速やかに降伏し、その艦を明け渡した貰おうか」

 

 居丈高に告げられた内容にユリカは即座に「お断りします」と断言する。

 当然だ。ヤマトの力はあくまで“護る”為にこそあるのだ。交戦国の母星まで遠征する事も想定されているとはいえ、それはあくまで戦争を終わらせるための手段の1つ。

 間違っても侵略を目的とする輩には渡すことは出来ない。

 

 ――それに何より、ユリカはその名前に覚えがあった。

 

 “ヤマトが――地球が戦ったことのある侵略国家として”。

 

 「ほう。中々に強力な超兵器を備えていると聞くが、まさかそれだけで我が艦隊に勝てるとでも思っているのか? よかろう、ならば力尽くで奪うまで。精々足掻いて見せると良い」

 

 言うだけ言って一方的に通信を切られた。その態度に通信を繋いだエリナも「こんな相手だったら問答無用で攻撃しとけば良かった……」と敵意剥き出しかつ呆れ顔だ。

 

 宣言通り、眼前の敵艦隊は戦闘態勢に入った様子。艦同士の距離を開けて攻撃態勢を取る。

 眼前の艦艇は、全長が150m程のおにぎり(三角形)を連想させるような円盤型の艦体を持ち、中央よりやや後ろに直立した細めの艦橋、その頭頂部分にアンテナが、艦橋の前後に有砲身の三連装砲が装備されている艦艇が15隻。

 さらに先程通信してきた指揮官が座乗しているであろう敵旗艦は、共通のフォルムを持ちながらも先の艦艇の倍の大きさを持っている。その上三連装砲塔が艦首側が左右に1基づつと後方1基の計3基。艦橋トップにまるでヤマトの艦長室のようなドーム状の艦橋を有し、艦首からは触覚の様なセンサーが伸び、艦底部には大小合わせて4つのミサイルのような構造物が見える。

 いずれも艦体が黒く塗られ、艦首や艦尾の先端部分がオレンジ色で塗られている。

 

 今更ではあるが、本当にガミラスとも地球とも異なる異質なフォルムに、改めて別の星間国家と遭遇し図らずも交戦状態に突入してしまったことを実感する。

 

 ――喧嘩売ってきたのは向こうだが。

 

 不幸中の幸いか、どうやら艦載機は居ないようだ。

 

 「コスモタイガー隊は出撃を急げ! 主砲・副砲発射準備! フィールド戦闘出力で展開!」

 

 進がマイク片手に各部署に指示を出す。

 本来準備に相応の時間が掛かるコスモタイガー隊も、これまでの戦訓に則って即座に対応出来るように最低数の機体が用意されている。

 駐機スペースに引き出してGファルコンを接続し、後は下部の武器庫から必要な装備を引っ張り出してカタパルトスロープに乗れば、4機は即座に展開出来る。

 それにカタパルトを使用するガンダム2機とアルストロメリアを含めれば6機もの機体をすぐに展開出来る。

 駐機スペースの確保は勿論日常点検等々を考慮して、待機している機体はとりあえずそれだけだが、他の機体もすぐに発進出来るようにロボットアームが動き、格納スペースから機体を引き出していく。

 

 展開された機体はアキトのダブルエックスにリョーコのGXディバイダー、月臣のアルストロメリアとサブロウタのスーパーエステバリス、それにイズミとヒカルのエステバリスカスタムと毎度のメンツだ。

 このメンツは機体性能も技量もヤマト艦内では上位の存在なので、ローテーションで当番から外れていない限り大体緊急出撃メンバーに選ばれている。

 

 コスモタイガー隊が展開するとほぼ同時に、修理なった主砲が重々しく、副砲が軽やかに旋回して狙いを付ける。

 

 「主砲、副砲、発射準備よろし!」

 

 「発射!」

 

 ゴートの報告を受けて進が射撃を指示する。

 誕生以来シンボリックな存在であり続けた自慢の46㎝砲が、宇宙戦艦になって口径が増した20㎝砲が強力な重力衝撃波を撃ち出す。

 砲撃は狙い違わず黒色の艦艇に吸い込まれるように命中し、相も変わらず1撃でその艦体を打ち砕く。

 しかし、ガミラス艦に比べると装甲防御が優れているのかそれとも着弾時に観測出来たフィールドの強度が優れてるのか、破壊の規模が小さい。

 

 どうやって知ったか知らないが、どうやら波動砲以外は大したこと無いと見下していた様で、思わぬ反撃に艦隊が浮足立ったのが感じ取れる。

 それでも即座に無事な艦から“ビーム砲”が放たれヤマトに命中する。

 被弾の具合から粒子ビーム砲の一種である事が伺えるが、かなりの威力だ。

 ヤマトのフィールドに対して通用する貫通力と破壊力を持っているようで、集中砲火を浴びれば決壊する可能性がある。

 極力被弾は避けるべきだろう。

 

 ヤマトから発進したガンダムとエステバリスの混成部隊は協力して敵艦に食らい付き、6機分の火力を一斉に叩き込んで瞬く間に1隻を火だるまにする。

 元々単機で対艦攻撃を行えるガンダムが2機、それにエステバリスのお供が付けば当然の結果だった。とは言え、やはりガミラス艦に比べると固いらしく予想よりも攻撃回数が増えたようである。

 

 ヤマトは巧みな操艦で敵艦隊の攻撃を躱し、時に被弾しながらも持ち前のフィールド強度と重装甲で耐え凌ぎ、コスモタイガー隊と連携して確実に敵艦を沈めていく。

 思いもよらぬ猛反撃に戦意を失ったのか、大口を叩いた割には旗艦と思われる大型艦はあっさりと逃げの姿勢を取った。

 そして旗艦を逃がすためか、ヤマトに最も接近していた小型艦が体当たりも同然の勢いでヤマトに急接近する。

 小回りの利く副砲の一撃で撃沈はしたが、残骸の一部がヤマトの第一艦橋の真後ろに激突した。

 質量兵器には弱いフィールドの弱点と艦体に比べれば装甲が薄い艦橋という事もあり、損傷は避けられなかった。

 幸い気密も破れず、第一艦橋にも鐘楼自体にも決定的なダメージを受けるには至らなかったが、丁度艦長席の真上付近で内壁の一部が破損し、脱落してしまった。

 

 ――艦長! 避けて!!――

 

 ヤマトの切羽詰まった声に反応したユリカはすぐに席を立ったが間に合わなかった。脱落した内壁の一部は鋭い槍となって彼女の腹に突き刺さる。

 「が……っ!?」と短い苦痛の声が口から洩れる。不幸中の幸いか、服の人工筋肉が防刃繊維に似た役割を果たした事で即死は免れた。

 ――免れただけで、致命傷である事に変わりはなかったが。

 

 「ユリカ!!」

 

 「いやあぁぁぁっ!!」

 

 エリナが叫び、ルリとラピスが悲鳴を上げる。

 一気に混乱に見舞われたヤマトを尻目に、大型艦は生き残った小型艦数隻を引き連れて全速力でヤマトから離れていく。恐らく十分に距離を取ってからワープで逃げるつもりだろう。

 

 「追撃は不要だ! 雪! イネス先生! 艦長が負傷した! すぐに手当ての準備を!」

 

 進は戦闘終了を指示して医務室で待機中の2人を呼び出す。とは言え、進の目から見てもユリカが致命傷なのは一目瞭然だ。

 ――これは、普通の手段ではどうにもならない。

 

 (こんなところで……死なせない! お母さん!)

 

 進は独断で“ブラックボックス”の1つを使う事を決意した。とは言え、本来イスカンダルで完全なものになるはずのそれを使える保証は限りなくゼロに近い。

 だが、そのシステムを搭載しているのはヤマトなのだ。

 

 命を宿し自我を得たこのヤマトなら、消えかけた命を繋ぐくらいの奇跡を起こせる可能性はある。

 特に、ユリカとの関係を考えれば確率はゼロでなくなる!

 

 進は自分の席のマイクにしがみ付くようにして怒鳴った。

 

 「波動砲、モードゲキガンフレアで用意だ!! 急げっ!!」

 

 「古代! そんな場合じゃ――!!」

 

 「敵艦に追撃するにしても主砲で――!」

 

 気でも触れたかと止めに掛かった大介やジュンなど気にも留めず、進は艦長席に駆け寄る。

 ユリカはすでにゴートの手で座席から移動させられ、すぐ横の床に寝かせられている。担架無しで運ぶのは無理と判断しての事だろうが、ありがたい! これなら意識を嫌でも集中出来る!

 進はユリカがどかされた血まみれの艦長席に腰を下ろすと、眼前のスイッチを所定の順番で操作した。

 すると、正面の一番大きなモニターが前方に倒れ、中からアームで保持された艦長用の波動砲トリガーユニットが現れ、進の目線の高さにまで持ち上げられる。

 戦闘指揮席とは形状の違うトリガーユニットは、シンプルな筒状の本体と上部に覆い被さる様に取り付けられた2枚のターゲットスコープを備え、右側面に支持アームが接続されている。後部のボルトは戦闘指揮席の物と違って殆ど伸びていないが、進は構わずそれを押し込む。

 小振りで2枚重なったターゲットスコープに「Mode ゲキガンフレア」と表示された。その後ファイルと口頭で教えて貰っていた通り、ボックス下部の隠しパネルを開いて中のスイッチとレバーを操作。

 するとターゲットスコープの表示が変化、第一艦橋の各席や機関室やECI等にも同じ表示が現れた。

 

 「コスモリーバスシステム 起動」

 

 と。

 

 

 

 「な、何だよこれ……?」

 

 第一艦橋の喧騒も知らず、指示通り波動砲モード・ゲキガンフレアの準備を進めていた太助は、コンソールとウィンドウに表示された単語に我が目を疑う。

 

 コスモリバースシステム。

 

 それはヤマトが地球を救う為に求め、イスカンダルにあるとされている装置のはず。

 何故それが、ヤマトのコンソールに表示されているというのだ。

 

 「何だこれは……!? これが、ブラックボックスの正体なのか!?」

 

 驚愕する山崎達の前で、最終手順前まで準備されていたエンジンは、機関士達の手を離れて勝手に動き出した。

 

 ベテルギウスの時の様に。

 

 

 

 「頼むぞヤマト……! 俺達の想いに答えてくれ……!」

 

 ――やってみせます。彼女には恩がありますので――

 

 「――タイミングは任せるわ。今は不完全でも、コスモリバースシステムに掛けましょう」

 

 事情を知るエリナは進の行動を支持する事を表明し、ユリカの手を握る。

 

 「ゴート・ホーリー、彼のタイミングに合わせて破片を引き抜いて」

 

 「そんな事をしたら出血多量で死ぬぞ!?」

 

 エリナの思わぬ発言に難色を示すが、目線で訴えられた。信じて欲しいと。

 その視線にゴートも折れ、呼吸に合わせて動く破片に手を添えて、何時でも引き抜けるように準備した。

 

 「古代君……一体何をしようとしているんだ?」

 

 状況が飲み込めないままではあるが、それが唯一ユリカを救う手段だと察したジュンも作業のバックアップをすべくコンソールを睨む。

 システムのコンディションを示すステータスモニターの表示は、殆どの装置が接続されていない、不完全な状態である事を示している。

 が、最後に記された一文を見て彼の表情がはっきりと歪んだ。

 

 『アクセス端末・情報変換素子 ミスマル・ユリカ 未接続』

 

 「……ユリカが――コスモリバースシステムの部品?」

 

 次々と現れる秘め事の数々にもう理解が追い付かない。

 だがそれでも理解出来た事は、時期は不明だが進は全ての真相を知っていて、この窮地を切り抜けるために今まさに明かされようとしていた秘密を駆使しようとしている事、そしてエリナも知っていたという事だ。

 

 「艦長の様子は!?」

 

 息を切らせて雪や医療科のクルーを数人引き連れて来たイネスが開口一番に問う。

 しかし誰かが答えるより先に、艦長席の傍らに寝かされたユリカの姿を見て険しい表情になる。

 ――致命傷だ、治療はとても間に合わない。

 そして、艦長席に座った進の姿と表示されたウィンドウの内容から何をしようとしている事を察して、ユリカを運び出す事を一旦保留した。

 

 「進君、今は不完全でもコスモリバースシステムに掛けましょう」

 

 「進君!? 何が――っ!?」

 

 突然連絡も取れなくなり安定翼を開いたヤマトの姿を見て状況を確認したかったのであろう、アキトが通信を繋げて来た。

 そして、第一艦橋の惨状を見て絶句した。一瞬思考が停止したようだが、すぐに進がやろうとしている事を察したのだろう、格納庫には戻らず第一艦橋にダブルエックスを横付けすると、非常用のエアロックを使って飛び込んで来た。

 

 「ユリカ!!」

 

 アキトはすぐにユリカの傍に駆け寄ると、視線で進に促す。

 

 コスモリバースに全てを賭ける、と。

 

 準備の全てが完了した事を確認した進は、艦内通話を全てオンにする。

 これから“奇跡”を形にするには、他のクルーの協力が不可欠だ。

 

 「戦闘班長の古代進だ! 艦長が負傷されて危険な状態にある! 応急処置の為ヤマトのブラックボックスの1つを起動する! 詳細を説明している時間は無いため、全員スリーカウントに合わせて“艦長が助かる様に祈れ!”」

 

 突然の放送に事態を把握していない部署のクルーはおろか、次々明かされる秘密に混乱の極みにあるクルーも頭の処理が全く追い付かない。

 一体これから何が起こるのか、何をしようとしているのかさえも。

 

 「良いか!? 3……2……」

 

 困惑を他所に進のカウントダウンが始まる。

 もう半分自棄になって、負傷したというユリカが助かる様に――今まで自分達を励まし導き、このヤマトという最後の希望を繋いでくれた艦長が助かる様にと、強く願う。

 

 「……1……起動!!」

 

 カウント終了と同時に進はトリガーを引き絞る。同時にゴートがユリカに突き刺さった破片を引き抜く。

 機関室で6連炉心が突入ボルトに接続され、膨大な量の波動エネルギーが全て波動砲口から放出され、ヤマトを包み込む。

 ここまではモード・ゲキガンフレアと同じだった。違うのはここからで、ヤマトの艦内にも光の粒子の様な物が舞い散り、空間が優しい青い光で満たされる。

 すると、引き抜かれた事で溢れだした血はおろか、それまでに流れていた全てのユリカの血液が、まるで逆再生の様に傷口から体内に戻り、傷口がどんどん小さくなっていく。

 

 摩訶不思議な現象に現場に居合わせた詳細を知らないクルーはさらに混乱するが、結局傷が完治に至る前に光が消え失せ、ヤマトのエネルギーが一時的に空になった。

 

 「ほら! ぼさっとしないで艦長を医療室に運ぶわよ! 完治したわけじゃないんだから!」

 

 イネスは呆然としている雪達を急かして持ち込んでいた担架にユリカを乗せ、医療室に向かって超特急で向かう。

 完全に塞がり切らなかった傷口からはまた出血が始まっていた事もあり、雪達もその場は大人しく従った。

 ユリカが運ばれて行くのを見届けた進は、強張った両手を波動砲トリガーから引き剥がして、艦長席に体を預けて虚脱する。

 

 これで、ヤマトの秘密の大部分は明かしてしまった。

 

 ――もう後戻りは出来ない。これから先はどれほど辛い現実に直面しようとも、前に進む以外の選択肢は存在しない。

 誰もが全てを理解した上で乗り越えていくしかなくなった。

 最悪の可能性も含め、ユリカ達が抱えてきた全てを受け止めて。

 

 共にこの現実に立ち向かう事を強制されるのだ。

 

 

 

 全ては――愛の為に。

 

 

 

 ついに明かされるヤマト改装にまつわる秘密!

 

 イスカンダルで積み込む予定だったはずのコスモリバースが積まれていた真実とは如何に。

 

 そして、正体不明の脅威の出現にヤマトは、そしてガミラスは、どう対処していくのか?

 

 急げヤマトよイスカンダルへ!

 

 地球に残された人々のタイムリミットは、

 

 あと、258日しかないのだ!

 

 

 

 第十八話 完

 

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第三章 自分らしくある為に!

 

    第十九話 明かされる真実! 新たな決意と共に!

 

    ヤマトよ、立ち止まるな!

 



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第十九話 明かされる真実! 新たな決意と共に!

 

 

 

 ――もしも自分の進むべき先に避ける事が難しい困難があるとしたら、人はどんな選択をするのだろうか。

 ユリカは朦朧とした意識の中で思い返す。

 

 あの時、ヤマトの導きで知った愛の星――イスカンダルの救済。それに賭けた一か八かの大勝負。

 ボソンジャンプでイスカンダルに直接乗り込めないかと考え、実行したあの日の事。

 我ながら無茶苦茶だったと思う。如何にA級ジャンパー、演算ユニットとのリンクが確立しているとはいえ、脳が崩壊してもおかしくないくらいの負荷が掛かりそうな前代未聞の大ジャンプ。

 結果は――成功とも言えるし失敗とも言える。

 ユリカは肉体毎跳躍する事は叶わず、向こうに現存していたガンダムのフレーム――そこに残されていたフラッシュシステムにリンクした事で意識だけを辛うじて飛ばす事が出来たに過ぎない。

 

 突然の来訪者に驚きはしたが、スターシアは常に理性的でユリカを無下にはしなかった。

 勿論、コスモリバースシステムを――波動砲の技術を地球に提供する事には難色を示した。

 ユリカ自身、地球がつい最近まで内乱に荒れていた事を正直に話した事もあるが――イスカンダルはその威力故に波動砲を封印していた。

 勿論それに連なる技術も一切封印して、星から出ない事で守り抜いていた。

 

 それでも縋るユリカにスターシアは語った。

 

 「我々は元々、貴方方と同じ銀河で生まれた文明の末裔なのです。貴方がヤマトと呼ぶ船を内包してこの宇宙に出現した水は、並行宇宙の回遊水惑星――アクエリアスのものだと思われます。アクエリアスは、その水の中に生命の種子とでもいうべきものを内包した惑星で、接近する星々に水と命の芽を撒き、それらが成長して文明を持った後に接近すれば洪水で文明を押し流す――それは、アクエリアスが文明に――生命にもたらす試練であり、強い生命に育って欲しいという厳しさからくる愛なのです。私共の祖先も、その試練を乗り越えながら発展していった文明です」

 

 極端にスケールの大きな話に、日頃の振る舞いに反して聡明なユリカですらもすぐには呑み込めなかったが、ヤマトの記憶でも似たような事を聞いた気がしたので、納得する。

 

 「私共の最も遠い祖先の星の名は――シャルバートと申します。かつてはその優れた科学文明が生み出す超兵器を駆使して銀河全体を支配していた民族でした……しかし、彼らはやがて力による支配では真の平和が訪れないことに気付き、その行いを恥じて銀河の支配を放棄して歴史からも姿を消し、母なる星ごとを異次元空間の内に隠遁しました。私達イスカンダルとガミラス星の祖先は、貴方が古代火星文明と呼ぶものから分岐した種族。それも元を正せば全てはシャルバートから……アクエリアスの生命の種子から分岐した文明なのです。勿論、貴方方地球人を含んだ生態系も、歴史に残っていないだけで全ては水惑星アクエリアスの命の種子から生まれた存在なのです」

 

 スターシアの告白に、ユリカは頭がくらりと揺れるのを感じた。途方もないスケールの物語だ。しかし、地球で自然発生したと思われた生態系が外部からもたらされたものだったとは――。

 

 「私たちの祖先はシャルバートが戦いを放棄する前に、貴方方の銀河のすぐ傍を通過しようとしていた大マゼラン雲に移り住んだ移民でした。当初はかつてのシャルバート同様、武力による支配で大マゼランを統治しようとしていましたが……シャルバートの決断を知り、武力による支配の愚かさを悟った我々もまた、その力を放棄したのです――長い年月が過ぎ、やがてイスカンダルとガミラスを狙う星間国家による侵略を受けた時、私共は決断の時を迫られたのです。座して滅びを待つか、それとも反撃をするか」

 

 スターシアは1度そこで言葉を区切り、気持ちを落ち着かせてから続ける。

 

 「結局選んだのは、徹底抗戦でした。確かに争いで真の平和は得られない、本当の意味での共存には至らないとわかっていても、我々も生きとし生けるもの――生きたかったのです。そこで1度は封印した技術を紐解き――独自の発展を遂げました。それが、相転移エンジンの改良を推し進め、タキオン粒子を源とする波動エネルギーを生成する波動エンジン。それによって実現したワープ航法システム――そして波動エネルギーの時間歪曲作用を応用して、戦争で荒廃した惑星環境の復元を試みた研究が進められ、その成果である時間流制御技術とボソンジャンプシステムを組み合わせて生まれたのが、時空間制御によって惑星環境を回復させる装置――コスモリバースシステム。しかしその研究過程で生まれた波動エネルギーの制御技術によって、高圧縮・高出力化した波動エネルギー……タキオン波動バースト流を一方口に撃ち出す超兵器も生まれてしまったのです。それが――貴方が波動砲と呼ぶ、タキオン波動収束砲なのです……タキオン波動収束砲とコスモリバースシステムは本来同一システムの裏と表。破壊と再生両方の面を持つ、イスカンダルの遺物なのです」

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第三章 自分らしくある為に!

 

 第十九話 明かされる真実! 新たな決意と共に!

 

 

 

 「……これが、私達がユリカさんから教えて貰ったスターシア女王陛下とのやり取り。つまり、コスモリバースシステムの真実にして、ヤマトのこの歪な改装の意味よ」

 

 緊急入院したユリカに変わり、こういった説明となれば自分がやるべきだろうと、何時もに比べて重苦しい雰囲気を漂わせながら、イネスはクルー全員に告げる。

 中央作戦室に陣取ったイネスは、この日の為に用意していた資料を高解像度モニターやウィンドウに表示して説明する。

 

 「その歪な改装の代表格、6連波動相転移エンジンに関する説明をするわよ……波動エンジンの増幅装置として相転移エンジンが機能したのは、“この宇宙の波動エンジンの原形が相転移エンジン”であったから。だから、改装の際ヤマトの波動エンジンは従来の“宇宙エネルギーを圧縮してタキオン粒子に変換”から“真空の相転移で生じたエネルギーをタキオン粒子に変換”という具合に変貌しているの。つまり波動相転移エンジンっていうのは、本来波動エンジンの動作に含まれる工程の一部を相転移エンジンに委ね、波動エンジンは波動エネルギーへの変換効率に特化する様に改造した複合機関。波動エンジン単体では稼働出来ないのもそのため。当然よね、システムの一部を外部に出してしまったのだもの――そして、相転移エンジンに技術を逆輸入出来たのも波動エンジンが発展型の機関だから、と言う訳よ。これらの相乗効果のおかげで、旧ヤマトの6倍、つまり波動炉心6基分の出力を得られたって事」

 

 全く関連の無さそうなエンジンを繋げただけでこのパワーアップはおかしいと思っていたら、そう言う事だったのか。

 機関部門のクルーは大いに納得した。波動エンジンの技術で相転移エンジンがパワーアップ出来たのは、波動エンジンが相転移エンジンの進化系でありながら、大雑把に言えば“波動エネルギー生成機能の有無”の違いしかなかったから、という訳か。

 尤も、生成するエネルギーの質に雲泥の差があるから、絶対的な出力以上の差が生じてしまっているのだが。

 

 「とはいえ、ヤマトのそれは不完全で、本来は波動エネルギーの作用を利用して相転移エンジンの効率強化も可能で、それで生成量が増えたエネルギーで波動エンジンも生成量も上がって――てな具合に相互補完して行くのが本来の形。その場合は旧ヤマトの8倍相当の大出力を得られるんだけど、私達の技術だとそこまで負荷に耐えられる強度を持たせるのが困難だったから、意図的に封印されてるの。一部のパーツを交換して制御プログラムの封印を解けば、今のヤマトのエンジンでも自爆覚悟で出来るっちゃ出来るけどね」

 

 6倍の今ですら持て余し気味なのに8倍とか……制御出来るわけが無い。少なくとも、今のヤマトでは無理だ。

 

 「それじゃある意味本命、コスモリバースシステムについてさらに細かく話すわ……これは時間制御技術にボソンジャンプ、ってところから勘の良い人は察してるかもしれないけど、いわば一種のタイムマシンなの。その惑星の過去のデータをタイムトラベルを活用して収集し、任意の時間データの情報を呼び出して過去の姿に再構築させる――それが、コスモリバースの環境回復の種明かしってわけ」

 

 「まさか――本当に時間操作技術だったなんて……」

 

 ユリカと初めて会った時、“時間でも戻さない限り地球は救われない”と考えた事が正解だったとは、流石のラピスも驚きだった。

 

 「ただね、そのデータ取集を実行するためには――時間と空間の概念が無いボソンジャンプの演算ユニットが必要なの。これは私達が火星で発見した物が使えるらしいから、あれと接続を確立する必要がある」

 

 「まさか……ここに来て演算ユニットが絡んでくるなんて」

 

 青褪めた表情のルリが歯を噛みしめる。

 思い出すのはユリカを抱えて花の様に変形した演算ユニットの忌々しい姿。そして否応なく連想される――ルリ達家族の幸せを1度は壊した火星の後継者の影。

 ――気分が悪くなった。

 

 「でもね、肝心のアクセス端末をイスカンダルもすでに失っているのよ。そして私達はあの遺跡を活用する術を持っていない――ただ1つを除いて」

 

 「まさか!? ユリカ姉さんをまた繋げるって言うんですか!?」

 

 今度はラピスが絶叫する。ここまで言われたら嫌でもその答えに行き着く。

 イネスも頷く。

 これで理解した、ユリカがヤマトに乗った裏の事情が。

 そして、ルリ達家族が乗艦する事を渋ったのも、それに加担させたくなかったからだろう。

 

 「繋げる対象はコスモリバースシステムそのものだけどね。彼女は不幸にも、火星の後継者の人体実験の後遺症で体内に演算ユニットのナノマシンが残留している。そして、時間が経つほどに……ボソンジャンプを行使する度に浸食が進み、彼女自身が演算ユニットの端末に変貌していった。彼女自身の“慣れ”と“経験値”も重要よ。だから、彼女はヤマトの再建にあれほど熱心だった。あれはヤマト再建は勿論、彼女が端末になる為に必要な経験値を蓄え、自身を“最適化”するためのものでもあったのよ。この状態の彼女をコスモリバースシステムに接続すれば、演算ユニットにアクセスする事が出来る。さらに時空制御によって環境を回復させる際、惑星に残された生物の保護も重要になる。知っての通りボソンジャンプは、人類は勿論地球上の生物はそのままでは耐えらる事が出来ない。その欠点を補うためには、彼女に人間翻訳機になってもらってフォローしてもらうしかないのよ……それ以外に救済の道も無い。もしも、彼女がシステムに組み込まれる前に死亡してしまった場合は……私に彼女のナノマシンを移植してコアになるつもりだったわ――尤も、昨日今日入れた程度じゃ、成功率はかなり下がるのだけど」

 

 イネスの言葉を聞いて、真田はヤマトのドックに初めて案内された時の事を思い出す。

 あの時ユリカは、ジャンプ体質になっていない真田を含めたネルガルの面々を1人も死なせず、異常すら起こすことなく運搬して見せた。

 元々、地球の生命がジャンプに耐えられないのは、演算ユニットが地球の生命体をそうだと認識していないから、という説を聞いたことがあるが……なるほど、だから彼女を補正パーツとして組み込む必要があるというのか。

 その残酷な事実に拳を握り締める。

 

 何という事だ……自分が最も唾棄する行為無しでは地球は救えないというのか!!

 

 憤る真田の姿にイネスは顔を顰めるが、それでも説明を続けなければならない。

 これは――今後のヤマトの航海を左右する、避けて通れない道なのだ。

 

 「勿論これには、スターシア女王陛下も反対したと聞いているわ」

 

 「その事に相違はない。俺も、スターシアから全て聞かされたよ。そうする事でしか救いの手を差し伸べられない、命を危険に晒してまで救いを求めてきた彼女を冒涜するような手段しか取れないと……気に病んでいた」

 

 守の独白にイネスとエリナは少しだけホッとしたような表情を浮かべる。

 良かった、スターシアもまた血の通った人間だったのだと、ようやく確証を持てた。

 

 「――それが聞けただけでも、貴方が来てくれて良かったと思えるわ。最初ユリカから聞いた時は、もっと他に手段が無いのかって心底腹が立ったから……」

 

 「――続けるわね。このコスモリバースシステムは、波動エネルギーを触媒とした時間制御システムなわけだけど、“効果があるのは波動エネルギーで覆えた範囲のみ”という制約があるの。ヤマトの波動砲が6連発可能なトランジッション波動砲になったのは、惑星規模――それもイスカンダルや地球くらいの大きさの惑星を覆いつくすエネルギーを発生させるには、波動エンジン6基分相当の出力が必要とされた事と、それを分散して効率的にエネルギーを放射するシステムが必要だったから……要するに、波動砲の連射機能はおまけに近い代物なのよ。イスカンダルに到達次第、艦長の組み込んだコアモジュールの搭載やシステムの組み換えを行う事で波動砲は――いえ、ヤマトはコスモリバースシステムへと変貌する」

 

 「なんてこった――ヤマトは“最初からコスモリバースシステムになるべく改装された”。って事ですか……」

 

 ジュンが予想だにしなかった真相に唸る。

 ヤマトの改装が歪だとか、確かな威力を見せつけてはくれたがもっと信頼性の高いシステムとして構築出来なかったのかとか、無理に6倍出力とか6連射とかいらないし過剰だろうとは常々思っていたが、これで全て納得出来るし、ユリカが搭載を主張したのも頷ける。

 

 彼女らしくない主張もこの危機では止むを得ないかと解釈していたが、実際はコスモリバースシステムを完成させるために不可欠な代物だったのか。

 そして、まだ明かすに明かせない隠された機能があるとは……なるほど渋られたというのも頷けなくはない。

 

 「そうよ。真相を知らないネルガル内部でもこの改装には反対意見が飛び出したけど、ガミラスの侵略が想像以上に悪辣だったこともあって、将来的な報復なんかも視野に入れた場合は価値がある、って納得させたのよ。勿論、波動砲の威力によってヤマトの航海の安全保障に少しでも繋がれば、という思惑もあったけどね。実際、ヤマトに対して敵が艦隊決戦を挑んでこないのは、波動砲で一気に壊滅する事を恐れているからよ。ユリカの受け売りだけどね……それだけの力が、今のヤマトにはある……正直こんな極限状態でもなければ、こんな装備の搭載なんて許可されなかったわよ。一応私達の政府はどんな思惑があったにせよ、これより格下の相転移砲を封じる程度の分別は出来るんだから」

 

 とは、ヤマト再建の責任者の1人であるエリナの言葉だ。

 確かに、言われてみればこんな極限状態でもなければこれほど常軌を逸した大量破壊兵器が正式化されるなど、易々と起こりえる事ではない。

 勿論それは――

 

 「気になった人も居ると思うからついでに説明しておくとね、サテライトキャノンもコスモリバースシステムに“ある細工”をするためのテストベッドも兼ねてのものであり、波動砲の全力を出した後の、ヤマト護衛の為に開発された装備よ」

 

 「――波動砲を全力と言う事は、もしかしてあの全弾発射システムの事ですか? 確かにプログラムの構築はされていますし、システムの構造上実行は可能ですけど……そんな事をしたら、保護システムがあってもヤマトは負荷に耐えきれずに自壊してしまいます」

 

 機関部門の――必然的に波動砲の管理も担う事になる機関部門の長であるラピスが疑問を挟む。

 ヤマトの波動砲は従来とは異なる発射システムを構築していて、エンジンルームの先端から砲口までの間を2つの収束装置とライフリングチューブと呼ばれる砲身で繋げている。

 そのライフリングチューブの内側には、発射口と同じストレートライフリングと呼ばれる溝が存在していて(円筒の内側に誘導レールを嵌め込んでいる)、その溝がエネルギーの整流効果を与えていた。

 また、短時間の間に複数回のタキオン波動バースト流が通過する負荷を考え、構造材や防御コートに混入されているのと同じ反射材が張り付けられていて、エネルギーを強制的に発射口方向に押し流す作用を与えられている。

 これによって装置全体が保護されているのだが、オリジナルの空間磁力メッキに比べると格段に能力が劣るそれでは、連射はともかく6倍の負荷に耐える事は到底出来ない。

 一応、反射衛星の解析データからオリジナルの復元も工作班の間で検討されている様だが、他にもやる事が多く進展が乏しいと、工作班の知り合いから聞いたことがある。

 

 「正解よ、ラピスちゃん……そして、これからの説明を聞けば嫌でも実行しなければならない事がわかるわ――それはね、イスカンダルと二重惑星を形成しているガミラス星諸共、カスケードブラックホールと呼ばれる時空転移装置の脅威にされされ、数か月以内に消滅する定めを背負っているからよ」

 

 一気に2つの秘密が明かされた。

 イスカンダルとガミラスが、事実上の隣国である事も驚きだが、その2つの国家がまさか滅亡の危機に晒されていたとは!

 

 「ガミラスが性急に地球侵略を行ったのは、彼ら自身が滅亡の危機に立たされているから。恐らくガミラスに比べて文明の程度が低い事から見下されていたのも関係しているでしょうけど、もしかしたら木連との戦争から火星の後継者に至るまでの内紛の過程を調べ上げた結果、例え紳士的に接触したとしてもすぐに回答が出ない、またはこちらが付け上がって何かしらの要求をしてくる事を嫌ったとも推測出来るわ……ある意味では地球を上回る超大国のプライドがそうさせたとも言えるかもしれないけれど、確実に言えることは、ガミラスが早急に地球侵略を決定したそもそもの原因は、カスケードブラックホールにあると言っても過言ではないという事よ」

 

 思いもよらぬ真実にクルー全員が言葉を失う。

 確かにガミラスの取り付く島もない一方的な降伏要請や情け容赦ない猛攻と、祖国のために命を捨ててヤマトに立ち塞がった冥王星艦隊の振る舞い。これらの行動にはそういう裏があったのか。

 侵略者である事に変わりなく、その怨恨は深いが、まさか彼らも滅亡に瀕していたなんて……。

 滅亡の危機に晒された文明が他の文明を滅亡寸前に導き、その文明の反撃で首を絞められる。

 ――何という、負の連鎖だろうか。

 

 「それで彼らの行動が正当化されるわけでもないけれど、言い換えればヤマトがカスケードブラックホールを何とかする事が出来れば……それで恩を着せる事で地球侵攻に待ったをかけて貰える可能性が生まれるの。勿論、救いの手を差し伸べてくれたイスカンダルの存亡も掛かってるから、やらない訳にもいかないのだけれども……予定では、イスカンダル到着後に波動砲の改修を行って何とかヤマトが自壊せずに済むようにして、文字通り全身全霊の力を込めた波動砲でカスケードブラックホールを消滅させるってのが、艦長の考えてたプランの1つ」

 

 「1つ? という事は、他のプランもあったという事ですか?」

 

 今度は大介が口を挟んでくる。しかし、これは種明かしの場なのだからイネスは特に気分を害することなく出来る限り応えていく。

 

 「ええ。もう1つはガミラスを滅ぼし、イスカンダルのみを救って地球に戻るプランよ。これは推測を含むのだけども、ガミラスの目的が全宇宙の支配、つまり国や民族の究極の発展にあるとするのなら、いずれにせよ地球は標的になっていた可能性が高いと言えるわ。つまり、移民計画が上がる以前から地球に目を付けていた可能性は十分に考えられる……となれば、カスケードブラックホールを消滅させたところで地球を諦めてはくれない、同盟とかも関係なく支配下に置こうとする可能性は否定出来ない――だったら、私達が殺戮者の汚名を着てでもガミラスを滅ぼさなければ、地球に明日は無くなる。コスモリバースシステムで地球を救っても、ガミラスの軍勢をヤマト1隻で食い止めるのは物理的に不可能。特にコスモリバースシステムに改造した波動砲を再改造するには時間が掛かるし、それ以前に全力射撃したヤマトは大ダメージ被る事は必至――恐らく戦闘能力は失う。イスカンダルで完全修理をする時間的余裕は、恐らくない。万が一カスケードブラックホールを消滅してもガミラスとの講和が望めないのなら、波動砲を失った後の安全保障として開発されたサテライトキャノンの乱用も辞さず、迫りくるガミラスを片っ端から消滅させて、地球に帰る――それが、彼女が考えた言わばプランBって奴よ。とは言え、本星を滅ぼしただけで星間国家であるガミラスが真に滅びる事は無く、残存勢力による報復で戦争継続の危険性が極めて高い手段だけどね……それに、ガミラスの植民星の中には自ら恭順して安全を得た国が無いとも言えない。ガミラスを滅ぼすという事は――そういった星々の安全すら脅かす事にもなるって、彼女は言ってたわ」

 

 能天気に振舞っているように見えて、ユリカが心の内で悲壮な――いや、ある意味ではそんな表現すら生ぬるい覚悟を抱えていた事を突き付けられ、クルー一同気分が悪くなった。

 

 ――全く何も考えていなかったわけじゃない。どうすればこの戦争を終わらせられるのか、コスモリバースシステムで地球を救っても、ガミラスをどうにかしなければならないとは考えていた。

 しかし、本拠も解らぬ侵略者相手にはどうにもならないと思考停止していた……ユリカが隠してきた意図も解る。

 侵略者と隣り合った関係にある国の援助など、信用に値するのか必ず論争になる。スターシアがメッセージで言っていたように、“迷っている時間は無かった”。

 危険を承知で赴かなければ待っているのは揺るがない破滅だけ。だからこそユリカは、そしてイネス達はそれを黙ってここまで来たのだ。

 

 迷いを抱えてヤマトの航海に不必要な影を落とさぬように、ギリギリまで。

 

 「今まで黙っていてごめんなさい。私が言えた義理じゃないけど、イスカンダルに不信を抱えたまま航海を続けるって事は、イスカンダルに接触して支援を求めたユリカへの疑いにも発展しかねなかった……だから、イスカンダルが私達の味方なんだって実感を得られるまでは、秘密にしておきたかったのよ」

 

 「――守さんにイスカンダルについて話して貰う前に、コスモリバースに対する細工について、少し触れさせてもらうわ。さっきも話した通り、コスモリバースの恩恵に与れるのは波動エネルギーの放射された範囲内だけ。艦長が元通りの体に戻るには――コスモリバースに掛けるしかない。彼女はコスモリバースのコアとなる為に、そしてヤマトを再建するためにナノマシンの除去をせず、今まで耐えてきた。もう医学では救えない。コスモリバースの時間制御能力で彼女の体を最低でも火星の後継者からの救出当時にまで戻して、イスカンダルから提供された医学で体を蝕むナノマシンを取り除く。それしかなかった……でも、コスモリバースの恩恵に与るには波動エネルギーを“ヤマトに向かって少し分流する必要があった”。そのために考案されたのが――」

 

 「――モード・ゲキガンフレア。サテライトキャノンのタキオン粒子を外部から制御するため、という名目で開発されたのがタキオンフィールド発生装置なんだ――つまり、モード・ゲキガンフレアはコスモリバースの恩恵をヤマトの艦内――ユリカに向けるための実験でもあり、真の搭載目的を隠す擬態でもあったってわけだ」

 

 イネスの言葉を引き継いだのは、ユリカの傍らには行かずこの場に残ったアキトだった。イネスも少し口を休めたいと思ったのか、アキトの行動をむしろ有難がって近くに用意しておいた飲料水のボトルに口を付ける。

 それを引き継ぎと判断したアキトは説明を続ける事にした。

 

 「ユリカによると、この問題はスターシアさんと協議している時にもう上がっていて、上手い解決法を導き出せなかったらしいんだ。けど転機になったのは、ヤマトがこの世界に出現した際にユリカと精神的な接触を果たし、その記憶の一部を覗いたこと。そこで触れた記憶の中に、機関部の故障でエネルギー漏れを起こした状態のヤマトがあって、その時は漏れた波動エネルギーが敵のビームを遮断する防御スクリーンとして機能したらしいんだ。で、前艦長の沖田さんはそれを利用して波動砲口からエネルギーを敢えてリークさせて方向転換。同じビームで形成された敵の防御幕を突破して強行着陸、敵の心臓部を攻撃する作戦を取ったらしい。モード・ゲキガンフレアはその時の行動に着想を得て、コスモリバースの恩恵をヤマトに少しだけ向ける実験として、同時に過剰威力な波動砲をより限定的に使用するために考案された装備なんだ」

 

 「――道理で搭載を強固に主張されたわけだ……そんな裏があったとは、流石に気付けなかった」

 

 開発に協力していた真田も思わぬ裏事情に渋い顔をする。

 単に攻撃バリエーションを増やす思惑だとしか考えていなかったが、こういう裏があるのなら納得出来る。

 実際、モード・ゲキガンフレアは戦場でその威力を示しているのだから誰も気付かない。

 ただ、変わり者のユリカだから生まれた妙な新兵器としか、考えない。

 

 普段の言動が“あれ”だからなおさらだ。

 

 「ついでに、フラッシュシステムがエンジンについているのもコスモリバースの事実上の心臓部だからって理由。ユリカを……部品として組み込む制御装置は、突入ボルト付近に置く事になってる。システム起動後、タキオンフィールドがエネルギーを誘引してコスモリバースの効果をヤマト内部に及ぼせるようになったら、俺達は“ユリカを元通りにしたい”って強く願う。その思念をフラッシュシステムが拾ってくれることでコスモリバースに干渉、地球の回復に全力を注ぐしかないユリカの回復処理を代行するって考えだったんだ。これらの情報処理を補佐させる目的で、地球に残してきたナデシコCの改装も進められているはずだ」

 

 「じゃあ、艦長が重病なのに艦長職に就いた理由は――」

 

 「島君の推測通り。フラッシュシステムはわかり易く説明するとワイヤレスのIFSに近い代物なんだ。その性質上、皆が想ってくれないと何の意味も無いシステムでもある。だから、単なる戦術アドバイザーとか、体の治療のためにイスカンダルに同行する――って形だと、皆がユリカに強い関心を持つわけが無い。そういった理由もあったし、ナノマシンと“馴染み”が進むほどにシステムの完成度が高まるって理由もあって、冷凍睡眠で運ぶわけにもいかなかった……勿論、出航当時はヤマトの艦長を務められるのがユリカしかいなかったってのも理由だけどね……」

 

 アキトはユリカが艦長としてヤマトに乗らなければならなかった理由を淡々と語る。

 それは全て、ヤマトの成功の為――地球は勿論自身が生き残る希望を繋ぐためだったと。

 

 「実際正しかった。今回だって皆が想ってくれなかったらあいつは助からなかった……ありがとう。夫として感謝の言葉しか出ないよ。本来の計画だと、あいつは内容が内容だけに、俺達家族の事を気遣ってヤマトには乗せないつもりだったんだ。どうしてもクルーだけで不安が残るのなら、地球に戻ってからお義父さんも含めて乗せれば良いって判断してた。システムの起動は地球に戻ってからになるからそれで間に合うだろうって……ああ、そうそう。ついでに補足しておくと、進君が行動に移れたのはベテルギウスの時の実績があったからなんだ」

 

 ベテルギウスの時、と言われてラピス達機関士の面々が気付いた。

 

 「テンカワさん! それってもしかして、エンジンの損傷が異様に少なったっていうあれですか!?」

 

 太助の声に答えたのは、コスモリバースを使用した影響で再び意思疎通が可能になったヤマトだった。

 

 ――その通りです、徳川機関士。私は貴方達の意志を反映する事で“耐える事”には少々自信があります。ですから普段以上に耐えられるようにしようと“気合いでフラッシュシステムを起動”して“皆さんの意志”を拾い、無理なエンジンの動作を行おうとしたら、何故か不完全なコスモリバースシステムが起動したので、これ幸いとエンジン内部の損傷を時間制御で強引に復元しながら作動する事で、あの異常動作を実現出来たのです。エネルギーさえ確保出来れば、それくらいの措置は何とかなったので――

 

 ヤマトの回答にラピス達はもう驚いて良いのやら感心すべきなのかがわからなくなった。

 まさか、あの不可思議な現象の裏がそうだったとは。

 

 ……しかし今更だが、戦艦が“気合いで”システムを動かすな。しかも秘匿システムを2つとも。

 

 「そう、進君が今回の手段を思いついて躊躇いなく行動出来たのも、ヤマトが不可能を可能にした実績を知っているから。この2度の奇跡は、何でもユリカさんとヤマトの間に精神的な繋がりがある事が原因らしいわ。彼女は薬で抑えられてるけど、日常的に演算ユニットにアクセスしてるに等しい状況よ、物理的に接続されていなくても、フラッシュシステムを搭載されているヤマトだからこそ、不完全な形ではあってもシステムを起動させるための要件を揃える事が出来て奇跡を起こせた。って事らしいわ……それと進君だけど。彼は次元断層を突破してユリカさんが倒れた時、ヤマトの判断で彼女が万が一を考えて残してた資料で全てを知らされてるわ。彼があれから奮起して頑張ってるのは、それが理由よ」

 

 とイネスが補足する。

 そうか、ヤマトという艦の特異性だけではなく、ユリカというイレギュラー要素の相乗効果があの結果を生んでいたのか。

 皮肉な話だが、ユリカが生体部品として使われて障害を抱えたからこその奇跡だと思うと、あの火星の後継者の存在もまた、未来への希望を繋ぐという意味では一定の成果を上げていたという事なのだろう。

 

 それに進だ。てっきりあの奮起は新しい家族の命を明日に繋ぐための奮起だとばかり思っていたが……いや、それも当たらずとも遠からずだったのだが、真相はもっと闇が深かった。

 

 「正直最初にアカツキから聞かされた時は頭が真っ白になって――世界を呪ったよ……!」

 

 血が滲むほどに強く拳を握るアキトの姿に、掛ける言葉は見つからなかった。

 

 「結果的にではあるけれど、艦長の推測は当たっていたって事ね。完成した後のコスモリバースでも通用するかは――ぶっつけ本番にはなるけど、希望は繋がったわ……ヤマトの秘密の暴露はとりあえずこんなものね。イスカンダルについては――お願いするわ。直接見た、貴方の方が詳しいものね」

 

 「引き受けました。それじゃあ、ざっと説明させてもらうが、実はイスカンダルはカスケードブラックホールとは別の意味で滅亡寸前なんだ」

 

 「なっ!?」

 

 変わって説明を始めた守の言葉に一同絶句。地球に救いの手を差し伸べてくれたイスカンダルが――滅亡寸前とは……。

 

 「イスカンダルは過去にとても大きな事故を経験しているんだ。イスカンダル星の中心にはイスカンダリウムと呼ばれる放射性物質があり、それは非常にエネルギー変換率の高いエネルギー資源と聞いている。過去にイスカンダルも、そして構成素材が同じガミラスもそれが原因で狙われていた。それで何度も戦争を経験した事もあり、イスカンダルもガミラスも環境破壊が深刻化していたからコスモリバースシステムが作られ、1度はその問題を回避したはずだったんだ――しかし、コスモリバースによる復元は完璧ではなかった。いや、ある欠陥があったんだ。時間制御によってイスカンダル星の中に時間の歪み――時間断層が生まれてしまった。その断層内では時間の流れが外よりも何百倍も速く進む。そのせいで、星の中心だけが急速に寿命をすり減らしてしまい、歪になった事で大規模な地殻変動を起こした。それにより大陸の沈没が起こり、地殻に亀裂が生じた事でイスカンダリウムから発する大量の放射線がイスカンダルの大気を汚染してしまったんだ。放射線の影響で人々は次々と倒れて、一気に人口が激減した。イスカンダルは、こういった事故を想定して開発していたコスモクリーナーと呼ばれる放射線除去装置を使って除染し、穴を塞いで対処したが、一部を除いた人々は生殖能力を喪失。新しい人達が生まれる事が無くなり……今は、生殖能力を喪失しなかったイスカンダル王家の人間、その生き残りであるスターシアと使者として地球に送られた妹のサーシア以外、イスカンダル人は……」

 

 「じゃあ、コスモリバースを届ける力が無いって言うのは……」

 

 「想像通りだよ。今のイスカンダルには技術者が残っていない。装置の部品は残されていても、新造は出来ず組み上げも出来ない。つまりヤマトが自ら取りに行き、同乗している技術者に残された図面を頼りに組み上げてもらうしかないんだ……ヤマトは状況的に単艦でイスカンダルに行くしかない。当然ヤマト自身も自給自足でやり取りしなければならない都合上、ベテランの技術者が何人も必要になる。そういった事情も考慮して技術者の人選がされたはずだ。真田が乗ってるくらいだしな――後は、イスカンダル到達までに技術者が生き残れるかどうかだ」

 

 ハリの疑問に丁寧に答える。

 なるほど、最終的に自ら希望したとはいえ真田が乗艦出来たのも、ウリバタケが乗る事を許可されたのも、そう言う事だったのか。

 となれば、真相を知るイネスはユリカの担当医兼技術補佐を目的として乗り込んだわけか。

 

 「尤も、仮に自力で渡せるだけの余力があったとしてもスターシアは渡さなかっただろう。彼女は俺達が本当に“コスモリバースシステムに付随する波動砲の力に溺れないか”は勿論、“自らの責任を投げ出さずに困難に立ち向かえるか”を試さなければならない立場にある――それでも条件付きとはいえ寄与してくれたのは、カスケードブラックホール破壊の為に技術提供を求めてきたガミラスを拒んだ過去があるからだ――それが地球侵攻した遠因になっているのではないかと気にしていたし、ミスマル艦長が接触して援助を求めた行為自体、妹以外の人間と接する事自体が久しぶりだった彼女にとっては得難い他者との交流であって、艦長の人柄に面食らいながらも徐々に親しみを覚え、友人になった……それがスターシアに禁を冒す覚悟を決めさせたんだ。それはサーシアにとっても同じだった……だから彼女達は俺達に託してくれた。サーシアも命の危険を顧みず地球に希望を運ぶ大任を、自ら背負ってくれたんだよ……」

 

 「――彼女の行動に、そんな裏があったなんて」

 

 ルリの脳裏に蘇るのは、生きて合流を果たせず命を落としてしまったサーシアの亡骸。

 彼女達は決して上から目線で地球に手を差し伸べてくれたわけではなかった。

 自らの行動の影響を気にかけ、ユリカの行動に心動かされ、かけがえのない友となって……。

 きっと断腸の思いだったろうに。

 それでも、彼女らは地球の為、友の為に重い腰を上げてくれた。

 

 ガミラスと二重惑星という関係にあっても、イスカンダルは間違いなく地球の味方だった……。

 

 「それじゃあ、イスカンダル人はもうスターシアさん以外に残っていなくて、ガミラスも星としての寿命が?」

 

 震える声で指摘するハリに、守は首を振った。

 

 「確かにイスカンダルで生きているイスカンダル人はスターシアだけだ。ただ、イスカンダルはかつて経験した大戦争の教訓から、仮に滅亡寸前に追い込まれたとしても民族の復興を可能とする“胚”を残されたと聞いた。それを使えば、今のイスカンダルであっても再建は可能だ……だが自らが生み出した負の遺産の完全な抹消を考えた王家の人々は、自らの失態から始まった滅びを受け入れる考えに至ったらしい――イスカンダルが滅べば、負の技術が継承されることも無くなる、と。これは徹底していて、王家の人間が全てマザータウンから居なくなるか、王家の人間が任意で操作する事で即座に星諸共消滅する仕掛けも残している。だからスターシアはイスカンダルに縛られ離れられず、双子星であるにも拘らずガミラスは手が出せなかったんだ……それとガミラス星の状況だが、あちらは起動時の状況の違いもあってか、イスカンダルよりも時間断層の規模が小さく早くに自然消滅したそうだ。だから、ガミラス星はまだ大丈夫だ。カスケードブラックホールが無ければ、少なくとも移民目的で地球を侵略する事も無かったろう」

 

 「ということは、地球に時間断層が生じる可能性があると?」

 

 「十分にある。そもそもシステム自体改良がなされていないからな。だが、当時のデータを基に調整を加えれば、ガミラスの様に被害を最小限に抑えることは出来るはずだ。それに、過去のガミラスがやったように時間断層を積極的に活用すれば、地表で暮らす人々の時間はそのままに、早く進む時間の中で作られた物資で急速に復興する事も可能だろう――勿論、瓦解した防衛艦隊の整備も可能だ」

 

 「つまり、地球は別の爆弾を抱える事になる。時間断層の事が外部に知れるようなことがあれば、その有用性を狙った異星人の侵略もあり得る、と」

 

 「そう言う事になる」

 

 ゴートの指摘に守は頷くしかなかった。

 

 「“……恐らく我々人類は、もう波動砲を捨てる事が出来ないでしょうから”、か。艦長のあの言葉は、これを予期しての事だったのか……確かに、侵略者にとって価値のある星に住まうのなら防衛力が必要になる。ヤマトがここまで航海を続けられたのは、波動砲の威力故にガミラスが慎重になっているからだとすればなおさらだ! もう人類は波動砲を捨てられん……! 波動砲の存在が安全保障に繋がる可能性が示唆されてしまえば……!」

 

 真田が感情のままに右の拳を左手に叩きつける。

 一度侵略によって滅亡寸前にまで追い詰められた文明が、まだ狙われる要因を残した状態で強大な武力を捨てられるわけが無い。

 身を守る手段を捨てるという事は、他国から見れば侵略して下さいと言っている様なもの。

 結局のところ、戦っても得をするなら戦争という手段を選択するのは不自然な話ではない。戦っても得をしない、損をするという考えに誘導するためにも、一定以上の軍事力は必要だ。

 ――必要なのだが……。

 

 「それどころか、波動砲があれば最悪“やられる前にやれ!”って過激路線に傾向しかねないんですよね? だって、その気になれば相手の母星そのものを破壊出来るんですよ?」

 

 今更ながら突き付けられた波動砲の真の脅威に、ハリの声も震える。

 波動砲は“波動エンジンさえあれば幾らでも増産出来る”。

 宇宙戦艦に容易に搭載可能で大量生産も問題無い。実際ヤマト出生世界では……。

 そして、最悪現場の判断で使用出来てしまう……。

 

 「――そういった懸念もあったから、スターシアは渋ったんだ。あの威力は、人の心を容易く惑わす。だからカスケードブラックホールの脅威を認識していてもガミラスには渡せなかったし、その力でミスマル艦長が歪んでしまわないか、仮に彼女が大丈夫でも他のクルーがその力に溺れてしまわないか、地球が今後ガミラスの様にならないかを常に案じていた。前者二つはどうやら避けられたようだが、後は地球か……」

 

 「――ええ、その懸念があったからこそ、ユリカはミスマル司令にも出航直前に全てを打ち明けて調停を頼んでるわ。ヤマトが太陽系を飛び出した後、全ての情報を開示して判断を迫っているはずよ。とはいえ、今後の安全保障の問題もあるから封印には至らないだろうって判断して、その後の防衛艦隊構想についても草案程度なら作って、ね。波動砲の脅威に関してはヤマトの記憶からも理解していたから、出来るだけの事はしてったのよ、彼女」

 

 「――まさか、シミュレーターで使ったアンドロメダと主力戦艦って艦艇のデータも?」

 

 太陽系さよならパーティーの時、ユリカが進との戦いで使った戦艦群のデータを思い出した島が声に出すと、エリナは頷いた。

 

 「その通り。あれはヤマトの初航海が成功した後、地球の復興の過程で作られた新しい宇宙艦艇。その最初期のものを回収出来たデータから復元した代物よ。外見だけだけどね。あのデータを基にネルガルで新造艦を造って、それを売り込む――ユリカがヤマトの再建と並行して考えてた地球の防衛艦隊再建構想の一端よ。うちとしても、戦後のスキャンダルで失ったシェアを取り戻して再起するにはこの上なく魅力的なプランであったし、私と会長はユリカから全てを聞かされている立場にもあったから、ヤマト再建を含めて承諾して、今に至るってわけ。何しろヤマトは出生世界で数度に渡って侵略者と渡り合った経験があるのよ? この世界でも同じ事が起きない保証は無い。ヤマト再建だけでも余裕が無くてヒーヒー言ってる状況だったけど、ヤマト成功以後のことを考えるとおざなりにも出来ない……転ばぬ先の杖として、プランだけは今も地球で進展しているはずよ」

 

 つくづく驚かされる。能天気そうに見えて、ヤマト再建から始まって戦後の状況を見据えて出来る限りの準備を整えさせていたとは。

 

 「何しろ今後どうなるかなんて誰にもわからない……だから“ヤマトの戦いを知る者”として出来る限りの保険を残して、万が一生き残れなかった時でも今後の侵略者に対する備えを残すべく準備してたの。この世界で唯一、過去のヤマトの戦いを知る者として――いくらコスモリバースと言えども、想定外の動作になるユリカの再生は成功率が低くて確実性に欠けている。それにさっき話した時間断層も、今のヤマトでは検出されていないけど、ユリカを再生するためにシステムを内向きに作動させるって事は、ヤマトもその影響を受けるって事だから――」

 

 「――ヤマトが急激に劣化して死ぬって事ですか!?」

 

 「可能性は極めて高いわ。これから、色々と無茶も重なるしね……ユリカさんが地球艦隊の再建の準備を整えるべく用意を進めたのも、このヤマト自身が果たしてこれからも存続出来るかどうか読めないからよ。万が一ヤマトが時間断層を生じる反動――リバースシンドロームの影響で老いてしまったら、私達は実績のある守り手を失う事になる……私たち自身の能力を、絆を疑うわけではないけれど、今までの戦いだって“ヤマトだから切り抜けられた”。結局向こうの世界だって、いろんな事情があったのだろうけれど、ヤマト以外に地球の防衛で実績を残せた艦は殆ど無いって聞いたわ……」

 

 驚愕するジュンにイネスはその可能性が十分ある事を、そして如何に自分達がヤマトに頼っていたのかを伝える。

 実際、ヤマトは今までの地球艦とは桁違いの能力を持ってガミラスに抗ってきた。そしてそれが、何時しか当たり前に……。

 そのヤマトが居なくなったらと考えるだけで、こんなにも不安になるなんて……。

 

 「――だから、私はヤマトに縋ったの」

 

 医務室で入院中のユリカが、コミュニケを起動して語りかけてきた。

 

 「バラバラになって、一見再起が無理そうな状態にも拘らず私達の為に……使命を果たす為にこの世界に来てくれたヤマト……私は応えたかった。ヤマトはね、出航前にも話した通り、地球を救う為、人類の未来を拓く為、坊の岬沖の海底から蘇ってきた艦なの。だから、最後の最後までその使命を果たさせてあげる事が、ヤマトにとっての幸せであり、ヤマトに縋る私達が出来る恩返しだと思った。だから――私は選んだの。ヤマトの技術から新しい艦を作るのではなく、ヤマトを復活させるって道を。この世界で没した大和の残骸も混ぜて、この世界の大和と一緒に改めて抗おうって――それに、ヤマトは260年もの間海底で地球の自然と同化して眠っていた艦だもの。意思を持っていることも含めて、システムの器としては最適だろう、私の負担がそれで減れば、自身の回復に回せるリソースも増えるかもしれないって、スターシアも言ってたし」

 

 と、ユリカは語る。

 彼女は決して伊達や酔狂でヤマトを蘇らせたわけではなかった。必然だったのだ。

 宇宙戦艦ヤマトの特異性こそが、この状況を覆せる最後にして最大の――鍵。

 ――そして皆、ヤマトに勇気付けられてここまで来た。来る事が出来た。

 もしもヤマトではなくアンドロメダがやって来たとしたら、果たしてここまで勇気づけられただろうか。

 否。

 ヤマトには実績がある。歴史がある。

 それが勇気の源だったのだ。

 

 ――宇宙戦艦ヤマトでなければ――駄目だった。

 

 「それにね、仮にヤマトから生まれた“別のヤマト”を造るにしても、私達は本家本元のヤマトをちゃんと知らない。それじゃあ、ちゃんと魂を受け継ぐ事が出来ないって思ったのも理由かな。私でさえ、記憶の中に生きる沖田艦長の姿を見て感銘を受けただけで、直接教えを受けられたわけじゃない。だから、せめてオリジナルのヤマトに乗って学びたかった。それが出来れば、仮に“今のヤマト”が今後駄目になるとしても、私達が理解した本物の魂を次に繋げる事が出来れば、姿形が異なる“次の世代のヤマト”を生み出す事だって、出来るんじゃないかと思ったの」

 

 言いたい事は理解出来る。

 確かにデータだけを見てわかったような気になった所で、それは継承ではない。模倣だ。

 継承するには、やはり本物に触れるのが一番確実で効果的だ。ユリカがあくまで新造ではなく在りし日のヤマトの姿を極力保ったまま復活を願ったのも、やはり今なら――クルーとなった今だからこそ理解出来る。

 

 「――私、今ふと思いました」

 

 ルリがユリカに対して静かに語り始める。

 

 「アクエリアスは、生命の種子を運ぶ愛の星。その愛は、時に試練という形で厳しく現れるけれど、その本質は命を強く育てるためのもの……アクエリアスの――命の種子を宿す海に沈んだヤマトがこの世界に現れた事に、今更ですが運命的なものを感じます……アクエリアスから生まれた生命同士の生存競争――これも形を変えたアクエリアスの試練なのかもしれませんね……」

 

 「そうかもしれないね……ねえ皆、真実を話す前に私聞いたよね? 前に進むことを止めないでくれるか? 最後の最後まで諦めないでくれるか? って」

 

 ユリカの言葉に、クルー全員が頷く。

 正直膝を折ってしまいたいと思えるような衝撃を受けた。

 ここまで希望を繋いでくれたユリカを“部品”として使う事に対する抵抗もそうだが、そこまでしながらも救える確たる保証が無い事。

 

 そして、このヤマトをも失うかもしれない事。

 

 しかし、ユリカに関しては不完全な状態とは言えその命を繋ぐという形で、コスモリバースの効果が得られる事が示された。万全とは言い難いが全く先が見えないよりは幾分気分がマシだ。

 それに……仮にヤマトが2度と飛べなくなったとしても、その魂を自分達が継いで第二、第三の“ヤマト”に繋いでいく事が出来る。

 そう、自分に言い聞かせて頷く。

 

 それが、ここまで希望を繋いでくれたユリカとヤマトに対する、最大限の礼だと信じて。

 

 「じゃあ皆、お願いだから悲しまないで。例え可能性が0に近くても、0じゃない。今回上手くいったみたいに、本番でも上手くいって。私が元気になれる可能性は――希望の灯は残ってる。それ、ヤマトが駄目になるって決まったわけでもない。でも、ここで立ち止まったら全部お終いになっちゃう。だから、歩みを止めないで…………うぅっ……ごめん、一旦切るね。少ししたら重大な発表があるから、そのまましばらく待機してて」

 

 ユリカはそう言うと、1度コミュニケをオフにしてクルーの前から姿を消した。

 

 

 

 「――悪いね、進。折角補装具も用意して貰ったけど、ヤマトの指揮――任せるしかないや……」

 

 「はい。後の事は、俺に任せて下さい」

 

 皆の前には姿を現さず、ユリカの傍でイネス達の説明を聞きながら、進は最後の打ち合わせを済ませていた。

 

 「艦長室のクローゼットの奥に、赤い錨マークの掛かれたトランクがある。その中身を使ってくれると嬉しいな……やっぱりさ、格好付けた方が良いと思うから」

 

 「はい」

 

 「――大丈夫、貴方なら出来る。私の自慢の――古代進なら」

 

 とびっきりの笑顔でユリカは送り出す。髪の色が落ち、肌荒れも酷くなった痛々しい姿でも、その笑顔は確かに太陽の輝きを宿していた。

 最後の勇気を受け取った進は、彼女が自分に託した“願い”を叶えるべく、そしてそれ以上にヤマトと共に戦うものとしての使命を果たす為、行動を開始した。

 

 艦長室で目当てのトランクを開け、中に入っていた衣服を身に付ける。

 ついでにファイルを見つけた引き出しからある物を取り出すと、大事に脇に抱えながら第一艦橋に降りる。

 そして、持ってきたそれを壁に掛けると、大きく息を吸ってから艦内通話のスイッチを震える指で押し、腹の底から声を出した。

 

 

 

 「ヤマトの戦士諸君! 本日只今をもって艦長代理に就任した、古代進だ! 皆の命、今この瞬間から母ユリカに代わって俺が預かる! 一気に様々な情報を与えられて困惑しているだろうが、俺達のすべき事は変わらない! ヤマト共に……地球と人類の未来を護るぞ!」

 

 

 

 突然の宣言に驚いた各部署の責任者と副責任者は、大慌てで主幹エレベーターに搭乗、2基のエレベーターにぎゅうぎゅう詰めになって第一艦橋に転がり込んだ。

 

 転がり込んだ先で見たのは、旧デザインの戦闘班の艦内服に身を包み、ユリカと同じデザインの真新しいコート羽織り、艦長帽を被った進の姿。

 そして、艦長席のエレベーターレールに掛けられた、初老の男性のレリーフ。

 

 「こ、古代! その格好――いや、艦長代理って」

 

 会話が筒抜けなのも忘れて大介が問い質す。第一艦橋のあちこちにクルー全員分のフライウィンドウが開いて、言葉を求めている。

 急展開に困惑している大介の表情に「ドッキリ大成功」と冗談が頭を過りながらも、進は言った。

 

 「艦長の意向だ。残念だが、先程の負傷の影響もあって艦長はその職務を果たす事が難しくなった。よって、艦長の後継者として教育を受けた俺が艦長代理として全権を任される事になった。以後、よろしく頼む」

 

 「……わかっちゃいたけど、ちょっとは相談して欲しかったなぁ……そんなに僕って頼りない?」

 

 副長なのに蚊帳の外だったジュンが嘆き、偶々傍に居たラピスが背伸びして肩を叩き「そんな事ないですよ」と慰める。――本当に良い子です。

 

 「さて、今後のヤマトの航路についてだが、ガミラスの目的とマグネトロンウェーブ発生装置から得られた情報を加味した場合、我々がイスカンダルと地球を結ぶ中間目標として考えていた自由浮遊惑星バランにも、ガミラスの大規模な中間補給基地の類が存在する可能性が高い事がわかっている」

 

 ガミラスの大規模な基地施設の存在を示唆する言葉に、呆けた頭を振って意識を切り替える。

 

 「これが地球への侵略拠点である事は明白であるが、彼らの真の目的を考えれば――地球の凍結を何らかの方法で解除し、入植可能になるまでの間移民船団を待機させる寄港地となっている可能性が考えられる。事実、マグネトロンウェーブ発生装置は民間の解体業者が所有する設備である事が解析から伺え、そのような装備を前線基地が備えている事自体が不自然だ。つまり――」

 

 「まさか、バラン星の基地施設に民間の居住エリアが併設されている可能性があるという事か!?」

 

 進の言わんとすることを察したゴートが声を荒らげる。

 

 「その通りだ。もしそうなった場合、民間施設を避けながらの基地施設の破壊工作は、ヤマトの戦力では不可能に近い。中間地点にある施設ともなれば、冥王星前線基地とは桁違いの規模を有している可能性が高いはずだ。それにバラン星の位置関係を考えれば、地球攻略に失敗した場合の一時避難先に指定されている可能性は十分にある」

 

 「……そうか、ここからなら俺達が補給したビーメラ星系ともかなり近い。水と食料の心配が少なくて済む。原生林が生い茂るビーメラ星を開拓するのには時間が掛かるが、すでに文明が生まれた地球なら、開発された都市部への被害を抑えて攻略すれば我々が造った施設も利用してインフラの整備が早く出来る。遊星爆弾が地表に対しての爆撃ではなく、寒冷化による人類の凍死を狙うものだったのは、ガミラスに1から惑星開発をする余裕が無かったからなのか……!」

 

 「恐らくその通りだと思います、真田さん。そうでなければ、文明を持った地球を手に入れるよりも、文明の無いビーメラ星系に入植した方が楽だったはずです。恐らく、カスケードブラックホール対策が検討された時には、もう開拓するには手遅れだったのだと考えるのが妥当でしょう。実際、ここまでのヤマトの航海で地球人型の異星人が入植するのに適した恒星系は、太陽系とビーメラ星系以外ありませんでしたからね。大マゼラン内で入植先を見つけられなかった理由は不明ですが、何かしら入植出来ない理由があったと解釈せざるを得ません。地球に目を付けたのは、将来的に天の川銀河に手を伸ばすための拠点として目を付けていたのを、そのまま移民先として選定したのではないかと、艦長は推測していました」

 

 進が今までユリカ達と検討してきた情報を打ち明けると、皆揃って難しい表情になる。

 

 「さて、我々が採るべき道が2つある事は、先程イネス先生からの説明で皆理解してくれたと思う。艦長代理としての俺の方針はすでに決まっている。艦長も同じ考えだ。だがそれを発表して命令する前に皆に問いたい――ガミラスとどうしたいのかを」

 

 進に言われ、事情を知らなかった全員が考え出す。

 ガミラスの行動は到底許せるものではない。滅亡寸前まで追い込まれた地球人類としては当然の感情だ。

 しかし、だからと言って滅ぼす道を選ぶべきなのだろうか。

 地球が――ヤマトがガミラスに勝てるとしたら本星接近時に波動砲で国を亡ぼす以外に道が無い。

 それも――報復を考慮するのなら民族そのものを、という事になってしまう。

 報復が来る事を覚悟したとしても、都度退ける余力が地球にあるのかどうかわからない。ガミラス本星を滅ぼしたとしても、各地に拠点を有している可能性は十分にあるのだから。

 

 「……俺は、出来るなら和解の道を模索したい」

 

 木星出身のクルーの1人が言った。

 

 「俺達、ずっと地球は悪だった教えられて育って、それを疑いもせず成長して、戦争して……結局戦争が終わってもそうそう価値観を変えられなくていがみ合って、火星の後継者が出て来た時も内心草壁閣下に期待してる自分が居て……でもガミラスに木星を滅ぼされて、行き場を失った俺達を受け入れてくれたのは地球人だった」

 

 その言葉に、他の木星出身のクルーが呼応する。

 

 「――そうだったな。散々罵り合って血を流して……仲良く出来るなんて全然考えられなかったのに、国を亡くした俺達を受け入れて、一緒に戦おうって言ってくれたの、地球人だったんだよな」

 

 「――ああ。嬉しかったよなぁ……あの時これ以上無く実感したんだよな。過去の怨恨を超えて仲良くなれるんだって……」

 

 「――俺達だって、戦争中は民間にも散々被害を出した木星が許せなかったなぁ。あれだけ血を流しておきながら、やれ悪の地球人がだの、100年前の恨みだのとか言われても納得なんて出来なかったし、事実上の報復をしておきながら俺達の報復を認めないって……本当に自己中な連中だって、心底嫌ってたっけ」

 

 「何時からだったんだろうな。一緒に腹の底から笑いあって、飯食って風呂入って、仕事して、その日の成果に一喜一憂して……何時の間にか昔の恨み何て流れちまって、一緒にいるのが当たり前になっちまった」

 

 木星出身のクルーの言葉に刺激され、地球出身のクルーも口々に当時を思い返しては今と比較する。

 

 考えてみれば本当に愚かしい戦争だった。

 過去の怨恨があったにせよ、互いを理解しようとせず自己主張ばかりで暴力を振るいあって……ガミラスだって、そんな連中を対等には扱えるわけが無い。

 だけども、ガミラスの侵略があったからとはいえ……今は互いにわかり合えている。

 

 最早過去ではない、現在の怨恨を乗り越えて手を取り合う事が出来た。

 その結果を噛みしめたクルー達は、自然と言葉を発していた。

 

 「艦長代理。俺達は、ギリギリまでガミラスとの和平を模索したいと思います。もう、恨みや憎しみを糧に血を流し続けるのは御免です。ガミラスと解り合えないのなら、心を鬼にして滅する覚悟を持ちます。でも、今はもうこれ以上は無理だ、っていうところまで頑張ってみたいと思います!」

 

 「艦長代理、それがここまで希望の灯を繋いでくれた艦長に報いる事だと考えます。彼女だって、俺達木星人が中心になった火星の後継者のせいで人生を滅茶苦茶にされて、あんなに仲の良い旦那さんと引き剥がされて、命に関わる病に侵されたにも拘らず、俺達の為に本気で悲しんでくれた。俺達の無念を理解してくれたんです――そんな彼女の部下として、最後の瞬間まで抗いたいです!」

 

 口々に、クルーが訴えてくる。

 内容は個々に微妙に違っていたが共通している事は1つ。

 

 ガミラスと共存する道を模索したい、憎しみを糧に戦いたくない。そして、いざと言う時には躊躇わない、と。

 

 クルーの総意を受け取った進は、1度後ろのレリーフを振り返りクルーに語りかける。

 

 「皆、見てくれ。このレリーフの人物は、初代宇宙戦艦ヤマト艦長――沖田十三のレリーフだ。アクエリアスの海に没したヤマトから艦長が個人的に回収し、保管していたものだ」

 

 進に促されて第一艦橋に所狭しと浮かんでいたウィンドウの、艦橋に上がっていたクルーの視線がレリーフに注がれる。

 

 「残念な事に、俺達は直接沖田艦長に会うことは叶わなかった。だが、ヤマトの記憶を垣間見た艦長を通じて、その精神は確かに俺達にも受け継がれた……最後の最後まで諦めるな、例え最後の1人になっても絶望はしないと…………だから俺達も、どんな苦難に遭遇しようと決して諦めず、その先にある微かな光を……本物の希望に変えるぞ! それがこのヤマトという艦に乗る者の宿命だ! 帰りを待ってくれる人々の為にも、最後の希望を繋ぐ!――今まで俺達を導き育ててくれた、艦長の為にも!」

 

 進の言葉に、自然と全員の背筋が伸び、姿勢が正される。

 

 「修理とワープシステムの改良が済み次第、ヤマトはバラン星に向けて発進する! 探査プローブによる探査が可能なギリギリの距離から情報を収集した後、素通りして大マゼランを目指す。和平への道を模索するためにも、彼らが未来を繋ぐための重要拠点と考えられるバラン星は、1度捨て置く。例え後方からの攻撃に晒される事になったとしても、これから先ヤマトが越えねばならぬ宙域で罠を張られる事になったとしても、俺達はそれを潜り抜けてイスカンダル星並びにガミラス星に接近し、講和を訴える!」

 

 進の言葉に誰もがこれからの苦難を思いながらも、自分達が選んだ道が正しい事を願っている。

 これ以上、不必要な血を流す事が無いようにと。育ちは違えど、同じアクエリアスの命の種子から生まれた――遠き兄弟達とわかり合える事を。

 

 「八方手を尽くしても駄目なら、俺達は涙を呑み、心を殺してでもガミラスを討ち、イスカンダルを救って地球に戻る事になる。願わくば、そうならない事を俺も願ってやまない。しかし――」

 

 1度言葉を区切ってから、大事な事を告げる。これを忘れてしまっては、ユリカ達がかつて失敗した、木星との和平交渉の決裂を繰り返しかねない。

 

 「残念ながら、俺達は地球政府の代表という立場にはない。俺達が独断で和平を実現したとしても、政府がそれに納得してくれる保証はないんだ。幸いな事に、ミスマル司令が行動してくれているはずなので、ある程度の理解は得られているとは思いたいが、それでも俺達が何でもかんでも決めることは出来ない。万事上手く事が運んだとしても、ガミラスの使者を地球に連れ帰るなりして政府間で話し合って貰う必要がある。その場合、使者の安全を守り、無事にガミラスに送り返すのも俺達の役目になる……間違っても、個人の感情に基づく報復の被害者にさせるわけにはいかない」

 

 「責任重大って事ですね……」

 

 ラピスも改めて自分達が選んだ道の険しさを知る。しかし、だからこそ乗り越え甲斐がある!

 

 「そうだ……これから先は、こちらの覚悟を示すためにも不用意に波動砲を使う事が出来なくなる。故に、辛く険しい道程になるが、俺達は地球を救い、人類の未来を拓く為にもこの苦難を乗り越えなければならない!――改めて言うぞ……全員、信念をもって戦えと! 俺達の行動の結果が、全てを決するぞ!」

 

 進の宣言にクルー全員が敬礼を持って応える。しかし、その敬礼は宇宙軍で使用されている型ではなかった。

 補装具を身に着けたユリカが「旧ヤマト式の敬礼」と行ったのと同じ、拳を握った右腕を胸の前に横に掲げる、ヤマト式の敬礼だった。

 自然とその敬礼をしていた。その事を知らない守は普通の敬礼だったが、周りに合わせてすぐに敬礼をやり直す。

 進はその事に軽く驚きながらも同じ敬礼を返す。そして思った。

 

 今この瞬間、俺達は“本当の意味でヤマトのクルーとなった”。

 ユリカを通して沖田艦長の教えを受け継いだ、“沖田の子供となった”のだと。

 

 

 

 進が艦長代理を宣言してからすぐに医療室のユリカの元に戻ったアキトは、ウィンドウに映し出される艦長服姿の進の姿を眩しそうに見ていた。一緒に見ているユリカの表情も同じだ。

 

 「大きくなったなぁ。最初に会った頃は、年相応って感じだったのに」

 

 「だよねぇ~。正直、間に合ってほっとしてる」

 

 2人揃って進の言葉を聞き、それに応じたクルーの反応を聞く。

 

 「憎しみを糧に戦うのはもう終わり、か……なあユリカ、もしかして俺達ってさ、ナデシコの時に出来なかった事をしようとしてるのかもな」

 

 「かもね。あの時は何としてでも戦争終わらせたいって気持ちばかり先走っちゃって。今思い返すと無茶苦茶だったよね、あの時の私達」

 

 やはり思い出すのはナデシコを奪い、地球政府の意向を無視して勝手に和平を成立させるという、詐欺じみた行動。

 あの時はそれが正しいと思っていたが、今思い返してみると却って泥沼化を招きかねい手段だった。

 そして理想が先走った結果……木星の内情を読み切れず、白鳥九十九という犠牲を出してしまった。

 

 あの後演算ユニットを投棄して戦争の目的を失わせなかったら、もしかしたら殲滅戦に移行していたかもしれない。

 あの時は無責任と言われても反論しようが無い、あんな手段に出なければ流れを変える事すら出来なかった。

 そもそも、ボソンジャンプの価値があまりにも大き過ぎてすぐに解決出来ない以上、あの場においては最良の選択だったと、今でも思う。

 

 失敗だったのは、演算ユニットを回収する手段としてもボソンジャンプが使えてしまう事を失念し、ナデシコ毎廃棄した事だろう。ナデシコさえイメージ出来れば、比較的簡単に回収出来てしまう事を考えていなかった。

 そのせいで、火星の後継者の暗躍を加速させてしまった節がある。

 

 とはいえ、それも結果的にはアキトの必死の抵抗と、ルリのナデシコの活躍で鎮圧出来たのだから、ある意味自分の後始末は出来たと取るべきか……。

 いや、過ぎ去った過去をどうこう言っても今は変わらない。

 全て受け止めて進むしかないのだ。

 

 「今度は成功させたいな。このまま戦争が続いたとしても、俺達に未来はない」

 

 「うん。でも出来ると思うよ。このヤマトなら……ナデシコでちゃんと出来なかった事も出来る。そんな気がするの」

 

 ユリカの脳裏にヤマトの記憶の断片が蘇る。

 アクエリアスを発進したヤマトを包囲する異星人の艦隊。そんなヤマトの危機を救ってくれたのは――ガミラスの艦隊だった。

 だとすれば、少なくともガミラスとは和解の可能性があるという事を意味している。

 勿論、ユリカの知る進達とかつてヤマトに乗り込んだ進達が事実上の別人であるように、この世界のガミラスに和解の可能性がある保証はどこにもない。

 

 だが、冥王星艦隊の行動を思えば、同じような精神構造を持っていて、共通する価値観を持っているのではないかと思えてならない。

 

 ユリカはあの瞬間、共存を目指すプランの方を主軸に切ってきた。

 だから、せめて波動砲に溺れていないと示す意味合いもあって、次元断層内では極力波動砲で巻き込まないようにと指示も出した(勿論下手に狙うとタイミングを外す危険があったからでもあるが)。

 その事をあの時の指揮官がわかってくれていたら、希望が繋がっていると信じたい。

 その意図を汲んだアキトは勿論、虐殺を嫌ったリョーコが意図してサテライトキャノンを外してくれたことも、もしかしたらプラスになっているかもしれない。

 

 「ある意味、ここからが本番だな――ユリカ、万事上手く進めるには一体何が必要なんだろうな?」

 

 「決まってるじゃない……ヤマトが今まで起こしてきた奇跡の立役者、その最後のピースは――愛だよ」

 

 2人はしっかりを互いの手を握り締めて、立派に育った子供の晴れ姿を見詰めていた。

 

 

 

 進の宣言の後、守の乗ってきたツギハギの連絡艇を曳航しながら全速で戦闘があった宙域を離脱。

 偶然見つけた自由浮遊惑星の陰に隠れつつ解体して部品を取り出し、提供されたデータと照らし合わせてワープエンジンの再改装を始めた。

 幸いにも連絡艇はあの暗黒星団帝国とやらの攻撃に晒されず、無事だったのだ。

 作業にかかる時間を考えると、ユリカの体を案じたインターバルにも丁度良く、作業終了後の動作確認を兼ねた小ワープが立案され、早速大介はハリを伴って第二艦橋で航海日程の調整を始めることにした。

 

 「全く、完璧に追い抜かされるとは思ってもみなかったぜ。だが調子に乗るなよ古代。すぐに追いついて追い越してやるからな!」

 

 去り際に大介は清々しい笑みを浮かべながら進に宣言した。そこ声には最大限の賛辞と、学生時代からのライバルに対する心地よい対抗心が伺えた。だから進も、

 

 「待ってるぞ島。何てったって、お前は俺のライバルだからな」

 

 と返して親友の奮起を促す。そうやってエレベーターの前で拳を打ち合わせた後、大介は去っていった。

 

 「さて……兄さん。俺の代わりに戦闘指揮席に座ってくれないか? 勿論、戦闘班長として」

 

 進は都合が良いタイミングでヤマトに合流してくれた守に、戦闘班長の職務を押し付ける事にした。

 これから起こりえる激戦を考慮すると、各部署に攻撃指示を出しながらヤマトの操艦をするのは、今の進の手には余る。

 自分はユリカの様に天才と称される頭脳は無い。

 ついでに誘拐されていた期間のブランクがあれどナデシコでの実戦経験があり、ヤマトの全てを理解して力を引き出していたユリカの真似も出来ない。

 相談無く後輩に一気に立場を抜かれたジュンではあるが、素早く気持ちを入れ替えて「まあ、古代君の方がヤマトの指揮官には向いてるよね……」と納得して、副長として至らぬ所を補佐してくれることになった。

 でも、背中が煤けてたのが凄く気になる。

 

 本当にごめんなさい、生意気な後輩で。

 

 「……そうだな。ミスマル艦長に扱かれたと言ってもまだまだ新米のお前だ。両方の役職を兼任するのは辛いだろう。俺も遊んでいるわけにはいかないからな。大分回復したとは言っても、パイロットを出来る程ではないし、願ったり叶ったりだ。それじゃあ早速戦闘班の部署を回って挨拶をしてくる」

 

 「頼むよ、兄さん」

 

 「……しかし、仮にも艦長代理の立場でその呼び方は無いんじゃないか?」

 

 真っ当な軍人として教育を受けている守には、進の振る舞いが立場ある者としては少々フランク過ぎるのではないかと指摘をするが……。

 

 「え? ユリカさんは大体何時もこんな感じだけど……」

 

 「え?」

 

 「え?」

 

 思わず問い返してしまう。

 

 「……」

 

 「……」

 

 そして沈黙が流れた。

 そこに至って、守は思い出した。

 そうだった、色々と同期から言われていたが“あのキワモノで有名なナデシコの艦長”だったのだ。軍人らしからぬ振る舞いも、伝染してしまったようだ。

 

 ミスマル艦長、弟の教育を微妙に失敗している気がします。

 

 守は心の中で苦言を呈しながら「なら、いいさ」と矯正を諦める。

 今までもそうだったのなら、変に空気を変えるよりはそのままの方がクルーも動きやすいだろう。

 そういう意味では、進は確かにユリカの後継者なのかもしれない、と守は何となく思った。

 

 第一艦橋を去る守の背中を見送って、「やっぱり、ユリカさんは普通じゃないのか」と妙な納得をしている進に、「軍人としての態度は見習うべきではないと思います」と、ナデシコ時代から付き合いの長いルリが指摘する。その後で、

 

 「古代さん、これからは私に対して敬語とかいらないです。私もフランクに接しますから」

 

 突然宣言した。

 

 「正直少し悔しいですが、貴方は私よりも上に行ったと判断します。長い事決めかねていましたが、これからは年齢通り私が妹で貴方がお兄さんです――と言う訳で、以後よろしく。それじゃあ、私はECIに移動します」

 

 言うだけ言ってルリはフリーフォールで第三艦橋に降りていく。

 進は何も言い返す間も無かった。

 

 「――ああいった所は、ルリさんもユリカさんの影響受けてるんだな」

 

 またしても妙に納得した。

 

 「――ああ、これで貴方は名実共にユリカ2号になったのね……喜ばしいんだか悲しいんだか」

 

 とはエリナの弁で、進は正直何と言って良いのかわからない。彼女も色々と振り回されてきたのだろうし。

 

 「でもまあ、正直重荷を背負わせる事になって申し訳ないと思ってるわ。本当なら、年上の私達がもっとしっかりしないといけないのにね」

 

 「いえ、もう十分お世話になっています」

 

 それ以上は上手い言葉も浮かばなかったが、それでもエリナには伝わった様だ。

 

 「通信アンテナの再調整もしておくわ。マグネトロンウェーブ発生装置の解体で、相手の通信の周波数の解析も進んだ事だし、もしかしたら何かしら通信を拾えるようになるかもしれないしね」

 

 エリナも本格的な調整作業の為、通信室に去っていく。

 

 「進兄さん、とっても格好良かったです! 私もユリカ姉さんと地球を救う為に全力を尽くします! それでは、山崎さん、太助さん、機関部の改修を超特急で済ませてしまいましょう!」

 

 「了解」

 

 「はい、機関長」

 

 一緒に第一艦橋に上がっていた仲良し2人を引き連れ、ラピスは足取りも軽く機関室に向かう。

 ……必要な作業のためとはいえ、一気に第一艦橋から人が居なくなっていく。

 

 ――緊急対応大丈夫なのだろうか。

 

 「古代君」

 

 皆に釣られて第一艦橋に上がっていた雪が話しかけてくる。

 

 「艦長代理就任おめでとう。頑張ってね」

 

 真実を知った時は大層辛かったろうに。折角出来た新しい家族を贄としなければならないなんて。

 しかし、それすらも乗り越えた進の心の強さに雪は感激し、自分なりにこれからも支えていくと固く誓った。

 

 「ああ、わかってるよ雪」

 

 満面の笑みで祝福する雪に、進も笑顔で応える。

 

 「これからも、ユリカさんを頼む。状態が前より悪化してるから」

 

 「任せて。それはそうと、古代君部屋はどうするの? 一応主幹エレベーターには近い位置にあったと思うけど、艦長代理になったんだし、艦長室にお引越しとか?」

 

 「――ああ。ユリカさんとも話し合ったけど、艦長室は俺が使う事になったんだ。ユリカさんは医療室に入院する事が決まっているし、服装までわざわざ仕立てたんだから格好つける為にもそっちを使えってごり押しされて……ああ、そうだ。雪、悪いんだけど艦長室の荷物の整理をお願い出来るか? 流石に女性の荷物を勝手に動かすのは……」

 

 「わかったわ。すぐに着替えは纏めて医療室の方に持って行くわね。あと、シーツとかお風呂場のアメニティも交換しておくわ。その方が落ち着くでしょ?」

 

 雪に言われて「頼むよ」と進もお願いする。

 最初は引っ越す事に抵抗を示したのだが、結局「最高責任者になるんだからわがまま言わない」と押し切られてしまった。

 正直気は進まないが致し方ない。あそこは緊急対応し易く個室としてはヤマトで最も立派なのだが、如何せん場所が場所だ。

 眺めが良い=怖いでもあるし、スペースデブリの類が接触したり敵弾が命中したらあっさり無くなってしまいそうな場所。

 

 ――沖田艦長には悪いと思うが、全然住みたいと思わないのだ。

 

 しかしながら、女性の押しに勝てるほど進は強くなかった。後で自分の部屋の荷物を纏めて持ち込まないと。

 そうだ、大切な事を忘れていた。

 

 「真田さん、手間をかけて申し訳ないんですが――」

 

 「あのレリーフが昇降の邪魔にならないようにして欲しい、だろ? 丁度のあの近辺は修理しなけりゃならないからな、ついでにやっておくよ。お前は自分の荷物を纏めてこい」

 

 真田は進の肩を叩いて微笑んだ後、艦内管理席に座って部下を呼び出して壊れた第一艦橋の壁面の修理作業の準備を始めた。

 進はそんな真田の背中を1度見た後、隣にいたジュンに「それじゃあ、しばらくお願いします」と声をかけ、了承を得た後荷物を纏めに自分の部屋に戻った。

 

 

 

 そうやって時が過ぎる中、艦長室で引継ぎ作業を進めていた進はウリバタケに呼び出され、機械工作室に足を運ぶ事になった。

 

 「艦長代理、守さんが持ってきてくれたこの物資なんだがよ。これを活用すれば新型機のアイデアを形に出来そうだぜ」

 

 ウリバタケは兼ねてより考えていたダブルエックスとエックスの直援機のプランを進に提出する。

 プランの記されたタブレットを受け取った進は、表示されている2機のガンダムタイプのデータを見てその意図を察した。

 

 表示されていた機体は機動力特化型と火力特化型のガンダム2機、名前は機動特化型が「ガンダムエアマスターバースト」、重武装型が「ガンダムレオパルドデストロイ」となっている。

 

 「エアマスターは可変機構――トランスシステムを持つ機動力特化の機体で、人型と戦闘機形態を任意で使い分けて戦う近・中距離での射撃戦に特化した機体だ」

 

 言いながら口頭で捕捉するウリバタケ。

 それによれば、徹底して軽量化を図りながら、シンプルな“寝そべり変形”によって、戦闘機形態に変形する事でGファルコンDX等が行っている、小回りと安定感重視の人型と、速度と一撃離脱戦法重視の戦闘機型をプレキシブルに切り替える事で、近・中距離での高機動戦闘に特化したプランらしい。

 

 「通常戦闘の火力はダブルエックスにも勝るくらい重武装だが、射角を自由に取れるのはライフルだけなのと、コンセプト上アルストロメリアよりは固いがガンダムの中では一番柔いのが欠点だな。機動力を叩き出すために徹底的に軽量化してるし、シンプルとはいえ可変機で構造が複雑だしな。だからこいつは、ダブルエックス達みたいに白兵戦用の装備は装備してない。Gファルコンとの合体は、ダブルエックスみたいな形態変化はオミットして戦闘機形態での機能の強化に的を絞るようにしてる。特徴の可変による戦術の切り替えに分離の工程を足す事になってピーキーになるが、圧倒的な機動力が生み出す一撃離脱戦法は心強い戦力になると思う」

 

 ウリバタケのセールスに進も頷く。

 元来がダブルエックスとエックスに随伴し、その安全を確保するために開発された機体だ。極端な性能もガンダム同士の連携のためであるのなら文句はない。

 画面に表示された機体は、白を基調に濃淡異なる青で彩られた機体で、機体の各所に航空機に似た意匠が見受けられる。

 ダブルエックスよりも一回り太い脚部は大規模なスラスターユニットを内蔵していることが伺えるし、肩の上にはこれまた巨大なスラスターユニットが乗っかっていて、背中には戦闘機の機首を思わせるパーツが付けてある。

 別ページの可変後の姿――ファイターモードも、胸部の装甲一部開いて上に回転させて後方にスライドした頭部の正面を覆い、腰を180度回転させて膝関節をクランク状に折り曲げて固定し、つま先を折り畳んでメインスラスターとする構造の様だ。

 肩のスラスターユニットも、格納されていたスラスター一体型連装ビーム砲――ブースタービームキャノンが外側に回転、格納されていた主翼の端に乗る形で側面に展開、肩の外側に折り畳まれていたスタビライザーも正面に展開して翼を形成している。

 機首を形成するノーズユニットも移動して、胸部と一緒になって頭部を完全に格納し、機首の大口径ノーズビームキャノンを見せつける。

 おまけに2挺の軽量型バスターライフルは、腕の側面にあるコネクターに機首の方を向いた状態で接続される。

 見るからに重戦闘機だ。機動力を優先するため、威力で勝るが燃費が悪いグラビティブラストの搭載は、エンジン出力との兼ね合いもあって見合わせたらしい。

 

 Gファルコンと合体する時は、腰と足は人型=ノーマルモードのまま、ブースタービームキャノンを展開せず、ノーズユニットの尾部にあるドッキングコネクターを開き、Aパーツの代わりとなってBパーツに接続されるような姿だ。

 戦闘機としてはGファルコンDXの収納形態の上位互換に相当し、ブースタービームキャノンが使えなくなるが、Gファルコンの追加火器や出力の増大もあって、総火力で単独のファイターモードを凌ぐ重戦闘機に変貌する。

 特にグラビティブラストの追加は心強い限りだ。

 

 「んで、次のレオパルドは胴体が前後左右に既存のガンダム・フレームよりも一回り大きくて、比較的規模の大きな武装を内蔵出来るフレームを採用した重火力・重装甲に重きを置いた、エアマスターの対極の機体だな」

 

 言われて次の機体の資料を出すと、全身にこれでもかと武装を搭載した機体の図が表示されている。

 

 「見ての通り全身武器庫も同然の機体でな。胸部には砲身8門のブレストガトリングを両胸に内蔵。両肩の上には短砲身だが至近距離ならかなりの威力を発揮するショルダーランチャー。右肩には精密射撃用の連装ビームキャノンに、左肩には2段構造の11連セパレートミサイルポッド。右腕にはリストビーム砲に頭部にはヘッドビームキャノン。両膝には長射程・高火力のホーネットミサイルに、右足側面には護身用のビームナイフ! 普段は短縮してバックパックに懸架しているツインビームシリンダー! 左右で異なる性質を持つが、本質的には機動兵器用の高火力ビーム機関砲で、単独時には少々きついが、Gファルコンとの合体で出力を増強すれば、対艦攻撃にも威力を発揮する! ただ、重武装と重装甲を両立したせいで、ガンダムでは機動力が最も低いのと、単独での長時間飛行が出来ない、水中航行も出来ねえと、地形適応に難がある。つーても飛ぶだけならGファルコンくっ付ければ解消するからあまり問題にはならんだろ。地表ではエステと同じ発想のキャタピラとローラーダッシュのおかげで、ダブルエックスやノーマルモードのエアマスターにも追従出来るはずだ。平地なら」

 

 全身真っ赤で手足の一部と顔が白い、武器庫同然の機体を見て進は思わず「多過ぎる……」と内心辟易する。

 可変機構よりもロマンをくすぐられたのか、語気も荒くプレゼンするウリバタケの態度も鬱陶しいが。

 

 しかし本当に良くここまで武装を施したと感心する次第だ。

 何でもツインビームシリンダーとやらは、本来左腕を丸ごと格納してビームガトリングにするインナーアームガトリングというウリバタケの案を、真田が改良した代物らしい。補給物資の中にあった様々な部品から見繕ったビーム兵器をベースに、右腕は4砲身のガトリングとその下に配された3連装砲、左腕は砲身断面が四角と円の大口径砲2つとその脇に小口径連装と単装砲の複合となっている。

 腕全体ではなく下腕部のみを覆う事で射界を広く取って、集中射撃による対艦戦闘から左右に分けて弾幕を張る等、臨機応変に使えるのだとか。

 右手は単発威力よりも連射性重視で、左は連射性よりも単発火力重視らしい。

 ただ、単位時間当たりの総火力はどちらも変わりなく、反動も極端な差は無いらしい。だったら統一しろよと言いたいが、「対艦攻撃には小口径のガトリングは不向き」らしく、右でフィールドを削り左で突破して装甲を抜く、という運用の為に分けたのだとか。

 

 そして、普段は燃費の事もあってどちらも対空戦闘重視の低出力モードに抑えられているらしいが、対艦攻撃時には高出力モードに切り替える事も可能で、装着時には外されるマウントアームを再接続して腰だめに構える事で、自由度を引き換えに高出力化に伴う反動増大も抑えられるとか。

 この改良にはウリバタケも納得し、問題なく採用したと言っている。

 

 他にもビーム兵器オンリーでは弾持ちに問題があると、胸部のブレストガトリングやミサイル等、実弾兵器も多数装備しているのも特徴で、とにかく手数が多い。

 実弾兵器を撃ち切っても、エネルギーが残っていればビーム兵器が使えるのでまだ半分の火力は残っていると、とにかく桁違いだ。

 これに飛行ユニットも兼ねてGファルコンと合体すると、地形適応の問題もかなり改善される。

 長時間飛行出来ない機体の推力補助の為か、エステバリスと同じような可変をして合体するのも特徴らしい。

 一応、Aパーツを使わない収納形態にもなれる様子。

 合体で出力問題から解放される事もあって、ツインビームシリンダーの火力も上がるし何よりグラビティブラストの追加は大きい。

 宇宙空間の場合、ミサイルを含めれば360度死角無いこの大火力は、確かに使い物になるのなら頼もしい限りだ。

 

 「アイデア自体はあの戦いの前から少しづつ温めてたんだ、エステの強化案としてな。前にテンカワが使ってたあのブラックサレナだったか? ネルガルのデータベースに入ってたあれのバリエーションや高機動ユニットなんかも参考にしてる。ただ、今まではGXの開発とディバイダーとかの生産で大分資材も使っちまって余裕も無かったから、アイデアを纏めて部分部分の設計をするのがやっとだったが……今回は物資に余裕が出来たおかげで何とかなった。守さんも良い部品を持ってきてくれたぜ、おかげで当初の案よりも良い物が造れそうだし、部品をそのまま転用する事で時短も出来るぜ!」

 

 と、ウリバタケなりにこの短期間でここまで形に出来た理由を明かしてくれた。

 相転移エンジンはGファルコンの予備をベースに手を加えた物で、出力的には2機ともGX以下Gファルコン以上という程度らしく、さらにエネルギーの貯蔵機能が優れるGXやDXに比べると、長期的なエネルギー消費効率が劣るらしい。

 それを効果的に補填するため、そして機体毎の長所を伸ばすべくGファルコンと合体も漏らさず盛り込んだのだとか。

 幸いGファルコン合体形態の運用データはたんまりとあるから、設計が完成すればある程度目安も設けられるだろう。

 

 「前に艦長にも話したが、こいつらはダブルエックスとサテライト装備のエックスの随伴として開発した機体だ。エアマスターは先行して敵部隊に接触して戦線の構築は勿論、早期警戒機としても使えるポテンシャルがあるし、レオパルドもエアマスターに続いて戦場に到着したら、大量の火器で敵機を殲滅するって使い方が出来る。こいつはサテライトキャノンを効率的に運用する上で不可欠な要素になる。ダブルエックスの安全を確保する意味でも、敵機を近づけない弾幕形勢のレオパルド、レオパルドの弾幕の外の敵機を牽制するエアマスターと、役割がはっきりしてるしな。勿論、サテライトを使わないにしても両者の中間を埋めるダブルエックスやエックス、って使い方が出来るから、ガンダム4機の連携を前提にすれば、今までよりも強力な少数先鋭の機動部隊を構成出来る可能性がある」

 

 「まあ、たった4機じゃ必ずしも物量には勝てねぇけどな」と付け足しつつも、ウリバタケなりの運用論を展開して細かく仕様を伝えてくれる。

 これは本当にありがたい。

 兼ねてより必要とされていた、あの2機に追従出来て万能型であるが故に尖った強みが無いという弱点を補ってくれる僚機の存在は心強い。

 特に今は波動砲に頼れない。という事は、必然的にサテライトキャノンの使用もこれまで以上に自重しなければならないという事を意味する。

 高機動で戦線を撹乱出来るであろうエアマスターも、単機とは思えない圧倒的な弾薬投射量を持つレオパルドも、これからを考えると必要な機体だろう。

 とはいえ、機体だけ造っても意味がないので確認しておかなければならないのは、

 

 「……機体のプランはこれで確定しても良いですが、パイロットの都合は付いているんですか? コックピットシステムは既存のガンダムタイプのものをほぼ丸ごと転用するって記載されていますが、肝心のガンダムを操縦出来るのは、俺と月臣さんくらいしか確認していませんよ?」

 

 「心配ないぜ艦長代理よ! サブロウタの奴が乗り気でな! さっき話したら「ちょっとシミュレーター籠ってきます!」とか言って意気揚々と出てったぞ。あの調子ならバラン星通過までの間には乗れるようになるんじゃねえか?」

 

 ……ああ、言われてみればサブロウタもジャンパー処理を受けた木連の軍人だったこともあって、ダブルエックスの交代要員を務めて貰うかも、と多少訓練していたか。すっかり忘れてた。

 GXは「隊長にこそ相応しい」と月臣が辞退したのでリョーコの機体になったが、月臣の方が恐らく技量は上だろうし、ガンダムに今度こそ乗って貰えれば戦力的にありがたい。

 

 「わかりました。それでは、念の為副長にも確認して貰った後で“全力で”組み立て作業に入って下さい。俺達の今後を決める、とても重要な一手になりそうです」

 

 念のため、“真っ当な感性の”ジュンにも確認して貰った方が良いだろう。

 守とのやり取りで、変わり者に師事した結果、自身も変わり者になりつつあると実感した以上、そういう意見が欲しい。

 

 「おう、わかったぜ!」

 

 ウリバタケも不満は無いらしく、意気揚々とジュンを呼び出している。

 

 結局、呼び出されたジュンも新型の有用性は感じたらしく「これなら不足は無いと思う。それに、ウリバタケさん達の腕前なら信用に足る」と太鼓判を押してくれた。

 

 「じゃあ、早速かかるとするか。何、基礎設計は出来てるし部品も調達済みだ。数日もあれば形になる。上手くいけば、バラン星通過ぐらいには組み上がってるぞ」

 

 と嬉しそうに語るウリバタケにこの上ない頼もしさを感じる。暴発は大丈夫そうだ。

 後でサブロウタと月臣には先行してシミュレーション訓練を受けて貰おう。

 

 

 

 そして、守と合流してから丁度20時間。機関部の調整を終えたヤマトは、待望の連続ワープのテストには行った。

 

 「波動エンジン出力上昇。連続ワープ可能領域に到達」

 

 「ワープ航路のプリセット完了。多目的安定翼展開。タキオンフィールド形成終了」

 

 「時間曲線同調。空間歪曲装置作動開始。ワープ15秒前」

 

 着々とワープ準備が進められ、ついにカウントダウンを開始する。

 

 「10……9……8……」

 

 カウントが進むにつれ、緊張が高まっていく。

 これが上手くいけば遅れに遅れた日程のロスはほぼ解消され、今後の航海に余裕が出来るかもしれない。

 今後のヤマトが受ける損害やその回復日程確保もそうだが、ユリカの具合がかなり悪い。このままでは後1ヵ月現状維持出来れば上出来と言った具合だ。連続ワープで日程短縮が出来ないと不味い。

 ――この連続ワープの成功に、全てが掛かっている。

 

 大介もワープスイッチレバーを握る手に汗が滲み力が籠る。

 

 「3……2……1……ワープ!」

 

 カウント0と同時にレバーを押し込みワープイン。

 ヤマトは青白い閃光に包まれながら、艦首から空間に溶け込む様に宇宙から1度消失、約1000光年の距離を跳んだ後閃光と共に通常空間に復帰、間髪入れずに再度閃光に包まれて空間に溶け込み、また1000光年跳んでは出現、また閃光に包まれて……といった流れを計5回繰り返し、合計5000光年もの距離を1日で走破する事に成功した。

 

 ビーメラで改修した時に叩き出した最高記録の倍近い跳躍距離だ。

 おまけにクルーへの負担も、検査結果や各員の報告書を見る限りでは今までと変わらないか、少し軽くなっている様だ。

 ユリカも、体調の悪化が見られない。これなら……使える!

 

 例によって24時間のインターバルを置いた後、ヤマトはまた連続ワープで5000光年の距離を消化、それを繰り返して、改修地点から僅か5日でバラン星まであと1000光年の距離にまで達していた。

 

 「ワープ終了! 通常空間への復帰を確認」

 

 「艦内全機構、全て異常無し」

 

 「波動相転移エンジン、異常無し。正常に稼働中。出力回復まで、あと8時間を要します」

 

 それぞれの責任者からの報告に、進も満足気だ。

 連続ワープの威力は凄まじいがその分出力の低下も激しいのが難点か。

 

 「わかった。出力の回復を待ってから、1000光年のワープを実行、バラン星から1auの地点で探査プローブを発射してから停泊、バラン星の調査活動を行う。バラン星は自由浮遊惑星で、光源となる恒星を持たないからプローブの探査に邪魔は入らないはずだ。プローブの飛行速度とバラン星の動きの観察を考えると、この程度の距離が最適だろう。各員、探査終了後はすぐにワープでバラン星を跳び越えて大マゼランに向かう。準備を怠るな」

 

 出来るだけ威厳ある様に指示しながら、進はすぐにガミラスがこちらに仕掛けてこない事を願った。

 バラン星がヤマトに潰されたくない重要拠点というなら対処は2つ。接近される前に叩き潰すか、息を潜めてやり過ごすか。

 前者は恐らく超新星を利用した罠(マグネトロンウェーブ発生装置は罠の皮を被った援助なので除外する)だろう。これは切り抜けた。

 もしこのタイミングで艦隊を出撃させれば、ヤマトに存在を察知されて攻略する口実を与えかねないはず。

 わざわざ遠回りに、かつ露骨に示唆して揺さぶりをかけたのだから、ヤマトがバラン星を通過しても即座に反撃出来る距離にある間は恐らく見過ごすはずだ。

 

 もしかしたら、保有戦力を全て叩きつけて物量で潰す方法に出る可能性もあるが……波動砲を警戒しているのなら可能性は低いはず。

 それが出来るのならとっくの昔にやっているだろう。ガミラスだって百戦錬磨の強者なのだから。

 

 さて、どう動くガミラス。

 

 

 

 その後、何事も無く1000光年のワープを終えたヤマトは予定通り探査プローブを発射、ロケットモーターで加速したプローブはアンテナを展開しながらバラン星目指して宇宙を駆けて行く。

 しばらくして、展開したプローブの天体観測レンズが映し出したバラン星の姿、がマスターパネルに表示された。

 

 「バラン星を確認しました。質量が0.9木星質量、直径が地球の約10倍の巨大ガス惑星だと推測されます。環も保有しているようですが衛星の存在は確認出来ません」

 

 ハリが分析結果を合わせて口頭説明する。自由浮遊惑星に遭遇するのは2度目だし、その存在自体は2世紀前から示唆されていたので然程驚きはしない。

 

 「ふむ。あり触れた巨大ガス惑星にしか見えんな。ガミラスの技術力の限界がわからんから推測でしかないが、衛星がないのだとしたら軌道上――それも赤道の上辺りに自力移動可能な宇宙要塞という形で基地を構えているのかもしれんな」

 

 「――なるほど。という事は、あの環の中に艦隊を隠してヤマトがガミラスの痕跡に気付いたと確信を持った場合に限り仕掛けてくる、と考えるのが自然でしょうか」

 

 「恐らくな。ヤマトもカイパーベルト内で取った戦術だ。彼らも、そうする可能性が高い」

 

 議論しながらも、貴重な時間を割いて調査を続ける。徐々にプローブもバラン星に近づくのでより情報が精度を増していく。

 そしてついに、環の近くに基地施設と思われる巨大な建造物が確認された。わかる限りでも最も長い所で全長30㎞にも達する巨大なものだ。アステロイド・シップ計画の模倣か、岩石を纏って隠蔽しようとしているのが伺える。後数時間もあれば環に溶け込む事が出来るだろう。

 ……本当に波動砲無しでは攻略すらままならない規模だ。

 その基地の一角に巨大なグラスドームを有する区画があり、その内部には街並みが再現されているのが伺える。

 

 「やはり、民間施設があると考えた方が妥当だな。攻略は見合わせるべきだと進言する、艦長代理」

 

 真田の言葉に進も頷く。この構造では、被害を避けて基地を無力化するのは――。

 

 「っ! 艦長代理! バラン星の軌道上で別の光を確認!――これは、戦闘と思われます!」

 

 ハリの報告に一気に第一艦橋の緊張が高まる。想定外の事態だ。

 

 「ハーリー、詳細を頼む」

 

 努めて冷静に問う進にハリはわかる限りの報告をする。

 

 重力振を検知したと思ったら、突如として出現した宇宙戦闘機らしき編隊の空襲に晒された事、それに合わせて付近に先日ヤマトを襲った暗黒星団帝国と名乗る集団と同じタイプの艦隊が出現して、急遽発進したガミラス艦隊と戦闘状態に突入した、という事だ。

 しかも、辛うじて得られた映像データによれば、民間施設と推測した区画にも容赦なく攻撃が降り注ぎ被害を出している、と。

 最重要拠点であろうあの基地の対応が後手に回っているとは……少々信じがたい事実だ。このままでは、陥落するかもしれない。

 

 「艦載機単位でのワープだと? そんな技術まで持ち合わせているというのか、あの艦隊は……」

 

 敵の超技術に真田が歯噛みする。

 艦載機単位でも“跳べる”技術なのか、それとも“跳ばす”技術なのかは、流石にまだ見当が付かない。

 あの戦術がヤマトに向けられたら――。

 

 「どうする? このまま見過ごした方がヤマトにとっては得かもしれないけど……」

 

 ジュンの語尾が濁るのも当然だ。このままガミラスと暗黒星団帝国と名乗る集団が潰し合ってくれれば、ヤマトは手を汚すことなく、バラン星基地が打撃を受けガミラスは無視出来ない打撃を受ける。

 だが……。

 

 「艦長代理……通信を傍受出来たわ。暗号解読……成功。流石ねルリちゃん。内容は……すぐにドメル司令に戻って来てほしい、民間人居住区に被害が出ている、だそうよ」

 

 エリナの報告に進は覚悟を決めた。

 もう、後戻りは出来ない。

 

 「……例え敵国であったとしても、民間人に出る被害を――虐殺にも等しい行為を黙って見過ごす事は出来ない……それは、“俺達らしい”決断じゃない!」

 

 進の言葉に問いかけたジュンも、第一艦橋の全員も頷く。

 もしかしたらヤマトの早合点かもしれない。ここで乱入したとして、挟み撃ちにされる事になる可能性は高い。

 共闘したとしても、暗黒星団帝国を退けた後に消耗したヤマトがそのまま叩かれる可能性も十分にある。

 しかし決めたのだ。道を模索すると。

 

 「全艦戦闘配置! 緊急ワープを敢行する! バラン星の基地付近にワープアウトしてハッキングプローブを発射、ハッキングを併用して基地施設の様子を確認しながら、必要ならば民間人の救助活動を行う。ガミラスに対しての反撃は禁ずるが、暗黒星団帝国が仕掛けてきたのなら反撃を許可する! 連中はこのヤマトを狙っている。自己防衛として十分に言い分が立つ。繰り返すが、ガミラスにだけは攻撃するな! 俺達の覚悟が試される時だ!」

 

 進の指示を受けてヤマトの艦内が騒がしくなる。

 下手すれば三つ巴、もし本当に救助活動が必要となれば医薬品や衣料品の準備も怠れない。

 それに、収容するためのスペースの確保も大切だ。ヤマトのキャパをオーバーしない程度で済めば良いが、と生活班も不安を訴え始める。

 

 どう転ぶかもわからない行き当たりばったりな作戦。この行動が吉と出るか凶と出るかはくじを引かなければわからない。

 

 しかし、今こそ覚悟を示す時が来たのだ!

