片翼堕天使魔法少女マジカルミウナの受難 (ヤシロさん)
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プロローグ

つい書いてしまった。後悔はしてない。


 こんなはずじゃなかった。

 そう心の中で呟くのは、いったい何度目だろう。

 

 私、衛宮・E・ミウナは転生者だ。

 今になって思い返しても、前世はごく普通の女子高生であり、強いて言うなら兄の影響でオタク道へ足を踏み入れる事になったくらい。

 成績も運動神経も容姿も、どれをとっても平凡という言葉から逸脱しない、どこにでもいそうな女の子で、そんな私が不幸にも交通事故で死んでしまい、気が付けば堕天使という種族に生まれ変わっていた。

 

 何でそうなったのかは分からない。

 神様に会った記憶もないし、死なせたお詫びに特典あげるなんてテンプレ系転生者になったわけでもない。むしろ、私の方が神話に出てきそうな種族になってるし!

 

 ましてや、転生した先があのおっぱい小説こと『ハイスクールD×D』の世界だなんて!

 もうワケがわからないよ!

 

 きっかけは何年も前の事。泥酔した保護者兼同居人であるお姉ちゃんを介抱していた時の事だった。

 酔ったお姉ちゃんに無理矢理聞かされた愚痴の中に『アザゼル』だの『神器』だの、妙に聞き覚えのある言葉が出て来て、なんとなく気になって話を聞いたら発覚した驚愕の事実。

 

 それが分かった時の衝撃は、ちょっとの間正気を失う程だった。

 

 うえぇぇっ、なんでぇえええええ―――――ッ!!?

 

 そんな風にベッドの上でごろごろどたんばたんっと転げ回って、枕を涙で濡らしていた。

 しかし、それも仕方のない事なのだ。

 『ハイスクールD×D』は前世であったライトノベルの一つ。

 オタクだった兄は『オパーイオパーイ』と乳龍の歌を口ずさむくらいお気に入りだったし、そんな兄を隣で冷ややかな目で見つつも読むくらい、私もあの小説は結構好きだった。

 話は面白かったし、弱小主人公が強敵に勝つ展開は胸が熱くなったし、エロ要素は女の子としてはどうかと思ったけど、どちらかというとギャグっぽくてそれほど抵抗も無かった。

 

 だから、それなりに好きだったんだ・・・・・・二次元のままでいてくれたら。

 

 いくらなんでもそれが現実となれば話は別だ。

 だって、『ハイスクールD×D』とは石を投げればチートに当たり、行く先々は死亡フラグ満載な話なんだもの。

 

 そんな世界に放り込まれても、私何も出来ないよ?

 私Tueeeeeeee!とか私Sugeeeeeeeee!!なんて出来ないよ?

 むしろ速攻で潰されて、肉片残らず人生終了のお知らせだよ!?

 

 泣いた。割と本気で。

 ちょうどその時は自分がどれだけ非力な存在かをしっかりと確認した直後だっただけに、その過酷な真実の持つ割合ダメージはちょっと洒落にならないくらい大きかった。

 具体的にはここ数年近く、家に引きこもっていたくらいに。

 

 だが、まあ、いくら何でもそれくらい時間が経てば私の中である程度折り合いと、対処法なんてものは容易に出来た。

 すごく簡単な事。

 つまり、原作が怖いなら関わらなければいいじゃない作戦だ。

 

 物語通りに行けば、主人公の周りにいると確実に危険な目に遭う。なら、逆説的に主人公に関わらなければ、危険な物語に巻き込まれることもない。

 幸いにも、自分と主人公の共通点なんて日本で育ったというだけで、幼い頃に実は出会っていたなんて秘話もないのだから、近づきさえしなければ問題も起きない。

 

 原作で起きる悲劇を止めないのはひどい?

 せっかくの非日常、普通では味わえない日々を過ごさないのは勿体ない?

 

 少なくとも、私は違うと思っている。

 

 主人公達と過ごす日々は確かに楽しいかもしれない。愉快な仲間達と共に友情を育み、苦境を乗り越え、刺激的な毎日を過ごす。

 言葉にしただけで、それはさぞ楽しそうに見える。

 

 だけど、その裏では常に死の危険が付きまとっているのだ。

 

 この世界は、平和だった前世の世界とは違うのだ。

 ここは『ハイスクールD×D』という世界的強さの基準がゲシュタルト崩壊を起こしている世界で、チートな連中がごろごろといて、そんな奴らでさえあっという間に死んでいくような世界だ。

 あの主人公達が生き残れたのは、彼らもまたそんなチートな力の持ち主で、この世界にとって特別な存在だったから。

 

 そんな主人公達と比べて、私は自分の持つ力なんて微々たるものだって事を知っている。

 堕天使が持つ光を操る能力は扱えるし、日々鍛えてもいるが、それでもほんの十年ちょっとしか生きてない“出来損ない”の小鴉如きが、神話を生き抜いて来た伝説の存在達の足先にでさえ届く道理はない。

 そして、そんな弱者が『知ってるから』なんてだけで数々の悲劇を食い止められるほど、この世界は甘くない。

 

 なにより、自分は死ぬことが怖いと人一倍感じてしまう。“また”死んでしまうことが、とても怖い。

 それこそが原作に関わりたくないと思う、一番の理由。

 

 自分という存在が徐々に消えていくあの薄ら寒い感覚も、大好きな家族や友人達に会えなくなるという悲しみと孤独も、もう二度と味わいたくはない。

 痛いのも怖いのも、絶対にいや。

 

 だから、私がこの結論に至るのは当然の帰結だった。

 原作は主人公達に頑張ってもらって、自分は平和に関係の無い所で悠々自適に過ごそうって。

 

 

 だからこそ、思うのよ。どうしてこうなったって。

 

 

 

「な、なんじゃぁこりゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 そんな某刑事の熱き魂の叫びを連想させるような驚愕と困惑に彩られた絶叫に、私は回想という名の現実逃避から目が覚めた。

 ああ、夢じゃないんだ。なんて思いながら諦めきれずに頬を引張っても、やっぱり痛い。でも現実を直視したくない。

 

 だって、涙が出ちゃう。 目の前にいるのが何を隠そう主人公様なのだから。

 

 それは私がこの世で最も出会いたくない人ランキングナンバーワンだった主人公の兵藤一誠その人で、自分の眼が腐ってなければ、彼の右手に真っ赤な籠手らしきものがあるように見えるのだから。

 

「いやー、大変な事になっちゃいましたねー」

 

 なんて、愉快そうな呑気な声が隣から聞こえてくる。

 声の主は、この状況を作り出してくれやがった元凶なのだが、何故か不思議と殺意も苛立ちも湧いてこない。

 

「見て下さいよー、ミウナさん。神滅具ですよ、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』ですよ! わたし初めて見ました!!」

「・・・・・・お願い、ルビー。私ちょっといろいろと限界だから、黙ってて」

 

 隣でぷかぷか浮きながらはしゃぐ相棒を黙らせ、心の中で声を大にして叫ぶ。

 

(こ、こんなはずじゃ、なかったのにぃぃぃぃぃぃ!!?)

 

 今頃私はあの平和な家でのんびり過ごしてたはずなのに・・・・・・。

 傍迷惑で胡散臭い相棒に頭を悩ませる日々なんて過ごさなくてよかったのに・・・・・・。

 主人公と会う機会なんて、一生訪れるはずなかったのに・・・・・・。

 

 何が起こったか、簡潔に言おう。

 

 原作前の主人公をトラブルに巻き込んでしまい、うっかり覚醒させてしまった。てへっ!

 

 ・・・・・・もう、お家に帰りたい。

 

 



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第一話  始まりは最悪から

この作品のオリ主はだいたい涙目になってますがご了承ください。


「秋葉原、かぁ・・・・・・」

 

 そんな感慨深い声が漏れたのは、いくつもの電車を乗り継ぎ、人の波に揉まれて、ようやく着いた駅のホームから一歩踏み出した時だった。

 

 この世界に転生してから十と幾年。

 初めて、そして久しぶりに訪れた我らが聖地。

 

 背の高いビルがいくつも立ち並び、道路には信号待ちの車が渋滞を作っている。

 一見ごく普通の都会の景色だが、その中に溶け込むようにアニメのポスターや看板があっちこっちにちらほらと見えて混じり、それがある種の独特な風景を生み出していた。

 

 そんな秋葉の街に、胸が高鳴る。

 

 ・・・・・・変わらないなぁ。

 

 既に大部分が擦れて不透明になってしまった思い出の中で、しかし、記憶との差異はあれど決して色褪せない特異な街の姿に、様々な想いが胸の内に溢れる。

 

「秋葉原、だぁ・・・・・・!」

 

 喜びや懐かしさ。感動や切なさといった様々な想いを、止めることなく爆発させ――、

 

「私は、帰ってき――ぐあっ!?」

 

 ――ようとして、突如背中を押され、危うく転びそうになった。

 さっきまで体を満たしていた高揚感が一気に吹き飛ぶ。色々と台無しにされて、ちょっと腹も立った。

 

 誰よ、危ないじゃない!

 

 そう文句を言うために振り返るが、犯人らしき人物の姿はない。

 代わりに、けっこうな人数の人達と目が合った。

 

 冷や汗が出る。

 

「(・・・・・・うわー)」

 

 ・・・・・・いや、うん。よくよく考えればここって昼間とはいえ都会の駅の出入り口だし。多くの人間が出入りするそこで立ち止まっていれば、普通に邪魔だよね。

 こんな時どうすればいいんだっけ? 

 そんな事を考えている内に、どんどん注目が集まってくる。

 

「(・・・・・・うわー、うわー!)」

 

 自分でも、情けないくらいにビビる。

 でも、しょうがないよ。いきなり大人の人から注目を浴びるとか、すごく怖い。

 高校受験でやった面接の時のことを思い出すよ。個人面接だったせいで、無表情の試験官達から質問攻めされたのは今でもトラウマです。

 ついでにヒキコモリ生活をし過ぎたせいで、余計に苦手意識がついてしまって。

 

 さっさと動けば良いだけなのに、それすら思いつかずに生きたかかしになりかけた。

 そんな時だった。

 

『・・・・・・ん、んぅ? ミウナさんが困ってる気配がしますねー。何かありましたか?』

「ちょっ・・・・・・!?」

 

 そんな声が聞こえたと思ったら、肩に掛けて持っていたバッグががさごそと動き出した!

 い、今はまずいよっ! 

 慌ててバッグを両手で抱き寄せ、中の“アレ”を思いっきり抱きしめる。『むぎゅっ!?』と何か押し潰したような声が聞こえたけど、気にしない。

 

 そんなことよりも、周りの反応だ。

 半径一メートルくらいだろうか。つい今しがた起こった事象を見てた人達が不審そうにこちらを、正確には私とバッグを交互に見ているのを感じる。

 きっと、今のやりとりを見られたのかもしれない。

 

 こ、こういう時は・・・・・・、

 

「あ、あはは・・・・・・て、撤退!」

 

 とりあえず、逃げるに限る。

 脇目も振らず、とにかく前へ、前へ、たまに角を曲がって。

 

 そんな感じで、私にとって今世の記念すべき初秋葉原は、逃げることから始まったのだった。

 

 

―○●○―

 

 

 たくさん走って、逃げて、辿り着いたのはどこかの鉄橋の下。

 周りに人がいないことを確認して、抱いたままだったバッグを地面に下ろすと、そのタイミングを見計らったようにチャックが勝手に開き、中から先ほどの声の主が飛び出してきた。

 

「んもぉー、いきなり何するんですか、ミウナさん。危うく窒息死するところでしたよ!」

 

 出てくるなり、いきなり文句を言ってきたのは、私の相棒。名前はルビー。

 その姿は五芒星を鳥の羽の生えたリングが飾った、プラスチックのおもちゃのような外見だ。

 今も私の目の前をぷかぷかと浮いて怒っている様子は、彼女に明確な意思があることを証明している。

 そんなルビーに、つい私も不満をぶつけた。

 

「いきなりって、それはこっちの台詞だよ! 人前で喋ったり動いたり姿見せないでってお願いしたよね!?」

「されましたとも! ですけど、普段から見知らぬ人と喋るのが苦手なミウナさんが、大勢の人から注目を浴びてテンパってる気配を感じたからこそ、このわたしが助けに入ろうとしたんじゃないですかー。なのに、あの仕打ちっ! 酷いですよ!」

「てっ、テンパってなんかないしっ! 一人でも大丈夫だったしっ!」

「いえ、これまでのパターンですと、あのままだとミウナさんは取り返しのつかないミスをやらかしてたと思いますけど?」

 

 し、失礼! すごく失礼だよ、こいつ!?

 確かに今まで失敗して逃げるってことがあったけど、そう何度も繰り返さないよ!

 それにどう考えても、あそこでルビーが出てきた方が余計にややこしいことになってたはずだよ。経験上から言って!

 

「と、とにかくルビーは人前には出ちゃダメ。もし騒ぎになったり、噂になって他の奴らに嗅ぎ付けらえたりしたら、大変なことになるってことくらいルビーだって知ってるでしょ?」

「それは重々承知ですけど・・・・・・」

 

 今のところハイスクールD×Dの設定にある三大勢力の三つ巴は、変わりなく健在している。

 原作介入を早々に辞退した私には、今が原作で言うどの時期かを確認する事が出来ないけど、和平の噂もなく三つ巴がそのままなのだから、まだ四巻前なのは確実だろう。

 

 つまり、三大勢力の悪魔に天使。この二種族は当然ながら今も私の敵。

 もしどちらかと道端でばったり出会っただけで、即殺し合いが始まりかねない。

 ついでに味方であるはずの同族の堕天使にだって、顔を合わせて和気藹々としていても、気を許した瞬間に後ろから刺されかねないのが現状だ。

 

 主人公たちにはとても頑張って欲しいって思うよ。

 こんな殺伐とした世界じゃ、目立つ杭は打たれるどころかうっかり圧し折られかねないので、私のような下級堕天使は細々とこっそり隠れて生きていくからさ。

 

 そのことを更に念を押そうとした所で、何故かルビーにため息を吐かれた。

 どこか呆れたような、そして楽観的な口調でルビーは言う。

 

「あのですねー、ミウナさん? もうミウナさんは昔のミウナさんとは違うんですよ。なんせ・・・・・・」

 

 一呼吸して、

 

「このわたし、愛と正義のマジカルステッキ、マジカルルビーちゃんがミウナさんにはついています! そしてミウナさんは今や立派な魔法少女! どんな敵が来ても片手間で楽勝に倒せちゃいますよ!」

「やめて! 魔法少女とか、嫌なこと思い出させないでっ!」

 

 耳を塞ぐ。

 あの純粋で人を疑うことを知らなかった自分が、今はとても憎い。

 でもでも、あの時は私も情緒不安定になってたんだから仕方なかったんだよー!

 

「何をおっしゃいますか! 魔法少女は全国少女の夢! そんな夢見る乙女たちの中から魔法少女に選ばれたミウナさんにはこれから(わたし的に面白おかしく)力を合わせて活躍していく日々が待ってるんですよ!」

「待ってないよ! それに魔法少女を夢見た覚えも無いよ!!?」

「またまたー、そんなこと言って知ってるんですよ。ミウナさんの部屋のベッドの下に隠された、あの『私が考えたカッコイイ必殺技ノート』のことを!」

「なっ!? な、ななななんでそれを―――っ!?」

 

 聞き捨てなら無い発言に、私は思いっきり取り乱した。

 お、おかしいよ。あのノートは厳重に封印処理して隠しておいたはずなのに!? 絶対見つからないようにカバーまで変えて隠蔽したのに!!

 いや、でもだって、やるよね? 他のみんなだってちょっと特別な力とか手に入れたら絶対必殺技とか練習しちゃうよね!?

 っていうか、私とルビーが出会ったのって、私があの家を出てからのはずだよね。なんでノートの存在を知ってるの!?

 

「あ、情報提供者はわたしの創造主さまです」

「お、お姉ちゃぁぁぁああああああああああんっっ!!??」

 

 な、なんてことなの! 身内に密告者がいたなんて!?

 しかもルビーが知ってるってことは、ほぼ確実にもう私の知り合い全員にノートを見られたと考えた方がいいということで。

 もともと帰る気なんてなかったけど、余計に近づきたくなくなっちゃったじゃない! というか、本当に余計なことしてくれたなあの人はぁぁぁぁっ!?

 

 ああっ、だめだ。考えただけで頭が痛くなってきた。

 とりあえずこの話はやめよう。私の心の平穏のために。

 

「と、とにかく! なるべく面倒事はなしの方向で! 戦うとか、そういうのは特にだよ!!」

「ええー、どうしてそんなに嫌がるんですか?」

 

 どうしてって、そんなの決まってる。

 

「だ、だって、怖いし、痛いのやだし・・・・・・」

「・・・・・・」

「そ、それに・・・・・・死んじゃうかもしれなんだよ?」

 

 前世で死んだ時の、あの時の感覚は今でも思い出せる。

 時々悪夢で見るのだから、よほど私にとってあれは怖い体験だったのだろう。

 二度も同じ事になるなんて、絶対にやだ。 

 

「ですが―――」

「い、い、か、ら! もうこの話はお終いっ! し、仕事のこともあるし、ルビーとの契約もあるから百歩譲って魔法少女はやってあげるけど、私は基本平和主義でいくんだからね!!」

 

 争いとかない。絶対ない。

 せっかく第二の人生で、待ち望んだ秋葉原まで来たんだもの。 

 

 そこまで考えて、ようやく我に返った。

 そう、こんな所で言い争っている場合じゃなかった。

 

 秋葉原よ。聖地アキバなのよ!

 とら○あなに行きたい! アニメ○トでラノベに漫画を立ち読みして、メロンブッ○スで新刊チェックして、ついでにグッズやフィギュアを鑑賞した後は可愛いメイドさんたちに囲まれて萌えた後に、締めの乙女ロードを心行くまで練り歩きたい!!

 やだ、たいへん。予定でいっぱいだわ! 私、忙しい!

 

 少し考えるだけで、今まで溜めていた欲求が溢れ出てきた。

 現金なことかもしれないが、途端に嫌な気分がワクワクとドキドキへと変わっていく。 

 

「ほら、行くよルビー。髪に隠れてていいから、他の人に見つからないようにしてよね」

「やれやれ、仕方ない人ですねー」

 

 そんな事をぼやきながら、ルビーが私の髪の中に潜むのを確認して鉄橋の下から出た。

 

 

 

―○●○―

 

 

 何故アキバに来たかというと、実はこれといった理由は無い。

 強いて言うなら、やることがなかったからだ。

 もっと言うなら、アニメ成分を補給したかったからだ。

 

 アニメ。

 正式にはアニメーションと呼ばれるメディア文化が日本にはある。

 

 深夜放送のマニア向けのものから、国民的なんて表現されるような有名になったものまで。

 架空という存在でありながら、数々の物語を世に生み出し、多くの人に感動と夢と萌えを与え続けてきたアニメが及ぼす影響は計り知れない。

 

 たった一つのアニメのグッズを集めるために大金を注ぎ込む人がいたり、アニメの展開次第で見知らぬ他人とネット上で討論となって炎上したり、世の中の社会現象にまでなったり。

 

 近年では海外でも日本のアニメが大人気なんて報道があったくらいだ。

 その勢いで、少し前まで犯罪者予備軍なんて蔑視されていたオタクが一般化してくるなど、徐々にアニメが世界に、私たちの生活に染み渡ってきている。

 

 そう考えると、アニメとは偉大なのではないだろうか。

 

 見ているだけで、心が癒されていく。

 熱い展開に一喜一憂して、感情を大きく揺り動かされる。

 非日常に憧れを抱いて、いつしか夢を見るようになる。

 

 一冊の漫画から仲間の大切さを学んだ人もいると思う。

 読んだ小説から人の心の繊細さを知った人もいるかもしれない。

 

 もちろん、良い影響とばかりではないだろう。

 行き過ぎた憧憬が、いつしか空想との区別がつかなくなっておかしな言動を取る人だっているし、熱し過ぎた情熱が悪行に走らせることだってある。

 

 だけど、それを含めてアニメなのだ。

 

 良い事も悪い事も、全てアニメが教えてくれる。

 

 そう! アニメとは世界すら塗り替える、人の生み出した奇跡なのだ!!

 

                             by.お兄ちゃん(いつの日かの妄言より抜粋)

 

 

「・・・・・・でも、世界は超えられなかったんだよね」

「はい? 何か言いましたか、ミウナさん?」

「ううん、なんでもない」

 

 立ち寄ったアニメショップで漫画を立ち読みしていたら、ふとそんな懐かしい戯言を思い出してしまった。

 不思議そうにこちらを見てくるルビーの視線をかわして、再び手元の漫画に目を落とす。

 

 漫画のタイトルには「ドラグ・ソボール」と表記されている。

 店先に見覚えのある漫画が並べられたのを見て、好奇心で手に取ったみたけど、今は少し後悔し始めていた。

 

 日は高く、もうすぐお昼の時間帯。

 鉄橋から出て大通りに戻った私は、さっそく即席で立てた予定を消化しようと息巻いていたのだが、実はまだ半分も達成できていなかったりする。

 

 その原因の一つが、街の変化だ。

 より正確に言うなら、前世で培った私のアキバの知識や景色と今世のアキバとの違いだろうか。

 町並みはほぼ同じでそれほど差異はないけど、よく見ると細部で違っている。

 

 例えば、前世で表通りにあったはずのアニメショップが消えていたり。

 例えば、街角にあった映画館が、大型電気店に変わっていたり。

 

 考えてみれば当然なのだが、ここは前のいた世界とは違うのだ。

 歩き始めて気づいたそのギャップに、実はかなり戸惑った。そして実感もさせられた。

 

 ここは、私のいた世界じゃない。本当に別の世界なんだって。

 

 そして、もう一つ。

 それが私が持っている漫画本だった。

 

「・・・・・・はぁ」

「あれ、もう読み終わっちゃうんですか?」

 

 ため息をついて漫画本を閉じると、髪の中に潜むルビーが声を掛けてきた。

 咄嗟に周囲に視線を走らせるが、近くに人の姿は無い。

 周りに人が少なくなるタイミングを見計らっていたのか。一応、私との『人目につかないようにする』という約束を守ってくれているようだ。

 ただ、店先とだけあってすぐ後ろは歩道に面しているから、あまり身を乗り出さないでほしい。

 

「う~ん、なんというか・・・・・・ちょっと思ってたのと違ってて、がっくしみたいな?」

「そうですか? わたしはけっこう面白いと思いますけど」

「面白くないってことはないんだけど・・・・・・」

 

 そう、面白くないわけじゃない。

 問題があるとすれば、たぶん私の方だ。

 

 手に持った漫画本の表紙には、オレンジ色の武道着を来たマッチョな青年が、やんちゃそうな笑みを浮かべながら、こちらに向かってピースしている。

 とても、見覚えがある。

 

(・・・・・・これってどう見ても、アレが元だよね)

 

 タイトル、絵柄、物語、キャラクター。

 どれをとっても、ちらほらと前世のあのアニメと酷似してしまう。

 

 いや、きっとこの世界ではこっちの「ドラグ・ソボール」の方が主流なんだろうけど、別の方というか、元ネタを知っているから、どうしてもパチモン臭く見えてしまうのだ。

 そのせいで、素直に楽しんで読めない。

 もっとも、中には某恋愛漫画のヒロインがサブヒロインだった少女に変わり、IFルートのような展開になって面白いものもあったけど。

 

 正直、これは予想外だった。

 続きとか気になってた漫画や小説がけっこうあったんだけど、これはもう諦めた方がいいのかもしれない。

 ハガ○ンの最終回とかすごく気になってたのになぁ。なんでお兄ちゃんがお姉ちゃんになって、弟君が鎧からドラゴンになっちゃたんだろう。

 なんで某忍者漫画の主人公は髪型をロン毛に変えちゃったんだろう。

 なんで死神代行は主人公やめて脇役に転職しちゃったんだろう。そして、新主人公君、君ほんと誰?

 

 もう、何これ!

 こう中途半端に変わられると、ネタなのか別漫画として見ればいいのかわからないよ。

 世界は超えられなかったけど、でも足の先はちょっと入ったよ! 的なアピールいらないから! 頑張った結果が残念なことになっちゃってるから!?

 

 ・・・・・・はぁ、なんだか今日はついてないな。朝から騒ぎ起こしちゃうし、行きつけのお店もなくなってたし、欲しかった漫画本もラノベも売ってないみたいだし。

 

「・・・・・・下調べって、大事だね」

「漫画本一つで悟りを開いたかのような顔をするのはいかがなものかと。それに、下調べですか? それならネットで調べれば充分な量の情報が手に入ったと思うのですが」

 

 ネット? ・・・・・・ああ、インターネットのことね?

 一瞬ルビーが何言ってるのか分からなかったわ。

 

「そっか。ルビーは知らなかったっけ。私の家はね・・・・・・、ネットに繋がってないんだよ」

「え? ええっ!? このネット社会と言われたご時世なのにですか!?」

「ついでに電波もないから、テレビは映らないし、ケータイも常に圏外だったけ。あ、でも固定電話ならあったよ、黒いやつ」

「どこの密林に住んでたんですか!? ついでにミウナさんのご実家の文化が昭和時代に遡ってますよ!!」

 

 密林か。あれはどっちかっていうと樹海なんだけど、同じようなものだよね。

 というか、ルビーが珍しく驚いてばかりなんだけど、やっぱり私の生活環境ってそのくらい低かったのかな。うん、山菜が主食扱いされてた時点で知ったけど。

 

「まさか、ミウナさんがここまで情報弱者だったとは・・・・・・オタクっ娘とは思えない有様ですねー」

「うぅ、言葉もでない・・・・・・」

「というか、ネットもテレビも繋がらなければアニメを見る事も出来ないじゃないですか。そこら辺はどうしてたんでしす?」

「それはほら、自作しょうせゲフンッゲフンッ! か、家事とかいろいろとやることがたくさんあったからね! それにアニメなら脳内再生できるし!」

 

 あ、危なかった。

 つい一月前まで住んでいた実家のことを思い出して、懐かしむついでに余計なことまで言ってしまうところだった。

 でも、嘘ついてないよ。家主のお姉ちゃんは研究一筋だったから自炊すらできなくて、必然と私が家事全般を担当していたんだよね。

 他にも食料調達のために山に出かけたりとか。おかげでサバイバルスキルと家事スキルはそれなりに高くなったと思う。

 ・・・・・・そういえば、今お姉ちゃんどうしてるかな。

 別れてから、もう一ヶ月。研究に没頭し過ぎて、餓死してないといいんだけど。

 

 と、思考が深みにはまりつつあった私だったが、

 

「脳内ですか・・・・・・? あっ。もしかして、ミウナさんの前世の話ですか? わたし気になります!」

 

 ルビーの興奮した声に、現実に引き戻された。

 同時に、己の失敗を悟る。「あ、しまった」と思った時にはもう遅かった。

 

「い、今のなし!」

「ええー、いいじゃないですか、前世の話くらい。わたし気になります!」

「よくないよ! っていうか、それ別のキャラの口癖だし!」

 

 ルビーに私が転生者だってことを話したのは、やっぱり間違いだったかな。

 これから長い付き合いになりそうだし、あんまり隠し事は良くないと思って、誰にも言わない約束で教えたんだけど、何でかルビーは私の前世にすごい興味を持ちゃったんだよね。

 でも、私としてはあんまり話したくない。

 昔の私ってこんなんだったよって自慢できるようなことなんてないし、何よりあんまり話すと前の両親とか親しかった友人とか、楽しかった思い出も悲しかった思い出も色々思い出して、なんかどうしようもなく堪らなくなるのだ。

 

 それがどうしようもなく嫌。理由は自分でもよく分からないけど。

 

「むぅ。ミウナさんは頑固ですねー。わたしにくらい、その薄い胸の内側にある想いを我慢せずに打ち明けてもいいんですよ? パートナーじゃないですか」

「余分な一言無ければ良い台詞だと思ったのに・・・・・・!」

「貧乳はステータスです!」

「貧乳言わないでよ! そ、それに私のは平均より少し下くらいで、将来に期待なんだから!」

 

 私の年齢で考えれば、今はたぶん中学一、二年くらい。

 確かに他の娘と比べると少しすこーしだけ小さいかもしれないけど、まだまだ成長期の真っ只中だ。それにほら、私堕天使だからね。種族的に考えればエロい種族だし、大人になったら他のみんなのようにボンッキュッボンッになってもおかしくない!

 だから希望はあるはずなんだよ(震え声)。

 

「おっと、話が逸れてしまいました。今はミウナさんの昔話です」

「いや、今も後もないから」

 

 まったく。いったい何がここまでルビーを惹きつけるのやら。

 迷惑とまでは思わないけど、その興味を別の方向に持っていってほしい。余計にややこしい事態になるかもしれないけど。

 とにかく、ルビーの意識を別の所に持っていくしかない。どうしようかと考えた所で―――、

 

 クイクイ、と服の端を引っ張られた。

 視線を向けると、小さな手が私の服を掴んでいる。そのまま顔を上げると――、

 

「・・・・・・おねえちゃん、それ何?」

 

 まだ小学校低学年くらいの幼い女の子がいた。その視線は、私とルビーを行ったり来たりしている。

 

「「あっ」」

 

 しまったああああああっ!!?

 

 ついルビーとの会話に夢中になってしまい、周囲への警戒を疎かにしてた。

 ルビーも興奮し過ぎて、いつの間にか隠れていた髪の中から出てしまい、今は私の目の前を浮遊している。ぶっちゃけ、丸み見えにもほどがある。

 

「こっ、これは何でもないよ!?」

「むぎゅっ!?」

 

 慌てて目の前のルビーをキャッチ。そのまま足元に置いていたバッグの中に押し込めんだ。

 中の衣類やら財布などを押し退けて、なるべく深く押しやろうとする。しかし、さすがにきつかったのかルビーから抗議の声が上がった。

 

「(ちょっ、み、ミウナさん強引過ぎます! で、出来ればもっと優しくぅー)」

「(ごめん、緊急事態だから我慢して! あと私が良いって言うまで出てきちゃダメだからね!)」

「(そんなー! せっかくの幼女との触れ合うチャンスが!?)」

「(お願いだから黙っててね!?)」

 

 どうにか大人しくさせたが、女の子にばっちり見られてしまった事には変わりない。

 恐る恐る様子を覗うと、その愛らしい大きな瞳を丸くして不思議そうに私のことを見ていた。

 

 ・・・・・・こ、これは何と言い訳したものか。

 どこから見られていたのか分からないが、少なくとも喋ったり飛んでた所は見られたはずだ。って、もうその時点でアウトなんだけど!

 

「・・・・・・ねえ、おねえちゃん」

「え、えっと、今のはね、その・・・・・・!!」

 

 ダメだ。咄嗟に上手い言い訳が思いつかない。

 ここで騒がれたら今すぐこの場を離れなくちゃいけなくなる! それはやだ! せっかく念願の秋葉原まで来たのに! まだ予定の半分も達成できてなのに!!?

 そんな死刑が確定した被告人のような気分で、女の子の判決を待っていると――、

 

「今のおもちゃ、かわいい!」

 

 女の子の無邪気な声に、私は目を点にした。

 

「・・・・・・・・・・・・へ?」

「そのおもちゃどこに売ってたの? わたしもほしい!」

 

 お、おもちゃ?

 あっ、もしかしてルビーのこと?

 

 考えてみれば、ルビーの外見はプラスチックで出来たおもちゃのような姿だ。

 もともとルビーの本来の姿は魔法のステッキだったし、子供から見れば生き物よりもおもちゃに見えるのかもしれない。

 この子もきっとそう見えたんだろう。なんだか、どっと疲れた気分だ。

 

「よ、よかったぁ・・・・・・」

「どうしたの?」

「う、ううん、なんでもない。大丈夫だよ」

「?」

 

 周囲を確認してみたが、どうやら見られたのはこの女の子一人らしい。

 これなら心配する必要はなさそうだ。

 でも、問題があるとするなら――、

 

「おねえちゃん、わたしもそれほしい!」

「え、えーと・・・・・・」

 

 ど、どう答えたものか。

 そもそもルビーは売り物じゃないから、どこを探しても同じ物なんてあるわけが無い。

 かといってこんな小さな子に嘘をつくのもアレだし。かといって下手したら、見つかるまで探しかねない。

 

 どうしようと悩んで視線をさ迷わせていると、アニメショップの隣にある雑貨屋。そこからたった今買い物を終えた様子の女性が出てくるのが見えた。

 視線が合う。

 私に、そして今も私の服を掴んで話さない女の子へと。

 最初はきょとんとした顔から、女の子を見て驚きへと変わる女性の変化に、私はこの女性と女の子が近しい関係なのではと確信した。

 なんとなく女の子に似てる気がするから、もしかしたらこの子の母親なのかな? という私の考えは当たっていた様で、女性はこちらに向かってくるなり、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「こ、こら、留美ちゃん。お姉ちゃんが困ってるでしょ」

「あ、ママ!」

「ごめんなさい、うちの子が迷惑をかけてしまって」

「い、いえ、全然大丈夫です」

 

 年上の女性に話しかけられ、つい恐縮してしまう。

 でも、これで助かったかも。

 今や女の子、留美ちゃんの興味は私から自分の母親へと移ったようで、怒られてることに気づいてないのか、嬉しそうに母親を出迎えてる。

 一時はどうなるかと思ったけど、これからは気をつけないと。

 

 そう安心と反省をする私の横では、留美ちゃんが母親にさっそくおねだりを始めていた。

 

「あのね、おねえちゃんの持ってたおもちゃがほしいの!」

「え? おもちゃ?」

「うん。丸くてお星さまがついててね、それで――、」

 

 留美ちゃんのいきなりの要求に、母親は目を丸くする。

 そんな母親の様子などお構いもせず、留美ちゃんはルビーの姿を言葉と共に手振り身振りで伝えようと頑張っていた。

 見ている分には微笑ましいが、内容を聞いているとハラハラさせられる。

 

 特に「浮いてた」や「お喋りしてた」という言葉が出る度に、ドキリとさせられ思わず逃げたい衝動に駆られるが、ここは我慢だ。

 いきなり逃げ出すなんて、あまり目立つような不審な行動は取りたくない。

 幸いにも留美ちゃんの言葉から全体像が浮かばないのか、留美ちゃんママは始終頭に?マークを浮かべている。

 このまま諦めてくれないかなと密かに願いつつ、二人の様子を見守っていたが、先に観念したのは留美ちゃんママのようだった。

 ものすごく申し訳なさそうな顔でこちらを見てきた。すごく嫌な予感がする。

 

「あの、申し訳ないのですけど、この子の欲しがってるおもちゃってどこで売ってるのか、教えていただけませんか」

「えーと、その子の言ってるおもちゃは非売品で、その・・・・・・」

 

 ま、まずい。

 咄嗟に言い訳をしてしまったが、それなら今度はどこで手に入れたかを聞かれてしまう。

 逃げのための答えは、いずれ行き止まりになる。

 なら、何かこの二人を納得させるための言い訳を考えなくちゃいけない。

 ルビーは売り物じゃなくて、手に入れるなんて出来るはずなくて、量産なんかされてなくて・・・・・・って、そうだ!

 オタク知識と経験から出したひらめきに、私は飛びついた。

 

「そ、そのおもちゃは昔の雑誌についてた付録の限定品なんです! だから、もうどこにも売ってないんです!」

「まあ、そうなの?」

「は、はい。残念ですけど」

 

 これは我ながらなかなか出来た言い訳じゃないかな。

 限定品なら入手が難しく、尚且つ昔の雑誌の付録って強調したから、それがすぐに嘘だってばれることはないはず。

 その考えは正しく、留美ちゃんママは私のもう手に入らないという言葉を信じてくれたようで、残念そうな顔をしながら留美ちゃんの説得を始めている。

 これならもう大丈夫だよね。あとは留美ちゃんママに任せて、さっさと退散させてもらおうかな。

 

 そう考えてから、一言声を掛けた方がいいかなと思った。

 さすがに何も言わずに去るのは気が引ける。前世から染み付いた、日本人の性だ。

 

 しかし、それがいけなかった。

 

 留美ちゃんママの説得があまり上手くいってない。それどころか、留美ちゃんがぐずりだしてしまった。

 

「ほら、ママと帰りましょ? 今日の夕飯は留美ちゃんの好きな物にしてあげるから」

「うぅー、やだっ! わたし、おねえちゃんの持ってるおもちゃがほしい!」

「でも、お姉ちゃんも困ってるから、ね。良い子だから」

「えぅ、でも・・・・・・ぐすっ、ふえぇ」

 

 あ、ああ~。ついに泣き出しちゃった。

 私も前世で欲しかったグッズが手に入らなくて、泣きを見たことがあるんだよね。あの時はかなり悔しかったよ。

 そんなにルビーが欲しいのかな? 本人が聞いたら大喜びしそうだけど、私が困る。

 今も相当に困った状況だけど。

 出来れば、この場を離れたい。でも、留美ちゃんの小さな手ががっしりと私の服を掴んで離してくれない。なんとなく、絶対に逃がさないという意思の強さが伝わってくる。

 幼い子供に欲しいと思った物を諦めさせるのは、けっこう難しい。

 元より、大人の理屈が通じるとは限らないのだから。

 一応、その責任の一端が私にある以上、私も黙ってないで何とかしよう。

 

「え~と、ほら、泣かないで、ね?」

「ひっく、うぅ~・・・・・・やだぁ~、ほしいのぉ」

「でも、アレはあげられないから、その・・・・・・」

「うええええぇぇん」

 

 ああっ、やっぱりダメだ!

 こんな小さい子供なんて相手したことないから、泣き止ませる方法が思いつかない。

 あと、ちょっとこの子の服を掴む力が徐々に強くなってきてるのですが。

 今着てるのはワンピース系の服お姉ちゃんなんだけど、皺はともかく、けっこうスリットが深いんだからあまり引っ張らないで欲しい。

 ぱ、パンツとか見えちゃいそうになるから、ね。

 ちょっ、引っ張らないで! それ以上は、それ以上はダメだってば!

 うわああ、今日は本当についてない日なのかもしれない。占いだったら絶対私の運勢最下位だよ!

 

 そんなちょっとした攻防を繰り広げている内に、留美ちゃんママは次の手に打って出た。

 

「そうだ、家に帰ったらママとキュアキュア見ましょ?」

「ぐす、ふえ・・・・・・?」

「留美ちゃん、キュアキュア好きだよね」

「ひっく・・・・・・キュア、キュア、でもぉ」

 

 お、おおっ!

 僅かだけど、留美ちゃんの意識がルビーから別の対象に移った。

 そうか、そういう手もあるのか。

 ならば、私も! と留美ちゃんママに加勢するために近くの棚に積んであった漫画本の一冊を手に取る。

 

「そ、それなら、これとかどうかな! 『魔法少女マジカル☆ブシドームサシ』ッ! アニメ化もされてるらしくて、読んでみたけどけっこう面白かったよ!」

 

 表紙には凛々しくもあり、可愛くもある二刀使いの魔法少女が描かれている。

 これは私の世界にもなかった漫画だったし、絵も展開もなかなか私好みだったから、けっこう気に入った本の一つだ。

  留美ちゃんは私が差し出した本を見て迷った様子だったけど、おずおずと手を伸ばして受け取ってくれた。

 よし! ついでに服から手も離れた、これで勝つるッ!

