女の子だけど踏み台転生者になってもいいですか? (スネ夫)
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第一章
第一話 幼女を誑し込む


 唐突だが、俺は踏み台転生者が好きだ。

 カッコイイ顔に強力な特典、そして原作キャラを嫁と言い切る潔さ。

 友情努力のオリ主も好きだけど、やっぱり楽して強い踏み台転生者の方が心惹かれる。

 ろくに修行していないのに、あのゲート……ゲートなんだっけ。ともかく、やたらキラキラした武器を射出しまくって戦う。うん、めちゃくちゃカッコイイ。

 

 だから、神様に間違って殺された云々と告げられ、特典付きで転生させてくれる事になった時、俺は迷わず踏み台転生者の特典をくれと頼んだ。

 しかし、あの踏み台転生者御用達の特典はあげられないと返されたので、仕方なく別の特典を選んで俺は転生を果たした。

 もちろん、銀髪オッドアイの美形で。

 転生先の影響からか、俺には沢山の魔力にデバイスとかいう便利な物も貰った。

 という経緯で、俺の踏み台街道は始まったのである──!

 

 

 ♦♦♦

 

 

「──と、思ったんだけどなぁ」

 

 転生してはや幾数年。

 現在、俺はため息をつきながら公園に向かっていた。

 ふと地面にあった水たまりをのぞき込めば、凄まじい美貌の顔が現れる。

 腰まで伸びた銀髪は煌めき、辺りに幻想的な光が舞っている。左が緑で右が青の双眸は、星々の如く瞬いて不思議な魅力がある。

 もちろん、この水たまりに映っているのは俺の顔だ。

 神様に要望した通り、満足のいくできになっているのだが……

 

「なんで女の子なんだよぉぉぉ!」

 

 頭を抱えて仰け反り、想像の遙か斜め上を超えた事態に声を上げた。

 あの神様。なにをとち狂ったのか知らないけど、よりにもよって踏み台転生者になる予定の俺を女の子にしやがったのだ。

 確かに性別は指定しなかったけども、男のままだと思ってなにも言わなかったけどさぁ……。

 これじゃあ、原作キャラを嫁って言えないじゃないか!

 いや、この世界が乙女ゲームが元になっていたとしたら、むしろ俺が女で間違いないのかもしれない。

 

 ──おはよう、俺の婿。今日も相変わらずカッコイイな!

 

「うわぁ……」

 

 水たまりに映る俺が、ドン引きした表情を浮かべた。

 絵面としては間違っていないのだが、俺の内心的にはありえない。

 女の子として産まれたけど、好みは女性のつもりだ。

 だから、俺は肉体的では同性だとしても、嫁を言うのは女性原作キャラにする。

 

「よし、方針は固まったな!」

 

《……本当にするのですか?》

 

「ん、ドラちゃんか。当たり前だろ!

 なんのために俺が転生したと思ってるんだ。

 それも、踏み台転生者として頑張るためだからな!」

 

《ドラちゃんと略すのをやめてください》

 

 抗議するように胸元のネックレスをチカチカさせるのは、俺のデバイスであるドラちゃんだ。

 正式名称はドラゴン・グレートなのだが、言いにくいからドラちゃんと省略している。

 

「そもそも、俺に名前を考えさせたのが間違いだ。

 ネーミングセンスなんて期待しないでくれ。

 まあ、個人的には気に入っているけど」

 

《……そうですね。もう諦めました》

 

 哀愁漂う言葉を漏らしているが、内心では満更でもないのを知っているんだからな。

 と、話している内に着いたか。

 俺が公園に赴いた理由は、ブランコに乗りたい気分だったからだ。

 近所でブランコがある場所って、ここだけなんだよな。

 近年、公園の遊具が減っていって誠に遺憾の限りである。

 

「ひゃっほー! 今日こそブランコで一回転してみせるぞー」

 

《前世の記憶があるとは思えない馬……純粋さですね》

 

 飛び跳ねて駆けだしていくと、俺が使おうとしているブランコに先客がいた。

 栗毛のツインテールをへにゃりと垂らし、俯いたまま足をぶらぶらとさせている。

 むむ、今日は右のブランコの気分だったのに。仕方ない。左の方を使うか。

 ブランコで遊んでいる幼女を無視して、俺は跳躍して板に足を乗せる。

 不規則に揺れる板の上でバランスを取り、両手を広げながら笑う。

 

「ほっ! 見たか、ドラちゃん!

 片足で乗るとか凄くね?」

 

《みっともないのでやめてください》

 

「えー。せっかくの運動神経なんだから、こうやって活かさなきゃもったいないじゃん」

 

《見ているこちらが恥ずかしいんです!》

 

 ぷりぷりと怒るドラちゃんを尻目に、俺は立ちこぎをしていく。

 徐々に前後の振れ幅が大きなっていき、全身に風を感じる。

 前世ならお股がヒュンッとなったのだが、今の俺は女の子だから問題なし!

 ああ、ブランコ楽しい──

 

「す、すごい……」

 

 ブランコを一回転させようとしていると、隣の幼女が驚愕した声を上げた。

 目まぐるしく変わる視界の中、チラリと横目で窺う。

 すると、さっきまで悲しげな雰囲気を漂わせていた彼女が、クリクリしたおめめをまん丸に見開いてこちらを凝視していたのだ。

 瞬間、俺の脳裏に電流が走る。

 

「お前はもしかして──へぶっ!」

 

「ええっ!?」

 

 びっくりして手を滑らせてしまい、俺は回転しながら上空に身を投げだされた。

 顔面から地面にダイブし、ゴロゴロと転がって全身が土まみれになってしまう。

 慌てた足取りで駆け寄る幼女の足音を耳に入れながら、俺は起き上がって身体の汚れを叩く。

 

「うぇー、やっちまった」

 

《無駄に頑丈ですね》

 

「無駄って言うなよー」

 

「だ、大丈夫!?」

 

「ん、ああ。平気平気。いつもの事だからさ」

 

 にかっと笑ってそう返せば、幼女は微妙な表情を浮かべた。

 

「そ、そうなんだ……」

 

「うーむ」

 

「な、なに?」

 

 居心地悪そうに身を縮こまらせた幼女を見て、やはり先ほどの感覚は間違いないと確信した。

 神様に頼んだ特典の中に、原作キャラを教えてくれる物があるのだ。

 通称、嫁センサー。

 これがあれば、知らない原作だったとしても、こうして原作キャラが誰かわかる。

 早速役に立ったようで良かった良かった。

 つまり、目の前の将来が約束された幼女は原作キャラなのだ。

 となると、俺のやる事は変わらない。

 

 汚れを叩き終わった後、立ち上がって幼女と目を合わす。

 そして、小首を傾げる彼女へと、できるだけ爽やかな笑みを浮かべて。

 

「お前は今日から俺の嫁な!」

 

「……ふぇ?」

 

 ふっふっふ。

 ついに、言えた!

 踏み台転生者として言いたかった言葉の内、ランキング一位の言葉を言えたぞ!

 さあ、目の前の幼女はどう答える。

 恥ずかしがるのか、嫌がって逃げるのか。

 どちらでもドンと来い!

 

「どうした?」

 

「よめってなに?」

 

「えっ?」

 

 嫁を知らないと申すか?

 あー、この歳では嫁じゃあ伝わらないかもしれないか。

 でも、お嫁さんって有名な将来の夢だと思うんだけどな。

 じゃあ、なんて言えば伝わるんだ?

 ママ、妻、奥さん、あるいはハニー?

 まあ、いい。そんなのは後から教えればいい。今するべきなのは、目の前の幼女の名前を聞く事だろう。

 

「嫁。お前の名前を教えろ」

 

「え、高町なのはだけど」

 

「そうか。じゃあ、なのは! お前はこれからずっと俺と一緒だ!」

 

「ずっと……友達?」

 

 うん?

 友達じゃなくて嫁なんだけど。

 しかし、幼女──なのはは俺の言葉に目を輝かせていた。

 友達が欲しかったのか?

 うーん、まあいいか。今は友達でも。後で嫁と言い直せば。

 

「ああ。なのはは俺の(友達)だ!」

 

「ほ、ほんと!? 嘘じゃない!?」

 

「え、うん。嘘じゃないよ」

 

 改めて頷けば、なのはの表情が見る見るうちに緩んでいく。

 しかし、直ぐにはっと表情を引き締め、どこか窺うように俺の顔を見つめる。

 ……気に入らない。子供のくせに、そんな人の顔色を気にする態度がムカつく。

 無意識に眉をしかめていたのだろう。なのははビクリと肩を震わせ、縋るような眼差しを送る。

 

「あ、あの」

 

「お前がどんな事を考えているのか知らん。

 でも、そんな風に遠慮するのがお前の考えている友達なのか?」

 

「あっ……」

 

 目を見開いたなのはの眼前へと、俺は拳を突きつける。

 

「友達は本音を言い合って、殴り合いするもんなんだぞ」

 

「そうなの?」

 

「俺がそう言うんだから間違いない!

 だから、なのは。いつでもかかってこい!」

 

「え、ええ!?」

 

 飛び退いてファイティングポーズを取り、なのはへ向けて叫んだ。

 対して、彼女は戸惑い気味にキョロキョロとしている。

 暫くすると、覚悟を決めたのか。キリリとしたなのはが、てくてくと歩いて俺を殴ってくる。

 

「え、えーい!」

 

「もっと腰を落とせ! じゃないと痛くも痒くもないぞ!」

 

「わ、わかったの!」

 

 ポコポコ、ポコポコ、ポコポコ。

 両腕を振り回して殴るなのはだったが、残念ながら致命的にセンスがなかった。

 足取りがふらふらで今にも転びそうだし、そもそも目を瞑って攻撃しているので駄目だ。

 

 しかし、実際には俺の心の中まで響いていた。

 なのはの想いが。胸中に溜まっていたやるせない怒りが。独りぼっちの寂しさが。誰かと遊べる喜びが。

 最後にぽすっと胸に拳を当て、俯いて身体を震わせているなのは。

 

「いい一撃だったぞ。流石俺の嫁だな!」

 

「……これで、なのは達は友達?」

 

「ああ。お前は俺の永遠の嫁だ!」

 

 笑みを浮かべてそう返せば、顔を上げたなのはも微笑む。

 やっぱり、子供は素直じゃなきゃな。

 ……ううん。こんな小さな子を嫁と言っちゃう事に若干の罪悪感が。

 いやいや、なにを弱気になっているんだ俺は。

 例え下道と言われようとも、下衆と罵られようとも、俺は踏み台転生者をやめるつもりはない!

 それに、俺がこんな行動を取れば、そろそろ出てくる頃合だろう。

 踏み台転生者には欠かせない要素、オリ主が!

 

 こっちはいつでもいい。

 さあ、来るなら来い!

 身構えて辺りを見渡すのだが、それらしい転生者の姿は見えない。

 いないだと?

 つまり、これは原作では起こっていないイベント?

 ……しまったなぁ。どうせなら、前世でここの原作を知っておくべきだったな。

 

「どうしたの?」

 

「なんでもない。それより、なのはに面白い物を見せてやろう!」

 

「え、なになに?」

 

 先ほどより素直に振る舞えているな。

 顔を輝かせているなのはを尻目に、俺はポケットに手を突っ込む。

 そして、ある物を取り出す。

 手の中にある物を見て、なのははうーんと首を傾げる。

 

「なにこれ?」

 

「ふっふっふ。聞いて驚くなよ。

 なんと、これを頭につければ空を飛べるんだぞ!」

 

「えぇ!?」

 

 目を白黒させて、俺の手中にある物──“タケコプター”を見つめるなのは。

 そう。神様に踏み台特典を却下された代わりに選んだ特典は、ドラえもんの四次元ポケットだったのだ。

 これがあれば、できない事なんてほとんどない。

 なんで踏み台転生者達はこの特典を選ばないのか。いやまぁ、見た目が地味だから人気がないんだろうけど。

 ともかく、これを使ってなのはを喜ばせよう。

 

「これを頭につけてみろ」

 

「う、うん」

 

 俺の指示に従い、なのはは頭にタケコプターをとりつけた。

 すると、プロペラが回り始め、なのはの身体が浮かぶ。

 

「わ、わわ!?」

 

 俺も頭にタケコプターをつけ、慌てた様子で足をジタバタとさせるなのはの手を掴む。

 そのまま慣れた動きで空へと向かう。

 

「下を見てみろ、なのは」

 

「わぁ……!」

 

 陽が沈み始め、茜色の光が街に差し込む。

 あちらこちらで影が伸び、どこか哀愁を感じさせる雰囲気が漂っている。

 街灯には明かりが灯り、黒い街並みの中でポツポツと自身を主張していた。

 人払いを忘れていたのだが、見渡す限り人がいそうにない。

 

《幸運にも人がいませんでした。気をつけてくださいよ》

 

「ごめんごめん。ちょっと勢いに乗りすぎた」

 

 まあ、でも。

 隣で楽しげに笑っているなのはを見れば、やった事は後悔しないと断言できた。

 

「すごい、すごいよ!」

 

「こんな光景に比べたら、お前の悩みなんてちっぽけなもんだろ?

 俯いて下ばっか見るよりさ、こうして見上げれば人生楽しいって」

 

「……うん!」

 

 それから、俺達は暫しの遊覧飛行をしていく。

 あまり飛びすぎると電池が切れるので、ある程度したら公園に降りた。

 なのはからタケコプターを受け取り、ポケットの中にしまい込む。

 

「じゃあ、そろそろ帰るか」

 

「う、うん」

 

「大丈夫だって。またいつでも会えるから、そんな悲しそうな顔をするなって」

 

「で、でも」

 

 涙を湛えた瞳で俺を見つめるなのは。

 あーっと。なんだか調子が狂うな。オリ主は現れないし、踏み台転生者として嫌われないし、かといって惚れられたわけでもないし。

 ガリガリと頭を掻き、ポケットから先ほどのタケコプターを出してなのはに渡す。

 

「ほら、これを預けておく。だから、次会った時に返してくれ。

 もちろん、それを使って遊んでもいいから」

 

「あ、ありがとう!」

 

 よしよし。やっと笑顔になってくれたか。

 満足して頷き、最後に大事な事を伝え忘れていたと思い当たる。

 手を打って笑い、尊大に胸を張って告げる。

 

「俺の名前は小鳥遊 静香。将来、ハーレムを作る踏み台転生者だ!」

 

「じゃあ、静香ちゃんだね! よろしく、静香ちゃん!」

 

「お、おう。よろしく……」

 

 なんだ。わからないから仕方ないんだけど、言葉をスルーされると悲しいな。

 まあ、そのうち理解して踏み台転生者らしく嫌われるだろう。

 それもまた一興。オリ主と戦うのも楽しみだし、本当に今生は退屈しないな!

 

 なのはと別れた帰り道、俺はルンルン気分で鼻歌を奏でる。

 スキップしながら家路につき、ドラちゃんと言葉を交わす。

 

「ついに、俺の踏み台街道が始まったなー。

 いやー、早く次の原作キャラに会わないかな」

 

《……致命的に、ファーストコンタクトを間違えましたね》

 

「なんか言ったか?」

 

《いいえ、なにも。この調子で、早くまともになってくださいね》

 

 ドラちゃんの呟きは、風に乗って消えた。

 上手く聞き取れなかったけど、まあ俺の応援だろうな。

 よーし、家に帰ったら未来道具を整理してなのはが楽しめそうな物を探そうっと。

 自然と笑みを浮かべた俺は、来たるバラ色の人生に胸を高鳴らせるのだった。

 

 

 

 

 



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第二話 アリサちゃんの小学校デビュー

 なのはを嫁にしてから、幾分か時が経ち。

 現在、俺は私立聖祥大付属小学校の制服に身を包んでいた。

 今日は聖祥小学校の入学式で、晴れて俺もピッカピカの一年生というわけだ。

 こんな姿でも愛してくれる優しい両親に撮影されながらも、つつがなく入学式は終わる。

 クラス表を見てみると、どうやらなのはと同じクラスらしい。

 

「静香ちゃん、一緒のクラスだね!」

 

「ああ、そうだな」

 

 隣で喜色の声を上げるなのはを尻目に、俺はクラス表に隅々まで目を通していく。

 すると、明らかに浮いている名前を発見した。

 

「アリサ・バーニング」

 

「バニングスって書いてあるよ?」

 

 あ、本当だ。素で間違えた。

 ともかく、名前的に明らかに外国人だろう。

 二次元の世界で、こんな美味しい名前のキャラがモブであろうか。いや、モブのはずがない。

 つまり、この燃え盛るアリサは原作キャラだ!

 俺の嫁センサーもビンビン鳴っているし。

 

 ふっふっふ。

 なのはに続いて二人目の嫁。

 天は俺にハーレムを作れと囁いている!

 いや、神様のお蔭でこうしているんだし、むしろ天からのお墨付きだな。

 ビバ、踏み台転生者!

 

「なのは! 俺に続け! 新たな嫁を迎え入れるぞ!」

 

「新しいお友達なの!」

 

 なのはを連れて教室に入り、目的のアリサ某さんを探す。

 不安げな顔でウロウロしている子供や、早速仲良く会話している子供達。

 新たな環境に胸を踊らせている彼等の中、明らかに目立つ金髪の幼女がいた。

 席に座って鞄の整理をしており、見た目は気が強そうな美少女だ。

 無事に発見し、俺は笑みを深めて彼女の方へと近づいていく。

 相手の方も俺に気がつき、目を向けて笑みを浮かべる。

 

「今日から同じクラスになるアリサ・バニングスよ。

 一年間よろしくね」

 

「俺の名前は小鳥遊 静香だ。

 突然だが、アリサ。お前は今から俺の嫁だからな!」

 

「わたしは高町 なのは! よろしく、アリサちゃん!」

 

「……」

 

 胸を張ってそう告げれば、アリサの表情がピシリと固まった。

 次いで、何故かなのはが笑顔でアリサの胸を殴る。

 ポコッと間抜けな音が響き、なのはは「これで友達だね!」なんて喜ぶ。

 あー、俺が教えた友達なら殴り合いって話。あれを信じてなのははアリサを殴ったのか。

 自分から行動に移れるなんて、なのはも成長したなぁ……お兄ちゃん嬉しい。

 

 目頭を抑えて感動していると、アリサも現状を把握できたようだ。

 瞬く間に顔を真っ赤に染め上げ、ガタリと勢いよく立ち上がって。

 

「ななななななにを言い出すのよ!?

 初対面の人に嫁とかばっかじゃないの!

 ていうか、そもそもなんで女の子のあんたが嫁とか言ってんのよ!

 それに、そっちのあんたはいきなり殴ってくんな!」

 

「おお! 今度の嫁はツッコミスキルが高いな!」

 

「え? 友達になるには殴り合いするんだよ?

 だから、アリサちゃんもなのはを殴って!」

 

「はぁっ!?」

 

 理解できないと首を振り、アリサは俺達を睨みつけた。

 対して、なのははファイティングポーズを取ってかかってこいやと手招き。

 やたら様になるその挑発に、ピキリと額に青筋を立てるアリサ。

 

 とりあえず、俺の発言は無視する事にしたらしい。

 なんだろう、この疎外感。踏み台転生者としては正しいはずなのに、この胸中を過ぎる虚無感は。

 一人で項垂れている間にも、なのは達の会話は続いていく。

 

「来るの、アリサちゃん!」

 

「だから、意味わかんないって言ってんの!」

 

「来ないならこっちから行くよ! やー!」

 

「ああ、もう! やればいいんでしょ、やれば!」

 

 ヤケクソにでもなったのか、アリサは殴りかかるなのはの懐に入り込み、軽く胸を叩く。

 迷いない判断や隙のない足取りから、どうやら彼女は護身術でも齧っているようだ。

 当然、運動神経皆無のなのはが太刀打ちできるはずもなく、アリサにいいようにあしらわれていた。

 少し不服そうにほっぺたを膨らませ、それ以上に嬉しげに目を細めて口を開く。

 

「むぅ……でも、これでアリサちゃんと友達だね!」

 

「……よくわかんないけど、あんたは意外とまともそうね。

 まあ、いいわ。改めて、よろしくなのは」

 

「うん!」

 

 うむうむ、麗しい友情だな。

 いつの間にかクラス中の視線が集まり、二人の出会いを祝福している。

 なのは達もその様子に気がついたのだろう。

 照れ臭そうに頬を赤らめる栗毛ツインテール対し、金髪お嬢様はワナワナと身体を震わせる。

 やがて、キッと鋭い眼光で俺を射抜き、涙目になりながら駆けだしていく。

 

「おうちかえる!」

 

「バ、バニングスさん!?」

 

 教室に入ってきた先生と入れ違いになり、そのままアリサはこの場を去っていった。

 ……ファーストコンタクト、失敗?

 

《間違いなく》

 

 いや、逆に考えるんだ。

 今の様子から、アリサは俺の事を恨んでいるだろう。

 なんせ、俺達が騒いだせいで小学校デビューに失敗したんだから。

 つまり、これから嫁嫁言えば踏み台転生者らしく嫌われる!

 

《はぁ、駄目だこりゃ》

 

 なんだよ、ドラちゃん。

 念話までして俺の悪口を言わないでくれ。

 とにかく、これはこれで結果オーライと言えるだろう。

 まあ、幼女に嫌われるってかなり心にくるんだと理解したけど。

 世の中の踏み台転生者は凄いなぁ。嫌われてもめげずに頑張れるんだもん。

 改めて、先人達のメンタルに畏敬の念を抱きながら、俺は慌てた様子でアリサの後を追いかけようとするなのはを羽交い締めにするのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 結局、あれからアリサは顔を真っ赤にして帰ってきた。

 クラスの子から事情を聞いていた先生は、そんな彼女を優しい目で歓迎。

 それから、休み時間にはアリサの周りに子供達が集まり、色々と話を聞いていたりしていた。

 どうやら、あの一連の流れは少年少女に受けが良かったらしい。

 結果的に、小学校デビューに成功したアリサちゃんなのであった。

 

 で、放課後の現在。

 俺は、アリサにガンをつけられている。

 今にも胸倉を掴みそうな表情で、彼女は眉尻を跳ね上げる。

 

「それで、いきなり嫁なんて言ったあんたの弁明を聞きましょうか」

 

「嫁は嫁だろ。なに言ってんだ?」

 

「ねぇ、殴ってもいいかしら?」

 

 笑顔で拳を掲げ、シュッシュッとシャドーボクシングを披露するアリサ。

 小気味よい風切り音が鳴り、当たればただでは済まないと理解できる。

 うーん。踏み台転生者って、嫁に暴力を振るわれていたっけ?

 なんか、俺が期待していた展開と違う。

 もっとこう、ストーカーを見る目で逃げるアリサを追いかける場面を想像していたんだけど。

 そして、なのは。友達、友達と連呼しながらアリサの真似をしなくていいから。

 

「わたしも殴り合いするの!」

 

「なのは、あんたは大人しくしてなさい。

 私はこいつの正気を確かめるだけだから」

 

「むー! アリサちゃんばっかり楽しんでズルい!」

 

 口を尖らせたなのはの言葉を聞き、アリサは額に手を置いてため息をつく。

 

「はぁ……なんか、なのはを見ていたら気が抜けたわ。

 で、改めて聞くわ。いきなり嫁と言った理由はなに?」

 

「まあ、簡単に言うと。

 踏み台転生者を目指しているから、可愛い女の子を侍らせたい」

 

 どうだと言わんばかりに告げれば、目をパチパチと瞬きさせるアリサ。

 次いで、こめかみに指を当ててグリグリと押す。

 

「ごめん、あまりにも馬鹿らしくて反応できなかったわ。

 つまり、私となのははあんたの愛人かなんかって事でいいの?」

 

「愛人ではない。皆が嫁だ」

 

「……ねぇ、なのは。こんな馬鹿は放っておいて、私と友情を育みましょう?」

 

「え、駄目だよアリサちゃん。

 なのは達は友達になったんだから、もう静香ちゃんの嫁なんだよ?」

 

 キョトンと首を傾げるなのはを見て、アリサはジト目で俺を見やる。

 

「あんた、なのはに嫁の意味を教えてないの?」

 

「あー、そうだな。教えそびれた」

 

 まあ、そろそろ教えてもいい頃合だと思っていたが。

 これで、なのはとアリサに嫌われて踏み台転生者としての面目躍如だ。

 目線でなのはに教えておいてと伝えれば、どうやら上手く受け取ったらしい。

 深いため息をついた後、アリサはなのはを連れて教室の隅に行く。

 

 暫くゴニョゴニョと内緒話をすると、なのはが耳まで真っ赤にする。

 チラチラと俺の方に目を向け、いやいやと首を振っていた。

 正直、話の内容が非常に気になるな。

 ドラちゃん、レッツ盗聴!

 

《なんですか?》

 

 冷たい声が返ってきた。

 ブリザードの如き薄ら寒い声音に、俺は慌てて言葉を重ねる。

 

『いやいや!

 今のはジョークだから。

 流石に、女の子の内緒話を知ろうとするほど腐ってないって!』

 

《……まぁ、そういう事にしておきます》

 

『よっ、流石ドラちゃん!

 懐の広さはデバイスいちー!』

 

 なんて内心でドラちゃんとふざけあっていると、アリサ達が戻ってきた。

 モジモジを身体を揺らしながら、なのはは頬を赤らめて俯く。

 

「し、静香ちゃんはわたしと結婚したかったの……?」

 

 重い。発言が重いぞなのは。

 俺のはほら、ただのファッションハーレムだから。

 実際はオリ主さんがなのは達を幸せに……幸せにしてくれるのか?

 待て。よく考えろ。そもそも、原作主人公は誰なんだ?

 原作主人公が男なら、オリ主よりそいつがなのは達を幸せにしてくれるだろう。

 ……閃いた!

 

「なのは!」

 

「ひゃい!」

 

「来るべき時まで、お前は俺の嫁だ!」

 

「う、うん?」

 

 要領の得ない顔で首を捻っているが、俺は新たな事実に気がついてしまったのだ。

 つまり、この作品は異能バトル物。

 そして、なのはとアリサは原作主人公のハーレム。

 なるほど。それなら俺が魔力を持っているのにも頷ける。

 恐らく、高校生ほどになったなのはの元に、原作主人公が現れるのだろう。

 

 だから、俺がやるべき事は一つ。

 原作主人公に対して、踏み台転生者になる。

 これなら、原作開始までなのは達と楽しめ、原作ではかませ犬のようにやられればいい。

 我ながら完璧な作戦だ。

 後は、原作開始までなのは達に絡み続けよう。

 

「その腹立たしい顔をやめなさい」

 

「安心しろ、アリサ!

 お前も平等に愛しているからな!」

 

「だ、か、ら! 私はあんたの嫁でもなんでもないって言ってんでしょ!」

 

「みんな静香ちゃんの嫁で仲良くなれるの」

 

「なのはも納得してんじゃないわよ!」

 

 こうして、じゃれ合うのも楽しいな。

 そのうち嫌われるのがちょっぴり寂しいけど、俺は踏み台転生者として頑張るぞ。

 楽しくなりそうな学校生活に、思わず笑みを零すのだった。

 

 

 

 

 



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第三話 VSアリサとすずか

 許可なくアリサを嫁にしたのに反して、俺達の仲は意外と良好だった。

 あれから避けられるかと思ったのだが、なんだかんだ三人でつるむ事が多い。

 俺がふざけてなのはが天然ボケをかまし、アリサがツッコミを放つ。

 主にそんな感じで回っている。

 本当に、色々な意味でアリサと仲良くなれてラッキーだな。

 正直、アリサとは面白さの関係で嫌われたくないと思うほどだ。

 まあ、踏み台転生者としての行動はやめないんだけどな!

 

「待ちなさい!」

 

「ははは、アリサは照れちゃって可愛いな!」

 

「ぶっ飛ばすっ!」

 

 走りながら振り向き、笑顔でそう告げた俺を見て、アリサは表情を怒りに染めて足のスピードを上げた。

 いやー、踏み台転生者として言いたい言葉ランキング、三位を言えて満足満足。

 廊下を走ると先生に怒られるのだが、その辺は大体誤魔化している。

 ともかく、何故俺がアリサに追いかけられているかというと。

 

「嫁を撫でただけだろ? そんなに怒る事ないじゃないか」

 

「じゅ、授業中に撫でるやつがいるかー!」

 

「なるほど。授業中じゃなきゃ撫でてほしいと。

 はっはっは。アリサはツンデレさんだな。そんな嫁も愛しているぞ!」

 

「むっきー! 絶対ボコす!」

 

 いかんいかん。アリサをからかうのが面白すぎて、つい必要以上に弄ってしまう。

 このままだと昼休みが終わってしまうし、教室で待っているなのはが可哀想だ。

 ……お、あそこを使おう。

 下半身に力を入れて速度を上げ、角を左に曲がる。

 直後にポケットから安心と信頼の“通り抜けフープ”を取り出し、壁に張りつけた。

 すると、フープの中が開き、外の景色が映る。

 

「よっと」

 

 穴をくぐり抜け、通り抜けフープを外せばあら不思議。

 俺の姿が消え失せてしまった!