 

 

 

 明かされた真実に困惑を隠せなったヤマトクルー。

 

 しかし、全ての真実を背負って前へと進む事を決意した。

 

 艦長代理に就いた古代進の下、ヤマトはバラン星救援のために戦闘体制に移行した。

 

 果たして、その行動の果てに待つものとは何だ。

 

 人類滅亡と言われるその日まで、

 

 あと、248日しかないのだ!

 

 

 

 第十九話 完

 

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第三章 自分らしくある為に!

 

    第二十話 三つ巴? バラン星の攻防!

 

    ヤマトよ、覚悟を示せ!



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第二十話 三つ巴? バラン星の攻防!

 

 

 

 ヤマトが衝撃の事実に揺れていた頃、バラン星では。

 

 「何? ヤマトが正体不明の艦隊と遭遇して交戦しただと?」

 

 「はい。ヤマトの動向を調べていた偵察部隊によりますと、ヤマトはビーメラ星系で5日かけて修理と補給を済ませた後、大マゼラン方向に向かって進路を取り、3日で7500光年の距離を移動した地点で、報告にあったイスカンダルからの宇宙艇と接触、その直後に司令が気にかけていた、あの黒色艦隊の一派と思われる艦隊と遭遇し交戦、撃退したとの事です」

 

 ゲールの報告に「ふむ」と頷いてドメルは思案する。

 

 大マゼランの外縁で度々目撃され、ガミラスの大マゼラン外縁の守備艦隊にちょっかいを掛けて来ていた黒色艦隊がヤマトにも手を出した。

 

 その意図は恐らく――ヤマトの鹵獲だろう。

 

 連中が対ヤマト用に準備を進めていた瞬間物質転送器とドリルミサイルを手に入れたのなら、その過程で試験艦を運用していたクルーを捕獲して口を割らせた可能性がある。

 栄光あるガミラスの戦士だとしても、拷問に屈せず情報を護りきれる保証はない。

 だとしたら、ドリルミサイルの用途も知ったはずだ。それならヤマトのタキオン波動収束砲の存在も知り、欲しても不思議はない。

 ガミラスにちょっかいを出してきたという事は、恐らく目的はガミラスへの侵略。大マゼランへ勢力を伸ばす事が目的の可能性は高い。

 それならば、ドメルが今まで遭遇した星間国家の中でも類を見ない破壊力を持つあの砲を欲したとしても、何ら不思議はない。

 

 「報告ご苦労だったな、ゲール――周囲に展開中の部隊に厳命しろ。もしもあの黒色艦隊がヤマトに再び手を出したのなら、ヤマトよりも黒色艦隊への攻撃を優先しろとな。連中の狙いは恐らくヤマトのタキオン波動収束砲だ。連中に技術を渡す危険を冒すくらいなら、ヤマトを助太刀した方が我が軍には得だ」

 

 塩を送るのはあのマグネトロンウェーブ発生装置とビーメラの資源採取が最初で最後と考えていたが、これは止むを得ない措置だ。

 あの超兵器を、ガミラスに対して敵意ある勢力に渡すわけにはいかない。

 

 「はっ! 厳命いたします!」

 

 ドメルの指示にゲールも素直に応じる。確かに、第三勢力にあの大砲を渡すのはリスクが高い。

 あのヤマトに事実上の助太刀をするのは心底嫌なのだが、ヤマト以上にあの黒色艦隊に渡す方が厄介だ。

 ――ヤマトだけなら1艦で済むが、連中の手に渡って量産でもされたら……!

 

 ゲールは不満を押し殺してドメルの命令を部下達に伝えた。

 

 正体不明の黒色艦隊からヤマトを護れ、タキオン波動収束砲を敵に渡してはならない、と。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ 

 

 第三章 自分らしくある為に!

 

 第二十話 三つ巴? バラン星の攻防!

 

 

 

 それから2日が過ぎて。

 ドメルは1度バラン星基地を離れ、今後の作戦で共に戦う事になる部下達と合流していた。

 合流先は対ヤマトを前提とした少数先鋭の機動艦隊。

 先日の瞬間物質移送器搭載艦失踪事件の影響もあって、直接顔を合わせたミーティングが必要になったのも事実だが、ドメルとしては“万が一のため”に呼び寄せた感が強い。

 正直、気にし過ぎただけであった欲しいのだが……。

 

 「ようやく合流出来ましたね、ドメル将軍」

 

 そう喜んだ部下に敬礼で応えながら、ドメルは対ヤマト用にと引っ張り出して来た試作の戦闘空母の艦内に足を踏み入れた。

 

 この戦闘空母は、戦艦の砲撃力と空母の航空機運用能力を両立する目的で開発された試作艦で、タキオン波動収束砲の有無を除外すれば、コンセプト的にはヤマトのそれに近い。

 ただヤマトが戦艦をベースに航空機運用能力を与えた艦とするならば、本艦は空母に戦艦の砲撃力を与えた艦だ。

 

 最大の特徴は飛行甲板の可変機構で、空母として使う時は後部にある艦橋基部のシャッターも開放し、全通式の飛行甲板と格納庫を解放して航空機を運用。

 砲撃戦に備える時はシャッターの閉鎖と合わせ、飛行甲板の一部を反転させ、左右に分割された複数の砲塔とミサイルランチャーを露出した攻撃モードに移行する事で機能を使い分ける。

 同様の構造が艦底にも備わっているので、下方向からの攻撃にも備えがある。

 

 総合的な攻撃性能は、ガミラス最強と言っても過言ではない新造艦である。

 

 が、構造の複雑化によって生産コストが増大したり、空母としてみれば艦載機の数が物足りず、戦艦としてみると装甲シャッターで閉鎖されているとはいえ格納庫の耐弾性が――といった欠点が見られるのが玉に瑕。

 機能は保証されているが、それぞれの用途に特化した方が却って運用しやすい、総コストも抑えられるといった意見に押されがちで、既存戦力に足すとしても新鋭艦は保守性に劣り信頼性が……といった理由もあって余り着目されているとは言い難かった艦だが、ヤマトの登場で事態が一変した。

 

 単艦にあれだけの機能を詰め込み破綻をきたさないばかりか、度重なる戦争で研鑽されたガミラスの艦艇に対してワンサイドゲームを展開出来る、あの優れた性能。

 その性能をより研究する目的もあり、開発が遅延していた戦闘空母をガミラスの兵器開発局が全力を挙げて完成させたのだ。その試作第一号がこの艦になる。

 双方の機能を統合した結果、ヤマトよりも大型で全長400mもある。それでもドメルの乗艦するドメラーズ三世に比べれば小型なのだが、十分大型艦艇の範疇だ。

 また、重装甲・重火力を追求した艦隊旗艦級のドメラーズ三世はどうしても小回りが利かず足も遅いが、それよりも規模が控えめで空母としての展開能力も求めたこの艦は、意外と足が速いのも特徴であった。

 

 ――試作品故実戦での実力が未知数で、信頼性を重んじる軍隊にあってはお荷物になりがちなのは否定出来ない事実だが。

 

 基本的に堅実なドメルがこの艦を所望した最大の理由は、機動部隊を率いてヤマトと対峙するにあたり、少数先鋭を実現しつつ航空戦力と砲撃力を少しでも底上げするためである。

 また試作艦艇という事は、言い換えれば損失しても全体としては然程懐が痛くないという事の裏返し。

 移民船団護衛のため、とにかく堅実な戦力が求められる現状では他に使い道が無いのも事実であった。

 

 ヤマトには、七色混成発光星域――通称七色星団で決戦を挑む予定となっている。

 事前にデスラーから承認を得て、「ガミラスの地球侵攻とヤマトの航海の安全を掛けた最後の艦隊決戦」と銘打ち、文字通りガミラス最後の対ヤマト戦として挑む。

 前時代的だが決闘状も叩きつける。互いに引けない戦いだと認識させて絶対に戦うのだ。

 勝っても負けてもガミラスの未来を守る為に。

 

 移民船団の事を考えれば、数ですり潰すわけにもいかないし、場所が場所なので少数戦力の方が色々と立ち回りやすい。

 搭載数に優れた多層式宇宙空母3隻に自身のドメラーズ三世とこの戦闘空母、後は指揮戦艦級2隻の計7隻で挑む予定だ。

 ――駆逐艦が含まれていないのは、ヤマトの防御性能に対して火力が足りず、移民船団護衛の為には足が速く多用途に使える駆逐艦は1隻でも多く回してやりたいからだ。

 

 この戦力に瞬間物質移送器による航空機の転送戦術で撹乱と消耗を図りながら、ドリルミサイルを搭載した重爆撃機を送り込んでタキオン波動収束砲を封じ、その後は航空部隊と連携した砲撃戦にもつれ込んで降伏を図るか、撃沈して終わらせるという考えだった。

 ワープで送り込まれる航空部隊の猛攻を合わせれば、あの戦略砲持ちの人型とてそうそう発砲は出来まい。

 ボソンジャンプを使える彼らの事だから、すぐに持ち直して対応してくるだろうが、初撃で打撃を与えれば十分だ。

 その初撃でレーダーを確実に潰して目暗ましを図る。

 そうやって混乱を誘い、航空戦力を消耗させ、防空能力が一時的に衰えた瞬間を狙ってドリルミサイルでタキオン波動収束砲を封じてしまえば、一発逆転の手段を1つ奪える。

 後は、例の戦略砲持ちを警戒しつつ消耗戦にもつれ込む事になるだろう。そこから先は根気の勝負。どちらが勝っても不思議はないと、ドメルは考えていた。

 

 しかし、要の瞬間物質移送器とドリルミサイルがまさか行方不明になるとは……テスト無しには使えないと現場に出したのが失策だったか。

 とはいえ、荒れた宙域である七色星団で確実に動作する事を確認しない事にはこの戦術は意味を成さない。テストは必要だった。

 

 移民の為の行動が目立つからか、最近は異星人の敵対的行動が散見されていたので注意を払わせていたのだが……。

 やはり、ヤマトの脅威や移民政策の遅滞に焦りがあったのだろう。それが油断を招き、致命的な失態に繋がってしまったのだろう。

 

 兵器局にデータが残っているので、物質移送器もドリルミサイルも再生産自体は可能だが、はたしてヤマトを七色星団誘導するまでに間に合うかどうか。

 ヤマトのワープ性能が日増しに向上しているのも気になる。どの程度で頭打ちになるのかが読めないので、技術漏洩と合わせて、手痛い損害だった。

 

 「ドメル司令、お久しぶりです」

 

 そう声をかけてきたのは紫色の多層式宇宙空母――“第二空母”の航空隊隊長バーガーだった。紫色の髪で細面の男だが、頬に大きな傷があるのが印象に残る男だ。

 まだ27歳と比較的若く非常に血気盛んで直情的な性格だが、切り込み隊長としてこれ以上の存在をドメルはまだ知らない。

 

 「久しぶりだな、バーガー。元気そうで何よりだ」

 

 しばらくぶりの対面だが、共に戦場を駆けたことのある戦友であり、ドメルが信を置く凄腕のパイロットだ。

 特に爆撃機の運用に長け、まだロールアウトされて日が浅い新型爆撃機――“ドメル式DMB-87型急降下爆撃機”を早くも物にして、戦果を挙げている。

 優れた戦果を出すドメルは、兵器開発局にも積極的に意見を届ける事が多く、百戦錬磨のドメルの要望に応えるように開発された兵器は評価も高く、正式化される機会が多い。

 ドメラーズ級と名付けられたガミラスが誇る最新鋭宇宙戦艦も発案者はドメルで、艦隊旗艦に求める機能を彼なりに追求していった結果、ああいう形になった。

 最新鋭の空間戦闘機――“ドメル式DMF-3高速戦闘機”と呼ばれる機体も彼の意見を参考にして開発され、正式化された主力戦闘機である。

 高速十字空母に搭載されている専用搭載機を上回る性能を有し、ガミラス全体での機種更新が進んでいた。

 他にも、対ヤマト用にと考案した“ドメル式DMT-97型雷撃機”も存在している。

 発想自体は前時代的な宇宙魚雷を装備した航空機で、巨大な魚雷を包み込むようなボディを持ち、宇宙魚雷を縦列に2本も搭載。自衛用の4連装ビーム機関砲も胴体下とキャノピー後部とエンジンノズルの上下に4基、計16門も搭載している、青色に塗装された機体だ。

 機動性が劣悪だが優れた攻撃力を持ち、宇宙戦艦としては破格の耐久力を有するヤマトに対して有効打を得るために、要塞攻撃用の機体を改修して何とか間に合わせた機体だ。

 自衛装備の多さも、急速に強化されたヤマトの艦載機から出来るだけ身を護りつつ、確実にヤマトに魚雷を撃ち込むために増設された装備だ。

 

 これらを搭載した空母はバーガーの乗る第二空母の他、ガミラス標準カラーの緑に塗られた“第一空母”と青色に塗られた“第三空母”。

 搭載機はそれぞれの機体の色と空母の色を一致させることで識別を容易にして、母艦を間違えないように配慮されている。

 普段ならここまで気を遣う必要はあまり無いのだが、七色星団内ではレーダーが利き辛く電子機器に頼り切っていては間違いが生じないとも限らない。おまけに多層式宇宙空母は全て同型艦で塗装やマーキング、電子情報による識別を除くと区別が付き難い。

 なので、元々識別のために色を塗り分けていた塗装がDMF-3で緑、DMB-87で紫と、空母の色と偶々合致していたのでDMT-97でも空母側に合わせた青色で塗装されて区分されている。

 

 この内、七色星団の決戦を考案される前にDMF-3とDMB-87はプロキシマ・ケンタウリ星系でヤマトと交戦した経験がある。

 その時は敵人型を(例の新型を除いて)翻弄出来ていた事は確認されているが、はたしてヤマトの航空隊が当時のままとは考え辛い。油断は禁物だろう。

 そういえば、確かその時――。

 

 「ドメル将軍と一緒に戦えて光栄ですよ。しかも、相手はあのヤマトって言うんですから――これで、あの時の借りを返せるってもんですよ。あの戦略砲持ちの人形め……」

 

 やはりそうだったか。

 あの時は、あの戦略砲持ちの人型の砲撃で部隊の半分が消し飛ばされ、後方で待機していたはずの空母の至近を掠めて危うく撃沈されるところだったのだ。

 至近と言ってもビームの光軸から500mは離れていたはずなのに、40万㎞もの距離を超えて届いた砲撃は3隻の空母の真下を通過しながら艦底部を焼き、溶解させた。

 軽装甲の空母とはいえ、規格外の威力だった。

 強化されたとはいえ散々交戦してきた人型は、状況の助けもあって優位に戦えたが、その戦略砲持ちが参戦したら状況は一変。

 あれだけの火力を有しながら戦術レベルでの戦闘力まで高次元に纏まっているとは……正直ドメルも舌を巻いた。

 

 「バーガー、貴様の実力でも苦戦を強いられるとは……やはり無視出来ない存在だな。よく無事に帰ってきた。その経験が、きっと役に立つだろう」

 

 バーガーの腕前は知っている。それにあのDMB-87は爆装を使い切った後に限れば、DMF-3には劣るが空戦を可能とするだけの運動性能を持っている。

 ヤマト登場以前の敵人型機動兵器相手なら十分渡り合えるだけの性能を有しているのだ。

 にも拘らず戦況がひっくり返った切っ掛けが全てあの戦略砲持ちの参入だとするなら、否が応でも最優先ターゲットとして扱わなければならない。

 そもそもタキオン波動収束砲を封じたとして、あの機体がフリーでは1発逆転の可能性を消す事が出来ない。

 それに類似した機体がさらに1機確認されているし、万が一の大逆転の芽を摘むためにも最優先でその動向を追わなければならないだろう。

 

 それからは金髪で細面で眉が無く、冷静沈着でDMF-3のパイロットとしても優れた技量を有するゲットー、全体的に角ばった顔つきで口数は少ないが、すでに前時代的になった雷撃機を意のままに操るクロイツ、そして負傷して視力を失った片眼を眼帯で隠した歴戦の勇士、ハイデルン。

 いずれも、何度も共に視線を潜り抜けた経験のあるドメルが信頼する戦士たちだ。

 ドメルがルビー戦線で手腕を振るっていた頃は、軍全体の戦力向上と移民船団護衛の際の連携確認も兼ねて、それぞれ別部隊に転属してその技術を振るっていたが、ヤマトという驚異の前に再び集う時が来た。

 

 近況報告を済ませた後は、彼が乗ってきた戦闘空母、第一空母、第二空母、第三空母、2隻の指揮戦艦級の状態を確かめ、その後は大マゼランから遥々やって来た彼らをゆっくりと休ませ、日を改めてからミーティングに移る。

 盤上のシミュレーションではあったが、七色星団での戦いを想定した編隊行動の確認、レーダーや通信機器の調整、状況の変化を考慮した部隊運用等々、細かく確認する。

 

 本当なら実機を使った演習もしたい気持ちがあったのだが、胸騒ぎを覚えて指示を飲み込んだ。

 ヤマトが通過するまでの間、バラン星周辺で艦隊を動かすわけにはいかない。

 ヤマトがワープ距離を伸ばしつつある事は報告されていたが、黒色艦隊と遭遇して交戦してから5日程の動向は掴めていない。

 

 ――もしかしたら、もうバラン星付近に到達している可能性がある。

 

 そう考えたからこそドメルは“万が一”に備えて基地を立ち、無理なくワープ1回で速やかに帰還出来る場所に艦隊で陣取っているのだ。

 本当なら基地の防衛艦隊同様、バラン星の環の中に隠したかったのだが、ヤマトの動きが掴めないので迂闊に戻れなくなってしまった。

 

 ドメルがその“万が一”について皆に説明を終え、戦闘配備のまま待機するよう命じて2日、バラン星に残してきたゲールから緊急連絡が届く。

 

 「バラン星基地が襲撃を受けているだと!?」

 

 「はい! 行方不明になった瞬間物質移送器を使用しているのか、それとも艦載機単独でのワープ技術があるのかは判別出来ませんが、突如としてワープアウトしてきた爆撃機部隊による奇襲を受け、基地に打撃を受けました! 民間人居住区にも損害が発生していて、今避難を急がせています! 民間船にも護衛を付けて退避させるべく準備を進めております!」

 

 慌てふためきながらも臨機応変に現場対応して必死に堪えているのが、通信越しでも伝わってくる。

 ――“万が一の事態”が起こってしまった。ヤマトよりもドメルが懸念していたのは例の黒色艦隊の襲撃だ。

 ――隠蔽は、間に合わなかった。

 

 「あっ!? ド、ドメル司令! 黒色艦隊が接近してきています! 今、艦隊に出撃を指示しましたが、敵艦隊の規模が大きく、基地と民間船を護衛しながらでは長くは持ちません! 至急救援を!」

 

 「すぐに戻る! それまで何としても踏み止まるんだ!」

 

 ドメルもゲールを叱咤しながら身振り手振りで緊急発進の準備を整えさせる。

 ドメラーズ三世こそ持ってきたが、ほとんどの戦力は基地に残して来て別に手薄になったわけではない。

 ――敵が上手だった。

 まさか鹵獲した兵器をすぐに実践投入してくるとは――!

 幾らゲールがやり手であっても、完全に虚を突かれた状態では限度がある。

 すぐに救援に向かわなければ!

 

 「し、司令! や、ヤマトがワープアウトしてきました!」

 

 ゲールの報告に流石のドメルも一瞬思考が止まった。最悪のタイミングだ。

 ヤマトはドメルの策でバラン星の状況を大凡察したはず。事前に探査プローブの類で確認だって済ませただろう。隠蔽が間に合わなかった事は、この襲撃が証明してしまっている。

 ――それでもドメルが見込んだ通りの相手だとしたら、後願の憂いを抱えたままであっても素通りすると踏んでいたのだが、このタイミングで来たという事は、恐らく襲撃を見てからワープした事になるだろう。

 

 だとすれば目的は2つに1つ。地球を確実に救う為、障害であるガミラスを徹底的に叩く為に便乗してバラン星基地を攻略するか、または――。

 

 「ドメル司令! ヤマトが――ヤマトが基地に攻撃中の航空隊と交戦を開始しました! 我が軍を無視して……いえ、一時休戦を訴え、共通の敵の排除に協力すると打電してきました!」

 

 驚愕に歪むゲールの表情と報告に、ドメルは自分とデスラーのヤマトに対する認識が決して間違っていなかったと、つい安堵の笑みを浮かべてしまう。

 

 やはりヤマトは気高き戦士達であった。

 例え祖国を滅ぼさんとしている相手であっても、滅ぼすのではなく最期の瞬間まで平和的解決を模索する、大きな器と高潔な精神を持つ戦士たちであったのだ。

 

 これで、デスラー総統も決断出来るに違いない。

 

 恥を承知の上で、ヤマトとの和平の道を。

 地球との共存の道を。

 

 

 

 

 

 

 バラン星宙域にワープアウトしたヤマトは、“意図的に”バラン星基地と暗黒星団帝国と思われる航空部隊の間に割って入った。

 傍から見ればワープアウトの勢いで突っ込んだように見えるかもしれないが、勿論これ以上無く狙ったワープアウトである。

 連中のやり方ならすぐにでも――。

 

 「敵航空部隊からのビーム攻撃! 左舷後部に2発命中!」

 

 「フィールド出力安定、被弾による被害はありません」

 

 ルリと真田からの報告に進は会心の笑みを浮かべる。

 航空戦力との戦闘は初めてだったが、すでに1度戦った相手。ある程度の推測も可能だし基地への攻撃を確認している以上、それに合わせた備えも出来るというものだ。

 定型文な勧告も行ったが、応答は無い。

 これで大義名分は立った。

 “ガミラスはともかく黒色艦隊には反撃出来る”。

 

 「よし! 全砲門開け! 黒色艦隊に向けて応戦する! 対空戦闘開始! 敵機を近づけるな! コスモタイガー隊は全機発進! エリナさん、バラン星基地に一時休戦と基地防衛に協力すると打電願います」

 

 「了解!――こちらヤマト、ガミラス・バラン星基地に告げます。現在ガミラスと交戦中の敵艦隊は、我が方にとっても脅威であり、基地の民間人居住エリア防衛の為にも、共通の脅威を取り除くまでの間は一時休戦を求めます」

 

 エリナが進の指示を受けてバラン星基地に向けて通信を送る。ガミラスがこれに応えてくれるなら良し。駄目でもあの黒色艦隊を突破して逃げるだけだ。

 

 見殺しにしないと決めた以上、戦うのみ。

 

 バラン星基地に駐屯しているガミラスの艦艇はヤマトが捉えた限りでは推定200隻。環の中にあとどれくらい隠れているかは不明だ。

 対して敵艦隊の総数は約500隻。この差を覆すのは、並大抵の事ではない。

 しかし、やると決めたからにはやるのがヤマトだ。無茶は最初からわかっている。

 

 暗黒星団帝国艦隊――では言い辛いので、黒を基調にしている事から黒色艦隊と呼称する事にした艦隊に向けて、ショックカノンの砲身が波打つように旋回、狙いを定める。

 同時にパルスブラストも素早く旋回してヤマトとバラン星基地を襲い掛かる敵の大規模航空部隊を視界に捉え、煙突ミサイルと両舷ミサイル発射管も開放する。

 

 「照準誤差修正。エネルギー充填100%、安全装置解除確認」

 

 「ショックカノン、発射!」

 

 ゴートの補佐を受けながら戦闘指揮席に座る守が発射を指示する。この5日の時間を使って進やゴートのレクチャーを受け、ヤマトの戦闘能力はおおよそ把握した。

 知れば知る程に冥王星の時に――いやそれ以前に欲しかった艦だ。ユリカが必死に蘇らせた理由もこれ以上無く理解出来る。

 

 ――流石は最後の希望の艦だ。

 

 ヤマト正面方向の敵艦に放たれた6発の重力衝撃波は、最大射程での砲撃にも拘らず敵駆逐艦の1隻に食らい付き、その身を打ち砕いて宇宙の藻屑と変えている。

 初弾で命中弾を出すとは驚きだ。ヤマトの性能もそうだがクルーの練度もすこぶる高い。

 本当に半分民間人なのかと疑いたくなる程に。

 

 そして、その手応えに微かな違和感を覚えた後、守以外のクルーはそっと頷いた。

 あの秘密の暴露によって、クルー全員の目的意識がより磨かれ、一体感を増した。

 それは勿論我らが乗艦にして最大の戦友――宇宙戦艦ヤマトに対する理解が増した事も意味する。

 それ故か、今まで以上に馴染むのだ。

 ヤマトのメカニズムが。

 言葉を交わさずとも、触れて動かすだけで何となくわかるのだ。

 微妙な、計器にすら表示されないような誤差や機器の個体差といったものが。

 

 ヤマトはクルーの意志を受けて力を増す。とは聞いていたが、こんなにもはっきりと体感出来るとは。

 

 ――どうやら、フラッシュシステムがこの間の使用で皆さんと最適化し始めた様です。システムを通して、より交感能力が高まっているようですね――

 

 最早驚く事も無い。ヤマトの言葉にクルーはこの奇妙な一体感の正体を知る。

 如何に霊性を持つヤマトでも普段からこんな事は無い。

 精々「沈まない」「使命を果たす」等といった気持ちに答え、誤差の範囲内で耐久力と防御力を増す事がある程度。

 それが、クルーとの間でこのようなリンク果たすとは。

 

 ――これが、人とマシンを繋ぐフラッシュシステムの威力なのか。

 

 ヤマトは対空火器をフル活用して弾幕を形成しながら宇宙を進む。

 第三艦橋の小型プローブ発射管に装填していたハッキングプローブをバラン星基地に向かって撃ち込み、システムへの干渉と情報の引き出しに掛かる。

 以前ハリが指摘した様に、無線でガミラスのシステムに干渉して掌握する事は未だに難しい。

 ヤマト本体の通信機器の改修が必要であるし、それ専用に特化したナデシコCに比べると、どうしてもヤマトのコンピューターと無線容量の規模が足りない。

 だが、補助端末を搭載してヤマトとの通信を確立したデバイスを打ち込めば話は別だ。

 負担が大きく完全掌握は望めないまでも、こういった状況で情報収集したり部分的に相手を掌握する事自体は不可能では無いのだ。

 

 「プローブの打ち込みに成功。敵システムに侵入して情報の取得を始めます」

 

 ワープ前からECIに降りていたルリが、システムと自身の技能をフル稼働させて早速情報取得にかかる。と言っても機密情報には目もくれない。

 欲しい情報は民間人の規模と避難状況。ヤマトが救助活動をするべきか、それともこのまま戦い続けた方が良いのかの判断材料だけだ。

 

 念のため、波動砲は識別が容易な派手なオレンジ色の封印プラグを差し込んで封鎖している。

 封印プラグは文字通り波動砲を封印するための装備。

 かつてヤマトがアクエリアスの水柱を断ち切る為に使用した閉鎖ボルトと違って、外部から発射口を完全に閉鎖して密閉状態にしてしまう。

 外部から差し込んでいるのと、緊急事態を想定して強制排除出来るようにはしてあるし、嵌めたまま発砲しても暴発のリスクはさほど大きくないが、これは急増品故そこまで徹底して作りこめなかった事と、決意表明として取り付けただけの代物だからだ。

 

 こうやって波動砲をわかり易く封印すれば、バラン星基地にとって――ガミラスにとって最も恐れる最終手段をヤマトが行使するつもりがないというパフォーマンスが出来る。

 そうすれば、少しはこちらの誠意が伝わるはずだ。

 

 とはいえ敵艦隊の規模が予想よりも大きい。波動砲無しでこの局面を打開するのはかなり厳しいが、ヤマト側の判断で波動砲を解禁すれば誠意もへったくれも無い。

 何とかして凌ぐ!

 

 「コスモタイガー隊、発進開始するぞ!」

 

 解析作業開始と合わせて、やはりワープ前に発進準備を整えていたコスモタイガー隊の発進が始まる。

 あらかじめカタパルトレーンに待機していたアルストロメリア、スーパーエステバリス、エステバリスカスタムのイズミとヒカル機は装備の確認を完了した後、発進準備完了の合図を出す。

 それを受け取った管制室の操作でカタパルトレーンが傾斜してスロープを造り、格納庫と区切るシャッターが閉鎖され、減圧を開始。

 減圧完了後、発進口が開いて4機の人型機動兵器が宇宙空間に踊り出す。

 今回の発進の注意点の1つが、ヤマト下方にあるバラン星の基地だ。

 うっかり勢いよく発進し過ぎると衝突する危険がある。ヤマトは今、基地上空1500m程の至近距離を飛んでいるのだ。

 

 同時に、格納庫から通路を通って上甲板のカタパルトへと誘導されたGファルコンDXとGファルコンGXの2機が、カタパルトの上に接続される。

 バリエーションが無いダブルエックスはともかく、エックスの場合は防空戦闘に特化するのなら、サテライトキャノンを装備した状態よりもディバイダー装備の方が都合が良いのだが、ディバイダー装備はエステバリスに回したいと考えサテライト装備での出撃と相成った。

 この戦いで使用する予定が無いとはいえ、バランスが崩れる事を嫌ってサテライトキャノンの砲身が付いたままだ。発射口はヤマト同様、簡易ではあるが外部からでも容易に視認出来るオレンジ色の砲栓で塞がれ発砲は出来ないようにしている。

 切り札を使えないのは不安といえば不安だが、元々サテライトキャノンに頼り切った軟弱な思想の元戦っていないので、意外と気持ちは落ち着いている。

 いざとなればありったけの弾薬をぶん撒いてどうにかするだけだ。

 

 ガンダムを乗せたカタパルトが旋回してヤマトの斜め前方に指向する。任務は勿論基地の防空戦闘だ。

 

 「ヤマトが軍の指揮系統から半ば外れてて良かった瞬間だよな!」

 

 「ああ。でなきゃ、利敵行為で一気に反逆者だもんな! 反逆経験者だけどよ、俺達は!」

 

 2人は軽口を叩きながらも手早く準備を済ませ、機体のメインスラスターを点火。カタパルトによってもたらされる加速も活用して、先に出撃したはずの機体をあっさり追い抜いて敵編隊に突っ込んでいく。

 

 次々と後続の艦載機を放出しながらヤマトは基地上空から決して離れず、外部からの探査で民間人居住区だと判断したグラスドームを有する区画を中心に防空戦を挑む。

 ヤマトに敵の目を引きつけて基地への攻撃を軽減すべく誘導を試みたが、数で勝るからか、それともヤマトが1隻と舐められているのか、あまり食い付いてこない。

 止むを得ずヤマトは、改良されて弾薬投射量が桁違いに増えたパルスブラストを拡散モードで撃ちまくり、とにかく敵爆撃機(用途からそう分類した)の進路を阻み、煙突ミサイルや舷側ミサイル発射管からバリア弾頭を撃ち出して防御スクリーンを展開、時には自ら盾となり、とにかく少しでも被害を抑えるべく奮戦を続けた。

 敵の爆撃機は航空機と言ってもかなりの巨体を持っている。それ故か出力が高く、触覚のような触腕のような形状をしたビーム砲を主兵装として使っているため、多少進路を変えたとしてもフレキシブルに対応して攻撃してくるし一撃が重い。

 それでも重力波砲のパルスブラストなら射線を逸らしたり衝突時に一方的に打ち消せるので、弾幕を形成する価値は見出す事が出来たのが、不幸中の幸いであろうか。

 

 

 

 

 

 

 そんなヤマトの姿を見て、ゲールはギリリと歯を鳴らす。

 自分に恥を掻かせたヤマトをこの場で討ち取ってやりたい衝動に駆られるも、ドメルからの命令もそうだが、今ヤマトと敵対しても何のメリットも無い。

 

 ――ヤマトが庇ってくれなければ、あの居住区は長くは持たない。

 如何に襲撃を警戒して強固に造られているとはいえ、本来攻撃を凌ぐはずの防御シャッターや防御フィールドの展開も間に合わぬタイミングでの攻撃を受け、防御能力を殆ど活かせていない。

 ――隠蔽用の岩塊が無ければ致命傷だっただろう。

 何度司令室からシャッターを操作しようとしても、構造材が歪んだのか大半が動作不良で使い物にならない。現場に工作隊を送り込んで応急処置したくても火災のせいで遅々と進まず、辛うじて展開したディストーションフィールドも出力が上がり切らない。

 出撃させた防空部隊をもってしても被害をどれだけ抑えられるか……。

 

 ……ゲールとて誇りあるガミラスの軍人。総統への忠誠心に誓っても、民間人に犠牲を出すわけにはいかない。

 

 正直な話、ヤマトが助太刀してくれて大助かりなのだ。

 民間施設の防衛に手を貸す、等と断言していた事から察するに、こちらの通信を傍受して解析した事は疑いようが無い。

 ――解析出来たという事は、ヤマトも相当ガミラスに対する理解が進んでいると見える。

 さらなる脅威となる前にここでヤマトも沈めたい気持ちをぐっと抑え、ゲールは防空戦闘機や黒色艦隊を迎え撃つために出撃した艦隊に対しても「ヤマトには絶対に攻撃するな! 今ヤマトに心変わりされたお終いだ!」と厳命せざるを得なかった。

 敵は恐らくヤマトも狙う。

 敵の攻撃が少しでも分散してくれればこちらとしては儲けものだ。

 それに……今のヤマトは最大の武器であるはずのタキオン波動収束砲を塞いでまで休戦を訴えてきた。

 ……こうなってはこの場限りは共闘するしかない。やけっぱちだ! 

 

 「ゲール副司令、第15区画と繋がる隔壁が損傷していて、民間人と救助に向かった兵士達が取り残されています!」

 

 部下からの報告にゲールはすぐに対処する様にと工作班を向かわせることを指示する。

 しかし、そこに至るまでの通路も多くがガレキと炎で塞がれ、このままでは間に合わない。

 ドックには近いのだが、港内には非難に使う予定だった民間船が敵弾によって損傷し座礁してしまった。構造材に食い込んでしまっていて、撤去して別の艦を入れるのにも時間が掛かる。

 非常にまずい状況だ。

 額に青筋を浮かべながらゲールは必死に頭を巡らせる。

 だが残念な事に、地道に努力を続ける以外の策が全く浮かんでこなかった。

 

 

 

 

 

 

 「艦長代理、どうやら第15区画に大勢の民間人と救助に向かった兵士が取り残されているようです。総数は不明ですが、基地の自己診断システムや無線・有線含めた報告を傍受する限り、救助活動が難航しているようです」

 

 ルリからの報告を受けて、進はさらに詳細な情報が無いかを問い質す。ルリは頷いた後ハッキングによって得られた情報と、内部の構造を報告する。

 

 「……むぅ。このペースでは手遅れになるやもしれん。艦長代理、ヤマトで近くのドックに入港して救助活動をした方が良い思う。ロケットアンカーを上手く使えば、座礁した艦を引き抜いてヤマトが入れるはずだ。我々なら小バッタを駆使して迅速に障害物を除去して救出が可能だ。やる価値はあるぞ」

 

 「エアロックの制御システムへの干渉は可能です。接舷さえ出来ればヤマトに避難させることは難しくはありません――乗ってくれれば、ですが」

 

 ルリは基地内部の大気成分などを調べてみたが、ヤマト艦内とさほど変わりない、地球型の大気である事が伺える。これなら、接舷してガミラス人を艦内に入れてもヤマトクルーに悪影響を及ぼす危険は小さい。

 とはいえ、兵も入れるとなれば内側から制圧される危険性も十分に出てくる。ヤマトクルーは半分民間で構成されている都合、白兵戦となれば存外脆い。

 ハイリスクではあるが――。

 

 「やるしかない。見殺しにするのなら最初から来たりしなかったさ……ヤマト、第15区画付近のドックに向けて全速前進! コスモタイガー隊は全力を挙げて防空に努めるんだ! バラン星基地にもその旨を伝えて協力を要請するんだ!」

 

 「了解! ヤマト、第15区画付近のドックに向けて、全速前進!」

 

 大介は指示通り操縦桿を操り、ヤマトをドックに向けて進ませる。本当に救助活動をする事になるとは思わなかったが、これも何かの天命であろう。

 幸いと言うか、良いタイミングでガミラスの艦隊がワープアウトしてきた。

 これならこの場は任せても大丈夫だ。結果的に共闘した艦隊と航空隊も壊滅には至っていない。

 

 ヤマトが動き出す頃にはようやく脅威と認めたか、敵航空部隊もヤマトに合わせて移動してくる。

 正直、今は有難く無いが来たものはしょうがない。丁重に迎撃させて頂く。

 大量の散弾を吐き続けるパルスブラストの、数百にも及ぶ重力波の砲弾が雨あられと敵航空部隊に襲い掛かっていく。

 

 ヤマトとて、この航空攻撃に晒され続けた事で多少の損害を被っている。

 元よりビーム兵器に対しては異様に頑強なヤマトでなければ致命傷になっていたかもしれない。

 敵がヤマトに攻撃を集中しなかった事と、散弾モードによる圧倒的な弾幕を形成出来るようになったパルスブラストの活躍のおかげで、装甲表面に浅い傷が出来た事と、アンテナやマストが多少欠けたくらいで済んでいるが、威容に頑強なヤマトに短時間でここまで手傷を負わせているという事実から考えれば、敵航空部隊の火力の高さが伺えるというものだ。

 ――近づかれるのはありがたくない。

 収束モードを迎撃に混ぜつつ、コスモタイガー隊と連動して出来るだけ遠くで迎撃したい。

 敵はなおもワープで送り込まれてきて、ヤマトとコスモタイガー隊、そしてバラン星基地を翻弄する。

 幸いな事に、コスモタイガー隊には単機の性能としては彼らすら凌ぐガンダムがある。

 エアマスターとレオパルドは最終調整中でまだ出せないが、ダブルエックスとエックスが懸命に抗っている。

 

 ヤマトは全力で敵爆撃機の猛攻を凌ぎながら、全速でドックに向かった。

 

 

 

 月臣はアルストロメリアのコックピットの中で迫り来る敵機を見詰め、可能な限り最速で撃墜していく。

 敵がガミラス戦闘機の軽く3倍と大型の機体、火力と射界の広さに攻め難さを感じるが、喰らいつく。

 改修を重ねて強化された機体に、ディバイダーとビームマシンガンの生み出す絶大な威力。そして月臣も異星人の宇宙戦闘機の能力に慣れてきた事もあって、冥王星くらいまで常に感じていた非力さはもう感じない。

 そして今は、何よりも心構えが違う。

 

 思い返すのは自身の分岐点となった、白鳥九十九の暗殺。

 戦争の行く末をめぐってすれ違いが生じた結果、月臣は草壁春樹の思惑通り、無二の親友だった彼の命を奪ってしまった。

 

 ――幾度後悔した事だろうか。

 何故もっと理解を示してやれなかったのか。

 あの情勢下において九十九の考えは決して浮世離れしていたわけでもない。地球との和平を模索する声は他にもあったのだ。

 

 だが、徹底抗戦を訴え遺跡を手に入れさえすれば勝てると考えていた草壁一派と――何の疑問を抱かず、いや、疑問を抱いていたとしてもそれを押し殺して“木星の正義”に固執してただ敵を倒す事しか考えていなかった自分。

 

 月臣とて現実と理想の狭間で苦しんでいたが、結局“正義”を盲信して過ちを犯してしまった。

 その罪悪感に苦しみ、罪滅ぼしをしたくて――アキトとユリカが火星の遺跡上空での(何故か生放送された)痴話喧嘩からのラブロマンに心打たれて――熱血クーデターを起こして木星を改革した――つもりだった。

 結局一番の危険分子である草壁を取り逃がし、火星の後継者の蜂起を未然に防ぐ事すら叶わなかったが。

 

 戦いが終わってすぐに始まったガミラス戦においても、最前線に立つ事は無かったが最後の希望を繋ぐべく水面下で手を尽くし続け、今、ヤマトと共にある。

 

 あの時とは色々と情勢が変わったが、敵国との和解を求めて戦うという状況が記憶を呼び起こす。

 まさか、自分があの時の九十九と似たような立場に立とうとは考えもしなかった。だが、だからこそ……。

 

 「過ちは、繰り返さん……!」

 

 呟いて月臣は眼前の敵機に右手のビームマシンガンを発射しつつ接近、左手のディバイダ―からハモニカブレード、拡散グラビティブラスト収束モードを胴体に撃ち込み粉砕する。

 制御を失った機体を居住エリアに墜落させるわけにはいかないので、確実に粉砕するのだ。

 

 (九十九。俺は2度と過ちを繰り返さない。この戦いの果ての結果が決裂であったとしても、そう断言出来るまでは和平の道を模索する。お前の――親友だった男としてのけじめだ)

 

 決意を胸に月臣はアルストロメリアを駆る。この戦いの果てに、良き結果がもたらされる事を願って。

 

 

 

 同じような気持ちを抱えながら、ヤマトは奮戦していた。

 戦いを終わらせるための手段では最も難しいともいえる手段。

 多少の裏工作がされているとはいえ、地球連合政府の承認の無い独断専行、反逆にも等しい行為。

 

 だが、それでも今はやるしかない!

 

 このままガミラスとの戦争が続けばコスモリバースで地球を一時救ったとしても、いずれ地球は滅ぶ。

 それを回避するためにも今は出来る事をしなければならない。

 旧ナデシコクルーは、かつて木星との和平を考えて連合政府に反旗を翻した時の事を思い出す。

 

 ――今度は、良き結末に至れることを切に祈って……。

 

 

 

 アキトは仲間達とは少し離れた所で、次々と襲い掛かるビームを避け、時には盾で受け止めながら敵機を退けていく。

 基地施設は広大で、たった26機のコスモタイガー隊だけで全域をカバーするのは不可能だ。

 おまけに敵機が巨大な分本体も頑丈、ディストーションフィールドとは異なる偏向フィールドの類を完備していて、ガミラス機よりも全体的に打たれ強い事も向かい風となっていた。

 さらに防空隊が出てきたことを察知してか、戦闘機と思しき比較的小型で小回りの利く機体も参加する様になってきて、戦局がさらに悪くなる。

 

 となれば単独で最も優れた戦闘能力を持つGファルコンDXと、単独での作戦行動に慣れているアキトの組み合わせに大活躍して貰う他なかった。

 眼前の敵機はガミラス機と比較しても異質な形状で、円盤だったりイモムシを連想させるような形状かつ、見るも不気味な黒一色の機体だ。

 触覚みたいなビーム砲も生物的な意匠に繋がって不気味さを増している。

 しかも巨体の割に小回りが利くのが嫌らしい。

 しかし――。

 

 「……本当は、こういった施設を破壊するために造られた機体なんだよな? ダブルエックス……お前、今真逆の事してるぞ」

 

 嬉しそうに呟きながらアキトはダブルエックスを操る。

 この間の大規模修理の際、ダブルエックスは細かい部分でアップデートを受けてポテンシャルを増していた。

 駆動系や推進系、マザーボードやCPU、ついでに相棒として付き合いの長いラピスがOSを微調整と、あまり目立たないが機体の応答性が多少なりとも向上し、よりアキトの感覚に繊細に着いてきてくれるようになった。

 おかげで今までよりも少し余裕をもって、この猛攻に対処出来ている。

 

 多少の被弾は持ち前の頑強さで耐え凌ぐ。

 対艦・対施設用途思われるビームはかなり強烈で油断ならないが、ダブルエックスなら1撃程度で沈みはしない。

 それにダブルエックスにはディフェンスプレートという優秀なシールドがある。シールドで防げれば機体へのダメージは抑えられる。

 何発か被弾したディフェンスプレートの表面には弾痕が幾つも刻まれているが、もう少しくらい持つ。

 

 「――まあ、それが俺達の道なんだけどな。お前も不服無いだろう、ダブルエックス」

 

 正直な気持ちを述べるなら、やはりこのダブルエックスを任されているのは複雑な気分だった。

 この機体は戦略砲撃機。

 ボソンジャンプにすら対応しているこの機体は、その気になればアキトが行った敵重要拠点の強襲と同じ事を、より容赦ない形で実現し得る機体なのだ。

 

 ボソンジャンプとサテライトキャノンの組み合わせは、神出鬼没さと戦略砲の絶対火力を同時に行使出来てしまう、ある意味ではヤマトすら上回る危険な組み合わせだ。

 ボソンジャンプはボース粒子反応によってその兆候をある程度捕捉出来るとはいえ、気付いてからでは身構えるのも一杯一杯になる事が多い。

 ワープに比べても跳躍自体の自由度が遥かに高いのも、それに拍車をかけている。

 その気になれば至近に出現することも出来るし、ダブルエックスの場合はサテライトキャノンを安全かつ効果的に使える場所へのジャンプが出来るだけで良い――それなら、ジャンプへの警戒の穴も付け、安全にその大火力を行使して相手を蹂躙する事が出来るのだ。

 

 ダブルエックスがボソンジャンプに対応しているとは終ぞ知る事は無かったとはいえ、全長が10m程度の小型機が戦略砲を装備して自由に行動出来るという事の危険性に感づいた、シュルツの目は確かだった。

 

 勿論アキトがその危険性に気が付かない事も無く、その事を敵に察知され、より警戒を強めてしまわないようにと、敵の目を忍んでいたカイパーベルト内での資源回収以外では、ダブルエックスでのジャンプを控えてきた。

 勿論かつての自分の行い――ターミナルコロニーへの襲撃がフラッシュバックしたのも理由ではある。

 

 言い換えればそういった経験を持っているアキトだからこそ、戦争を一変させる強大な力であるボソンジャンプとサテライトキャノンの戦略級打撃力、ガンダムの他と隔絶した圧倒的な戦闘能力の組み合わせの危険性を制御出来たと言っても良い。

 だからこそアキトは、自身への戒めとして――そして何よりこの強大な力を間違った方向に使わないようにと、ダブルエックスを愛機として使い続けて来た。

 ――今では、それなりに愛着も生まれた。

 

 (過ちは……繰り返さない)

 

 1度は間違えた自分だからこそ、こいつには間違いを犯して欲しくない。

 

 無論、ガミラスが話の通じない無情な侵略者であるのなら、アキトは罪を背負ってでもユリカ達と生きる世界の為に……サテライトキャノンの引き金を引ける。例え後で良心の呵責に苦しみのた打ち回る事になったとしてもだ。

 しかし、ガミラス人との間に友好が結べる可能性を否定出来る根拠は――今は無い。

 彼らは地球に対しては無慈悲な侵略者であったが、祖国の為に命を懸けて戦える程の忠誠心や愛国心を持っている事はわかっている。

 命を投げ出すような戦いを後押ししたのが、独裁政治故に撤退が許されないという背景も否定出来ない。

 だがアキト達はそれ以上に、祖国の脅威たるヤマトを何が何でも排除しようとする“熱意”の様な物を感じた。

 単に撤退出来ないから自棄になったというのなら、あんな戦い方は出来はしないだろう。

 

 そんな連中なら、ヤマトと同じ理由で戦える連中だというのなら、もしかしたら和解出来るかもしれないと考えるのだ。

 後は、ユリカがヤマトの記憶の中で垣間見たというガミラスとの共闘の記憶が、この世界でも通用する事を祈るしかない。

 

 「希望の灯を護るためだ! やるぞダブルエックス!」

 

 アキトはコンソールパネルを操作して、今までは停止していたフラッシュシステムのスイッチを入れる。

 結局改修で搭載してからも、IFSとの微妙な干渉が見られてあまり機体制御に有効とはいえなかったフラッシュシステムだが、アキトは本来2人乗りで連携するのが前提のGファルコンとの合体に着目した意見を工作班に提出し、改めて調整を重ねた事である意味フラッシュシステムの真骨頂と言うべき使い方を確立した。

 

 「ドッキングアウト! コンビネーションで行くぞ! Gファルコン!」

 

 普段なら出撃中は合体したままで運用されることが多いGファルコンをドッキングアウト。ダブルエックスはGファルコンの上に立ち乗りする形で敵陣に突っ込む。

 合体していない為スラスターの同期も出来ず機動力は低下するが、ダブルエックスの足や腰の動きを利用してGファルコンをボードの様に乗りこなす事で、姿勢制御スラスターと合わせてアクロバティックな機動で攻撃を掻い潜る。

 ヘッドバルカンやブレストランチャーも駆使して牽制をかけ、機体を後方宙返りさせてGファルコンだけを先行させるようにして飛ばす。

 

 当然先行したGファルコンに火力が集中するが、“フラッシュシステムを介してアキトのイメージで制御された”Gファルコンは、それを軽やかな機動で回避しつつ、機首の大口径ビームマシンガンと拡散グラビティブラストを発射して敵機を撃墜、または回避行動を誘発させる。

 回避行動で乱れた敵に、後方のダブルエックスからブレストランチャーと専用バスターライフルの銃撃を浴びせる。

 元々地球製機動兵器用の火砲としては最強クラスの武器だけあって、暗黒星団帝国の軍勢にも通用している。

 攻撃しながら敵陣を1度突き抜けたGファルコンは、ダブルエックスの攻撃中にターンして今度は後方からミサイルも交えた攻撃を繰り出し、さらに敵の混乱を誘う。

 混乱した敵陣に突っ込むダブルエックスは、ようやく実戦投入された不遇のオプション兵器――ツインビームソードを左手に携えビームを出力、すれ違いざまに敵爆撃機を力任せに両断する。

 

 グリップとハンドガードでφのような形を作るツインビームソードは、上下に備わった発生機からハイパービームソードを上回る出力のビームを出力する、最強の近接戦闘兵器だ。

 上下の刃の扱いが少々難しい武器だが、上下から刃が出ている事を利用した連続攻撃は、刀身が1つしかないビームソードよりも“決まりさえすれば”遥か上をいく威力を叩きだす。

 他にも寝かせた状態で正面に構えるなどすれば、左右に位置する敵機をすれ違いざまに同時に切れたり、手首を高速回転させて簡易ビームシールドとしても使えるなど、少々燃費が悪い事を除けばかなり利便性が高い武器だ。

 本体が小さいので軽量でもあるし、当初は無かった仕様なのだが、実戦投入されなかった間に真田の手で改造され、ハンドガード部分にもビームを誘導して巨大な弓のような大剣としても使えるようにされていた。

 何でも対艦攻撃用のごり押しモードである他、「本当はロケットパンチと組み合わせて……」とか言っていたが、特にダブルエックスにそういった機能は追加は無い様子。

 ……流石に自重したか。というか元ネタは何だ。ゲキガンパンチにそんな仕様は無かったはずだ。

 

 アキトはダブルエックスに向けられたビームを、最大出力のフィールドを纏ったディフェンスプレートで受け止める。

 ――流石に対艦・対施設攻撃用と思われるビームの直撃だ。度重なる被弾にディフェンスプレートもボロボロになり、シールドの接続部がギシギシと軋みを上げる。

 アキトはこれ以上ディフェンスプレートによる防御は無理と判断して、振り抜きざまに左腕との接続を解除して敵機の眼前に投げ飛ばす。

 投げ飛ばされたディフェンスプレートは回転しながら慣性で宇宙を飛翔した後、機体への直撃コースだったビームと相打ちになって宇宙に散る。

 代わりに左手のツインビームソードを回転させて巨大なビームシールドを形成して何とか攻撃を防ぐ。

 今背後にビームが抜かれると、施設に被害が出てしまう。

 アキトは右手のハイパービームソードをマウントに戻し、再びバスターライフルを再装備する。

 ――流石にエネルギーパックの残量が心許なくなってきた。出撃中に急速チャージ出来ない仕様が恨めしい。改良を要望しておくか。

 

 アキトはフラッシュシステムで連携したGファルコンとダブルエックスを気合いで操りながら敵編隊を翻弄していくが、如何せん限界が来た。

 フラッシュシステムによる遠隔制御は意外と使えるのだが、搭乗機の制御と並行して別の機体を思考コントロールするのはかなり辛い。

 人間、なかなか別の事を並行して考えていられないものだ。

 

 これ以上の無理は危険と判断したアキトは、何とかGファルコンと合流して再合体する。

 

 「オートを併用しても、5分が限界か……!」

 

 もっとこの連携の持続時間を延ばせるか、状況に応じてより綿密に織り交ぜていけるのならさらにGファルコンDXの戦闘能力を増せるとは思うのだが、如何せんまだまだそれを可能とするだけの経験値がアキトにも工作班にも絶対的に足りていない。

 

 「リョーコちゃん、そろそろ合流する。これ以上は無理だ……!」

 

 「わかった! すぐに戻って来いアキト! 無理して撃墜されたらシャレにならねえ!」

 

 苦戦しているのか、語気も荒く合流を認めたリョーコに返事をすると、アキトは機体を収納形態に変形させ、最高速で部隊と合流を図る。

 戦術モニターに映るヤマトの機影は、ドック内に侵入しようと速度を落としている。

 

 「くそっ、何とかして港とその周辺の安全を確保しないと」

 

 アキトは合流した仲間達と一丸になって未だに襲い掛かる敵航空部隊を抑えにかかる。

 アキトは単独行動中に26機もの敵機を撃墜したが、苦労の割に敵の頭数を減らせていない。

 何しろ護衛の戦闘機が鬱陶しいし、爆撃機の頑丈さと攻撃の激しさもある。ガンダムの戦闘能力が無ければ半分も落とせなかった事だろう。

 

 リョーコもとっくに気付いているが、好き放題攻撃した後の機体は早々に撤退している。

 恐らく補給に戻っているのだろうが、次々と敵機が送り込まれてきているため追撃出来ない。

 

 ――波動砲やサテライトキャノンといった数の暴力を覆す絶対の切り札が使えない事が、彼らの消耗を否応なく大きくしていた。

 

 

 

 

 

 

 ヤマトが救助活動のため移動を開始した直後、ドメル率いる対ヤマト決戦艦隊がバラン星に緊急ワープで帰艦した。

 

 「これほどとは……!」

 

 目を覆う惨状にさしものドメルも悔し気に唇を歪める。

 敵航空部隊が出現した瞬間の観測データから、それが瞬間物質移送器によるものだとすぐに判明した。

 それだけに自身が考案した瞬間物質移送器の威力をまざまざと見せつけられる形となり、自身の発想が正しかったことを証明すると同時に、敵に回した時の恐ろしさを嫌というほど突き付けられる形になってしまった。

 

 「ドメル司令、あの瞬間物質移送器の対抗策は考案されていないのですか?」

 

 戦闘空母の艦長であるハイデルンが問いかけてくるが、ドメルは首を横に振るしかない。

 

 「対抗策は考案していない。あれはボソンジャンプの様に特定範囲内での出現を封じるカウンターが用意されていない。ワープの空間歪曲反応や重力振を検出して使われた事を知ることは出来ても、そこから対処するには並外れた対応力を求められる。ワープの航跡を追跡したくても、規模の小ささもあるしエコーを捉え難い様に転送する考えがあれば、それすらままならない。強いて欠点を上げるなら、片道一方通行故、敵を殲滅出来なければ帰る事が出来ないという程度だ。それも、俺が考えていたように波状攻撃を加え、退却中の部隊への追撃を許さず、ローテーションを組んで相手が倒れるまで攻撃を浴びせ続ける。もしくは最初から撤退が不要な爆弾や機雷の類を送り込んで相手の行動を制限する等、運用次第ではカバー出来てしまう」

 

 ドメルはゲールから送られてきた敵航空部隊の動きから、自身が対ヤマト用に考案していた戦術とほぼ同じ行動をしている事を見抜いていた。

 

 「見ろ。あの黒色艦隊所属の航空隊も波状攻撃を続ける事で弾薬を使い切った機体の撤退を助けている。ヤマトの航空隊も攻撃を防ぐのに手一杯で撤退中の部隊を攻撃出来ていない。彼らも防空を優先しているが故に、追撃よりも迎撃を優先せざるを得ないのだ……このままでは相手の弾薬が底を尽きるまで、一方的に蹂躙され続け、我々は壊滅してしまう」

 

 元々試作兵器だったのだ。十分に研究してカウンター手段を含めた戦術を構築するには圧倒的に時間が足りない。

 だが、運用側ですらカウンターが難しいという性質だからこそ、ヤマトに対しても有用である――というよりはそうでもしなければ少数先鋭の戦力であの強敵を葬り去る事が出来ないと考えたからこそ、引っ張り出してきたのだ。

 それが第三勢力の手に渡ってしまうなど、流石に予想出来なかった。

 

 「ドメル司令! ヤマトが逃げ遅れた民間人の救助活動をすると言っていますが……」

 

 流石に判断に詰まったのだろう、ゲールがドメルに助け舟を求めてくる。

 だが無理もない。ヤマトはガミラスにとって最も脅威とみなされている存在なのだから。

 

 「……要請に応じろ。誘導に向かった兵達にも連絡して、ヤマトに乗れと伝えるのだ……良いか、内部から制圧しようとは考えさせるな。この戦い、地球を救うだけならヤマトにとっては無益でしかない。にも拘らず自ら進んで参戦し、このような振る舞いをしてくれるという事は――」

 

 「まさか!? ヤマトはガミラスとの講和を求めているとでも言うのですか!?」

 

 すぐにドメルの言わんとすることを察して驚きの声を上げるゲール。だが、そうとでも考えなければヤマトの行動は説明がつかない。

 あのタキオン波動収束砲を封じているという事も、それを裏付ける。

 

 「その可能性が高い。ともかく今はヤマトを味方として扱う。向こうの言い分通り、一時休戦して共通の敵を排除するのだ」

 

 ドメルの命令にゲールも「りょ、了解しました!」と応じてすぐに部下に指示を出していく。

 

 

 

 「……気に入らねえが、あそこの連中を救う為だ。今だけは見逃してやるぜ、ヤマト」

 

 愛機のコックピットで待機していたバーガーも不満不平を露にしながらも、軍人としての責務を果たす為今だけはと抑え込む。

 

 これが終わったら、決着をつけてやる。

 

 この程度の行動でガミラスがヤマトの要求に応じるとは考えていない。たかが戦艦1隻に屈するなど、ガミラスにあってはならない屈辱だ。

 バーガーはそう考えながらも愛機をカタパルトに接続させ、猛烈な加速と共に母艦を離れて敵艦隊に向かっていく。

 基地の防空は第一空母が搭載しているDMF-3高速戦闘機に任せて、バーガーはクロイツが指揮するDMT-97雷撃機の部隊と協力して駐屯艦隊と交戦中の黒色艦隊に対して攻撃を仕掛かけて撃滅する。

 ガミラスの未来のために、この基地を落とさせるわけにはいかない!

 

 帰還したドメル艦隊と所属する航空部隊は、結局シェルターに入れず、民間船も使って港を出航せざるを得ない状況に立たされた民間人を護るべく防御陣形を敷き、ヤマトと入れ替わりになる形で基地の盾となって戦闘を開始した。

 

 

 

 

 

 

 「ロケットアンカー射出!」

 

 進の指示で第15区画に最も近いドックに侵入したヤマトは、座礁している艦船をロケットアンカーで引き摺り出そうと悪戦苦闘していた。

 真田の思惑通り、ロケットアンカーで引きずり出すことは出来そうなのだが、破損して脆くなった艦船をそのまま引きずり出す事は難しく、左右のチェーンの長さやらヤマトの姿勢を幾度も微調整する。

 

 「よし……! 引き出せそうだ……!」

 

 大介は苦難の末、何とか座礁船を引き出す事に成功した。

 引き出した民間船は乗員の反応が無い事を確かめてからドックの外に放り出し、すぐにリバーススラスターで逆進しながら慎重に連絡橋の位置に右舷後方の搭乗口を合わせ、機能しなくなったドックのガントリーロックの代わりにロケットアンカーを壁面に打ち込む。

 続けて姿勢制御スラスターとアンカーの巻き取りでヤマトの位置を十数㎝単位で微調整した後、艦体を固定させた。

 ルリもヤマトが固定された後ドックのシステムを遠隔操作して連絡橋を伸ばしてヤマトのハッチに接近させるが、規格の違いからこのままでは安全な接続を確立出来ないと告げる。

 

 「よし! ここからは俺達の仕事だ!」

 

 「艦長代理、医療科も準備完了です!」

 

 艦内管理席から立ち上がった真田と、受け入れ態勢を超特急で完了した雪の声を聴き、進はすぐに救助活動の開始を指示した。

 規格が異なる連絡橋のエアロックに接続するため、工作班は破損部を一時的に覆うためのカバーを持ち出して、エアロックと乗員ハッチの周囲に覆いを作って気密を確保出来るようにする。

 カバーは1気圧程度の圧力で破れたりしないし、接合部は電磁石やあり合わせのパッキンを駆使して密着させている。応急処置だが十分な機能を発揮出来るはずだ。

 覆いが出来た事を確認したルリは、システムに侵入して双方のエアロックを解放する。

 

 そうやって繋がった連絡橋の中を工作機械を担いだ工作班と、護衛兼労働力の戦闘班にファーストエイドキットや担架を持った医療科、そして建材撤去要員の小バッタの軍団が、道を阻む瓦礫や炎を退けつつ、一斉に駆けて行く。

 全員がルリとイネスが手掛けた翻訳機を身に着ける事を忘れない。上手く動いてくれれば良いが……。

 

 「そこの通路を右です」

 

 システムに侵入しているルリからのナビゲートを頼りに、ひたすら施設内を突き進んでいく。そうやって幾つもの分岐を超え、爆発の衝撃で施設が揺れる事に恐怖しながら進んだ先に、民間人の大群とそれを導いていた兵士達の姿が見える。

 ――小さな子供もいるようだ。急がなくては。

 兵士の何人かが驚いてこちらに銃を向けるが「ドメル司令からの命令を忘れたのか!?」と他の兵士が制止する。

 翻訳機も何とか機能しているようで言葉が通じる。これなら何とか誘導出来るだろう。

 

 「我々は地球の宇宙戦艦ヤマトのクルーです! ここは危険です! 早くヤマトの中に避難して下さい!」

 

 地球の戦艦と聞いてはっきりと民間人の顔に恐怖が浮かぶ。

 流石に自分達が戦争している国の名前くらいは知っている様子。報復を恐れているのだろうが……。

 

 「……ドメル司令から指示を受けている。今は、諸君らの厚意に甘えさせてもらう」

 

 渋い表情ながらも、この隊の隊長と名乗る兵が敬礼をしながら答える。持っていたアサルトライフルらしい銃をベルトで肩に下げて銃口を上に向けている。

 ドメル司令と言うのがどういう人物かは知らないが、どうやらヤマトを信じてくれるようだ。

 

 案内するにあたって人数の確認もそうだが、負傷者が居ないかを確認しながら少しづつヤマトに誘導しなければ。

 やはりこれだけの攻撃に晒されているだけあって、火傷や切り傷を負った人も多く、骨折して自力で動けない人も居るらしい。

 医療科の面々はそういった負傷者に止血バンドを巻いて止血したり、簡易ギブスを施すなどして応急処置を行うと、消耗の激しい子供や怪我人を持ち込んだ担架に乗せて運搬を始める。

 こういう時、小バッタの頼りになる事なる事。そのパワフルさは障害物の撤去は勿論怪我人の運搬にも威力を発揮した。

 道中出来るだけ丁寧に処理して来た通路を、ヤマトクルーはガミラス人を誘導しながら戻り、何とかヤマトに辿り着く。

 

 だがヤマトに辿り着いたとしてもそれで済むわけではない。

 今度は戦闘配備中のヤマトの艦内に連れ込んだガミラス人を、邪魔にならない場所に誘導しなければならないのだ。

 連れ込んだガミラス人は総勢259人にも及ぶ。殆どヤマトの乗員数と変わらない人数だ。

 彼らを誘導する場所は予め検討していたが、やはり大きなスペースのある場所に優先して運び込む必要がある。

 

 とりあえず第一候補として挙げられたのは艦橋の基部にあり纏まったスペースを有する中央作戦室だ。居住区エリアに近く装甲に守られた場所と言えばここ以外に無い。

 それでもスペースは足りないので、外部に近く不安が残るが戦闘の邪魔に成り難い両舷展望室(防御シャッターは降りている)や食堂、挙句は心が痛みながらも廊下にシートを引いてそこに腰を下ろして貰う。

 負傷者は優先して医療室に運び込んで、医療科の面々が代わる代わる処置して必要ならベッドに寝かす。

 幸いヤマトはまだ装甲を貫通するような被害を被っていないので、ベッドを必要とする怪我人は出ていない。

 議論の末、兵士達の武装解除は敢えて行わない事にした。一応は敵国の戦艦である事を考えると、市民の精神衛生上彼らの存在が不可欠と判断しての事だ。

 勿論、彼らが艦内で暴れる事があればヤマトも無視出来ない損害を被る事になる。

 なので銃は許可したが、爆薬の類は引き渡しを訴えた。彼らも立場故か渋々ではあるが引き渡しに応じた。

 

 「ドメル司令が信じろと仰ったのだ。我々はその指示に従うだけだ」

 

 苦々しい表情であるが、それでも命令に従うあたりドメルという司令官は相当人望が厚いらしい。こちらとしては願ったり叶ったりだ。

 

 「第15区画に生存者はもう居ません。救助活動を終了しても良さそうです」

 

 監視カメラやらを総動員して内部の捜査を続けていたルリの報告を受けて、進も救助活動の切り上げを決定する。

 元よりこの状況下でドックに長く留まり続けることは出来ない。

 敵の攻撃はコスモタイガー隊の必死の活躍とガミラス艦隊の増援によってかなりマシになったとはいえ、なおも継続中でここも何時まで持つかわからない。

 

 それに外にいる黒色艦隊は、ヤマトが遭遇したよりも遥かに規模が大きい、500隻にも達する大艦隊。

 この区画が射程内に入るのも時間の問題だろう。

 その判断を裏付けるかのように、撤収を決定した直後、施設全体が大きく揺れた。

 

 

 

 「こちらコスモタイガー隊リョーコ! 敵艦隊の射程に基地が捉えられたみたいだ! 早く発進しないとドックが潰されるぞ!」

 

 リョーコは必死に敵航空隊の足止めをしながら警告する。

 GファルコンGXに合体してからでは抜刀するのが難しい大型ビームソードを常に左手に握らせ、右手に持ったシールドバスターライフルとGファルコンの武装をフル活用して弾幕を形成するが、数の暴力に押し負けて徐々に押し込まれている。

 そこに艦砲射撃が届くようになっては、もう防空戦どころではない。

 砲撃は勿論破壊される基地の残骸からも身を護る為、散り散りになって逃げ惑うしかない。

 それは援軍として現れたガミラスの戦闘機部隊も同じだった。

 

 サテライトキャノンさえ使えれば……!

 

 ついサテライトキャノンに頼りそうになって歯軋りする。頼りたくは無いと思いつつもこの有様だ。自分が情けなくなる!

 

 何度目かの艦砲射撃を回避する中で、破片に煽られて両手の装備を紛失してしまった。Gファルコンの武装が残っているとはいえ、ミサイルを撃ち尽くしてしまった今となってはビーム機関砲とグラビティブラストだけ。少々心許ない。

 見れば、合流したアキトのダブルエックスも同じような状態だった。それに、エックス同様装甲表面には細かい傷が刻み込まれている。

 敵の物量が違い過ぎる。このままでは押し切られてしまう。

 

 「こちらヤマト、これよりドックエリアを発進してバラン星の環に突入する。コスモタイガー隊は防空任務をガミラスに引き継ぎ、ヤマトに帰艦して補給を行え。これ以上の継続戦闘は危険だ」

 

 流石パイロット兼任だっただけはある。この戦闘の傍らでちゃんとこちらの消耗具合も図ってくれていたようだ。

 

 「了解!――野郎共、交代で補給に入るぞ! 消耗の激しい奴からだ! アキトは最初のグループと一緒に補給してすぐに再出撃だ! ガンダムは極力戦線に残す!」

 

 「了解! すぐに補給を済ませて戻ってくる!」

 

 アキトは文句も言わずにリョーコに従ってヤマトへの帰艦コースを全力疾走する。

 如何にガンダムと言えど、武器弾薬が枯渇した状況では満足に戦えない。

 Gファルコンのミサイルはともかく、ライフルくらいは再装備しなくては。

 

 

 

 「ヤマト、発進!」

 

 「ヤマト、発進します!」

 

 連結橋に繋いだカバーの回収も諦め、ロケットアンカーを巻き上げて艦体を自由にしたヤマトは、すぐに乗員ハッチを閉じて補助エンジンに点火して前進を始める。

 これ以上この場に留まると、構造材に道を塞がれてヤマトも身動きが取れなくなってしまう。

 普段なら頑強さと6連波動相転移エンジンの出力に物言わせた強硬策が取れるが、避難民をたっぷりと腹に抱えた状態では無茶も出来ない。

 

 ヤマトが動き出してすぐ、多数の敵弾がつい先程までヤマトが停泊していた連絡橋付近に着弾して大爆発を起こす。破片に身を打たれ爆炎に飲まれながらも、ヤマトはそれらを振り切って猛然と加速する。

 煌々とタキオン粒子の噴流をメインノズルから吹き出しながら、ヤマトはバラン星の環の内部に向かって突き進む。

 黒色艦隊もヤマトを逃がすつもりはないようで、航空攻撃はそこそこだが艦砲射撃を雨あられと振らせて来る。

 ヤマトはフィールドを集中展開するシールドモードで艦首に盾を作り、必死に宇宙を突き進んだ。

 

 しかし帰還の為接近していたGファルコンエステバリスが2機、攻撃に巻き込まれて一瞬で蒸発してしまった。当然パイロットも即死だ、脱出の間が無かった。

 ついに部隊に人的被害を出してしまったとリョーコが悔しがる中、攻撃を避けながら次々とコスモタイガー隊がヤマトに着艦していく。

 その中にはアキトとヒカルとイズミの姿もあった。

 アキトのダブルエックスはともかく彼女らの機体は激戦の末、大きく損傷している。

 

 「さっすがにシンドイねぇ~……でも、ピンチからの大逆転は漫画とアニメの王道だし、こっちにはスーパーロボットなガンダムだってあるんだから、何とかして見せないとね」

 

 軽口を叩くも声に余裕のないヒカル。

 機雷網の時もかなり大変だったが、ある意味それ以上に大変な戦いだ。

 敵が突然出現する戦闘なんて、ジン・タイプとの戦闘以来かもしれない。

 後は――テレビゲームの類。

 

 「……補給、頼んだよ」

 

 こちらも余裕が無いのか駄洒落さえ出てこないイズミ。声には拭いきれない疲労が滲んでいる。

 如何に彼女らが凄腕とはいえ、機体は改修を重ねてこそいるが世代遅れの旧式。せめてアルストロメリアだったならと、頭の片隅で考える。

 機体の損傷はヒカル機と並んで激しく、果たして応急処置と武器の補充だけで戦えるのだろうか。不安が尽きない。

 

 「……せめて、エアマスターとレオパルドが間に合っていれば」

 

 アキトも険しい表情でこの状況を覆す手段を模索する。サテライトキャノンが使えないなら強力な機体を増やすのが手っ取り早いが、肝心の機体が――。

 

 とか考えていたら、短距離ボソンジャンプで格納庫に直接帰投したアルストロメリアとスーパーエステバリスから、月臣とサブロウタが飛び出してくる。

 酷く損傷しているスーパーエステバリスに比べると流石最新鋭機、アルストロメリアは月臣の技量もあってか比較的綺麗な状態だ。

 というか、対ジャンプジャマー切ってたのか。

 

 「隊長、例の2機が組み上がったそうだ。テストも訓練も抜きのぶっつけ本番になるが、出撃の許可をくれ。リスクが高くとも、ガンダムの力が欲しい」

 

 「俺からも頼むよ中尉。例えトラブルがあったとしても、壊れたエステよりはマシだと思うからさ」

 

 揃って真剣な表情でリョーコに訴えている。

 絶賛戦闘中で余裕の無いリョーコだが、少し悩んでから苦々しい声で「わかった……でもヤバいと思ったらすぐ逃げ帰れよ」と許可を出す事にした。たぶん、止めても無駄だと感じだからだ。

 

 

 

 「こちらは大ガミラス帝国軍、銀河方面作戦司令長官のドメルです」

 

 「こちらは地球連合宇宙軍極東方面所属、特務艦、宇宙戦艦ヤマト艦長代理の古代進です」

 

 進はガミラスの援軍としてワープアウトした艦隊の旗艦から通信を受け、それに答えていた。

 何故だかドメルは少し驚いた顔をしたものの、追及している暇は無いためと理解しているためだろう、簡潔に告げた。

 

 「貴官らの救援に感謝いたします。進路から、あのアステロイドを使用した戦法で防御を固めるつもりと見受けます。我が軍も支援しますので、早く防御を固めて戴きたい」

 

 ドメルの読みに進は内心舌を巻いた。

 ヤマトの進路からあっさりとこちらの目的を推察する洞察力、そしてヤマトの戦法にすぐに結びついたところから、こちらの戦力や今までの戦法を徹底的に研究しているであろうことが伺える。

 ――恐らく次元断層で戦った指揮官だ。直感がそう告げる。

 

 「わかりました。ご理解が早くて助かります。ヤマトは今、波動砲――タキオン波動収束砲を封印しているため、敵艦隊に対して決定打を持ちません。航空部隊の戦略砲も同様です。そちらの不安を少しでも払拭するための措置でしたが……」

 

 波動砲、というのは地球側の呼び名であって本来の呼び方ではない為、わかり易いようにと訂正しながら「波動砲とサテライトキャノンで事態を打開するのは難しい」と訴える。

 封印の解除は容易だが、それを示唆するわけには……。

 

 「わかっています。古代艦長代理、貴方方の心遣い、痛み入ります。お互い思う所はありますでしょうが、今この場においては友軍であると考えています」

 

 「こちらもそのつもりです。共にこの窮地を切り抜けましょう」

 

 進は少しでも余裕を見せるために、礼を失しない程度に笑みを浮かべて応じる。

 そんな進にドメルも笑みで返し、

 

 「我が帝国の市民を救助して頂き、本当に感謝しています。この礼は、必ず」

 

 そこで通信が終わった。

 これ以上話したければ、まず眼前の脅威を取り除く必要がある。折角繋がったガミラスとの細い糸。切らすわけにはいかない。

 あのドメルという司令官は話せる相手だとわかったのも収穫だ。彼を死なせるわけにもいかない。

 

 ――さて、出来る事をしよう。

 

 傍らのウインドウに浮かんだコスモタイガー隊の損耗を閲覧して、進は兼ねてから考えていた事を実行するべき時だと悟った。

 

 「エリナさん、格納庫のイズミさんに俺のコスモゼロを使うように言って下さい。損傷した機体よりは、無傷の機体の方がマシでしょうし、操縦系はエステバリスカスタムと大差ありません。乗りこなせるはずです」

 

 「了解。すぐに伝えるわ」

 

 「艦長代理、バラン星の環に突入します」

 

 ハリの報告に進はすぐに反重力感応基の射出を指示する。

 黒色艦隊からの砲撃を掻い潜りながらバラン星の環に突入したヤマトは、すぐに両舷中距離迎撃ミサイル発射管を解放して、中から7本を1つに纏めた反重力感応基を16発射出、射出後に散らばった計112発の反重力感応基が周囲を漂う岩塊に次々と撃ち込まれる。

 改修で艦内からの再装填を可能とした発射機から、さらに同数の反重力感応基を射出して岩塊に打ち込む。

 合わせてリフレクトビットも同数が次々と打ち出され、ヤマトの周囲を囲む。

 次元断層で使用した時の倍にも及ぶ出し惜しみ無しの徹底した防御姿勢、避難民を抱えて被弾が許されなくなったヤマトの本気であった。

 

 「アステロイド・リング、形成完了。リフレクトビットも所定の位置に配置完了。防御幕制御を開始します」

 

 「反重力感応基とリフレクトビットへの動力伝達制御はこちらが受け持ちます。ルリ姉さんは防御幕の位置調整に専念して下さい」

 

 「リフレクトビットの反射角制御は僕が受け持ちます。任せて下さい」

 

 すでにバラン星へのハッキングを終了したルリが、全力を挙げてアステロイドリング防御幕の制御に力を注ぐ。

 また倒れられては問題なので、ハリやラピスの助けも借りて3人がかりでの制御で対応する。

 過労から回復した後、時間を作っては制御プログラムの更新はしているが、やはり直接制御した方が精度が良い。

 

 ラピスはこれからまたエネルギー消費の激しい激戦が始まると判断して、機関室に一報を入れる。

 

 「機関室、エンジンのコンディションに気を配って下さい。今後は攻撃と防御に相当のエネルギーを消費する事になるはずです――皆さん頑張ってください。頼りにしています」

 

 「了解、お任せを」

 

 「了解です、機関長!」

 

 山崎と太助、それに機関員の面々から「お任せあれ!」と心地良い反応が返ってくる。

 彼らという頼もしい部下達の活躍あってこそ、ヤマトは無茶が出来るというものだ。

 ヤマトの心臓部を預かる機関部門として、ここからの責任は重大だ。

 

 ――万が一に備えて、波動砲も撃てるようにも備えておかなければならない。

 

 

 

 ガミラスとの激戦を経てより研鑽された戦術であるアステロイド・リング防御幕。

 分厚く構成された防御幕は次々と襲い掛かる敵弾を時に反射、時に受け止めてヤマトを護る。

 敵艦隊が左舷前方にしかいないのだからと、普段使っているヤマトの周囲を旋回するパターンから左前方のみに円盤を形成して盾にする応用パターンで防御を行う。

 これなら無駄なくアステロイド・リング防御幕を活用して攻撃を防げる。

 

 ビーム兵器とはいえかなり強力な黒色艦隊の攻撃に、かつてない程徹底したアステロイドリング防御幕をもってしても万全とは言い難いものを感じる進は、力の限りの反撃を決意する。

 

 「艦首ミサイル、両舷ミサイル、目標選定完了」

 

 ゴートの操作でミサイルで狙う標的の選定が進み、着々と反撃の準備が進む。

 

 「主砲発射準備。目標、距離5万1000㎞、方位左37度、上下角プラス19度」

 

 戦闘指揮席でやや不慣れながらも守が主砲の準備を進めさせる。

 ヤマトから攻撃するためには、リングの制御をしているルリと呼吸を合わせ、射撃の瞬間だけ射線を解放する様にリングの制御をしてもらわなければならない。

 ヤマトに乗って日が浅く交流の乏しい守ではあるが、そこは指揮官としての経験も生かして何とか呼吸を読み、ここぞというタイミングを示して攻撃を開始する。

 

 守の攻撃指示に完璧なタイミングでアステロイドリング防御幕の一部が最小限の開口部を開き、主砲の重力衝撃波とミサイルが通るゲートを構築、重力衝撃波とミサイルが通過した後速やかにゲートを閉鎖して鉄壁の防御を崩さない。

 

 敵艦隊が前進した事と合わせて後退せざるを得なかった基地駐屯艦隊も、自然とヤマトに合流する形となり共同戦線を構築する。

 向こうからしても、自国民と同僚の兵士を抱え込んだヤマトを護らない訳にはいかないという気持ちがあるのだろう。

 ヤマトの射線こそ塞ぎはしないが、ヤマトが集中砲火を浴びないよう盾となり、必死の攻防を展開している。

 しかし、両者の間に連携など存在していないのでどうしてもやり難いものがある。

 ヤマトはガミラスへの誤射を警戒して手数がどうしても減り、ガミラス側もヤマトを信じて良いのか納得し切れていないので、警戒も露にした行動を取っている。

 これでは双方足を引っ張り合って敵に付け込まれるだけだ。

 

 「艦長代理。このままだと足の引っ張り合いで敵に付け込まれるだけだ。向こうと話してヤマトを指揮下に一時組み込んでもらうとかしないと、満足に戦えなくなる」

 

 「私も副長の意見に賛成です――残念ですが、私達が指揮権を得る事は難しいでしょうし、何より艦長代理は艦隊の指揮経験がありません。こちらからお願いして、一時艦隊に編入して貰う方がやり易いと思います」

 

 ジュンとルリから進言されて、進は悩んだ。

 進が受けたユリカの即席教育はあくまでヤマト単独での作戦行動を前提としたもの。必要とされていなかった艦隊運用のノウハウは含まれていない。

 こればかりは仕方の無い事だ。

 ジュンとルリもそれを承知だからこその進言ではあったが、表情は険しい。

 一時的であってもガミラスの指揮下に入る事の抵抗はこの際何とでもなる。この場に来た以上、覚悟していた。

 ……問題なのは、指揮下に入れば当然ながらデータリンクの接続等はどうしても避けられない点だ。

 その過程でヤマトの戦闘データや機能に関する情報が流出する可能性は否めない。

 今後もガミラスと敵対関係が続くのであれば、些細な情報でも漏洩は避けたいのが本音である。

 データリンクで流出の危険性があるのは向こうも同じとはいえ、数の違いは如何ともし難いし、相手がドメル司令と仮定した場合、僅かな情報が命取りになりかねないと警鐘が頭の中で鳴り響く。

 ――対してこちらは少しばかり情報を得られとしても数の暴力を覆す手段が波動砲とサテライトキャノンに集約されてしまっていて、どうしても戦術の幅が狭いのが難点だ。

 多少の奇策では覆せないだろう。ユリカも万全の状態とは言い難く、これからどんどん厳しくなっていくのだ。

 

 とはいえ、この状況下で尻込みしている余裕は無い。

 思い悩んだ末進は、先程話をしたドメル司令に意見しようと通信を決意したのだが、それよりも先にガミラス側から通信を求められた。

 

 「古代艦長代理、ドメルです。戦線が後退しヤマトと艦隊の距離が大分近づいています。これからは、ヤマトも我が艦隊と連携して戦わねばジリ貧になると考えられます。連携を密にするため、私の指揮下に入ってはもらえませんか?」

 

 と、そのドメル司令直々にお願いされた。表情から察するに、こちらの懸念材料は全てお見通しなのだろう。だとすれば何と潔く、そして柔軟な思考を持った指揮官なのだろうか。

 ユリカが手玉に取られて撃沈寸前に追い込まれただけの事はある。敵ながら尊敬に値する人物だ。

 それに、彼はヤマトを良く分析している。それ故か、単なる敵というだけでなく、対等な戦士として扱ってくれているような節がある。

 ならば……!

 

 「艦長代理の古代です。ドメル司令、了解いたしました。宇宙戦艦ヤマトはこれよりガミラス・バラン星基地艦隊の指揮下に入ります。この場においては力を合わせ、眼の前の脅威を取り除きましょう」

 

 進は決断した。今は情報漏洩を気にしている場合ではない。一致団結して事態の収拾にあたる必要がある。

 進の決意はドメルにも伝わったようで、「感謝します」と言葉短いながらも敵国の将に従う決断への敬意が伝わってくる。

 やはり彼は、とても器の大きな指揮官の様だ。

 

 すぐにヤマトはドメル司令の乗艦であるドメラーズ三世とデータリンクを開始。双方情報を共有して戦列を立て直す。

 データリンクして初めて分かったが、やはりレーダーの索敵範囲と精度はガミラスの方が上手らしく、ヤマトでは把握出来ていなかった情報も幾つか伝わってくる。

 幸いだが、ルリが構築していた対ガミラスの解析データのおかげでガミラス側から送られてくる情報の翻訳にも支障をきたしていない。

 これにはドメル司令も驚いたようだが、目立った追及は無かった。

 

 ドメル艦隊に一時編入されたヤマトは避難民を抱えている事もあって艦隊の中央、ドメラーズ三世と戦闘空母のすぐ傍に位置取り、共に長射程を活かした砲撃で前線で戦うデストロイヤー艦を援護する事になった。

 

 優先すべきは目標は、やはり空母。

 幾らワープで航空部隊を送り込めるとしても、母艦を失ってしまえば補給を封じる事が出来る。そうすれば、撃墜を免れた機体があってもいずれ補給が追い付かなくなって航空攻撃を封じる事が出来るだろう。

 標的となる空母らしき艦艇は、円盤状の艦体の中央にある溝の様な巨大な滑走路で航空機を受け入れ、その両脇にある格納庫に艦載機を出し入れしている様子が辛うじて確認出来る。

 推定全長は800mにも達する超大型の空母は、確認出来るだけでも30隻以上。

 

 距離もあるし駆逐艦や巡洋艦らしい艦影が邪魔になっているので直接照準に収めることが難しいのが歯痒い。

 そのためヤマトは勿論ドメラーズ三世や戦闘空母の砲撃もそちらに命中して遮られ、肝心の空母にはほとんど届いていない。

 しかし、ヤマトが誇る46㎝重力衝撃波砲はその巨体さえも容易く貫き、当たりが良ければ容易く撃沈出来ることを確認出来た。

 隣に陣取ったドメラーズ三世や戦闘空母では射程外の標的も苦も無く狙撃し、かつてシュルツを震撼させたその威力を存分に見せつける。

 

 ガミラス側は脱出した民間船やら脱出艇を、基地を挟んで艦隊の反対側に移動させていた。

 転送戦術がある限り護衛対象を後方に置く事に意味は無いが、艦隊の艦砲射撃に晒されないだけマシという判断だ。

 基地の陰に隠れれば自ずと攻撃方向も限定されて護り易くもある。

 

 ヤマトと連携を取り始めた事でどうにか戦況を五分に持ち込めた。

 ガミラス側の艦隊総数は500隻と、黒色艦隊と数の上ではほぼ互角。基地の規模を考えるとかなりの保有戦力といえるのだが、如何せん単艦辺りの性能では敵に劣っているらしく、やや押され気味であった。

 

 膠着した戦局を打開すべく、進は反重力感応基の追加射出を命令し、簡易制御プログラムをガミラス側に譲渡する事にした。

 艦隊への被害を抑えるためにはやはりアステロイドリング防御幕の活用が必要だ。

 簡易制御とはいえアステロイドリング防御幕のシステムを渡すのは苦渋の決断だったが、防衛対象の存在故行動が制限されるこちら側と、とにかく眼の前の敵を全力で叩き潰せば良い黒色艦隊ではどうしても戦い方に差が出る。

 前線の艦が脱落しては、戦線を支えられなくなる。苦渋の決断だ。

 

 ――敵のビーム攻撃は重力波砲の影響圏を通過する際に屈曲するため、攻撃という点ではこちら側が優位といえなくもなかったが、ヤマトもガミラスも威力を一転に集中する高収束型を採用している。

 これがかつてのナデシコを始めとする地球艦隊の様に、広域照射を可能とするグラビティブラストを装備しているのであれば、攻防一体の戦術を取れたのだが……。

 

 

 

 

 

 

 予想外のヤマトの行動にドメルは大層驚いた。

 まさか、例の戦術に関わる重要な情報をこちらに惜しげも無く提供するとは……。

 全てを明かしたわけではないだろうが、それでも今までの戦いをその柔軟な発想から生み出される奇抜な戦術と艦のポテンシャルの高さで辛うじて切り抜けてきたヤマトにとって、例え1つであっても戦術を明らかにしてしまうのはリスクが高過ぎるはず。

 にも関わらず、こちらの損害を少しでも小さくするために提供してくれたのだ。

 こちらも、応えないわけにはいかないだろう。

 

 現にヤマトから制御を委譲されたアステロイドリング防御幕のおかげで、前線に立つ艦艇は防御に幾分余裕が生まれ、その分攻撃に力を注ぐ事が出来ている。

 ドメルの見込みが間違っていなければ、これを機に攻勢を強める事が出来るだろう。

 簡易制御とはいえど、ガミラスではアイデアとしても出てこなかったこの追加装甲戦術の有用性は直接対峙したドメルは痛感している。

 

 「ドメル司令、敵艦隊の中に瞬間物質移送器を搭載した艦艇は未だに発見出来ません。敵艦隊の数が多く、艦影が重複していますので……」

 

 「捜索を続けろ。あれを発見して叩く事が出来れば、この状況も覆せる」

 

 この状況を改善するには瞬間物質転送器を止めるのが先決だ。

 

 (――ヤマトにも情報を与えて捜索への協力を頼むべきか?)

 

 ドメル個人としてはそれに異論はないが、機密漏洩で極刑に処された場合、デスラーとヤマトを引き合わせる人間が居なくなってしまう。

 それに――ガミラスの将としては情けない話だが、残される家族の事を考えると……。

 結局ドメルはヤマトに何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 その頃ヤマトも、艦載機のワープ攻撃を阻止するためにどうすれば良いかについて議論されていた。

 

 「――ふ~む。収集した限りのデータを見る限り、あの爆撃機そのものにワープシステムが搭載されているという事は無いだろう。幾ら何でも計測されたジェネレーター出力が小さ過ぎる。恐らく外部から強制ワープさせているんだろう」

 

 ――あの、実は……――

 

 ヤマトが何か言いたさそうだったが、それを遮るようにして進が、

 

 「――あった。ユリカさんのファイルによると、ヤマト出生世界においてガミラスとディンギル帝国という国家が外部から物体を強制的にワープさせるシステムを利用していたとある。暗黒星団帝国については記載が無いが、この世界の彼らが開発に成功していたとも考えられる……」

 

 ドメルの指揮下に入って余裕の出た進が、何かしらのヒントを求めてファイルを捲っていたのが功を奏した。情報があったのだ。

 

 「なるほど。となれば転送装置を持つ艦艇が居るはずだ。空母にそれらしい動きは?」

 

 「ありません。恐らくヤマトとガミラスのレーダーに引っかからない位置に待機しているのかと……」

 

 ジュンの問いにルリが答える。

 流石にこの状況下で敵艦隊の内側を丁寧に解析する余裕はない。

 だが艦載機は次々と襲い掛かってきた。機体の大きさと空母の推定される容積から考えても、間違いなく2順以降の出撃があるはずだが……。

 

 「……真田さん、敵航空部隊のワープの観測データは余さず記録して下さい。この戦闘中には無理でも、次の戦いを考えて何らかの対策を考えなければ、ヤマトもどうなるかわかりません」

 

 「うむ。その通りだな、艦長代理。解析は行うが、まずはこの状況を覆さない事には……」

 

 「艦長代理、ガミラスの前衛部隊が動き始めたぞ」

 

 「ドメル司令より、ヤマトに優先して攻撃して欲しいターゲットの位置情報と攻撃順序が送られてきました。今マスターパネルに出します」

 

 守とエリナからの報告を受け、進はマスターパネルに表示された敵と味方の位置情報とドメル司令からの要請を視界に入れる。

 やはり、凄い指揮官だと痛感する。

 ユリカが無茶を承知で現場復帰を望んだはずだ。これは、自分だけではとても及ばない。

 彼女と協力して知恵を絞り、ジュンとルリのバックアップがあって初めて対等に渡り合えるかといったところだ。

 やはり結論は進達と同じで、アステロイドリング防御幕を活かして敵艦隊と距離を詰め、敵の空母を出来るだけ叩いて航空戦力の転送戦術を封じるというものだったが、艦隊運用の指揮の細かさと着眼点は、進の指揮を上回っている。

 

 やはり、彼の指揮下に入った事は間違いではなかったようだ。

 

 

 

 「それじゃあ、月臣さんの機体は私が使わせてもらうって事で良いんですね?」

 

 「ああ、調整も半端なままで申し訳ない」

 

 格納庫では月臣が自身の新しい機体――ガンダムエアマスターバーストを受領し、浮いた機体をヒカルに引継ぎしている最中だった。

 彼女の機体も損傷が激しく、そのまま応急修理して再出撃するよりはアルストロメリアの方が圧倒的に状態が良い。

 操縦系の調整が万全ではないのが残念だが、頭部を損傷した自機のアサルトピットを移植するよりはマシだろう。

 

 「それじゃあ、あんたの機体を貰うよ。大事に使わせてもらう」

 

 「頼みます、イズミさん」

 

 イズミはコスモゼロのコックピットを出来る限り自分に合わせた調整を施しながら、進に確認を取る。

 以前から艦橋で指揮を執る事が多く出撃の機会が少なく、将来の艦長代理に就任すればなおさら出撃する事は無いだろうと考えられ、コスモゼロを他の誰かに譲ってしまう方が戦力を確保出来るだろうと考えつつも、月臣機の予備機として残しておくべきでは、という意見もあって、今の今まで宙吊りになっていたのだ。

 

 「良いか、月臣にサブロウタ! エアマスターもレオパルドも組み上がった後の最終調整が終わっただけで、稼働試験も終わってねぇ! 合体機構の調整も間に合ってねぇからGファルコンとの合体も出来ない! 機体のコンディションには気を配れよ! 操縦の癖だって全く別物なんだからな!」

 

 格納庫の喧騒に負けないウリバタケの大声での注意に、月臣もサブロウタも力強く頷いて機体を立ち上げていく。

 

 「完成度は80%ってところか……少佐、結構な博打になりそうですね」

 

 「だとしても、ここで凌がねば先は無い。敵航空部隊のワープ攻撃は止んでいないんだ。少しでも肉薄して、空母の1隻でも叩きたい所だな」

 

 シミュレーターで慣らしたとはいえ実機に乗るのは初めて。最終調整前では無理は禁物、まだまだ先の長い航海なのだから。

 

 補給を完了して再出撃したGファルコンDXに続く形で、イズミとヒカルも乗り換えた機体でヤマトから飛び出していく。

 月臣とサブロウタも、標準武装のみを施されたそれぞれの新しい機体を発進スロープに進めていく。

 月臣は何度かダブルエックスの操縦を経験しているが、改めてエステバリス系列機とは違う手応えを感じて自然と気が引き締まる。

 

 この力、必ず使いこなしてみせる。

 

 「月臣元一朗、ガンダムエアマスターバースト!」

 

 「高杉サブロウタ、ガンダムレオパルドデストロイ!」

 

 「発進する!!」

 

 イスカンダルの支援を受けて新たに生まれた2機のガンダムが、宇宙にその身を躍らせる。

 熾烈極まる防衛戦に、果たして一筋の希望を見出す事が出来るのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 一方バラン星基地を襲撃した暗黒星団帝国の艦隊旗艦では、指揮官がモニターに映るヤマトの姿を見てほくそ笑んでいた。

 

 「……あれがヤマトか」

 

 「はっ……てっきり例のタキオン波動収束砲とかいう装備以外は大したことない艦だと思っていたのですが……それ以外の装備も含めて恐ろしい性能の艦でした。恐らく、単艦での性能は我が軍のプレアデス級に匹敵、あるいは上回るやもしれません。辺境の星の艦艇とは思えぬ、並外れた性能です」

 

 5日前、ヤマトを侮って挑んだ挙句呆気無く返り討ちに遭った指揮官が、上司に向かって汗を垂らしながら進言する。

 進言を受けた筋骨隆々の厳めしい風貌と体格の指揮官――デーダーはその性能に脅威を覚える。

 

 彼の任務は鹵獲したこの転送装置の威力確認と、バラン星基地を攻略してガミラスの動揺を誘う事だ。

 重要拠点を呆気なく潰されたとあれば動揺をしないわけがない。

 ついでに将来の脅威になり得るかもしれない宇宙戦艦ヤマトの捜索、可能であれば鹵獲か撃破をするために部下の1人に小規模ながらも艦隊を授け、遭遇が予想される宙域に差し向けたのだが……どうやら想像以上に手強い。

 我が軍に比べれば格が劣るとはいえ、一国相手に単艦で抗うだけの能力はあるようだ。

 それにしても目立った衝突も無くガミラスと共同戦線を張るとは――連中、ガミラスに与するつもりだろうか。

 ――ならば、もう少しヤマトの力を知りたい。

 

 「――出来れば、例のタキオン波動収束砲とやらの威力を見ておきたい所だな」

 

 とはいえ、艦隊に向かって放たれては被害甚大では済まされないはずだ。ガミラスの捕虜から聞いた程度の情報であっても、我が目で見るまでは過小評価は禁物。

 貴重な将兵を徒に損耗させるのは指揮官としては下策中の下策。総司令の顔に泥を塗らないためにも、慎重な行動が必要だ。

 

 ――バラン星への攻撃は、十分成功したと言っても過言ではないだろう。

 あの様子では、当分の間は基地として満足に機能しないだろう事が伺える。

 となれば、あの正体不明の移動性ブラックホールから逃げ出そうとしているガミラスにとって、寄港地を失ったと浮足立たせるに十分な損害を与えていると判断しても良いだろう。

 ならば、これ以上ここで戦闘を継続して戦力を消耗させる必要は無い。もう十分連中はこちらの力を思い知っただろう。

 それに本星攻略には移動要塞ゴルバを動員するのだ。例え正面からガミラス全軍とぶつかったとしても戦力的に不足はない。

 ――ならば動かせる範囲の戦力を最大限に動員し、イスカンダルに向かっているらしいあのヤマトを出迎え、仕留めるのが得策。

 ――放置するには少々目に余る存在だ。

 

 この場でテストも兼ねて使ってしまったが、転送戦術の優位性は証明された。多少の対策は立てられてしまうだろうが、完全に対処して覆すには情報も時間も不足しているはず。

 ならば空母を中心にした機動艦隊と駆逐艦隊を同時に差し向け、この旗艦プレアデスの威力も併せて一気に撃滅してしまうのが得策だろう。

 連中がイスカンダルへの最短コースを取るのなら必ず通過しなければならない、例の七色混成発光星域で罠を張るのが良い。

 長距離レーダーが機能障害を起こしやすいあの宙域は、この転送装置の威力を何倍にも増幅させてくれる事だろう。

 

 とすれば、想定外とは言えこの場にヤマトが顔を出してくれたことは行幸だ。連中の戦力を例え一部であっても知る事が出来るのならそれに越した事は無い。

 

 そこまで考えてふと思いついた。これを実行出来れば、被害を出さずにタキオン波動収束砲の威力を見れるかもしれない。

 デーダーはニヤリと悪い笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 その頃ユリカは夢現の中にあった。

 

 5日前の負傷が原因で衰えた体力が更に低下したせいか、1日で起きていられる時間が8時間を切っていた。

 進がバラン星救援のためにヤマトを動かした事は記憶しているが、そこから先はワープの負荷もあって意識が遠のき、今になって意識が戻りつつあった。

 衰えた感覚でもはっきりと感じ取れる、戦闘の喧騒。

 医務室に居てもヤマト自身の砲撃による衝撃音や、全力運転を続けるエンジンの唸りが感じられる。

 それらを感じながら、ユリカの意識は未だ夢と現の境を彷徨い続けていた。

 

 そんなユリカは、バラン星の軌道上を巡る人口太陽の軌道が突如として変わり、猛スピードでヤマト・ガミラス混成艦隊に向かって突き進む夢を見た。

 

 衝撃的な夢に飛び起きたユリカは、感覚を頼りに右手に着けっぱなしになっているブレスレット型受信機のスイッチを入れて聴覚センサーをオン。

 ベッドサイドに置かれているバイザーを慌てて装着してからコミュニケを起動して第一艦橋に警告した。

 あれはただの夢ではない。浸食が進みより演算ユニットに近づいたことで垣間見た、“未来の時間だ”。

 

 「太陽に、バラン星の太陽に気を付けて! 太陽が――太陽が迫ってくる!」

 

 

 

 決死の覚悟でガミラス・バラン星基地と暗黒星団帝国艦隊との戦いの渦中に飛び込んだヤマト。

 

 大量の難民を抱えながらもついにドメル司令指揮の下、ガミラスと共闘して事態の収拾にあたるヤマトに、更なる試練が襲い掛かる。

 

 だがヤマトよ、この困難を乗り越えねば地球を真に救うことは出来ないのだ!

 

 負けるなヤマト! 人類は君の帰りを、君の成功だけを信じている!

 

 人類滅亡と言われる日まで、

 

 あと、247日しかないのだ!

 

 

 

 第二十話 完

 

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第三章 自分らしくある為に!

 

    第二十一話 未来を切り開け! 決意の波動砲!

 

    ヤマトよ、奇跡を起こせ!



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第二十一話 未来を切り開け! 決意の波動砲!

 

 

 ヤマトの艦内に収容されたガミラスの兵士は、不安に駆られながらもレーザーアサルトライフルを握りしめ、同じく収容された民間人に視線を巡らせる。

 

 一様に不安気な表情を浮かべている。

 

 無理もない。この艦は敵国の艦――それも、ガミラスの手で滅亡寸前にある星の艦なのだ。

 何時どのようなタイミングで報復されるかもしれないという不安はあって然るべき。

 ――この部屋に閉じ込められたまま、生命維持装置を切られるかもわからないのだ。

 軍艦ともなれば、機密保持や安全確保のためにこうやって民間人を一か所に纏める事は不思議ではないが……。

 

 兵士は手元にある小銃の感触を確かめるかのように難度も握り直しながら、民間人に不安が伝染しないように気を引き締め直す。

 

 武装解除されなかったのは幸いだ。連中に言わせれば「武装したお前たちが入り口に立っていた方が安心出来るだろう」との事らしい。

 実際、民間人は縋るような視線で兵士達を見ているし、この中央作戦室という部屋以外に収容された民間人にも、付き添いとして武装した兵士の同行が許可されていると聞く。

 

 ……その気になれば、このヤマトを内側から破壊することも出来なくはない状況にはある。

 とはいえドメル司令やゲール副司令からも「ヤマトには手を出すな」と厳命されていて、これだけの数の民間人を抱えていては迂闊な行動は出来ない。

 収容されてからもヤマトは被弾による衝撃だったり戦闘機動による揺れ等があったが、今はそれも止んでいる。

 ほんの少し前には「これよりヤマトは波動砲を使用します。全員衝撃に備えて下さい!」と若い女性の声でアナウンスが流れ、それからあまり間を置かずに計5回の衝撃が襲い掛かった。

 特に5回目は4回目までに比べても一際大きな衝撃で、誰もが不安の声を漏らしたものだ。

 静かになった事を考えると恐らく戦闘は終了しているのだろうが、まだドメル司令は何も言ってこないし、ヤマト側も何も言ってこない。

 

 兵士はままならない状況に内心苛立ちながらも、少しでも彼らの安心に繋がる様にと虚勢を張る。

 そんな緊張状態の中、ヤマトのクルーがワゴンを押しながらやってきたではないか。

 黄色を基調に黒の装飾が施された服を着て、正面にはエプロンを掛けて両手には肘まであるゴム製と思われる手袋。

 見るからに炊事係だ。となれば、ワゴンの上に乗せられている大鍋の中身は自ずと推測出来るが……。

 

 「皆さん、戦闘は無事終了しました。ドメル司令指揮の元、受け入れの準備が進められていますので、今しばらくお待ちください。それと皆さんお疲れでしょう。温かいスープをご用意致しましたので、どうぞ召し上がって下さい」

 

 言いながらも鍋の蓋を取る。中には少量の豆と野菜が浮かぶ薄茶色の透明感あるスープがたっぷりと入っていた。

 

 「……」

 

 漂ってくるスープの香りが鼻を突くと、ここまでの疲労もあってか腹が空いていたのだと今更ながらに自覚させられた。

 ――とはいえ、はたして信じて良いのだろうか。毒が入っていたりしないだろうか。

 ヤマトクルーは中央作戦室に居る全員に漏らさずスープを配膳した。

 誰もが一応受け取りはするが、警戒心が強く口を付けていない。それでも受け取ったのは、やはり助けて貰ったという意識があって無下に出来ないからだろう。

 ――緊張状態を続かせるのは、良くないだろう。

 

 「……すまない、助かる」

 

 こうなれば自棄だと、口先だけの礼をしてスープの注がれたカップを受け取り毒見役を買って出る。

 兵士は意を決して渡されたスープのカップに口を付けて、中身のスープを啜る。

 口腔内に広がったスープは熱過ぎず啜るように飲めば丁度良く、適度に塩味も利いていて疲れた体に心地良かった。

 

 ――美味い。

 

 何の捻りも無いシンプルな感想が頭を過る。

 その後は一緒に渡されたスプーンで具の豆や野菜を口にかき込んで、簡素だが温かい食事を終える。

 

 「ご馳走様。美味かったよ」

 

 そう言って空になったカップを返す。今度は本心からの礼だった。

 その様子に安心を得たのか、他の兵士や民間人も恐る恐る食事に口を付ける。

 しばらくすれば、突然訪れた危機の連続に張り詰めていた気も緩んだのか、皆幾らか表情が柔らかくなる。

 

 そんなガミラス側の様子にヤマトのクルーも満足気だった。幾らか余裕をもって用意したのだろう、何人かがお替りを要求すればありったけを提供してくれた。

 

 そんな様子を見ながら余裕を取り戻した兵士は改めて辺りを見回してみる。

 そういえば、ヤマトのクルー達は受け入れの際大量の毛布を運び込んでは床の上に敷いて、民間人達が冷たい床に座らないで済むように配慮してくれたし、上に羽織る毛布も用意してくれた。

 戦闘中ともなれば、他にする事も多いだろうに。

 彼はこの場に留まって護衛を担当しているのだが、食事を提供してくれたクルーに何人かが怪我をして医療室に運ばれた家族や友人らの様子を尋ね、それに応えたクルーがそっと彼らを医療室に向かって案内したり、様子を聞かせている。

 

 滅亡の淵に追いやった憎むべき敵国の人間だというのにこの紳士っぷりだ。ヤマトのクルーは途轍もないお人好しだというのは間違いないだろう。

 

 彼とて軍属になってそれなりに長い。他の星の侵略する際銃をもって戦場を駆けまわった事もある。

 少なくとも、侵略された側の態度ではない事だけは確かだ。

 

 だから疑問に思って尋ねてみた。末端の兵ではまともな返事が返ってこないかと思ったがそうでもなかった。

 

 「ヤマトは地球の未来を考えて、ガミラスと共存していく道を模索しているんだ。恩を売ると言えば聞こえが悪いかもしれないが、こうする事で戦争を終わらせる事が出来るなら……怨恨だって飲み込んで見せるさ。綺麗事だと馬鹿にされても、ヤマトはそういう方向で行くと決断したんだ」

 

 その回答を聞いて、呆れるべきか感心すべきか少々判断がつかなった。

 が、彼は思った。

 少なくとも、今この場で救いの手を差し伸べてくれたことに関しては素直に感謝すべきだろうと。

 

 

 

 しかし、余裕が出来た今だからこそ気付いたのだが……部屋の端っこにある妙な機材は一体なんだろうか……。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第三章 自分らしくある為に!

 

 第二十一話 未来を切り開け! 決意の波動砲!

 

 

 

 少し時は遡る。

 

 ドメル艦隊と合流したヤマトは、艦載機の補給と再出撃を繰り返しながらひたすら遠方の空母に対して砲撃を続けていた。

 

 「艦首ミサイル、煙突ミサイル発射!」

 

 実戦の中で慣れてきたのか、威勢も良く守が牽制と露払いの為のミサイル発射を指示する。

 ビーメラ軌道上でマグネトロンウェーブ発生装置の残骸から補充したミサイルも、残り少ない。

 

 艦隊の中で敵艦に対して必殺の威力を発揮出来るのはヤマトとドメラーズ三世だが、敵空母のいる辺りにまで届くのはヤマトの主砲――3連装46㎝重力衝撃波砲のみであった。

 また、敵艦隊もこちらの優先目標が空母であると知ったのだろう。前衛艦隊が空母を護るべく盾として立ちはだかり、射線を塞がれる。

 ――この動きは、転送装置搭載艦を隠す意味もあるのかもしれない。

 そのため、ヤマトに射程で劣るドメラーズ三世と戦闘空母が率先して露払いを務め、障害となる艦を沈めに掛かる。勿論ヤマトも主砲は温存しつつ、ミサイルと副砲で攻撃を続けた。

 

 対する黒色艦隊も負けじとビームとミサイルを撃ち返してくる。爆撃機の転送も止まない。

 その砲火の殆どは、ヤマトとドメラーズ三世を含む艦隊に集中している。バラン星基地への追撃は不要と判断したのだろうか。

 先程までと違い艦隊に編入された事はヤマトにとっては追い風となったが、それでも今までは基地攻撃のついで程度の攻勢で済んでいたのが、集中攻撃に切り替わったのはかなりの痛手だ。

 

 ヤマトへの被害も徐々に増していく。だがより深刻だったのはドメラーズ三世だ。

 

 元々重装甲重火力の艦隊旗艦としての役割が重視された設計故、対空装備が乏しくその巨体による被弾面積の広さと鈍重さが、敵爆撃機の大火力に良いように弄ばれる要因となっていた。

 本来は僚艦の対空装備や味方戦闘機によって制空権を確保して対処する設計思想なので、転送戦術で前線の概念が消失した今、自身に対空装備が乏しい欠点が浮き彫りになってしまっている。

 ヤマトに匹敵する装甲とフィールド強度で耐え凌いでいるとはいえ、満足な迎撃が出来ないドメラーズ三世の被害は増すばかりだった……。

 アステロイド・リング防御幕もすでに壊滅的なダメージを受け機能を失っている。

 ヤマトのパルスブラストもドメラーズ三世に向いた面の物は、ドメラーズ三世のために使用しているのだが、十分とは言えない。

 僚艦である戦闘空母も、飛行甲板を裏返して露出した火器を全開放して砲撃を続けている。

 こちらは流石にドメラーズ三世程の防御力は無いが、代わりに対空戦闘能力が高く、対空ビーム砲を多数撃ちかけて必死に防空戦を展開している。

 が、自身の防衛が精一杯でドメラーズ三世に手が回っていない。

 戦闘機部隊も合流しているのだが、その場に留まっての戦闘が苦手の宇宙戦闘機では……。

 

 「コスモタイガー隊はドメラーズ三世の防衛に機体を回してくれ。ドメル司令を失うわけにはいかない」

 

 「了解! イズミとヒカルとサブは俺に着いて来い! ドメラーズ三世の防空に当たる!」

 

 「りょ~か~い」

 

 「―――――」

 

 「お任せあれ!」

 

 守の指示を受けて、リョーコが声をかけると各々の反応を示して承諾した。イズミが何かしら駄洒落を言っていたようだが無視だ無視。

 リョーコはちらりとエックスの傍らを並走する真紅の機体を見る。

 

 エックスよりも全体的に武骨で火器を満載した動く弾薬庫。

 その赤いボディと“デストロイ”という名も併せて、敵陣を火の海に沈める為に生まれてきた機体の生き様を感じさせる。

 

 「折角の新型のお披露目。相応しい舞台を用意して貰っちゃあ、頑張るしかありませんなぁ!」

 

 やはり木星出身者だけあって、「強力な新型機」というフレーズに心揺さぶられるのか、何時もより気持ちテンションが高い気がする。

 

 「気張り過ぎて壊すなよ。貴重なガンダムなんだからな」

 

 一応隊長として釘を刺しておく。まだ完全とは言い難い機体なのだから、無理をされたら困るのは事実。

 それに――

 

 「わかってますよ隊長殿。まだデートも出来てないのに死ねませんからねぇ」

 

 「最後が余計なんだよ馬鹿! 良いからさっさと防空任務に就けぇ!!」

 

 一気に赤面したリョーコが怒鳴り散らすと、サブロウタは「へ~い」と気負う事無くドメラーズ三世の艦橋の上に機体を立たせ、防空体制に入った。

 

 ――でもまあ、これが無事に済んだら飯くらいは付き合っても良いかな。

 

 苛立ち交じりに敵機を撃墜しながら、ふとそう思った。

 

 

 

 「さてさて、新型の威力をとくとご覧あれ!」

 

 許可を貰った上でドメラーズ三世の円盤のような艦橋に降り立ったサブロウタとレオパルドは、早速防空任務を果たすべく全兵装の安全装置を解除、その攻撃性能を全開にする。

 ブラックサレナが改修の過程で経たストライカータイプやエステバリスの重機動フレームの発展型として生み出された機体の威力、とくと味わうが良い。

 

 背中に収納されていたツインビームシリンダーの砲身が伸長し、マウントアームによって脇下を通って機体正面に差し出され、側面のカバーを解放する。

 解放されたカバーの中に両手を潜らせ砲身の後ろにあるグリップをそれぞれの手で掴み、掌にあるコネクターとグリップに内蔵されたコネクターを接続、エネルギーラインを成立させる。同時にカバーが閉鎖されて両腕に固定されたツインビームシリンダーとバックパックと繋ぐマウントアームが外されフリーになる。

 さらに右肩外側に装備された連装ビームキャノンの砲身を前方に向け、左肩側面に装備された11連ミサイルポッドが正面のハッチを解放、胸部の黒い装甲ハッチが跳ね上がり、内側に収められた8砲身のブレストガトリングの姿を露にする。両膝に備えられたカバーが前に倒れ、収められていたホーネットミサイルが発射体制に移行した。

 そして、コックピットのモニター前面にガンダムタイプ共通のターゲットスコープが下りて来て複数のターゲットマーカーが出現。

 レオパルドの特徴でもある多重ロックオンシステムが稼働して、複数の兵装を異なるターゲットに指向出来るようになった。

 

 ――準備完了!