 

「ママ、これ・・・・・・」

「あら、よかったわね」

「おもしろい?」

「それなら、ママと一緒に見てみましょっか?」

 

 そんな母娘のやりとりを見て、ほっと一息をつく。

 どうにか問題が解決できたみたい。あとはさっさとこのままフェードアウトしてしまおう。

 そう思った矢先だった。

 結論から言おう、私の厄日は間違いなく今日だった。

 

「ご迷惑をお掛けして、本当にごめんなさいね」

「いや、迷惑だなんて。私は全然大丈夫でしたし、えと、それじゃあ、私はこれで・・・・・・」

「おねえちゃんありがとう。ばいばーい」

「あ、うん。ばいばい」

 

 そう挨拶を交わして、一歩後ろに下がろうとして、どんっ、と人にぶつかった。

 目の前の母娘に気を取られていて、後ろに気を配っていなかった。

 ま、まずい!

 

「っ!? ご、ごめんなさいっ!」

「っち!」

 

 反射的に謝ると、返ってきたのは男の舌打ち。

 思わず凍りつきそうになるのを堪えて、振り返るとそこには険しい顔をしてこちらを見る二十代くらいの男がいた。

 刈り上げた髪を金髪に染め、耳と何故か鼻にもピアスがついている。

 あきらかに不良と呼ばれそうな強面の男だ。ついでに私の一番苦手な人種でもある。

 

 ど、どうしようっ。とにかく謝らないと!

 

「ご、ごめんなさいでした―――!!」

「くそっ!」

 

 頭を下げると、男がダッシュした。

 

「・・・・・・え?」

 

 私の表現は何も間違っていない、と思う。

 悪いのはぶつかった私のはずなのに、逃げたのは男の方。

 離れていく男の背中を見ながら考える。えーと、見逃してもらったってことなのかな?

 

 よくわからない状況に首を傾げる。

 今の出来事を間近で見ていたはずの留美ちゃんママを見ても、何が起こったのかわかってない様子だった。

 

「ねえ・・・・・・おねえちゃん」

「え、うん? どうしたの?」

「あのね・・・・・・」

 

 この場にいた最後の一人、留美ちゃんだけは違った。

 きょとんとした顔をしているけど、その視線は私ではなく、何故か私の足元に向いている。

 何かを言おうとしている留美ちゃんの言葉を待つ。

 しかし、それよりも先に別の方向から声が聞こえてきた。

 

 「泥棒だああああああああああああああああああぁっ!!?」

 

 驚愕。そして焦燥。

 そんな感情を孕んだ突然の大声に、思わず肩が跳ね上がった。

 

 平穏な日常、平和な街ではまず聞くことの無い悲鳴にも聞こえる叫び声。

 なによりも、その物騒な内容に目を見開く。

 周りにいた人達も、揃って足を止めて声がした方向へと振り返っていた。

 ものすごく嫌な予感がする。

 何故かわからないが、こっちに転生してからこういう非日常が起こる時、決まって私は巻き込まれる側にいるのだ。

 その経験が、またですかと脳内で激しく警鐘を鳴らしている。

 

 声は若い男のものだった。

 けっこうはっきりと聞こえてたから、それほど遠くは離れてないだろう。

 辺りを見渡す。こういう時に焦って判断を誤ると碌な事にならない。

 案の定、道路を挟んだ歩道からこちらに向かって走ってくる男の姿が見えた。

 街に溶け込む地味な服装を見るに、休日に秋葉原へ遊びに来たといった感じだろう。ただ何故か帽子を深く被り、サングラスとマスクで顔を隠している姿は非常に怪しい。

 必死に駆けて来る様子は、おそらく窃盗の加害者か被害者のどちらかといったところか。いや、どう見ても前者だわ。

 

 出来れば、関わり合いたくない。

 というか、面倒くさそうだからこっち来ないで欲しい。

 

 なのに、彼はこっちにやってくる。

 なんとなくだけど、サングラス越しに私を見てる気がする。

 ・・・・・・いや、勘違い、だよね? だってまだ私やらかしてないし。そんなアニメや漫画じゃないんだから、秋葉原に来て早々に事件に巻き込まれる訳ないし、ね?

 

「ねえ、そこの君っ! そこの黒いチャイナ服の子っ!!」

「ひっ!?」

 

 もうやだ、ここってば小説の世界だったじゃん!!

 

 がっと肩を捕まれて、強引に振り向かされる。

 来ると思ってたけど、途中から諦めてたけど、やっぱりやだ。

 

 もういっその事、形振り構わず逃げちゃおうかななんて、本気で思ってると――、

 

「ば、バッグ。バッグ、盗られてるっ!!」

「ふぇ?」

 

 息を切らしながら告げられた言葉に、理解が追いつかなくて変な声が出た。

 しかし、そんな私に追い討ちをかけるように、留美ちゃんが簡潔に教えてくれた。

 

「おねえちゃん、バッグなくなっちゃったよ?」

「え?」

「あのね、男の人がおねえちゃんのバッグを持ってちゃった」

「・・・・・・え?」

 

 足元を見る。

 置いてあったはずのバックは、ない。

 ふと視線を上げると、さっきぶつかった男が走って逃げていくのが見える。

 私のバッグを持って。

 

「あ、あ・・・・・・、」

「は、早く追いかけ」

「わああああああああああああああああああああああああああああっ!!??」

 

 悲鳴が出た。

 同時に走り出す。全力疾走だ。

 

 あのバッグを盗られるのは、まずい。

 バッグの中身は今の私の全財産だ。

 

 財布も、ケータイも、貯金通帳も、着替えも、なによりルビーも。

 って、なんでルビーは何もしないの? どうして絶賛誘拐され中なのに抵抗しないの? まさか、私が『いいよ』って言うまで出てくるなってお願いを律儀に守ってるの!?

 普段はそんなことしないくせに、何でこの緊急事態にやってるのよぉぉぉぉっ!!?

 

 ルビーのばかああああああああああああっ!!!!!

 

 そんな叫びたい衝動を堪えて足を動かす。

 これでもこの身は堕天使だ。

 人よりも丈夫だし、運動能力も優れている。鍛錬だって怠ってない。例え成人男性が相手でも決して負けはしない。

 

 ぐんぐんと迫る男の背中を見ながら、今だけはこの体に生まれた事を感謝した。

 振り返った男がすぐそこまで迫る私に気づいて見てぎょっとする。逃げ足を早めたようだけど、もう遅い。

 もうすぐ追いつく!

 あともう少しだ。っという所で、不意に男が進路を変えて道を曲がった。

 

 一瞬、男は建物の影に隠れたけど、この距離なら逃がさない。

 絶対取り返して、おしおきしてやるんだから!

 

 私も続いて道を曲がった。

 そして、足を止めた。

 止めざる終えなかった。

 

 人だ。

 人、人、人。

 人間がたくさんいる。

 

 数えるのが億劫になるほどの人の群れが道を歩いている。

 『歩行者天国』なんて、単語が浮かんでくる。

 

 ・・・・・・まずい。

 

 男の背中は既に人の波に呑まれて見えない。

 目印だった金髪も、この人数ではちらほらとそこら中に見える。

 

 まずいまずいまずいまずいまずいっ!!

 

「・・・・・・み、見失った?」

 

 愕然とした声が漏れる。

 湧き上がってくる焦燥と絶望に、膝が震える。

 そんなことしてる場合じゃないのに、頭が回らない。

 

 探さないと。でもどこを?

 見つける? この人達の中からたった一人を?

 

 ・・・・・・無理だ。

 

「嘘・・・・・・」

 

 

 全財産を失った。

 身を守る術を盗られた。

 唯一の話し相手が、パートナーがいなくなった。

 

 どうしようもない絶望感が、私を侵食していく。

 

「まだ、まだだよ・・・・・・。ちゃんと探さないと、間に合わなくなっちゃう。と、とにかく知ってる場所から、手当たり次第探せばもしかしたら! ・・・・・・あ」

 

 そこで、ようやく気付いた。

 ダメだって。

 知ってる場所なんてないって。

 

 この知識も記憶も前世のものだ。この秋葉原は通い慣れたあの秋葉原じゃない。私の知らない秋葉原だ。知らない土地なんだ。

 右も左もわからない。

 私はそこで一人になってしまった。

 

 急に膝から力が抜けた。

 何かしないとと分かっているけど、何故か足が動いてくれない。

 

 ダメ。考えがネガティブな方に持ってかれる。考えちゃダメだ。でも考えないと。

 

 ルビーを探さないと。相棒を見つけないと。

 また一人ぼっちになる。

 

 視界が歪む。

 泣くな。泣いてる場合じゃない。泣いたら終わりだ。泣いたらもう動けない。

 なのに堪えれない。

 やばい、泣く。もう泣く。

 助けてルビー。助けてお姉ちゃん。

 

 一人は嫌だよ。誰かそばにいてよ。

 一人ぼっちは寂しいよ。誰でも良いから。

 

 

――誰か、助けて。

 

 

 肩を叩かれた。

 顔を上げると、誰かがそばにいる。

 知らない人だ。でも、そのサングラスと帽子は見覚えがある気がする。どこでだっけ?

 

「えっと、大丈夫か?」

 

 心配そうにこちらを見ながら、そう言ってくれる。

 男の子だ。それも割りと年が近そう。そして怪しい。

 聞いた事のある声。ついさっき私にバッグが盗まれた事を教えてくれた子だ。

 

 お礼も言わずに置き去りにしてしまったのに、追いかけて来てくれたの?

 あ、お礼言わないと。でも、なんか声が出ない。金魚みたいに口がぱくぱく動いただけだった。

 そんな私を見て、男の子が笑いかけてくれる。

 

「怪我はない? よかった。それなら、あー、立てるか? とりあえずここから動かないと。っていうか、あいつどこ行った?」

 

 代わりに涙が出た。

 



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第二話 会いたくない奴にばかりに会う

 恥ずかしい。

 すごく恥ずかしい。

 やばい、顔から火が出そう。

 

 鏡がなくてもわかる。今の私は顔真っ赤だ。

 

 場所は移って、ファミリーレストラン。全財産を失ってからまだ三十分くらいしか経ってない。

 何故こんなところにいるのかというと、目の前に座る男の子に連れて来られたのだ。

 今は帽子もサングラスも外している。

 

「えーと、何か飲む? それともご飯でも頼もうか?」

「・・・・・・あの」

「こういう時って、腹に何か入れた方が落ち着くって言うしさ。遠慮とかしなくても大丈夫だよ? 一応金あるし」

「・・・・・・うん」

 

 まずいよー。まともに顔を合わせられないよー。

 だって恥ずかしいんだもん。

 泣き顔見られた。しかも、動けない私の手を引張ってもらった。

 ぬあー! 恥ずかしぃー!!

 

 叫んで転がり回りたい衝動を必死に抑えて、とりあえずカルピスを注文しておく。男の子はコーラを選んだ。

 お金は・・・・・・貸してもらった。

 あんまりお金のやりとりとかしたくなかったけど、無いから仕方がない。

 あとでちゃんと返そうと心に決める。

 

 程なくして注文したカルピスが来た。

 口を付けると、口の中にカルピスの甘みが広がる。

 美味しい。今までで一番美味しく感じたかもしれない。一気に飲み干してしまったが、おかげで気分も落ち着いてきた。

 

「おかわりはいるか?」

「・・・・・・だ、大丈夫」

 

 声を掛けられて、ようやく男の子がこっちを見てるのに気づいた。

 赤面が復活しそうになるのをなんとか堪えて、そう言っては見たものの、あんまり効果はなさそうだ。

 男の子は苦笑しながら、口を開き、

 

「あのさ、やっぱり警察に行った方が良くないか?」

「・・・・・・うっ」

「バッグを盗られちゃったんだしさ、ここは警察に任せた方がいいと思うんだ」

「・・・・・・それは、ダメ」

 

 提案としては悪くない。というか、普通ならそうする。

 でも、ほら、私って今のところ住居不特定の放浪少女だし。ついでに人間でもないし。

 警察のお世話になった日には、確実に厄介な面倒事が待っているのは目に見えている。

 

「ごめんね。警察は、とにかくダメなの。理由は言えないけど・・・・・・」

「そっか、なら仕方ないな」

「うん、本当にごめんね」

「謝らなくてもいいって。それなら、これからどうやってあいつを見つけてバッグを取り返すかを考えないとな。俺も協力するし、一緒に探せばたぶん見つかるだろ」

 

 その言葉に、正直驚いた。

 ただでさえ赤の他人でしかない私の事を気遣ってくれたのに、その上でまだ助けようとしてくれている。

 良い子なのだろう。お人よしとも言える。

 謎の変装セットを外した男の子の第一印象は活発そうで、素直な子ってところかな。正直言って好感が持てる。だからか、余計に申し訳なくなった。

 

「い、いいよ、別に。バッグの方はこっちでなんとかするから」

「え? なんで?」

「なんでって、その、これ以上お世話になるのは悪いっていうか、あんまり迷惑とか掛けたくないし・・・・・・」

 

 不思議そうな顔をしないでほしい。

 まるで助けるのが当たり前なんて顔されたら、どう答えを返したらいいのかわからなくなる。

 素直に助けを求められたらいいんだけど、小心者の自分にはこれ以上の好意に甘えるのは無理だ。

 上乗せされたところで、私だと恩とか返せてもたかが知れてるし。

 そんな私の知ってか知らずか、男の子はただ笑って、

 

「気にしなくてもいいって。困った時はお互い様って言うだろ?」

「・・・・・・でも」

「つーか、ここで見捨てたらすごい後味とか悪そうだし。一度助けたんだ。こうなったら最後まで付き合うよ。それに俺の方が年上だから、うん? ・・・・・・年上なのか? 俺、十五歳で中三なんだけど?」

「あ、うん。私より年上・・・・・・かも」

「そっか。だったら尚更だろ。困ってる年下の女の子を放っておくなんて、男としてかっこ悪いからな!」

 

 なんというか、すごい。

 まるでラノベの主人公のような台詞を、本当に言う人がいるんだなんて。

 そんな場違いな感想と共に、笑みがこぼれた。

 易いものだけど、味方がいてくれるとわかっただけでこれほど安心できるなんてと、自分の単純さに笑ってしまう。

 

「うん、ありがとう」

「・・・・・・っ!」

「ん? どうしたの?」

「い、いや、その! な、なんでもないっ!」

 

 急に挙動不審になった男の子の様子が気になったが、本人がなんでもないというなら追求しなくてもいいだろう。

 とにかく心強い味方が出来たのだから、さっさと動くべきだ。

 

「よしっ、それじゃあ行きましょ。絶対に見つけないと!」

「おうっ、任せとけ。それで君・・・・・・えっと?」

「え? 何?」

「あ、いや、あはは。その・・・・・・名前なんだっけ?」

「名前って・・・・・・あっ、そっか。まだ言ってなかったけ」

 

 今更ながら、まだお互いの名前を知らない事に気づく。

 彼の気さくな雰囲気に流されてつい見逃してたが、ここはちゃんと名乗っておくべきだろう。

 これから協力してくれる恩人の名前も知っておきたい。

 

 手を差し出す。

 

「私はミウナ。衛宮・E・ミウナって言うの」

「衛宮・E・・・・・・E? って、あれ? 衛宮さんって外人だったの!?」

「んと、似たような者かも。あ、でも、日本暮らしだからちゃんと日本語は喋れるよ」

「あ、そうか。うん、確かに日本語だったな。ごめん、衛宮さんはてっきり日本人だとばかり・・・・・・」

「別に気にしてないから。あとミウナでいいよ。そっちの方が呼ばれ慣れてるし」

 

 国どころか種族自体が違うんだけど、前世は純度100%の日本人だったわけだし。

 それに今世の容姿も黒髪黒目だから、日本人と間違われてもしょうがない。

 少し話は逸れたが、改まって自己紹介を再会する。

 私の手が、男の子の手に触れる。

 意外に大きくて、温かい手だ。

 

「それじゃあ、俺も――、」

 

 男の子は一息入れて、笑顔で言う。

 

「俺は兵藤一誠。仲の良い奴はイッセーって呼ぶから、ミウナもそう呼んでくれよな!」

「うん、わかっ――え?」

 

 何言われたのか、ちょっと理解出来なかった。

 いきなりありえない単語が聞こえたんだけど、気のせいだったかな?

 気のせいだったよね?

 

「あの、ごめんね。その・・・・・・名前なんだけど、ちょっと聞き取れなくて。・・・・・・あ、良ければもう一回教えて、くれないかな?」

「お、おう。いいけど・・・・・・?」

 

 何でだろう、声が震える。

 変な汗まで出始めて、すごく嫌な予感がする。

 今まで人生最大の危険信号が本能を刺激しているが、どうしてか体が思うように動かない。

 

 いや、だって、ありえないでしょ。

 こんな偶然、あるはずがないよね。

 

 そんな私の考えを嘲笑うかのように、目の前の男の子はは改めて名乗り上げた。

 

「俺は兵藤一誠って言うんだ。イッセーでいいぜ、よろしくなミウナ!」

「・・・・・・」

「ミウナ・・・・・・?」

 

 イッセーっと言いましたか。

 確かに今、兵藤一誠と目の前の男の子は名乗りましたよ。

 

 私と目を合わせて、握手をしている男の子が。

 名前を教えあった男の子が。

 助けてくれた男の子が。

 

 イッセーって、言った。

 この小説の主人公の名前で名乗った。

 

 ふと脳裏に思い浮かぶ。

 

『これってフラグじゃね?』

 

「ひ、ひ、ひ、・・・・・・」

「ひ? ど、どうしたんだよ、顔真っ青だぞ!? まさか、どこか具合がわ――」

 

「ひにゃァあああああああアアアアアアアアアアアアアアア嗚嗚嗚嗚ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!??????」

 

 今世最大級の悲鳴が出た。

 同時に私は全速力で逃亡を開始した。

 

 

―○●○― 

 

 

 何がいけなかったんだろう?

 私はどこかで間違ったのだろうか?

 

 そんな疑問が頭の中で渦巻き、しかし、答えの出ない不毛なループばかりが繰り返される。

 息は荒く、少し過呼吸気味。

 全身を襲う悪寒に耐えながら、どうにか深呼吸をして自分を落ち着かせようと懸命な努力を続けてみる。

 

 どこをどう走ったかなんて覚えてない。

 考えることすら放棄した状態で、ただ恐怖心だけを振り切りたくて走った結果、待っていたのは盛大な迷子だった。

 当然といえば当然の事なのだが、それでも必要な事だったと確信できる。

 時折座り込んだ自販機の陰から顔を出して、彼の姿も気配もない事を確認するたびに、一抹の不安と同時に安堵のため息が出た。

 

 ありえない事が起こった。

 

 今日初めて秋葉原を訪れた私に起きたトラブルに、偶然近くにいた彼がその一部始終を目撃し、どういう心境があったのか知らないけど彼は私を助ける事を選択した。

 あの場で何万といた人の中で、ピンポイントで私の所へ来た。

 それだけなら、ただのお人よしが助けてくれたで済んだ。

 でも、彼は名乗った。

 

 兵藤一誠。

 

 この世界を舞台とする、物語の主人公の名前を。

 私にとって何もかもを狂わす天敵と言っても差し支えのない、出会ってはいけない存在の名を。

 この広い世界の中で、偶然にもだ。

 

「・・・・・・どんな確率なのよ、もう」

 

 そんな彼と名前を交わし、あまつさえ手も握った。

 思い出しただけで、吐き気がする。

 どうしようもない恐怖に体が震える。

 

「最悪、本当に最悪だわ。・・・・・・お家帰りたい」

 

 弱音が出るが、勘弁してほしい。

 それだけ状況は切羽詰まっているのだ。

 ありえない、と呟いて、ふと何故かこのタイミングでお姉ちゃんが前に言ってた言葉を思い出す。

 

 ありえない事なんてありえない。

 物事には起こるべき理由があり、ありえないと思った事が起こる時はありえない事が起きるための相応な理由がある。

 

 ――それじゃあ、兵藤一誠と私が遭遇した理由は?

 

「だ、ダメよ。これ以上考えたら、たぶん死ぬ」

 

 主に精神的に。

 嫌な方向へ動きそうになる思考を一転させ、これからの事を考える。

 とりあえず、第一にこれ以上の兵藤一誠との接触は避けるべきだ。

 まだ出会ってから私が逃げるまで一時間くらいしか経ってない。なんか致命的な事をやらかした気もするが、それ以上に気になる点があった。

 

「・・・・・・中学三年生って、言ってたよね」

 

 ハイスクールD×Dの原作開始は、兵藤一誠が高校二年生の時だ。

 つまりは、今現在は原作前であり、物語の開始までまだ約二年ほどの期間がある。

 思いがけない収穫だ。

 このタイミングで出会ったのは幸か不幸か(断然不幸だが)、彼の周りには自分と同じような人外の存在はまだなく、少なくともこの短い時間の出会いで私の存在が他の原作キャラに気取られることはないと考えていい。

 だが、裏を返せば、本来ならこの時期に兵藤一誠が私のような人外との接触は皆無だったはずだ。

 にも関わらず、堕天使である私と出会ってしまった。

 

 これは、あれね。

 このままいけば、確実に原作ブレイクの予感がするわ。

 

 それはいけない!

 少なくとも彼が駒王学園に入るまで、というかリアス・グレモリーの庇護下に入るまでは平和に過ごしてもらわなければいけないのだ。

 もし今彼の存在が他の勢力に知られれば、確実に兵藤一誠の人生は終わる。

 というか原作も終わる。

 即ち三勢力の和平もなくなるというわけだ。

 嫌だよそんなの! 何が悲しくてこんな危険な世界を危険なままにしなくちゃいけないのさ!

 私は楽に暮らしたいの。平和にのんびりとがいいの!

 そのためには和平は必要不可欠なのよ!?

 

 むしろ私が必要ないからっ!

 

 原作には関わらない。元々それが私の第一目標。

 なら、この答えは間違っていないはず。

 

 ・・・・・・でも、

 

「・・・・・・いきなり逃げたのは、ちょっと悪かったかも」

 

 いくらなんでも、悲鳴を上げて逃げたのには罪悪感が沸く。

 事情が事情だけに謝る事は出来ないから、もうどうしようもない事なんだけど。

 

 気にしても、しょうがないよね。

 私に出来る事って言ったら、何もないし。

 せめて彼の日常が長く続くように願って、ここで消えるべきだ。

 

「よし、逃げよう」

 

 決めた。

 今すぐこの街を離れよう。

 このまま別れてしまえば、彼だって私の事は忘れてくれるはずだ。

 秋葉原で変な女の子に会った出来事だって、いずれ時間が経てば記憶の片隅に運ばれ、やがて忘れる。

 私が堕天使だって事も、自分が非日常に片足を踏み込みそうになってたって事も含めて、知らないままでいてくれるんだ。

 

 今ならまだ全てが間に合う、はず!

 

 そうと決まれば話は早い。

 すぐにでも行動に移さないと。

 

 さて、次はどこに行こうかな?

 一応まだ貯金はあるし、お姉ちゃんが毎月適当に仕送りを送ってくれるから、節約して過ごせば問題ない。

 あ、でも、京都には近づきたくないかな。

 あそこって妖怪どもの巣窟みたいな場所って話だし。

 

 そんなとりとめもない事を考えながら、歩き出し、

 

「――って、全財産無くしちゃったんじゃん!」

 

 思い出した現実に躓いた。

 そうだよ、忘れてたよルビーのこと。

 これも全部兵藤一誠が悪いんだ!

 

 まず盗まれた私の荷物を取り返さないことには、どこにもいけない。

 お金も貯金通帳も着替えすらバッグの中なのだから、取り返さない限り私は一文無しだ。

 

「うぅ~、でもどこから探せばいいのよ・・・・・・?」

 

 気が動転していたせいで、ここがどこなのかもわからない。

 そもそも無事にあの盗まれた現場付近に戻れても、犯人の男がまだ近くをうろついてるとは思えないし、何より兵藤一誠との遭遇率が高くなる。

 

・・・・・・あれ? これ詰んでない?

 

 いや、まだだ!

 

「と、とにかく探さないと! 為せば成る為さねば成らぬって名言があった気もするし、やる前から諦めてたら何もかもが終わりよ!」

 

 諦めたら、そこで試合は終了なのだ、と安西先生も言ってた。

 ならば動こう!

 

 とはいえ、闇雲に探すつもりもない。

 ここはあれね、あの力を使う時だわ。

 

 私と、ルビーの絆の力を!

 

 普段は全く信用ならない相手だが、あれでもルビーは私の神器だ。

 まだルビーと契約してから一か月くらいしか経ってないけど、それでも一緒にいた時間に嘘はない。

 

 ならば、打てる手は残っているはずだ。

 

 顎に手を添え、自分の中にある記憶を漁る。

 思い出すのは、家にあった古い資料の内容。

 

 私が前に住んでいた家の宿主兼お姉ちゃんの研究は、主に各神話の体系や伝説といった内容が主流であり、その中には神器に関しての資料もそれなりに多く存在していた。

 何度か手伝いを頼まれた事もあって、私自身もそれなりに興味があったから、神器の特性や種類などのデータはけっこう覚えている。

 

「前に見たお姉ちゃんの研究資料に、神器と宿主の間にあるパスについて書いてあったはずよ。確か、そう、神器は宿主の魂に寄生することで力を得るっていう・・・・・・」

 

 ぶつぶつと声に出しながら、徐々に必要な項目を拾い集めていく。

 

「神器は宿主の感情や魂の高ぶりで力を得る。だから神器は宿主に対して力を得るためのラインを引き、そのラインを介する事で相互の能力を高めることが出来る。だから、空論上だけど神器の持つ力の上限はなかったはず・・・・・・って、違う違うこれ関係ない」

 

 重要なのは、力とか上限がどうとかじゃない。

 注目すべきは神器と宿主の間に結ばれるラインだ。

 

 数多くある神器のほとんどは宿主自身に宿り、剣や槍といった武器や炎や雷といった異能を与える。

 だけど、その中にも例外はある。

 

 独立具現型。独自の意識を持って、宿主から離れて行動できる神器。

 ルビーもこの種類に入る神器だ。

 

 いや、あんな自由な神器と他の神器を一緒にしていいのか、甚だ疑問なんだけど。

 あいつって私の言う事全然聞かないし、出会ってから一度も具現化を解いてないっていうか、何度か私の中に戻そうとしたけど全く出来る気配もなかったし!

 

 ・・・・・・ルビーって、本当に神器なんだよね。お姉ちゃん?

 

 ま、まあ、それはともかく、独立具現型って言っても神器は神器なんだから、いくら自由に動けるからって宿主とのラインはちゃんと繋がってるはずで、ルビーだってその例外じゃない、はず。・・・・・・はずよね?

 

 ここ疑問を持つとどうにもならないから、とりあえずは放置&無視。

 あくまでルビーには私と繋がるためのラインがあると仮定しておく事にする。

 

 そしてここからが重要だ。

 

「私の方から、ルビーのラインを辿れないかな?」

 

 ラインは、辿れる。

 ずっと昔に数十キロ離れた神器が宿主の元まで戻ってきたっていう、某犬映画みたいなすごい感動的な資料として残っていた。

 他にも例があるし、お姉ちゃんは仮説として神器と宿主の間にあるラインには物理的距離は意味がないって言ってた。だから神器はラインを目印にして宿主の元まで帰る事が出来る。じゃあ、その逆は?

 

 ラインは宿主と神器相互のためのものだ。

 一方通行じゃない。

 ここまでは記憶だ。それ以上のことをお姉ちゃんは言ってなかった。

 だから、ここからはあくまで私の推測だ。

 

 宿主側から神器を探すなんて例は、今のところ聞いた事がない。

 神器は普通、宿主が死亡でもしない限り離れはしない。

 逆に宿主が存命中に神器が無くなる時は、ほとんどの事例が無理矢理神器を抜き出されたということで、その場合は互いに繋がったままをのラインを強引に引き千切るような行為であり、結果として魂が破損して宿主は死ぬ。

 

 なので、これは例外中の例外だ。

 というか、神器を盗まれるとか前代未聞過ぎる。

 やだ、私ってば超恥ずかしい。

 

 ・・・・・・やめよう、鬱になる。

 

「必要なのは強固なイメージでいいはずだよ。要は神器や魔術を使う時と一緒。何をしたいかをしっかりと思い描いて、それを現実に干渉させる力とする。それさえ出来れば、たぶんいけるはず・・・・・・!」

 

 脳裏に思い浮かぶのは、いつも能天気で騒がしいルビーの姿。

 すごく面倒くさい奴で、私の困ってる姿を見るのに全力を出すのを惜しまないおバカな相棒。

 だけど、居なかったら居ないでちょっとだけ寂しい。

 

 イメージは出来た。

 大丈夫。いける。

 

 あと必要なのは、意志有る者同士が結ぶ、何よりも強いラインの強度。

 それ即ち、

 

「大切なのは、お互いの信頼と、大切に思う絆の強さ!!――ってないよ、そんなもん!?」

 

 自分の言った事に虫唾が走り、たまらず叫ぶ。

 

「無理だよルビーだもん! だってルビーだもの! ルビーなんだから仕方ないよ!!」

 

 お互いの信頼性? は? あの胡散臭さ丸出しで、私の不幸は蜜の味とかぬかしてる物体のどこに信用と信頼を置けと?

 大切に思う絆(笑)とか、毎回態とトラブルを運んでくろどころか、率先して押し付けてくるアレとどうやって絆を育めと。

 

 あー、ちょっと思い出すだけで殺意が沸くよ。

 ルビーってば人をおちょくることに関しては天才的だからね。悪い意味で。

 

 ・・・・・・もう、いっそのこと置いていけたら、どんなにいいか。

 でも、残念ながらあんなのでも私の生命線であり切り札なんだよね。

 隙を見て他の人に押し付けたいけど、それがあの子が私の魂に寄生している以上、それは不可能なんだよね。

 

 一応、友達でもあるし・・・・・・。 

 

「・・・・・・地道に探そ」

 

 もうそれでいいや。

 あのルビーが一般人のチンピラ如きにどうにかされるとは思えないし、むしろ逆にチンピラの救助が必要になるかもだし。

 例え全財産を無くしても、最悪ルビーだけは戻ってきてくれるでしょ。自力で。

 

 そう思えば、なんだか体が軽くなった気がした。

 どうにもならないって考えてるより、幾分か気分も和らいだ。

 

 これならまだ歩ける。

 前へと進める。

 

 当てもない探索だけど、その内どうにかなるでしょ。

 そんな事を考えながら歩き出す。

 

 一歩一歩を踏みしめ、ようとして――、

 

 突然すぐ前の路地から出てきた男とぶつかりそうになった。

 

 慌ててブレーキをかけて、体をよじる。

 男も私に気付いたのか、ぎょっと目を丸くして衝突を避けようとした。

 辛くも、お互いに相手を避けようとしたおかげで、ぶつかる事は避けられた。だとすれば、もうやる事は一つ。

 

「こらぁっ、どこ見て歩いてやがん――んぁ!?」

「ひぃっ、ごめんなさ――にゅえ?」

 

 怒られ謝り合戦スタートだぜ☆と覚悟した直後に、双方から奇妙なうめき声が発せられた。

 一人は私で、もう一人は当然ぶつかりそうになった男。

 

 その男は、刈上げの金髪に鼻ピアスと一度見たらなかなか忘れられそうにない風貌で、男はそんな強面を驚愕に歪めて、私に指を突き付けた。

 

「て、てめぇっ、さっきのガキじゃ――」

「ふんっ!!」

「――どわぁっ」

 

 っち、外した!

 相手の顔を確認した瞬間、反射的に繰り出した上段蹴りは惜しくものけ反った男の鼻面を掠って、延長にあったブロック塀を砕く程度に終わった。

 チンピラの癖に、まあまあ良い反応するじゃない。

 でも、次は外さない。

 

「な、なっ!? お、おまっ、いきなり何をッ!?」

「何をって、目の前にいるクソ野郎の脳天を蹴り砕こうとしただけですけど? まさか私の荷物にその薄汚い手で触れておいて、あまつさえ盗みまでおいて言い逃れが出来るとでも思ってるの――って、あれ?」

 

 よく見ると、この人の手に持ってるのって私のバッグじゃない?

 やだもう、こっちから探しに行く前に向こうから戻ってくるなんて嬉しいっ!

 一見してまだ中身を空けられたとかはなさそうで、まさかの奇跡だ。半分以上諦めていただけに、その喜びは倍。ただ、気になる事がある。

 

 ・・・・・・なんで、持ってるバッグが増えてるの?

 

 最初に逃がした時、持っていたのは私のバッグだけだったはずだ。

 それなのに、今は種類も大きさもバラバラなバッグが他に三つもチンピラの腕の中にある。それも、どう考えても彼の物とは思えない女性物のバッグばかりだ。

 

 考えられる事は一つ。

 

「へぇ・・・・・・、あなた。私のだけじゃ飽き足らず、他の人の物まで手を出してたんだ。――いい度胸じゃない、人間風情が!」

「ひっ!?」

 

 予想以上に冷たい声が出た。

 自分でも少し驚く。

 しかし、声の温度とは反面、私の体の内側は今にも燃え上がりそうなくらいぐつぐつと煮え滾っていた。

 それも、ほんの少し気を抜けば、爆発しそうな勢いで。

 バッグを取られた時、ルビーが居なくなった時の絶望を今でも鮮明に思い出せる。

 大切な物が奪われる悲しみは、痛いほどよくわかる。

 それをこの男は繰り返していた。

 私を振り切った後も、この短い時間の中で少なくとも三度も。

 それも、おそらく自分よりも弱く抵抗できない女性をターゲットに絞って。

 

 衝動的な盗みじゃない。

 明らかに悪意を持って行った犯罪だ。

 

 私は正義の味方なんかじゃない。

 弱虫で弱者で臆病者で、身の程も弁えずについ「人間風情」なんて偉そうな言葉を使ってしまうような小者な堕天使だ。

 だから、私が他の被害者の事で怒るのは間違ってるのかもしれない。

 不甲斐無い自分に燃料を与えるためだけにやってる、最低な行為なのかもしれない。

 

 でも、今だけは許してよ。

 

 拳を握る。

 足に力を籠める。

 日常から非日常へ、人から堕天使へと意識を塗り替える。

 

 決して殺しはしない。でも、

 

「あなたを警察に突き出す前に、一発ぶん殴ってあげる。だから、あなたはただ自分のやってきた事を後悔してなさい」

「ひっ、ひぃっ!?」

「楽に済まされるなんて思わないでよ? あなたの被害にあった人達の分も含めて、痛みも恐怖も存分に味わってもらうからね!」

 

 自身が久々の本気モードに入った事を認識しながら、ミシッ!と軋むほど握り締めた拳を振りかぶり、直後、今まで固まっていたチンピラが奇行に走った。

 

「ひぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!?」

「ちょっ!?」

 

 奇声を上げながらチンピラが持っていたバッグを一つ、私に向って放り投げたのだ。

 普段なら、この程度の目くらましなんてさっさと叩き落してただろう。

 しかし、一度被害者を言い訳にしたせいか、咄嗟に向ってくるまだ真新しそうなバッグを両手で受け止めてしまった。

 

 束の間の一手だった。

 だが、チンピラにとっては最善の、私にとっては足を止めざる負えない一手。

 

 チンピラが、細い路地へと飛び込む。

 

「待ちなさいっ!」

 

 怒鳴るが、既にチンピラは逃走を始めている。

 その見事というまでの逃げっぷりに舌打ちしながら、続けて私も路地へと踏み込み――。

 

 ガシャンッツ!

 行く先から音がした。

 目の前には、倒れる縦に積まれたコンテナ。中身はビール瓶。

 それがバランスを崩して、私に向って倒れてくる。

 避けるか、払い除けるか。

 直後、私は駆け出そうと地面についた右足を更に深く曲げ、一気に弾く。

 一息で跳躍した私の体は、二メートルほどの高さがあったコンテナを軽々と飛び越え、路地の先へと着地した。

 

 派手な音を立てて崩れるコンテナを背に顔を上げると、このコンテナで私の足止めを狙っていたチンピラと目が合った。

 あんぐりと大きく口を開けて呆けるチンピラの姿に、ちょっとだけ優越感を得ながら、再び追撃を仕掛ける。チンピラも慌てて逃走を再開した。

 

 だが、チンピラは一度振り返って止まっていただけに、スタートダッシュが私よりも半歩遅れた。

 元より、私は堕天使。相手はただの人間だ。

 男女の差なんて、一切意味をなさない。

 種族という大きな溝が、その差をぐんぐんと埋めていく。

 

「くそっ、がぁっ!?」

「・・・・・・っ!」

 

 チンピラもこのままでは逃げ切れないと悟ったのだろう。

 悪態を付きながらも、悪知恵を働かせた。

 

 再び宙を舞う、赤いバッグ。

 

 それを見た瞬間、チンピラの襟首を掴もうと伸ばした私の手が、重力に従って落ちるバッグへと進行方向を変え、地面すれすれで受け止める。

 再び距離が開く。

 

「人の物はっ、大切に扱えって教わらなかったのっ!?」

「し、知るかァッ!」

 

 今や涙目になって叫ぶチンピラに猛追をかけるが、なかなか粘る。

 身体能力ではこちらが勝っているにも関わらず、その距離を縮めることが上手く進まない。

 路地の曲がり角を何度も使い、行く先に置いてある物を私の足止めの障害物として使う事で、もう少しっ! という所で逃げ切ってくる。

 

 ――逃げ慣れてるっ!

 

 幾度も空を切る手を見て、わかった。

 チンピラにとって、この細い迷路のような路地は予め用意してあった逃走経路なのだ。

 外見から喧嘩慣れしてそうな強面のくせに、かなり用心深いらしい。争う事よりも咄嗟に逃走を選択したのは、たぶん最も使い慣れた手段を反射的に選んだのだろう。

 いったいどれだけ長い間、この手を使っていたのか。

 少なくとも昨日今日なんて短い期間ではない事は、充分に理解できた。

 

 ならば、打つ手を変えるべきだ。

 

 この路地は永遠に続く物ではない。

 いつか終わりが来る。その時が、あのチンピラの最後だ。

 三度飛んだバッグを宙で受け止めながら、見失わない程度に一定の距離を保ってその時を待つ。

 

 それにしても、あいつ。何で三つもバックを投げた癖に最後まで私のバッグは手元に残してるの?

 何なの? 一番最初に手に入ったから愛着でも湧いてるの?

 もう返してもらっても許す気はないけど、気持ち悪いからやめてよ。

 

 そしてルビーはなんでまだそのままなの?

 まさかバッグの中で寝てて気づいてないなんてないよね!?