 廊下に残していたサーチャーで映像を見ると、キョロキョロと辺りを見回すアリサがいる。

 

『あいつどこ行ったの!

 いつもいつも消えちゃって、どうなってるのよ……』

 

 首を捻りながら、金髪の鬼はこの場を去っていった。

 ふっ、今回の鬼ごっこも俺の勝ちだな。

 やっぱり、アリサはバニングスより、バーニングの方が似合っていると思う。

 主に、直ぐに熱く燃え盛っているところが。

 

《マスターに翻弄されて、アリサさんが可哀想です》

 

 皆まで言うな、ドラちゃん。

 あれはアリサなりのスキンシップなのだ。

 素直になれないツンデレさんは、こうして好きな人を追いかけ回して二人っきりの時間を作っているって事だよ。

 

《それにしては、アリサさんの表情が殺意に染まっていましたが》

 

『あ、あれはアリサなりの愛情表現だし!』

 

《声、震えていますよ》

 

『ふふふ震えてねーし!』

 

《いつかアリサさんにボコボコにされそうですね》

 

『うぅ……助けてドラちゃん!

 アリサと仲直りする道具を出して!』

 

《素直にボコられましょう、静香ちゃん》

 

 優しさが滲んだドラちゃんの声音が辛い。

 まあ、今のやり取りはもはやお約束になったじゃれ合いなんだけどね。

 ドラちゃんもいい感じに柔らかくなって良かった良かった。

 ……最近、本気で俺を見捨てようとするのは如何かと思うが。

 

「さってさって。昼休みはその辺をぶらぶらしていようかな……あっ」

 

 通り抜けフープをポケットに仕舞って振り向くと、目を丸くして立ちすくむ少女がいた。

 紫色の髪を靡かせ、口元に両手を当てて俺の顔を凝視している。

 瞬間、俺の脳裏で嫁センサーが警鐘を響かせた。

 

「い、今、そこから出てきたよね?」

 

「……気のせいではないデースか?」

 

「え、でも」

 

「そんな事より!」

 

 大きな声で遮れば、少女はピクリと肩を竦ませた。

 なんか仕草が可愛い子だな。昔のなのはを彷彿とさせる純粋さだ。

 今のなのははなぁ。当たり屋的に殴り合いを挑んでいるから、正直見ていて危険人物にしか思えない。

 本人曰く、友達が沢山欲しいから殴っているのだとか。

 誰が可愛い嫁をこんな残念な人にした!

 まあ、俺なんだけど。バレたらなのはの家族の人達に怒られそうで、いまだになのはを嫁にするって挨拶にいけていないよ。

 なのはの家は喫茶店を開いているので、本当は行ってみたいんだけど。

 

「ど、どうしたの?」

 

 と、いけないいけない。声を上げたまま少女を無視していた。

 改めて、咳払いを落としてから、俺は爽やかな笑みを浮かべる。

 

「お前も今日から俺の嫁になれ!」

 

「ごめんなさい」

 

 告白してから三秒で振られた……。

 ヤバい。胸に巨大な矢が突き刺さったような痛みを感じる。

 これが、踏み台転生者の宿命だというのか。

 彼等は日々この痛みと戦い、原作キャラ達に嫁と言っていたんだな。

 まだ俺はそこまでの境地に至れていない。これからも頑張らなければ!

 

「ふ、ふふ。嫁は俺を虐めるのが好きなようだな」

 

「ううん、そんな事ないよ。

 ただ、ほとんど知らない人にいきなり告白されても困るでしょ?

 だから、ごめんなさい」

 

「…………まずはお友達からお願いします」

 

 項垂れてそう告げれば、目の前のサド少女はにっこりと微笑む。

 

「うん、それならいいよ。よろしくね?」

 

「名前は小鳥遊 静香。そっちの名前は?」

 

「月村 すずかだよ。すずかって呼んで、静香ちゃん」

 

「わかったよ、すずか」

 

 すずかには逆らえない迫力がある。

 まさか、踏み台転生者である俺がここまで押されるとは。

 ……いいだろう。お前は俺の生涯の好敵手だ。

 いつか嫁と言っても嫌がられないようにしてやる!

 密かな決意を固めていると、背後から爆発を起こしそうな声が聞こえてくる。

 

「見つけたわよ!」

 

「その声は、嫁か!」

 

「アリサよ! 嫁じゃないって何度言わせればわかるの!」

 

「ふっ、愚問だな。俺はアリサの全てを愛しているぞ!

 だから、お前は俺の嫁だ!」

 

「意味わかんない!」

 

 コツコツと靴音を鳴らして駆けだすアリサ。

 重心を前方に傾け、彼女は両腕をコンパクトに纏めて双眸を光らせる。

 対して、俺も身構えて迎撃体勢を取っていく。

 

「え?」

 

 困惑気味なすずかを尻目に、俺は放たれたアリサの殴打をいなす。

 一歩踏み込んでジャブを撃つが、後退したアリサに躱されてしまう。

 

「ふふん。今日こそはあんたのいけ好かない顔面をぶん殴ってやるわ」

 

「嫁の愛なら受け止めたいが、あいにく俺はMではないんでね!」

 

「嫁って言うなー!」

 

 それから、俺達は土煙を巻き起こしながら攻防を繰り広げていく。

 巧みな位置取りで攻撃を当たらせないアリサに、身体能力で強引に回避する俺。

 一進一退の戦闘で膠着状態になるが、今日の俺はひと味違うぞ。

 アリサの隙をついてポケットに手を突っ込み、取り出した物を彼女の口に当てる。

 

「むー!?」

 

「まあまあ、そんなに怒ってたら身体に悪いだろ?」

 

 俺がそう告げれば、先ほどまで怒りの炎で燃えていたアリサの瞳が、みるみるうちに平常時の色に戻っていったのだ。

 パチパチと瞬きをした後、アリサは首を傾げて口を開く。

 

「なんか、落ち着いたわ」

 

「そりゃあ良かった」

 

 クルリと掌に持つ棒を翻し、ポケットにしまい込む。

 今俺が使った道具は、“まあまあ棒”という物だ。

 これは怒っている相手に棒を当てると、今のアリサのように怒りを鎮める事ができる。

 ただ、怒りを無理矢理抑え込んでいる状態に近いので、やり過ぎると爆発して大変な事になってしまう。

 つまり、何事もほどほどにしようというわけだな。

 

「なにが起こったの?」

 

 疑問符を浮かべ、俺に訝しげな眼差しを送るすずか。

 あー。今のまあまあ棒はともかく、通り抜けフープは誤魔化せないよなぁ。

 俺の四次元ポケットはドラえもんのとは違い、意識してポケットに手を入れれば使える。

 どのポケットでも発動するので、こうして聖祥小学校のスカートポケットでも問題ないというわけだ。

 だから、質量的に通り抜けフープがポケットの中に入るのはありえない。

 

 ……素直に教えるのは、なんか嫌だな。よし、せっかくだし俺の好感度アップを狙うか。

 すずかに向き直って笑みを浮かべ、毅然と胸を張って口を開く。

 

「今のはマジックだ。

 どうだ、凄いだろう? 惚れたか?」

 

「マジックには見えなかったけど」

 

 惚れた云々に関してはスルーするのね。

 すずかの対応が塩過ぎて、俺の心はハートブレイクを起こしそうだ。

 思わず涙目になる俺を尻目に、アリサがすずかの元に近づく。

 

「あんたって、同じクラスの月村よね」

 

「そういう貴女は、バニングスさん?」

 

「アリサでいいわよ。

 それにしても、あんたって可愛いカチューシャをしているじゃない」

 

 アリサに褒められたすずかは、嬉しそうにはにかむ。

 

「えへへ、すずかでいいよ。

 うん、これはお気に入りなんだ」

 

 俺を置いて、二人の世界を作るアリサ達。

 楽しげに会話しているのを見ると、心の奥底から黒い思いが湧き上がってくる。

 前世で培った理性では駄目だとわかっているんだけど、それでも感情が抑えきれない。端的に言って、アリサを取られたような気がして悲しい。

 自然とふくれっ面になり、俺は感情に従うまますずかのカチューシャを奪う。

 

「あっ!」

 

「嫁の物は俺の物だ!」

 

「ちょっと、返しなさいよ!」

 

 手を伸ばすアリサから離れ、頭にカチューシャをつけて手招きする。

 

「返して欲しかったら、力ずくで取り返してみろ!」

 

「上等じゃない。

 これ以上、あんたの好き勝手にさせないんだから!

 すずか、行くわよ!」

 

「あ、うん!」

 

 駆けだす二人を見とがめた俺は、身を翻して鬼ごっこの延長戦を開始した。

 

《外道……というか、クズですね》

 

『う、うるさいやい!

 勝手に身体が動いちゃったんだよ!

 なんか俺一人を除け者にしているみたいで、凄く寂しくなっちゃったの!』

 

《はぁ。あの三人の中で、もっとも精神年齢が低いのはどうなんでしょうか》

 

 それは、正直俺も我ながらどうかと思う。

 だがしかし、これはこれで踏み台転生者として正しい姿なのではないだろうか。

 この調子でいけば、アリサ達に嫌われる日も近い。

 

《……好きな子に素直になれない男の子みたいですね》

 

 ……。

 

「はぁっ!」

 

 背後からの気配を察し、俺は右前方に宙返り。

 回転する視界の中、飛び蹴りを放つアリサの行動が目に入る。

 わぁお。アリサは本気で俺を仕留めにかかっているな。

 それでこそ、ツンデレヒロインだ。

 ツンデレは暴力があってこそ映える。だから、どんどん俺に攻撃してこい!

 

「さあ、嫁の愛を俺にくれ!」

 

「だから、そういうのは気持ち悪いのよ!」

 

 うげっと顔を歪めて声を荒らげるアリサ。

 正直、俺もないなとは思っていたけど、踏み台転生者としてのチョイス的には正しいだろう。

 つまり、俺の言葉は間違っていない。

 ……内心で自己弁護しなければ、アリサの言葉が鋭すぎて泣きそうになるのは内緒だ。

 

 足に力を入れてアリサを引き離し、俺は校庭へと躍り出る。

 昼休みも残り僅かなためか、幸いな事に誰もいない。

 よって、ここで好きに暴れても問題ないというわけだ。

 

「へっへっへ。これを使う時が来たな」

 

《うわぁ……》

 

 ドン引きした声を上げるドラちゃんを無視して、俺はポケットから卵型の道具を取り出す。

 サングラスに、黒の帽子に黒の服装。ギャングみたいな見た目のこれは、“ころばし屋”という道具だ。

 後ろに空いている穴に十円玉を入れれば、指定したターゲットを三回転ばしてくれる。

 つまり、これを使ってアリサ達から逃げ切ろうと考えたのだ。

 

「では、早速十円を入れてっと。よし、じゃあ──」

 

「逃げんじゃないわよ、静香!」

 

「──アリサを転ばしてくれ!」

 

 勢いよくそう告げれば、手の中のころばし屋が起き上がった。

 そのまま軽やかに跳んで地面に着地。

 俺の元まで追いついたアリサと俺を挟む位置で、右手の銃を掲げる。

 アリサは困惑げに眉を寄せるが、これで俺は勝ったも同然。

 腕を組んでドヤ顔を見せ、アリサへと告げる。

 

「こいつは、俺の助っ人だ。

 残念だったな、アリサ。今回の鬼ごっこも俺の勝ちだ。

 まあ、嫁に勝利するのは当然だよなぁ?」

 

「助っ人……?」

 

 キュッと靴底を回し、拳を構えて警戒する素振りを見せつけるアリサ。

 即座に対応できるよう目を凝らし、俺達の一挙手一投足を窺う。

 しかし、アリサの警戒は無意味だ。ころばし屋はターゲットを三回転がすまで、決して諦めない。

 つまり、この時点でアリサの負けは必然なのだ。

 

 ふっふっふ。

 膨大な道具の内、的確にその場に合う物を使えるとか。

 俺って天才じゃね!

 これは自画自賛しても許されるべきだろう。

 さてと、有能な俺はここにすずかがいない事にも気がついている。

 あとは、あいつがどこにいるか探すだけ──

 

「わひゃっ!?」

 

 間一髪、飛び退いて銃撃を躱した。

 どういう事だ!?

 なんでころばし屋が俺を攻撃してくるんだ!?

 戸惑いの表情を浮かべる俺と、首を傾げて静観するアリサ。

 二人の視線が注がれる中、ころばし屋は確かに俺へと標準を合わせている。

 

《マスターが命令する前に、アリサさんに名前を呼ばれたからだと思います》

 

「……あっ」

 

 タラリと額から冷や汗を垂らし、ゆっくりと後退していく。

 俺の足取りにあわせて、近寄ってくるころばし屋。

 陽光に照らされたサングラスがキラリと光り、隙のない構えで銃を向ける。

 

「……仲間割れ?」

 

「アリサ!」

 

「な、なによ」

 

 ビクリと肩を震わせた彼女へと、俺は満面の笑みで手を振る。

 

「愛しているぜ、という事でさよなら!」

 

「あ、ちょっ!」

 

 側転をして襲来する弾を避け、その勢いのまま全速力で駆けていく。

 風に乗る俺の疾走は、そんじゃそこらの人には追いつけないだろう。

 とはいえ、相手は確実に三回転ばせるころばし屋だ。

 油断しないで全力で逃げ切ってやる!

 

《自業自得ですね》

 

「うるせーやい!」

 

 ドラちゃんにそう返しながら、俺は身を潜める場所を探すのだった。

 

 

 

 

 



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第四話 激突、ころばし屋

「──こちら、静香。どうぞ」

 

《こちら、ドラちゃん。対象は見当たりません。どうぞ》

 

「了解。引き続き隠れる事にする」

 

 現在、俺は校舎の陰に身を潜めていた。

 付近には敵の姿が見えず、ひとまずは安心だ。

 にしても、まさかころばし屋にこんな罠があったとは。

 まさに、策士策に溺れるだな。天才静香ちゃんも、この展開にはびっくりだよ。

 

《マスター。下手の考え休むに似たりって言葉を知っていますか?》

 

「いやいや、良い作戦だっただろ。

 俺の華麗なる策でアリサ達をギャフンと言わせる予定だったんだぞ」

 

《はいはい。すごいすごい》

 

 ドラちゃんが適当すぎて辛い。

 おかしいな。最初のドラちゃんはもっとクールで忠実だったのに。

 いつの間にか、俺を弄る事が日課になってきている。

 

「そこんところどう思いますかね」

 

《自分の胸に手を当てて考えてください》

 

「……うん、わからん」

 

 まったく、ドラちゃんはそうやって誤魔化そうとして。

 俺は騙されないからな。ドラちゃんがSっ気を持ち始めている事を。

 と、そんな事よりアリサ達がいないな……?

 

《マスター、マスター》

 

「どうした、ドラちゃん。なにか異常事態でもあったか?」

 

《いえ、後ろにころばし屋がいますよ》

 

「へっ?」

 

 慌てて振り返れば、こちらに銃を突きつけるころばし屋。

 

「みぎゃぁっ!?」

 

 突然の事に回避する余裕もなく、俺は盛大にすっ転んでしまった。

 直後にバク転をして追撃を躱す。

 あ、危なかった……下手すれば、ここからころばし屋のターンが続くところだった。

 浅く息を吐き、思考を引き締める。

 

「という事で、さらばっ!」

 

 再び疾走し、ころばし屋の元を去っていく。

 右へ左へ不規則に揺れながら走っているため、銃撃は俺の足元をかするのみ。

 死なないとわかっているとはいえ、銃弾が来るのは怖いな。

 うん、アリサ達に使おうとしたのを後で謝っておこう。

 校庭の隅に生えている木にたどり着いた俺は、するするっと登る。

 適当な枝に腰掛け、ひとまず息をつく。

 

「ふぅ……ここなら安心かな」

 

《魔法を使うかと思いましたが、自力で登りましたね》

 

「これは俺とアリサの勝負だからな。

 己の肉体のみで渡り合う。魔法なんて使うのは無粋だろ?」

 

《ころばし屋を使おうとしていましたが》

 

「あ、あの時はあの時だから!」

 

《はぁ、そうですか……うん?》

 

 呆れた声音を響かせた後、ドラちゃんは言葉尻を上げた。

 暫くチカチカとデバイスを光らせ、どこか困惑した口調で告げる。

 

《マスター。上を見てください》

 

「上?」

 

 言われた通り視線を仰げば、頭上の枝の上に猫が横たわっていた。

 初めは寝ているのかと思ったのだが、よく見ると身体が透けている。

 それに、猫からは魔力の残滓を感じ、更に嫁センサーも絶賛稼働中だ。

 つまり、ここにいるのは原作キャラ。そして、放っておけば死ぬ。

 

《どうやら、使い魔だったようですね。

 契約を切られたせいで、魔力が供給されなくなっているようですが》

 

「なんだって!?

 ど、どうにかしてやれないか!」

 

 慌てて上に登り、猫を抱えた。

 半透明な猫は弱々しく瞳を開き、俺の顔をじっと見つめる。

 その目に宿るのは、多大な諦観と僅かばかりの後悔。

 一体、どういう猫生を過ごせば今のような目になるのだろうか。

 まるで野生の生存競争に負けて、悟りきっている感じだ。

 

《とりあえず、仮契約をしてマスターの魔力を供給すれば良いかと》

 

「なるほど……おい。今から、俺はお前と仮契約をする。

 大人しく魔力を受け取れ」

 

 使い魔だった動物は、人間の言葉を理解できるとドラちゃんに習った。

 だから、目の前の猫を人間として扱い、目と目を合わせて話す。

 しかし、猫は目を逸らして言外に否定の意を示した。

 

「おい!

 このままだとお前は死んじゃうんだぞ!」

 

 声を荒らげるが、猫は顔を背けたまま。

 なんでだよ。俺の言葉は理解している、と態度から察せられる。なのに、目の前のこいつは死ぬ事を受け入れている節がある。

 気に入らない。まだ生きられるのに、生にしがみつかない事に腹が立つ。諦めて死のうとしている態度が心の底からムカつく。納得できない。認められない。逃げるなんて俺が許さない。

 

《マスター……?》

 

 ドラちゃんの呟きを無視して、俺は猫と至近距離で顔を合わす。

 そして、困惑がちに瞬きする馬鹿野郎へと、心の赴くまま言い放つ。

 

「逃げんなよ。

 お前がなんで死のうとしてんのか知らないけどな、そんな悔いがある目をして死ぬんじゃねぇ。

 死ぬとなんにも残らないんだぞ。会いたい人にもう会えなくなるんだぞ」

 

 会いたい人という単語に、耳をピクリと反応させた猫。

 どうやら、こいつは会いたい人がいるらしい。

 自然と眼差しが鋭くなり、睨みつけながら言葉を続ける。

 

「やり残した事があるんだろ。

 だったら、なにをしてもそれをやりきれ。

 じゃなきゃ、本当に死ぬほど後悔して死んでも死にきれねぇぞ」

 

 そう告げると、猫の瞳の光が少し強まった。

 もう一押しだな。後はこいつを挑発でもすれば生きようとするだろう。

 あえて嘲笑を浮かべ、蔑む口調で言う。

 

「それとも、お前の想いはその程度だったのか?

 会いたい人なんてどうでもよくて、さっさと死んで楽になりたいのか?」

 

 これには反論したかったのか、猫は俺の親指を噛んできた。

 力が入っていないが、初めてこいつから明確な返事を聞いた気がする。

 嘲笑を不敵な笑みに変え、俺は猫を胸に抱え直して口を開く。

 

「やり残した事があるなら、なにを利用してでもやり遂げろ。

 ……仮契約、受けるな?」

 

 今度は、無言で頷いてきた。

 ドラちゃんの手順に従って仮契約を結び、猫に俺の魔力を供給していく。

 気が抜けたのか眠りについた猫を魔法で俺の部屋に送り、続けて書いたメモ用紙も猫の側へと届ける。

 よし。これで猫が起きたらメモの指示に従うだろう。なんとか猫が生きようとしてくれて良かった。

 

 …………改めて、俺って猫になに講釈垂れていたんだよ!?

 動物相手にドヤ顔で生死の持論を述べるとか、普通に黒歴史物なんだけど!?

 うわー、恥ずかしい。めちゃくちゃ恥ずかしいわ。

 これが他人に見られていたとしたら、本当に自殺ものだった。

 死ぬのは逃げとか言っておきながら、マジで説得力に欠けるな。

 

 頭を抱えて枝の上をゴロゴロしていると、ドラちゃんに声を掛けられる。

 

《セリフはカッコよかったですけど、絵面がシュールでしたね》

 

「やめろぉ! 俺の心を抉りにこないで!」

 

 ここぞと言わんばかりに弄ってくるドラちゃん。

 ドラちゃんの言葉の暴力に、俺のガラスのハートはボロボロだ。

 一頻り取り乱した後、胸に手を当てて何度も深呼吸をしていく。

 

「ふぅ……落ち着いた」

 

《マスター》

 

「な、なんだよぉ。もう、これ以上からかってくるなよ?」

 

《うしろうしろー》

 

 棒読みで告げるドラちゃんに従い、ゆっくりと俺は背後を振り返る。

 薄々勘づいていた通り、いつの間にか枝の上にころばし屋がいた。

 空気を読んでいたのか、俺が猫と使い魔契約をしていた時は静観していたらしい。

 しかし、無事にそれも終わり、ころばし屋が待つ必要はなくなっただろう。

 刹那でそう結論づけた俺は、引き攣った笑みを浮かべて。

 

「さらばー!」

 

 アイキャンフライして、膝を使って柔らかく着地。

 上手く衝撃を逃がし、直ぐに動けるようにしたのだが……

 

「ふぎゃっ!?」

 

 ころばし屋の方が一枚上手だったようだ。

 一歩踏み込んだ瞬間、的確に左足を撃ち抜かれてしまう。

 勢いよく顔面から転び、みっともなくゴロゴロ転がりながら追撃を回避。

 

 くそぅ、とうとう二回目も攻撃されてしまった。

 元々、一度も転ばされないで俺スゲーだろ、ってアリサ達に見せつけるつもりだったのに。

 現実では、全身土まみれで見るに堪えない姿だ。

 

「だけど、まだ三回転んでいない。最後に笑うのは俺だ!」

 

《はぁ。マスターが楽しそうでなによりです》

 

 心が篭っていない発言だが、前向きに捉える事にしよう。

 ドラちゃんにそう言われたのなら、全力で楽しまなきゃ悪いよな。

 という事で、このまま俺は学校に行かせて逃げ切らせてもらいます──

 

「今度こそ逃がさないわよ……って、あんたどうしたのよその汚れ」

 

「げぇ、アリサ!?」

 

 校舎の前で仁王立ちしていたアリサ。

 風に靡く金髪を輝かせ、不敵な笑みで腕を組んでいた。

 しかし、直ぐに俺の服装に気がついたようで、目を丸くして首を傾げている。

 慌てて後ろを見れば、相変わらずころばし屋が追随しているし。

 くっ、前後に挟まれて絶体絶命か。

 

「まあ、いいわ。とりあえず、殴らせなさい」

 

「返り討ちにしたりゃー!」

 

「やれるもんならやってみなさい……ふっ!」

 

 アリサは流れるような動きで打撃を放ち、直後に演舞の如く手足を交えて連撃。

 対して、俺も場に止まって捌いていく。

 アリサが扉の前に立っているので、ここで彼女を倒さなければ俺は校舎に入れない。

 

「むっ!

 嫁よ、この短期間で強くなってないか?」

 

「逆よ。あんたが弱くなってるのよ。

 今にも聞こえてこないかしら、あんたのお腹から」

 

 その言葉が合図だったように、俺の腹の虫が泣き叫ぶ。

 しまった。昼休み直後にアリサから逃げたから、俺は昼食を食べていないんだった。

 意識し始めると、お腹が空いて力が入らなくなってきたし。

 ……まさか、アリサ達は俺を置いて昼食を済ませていたのか?

 だから、さっきまでころばし屋しか俺を追いかけていなかったのだろう。

 

「ならば、短期決戦だ!」

 

 アリサの腕を絡めとり、ダンスのように場所を入れ替えた。

 次いで、柔らかそうな耳元に顔を近づけてブレス攻撃。

 

「ひゃぁっ!?」

 

 思わずといった様子で、耳を抑えてしゃがみ込むアリサ。

 

「可愛い悲鳴だったぞ、嫁よ!」

 

 そう言い残した俺は、涙目になるアリサを置いて校舎に潜入。

 数瞬後には銃撃音がしたので、間一髪だった事がわかる。

 さて、教室に入る前に服を着替えなきゃな。

 

 適当な女子トイレに飛び込み、ポケットから新たな聖祥小の制服を取り出す。

 こんな事もあろうかと、制服は数着予備を用意していたのだ。

 

「……よし、誰もいないな」

 

 手早く着替え、恐る恐るドアを開く。

 ころばし屋もアリサもいないので、ひとまず安心して早足で教室へと向かう。

 

《無駄に洗練された無駄な技術でしたね》

 

「怪盗みたいな感じでカッコイイだろ?」

 

 ドラちゃんと言葉を交わしていると、俺のクラスの前で二人の人物が立っていた。

 オロオロしているのはすずかで、重圧感を背負っているのはなのはだ。

 ……なのはさんが怒っていらっしゃる。

 

「静香ちゃん?」

 

 だけど、踏み台転生者はここで謝ってはいけない。

 内心では怯えながら、表面上は朗らかに手を上げて口を開く。

 

「どうした、なのは?

 そんなに俺と会いたかったのか?

 はっはっは、嫁に好かれて俺も嬉しいぞ」

 

「静香ちゃん、そこに立ってて」

 

「……?」

 

 言われた通りにすると、なのはは手前で何度も拳を振って風切り音を鳴らす。

 ちょっと、待て。明らかに普段より腰が入って様になっているのだが。

 それを俺に打つつもりなのか?

 

 ……ま、まあ、なのはの攻撃なら大丈夫だろ。

 嫁の愛を受け止めるのも、踏み台転生者の役目だしな。

 腹に力を入れて気合を入れ、腰に両手を当てて尊大に佇む。

 

「さあ、どこからでもかかってくるがいい!」

 

「いい覚悟なの。

 これは、すずかちゃんにいじわるをした罰だよ」

 

「な、なのはちゃん。私は大丈夫だから」

 

「やー!」

 

 可愛らしい掛け声とは裏腹に、なのはの放たれた拳には威圧感が伴っていた。

 小学一年生が出せるとは思えないが、俺なら耐えられるはずだ。

 逃げ腰になりそうな身体に叱咤し、お腹に目掛けてくる攻撃に備える。

 

 しかし、俺はここでもっとも大事な存在を忘れていた。

 三回転ばすまで諦めない、ころばし屋の存在を。

 

「あ、後ろになにかがいる」

 

「うわっ──」

 

「食らうのー!」

 

「──ぐぶぉ!?」

 

「ふぇ?」

 

 足元をすくわれた俺は、前方へと倒れ込んでいく。

 なのはの拳に近づいていき、そして吸い込まれるように鳩尾に着弾。

 今度は巻き戻しのビデオの如く仰け反り、勢いよく仰向けに倒れる。

 

「う、うぉぉぉぉ……」

 

「し、静香ちゃん!?」

 

 お腹を抑えて転げ回っていると、なのはが駆け寄る足音が聞こえた。

 しかし、そんな事はどうでもいい。

 確かにすずかに意地悪したのは認めるけど、それにしたってこの仕打ちはないと思う。

 うぇぇ……吐きそうで気持ち悪いよ。

 あ、意識が遠のいていく──

 

「──」

 

 誰かの声を耳に入れたのを最後に、俺の視界はブラックアウトするのだった。

 

 

 

 

 



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第五話 使い魔は四人目の嫁

 意識を取り戻すと、俺は保健室のベッドで寝ていた。

 なんでも、あのまま嘔吐しながら気絶してしまい、てんやわんやの大騒ぎだったとか。

 なのはは責任を感じて泣き、アリサは凄い目で俺を睨みつけ、すずかはなんとも言えない表情を浮かべていた。

 確かに、すずかのカチューシャを取った俺が悪いのだし、なのはが泣く必要はないんだけど。

 アリサの視線が怖すぎて……嫌われたか?