 

 「それじゃあ……乱れ撃っちゃうぜ~~っ!!!」

 

 ワープで至近距離に現れた敵機を素早くロックオン。持てる火力を出し尽くしていく。

 右腕の4砲身ビームガトリングと3連装ビームキャノンが生み出す弾幕が敵機を捉え、容赦なくフィールドを削り取ってハチの巣にする。

 左腕の大小の複合ビーム砲の生み出す重い一撃の連打が、捉えた敵機のフィールドを数発で撃ち抜いて、砕く。

 そのビームの暴風雨の援助をするショルダーキャノン。ややテンポの違う攻撃が敵機の回避行動に喰らい付く。

 最も射程距離が長く精密性に優れた連装ビームキャノンが、基部の関節を活かして他の武装の射程外の敵機に次々と襲い掛かり、フィールドに削がれながらも確実に手傷を負わせていく。

 合わせて11連装ミサイルポッドから対空ミサイル、両膝の熱探知型のホーネットミサイルが一挙に放たれ、ツインビームシリンダーよりも外側に位置する敵機に複雑な軌道を描きつつ着弾。

 左右に振ったツインビームシリンダーの火線を潜る様にして機体の正面に飛び出して来た粗忽者は、ブレストガトリングの生み出す弾丸の嵐と、両頬に内蔵されたヘッドビームキャノンの砲撃でごり押して撃墜して見せた。

 

 機体も凄いが、5日程度のシミュレーター訓練しか受けていないにも関わらず、実戦でここまで使いこなして見せたサブロウタの技量の高さも称賛されるべきだ。

 Gファルコン配備後は、スーパーエステバリスの運用方法が武装数の少ないレオパルドの様なものだったので下地はあり、それ故話を聞いた時にこの機体へ搭乗を希望したのだが、まさに運命的な出会いであった。 

 そのレオパルドが生み出す弾幕に恐れをなし、軌道を外れた敵機の運命は――。

 

 「はぁ~い、残念でした」

 

 「山の頂点、それは……いっただき~」

 

 機体を乗り換えたイズミとヒカルに撃ち落とされるという結末だった。

 両肩の連射式カノンとミサイル、左手のハモニカ砲、右手のビームマシンガンにGファルコンの拡散グラビティブラストとミサイルが、レオパルドが撃ち漏らした敵機を容赦なく葬り去っていく。

 おまけにヤマトから継続されているパルスブラストの砲撃も容赦なく襲い掛かる、敵からすれば優位性が突然消え失せてしまったかのような阿鼻叫喚の有様となっていた。

 

 「う~ん。エステちゃんとは感じがちょっと違うけど、良い子だねぇ、アルストロメリアちゃん」

 

 「同感。これなら、もっと早くに古代に強請っておけば良かったかも」

 

 調整不十分とはいえ、エステバリスを凌ぐ新型機の手応えにヒカルもイズミもご満悦だ。

 改修で両肩に武装ユニットが追加された事もあり、Gファルコンの合体パターンはかつてのエステバリス同様、Bパーツの可変を伴う方式に変更されているのだが、ガンダムとは異なる機体バランスを持つアルストロメリアにとってはこちらの方が小回りが利くようだった。

 元々の素性の良さも影響しているのだと思う。ヤマトでの改修も軒並みアルストロメリアにとっては最適解と言えるものだったのも影響しているのだろう。

 

 対してつい先程まで乗っていたエステバリスカスタムの場合、重力波ユニットの復活と設置位置の下降と合わせたバランスの再調整を受けて合体位置が下にずれていた。

 スラスターが足首よりも下に下がってしまうのでウイング部分をやや後ろに傾斜させる事で改善をしていたのだが、やはり重量バランス的に細かい運動に関して言えば改修前の方が軍配が上がる。

 やはり、無理を重ねた改修の影響であちこちに無理が出てしまっているのだと否が応でも理解させられた。

 言い換えれば、これほどアルストロメリアと性能が開いていたにも関わらず、それでも致命的な破綻をせずに運用してこれたのは、やはり真田とウリバタケの技術力の賜物だろうと尊敬の念も生まれた。

 

 しかし、ジャンパー処理を受けていない2人ではアルストロメリアの長所である短距離ボソンジャンプを戦術に組み込めないという問題もあるのだが、それを差し引いても乗り換える価値があった。

 なにせ、ボソンジャンプによる強襲を前提に開発され、対艦戦闘の場合フィールドはジャンプで突破するという戦法から固定武装がクローのみだったというのに、今のアルストロメリアはスーパーエステバリス並みの重武装と合体形態もあって、すっかり射撃戦に偏った機体となっているのだから。

 

 この機体なら、そうそう当たり負けはしない。

 

 「オラオラオラァ! 余所見してると命を落とすぜ!」

 

 ……と思いつつも、補給を終えて暴れまわるエックスには及ばないのだとも思う。

 補給を終えたエックスはGファルコンGXのままだったが、左手に「ロケットランチャーガンよりも大きくて取り回しが悪いが、弾の使い分けが容易で射程距離と装填数で勝る装備」として用意された、ハイパーバズーカを左手で担いでいる。

 右手には補給したシールドバスターライフルを持ち、避けられない被弾は銃身とスコープを収納し、側面の装甲を展開してグリップを折り曲げて完成するシールドモードで何とか凌ぎつつ、Gファルコンの武装やハイパーバズーカを使って果敢に反撃して戦い続けている。

 武器弾薬の補給こそ行われたが、機体は特に消耗部品の交換を始めとする整備作業を受けていないのに全く問題ない稼働状態を維持していた。

 ――補給前にも結構被弾していたと思ったのだが、この耐久力と防御力はどこで差が付いたというのだろう。

 

 彼女も補給前の戦いではアキトと同じくフラッシュシステムを使ったGファルコンの遠隔操作を駆使した戦闘を行っていたが、やはり「疲労がぱねえ」という理由で今は控えている。

 勿論それは、

 

 「あやや。ガミラスの戦闘機は大変だねぇ~。その場に停滞出来なくて」

 

 「――戦闘機だしね。宇宙空間での停滞戦闘は人型の特権よ」

 

 2人が軽口を叩いている通り、ガミラスの戦闘機部隊と共同戦線を実施しているからだ。

 おかげで無理に分離戦法を取らなくても、数に負けて押し込まれる事も無くなった。

 

 そして2人の指摘通り、宇宙戦闘機としての形態を持つガミラスの戦闘機は、一定の空域に留まって戦う事は苦手の様で、転送戦術における防空戦闘という点においては、その場に留まった戦闘が可能な人型機動兵器に軍配が上がるようだ。

 それをわかっているのかそれともドメル司令辺りが指揮を出したのか、ガミラスの戦闘機は近接防御はコスモタイガー隊にほぼ一任し、その穴を埋めるような形で部隊を展開して防空作戦を展開している。

 きっと、こちらが何時敵に回ってしまわないかと内心冷や冷やものだろう。

 ……こちらも同じ気分だが。

 

 「……和解にも至ってない連中と共同戦線を張るなんて、地球を出た頃は考えてなかったぜ」

 

 即席混成部隊の事を思うとついつい軽口が飛び出す。

 そうしている最中もシールドバスターライフルからビームを撃ち出して敵機を沈め、接近してきた敵にシールドバスターライフルと弾切れになったハイパーバズーカを振り回して敵機に叩きつけたり(勿論バズーカは折れ曲がった)と、攻撃の手は休まない。

 今まで相対してきたガミラスの戦闘機ですら、全長(または全幅)18m程とエステより大きいのに、暗黒星団帝国の使う戦闘機は全長30mにも達する。

 特に大きさと火力から爆撃機と判断した機体は、触覚型ビーム砲が3本と3連装砲塔が4基も付いている、全長60mものかなりの大型機。当然の様に相応の頑強さと火力を有しているので、6m程度のエステバリス系列機ではかなり厄介な機体だ。

 単純にサイズだけなら決して珍しいと言えるほどでもない。地球でも大昔にはこの程度の大きさの戦略爆撃機もありはした。

 が、その大きさの割に機動力がかなり高いとなれば話は別だ。

 おまけにサイズの分だけ出力も高く、数の暴力があるにせよ、ヤマトの防御性能をもってしても完全に無効化出来ない火力のビーム砲を装備しているのも厄介で、しかもまるで触手の様にフレキシブルに動いて照準してくるのだから堪ったものじゃない。

 

 細部形状や意匠はともかく、多少有機的だが地球製の航宙機に近しい形状であり、かつ比較的運用思想が地球と酷似している部分のあるガミラスに比べると、形状と機能の違いから戦術が読みにくい分、少々戦い辛いのは事実だ。

 ただ、地球人がかつて考えていた円盤型UFOのような物理法則を無視したかのような鋭角な軌道を描いて飛んだりしないので、そういう意味では安心したパイロットもそこそこいた(特にヒカル)。

 それに強力なビーム砲とは言っても航空機の兵装の範疇に留まっている。艦砲射撃に比べれば火力は雲泥の差なので、ディバイダーやガンダムの防御力相手では必殺とは言えず、比較的余裕を持って戦えているというのもある。

 もしディバイダーが配備されていなかったら、エステバリスは火力や防御力の面で戦力外通告を受けていたかもしれない。

 ガンダムにしても、「ヤマトの護衛」を目的としたワンオフ上等・性能最優先の設計と、サテライトキャノン搭載の恩恵でやたらと頑強でだからこそ対等以上に戦えているだけで、これが純粋にアルストロメリアの発展型――というような形で開発されていたとしたら、ここまでの戦果はありえなかっただろう。

 

 ――相も変わらずワープで投入される爆撃機の姿が途絶えない。やはり撃墜出来ている数が少なく、補給と再出撃を許してしまっているからだろう。

 それでもレオパルドの火力のおかげで防衛は幾分楽になっている。

 すでにミサイルを全て撃ち尽くし、実弾のブレストガトリングの残弾も大分減っているのだが、その他の武装はビーム兵器なのでまだ少し弾薬に余裕があった。

 

 しかしながら、相転移エンジン搭載とはいってもエックス以下、Gファルコン以上という程度で特別優れているわけではないし、コンデンサーの規模と数からエックス程のエネルギー貯蓄量はない。

 特にツインビームシリンダーは消費が大きく、ある程度対策されているとはいってもエネルギーを容赦なく喰い尽くす。

 流石に消費が厳しいと判断したサブロウタは、右のビームシリンダーを外してバックパックに戻し、右手にだけ装備されたリストビーム砲の砲身を前方にスライドさせて発射する。

 大口径1門と小口径4門の計5門のビーム砲から、そこそこの威力のビーム弾を発射して応戦を続ける。

 

 エステバリスの消耗した武器弾薬は、戦力に余裕が出て手の空いたGファルコンがカーゴスペースに満載して戦場に運搬、弾切れになったライフルを捨ててウェポンラックに固定された新しいライフルを掴み取る事で解決している。

 手を使って速やかに装備を交換出来るのは人型の特権だ。Gファルコンの武装はどうにもならないが、携行武装が補填出来るだけありがたい。

 

 そうやってガミラス機では真似出来ない継戦能力を最大限に駆使して、ヤマトとドメラーズ三世を中心に艦隊の中枢を防衛し続けた。

 

 

 

 その頃、アキトのGファルコンDXと月臣のエアマスターバーストは揃ってガミラスの航空部隊と並走、敵艦隊に突撃を敢行していた。

 2機のガンダム以外はガミラスの戦闘機と爆撃機と雷撃機で構成された部隊で、ヤマトの射線を塞いでいる敵艦を沈めて主砲の射線を確保する事を目的としていた。

 空母への直接攻撃はその規模と距離から現実的ではないと判断され、却下された。

 

 収納形態で機動力を優先したGファルコンDXと、ファイターモードに変形したエアマスターはガミラスの高速戦闘機に匹敵する速度で戦場を突っ走る。

 胸部装甲を回転させて後方にスライドした頭部を隠し、腰を回転させて膝をクランク状に折り曲げつつ太腿を前方に曲げてやや高い位置に固定、折り畳んだつま先に内蔵されたスラスターと胸部の回転と連動して後方に倒れたスラスターユニットから、ブースタービームキャノンを乗せた主翼を横に開き、背中のノーズユニットを前方に移動させたファイターモード。

 エアマスターの特徴というべき可変機構によって生み出される機動力の高さに、GファルコンDXに乗るアキトも驚く。

 データは見せて貰っていたが、やはり実物を見せつけられると印象が違って見える。

 この機動力と運動性能は――それだけで強力な武器になり得る。多少火力が低くても、この機動力を活かしたヒット&アウェイは、対空・対地戦闘においては絶大な威力を持つ。

 強いていえば、対艦・対要塞攻撃には打撃力が不足しているのが難点だが、それはGファルコンとの合体や他の機体との連携で補える。

 

 開発時に「ブラックサレナの高機動ユニットのエアロタイプと重武装タイプを参考に、機体と一体化した」と聞かされた時は苦虫を噛んだような顔をしてしまったが、この威力は素直に称賛しようと思う。

 

 一方、まだ馴染んでいるとは言い難いエアマスターを操りながら、月臣は眼前に広がるイモムシ型戦闘機の大群を見据える。

 

 「テンカワ、打ち合わせ通りに頼むぞ。エアマスターとDMF-3の部隊で迎撃機は抑えて見せる。今は、お前達攻撃部隊の火力が頼みだ!」

 

 「――わかってる。任せろ月臣!」

 

 機体の性能を鑑みた役割分担だった。

 エアマスターとてガンダムタイプの1機。火力は勿論ガミラスの戦闘機よりも高い水準にある。

 だが今回の出撃では、対艦戦闘に従事するには少々火力不足な状態にあった。

 ガンダムは基本的にGファルコンとの連動前提で取り回しの良いビーム兵器を主兵装とし、グラビティブラストをオミットしている。例外は合体を前提としていないガンダムエックスディバイダーに限られる。

 今回エアマスターは調整不足で火力の要であるGファルコンと合体して運用出来ず、火力が足りない。

 なので、単体でもGファルコンDXの収納形態に迫る機動力と上回る運動性能を活かして、迎撃機の対処に回るのは必然といえよう。

 

 ヤマトがドメル司令の指揮下に置かれた事で、度重なる航空戦でその実力を示して来たアキトと月臣は、進の推薦で敵艦隊の攻撃部隊に編入された。

 言語の問題に関しては、ルリが必死にガミラスを解析し続けた成果もだが、地球の事を――ヤマトを分析し続けて来たドメルもヤマトで主に使用されている言語の解析を行っていたことで解決出来た。

 両者の努力結晶である翻訳ソフトが通信機器に組み込まれ、部隊行動を問題なく行える程度の意思疎通は可能となった。

 

 無論、両者の間には信頼関係が築かれていないので、その連携はギクシャクしたものではあったが。

 

 「――迎撃機の出撃を確認した! 全機、作戦通りに行動開始だ!」

 

 レーダー反応を確認したゲットーの指示で、パッとガミラス・ヤマト攻撃部隊が散開する。

 月臣とDMF-3の編隊は、ほとんど同じタイミングで増速。迎撃に出てきたイモムシ型戦闘機の編隊と相対した。

 突出して会敵したエアマスターは、機首のノーズビームキャノンから巨大なビーム弾を、翼部のブースタービームキャノンから小型ビーム弾を撃ち込みながら突撃する。

 両腕にマウントされたビームライフルは敢えて使わない。

 ガミラスのDMF-3もエアマスターに劣らない速度で敵航空編隊に突撃する。

 主翼に内蔵された大口径ビーム機関砲――パルスガンを発射しながら突っ込む。合わせて主翼に懸架された対空ミサイルもばら撒き、敵の編隊行動を妨げ攻撃部隊を通す間隙を生み出す。

 そうして生まれたわずかな隙をGファルコンDX、ガミラスの爆撃機と雷撃機であるDMB-87とDMT-97が、見かけに反したアクロバティックな機動で必死に潜り抜けていく。

 それでも全機が無事抜ける事が叶わず、何機かが被弾して煙を吹き、速度を鈍らせるが脱落は辛うじて居ない。

 エアマスター率いる戦闘機部隊と交戦状態に突入しながらも、何機かが反転して追撃しようとしている。

 それを見て月臣は素早く機体を人型のノーマルモードに変形させ、マニピュレーターで改めて保持し直した軽量型バスターライフルを追撃に移った敵機に向けて発射する。

 両手で腰溜めに構えたバスターライフルから放たれたビーム弾は、人型特有の安定感と細やかな照準によって次々と敵機のエンジン部に突き刺さっていく。

 単発の火力はダブルエックスやGXが使うライフルに劣るが、その分速射性に優れファイターモードの主砲としても使える様に調整されている。

 エアマスターの倍近い大きさのイモムシ型戦闘機とはいえ、機関部に4発ものビーム弾を連続して叩き込まれては一溜りもない。機関部が爆発して機体の後ろ半分が吹き飛び、誘爆して武装している前半分も砕け散る。

 さらに頭部バルカンも連射して敵の回避運動を誘いながら、両手のバスターライフルを矢継ぎ早に撃ち込んで敵機の数を減らすべく攻撃を続ける。

 今度はファイターモードに変形、敵陣に突っ込みながらバスターライフル以外の火器を全力で撃ち込む。そして敵の只中で再変形して両手に持ったバスターライフルを左右に、上下に、同じ方向にと撃ち分けて敵機を翻弄する。

 エネルギー管理のための武器の使い分けで、息切れしないように慎重に、だが大胆に戦う。ヤマト艦載機隊の中でも一番と称された月臣だからこそ出来る流れるような戦闘スタイルだった。

 

 エアマスターはそうやって人型と戦闘機形態を適時切り替えながら、ガミラスや暗黒星団帝国の戦闘機では決して真似出来ない戦闘機動で絶大な戦闘能力を見せつけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 「……マジかよ。ヤマトの奴ら、一体何処からあんな機体を……!」

 

 DMB-87を操りながら、バーガーはヤマトの新型機――エアマスターと言うらしい――の戦闘能力に肝を冷やす。

 今は味方だから良いが、これからあんなのも相手にしなければならないのかと思うと、想定していた対ヤマト戦術を練り直さなければならない。

 というか、戦艦内部の工作設備であんなものを1から用意出来るなんて、信じがたい事実だ。

 

 「爆撃機部隊の隊長、突っ込むぞ」

 

 「お、おう!」

 

 今は並走して飛行している戦略砲持ちの人型から――ダブルエックスと言うらしい――の通信に、どもりながらも応じる。

 ……本当は七色星団の決戦で雪辱を果たしてやるつもりだった機体だ。それが今は僚機とは……。

 ダブルエックスは、背中に合体している戦闘機の様なパーツに安定翼を追加、その上下に三角柱のミサイルや円筒状の魚雷と思われる装備を追加している。

 以前交戦した時よりも重武装であり、自分達が来る前からバラン星基地を護る為に航空戦を展開していたとは思えない程の健在っぷりだ。

 

 ……つくづく化け物染みた機体だ。その戦いを違った立場で分析出来るのは今後を考えると有難いとポジティブに考えるべきだろうか――今後があればだが。

 

 バーガーは愛機を翻して弾幕の中を軽やかに舞い、敵艦目掛けて突き進んでいく。確かに爆装されたDMB-87はDMF-3に比べて重く鈍いが、DMT-97に比べると動きは軽い。

 黒色艦隊の艦載機も、こちらより図体が大きい割に追従出来るだけの機動性と運動性能を持つが、技量はどうやらバーガー達ガミラス陣営やヤマトのパイロットが勝るようだ。

 まあ当然だろう。こちらは対ヤマト選抜メンバーの集まり、向こうは母国の存亡を背負った先鋭揃い。

 連中がどこから何の目的で来たかは知らないが、簡単に下せるような面子ではない。

 そんな事を思いながら、バーガーは円盤型の艦体を持つ敵艦に向かって突き進む。まずは艦隊からの砲撃を遮る邪魔な艦から始末する。

 隣には、ダブルエックスの姿もある。どうやらバーガーが狙っている艦の隣を始末するつもりの様子。

 その様子を視界の端に捉えながらも、バーガーは最良のタイミングで機首の8連装ミサイルランチャーと翼下に懸架した大型爆弾2発と中型爆弾を胴体格納分含めて16発、全火力を容赦なく叩きつける。

 僚機たちもそれに倣い、各々の標的に食らい付いていく。

 バーガーの機体だけでは火力不足だったが、僚機の攻撃も交えて撃沈に成功した。

 

 対して隣のダブルエックスは、懸架したミサイルと魚雷を放出した後人型に変形してから急接近して密着、その後左手で握ったビームを上下に出力した剣か弓の様な武器でフィールドを力技で押し切って装甲を切り裂き、機関部と思われる場所に容赦なく搭載されたミサイルや火砲を撃ち込んで、単機でありながら敵艦を沈めている。

 本当に化け物染みた性能の機体だ。あれが、過去のイスカンダルが生み出した星間戦争に耐えうる人型機動兵器――ガンダムの実力だというのだろうか。

 

 そんな感想を持ちながらも、敵艦を撃沈出来た事にひとまず安堵する。

 

 (……射線さえ確保すれば、あのヤマトの長射程砲が――)

 

 思考を遮るようにヤマトからの警告が飛び込んできたので慌てて離脱。直後に放たれた重力衝撃波(という事が解析で判明している)が9発、バーガーとダブルエックスが沈めた敵艦の残骸の隙間を縫う精密射撃でその先にいた空母1隻に突き刺さり、容赦なく撃沈して見せた。

 装甲が薄い傾向がある空母型とは言え、全長800mにも及ぶ大型艦艇をあっさりと沈めてみせたその火力には、本当に肝が冷える。

 だがこれでまた1隻、空母を減らした。少しは航空攻撃が緩くなってくれれば良いが……。

 そう考えながら、弾を撃ち切って武装が後方迎撃用のパルスビーム機銃のみとなった機体を翻して撤退に移る。弾切れになった爆撃機など的にしかならない。

 流石に見逃してはもらえず、戦闘機部隊の妨害を振り切って追撃してきたイモムシ型戦闘機の攻撃に晒され、1機、また1機と味方機が撃ち落とされていく。

 

 「くそっ! こんな所じゃ死ねぇ!」

 

 バーガーも後方に食い付いた敵機にパルスビーム機銃で牽制を掛けるが、それを掻い潜って触覚の様な砲台からビームが次々と撃ちかけられる。

 このままでは墜とされる! そう肝を冷やした瞬間、横から撃ちかけられたビームの直撃を受けて敵機が爆発四散する。

 ――ダブルエックスの援護か。

 

 「大丈夫か、隊長さん」

 

 「……助かった、礼を言うぜ」

 

 今度会ったら絶対報復すると誓った相手に救われるとは……。

 正直気分が悪いがバーガーも戦士の矜持ぐらいは知っている。なので、すぐに救って貰った礼をしておく。

 

 「殿は任せて下がってくれ。こっちもミサイルは撃ち尽くしたし、ライフルのエネルギーも今ので最後だけど、予備のライフルもあるしまだエネルギーも残ってる。迎撃機の相手くらいなら問題ない」

 

 そう告げるパイロットにバーガーも頷き、渋々ではあるが殿を任せて後方に下がる。

 

 (対艦攻撃装備と対空戦闘装備を両立して、どっちにもシームレスに対応可能だなんて……悪夢みたいな機体だぜ。パイロットの腕も良いし判断も的確だ。味方に付けりゃ、確かに頼もしいと言えるが……)

 

 殿に就いたダブルエックスは、左手のショートシールドに固定していた(開戦時から姿を見る人型のと同じタイプの)ライフルを右手に掴み取り、3点射で群がる敵機を牽制、胸部に合体した戦闘機の機首を思わせるパーツのビーム機関砲と背中のグラビティブラストを合わせて、帰還中の攻撃機部隊への被害を抑えるべく奮戦している。

 そこにやや遅れながらも戦闘機部隊も合流、殿を務めてくれた。

 やはり一際活躍が目立つのはダブルエックスとエアマスターとかいう機体で、被弾の痕こそ見受けられるがどちらの機体も装甲表面で防げているらしく、動きが鈍っていない。

 

 ――今更かもしれないが、今後は人型機動兵器だからと言って侮る姿勢は改めた方が良さそうだ。

 

 バーガーはそう固く胸に誓った。

 

 

 

 

 

 

 「……ううむ。予想よりも手強いな」

 

 あまり見かけない人型機動兵器の思わぬ善戦にデーダーは苛立ちがさらに増すと同時に、これ以上の交戦は徒に戦力を消耗するだけだと強く感じた。

 

 「――作業の進展は?」

 

 「はっ。システムへの侵入に成功、まもなくプログラムの改変も終えます」

 

 部下に問い質すとすぐに待ち望んだ答えが返ってきた。よし、と頷くとデーダーは全艦に司令を出した。

 

 「艦載機を収容した後、順次バラン星宙域からワープで退却しろ!」

 

 と命じる。

 

 これで作戦は成功した。鹵獲品のテストも兼ねた下準備は終了したも同然。

 後は、艦隊司令――メルダーズの擁するマゼラン方面艦隊に合流し、ガミラスを屈服させるだけだ。ついでにイスカンダルも制圧すれば、更なる戦果を得られるだろう。

 連中の星があの移動性ブラックホールに飲まれるまでまだ数ヵ月ある。悠長には構えていられないが、それだけあれば必要量のガミラシウムとイスカンダリウム――それにもう1つの資源を得られるだろう。

 

 移民計画の重要拠点であろうバラン星基地を攻撃する事で連中の焦りを生み、浮足立たせる事が出来れば上等。

 そのわずかな隙が、こちらの勝利を不動のものとするのだ。

 

 「プログラム改変完了。制御はこちらのものになりました」

 

 「――よし。ガミラスの人口太陽を起動、その後敵艦隊目掛けて直進させろ。観測機器を最大稼働させるのも忘れるな。ヤマトが例のタキオン波動収束砲とやらを使うのを見届け、解析する。あれが我が帝国にとってどの程度の意味合いを持つのかを、ここではっきりとさせるのだ!」

 

 わざわざこの場に飛び込んで来てガミラスと共闘したヤマトだ。

 恐らく武力によってガミラスの侵略を跳ね除ける事に限界を感じて、講和に持ち込む事を考えたに違いない。

 だからこの状況を――第三勢力の手によってガミラスの危機に味方として乱入し、その意志を示した――といったところだろう。

 超兵器を持ちながら何と弱気な事だと思うが、おかげでこのような機会を設ける事が出来た。

 連中もどうやらイスカンダルを目指している様だし、その制圧を考えている我々と衝突するは必然。

 最悪最大限に譲歩して、こちらの邪魔をしない代わりに連中の行動の一切を黙認しても良いが、あれだけの艦、見過ごすのはあまりにも危険。

 ――あのタキオン波動収束砲という大砲がどうしても気になる。第六感が囁くのだ。あれを放置する事は、我が帝国の足元を掬われるに等しい。

 デーダーは長年の感がそう訴えるのを聞き逃さなかった。

 

 そのデーダーが見守る中、モニターに映っていた巨大なプラネタリウムのプロジェクターの様な建造物の穴から高温のプラズマが噴出。

 サイズこそ小さいがまごう事なき恒星の姿を作り出し、バラン星基地とその防衛艦隊目掛けて緩やかに動き始めた――。

 

 

 

 

 

 

 その頃ヤマトの第一艦橋は、突如として飛び込んで来たユリカの言葉に困惑していた。

 敵艦隊はどんどんワープで戦闘宙域から離脱を始めていて、ようやく戦闘に一段落着くと安堵していた矢先だったので、なおさらだった。

 

 「太陽? 太陽が迫ってくるんですか、艦長?」

 

 「うん。多分非常に近い未来の事だと思う。それを夢って形で見たみたいなの」

 

 ウィンドウに映るユリカの姿に、進と真田は顔を見合わせた後ドメル司令に問い合わせる事にした。近くに恒星の影は無いのだが、進は何となくその正体を察した。

 と、その前にユリカを下げさせなければ。

 艦長代理が指揮を執っているのに艦長が顔を出すと混乱を招くかもしれないから、今はまだユリカの姿を晒すべきではないと訴えると、

 

 「そうだね。私、パジャマのままだからこのまま話すのは失礼だもんね。おめかししてから出直さないと礼儀がなってないって思われちゃう。さっすが進! 礼儀も弁えた成長にお母さん感激だよ!――じゃ、着替えてお化粧するね」

 

 と言って通信を切った。

 

 ――違う、そうじゃない。

 

 そんな感想を抱きながらも、進はドメル司令を呼び出して事の詳細を確かめる事にした。

 が、それよりも早く向こうからこちらに通信が送られてきた。

 

 「古代艦長代理、不味い事になった」

 

 深刻そうな表情のドメルに進は悟った。ユリカの警告は一足遅かったのだと。

 

 「我がガミラスがバラン星でテスト運用していた人口太陽のコントロールを奪われた……どうやら、基地諸共我らを飲み込ませるつもりのようだ。あれの移動速度を考えると、ワープでの撤退は不可能だ。艦隊が密集し過ぎていてワープインに支障をきたしてしまう。それに、民間船の足では到底逃げ切れないだろう……」

 

 「人口太陽?――まさか、ガミラスが地球を解凍するための?」

 

 「その通りです。包み隠さずお話ししますと、あれは寒冷化により凍結した地球を解凍し、ガミラスの早期移住を実現するために開発されたもので、貴方方の太陽系に運び込む前にバラン星でテストを繰り返し、完成後に輸送する手筈になっていました」

 

 やはりか。ガミラスは、何の考えも無しに地球をあのような状況に追い込んだわけでは無かった。

 地表を荒廃させるのが人類死滅への早道であるのは自明だが、将来的な移住を考慮するのであれば荒廃の程度を考えないと行く当てを失くしてしまう。

 

 ガミラスは星を凍結に持ち込んでも解凍する術を持っていた。

 だからこそ、地表への被害を限界まで抑え、ある程度は本来地球が持っている生態系の情報を保存出来(凍結で保存された地球全土の生物のDNAを採取して、クローニングすることも出来るのかもしれない)、場合によっては人類が築いた文明の残りを活用する事でより素早く文明の復興を可能とする――そういう算段だったのだろう。

 

 自分達の滅亡が掛かっているからだろうが、やる事がエグイ。

 

 はたして地表に大量の遊星爆弾を墜とされ、放射能汚染で赤茶けた星に成り果てた――ヤマト出生世界の地球とどちらがマシだったのだろうか。

 ついそんな比較が頭を過る。

 

 「どうやら連中は、貴方方と同じくハッキング端末を基地に打ち込み制御装置に干渉したようです。残念ながら、安全に停止する手段はもはやありません」

 

 あ、やっぱりばれてた。

 

 「――古代艦長代理。貴方方の決意に水を差す事になってしまい……本当に申し訳なく思う……だが――だが、撃って欲しい。タキオン波動収束砲で……人口太陽を」

 

 静かに、だが申し訳なさと苦渋さを多分に含んだ声色でドメルは告げた。

 

 波動砲で人口太陽を撃て、と。

 

 「……」

 

 ユリカから警告を受けた時にすでに考えていた。……波動砲しかないと。

 元々こういった状況を想定して、すぐにでも解放出来るように封じてあるのだから、問題なく使用出来るだろう。

 しかし。

 

 「恐らく敵の狙いは、タキオン波動収束砲のデータを得る事にあると推測されます。艦隊に撃たれるのを避けつつ、データを収集するためにタキオン波動収束砲でしか破壊が望めない人口太陽のコントロールを奪ったのだと、私は解釈しています……その結果を見て、ヤマトを手に入れるか破壊するかの判断を下すつもりなのでしょう」

 

 「――確かに連中と遭遇した時、波動砲に興味があるという言葉を聞きました。ヤマトを無条件に差し出せとも。だとすれば――」

 

 「撃たなければ、ヤマトは逃げられても艦隊の大半と基地は壊滅。当然、民間船も……撃てば、敵にその威力を曝け出す事になり、解析され、今後の戦略に不利が生じる。どちらを選んでも、得をするのは敵だけ……この状況に持ち込まれた瞬間、我々の選択肢は奪われてしまったのです」

 

 ドメルの冷静な言葉に、進はギリッと歯を噛む。

 データを解析するのはガミラスも同じ。

 つまり、この後ガミラスとの和解が成立出来ない――またはガミラス側がカスケードブラックホールの窮地を抜ける為だけにヤマトを利用したとしたら……もうヤマトは地球を救えなくなる。

 

 だが!

 

 (俺達は――俺達は何のためにこの場に来た? 地球を救うため、最善と思える事をするために来たんじゃなかったのか? ここで如何なる理由であっても尻込みして撃たなければ、俺達がここに来た意味は無くなる……)

 

 正直迷いがある。

 波動砲をわざわざ封印したのは、この絶大な威力を封じる事で覚悟を見せる為だった。意思を示すためだった。

 確かに今は非常事態だ。この状況を覆せるのは――トランジッション波動砲だけだ。頭では理解している。

 しかし安易に解除出来る封印だと知れたら、ドメル司令はともかく、ガミラス上層部に受けが悪いのではないだろうか……。

 

 ――古代――

 

 突然進の頭に、今まで聞いたことのない重々しい声が響く。

 

 ――古代、覚悟を示せ――

 

 進はドメルと通信中だという事も忘れて後ろを振り返った。

 ――そこにあるのは、いや、居たのは初代ヤマト艦長沖田十三のレリーフ。

 

 (沖田艦長――!……貴方はまだ、ここに居られるのですか? ずっとずっと、俺達の事を見守ってくれていたのですか?)

 

 レリーフの沖田は何も言わない。幻聴だったのかもしれない。

 しかし進の目には、レリーフに刻み込まれた沖田の表情が柔らかく微笑んだようにも見えた。

 ――それだけで十分だった。

 ヤマトの在り方を決定付けた父――沖田に背を押されて、進は前を振り返る。

 

 (沖田艦長……俺は――俺達は! 覚悟を示します!)

 

 決心がついた。

 俺達は俺達の道を――母ユリカから学んだ、「自分らしくある」生き方を貫く!

 

 もう、迷いはない!

 

 「……封印解除だ! トランジッション波動砲用意! 目標、人口太陽!」

 

 進の決断を、クルー達は後押しした。

 

 「封印プラグ強制排除!」

 

 真田がキーボードを叩いて暗号コードを撃ち込むと、波動砲口を完全に密閉していたオレンジ色の蓋の周囲に小さな爆発が連続して起こり、最後にひと際大きな爆発が砲口内部で発生、反動でプラグが外れてヤマトの前方にゆっくりと回転しながら慣性で漂い始める。

 

 「ルリさん、波動砲で人口太陽を破壊するとして、それによる被害がどの程度のものになるのか計算してくれ」

 

 「了解」

 

 進の要望にルリもすぐに応じる。

 

 「人口太陽の構造データを提供します――古代艦長代理、決断に感謝します」

 

 ガミラス式の敬礼と共に言葉とデータを送ってくれたドメル。進もヤマト式の敬礼を持って応える。

 

 「――解析結果が出ました。破壊するだけならコア部分に波動砲を1発撃ち込めば事足りますが、人口太陽自体の崩壊を波動砲の作用が助長して――周囲に高温のプラズマと重力衝撃波をまき散らし、後方の基地は勿論、艦隊や民間船への甚大な被害が懸念されます。先に周囲のプラズマを波動砲で剥ぎ取る事も検討しましたが、収束率の高いヤマトの波動砲では効果的に剥ぎ取る事が出来ません。せめて、波動砲のエネルギーで全体を飲み込んで押し流せれば被害を抑えられるのですが……」

 

 ルリの計算結果に全員渋い顔になる。

 ここに来て、波動砲が艦隊決戦兵器として辛うじて機能している問題点――何らかの物体を破壊する際にタキオン波動バースト流が四散し周囲に破壊作用をばら撒いてしまうという難点が重く圧し掛かっていた。

 それに、地球を早急に解凍するためのものという事もあってか、それとも人口太陽というものは大体この規模になるのかはわからないが、プラズマの生み出す表面とでも形容すべき部分の直径は小惑星クラスだ。

 ――収束型の波動砲では、飲み込む事が出来ない!

 

 (考えろ……何か……何か策があるはずだ。破壊によって持たされる被害を相殺する何かが……)

 

 必死に頭を捻る真田。工作班長の意地と誇りに掛けて、何としてもこの場で応急的にエネルギーを拡大させる方法を考える。

 時間はあまり残されていない。

 何かあるはずだ。こういった局面に役立ちそうなアイデアが!

 真田の脳裏に波動砲に関連した様々な出来事が駆け巡り――。

 

 「……そうだ! 過去の戦訓を活かして照射範囲を拡大すれば良いんだ!」

 

 この局面で真田が閃いた!

 

 「なぜなにナデシコの第二回放送を思い出してくれ! “過去にヤマトの波動砲は、敵大型ミサイルを飲み込んで破壊した時、その爆発で照射範囲が拡大した事例がある”事が説明されていただろう? あれは恐らく艦長が見たヤマトの過去の記憶――つまり実際にあった事なんだ! だったら、それを意図的に引き起こしてやれば良いんだ!」

 

 真田の発言に、進お兄さんとして収録に参加した進もその意図を理解した。

 あの時は、詳細不明だがヤマトの1/4程の大きさがありそうな超大型ミサイル複数によってその現象が引き起こされていた。

 ヤマトには当然そんな大型ミサイルは搭載されていないし、ガミラスとてすぐには用意出来ないだろう。

 ――しかし、ヤマトにはそれに比肩し得る威力のミサイルを搭載した支援艦を搭載している!

 

 「感付いたようだな、古代。そうだ、信濃の波動エネルギー弾道弾を波動砲の軸線上に配置して起爆させれば、波動砲をその地点から広域に拡大させる事が出来るはずだ! 予め波動砲の収束率を限界まで下げた状態でそれを起こせば、あの人口太陽を飲み込める規模にまでエネルギーを拡大させる事が出来るかもしれない! ルリ君!」

 

 「再計算開始!…………結果が出ました。78%の確率でエネルギーが拡大して広域に広がります。ただ、乱暴な手段でエネルギーを拡大させるため、波動砲1発分ではエネルギーが不足して人口太陽を飲み込ませる事が出来ませんし、爆発によって広がるエネルギーを押し流し切れません。計算では弾道弾24発で拡大を狙い、波動砲2発分のエネルギーを1度に放出出来れば完璧なのですが……」

 

 「全弾発射システムを使った場合、ほぼ強制的に6基分のエネルギーを使ってしまいます。残念ですが、現時点のシステムでは必要分のエネルギーを供給して射撃出来るようには造られていません」

 

 元来がカスケードブラックホール破壊の為に構築された、応急的なシステム。そこまで器用な運用には対応していない。

 エンジンを停止しただけでは駄目だ。エンジン内に残留するエネルギーが使用されてしまう構造になっている。

 モード・ゲキガンフレアのようにタキオン波動バースト流にまで加工していなければある程度の調節も出来るのだが……。

 

 「ならば、あえて4発無駄撃ちしてエネルギーを減らした後、残った炉心だけで全弾発射システムを構築するのは駄目か?」

 

 ゴートの思わぬ閃きにルリとラピスが早速検証すると、成功率が意外と高い事が判明した。

 

 「よし! 波動砲4発を無駄撃ちしてから、残ったエネルギーを拡大放射して人口太陽を破壊する!――ドメル司令、それでよろしいですか?」

 

 「異存はありません。念のため、艦隊をヤマトの上下左右に広げ、最大出力でフィールドを広域展開して後方の艦と基地の盾となるべく配置しましょう――ヤマトの成功を祈ります」

 

 敬礼を送った後、ヤマトの邪魔をしない為かドメルは通信を切断、マスターパネルから姿を消した。

 敬礼で見送った進は、改めて指示を出した。

 

 「トランジッション波動砲用意! すぐに4発を無駄撃ちして残った2発を同時射撃して対応する! 信濃の発進準備も急げ!」

 

 今回のような防衛戦や乱戦では使い道が無いと埃を被っていた信濃に思わぬ出番が回ってきた。

 早速大介は艦の操縦をハリに任せて信濃に乗り込むべく移動する。

 

 「……艦長代理。俺は波動砲の使用に不慣れだ。発射はそちらに任せた方が良いと思うが」

 

 守の進言に少し悩んでから、頷く。

 

 「艦長代理、俺も島に同行して波動エネルギー弾道弾の展開を補佐する。なに、一緒に戦闘指揮をしてきた仲だ、お前のタイミングに合わせる自信はあるぞ」

 

 自信たっぷりに胸を張るゴートの言葉にちょっぴり感動しながら、進は信濃を親友と少し前までの副官に任せる事にした。

 

 「艦首を人口太陽に向けます」

 

 操縦桿を引き継いだハリがヤマトの艦首を人口太陽の方向に向ける。

 眼前の人口太陽は物凄いスピードでこちらに向かって猛進してくる。この様子だと、安全圏で破壊する猶予はほんの2分程、5分もしない内にこちらを飲み込んでしまうだろう。

 

 「波動相転移エンジン、出力120%へ!」

 

 「了解! 出力120%へ!」

 

 第一艦橋からの指示を受け、山崎がエンジンの出力を上げる。

 エンジンの稼働音が一際高くなり、生み出される振動も激しくなる。

 

 「フライホイール始動!」

 

 太助がそれまで単にエンジンの回転を円滑にするためにしか機能していなかったフライホイールが、エンジンの再始動を円滑にするための補助エネルギーを溜め込み始め、淡い発光が徐々に強い発光へと移行していく。

 出航後数回に渡るエンジンの再調整でその機能は洗礼されつつある。真の力を発揮するには至っていないとはいえ、出航当時よりも格段に進歩しているのだ。

 

 「信濃、発進準備完了!」

 

 「ハッチ解放! 信濃発進だ!」

 

 大介の報告に、すぐに信濃の格納庫に併設された管制室に連絡してハッチを解放させる。

 ヤマト艦首下部のハッチが一段下がった後観音開きに開く。中から出番に恵まれなかった信濃がゆっくりとその姿を現し、安定翼を伸ばしてブースターを点火、猛加速してヤマトの正面下方に向かって飛び去って行く。

 ――これで波動砲の軸線から外れつつ弾道弾を発射する準備が整う。

 

 「島さん、ゴートさん、波動エネルギー弾道弾はヤマトから10㎞の地点で交差する様に発射して下さい。起爆そのものは波動砲に巻き込まれるだけで大丈夫ですから、信濃が巻き込まれない距離から正確に交差させる事に専念して下さい」

 

 額に汗を浮かべながらルリが指示を出すと、両者から「了解!」と威勢の良い声が返ってきた。

 安全を期すなら事前に波動砲の軸線上に波動エネルギー弾道弾だけを放出して留めておけば良いのだが、今回は事前に4発無駄撃ちしなければならない為、その余波で起爆してしまわないように直前まで信濃で守らなければならない。

 余波に巻き込まれることがあったら信濃は木っ端微塵。それ以前に上手くエネルギーが拡散しなかったら人口太陽崩壊の余波に巻き込まれる――。

 

 あまりにも急な作戦故万全とは言い難いのが心苦しいが、今は出来る事をやるしかない。

 

 「安全装置解除、ターゲットスコープオープン!」

 

 「操舵を艦長席に委譲します」

 

 進は艦長席のコンソールを操作、正面のモニターが奥に倒れて中から出現したスコープ付きの発射装置を両手でしっかりと掴む。

 発射装置の上に取り付けられた2枚重ねのターゲットスコープには、猛進してくる人口太陽の姿が映し出されている。

 しかし、最初の4発は意図的に外さなければならない。進は意図的にヤマトの艦首を人口太陽から右にずらす。

 

 「出力120%に到達。4連射、準備完了」

 

 ラピスの報告に頷くと、ジュンにガミラス艦に向けて、エリナに艦内に向けて波動砲発射に伴う警告を発する様に指示する。

 

 「発射15秒前! 総員対ショック防御!」

 

 戦闘中のヤマトの窓には全て防御シャッターが下ろされている。閃光防御は必要ない。

 艦長席用の発射装置を握るのは2度目だが、戦闘指揮席の物とは違う重圧を感じる。

 

 (……沖田さん、ありがとうございます。未熟な俺の、背を押してくれて)

 

 進は力強く目の前の発射装置を両手で掴む。

 2枚のターゲットスコープには、ヤマトの艦橋測距儀が捉えた人口太陽の姿が映し出されている。

 フィルターを通した姿は、まるで生き物の様にプラズマの炎を振り乱しながらこちらに突き進んでくる、物の怪の様。

 

 「10……9……」

 

 カウントダウンが進む。だが不思議と緊張はしていなかった。ただ悠然と、成すべきことを成す。

 

 「6……5……」

 

 (俺は、沖田さんとユリカさんに恥じないよう、この仕事をやり遂げて見せます)

 

 「3……2……」

 

 死してなお、宇宙を超えてなお、進に言葉を――父の優しさを示してくれた沖田艦長に感謝しながら、照準を調整する。

 

 「……1……発射っ!」

 

 (俺は、沖田さんが育て、ユリカさんが受け継いだ――宇宙戦艦ヤマトの指揮官だ!)

 

 力強い想いと共に引き金を引く。

 

 6連炉心が突入ボルトに激突して、莫大なエネルギーが波動砲収束装置に流し込まれる。

 そこで高圧・高エネルギーのタキオン波動バースト流へと至った波動エネルギーがライフリングチューブ内を駆け巡り、最終収束装置を通過した後、凄まじい光芒と共に艦首の砲口――ヤマトのシンボルというべき場所から放出される。

 最大まで収束率を下げているので、その奔流は何時もよりも倍近く太くなっているのが見て取れる。

 

 1発、2発、3発、4発。

 

 炉心の頂点を入れ替えながら4度、突入ボルトに6連炉心が激突してエネルギーを流し込む。

 放たれた波動砲の光芒は、人口太陽を大きく右に反れた宇宙空間を突き進んで遥か彼方で減衰して宇宙に溶け行く。

 

 「波動砲、全弾発射システムのプロテクト解除! 全弾発射システムを構築します!」

 

 ラピスは4発分のエネルギーを撃ち切った事を確認した後、予め施されていたプロテクトを機関長権限で解除して全弾発射システム――普通に使ったら反動でヤマトが砕けかねない、未完の最終兵器の安全装置を解除する。

 

 6連炉心の内部回路が切り替えられ、モード・ゲキガンフレアと同じように全炉心直結状態になる。エネルギーが突入ボルトから洩れて機関室内に漏洩する危険性から、スーパーチャージャーの側面の溝に沿って、ハニカム状の補強が入った防火扉が天井から降りてくる。

 勿論、防火扉が降り切る前に機関室一同は機関室の後部――ヤマト誕生当時から改修を重ねて使われているという波動炉心側に退避する。

 

 今回はカスケードブラックホール対策の要となる6発分ではなく2発分での発射。本来の1/3程度の負荷になるから恐らく問題無く発射出来るはずだが、それでも普段の倍の負担が掛かる。

 機関士の一部からは「ヤマトの能力が過去に比べてインフレしてるせいか、感覚が可笑しくなりそう」と漏らしているが、恐らくそれが真っ当な反応であろう。

 

 

 

 「よし、4連射を確認した。ゴートさん、頼みます」

 

 「うむ。任せて貰おう」

 

 波動砲の余波に巻き込まれないように距離を取りつつ、波動エネルギー弾道弾の発射予定ポイントで待機していた信濃が波動エネルギー弾道弾の発射準備を整える。

 ゴートはルリが計算して出してくれたポイントを入力し、発射装置の安全装置を外す。

 信濃のVLSのハッチが開いて、ヤマトの危機を何度か救ってくれた波動エネルギー弾道弾の姿が覗く。

 発射レバーに手を添えながら、ゴートは緊張で唾を飲みこみ喉を鳴らす。

 大見得を切って出てきたが、不安なものは不安だ。仕損じれば、今はまだ停戦もしていない敵国とはいえ、多数の民間人を犠牲にしてしまう。

 ゴートの脳裏に過るのは、重ねた勝利に驕り、見殺しにした――いや、生き残る為に“殺してしまった”火星の避難民達の事。

 

 あの過ちを――繰り返すわけにはいかない。

 

 ヤマトと繋がったままの通信機からは、進の声で波動砲のカウントダウンが進められている。

 グローブの中の手に大量の汗が滲むのがわかる。

 レバーを何度も握り直し、高まる緊張に視野も狭くなるが、それでも計器から目を離さない。

 

 進のカウントが残り5を数えた時、ゴートはここぞと思ったタイミングでレバーを引いた。

 VLSからロケット噴射の尾を引いて、24発の波動エネルギー弾道弾が一塊となって飛び出していく。

 

 

 

 進はターゲットスコープの端にちらりと映る、波動エネルギー弾道弾の姿を捉えた。

 後は、こちらがタイミングをしくじらなければ大丈夫のはずだ。

 今度はしっかりと人口太陽の中心にターゲットを置き、カウントダウン。

 

 「3……2……1……発射ぁっ!!」

 

 5度目の引き金が引かれた。

 

 6連炉心が再び突入ボルトに叩きつけられ、通常の倍の量のエネルギーが注ぎ込まれ、タキオン波動バースト流の奔流がさらに激しく収束装置とライフリングチューブの中を暴れ回り、先程までよりもさらに激しい光芒と共に発射口から噴出する。

 一回り大きくなったタキオン波動バースト流は軌道上に割り込んできた24発の波動エネルギー弾道弾を飲み込んだ瞬間……爆ぜた。

 それでも普段の倍もある力強い奔流は散り散りになる事なく1本であり続け、波動砲1発分の30%にも達した波動エネルギーの開放によって急激に流れが広がり、そのエネルギーすらも取り込んでより強大な奔流と化して、眼前の人口太陽を軽々飲み込む規模にまで膨れ上がる。

 

 波動エネルギー弾道弾の起爆による損失と照射範囲の拡大で単位面積当たりの威力は通常の1/5以下にまで落ち込んだのだが、太陽とは言え人工物。

 本物の恒星には遠く及ばない。その程度のエネルギーで耐えられる程、この一撃は軽くは無かった。

 人口太陽は成す術無くタキオン波動バースト流の流れに飲み込まれ、外周のプラズマを残さず押し流されながら、コアが激しく変動する時空間歪曲場に飲み込まれて塵も残さず消滅、その膨大なエネルギーを外部に解き放とうとしたが、それすらタキオン波動バースト流の流れに飲み込まれて遥か彼方に遠ざかっていく。

 人口太陽を飲み込み、内部で爆発されたタキオン波動バースト流はさらにその奔流を広範囲に拡大。地球の月程度なら飲み込んでしまえるような凄まじい閃光となって、宇宙の彼方に去っていった……。

 

 

 

 

 

 

 ドメルは眼前で放たれたタキオン波動収束砲の威力に、改めて言葉を失った。

 次元断層内で見た時も、それから数度の使用を観測してデータは得ていたが、人口太陽程のエネルギー体を容易く消滅させる威力を見せつけられては、驚くなという方が無理というものだ。

 ――余波を受け止めるべく備えていた用意も無駄と終わったという現実が、それを後押しする。

 

 (やはり、ヤマトの波動砲の制限は6発まで。予想はしていたが、艦隊を丸ごと飲み込むような広範囲放射は通常出来ないものだったか……火急の事態とはいえ、それらの欠点すら示してくれたか……)

 

 ドメルはヤマトの誠実さに感激を隠せなかった。

 地球を救うだけなら見捨てても良かったのだ。

 それなのに、加害者であるため自ら言い出すにはあまりにも都合が良過ぎると悩んでいた和平への道を考え、行動してくれた。それどこか手の内まで明かすリスクを背負って……。

 これに応えられねば誇りも何もない。すぐにでもデスラー総統に全てを伝え、ヤマトの誠意に応えねばならない。

 総統ならきっとわかってくれる。ヤマトと手を取り合ってくれる。

 ヤマト1隻の振る舞いで地球の全てを理解したと言い切るつもりはないが、彼らも我らと変わらないメンタリティを持ち、ガミラスにも勝るとも劣らない気高さを見せてくれた。

 ならば、文明の遅れた野蛮人などと見下すべきではない。

 それにその威力を眼前で見て確信を持てた。あの砲ならガミラス本星を飲み込まんとしているカスケードブラックホール――次元転移装置を破壊出来る。

 彼らはきっとイスカンダルの為にもそうするだろう。となれば、ヤマトを生かせば必ずガミラスは恩恵を得られる。

 

 母なる母星を捨てずに済むのだ。

 

 ドメルは改めて全軍にヤマトに対して一切の手出しを禁止する命令を出すと、まずはデスラー総統に一報を入れるべきとし、長距離通信の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 デスラーはバラン星襲撃の報を受ける直前まで、自身の新たな座乗艦となる新型艦の視察に赴いていた。

 ガミラス本星がカスケードブラックホールに飲み込まれるまで後数ヵ月。

 移民後の政府再建のための準備もそうだが、自身が先に立って民族を導く為に必要な力の象徴も欠かす事が出来ない。

 

 それにデスラーはヤマトとの最終決戦があるとすれば、その矢面に立つのは自分だと思っていた。

 ヤマトが見込み通りの存在なら、例え報復や復讐といった感情を捨てられずとも、発端となった指導者である自分を討ち取りさえすればそれで矛先を納めてくれるはずだ。

 つまり、移民船団を護る戦力を温存するためにも、ヤマトと最後の決戦を挑むのはこのデスラーが乗る艦1隻で行わなければならない。

 

 勿論、これからが大変なガミラスを見捨てるに等しい行動であるとは重々理解している。

 しかしデスラーが倒れれば、ヒスもタランもヤマトからは――地球からは手を引く。そうすれば、あの強大な力がガミラスに向けられることは……もうない。

 ならばこそ、ドメルが敗れたとしても総力戦を演じず、1対1の戦いを挑み、勝てればそれまで、負けたとしてもデスラーの命で満足して貰えるように誘導するしかないのだ。

 

 デスラーは眼下で最終調整段階に入った――デウスーラと名付けた自らの新しい座乗艦を見下ろす。

 高貴な蒼で塗装された艦体はガミラスの艦艇でも2番目に大きい638mにも達している。

 最大の特徴は勿論艦首に搭載されたガミラス製タキオン波動収束砲――通称デスラー砲だ。

 デスラー砲は時短のため、工廠で何とか完成形になった試作品をそのまま搭載出来るように手配したのだが、それも艦の大型化の一因になっている。

 元々デスラーは、総統府に格納された専用の脱出艇を使って移民船団に同行する予定になっていた。脱出艇には総統府としてそのまま機能出来る設備が多かったからだ。

 なので、この脱出艇をコアシップとして捉え、艦体の大部分を“拡張ユニット”として建造する事で、不安視されていた戦闘能力を飛躍的に強化しつつ、総統府としての機能を両立する事が出来るようになったのである。

 同時にこれは、デスラーの意思に反してデスラー砲が使われないようにするための安全措置も兼ねていた。

 

 「総統のご要望通り、デスラー砲の搭載にも成功し、コアシップと艦体の出力を組み合わせる事で、計算上はヤマトのタキオン波動収束砲2発分のエネルギーを撃ち出す事が出来ます」

 

 工廠の管理者を共に付け、艦の説明を受けながら内部を案内される。

 作業の殆どは完了しているので雑多な印象は無い。

 脱出艇そのままの艦橋やデスラーの個室は、品を損なわない程度に装飾されていて、ガミラスの総統の威厳をこれ以上無く引き立ててくれる。

 艦橋後部中央には、デスラーが腰を下ろすための立派な椅子も用意されていて、普段は床に収納されているが指揮卓も用意され、デスラーが過不足なく艦隊を指揮出来る様に配慮されている。

 デスラー砲の搭載に伴って艦橋に追加された発射装置は機関銃を模した形状で、非使用時には床下に収納されている。

 左手で側面から飛び出している安全装置の解除レバーを動かし、右手でトリガーを引く事で発射される。

 眼前の小モニターがターゲットスコープの役割を果たすなど、武骨な様で気品を感じさせるデザインと機能性の両立に、デスラーは作業に携わった者達を労い称賛した。

 こういう気配りも、国を統べる者には不可欠な技能だ。

 

 

 

 そうやって滞りなく視察を終えた直後、バラン星が最近国境付近に出没していた黒色艦隊の仲間と思われる大艦隊に襲撃されたとの報告を受けた。

 険しい表情で中央司令部に飛び込み状況確認を進める中で、思いもよらぬ事態に発展していた事を知る。

 

 宇宙戦艦ヤマトが……あの宇宙戦艦ヤマトが、バラン星基地防衛の為に力を尽くしてくれたというのだ。

 

 報告を受けた時、デスラーを含めた将校達は我が耳を疑い、報告したドメルに再度問い合わせたのだが、ドメルは基地や艦隊の各艦、さらには自身の艦が修めた戦闘データとヤマトからの通信データ、その一切を提出して応えた。

 その中には勿論、ヤマトが敵の制御下に置かれて暴走した人口太陽をタキオン波動収束砲で消滅させたことまでもが含まれていた。

 

 ヤマトの行動も驚きではあったが、同時に重要拠点であるバラン星基地を易々と陥落させてしまったドメルの失態を責める声も大きかった。

 ドメルの隣に立っていたゲールも顔色が悪く、連帯責任を恐れているようでありながら、ドメルの進退を案じているようでもあった。

 

 ドメルはそれに対して「全ての責任は私にあります。如何なる処罰も甘んじて受けましょう。しかし、今一度ヤマトと交渉し、地球との共存の道を模索するべきだと進言させて頂きます」と応じた。

 何人かの将校は憤ったが、デスラーはそれを制して問うた。

 

 「……それが、君のヤマトに対する結論か?」

 

 「そうです。彼らは信を置くに値します。決して、我らが地球人に対して下した、野蛮人などという評価が適切な存在ではありません」

 

 力強く言い切るドメルの姿勢に、デスラーは決断し告げた。

 

 「バラン星基地陥落の事実を鑑み、ドメル将軍を銀河方面作戦司令長官の任から外す。勿論バラン星基地司令の任もだ。副官のゲールは改めてバラン星基地司令に任命する。生き残った人員を纏めて再編を急いでくれたまえ――ドメル将軍は使者として宇宙戦艦ヤマトに赴き、彼らに交渉に応じる気があるかを問い質し、彼らにその気があるのであればヤマトをガミラス星ならびイスカンダル星まで案内するのだ。今後、別命あるまで宇宙戦艦ヤマトへの敵対の一切を厳禁する。それと、この戦闘でヤマトが受けた被害の回復と、物資の補給には応じる事を厳命する。今回は、彼らに多大な恩がある事を忘れるな」

 

 デスラーの命令にドメルは快く、ゲールは戸惑いながら応じ、中央指令室に集まっていた将校達は驚く者と妙に納得した者とで真っ二つに分かれた。

 バラン星からの通信が切れると、デスラーは眼前の部下達に静かに告げた。

 

 「ガミラスの現況を鑑みるに、これ以上ヤマトとの交戦を続けるメリットは無い。ましてや所属不明の国家が我がガミラスに牙を剥いているというのなら、猶更だ。また、ヤマトにはタキオン波動収束砲が装備されている。それも、先日完成したデスラー砲の3倍の威力がある。この脅威を払拭出来るのなら、交渉の価値はある」

 

 デスラーの言葉に先程納得の姿勢を示していた将校も頷き、納得出来ていない将校達も理解の色を示す。

 

 「それに、ヤマトはイスカンダルと我がガミラスが置かれている状況を知っている可能性が高いとの情報も得ている。だとすれば、イスカンダルが提供したであろうあの砲の使い道の1つは……」

 

 「――カスケードブラックホールの破壊……でありましょうか」

 

 真っ先にデスラーの言わんとすることを理解したのは、やはりタランだった。

 

 「そうだ、タラン。ヤマトがイスカンダルに恩義を感じているのなら――イスカンダルの危機を見過ごす事はしないだろう。スターシアは侵略戦争を行っていることを理由に我らに提供を拒んだが、ヤマトには提供している。となれば、ヤマトを指揮する者はその眼鏡に叶った人格の持ち主のはずだ……とすれば、ヤマトは最初からこの戦いの結末としてカスケードブラックホール破壊を前提とした貸しを理由に、講和を考えていた可能性が高い。しかし、我々がそれに応じずあくまで戦う道を選んだのなら――」

 

 「タキオン波動収束砲でガミラスを滅ぼす事も辞さない、という事ですね、総統」

 

 ヒスの言葉にデスラーは神妙に頷く。

 

 彼もヤマトと交渉するというデスラーの意向に従う姿勢を示している。

 当然だろう、元々タランも、そして水面下ではヒスも、どちらに転んでも良い様に色々と準備を重ねてきたのだ。その過程で、最もガミラスにダメージが小さく済む流れは――ヤマトとの交渉による終戦だ。

 仮に地球を諦める事になったとしても、あの威力をガミラスに向けられるに比べたら安い対価だった。

 それにあのドメルが「信を置ける相手」と断じたのなら、1度取り決めた事を反故してまでヤマトがガミラスに攻撃する事は無いと考えても良いだろう。

 

 問題は、地球が復興して十分な戦力を整えた後、ヤマトとの交渉結果を「ヤマトが独断でした事。地球政府が従う謂れはない」と行動した場合だ。

 ヤマトが搭載を成功した以上、地球の艦は今後タキオン波動収束砲が装備されている艦艇を大量に生産する可能性が高い。勿論、こちらも生産力では負けていないので、今後デスラー砲を搭載した親衛艦隊を構築して備えることは出来なくもないのだが……。

 

 ここまで考えて、ようやくあの戦略砲持ちの人型の存在意義も解った。

 

 あの機体は、カスケードブラックホールを破壊してもなおガミラスの攻撃が続いた時、ヤマトをその猛攻から護り抜く為に用意された機体だったのだ。

 数の暴力を覆す絶対的な暴力として。良心の呵責を捨て去り、向かって来る脅威を機械的に排除するために。

 その威力を早々に見せつけていたのも、それしか手段が無かったのもあるだろうが、こちらに警戒させてこういった考えに誘導するための布石だったのかもしれない。

 

 「今後の対地球戦略については詳細を考える必要があるが、これで当面はヤマトを気にせずに済むはずだ――ヤマトには我が帝国の民を救って貰った恩義があり、ヤマトが戦ってくれたおかげで艦隊への損失も最小限に出来た。多少の譲歩をしてやったとしても、道理に反してはいまい」

 

 デスラーにそこまで言われては、反発する者は誰もいなかった。

 誰もがヤマトを恐れていたのだ。単艦でありながら度重なる罠を潜り抜け、初めてであろう宇宙の難所を幾度も潜り抜けてきた、そのタフネス。

 タキオン波動収束砲の絶対的な威力も、自軍で開発に成功した事でより鮮明にわかるようになった。その威力を1度に6度も叩きつけられたら……仮にエネルギーを使い果たして無力化したヤマトを叩く余力が残せたとしても、ガミラスも尋常ならざる被害を被って、今新たに現れた黒色艦隊を始めとする外部勢力によって滅亡してしまうかもしれない。

 

 しかし、恐れると同時に孤立無援の戦でありながら、最後の最後まで諦めず、敵とすらわかり合おうとするその姿勢には畏敬の念すら覚えずにはいられない。

 普段なら青臭い平和主義的主張で一笑するところだろうが、滅亡寸前に追い込んだ相手に対して、和平出来る保証も無いのに自ら切り込みに来たその振る舞いには敬意を払うべきだと考えた将校も、一定数居たのである。

 

 そしてデスラーは対ヤマトの方針が決定するや否や、敵艦隊の目的について自身の考えを述べる。

 その考えを吟味した結果、満場一致で全軍に緊急警戒態勢を命じる手筈となった。

 敵艦隊の目的は、間違いなく――。

 

 (艦隊の配備が間に合えばよいのだが……)

 

 デスラーは一抹の不安を感じずにはいられなかった。

 敵は間違いなく――強大だ。

 

 

 

 ガミラス本星との通信を終えたドメルとゲールは、1つ息を吐いてから互いに向き合う。

 

 「後始末を任せる形になって、申し訳なく思う――バラン星基地の皆をよろしく頼む、ゲール司令」

 

 申し訳なさそうであるが、どこか清々しいドメルにゲールも、

 

 「……お任せ下さい、ドメル将軍。短い間でしたが、貴方の副官であれた事を誇りに思います。艦隊は私に任せて、貴方はヤマトとの交渉を成功させて下さい……私が言うのもなんですが、交渉の結果が、ガミラス・地球、双方にとって良きものであらん事を、願っております」

 

 ヤマトに対して思う所が無いと言えば嘘になる。

 ただ1度救われたくらいで手の平を返すほど軽々しい訳でもない、と思いたいが、全力を尽くしてくれたヤマトに感謝の念が無いと言えば嘘になる。

 

 「ありがとう、ゲール司令。成功を祈ってくれ」

 

 敬礼を交わし合い区切りを付けた後、ドメルは踵を返して連絡艇に向かう。

 すでにヤマトとは話が付いている。

 快くドメルを受け入れ、準備が出来次第発進する手筈だ。

 

 (政治とは、距離を置くつもりだったのだがな……人生、何が起こるかわからないものだ)

 

 軍人として実直に勤め上げてきたドメルにとって初めての経験だ。

 だが、悪い気はしない。

 それだけの相手と巡り会えた。

 

 一方ゲールは、ドメルが視界から消えた後、今度は窓の外に見えるヤマトに向かって敬礼を捧げる。

 そのヤマトに向かって、つい先程まで上官であったドメルを乗せた連絡艇が向かっていくのが見える。

 

 (ドメル司令……先程のは世辞でも何でもない、本心でした。どうか、お気を付けて……)

 

 互いに第一印象は最悪だったと思う。

 目敏いゲールは、ドメルが司令室の調度品に不満たらたらである事はわかっていたし、出来る事なら入れ替えたがっていた事も知っている。

 

 そして、不和を生まない為かぐっと堪えてくれたことも、あのヤマトと対峙して生きて帰って来れる様に作戦を練ってくれていたことも、わかっている。

 気に入らない存在なら、作戦に託けて謀殺する事も、作戦失敗の責任を取らせて処刑することも出来たのに、彼はそれをしなかった。

 

 勿論ゲールにとって忠誠を捧げるのはデスラー総統ただ1人だが……。

 

 (ドメル将軍。今度会う機会があったら、酒でも酌み交わしたいものですなぁ)

 

 ゲールは連絡艇がヤマトの格納庫に着艦するまで、ずっと敬礼を続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 その頃スターシアは、通信装置の前で逡巡していた。

 

 「……」

 

 思い起こされるのは3年前、デスラーからタキオン波動収束砲の技術を求められた時拒絶した事だ。

 あの時はその決断が正しいものだと思っていたが、その2年後に遥か16万8000光年も彼方の星――地球から救援を求められるとは考えてもいなかった。

 勿論最初はガミラスの時と同じように断るつもりだった。

 だが、イスカンダルが拒絶した結果ガミラスが地球に侵略の手を伸ばしたのかもしれないと思うと、無下にも出来ない。

 そう思ってユリカと言葉を交わす内に、彼女の事が好ましく思えたのだ。

 当時のスターシアは共に暮らしていた妹サーシアを除けば、極稀にホットラインで言葉を交わすデスラー以外の人間と接する機会は皆無であり、常識的に考えてとても無礼な手段でコンタクトを取ったユリカには、呆れを覚えながらももう少しだけ言葉を交わしたいという渇望が顔を覗かせるのを、抑えられなかったのもある。

 

 彼女はとても変わっていた。

 頭はとても良く回転も速いのに、どこかずれた応答をすることがあるのがとても珍しく、彼女がイスカンダルの事を知るきっかけとなったという並行宇宙の宇宙戦艦――ヤマトについて語ってくれた時、その特異性について一緒に考えると同時に……すでに地球にはそのヤマトが波動エンジンとタキオン波動収束砲をもたらしていた事を知った。

 

 それは別宇宙の物であるのだから、この宇宙のイスカンダルが保有するそれとは別物と言えるかもしれない。だが、その破壊力はこの宇宙のイスカンダルのそれと遜色ない事が彼女との会話で窺えた。

 

 だから彼女に問うたのだ。

 本当に大丈夫なのかと。

 ユリカは「大丈夫!」と、胸を張って答えた。

 だからスターシアは方針を捻じ曲げてでも応える事にした。

 

 ……その事でガミラスに、デスラーに思う事が無いわけでは無かった。

 どのような理由であれ他の星を侵略するなど、スターシアからすれば言語道断、到底許せる事ではない。

 しかし、隣国の人間であり元々は1つの種族だった存在だ。

 それに……スターシアとて自分の物言いが絶対に正しいわけではない事は重々承知している。

 

 この宇宙に戦いが満ち溢れているのは揺るがない事実。どれほど平和主義を唱えたとしても、相手に聞き入れる意思が無ければ何の意味もなさない事は、スターシアとて理解している。

 イスカンダルとて、かつてはそれを理由に捨てたはずの武力を取り戻して争ったのだから。

 

 他国との国交が閉ざされて久しいイスカンダルは、この宇宙の情勢を正しく把握しているとは言い難い。が、少なくとも今イスカンダルは2つの勢力から狙われていることがわかる。

 1つはその正体こそ杳として知れないが、何者かが送り込んできた次元転移装置。――恐らくはイスカンダルやガミラス星自体を目的とした、資源採取を目的とした行動であることだけは察しがついたが、正体を見極めるには情報が不足し過ぎている。

 

 もう1つはガミラスの国境を侵犯し始めているという正体不明の黒色艦隊。

 デスラーが教えてくれたので恐らく間違いはないだろう。

 

 デスラーが隣人としてスターシア達を気遣ってくれている事は、素直に有難く思う。

 同時に、彼が単なる暴君でない事の証左だと信じたい気持ちもある。立場上相容れないとはいえ、彼自身を嫌っているというわけではないのだから。

 

 「……」

 

 正直な話、ユリカは信じるに足る人間だと思った。しかし状況が状況なので、スターシアと接触出来ていた時期から時間を経て考えが変わってしまうことも十分考えられた。

 ガミラスとて、ヤマトが発進すればその目的地がイスカンダルである事は容易に予想するであろう。

 デスラーはタキオン波動収束砲の事を知っている。そして、タキオン波動収束砲とコスモリバースシステムが表裏一体の存在である事も。

 ヤマトがタキオン波動収束砲を使えば、イスカンダルが支援していることはすぐに判明するだろう。

 その場合、地球とガミラスの違いとは一体何なのかと問われたら、スターシアには応えられる自信がない。

 確かに地球はガミラスの様に他の星を侵略してはいないが、それはまだ彼らにその技術が無かっただけで、自らの民族内で不毛な戦いを続けている。

 そのような文明が将来的にタキオン波動収束砲を使って他の星を侵略しないという保証はない。むしろタキオン波動収束砲が引き金になってしまうかもしれないのだ。

 

 特に現状では、加害者側とはいえガミラスに対してはその力を向けない理由が無く、実際ヤマトはその威力を駆使してガミラスの脅威を潜り抜けているのだろう。

 

 実際問題、スターシアがヤマトにタキオン波動収束砲――それも6連射可能な技術を提供したのはイスカンダルでヤマトに大規模な改装を行う余力も時間も無いのが一番の理由だが、その威力でヤマトの航海の安全が少しでも得られるのであればとの思いがあった。

 

 ――そう、その威力故にタキオン波動収束砲を封じて外部にその存在を知られないように表に出さず、隣人達の危機すら看過して封じてきたタキオン波動収束砲なのに、その力に縋ってしまったのはスターシアも同じだった。

 

 「……」

 

 通信機モニターの隣に目を向けると、そこにあるのはイスカンダル星の――自爆スイッチ。

 イスカンダル王家の人間のみが押す事の出来る最終手段にして、イスカンダルの負の遺産を未来永劫葬り去るために設けられた、封印装置。

 ユリカと出会う前は、カスケードブラックホールに飲み込まれる前にこのスイッチを入れてイスカンダルを滅ぼすつもりだった。

 しかし今はヤマトが来る。ヤマトに託したタキオン波動収束砲の威力ならば、あの次元転移装置を破壊する事も可能だろう。

 今は……それに期待している自分が居る。生きたい欲求が生まれたのだ。

 

 「……守……サーシア……」

 

 スターシアは迷っている。

 今一度デスラーを説得して、地球とヤマトから手を引くように訴えるべきだろうか。

 しかしながら、引き換えに出来る条件をスターシアはすでに失っているだろう。

 ガミラスの技術力なら2年もあればタキオン波動収束砲を自主開発出来るだろう。

 カスケードブラックホールを破壊するに足る6連射型――ユリカがトランジッション波動砲と命名した域に至っていなければまだチャンスはあるが、デスラーが約束を反故しない保証はない。

 それに――ヤマトは今、必死の思いでこのイスカンダルを目指しているはずだ。

 初めて体験する未知なる宇宙の洗礼を存分に浴びて、ガミラスの妨害も掻い潜って。

 

 ここでスターシアが万が一にもデスラーを引かせる事が出来たとしても、それでは彼らの努力を無駄にしてしまう。

 それにスターシア自身が彼らを試しているのだ。

 

 本当に困難を乗り越えてでも生き抜く意思があるかどうかを。

 

 その主張を通すのであれば、スターシア側からガミラスに話をすることは重大な違反だ。

 しかし、スターシアは地球に技術提供をしたことで内心ガミラスに負い目がある。

 その負い目が形となって、ついデスラーにユリカの事を話してしまった過去もある。

 大切な友人であるユリカの容態も心配が尽きないし、上手く合流出来たのなら――守の事も気がかりだ。

 その気持ちが表に出過ぎた結果、守をヤマトへの支援物資になりそうな遺物と共に送り出すという支援を行ってしまっている。

 

 “女王”として毅然な態度を崩さないように努めるべきだと理性が訴える。だがスターシアの“人間”の部分が悲鳴を上げているのも自覚している。

 

 そうやって悩み抜いた後、やはり女王としての姿勢を貫くべきだと頭を振って通信機の前から離れようとした時、件のガミラスから――デスラーからのホットラインが入った。

 

 

 

 

 

 「やあスターシア。お加減如何かね?」

 

 「デスラー……今回はどのようなご用件ですか?」

 

 画面に映る美しい尊顔に浮かぶ表情に、デスラーは内心苦笑する。

 何か言いたげだが口に出せないと顔に書かれている。これは、とても珍しいものを見れたようだ。

 だが、デスラーはこれからもっと珍しいスターシアの表情を見る事になるだろうと少々期待していた。

 

 「今回は色々とイスカンダルにもご報告しておきたい事があってね。まず最初に、ガミラスはタキオン波動収束砲の開発に成功したと伝えておこう。中々に手間取ったがね」

 

 そう告げると露骨にスターシアの表情が変わる。

 禁忌の力に手を出したという非難と、やはりそうなったかという落胆――そしてヤマトの今後を思っての憂い。

 ここまでスターシアが感情を表に出す事は珍しい。

 デスラーなりの推測だが、恐らくは女王として毅然としなければという公人としての理性と、1人の人間としての感情がせめぎ合っているのだろう。

 後者に関しては簡単に推測出来る。

 ヤマトに乗っているであろうミスマル・ユリカ艦長の安否と……少し前にイスカンダルが保護した地球人の捕虜の事だろう。

 予想通り、あの宇宙船に乗っていたのはその捕虜で、ヤマトへの支援物資を運び込んだとみて間違いなかったようだ。

 

 「いやはや。君が封印したがるのも解る威力だったよ、あれは。流石はガミラスすら上回る技術力を有していたイスカンダル製の超兵器だ……しかしながら、流石に一朝一夕では万全とは言い難くてね。ヤマトの6連のトランジッション波動砲とやらには及ばないのが実情だ」

 

 「……改めて技術提供をお求めになるつもりですか?」

 

 スターシアが警戒も露に言葉を紡ぐ。

 きっと心中穏やかではいられないだろう、今デスラーは「波動砲」と口にした。この名前はヤマトが――地球が使っている名前であって、イスカンダルもガミラスも使っていない通称。

 しかも、正式名称として向こうが使っている「トランジッション波動砲」の名前まで出されては、スターシアとしては最悪の事態も想像せざるを得ない。

 少々悪趣味だと自分でも思ったが、かつて技術提供を断られた身の上としては意地悪の1つでもしたくなるのが人情というものなのだろう。

 こちらとて、多くの人民を束ね守り通さねばならない国家元首の立場にあるのだから。

 

 「求めた所で提供などしてくれないのだろう、スターシア? それに、喜ばしい事にわざわざイスカンダルから提供して貰わなくても、すでに実用化されたそれに頼れる状況になっている」

 

 「……! まさか、ヤマトを鹵獲したとでも言うのですか!?」

 

 おや、予想よりも反応が激しい。

 珍しくも語気も荒く言葉の先を促すスターシアに意味返しは十分と判断したデスラーは、それまで浮かべていた微笑を払って真剣な表情でスターシアに告げる。

 

 「鹵獲などしていない。スターシア、我がガミラスはヤマトと一時休戦し、和平の道を模索する事となった。まだ本格的な交渉には至っていないため詳細は未定だが、地球と終戦協定を締結する事になった場合、第三者の視点も必要だと考えてね。その際は地球にとって恩人であり味方と見做されている君に、是非とも交渉の席に参加して頂き、進行役をやって貰いたい」

 

 スターシアは大層驚いた。目を大きく見開き僅かに口も開いている。

 デスラーにとって今まで見た事の無いその表情に何か胸が高鳴るのを感じながら続けた。

 

 「流石は君の見込んだ人物だ。ヤマトは――ミスマル・ユリカ艦長は最初からガミラスと殲滅戦を演じるつもりは無かったようだ。最後の手段として想定しながらも、我々と和解する道筋を探していたようでね。つい先程連絡があった。バラン星に設けていた我が軍の前線基地が、例の黒色艦隊に襲撃され壊滅的被害を被ったが……ヤマトが救援に駆けつけてくれたのだ。おかげで我が国民200名余りがヤマトに直接救助され、バラン星に派遣していた部隊への被害もかなり抑える事が出来たよ」

 

 「ユリカが……やってくれのですか?」

 

 「恐らく指針を定めたのは彼女だろう。ただ、実際に艦の指揮を執っていたのは、艦長代理の古代進という男性だと報告を受けている」

 

 「古代進? 古代――っ!?」

 

 スターシアの表情の変化を見て、デスラーは彼女の頭の中で様々な考えが一瞬で巡ったのを察した。

 だが、そこには触れないのが礼儀というものだろう。

 

 「しかも、君が託したトランジッション波動砲を使ってまでガミラスを救ってくれたと聞いている。その気になれば、便乗してバラン星基地諸共にあの黒色艦隊をも吹き飛ばせたろうに、最初はご丁寧に発射口を封印してまで救援を申し出たらしい……全く、君が見込んだだけあって、我々の常識では測れない存在のようだ」

 

 「デスラー……私としては大変喜ばしい報告です。ですが何故貴方は地球と和解する道を選ぶ事が出来たのですか? 今までの貴方方の方針に則れば――」

 

 「確かに軍事力という一点に関しては、ヤマト如きに負けるガミラスではない。だが、私はあのヤマトという艦をとても気に入っているのだよ。敵として打倒してしまうにはあまりにも惜しい。それにヤマトを討ち取ってしまえば、この母なるガミラスも、隣人である君達イスカンダルもこの宇宙から消えてしまうが、ヤマトさえ味方に出来ればそれを回避出来る。それが成されるのなら、地球に対する振る舞いを改めることに異存は無い……それと――君の心を掴んで見せたミスマル・ユリカという女性にも興味があってね。是非とも会って話をしたいと、ずっと思っていたのだ」

 

 それはデスラーの本心だ。

 本気で戦えば、犠牲は避けられずともヤマトは討ち取れる。ヤマトを討ち取れば、この偉大なガミラス帝国が銀河辺境の未熟な文明の戦艦1隻に負けたという、不名誉な称号は得ずに済む。

 実際最後の最後まで悩みに悩み抜いた。

 ヤマトを気に入っているというのは、結局デスラー個人の考えでありガミラスという国家の総意ではない。

 確かにガミラスの政治形態は軍事一体で総統であるデスラーによる独裁政治形態に近いため、デスラーが一言告げれば問題無く流れを作ることは出来る。実際そうだった。

 ……ヤマトという存在をどこまで信じて良いのかは図れなかったから、最後の一押しが出来ないでいたが。

 

 しかしデスラー自らが遣わしたドメルによってヤマトの方針を知る事が出来た。ならばデスラーは迷うことなく進む事が出来る。

 ドメルは人を見る目がある。前線に立つ事の出来ないデスラーの代わりは十分に務まると考えていたが、予想を裏切らなかったようだ。

 

 「……わかりました。そういう事情があるのなら交渉のお手伝いをしましょう。それと、デスラー……」

 

 「ん?」

 

 「イスカンダルの方針があったとはいえ、貴方方を見捨てるような真似をした事を、謝罪します」

 

 意外なスターシアの反応にデスラーは困惑した。

 

 「……いや、君はイスカンダルの女王として当然の事をしたのだ、気に病む事は無い」

 

 そのせいか無難な応対しか出来なかったが、まあそれでいいのだろう。

 最初から覚悟していた事であるし、何よりスターシアが素直に提供していたら、デスラーはきっとその後の星間戦争でその力を存分に――振るっていたかどうかはわからないが、タキオン波動収束砲の封印を掛け直す事には難色を示していたはずだ。

 それくらい、あの威力は魅力的なのだ。

 

 そういう意味でも、その威力に心奪われず最後の最後まで自制しているヤマトのクルーに、艦長のミスマル・ユリカに会ってみたいと強く願う。

 艦長代理という存在を立てている所からするに、すでに先は長くはないのかもしれない。

 ならば、逝かれる前にどうしても話がしたい。

 もしガミラスの医学で何とかなるのなら助けてやりたい。

 彼女の“甘さ”が無ければ、そしてなにより護るべきものの為に全身全霊を尽くす、あの気高き精神をデスラーに感じさせなければ、この戦争はどちらかが滅びるまでの殲滅戦にしかなっていなかったのだ。

 

 その功績を称えるという意味でも、それくらいの援助は当然だろう。

 

 デスラーはその後、幾つかの事柄においてスターシアと打ち合わせをした後ホットラインを切り、改めて今後の地球との関りに関しての方針を思案しながら、ヒスとタランがそれぞれ用意していた和平政策の資料を読みふける。

 ヒスとタランでは多少やり方が違うが、概ね共通しているのは今後ガミラスと地球は同盟関係を築く事が無難であろうというものだった。

 それはデスラーも賛成している。

 仮に一切の関りを絶ったところで将来的に再度接触する可能性は十分にある。

 ……その時友好を築けなければ、その先に待つのは波動砲を突きつけ合った戦争になるだろう。

 その威力を熟知したからこそ、監視下に置いておきたいと考えるのは自然な事だ。

 地球側にしても、ガミラス側の動向を知れるというのは決して損では無いはず。

 ヤマトが勝手に締結した終戦など容易に反古出来ると考えるのが当然で、ガミラスという国家が健在であればまた戦争になると警戒もする。

 

 ならば、双方監視し合うのが現状ではベターではないかと思う。

 

 だとすれば――色々譲歩してやる他無いだろう。

 少なくともガミラスの傘下に入れるというよりは対等な立場での同盟が無難な落としどころか……。

 

 恐らくそう間を置かずに動きを見せるであろう黒色艦隊を始め、色々と今後の事を考えながら、デスラーはヤマトと直接対面出来る瞬間を楽しみにしていた。

 今はまだバラン星の状況が落ち着いていないので先延ばしにしているが、もう少し我慢すれば件のミスマル・ユリカと言葉を交わせるかもしれない。

 

 あのスターシアに認められた人間性は如何ものだろうか。

 そして、「大切な家族を守るため」という彼女の「愛」が本当に国家の危機に、脅威に立ち向かえる力足りえるのかがわかる。

 

 そうすれば――スターシアが言っていた「愛」というものが何なのか、デスラーにも理解出来るかもしれない。

 

 その瞬間が待ち遠しい。

 

 デスラーはふと視線を上げ、外殻に空いた穴から除く深淵の宇宙――そして微かに視界に入る隣人イスカンダルの姿を捉え、ふと唇に笑みを浮かべた。

 

 

 

 ヤマトの戦いは無駄にはならなかった。

 

 ついにその思いが届き、ガミラスとの戦いに終止符が打たれようとしている。

 

 しかし油断は出来ない。

 

 ヤマトの力を把握した暗黒星団帝国の目的とは何か!?

 

 凍り付いた地球に残された人類が滅亡する日まで、

 

 あと、246日しかないのだ!

 

 

 

 第二十一話 完

 

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第三章 自分らしくある為に!

 

    第二十二話 愛を説いて! 目指せ大マゼラン!

 

    ヤマトよ、その愛を示せ!



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第二十二話 愛を説いて! 目指せ大マゼラン!

 

 

 

 ドメルは連絡艇の窓から徐々に大きくなるヤマトの姿を眺める。

 こうして間近に見ると、ガミラスとの設計思想やデザインセンスの違いというものがはっきりとわかる。

 余裕の出来た初遭遇の後、ドメルなりに過去の資料を含めて研究してみた限りでは、ヤマトのデザインが水上艇のそれに酷似している事が伺えた。

 元来宇宙戦艦としては適切とは言い難いその形状を採用した理由まではわからなかったが、何かしら象徴的な意味合いがあるのだろうか。ヤマト以前の艦艇に比べるても、そのデザインははっきりと異なっている事も確認している。

 ヤマトの出自はこの宇宙の地球ではなく、並行世界にあるというデスラー総統の考察が真実であるのなら、ドメルでは予想も出来ない複雑な経緯でもあったのかもしれない。

 

 それにしても、あっさりと乗艦を許可された事には少々驚かされた。

 確かにデスラーの意思は伝えたし、水先案内人としての提案もしたとはいえ、少々彼らの人の好さが心配になる。もう少し警戒心があっても良いのではないだろうか。

 しかしこれ程までにヤマト側の和平への意識が高いとは……心底驚かされる。

 内心様々な葛藤があったはずだが、それでも意思を通そうとする芯の強さにはドメルとて感服せずにはいられなかった。

 

 ドメルが様々な思いを巡らせている間に、連絡艇はヤマト艦尾底部に開く発着口に滑り込み、発進用のスロープに着地する。

 ドメルは機を降りる準備を手早く終える。

 ガミラスの将校としての品格を損なわないよう、気を付けて振舞わねばならない立場にあるし、もしかしたらクルーの1人くらいは感情的になって襲い掛かってくるかもしれないのだから、緊張感をもって行動せねば。

 

 (――よし、首と耳に着けた翻訳機は正常に作動している。これなら会話に問題無いだろう)

 

 発着口が閉じ、スロープ内が加圧された後天井のシャッターが開いて傾斜していた床が持ち上がって水平になる。

 安全を確認した連絡艇の搭乗口が開く。小ぶりなスーツケースを片手に出現したエアステアを踏みしめながら、ドメルはヤマトの格納庫の床を踏みしめた。

 

 ――ついに、この日が来た。

 

 正直ヤマトにこのような形で――ドメルが描いた中で最良と言える形で接触する事が出来るとは……。

 ドメルの眼前には、出迎えに来たのであろう古代進艦長代理にアオイ・ジュン副艦長、そしてゴート・ホーリー砲術長の3人が敬礼と共に立っていた。

 右手を頭の横にかざした、地球への諜報活動の際に見られた彼らの敬礼。

 ドメルもガミラス式の敬礼ではあるが、毅然とした態度で応える。

 

 「乗艦を許可頂きありがとうございます。ドメル将軍、ヤマトとガミラスの交渉のため、ガミラス星ならびイスカンダル星までの案内人を務めさせていただきます」

 

 「ご足労ありがとうございます、ドメル将軍。宇宙戦艦ヤマトは、貴方を歓迎いたします」

 

 敬礼を終えた後は、進と握手を交わす。

 

 「この度の救援には、心の底から感謝しております。貴方方にとっては侵略者に過ぎない我々にこのような厚意を示して頂き、何と言えば良いのか……」

 

 「ドメル将軍、我々の目的は地球を救う事であってガミラスを滅ぼす事は目的ではありません。確かにこの戦争では多くの血が流れ、怨恨を生んでいます。しかし、だからと言ってガミラスを滅ぼすような真似を前提に行動してしまえば、我々に救いの手を差し伸べてくれたスターシア陛下に合わせる顔がありません」

 

 「……そうですか。あのスターシア陛下が認められただけの事はあります。古代艦長代理、この交渉が地球・ガミラス双方にとって最良の結果になる事を、心から願っています」

 

 「――我々も、そうなる事を願っています。それでは、ヤマトの艦内をご案内いたします」

 

 「ありがとうございます。しばらくの間、お世話になります。それと、先程の戦闘で消耗した物資がございましたら遠慮なく申し出て下さい。最大限補給に応じる様にと、デスラー総統からも命じられていますので」

 

 「ありがとうございます、ドメル将軍。それについては被害報告をまとめた後、提出させて戴きます」

 

 傍らに控えていたゴートの言葉にドメルも頷く。

 

 「こちらです」と案内を開始した3人の後に続きながら、ドメルは失礼にならない程度に格納庫に視線を巡らせる。

 格納庫には先の戦闘でかなりの被害を被った、ヤマトが誇る人型機動兵器の姿見える。

 殆どの機体が傷を負っていて、四肢の欠損が見られる機体も多い。

 

 その中にあって、傷は多いが四肢どころかアンテナ1つ欠損していないように見える機体が4体。

 資料によれば、かつてイスカンダルが世に生み出したという最強の人型戦闘機、ガンダムに酷似した機体だ。

 ヤマトがイスカンダルからの支援を受けている以上、恐らくあのガンダムは地球で再現された機体と見て間違いないはずだ。

 

 地球出港当初から存在が確認出来るダブルエックスという機体は当然として、次元断層の戦闘で確認されたエックスという機体と、今回の戦闘で確認された新型2機――エアマスターとレオパルドなる機体も視界に入る。

 ……ヤマトが自力で修理や改修を行うための工場施設を備えている事は予測していたが、だからと言ってまさか新型――それも単機性能ではそれまでリードしてきたはずのガミラスの機体すら圧倒する機体を3機も追加するとは流石に想定していなかった。

 

 「エアマスター、調子は良かったぞ。急ごしらえの機体とは思えんな」

 

 「レオパルドもだ。ホント、イスカンダルから救援物資を得たとは言っても殆どジャンク同然の部品だろ? マグネトロンウェーブ発生装置の残骸の資源還元も込みとは言え、よくここまでの物をでっち上げたよなぁ」

 

 ……今、聞き捨てならない事を聞いた気がする。

 イスカンダルから小型船舶が飛び立った報告は受けているしそれがヤマトへの救援だとは予想が付いていた。

 今のイスカンダルの状態なら完成品が届く事は無いと思っていたが、ジャンクも同然とは。

 そんな状態から、受け取って5日程度の時間しか経ってないというのに、ここまでの機体を用意出来るとは……!

 

 「まあ、構想自体は前々からありましたしねぇ。部品さえ都合が付けば何とかなりますって」

 

 パイロットと思しき2名に相槌を打つ整備員との会話に、ドメルは背中を冷たいものが流れるのを感じた。

 先鋭揃いとは思っていたがまさか航海中に限られた資材・設備にも拘らずこれだけの物を急ごしらえで、しかも破綻無く完成させる技術者を乗せているとは……!

 

 やはり総統と自分は正しかった。

 ヤマトの力は艦の性能だけではなく、それを最大限に引き出し維持するクルーの能力の高さにも由来していたのだ!

 

 案内されて格納庫のドアを潜り艦内通路に出る。出てすぐ隣にエレベーターに乗り込む。

 そのまま階層を2つ程上がった所でエレベーターを降りる。

 

 「ここがヤマトの居住区エリアです。ドメル将軍には空いている士官用の個室を使って貰おうと思います」

 

 「ありがとうございます。それと、ヤマトに収容して貰っている避難民の様子を見たいのですが」

 

 「そうですね。ドメル将軍に顔を出して貰った方が皆も安心するでしょう。それではこちら――」

 

 案内しようとした進の動きが固まった。何やら信じられない物を見た――ような顔つきをしている。

 他の2人もなにやら掌で顔を覆って大きく溜息を吐いている。

 どうしたことかとドメルが視線を巡らせると、視線の先には何やら丸みを帯びた大きなシルエットが――。

 

 「あ……あの、これは……その……」

 

 眼前のシルエットから若い女性と思われる声が発せられる。

 よく見れば――というか見なくても丸々としたシルエットの頭の部分から若い女性の顔が覗いている。

 羞恥からかすっかり赤くなって唇がわなわなと震えている。

 これは――着ぐるみと言う奴か。息子のヨハンと一緒にリビングでテレビを見ていた時、幼児向け番組の中でこういった物を見た記憶がある。

 番組に出てきた着ぐるみは、完全に着用者が隠れていて顔が露出していなかったが。

 正体のわからないネズミの様な動物(愛らしくデフォルメされている様だが)の着ぐるみを着た女性は、両手でカートを押していた。

 カートの上にはガラス製の食器の上に色とりどりの食品が置かれている。

 ――あれは、食器の具合から見て氷菓子だろうか。

 

 「――雪、一体どうしたんだ?」

 

 進の戸惑いを含んだ声色に、雪と呼ばれた女性はびくりと体を跳ねさせ、薄っすらと涙すら浮かべる。

 その様子に進も慌てているのがわかる。

 この状況は不可抗力だとドメルも思うが、だからと言って上手いフォローが出来る程ドメルも女性の扱いに慣れていない。

 

 「ひ、避難民の中には小さな子供も居て、中央作戦室に置きっぱなしだったなぜなにナデシコの放送機材一式を見たら、着て欲しいってせがまれて仕方なく……あと子供達の励ましになると思って、アイスでも配ろうかと……」

 

 「そ、そうなのか! いやぁ~雪は職務熱心で本当に尊敬するよ!」

 

 機嫌を損ねたと青褪めた表情の進が必死にフォローに入った。

 ……だがそれはフォローになっていないのではないかと、ドメルは内心突っ込んだ。

 この若さで艦長代理を任されるほどの男でも、女性の扱いは苦手と見た。と、ドメルも軽く逃避していた。

 …………女性に泣かれるのは、宇宙の狼とて苦手だ。むしろそんな状況に出くわしたくない。

 

 「うう……こんな格好で……こんな格好で……」

 

 着ぐるみ越しでもわなわなと震えているのが良くわかる。

 これは――不味い!

 

 「こんな格好で、本当に申し訳ありません!!」

 

 着ぐるみを着た雪は腰を深く折って平謝り。

 

 ――確かに、目上の人間に会うにはかなり問題のある格好ではあるが相応の理由もあるのだしそもそもガミラス側に咎める権利はないような気が……。

 

 「いえ、お気になさらず。我が国民に良くして頂いて、感謝の極みです」

 

 当たり障りのない回答でお茶を濁す。

 頼むから持ち直して欲しい。そして早くその氷菓子を子供たちに届けて欲しい。

 ほら、もう溶けてしまいそうだ。

 

 「ゴホンッ! 森君、アイスが溶けてしまうから早く行った方が良いと思う。ドメル将軍も気にしていないと言っているのだし」

 

 ジュンのフォローもあって、着ぐるみの女性は平謝りしながらもカートを押して通路の奥に消えていった。

 その先に避難民――特に子供たちが居るのだろう。

 

 「……その、申し訳ありませんでしたドメル将軍」

 

 「いえ、本当に気にしておりませんので」

 

 進に向き合ってそう言うドメルではあったが、ヤマトのクルーに抱いていた“高潔な救国の戦士”のイメージが大いにぐらついたことは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第三章 自分らしくある為に!

 

 第二十二話 愛を説いて! 目指せ大マゼラン!

 

 

 

 「タキオン波動収束砲……まさかこれほどとは……」

 

 デーダーは人口太陽を使った策で得られたヤマトのタキオン波動収束砲のデータを見て、眉根を寄せていた。

 

 「はっ……解析データによりますと、あの砲の威力は我が軍の機動要塞ゴルバの主砲に匹敵する出力を持っているようです。単純な出力比は五分ですが、あのタキオン波動バースト流なるエネルギー流の作用もあってか、実際の破壊力はわずかではありますが、ゴルバの主砲に勝っているようです。それに、とても厄介な作用も発見されました……」

 

 報告する部下の語尾が弱くなる。

 不審なものを感じながらもデーダーは先を促す。全てを把握しなければあの艦への対処を決められないのだ。

 

 「報告しろ」

 

 「はっ……あのタキオン波動バースト流に対して、我が暗黒星団帝国が実用化した金属元素は異常に脆く、特に動力エネルギーとは融合して過剰反応を引き起こす可能性が高いのです。万が一にもあの砲が我が軍に向かって放たれた場合、余波だけでも艦艇を沈め、直撃を受けた艦艇はエネルギー融合を起こして大爆発を起こします。最悪、タキオン波動収束砲1発で艦隊が丸ごと吹き飛んでしまう恐れもあります……」

 

 部下の弱気な報告にデーダーも叱責出来ず黙り込んでしまう。

 単に強力なだけの大砲だと思っていたが、どうやらそれは軽率な判断だったらしい。

 

 (くそっ! 連中の艦を鹵獲した時には気付かなかった! もしかすると、連中の動力エネルギー自体が我が軍に対して猛毒となる可能性が……!)

 

 最悪の可能性が頭を過ったデーダーはすぐに命令を下した。

 

 「すぐにメルダーズ司令に報告するのだ! ヤマトの――いや波動エネルギーの我が軍に対する危険性を確かに伝え、対抗策を講じてもらう必要がある! そして、我らは別動隊として、現在唯一タキオン波動収束砲の搭載が確認されているヤマトの撃滅を図る!」

 

 部下達はヤマトの威力に恐れ戦き及び腰になっている様だが、デーダーは自身に喝を入れるためにも座席の肘掛けを思い切り叩いて告げた。

 

 「幸いにも我々の手元には、ガミラスの連中から鹵獲した瞬間物質転送器とドリルミサイルがある! 連中が考案していた策を真似るのは癪だが、航空兵力を駆使した転送戦術を駆使してヤマトを翻弄し、ドリルミサイルをあの発射口に打ち込んで破壊してやるのだ! 我らが倒れてもタキオン波動収束砲さえ黙らせれば、ヤマトなど取るに足らん戦艦だ! 我が帝国の未来の為にも引く事は許されんぞ!」

 

 デーダーは口で言ったほどヤマトを侮ってはいなかった。

 むしろ侮っていないからこそ、最悪タキオン波動収束砲だけでも完膚なきまでに破壊して、その脅威を取り除きたいと考えたに過ぎない。

 あの砲は――暗黒星団帝国にとって致命的な存在でしかないのだから。

 

 

 

 

 

 

 雪との衝撃的な接触で印象が大きくぐらついたドメルではあったが、気を取り直して艦内を案内して貰う事になった。

 現在ヤマトは勿論ガミラス側も被害確認と復旧作業に勤しんでいる事もあり、今後の交渉の目途はまだ立っていない。

 それまでの間に今後のプランを少しでも考えておこう。

 出来ればヤマトのワープ能力を補完するためにも、同行艦が最低1隻欲しい所だが……。

 

 ドメル自身は連絡要員としてヤマトに乗り込んでいるため、降りる事が出来ない。

 そうなると同行する艦の人選も問題だ。対ヤマト戦の為に選抜した部下達なら、大丈夫だと思うが……(血気盛んなバーガーを除いて)。

 色々と思慮しながらも、宛がわれた個室に荷物を置くと早速避難民の様子を伺うべく案内を頼んだ。

 

 案内役として同行するようになったのはゴート1人だ。

 流石に最高責任者である進と雑務の処理があるジュンは一旦下がる事になった。何でも少し外せない用が出来たとか。

 大量の避難民を抱え、先ほど見た限りでは食事も用意してくれたようなので、ヤマトの備蓄食料にも無視出来ない消費が出たはずだ。

 ガミラス側から保存食――いや、地球人の体質は勿論口に合わないかもしれないから、出来るだけプレーンな食品を選ぶようにしよう。

 ドメルは心のメモにそう書き留めた。

 

 むっつり顔の巨漢に引きつられながら、まずはドメルの部屋から近い左舷展望室の様子を伺う。

 

 「あ! ドメル将軍だ!」

 

 顔を出すと早速避難民達から驚きと安堵の声が漏れ聞こえてくる。

 ドメルは彼らに笑顔で応えると同時に怖い思いをさせたと謝罪し、間も無く移乗の手筈が整うはずだと伝えて安心させる。

 しかし、この展望室には子供の姿が見えない。その事を不審に思って尋ねてみると……

 

 「子供達なら、皆右舷展望室に移っています。何でも動物の着ぐるみを着た女性がお菓子を配ってくれるとかで……一応、こちらのモニターから様子を見れるようにはしてくれたのですが……」

 

 何やら言い淀む男性に促されてモニターを覗き込むと、子供たちが喜び勇んで鳥らしい着ぐるみを着た――ドメルの見間違いでなければ少女に一斉に襲い掛かっているではないか。

 着ぐるみの少女が悲鳴を上げているが子供達は容赦なし。少女を揉みくちゃにして楽しんでいる。

 別の場所では先程の雪という女性が配っているアイスを堪能している子らもいるし、さらに別の場所ではトナカイの着ぐるみを着た強面の男性が襲われて悲鳴を上げている。

 

 「……」

 

 「ヤマトは敵国の艦ですし、彼らに心許したわけではありません。しかし、流石にこれは気の毒でして……」

 

 一刻も早く移乗の準備を整えさせよう。ドメルはすぐにゴートに話を通して貰ってゲールに訴えた。

 感動的な別れの後の若干シュールなやり取り。ドメルもゲールも苦い顔だった。

 

 それから30分ほどが過ぎた。ゲールが遣わしてくれた指揮戦艦級2隻がヤマトの両舷に接舷し、避難民と兵士達を回収して引き上げていった。

 

 残されたのは、もみくちゃにされてボロボロな少女――ラピス・ラズリ機関長(!?)と疲れ果てた表情の真田志郎工作班長に森雪生活班長の姿。

 ノロノロと着ぐるみを脱いでドメルに敬礼を送る3人の姿に、ドメルは答礼するなり「ご迷惑をおかけしました」と労いの言葉を送るのであった。

 

 

 

 そんな全く予期しなかったハプニングを乗り越え(同時にまだまだ自分が知らない世間があるのだと痛感した)、気持ちを持ち直したドメルは再度ゴートに案内され、これからしばらく世話になるヤマトの艦内を最低限見て回る事になった。

 

 驚いたのは軍艦であるにも関わらず居住環境が思いの外良かった事だ。

 ドメルが宛がわれた個室もシャワーやトイレが完備されたものであったが、それは高級士官用の個室と考えればそれほど不思議ではない。

 だがそれ以外の、乗組員の慰安を目的としているであろう各種レクリエーション施設の充実具合はかなりのものだ。

 

 避難民の収容も行っていた両舷の展望室もガミラスでは中々お目に掛かれないデザインであるし、複数人で同時に入浴が可能な大浴場に映画視聴室といった福利厚生の豊かさは、規模はともかく質という面ではガミラスの軍艦よりも上ではないだろうか。

 勿論、ガミラスとて軍人の福利厚生に関して言えばそれ相応に気を遣っている。

 軍人と言えど人の子。士気を維持するためにはやはり争いから遠ざかった楽しみも必要なのだ。

 ヤマトもその目的上乗組員のケアには気を遣っていることが伺える。

 それに食糧事情も厳しいとは考えていたが、艦内でたんぱく質の合成やプランクトンの育成、野菜類の品種改良による早期収穫を可能とした農園と、艦の規模に対して非常に優れた供給システムが整備されていると教えてもらった。これは、ガミラスの軍艦には無い施設だ。

 やはり、単独で超長距離航海に挑むとなればこれくらいの設備は必要になるのだろうと、しきりに感心させられるのであった。

 

 そして、艦内を見回っていると当然クルーの姿もかなり目に入ってくる。勿論ドメルの姿を認めれば敬礼で応えてくれるのだが……どうにもぎこちない。

 板についていないというか、そもそも階級が上の人間に会う事自体に慣れていないかのような振る舞いだ。

 そして、視界の外では妙に緩い空気を出しているクルーもチラホラ。

 一体どうした事なのだろう。

 

 「ドメル将軍。ヤマトのクルーは軍・民間の混在ですので、粗相があるやもしれません。ご理解いただけると恐縮です」

 

 「そうなのですか……わかりました。私にも立場がありますので、余程でなければ目を瞑りましょう」

 

 ゴートにフォローされてドメルの疑問は解消した。

 言い換えれば、正規の軍人だけでやっていけない程に地球が疲弊していたという事でもある。のだが、あれほどの戦果を挙げているクルーに民間から徴兵された人材が交じっているというのだから驚きだ。

 追い詰めてしまったガミラスが言えた義理は無いだろうが、地球人のタフネスと適応力には目を見張る思いだ。

 

 「助かります」

 

 フォローしたゴートも安堵した様子だ。

 さらに聞くならば、彼自身も元軍人に過ぎず、今はヤマトを完成させたネルガル重工という企業からの出向社員扱いらしい。

 にも拘らず砲術部門の責任者に着けるとは――。

 いや、むしろ民間出身故に軍事に染まっていないからこそ、あの柔軟で突飛な行動に繋がっているのだろう。

 ドメルはまたしても感心したのであった。

 

 そうやってしばらくは、入出を許可された範囲で艦内を見て回っていたのだが、やはりミスマル・ユリカ艦長の事が気になり始める。

 艦長代理が指揮を執っているという事は、今は指揮が取れない状況にあるという事だけは容易に想像がつく。

 問題は程度だ。仮に戦死しているのなら、代理ではなく新しい艦長として就任しているはずだから、生きてはいるだろう。

 さてどう切り出したものか。誤解を招く事は避けなければならない。

 そう悩んでいると、ゴートが「失礼」と断ってから左腕に巻かれている通信機を操作して表示された文面を読み、1つ頷いてからドメルに告げた。

 

 「……ん。艦長の身支度が整ったようです。ドメル将軍をご案内する様にと連絡がありました。今から艦長室にご案内したいと思いますが……」

 

 「是非ともお願いいたします。実は、デスラー総統からヤマトについてわかっている限りの情報を伝えられた時から、1度お会いしたいと常々思っておりました」

 

 ドメルは思いがけず対面する機会を得られた事に喜びも露にゴートについていく。

 来た道を戻って主幹エレベーターの左舷側に乗り込み、ゴート案内の下艦長室に足を運ぶ。

 本国との連絡前に対面出来たのは行幸だ。これで、デスラー総統に良い報告が出来る。

 

 

 

 

 

 

 「わかってるわね? 無茶は厳禁よ」

 

 「了解了解。ただお話しするだけだから」

 

 こういった交渉に不慣れなユリカを補佐するため傍らに控えたエリナに念を押され、ユリカはひらひらと左手を振りながらドメル将軍が現れるのを今か今かと待っていた。

 ようやく掴んだチャンスだ。

 最悪地獄に叩き落されるも覚悟の上でガミラス星を滅ぼすしかないのかと考えていただけに、このチャンスは是が非でもモノにしたい!

 勿論ドメル1人を味方に付けた所で体制に影響は無いかも知れないが、何もしなければそれこそ何も変わらない。

 ここに戦争の終結の可能性を見出せるかどうか、今はこの瞬間に全力を賭すしかない。

 そうごねてこういった場を設けて貰ったのだ、万が一の失敗も許されない。正直体調も心配だから、短期決戦を図る必要もある。

 

 ……とは言っても、ユリカ個人のやり方は1つしかない。

 つまり――

 

 

 

 「はじめましてドメル将軍! 私がヤマト艦長のミスマル・ユリカです! ぶいっ!」

 

 

 

 満面の笑みをこれでもかと浮かべて右手でVサインを突き出して一気に攻める!

 

 (これでドメル将軍のハートをキャッチ!)

 

 結局彼女はどこまで行っても彼女でしかなかった。羞恥でちょっと頬を染めながらも、初めてナデシコに乗った日の事を思い出して懐かしさが込み上げた。

 後継者が育って気が楽になってしまったのか、最初の頃の様に厳格さを出そうという考えは宇宙の彼方に飛んで行ってしまった様子。

 

 直後、エリナが思わず手刀を降り降ろしたのは、避ける事が出来ない必然であったといえよう。

 

 

 

 

 

 

 そんな一撃を貰ったドメルは、一瞬で思考が完全に停止した。

 デスラー総統がスターシア陛下からお聞きになられた情報で「女性」というのは知っていたが、てっきり冷静沈着な、所謂デキル女性のイメージを抱いていただけに、それはとても強烈な一撃となってドメルの頭をぶっ叩いた。

 珍妙な挨拶もそうだが、直後に艦長の脳天に手刀を振り下ろす女性クルーの存在にもさらに一撃貰った気分だ。

 ベシッ! という鈍い音がそれを助長する。

 

 (地球では、あれが普通なのだろうか……?)

 

 ドメルの中で築かれていたヤマト――というよりはユリカに対するイメージが致命的なまでにひび割れる。

 そんなドメルを、傍らに控えていたゴートが気の毒そうに見ている姿が窓に映っていた。

 

 ……そうか、あれは別に普通でも何でもないのだな。

 

 ゴートの振る舞いに僅かな救いを見出しつつ、ドメルは気を取り直して――と本人は思っているが動揺が全く抜けていないまま、敬礼と共に自己紹介をする。

 

 「は、初めましてミスマル艦長。ガミラスの将軍ドメルです。この度は、お招き頂き光栄に思います」

 

 動揺抜けきらぬドメルは言葉を少し噛んでしまった。普段なら絶対にありえないのに……。

 

 「艦長の失礼をどうかお許しください。通信長のエリナ・キンジョウ・ウォンです」

 

 こめかみを痙攣させながら自己紹介するボブヘアの女性の妙な迫力に、動揺収まらぬドメルは少し気圧されてしまった。

 ――そう言えば、滅多に無いが妻イリーサを怒らせた時はこんな感じだった。

 やはり怒った女性は手強い。それも普段が冷静で穏やかに見えるような相手程。

 ドメルはすっかり思考が混乱し、ペースを乱されてしまったのであった。

 

 

 

 合掌。

 

 

 

 

 

 

 エリナの雷を受けて痛む頭頂を摩りながら、ユリカはドメルを観察する。

 屈強な軍人そのものといった感じの風貌。

 

 (うむむ、手強そう。でも、負けないもん!)