 

 更に走る事数分。

 予想通り、程なくして逃走劇は終わりを迎えた。

 チンピラから僅かに遅れて長かった路地から飛び出すと、視界に入ってきた光景に足を止めた。

 

 それほど広くない場所だ。

 背の高いビルに囲まれ、せいぜいバスケットコート二面くらいの面積しかない。

 広場の奥には何かの工場と思われる建物が建っており、寂れて古くなった外装を見るに、おそらくもう使われていない捨てられた工場なのだろう。

 都心から離れたせいか生活音が遠のき、余計に寂れた印象を受ける。

 そんな工場の前にチンピラはいた。

 逃げる時には必死だった表情を緩め、逆に薄気味悪い笑みを浮かべている。

 

「へっへへっ、ハァッ、よ、ようやくっ、おえっ、追い詰めたぜっ、ごほっごほっ!?」

「いやいや、それ私の台詞だし。それより大丈夫? 今にも死にそうだけど?」

「だ、誰のせいだとっ、ふぅ、思ってやがるっ・・・・・・!」

 

 ここまで走って来るのにだいぶ体力を消費したのだろう。

 息も絶え絶えで、顔色も悪い。ただ張り付いた笑みはそのままだ。

 サバイバル生活やお姉ちゃんとの鍛錬で鍛えた私でも、結構疲れる距離を走ったのだ。チンピラの疲労度は倍以上のはずだ。

 まあ、体力はある方なんだろうけど相手が悪かったね。

 

「さて、覚悟はいいかしら? もう逃げ場はなさそうだけど」

「覚悟だァ? ――くっ、ははっ。 ごほっ、このガキがっ。のこのこ一人で来たのが悪かったなぁ・・・・・・おいっ!! 客だぞ、お前らっ! へへっ、後悔するんのはテメェの方だ」

 

 突然声を張り上げ、後ろの工場に向って吠える。

 何となく予想はついていたけど、やっぱり仲間がいたようだ。

 何人かわからないけど、一応撤退も視野に入れておいた方がいいかも。

 身構えながら、この後の展開を思い浮かべる。

 

 しかし、数秒後に異変に気付いた。

 チンピラが大声で呼び掛けたにも関わらず、中から誰も顔を出さない所か、反応すら見せない。

 それに気づいたチンピラも泡を食った様子で、再び大声を出して救援を求めるが工場の中から聞こえてくる音はない。

 

 もしかして、見捨てられた?

 可能性としては、このチンピラは見限られて、他の仲間はもうどこかに行ってしまっていたってところか。

 それなら手っ取り早く私がこの男を殴り飛ばして、あとは警察に任せるだけなのだが――。

 

 (・・・・・・なんだろう、嫌な予感がする)

 

 背中の右肩甲骨の辺りがヒリヒリと疼く。

 この疼きには覚えがある。嫌なことが起こる時、特にやばい事が起こる前兆として、よく右の肩甲骨辺りが警告を出すように疼く時があるのだ。

 例えば森で熊に襲われそうになった時とか、例えば土砂崩れに巻き込まれそうになった時とか。例えば、他勢力の襲撃とか。

 仕組みはわからないが、この疼きに何度か救われてきたのも事実だ。

 本能的に危機が迫っている予感を感じ、周囲に視線を走らせた。

 

 何か見落としてる?

 人間を相手にしてるつもりで、何かとんでもない落とし穴があるんじゃないの?

 

 そんな風に警戒を始めた私を余所に、痺れを切らしたチンピラが工場に向って走り出した。

 注意を促すべきか迷っている時間で、チンピラの姿が工場の中へと消える。

 一瞬の逡巡の後、その場に持っていたカバンを全て置き、私も後を追う事にした。

 

 気のせいであってくれればいい。

 たまたまチンピラの仲間が留守だったというだけなら、何も問題ない。

 

 だけど、この世界はいつだって過酷だ。

 

 シャッターの下を潜り、建物内へと入ってすぐ近くにチンピラはいた。

 何故か棒立ちで動かないチンピラを訝しみながら、一歩踏み出そうとして、同時に異常に気付く。

 錆びた鉄のような、不快な匂いが鼻を突く。匂いの元は、チンピラの背中が邪魔で見えない。

 

 声をかけるべきか。

 僅かに悩んだ末に口を開きかけた時、何かが擦れる異音が耳に入った。

 瞬間、右肩甲骨に燃えるような熱が、最大の警鐘が鳴り響く。

 考える暇もなく、チンピラに向って飛び掛かった。

 有無言わせず突き飛ばして、自分もその場から飛び退く。

 

 その直後だった。

 今まで私達がいた場所が大きく抉られた。

 意識が堕天使側に寄ってなかったら、確実に避け損なってチンピラ共々死んでいたでろう威力だ。

 

「ひっ、ひっ、ひっ・・・・・・!?」

「くっ・・・・・・!?」

 

 転がったチンピラが引き攣れを起こしたように呻く中、私もチンピラの視線を辿って上を見る。

 

 そいつは、今まで息を殺して獲物が来るのを待ち構えていたのだろう。

 哀れな獲物が巣に訪れたのを見て、出てきたようだ。

 

「カカッ、カカカカカカカカッ!」

 

 耳障りな笑い声が響く。

 見上げた天井に、そいつはいた。

 

 上半身は裸の男。ただし、その肌は炭のように黒く染まり、下半身に至っては自動車ほどありそうな巨大な蜘蛛の異形だ。

 蜘蛛のお尻に当たる部分からは、成人男性の胴体くらいの太さがある巨大な大蛇が生えており、上半身と並んで獲物を吟味している。

 

 隠そうともしない邪悪な気配に、冷や汗が止まらない。

 こいつが何なのか、私にはわかる。

 

「カカカッ、美味ソウなァ、人間ト小鴉ジャナイかァ!」

「は、はぐれ悪魔・・・・・・っ!?」

 

 絶句する私を見て、奴はニタリと笑った。

 

 本当に今日は嫌な事ばかりが起こる。

 




幸薄系が好き。
弱小系が好き。
でも頑張るゾイ系はもっと好き。

以上の三要素が今作のオリ主を作った動機です。


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第三話 ピンチがピンチを呼んで混沌となるカオス

お気に入り登録ありがとう^^ノ


「避けなさい・・・・・・っ!」

 

 叫びながら、眼前へと迫る大蛇の咢を転がって避ける。

 その際、隣で今にも気絶しそうなチンピラも一緒に引きずるのを忘れない。

 

 間一髪の所で外れた大蛇の牙は、私達がいたすぐ後ろの鉄柱へと食い込み、次の瞬間、いとも容易く咬み千切った。

 その光景に二人揃って顔を青くするが、止まる事をはぐれ悪魔は許さない。

 大蛇に唖然としながらも、本体らしき上半身から注意を逸らさなかったおかげで、はぐれ悪魔の下半身となる大蜘蛛がこちらに向けて口を開いたのを見逃さなかった。

 

 咄嗟に真後ろへと跳ぶ。

 同時に、大蜘蛛の口から吐き出された紫色の液体が、遅れて地面についた。

 

 じゅぅぅぅぅぅぅっ!!

 

 そんな嫌な音と共に液体に触れた地面から紫色の煙が噴き出し、思わず鼻を押さえてしまう程の異臭が建物内に立ち込める。

 煙が収まった後、その光景に悲鳴が上がりそうになった。

 

(と、溶けてる!? まさか、溶解液まで!?)

 

 あの液に触れた自分を想像し、ごくりと生唾を飲み込む。

 あれはダメだ。まともに浴びれば、いくら堕天使の体でも一撃で終わる。

 大蛇の咬み付き攻撃もまずい。あの顎の力であっという間に私の体を抉ってしまうだろう。

 

 蛇に蜘蛛。動いたのは蜘蛛の方だ。再び口が開く。

 

「こんなの、聞いてないっー!?」

 

 悲鳴を上げて、チンピラの襟首を引っ張ってその場から離脱する。

 「ぐえっ」と潰れた声が聞こえたが、気にしている余裕はない。

 縦横無尽に工場内を駆け巡りながら、連続で吐き出される溶解液と、その液攻撃の合間を縫って襲ってくる蛇の牙から逃げまくる。

 

 堕天使の身体能力を存分に高めながらも、避けるのが精一杯だ。

 工場の外に出たいが、はぐれ悪魔の巧みな攻撃のせいで出来そうにない。

 ついでに足手まといもいる。

 やばい、ピンチだ!

 

「ルビー! ねえ、ちょっと聞こえてるんでしょ!? いい加減に出てきてよ!」

 

 逃げる最中も声を張り上げるが、カバンの中のルビーは応答しない。

 本当に何やってるの? まさかまた意地悪とかじゃないでしょうね!?

 いっその事、いまだに妙な根性を出して私のバッグを離さないチンピラの手からもぎ取って、中にいる相棒を引きずり出したい衝動に駆られるが、はぐれ悪魔がその時間をくれない。

 どこかに身を隠せる場所がないかと、視線を走らせる。

 

 長らく使われてなかったであろう工場内の物は少ない。

 何本か鉄柱がある他には、床に散らばった錆びた工具に廃棄された何かの機械が五台。いくばかの間隔を開けて置いてある。

 その中でも中央に置いてある一台に、血だまりがあった。

 

 私のでもなく、このチンピラのでもない。

 おそらくここにいたはずの、チンピラの仲間達の血だろう。

 

 はぐれ悪魔がこの場にいた時点で、彼らがどうなったのかなんて想像するまでもない。

 ギリッ! と歯を噛み締め、天井からこちら見下ろすはぐれ悪魔を睨み付ける。

 あの位置が厄介だ。

 高い天井を陣取るはぐれ悪魔から見て、工場内はほぼ見渡せると考えた方がいい。

 機械の影に隠れても、その上から溶解液が降って来る。

 鉄柱を盾にしたところで、私達二人分が隠れるほどの幅はないし、大蛇が迂回するか咬み千切って突進してくる。

 

(・・・・・・だったら、まずはあいつを落とさないと!)

 

 安全な場所で、文字通り高見の見物を決め込んでいる怪物に一矢報いる。

 そのためには足手まといが邪魔だ。

 

 タイミングを計る。

 大蛇の突進を避け、続く鞭のようにしならせた長い胴の攻撃を掻い潜り、視線の先で大蜘蛛の口が再び開かれる。ここだ!

 一気に駆ける。目指すは鉄柱。

 細長い柱が私達とはぐれ悪魔の間に来るように飛び込み、私達を追って口先を移動させた大蜘蛛の口から溶解液が噴き出した。

 

 液が、盛大に鉄柱を溶かす。

 同時に紫煙が発生した。

 

 煙の壁が、私達とはぐれ悪魔を遮る。

 

 時間にしてほんの僅かだ。

 煙が晴れるまでに出来た隙を使って、全速力で駆け抜ける。

 選んだのは一番遠い廃棄された一台の機械。そこに滑り込み、チンピラを強引に床へと伏せさせた。

 

 いくら高い天井にいるといっても、完全に工場内を俯瞰出来るわけではない。

 例えば、鉄の柱の裏は見えないし、今私達がしてるように機械にぴったりと張り付いて床に伏せれば、角度的にも私達が見えなくなるはずだ。

 もちろん、時間の問題だけど。

 

(ここに隠れてて。絶対に動かないで!)

(・・・・・・っ? ・・・・・・っ!?)

(声を出さないで。あいつに見つかったら、今度こそ死ぬわよ!)

(・・・・・・!)

 

 いまだに混乱するチンピラに小声で言い聞かせる。

 口を押えられて暴れそうになったチンピラだったが、死というキーワードに反応したのかピタリと動くのをやめた。

 

(あなたはここから動かないで。あいつをどうにかするから、それまで隠れてなさい。いいわね?)

(・・・・・・っ!)

 

 こくこくっ、と激しく上下するのを確認してチンピラから手を放す。

 騒いだら殴ってでも黙らせるつもりだったけど、チンピラは口を固く閉ざして身動きもしない。ちょっと残念。

 

 息を整え、近くに転がっていたレンチを拾い上げる。

 ここからが本番だ。

 押し寄せる不安と恐怖をどうにか抑えて、生き残る手段のみを模索する。

 

 怖いと思う。

 逃げたいと足が竦む。

 そんな弱気な自分に叱咤をかけ、震えそうになる自分を誤魔化す。

 

 目を閉じて、開けて。

 息を吸って、走り出した。

 

「見ツケたァ! ――あァ?」

 

 私達を見失っていたらしいはぐれ悪魔が歓喜の声をあげる。が、すぐにこちらが一人になっている事に気付いたのだろう。

 はぐれ悪魔の目が、つい先ほどまで隠れていた機械へと向かい――、

 

 ――させないっ!

 

 持っていたレンチを振りかぶる。

 狙いは僅かに外れて、レンチは奴の頭のすぐ傍を通って天井へ当たり、そのまま甲高い音を立てて落ちる。だが、意識は再び私へと戻った。

 

 怖い。

 逃げたい。

 私は平和主義なんだ。争いとは無縁の生活を送りたいんだ。

 

 でも。

 

 この場でアレに立ち向かえるのは私だけだ。

 人殺しの怪物に勝負を挑めるのは、私しかいないんだ。

 

 だったら、仕方がないじゃん!

 

 私がやらなきゃ、また誰かがあいつに殺される!

 

 拳を握れ。

 戦意を燃やせ。

 仇敵を討取れ!

 

 ばさり、と羽音が鳴る。

 視界の端には闇夜の翼が三枚。私の背中から生える。

 堕天使の象徴たる黒き翼。

 ただし、一対二枚であるはずの翼は私の右側には存在しない。

 

 『片翼の堕天使』。あんまり好きじゃない、私の称号。

 

「私が、相手だ!!」

「カカカカカカカカッ!!」

 

 私の叫びに、はぐれ悪魔の甲高い笑いが響く。嬉しそうに狂気を宿して。

 大蛇と大蜘蛛の攻撃が再開する。

 今までは遊びだと、今からが本番だと言うように、さっきよりも速く激しく私に向って降り注いでくる。

 だけど、それを言うなら私もだ。

 

 翼を広げ、堕天使の本性を露わにした私は、さっきまでの私じゃない。

 こっちも本気の本気モードだ。

 駆け抜ける。さっきまでとは比べ物にならない速さで加速する。

 はぐれ悪魔の攻撃を置き去りにして、一気に化け物の真下へと足を踏み入れた。

 

 同時に、詠唱を開始する。

 

「――光力、解放(トレース・オン)

 

 ――消費光力、抽出

 

 呼び掛けに、光の力が身の内から湧き出る。

 

 ――基本形状、構成

 

 選ぶは槍。長く鋭い武器の姿。

 

 ――光力密度、補強

 

 手の中で溢れた光を、私が望む形へと凝縮させていく。

 

 ――基本形状、固定

 

 武器を。武器を。化け物を貫く一撃をこの手に。

 

「――全行程、完了(トレース・オフ)

 

 詠唱が終わる。

 私の願いに応えて、光の槍が私の手の中に顕現した。

 長さは一メートルほどで、重さはない。

 鋭く尖った槍先は、どんな物でも貫いてくれそうだ。

 

 いつ見ても、綺麗な光だと自賛する。

 人には決して生み出せない、聖なる光。

 だが、悪魔にとっては猛毒となる光。

 

「・・・・・・そこから、」

 

 踏み込んだ足に力を込める。

 胸を突き出して後ろに反り返り、肩から光槍を持つ手先へと力を伝達させる。

 一息で、振りかぶった。

 

「降りなさぁぁぁぁぁぁいっ!!」

 

 ブンッ! という音と共に、空気を切り裂いて光槍が疾走する。

 狙うは、下半身の大蜘蛛。

 今までの一方的な攻勢で油断していたのか、反応が遅れたはぐれ悪魔が自分に向かって飛来する光槍に気付くが遅過ぎる。出来たのは目を見開くぐらいだけだ。

 光槍が蜘蛛の足の付け根へと刺さった。

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?」

「よしっ!」

 

 突然の痛みに耐えられなかったのだろう。はぐれ悪魔が絶叫を上げながらバランスを崩し、そのまま天井から落下した。

 ズンッと工場を揺らす衝撃と共に、真下にあった機械を巻き込んで激突する。

 

 上手くいった。

 今なら落下ダメージもあって、すぐに動けないはずだ。

 このまま畳みかける!

 

「――光力、か(トレース・オ)

「う、うわぁあああああああああああああっ!?」

「――んなっ!?」

 

 再び光槍を創造しようとした時、突然声が上がった。

 思わず詠唱を中断して、振り返るととんでもない光景が目に入ってきた。

 

 隠れていたはずのチンピラが、半狂乱になりながら出口に向かって走っていたのだ。

 叫びながらも必死に出口へと駆ける姿には、もう敬意すら湧いてきそうになるが、あまりにタイミングが悪過ぎる。

 

「動くなって言ったのに、あのバカッ!?」

 

 視界の端に、動くものを捉えた。

 それが何かを確認する前に、地面を蹴る。

 僅差だった。

 私の蹴りがチンピラの背中にぶち当たるのが、大口を開けて飛び掛かった大蛇よりも半秒早く、チンピラの命を救った。

 

 悔しそうにこちらを睨み付ける大蛇を睨み返しながら、床に転がって尚も匍匐前進でシャッターをを潜り、外へ逃げてくチンピラを確認する。

 安堵のため息が出た。

 あれだけしぶとければ、どこだって生きていけるだろう。

 

「・・・・・・って、私のバッグは置いていきなさぁーい!?」

「ぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!?」

 

 この期に及んでまだバッグを離さないなんて、どんな根性してるのよ!?

 それと、ルビーのことまた忘れてた!

 さっきとかバッグを取り返せたじゃん。そうすればルビーの力を使って、さっさとはぐれ悪魔なんか倒せたのに・・・・・・ッ! ああ、もう! 私のバカバカ! 焦りで周りが見えなくなってる証拠だよ!

 

 遠ざかる背中を見ながら、間抜けな自分を呪う。

 こうなったら私もと、襲い掛かってきた大蛇を避け、出口に向かって駆け――、

 

 突然、すごい勢いでシャッターが降りてきた。

 

 慌ててブレーキをかけ、ぎりぎりでシャッターに挟まれるという悲惨な未来は回避出来たけど、どういうわけか全力で持ち上げようとしても開かない。

 振り返ると、ニタリと笑うはぐれ悪魔。

 

 ――閉じ込められた!?

 

 工場内という閉ざされた空間。

 上という有利を失っても、まだここははぐれ悪魔の巣だ。

 ピンチな事には変わりない。と、再びはぐれ悪魔が動いた。

 

「カカッ、カカカッ! ウゥリィイイイイイイイイイイイイイイッ!!」

「・・・・・・は?」

 

 突然耳障りな奇声を発しながら、はぐれ悪魔は自身の両手を上に向って突き出した。

 その直後に起こった目を疑う光景に、私は思わず耳を塞ぐ事も忘れて呆けてしまう。

 

 人型だったはぐれ悪魔の上半身が変異し、目は複眼へと、口からは無数の牙を生やし、両腕は巨大な鎌へと変貌を遂げる。

 その姿は、昆虫のカマキリによく似ていた。

 大蛇、大蜘蛛、そしてカマキリ。

 更なる異形へと変化したはぐれ悪魔を見て、ぽつりとこぼす。

 

「・・・・・・もう、お家帰りたい」

「カカカカカカカカカカカカカカカカカカッ!!」

 

 今度は三者一斉に向かってくるのを見て、涙目になって叫んだ。

 

「ああ、もうっ、最っ低! ――光力、解放(トレース・オン)ッ!!」

 

―○●○― 

 

Said一誠

 

 おっす、俺は兵藤一誠。両親や学校の友達はみんな俺のことをイッセーって呼んでる。

 

 つい最近、中学三年生になったばかりの、ごく普通の青春を謳歌する少年だ。

 ごめん、ちょっと嘘ついた。

 実は地元では結構有名人だったりする。悪い意味で。

 

 いや、別に不良とか警察のお世話になってるっていう意味じゃなく、ほら、クラスに一人はいるだろ? 女子のスカートを捲ったり、着替えを覗こうとするようなエロい奴。

 それが俺だ。

 ついでに中学からの友人でもある松田と元浜の二人と合わせて、エロ三人組なんて呼ばれてる。

 実に不名誉だ。

 この渾名のせいで、二年の時の修学旅行で女子風呂を覗いた犯人だと迷わず捕まり、朝まで説教される事になったんだ。

 まったく、俺は踏み台になってただけで、まだ覗いてなかったのに!

 先に覗いてた二人が見つからなければ、次は俺の番だったのに!

 

 ・・・・・・ごめんなさい。覗こうとしてました。

 

 おかげで、三年になってからも女子には冷たい目で見られてる。

 学年が変わってクラスも変わったから、一応無視されるって事はなくなったけど、それでも女子と触れ合えないのは悲しい!

 いつまでも男三人でつるむのは嫌だ! 彼女が欲しい!

 

 そんな血涙を流す日々だったが、転機が訪れた。

 なんと松田がそんな俺を見かねて、とんでもない情報をくれたんだ。

 世界が変わるって、たぶんこういうことだって確信したね。

 それくらい、すごい情報だった。

 

 学生の俺には絶対に手が届かないと思ってた。

 話には聞いていたけど、一度も見た事がないから都市伝説かもとまで思ってた。

 数多の彼女のいない寂しい男共を魅了し、虜にしてきた夢のアイテム。

 

 ――そう、エロゲ―だ!!

 

 18歳未満では、絶対にお店が売ってくれない。

 そんな常識を覆すお店が、秋葉原にあるんだと!

 

 夢のような話だった。

 最初は俺をからかうための嘘だって、実際に松田の家にある実物を見るまで信じられなかった。

 でも、今は違う。

 俺にエロゲ―を売ってくれるお店が、秋葉原にはある!

 

 そうわかった時、もう行動に移ってた。

 最寄りの電気店で最新のパソコンを購入し、一応念のために変装用の道具と新しい服も買った。この時点で貯金が半分くらい無くなったけど必要経費だ。

 

 作戦決行は、ゴールデンウィーク初日。

 この日のために更に削った貯金でエロゲ―を二、三本・・・・・・いや、四本買ってやる! それで休みが終わるまで堪能しまくるんだ!

 そう意気込んで秋葉原についた俺は、さっそく松田が書いてくれた地図を片手にお店に向った。

 途中、変なチラシ配りの人から『あなたの願いを叶えます!』って魔法陣の描かれた怪しげなチラシを貰ったけど、そんなのすぐに捨てたね。

 

 今俺が叶えたい願いは、エロゲ―なんだ!

 夢はもうすぐそこまで来てるんだ!

 

 走り出したい衝動に駆られたが、あまり目立ちたくないからやめる。

 せっかく変装したのに、変な注目を集めたら嫌だからな。

 万が一を考えて警察官や補導員の人がいないか、きょろきょろと周りを注意しながら進む。

 

 だから、その光景を見つけたのは本当に偶然だった。

 びっくりした。だって、すごい可愛い女の子がいたんだもん。

 腰まである長い黒髪。整った幼い顔立ち。学校でも見かけないレベルの美少女だ。しかも、黒いチャイナ服を着てる!

 

 思わず足を止めちゃったよ。

 さすが秋葉原だ! と叫びそうになった。

 

 その女の子は何やら困った様子だった。

 女の子の近くには今にも泣きそうな幼女とお母さんだろう大人の女性がいて、二人して幼女をあやしているようだ。

 と、いきなり幼女が泣き出した。

 同時に、幼女が女の子のスカートを引っ張り出した!

 

「おおっ!」

 

 つい歓声が出た。ぐっと手も握った。

 だって、幼女がスカートを掴んだおかげで、彼女の穿いてるスカートが捲れそうになったのだから。

 深いスリットが広がって、その中身を、白く綺麗な足から太ももまで露わになっている。あと少しで、パ、パンツが見えそうで・・・・・・っ!

 

 がんばれ! がんばれ! 幼女ちゃん頑張れ! と心の中で声援を送る。

 幼女万歳! チャイナ服万歳! アキバ万歳!

 でも、残念ながらパンツは見えなかった。

 ぎりぎりの所で幼女が泣き止んでしまったからだ。惜しい!

 

 だが、まあ、満足だ。

 これが、秋葉原か・・・・・・。嬉し涙が出た。

 

 これは幸先が良い。

 まさかこんなラッキースケベに遭遇するとは、何たる幸運。

 素晴らしい光景を見せてくれた二人に、感謝したい。

 そんな感動に打ち震えている時だった。

 

 俺は、見た。

 

 借り上げた髪を金髪に染めたチンピラ風の鼻ピアスの男が、速足で女の子の背後へと近づいてく。そして、彼女の足元に置いてあったバッグを取って走り出した。

 まさか、泥棒? 嘘だろ?

 何が起こったかわからなかった。女の子も不思議そうにしてる。

 というか、バッグが無くなったのに気づいてない。

 

 気づけば叫んでた。

 

「泥棒だああああああああああああああああああぁっ!!?」

 

 みんな驚いた表情で俺を見る。あの子もだ。

 犯人は反対の方向へ逃げてるのに、まだ気づかない。くそっ!

 

「ねえ、そこの君っ! そこの黒いチャイナ服の子っ!!」

「ひっ!?」

 

 全力で走り寄って、声をかけると女の子は明らかに怯えた目で俺を見る。

 ちょっと傷ついた。

 でも、気にしてる時間はない。

 

「ば、バッグ。バッグ、盗られてるっ!!」

「ふぇ?」

 

 何言ってるの? って顔をされた。

 そんな顔も可愛いって、今はそんな場合じゃないんだって!

 早く教えてあげないと!

 

 だけど、俺よりも先に幼女が事実を告げてくれた。

 

「おねえちゃん、バッグなくなっちゃったよ?」

「え?」

「あのね、男の人がおねえちゃんのバッグを持ってちゃった」

「・・・・・・え?」

 

 その言葉に、ようやく自分のカバンを盗まれた事に気づく。

 ナイス幼女!

 しかし、何故か女の子は動かない。

 遠くに逃げる犯人を見て、呆然として動かない。

 

 フ、フリーズしてるのか!?

 慌ててまた声をかけようとして――、

 

「あ、あ・・・・・・、」

「は、早く追いかけ」

「わああああああああああああああああああああああああああああっ!!??」

 

 突然叫び声に、度肝を抜かれた。

 その間に、女の子が消えた。

 いや、違う。走り出したのだ。しかも、めちゃくちゃ速い!

 

「・・・・・・ちょっ、待って! って速っ!?」

 

 あっという間に遠ざかる背中に呼び掛けるも、聞こえてないようだ。

 俺も遅れて二人を追いかける。

 何で俺まで走ってるんだろう? なんて疑問が浮かんだが、走り出した足は止まらない。

 ぐんぐんと距離を縮める彼女の姿に、すげぇと思ったけど、同時に不安も生まれた。

 

 あの子が犯人に追い付いたら、どうなる? 犯人は素直にバッグを返してくれるのか?

 思い出すのは犯人の姿。恐い顔つきで体も大きかった。喧嘩とかすごく強そうだ。やばい。

 美少女が危ない!

 

 そう思って、もう結構離れてしまった二人を懸命に追いかける。

 でも追いつけない! しかも、なんか息苦しいって、マスク付けたままだった!

 そんなバカな事をやっている内に、二人が街角を曲がった。

 

 まずい、このままだと見失う!

 

 必死に走った。それはもう、体育の時だってこんなに全力で走った事はないくらいに。

 角を曲がって、居た。あの子だ! でも何で道の真ん中で蹲ってるんだ?

 まさか、あいつに何かされたのか?

 慌てて駆け寄って、気づく。

 もしかして、泣いてる? やっぱり何かされたのか!?

 

 「えっと、大丈夫か?」

 

 あまり驚かさないように声をかける。

 女の子が振り返った。目に涙を浮かべている。今にも泣き出しそうだ。

 こ、こういう時はどうすればいいんだ? 女の子の泣き止ませ方なんてしらないぞ?

 周りの人達は遠目に見てるだけで、助けてくれそうにない。むしろ関わり合いになりたくないと、目を背けている。

 

 薄情なと思うが、仕方ない。

 いい方法なんて思い浮かばないけど、と、とりあえず笑顔だ!

 

「怪我はないか? よかった。それなら、あー、立てるか? とりあえずここから動かないと。っていうか、あいつどこいった?」

 

 なるべく安心させてあげたい。

 でも、俺ってクラスの女子にだってまともに相手にされた事ないんだもん。

 気の利いた事なんて一つも言えなかった。すげー悔しい。

 案の定、女の子は泣き出してしまった。

 

 周りの視線が集まる。なんか、俺が悪者にでもなった気分だ。

 じろじろと見るな。っていうか手ぐらい貸せよ。愚痴りながら、女の子を連れて逃げるようにそこから離れる。

 その際、女の子の手を握って引張って上げる事になったんだけど、あれだ。女の子の手って、すげー柔らかいんだな! いかん、ドキドキしてきた。

 俺の煩悩が、恨めしいぜ。

 

 それから女の子が泣き止むまでちょっとかかったんだけど、そのあと変な事になった。

 

 気づけば、俺は女の子と近くのファミレスに入っていた。

 何でこんなことになったのか、よくわからない。

 初めは盗難被害を出そうと警察に行こうとしたんだけど、女の子が嫌がったんだ。

 理由は話してくれなかったけど、まあいいや。

 泣き止んでくれたし。

 

 というか、それはどうでもいい。

 今大事なのは、俺が、彼女居ない歴年齢のこの俺が! こんな可愛い女の子と二人で同じ席に着いてるって事だ!

 不謹慎だけど、舞い上がったね。

 だって、生まれて初めてだもん! 小学校の時だって女子共に拒否されて、給食の時間はいつも隣は男子だった。あの頃の苦渋は、きっと今日のためだったに違いない。

 松田と元浜が聞いたら、血の涙を流すだろうな。

 

 この時、俺は浮かれていた。

 

 目の前には可愛い女の子がいて、ファミレスに入ってからも俯いて碌に目も合わせてくれなかった彼女が、段々俺と会話をしてくれて、心を開いてくれたようで嬉しかった。

 それから、俺はもう絶好調。

 調子に乗って、彼女のバッグ探しの手伝いを申し出た。

 困ってる女の子がいたら、それもとびきりの美少女だったら、男ならカッコイイところを見せたくなるだろ? 彼女が自分より年下だったら尚更助けたいって思うはずだ。

 俺に任せとけ!

 そう口が勝手に動く動く。普段言わないような少年漫画の主人公のような台詞が出て、信じられない事に、俺は彼女の信頼を勝ち取ってしまったらしい。

 

 出会ってから初めて、女の子が笑ってくれたんだ。

 

「――ありがとう」

 

 その笑顔に、俺は目を奪われた。

 だってめちゃくちゃ可愛かったんだ。嬉しそうに、安心したように笑う彼女が天使に見えた。

 やばいって。今のは反則だって。

 テンションが一気に上がった。でも、俺の内心を知られたら引かれるかもと思って、頑張って隠した。

 なのに、まだご褒美があった。

 

 衛宮・E・ミウナ。

 

 それが彼女の名前だ。そうなんだよ。名前を教えてくれたんだ。外国人だ!

 しかも、握手まで!!

 やっぱり柔らかい。それに手が小さい! 一日に二度も手を繋げるなんて夢じゃないよな!?

 気分は有頂天だった。それも人生最高クラスの。

 

 こうなったら俺の名前も知ってほしい。

 別れた後でもふと思い出して、この秋葉原に来る度に俺の事をつい探してしまうくらい、俺の名前を彼女の記憶に刻んでほしい!

 

 だから、俺は意気揚々と名乗った。

 

「俺は兵藤一誠。仲の良い奴はイッセーって呼ぶから、ミウナもそう呼んでくれよな!」

 

 うわー、ミウナってファーストネームで呼んじゃったよ!

 まあ、これくらいいいよな。これから一緒に困難に立ち向かうパートナーになるわけだし。

 そして、ミウナは――、

 

「あの、ごめんね。その・・・・・・名前なんだけど、ちょっと聞き取れなくて。・・・・・・あ、良ければもう一回教えて、くれないかな?」

 

 ・・・・・・え? あれ? 

 思ってたのと反応が違う。

 上手くいけばまた笑顔を見せてくれると思ったのに、逆に困惑と、何でか怯えているように見える。

 いや、気のせいだよな? 彼女の言う通り、ただ聞き取れなかっただけだよな?

 そう自分に言い聞かせ、湧き上がる嫌な予感を振り切って答える。

 

 でも――、

 

「俺は兵藤一誠って言うんだ。イッセーでいいぜ、よろしくなミウナ!」

「・・・・・・」

「ミウナ・・・・・・?」

 

 ミウナが目に見えて挙動不審になる。

 額から汗が吹き出し、がくがくと震えて、顔色に至っては真っ青だ。

 なんだよ? どうしちゃったんだよ!?

 聞きたかった。心配して声をかけた。なのに――、

 

 ――なんでそんな目で、俺を見るんだ?

 

 恐怖。

 ただそれだけが、彼女の目に浮かぶ感情だった。

 

 絶叫が、鳴り響く。

 

 それが彼女の上げた悲鳴だと気づくまでの間に、ミウナは姿を消していた。

 何が起こったかなんて、わからない。

 気づいた時にはミウナはどこにもいなくて、俺はいつの間にか歩道を歩いていた。

 

「・・・・・・あれ? ここどこだ?」

 

 辺りを見渡すが、知らない場所だ。

 俺ってさっきまでファミレスにいたよな?

 え? まさか、夢? 今までのは本当に夢だったのか?

 ミウナの事も、窃盗事件も全部幻で、俺の妄想だったのか?

 

 それだったら、笑える。

 というか俺がやばい。俺の妄想がついに現実との区別がつかなくなたって事だ。

 うん。それはさすがにやばいというか、危ない奴じゃん。

 松田と元浜にでも知れたら、からかわれるどころか病院を呼ばれるレベルだ。洒落にならん。

 

「夢、か。・・・・・・まあ、いくら何でも都合良過ぎるもんな」

 

 町で偶然見つけた美少女が事件に巻き込まれ、現場に居合わせた俺が彼女を助ける。

 ファミレスで弱った美少女を俺が介抱し、それがきっかけで美少女は助けてくれた俺に恋心を芽生えさせるのであった! ・・・・・・なーんて。

 普通に考えて、ないな。

 どう考えても、俺が美少女とお茶なんて奇跡でも起きない限り無理に決まってるし。

 くそっ! 考えただけで悲しくなるぜ。

 

「って、そうだ! 俺エロゲーを買いに来たんじゃん!」

 

 やべっ、忘れてた。

 腕時計を見る。げっ、もうお昼を過ぎてる!

 せっかく休みを全部使って堪能し尽す予定だったのに、すごいロスだ。

 えーと、松田のくれた地図ってどこだっけ?

 確かポケットに・・・・・・、あった! って、ん? これじゃないぞ?

 

 俺の手には、くしゃくしゃになった見覚えのない白い紙。

 よく見ると、裏面に何か書いてある。裏返してみる。

 

「・・・・・・これって!」

 

 それはレシートだった。

 

 ――コーラ 130円

 ――カルピス 140円

 

 震えそうになる手を押さえて、何度も読み返す。

 これって、そういう事だよな。

 

「・・・・・・そうだよな。あんなリアルな夢、あるわけないもんな。全部本当の事だったんだよな」

 

 夢でも幻でも俺の妄想でもない。

 事件は起こったし、美少女との出会いもあった。俺に惚れてくれたかはともかく、あの天使のような笑顔も、何もかもが現実なんだって。

 あの子は、俺の生み出した幻想じゃないって。

 

「ミウナ、なんでっ・・・・・・!」

 

 知ってたよ。そうだよ、現実逃避してたよ。

 俺は彼女に逃げられたんだ。ショックでふらふらと歩いてたんだ。

 なんで逃げたんだ? 原因はなんだ?

 名前を教えた途端、彼女は怯えた目で見てきた。あれが全てを物語ってる。

 

 彼女はきっと俺の事を知ってたんだ。

 そうじゃなかったらおかしいだろ? だって、俺まだ何もしてないじゃん。

 気遣いだって俺なりに精一杯やったし、ミウナが元気を取り戻せるように努力もした。

 ちょっと前まで、良い雰囲気だったんだ。

 

 なのに、俺が名乗った。それだけでミウナは俺を恐がってた。

 何でだ? いや、考えなくてもわかる。

 あれだよな。俺の悪い評判。エロ魔人イッセー。

 たぶん、ミウナは俺の噂をどこかで聞いて知ってたんだ。でも、顔まで知らなくて、自己紹介した時に気付いた、と。

 そう考えるのが、一番自然なんだよな。

 

 ・・・・・・なんだ。俺が悪いんじゃん。

 俺が今までしてきたバカな事が、今になって返ってきただけなんだ。

 というか、今どれだけ広まってるんだよ、俺の悪評は?

 地元だけかと思ったけど、もしかして県外まで!?

 

 あーあ。俺ってバカだな。せっかくのチャンスを不意にするなんて。

 いや、やめよう。もう終わった事だ。

 ミウナは俺から逃げた。俺は振られた。それだけだ。

 

 ああ、もうっ! 俺のバカバカバカッ!!

 ええい! こうなったら全部忘れてやる! この悔しさは全部エロゲーにぶつけてやる!

 買う数も五本に増やすぞ。それでゴールデンウィーク中は寝ないでぶっ通しでやりまくるからな。待ってろよ、まだ見ぬ俺の嫁たち!!

 そして、傷心中の俺を慰めてください!!

 

 よし、落ち着いた。

 終わった事をいつまでもくよくよしてるなんて、俺らしくない。

 だから、これでいい。

 ・・・・・・でも、・・・・・・でも。

 

 ちらりとまだ手の中にあるレシートを見る。

 これが唯一残った、ミウナがいた証だ。

 

「・・・・・・ミウナの奴、また泣いてないよな?」

 

 思い浮かぶのは、彼女の泣き顔。

 路上の真ん中で、誰からも助けて貰えず蹲って震える彼女の姿。

 あの時、助けを求められた気がした。

 ミウナが、手を差し伸ばしてほしいと。彼女の手を取った時、離さないでと。

 小さな子供が泣くように。

 

 また迷う。

 本当に終わっていいのか?

 あの子は俺から逃げたんだぞ?。

 俺ってここにエロゲーを買いに来たんだぞ?

 逃げた女の子より、これからの女の子だろ?

 

 そう、俺は今日、エロゲーを買いに来たんだ。

 だったら、迷う必要なんてないじゃん。

 ごめんな、ミウナ。

 

 近くにあったゴミ箱に、丸めた紙屑を放り投げた。

 もう必要ない物だ。いつまでも持ってたって、未練が残る。

 振り返らずに、俺は目的地に向けて走り出した。

 

 歩いて来た道を、引き返す。

 

「ああ、そうだよな。仕方ないよなっ、出会っちまったんだから!」

 

 泣いた顔も笑った顔も、交わした言葉も握った手の柔らかさも、そんな簡単に忘れられるかよ!

 逃げた三次元か、まだ見ぬ二次元だったら、当然生身の女の子だろっ!

 

「泣いてる美少女がいるのに、エロゲーなんて出来るかっ!!」

 

 ごめんミウナ、エロゲーなんかと比べて。

 すまん松田、地図はまた今度描いてくれ!

 

 目指すはファミレス。このレシートのお店だ。

 程なくして着く。そして気づく。

 

「・・・・・・ミウナはどこだ?」

 

 そうだよ、あの子どこいったんだ!?

 俺のバカ。見てないんだからわかるはずないだろ! 早く気づけよ!!

 せっかく戻ってきたのに、手掛かりなしとか間抜け過ぎるだろ。

 

 な、何かないか?

 ミウナがどこ行ったか見てる人とか、・・・・・・そうだ!