 

 保健室でお見舞いに来た彼女達に、俺は改めて謝って友情を交わした。

 踏み台転生者としてはらしくない行動だったが、流石にこれは全面的に俺に非がある。

 とりあえず、すずかが許してくれて良かったよ。

 

《代わりに、マスターの道具について教える事になりましたけど》

 

「仕方ない。

 別に教えて困るもんでもないし」

 

 現在、俺は学校から帰って自分の部屋にいる。

 こっそりと弁当を食べ終え、改めて濃かった日にため息をつく。

 今日は色々と会ったなぁ。すずかと友達……じゃない。すずかを嫁にできたし、なのはが覚醒したし、ころばし屋が強かったし、なにより目の前の猫と仮契約を交わしたし。

 

 警戒する目つきでこちらを見つめる猫に、俺は困った表情を返す。

 常日頃原作キャラを嫁と言っているが、いくらなんでも動物に嫁とは言えない。

 他の踏み台転生者達なら、動物でも構わず嫁と言い切れるのだろうか。

 一応、寝ている時にメスだと確認しているので、嫁という言葉自体は間違っていないのだが。

 

「そんなに警戒するなって。

 別にとって食おうってわけじゃないんだからさ」

 

《そうですよ。

 このマスターは普段から複数の女性に嫁と告げる正真正銘のクズですが、実際には行動に移せない救いようのないヘタレですので。

 警戒するだけ無駄です》

 

 ……なきたい。

 

「そ、そういう事だから」

 

 涙を堪えていると、猫はどこか同情するように前足を俺の手に乗せた。

 やっぱり、動物は優しいなぁ。

 人間なんかより、俺の事をよくわかってくれて癒されるよ。

 思わず抱き上げて、頬擦りしていく。

 

「本当に可愛いなぁ!

 もう嫁とかどうでもいいから、俺はお前と結婚したいよ」

 

 そう告げた俺の言葉を聞き、ピクリと耳を動かして反応した猫。

 照れたような素振りを見せ、心なしかほっぺたが赤くなっているような。

 暫く猫と戯れて癒されていると、不意に猫は腕の中から跳躍して床に着地。

 首を傾げる俺を尻目に、己の魔力を高めていく。

 

「な、なんだ?」

 

 困惑していた俺だったが、それも直ぐに驚愕へと変わる。

 何故なら、先ほどまで猫がいた場所に猫耳美女がいたからだ。

 非常な端整な顔立ちで、ショートヘアーの髪型もサラサラしている。

 豊満な身体は男の劣情を誘うだろうし、なにより瞳から垣間見える深い知性が特徴的だ。

 唖然としていた俺だったが、彼女が懐から取り出した帽子を被るところで我を取り戻す。

 

「ば、化け猫だぁぁぁぁ!?」

 

「な、失礼ですね!

 私は猫型の使い魔なだけです」

 

 仰天した俺の言葉を聞き、彼女は不服そうに眉を潜めた。

 いやいやいや、猫が変身って妖怪じゃないか。

 擬人化できるなんて聞いていない!

 

「そう言われてもな……」

 

「そのような存在だと納得してください。

 とりあえず、改めて自己紹介をしましょうか。

 私の名前はリニス。よろしくお願いします」

 

「あ、ああ。俺は小鳥遊 静香。

 好きなように呼んでくれて構わない」

 

「では、静香と呼びますね」

 

 猫──リニスと自己紹介を交わし、向かい合って腰を下ろす。

 

「それで、リニスがあそこにいた理由とかは聞いてもいいのか?」

 

「……できれば、聞かないでくれるとありがたいです。

 まだ、心を整理しきれていないので」

 

「ん、わかった」

 

 素直に頷いた俺を見て、リニスは意外そうに眉尻を上げる。

 

「聞き出さないんですね」

 

「無理矢理聞くのもあれだしなぁ」

 

《細かい所で気が利くマスターは好きですよ》

 

「よ、よせやい!

 照れるじゃねーか」

 

 頬を掻いて目を逸らした俺に、リニスは不思議さが篭った眼差しを送った。

 

「先ほどから気になっていたのですが、どうして静香は男口調なんですか?」

 

「その方が俺らしいから、かな?

 ま、それは俺なりの事情があるだけだな。

 理由を言ってもいいけど、説明しても理解できないと思うぞ」

 

「はぁ、そうですか」

 

 要領を得ない面立ちで頷く、リニス。

 転生云々や踏み台転生者なんて話、普通に俺の気が狂ったとしか思えないだろう。

 実体験しなければ俺だって、遅い厨二病ですねってからかっただろうし。

 と、俺の話は置いておいて。

 

「これからお前はどうしたいんだ?

 一応仮契約はしたとはいえ、本契約はまだだろ?

 言っておくけど、契約破棄するつもりはないからな」

 

 その言葉にリニスは考え込む仕草をし、やがて複雑な表情で頷いた。

 

「私と本契約してもらえませんか?

 ろくに事情も話せない怪しい存在ですが、こうして生きながらえてしまった以上、どうしてもやり残した事ができてしまったので」

 

「いいぞ。

 俺も美人を使い魔にできるのは嬉しいしな」

 

「あら、随分と口が上手いですね」

 

 あっさりと受け流されただと。

 これがアリサだったら、顔を赤くてツンデレってくれる場面なのに。

 リニス、やりおるな。

 口元に手を添えて微笑を零すリニスからは、大人の余裕という雰囲気が醸し出ていた。

 外見年齢は大学生ほどなのだが、もしや思ったより実年齢が──

 

「念のため言っておきますが、私の歳の詮索はしないでくださいね?」

 

「は、はい!」

 

 疑問系だったが、有無を言わせない迫力があった。

 思わず敬語で肯定し、額の冷や汗を拭ってため息をつく。

 そんな俺の様子を見て、リニスは呆れた表情で首を振る。

 

「その辺の機敏はまだまだのようですね。

 静香も立派な女性なんですし、気をつけてくださいよ」

 

「わかってるって」

 

 めっと指を立てて告げるリニス。どことなく叱る事に慣れた雰囲気だ。

 昔のリニスがなにをしていたのかは知らないが、恐らく教師のような職についていたのだろう。

 

「さて、話を戻して。

 本契約の内容はどうしましょうか?」

 

「そうだなぁ……リニスの方は希望はあるか?」

 

「私、ですか」

 

 試しに促してみれば、リニスは顎に手を添えて目を伏せた。

 暫く思案にふけった後、顔を上げて困ったように微笑む。

 

「ある人の無事を確認したい、ですかね」

 

「ふむ。

 それは、一目見るだけで達成できる願いじゃないか?」

 

「いえ、その人に会うのは難しいです。

 それに、私はその人がある程度自立できているかも知りたいので」

 

「なるほどな。

 そいつが今後も大丈夫か確信できるまで見守りたい……って感じか?」

 

 無言で肯定の意を示すリニス。

 しかし、自立と来たか。自立という言葉を使うからには、今のそいつはリニスから見れば危なかっかしいのだろう。

 精神的に脆いのか、肉体的に不安なのか。

 どちらにしても、随分と訳ありな使い魔だったようだな。

 まあ、詮索しないと言ったばかりだし、これ以上は考えないようにしよう。

 

 軽く息を吐いて気持ちを切り替え、俺はどうするべきか思考を巡らせる。

 正直、成り行きで仮契約を交わしたから、特に契約内容なんてないんだよな。

 リニスのような覚悟もないし、かと言って代わりに良さげな内容は……いや、待てよ。

 

 よくよく考えれば、これはチャンスではないか?

 嫁センサーが鳴った関係から、リニスは原作キャラで間違いない。

 そんな彼女が気にしている人も、恐らく原作キャラだろう。

 つまり、ここでリニスと仲良くなっておけば、原作キャラ二人を嫁にできる!

 

 俺はなんて天才なのだろうか。

 我ながら、自分の冴え渡る頭脳が末恐ろしい。

 踏み台転生者としても活躍でき、リニスの手伝いもできる。

 まさに、一石二鳥……いや、その原作キャラも嫁にできれば一石三鳥!

 

 はーはっはっ!

 そうと決まれば話は早い。

 せっかくの本契約なのだし、とことんゲス野郎になってやろうじゃないか!

 

《あぁ。マスターがまた悪い顔に》

 

「今更ながらに頼る相手を間違えた気がしてきました」

 

「俺の方も決まったぞ!

 早速、本契約を交わそうと思うんだが」

 

 微妙に嫌な予感を覚えたのか、リニスは不安げに顔を曇らせた。

 

「契約内容を聞いてもいいですか?」

 

「当たり前だろう。

 これは、俺とお前の大事な使い魔契約なんだからな。

 それで、契約内容だったな。俺が要求する内容は、リニスを嫁にする、だ!」

 

「……へ?」

 

《ですよね、わかってました》

 

 素っ頓狂な声を上げるリニスに対し、ドラちゃんは悟りきった声音で呟いた。

 なんだよ、ドラちゃん。随分と反応が薄いじゃないか。

 相棒として、寂しいぞ。

 内心で文句を言っていると、どうやら脳が言葉の意味を理解したらしい。

 リニスは瞬く間に頬を赤らめ、目を彷徨わせながら口を開く。

 

「そ、それは私と番になるという事ですか?」

 

「うん?

 まあ、そういう事になるのか?」

 

 首を傾げて肯定した俺の言葉を聞き、リニスは頭を抱えて唸り始める。

 

「同性なのに番……そもそも知り合って間もないのに求婚とか……いやでも一度は捨てようとした命ですし……ここで静香に身を委ねるのも一考の余地はあるのではないでしょうか……しかしこのまま流れに任せて良いのか──」

 

「リニス?」

 

「──ひゃい!?」

 

 ブツブツと独り言を漏らしていたリニスだったが、俺に声を掛けられて肩を跳ね上げた。

 しかし、直ぐに取り繕った笑顔になり、モジモジと指を絡ませている。

 

「そんなに俺は変な事を言ったか?

 それより、早く本契約をするぞ」

 

「えっ、私が静香の嫁になるのは決定事項なんですか?」

 

 至極当然な問いかけに、俺は呆れた表情を返す。

 

「当たり前だ。

 俺は嫁にしたいと思った人は、必ず嫁にするんだからな。

 ドラちゃん、頼む」

 

《了解しました》

 

「え、え?」

 

 困惑気味な声を上げるリニスを尻目に、俺達は立ち上がって使い魔契約の準備を始める。

 そして、何事もなく契約は完了した。

 リニスと繋がっていたパスが強固になり、どうやら無事に本契約できたようだ。

 

「よし、これでリニスは俺の嫁だ!」

 

「……あのぉ、私の意思は?」

 

「ない!

 なんたって、俺は踏み台転生者だからな!」

 

 最近、踏み台転生者って言えばなんでも許されるような気がしてくる。

 本当に、踏み台転生者ってサイコー!

 胸を張って自信満々に告げれば、リニスはがっくりと項垂れる。

 

「フェイト……どうやら、私はよくわからない人に捕まってしまったようです」

 

「ハーッハッハッハ!

 これで嫁が四人目だな!

 しかも、リニスは確実に俺の嫁になってくれている!

 俺の踏み台街道は順調だー!」

 

《リニスさん。心中お察しします》

 

 遠い目をするリニスに、腰に手を当てて高笑いを響かせる俺。

 そして、気の毒そうに言葉を落としたドラちゃん。

 三者三様の様子を見せるが、なんとなくこれからも上手くいきそうだ。

 思わずニヤニヤしながら、俺はバラ色の未来に思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 



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第六話 静香のテスト対策勉強会

 リニスと嫁契約をした後、俺は両親にリニスの事を紹介した。

 猫のまま紹介しようと思ったのだが、なんだかんだあってリニスが使い魔だと知られもした。

 すると、こりゃあいいと両親は喜び、俺を置いて新婚旅行に行ってしまう。

 それでいいのか、父さんに母さん。

 結果、リニスは俺の保護者として家に住む事になるのだった。

 

「両親が察しよすぎて逆に怖い」

 

《神様が転生先に選んだ場所なだけはありますね》

 

「まあ、神様だし」

 

《……それで、現実逃避は終わりましたか?》

 

 ぐっ、言うじゃないか。

 優しい声音で尋ねるドラちゃんに、俺は苦渋に顔を歪めて目の前の問題に頭を抱えた。

 現在、俺は学校のテストを受けている。

 前世の記憶があるからテストは余裕とか思っていたのだが、全くそんな事はない。

 

 私立の小学校の問題むずいよぉ……。

 俺の貧困な脳みそでは、発想力の問題とかわからないって!

 ……むぅ、仕方ないな。

 こうなったら、適当に思い浮かんだ内容を書いて誤魔化そう。

 

「アルファでベータをカッパらったらイプシロンした……っと」

 

《マスター、マスター。つまらないです。

 そんな事で誤魔化せると本当に思っているんですか?》

 

 容赦ないなドラちゃんは!

 俺だってこれの意味がわからないし、面白さも理解できない。

 だけど、ドラえもんの道具を使う身からすれば、これを書かずしてなにを書けばいいのか。

 

《ほらほら、そのお得意の未来道具を使いましょうよー。

 “コンピューターペンシル”という便利な道具がそこにありますよ?》

 

 ドラちゃんに勧められている道具を使えば、どんな難問でも解く事ができる。

 しかし、それは俺の実力と言えるのだろうか。

 機械の力を借りて、百点をとっても素直に喜べるだろうか。

 いや、喜べるはずがない!

 今の自分の実力で、このテストと向き合ってみせる──

 

「はい、そこまで!」

 

「時間には勝てなかったよ……」

 

 先生の号令を耳に入れ、俺は机に突っ伏した。

 おかしい。本来なら、点数をぶっちぎりで一番多く獲得する予定だったのに。

 そして、静香ちゃんカッコイイって、なのは達を惚れ直させるつもりだったのに。

 これじゃあ、負の方面にぶっちぎり一位になってしまう。

 

《情けないですね》

 

 う、うるさい!

 俺にだって、踏み台転生者としてのプライドという物があるんだ。

 精神年齢が下の子供達に負けるなんて、色々と終わっているだろう。

 よし、次こそはテスト満点を手に入れてやる!

 楽しげに会話を始めたクラスメイト達を尻目に、俺は今日から家で勉強しようと誓うのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「と、いうわけで。

 嫁達には俺の勉強を手伝って欲しい」

 

 昼食の弁当を突っつきながら、俺は切実に頼む。

 唐揚げを口元に運んでいたなのはは、その言葉を聞いて首を傾げる。

 

「勉強?」

 

「ああ。

 ……今日のテストがな」

 

「つまり、静香は馬鹿だったって事ね」

 

「ば、馬鹿じゃないわ!

 俺だって、本気を出せば嫁達を養える教養ぐらいあるんだからな!」

 

「そこはかとなく残念臭が漂ってるよ?」

 

 既にご飯を食べ終え、本を読んでいたすずか。

 パタンと閉じて告げた彼女に、俺は無言で目を逸らす事で応えた。

 相変わらず、すずかはナチュラルに俺の心を抉ってきて酷い。

 これで本人は普通なつもりなんだから、全くもって始末に負えないな。

 ……俺となのは達とで態度が違う気がするんだけど。

 

「まあ、普段のあんたの様子から頭が良さそうには見えないわね」

 

 ハンバーグを箸で小さくしながら、アリサは呆れた表情で納得していた。

 そんなに、俺って馬鹿っぽい雰囲気だったかな?

 

《嫁と言っていればそりゃあそうですよ》

 

 なんだと。

 つまり、踏み台転生者は全員馬鹿だと言いたいのか!?

 そんな事はないと思う……思いたい。

 

「じゃあじゃあ、なのはの家で勉強会しようよ!」

 

 なのはが口の端にケチャップをつけてそう告げると、アリサ達も「それはいいかもね」「うん。なのはちゃんの家にお邪魔してみたかったし」と満更でもない様子だ。

 対して、俺はついに来たかと身を固くした。

 なのはを脳筋にしてしまってから、いつかは訪れなければと考えていたが。

 大丈夫だろうか。門前払いならまだいいんだけど、家族総出でフルボッコにされないだろうか。

 

 いや、流石にないよな。

 なのはの運動神経は皆無だし、その家族も運動ができそうにない。

 それに、なのはって凄く優しいから、きっと家族だっていい人に決まっている。

 ……そうだよね?

 

「うむ。

 嫁の家族には挨拶に行かないと思っていたしな。

 やはり、嫁の両親に娘さんをくださいは言わなければならないだろう」

 

「えへへ、お母さんに初めて友達を紹介できるの!」

 

 ハンカチでなのはの口を拭って告げれば、されるがままだった彼女が嬉しそうに笑う。

 そんな俺達の様子を見て、アリサ達は顔を突き合わせて内緒話をする。

 

「なんか、なのはを甲斐甲斐しく世話してて立場が逆転してない?」

 

「うん。

 正直、静香ちゃんの方が嫁っぽいよね」

 

「普段はあんなにアホっぽいのにね」

 

 そこ、ばっちりと聞こえているからな!

 確かに、俺は女の子で美少女で髪や肌に気を遣っているけども。

 あくまでも俺がハーレムを作るのであって、嫁はなのは達なんだぞ。

 女子力高い系踏み台転生者という需要はない。

 

《無意識って恐ろしいです》

 

『なんか言ったか?』

 

《いいえ、なにも》

 

 釈然としないが、まあいいか。

 とりあえず、アリサ達がいれば百人力だ。

 目指せ、テスト満点!

 密かに闘志を燃やしながら、俺はなのはの世話を続けるのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「ただいまー」

 

『お邪魔しまーす』

 

 なのはに続いて家に入るのだが、どうやら今は誰もいないらしい。

 慣れた様子で靴を脱いだなのはが、申し訳なさそうに眉尻を下げる。

 

「お母さん達はお店の方に行ってるから、ごめんね?」

 

「仕方ないわよ。

 一応、お土産を持ってきたんだけど」

 

「あ、私もお土産があるよ」

 

「もちろん、俺もだ」

 

 手に持つ袋を掲げれば、ぱっと表情に花を咲かせたなのは。

 

「それならわたしが冷蔵庫に入れてくるね。

 ちょっと待ってて!」

 

 と、なのはが去ってしまった。

 自然と俺達は玄関で待たされる形となり、キョロキョロと辺りを見回す。

 一見普通の一軒家に見えるのだが……

 

「奥のあれってどこに続いてるんだろう?」

 

「ダンスホールとかじゃないの?」

 

「いやいや、アリサじゃあるまいし」

 

 日本風の家に、西洋風のダンスホールなんてあったら仰天しちゃうって。

 そんなこんなで会話している間に、なのはが戻ってきた。

 俺達も玄関を上がり、なのはの案内で部屋に通される。

 皆で床に出された机を囲み、さあ勉強会をスタートするぞというところで。

 

「あ、静香ちゃん!

 タケコプターの充電が切れたの。

 また、替えのタケコプターを貰ってもいいかな?」

 

「おう、いいぞ」

 

 ポケットから新たなタケコプターを取り出し、なのはの物と取り替える。

 神様特典のお蔭か、ポケットに入れた道具は新品同然に戻ってくれるのだ。

 いやー、本当に神様様々です。

 

 受け取ったタケコプターを、ニヤニヤしながら見つめるなのは。

 俺と友達になれた切っ掛けであるからか、なのははタケコプターが大のお気に入りなのだ。

 また、空を飛べるのも嬉しいのだとか。

 普段は家の中で飛んでいると聞いているのだが、家族達にはどう誤魔化しているんだろう。

 

 ……まさか、家族達の前で堂々と使っているわけないよな?

 流石に、そんな天然ボケをかまさないよね?

 思わず不安になっている俺を尻目に、アリサが不思議そうな面立ちで問いかける。

 

「ねぇ、なのは。

 その竹とんぼみたいなオモチャはなに?」

 

「あ、これ?

 これはタケコプターって言って、これを頭につければ飛べるんだよ!」

 

 なのはが自慢げに胸を張るが、対するアリサの眼差しは疑念に包まれていた。

 すずかも半信半疑の様子で、明らかになのはの言葉を信用していない。

 そんな二対の視線に晒される中、なのはは無邪気に笑ってタケコプターを頭につける。

 すると、プロペラが回り始め、なのはを天井付近まで飛ばす。

 

「!?」

 

「えへへ、どう?」

 

 声も出ないのか、間抜けに口を半開きにするアリサ。

 はにかむなのはを見て、すずかは素早い動きで俺に視線を転じる。

 

「もしかして……?」

 

「ああ。俺の道具だ。どうだ、惚れたか?」

 

 笑みを浮かべて見つめるが、どうやら彼女達はそれどころではないらしい。

 興奮からか頬を赤らめ、タケコプターと俺を指差してキャッキャとしていく。

 

「飛んでる、飛んでるわ!

 一体、なにがどういう原理であんなもので飛んでるの!?」

 

「本当だよ!

 なのはちゃんが空を飛んでてびっくりしちゃう!」

 

「ふふーん。

 これは、静香ちゃんと友達になったから借りられたんだー」

 

 宙に浮かびながら、華麗なドヤ顔を放つなのは。

 腰に手を当ててふんぞり返っているその様子に、アリサ達はキラリを目を光らせて。

 

「友達?

 静香と友達になれば私も空を飛べるのね?」

 

「違うぞ、嫁にしたらだ」

 

「このさい嫁でもなんでもいいよ!

 私もなのはちゃんみたいに空を飛んでみたい!」

 

 おお、すずかが俺の嫁を認めてくれたぞ!

 二人はこちらにジリジリとにじり寄ってきており、よほどタケコプターがご所望なようだ。

 

 仕方ないなー。

 嫁達にねだられたのなら、嫁のために応えないわけにはいかないよなー。

 期待で瞳を輝かせている二人に笑いかけ、俺はもったいぶった仕草で両手をポケットに突っ込む。

 そして、同時にタケコプターを取り出して両手を開く。

 

「ほら、嫁達の分もあるからな」

 

「あんたって、たまには良いことするじゃない!」

 

「うんうん、ありがとう静香ちゃん!」

 

 素早く手中のタケコプターを手に取ると、アリサ達は感心した素振りを見せた。

 唐突な褒め言葉を聞き、思わず俺は頬を熱くして目を逸らしてしまう。

 

「よせよ、照れるじゃねーか!」

 

《マスターが単純で、おいたわしや》

 

 ハンカチで目元を拭っているようなドラちゃんの声。

 なにを言っているんだ、ドラちゃんは。

 初めてアリサ達に頼られたんだぞ?

 それを答えずして、誰がハーレムを作れるだろうか。

 これも、ようやくアリサ達も俺の嫁を受け入れたという事なんだからさ。

 ……あれ、そうなると原作主人公の踏み台転生者になれない?

 

 思わず首を捻る俺を尻目に、なのはが笑顔で飛んだままドアを開ける。

 

「家にはお父さん達が使ってる広い場所があるから、そこで一緒に飛ぼうよ」

 

「いいわね。早速、行きましょう。なのは、案内よろしく」

 

「楽しみだなぁ」

 

 俺を置いてさっさと退室していき、場に一人取り残された。

 えっ、俺は放置ですか?

 あのぅ、一応それは俺が出した道具なのですが。

 どことなく雑な扱いの気がして、目の端から熱い物がこみ上げてくる。

 

「……踏み台転生者の道のりは遠いな」

 

《そうですね。遠いですね》

 

 いやに切実に同意してきたが、ドラちゃんなりに思うところでもあるのだろうか。

 まあ、いい。とりあえず、俺もなのは達とタケコプターで遊ぼうっと。

 

「俺を置いていくなよ、嫁達よ!」

 

 なのは達の後を追いかけた俺は、それから道場のような場所で思う存分飛び回るのだった。

 また、この日を境にアリサ達と仲良くなれたので、結果的には良かったと思っておく。

 ……最後に、帰ってきたなのは兄の視線が気になったけど。

 

「うまうまー」

 

 あ、そうそう。

 なのはのお母さんが作ったシュークリームは絶品だった!

 これから毎日、シュークリームを求めて喫茶店“翠屋”に通い始めたのは余談だろう。

 

《本目的から逸れている気がするのですが……?》

 

「んー? なんだってー?」

 

 シュークリームの魔力に魅入られた俺は、ドラちゃんの呟きを聞き逃してしまった。

 そういえば、なにか大切な事を忘れているような気がするけど。

 ……あっ、テスト勉強できてねーじゃん!?

 

 案の定、次のテストでもボロボロなのであった。

 次の時はアンキパンでも使おうかな……。

 がっくりと項垂れつつも、シュークリームへと伸びる手は止まらない。

 こうして、俺は初の嫁の家訪問で一つの教訓を学ぶのだった。

 

 

 

 ──すなわち、高町家のシュークリームは美味しい、と。

 

 

 

 

 



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第七話 イメージガムで遊ぼう

 突撃、なのはさん家のシュークリームから時が流れ。

 これといった大きな問題もなく、俺達は小学生らしく楽しい日々を送っていた。

 テスト勉強も手伝ってもらい、少しずつ学力が上がって嬉しかったな。

 

「ほら、またここ間違えてるわよ」

 

「あ、本当だ。

 ありがとう、アリサ」

 

「お礼はテストでいい点を取ってからにしなさい」

 

 呆れた様子で微笑むアリサに、俺はそれもそうだなと頷いた。

 現在、俺達はアリサの家で勉強をしている。

 早速アリサが飼っている犬と戯れようとしたのだが、残念ながら鬼教師と化したアリサが邪魔してきたのだ。

 なんでも、先に宿題を終わらせてから遊んだ方が後腐れがないでしょだとか。

 

 あー、動物を触りたかったのになぁ。

 仕方ない。帰ったらリニスを思う存分愛でよう。

 黙々と鉛筆を動かしているのもあれなので、本を読んでいるすずかに声を掛ける。

 

「すずかは勉強しないのか?」

 

「うん、もう終わったし」

 

「なんだと!?」

 

 思わず愕然としていると、隣の席にいたなのはが腕を振り上げた。

 

「わーい! なのはも終わったー!」

 

「頑張ったわね、なのは」

 

「えへへ」

 

 アリサに褒められて嬉しそうななのはを尻目に、俺は三人娘の机の上に目を走らせていく。

 結果、全員が宿題を終わらせ、いまだに勉強しているのは俺だけだった。

 

 ……そんなぁ。なのは達って、要領がよすぎませんか?

 人生経験なら勝っているはずなのに、どうして俺が一番遅いのだろう。

 地頭か。地頭の差が大きすぎてこんな残念な結果になっているのか!?

 

《そりゃあ、頻繁にアリサさん達にちょっかいをかけていれば終わりませんよ》

 

『いやだって、踏み台転生者としては定期的に嫁と言わなきゃいけないし』

 

《もはや、ただの流れ作業と化していますよね》

 

 ドラちゃんの言葉に、言い返す事ができなかった。

 おっかしいなぁ。

 俺の想像していた踏み台ライフと違う。

 まあ、これはこれで毎日が楽しいんだけど。

 俺のアイディンティティが……。

 

「むぅ」

 

「はいはい。

 むくれてないでさっさと宿題を終わらせる」

 

「勉強飽きたぞ、嫁よ!」

 

 バンバンと机を叩いて抗議すると、本を閉じたすずかが冷たい目で一瞥。

 そして、口元にサドっ気が含まれた笑みを浮かべて。

 

「私、真面目に勉強しない人のお嫁さんにはなりたくないなぁ」

 

「さあやるぞ、アリサ!

 すずかにカッコイイところを見せてやる!」

 

「……あぁ、うん」

 

 もはや言葉も出ない、といった表情で額に手を置くアリサ。

 教科書にかじりついて勉強を再開した俺に、なのはも乾いた笑い声を零す。

 

「あはは、静香ちゃんらしいね」

 

「仕方ないわよ。馬鹿だから」

 

「うん。アホの子だからしょうがない」

 

「おい、聞こえているぞお前ら!」

 

 くっそ!

 言いたい放題言いやがって!

 俺だって、神様特典で天才にして貰えばよかったと絶賛後悔中だよ!