 

 先制攻撃で相手の出鼻を完膚なきまでに打ち砕いたとも露知らず、ユリカは無難に今回の戦闘に関する話題などで場を温める事にした。

 ちょっと隣から冷たい空気が流れている様な気がするが、気にしない気にしない。

 そうやって当たり障りのない会話を続けると、ドメルの視線が少し泳いでいるのを感じた。

 そう言えば、健常者ではなかったのだと思い出す。すっかり馴染んでしまっていて違和感が無かった。

 ――無事元の体に戻れたとしても、元の生活に戻れるのかちょっぴり不安になる。

 

 「ああ、すみませんドメル将軍。この格好だとやっぱり気になりますよね」

 

 「え? ええ、女性に対して失礼だとは思ったのですが、やはり気になってしまって……」

 

 何故か落ち着かない様子のドメルにユリカは「まあ、この格好じゃあねぇ」と自分の格好にこそ問題があると盛大に誤解している。

 勿論ドメルが落ち着かないのはあまりにも強烈な先制攻撃を受け、圧倒的不利な状況下にありながらドメルの包囲網を見事突破して見せたヤマトの指揮官――つまりユリカに対するイメージが大崩壊したショックが思いの外大きいためだ。

 

 当然格好など二の次である。

 

 「実は私、不治の病というものに侵されて……もうそれほど永くないんです」

 

 言い過ぎではないか、という雰囲気が隣からヒシヒシと伝わってくるが気にしない気にしない。

 とりあえず手っ取り早い所でバイザーを外して見せる。

 聴覚センサーとの接続を立たれたバイザーは電源がオフになってユリカの視覚が暗転する。

 それでもヤマトが誇る天才3人が精魂込めて作り上げた聴覚センサーは、驚いたドメルの息遣いを確かにユリカに伝える事に成功していた。

 まあ、焦点定まらぬ目を見たらそれは不気味だろうし驚くのは無理もない。

 でもお化粧はちゃんとしたから不細工ではないはず。

 

 「ガミラスとは無関係の地球人同士の権力争いに巻き込まれて、重度のナノマシン障害を患ってしまって。今はもう、自分の目と耳じゃ何も見えないし聞くことも出来ないぐらい悪いんです」

 

 言いながらバイザーを嵌め直すと、軽いノイズの後鮮明な視界が開ける。やっぱり、ドメルは大層驚いている様だ。

 

 「今は、ヤマト自慢の天才メカマンがわざわざ専用に補装具を作ってくれたおかげで、何とか日常を遅れてるんですけどね。ほら、このインナースーツもそういった目的で着てるんです」

 

 「ナノマシン障害? 確かにガミラスでも医療や体質改善にナノマシンを使う事は無くもないですが、人体への安全が確認されていないナノマシンを使う事はありません。一体何があったというのですか?」

 

 ドメルの問いかけに、ユリカはちょっと悩んでからエリナに相談してみた。

 彼女も悩んだ後、「ここは私に任せて」と説明役を請け負ってくれた。

 

 エリナの細を穿ちながらも解り易い説明を聞かされて、ドメルは低く唸っていた。

 まあ地球の恥部を打ち明けている様なものだから、エリナとしても正直口が重い。

 今後の交渉にも影響するかもしれない。かといって黙ったままではユリカの現状に説明がつかない。

 なので、「前の戦争で恨みを買って誘拐され、ボソンジャンプ解明のための実験体にされた」として、その過程でボソンジャンプに適性を持った生命体の研究と称してナノマシンによる生体改造を受けた後遺症、と誤魔化す事でA級ジャンパーについては秘匿した。

 そして、医療による回復が見込めない為、コスモリバースシステムに頼る以外に活路が無く、ヤマトを操れる指揮官が他に居なかった事から無理を承知で艦長を務めていると、少々苦しい説明となってしまったがそこは散々活用してきた話術で誤魔化す。

 誤魔化すったら誤魔化すのだ。

 

 「なるほど……そのような体でここまで頑張れたのは、そういった事情がありましたか……」

 

 ドメルは何時死んでもおかしくない状態のユリカが艦長をする、という不可解な状況に一応の納得はしてくれた様子。有難い事だ。

 

 「そうなんですよ! もう、コスモリバースシステムの影響をほんの少しでも利用して回復しない限り、私は大好きな夫や子供達と明日を生きられないんです! あ、夫っていうのは――」

 

 哀れ将軍ドメル。頭お花畑状態のキャピキャピユリカに中てられる。

 既婚者と言えど基本堅物なドメルなので、こういった状態の女性の相手ははっきり言って苦手だ。苦痛――とまでは行かなくても辛いとは断言出来る。

 隣のエリナが早い段階で(物理的に)制止してくれたのがせめてもの救いだ。

 そうでなければ彼の精神力は極度に疲弊し、しばらく立ち上がれなかっただろう。

 

 そんで話が真面目な方向に戻ってすぐ、二転三転する場の空気に疲れた表情のドメルは、ヤマト出現時から議論されていたという、ヤマトの不自然な来歴について尋ねてきた。

 この質問については予想されていたので回答も用意してある。

 まあ、ほぼそのまま伝えるだけで良い。過去の記録に触れさえしなければ単に並行宇宙から漂着した戦艦で済む。それ自体は別に明かしても特別誰も困らない。

 

 「やはり――ヤマトは別の宇宙に存在する地球の艦艇でしたか……デスラー総統の推測は正しかったようですね」

 

 「ありゃ。やっぱりデスラー総統にはバレてましたか。スターシアの言う通り物凄く賢い人なんだ」

 

 スターシアから聞いた、と誤魔化せばヤマトの記憶を垣間見た事もある程度は誤魔化せる。

 

 (ふふふ、スターシア便利説!)

 

 などと友人に対して失礼な事を考えた報いだろうか、ユリカは急に激しく咳き込んだ。

 慌てずすぐに背中を摩り、ドメルに断った上でドロップ薬を含ませて対処するエリナに感謝しつつ、改めてドメルに向き直る。

 ドメルもユリカの体調が気がかりなのか、出来るだけ早くに話を終えて休ませたいと顔に出てしまっている。

 

 (ほむ? 意外と顔に出やすい人なのかな?)

 

 ユリカはそうドメルを評したが、別に彼は腹芸が苦手なのではなく、単にユリカの特異な振る舞いにやられて自身のペースが保てないだけだ。

 

 ドメルは決して悪くない(断言)。

 

 「やはり、デスラー総統についても知っておられたのですね。ならば、総統の人柄を考慮した上での介入だったのですか?」

 

 「私もスターシアからそれほど詳しく聞いたわけではありません。私達の個人的な感情と、この戦争の行方を私達なりに真剣に考えた結果です。私の見解では、このままガミラスと戦い続けても泥沼化が深刻化するだけで、最終的に地球は滅びます」

 

 

 

 正直ドメルはユリカの性格に相当面食らったが、決して自分とデスラーがヤマトの振る舞いから感じていた物が間違いでなかった事も知った。

 

 ――自分の観察眼を大いに疑ったのは紛れもない事実だが。

 

 しかし、ユリカの見解を聞かされて思った以上に真剣に今後の事を考えている事に驚かされた。

 ドメルもある程度の事は考えていたが、ユリカの考えはドメルよりも時間を掛けて考えていたことがわかる。

 恐らくは、ヤマト再建とほぼ並行してこの戦争の行く末を真剣に考え、イスカンダル到達がガミラス本星到達である事を意識した上で様々なパターンを考慮したのだろう。

 

 ユリカの言う通り、ガミラスは規模の大きな星間国家だ。

 軍事力では地球など及びもつかないのは揺るがない事実である。

 ヤマトが対抗出来ているのは、移民政策の最中で余力が無く、波動砲という切り札を持つヤマトを降すに十分な戦力を確保するのが難しいから。

 そして、デスラーが本腰を入れて叩くのを躊躇しているからだ。

 

 デスラーから告げられたコスモリバースシステムと波動砲の関連を聞かされれば――イスカンダルからの帰路に就いた後のヤマトは、ガミラスをここまで戦慄させ警戒させた最大の要因である、波動砲を失う。

 仮に地球帰還後に再改修して再装備に成功したとしても、ヤマトは所詮“点”の戦力に過ぎない。

 防衛戦においては数が物を言う。何時何処から来るかわからない敵の存在を念頭に置き、臨機応変に対応しなければならない。

 ヤマトがどれほど強力であっても単独である以上、多方面からの攻撃に対処する事は物理的に不可能だ。

 ヤマト単艦であっても対処出来る局面が描かれれば何とかなるだろうが……防衛線でそのような状況に陥る事は稀だろう。

 余程地理的に敵の進行方向が限定されているなどで、敵戦力が一方から来ない限り。

 仮に6連射のトランジッション波動砲に依存するとしても、たったの6発で、しかも広範囲の敵を殲滅するには不向きな高収束型のエネルギー砲では、連射式でも限界がある。

 

 つまり、ヤマトが地球をガミラスの脅威から護り抜くには、デスラーごと本星を滅ぼし、ガミラスの戦意を完膚なきまでに打ち砕いて手を引かせるか、何とか交渉するなりして終戦協定を結ぶの2択しかない。

 だがユリカが懸念している通り、ガミラスにはその力を頼りに自国の安全を求めて望んで統合された国家も少なくはない。

 ガミラスを武力で滅すれば地球の安全は守れる。

 その代わりガミラスの傘下にあっても、今回の戦いに直接関与していないそれらの国家の安全を脅かす事になる。

 そして地球には、ガミラスに変わって彼らの安全を守る力は無い。

 彼らの存在を鑑みれば、ヤマトが採れる手段は自ずと交渉による停戦になる。

 

 幸いにも彼らには、ガミラス最大の脅威であると同時に救世主足りえるトランジッション波動砲という交渉材料がある。

 ガミラスを救うも滅ぼすも、ヤマト次第といえる状況が用意されているのだ。

 さらにデスラーがスターシアの人なりを知り、その彼女が見込んだ相手がヤマトに乗っているという情報を得た事で、ガミラス内部でも停戦を引き換えにヤマトと和解するという案が出るに至っている。

 そういう意味では、ヤマトは十分ガミラスにその力を示した。

 

 ガミラスにとってヤマトは神にも悪魔にもなりうる。そういう存在であると、誰も疑いはしなくなった。

 

 全ては様々な状況が重なり合った結果生まれた奇跡と言えよう。

 

 「それに、私はスターシアに禁を冒させてしまっています。つい先日確認された暗黒星団帝国と名乗った集団や、今後遭遇するかもしれない敵性国家に関しては保証しかねても、せめてイスカンダルの隣人くらいは平和的に解決したいんです。スターシアは――私達を悪魔にするために波動砲を提供したわけじゃないと、証明したいんです」

 

 そうこれだ。スターシア陛下すら認めたこの人柄だからこそ、地球はともかくヤマトは信じられる!

 

 「正直、それでも冥王星基地を攻略するまでは自分でも無理かもしれないって結構悩んでたんです。でも、基地を脱出した司令官が残存艦隊を引き連れてヤマトに向かって来た時に確信したんです。確かに侵略という手段は許せません。被害者としての立場からならなおさら……でも、彼らも私達と同じ思いを抱えて戦っている。そう考えたら、和解の道もあり得るんじゃないかって強く思えるようになったんです。その後はベテルギウスの時に、命を捨ててヤマトを葬ろうって突っ込んで来た艦も居て……あれが無かったら、こういう形で対面する事も無かったかもしれません」

 

 その言葉にドメルは、シュルツとその片腕だったガンツが思わぬ遺産を残していた事を悟った。

 彼らの国と総統に対する忠誠心が、最大の敵として君臨していたヤマトを味方へと転ずる一手として機能していたのだ。

 その事を知らされてドメルは目頭が熱くなるのを感じて、天井を仰ぐ。

 

 「そうですか……! 彼らの行動が、このような結果を残してくれていたとは……!」

 

 「ドメル将軍、失礼かと思いますが――冥王星基地の指揮官のお名前を教えてはいただけませんか?」

 

 ドメルは少し悩んだが、教える事にした。

 亡きシュルツやガンツがどう思うのかはドメルにはわからない。だが、彼の行動が結果としてガミラスを救うかもしれないと知れば――名誉と思ってくれるだろう。

 

 「冥王星前線基地司令官の名はシュルツ。ベテルギウスでヤマトと戦ったのはその副官であったガンツという男です。彼らは戦いに敗れ、使命を果たせず逝った事を悔やんでいたでしょうが……この和平が成功すれば、彼らは結果としてヤマトを止めるという大任を果たしていた事になる……きっと、喜んでくれるでしょう。彼らの墓には、私から報告しておきましょう」

 

 「……彼らを手に掛けた私達が言うのも失礼かと思いますが、よろしくお願いします」

 

 突然湧いた神妙な空気に、先程までの緩かった空気との落差が激しい。

 しばしの沈黙が流れる中、ドメルは思う。

 彼女は確かに色々と頭のねじが吹っ飛んでいるタイプではあるが、根は真面目であるし頭の回転は速く、第一印象からは想像出来ないが(失礼なことに)、意外なほど物事の表裏を見極められる人間の様だ。

 だからこそ、人が付いてくるのだろうと。

 この天性の明るさがクルーに襲い掛かる不安を打ち消し、有事の際はその明晰な頭脳と型にハマらない性格だからこその発想力で皆を引っ張り切り抜ける。

 恐らくその性格上乗組員は逆に不安を感じる事もあったろうが、彼女のプレッシャーに負けそうで負けないこの振る舞いが、未知の航海に挑むヤマトを支えてきたのだと。

 

 ――スターシアが惹かれたのも、何となくわかる気がする。

 

 初手にキツイ一撃を貰ったのでかなり人物像が揺らいでしまったが、こうして面と向かって話してみれば中々に面白い人物だ。

 ――無論、マイペースで楽天家なうえ“天然”という属性を備えているせいで時折会話に(激しく)疲れる事があるのが玉に瑕だが、まあ許容範囲だろう。――多分。

 

 ともかく念願だったヤマトとの交渉に続き、スターシアすらも惹きつけた彼女の人柄の把握を果たしたドメルが満足していると、

 

 「ドメル将軍。1つお願いがあるのですがよろしいですか?」

 

 と切り出された。

 はて、何が望みだというのだろうか。

 

 

 

 その要望に快く頷いたドメルはエリナに準備をお願いした後、艦長室の外で待っていたゴートに案内されて第一艦橋に降り立った。

 ユリカも昇降機能付きの艦長席で早々に艦橋に降りて来ている。

 艦長席の傍らには古代艦長代理と並んで見かけない男性が立っていた。

 男性は板についていない敬礼と合わせて、

 

 「戦闘班航空科所属、ガンダムダブルエックスのパイロット、テンカワ・アキトです」

 

 と自己紹介をした。続けて「私の旦那様で~す」とそれはもう嬉しそうなユリカの補足も頂く。

 彼がそうなのか。

 アキトは真っ赤になった顔で「すみません、艦長――妻がご迷惑をかけまして」と恐縮している。

 確かに面食らったし思っていた人物像とは350度程異なっていたが、悪い人間ではないし敬意を払うに十分な人物だとは思っている。

 

 話していて少々――いや結構疲れるのは事実であるが。まあ、こちらが抱いていたイメージとのギャップの問題だろう、多分。

 

 そんな考えがつい顔に出てしまったのか、アキトは勿論進も他のクルーも気の毒そうな顔をしている。

 そうか、皆同じような感想を抱いているのだな。

 ドメルは妙な親近感を抱いた。彼らとは、きっとこれからも仲良くやっていけるだろうと、心の底から実感した。

 

 「ドメル将軍、準備が出来ました」

 

 通信室でガミラスの超長距離通信装置との接続作業をしていたエリナから報告を受け、ドメルはドメラーズ三世の通信コードを使用してガミラス本星に報告を行う。

 本来なら通信室でやる予定だったのだが、ユリカがデスラー総統と話をしたいというので第一艦橋で行う事になった。

 そこで、ドメルからも1つだけ要望を付け加えておいた。

 

 「デスラー総統、ドメルです。無事にヤマトに乗艦、彼は我々と交渉する用意があるとの事です」

 

 「そうか……!」

 

 デスラーはドメルがヤマトの艦橋と思しき場所から連絡をしている事に疑問を覚えたが、一先ず国家の危機は去ったと安堵する。

 その思いのままモニターに映る室内に目を向けると、ガミラスの言葉で話しているからか内容がわからず少々困惑気な顔をしたクルーの姿が映る中、一段高い座席に座る女性の姿を捉える。

 緑色のバイザーを着用して耳には青いヘッドフォンの様なものを付けているが、彼女が恐らく……。

 

 「デスラー総統、ヤマトのミスマル艦長が総統と話がしたいと申しております」

 

 ドメルの言葉にデスラーは大いに心が躍った。

 ついにあのスターシアを説き伏せ、デスラーにとって最も理解し難い「個人的な愛憎」が国家の危機を救うに足るのかどうかの答えを得られるやもしれない人物と、通信機越しとは言え対面出来るのか!

 デスラーは翻訳機が正常に作動しているかを確かめる。問題無く作動している。念のために準備をしておいて正解だったようだ。

 翻訳機の準備が整った事をドメルに伝えると、彼はバイザーを付けた女性に振り返って促した。

 

 「それでは……ミスマル艦長、どうぞ」

 

 促されて女性は「それではご要望にお応えして……」と妙な前置きをした後、

 

 「はじめましてデスラー総統! 私がヤマト艦長のミスマル・ユリカです! ぶいっ!」

 

 ドメルの要望通り、先程と全く同じ挨拶をしてもらった。

 予想外の行動に流石のデスラーも驚きで目が丸くなり口が半開きになる。ついでに他のクルーが全員頭を抱えたり顔を覆って恥ずかしがる。

 予想通りの結果にドメルはデスラーに見えない様に、強く拳を握る。

 

 (申し訳ありません総統。しかし、ミスマル艦長の人柄を知りたいと切望されていた総統の気持ちを汲むには、この方が良いと……ご無礼をお許しください!)

 

 故意的だった。

 

 しかし、彼なりにデスラーへの忠誠心からの行動ではあった。

 

 

 

 

 

 

 予想だにしない挨拶にデスラーは勿論、傍らに控えていたタランもヒスも同じような表情で驚き一瞬思考が停止してしまったようだ。しかし無理も無い事だろう。

 デスラーは勿論タランもヒスも、“あの”ヤマトの艦長という事でドメルの様に不屈の闘志と溢れんばかりの使命感を感じさせる、デキル女性と(それもある程度年配者であるとすら)考えていたにも拘らず、実際眼前に現れたのは年齢の割に色々頭が軽そうなキャピキャピした女性。

 衝撃を受けない方が可笑しい。

 

 それでも大ガミラス帝国の総統として国を統率し、難局に立ち向かってきたデスラーの立ち直りは非常に速かった。

 彼女の行動を咎めるでも眉を顰めるでもなく、非常に大らかな格好で受け止める事にした。

 

 「これはこれは、中々元気の良い艦長さんだ。お初にお目にかかる、私が大ガミラスの総統デスラーだ。以後お見知りおきを」

 

 ユリカの非を咎めるどころか受け止めてみせたデスラーの姿に、画面に映っている他のクルーから、

 

 「ユリカさんの“あの”挨拶を怒りもせず流した……!」

 

 「凄い……! 流石はガミラスの総統だ……! 器がデカい……!」

 

 と驚いている。特に薄青の髪と金色の目を持つ細身の少女と、ミスマル艦長の隣にいるぼさぼさな髪の男性が。

 やはり、彼らの常識でも“あれ”は無いのか……デスラーは地球の常識が“あれ”では無い事に少し安堵する。

 ちらりと見ると、ドメルもデスラーの様子に感服している様子。

 そうか、やはり君もこうなったのか。デスラーは少しだけ彼に同情した。確かにこれは面食らう。

 とはいえ、彼女を良く知りたいと願ったのはデスラーだ。恐らくドメルもこれで相当面食らいながらも、デスラーの願望を汲んで敢えて非礼とも取られかねないこの挨拶を願ったのだろう。

 実際、彼女は微妙に恥ずかしいのか頬を赤くしている。どうやら突飛な割に羞恥心はあるようだ。

 

 「今回は交渉に応じてくれた事に感謝する。君達にはガミラスに向かってタキオン波動収束砲――いや、波動砲と呼んでいたね。それを向ける権利も動機もある。にも拘らず言葉による解決という手段を許してくれた事に感謝する。そして、君達を辺境の星の野蛮人と嘲るような真似をした事を……ガミラスの総統として深くお詫びする」

 

 「いえ、私共と致しましても、スターシアの顔に泥を塗るような真似はしたくありませんでしたし、このまま戦争が続いて殲滅戦になるのは望んでいないので、大変ありがたい申し出でした。勿論、ヤマトはカスケードブラックホールの排除に全力を注ぎます。なので、出来るだけ今回の和平で便宜を図って頂けるとこちらとしては有難いのですが……」

 

 彼女の言葉にデスラーも大きく頷く。

 

 「無論だ。詳細に関しては今後地球政府との間で協議する必要があるが、出来るだけの支援をしよう」

 

 これで、デスラーが理想とする「偉大なガミラス帝国」の実現が不可能になってしまうかもしれないが、もう四の五の言っていられる状況ではない。

 ヤマトが信じられるとわかった以上、味方に取り入れる事に迷いは無く、そのためならこの苦々しい敗北も受け入れよう。

 ――そうすれば、ガミラスは路頭に迷うことも、母なる星を失うことも無くなる。生き残りさえすれば、足掻く事は幾らでも出来るだろう。

 デスラーはヤマトが失敗するとは最初から考えてもいない。

 ヤマト最大の使命、地球を救うを果たすという目的の前ではカスケードブラックホールなど“道中の障害”に過ぎないのだ。

 そんなものに屈するヤマトではないはず。デスラーはその一点で、ヤマトを信じる事が出来た。

 

 複雑な思いを胸に抱きながら放たれたデスラーの言葉に、ぱっと笑みを浮かべるユリカ。バイザーで目元が覆われていてもはっきりとわかる程のリアクションに、デスラーの心中がさらに複雑な感情が吹き荒れる。

 

 「そう言う事でしたら、私達も心置きなく全力を尽くせます。それにつきまして、どうしても必要になるものが3つ程ありますので、用意して戴けると有難いのですが……」

 

 ユリカが告げたのは、カスケードブラックホールの詳細な情報と反射衛星砲に使われている反射フィールド関連と波動エンジンの制御技術の提供であった。

 カスケードブラックホールのデータは勿論デスラーも提供するつもりだった。ヤマトが排除してくれるのなら、ガミラスとっては願っても無い千載一遇の好機。それを邪魔立てする理由は無い。

 だが反射衛星砲と波動エンジン関連のデータは一体何に使うのだろうかと尋ねてみた所、

 

 「実はヤマトのトランジッション波動砲は、地球側の技術不足で不完全なままなんです。特にカスケードブラックホールを破壊するためには、6発分以上のエネルギーを1度に撃ち出す全弾発射が必須なのですが、それを実行するための耐久力がヤマトには無いんです。もし今の状態で発射したら、ヤマトは確実に内部から破壊されて沈みます。下手をすると、私達は共倒れになります」

 

 なるほど、それは確かに困る。ヤマトが沈めばガミラスとしては最も利益を得られる展開になるのだが、デスラーとしては絶対に避けたい展開だ。

 ――恩を仇で返すなど、デスラーの美学に反する。イスカンダルも巻き込まれているとはいえ敵対国、しかも自分達を滅亡の淵まで追い込んだガミラスを救うとまで言い切った彼らの気高き精神に応えずして、何が偉大な大ガミラス帝国か。

 

 「それに、波動相転移エンジンのフルスペックを解放するためにも、波動エンジンの耐久力の補強は勿論エネルギー制御の改善も必要でして……」

 

 ヤマトの大出力の正体はそれだったのか。まさか、相転移エンジンが――過去の遺物が波動エンジンの増幅装置として機能するとは思いも至らなかった。

 元々ガミラスの波動エンジンもイスカンダルが開発した時に提供された代物だけに、意図的に封じられた、または伝えられなかったであろう点が多い事を、改めて実感する。

 

 「わかった。ガミラスの存亡にも関わる事故、特例として技術提供しよう。カスケードブラックホール破壊までは、ガミラス星に滞在してヤマトの改修作業を行うと良い。ドックを用意させよう」

 

 「感謝します、デスラー総統……正直に言いますと、ガミラスとこのような形で手を取り合えて私を始め、ヤマトクルー一同心から安堵しています。もしもヤマトが軍事力で勝るガミラスに勝てるとしたら、それは波動砲の威力を前面に押し出した力押ししかありえません。そうなれば、ガミラス民族は勿論、ガミラスの庇護下にある他の文明にすら弓引くも同然の結果になっていたと考えると、改めて講和という手段を選べた事を嬉しく思います」

 

 彼女の言葉にデスラーも同意を示す。

 確かにヤマトは強力無比な戦艦ではあるが、数の暴力に抗うには限度がある。それを覆すのが波動砲というのなら、なるほど確かに彼女の言う通り、そしてデスラーが予想していた通り、和解せずに最後の最後まで行ってしまえば、その先に待つのは凄惨極まる殲滅戦しかない。

 ――確かに安堵するに足る出来事だ。スターシアから聞き及んでいるのなら、ガミラスが支配する星々の全てが武力による侵略のみならず、自ら進んで庇護を求めてきた文明がある事くらいは想像がつくはずだ。

 

 「それはこちらも承知していた。君達はすでにスターシアから知らされているだろうが、我がガミラスとて余裕が無い状況にある。君達がイスカンダルを目指す以上、途中で阻めない限り必ずガミラス星も波動砲の射程に入る……私にはガミラス民族を護る義務がある。君達が報復のため、ガミラスそのものを滅ぼす事を前提していると仮定した場合の対応を検討しつつ、そうでなかった場合に備えた対応として講和も考えられていた……君達が誇り高き戦士であった事を、幸運に思う」

 

 「私達も同じです――ただ、講和の切っ掛けになったとはいえ、第三者にこの戦いを見られた事が確定した事は、地球・ガミラス双方にとって不利に働くかもしれません。ガミラスにとっては戦艦1隻に抗われた結果講和を許してしまったというのは、国家の威厳にどうやっても傷をつける結果になってしまいますし、地球にとっても波動砲の存在故にそれが成ったと見られるのは、国力を大きく損なっている現状ではやはり他の国家に目を付けられ、さらなる侵略を招く可能性が否定出来ませんし……」

 

 それにはデスラーも思い至っていた。ガミラスはどう足掻いてもヤマト1隻に苦汁を嘗めさせられた事実を消す事は出来ない。暗黒星団帝国だけではなく、ガミラスに敵意ある他の国家にとっても、付け入る隙が出来たと考えられても不思議はない。

 そして地球に関してもその通りだと思う。ヤマトに波動砲が搭載されていなかったと仮定したら、太陽系すら出る事は叶わなかったかもしれない。出られたとしてもベテルギウスの時確実に始末出来ていたであろうと考えれば、たった1隻の戦艦で(本腰を入れていたとは言い難い面があったとはいえ)ガミラス程の国家に抗える力を与える波動砲の威力をこれ以上無く外部に示した形になる。

 これは十分争いの種になるだろう。

 

 そうやってやり取りを重ねながら、デスラーは自身の抱える疑問がさらに増したのを感じる。

 話をしてわかった。彼女は地球を救うだけではなく、ガミラスの事まで気にかけている。

 何故、敵国に対してそこまで気を回せるのだろうか。

 

 「……ミスマル艦長……直接話す機会を持てたら是非尋ねたいと思っていた事があるのだが……」

 

 「? 何をですか?」

 

 「私はスターシアから、君が家族の為に戦っていると聞いた」

 

 「? そうですけど?」

 

 脈略の無い話の繋がりに困惑しているのが見て取れる。無礼だとは自分でも思う。だが、デスラーはどうしても気になるのだ。

 

 「私には理解出来ない。そういった個人的な愛憎が、国家の危機を救う動機足りえるのか? それに君は地球だけではなくガミラスまでも気にかけている。家族という狭く小さいコミュニティーを護るだけなら、ここまでしなくても良いのではないか?」

 

 困惑を多分に含んだデスラーの言葉に、ユリカは小首を傾げた後、

 

 「デスラー総統には恋人とか奥さんが居ないんですか?」

 

 と切り込んで来た。

 率直過ぎてタランが「少し失礼では?」と苦言を呈するが片手で制する。

 こちらから振った話題で、礼を失したのもこちらが先だ。目くじらを立てる必要はない、と。

 

 「居ない」

 

 「好きな人とかも?」

 

 「生憎そのような感情自体がどのようなものかわからない。だから答えを求めている」

 

 デスラーの問いにユリカは僅かに悩んだ後、

 

 「多分それは、理屈じゃなくて心の内から湧き出るものだと思うんですよ。私だってアキト――夫の事は大好きですけど、その気持ちに気付いた時だって何となく、ああ、これが恋なんだなって思ったくらいですし……」

 

 「……そういうものなのか?」

 

 「だと思いますよ。まあ、私とアキトの場合はもう生まれた時からそうなるって決まってたようなものですけどぉ!」

 

 言いながら頬に手を当てて身を捩っている。

 ――何だろう、この背中がむず痒くなる思いは。ちらりと視線を横に向けるとタランもヒスもむず痒い顔をしているではないか。

 つまりこれは、当たり前の反応なのだろうか。

 おや、隣に立っていた男性が赤くなっているではないか。もしかすると――彼が件の夫なのだろうか。

 ついでに他のクルーも間違いなく羞恥で赤くなっている。

 

 ……そうか、君達も大変なのだな。同情する。

 

 「私個人の見解ではありますが、個人的な愛憎が国家云々に関しては十分な理由になると思います。だって私は、夫も子供達も、友達だって大事だから。皆が皆らしく生きて行く世界を護りたいっていうのは、当然の欲求だと思います」

 

 「当然の欲求?」

 

 「はい! 全員が全員そうじゃないとは思いますけど、私の場合はそうでした。私、これでも料理人の妻ですし。私個人としては、夫と一緒に生活出来るだけでとても幸せなんですけど、それは私の幸せであって夫の幸せとイコールじゃない。だって、夫の夢は一人前の料理人になる事。そして、自分の料理を食べて皆に笑顔になって欲しいっていう夢があります。だから、妻として夫の夢を応援して支えるのは当然の事です!」

 

 胸を張る彼女だが、デスラーにはイマイチピンと来ない。

 幼い頃から帝王学を学び、自分なりの美学や願望をもって総統の地位に就いたとはいえ、デスラー自身はその権力を自分自身の豊かさの為にではなく、ガミラスという国家をより良くするために使ってきた。

 だから、わかるようで、わからない。

 

 「イマイチ理解されてないみたいですけど、要するに料理人って料理を食べてくれる人が居ないと成立しないじゃないですか? だから今まで来てくれたお客さんは勿論、これから来るかもしれないお客さんだっています。勿論、料理に使う食材だって農家の人が作ってくれているわけですから、やっぱり感謝の気持ちもありますし、欠かせない存在です。それに、個人的な願望としても親しい友人達と一緒に楽しく生きて行きたいし、将来的には子供を作って温かい家庭を持ちたいわけですし、だとしたら生まれてくる子供の為にも一緒に大人になっていく子供達も大事なわけで、当然その子供の中には私の友人達の子供も含まれているかもしれない、そんで、子供達が大きくなれば家庭を持つことだってあり得る訳で……格好付けた言い方をしてしまうと、愛って繋がっていくものだと思うんです」

 

 満面の笑みと共に放たれたその言葉が、デスラーの胸に染み渡る。

 

 「……愛とは、繋がっていくもの?」

 

 初めて、聞いた言葉だ。

 

 「はい! 人はそうやって愛を育んで、皆で生きて行くものだと私は思っています。勿論、人ってみんなそれぞれ個性があるから時にぶつかり合ったり――酷い時は命の奪い合いに発展する事もあります……それでも、私達がすべきことは憎しみあって殺しあう事ではなく、愛し合う事だと思うんです。それが凄く難しい、限りなく綺麗事でしかないとしても、私は頑張ってみたいんです……それが叶わない時は、戦う事を躊躇いませんけど」

 

 彼女の言葉に、何となくだがデスラーも理解し始めていた。

 要するに関連付けなのだ。彼女にとって、自身の幸福は勿論家族や友人と言った存在も愛すべき存在であり、故にそれを取り巻く状況や世界そのものを護りたいという願望の発露に繋がり、結果としてそれが国家の危機を救う原動力となったという事か。

 

 それは、デスラーがガミラスという国家の為に死力を尽くす様と似ている。ガミラスという国家を形成しているのは人だ。人が集って初めてそこは“国”となる。

 それを理解しているからこそデスラーは、決して国民を追い詰めるような真似はしなかった。

 国民の生活を豊かにするためにも、国家としての力を付けるためにも様々な努力を重ねてきたし、成果が示された時は心から喜んだものだ。

 具体的には違うのかもしれないが、大切なモノと関連付けられたからこそデスラーはガミラスという国家を成り立たせる全てを護りたいと思えるのだろう。

 そこまで考えが及んだ時、デスラーの胸に去来するものがあった。

 

 「そういう事なら……理解出来る」

 

 デスラーは彼女の言葉を反芻して噛み砕く。そうか、そういう事だったのか。

 

 「ようやく、スターシアが私に呈していた苦言の意味が理解出来た。確かに、君の言う意味では私には……愛というものが見えていなかった。国を愛する心を持っていたというのに、国という群ればかりを見て、人という個を見ていたわけではなかった……そして、自分とは異なる価値観に対する理解も、及んでいなかった……ありがとうミスマル艦長。期待していた通り、君に教えてもらう事になった様だ」

 

 「デスラー総統……」

 

 「……この宇宙には暴力が蔓延っている。中には破壊と略奪に明け暮れる無法者も多い。そうならないように気を付けていたつもりだったが……どうやら、私はそういった連中と紙一重の所にいたらしい……ガミラスのためとはいえ、これまで私は戦いの中にある命の輝きに美しさを見出して来た……その結果として国が繁栄するのならばそれが正しいと思ってきたが、どうやら私は間違っていたようだ。今は、自国の事ばかり考え、この宇宙で生きる他の命に敬意を払いきれていなかった自分が恥ずかしい……そして、完璧と胸を張れる調査も出来ていないのに醜い面だけを見て全てを理解した気になり、君たち地球人を一方的に見下した事を、改めて深くお詫びする。我らの心は――私の心は――」

 

 もはや、最後の言葉を口にするのに戸惑いはない。

 

 「地球人と何ら変わりはしない。もう、地球と戦う理由はない。この戦争は終わりにしよう」

 

 その言葉に彼女は驚きと喜びの混じった表情を浮かべ、

 

 「じゃあ、公の場における立場とかはありますけど……私達もうお友達って事で大丈夫ですね!」

 

 タランとヒスが「何故一気にそこまで飛躍するのですか……!?」と小声で悲鳴を上げているが、デスラーはその言葉を聞いて胸に暖かい何かが宿るのを感じた。

 そうか、考えてみれば愛する人どころか、個人として親しい友人すら居なかった事に今更ながら気付かされた。

 立場もあるとはいえ、デスラー自身が他者に一歩踏み出す事が無かったのも原因だろう。

 そうか、あの時の、和解さえ成立すればヤマトは最高の理解者になるだろうという予感は――間違いではなかった。

 

 「ありがとう、ミスマル艦長――貴艦らの航海の安全を祈る。一刻も早いガミラス星並びイスカンダル星到着を期待している。今度は、顔を合わせて話がしたいものだ」

 

 そう微笑むと彼女も微笑みを浮かべ――直後激しく咽込んだ。

 慌てて傍らに控えていた男性(恐らく彼女の夫)が駆け寄って背中を摩る姿が見える。

 

 「――!? どうしたのだ!?」

 

 「すみませんデスラー総統。艦長は病気で体調があまり良くないのです。これから先は、艦長代理の古代進が引き継ぎます」

 

 傍らに控えていたユリカと同じコートを着た青年が変わってデスラーと応対する。

 ユリカの咳は止まらず、顔色もどんどん悪くなっていくのがモニター越しにも理解出来てしまう。

 

 「わかった。艦長代理に変わって貰おう。すぐに艦長を医務室に連れて行きたまえ。無理をさせた様で、すまなかった」

 

 デスラーは素直に謝罪して、下がらせるように訴える。

 彼女の隣に控えていた男性は礼を述べると、彼女を抱き抱えて第一艦橋を後にする。

 それを見送った後、その事について軽く尋ねてみた。

 

 「――艦長の病気はガミラスとは直接関係しない、地球人同士の争いが原因です」

 

 と前置きした上で簡単な説明を受けた。ボソンジャンプ演算ユニットに由来するナノマシンに侵されている、と。

 なるほど、コスモリバースシステムは地球だけでなく自分自身の将来すら掛かった最後の希望だったわけか……。

 それなら、先程の動機と合わせて彼女が――ヤマトが必死な理由がわかる。

 誰だって個人としての幸せは掴みたいものだという事くらい、デスラーも理解している。

 すでにメンタルに差が無いと理解出来た以上、嘲る気持ちも無い。

 

 「という事は――ヤマトにとってイスカンダル到達のタイムリミットは後1ヵ月程度という事になるのか。それも最大限の延命を図り、ミスマル艦長にこれ以上負荷を掛けないという前提があっての事か……」

 

 あまりにも短い時間だ。報告によれば、ヤマトは連続ワープ技術をついに完成させたようだが、それでも24時間当たりの跳躍距離は精々5000光年。トラブルなく常に最大距離で跳べたとしても単純計算で16日程の時間が掛かってしまう。

 残された時間の約半分を移動に使ってしまう。何事も無いのなら余裕があると言っても良いのだが、カスケードブラックホールの対処の為にはこちらから出向かなければならないという点が気にかかる。

 カスケードブラックホールはガミラスとイスカンダルを飲み込むまで後3ヵ月程度の距離にあるため、恒星間ワープが可能ならヤマトの性能でも問題はない。

 だが、話を聞いた限りではヤマト自身がそれを成すための改修を必要としている。その作業にかかる時間と破壊作業の往来、イスカンダルでシステムへの組み込み作業が完了するまで、どれほどの時間を要するのか見当もつかない。

 デスラーの推測だが、6発全弾発射システムの危険性を考えれば、艦長権限でのセーフティーが掛かっているはずだ。

 その点も質問してみた所、

 

 「その通りです。残念ながら、私の権限ではトランジッション波動砲の全弾発射は出来ません。それに、次元転移装置が生み出す重力場の乱れ等を考慮して狙いを付ける為、艦長の状態を利用した狙撃が考案されています……カスケードブラックホール破壊までは、ヤマトから降ろす事が出来ません」

 

 悔しそうな進の表情にデスラーも思案する。

 今の彼女の容態では、冷凍睡眠も安全とは言い難いらしい。

 ……ヤマトのイスカンダル・ガミラス星到達までの時間を短縮させるしかない方法は無い。それも、ワープによる負荷を抑えきった上で。

 一番の解決法はガミラスの超長距離ワープ技術を提供し――ヤマトが体得したばかりの連続ワープ機関をブラッシュアップする事だ。だが、最高軍事機密の漏洩以前に改修にかかる時間を考えればこの手段は選択出来ない。

 だとすれば解決策は1つしかない。丁度要望もあった事だ、この手で行こう。

 

 「ドメル」

 

 「はっ!」

 

 「君には継続してヤマトに乗り組んでもらうが、ヤマト護衛の為に何隻か同行艦を選抜してくれたまえ――ヤマトのワープ機関を改修している余裕は無い。我が軍の艦艇で先導し、曳航する事で超長距離ワープを実現させるのだ」

 

 デスラーの指示を受け、同じことを考えていたドメルは即座に応じる。

 

 「幸いな事に、つい先程ゲールからヤマト護衛の為に艦艇を数隻程度回す用意があると進言があったところだ。例の暗黒星団帝国の事もある。連中の目を引く事を避ける事は勿論、曳航式ワープの干渉の事もある。あまり大規模な艦隊を組むのは推奨出来ない。よって、少数精鋭の部隊でヤマトを護衛し、一刻も早くガミラス星に到達させるのだ――それと、超長距離通信の使用を許可する。彼らも地球と話す事があるだろう。それと――敵は必ずヤマトを狙ってくる。対策を講じる為に必要であれば、機密情報の一部開示も許可しよう」

 

 「了解しました、デスラー総統。私の全てを掛けて、ヤマトをガミラス星に1日でも早く到着させてご覧にいれます」

 

 ドメルもやる気は十分だ。バラン星基地を――ガミラスの明日を左右する重要拠点を護りきれなかった失態をヤマト護衛で償って見せる、と。

 そうやって話が纏まりつつあった時、異変が起こった。

 

 「何事だ!?」

 

 通信に割り込む形で鳴り響いた緊急コールにデスラーが険しい表情で応える。

 

 「デ、デスラー総統! 暗黒星団帝国の物と思われる艦隊がガミラス星並びイスカンダル星に向かって進撃中です! レーダー反応が微弱である為総数は分析中でありますが、会敵予定は今から20時間後と予想されます!」

 

 やはりバラン星基地を攻撃したのは、こちらの動揺を誘う為だったか。デスラーはそれ以前からの兆候から暗黒星団帝国の狙いが最初からガミラスへの侵略にあり、そのための陽動としてバラン星基地を襲ったであろうと見当は付けていた。

 実際、今ガミラス軍部は予想だにしなかった大損害に動揺が広がっているのは事実だ。しかし、同時に最大の脅威として認識していた宇宙戦艦ヤマトと事実上の和解が成立している。

 その分意識を集中出来るので、そういう意味では連中が考えいたであろう展開よりガミラスには余裕がある。

 

 「デスラー総統! すぐにヤマトも救援に向かいます!」

 

 「……心強い言葉だ、古代艦長代理。ヤマトは我がガミラス帝国と十分に渡り合える猛者、助力頂けるのならこれ以上の救援は無い」

 

 デスラーの――大ガミラス帝国の総統としてのプライドが少し傷ついた。確かにヤマトは強いが戦艦1隻。その救援を心強く感じてしまうのは大国の長として情けなさを感じる。

 だが――迷うことなく救援を訴えてくれた進の、ヤマトの誠意に暖かいものが込み上げてくる。

 つい先日まで――互いの民族の存亡を賭けて殺し合っていた仲だというのにこの切り替えの早さ……。

 この柔軟さが――そして気高さが、彼らの最大の武器だったのだと感じると傷ついたプライドも慰められる。

 地球人とメンタルに差が無いと実感出来た今、ガミラスにも同じ事が出来るのだと知ったも同然。

 ならばこのデスラー、ヤマトが如くどのような窮地においても泥を啜り石を齧ってでも道を切り開いて見せる。

 祖国と、ついに得た理解者達の為にも!

 

 「デスラー総統、敵の目的に関して、こちらが得ているだけの情報を伝えたいと思います」

 

 進は簡潔に纏めて知らせる。暗黒星団帝国が宇宙戦争を優位に進める目的でヤマトの波動砲を欲した事を。

 

 「……なるほど。ならば、連中の狙いはイスカンダリウムとガミラシウムの可能性もあるな……どちらも純度が高くエネルギー変換効率に優れた地殻物質。どこかでその情報を得て狙ってきたという事か」

 

 ガミラスが独自にヤマトと同じ波動砲――デスラー砲を開発している事を知られているかは定かではないが、知られている事を前提に対策した方が足元を掬われ難そうな予感がする。

 こちらはすでに最高軍事機密の瞬間物質転送器を奪われているし、余裕の無さもあってテストの際の隠蔽工作が足りなかった可能性も否定出来ない。

 安易な使用は却って首を絞めるやもしれないし――ヤマトを認めた以上、安易に使って良い代物ではない事も理解した。

 これは……本当に最後の切り札だ。

 そういった理屈とは別に、デスラーの第六感が敵にデスラー砲を使うなと警告している。

 こういった感は信じた方が賢明であると経験上知っている。

 

 後は――ヤマトの到着までに仕留められるか、それとも助太刀願う事になるのか。それを左右する敵の出方と戦力の徹底分析次第だろう。

 

 (――この大ガミラス相手に挑んだのだ、覚悟は出来ていると見た。我が愛すべき祖国、簡単に討ち取れると思うな)

 

 降りかかった火の粉を払うに躊躇は無い。偉大な祖国を護り抜くは総統の務め。断じて屈することなど無い!

 

 

 

 

 

 

 「島、ガミラス艦に曳航して貰ったとしても、イスカンダルとガミラス到着にはどの程度の時間が掛かると思う?」

 

 「データだけでは何とも言えんが、ガミラスのワープ能力はヤマトのそれを凌いでいる。恐らく数日中には着けると思うが……そのためには最短コースを取らなければならない」

 

 大介が難しい顔をしていると、水先案内人を務める事になったドメルが捕捉する様に自身の乗艦からデータを取り寄せた。

 そのデータを参照するため、ユリカを含めたメインスタッフが中央作戦室に移動する。

 正直状態が良いとは言い難いユリカだが、もしかしたら自分が知恵を貸す必要があるかもしれないと、イネスと雪を伴っての参加と相成った。

 車椅子に座って点滴台と共に参上した時は、誰もが「大人しく寝てろ」と容赦ない物言いで気遣ったのだが、結局頷かなかった。

 ちなみにドメルはその物言いに手で顔を覆っている。

 

 「ヤマトの諸君、これを見てくれ」

 

 部屋の中央に立ち、ルリが表示したデータ――星系図を愛用の指示棒で指しながらドメルは解説する。

 

 「これがイスカンダル星とガミラス星を擁するサンザー恒星系だ。丁度、大マゼラン雲のこの辺りに存在している」

 

 言いながら大マゼラン雲の一角を指す。

 

 「そして、ここが諸君らの銀河系と大マゼラン雲の中間地点――今我々が居るバラン星だ。ここからイスカンダル星並びにガミラス星に最短コースを取るとなると、避けて通れなくなるのがタランチュラ星雲だ。この星雲は大マゼラン近海の領域の中でも最も活発なスターバースト領域にあたり、その範囲も広大、特に中心近くの若い星団には、君達の太陽系の太陽の265倍もの質量を持った青色超巨星を始めとする巨星、超巨星から構成されていたりと、危険地帯が多く我々とて迂闊には近づけない場所が多い……残念ながら、それらの重力場の影響もあって、大ワープで一気に突破する事が難しい宙域なのだ」

 

 ドメルがルリに視線で促すと、この手の作業は手慣れているルリがすぐに表示される情報を切り替え、小さなウインドウも併せてわかり易く展開する。

 

 「とはいえ、今回は急を要するため最も短い距離を走破する必要がある。そうなると避けられないのがタランチュラ星雲の中でも最大の難所――七色混成発光星域、通称七色星団と呼ばれている宙域だ。ここは、異なる性質を持った6つの星とガス状の暗黒星雲、黒色矮星からなる混成星団だ。濃密な暗黒ガスと星々から流出する星間物質によって生み出される強烈な宇宙気流が特徴で、これらの影響で長距離レーダーが機能不全を起こし有視界による航行も困難。通年通して“嵐”で荒れ続けている宙域と言っても過言ではない。場所によっては“凪”の状態にある場所もあるが、それは極限られた場所、時間も限定されている」

 

 ドメルの言葉にヤマトクルー一同、押し黙る。

 オクトパス原始星団を思わせる、異なる性質の恒星が互いに干渉し合って生み出される危険地帯。真っ当な神経の持ち主ならまず迂回すべき場所と言っても過言ではないだろう。

 

 「そういった環境故、当初君達との和解がありえるとしたらイスカンダル到達後と踏んでいた我々が、最後の決闘の地として選んでいた場所でもある。ヤマトと少数戦力で渡り合うには、こういった荒れた場所で君達が目暗ましされている内に、新兵器の瞬間物質転送器を使った転送戦術で翻弄、隙を見て試作兵器のドリルミサイルで波動砲を封じ、抵抗力を削ぎ落した上で降伏または撃沈を狙う――という策を練っていた。無論、君達が勝てば以降ガミラスは君達に手を出さないという条件も添えて、戦って貰うつもりだったのだ」

 

 「なるほど――確かにこの場所であの転送戦術を初見で食らったら混乱は避けられませんね。私達はボソンジャンプを使った同じ戦術を体験した事はありますが、あれもまだ完成の領域には達していませんでしたしね」

 

 実際は火星の後継者が半ば完成させていたのだが、ユリカはそのための部品として利用されていたので自身が体験したのは精々ジンタイプの短距離ジャンプ程度。

 1度食らえば連想して対策――まではいかなくても心構えくらいは出来るだろうが、即興で対処して凌ぎきるのは不可能に近い。

 流石はドメル将軍。宇宙の狼の称号は伊達ではない。

 

 「幸運な事に実行する前に貴方方との和解が成立したのでお蔵入りになりましたが、この作戦は暗黒星団帝国――最低でも今ガミラスに仕掛けてきた一派には知れていると考えるのが妥当です。今はお話出来ますが、私がヤマトとの決戦に使おうと技術部に用意してもらっていた転送器とドリルミサイルは、事前テストの為派遣されていた部隊事彼らに鹵獲されたと見てまず間違いないでしょう。その際何に使うつもりだったのかも聞き出されたと見て、間違いないと考えています。だからこそ、連中は――」

 

 「ヤマトに目を付けて手に入れようとした、という事ですね」

 

 進もこれで因果関係がはっきりしたと納得する。となれば――。

 

 「連中はヤマトとガミラスが共同戦線を張った所を目撃している。こちらの狙いをどの程度掴んだのかは不明だが、ヤマトがガミラスとの全面衝突を避けて組みしたと考える事は十分あり得る。となれば、バラン星攻撃で浮ついたガミラスに仕掛けた連中も、ヤマトが本星の防衛戦に参加する可能性を懸念していると考えても、考え過ぎではないだろう」

 

 真田も渋い顔をしている。

 ヤマトは最短でイスカンダルとガミラスに到達し、その防衛に当たらなければならない。だが、敵がそれを予測しているのなら必ずどこかで妨害をしてくる。波動砲の威力を間近で見たのなら猶更。

 そして、最短コースを取る以上避けられないのがこの七色星団で、そこでヤマトを迎え撃つガミラスの策を知っているとあれば――。

 

 「真田工作班長が考えている通り、ここでヤマトを妨害しようとするでしょう。如何に波動砲が決定的な威力を持つといっても、当たらなければ何の意味も成さない。レーダーも光学カメラも働き難いこの宙域でなら、波動砲による先制攻撃を避ける事が出来る」

 

 「レーダー障害が著しいとは言っても、それを回避するための手段が無いわけではありません。ヤマトにも搭載されている探査プローブの様な探査機器を撃ち出す、艦隊を広範囲に散開させる等してデータリンクを確立すれば、探査範囲を補う事は可能です。それにワープアウトの空間は同を直接感知出来ずとも、出発地点と到着地点を結んで、かつこちらの事情から最短距離で走破すると看破するのであれば、大よその出現地点を予測出来るはずです」

 

 「戦いは避けられそうにないか。しかも、待ち伏せ出来る分向こうが有利という事か……」

 

 ルリとゴートが考えを巡らせる。こうなると、運良く会敵しなかったという事が無い限り、まず戦闘は避けられない事になる。

 となると問題は――。

 

 「転送戦術に対する効果的な対抗策は現状ありません。しかし瞬間物質転送器にはその性質上、運用によってカバーしなければならない致命的な弱点もあります」

 

 「――片道一方通行であるという事ですね、将軍」

 

 ジュンの指摘にドメルは頷く。

 そう、片道一方通行なのだ。つまり攻撃部隊は消耗したら自力で帰艦しなければならない。

 断続的に部隊を送り込んで翻弄すれば、撤退中の部隊への追撃を抑えたりその行方の追跡を惑わす事も出来るかもしれないが、それは相手が困惑してくれた場合に限る。

 

 「そうです。最初からそれがわかっていれば、撤退中の部隊を追尾して母艦の位置を掴む事は十分可能です。また、総統もこの欠点にお気付きになられ、送り込む物体をミサイルや宇宙機雷など、撃ちっぱなしにしても問題が無いものに変更する等の対処法を編み出しておられました。連中も恐らくその程度の知恵は働くでしょうが、それは事前に準備が必要になります。転送器を鹵獲した部隊がそれを実行可能な程物資に余裕があるかどうかにかかっていると言っても良いでしょう」

 

 相手の懐事情が読めないので何とも言えないが、ガミラス本星に大挙として襲撃した以上余裕があると考える方が正解だろう。

 

 「そうなると、至近距離に出現したミサイルや機雷に対処する事も考えないといけなくなりますね……ルリさん、やっぱりこの手の戦術に対する有効な防衛手段は、アステロイド・リング防御幕だと思いませんか?」

 

 「ハーリー君の指摘は尤もだと思います。あれなら360度どの方向からミサイルや機雷を送り込まれても、そちらに接触させることでヤマトへの直撃を避ける事は十分可能だと思います――ただ、それはヤマトからある程度離れた所に出現した場合に限ります。もし接触寸前の近距離に出現させられたらお手上げです」

 

 ハリとルリのやり取りにドメルは否定的な見解を示す。

 

 「あれはまだ試験段階の兵器です。そこまでの精密さはまだありません。また、送り込める物体の質量の制限もあり、現状小型艇以上の物体の転送は不可能です。また、ワープエンジンを搭載している場合はそちらとの干渉もあり転送に影響が生じる為、自力ワープ可能な艦艇を消耗させずに送り込む、という使い方も出来ません。この短期間で欠点を把握して改修するのは、無理と判断して良いと思います」

 

 「ドメル将軍、七色星団の中にアステロイド帯は存在しますか?」

 

 「いえ、あまりにも荒れているため、密度の高い小惑星帯は存在していません。それに、“凪”の状態ならまだしも、荒れた場所で一戦交える可能性がある以上、精密制御を要求されるアステロイド・リングは使えないと断定して良いでしょう」

 

 これにはルリもハリも頭を抱えてしまう。

 アステロイド・リングはヤマトの重要な防御システムの1つだ。それが使えないとなると、ヤマトの防御が必然的に薄くなる。

 ――尤も、ガミラスから言わせれば「無くても尋常ならざる防御と耐久を持っている」と真顔で返すであろうし、何より今回ありったけを使ってしまった反重力感応基もリフレクトビットも補充が到底間に合わない。

 どちらにせよ、頼る事は出来そうにない……。

 

 「バラン基地の工廠も被害を被っているが、まだ使用に耐える。短時間で用意出来る物には限りがあるが、何かしらのアイデアがあれば実現出来るかもしれません」

 

 ドメルの進言にふとアキトが閃いた。

 

 「真田さん、ウリバタケさん。いっそヤマトに追加装甲ないし追加パーツを施すのって駄目ですか? ブラックサレナとかGファルコンみたいに」

 

 アキトに言われて真田とウリバタケも「その方法なら、ある程度問題を解決出来るかもしれない」と乗り気だ。

 

 「そうだな……確かにヤマトの消耗を抑えるための追加パーツがあっても良いかもしれないなぁ……問題は作る時間だが、構造を徹底して簡略化してやれば何とかなるかもしれねぇな」

 

 「ドメル将軍、工廠に問い合わせて貰えませんか?」

 

 真田とウリバタケの言葉にドメルは快く応じてバラン星のゲールに事の次第を伝える。

 多少渋い顔だが、既に総統命令でヤマトとの和解が成立しているとあればそれに逆らうゲールではない。

 ドメルへの個人的な感情もあり、機密を気にする部下を叱咤してすぐに交渉を稼働させる準備を進めさせた。

 

 「後は、ヤマトに同行する艦艇の選別ですね。本星に攻撃の目が向いているとはいえ、ここの防衛力を削ぐわけにはいきませんし――」

 

 「ええ。ここにはまだ大勢の民間人が残されています。彼らを無防備には出来ませんし、今後の地球との良き関係を維持するためにも、バランを捨てるわけにはいかないでしょう。敵の目的があくまでガミラス星とイスカンダル星、恐らくバラン星基地が再度の襲撃を受ける可能性は極めて低いでしょうが、第四の勢力が出てこないとは断言出来ない。基地に十分な戦力を残す必要があります。それに七色星団を突破するのであれば、大艦隊で突入するのは自殺行為です。荒れた場所ですので、ワープアウト可能な空間も限られてしまいますし、重力場の干渉などで多少精度も落ちます。もしワープアウト時に嵐に煽られて接触事故でも起こったら、一気に壊滅してしまう危険性もある。諸々の事情を考慮すると、連れて行けるのは多くても4隻。ヤマト含めた5隻の艦隊で挑む他無いでしょう」

 

 進とドメルはやはり連れて行けるのは極限られたメンバーに限定されるだろうと考えた。

 通常複数の艦艇がワープを実行する場合は、衝突を避けるためワープ空間の出口が重ならない様に制御している。それに対して意図的に出口を重ね、同じ出口に誘引することで強引にワープ能力に劣る艦艇を曳航するのが、曳航型ワープというわけだ。

 その原理上先行する艦艇と後続の艦艇が衝突するリスクが高く、それを回避するのにもそれなりの手間がかかる。

 何しろ意図的にワープアウトの接触事故を誘発するような真似をするのだから当然だ。

 

 「幸い――と言っては何ですが、ヤマトとの決戦に備えた先鋭部隊がバランにいます。対ヤマト戦術の最終確認の為、そしてバラン星基地が攻撃を受けた時のための保険として合流し、この戦いを生き延びています。彼らと共に行きましょう」

 

 ドメルの進言に進はユリカと目線を合わせ、頷く。

 

 「それで行きましょう。何としても最短時間で七色星団を突破して、本土防衛戦に参加しなければ……ヤマトには波動砲以外にも、ダブルエックスとGXのサテライトキャノンがあります。迂闊な使用は自分の首を絞めかねますが、いざと言う時には頼れます」

 

 進の進言にドメルも頼もしさを感じる。

 確かに気軽に使って良い力ではないが、使い方さえ間違えなければこれほど頼もしく――戦局を左右する力は無い。

 

 「それでは、補給と整備が完了次第出発しましょう。幸いな事に、バラン星とタランチュラ星雲までの間には大きな障害はありません。なら、ガミラスの技術なら一気に飛び越える事も可能な筈です」

 

 「それについては保証します」

 

 進のプランにドメルも太鼓判を押す。

 ガミラスのワープ技術なら、最速を極めれば1週間程度でガミラスと地球間を移動する事も可能なのだ。

 ――ただ、そのためには七色星団は勿論、ヤマトが手こずったオクトパス原始星団に似た、ガミラスにとっても迂闊に飛び込みたくはない危険地帯を駆け抜ける必要があるし、何より無理な超長距離ワープは艦にも乗員にも決して小さくは無い負担が掛かる。

 なので、通常は負担にならない程度に抑えつつ安全な航路を使うのが一般的。

 それでも、1日1万光年程度のワープなら容易いので、遅くとも17日以内には到着出来てしまうのだ。

 とはいえ、今回は曳航式ワープと合わせて少々無茶をするしかない。

 七色星団で本当に襲撃を受け、その後の損害回復にどの程度の時間をロスするかはわからないが、無茶をすれば残された8万4000光年程度なら、3日もあれば突破出来る。

 敵勢力の規模も戦力も、ガミラスがどの程度粘れるのかも不明瞭なので3日の旅程では間に合わない可能性もある。

 だが、不思議とそう簡単には雌雄を決しないという確信を持てたのであった。

 

 

 

 

 

 

 その頃バーガーは第二空母の航空指揮所で思わぬ展開に絶叫していた。

 

 「ヤマトがガミラスと和解したって!?」

 

 まさに寝耳に水。もしかしたら交渉の末そういった事もあるかもしれないな、と冗談半分に考えていたバーガーはそれはもう驚いたのなんの。

 報告したゲットーも釈然としない様子だが、敬愛するドメルも忠誠を誓ったデスラーも乗り気なのだから文句も言えない。

 

 「しかも、我々はこのままヤマトのイスカンダル行きの護衛としてヤマトに同行しながら本土防衛戦に参加する事になった。バーガー、気持ちはわからないでもないがくれぐれも自重してくれよ。連絡要員兼案内役として、ドメル司令はヤマトに乗り続ける事になっているんだからな」

 

 と言われたが最早居てもたってもいられなくなったバーガーは、すぐにドメルに連絡を取り、許可をもらってヤマトへと乗り込んだ。

 自分の目で確かめたい。上が決めた事に文句があるわけではないが、直に触れて連中の事を知りたい。そうでなければ気持ちが乗らない。

 そういった感情に突き動かされたバーガーを見透かしたドメルは敢えて止めなかった。

 何とかなるだろうという漠然とした思いもあったが、同時に「直接見なければとてもわからない」と、経験上これ以上無く理解したからであった。

 

 

 

 そして今、バーガーは連絡艇から降りてヤマト格納庫に足を踏み入れる。

 

 「――ダブルエックス」

 

 すぐに目に入ったのは必ずの報復を誓ったはずの人型の姿。今は整備中なのだろう、あちこちの装甲が剥がされたりメンテナンスハッチが開いている。

 多数の整備員が取り付いて部品の交換作業やチェック作業を続けているのがわかる。

 少し視線を巡らせれば、他にもガンダム――と連中が読んでいた機体の姿も見受けられる。

 報告では、ヤマト出航時に確認されていたのはダブルエックスだけだったはずなのに、航海中に3機も追加された。一体連中はどういう手腕をしているのか個人的にも気になる程だ。

 

 「え、と。ご用件は何ですか?」

 

 機体に気を取られていると、油汚れの付いたぼさぼさ髪の青年が訪ねてきた。

 

 「いや……ついさっきまで敵だった連中と共同戦線を張る事になったから、どんな連中なのかが気になっただけさ」

 

 声と発言に辛辣さが混じるのも無理ない。事態が急変するにも程がある。

 

 「ああ、その気持ちはわからなくもないですね。俺達だってまだ実感が湧いてないって言うか、事態が急変し過ぎというか……」

 

 青年は恐らく暗黒星団帝国の襲撃も合わせた感想を述べているのだろう、困惑が伝わってくる。

 しかしそうやって普通に接せられると、悪態をついた自分が恥ずかしくなったのでバーガーは素直に謝っておく。

 

 「済まねえ、困惑していたとはいえ暴言だった。許してくれ」

 

 「気にしてませんよ。俺達だって、冥王星のシュルツ司令が俺達と同じメンタリティを持っているって示してくれなかったら、多分殆どのクルーが納得出来てなかったでしょうし」

 

 シュルツの名を知っているのか、恐らく情報の出所はドメルだろう事が伺える。そうか、命を捨てて挑んだあの司令官の行いが、この和平の遠因になったのか。

 直接の面識こそ無いが、文字通り命懸けで最大の脅威となっていたヤマトを退けたその業績に、敬意を払わずにはいられない。

 

 「そうか……世の中、色んなことがあるもんだな」

 

 しみじみと呟いた後で、何か頭の後ろで引っかかってる何かを感じた。そうだ、どこかで聞いた声――気付いた、眼の前の青年も同時に。

 

 「ダブルエックスのパイロット!」

 

 「爆撃機隊の隊長!」

 

 思わず互いに指差して、笑い出す。

 

 「ちくしょう! 会ったら真っ先にプロキシマ・ケンタウリでの借りを返してやろうと思ったのに!」

 

 「げっ! あの時の爆撃機隊も指揮してたのかよ!?」

 

 一触即発の空気――にはならず、互いになぜか笑い出して小突きあう珍妙な状況になっていた。

 

 「ったく! あんな物騒なモン乗り回してるからどんな厳つい奴かと思ったら、こんな優男だったとはな!」

 

 「……いや、ある意味アレに乗ってるのは嵌められたというか何と言うか、詳細を知らされていなかったと言うか」

 

 なんじゃそりゃ、と問い質すとちょっと同情した。うむ、死にかけの女房を助けるために乗り込んだ機体が偶々あれで、それ以前の経歴(あまり詳しくは教えてくれなかったが)から任されるようになったと。

 お前不幸だな。

 

 アキトもアキトで、話の中であの機雷網の攻防戦の時に放ったサテライトキャノンが掠めた空母が目の前の軍人――バーガーの乗艦だったと聞かされて内心焦った。

 知らぬが仏とはまさにこの事だったのだろうか。一歩間違えてたら吹き飛ばしていたところだったのか……。

 

 「まあ良い、過ぎた事にしてやる。だが個人的にも決着を付けたいと常々思ってたんだ。シミュレーターでも何でも良いからケリ付けようぜ!」

 

 「そう言われてもダブルエックス整備中でシミュレーターも……」

 

 なに、スペース節約の為コックピットがシミュレーター替わりだと!

 と驚いているとヤマト航空部隊の隊長と名乗った女性が現れ、

 

 「整備終わるまでどっか行ってろ! 邪魔だ!」

 

 とアキト共々格納庫から追い出されてしまった。

 

 「俺、ダブルエックスの整備が……」

 

 哀れアキトもお邪魔虫。

 結局その後は食堂で茶をしながら駄弁る事になり、行く先々で出会ったヤマトクルーには気軽く挨拶され、食堂に入ったら女性クルーから「あらやだイケメン!」とか騒がれたり。

 

 ……ここは本当に軍艦か(真顔)。

 

 色々常識を木っ端微塵に打ち砕かれた気分になったが、アキトとの会話は結構有意義な物だった。

 バーガーもかつて、任務で恋人を眼の前で失う悲劇に見舞われて荒れていた時期があった。

 あの時は周りの連中に色々と面倒を掛け、支えて貰って立ち直って今に至った経緯があるので、アキトの動機は他人事には思えなかった。

 

 結局バーガーは、アキトとのシミュレーターによる対決こそ叶わなかったものの、思いの外清々した気分で第二空母に戻っていく。

 確かに部下を殺されはしたが、同時に救われもした。あの時ダブルエックスが殿を務めてくれなかったら、バーガー自身も危うかったかもしれない。

 忠誠を誓った国家の意向もあるし水に流してやろう。

 

 ……だから見定めさせてもらう、ヤマトの戦いを。

 

 

 

 

 

 

 それから20時間程が経過した。

 ヤマトは自前の艦内工場とバラン星基地の工廠を使って簡易追加パーツを制作、その身に纏ってドックを後にする。

 結局ノリに乗って大暴走した真田とウリバタケとアイデア担当のイネス(ユリカの看病で手が離せない)によって、ヤマトは新たな姿に変貌した。

 

 ヤマトの艦体側面に、初代ナデシコのディストーションブレードとエンジンユニットを連結したかのような構造物が接続されたのである。

 ブレード部分は強固なディストーションフィールドを展開するための外部フィールドユニット兼武装ユニットで、上下にVLSが左右合わせて60門搭載されている。

 エンジンユニットは戦闘で破損、機関部は無事だが艦体の損傷が著しかったデストロイヤー駆逐艦のエンジンを回して貰ったものだ。

 これで重量増加分の推力を確保しつつ、防御用出力を負担する事でヤマトの消耗を減らすという発想である。

 残念な事にワープ機関の調整までは手が回らなかったので、曳航して貰わないといけないという問題は解消出来ずじまいであったが。

 また、ドリルミサイルが連中の手に渡っている事を考慮した結果、七色星団突破までは波動砲を確実に保護した方が良いとの判断から、左右に分割された開閉式の装甲ハッチが外付けされた。

 

 パーツの接続は反重力感応基と同じ重力制御とガミラスから提供された磁力制御の併用で、その気になれば切り離して独自に動かすことも出来る仕様だった。

 これが通称「ナデシコユニット」。カラーも勿論白基調に赤のアクセントと、初代ナデシコを強襲したものである。

 

 一連のユニットは急ごしらえなので色々と詰めが甘いと真田とウリバタケは漏らしていたが、短時間でこれだけの物を容易く設計、効率的な人海戦術と工廠設備の活用で完成させた手腕に、ガミラスの技師達も顎が外れんばかりに驚いたという。

 

 「実は、1度ミキシングして見たかった!」

 

 とは真田とウリバタケの言葉であり、直後進から「その発想は無かった」と呆れ半分のお言葉が送られたとか送られなかったとか。

 

 新たなヤマトは、「折角ナデシコユニット付けたんだから名前も追加しようぜ!」というウリバタケの進言もあって、協議の結果あくまで追加装備を施した状態限定の愛称という形で採用される事になった。

 

 ヤマトナデシコ。

 

 それが追加武装を施した、ヤマトの名前であった。

 あまりにもまんま過ぎる愛称に「捻りがない」「安直過ぎる」「創意工夫が感じられない」「というか追加装備自体のデザインが手抜きだ」等々――。辛辣極まりない評価を浴びせられながらも、ヤマトは次の戦いに備えたその場凌ぎ的な強化を果たす事が出来たのであった。

 

 

 

 なお、ヤマト本人は「まさかのマイナーチェンジに感激です! ありがとう!!」と喜んでいた。

 曰く「私は再建された時にナデシコの“血筋”も混じっているんです。ですから、ナデシコの血縁を感じさせる姿に抵抗はありません」とのこと。

 心通わしたユリカの艦と言うのも、ヤマトが親しみを覚えている理由なのかもしれない。

 

 

 

 かくしてヤマトは、非常に場当たり的な改装を受けて飛び立った。

 その傍らに戦闘空母、第一空母、指揮戦艦級が2隻。いずれもガミラスの艦艇を従えて。

 バラン星に残るガミラスの面々に見送られながら、イスカンダル星とガミラス星を目指して。

 地球を発ったばかりの頃は予想すらしていなかった地球・ガミラスの混成艦隊を結成し、今この航海の最後となるであろう戦いに赴いていく。

 その行く手に待ち構える戦いの行方は果たして――。

 

 

 

 心通わせることでついにガミラスとの戦いに一応の終止符を打ったヤマト!

 

 だがまだ戦いは終わったわけではない。

 

 その眼前にはガミラスとイスカンダルを脅かす暗黒星団帝国の魔の手が迫っているのだ。

 

 ヤマトよ、その愛に誓ってこの脅威を払拭し、地球とガミラスの間に真の平和を築き上げるのだ!

 

 凍てついた地球に残された人々に残された時間は、

 

 あと僅かに245日しかないのだ!

 

 

 

 第二十二話 完

 

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第三章 自分らしくある為に!

 

    第二十三話 七色星団の死闘!

 

    愛の為に戦え!!



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第二十三話 七色星団の死闘!

 

 

 

 「状況は悪化する一方ですなぁ……」

 

 「ですなぁ……」

 

 連合宇宙軍司令部の一室で、ムネタケ・ヨシサダと秋山源八郎は向かい合って薄い茶を味わっていた。

 ヤマトが地球を発って既に4ヵ月余り。

 順調に予定を消化出来ているのならもう大マゼラン星雲に到着しているはずだが、何かしらのトラブルが生じているのならまだ中間地点のバラン星付近にあるかもしれないし、下手をしたらもっと後方にいるかもしれない。

 何より、イスカンダルへの接近はガミラスの懐に飛び込む事を意味している。

 ヤマトは無事だろうか。

 大きなトラブルに直面していないだろうか。

 トラブルがあっても航行を続けていれば良いのだが、ヤマトが無事でもユリカが死んでしまっていたら地球の未来は――。

 

 「にしても、ミスマル艦長も中々思い切った事を考えておりますなぁ~。ガミラス星の救出を対価に和平を結ぼうだなんて」

 

 「――ええ。しかしその選択が出来る意思の強さが、スターシア陛下の心をも動かしたんでしょうなぁ……」

 

 実際大したものだと感服させられる。

 火星の後継者から救出されて殆ど間を置かずに訪れたガミラスの脅威。ある意味それに真っ先に立ち向かったのは彼女だ。

 イスカンダルに渡りをつけて、転移してきたヤマトの再建を始めて――。

 その頑張りのおかげでまだ地球は――絶望の淵に立たされながらも抗い続けている。

 

 「エネルギーは余裕があるとはいえ、そろそろ暖房と空気清浄設備の維持が大変になってきましたねぇ。何とか、当初の宣告通りには持たせたいものですが、生産力を失っている以上、予備パーツの調達が難しいのが困りますねぇ……」

 

 地球の状況は深刻だ。

 暴動やデモの類は連日の様に起こっている。ヤマトを信じている人間もいれば、信じていない人間もまた。多い。

 いや、正確には信じていないのではない。絶望から抜け出せないでいるのだ。

 だから疑心暗鬼に陥って攻撃的になり、治安を急速に悪化させていく。

 今はヤマトが太陽系を離れる前にガミラスの拠点という拠点を潰してくれたおかげで、地球圏にガミラスの姿は無い。

 だがそれも何時まで続くか……ヤマト以外にガミラスの戦力には通用しないのだから、留守の間を付け込まれたら一巻の終わり。

 ヤマトの成功を信じる者ですらその不安を抱えながら日々を生きている。

 そしてヤマトが無事戻ったとしてもガミラスとの戦争は何時まで続くのか。結局ヤマトにしか縋れないのなら、ヤマトが敗北したら全てが終わる。

 そして、ガミラスを退けたとしてもその先また侵略を受けやしないだろうかといった不安も――尽きることが無い。

 

 そういった不安が常に蔓延している。それが少しづつ、そして確実に人々の心を蝕んで疲弊させ、希望を削いでいく。

 果たして本当にヤマトは間に合うのだろうか。

 間に合ったとしてコスモリバースシステムは確実に起動するのだろうか。

 コスモリバースシステムで地球が回復しても、生き残った人々で文明をちゃんと再建していけるのだろうか……。

 不安の種は尽きない。

 

 「しかし――ミスマル艦長をコアにしなければ動かす事すらままならないとはねぇ。結局我々も火星の後継者と似たような手段を取る事になるとは――皮肉じゃないか」

 

 「ですな。また、彼女は勿論テンカワ君やホシノ君にも辛い思いをさせてしまって……年長者としては、不甲斐なくて涙が出てきそうですよ」

 

 そう思いつつも何も出来ない自分の非力さが恨めしい。

 

 「――頼ってばかりなのは図々しいかとも思いますが、ガミラスがヤマトとの交渉に応じて戦いを止めてくれることを願うしかないのも、体に良く無いです。ヤマトがカスケードブラックホール破壊に成功さえすれば、地球を早急に攻略する必然性は失われる。それでも、版図拡大のために地球を欲するというのであれば……」

 

 「ヤマトは戦うでしょう。勝てるかどうかはわからずとも、ただ暴力に屈するくらいなら死を覚悟してでも抗い続ける……あの艦はそういう艦なのでしょう」

 

 2人はコウイチロウは勿論、同僚達や1年前までは良好とは言い難い関係にあった統合軍とも手を取り合ってひたすらこの状況を凌いできた。

 極寒の星となった地球で生活するには、密閉された室内で暖房を使わなければならない。電力こそ相転移エンジンに依存する事でどうにか賄えているが、常に最大稼働状態にある暖房器具は日々の手入れが欠かせない。

 それに空気の清浄機能にだって限度がある。

 外気を取り込む吸気口は雪や氷ですぐに塞がってしまうので頻繁に掃除しなければならず、詰まってしまった時でも大丈夫なように圧縮空気ボンベの類も増設するなどして備えてはいる。

 とはいえ、工業製品の生産は辛うじてネルガルが頑張ってくれているだけで、あのクリムゾンですら今はままならない状況にある。

 食料の生産もヤマト用に試作された合成食糧プラントや早期収穫用の遺伝子改良野菜が細々と生産されているだけで、決して潤沢とは言えない。

 

 せめて食糧さえもう少し潤沢に得られるのなら、今よりはマシな状況になるのだろうが……。

 

 「ヤマトが生まれた世界の地球は7年も持ったというのに。我々は1年で滅びるかもしれないとは……」

 

 悲嘆に暮れる2人。今はまだ統合軍とも良好な関係を維持出来ているが、ヤマトが帰艦した後はどうなるかわからない。

 ヤマトは書類上連合宇宙軍所属の艦艇だ。つまり、ヤマトの手柄はそのまま宇宙軍の手柄として扱われ、またしても統合軍は蚊帳の外に置かれるという認識が覆せてはいない。

 対策は考えてはいるし一部の連中にはすでに了解を取り付けているので、ヤマトが予定通りか少し遅れたくらいに帰還する頃には目途が立っているはずだ。

 

 薄いとはいえすっかり貴重品となったお茶の残りを啜り、まだ希望を失うまいと抗っていた2人の元に、コウイチロウから緊急の呼び出しがあった。

 

 

 

 それはまたしてもヤマトがもたらした、一筋の希望の光の報告であった。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第三章 自分らしくある為に!

 

 第二十三話 七色星団の死闘!

 

 

 

 「こちら、宇宙戦艦ヤマト。艦長代理の古代進です」

 

 司令室のモニターに大きく表示されたのは、ヤマトの戦闘班長として乗艦したはずの進の姿。ユリカと同じようなコートと帽子を身に纏い、艦長席に座してこちらを見詰めている。

 まさかヤマトから直接通信があるとは予想だにしなかった事態だ。

 イスカンダルに到達して、向こうの通信設備を使わせてもらっているのだろうか。いや、その場合一方的な送信は出来てもこちらの声を聴く事は出来ないはずだ。

 つまり!……期待に胸が膨らむが、まず最初に問い質したいのは――。

 

 「こちら連合宇宙軍総司令、ミスマル・コウイチロウだ。あ~……ミスマル艦長はどうした?」

 

 少々――いや大分私情が混じった質問に進も苦笑。その後表情を引き締めて答えた。

 

 「艦長は戦闘で負傷し、状態が悪化したため入院されておられます。今は、私が艦長代理として指揮を引き継ぎ、ヤマトを運航しています」

 

 進の報告にコウイチロウの顔がはっきりと強張る。元々何時死んでもおかしくない程弱り切っていた娘が怪我をして、入院にまで追い込まれたとは。

 ……運命はどれほど娘を苦しめれば気が済むのだと悲嘆に暮れる。

 

 「艦長から総司令当てのメッセージを預かっています。『お父様、私は大丈夫。必ずコスモリバースを成功させて、元気な姿に戻ります』――以上です」

 

 進は預かっていたレコーダーを再生して、ユリカのメッセージをコウイチロウに伝えた。

 ――本当はもっと長くてユリカらしいメッセージだったのだが、場の空気を考えて簡潔なメッセージで自重してもらった裏話がある。

 それから進は、道中に起こった出来事について簡潔に報告する。

 その中には、暗黒星団帝国と名乗る連中から波動砲を狙った攻撃を受け、止むなく反撃した事も含まれていた。

 最悪その帝国が地球に牙を向く可能性も示唆すると、流石に司令室の空気も悪くなる。

 今の地球に別の国と戦争をする余力等無い。かと言って、ヤマトが反撃した事を咎めるのは筋違いだ。事前に話し合ったにも拘らず、相手が聞いてくれなかったのだから。

 だが、吉報もあった。

 

 「お喜び下さい。デスラー総統と直接会談する機会に恵まれ、彼らはヤマトの意思を認めて下さいました。そして――和平による戦争終結を約束して戴けました」

 

 その報告に一瞬時が止まり……そして次の瞬間歓声や困惑の合唱が司令室の中で巻き起こった。

 

 「ほ、本当か!? この戦争が終わるのか!?」

 

 思わず身を乗り出したコウイチロウに、進は笑顔で応えた。

 

 「はい、司令。この通信もガミラスが発見していた、太陽系の第十一番惑星に設営されてた非常用の通信設備を使わせてもらう事で実現しています。今ヤマトにはガミラスの将校が乗艦し、イスカンダル星並びガミラス星までの案内をしてもらう予定です」

 

 進は事の次第を簡潔に伝える。

 それはガミラスの地球侵略の目的であったり、どうやってガミラスとの交渉に至ったかの報告であった。

 ガミラスについては、大体はユリカがスターシアから聞かされ、コウイチロウ達に伝えたものと同じだった。

 被害者である地球側からは身勝手な理由と断じる事しか出来ないが、今はそれを論議している場面ではない。

 進がガミラスの将校から聞いたところによると、ヤマト出現から冥王星基地攻略までの間はガミラスはヤマトを脅威と見なし、排除する方針であったことも告げられる。

 しかし、ヤマトが太陽系を飛び出してプロキシマ・ケンタウリに差し掛かったあたりで変化が生じたのだという。

 

 「デスラー総統が、ヤマトを気にかけてくれた?」

 

 「はい。デスラー総統はコスモリバースシステムを求めて旅立ったヤマトが波動砲を装備している事を察して脅威と考えていたようですが、冥王星基地の生き残りが持ち帰ったデータからその戦いぶりを見て、滅びゆく祖国の運命を背負って戦う者同士としてのシンパシーを感じたそうです。そこにガミラスとイスカンダルを脅かし、地球侵略を後押ししたカスケードブラックホールの脅威があり、その脅威を取り除くに十分な威力を持ったトランジッション波動砲の存在故に、ヤマトを障害として排除するか、それとも和解し、その威力でガミラスを救う対価として地球との戦争終結を目指すかで、悩んでおられたそうです」

 

 なるほど、そのような経緯があったとは。

 ユリカは「かつてのヤマトの航海において、波動砲の威力が航海上の安全保障に繋がっていた節がある」とは言っていたので、如何に強大なガミラスといえど6連発可能になった、トランジッション波動砲を装備したヤマトに迂闊に仕掛けてはこないだろうとは考えていたが、当たらずとも遠からずだったという事か。

 ――つまり、たった1隻に搭載しただけで大国が恐れるほどの威力……イスカンダルが封じたがるわけだ。

 

 「決定打になったのは、ヤマトが暗黒星団帝国によって襲撃されたガミラス・バラン星基地を護る為に尽力し、多くの民間人を救った事でした。その行動によって、地球人はともかくヤマトは信用に値すると判断されたことが切っ掛けで、この度の交渉へと至ったのです」

 

 完全無欠な利敵行為にコウイチロウを除いた面々が顔を覆う。

 確かに和平を求めるのであれば――こういう形で恩を売る事は間違ってはいないのかもしれないが、交渉の“こ”の字も無い内から突飛な行動に出るというのは正直関心出来たものではない。

 ――結果オーライだったようだが。

 無茶苦茶な行動までユリカの真似をしなくても良いというのに……。

 

 「地球に対する賠償などの詳細は、今後の交渉で決定される事でしょう。しかし、デスラー総統はすでに地球との戦争継続を望んでおられませんし、地球の復興にも尽力して下さると約束して下さいました――今後ガミラスと地球の関係がどうなるかは私にはわかりません。ですが、この和平への道を閉ざさぬためにも、ヤマトは全力を挙げて挑む所存です」

 

 進の言葉にコウイチロウもひとまずは納得する。

 感情が納得しない部分はあるが、感情任せに戦争を継続しても地球に利益などない。滅ぶだけだ。

 ――それに、ヤマトがガミラス相手にここまで戦ったという事実が他の国家に知れた場合、特に波動砲の存在を理由に地球に武力行使を仕掛けてくる国家が出てこないという保証はない。更なる爆弾、時間断層の存在もある。

 ガミラスにその気があれば――という前置の上ではあるが、真実が知らされてから3ヵ月余りの間に、地球連合政府は勿論統合軍も「感情的な部分はともかく、ガミラスと同盟を築くメリットは大きい」という結論に達している。

 

 「……わかった、ご苦労だったな、古代艦長代理。よくやってくれた……あ~、ガミラスの将校が乗艦していると言ったな? 少しで良い、話せるだろうか?」

 

 コウイチロウに請われて進は断ってから一度モニターの前から消える。しばらく待つと、進が再び顔を覗かせて「大丈夫です」と応える。

 

 「ご紹介します。彼がガミラスのドメル将軍です」

 

 「お初にお目りかかります。ご紹介に預かった、ドメルと申します」

 

 進に促されてモニターにその姿を映したドメルに、司令室の面々が緊張も露にする。

 ――報告通り、肌の色以外は地球人と全く同じに見える。――彼らもまた、アクエリアスの生命の種子から生まれた存在……。

 

 「私は地球連合宇宙軍総司令、ミスマル・コウイチロウです」

 

 通信機越しとはいえ、ついにガミラスとの対面が果たされた。

 社交辞令的な挨拶の後ドメルは、現在ガミラス星が暗黒星団帝国の軍勢に襲撃されており、彼らはイスカンダルをも狙っている事、そしてヤマトは両惑星を護るため、防衛線に参加しようとしている事、敵もまた波動砲を警戒してヤマトを狙ってくるであろう事を告げる。そして――

 

 「ヤマトという存在が出現してからの急な方針の変更……我らの都合で貴方方を振り回した事……ガミラスの将校としてではなく、1人のガミラス人として、謝罪させて頂きます……」

 

 立場上、軍人として言えないのであろう言葉を届けられ、コウイチロウは確かに彼らが“人”なのだと実感した。

 

 「……それを聞けて、安心しました――古代艦長代理に変わって頂けますかな?」

 

 ドメルは頷いた後、脇に控えていた進に交代する。

 

 「古代艦長代理、ユリカの代わりとして不足無く頑張ってくれているようだな」

 

 「はい」

 

 「地球帰還まで、ヤマトの事を頼む。ユリカが選んだ君の事を、信じて待っているよ。どのような事態が起こったとしても、我々は――ヤマトを信じている」

 

 優しく微笑み若者を激励する。

 出航前にヤマトの指揮を引き継ぐとしたら彼だと聞かされていた(最早我が子同然だとも)。

 彼は愛娘の期待に不足無く応え、地球とガミラスの和平の礎を築く助けまでしたとは。

 色々な意味で、今後に期待の持てる若者だ。

 

 「了解しました。古代進、以降も艦長代理としてヤマトを地球帰還まで指揮します。ただ今よりヤマトはバラン星基地を出港、ガミラス星防衛戦に参加。これを退けた後、カスケードブラックホール破壊任務を遂行し、コスモリバース受領の為イスカンダルに向かいます。以上、通信終わります」

 

 進の敬礼にコウイチロウも応えて通信は終了した。

 暗転したモニターから視線を外すと、皆興奮冷めやらぬと言った様子だ。

 

 「ミスマル司令――ヤマトがやってくれましたね」

 

 隣に控えていた秋山が感涙しながらコウイチロウに言葉を掛ける。

 

 「ああ……ヤマトが――子供達がやってくれたよ!」

 

 

 

 その後、コウイチロウからの報告を受けた政府は予想されていた中でも最高と言っても良い展開に狂喜乱舞。

 一部調子に乗った高官も居たが、すぐに「ガミラスが気変わりしたら終わり」と窘められて冷静となり、あくまで講和による終戦協定という形でまとめる事になった。

 

 ヤマトからの朗報を受けた地球政府と軍高官は、いよいよ戦後を見据えた仕事をこなしていかなくてはならなくなった。

 ヤマトは確かに最後の希望であるが、彼らの活躍無くして、日々の平和はあり得ないのである。

 

 

 

 

 

 

 「――お疲れさまでした、ドメル将軍」

 

 艦長室で大役を果たして貰ったドメルを労いつつ、自ら淹れた紅茶(エリナから譲ってもらった)を入れてドメルに手渡す。

 

 「お口に合えば良いのですが……」

 

 「ありがとう、古代艦長代理。そう言う君もかなり緊張していた様じゃないか。ああいった場に立つのは初めてと見受けられたが?」

 

 「ええ、即席教育を受けたのはヤマトに乗る1ヵ月前からですし、私はビーメラを立つまでは、一介の戦闘班長に過ぎませんでしたから」

 

 言いながら進も自分で淹れた紅茶を一口啜る。我ながら上出来だと思う。

 

 「……今は、君がこの部屋の主か。艦長の具合がここまで悪かったとは……これも、和平路線を押し切りたかった理由かな?」

 

 「ええ。即席教育の私では、どれほど素質があると煽てられても貴方には勿論、ガミラスには勝てません……勝てるとしたら、艦長も含めた皆が一丸となって粘りに粘って、生じるかどうかもわからない僅かな隙を突くか、貴方達の想像の斜め上を行く奇策を考え付いた時だけです」

 

 「――そうかもしれないな。あの次元断層での戦いでも、私が出来るだけヤマトを傷つけず、クルーを1人でも多く捕えたいと欲をかいていなかったら、艦橋に主砲を直撃させていた。つまり、その時ヤマトは終わっていたという事になる」

 

 進はドメルの言葉に静かに頷いた。結局あの時ヤマトがどうにか逃げ延びられたのは、ドメルがデスラーの気持ちを汲んでヤマトを出来るだけ撃沈しないよう、手加減してくれていたからに過ぎない。

 本気で挑まれていたらあそこで沈んでいた。

 

 「今となってはそれが功を奏したという事になりますな――そうだ、あの時サテライトキャノンと波動砲を外してくれら事のお礼がまだでした。多くの部下を預かる身として、感謝しております」

 

 「そう言われると困ります。あの時は本当に狙ってる余裕が無かった事の方が大きかったんですから――直撃させたくなかったのも事実ですが」

 

 直撃させなくて良かった。聞けばあの時直撃を意図して避けた事がデスラーとドメルが和平路線に傾くきっかけになっていたらしいし。

 

 「力に溺れない事は素晴らしい事だ。これからも、その気持ちを忘れないでくれ。まあ、力に溺れていた我らガミラスが言えた事では無いかも知れないがな」

 

 「いえ、ガミラスには理性が残っていました。決して溺れてなんていませんでしたよ」

 

 

 その頃アキトは格納庫でダブルエックスと向かい合っていた。と言ってもベッドに寝かされているダブルエックスの胸元に腰かけて、その顔を見下ろしている形だが。

 

 「ガイ、ムネタケ提督……ガミラスとの戦いは終わったぞ。見ててくれたか? 俺達の戦いを」

 

 アキトは何となくだが、ダブルエックスを通してガイとムネタケが自分達を見ていてくれているのではないかという錯覚を何度か覚えていた。

 やはりこの機体が、Xエステバリスの後継だと聞かされた事や、ゲキ・ガンガーみたいな強力なロボット兵器だから、というのが関係しているのかもしれない。

 

 「……なぁ~にやってんだテンカワ」

 

 「げっ!? セイヤさん……」

 

 何時の間にか収納庫の入り口にウリバタケが立っていたではないか。

 ……恥ずかしいところを見られてしまった。

 

 「こいつがエクスバリスの後継だから、あの提督を思い出したのか?……まあヤマダに関しちゃ俺もわからんでもないな。こいつはゲキ・ガンガーみたいとは、よく言われてるしな」

 

 ズバリ言い当てられてしまった。恥ずかしくて後頭部をポリポリ掻くアキトに、ウリバタケは納得したと言わんばかりに1度鼻を鳴らすと、背中に隠していたジュースの入ったボトルをアキトに放り投げる。

 慌てて受け取ったアキトを見て、

 

 「俺もこいつを見て、偶にあいつらを思い出す事があってな……あの2人を知っててこいつと縁深いのは、俺とお前くらいだからな。今日くらいは、感傷に浸るのも悪くないさ」

 

 言いながらウリバタケもダブルエックスの体をよじ登ってアキトの隣に座る。

 2人はしばらく無言でジュースを飲みながら今は亡きかつての仲間達の事を思い出していた。

 

 そんな2人を見上げるダブルエックスの瞳は、どこか優し気に見えた――。

 

 

 

 

 

 

 七色の光に照らされた“雲海”の中に赤いボディの戦闘空母がワープアウト、同じ閃光の中から間髪入れずにヤマトの姿が現れ、僅かな間を置いて2隻の指揮戦艦級と第一空母がヤマトを囲い込むような隊列を組んで空間から飛び出した。

 直後、雷雲煌めく厳しい大自然の洗礼を受けて大きく揺らぐ。

 

 「ワープ終了!――くそっ! 思った以上に荒れてるな!!」

 

 大介は宇宙気流の余波を受けて激しく振動する艦の安定を保つのに必死だった。ナデシコユニットの追加で推力と防御力は強化されたが、代わりに安定翼が開かなくなってしまったので姿勢制御スラスターのみで艦を制御せねばならず、大介もあまり余裕が無い。

 元々急造の追加パーツという事もあって舷側ミサイルと安定翼が使えなくなってしまっているが、ワープ問題に関しては曳航して貰う事で解消されているし、舷側ミサイルの代わりはディストーションブレード内蔵のVLSで補填出来ているのが救いだった。

 

 「くっ! フィールドをバリアモードに変更して気流をコントロールする!」

 

 大介はフィールド担当官に手早く指示を出し、ヤマトの身を包むディストーションフィールドを変更して安定を保とうとする。

 

 「どうやら、一際荒れている時に通過しなければならなくなったようだな……! ゴート砲術長、ヤマトの艦載機はこの状況下で出撃出来るのか?」

 

 ドメルが問うと、ゴートは振動で生じる騒音に負けない程度の声で「この状況下では、ガンダムが出せるかどうかと言った状態だ!」と答える。

 

 「そうか……残念ながら、こちらの艦載機も似たようなものだ。連中の艦載機は大型で出力も高い、もしかしたら一方的に攻撃される危険性もある。古代艦長代理、空間スキャニングを実行して“凪”を探そう!」

 

 ドメルの進言に進も頷き、ルリは勿論先導してくれている戦闘空母や多層式宇宙空母と指揮戦艦級にもスキャニングを要請する。

 ――なお、ドメルの乗艦であったガミラス最強の戦艦――ドメラーズ三世は足が遅いのとバラン星攻防戦の被害が大きかった事から置いてかれた。

 

 そうやってヤマト&ガミラス艦隊はタキオンセンサーを使用した空間スキャニングを実施。荒れている宙域故ノイズも多く正確さにはやや欠けてしまったが、それでも嵐の先に凪を見つけ出し、全速力でその空域に突き進む。

 嵐に流されそうになる艦を押さえつけ、駆け抜けた先には――

 

 とても美しい雲海が広がっていた。

 

 眼下には七色のスペクトルに照らされまるでスモークを炊いた舞台の様な情景を醸し出すと同時に、その上にはまるで本当に海上にあるかのような神々しさすら感じる光の世界。

 雲海に反射した七色の光、前方に広がる穏やかな空間とその周囲を囲う星間物質の雲や気流の対比が生み出す一大スペクタルな光景に、大宇宙の神秘とある種命の息吹を感じたヤマトクルーが感嘆の溜息を漏らす。

 

 「おお……! これほど雄大な大自然を拝める機会はなかなか巡ってはこない。今の内に、少し楽しんでおいた方が良いと進言させてもらう」

 

 決して気を緩めたいわけではないが、それがヤマトの流儀だと理解したドメルが促す。

 進も異議を唱えず手すきの者は展望室で、それ以外の者にもせめて映像でと艦内中にこの大自然の雄大な景色を流す。

 安全の為閉じられていた防御シャッターもこの時ばかりは解放して、その目にこの雄大さを焼き付ける。

 

 「――地球の人達にも、見せてあげたいね」

 

 ジュンの漏らした一言に誰もが頷き、気を利かせたルリがヤマトの光学センサーが捉えた映像を最大画素で録画して非圧縮で保存する。

 

 本当に、綺麗で雄大な景色だった。

 

 

 

 

 

 

 「デーダー司令、ヤマトとガミラス艦の姿を捉えました」

 

 「うむ」

 

 デーダーはメインパネルに映し出されたヤマトとガミラス艦の姿を見てニヤリと笑う。

 最大望遠でも豆粒のような大きさでしか映らない程遠距離から捉えている。この宙域の特性を考えてレーダー等には映り難いよう、雲海を上手く利用して隠れている。連中もまだ気が付いていないようだ。

 

 「やはりガミラスに与したか、ヤマト。もっと骨のあるやつかと思ったがな」

 

 デーダーはヤマトが軍事力では敵わないからガミラスに与したと考えていた。あれだけの力を持ちながら、故郷を死の縁に追い込んだ連中に与するとは何と愚かしい。

 ヤマトが全力を尽くせばガミラスを滅ぼす事も出来るだろうに――力を持って他者を従わせる事に躊躇するとは弱腰にもほどがある。

 

 「だが、あのタキオン波動収束砲はあまりにも脅威。ここで確実に潰すぞ」

 

 デーダーの激励に部下達も緊張の面持ちを隠せない。タキオン波動収束砲と暗黒星団帝国の技術はあまりにも相性が悪い。

 

 「デーダー司令。ヤマトは何らかの追加パーツを装着しているようで、見慣れるパーツが両舷に追加されています。また、タキオン波動収束砲の発射口にも装甲板が追加されているようです。ドリルミサイルによる封印は難しいかと……」

 

 「連中がガミラスに与した以上そうなっても不思議はあるまい。元々連中がヤマト用に用意していた装備だ。だが、策が無いわけでもない」

 

 デーダーはこういった事態も予測してドリルミサイルにちょっとした細工を施していた。それが機能すればどのみちヤマトのタキオン波動収束砲はドリルミサイルで破壊され、ヤマト本体も吹き飛ぶ。

 そうなれば、ガミラスの少数戦力など敵ではない。

 怖いのはヤマト、タキオン波動収束砲だけなのだ。

 

 「戦艦はヤマトと他2隻に空母が2隻……内1隻は戦艦クラスの武装を備えているのか、変わった艦だな……転送戦術の前に空母主体の機動部隊は相性が悪いと判断して防空能力に優れた艦艇を中心に纏めたか――よし、爆撃機部隊と戦闘機部隊を発進させろ! 転送戦術に備え!」

 

 

 

 

 

 

 その頃、ヤマト&ガミラス艦隊でも艦載機の展開が進められていた。

 ドメルの進言もあり、雲海のすぐ上を航行する事で警戒すべき方向を前後左右と上方のみに絞る。

 嵐同然の雲海の中に転送するのが艦載機や対艦ミサイルでは、即座にバラバラにされてしまうはずだ。さしもの転送戦術も転送する物体によって色々と制約が生まれるもの。決して万能ではない。

 そして、直接的な戦闘能力が乏しい空母は転送戦術によって距離の概念が曖昧になってしまっていることを受け、何時でもフォロー出来る程度の距離を置きながらヤマトと同じ方向に進んでいる。

 

 「戦闘機部隊は直ちに出撃だ! 先行して敵艦隊の捜索が我々の任務だ!」

 

 第一空母からはゲットー隊長率いるDMF-3部隊が次々と発艦していく。元々対ヤマト戦においてコスモタイガー隊を引きつけて防空網に穴を開ける事を目的とした部隊なので、航続距離もレーダーも通常の機体よりも強化されている。

 こういった斥候任務に向いているのだ。

 

 「戦闘空母は砲雷撃戦用意だ。隠蔽式砲戦甲板展開、対空警戒を怠るな! 敵艦隊発見の報が入り次第、艦載機を発艦させる事になる。空襲中の出撃を余儀なくされるだろうから覚悟しておけ!」

 

 一方でハイデルンも戦闘空母の艦橋で攻撃指揮を出す。

 元々は重爆撃機と呼ばれる旧式だが積載量に優れた大型機を搭載する予定があったが、その機に積む予定だったドリルミサイルを奪われ役目を失った事もあり、現在戦闘空母はバラン星基地で積みなおした第二・第三空母の爆撃機隊と雷撃機隊の一部を腹に抱えつつ、特徴というべき上下の隠蔽式砲戦甲板を展開してずらりと並んだ艦砲を見せつける。

 

 

 「爆撃機隊出撃準備だ! 何時でもどデカい花火を上げられるようにしておけよ!」

 

 バーガーが自身の愛機のコックピットに収まりながら部下達を激励する。

 本来はDMF-3がコスモタイガー隊を引きつけた後、ヤマトの目と耳を奪う事を目的として用意されていた部隊。

 対ヤマト用に打撃力を強化した武装なら、敵艦隊にも有効だ。

 

 「雷撃機部隊も出撃準備を整えておけ。ゲットーの部隊が敵艦を発見次第、速やかに攻撃任務に就く」

 

 クロイツも愛機に収まったまま出撃に備える。

 やはり本来は対ヤマト用に構成された部隊。

 ゲットーの戦闘機部隊がコスモタイガー隊を引きつけて防空網の穴を生み、そこをバーガーの爆撃機部隊がヤマトの目と耳を奪う。コスモタイガー隊が引き返してきたところを爆撃機隊が囮となって引きつけ、雷撃機部隊が特徴というべき宇宙魚雷の火力を持って一気に大打撃を与える為の部隊構成になっている。

 転送戦術を前提にしているとはいえ、数で劣るヤマトの航空隊の手数の無さを突いた戦術だ。

 護衛艦の数が制限されたうえ、転送戦術を考慮した護衛艦としては不向きと判断された第二空母と第三空母はバラン星に置いていくことになり、バーガーやクロイツといった腕利きをさらに厳選して戦闘空母に移動させ、対艦攻撃の要として備えている。

 空母を多く連れていけないし、戦闘空母の積載を余らせるのも勿体無いという場当たり的な対処であることは疑いようがないが、無いよりはマシだった。

 

 「コスモタイガー隊は全機発進後、艦隊の直掩に着け! 敵艦隊への攻撃は航続距離の長いガミラス機に一任する!」

 

 守の指示を受けてコスモタイガー隊も次々と発進していく。

 元来が母艦を中心とした狭い範囲での戦闘を前提としたエステバリス。改修を重ねたとはいえ元々がそういった代物なので、未知なる広大な宇宙を駆け巡って活躍したコスモタイガーIIやブラックタイガーやコスモゼロと言った名機達に比べると、(Gファルコン合体時限定の)火力と人型特有の多様性以外、殆どの性能が劣っている。

 そのため、この戦闘においては艦隊の直掩部隊として防空戦に終始する事が最初から決まっていた。

 例外なのは、最初からヤマトの旅を支えた名艦載機同様の任務に就く事を前提に開発されたガンダムのみだが、完全無欠な宇宙戦闘機とは運用法が違うためお留守番となる。

 

 「敵は転送戦術を駆使してこちらを撹乱して痛めつけてくるはず。ヤマトがガミラスと手を組んだ事を知ったのなら、ドリルミサイルにも何らかの細工を施しているかもしれません。が、敵の詳細がわからない現状では何とも言えない……やはり、早期に敵の母艦を見つけて撃破する事が大事でしょう」

 

 ドメルの指摘に進もジュンも頷く。敵は十中八九ヤマトの波動砲の封殺を前提とした行動を展開するはず。一応装甲ハッチは取り付けたが、それを破壊されてドリルミサイルを撃ち込まれるか危険性は十分に考えられるだろう。

 

 「コスモタイガー隊は艦隊の防空任務から逸脱しないように注意してくれ」

 

 進はマイクを掴んで出撃したコスモタイガー隊にそう警告する。

 ドメルが考えていた七色星団での戦法について聞かされているコスモタイガー隊はすぐに応じてヤマトとガミラス艦の周囲を固める様に展開した。

 少なくとも、戦闘機や爆撃機の攻撃ならこれで対応出来るはずだが、やはりこちら側の戦力の少なさが目立つ。

 何しろ元々はヤマト撃滅の為に編成された部隊編成であり、瞬間物質転送器ありきの編成である為防空戦に適した編成とは言い難い。普通に考えればもっと構成を変更した方が良いのだが、ドメルも進もユリカも変更の必要性を感じなかった。

 その答えは簡単……転送戦術はヤマトも使えるからだ。

 敵艦隊の所在さえわかればこちらも仕掛ける事が出来るのだ。

 特にダブルエックスには、最長射程が40万㎞にも達するツインサテライトキャノン(ガンダムXが単装なので区別の為に名称変更された)がある。

 いざとなれば先遣隊の情報を基にボソンジャンプからのサテライトキャノンで一気に勝負を決める事だって出来る。ゲームだったら反則待ったなしの極悪殲滅兵器。という事もあって、寧ろ下手に損傷させるよりはコンディションを維持しやすいとしてお留守番なのだ。

 射程や威力が半減以下になっているが、ガンダムXのサテライトキャノンとて同様の決定打を持つため温存されることになる。

 

 こういった情報の共有が成された事でドメルはともかく他の同行者の面々は「大量破壊兵器積み過ぎだろう……」と戦々恐々したという。

 

 「そういう訳だから、同乗させてもらうわよリョーコさん。こっちは本職がパイロットじゃないんだからあんまり無理に振り回さないでね」

 

 「んなこと言われたって、本格的な空戦になったらぶん回さないと死ぬぞ」

 

 Gファルコンのコックピットに収まったイネスは、そのGファルコンと合体しているGXのリョーコに切実なお願いをしたが、ばっさりと切り捨てられて口の端がピクリと恐怖に震える。

 

 「まあまあ、私達もフォロー頑張るから気楽にね、イネスさん!」

 

 「大丈夫、万が一の時は死に水を取ってあげるから」

 

 「ちょっ! 不吉なこと言わないでよ!」

 

 ヒカルはともかくフォローと言うには不穏過ぎるイズミに内心怖がっているイネスが悲鳴を上げる。

 今回の戦闘では瞬間物質転送器の代わりをボソンジャンプで担う。となれば、必要とされるのは長距離ボソンジャンプの方なのでA級ジャンパー。

 勿論この戦術を提唱した瞬間、誤魔化していたA級ジャンパーについてもドメル将軍にだけは打ち明ける羽目になったが……まあ彼なら悪いようにはしないだろう、うん。

 他の連中には「ボソンジャンプの研究者で機器の扱いに長けている」とだけ説明して誤魔化す。多分疑われているだろうがそうそう公に出来る代物ではないのだ。人権的な意味で。

 

 「後は、ゲットー隊長達の索敵次第か。俺達とアキトのボソンジャンプで爆撃機と雷撃機の連中を敵母艦の近くに運んでやれば、状況的には五分に持って行けるかもしれねえんだよな」

 

 「恐らくね。転送戦術の威力を噛みしめて驕っているだろうし、こちらにボソンジャンプがある事を認識している保証が無いものね。バラン星での戦闘でも使用したのは月臣君が帰艦した時の1度だけでそれ以降は使っていないし、状況的につぶさに観察出来たわけでもないでしょうから。それに、連中のエネルギー反応を見る限りではタキオン粒子は検出されていない。つまり、ガミラスやイスカンダルが開発したジャマーは備えていない可能性が高いって事だしね。至近距離に出現する分には通用すると思うわ」

 

 イネスの推論にリョーコも頷く。ジャンパー処置はしていないリョーコでも、GXのフィールド出力なら肉体を保護してジャンプが可能だ。

 アキトは勿論単独で跳べるので、サテライトキャノンと合わせて今回の要としてこき使われる事が確定している。

 

 「アキト、いざって時は転送頼むぜ。嫁さんの為にもこんな所で終われねぇだろ?」

 

 「わかってるよバーガー。後はゲットー隊長次第か……こっちが仕掛ける前に戦闘空母が発艦不能になる被害を受けなければ良いんだけど」

 

 転送戦術の厄介な点は前線という概念が事実上消滅してしまう事だろう。これはボソンジャンプ戦術を考案していた地球側は勿論、特にその存在を警戒していた火星の後継者――草壁春樹も重々承知していた事だ。

 空母はその性質上どうしても軽装甲になってしまっている。甲板の大部分は飛行甲板になってしまうため重武装は備える事が難しく、カタパルトだったりエレベーターだったりブラストリフレクターだったり着艦用ワイヤー等の設備のおかげで重装甲化も難しい。

 また飛行甲板は性質上武装を取り付ける事が難しいため、精々甲板の端か艦体の側面に対空砲を装備するのがやっとであり、実は単独では攻撃どころか対空防御もままならない。

 これは地球の空母も似た様な物であり、空母の基本戦術はその運用が確立した頃から一貫して航空機の航続距離を活かして戦場の後方に位置して、直接戦場に出ないのが常識だ。

 それはガミラスとて変わりは無い。戦艦としての役割がメインのヤマトは勿論、両者の機能を複合した戦闘空母はむしろ例外に近い存在だ。

 だからこそ、貴重な航空母艦として戦闘空母が同行を許可されたというわけだ。

 

 「何、戦闘空母はこれでもガミラスの最新鋭艦だ。空母としては積載がちょっとばかり少ないが、その分戦艦としての分厚くて頑丈な装甲と対空装備がある。ちょっとやそっとの損害で機能を失うほど軟じゃねえよ」

 

 「わかった。要するに被害を被らないように立ち回れば良いって事だな。何時も通りに」

 

 バーガーに言われてアキトも笑みを浮かべて戦意を奮い立たせる。

 GファルコンDXは例の重装備仕様。

 Gファルコンに追加された安定翼に空対空ミサイル14発と宇宙魚雷4発、脚部ラジエータープレートカバーにマイクロミサイル8発、右手には何時もの専用バスターライフルを携え、左手に大型レールカノン、Gファルコンのカーゴスペース内にハイパーバズーカ2挺にロケットランチャーガン1挺に予備弾薬5発を懸架。専用ライフルはビームナイフを追加装備して銃剣仕様にしてある。

 さらにリアスカートに増設したマウントには、ビームジャベリンにツインビームソードにGハンマーが懸架されるなど、過去最高の重武装具合だった。

 ビームマシンガンとディバイダーはエステバリス用に回したかったため、選択肢から外している。

 

 GファルコンGXも似た様な物で、携行武装が右手にレールカノン、左手にラピッドライフルであること、サテライト装備では空いている事が多い左下のハードポイントにビームジャベリンを、サイドスカート両側にマウントを増設して対艦ミサイルの弾頭を改造したグレネード――Xグレネーダーを4基装備している以外はGファルコンDXに準じている。

 

 ガンダムが攻撃の要という事もあってとにかく重武装だった。

 

 「こちらエアマスター、配置に就いたぞ」

 

 「レオパルドもOKだ。何時でも乱れ撃っちゃうぜ」

 

 月臣とサブロウタも準備を終えた。

 勿論最終調整を終えた2機も、Gファルコン装備のGファルコンバーストとGファルコンデストロイへと変貌を遂げている。

 Gファルコンと合体して宇宙戦闘機としての性能が大幅に強化されたエアマスターは、(最初から戦闘機で設計しておけというツッコミを受けつつ)敵航空部隊を引っ掻き回す遊撃機としての役割が期待されている。

 ノーズビームキャノンの下には、キャリングハンドル付きの水平2連装ショットガン(ソードオフモデル)のような形をしたビームライフル――ミサイルライフルが懸架されている。その名の通り、側面に多弾頭ミサイル2基を搭載したライフルだ。

 さらにGファルコンに安定翼とそこマウントされるミサイルと魚雷、そして大型爆弾槽を装備した重攻撃機仕様である。

 

 レオパルドの方も、他のガンダムに比べて見劣りしがちな機動力を補うGファルコンの追加で機動力が大きく向上している。

 何より本体の重武装にさらにGファルコンの武装が追加され、さらにさらにそのGファルコンに追加武装を加えたまさに動く弾薬庫。

 Gファルコンに追加した装備はエアマスターとほぼ同じだが、機体自体には追加が無かったエアマスターと違ってレオパルドは左足側面に4発ミサイルを内蔵したセパレートミサイルポッド、左サイドスカートにヒートアックスを追加装備している。

 合体中はツインビームシリンダーの格納が上手くいかない難点があるが、それでも一応マウントアームに預けて脇の下に懸架することは出来る。

 コネクターの形状と機能が特殊でエステバリス用の武装や他のガンダムの装備が使えないが、持ち前の重武装から瞬間火力はコスモタイガー隊最強を誇っている。

 

 「対空火力の要は俺、敵部隊の撹乱は月臣少佐、いざと言う時に切りこみ役にして俺達のフォロー担当がアキトとリョーコちゃん、合わせてエステちゃん達一同。全力で当たれば何とかなるかな?」

 

 「何とかなって貰わないと困るがな……こちらの戦力にも限りがある」

 

 月臣も流石に緊張を滲ませた声でサブロウタに懸念を示す。

 暗黒星団帝国の戦力はガミラス以上に底が見えない。この七色星団で仕掛けてくるとしてもどの程度の戦力が配備されているのかがわからない。

 無論ヤマトがおまけで本命がガミラスとイスカンダルなら、戦力の大部分が向こうに行っているとは思うが、人口太陽まで使ってヤマトの波動砲の威力を図ったのだ。相応の戦力を用意している可能性は高い。

 月臣に言われるまでも無くサブロウタも緊張に口の中が渇くのを感じる。

 さて、どう出るか……。

 

 

 

 

 

 

 「――なるほど、転送戦術を警戒して防空網に穴を開けないつもりだな」

 

 デーダーはモニターに映るヤマトとガミラス艦の様子にデーダーは薄く笑う。

 その程度戦術はあの艦隊構成から予想していた。驚くに値しない。

 それにこの装置の開発者はガミラス。ガミラスに与したのなら詳細を得ているだろうし、そもそも1度使った戦術だ。初見ならまだしも2度目なら多少なりとも対策されるのは計算の内よ。

 

 「ならば、嫌でも防空網に穴を開けてやろうではないか――対艦ミサイルの準備は終わったか!?」

 

 デーダーの声に部下が「間もなく終わります」と答える。

 艦隊に同行させた輸送船と数珠繋ぎにした大量のコンテナから、本来は移動要塞や本土の防空用に配備されている大型対艦ミサイルが大量に吐き出された。ヤマトを仕留めるため、メルダーズ総司令に直訴して大量に融通して貰ったのだ。

 恐らく開発したガミラス側も認知しているであろう運用法だが、知っているからかならず防げると言う訳でもないのが転送戦術の真の恐ろしさだ。

 極々普通のありふれた大型対艦ミサイルとて、転送戦術に絡めて使えば恐ろしい未知の兵器として機能する。

 

 「瞬間物質転送器作動! 目標! ヤマトとガミラス艦の周囲! 雲海内には転送しないように注意しろ! 上方から前後左右、逃げ場を与えるな!」

 

 作業艇がミサイルを掴んで瞬間物質転送器の眼前に運んでくる。

 瞬間物質転送器はガミラスの白い円盤型の宇宙船ごと鹵獲して運用している。わざわざ移植する手間をかけるのも馬鹿らしい。

 今はそちらに移譲した部下達が制御下に置いている。

 転送装置本体は長方形状の物体で、円盤上部に1対装備されている。正面にはハニカム状のパターンのある発射口からワープ光線を照射、照射範囲内にある物体を指定した座標に送り込む。

 有人機を送り込む場合は片道一方通行というデメリットがあり、それを補う戦術を行使する必要があるが、今回の様に無人のミサイルや機雷等を送り込む分にはデメリットは無いに等しい。

 そして――。

 

 「如何にヤマトがタフな艦でも、至近距離で対艦ミサイルが雨あられと降り注げば迎撃出来ても無傷では済むまい」

 

 そう、例えミサイルが直撃出来なくても至近距離でミサイルが爆発すれば破片や高温のガスを吹き付けられて必ず被害を被る。

 如何に空間歪曲場を防御装置に使っていたとしても、あの手の防御装備は質量兵器に弱いと相場が決まっている。

 

 「そして、幾ら艦載機で防空網を作ろうとも四方八方から絨毯爆撃されれば、逃げるしかあるまい」

 

 あの人型は人型の癖に我が軍の宇宙戦闘機に勝るとも劣らない絶大な威力があるようだが、所詮は艦載機。対艦ミサイルの爆風に煽られればあっという間に宇宙の藻屑と消える。

 それを避けるためには母艦に匿って貰うか影響圏から離れるかの二択しかない。

 

 「転送戦術がある限り、貴様らは後手に回るしかないのだ……攻撃開始! ヤマトをこの雲海の一部にしてやれ!」

 

 デーダーの指示を受けて瞬間物質転送器から1対のワープ光線が照射、ワープ光線に包まれた大量の対艦ミサイルが次々と転送されていった。

 

 

 

 

 

 

 その頃ヤマト・ガミラス艦隊は、艦載機の展開を終了して襲撃に備えていた。

 戦闘空母とヤマトの航空隊は艦隊の直掩に専念し、第一空母のDMF-3部隊は全力で艦隊前方の哨戒任務に就いている。今の所、敵艦隊発見の報は無い。

 後は敵艦隊を補足した後、ダブルエックスとGXがボソンジャンプで爆撃機と雷撃機の部隊を運搬して敵艦隊を空襲する手はずになっている。

 今艦隊はヤマトを中心に前方を戦闘空母、左右に指揮戦艦級、艦載機を発艦し終えた第一空母は後方に距離を取りつつ雲海や暗黒ガス帯に隠れながら艦隊についてきていた。

 直接的な戦闘力が乏しい空母が攻撃に晒されては一溜りもないため、こういった状況では逃げに徹するしかない。

 万が一の時にはヤマトの対空火器でフォロー出来る様、適度な距離を保って同行してもらっているのだが、場合によっては離れて隠れてもらうしかない。

 そうやって何時瞬間物質転送器による空襲に見舞われるかもわからない恐怖に晒されながら、レーダー要員は監視を続けていた。

 

 「ルリさん、周辺の状況はどうですか?」

 

 進の問いに電算室のルリは「今のところ目立った変化は観測出来ません」と答えた後で、

 

 「しかし、この場所は凪にあるとは言っても、周辺には荒れ狂った宇宙気流やら強烈な放射線嵐が吹き荒れているため、星間物質の密度変化や動きの変化が激しくて細かいデータの算出が極めて困難です」

 

 「この場所を決戦の地に選んだ将軍の判断は正しかった」とルリも険しい顔だ。

 瞬間物質移送器による転送戦術は、周囲にワープ反応――つまり重力振や空間歪曲反応といった兆候を見ることで一応の察知が可能だ。

 とはいえその反応は微弱なものであり、環境の変化が激しいと計測に失敗することはままある。

 そういう意味では七色星団の環境は転送戦術を行使するのに適していると言って良いだろう。

 

 「……このまま地道に続けるしかないだろう。如何に瞬間物質移送器とはいえ、まだまだ経験不足のシステムだ。必ずどこかに付け入る隙がある」

 

 苦戦するルリの様子に真田がついフォローを口にする。

 真田の指摘通り、現状ヤマトが転送戦術の要である瞬間物質転送器搭載母艦を発見する手段は地道な哨戒任務以外に無いと言っても過言ではない。

 ただ……

 

 「確実とは言えないけど、今の私だったらもしかしたら何かつかめるかもしれないよ」

 

 医務室のベッドの上からユリカが進言してきた。本日は体調が微妙なので、艦橋には上がらず進達に全てを任せている。

 

 「ユリカ、大丈夫なの?」

 

 ジュンが心配そうに問うが「平気平気」とユリカの調子は軽い。

 

 「だって、演算ユニットに繋がっちゃってる状態だから周りの変化に割と敏感になっちゃってるんだもん。意識して活性化させてるわけじゃないから特に問題はないよ。まあ、その分確実性が損なわれれるんだけど……」

 

 と言われたらそれ以上のことが言えない。今まではイスカンダルの薬で抑えきれていたのにそれすら出来なくなった。つまり彼女は今、先が長くないとルリを絶望させていたヤマト完成直前頃にまで戻ってしまっていると言っても良い。

 だがそんな状態だからこそ、この局面を打開するきっかけをもたらす事が出来るかもしれないのだ。

 

 「わかりました。何かあったらすぐに連絡してください」

 

 進は艦長代理として腹を括った。今は少しでも勝算を上げる方が先決であると。しかし――。

 

 「雪、艦長がちょっとでも無茶をしたら、引っ叩いても良いから必ず鎮圧するように! これは艦長代理としての命令だ」

 

 「任せて艦長代理! その時は一切遠慮なく黙らせますとも!」

 

 雪を煽って極力無茶させないように歯止めを作る。本人が言っても聞かぬなら周りを使って黙らせる。

 進は人を使うことをしっかりと覚えたのだ!