 

 思い付き、ファミレスの中へと突撃する。

 

「いらっしゃいま――、きゃあっ!」

「あ、あの!――ぶはっ!?」

 

 目についた店員のお姉さんに詰め寄ったら、ビンタされた! 聞きたい事があっただけなのに!

 

「あっ、す、すいません!」

「い、いや良いんですけど。そ、それより、俺の顔に見覚えありませんか!?」

「え? ナンパ?」

「違げえよっ! あー、ほら、さっき俺、あそこの机で女の子と一緒にジューズ飲んでたんですけど。それで、女の子が突然叫んでお店を出てって、それで」

「ああ、あの時の屑男でしたか。このゴミ」

 

 ええ!? いきなりゴミ呼ばわりされた!

 しかも、周りの店員さんからすごい冷たい目で見られてる!

 で、でも気にしてる場合じゃないんだよ今は。

 

「お、俺、あの子を探してるんです! お店を出てった後にどっちに行ったか見てませんか?」

「「「・・・・・・」」」

 

 反応が返ってこない。

 もしかして、俺ってすごい嫌われてる? 女の子を泣かした屑男って見られてる!?

 そんな男なんて、知ってても俺なら教えたくない。

 だけど、それは困る。

 

「お願いします! 俺、どうしてもあの子にもう一度会わなくちゃいけないんです! 会ってちゃんと話がしたいんです! それで謝りたい。また怖がらせて泣かせちゃった事を、俺はちゃんとミウナの顔を見て謝りたいんだ! だから、どうかお願いしますっ!!」

 

 腰を深く曲げって、頭を下げた。

 一秒、二秒、三秒して、声が聞こえた。

 

「あの子なら、お店を出て右に行きましたよ」

「ほ、本当ですか!?」

 

 顔を上げると、店員さんの一人が気まずそうに教えてくれた。

 そうか右か。俺と逆方向に行ってたんだな。

 

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「あ、いえ、いいんで早く行ってください。お店の邪魔です」

「はい、すいませんでした!」

 

 店を出る。

 見渡すのは、広い街並み。

 この中のどこかにミウナがいる。向かった方向がわかっただけでも充分だ。

 走る。なんか今日は走ってばかりだけど、まだ大丈夫。

 中学男子の体力舐めるな!

 伊達に何年も、バカやる度におっかない教師共に追いかけ回されとらんわい!

 

 町をかけながら、あの綺麗な黒髪と黒いチャイナ服の姿を探す。が、やっぱり簡単には見つからない。

 まさかもうどっかに行っちゃったとか? いや、その前提はなしだ。

 でも、どうしよう。あとはもう運に頼るしかないぞ?

 

 今日はたぶん、それなりに運がいい日のはずだ。

 エロゲーを買えなかったけど、代わりに美少女と知り合えた。これは運命だ。

 だから、赤い線とかがあったら、きっと俺はミウナに再び出会えるはずだよたぶん!

 

 そう例えば、前の路地から急に彼女が飛び出して来て――、

 

『きゃっ!?』

『おっと大丈夫かい? って、ミウナじゃないか!』

『え? イッセー? うそ、どうしてここに?』

『そんなの決まってるだろ。お前を追ってきたのさ』

『逃げた私を追ってきてくれたの? 嬉しい大好きっ!』

 

 ――なんて展開にはならないかな!? 

 

 そんな妄想をしている俺に、前の路地から飛び出してくる影が!

 う、嘘だろ。まさか妄想が現実に!?

 俺はいつでもバッチコーイだ!!

 

 衝突コースを修正し、なんとか彼女が俺の胸に飛び込んでくるような角度へと変える。

 さあ、飛び込んでおいで! って、あれ? なんかでかくね?

 ゴスッ。

 鈍い音がした。俺の視界には一杯に広がる逞しい胸筋の姿が――っ!

 

「ぐああっ、男ぉ――?」

「ぬおおっ!?」

 

 二人して転がる。

 ひぃっ、美少女じゃなくて男が飛び込んできた!?

 しかも、なんか汗でびしょびしょじゃん! 嬉しくねえよ、しっかりしろよラブコメの神様ァ!!

 いや、そんな事より謝らないと。さすがに今のは俺が悪いからな。

 振り返って、気づく。こ、こいつっ、この見覚えのある借り上げた金髪はもしかして!

 

 男の手には、記憶にあるミウナのバッグ。間違いない、犯人だ!

 

「うおおおっ、確保ーっ!!」

「ひぃいいいいいいいいいいい!?」

 

 まさかのミラクルに飛びつく。

 こんな奇跡見たいな出会い、逃してたまるか! 嬉しくないけどな!

 

「この暴れんな! つか、そのバッグ返せよ。それはミウナのだろ!?」

「うぎゃああっ、ば、ばけもっ、ばけっ! 逃げ、逃げ逃げ、と、殺され、ひぃあああああっ!?」

 

 な、なんだこいつ? 正気を失ったみたいに暴れまわるぞ!?

 まるで一刻も早くその場から離れたい、とでも男の姿に、薄気味悪いものを感じる。

 よくわからないけど、逃がすつもりはねぇ。

 

「いい加減、そのバッグを離せっ! ・・・・・・あっ」

「ひぃっ――!?」

 

 つるっと、手が滑った。そのまま掴んでいたバッグを離してしまい、突然力が無くなったことで男はのけ反るように後ろへ倒れる。

 ゴンッ。すごく痛そうな音だ。

 後ろにあった電柱に頭をぶつけたようだけど、生きてるか?

 うーむ、ぴくぴくと動いてるから大丈夫だろ。気絶はしてるけど。

 

「えーと、・・・・・・とりあえず、バッグゲットだぜ!」

 

 こんなところで目的のバッグを取り返せるとは。これも日頃の行いが良いせいだな。

 それにきっと、ミウナも喜んでくれる。仲直りだって上手くいきそうだ。

 その肝心なミウナはいないんだけど。

 

 男が出てきた路地を見る。建物の間にある、狭く薄暗い路地が奥まで続いている。

 まさか、この奥にいたりしないよな?

 半狂乱になっていた男を見て、ごくりと唾を飲み込む。

 

 い、いや、まさかだろ? あの子がここに入っていった?

 でも、こいつの様子も普通じゃなかったし、ど、どうしよう。

 なんかすごく怖いんだけど。

 

 ・・・・・・べ、別のもう少し明るい場所を探してみようかな?

 

 そんな弱気を考えた時だった。

 手が震えた。

 こ、今度はなんだ! って、ミウナのバッグ? 突然動き出したぞ!?

 中で何かが動いてるようだけど、なんか生き物でも入ってるのか? 思わずバッグから手を放って地面に落としてしまう。

 それが原因だったのだろう。

 落ちた拍子にカバンのチャックが僅かに開き、その隙間から何かが飛び出してきた!

 

「ぬぁ―――っ! よく寝ましたぁ!」

 

 な、なんだ、こいつ。なんだんだこいつ!?

 あ、ありのまま起こった事を言うぜ。

 

 ミウナのバッグを取り返したと思ったら、中から何かプラスチックのおもちゃみたいな奴が飛び出してきた。しかも浮いてる。喋ってる!

 何なんだよ、この不思議生物は!?

 いや、そもそも生き物なのか?

 

「いやー、私とした事が、ゆらゆらと揺れる心地良い振動とミウナさんの下着の温もりのおかげで熟睡しちゃいましたよー。もう、ミウナさんの床上手! ・・・・・・って、おやぁ?」

 

 げっ、こっち見た。

 目とかないけど、見られてる気がする。こっち来た!

 

「おやおや、どちら様ですかねー。わたし、寝起きは美少女の顔を見てと決めているのですが、ミウナさんはどこなのでしょう? ミウナさーん、愛しのルビーちゃんが起きましたよー?」

 

 さっきから、聞き間違えじゃなければ。

 ・・・・・・こいつ、「ミウナ」って言ってたよな。

 知り合いなの? というか確実に知り合いなんだろうけど。ミウナの交友関係ってどうなってんだ!?

 こ、声をかけてみる? このままって訳にはいかないし。

 

「な、なあ!」

「んー? はいはいなんでしょうかー?」

 

 呼び掛けに謎の物体が応える。

 よし、意思疎通は出来るようだな。

 

「お、お前、ミウナの知り合いなのか?」

「おや、ミウナさんをご存知なのですかー? ええ、質問はYesです。わたしとミウナさんは切っても切れない関係。わたしのマスターにして、誰にも邪魔できない、深い愛と友情の絆で結ばれた永遠のパートナーなのです!」

「ぱ、パートナーだって? お前とミウナが?」

 

 直ぐには信じられなかった。

 だって、なんかこいつ胡散臭い。

 

「おっと、信じてませんねー? このルビーちゃんがツーと言えば、迷わずミウナさんはカーと鳴く仲だというのに! 堕天使だけに!」

 

 よ、よくわからないが、とにかく知り合いらしい。

 五芒星に羽の生えた奇妙な存在だが、ミウナを知ってるなら話は早い。

 

「あのさ、ミウナの事で聞きたい事があるんだど、いいか?」

「そうですねー、質問にもよりますが。あ、でもその前に・・・・・・そろそろあなた様のお名前を聞いてもよろしいでしょうか。あとミウナさんとの関係についても、詳しく!」

 

 あ、そっか。そうだよな。

 自己紹介がまだだっけ。またやっちゃったよ。

 ミウナの時も名前を言うのが後になっちゃったんだよな。

 

 よし、あの時のリベンジだ。

 声高らかに名乗り上げてやる。

 

 後になって、この時が間違いなく俺の人生の転機だったと思う。

 だって、そいつに俺の名前を教えたのは、あまりにも致命的過ぎたのだから。

 

「俺は兵藤一誠。イッセーと呼んでくれ!」

「わたしはルビーです。ルビーちゃんでもいいですけど、その時は愛を込めてぇええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!!!!????」

「うわっ!?」

 

 突然の大声に驚く。今度はなんだよ!

 っていうか、何でルビーまで驚いてるんだ?

 俺の悪評って不思議世界でも有名になってるの!? あいつはやばいって不思議の国の世界でも言われちゃってるの!?

 

「兵、藤、一、誠!? イッセーとはこれはまたまた! いやいや驚きですねー。まさか、あのミウナさんが、あのイッセーとですか? え? マジですかー!? 私が寝ている間に一体ナニが!?」

「なんだよ、その反応! お前も俺の事を知ってるのかよ!?」

「ええ、知ってますとも! ああ、いえ、言えないんですけどね。まあ、そんな事は置いてときまして、一体、いつ、どこでっ、ミウナさんと出会たのか教えてください! というか肝心のミウナさんはどこにいったのでしょうか。近くにはいないようですがー?」

「そのミウナを探してるんだよ! どこにいるかわからないか?」

「んー、ちょっと待ってくださいね。・・・・・・おや、結構離れた場所にいるようですね?」

「わかるのか!?」

 

 マジか!? でもそれが本当ならミウナに会える!

 

「ええ、わかりますよー。このルビーちゃんの手に掛かれば、例え地球の裏側に居たって見つけ出す事が出来ますとも! それでイッセーさんはミウナさんに会いたいんですよね? わたしとしてはぜひ案内したいのですが、その前にすこーし詳しく、出来れば簡単に状況を教えてもらえますかー?」

 

 興奮したように右左へと飛び交うルビーは、俺がミウナの名前を出した途端に動きを止めた。

 心なしか、声に真剣さが入った気がする。

 なら、俺も話をさせてもらおう。

 

「実はかくかくしかじかで・・・・・・」 

「まるまるうまうまと。・・・・・・ほうほう、なるほど。大体わかりましたよ。おかげでミウナさんが何をしてるのかも予想はつきました」

「え、今ので? 本当か?」

「ええ。一言で言うなら、ミウナさんがピンチです!」

「・・・・・・は?」

 

 ピンチってなんだ?

 なんで今の話からそうなるんだよ。

 

「いいですか、イッセーさん。出会って間もないイッセーさんはまだ知らないと思いますが、実はミウナさんはとんでも不幸体質なんです」

「とんでも、不幸体質ってなんだ?」

「一応そのままの意味と捉えて貰ってもいいですよ? ミウナさんってば幸運ランク(笑)が結構高いくせに、毎度事件に巻き込まれ易いんです。今回みたいに」

 

 な、なるほど、よくわからん。

 体は子供の名探偵コシンみたいな体質って考えればいいのか。

 

「なので、今のようにわたしがミウナさんと離れてる時とか、決まって何かに襲われてるんですよねー」

「襲われてるだって!?」

「ええ。悪魔か天使か、はたまた同じ勢力の方々か。ミウナさんは人気者ですからねー。これはほぼ確実と言っていいでしょう」

 

 悪魔? 天使!?

 やばい、そろそろ話についていけないぞ!

 どんどん話がオカルト方面に向かっていきやがる。目の前の浮いて喋る謎の物体も充分オカルトだってのに、これ以上まだ何かあるのか?

 

「そ、それって大丈夫なのか?」

「いえ、ダメですね」

 

 ダメ!?

 

「ミウナさんはわたしがいないと弱っちいですからねー。大方今も苦戦を強いられてる最中でしょう」

 

 な、ならのんびりしてる暇はないんじゃないか?

 今の話が嘘か本当化は定かじゃないけど、ミウナが危ない目に合ってる可能性があるなら早く探して、助けないと。

 

「いやー、どうしましょうかねー、困りましたねー?」

「どうするって、助けないのかよ?」

「・・・・・・助けたいですか?」

 

 俺の質問に、ルビーがちらりとこちらを見る。

 なんか罠に嵌った気がしたけど、気のせいか?

 

「ミウナさんを助けたい、ですか?」

「当たり前だろ!」

 

 そんなの決まってる。

 迷わず頷く。だって俺はそのためにここに来たんだ。 

 

「ここから先はすごーく危ないのですが、それでもミウナさんの力になりたいとイッセー様は言うのですか?」

「む、むしろ望むところだぜ! 何が待ってるか知らないけど、ミウナが危ないんだろ? だったら、俺で力になれるのならなりたい。いや、ならせてくれ!」

 

 本当はちょっと怖くなってきた。

 でも、この言葉に嘘はない。俺は、ミウナの力となりたいんだ。

 

「いいお返事です。さすがイッセー様! ではミウナさんのところへ案内しましょう。ついて来てください!」

「おうよ!」

 

 ミウナのカバンを抱え直し、ルビーの後に続く。

 待ってろよ、ミウナ。今行くからな!

 

 こうして役者は、舞台へと上がっていく。

 ゆっくりと物語は狂い始めた。

 

Said out

 




ルビーオリ機能『ミウナさんレーダー』
主人であるミウナを、例え地球の裏側にいても、別世界にいてもがだいたいの位置を特定できる。
距離の近さで精密度が上がってくる。
つまり、ルビーを太平洋に置き去りにしようが、次元の彼方へ捨てようが意味はないということ。

けっこう便利な機能のはずなのに、なんでルビーが持ってるだけでこんなに嫌な能力に見えるんだろう。だいたい原作での奴の言動が原因なのは明白だが・・・。
オリジナル設定にしたけど、なんか原作の方も普通に持っていそうで怖い。

ルビーからは、逃げられないっ!


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第四話 孤独な小鴉の戦い

弱小系主人公なので、ミウナが酷い目にあいます。
そういうのが苦手な人はごめん。
戦闘描写が難しいんじゃ~(汗)。



 はぐれ悪魔。

 

 それは、己の力に溺れて主を殺した悪魔の総称。

 欲望のままに人間を襲うことから、どの陣営でも見つけたら即刻始末するよう命令されているほどの極めて危険な存在。

 

 そんなはぐれ悪魔との戦いは、第二ラウンドへと入った。

 

 はぐれ悪魔が腕の鎌を振るうのに合わせて、私も再び生み出した光槍を盾として使う。

 ガッと火花が散らして正面から受け止める。けど、はぐれ悪魔は構わず押し込んできた。

 重い。踏ん張るのは無理だ。

 ならばと押される力を利用して、後ろへと跳ぶ。だが、すぐ後ろには閉ざされたシャッターがある。これ以上は下がれない。

 いや、私の狙いがそれだ。

 右足で着地し、左足は後ろに伸ばしてシャッターへと着ける。反動を殺し、直後に左足でシャッターを蹴って前へ出た。同時に光槍を投擲する。

 

「やぁっ・・・・・・!」

 

 気合の声と共に放った光槍が、追撃をかけようとしていたはぐれ悪魔へと向かう。

 しかし、再度振るわれた腕の鎌に弾かれた。けど、やつの動きも一瞬だけ止まった。

 その隙にはぐれ悪魔の側面を駆け、背後へと回り込む。

 

 「――光力、解放(トレース・オン)!」

 

 創造するは、短槍。長さは三十センチ。投擲特化型。数は二本。

 私の手の中で光が形を作っていく。

 その間にはぐれ悪魔がこちらに向き直る。早く、早く・・・・・・ッ。出来た!

 

「くらえっ・・・・・・!」

 

 二本の短槍を両手で投げる。その際、一本目と二本目で僅かにタイミングにずらした。

 一本目、また鎌に弾かれ霧散する。でも二本目がやった。

 防御を掻い潜り、はぐれ悪魔の右眼を削った。直撃じゃないけど、これであいつは右目が見えない。

 

「ギィッ、ガガガガガガガッ!」

 

 痛みと怒りの籠った呻き声が上がる。

 横から来た大蛇の突進を躱しながら、私は思考する。考える。

 次の動き方、カマキリの挙動、大蛇の挙動、大蜘蛛の挙動。観察して、理解して、次へと活かす。

 一撃入れたからって調子に乗るな。まだ一撃、それも致命傷にもなってない。油断するな。勝った気になるな。それやっていつも失敗するんだから、常に相手は格上だと思って戦え。

 そう自分に言い聞かせる。

 

 私は弱い。それは自分がよく知ってる。

 今の攻防にしても、他の低級堕天使でももっと上手くやっただろう。

 本来光を生み出すのに詠唱なんて必要ないし、待ち時間もほとんどない。威力だって段違いだ。

 だけど、私にはみんなと同じように出来ない。

 わざわざ詠唱を唱えないと上手く光を形成出来ないし、時間も最短で三秒かかる。集まった光を更に凝縮させて密度を増し、武器を模って固定させる。これだけやっても、まだ平均には届かないのだ。

 

 だから、見極める。いや見極めるなんて大層な事は到底出来ないけど。

 それでも目で見て、耳で聴いて、肌で感じて、私の全てを使ってでも相手の仕草や反応からパターンを割り出す。そして常に更新させ続けて勝機を掴み取ってみせる。

 

 例えば、そう、さっき私がはぐれ悪魔の横をすり抜けて背後に回った時、あの時自由に動けたはずの大蛇は私に攻撃をしてこなかった。

 ううん、出来なかったんだ。たぶん、自分の攻撃が味方を巻き込むのを恐れて。

 大きいし、今の所攻撃方法は突進と咬み付きだけだし。細かい動きが出来ない? ありえそう。なら後ろへ下がらず前へ出た方が安全かもしれない。

 もし当たってたら、これは良い情報ね。まだ検証が済んでないけど、正解なら大蛇の攻撃をだいぶ抑えられる。

 

 一つだ。一つずつ相手を暴く。

 攻撃手段を分析して、癖を見つけて、その先ではぐれ悪魔を丸裸にして見せる。

 そう意気込んで、私は再び詠唱する。

 

「――光力、解放(トレース・オン)!」

 

 今度は短剣だ。長さ三十センチ。数は二本。切れ味よりも強度を優先。

 それを両手に握り締め、はぐれ悪魔の懐へと飛び込む。

 さあ、勝負よ!

 あなたを私に教えて。私に全部見せて。互いの命を賭けて、殺し合いを始めようかッ!!

 

「カカカカカカッ・・・・・・!」

 

 はぐれ悪魔が笑う。獰猛な笑みだ。気持ち悪い。

 間合いに入った私に対して、はぐれ悪魔は腕の鎌で襲い掛かってきた。

 来る。まずは右上。真正面から受けないように鎌の側面を弾く。弾いた。上手く出来た。でも喜んでる暇はない。次、左から水平斬り。重心を落として、左の短剣で下から上へとぶつける。今度はまた右上。打ち返す。次左。・・・・・・うん、無理!

 

 暴風のような連撃だ。防御だけで精一杯で、とても反撃なんて出来ない。

 力も強い。防ぐ度に、腕の痺れが増していく。っていうか、なんでこんなのに真正面から挑んでるのよ。バカじゃないの!?

 いけない、と思った。

 私の意識が堕天使側に寄り過ぎてる。

 命を懸けた死闘のせいで、私の魂に刻まれた堕天使の本能に意識が惹かれ過ぎている。

 

 前世にはなかった本能だ。

 人間ではなく堕天使だからこそ。目の前の悪魔という滅ぼすべき存在が、私の血を高揚させる。

 だけど、このままじゃダメだ。

 本能に任せて戦うのは、私の戦い方じゃない。

 冷静に。揺らがず。鍛えてくれたお姉ちゃんの言葉を思い出す。

 

『いいかい、ミウナ。興奮しちゃダメ。熱くなり過ぎてもいけない。熱を持つのはいいけど、心は常に平穏にしておくこと。冷たく、静かに、些細な事で揺らさないで。――揺らがずに、殺そう』

 

 そうお姉ちゃんに教わった。優しい声でとんでもない事を言ってるけど。

 そんなの無理だよ。だって怖いもん。殺すのに冷静になんてなれない。お姉ちゃんと違って、私は小心者で臆病だから。

 

 ・・・・・・でも、うん、落ち着いた。ありがとう。

 

 方針を変えよう。

 左からの攻撃を受け流すと、次の攻撃が来る前に横に跳んだ。

 はぐれ悪魔の右側。左の鎌が届かない位置を陣取る。ここなら上半身が体を捻っても左腕の鎌には威力が乗らない。注意は右腕の鎌だけでいい。

 右腕の鎌を左手の短剣で弾いて、残った右手の短剣で相手の胴へと切り込む。

 

「ガガッ!?」

 

 傷は浅い。だけど光での攻撃だ。効果は抜群!

 振り払うように来た攻撃もいなし、更に二連撃。そこでようやくはぐれ悪魔が動いた。

 ズズズッとはぐれ悪魔が回転する。下半身の大蜘蛛が器用に足を動かして旋回していた。私を正面に捉えるつもりなんだ。

 だから、私も一緒に回る。常に傍に張り付いて、鎌の攻撃を防ぎ、時折来る大蛇の攻撃を躱し、反撃のチャンスがあったら迷わず短剣を振るった。

 ぐるぐると回る。避ける。打ち返す。横へ。弾いて、斬る。避ける。その間も観察を続ける。少しづつわかってきた。

 

 やっぱり大蛇の攻撃は目に見えて減った。攻撃を躊躇ってるようにも見える。

 大蜘蛛も。上半身が攻撃する時、はぐれ悪魔の巨体が仇になってそのままでは私に鎌が届かないから、大蜘蛛が頭を下げて、上半身が身を乗り出すような形で攻撃している。

 おかげで大蜘蛛の口が閉ざされ、溶解液が来ない。来るとしても一旦上半身がのけ反る動作が入るから、楽に避けられる。

 これは嬉しい誤算だ。

 

 ただ逆によくない事もわかった。

 まずは上半身。右の複眼を潰したにも関わらず、攻撃が私を正確に捉えてる。もしかしたら、他の二体と視線が共有されてるのかもしれない。悪魔だし、ありそうだ。

 それから大蜘蛛は、刃物が効き難いみたい。何度か機動力を奪おうと足の関節や付け根を斬り付けたが、傷一つ付かない。光も効果が薄いようだ。悪魔のくせに。

 大蛇はもう放置する。だって構ってる余裕ないんだもん。来たら避ける、くらいしか出来ない。

 

 最後に、どうも私の攻撃ははぐれ悪魔にとって致命傷へ至るほどの威力はないらしい。

 これはまずい。というかやばい。これが今の私が持つ唯一の攻撃手段なのに。

 光の武器もはぐれ悪魔の攻撃に曝される度に、削られ壊れていく。その度に作り直すしてるけど、当然私の光力も消費されるわけで、残量が不安だ。

 体力もけっこうきつい。捌き切れなかった攻撃で血が流れた。このままだとジリ貧になる。

 

 打開策を考えないと。どうする? どうしたらいい?

 こういう時の為に、お姉ちゃんが鍛錬をつけてくれたんだ。この世界で弱いままじゃ、生き残れないって。何も出来ずに殺されるって。

 だけど私は弱いままだ。悔しい。死にたくない。死ぬのはやだ。

 

 勝負に出るしかない。

 

 防御を繰り返しながら、機会を待つ。

 足を動かし続け、攻防の速度を決して落とさず、はぐれ悪魔に来るべき反撃の時まで決して悟られぬように。

 まだなの? 早く来て。まだ、まだ、来た。上段の大振り。今だ!

 

 前に出る。

 体を横にし、二本の短剣は前後で構える。

 振り下ろされるはぐれ悪魔の鎌に合わせて、前の短剣で迎撃、しない。

 あえて前へ、より近くへ踏み込んだ。狙いが外れた鎌は、すれ違った私の肩を浅く切り裂く。痛い、泣きそう。でも我慢だ。

 床を蹴る。より強く、一息で跳躍する。

 目指すははぐれ悪魔の上半身。

 今までのリズムを崩して突然飛び掛かてきた私に、はぐれ悪魔が咄嗟に迎撃の為に鎌を振りかぶろうとしたが、――させないッ!

 後ろの手に持ってた短剣を投げつける。

 短剣は上半身の顔に当たり、はぐれ悪魔が「ギアッ!?」と呻いて怯む。

 隙が出来た。ここで決める!

 

「破ァッ・・・・・・!」

 

 勢いを乗せて、足を振り上げる。旋風一閃の上段蹴り。私の得意技だ。

 私のブーツが、短剣がぶつけた場所へと寸分違わず炸裂した。今度は悲鳴も上がらない。

 痛いよね。だってこれ鉄入りだもん。

 でも手は緩めない。

 はぐれ悪魔の背中に飛びつく。

 後ろから手を回し、残った短剣をやつの顎の下、首の前へと通す。そして持ち手の反対側を逆手で握り締め、一気に後ろへと全体重を掛ける!

 

 短剣が、はぐれ悪魔の首へ喰い込んだ。

 

「ギィ、ガガガガガガガガガァッ!!?」

「ああああああああああっ!!」

 

 叫んだ。私も、はぐれ悪魔も。

 はぐれ悪魔が狂ったように暴れる。私を振りほどこうと、上半身を振り回し、両腕の鎌で斬ることまで出来ないようだが、あちこち殴打してきた。

 大蜘蛛も暴れ馬のように飛び跳ね、大蛇が何度も体当たりで私を吹き飛ばそうとする。

 視界が回る。痛い、全身が痛い。今にも死んじゃいそう。でも、力は緩めない。両足をやつの背中に着けて、力の限り押し込む。死ぬ。死ね。死んじゃえ!

 

 必死だ。私もはぐれ悪魔も、命を懸けてるんだから。

 はぐれ悪魔の抵抗が苛烈さを増す。もう傷だらけだ。ボロボロで、死ぬかもしれない。だけど、この手だけは離さない。絶対に諦めない。

 

「こんな、ところでぇっ! 死ん、で、たまるかぁあああああああっ!!!!!」

 

 意識を保つために叫んだ。その時だった。

 いきなり力が抜けた。抵抗が消え、私の体が後ろへと吹っ飛ぶ。

 受け身も取れずに床に落ちて、転がって、ようやく止まった。けど、何が起こったのかがわからない。呆然としそうになって、はたと気づく。

 手を放しちゃった? それとも短剣が壊れた? どちらにしろ、最悪だ。せっかくのチャンスが、生き残る可能性が、指の間から零れていく錯覚がする。

 

 って、こんなところで寝てる場合じゃない。はぐれ悪魔の追撃が来る!

 手に力を込め、なんとか体を起こす。振り返って、私は見た。

 

 はぐれ悪魔はその場から動いてなかった。

 さっきまでの暴れっぷりが嘘のように静まり、今はぴくりとも動かない。何故か。たぶん、はぐれ悪魔の上半身の首から上が、無くなったから。

 力尽きて動かない上半身を見て、遅まきながら状況が理解できた。

 

 手を放したのでも、武器が破損したのでもない。

 私の短剣が、先にやつの首を落としたのだ。

 

「・・・・・・は、ははっ」

 

 笑い声が漏れた。

 やった。

 そう思った。瞬間。

 

 目の前が真っ白になった。

 

 ・・・・・・・・・・・・え? 何?

 そう考えられるようになるまで、結構かかった。

 おかしい。目がぼやける。耳も。すごい耳鳴りがする。ていうか、なんで私、また床に寝転んでるの? 確か、はぐれ悪魔をやっつけたんだ。そこまで思い出して、痛みがきた。

 

「ぁっ・・・・・・ぐっ・・・・・・っ・・・・・・!?」

 

 痛い。体中が痛い。声出せない。息も出来ない。なんで? 何が起こったの?

 今度こそわからなかった。

 わからず、でも、答えが聞こえてきた。

 

「カカカカカカカカッ」

「っ・・・・・・!?」

 

 そんな。嘘だ。だってさっき。さっき私が殺した。首を斬って、殺したはずだ。 

 信じられない思いで顔を上げる。

 いた。さっきの場所にいる。はぐれ悪魔の首は、やっぱりない。じゃあ、今のは? 幻聴? 違う。そうじゃない。あっちの方じゃなくて、こっちのやつ。私を見てるやつ。

 

 大蛇が私を見てる。

 目が合うと、にやりと笑った。

 

「カカカッ! 小鴉ノ分際でェ、ヨモヤ我ガ半身ヲ倒ストはァ。カカカカッ、ヤルなァ!」

 

 喋った。耳障りな声で。まさか・・・・・・?

 

「・・・・・・そっちが、本体って、こと?」

「ソウだァ。カカカッ、少シハ楽シマセテ貰ッタぞォ、小鴉ゥ」

 

 肯定の言葉に、私の感情が揺れ動いた。

 そんなのって、ありなの? 頑張ったのに、全部無駄だったてこと?

 恐いのを我慢したのに。痛くて泣きそうになるのを耐えたのに。したくもない戦いをしたのに。・・・・・・その結果がこれって。・・・・・・こんなの、すごく。

 

 ・・・・・・ムカつく。

 

 ムカつくムカつくムカつく!こいつ、すごい腹立つ!!

 

「私、アンタのこと、大っ嫌い!」

「カカカッ! ソノ顔がァ、オ前ノ顔ガ屈辱ニ歪ムトコロガ見タカッたァ!」

 

 嘲笑うはぐれ悪魔を睨み付ける。

 こんなに怒ったのは初めてかもしれない。

 だって悔しいじゃない。こっちは死にもの狂いで戦ってたのに、はぐれ悪魔は遊んでた。

 失っても構わない分身を私に宛がって、あいつは遊んでたんだ。必死になる私を見て、バカにしてたんだ。

 

 一人でも戦えるなんて、少しでも夢見た私がバカみたい・・・・・・っ!

 

 決めた。一発でもいいから殴ろう。

 そう決意した途端、体が動いた。もしかしたら、怒りで一時的に痛みを感じなくなってるのかもしれない。アドレナリンが溢れ出すぜ。

 

「カカカカッ! イクぞォ、小鴉ゥ!」

 

 その言葉に、歯を食いしばって身構える。

 攻撃が来る。突進か咬み付きか。来るなら来い。と、気づいた。

 大蛇の目が、赤く光ってる?

 それを見て、ぞわりと全身に寒気が走った。羽毛が逆立つ。

 咄嗟に私は跳んだ。床を蹴り、羽を羽ばたかせてまでして、その場から少しでも距離を取るために。

 

 ズゥン!

 

 空間が爆ぜた。

 

「がっっ!?」

 

 重い衝撃に背中が叩かれる。

 脳が揺れ、肺の中の空気も強制的に押し出された。

 再び無様に転がりながらも、私には何が起きたかを漠然とだが予想できた。

 

 爆発だ。何もない空間が爆発した。

 こんな現象を起こせるのは、一つしか知らない。

 

 魔術。神秘の力。悪魔の術。

 それを大蛇が使った。悪魔だから当然なんだけど、完全に予想外だった。

 

「カカカッ。ヨク避ケタなァ。・・・・・・モッとォユクぞォ!」

「~~~~~~~~っ!!!???」

 

 はぐれ悪魔の声に戦慄する。

 逃げろ。逃げなきゃ。今すぐ、逃げて!

 考える前に手が動いた。足が駆けた。無我夢中で床を蹴り、前をまともに確認せずに走る。

 死の匂いを嗅ぎつけた本能に、この時ばかりは縋るしかなかった。

 

 そんな私の後ろで、爆音が響く。

 一つじゃない。音が続く。振動が収まらない。

 連続して起こる爆発が私の通った道を辿り、私を追いかけてくる。

 

「っあ!? ・・・・・・っ!? 」

 

 炎が私の肌を焦がした。爆風で砕けた床の破片が私の体を傷つける。

 それでも逃げるしかない。足を止めれば、終わらない爆発に飲み込まれる。殺される。それが嫌だったら、満身創痍になってでも走り続けるしかない。

 でも、こんなの時間の問題だ。

 打開策を考えないと、この魔術を破る方法を見つけないと、もう体がもたない。

 

 爆撃に曝されながら、歯を食いしばって探す。

 

 目だ。大蛇の目。

 赤く光ってるところに、魔法陣がある。

 たぶん視認した場所に魔術を発生させる、空間爆撃の魔術。

 だから、あいつの目さえ潰せれば・・・・・・!!

 

「――光り(トレー)

「サセルかァ!」

「・・・・・・ぐっ!?」

 

 頭上から来た爆風が、私を襲った。

 詠唱が中断され、バランスを崩した体が宙に浮く。

 まずい。そう思った時には床に叩き付けられていた。足が止まる。爆発が追い付く。

 

 両目を閉じた。

 それしか出来なかった。

 

 一秒、二秒、三秒。来ない。衝撃が、爆発が来ない。

 目を開けて、何故自分がまだ生きてるのかがわからなかった。

 

「・・・・・・どういうつもり?」

「・・・・・・」

 

 不自然な静寂に疑問をぶつけるが、応えない。

 王手を掛けているはずのはぐれ悪魔は、不動のまま私を赤く光る眼で見つめるだけだ。

 

 私を、殺さないの? なんで? いや、この際なんでもいい。相手が動かない内に――!

 

「――光力、か(トレース・オ)

「カカッ!」

「がぁ・・・・・・ッ!?」

 

 避ける暇もなかった。

 至近距離で起こった爆発の衝撃で吹き飛ばされる。

 壁に激突し、悲鳴が漏れた。目がちかちかと瞬き、意識が点滅する。

 

 わからない。わからない! 何がしたいの!?

 

 そう喚きたかった。でも、喉が嗄れて声に出ない。

 苦しい。痛い。痛みがぶり返してきた。体も思うように動かない。

 動かないといけないのに。戦わないといけないのに。

 どうにか立ち上がろうとして、やつの声が聞こえてきた。

 

「カカカッ、ソウかァ。ソウイウコトかァ・・・・・・」

「?」

 

 その言葉は、先ほどまでの凶暴性がなりを潜め、どこか満足したように聞こえた。

 はぐれ悪魔は私を見て、にたりと笑った。

 

「オ前ェ、ソレシナイとォ、光ガ出セナインダろォ?」

「・・・・・・っ!?」

 

 その言葉に、私のは心臓が止まるかと思った。

 バレた。私の弱点が。光を使うのに詠唱が必要だってことが。

 何で? じゃない。そんなの決まってる。

 私が戦いながらはぐれ悪魔の行動を観察していたように、はぐれ悪魔だって私を見てたんだ。

 

「ヤッパリなァ。初メ見タ時カラよォ、ズットオカシイト思ッタンだァ。ダッテよォ。小鴉ゥ、オ前ェハ俺ノ知ッテル鴉共ト違ウカラよォ」

「・・・・・・」

「アイツラ俺ヲ見ルトよォ、バンバン光ノ槍ヲ投ゲテクルンダケドよォ。オ前ェ、全然ナッチャイネェジャネエかァ」

 

 そんなの、はぐれ悪魔に言われなくてもわかってる。

 戦いの中での三秒はあまりに遅過ぎで、致命的だなんて。しかも、それが基本攻撃に必要な手順なんだからもっと悪い。

 詠唱を止められない為の訓練はしてる。けど、それはあくまで相手が物理的に止めようとして来た時の対処法がメインだ。

 単純な暴力なら、受け流せばいい。避ければいい。

 だけど、このはぐれ悪魔が使うのは、空間を爆発させる魔術。どうやっても、防ぎようがない。私との相性が悪過ぎる。

 

「カカッ。ナンダよォ、急ニ黙ッチマッてェ。俺ハ小鴉ノコトをォ、褒メテルンダぜェ? 俺ガ戦ッテキタ鴉共ハよォ、小鴉ヨリ大キイ癖ニ逃ゲテバカリでェ、全然近寄ッテ来ネえェ。デもォ、オ前ハ立チ向カッテ来タなァ。小サイ癖にィ・・・・・・、カカカッ。愉快だァ」

 

 違うよ、勘違いしないで。

 他のみんなが正しいんだ。私だって、離れたまま攻撃出来る力があったら迷わずそうする。誰が好き好んでアンタみたいな化け物に近づきたいものか。

 それとなに楽しんでるのさ。こっちは死にそうなのに。ムカつく。悪魔嫌い。

 

「ぐっ・・・・・・うっ・・・・・・ッ!」

「おォ、マダ立ツノかァ? カカカッ、ヤッパリ面白イゾ小鴉ゥ! ――――デモ飽キタぜェ」

 

 ぴちゃり。

 何かが私の右足に当たった。たぶん水のような―――、

 

「うあっ、ぁぁぁぁあああああああああああああああああああっっ!!!!????」

 

 我慢すら出来ずに、私は絶叫を張り上げた。

 熱い! 足が熱い! 灼熱の痛みに転げ回る。

 足から紫色の煙が上がっていた。太ももから足首に肌が爛れ、尋常じゃない激痛が体中を駆け巡り、とても立っていられない。

 

――これは、溶解液!?

 

「カカカカカカカカッ!」

 

 体を揺らしてはぐれ悪魔が笑ってる。でも、それだけじゃない。

 さっきまで止まっていた大蜘蛛が動いてる。首を失ったはずの上半身まで!

 そうか。本体は大蛇の方だから、そっちはいくら傷ついても大丈夫なんだ。

 あはは、これじゃあ本当に私がバカじゃん。

 

 泣いた。もう我慢出来なかった。

 やだ。もうやだ。痛いよ、苦しいよ。家に帰りたいよ。何で私がこんな目に。誰か代わってよ。やりたくないよ。逃げたいよ・・・・・・っ!