 ぐぬぬ……あっ、そうだ。

 

 未来道具を見ていた時に、見つけた物。

 これを使ってアリサ達をギャフンと言わせてやる。

 椅子から降りてポケットに手を突っ込み、一つの道具を取り出す。

 

 常に見慣れた光景になったからか、自然とアリサ達も期待に満ちた顔で待つ。

 どんな面白い道具を見せてくれるのだろうか、と。

 そんなに楽しみなら、見せてやらなければなあ!

 

《あっ……》

 

「ふっ、刮目せよ!」

 

「それって、ガムだよね?」

 

 指差したなのはの言う通り、俺が出した道具はどこからどう見てもガムだ。

 いつも不思議な道具を出していただけに、どこか期待外れした感は否めない。

 と、多分に含まれた面立ちの彼女達に対し、俺は不敵な笑みを浮かべてガムを噛む。

 

 暫くして充分に解れたところで、頭の中である想像をしてガムを膨らませていく。

 

「なっ!?」

 

「ふぇぇ!?」

 

 驚愕した声を上げたアリサに、可愛らしい悲鳴を覗かせたなのは。

 そして、目を見開いて無言で驚きを露わにしたすずか。

 三者三様の態度に満足しながら、俺はどんどんガムを大きくしていく。

 

 ふっふっふ、驚いているな。

 まあ、それも無理はない。

 普通のガムならば、ここまでびっくりする事はなかっただろう。

 しかし、俺が噛んでいるガムは二十二世紀のガムだ。

 

 そうこう考えている内に、膨らんだガムが完成した。

 呆気に取られる三人に笑いかけ、俺はそれ──アリサの姿をしたガムを床に置く。

 

「どうだ!」

 

「な、なんで私になったの!?」

 

「すごいよ、静香ちゃん!」

 

「そうだろう、そうだろう。ハーッハッハッ!」

 

 今回俺が使った道具は、“イメージガム”という物だ。

 その名の通りガムを噛みながら想像すると、風船がイメージした形になる。

 これを使って、俺はアリサの姿のガムにしたというわけだ。

 

 改めて説明すれば、なのはとすずかは目を輝かせてイメージガムを見つめる。

 しかし、アリサだけは俯いて身体を震わせ、喜びの感情が見えない。

 

「ん?

 どうした、嫁よ。もしかして、俺がガムにでも欲情するかと思ったか?

 安心しろ。俺は本物のアリサを愛しているからな!」

 

《いや、違うと思いますよ》

 

 まるで、怒り爆発数秒前のように。

 携帯のバイブの如く震え続けていたアリサは、やがて真っ赤になった顔を上げる。

 キッと俺を鋭い眼光で睨みつけ、地団駄を踏みながら言い放つ。

 

「な、ん、で!

 水着姿の私をイメージしてんのよっ!」

 

「なんでって……夏の先取り?」

 

「うがーっ!」

 

「あぶなっ」

 

 踏み込んで殴りかかってきたので、咄嗟にアリサガムでガード。

 黒のビキニを着ていた彼女の腹部に当たり、弾ける音と共にアリサが割れた。

 べチャリと床にガムが落ち、辺りに気まずい雰囲気が流れ出す。

 

「アリサちゃんが死んじゃった……」

 

「犯人は、あなたです!」

 

「なのは達もふざけてるんじゃないわよ!」

 

 口元に手を当ててショックの表情を作るなのはに、ビシッとアリサに指を突きつけたすずか。

 明らかに楽しんでいる二人を見て、アリサは頭を抱えてツッコミを光らせる。

 

 うむうむ。

 これが見たくて、アリサを素材にしたのだ。

 相変わらずのツッコミに、俺としても大満足である。

 まあ、あまり弄りすぎると後が怖いから、この辺りでそろそろやめておくか。

 

 疲れた表情でため息をつくアリサを一瞥した後、俺はなのは達にもイメージガムを渡す。

 

「ガムを噛みながらイメージすれば、その通りの形になってくれる。

 さあ、嫁達よ! 俺にお前達のイメージを見せてみろ!」

 

 ついでに俺もガムを噛み、皆でイメージ大会を開催した。

 まず、最初にガムが膨らみ始めたのは、首を傾げながら噛んでいたなのはだ。

 瞬く間に形になっていき、できたイメージを見て満足そうに笑う。

 

「上手くできたの」

 

「それは、家族の人達とアリサ達?」

 

「うん!

 みんな、なのはの大切な人なんだ」

 

 足元が繋がったフィギュアのように並んでいるのは、高町家の面々だ。

 翠屋で顔合わせした家族達が、笑顔で作られていた。

 前列にはなのは達がおり、彼女達も嬉しそうに笑みを浮かべている。

 その中に俺の姿を見つけ、思わず目を見開いて凝視してしまう。

 

 なのはの隣で、不敵な笑みのまま腕を組んでいる俺。

 よく特徴を捉えており、今にも動きそうな脈動感を覚える。

 ……まさか、踏み台転生者である俺も一緒に作ってくれるとはなぁ。

 嬉し恥ずかしい気持ちで、背中がムズ痒い。

 

「私もできたよ」

 

 密かに悶えていると、どうやらすずかの方も完成したらしい。

 振り向いてみれば、猫の群れが床に散らばっていた。

 丸くなっている白猫。身体を伸ばしている三毛猫。爪をとごうとしているスコティッシュフォールド。毛繕いをしているアメリカンショートヘア等々……。

 多種多様の猫達が、部屋の中で広がっている。

 

「えへへ、どう?」

 

 心なしかドヤ顔を披露するすずかに、思わず俺は呆れた表情を返してしまう。

 

「正直、邪魔じゃないか?」

 

「……」

 

 すずかの顔がガビーンと固まり、珍しく涙目で項垂れた。

 うん。言いすぎたとは思うが、やっぱりこんなに猫がいると困るというか。

 いやまぁ、こんだけ大量かつ上手に作ったのは凄いと思うけどさ。

 

 さて、残りはアリサだけだな。

 実は、一番どんなイメージをするかワクワクしているのがアリサのだ。

 お嬢様らしく豪華なイメージなのか、すずかのように犬を大量に作るのか。

 

 しかし、俺の予想に反してアリサが作ったのは、意外な物だった。

 思わず目を点にし、まじまじとアリサ作のガムを見つめる。

 

 腰まである銀髪をツインテールにして、表情に咲くのは満面の笑み。

 横チョキでウィンクをしており、アイドルのような衣装を翻している姿は、幻想的な可愛らしさと相まって不思議な魅力がある。

 何故か凄く見覚えのあるそれは──って!

 

「これ、俺じゃねーか!?」

 

「ふふん。

 あんたがさっきしてきた事のお返しよ」

 

 いや、ちょっと待って待って。

 この目の前にいる超絶美形の女の子は可愛いけどさ!

 なんでアイドルみたいな衣装を着込んでいるのでしょうか……?

 それに、やたら女の子らしくキャピキャピしているポーズを取っているし。

 

「きゃー!

 静香ちゃん可愛いー!」

 

「うん、いつもの残念な感じよりこっちの方がいいよね。

 ねぇ、静香ちゃん。今からでもキャラを変えない?」

 

 風船をペタペタと触るなのはに、意地悪な顔でそう尋ねてくるすずか。

 明らかに、すずかはさきほどの言葉を根に持っている。

 俺のアイディンティティをなくせと言うなんて、いくらなんでも酷すぎるよ。

 

 ……というか、俺より人気なアリサのイメージに泣きそうなんだけど。

 四つん這いになって落ち込んでいると、頭上からアリサの楽しげな声が落とされる。

 

「私の方が好評のようね。

 これからは、アイドル静香ちゃんとして頑張りましょう?」

 

「嫌に決まってるだろ!

 俺は踏み台転生者になるんだ。お前の誘惑なんかに乗るものか!」

 

 睨みつけるのだが、アリサが意に介する様子はない。

 むしろ、益々笑みを深めて言い聞かせるように言葉を重ねる。

 

「そんな男口調なんかやめて、なのはみたいな喋り方にしなさいよ。

 前から思ってたんだけど、その顔で男口調は似合ってないから。

 この際、いい機会だと思って変えなさい」

 

「くっ、嫁にそんな事まで言われるとは……!」

 

 今日のアリサは手強いぞ。

 いつも以上に、俺が気にしている内容をズバズバ言い放ってくる。

 でも、仕方ないじゃないか。

 踏み台転生者と言えば、尊大な男口調なんだから。

 ドラちゃんもそう思うよね、ね?

 

《どうでもいいです》

 

 対応冷たくない!?

 俺にとっては大事な問題なのだが、ドラちゃんにとっては些事らしい。

 こうなったら、アリサに踏み台転生者の良さを伝えるしかないな。

 俺の口調変更を阻止しなければ!

 

 内心で決意を固めた後、俺は眼前に佇む強敵へと挑むのだった。

 結局、俺達の舌戦は三十分経ってガムが崩れた事により、終わってしまう。

 全身ガム塗れで床に倒れ伏す俺達を、アリサ家執事の鮫島さんが見つけ、それなりな大騒ぎとなる。

 

 新たなガムプレイという境地。

 俺には開拓できなかったが、踏み台転生者ならば楽しめたのだろうか。

 嫁にする道のりは厳しいな。

 まあ、少しずつ進んでいるし、この調子で頑張るぞ!

 

《頭のタンコブのせいで、いまいち締まりませんね》

 

「嫁の愛が痛いぜ」

 

《はいはい》

 

 ガムが崩れる時間を教えておきなさいよ、と拳骨を放ってきたアリサ。

 いまだに痛みが残る頭をさすりながら、俺は多大なる迷惑をかけてしまった鮫島さんに、なにかお詫びできる事はないか考え込むのだった。

 

 

 

 

 



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第八話 すずかを手に入れろ!

 闇夜に紛れ、街中を駆け抜けていく。

 建物の影から影へと飛び移り、俺の存在を察知されないようにする。

 こっそりと周囲を窺ってみるが、気づかれた様子はない。

 

「第一ミッション、コンプリート」

 

 左手首にとりつけたブレスレットへと、静かに呟く。

 すると、ブレスレットにある小さな画面がつき、一人の男が映される。

 彼は俺の手腕を褒め、次に目的の建物が見えるかと尋ねてくる。

 

「ああ。ばっちりと見えているぞ」

 

 頷きを返した俺に、男は監視カメラの死角から潜入しろと指示を出す。

 最後に健闘を祈ると画面が暗くなり、辺りには静寂が戻ってきた。

 スーツの襟を正し、ブーツの靴紐をきつく結び直す。

 そして、軽く足踏みをして深呼吸をした後、眼前にそびえ立つ屋敷へと向かう。

 

《……なんなんですか、この茶番は》

 

「なにを言ってるんだ?

 これは、すずか達からの挑戦状だろ。

 それに答えなきゃすずか達の嫁とは名乗れん」

 

《マスターから立候補していたような気がするのですが》

 

 ジト目の如き声音で告げるドラちゃんから、俺は逃れるために明後日の方を向いた。

 知らない。ドラちゃんが言っている意味なんてわかりません。

 

 そもそも、こうして俺が夜中にスパイのような行動をしているのには、しっかりとした理由があるのだから。

 事の発端は今日の昼間、なのは達と昼食を食べている時であった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「──すずかのお姉ちゃんが?」

 

 いつものメンツで弁当を食べていた時、不意にすずかの告げた言葉が話の流れを変えた。

 興味深げに疑問の声を上げたアリサに、すずかは頷いて箸を休める。

 

「うん。

 最近、静香ちゃんが面白い道具をたくさん見せてくれるでしょ?

 その話を聞いたお姉ちゃんが、なんか対抗意識を燃やしちゃって」

 

「ほぇー。すずかちゃんのお姉ちゃんも面白い道具を持ってるんだ。

 ……そういえば、すずかちゃんのお姉ちゃんって忍さん?」

 

「あれ、なのはちゃん知ってるの?」

 

 目を丸くしたすずかの言葉を聞き、なのはは虚空を眺めて指を立てて回す。

 

「えーっと、お母さんがやってるお店のお手伝いとしてたまに来るんだー。

 お兄ちゃんによく話しかけようとしてるし、もしかしたらお兄ちゃんの事が好きなのかも?」

 

「それホント?

 なんか面白そうな話じゃない。私達にももっと聞かせなさいよ」

 

 流石は女子と言うべきか。

 恋バナの気配をいち早く感じ取ったアリサは、瞳を光らせて身を乗り出した。

 すずかも聞きたそうにソワソワしており、黙々と弁当を食べていた俺を尻目に、三人娘は姦しく話を交わしていく。

 

《マスターは混ざらないのですか?》

 

『他人の色恋沙汰には興味ない。

 それより、俺はすずかが言っていた内容が非常に気になるんだが』

 

 俺の未来道具に刺激されたという事は、予想のつかない面白い物があるかもしれない。

 この世界には魔法なんて存在もあるし、もしかしたらその忍さんとやらは魔法使いだったりして。

 

 いや、機械に反応するんだから、科学者って点も捨てがたい。

 マッドサイエンティストか……すずかも将来は同じような道を歩むのだろうか。

 白衣姿で高笑いを響かせる科学者に。なんか、嫌だな。解剖とかされそうで怖いわ。

 

 と、話がズレた。

 よくよく考えてみれば、すずかの姉って時点で原作キャラ確定だよな。

 改めて、詳しい話をすずかから聞いてみよう。

 

「嫁よ。

 お前の姉とやらは、どんな物を造っているのだ?」

 

「え、うーん。

 最近見たテレビの影響で、トラップとかをよく造ってたかな?」

 

「ふむ、なるほど」

 

「あんた、また良からぬ事を考えているんじゃないでしょうね」

 

 ジト目で見やるアリサに手を振り、俺は沸き立つ好奇心を自然と笑みにしていく。

 

「そんなわけないだろ。

 それより、すずか。今日の夜、お前の家にお邪魔してもいいか?」

 

「……ちょっと、嫌な予感がするんだけど」

 

「なぁに。

 お前の姉が造ったトラップの稼働テストを手伝ってやるだけだ」

 

 あっさりと告げると、すずかは呆れた様子でため息をつく。

 

「どうせ、止めても聞かないんだろうなぁ」

 

「という事で、今日の月夜にお前を攫いにいくからな!」

 

 あの道具を使う時が来たな。

 未来では子供用のオモチャのようだが、この世界ならそれなりに使えるだろう。

 一度、スパイごっことかしてみたかったんだよな。俄然とやる気が出てくる。夜が楽しみだ。

 

《で、本音は?》

 

『無理矢理攫いにいくとか踏み台転生者っぽくね?』

 

《だったら、許可を取らずに黙ってスパイ活動をすればいいじゃないですか》

 

『駄目に決まってんだろ。

 他の家族の迷惑になるんだから、一度伺って許可を貰わなきゃ』

 

 まったく、ドラちゃんは。

 常識というものがなってないな。

 まあ、デバイスだから仕方ない。これからは俺がしっかりと教えあげなければ。

 

《おかしいです。

 そもそも、夜にお邪魔する事が非常識ですのに、何故私が諭されているんでしょうか……》

 

 ウンウンと唸り始めたドラちゃんを尻目に、俺は鼻歌を歌いながら昼食の残りを食べるのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「む、塀が高いな」

 

 昼間の出来事を思い出している内に、俺は無事に監視カメラの死角へと潜り込められた。

 塀に背中を張りつけ、影に包まれた巨大な壁を見上げる。

 魔法を使えば一発なのだろう。しかし、それでは風情がない。

 ここはスパイらしく、華麗な技で乗り越えてみせよう。

 

 今、俺が着込んでいるスーツ。

 これは“スパイセット”という未来でのオモチャだ。

 まあ、簡単に言うとスパイなり切りセットだな。

 ブレスレットに映る男の助言に従い、任務を遂行していく事が主な遊びである。

 今回はすずかの家に侵入するため、こうしてこの道具を使うに至ったのだ。

 

《どうするんですか?》

 

「任せろ。

 このブレスレットにはこんな機能もある」

 

 ブレスレットを塀に掲げると、フックワイヤーが射出された。

 上手く塀の窪みに引っかかり、軽く引っ張って外れないか確認。

 大丈夫そうなので、俺は助走をつけて塀に飛び込む。

 

「ほっ」

 

 足を塀に引っかけ、そのままワイヤーを伝って登っていく。

 塀の先端に手を伸ばし、掴んだところで腕の力だけで身体を引き寄せる。

 勢いに乗って宙返り。月を背負い、俺はすずか家の侵入に成功した。

 

《見事な手際でしたね》

 

「これも転生後の肉体のポテンシャルが高いおかげだな」

 

《発揮される場面が残念です》

 

「中々辛辣だなぁ、おい」

 

 ドラちゃんと軽口を叩き合いながら、キョロキョロと辺りを見渡す。

 月明かりに照らされている自然が影を色濃くしており、奥にある屋敷なんて黒い巨人が横たわっているみたいだ。

 辺りには虫のさざめき一つなく、どこか恐ろしげな雰囲気を感じさせる。

 唯一安心できる要素は、木々の間から零れ落ちる月光だけだろう。

 予想以上に不気味な場所に、思わず頬が引き攣った俺はおかしくない。

 

 というか、アリサの家にお邪魔した時も思ったんだけど。

 なのは達の家、大きすぎませんかね。

 敷地だけでどれだけ広いんだと言いたくなるし、遠くの方には噴水らしき物まで見える気がする。

 

 はぁ……俺もおっきな家に住んでみたい。

 いや、今の家も気に入っていると言えば気に入っているんだが。

 それでも、やっぱり豪邸に憧れるものなのである。

 

「さて、まずはトラップを確認しなきゃな」

 

 その場でしゃがみ込み、地面を触りながら観察。

 注意深く目を凝らしていると、少し離れた地面に違和感を覚える。

 近づいていく俺の視界に入ったのは、偽装されていた落とし穴だった。

 

《原始的ですね》

 

「……やるな、すずかの姉は。

 機械関係のトラップを配置したと思わせておいて、実は古典的な罠で俺を嵌めるつもりだったとは」

 

 天才な俺でなければ、危うく見逃してしまうところだったな。

 しかし、今回は俺の慧眼が勝利した。甘かったな、忍さん!

 自然と忍び笑いが漏れ、立ち上がりながら響かせていく。

 

「クックック……やはり、転生者の俺に不可能はない」

 

《イタタタタ》

 

「ん?

 なにか言ったか、ドラちゃん?」

 

《気のせいではないですか?》

 

 しれっとそう告げられたが、ドラちゃんが俺の事を馬鹿にしたと思ったんだけどな。

 まあ、いいか。とりあえず、このまま忍さんのトラップを回避してやる。

 落とし穴を後にしようと一歩踏み込んだ瞬間、俺の足になにかが巻き付く。

 

「へ?」

 

 状況を把握する間もなく、俺は足に絡まるなにかに引っ張られ、木に吊るされてしまった。

 逆さまになる視界の中、先ほどまでいた場所をよく見てみれば、なんと落とし穴を中心にワイヤートラップが張り巡らされていたのだ。

 

《つまり、マスターはやり込められたというわけですね》

 

「言うなよ……」

 

 なんか、さっきまでの思考がかませ犬まんまじゃないか。

 勝利を確信してドヤ顔をしていたのに、あっという間にやられてしまうキャラの。

 まあ、踏み台転生者としては正しい行動なので、結果オーライ結果オーライ。

 と、こうしてはいられない。

 

 ポケットからナイフを取り出し、ワイヤーを切る。

 俺のために配慮してくれていたのか、あっさりとワイヤーは切断され、無事に地面へと着地。

 一息ついた後、首を鳴らして更に深く辺りを窺う。

 

「今回は警告と見るべきだな。

 この先はもっと凄いトラップを用意しているぞっていう」

 

《今からでも引き返していいんですよ?》

 

「ふっ、愚問だな。

 これは、すずかの姉からの挑戦状なのだ。

 嫁を迎えるためにはこれぐらい乗り越えなければならん!」

 

《はぁ……》

 

 心底呆れ返ったため息で返事されたが、俺の心は決して臆しないぞ。

 すずかには今日会いにいくと約束したのだ。これを守らずして、なにが踏み台転生者だろうか。

 踏み台転生者は有言実行してこそ、あの踏み台転生者なのだから。

 

「待ってろよ、すずかよ!」

 

 ビシッと屋敷を指した後、俺は魔境へと足を踏み入れるのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「──あら、意外と早かったわね」

 

 天井から飛び降りた俺を迎えたのは、感心した声色で告げる一人の女性だった。

 優雅にお茶を飲んでいる彼女の隣で、すずかが俺に手を振ってくる。

 

「こんばんは、静香ちゃん」

 

 膝に手を置いて息を整えていた俺は、その言葉に手を上げる事で応えた。

 ま、まさかあそこまですずかの家にトラップが張り巡らされていたとは。

 赤外線センサーなんて序の口だ。とりもちの床や、時限式閃光弾。何故か屋敷を転がる大岩に、巨大ゴキブリホイホイなんて屈辱的な罠まで置いてあったのだ。

 なんとか乗り切れて良かった……本当に、良かった。

 

《お疲れ様です》

 

 あぁ、ドラちゃんの優しい声で癒される。

 色々と言いたい事は多いが、機械関係のトラップが少なかったのが納得いかない。

 これ、俺をおちょくっているのだろうか。

 原始的な罠に引っかかってオロオロしている俺を見て、ニヤニヤと意地悪く笑っていてもおかしくない配置だった。

 

「ふぅ……ふぅ……落ち着いた。

 改めて、迎えにきたぞ、嫁よ!」

 

「へぇ。

 本当に、すずかの事を嫁って言っているのね」

 

「あはは……」

 

 女性に面白そうな目で見られ、曖昧な笑顔で受け流したすずか。

 二人の顔立ちが似ている事から、恐らくこの人が忍さんなのだろう。

 嫁センサーが鳴っているし、なにより美人だから間違いない。

 となると、やはりここはあれをしなければいけないな。

 

 服装を正した後、俺は忍さんの顔を真っ直ぐに見つめる。

 そして、見返してくる彼女へと、胸を張りながら高らかに言い放つ。

 

「すすがは我が嫁だ!

 それと、お前も俺の嫁にしてやる!」

 

「うーん。

 私の理想を満たしてくれるなら、貴女の嫁になってあげてもいいわよ?」

 

「えっ?」

 

 顎に指を添え、忍さんは考え込む素振りを見せていた。

 しかしそれも数瞬の事で、直ぐに莞爾と笑うと小首を傾げてそう返す。

 

 まさかの肯定に、思わず俺は目を丸くしてまじまじと凝視してしまう。

 正直、忍さんのような大人の女の人なら、リニスみたいに上手く躱すかと思っていた。

 まあ、それならば話は早い。ようやく、自力で踏み台転生者らしく輝けるのだから。

 

「お姉ちゃん……」

 

 呆れた様子でため息をつくすずかを尻目に、俺は忍さんの前まで駆け寄って。

 

「なら、その理想とやらを言ってみるがいい!

 俺が必ず叶えてやろうではないか!」

 

 しかし、忍さんはにこりと笑みを浮かべたまま答えない。

 不思議に思って目を瞬かせていると、彼女は妖艶な手つきで俺の顎を撫でる。

 

「ふふっ。

 私を嫁にしたいのなら、私に言われるまでもなく理想を満たしてみなさい」

 

「っ!」

 

 間近で交わる、妖しく綺麗な瞳。

 抗いがたい双眸に見つめられ、俺は顔全体を火照らせて二の句を告げなくなってしまう。

 な、なんだこの雰囲気……ただ笑っているだけなのに、何故か目が離せない。

 

 心を鷲掴みにされたような、魂から魅入ってしまったような。

 生物としての本能が、忍さんの全てを魅力的に感じていた。

 

 ゴクリと唾を呑み込み、ぼーっと忍さんの顔を見つめていると、不意に額に小さな衝撃を受ける。

 思わず両手で抑え、指を弾いた彼女に文句を言う。

 

「なんでデコピンをしてくるんですか?」

 

「すずかが呼んでいるのに返事をしなかったからよ。

 それと、あんまり大人をからかっちゃダメだからね?」

 

「静香ちゃん、顔が真っ赤だよ」

 

「こ、これは!」

 

 仕方ないじゃないか。

 まさか、踏み台転生者の俺があっさりと丸め込められるとは思わなかったんだから。

 はぁ……結局、忍さんにも流されてしまったな。

 踏み台転生者としてならば、もう少し強いリアクションが欲しかったところだ。

 

《今のは……?》

 

『どうした、ドラちゃん?』

 

《……いえ、なんでもありません。恐らく、気のせいでしょう》

 

 よくわからないが、ドラちゃんがそう言うのならそうなのだろう。

 それより、今日は負けを認めよう。しかし、次こそは忍さんも嫁にしてやる!

 

 飛び退いてすずか達に目を向け、俺はビシッと指を突きつける。

 

「必ず、忍さんの理想とやらを見つけてやるからな!」

 

「期待して待っているわ」

 

「ぐぬぬ、その余裕な顔がムカつく……すずか!」

 

「なに?」

 

 他人事のように静観していたすずかに、俺は満面の笑顔で手を振る。

 

「安心しろ、お前の事も愛しているからな!」

 

「あら、すずか。

 静香ちゃん、だったかしら? あの子は随分とすずかにご執心じゃない」

 

「静香ちゃんは誰にでも言ってるから、尻軽なんだよ」

 

 し、尻軽!?

 確かに、今の性別が女の子だから、尻軽という言葉は間違っていないけど。

 なんとなく、納得がいかない。

 というか、すずかにそんな印象を持たれていて微妙な心境だ。

 

 そろそろ、踏み台転生者としてのアプローチを変えた方がいいのだろうか。

 嫁と言っているだけでは、芸がない。

 特にすずかの場合、俺には塩対応だから一捻り加えた方が良さそうだ。

 

「すずか、お前のお蔭で新たな道が開けたぞ。

 流石俺の嫁だな。

 俺を支えてくれて嬉しいぞ!」

 

「……はぁ」

 

「すずかにもお友達ができて良かったわ」

 

「ちょ、お姉ちゃん!?」

 

 なにやら二人でじゃれ合いを始めたが、俺はそろそろ帰らなければならない。

 あんまり遅いと、リニスが怖いからな。

 これ以上お小遣いを減らされたら、桃子さんのシュークリームが食べられなくなる!

 

「名残惜しいが、俺はこの辺でお暇させてもらおう。

 さらばだ、嫁達よ!」

 

「次は普通にいらっしゃい、歓迎するわ」

 

「だから、お姉ちゃん──」

 

 にこやかに手を振る忍さんに、身振り手振りで誤解を解こうとしているすずか。

 二人を尻目に、俺はブレスレットからワイヤフックを天井へと伸ばした。

 上手くひっかかり、何度か引っ張って取れないか確認した後。

 

「フハハハハ!