 

 「――上官に対して……しかも重病人に対して暴力はいかんと思うぞ、古代艦長代理……」

 

 常識人のドメルが突っ込みを入れる。

 ――しかし声が呆れがあっても進の命令を撤回させようとしないあたり、やっぱりドメルも少々毒されていた。というより付き合いの長い進達の判断が正しいのだろうと直感的に判断していたのだろう。

 そうして少しだけ緊張が和らいだ空気の中、力が抜けていたが故に気付けたわずかな痕跡を見つけてルリが吠えた。

 

 「空間歪曲反応多数! 艦の周囲に何かが転移してきます!」

 

 来たか!

 一気にクルーの思考が戦闘モードに切り替わる。そうして転移してきた物体を確認して進・ジュン・守・ドメルの4人が舌打ちする。

 

 「対艦ミサイル……! こちらが転送戦術に対応するため直掩を展開すると見越した戦術か……!」

 

 守がすぐにフィールド管制官に最大出力のフィールドを展開させ、拡散射撃モードでパルスブラストの用意を進め、ナデシコユニットのVLSに装填された“ガミラス製の対空ミサイル”の諸元データ入力を矢継ぎ早に指示する。

 

 「了解! 各砲それぞれ目標を追尾! 撃ち漏らすな!」

 

 ゴートも砲術補佐席のスイッチやレバーを操作して、これから次々と送り込まれるであろうミサイルの迎撃準備を進める。

 そうやって準備が進められる中、転送された先端が黄色く本体が赤く塗られた円筒状の対艦ミサイル――そのロケットエンジンが点火、艦隊中央のヤマトに狙いを絞る形で突っ込んでくる!

 進行ベクトルを変更出来ないワープ航法における問題を考慮してだろう、ミサイルは最初から艦隊を包囲した向きで転送され、ロケットエンジンに点火すればすぐに艦隊の中央――ヤマト目掛けて直進出来るように周到に準備されていた。

 

 「くっ! この短時間でここまで使いこなしてくるとはなっ……! 敵の指揮官はなかなか頭が回るようだ!」

 

 この混成艦隊の総司令の立場にある(民主的な多数決の結果)ドメルは、

 

 「全艦対空戦闘用意! 航空部隊は直ちに現空域を離脱して体勢を立て直せ! 艦隊増速!」

 

 そう指示を出した。

 それが敵の狙いだと理解していたがそうしなければ壊滅的な被害を被ってしまう。

 ヤマトを始め艦隊全体が増速して全周から襲い掛かるミサイルを引き剥がしにかかる。

 転送戦術とて座標の指定は必須。増速して転送範囲から大きく逸脱すれば、時間稼ぎは出来る。だが――。

 

 「くっ、対艦ミサイルの集中爆撃で防空網を崩してから航空攻撃を仕掛けるつもりか!」

 

 守も敵の狙いに気付いたが、航空隊をヤマトのフィールドの中に収容してカバーするという選択は取れない。敵のミサイルの威力が未知数であるし何よりフィールドの展開範囲を広げると出力の都合からフィールドの強度がどうしても低下してしまう。

 もしもフィールドを突破されたら、ヤマトは自前の重装甲とディストーションブロックの相乗効果で耐えられても航空隊は壊滅してしまうだろう。

 ――敵の思惑通り、艦隊とコスモタイガー隊の距離が開いていく。しかし、現状これ以外に取れる手段は無かった。

 

 

 

 

 「くっそー! 連中の思惑に乗るしかねぇのかよ!」

 

 GファルコンGXのコックピットの中で毒づくリョーコ。自身でも部下達に全力で退避を指示しながら自分も安全圏に逃げる。逃げながら収束モードの拡散グラビティブラストをヤマト目掛けて突き進む対艦ミサイルに向かって砲撃する。

 ヤマトも驚異的な対応力で拡散モードのパルスブラストで弾幕を形成し始めたが、前後左右上方と多方向からの攻撃にとても手が足りていない。

 迎撃を免れたミサイルがナデシコユニットが発生させたアーマーモードのフィールドに次々と着弾。ヤマトの姿が爆発に飲まれて見えなくなる。

 ただ、勢いが衰えぬパルスブラストの砲火とナデシコユニットから撃ち出されたであろう対空ミサイルが爆炎の中から飛び出して、襲い来るミサイルを片っ端から撃ち落としていく。ヤマトはまだ健在だ。

 ヤマト前方を固める戦闘空母も砲戦甲板や艦橋前後の3連装砲に後部のミサイルランチャーを駆使して迎撃に全力を注ぎ、左右を固める指揮戦艦級2隻も対空砲を全力運転させてヤマトにミサイルが着弾するのを少しでも防ごうと努力している。

 しかし、艦隊の中央にいるヤマトに照準されたミサイルの数は多く、また艦隊の外周に転送された後直進してくるため、前方と左右のミサイルの一部は戦闘空母と指揮戦艦級にも襲い掛かり、その姿を爆炎の内に沈めつつあった。

 

 「戦艦時代の、それも最終仕様の大和だったら、もっと対空砲の数が多かったんだけどね」

 

 とGファルコンのイネスがさらりと戦艦大和の対空砲の数がヤマトよりも上回っていたと雑学を披露するが、それに耳を傾ける余裕はない。

 モニターの端に同じようにミサイルの迎撃を始めたGファルコンDXとGファルコンデストロイの姿もある。特にGファルコンデストロイは拡散グラビティブラストだけでなく、両腕のツインビームシリンダーをマウントアームで固定した高出力モードを使って頑丈な対艦ミサイルのボディをハチの巣にしている。

 対照的に戦闘機形態でほぼ固定状態のGファルコンバーストは迎撃には参加せず、追撃で現れるかもしれない航空戦力を警戒していた。

 

 「悪いけど私達は迎撃に参加出来そうにないよ!」

 

 「ごめんリョーコ! アルストロメリアとエステバリスじゃ無理そう!」

 

 ヒカルとイズミは無念に思いながらも距離を取る。ガンダム各機は小型艦艇クラスの防御力を有しているので多少の無茶が出来るが、こっちが同じ事をすれば余波で被害を受ける可能性が高い。

 それに、相転移エンジン2基搭載で回復も速く総エネルギー量も多いガンダムなら、ビーム兵器や重力波兵器を多少無駄打ちしても構わないだろうが、エステバリスはエネルギーパックを使い切ったらGファルコンのエンジンだけでは足らない。

 ここは逃げの一択しか選択出来なかった。

 

 

 

 「ちっ! 最初の攻撃がミサイルの雨とはな! つくづくむかつく連中だぜ!」

 

 愛機のコックピットでバーガーが激しく毒づく。予想されていた敵の攻撃の中でも最も苛烈で、転送戦術の強みを最大限生かした戦い方だった。

 

 「落ち着けバーガー。この程度で沈むほど我が艦隊は脆くはない。何せ、あのヤマトが旗艦なのだからな」

 

 諫めるクロイツも少々不安な様子だが、それでもここまでガミラスと渡り合ってきたヤマトが容易く沈むとは考えておらず、もちろん対ヤマトを目的に召集された自分達の実力も疑っていない。

 開発には紆余曲折あったとはいえ、戦闘空母は十分な性能を持って完成しているし、ヤマトと戦うために同行している指揮戦艦級も装甲を中心に改修されている。だからこそ簡単に沈むことはないと確信を持てるのだ。

 

 「……ああ、すまねえクロイツ。隊長ともあろうものがこの程度で動揺してちゃだめだよな」

 

 頭が少し冷えたバーガーはクロイツにそう返すと、腕を組んでシートに身を預ける。そして、今この空間を紹介している同僚を思う。

 

 (――頼むぜゲットー。早い所敵の本体を見つけ出してくれ)

 

 

 

 ヤマトとガミラス艦は必死に対空砲と対空ミサイルを打ち上げ、対艦ミサイルを迎撃する。

 回転速度が高く大型のミサイル程度なら迎撃出来る副砲も動員して、1つでも多く撃ち落とすべく奮戦。

 勿論艦隊の速度や進路を変更しつつ移動し、転送座標を変化させ、少しでも攻撃の頻度を落とさせようと努力しているのだが、喰らい付いてくる。

 ――想像以上に使いこなしている様子だ。

 

 すでにヤマトには10発以上の対艦ミサイルがフィールドに接触して爆発している。増設されたナデシコユニットによって展開されるフィールドはガミラス製の発生装置だ。

 エンジン出力の高さでガミラス艦以上の防御力を叩き出したヤマトではあるが、単純な装置の性能はガミラスの方がやはり上だった。

 今はその装置にナデシコユニット内のエンジンの全ての出力を注ぎこみ、ありったけの発生装置を並列させる事でヤマト本体にも引けを取らない防御力を発揮している。

 しかい強力な対艦ミサイルの直撃もそうだが、迎撃したミサイルの破片や衝撃波までは防ぎきれない。

 

 「いかん……! フィールド出力が60%にまで低下しているぞ……!」

 

 「不味いな……ナデシコユニットとヤマトは通路で繋がっているわけではないから、戦闘中の修理作業は絶望的だ。それにあれはバラン星の戦いで出たジャンク品の寄せ集め。このままでは長くは持たん……!」

 

 額に汗を浮かべるゴートと真田。急増のオプションパーツでしかないナデシコユニットは欠陥も多いし信頼性にも難がある。真田は制作者の1人として熟知しているだけに、不安を隠せないのだろう。

 

 「爆発の影響でセンサーの乱れも激しく、これではとてもワープ航跡の特定は無理です!」

 

 電算室のルリも溜まらず悲鳴を上げる。被弾の衝撃も相まってセンサーの感度低下が著しい。爆炎のせいで光学カメラも役に立たない。

 

 「直撃してないだけマシとはいえ、何とか打開策を見つけないと持たないぞ……!」

 

 ジュンも何かしら打開策が無いか思考を巡らせるが、状況的にかなり厳しいと言わざるを得ない。

 この対艦ミサイルはヤマトの鐘楼程の大きさがあるだけに、破壊力も高い。集中砲火を浴びればヤマトの防御でもあっという間に瓦解してしまうだろう。

 データリンクによると、ヤマト程攻撃が集中していない戦闘空母も指揮戦艦級も何とか持ち堪えているようだが、このままでは消耗しきってしまいそうだ。

 

 「――進、聞こえてる」

 

 そんな中、第一艦橋にユリカの声が届く。

 

 「聞こえています艦長。どうかしたんですか?」

 

 「ヤマトの正面11時18分、上下角プラス20度、距離推定4光秒の地点で何かしらの空間歪曲が起こったよ。確定は出来ないけど、調べてみる価値はあると思う」

 

 妙に落ち着いた声で話すユリカに一抹の不安を覚えながらも、進はすぐにその情報を各艦と先行しているDMF-3隊に転送する。

 出所については事前に考えていた内容で誤魔化す事も忘れない。

 

 「ありがとうございます艦長。何とか、反撃の糸口を見つけて見せます」

 

 「頑張ってね……ふ、あぁぁ~~~。悪いけど、お眠みたいだからお休みさせて~……」

 

 返事をするより早く規則正しい寝息が聞こえてきた。傍から見ればとてもマイペースな行動にも思えてしまうが……。

 

 「やはり、無茶ではない程度に探ってくれたとみて間違いないだろうな。今後に影響しなければ良いのだが」

 

 戦闘指揮を続けながらも守が心配そうな声を出す。

 

 「ミスマル艦長……あのような体でここまで……! 私にもガミラス最強と謳われた意地がある。頂いた情報を頼りに必ず逆転して見せよう!」

 

 ボロボロの体でも未来を諦めないユリカの姿勢に感動したドメルが気合を入れなおす。無論今までだって黙ってやられていたわけではない。彼なりに敵の次の手を読んでいた。

 

 「古代艦長代理、航空部隊が離れヤマトの防空網に穴が出来た。敵はすぐに爆撃機と護衛の戦闘機を差し向けてくるはずだ。そして、これらの行動で艦隊行動を乱した最大の目的は――」

 

 「ドリルミサイルですね。艦長の示唆した方向に敵がいるのなら、敵はヤマトの波動砲が装甲で守られていることも知っているはず。ドメル将軍、ドリルミサイルであの装甲を突破可能ですか?」

 

 進の問いに「出来ると考えた方が良い」と答えた。

 

 「敵も無能ではないだろう。バラン星の戦いを経験すれば、遠からずヤマトとガミラスが手を組むであろう事は明白だ。となれば、限られた時間の中でヤマトの波動砲を封じるための手段として、あのドリルミサイルを活用しない手はない。それに、あのドリルの刃はガミラスでも最高強度の超合金で出来ている。元々探査用の特殊削岩弾を改造した代物だ。試算では、波動砲の発射口に食い込ませるだけなら十分と出ている。特に奥にあるシャッター部分はどう考えても構造上他よりも強度が低いはずだ。我々としても波動砲を完全に破壊してしまうのは今後を考えると都合が悪かったので、そこを貫通して食い込めればそれでよしとしていたのだが……」

 

 ドメルの目の確かさに進達は唸るしかない。波動砲の発射口は巨大な開口部であるし発射の負荷に耐えるため、かなりの強度を持たされている。だが、指摘通り奥にある装甲シャッターは他に比べると強度が低く、滅多に無いだろうとされながらもヤマトの急所として懸念されていた部位だった。

 

 ――あああぁぁぁぁ……!――

 

 ドメルを除いた面々の脳裏にヤマトの悲鳴が木霊する。あれ、もしかしなくてももしかすると……。

 

 ――早々にガミラスと和解してドメル将軍も味方に付いてくれたのに、また“あの”ドリルミサイルがぁぁぁ……勘弁してくださいぃぃ~!――

 

 やっぱり元の世界で喰らってたのか。それも相当トラウマの様子。

 まあ、最大の武器を封じられた挙句そこから内部にゴリゴリと侵入され、何時爆発するのかわからないとなれば、そりゃトラウマにもなるだろう。

 

 

 

 「ヤマトにドリルミサイル……船は昔から女性名詞……ドリル……掘る……ヤマトには自我……擬人化と合わせて……ムフフ……」

 

 応急処置に備えて絶賛待機中の技術者1名、眼鏡を怪しく光らせながら良からぬ事を考えていた。

 ちなみに彼は「ヤマト擬人化計画の会」の会長でもあった。

 

 

 

 「被害状況は!?」

 

 戦闘空母の艦橋でハイデルンが損害報告を求める。戦闘空母も少なくない被弾で激しい揺れに見舞われていた。

 

 「左舷に2発、右舷に1発被弾! 第7、第10区画に火災発生!」

 

 「第1主砲に障害発生! 現在対処中です!」

 

 このサイズの対艦ミサイルの被弾は流石に堪える。

 戦闘空母は最新鋭艦であるし、対ヤマト用としてドメルが引っ張り出してきただけあって、ヤマトの攻撃に少しでも耐えられるようにと装甲が強化されている。そのおかげで何とか耐えられているが……。

 

 「ヤマトの状況はどうなっている!?」

 

 「健在です!」

 

 流石はヤマト、ここまでガミラス相手に単艦で抗ってきた実力は伊達ではない。ハイデルンは素直に感心しつつもままならぬ状況に唇を噛む。

 幸い指揮戦艦級も健在のようだが、ヤマトや戦闘空母に比べるとやはり装甲もフィールドも劣っているので被害は徐々に蓄積されている様子。このままではなぶり殺しにされるだけだ。

 

 

 

 必死に対空砲を全開にしていたヤマトに突如静寂が訪れた。

 

 「ミサイル攻撃が止んだ……?」

 

 必死に対空砲の指揮をしていたゴートが不振がって思わず天井を仰ぐ。ナデシコユニットのフィールドは発生装置はオーバーヒート寸前で、冷却のため数十分は使えそうにない状況にある。

 そんな緊迫した状況にあったためかつい気を緩めそうになるクルーが出てきてしまう。

 

 「油断するな! おそらくこれは航空攻撃への切り替えだ!」

 

 すぐに進が叱咤して気を緩めないようにする。するとすぐにレーダーを睨んでいたハリから警告が飛んだ。

 

 「ヤマト直上に空間歪曲反応多数! エネルギーパタンから敵の航空部隊と思われます!」

 

 「対空戦闘! コスモタイガー隊は迎撃開始だ!」

 

 進の怒鳴るような指示にすぐに応えるクルー達。先程までミサイルを迎撃していたパルスブラストが、冷却もままならないまま再度稼働させられる。だが、オーバーヒート寸前まで追いやられているためその弾幕は疎らであり、先程までの威勢はない。

 仕方なく特に排熱が必要な砲を停止して、穴埋めのために煙突ミサイルからバリアミサイルを8発打ち上げてヤマトの直上に8つの円盤状のディストーションフィールドを展開する。さらに戦闘空母と指揮戦艦級2隻も勢い衰えた対空射撃を開始した。

 これで、敵の攻撃はもちろん突入コースを変えられれば御の字なのだが……。

 出現した100には届こうかという戦闘機の群れと、その中に混じる20機程の爆撃機。数の上では少数の爆撃機であっても、ミサイル攻撃で消耗した今のヤマトには途方もない脅威となる。

 結局、ミサイル攻撃の余波を避けるために距離を取らざるを得なかったコスモタイガー隊の迎撃はギリギリのところで間に合わず、急激に衰えた弾幕と円盤状のフィールドに攻撃や軌道を逸らされながらも食らいついた10機の爆撃機の砲火が、ヤマトを襲った。

 

 「右舷コスモレーダーに被弾! 機能低下!」

 

 「第一主砲被弾! 損害軽微!」

 

 「第17対空砲損壊! 使用不能!」

 

 「煙突ミサイル被弾! 異常は認められず!」

 

 第一艦橋内に次々と被害報告が届く。ヤマトも自身のフィールド発生装置を使用して防御を固めていたが、敵爆撃機の攻撃力は極めて高く、至近距離で撃たれたこともあって減衰しきれず本体に到達する。

 元々防御力の低いレーダーアンテナや対空砲の一部が破壊され、表面に塗られた防御コートが劣化して白くなる。

 さらに3本の触角のようなビーム砲は相も変わらずプレキシブルに動き、機体の向きに関係なくヤマトを追尾して至近距離から強烈なビームを打ちかけてくる。おまけにバラン星では搭載されていなかった強力な爆弾も追加装備されたようで、巨体に似合わぬ俊敏さで迎撃を掻い潜ってヤマトに叩きつけてくる。

 敵爆撃機は全てヤマトのみをターゲットとして、他の艦艇には目もくれない。

 俊敏なイモムシ型戦闘機も対空砲のターゲットを自ら取りに来るような動きで翻弄し、爆撃機への迎撃を許さないように立ち回っていた。

 

 「コスモタイガー隊に迎撃を急がせろ!――ゲットー隊長からの連絡はまだ無いのか?」

 

 「まだありません」

 

 エリナの報告に進は1度目を閉じてからドメルに、

 

 「何時でも爆撃機と雷撃機は出せますか?」

 

 と問う。

 

 「ミサイルの雨が止んだ今なら出せる」

 

 ドメルも力強く答えた。

 しばし考えた後、進はドメルに発進させるように願い出た。

 

 「――なるほど、ゲットーとミスマル艦長を信じて賭けに出るというのだな……何時までも敵に主導権を取られるというのは不愉快でもあるし、ここは1つ、賭けに出るのも悪くない」

 

 とても獰猛な笑みを浮かべて応じるドメルに進も頷く。

 DMF-3隊の速力なら、もうそろそろ艦隊に接近出来ていてもおかしくはない。位置情報さえ送ってもらえればこちらから打って出る事が出来る。それは連中の大編隊に勝るとも劣らない猛反撃となって、この戦局を一変する事だろう。

 ――転送戦術の威力を噛み締めてしまったが為に、彼らはきっと艦隊の防空を疎かにしているに違いない。また、こちらが同じ戦法で逆転を狙う事も考えてはいないだろう。

 強過ぎる力を持たされると、どこかに必ず驕りが出るものだ。まして手に入れてから1度たりとも痛い目を見ていなければ、なおさらだ。

 

 戦場において慢心は命取りになると、改めて伝授して進ぜよう。

 その授業料は、恐らく高くつくだろうがな。

 

 

 

 

 

 

 デーダーはヤマトの前方を航行中の武装空母が甲板の武装をひっくり返して格納し、次々と艦載機を出撃させているのを見て嘲笑した。

 

 「ふん、今更艦載機の追加か。それも爆撃機と雷撃機とは――よほど艦載機に余裕が無いらしいな」

 

 デーダーはヤマトがまだこちらを発見していないという確証があった。もしも発見していたら、あのタキオン波動収束砲を使っているに違いないと確信していたのだ。

 あれほど素晴らしい威力を持つ大砲を死蔵するなどまずありえない。我々だったらもう使っている。

 それにあの増設ユニットも、解析した限りでは単なるミサイルユニット兼防御フィールド発生機に過ぎないようだ。ドリルミサイル対策は、発射口を塞ぐあの装甲板だけと見て間違いは無いだろう。

 

 「デーダー司令。ガミラスの戦闘機部隊を補足しました。まっすぐこちらに向かっています」

 

 部下の報告にデーダーは鼻で笑ってから「適当にあしらっておけ」と指示を出す。とはいえ心の中では少々の――いや結構な驚きがあった。

 

 「……もうこちらを見つけたのか。思ったよりも早かったな。だがここまでは予想通り……敵から奪い取った兵器の優位性など過信してはいない。ワープ航跡を追えたかたまたま哨戒部隊が正しい方向に進めたかは知らぬが、こちらを見つけた以上ヤマトが取る行動は……」

 

 「デーダー司令、ヤマト艦首をこちらに向けました。装甲板も展開しています」

 

 やはりだ! ヤマトは形勢逆転の為にタキオン波動収束砲を使うつもりだ! ドリルミサイルの存在を知っていても、その威力に縋るしかないだろう。

 あれだけ対艦ミサイルの雨に晒されたのだ。決して損害は軽くないはず。そして、焦りも生まれただろう。

 何より連中はイスカンダルとガミラスに行きたがっている。そのイスカンダルとガミラスに我が暗黒星団帝国の大艦隊が攻撃を仕掛けたことくらいすでに知っているはずだ。

 ならばなおさら我々に構っている時間も惜しければ、損害を抑えたいと考えるが必至。タキオン波動収束砲の威力で一気に戦局をひっくり返そうとするのは当然の選択。

 読み通りだ!

 

 「ドリルミサイル転送開始! 撃たれる前に封印してやる!」

 

 予め待機させておいたドリルミサイルと撹乱用の爆撃機20機にすぐワープ光線を照射して転送する。

 これで、ヤマトは終わりだ。このドリルミサイルがヤマトの波動砲を封じて一発逆転を奪い、そのまま内部から粉々に粉砕してくれることだろう。

 ――そして、こちらには旗艦プレアデスがある。

 基礎技術で劣るガミラスなど物の数ではない。

 そして、連中の戦艦クラスに劣らぬ火力の巡洋艦が計90隻。そこに巨大空母10隻からなる大量の航空戦力。

 

 これだけ圧倒的な戦力差があれば負けるはずがない。勝ちは決まったも同然だ。

 

 

 

 

 

 

 「ルリさん、ワープアウト反応には細心の注意を払ってくれ。失敗したらヤマトは一巻の終わりだ」

 

 「任せてください。絶対に見逃しません!」

 

 進の発破にルリも真剣な面持ちで答える。

 敵艦隊発見の報を受けた時、進はすぐに波動砲を準備――する“フリ”を指示した。

 

 「しかし古代、敵にはドリルミサイルが……」

 

 説明を飛ばして指示した進に大介が疑問の声を上げる。

 進はそれに答えるべく、作戦を語り始めた。

 

 「それが狙いさ。敵はヤマトがミサイルの雨に晒されて焦れたと考えたはずだ。戦力でこちらに勝っていて気が大きくなり、“直接ヤマトと対峙した経験のない指揮官”ならなおさらそういう結論に至るはずだ。先遣隊やバラン星での交戦経験があるにしても、それが正しく指揮官に伝わっていなければ、有利な状況に立てば立つほどに驕りになる」

 

 進はゲットーが送ってきた敵艦隊の画像データを見た瞬間、今まで戦場で直接相見えたことのない大型戦艦が艦隊の中央に位置していることに気付いた。

 恐らくあれが敵の旗艦。今まで見たことが無いということは、バラン星での戦いでも離れた場所で戦況を見ていただけだったのだろうと推測出来る。

 

 「そして、そんな状況で波動砲の威力だけを見せつけられればそちらに気を取られ、波動砲さえ封じれば勝てると必ず思い込む――かつて冥王星のシュルツ司令が、超大型ミサイルや艦隊戦力でヤマトの波動砲を封じて、反射衛星砲で仕留めようとした事を思い出してくれ。あれはヤマトの戦艦としての力を知りつつも、波動砲に注意が向き過ぎたが故の戦術だったんだ。何しろ堅牢強固な宇宙要塞や惑星上の基地施設であっても、規格外に近い防御装置でなければ防げない威力を、波動砲は持っている。恐れて当然、意識が向いて当然なんだ」

 

 「――古代艦長代理の言う事には一理ある。私とてヤマトの波動砲が恐ろしく、ドリルミサイルや瞬間物質転送器を用意して、如何に波動砲を封じるか、封じた後ヤマトをどうやって追い込むかを戦術の要として見ていた……波動砲はそれほどまでに脅威に映るものだ。前線の指揮官や拠点の指揮官程、その威力で一挙に壊滅させられる事を恐れるのだ」

 

 進とドメルの言葉にクルー一同納得する。

 確かにヤマトの航海における安全保障としても役に立った波動砲の威力。味方として見れば頼もしいが、敵に回せばこれほどの脅威は中々無いだろう。そこに、こちらが付け入る隙も見いだせるという事か。

 

 「恐らくあの黒色艦隊も同じだ。そして、波動砲を封じる策を手に入れている。さっきのミサイルの真意は航空隊を剥ぎ取ってヤマトの防空網に穴を開けることだけが目的じゃない。あれだけの爆撃を受ければ消耗を強いられる。そこに敵艦隊発見の報を聞けば、最も強力で射程の長い波動砲で一発逆転を図るに違いない、そういった思惑があったはずだ」

 

 「……なるほど。なら、その思惑に乗るフリをして波動砲を構えてやれば、相手は貴重なドリルミサイルを勝手に使ってくれるというわけだな」

 

 真田も右手を顎に当てて納得する。

 

 「とすると、ドリルミサイルを無力化した後に波動砲を使うのか?」

 

 封印の危険性さえ回避出来れば波動砲で一気に撃滅するという選択肢も取れる。今の状況ではそれが最善と思ったゴートが訪ねてみたが、ハリが指摘する。

 

 「この七色星団の中で安易に波動砲を使うのは賛同出来ません。ここはスターバースト宙域――それもかなり活動が活発な部位にあたりますから、波動砲の余波がどんな被害をもたらすのか予測がつきません」

 

 ハリが手元のパネルを操作してマスターパネルにヤマト周辺の宙域図を写す。

 

 「このように、ヤマトの周辺は“凪”にあたる空間となっていますが、その範囲は全体から見ると極々僅かなもので、周囲には星間物質の嵐があちこちに点在しています。もし波動砲を使用した場合、タキオン波動バースト流がもたらす空間歪曲の干渉によってこれらの流れが変わったり新しい流れが生まれて、ヤマトが飲まれてしまう可能性もあります。予期せぬトラブルを避ける為にも――波動砲の使用は控えるべきだと進言します」

 

 「……確かにそれらに波動砲が作用した場合、どうなるか予測が付きにくいな……敵艦隊を撃滅するには、この広がり方だと6発使った広域破壊を行う必要があるだろうし、撃滅出来ても敵艦隊の爆発でより広範囲に影響をもたらす危険性も否定出来ないか……マキビ君の言う通り、波動砲の使用は控えた方が良さそうだ」

 

 「確かに、自重した方が良さそうね」

 

 ハリの指摘を受けて守も波動砲の自粛を進言、エリナも同調する。

 

 「そうだな……なら波動砲に頼る必要はない」

 

 進はあっさりと、何の未練も無く波動砲という選択肢を捨てた。

 確かに一発逆転の威力は魅力的ではあるが、無ければ無いで他の選択肢を選ぶだけだ。何しろヤマトには、威力こそ格段に劣るとはいえ、戦局を左右するに足る威力の武器が、あと3つ残されている。

 

 「ハーリー、サテライトキャノンの場合はどうだ?」

 

 「今解析してみます――そうですね、あれは波動砲に比べると格段に作用が劣りますし、恐らくGXの単装タイプなら大きな被害は無いと思われます。それと、使用数を制限すれば信濃の波動エネルギー弾道弾も大丈夫かと」

 

 「なら、敵艦隊への決定打は予定通りガミラス爆撃機・雷撃機部隊とGXのサテライトキャノンとし、そこに信濃の波動エネルギー弾道弾を加えるものとする――島、ゴートさん。ドリルミサイルを躱したら信濃に移譲して発進に備えてくれ。ヤマトの操舵はハーリーに任せる」

 

 進は迷わずサテライトキャノンの使用を決断した。

 使わずに済めば越した事は無い力だが、使わずにクルーを、ひいては地球の未来を危険に晒すわけにはいかない。

 ――指揮官として、辛い選択だと常々思う。

 

 「……わかった。任せたぞ、艦長代理」

 

 島もゴートも心得たと信濃の格納庫に出撃準備の指示を出し、ハーリーも「了解しました」と緊張した面持ちで応じた。

 バラン星の戦いで全部撃ち尽くしてしまっているので、補充が間に合ったのはたったの4発。かなり少ないが、戦艦の2隻くらいなら十分始末出来る威力はある。

 今はこれに賭けるしかない。

 

 「あとは、信濃出撃のタイミングだな。敵の行動がもう少し読める何かがあれば良いんだが……」

 

 

 

 第一艦橋でドリルミサイル排除の流れが決まった時も、コスモタイガー隊は敵航空部隊と派手な空戦を演じていた。

 度重なる強化改修で性能を増したエステバリスとはいえ、やはり本質的には星間国家が使用している戦闘機に比べると見劣りするのが実情である。

 それでもここまで戦い抜いてきた歴戦のエースとしての意地と、ヤマトが誇る技術者の改修で得た新装備の数々を駆使して渡り合っていた。

 

 「すまん! そっちは任せる!」

 

 「おうっ! 任された!」

 

 コスモタイガー隊の面々は互いに声を掛け合いフォローし合いながら、群がる爆撃機とその護衛の戦闘機に果敢に立ち向かう。

 いずれもエステバリスよりも大きい、現在の地球では大型機動兵器と言われる部類の機体はやはり相応に頑丈だ。

 バラン星の攻防でも痛感していたが、爆撃機相手では通用する武装が大型レールカノンとガンダム用に開発された武装のみで、ラピッドライフルや連射式キャノンは少々威力不足であった。

 しかし、現在でもディバイダ―とビームマシンガンの在庫が10機分を上回っていない。なので、必然的により大型で頑強な爆撃機にはディバイダ―とビームマシンガンを装備した機体が、それ以外の機体が戦闘機という風に役割分担して対処する事になった。

 

 戦闘機を担当したGファルコンエステバリスは両肩の連射式キャノンを撃ちかけ牽制し、両手で構えた大型レールカノンとGファルコンの拡散グラビティブラストを時間差で放ち1機、また1機と敵戦闘機を撃墜する。

 爆撃機担当の機体はそれに合わせてビームマシンガンとハモニカ砲の多連装照射モードを駆使して撃墜していく。

 計7本の細い重力波を扇状に打ち出す多連装照射モードの状態でディバイダ―を振り回して薙ぎ払う。そうする事で広範囲に加害領域を生み出し、爆撃機の突入コースを乱して攻撃を防ぐと同時に、線の攻撃で切り裂くようにして敵機を撃墜するのだ。

 

 そうやって奮戦するコスモタイガー隊にあって、やはり一際目立つ活躍なのはアルストロメリアと――ガンダム。

 ヒカルとイズミが乗る2機のアルストロメリアは互いの死角をフォローしながらエステバリスに混じって爆撃機迎撃任務に勤しんでいる。

 

 「うぇ~ん! 相変わらず触角がグネグネ動いて気持ち悪いよぉ~」

 

 まるで虫のような――しかも触角がわさわさ動いて黒いボディーとあって――生理的嫌悪感を感じながら、ビームマシンガンを撃ちこんで目障りな触角を切断し、各所に備わった連装機銃が撃ちかけてくるビームを避けながら急接近、ビームマシンガンをGファルコンから延びるサブアームに一時託してから、久方ぶりに出番が巡ってきたビームジャベリンを機首の下側に備わっているコックピットに向けて容赦なく突き刺す。

 

 「……機体の下の方にコックピットがあるってことは、やっぱり対地爆撃も考慮してるって事かなぁ?」

 

 漫画のネタ探しだったりウリバタケの蘊蓄だったりで、そこそこのミリタリー知識を持っているヒカルがぽつりと感想を漏らす。

 ――すっかり戦争に慣れてしまったと頭の片隅で自虐的な感想が浮かんでくる。

 ナデシコ時代にも思ったが、あの時よりもさらに深刻で容赦のない戦いに足を踏み入れてしまった。

 勿論ヒカルなりに理由があってヤマトに乗って戦う道を選びはしたが――まさかここまで容赦のない攻撃が出来るほどになってしまうとは……。

 

 (ま、コックピット外したって撃墜するんなら同じことだけどね)

 

 今更そんなことを考えている自分に冷ややかに突っ込みながらも手は休めない。少し離れた敵に向かってハモニカブレードを撃ちこんで敵機を切断する。相変わらず惚れ惚れする切れ味だ。

 

 「ヒカル、右舷のガミラス戦艦がちょっとヤバ目だ。支援に行こう」

 

 「りょーかい!」

 

 イズミに促されて素直に応じる。幸い他の機体も頑張ってくれるし何より――

 

 「オラオラァッ! 近づく奴ぁ、容赦しねえぞ!!」

 

 開きっぱなしの通信機から聞こえてくるサブロウタの威勢の良い声にちらりと視線を向けると、そこには大量の弾薬を惜しみなく吐き出しているGファルコンデストロイの姿がある。

 Gファルコン側に増設した対空ミサイルと宇宙魚雷も、左足に増設したセパレートミサイルポッドもさっさと撃ち切って、スタビライザーやポッドを切り離して身軽にしつつ敵陣の真っただ中に突撃。

 両腕のツインビームシリンダーから、両肩のショルダーランチャーからビームを吐き出しつつGファルコンに懸架された巨大な大型爆弾槽のハッチをオープン、中から片側268発の高性能炸裂弾を吐き出して機体の両側面に眩いばかりの花火を咲かせる。

 その中に突っ込んでしまった不運な機体はたちまち撃墜され、慌てて避けた機体は突入コースを著しく逸脱して――。

 

 「もらった!」

 

 レオパルドのおこぼれを狙ったエアマスターが撃ち落としていく。

 Gファルコンバーストとなったエアマスターの機動力や凄まじく、DMF-3やイモムシ型戦闘機と言った異星人の宇宙戦闘機すら引き剥がす圧倒的な速度、そこにノーズビームキャノンと拡散グラビティブラストの火力が加わったとあれば、並大抵の戦闘機ではまるで歯が立たない。

 何とか後方に回り込んでビームを撃ちかけたイモムシ型戦闘機も、軽々と回避された挙句後方に向けられた拡散グラビティブラストから放たれた重力波の散弾でコックピットを射抜かれて宇宙に散った。

 まさかGファルコンバーストが後方射撃にも対応しているとは思わず虚を突かれたのか、不用意な隙を晒した機体を他のエステバリスが撃ち落としていく。

 数の上で絶対的な不利を抱え、性能面でもついていくのがやっとという有様でありながら、コスモタイガー隊はガンダムを起点として懸命の反撃を続けていた。

 

 ――しかし数の暴力というのは中々覆しがたいもので、奮戦しながらも徐々に徐々に損傷を蓄積していく。

 特に今は戦闘空母が本体攻撃用の爆撃機と雷撃機を懸命に吐き出している最中。ヤマトから譲渡されたバリアミサイルをありったけ使って爆撃機と戦闘機の接近を阻止しているが、完全ではない。

 それをカバーするコスモタイガー隊の負担は急激に増大していた。

 そして――。

 

 「ぐあっ!?」

 

 一瞬判断を迷った1機のエステバリスが、イモムシ型戦闘機と接触事故を起こして弾き飛ばされてしまった。

 接触したイモムシ型戦闘機はGファルコンエステバリス程度の質量との接触でどうにかなるほど軟ではないらしく、すぐに軌道修正して吹き飛ばされたエステバリスを撃墜しようとしたが――。

 ビームが一閃。

 真上から撃ちこまれたビームに機体を貫かれ、明後日の方向に飛び去り雲海へと突っ込んでいく。恐らく無事では済まないだろう。

 

 「大丈夫か? 帰還出来そうか?」

 

 イモムシ型戦闘機を容易く仕留めたのは、ヤマト最強の地位を揺るがぬものとしたGファルコンDX。

 増設された武装の内、ミサイルと魚雷とレールカノンは使い切っている様だ。機体表面には何度か被弾したであろう“擦過傷”が見られるし、左手のディフェンスプレートも脱落しているが、エステバリスとは比べ物にならない程奇麗な状態だった。

 

 「な、何とかな……でも右腕が駄目そうだ、切り離す」

 

 右肩の付け根で起こった小規模の爆発で右腕が丸ごと切り離される。爆発ボルトを使った強制排除機構が作動したのだ。

 右腕は肘から下は無傷だが、肩のあたりが大きく拉げている。どう見ても作動出来そうにない。

 

 「護衛するからすぐに戻って応急処理を。このままの戦闘継続は危険だ」

 

 「言われなくてもそうさせてもらう――隊長、修理と補給のため帰還させてもらいます!」

 

 パイロットはすぐに隊長のリョーコに報告を入れる。勝手に戻って戦線に穴を開けてしまうわけにはいかないのだ。

 

 「わかった! 命あっての物種だからな!」

 

 許可も取れたのでヤマトに引き返そうとしたエステバリスに敵機が迫る。

 アキトは咄嗟に切り離されたエステバリスの腕を空いていた左手で掴んで、Gハンマーの要領でグルグルと回して勢いをつける。

 そして!

 

 「ゲキガンパンチッ!」

 

 と叫んで敵機の眼前に放り投げる。

 まさかまさかの手動式ロケットパンチが炸裂!

 破損した機体の部品を放り投げるとは思っても見なかった敵機はつい慌ててしまって姿勢を乱す。命中こそ避けたが無防備な姿をダブルエックスの眼前に晒す結果となった。

 そこに頭部バルカンとGファルコンの大口径ビームマシンガンを全力で叩き込んでハチの巣にする。

 防御フィールドとそこそこ頑強な装甲を持つとはいえ、そこは最強の代名詞ガンダムの攻撃だ。敵機は耐えきる事が出来ずに爆ぜて消えた。

 今の攻撃で頭部バルカンの弾を使い切ってしまったようで、空しい作動音が微かにコックピットに響く。

 対空防御に有効な装備を1つ失ってしまった。意外と使い勝手が良いのがいかん。つい使い過ぎてしまう。

 

 「おまっ、ゲキガンパンチて……」

 

 「いや、つい――」

 

 木連出身のパイロットから突っ込みが入る。

 ついガイの事が頭に過ってしまったが故の言動だったが……冷静になってみると気恥ずかしい。

 

 「まあ、ヤマトはある意味ゲキ・ガンガーそのものだよな……あの時なれなかった者になれたのか……今は考えても時間の無駄か。ありがとうテンカワ、今度何か奢らせてくれ」

 

 言いながら彼は傷ついた機体を労わりつつ、ヤマトの下部発着口へと滑り込んでいく。

 

 「……ヤマトはゲキ・ガンガー、か」

 

 人型――ワンオフ生産のスペシャル機――その誕生経緯故にガイの事を重ねたダブルエックスの事しか目に入っていなかったがなるほど、確かにヤマトの立ち位置を物語に置くのであればまさしくゲキ・ガンガーの様なスーパーロボットそのものだろう。

 悪の大群相手に孤軍奮闘、しかもそれ以外の戦力はあまり役に立たないとくればまさしくその通りになる。

 ある意味では、かつてアキトが、ガイが、木連の人々が焦がれたゲキ・ガンガーの現身なのかもしれない。

 ならば、物語の結末はハッピーエンドが望ましいのだが……。

 敵機の迎撃を続けるべく振り返ったダブルエックスのメインカメラが、ヤマトの周囲に出現した新しい爆撃機の編隊と、遅れて出現した件のドリルミサイルの姿を捉えていた。

 

 

 「ワープアウト反応! 敵爆撃機さらに追加!」

 

 ハリの報告に守とゴートはすぐに対空迎撃を指示する。

 ヤマトからの対空攻撃はミサイルに止め、パルスブラストは使わない。傷ついたコスモタイガー隊も、残された力を振り絞って必死に艦隊上空を飛び回って攻防を続ける。

 

 正面に陣取っていた戦闘空母を右に移動させ射線を確保、如何にも波動砲で狙っていると示した瞬間にこれだ。確かに波動砲に追加した装甲板を開放しているとはいえ所詮はブラフ。これは――

 

 「さらに正面にワープアウト反応!――ドリルミサイルです!!」

 

 ワープアウトした物体の形状と質量からヤマトにとって最大の脅威――ドリルミサイルが撃ち込まれた事を確認する。

 

 「島!!」

 

 「全速後退!! 波動砲口よりエネルギー噴射!!」

 

 波動砲からタキオン粒子が猛烈な勢いで噴出され、ヤマトが全速で後退を始める。

 ベテルギウス以来となるヤマトの全力逆噴射。吹き出すタキオン粒子の奔流は逆進して距離を取り、ドリルミサイルの進路から逃れるためのものだ。

 少々エネルギー効率が悪いが、メインノズルと同等の推力を持つ噴射はヤマトを急加速で後退させる事に成功、予想通りドリルミサイルとの着弾を遅らせる事が出来た。

 

 ――が。

 

 

 

 

 

 

 「――ふん、ブラフだったか。だがその程度で逃げられると思うなよ」

 

 デーダーはヤマトに謀れた事を不愉快に思いながらもドリルミサイルの制御を部下に命じる。

 こういった事態を想定して簡易ではあるが改造してある。すでに撃ち放ってしまった以上命中させなければこちらが終わりだ。なにがなんでも命中させなければ……。

 

 

 

 

 

 

 「ドリルミサイル増速を確認! 追尾してきます!」

 

 ハリの報告に苦い顔をしながらも大介は操縦桿を操ってヤマトの進路を左に変更するが、ドリルミサイルは食いついてくる。

 

 「どうやら爆撃機に積まない代わりに本体にエンジンを増設したようだな。部品が増設されている」

 

 マスターパネルに映し出される拡大映像を冷静に分析するドメル。

 ドメルが発注した時のドリルミサイルは探査用の特殊削岩弾に爆薬を追加したり、侵入者対策を施した程度であまり大規模な改造は施されていなかった。

 だが、今のドリルミサイルは後部にエンジンユニットが、本体に固定用のマニピュレーターと思われる部品が増設されているのが見て取れる。恐らくあれでヤマトの艦首をがっちり掴んで確実にドリルミサイルを波動砲口に送り込むつもりなのだろう。

 なかなか考えている。鹵獲品とはいえ使えるものは有効に使う姿勢は素直に評価すべきだろうか。

 

 波動砲からのリバースで全速後退を続けるヤマトにドリルミサイルが迫る。このままでは直撃は避けられない。

 

 「真田さん、Nユニット分離! 盾にするんだ!」

 

 「わかった! ユニット分離! ヤマト前方で交差させて盾にするぞ!」

 

 ヤマトとの接続は重力制御と磁力によって行われているので、離脱そのものは速やかに実行出来る。

 真田は艦内管理席からの操作でナデシコユニットをヤマト両舷から切り離すと、後部エンジンに点火。切り離されたナデシコユニットは、先端のブレード部分をヤマトの艦首前方で交差するように前進してヤマトの盾となる。

 そのナデシコユニット――前方に出ていた左ユニット目掛けてドリルミサイルは正面から激突、激しい火花を散らす。同時に先端のドリルを回転。トルクを相殺すべく姿勢制御スラスターを噴射して本体の回転を防ぎつつ、ナデシコユニットの装甲をガリガリと削る。さらに先端からプラズマトーチを出力して掘削スピードを上げる。

 本来備わっていなかった機能だ。制御室があるドリル中心のスペースにこれほどの出力を持つプラズマトーチを内蔵するとは……!

 その勢いのまま左ユニットのブレードを貫通し、後方にあった右ユニットのブレードに食い付いて火花を散らす。想像以上の掘削力に第一艦橋の面々も緊張を隠せない。やはり急増品のユニットの装甲で防げる代物ではなかった。

 ドリルミサイルはそのまま右ユニットのブレードを貫通してヤマトに迫ってくる。

 しかし、ヤマトはドリルミサイルがナデシコユニットを突破するまでの時間を利用して大きく艦尾を左に振って波動砲をドリルミサイルの正面から退けることに成功した。装甲も閉鎖完了。

 ドリルミサイルは依然ヤマトに向かって突き進み、増設された4本のマニピュレーター(爆撃機の触角型ビーム砲と形状が似ている)を展開してヤマトの艦首を抱え込もうとする。

 ついにヤマトに追いついたドリルミサイルの先端が、波動砲を覆い隠す装甲板に接触、プラズマトーチと頑強なドリルが激突して激しい火花を散らして装甲を削り取っていく。

 激しい振動に揺さぶられながらも、ヤマトはなおも艦尾を左に振って、艦首を軸に艦を回転させる。

 ミサイルのマニピュレーターがヤマトの艦首を抱え込もうと伸びる。

 左舷のロケットアンカーをドリルの根本付近に撃ち込んで強引に進路を変更させる。

 熾烈な攻防の末、ドリルミサイルは波動砲を隠す装甲板を剥ぎ取り発射口右側に接触して削り取りアンカーのチェーンを引きちぎりながら、波動砲に突き刺さる事無く通り過ぎてしまった。

 追加された装甲は、時間稼ぎという宿願を見事果たして七色の宇宙の藻屑と消え去る。

 通り過ぎやドリルミサイルは懸命に方向を修正しようと宙を泳ぐが、ヤマトは回転を止めて右舷スラスターを全開して水平移動。ドリルミサイルから距離を取りながら第一主砲を旋回。ドリルミサイルを狙う。

 ドリルミサイルが速いか。主砲が速いか。緊迫して1秒が10秒にも感じられる攻防が続く。

 

 その結末は――ヤマトの第一主砲から放たれた重力衝撃波が、ドリルミサイルを射抜いた時に決した。

 

 確実にヤマトを破壊すべく爆薬を増やしていたのだろう、至近距離で激しい爆発に晒されたヤマトは大きく揺れ、破片の直撃を受けた右舷コスモレーダーアンテナがもぎ取られ、艦長室右側のアンテナもへし折られ、右舷パルスブラスト数基の砲身が折れ曲がる被害を被りはしたが、最大の懸念であった波動砲の封印と破壊を回避する事に辛うじて成功したのであった。

 

 

 

 

 

 

 「ばっ、馬鹿な……!!」

 

 デーダーは思わぬ結末にシートから立ち上がって驚愕する。

 まさか、あの増設ユニットが切り離し可能な作りになっていたとは――!

 

 (ガミラスに与した以上、対策を取られることは想定していた……! あの発射口を塞ぐ装甲板がそうだと思っていたが……あれはこちらの誤認を誘うためのものだったのか……! あの増設ユニットも単なる武装とフィールド発生装置ではなく、これすらも視野に入れた装備だったとは……っ!!)

 

 実際はデーダーの推測通り、装甲板だけがドリルミサイルの対策で、進が咄嗟にナデシコユニットを盾にする事を思いついたに過ぎないのだが、デーダーにそれを知る術は無い。

 ギリリッ! と歯軋りしながらも艦隊に散開を指示する。こうなれば少しでも間隔を取って一気に壊滅する事を避けなければならない。

 

 「デ、デーダー司令! 艦隊後方に未知の粒子反応を検出! 重力場の変動も確認しました! これは――!」

 

 オペレーターの報告よりも早く、デーダーは艦隊の後方――空母が隊列を組んでいた付近に先程武装空母から出撃したばかりの爆撃機と雷撃機――そして一際活躍が目立っていたヤマトの人型2機が出現したのを見た。

 

 「ヤ、ヤマトの転送戦術だと!?」

 

 瞬間物質移送器の反応ではない! デーダー達の知らない未知の転送技術を持ってヤマト・ガミラス艦隊はこちらの心理的有利に付け込んだ反撃を開始したのだ。

 デーダーがそう理解した時には、爆撃機・雷撃機編隊の雷撃で空母が5隻も沈み、残された5隻もヤマトの人型の1機が放った(機動兵器としては異例なまでに)巨大なビームの奔流に貫かれ、呆気なく四散してしまっていた。

 想定外の事態に思考停止仕掛けたデーダーの耳に、オペレーターから悲鳴に近い報告が飛び込んできた。

 

 「デーダー司令!! ヤマトが向かってきます!!」

 

 声に反応して頭上のメインパネルを見ると、艦首を真っ直ぐこちらに向けて前進してくるヤマトとガミラスの艦艇の姿が映し出されている。

 

 そう、増設ユニットを全て使って守り抜かれたヤマト最大の兵器。

 そして、我が暗黒星団帝国にとって致命的な威力を発揮するであろうタキオン波動収束砲の砲口が、真っ直ぐこちらを向いている。

 それを塞ぐはずだったドリルミサイルは仕損じ、砲口の端っこを削るだけに終わった。

 

 デーダーは死神に心臓を鷲掴みにされたような冷たい感覚を腹に感じながらも、即座にヤマトとの砲撃戦を指示する。

 こうなれば距離を詰めて至近距離で撃ち合うしかない。チャージの暇も与えず力押しするしかないと悟る。

 

 こうして、暗黒星団帝国優位に進んでいた戦局は一変しヤマト・ガミラス艦隊と正面からの砲撃戦に移行するのであった。

 

 

 

 予想されていた七色星団の艦隊戦は熾烈を極め、一時は暗黒星団帝国が優位に立ちまわっていた。

 

 しかし、切り札であるドリルミサイルを辛くも退けたヤマトとガミラス複合艦隊の猛反撃が、今まさに開始されようとしていた。

 

 ヤマト行け! 危機に窮している3つの惑星を救えるのは君しかいないのだ!

 

 人類滅亡と言われるその日まで、

 

 あと、243日。243日しかない!

 

 

 

 第二十三話 完

 

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第三章 自分らしくある為に!

 

    第二十四話 激戦! 封じられた波動砲!?

 

    全ては――愛のために!



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第二十四話 激戦! 封じられた波動砲!?

 

 

 

 ヤマトが七色星団でデーダー率いる艦隊と熾烈な戦いを繰り広げている頃、ガミラスもまた緊迫した時間を過ごしていた。

 

 突如として出現した、暗黒星団帝国に属するであろう大艦隊は、バラン星で確認された艦艇を中心に未確認の大型艦艇数隻も確認出来た。

 ――途方もない規模だ、総数は確認出来ているだけで3000隻ほど。正面から戦えば如何にガミラスとはいえ、苦戦は免れない規模だ。

 

 その艦隊は今は、緊急出動した本土防衛艦隊と睨み合う形となっている。

 

 移民船団護衛の為本星に戦力の多くを呼び戻していた事が幸運であったと言えよう。喜ばしい事に、ガミラスの支配下にある星々にまでは手が及んでいないと報告を受けている。

 つまり、敵はガミラスとイスカンダルに対して全ての戦力を集中させてきたという事になる。植民星の防衛に戦力を割かなくて済むという点において、ガミラスは幸運であったと断言出来る。

 敵艦隊が防衛艦隊と向き合う事になったのは、接近が報告されてからきっかり20時間後。

 デスラーが緊急警戒態勢を発令しなければ、対応が間に合わなかったかもしれない。それほど敵艦のステルスは見事であったのだ。通常の警戒態勢だったなら、見落としていただろう。

 

 それにしても、こちらが思ったよりも防備を固めていたからか、それとも何かしら思惑があるのか、睨み合いの姿勢を崩そうとしない敵艦隊に違和感を覚える。

 バラン星を急襲したのは、ガミラスを浮足立たせるためのはずなのに、どうして艦隊行動がこうも遅かったのだろうか。

 ガミラスの力量をあれで量った気になって、大きく出ているのだろうか。

 いや、デスラーの戦士としての感がそれを否定する。そして、迂闊にこの硬直を解いてはいけないと、第六感が強く訴えている。

 そうやって睨み合って2時間。ついに敵に動きがあった。

 

 

 

 「私は暗黒星団帝国、マゼラン方面軍総司令メルダーズ。イスカンダルとガミラスは、我が暗黒星団帝国に即刻無条件降伏せよ。戦力の差は歴然である、抵抗は無意味だ。繰り返す、ただちに降伏して、我らが帝国に従うのだ。そうすれば、あの移動性ブラックホールに飲み込まれる前に国民の安全は保障してやっても良いぞ」

 

 動きがあったと思ったら妙に遅い降伏勧告だったとは。裏があるのではと訝しみながらも、デスラーは普段通りの態度を崩さず応対する。

 

 「大ガミラス帝国総統デスラーだ。生憎と無法者に屈する程我がガミラスは脆弱な国家ではない。痛い思いをしない内に逃げ帰ることをお勧めする。その方が双方の為になろう。無駄な血を流す事は無い」

 

 バラン星基地を奇襲で事実上潰された直後とは思えない、余裕な態度のデスラーの返答に、顔色を変える事無くメルダーズは、

 

 「――ガミラスの技術力であのブラックホールをどうにか出来るのか? バラン星基地を失った以上、諸君らに逃げる場所など無い。それとも、ヤマトに頭を下げて地球に入植させてもらうつもりか? そうだとすれば侵略者の立場にありながら、何とも面の皮が厚い事だ。滑稽にもほどがある」

 

 煽る様に切り込んだ。ガミラスにあのブラックホールをどうにかする技術が無いのは、移民計画を発案している事からも容易に推測出来る。

 そして、ヤマトが共同戦線を自ら持ちかけた事も察しがついている。

 その目論見は、恐らく可能な限り平和的に戦争を終わらせる事であろうが、ガミラスに行く先が無い事を考えるのであれば、地球に取り込むつもりなのかもしれない。

 ――だとしたら、たかが戦艦1隻に事実上大敗した国家となる。プライドもズタズタであろうし、虚勢を張っているとしか考えられないが――。

 

 「生憎だが、ガミラスはつい最近対処法を確立する事に成功している。地球に移民などしなくても、我が偉大なるガミラス帝国はやっていけるのだよ」

 

 デスラーは不敵な笑みを浮かべてメルダーズの脅しを切り捨ててやった。

 確かに痛い所を突かれはした。

 侵略者の身の上でありながら、最終的な結末がヤマトとの――地球との和解による共存共栄の道では、こう言われても返す言葉も無い。だが、今更それが何だというのだ。

 ヤマトを信じ、地球に償いをする。そして共に生きる。すでに決めた事なのだ。

 

 「――そうか、ヤマトか。ヤマトのタキオン波動収束砲であのブラックホールを吹き飛ばすつもりか」

 

 メルダーズは少々眉根を寄せて唸った。

 恐らくヤマトと交渉し、味方につける事に成功したのだ。あのタキオン波動収束砲の威力でブラックホールの排除する事を対価に、ガミラスに何かしらの要求をしたに違いない。

 地球に対する調査は碌に進んでいないのでその詳細は知らないが、捕虜にしたガミラス兵から口を割らせた情報によれば、ガミラスによる侵略で滅亡寸前にあり、イスカンダルからの援助で完成したヤマト1隻が対抗戦力らしいが、所詮末端の情報だ、過度な信用は寄せていない。

 だとすると、壊滅寸前まで追い込まれた地球に対するあらゆる援助当たりが取引条件になっていそうだが、そこを追及したところで目の前の男を追い詰められそうにない。

 

 「何を想像したのかは聞かないでおくが、繰り返しお伝えしよう。我がガミラスは何者にも屈するつもりは無い。余計な血が流れない内に、早々に逃げ帰る事をお勧めする。その場合は追撃はしないと約束しよう」

 

 デスラーはメルダーズがヤマトとガミラスの和解、と言う結論に至った事を察しながらも明言は避けた。下手をすると、そこに付け入る隙を与えかねない。

 恐らくヤマトはすでに連中の別動隊に襲われているはずだ。波動砲を葬り去り、戦局を一変させる手を潰すために。

 ドメルを派遣し、少数であっても護衛を付けた事は正解だったか。

 

 「――我々にも引けない理由がある。我が帝国の未来の為にも、そう易々と諦める事など出来ん」

 

 「では、その“理由”とやらを聞かせてもらおう。君達を退けてしまってからでは聞く事は出来ないからね」

 

 デスラーは努めて強気で余裕のある姿勢を崩さない。ここで少しでも気持ちが引けてしまっては戦いでも後れを取る。直感がそう囁くのだ。

 

 「我らの目的はガミラスとイスカンダルにある地下資源――ガミラシウムとイスカンダリウム……資源こそ、我々の欲するものだ」

 

 おおよそ推測通りだったと言える。やはり目的はイスカンダリウムとガミラシウムだったか。

 ……いや、まだ何か隠している。デスラーの感が囁く。

 確かに珍しい資源ではあるが、それだけのためにこれほどの大艦隊を派遣しするとは少々考え難い。

 もとを正せば効率が良いだけの核燃料資源。他に全く当てがないほど希少価値が高い物質ではないはずだ。

 圧倒的な戦力とそれによる戦意喪失を狙った降伏勧告。ついで“国民の安全は保障する”ときたのだから、恐らく人的資源も狙いに含まれているのではないだろうか。

 言及しない理由など、今はどうでもよい。デスラーのすべきことは明白だ。

 

 「なるほど。ならばますます応じる事は出来ない。イスカンダリウムもガミラシウムも、すでに何世紀も前に環境保全のために採掘を中止した代物だ。母なる星を傷つける行為は、決して容認出来ん!――メルダーズ司令、繰り返すが、我がガミラスは降伏には応じぬ。そして、親愛なる隣人、イスカンダルへの手出しも許すわけにはいかない! 資源が欲しいのならば、無人の星を開拓するなりしたまえ!」

 

 「……そうか。残念だが致し方ない。少々手荒い方法だが、力づくで屈服させるとしよう」

 

 と言い切り通信を切った。

 交渉が決裂に終わった事は残念だが仕方がない。予想されていた結末だ。

 降りかかる火の粉を払わないわけにはいかない。デスラーには国家の発展と安全のために力を尽くす義務がある。

 

 メルダーズ言うように、確かに暗黒星団帝国の艦艇はガミラスのそれよりも優れた性能を持つようだ。それは認めよう。

 だが、ヤマト程絶対的な差があるというわけでは無い。バラン星での戦いが証明している。

 奇襲という手段を取られて右往左往してしまったが、戦い方次第で対等以上に渡り合える。その程度の戦力差に過ぎない。

 たった1艦で全戦力をぶつければ――という考えを自然に出させたヤマトとは、比べるべくもない。

 撤退するようならそれ以上の追撃は勘弁してやるが、向かってくる限りは容赦せずに叩き落すのみ。

 

 「スターシア、申し訳無いが彼らとは矛を交える以外、道は無さそうだ」

 

 メルダーズとの通信を切った後、事の顛末を見守っていたスターシアにそう告げる。

 スターシアもメルダーズの言い様に同じ考えに至ったのだろう、静かに目を伏せながら、「デスラー総統、健闘を祈ります」と短く告げた。

 本来争いを好まないスターシアと言えど、イスカンダルの資源が宇宙戦争に利用されるというのは理念に反している。また、今イスカンダルが彼らに屈してしまえばヤマトにコスモリバースシステムを渡す事が出来なくなる。

 ――それは、どのような形であれ救いの手を差し伸べた地球は勿論、スターシアにとって掛け替えのない友人と想い人を見捨てることに等しい。

 それだけは絶対に出来ない選択だ。ユリカたちは――ヤマトはイスカンダルとスターシアを信じてここまで旅しているのだ。裏切るわけにはいかない。

 だが抗おうにもイスカンダルにまともな軍事力は既に存在しない。国民は全て死に絶えた。人も居なければ兵器も残ってはいない。

 ――だから今は、イスカンダルの防衛も買って出てくれたガミラスの厚意に甘える他無いのが辛い……。

 自国の防衛すら人任せにして黙って見ている事しか出来ない無力な自分が恨めしい。戦いたいとかそういう意味ではなく、他人任せにするしかない事が苦痛なのだ。

 ――それに、あのデスラーが、デスラーなりに戦わずに終わらせようと努力をしてくれたのだ。

 なのにスターシアにはこの事態に関与して解決に導けるような力は無い。それがまた、苦痛だ。

 

 「心得ている……スターシア、心配は無用だ。我がガミラスは簡単には屈しない。イスカンダルも必ず守り抜いて見せる。それに――君が呼んだヤマトも間もなくやって来る」

 

 デスラーはこの戦いがそう簡単には終わらないであろうと考えていた。恐らく、数日に及ぶ激戦となるはずだ。

 敵も味方も大規模であるし、互いに様子を伺いながらあの手この手を駆使した凌ぎ合いになる事は必至。根負けした方が事実上の敗北となるであろうことは想像に難くない。

 

 こちらにも切り札のデスラー砲があるとは言え、努々油断は出来ない。これほどの規模の艦隊を率いる存在が、小物であるはずはない。

 まだ確認が出来ていないだけで、何らかの移動要塞の類が背後に控えている可能性は否定出来ない。

 ガミラスは現在のところ大型の宇宙要塞――それも移動可能な拠点の運用は行っていないが、その類の兵力を扱っていた国家と相まみえた事はある。彼らがそういった戦力を保有していない、この戦場に持ち込んでいないという確証が得られないのであれば、むしろあると考えて行動した方が痛い目を見ないで済む。

 

 (もしも要塞の類を背後に控えさせているのならば、デスラー砲が最も有効なカウンターと成り得るだろうが……なんだ、この胸騒ぎは?)

 

 デスラーはこの艦隊を初めて見た時から感じる胸騒ぎがまた強くなるのを感じた。

 ――やはりデスラー砲の使用はギリギリまで控えるべきだろう。万が一にも通用しなければ、ガミラス最強の力が通じなかったというショックで士気が致命的に下がってしまう可能性は無視出来ない。

 それに、ガミラスが誇る超兵器は何もデスラー砲だけではないのだ。

 

 その威力、とくと味わってもらうとしようではないか。そしてとっとと尻尾を巻いて逃げ出して――2度とちょっかいを出さない事だ。

 

 デスラーは踵を返すとデウスーラ・コアシップへと移乗。そのまま工廠内にて出撃準備を整えていた艦体とコアシップを接続し、自身の座乗艦であるデウスーラを起動、ガミラス星の軌道上へと上がった。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第三章 自分らしくある為に!

 

 第二十四話 激戦! 封じられた波動砲!?

 

 

 

 ヤマトがギリギリの賭けに勝利して、最大の脅威とみなしていたドリルミサイルを辛くも退けた。時同じくして、こちらも命辛々発進を成功させた爆撃機と雷撃機部隊に、GファルコンDXとGファルコンGXが合流する。

 

 「ふぅ~……ヤマトから貰ったバリアミサイルが無かったら発進出来なかったぜ……」

 

 愛機の中でバーガーが冷や汗と共に呟く。

 予想よりも激しい攻撃に一時は出撃出来るかも危ぶまれていたが、敵の注意がヤマトに集中していた事が幸いした。見向きもされなかった事にプライドが傷つかないでもないが、ヤマトが恐るべき艦なのはバーガー達も良く理解している。

 ドリルミサイルをあそこまで改造して運用したところから見てもヤマトの波動砲を相当恐れている事が伺えた。だからこそ確実にヤマトを潰しにかかったのだ。ヤマトさえ潰せば、ガミラスの艦艇など物の数ではないと言いたいのだろう。

 ――腹立たしいが、確かに今の艦隊で最も脅威度が高いのはヤマトだ。

 そのおかげで戦闘空母が艦載機を発艦させてもそこまで執拗な攻撃も受けず展開出来たのだが……プライドが傷ついたことは事実だ。

 

 「舐めくさった報い、しっかりと受けてもらうぜ!」

 

 バーガーは部下達を率いて予定通りGファルコンDXと合流する。クロイツ率いるDMT-97隊はGファルコンGXの担当だ。

 

 「頼むぜアキト! 調子に乗りまくったあいつらにガツンと1発決めてやろうぜ!」

 

 「――そう言うお前が調子乗り過ぎて撃墜されるなよ、バーガー!」

 

 アキトは左コンソールのキーを操作して、普段は使っていないボソンジャンプ関連のシステムのメニューを呼び出す。大規模なジャンプを実行するためには相応の準備がいる。

 今、ガミラス機にはヤマトの艦内工場で生産したジャンプフィールド発生装置を取り付けてある。急造品だが、何とか行き帰りのジャンプに対応する事が出来たので、攻撃に成功したら速やかにガンダムと合流して再ジャンプすれば、母艦に戻る事が出来る。

 ――ここが瞬間物質転送器との最大の相違だろう。

 装置を稼働したら、後はA級ジャンパーのアキトが行き先をナビゲートしてダブルエックスのジャンプシステムと連動してやれば、敵の眼前に限界まで爆装した爆撃機を送り込めるという寸法だ。

 それにイスカンダルからの情報提供によれば、ガミラス人とイスカンダル人はボソンジャンプに耐えられる遺伝子素養を持っていると聞いている。ヤマトでも検査で確認を取り、大丈夫だろうと結論付けられた。

 人為的なA級ジャンパーの生み出し方こそわかっていないが、ジャンプに耐えうる遺伝子改造の手段そのものはすでに確立されているのだから検査結果は間違っていないはず。

 とは言っても失敗したら目も当てられないので、ジャンプ時には外部ボソンジャンプユニットの物も含めてディストーションフィールドを最大展開するようにと指示を出している。

 あとはアキトらA級ジャンパーが仕損じなければ問題は無い。

 

 (まさか、火星の後継者の戦法を真似る事になるとはな……)

 

 思わず苦笑してしまう。ボソンジャンプを使用しての奇襲作戦事態はアキトもヒサゴプランを始めとする破壊工作任務で多用しているが、部隊を率いて敵艦隊に急襲をかけるとなれば、火星の後継者がサクヤ攻防戦で統合軍の艦隊に対して実行した手段の方が遥かに近い。

 多少複雑な気分になりはしたが、すでに復讐を乗り越えたアキトにとって火星の後継者は“過去の存在”に過ぎない。

 何より進にとって“お父さん”代わりになってしまった以上、みっともない姿は見せられない。

 

 「準備完了――ジャンプ……!」

 

 アキトのナビゲートでバーガー率いるDMB-87隊が虹色の光と共に消失。僅かな時間を置いて敵艦隊の後方――機動部隊の直上に出現する。

 

 「こっちもやるわよ……! ジャンプ……!」

 

 艦隊防空戦で振り回されて軽く酔ったイネスも気力を振り絞ってジャンプする。クロイツ率いるDMT-97隊を引き連れて、アキトらとは別の方向に出現して波状攻撃の構えだ。

 敵空母は10隻。バラン星の戦いで見た800mにも達する巨大空母。その内5隻の担当は――。

 

 「良し……サテライトキャノンを使うぞ」

 

 静かな声でリョーコはGコントローラー後方のスイッチを震える指でスライドさせる。

 使うのはこれで2度目だが、今度はあの時と違って敵を吹き飛ばす目的で使うのだ。緊張しないわけがない。

 右肩上に位置していたサテライトキャノンが展開していく。右肩後方に位置していたリフレクターが頭の後ろにまで移動して、後ろ向きにリフレクターを開く。開きながらパネルが回転して内側の鏡面が前方に向く。

 砲身の下からグリップが出現し、頭の後ろから延びる砲身を右前方に構える。

 

 「エネルギー充填70%……90%……」

 

 管制モニター上のX字のエネルギーメーターが、中心から先端に向かって赤いゲージが伸びていく。

 敵の対空砲がこちらに指向するのを見て、背中に冷たい物が流れるのを感じる。

 特にパイロットとして前線に出た事の無いイネスは引き攣った表情で言葉も出ない。

 じりじりと伸びていたゲージが先端に届いて――メーターが青く点灯する。

 照準は――問題無い!

 

 「いっけえぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 絶叫と共に引き金を引く。

 僅かな間を置いて、サテライトキャノンの砲口からタキオンバースト流が猛烈な勢いで吐き出される。

 それは波動砲に劣るとはいえ、絶対的な破壊力を持つエネルギーの奔流。

 その直撃に見舞われた巨大空母5隻は、ドテッ腹に風穴を開けられた後、被弾個所を中心にまるで塵と化すように崩壊してゆき、最後には大爆発を起こして消滅する。

 エックスのサテライトキャノンのビームの直径は推定100m程度なので、敵艦を丸ごと飲み込むような真似は出来なかったのだが、それでも直撃すればこの威力……重ね重ね、小型機動兵器が持つべきではない火力だと痛感させられる。

 想定よりも爆発の規模が大きくて焦ったが、妙な二次被害は出ていない様だ。

 

 ――安堵したのもつかの間、リョーコは初めて戦略砲を友人兵器に向けて――殺す目的で撃ったという重圧が圧し掛かってきたのを感じた。

 ヤマトやガミラスからすれば共通の敵――侵略者に過ぎないが、連中も生きているのだ。ヒューマノイドタイプの宇宙人という事は、ガミラス同様立場的に理解が及んでいないだけで、地球人と変わらない文明や生活様式を作っているかもしれない。

 そう思うと、単なる大量殺戮にしかならない大量破壊兵器の使用という選択が、どれほどの重みを持つのかが身に染みる。

 

 (古代の奴――何時もこんな思いをしながら波動砲の引き金を引いてたのか?)

 

 強大な力を使うには、相応の責任が求められる。

 そんな陳腐な表現が頭を過って気分が悪くなったが、まだ戦闘中だと自分に言い聞かせてステータスモニターをチェックする。

 仕様通り、エックスのエネルギーはほぼゼロだ。各所のエネルギーコンダクターが保持してくれた最低限のエネルギーしか残っていない。

 だが、今は消耗せずに残っているGファルコンのアシストを受ける事が出来るので辛うじて行動と――自衛程度の戦闘は可能だ。ここに来るまでの戦闘で追加したミサイルや魚雷を使い尽くしてしまったのが心許ないが、内蔵されたマイクロミサイルはまだ半分程度残っている。

 Gファルコンのエネルギーだけでも搭載火器は使える。スーパーチャージャーの追加で出力が強化された恩恵だった。

 ガンダムの冷却が完了してエンジンが通常稼働出来るようになるまでの間、Gファルコンのエネルギーだけでやりくりしなければならないため、そう無理が出来る状況ではないが、何も出来ないよりは格段にマシだろう。

 そんなエックスの元に、迎撃部隊を突破してきたDMF-3の部隊が合流する。迎撃機との戦闘を経たようで、数が少し減っていた。

 

 「流石だな、ガンダムエックス」

 

 合流したゲットーから賛辞を受け取るが、リョーコは歯に詰まったような返事しか出来ない。

 ゲットーも何となく察したのか、特に追求せずDMT-97隊と合流するまでの間、エックスの護衛を買って出てくれた。彼らの機体にもジャンプシステムが外付けされていて、攻撃成功の有無に関わらず、無力化した攻撃部隊と共に1度帰艦する予定だ。

 流石に対ヤマトを念頭に選抜されただけあり、素晴らしい練度で編隊を組んで能力低下の激しいエックスのフォローを完璧にこなしてくれている。

 おかげでリョーコは合流成功までの間、あまり敵の攻撃に悩まずに済んだ。

 ……サテライトキャノンの絶大な威力に敵が混乱して追撃どころではなかった、というのも大きいのだろうが。

 

 

 

 サテライトキャノンの一撃であの巨大空母が纏めて5隻“消滅した”のを見て(ついでに余波で多少機体が煽られたので)肝を冷やしながら、バーガーは愛機を操り眼前の超大型空母目掛けて次々と爆弾やミサイルを叩き込んでいく。

 バーガー率いるDMB-87隊は、戦闘空母の搭載能力の都合から普段の半分程度の物量で攻撃を敢行したにも関わらず、巨大空母を2隻も沈める事が出来た。

 だがバーガーはさして驚きを見せなかった。何故なら今し方連中に叩き込んだのは非常識なまでの防御性能を誇る“あの”ヤマトを打ち破るために用意された新型弾頭なのだ。

 確かに暗黒星団帝国の艦艇はガミラスの艦艇よりも全体的に性能が勝っている。だが戦い方やクルーの経験値で覆せる程度の差でしかない。

 

 そういう意味では、経験値という点では劣っていてもクルーの能力がすこぶる高く、何より“絶対的な数を確保しない限り戦い方でどうにかなる性能差じゃない”ヤマトの方が数十倍も手強い。

 

 下手に突っ込めば波動砲の餌食。

 波動砲を封じても戦艦としての火力と防御力はドメラーズ級並かそれ以上で、武装が多彩で隙らしい隙が無い。

 そして、最高速度はデストロイヤー級駆逐艦を上回りかねないときた。

 おまけに搭載数こそ軽空母並みで展開性能が劣るとはいえ、多彩な戦術に対応出来る人型に、ヤマト同様非常識な性能を持つガンダムが今や4機。

 

 ここまでくると、よくあるヒーロー番組のラスボスだ、ラスボス!

 

 プロキシマ・ケンタウリ第一惑星で痛い目を見てから、バーガー達はドメルの招集に応えてヤマトを攻略すべく様々な議論を交わし、戦術や装備を検討していた。

 ヤマトと和解した事で本懐は遂げられなかったが、その準備のおかげで今こうして戦えている。

 幾ら巨大と言っても所詮は空母。戦艦に比べれば装甲も薄くて耐久力も劣っているというのは、万国共通の弱点というもの。

 

 そうでなくてもヤマトより軟い時点で沈められないわけがない(辛辣)。

 

 機体を旋回させて離脱に入ったバーガーの視界の片隅で、同じように腹に抱えた巨大な宇宙魚雷を敵艦に叩き込んで離脱するクロイツ率いるDMT-97隊の姿が見える。

 向こうも2隻沈めて意気揚々と帰っていく。

 ――1隻残っているがそれの相手は……。

 

 「ちょっとばかし同情するぜ、暗黒星団帝国さん」

 

 バーガーがちらりと様子見した瞬間、件の空母が無様に沈んでいく姿が目に入った。

 

 「まあ、ダブルエックスに取りつかれたら終わりだよな」

 

 

 

 そう、最後の1隻を担当したのはダブルエックスだ。

 アキトはボソンアウトと同時に事前に打ち合わせた通り、自身が担当する最も奥の空母に向かって全速で突き進んだ。

 空母であるのに武装が外見から確認出来る限り3連装の有砲身砲塔が4基だけと、対空戦闘をまるで意識していない構成だ。直接戦闘に参加する艦種でもないだろうに、どうしたこのような武装構成を採用したのかはわからないが、対空迎撃が無いのなら楽なものだ。

 

 狙いは勿論大抵の兵器の弱点――機関部だ!

 

 アキトは手始めにカーゴスペースから引っ張り出したハイパーバズーカ2挺を脇に抱えて全弾連射。撃ち切ったハイパーバズーカを遠慮なく放り投げ、続けてロケットランチャーガンを1発撃ち込むとマウントに戻す。

 すぐに武器交換。右手にビームジャベリン、左手にGハンマーを握りしめ、ビームジャベリンを力一杯投擲。空いた手にツインビームソードを握らせる。

 並行して左手を外に思いきり伸ばした後、Gハンマーのワイヤーを伸ばし、邪魔になる左リフレクターを下に倒したあと立てて、左拡散グラビティブラストの砲身も上に向ける。

 障害物をのけた後、鉄球を下から上に回転させて勢いをつける。

 

 何でも散々「使い辛い」とぼやいたせいか、ウリバタケは色々改修を加えた様で、この変形もその一環。

 本体はワイヤーを最新の物に交換しつつ延長され、最長30mも伸びるようになった。ついでにフィールドの展開装置とスラスターの強化で威力を稼ぐ方向にシフトし、鉄球を軽量化している。おかげでエステバリスでも(何とか)使えるようになったらしい(誰も使いたがらなかったが)。

 

 そのハンマーの勢いを殺さないように注意しながら、ハイパーバズーカとロケットランチャーガンとビームジャベリンが連続で命中して負荷の掛かった部分目掛けて、強化されたスラスターも足したハンマーを勢い良く叩きつける。

 ――空気があったならさぞかし派手な轟音が鳴り響いたことだろう。ワイヤーを通してビリビリと振動がダブルエックスの腕にも伝わってくる。勿論直撃した空母の装甲は大きく陥没して砕けている。

 ディストーションフィールドとは若干異なる偏向フィールドを装備しているとはいえ、やはり質量攻撃に対して万全と言える防御力は得られない様子。

 若干使い易くなったし、意外と馬鹿に出来ないGハンマーの活躍が期待出来そうだ。

 アキトはすぐにワイヤーを巻き取って鉄球を回収すると、間髪入れずに弓の様に出力したツインビームソードを押し付けて装甲を溶断してさらに内部に深く食い込ませる。

 少々時間がかかったが、装甲を切り裂いて露出した内部構造目掛けて、ツインビームソードと持ち替えたロケットランチャーガン、続けて最大出力かつ収束モードの拡散グラビティブラストを左右交互に4発づつ連射。

 ヤマトの様に区画毎に防御フィールドを張っているわけではないのだろう、ダブルエックスの攻撃は容易く機関部に届いて完膚なきまでに破壊する。

 効果を確認するとすぐに離脱に入るが、その頃には左手の武器をDX専用バスターライフルに持ち替え、さらに破損部に向かって駄目押しの10連射をお見舞いする。

 

 情け容赦ない暴力に屈した巨大空母は、機関部から巨大な炎を吹き上げた後内側から爆発して吹き飛んだ。さしもの巨大空母も機関部を滅茶苦茶に破壊されては一溜りもない。

 

 その巨大な爆発を尻目に離脱したGファルコンDXは、事前にドメルから渡されていたデータを参考に瞬間物質転送器搭載艦艇を速やかに探し出す。

 ――見つけた!

 最大戦速で突き進むGファルコンDXに、直掩の戦闘機がビームの雨を降らせてくるが最小限の回避行動で突き進む。

 フィールドで防ぎきれなかったビーム弾が装甲に当たるが単発では貫通出来ない。サテライトキャノンの砲身が破損し、装甲の何か所かが欠ける損害を出しながら突き進んだGファルコンDXは、本体の撃沈は強行せず瞬間物質転送器のみに狙いを絞って、再装填したロケットランチャーガンとバスターライフル、拡散グラビティブラストを発射する。

 装置は1対で成立すると聞かされている。つまり、片方だけでも破壊すればもう連中は瞬間物質転送器に頼る事が出来なくなるというわけだ。

 アキトの決死の攻撃の前に、右舷の瞬間物質転送器が火を噴き、粉砕される。

 ――任務完了!

 効果ありと判断してすぐに反転、GファルコンGXと共にDMB-87隊とDMT-97隊に合流、さらには先行偵察とGファルコンGXの護衛を請け負ってくれたDMF-3隊に合流、ジャンプ装置の稼働を確認した後アキトとイネスの共同ナビゲートでヤマトと戦闘空母の元に帰還する。

 

 今回の転送戦術の軍配は、ヤマト側に上がったようだ。

 

 

 

 「ダブルエックスから入電。我、急襲に成功セリ!」

 

 エリナの言葉に第一艦橋の面々もほっと一安心。

 

 「さっすがリョーコにアキト君! これでこっちも少しは楽になるかな」

 

 拡散放射モードのハモニカ砲で弾幕を張りつつヒカルが喜びの声を上げる。

 

 「ふっ―――――」

 

 イズミが何かしら喋ったようだが爆発の振動に遮られて聞こえなかった。彼女も多連装照射モードのハモニカ砲を振り回して敵機を薙ぎ払う。巻き込まれた数機が落ちた。

 しかしヒカルもイズミも少々ディバイダ―を使い過ぎている。補助エネルギーパックがもうそろそろ空になりそうだ。

 右手に持っているビームマシンガンもエネルギーが空に近づいていて、実弾兵器は撃ち尽くした。

 Gファルコンの武装も連続使用が祟って放熱の限界やらジェネレーターの出力低下を招いていて、これ以上の戦闘はかなり厳しいと言わざるを得ない。

 

 対照的にエアマスターとレオパルドの2機はまだ少し余裕があった。

 レオパルドはミサイルをはじめとした実弾は全て使い切っているが、極力節約しながら武器をローテーションして使ったので、多少出力が低下しているがまだ何とか戦える程度には収まっている。

 エアマスターも同じようなもので、ミサイルは撃ち尽くしたが、常に合体したままではなく時折分離しては人型のノーマルモードに変形し、徒手空拳で敵機に格闘戦を挑んでエネルギーを節約している。

 ガンダムで最も装甲が薄いとはいえ、それでも使用されている素材がヤマトと同じとなれば頑強さに定評がある。コックピットやら構造的脆弱性を持つであろう部位を選んでやれば、そうそう当たり負けはしない。

 追加装備のミサイルライフルはミサイルを撃ち尽くしているがビームライフルとしては使える。連装型なのでビームマシンガン同様合成射撃をすることで専用の軽量型バスターライフルよりむしろ一撃は重い。

 そうやってバスターライフルを上手くローテーションする事で何とか弾薬を持たせながら戦っていた。月臣の技量あってこその戦い方である。

 

 「月臣少佐、当然まだいけますよね?」

 

 「無論だ。お前こそこの程度でへばっちゃいないだろうな?」

 

 軽口を交わす余裕もある。そこに、ガミラスの航空部隊を引き連れたダブルエックスとエックスの2機がボソンジャンプで帰ってきた。

 

 「きっついのお見舞いしてきたぜ! もう増援も来ないだろうから、ヤマトに群がるハエ共を残さず叩き落すぞ!」

 

 「了解隊長! でもGXは回復するまで時間かかるから下がっててね」

 

 サテライトキャノンの威力に気落ちしかけたリョーコも自分を奮い立たせるように威勢を振りまくが、即座にアキトに諫められる。サテライトキャノンの運用に関してはアキトの方が先輩なのだから当然の成り行きだ。

 

 「けっ! 仕方ねえ、月臣にアキト! 連中を自慢のスピードで撹乱してやれ! 母艦がやられて連中も浮足立ってるぜ!」

 

 「了解!」

 

 月臣もアキトも快く応じる。確かにヤマトの攻撃部隊も思わぬ本隊の被害に動揺してか、動きが精細さを欠いている。

 これなら一気に叩ける!

 

 Gファルコンバーストと収納形態に変形したGファルコンDXの2機が、猛スピードで戦場を駆け回って爆撃機をメインに襲い掛かっていく。

 GファルコンDXは機首のビームマシンガンを撃ちかけながら要所要所で拡散グラビティブラストの散弾を撃ちかける。

 相手のサイズが大きいので、ビームマシンガンだけでは致命傷を与えられないが、散弾とはいえグラビティブラストの火力なら問題ない。ビームマシンガンで追い立ててからグラビティブラストに繋げる、その繰り返しで3機程仕留めた。

 戦闘機が追いすがってきたなら、急減速からの展開形態への変形を実行し、右手のシールドバスターライフルと左手の専用バスターライフルを撃ちかけて反撃する。

 ビームの応酬を繰り返し、互いに避けては当てるを繰り返す事になったが、防御で勝るダブルエックスの方が優位と言えた。

 攻撃はフィールドと自慢の装甲で耐え、急接近した敵機には専用バスターライフルに取り付けたビームナイフを出力して切り裂く。

 致命傷には至らなくても損傷で動きが鈍った機体を、コスモタイガー隊のエステバリスが的確に攻撃して撃ち落としてくれる。

 もう弾薬もエネルギーも残り少ないだろうに、ここまで共に戦ってきた仲間達は的確に合わせてくれる。

 これまでの航海で培ってきた連携があって初めて実現出来る戦いであった。

 

 Gファルコンバーストも、ビームマシンガンの代わりに両腕にマウントしたバスターライフルを連射して敵機を煽り、時に撃墜しながら拡散グラビティブラストの散弾やノーズビームキャノンの大型ビーム弾を撃ち込んで爆撃機や戦闘機を次々と撃墜していく。

 その優れた機動力と運動性能で敵の攻撃を的確に回避していくが、ここまでの戦闘で機体もパイロットも消耗しているため全てを避け切る事は出来ない。

 戦闘機のビームを何発も被弾して装甲に傷がつく。

 だが、かすり傷如きでは止まっていられないとばかりに攻撃を続ける。

 3機ばかりの戦闘機に後ろに着かれたなら、分離して二手に分かれて敵の目を迷わす。その隙に速やかに変形して両手のバスターライフルを撃ち込んで手傷を負わせる。

 合体メカであり、分離した機体の制御も可能という特徴を利用した分離戦術も駆使し、群がる敵機と互角の死闘を繰り広げる。

 

 そんなエアマスターが撃ち漏らした敵機は、レオパルドの砲火に晒されて消える。

 まだ両腕のツインビームシリンダーや右肩のビームキャノン、Gファルコンの拡散グラビティブラストなど複数の武装が使用可能なレオパルドの火力は、ダブルエックスを凌いでいる。

 回復を待たずに出来る限りの応戦を続けるエックスをフォローしながら弾薬を吐き出して、ヤマトの周囲から敵機を退ける。

 増援が断てなかった先程までは、この火力をもってしてもなかなか数を減らせなかったが今は違う。このまま戦い続ければ、最後に勝利を掴むのはコスモタイガー隊だ。

 母艦たるヤマトも、ローテーションで撃ち出すパルスブラストの弾幕は健在。その弾幕に飲まれて消える敵機の数は、決して少なくはない。

 予期せぬ本隊への大打撃に転送戦術の瓦解による混乱に見舞われた航空部隊が、勢いを得たヤマト・ガミラス艦隊に駆逐されるのは、それから間もなくの事であった。

 

 

 

 

 「……ん?」

 

 真田はエックスから送られてきた敵艦隊へのサテライトキャノンの効果を見て、僅かに首を傾げる。

 おかしい、想定よりも破壊の規模が大きいような気がする……。だがかなり接近しての砲撃であったし、敵艦もかつてない規模の空母だから爆発が大きくても無理はないのだが……。どうにも気になる。

 

 「どうかしたんですか? 真田さん」

 

 ハリが真田の様子を訝しんで声をかけてくる。

 

 「――いや、ちょっとな。気にしないでくれ、俺の勘違いだろう」

 

 データの解析をしている時間はない。まずは連中を退け、その後ルリの手も借りて徹底的にデータを解析すれば答えがわかるはずだ。それまでは、余計な不安を煽らない方が良いだろう。

 敵航空部隊を退けたとは言っても、どの艦もかなりのダメージを受けているのだ。

 直接戦闘に参加せず雲海に身を潜めている第一空母は無傷だが、それ以外の艦艇はいずれも傷を負っている。

 特に深刻な被害を受けているのはヤマトの両脇に控えている指揮戦艦級の2隻で、艦中央部を中心に黒煙や炎を吹き上げていて、見るも痛々しい姿となっている。

 

 「ドメル司令。指揮戦艦級2隻を下げましょう。これ以上戦闘に参加させるのは危険です」

 

 進の進言にドメルも頷く。確かにその通りだ。辛うじて戦闘能力を維持しているとはいえ、これ以上戦わせても精々盾にするのが精一杯。

 だが、ヤマトも戦闘空母も十分な戦闘能力を維持出来ている。彼らを捨て駒にする必要性は薄い。

 ドメルはすぐに両脇に控える指揮戦艦級2隻に後退して応急修理するように指示する。

 

 これでこちらの戦力は戦闘空母とヤマトだけだ。

 DMF-3隊もコスモタイガー隊も損耗激しく、これ以上の戦闘は危険。ガンダムはまだやれそうではあるが、これ以上無理をさせると、応急修理程度では本土防衛戦に参加出来なくなる可能性があるので無理はさせられない。

 弾薬を使い果たしたDMB-87隊とDMT-97隊も同様だ。戦闘空母は戦艦としての機能を備えた影響でどうしても補給作業にかかる時間が専門の空母に比べて長くなる傾向がある。

 現状では再出撃は無理と諦めるしかない。

 

 ――何しろ波動砲の威力を警戒してか、巨大な円盤型の恐らく戦艦を旗艦とした、計90隻の敵艦が至近距離にワープアウトしてきたところだ。

 DMF-3隊を収容するために一時合流した第一空母は、着艦作業を終了したあと再びヤマトから離れて身を隠す。

 これからの砲撃戦に空母は邪魔なだけ。

 今後の戦いを左右するのは艦自身の大火力と重装甲――つまり、ガミラスが最も得意とし、ヤマトの能力を最も活かせる戦い――砲撃戦だ。

 

 

 

 

 

 

 ヤマトの人型やガミラスの艦載機隊に思わぬ被害を受けたデーダーではあったが、ドリルミサイルを退けたはずのヤマトが一向にタキオン波動収束砲を撃つ構えを見せないのを見て勝負に出た。

 

 (ヤマトが如何なる理由で撃たないのかは知らぬが、撃たないというのであれば撃ちたくても撃てないよう、接近して砲撃戦に持ち込んでくれるわ!)

 

 予想もしていなかった反撃にすっかり冷静さを欠いてしまったデーダーだが、そこは数々の戦いを潜り抜けてきた軍人。いざという時の思いきりは失われていなかった。

 バラン星での観測データから、タキオン波動収束砲の発射には相応の時間がかかる事がわかっている。

 エネルギーが少々厳しいが、小ワープで一気に接近して砲撃戦に持ち込めばまだ勝機はある。

 ヤマトもあの武装空母も、この旗艦プレアデスの前では赤子も同然なのだ。

 それに――接近さえすれば、万が一プレアデスが敗れたとしても道連れに出来る確信が、デーダーにはあった。

 

 「ECM最大稼働! 少しでも良い、敵の目を眩ませるのだ!」

 

 

 

 

 

 

 「主砲、副砲射撃用意! パルスブラストも対艦攻撃に備え!」

 

 守の指示でヤマトの主砲と副砲、パルスブラストが旋回を始める。

 敵艦はヤマトの前方、左右から真っ直ぐに突っ込んでくる形になっている。

 対するヤマトは第一主砲が右、第二主砲が左の最も遠い敵に指向。副砲は最も距離の近い敵機を狙うべく艦首軸線砲口の敵艦に向けられた。

 両舷のパルスブラストは第一副砲脇の4基のみが前方方向に向けられ、使用可能な残りのパルスブラストも出来るだけ艦首方向に指向して備える。

 敵も必死なのか、ECMの影響でレーダーの感度が著しく低下してしまっているが、この距離なら測距儀でも狙う事が出来るだろう。

 しかし艦橋の測距儀はドリルミサイルの影響で破損してしまっているので、主砲についている砲塔測距儀しか使えないので多少精度が落ちるが、それでも盲目で射撃するよりは遥かに具合が良い。

 

 「艦首ミサイル、両舷側ミサイル発射用意――ルリさん、オモイカネ、頼むぞ」

 

 「お任せ下さい。オモイカネも良いですね?」

 

 ゴートが信濃に移動しているので、守は続けて各ミサイル発射管の発射準備を進める。

 幸いにも対艦ミサイルの雨はナデシコユニット搭載のミサイルを中心に煙突ミサイルを足す形で行われたので、艦首と舷側ミサイルは消耗を抑える事が出来た。まだ十分に残弾がある。

 ECMの影響下なので精度は多少落ちるが、ルリとオモイカネの最強タッグが手を組めば幾分補えるはずだ。

 戦闘指揮席のモニターに、主砲と副砲がそれぞれの目標を捉えた事を示すロックオンマーカーが現れ、各砲から射撃準備を終えた報告が飛び込んでくる。

 ミサイルも準備は出来たが、主砲や副砲に比べれば数に限りがあるのでここは温存しておく。

 

 「撃ち方始めっ!!」

 

 左右に向けられたヤマトの主砲と正面を向いた副砲から計9本の重力衝撃波が放たれる。

 先制攻撃はヤマトが取った。今はヤマトの右舷1000mの位置にいる戦闘空母も僅かに遅れて艦首の砲戦甲板と艦橋の前に装備された主砲から重力波を何本も射る。

 ヤマトからの砲撃が着弾する頃になって、暗黒星団帝国の艦艇からも大量のビーム砲が撃ちかけられてきた。が、ヤマトのショックカノンは勿論、戦闘空母のグラビティブラストに干渉されて狙いが逸れる。

 強力な暗黒星団帝国のビーム兵器ではあるが、グラビティブラストによる干渉までは防げない。

 火線が交わる場所では一方的に捻じ曲げられ、打ち消され、ヤマトと戦闘空母に届いた砲火は僅かだった。

 

 一方ヤマトも、光学センサーの測距儀だけでは多少狙いが甘く、第一主砲が狙いを逸れてしまったが、第二主砲は命中、巡洋艦と思われる艦艇を以前の様にあっさりと射抜いて撃沈する。副砲は端の1発だけの命中だったので、損傷させるに留まった。

 戦闘空母も似たような効果だったが、ヤマト以上の投射量を活かして矢継ぎ早に砲撃を撃ちかけて、命中は望めなくてもこちらへの砲撃が遮られれば良しの姿勢でいた。

 後は互いに砲撃を繰り返して誤差を修正して、有効打を増やしていくしかない。

 

 戦況は、互いに一進一退を繰り返す膠着状態に突入していった。

 

 

 

 

 

 

 「ぬぅ……重力波砲の干渉か……! 敵ながら厄介な性質だ……!」

 

 ECMの効果もあって、プレアデス以外には致命的なヤマトの主砲の命中率を下げれたまでは良かったのだが、あの武装空母が干渉目当てで撃ちまくっているせいで、こちらの命中弾も減ってしまって全く有効打を与えられず、膠着状態に陥ってしまった。

 対してヤマトと武装空母は逸らされる事なく直撃弾を出してくる。

 失念していたわけではない。むしろ理解していたからこそ接近戦という手段を選んだ側面もある。

 だが、敵がそれを利用すべく目暗撃ちするとまでは考えが及んでいなかった。――少々、いやだいぶ冷静さを欠いてしまっているようだ。

 

 ――タキオン波動収束砲を意識し過ぎて、ヤマト自身の戦闘能力を過小評価してしまっていたのかもしれない……。

 

 実際敵の性能・練度共にデーダーの予想を遥かに上回っていた。

 やはりここで仕留めなければ……!

 

 「全艦、偏向フィールドを最大出力で展開しつつ接近を続けろ! もっと接近しなければ通用せん! 恐れるな! 我が帝国の未来を左右するこの戦、負けるわけにはいかんのだ!」

 

 死なば諸共。最初から生きて帰れなくても良いと覚悟のうえでここに来た。

 ヤマトは野放しにしておくにはあまりにも危険な存在。ここで確実に沈めて我が帝国がイスカンダルとガミラスを抑えてしまえば――あの脅威極まりないタキオン波動収束砲をこの宇宙から抹消する事も出来るだろう。

 ――無論、接近してヤマトを――波動エンジン搭載艦を至近距離で撃沈するのはこちらにとってもハイリスクだが、そうも言っていられない。

 

 それはこの艦隊の全員が理解しているリスクだ。皆承知の上で作戦に従事しているが、人間及び腰になる時はなってしまうもの。

 だからこそ、尻込みさせないためにデーダーが鼓舞してやらなければならない。

 ――万が一勝利の果てに生き残る事が出来たのなら、この戦いの死者全てを手厚く弔ってやろう。

 デーダーは固く心に誓い、自らを鼓舞するべく叫んだ。

 

 「確実にここで仕留めるぞ! メルダーズ司令の元に行かせてはならん!!」

 

 

 

 

 

 

 「敵艦隊、フィールドを強化しつつ接近してきます。恐らくグラビティブラストによるビーム兵器への干渉を避ける為、接近戦に持ち込むつもりと思われます」

 

 一早く敵の意図に気付いたルリが報告すると、進はわずかに悩んだ。

 

 (どうする? 敵の意図に乗ればこちらも早急に敵の撃滅を図れる)

 

 主砲の命中率は徐々に改善されているが、敵も棒立ちしているわけではない。回避行動を取りながら撃ち合い続ければ、消耗戦にしかならないだろう。

 敵艦のフィールドが強化されたため、主砲の威力も目に見えて衰えている。ヤマトの主砲をここまで減衰させるとは、驚くべきフィールドだ。

 距離を詰めればこちらも直撃弾を生みやすくなるので、敵の数を減らせるがグラビティブラストの干渉が相対的に減ってこちらも被害を被り易くなる。

 ――どちらを選んでも損害を被るというのなら、今欲しいのは時間だ。

 勿論干渉による命中率低下があるにしても、バラン星の時に比べると少々不自然に思えるほど積極的なのも気に掛かる。

 

 「艦長代理。バラン星の時に比べると、敵艦隊が異様なまでに積極的です。冥王星基地防衛艦隊同様、波動砲封じを図っているにしても、これほどまでに前に出てくる必要は感じません――何か裏がある可能性もあります」

 

 流石に冷静なルリは頼りになる。進と同じ懸念を抱いたようだ。

 

 「僕も同感だ。もしかしたら波動砲封じだけじゃなくて、冥王星残存艦隊同様、差し違える覚悟で挑んで来ている気がしてならない。慎重に対処しよう」

 

 ジュンの助言も受けて、進は決断した。

 

 「敵艦隊との過剰な接近は避けるぞ! 多少時間が掛かっても良い、敵の思惑に乗って余計な被害を出すわけにはいかない!――俺達はガミラスとイスカンダルに向かい、地球を含めた3つの星の未来を救うという重大な使命がある!……ここでやられるわけにはいかない!」

 

 「――そうだな。古代艦長代理の判断を尊重しよう。ハイデルン、ヤマトに続け! このまま距離を取りつつ砲撃戦を継続する! 敵の接近を許すな!」

 

 進の決断をドメルも支持、交戦を続けている戦闘空母に指示を出す。

 戦闘空母のハイデルンも獰猛な笑みを浮かべて「了解しました! 連中に我々の実力を見せつけてやりましょう!」と大変乗り気だ。

 

 「島、ゴートさん。隙を見て信濃を発進させる、備えておいてくれ。攻撃のタイミングはこちらから指示をする」

 

 信濃に乗艦している2人からすぐに返事が飛び込んでくる。後は発進のタイミングだが、敵の眼前でハッチを開放しては狙い撃ちになる。

 だからこそ、地形を使うべきだ。

 ――丁度活用出来そうな、暗黒ガス雲がヤマトの左舷方向にあるではないか。

 そのままヤマト自身が突入しても良さそうに思える巨大なガス雲。これを利用しない手は無い。

 

 「ハーリー、左舷の暗黒ガス雲に接触する進路を取ってくれ。あの足の様に伸びている一角だ。戦闘空母に死角を作ってもらいながら、ガスを通過する時に信濃を発進させて紛れ込ませる。ここで伏兵を作っておくぞ」

 

 「は、はい! 取り舵35、ピッチ角10、第三戦速でガス雲上方を通過します!」

 

 命令を受けてハリはヤマトの操縦桿を操る。大介に比べると手際が悪いが、こればかりはキャリアの差だ。

 それでもヤマトは進路を変更、左舷にある暗黒ガス帯に向かって進路を取る。戦闘空母もヤマトに追従、自然と敵艦隊が右舷方向に来るので火力を右舷にのみ集中して応戦する。

 

 「ハイデルン。聞いての通りだ。信濃発進の瞬間を隠すため、タイミングを合わせてヤマトと敵艦隊の間に入って死角を作ってくれ」

 

 「了解です、ドメル司令、古代艦長代理!――俄然、楽しくなってきましたなぁ!」

 

 歴戦の猛者はアドレナリンで脳内を満たしている事が一瞬でわかるような笑みを浮かべ、敬礼した。

 進もドメルもそれに応えつつ、敵に気付かれずに信濃を放出出来るかどうかが勝敗の分かれ目になりそうな予感を感じていた。

 

 ガス雲に進路を向けながらも、右舷側から敵艦隊の猛攻が続く。

 舷側ミサイルも弾頭をバリア弾頭に変更して防御シールドを展開し、ヤマトと戦闘空母に向かってくるビームを遮り、ミサイルを防ぐ。

 ヤマトの進路に交わる様に接近してきている敵艦隊なので、徐々に距離が詰まってきている。

 おかげで互いの砲撃が命中しやすくなるが、それでも互いに妨害し合っているので命中率は4割にも満たない。

 ヤマトと戦闘空母は、じりじりと詰まってくる敵艦隊との距離に注意しながら、目当ての暗黒ガス雲に侵入した。

 同時に、ヤマトの右舷側に位置している戦闘空母が動き出した。事前に作戦を了承している戦闘空母は、ベストのタイミングでヤマトと敵艦隊の間を通過するように進路を取って、ヤマトの艦底部ハッチが開いた事を隠す。

 ガスの濃淡と戦闘空母が、敵艦隊の目から中々良い具合に隠してくれた。

 発進準備を終えていた信濃が素早く格納庫から飛び出して、ガス雲の中に溶け込むように消えていく。

 発進完了と同時にすぐにハッチを閉鎖、格納庫内に侵入した暗黒ガスを排出する。

 

 「増速、第四戦速! 進路修正左5度、ピッチ角マイナス7!」

 

 すぐにヤマトの速度と進路を修正。

 信濃放出地点からかなり離れた、よりガスが濃くて視界も悪く、レーダーも機能停止しかねない密度のガスの中へと身を潜めていく。

 ヤマトと戦闘空母を見失なってなるものかと、敵艦隊からの砲撃も激しさを増す。

 勿論このままガス雲の中で追いかけっこをするつもりは無い。

 ヤマトも戦闘空母も盲目のままでは敵艦隊とは戦えないし、このままガス雲の中を航行し続けるのはリスクが大き過ぎる。

 

 「フィールド艦首に最大出力で集中展開! 最大戦速に加速!」

 

 進はさらなる増速を指示。

 抵抗を減らして増速すべく、艦首に集中展開したフィールドで濃密なガスを押しのけつつ、10分近くをかけてガス雲を突き抜けた。

 ガス帯に突入されたことでヤマトと戦闘空母の姿を一時見失った敵艦隊は、その動きに追従しきれなかった。

 それでもこちらの行動をある程度予測していたようで、増速してヤマトと戦闘空母が飛び出すであろう地点目掛けて猛然と突き進んでいた。

 だが、行動が予測されるのは想定内だ。計器飛行すら満足に出来ない暗黒ガス雲の中に留まり続ける事は危険であるという事は共通の認識であろう。

 ましてやここは七色星団。タランチュラ星雲の中でも特に危険なスターバースト宙域。ガス雲の中で何が起こっているかなど、容易には知れない。

 いずれガス雲から飛び出す事も、下手に進路変更して迷子になる事を避けると判断されるのも、想定内の事。

 

 ガス雲を飛び出したヤマトと戦闘空母はそのまま急速上昇、宙返りの要領で敵艦隊の頭上を取り、互いに艦の上部を向け合ったまま高速で交差した。

 

 「全兵装、攻撃始め!」

 

 進の号令でヤマト、そして戦闘空母の全火器が一斉に火を噴いた。

 主砲と副砲が重力衝撃波を、パルスブラスト全76門から重力波を、艦首・艦尾ミサイル発射管、両舷のミサイル発射管と煙突ミサイルといった全てのミサイル発射管からありったけのミサイルが発射され、ルリとオモイカネの制御でECMの妨害に抗いつつ、七色星団の空を舞う。

 戦闘空母も持てる限りの火力を艦の上部――敵艦隊の頭上目掛けて放出した。

 計4基の大口径3連装有砲身グラビティブラスト、艦体側面の小口径3連装有砲身グラビティブラスト、隠蔽式砲戦甲板にある口径違いの3連装無砲身グラビティブラスト6基、対空パルスブラスト36門、艦橋後部の6連装ミサイル発射機2基から、指揮戦艦級すらも上回る火力をひたすらに撃ちかける。

 その火力によって、全力で展開しているであろうフィールドを力尽くで食い破り、何隻かを火達磨にしてガス雲に飲み込ませた。

 

 だが敵艦隊も全火力をヤマトと戦闘空母に集中する。干渉や相対速度の差で命中率は低かったが、それでもかなり接近した状態の砲撃なので、命中した時のダメージが大きかった。

 ディストーションフィールドを最大出力で多重展開して攻撃を減衰しながらも、防ぎきれなかったビームの弾痕を装甲に刻みながら進むヤマトと戦闘空母。

 傷を深めながらも敵艦を十数隻も沈め、敵艦隊後方にまで到達。

 そこで見つけた一際大きな戦艦に向かって主砲を撃ち込むが……。

 

 「なっ!? ショックカノンが弾かれた!?」

 

 守が思わず声を上げる。

 眼前に躍り出てきた敵旗艦と思しき巨大戦艦。

 ここぞとばかりにヤマトは自慢の46㎝3連装重力衝撃波砲が2基、その火力を集中させるが、近距離で命中したにも関わらず、フィールドに僅かに拮抗しただけで弾かれ、明後日の方向に飛んでいく。

 巡洋艦クラスであっても減衰されていたのだから不思議ではないかもしれないが、まさかこの距離で正面から弾かれるとは思っても見なかった。

 対する巨大戦艦の砲撃はヤマトの多重フィールドをあっさり貫通し、右舷に被弾。装甲を半ばまで貫通され、安定翼の開閉システムに深刻な障害を受けた。

 負荷で弱っていたことを加味しても、ヤマトの多重展開フィールドをこうもあっさりと撃ち抜くとは……敵艦の主砲はドメラーズ級の斉射に匹敵――あるいは凌駕する威力だ。

 装甲の薄い部分に命中したら、ひとたまりも無いだろう。

 

 「艦尾ミサイル、目標敵旗艦!――てぇっ!」

 

 守はすぐに艦尾ミサイルを艦橋からの制御で発射。

 すれ違いざまに7番から12番までの発射管から撃ち出された対艦ミサイルは、狙い通り巨大戦艦に命中するが目立った効果が見られない。

 

 「――強力なエネルギー偏向フィールドの一種だ。解析データを見る限りでは、ディストーションフィールドと同じ空間歪曲フィールドの一種のようだが、異なる性質を持ったフィールドを多重展開する事で効率的にエネルギーを受け流しているようだ……ショックカノンでは接射かつ全火力を狭い範囲に集中でもしないと、突破は難しいな……」

 

 真田は分析結果に険しい表情だ。

 あの円盤型の巨大戦艦のフィールド出力はヤマトと同等程度なのに、異なる性質のフィールドを多重展開する事でヤマトを凌ぐ防御性能を得ている様子。

 エネルギー反応を見る限りでは、機関出力はドメラーズ級と同等程度でヤマトの方が上回っているのだが――。

 

 「不味いぞ……この推定強度だと波動砲――いやサテライトキャノンクラスの威力が無いと貫通出来ん……ミサイルのフィールド中和機能は機能しているようだが、出力が桁違いだ。もっと残弾に余裕があれば、主砲と併用して火力を集中させれば突破出来たと思うが、現状では数が足りん。一番手っ取り早いのはモード・ゲキガンフレアだが、安定翼を損壊してしまった今は使う事が出来ない」

 

 一見すると手詰まりになってしまったような状態だ。

 七色星団への影響を無視して波動砲を使うにしても、接近された状態でチャージを始めれば、発射する前にヤマトはハチの巣にされるだろう。

 サテライトキャノンもエックスの物は既に使ってしまっている。

 エックスの機能は回復しているが、激戦で少なからず傷を負っている事を考えると、メンテナンス無しに2発目を使用するのはリスクが高い。

 傷を負っているのはダブルエックスも同じだ。砲身の損傷は軽微なので修理自体はすぐに終わるだろうが、今後の事を考えるとここで無理はさせたくない。

 モード・ゲキガンフレアも、肝心の安定翼の開閉システムを損傷してしまっては使うに使えない。

 

 だが!