 

 今まで抑えていた人間側の私が、泣き喚いて訴えてくる。

 カチカチと歯が鳴った。気力を根こそぎ奪われた。

 恐い。すごく怖い。

 やっぱり、私には無理だよ。

 こんな怖くて危ない世界で生きていこうなんて、無理だったんだ。

 

「カカカッ、ドウシたぁ? モウ逃ゲナイノかァ?」

 

 うん、逃げないよ。どうやったって、逃げれないよ。

 だから、もういいの。私の負けだから。私じゃあなたに勝てないから。

 諦めよう。なにもかもを。

 それできっと、楽になれる。だから。

 

 はぐれ悪魔はもう目と鼻の先にまで来ていた。

 近い。それはもう大蛇の牙の付け根がしっかりと見えるくらい。

 生暖かく獣臭い吐息が顔に当たる。最期がそこまでやって来てる。

 

 本体である大蛇の顔を近づけても、余裕な態度だ。

 もうこっちに戦う術がないと気づいてて、私をいたぶってる。生殺しにしている。

 

 やめてよ、そういうの。

 恐くて、震えが止まらないんだからさ。

 

 早く私を――――――――、

 

「カカカッ、ナンダッタラよォ、ソノ『羽』ヲ使ッテモイインダぜェ? カカカカカッ、まァ、ソンナミットモナイ片翼デ飛ベルナラのォ、話ダケドなァ。カカカカカカカカカカッ!」

 

 ドクリッと、心臓が奇妙な音を立てた。

 目に火が走る。

 

 ・・・・・・今、なんて言った?

 

 クスクス。

 脳裏に笑い声が再生される。

 私を見下ろす女の人。

 それも複数。

 笑ってる。

 嘲笑してる。

 誰かが。

 あいつらの笑い声が。

 はぐれ悪魔の声と交わって。

 

「黙れェェェェェッェェッッ!!」

 

 頭が焼ける。

 一瞬で塗り替えた憎悪が、恐怖を上回った。

 手を突き出す。

 光の奔流が、暴走する。

 

「ギャァガガガガガァァァァァァァッッ!!?」

 

 大蛇が突然襲った猛毒の聖光に、悲鳴を上げた。

 お互いが触れられる距離まで不用意に近寄ったせいで、超至近距離からの奇襲を受けたのだ。さすがの大蛇も苦悶の鳴き声を上げながら、のたうち回る。

 

 光爆。

 

 私の持つ全ての光力を()()()()()打ち出す、正真正銘の切り札。最後の手段。

 抽出量も固定化も考慮しない、故に詠唱も必要ないゼロ距離でのみ使える自爆技。

 焼き爛れた自分の手を見て、思う。

 

(・・・・・・ようやく、一矢報いれた)

 

 幻影は見えなくなった。

 あいつらの笑い声も聞こえない。

 ぺたんと腰が床に着く。途方もない脱力感に支配され、指一歩だって動かす力が残ってない。

 

「グッ、ギイッ・・・・・・! ヨクモヤッテクレタなァ、小鴉ゥッッ!!」

 

 大蛇が吠える。

 顔は鱗が剥がれ、赤黒い血で汚れているが、まだまだ元気そうだ。

 怒りに満ちた目で私を睨み、双眸に赤い魔法陣を展開させた。

 赤く、更に暴力的なほど赤く。

 高まっていく魔力を感じ、この後なにが起きるのかを自ずと理解した。

 来る。最大級の爆発魔術が。

 きっと、私には耐えられない。

 

「殺すゥッ! 木ッ端微塵ニシテクレルわァッッ!」

 

 迫る破滅の未来を視ながらも、私はただ壁に背中を預けてぼーとその光景を眺めているだけだった。

 困ったことに、本当に何も出来ないのだ。

 体力はとうの昔に限界を迎えている。

 光も最後の一滴まで絞り出した。

 羽だって満足に動かせない。

 満身創痍になった体は悲鳴を上げる事を止めず、気を抜いた瞬間に意識を失ってしまいそうだ。

 

 それでも。

 

(・・・・・・死にたく、ないな)

 

 一度は諦めた生が、私に呼び掛ける。

 絶望的な状況下の中で生まれた願いが、産声を上げた。

 

 生きたい。

 死にたくない。死にたくないよっ。

 みっともなくてもいいから。弱いままでもいいからっ!

 こんな場所で死ぬのは嫌だ。誰にも看取られずに死にたくない!

 お姉ちゃんに会いたい!

 ルビーともっと一緒にいたいっ!

 

 辛くても苦しくてもいいからっ! 私はこの世界で生きていきたいッッ!!

 

 そう願ってるのにっ! 体が動いてくれないっ!?

 動けっ! 動けバカッ!

 死にたくなかったら、最後まで足掻いてよっ!

 地面を這ってでもいいから逃げてよっ! 

 

 なんで、私にはそんな事すら出来ないの!?

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・けて」

 

 弱い自分が嫌になる。

 最期まで震えてる事しか出来ない私が嫌いになる。

 

「・・・・・・・・・・・・誰か、助けて」

 

 人に縋る事しか出来ない私が、嫌で、悔しくて、情けなくて、涙が溢れて止まらない。

 それでも、私は生きていたいから。

 

 だから、これは不可抗力だ。

 

 走馬灯のように思い出が駆け巡り。

 お姉ちゃんと過ごした、平穏で楽しい日々。

 ルビーが連れてきた面倒事の数々。

 そして。

 泣いてる私に、手を差し伸ばしてくれたあの人。

 

(・・・・・・謝りたかったな)

 

 私にある、未練の一つ。

 忘れられない鮮烈な思い出。

 それが最後に見た記憶だったから。

 

「助けてッ、イッセーェェェェッェェェェッッ!!」

 

 無様で、身勝手で、そんな私の助けを呼ぶ声に――。

 

「ミウナァァァァッァァァァッッ!!」

 

 主人公は応えた。

 

 建物の窓を突き破って、兵藤一誠が舞台へと上がる。

 

 そして。

 

「ぐえっ。~~~ッ、痛っ、ん? うわぁぁぁっ、化け物ォ!? これでもくらえェェェッ!!」

「ノォォォッ! 何故わたしを砲弾代わりにー!?」

「ナ、ナンだァ、貴様らァ!?」

「こうなったら! ミウナさんをいじめた罰です。ルビーサミング!!」

「グぎァァァッ、目がァァァッ!」

「おおっ、やった!」

「ふふん。ミウナさんをいじめていいのはわたしだけなんです!」

 

 ・・・・・・え? あれ?

 見覚えのある少年と見覚えのある相棒が同時に現れたと思ったら、何やらどたばたしている間に、なんかあっという間に私のピンチが救われちゃったみたいなんですけど。 

 あれ? 私ってそこまでピンチじゃなかったの?

 ちょっと前まで死を覚悟してたんですけど!?

 

 一直線に飛び込んでくるルビーを見て、私は引き攣った笑みしか浮かべられない。

 でも、嬉し涙は出た。

 

「ミウナさーん!」

「ルビーッ!」

 

 動かなかったはずの手が動いた。

 小さな私の相棒を、抱き締めて受け止める。

 

 私の元に大切な仲間が戻った。

 

 堕天使の少女と赤き龍を宿す少年の出会いの始まりは、最終局面に入る。

 




予想より長くなったけど、プロット通りです。
次回、出会い編終わり。


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第五話 世の中こんなはずじゃないことばかり

後書きで軽く人物紹介します。


 はぐれ悪魔との死闘の末、本気で死を覚悟するまで追い詰められた時に現れた乱入者。

 その片割れが私の相棒だとわかった時、すごく嬉しかった。

 それこそ出会ってから今まで、そしてこれからあるであろうルビーの悪ふざけを無条件で許せてしまうくらい、本気の本気で感動してしまった。

 

 だからこそ、つい嬉し涙が出たのは仕方ない。

 そのままのいけば、抱き締めたルビーに心細かったことや怖かったことを危うく全部ぶちまけていただろう。

 

 ・・・・・・もう一人の乱入者の姿を見るまでは。

 

「ルビー、ルビーッ!」

「おやおやミウナさん。そんなにボロボロになってお可哀想に。でも、もう安心ですよー。わたしがきたからにはもう安――」

「何で、ここに、兵藤一誠が、いるのよォォォッ!?」

「ええっ! そっちですか!?」

 

 そっち以外に何があるっていうの!?

 助けに来てくれたことは嬉しかったけど、彼の姿を見た瞬間に心臓が止まるかと思ったよ!

 っていうか、なんでここにいるのよ、理由はなんとなく察せるけども!

 相変わらず、私が絶対にやってほしくない事をピンポイントでやってくれるなこいつはぁぁぁっ!!

 

 とルビーに当たっている間に、問題の兵藤が近づいてきた。

 表情を見るにまだ今の状況をよくわかってないのだろう。膨れ上がる私の怒りに気付く様子もなく、心配そうな表情でこちらに駆け寄ってきた。これがまたムカつく。

 こっちがどれだけこの状況に頭を痛めてるのか、知りもしないで・・・・・・ッ!

 

「ミウナっ、酷い怪我じゃないかっ!? 大丈――」

「大丈夫じゃないわよっ!!」

「っ!?」

 

 感情に任せて声を張り上げた私に、兵藤が驚く。

 なんで、なんで――!

 

「なんで、来たの? なんでここにいるの!? どう考えても、兵藤一誠がここにいていいはずないじゃんっ! ホントの、ホントにダメだって、ダメなのに・・・・・・! なのに、どうして? おかしいよ、こんなの・・・・・・ここはあなたがいていい世界じゃないのにっ!!」

「それは――、」

「だから、逃げたのにっ! 危ないから、私と一緒にいたら危ない目に合わせちゃうかもしれないから・・・・・・そのまま会わないように、してたのに。なのに、どうして来ちゃうかなぁ、・・・・・・ここに! なんで、このタイミングで来ちゃうのよ。こんな危ない場所にまで、なんで、なんで・・・・・・ッ!?」

「ミウナが心配だったからだ」

「――ッ!?」

 

 何の躊躇いもなく出た言葉に、思わず言葉を失う。

 ふつふつと湧いていた憤怒に、冷や水を掛けられた気分だった。

 一瞬で熱が冷め、ここがどこで、今がどういう状況下を冷静に判断できるようになる。そんな私を兵藤の瞳がまっすぐ見つめた。

 

「俺さ、ミウナのことがすげー心配だったんだよ。泣いてたし、別れがほら、あんなんだったし。やっぱ心配でまたどこかで泣いてるんじゃないかって思ってさ。どうしてもミウナのことが気になって、だから探してたんだ」

「――」

「そしたら偶然ミウナのバッグを盗んだ男を見つけて、なんとか取り戻したんだけど。あ、そこでルビーと会ったんだけど、あいつってなんなんだ? って、今はいいか。とにかくルビーがさ、ミウナが危ないって言いだして、それでいても立ってもいられなくなって、だから助けに来た」

「・・・・・・なんで?」

「やっぱ放って置けないじゃん、男として! 泣いてる美少女をそのままにとか、それこそ男が廃るって。それに確かに危ないって聞いて怖かったけどさ・・・・・・ミウナが酷い目に合ってるのを見たら、気づいたら飛び込んでた。でも、俺は後悔なんかしてないぜ」

「・・・・・・どうして?」

「ミウナを助ける事が出来たから」

 

 その言葉に、泣きそうになった。

 なんて、主人公っぽい台詞なんだろう。

 バカだって思った。すごくバカだった、私は。

 全部、私のせいなんだって。こうして兵藤一誠がここにいるのも、今ピンチなのも、全部中途半端にしてきた私のせいだった。

 

 悪いのは私で、兵藤一誠に当たるのは間違いだ。

 だから――、

 

「貴様らァァァアアアアアアアアッ!!」

「「!?」」

 

 怨嗟と怒りを纏わせた叫びと共に、大蛇が、はぐれ悪魔が起き上がる。

 ルビーの不意打ちで潰れた右目から血を流しつつも、開かれたもう片方の目には激情と共に高密度の魔法陣が赤く、爛々と禍々しく輝いていた。

 

「ヨクもォ、ヤッテクレタなァ・・・・・・ッ!」

 

 痛みでのた打ち回っていたのは大蛇にとって、恥と感じたのだろう。

 先ほどまでとは比べ物にならないほどの殺意を、全身から放っている。

 

「み、ミウナ、下がってろっ!」

 

 そう言って、兵藤が私と大蛇の間に立った。

 今の兵藤には何の力もなくて、怖くて膝だけじゃなく体が震えて仕方ない癖に。

 そんな蛮勇とも呼べる彼の背中を見て、私は決心した。

 

 守ろう、って。

 

「ううん、下がるのは兵藤の方よ」

「な、何言ってるんだ!? そんなボロボロの体で、危ないって無理すんな!」

 

 無理してるのはそっちじゃん。

 なんだか、笑ってしまう。さっきまで感じてた絶望が嘘みたいで、今は心が軽い。

 

「ねえ、兵藤。助けに来てくれて、ありがとう」

「な、なんだよ急に?」

「別に、言いたかっただけ。本当にありがとうって、そう思ってるから。だから、後は任せて」

「でも、そんな体で――」

「大丈夫だから、任せてよ。ね?」

 

 全然大丈夫じゃないけど。

 体中が痛くて、少し動くのだって、正直辛い。

 だけど、心は晴れやかだ。こんな気持ちになったのは、いつぶりだろう。

 

 兵藤より一歩前に出て、大蛇と対峙する。

 都合三度目、お互い最後の仕切り直し。

 

「気ニ入ラネエなァ、小鴉ゥ。何ヲ余裕カマシテルンダよォ、あァんッ!? サッキマでェ、メソメソ怯エテ泣イテタ雑魚ノ分際でェ、何デソンナ目ヲシテヤガルンだァ?」

「私は私の責任を取る」

「あァッ!?」

「もう誰も、アンタに傷つけさせない!」

 

 大蛇に通告するために。後ろにいる守るべき人を安心させるために。自分に嘘をつかないために。

 自身を持って、高らかに宣言した。

 そんな私の言葉を大蛇は笑う。

 

「カカカカカカカカッ、調子ニ乗ルナよォ、小鴉ゥ! 不意打チデ俺ノ目ヲ潰シてェ、イイ気ニナッテルンナラよォ、勘違イダぜェ?」

「そんなの、知ってるよ」

「あァん?」

「私は弱い。弱くて、臆病で、私一人だけだったら、怖くて泣いちゃってる。もうとっくの昔に逃げ出してる。そんなの、私が一番わかってる」

 

 そう、私が一番知ってるんだ。私の身の程を。私の弱さを。

 そんな私がこんな怖い世界に立ち向かえるとするなら、理由はたった一つ。

 

「だけど、私達なら・・・・・・ルビーと一緒なら頑張れる! そうでしょう、ルビー!!」

「はいはい、もちろんですよー!」

 

 呼ばれて、今まで珍しく大人しかったルビーがここぞとばかりに主張を上げる。

 その姿は、既に戦闘形態。魔法のステッキだ。 

「いやー、ミウナさんと一誠様が良い雰囲気でしたんで、もしかしたらこのままわたしの出番がないのかと心配してましたけどー・・・・・・そんなことなかったですね! カッコイイこと言っておきながら、やっぱり最後はこのルビーちゃんを頼ってしまうミウナさん可愛いです!」

「う、うるさいなー。もとはと言えばルビーがもっと早く手を貸してくれなかったのが悪いんでしょ!? ・・・・・・あとでおしおきだから」

「ちょっと!? 今最後にぼそりと何か言いませんでしたかー!?」

 

 いつものやり取り。

 バカっぽくて、深い意味なんてなくて、お互いの配慮なんてしないただの会話だけど、不思議と安心する。勇気が漲ってくる。

 もう一度、戦うことが出来る。

 

「俺ヲ無視シテンジャネェぞォ、小鴉ゥ! テめェ、俺ガズタボロニシテヤッタ事ヲよォ、モウ忘レヤガッタノかァ!?」

「・・・・・・忘れるわけないじゃない。すごく痛かったし、めちゃくちゃ怖かったんだから」

「ハッ、ダッタらァ――」

「だから、倍返しにしてあげるね 」

 

 そう宣言して、私はルビーを、私の()()()()愉快型魔術礼装(カレイドステッキ)マジカルルビーを手に取った。

 

「ルビー、いくよ!」

「はいはいお任せください! さあさあ、皆様お待ちかねの転身のお時間ですよー! 本編初なので今回はこのルビーちゃんも全力全開で気合をいれてフルバージョンの多元転身(プリズムトランス)でいかせていただきますよー!」

 

 

『――コンパクトフルオープン!!』

 

 

 光が溢れる。

 それは聖なる光。カレイドステッキから噴き出した全てを塗りつぶさんと広がる眩い光が拡散し、そして再び私を包み込むように収束を得て、高次元の存在へと導いていく。

 

 聖なる光は、乙女を包む聖衣へと。

 聖なる光は、魔の力へと。

 

『――鏡界回廊最大展開!!』

 

 膨大な力の奔流が行う収束と形成を繰り返す多元転身(プリズムトランス)

 奇跡のような力の具現化。その全ては、私を無限の魔力と無限の可能性を秘めた存在――カレイドの魔法少女へと至らすために。

 

 そして――、

 

「魔法少女プリズマ☆ミウナ、爆☆誕!!」

 

 元気で希望に満ちた愛らしい声。

 玄人をも唸らせる分かってるあざといポーズ。

 身にまとった羽ばたく鳥を連想させる桃色の衣装。

 

 その姿は、全体的に可愛らしさを強調しながらも、私の成長途中の未熟な体に色気を感じさせる魅惑的な、まさしく魔法少女を体現したそのもの!

 

 色とりどりの光に祝福された魔法少女が、今この地に降臨した。

 

「ってなにコレーッ!!?」

 

 たった今起こった現象に真っ先に反応したのは、私だった。

 

「どうしたんですか、ミウナさん? “いつもの”変身シーンですよ?」 

「し、してない! こんな派手な演出の入った変身なんて、今までなかったよね!? っていうか何で“いつもの”なんて強調してるの!?」

「いやー、我ながら非常に可愛らしく出来ていると、自画自賛しちゃうレベルですねー」

「やっぱりルビーの仕業かァー!!」

「ふふふのふー、いいのですかミウナさん? せっかくの可愛いお姿を皆様が見ておいでですよー?」

「――ハッ!?」

 

 あんまりな出来事に抗議の声を上げる私を無視するルビーに言われ、ようやく状況を思い出す。

 前には固まったままの大蛇。

 恐る恐る振り返れば、何でか私より少し距離を置いている兵藤。

 

 もしかして、引かれてる?

 

「あ、あのね、兵藤。こ、これは、その・・・・・・」

「あー、うん。なんだ・・・・・・、か、可愛いと思うぞ?」

 

 目を合わせてくれない。

 あー、やっぱり引かれてるよねー。

 

「ち、違う。違うの! これ私の意志じゃないのぉぉぉぉぉっ!!?」

「お、落ち着けってミウナ! 俺、魔法少女は可愛いって思うし、全然大丈夫だから、だから揺らさないで苦しぃッ!?」

「大丈夫じゃない、全然大丈夫じゃない! やり直させて! もう一回やり直させてよぉぉぉぉぉっ!!」

「お、おお俺に言われても!? あ、ああ、ほらあの蛇待ってるポイって! 早く行ってあげないと!」

 

 ううぅ、こ、こんなはずじゃなかったのに。

 さっきまでの私、すごくかっこよかったのに。

 傷つけさせない! って一度言ってみたかった台詞を言えて、ちょっと嬉しかったのにぃ。

 ルビーのバカぁッ!!!

 

「・・・・・・お待たせしました」

「オ、オうゥ・・・・・・」

 

 はぐれ悪魔にまで引かれてる・・・・・・。

 ふ、フフ。もうほんとヤダー。

 こんなの、あれもこれも全部――、

 

「アンタのせい! これもあれも全部アンタが悪いんだからぁ!!」

「何テ理不尽ッ!? フザケテイルノはァ、小鴉ゥノ方ダロウがァ!!」

 

 そんな叫びから再開した戦いは――、

 

「コノ茶番もォ、終ワリだァ小鴉ゥッッッ!!!!」

 

 大蛇の目が深紅に染まり、殺意そのものを乗せた魔力が集っていく。

 空気が震えるほどの濃密な魔力は、間違いなく、先ほどまでとは比べ物にならない威力の爆発を生み出すのだろうと、容易に想像できるほどだ。

 対して私は、心身ともに満身創痍。

 ルビーと兵藤のおかげで精神的に多少は楽になったものの、それは変わることなく確実に私の体を蝕み、気を抜いてしまえば意識すら保てないかもしれない。

 たった一撃でもダメージを負えば、それで終わり。そんな最悪のコンディションに加え、私の後ろには守るべき人(兵藤)がいる。

 

 そんな不利な状況なのに、どうしてかな。

 

「ルビー、いける? 私は全っ然、負ける気がしないんだけど!」

「もちろん、いつでもいけますよー! 何と言っても、ミウナさんをいじめてくれたあのはぐれ悪魔には、このルビーちゃんも珍しくお怒りなんですからねー。手加減なしでいかせていただきます!」

 

 頼れる相棒の返事に、思わず笑みが出る。

 私にも、もう戦い続けるだけの余力なんてない。だから、出来ることはただ一つ。

 

「死ねェェェェェェェッ!! 小鴉ゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!!!!」

「ルビー、魔力障壁最大出力で展開ッ!!」

 

 瞬間。凄まじい衝撃が魔力で固定されているはずの建物を揺らした。

 大蛇にとって、先ほどまで貯め続けていた魔力に加え、雑魚と思っていた小鴉の反撃に、その後の訳の分からない展開のせいで最高潮にまで上り詰めた怒りを込めた、まさしく最強の一撃だったのだろう。

 早々にこの狩りを終わらせてやる。

 そんな憎しみがダイレクトに伝わるほどの破壊力を秘めていたに違いない。

 

「――なッ、ンダとォッ!?」

 

 だからだろう。

 その全てが無意味へと弾かれた事への衝撃は、いったいどれほどのものなのか。

 あれだけの爆発を起こしながら、結果が私どころか後ろにいる兵藤すらも傷一つない事実を見て、大蛇は信じられないとばかりに声を荒げた。

 

「コレはァ、ドウイウコトだァ!?」

「んんー、なかなかの威力でしたねー。ランクにすればB+相当の魔術とお見受けします。けど残念! 今のミウナさんが纏う魔力障壁はAランク以上の魔術でなければ、かすり傷さえつけられないのです!」

「なァッ!?」

「ふっふっふっ、驚いて声も出ない様子ですねー。どうですか、先ほどまで雑魚と侮っていた相手に傷一つ付けられないこの状況は? ねえ今どんな気持ち? どんな気持ちですかー?」

「・・・・・・無駄に煽るのやめようよ」

 

 楽しげなルビーの声に、ちょっと大蛇に同情心が沸く。

 そう、同情だ。それが出来るだけの余裕が私の中で出来つつあった。

 起死回生の逆転劇でも、奇跡的な力の覚醒が起きたわけでもない。

 ただ、ルビーを手に取っただけ。

 それだけで私と大蛇の間にある力の差が、絶望的に広がってしまったのを感覚と理性で感じ取ってしまっていたから。

 

(・・・・・・やっぱり、ルビーってチートだよね)

 

 つい、もう何度目になるかわからない感想を抱いてしまう。

 人工神器:愉快型魔術礼装(カレイドステッキ)マジカルルビーの力で多元転身(プリズムトランス多元転身)を得て、カレイドの魔法少女になった私には様々な恩恵が与えられている。

 

 たった今語られたAランクの魔術障壁に加え、物理保護、治癒促進、身体強化能力などが常時かけられており、私を守り続けている。

 これだけでも過保護なほどの防御システムなのだが、ルビーの本質は全くの別物。この恩恵の数々はあくまで副産物に過ぎないというのだから、もはや何も言えない。

 

 こんな神器を一体何が目的でグリゴリは、お姉ちゃんは作ったのだろうか?

 そして、何を思って私にルビーを預けたのか?

 分からない事だらけだ。でも、今は感謝してる。

 

「フザケルなァッ!」

 

 大蛇の目に、再び赤い光が宿る。

 でも、もうそれが怖いとは感じない。

 私に向って連続で放たれる爆破魔術は、全て私に纏う障壁に阻まれて届くことなく散っていく。

 散々苦しめられた魔術がこうもあっさりと無力化された事に、どこか釈然としない気持ちを抱きながらも、私は一歩前へ踏み出して告げた。

 

「もう、終わりにしよう」

「ッッ!? マ、待てェ! ナンだァ、コレはァッ!? 何デコンナ事ニナッテイるッ・・・・・・!!?」

「待たないよ。ここであなたを逃がせば、あなたはまた必ず人を襲う。誰かを犠牲にする。だから、絶対に逃がさない。それに」

 

 さらに一歩、前へ。

 もはや力関係は逆転した。これ以上先延ばしにする理由はない。

 

「・・・・・・すごく、痛かったんだから」

「ぐゥッ、待てェ、小鴉ゥ!? ナンだァ、オ前ェ! イッタイ何ナンダよォ、ソノ魔力はァッ!?」

 

 内から溢れる魔力をステッキの先端へと収束させていく。

 その魔力の濃密さに、大蛇は盛大に顔を引きつらせながら喚くが、もはや何もかもが遅い。

 

「・・・・・・ものすっごく、怖かったんだからっ!」

「待てェ・・・・・・ッッ!?」

「おやおやー、さすがのミウナさんも今回ばかりはブチギレモードのようですねー。というわけで、これで終わりにいたしましょう!」

「待てェェェェェェェェェ―――ッッ!?!?」

「絶対に、許さないだからァァァァァァァァァッ!!!!」

  

 創造するのは一撃必殺の刃。

 威力は当然、手加減なしの全力全開ッ!!

 

 大 ・ 斬 ・ 撃 !!!!!

 

 振り被られたカレイドステッキから発した魔力の奔流は、その圧倒的な力を余すことなくはぐれ悪魔へと叩き付けた。

 悲鳴を上げる事すらも叶わない。

 はぐれ悪魔も建物も、この場にある全てを飲み込み、吹き飛ばしながら、天上へと消し飛ばしていく。

 

 それで終わりだった。

 戦略も戦術もない、ただの強すぎる暴力での決着。

 散々苦しめられ続けた私とはぐれ悪魔との最終戦は、なんの盛り上がりもなく、あまりにも呆気なく幕を閉じたのだった。

 

―○●○― 

 

 青空が見えた。

 建物の中にいた時間は三十分にも満たないはずなのに、すごく久しぶりに思える。

 きっと命を懸けた戦いを切り抜けられたからだろう。

 

 ようやく解放された事に、ほっと息を吐いた。

 

 ただし、まだ問題は残ってる。

 

 一応、魔力斬撃には上に行くように指向性を持たせたから、周囲の被害は消し飛んだ廃工場と周りのビルのガラスが余波でひび割れたくらい。

 でも、さすがにあれだけの力を使っておいて、他の人外達に気付かれないなんて事はないだろう。

 早急にここを離れて、痕跡を消さないといけない。

 それと、もう一つ。

 

「え、ええっと、やったのか・・・・・・?」

「それ、フラグだから止めてほしいんだけど・・・・・・」

 

 振り返ると、兵藤一誠がそこにいて。

 彼もまだ状況についてこれてないんだろう。不安そうな顔できょろきょろと辺りを見回している。

 どうしよう、と思う。

 完全に巻き込んでしまった。もう言い訳も誤魔化しも出来ない。

 

「ねぇ、今までのが全部夢だったって言ったら、納得できる?」

「いや、さすがに無理だろ」

「だよねぇ・・・・・・」

 

 あははっと乾いた笑いが出る。

 とんでもない原作ブレイクだ。

 原作開始前にも関わらず、兵藤一誠が非日常へと足を踏み入れてしまった。

 

「ルビー、どうにかして兵藤の記憶を消す事って出来ないかな?」

「んー、そうですねー。頭がパーになってしまいますが、ここ数日の記憶を消す薬なら今すぐにでも」

 

 この際なのでダメもとで元凶のルビーに尋ねてみたら、案外いけるらしい。

 でも、頭がパーになるって・・・・・・。

 

「まあ、いっか。じゃあ、それで・・・・・・」

「なんかめちゃくちゃやばい話してないか!? パーってなんだ? 絶対嫌だぞ!?」

 

 身の危険を感じたのか、兵藤が私から距離を取る。

 分かるけど、それでも何とかしないといけない。

 そんな悲しい現実に同情の念を込める私を見て、ますます怯えた兵藤が騒ぎ出した。

 

「お、俺の記憶を消すとか、何でそうなるんだ!? 俺、なんかしたっけ!?」

「・・・・・・さっきも言ったと思うけど、こっちの世界は危ないんだよ」

 

 兵藤から目を逸らし、言い聞かせるように語る。

 

「助けに来てくれて、感謝してる。それは本当だよ。でも、これ以上はダメなの。ここでお別れしないと、たぶん、お互いにとって辛い事になると思う」

「な、何で・・・・・・?」

「あなたは、弱いから・・・・・・」

「――っ」

 

 視界の外で、兵藤が息を飲むのがわかった。

 助けに来てくれて嬉しかったのも、それを心の底から感謝してるのも、全部私の本音。

 でも、これとそれとは別なんだ。

 ズキズキと傷とは別に痛む胸を押さえながら、それでも私は言わなければいけない。

 

「今の、見てたでしょ? あの戦いは、一歩間違えれば私は死んでた。兵藤だって、危なかったんだよ。こんなとこに来ちゃダメなんだよ」

「で、でも、俺はミウナの事が心配で・・・・・・!」

「うん、分かってる。それはちゃんと分かってるから」

 

 兵藤一誠は優しい人だ。

 それは物語の主人公だと知ってたからとかじゃなくて、ほんのちょっと過ごした中で、泣いていた私を慰めてくれて、手を差し伸ばしてくれて、笑いかけてくれた。

 物語じゃない、実物の兵藤一誠にたくさん助けられて救われた。

 だから、分かってる。彼の優しさを。

 だからこそ、私達は共に関わるべきではないのだ。

 

「ありがとう、兵藤。あなたが来てくれて、すごく嬉しかった。それとごめんね。あの時逃げちゃって」

「本当にお別れしないといけないのか? せっかくまた会えたんだし、もう少し仲良くなれないかって、その・・・・・・」

 

 寂しそうな顔をしないでほしい。

 あなたにはこれから、ちょっと期間が空くけど、ちゃんと心の底から分かり合える仲間がたくさん出来るんだから。

 私よりも、そっちの仲間の方が、絶対良いんだから。

 

「・・・・・・ごめんね」

「俺、ミウナともっと話したかった・・・・・・」

「私には、ないかなぁ・・・・・・」

 

 あんまり兵藤の印象に残りたくない。

 もう手遅れ感がハンパないけど、私にとって兵藤と親密になるメリットってないんだよね。

 むしろデメリットの方がお互いにとって大きいから、さっさと別れた方が良いのに・・・・・・。

 

 何でだろう。

 押し黙ってしまった兵藤の次の言葉を待っている私がいる。

 ・・・・・・未練、なのかなぁ。

 

 ふと出てきた答えに、疑問を抱く。

 何故そんな事を考えてしまったのか、と。

 

 しかし、その答えはルビーの言葉に遮られて見つけられなかった。

 

「むむっ? ミウナさん、ちょっといいですか?」

「・・・・・・どうしたの、ルビー?」

「さっきのはぐれ悪魔なんですけど、どうやらしぶとく生き残ったみたいですねー」

「・・・・・・え?」

 

 いつもの声の調子を変えずに告げてくるルビーの言葉に、一瞬、何を言ってるのか分からなくなる。

 同時に気付いた。

 私の右肩甲骨がまだ疼くことに。まだ熱いことに!

 だけど、世界の時間は止まってくれなくて。

 

 不意に、異変が起こった。

 地面が動いたのだ。それも兵藤の真下の地面が。

 それがどう意味なのかを考える前に、私は飛び出していた。

 

「逃げて、兵藤ッ!?」

「えっ!?」

 

 ようやくそこで、自分の周りで起こる異変に気付いたのだろう。

 しかし、それはあまりにも遅すぎて。

 

 地面が割れ、巨大な蛇の顎が姿を現す。

 大きく開かれた口は、砕いた地面ごとその場に立つ人間をも巻き込んで飲み込もうとする。

 

「させないんだからぁぁぁぁッ!!」

「ミウナ!?」

 

 その直前。

 私の手が、届いた。

 

 兵藤を突き飛ばす。ぎりぎり、蛇の口の外へ。

 その代わりに、私は奴の口の中へと飛び込んだわけで。

 目の前で呆然とこちらを見る兵藤の姿に安堵しながら、私の視界は真っ暗に閉じられた。

 

―○●○― 

 

Said一誠

 

 ・・・・・・今、何が起きたんだ?

 

 地面に転がりながら、俺はたった今目の前で起こった出来事を思い出す。

 

 ついさっきまでだ。

 ありがとうと言ったミウナが、笑っていたのは。

 お別れを告げるミウナが、泣きそうになっていのは。

 

 そんなミウナにどう言葉をかければいいのか。なんて言えば彼女が喜んでくれるのか、俺は出来の悪い頭を捻って考える。

 お別れなんて、嘘だよなとでも言えばいいのか?

 自分の我儘で、これ以上ミウナを困らせてもいいのか?

 そうして纏まらない考えの中から言うべき言葉を探している内に、事態は急変した。

 

 気づけば、ミウナに突き飛ばされていた。

 必死にこちらに向って手を伸ばすミウナが見えて、手が届くと安心した表情をしたミウナがすぐそこに居て・・・・・・今は、どこにも姿がない。

 

 ・・・・・・なんで?

 

 答えは、直ぐ上から降って来た。

 

「グゥくッ、カカカカカカカカッ!」

 

 醜い、不快な笑い声が聞こえる。

 さっきまで俺が立っていた場所に、地中から巨大な大蛇が現れていた。

 肉は抉れ、鱗は剥がれ落ち、まさしく満身創痍と言ってもいいほどの怪我を負ったそいつは、全身からどす黒い血を流しつつも、愉快でたまらないといった厭らしい笑みを浮かべながら空に向って笑っていた。

 その大蛇の体の一部。不自然に膨れていた場所が流動的に動く。

 

 ゴクリッ

 

 嫌な音が聞こえた。

 何かを飲み込んだような、そんな音。

 

「あ・・・・・・あ・・・・・・ッ!」

 

 まさか。

 まさかっ!?

 

 ようやく追いついてきた理解を、心が拒絶している。

 それでも事実は覆らない。

 

「どうして・・・・・・っ!?」

 

 何でこんなことしたんだ!?

 そう叫びたかったけど、その答えに応えてくれるミウナはどこにもいない。

 だって、ミウナは俺を庇ってあの大蛇に食べられたんだから。

 

「ザマミろォ、小鴉ゥ! テメェミタイなァ、弱イ奴ガよォ、俺ニ勝テルワケネェダロウがァ・・・・・・!!」

「お前っ!!」

 

 彼女を嘲笑する笑い声に、一気に全身が沸騰したかのように熱くなった。

 何も考えることが出来なくて、でも、勝手に体は動いていた。

 

「ミウナを返せェェェェッ!!」

 

 喧嘩なんて、まともにやった事なんてない。

 誰かを本気で殴った事もない。

 だから、これが俺にとって初めて怒りに任せた暴力だった。

 

 右の拳を握り締め、思いっきり大蛇を殴りつけた。

 拳がぶつかった瞬間、悲鳴を上げたのは俺の方だった。

 痛ェ! なんだよ、こいつの体は!?

 

 固い鱗と分厚い皮膚に守られた大蛇は渾身の力で殴ってもびくともしなくて、まるで鉄でも殴ったかのような気分だ。

 そこでようやく大蛇が俺に気付いた。

 

「あン?」

「ぐっ・・・・・・、このぉっ!」

 

 獰猛な爬虫類の目がこちらを向いて、途端に膝が震えそうになった。すげぇ怖い。それでも何とか意地だけで一歩踏み出したところで、

 

「フんッ」

「がぁっっッ!?」

 

 真横から来た尻尾に、俺は吹き飛ばされた。

 体中を襲う衝撃に、意識が持っていかれそうになる。何度も地面に体を打ち付け、ようやく止まった時には、俺の体は酷いくらいにボロボロになっていた。

 

「ぐっ、ああっ!?」

 

 痛い。痛い痛い痛いッッ!!?

 全身を襲う痛みに、堪らず叫んだ。

 たったの一撃だった。それも、たぶんあの大蛇にとっては虫を払い除ける程度の感覚で振るった一撃。

 それだけで、こんなになっちまうのかよ。弱すぎだろ、俺。

 

「ナンだァ、オ前ェ? 俺ガセッカク気分ヨクシテルノニよォ、人間ノ分際デ邪魔シヨウトシタノかァ? あァんッ?」

「うっ!?」

 

 睨まれて、怖いって思った。

 思い出すのは、ミウナの一言。

 

『あなたは、弱いから・・・・・・』

 

 ああ、そうだよ。そうだった。ミウナの言う通りだったんだ。 

 ミウナを取り返そうって、あの大蛇をぶっ飛ばしてやるって威勢よく殴りかかったのに全然ダメだった。

 大蛇に睨み付けられただけで、体が竦み上がっちまった。

 情けねぇ・・・・・・!

 

「テメェ等ミタイナ弱者ハよォ、隅ッコデ大人シクシテレバイインダよォ!」

 

 ドスンッ。

 俺のすぐ真横に大蛇の尻尾が叩き付けられて、その衝撃で俺の体が転がる。

 

「コノ世ハ弱肉強食ナンダカラよォ、弱イ奴がァ、デシャバルンジャねェ!」

 

 ドスンッ。

 今度は反対側に、尻尾を叩き付ける。

 遊んでるのかよ、こいつ・・・・・・っ!

 

「ソウスりゃァ、モウチョットハ生キ残レタカモシレナイノニなァ、人間?」

 

 わかってるさ。俺がバカだって事くらい。

 ミウナを助けに来たはずが、ミウナに助けられて。

 結局俺は何も出来ずに、ミウナの足手まといになっちまった!

 

「カカカカッ! アノ小鴉モよォ、今ノオ前ミタイにィ無様ニ転ガッテタンダぜェ。ミットモナク泣イてェ、愉快ダッたァんダよォ。ナノにィアノ小鴉ガ無駄ナ抵抗シヤガルカらァ、オカゲデよォ、俺ハボロボロにナッチマッたァ。クソがァ!」

 

 ・・・・・・そうか。

 

「ダカラよォ、俺ハオ前ヲ喰ウぞォ。恨ムナらァ、小鴉ヲ恨ミなァ」

「・・・・・・ああ、わかったよ」

「アん?」

 

 怪訝そうにこちらを見る大蛇を無視して、両足に力を込める。

 痛む体を無視して、震える足を抑えつけて、精一杯の虚勢を張って大蛇を睨み付ける。

 

「オいィ、ナンダソノ目はァ?」

「わかったんだよ、ミウナが言ってた事が。ようやくな」

「アあァ?」

 

 あの時、なんでミウナが俺を拒絶するのか。今ならわかる。

 

「心配してくれてたんだ、ミウナは。俺の事を、俺の為に思って言ってくれてたんだ」

 

 初めに言ってたじゃないか。危ないって。

 それって、俺の身を案じてくれてたって事だよな?

 あんなにボロボロになって、今にも死んじゃいそうだったのに。自分の事よりも先に俺の心配をしてくれて、危険から遠ざけようとしてくれてたんだ。

 

「なのに俺は、自分の事しか考えてなかった!」

 

 ミウナと仲良くしたいって。

 可愛い女の子とお近づきになりたいって。

 そんな下心を持って、ミウナの想いに気付く事すら出来ないなんて!