 ついでにそこのシュークリームも貰っていくぞ!」

 

 助走をつけて跳び上がり、遠心力を使ってテーブルの上を通過していく。

 ワイヤーを巻き上げながらすれ違い、右手でシュークリームを手に入れてほくそ笑む。

 

 ふっふっふ。

 俺の目は誤魔化せないぞ。

 この見ているだけで惹かれる皮は、桃子さんところのシュークリームだ。

 これをゲットしただけでも、散々トラップにやられた甲斐があるってもんだな。

 

 唇の間にシュークリームを挟み込み、両手を使って近づく天井を押す。

 ガコンと忍者屋敷の如く開き、身を踊らせて上からすずか達の方をのぞき込む。

 二人は僅かに驚いた様子で目を見開いており、満足のいく反応に頷く。

 シュークリームを右手で持ち直した後、見上げる彼女達に笑いかけて天井を閉じた。

 

「よし、ミッションコンプリート」

 

《やり込められただけの気もしますが》

 

「そんな事ないから。

 ほら、しっかりと宝物も盗ってきたし、スパイらしかっただろ?」

 

《攫うのは、すずかさんではなかったですか?》

 

「……シュークリーム美味しいな!」

 

 シュークリームを食べていると、無言のドラちゃんがビシバシと波動を放ってきた。

 批難の色が含まれたそれに、思わず目を逸らしながら帰り道を駆けていく。

 

 ま、まあ。

 すずかを攫うのは、忍さんがいたから難しかっただろうし。元々、スパイごっこをするのが趣旨だと説明していたし。

 つまり、俺はなに一つ悪くない。

 うん。自己完結、完了。

 

 決して、忍さんと顔を合わすのが恥ずかしくて逃げたわけではない。

 やり込められて、踏み台転生者として悔しく思っているなんて事はないのだ。

 

「……このシュークリームは、いつもより苦いな」

 

 口の中に広がる、仄かな苦味。

 生クリームにそんな要素はないので、これは俺の気持ちから味覚に影響が出ているのだろう。

 まあ、深く考えても仕方ない。次勝てばいいのだ。

 世の中の踏み台転生者達も、めげずに頑張っているではないか。

 

「よっし、頑張るぞー!」

 

 拳を振り上げた後、俺は横から放たれる鏃のない矢から逃げるのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 なお、ここからは余談であるが。

 思ったより帰りが遅くなってしまい、家の前にいたリニスに沢山叱られた。

 罰として、暫くお小遣いは減らされてしまうだとか。

 

 絶望で項垂れていると、ブレスレットの男が任務のダメだしをしてきて更に落ち込む。

 すると、何故か俺は爆発し、全身黒焦げの状態で倒れ伏してしまう。

 慌てた表情で駆け寄るリニスを尻目に、俺はこれも忍さんのせいだと責任転換をしながら、静かに闘志を燃やしていくのだった。

 

《自業自得ですね》

 

「うっせ!」

 

 

 

 

 



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第九話 進撃のシュークリーム

 あれから、忍さんと何度も会い、様々な道具関連の話をした。

 ためになる話も聞けて、個人的にも良い出会いだったと思う。

 まあ、毎回やり込められるのは悔しいのだが。

 いつか、忍さんを照れさせられたらいい……んだけどなぁ。無理そうで先が思いやられる。

 ともかく、そんなある意味順調な日々の中、現在の俺はあるものと戦っていた。

 

「くっ……!」

 

 震える右手を抑えつけ、飛び出さないように自制する。

 歯ぎしりをして眼前を睨み、しかし止められない絶望に苦渋の汁を飲む。

 何故、こんなに苦しい思いをしなければならないのか。

 俺はただ、ありふれた幸せを噛み締めたかっただけなのに。

 

《迷っているのはわかりましたから、早く食べたらどうですか?

 その、テーブルの上にあるシュークリームを》

 

「おま、ふざけんなよ!

 リニスに小遣いを減らされたから、こうしてシュークリームを一つしか買えなかったんだぞ!

 そんな簡単に食べろとか……」

 

 両親がいた時は、俺が可愛く強請ればなんでも買ってくれた。

 クズと言う事なかれ。自分の容姿を使って、なにが悪いというのか。

 俺も嬉しくて、両親も頼られて嬉しい。ウィンウィンの関係なのだ。

 

 ……まあ、そもそも。

 俺みたいな異分子を愛してくれる両親には、心から感謝している。

 だから、俺も前世の記憶とか関係なく、二人の子供として思う存分甘えているのだ。

 つまり、なにが言いたいのかと言えば。

 

「リニスが来てから、お金を好きなように使えない!」

 

《リニスさんは財布の紐が固いですからね》

 

 リニスを使い魔にした事は後悔していない。

 家事をしてくれてありがたいし、なんでもない雑談でもリニスと話すのは楽しいし。

 だけど、こうふとした瞬間に思ってしまう。

 リニスに家計を任せたのが間違いだった、と。

 

 徐々に全国小学生の平均となっていく、お小遣い。

 欲しい物も満足に手に入れられず、子供だからと駄賃しか貰えない体たらく。

 くぅっ、我が敵はここにいたか!

 

「おのれ、リニスめ」

 

《恨むのは筋違いですよ》

 

「ぐぬぬ……あ、そうだ!」

 

 俺には転生特典があるじゃないか。

 ドラえもんの未来道具は、まさに夢や希望が一杯だ。

 今の俺に合う道具も、きっと入っているに違いない。

 

 ポケットに手を突っ込みながら、シュークリームを沢山食べるための道具を思い浮かべる。

 神様の気が利いているからか、俺がこれが欲しいって思えば、ある程度指向性を合わせて道具を出してくれるのだ。

 無事に手のひらで感触を捉え、勢いよく取り出す。

 

「どれどれ」

 

 ポケットから出てきたのは、どうやら液体状の道具らしい。

 瓶の中に液体が入っており、リングが重なっているラベルが貼られている。

 

 んーと、これをどう使えばシュークリームを沢山食べられるんだ?

 首を捻っていると、脳裏に一滴振りかけろという言葉が過ぎった。

 

《……マスター、それを使うのはやめましょう》

 

「ん、なんでだ?」

 

 言われた通りにしようとする俺に、ドラちゃんが声を掛けた。

 上手く声にしようと詰まらせながら、一抹の不安を覗かせて言葉を繋ぐ。

 

《その、なんというか、デバイスなのに嫌な予感がするというか、とんでもない事が起こる気がするというか》

 

「ドラちゃんにしては、珍しくはっきりしないなぁ。

 たかが、一滴垂らすだけだぞ?

 そんな出来事が起きるとは思えないけどなぁ」

 

《……ちなみに、その道具の名前はなんて言うんですか?》

 

 そう尋ねられたので、手中の道具に意識を傾けていく。

 すると、再び脳裏に“バイバイン”という名前が浮かぶ。

 名前的に、シュークリームを増やす道具だろうか。

 

 足りないなら増やせばいい。なるほど。単純だが、実に理にかなっているな。

 素晴らしい道具じゃないか。まったく、ドラちゃんも怖がりすぎだって。

 内心で笑いながら、改めて名前を教える。

 

「バイバインだってさ」

 

《ダメです。

 嫌な予感が倍率ドンしました》

 

「はっはっは。

 大丈夫、大丈夫。ドラえもんの道具だぞ?

 そんな危ない道具があるわけないじゃないか」

 

 それに、俺は一日五つのシュークリームを食べなければ落ち着かないのだ。

 ドラちゃんには悪いけど、この道具を使う事は決定事項である。

 しかし、どうしても使わせたくないのか、ドラちゃんは焦った声色で。

 

《ほ、ほら!

 他の道具にも、シュークリームを増やす物があるかもしれないじゃないですか!

 ですから、その瓶をポケットにしまって──》

 

「えーっと、一滴っと」

 

《──話を聞けや!》

 

 今、普段からはかけ離れた口調だった気がするのだが。

 いやいや。まさか、ドラちゃんがそんな乱暴な言葉遣いをするわけないよな。

 俺の気のせいに違いない。だから、デバイスをそんなにチカチカと光らせないで。

 

「目に痛いって!」

 

《うるさいですっ!

 こちとら、マスターの身を案じて苦言を申していましたのに、このアホの子は私の話を聞かずに!》

 

「ああっ!?

 今、俺の事をアホって言いやがったな!」

 

《ええ、ええ、言いましたとも。

 お望みなら、何度だって言ってあげますよ。

 マスターのアホ、厨二病、痛々しいオレっ娘!》

 

「なんだと!

 というか、厨二病は関係ないだろ!」

 

 それから、俺達は口汚く罵り合った。

 互いのボキャブラリーを駆使し、相手が傷つくような言葉をチョイスする。

 しかし、やはりデバイスだからか、ドラちゃんの語彙力には勝てなかった。

 

 四つん這いで落ち込む俺と、胸元でドヤ顔の如く光るドラちゃん。

 

《わかりましたか?

 マスターは、どうしようもないほどヘタレなのです。

 どうせ踏み台転生者になるのならば、もっと行動に移しなさい》

 

「わかりました……頑張ります」

 

《わかれば良いのです》

 

 うぅ……心が痛い。

 俺は豆腐メンタルなんだから、そんな鋭利な刃物を突きつけないでくれ。

 

 しかし、収穫はあった。

 ドラちゃんの言う通り、これからはもっと積極的に踏み台転生者らしくいこう。

 ありがとう、ドラちゃん。

 改めて、初心に帰れた気がするよ。

 

 瞳に力を入れて立ち上がると、ドラちゃんははっと後悔に滲んだ声を上げる。

 

《しまった!

 マスターを更生させるつもりが、逆に悪化させてしまいました》

 

「ハーッハッハッハ!

 これからは嫁達に積極的に絡んでいくぞ!

 という事で、まずは腹ごしらえ……ん?」

 

 テーブルの方を向いた俺の視界に入ったのは、山と積まれたシュークリームの群れだった。

 うぉぉぉぉぉ! シュークリームがたくさん!

 

 勢い込んで駆け寄り、両手に持って口に運んでいく。

 口内に広がる、魔性の甘味。シュークリームとして完成……いや、完成という概念が超越された美味さ。

 確かに、これは桃子さんのシュークリームに間違いない。

 

「うーまーいー!」

 

 瞳に輝くシイタケを宿した俺は、ひたすら無心でシュークリームを食べる。

 食べても食べても、シュークリームはどんどん数を増していく。

 水を飲んで一息ついている間、横目でシュークリームが分裂したのを捉えた。

 どうやら、五分ほど経つと、シュークリームは倍になるようだ。

 

 つまり、永遠にシュークリームを食べられるという事だな!

 マジかよ。バイバイン最高。こんな道具があったとは、何故昔の俺は気づかなかった。

 かつての己の無能さに涙を流しつつ、シュークリームを味わって胃に納めていく。

 

《はぁ……もう、知りません》

 

 ドラちゃんの発言が気になるが、まあ大丈夫だろう。

 実際、特に危険な兆候はないのだし。

 満面の笑みを浮かべた俺は、この素晴らしい幸福感に浸かっていくのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「──けぷっ」

 

 ゲップを漏らし、椅子の上でお腹をさする。

 幸せの余韻に浸っていた俺は、テーブルの上のシュークリームを見つめる。

 いまだに数個あり、目の前でそれらは分裂した。

 

「どうしよう……これ」

 

 流石に、ここまで来れば俺だって理解する。

 このシュークリームを全部食べ尽くさなければ、無限に増殖してしまう事を。

 しかし、シュークリームを数十個食べた俺の胃は、限界を訴えている。

 

 まずくないか?

 これ、下手したら家がシュークリームで埋め尽くされてしまう。

 どどどどどうしよう!?

 買い物から帰ってきたリニスに怒られる……そうだ!

 

「食べられないのなら、食べられる人を連れてこよう!」

 

 閃いて立ち上がった瞬間、ガチャリと玄関の扉が開く音がした。

 恐らく、リニスが帰ってきたのだろう。

 急いでリビングのドアを開け放ち、唐突な音に目を丸くする彼女に告げる。

 

「リニス!

 テーブルの上にあるシュークリーム、食べられるだけ食べてくれ!

 これは主からの命令だからな!」

 

「うぇ、え、はい?」

 

 素っ頓狂な声を上げるリニスを尻目に、俺はポケットから“どこでもドア”を取り出す。

 そして、ドアノブに手をかけながら、

 

「なのはの部屋へ!」

 

 扉を開くと、部屋の中でなのはがシャドーボクシングをしていた。

 どうやら、友達を作るためにジャブの練習をしていたらしい。

 最後にアッパーカットを披露したなのはに近寄り、振り上げた拳を掴む。

 

「ふぇ?」

 

「嫁よ、来い!」

 

「えぇ!?」

 

 なのはを俺の方へ引き寄せ、ドアを閉めた。

 直ぐに手を離し、困惑気味な彼女の背中を押す。

 

「リビングに桃子さんのシュークリームがあるから、全部食べてくれ!」

 

「シュークリーム?」

 

「頼んだぞ!」

 

 振り向いて再びどこでもドアに手をかけ、次はアリサの家を思いながら開け放つ。

 

「あー、もう!

 このぬいぐるみ可愛すぎるわ!」

 

「……」

 

 何故か、アリサはアイドル衣装の俺のぬいぐるみを胸元に抱え、頬ずりしていた。

 え、どういう事?

 なんで、アリサが俺の姿をしたぬいぐるみを持っているんだ?

 というか、そのだらしなく緩んだ頬はなんだ。いつものアリサじゃない。

 

 思わず口を半開きにしていると、ベッドの上でゴロゴロ転がっていたアリサの視線とかち合う。

 一秒、二秒、三秒。

 瞬く間に顔を真っ赤に染め上げ、アリサはベッドから跳ね起きて俺を指差す。

 

「ななななななななんであんたがここにいるのよ!?」

 

「あー、うん。

 そこまで嫁に愛されて、冥利に尽きるというか」

 

 頭を掻いた俺を見て、自分の状態を察したらしい。

 バッとぬいぐるみを背中に隠し、赤面したまま涙目で睨みつけてくる。

 

「…………見たわね?」

 

「おっと、俺には時間が残されていないんだった。

 すまないが、また会おう。

 愛しているぞ!」

 

「あ、ちょっ──」

 

 扉を閉め、一息。

 まさか、アリサにあんな可愛い一面があったとは。

 しかも、俺をぬいぐるみにしてくれて。正直、踏み台転生者抜きに少し嬉しい。

 なんだか、アリサが思ったより俺の事を好きでいてくれたような気がするから。

 まあ、ぬいぐるみの姿が気に食わないのだが。

 

「さて、気を取り直して。すずかの部屋へ!」

 

「へ?」

 

 すずかの部屋に入ると、輸血パックを睨んでいる彼女がいた。

 ……どういう状況?

 アリサより意味がわからない。何故、すずかは血なんかを見ているのだろうか。

 まあ、いいや。それより、早くシュークリームをなんとかしなければ!

 

「あ、あの、静香ちゃん。これは、その──」

 

「そんな事より、嫁はこっちに来てもらうぞ!」

 

「──え、えぇ?」

 

 慌てた様子のすずかの手を取り、俺はどこでもドアをくぐる。

 扉を閉めてポケットにしまい、輸血パック片手に目を白黒しているすずかを連れていく。

 

「すずかがそんな趣味があったとは知らなかったが、それでもお前は俺の嫁だからな!」

 

「待って。

 静香ちゃん、絶対なにか勘違いしてる」

 

「わかってるわかってる。

 すずかが血を吸う事が大好きな人間なんだろ?

 世の中には、そういう性癖の人もいるだろう。

 でも、俺はどんなすずかでも愛してみせるから」

 

 素直な気持ちを吐露したのだが、返ってくるのは微妙な顔。

 

「うん。

 色々と勘違いしているのに、言ってもらえた事は嬉しいんだけど。

 複雑だよ……」

 

 ウンウン唸り始めているすずかを尻目に、俺はこれからの戦場に想いを馳せる。

 恐らく、リニス達も悪戦苦闘しているだろう。

 無限に増えるシュークリームに、膨れていくお腹。

 しかし、逃げてはダメなのだ。ここで食べきらなければ、シュークリームが俺の家を侵略してしまうのだから。

 

「待っていろよ、嫁達よ!」

 

 気合いを入れた俺は、すずかと共にリビングの扉を開くのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「うぷっ」

 

「もう、食べられません」

 

「にゃぁ……」

 

「苦しいよぉ」

 

 ──死屍累々。

 

 リビングのフローリングの上で、俺達は身を投げ出していた。

 妊婦のようにお腹を膨らませ、虚ろな目で天井を見つめている。

 最初、リニス達は好きなだけ食べられる事に喜んでいたが、食べても食べても減らないシュークリームに眉を潜め、やがて徐々に表情が死んでいった。

 無表情で淡々と手をつける彼女達に、背筋を凍らせたのは記憶に新しい。

 

 自分のお腹を撫で、虚無感が篭った笑みを零すリニス達。

 

「は、はは……体重計に乗るのが怖いです」

 

『……はぁ』

 

 皆のため息が一つになり、疲れた表情でテーブルの上に目を向ける。

 ちょうどシュークリームが分裂したところで、四つ置いてあるのが見えてしまう。

 

「どうしよう、これ」

 

「静香が原因なんですから、静香が最後まで食べきってください」

 

「む、無理だから!

 この中で俺が一番食べたんだからな!

 ほら、翠屋の未来のパティシエのなのはなら、まだまだいけるだろ?」

 

 慌ててなのはに水を向ければ、彼女はビクリと肩を震わせた。

 

「にゃっ!?

 むりむりむり! これ以上は食べられないよ!

 ……そ、そうだ! すずかちゃんは、まだまだ食べられそうじゃない?」

 

 うつ伏せになって、すずかの方に指を突きつけるなのは。

 対して、すずかは床をトントンと叩いて拒否の意を示す。

 

「私だって、お腹いっぱいだよ!

 やっぱり、ここは静香ちゃんのお姉ちゃんの方がいいと思う。

 私達と違って、大人だし」

 

 まさか、自分に返ってくるとは思わなかったのだろう。

 なんとか這ってソファに身を沈めていたリニスは、目を見開いてずり落ちる。

 

「私も限界です!」

 

 それから、俺達は誰がシュークリームを食べきるかの話し合いをしていく。

 しかし、誰もが責任から逃れようと、話は平行線のまま。

 時間だけが無為に過ぎていき、やがて焦燥感に駆られたドラちゃんが声を上げる。

 

《醜い争いをしている暇はありませんよ。

 ほら、シュークリームがもうこんなに》

 

『うわっ!?

 もうテーブルから溢れそうじゃないか!

 ど、どうしようドラちゃん』

 

 藁にもすがる気持ちで、ドラちゃんに尋ねる。

 すると、暫し悩むような間を置いた後、声色を明るくした相棒が言葉を返す。

 

《転移魔法を使ってみましょう》

 

『おお、それなら話は早いな!

 よし、早速転移させてくれ!』

 

《構いませんが、時間もないのでランダム転移になりますけど》

 

『それでいい!

 早く転移させてくれ!』

 

《了解しました》

 

 テーブルの上に銀色の魔法陣が現れ、シュークリームを消し去った。

 ふぅ……よし。これで、ひとまずは安心だな。

 一時はどうなるかと思ったが、なんとかなって良かった良かった。

 

 さて、残る問題は……

 

「い、今のって?」

 

 目を丸くして驚きを露わにするなのは達に、魔法の事を説明するところからだ。

 まあ、その前にお腹を休めなければいけないが。

 それから、アリサが憤怒の形相で家に乗り込むまで、俺達は静かにシュークリームを消化していくのだった。

 

 

 

 

 



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第十話 リニスのお仕置き

 張り裂けそうなお腹が落ち着いた頃。

 話し合いをするために、皆でリビングの椅子に座る事になった。

 俺とリニスが並んで腰を下ろし、反対側にはなのは、アリサ、すずかの順でいる。

 

「じゃあ、改めて。

 色々と起こったから、話の整理をしましょうか」

 

 腕を組んで告げるアリサに、なのはが手を挙げて発言の許可を求めた。

 どうぞと俺が手で示すと、ありがとうと笑顔になった彼女が。

 

「まず、静香ちゃんはどうやってなのは達の部屋に来たの?」

 

「あー、どこでもドアの事か」

 

『どこでもドア?』

 

 一様に首を傾げる三人娘を視界に収めつつ、俺は立ち上がる。

 そして、ポケットからどこでもドアを取り出し、ピンク色の扉を軽く叩く。

 

「そ。

 これを使えば、好きな場所に行く事ができるんだよ。

 つまり、俺はいつでも嫁達を迎えにいけるってわけだ!」

 

「ふーん。

 どこからどう見てもただのドアよね」

 

「原理とかはどうなってるのかな?」

 

 やっぱり、俺の発言はスルーが規定事項なんだね。

 なんだろう。好きの反対は無関心って聞いた事があるけど、あれって本当だな。

 嫌っているだけなら、まだ絡みやすいし。

 ……後で、リニスに慰めてもらおう。

 

 密かに涙を流していると、いつの間にかどこでもドアの開閉をしていたアリサが、疑念の眼差しでドアの枠に手を置く。

 

「どこにもいけないじゃない」

 

 口をへの字にしているアリサを見て、俺は脳裏に電流が迸る錯覚に陥る。

 今までは、色々と踏み台転生者としての行動が弱かった。

 しかし、俺は思いついたのだ。

 性格がいやらしい感じになれば、きっと踏み台転生者らしくなれるに違いない、と。

 刹那の思考でそう結論づけ、おもむろに呆れた笑みで肩を竦めてみる。

 

「まったく、アリサは実に馬鹿だなぁ」

 

「は?」

 

「し、静香ちゃん?」

 

 雰囲気の変化を感じ取ったのか、困惑気味な声を落とすなのは。

 三対の視線に晒される中、俺はこれ見よがしに首を振って嘆きの素振りを見せつける。

 

「テストでは良い点を取るのに、こういうところでは頭が働かないんだな。

 ははっ、天才アリサちゃんの名が泣いているぞぉ?」

 

「こ、こいつ……!」

 

 アリサは拳を掲げ、俺を鋭い眼光で睨みつけている。

 よしよし。いいぞ。正直、めちゃくちゃ怖いけど、それ以上に今の俺は輝いていた。

 

 そう、これだよこれ!

 人からむき出しの感情を向けられる。

 これほど生を実感できる事はない。

 後は、このまま踏み台転生者のように振る舞ってみせよう。

 

 座っていた椅子をアリサの方に向け、ドカリと座り込んで足を組む。

 そして、顎を上げて見下しの視線を注ぎながら、口元には不敵な弧を描く。

 

「まあ、これも愛する嫁のためだ。俺が直々に教えて──」

 

 続く言葉は、視界に舞い散る星屑のせいで途切れてしまう。

 頭に鈍い痛みが走り、同時に身体が浮かぶ。

 

「静香?

 あまりお友達を悪く言ったらダメですよ?」

 

「は、離せー!

 俺は踏み台転生者としての使命があるんだよー!」

 

「私、教えましたよね?

 お友達には優しくしましょう、って」

 

 持ち上げて目線を合わせてきたリニスが、にっこりと微笑む。

 周囲に花が咲き誇るような素晴らしい笑顔なのだが、向けられている俺の背筋は凍えたままだ。

 

 ま、まさか……アレをやるつもりなのか!?

 ほら、落ち着こう。話し合えばわかるから。

 人間は会話ができる素晴らしい生物なんだからさ。

 

 しかし、俺の訴えは無情にも却下されてしまう。

 俺を腰に抱え直し、俺のズボンに手を這わしていくリニス。

 

「た、助けてくれ嫁達よ!」

 

 呆然と佇んでいたアリサに手を伸ばす。

 俺の声で我に返ったのか、彼女は舌を見せつけてそっぽを向いた。

 

「ふんっ。

 せいぜい、絞られるといいわ」

 

 な、なんだと。

 助けてくれないのか!?

 ヤバい。このままでは、大変な事になってしまう。

 慌てて顔を動かし、こんな時にも頼りになる二人を探す。

 

「なのは、すずか。リニスを止めてくれ!」

 

「すずかちゃん、見て見て!

 行きたい場所を思い浮かべながらドアを開けると、その場所に続いているみたいなの!」

 

「あ、本当だ。

 これがあれば、世界中どこでも行けそうで夢が広がるね」

 

 なのは達はどこでもドアで遊んでおり、俺の事など全く眼中にないようだ。

 そんなぁ。流石に無視は酷くないですか?

 

 思わず項垂れていると、頭上からリニスに声を掛けられる。

 

「では、悪い子にはお仕置きです」

 

「……優しくしてください」

 

 呟く俺の言葉に返ってきたのは、臀部を駆け抜ける痛みだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「うぅ……お尻が痛い」

 

 ソファに突っ伏し、臀部を上げたまま息を漏らした。

 そんな俺の様子を見て、アリサは笑いを噛み殺している。

 

「ふ、ふふっ……お尻叩きされるとか、静香は随分とお子ちゃまなのね」

 

「これに懲りたら、もう少しまともになってくださいね?」

 

 腰に両手を当て、眉尻を下げたリニス。

 リニスと使い魔契約を結んでから、こうして俺を叱る時にはお尻叩きをされるのだ。

 初めは優しく苦言を申すぐらいだったのに、気がつけば遠慮がなくなっていた。

 それだけ仲良くなれて嬉しいと思うべきか、まさか尻叩きされる日が来るとはと嘆くべきか。

 

《本当に、リニスさんがいてくれて僥倖でした》

 

 ドラちゃんはこんな調子だし。

 俺の踏み台ライフを応援してくれるのではなかったのだろうか。

 いつの間にか、うちでのカースト順位が下がってきている気がする。

 

「さて、話を戻しましょう」

 

 手を打って視線を集めたリニスは、席に座り直したなのは達にお辞儀する。

 

「改めて、自己紹介をしたいと思います。

 私の名は、リニス。訳あって静香の使い魔をしております」

 

「つかいま?」

 

「その辺はまとめて説明します」

 

 そこで言葉を区切り、リニスは俺の方に目を向けてきた。

 言外に含まれた促しを察したので、お尻をさすりながらソファから降りる。

 首元のネックレスを外し、なのは達に見えるようテーブルの上に置く。

 

《初めまして、皆様。

 マスターのデバイスである、ドラゴン・グレートと申します》

 

「ネ、ネックレスが喋った!?」

 

 驚きを露わにしたなのは達に、俺は胸を張って不敵な笑みを向ける。

 

「そして、俺が魔法使いだ。

 簡単に言うと、この世界には魔法がある。

 で、ドラちゃんは魔法を行使するための物って感じだな」

 

「……待って。

 少し内容を整理する時間をちょうだい」

 

 額に手を添え、俯き気味に言葉を滑らせたアリサ。

 まあ、無理もない。突然、知り合いから俺は魔法使いだ、と言われても困るだろう。

 むしろ、厨二病だ厨二病だってからかった方が、反応としては正常だ。

 

 ……ただ、なぁ。

 散々ドラえもんの道具を見せた身からすれば、魔法ぐらいだからなに状態なんだけど。

 確かに、俺も最初は魔法が使えて狂喜乱舞した。

 しかし、魔法を使うのには、何故か演算が必要なのだ。

 

 ドラちゃんやリニスのスパルタ教育のおかげで、少しはマシになった……と思いたい。

 神様製のデバイスだからか、ドラちゃんは一人で魔法をなんでもこなせる。

 正直、俺の役割は魔力タンクなだけの状況だ。

 一応、ドラちゃんのサポートが最低限でも、魔法を使えるように練習はしているが。

 踏み台転生者としては、訓練や特訓なんてしたくないのが本音なんだよなぁ。

 

 ままならぬ現状に嘆いている間に、どうやらアリサは立ち直ったようだ。

 いまだに目を丸くしているなのは達を置き、苦笑いを零しながら口を開く。

 

「とりあえず、あんたの存在がますます理解不能になったのは理解したわ」

 

「おい、言い方に悪意があるぞ」

 

「そんな事より、私達も魔法を使う事ができないの?」

 

「そんな事って……」

 

 相変わらず、俺に手厳しいアリサである。

 まあ、子供だったら未知の現象に憧れるのも無理はないか。

 なのは達も我に返ったのか、三対の期待に満ちた視線が俺を射抜く。

 

 さて、ここで考えてみよう。

 オリ主ならば、素直に教えてアリサ達の好感度アップに繋がるのだろう。

 しかーし、俺は踏み台転生者なのだ。

 最近、まともな踏み台行動ができていない気がするのだが、それでも原作キャラ達を嫁と言いきるイカす存在なのである。

 

 こんな美味しいイベントを活用しないでどうする。

 むしろ、こここそが踏み台転生者としての面目躍如だろう!

 とはいえ、どうやって踏み台らしくするか。

 まあ、いいや。出たとこ勝負で振舞ってみよう。

 

 思考を切り替えた俺は、髪を掻き上げてにっこりと微笑む。

 

「魔法を使うためには、光栄な事に俺の嫁になる必要がある。

 どうだ? 今なら、特別待遇で嫁達を生涯面倒を見てやるぞ?」

 

「じゃあ、魔法は諦めるわ」

 

「うん、残念だけどしょうがない」

 

「はぁ……静香ちゃんにはがっかりだよ」

 

 ……。

 

「おかしいだろ!

 なんでそこであっさりと引き下がるんだ!