 

 「――信濃の波動エネルギー弾道弾なら、十分切り札足り得ますね」

 

 進は性能的な問題もあって温存されていた信濃を使う事を決めた。

 ヤマトは主砲が通用しない場合に備えてより強力でありながら、波動砲よりも低威力で取り回しに優れた必殺武器を数点用意している。

 波動エネルギー弾道弾もフィールド中和機能を有しているし、何より通常の対艦ミサイル弾頭とは桁違いの火力を持っている。

 仮にフィールドを突破しきれずに起爆したとしても、波動エネルギーならあのフィールドをも突破して本体に打撃を与える事が出来るはずだ。

 

 「エリナさん、信濃にヤマトの合図に合わせて波動エネルギー弾道弾を発射するように指示して下さい。真田さん、波動エネルギー弾道弾もヤマト側で誘導可能でしたよね?」

 

 「勿論だ。信濃はヤマトの補助兵装と言った方が適切な存在だからな。相応の用意はしてある。ボソンジャンプ通信を利用した誘導方式なら、暗黒ガス雲の中でも正確に誘導出来るし、妨害を考慮すればまず気付かれんとは思うが、奇襲である以上タイミングが命だ。信濃の存在に気付かれたら、一巻の終わりだぞ」

 

 真田の答えに進は大きく頷く。

 たった4発しか残されていない波動エネルギー弾道弾。無駄撃ちしたら後が無い。

 それに信濃も、所詮は相転移炉式艦艇。波動エンジンやそれに匹敵する動力を持つ暗黒星団帝国の艦艇に正面対決を挑まれてしまっては、虫けら同然に捻り潰されてしまうだろう。

 勝利するためには、奇襲以外に術は無い。この奇襲作戦がこの戦いに勝利するために残された、最後の手段だ。

 

 「エリナさん、戦闘空母のハイデルン艦長に連絡を。波動エネルギー弾道弾の爆発の影響を避ける為、発射と同時に最大戦速で敵旗艦から距離を取るように伝えて下さい――構いませんね、ドメル司令」

 

 「勿論だ、古代艦長代理。ヤマトの武器の威力は、私よりも君達の方が断然詳しい。君達の判断を尊重しよう」

 

 ドメルは進達の判断を尊重する姿勢を崩さない。

 彼らの実力を信じているからこその采配だ。

 

 「ルリさん、信濃の放出地点の正確な座標をマスターパネルに表示してくれ――確実に命中させるためにも、タイミングをしっかりと計らなければ……」

 

 

 

 

 

 

 その頃、デーダーはプレアデスの艦橋で勝利を半ば確信してほくそ笑んでいた。

 予測通り、ヤマトの主砲ではプレアデスの防御を突破出来ない。

 それもそうだ、暗黒星団帝国でも数が少ないこの艦艇は艦隊旗艦として運用するために開発された。

 だから過剰な武装こそ施されていないが、艦載機運用能力は勿論生半可な攻撃では傷つかないよう、徹底した防御力が与えられている。

 武装も数が少ないだけで、破壊力は暗黒星団帝国の艦艇の中でもトップクラスを誇る。

 こちらも予想通り、プレアデスの火力ならヤマトの防御フィールドも紙切れ同然。防ぐ事が出来なかった。

 このまま砲撃戦を続ければ、プレアデスが勝利を掴む事が出来るはずだ。

 ヤマトがこちらのフィールドを突破出来るとしたら、さらに接近して自身のフィールドをぶつけて中和しつつ、横っ腹を見せた斉射を行う必要がある。

 だが、向こうが中和出来るという事はこちらも出来るという事。砲撃をする前にヤマトの倍はあるプレアデスの体格を活かして弾き飛ばして、隙を見せた所を撃ち抜くのみ。

 それに、どうやらヤマトはこちらが過度に接近戦を挑みたがっている事を警戒して距離を取る戦法を選んだらしい。

 となれば、接射による強引な防御の突破は心理的に選択し辛いだろう。仮にその手段で撃沈されたとしても、デーダーの予想が外れていなければヤマトを道連れに出来る可能性は残されている。

 どちらにせよ、分はこちらにあるのだ。

 そして、敵のミサイルの火力ではこちらのフィールドと装甲を撃ち抜くには少々火力が足りていない。

 おまけにヤマトの艦体サイズとここまでの戦闘で使用した分を考えれば残弾も残り少ないはず。

 これでは主砲にミサイルの火力を足して遠距離から強引に突破、という手段すら取れまい。

 

 デーダーはそう考えてヤマトに砲撃を集中させる事を指示。早急にヤマトのフィールドを瓦解させ、この戦いの勝利を収めるつもりだった。

 

 だから彼は、ヤマトがどうしてわざわざ暗黒ガス雲に突入したのか、深く考える事は無かった。単に体勢を立て直すための苦し紛れと自己完結してしまっていたのである。

 そのせいで命を失う事になるとは、この時は露程も考えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 巨大戦艦への攻撃は一先ず無意味と判断したヤマトと戦闘空母は、出来るだけ敵艦隊と距離を離すようにしながら信濃が身を潜めるガス雲に向かって回避運動を行いながら進んでいた。

 ボソンジャンプを利用したボソン通信で信濃の位置情報を確認しながら、信濃もガス雲の中をヤマトからの位置情報を頼りに進んでいる。

 ガンダムやA級ジャンパー単独のジャンプは誤魔化す術は無いが、通信程度の用途で使うのならアクエリアスドックの秘匿の為に使われていた隠蔽シールドで十分に隠蔽出来る。

 それでも多少の重力異常などは検出される危険性があるにはあるのだが、この七色星団の環境下ではそれすら紛れてしまうだろう。

 七色星団の環境は、決してヤマトに不利のみをもたらしたわけではない。環境さえ事前に把握していれば、むしろ利用出来る箇所もあるのだ。

 また、この場を決戦場として選んでいたドメルの協力が得られている事も大きい。彼が事前に調べ上げた最新のデータにその頭脳が加われば、最小限の通信で連携する事も出来る。

 

 敵艦隊は、ヤマトが自慢の主砲を無力化されて逃げに転じたと盛大に誤解してくれたのだろうか、巨大戦艦を前面に押し出しながら逃げるヤマトと戦闘空母を追撃してくる。

 逃走しながら艦尾の武装を使用して、巨大戦艦の陰に隠れていない端の方の敵艦を撃沈しながら機会を伺い続ける。

 巨大戦艦は元より、他の艦艇からの砲撃もヤマトと戦闘空母に幾度も突き刺さり、時にはフィールドを貫通して装甲に傷を残していく。フィールド発生装置も負荷が蓄積され、このままでは長くは持たない。

 焦って失敗してしまう事は避けたいが、焦りが募るのを避ける事が出来ない根競べ。

 クルーの心労も溜まっていった。

 

 ヤマトは艦尾ミサイル・舷側ミサイル・煙突ミサイルから残り僅かなミサイルを牽制も兼ねて放出、戦闘空母も後部の主砲やミサイルランチャーを使用して抵抗を続けながら、敵艦隊の接近を少しでも阻む。

 敵艦隊はヤマトと戦闘空母が暗黒ガス帯に逃げ込もうとしていると考えているのか、ガス帯との間に砲撃を通して牽制してくる。

 最初からその気はないのだが、それで牽制されたフリをして、タイミングを見計らう。信濃との合流予定地点までもう少しだ。

 

 …………。

 

 ………。

 

 ……敵巨大戦艦が、暗黒ガス帯に――まるで触腕の様に伸びた一角に近づく。その飛び出した部分を通せば、波動エネルギー弾道弾を確実に命中させられる。

 ドメルの助言を基にルリが算出した、最良のポイント。

 進は迷わず信濃に打電、発射準備を整えさせた。そして……最良と思われるタイミングで発射を指示した。

 

 「てぇぇぇっ!!」

 

 ゴートは命令通り眼前の発射レバーを引き倒す。同時に解放されたVLSのハッチ。飛び出す波動エネルギー弾道弾が4つ。信濃のありったけが敵艦に向かって襲い掛かる。

 ……起死回生の一打は、ヤマトから誘導されながら暗黒ガス帯の中を突き進み――敵巨大戦艦に直撃した。

 

 

 

 

 

 

 デーダーはヤマトと戦闘空母が這う這うの体で逃げ出していると思い込んで、なおさら躍起になって追撃を指揮していた。

 この状況ではタキオン波動収束砲は勿論、あの人型の大砲も満足に使えないはずだ。このまま消耗させて捻り潰すべく、決死の攻撃を続けさせる。

 暗黒ガス雲に逃げ込もうとするような素振りを見せれば(実際は回避行動で進路がそちらを向いただけ)、砲撃で遮り逃げ込むことを許さない。

 何としてでももっと距離を詰めて決定打を与えるべくヤマトと戦闘空母を追尾する。

 そんな風に視野が狭くなっていた事もあり、プレアデスの進路上にガス雲から延びた“触腕”の存在など気にも留めなかった。

 濃度が薄く規模も小さい、あっという間に通過してしまうので目暗ましにもならないという先入観があったからだ。

 

 そして運の無い事に、ヤマトには小型の艦載艇が存在し、タキオン波動収束砲のエネルギーを広域に拡散させるほどの威力を持ったミサイルを搭載していたという事を失念していたのである。

 

 プレアデスが暗黒ガス帯から触腕の様に伸びた一角に最接近した時、その中から4発のミサイルが飛び出してきたのを確認して、初めて艦載艇の存在を失念していた事に気付いたほどだった。

 ミサイルがプレアデスの艦体と艦橋に命中、対フィールド弾頭の力でプレアデスの強固なフィールドを中和しながら艦体に接触。

 

 直後、眩い閃光が弾けた。

 

 今際の時となって、デーダーは思い出した。

 そういえば昔誰かに言われたことがあった、「お前は優位に立つと詰めが甘くなる」と。

 その通りとなってしまった。そして、この距離ではデーダーがヤマトを道連れに出来るだろうと考えていた、波動エネルギーと暗黒星団帝国のエネルギーの過剰融合反応による爆発でヤマトを巻き込める保証すらない。

 自省する間もなく、デーダーの意識は光の中へと消え去っていった――。

 

 暗黒星団帝国が誇る巨大戦艦――プレアデスは、ヤマトが、ガミラスが予想だにしなかった巨大な閃光と共に爆ぜ、残った艦に次々と誘爆。

 まるで波動砲の直撃を受けたかのような凄まじい爆発と共に、七色星団の一角を照らしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 巨大戦艦に波動エネルギー弾道弾の直撃を確認して、その効果を確かめようとしていたヤマトと戦闘空母は、予想だにしない大爆発に狼狽えていた。

 十分に距離を取っていたつもりだったのに、激しい爆発が生み出した衝撃波に揺さぶられ、押し流され、危うく近くにあった宇宙気流に飲み込まれてしまうところであった。

 各種センサーや構造上脆弱な部位に損傷が生じ、各部から被害報告が殺到する。

 

 「また爆発オチか~~~!!」

 

 などという悲鳴が各所から聞こえたとも言われているが、真偽は定かではない。

 

 予想外の事態にうろたえながらも、ヤマトと戦闘空母は大きな被害を受けずに済み、何とか体勢を立て直して現状維持に努めた。

 

 暗黒ガス雲に紛れていた信濃も巻き込まれた事が予想され、一時は大介とゴートの生存も危ぶまれた。

 が、ボソン通信装置を利用した救難信号を意識を取り戻したユリカが察知。「ヤマト右舷の濃い雲の中、距離と方位は――」と詳細を語る。

 それを聞いたアキトとリョーコが疲労を押してGキャリアーで出撃して暗黒ガス帯に突入、爆発によって撹拌されたガスの淡い部分に漂う大破した信濃を発見、重傷を負いながらも生存していた大介とゴートを救出する事に成功した。

 

 ――しかし、安定翼や追加ブースターも全損、機関部も全損し竜骨も折れてしまった信濃は修理不能判断され、ここまでヤマトの航海を陰から支えていた信濃を放棄する事が決定。

 放棄された信濃はすぐ傍を流れる宇宙気流に飲み込まれ、バラバラに分解されながら彼方へと去っていった……。

 

 その後、ヤマトと戦闘空母は後方に避難していた第一空母と指揮戦艦級2隻と合流――ついでにドリルミサイルでブレード部分に大穴が開きながらも現存していたナデシコユニットも回収。まだ使えそうなので再装着しつつ被弾個所の応急処置を続けながら、七色星団を突き進む。

 損害は決して軽くは無かったが、腰を据えて修理をするほど時間的余裕も無く、外装の応急処置が完了次第ワープでガミラス星とイスカンダル星を擁するサンザー恒星系の手前にある、ライネック星系に向けてワープする事になった。

 

 

 

 「真田さん、イネスさん。あの爆発は一体何だったんですか?」

 

 回収された大介とゴートの安否を確認した後、進はヤマトの頭脳である2人に問うた。

 ヤマトの遥か後方では、先程の大爆発の影響で混沌としている空間が広がっている。

 ハリの懸念通り、波動砲に匹敵する威力となってしまった波動エネルギー弾道弾の爆発の影響で、凪であった空間は荒れ狂う嵐の空間へと変貌している。

 そう、余波によって元々不安定だった気流の流れが変化してしまったからだ。精密検査こそしていないが、あの広大なガス雲の中をかき乱して星の誕生に繋がりそうだと思えるくらいの、凄まじい爆発だった。

 

 「――艦長代理、ドメル司令。これを見てほしい」

 

 真田はマスターパネルに表示させたのは、サテライトキャノンの効果や先程の波動エネルギー弾道弾の効果を観測したデータと、予想されていた被害規模の比較データだった。

 

 「数値を見てわかる通り、一見何の問題も無かったとされるサテライトキャノンによる被害も、想定値より2割程上回っている。波動エネルギー弾道弾に至っては数十倍もの劇的な反応を見せている――推測ではあるが、もしかしたら敵の動力エネルギーとタキオン粒子――いえ波動エネルギーは過剰反応する性質があるのかもしれん」

 

 真田の報告に最初に反応したのはドメルだった。

 

 「過剰反応?――ふむ、ガミラスも宇宙に進出して永いが、このような劇的な反応を起こす文明とは遭遇した事が無いな……真田工作班長、念のため本国のデスラー総統に至急連絡を入れたい。具体的な推論は、その後でも構わないか?」

 

 「構いません。むしろすぐに本国に知らせるべきでしょう。ガミラスの兵器事情には詳しくありませんが、波動エネルギーを転用した兵器をすでに実用化しているのであれば、事は一刻を争います……」

 

 真田は深刻そうな表情でドメルの判断を肯定した。ドメルも流石にデスラー砲に関しては口を噤んだが、すぐにエリナに戦闘空母に繋ぐよう指示を出し、ハイデルンに戦闘空母を中継して本国への緊急ラインを繋げるように指示を出した。

 

 

 

 

 

 

 ヤマト・ガミラス混成艦隊が七色星団に到着した頃、デスラーは艦隊旗艦であるデウスーラの艦橋で戦況を見守っていた。

 敵の主力兵器であるビーム砲はグラビティブラストの干渉で多少逸れてくれるので、前衛艦隊は戦線の構築のみならず、大量の砲撃を放って敵の攻撃に干渉して逸らす盾の役割をも担う事になった。

 干渉で敵の砲撃が逸れてくれるとはいっても、全てを防げているわけではない。性能面で多少なりとも

 しかし戦線は膠着状態のままだ。互いにまだ様子見の段階を逸しておらず、攻勢が互いに緩く、損傷艦はすぐに下げて戦線を維持する事に注力し続けている。

 今はグラビティブラストの干渉という利点を活かして抑えているが、長くは続かないだろう。

 本土防衛戦という状況故、損傷した艦艇の応急修理や弾薬の補充が容易である事は優位に働いているが、一歩でも間違えれば市街地に敵弾が届いてしまう。これは数多くの戦いを制してきたガミラスと言えど、あまり経験のない戦いだった。

 だが、ヤマトとの戦いで移民計画が遅れ気味であった事が幸いもしている。

 本来ならバラン星基地に移動させた民間人の護衛やら太陽系各所に配備して新たな本星となる地球の防備を固める為の戦力が、丸々本星に残されているのだ。

 もしヤマトが出現せず、もしくは早々に叩き潰せていたとしたら、ガミラスはここまで余裕をもって戦う事は出来なかったであろう。

 皮肉な事だ。

 そして、そのヤマトとの戦いを経て多少の改良が施された装備も、もう間もなく準備が整う。

 

 一進一退の攻防は、その後数時間続いた。

 だが、敵黒色艦隊が緩やかに後退を始めた事でその均衡が崩れていく。

 

 「総統、敵艦隊が後退を始めています――第二波攻撃の準備でしょうか?」

 

 「恐らくそうだろう。しかし解せん。敵も本気で攻め込んでは来ていない……何を企んでいるというのだ?」

 

 さて、どう出てくる。

 数の上ではこちらが優位だが、性能面では敵が優勢。

 グラビティブラストの干渉による攻防一体の戦術でイーブンに持って行ったが、それ自体が想定外の出来事であったのか、または想定されていた事なのかが読み辛い。

 

 敵は間違いなく、ある程度の時間をかけてこちらの分析をしていたはず。にも拘らず、どうしてこうもこちらを探るような行動をしてくるのだ。

 グラビティブラストによる干渉も、多少戦局を優位にはしたが絶対的な優位性とは言い難い。

 だからこそバラン星を襲撃してこちらの浮足を立たせて、本土襲撃という作戦を立案したはずだ。

 にも関わらず進行は緩やかでまるで防衛線を構築するのを待っていたかのようにも見受けられ、その意図が掴みにくい。

 連中にとってもイレギュラーと言えるのはヤマトの存在くらいだが……。

 

 (このデスラーですら最後の最後まで悩み続けたヤマトとの和解――地球との共存共栄の道を選ぶなど、連中が予想していたとは考え難い)

 

 だとすれば、本来のプランではヤマトへの警戒も疎かには出来ないこちらの弱みに付け込んだ奇襲によって、一気に制圧するつもりだったと考えるのが自然だ。

 ヤマトに関しても、最初は瞬間物質転送器やドリルミサイルを鹵獲した時に得られたデータ以上の事は知らなかったはずだ。

 知り得た情報は「ガミラスが追い込んだ地球から突然湧いて出た超兵器搭載の戦艦」以上のものではないはずだ。ヤマトが波動砲を理由に襲撃を受けたという報告で裏付けられる。

 ――だとすれば、バラン星の戦いでヤマトが偶然居合わせる可能性は想定していても、ガミラスと共同戦線を行った事は想定外だったはず。

 そこに自ら促したとはいえ、波動砲の絶大な威力を目の当たりにしたことで、技術レベルに大差ないガミラスが同様の装備を持っているかどうかを警戒するようになった、というのだろうか。

 

 (……情報を整理してみよう)

 

 ――暗黒星団帝国と名乗る軍勢の存在をガミラスが認知してまだ2ヵ月程度。

 ガミラスの国境付近で確認された最も古い記録がそれなのだから、もしかしたらもう少し前から調査をしていたかもしれないが、デスラーはガミラスが彼らの存在を掴んだ時期と彼らがガミラスに目を付けた時期に大差は無いと考えている。

 

 その要因の1つがグラビティブラストの干渉だ。

 

 もっと前から入念に調査していたというのなら、もっと対策を練っていても不思議はないのに、それが成されていない。

 それどころか、連中はより強力な兵器であるグラビティブラストを所有していない。

 勿論これはガミラスにとっても他文明が開発したものを利用しているに過ぎない(デスラーは後にシャルバートから現在までに連なる歴史をスターシアから聞かされた)が、ワープ航法を開発する過程で空間歪曲関連の技術はどうしても開発する必要がある。

 例えば、自力でそれらの技術を開発したのではなく、地球の様に他の文明からの技術付与という形で得たのであれば、段階的に発展していく過程で得られる技術を素通りしてしまう、歪な技術体系もあり得る。

 現に地球が最後の希望として送り出したヤマトも、その性能バランスは歪だ。

 6連波動相転移エンジンというイスカンダルしか技術を有していなかった、ガミラスすら上回る超高出力機関を持ちながらも、密接な関係にあるはずのワープエンジンの性能が目も当てられない程低いのが良い例だ。

 しかし、ここまで大規模な艦隊を整備して他国に侵略戦争を仕掛けられるだけの文明が、果たしてこんな初歩的な見落としをするのだろうか。

 空間歪曲フィールドやワープ航法。いずれも開発の過程でそれらに関わる技術を兵器転用する発想は、一定以上の技術力があれば出てきそうなものなのだが……。

 ……それとも、技術的には可能でも有用性を見出せなかったという事だろうか。

 

 (……彼らは目的から探ってみてはどうだろうか?)

 

 目的はあくまで“資源”と言っていた。

 だがもしその“資源”に“人間”が含まれているとしたら、バラン星を攻撃したのはこちらの動揺を誘って奇襲するためだけではなく、ガミラスの移民計画についての情報を掴んでいたからこそ“逃がさないため”に行った可能性が浮上する。

 バラン星への奇襲は確かに効果はあった。だがそのせいでデスラーは警戒を深めた。

 奇襲するならこの戦力で一気に本星を攻撃した方が、むしろ一気に押し込めた可能性が否定出来ない。

 ――にも拘らずバラン星を襲撃した。そして緩やか過ぎる艦隊行動。

 連中は奇襲でなくてもガミラスを侵略出来るだけの自信――すなわち切り札を有しているということだろうか。

 しかし、それでも腑に落ちない点が多い。

 それほどの切り札があるのなら、最初から投入してしまえば良い。戦力の出し惜しみや逐次投入は愚策であるというのは、万国共通の戦術論のはず。

 ――気に入らない。切り札ならこちらにもデスラー砲がある。あるのだが……相変わらずデスラーの第六感が訴えるのだ。

 気易く使ってはならない、と。

 そして、敵艦隊の行動には何かしらデスラーが知り得ない思惑がある、と。

 

 「デスラー総統。ヤマトのドメル将軍から緊急の通信が入っています」

 

 通信士からの報告に頷くと、考え込んでいたデスラーはすぐに気持ちを切り替え繋げるように命じた。

 

 「デスラー総統、ドメルです」

 

 緊迫した様子のドメルにデスラーは先を促す。

 ――嫌な予感がする。最高の機密レベルの秘匿回線を使用しているという時点で、何かとてつもなく重大な案件が生じた事が伺えるが、その予感がますます強くなった。

 

 「我々は七色星団において予想通り敵艦隊の襲撃を受け、これを退ける事に成功いたしました。しかしその戦闘で思わぬ事態に遭遇し、至急、総統のお耳に入れるべく連絡致した次第です」

 

 「――思わぬ事態?」

 

 「はっ、我々は敵艦隊と一進一退の攻防を展開した末、ヤマトの主砲ですら貫通困難な敵旗艦と思しき巨大戦艦に対し、波動エネルギーを封入したミサイルを4発用いて撃破を図りました。それ自体は目論み通り成功したのですが、その際敵艦が波動エネルギーとの過剰反応と思われる大爆発を生じるという異常事態に直面致しました」

 

 ドメルの報告にデスラーは顔が強張るのを自覚した。

 

 「波動エネルギーと――過剰反応だと?」

 

 デスラーの様子に事態の深刻さが伝わったと判断したドメルは、「ヤマトの真田工作班長が私の代わり、事態の説明を行いたいと訴えています」と伝え、デスラーはすぐにそれに応じた。

 

 「ヤマト工作班長の真田志郎です」

 

 「真田工作班長。説明をよろしく頼む」

 

 デスラーに促され、真田が重々しく口を開く。

 ――だが真田を映した映像の端の方で、亜麻色の髪の女性が必死に片腕を掴んで抑えている、金髪で白衣を羽織った女性の姿が一瞬移ったのを、デスラーとタランは見逃さなかった。

 

 その女性――イネス・フレサンジュの事を、彼女が“説明”という行為に反応して出たがっていた事を2人が知ったのは、もう少し後の事だった。

 

 「出来るだけ手短に説明致します。我々が敵巨大戦艦に対して使用したのは、波動エネルギーを封入した波動エネルギー弾道弾と呼称しているミサイルの一種で、これはヤマトの波動砲の1/80に相当するエネルギーを封入しています――勿論、波動砲1発分の1/80です」

 

 まず最初にヤマトが使用した武器についての説明を受けて、デスラーはヤマトに関する報告の中にその武器を積載した小型の艦載艇があった事を思い返した。

 

 「七色星団という不安定な環境に配慮した結果、我々はより威力の高い波動砲の使用を禁じ、ガンダムエックスのサテライトキャノンと、この波動エネルギー弾道弾を切り札として敵艦隊と交戦しました。しかしこの2つを使用した際、どちらも通常とは異なる反応を示しました――ドメル将軍が報告された通り、過剰反応と思しき威力の増大現状の事です」

 

 「これをご覧下さい」と、真田はその2つの兵器を使用した時の観測データを幾つもこちらに転送してきた。

 ガミラス最高レベルの暗号通信とはいえ、なかなか思い切った行動だと感心する。

 

 「気分を害されるかもしれませんが、これはガミラス艦に対して使用した時のデータと比較したものです。艦艇のサイズや防御性能の違いは、多少の推測を交えながら補正しています――御覧の通り、サテライトキャノンで約2割、波動エネルギー弾道弾に至っては数十倍もの威力の向上が見られています。サテライトキャノンに関しては観測機器の精度による誤差の範疇かもしれませんが、波動エネルギー弾道弾に関しては、到底誤差では済みません。間違いなく劇的な反応によって威力が増大しています」

 

 「確かに――このデータに間違いが無ければ、連中は波動エネルギーに対して異様な反応を示すという事になるな……」

 

 「その通りです。交戦によるセンサー類の破損、ECMによる妨害等を受けていた為具体的に何が過剰反応を引き起こしたのかが不明ではありますが、このデータを信じるのであれば敵の何らか物質――またはエネルギーはタキオン粒子に対して反応を起こす事が推測出来ます」

 

 真田はそこまで言ってから新しいデータを送ってきた。これは――。

 

 「御覧の通り、タキオン粒子に対して反応は起こしているようですが、我々の機動兵器が使用しているタキオン粒子を封入したロケット弾は過剰反応と思しき反応を見せていません。反応を見せるようになったのはタキオンバースト流にまで加工したサテライトキャノンからです」

 

 サテライトキャノン――あのガンダムという人型が保有している戦略砲。その存在がガミラスに知られた時は、デスラーすらも驚かざるを得なかった代物だ。

 艦載機に戦略兵器を搭載する前時代的な発想(繰り返しになるが、広大な宇宙空間を戦場にすると航続距離や積載量の関係で宇宙戦艦を使った方が効率が良い為、時代遅れになった)は勿論、艦載機に搭載出来るサイズで纏め上げた発想と技術力には、素直に感服せざるを得なかった程だ。

 そうか、今までは波動砲の亜種とまでしか判明していなかったが、あれは波動エネルギーに至っていないタキオン粒子を同じように高圧化・収束して打ち出すタキオンバースト流を利用した兵器だったのか。

 ガミラスでは波動エネルギーやタキオン粒子の兵器への直接転用は積極的でなかった(不思議とそういう発想があまり出てこなかったり、既存の戦力で十分であるなどの理由)。

 実際デスラーも、カスケードブラックホールの一件が無かったら、デスラー砲――タキオン波動収束砲の開発に手を出していたとは言い難い。確かに優れた武力ではあるが、威力が高過ぎて加減がし難いのは、あくまで版図を広げる事を目的としているガミラスにとってデメリットも大きかったのである(手に入れるべき星を吹き飛ばしてしまっては本末転倒)。

 

 ――ある意味では、“追い込まれて奇麗事を言っていられなくなった地球の惨状があってこそ実用化された兵器”と言えるそれが、未知なる脅威に対しても絶対的な威力を生じるとは、きっと夢にも思っていなかったに違いない(これに関してはヤマト自身が余計な先入観を与えないために隠蔽していただけである)。

 

 「それを踏まえて考察するに、“未加工の波動エネルギー”であれほどの反応を生み出したというのであれば、“より威力を発揮するように加工した”波動砲を使用すれば、どれほどの被害が生じるのか皆目見当もつきません。我々はガミラスの兵器開発事情に詳しくはありませんが、艦長から教えられたガミラスの状況を考えるに、独自に波動砲を開発していると考えています。もし完成しているのでしたら――」

 

 真田の言葉を遮るようにデスラーは疑念に応えた。

 

 「疑念は尤もだ。そちらの推測通り、ガミラスもカスケードブラックホール対策としてタキオン波動収束砲の開発を試み、つい先日完成したばかりだ。切り札を最初から切るつもりは無かったので使わないでいたが――どうやら正解だったようだな」

 

 これも最高軍事機密に属する内容ではあったが、今はそんな事を言っていられない。正確な情報を共有し合って対策を立てなければ最悪な事態を招きかねない事態になってしまった。

 そんなデスラーの含みを持った言葉に、真田は自分の推測が当たっていた事に呻く。和解が成立していなければ、その矛先がヤマトに向いていたであろうことは想像に容易い。

 同時に、デスラーが安易に波動砲を使用しなかった事を安堵した。

 

 「その通りだと思われます。もしも波動砲が敵艦隊を直撃した場合、直撃を受けた艦が強烈な反応で爆発、最悪周囲の艦艇にも大爆発で飛散したタキオン波動バースト流の影響を受けて誘爆を重ね――極めて広範囲を吹き飛ばす危険性があります。言い換えれば、周辺への被害を考慮しなくて良い環境下であれば、波動砲は暗黒星団帝国の艦隊に対して絶対的な威力を発揮出来るという事であり、逆に周辺に考慮しなければならない環境下では――波動砲は絶対に使えません。二次被害があまりにも大きく、予測がつきません」

 

 断言する真田にデスラーも苦々しい顔だ。

 勿論真田が気に入らないのではなく、不可解な彼らの行動の意図を自ずと察したからである。

 

 「――連中が距離を詰めて交戦してこない理由はこれか……!」

 

 「彼らがこの事を知っているのなら、過剰反応を恐れてと考えて間違いないでしょう。これまでの戦いで、ガミラス艦もヤマトと同じ波動エンジンを搭載している事はわかっているはずです。だからこそ、影響を受ける可能性がある至近距離での交戦を避け、どの程度の距離ならば問題ないのかを推し量っているのでしょう。迂闊に撃沈して波動エネルギーが漏洩し、それが連中の“何か”に過剰反応してしまえば、最悪一帯が吹き飛んでしまう恐れがあります――勿論、連中が欲しがっているであろうガミラスとイスカンダルも纏めて吹き飛んでしまう可能性も否定出来ません……恐らく、ヤマトがバラン星で波動砲を使用した際にデータを取得し、その可能性に気付いたのではないかと推測します。バラン星の時と七色星団では、敵艦隊の動き方に違いが感じられましたので……」

 

 これは――ますます辛い戦いになるやもしれない。

 これではこちらも迂闊に接近出来ない。

 接近戦に持ち込めば、敵艦隊は過剰反応を恐れて攻撃の手が緩むかもしれないが、言い換えれば反撃を受けてこちらが撃沈された場合敵味方問わず甚大な被害を被る可能性が出てきてしまった。

 

 「確認される限り、敵艦隊もディストーションフィールドと同じ空間歪曲場による防御装置が装備されています。それが、撃沈等で漏洩した波動エネルギーを遮断して反応を防ぐに足る性能があるかどうかまでは判明していません。こちらの検証の限りでは、波動エネルギーはディストーションフィールドに対する中和効果が確認されています。だからこそ、波動エネルギー弾道弾を開発したのですが……」

 

 「なるほど。確かにこれでは迂闊な真似は出来ないはずだ……」

 

 デスラーも腕を組んで考え込んでしまう。

 恐らくこの問題がある限り敵艦隊も迂闊に接近してこないとは思うが、むしろ我々がこの事実に気付いた事を承知した上で裏をかかれる可能性もある。

 長距離通信で言葉を交わしているのだ、暗号化しているとはいえ漏洩しない保証はない。

 無論、ドメルも真田も承知の上で最悪の事態を避ける為にこうして通信してきたわけなので、責めるつもりは毛頭無いが……。

 

 「――我々は既に何十隻も敵艦を撃破し、こちらも同等の被害を被っている。敵艦隊の攻撃が消極的だったのが事実だとすれば、撃破した時のエネルギー漏洩による影響を調査する目的があったからかもしれない。とすれば……」

 

 敵はこれまでの戦いで十分な情報を得て、それに合わせた対策を構築している最中と考えていいだろう。

 だとすれば――。

 

 「古代艦長代理に代わってもらえないか?」

 

 デスラーの要求に真田はすぐに応じて、艦長席に回線を繋ぐ。

 そして、回線の秘匿性を確かめた上で尋ねた。

 

 「古代艦長代理、ヤマトの到着予定はどうなっている?」

 

 「七色星団での損傷の応急修理の時間を考えると、本来の予定よりも数時間程遅れるかもしれません」

 

 進は淀みなく答えた。

 実際この後寄り道をしてからイスカンダル・ガミラスへのワープを行う事になっている。

 戦闘があると最初から想定していたので、当然そこでの修理や補給による時間的損失はスケジュールに含まれてはいるのだが、思った以上に損害が大きい。

 予定よりも時間を取られる可能性は十分にある。

 そこまではデスラーも想定内だったのだろう。小さく頷くと今度は別の事を問うてきた。

 

 「古代艦長代理。私は先程の説明を聞いて、サテライトキャノンは使用しても問題無いと解釈したが、サテライトキャノンのコンディションに問題は無いだろうか?」

 

 率直な問い掛けだった。現状、過剰なエネルギー反応を気にせず使える兵器としては最大の破壊力を誇るサテライトキャノンは、文字通り戦局を左右する一手になる。

 勿論ガミラスにもまだ切り札は残されている。残されているが、切れる手札は多い方が良いのは言うまでもない。

 だからこそ、救援に向かっているというヤマトの誇るサテライトキャノンの威力が――どうしても欲しい。

 

 「……現時点では問題無く発砲可能です。しかし、ご理解頂けていると思いますがサテライトキャノンは人型機動兵器の搭載火器です。艦載の波動砲に比べるとどうしても脆く、使用に伴う制約も大きい。エネルギー確保は何とかなりますが、使用前後に生じる無防備な瞬間を狙われてしまえば、発砲どころではありません――波動砲と全く同質の兵器と考えて頂く必要があります」

 

 進の率直な答えにデスラーは「わかった。そのように捉えておこう」と返事をする。

 なるほど、そういった制約があったからこれまでの戦闘でもその威力を前面に押し出してこなかったのか。

 冥王星や次元断層での解析データからすると、威力は波動砲には流石に及ばないが艦隊決戦兵器として通用する威力がある事は間違いない。

 ――つまり、波動エネルギーを直接転用していない、敵のエネルギーに対して過剰反応せずに済む兵器の中では事実上最強装備だ。

 もしも敵が切り札を――奇襲などしなくてもガミラスを叩き潰せる自信を持つ札を切ってきた時、これが通用するかしないかで戦局は大きく左右されるだろう。

 

 敵にまだ動きは無い。

 ヤマトの到着のタイミング次第で、戦局を大きく左右されるかもしれないと、デスラーは漠然と考えながら、情報交換を続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 「ふむ……予想よりも手強いな。奇襲の成功程度で少々思い上がっていたか?」

 

 メルダーズは座席に深く身を沈めながら戦況モニターを見詰めていた。

 バラン星での戦闘記録と比較すると随分と練度も士気も高い。

 恐らく、ヤマトが敵ではなくなった事でこちらにだけ集中すれば良い事になり、当初の思惑に比べて心理的余裕が出ているのも影響しているだろうが、やはり本星を背にした戦いでは気合が入るものなのだろう。

 ――それはどこの国も同じだな、と述懐する。

 

 (それにしても、まさか連中が使う波動エネルギーと我が軍のエネルギーが過剰融合反応を起こすとは……流石に予想していなかった……)

 

 腕を組み、目を伏せて頭の中で考えを巡らせる。

 当初の予定ではバラン星の攻撃成功と同時にガミラス本星に奇襲を敢行するつもりだった。

 だが、あの戦場に現れた思わぬ乱入者――ヤマトの存在がその予定を狂わせる。

 メルダーズとしても、単艦でここまでガミラス相手に抗ったヤマトの事は高く評価せざるを得なかった。

 その要因となったであろうタキオン波動収束砲が、ここまで我が暗黒星団帝国にとって危険極まりない物であったとは、流石に予想の遥か上を行っていた。

 そのため、バラン星からの報告が上がった直後に予定を変更し、ガミラス艦底を撃破した時に炉心から漏洩する波動エネルギーによる影響の有無、ガミラスがタキオン波動収束砲を装備していないのかどうか等を改めて調査する必要性が生じてしまった。

 

 迂闊に奇襲を仕掛けて星の近くでこの現象を誘発してしまっては――得られるものが無くなり、損失だけが重なってしまう。

 おかげで予定されていた奇襲作戦は破綻し、“わざと警戒網に引っかかって”艦隊を宇宙に上げてもらい、実際に戦いながら情報を集めて対処していかなければならなくなった。

 

 この現象さえなければ、奇襲攻撃で抵抗力を根こそぎ奪い、最後はこの機動要塞ゴルバの威力を持って完全に鎮圧出来ていたのだが……これでは迂闊にゴルバを近づけるわけにはいかない。

 ――尤も、タキオン波動収束砲と言っても粒子ビーム砲の一種であるなら、最大出力で展開したゴルバの偏向フィールドで防ぐ事は不可能ではない。が、ミサイルの弾頭等に波動エネルギーを封入していないとも限らない。

 事実ヤマトはそのような兵器を使ったと報告を受けている。

 それにあの連射式は厄介だ。あの性能だと、最悪防御を力尽くで抜かれてしまう可能性が否定出来ない。

 

 「さて――どう攻めたものか……」

 

 今の所タキオン波動収束砲の装備が確認されているのはヤマトだけ。そのヤマトも七色星団でデーダーが迎え撃っているはずだが――未だに撃沈の報が無い事を考えると仕損じたが、相打ちのいずれかだろう。

 となれば、遅くとも明日にはか明後日には到着し、戦線に加わると見た方が良いだろう。

 また、この戦場で新たに確認された大型艦――恐らく敵艦隊の旗艦――の艦首にも、大口径エネルギー砲と推測される装備が確認されている。

 連中がブラックホール対策にタキオン波動収束砲に目を付けていたとするなら、ヤマトと共闘する以前から開発に着手していた事は確実。

 恐らくあの大砲が、ガミラス製のタキオン波動収束砲である事はまず間違いないだろう。

 

 ガミラスとヤマトがこの現象について知っているかどうかはわからない。

 が、もしもヤマトがデーダーを打ち破ったのなら、タキオン波動収束砲や波動エネルギー封入弾頭のミサイルを使用していたのなら、気付いているだろうし同盟関係に至ったガミラスにも知らせているはずだ。

 

 さて、どうしたものか。

 解析の結果、動力エネルギーにさえ直接触れさせなければ、劇的な反応を起こさない事がわかった。

 勿論装甲に直接触れるのも不味いが、脆くなるだけで済むなら安いものだ。

 飛躍的に難易度が上がったガミラス・イスカンダル攻略作戦ではあるが、だからと言って引くわけにはいかない。

 ガミラスとイスカンダルで得られる資源は暗黒星団帝国の未来を考えれば必要なものだ、みすみす諦めらめるわけにはいかない。ましてや本国は今も熾烈な戦いの最中であり、時間をかけて部隊を再編する余裕すらない。

 

 そして何より、波動エネルギーへの脆弱性を露呈したまま撤退してしまえば、ガミラスも――そして地球も波動エネルギーを転用した武装で身を固め、暗黒星団帝国の干渉を避けようとするだろう。

 

 ――ヤマトとガミラス旗艦にしかタキオン波動収束砲が搭載されていない今が絶好の機会なのだ。

 これを逃せば、現在の帝国の状況を考えるに二度目は無いと言い切って良いだろう。

 イスカンダリウムとガミラシウムを逃せば、今行っている宇宙戦争でも苦しい戦いを強いられる可能性は高い。

 ――メルダーズに失敗は許されていないのだ。

 

 彼は攻略計画を練り直しながら、遥か遠くの祖国に思いを馳せた。

 

 

 

 辛くも七色星団の死闘を制したヤマトではあったが、予期せぬ形で波動エネルギーと暗黒星団帝国の相性の悪さを知る事となった。

 

 波動砲という決定打を封じられたヤマトとデスラーは、果たして暗黒星団帝国の軍勢を退け、迫りくるカスケードブラックホールを葬り去る事が出来るのだろうか。

 

 ヤマトよ、地球とガミラスとイスカンダル。3つの星の命運は君の肩に掛かっているのだ!

 

 人類滅亡と言われるその日まで、

 

 あと、243日!

 

 

 

 第二十四話 完

 

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第三章 自分らしくある為に!

 

    第二十五話 ヤマトの戦い! 機動要塞ゴルバの脅威!

 

    ヤマトよ、覚悟を示せ!



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第二十五話 ヤマトの戦い! 機動要塞ゴルバの脅威!

 

 

 

 デスラーとの通信を終えたヤマト・ガミラス艦隊は、装甲外板の応急修理を終えただけの状態でサンザー恒星系から約8光年ほど離れたライネック星系へとワープしていた。

 被害甚大ではあったが、1隻も脱落せずに困難を乗り越えられた事は大変喜ばしくある。が、同時にガミラスとイスカンダルが現在直面している危機を解決するためには、些か被害が大きいという認識があった。

 

 なので艦隊はバランを発つ際、戦闘があった場合の損害回復のための手段として事前に話を付けていた、ライネック星系にあるガミラスの自動兵器工場に向かっていた。

 なんでも大規模な太陽光発電を利用したスペースコロニークラスの規模がある大型施設で、旧式化している今でも活用されているらしい。

 ライネック星系はサンザー恒星系の隣にある恒星系の1つで、向かいにあるアルミナート星系と違ってコスモナイトを始めとする宇宙船の建造に適した鉱物資源が特に豊富と確認されている事から、その採掘と加工を効率的に行うために建造されたのだという。

 

 「この工場はつい最近まで、移民船団の用意の為にフル稼働していました。資材の殆どはそちらで使ってしまいましたが、まだいくらか残っています。ヤマトと戦闘空母を回復させるには十分なはずです」

 

 とドメルが断言した。

 移民船団の製造は既に一段していて、ヤマト・ガミラス艦隊が入港するのに不都合はないらしい。

 ここでガミラス本土防衛戦のための準備を整えなければならないが……許されている時間は短い。

 果たしてどの程度まで損害を回復出来るのだろうか。

 一抹の不安を抱えたまま、今ヤマト・ガミラス艦隊は自動兵器工場へと入港するのであった。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第三章 自分らしくある為に!

 

 第二十五話 ヤマトの戦い! 機動要塞ゴルバの脅威!

 

 

 

 メルダーズは考えていた。

 ガミラスとヤマト、双方を同時に相手取るのは出来れば避けたい。

 ヤマトは波動エネルギーを利用したミサイルを実用化していると報告がある。

 和解したらしいガミラスにそのデータが渡っているかどうかは定かではないが、データがあっても工業規格等の違いを考慮すれば、バラン星攻撃から僅か3日の現時点で用意出来ているとは考え難い。

 つまり、自動惑星ゴルバにとって最も警戒すべき存在はヤマトという事になる。

 波動エネルギーを転用したミサイルも脅威ではあるが、やはりタキオン波動収束砲も無視出来ない脅威となる。

 たしかにゴルバの偏向フィールドの出力と強度ならばタキオン波動収束砲とて受け流せる自信はある。

 だが、ヤマトの物は最大で5連射が確認されている。内1発はそれまでの倍の出力での砲撃だった。

 とすれば4連射した時と同出力で最大6連射。その6発分を1度に放出可能な可能性も示されたという事だ。

 ゴルバの偏向フィールドであっても、6発分のエネルギーを受け流せる確証は無い。特に連射は無視出来ない脅威だ。

 ゴルバとて弱点は存在する。そこを的確に突くのに――6連射は最適であろう。

 

 ――ヤマトとガミラスがエネルギーの過剰融合反応を認知しているのなら、使用を自粛する可能性は極めて高い。

 ゴルバほどの大物にタキオン波動収束砲を撃ち込んだとしたら、相当大規模なエネルギー融合反応を生み出し、星の1つや2つあっさりと吹き飛ばす大爆発を生み出すのは目に見えている。

 だが、万が一にも連中がこの反応について把握しておらず、最終手段としてタキオン波動収束砲を行使した場合――最悪の事態を引き起こすだろう。

 

 (帝国の未来の為にも、ガミラスとイスカンダルは無傷で手に入れなければならない――)

 

 帝国の支配者――聖総統の命令は絶対だ。メルダーズも国に、聖総統に忠誠を誓った身の上。その期待には応えねばならない。

 

 何か活用出来るものは無いかと、ガミラスとヤマトに関する資料を洗いざらい見直していると、ふと思いついた事がある。

 帝国としてはどちらに転んでも取り立てて支障なく、上手くいけばヤマトとガミラスの共闘を阻止する事が出来るアイデアだ。

 地球とガミラスの結束が予想を上回っていたら失敗するだろうが、何もせず手をこまねいているよりは遥かにマシだ。

 

 「メルダーズ司令。七色星団に配した偵察艦から、ヤマトとガミラス艦を確認したとの報告があります」

 

 「……わかった」

 

 念のため、デーダーが戦を仕掛けた場所から最も近い脱出地点付近に偵察艦を置いておいたのは正しかった。

 それにしてもデーダーを破るとは……侮りがたい艦だ。

 やはり、思いついたアイデアを試すべきだろう。

 そう考えたメルダーズは、早速行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 ヤマト・ガミラス艦隊は指定されたドックエリアにその身を滑り込ませ、ガントリーロックで艦体を固定して整備と補給作業を受けていた。

 事前に発注していたおかげで作業は円滑に進んでいる。

 ミサイルなどの消耗品は出し惜しみ出来ない為ほぼ使いつくしてしまっている。この消耗品の補給は最も重要だ。

 しかしヤマトの場合、ガミラスと工業規格が異なる為、自動兵器工場では対応出来ない。なので使い易いように加工された資材を受け取って艦内工場をフル稼働で対応する事になる。

 当然ガミラス艦に比べてコンディションの回復が遅れるので、回収したナデシコユニットを改造して補填する事になった。

 ドリルミサイルで貫通された大穴を塞いで、破損したフィールドジェネレーターの交換やミサイルの補填を行って次の戦いに備える。

 ユリカの発案でさらなる改修を行っているが、果たして極めて限られた時間しかないこの状況下で完成にこぎ着けられるかどうか……完成しなかったらユニットを置いてヤマトだけで行くしかないだろう。最悪後から輸送してもらうしかない。

 ヤマトの隣のドックに入渠した戦闘空母も、各部の応急修理が急ピッチで進められ、艦載機用の弾薬や消耗品の搬入も随時行われ機能を急速に回復させていく。

 

 そうやって物資の積み込みと修理作業も含めて、8時間ほどの滞在を予定していた。

 心休まる滞在時間とは言い難く、修理や搬入作業に携わらないクルーもそれぞれの部署の立て直し、そして何よりこれからの戦いに備えた作戦会議に余念が無かった。

 

 

 

 中央作戦室。

 そこで目を覚ましたユリカを交え、信濃から救出された後入院した大介とゴートを除いたメインスタッフによる作戦会議が行われていた。

 

 「――以上の解析結果から、暗黒星団帝国が実用化している動力エネルギーと波動エネルギーが起こす過剰反応は、使用した波動エネルギーの数十倍以上という凄まじいレベルであり、実際波動砲の1.25%の波動エネルギーを封入された波動エネルギー弾道弾4発で波動砲に匹敵するエネルギー反応を生み出しています。また、ボソンジャンプ戦法に同行したガミラス機とダブルエックスの観測データを入念に解析した結果、サテライトキャノンでも反応が確認され、約2割程の威力向上が見られています」

 

 真田は床の高精度スクリーンに映し出した解析データを指示棒で示しながら、言葉を続ける。

 ――七色星団での死闘を制した後、もはや先入観云々を考えて秘匿しているのは致命傷ではないかと考えたヤマト自身が開示した事で、かつてヤマトが戦った暗黒星団帝国の情報が得られている。

 ――とはいえ、ヤマトの判断は間違ってはいなかった。

 厳密にいえばそれはデータではなく“証言”であったからだ。

 何しろ具体的な数値などについては「わかりません」の一言で切って捨てられたので、言葉からくる印象だけで慎重になり過ぎて、却って戦局を悪化させていた可能性すら指摘されたほどだ。

 特にヤマトの声を聴く事が出来ないドメルにとっては、丁寧に説明した所で到底信じ難い出所不明の情報に成り易いため、ヤマトが下手に入れ知恵しなかったのは寧ろ正解であっただろう。

 今も、ヤマトの証言は無視して得られた情報のみで推論を重ねている。

 

 「……損傷の影響とは言え、モード・ゲキガンフレアを使えなかったのが幸運だったと言えますね。万が一突撃した瞬間にこんな反応を引き起こされては、下手をするとヤマトを守る波動エネルギーの膜が、そのままヤマトを破壊していたかもしれません」

 

 険しい表情でルリはあの時モード・ゲキガンフレアが使えなかったことを安堵し、真田も「幸運としか言いようが無かった」と肯定する。

 

 「……対して、同じ巨大空母に向かって使用されたロケットランチャーガンのタキオン粒子弾頭では、目立った反応が見られていません。勿論、封入されているタキオン粒子は微々たるものなので、反応を検出出来なかったとしても無理はありません。意識してデータを集めていたわけではありませんでしたし……」

 

 ユリカの車椅子係兼ダブルエックスパイロットとして会議に参加しているアキトは、

 

 「あくまで俺個人の体感ですけど、ガミラス艦に対して攻撃した時と違いは感じませんでした。タキオンバースト流まで加工しなければ、過剰反応せずに済むって可能性も否定出来ませんか?」

 

 と自分なりの意見を口にする。

 

 真田とイネスは「まだ断言は出来ないが、可能性はある」と回答した。

 

 「――とりあえず言える事は、サテライトキャノンと波動エネルギー由来の武器全般に反応するって事か――具体的な線引きがわからないと、これからの戦いがやり辛いな……安全を期すなら、タキオン粒子を転用した武装は極力封印した方が確実って考えた方が良いのか?」

 

 コスモタイガー隊隊長兼GXのパイロットとしてリョーコが問うと、

 

 「今の所はそう考えてもらって良いわ。あらゆる面で情報不足だから、断定出来ないのよ……」

 

 とはイネスの弁だ。

 確かに何でもかんでも波動エネルギーを転用した武装を採用したりはしていなかったし、タキオン粒子の転用も機動兵器用のロケットランチャーのみに留まっていた。

 ――この手の武装の代表であった波動カートリッジ弾は、主砲の改装で使えなくなったので、波動爆雷も設置場所を設けられなかった事もあってオミットされてしまっていたのが、幸運だったのか不幸だったのか。

 

 「情報収集を考えるのなら、ミサイルの弾頭にタキオン粒子を封入して実験するのが第一なのだが、これからの激戦の中で正確な情報を収集するのは難しいと言わざるを得ない」

 

 「それに、動力エネルギーだけに反応を示しているのか、それともそれ以外にも何かも反応を起こしているのかすら全く分かっていないしね――もしも仮に、彼らの宇宙船を構成する全ての要素が大なり小なり関わっているとするのなら、迂闊な行動は私たち自身の首を絞める事に繋がるわ。撃破した残骸を回収するなりして、然るべき場所で研究しない限り、迂闊な事は出来ないわよ」

 

 頭脳面ではヤマトトップ2の2人の意見が一致しているというのであれば、それがとりあえずの正解と考えても間違いは無いだろうと、全員が納得した。

 

 「――問題は、暗黒星団帝国がこの情報についてどの程度重きを置いているかだ。これから先、本星を襲撃している艦隊を退ける事が出来たとしても、自国の兵器に対して特別威力を発揮する兵器を保有しているガミラスと地球に対し、本格的な戦争を仕掛けてくる可能性は否定出来ない」

 

 ドメルの疑念は、この現象を発見した時から考えていた難題であった。

 

 「勿論デスラー総統の事だ。地球への賠償の一環として軍事同盟を締結する事は間違いないと私は考えている。そうなれば、ガミラスの艦隊を太陽系に駐屯させて防衛網を構築する事になるだろう。しかし――」

 

 ドメルが言葉を続けようとした矢先、第一艦橋でエリナに代わって通信席についていた交代要員から、ガミラスを介して暗黒星団帝国からのメッセージが届いたと報告が入った。

 ユリカも進も、すぐにメッセージを中央作戦室に送るように指示した。

 

 「地球の宇宙戦艦――ヤマトよ。私は暗黒星団帝国マゼラン方面軍司令長官、メルダーズだ」

 

 メルダーズと名乗る人物からのメッセージの出出しはこうだった。

 

 「まずは貴艦のこれまでの戦いぶり、お見事であったと称賛させてもらおう。しかし、これ以上我が軍の邪魔建てをすることは許さん――そこで提案させてもらう。ヤマトよ、大人しくガミラスとイスカンダルから手を引け、今後一切関わるな。貴艦らの目的がイスカンダルにある事はこちらも承知している。これ以上我々の邪魔をしないというのであれば、貴艦らのイスカンダルでの要件を果たす事は認めよう。また、我々がイスカンダルに求めているのはイスカンダリウムだけだ。唯一残されたスターシアを貴艦らがどうしようと、干渉するつもりは無い。無論、ヤマトからは一切の手を引き、地球を侵略の対象から外すよう私から上層部に掛け合う事も確約しよう。しかし、これ以上邪魔建てするというのであれば――」

 

 メルダーズはそこで言葉を1度区切ってから、力強く言い切った。

 

 「貴艦らをここで撃沈する。仮にこの戦いを制したとしても、地球に対して我が暗黒星団帝国が報復する事は、避けられないと知れ。貴艦らにとっては侵略行為にしか見えずとも、この戦いは我が帝国の未来を左右する重要な案件。それを阻むという事は、我が帝国に弓引くも同じ行為だ――その覚悟があるのなら、向かって来るが良い――賢明な判断を期待しているぞ、ヤマト」

 

 メッセージの内容は以上だった。

 その内容にドメルはしてやられたという顔になる。

 

 「――やられた……今までは相手から一方的に攻撃を受けていただけだった。それならば、自衛という形で交戦を正当化出来たが、こう言われてしまっては迂闊に戦えない――やはりバラン星の戦いでヤマトが助けに入った事から、ガミラスに恩を売って地球に対する侵略を止める様に訴えたと解釈したのだな……しかも、波動砲の威力を見た事でガミラスが直面しているカスケードブラックホール災害への対抗策に使えると見抜き、ヤマトとガミラスの間で交渉があったと推測されたか……賢い連中だ。こちらの事情をここまで見抜くとは……!」

 

 ……覚悟していた事だ。

 あくまで自衛と言い切れるような形だからこそ、ヤマトは暗黒星団帝国の軍勢に対して一切遠慮する事無く戦ってきた。

 だが、どのような形であれ“交渉”という手段を取られてしまっては、ヤマトの独断で戦う事は――出来ない。

 そんなことをすれば、地球に新しい脅威を自ら招いてしまう。

 

 「――中々痛い所を突かれましたね。ヤマトが単独で行動している以上、ガミラスとの交渉含めて地球政府の了承を得たわけではないと判断してもおかしくありません――ヤマトが引かなければ言葉通り地球を公然と攻め、ヤマトが地球大事に手を引いたとしても、ガミラスを手中に収めた後、結局説得出来なかった、とでも言えば大手を振って地球を攻撃出来る。所詮は現場責任者の口約束。幾らでも反故出来ますしね。どちらにせよ潜在的な脅威である地球も見過ごすつもりはないとしても、こういう手段を取られる中々身動きし辛いのが実情ね……」

 

 ユリカは顎に手を当てながら敵の目的を推測して口に出す。

 

 「それだけヤマトを――波動砲を恐れているということでもあります。連中がガミラスも同型のデスラー砲を開発に成功し、デウスーラに搭載している事まで掴んでいるかは定かではありません。が、もし察しているというのなら、ヤマトとデウスーラが同じ戦場に出現する事を快くは思わないでしょうね。連中にとっても猛毒となるのは、恐らくタキオン波動バースト流――波動砲の直撃に相違ないでしょうし……」

 

 進もまた、自身の推測を口にする。

 

 「バラン星での使用で、連射式であることも、普段は分割して発射しているエネルギーを1度に撃てることも、恐らく敵に知れているだろうことを考えれば、この上なくわかり易い脅威として認知されても、不思議は無いしな……」

 

 守も続く。

 

 「あの巨大戦艦のフィールドは、波動砲で突破可能だ。だが要塞クラスともなれば、波動砲の1発くらいなら退けられるだけのフィールドを有していてもさほど不思議はない。何しろ、空間磁力メッキという実例を俺達は知っているからな。波動砲とて、防御不可能な絶対兵器というわけではないのだが……」

 

 開発に携わった真田も苦々しい表情で語る。

 

 「――仮に波動砲を防げる防御フィールドを有していたとしても、その全容が知れないデウスーラに連射や特大の一撃が可能なヤマト。その2隻が揃ってしまえば、防御フィールドの性質や出力次第では力業で突破されてしまうかもしれない。そして、実体弾に波動エネルギーを封入する術をヤマトは持っている――なるほど確かに、1度には相手にしたくない戦力だね。単純な威力で考えてもそうなのに、猛毒ともなれば」

 

 ジュンも腕を組んで唸る。

 

 「地球がこの有様では、私達だけの判断では到底戦えません。今の地球に――侵略者を迎え撃つ余力なんてありません。時間断層の存在を加味した防衛艦隊の再整備計画だって、どう考えても数ヵ月以上かかります。ガミラスとの軍事同盟が実現するとしても、私達はデスラー総統を信じる事が出来ますが、地球政府がそうである保証はまったくありません。ガミラスに防衛力を全面的に依存しなければならない事を鑑みても、とてもヤマトの独断では――」

 

 ルリも顔を険しくする。

 正直“交渉”にすらなっていない、一方的な通達である事に違いは無くても、こういった言い方をされるだけでこうも容易く動きを封じされれてしまう。

 ――政治とは、本当に厄介な代物だった。

 

 「――これも、波動砲の呪いなのかもしれませんね」

 

 中央作戦室のコンソールパネルを操作しながらハリが零した言葉を、全員が神妙な顔で受け取る。

 

 波動砲の呪い。

 

 神にも悪魔にもなれると形容しても違和感を感じない、強大過ぎる波動砲の力。

 その力故に、意図せぬ災いを呼び寄せてしまう事があるという事を、かつて無い程に痛感する事になった瞬間だ。

 

 「地球が暗黒星団帝国と戦争をしない方針を取れば、ガミラスとは縁を切らなければならなくなる。でも、彼らが約束を当然の様に反故した場合、ガミラスの助力を得られない壊滅寸前の地球では――コスモリバースを積んで波動砲という最終兵器を失ったヤマトでは、到底勝ち目がありません。地球としても、叶うのであればガミラスの援助が欲しい。そうしないと、自力で身を守る術を得る事すら叶わない……仮にヤマトが助太刀せずにガミラスが彼らを退けたとしても、ガミラスと関わること自体が問題となってしまった今となっては……ガミラス、そしてイスカンダルと一蓮托生で共に立ち向かうか、それとも見捨てて彼らが約束を守る事を縮こまって願いながら地球の再興に尽力するか……艦長、僕は嫌です。理不尽な暴力に屈するのは」

 

 ハリはパネルに落としていた顔を上げて、ユリカに言い切った。

 その顔に影は無かった。毅然とした表情でもう1度言い切った。

 

 「僕は嫌です。理不尽な暴力に屈して、せっかく和解出来たガミラスを見捨てるなんてふざけた真似は。僕は――そんな事を――人間の風上にも置けない選択をするくらいなら、最後の最後まで悪足掻きする道を選びたい。この呪いに立ち向かいたいです!」

 

 意外な人物からの徹底抗戦宣言に、虚を突かれた空気が流れた……が、

 

 「――ハーリー君に後れを取るとはね……ユリカ、俺も同感だ。連中に大義名分を与える事になるのは癪だし、ここで戦えば地球はまた長きに渡る戦乱に晒される危険性も高い――でも、理不尽な暴力に屈して言いなりになるのはゴメンだ。俺は、最後の最後まで立ち向かう選択をしたい」

 

 アキトもしっかりと自分の意見を口にした。

 ここで屈するくらいなら、あの時――火星の後継者に囚われて滅茶苦茶にされた時に全てを投げ出している。

 連中からはあいつらと同じ――いや、曲がりなりにも平和を求めていたあいつらよりも醜悪な匂いがする。

 

 「アキト君……! そうね、そうよね。確かに、暴力を笠に着て他人を言いなりにしようとする連中なんて、気に入らないわよね」

 

 意外とエリナも乗り気だった。一歩間違えれば自分も辿っていたかもしれないIFの在り方に、思うところがあったのかもしれない。

 

 「私も、同じ気持ちです。連中の科学力がいかに優れていようと、それを血を流す事に使おうとする輩に屈するのは、主義に反します」

 

 「――僕も戦う道を選ぶ。勿論地球に連絡して判断を仰ぐ必要はある。筋は通さないといけないし、僕たちは所詮軍人だからね……けど、地球が渋るようだったら命令違反覚悟の上で戦う道を選ぶ。ヤマトだもの。きっとそういった前科もあるんだろ?」

 

 真田もジュンも、他の面々も口々に戦う道を選ぶと告げた。

 

 「艦長。艦長代理として、俺も戦うべきであると進言します。言いたい事はもう皆に言われていますが、まだ言われていない事がある――それは、俺達がヤマトの戦士であると言う事です」

 

 進は膝をつき、車椅子に座るユリカと視線を真っ直ぐ合わせて告げた。

 

 「“もう答えは決まっていると思います”が、俺達はそれを曲げるべきではないと考えます――それが、俺達に、ヤマトに込められた真の願いだと思います」

 

 ユリカは進の頭を両手で「ワシっ」と掴むと、倍力機構付きのインナースーツの助けも借りて抱き寄せて「進偉い! よく言った!」と頭をナデナデする最大級の愛情表現を披露。

 クルー一同、「またか」と呆れ、ドメル、ついっと視線を逸らして咳払い。

 雪、わかっていても嫉妬を隠せず頬を膨らませる。

 

 「それでこそヤマトの艦長代理よ! 確かに色々と大事になりそうだけど、それでも私達はぜぇったいに屈服なんてしない! 最後の最後まで悪足掻きしよう!」

 

 と騒いでいる所にデスラーから通信が入った。

 咄嗟に繋いでしまってエリナが「あっ」と口に手を当てて自らの失敗を悟るが、すでに時遅し。

 

 「ヤマトの諸君、そろそろ動揺も――」

 

 「収まったのではないか」と続くはずだった言葉は飲み込まれ、デスラーも1つ咳払いをして顔を背ける。

 

 「――これは失礼をした」

 

 こんな状況でも謝罪の言葉が先に出るあたり、彼は本当に紳士である。

 そんなデスラーの行いに流石に恥じらいが勝り、赤面したユリカと進が無駄に咳払いしたり身なりを正したりしてデスラーに向き直る。

 微妙な空気が流れていた。

 

 「いえいえいえいえ、こちらこそ申し訳ありませんでしたデスラー総統。どうぞ、お続けになって下さい」

 

 ユリカに促されて気勢を削がれたデスラーが改めて要件を告げる。

 

 「ヤマトの諸君、そろそろ連中からの通達のショックから立ち直っていると思って連絡させて頂いた。申し訳ない、敵が一枚上手だった……しかし安心して欲しい。ヤマトの手を借りずとも、必ずや暗黒星団帝国の魔の手を振り払い、地球に対して賠償をすると確約しよう。故に今しばらくの間、ヤマトはそこで身を隠していて欲しい……地球をこれ以上の苦境に追い込むわけにはいかない。それに、ヤマトはカスケードブラックホールを退ける最後の切り札。無用な傷を負い、万が一にも失敗してしまう事があれば、3つの星の明日に関わる一大事。どうか、この場においては――」

 

 ヤマトの立場を慮ったデスラーの言葉に胸が熱くなったが、ユリカはしっかりと自分の意見を告げた。

 

 「総統、お気持ちはとてもありがたいのですが、友の危機に立ち上がらぬわけにはいきません。それに、波動砲を警戒してヤマトに戦いを挑んだ前歴がある以上、脅しに屈してもいずれ地球は彼らの標的になる懸念を捨てられません……これは、どのような理由があれ、波動砲を使ってしまった私達の責任です……ガミラスだけに押し付けて良い戦いではありません」

 

 ユリカの強い口調に多少困惑しながらも、デスラーは「それでは君達の立場が――」と気にしてくれた。

 だからユリカは1つ、この状況においてしなければならない筋を通すため、デスラーの力を借りたいと申し出るのであった。

 

 

 

 

 

 

 ヤマトからガミラスの回線を使った超長距離通信で事の次第を告げられた地球連合政府は、またしても理不尽に襲い掛かってきた新たな困難に頭を抱えていた。

 

 「――以前の報告と合わせて聞く限り、少なくとも我々の視点から見ればヤマトの行動に非があるとは言い難い。ミスマル艦長も古代艦長代理も、良くやってくれた」

 

 連合政府の大統領が、疲れを滲ませた顔でとりあえずの労いの言葉を投げかける。

 しかし、その心中は複雑だ。

 ユリカが残したガミラスとの戦いを終わらせるプラン――彼なりに色々と、部下の意見も交えて検討した結果、悪いプランではないと考えていた。

 もしも本当にガミラスと和解して終われるのなら、仮に賠償が支払われないにしても、報復という最も恐れていた事態が回避出来る。

 賠償があるというのであれば、荒廃してしまった地球の再興は勿論、ヤマトとイスカンダルから得られた技術を活用した新しい防衛艦隊を構築して、地球の守りを万全にするまでの時間を短縮したり、穴だらけの防衛網をガミラスに肩代わりしてもらえる。

 外宇宙に関して無知な地球の政府の現状を考えれば、ガミラスと同盟を組めるというのは地球にとってはメリットしかない。

 ――被害者という立場故に生じる、感情論を除外すればの話だが。

 

 「波動砲――木星での運用データやカスケードブラックホール破壊作業については勿論……コスモリバースシステムの事を聞かされた時からとんでも無い代物だと嫌というほど思い知らされていたが……まさか新たな脅威すら呼び込んでしまうとは……スターシア陛下が提供を渋られるのもわかる。強大過ぎる力は、どれほど“正しい”形で使ったとしても、必ず災いの種になるのだと、改めて教えられた思いだよ……」

 

 「……大統領閣下。この度の戦争責任、全て我がガミラスにある。この危機を乗り越え、ヤマトによるカスケードブラックホール破壊作業が終了次第、コスモリバースシステムとなったヤマトを責任をもって地球に送り届ける事を、ガミラスの総統デスラーの名に懸けて誓う。そしてヤマトの帰還に大使を同行させ、その場で改めて地球と交渉の場を持ちたいと考えている。無論、最大限の便宜を図る事も約束しよう」

 

 大統領は、正直ガミラスがここまで下出に出てくるとは思ってもみなかった。

 これが演技なら大したものだと思うが、長らく政界に身を置いてきた彼は直感的に嘘は言っていないと判断する。

 とはいえ、無条件に信じる事も出来はしないが。

 

 「デスラー総統。この戦争が終わるのであれば、我ら地球一同、これ以上の喜びはありません。ましてやガミラスの手を借りられるというのであればなおの事――国民感情の手前、過去の怨恨を水に流そうとは安易に言えません。しかし、これ以上血を流すくらいなら、我々は手を取り合う道を選びたい……」

 

 正直な気持ちを吐露する。

 苦境に追い込まれるにつれ、ガミラスへの敵意と恨みは募っていったのは事実だが、同時に拭いようのない“疲れ”も蓄積されていった。

 それに彼は政治家だ。

 感情に身を任せて暴走するよりも、如何にして国益を得るかを優先しなければならない立場にある。

 

 「詳細はヤマトの帰還後に詰めるとしましても、ヤマトが――いえ、“地球が”この危機を乗り越えるのに力を貸すのであれば、ガミラスは地球にも手を差し伸べてくれますか?」

 

 「無論だ。ヤマトは恩人イスカンダルを救う事は勿論、敵国であった我がガミラスも救うと断言している。私は――我が大ガミラス帝国は、受けた恩を仇で返すような真似は決してしない。その恩に報いるまでは、決して」

 

 大統領の問いに即答しながらも、釘を刺す事は忘れない。

 デスラーにとって真に恩人たり得るのはヤマトであり、未だ全貌を把握していない地球政府では断じてない。

 もしも調子に乗ってガミラスに必要以上の無理強いを強いたり、戦いに勝ったつもりで支配者を気取るのであれば――その時は、手を切るだけだ。

 勿論、ヤマトへの恩を果たしきった後で、だが。

 

 「……では、その言葉を信じる事にしましょう」

 

 大統領はデスラーの意図を理解した上でそう返答すると、この通信に同席している統合軍司令と宇宙軍司令のコウイチロウを始めとする軍・政府高官達と視線で話し合い、決断した。

 

 「ミスマル艦長、古代艦長代理」

 

 「はい」

 

 大統領の呼びかけに背筋を伸ばして応えるユリカと進。

 2人に対して、大統領は厳かに命じた。

 

 「地球連合政府大統領として命じる。ガミラスと協力して暗黒星団帝国の軍勢を退けるのだ。ここで要求に従ったとしても、地球の安全を確保出来る保証はない。また、一方的な要求に屈するようでは、今後の地球の外交にも大きな影響を残す事になるだろう――我らは決して理不尽な暴力に屈しないという事を、我らが希望――宇宙戦艦ヤマトの力を持って示すのだ!」

 

 「――了解しました! 宇宙戦艦ヤマト、ガミラスと協力して暗黒星団帝国の軍勢を退け、カスケードブラックホール破壊作業を完遂した後、コスモリバースシステムを受領して、地球に帰還します!」

 

 敬礼するユリカと進に答礼。

 通信を終了した後、その場から誰も立ち去らず静かに言葉を交わし合った。

 

 「これで良かったのでしょうか? ガミラスもどこまで信用出来る事か……」

 

 「確かに。コスモリバースシステムを起動した後では肝心のヤマトも……」

 

 多くの者が、口々に不安の声を訴える。

 当然だろう。あまりにも――あまりにも背負うべきモノが大き過ぎる。

 地球はかつて無い程に大きなモノを背負わされようとしているのだ。

 

 「――しかし、背負っていくしかないでしょう」

 

 コウイチロウが静かに口を開いた。今の今まで、最低限の事務的な発言してこなかった彼が、言葉を発した。

 

 「例え暗黒星団帝国が出現せずとも、ヤマトがその危機を切り抜けるために波動砲の使用を決断せざるを得ないというのであれば、遠からず問題になっていたかもしれない事です」

 

 今更言われずとも、ヤマトが太陽系を出てこちらの管理下を外れた時に明かされた情報から推測されていた事態だ。

 もしも出向前からあの情報を共有したいたのなら――地球はどのような判断を下したのだろうか。

 

 実際問題、ガミラス戦役が開始してからはガミラスへの対抗は勿論、腐敗した組織の自浄も大きな課題として立ちはだかっていた。

 止むを得ず追放したり最悪の手段を取ったケースもありはしたが、幸運な事に人種も何も関係ないこの一大事に直面し心入れ替えた(というかそうでもしないと自分も終わると理解した)人物が一定数居た事が追い風となり、宇宙軍と統合軍の対立も自然解消されて何とか団結する事が出来た事が、地球がギリギリの所で踏ん張れた要因であった。

 

 「それにヤマトのデータベースによれば、“地球は数度に渡って地球外文明から侵略戦争を仕掛けられている”事が伺えます……データの破損により詳細な情報こそわかりませんが、我々が将来的に同じような戦乱の歴史を歩まないという保証はありません。確かにガミラスは加害者であり、私とて無条件に信じられると言えば嘘になる。しかし、もし本当に手を取り合っていけるのであれば、それは今後地球が遭遇するかもしれない戦乱において、心強い味方となってくれる事は疑いようが無いでしょう」

 

 「……」

 

 結局のところ、今回のヤマトの決断を容認した最大の理由がそれだった。

 ヤマトが抱えていたデータには、詳細が不明になっているとはいえ複数の国家により僅か4年の間に5度もの侵略行為や、戦争の余波による重大な被害を被っていた事が記されている。

 

 「確かに――ガミラスの方が話し合ってくれる気になってくれただけ、遥かにマシですな。ここは1つ、ヤマトの“証言”というものを信じてみるとしますか――戦艦の証言というのがイマイチ……いや、平時であればまず間違いなく信用を置けない事柄なのですがね」

 

 この会談に参加していた将官の1人が苦笑交じりに言うと、皆も覚悟を決めた。

 その証言とは、ヤマトに宿る意思の言葉をユリカが文章という形で書き出して今回の通信にちょっとした暗号文として送り付けたものだ。

 

 ヤマトが最初に戦った相手がガミラス帝国であった事。

 

 死闘の末にガミラスを滅ぼして地球を救った事。

 

 その後現れた侵略者に与してヤマトへの復讐を果たさんと挑んできたが……ヤマトと自分が同じ目的をもって戦っていた事から来る共感と敬意によって奇妙な友情を結び、敵対関係を解消した事。

 

 その後彼の与り知らぬところで再建されたガミラスの軍勢と矛を交えた事はあっても、彼が事実を知って以降はヤマトに対しては勿論、地球に対して友好的で、ヤマトや地球に対して援助を惜しまなかった事。

 

 そして何よりも、不運な事故で自国が壊滅してしまったにも拘らず、ヤマト最後の任務を邪魔せんと立ちはだかった敵艦隊を急襲してヤマトの危機を救い、アクエリアスがもたらす水害から地球を救う手助けをしてくれたという内容であった。

 

 

 

 

 

 

 地球との通信で後腐れなくガミラスとの共同戦線を取れるようになったヤマトではあるが、だからと言ってすぐにガミラスとイスカンダル近海にワープするという事は無かった。

 デスラーもドメルもユリカも進も、「ヤマトが屈した見せかけた方が隙を見せるかもしれない」と考えたからだ。

 なので、ユリカはデスラーに向かって「ガミラスではすぐに用意するのが難しい秘密兵器を、万全の状態で投入してみせます!」と大見えを切ってデスラーを驚かせながら、戦況を見守りつつヤマトと同行する戦闘空母と第一空母の修理と補給作業を続ける事になる。

 

 

 

 ガミラスを介したヤマトへの恫喝から3時間程が過ぎた頃になって、とうとう暗黒星団帝国の第二陣が出現――ガミラスの本土防衛艦隊と向き合う形となったのだが――。

 

 「デスラー総統! 敵艦隊の背後に巨大な機動要塞と目される物体を捕捉しました!」

 

 「――メインパネルに出せ」

 

 オペレーターの報告にデスラーは落ち着ていて対応する。

 指示を受けたオペレーターが艦橋前面にある六角形状のメインパネルに情報を表示する。

 

 「光学モニターの最大望遠の映像です」

 

 メインパネルに映し出されたその物体は、敵艦隊の最奥に鎮座していた。

 形状は円筒に近い楕円球状の胴体の上に、球上の“頭部(ご丁寧に角の様な装飾まである)”がくっ付いた、ガミラスと同じく何処か有機的な意匠の垣間見える、黒に近い濃緑色の要塞だった。

 

 「大きさは縦の長さが推定3000m、横幅が1800m。外見からは装備の全容は見えませんが、胴体部分には確認出来るだけで4つの巨大なハッチが存在しており、発進口または兵装の類ではないかと推測されます。また、周囲を偏向フィールドで覆っている事が確認されます。現時点では、偏向フィールドの強度は不明です」

 

 「予想はしていたが、まさかこのような要塞を動員してくるとは……敵ながら大したものだ」

 

 賞賛を口にしながらもデスラーの顔色は険しい。

 ――あの要塞以外にも、少数その存在を確認している巨大戦艦……ヤマトの重力衝撃波砲すら受け付けぬ防御力を持った艦艇の存在を知らされた時から、波動砲すらも無力化してしまう防御力を持った要塞の存在が危惧されてきた。

 まだ戦闘状態では無い為、解析を試みたところでその最大強度を推し量る事は難しいが、デスラー砲も通用しない可能性を考慮しておく必要がある。

 ――その場合、どのような手段でその防御を突破するかを考えださなければならないが……。

 

 「……新反射衛星砲の準備はどうなっている?」

 

 デスラーは敵艦隊に対する切り札として用意しておいた、反射衛星砲の稼働状況を尋ねる。

 惑星防衛用の新兵器として冥王星基地にテスト配備されていた反射衛星砲ではあるが、対ヤマト戦においてその問題点を改めて露呈する結果となった。

 隠蔽を考えて海中に沈めたまでは良かった。威力の減衰は想定内であったし、あのヤマト相手にあれほどの威力を発揮出来たのだから、今後も採用する価値のある隠し場所だろう。

 問題は、反射衛星の存在を知られると思いの他脆いという点だ。

 反射衛星砲は多数の反射衛星を中継することで、目標までの射線を確保する事で砲の死角を無くした兵器だが、砲撃の屈曲に欠かせない反射衛星を任意で移動させる事が出来ず、発見された後はその動作で砲撃のタイミングと射角を知られてしまう事が露呈した。

 開発段階でその可能性は予期されていた。だがヤマトとの戦いで戦闘が長期化すればする程にその弱点が重く圧し掛かってくる事が露呈し、かつ反射衛星自体の生存性を疑問視する事が上がった事から、許される範囲での改修作業が行われる事となった。

 

 というのも、元々反射衛星砲を冥王星で運用した事自体が“地球移住後の防衛網の整備の為”であり、中継地点のバラン星は勿論、手中に収めた後の太陽系の各惑星に設置して、国家の地盤が確たるものになるまで防衛装備として考案されたものだ。

 そういった開発経緯もあり、反射衛星砲は冥王星に配備された物以外にも8基程生産されていて、反射衛星自体も相応の数が用意されていた。

 そして、ヤマト戦の経験を踏まえて色々と改良を加えて現在に至っている。デスラーはそれを使おうとしている。

 ……しかし本来反射衛星砲は、反射衛星によって生み出されたテリトリーの内側に標的を閉じ込めた状態でこそ、最大の威力を発揮するタイプの兵器。当然ではあるが、砲の有効射程の短さも合わせると、テリトリーの構築も出来ない開けた空間ではその威力を発揮出来ない。また、宇宙空間における艦隊戦にも本来不向きな装備だ。

 ……従来品を使う分には。

 

 「はっ。反射衛星砲搭載艦は全艦出撃を完了しております。改良型反射衛星も所定の位置に移動完了しました」

 

 そう、反射衛星砲の改良とは艦載化による砲自体の運用性向上と、反射衛星に機動力を追加の2つである。

 艦載による出力低下を避ける為、機関出力がデウスーラを除けばガミラス最高のドメラーズ級戦艦に増幅装置と合わせて搭載し、それが計8隻。

 反射衛星は、ヤマトがカイパーベルト以降度々見せていたアステロイド・リング戦法を急襲する形で移動能力を得た。

 次いで、ヤマトが次元断層で見せつけた反射機能の転用によるカウンター戦術も模倣出来るよう、様々な手を加えられている。

 

 ――伊達に最強の敵と見込んだヤマトの研究を重ねてきたわけではない。

 

 ヤマトがガミラスの技術や戦術を取り込んで自身を強化したように、こちらもまたヤマトの戦術と発想を取り込んで強化を果たしていたのだ。

 流石に衛星の制御プログラムに関して言えば、ヤマトのアステロイド・リング戦法に劣っていたのが実情であった。

 ……が、先程の通信の際こちらの防衛戦略をヤマトにしか通用しないであろう、過去の戦いを隠語として使って話したところ、チーフオペレーターと名乗ったホシノ・ルリから、

 

 「……30分頂けませんか? 冥王星での戦いは私達にとっても刺激的だったので、“独自に手を加えた逸品”があります。時間を頂ければ、ガミラスの防衛戦略を強化してご覧に見せます」

 

 と自信に満ち溢れた不敵な面構えと共に宣言され、きっかり30分後にはそのままインストールして使える“ガミラスのコンピューター言語で構築された制御プログラム”が暗号データで届けられてしまった。

 冥王星に配備していた反射衛星砲の制御プログラムを完全に解析してしまったばかりか、独自に発展させてしまうとは誠に恐れ入った。

 

 ――デスラーはその瞬間に確信を持った。

 彼女はヤマト登場以前からガミラスに対して幾度も電子戦で食らいついてきた三叉の艦首を持つ白亜の戦艦――そのチーフオペレーターその人だったのだろう、と。

 そしてヤマト乗艦以降もガミラスの技術――それもコンピューター関連を必死になって解析して、万が一ガミラス本星での決戦が余儀なくされた場合、その努力の成果をもってガミラスを無力化する事すら視野に入れていたのだ。

 ――恐らくヤマトが今まであのクラッキング戦法を披露して来なかったのは、この事実を隠蔽するため。

 その隠蔽に一役買っていたのが――トランジッション波動砲だ。

 

 改めて、ヤマトの強かさを痛感させられた瞬間であった。

 本当に、和解出来て良かったと心底思う。

 

 仮にクラッキングによる無力化とトランジッション波動砲の連携攻撃を凌げたとしても、ガミラスが被る被害は当初の想定を遥かに上回っていたであろう事は、疑いようが無くなったからである。

 

 「よし。前衛艦隊が交戦を開始すると同時に、新反射衛星砲も砲撃開始せよ」

 

 「はっ!」

 

 デスラーの命に従って、“艦隊最後尾に位置する”ドメラーズ級がエネルギーチャージを始める。

 

 しばらくはそのままの状態で睨み合う形になったが、やがて前衛艦隊同士が交戦距離に突入し砲火を交え始めた。

 波動エネルギーの過剰反応に対する何らかの回答を得られたのだろう、敵艦隊は積極的に前進、グラビティブラストによる干渉による打撃力の低下を補おうとしている。

 打撃力が増すのはこちらも同じと言えば同じなのだが、偏向フィールドの類を再調整したのか、先程までに比べると攻撃の通りが悪い。

 

 この短時間で対応するとは……やはり暗黒星団帝国の技術力は侮れるものではないか……。

 

 「新反射衛星砲、砲撃開始! 反射衛星のカウンタープログラムも起動しろ!」

 

 デスラーの命令はすぐに部隊全てに伝達され、猛反撃を開始する。

 

 後方に控えていた反射衛星砲搭載ドメラーズ級は、その大出力を活かして冥王星基地の砲よりも早い間隔で強力なエネルギービームを放射する。

 そのエネルギービームは艦隊の外側――一見明後日の方向に向けて撃ったとしか思えない軌道で飛び去った、と見せかけて艦隊の外周や内側に配備された反射衛星が数度に渡って屈曲、標的となった敵艦に突き刺さっていく。

 ヤマトのディストーションフィールドと装甲の組み合わせをほぼ一撃で撃ち抜いた砲撃。それ以下の防御力しか持たない艦艇が耐えられるはずもない。あっさりと射抜かれて宇宙の塵と消える。

 艦隊運動と密に連携を取った反射衛星のコントロールは見事の一言に尽きる。

 不意な回避行動の余裕を持たせた砲撃コントロールではあるが、反射されるエネルギービームの軌道は艦隊の影を上手く利用して絶妙に隠され、敵の回避行動の遅れを招く。

 後方の搭載艦に攻撃を届かせるためには艦隊を突破しなければならないので、そう簡単には砲撃を止める事も出来ない。

 また、艦隊の内側入り込んだ反射衛星のもう1つの役割はカウンター戦法。

 ヤマトが次元断層内の戦闘で駆使し、包囲網の半分を無傷かつ最小限の消耗で突破する要因となった、敵の攻撃を反射して攻撃に転ずるあの戦法の再現。

 距離を詰めれば確かに反射衛星砲による直接攻撃には晒されないし、反射衛星も前衛艦隊の内側にまでは配備されていないが、このような大規模戦闘ともなれば付き物なのが“流れ弾”だ。

 反射衛星はその流れ弾に反応して巧みな制御で撃ち返し、敵艦に損害を与えていく。

 予期せぬ方向からの攻撃というのは心理的に重く圧し掛かるものなので、暗黒星団帝国の艦隊はその正体を見破る事が出来ても、簡単に対処する事が出来ず攻めあぐねていた。

 

 戦線は再び膠着状態に突入し、敵が繰り出してきた航空戦力とガミラスの航空戦力が入り乱れる大空中戦も勃発。

 ガミラス・イスカンダル星域は近代では恐らく最も激しいだろう戦いの喧騒を響かせていた。

 

 

 

 

 

 その頃ヤマトと戦闘空母と第一空母は、予定よりも6時間以上滞在を延長して、ようやく予定していた整備作業を終えて自動兵器工場を発進した。

 

 「ふむふむ。ガミラス艦隊と暗黒星団帝国艦隊はそこまで派手に混戦してないみたいだね。航空戦力は……入り乱れても無理ないか。でも、そっちはガンダムを投入すれば支援出来そうだね」

 

 決戦だから、という理由で雪を介助に引き連れて艦長席に復帰したユリカは、マスターパネルに移された戦況を一瞥しながら頷く。

 

 「ええ、この様子なら想定通りの打撃を与えられそうですね。問題は、急増品故予定通りの効果を発揮出来るかどうか……か」

 

 ユリカの艦長復帰に伴い戦闘指揮席に追いやられた進が、“新装備”のステータスモニターを何度もチェックしながら不安を口にする。

 

 「心配するな進。真田が手掛けたんだ、予定通り1発だけなら問題無く機能するに決まっているさ」

 

 ゴートに代わって砲術補佐席に着いた守は、年長者として進に声をかける。

 その言葉には親友の技術に対する絶対的な信頼が含まれていた。

 ――しかし、“新装備”の制作に協力したはずのウリバタケの存在は奇麗さっぱり抜け落ちていた。だが、その事を指摘する人物は……残念ながら第一艦橋には居なかった。

 

 「ワープ準備、全て完了! 15分後に暗黒星団帝国艦隊左側面、3500㎞の地点にワープアウト予定!」

 

 やはり大介の代わりに操舵席に着いたハリが粛々とワープ準備を進める。

 最初は体格や体力的な問題も加味して進が操舵席に着く事も検討されたのだが……。

 

 「僕にやらせて下さい。島さんの代わりはきちんと務めて見せます」

 

 と強く訴えたので、七色星団から引き続きハリが操舵を担当する事となった。

 ガミラスとの戦いが始まって1年と3ヵ月……苦難の繰り返しの中で、少年は一人前に向かって成長を続けていた事を改めて示して見せる。

 ――その後ろでハリの成長を喜んで熱い視線を送っているルリについては――馬に蹴られたくないと誰も触れなかったという。

 

 

 

 それから15分後、ヤマトは戦闘空母と第一空母の2隻とは1度離れ、単独でサンザー恒星系に向けてのワープを実行した。

 ワープに必要な座標データは提供されているし、何より8光年程度の距離なら曳航の必要はない。

 勿論、ワープ直後に波動砲でも使うというのなら節約のために曳航してもらうところなのだが、今回の戦いで波動砲は使うに使えないのであまり問題にはならない。

 それに、使用する必殺兵器を搭載しているのは独立した動力を搭載したナデシコユニットなのだから、ヤマトの消耗はほとんど関係ないのだ。

 青白い閃光と共に、ヤマトは暗黒星団帝国艦隊の左側面3500㎞という至近距離に出現した。

 惑星上での戦闘ならいざ知らず、宇宙空間での戦い――それも恒星間航行を容易く実現する艦艇での戦闘では、至近距離と言って差し支えない距離。

 ヤマトがそんな至近距離に出現すると同時に、ガミラスの前衛艦隊は追撃を避ける為の牽制射撃を行いながらも全速力で後方へと下がっていく。

 その動きに不穏なものを感じた暗黒星団帝国であったが、突如として出現したヤマトにも警戒を払わなければならず、追撃が一歩遅れる。

 

 ……それが致命傷だった。

 

 「……さあ、ナデシコの遺産の出番よ!」

 

 ユリカの指示でナデシコユニットの先端が外側に移動するように開き、中から急造の発射装置が顔を覗かせる。

 急増故この1発限りで壊れてしまう切り札。それで眼前の大艦隊に致命打を与えなければ、この戦いを早期に終わらせる事は出来ない。

 

 「エネルギー充填120%。目標空間座標、固定完了。影響圏内に友軍の姿はありません」

 

 制御を担当するルリの報告に、ユリカはすぐに命じた。ここで仕損じるわけにはいかない!

 

 「相転移砲! てえぇぇぇーーっ!!」

 

 ユリカの命令に従って、進が発射装置の引き金を引く。

 ナデシコユニットの先端から放たれたエネルギービームが、暗黒星団帝国の艦隊中央に向かって並んでに飛び込んでいき、目標空間にて交差。

 その瞬間、急激にホログラムシールの様な輝きを持った空間が連鎖的に広がり、暗黒星団帝国の艦隊を文字通り“消滅”に導いていく。

 

 そう、これこそがガミラスとの戦いにおいて地球をギリギリの所で踏み止まらせる事に成功した禁忌の力にして、ナデシコから受け継がれた最後の遺産――相転移砲の威力だった。

 

 

 

 その光景を見てデスラーは勿論、ガミラスの戦士は皆唸った。

 

 「最初に聞かされた時は本当に驚いたが、確かに決まればその威力は波動砲にも引けを取らない決戦兵器。本当に盲点だったよ……」

 

 デスラーはヤマトが取った戦術に素直に感心する。

 

 相転移砲。

 

 それは相転移エンジン内部で起こっている相転移現象を意図的に外部で引き起こす、相転移エンジンの攻勢利用手段の1つだ。

 元来相転移エンジンとは、インフレーション理論をベースに考案された“真空をより低位な真空に相転移して差分となるエネルギーを取り出す半永久機関”である。

 本来は炉心内部で安全に制御された状態で相転移現象を起こし、生み出されたエネルギーを活用する事で、自然界に存在している最上位のエネルギー反応――核融合反応をも上回る大出力を得る事に成功した機関だ。

 相転移砲とは、それを外部で引き起こす事で攻撃に転ずる、というシンプルな発想によって実用化されたものだ。

 

 しかし、その現象は当然ながら自然界には存在しない。人為的に起こす必要がある現象であるため要件は案外難しく、隙が大きい。

 確かに起爆さえしてしまえば、瞬間物質移送器やボソンジャンプを利用した転送戦術同様、“指定された空間内部に無差別に超高エネルギーが出現する攻撃”になるため、空間転移そのものを防げる次元間障壁を張るか、ボソンジャンプなりワープなりで範囲外に即座に逃げ出しでもしない限りは、三次元空間に存在する如何なる障壁を(ディストーションフィールドをも)無視して対象を消滅に導く。

 勿論、物理的な障壁である装甲など欠片も役に立たず、そもそも耐えられる物質はこの宇宙に存在しないだろう。

 

 一見すれば、波動砲にも匹敵する強力な武装であるのだが――致命的な弱点として、発射から起爆までの間に無視出来ないタイムラグが存在する、起爆させるための手順が複雑で妨害しやすいというものがある。

 特にエネルギーを投射して目標ポイントで起爆させる瞬間が最も妨害しやすい。

 

 これは、照準された空間にエネルギーを集約(地球側の装置の場合はエネルギービームの交差)出来なければ起爆自体出来ないという、原理上の弱点のせいだ。

 この性質を理解していれば、投射されたエネルギーが起爆地点に到着する前にかき消す、もしくは着弾地点でエネルギーの集約を不完全にすれば良い、という妨害策があっさりと思いついてしまう。

 勿論実行するには相応の技術力が必要になるが。

 実際ガミラスでは、各艦艇に標準装備されているワープシステムの一部である空間歪曲装置を使用して、相転移砲の起爆地点の空間を歪曲する事でエネルギーの集約を乱し起爆を防いでいた。

 

 ――そう、恒星間航行を行える艦艇なら原理は多少違えど備えているワープシステム――これが最大の弱点となっているのだ。

 これは、かつてナデシコが相転移砲で火星極冠遺跡を吹き飛ばそうとしたが、遺跡によって相転移砲をキャンセルされた現象と全く同じである(この時は遺跡の防衛機構がボソンジャンプを使ってエネルギーを散らした)。

 

 そもそも相転移砲の様な大量破壊兵器は、使う場合最大の効果が得られるように使うのが常であるので、その狙いを予測する事自体は容易い。

 何より構造的にほぼ艦首方向にしか撃てないのだから、搭載艦艇さえ見抜けていれば対応する事はそれほど難しい事ではない。

 また、相転移砲も波動砲同様、起動時にはエネルギー反応が急激に上昇する性質がある為、よほど慢心して見落としをしなければやはり発射の兆候は発見しやすい。

 

 ――兆候が確認されたら、下手に動かず空間歪曲システムで起爆用のエネルギービームを屈曲させて起爆を阻止してしまえば良いだけだ。

 

 デスラーが、ガミラスが相転移砲を波動砲に比べて軽んじていたのは、一度存在が露見してしまえば簡単に対処出来るほど脆い存在という認識があったからだ。

 確かに空間歪曲装置は常時稼働出来ないため、確実に起爆を阻止出来るわけではないが、どの艦艇にも標準装備されているシステムであり、1隻でも十分に阻止出来た。

 

 また、もう1つの弱点である“有効射程の短さ”がさらに扱いを軽んじさせた。

 地球で使用された相転移砲は、発掘したエンジンをそのまま利用した未成熟なシステムであった事に由来している部分があったにせよ、最大射程はガミラスのデストロイヤー艦が搭載するグラビティブラストと同程度だった。

 恐らく座標固定や起爆用のエネルギービームの制御等に起因する欠点であったのだろうが、射程距離に差が無いという事は、発射の兆候が見られた艦艇に直接砲撃して妨害すれば良いという単純明快にして確実な妨害手段が取れるという事でもある。

 

 対して波動砲は、準備に多少の時間が掛かる、全エネルギーを使用するため発射後の回復に時間が掛かる、艦首方向にしか発砲出来ないという点から接近戦に弱いという弱点があるが、放出されるエネルギーの桁が相転移砲の比ではなく、射程も長大だ。

 

 確かに転移系攻撃では無い為、十分に強固なバリアの類があれば逸らす事は理論上可能だ。

 粒子ビーム兵器の一種であるため、空間歪曲作用さえ気を付ける事が出来れば反射によって無力化する事も出来る。

 そういう意味では相転移砲に見劣りするのだが、何しろ出力が桁違いなのでどちらもそう簡単に用意出来るものではない。

 実質、波動砲を防げるのは波動砲搭載艦艇よりも機関出力と防御フィールド出力で勝る存在のみという事になる。

 なので、波動砲は搭載艦の規模が大きくなればなるほど、機関出力が大きくなればなるほどにに威力を増し、対処が難しくなるのだ。

 

 さらに、射程距離は惑星間弾道ミサイルの類を除いては最長であり、発射に掛かる準備時間は相転移砲と大差無いか、むしろ座標固定の演算処理に時間が掛かり、それが定まらなければ発射すら出来ない相転移砲よりも即応性は遥かに勝っている。

 また、タキオン波動バースト流の速さと射程を活かせれば、相手の探知圏外からのアウトレンジ戦法すら容易に実行出来るだけのポテンシャルもある。

 

 そういった点を考慮すると、“わかってさえいれば簡単に潰せる相転移砲”よりも、“わかっていてもシンプルに強い分防ぎ難い波動砲”の方が脅威と判断されたのも当然の流れと言えよう。

 

 勿論そんな兵器であるから、ガミラスではその存在を確認していても自分達が使おうと考える技術者も将官も存在しなかった。

 通用するのはその敵と遭遇した最初の1発だけ。

 戦争そのものの行方を左右するとは言い難い脆弱さを持つ決戦兵器。

 そして優れた科学力を誇示する一方で、時代遅れとされたモノへの関心が薄いガミラス特有の思考。

 それらが重なったからこそ、ガミラスは相転移砲を使う事が一切無く敵に情報の一切を与えなかった。

 だからこそ、この状況下で“必殺”の威力を見せつける事が出来たのである。

 

 「対処法の確立した旧世代の兵器であっても、使い方次第では必殺の威力を発揮出来る――ふふふ、また学ばせてもらったよ、ミスマル艦長」

 

 デスラーは状況が状況なら拍手をもってユリカ達を賞賛したいとさえ思ったが、流石にまだそれが許されるほどではない。

 ――後方に控えているあの巨大要塞は相転移砲の範囲外にあったため被害を受けていない。

 ユリカは巨大要塞よりも、単純故に驚異になる“数の暴力”を取り除くことを優先したのだ。

 

 そして相転移砲で戦局をひっくり返したヤマトの次の行動とは……。

 

 

 

 「ナデシコユニットの全ミサイル一斉発射! 撃ち漏らした敵を1隻でも多く沈めるよ!!」

 

 大量殺戮の罪悪感に浸る余裕も無く、ユリカは罪悪感を引き剥がすように吠えた!

 あまり無理するな。出来るだけ大人しくしていろとイネスから念を押されてはいたが、自身が招いた惨状を直視しなければならないこの瞬間だけは――見逃してほしい。

 

 ユリカと同じような考えを抱いた第一艦橋の面々は、余計な口を挟む事なく彼女の指揮に従う。

 

 「了解! ヤマト、全速前進!」

 

 ヤマトのメインノズルとサブノズルが煌々と炎を吐き出し、ヤマトは加速を開始する。

 大量のミサイルを吐き出すナデシコユニットの推進装置は沈黙したままだ。相転移砲の発射に全てのエネルギーを使い切ってしまっている。

 それだけに、ユリカ達も見た事が無い規模の巨大な相転移空間を出現させ、推定1200隻にも及ぶ敵艦を一気に消滅せしめる威力を見せつけた。

 ――恐らく2度と通用しないだろうと思うと、これが相転移砲の最後の雄姿なのかもしれない。

 と、まるで現実逃避するかのような考えが頭を過る。

 ともかく、ヤマトはナデシコユニットから吐き出す大量のミサイルと艦首側の砲から次々と砲火を吐き出しながら加速、ナデシコユニットは急遽追加した排出弁を開いて残存していた波動エネルギーやタキオン粒子を宇宙空間に放出、中身を空にする。

 

 「ユニットパージ! 同時に機関逆転急制動! 直後に取り舵90度! ガミラス艦隊に向かって全速!」

 

 「了解! ナデシコユニット分離!」

 

 真田は艦内管理席からの制御でナデシコユニットをヤマトから切り離す。

 直後にヤマトは艦首側の姿勢制御スラスターと波動砲口からの全力噴射で急減速、ナデシコユニットだけがそれまでの勢いのままに敵艦に向かって突撃していく事になる。

 まさか艦体の一部をそのまま攻撃に転用するとは思わなかった巡洋艦の1隻が、哀れナデシコユニットに正面衝突されて諸共に砕け、宇宙を漂う塵屑となり果てる。

 その間にも急減速からの回頭を終えたヤマトは、オーバーブースター全開。

 全力噴射で急加速しながらガミラス艦隊に向かって飛び込んでいく。

 ヤマトの動きに対応出来た艦艇はすぐさま主砲を発射してヤマトを砲撃するのだが、全力で逃げに入ったヤマトに中々当てられず、当たっても防御を突破出来ない。

 ヤマトは第三主砲と第二副砲、艦尾ミサイルと煙突ミサイルからの反撃で敵の足止めを敢行しつつガミラス艦隊の中に飛び込むことに成功。

 事前に作戦を伝達されていたガミラス前衛艦隊は速やかに敵艦とヤマトの間に割って入って、ヤマトへの追撃を決して許さぬ盾となり、ガミラス航空編隊と入り乱れた大空中戦を展開している敵艦載機部隊は、突如として出現したヤマトに対処する余裕も無く見過ごすしかない。

 

 結局暗黒星団帝国は、ヤマトの電撃参戦による奇襲によって、全戦力の1/3以上を一度に損失する大損害を被る羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 「――なるほど。これの準備の為に参加を遅らせていたという事か、ヤマト……!」

 

 メルダーズは肘掛けを強く握りしめながら、怒気も露にモニターに映るヤマトの後姿を睨みつける。

 予想に反してヤマトを排除する事に成功したのかと、少し気が緩んでしまったのが失策だった。

 ガミラスの思わぬ新兵器の投入にヤマトの奇襲攻撃。どちらも事前に予測する事が難しい攻撃であったが、だからと言ってメルダーズに不手際が無かったとは言えない。

 

 正直に言えば、ヤマトの参加は想定されていた事態だった。

 

 何しろ最初に我が帝国がヤマトを襲った時の理由がタキオン波動収束砲を警戒しての事。

 それにあのデーダーを打ち破ったのなら、タキオン波動収束砲か波動エネルギーを封入したミサイルを使用した可能性が高い。

 それくらいの火力が無ければ、プレアデスの防御を突破して撃沈する事など出来はしないだろう。

 バラン星の戦闘で解析した限りでは、ヤマトの重力波兵器の威力ではプレアデスの偏向フィールドを抜くには少々力不足だという事が判明している。

 そして波動エネルギーを使用した兵器でプレアデスを破ったのなら、恐らくこちらが波動エネルギーに異様に脆い事も気付かれているはずだ。

 

 ――だとすれば、遅かれ早かれ我が帝国が地球に牙を向くであろうという結論に至っても不思議はない。

 それならば、ガミラスと手を組んだ方が地球が生存出来る可能性が高いと踏んだのだろう。

 

 (中々――肝の据わった指揮官だ)

 

 十分な情報を持っているのなら、こちらの思惑を見抜かれる事は驚くに値しない。

 とはいえ、思惑を見抜かれたとしても滅亡に瀕しているらしい祖国の情勢を考えれば、はっきりと戦争になると脅せばもう少し躊躇するかと考えたのだが……どうやら見縊っていたらしい。

 

 (それとも、私が考えている以上にガミラスとの交渉が上手くいっているのか?)