 

「おりゃあっ!」

 

 殴りかかる。でも、その拳は届く事ない。

 

「フん」

「ぐっっ!?」

 

 吹き飛ばされた。

 また転がって、全身を強く打つ。けど、立ち上がる。

 今度は助走をつけて大蛇に飛び掛かった。

 

「・・・・・・」

「ぐあっ!!」

 

 吹き飛ばされる。

 痛みで、目がちかちかした。

 けど、そんなの知るか。何度だって立ち上がってやるよ!

 

「まだだっ・・・・・・!」

「気ニ入ラねェ。雑魚ノ分際デよォ、ナニ盾突イテヤガるゥッ!」

「ぎっ・・・・・・!」

 

 弱ぇな、俺。今まで何やって来たんだって思うくらい、手も足も出ねぇ。

 守りたいって思った女の子すら守れず、逆にボコボコにされてる。

 勝てる見込みなんて、万が一にもないってバカな頭でも分かってる。

 

「それでも、譲れねぇんだよォォォォォッ!」

「ナンナンだァ、テめェ。鬱陶しィ。何デソンナボロボロノ癖ニ動ケヤガるゥ? モウ死ニソウジャネエかァ」

「ははっ、何でだろうな? 俺にだって分からねぇよ」

 

 強いて言うなら、男の意地ってやつか?

 さっきから体中が熱いし、本当に死んじまうかもしれないかもな。

 

「でもさ、お前だってあんまし俺と変わらねぇだろ?」

「あァ?」

「お前だって、本当はもうやばいんだろ。そんだけボロボロになってるんだ。大丈夫なはずがねぇ。それミウナがやったんだよな? マジですげぇじゃん」

 

 どうやってこんな化け物に傷をつけたんだよ。

 さっき目の前で光ったすごい力か? いいや、こいつは俺達が来る前から傷ついていた。それって、ミウナが頑張ってこいつと戦っていたって事だよな?

 すごいよ。心の底から思う。

 

「ハんッ。ナニ訳ノ分カラナイ事ヲ言ッテヤガるゥ?」

「じゃあ、何で俺がまだ生きてるんだよ?」

 

 俺の質問に、ついに大蛇が口を閉ざした。

 

「俺、正直言って今にも倒れそうなんだよ。体を動かすのもマジで辛ぇ。でもさ、それって俺だけか? お前だって同じだろ。気づいてるか? さっきから殴られてるけど、どんどん痛くなくなってるぜ」

「ダカらァ、ナンダよォ。テめェガ俺に勝テネェ雑魚ダッテ事ニはァ、変ワラネェダろォ」

「・・・・・・ああ、分かってる。俺がどうしようもないくらい弱いって、充分分かってる。だけど、」

 

 ミウナは言ってたんだ。私は弱いって。

 ちゃんと覚えてる。

 自分は弱くて、臆病で、一人だったら怖くて泣いちゃうって、そう言ってたんだ。

 それでもミウナは頑張ってたんだ。最後まで。どうしようもなくなるまで。

 だから、俺だって勝てないって分かってても、立ち上がらないわけにはいかないんだ。 

 

 ちゃんと覚えてる。ちゃんと聞こえてた。

 

 あの子が叫んだ、俺を呼ぶ声を!

 

「ミウナが、『助けて』って言ったんだよ! 俺に、助けを求めてくれたんだっ! だから、譲れない! 絶対ぇに諦めてたまるかァァァァァッ!!!」

「あァ、ソウカよォ。ダッタラよォ、オ望ミ通リニ殺シテヤルよォッ!」

 

 戦う。

 譲れない想いと、ミウナを助けるために。

 俺は今日、初めて命を懸ける。

 

「死ねェェェェッ!!」

「っ!」

 

 ズドンッ!

 太い尻尾が、上から振り下ろされる。

 だけど、俺は避けた。やっぱり、動きが悪くなってる!もう目で追えるくらいだ!

 拳を握る。

 

「人間ノ分際でェ、俺ニ逆ラウンジャねェッ!!」

「知るかっ、そんなもんッッ!!」

 

 駆ける。足を動かす。

 なんだよ、俺ってまだ動けるじゃん。

 不思議なくらい体が軽い。

 全身が燃えるように熱い! 特に左手が!

 まるで力が集まっていくみたいに熱いっ!

 もしかして、神様が力を貸してくれてるのか? だったら、こいつをぶん殴るまでお願いします!

 

 前へ進む。

 前へ前へ、拳が届くまで、足を止めない。

 

「終ワリだァ、人間ッッ!!」

 

 再び振り下ろされた尻尾を避けると、大蛇の声が聞こえた。

 なんだ? あいつの目が赤く光ってやがるッ!?

 

 ドンッッッ!!

 

 空間が爆発する。

 なんでそうなるのかは、俺には分からない。

 魔法なのか? それとも爆弾でもあったのか?

 まあ、いい。考えたって分からないんだ。だけど、俺は。

 

「っっ、遅ェッ!!」

「何ィッ!?」

 

 前に進むのを止めない!

 その爆発って、さっきミウナにやったやつだろ? お前の目が光ったら爆発するところ、俺だってちゃんと見てたんだよ。残念だったなバァカッ!

 すぐ後ろで起こった爆発の衝撃すら利用して、前へ。

 ついに、大蛇の懐へ。

 

「くらえっ!クソ蛇ッ!」

 

 全身の力を左手に込める。

 俺の想いを全部乗せる。燃えるように熱いこの想いを全て!

 だけど、やっぱりそれだけじゃ足りないんだろうな。

 俺って弱いし。

 だからさ、神様。見てるんだろ?

 お願いだ。この瞬間だけでいい。ちょっとだけでいいから力を貸してください。

 こいつをぶっ飛ばすだけの力を。

 ミウナを助ける力を。

 

 俺が生まれて初めて、守りたいって思った女の子を守る力をッ!!

 

 魂が、震えた。

 

「コのォッ、人間風情がァァァァァァァ!」

「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 あいつの鉄みたいに硬い鱗に当たって、俺の拳の方が壊れるかもしれないけど、そんなの知った事か! 

 固く握りしめた拳に全てを込めて、まっすぐに大蛇へと突き刺す。

 

 ゴォッ!

 

 拳が当たった。不思議と痛みを感じない。だから、そのまま力の限り押し込んでやる。

 そして、俺でも予想外の事が起こった。

 

「がァッ!?」

 

 大蛇がのけ反った! 嘘だろ、ダメージが入ったのか!?

 いや、この際なんでもいいや。とにかくもう一回殴る。ぶっ飛ばす! それであいつがミウナを吐き出すまで殴りつつけて――、

 

「うッ!?」

 

 突然、膝の力が抜けた。

 どしゃっと、足を踏ん張る事も出来ずに転ぶ。

 すぐに立ち上がろうとするけど、体がまったく言う事を聞いてくれない!

 

「くっそ。このっ・・・・・・!」

 

 おい、待ってくれよ。ここまで来てそれはないだろ!?

 もうちょっとなんだ。あと少しだけでいいから、力を貸してくれよ、神様っ!?

 

 そう叫びたかったけど、声すらまともに出ない。

 もうとっくに俺の体は限界を超えてたんだろうな。さっきあいつにも言ったけど、俺だって変わらないくらいボロボロにされてたんだ。

 体中に駆け巡っていた熱が、どんどん抜けてくのを感じる。

 マジでもう終わりなのか・・・・・・?

 

「ヨクモヤッテクレタなァ、人間ッ!」

 

 あいつの声が聞こえた。

 やっぱり一発殴っただけじゃダメみたいだ。まだまだ仕返ししてやりたいのに、今の俺には睨み返す事しか出来ない。

 

「アノ小鴉トイいィ、テメェトイいィ、俺ヲココマデコケニシタ奴ラは初メテだァ。覚悟ハ出来てェ・・・・・・アァん?」

「・・・・・・?」

「テめェ、ソレハ・・・・・・」

 

 いったい何なんだ?

 変な声を出したしたと思ったら、急にじろじろと俺を見始めたぞ?

 

「ソウかァ、テめェ、神器(セイクリッド・ギア)ヲ持ッテヤガッタノかァ。クカカカカカカカッ」

「セ、セイ・・・・・・?」

 

 今なんて言ったんだ?

 俺を無視して、大蛇はおかしくてたまらまないといった様に笑う。

 

「俺はァ、運ガ良イぜェ。マサカ『龍』ヲ喰ウ事ガ出来ルナンテよォ。コレデマタ強クナレるゥ」

 

 よく分からないけど、今喰うって言ったのか? 俺を食べるつもりなのかよ!?

 

「まだ・・・・・・っ!」

 

 全身を奮起させて踏ん張るけど、まるでダメだ。

 無様に四つん這いになって、それすらも維持するのがやっとで。

 

 でも、なんでだろうな。

 恐いって感じはしないんだ。

 悔しいって思ってるのに、情けないって感じてるのに、恐怖だけはしていない。

 それってたぶん、俺の心はまだ死んでないって事だよな?

 まだやれるって、まだ戦いたいって俺の意志が折れてない証拠だよな?

 

 だったら戦える。

 例え体が動かせなくても、全身の骨が砕けても。

 

「まだだぁッッ!!」

 

 魂が燃えてるなら、戦えるはずだ!

 

『Boost!!』

 

 声が聞こえた、気がした。

 誰の声なのか、どこから聞こえたのかもわからない。

 だけど、その声がなんだか励ましてくれているように聞こえたから。

 

「お、おおっ・・・・・・!!」

 

 また立ち上がる。

 震える体に鞭を打って、僅かに宿った体の熱を力に変えて。

 目の前の敵から、お姫様を救い出すために――!!

 

「カカカカッ! サラバだァ、人間!」

 

 でも、悲しいくらいにそれが限界で。

 睨み付けるのが精一杯で。

 拳すら握れない弱さが嫌になって。

 

 それでも。

 

「ミウナァァァァァァァッ!!」

 

 この気持ちだけは、誰にも負けない!

 死んだって、絶っ対に負けてやるもんか!!

 

 迫る牙を避ける術はない。

 確実な死から逃げる事は出来ない。

 

 

 だけど――、

 

 

 だけど、もしもご都合主義があるなら?

 この状況を覆す事の出来る、奇跡が起こるとしたら?

 

 それが出来るのは、この場でただ一人。

 

「グッがァ――ッ!!!???」

 

 大蛇の声が裏返る。

 眼前にまで迫った凶悪な牙は、なんでか俺には届いてない。

 それどころか、苦痛に濡れた悲鳴を上げてのた打ち回り始めた。

 

「な、なんだ! 今度はなんだ!?」

 

 突然起こった出来事に、頭が追い付いていかない。

 だけど、しっかりと見た。

 大蛇の、あいつのお腹がバカみたいに膨らんでいるのを。まるで誰かが腹の中で暴れているみたいに! 

 

「・・・・・・ははっ」

 

 自然と、笑い声が出た。

 力の抜けそうになる足に最後の気力を振り絞って、その光景を目に焼き付ける。

 

「やっぱ、すげぇよ。弱くねぇじゃん、ミウナ」

 

 大蛇の最後はすぐに訪れた。

 

「ギぎィ、おォ、俺がァ・・・・・・コンなァ、トコロでェ・・・・・・ガアアアアアアアアッ!!?」

 

 断末魔が響く。

 ついに限界に達した大蛇の体が、膨らませ過ぎた風船みたいに爆発四散して、ちょっとグロい事になっている。

 そんな真っ只中で、一番聞きたい声が聞こえた。

 

「げっほげっほ。さ、流石に今日は死ぬかと思ったよ・・・・・・」

「いやー、今まで齧られる事はありましたけど、まさか丸のみとは貴重な初体験をしてしまいましたねー」

「一生味わいたくなかったよ。うっ、臭い。べとべとするぅ。お家帰ってシャワー浴びたい。ぐすっ」

 

 能天気にもほどがあるだろ。

 今までの死闘が嘘みたいに思えるほど、二人の声には緊張感がなくて。

 それがこの事件がようやく終わった事を教えてくれている気がした。

 

「ミウナ、ルビー、無事だったんだな!?」

「全然無事じゃない・・・・・・って、兵藤!? 何その怪我、ボロボロじゃない!? それに・・・・・・え? それ、左、え?・・・・・・・・・・・・え?」

 

 ボロボロって言うのはお互い様だと思うけど。

 なんか恥ずかしいな。名誉の負傷って言い張れるけど、結局ミウナを助けようとして失敗しただけだし。

 

「おや、イッセー様も少し見ない間に随分と様変わりしましたねー。それに、うぷぷ。とっても面白い事に。えぇ、大変面白い事になりましたねー」

「何の事だ?」

 

 ん? 何だ?

 和気藹々なムードから急に空気が変わったぞ?

 ルビーは愉快そうに体を震わせてるし、ミウナは今にも倒れそうなくらいに顔色がやばい事になってるぞ!?

 

「お、おい。大丈夫かよ、ミウナ。顔真っ青だぞ?」

「あ、えと、その・・・・・・それぇ」

 

 心配して声を掛けたら、なんか泣きそうな顔で指差された。

 俺の方に指が向けられているんだけど、指す場所はちょっとずれていて、たぶん、俺の左手か?

 別に変じゃない、真っ赤になった左腕があるだけだけど?

 

「ん?」

 

 真っ赤だった。俺の左腕が。

 

「・・・・・・え?」

 

 血塗れとか、塗装とかそんな軟なものじゃない。

 赤い、何かがそこにあった。

 手の甲の部分に宝石みたいな物がはめ込まれていて、かなり凝った装飾の施された赤色の籠手。まるでアニメとかに出てきそうな物体。

 俺の左腕は赤色の籠手らしき物で覆われていた。

 

「な、なんじゃぁこりゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

何これ! 何これ!?

 いつ間にこんなの着けてたんだ? 全然覚えがないんだけど!?

 

「いやー、大変な事になっちゃいましたねー」

 

 なんて、愉快そうな呑気な声が聞こえた。

 

「見て下さいよー、ミウナさん。神滅具(ロンギヌス)ですよ、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』ですよ! わたし初めて見ました!!」

 

 ろ、ロンギ・・・・・・?

 何やらとても機嫌が良さそうにはしゃいでいるのは、不思議な魔法のステッキ、ルビー。

 

「・・・・・・お願い、ルビー。私ちょっといろいろと限界だから、黙ってて」

 

 今にも泣きそうになって全力でこちらを見ないようにしているのは、黒い片翼を持った魔法少女、ミウナ。

 

 俺はこの時、まだ何が起こったのか、まったく分からなかった。

 今日、偶然から始まった出会いが何をもたらすのかも。

 この先、この不思議な二人組と長い付き合いになることも。

 

 そして。

 

 これから始まる日常が、今までの俺の世界をぶっ壊してしまう程の、過酷で愉快で大変で、そんな波乱万丈の物語になっていくなんて、想像すら出来なかった

 

Said out

 




人物紹介

ミウナ・E・衛宮(女オリ主)
種族:堕天使
神器:愉快型魔術礼装(カレイドステッキ)マジカルルビー
 幸薄系片翼堕天使魔法少女という業を背負った少女。歳は兵藤一誠よりも一つ下。
 本作の主人公で、多重コンプレックス持ちに加え、実は記憶喪失という地雷原を持つ面倒臭い娘。
 すごく周りと状況に流され易い。
 ぼっちの癖に割と簡単に人を好きになるチョロイン。
 そんな性格のせいで、上司には逆らえず、他人の不幸を見て見ぬふりが出来ない。

ルビー
種族:人工神器
 ミウナの相棒にして、全ての元凶。何か事件が起こるのはだいたいこいつのせい。
 自分にとって愉快な事をするために手段を選ばない傍迷惑な性格で、ミウナの涙目で怒る表情が一番好きで、実は夜な夜な成長阻害魔法で合法ロリ計画を企むという極悪な事をしてたりする。
 当初は創造主であるミウナの姉からの命令で一緒にいたが、ミウナの不幸体質とチョロインぶりに感性が引っかかってしまった。
 原作よりも許容年齢はやや上に上がっている。

兵藤一誠
種族:人間
神器:赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)
 原作の主人公にして、今作のもう一人の主人公。現年齢は十四の中学三年生。
 エロ魔人イッセーの名を近所に轟かせる少年で、その欲望を解放するために秋葉原に来たところ、ミウナと出会ってトラブルに巻き込まれた上に、原作よりも二年は早くに覚醒してしまう。
 しかし、まだ人間であり自覚もないため、中途半端な覚醒であり、ミウナの虚言によって能力のほとんどが使えない。
 ミウナの事は異性としての好意よりも、守りたい存在という認識が大きい。
 が、今後ミウナに最も頭を悩ませる存在になる事を、まだ本人は知らない。

大蛇悪魔
種族:はぐれ悪魔
 普段の戦闘の際にカマキリ怪人+大蜘蛛の半身を宛がうのだが、着脱可能な擬装用ともあって本体の大蛇にはノーダメージという悪辣仕様。
 自身の視覚範囲を爆発させるという空間爆撃魔術が得意で、最大威力はBランク+。
 なかなかの凶悪さだが、実は原作一巻に登場したはぐれ悪魔バイザーよりも弱かったりする。
 強く見えたのはミウナが弱すぎるせい。
 その割にあっさり倒されたのはルビーのチートのせい。
 原作勢と底辺下級堕天使ミウナとの力の差を考えれば当たり前の事なのだが・・・。


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第六話 そして始まる物語

ようやく出来た(疲)
感想ありがとうございます。お待たせしました。


第六話

 

 運の悪い時はとことん悪いのが、私の前世だった。

 

 ガチャ爆死は当たり前で、大事にしていたキーホルダーを無くすわ、いつも使っていた通学路が工事中で学校に遅刻するわ、飛んできたサッカーボールに直撃して気絶するわ。

 そんな不幸が一日に何度も起こる、いわゆる厄日が私には年に何回もあった。

 私が交通事故で死んでしまったのも、そんな日だったと思う。

 

 何が言いたいというのかというと、その不幸体質って今世にも引き継がれてるみたいなんだ。

 

 実家の裏庭で山菜採りしてたら、野生のクマの群れに襲われたし。

 突然家を放逐されたその日にルビーとブラック契約を結んじゃうし。

 憧れの秋葉原へ来たら全財産を奪われ、はぐれ悪魔に殺されかけ、挙句の果てには、一番忌避してた物語の主人公と出会って巻き込んでしまい、結果として二年後であったはずの神器覚醒なんて厄介事を起こしてしまった。

 

 ・・・・・・君呪われてるよとか言われても信じるよ。

 幸運のツボを買う人の心理を今なら理解できる自信まである。

 

 というか神様ちょっと私の今世が厳しすぎじゃないかなぁ。

 私は平穏な日常さえ過ごせればいいから。

 別に宝くじで三億を当てたいとか、逆ハーレムを作りたいなんて壮大な夢を願わないから、もう少しだけ不幸の難易度を落としてほしい。神様が実在してる世界なんだから、このくらいお願いしても罰は当たらないはずだ。

 ・・・・・・はずだよね。

 ・・・・・・、・・・・・・あ。

 そういえば、この世界の神様って死んじゃってる設定だったっけ?

 それなら私のお願いが届かないのも仕方がないよね。

 むしろ、よく考えてたら私って今は神様の元から反逆した存在なんだから、お願いしに行ったら神様から罰どころか助走付きの飛び蹴りをかまされてもおかしくないレベル。そして私は死ぬ。

 

「・・・・・・フフ、救いなんてないんだよ」

「おや、どうしたんですかミウナさん? 突然今にも絶望の果てに魔女になりかねない声色で呟かれて?」

「ううん、何でもないよ。ただいい天気だなって思っただけ。きっと私の心象世界もこんな感じの夜空と同じなんだろうなー」

「ちなみに今は曇っていて、わたしのお天気レーダーによればこの後雨も降り出す予定なのですが?」

「ぴったりじゃない」

「あっ、ダメですね。これは」

 

 呆れた声を出すルビーを無視して、本日何度目になるかも忘れた自問自答を繰り返す。

 なんでこんなことになった、と。

 

 今私がいるのは、とある一軒家の屋根の上。

 奇抜さも高級さも特にない、周りに立ち並んだ家と遜色なく、一般的な住宅地の風景に埋もれてしまいそうな、何てことのない平凡な家だ。窓から漏れる明かりと聞こえてくる団欒の声は不思議と荒んだ心を温めてくれてる気がした。

 まあ、中に入るとか絶対したくないんだけど。

 

 だってここ、兵藤一誠の家だし。

 むしろ、なんでここに私がいるし。

 

 ぺたんと冷たい瓦にお尻をつけて、嫌な事実に痛む頭と胃を抑える。

 

「うぅ~っ、全部夢だったらなぁ・・・・・・」

「もー、ミウナさんってばまだうじうじと悩んでいるんですかー? もういっその事全部諦めてしまえば楽になれますよ?」

「嫌よ、絶対いやっ! それやって後で後悔するの絶対私だもん!」

「もう遅いような気がしますけどねー」

「そうだけど!!」

 

 いろいろと手遅れのような気もするけど!

 グリゴリで働いてた時みたいに被害担当はあなたねとか、絶対言われたくない!

 

「はぁ、なんでこんなことになっちゃったんだろう・・・・・・?」

 

 止められえない自問自答を繰り返す。

 真っ暗な空。星の光すら見えない未来を視ながら、数時間前までの出来事を思い出す。

 

―○●○― 

 

 はぐれ悪魔との戦闘を終えた私と兵藤は、一息つく間もなくその場からの移動を余儀なくされた。

 大魔力の斬砲撃に、殲滅具(ロンギヌス)赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の覚醒。

 度重なるイレギュラーに他の勢力の者達が気づかないはずがなく、しかもはぐれ悪魔の結界を破った余波で周りのビルの窓ガラスが割れるわ、その後の兵藤とはぐれ悪魔との戦闘音で俄かに騒がしくなった表通りに二人で顔を青くしながら、痛む体を無理やり動かして逃げることにしたのだ。

 で、辿り着いたのが、兵藤と自己紹介を交わした後に逃げ出したあのファミリーレストラン。

 道中で私はルビーの自己治癒能力で、兵藤は私の治癒魔術で何とか体の傷を治したものの、破れてたり血濡れになった服まではどうしようもなった。

 まるで爆弾テロにあった直後みたいな服装の二人を入店させてくれた店員さんには頭が上がらない。ドン引きしながらも笑顔で警察も呼ばずにメニュー表とお水を渡してくれた時はプロって凄いと感心した。

 逃げてる途中でルビーと一緒に隠蔽工作もしてきたし、ルビー曰く、あの場で私がブッパした大量の残留魔力が兵藤の気配も塗り潰して誤魔化せるかもしれないとのことだから、当面の問題はいいとして。

 差し当たって今すぐ解決しないといけないのは・・・・・・。

 

「えっと、こっちのハンバーグランチと、飲み物はコーラとカルピスで。あとえーと・・・・・・あ、ミウナはなんかいるか?」

「・・・・・・う、ううん。私はいいや」

「そっか。俺はちょっと腹減っちまったし、がっつりいきたい気分なんだ」

 

 目の前で呑気にメニュー表を見ながら注文してる、問題児(兵藤 一誠)の事だけだ。

 本人は料理を選ぶのに夢中で気づいてないようだけど、隣に立つ店員さんの笑顔がめっちゃ引き攣ってる。気持ちはわかるよ。出来れば今すぐにでも私も他人の不利して立ち去りたい。

 私は兵藤が荷物を取り返してくれたからトイレで着替えることが出来たけど、兵藤の恰好は世紀末じみたズタボロの服のままだ。

 責任は一応私にもあるから、私が替えの服を用意してあげるべきなのかもしれないけど、今手元にある服はサイズ的にも性別的にも常識的にも兵藤には似合わないんだよね。

 もうそういうコスプレです、って事で通らないかなぁ? アキバだしなんだかいけそうな気がする。

 注文を取り終えた店員さんがそそくさと離れていくのを確認してから話しかけた。

 

「その様子なら、体の方は大丈夫そうだね」

「ああ、ミウナに治してもらったからな。まだちょっとヒリヒリするけど、このくらいなら問題ないぞ。っていうか、俺よりもミウナの方が怪我が酷かっただろ? そっちこそ大丈夫なのか?」

「うん、私にはルビーがいるから。もう治ってるよ」

「はぁー、魔法って凄いんだな」

 

 感嘆したように呟く兵藤から目を逸らして、彼の左手を盗み見る。

 そこにあるのはどこからどう見ても肌色の健康的な男の子の左手なんだけど、僅かに目を細めて注視してみれば嫌でも分かる。

 

 ・・・・・・うぅ、やっぱり感じるよぅ。

 

 人ではあり得ない、圧倒的な存在感。

 彼の左手から僅かに漏れている気配だけでも、その強大さが伝わってくる。

 三大勢力が総力を挙げなければ倒せなかった、最強クラスのドラゴン。

 神器『赤龍帝の籠手』に封印されし、『二天龍』の片割れ、「赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)ドライグ」。

 

 それが目覚めかけている。

 

「・・・・・・はぁ」

 

 一息ついて視線を外す。

 これ以上は視ているのが辛い。格があまりに違い過ぎて、長く気配を感じているだけで精神的にも肉体的にも息苦しくなってくるのだ。

 だからと言って、ここで放置して逃げ出していい問題じゃない。

 気配探知はあまり優れた方じゃない私でも、近づくだけで神器の気配を感じられるほど力が垂れ流しになっている。

 このままだと感覚の鋭い輩なら、すぐにでも兵藤を見つけ出してしまうだろう。

 そうなったら今の兵藤では太刀打ち出来ない。原作終了待ったなしだ。

 今のところ兵藤一誠の活躍なくして、三大勢力の和平への道は他に見当たらない。となると、兵藤の身に何かあった場合、私が望む平穏な日常の夢は潰えてしまう事になる。それだけはどうにかして防ぎたい。

 だけど、少なくとも物語通りに和平へと話を持っていくには、最低限の目標として兵藤がリアス・グレモリーの眷属になる事が前提であり、その為にはあと二年の歳月が必要だ。

 二年間は、あまりに長過ぎる。

 

「・・・・・・な、なあ、いろいろ聞きたいことがあるんだけど質問していいか?」

 

 思考に没頭していたところに話しかけられ、顔を上げると、おぞおずと何とも言えない表情で兵藤がこちらを見ていた。

 彼の言葉を噛み締めて、まあ、そうなるよねと自分を納得させて頷いた。

 

「うん、いいよ」

「お、おう。それじゃあ、えーと、いきなりで悪いんだけど、・・・・・・、・・・・・・ミウナって何なんだ?」

 

 ちょっと物言いが失礼だけど、兵藤なりに言葉を選んだのだろう。

 聞かれるかもと分かってたし、この後の展開を考えると無知のままでじゃ困るから、ここは素直に答えてあげよう。

 

「私は、聖書の神様の元から堕ちた天使たちが集う場所から来た、『神の子を見張る者(グリゴリ)』所属、堕天使のミウナ・E・エインズワースだよ」

「・・・・・・堕天使って、マジ?」

「マジ」

 

 肯定してあげると、兵藤は子供のように瞳を輝かせ始めた。

 

「な、なら、あの化け物は何なんだ? あと神様って本当にいんの? それとルビーもやっぱ妖精とかそんな感じなのか!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いて。声大きいから」

「悪い・・・・・・」

 

 興奮したように身を乗り出して、矢継ぎ早に質問してくる兵藤を何とか落ち着かせる。

 気持ちはわかるし、仕方のない事かもしれないけど、やっぱりこうなったかと落胆は隠せない。

 

「まず、あの蛇なんだけど、あれは悪魔だよ。私の敵。あと神様は実在するし、他にもドラゴンとか精霊とか、そういった漫画とかアニメに出てきそうな生き物は大体いるって思ってもいいかも」

「マジ?」

「マジ」

「じゃあ、ルビーも? てか、あいつどこ行ったんだ?」

「さあ? その辺を散歩でもしてるんじゃない?」

「え」

 

 いつの間にかルビーがいなくなっている事に気づいた兵藤に、適当な事を言って誤魔化す。正直言ってルビーって何って質問が一番困るんだよね。

 分類上は神器のはずなんだけど、実は悪質な妖怪とか邪神の類じゃないかと疑ってもいる。

 

「こほん。ルビーは神器(セイクリッド・ギア)なの」

「せ、セイク・・・・・・?」

「セイクリッド・ギア。神様が作った不思議な力を持つ道具で、所有者に何らかの異能を与える能力があるの。兵藤の左手に現れた赤い籠手も神器の一種だよ」

「俺のって、あの赤いやつ!?」

 

 目を開いて、自分の左手を見つめる。

 まるで今もそこに赤い籠手があるかのように視線を落とす兵藤の表情は、驚愕よりも喜色と優越が混ざったような、まるで欲しかった玩具を手に入れた子供のような無邪気なものに見えた。

 それが酷く胸をざわつかせる。

 彼は自分の中に異常が混ざっているという意味を理解しているだろうか?

 自分がどれだけ危険な場所に立っているか、気付けるだろうか?

 ここからだ。そう自分に言い聞かせる。

 今の兵藤は現実離れし過ぎた話の連続で、浮足立っているのだと思う。

 文字通り地に足がついてない。現実が見えていない。

 だったら、まずは兵藤には現実という冷たい地面に叩き付けさせてもらおう。

 

「な、なあ、あの赤い籠手も神器って事はやっぱり能力とかあるんだよな?」

「もちろんあるよ。一応だけど、もう兵藤の神器の名前と能力の検討はついてるからね」

「おお!」

 

 考えた。

 兵藤を生き残らせる方法を。

 原作へと辿れる、唯一の道を。

 

「兵藤の神器は――」

 

 それは――、

 

「『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』。所有者の力を一定時間、倍にできる能力を持ってる神器だよ」

 

 嘘をつくこと。

 真実を隠して、偽りだけで彼と周囲を騙し続ける道を私は選んだ。

 

「おおっ! それが俺の力!! 能力が倍って、なんか凄そうだな! 要するに強くなるってことだろ?」

「単純に言えばそういう事だね」

「そういえば、あの蛇野郎をぶん殴ってやった時もすげー力が湧いてきたけど、あれって神器のおかげだったのか!」

 

 顔を見ただけでわかる。

 自分に隠されていた未知の力。異能の力。

 そんなキーワードに男の子として中二心をくすぐられない訳がないし、誰だって少なからず興奮してしまっても仕方ないと思う。私もそうだったから。

 転生なんてあり得ない体験をして、堕天使なんて神話の生命体に生まれ変わって、戦う力を手に入れた時、私も自分が誰にも負けないくらい強くなって、ヒーローみたいに活躍出来るんじゃないかって、そんな夢想を抱いたことがある。

 それ故に、私が今の兵藤の態度を批判するつもりはないし、頭ごなしに叱るつもりもない。

 

「あの力さえあれば、もう蛇野郎なんかに負けねぇ。今度は俺がミウナを守ってやれる!」

「それは無理なんじゃないかなぁ」

「え?」

 

 それでも、兵藤には知ってもらわなければならない。

 この世界の理不尽さを。自分の矮小さを。

 

「兵藤はさ、自分の力が倍に、つまり二人がかりだったらあのはぐれ悪魔に勝てるって本当に思ってる?」

「え、いや、それは・・・・・・、」

「兵藤の力を倍にしたら、鉄を砕けるだけの力になる? 足の速さを倍にしたところで、車よりも早く走れるってそう思ってるの?」

「・・・・・・」

 

 兵藤一誠はただの人間である。

 いくら未来において物語の主人公に成りえる人物であったとしても、いくらその身に伝説の武具を宿しているといっても、彼が一般的なひ弱で平凡な子供でしかない事には変わりはない。

 

「言っておくけど、あのはぐれ悪魔は兵藤が戦った時には私が瀕死の重傷を負わせた状態だったんだよ」

「・・・・・・」

 

 忘れてはならない。

 兵藤一誠という人間の最期を。

 覚悟も力もなく、そんなただの人間であったからこそ、兵藤一誠は物語の冒頭で殺されてしまったのだ。

 何故殺されたかも分からず、何も出来ず。

 突然訪れた不幸にも為す術もなく、あっけなく死んだ。それが兵藤一誠の人生だった。

 

「もう一回聞くけど、兵藤は本当に自分が凄い人になれるってそう考えてるの?」

 

 喜びから一転して、目に見えて勢いを落としていく様には罪悪感を覚える。

 強くて凄いヒーローをしてる妄想の自分と、今の話を聞いて改めて考えた現実の自分の差異に、どれだけ貶めることが出来ただろうか。

 自分の左手をじっと見つめていた兵藤が、ぽつりと呟く。

 

「・・・・・・もしかして、俺の神器ってあんまり凄くない?」

「能力だけみれば、使えない事もないけど・・・・・・ただの人間が使ったところで、せいぜい大会でいい記録が残せればいい方だと思うよ」

「・・・・・・そう、なのか」

「うん。『龍の手』もあんまり珍しくない、ありふれた神器だしね」

 

 そこまで言って、言葉を切る。

 私の嘘を鵜呑みにして、すっかり落ち込んでしまった様子を見ていると、胸が痛くなってくるけど、まだ兵藤には落ちてもらわなければいけない。

 

「それで、これから兵藤はどうするの?」

「え? こ、これから?」

 

 いきなり話題を変えると、兵藤は目を白黒させながらも、少し悩んだ末に答える。

 

「・・・・・・あー、とりあえず家に帰ろうかなって思ってる。服もこんなんだし、もう今日は買い物したい気分じゃないしな」

「んーと、そうじゃなくて、これから兵藤はどうやって生きてくのかって意味なんだけど」

「え? 生きてくかって・・・・・・?」

「普通、一般的な神器保有者は何らかの破滅を迎える結末が多いんだよ」

「破滅!?」

「そう。力に溺れて暴走した挙句に死ぬか、周りから危険視されて始末されるか、それとも実験動物のように扱われて生涯を終えるかって感じかな」

 

 もちろん嘘である。

 全て嘘というわけではないが、兵藤の持つ神器が『赤龍帝の籠手』である以上、どこの勢力下に保護してもらえれば無下にはされないし、危険視はされるかもしれないがいきなり殺されるなんてこともない。

 グリゴリに限ってなら、アザゼル様の耳に入ればおそらく手元に置きたがるはずだ。

 会ったことないけど、原作通りの人となりならばきっと兵藤とは気が合うはずだし、ひとまず兵藤の命に関しては保証されるだろう。

 しかし、残念ながらここにいる兵藤くんの神器は『龍の手』なのだ。決して神滅具なんて物騒なものじゃない。いやー残念だったね、という事にした。

 そうしないと原作通りには絶対ならないからね。仕方ないね。

 絶句する兵藤を尻目に、内心で自分を納得させつつ口を開く。

 

「それで、どうする?」

「ま、待ってくれ。いきなりそんなこと言われても・・・・・・っ! だいたい、なんで神器を持ってるってだけでそんな事になるんだよ!?」

「危険だから。手に入れたいから。理由はいろいろあるけど、少なくとも今まで通りの生活は送れないって思った方がいいよ。下手な事すれば、兵藤の大事な人にまで犠牲が出るかもしれないから」

「・・・・・・っ」

 

 突然の宣告に絶句する兵藤を無視して続ける。

 

「警察とか国に頼ろうとするのも悪手だよ。私達の中には個人でこの国の軍隊を全滅させる事も出来る力を持った人だっているし、そもそもこんな話をしたところで信じてもらえないのがオチだろうしね」

 

 というか、この方法が一番まずい。

 関係ない人を大勢巻き込みかねないし、話が大きくなり過ぎれば、いくら兵藤が神滅具の宿主でも証拠隠滅の為に処分されてしまうかもしれない。

 

「な、ならどうすれば・・・・・・ってそうだ! 俺の神器がやばいなら、さっさと捨てちまえば・・・・・・っ!」

「あー、それ無理」

「なんでさ!?」

「神器は人の魂に宿るの。通常の神器は人の感情の高ぶりや魂の震えに呼応して力を発揮するから、その分魂とは密接な関係にあって、宿主が死なない限りずっとそばに居続けるんだよ。つまり、兵藤が神器を手放すには死ぬしかないって事になるかな」

「ダメじゃん! 意味ねぇ!」

 

 うわあ! と頭を抱える兵藤を見て、ここだと思った。

 ここで一気に話を結論にまで持っていく。

 

「そんな絶望まっしぐらな兵藤に一つだけおすすめできるプランがあるんだけど、どうする?」

「それって・・・・・・今までの生活に戻れるってことか!?」

「うん。私ならたぶん、今の兵藤の問題を誰にも迷惑かけることなく解決できると思う」

「!!」

 

 地獄の中で天に続くか細いクモの糸を見つけたように、兵藤は目を見開く。

 

「やる事自体は簡単だよ。ただ、兵藤にはいくつか約束してほしい事があるの。その条件を守れるなら、今すぐにでも実行できる」

「約束って?」

「難しいことじゃないから、安心して。私がして欲しい約束は『今日の事を誰にも言わない事』と『神器の力を使わない事』の二つだけ。それさえ守ってくれればいいから」

 

 今日の事を忘れろなんて言っても、たぶん無理だろう。

 なら、誰にも口外されないようにするしかない。どのみちこんな非日常の話なんて中二病乙の一言で信じてもらえないかもしれないが、釘を刺す事は大事だ。

 神器に関しても、兵藤がその気にならなければどうとでもなる。

 というか、ここまで脅しておいたのだから、安易に神器を使おうとするのがどれだけ危険かが意識の底に根付いたはずだ。

 

「そんなことでいいのか? それなら、うん、約束する」

「絶対だよ。破ったら兵藤は死んじゃうからね?」

「わ、わかった。絶対誰にも言わないし、神器も使わないようにする。それで、その方法ってなんなんだ?」

 

 こくこくと大げさに頷く兵藤を見て、ひとまず満足しておく。

 

 現状からいって兵藤は私の話をまるっと信じているようだし、話の主導権をこちらが握っている以上、このまま兵藤を説得するのは容易い。

 それならば真っ先に考えなければいけないのは、『赤龍帝の籠手』をどうするかだ。

 放置はあり得ない。かといって、兵藤に神器を覚醒させて制御させる兵藤強化計画なんて、一番現実的じゃないだろう。

 神器保有者を育成、強化なんて出来る自信はないし、方法もよくわかってない。成長しきる前に、他の勢力に一切気付かれないなんて都合のいいこともないだろう。いくらルビーがいるといっても、私の実力では兵藤とその周囲の人間を守り切れない。

 それ以前に、そんな事をすれば恐らく原作から大きく外れてしまうかもしれないし、あまり長い間、私と兵藤が一緒にいるなんていろんな意味で良くない。

 主に私の精神的ストレス的な面で。

 

 ・・・・・・となると、やはりやる事は一つだ。

 

「兵藤の神器を封印する。そうすれば、もう誰も兵藤が神器を持っている事には気づかないし、兵藤は元の生活に戻れるようになる。争いもなくて、ご両親とか友達と過ごせるそんな平和な生活に」

「封印って、ことは・・・・・・」

「うん。もう神器は二度と使えない。無理矢理使おうとすれば、もしかしたらだけど。でも、さっきした約束は覚えてるよね?」

「・・・・・・覚えてるよ。神器はもう使わないって」

 

 神器を封印しようと思えば、方法なんていくらでもあるのかもしれない。

 しかし、それがどんな方法であっても、ただの神器ならともかく殲滅具が相手なら不安が残る。

 何しろたった一つで世界の勢力図を変えてしまいかねないほどの、神にすら届く伝説の名に相応しい力を持っているのだ。

 だから、さっきの約束がここで効いてくる。

 いくら力が備わっていたとしても、そこに使おうとする意志がなければ無いのと同じだ。

 

「約束、ちゃんと守れる?」

「ああ、絶対守るよ。約束する。ここまで面倒見てもらったんだ。ミウナを裏切るわけにはいかないだろ」

「絶対の、絶対だよ?」

「絶対の絶対の絶対だ」

 

 しっかりと約束を交わした兵藤を見て、私は心底安堵した。

 これで少なからず、当面の問題は解決したと思う。二年後の事、細かい事はまだ不確定要素は多数残っているけど、私に出来る事は限りなくやったはずだ。

 ――あとは。

 

「うん、よし。なら、ちゃっちゃと済ませてお別れしよう」

「――――え?」

 

 私の言葉に、兵藤はこちらが逆にびっくりするくらい動揺した。

 ぱくぱくと口を開閉させて言葉が出なくなってる様は、もしかしたら、兵藤に神器を持つリスクを説明した時以上かもしれない。

 

「いなく、なっちまうのか?」

「はい?」

「ミウナは、その、どこかに行っちゃうのかって・・・・・・」

 

 それ以上言葉にしたくないかのように、言葉を切って兵藤は俯く。

 

「うん。兵藤の神器を封印したら、私もすぐにここを離れてどこか遠くに行くつもりだよ」

「ど、どこかって?」

「まだ決めてないけど、とりあえずここじゃない何処かかな。騒ぎ起こしちゃったし、しばらくは兵藤も秋葉原には近づかないでね」

 

 思い返してみれば今まで兵藤の話ばかりで、これから私がどうするかを話してなかったかもしれない。

 まあ、かといって話す必要があるかといえばあまりないし、言ったところで意味もないから、話そうという考えすら思い浮かばなかった。

 

「・・・・・・ま、待った」

「え?」

 

 兵藤が顔を青くして言う。

 

「ご、ごめん。約束したばかりなのに、本当にごめん。だけど今の話、ちょっとだけ待ってくれ。ちょっとだけでいいから、考えさせてくれ」

「えっ! なんで!?」

 

 急に態度を変えてきた兵藤に、今度は私が動揺した。

 どうして急に? 私、何か変なこと言っちゃった? 説明に不審な所があったとか、嘘ついてたのがバレたとか? ここで神器を封印出来ないのはすごく不味いんだけど!?