 それと、すずか。後で詳しい話を聞かせてもらおうか」

 

 眉を潜めて言い返すと、アリサ達は互いに顔を見合わす。

 アイコンタクトを交わして頷き、代表してなのはが苦笑しながら告げる。

 

「だって、静香ちゃんが嘘をつくから」

 

「ぐっ」

 

「教えるつもりがないのなら、諦めるしかないじゃない」

 

「いや、だから俺の嫁になれと──」

 

「それは、ごめんなさい」

 

「──また振られた……」

 

 顔が笑っているから冗談半分だとわかるのだが、なんとなく釈然としない。

 うーむ、やっぱり言葉だけだと説得力に欠けるのか。

 たしか、他の踏み台転生者達はニコポやナデポとかいう特典を持つ場合があったな。

 

 つまり、なのは達の頭を撫でればいいのだろう。

 そうすれば、止めてと振り払われたり、あるいは逃げられたりするかも。

 しかし、髪は女性にとって宝のような部位だ。

 

 今生で女の子になったから、俺にも共感できる部分が大いにある。

 男の意識があるからか、無意識に髪を雑に扱ってしまう時はあるけど。

 意識している時は、髪のケアに気を遣っているのだ。

 

 ぐぬぬ……踏み台転生者としての行動を取るか、女の子として思いとどまるのか。

 迷う。すっごく悩んでしまう。どちらも大事な価値観なだけに、心の天秤は拮抗している。

 

「なんか、頭を抱え始めたわよ」

 

「すずかちゃんの言葉が辛かったのかな?」

 

「あ、あのね静香ちゃん。

 別に、さっきのは本気で言ったわけじゃないから。

 そんなに落ち込まなくてもいいんだよ?」

 

「静香に仲の良いお友達ができて良かったです。……あの子は大丈夫でしょうか」

 

《このまま更生してくれればいいんですけどね》

 

 周りが盛り上がっているが、そんな事より俺の懊悩が晴れてくれない。

 ここに来て、女の子としての意識が邪魔してくるとは。

 本能が激しく抵抗してくるのだ。女の命を穢すのかこのビチクソが、と。

 

 あぁ……俺はどうすればいいのでしょうか。

 神様。悩める子羊に天啓をお与えくださいませ。

 

《まともになればいいと思うぞい》

 

 ドラちゃんには聞いていないから!

 結局、神様からの信託が届くはずもなく、このまま魔法関連はウヤムヤのまま話が終わるのだった。

 

 そういえば、アリサが俺のぬいぐるみを持っていた理由や、すずかが輸血パックを手にしていた話を聞きそびれていたな。

 どさくさに紛れて流していた気がするのだが、俺の考えが穿ちすぎだろうか?

 

 

 

 

 




昨日のドラえもんの架空海水を見て、海鳴水中都市とかカッコイイだろうなと妄想しました。


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第十一話 オリ主あらわる!?

 現在、俺は自室で腕を組み、頭を悩ませていた。

 度々アプローチを変えてなのは達に絡んでいるのだが、良い手応えを感じられない。

 なにかが足りないのか、踏み台転生者としての覚悟がもっと必要なのか。

 

「初心に帰ってみるか?」

 

 ふと呟くと、俺の相棒が呆れた間隔で明滅した。

 

《今度は、どんな馬鹿馬鹿しい内容を思いついたんですか?》

 

「ちょ、それはいくらなんでも酷くない?」

 

 本当に、容赦がなくなってきたよなドラちゃんは。

 まあ、いい。今に始まったわけじゃないし、俺にはやるべき事があるのだから。

 

 侵略シュークリームさんから、平穏な日々が流れ。

 あの時の出来事がきっかけで、俺は自身を見つめ返す事ができたのだ。

 つまり、踏み台転生者という概念を。

 

《で?》

 

「思ったんだよな。

 踏み台転生者というのは、名前の通り誰かのかませ犬になるんだよ。

 だけど、今まで原作主人公やオリ主が現れてないじゃん」

 

《まあ、そうですね》

 

「そ、こ、で!」

 

 一文字ずつ区切り、俺はクルリと回ってポケットからある道具を取り出す。

 

《なんですか、それは?》

 

「ふっ。

 これは“コピーロボット”という道具だ。

 この道具の鼻を押せば、名前の通りに……」

 

 トナカイのように赤い鼻を触ると、のっぺりとしていたパペットが大きくなっていく。

 直ぐに人間と同じ大きさになり、姿形も変貌。

 

《これは……》

 

 ドラちゃんが驚くのも無理はない。

 変身が終わったコピーロボットは、どこかで見た事があるような超絶可愛い幼女なのだから。

 様になっている素晴らしい笑みを覗かせ、彼女は不敵に腕を組んで口を開く。

 

「流石はお前だな。

 俺を使うとは、我ながら手放しで褒めてやろう」

 

「だろう?

 それで、お前なら俺の考えも理解しているよな?」

 

 そう。

 目の前にいるスーパー美少女の彼女は、正真正銘俺なのだ。

 このコピーロボットを使えば、自分そっくりの人格や能力を持ってくれる。

 つまり、オリ主がいなければ作ればいいじゃない!

 

 自分の閃きに自画自賛していると、目の前の俺が髪を掻き上げて。

 

「ああ。

 俺が踏み台転生者になるから、お前がオリ主になってくれるんだろ?」

 

「……はっ?」

 

 いやいや、こいつはなにを言っているのだろうか。

 それでは俺がコピーロボットを使った意味がないだろ。というか、その至極当然って顔がムカつく。

 自然と頬が引き攣りながら、俺は呆れて肩を竦めてみせる。

 

「まったく、所詮は俺のコピーという事だな。

 お前がオリ主になるに決まってんだろ?

 コピーのお前は、大人しくオリ主になればいいんだよ」

 

「……はぁ。

 オリジナルのアホさ具合に救いようがない。

 オリジナルのお前じゃ踏み台転生者になれなかったんだから、コピーロボットである俺が踏み台転生者になった方が確実だろ?

 だから、お前は負け組として素直にオリ主になっとけ」

 

「あっ?

 やんのかこら?」

 

「返り討ちにしてやるわ!」

 

《あまり騒ぐと、リニスさんに怒られますよ》

 

 冷静なドラちゃんの声に、俺達は互いの顔を殴る直前で停止した。

 暫く無言で目を交わし合い、頷いて最初の位置に戻っていく。

 そして、腰に拳を構え、同時に振りかぶる。

 

『最初はグー! ジャンケンポン!』

 

 あいこ、あいこ、あいこ、あいこ……

 

「くそっ! さすが俺だ。強い」

 

「そっちこそ、ここまで苦戦するとは思わなかったぞ」

 

 フッとニヒルに笑い合った後、俺達は再びジャンケンのポーズを取った。

 

《……これ。本当に決着がつくのでしょうか》

 

 結局、百二十九連引き分けの末、コピーが折れてくれた事により、このジャンケン大会は幕を閉じるのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

『こちら、静香。準備はオーケーだ』

 

『了解。

 ドラちゃんのサポートに従い、こちらも行動に移す』

 

 コピーからの念話を受け取った俺は、電柱の影に隠れて様子を窺う。

 視線の先ではなのはがおり、どうやら桃子さんに買い物を頼まれたらしい。

 桃子さんの娘である美由希さんと一緒に、朗らかな笑顔で歩いている。

 

 ふっふっふ。

 美由希さんもいるなら、ちょうどいい。

 彼女も俺の話を受け流しているので、ここらで踏み台転生者の活躍を見せてやろうではないか。

 さあ、行くのだコピー!

 

 俺の思念が伝わってくれたのか、ドラちゃんを身につけたコピーが向かい側から歩んでくる。

 変身魔法を使っているので、なのは達も彼女が元は俺の姿をしているとは思わないだろう。

 

 現在のコピーの姿は、黒髪黒目のオリ主らしいイケメンだ。

 利発そうな瞳に、将来が期待できる流麗な柳眉。

 鼻筋もシュッと整っており、これならばなのはもイチコロだろう。

 

 さて。

 ドラちゃんがいない今、俺は一人でコピーのサポートをしなければならない。

 うーん、どうやってコピーのサポートをしようか。

 一応、超能力が使いたくて“E・S・P訓練ボックス”で練習をしているのだが。

 

 この道具を使って三年間練習すれば、『念力』『瞬間移動』『透視』を使えるようになるのだ。

 しかし、まだ練習途中なので、能力が安定しない。

 万が一があってなのは達を怪我させるのは、絶対に嫌なのである。

 

 ……仕方ない。

 見た目が不格好だが、使いこなせるアレを使うしかないな。

 ため息をついてポケットに手を突っ込み、指がついた帽子を取り出す。

 これは“エスパーぼうし”と言い、まあE・S・P訓練ボックスのような物だ。

 

「装着、と」

 

 頭に被り、なのはの方を凝視した。

 そのまま意識を集中していき、コピーとのすれ違いざまに念力で彼女の足をよろめかせる。

 

「ふぇ?」

 

 転びそうになり、素っ頓狂な声を上げたなのは。

 それを狙っていたコピーが足を踏み出す直前、美由希さんが驚くべき速さでなのはを受け止めてしまう。

 

「もう、なのははおっちょこちょいなんだから」

 

「えへへ、ありがとうお姉ちゃん」

 

 ぐぬぬ。

 これじゃあ、美由希さんの凄さしかわからないではないか。

 よし、コピーよ。そのまま突っ込め!

 

 念力を使い、コピーの身体をなのはの方へと向ける。

 俺の思考を理解したのだろう。直ぐに爽やかな笑みを浮かべると、コピーは二人の元に近づく。

 

「やあ、こんにちは」

 

「こんにちはー」

 

 優しく挨拶を返す美由希さんに対し、何故かなのははぶるりと身体を震わせた。

 ここからでは後ろ姿しか見えないが、恐らく胡乱げな眼差しでも送っているのだろう。

 手を上げたまま、コピーの顔が引き攣っているし。

 

「……こんにちは」

 

「う、うん」

 

 おいおいおい。もっとしっかりしてくれよ。

 コピーがこの調子では、なのはに好かれるオリ主になれないではないか。

 お前がオリ主として頑張ってくれなければ、この後踏み台らしく登場できない。

 

 頑張れ、コピー!

 諦めるな、まだまだ行ける!

 お前の限界はこんな物ではない。やればできるんだから!

 

「ねーねー。

 あの変な帽子のお姉ちゃん、なにしてるのかな?」

 

「しっ!

 見ちゃいけません!」

 

 電柱にしがみつきながら、俺はひたすらコピーにエールを送る。

 そんな俺の純粋な気持ちが伝わったのだろう。

 コピーは美由希さんに標的を変え、上手くこの後の買い物にご同伴につく事に成功した。

 

「よっし!」

 

 この調子で、なのは達に好かれてくれたまえ。

 俺も陰ながらサポートをするから──

 

「お嬢ちゃん?」

 

 うるさいなぁ。

 今いいところなんだから、邪魔しないでほしい。

 肩を叩いてくる手を振り払い、コピー達の様子にかぶりつく。

 すると、今度は困った声色で俺に語りかけてくる。

 

「お嬢ちゃんは迷子かな?」

 

「だから、俺は今忙しい……」

 

 怒ろうと振り向くと、優しい目つきの警察官が俺を見つめていた。

 えっと、もしかして目立ちすぎたのか?

 キョロキョロと辺りを見渡す俺の視界に映るのは、遠巻きに心配そうな顔立ちで見守る野次馬達。

 恐らく、誰かが警察に連絡をして呼んだのだろう。

 

 わざわざ見ず知らずの子供を心配してくれて、個人的にはむちゃくちゃ嬉しい。

 海鳴市の人情さが伝わるし、自慢の街だと胸を張れるから。

 しかし、喜びの感情とは裏腹に、正直複雑な思いを抱かざるを得ない。

 

「おじさんがお嬢ちゃんのお母さんを探してあげるね?」

 

 膝をついて俺と目線を合わし、優しい笑顔で俺の返事を待つ警察官。

 う、うぅ……善意でやっているとわかるだけに、これからやる事に罪悪感が。

 いやいやいや。なにを弱気になっているのだ、俺は。

 せっかくコピー達に協力して貰ったのだし、しっかりと踏み台転生者にならなければ。

 

 改めて決意を固めた俺は、内心で謝罪しつつ念力を発動。

 俺達の近くにいた美少女のスカートが捲れ、全員の視線が否応なく集う。

 

「キャッ!?」

 

 安心してくれ、ギリギリ見えないチラリズムを作ったから。

 慌てた様子でスカートを抑える美少女に、俺は頷いて踵を返す。

 

「あ、ちょっと!」

 

 男としての性には勝てなかったのだろう。

 吸い寄せられるように目を向けていた警察官が声を上げるが、既に俺は野次馬の群れを掻き分けて逃げ出していた。

 よし、これで逃げ切る事ができたな。

 

 にしても、ガーターベルトはえっちぃと思うんだけど。

 眩しい太ももが目を焼き、思わず生唾を飲み込む。

 まあ、普段から俺をからかっていたんだし、今も面白そうな顔で静観していたのだから、これぐらいの役得があっても構わないよね。

 と、自己弁護しながら、俺は背後をチラリと振り返る。

 

「ひっ!?」

 

 満面の笑みを浮かべた美少女──忍さんと目が合った。

 彼女の笑顔に老若男女が頬を赤らめているが、俺は全身がガクガクと震えてしまう。

 

 わ、笑ってねぇ。忍さんの目が笑っていないよ。

 凄く怒った時のリニスに似た雰囲気を感じ、これは次会う時にやり返されるだろうな、と諦めにも似た感情が心を覆う。

 

「よし、その時はコピーに行かせればいいや」

 

 早速、コピーロボットの新たな使い道を閃いた天才な俺は、再び隠れながらなのは達の尾行を続けるのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 カラスが鳴き、空が茜色に染まる頃。

 なのはの家の前で、コピーロボット達は相対していた。

 

「今日はありがとうね、秀俊君」

 

「いえいえ、困った時はお互い様ですよ」

 

 笑みを交わし合う、美由希さんとコピーロボット。

 二人の間に漂う雰囲気から、今日の出会いが喜ばしい事だと窺えるだろう。

 対して、なのははいまだにコピーの方をジト目で見つめていた。

 

「うーん……」

 

「うん?

 僕の顔になにかついているかな?」

 

 にこりと微笑む爽やかなイケメンフェイス。

 正直、元は俺だと知っていても……いや、知っているからこそ、あのムカつく顔面をぶん殴りたい。

 

 なーんか、あの表情を見ているとムカムカするんだよなぁ。

 あ、あれだ。これが踏み台転生者としての思考ではないだろうか。

 なのは達にまとわりつくオリ主。それを颯爽と現れて喧嘩を売る踏み台転生者。

 

 おお!

 なんか、それっぽい。

 というか、そうに違いないはず。

 なるほど。ついに、俺も踏み台転生者としての自覚が出てきたという事だな。

 思わず感動している俺を尻目に、なのははコピーロボットから視線を外す。

 

「なんか、変なの」

 

「へ、変?」

 

「うん。

 わざとらしいというか、嫌な感じがするっていうか」

 

 なに?

 まさか、なのはのやつ。コピーロボットの本質に気がついてしまったのか?

 俺の性格と能力を元にしてコピーされた以上、彼女にオリ主としての役割は荷が重いだろう。

 そう簡単に察せられるとは思わなかったのだが、こんなにも早く看破されてしまうとは。

 

 流石は原作キャラという事だな。

 ……あれ。そういえば、美由希さんは普通に接している。

 まあ、美由希さんは大人の余裕で受け流してくれたのだろう。

 というより、早くなんとかしないと踏み台転生者の活躍がなくなる!

 

 そう考えた俺は、なのはの言葉に頬を引き攣らせているコピーロボットの方へと駆け寄る。

 軽快な足音に全員の視線が集まる中、ビシッと指を差して口を開く。

 

「俺の嫁達に近づくな、モブ野郎!」

 

 ふぉぉぉぉぉ!

 踏み台転生者として言いたいランキング、第二位の言葉が言えました!

 正直、自作自演なのが気に食わないが、この際そんな細かい事など捨て置け。

 とにかく、俺はカッコよく踏み台転生者としての行動ができたのだ!

 

「あ、静香ちゃん!」

 

「モ、モブ?」

 

 ぱっと表情が華やいだなのはに、困惑がちに首を傾げる美由希さん。

 対照的な二人の様子を尻目に、俺は尊大に腕を組んで大きく仰け反る。

 

「ハーハッハッハ!

 嫁達の大好きな俺が来たぞ!

 俺が来たからには、もう安心だ。

 こんなモブ野郎など、瞬殺してやろうぞ!」

 

「静香ちゃんが見下しすぎて見上げてるの……」

 

「えーっと、どういう状況?」

 

 細かい事は気にしてはいけない。

 こういうのは、勢いが非常に大事なのだから。

 さあ、コピーロボットはオリ主らしい返事を期待しているぞ。

 

 そんな俺の視線が伝わったのか、曖昧な笑みで頬を掻いていた秀俊君は、やれやれと言わんばかりに肩を竦める。

 

「初対面の人にモブとは、随分と失礼な方のようだ」

 

 おい、待て。

 オリ主はそんな皮肉が効いた返事なんてしないぞ。

 一体、どういう事か聞かせてもらおうか。

 

 とはいえ、なのは達の前なので、今は踏み台転生者として振る舞わなければ。

 あからさまな傲慢さが滲む顔で、俺はふんと鼻を鳴らして口角を吊り上げる。

 

「モブにモブと言ってなにが悪い?

 なのは達は俺の嫁だ。貴様のような雑魚が触れていい女じゃない」

 

 髪を払ってそう告げると、コピーロボットはひくりと頬を痙攣させた。

 自然と目つきが険しくなっており、どうやら予想以上に頭にきているらしい。

 

 ふっふっふ。

 上手くオリ主との対立を演出する事ができたぞ。

 これで、なのは達がオリ主の方に隠れて、嫁に近づくなと攻撃すれば……うん?

 

「おい、なのは。

 なんで俺の背中に隠れているんだ?」

 

 首だけ振り向いて問いかければ、秀俊君をシッシッと手で追い払っていたなのはが、露骨に顔を歪めて目を背ける。

 

「なんか、あの人気持ち悪い」

 

 ちょっと、言葉がキツくないですかね。

 ほら。コピーロボットがショックのあまり、顔が固まって白目を向いているぞ。

 元が俺だっただけに、メンタルの弱さは重々承知しているのだ。

 秀俊君の心中を深く察せられ、思わず手を合わせて拝んでしまう。

 

「くっ……!」

 

 おい、待て!

 化けの皮が剥がれかけているぞ、コピーロボット。

 美由希さんも目を丸くして驚いているし、このままではオリ主がオリ主でなくなってしまう。

 

「ひ、秀俊君?」

 

 恐る恐るといった様子で、尋ねる美由希さん。

 訝しさが含まれた声色に気がついたようで、コピーロボットは表情を引き締める。

 

「アハハ。

 すみません。まさか、いきなり気持ち悪いと言われるとは思っていなかったので」

 

「うちのなのはがごめんね?

 こら、なのは! 秀俊君が傷ついているじゃない!」

 

「うぅー、だって」

 

 そもそも、何故なのははコピーロボットの存在を受けつけないのだろうか。

 別に見た目に不潔感はないし、性格だってオリ主らしく優しい。

 まさか、こんな序盤で躓いてしまうとは。

 

 とりあえず、今は目の前の偽オリ主を追い払っておこう。

 踏み台転生者らしくカッコよくな!

 

 勢いよく地を蹴り、コピーロボット方へと飛び込む。

 腰だめに構えた拳を振りかぶると、相手が掌を向けて受け止めてきた。

 辺りに小気味よい音が鳴り、風が吹いて俺の銀髪を靡かせる。

 

「これ以上なのはに近づくなら、お前をぶっ飛ばす」

 

「いきなり攻撃してくるなんて、野蛮な人だね。

 そんな危険な人に、高町さんを任せておけないよ」

 

 目を合わせて火花を散らし、互いに不敵な笑みを交わす。

 出し抜けに足を蹴り上げ、もう片方の手でガードしたコピーロボットを目に止めた後。

 無理矢理回転しながら拘束を外した俺は、勢いを乗せた回し蹴りを放つ。

 あっさりと躱されてしまうが、なのは達との距離を離す事に成功。

 

 とんっと軽やかに着地した俺を見て、飛び退いた秀俊君がなのはに声を掛ける。

 

「高町さん。

 この人と一緒にいると危ない。

 彼女のところより、僕のところにおいで」

 

 手を差し伸べるその姿は、控えめに言っても非常に絵となっていた。

 しかし、それがオリ主らしい行動なのかと言えば、全くもってそんな事はない。

 お前はどこの劇団員だよ!

 ロミオとジュリエットでもオマージュしているのか?

 

 ──ああ、なのは。どうして君はなのはなのだ!

 

 おかしい。

 こんなのオリ主じゃないわ。

 というか、普通の人間としても鳥肌が立つレベルのキモさがあるのだが。

 こんな事を素面で言うとか、ちょっと秀俊君の正気を疑ってしまう。

 

《団栗の背比べですね》

 

 うん?

 今、ドラちゃんが念話してきた気がするのだが。気のせいだろうか?

 まあ、いい。とりあえず、眼力を込めてコピーロボットへと抗議を伝える。

 すると、小憎らしいあいつが、俺だけにわかるよう微かに口角を上げた。

 

 ……こ、こいつ。

 オリ主をする気がないな!?

 だから、そんな変な言動や行動を取っていたのか。

 なんてやつだ。俺の踏み台を邪魔するとは。

 

 思わず唖然としていると、俺の背中から顔を出したなのはが舌を見せつける。

 

「べー!」

 

「ちょ、なのは?」

 

「ふぅ……どうやら、高町さんは彼女に洗脳されているようだ。

 ここは素直に引き下がるとしよう。

 次会った時に、貴女の事を解放してみせるよ」

 

 コピーロボットが首を竦めた後、俺達に手を振って踵を返す。

 遠ざかっていく背中を見送っている俺に、前に回り込んだなのはがジト目を向ける。

 

「静香ちゃん。あれ、誰?」

 

「だれとは?」

 

「なんか、あの人静香ちゃんぽかったの」

 

 す、鋭い。

 コピーロボットなので、魔力資質や細やかな癖などは俺と変わらない。

 なのははそれを敏感に察し、俺がなにかしたのではないかと疑っているのだろう。

 

 ……あれ?

 つまり、俺がオリ主的な行動をすると気持ち悪いという事?

 

「あ、あれ? 静香ちゃん?」

 

 がっくりと膝を折り、項垂れて四つん這い。

 頭上から困惑気味ななのはの声が落とされるが、俺は間接的に悪口を言われた事にショックを受けていた。

 

 わかってはいたよ、うん。

 俺みたいな存在が、オリ主みたいなカッコイイ行動ができない事は。

 でも、改めてなのはに突きつけられると、かなり心に来るなぁ。ガラスのハートに右ストレートを貰った気分だ。

 

「……私、ついていけない」

 

 ポツリと寂しげに漏れた美由希さんの言葉が、哀愁漂う付近を駆け抜けたのだった。

 

 

 

 

 



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第二章
第十二話 ある夏の一時


 結局、あれから落ち込んだ俺は、なのはに慰められながら家路についた。

 リビングでふんぞり返っていたコピーロボットと盛大に喧嘩し、ひとまずリニスの説教により今回の出来事は幕を下ろす。

 

 はぁ……踏み台転生者の道は険しい。

 まあ、自作自演でのオリ主では意味がないという教訓を得たし、収穫はあったのが不幸中の幸いだな。

 とりあえず、本物のオリ主か原作主人公を待つしかないという事だろう。

 

 それまで、俺はどのように行動するべきか。

 なんだかマンネリ化してきているんだよなぁ。

 馬鹿の一つ覚えのように、嫁嫁連呼しているだけでは芸がない。

 というより、最近はなのは達までが塩対応で上手くいかないのだ。

 

 うーん。

 やっぱり、張り合う相手がいないと、踏み台転生者としての行動が変なんだよな。

 踏み台とは文字通り、踏まれるための台なのだ。

 踏まれない踏み台など、桃子さん作のシュークリーム以外ぐらい存在価値がない。

 

『ここ最近、急激にヨーロッパ方面から日本へと観光客が増えていて──』

 

 美人アナウンサーが告げるニュースを尻目に、俺はリニスが作ってくれたそうめんをすすっていく。

 麺つゆに絡んだそうめんが口内で広がり、飲み込むとつるりとした喉越しが駆け抜ける。

 

 ふぁぁ……美味い。

 やっぱり、夏と言えばそうめんだよな。

 僅かに聴こえるセミの鳴き声に、窓から覗く快活に輝いている太陽。

 天井付近では絶賛エアコンが働いており、快適な空間の中で昼食を楽しむ。

 

「平和ですねぇ」

 

「だなぁ」

 

 向かい側の席で、頬を綻ばせてそうめんを麺つゆに浸すリニス。

 のんびりとした口調の言葉に頷きを返した俺は、緩んだ頭で思考を巡らせていく。

 

 踏み台転生者とはなにか。オリ主とはなにか。嫁とはなにか……。

 まるで、出口のない迷宮に迷い込んでしまったかのように。

 思考の坩堝にはまり込み、俺は答えのない問題を解くために足掻く。

 

《そもそも、疑問だったんですが》

 

 ぼんやりとそうめんを見つめていると、ドラちゃんが声を上げた。

 リニスも俺の方に意識を集中しており、自然と彼女の発言を待つ形となる。

 

 二対の視線に見つめられる中、胸元のデバイスは規則正しく点滅していく。

 

《何故、マスターは踏み台転生者になりたいのですか?》

 

「なんでって、カッコイイからだけど」

 

《本当に、それだけですか?》

 

 どこか確信が含まれた声色で、尋ねてきたドラちゃん。

 対して、俺は咄嗟に返事をする事ができなかった。

 

 まあ、自ら踏み台転生者になるのはおかしいよな、普通は。

 それこそ、オリ主のように悲しい原作をなんとかするとか、原作に関わりたくないと離れた立ち位置に納まるとか。

 大体の動き方は決まっているだろう。

 逆に俺のようなタイプは、他にそうそういないと自分でも思う。

 

「静香?」

 

「ん、なんでもない」

 

 不思議そうに問いかけてきたリニスに微笑み、首を振る。

 こんなシリアスの空気なんて、俺らしくない。

 いつものように、他人の気持ちを考えないで勝手気ままに振る舞う。

 それこそが、俺が踏み台転生者たる所以なのだから。

 

 一息ついて気持ちを切り替え、立ち上がって大仰に胸を張る。

 

「フゥーハッハッハッ!

 ドラちゃんはなにをバカな事を言っているんだぁ?

 絶世の美形に、他の追随を許さない強力な特典。

 そして、原作キャラに好かれて当然だと自信に満ち溢れた思い。

 こんな素晴らしい存在なのだぞ。むしろ、踏み台転生者になるべきだ!

 そもそも、オリ主とか修行しなきゃいけないから面倒だし、楽して強くなれる踏み台転生者の方が憧れるだろう?」

 

《…………はぁ》

 

「静香が楽しそうで良かったです」

 

 心底呆れ返った口振りでため息をつくドラちゃんに、微笑ましく頬に手を添えて目を細めるリニス。

 対照的な二人の様子を尻目に、俺は今までの憂鬱な考えを吹き飛ばす。

 

 幸運にも、ドラちゃんのお蔭で自身を見つめ返す事ができた。

 踏み台転生者なのだから、悩むだけ時間の無駄。

 思いついた事から行動に移し、今生を全身全霊で謳歌する。

 ただ、それだけだ。

 

「ハーハッハッハ!

 そうと決まれば、話は早い!

 今から嫁達を誘いにいくぞ!」

 

「先に、昼食を食べてからにしてくださいね?」

 

 勢い込んでリビングに出ようとしたのだが、いつの間にか側にいたリニスに首根っこを掴まれる。

 優しく椅子に座り直され、目の前で笑みを浮かべる彼女に、俺は慌てて頷いてそうめんを喉に流し込む。

 

「うっ! ゲホッ、ゲホッ!?」

 

「ああ、そんな急いで食べるから!」

 

 喉に麺が詰まり、目を見開いて痙攣する俺。

 慌てた様子のリニスが駆け寄って背中をさすってくれたので、水を飲みながらゆっくりと深呼吸して身体を落ち着かせていく。

 

 ふぅ……ふぅ……危なかった。

 まさか、そうめんで死にかけるはめになるとは。

 死因がそうめんとか、シャレにならないほどかっこ悪い。

 せっかく、カッコよく決まったところなのに、これでは出落ち要員ではないか。

 

《マスターが出落ちでなかった日があったでしょうか……?》

 

 う、うるさい!