 

 それ以外には考え辛い。地球に支援したであろうイスカンダルを守ると言うのなら理解出来る。だが、それだけの理由ならガミラスと共同戦線を張るような事態には発展しない可能性が高い。

 互いに「敵の敵は味方」の理論で一時共闘が関の山。この様な事前の打ち合わせが無くては実行出来ない様な作戦は展開出来ない。

 

 間違いない、ヤマトとガミラスは紛れもない軍事同盟を結んだのだ。それも国家間の取り決めとして、真っ当な契約によって。

 それも、メルダーズが脅しを掛けるよりも早くに。

 

 (だとすれば、ヤマトの決断は間違っているとは言い難い。聖総統が脅威となるタキオン波動収束砲の技術を見す見す見逃すとは考え難い)

 

 メルダースは勿論これまでに判明した波動エネルギーとの過剰反応の事や、それを直接転用した兵器がある事は本国に伝えている。

 ――無論、ヤマトの名も。

 そのヤマトの祖国――地球は滅亡の淵にあるらしい事もしっかり伝えたところ、聖総統をして「貴官の任務はあくまでイスカンダルとガミラスだ。邪魔になるようなら排除しろ、そうでなければ今は捨て置け」と断言していた。

 

 「今は」というのがミソだ。

 

 確かにヤマトは脅威だが、地球もガミラスも我が帝国の所在を知らない。つまり、暗黒星団帝国にとって致命的な存在であるタキオン波動収束砲の砲火が、すぐに本国に襲い掛かる事はあり得ないのだ。

 ましてや滅びの淵にある星が再興するのに何年、いや何十年かかるというのか。ガミラスの助けを借りたとしてもすぐには動けないだろう。

 それに、こちらも地球の詳細な所在を知っているわけではない、ガミラスの捕虜から聞き出した情報ではマゼランの隣にある銀河系にある事しかわかっていないのだ。

 故に、メルダーズの言葉は全くの嘘っぱちという事ではない。

 もし仮にヤマトが本当にガミラスとイスカンダルから手を引くなら、その航海の目的を果たしてイスカンダルの女王1人連れていく事くらい、目こぼししても何の問題も無かったのだ。

 

 (……尤も、今すぐに地球をどうにかする事は出来ないというだけで、潜在的な脅威である地球を、聖総統が何時までも野放しにするとは思えん……どちらにせよ、ヤマトとは矛を交える運命であったという事か……)

 

 仮にこの戦いでヤマトとガミラスがこのゴルバを含めた艦隊を下したとしても、現在我が帝国が行っている宇宙戦争が一段落するまでの間は手出し出来ないだろう。

 

 ……あのガトランティスとかいう連中は手強く、油断出来ない。つい最近こちらのテリトリーに無遠慮に侵入した挙句、一方的に侵略を開始したあの野蛮人の国家。

 他の星に対して戦いを仕掛けながら戦える程、生易しい相手ではない。今だって戦況は決して楽観出来ない状態なのだ。

 

 そういった状況にあるので、最優先目標はガトランティスの排除。そのための資源確保だ。

 元々予定されていた資源調達作戦にわざわざ帝国最強のゴルバまで動員したのは、速やかに、そして確実に作戦を成功させて資源を持ち帰り、あのガトランティスの軍勢を退ける為だ。

 ――失敗は許されない。祖国の命運がかかっているのだ。

 

 「……メルダーズ司令。先程の攻撃の解析結果が出ました」

 

 「うむ」、と頷いて報告を聞く限りではヤマトが再度あの攻撃を仕掛けようとして来ても対処のしようがあるようだ。

 尤も、ヤマトはあの攻撃の後追加装備を破棄しているので恐らく2度と使えない――いや、通用すると考えていなかったからこそ破棄したのだろう。

 この装備を使った理由も検討は付いている。

 タキオン波動収束砲よりも攻撃範囲が広いのもそうだが、エネルギー融合反応を気にしなくて済むからだろう。

 ――つくづく頭の回る連中だ。

 戦力の激減も痛いが、それ以上に士気が低下した事の方が厄介だ。

 

 「――止むを得んか……ゴルバを前に出せ!」

 

 このゴルバの偉容をもって味方を鼓舞し、敵の士気を折るしかない。

 恐らくヤマトが最も得意とするのは電撃戦。それに乗っかるのは癪だが、こちらも持久戦に持ち込んでこれ以上奇策を弄されても困る。

 

 「続いてテンタクルス発進! ヤマトとガミラス艦隊に対して攻勢に出る! 各艦も残された艦載機を全て出撃させろ!――ヤマトは、地球はここで確実に潰すぞ!」

 

 

 

 

 

 

 「お待たせしまた! デスラー総統!」

 

 「デスラー総統。ご命令通り、ヤマトをお連れいたしました」

 

 ユリカの挨拶とドメルの報告が続けざまにデウスーラの艦橋に木霊する。

 敵艦隊への奇襲攻撃を成功させたヤマトは、最大戦速でガミラス艦隊の合間をすり抜け、デウスーラの隣までやって来ていた。

 勿論事前の打ち合わせ通りである。

 

 「最良のタイミングで来てくれたね、ヤマトの諸君。ドメルも大任ご苦労だった。引き続きヤマトの補佐をお願いするよ」

 

 デスラーは待ちに待った救援の到着を心より歓迎する。

 戦力としては所詮戦艦1隻と極少数の人型機動兵器のみ。

 だが、その力は大ガミラス帝国最強と称される将軍ドメルの艦隊相手に正面突破して逃走出来る程なのだ。

 

 そしてその実力を支えているのは、300程度という小柄な艦体に惜しげもなく積み込まれた機能の数々。

 マイナーな人型機動兵器を主力艦載機に採用していることもそうだが、艦にも艦載機にも“大規模破壊を実現可能な戦略砲を搭載している”。しかも通常兵装もこの上なく充実しているという、詰め込み過ぎな兵器構成。

 地球人は一騎当千の兵力に拘りでもあるのかと疑いたくなるような、色々と常軌を逸している兵器構成。

 

 そこに合わさるは、ミスマル・ユリカ艦長の特異な性格と天才性によって生み出される“柔軟で突飛な戦術指揮”と、“そんな指揮(と人柄)にちゃんと付いていける色んな意味で有能なクルー達”の組み合わせだ。

 そのせいでその行動と戦術の傾向と対策を立てるのが難しく、少しでも読み違えると手痛いしっぺ返しを食らってしまう。

 あげく単独での長距離航海の途上にあって(小規模とはいえ)装備一式に改良を施せるだけの技術力と豊富なアイデア。

 

 如何にガミラスと言えど、こればかりはそうそう模倣出来ない。

 

 そう理解した(させられた)だけに、最初の時に感じた「たかが戦艦1隻に頼る」事でプライドが痛むことが無くなった。

 

 ぶっちゃけてしまえば“色々な意味で規格外”なヤマトを“常識的に扱うだけ無駄”と割り切った(割り切ってしまった)のである。

 

 現に今も相転移砲という過去の兵器を有効活用してみせた。それに関してはデスラーでも思いつけたかもしれない。

 だが拡張パーツとはいえ艦体の一部を切り離して“意図的に”突撃させる質量兵器に仕立て上げるなど……構造上の問題もあるとはいえ、普通は考えない(コスト的にも勿体無い)。

 相変わらずではあるが、どうしてそんな発想に行きつくのやら……。

 

 「しかしミスマル艦長、本当に指揮を執って大丈夫なのか? 素直に古代艦長代理かドメルに任せても良いのではないか?」

 

 スターシアにコスモリバースシステムに関するあれこれは教えて貰っている。ユリカに万が一の事があっては、これからに大きな影響を及ぼす。

 ガミラスもイスカンダルも地球も救われずに終わる可能性が極めて高い。

 なので、本当ならヤマト共々後方に下がっていて欲しいのだが……言っても聞いてくれない。

 

 「ご心配ありがとうございます! でも、この総力戦にあっておちおち寝てもいられないですから。危なくなったら戻りますから、やらせて下さい」

 

 力強く言い切られては、デスラーも反論する気概が失せる。

 視覚補助用のバイザーに遮られ、その表情の全てを知る事は出来ないが、口元に浮かぶ微笑は彼女の強い意志を表している様に、不敵なものだった。

 

 ――どうやら、こういった女性相手に口では勝てないらしい。

 

 諦めがついたデスラーの答えは簡潔だった。

 

 「……そうか、くれぐれも無茶はしないように頼むよ」

 

 適当なところで切り上げて艦隊指揮に注意を向ける。

 予定では、ヤマトはこのままデウスーラの隣に位置したまま共に前線に向けての援護射撃を続ける予定だ。

 後は新反射衛星砲の威力と合わせて敵艦隊を翻弄し、隙を見てあの要塞を――。

 

 「デスラー総統。敵機動要塞が搭載艇を放出しながら前進を開始しています」

 

 「うむ……」

 

 どうやらヤマトの相転移砲の一撃は想像以上に相手の士気に影響を与えたらしい。

 だからこそ、要塞自ら前線に飛び出して指揮を執る事で士気を上げ、同時にその威力を持ってこちらを一気に瓦解させるつもりなのだろう。

 その能力が分からぬ以上、迂闊に兵力を向けるわけにはいかないが、本星を射程に捉えられるのは避けたい。

 となれば……。

 

 「デスラー総統。リスクは大きいですけど、立ち向かいましょう。このままガミラス本星やイスカンダルを射程に捉えられては、人質に取られるかもしれません。それに、あれほどの要塞を星の近くで破壊した場合、どれほどの余波が生じるか……出来るだけ遠くで戦って、叩き潰しましょう」

 

 ユリカも同じ結論に至ったようだ。止むを得ないか……。

 

 「――前進開始! 敵要塞を迎え撃つ!――ヤマトにはデウスーラと共にあの要塞への攻撃を担当して貰う!」

 

 「了解です! 主砲発射準備! 目標前方の敵艦隊! 要塞への突入コースを確保します!」

 

 ユリカも快く応じて砲撃準備を整える。

 

 「デウスーラ、砲撃準備に入れ!」

 

 タランもデウスーラの武装を開放して攻撃準備を整えさせる。

 デウスーラは全身に格納されていた大量の艦砲を艦体の各所から出現させ、前方の敵艦隊に向けて個々に指向させる。

 最新鋭艦という事もあり、ドメラーズ級に採用された無砲身49㎝4連装砲に匹敵する口径である有砲身48㎝3連装砲を6基、同33㎝3連装砲を6基、同口径の無砲身砲6基、そこに左右に広がった翼部や後部、艦底に多数のミサイル発射管を装備していて、総砲門数はガミラス最高を誇る、まさに武力の塊。

 その総火力はヤマトをも凌ぐだろう(ただし主砲の単発火力はヤマトが凌駕する。これは重力衝撃波砲がオーソドックスな重力波砲を凌ぐ火力を有するため)。

 砲の配置は艦の左右対称となっていて、戦闘空母の隠蔽式砲戦甲板同様、艦隊の中心線に沿わず、並列かつ背負い式に配されるという一風変わった方式を採用している。

 艦の形状もあり、一方向に向けて全ての火力を集中する事は出来ないという欠点はあるが、多数の火器を個別に指向する事で多方向の敵に対して攻撃を行える方が大事とされてこの方式が採用された。

 

 その火力を存分に発揮する機会に恵まれてしまったデウスーラであるが、その傍らには宇宙戦艦ヤマトの姿がある。

 

 ――ヤマトとデウスーラが組めば、勝てぬ相手など居ない。

 

 デウスーラはヤマトと歩調を合わせながら前進し、射程内に捉えた敵艦に向けてその火力を存分に叩き付け始めた。

 

 

 

 猛烈な反動と共に、ヤマトの主砲から重力衝撃波が撃ち出される。砲身がキックバックして砲室内の尾栓が後退、冷却装置から少量の白い煙も吐き出された。

 ヤマトが誇る46㎝重力衝撃波砲の火線は、バラン星や七色星団の時と同じように敵艦を食い破って撃沈させる。相変わらず巨大戦艦以外には必殺の威力を見せつけていた。

 

 ヤマトは修理を終えた安定翼を展開、旋回性能低下を対価に艦の安定性を増し、より精密な砲撃が出来るようにしている。

 如何に一撃必殺の火力であっても当たらなければ意味が無い。幸いな事に、今までのヤマトでは在り得ない程の僚艦に恵まれている。

 この場においては、回避行動よりも命中率重視の攻撃姿勢を貫いた方が賢いだろう。

 

 隣で同じように重力波を次々と撃ち出しているデウスーラも、流石ガミラス最強と称されるだけの事はある。

 ヤマトの様に一撃必殺とまではいかないようだが、ドメラーズ級にも劣らぬ火力で敵艦隊に打撃を与えていく。何より砲門数がヤマトの数倍というだけあり、手数に物言わせた攻撃の激しさたるや。

 やはり総統座乗艦というだけあって、相当気合を入れて設計・開発したのだろうという事が容易に伺える。

 

 そうやって戦艦達が持てる火力を振り絞る中、ヤマトから発進したコスモタイガー隊各機はガミラスの防空戦に参加し、敵艦載機の対応に回っている。

 ヤマトとは別経路で艦隊と合流した戦闘空母と第一空母も艦載機を放出。戦闘空母は砲戦甲板を展開して砲撃戦に参加し始めた。

 ヤマト、デウスーラ、戦闘空母は、大量のデストロイヤー艦やその派生のミサイル駆逐艦や巡洋艦、指揮戦艦級やドメラーズ級と混じって重力波(重力衝撃波)とミサイルを次々と発射して、敵艦隊に対して打撃を与えていく。

 ヤマトとデウスーラに同行する艦隊の殆どがガミラスのシンボルカラーの緑ではなく、高貴な色とされる蒼で塗られている。

 親衛隊という総統直属の部隊らしく、独自に改良が施された艦も勿論、乗員の練度も桁外れに高かった。

 

 距離を詰めてきた敵艦隊も負けじと猛反撃。大量のビームとミサイルが撃ち込まれてくる。

 ヤマトはデウスーラの前面に飛び出して、その膨大な数の対空火器を駆使して自身とデウスーラに向かって来る大量のミサイルを次々と撃ち落としていく。

 重要度においてはデウスーラとヤマトに差は無い――どころか、むしろヤマトの方が重要とさえ言えるのだが、デウスーラは対空火器が乏しく随伴艦便り。

 対してヤマトは対空砲の数が非常に多く弾幕が厚い。こういった時の迎撃役としては非常に優秀なのだ。

 おまけにデウスーラは先述の通り艦の中央にある武器がデスラー砲だけなので、ヤマトが眼前にあっても砲撃の邪魔にならない。

 

 この2艦、出会い方が違えば全面対決待ったなしだったはずなのに、共闘すると思いの他相性が良い。

 

 互いの長所を上手く組み合わせる事が出来れば、たった2隻で膠着した戦局さえも動かせるだろう。

 今回は出番が無いだろうが、ヤマトがこうして正面に陣取る事で、デスラー砲の発射兆候すらある程度隠蔽出来てしまうであろうと考えると、ヤマト側は生きた心地がしないが、それはそれで考慮する価値のある戦術かもしれない。

 

 パルスブラストもミサイルも出し惜しみせず吐き出しながらデウスーラを護衛、主砲と副砲で前方の敵艦を火達磨にしながら、ヤマトはデウスーラをエスコートしながら敵艦隊に向けて進撃を続けた。

 

 

 

 一方、ヤマトから発進したコスモタイガー隊はガミラス航空隊と協力して防空戦に従事していた。

 限られた時間では、七色星団の戦いで大きく損傷したエステバリスを完全には修復出来ていない。

 応急修理で騙し騙しの戦いになる為、専らガミラスの戦闘機を上回る火力と、その場に停滞可能な人型の特性を生かし、1歩引いた位置からの火力支援がメインとなった。

 

 例外は例によってガンダム4機だ。

 

 一時的にガミラス航空隊の支援に回されたガンダムは、まさに獅子奮迅の大活躍を見せつける。

 ガミラスの航空戦力と敵航空隊との戦いの状況は、ガミラスがやや劣勢といった状態だ。機体性能でやや遅れを取っているが、数の優位と熟練の連携をもって立ち向かっているガミラスに、膠着した戦局を覆すほどの力は無い。

 ……そこに到着したのは、ガミラスをも驚かせた人型機動兵器――ガンダムだ。

 

 「行くぜ野郎ども! 手当たり次第にやっちまえ!」

 

 GファルコンGXのリョーコが威勢良く檄を飛ばす。このような混戦状態では威力を発揮し難いが、波動砲が封じられ波動エネルギー弾道弾が使用不能に陥った今、サテライトキャノンは貴重な必殺兵器。

 ガンダムの戦力を殺さずサテライトキャノンを保護するため、GXにはレオパルド、ダブルエックスにはエアマスターが専属で防衛を担当する事になっている。

 組み合わせは機体の相性もそうだが、付き合いの長さから呼吸を合わせやすいと判断されての事だった。

 

 可能な限りの武装を持ち込んでの出撃となったが、弾薬の補充が間に合わなかったため各機Gファルコンの爆装は見送られている。

 

 リョーコは展開形態で出せる最高速度で身近なイモムシ型戦闘機の編隊に突撃。左腕に担いだハイパーバズーカの照準を向ける。

 察して回避行動を取る敵編隊に向けて、構わず引き金を引く。

 ハイパーバズーカから煙を引いてロケット弾が発射。砲身後部の排気口からも噴煙が噴き出す。

 ハイパーバズーカのロケット弾には誘導機能がある。ミサイルに比べると弱く射程も短いが、この距離でなら食い付けない事も無い。

 ハイパーバズーカに合わせて右手のシールドバスターライフルを連射。計3発のビームを撃ち込む。

 敵機の回避行動に追従するロケット弾と3発のビーム弾が、イモムシ型戦闘機1機を火達磨にする。

 

 「おっしゃ! 続くぜぇ中尉!」

 

 リョーコに続いて並走していたサブロウタのGファルコンデストロイも、ツインビームシリンダーに右肩のビームキャノン、両肩のショルダーランチャーにGファルコンの武装を足した砲撃を放ちながら突撃する。

 歩く弾薬庫とも称されるレオパルドが戦闘機にも見劣りしない速度で突撃してくる様は、とてもインパクトが強い。

 しかも多数の火器を同時に使用しているに関わらず、操るサブロウタの技術と相応の性能を与えられたレオパルドの火器管制システムによって、個々の火線はいずれも正確な攻撃として襲い掛かる。

 如何に機動力に優れた戦闘機と言っても、回避可能な空間を物理的に埋められては回避しようがない。

 その身を覆う防御フィールドも、艦載の対空火器にも匹敵するガンダムの火力の前には必ずしも通用せず、その身を砕かれて宇宙の藻屑となる機体が多数となった。

 

 エックスとレオパルドの猛進撃を受けたイモムシ型戦闘機の編隊は、見慣れぬ人型機動兵器の恐るべき戦闘力に戸惑いを感じさせながらも速やかに対応してくる。

 回避行動と共に反撃を加えるも、人型特有の(と言っても戦闘機との合いの子状態だが……)運動能力を駆使して反撃を避け、時には航空機らしからぬ強力なフィールドと物理的なシールドで防がれ決定打を与えられなかったイモムシ型戦闘機が新たに遭遇したのは……。

 

 「この距離……取った!」

 

 「悪く思うなよ!」

 

 月臣のGファルコンバーストとアキトのGファルコンDXの2機だ。

 相も変わらず並みの宇宙戦闘機を凌駕する凄まじい速度と爆撃機にも迫る火力を両立したエアマスターの恐ろしい事恐ろしい事……機首のノーズビームキャノンの大型ビーム弾と拡散グラビティブラストの重力波の散弾で眼前の敵機に次々と砲撃を加えつつ、両腕のバスターライフルからもビームを放ち、大砲を避けた直後の敵機に命中弾を与えていく。

 他のパイロットも言っていたが、「本当に宇宙戦闘機涙目だよなこれ……」である。

 ある意味、非常な現実の一端と言えるのだろうか。

 

 そして際立つ動きを見せるのはやはりアキトとダブルエックス。

 ヤマト発進から今日まで、常に最前線でヤマトの戦いを支えてきたアキトとGファルコンDXの組み合わせは完熟しきっていた。

 左手の専用バスターライフルと右手で装備したシールドバスターライフル、それに拡散グラビティブラストを上手く使い分け、相手の射程外から一方的に撃ち落としていく。

 元々サテライトキャノンの為にと、最高水準のセンサーを満載し、繊細な姿勢制御を可能とする程安定感に優れたダブルエックス。こういった精密射撃はお手の物である。

 エアマスターによって撹乱され、注意をそちらに向けた敵機を次々と撃ち落とし、どんどんその数を減らしていく。

 

 そこに向き直ったエックスとレオパルドが次々と攻撃を撃ち込む。

 撃ち尽くしたハイパーバズーカに、Gファルコンのカーゴスペースにサブアームで吊るしていた予備のマガジンを叩き込みながら、拡散グラビティブラストを撃ちかけて敵の動きを乱す。

 そこにレオパルドが全武装を開放した全力射撃を加えて次々と火の弾を生み出し、運良く生き残れた機体もダブルエックスの精密射撃と、Gファルコンを切り離してノーマルモード特有の運動性能を発揮するエアマスターのヒット&ウェイ戦法で残さず撃ち落される。

 4機のガンダムに翻弄され、瞬く間に40機近い敵機が宇宙の藻屑と消えた。

 

 乗り換えてあまり時間の経っていなかった月臣とサブロウタも、七色星団の激戦を経てそれぞれの機体の扱いに習熟したと言える域に達し、搭乗時間が最長のアキトと一足早く乗り換えたリョーコは、追加されたフラッシュシステムとのマッチングが進んだ事で、バラン星の時には不可能だったIFSとフラッシュシステムを併用した操縦系を利用出来る様になっている。

 この恩恵で、アキトとリョーコはまさに自身の体の延長の様な感覚で機体を操る事が出来るようになった。

 特にアキトは――。

 

 「ドッキングアウト! 連携攻撃開始だ!」

 

 バラン星ではわずか5分が限度だった遠隔制御によるGファルコンとの連携攻撃。

 あの戦いで得た経験を基にシステム回りの再調整と戦術を組み立て直した事で、より柔軟かつ負担の小さな運用を可能としていた。

 というのも、アキトのパートナーとして火星の後継者との戦いを支えたラピスが本気を出す事(IFSの解禁)の折り合いを自分の中で付けた事もあって、アキトの操縦の癖を彼女なりに分析して組み上げたGファルコンの自動制御AIと、フラッシュシステムによる行動パターンの入力を併用する事で、負荷を減らしつつ連携戦術を維持出来るようにアップグレードが実現したのである。

 

 パートナーの協力を得てより力を増した愛機を駆って、アキトは別の敵機に襲い掛かる。

 Gファルコンを先行させて敵の動きを牽制しつつ、追いついたダブルエックスがブレストランチャーとバスターライフルを撃ち込んで敵機を撃破。

 距離が近くなれば一度シールドバスターライフルを手放し、右手でハイパービームソードを抜刀、不運にも接近を許してしまった敵機を容赦なく両断。

 そんなダブルエックスを背後から撃とうとした敵機に向かって、これまた専用バスターライフルを手放して逆手に引き抜いたハイパービームソードのリミッターをカット。最大発振したビームの刃が100mも伸びて相手を串刺しにする。

 リミッター解除の弊害で案の定破損したハイパービームソードを投げ捨て、手放した2種のバスターライフルを回収、直後にUターンしてきたGファルコン合体、収納形態の最大推力で別の敵機に食らいついて拡散グラビティブラストを発射。撃墜。

 

 獅子奮迅の働きを見せるダブルエックスを止めるべく向かって来た敵機に拡散グラビティブラストとツインビームシリンダーの砲火が浴びせられ、収納形態のGファルコンDXの後ろについて追いかけてきた敵機も、再合体して追いついてきたGファルコンバーストが次々と撃ち落としていく。

 GファルコンGXが撃ち尽くしたハイパーバズーカから一端手を放し、空いた左手で左サイドスカートアーマーにマウントされたXグレネーダーを掴み取り、ストック底にある安全装置を左膝に打ち付けて解除、投擲する。

 投擲されたXグレネーダーはクルクルと回転しながら宙を進み、安全装置解除からきっかり10秒後に起爆する。

 対艦ミサイルをベースにした弾頭だけあって、爆発の規模はそこそこ大きい。爆発に煽られたり飛んでくる破片を避けるべく舵を切った機体に向けて、シールドバスターライフルを撃ち込んで確実に撃ち落としていく。

 その後宙を漂っていたハイパーバズーカを回収し、サブアームを使って予備マガジンを叩き込んで再び構える。

 予備マガジンはまだ幾つか残っている。ありったけを使ってこの大航空戦を制し、ヤマトの支援に向かう必要がある。

 

 サテライトキャノンは、現状二次被害を極限まで抑えて使える最強の兵器なのだから。

 

 

 

 「このまま中央突破! 要塞を目指して!!」

 

 「はい!」

 

 ユリカの号令の下、ヤマトはすぐ後ろにデウスーラを引き連れた状態のまま、敵艦隊の真っただ中に突入する。

 セオリー通りなら艦隊旗艦であるデウスーラを連れ込むのは悪手中の悪手と言えるのだろうが、デスラーは自身が前線に赴く事にあまり抵抗を感じない人物であるし、総統自ら前線に立つというのは、全軍の士気を高める役割を果たしていた。

 デスラーの人望が伺える瞬間だ。

 彼が一声激励する度に、デウスーラが敵艦を沈める度に、全軍の士気が高まっていく。

 そしてそのデウスーラを直援しているのがヤマトであるという現実が、殊更大きく作用しているようであった。

 

 「コスモタイガー隊各機へ! ヤマトとデウスーラは中央突破をする! 護衛に当たれ!」

 

 進もコスモタイガー隊に改めて指示を出す。

 コスモタイガー隊もガミラス航空隊への支援を次々と切り上げ、ヤマトとデウスーラの護衛に就くべく最大戦速で合流を図った。

 

 

 

 ヤマトは使用可能なすべての武装をフル活用して前進。

 前方の第一・第二主砲、第一副砲は正面の敵影に向けて休まず撃ち続けられ、後方の第三主砲と第二副砲も側面に回り込んだ敵艦に向けてせわしなく旋回し、その威力を示す。

 パルスブラストも対空砲としてはかなり長い射程と高い火力を存分に生かすべく、前半分は収束モードで敵艦に向けて発砲、後ろ半分は拡散モードで対空防御と役割分担してとにかく撃ちまくる。

 そして、デウスーラへの誤射の危険が高い艦尾ミサイルを除いた全てのミサイル発射管からありったけのミサイルを吐き出す。

 艦首ミサイルは主砲の射程外――前方の喫水以下の位置にいる敵艦に向けて、舷側ミサイルは弧を描きながら、やはり主砲の射程外にある喫水より下の位置にいる斜め前方の敵に向けて優先して、煙突ミサイルは主砲と副砲の補助としてヤマト前方の扇状の範囲に位置する敵艦に撃ち込まれる。

 誘導兵器であるため、発射管の向きが明後日の方向でも発射後に軌道を変えれば全方向に対応出来るミサイルの強みを生かして、とにかく弾薬を惜しまず強気に攻め続ける。

 

 ヤマトを捉えたビーム弾や、撃ち落しきれなかったミサイルもヤマトに次々と被弾。

 流石に弾幕密度が上がった事で、ヤマトもそしてデウスーラも徐々に被害を蓄積していく。

 

 ヤマトの後方に位置するデウスーラも、その大量の火砲を総動員して敵艦隊に猛然と火力を叩きつける。

 大量のグラビティブラストは勿論だが、翼部に24門、後部に14門、艦底に13門装備されたミサイル発射管からも次々とミサイルを撃ち出していく。

 ヤマトを凌駕する圧巻の弾幕の威力は絶大であり、まさにガミラスの象徴に相応しい暴力を振りまくデウスーラ。

 対空防御こそヤマトに依存する形ではあるが、ヤマトでは手数が足らない部分をデウスーラが補う形になっている。

 図体が大きい分被弾もヤマトよりも多いのだが、ヤマトにも引けを取らない重装甲と強固なディストーションフィールドによって、受ける被害をかなり抑え込んでいた。

 その傍らには戦闘空母やデストロイヤー艦を始めとするガミラスの艦隊が、ヤマトとデウスーラを守る様に左右を固めて敵艦隊に深く切り込んでいく。

 

 

 

 熾烈極まる砲火の応酬。ズシンッ、と大きな衝撃音と共にヤマト第一艦橋のすぐ下に敵弾が命中する。

 表面と装甲内に多重展開されたディストーションフィールドのおかげで、宇宙戦艦であっても比較的装甲が薄く耐久力が低い事の多い艦橋としては驚異的な耐弾性能を見せつけてはいるが、内部メカの耐衝撃性能はそこまで並外れてはいなかった。

 被弾による衝撃で操舵席のコンソールの一部が爆ぜ、小さな火と煙が上がる。

 

 「うっ!!」

 

 飛び散った破片が右腕に食い込んでハリが苦悶の声を上げる。

 

 「ハーリー君!!」

 

 (ユリカとルリのフォローの為に)主電探士席に就いていた雪が、傍らに置いていた医療キットを手に駆け寄り右手の傷を確認する。

 

 「診せて、手当てするから!」

 

 すぐに肘掛けのスイッチを操作して座席を下げさせてから右に回して、負傷した右腕を診る。

 

 「……これで良し。応急処置だからすぐに医務室で手当てして貰った方が良いわ」

 

 傷口から目立つ大きめの破片は引き抜いたが、細かい破片が残っているかもしれない。すぐにも医務室に連れて行って検査、破片があるような手術も必要だが……。

 

 「進、ハーリー君と変わって操舵席に……」

 

 「……最後までやらせて下さい!」

 

 ハリの身を案じたユリカの言葉を遮り、ハリは再び操縦桿を握りしめる。ズキリと右腕が痛むが、歯を食いしばって堪える。

 

 「これは僕が請け負った仕事です! 島さんの代わりは、最後まで僕が果たして見せます!」

 

 「でも――」

 

 「僕だって男です!!」

 

 なおも食い下がったユリカを黙らせた一言だった。

 

 「――わかった。なら、ハーリー君に任せた……!」

 

 ハリの心意気を受け取ったユリカはこのまま最後まで(少なくとも彼が限界を迎えるまで)任せる事にした。

 

 「――その歳でその心意気、流石は私も見込んだヤマトのクルーだ」

 

 予備操舵席に座るドメルもハリの姿勢に感服した様子だった。

 

 

 

 その頃、ヤマトの機関室も苛烈さを増していた。

 ヤマトの重装甲と多重展開される強固なフィールドに守られ、機関室に抜けた敵弾は存在していない。

 だが、繰り返しになるが衝撃まで完全に防げているわけではないのだ。

 

 「くそっ! また出力低下だ!」

 

 太助は機関制御室のコンソールを叩いて何度もプログラムチェックを繰り返す。

 出航以来改修を繰り返してきたエンジンなので、冥王星で激戦を繰り広げた頃に比べると信頼性も安定性も増しているのは事実だが、抜根的な解決に至るほどの改修は出来ていない。

 それに自動工場プラントに滞在した14時間も使って整備はしたが、七色星団での激戦のダメージが癒え切っているとは言い難い。

 太助は数度のプログラムチェックを行ったが、バグらしいバグは発見出来ないでいた。となれば出力低下の原因は、エンジン本体の機械的な部分のはずだ!

 

 「山崎さん! そっちはどうなってますか!?」

 

 コミュニケに向かって声を張り上げると、「もう少しだ!」と怒鳴り声が返ってくる。

 直後、不安定だったエンジンが安定を取り戻し始めた。

 そして、波動エンジンのフライホイールの下側にあるメンテナンスハッチから山崎を始めとした数人の機関士が這い出てくる。

 

 「良いぞお前ら! だいぶ腕を上げてきたじゃないか!」

 

 全身油汚れに塗れて右手のスパナを振り上げる山崎に、部下たちも各々の工具を振りかざして応えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 メルダースは、持てる火力の全てを吐き出して進撃してくるヤマトとデウスーラの姿をモニターに認めて眉を顰める。

 

 (よもやここまでの戦闘能力を有していたとは……宇宙戦艦ヤマト、何という性能。そしてガミラスの旗艦もこれほどの力を有しているとは……)

 

 正直誤算だった。だがようやく納得出来た。

 ガミラス相手に単独で抗い続けた実力は、決してタキオン波動収束砲に依存しただけのものではなかったのだ。

 クルーの練度、艦の性能。全てが高次元にまとめ上げられたまさに一騎当千の存在。

 それに絶対に祖国を救わんとする強い意志が加わる事で、常識では測り切れない絶大な威力を発揮するというわけか!

 

 そこにヤマトに全く見劣りしないガミラス旗艦の力が重なると、まともに戦っては手の付けようがない。

 

 「……正直無人機とは言え気が進まぬのだが、致し方あるまい……テンタクルスを差し向けてヤマトとガミラス旗艦の動きを封じ目暗ましをさせろ!――ゴルバの主砲を使う!」

 

 

 

 

 

 

 熾烈極まる砲撃戦を繰り広げながら着実に要塞へと接近を続けるヤマトとデウスーラ。

 合流したコスモタイガー隊の援護を受けながらも敵艦隊中央を猛進していくのだが……。

 

 「第二主砲被弾!」

 

 「第五対空砲大破!」

 

 「右舷展望室損傷!」

 

 第一艦橋には次々と被害報告が飛び込んでくる。フィールドそのものの消失は免れているとはいえ、出力低下で徐々に貫通弾が頻発するようになり、装甲の薄い部分や対空火器の一部が破壊され始めている。

 

 「フィールドジェネレーターの負荷、さらに増大。このままでは後10分でフィールドの展開自体が不可能になります!」

 

 守の報告にユリカの表情も曇る。流石に旗色が悪くなってきた。

 

 「敵巨大要塞への距離、あと50万㎞。要塞の解析作業を始めます」

 

 そろそろ頃合いと見た第三艦橋のルリが、要塞の解析作業の開始を宣言する。

 ここまで距離が近づけばかなりの精度で解析作業が行える。徹底的に洗い出してその弱点を探し出す。それがルリ達電算室オペレーターの仕事だ。

 

 「ミスマル艦長、あの要塞から出現した小型艇……油断出来ません」

 

 ドメルの進言にユリカは真田に解析を求めてみた。

 

 「私も同感です。まるで全身武器の塊の様だ……恐らく人が乗るスペースも使って武器を搭載した無人機でしょう」

 

 真田がマスターパネルに移した搭載艇の映像を交えて見解を語る。

 扇状の本体に、先端からまるでガトリングのように突き出した4本の砲身。全体を見るとまるでイチョウの葉っぱの様な印象を受ける姿だ。

 例によって生物的な意匠が目立ち、駆逐艦クラスの大きさを持っている。

 見かけ通りの重武装っぷりで、その火力はワンサイズ上の巡洋艦にも引けを取らない。

 そして、サイズの通りかなりすばしっこい。

 

 「副砲とパルスブラスト、両舷ミサイルはあの攻撃艇を優先して狙え! ヤマトとデウスーラに近づけさせるな! 主砲と艦首ミサイルは他の艦を狙うんだ!」

 

 進はすぐに攻撃艇に対して小回りの利く副砲とパルスブラスト、そして1度に放出可能なミサイルの数が多い両舷ミサイルでの迎撃を指示する。

 あの機動力と接近戦を挑もうとする攻撃パターンを考えると、主砲では過剰火力な上小回りが利かない。

 副砲とは元来、こういった用途で使うために搭載された武器だ。時代の流れで不要な存在となり、ヤマトが登場するまで明確に復活していなかった存在ではあるが。

 

 攻撃艇の執拗な攻撃に晒され、ヤマトとデウスーラが受ける被害がさらに増える。

 各所からの被害報告の数がさらに増え、ヤマトの装甲に刻まれる傷も加速的に増えていく。

 装甲表面の塗装も兼ねた防御コートはビームが被弾する度に反射材が生み出す反射フィールドで敵弾の威力を削ぐが、耐久限度を超えた負荷に破壊され、煙となって消えていく。

 完全に破壊されずとも傷ついた防御コートは白化し、弱ったフィールドはさらに弱っていく。

 ますます激しさを増す攻撃艇の猛攻だが、ユリカはそれ以外の艦艇が徐々にヤマトから距離を取りつつある事に気付いた。これは――。

 

 「艦長、敵艦隊の動きが妙です。まるで要塞とヤマトの間から離れようとしている様にも思えます」

 

 「私も古代艦長代理と同意見です。恐らくあの要塞の大砲の類で狙っているのでしょう」

 

 「艦長、どうする? 波動砲やモード・ゲキガンフレアでの相殺はリスクが高いよ?」

 

 進とドメルとジュンに言われ、ユリカは「警戒して。動きがあったら全速で逃げます」と答え、念のためデスラー達にも警告を出す。

 艦隊の動きについてはやはり気付いていたようで、デスラーからも「何時でも回避行動に移れるように」と念を押された。

 

 ――ここからが、本番と言ったところだろう。

 

 

 

 迷いを振り切り、ついにガミラスと肩を並べて暗黒星団帝国と相対したヤマト。

 

 長らく無用の長物と考えられていた相転移砲の一撃により、戦局を優位に持ち込んだヤマトでは在ったが、その眼前には自動惑星――ゴルバの偉容が佇む。

 

 負けるなヤマト、君が最後の希望なのだ!

 

 今や地球だけではない、ガミラスとイスカンダル、3つの星の運命を背負い、ヤマトの戦いは終局を迎えつつあった。

 

 人類最後の日まで、

 

 あと242日!

 

 

 

 第二十五話 完

 

 次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第三章 自分らしくある為に!

 

    第二十六話 決戦! 機動要塞ゴルバ!

 

    全ては、愛の為に



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第二十六話 決戦! 機動要塞ゴルバ!

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第三章 自分らしくある為に!

 

 第二十六話 決戦! 機動要塞ゴルバ!

 

 

 

 持てる火力を振り絞りながら、ヤマトとデウスーラは着実に機動要塞との距離を詰めていく。

 勿論要塞の動きに対する警戒は怠っていない。波動砲が封じられた今、あの要塞を遠方から破壊する手段はサテライトキャノンしかない。

 しかしそれは、あの要塞がサテライトキャノンすら弾き返す防御フィールドの類を持っていない事が前提。

 希望的観測に縋るわけにはいかない。要塞の射程にイスカンダルとガミラス星を入れないためにも、最大戦力であるヤマトとデウスーラをもってあの要塞の能力を把握し、確実な撃破を狙わなければならないのだ。

 ……それにしても、要塞から放たれた攻撃艇の存在が鬱陶しい。

 恐らく要塞から制御されているのだろうが、ヤマトとデウスーラの足を巧みに止めに掛かってくる。

 おかげで周りの艦艇が距離を取りつつある――要塞からの直接攻撃の予兆を察知出来ているというのに、足を速める事も進路変更もままならないとは……!

 戦況分析のため、ECIをフル稼働させていたルリ達オペレーターは、ヤマトの周囲を飛び回る攻撃艇の解析作業は勿論、要塞からも目を離すまいと目を皿のようにして解析データを睨みつけていた。

 攻撃艇がヤマトの至近を飛び回っているのでセンサーが遮られたりして、要塞の様子を伺い難い。

 それでも決して要塞から目を離さなかったルリ達の努力は報われた。

 センサーが示す要塞のエネルギー解析のデータが、要塞中央の巨大なハッチ付近でぐんぐんと上昇して行っている事を掴んだのだ!

 

 「艦長! あの要塞のエネルギー反応がどんどん上昇しています!」

 

 「詳細を!」

 

 第三艦橋のルリからすぐに詳細情報が送られてきた。

 エネルギーの上昇値は――波動砲にも匹敵するレベルだ!

 そのエネルギー反応が生じていた要塞の胴体部分にある巨大なハッチが開き、中からまるで土管を彷彿とさせるような太く短い砲身のような物体が顔を覗かせる。

 間違いない、あの要塞は砲撃するつもりだ! それも波動砲クラスの大量破壊兵器!

 

 「反転上昇!! コスモタイガー隊にも離脱を指示!!」

 

 すぐにユリカは回避行動を指示、エリナにもデウスーラを始めとするガミラス艦に退避を促す事を命じるが、

 

 「駄目です! 攻撃艇が進路を塞いできます!」

 

 ハリは何度か艦首を持ち上げて現地点から離脱しようとするが、その度に異様な攻撃力を持つ攻撃艇に鼻先を抑えらえてしまう。被弾を覚悟すれば突っ込めなくも無いが、あの攻撃力の攻撃艇に取り囲まれてしまえばフィールドを完全に剥ぎ取られ、ヤマトはハチの巣にされる恐れがある。

 元来防御フィールド等無くても堅牢極まりないヤマトだから、すぐには沈みはしないだろうが手傷が増えれば反撃の手段すら――。

 

 「背に腹は代えられないわ! 強行突破よ!!」

 

 「了解!!――く……っ!」

 

 意を決したユリカの指示に従い、ハリは操縦桿を操って強行突破の姿勢を取る。

 バルバスバウ根元のスラスターが噴射、メインノズルの出力も上がる。

 

 「艦首にフィールド集中展開! 火力を前方に集中!」

 

 強行突破を実現すべく、ヤマトは艦首にフィールドを集中展開、体当たりも辞さない覚悟で攻撃艇の真っただ中に突撃、デウスーラもそれに倣う形で続く。

 同行していた他の艦艇は、各々左右に散ってやり過ごそうとする。

 

 ヤマトは足止めしようと群がってくる攻撃艇を小回りと連射の利く副砲とパルスブラストを主軸に、デウスーラは武器の多さを活かした手数で応じる。

 攻撃艇の猛攻がヤマトとデウスーラに突き刺さるが、砲撃は局所展開したフィールドの強度で弾き飛ばし、正面に立ち塞がった攻撃艇はフィールドアタックで強引に蹴散らして進む。

 出力も推力も、質量までもヤマトが勝るとはいえ、流石に2隻、3隻と連続で激突されるとかなり厳しい。

 結局5隻目からは限界を迎えたフィールドが消滅、ヤマトはその尋常ならざるフレーム剛性と装甲強度を活かして無理矢理粉砕して突破する事になった。

 激しい衝撃がヤマトを襲い、艦首波動砲とフェアリーダー周辺に激しい擦過傷が刻まれ、フェアリーダーの一部が欠ける被害を被る。

 デウスーラもかなり被弾する結果となったが、ヤマトが先行してくれたおかげで敵艦との衝突を免れた。

 

 コスモタイガー隊も攻撃の手を止め、全速力でヤマトに先んじる形で予想される攻撃範囲からの離脱を試みる。

 艦艇に比べれば耐久力が紙同然のエステバリスでは、余波に飲まれただけでも大破は避けられない。恐らくガンダムも無事では済まないだろう。

 

 「みんな! 手を繋いでダブルエックスに寄り添え!」

 

 アキトはすぐに通常推進での離脱は不可能と判断。すぐにコスモタイガー隊に終結を指示、敵弾の間を掻い潜って出撃した全てのエステバリスとガンダムが、携行武装を破棄してでも何とか手を繋いで的になる覚悟で団子のように寄り添って固まる。

 その状態でGファルコンGXが最大出力でディストーションフィールドを広域展開、何とか出力がボソンジャンプに耐えられるように準備を整えると、アキトはすぐにジャンプ先をイメージ、ヤマトに打電してボソンジャンプジャマーを切って貰った格納庫をイメージ、ジャンプで一気にヤマトに帰艦する。

 

 そうやって何とかヤマトとデウスーラ、コスモタイガー隊が要塞の砲口からギリギリ逃れたところで、要塞から強烈な光の奔流が放たれた。

 

 小規模な艦隊程度なら丸々飲み込んでしまいそうな凶悪な光の奔流が、ヤマトとデウスーラが先程まで居た空間を通過――イスカンダルとガミラス星の傍をも掠めていく。

 辛うじてビームの奔流から逃れたヤマトとデウスーラであったが、余波を受けて艦体を煽られる。辛うじて互いに激突する事だけは回避出来たが、しばらくは砲撃すらままならなくなる様な激しい揺れに見舞われる結果となった。

 

 そして、左右に散って逃れようとした他の艦艇の大半は、攻撃艇の妨害を受けて逃げ遅れ、ビームの奔流に飲まれていく。

 攻撃艇諸共ビームの直撃を受けて瞬時に蒸発した艦や、余波で甚大な被害を被った艦が多く、その中にはバラン星から今までヤマトを助けてくれていた戦闘空母の姿もあった。

 

 「ハイデルン!?」

 

 思わず座席から立ち上がったドメルの眼前で、大破した戦闘空母に安全圏に離れていた敵艦隊からの砲撃が次々と突き刺さり、その巨体をバラバラに粉砕していった。

 長きに渡って共に戦ってきた部下の呆気無い死に、流石のドメルも言葉が出てこない。

 だが、歴戦の将である彼はすぐに気持ちを切り替えるべく、爆発した戦闘空母に向かって敬礼を捧ぐ。

 第一艦橋の面々もそれに倣って、短い間ではあった共に戦場を駆けた“仲間”の死を弔った……。

 戦術モニターに表示される被害は、ヤマト・デウスーラと共に要塞攻略に乗り出した艦隊だけでは済まされていない。

 遥か後方、最終防衛線を構築していた艦隊の一角すらも消滅させていている。

 ――要塞の大砲の有効射程は、波動砲よりも長く、そして確実に広いものだった。

 このまま撃たせてしまえば、あっという間に艦隊は壊滅してしまう!

 

 「……くそっ! 第一・第二主砲発射用意! 目標、敵機動要塞!――発射!」

 

 立ち直った進がすぐに機動要塞に向けての砲撃を指示。左右に振り分けられていた2基の主砲が旋回、波打つように角度を変えた3本の砲身がピタリと揃い、発射遅延によって時間差で放たれた計6本の重力衝撃波が機動要塞に向かって飛び出す。

 

 遮るものの無い空間を飛び去り、機動要塞に突き刺さる――かに見えたが、既に砲身を格納して防御を固めていた要塞表面であっさりと弾かれてしまった。偏向フィールドだ。

 予想はしていたが、あの巨大戦艦とは比較にもならない強度のフィールドだった。ヤマトの主砲では何百発撃ち込んだとしても、恐らく突破は出来ないだろう。

 

 「くそっ……予想はしていたが、やはりショックカノンで突破は無理のようだ。あの大砲の出力から要塞の出力を推測してみるに、ツインサテライトキャノンは勿論、単発では波動砲でも歯が立たんかもしれん……恐ろしい強度だ――!」

 

 真田が主砲が命中した時の観測データを基に解析した結果、現在使用可能な兵器であの要塞の偏向フィールドを突破する事は非常に厳しいと結論付けた。

 

 「――恐るべき要塞だ。我がデスラー砲も、単発での威力はヤマトの波動砲の2倍は保障しているが……それでも足らぬかもしれんとは……」

 

 悔しそうなデスラーに申し訳なく思いながらも、真田はさらに推論を口にする。

 

 「……あくまで推測ですが、収束率を限界まで高めたと仮定しても、あのフィールドを突破するには単純計算で波動砲4発以上の出力が要求されると考えられます。ヤマトの全弾発射なら可能性はありますが、諸々の事情からその選択は選べません」

 

 「――やっぱり、ヤマトが以前使っていたという波動カートリッジ弾は、こういった敵に対抗するために用意されていたのかもしれませんね」

 

 進が予想を遥かに超える要塞の強さに悔し気に語る。

 

 確かにヤマトの波動カートリッジ弾が追加されたのは、イスカンダル救援を目的とした戦いにおいてこの要塞――ゴルバの並行同位体と交戦した後だ。

 その戦訓からより迅速かつ柔軟な波動エネルギーによる攻撃は勿論、エネルギー偏向フィールドを有する敵に対してミサイル以上の決定打足りえる装備として開発された可能性は十分にある。

 真偽の程は定かではないが、進の推測も全くの的外れという事は無いだろう。

 

 「確かに、主砲に実体弾による射撃が可能であればあの要塞の偏向フィールドを超えて打撃を与えられる可能性はある。しかしヤマトの主砲は実弾射撃機能をオミットしてしまっている……尤も、波動エネルギーをオミットしなければならないと知れている今となっては、46㎝砲弾とは言え、普通の実弾射撃で効果的な打撃を与えるのは不可能に近いだろうがな……」

 

 「――真田工作班長、エネルギー融合反応を無視して急所に当てたと仮定した場合、最低でもどの程度の威力が必要になると思われますか?」

 

 ドメルの質問に真田はしばし悩んだ後、

 

 「そうですね、敵要塞の構造や構成材質が不明なので具体的には言えませんが……やはり、サテライトキャノンクラスの威力は欲しいと思います。ただ、エネルギー兵器の場合は何らかの方法であのフィールドを打ち破って通す必要がありますし、ミサイルの場合はそれこそガミラスが使っているあの超大型ミサイルが必須になります。ただ、迎撃されずに発射直前の発射口を狙うというのは、かなり難しいでしょう……」

 

 要塞の攻略法が手詰まり状態にあると改めて示されて沈黙が訪れる。

 流石のユリカもデスラーもドメルも、この状況における最善策をすぐには思いつかない。

 

 「――仕方ない、敵要塞砲の射程外まで一時退避します。デスラー総統もそれでよろしいですか?」

 

 「他に手は無いだろう。今しばらくは、あの要塞を能力を分析しなければ、対抗する事すら……」

 

 「艦長! 要塞に高エネルギー反応! 砲撃の予兆です!」

 

 第三艦橋のルリから警告がもたらされる。

 光学センサーが捉えた映像がマスターパネルに映し出されるが、見れば要塞がその場で回転し、隣の砲門を開きつつあるではないか。おまけにヤマトとデウスーラを射線に捉えるべく上昇している。

 

 「反転右160度!! 降下角20度!! 全速!!」

 

 すぐにユリカはこの場から移動する事を指示する。

 ハーリーは「了解!」と応じた後歯を食いしばって操縦桿を操り、スロットルレバーを押し込んでヤマトを動かす。

 デウスーラもヤマトと離れる事のデメリットを考え、追従するように動き出す。

 バラバラに逃げた方が一網打尽にされるリスクは減るが、敵艦隊の只中にある現状では、ヤマトはデウスーラの手数が、デウスーラはヤマトの対空火器が欠かせない。

 

 そうやってヤマトとデウスーラは“ガミラス星とイスカンダル星と要塞の軸線上に移動した”。

 あの要塞砲の射程はかなり長い。波動砲クラスと言って過言では無いだろう。

 だからこそ、影響を考慮すれば目的となる星が軸線上に置かれてしまっては発砲もままならないはずだ。

 案の定、要塞のエネルギー反応が低下し砲口を格納した。

 

 が!

 

 「!? 要塞に更なる動きを確認!」

 

 続けざまに放たれた警告に改めてマスターパネルを見れば、要塞の頭頂部――角の様な物が生えた部分――が回転しながら浮き上がり、その内側に収められていた大量の砲門を覗かせているではないか!

 直後、要塞がその場で回転を始め、全周囲に装備された大量のミサイルとビーム砲から怒涛の砲撃が放たれた。

 要塞砲による砲撃を避ける為、要塞とガミラス・イスカンダルの軸線上から逃げられないヤマトとデウスーラの退路を断つかのように展開されていた艦隊の砲撃も合わさって、集中砲火を浴びる。

 ――あっという間にヤマトとデウスーラは大量の火線に飲み込まれる。まだフィールドが健在のデウスーラも、これほどの火力を集中されては堪ったものではない。

 フィールドを喪失しているヤマトは、パルスブラストの弾幕を全力で展開、ミサイルを撃ち落とし、同時にグラビティブラストの干渉と温存していたバリア弾頭で防ぐべく苦心する。

 デウスーラも持てる火力をありったけ振り絞って弾道を狂わせるべく努力を重ねた。

 ……それでもかなりの数がヤマトとデウスーラに命中する。

 フィールドを喪失した戦艦など、数隻以上まとめて轟沈させられるだけの砲撃が命中している――が、ヤマトはそれに見事耐えきった。

 

 反射材を混入した装甲と防御コートは、損傷を修理する度に混合比を調整したり反射材自体の性能の強化、果ては装甲板に使われている合金自体の改良などが行われている。

 どれも単品では劇的な効果を生み出すには至らないが、相乗効果もあってヤマトの防御性能は冥王星の戦いの頃に比べてもますます強固となっている。

 

 そんなヤマトですら表面には多数の弾痕刻まれ、マストやアンテナと言った構造上脆弱な部位が幾つか破壊される。

 装甲を貫通した砲弾は少ない。ディストーションブロックの出力も表面を覆っていたフィールドに引けを取らないから、反射衛星砲の様に1発が極めて重い攻撃でもないと容易く突破出来ないのだ。

 ましてや相手の攻撃は反射衛星砲以下の威力しかない粒子ビーム砲。数の暴力でも易々とは突破出来ない。

 それでも被弾が集中してしまった部位や、元々装甲が薄く脆弱な展望室や破壊されたパルスブラスト跡から内部に砲弾が貫通した箇所があり、貫通には至らずとも多数の被弾によって生じる衝撃によって内部破壊は発生していた。

 

 装甲支持構造が歪んで装甲が部分的に浮き上がり、剥がれ落ちそうになる。装甲の内側に走っている様々なパイプの一部が裂けて、蒸気やエネルギーを吹き出す。コンピューターの幾つかが衝撃でショートして激しくスパーク。モニターが幾つも弾け飛んで回路も断線、内壁が爆ぜる。

 主砲にも被弾が相次ぎ、強固な装甲を持つ主砲は完全破壊こそ免れているが、砲身を半ばから吹き飛ばされたり、駆動系を破壊されて砲身の1つが大きく跳ね上がって沈黙してしまったり、エネルギー供給システムや回転機構にダメージを蓄積していく。主砲よりも小さい副砲は被弾こそ少なかったが、装甲も薄い副砲は1発の被弾でも大きなダメージを受け、機能を損なわれる。各部ミサイル発射管も、損害を被って機能を失っていく。

 それらの破壊に巻き込まれたクルーが負傷して、その場に倒れこむ。程度の軽い者は重傷者をひとまず安全な場所に移動して医療科の面々に引き渡し、担当部署の応急処置を工作班と共同で行う。

 消火剤を撒いて火災を鎮火し、断絶したケーブル等を予備に交換したり、応急処置と割り切って強引接続。

 内側に生じた亀裂は応急修理用の速乾性液体金属を流し込んで処置する。

 大量の負傷者を運び込まれた医務室と医療室も喧騒が絶えず、イネスは医療科の責任者として手術着に身を包んだまま他の医者と手分けして患者の処置を続けた。

 

 (くっ、このまま戦闘が長引くと助かる者も助けられないわ……!)

 

 イネスは戦闘の激しさを嫌でも思い知らされる。手の施しようがない患者を何人も見捨てなければならなかった。その被害は最も激しい戦いであったと断言される冥王星基地攻略作戦の比ではない。

 恐らく医務室や医療室に運ばれていないだけで、負傷しているクルーも大勢いるだろう。――非常に不味い状況だ。

 ダメージコントロールもそうだが、人の存在にその力を左右されるヤマトにとって、艦自体の損害よりもそちらの方が深刻といえる。

 

 ――人の意思を、命を受けて初めて真価を発揮する“今のヤマト”の最大の弱点。それはクルーに対する直接的な被害と言っても過言ではない。

 

 なまじ命を――意志を持ってしまったが故に、クルーと呼応することでマシンスペックすら凌駕する力を出せる存在へと変貌してしまったが故に、人間に対する依存が極まってしまった。

 かつて元々あった世界の“古代”が、“真田”が、ヤマトの在り方として拘っていた“機械ではなく人の意思によって管理されるべき”という部分が、より顕著に弱点として顔を覗かせてしまっているのだ。

 

 

 

 被弾が相次ぐデウスーラも似たり寄ったりの状態で、かなりの人的被害を受けつつあった。ヤマトほど人的制御に依存していないとはいえ、機械制御も被害が嵩めばいずれ破綻する。

 ……このままではなぶり殺しになってしまう。止むを得ず、ヤマトとデウスーラは破損部から煙を吹きながら退路を塞ぐ敵艦隊の真っただ中に再び突っ込んだ。先程攻撃艇を巻き込んだ砲撃をした要塞ではあるが、あれは無人艇であると予想しているし、事実有人艦と思しき他の艦艇は下げさせていた。

 ならば艦隊の中に突っ込めば、要塞砲に晒される危険性は低い。絶対とは言い切れないが……。

 

 そんな苦境に立たされたヤマトとデウスーラを守るべく、後方で戦っていた艦隊の一部が追いつき、要塞の主砲を免れた親衛隊の生き残りと共にヤマトとデウスーラを守るべく艦隊を再編成、再び徹底抗戦の構えを取った。

 特に有り難かったのは、反射衛星砲搭載艦が4隻ばかり追いついてくれた事だ。反射衛星も数十基程同伴させ、ヤマトやデウスーラを始めとする前衛の艦への誤射を避けながら、ヤマトの主砲以上の火力を持つビームで敵艦隊に砲撃してくれるのだ。有り難くないわけがない。

 さらに、バーガー達を始めとするエースパイロットが指揮する航空隊も合流し、攻撃艇の代わりに次々と戦線に投入されてくる艦載機への対処も始めてくれた。

 さらにダメ押しと言わんばかりに、予想通り要塞からの攻撃が止み砲撃密度が目に見えて低下。ここぞとばかりに速度を上げてヤマトとデウスーラが敵艦隊を突破して味方艦隊と合流、交代することに成功した。

 後は応急修理の傍らに火力支援を継続しながら要塞の解析を継続。なんとか攻略法を見つけ出すしかない。

 

 

 

 前進してくる要塞と敵艦隊から一定の距離を取りながら、じりじりと後退していくヤマトとガミラス艦隊。

 戦局は再び泥沼の様相を呈していたが、このままイスカンダルとガミラス星をあの大砲以外の火器の射程に捉えられる前に決着を付けなければ――。

 

 状況は、ヤマトとガミラスが不利だった。

 

 

 

 

 

 

 一方でゴルバの艦橋で戦局を見守るメルダーズは、ゴルバの主砲を強引な手段で避けて見せたヤマトとガミラス旗艦の姿に感心するやら呆れるやら。

 

 「強行突破の可能性は考えていたが、まさか体当たりで突破するとは……」

 

 普通はそんな事はしない。相打ちになるのが精々だし、運良く突き抜けられても構造材の歪みやらが発生してまともに動けなくなるのが必然。

 にも拘らず、ヤマトは“防御フィールドの類無し”でテンタクルス1隻を体当たりで撃破した上、その後の戦闘継続に何ら支障を生じないばかりか、ゴルバと艦隊からの集中砲火に耐えて逃げ延びるとは……

 

 「……化け物か?」

 

 冗談抜きでこのゴルバと同格の存在かと錯覚すら覚えそうなスペックだ。――単艦で戦局を左右する決定打を有する、という点では紛れも無く同格認定だろうが。

 

 それに、第二射に対する対応も速かった。最初の1発を撃てたのは、位置関係的にガミラスやイスカンダルへの誤射を気にせずに済むからだったが、あっさりと見抜かれたか。

 この懸念があったからこそ貴重なテンタクルスを巻き込んでまで狙ったのだが――あそこまで非常識とは思わなかった。

 その非常識の艦載機と見られるあの人形共も、思いの外強い。今時人型を艦載機として運用する国家など見た事が無かった。

 特に動きが良いのが4体程居たが、特別警戒する必要は無いだろう。バランの時は巨大空母を単機で沈めた奴が居たようだが、その程度の火力ではこのゴルバには通用しない。コバエも同然だ。

 

 警戒すべきはやはりヤマトだ。このまま火力でゴリ押して良ければ、最終的には我が軍の勝利は揺るがない。だが連中が大人しく押されてくれるとは考えにくい。

 

 何かしら策を講じなければならないのだが……。

 

 流石のメルダーズも、底が見えないヤマトとそれに追従して見せるガミラス旗艦の奮戦に、良い策を思いつけずにいた。

 ある意味、ゴルバという絶対的な力を持ってしまい、それ故に基本に忠実に戦う事が最も効率が良く、下手な奇策を実行すれば自身の威力を活かす事が出来ない事を承知しているからこその苦慮であったと言える。

 

 そういう意味では、強力な宇宙戦艦であっても所詮は単艦、それに極僅かな艦載機戦力のみで常に不利な戦いを凌いできたヤマトが、そしてそのヤマトの非常識っぷりに揉まれたガミラスが、こういった事態での対応力と爆発力で1歩も2歩も先んじていた事は、必然的な流れだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 1度は後方に下がったヤマトでは応急修理が進められていた。

 とにかく表面に展開するディストーションフィールドの回復が優先され、各所でフィールドジェネレーターの部品の交換作業と再調整が進められている。

 後方に下がったことで装甲外板の応急修理も可能となったので、速乾性液体金属を流し込んで表面に防御コートを乱暴に塗布して処置する。装甲板を張り替える余裕はない。

 作業用の小バッタと、ボソンジャンプで緊急帰投したエステバリスに作業を手伝って貰う事でかなり時間短縮出来ていた。工作班を作業服で外に出すよりもずっと安全でもあるし。

 おまけでデウスーラの応急修理も手伝ったら、

 

 「人型も案外馬鹿にしたものではない」

 

 とデスラー総統も隣で控えるタラン将軍も感服していたという。

 前衛艦隊はヤマトとデウスーラの応急修理と敵要塞解析の時間を稼ごうと奮戦していたが、要塞からの砲撃の雨に加え、七色星団でヤマトを苦戦させた巨大戦艦が登場すると、一気に劣勢に立たされた。

 流石はヤマトのショックカノンすら弾いて見せただけの事はある、やはりあの防御力は脅威だ。火力も不足ないし、たった1艦しかいないというのにここまで食い付いてくるとは――ヤマトと相対したガミラスも、同じような気分だったのだろうか。

 妙な感想を抱きながらも、一応考えてあったあの戦艦の攻略法を実行しよう。とにかく、“周りの物を有効活用すればいけるはずだ”。

 応急修理も途上だが、ヤマト以外にあの艦をやれる艦はない。

 

 「……リョーコさん。あの戦艦をやります。コスモタイガー隊とヤマトの総力を結集して」

 

 ユリカは自分でも無茶を言っているな、と思う。

 あの巨大戦艦のフィールドはサテライトキャノン・クラスの火砲でなければ破れない。

 だがそれは1撃でやるにはそれしかない、というだけの話だ。

 コスモタイガー隊の対艦攻撃の要であった大型爆弾槽は、最近出番が巡ってこなかった事もあって20個は残されている。

 それに、ちょうど良い位置にある“アレ”を使ってヤマトとコスモタイガー隊の全火力を集中すれば、1隻くらいなら殺れる。

 

 「……了解だ艦長。前の戦いのダメージが多少残ってるが、全機被害らしい被害も無い、現時点での最良のコンディションを保ててる――あの巨大戦艦、何が何でも沈め――ん? 何だよウリバタケ、今艦長と……あ? ハモニカ砲の奥の手? んなのあったのかよ……どうして今まで――まさかてめぇ、また“こんな事も”って奴か? え、違う? 1回で壊れる? マジでヤバい?――」

 

 何やら横やりを入れてきたウリバタケと問答を繰り広げているが……内容からするに、何やらハモニカ砲に隠しダネがあった様子。

 ウリバタケすらここまで明かさずにいた奥の手の詳細が気になるが、まあ聞いている時間は無い。

 

 「え~と、とりあえず私達ヤマトの全てを“叩きつけて”、あの巨大戦艦を何が何でも撃破しましょう。まずはコスモタイガー隊が先発、サテライトキャノン以外の火力という火力を容赦も遠慮も無く、徹底的にお見舞いしちゃってください。その後ヤマトが後から追いついて、“フリスビーをぶち当ててから”これまた全火力を徹底的に集中させます」

 

 ガミラス相手なら、サテライトキャノンを必要なタイミングで使う事にためらいは無かった。だってもうばれてるから。

 しかし、暗黒星団帝国に対してサテライトキャノンを使ったのは七色星団での戦いだけ。あの時の艦隊は1隻残らず壊滅させたし、あの状況下でこちらに戦況を報告していたとは考え難い。

 

 だから、まだ敵にはサテライトキャノンの存在が知れていない可能性が残されている。そこに付け入る隙があるはずだ。

 

 GXかダブルエックス、どちらか片方が使ってしまえば、デザイン的な類似から装備した機体が割り出されてしまい以後警戒される事は間違いないが、良く知られていない今なら不意打ちで最大の威力を発揮するはずなのだ。

 

 「アキト、リョーコさん。ガンダムの火力も全部吐き出す覚悟で挑んでほしいけど、2人の機体は要塞攻略の要なんだから、サテライトキャノンを使えなくなるような損傷は絶対受けないようにしてね」

 

 「わかってる。サテライトキャノン、確実にあの要塞に撃ち込んで見せるさ」

 

 そう答えたアキトではあるが、アキトの頭にはボソンジャンプで敵要塞の至近距離に接近し、あの主砲を撃つ瞬間に自爆覚悟で接射するという手段しか思いつかなかった。

 どんなエネルギー偏向フィールドであっても、砲口まで遮蔽してしまえば発砲出来ないはず。

 仮に遮蔽した状態で撃てるとしても、発射口の内側までは無いはずだ。ボソンジャンプならフィールドを乗り越えて接射に持ち込める。持ち込めるが――

 

 (タキオンバースト流の影響を考えると、ボソンジャンプでの離脱は多分厳しい。次元断層の時のヤマトみたいに、反動を吸収させずにバックする? いや、それでも。間違いなく自爆必須の戦術になる……)

 

 それでは駄目だ。アキトの戦いは――贖罪は、ヤマトが地球を救うまで終わらない。

 それは今後も現れるかもしれない脅威も含まれているし、何よりアカツキ達が――義父たるコウイチロウまでもがアキトに「帰ってきて欲しい」と八方手を尽くし、その機会を用意してくれたのだ。

 無碍には出来ない。

 それ以外に手段が無いと諦めてしまう前に、何とかしてサテライトキャノンを通す方法を考えなければ……。

 

 (ボソン砲でガミラスの超大型ミサイルを送り込む? いや、内部に送り込むようなイメージは俺には出来ない。発射口前に送り込むだけじゃ破壊出来ない可能性が……)

 

 やはり、あの規模の要塞を確実に破壊するとなればサテライトキャノンの威力が欲しい。

 

 「……」

 

 戦闘指揮席からマスターパネルに映る要塞を睨み続けていた進も、何かアイデアが無いかと必死に頭を回転させる。

 アキトが考えた手段は勿論進も考えた。だがそれは決して許容出来ない。

 

 (フィールドを中和――駄目だ。一番ポピュラーの手段ではあるが、出力差が大き過ぎて中和には至らない。ボソン砲?――案としてありだが、それを実行する手段が無い。アキトさんは確かにA級ジャンパーだけど、内部のイメージが無ければ送り込む事は出来ない。お母さんなら出来るだろうけど、それをしてしまえば状態が悪化して確実に命を――――何か無いか、フィールドに穴を開けてサテライトキャノンを届かせる何か……)

 

 考えに詰まり、何かヒントになるものは――と後方を振り向く。そこには艦長席に座ったユリカと、その頭上にある沖田艦長のレリーフ――。

 今となっては、ユリカと並んで進の背を押してくれる、目標と言っても過言ではない存在。

 

 (今は、あの巨大戦艦を倒すのが先か……戦いの中で、何かヒントがあれば良いんだが)

 

 進は一端思案を中断。ヤマトの火器のコンディションを確かめる。

 とりあえずの方針が決定したユリカは、デスラーに一言断りを入れた後、すぐに対決の準備を進めさせることにする。

 

 「ミスマル艦長、確実に仕留めましょう。ヤマトの力なら出来ると信じております」

 

 ドメルの言葉にユリカも「お任せを」と応じる。張り切り過ぎで頭痛が酷くなってきたし目の前が軽く揺れるが、だいぶ慣れた苦痛なので耐えられる。――耐えちゃいけないんだろうけど。

 新しいドロップ薬を口に放り込み、雪が持ち込んでくれた無針注射針を腕に撃ち込んだ薬漬けユリカは、ルリと雪に突入コースの割り出しを依頼、ハリにもそれに則って突撃するように指示を出す。

 ヤマトのフィールドはまだ完全ではないが、完全回復を待っているとあの巨大戦艦の蹂躙を許しかねない。

 早急に退場願いたいのだ。

 少々荒っぽく非道な手段が混じるが、背に腹は代えられぬと妥協するしかないだろう……。

 

 「ルリちゃん、ロケットアンカーの強度は大丈夫そう?」

 

 「計算上は何とかなりそうです。ただ、出来るだけ小さいのを選んで下さい」

 

 「ラピスちゃん、機関部の様子は?」

 

 「波動相転移エンジンの出力は80%を維持。何とか安定しています」

 

 「全力運転は?」

 

 「180秒保証出来ます。それ以上は、今のコンディションでは厳しいですね」

 

 ラピスの答えに頷くと、今度はハリと進に「120秒で決着を付けるよ!」と宣言。

 

 「了解!」

 

 2人も威勢良く応じる。ハリは腕に巻かれた包帯に滲む血の量が増えているのが気がかりだが、本人はまだまだやる気らしく交代する気配を見せない。

 これから要求される精密操舵には不安が残るのだが……。

 流石にユリカが不安がっていると、右エレベーターのドアが開いた。

 

 「その傷で精密操舵は無理だと思うぞ、ハーリー……1人じゃな」

 

 何と杖を突いた痛々しい姿の大介が第一艦橋にやって来たではないか。

 頭に包帯を巻いて、右足と肋骨を折っていてとても任務には就けないと入院させられていたのだが……。

 

 「ドメル将軍、申し訳ありませんが予備操縦席を使わせて下さい」

 

 「しかし……」

 

 「島さん、その怪我じゃ僕以上に無理ですよ!」

 

 揃って渋い顔をするが、

 

 「だが精密操舵が必要なんだろ? その腕の怪我じゃ精密操舵なんて出来やしないさ。だからハーリー、お前は無事な左手でスロットル制御を担当してくれ。舵は俺がやる。流石に腕を伸ばしてスロットルを動かすのキツイからな」

 

 「……でも……」

 

 「良いから任せろって。大体入院してなきゃならないのは艦長だって同じなんだ。上司が頑張ってて部下が寝てるってのは、格好付かないだろう?」

 

 「うぐぅっ……!」

 

 まんまとダシにされたユリカが呻く。確かに艦長として指揮を執ると宣言した時猛反対されたのを屁理屈で押し通したのは自分なので、こう言われてはとても言い返せない。

 

 「……わかりました」

 

 流石にハリも折れるしかなかった。出血が増えたからだろうか、腕の感覚がだいぶ薄くなっている。正直精密操舵の自信があったとは言い難い。

 ドメルも大介の気持ちを汲んで、座っていた予備操縦席を明け渡し、自分は空いている航行補佐席に移る。

 

 「さてホシノさん、お手数お掛けするが航行補佐席の表示をガミラス語に変更して貰えませんか? 私も一仕事しなくては」

 

 「――少し待ってください……これでよろしいでしょうか?」

 

 「ありがとう。ヤマトのシステムには慣れていませんが、これで私も少しはお手伝いが出来るというものです」

 

 ルリの仕事にドメルも満足。七色星団の時は知恵袋として色々と手腕を振るったドメルではあったが、ガミラス艦隊と合流してからは立場的に特に指揮を出来る状態に無い。

 それにまだまだ未熟な進ならまだしも、ユリカは多少経験の浅さを感じる事はあるが、伊達に自分と1度は張り合い逃げ延びただけの事はある。特に口を挟む余地も無くヤマトを動かしていて、言い様は悪いが少々暇を持て余していたのだ。

 

 「コスモタイガー隊、全機発進!」

 

 進の指示が格納庫に飛び、急ピッチで再出撃準備を整えていたコスモタイガー隊各機が次々とカタパルトレーンに乗せられ、ヤマトの外に飛び出していく。

 ほぼ全ての機体が大型爆弾槽を追加した重爆撃機仕様。倉庫の在庫を全て出し切る大盤振る舞いの――決して失敗出来ないオンリーワンアタック。

 ガンダムは大型爆弾槽こそ装備していないが、GXがディバイダ―装備に換装され、ダブルエックスもディバイダーを左手に装備している。エアマスターとレオパルドは特に変更は無いが、最大出力で砲撃出来るようにちょっとだけ細工された。

 

 全機発進したコスモタイガー隊が、ヤマトの周囲に1度停滞――突撃の構えを見せる。

 

 「――ヤマト、敵巨大戦艦に向けて突撃開始!!」

 

 「コスモタイガー隊、全機突撃開始っ!!」

 

 ユリカと進の合図で、コスモタイガー隊とヤマトが動き出す。

 先鋒はコスモタイガー隊。大型爆弾槽で重くなった機体を巧みに操り、目標となる巨大戦艦目掛けて脇目も降らず挑みかかる。対空火器を備えていない様子の巨大戦艦ではあるが、その穴を埋めるべく艦首の開口部からイモムシ型戦闘機を次々と放出してきた。

 どうやらヤマトの航空隊を警戒してギリギリまで温存していたらしい。

 だが、前線で艦載機を放出するのは判断ミスも良い所だ。

 

 「あそこが弱点だ!!」

 

 リョーコが叫べば全員が虫型戦闘機の迎撃を交わしながら肉薄、一斉に爆弾槽をパージ。慣性で飛び込んでいく大型爆弾槽は、フィールドで威力の大部分を受け止められてしまったが、20発も連続で被弾した事でフィールドに綻びを生み出す事は出来た様子。

 エステバリスとアルストロメリア全機は、グラビティブラストの火力を全て爆弾槽が命中した場所目掛けて集中させ、そこにエアマスターとレオパルドも参加。干渉して威力を失ってしまうビーム兵器を使えないとはいえ、ガンダムの出力を全て注ぎ込んだグラビティブラストの威力でゴリ押す。

 そこにやって来たのは本命のGXとダブルエックス。2機はハモニカ砲を展開したディバイダーを頭上に構え、ウリバタケから教わったリミッター解除コードを入力して最大出力!

 ディバイダーから重力波で構築された巨大な刃が生まれる。

 

 これはウリバタケがロマンとして密かに研究していたが、構造的に負荷に耐えきれず、まず間違いなく1度の使用でディバイダーがスクラップ。下手をすればエネルギーのキックバックでガンダムの腕部すら破壊しかねないと封じていた、ブラストブレード・モードだ。

 

 収束した最大出力の重力波の刃を、切っ先から押し当てるように一転集中で突き刺す。両端のスラスターも全開にして、スパークが迸るディバイダー。

 ダメ押しにとグラビティブラストも次々と撃ち込んで、フィールドへの負荷を蓄積させていく。

 

 

 

 

 

 

 コスモタイガー隊の必死の攻撃で巨大戦艦のフィールドジェネレーターは悲鳴を上げ、乗組員は必至にフィールドを維持せんと応急処置に奔走するが、そんな彼らの眼前には一連の戦法の締め――宇宙戦艦ヤマトが迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 ヤマトの接近を確認したコスモタイガー隊が四方に散っていく。

 GXとダブルエックスは限界を超えたディバイダーを素早く投棄して離脱、最後の止めをヤマトに譲る。

 

 「やるぞハーリー!!」

 

 「はい大介さん!!」

 

 出航以来互いに支え合ってきた2人が操るヤマトが、最大戦速で巨大戦艦へと突っ込む。

 エンジンはラピス達機関士の努力で全力運転状態を維持、工作班の懸命の努力でディストーションフィールドも20%の出力で展開可能となった。

 大介は巨大戦艦の大型3連装砲から放たれるビームを速度を殺す事無く、艦体の避弾経始を利用して受け流す。それでも被弾した部分の防御コートが瞬時に帰化して煙となり、装甲が一部赤熱化して削られる。

 

 だがヤマトは止まらない。その程度では致命傷足り得ない。

 

 熟練の域に達した操舵でヤマトを操る大介に合わせて、ハリがスロットルを巧みに操作、大介が要求する推力を適時得られるようにする。

 そして、不慣れと言いながら航行補佐席のドメルが敵艦の回避行動を予測して進路を2つの操縦席に伝達、ヤマトの進路を確たるものとしていく。

 

 「フィールド艦首に集中展開!」

 

 進の指示でありったけの出力で展開されたフィールドがヤマトを包みこむ。

 そのまま突撃――と思わせて、ヤマトは巨大戦艦の手前で大きく旋回。隣を航行中の巡洋艦に艦首を向ける。少々大きいが駆逐艦を狙うには遠い。妥協しよう。

 

 「フィールド最大出力! ロケットアンカー発射!」

 

 守が砲術補佐席からの制御で両舷のロケットアンカーを射出する。

 高密度のフィールドを身に纏った2基のロケットアンカーが、艦首方向の巡洋艦目掛けて射出。そのフィールドを突き抜けて艦首付近に深々と刺さる。

 

 「引っ張れえぇーーっ!!」

 

 ユリカの号令に合わせて大介は素早く逆噴射、それまでの勢いを一気に殺して急停止――からの逆進で巡洋艦を強引に引っ張る。巡洋艦は予想外のヤマトの行動にパニックを起こす。そんな巡洋艦の艦橋に容赦なく副砲を撃ち込んで指揮系統を黙らせる。

 準備完了!

 

 「錨上げっ!!」

 

 ユリカの命令に従ってロケットアンカーのリールが最大トルクで巻き上げられる。

 リールからは激しい金切り音が鳴り響き、鎖もあちこちで『ギギギ』と金属が変形する音を上げるが、躊躇せずに巻き上げ続ける。

 巡洋艦は制御を失い噴射を続けるメインノズルの推力も借りて、ヤマトの艦首にぐんぐんと迫り――艦首表面に展開されたフィールドに接触寸前になる。

 

 「今だ!! 反転右270度!!」

 

 大介は巡洋艦がヤマトの艦首に接触するタイミングを見切ってヤマトをその場で270度回頭、120度回頭した時点で守はアンカーのリールをフリーに、鎖が自由に伸びるようにする。

 すると、巡洋艦は自身の勢いは勿論、接触したヤマト艦首の窪みに上手く引っ掛けられるような形で“投げ飛ばされる”。円盤状の艦体を持つため、まるでフリスビーの様に。

 哀れ巡洋艦はそのまま“質量弾”となって巨大戦艦に向かって突き進み――直撃する。

 

 「全砲門! 敵艦艦首に向けて全火力を集中! 撃てぇっ!!」

 

 最後の仕上げと、勢いのままに全火力を左舷に向けたヤマトから、怒涛の勢いで砲撃が開始される。

 傷つきながらも機能している主砲3基と副砲2基。それに生き残った左舷側のパルスブラストとミサイルも足して次々と砲火を撃ち放つ。ヤマトから放たれた砲撃は質量弾代わりにされた巡洋艦をあっさりとハチの巣にして大爆発を引き起こしながら、その先にある巨大戦艦の発着口目掛けて集中される。

 度重なる攻撃による負荷、そして味方の巡洋艦を故意にぶつけられて限界を迎えつつあった巨大戦艦のフィールドがついに決壊! 偏向フィールドの加護を失った巨大戦艦の艦首発進口から次々と内部に砲撃が侵入――反対側から突き抜ける。

 

 「急速離脱!!」

 

 効果を認めたユリカはすぐさま離脱を指示、ヤマトはメインノズルと補助ノズルを最大噴射。

 猛烈な噴射炎を吹き出しながら、巨大戦艦の爆発が生み出した火の玉を背に悠然と宇宙を進む。ボロボロになったロケットアンカーを巻き上げつつ、他の艦への火力支援を加えながらもデウスーラの傍らに戻る進路を取る。

 

 共通の目的を持ち、互いに認め合って数多くの修羅場を共に潜り抜けてきたからこそ生まれる連帯感。

 それにフラッシュシステムを介したヤマトとのほんのささやかな、だが確たる一体感があってこそ成し得る“ロケットアンカーによる投げ技”。

 

 そこにミスマル・ユリカの型に嵌らない突飛なアイデアとそれを形に出来るプロフェッショナルが揃った、奇跡のような組み合わせだからこそ成し得た、まさに神業であった。

 

 ヤマトの離脱に合わせて武器を使い果たしたコスモタイガー隊も続き、次々とヤマトに着艦。

 ダブルエックスはサテライトキャノン周りの再点検、GXは装備の換装作業に入った。

 周辺の艦載機の迎撃作業は、エアマスターとレオパルドを中心に、ガミラス航空隊に一任する形となった。

 

 

 

 一方で、「何とかする」と言い切ったユリカの手腕を見届けたデスラーとタランは、相も変らぬ無茶苦茶な戦法に開いた口が塞がらない有様だった。

 

 「…………艦載機の全火力集中からの母艦による火力の集中までは理解出来ましたが、まさか前時代的なアンカーを使って敵艦を“投げ飛ばした”ばかりか、質量兵器として活用するとは……一歩間違えれば相打ちになりかねない危険な戦法をこうも危なげなく……」

 

 彼らの心臓は超合金で出来ているのだろうか。

 ガミラスも最終手段として体当たりをすることが無いわけでないが、それは相打ち前提の最後っ屁でありこのような戦術として使うべきものでは……。

 

 「――タラン、ヤマトに繋げ。あの要塞の攻略法を思いついたぞ」

 

 「え?」

 

 不敵に笑い、プランを話すデスラーの姿に、タランは頼もしさを感じ――同時に「ああ、ヤマトに毒されてしまわれた……」と嘆いたとか嘆かなかったとか。

 

 

 

 「……本気ですか、デスラー総統?」

 

 「無論だ」

 

 デスラーの策を聞かされたユリカは思いがけない提案に思わずデスラーを問い質してしまう。

 だが無理らしからぬ事だと、傍らで聞いていた皆も思ったという。

 

 

 

 結局ユリカも進もドメルも、それ以上に効果的と思われる策を思いつかなかった事もあり、デスラーの作戦を確実にするために八方手を尽くすことになった。

 

 まずは交戦圏への砲撃に使わなくなった反射衛星の回収作業だ。

 使うその瞬間まで、デウスーラの翼部にミサイルやらドロップタンクよろしく吊り下げるようにして配置する。この作業にはヤマトから提供してもらった反重力感応基を使う。

 そして、デウスーラの艦体部分に乗り組んでいたクルーを可能な限りコアシップに、収容しきれなかった人員は全てヤマトが引き受ける。

 ヤマトの艦内も応急修理やら物資や怪我人の運搬で荒れに荒れていたが、移乗したデウスーラのクルーも出来る限りヤマトのダメージコントロールに協力する。

 もう機密とかそんな事を言っていられる状態でもなくなった。とにかく力を合わせてこの局面を脱する事しか頭に無い。

 

 その間にも、徐々に前に出てきていた反射衛星砲搭載艦4隻が、ヤマトとデウスーラに代わって前線への火力支援に加え、要塞へのちょっかいを担当した。

 反射衛星砲の火力では要塞の防御は一切揺るがなかったが、その偏向フィールドの性能を推し量る上で不可欠な行動である。

 

 「――やはりだ。艦長、デスラー総統。あの要塞の偏向フィールドは、ヤマトやガミラスのディストーションフィールド同様、装甲表面に誘導する形で展開されていると見て間違いないでしょう。全体を球形状に包めるフィールドを展開出来るかどうかははっきりしませんがあの規模の要塞です、エネルギー効率を考えて装甲表面に誘導する方式を導入したのなら、恐らくは――」

 

 「なるほど。確かに我がガミラスも、エネルギー効率や武装の効果的な活用を考え装甲表面に誘導するフィールド防御システムを採用しているが、物体を球形状に包み込むフィールド防御方式は採用してはいない。連中も同様である可能性は十分に考えられるという事か――少し調べてみる必要がある。ミスマル艦長、ヤマトの主砲で要塞上部の砲台を狙えるか?」

 

 「有効射程ギリギリですが、何とか届くと思います――進、撃って!」

 

 「了解! 主砲発射準備、目標敵要塞上部の砲台――発射!」

 

 「発射!」

 

 進の指示に応じて砲術補佐席の守も最大射程での射撃を補助すべくヤマトの観測機器をフル活用して照準誤差を修正、第一・第二主砲に伝達して砲撃準備を進めさせ、号令と共に射撃させる。

 第一主砲と第二主砲から放たれた重力衝撃波4本は、真っ直ぐに要塞上部の砲台部分へと突き進み――3本は弾かれたが、偶然砲門に真っ直ぐ命中した1発はその砲門を破壊して小規模の爆発を引き起こす。

 

 「――どうやら、あの偏向フィールドは砲門を覆うようには展開出来ないようだな。とすれば、あの巨大砲にも同様の事が言えるはずだ。もし仮に砲口を塞ぐように展開出来るとしても、デスラー総統の作戦通りに行けば問題無く攻撃を通せるだろう……ヤマトを恐れるはずだ。あの砲撃の出力なら、波動砲1発で相殺出来る。連射性に勝るトランジッション波動砲なら、相殺直後に無防備な発射口を狙い撃ち出来る。敵がヤマトを恐れ、ガミラスを軽視したのは波動砲の有無だけでは無い、連射機能の有無だったのだ」

 

 真田の推測にユリカも進も得心が言ったという表情だ。

 単に波動エネルギーだけが怖いのなら、ヤマトをこれほど脅威に思う理由としては弱い。だが、トランジッション波動砲を有していると確認が取れているのがヤマトだけなら、あの要塞の数少ない弱点を突ける艦艇として警戒されるのも頷ける。

 

 「――真田、あの部分にサテライトキャノンを命中させても効果は無いのか?」

 

 「効果はあるだろう。とは言え、あの要塞の構造材の強度や構造がわからん。それにヤマトの様にフィールドを装甲の間にも展開していたり、非常用の隔壁としても活用している可能性は否定出来ん。発想自体は誰かしらが思いついていても不思議ではないからな。一応ガミラスの艦艇では採用されていない事は確認出来ているが、暗黒星団帝国にそのまま当てはめるのは止めておいた方が良いだろう。それにあそこは要塞の末端だ。司令室の類が無いとは言い切れないが、仮に司令室を破壊出来ても要塞そのものが健在では最悪共倒れを図ってくる可能性がある……狙うのなら、構造的に動力炉に直結していそうな巨大砲が適切だろう――そちらにもエネルギー逆流や、こういった事態を想定した障壁の類が用意されている可能性は高い。あったとしても、どの程度の強度なのかは皆目見当もつかん。幾ら質量50億tはあるスペースコロニーを1発で消滅させるツインサテライトキャノンと言っても、波動砲やあの要塞の砲撃に比べると見劣りしてしまうのは事実だからな……デスラー総統の策は、そういった点でも有用であると考えます、艦長」

 

 「……」

 

 ヤマトが異様に強固だと思ったら、そんな秘密があったのかと今更ながら納得するデスラー。考えてみれば、ガミラスではディストーションフィールドを装甲表面に展開して防壁にする使い方はしても、隔壁代わりに使おうという発想は無かったと記憶している。

 と言うよりもガミラスは装甲板に複合装甲を採用している。話からするに、恐らくヤマトは装甲自体に“隙間”をも受けている中空装甲を採用し、その隙間の部分にディストーションフィールドを張り巡らせることで防御力の底上げを図っているのだろう。

 推測ではあるが、恐らく複合装甲も交えた複合中空装甲と言った具合だろうか。

 

 確かにヤマトは単艦での長距離航海とガミラスとの戦闘を前提に開発された艦。単純に性能のみを追求するのであれば決して間違っていない選択と言える。が、その分装甲を作る手間もコストもかかる。

 ガミラスでなくても十分な数の宇宙艦艇を揃えようと思えば、コストと性能で折り合いが付けやすい複合装甲にディストーションフィールドの様な防御フィールドを組み合わせた方が効率的だ。

 故にガミラスでは何時しか過去の遺物と化していた中空装甲。この様な使い方があったとは。

 

 ついでにあのダブルエックスという機体の最大火力もさらっと出てきていたが、シュルツでなくても「地球人は頭おかしい(真顔)」と言いたくなるスペックだ。

 水中――しかも深度300m地点にある基地施設を1発で消滅させたのだから、その程度のスペックはあると推測は付いていたが……改めて聞かされるとやはり正気を疑いたくなるスペックだ。

 そんな大火力を全長10mにも満たない機動兵器に装備させ、最悪パイロットの裁量で使わせるとは――。

 滅亡の淵に追い込んだガミラスが言えた立場では無いだろうが、それでも声を大にして言いたい。

 

 地球人は発想も突飛だがやる事も極端から極端に走り過ぎる! と。

 

 ヤマトのスペックもガンダムのスペックも、少数で多数を退けるための苦肉の策なのは理解出来る。だが考えたからといって実現してしまうのは本当にどうかと思う。

 

 「それにもう1つ朗報だ。先程の巨大砲の砲撃によって受けた被害と、これまでの戦闘データの解析をルリ君とオモイカネに手伝って貰っていたんだが、彼らが使用するビーム兵器は波動エネルギーとの融合反応を起こさないと断言しても良い。もしも反応を引き起こすというのなら、ヤマトの波動砲発射でその事実に気付いていた彼らが遠慮なくこちらを攻撃していたことの説明がつかない――彼らは攻撃そのものには問題が無くても、撃破した後の波動エネルギーの流出がどのように作用するのかだけが心配だったのでしょう。それが解消された現在だからこそ、あの要塞の巨大砲すら気兼ねなく動員出来た。つまり――」

 

 「つまり、モード・ゲキガンフレアであの巨大砲を防いだとしても、過剰反応で自滅する事は無い――という事ですね」

 

 進の問いに真田が頷く。

 デスラーの策の一番の問題は、如何にしてあの要塞に無傷で突っ込めるかだったのだが、モード・ゲキガンフレアが使えるのなら、解決したも同然だ。

 

 「……お手数をかけて申し訳ないのですが……そのモード・ゲキガンフレアと言うのは、波動エネルギーを身に纏った突撃戦法の事でしょうか?」

 

 一応訪ねておくタランに、第一艦橋の全員が頷く。

 なぜその様な名前になったのかは後日伺えたが、ロボットアニメという文化を持たないガミラスの面々にとって理解に苦しむものであった事は言うまでもないだろう……。

 

 

 

 そもそも何故火器兵器を持ちながら体当たりが最強武器なのだと率直な疑問が飛んだのだが、「ロマンって奴です」と返されてますます渋い顔になったとか。

 

 

 

 ともかく、作戦は決行された。

 

 ヤマトはGファルコンDXとGファルコンGXをカタパルトから撃ち出した後、デウスーラを伴い支援砲撃を受けつつ最大戦速で敵機動要塞に向かって突撃を開始する。

 ヤマトを先頭にデウスーラが続く形になっているのは依然と変わらないが、少しでもエネルギーを温存すべく砲撃を一切控え、残されたわずかなミサイルのみを使用した反撃で敵艦隊を突き進んでいく。

 当然敵艦隊もヤマトとデウスーラに火力を集中、その進路を阻む。ヤマトとデウスーラは、デウスーラが切り離した反射衛星を使って砲撃を適度に捌きながらも、大きく旋回しながら艦隊の密度の薄い部分を選択して突き進み、艦隊を突破する。追撃は無い。

 

 当たり前だ。ヤマトとデウスーラが通ったルートは仕組まれたもの。安全に進もうとすれば自然と要塞の巨砲の射程内に飛び出してしまう様になっている。承知の上で逆らわなかっただけだ。

 恐らくメルダーズも多少きな臭いものを感じながらも、巨砲で狙えるなら好都合と考えたに違いない。早速要塞の巨砲が重々しくハッチを開き、砲身を覗かせる。

 ――撃つ気だ。

 

 「艦内全電源カット! 波動砲、モード・ゲキガンフレアで準備!」

 

 要塞の動きを確認するよりも早く、ユリカはヤマトの切り札の発動を指示する。次元断層での戦い以来使っていなかったモード・ゲキガンフレア。十中八九連中は知りもしないだろう。

 波動砲クラスの要塞の巨砲を防ぎきれるかは少々不安が残るが、ここはヤマトを信じて突っ切るしかない!

 

 「波動相転移エンジン、圧力上げます。非常弁全閉鎖! 波動砲への回路、開きます!」

 

 非常灯を除いて全ての照明が落とされた艦内。

 機関制御席のモニターの光で暗い艦橋内に青白く浮かび上がるラピスの顔。この戦いにおける、ヤマトのラストアタックを目前に控えながらも、その表情に焦りは一切浮かんでいなかった。

 もう何度も繰り返した波動砲の準備手順。そこに迷いはない。

 激戦続きでエンジンは好調とは言い難いが、そこはヤマトの根性と自慢の部下達の手腕でどうにでも出来る。そう言い切れるだけの実力を見つけた。

 完調とは言い難いエンジンの唸りを上げ、フライホイールの回転が高まると同時により強い輝きを発し、出力がグングン上昇していく。

 

 「波動砲、安全装置解除。最終セーフティーロック解除!」

 

 進の操作で6連炉心の前進機構のロックが外され、突入ボルトへの接続準備が進んでいく。

 時同じく、戦闘指揮席のコンソールが反転して波動砲トリガーユニットが出現。進は力強く左手でグリップを掴み、右手でボルトを押し込んで発射モードを切り替えてから、右手でもグリップを握りしめる。

 

 「ターゲットスコープオープン! 電影クロスゲージ明度20!」

 

 ポップアップしたターゲットスコープの中央に、巨砲を展開しつつある要塞の姿が見える。――今から叩き潰す標的の姿だ。

 

 「多目的安定翼展開。タキオンフィールド発生開始!」

 

 操舵席のハリが主翼とタキオンフィールドの制御を担当、ワープ航法のアシストも含めて目を瞑ってても出来るくらいに慣れ親しんだ操作。勿論文句のつけようがない完璧な仕事を披露する。

 

 「突入コースのデータ、戦闘指揮席に転送します。そのルートを辿れば要塞の近くまで到達出来るはずです」

 

 雪が主電探士席から戦闘指揮席に突入コースのデータを転送。盲目飛行を余儀なくされるモード・ゲキガンフレアを活用するには、どうしても欠かせない作業の1つ。

 後は、要塞の動きがこちらの予測から外れない事を祈るだけだ。

 

 「デスラー総統、ヤマトの突撃と合わせて下さい。ハードウェアの関係で、デウスーラでは完璧なモード・ゲキガンフレアの再現が困難です。ヤマトの航路からずれると、あのエネルギー砲に耐えきれずに吹き飛ばされます」

 

 「わかった。ヤマトに遅れず付いて行こう」

 

 ルリから送られてきたプログラムのインストールは既に完了している。

 デウスーラもタキオン波動バースト流の制御を目的としたタキオンフィールドジェネレーターを艦首に装備している。まるでナデシコのディストーションブレードのようにも盾のようにも見える、デスラー砲を挟み込んだ艦首構造物がそうだ。

 これは、ヤマトの解析データから波動エネルギーの制御システムとしてあの可変翼を使っているのではないかという推測の上、ワープ時の負荷軽減のために使用されるタキオンフィールドをタキオン波動バースト流の制御に使えるようにと、デウスーラのデザインに反映された結果だ。

 主翼のデッドウェイト化を避けるためと、コスモリバースシステムありきで構築されたヤマトに対して、デウスーラのそれは波動砲としてのエネルギー制御に特化している。

 本来こういった用途にはとことん不向きな構造になっているが、そこは力業でどうにかする。

 

 既存の艦艇を使いまわすのではなく、無理をしてでも新造艦として用意したおかげで、この起死回生の一撃を見舞う事が出来るのだと思うと、デスラーは工廠のスタッフ一同に頭が下がる思いだった。

 

 ――彼らの英知の結晶、決して無駄にはしない。

 

 その思いと共に、デスラーは床から出現したデスラー砲の発射装置を掴む。拳銃型のヤマトに対して、機関銃を模したそれを。

 側面のレバーを引いて安全装置を解除。ヤマトと並行して行われた準備は順調に進み、エンジンの出力は間もなく120%に到達する。

 そして、メインパネルに映るゴルバの姿を、発射装置のアイアンサイト越しに睨みつける。

 

 ――これで、この戦いに終止符を打とうではないか。

 

 デスラーはグリップを握る手に力を籠める。

 

 「出力120%に到達! 6連炉心、突入ボルトに接続!」

 

 「総員、対ショック準備!」

 

 「デスラー砲、エネルギー充填120%」

 

 眼前の要塞のエネルギー反応が高まっていく。発射は目前だろう。

 タイミングが遅すぎても速過ぎても、ヤマトとデウスーラは消滅する。たった1度しか出来ない、あの要塞を葬り去るこの作戦。

 この作戦の成否が――ガミラスとイスカンダル、そして地球の命運を決定する。

 気負いながらも進は不自然なほど落ち着いている自分を自覚した。

 失敗すれば終わりだと理解しながらも、頭の冷静な部分が「今までもそうだった。気負う事は無い」と告げる。

 思えばヤマトの航海は常に綱渡り。ガミラスの攻撃は苛烈であり、未知なる宇宙すらも牙を向いた。

 それら全てを潜り抜け、ヤマトはガミラスとの戦いすら終わらせて――イスカンダルに来た。

 後は、カスケードブラックホールをヤマトの全力をもって排除さえすれば――恩人の星イスカンダルを破滅から救い出し、ガミラスと手を取り合う道筋が見える。

 

 ―――だから、眼前の“小石”に躓いているわけにはいかない。

 

 確かに彼らにとっては祖国の命運を左右する戦いかもしれない。――だがそれはこちらとて同じこと。

 結局、ガミラスと戦っていた時と何も変わらない。相手が話し合いで解決出来ない姿勢を見せているのなら、残された選択肢は屈服か、徹底抗戦かの二択しか残らない。

 後者を選びながらも和睦の道を探す事は出来るかもしれないが、それは基本的に楽観的すぎる考えだ。

 

 ――ガミラスとこのような結末に至れたのは、本当に、本当に運が良かっただけ。たった1つ何かが掛け違っていたら、こうはならなかった。

 

 例え互いを認め合ったところで、抱えた問題を解決出来なければ争いに終わりは無い。たまたま、ガミラスとの戦いには落し所があった。それがご都合主義的なまでに噛み合って最良と思える結末に辿り着けただけなのだ――。

 

 (だから――申し訳ないが、お前達を下す)

 

 生きたいのは――皆同じなのだ。幸せになりたいのは――皆同じなのだ。

 その道を阻む障害が眼前にあるのなら、それを取り除きたいのは共通の願い。

 全てを丸く収める事が出来ないのなら――果たしてどのような選択が正しい。

 少なくとも、自分達が生きるために他者を振り落とすという選択は――現実的であっても最良の結果とはとても言えないだろう。

 だが、最良ばかりを求めて現実を見失うわけにはいかない。

 だからせめて――せめて、自分達の行動の結果からは逃げずにいる。

 もしこれで恨みを買い、それで地球が本当に戦火に見舞われるというのなら――その尻拭いは自分達でする。

 その結果――直接自分達の手で彼らの文明に終止符を打つことになるとしても……だ。

 

 かつてヤマトは“そうしてきた”。“そうせざるを得なかった”。“それ以外の道を模索する事が出来なかったから”。

 

 だから、自分達もそれに倣おう。

 カメラの映像を映す正面の窓。シャッターが下りていて、映像を映しながらも内側の光景を鏡のように映している。

 その中で、バイザー越しにユリカと視線があった気がした。彼女は視線で進に言った

 

 ――行くよ、と。

 

 進も視線で応じた。

 

 ――行きます、と。

 

 

 

 「波動砲――」

 

 「デスラー砲――」

 

 「発射っ!!」

 

 進は引き金を引いた。デスラーも引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 ゴルバの主砲が放たれた時、メルダーズは勝利を確信した。

 ヤマトとガミラス旗艦の防御フィールドでは防ぐことは出来ない。

 タキオン波動収束砲で相殺を図っていた節があるが、どうやらそれも叶わなかったようだ。

 

 (勝った……)

 

 思わぬ強敵を前に、らしくない事を考えた。

 ……まさか味方の巡洋艦を旧式のアンカーで“投げ飛ばして”プレアデス級巨大戦艦の防御を突破するとは。

 力尽くにもほどがあるが、質量兵器に対してはエネルギー兵器よりも効果が薄い空間歪曲フィールドの弱点を突いた、なかなか良い着眼点だ。――方法は滅茶苦茶だが。

 だが善戦もここまで。幾ら何でもゴルバの主砲を受け流してヤマトが反撃する事は叶わない。ガミラス旗艦諸共蒸発して消え、後は――。

 メルダーズは眼前の光景に目を奪われた。らしくなくポカンと開いた口からは「馬鹿な……」と驚きの声が力無く漏れだし、自身の迂闊さを呪い――敗北を確信した。

 

 

 

 

 

 

 要塞から放たれた波動砲にも匹敵する砲撃の中を、波動エネルギーの膜で包み込まれたヤマトとデウスーラが突き進む。

 ヤマトに比べるとエネルギー制御が甘いデウスーラも、ヤマトが砲撃のエネルギーを切り裂いてくれているおかげで何とか持ちこたえている。

 激しい振動にさらされながら、2隻は要塞の星をも砕く強烈な砲撃の中を突き進み――突き抜けた。

 

 眼前には、無防備に露出したままの砲口が覗いている。チャンスは今しかない!!

 

 「反転左120度! 全速離脱!」

 

 デウスーラの前方を直進していたヤマトが急転換してデウスーラの進路上から離脱する。エネルギーを使い果たして停止した波動相転移エンジンの代わりに、自沈前から継承されている補助エンジンが限界までエネルギーを振り絞って噴射。

 今出せる最大速度で要塞から離れていく。

 ヤマトの方向転換を見届けたデスラーは、間髪入れずに最後の指示を出した。

 

 「コアシップ離脱! 艦体を要塞の砲口に向けて突撃させろ!!」

 

 デスラーの指示で、合体していたコアシップが艦体から分離されヤマトとは逆の方向に向けて転進、要塞から最大戦速で離れていく。

 対して艦体部分は真っすぐに無防備な砲口目指して突進していく。

 

 そう、これがデスラーの考えた機動要塞攻略作戦の要だった。

 

 要塞に対して有効といえる戦術は、敵の砲撃を誘ってトランジッション波動砲の連射を生かして相殺から砲口を狙い撃つ戦法だ。

 だが、敵要塞の動力エネルギーと波動砲のエネルギー融合反応による被害がどれほどのものになるのかは、データ不足で見当もつかない。下手をするとヤマトはもちろん、ガミラスやイスカンダルに深刻な被害をもたらしかねない為、この状況下では選択出来ない手段だ。

 そして、あの要塞を確実に葬るためには最低でもサテライトキャノンクラスの破壊力が要求されるが、サテライトキャノンの威力では要塞の防御フィールドを突破出来ない。波動砲ですら通用しないと目されているのだから当然だ。

 だから、届かせるには防御フィールドに何らかの方法で穴を開けるか、発射後の無防備な瞬間にあの砲口に撃ち込むのが最善なのだが……砲口内部にエネルギーの逆流を想定した防御策が無いとは言い切れない。そうなると、サテライトキャノン以上のエネルギーを扱うあの砲口を直撃出来たとしても破壊出来る保証がない……砲口が万全の状態だったら。

 そういった部分まで考えられたデスラーの作戦はその点非常にシンプルであり、現状では最も効果が期待出来る手段であった。

 要するに、デウスーラの艦体部分を質量弾として砲口にぶつけて破損させる事で、フィールドにも物理的な構造にも穴を開け、さらに発射口にデウスーラの艦体を突っ込ませることで、砲口を塞ぐために展開されるかもしれないフィールドをデウスーラの艦体で強引に遮り、サテライトキャノンの砲撃を通すチューブとして使うという二段構えの作戦だ。

 もしも要塞が全体を球状に包むフィールドを展開可能であった場合は破綻してしまう可能性があったが、現状取れる最善の手段であった事は誰も疑っていない。

 

 というよりも、もしも球状に展開出来るというのならそれこそ被害覚悟でトランジッション波動砲の6連発の力業で突破を試みる以外の選択肢がないのだ。

 

 巨大な要塞の砲口に対して艦体のサイズが適切だと判断されたのは、翼部を含めた全幅がガミラス最大のデウスーラだった。

 それに、デウスーラはデスラー砲を有しているため、完全再現こそ出来ないもののヤマトのモード・ゲキガンフレアに追従する事で、要塞の砲撃の中を突っ切って無防備な砲口を狙う事が出来る唯一の艦艇だった。

 また、コアシップによって人員を直前になってから脱出させる事が出来ると言うのも決め手の1つではあったが、これ自体はドメラーズ級も艦橋が独立円盤として機能するので模倣出来なくはない。

 だがドメラーズ級では出来ない、モード・ゲキガンフレアの真似事をする事で懸念材料である波動エネルギーを効率的に外部に放出し、波動エネルギーによる過剰融合反応の発生そのものを阻止出来るという点でも、デウスーラが適任であった。

 

 無論、思い立った後も自身の座乗艦として精魂込めて建造されたばかりのデウスーラを早々に沈めるというのは、工廠の技師達の苦労を思えば後ろめたかったのも事実ではある。

 しかし、これ以外に有効と言える手段が無いため、デスラーは断腸の思いで決断したのだ。

 作戦立案に関しては渋い顔をしたタランも、デウスーラを沈めると言った時のデスラーの表情を見て、涙を拭ったのである。

 

 デスラーの悲しみと決意を乗せたデウスーラの艦体は、その行動に驚きながらも発射口を閉鎖しようと動き出していたハッチの隙間を掻い潜り、見事発射口に突き刺さる!

 ハッチは突っ込んだデウスーラの艦体を圧し潰すように力尽くで閉鎖しようとするが、総統の座乗艦に相応しく強靭に造られていたデウスーラの艦体は捩じ切られることなく耐えきり、堅牢を誇る要塞の防御に小さな小さな穴を開けた。

 

 ――そう。要塞の防御フィールドは要塞の表面にこそ展開されていたが、球状に展開される事は無かったのだ。

 

 

 

 その光景を、艦隊から離れた地点に移動したGファルコンDXのコックピットから見届けたアキト。その壮絶な最期を慣れてしまった敬礼で見送る。

 要塞の注意を引いて狙いを悟られぬようにと、最大射程付近である約38万㎞の距離にあった。

 すでにツインサテライトキャノンの発射準備は完了している。一緒に準備しているリョーコのGファルコンGXもだ。

 

 「…………デスラー総統の行動、無駄にはしねぇぞ!」

 

 「ああ!! この一撃で……決着をつける!!」

 

 金色のリフレクターを広げ、両腕両脚のエネルギーラジエーターを輝かせ、余剰エネルギーを放出するGファルコンDX。

 青白く輝くリフレクターを広げ、同色に輝く全身のエネルギーコンダクターを見せつけるGファルコンGX。この機体は今、GファルコンDXの上で上下逆さまになってサテライトキャノンを構えている。

 共にGファルコンに装着された増設エネルギーパックは勿論、ガンダム本体やGファルコンからのエネルギーもありったけ供給した、文字通り全身全霊を込めた最大の一撃を見舞う準備を整えた。

 膨大なエネルギー反応を察知して、敵艦載機が迎撃すべく向かってくるのを、七色星団で共に戦ったゲットーやクロイツ、バーガー率いる部隊が応援に駆けつけてくれた。

 熾烈極まる航空戦を展開し、次々と互いの機体が火達磨になって宇宙に散っていく。

 

 その中に、ゲットーとクロイツの機体もあった事を、アキトとリョーコは戦いの後に知った。

 

 今、ガミラスの願いも背負って――場合によっては彼らを屠るために使われるはずだったその力を、機動要塞に向かって放つ。

 

 「いっけえええぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 アキトとリョーコの絶叫が重なる。

 上下合わせに隊列を組んだGファルコンDXとGファルコンGXのサテライトキャノン――計3門から莫大なエネルギービームが放出される。

 3本のタキオンバースト流は、発射されて少しの間だけ平行に進んだが、すぐに軌道が捩れ、螺旋軌道を描きながら徐々に収束――やがて1本の巨大なビームとなって宇宙を突き進む。

 

 これがガンダムエックス開発以降切り札として考案されるだけはされていた、「ダブルサテライトキャノン」だ!

 

 約38万㎞もの遠距離から放たれたダブルサテライトキャノンの砲撃は、妨害すべく間に入ってきた敵艦数隻を苦も無く消滅させながら、要塞の砲口に突き刺さったデウスーラに到達。デウスーラが生み出した極々小さい偏向フィールドの穴を正確に射抜き、破壊された要塞の砲口から内部へと飛び込んだ。

 予想されていた内部の防壁の類が無かったのか、それともデウスーラの突撃で防壁が破壊され防げなかったのか。

 どちらであったのかはわからない。

 ただ1つ確かな事は……。

 

 ダブルサテライトキャノンの砲撃で、要塞は内側から爆ぜて消えたという事だ。

 

 

 

 

 

 

 「おのれ……っ! おのれ……っ!」

 

 己が敗北を悟った瞬間、メルダーズはそれまでの冷静さをかなぐり捨てて吠えた。

 もうどう足掻いてもこの状況は覆せない。まさかゴルバの主砲を相殺するバリアシステムを有しているとは――! いや、あれも恐らくはタキオン波動収束砲の――!

 モニターに微かに映る、反転して離脱するヤマトの姿。

 もしもガミラスの戦力のみであったなら、負ける事は無かった!

 もしもこれまでの航空戦で、あの人形を侮る事無く速攻で仕留めていれば負ける事は無かった!

 

 後悔先に立たず。全ては後の祭り。

 

 光速で迫るタキオンバースト流の輝きが、ゴルバの主砲に突っ込んだガミラス旗艦の艦体を貫き、発射口から内部に飛び込んで内部を苦も無く消滅させていき――動力炉に到達する。

 多少破損したとはいえ、主砲のエネルギー逆流に備えたエネルギー反射障壁や防護フィールドも全く役に立たなかった。

 波動エネルギー程ではないとはいえ、タキオン粒子を加工したビーム兵器にもここまで脆弱であったとは……!

 想定外のエネルギーを流し込まれ――そして艦載機が保有する火力とは到底信じがたい超高出力ビーム砲が、堅牢を誇るはずのゴルバを滅していく。

 

 「おのれヤマト……! おのれえぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~っ!」

 

 ヤマトぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!

 

 メルダーズの絶叫は、無敵と思われていたゴルバの消滅と共に宇宙へと消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 巨大な機動要塞の爆発を背にヤマトとデウスーラ・コアシップは、ガミラス・イスカンダル方向に向けてゆったりと進んでいた。

 コアシップの波動エンジンは健在だが、ヤマトはエネルギーを使い果たしてしまって再始動に時間が掛かる。

 ここまでの戦いで相当無茶も繰り返しているので、強引な再始動は如何に頑強なヤマトと言えど、止めておいた方が賢明だろう。

 

 要塞を撃破され、完全に浮足立った暗黒星団帝国の艦隊は統率を失っている。

 それでも逃げ帰ろうとしないのは、失敗した部隊の行き場が無いという事なのだろうか。

 デスラーはそんな敵艦隊に向かって、

 

 「撤退するのであれば追撃はしない。命を無駄に散らすか今日の屈辱に耐えるか、好きな方を選びたまえ」

 

 とだけ宣告した。

 結局、戦力の要である機動要塞を失い、相転移砲の一撃で艦隊戦力を大きく喪失した暗黒星団帝国に、抗う力も意思も残されてはいなかった。

 

 

 

 「……終わった……」

 

 最後の1隻がワープで消え去ったのを確認して緊張の糸が切れたユリカ。全身の力が抜けて艦長席にもたれかかる。補装具であるインナースーツがあるとはいえ、自力で動けそうにないほど億劫だ。

 ――瀕死の身の上だというのに、我ながら無茶をしたものだ。ヤマトとの繋がりで補填されていなければ、指揮を執る事もままならなかっただろうが。

 

 「――流石に休ませてもらうね……進、後は任せたよ」

 

 「――了解、艦の指揮を引き継ぎます」

 

 返事を聞くと、「よっ」と疲れ切った体をシートから引き剥がして立ち上がる。ふらつくし頭痛も酷いがまあ何時もの事だ。

 

 「私が付き添うわ。雪ちゃん、悪いけど通信席をお願い。さて――医務室も医療室も戦場でユリカの分のベッドも埋まってるし……私の部屋を貸すから、薬と食事を摂ったら一眠りしなさい」

 

 それなりに体力には自信があるエリナだが、流石に今回は疲労困憊だ。バラン星や七色星団の時も通信量は増大していたが、やはりここまでの大規模戦闘ともなるとさらに桁が跳ね上がるし緊張感も凄い。

 艦隊旗艦でこそなかったが、ヤマトはデウスーラと共に実質艦隊の中核として獅子奮迅の大活躍をしていたのだから。処理する情報量はとても多いのだ。

 

 ――地球帰還後、ヤマトが現役続行可能なら、通信設備をもう少し改修した方が良いかもしれない。再建当初は単独での作戦行動しか想定していなかったので、これほどの量の通信を捌くには少々スペックが足りない。

 最悪、ヤマトは再建予定の地球防衛艦隊において、旗艦の役に就かないとも限らないのだ。後でレポートをまとめておかないと。

 

 さて、疲労困憊ですぐにでもベッドで横になりたい気分ではあるが、他の皆もまだまだ事後処理で休めないし、何よりユリカの世話役は自ら引き受けた責務だ。

 危なげな足取りのユリカの傍らに付き添って、転倒したりしないように体を支える。

 インナースーツの助けを借りてはいても、疲労が激しいのか足取りが覚束ない様子。とにかく薬と栄養を摂らせて寝かせよう。

 後はカスケードブラックホールを波動砲のフルパワーで破壊して、イスカンダルに寄港した後、彼女をコスモリバースシステムに組み込めば、地球まではその命を維持させられる。

 

 ――その後は、エリナ達の祈りをフラッシュシステムとコスモリバースが形にさえしてくれれば……ユリカはかつての輝きを取り戻せる。

 

 ようやく……ようやくここまで来た。後少しで、この物語にハッピーエンドの印を刻める!