 焦る心を必死に隠しながら兵藤を見るが、目を合わせてくれない。

 

「・・・・・・ごめん」

「・・・・・・ううん、そうだよね。いきなり答えを出せって言う方が無理だよね」

 

 こ、声震えてないよね?

 今まですんなりと話が進んでいたから、不安でしょうがない。でも、ここまで来たらもう押し通すしかない!

 

「でも、ご飯を食べ終えるまでには決めてね?」

「ああ・・・・・・わかった」

 

 絶対に隠し通す。

 そう決めたんだから。

 

―○●○― 

 

 フラフラと覚束ない足取りの兵藤がトイレへと消えたのを見届けてから、ようやく肩の力を抜く。

 時間にして十分も経ってないのに、随分と話し込んでた気がするくらい疲れた。

 溜息を一つ。

 それから私は今まで隣の席に置いてあったバッグを手に取り、中からあるものを取り出す。

 

「むー!」

「はいはい、今解いてあげるからあんまり騒がないでね、ルビー」

 

 手には縄でグルグル巻きにされたルビー。

 トイレで着替えてる時に兵藤との話し合いを邪魔されないように、ついでにお仕置きも兼ねて封印(物理)をしておいたのだ。

 

「うわーん、ひどいですよミウナさん! 私をのけ者したばかりか、お二人だけで楽しそうな話をするなんてズルいです!」

「別に楽しんでないよ。あと声大きいから黙っててくれない?」

「おっと辛辣ですねー。ははーん、さてはまだイッセー様を巻き込んだ事を怒っていますね? やってしまった事は仕方がないのですから、大事なのはこれからですよ?」

 

 このっ、誰のせいでこんなに困った事態に陥っていると思ってるの!?

 そう叫びたかったけど、人目があるし、何よりもこれから兵藤の神器を封印するにあたり、ルビーの協力は必要不可欠なのだ。

 だから、我慢だ私。大人になれ。円滑に物事を進ませるためにまずは私から和解してあげないと。

 

「まだ怒ってます?」

「怒ってないよ」

「えいえい、怒ってます?」

「怒った。今日こそ解体してやるんだからっ!!」

 

 ミウナ は 正拳突き で 攻撃した。

 しかし 避けられた。

 

 くぅ、素早い! なんかぺしぺし頭を叩かれたから、ついイラっとして攻撃してしまった。後悔はない。むしろ、避けられて余計に腹が立った。

 技を避けて調子に乗ったのか、目の前でひらひらと浮かぶルビー目掛けて拳を繰り出す。

 ワン、ツー、ジャブ、たまにフェイントを交えながらも連続で殴る。殴る。殴る。

 

「このっ、このっ、このっ」

「ふっふーん、おやおやどうしたんですかミウナさん。いつもよりもキレがありませんねー」

 

 そりゃあ、疲れてるからね!

 なんでこんな時にこんな無駄に体力を使う事してるのかって、頭の中にいる冷静な私が呆れてるんだけど、八つ当たりくらいは許してほしい。だいたいルビーが悪い!

 

「むぅぅぅぅぅっ!」

「おっとスピードが増しましたね。 しかし、残念! わたしには届きま「せいっ」ごぱぁっ!?」

 

 ハッハッハッ、甘いねルビー。

 拳は全て囮。本命は机の上に置いてあったお冷なんだよ。

 指に引っ掛けた空のコップを弄びながら、びしょ濡れになったルビーを見て優越に浸る。

 さて、この後どう料理してやろうかと笑みを浮かべていると、不意に肩を叩かれた。

 

 振り返ると、店員さんがそこにいた。

 にっこり笑顔なのに、一切目が笑ってない。

 

「お客様、何を騒いでいらっしゃるのでしょうか?」

「え、え、えーと・・・・・・」

 

 ちらりと目をやれば、いつの間にかルビーがいなくなってる。

 濡れた机、手にはコップ。現行犯は私だ。

 

「む、虫が、その・・・・・・」

「虫ですか?」

「は、はははい、悪い虫が! それもものすごく質の悪い虫がいたのでつい!」

「そうですか。ですが、他のお客様の迷惑になりますので、もう少し静かにお願いしますね。それと、これを」

 

 差し出されるおしぼり。

 真っ白で汚れのない生地を見た時、私は全てを理解した。

 

「あっ、はい。すぐに拭きます。ごめんなさい」

 

 受け取ったおしぼりで、いそいそとテーブルを拭いていく。

 最期の一滴までしっかり拭き取るのを確認した店員さんが去っていくのを見送ってから、私はテーブルに突っ伏した。

 

「こ、殺されるかと思ったぁ・・・・・・」

「いやー、すごい眼力の持ち主でしたねー」

 

 どこに行ったのかと思ったら、テーブルの下に隠れていたらしい。

 ひょっこり顔を出したルビーの陽気な声にまた苛立ったけど、もはや怒る気にもなれない。

 でも、いいや。ちょうど頭も冷えたし、話を進めよう。

 

「ねえ、ルビー。ちゃんと兵藤の神器を封印出来るんだよね?」

「おやー? もしかして疑っているのですか?」

「疑ってるっていうか、少し不安なだけ」

 

 今までの所業を考えれば疑心暗鬼になってもおかしくないんだけど、今はもうルビーに頼るしかないし、そもそも困っていた私に助け舟を出したのはルビーだ。

 兵藤に封印の話を持ち掛けてしまった手前、今更出来ませんでしたでは困るどころではない。

 

「その点についてはご安心ください。この封印方法を確立したのはわたしの創造主様ですから」

「お姉ちゃんが?」

「ええ。確かなデータと試行回数に基づいて、わたしの創造主様が神器の抑制という観点から、限定的ですが確実に封印可能と結論されたものですから。効能に関しては保証されているとみてもいいと思いますよ」

「むぅ。お姉ちゃんがそう言うなら、大丈夫なの、かなぁ?」

 

 私のお姉ちゃんは天才だ。

 その頭脳と無駄な行動力を生かして、人間でありながらグリゴリの技術顧問にまで上り詰めた程の人物だ。腕は確か。お姉ちゃんが出来ると言った事は大抵の事が出来ると思っていいだろう。

 ただお姉ちゃんって、良くも悪くもあの゛グリゴリの科学者″なんだよね。

 サイコマッドとか改造人間製造機とかの頭脳系変態軍団。もしくはグリゴリで最もアレな関わっちゃダメな人達。

 いろんな呼び名があるけど、ルビーを作った人達って言えば察してもらえると思うんだ。

 その中の一人が私のお姉ちゃんって言うのが、少し、いやかなり認めたくない。あっ、でも普段は優しいお姉ちゃんなんだよ。研究、っていう言葉に触れさえしなければだけど。

 まあ、そんなお姉ちゃんが作ったものだから、効果は抜群だと思うけど落とし穴が一つか二つくらいありそうで怖い。

 

「ちなみにその封印する方法ってなんなの? 準備とか必要なら早めにやっちゃいたいんだけど」

「いえいえ、ミウナさんの負担になるような手間はありませんよ。この封印方法のテーマは『お手軽にぶすっと一発』だそうですから」

「えーと、とりあえず簡単そうだってのは伝わった。ところでぶすっとって何?」

「それはたぶん、“コレ”の事ですね」

 

 そう言ってルビーから封印方法が手渡された。

 ゴトリと、手にそれなりの重さがかかる。

 

「え? あの、コレって・・・・・・」

「ええ、コレとはつまりアレですね」

 

 しきりに感心と称賛の声を上げるルビーを他所に、手に持った封印方法という名の物を見て、思わず私は言葉を失った。

 先端には鋭い、凶悪な金属の針。

 私の腕くらいありそうなガラス製の太い円筒形の筒の中には、毒々しい色の謎の液体が納められている。

 その姿は、どう見ても、

 

「ごっ、極太注射器――ッ!!?」 

「さすが創造主様。まさにテーマ通りです」

「テーマ通り過ぎるよ! っていうかなんで注射器なの? なんでこんなに大きいの!?」

「いやー、神器一つを封印するにはそれだけの量が必要でして。それを体内に打ち込もうとすれば、最も適した形だと思いますが」

「だとしても、この見た目はアウトだよ! 精神的にも逆にやり辛いよ!!」

 

 さすがお姉ちゃんだ! やっぱりオチがあった!

 これを兵藤に打ち込むのは、いくら仕方ないとはいえ抵抗がある。というか、本当に大丈夫なのだろうか、これは?

 針の大きさとか軽く凶器の域だし、何より中身の謎の液体がアウト過ぎる。見る角度によって色が変化(全て毒々しい色合い)するんだけど、原材料を想像すらさせないとか、もはや見てるだけで恐怖心が湧き上がってくる。

 

「あの、ルビー。これ以外は・・・・・・」

「今の手持ちですと、この方法以外はありません。もし必要とあれば、一度グリゴリに帰る必要があります」

「うっ・・・・・・」

 

 グリゴリへの帰還は、あんまり考えたくない。

 ここ数年立ち寄ってすらいないから顔を出しづらいし、会いたくない人も多いし、なにより神器の封印が終わるまでに兵藤の事を隠し切れるかが微妙だからだ。

 出来るなら、グリゴリに頼るのは最後の手段にしたい。・・・・・・したいんだけど。

 

「・・・・・・や、やり辛いっ!」

「しかし、他に方法はありませんよ? あまり時間をかけていられないのはミウナさんも分かっている事だと思いますが」

「それは、その通りなんだけど。さすがにちょっとかわいそうな気が・・・・・・」

「何がかわいそうなんだ?」

「!?」

 

 と、タイムアップのようだ。

 さっきより幾分か顔色がマシになった気がする兵藤が戻ってきてしまった。

 ルビーへの抗議も中断するしかなく、後ろめたさから咄嗟に注射器を背中に隠す。

 

「も、もういいの? 早かったね!」

「ん? ああ、もう大丈夫だ。我儘言ってごめんな。それと、ルビーも戻ってきたんだな。二人で何話してたんだ?」

「どうも先ほどぶりですね、イッセーさん。今しがたイッセーさんの封印方法をミウナさんに教えていたところなんですよー」

 

 ちょっ、まだあの方法で良いって言ってないよ・・・・・・!?

 私の言葉を遮るようにして喋るルビーはどう考えても確信犯だ。確実に私を逃げられないように追い込んでるとしか思えない。

 そうとは知らない兵藤は、ルビーの話を聞いて複雑そうな、だけど覚悟を決めたそんな顔でこちらを見る。

 

「ミウナ、俺決めたよ。俺の神器を封印してくれ」

「え、あ、いいの?」

「ああ。ちゃんと考えたんだ。いろいろ、たくさん。俺がこの神器を持ってるだけで、どれだけの人に迷惑をかけのかって。俺がこの神器を使って何が出来るのかって。んで、考えたら、何も出来ないなって分かっちまったんだ」

 

 そう言って、彼は悔しそうに笑う。

 

「俺みたいな奴の力を倍にしたって、高が知れてる。ミウナが教えてくれたデメリットを打ち消せる訳じゃないし、父さんや母さん、それに友達にまで危ない目に合わせてまで拘っていい理由なんてどこにもない。もしかしたら蛇野郎をぶん殴れるかもって、ミウナが困った時に力になれるかもって考えたけど、それって結局俺が満足するだけの独りよがりなんだよな」

「・・・・・・」

 

 驚いた。

 ここまでちゃんと私の話を真面目に聞いて、自分なりに考えてくれるとは思ってなかったから。

 

「もうこれ以上、ミウナにも迷惑を掛けたくない。だから、俺の方からお願いしたい。頼む、俺の神器を封印してくれ!」

 

 躊躇いなく左手を差し出す兵藤に、迷いの色はない。

 どこまでも真っ直ぐに私を見つめる瞳を見返していると、自然と背筋が伸びてくる。くるんだけど・・・・・・。

 ええぇ、この空気の中でこの極太注射器を取り出すの?

 はい、それじゃあお注射しますね って、どんな顔をして言えばいいんだろう。少なくとも、兵藤の顔から笑顔は消えると思うよ。

 なんか後ろ手で隠した注射器が秒毎に重さが増していくような錯覚を覚えながら、思考を巡らせた末に、私は苦肉の策を編み出した。

 

「兵藤の覚悟はわかった。それはじゃあ、今から封印しちゃうから目をつぶっててくれないかな?」

「え? ここで封印するのか? それに目をつぶれって?」

「えーと、その、あんまり見ててほしくないというか、気が散るというか・・・・・・。とにかく目をつぶっててほしいの。ダメ?」

「ダメじゃないけど・・・・・・。よし、わかった。なんか怖いけどミウナを信じるぞ」

 

 そう言って目を閉じる兵藤を見て、とりあえず作戦が上手くいった事に胸を撫で下ろす。

 こうなったらさっさと済ませてしまおう。

 手に極太注射器を構えて、兵藤へと寄っていく。

 

「ちょっと失礼しまーす」

「み、ミウナ? なんか近くないか?」

 

 お互いの体温が感じられるくらい近づいた事で兵藤が上ずった声を上げるが、こちらはそれどころではない。

 自分を含めて誰かに注射を打つなんて経験、前世を含めて一度もない上に、注射器が大き過ぎて狙いが付けにくいのだ。

 やっぱりこれ不良品だと思う。

 

「ごめん、あんまり動かないで。私もやるのは初めてだから、ちゃんと上手く出来るか分からないの。出来れば一度で終わらせたいし、兵藤も協力して」

「わ、分かった。んだけど、や、やっぱり近くないか? なっなあ、封印方法ってなんなんだ?」

「他の人に見られたくないから、ちょっと黙ってて。大丈夫、痛くしないように努力するからね」

 

 もうほぼ抱き合っていると言ってもいいくらい密着してるけど、仕方がない。

 こうしないと兵藤の左腕の血管に狙いを付けられないし、極太注射器なんて危険な物を人に打とうとしている姿なんて見せるわけにはいかない。

 狙いを定めて、ちゃんと目を閉じているかを確認して、もはや息が掛かりそうなくらいの距離に兵藤の顔がある事に驚いた。

 思わず心臓が跳ねて顔が熱くなるのを自覚しながら、心の中で明鏡止水を唱えて集中する。

 出来れば、一発で終わってほしい。

 

「こ、こんなに密着しないと出来ない封印って、ま、まさか、キ」

「それじゃあ、いくよ・・・・・・!」

「ま、まま待ってくれ、ミウナ! 俺、実はファーストキスもまだで・・・・・・えっ?」

「あ」

「おっと惜しい」

 

 急に暴れだした兵藤のせいで、狙いが逸れて針がスカった。

 目が合う。

 私から極太注射器へと兵藤の視線が流れていくの見ながら、改めて仕切り直し。

 

「はい、それじゃあお注射しますね(ニッコリ」

「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇッ!!?」

「あー、はいはい。すぐ終わるからうご、動かな、動かないでよ! ちゃんと狙いが付けれないじゃない!!」

「ぐおおっ! 力入れてるのに手が動かねぇ! っていうか、待って! ほんとに待ってくれ!? 甘酸っぱいのを想像してたらとんでもない事されそうになってるんだけど、どこで選択肢を間違えたッ!!?」

 

 残酷な現実を目視した兵藤が逃げようとするけど、関節を決めてるから左手を動かせない。

 あとは刺すだけなのにと歯噛みしていると、ルビーがアドバイスをくれた。

 

「言い忘れてたのですけど、この封印は別に血液を循環させる必要がないですよ?」

「つまり?」

「ぶっちゃけどこに刺しても効果は変わりませんね」

「もう、それを先に言ってよ。それじゃあ、ぶすっと一発っと」

「ちょっ、待っ、やめっ、ア――――――――――ッ!!!」

「何をしているのですか、お客様?」

 

 唐突に聞こえたドスの効いた声に、私も兵藤も動きを止める。

 恐る恐る振り返ると、さっきの店員さんが額に血管を浮かべながらそこに立っていた。

 

「私、先ほども言いましたよね? 店内ではお静かにお願いします、と」

「え、あの、その・・・・・・」

「これ、その、違っ・・・・・・」

「にも関わらず、舌の音も乾かぬ内に大声で騒ぎだす。あまつさえ人前で抱き合ってイチャコラするとは、もうすぐ30なのに未だに彼氏の出来ない私への当てつけですか良い度胸ですねぇ」

「え? てことはお姉さんって、まだ処女?」

「あ、バカ!?」

 

 余計な事を口走った兵藤の口を押さえるも、時すでに遅し。

 真っ二つに折れるお盆。般若の如く豹変する笑顔。

 

「店内では静かにしろっつっただろうが、糞ガキ共ォっ!!」

「「ひぃぃぃぃぃっ、ご、ごめんなさぁぁぁぁぁぁいッ!?」」

 

 二人揃って、頭を下げる。

 本能的に、実は今日一番のピンチだったんじゃないかって思った。

 

―○●○― 

 

 ファミレスを出ると、街は夕暮れに染まっていた。

 それでも減らない人の多さと変わらない日常の風景が、今日一日の出来事が夢だったのではないかという気分にさせられる。

 そうじゃないのは、私の後ろで自分の二の腕を擦っている兵藤が証明してくれるけど。

 

「なあ、本当にあの注射って大丈夫だったのか? なんか体にすげぇ悪そうに見えたんだけど」

「もちろん、大丈夫だよ。・・・・・・たぶん」

「おい」

 

 どうしても確信を持てない部分を突かれ、逃げるようにルビーへと視線を向ける。

 

「えっと、ルビー?」

「そこは信じてもらうしかないですねー。安心してください。人体に有毒な物は入っていません。その証拠に封印は成功していますし、イッセーさんの体にも違和感はないはずですよ」

「言われてみれば・・・・・・あ、でも、飯は味しなかったぞ?」

「・・・・・・それは私もだよ」

「ああ、うん。そうだな。あれは別だよな」

 

 封印自体は上手くいった。

 問題は店員さんに怒られた後の気まずい雰囲気の中で、運ばれてきた食事を食べなきゃいけない事くらいだろう。

 肩身が狭過ぎて、とてもご飯を楽しめる余裕はなかった。

 心なしか早食いしていた兵藤もきっと同じ気分だったはずだ。

 

「さて、ここまでだね」

 

 秋葉原駅が見えてきたのをきっかけに、そう切り出す。

 お互い特に会話らしい会話もなく、ぽつりぽつりと言葉を交わしている内にいつの間にかスタート地点へと戻ってきた。

 朝来た時はいろいろ張り切っていたけど、蓋を開けてみれば収穫はなし。

 徒労どころか、余計な負債まで抱えてしまったようでどっと疲れが増した気がしたけど、なんとか隠して兵藤へと振り返る。

 

「そっか、ここでお別れなのか」

「うん。今度こそお別れだね」

 

 言いたい事もある。心配事も、かなりある。

 だけど、私達はそれを言葉にしない。

 色々と絡み合った思いを乗せて、別れの言葉を告げる。

 

「それじゃあ、さよなら兵藤。ちゃんと約束守ってね」

「ああ、またなミウナ。それにルビーも。約束はちゃんと守るよ」

「縁があればまたお会い出来るでしょう。その時が楽しみです」

 

 それだけ言って、背を向けて歩き出す。

 兵藤は日常へと。私は非日常へと。

 私は放浪生活へと。兵藤は家へと。

 良くない事がたくさんあった日だった。時間が経った後に思い出しても、今日が厄日であったという認識は絶対に変わらない。

 だけど、その中で唯一の良かった事探しをするならば。

 

 ――そういえば、お姉ちゃん以外の人でこんなに話しをしたの、兵藤が初めてかも。

 

「おや、ミウナさん。少し機嫌が直りましたか?」

「・・・・・・別に、初めから機嫌悪くないし」

「そうですか。ところで、この後の予定はないのですか?」

 

 予定、か。

 本当はまだこの街で行ってみたい場所がたくさんあるんだけど、それはもう出来ない。

 向かうならなるべく離れた場所にしたい。秋葉原へはある程度ほとぼりが冷めた頃に来るとして、次に行ってみたい場所は、

 

「うーん。とりあえず、大阪辺りにでも行こうかなって。食い倒れとかしてみたかったんだぁ」

「それはいいですねー」

 

 前世でやってみたかった事一覧を脳内で思い浮かべながら、歩き始める。

 貯蓄とか考えなきゃいけないから派手には使えないけど、まあ、そこら辺は未来の私が何とかしてくれるはず。

 楽観的な私に、ルビーが訪ねる。

 

「ところで、もうイッセーさんの事はよろしいのですか?」

「よろしいって?」

「いえ、せっかく物語の主人公と面識が出来たのですから、これを期にミウナさんの言う原作へと関わるのも面白いと思うのですが」

 

 何を言っているのだろうか、この人工神器は。

 ついさっき別れを済ませたばかりなのに、もう面白さ優先で行動しろというのか。

 

「ダメだよ、ルビー。これ以上私達が関わるのは、兵藤にとっても良くない事だからね」

「はあ、しかしですねー」

「しかしもかかしもないの。まったく、反省したかなって思ったのに、やっぱりルビーはルビーだよね。今日の事で私は疲れたから、しばらくはトラブルを持ってこないで」

「でもですねー」

「むぅ。いい加減に諦めてよぅ」

 

 今日だけでどれだけ死ぬかと思ったことか。やっぱり原作には関わるべきじゃないよ。

 

「本当によろしいので?」

「もう、さっきからなんなの? 言いたい事があるならはっきり言って!」

 

 普段から原作入りを希望するルビーの事だ。どうせ今回も面白おかしく物事を進めたいって考えてるに違いない。

 だから、ここではっきりと言わないと。

 私は原作に関わる気は一ミリも、一ミクロンも、一切合切無いんだってこ――、

 

 

「あの封印は一日しか持ちませんけど放って置いてもよろしいんですか?」

 

 

――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?

 

「・・・・・・どゆこと?」

「やはりお話をちゃんと聞いてませんでしたか」

 

 呆れたように溜息をつかれる。

 その態度が腹立たしいんだけど、そんな事に構っている場合じゃない。

 

「だ、だって、封印は成功したって!?」

「ええ、はい。ちゃんと成功しました。それは間違ってないです」

「ならもう大丈夫なんじゃないの!?」

「いやですねー、ミウナさん。私はちゃんと言ったはずですよ。あの封印方法は限定的なものであると。なんの魔術の要素もなく補給も受けずに出来る恒久的な封印なんてあるわけないじゃないですかー」

「~~・・・・・・ッ!」

 

 もはや言葉もない。

 魔術を習ってるんだからちょっと考えれば分かるだろって?

 あんな精神的にいっぱいいっぱいの状態で気づけるわけないじゃん!!

 

「おっと、もうそろそろ電車が発車する時刻ですね。おそらくイッセーさんも真っ直ぐ帰宅されると思うのですけど――」

「うぅうぅぅうぅう・・・・・・ッ!」

 

 ルビーはちらりと私を見て、

 

「イッセーさんのご自宅の住所、知ってます?」

「うわぁぁぁぁぁぁぁん!! ルビの、バカぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

―○●○― 

 

「――ナさん、ミウナさん。こんなところで寝てはダメですよ」

「んあ?」

 

 体を揺すられる感覚に、目が覚める。

 どうやら回想している間に眠ってしまっていたらしい。

 

「・・・・・・私、寝てた?」

「はい、五分ほど。お疲れのようですし、寝るなら下に降りる事をお勧めします」

「それって兵藤の家にお邪魔しろって事? いやいや、ないから」

「今更ですねー。ここまで来てまだ粘るんですか? 再封印の際に顔を合わせる事になるのですから、いい加減に諦めた方が楽になりますよ」

 

 ルビーの言う事は最もだ。

 再びあの極太注射器を使うなら、どうあっても兵藤に接触しなければならない。だけど、それはもうルビーの思惑通り過ぎて抵抗感が湧き上がってくる。

 私自身9割近く諦めてるけど、最後の可能性くらいは残しておきたい。

 

「あっ、兵藤を気絶させた後にぶすっとやるのはどうかな? 私だってバレないように後ろから行く感じで」

「発想が暗殺者みたいになってますよ! それを毎日やるつもりですか?」

「・・・・・・ですよねー」

 

 言ってみただけで、現実感ないなーと思った。

 ほら、顔を合わせにくいじゃん。ついさっきもう会うこともないよねってお別れしたばかりなのに、その数時間後に再会するのはちょっとどうかと思う。

 しかも理由が封印に欠陥があったからではなく、そもそも一日しか効果のない封印を知らずに使ったって事だからね。

 いくらなんでも恥ずかしい。

 悶々と悩んでいると、視界の端に二本の鉄の棒のようなものが見えた。

 程なくして、ひょっこりと少年が姿を現した。

 

「「あ」」

 

 少年、兵藤一誠は本当にいた! なんて驚いた表情で。

 対して私は見つかった! ってつい顔を逸らす。

 

「な、なんで二人がここにいるんだ・・・・・・?」

「えーと、その・・・・・・」

「ミウナさんに代わってこのルビーちゃんが説明しましょう。実はイッセーさんの封印はまるまるしかじかで」

「かくかくうまうまと・・・・・・って、えっ!? それってどうなるんだ!?」

 

 驚いた顔でこちらを見る兵藤に、ようやく諦めのついた私は観念して頭を下げた。

 

「つまり、これからよろしくって事で」

「お、おう」

 

 どうしようもなく締まらないやり取りで、これからの私の未来は決まる。

 空を見上げても、やはり星の光は見えなかった。

 




今回で序章は終了です。
次回から原作前編へとなります。
せっかくプリズマ要素を入れたので、今後はクラスカードなんかも絡めて原作開始前までの物語を書いていく予定です。

つまり、原作はまだ先だよ( ;∀;)
頑張ります。


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第七話 フィクションじゃないって、つらい・・・

この物語は不定期更新です。
作者が仕事で暇になった時、イベントがない時、ふとやる気を起こした時に書いてるのですいません遅くなりました。


 夢の中で、お姉ちゃんが言った。

 

「旅に出ようかと思う」

「・・・・・・は?」

 

 前触れもなく、思ったら吉日を地でいくのが私のお姉ちゃんだ。

 いつもの事だから、私もいつも通りに言葉で返す。

 

「そうなんだ、いってらっしゃい。帰りはいつ頃になりそう?」

「その事なんだが、もうこの家には帰らないつもりだ」

「そっか。もう帰らな・・・・・・えぇ?」

 

 だけど、あの日、一か月くらい前は本当にいきなりだった。

 いつも通りに朝起きたら朝食を作って、資料やら研究材料に埋もれたお姉ちゃんを掘り起こして、二人一緒にご飯を食べて。

 私にとって何の変哲もない当たり前の日常の始まり。・・・・・・のはずだったんだけど。

 

「そういうことだから、ミウナも支度して。もう荷物はまとめてあるから」

「どういうこと!? っていうか、いつの間に用意したの!?」

「さて、では出発だ!」

「待って! 一回でいいから本当に待ってよ!?」

 

 驚く私を無視して、場面は変わって森の中。

 年季の入った大樹の前で、私とお姉ちゃんは互いに向き合っている。

 見覚えのある光景だ。急に家を出る事になって混乱しつつも、お姉ちゃんの後についていった先にあった分かれ道に生えてた大樹。

 木漏れ日の零れる枝葉を見上げていたお姉ちゃんは、考えの読めない曖昧な表情で私に告げた。

 

「ここでお別れだ。いきなりですまないが、ここからは別行動にしようと思う。頑張って生きてくれ」

「うん、知ってた。お姉ちゃんって無責任だよね」

 

 一言一句、記憶通りの台詞に文句が出る。

 説明とか一切ないんだもん。そのくせ、本人はこれで全部伝えた気になっているから手に負えない。これだから残念美人って言われるんだよ!

 

「ミウナ、これを」

 

 そう言って差し出されたのは、ファンシーなラッピングのされた紙箱。

 

「私の代わりにきっとミウナの事を守ってくれるはずだ・・・・・・たぶん」

「今思ったんだけどさ、そのたぶんって八割がた信じてなかった的なたぶんだったよね?」

 

 だって今苦労してるし。

 絶対確信犯だと思う。なんなら旅に出る前に面倒な物の処分を押し付けただけなんじゃないかって疑っている。

 渡された当時は唐突な家族との別れで思考停止してて、箱の中身を確認しようと思うまで二日くらい掛ったんだけど、どうせ夢なんだし、今開けてもいいよね?

 

 ・・・・・・。

 

「えいっ」

 

 ミウナ は 紙箱 を 捨てた。

 野生 の ルビー が 現れた。

 

「なんで捨てるんですかァーッ!?」

「いや、だって・・・・・・面倒くさいんだもん」

「面倒とはなんですか!? 可愛くいっても誤魔化されませんよ! そしてミウナさん、唐突ですがあなたは魔法少女候補に選ばれました! さあ、わたしを手にとってください! 二人で一緒に力を合わせて、原作介入といきましょう!」

「嫌だよ!? どっちも拒否します!」

「ところがぎっちょん。もうミウナさんに拒否権はありません! 強制多元転身!」

「ああ!?」

 

 夢の中だけどまだルビーと契約してなかったのに! 理不尽すぎるよ!

 魔法少女になる運命を回避できなかった事に軽く絶望していると、後ろから肩を叩かれた。

 振り返ると、どこか見覚えのある少年が笑いかけてくる。

 

「俺の名前は兵藤一誠。ミウナ、突然で悪いんだけど強敵が現れたんだ! 手伝ってくれ!」

「本当に突然だね!? ・・・・・・って敵?」

 

 兵藤の指差す方へと視線を向けると――。

 

「・・・・・・誰?」

 

 赤い服を着た、黒髪をツインテールに結んでいる女性がそこにいた。

 顔は何故か被っている般若のお面のせいで見えないけど、らんらんと赤く光る双眸が極めて危険な人だと私に教えてくれる。

 そんな赤い般若が叫ぶ。

 

「DoooOooo――! Reeeee――!!」

「おのれ出ましたね年増ツインテール! 本編最後の出番だからと目立とうなんて百年早いです! ミウナさん、やっちゃってください!」

「待ってルビー! 私まだついていけてない!!」

「よっしゃァ! 俺も手を貸すぜ! いくぞドライグ!!」

『Boost!!』

 

 無視しないでよ! あと兵藤は神器出すなって言ったじゃん!!

 って、文句言っている間に赤い般若が迫ってきた! 

 

「もう! ちょっとでいいから、みんな待ってよォォォォッ!!?」

 

 そこで目が覚めた。

 割と最悪の目覚めでした。

 

―〇●〇―

 

 なんか、嫌な夢を見てた気がする。

 内容を思い出そうとするんだけど、全然思い出せない。

 強いて言うなら、夢で良かったという安堵と出番お疲れ様でしたという感想くらいだ。

 それよりも――、

 

「・・・・・・ここ、どこ?」

 

 狭くて薄暗い。うっすらと見える天井も私の身長で立てるかどうかという高さしかない。部屋というよりも箱の中と言った方がしっくりとくる。

 なんでこんな場所で寝てるんだっけ?

 寝起きのぼんやりとした頭で考えていると、部屋の外から声が聞こえた。

 

「――、―――。」

「―――。――――。」

 

 この声は、ルビー?

 視線を巡らすと、部屋の片隅から光が漏れている事に気づいた。

 ここが出口なのかなって、壁の隙間に指を差し込む。

 ゆっくりと横へ力を込めると、思いのほか簡単に壁が動いた。壁というか、スライド式のドアみたい。

 これで外に出られると、軽い気持ちで一歩踏み出す。

 その先には床がなかった。

 

「ふぁ? ――ひぃあぶっ!?」

 

 い、痛い! 顔から落ちたんだけど、なにこれトラップ!? 

 ぶつけた鼻を押さえて振り返れば、襖の開いた押し入れがあった。

 たぶん、今まで上の段で寝てたんだろうけど・・・・・・なんでだっけ?

 不思議に思って見渡せば、自分がいるのが見慣れぬ景色が飛び込んでくる。

 床に広がった雑誌にゲーム機。ベッドの上でくしゃくしゃになった掛布団。参考書よりも漫画が九割を占める本棚。散らかっている訳じゃないけど、適度に生活臭のある小汚い部屋から連想できるのは、前世の兄の部屋。つまりは、男の子の部屋だ。

 その部屋の中心に、兵藤とルビーがいた。

 

「ミ、ミウナ・・・・・・?」

「おやー、派手な登場ですね」

「・・・・・・あー」

 

 そこでようやく寝惚けていた頭が働きだしたのか、昨日の記憶が蘇る。

 

 ・・・・・・確か、兵藤の部屋に上がり込んだんだっけ。

 

 原作開始前に兵藤が、私のせいで殲滅具なんて物騒な神器を覚醒させてしまった。

 このまま兵藤を放置したら和平がピンチ! ということで、 原作が始まるまでの二年間を他の勢力から兵藤を隠し通す為に神器の封印をしたんだけど、その効果はたったの一日しかない。

 仕方なく、一日毎事に封印処置を行うために兵藤のそばにいる事にしたんだった。

 だけど、この話がまとまったのが昨日の夜。

 さすがにこんな遅い時間に兵藤家に堂々とお邪魔するのはどうかと思ったから、兵藤の手引きで彼の両親には内緒で部屋へと侵入させてもらったのだ。

 問題だったのは、私の寝る場所。

 兵藤はベッドを使ってもいいって言ってくれたんだけど、出会って間もない男の子が使ってるベッドに入るとか、ちょっと抵抗があったから遠慮させてもらった。

 かといって、空き部屋はあるけど物置になっているから今は使えないとのこと。

 なんなら床で寝ても良かったんだけど、それは兵藤が頑として許さなかった。

 

「やっぱりベッドで」

「いやいや」

 

 みたいな感じに話が平行線になってきたところで、私の疲労がピークに達した。

 前世を含めた初めての放浪生活に、兵藤との邂逅。はぐれ悪魔との戦闘にその後のやりとりと、肉体的にも精神的にも限界を超えていたらしく、眠気で思考が鈍ってきた所で目に付いたのが、この押し入れだ。

 幸いにも上の段にはあまり物が入ってなくて、ちょっと退ければ私の体がいい感じに収まるくらいの広さになるって事で、最終的に兵藤を押し切る形で押し入れで寝る事にしたんだっけ。

 うん、しっかり思い出した。

 

「えーと、おはようございます」

「はい、おはようございます。今日もいい天気ですよー」

「お、おお、おおおはよう・・・・・・っ!」

 

 お互いに挨拶を交わす。

 朝の挨拶は大事だよね。ついでに何事もなかったかのようにしたかったけど、さすがに無理があったみたい。

 ううぅ、いきなりかっこ悪いところ見られちゃった。

 寝惚けてたとはいえ、寝床から落ちて顔面強打とか間抜けすぎる。

 

「か、顔、大丈夫か?」

「うん、大丈夫。私ってほら、頑丈だから」

「それならよかった! うん、よかったよかった! ・・・・・・うへぇへへ」

 

 なんだろう? 兵藤から邪な波動を感じる。

 さっきから視線が泳いでいるかと思えば、じっと私の事を見てるし。

 そういえば顔も少し赤い気がする。熱でもあるのだろうか?

 

「どうしたの? 顔が赤いけど、熱でも出た?」

「い、いいや! そういう訳jじゃないんだけど・・・・・・!」

「そう? でも、やっぱり赤いような・・・・・・あ! もしかして、昨日の薬の副作用が出たとか!?」

 

 慌てて兵藤に近づき彼の額に手を当てる。 

 続いて首筋へと手を這わせて脈を測る。

 う~ん、ちょっと熱っぽくて早い? ああダメだ。医療関係は専門じゃないから、はっきりしない。

 

「だ、大丈夫だ! 本当に大丈夫だか、らァッ!?」

「ちょっ、声が裏返ったよ!? どうしたの? 何かあるんだったら隠さずに教えてくれないと困るんだけど!」

「ちょっ、ほんとに何ともないから! す、少し離れでぶぅッ!?」

「きゃー!?」

 

 唐突に兵藤の鼻から、血が噴き出した。

 割と結構な量が出てるんだけど何が起こってるの? 本当に薬の副作用なんかじゃないよね!?

 こ、こういう時は後頭部を叩けばいいんだっけ? その前に鎮静剤を打てばいいの!?

 

「落ち着いてください、ミウナさん」

「ル、ルビーッ! な、なんか兵藤が鼻血出したんだけど、どうしたらいい!? やっぱり薬のせい!?」

「あの薬にそのような副作用はないですよ。イッセーさんの体調にも異常はありません。そうですねー、とりあえず一度、ご自分の姿を見下ろしてみてはいかがですか?」

「?」

 

 言われた通りに自分の姿を見る。

 薄着のキャミソールにピンクの刺繍が入ったパンツ。

 別になんてことない、普通の下着姿だ。・・・・・・下着、姿?