 正直、俺も自分の存在が色物だと自覚しているけど。

 そんなズバズバと言う事ないじゃないか。ドラちゃんは俺の相棒なのだが、こうして人が気にしているところを告げる困ったちゃんなのである。

 

「落ち着きましたか?」

 

「ああ、ありがとう。

 やっぱり、リニスは優しいなぁ」

 

 ドラちゃんとは対照的に、柔らかく包み込むような慈愛を持つリニス。

 抱きついて頭を押しつけると、優しく撫でてくれる。

 

 うぅ……リニスは神か。

 聖母の如く癒してくれるので、恥ずかしさとか抜きに素直に甘えられるのだ。

 もし、リニスが困っている事があったら、絶対に助けよう。

 それが、彼女から受けた恩を返す事に繋がると思えるから。

 

「ゆっくりと食べましょうね?」

 

「うん、わかった」

 

 リニスから離れて箸を持ち、再度そうめんに挑戦していく。

 今度は気をつけたからか、上手く喉に流し込む事に成功した。

 あれだな。食べ物はもっと味わって食べなきゃ作ってくれた人に悪い。

 リニスが俺のために作ってくれたのだから。

 

 待てよ。

 リニスが作るという事は、つまりリニスの手料理。

 俺はそれを食べており、そしてリニスは俺と嫁契約を結んだ。

 ……なるほど。これが嫁の手料理というものだな!

 

「リニス、いつも美味しい料理ありがとう」

 

「突然どうしたんですか?」

 

「だから、愛しているぞ嫁よ!」

 

「すみません。

 静香の中で自己完結しないで、私にもわかるよう説明してくれませんか?」

 

 困った様子で眉尻を下げるリニスを見て、俺は指を立てて優しく語りかける。

 

「いいか?

 この料理はリニスが作った、つまりリニスの手料理だ」

 

「はい、そうですね」

 

 頷いたのを確認した後、立てる指を二本に増やす。

 

「次に、俺はリニスと嫁契約を結んだよな?」

 

「使い魔契約ですね」

 

 訂正を入れてきたが、意に介さず薬指も立てて見せる指を三本にする。

 

「だから、リニスと俺は相思相愛。つまり、愛しているという事だ!」

 

「……」

 

 ドヤ顔を披露した俺に、リニスは額に手を置いて声も出ない様子だ。

 失礼な反応だな。見事な三段論法だっただろう。

 なぁ、ドラちゃん。お前もそう思うよな?

 

《これがストーカーになる人の思考ですか……》

 

 ちょっと待て。

 ドラちゃんの解釈は、ものすごーく間違えている。

 そもそも、踏み台転生者というのは原作キャラを追いかける存在なのだから、ストーカーと言い換えても全くもって問題ない。

 なので、俺のはストーカーになる人の思考ではなく、既にストーカーな人の思考というわけだ。

 

《ダメだこのマスター》

 

 ドラちゃんはもう少し俺に優しくしてくれてもいいと思うの。

 最近、なのは達も冷たいんだから、相棒まで俺の言葉を戯言と切り捨ててきたら……

 

「静香? 泣いているんですか?」

 

「ち、違うし!

 ちょっと麺つゆが目に入っただけだし!」

 

 ゴシゴシと目元を拭っていると、胸元から優しげな声が上がる。

 

《マスター。今度からマスターの事を慮りますね》

 

「なにか困った事があったら、気軽に相談してくださいね?」

 

「あ、ありがとう」

 

 うぅ……二人の優しさに癒される。

 やっぱり、ドラちゃん達は俺の大切な存在だ。

 俺の変化にすぐ気がついて、こうして語りかけてくれるのだから。

 嬉しくて思わず笑みを零していると、リニスが不思議そうに小首を傾げる。

 

「どうしました?」

 

「なんでもない!

 それより、ほら。さっさとそうめんを食べよう!

 これからなのは達のところに行くんだからさ」

 

 それから、気持ち早めに麺を咀嚼していく俺達。

 暫くそうめんをすする音が響き、次いでテレビ画面で流れるニュースを耳に入れる。

 

『──イタリア近海で、昔の海賊船が発見されたもようです』

 

「海賊船だと!?」

 

 慌てて視線を転じると、海賊船を引き揚げている写真が映っていた。

 見た目は古ぼけており、いかにも宝がありそうな雰囲気を醸し出している。

 

 海賊船……宝……冒険!

 元男としては、ひじょーに惹かれる単語ではないか。

 ドラえもん達だって、様々な冒険をして成長していったんだし。

 俺が冒険をしたいと思っても、なにも間違っていないだろう。

 つまり、なのは達を連れてカッコイイところを見せても問題ない!

 

《ですが、アリサさん達は家族旅行に出かけていますよ》

 

「……そうだった」

 

 ドラちゃんの言葉で、俺は今が夏休みだという事を思い出した。

 ついでに、アリサ達が全員いない事にも。

 

 ……寂しいな。

 リニス達がいるとはいえ、いつも一緒だったなのは達がいないのは。

 胸中を過ぎるモヤモヤに蓋をしつつ、俺はテレビを見ているリニスに声を掛ける。

 

「たまには、二人で散歩でもするか」

 

「いいですね。

 今日は天気もいいですし。それか、プールにでも行きますか?」

 

「リニスの水着姿か……見たいな」

 

 きっと、凄く似合うんだろうなぁ。

 リニスはめちゃくちゃ綺麗だし、身体も豊満で男なら前屈みになるだろう。

 そんな彼女が使い魔で、俺としては大変誇りたい気持ちです。

 

 そんな風に考えていると、リニスは頬に手を当てて微笑む。

 

「そんなに煽ててもなにも出ませんよ」

 

「煽てたつもりはないけど」

 

「はいはい。

 じゃあ、昼食を食べたらプールに行きましょう。

 水着や日焼け止めの準備をしなくっちゃ」

 

 既に食べ終わっていたようで、リニスは食器を持って流し台の方へ去っていった。

 その後ろ姿を見送りながら、俺も残り僅かなそうめんを平らげていく。

 

「ふぅ……ご馳走様」

 

《マスター》

 

「んー?」

 

 尋ね返した俺の言葉を聞き、ドラちゃんはしみじみとした声音で告げる。

 

《平和っていいですね》

 

「だなー」

 

 机に顎を乗せ、足をブラブラとさせる。

 聖祥小学校に入学してから、早半年。

 色々な事があったが、なんだかんだ言って楽しかったな。

 と、感傷に浸るのはあとだあと。

 

 椅子から飛び降りた俺は、食器を持ってリニスを追いかけるのだった。

 

 

 

 ──小鳥遊家は、今日も平和です。

 

 

 

 

 



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第十三話 リニスとプールデート

 水着などを準備した俺達は、近くの市民プールへと赴いていた。

 今が夏休みだからか、中は非常に混んでいる。

 家族連れではしゃいでいる子供や、イチャつくカップルども。

 他にも、ナンパをしようとキョロキョロしている日焼け男達なんかも見つけてしまう。

 

 まあ、夏と言ったら出会いの季節だよな。

 開放的になる夏休みに、プールという水着美女達が蔓延る神聖な場所。

 男達が少し積極的になるのも、仕方がない事なのだろう。

 

「人が多いですね」

 

「だな」

 

 白色のパーカーを着込んでいた俺は、浮き輪を手に持つリニスに顔を向けた。

 彼女はレモン色のビキニをしており、眩い珠の肌を惜しげもなく晒している。

 下にはパレオを着けているので、自然と肉つきの良い太ももに目を奪われてしまう。

 

 正直、グッジョブと言わざるを得ない。

 リニスは猫型使い魔だから泳げないかと思ったのだが、意外や意外。頑張って練習して泳げるようになったのだとか。

 豊満な身体を揺らしてウズウズしている様子は、普段の落ち着いた姿と違い、なんというか凄く良いです。

 

《マスター、何故私をロッカーの中に!》

 

 思わずニヤけていると、脳内にドラちゃんの念話が駆け抜けていった。

 なんでと言われてもな。ドラちゃんはネックレスなのだし、万が一濡れて故障でもしたら大変だろう?

 

《あのぉ。私、一応神様製のスーパーデバイスなんですけど》

 

『念のためだよ、念のため。

 とりあえず、ドラちゃんはそこでまったりとしてなって』

 

《狭い暗闇の中では安静にできないと思いますが》

 

 ジト目の如き返事は、無視した。

 思いっきり伸びをした後、パーカーのポケットに手を突っ込む。

 

 さて。

 こうしてプールに来たわけだが、まずはなにからしようか。

 定番のウォータースライダーも面白そうだし、流れるプールで浮かぶのも良いな。

 とりあえず、リニスと相談してから決めるか……

 

「あれ、リニスは?」

 

 キョロキョロと辺りを見渡せば、浮き輪に乗って流れるプールを楽しんでいるリニスを発見。

 全身を脱力させて浮かんでおり、顔全体が緩みきっている。

 

「しずかー、しずかもこっちに来たらどうですかぁ」

 

 間延びした口調で、手招きしてくるリニス。

 ……まあ、リニスが楽しんでいるようでなにより。

 しかし、思わず呆れた表情を浮かべてしまった俺は悪くない。

 

 リニスはクルクルと浮き輪を回し、器用に人混みを渡っていく。

 若干マナーが悪い行動なのだが、リニスがあまりにも楽しそうにしているからか、周りの人はどこか微笑ましく見守っている。

 

 青の水玉浮き輪に乗る、黄色水着の美女。

 絵になると言えば、絵になっている。ただ、どこか間抜けな絵面感は拭えないが。

 と、見ている場合ではないな。

 

「リニスー。

 俺は荷物を置いてくるから、お前は楽しんどけ」

 

「りょうかいしましたー」

 

 手を挙げて答えたリニスの姿は、プールに流されて見えなくなった。

 とりあえず、特に大きな問題はなさそうで良かったな。

 にしても、まさかリニスがあそこまではっちゃけるとは。

 俺よりプールを楽しみそうで、なんとも言えない気持ちだ。

 

「さて、荷物をどうしようか」

 

 貴重な物は四次元ポケットに入れているため、最悪盗まれても構わない。

 だからと言って、盗まれたいとは思っていないが。

 

 他の人が荷物を置いてあるスペースまで近づき、空いている場所に荷物を下ろす。

 レジャーシートやパラソルをセッティングし、上手くできたので満足して座り込む。

 両手を後ろについて足を伸ばしながら、俺はプールにいる人達を見回す。

 

「みんな、楽しそうだな」

 

 それもそうだろう。ここには遊びに来ているのだから。

 誰も彼もが笑顔で、このプールには幸せが満ち溢れている。

 

 ……あぁ、いいなぁ。こういうの。

 踏み台転生者としてではなく、一人の俺として休日を謳歌する。

 ここにはなのは達はいない。つまり、原作キャラはリニスだけなのだ。

 

 元々、リニスは俺と使い魔契約を結んでいるので、嫁と言うのはいつでもできる。

 ならば、こんな日ぐらい羽を休めてもいいのではないだろうか。

 もちろん、踏み台転生者としての日々が辛いと思った事は一度もない。それどころか、踏み台転生者として充実した日を送っていると断言できる。

 

 ……思ったより、疲れていたのか。

 肩の力が抜けるような、胸中に燻っていた感情が落ち着いたような。

 気持ちのリセットができたようで、それだけでもここに来た甲斐があった。

 

「ふぁぁ……」

 

 気が緩んでいたからか、あくびが漏れてしまう。

 滲む涙を拭った後、俺は寝転がって頭の後ろで腕を組む。

 リニスを追いかけて泳ごうかと思っていたが、こうして日陰で昼寝するのも一興。

 少し眠らせてもらお──

 

「ねぇねぇ、お嬢ちゃん」

 

 頭上から声を掛けられたので、瞑っていた目の片方を開く。

 片目の視界に映ったのは、どこか軽薄さが漂う笑みを浮かべる男性二人組だった。

 鍛えられた身体が日焼けしており、整った顔と染められた金髪から、いわゆるチャラ男という人種だろう。

 

 というか、見た目小学一年生の俺に声を掛けるとか。

 まあ、俺が超絶可愛い美幼女なのは認めるし、こうして年齢差関係なく見惚れるのも自然の摂理だ。

 しかし、まさかこのご時世に声を掛けるのは、少々を通り越して無謀ではないか?

 

 身体を起き上がらせてあぐらをかき、不思議そうな目で男達を一瞥。

 再び漏れるあくびを噛み殺し、できるだけあざとく見えるよう小首を傾げる。

 

「なにか用?」

 

「うっほー、この子めちゃくちゃ可愛いじゃん!」

 

「本当にな。

 声を掛けて当たりだったぜ」

 

 なにやら、二人の間で盛り上がっている様子。

 ふふん。仕方ないなぁ。俺に魅了されて声を掛けちゃったのなら、しっかりと相手してあげなきゃいけないよな。

 勇気を持って話しかけてきた二人のために、一肌脱いでみせよう。

 

 自然と笑みが浮かんだ俺は、男達に近づいて上目遣いをする。

 純粋な色が含まれた眼差しを送ると、彼等は頬を赤らめて鼻を抑えた。

 

 くっくっく。

 ロリコンホイホイとは俺の事だ。

 ほらほら。嬉しかろう。こんな美少女に見つめられて、飛び上がらんばかりに喜びたいだろう?

 まったく、老若男女問わず魅せる俺って、本当に罪作りな女だな。

 

 前世が男なのに、こんな事をしていてあれだろうが。

 正直、女の子になったらなったらで、ぶりっ子をするのが意外と楽しい。

 流石にアイドルのような仕草まではできないが、こうしたちょっとした遊びなら抵抗はないのだ。

 

 だから、俺はこのようなあざと可愛い行動もできる。

 パチパチと瞬きをして唇に指を添え、身体を揺らしながら微笑む。

 

「おにーさん、どうしたの?」

 

「うっ……」

 

 俺の行動に、男達はタジタジな様子だ。

 なんだ。ナンパをしてくるぐらいだから、もう少し骨があるかと思っていた。

 せっかく、演技までして見てもらったのに。

 まあ、いいや。仕方ない。後は、適当にあしらって退場して──

 

「静香、こちらに来ないんですか?」

 

「あ、リニス」

 

 男達の間から、こちらに近寄るリニスの姿を捉えた。

 水を滴らせているその様子は、端的に言ってすごーくエロい。

 思わずキュンとしてしまい、照れくささから視線を外す。

 そんな俺の変化を見て、男達も振り返って石像のように固まってしまう。

 

「す、すっげー美人じゃん」

 

「あ、ああ」

 

「あの、どちら様でしょうか?」

 

 警戒する素振りで尋ねたリニスに、彼等は勢い込んで近づいてまくし立てる。

 

「なぁなぁなぁ!

 今から俺達と遊びに行かね!

 いや、行こうぜ!」

 

「そうそう!

 オレ達泳ぎも上手いからさ、あんたの泳ぎを見てやれるぜ!」

 

「え、えぇと……?」

 

 矢継ぎ早に告げられたからか、リニスは困った様子だ。

 視線を彷徨わせながら、どう断ろうかと思案にふけっているように見える。

 対して、俺は胸中に過ぎるモヤモヤを抑えていた。

 

 ここで、リニスに声を掛けるか。

 確かに、彼女は俺と並ぶ……いや、俺以上に魅力的な女性だ。

 だから、男達の行動は間違っていない。リニスをナンパする事に違和感はないのだが……

 

「ねぇ、おにーさん」

 

「ん、なんだよ──」

 

 鬱陶しそうに振り返った男達は、俺の顔を見て目を大きく見開く。

 その対応は酷いな。俺はただ、さっきと同じように笑っているだけなのに。

 一歩踏み込んで下から彼等を覗き込み、今の気持ちが表情に乗るよう彩らせる。

 

「彼女は、私のツレなの。

 私の(・・)許可なしに、声を掛けないでくれないかな?」

 

「ひっ!?」

 

 優しく問いかけただけなのだが、男達は大層失礼な返事をしてきた。

 顔色を真っ青に染め上げ、脱兎のごとく駆け足で逃げていく。

 ……ったく。初めから逃げるなら、俺達に声を掛けるなっての。

 

「今のは、なんだったんでしょうか」

 

「あれはナンパだよ。

 リニスがあまりにも可愛かったから、あいつらが話しかけたって事だな」

 

「私って、可愛いんですか?」

 

 目を丸くしているリニスの言葉を聞き、俺は大きく頷いて胸を張る。

 

「当たり前だ!

 なんたって、リニスは俺の嫁なんだからな!」

 

 いつもなら、ここでリニスがなにかしら言葉を返してくるのだが。

 今回に限っては、顎に手を添えて考え込む素振りを見せていた。

 

 一体、いきなりどうしたのだろうか?

 なんだか反応が鈍いし、お約束的に受け流したりもしていない。

 ……はっ。まさか、ようやく俺の嫁になる事を受け入れたのか!

 

 思えば長かったなぁ。

 嫁契約を結んだのに、こうして合意してくれるまで時間がかかった。

 しかし、今回始めて良い反応が窺えたので、俺の頑張りは無駄でなかったのだろう。

 

 ふっふっふ。

 俺の踏み台街道も軌道に乗ってきたな。

 後は、なのは達を嫁にして、原作主人公に対抗すれば完璧!

 

 バラ色の未来にニヤけていると、リニスはどこか寂しげに微笑んで俺の頭を撫でる。

 

「静香。

 私は、ずっと貴女の側にいますからね」

 

「ん?

 つまり、それは俺の嫁になるって事か?」

 

「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」

 

「フーハッハッハッハッハ!

 案ずるな、嫁よ。お前の俺への愛はしっかりと伝わっているからな!

 だから、リニスは安心して俺に身を委ねるがいい!」

 

「ちょ、皆から注目されていますから!」

 

 必死な様子で捕まえようとしてくるリニスから、俺は身を翻して回避。

 伸ばされた手は空を切り、彼女の頬が微かに引き攣り始める。

 

「なるほど。

 嫁は俺と追いかけっこがしたいのだな。

 ならば、他人の迷惑にならないよう、歩き鬼をしようぞ」

 

「だから……うぅ、もう!

 わかりましたよ。静香を捕まえてお説教をしますから!」

 

 待て。

 リニスのお説教はシャレになっていない。

 自然と身震いした俺は、これは逃げ切らなければと早歩きを開始。

 リニスも同じような速度で追いかけており、どこかシュールな雰囲気が漂う。

 

 ともかく、こうして俺とリニスの緩やかな鬼ごっこが始まったのであった。

 

《いいですねー、マスター達は楽しそうで。私もキャッキャッウフフをしたかったです》

 

『それは、うん。ごめん』

 

 逃げている途中、ドラちゃんからチクチクと嫌味を言われるのだった。

 

 

 

 



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第十四話 静香の変身

「ふんふふ~ん」

 

 鼻歌を歌いながら、俺は足取り軽く歩む。

 横目で流れるプールを捉え、その周囲をなぞるように回る。

 時折、すれ違った俺の姿を二度見する人がおり、やはりこの顔は客観的に見ても美形だと理解できるだろう。

 

 まあ、ナンパされたからわかっていた事だけど。

 にしても、ここのプールで遊んでいる人達は、一体どうなっているのだ。

 十人中八人ほど振り返るとか、ロリコンが多すぎませんかね。

 それとも、彼等の性癖を変えてしまうほど、俺が可愛いのだろうか。

 

「あの子、迷子かな?」

 

「外国人っぽいし、話しかけても通じるか?」

 

 ……そうだよな。

 普通に考えて、こんな小さい子が一人なら迷子だと思うか。

 良かった。この市民プールにはロリコンなんて存在はいなかったんだ。

 

「ハァハァ……」

 

 うん。きっと、今の人は体調を崩していたんだろう。

 目が血走っていたのも、プールに浸かりすぎて炎症を起こしたに違いない。

 気持ち早めに歩く速度を上げた俺は、休憩所にチラシが貼られているのを発見。

 近づいて見てみると、どうやら今日行われるコンテストの内容のようだ。

 

「ふーん。

 飛び込む時のポーズを競う大会ねぇ」

 

 市民プールなのに、中央付近に鎮座していた飛び込み台。

 あそこから飛び込む時の美しさを争うらしい。

 

 というか、危険じゃないか?

 普通に考えてクレームとか来そうなものだが。

 しかし、このコンテストは毎年恒例のお祭り行事らしい。

 海鳴市のおおらかさが謎すぎる。

 これも、元が二次元という影響なのだろうか。それとも、元々市民プールには飛び込み台が付属されているのだろうか?

 前世も含めて市民プールに行った試しがないから、実際のところはよくわからないな。

 

 首を捻りながら目を通していると、景品の欄に目がつく。

 ほうほう。駅前近くの商店街と連携しているのか……なっ!?

 

「商店街無料券だと!?」

 

 しかも、五千円分!

 コンテストにしたら少ないとか、色々とツッコミどころは多いけども。

 この無料券を使えば、翠屋でシュークリームが食べ放題なのではないか!?

 

 ……うっ、バイバインのトラウマが。

 いやいやいや。今度は無料券を使うのだから、あの時のような失敗は繰り返さないはず。

 つまり、このコンテストで優勝すれば、俺は合法的にシュークリームを食べられる!

 

「見つけましたよ、静香!」

 

「リニス!

 俺はこのコンテストに出るぞ!」

 

「はい?」

 

 振り向いてチラシを指差した俺を見て、リニスは首を傾げて疑問符を浮かばせた。

 しかし、直ぐに我に返ったのか、腰に手を当てて眉を上げる。

 

「もう、どうして逃げたんですか」

 

「それはリニスが追いかけてきたから。

 ほら、夕方の浜辺で待てー追いかけてみろってー的な感じ?」

 

「私達はどこのカップルですか……」

 

「むしろ、夫婦だな!」

 

 自信満々に胸を張れば、リニスは嘆息して肩を竦めた。

 すると、レモン色のビキニに包まれた胸が、たゆんと柔らかく揺れる。

 

 見せつけてくれるじゃないか、リニスよ。

 さり気ない仕草まで愛らしいとは、やはりリニスは素晴らしい女性だ。

 愛らしいというより、エロ可愛いという感じなのだろうが。

 

「今、いやらしい事を考えたでしょう」

 

「うむ。

 嫁の偉大さを再認識していたな」

 

「……開き直られると、それはそれでなんかモヤモヤしますね」

 

 微妙な表情を浮かべたリニス。

 そんな事を言われてもな。リニスがエロ可愛いのは当たり前の事だし、わざわざ恥ずかしがって隠すような考えでもない。

 そもそも、踏み台転生者として恥も外聞もなくしているのだがら、俺の思考など今更だ。

 

 と、話が逸れた。

 改めてチラシに目を向け、優勝景品について説明していく。

 俺の話を黙って聞いていたリニスは、一つ頷いて表情に笑みを落とす。

 

「いいんじゃないですか。

 普通なら子供が出るなって止めるでしょうけど、まあ静香ですし」

 

「それ、褒めてるのか?」

 

「ええ、それはもう凄く賞賛していますよ」

 

「そ、そうなのか」

 

 やった!

 リニスに褒められたぞ。彼女に褒められるのは、なんというか非常に嬉しい。

 思わずテレテレしている俺を尻目に、リニスは腑に落ちない様子でチラシに視線を転じる。

 

「ですが、子供の静香はコンテストに出場できるのでしょうか」

 

「ふっふっふ。

 それについては、心配無用だ。ちゃーんと考えていたからな!」

 

「そうなんですか?」

 

 小首を傾げるリニスに笑いかけ、俺はポケットからあるひみつ道具を取り出すのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

『──さあ、今年も始まりました! 海鳴市飛び込みコンテスト!』

 

 実況者の声を聞き、観客達は歓声を上げた。

 俺の周りにはコンテストの参加者がおり、柔軟体操など各々が準備している。

 見たところ、男性の方の比率が大きいようだ。

 

「よっ、ほっ」

 

 俺も準備体操をしていると、四方八方から視線を注がれる。

 まあ、それも無理はない。現在の俺は、文字通り絶世の美女なのだから。

 

 あの時、ポケットから取り出した道具。

 それはドラえもんの中でも有名な、“タイムふろしき”だ。

 表と裏で色が違うこの道具を使えば、包んだ人や物の時間を操る事ができる。

 つまり、タイムふろしきで俺を包み込み、大人の年齢まで時間を進めたというわけだ。

 

 よって、今の俺の姿は二十歳ほど。

 白銀の髪は腰まで伸ばしたまま、身体の肉付きが人体の黄金比の如く整っている。

 身を包む白のビキニは絶妙に似合っており、今ならナンパ待ちの行列ができるほどだ。

 ちなみに、服や水着に関しては、“きせかえカメラ”という道具で調達した。

 

「さて……」

 

 正直、男の意識がある身からすれば、数多の視線に晒されるのは心地よくない。

 見られる分には全く構わないのだが、やはりそこに性欲を感じると、な。

 まあ、これも有名税と思っておこうか。ついでに、男達にサービスしてやろう。

 

 髪を払って微笑むと、彼等は一様に赤面して目を逸らした。

 ふっ、初心よのう。我が笑顔に魅了されてしまったか。

 さながら、今の俺は蜂に群がられている花だな、なんて。

 内心で自画自賛していると、女性参加者が気味悪そうにこちらを見ていた。

 

「なに、あの人。ナルシスト?」

 

 ぐふっ。

 た、確かに。今の俺の行動は、巷でも嫌われるぶりっ子的なものだ。

 流石にやり過ぎたか。いくら自分の容姿に自信があるからとはいえ、やたら愛想を振りまくのもおかしいよな。

 しかも、これは神様製のいわゆるドーピングのような物だし。むしろ、もう少し謙虚になるべき?

 まあ、俺が謙虚になれるはずがないのだが。

 

 と、いよいよコンテストの時間となった。

 実況者に紹介された参加者達は、各々が飛び込み台から華麗に飛び降りていく。

 それに審査員が点数をつけ、実況者によって発表される。

 

「思ったより、しっかりしてるな」

 

 ローカル番組としても、充分に使えそうな規模だ。

 いや、もしかして。実は、カメラとかが待機していたりしないか?

 可能性としてはありそうだな。毎年恒例のようで、コンテストが盛り上がっているし。

 

『今年も白熱していますね!

 次の選手は……なんと、次の人は飛び入り参加のようだ!

 では、早速登場してもらいましょう!

 エントリーNo.7、静香選手だー!』

 

 その声に合わせて、俺は飛び込み台の先端に立って手を振った。

 すると、会場からどよめきと歓声が湧き上がる。

 

 さて。

 上手く飛び込みをできるかどうか。

 この身体のスペック的に、そうそう下手な失敗はしないと思うが。

 飛び込みなんてした事がないので、正直不安な気持ちはある。

 

 お、リニスをはっけーん。

 彼女と別れた後に変身したから、この状態で会うのは初めてだ。

 だからだろう。リニスがまん丸な目を更に丸くして、間抜けな表情を晒しているのは。

 

『これは、予想以上の方ですね!

 彼女はどんな飛び込みを魅せてくれるのでしょうか、今から期待で胸が膨らんでしまいます!』

 

『膨らんでいるのは、胸だけ──』

 

『さあ、早速静香選手には飛び込んでもらいましょう!』

 

 あの、審査員さん。

 今の発言、どう考えてもセクハラですよ。

 実況者も大変だなぁ。上手く受け流さなければいけないんだから。

 と、思考が逸れた。

 

 下のスタッフが旗を上げて合図をしたので、俺は飛び込み台の後ろの方まで下がる。

 大きく伸びをした後、足踏みをして勢いよく手を上げる。

 

「いきますっ!」

 

 助走をつけて前方へと倒れ込む。

 直ぐに手をついて身体を回し、連続でバク転を決めていく。

 狭い飛び込み台でこんな馬鹿な行動をしたからか、観客から悲鳴が上がる。

 

 驚くのはまだ早い。勝負はここからだ!

 台の先端まで行った瞬間、俺は思い切り押して反動で宙に身を投げだす。

 その勢いのまま空中で丸まると、回転しながら重力に従って落ちていく。

 

『こ、これは!?』

 

 驚愕した声を上げた実況者を尻目に、俺は身体をピンと綺麗に伸ばして一本槍となる。

 最後は指先から着水。プールの奥底まで潜ったら、足を揃えて動かす。

 

「ぷはぁっ!」

 

 水面から顔を覗かせた俺は、頭を振りながら水滴を飛ばして髪を払う。

 そして、審査員達に向けてにっこりと笑顔。

 

 ふぅ……上手くいったかな。

 我ながら、中々無茶な飛び込みをしたのではないだろうか。

 この身体ならいけると思っていたが、予想以上に噛み合って良かった。

 

 プールから出て伸びをした後、結果を見るために審査員達の方に目を向ける。

 

『す、凄まじいですっ!

 我々の予想を遥かに上回る、常識外れの飛び込みを見せてくれました!