 

 

 

 その後ヤマトは、無事だった多くのガミラス艦と共にガミラス星に寄港する事になった。

 戦闘によるダメージの回復は勿論、カスケードブラックホールの詳細な情報を得るためには、イスカンダルへの寄港よりもガミラスへの寄港の方が効率が良かったのだ。

 何しろ今のイスカンダルの湾港施設は長期に割ってメンテナンスも無しに放置されている。

 そんな施設で扱うには、ヤマトのダメージは大きい。

 確実に、しかも改装を含めた作業をしようとするのであれば、軍港の規模も大きく設備も充実していて現役バリバリのガミラスの方が良いのだ。

 ――ヤマトのデータが漏洩が深刻になるのが問題ではあるが、カスケードブラックホールを破壊するためにはどうしてもトランジッション波動砲の全弾発射システムを再調整しなければならない。

 発射システム内の空間磁力メッキの実装と、負荷の掛かりそうな場所への補強を短時間で済ませる為にはやむを得ない措置である。

 

 ヤマトは先導するデストロイヤー艦やらデウスーラ・コアシップに導かれるようにガミラス星の大気圏に突入した。

 ボロボロになった翼を広げ、大気に乗って滑空するように高度を落としていく。

 

 それにしても、救援に駆けつけた時にも思ったが、見れば見るほどに変わった星だ。

 ガミラス星の地表は植物の生い茂った緑一色の姿で、なんと海洋らしい海洋の姿が見受けられない。どころか、地表には巨大な大穴が数個空いている。

 いや、もっと正確な表現をするのであれば――地殻に大穴が開いているのだ。

 恐らく地下水などによる浸食でそうなったのだろうが、ガミラス人は地表ではなく地殻内部の空洞部分を居住スペースとして活用しているようで、穴から覗ける範囲には海洋すらある。

 ――ある意味、地底湖ならぬ地底海とでも形容すべき姿に、天文学に興味のあるクルーはどのような歴史を歩んでこうなったのかを密やかに議論していた。

 

 「我がガミラスは、大昔にあった侵略戦争の教訓もあり、自然発生していたこの地下空洞に居を構え、宇宙空間から直接居住エリアや軍施設観測出来ないようになっています。厚さ数十㎞にも及ぶ地殻を破壊したり、貫通して攻撃出来る兵器は少ないので、むしろ地表に居住するよりも安全なのです」

 

 とはドメルの説明である。要するに軍事国家であるが故の備えというものなのだろう。

 先導するガミラス艦の管制に従って指定された大穴を潜る。穴を抜けた先には、照明で照らされた地底の街並みが見える。

 まるでファンタジーの地底王国のようで、空の代わり地殻の天井が街を覆い、直径数㎞はある巨大な天然の石柱が乱立してそれを支える中、地球を遥かに上回る超近代都市の街並みが広がっている。

 今まで見た事もない光景に、すっかり目を奪われてしまった。

 

 「ドメル将軍、明かりの確保は電力で賄っているのですか?」

 

 「いえ、サンザーの光をプリズム等を使って誘導して利用しています。勿論星の自転で昼夜が切り替わるようにも配慮されていますよ」

 

 真田の質問快く応じるドメル。他にも色々と聞きたい事も多かったが、まずはドック入りが先だ。

 ガミラス本土防衛戦という激戦を乗り切ったヤマトは消耗しきっている。

 散々砲火を浴びた装甲表面は無事な個所が見当たらないほどあちこちに弾痕が刻まれていた。

 相変わらず展望室等の脆弱部位を除けばほとんどの場所が貫通されていないとはいっても、装甲の層が覗いしまっている個所は多く、劣化して機能を喪失した塗料兼防御コートは白化したり黒化したりと、すっかりボロボロだ。

 あちこちアンテナやマストも折れているしで、戦艦大和の時から変わらない優美なシルエットも少々崩れてしまっている。

 

 間違いなく、冥王星での戦いを上回る大損害であった。

 特にクルーへの被害は天と地ほどの差があり、半数近いクルーが負傷、その内7割程が入院を要する程の重症を追っている(とはいえ病室が足りない為、自室に戻して医療機器を取り付けて経過を見る事になった)。

 

 そして、今までの航海で出た人死には冥王星の戦いで2名、バラン星の攻防で撃墜されたパイロット2名の計4名と不自然にすら思えるほど軽微であったのに、この戦いでの死者は40名を超えた。

 治療中であったも経過の悪いものがさらに10名ほど居るため、もしかすると彼らも戦死者リストにその名を連ねる事になるかもしれない。

 なまじヤマトが異様に強固でクルーへの人的被害を抑制してしまっていたが故に、航空戦においてもベテラン揃いでガンダムの大活躍があってパイロットの被害すらも殆ど無かっただけに、ここまでの人死にが出た事にショックを受けたクルーはとても多かった。

 

 特にナデシコ出身者にとっては、かつてない人的被害に隠れて涙を流す者が多かったと言われている。

 

 それほどの被害を出しながらも、暗黒星団帝国の軍勢を退ける事に成功したヤマトは、ようやく見えてきたガミラスの軍港へとその身を滑り込ませていた。

 やはり宇宙戦艦を扱うドックという事もあってか、屋根の類も無く開放的な印象を受けるが、剥き出しの鉄骨だったりあちこちに走っているケーブルの束だったり、ガントリークレーンなどの存在が雑多な印象を与える。

 デスラー総統の勧めもあって、ヤマトはデウスーラがその身を委ねていたドックの隣――本来なら親衛隊の指揮戦艦級の1隻が使用していたスペースへと案内されていた。本来そのドックスペースに収まるべき艦は――要塞の主砲で蒸発してしまった。

 親衛隊はこの戦いで大きな被害を出し、総数が1/5程度と大きく目減りしてしまっている。

 無理もない。本来ならデウスーラ共々後方にあって、デスラー総統を護衛するのが主任務だったのに、今回はその総統が自ら最前線に飛び出して砲火を交えたのだ。

 むしろ、最後の最後までデスラー総統を守り切ることに成功したのだから、この被害もまた、彼らにとっては勲章と呼べるものなのかもしれない。

 

 ガミラスの艦隊も、総数の3割程を損失する大きな被害を出している。要塞砲の被害は、それほど大きかったのだ。

 

 ヤマトは主を失ったドックにその身を滑り込ませると、安定翼を畳んで管制官の指示に従って位置を微調整、ドック床から伸びている、鋏状のガントリーロックで固定される。

 ヤマトの艦体が固定された後、ヤマトは左舷上部の搭乗員ハッチを開放、合わせてタラップがドックの横壁から伸びてきてヤマトの左舷搭乗員ハッチ繋がる。

 指揮戦艦級に比べると、ヤマトの方が17mほど小さかったので、タラップの位置が合うように前後の位置を微調整出来たのが幸いだった。船台の高さも調整され、ガミラス艦とは根本的に規格が異なるヤマトを何とか受け入れる事に成功する。

 

 勿論ドックの管理者や作業員一同、まさかあのヤマトを受け入れる事になるとは思ってもいなかった。和解したという話は聞かされていたが、ヤマトが寄港するとなれば当然イスカンダルの方だと考えていたものが多数であったし、規格が根本的に異なるヤマトをドックに入れらるかどうかなど、それこそやってみなければわからない。

 それでもデスラー総統の命令とあれば、やって見せねばならぬのがガミラス軍人の定めであったが。

 

 そうやってヤマトへの通路が確保されると、早速ヤマトに収容されていたデウスーラのクルーが次々と退艦し、入れ替わりにコンテナを乗せた台車を押してドック作業員がヤマト艦内に入り込んでくる。

 コンテナの中身は食料と医薬品――の材料となる物品だ。

 

 起源を同じとしていて、交配すら可能と言われるほど遺伝子情報が似通っていても、住む星の環境やらこれまで積み重ねてきた生命の歴史の違いで微妙な差異がある。

 それを考えると、ガミラスの医薬品をそのまま提供するのはリスクが高いと判断され、医薬品に加工する前の材料を提供して、自分達で加工した貰った方が手間はかかるが安全と判断されたのだ。

 一応、スターシアから提供された守の治療データ……つまり地球人に対する薬品の耐性や効果に関するデータは提供されたのだが、如何せん薬を造るにも時間が掛かるしその暇もなかった。

 ガミラス自体も決して小さくはない被害を被った以上、ヤマトのために割ける労力にも限度があるので、自給しなければならないのである。

 

 ガミラスから提供された品々を早速真田率いる工作班が艦内工場に運び入れ、医薬品の生産ラインに早速ぶち込んで、不足気味だった医薬品を合成して医療室と医務室、重傷者が戻った部屋に運び込んでいく。

 ここまではすぐに作業する必要があったが、流石に激戦によるクルーの疲労が深刻だった。

 

 結局ドック入りした後は、半数以上のクルーを休ませて、交代制でヤマトの機能回復に努めることになった。

 

 

 

 「こうして顔を合わせるのは初めてだね。救援に感謝する」

 

 「こちらこそ、お会い出来て光栄です、デスラー総統。私が艦長代理の古代進です」

 

 「副艦長の、アオイ・ジュンです」

 

 タランを率いて自らヤマトを訪れたデスラーに、ヤマトの代表として迎えた進とジュン。

 デスラーと進は力強く握手を交わし、互いの健闘を称える。

 進にとってもついに実現したガミラスとの和解だ。思えば、ヤマトの旅の始まりの時から随分と認識が変わったものだと思う。

 

 ――しかし、これで良かったのだろう。

 

 ただ憎しみのまま戦うよりも、こうやって少しでも良い形で終わらせるように心掛けない限り、真の平和というものは得られないのではないかと思う。

 しかしどれほど平和を望む心を持っていても、時に暴力に頼らねばならない事も多いというのは、皮肉が利いているなとも思う。

 だが、暴力に頼りながらも心を失わなかったからこそ、ガミラスとの間に和解という“結果”を作り出せたというのなら、ヤマトの戦いは決して過ちではなかったのだと信じたい。

 同時に、スターシアの願いに反する事も無かったのではないかとも考えるが、その結論を出すのは彼女自身だと思い直す。

 

 その後デスラーは案の定と言うべきか、ユリカの状態を訊ねてきた。

 やはり気になっているようで、「今お休みになられました。容体の急変はないようです」とだけ答えると、一応満足してくれたようだ。

 恐らく直接会ってみたいのだろうとは思うが、流石に戦闘直後という事もあって遠慮してくれた様子。紳士だ。

 

 その後、話の流れで彼を第一艦橋に案内する事になる。

 ユリカとの対面は果たせずとも、やはり関心の強いヤマトの指揮中枢には強い関心があるらしく、断れなかった。断る理由も無いと言えばないし(一応機密に関する事は頭を過ったが、後で改装なり何なりしてごまかしてしまえば良いと妥協した)。

 

 デスラーとタランを引き連れ、進とジュンは左舷側の主幹エレベーターを使って第一艦橋へと上がった。

 ドアを潜ると、何人かのクルーが席を立ち、艦橋に足を踏み入れたデスラーとタランに向かって(普通の)敬礼をする。デスラーとタランもガミラス式の敬礼で答えながら、艦橋の中央に向かって歩みを進める。

 艦橋に残っていたクルーは主電探士席の雪と、機関制御席のラピス、砲術補佐席の守、それと中央の次元羅針盤付近にドメル将軍だけだ。

 真田はヤマトの損傷個所やら工場の稼働状況の確認のためウリバタケ同伴で動き回っているし、ハリは部下に仕事を任せたルリによって医務室に引っ張られて行って治療中、大介も自室に引っ込んで療養生活に戻っている。

 

 「改めてお礼を言わせてもらうよ、ドメル。よく大任を果たしてくれた。君にヤマトの事を任せて、本当に良かった」

 

 「はっ。勿体なきお言葉です、総統……!」

 

 デスラーはドメルにも握手を求め、類稀な働きを示した部下を労う。実際彼を介してヤマトを図ろうとしてなければ、ガミラスはヤマトと暗黒星団帝国を1度に相手しなければならなかったかもしれない。

 いや、ヤマトは同じように脅された場合、ガミラスの後ろ盾を得られない状況下では到底手出し出来なかったはずだ。地球との超長距離通信も、ガミラスの手を借りて初めて実現した事。

 

 ――いくらユリカであっても、暗黒星団帝国との戦争を始めてしまう危険性のある行動には出られなかっただろう。地球政府も、ガミラスとの同盟が得られると確約が無ければ到底容認出来なかったはずだ。

 

 ドメルが初めてヤマトのデータを見た時、デスラーと同じくその存在に共感を覚えていなければ、初めて対峙した後彼らを認め、撃滅にも和解にも転べるように色々と考え行動していてくれなければどうなっていた事か……。

 少なくとも、ゲールにバラン星を任せたままヤマトと対峙させていたら、敵対を続けていたかもしれない。ゲールはその忠誠心故にガミラスの――デスラーの敵を見過ごそうとはしない。

 それにあのバラン星の戦いの時も事前にドメルがヤマトを庇う判断の数々を指示しなければ、ここまでスムーズには事が運ばなかった。ドメルの判断と行動が、ガミラス最大の危機を退けたのである。

 

 かつてない大任を果たしたドメルを労った後、デスラーは艦橋に残っていたクルーに対しても1人1人労いと感謝の言葉を掛けて回った。かなり異例な事であるのか、傍らに控えるタランも驚きの表情。

 だが、一番驚いたのは機関長という重要な役職についていたのが、わずか13歳の少女だったことだが。

 対するラピスも国家元首に直接感謝されるという想定外の事態に軽くパニックになり、ちょっと噛んだ応対をしてしまったが、デスラーは微笑を持って答え、決して年齢を軽んじたりせずむしろその功績を純粋に褒め称えた。勿論、ラピスの目線に合わせるため腰を落とすことも忘れない。

 彼は紳士なのだ。

 

 そうやって挨拶を終えた後、デスラーは第一艦橋最後部にある艦長席に振り替える。

 今は空席であり、指揮を引き継いだ進が座る席ではあるが、本当の主は――。そこまで思ってから、座席の後ろにある昇降レールとそこに掛けられたレリーフが目に留まる。

 

 「――古代艦長代理、あのレリーフの人物は一体?」

 

 「……沖田十三。宇宙戦艦ヤマトの初代艦長だった人物です。我々は直接対面した事は無いのですが、ヤマトがこの世界に漂着した時、艦長が彼の亡骸を埋葬したとのことです――彼の「万に1つの可能性を発見したのなら、最後の最後まで諦めてはならない」という考えは、艦長を通して我々に伝わっています。ある意味では、ヤマトの父と言える人です。艦長も、沖田艦長の方針を可能な限り継承すべく苦慮されていましたし、艦長自身、万全とは言い難い体調にあって、心の支えとしていたようです」

 

 進は改めて、このレリーフに向き合う。本当に、直接対面し教えを請えなかった事が残念で仕方がない。

 ――もしも彼が存命のままヤマトと共にこの世界に来ていたら、どのような事になっていたのだろうか。

 もしかしたら、ヤマトの艦長として進達を導いてくれたのだろうか。それとも自分達に全てを託してヤマトには乗らなかったのだろうか。

 どのような形であれ、彼と直接会う事が出来たらどのような関係になったのか、全ての秘密を知ってから、時折考えることがある。

 

 ――少なくとも、今の進達を見た場合成長を喜ぶよりも先にナデシコ的な軽~い空気に頭を抱えていたかもしれない。守の例を見るに。

 いや、もしかしたら日頃の気の緩みは多少見逃してくれたりするのだろうか。沖田艦長の人なりを正確には知らないので、ただ単に厳格なだけな人物ではない可能性も僅かにある。

 

 余談ではあるが、肝心の沖田艦長はかつてのヤマトのマスコット(?)であるアナライザーからのセクハラ被害を訴えた雪に対して、「とにかく困った」と困惑した後、被害申告の際勢い余って自分でスカートを大きく捲ってしまったのを目の当たりにして、“思わず覗き込んでしまったり”、「しかしそういう癖は取り除かん方が良いと思うがなぁ」と失言する程度にはお茶目な所がある。

 

 当然、かつてのクルーを含めて誰も知らない一面ではあるが(眼前にいた雪は聞き逃した)。

 

 「そうか……」

 

 デスラーはそれ以上質問する事も無く、その場に膝をついて沖田艦長のレリーフに首を垂れる。傍らに控えていたタランもそれに倣った。

 その心中を進が察する事は出来ないが、恐らくユリカにも影響を残したヤマトの父に対して敬意を示すと共に、感謝しているのではないかと勝手に思った。

 

 そうしてしばらく静かな時間が流れた後、デスラーはドメルを率いてヤマトを離れた。国家元首としてやらねばならない執務が溜まっているのだとか。ドメルはドメルでヤマトに同行していた間の報告書の提出は勿論だが、本星に帰還したからには家族に顔を見せるのが自身に定めらルールらしく、今回の功績を鑑みたデスラー直々に1週間の休暇を与えられ、艦を降りて行った。

 とはいえ、機会があれば是非ユリカや進に自分の家族を会わせたい様子だったので、機会があればと応じる事になった。

 どちらにせよ、ヤマトは修理と並行した波動砲の改造と各部の補強のため、ガミラスのドックで時間一杯お世話になる事が確定している。

 ……正直曳航ワープで時短していなかったら、ヤマトの修理と改修作業の時間を碌に取れなかったところであった。

 

 また、扱いを特別にせざるを得ないヤマトはやはりというべきか、総統親衛隊の管轄に置かれる形になった。

 まあそれ以外に良い手段も無いし、整備作業を円滑に行うためにはむしろ管轄下に置かれた方が何かと都合が良いので文句は一切ない。

 おまけにデスラーが信を置くタラン将軍が管理者を買って出てくれたこともあり、資材の提供の窓口にはさほど困らなかった。

 何しろ機関部や波動砲周辺の改造に必須なコスモナイトの備蓄が乏しいヤマトだ。提供してもらわないと満足に改造も出来ない。

 そういう意味では、「すでにヤマトに大きな借りがあります」とタランも副総統のヒスも好意的で、多少余分に融通してもらえたのが大変有り難かった。

 ついでに工廠の設備も幾つか使わせてもらえたので、提供してもらえた反射衛星の詳細なデータ(鹵獲品の解析ではわからなかった部分)を基に、空間磁力メッキの開発を急ピッチで進める。

 

 合わせてガミラスが収集したカスケードブラックホールのデータも検証し、どの場所にその本体である時空転移装置が存在していて、そこに波動砲のエネルギーが届くかどうかの検証も行わなければならない。

 欲を言えば安全圏から波動砲を撃ち込んで終わらせたいのだが、エネルギーが引きずられて仕損じるリスクと折り合いをつけられなければ、カスケードブラックホールに自ら飛び込む形で距離を詰め、発射しなければならない。

 

 そうやってタラン将軍を交え中央作戦室で結論が付けられたが、ユリカの状態を鑑みると十分な改修を行う時間が無い。ヤマトの改修作業は乗員のみで行う今のペースだと、約36日かかる予定だ。

 だがユリカはもう1月も持たない。

 イスカンダルでコスモリバースのコアユニットに接続するまでの時間を考えれば、改修に許される時間はたったの18日。

 

 しかしやるしかない。

 

 ヤマトの肩には3つの星の命運がかかっている!

 

 その後、またしても地球との緊急通信が繋がれ、機密漏洩覚悟でヤマトの改修作業を行う事となった。

 作戦成功の暁には、ガミラスの造船技術や超長距離ワープ技術の提供などがデスラーの名の元に約束され、地球とガミラスの戦争に終止符を打つ、最後の作戦が決行されるのであった。

 

 

 

 辛くも機動要塞ゴルバを下し、暗黒星団帝国の魔の手から逃れたヤマトとガミラス。

 

 そして今、ついにヤマトは最後の敵――カスケードブラックホールに立ち向かう時を迎えていた。

 

 ついに決着の時が来たのだ!

 

 ヤマト、カスケードブラックホールを見事打ち破り、コスモリバースシステムとなって母なる地球の未来を拓くのだ!

 

 人類滅亡と言われる日まで、

 

 あと、240日!

 

 あと、240日!

 

 

 

 第二十六話 完

 

 

 

 次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第三章 自分らしくあるために!

 

    最終話 この愛を捧げて

 

    見届けよ、これが愛の奇跡だ!



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最終話 この愛を捧げて

 

 「……メルダーズは失敗したか。地球の宇宙戦艦ヤマト、放置するには危険な存在か……」

 

 暗黒星団帝国の支配者、聖総統スカルダートは予想だにしなかった脅威の出現に渋面を隠せない。

 

 「だが、連中は我が帝国の所在も知らぬ。今はガトランティスとの戦いに全力を注ぐとするか……地球を叩くのは、それからでも遅くはない。ガミラシウムとイスカンダリウムが手に入らぬのは痛いが、再度兵力を派遣出来るほど戦況は良くないか……ガトランティス――これほどの軍事国家が存在していたとは……」

 

 非常に口惜しいが、諦めるしかない。しかし我が暗黒星団帝国の存亡に関わる重大な案件だったのが、殊更腹立たしい。

 イスカンダリウムとガミラシウムは我が帝国の動力エネルギーとの相性が良いとされている物質なので、開発中の無限ベータ砲をより強力にするためにも役立てたかったのだが……忌々しきは宇宙戦艦ヤマト。たかが戦艦1隻に良いようにしてやられるとは。

 不幸中の幸いなのは、連中がこちらの所在を知らぬことと、復興政策の関係で数年は猶予がある事だろうか。

 ガミラスも予想以上にしぶとかったが、まず優先して叩くべきは地球か。

 滅亡寸前にあってあのような戦艦を生み出すとは――この爆発力、見過ごせない。

 

 スカルダートは帝国の邪魔をした宇宙戦艦ヤマトの資料から目を上げながらも、そう遠くない将来の報復を誓って目を輝かせていた。

 

 (ガトランティスを始末次第、地球は必ず叩き潰す!)

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 最終章 自分らしくあるために!

 

 最終話 この愛を捧げて

 

 

 

 ガミラスの全面協力を得て急ピッチで改装を終えたヤマトが、護衛のデストロイヤー艦と指揮戦艦級に高速十字空母数隻を引き連れて、ガミラス星から飛び立つ。

 許された時間の限りを尽くし、出来る限りの改修を加えた。

 

 艦首の甲板を第一主砲の手前まで取り外し、ガントリークレーンで中にある収束装置2種とライフリングチューブを釣り上げ、1度解体してエネルギーが通過する部分に空間磁力メッキの生成・コーティングシステムを取り付けていく。

 ヤマトの艦体表面や波動砲とエンジン回りの空間にも、取り付けられる。

 空間磁力メッキは長時間展開していられない為、発射直前に展開して保護膜を形成するシステムを構築せざるを得なかった。

 念のため、特に負担の大きい発射口内部には下地代わりに反射衛星の反射板と同じ反射材を張り込んで、二重の防御策を施す。

 二重の防護策を破損によるエネルギー漏洩が懸念される場所に施す事で“机上の計算では”6倍――いや、真の力を開放したエンジンが生み出す、8倍の波動砲に何とかヤマトが耐えられると出ている。

 またヤマトの収束装置ではその大出力を上手く収束しきれない不安が残ったため、艦首に2本のエネルギー収束ブレードが取り付けられる事になった。デウスーラの予備パーツを流用したものらしい。

 

 ――テストすら出来ないぶっつけ本番かつ1発勝負という緊張感。誰もが不安を拭いされてはいない。

 

 波動砲の改装と並行して、エンジンも真の力を解放出来るようにと改装が施される。制御プログラムの開放は勿論、特に負荷がかかって自壊しかねない部分は、ガミラスの技術者が精魂込めて仕上げた、耐久力に優れた部品に交換された。

 このあたりの微調整には、10日が費やされた。

 

 合わせてヤマトの艦体――特に竜骨には空間磁力メッキでも防ぐ事が出来ない衝撃波に対応するため、幾らかの補強が施された。

 一応ヤマトの竜骨は、今までの無茶の繰り返しにも負ける事なく耐えていて、航行中に出来る検査程度でも劣化らしい劣化も見られていない。多少の補強で大丈夫だろう。

 問題は装甲支持構造の方だ。航行中にも修理と並行して改良を施してはきたが、抜根的な改善には至っていない。もしかしなくても発射の反動で装甲外板が吹き飛んで、剥がれ落ちてしまうかもしれない。

 そうなった時、ヤマト自身の強度低下による破断も恐ろしいが、気密が破れる事でクルーへの被害が生じる可能性の方が深刻だった。

 作戦中は宇宙服の着用を義務付けたとして、空気が放出された時に乗員が宇宙に放り出されないでいられるかは運次第。

 それに、波動砲による反動も心配だが、時空転移装置のある場所も問題だった。

 

 カスケードブラックホール。

 

 イスカンダルとガミラスを飲み込んでしまうとされる宇宙の悪魔。その姿は赤色に見えるガス状の渦がまるで蛇のようにその身をうねらせながら、宇宙を我が物顔で突き進んでいる。

 デスラーはその姿を指して「まるで悪魔の唇のようだ」と評していた。デスラーらしい言い回しかもしれない。

 

 その本体と言うべき空間転移装置は、表面のガス状の口から中心部に向かって300㎞の地点にあると推測されているからだ。

 ガミラスが事前に出した偵察部隊が危険を顧みない無茶な方法でようやく割り出した、敵の心臓部。

 その地点に波動砲を確実に打ち込むためには、ヤマトもその口にかなり接近しなければならない。

 次元転移装置が生み出す重力場の干渉を受ける事になるだろうから、下手をすると波動砲発射前にヤマトの艦体に大きな傷を負うかもしれないし、発射の反動でさらに崩壊が助長され、ヤマトがバラバラになってしまう可能性だって残っている。

 

 ――許された時間を最大限に活用しても、ヤマトはこれらの問題に対して明確な対処法を得る事が出来なかった。

 七色星団での激戦とガミラス本土防衛戦。その2つの激戦を重ねた事で受けた傷すらも完全には回復していない。

 それでも装甲外板の補修は済ませ、最も重要な波動砲とエンジンだけは完璧と言えるだけの処置をした。言い換えればそれ以外の部位の修理は行われていない。

 なので、ヤマトは今ほとんどの武装がダメージから回復しておらず、雑に装甲を張り付けて穴を塞いだだけとなっている。

 パルスブラストは虫食い状態。

 主砲や副砲の砲身も吹き飛ばされた物と駆動部を破壊されて動かなくなったものは放置。

 当然ミサイルも補充されていないし、発射装置の不具合もそのまま。

 

 つまり、今のヤマトは波動砲以外に完調と言える武器を持っていない、戦闘能力と言う点では酷く頼りない状態にあるというわけだ。

 デスラーがヤマトに護衛を付けるのも当然と言った有様。万が一敵襲を受けたら……彼らを盾にヤマトだけでもカスケードブラックホールに突撃して、撃破しなければならない。その後、完全に無力化するであろうヤマトが無事でいられるかどうか……。

 あまり目立たせないためと、護衛艦の数は少数に抑えられているが、いざとなれば増援は幾らでも出せるとタラン将軍も胸を張っていたので、大丈夫だと思いたい。

 

 暗黒星団帝国の報復が、何時来るか予想も出来ないのだから……。

 

 

 

 幸いな事に警戒していた襲撃も無く、ヤマト一行はワープでカスケードブラックホールの予定進路上へと移動し、その姿を最大望遠で捉える事に成功していた。

 

 「――上下約30万4000km、左右約33万8000km。木星の倍以上の大きさですね。秒速2万9000kmで進行中、ガミラスの情報通り、誤差はありません」

 

 「……あれが。イスカンダルとガミラスを飲み込もうとする、次元転移装置の生み出す悪魔……」

 

 「そして、この戦争の火種になった存在……!」

 

 ルリの解析データを聞きながら、ユリカと進が各々の感想を口にする。

 恐ろしい光景だ。

 

 「ガミラスの解析データと合わせて、ヤマトの砲撃データを調整します。しばらく時間を下さい」

 

 ルリの補佐として電算室の副オペレーター席に就いている雪の言葉に、ユリカと進が静かに頷く。

 これが――この戦争でヤマトが放つ。最後の一撃になるだろう。

 

 解析作業の終了とワープによるエネルギーの損失が回復した頃には、カスケードブラックホールは随分と距離を詰めてきていた。宇宙の距離感ではもう目と鼻の先と言って良いだろう。重力場の影響も受けつつある。

 ヤマトを護衛するガミラス艦隊は、作戦の成功を願う旨を伝えてヤマトから離れていく。

 ここからは、ヤマトの戦いだ!

 

 「ヤマトのみんな、艦長のミスマル・ユリカです。これから、この航海で私が艦長として指揮する、最後の作戦を開始します」

 

 ユリカは静かに宣言した。艦内通信の回線を開き、これからヤマトが何をするのかを、静かに、だが確たる決意と共に語る。

 

 「幸運な事にも、このカスケードブラックホール破壊作戦の前にガミラスとの和解が出成立しました。これは皆が憎しみに囚われることなく戦いを終わらせようと心を砕いてくれたからであり、艦長として本当に誇らしく思います。しかし、ヤマトの戦いはまだ終わっていません」

 

 ユリカは一拍置いてから告げた。

 

 「ヤマトの戦いは、常に愛する者の未来のため、我らが母なる星――地球と人類の為にこそありました。ガミラスとの和解も、暗黒星団帝国との戦いも、そしてこのカスケードブラックホールを破壊するのも、全ては地球の為。私達の帰りを待つ愛する人々の為――そう、私達の航海はまだ道半ば、そっくりそのまま復路が残っています。つまり、この全てを飲み込む悪食のブラックホールを退けるのも、ヤマトの航海全体から見れば中間目標に過ぎません。だから……私達は絶対に生きてカスケードブラックホールを破壊します!! そしてイスカンダルに辿り着き、ヤマトをコスモリバースシステムへと改修して地球を救うのよ!! 一昨年も去年も、地球にとって本当に散々な年だったけど、今年2203年は地球にとって良き年になるように全力を尽くしましょう!……さあ皆――勝ちに行くぞぉ! おぉぉっーー!!」

 

 「おおぉぉぉっーー!!」

 

 ユリカの宣言に全員が吠える。ガミラス滞在中に、地球では西暦2203年を迎えてしまっている。ヤマト艦内は地球時間で運行されているため、ヤマトは年明け早々に大仕事に挑む事になっている。

 成功すれば大吉、失敗すれば大凶確定の大仕事に。

 

 ――さあ! 最後の一撃を放ちに行きましょう!――

 

 クルーの熱意にヤマトも応えた。

 それを切っ掛けに最大出力かつ全弾発射モードの――通称“マキシマムモード”の発射準備が開始される。

 

 「トランジッション波動砲! マキシマムモードで発射用意!!」

 

 「波動相転移エンジンリミッター解除! 相互増幅開始!」

 

 ラピスは機関室に指示を出すと同時に、機関制御席のコンソールボックス右下に隠されていたハッチの解除コードを入力して開放、中のレバーを思いきり引っ張る。管制モニターに「エンジンリミッター解除」「相互増幅作用実行」と警告が表示される。

 今まではエンジン耐久力の問題もあってヤマトが勝手に起動したとき以外は封じられていた、波動相転移エンジンの全力運転が開始される。

 機関室でも、第一艦橋で解除された真の力を即座に体感する事態になっていた。

 エンジンの回転数を示すメーターが目に見えて急上昇し、フライホイールがまるで燃え上がっているかのように真っ赤に輝く。

 そして、前方の6連相転移炉心全体が右回りに回転を始め、有り余るエネルギーを中央の動力伝達装置へとため込んでいく。

 

 「全弾発射態勢! 空間磁力メッキ展開!」

 

 機関室で太助が、山崎が駆けずり回って準備を進めていく。防御壁が下りて来て機関室が前後に分断される。

 そして、ヤマトの各所に設置された空間磁力メッキ生成システムが稼働し、ヤマトの艦体が、内側の一部が、眩い銀色に輝き始める。

 

 「出力上昇中! 出力、120%に到達! 出力、150%! 最大出力です!!」

 

 想定される最大出力に到達した波動相転移エンジンが、悲鳴にも近い唸り声を上げ、ヤマトの体が震え始める。

 解放された発射口内部に最終収束装置の余波で生じる青い輝き。

 空間磁力メッキの反射と普段の8倍という途方もない出力故か、発射直後の様な神々しい閃光となって煌めいている。

 

 「安全装置全て解除! 次元転移装置の位置情報をリアルタイムで送ります!」

 

 「全センサー最大稼働! 電算室のシステムも最大稼働させます!」

 

 ルリと雪が協力して情報処理に当たる。

 波動砲に全エネルギーを回すと電算室に必要となる電力を確保する事が難しくなる。特に今回の様に余力を残す事が難しい状況下ではなおさらだ。

 補助エンジンの生み出す電力は、平常時の予備電力としては十分であっても、このような状況下で電算室に優先して回すとなると、少々心許ない。

 なので、予備電力としてガンダム達を使う事になった。Gファルコン用の合体コネクターにアダプターを付けて、ガンダムとGファルコンに搭載された相転移エンジンを稼働させ、その電力を電算室に回すように手を加えたのだ。

 元が機動兵器用の小型エンジンなので足しになる程度ではあるが、無いよりはマシだった。とにかく今は考えられる手段のすべてを講じて、あの悪魔を討ち滅ぼすのだ。

 

 「総員、対ショック、対閃光防御!ターゲットスコープオープン! 目標、次元転移装置!」

 

 戦闘指揮席と艦長席、両方の波動砲発射装置が起動して、進とユリカの眼前に滑り込む。

 真の力を解き放ったトランジッション波動砲は極めて危険な存在。それ故の安全装置として、艦長席と戦闘指揮席双方からの操作が無ければ引き金を引く事が出来ない造りになっている。――勿論、タイミングも合わせなければならないし、艦長席側はユリカの生体認証が無ければ機能しないようセキュリティーが掛かっていて、これは解除出来ない様に構築されている。

 正直状態がさらに悪化しているユリカは艦橋に居るべきではない。だがこの保安装置の存在もあって作戦に参加しなければならなかったし、短い時間で準備をしなければいけなくなった。

 しかし伊達や酔狂でこのような仕様になったわけではない。

 ユリカは資格補助用のバイザーを外して脇に置く。

 生身の視力は完全に失われてしまっているが、ナノマシンの浸食が進んだ事で意識すれば“時空の歪みを視覚と言う形で知覚する事が出来る”。電算室が最大稼働しているとは言っても、得られる情報は多いに越した事は無い。

 続けてこのために用意したフラッシュシステムの送信機を頭に被る。――ガンダムのブレードアンテナ(もちろんアキトのダブルエックス)を模したせいでコスプレっぽいのが難点だが、フラッシュシステムの送受信機としてはガンダムのブレードアンテナの形状と配置が最も適しているというのが、スターシアが送ってくれたイスカンダルの過去の研究成果だった。

 そのフラッシュシステムを使って、ユリカが知覚した時空の歪みを電算室に送り込んで解析してもらう。そうすればより正確な位置情報を掴める。後はそのデータを戦闘指揮席のターゲットスコープに送り込んで貰えば良い。後は進が狙ってくれる。ユリカは進のタイミングに合わせてトリガーを引くだけで良い。

 

 ――タイミングは、フラッシュシステムを通してヤマトが教えてくれる。

 

 今回はより“視やすく”するため、戦闘時としては例外的に防御シャッターが開けられている。

 ――だから、第一艦橋の窓からはカスケードブラックホールの姿が見て取れる。赤色のガスが生み出す巨大なトンネルと、その奥にある――黒。

 漆黒。

 暗黒。

 深淵。

 そうとしか形容しようのない真っ暗な、穴。

 ブラックホールでなくても、見ているだけで吸い込まれてしまいそうな――闇。

 今まで進路上にある多くの物を手当たり次第に飲み込んで来た、大喰らいの闇だ。

 

 元々ガミラスの協力が得られるかどうかは五分五分。

 得られなかった場合イスカンダルが収集出来る情報量だけでは破壊作業を完遂するのが困難であることが予想された。

 

 だからユリカがナノマシンの浸食でこの手の異常空間を“視る”事が出来る事を当てにして狙いを付けることを考えられていたからこそ、カスケードブラックホール破壊用として装備されているマキシマムモードは、ユリカ無しでは起動出来ない仕様になっているのだ。

 

 ユリカの“眼”には、カスケードブラックホールの正体である次元転移装置の位置が“視えた”。計測通り、開口部から奥に300㎞の地点にある。ヤマトからは上に3度、右に5度の位置にある。

 ……開口部のほぼ中央。この辺はすぐにでも予想がつく。だが時空の裂け目が生み出す重力干渉場によって装置に直接物質などが届かないように、入念に保護されているのも“視える”。

 時空の裂け目自体は装置の後方に展開されているようだが(恐らく進路観測等を行う上で邪魔になるからだろう)、この干渉場があっては並大抵の手段では破壊出来ない、鉄壁の防御と言って差し支えないだろう。

 

 なるほど、これは確かに波動砲でも持ち出さなければ破壊は不可能だ。それも6倍――いや8倍の波動砲でなければエネルギーが直進せず、引きずられて外れてしまうだろう。

 

 ――波動砲は出力が上がれば上がるほどに、時空間歪曲作用が強くなる。特に6倍以降は本当に凄まじい。

 今回の改装では実装が見送られているが、完全に制御された状態だとエネルギー流の内部や周囲に無差別に、または指定座標で次元の裂け目を生み出し波動砲による直接破壊を免れた相手であっても次元断層に放逐する性質を付加出来る。

 この現象故、使い方次第では対象を破壊することなく惑星単位で次元断層に放逐して、そのまま封じてしまう事すら出来る。――そう、シャルバートが自身をそうした様に。

 今回はこの作用の一端を利用して、重力干渉場を貫いて制御装置を撃ち抜くのだ。

 

 そう、一端だ。全力ではない。

 

 トランジッション波動砲とは本来この時空間の裂け目を伴うシステムであったのを、こじ付けて6連射波動砲の事と偽っていたのだ。

 そしてこの真の力を発揮するには、イスカンダルの“純正エネルギー制御装置”が必須であるため、“今のヤマトでは使う事が出来ない”。

 つまり改修されたと言っても、いまだにヤマトは不完全なトランジッション波動砲しか搭載されていないというわけなのだ。

 

 これはユリカも承知の事で、現状のトランジッション波動砲でも破壊が可能であると考えられた事や、詳細なデータを失った現状では再現自体が困難であった事も搭載が見送られた理由ではある。

 

 ――もう1つの理由は“真の波動砲”を世に出さないようにするためだ。

 

 波動砲の開発過程を紐解いていけば、コスモリバースシステムと波動砲が密接な兼関係にある事は否が応にも理解させられる。

 もしヤマトが純正のエネルギー制御装置とコスモリバースシステムを(不完全であっても)両立してしまえば、自然と真の波動砲の存在が露呈するであろう。

 

 真の波動砲――名を“回帰時空砲”という。

 

 詳細な原理等を要約して結論のみを語るのであれば、波動砲の真の姿とは“コスモリバースシステムの攻撃転用”と言って差し支えない。その威力は恒星質量程度のブラックホールであれば消滅に導く事すら可能とされる。

 スターシアがガミラスへ波動砲の技術提供を拒み続けた真の理由がこれだった。

 デスラーはコスモリバースシステムと波動砲の関連を知っている。

 

 それだけでもこの兵器の発想に辿り着きかねないのだ。

 

 概念だけではガミラスとてそう簡単には誕生させないだろうが、コスモリバースシステムの現物が残っている今は、何時生み出されても不思議はない状況にある。

 なので表向きはトランジッション波動砲の完成系こそが真の波動砲と偽って誤魔化しているが、デスラーは何となく察しているような雰囲気を漂わせていたという。

 

 まさに“神にも悪魔にもなれる力”すらも通り越した、“神が恐れ、悪魔すら慄く力”と言っても過言ではない。決して人が手にして良い力ではないのだ。

 

 不幸中の幸いなのは、理論的には完成されてはいても、今までの歴史で使用された事が無く、現物が存在しない事だろう。

 そして、今後も造られはしまい。

 その存在を知っているスターシアとユリカが口外しない限り。

 デスラーが悪魔にならない限り。

 

 「進、誤差修正右5度、上方3度! 後はルリちゃん達の指示に従って微調整して!」

 

 「はい! 誤差修正右5度、上方3度! 電算室からの指示を待ちます!」

 

 命令を復唱して進が狙いを修正する。これでヤマトの艦首は正確にカスケードブラックホールの心臓部――次元転移装置に向いたはずだ。後は重力干渉によるわずかな誤差を修正するための情報を電算室から受け取るだけだ。

 

 「古代君、重力場の干渉による弾道の変化のシミュレートを転送するわ!」

 

 情報処理に忙しいルリに代わって雪が戦闘指揮席にデータ転送を開始する。フラッシュシステムを介してユリカが“視た”情報を電算室で処理して波動砲の弾道データを算出する。

 ――やはり、この距離からでは確実な破壊は見込めない。どうしても重力場の干渉を受けてしまう。

 

 「艦長!」

 

 皆まで言わずとも伝わった。

 

 「ヤマト! 全速前進!!」

 

 使用可能なサブノズルを最大噴射! 銀色に輝くヤマトはカスケードブラックホールに向かって突撃する!

 重力場の影響で時間の流れが遅れる前に――そしてヤマトがバラバラにされる前に決着をつける!

 ヤマトは重力干渉の影響でふらつきながらもブラックホールの“口”目がけて突き進む。が、その進路が不自然に折れ曲がる。重力場に引き摺られて真っすぐ進めないのだ。

 それでもぎりぎりまで操舵を引き受けた大介は、懸命に舵を操りヤマトの進路を立て直す。翼を開き、左右に何度もロールしながらヤマトはブラックホールの開口部を突き進む。

 重力場の干渉でヤマトの艦体があちこちで別々の方向に引っ張られ、捩じられそうになって艦体がギシギシと悲鳴を上げる。

 右コスモレーダーアンテナが拉げ、引き千切られる。左舷のカタパルトが接合部からもぎ取られてガスの流れに飲まれて消えた。他にも細かい構造物が拉げ、もがれてゆく。全身の装甲板も継ぎ目が剥がされ脱落しそうになる箇所が幾つも生じた。

 ……だが、空間磁力メッキの作用で幾分干渉が軽減されたヤマトは気合で耐えきり崩壊を免れた。

 途中、高速で流れるガスに第三艦橋が接触。1度目の接触で右側のアンテナウイングが根元からバラバラにされ、2度目の接触で外装の下半分がごっそりと抉られた。破損部がガスと激突した時に生じた熱で真っ赤に輝く。

 それでも辛うじてガスからの離脱が間に合った事と、空間磁力メッキの保護とガンダムらからの供給で機能を維持したディストーションブロックもあり、最も重要な電算室とオモイカネの本体は辛うじて――本当に辛うじての所で破壊を免れた。

 あと少し離脱が遅ければ、ガスに沈む量が深ければ、確実に抉り取られていたであろう。

 

 「有効射程まであと15秒! 後は頼みます!!」

 

 第三艦橋の外装が崩壊する激しい振動と騒音と、あちこちで火花散り、高精度壁面パネルの部品が脱落して電算室が死んでいく中、コンソールパネルにしがみ付きながら片手で頭を守るルリが進とユリカに全てを託す。

 

 「古代! 渡すぞっ!……」

 

 「ああ、任せろっ!!」

 

 ギリギリまでヤマトの進路を保持するため力を貸してくれた大介から、進が舵を引き継ぐ。

 発射装置の圧力センサーと微調整用のコンソールを操作して、しっかりと次元転移装置を狙う。

 

 「――我らが地球と……サンザー恒星系の未来を掛けて……っ!」

 

 秒読みカウントは不要だった。進のその言葉だけでユリカは彼がトリガーを引くタイミングを察する。

 

 「発射っ!!」

 

 進とユリカの声が重なり、コンマ1秒の狂いもなくトリガーが引き絞られる。

 

 カチンッ!

 

 聞き慣れた、トリガーユニットのボルトが前進する音を聞いた直後、最大限にエネルギーを蓄えていた6連相転移炉心が回転を停止。間髪入れずに突入ボルトに叩きつけられた!

 同時に炉心と突入ボルトの周囲に激しいスパークが生じる。

 そして、銀色に輝く発射口から普段の8倍にも相当する膨大なタキオン波動バースト流が吐き出される。

 その様はさながら巨大な光の柱がヤマトから生じたようにも見え、普段はただ直進するだけのエネルギー流の周囲にまるで渦巻くかのような空間歪曲が生じ、普段の波動砲では見られないほどの激しい稲妻を引き連れながら、ヤマトの前方に伸びていく。

 同時に、発射装置内の空間磁力メッキがあまりの負荷に耐えきれず、下地の反射材をも道連れにして剥がれ落ちていく。

 ライフリングチューブの内側と収束装置の内部が灼熱して溶解。

 波動砲の発射口も真っ赤に焼け爛れ、エネルギー流に続いて激しい黒煙と炎を吹き出してしまう。

 ヤマトの艦体を覆う空間磁力メッキが、発射の反動後方に作用した波動砲の空間歪曲作用を受け流していくが、内側からの過負荷に耐えきれず波動砲周辺の装甲が大きくひび割れ裂ける。限界を迎えた幾つかの支持構造が破壊されて、穴が開く。

 安定翼が衝撃と周辺の重力干渉の負荷に耐えきれなくなり、バラバラに砕かれて原形を失った。

 両弦のロケットアンカーの機関室が破壊され、チェーンが切れたアンカーが重力場に引かれて脱落していく。

 機関室にも発射装置から逆流した炎と黒煙が襲い掛かり、防御壁に遮られる。機関士達は全員無事だったが、火災に見舞われた機関室の前方はスプリンクラーから放出される消火剤と黒煙でしっちゃかめっちゃかになる。

 そして、エネルギーを使い果たした事もあってか相転移エンジンが完全に停止。波動エンジンも供給を失って沈黙してしまう。

 そして、ヤマトの艦体を保護していた空間磁力メッキが寿命を迎えてバラバラと剥がれ落ちて消えていく。

 

 一瞬で大破寸前にまで自損したヤマト渾身の一撃は、一見虚空に飲まれて消え去ったようにも思われた。だが、前方で何かに命中したかのようにエネルギーの波紋が広がる。

 それを見て、激しい衝撃に耐えていた進がにやりと笑みを浮かべた。

 

 勝った!

 

 空間の歪みを見たであろうユリカも、勝利を確信して笑みを浮かべる。

 

 

 

 ……カスケードブラックホールは崩壊した。

 

 渦巻く赤色のガスは、中央で生じた激しい閃光と共に弾けて消えさり、ガミラスとイスカンダルを消滅の危機に陥れた宇宙の悪魔は、比較するのが馬鹿らしいほどちっぽけな戦艦1隻の前に膝をついた。

 

 今ヤマトの眼前では、時空の裂け目と思われる何とも形容しがたい、まるで濁流が大地に空いた大穴に流れ込むかのような不可思議な現象が起こっていた。

 残された僅かなエネルギーと辛うじて機能を保ったリバーススラスターを使って、飲み込まれないと踏ん張るヤマトの第一艦橋に異変が起こる。

 

 突如として第一艦橋の中に光が巻き起こり、まるで銀河の真っただ中に放り出されたかのような輝かしい情景が広がる。しかも、自分たちが座っていた椅子も、眼前にあったはずのコンソールパネルも、その姿を失っている。

 

 「アッハハハハ……」

 

 そんな異常現象に見舞われた艦橋内部に、不気味な笑い声が響く。

 そして、艦橋の中央であった場所に何者かが出現した。

 紫色の肌の半透明で光の粒子が体内を駆け巡り、輝くタトゥーの様な線が至る所に走っている。悪魔のように鋭い歯と大きく裂けた口、赤い瞳に尖った耳。

 まるでファンタジーに出て来る悪魔とか魔族の様な印象を持った男性のような存在だ。

 

 「ヒトよ。よくもやってくれたな」

 

 「貴方は、誰ですか!?」

 

 とっさに掴んでいたバイザーを装着してユリカが問う。バイザーから送られてくる視覚情報でようやくその姿を垣間見たユリカは、その異様な姿に息を飲む。

 

 「我々は――お前達とは違う異種異根の生命体。我らが世界を維持せんとして、次元転移装置をこの次元に送り込んだ者だ」

 

 「――っ! 何故、このような手段を取ったのですか!?」

 

 ユリカの叫びに近い追及に、その者は薄く笑って答えた。

 

 「――あの装置が生み出す次元の裂け目の彼方にあるものは、お前達の想像も及ばぬ別の次元――我らの世界だ……だがそこには、資源となる恒星系や惑星は少なく、生きるにはその糧を外の次元に求める他なかった」

 

 3mはあろうかと見える巨体をくねらせながら、その者は語った。我らは生きる糧を求めたに過ぎないと。

 

 「だとしても、何故共存の道を模索しようとしなかったのですか!? 話せば支援をしてくれる国や星だってあったかもしれないのに!?」

 

 「理解不能だ、ヒトよ。この宇宙にある物は、全てが我が世界にとっては限りない資源。星も、ヒトも、有機物、無機物。あらゆる物が我が世界を構築する」

 

 言いながら身を乗り出し、その凶悪な面をユリカの眼前に差し出してくる。バイザー越しに見ているのに、威圧されそうな錯覚に陥る。

 そして同時に直感的に理解した。

 

 ――こいつに人間の心は無い。

 

 より正確に言うのなら、良心とか道徳とか、そう言ったものがごっそりと抜け落ちてしまっているのだ。

 文字通り生きる為なら何でもする。自分達以外の存在は、その言葉通り“資源”としてしか考えていない。

 知恵ある悪魔と形容するのが相応しい。もし仮に何らかの組織を作るとしても、きっとそれは力による支配でしかなく、自分達に益をもたらさなくなれば何の躊躇いも慈悲も無く切り捨て、喰らいつくす。

 

 まさにカスケードブラックホールを送り込んだ親玉として相応しい――強大な悪だ。

 

 恐らく、どれほど言葉を尽くして決して分かり合えない。力と力のぶつかり合いを制すことでしか、自分達の生存を確保する事が出来ない。そんな相手なのだと。

 

 「生きとし生きるものの全ては、我らの新たなるエネルギー資源として生まれ変わるのだ――この世界での搾取は諦めるとしよう。だが、いずれ貴様達の星――地球は我らが資源として生まれ変わる事になるだろう」

 

 「――いかなる理由があれ、地球を侵略するつもりなら、私達とこの宇宙戦艦ヤマトが許さない! 絶対に地球は護って見せる!」

 

 ユリカの宣戦布告を聞いても、その者は余裕の態度を崩さない。

 

 「ハハハハ……まさか我らが世界と隣接する次元が、1つきりだとでも思ったのか?」

 

 その言葉を聞いてユリカの表情が凍り付く。まさか――!!

 

 「我らは、別の次元の地球を食らう。この世界は、お前たちにくれてやろう。だが、別の世界の地球を護る事だけは――決して叶わぬ」

 

 くっ、と唇を噛む。こいつの言う通り、数多に存在する並行宇宙の全てを観測して、目標となった地球を発見する事は不可能に近い。

 こいつが言うところの「我らの世界」と隣接しているという条件で絞る事が出来たとしてもどれほどの数になるのやら――そしてヤマトと言えど、任意で次元の壁を渡って駆け付けられるほど便利な存在ではない。

 この世界に流れ着いたこと自体が奇跡なのだ。

 

 「アッハハハハ――さらばだ、ヒトよ……宇宙戦艦ヤマト。その名は、覚えておこう……次は今回の教訓を基に、色々と手段を改めさせてもらおう」

 

 言うだけ言って、その者は空間に溶け込むようにして消え去っていった。そして、ヤマトの眼前に広がっていた摩訶不思議な光景も速やかに収束し、平穏な宇宙の光景が戻ってきた……。

 

 「何だったんだ、今のは……」

 

 事態についていけなかった大介が呆然と呟く。

 

 「わからん。だが、はっきりとしているのは、連中が相互理解出来ない存在という事だ」

 

 真田も険しい表情だ。

 

 「それともう1つ」

 

 真田に続いて進が言った。

 

 「奴らは別の宇宙の地球を狙っている。俺達の手の及ばない所で地球を喰らうつもりなんだ……世界は違っても、ヤマトが護り抜いてきた、俺たちの母なる地球を――!」

 

 ――残念ですが、任意で並行世界間を移動する術は私にもありません。この戦いは――私達の負けです……――

 

 無茶に耐えきったヤマトの無情な一言が、クルーの心に突き刺さった。

 

 

 

 その後ヤマトは、カスケードブラックホールの消滅に喜びも露に集ってきたガミラスの護衛艦隊に牽引されて、今度こそイスカンダルへと辿り着いた。

 地球に似た広大な海洋を有する青く美しい命の星。双子星のガミラスに比べると外殻の下に広大な空洞を有する二重構造にはなっていない。

 ――だが、リバースシンドロームの影響で寿命を急速に消耗し、地殻変動を起こした結果なのか大陸が極めて少なく大半が海洋となっている。元々は地球と同じく居住可能な陸地が多く、相応の生命が満ち溢れていたのであろう事を考えると、一抹の寂しさすら覚える姿であった。

 

 念願のイスカンダルを前にして、ヤマトクルーはついに目的を果たしつつあることに感激しつつも、心の内にすっきりとしないものを抱えていた。

 確かにカスケードブラックホールの除去には成功し、ガミラスとの戦争に最良と言える形で終らせる事も出来た。後はヤマトをコスモリバースシステムへと改造して地球に帰還すれば、ヤマトの航海に一応の終止符が打たれる。

 だが、いまだ全容が掴めない暗黒星団帝国に加え、この世界で相まみえる事は無いと思われるが、別の次元から来たらしい正体不明の敵に別の次元の地球が狙われていると知っては――素直に喜びに浸る事が出来ないのだ。

 

 

 

 再起動出来ず沈黙したままのメインエンジンに代わって、補助エンジンを全開にしてイスカンダルの空を飛ぶヤマト。

 

 「こちらはイスカンダルのスターシア。ヤマトの皆さんを歓迎します。ガミラス星とイスカンダル星を救っていただき、心より感謝いたします……皆さんには、マザータウンの宇宙船ドックに降りて頂きます。着陸を誘導致しますので、操縦装置を私の指示に合わせて下さい。現在地上の気圧は――」

 

 地上から届いたスターシアからのメッセージ。その綺麗な声に、ついにイスカンダルに辿り着いたのだと実感する。

 何しろ仕方なかったと言え、すぐ隣のガミラス星に滞在した後間髪入れずにこの宙域を離れてカスケードブラックホールと対峙したのだ。目的地を前に色々と回り道を余儀なくされただけに、感慨も一押しだった。

 

 イスカンダルの衛星軌道上でここまで護衛してくれたガミラス艦隊とも別れを告げ、代わりにガミラスから派遣された工作艦や輸送艦が数隻、ヤマトに続いてイスカンダルへと入国した。勿論今のイスカンダルの設備だけでは難しい大規模な修理作業の為に派遣されている。デスラーのささやかな感謝の気持ちだった。

 

 ヤマトはマザータウンのスターシアから誘導され、唯一稼働状態に出来た宇宙船ドックへと入渠する事になった。

 ヤマトは1度マザータウンの海に着水した後、ドックに向けて海を進み、スラスターで回頭した後リバーススラスターで後進しつつ、注水されたドック内部へと侵入する。

 ドックからの誘導システムに従って位置を微修正しつつ、ドック底部の盤木とガントリーロックで艦体を固定させる。その後ドック内の海水が排水された。

 ガミラスに比べると規格の違いに苦しむ事は無く、サイズ的にもゆとりがある。

 これからコスモリバースシステム搭載の為、また艦首の甲板を切り開いて、今のライフリングチューブと収束装置を撤去、装置の置き換えが行われるほか、1度メインノズル毎エンジンを外部に取り出して分解整備をしなければならない。

 波動エンジンは防御壁で守られたためそこまでしなくても大丈夫そうなのだが、炎に焼かれ煙で燻され、止めに消火剤に塗れた相転移エンジンとスーパーチャージャーの前半分の点検作業は、内部からではなかなか難しい。

 コスモリバースシステムの要でもあるので、ここで徹底的に整備して万全の状態に戻しておかなければ……。また、ガミラスからの感謝の印として超長距離ワープ機関の本格的な実装も行われることになった。

 イスカンダルからの支援物資で改修されたエンジンにさらに手を加えるだけなので、それほど時間は掛からない予定である。

 

 尤も、ヤマトの修理にはどれだけ短く済んだとしても3か月は掛かると考えられているので、エンジンの修理作業よりも大きな被害を受けた艦体の修理の方が遥かに時間が掛かるだろう。

 一応、資材や航路日程に当初の予定を遥かに超える余裕が生まれた事もあり、当初は出来ないだろうと思われていた主砲等の武装の修理も出来る事になった。これなら、帰路で暗黒星団帝国や他の何らかの脅威から攻撃を受けたとしても自衛に不足はないだろう。

 

 ――波動砲には一切頼れなくなったが。

 

 こうなると、撃つような状況に遭遇しないことを祈るしかない。もしくは、最低でもサテライトキャノンだけで済む事態に留まる事を……。

 

 

 

 ドック入りしたヤマトに自らの足でスターシアが来訪した。

 ユリカの状態を鑑みて、国の統治者という立場にあるにも関わらず自ら足を運んでくれたのだ。

 実際ユリカの具合はかなり悪くなっていて、最終決戦である事や艦橋要員が負傷して減ってしまった事を理由にガミラス防衛戦、マキシマムモードの使用の為にカスケードブラックホール排除作戦には参加したが、それ以外の時はベッドで眠っている時間の方が遥かに長くなっている。

 もうあまり時間は残されていないことは、自分でもわかっていた。

 ユリカは医療室のベッドの上で上半身を起こし、念願だったスターシアとの直接対面を果たす。

 

 「……お久しぶりと言うべきかしら、ユリカ」

 

 「……それで良いと思うよ、スターシア。やっと会えた……」

 

 補装具の力を借りて、スターシアと間近で顔を合わせたユリカの目から、涙が零れ落ちる。

 最も先行きが見えなかったあの時期。何度も頼み込んで救援を約束してもらい、徐々に打ち解けて16万8000光年の距離を、身分の違いを超えた友人となった女性と、ようやく直に会えたのだ。

 嬉しくないはずがない。

 残念だったのは、自らの目で、耳で、彼女の姿を見たりその声を聴く事が出来ない事くらいだ。

 

 「ああ、ユリカ……わかってはいても、こんな痛ましい姿を見る事になるなんて……」

 

 スターシアの目にも涙が浮かぶ。フラッシュシステムによって対面した時、システムが映し出した彼女の姿とは似ても似つかぬ姿。

 これから彼女はコスモリバースシステムのコアモジュールに組み込まれる。その先に彼女の未来があるのかどうかは――神のみぞ知る。

 

 「まあ、色々あったしね……ゴメンね、スターシア。サーシア、連れて帰れなかったよ……」

 

 ユリカは辛そうに話を切り出した。サーシアの宇宙船が無事地球に辿り着き、ヤマトで帰って来れる可能性は――最初からかなり低いと考えられていた。

 それでもユリカは……彼女を連れて帰りたいと願っていたのに……。

 

 「――いえ、貴方のせいではありません。それにサーシアは、立派に……勤めを……っ!」

 

 友人の眼前という事で気が緩んだのか、こらえ切れずに嗚咽を漏らすスターシア。美しい眼からは涙が溢れ、遠い星で命を落とした唯一の肉親を想い、悲しむ。

 ユリカは掛けるべき言葉も見当たらず、優しく抱きしめる事にした。イスカンダルの女王相手に不躾かとは思ったが、友人なので別に構わないだろう。誰も見ていないし。

 

 そうやって10分ほど静かに泣いてから落ち着きを取り戻したスターシアは、ユリカの容態を詳細に聞くにつれ、表情がどんどん強張っていく。

 

 「――もはや一刻の猶予もありません。すぐにでもコアモジュール化処置を受けて下さい。到底ヤマトの改修完了までは持ちません……」

 

 口にするには勇気がいる言葉だった。

 折角会えた友人に対して口にすべき言葉ではない。

 だが予想以上にユリカの消耗が激しい。このままでは後数日で……。

 

 「わかってる、スターシア。でも少しで良いから時間を頂戴――折角会えたのにすぐにさよならなんてあんまりだよ。皆とは地球に帰ったら何時でも会えるけど、スターシアに会いに来るのは楽じゃないんだよ?」

 

 と言われては、スターシアも強く勧める事は出来なかった。彼女とて、本音を言えば……。

 

 「――無理は禁物ですよ?」

 

 もっと、共に居る時間が欲しい。

 

 

 

 ――この星は……寂し過ぎる。

 

 

 

 スターシアとユリカは取り留めのない談笑を楽しんだ。途中、やはり紹介せねばなるまいと呼び出しを受けたアキトを「私の自慢の旦那様です!」とにこやかに紹介。

 一国の主という遥か彼方な身分のスターシアに対してアキトは緊張を全く隠せなかったが、それでも地球の為力を貸してくれた恩人だけに、感謝の言葉は尽きなかった。

 スターシアも、ようやく対面出来た遠い星の友人との会話は新鮮だったようで、ついつい色々な事を尋ねてしまう。

 やれ「地球の自然はどのようなものなのか?」やら「人々の暮らしはどのような感じなのか?」などと言ったものから、ついユリカのペースに釣られて甘味の話題などにも話が飛んでしまったが、今のイスカンダルで食の娯楽は求められていない。

 スターシアも身の回りの世話をするアンドロイドらの手を借りて極普通の生活は送っているが、妹サーシアも失い、国民の全てが死に絶えている今のイスカンダルにおいて、文化が衰退していく事は避けられない。

 

 ――“胚”とそれを成長させて民族を再興するだけの気概は――スターシアにはなかった。

 

 星の寿命を全うするのはまだまだ先の話とは言え、今のイスカンダルは人が住み良い星とは言い難い。イスカンダリウムの露出による放射線被害からは回復しているし、地殻変動はここ数十年は落ち着いているが、大陸の殆どは沈降し、島の類もほとんど消失てしまった。

 マザータウンのある大陸は、少なくともスターシアが生きている間に消えてなくなる事は無いだろうが……果たして民族を再興したとして、何時までこの星で生きていられるのだろうか。

 

 そう考え、妹サーシアと2人きりで生きてきたスターシアだが、ここ1年程で幾つもの刺激を受けて、人肌が恋しくなったのも事実。

 今も目の前で仲睦まじい姿を見せるユリカとアキトの姿は勿論、思いを寄せる守の事も含めて、何かしらの決断をしなければならないと思うようになってきた。

 

 

 

 それからしばらくして、ユリカはクルーとスターシア、そしてわざわざ駆け付けてくれたデスラーやドメルに見守られながらコアモジュール化処置を受けた。

 地球帰還までユリカの残り僅かな命を繋ぎ、同時にデータ送受信の容量と速度を限界まで高める為、人間翻訳機にされていたときと同じく彫像の様にしてしまう処置が検討されていたのだが、スターシアが同じ処置を嫌がったため、イスカンダルに残されたマザーコンピューターの力を借りて同等の成果を得られる別の処置に切り替えられている。

 

 その1つが、ナノマシン素材で構成されたデータスーツだ。

 地球で使われているパイロットスーツの様に体に密着する様に展開される。顔と髪が邪魔になる後頭部以外は全てスーツとその機能を補助する端末で覆われた状態になる。

 その状態で呼吸を確保するため、頭をすっぽりと覆うヘルメットを被って液体金属素子で満たされたカプセルの中に入る。

 その後、タキオン粒子を利用した時空制御技術を利用し、カプセル内部の時間経過を遅くする“停滞フィールド”を展開して彼女の命を繋ぐという内容だ。

 停滞フィールド自体はガミラスでも研究されてはいたのだが、如何に時空間に作用するタキオン粒子――その極限と言うべき波動エネルギーを操る文明とは言え、任意の方向に時間流を操作するというのは並大抵では成せる技術ではない。

 これも今のイスカンダルが有する超技術の一端と言えよう(継承者が居ない為半ばロストテクノロジーと化しているが)。

 計算上、地球のタイムリミットまでなら余裕をもって状態を維持する事が出来る。

 

 スターシアが導き出した手段は、ヤマトのクルーにとっても心情的にマシな手段であった事から即採用とあいなった。

 計算上はもう1つの手段と比べて劣らないとされているとはいえ、1度使われた事のある手段(かつデータも押収済み)に比べると確実性では一歩劣るのがわかり切ってはいたのだが、だからといって同じ手段を選択したくないと考えるのは、良心ある人として、関わり深い人に対する愛情として至極当然だろう。

 それに人間翻訳機のときと全く同じ方法を選択するとユリカの自意識を保つことが難しく、システムを通して入力された要求に対応する事しか出来ないのに対して、この状態ならユリカの意識を保っていられる。

 

 それにうれしい誤算だったのは、ヤマトが明確な自我を有するイレギュラーな艦艇という事だった。イスカンダルにとっても前例が無い存在に、精神波を検出するインターフェイスシステムが取り付けられるとは……。

 これは二重の意味で助けになるかもしれないとスターシアは語った。

 ユリカの保護という観点からすれば、システムそのものであるヤマトがフォローを加える事が出来れば成功率が飛躍的に向上する。

 これならば、当初は5%にも満たないとされていた回復の確立を、50%近くまで跳ね上がられるかもしれない。何しろ過去にヤマトは不完全なシステムでありながら、クルーの想いを受け取って彼女の延命に成功した実績がある。

 しかもこの数字はヤマトとクルーのみで実行した場合の数値。

 地球に戻れば、ユリカの父親であり親バカで有名なコウイチロウに、ヤマトに乗艦しなかったミナト達旧ナデシコクルー。そして……ヤマトのバックアップを行うべく改修を受けているナデシコCの力も借りられる。

 その状態なら、さらに確立を向上させる事だって可能なはずだ。

 

 そして、地球環境を回復させるための時空制御に関してもヤマトの存在が大きな力になり得るとスターシアは語った。

 別の宇宙とはいえ、ヤマトは1度は海底に没して“地球の一部へと還った”。海底に沈んだ船舶は海洋生物の住みかとなり、その“記憶を刻み込んできた”。

 

 そして、再建の際“この世界の大和の残骸を組み込まれ、その記憶をも引き継いだ”。

 ユリカからすれば、単なるゲン担ぎであり感傷による行動に過ぎなかったそれが、もしかしたらコスモリバースシステムの完成度を高め、より地球の再生を高度に成す因子足りえるかもしれないと推測され、ユリカ達は改めて戦友の姿を眩し気に見上げたものだ。

 

 ――努力は確実に実を結びつつある。ヤマトが現れてから、ガミラスとの戦いが始まってから。この日のためにと用意を重ねてきた努力が、今まさに奇跡を起こさんと噛み合い始めている。

 

 だからだろうか。ユリカはリラックスした様子で、

 

 「大丈夫。また会えるよ」

 

 とだけ言い残し、コアモジュールであるカプセルに収められ、その時が来るまで通常時間よりもずっと遅い時間の中に1人飛び込んでいった。

 ――データスーツの胸元には、みんなが送ったブローチが優しく輝いていたという。

 

 当初の予定よりずっとマシな形ではあったが、それでも生体部品として使うという現実を覆す事が出来ず、成功率も100%に達せられない無情さ。

 今生の別れになるかもしれない友を想い、涙を流し嗚咽を漏らすスターシアに声をかける者は居ない。

 いや、皆揃って泣いていた。

 懸命に涙を堪えるアキトと進、そしてその献身を心から称え瞑目したデスラーとドメルを除いた全員が、涙と共に地球に希望を残した彼女を見送る。

 

 そして数分ほど経った後、進が言った。

 

 「みんな、これ以上泣くんじゃない。これ以上の涙は――地球を救い、艦長を迎えるその瞬間まで――取っておくんだ……!」

 

 無理やり激情を抑え込んだ、力んだ声で宣言した。

 

 「俺達は……絶対に地球を元通りの命溢れる青く美しい星に戻る! そして、絶対にユリカさんも取り戻す!――確率なんて糞喰らえだ! 俺達の手で、俺達の願いで! ここまで希望を繋いでくれたユリカさんに報いるんだ!」

 

 大声で諭されて、ようやくクルーは泣くのを止めた。進の言う通り、これ以上の涙は嬉し涙にとっておく。

 ――まだ、ヤマトの旅は半分も残っているのだ。ここで泣き崩れては、いられない。

 

 

 

 それから先はヤマトをコスモリバースシステムに改造する作業と並行して、クルー達の慰安も兼ねたイスカンダルの観光が何度か行われた。

 皆、悲しみを振り払うため極力平常通りに振舞っている。

 

 進も艦長代理として色々考えた結果、海水浴は勿論、地球では決して見る事の出来ない、全体がダイヤモンドで構成された島への探検等を許可する。

 ガス抜きは必要だ。

 羽目を外して怪我をしたりヤマトの改修作業に支障をきたさない限り、これくらいのご褒美があっても誰も文句は言うまい。と言うか言わせない。

 

 ついでにヤマトは大規模な改修作業で内部が散らかっている事もあり、スターシアの好意で使われなくなって久しいマザータウンに残されたホテルを使わせてもらう事が出来たので、皆これ幸いとばかりに最低限の荷物を持って移り住んでいた。

 流石は先進的な科学力を持つイスカンダル。人の手が入らなくなって久しいのにちょっと手を加えるだけで問題なく使えた。

 

 進自身も適度に休みながら、ヤマトの最高責任者としてジュンをお供にデスラーやスターシアとの会合に出席する日々を送る。

 カスケードブラックホール破壊に成功した事により、ガミラスは約束を守って地球との本格的な交渉に臨んでくれた。

 超長距離通信と言う形ではあるが、地球と数度に渡って交渉が行われ、今後の関係についての詳細が煮詰められた。

 

 おおよその内容を抜粋するのであれば、「地球・ガミラス両軍の波動砲装備艦艇の保有数の調整」であったり、「地球・ガミラス間の軍事同盟の締結」であったり、「地球の復興のための全面支援」等々。

 他にも地球人の感情や環境による影響等を考慮して月面に大使館を設立し、同時に地球防衛のための艦隊の駐屯(反ガミラス感情を考慮し、波動砲を失ったヤマトでも容易に鎮圧可能な駆逐艦を中心とした数十隻程度)や、交易のための航路の選定等々。

 また、相互の感情を緩和する目的で、ガミラスが発見しながらも手付かずで放置されていた太陽系の第十一番惑星の開拓と、そこでガミラス人と地球人双方の入植等についても、話し合いが成された。

 ガミラス側の技術支援は確約しつつも、領土としては地球側に権利があるという形に収まったのは、デスラーなりの誠意であった。

 

 そんなある日。

 

 「古代」

 

 「どうしたんだ、デスラー?」

 

 「少し時間を取れないか? 個人的に話したいことがあってね」

 

 ヤマトの地球帰還のための航路会議を終えた後デスラーに呼び止められ、進は一緒に波止場でプライベートな会話に花咲かせる事になった。

 奇妙なほど馬が合った2人は何度か顔を合わせている内に打ち解け、プライベートに限れば敬称も付けずタメ口で話せる間柄になっていた。

 つい先日などは、杯を交わした間柄でもある(進にとって初の飲酒経験で、提供された酒は地球で言うところのワインに近しい代物だった)。

 勿論、対等に口を利く事を求めたのはデスラーの方だ。進の方も「ユリカさんの友人なら、僕にとっても友人」と語っていたのだが、それが決め手になったのかどうかは定かではない。

 

 「――それで、話したい事って?」

 

 「今の状況を不思議だとは思わないか?」

 

 デスラーは右手側に見えるドックに視線を向ける。壁に囲まれて詳細は見えないが、その周囲にはガミラスの工作船や輸送船が着水して、物資を送り出してはドックに運び込んでいる。

 見えないドックの内部では、ヤマトがコスモリバースシステムへの改装と地球への帰還を可能とすべく改装作業を並行して行っているのだ。

 

 「つい1月前までは互いに殺し合い、とても和解出来るとは考えていなかった。我々は加害者、君達を滅びの一歩手前まで追い込んだ非道な民族。君達からすればその程度の存在でしかなかったはずだ」

 

 「――確かに、ヤマトに乗るまでは……いや、太陽系を出るまではどちらかと言えばそんな空気だった。でも、冥王星基地の――シュルツ司令の戦いが、俺達とガミラスが同じ目的のために戦っているってことを、これ以上なくわからせてくれたんだ」

 

 「詳しく聞きたい。ドメルからの報告にも書かれてはいたが、やはり当事者の言葉を聞きたいのだ」

 

 そう言えば、ドメルはともかくデスラーにこの事を話した事は無かった。ガミラスに停泊していた時は限られた時間――ユリカが動ける時間内にカスケードブラックホール破壊の準備を終えなければならないという切迫した状態であったため、デスラーとも打ち合わせ以上の顔合わせは出来なかった事を思い出した。

 なので進は丁寧に語った。

 ヤマトが発進して冥王星基地を攻略し、カイパーベルト内に潜伏を始めた時まではガミラスは相互理解の出来ない敵と言う認識の方が強かったであろうこと。

 他ならぬ自分自身、ガミラスを憎む気持ちが強く、それを抑えてくれたのがユリカ達ヤマトの仲間であった事。

 そして、冥王星基地を辛くも攻略し、カイパーベルトに紛れて傷を癒そうとした最中に襲い掛かってきた冥王星残存艦隊との戦い。

 アステロイドリングやダブルエックスの活躍で進退窮まった残存艦隊が、確実にヤマトを屠るために仕掛けた体当たり戦法。

 何とか凌ぐ事は出来たが、その最後に悲しみは勿論、敬意を覚えずにはいられなかった。確かに彼らは侵略者であり、直接地球を追い込んだ怨敵ではあったが、祖国のために命を投げ出したその姿――殊更心に響くものがあった。

 合わせて、ベテルギウスで捨て身の攻撃を仕掛けてきた、あの戦艦。

 その決死の覚悟を感じさせる戦い。

 それは大和であったヤマトにとって、その乗組員として、決して他人事と思える事ではなかった。

 

 「……そうか。それで君達の心を動かせたのか……」

 

 デスラーはシュルツとガンツの事を思い出す。

 元々大して接点のある人物ではない。数ある部下の1人に過ぎないし、冥王星前線基地を任せる気になる程度には有能な人材ではあった。

 評判も良く、冥王星基地を任せて以来、ヤマト出現までは良くやってくれていたとは思う。

 尤も、ヤマト出現以降の失態の連続はフォローしようが無い。今となってはヤマトの実力が骨身に染みているが(敵としても味方としても)、あの時は“強力ではあっても戦艦1隻に過ぎない”と蔑んでいたのだから当然だ。だが……。

 

 「……亡きシュルツとガンツの忠誠心は、深く心に留めておこう……彼らはその命を賭して、ガミラス最大の脅威を取り除き、祖国の未来を切り開いた……その偉大な功績はガミラスの歴史に刻みこまれ、語り継がれるであろう」

 

 デスラーは静かにガミラス星を仰ぎ、そこに戦没者として葬られたシュルツとガンツに黙祷を捧げる。当然そこに遺体は無いが、魂は帰って来てくれる事を願う。

 

 もしもシュルツが冥王星基地と共に死んでいたら、ガンツも運命を共にしていたであろうし、デスラーがヤマトに興味を示すタイミングが遅れたか、もしくは――。

 その場合、ヤマトと全面対決に突入し、暗黒星団帝国との挟撃にあってガミラスは――。

 

 彼らの祖国への――上官への忠誠心の強さが、“強敵としてのヤマト”を葬り去る切っ掛けになるとは……世の中何がどう作用するのかわからないものだと、改めて痛感した出来事だった。

 

 

 

 デスラーと別れた後、進はふと思い立って雪の姿を求めた。進にも今日はこれ以上の予定は入っていないし、雪は今日は非番のはずだ。確か仲の良い女性クルーと一緒に海水浴を楽しむとか言っていたから間違いないだろう。

 

 ……という事は水着姿を拝めるのか! これは是非とも探し出さねば!

 

 進は先ほどまでのシリアスな空気を微塵も感じさせない軽やかな足取りで、雪を求めて歩き出した。

 ――ユリカの汚染はかなり深刻な域に達している様子であった。

 

 

 

 んで、艦長服では皆良い気がしないだろうと考えた進は、すぐにホテルの自分の部屋に舞い戻ってコートと帽子をベッドに放り投げて来た(私服の持ち合わせは無いので制服姿のままだ。これは他の大部分のクルーも同じである)。

 ヤマトのドックのすぐ隣の海では、休暇中の多くのクルーが海水浴やら日光浴を楽しんでいる。今は用が無い修理作業用の資材運搬船(板状)を(ウリバタケが張り切って)取り付けた浮きで浮かばせて浜辺やらボートの代わりにしている。

 マザータウンの海辺は全て整備されていて砂浜が無い。わざわざ砂浜のある場所に移動するというのは――トラブルへの対処を考えて自重させた。

 それでも海水浴はそれなりに盛り上がっているようで、泳ぎに自信が無いものは運搬船やら防波堤の上やらで日光浴を楽しんでいたり、少々沖の方まで出張って釣りを楽しんでいる連中もいる(イスカンダルの生態系は地球に近いので、海魚は食用として適しているものが多い)。

 ――その一団の中にラピスとアキトの姿も見て取れる。どうやら同じく非番の部下に教わって釣りにチャレンジしている様だ。

 ――副機関長と一緒には休めなかったのだろう、山崎やその片腕として頭角を現しつつある太助の姿はない。

 

 (お? ラピスちゃんアタリか)

 

 釣り針に魚が掛かったようで、ラピスが細腕に力を入れて竿を引いている。でもテンパったのかリールを引くのを忘れているのでアキトやら機関班の連中が慌ててリールを回して魚を手繰り寄せていた。

 進は最後まで見届けなかったが、10分近い死闘の末ラピスは60㎝はありそうな丸々とした魚を釣り上げる事に成功したそうだ。

 その後、腕に覚えのある部下の1人に捌いてもらって釣りたての魚をお刺身で美味しく頂いたとか(ラピス曰く「白米が欲しいです!」だそうな)。

 

 クルー達が羽を伸ばしている近くに「浜茶屋やまと」と幟を立てたテントがあって、中では炊事科の何人かが、提供された小麦粉を使った焼きそばとラーメン、ついでにかき氷を提供している。

 非番中のクルー(主に男子)と救援に派遣されたガミラスの技術者が何人か、長机に並べられた料理をパイプ椅子に座ってパクついている。

 麗しい水着姿の女性クルーに鼻の下を伸ばしているようで……。

 こういうのは本当に万国共通なのだな、うん。

 

 ちなみに水着はヤマトの工場区を一時的に間借りして作ったらしい。

 デザインは全員共通のビキニスタイル。布地面積は広めだが、やはり日の光に晒されている腹部や背中の肌が眩しく色っぽい。海水に濡れている事も相まって、美人が多い女性クルー達を艶やかに彩っている。

 

 ――まさか遥々16万8000光年先で海水浴やら浜茶屋を楽しむ事になるとは……。まあ見目麗しいので良しとするか。いちゃついてるカップルも散見されるし。

 

 (そう言えば、小腹が空いたな)

 

 雪の姿を探す前に少し腹ごしらえでもするか。まずは色気よりも食い気である。

 そう思って進は浜茶屋やまとに足を運ぶ。そこで水着姿の雪にばったり遭遇、水も滴る良い女な艶姿を横目に楽しみながら、そこそこ美味しい焼きそばを啜る。

 ついでにばったり出くわした大介から「お疲れさん」と労いと共にイスカンダルで取れたイカ(らしきもの)の丸焼きを奢られた。

 焦げた醤油の香りと塩気が、プリプリした歯応えと甘みのある身の味と合わさってまさに絶品であった。

 

 

 

 そんな穏やかだが忙しい日々がきっかり3ヵ月続き、ようやくヤマトはコスモリバースシステムへの改修を終え、波動砲以外の全ての武装が使用可能な状態に復旧していた。

 マキシマムモードの反動やら七色星団からの連戦でのダメージは回復しているが、あくまで現状復帰が優先されたため、再建当初から問題となっている部位への改修は行われていない。ガミラスに少なからず構造データが漏れてしまった事を考えれば、同盟関係に至ったとはいえ、機能向上やガミラスに漏れたデータを無意味にするためにも、地球に戻った後徹底的な改修が必要になるだろう。

 

 尤も、ヤマトが無事生き残れればの話だが……。

 

 ともかく、ヤマトの性能が漏れるリスクを冒しただけあって、ガミラスの手で調整された超ワープ機関の取り付けと調整も一応の終了を迎え、航行能力と自衛力も復活したヤマトはいよいよイスカンダルを出港、地球への帰路に就く事になった。

 出航予定日と地球帰還予定日は既に地球に届け出ており、予定通りに行けば1ヵ月後には地球に帰り、コスモリバースシステムで環境を回復させて元通りの姿に出来るはずだ。

 

 「……古代艦長代理。ヤマトの成功を祈っています」

 

 「はい。スターシアさんも、お元気で」

 

 彼女は悩み抜いた末、イスカンダルに残ったままヤマトの成功を祈る事になった。守がヤマトに合流するために使用したガンダム(フレーム)のフラッシュシステムは、すでに元の場所に戻されている。

 ユリカとのリンクを確立しているそのシステムを利用すれば、イスカンダルからでも彼女の助けになれるはずだ。同様に移民計画の破棄や地球との同盟、さらにはまた襲い掛かって来ないとも言えない暗黒星団帝国への対処などについて協議し、ガミラス内部を盤石にするため本星を離れられないデスラーも、ヤマトが地球に辿り着く時期にはイスカンダルに来訪し、スターシア達と共に奇跡を祈る予定になっている。

 

 「それじゃあ兄さん。体に気を付けて」

 

 「守、しっかりな」

 

 「ああ。進も真田も、地球を頼んだぞ」

 

 3人は固く握手を交わす。そして、手を離した守はヤマトの搭乗員口からスターシアと共に去っていく。

 結局守は、スターシアのためにイスカンダルに残る事を決めた。

 スターシアはそれを受け入れるのに戸惑いがあったようだが、それを認めたのはやはり寂しさを隠せなくなったからだろう。

 

 「スターシアさん、これから大変でしょうけれど、イスカンダルが再び発展していく事を祈っています。お体に気を付けて下さいね」

 

 雪がそう言葉を掛けるとスターシアも、

 

 「私も、地球の復活を心から願っています。雪もお元気で」

 

 と返す。

 彼女らはユリカにコアモジュール化処置を施す時に出会っていた。

 初対面の時はあまりにも妹そっくりな容姿に思わず「サーシア……!?」と声に出して驚いてしまったスターシア。

 雪も思わぬ反応に驚きながらも、その容姿を思い出して納得してから自己紹介。2人は少しづつ打ち解けていった。

 そういった日々の中、つい漏らしてしまった守への感情に対して、雪なりに助言を送った事も、スターシアの決断に影響を与えている。

 

 守の残留が決まった後――スタシーアは“胚”を使ったイスカンダルの再生に着手する事を決めた。

 

 “胚”によっての再生は、イスカンダル民族が壊滅的な打撃を受けても尚実行出来るようにと最初から考慮された準備がされている。

 “胚”とは、イスカンダル人の遺伝子情報と培養施設と養育施設が一体になったシステムである。

 このシステムで生み出されるイスカンダル人は、誕生から僅か1年という短時間で地球人換算で16~17歳前後まで急成長し(知識などの吸収速度も強化されている)、その後は地球人よりもやや遅いペースで年を取るように遺伝子調整されている。

 それに合わせて、養育施設による効率的な学習によって、急速に人口を回復する事が出来るようになっているのだ。

 これもまた、使い方を誤ればとんでもない社会を作れてしまう危険性を秘めた、イスカンダル負の遺産の1つであり、スターシアも使うつもりはなかった代物だった。

 

 これも含めて消滅による永遠の封印を願うだけなら、イスカンダルを爆発させてしまえばよかった。

 だがスターシアも、歴代の王たちも、ガミラスを道連れにする事を良しと出来なかった。

 ガミラスが侵略者になってからも結局決断されずここまで来て――その封印を解く事を選ぶとは……。

 そしてその決断が結果として隣人の暴虐を諫め、遥かなる星の友人たちの未来を拓く事になるとは……。

 世の中どう転ぶのか、本当にわからないものだと、スターシアは思う。

 

 「――古代艦長代理」

 

 「はい」

 

 「地球と協議の通り、私が提供したイスカンダルの技術の使用に関しては、特に規制は致しません。しかしどうか、扱いには細心の注意を払って下さい……ユリカにも警告しましたが、強過ぎる力というものは、時に相手のみではなく自分自身さえも傷付けてしまうものです」

 

 「……骨身に染みています。地球が間違った道に進まない様、力の及ぶ限り尽くしていこうと考えています」

 

 出来る事は決して多くは無いだろう。進は組織の中でも下っ端の人間だ。ヤマトクルーの中で最高階級のユリカですら大佐。ヤマトでの功績を加味して出世出来たとしても准将――いや少将に行けるかどうかで、多少の発言権と権力を持てても、地球全体の意向を決定する程ではない。

 協力してくれているネルガルやコウイチロウの力添えがあってもどの程度出来るのか……。

 だが、やらなければならないし、やりがいのある仕事だと思う。

 

 「――その言葉を信じます。次にお会いする時には、イスカンダルも賑やかになっている事でしょう」

 

 隣に立つ守に視線を巡らせながら、スターシアは笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 別れを終え、タラップを降りていくスターシアと守を見送った後、気を利かせて真田は先に戻ったが、進と雪はドックを去っていく守とスターシアの背を最後まで見送った。

 

 「……兄さんとスターシアさんは、イスカンダルの新しいアダムとイヴになるんだな」

 

 「そうね。楽な道ではないでしょうけれど、あの2人ならきっと頑張れるわよね。ガミラスの問題も幾分改善されているのだから」

 

 「ああ……だから、次は俺達の番だな」

 

 「え?」

 

 急に降られて雪は胸が高鳴るのを感じた。何時の間にか一緒に居る事が当たり前の様になった2人だが、考えてみれば告白をしたり受けたりして、ちゃんとしたカップルになったわけではなかった。

 という事はつまり――。

 

 「今はまだ艦長代理としての仕事が残ってる……だから、地球を救ってから是非とも聞いて欲しい事がある」

 

 「……そ、そういう言い方は縁起が良くないと思うわ」

 

 照れ隠しも交じって、ついつい軽口を叩いてしまう。

 しかし雪の世代ともなれば創作について回る様式美――死亡フラグなどは慣れ親しんだメタな用語であり、お約束だ。

 まさかリアルでそれを経験する事になるとは……。

 これはある意味死活問題だ。

 

 「言いたい事はわかるけど、俺はそれをへし折って見せるから安心しろよ」

 

 こちらも言ってからテレが出たのか、その意図を理解した返しをする。当然ながら進もゲームだの漫画だのでその手の知識は得ているのだ。いや、このまま話を脱線させたままにするのは良くはないし、あまり悠長に漫才をしても入れらない。気を取り直して締めに入ろう。

 

 「続きは帰ってからだ。さあ、行くぞ雪! 俺達の母なる星を蘇らせに!」

 

 

 

 それから1時間としない内に、ヤマトは発進準備を整えた。

 海に隣接したドックに海水を注水して、正面の隔壁を解放する。

 

 「ガントリーロック解除! 微速前進0.5!」

 

 艦体を固定していたガントリーロックが開いて、艦体が自由になる。海面に浮かんだヤマトが補助ノズルを点火、ゆっくりと海面を進んでドックから外に出る。

 

 (やっぱり、ヤマトには海が良く似合うな)

 

 進は海面を行くヤマトの状況に、ヤマトが戦艦大和であった頃はこんな感じで海を往っていたのかと想像する。

 ヤマトは徐々に速度を上げながら、海を掻き分け波立てながら進んでいく。

 

 「補助エンジン、第二戦速へ」

 

 「相転移エンジン内、エネルギー注入」

 

 海を進みながら、1番から6番の相転移エンジンにエネルギーを注入。始動準備を進めていく。ヤマトの眼前の海は穏やかで、水面に日の光が反射してキラキラと輝いている。

 

 「相転移エンジン、エネルギー充填120%。フライホイール始動!」

 

 既に手慣れたエンジンの始動準備。

 ラピスも機関室の面々も、再建当初から「不安定」だの「気難しい」だのと散々苦労させられたエンジンを苦も無く操り、300m級の宇宙戦艦では最強と目されるエンジンを目覚めさせる。

 カスケードブラックホール破壊任務以来となる再始動に、エンジンが喜び震えているような錯覚すら覚えそうなほど、快調な滑り出しだった。

 1番から6番までの小相転移炉心に取り付けられた小フライホイールが赤く発光、緩やかに回転数を上げていき、生成したエネルギーが後方にある大炉心に導入され収束。取り付けられた大フライホイールが回転を始めて発光する。

 

 「補助エンジン、最大戦速へ」

 

 「波動エンジンへの閉鎖弁オープン。波動エンジン内、圧力上昇へ」

 

 「圧力上昇へ!」

 

 機関室で太助が機関制御室のコンソールを操り、波動エンジンの始動準備を進めていく。

 相転移エンジンが生み出したエネルギーが波動エンジン内へと供給を開始。波動エンジンが唸りを上げる。

 

 「エネルギー充填120%。フライホイール始動!」

 

 「フライホイール始動!」

 

 山崎がタイミングばっちりに波動エンジンの第一・第二フライホイールを始動させる。

 並行世界のイスカンダルから受け継ぎ、この世界のイスカンダルによって蘇ったヤマトの心臓が、再び鼓動を刻み始めた。

 

 「波動エンジン点火、10秒前!」

 

 大介がカウントダウンを開始する。

 ヤマトは最大出力に達した補助エンジンの推力で海面を猛然と突き進んでいる。

 

 「5……4……3……2……1……接続!」

 

 「点火!」

 

 大介とラピスが阿吽の呼吸でスロットルレバーと接続レバーを引く。波動エンジンから供給されるタキオン粒子が、接続されたメインノズルから噴出を始めた。

 

 「ヤマト、発進!!」

 

 進の号令に復唱した大介が、操縦桿を引いてメインノズルの推力を大気圏内最大出力にまで上昇させる。

 メインノズルのスラストコーンが引き込み噴射口を広げると、メインノズルから発していた輝きが増し、煌々としたタキオン粒子の奔流が勢いを増す。

 

 ついにヤマトはイスカンダルの海から浮上して宙を舞う!

 艦底から膨大な量の海水を滴らせながら、メインノズルの噴射圧で後方の海面を2つに切り裂きながら、ヤマトがイスカンダルの空へと飛翔する!

 

 「大気圏内航行、安定翼展開!」

 

 大介が幾度と無く世話になった多目的安定翼の開閉スイッチを押す。4分割されたデルタ型の安定翼がヤマト舷側、喫水線部分に出現する。

 

 翼を広げたヤマトは、イスカンダルの澄んだ青空を悠々と飛翔。1分に満たない短時間でイスカンダルの大気圏を離脱して静寂な宇宙空間へとその身を繰り出した。

 

 

 

 ヤマトがドックを出てから宇宙に飛び出すまでの間、マザータワー最上階の展望室で守とスターシアが身を寄せ合い、大きく手を振りながらその姿を見送っていた。

 

 

 

 何時の日か訪れる再会を願って。

 

 

 

 

 

 

 その後ヤマトは、ガミラスのデストロイヤー艦10隻を護衛艦として引き連れながら、順調に地球への帰路に就いた。旅立ちは孤独であったのに、帰りに同行者が増えるというのは違和感を感じるが、同時にそれは戦いの終わりを意味しているとも取れ、何とも複雑な気持ちが沸き上がる。

 

 「地球に到着するまでの間、お世話になります」

 

 とは地球との交渉を任されたタラン将軍の言葉だ。

 彼は少し前のドメル同様、ヤマトに同乗して地球への旅路に就いている。元々デスラーからの信も厚く、軍事にも政治にも明るい事も決め手になっていた。

 デスラーは忙しくてとても本星を離れる事が出来ず、副総統のヒスもそのフォローに大忙しとあれば、必然的に彼が最適任なのだ。

 ドメルはイスカンダルを立つ時に見送りに来てくれはしたが、防衛艦隊や今後の戦術についての会議に参加するため同行しないことになった。

 それでも別れの挨拶が出来ただけマシだろうか。

 また、あの一家と会いたいものだ。

 

 ヤマトの帰路はガミラスが算出してくれたものをそのまま利用している。またタランチュラ星雲を通過するのはリスクが高いので、ガミラスの協力で完成した連続ワープを使用して迂回するコースを選んだ。リスクが少ない分時間が掛かるのは仕方のない事で、重力干渉を避けて安全に進んだ事もあり、大マゼラン雲を突破するのに10日を要した。

 ワープの最大飛距離から考えると距離に対して時間が掛かり過ぎている印象があるが、これでも守と合流して改良する前のヤマトなら軽く3倍、改良後でも倍は掛かっていた工程である。

 そして、銀河間空間に出てからは連続ワープが本領を発揮。何しろ約14万光年もの距離を僅か10日で通過する事に成功したのだから、その威力の凄まじさが伺えるというものだろう。

 途中、バラン星の基地に立ち寄ったが、やはり被害は大きく再建はあまり進んでいるように見えない。

 しかし機能そのものは維持している事が伺え、ゲール司令によれば「民間人は全員ガミラス本星に戻した。安心しろ」との事であった。

 今は地球との国交の拠点として再建を進めているのだとか。

 

 地球との和解が成立しデスラーの主義主張が多少変化しても、彼なりにガミラスを大きくしていきたいという願いは消えていないだろうしそれを否定する権利は誰にもない(強いて言えば侵略された側にあるくらいだろうか)。

 ――進としては穏便な進出であってほしいと願うだけだ。

 

 しかしゲール司令と言う人物は流石ドメル将軍の副官を務めただけの事はあり、この被害に何だかんだ言いながら基地としての体制を維持している手腕は見事なものだと、進はゲールに対して敬意を示しつつバラン星を後にした。

 ――かつては中間地点としてあれだけの時間をかけて目指した場所なのに、今は僅か5日で通過してしまえるとは……。

 

 その後も航海は順調だった。次元断層の位置もガミラス側が大よそ把握してくれていたこともあり、ワープアウト地点と重なって次元断層に落ち込むトラブルも無く、無事天の川銀河外周部にまで到達した。

 そこからの航路も、散々てこずらされたオクトパス原子星団を迂回するルートを経て、ようやく太陽系の近くまで戻って来る事が出来た。

 

 「――本当に、本当に良く帰って来てくれたなヤマト!!」

 

 早速長距離通信で地球に連絡を取ると、感激の涙を流すコウイチロウの姿がマスターパネルに映し出される。

 

 「ミスマル司令、ヤマトは72時間後にアクエリアスに到着を予定しています。到着後にナデシコCと合流、システムの最終確認を終えたのち、コスモリバースシステムを起動する予定です」

 

 「うむ。ナデシコCにはワシも乗艦する予定だ――少しでもユリカの為になれればと思って、旧ナデシコのクルーにも声は掛けておいた……皆、了承してくれたよ」

 

 「――そうですか」

 

 それを聞けて進も嬉しく思う。1人でも増えてくれれば、ユリカが助かる可能性が上がる事は間違いないのだから。

 簡潔なやり取りを終えると、ヤマトは通常航行で太陽系内に侵入する。念のため、ガミラスが発見し今後開発を考えていたという第十一番惑星の姿も見ておくことにした。実際に地球人類がこの星に関わるようになるのは、もう少し先の事になるだろうし。

 やや緑掛かった地表を持つが、緑の類は殆ど見られず水も確認出来ない。

 タランによれば、開拓する際はそれらを補いつつ大気組成を改造し、バラン星でテストしていた人口太陽を設置する事で対処する予定だったらしい。この星をわざわざ開拓するのも、手付かず故資源がまだ十分残っているであろうと予想された事や、星系の最外周と言える場所に拠点を造る事は防衛線の形成やらで利点があるからだとか。

 

 それにしても、ここまで恒星から離れた星を居住可能にしてしまえる科学力は流石ガミラスと称賛せざるを得ない。

 

 第十一番惑星を通過したヤマトは、そのまま地球目指して航行を続ける。

 海王星はおろか、冥王星の軌道からも大きく離れた(太陽~海王星間の距離の2倍以上)第十一番惑星を離れると、しばらくは彼方に見える太陽の姿を見ながら静かな時間が流れる。

 ワープで一気に地球近海に戻る事も不可能ではないが、恒星系内では重力干渉の問題もあってワープ航路の算出がそれなりに面倒であるし、地球側も最終的な準備を完了するにはそれなりの時間が必要だ。

 

 ――結局通信越しで簡潔に聞いたに過ぎないが、ガミラスとの終戦に関しては市民の間で相当荒れた話題となったらしい。

 

 素直に戦争が終わる事は喜ばれはしたが、和解はともかく同盟関係を構築するという事に関しては賛否両論で収拾が中々付かなかったらしい。

 一時はデモなどで相当ヤバイ状況になりかけたらしいが、ここまで地球を支え続けた政府関係者は何とか誠心誠意市民の説得を続けてどうにか鎮静化に成功したのが、ヤマトがイスカンダルで改修を終えた時期だったとか。

 何とか市民が納得出来たのは、「ガミラスが早々に裏切ってもヤマトが何とかしてくれる」という、進達からすれば「その通りだけどももっと言いようがなかったのか」と突っ込みたくなる丸投げじみた言葉だったと言う。

 

 政府はヤマトが挙げた戦果を出来る限り公にして、その力をガミラスも認めている事や、トランジッション波動砲の威力を示すという形でどうにかこうにか“保険”として認めさせることに成功したからこその鎮静化だった。

 勿論そこには、ヤマトが出現してから太陽系を離れるまでに見せつけた成果も、そしてガミラスとの戦いをどのような形であれ終らせる事に成功し、イスカンダルに到着してコスモリバースシステムの受領に成功したという偉業に対する敬意も、少なからず含まれていたのだろうと推測されてはいる。

 

 ――どうやらまだしばらくの間は、地球はヤマトを眠らせる事が出来ないようだ。

 

 それからヤマトはきっかり72時間をかけてアクエリアスと帰還した。

 途中、航路上にあった火星にだけは立ち寄ってサーシアの墓参りを全員で済ませた(タラン将軍を始め、ガミラス側からも謝罪交じりの追悼が行われた)。

 地球に最後の希望を繋いでくれた、偉大な恩人だ。幾ら礼を尽くしても尽くし足りない。

 艦内で観賞用として飼育されている花を集めた花束を墓前に手向け、ヤマトは火星を後にした。

 

 

 

 「地球だ!」

 

 第一艦橋の窓から真っ白い星の姿を見て、大介が泣きそうな声で叫ぶ。

 大よそ8か月振りに見る、母なる星の姿。変わり果てた姿に成り果てたとはいえ、人類が生まれ育った命の星の姿を目の前にして、大介だけではない、全てのクルーが「帰ってきた……!」と感激で胸が一杯になる。

 ――あとはコスモリバースシステムが成功すれば、元の青々とした美しい星に戻るはずだ。

 白い地球の眼前には、ヤマトをこの世界へと導いたアクエリアス大氷塊が太陽の光を受けてキラキラと輝いている。ヤマトが発進した時に砕いた一角はそのままの状態で放置されていて、周囲に飛び散った氷塊の一部が残留して浮かんでいた。

 

 ……そのアクエリアスを背に、ヤマトと向き合うように改修を受けたナデシコCが佇んでいる。ヤマト発進までの間、地球最強の艦としてギリギリの戦いを潜り抜けてきた歴戦の勇士の姿に、短い時間とは言え実際に乗り込んだ進と大介、そして長い間共に戦ってきたルリとハリは、感慨深げに敬礼する。

 

 ――あの艦が、これからヤマトを助けてくれる。ついにヤマトとナデシコが共に手を取り合い、困難に立ち向かう機会が巡ってきたのだ。

 

 ヤマトはアクエリアス大氷塊の上でナデシコCと合流した。ナデシコCはヤマトの真後ろに移動すると、特徴である3本のディストーションブレードを開き、メインノズルと補助ノズルを停止したヤマトを後ろから抱きかかえるようにして合体した。接触回線による接続で通信を確立して、ナデシコCはヤマトのサブコンピューターとしてコスモリバースシステムの補助を行う事になっている。

 ナデシコCの改修はこのためのものだった。

 

 ナデシコCから発進した連絡艇が、ヤマトの下部大型発進口からヤマト艦内に次々と着艦していく。

 連絡艇からは協力を受諾した旧ナデシコクルーや、コウイチロウにアカツキを始め、ユリカに縁のある人々が次々とヤマトに乗艦してくる。

 

 「――本当に良く頑張ったな、古代進君……!」

 

 感激して進と握手を交わすコウイチロウに、進は促した。最後の仕事を終える事を。

 

 「――艦長の教育が良かったんです――さあ、最後の仕事を始めましょう!」

 

 

 

 ナデシコCと合体したヤマトは、安定翼を広げて波動砲の砲口を地球に向ける。コスモリバースシステムと化したヤマトの波動砲は一見依然と変わらないように見える。だが、砲口奥の装甲シャッターが解放されると、中からかつてヤマトが自沈する時に使用したボルトヘッドプライマーを彷彿とさせる装置が出て来る。

 それは発射口から飛び出すギリギリまで伸びると、先端のリング状のパーツが4つに分割されて開く。

 機関室に移っていたラピスが、祈りを込めてユリカを保護している停滞フィールドのスイッチをオフにして、幾つかのスイッチとレバーを操作。電算室のルリがラピスからの合図でコスモリバースシステムへの回路を繋げて、ユリカを含めたヤマトのシステムを改めてシステムと接続。

 接続テスト――エラーは見られない。コスモリバースシステムは正常に稼働している。

 ルリ達がプログラム面からチェックするのと並行して、工作班による目視点検も行われる。

 波動砲の収束装置とライフリングチューブに置き換わる様に設置されたシステムのインジケーターは全て正常。接続ケーブルは全て漏らさず接続された。

 

 「……コスモリーバスシステムの起動準備、全て完了しました」

 

 真田の言葉を聞いて、進は眼前に差し出された波動砲の発射装置をゆっくりと両手で握りしめる。

 

 「……ヤマトの戦士諸君。そして、艦長のために集まってくれた皆さん。コスモリバースシステムの起動準備が整った」

 

 クルー達はそれぞれに持ち場で、ユリカのためにヤマトに乗艦した人々は中央作戦室を間借りして、進の言葉を聞いていた。

 たった1度きりのチャンス。

 地球が救える可能性は極めて高いが、どの程度の回復になるかはやってみなければわからない。

 リバースシンドロームの対策もする事はしたが、実際どうなるのかはやってみなければわからない。

 そして……ユリカの未来。

 全てがこの1度きりのチャンスに掛かっている。

 

 「起動までのカウントダウンを開始する。60……59……」

 

 緊張が高まっていく。あと少し。あと少しで地球は元の美しい姿を取り戻し、人類は破滅の淵から救い出される。その先にどのような未来が待ち構えているのかは――わからない。

 ヤマト出自の世界の様に幾度も侵略者が来るかもしれないし、来ないかもしれない。ガミラスとの同盟もどこまで続くか……。

 

 苦難は多いだろうが、挑まないわけにはいかない。

 

 ――生きるために、生き残るために。

 

 「――10……9……8……」

 

 カウントが残りわずかになる。相転移エンジンと波動エンジンの出力が波動砲の時と同じ120%に達する。真のポテンシャルを封じた状態であっても、コスモリバースシステムを完全に起動出来るだけの莫大なエネルギーが生成され、今まさに解き放たれんとしている。

 

 「3……2……1……起動!」

 

 カウントゼロで、進は今やコスモリバースシステムのキーとなった波動砲の引き金を引いた。

 

 発射口から飛び出していた放射機から眩いばかりの光が溢れ出す。

 膨大なエネルギーを収束させて撃ち出す波動砲と異なり、コスモリバースシステムが放出したエネルギーはまるで霧のようにも見える青い不可思議な光が円錐状に広がっていき、やがて地球を包み込み始める。

 

 1発、2発、3発と、何時ものトランジッション波動砲と同じように計6発のエネルギーが撃ち込まれ、その度に地球が輝きに包まれ――変貌していく。

 

 

 

 

 

 

 システムが起動を開始した時、ユリカは電子の海の中に意識を映している――そんな不可思議な感覚の中にいた。

 データスーツを通してシステムと一体になったユリカは、人と機械の間を行き来している、そんな不思議な感覚の中でユリカはその命を急速に燃やし尽くす演算ユニットとの完全リンクを実行、その意識を演算ユニットと同化させ、未来も過去も現在も無い、不可思議な時間の流れに身を置いた。

 その不可思議な空間の中から、ユリカは必死に目的とする情報を――ガミラスによって環境を激変させる前の地球の姿を探す。

 並行宇宙ではない、この宇宙の過去の地球の姿を追い求めてユリカは未知なる空間を動き回る。

 

 ――見つけた。

 

 ユリカは自身が一体化したコスモリバースシステム――いや、宇宙戦艦ヤマトの記憶を頼りにその姿をついに見つけた。

 

 「ユリカ、あの地球がそうです!」

 

 「うん!」

 

 ヤマトの力強い宣言を肯定するかのように、ユリカはその地球の姿に手を伸ばす。スターシアの言葉通り、1度は地球の自然に帰ったヤマトは確かな案内人となった。

 その身に宿したこの世界の大和がそれを助け、宇宙戦艦ヤマト自身の強い使命感と地球への愛が――そしてユリカの家族に対して、友人に対して、それらを取り巻く世界に対して向けられた愛が重なり、今奇跡を起こさんと世界に働きかける。

 

 そうやってヤマトが放った波動エネルギー――いや、時空干渉波が母なる星――地球に作用していく。

 

 

 

 

 

 

 その男性は、最後の瞬間まで最愛の家族を抱えて、覚める事のない永い眠りについた。

 

 ガミラスの遊星爆弾が降り注ぐようになり、どんどん気温が低下していく中、避難が遅れて家族そろって取り残されてしまった。己の失策を悔やむも時すでに遅し。逃れようのない死を間近に控えた。

 最後の最後まで互いに抱きしめあい、「――ずっと一緒だ」と言葉を掛ける。

 

 ――軍人になってガミラスと戦う。そう言って出て行った息子に、幸在らんことを。

 

 最初に娘が逝った。

 

 我が子の死を嘆き悲しんだ妻もその後すぐに逝った。

 

 一番最後に、冷たく凍り付いた妻と子を抱えた男が逝った。

 

 

 

 ガミラスとの戦争が始まってから、あちこちで頻繁に見られた悲劇の光景。彼らの時間は2度と戻らず、取り残されていくはずだったのだ。

 

 しかし男性は、形容しようがないような暖かな何かに包まれる感覚と共に、薄っすらと目を開けた。視界には、最後の瞬間まで抱きしめていた最愛の家族の姿。腕にはその温もりがある。

 

 (……温もり?)

 

 男ははっとした。

 その両腕に抱かれた妻と娘の胸が、小さく上下している。薄く開いた口から呼気が漏れている。

 堪らずその身を揺すって声を掛ければ、僅かに呻きと共に妻と子供が目を覚ます。

 

 奇跡だ!!

 

 男性は神に感謝し、改めて冷静になって周りを見渡す。

 

 ――我が家だ。

 

 逃げ遅れて結局最後の地として選んだのは、苦労して稼いだ金で手に入れたマイホーム。

 凍り付き荒れていた面影はない。ガミラスが来る前の平穏そのものの姿。

 ――天国だろうか。

 疑いながらも男は試しに自分の頬を抓ってみる。

 ――痛い。

 3人揃って訳も分からないまま、閉め切っていた窓を開け、雨戸を開ける。

 

 瞬間、刺すような光が家族の目に飛び込んで来た。

 

 日光だ!

 

 思わず開け放った窓から外に飛び出す。

 眼前に広がる光景は、ガミラスによって凍てつく前の光景そのものだ。

 記憶にあった家屋の損壊すら修繕されていて、男性たち一家以外にも状況を飲み込めずに右往左往している住人たちの姿が見える。

 ――皆、取り残された者同士だ。

 

 そんな彼らの頭上を、小鳥が「チチチッ!」と鳴きながら飛び去って行く。

 海が好きな男の希望で、海を望める立地に建てられた我が家の庭。その先に見えるのは、青く美しい広大な海の姿。

 

 「一体、何が起きたんだ?」

 

 

 

 

 

 

 ヤマトと一体化したユリカは、その光景を外部カメラの映像を通して目の当たりにしていた。

 

 「上手くいきましたね」

 

 「うん。お疲れ様、ヤマト」

 

 「――貴方もです、ユリカ。奇跡が起きました」

 

 ユリカは右隣に立っている女性に微笑みかける。女性――とはいっても、その実像はややぼやけている。

 日本系の顔立ちで、ユリカと同じく腰まで髪を伸ばした肉付きの良い女性だという事まではわかる。だが、それ以上の認識は無い。

 当然だ。この姿はヤマトの魂を擬人化した、いわばアバターなのだ。コスモリバースシステムと化したヤマトとユリカが一体化した事で、魂の在り方がより生物に、いや人間に近づいたのだ。

 そして、人型であるが故により人間の意思を反映しやすく、ヤマトと共にある中で影響を受けていたガンダムの力添えも大きかった。

 ガンダムらのフラッシュシステムも独りでに起動し、彼女らの助けとなってくれたのだ。

 

 ――だからこそ、フラッシュシステムとのリンクがより強力になり、想定外の事態を引き起こした。

 

 ヤマトは時空干渉波のキックバックで地球の“想い”を聞いた。そこには地球が抱きかかえている多くの命の想いが、自身に搭載された物と、ガンダムに搭載されたフラッシュシステムを通してヤマトに、ユリカに――コスモリバースシステムに伝わってきた。

 その身の大半を海底に残したままのこの世界の大和。

 そして地球の土に還ったはずの沖田艦長も力を貸してくれた。

 凍てついた時間に閉じ込められてしまった多くの命達の声を、届けてくれたのだ。

 

 それを聞き、反映しようと足掻いたヤマトとユリカの気持ちが、コスモリバースシステム本来の機能を超越した成果を上げた。

 そう、氷に閉ざされ命を落とした人々の――人以外の生態系の多くが、再びその時を刻み始めたのだ。

 ――彼らの日常を支えていた家屋すらも、在りし日の姿を取り戻していった。

 

 本来の機能を遥かに上回る――奇跡が起きた瞬間である。

 

 ――そして……。

 

 「尻尾を掴みました。あの異次元生命体です」

 

 ヤマトはやや怒気の籠った声で告げる。ユリカも険しさを感じる声で応じる。

 

 「――まさか、コスモリバースの時空干渉波のおかげで接点を持てるとはね。これなら何とか、支援出来るかも」

 

 地球が実際に動いてくれるかどうかは定かではない。だがユリカは働きかけるつもりだ。

 知ってしまった以上、関わってしまった以上、決して見過ごす事は出来ない。

 

 ――例え自己満足と罵られようとも、そして支援が事態収拾と言う点から見れば決して十分にはならないとわかっていても、見過ごせない。

 

 「――さて、ユリカはそろそろ戻った方が良いですよ。皆心配しています」

 

 「――そうだね。ヤマト、ひとまずはお疲れ様。また一緒に飛びたいな……」

 

 「……地球と人類がある限り、その機会は必ず来ます。でも、今度は平和な目的で飛びたいものですね」

 

 

 

 

 

 

 コスモリバースシステムの停止を確認した後、工作班と医療科を中心にユリカをコスモリバースシステムから切り離す作業が開始された。

 カプセルを満たしていた液体金属素子を排出して、ユリカをカプセルから解放しようと作業を進める。

 

 システム発動時、全員必死になって彼女の再生を願った。その想いが届いたのかどうかは定かではないが、ヤマトが時空干渉波を発射する度に極少量の干渉波がヤマトに向かって逆流した事を確認している。

 同時にヤマトのフラッシュシステムは勿論、ガンダム――特にダブルエックスのシステムも強い反応を示していた事も確認された。

 果たしてユリカは無事再生出来たのか。

 ヤマトへの被害はどうなっているのか。

 様々な疑問が頭を過る中、10分程の時間をかけて液体金属素子の排出が終わった。

 作業員に交じってアキトとルリは勿論コウイチロウも機関室に入り込み、作業の進展を見守っていたが、いざカプセルが解放されるとなると持ち場を離れたラピス諸共に駆け寄ってハッチの開放を請う。

 

 カプセルの傍らで作業を指示していた真田とイネスが顔を見合わせて頷くと、真田は震える指で開閉スイッチを押し込む。

 

 (上手くいっていてくれ……!)

 

 パシュンッ! と空気が抜けるような音と共にスムーズにカプセルの蓋が開いていく。固唾を飲んでその動きを見守る。

 蓋が完全に開かれ、ついにユリカの姿が露になった。

 

 ――ああ、神様……!

 

 その場に居合わせた全員が1度天を仰ぎ、それから盛大に涙を流した。

 

 ――ユリカの体は、見た限りでは在りし日の姿を取り戻していた。

 密着するように作られたデータスーツ越しに見える体は、元気だった頃の肉付きを取り戻している。

 ヘルメット越しに見える顔色も良いし、頭髪も元の色艶を取り戻している。

 

 「ユリカ……ユリカ……」

 

 アキトはそっと眠ったままのユリカの肩を揺する。皆固唾を飲んで見守る中、数回揺さぶられて呻き声をあげるユリカ。

 

 「う~ん……あと5分……」

 

 「……」

 

 お約束を忘れないユリカのサービス精神にイラついたアキトとルリは、互いに顔を見合わせて頷きあった後、突っ込みの空手チョップを容赦なくぶちかましてやった。

 

 ゴスッ!×2

 

 「いったぁ~いっ!!」

 

 一気に覚醒したユリカが抗議の声を上げながら目を開けると、何だかんだで喜びで顔を埋め尽くしたアキト達の姿が見える。

 

 ――デジャブを感じるなぁ。

 

 ノロノロと起き上がろうとするが、イマイチ体に力が入らない。

 すぐに察してか、アキトが抱きかかえてくれた。――お姫様抱っこは嬉しい。至福の時間だ……。

 

 

 

 その後はもう、お祭り騒ぎだった。

 

 ナデシコCから移乗してきたかつての仲間達は勿論、ヤマトの仲間達も次から次へと機関室に押し寄せてきた。

 何度かジュンが声を張り上げても効果は殆ど無く、コウイチロウは大声でユリカの名を呼んでは男泣きし、ルリとラピスは抱き合って嬉し泣き。もうあちらこちらで鳴き声と歓声の合唱が鳴り響いて収拾がつかない。

 

 「よかったね、テンカワ」

 

 何時の間にやらすぐ近くに来ていたイズミがそうアキトに声をかけたり、

 

 「――苦労が実ったな」

 

 やっぱり人込みを掻い潜って声を掛けに来た月臣の姿もあったりした。

 そして接近こそ叶わなかったようだが、アキトの視界に入ったアカツキが満面の笑みで親指を立てて祝福してくれた。

 ――人の輪が生み出す暖かさをこれ以上無く実感した瞬間だった。

 

 

 

 だが、その人混みの中に進の姿は無かった。

 

 「――古代君なら、第一艦橋で待っています。任された仕事をきちんとやりきるって……」

 

 雪がそう教えてくれた。

 

 クルーにひとしきり揉みくちゃにされた後、ユリカはアキトに抱えられたまま第一艦橋を訪れた。

 第一艦橋で、進は独りユリカが戻ってくるのを待っていた。大介すらも駆け付けたというのに、しっかりと自分の役割を果たして。

 

 「……お帰りをお待ちしていました、艦長……」

 

 感激で目頭を熱くしながら、敬礼して迎える進。

 

 「うん……ありがとう進。ご苦労様」

 

 ようやく動くようになった右手を差し出して握手を交わす。

 

 「――最後の仕事は、お任せします」

 

 言うなり進は自身のコートと帽子を脱いでユリカに渡す。

 

 「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 ユリカはアキトに艦長席に座らせてもらって、コートと帽子を身に着ける。

 それからさほど間を置かず、艦橋要員が自分の席に戻ってきた。

 今は予備操縦席を間借りしているタラン将軍も駆け付け、「ご快方、おめでとうございます」と敬礼を捧げてくれたので、ユリカも答礼と合わせて「ありがとうございます!」と元気よく答える。

 

 「艦長! ナデシコCが!」

 

 艦内管理席で自己診断モニターを確認していた真田が突然叫んだ。

 マスターパネルに表示する事を指示すると、ヤマトの後方カメラがナデシコCの姿を捕らえていた。

 

 ――ナデシコCは急速に赤錆に覆われて、朽ち果てていく。

 

 作業員が乗っていた第二船体だけが緊急離脱したが、それ以外の艦体はあっという間に真っ赤に染まり、ボロボロと崩れ落ちていった。

 

 ――ナデシコが、私の身代わりになってくれたようです……――

 

 ヤマトの寂しげな声が聞こえる。

 

 ナデシコCは、最後の最後でヤマトに全てを託して宇宙の藻屑と消えていく。

 本来ヤマトを蝕むはずだった、リバースシンドロームによる崩壊を肩代わりして――。

 

 ユリカは、自分の原点というべきナデシコの名を継いだ艦の最期を、モニター越しながら見届けた。

 かつて艦長として指揮を執ったルリは勿論、乗組員として共に戦ったハリも、進も、大介も、その最後の瞬間を見届ける。

 

 ――言葉は要らない。後は全部引き受けた。安心して眠ってほしい。

 

 静かな別れを告げた後、ユリカは眼前を見据えて最後の命令を下した。

 

 「ヤマト、発進! 目標は地球よ!!」

 

 

 

 補助ノズルから噴射が始まり、僅かに遅れてメインノズルから煌々とタキオン粒子の噴流が迸る。

 ナデシコCの残骸に別れを告げ、分離した第二船体とガミラスの護衛艦隊を引き連れながら、ヤマトは宇宙を進んでいく。

 

 

 

 その眼前には、青く美しい姿を取り戻した、母なる地球の姿があった――

 

 

 

 

 

 

 こうして、人類は滅亡と言われる日まで117日を残し、救われたのであった。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 完




ご愛読、ありがとうございました。

あとがきは活動報告にて。


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