 

「・・・・・・あ」

 

 赤い顔。鼻血。邪な波動。

 なるほど。そういうことかー。

 

「やはり気が付いてませんでしたかー。昨日、寝る前に寝間着に着替えようとしてたようですが、途中で力尽きて寝てしまったんですよ」

「・・・・・・あ、・・・・・・ああ」

「おや、フリーズしてますね。ではイッセーさん、ラブコメ漫画のようなラッキースケベに遭遇した感想を一言でお願いします!」

「え!? えーと、その、あれだ・・・・・・」

 

 目が合う。

 

「俺、巨乳派だけど無くても全然イケるぜ!!」

「ホびゃああああああ――ッ!!!?」

「ひでぶっ!?」

「おや、見事な乙女のスクリーム☆ブロー」

 

 慌てて両手で体を隠す。

 もう手遅れだけど、それでも言いたい。

 

「バカァッ! バカバカ兵藤のエッチ!! なんで言ってくれないの!?」

「わ、悪い! つい見惚れててっじゃなくて! 言う機会がなかっただけで!」

「その割にはしっかりとミウナさんの体を舐め回すように見てましたね」

「そんな事してねぇっ!? ただ、ちょっと目に焼き付けてただけだ!」

「同じ意味だからねっ、それ! って、だからこっち見ないでってば――痛っ!?」

 

 なんか踏んだ! 角のあるやつ!

 ダメだ踏ん張れない。体が倒れる!

 

 ドシンッ!

 

「・・・・・・~~っ!!!??」

 

 あ、頭打ったぁ! しかも後頭部。めちゃくちゃ痛いよぉぉぉぉ!!

 

「だ、大丈夫かミウナ!? すげえ音がしたぞ!!」

「~~っ、い、いいから、こっち見ないでっ!?」

 

 最悪! 朝から最悪だよ!

 ゴロゴロと床を転げ回る私。おろおろする兵藤。

 混迷を極める私達に更なる追い打ちがかかる。

 

「イッセー! 何を朝から騒いでるの! ご近所迷惑でしょう!」

「げぇっ! 母さん!?」

 

 何か声が聞こえた気がするけど、頭の痛みと羞恥心でそれどころではない。 

 

「まあまあ、母さん。イッセーのやつ、きっと寝惚けて転んだだけだろう」

「お父さん、きっと違うわ。だって女の子の声まで聞こえたんですもの。またエッチなビデオを見てるに違いないわ。もう! イッセーはもう受験生なのよ! なのにまだ遊んでばかりなんて困るわ! ちょっと注意してくる!」

 

 と、とりあえず着替えたい。っていうか、さっきから知らない声が二人分聞こえる。

 下からだから、兵藤のご両親なのかな?

 階段から上がってくる足音が聞こえてくるけど、もしかしてこっちに来る?

 ちょっ、それはまずい! 今はまずいよ!

 私下着姿のままだし、挨拶もまだ考えてない!

 

「待ってくれ! 俺なら起きてるから! 今から下行くから!」

「もう! 今度という今度は許さないわよ! 言い訳は聞きません!」

 

 なんかすごく怒ってる!

 やばい! 今の状態を見せたら収拾がつかなくなる!

 兵藤も同じ考えなのか、顔を青くしてこちらに駆け寄ってきて。

 

「み、ミウナ! 隠れてくれ! とりあえず母さんに見つからないよう――痛っ!?」

 

 今度は兵藤が、床に落ちてた雑誌に足を滑らせた。

 バランスを崩して、勢いのままに私へ向かって倒れてくる!

 

「う、わ・・・・・・ッ!?」

「ちょ・・・・・・ッ!?」 

 

 ドシンッ!!

 

 ガチャ!

 

 潰される私。勢いよく開かれた部屋のドア。

 部屋の中へと踏み込んできた女性、たぶん兵藤のお母さんは怒り心頭といったご様子だ。

 正直、ちょっと怖い。

 兵藤のお母さんは部屋の中を見渡して、兵藤へと、そして私へと視線を移す。

 

 空気が、死んだ。

 

 自分の息子が、部屋の中で下着姿の少女を押し倒してるのを見るのってどんな気分なんだろう? なんて現実逃避してしまう。

 お互いに凍り付いたように動けない中で、ふと兵藤のお母さんと目が合った。

 

「お、おはようございます・・・・・・」

 

 咄嗟に挨拶だけ出た私を褒めてほしい。

 兵藤のお母さんの視線が私と兵藤を行ったり来たりする。

 

「・・・・・・アマリ、サワイジャ、ダメヨ」

 

 びっくりするくらい機械的な声でそう言うと、兵藤のお母さんが部屋のドアを閉めた。

一拍あけて、ドタバタと階段を駆け下りる音と共に、兵藤のお母さんの悲鳴が家中に響いた。

 

「お、お、お、お、おおおお! お父さんっ!」

「どうした母さん? やっぱりイッセーはエッチなビデオを見てたのか?」

「ロロロロロロロロ、ロリコンッッッ! イッセーがぁぁぁぁぁ! 小さな子をぉぉぉぉぉ!」

「か、母さん!? どうしたんだ母さん!?」

「児童ポルノォォォォォ! イッセーがぁぁぁぁぁ!!」

「母さん!? 落ち着いて母さん!? 母さぁぁぁぁぁん!!」

 

 両手で顔を隠すイッセーを見ながら思う。

 そういえば、原作にもこんな場面があったなって。

 

「朝から元気なご家族ですねー」

「や、やべぇ・・・・・・変な勘違いされてる」

 

 能天気なルビーとこれからの事を考えて真っ青な顔で戦慄する兵藤の声を聞きながら、痛む頭で一つの答えに辿り着く。

 一先ず分かるのは、これはもうどうにもならないかなって事くらいだ。

 

―〇●〇―

 

 どうにかなっちゃったよ・・・・・・。

 

 場所は兵藤家のリビング。

 私を含めた四人分の朝食が置かれたテーブルを囲んで、私の隣に兵藤。その対面に兵藤夫妻が座る陣形を取っている。

 

「さあさあ、たくさん食べてもいいのよ。これから一緒に住むのだから、遠慮はいらないわ」

「母さんの言う通りだ。ここを自分の家だと思っていいからね」

「あ、はい。 ・・・・・・いただきます」

 

 ニコニコと微笑む兵藤の両親に言われるままに、味噌汁をすする。

 少し塩味の効いた濃い味付けとほのかに漂うカツオの風味が、きっと兵藤家の味というやつなんだろう。

 ほかほかのご飯も美味しい。おかずの卵焼きも焼き加減が最高だ。

 長年お姉ちゃんの代わりに家事をしてきた事もあって、この朝食の良さというものが身に染みて分かる。

 

「いやー、こうしてるとなんだか本当に娘が出来たみたいだ。そう思わないか、母さん?」

「本当にね。嬉しくなっちゃうわ。どうかしらミウナちゃん。お口に合うかしら?」

「あ、はい。美味しいです」

 

 初対面の大人の人に向けられる親愛の感情が、今はひたすら痛い。胸に刺さる。

 妙な冷や汗をかきながら喉を通らないご飯を味噌汁で胃袋へと流し込む。

 兵藤もきっと、私と同じような状態だ。

 そんな私達を他所に兵藤の両親は仲睦まじい会話を続けていた。

 

「そう、良かった。急な話だったから、ちゃんとしたおもてなしも出来なくてごめんなさいね」

「ははは。母さんもドジだな。親戚の子を預かる日を忘れてたなんて」

「もう! それはお父さんもでしょう! まさか電車が遅れたせいで到着が夜中になるなんて・・・・・・。イッセーが起きててくれてよかったわ。ありがとうね、イッセー」

「お、おう・・・・・・」

 

 急に話を振られて、兵藤が戸惑いながらも首肯する。

 困るよね。身に覚えのない話をされても。

 私は兵藤家の親戚の子。訳あって今日から兵藤家に居候になります! ということになった。

 

「な、なあ、ミウナ。あれ、大丈夫なんだよな? 本当に二人とも無事なんだよな?」

「たぶん、大丈夫だと思う。・・・・・・たぶん」

 

 自信ない回答をしつつ、二人揃って兵藤夫妻を見る。

 

「? どうかしたかい、二人とも?」

「私達の顔に何かついてるのかしら?」

 

 はい、ついてます。

 正確には顔じゃなくて、頭になんですけど。

 あなた方二人の脳天に、極太注射器が刺さってます。なんて言えるはずない。

 

 これも全部ルビーが悪い。

 私の下着姿のままで兵藤に押し倒されるというあられもない通報ものの姿を見られ、急遽開催された兵藤家主催の家族会議。

 親に内緒で女の子を連れ込み、いかがわしい行為をしてたなどという罪状を突き付けられた兵藤は言い訳すら許してもらえず、私も初対面の大人を前にコミュ損を発動。

 時間経過と共に重くなっていく空気。すすり泣く兵藤母に、何かを諦めた表情を浮かべる兵藤父。

 あーもうこれ無理なんじゃないかなーと諦めかけたその時、やらかしてくれたのがルビーだった。

 きっと、本人は手っ取り早く状況打開をするために手を貸してくれたんだろうけど・・・・・・、極太注射器はないよ!

 しかも、目の前で二人の脳天に突き刺すものだから、トラウマものの酷い光景に兵藤と二人揃って絶叫をあげてしまった。

 ルビー曰く、ただの催眠剤だから問題ないって言ってたけどそういう問題じゃない。

 

「んも~、信用ないですねー。これからミウナさんがお世話になる方々を傷つけるような真似はしませんよ」

「いや、でもっ。どうみても注射器が頭に刺さってるんだけど!? 本当に大丈夫なのか!?」

「あの注射器はイッセーさんに使った物と同じ物です。ほら、イッセーさんだってお注射しましたけど痛みも跡もなかったでしょう?」

「そうだけど! 見た目がやばいっ!」

「ごめんね、兵藤。最悪、何かあっても私がなんとかするから・・・・・・。ちゃんと元通りにするから・・・・・・っ!」

 

 二人に催眠を施すのは予定通りのはずなのに、なんでルビーが関わるだけで混沌と化すのか。

 ルビーを見ても騒がないのは催眠がばっちり聞いている証拠なんだろうけど、もしこれで兵藤夫妻に何かあったらルビーを殺して私は逃げよう。

 そんな決意を胸に秘めていると、兵藤のお父さんが提案してきた。

 

「ああ、そうだ。午前中の内に空き部屋を掃除しておくから、その間にミウナさんは買い物にでも行って来たらどうかな?」

「買い物、ですか?」

「俺には分からないが、最近の若い女の子はいろいろと必要なものが多いんだろう? 引っ越してきたばかりで何もないんだ。後でお小遣いを上げるから、好きな物を買ってきなさい」

「い、いえ、お小遣いとか、大丈夫です! ちゃんとお金も持ってるんでお気遣いなく・・・・・・」

 

 今まで放浪生活だったから、拠点を構えようと思うと確かに足りない物が多い。

 だけど、ただでさえ迷惑をかけるのにお金まで受け取れないよ!

 何とか穏便に辞退しようと思ったが、兵藤のお父さんは頑なに譲らない。

 

「まあまあ、遠慮しないで。イッセー、どうせ暇だろう? ミウナさんに街を案内してあげなさい」

「女の子一人だと不安だものね、ちょうどいいわ。イッセー、ちゃんと荷物持ちをしてあげるのよ」

「まあ、暇っちゃ暇だし。よし、任せろ!」

 

 両親からの話に、快く了承する兵藤。

 あっという間に逃げ道を塞がれる連携は、家族の絆というものなのか。

 もはや拒否する雰囲気でもなくなってしまったから黙って頷いておく。お金はこの際仕方ないから受け取っておくとして、あとで全額返金できるようにレシートは取っておこうと心に刻む。

 小心者の私にはここら辺が妥協点だ。

 

「それじゃあ、お願いしてもいい?」

「ああ、任せとけ!」

 

 元気に返事と共に、今日一日の予定が決まる。

 何を買おうかなんてちょっとだけ楽しみになりながら、この後どうやってあの二人から注射器を回収しようかと頭を悩ませるのだった。

 

―〇●〇―

 

 兵藤に案内されて連れて来られたのは、駒王町の都市部にある大きなショッピングモール。

 日用品や食品から、ゲームや漫画などの娯楽品まで大抵の物がここで買えるらしい。

 まだ出来て間もないらしく、真新しい綺麗な店が立ち並ぶモール内には、連休中ともあって満員電車の如く、多くの人で賑わっていた。

 

 フロア事に分かれた案内板を難しい顔で眺めていた兵藤が、振り返って訪ねてくる。

 

「ミウナは何を買うつもりなんだ?」

「とりあえず食器かな? あとは手鏡とか裁縫道具とか。あったら欲しいかも」

「となると、まずは三階か」

 

 先導する兵藤からはぐれないように、気を付けないと。

 人だかりが多いから、見失わないようにするのが大変だ。

 

「は、はぐれないように手でも繋ぐか?」

「別に大丈夫だよ。お店の場所は調べたんだし、はぐれたら各自別行動でいいと思うけど?」

「いやいや、ダメだろ! それだと一緒に来た意味ないじゃん!」

 

 人の流れに沿って、エスカレーターに乗る。

 道幅が狭くなるから余計に人口密度が増したせいで、少し人酔いしそう。

 

「なら、お互いに気を付けないとね。もしはぐれたら迷子の呼び出ししてあげるから、安心していいよ」

「何も安心できねえな、それ。この年で迷子の呼び出しとか、勘弁だわ」

 

 三階にまで来れば、人混みもいくらか分散してきて一息つけた。

 目的の雑貨屋はフロアの端にあるから、そこまではウィンドウショッピングを楽しもう。

 前世にあった靴や服などのデザインの違いを見比べながら、一つずつお店の中を覗いていく。

 

「こっちのはけっこう可愛い服多いんだよね。やっぱりオタクジャンルだから、そっち側に影響が出てるのかな?」

「何の話だ・・・・・・って、高っ!? なんでこんな値段するんだよ。桁間違えてるだろ!」

「女の子の服って高いんだよ。上も下も一式揃えようと思ったらこのくらい普通だって」

「マジか・・・・・・。俺の服が五着くらい買えるぞ」

 

 ああ、ユニ〇ロね。

 私も前世ではお世話になったよ。

 外行き用の服とかでお金を使う分、部屋着は安く済ませたかったんだよね。

 おかげでアニメグッズか服かで、いつも頭を悩ませてた。

 

「よし、もういいかな。ごめんね、足止めて」

「え? 買っていかないのか?」

「今日は日用品を買いに来ただけだし。今後の事を考えると、お金はあんまり使いたくないんだ」

「父さんから軍資金貰ったから、大丈夫だぞ? たぶん母さんも服買うくらいなら許してくれるって」

「・・・・・・・・・・・・嬉しいけど、それに甘えると際限なくなりそうだから、やめときます」

「すげえ葛藤だったな」

 

 結局、兵藤夫妻には強引に資金を持たされてしまった。

 仕方ないから使うんだけど、あとで返すためにもなるべく安い物で済ませて、無駄遣いだけはしたくない。

 服とか上下揃えて買ったら万単位でお金が飛んで行っちゃうから、ここはぐっと堪えて自分の欲望を制御する。

 

「別に気にしなくてもいいんだぞ?」

「気にするとかいう事じゃなくて、こういうのはモラルの問題なの。・・・・・・ただでさえ洗脳なんて使って後ろめたいのに、これ以上やらかしたら私の胃に穴が開くよ」

「いや、でもさぁ、服は買っといた方がいいんじゃないか?」

「だ、大丈夫だよ。着替えとかはちゃんとあるし・・・・・・」

「その着る服が大丈夫じゃない件について」

「・・・・・・うぐぅ」

「似合ってるとは思ってるけど、ここで巫女服はさすがに悪目立ちしてると思うぞ?」

 

 鋭い指摘に言葉が詰まる。

 今の私が着ているのは汚れのない白衣に緋色の袴と、多くの人間が想像する通りの巫女装束。

 言っておくけど、別に私が着たくて着てるわけじゃないんだよ。

 兵藤の家にお世話になる事が正式に決まってから幾分か溜まっていた洗い物を洗濯に出したら、まともなのがこれしか残ってなかったのだ。

 うぅ・・・・・・一回でいいから、旅立つ前にバッグの中身を確認しとくべきだったよ。

 あの普段からズボラなお姉ちゃんが用意したって時点で、ちょっとは疑いを持つべきだったんだ。おかげで鞄の中にある私の着替えは個性的な服ばかり。悪く言えばオタク系のコスプレ服ばっかり。

 バニースーツとかナース服とかスク水とか、お姉ちゃんは趣味に走り過ぎだと思う。

 

「服は・・・・・・もうちょっと安い所があったらにしとく」

「まあ、ミウナがそれでいいならいいんだけどさ」

 

 ・・・・・・ユ〇クロとかあったらそこで調達しよう。

 そう心に決めて、未練を振り払いながら次のお店へ。

 何度も立ち止まったり歩いたりを繰り返し、一時間くらい経った頃にようやく雑貨屋へと辿り着いた。

 女の子と買い物をした経験がないという兵藤は、この時点で少し疲れ気味の様子だったが、目的地に着くなり気合を入れるように声を張り上げた。

 

「よっしゃ! まずは食器だったよな。あとは裁縫道具と手鏡!」

「それと絆創膏とティッシュと日焼け止めとシャンプーと目薬と胃腸薬と髪留めと・・・・・・」

「多くね!?」

 

 女の子には必要なものが多いんだよ。お父さんも言ってたでしょ?

 驚く兵藤から視線を外して、雑貨屋の端から順に物を手に取って観ていく。

 色とか柄も大事だし、なによりも値段! 必要以上に高いのは買わないって決めてるから、なるべく厳選していきたい。

 いくつか見繕って選びながらぬーんと頭を悩ませていると、さっそく飽きたのか、兵藤が呆れたように話しかけてきた。

 

「なあ、そんなに悩む事か? 絆創膏ってみんな一緒じゃないのか?」

「えー、全然違うよ。ほら、こっちはピンクのハート柄だし、こっちは肉球のマークがついてるでしょ?」

「・・・・・・どうせ張るんだから、変わらないだろ?」

「え? 使わないよ? こういう可愛い柄の絆創膏を持ってると、友達と交換できるし、話のネタにもなるんだ」

「友達?」

「ごめん。それ痛い所だから、これ以上話広げないで」

 

 おっと、心は硝子だよ。ぼっちにその話題はきつい。

 い、一応前世には友達がいたんだよ。これはその時の癖みたいなものだから! 本当だよ! 決してエア友達とか痛いことしてないからね!?

 ・・・・・・誰に言い訳してるんだろう、私。

 なんか無駄にダメージを負っちゃったし、早いとこ必要な物を揃えちゃおっと。

 あっ、この黒猫の絵が描いてマグカップとかいいかも。デフォルメされた黒猫が可愛いくていい感じだ。よし、コップはこれにしよう。

 そう考えて、手を伸ばし、

 

「「ん?」」

 

 二つの手が重なった。

 マグカップを持つ私の手の上に、小さな手が一つ。

 視線を横に向ければ、私と同じようにマグカップへと手を伸ばしている女の子と目が合った。

 初めに目に入ったのは銀色の髪。そして、人形のように整った顔立ち。私よりも一回り小柄で、小学生くらいに見える。

 美少女だ! という感想が浮かぶと同時に、息のかかりそうな近さにドキーンッと心臓が跳ね上がった。

 

「わっ、ご、ごめんなさい! って、あっ!?」

「っ!」

 

 驚いて手を滑らせてしまった。まずいと思うけど、時既に遅し。

 予想外の事に動揺して硬直してしまった私の前で、マグカップは重力に従って落ちていく、と思われた先で横から伸びた手が受け止めた。

 

「・・・・・・セーフ」

「お、おお! ナイスキャッチ!」

 

 素早い動きで見事にマグカップを救ってみせた女の子と一緒に胸を撫でおろす。

 あ、危なかった! また変なところでトラブルを起こしちゃうところだったよ!

 昨日に引き続いて今日までとかさすがに勘弁してほしい。いい加減ストレスで羽が抜け落ちそうって、そんなこと考える前にお礼しなきゃ。

 

「ありがとうございます。助かりました!」

「いえ、私にも原因があったので。・・・・・・それより、これ」

 

 そう言って女の子が私にマグカップを差し出してくるけど、さすがに気が引ける。だって、同じ物に手を伸ばしてたって事は、この子もこのマグカップを欲しがってたって事だよね。助けてもらった手前、このまま受け取るのも気が引ける。

 

「わ、私はいいよ。あなたが持ってって」

「・・・・・・、・・・・・・いえ、そっちが先でしたから」

「本当に大丈夫だから! えーと、私はえーと、あっ、これにするよ! この白猫の絵が描いてあるの。可愛い!」

「・・・・・・そうですか」

 

 誤魔化すために勢いに任せて選んだマグカップを見せると、女の子も納得してくれたようだ。よかったよかった。

 別に絵柄に拘っている訳じゃないし、白猫のマグカップが可愛いと思ったのも本当だ。ならこれ以上揉める必要もなし。

 お互いに良い買い物できたねなんて思っていると、女の子が不思議そうな目を私に向けていた。

 

「あの、神社の関係者の人ですか?」

「え?」

「・・・・・・その服」

「はっ!」

 

 あっ、そっか。気になるよね! 変だよね、デパートに巫女さんって!

 やっぱり普段着ぐらいは一着は持ってた方がいいのかな? ちょっと高くつくけど後々の事を考えたら必要かも。って、それよりも先に誤魔化さないと!

 

「この服は違うよ? ぜんぜん神社とは関係なくて・・・・・・!」

「・・・・・・そうなんですか?」

「あっ、だからって別に私が好き好んで着てるとかじゃなくて、むしろお姉ちゃんの趣味と言いますかこれ以外に着る服がなかったという悲しい状況だったんです!」

「・・・・・・なんか、ごめんなさい」

 

 謝られた! どちくしょう、絶対今日服買って帰るもん! お金の事は明日の私が考えるよきっと!

 

「うぅ・・・・・・もうお家変えるぅ」

「えっと、気を付けて」

 

 まさか買い物に来ただけで心身共にダメージを負うとは。ほとんど自爆だった気もするけど。

 がっくりと肩を落とし、女の子に背を向けてとぼとぼと歩き出す。

 

 そんな時だった。

 

「小猫ちゃん、買い物は終わったかしら?」

「はい、朱乃さん。待たせてしまいましたか?」

「うふふ。いいえ、私も買いたい物があったからちょうどいいくらいですよ」

 

 ほぼ真後ろから、割と聞き捨てならない会話が聞こえた気がした。

 うん。気のせいだよね。ここの所色々あったし、疲れてるんだよきっと。だって町について一日も経ってないのにエンカウントとかありえないもん。

 だから夢なんだよ。やだな私ったら、もう朝なんだから早く起きなくちゃ。

 

「これにします」

「まあ。可愛らしいマグカップですね。猫さんの絵柄も可愛くて、小猫ちゃんにぴったりですわ」

「あの子に譲ってもらったんです」

「あの子って・・・・・・あの巫女服の」

 

 唐突だけど急に走り込みがしたくなったから走ります。

 夢だから! これ夢だから店内で走っても怒られないから! 

 

「悪いミウナ。ちょっとトイレ行ってた。それで買いたい物は」

「帰るよ兵藤! 買い物は中止だよ!」

「は? え、ちょっ、どうしたんだよいきなり?」

「やんごとなき理由があるのこれ夢なの現実直視したら泣いちゃいそうなの! だから何も聞かずに一緒に走ってぇぇぇぇぇ!」

「ええっ!?」

 

 店の前にいた兵藤を引張って走り出す。

 後ろから私に向けられた懐疑的な視線を振り切るために。

 

―〇●〇―

 

「ぜぇ・・・・・・はぁ・・・・・・」

「ひぃ・・・・・・ひぃ・・・・・・」

「ぜぇ・・・・・・だ、大丈夫? 兵藤?」

「大丈夫、に・・・・・・ひぃ・・・・・・見えるか・・・・・・おぇ・・・・・・」

 

 ショッピングモールから飛び出してどれだけ走っただろうか?

 あの場から離れたい一心で走ってたけど、さすがに体力の限界が来た。

 堕天使である私は大丈夫だけど、人間でしかない兵藤には辛かっただろう。悪い事をした自覚はあるから近くにあった公園のベンチに兵藤を休ませて、ついでに自販機でジュースを奢ってあげる事にした。

 私も疲れた。色々と。

 

「なぁ、どうしたんだよいきなり」

「・・・・・・ごめん」

「いや謝ってほしいとかじゃなくてさ。なんかあったんだろ? もしよかった力になるぞ?」

「・・・・・・」 

「あー、俺の力なんて大したことないし、頼りないって言われたら反論できないんだけどさ。でも、ほら、話なら聞いてやるくらいは出来るからさ」

「・・・・・・」

「俺じゃあ、ダメか?」

 

 そんな風に不安そうな顔をしないでほしい。

 別にダメだなんて思ってないし、嫌でもないから。

 でも。

 

「・・・・・・ごめんね」

「・・・・・・そっか」

 

 言葉が途切れる。

 話せないよ。原作キャラが近くにいたから逃げ出したなんて。

 兵藤にしてみれば訳わからない事だろうし、あの時点で兵藤がオカルト研究部に関わる事で物語にどんな影響が出るかもわからない以上、私には逃げるという選択肢しかなかった。

 ううん、違うな。

 私は、私の目の前で物語が狂っていくのをみたくなかったんだ。

 全ては私の保身。私が悪くて、私が弱いせいだから。

 

 なのに。

 

「じゃあ、しょうがないかっ!」

「え?」

 

 全部吹っ飛ばす勢いで兵藤が立ち上がる。

 拒絶されたなんて忘れたように、能天気な笑顔を浮かべながら言う。

 

「しょうがないよな。誰だって言えない事くらいあるし」

「あのね兵藤、私・・・・・・」

「いいって無理に言わなくて。そういうのって無理に聞くものでもないし、たぶん俺が聞いても何も出来ないんだろうしな」

「あ、う」

 

 何も出来ない。何も言えない。

 確かにその通りだ。私が抱える秘密を兵藤に言ったところで何かを出来るとは思えないし、むしろ悪化するかもしれない。

 それを考えたら、私は口を閉じるしかないんだから。

 

「でもさ」

 

 それでも。

 

「どうしてもやばくなったら、誰かに頼るんだぞ。俺じゃなくてもいいからさ。ルビーでも、父さんや母さんでもいいからさ」

「・・・・・・うん」

「ほら。今日はもう帰ろうぜ。走りまくったせいでお腹すいちまった」

 

 差し出されたこの手を取るくらいには、甘えてもいいのかな?

 暖かな手。私よりも大きくて、頼りないくせにどこか安心する手。

 繋がれた手を見ながら、ふと思う。

 もし私に前世の記憶がなかったら。もし私がただの人間としてこの世界に生まれて兵藤と出会ったら、この繋いだ手の温もりを素直に喜べたのかなって。

 

 まあ。

 

 そんな日常が訪れる事はないのだが。

 

「痛っ!」

 

 公園から出ようとした時、突然兵藤が立ち止まった。

 

「どうしたの兵藤?」

「? あ、いや、なんかにぶつかって?」

「何かって?」

「さ、さあ。よくわかなんねぇけど、いきなりここらへんで何かにぶつかっ・・・・・・て・・・・・・!?」

「!?」

 

 兵藤が息を呑む声が聞こえる。

 同時に、私もそれを見た。

 

 世界が、灰色に染まっていく。

 

「なんだよ、これ!?」

 

 壁だ。見えない壁がそこにあった。

 何もないはずの空間にある、外の世界と私たちを阻む見えない壁。

 まるで世界から切り離されてしまったような光景に、私は声を上げた。

 

「ルビー!!」

「探知完了してますよミウナさん! いや、でも、これは・・・・・・!?」

 

 今まで私の髪に隠れていたルビーが、珍しく焦った声で告げる。

 

「隔離結界です! それもこのルビーちゃんが発動を感知できないレベルの超特上級ものです!」

「そんな・・・・・・!?」

 

 告げられた内容に絶句するしかない。

 ルビーは普段はアレだけど、その実グリゴリの技術を詰め寄せた最高傑作と言っていい人工神器だ。魔術礼装の中でも最高位に達するその性能は上級の堕天使でさえ圧倒する。そんなルビーが術式の発動さえ察知すらさせてもらえなかったとか。

 考えただけで恐ろしくなる。

 

「み、ミウナ、これはいったい」

「私から絶対に離れないで兵藤!」

 

 耳を澄ます。目を凝らす。第六感を全方位に向けて解き放つ。

 さっきまであった公園の木々が揺れる音も鳥の鳴き声も人の気配も、遠くにあった街の喧騒さえも消え去った世界で、私と兵藤の息遣いだけが嫌に大きく聞こえる。

 恐怖と緊張のあまり発狂しそうになる理性をどうにか押さえつけて、震えそうになる体を前に進めようとして。

 

 ジャリ。

 

 音がした。

 

 ジャリ。ジャリ。ジャリ。

 何かが動く音がする。重鈍な、何かの足音。

 その足音は公園の奥から徐々にこちらに近づいてくる。

 いつでも動けるように、どんな状況でも兵藤を庇えるように位置取りに気を付けながら、覚悟を決めて前を向く。

 

 そして、そいつはぬるりと現れた。

 

「・・・・・・なんだよ、アレ」

 

 それは影だった。

 人の形をしている。人のように歩いている。だけど、絶対に人じゃない。

 まるで絵具で塗り潰されたかのような真っ黒な何か。一歩足を踏み出す度に鳴る金属音。表情すら見えない黒い顔を覆う兜。全身を鎧で覆ったそれは、ゆっくりと刀身の光らない闇色の刀を抜きながら、殺意を、敵意を撒き散らしてこちらに向かってくる。

 その姿は、まるで。

 

「影の、武者・・・・・・!」

 

 振り被られる刀を見ながら、私は呆然と呟く。

 

 私は大きな勘違いしていた。

 隠していれば、何もしなければ物語は無事に進んでいくと何の根拠もなくそう思っていた。

 物語は、既に狂っているというのに!

 

 始まる、激動の一年間が。

 始まる、物語にない物語が。

 

 狂い始めた世界が、私に牙を剥いた。

 




さっさと原作に入ろうかと思ったけどやめた。
だって原作始めたら絶対ミウナの影が薄くなるから!
あと話の前後を書くのに辻褄が合わなくなりそうだから!

俺は オリ話を 作るぞ!!!!

という決心をするのに半年くらいかかった。
遅くてすまんな。


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第八話 最初の一歩

目の前に現れた武者に私も兵藤も動けずにいた。

 まるで影のように黒く染まった体。戦国時代を連想させる武者鎧。こちらに向けられた重圧すら感じさせる程の敵意に、咄嗟に私は兵藤を後ろに押しやって前に出た。

 

「止まって! 止まらないと攻撃するよ!」

「・・・・・・」

 

 返答は抜刀だった。

 体と同じく闇色の刀身が露わになるのと同時に、私の意識は日常から非日常へと切り替わる。

 

「ルビー!!」

「開幕いきなりですが多元転身!!」

 

――コンパクトフルオープン!!

――鏡界回廊最大展開!!

 

 私の掛け声にルビーの姿が魔法のステッキへと変わる。

 光が、魔力が全身へと行き渡り、カレイドの礼装をこの身に顕現させる。

 やる事はわかっている。

 だから、やった。

 

「ルビー、最大出力!」

「よっしゃー! さすがミウナさん、容赦なく開幕ぶっぱとはそこに痺れる憧れますー!」

 

 身の内から溢れ出る魔力を杖先に集中させる。

 瞬時に収束した膨大な魔力によって大気が震え、空間さえもが揺らいでいく。そんな最大にして最強の一撃を撃つのに躊躇いはなかった。

 

「ファイアー!!」

 

 思考は既に人間としての私から、堕天使のミウナへと変わっている。

 殺すつもりだった。手加減なんかしてなかった。

 だから、その結果を見てた時に、思わず絶句してしまった。

 

 特大の魔力弾が、真っ二つに切り裂かれたその光景に。

 

「「なっ!?」」

 

 こちらの出せる最大の攻撃を闇纏う刀身が切り抜けた。

 上級の人外にさえ匹敵する一撃を防がれた事に一瞬だけ思考に空白が生まれ、その間隙をついて影の武者が重厚な鎧を身に纏っているとは思えない速度で一気に距離を詰めてきた。

 

「ミウナさん、来ます!」

「っ!? ルビー、ブレード!!」

 

 咄嗟に物理強化される剣型を選択。

 杖の先端に圧縮された魔力刃を生成させ、私の体に迫る黒刀に滑り込ませた。

 ガキィンッ!!

 

「ぐぅっ、ぅぅっ!?」

 

 あまりの衝撃に膝が折れかけた。

 強い! 強いよこいつ!! 力が強い、動きが速い、何よりも一度のぶつかり合いで魔力刃にひびが入った!!

 

「ま、だぁッ!!」

 

 魔力刃から魔力を真上に向けて噴出させて黒刀を押し返す。

 ついでに空中で魔力弾を生成。撃ち込んでやれば、狙い通りに影の武者は大きく跳躍して距離を取った。

 この隙に。

 

「ミ、ミウナ!」

「兵藤下がってて! こいつ、兵藤を庇いながら戦える相手じゃない!」

「っ!?」

 

 兵藤を近くに置いていたのは失敗だった。

 どこかに逃がすなり、隠すなりするべきだった。

 反省する事はたくさんあるけど、今は兵藤をこの場から離れさせるのが先決だっ、てもう来た!!

 凄まじい速度で迫る影の武者に、今度は私も迎撃のために攻めに入る。

 

「ルビー、魔力配分、身体強化6、物理保護4!」

「近距離戦闘モード、展開!」

 

 溢れる膨大な魔力にルビーを通して指向性をもたせる。

 身体機能の強化を優先に、影武者の攻撃に耐えうる程度の防御力を。

 ルビーと出会って、実はまだ三ヶ月も経っていない。だけど、その僅かな期間にでどうにかして二人で編み出した近距離特化の戦法だ。

 魔力刃を煌めかせ、再び正面から打ち合う。

 

「ぐっ、りゃあ!」

「!」

 

 上段から迫る黒刀を受け止め、かち上げ、返す刀で斬りかかる。

 反撃が意外だったのだろう。驚いた気配を見せる影の武者だったが、その態度とは裏腹に私の繰り出した一撃を僅か半歩後退しただけで避けてみせた。

 続けて、再び攻守が入れ替わる。

 

 ガキィンッ!

 ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ!

 

「うっ、うっ、ぐぅぅっ、こいつ・・・・・・ッ!?」

「ミウナさん、気を付けてください! 戦法を変えてきました!」

 

 幾重にも縦横無尽に走る剣戟。

 一撃一撃は先ほどの力任せの一撃に比べて軽いが、その代わりに手数と速度を合わせた連撃剣に防戦に徹するしかない。

 幸いにも刀の軌跡は強化した視力で追えている。点ではなく面で、俯瞰した相手の挙動の中で起こる初動さえ見えれば、黒刀の一撃をいなす事は出来ない訳じゃない。でも。

 

 ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ!

 ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ!

 

 反撃、出来ない!!

 剣線は見える。対応は間に合っている。だけど、攻撃に移れないなら勝てない!

 先ほど見たく魔術弾の生成したいけど、一秒間に訪れる無数の連撃がその隙を与えない。

 黒刀と魔力刃がぶつかる度に、魔力刃が削れていく。その都度ルビーが再生と強化を施してくれているけど、相手の刀が傷んだ様子は一切ない。

 身体強化を優先させているおかげで影の武者に食らいついていけるけど、私の体力も集中力も無限じゃない。そう遠くない内に尽きる。

 まずい。まずいまずいまずい!

 私、詰んでる!?

 

「ミウナぁぁぁぁぁっ!!」

 

「「!」」

 

 叫び声と同時に、影の武者の背後に兵藤が飛び出した。

 あのバカ! 逃げろって言ったのに!?

 文句を言いたかったがその前に兵藤が影の武者に向かって何かを投げた。真っ直ぐ、一直線に向かうそれは、しかし、当たり前のように影の武者へとたどり着く前に空中で切り裂かれた。

 

 瞬間。

 

 飛来物が、爆散した。

 

 刃が切り裂いた隙間から、内包されていた圧力と共に外に押し出されその液体は、飛沫を上げながら迎撃した影の武者へと降り注ぐ。

 その時になってようやく飛来物の正体が見えた。

 あれは、コーラの缶!?

 兵藤が何を考えて何をしたのかを理解するよりも先に体が動く。

 

「ルビー!!!!!」

「全力全開ですねいきますよー!!!!!」

 

 バカみたいな手札だ。

 思いついてもやろうとは思わない一撃だ。

 だけど、兵藤の一撃は確かに影の武者の剣戟を鈍らせた。

 

 この一撃だけは、絶対に決めてみせる!!

 

「はあああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!」

 

 全力で振り抜いた魔力刃を影の武者は受けてみせた。

 だけど、そこまで。ここからが、本番、なんだから!!

 体内から爆発の如く魔力が吹き出す。前へ前へと、相手を圧し潰すために突き進む。

 やっている事は単純だ。魔力放出による威力の増大。だけど、単純だからこそ、膨大な魔力を用いたこの一撃は強い。

 ロケットの噴射にも劣らぬ促進力を加え、ついに魔力刃は黒刀を押し退けて影の武者の鎧へと喰い込んだ。

 

「シュートォォォォォォォォ!!!!!」

 

 地面から足を離した影の武者が、切り離された魔力刃に押されて吹っ飛んでいく。

 後ろにいた兵藤を飛び越え、背後の噴水すらも打ち砕いてその身を激突させた。

 轟音が聞こえる。と同時に駆ける。

 さらなる一撃を。止めの一撃を与える為に。

 

「――魔力、解放(トレース・オン)

 

――消費魔力、全力抽出

 

 詠唱を合図に、魔力が吹き出す。

 

――基本形状、構成

 

 思い描くは巨大な斧。人の身では扱えない埒外の武器。

 

――魔力密度、補強

 

 杖から大戦斧へと、姿を変えたルビーを手に空中へと飛び上がる。

 

――基本形状、固定

 

 一撃必殺の名を冠する武具を、大きく振りかぶって!

 

――全行程、完了(トレース・オフ)

 

 

「受けてみて。これが私の、とっておき・・・・・・なんだから!!!!!!」

 

 空に轟音。地に激震。

 眼前の敵を打ち倒すために作り上げた、今の私が放てる最強の技。

 その一撃の前に、影の武者はゆっくりと黒刀を鞘に納め、カチリと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鯉口を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「    る、   びぃ       」

 

 世界が回る。

 くるくると。

 何が起こったんだろう?

 なんでこうなったんだろう?

 なんで、私が斬られてるんだろう?

 

 全身を叩く衝撃に、ようやく私は自分が地面に叩きつけられたのだと認識した。

 最高の一撃だったのに。

 これ以上ないチャンスだったのにな。

 ダメだな、私。やっぱり、弱いや。

 

「・・・・・・こふっ」

 

 口から血を吐く。

 密かに気に入っていた可愛いカレイドの魔法少女衣装が赤い染みで汚れていく。

 

「ミウナぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 兵藤の叫び声を聞きながら、私の意識は暗闇へと落ちていく。

 

 私たちを襲った激動の一歩目。

 最初の激戦は、私の敗北から始まったんだ。

 



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