 さあ、気になる結果はどうでしょうか!』

 

 実況者の言葉が合図だったのか、審査員達が点数を発表していく。

 ……よっし、満点!

 

 思わずガッツポーズを取り、満面の笑みでリニスに手を振る。

 

「やったぞー!」

 

 自然と観客達も視線の後を追い、リニスに無数の注目が浴びてしまう。

 当然、その事に気がつかないはずなく、彼女は赤面して身を縮こまらせていた。

 

『静香選手は友達に飛び込みを見せたかったみたいですね。

 では、次の選手の紹介です──』

 

 実況者の声を耳に入れつつ、俺はスタッフに案内されて選手達が待機している場所に赴く。

 そこでは先ほどと違い、驚いた様子の選手達が俺の顔を凝視していた。

 

 ふふん。

 どうだ、凄いだろう。

 これが神様スペックで、踏み台転生者としての力だ。

 ドヤ顔を披露した俺を見て、彼等はなにかを察したように目を逸らした。

 

 え、なにその反応?

 普通に傷つくのだけど。

 ……ま、まあ、俺の凄さに恐れをなして逃げたと思っておこう。

 

 微妙な心境になった俺は、それからは大人しくコンテストが終わるのを待っているのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 なお、これは余談だが。

 コンテストはもちろん、俺が優勝して商店街無料券を手に入れられた。

 しかし、危ない真似をしたからと、リニスにそれは没収されてしまう。

 そして、ローカルテレビに俺の勇姿が撮られていたようで、その番組を見たなのは達が色々と問い詰めてきて大変だった。

 

 結局、俺がコンテストに出ても、なに一つ得るものはなかったのだ。

 

《私をほったらかした罰ですよ》

 

 ……最後に、この日から暫く、ドラちゃんが俺をいびるようになる。

 うぅ……。

 繊細な俺のハートでは、ドラちゃんの言葉は痛いのに。

 

《なにか言いましたか、偽美少女さん》

 

「調子に乗ったのは謝るから!

 だから、俺に偽をつけるのだけはやめてー!」

 

《人工物の美少女》

 

「ぎゃー!」

 

 こうして、俺のプールデビューは、散々な形で幕を下ろすのだった。

 

 

 

 

 



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第十五話 海賊船を見るために過去へ

 リニスとプールデートをしてから、幾日か過ぎ。

 なのは達も旅行から帰ってきたので、こうして俺の家で集まる事となった。

 現在は俺の部屋で寛いでおり、各々の土産話を語り合っている。

 そして、ある程度話も終わった後、俺は前から考えていた内容を明かす。

 

「冒険をするぞ、嫁よ!」

 

 勢い込んでそう告げるが、返ってくる言葉は芳しくない。

 

「あのねぇ……旅行から帰ってきた私達に、一体なにをさせるわけ?」

 

「うん。

 しばらくはゆっくりしたいよ」

 

 ぐぬぬ。

 すずか達は冷たいな。

 せっかく、久しぶりに会えたのだから、もう少し俺の言葉に乗ってくれていいと思うの。

 なあ、お前もそう思うだろ、なのは?

 

「にゃはは。

 わたしも、アリサちゃん達に賛成かな」

 

「なんだと!?」

 

 なのはも裏切るのか!?

 じゃあ、冒険したいと思っているのは、俺だけという事か?

 密かに愕然としていると、机に頬杖をついたアリサが口を開く。

 

「で、どこに冒険しに行こうと思ってたの?」

 

「あ、ああ。

 最近、テレビで海賊船を見たからな。海賊の宝探しをしたいと考えていた」

 

「ふぅん。

 随分と、男の子っぽい考えをしているのね」

 

 まあ、俺の前世は男だし。

 女性の意識が増えてきたけど、心の奥まで女の子になったつもりはない。

 つまり、こうして俺が冒険心を持っていても、なんら問題はないというわけだ。

 

 ……というか。

 てっきり、アリサ達なら即答で俺の提案に賛成してくれると考えていたのに。

 ポケットに色々と準備も終わらせ、後は出掛けるだけなんだけど。

 だから、さ。今からでも考えを改めない……あ、そうですか。

 

「もう、いい!

 お前達がそんなに腑抜けだとは思わなかったぞ!」

 

 立ち上がった俺は、部屋の勉強机の方に向かっていく。

 

「し、静香ちゃん?」

 

「お前達が来ないのなら、俺が一人で行くからな!」

 

「えっと、いきなり引き出しを開けてどうしたの?」

 

 すずかの問いかけを無視して、俺は引き出しの中に入り込む。

 引き出しの縁に手を掴み、唖然と目を見開いている彼女達に言う。

 

「ちょっと、海賊船を見に過去に行ってくる」

 

「は、え?」

 

「じゃあな。

 リニスには話を通しておいたから、あいつによろしく!」

 

「あ、ちょ──」

 

 引き出しの中は別の場所に繋がっており、そこに置いてある機械に降りた。

 辺りを見渡せば、歪んだ時計がそこらじゅうに描かれてある。

 

 そう。

 俺が今乗っているこの機械は、ドラえもんの道具の一つ。“タイムマシン”だ。

 この道具を使えば、過去や未来に行けるという凄い物なのである。

 

《本当に行くんですか?》

 

「みんなに行くって言っちゃったし、ここで帰ったらあれじゃん」

 

《はぁ、そうですか》

 

 気のない返事をするドラちゃんを尻目に、俺はタイムマシンの時間をセットしていく。

 えーっと、海賊船が沢山あった時代は、ネットで調べておいたな。

 たしか、四百年ほど昔だったはず。場所は適当にヨーロッパ方面で。

 

「よし、これで後は行くだけだな。じゃあ、早速しゅっぱ──」

 

「わわっ!?」

 

「──つ?」

 

 ドシンと背後でなにかが落ちる音を聞いた瞬間、タイムマシンは起動して進み始める。

 後ろを振り向いてみれば、なんと目を回しているなのはがそこにいたのだ。

 

「なのは!?」

 

「ふぇ?」

 

《……旅の道連れが、一人追加ですね》

 

 と、ドラちゃんが告げた通り、俺となのはの時間旅行が開始されるのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 無事に過去にたどり着いた俺達は、タイムマシンの側に空いた黒い空間に飛び込み、外に出た。

 景色はいかにも昔のヨーロッパ風で、それだけでテンションが上がる。

 

「おお……!」

 

「あの、静香ちゃん。ここって、どこ?」

 

 裾を摘んで尋ねてくるなのは。

 ああ、そうだ。

 なのはもこちらに来てしまったんだし、改めて説明しなければいけないな。

 

 振り向いてドヤ顔を披露し、大仰に胸を張って口を開く。

 

「ここは四百年ほど前のヨーロッパ。つまり、海賊が一杯いる時代だ!」

 

「よ、四百年前……?」

 

 流石に半信半疑なのか、なのはは訝しげな視線を送ってくる。

 まあ、そう思うのも無理はない。

 過去に行く事は人類の夢であるが、現在の技術では難しいだろう。

 

 しかし、それは普通の人の場合だ。

 俺が使っているのは、ドラえもんのひみつ道具。転生者特典なのである。

 だから、俺達が過去に行けるのは当たり前というわけだ。

 

「とりあえず、ここは四百年前だと覚えておくのだ」

 

「う、うん。

 でも、本当に四百年も前なの?」

 

「だったら、あれを見てみろ」

 

「あれ?」

 

 俺の指差した先を追ったなのはは、目を丸くして驚愕を露わにした。

 ドクロのマークが旗に描かれている、一つの船。

 映画や漫画でよく見ると思うが、つまりあれは海賊船に違いない。

 

 と、いう事で。

 早速、目的である海賊船を見つけられたわけだが。

 万が一の可能性を考えると、自衛の手段は持っておいた方がいいよな。

 

 ポケットに手を突っ込み、自衛になる物を考えながら取り出す。

 すると、手には“透明マント”と“空気砲”が握られていた。

 

 ほうほう、これか。

 どちらもひみつ道具の中でも、有名な方だろう。

 透明マントは文字通り、これを頭に被れば透明になる事ができる。

 今回のような場合、海賊に見られないために良い。

 

 空気砲の方も、言わずもがな。

 これは「ドカン」と言うと、筒の中から空気の衝撃波が放たれるたのだ。

 自衛手段としては、かなり良さそうだと思われる。

 

「なのは、これを使え」

 

「これなに?」

 

「このマントを身につければ、透明になれる。

 それで、こっちの筒は手にはめてドカンと言えば撃てる」

 

「へ、透明? 撃てる?」

 

 目を白黒させ、戸惑う様子を見せるなのは。

 いきなりすぎるのはわかるが、残念ながら時間がないのだ。

 遠目からでは船の上に人がおらず、恐らくこの街に補給かなにかしにきているのだろう。

 つまり、今なら海賊船に乗り込めるというわけだ!

 

「じゃあ、俺は先に行ってるからな!」

 

「わわっ、静香ちゃん!?」

 

 タケコプターをつけ、なのはを置いて海賊船へと向かう。

 暫くして甲板に降り立ち、辺りを見回していく。

 

 木箱やタル、後はロープなどいかにも海賊っぽい物が置いてある。

 つま先で地面を軽く叩いてみると、現代のような無機質な感覚は返ってこない。

 まあ、それもそうだろう。

 目に映るのは、木で造られた船なのだから。

 

「ふぉぉぉぉ!」

 

 海賊船、海賊船ですよ!

 現代日本の戦艦とかも好きだけど、やっぱりこういうタイプも素晴らしい!

 前世で見た海賊漫画や、世界的に有名な海賊映画。

 あれらの記憶がある俺からすれば、今この瞬間が酷く感動できるのだ。

 

 と、いけない。

 せっかく来たのだから、記録を取っておかなければ。

 ポケットからデジカメを取り出した俺は、これでもかと言わんばかりに撮りまくる。

 

《はぁ……》

 

 ドラちゃんの呆れた声が聞こえるが、流石に俺の気持ちを理解できなかったか。

 男としては……まあ、今は女なんだけど。

 ともかく、俺個人としては、この体験は今までのベストスリーに入る嬉しさなのだ。

 

 甲板を横に歩いてのぞき込むと、澄み渡る海が目に入った。

 現代日本では中々お目にかかれない、蒼さが栄える海水。

 魚達が優雅に泳いでおり、スキューバダイビングをしたら楽しそうだ。

 

「くぅぅぅぅぅ!」

 

 足踏みをして感情を抑え、叫びそうになるのを堪えていく。

 海賊船だけでもやばいのに、こんな綺麗な景色も見られるとか!

 マジでここに来て良かった!

 タイムマシン最高! ドラえもんの道具最強!

 

「これも写真に撮らなければ!」

 

《まったく、少しは落ち着いて……っ!》

 

 嘆息したドラちゃんだったが、不意に雰囲気を固くした。

 次いで、俺の許可なく魔法を行使し、防御魔法が発動。

 

「な、なんだ!?」

 

 金属がぶつかる音が響き、俺は慌ててその方向へと目を向ける。

 

《マスター。どうやら、今回はただの観光といかないようですよ》

 

「……そのようだな」

 

 飛び退いて俺と相対する人物。

 正眼に剣を構え、鋭い眼光でこちらの様子を窺っている。

 対して、俺はまさかの展開に酷く驚愕してしまっていた。

 何故なら──

 

「貴様。何者だ?」

 

 ──本来ならば鳴るはずがない、嫁センサーが稼働したからだ。

 ポニーテールにしているピンク色の髪を揺らし、警戒を滲ました目つきで尋ねてくる女性。

 迂闊に動けない状況の中、俺の心境は一つの事柄で包まれるのだった。

 

 

 

 ……ここって、原作のイベントなの?

 

 

 

 

 



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第十六話 無感情の騎士

 現在、海賊船の上で相対している俺達。

 片や物見遊山で過去に来た踏み台転生者で、もう片方は凛々しい麗人だ。

 彼女は表情に乏しいのだが、それでもその魅力は失われていない。

 鎧の上からでもおっぱいが大きくて、正直触ってみたいと思う俺は変でしょうか。

 

「ふっ!」

 

「あっぶなぁ!」

 

 横薙ぎに繰り出された斬撃を、俺はバク転する事で避けた。

 直ぐに彼女の姿を視界に納め、さてどうするかと高速思考。

 

 嫁センサーが響いた事から、目の前の美人さんは原作キャラで間違いない。

 なんで四百年前の海賊船にいるのかとか、そもそも服装が騎士っぽくて浮いているとか。

 言いたい事は色々あるんだけど、まずはまいどお馴染みのあれをしなければ。

 

 一息ついてデジカメを仕舞った俺は、傲慢に見えるよう胸を張って口を開く。

 

「お前も、俺の嫁にしてやろう!」

 

「……」

 

 む、無反応だと。

 いやまぁ、今の状況的に俺の事を敵だと思ってもおかしくないけどさ。

 それでも、もう少しなにかしら反応を見せてくれても良かったと思う。

 

《あれが普通ですよ》

 

 わ、わかっているよぉ。今まで反応してくれているなのは達が特別優しいだけなのは。

 本来ならば、あのように得体の知れない人として警戒するのが正しい。

 ……あれ、これって踏み台転生者としては合っているのでは?

 むしろ、今いるのは過去なのだから、今まで以上に思う存分振る舞えるのではないか。

 

「ハーハッハッハッハ!」

 

「む?」

 

「よっしゃ!

 だったら、自重しないでお前を手篭めにしてやろう!」

 

《はぁ……結局、そうなるんですね》

 

 ドラちゃんには悪いが、俺に付き合ってもらうぞ。

 

「ドラちゃん、セットアップ!」

 

《イエス、マスター。セットアップ》

 

 俺達の掛け声を合図に、俺はバリアジャケットに身を包まれていく。

 Tシャツにジーンズというラフな格好から、白い袴に似た服装へと。

 

「それが、貴様の装備か」

 

 腰には刀を靡き、両手足には手甲と具足が身につけられている。

 バッと羽織っている陣羽織を翻し、俺は不適な笑みを浮かべて腕を組む。

 

「そうだ!

 どうだ、カッコイイだろう?」

 

 やはり、武器と言ったら刀だよな。

 元日本男児として、この武器には憧れがあるのです。

 鞘から抜いた刀の切っ先を向け、女性へと宣戦布告。

 

「お前に勝って、俺の嫁にしてやる!」

 

 同時に踏み込み、彼女目掛けて勢いよく袈裟斬り。

 しかし、振り上げられた長剣をかち合い、そのまま絡めとられるように刀が宙を舞う。

 

「隙だらけだ」

 

《マスター、訓練とかしてませんもんね。

 そりゃあ、呆気なくやられちゃうわけです》

 

「ドラちゃんは納得してないで、俺を助けてくれっ!」

 

 連続で煌めく銀線に、俺は四苦八苦しながら回避していく。

 くっ、踏み台転生者だから特訓しなかった弊害がここで来たか。

 どうせオリ主や原作主人公がなんとかしてくれる、と高を括っていたが。

 まさか、こうして俺が戦闘に巻き込まれる事になるとは。

 

「無駄が多いが、身体能力はあるようだな」

 

「分析してないで、攻撃するのをやめてくれ!」

 

「ああ、もう終わりにしよう」

 

 と、女性が告げたのだが。

 直ぐに目を細めると、俺を長剣で吹き飛ばした後、なにもない上空に視線を転じた。

 そして、剣の切っ先を向け、厳かな口調で言い放つ。

 

「そこにいるのはわかっている。

 出てこないのならば、相応の対応を取らせてもらおう」

 

 女性の言葉から数瞬後。

 不意に空間が水面のように揺れ、そこに焦った表情を浮かべたなのはが現れる。

 手には透明マントが握られており、どうやら空から俺達の戦闘を見ていたらしい。

 

「わわっ、ごめんなさい!」

 

「……また、子供か。最近の子供は、随分と芸達者のようだな」

 

 無表情でそう呟いた女性は、俺達を一瞥すると長剣を鞘に納める。

 

「俺達を倒さないのか?」

 

 戦意を消したのが気になり、思わず尋ねた。

 俺の疑問に首を振って背を向け、彼女は船内に足を進めていく。

 

「お前達には敵意がなかったからな。

 私が指示された任務は、害意を持つ存在を始末する事だけだ」

 

「……」

 

 消えていく背中を見送っていると、空からなのはが降りてきた。

 直ぐにこちらに駆け寄り、ペタペタと頻りに身体を触ってくる。

 

「だ、大丈夫静香ちゃん!? どこか痛くない!?」

 

「なのは。あいつを見てどう思った?」

 

「え、あのお姉さん?」

 

「ああ」

 

 俺の言葉になのはは暫し悩む素振りを見せ、やがてどこか腑に落ちない様子で首を傾げる。

 

「うーん。

 なんか、変だったかも?」

 

「そうか……」

 

 やっぱり、俺の勘違いじゃなかったか。

 あの時、話していて常に胸中で燻っていた違和感。

 初めは気のせいだと思ったが、徐々に無視できない物となっていた。

 

 ……あいつ、俺を見ているようで、俺を見ていなかった。

 まるで、決められた事柄を行う機械のように、指定された内容を遂行するだけのように。

 女性からは、人間味というモノが酷く薄く感じられたのだ。

 

《マスター》

 

「どうした、ドラちゃん?」

 

《先ほどの方、恐らく人間ではないと思います》

 

「人間じゃない、か……」

 

《はい。詳しくはわかりませんが、私と似たような物と思っていただければ》

 

 つまり、デバイスのような存在という事か。

 それならば、俺の抱いていた違和感も納得できる……いや、まだ納得できないな。

 ドラちゃんがこんなに人間らしいのだ。普通なら、あの女性にも人間味があってもおかしくはない。

 

 しかし、実際には違う。

 ……なーんか、臭うなぁ。この時代にいるのもそうだし、雰囲気から彼女も魔法が使えると見た。

 怪しい。怪しすぎて真っ黒だな。

 

「静香ちゃん?」

 

「なんだか、楽しくなってきたな」

 

 ようやく、それらしいイベントと邂逅できたのだ。

 転生して苦節七年。俺が活躍する時が訪れた。

 さて、そうと決まれば、まずは今日の寝床を確保しなければ。

 小首を傾げるなのはを尻目に、俺は内心でほくそ笑むのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「そういえば」

 

「ん?」

 

 海賊船から降りて、街を歩いていた俺達。

 不意になのはが声を上げ、俺の方へと不思議そうな眼差しを送る。

 

「どうして、静香ちゃんは外国語が話せるの?」

 

「うん? ああ、そういう事か」

 

 直ぐに合点がいき、ポンと手を打ってポケットから道具を取り出す。

 俺が手に持つそれを見て、なのはは微妙な表情を浮かべた。

 

 なのはの気持ちもわからないでもない。

 突然なにかを出したかと思えば、一見変哲もないこんにゃくなのだから。

 と言っても、これはいつも通り便利なドラえもんの道具だ。

 

「その名も、“ほんやくコンニャク”〜」

 

「ほんやくコンニャク?」

 

「ま、騙されたと思って食べてみな」

 

「う、うん」

 

 と、おずおずといった様子で、こんにゃくを口に運び込むなのは。

 モグモグと可愛らしく口を動かし、やがて飲み込んで目を白黒させる。

 

「どうだ?」

 

「あ、あれ?

 さっきまでわかんなかったのに、あの人達の言っている言葉がわかる!?」

 

「ふっふっふ。

 あのこんにゃくは、そういう道具なんだよ」

 

「す、すごい!」

 

 ハーハッハッハ!

 そうだろう、そうだろう。

 もっと俺の事を崇めてくれても構わないんだぞ?

 

《ああ、またマスターが調子に乗っています》

 

『そ、そんな事ないから!』

 

《そうでしょうか?

 最近、マスターの思考回路も踏み台さんのような、残念な感じになってきていますが》

 

『つまり、踏み台転生者として良い感じだって事だろう?』

 

 ドラちゃんの告げた通り、ここ最近は踏み台にも羞恥心を覚えなくなってきている。

 自然と行動に移せ、立派な踏み台転生者になれているというわけだ。

 

《……リニスさんと会議しなければ》

 

『なにか言ったか?』

 

《いえ、なにも。それより、見られていますね》

 

『まあ、だろうな』

 

 さり気なく周囲に目を光らせれば、俺達を尾行している気配を察知。

 美幼女二人組だからな。普通に誘拐のターゲットにされてもおかしくはない。

 と、あの辺が良さそうだ。

 

「嫁よ、来い!」

 

「へ?」

 

 キョロキョロと見回していたなのはの手を取り、路地裏へと飛び込む。

 直後に透明マントで姿を隠し、ジェスチャーで音を立てないよう指示を出す。

 暫くすると男達が現れるが、やがて首を傾げながら去っていった。

 

「ふぅ……これで、安心だな」

 

「し、静香ちゃん。今のって」

 

「とりあえず、詳しい話は今日の寝床を見つけてからだ」

 

 路地裏の奥の方に進み、ゴミなどが散乱していて目立ちにくい場所に見当をつける。

 うーん、少し心配だけど、カモフラージュすれば大丈夫かな。

 

 廃材が積まれた場所の物陰に来た俺は、付近の壁に“かべ紙ハウス”を貼りつけた。

 この道具はその名の通り、壁に貼ればポスターになっている家に入れるのだ。

 つまり、簡易的な隠れ家を創れる。

 

 ポスターのドアを開き、目を丸くしているなのはへと手招き。

 

「あ、えっと、おじゃましまーす」

 

 なのはに続いて俺も中に入り、ドアを閉めて安堵の息を吐く。

 とりあえず、これで一安心だろう。

 まさか、このポスターに気づいて中に入ろうとする人などいるまい。

 

 改めて観察すると、部屋の内装はごく普通のリビングといったところだ。

 原作でもあったのか、神様が気を利かせてくれたのか知らないが。

 かべ紙ハウスはそれこそ無数な種類があり、こうして俺の要求に合う物も見つけられた。

 と、思考が逸れた。

 

「なのは、まずは話の整理だ」

 

「あ、うん」

 

 互いに向かい合って椅子に座り、話をする体勢を取る。

 さて、なにから話すべきか……。

 顎に手を添えて思案してから暫し、内容をまとめてテーブル上で手を組む。

 

「そもそも、どうしてなのはもついてきたんだ?

 あの時は乗り気じゃなかったが」

 

「えっと……にゃはは」

 

 苦笑いをするなのはの言葉によると、こうだ。

 引き出しの中に消えた俺に、アリサ達は大層びっくりして中をのぞき込む。

 その際、足を滑らせたなのはが引き出しに入り、タイムマシンの上へと真っ逆さま。

 結果、俺と一緒にここへ来る事になった、と。

 

「なるほど、ドジだな」

 

「む、むー! そんなことないもん!」

 

「いや、どこからどう見てもなぁ?

 まあ、そんな可愛いところも俺は好きだぞ!」

 

 そう告げると、なのははため息をついて目線を斜め上に向けた。

 憂いに帯びた横顔を見せつけながら、ポツリと呟きを漏らす。

 

「わたし……おうち帰れるのかな」

 

「ああ、それなら心配いらない。

 しっかりと、ドラちゃんに座標を覚えてもらっているから。

 なんなら、今から送り返してもいいぞ?」

 

 流石に、事故で来たなのはを引き止めるような真似はできない。

 カッコイイところを見せたかったとか、一緒に海賊船の探検をしたかったとか。

 色々と残念な気持ちはあるが、やはりなのはの無事には変えられないだろう。

 

 そう思って提案した俺の言葉を聞き、彼女は緩やかに首を振って微笑む。

 

「ううん。

 なのはも、静香ちゃんと一緒にいる」

 

「俺としてはバッチコイなんだが、理由を聞いてもいいか?」

 

「えーっとね……船の上にいた人。

 あのお姉さんを見ていると、なんだかこのまま帰るのはダメな気がするんだ。

 わたしは、あの人とお話してみたい」

 

 真っ直ぐとこちらを見つめ、静かな口調で断言するなのは。

 その瞳に宿る輝きと目が合った俺は、惹き込まれそうになるのを耐えていた。

 

 ……これが、高町なのはか。

 並大抵の人間では持てない、鮮烈な意志が篭った力強い眼差し。

 恐らく、今は無意識だろう。

 己のおぼろげな勘に従い、俺にそう告げているように見える。

 

 しかし、こんな幼くとも秘める芯の強さ。

 今のなのはをただの子供と断じるのは、目が曇っている馬鹿だけだ。

 

「く、くくっ」

 

《マスター?》

 

 訝しげなドラちゃんの声をよそに、俺は震え立つ心を抑えるのに必死だった。

 これだよ。これを求めていたんだ。

 凡人では決して手に入れられない、人々を魅了する信念。

 ただいるだけで他人を惹き込む、その在り方。

 

 この出来事は、なのはにとってきっかけに過ぎない。

 恐らく、原作では今以上の信念を持って、俺の心を震わせてくれるのだろう。

 そして、俺が俺である限り、彼女の勇姿をこの目で拝む事ができる。

 ……あぁ、なのはと一緒にいれば──

 

「どうしたの、静香ちゃん?」

 

 俯いて笑いを堪えていると、なのはから心配げな声が掛けられた。

 手で顔を覆い隠し、気持ちを落ち着かせてから言葉を返す。

 

「すまん、流石は嫁だと思ってな」

 

「変な静香ちゃん」

 

《マスターの頭がおかしいのはいつもの事です》

 

「おい、なにしれっと俺の悪口を言ってんだよ」

 

 まったく、相変わらずドラちゃんは容赦がない。

 今更俺の事を言ったって、どうせ変えられないんだから意味ないのに。

 肩を竦めた後、俺はポケットから“グルメテーブルかけ”を取り出す。

 

「なにそれ?」

 

「ま、とりあえず飯にしようか」

 

 そのままテーブルに敷いた俺は、首を傾げるなのはに笑いかけるのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「ふぅ、食った食った」

 

 お腹を撫でながら、俺は椅子の背もたれに深く寄りかかった。

 対面にいるなのはも、満足げに息を漏らしている。

 

 まずは腹ごしらえをしようという事になり、要求した食べ物が出てくるグルメテーブルかけを使い、俺達は腹いっぱいご飯を食べたというわけだ。

 相変わらず、ドラえもんのひみつ道具は凄い物が多くて助かるな。

 

「はふぅ〜」

 

「さて、話の再開……をする前に、デザートを食べなきゃな」

 

 そう告げると、何故かなのはが肩を跳ね上げた。

 慌てた様子で前のめりになり、厳しい眼差しで俺を見つめる。

 

「し、静香ちゃん!

 また、シュークリームを沢山増やしたりしないよね!?」

 

「しないしない。

 ちゃーんと、俺も学習したんだから」

 

「ならいいんだけど」

 

 いまだに疑っているのか、ジト目で椅子に座り直したなのは。

 まあ、彼女が警戒する気持ちもわからなくはない。

 バイバイン。あれは、俺達の間で危険道具として名を馳せている。

 

 凄かったからなぁ、あの時は。

 無限に増殖するシュークリームとか、素晴ら……恐ろしい光景になっていたし。

 ドラえもんの道具も、使い方を間違えれば大変だという良い例だった。

 

「ま、安心しろって。

 これなら、食べたい分だけ食べられるから」

 

 なのはに笑みを向けた俺は、ポケットから“さきどりカプセル”という道具を取り出す。

 赤い色をしたそれを見て、なのはの顔には大きな疑問符が浮かぶ。

 

「それ、なに?」

 

「簡単に言うと、未来から物を呼び寄せる道具だな。

 まずは手のひらを当てて……よし」

 

 無事に認証が完了したので、これで未来の俺から好きな物を呼びだせる。

 つまり、食べたい分だけシュークリームを手に入れられるのだ!

 

 バイバインの時は、際限なく食べようとしたから失敗した。

 だから、今のように取り出すのを最低限にする事で、シュークリーム塗れになるのを回避する。

 

 ふっふっふ。

 俺って、天才じゃね。

 これならば、以前のようなミスは起きようがなく、安心してデザートを楽しめる。

 早速、未来からシュークリームを沢山持ってくるぞ!

 

《……未来のマスターが、シュークリームを食べられなくなりますよ》

 

 もちろん、その事に関しても織り込み済みだ。

 要は、未来にある余分なシュークリームを取り寄せればいい。

 そうすれば、未来の俺がシュークリームを食べられない悲劇はないし、今の俺が至福の時を過ごせる事にもなる。

 どうだ。一点の穴もない、完璧な作戦だろう?

 

《マスターの脳みそが穴だらけで、私は哀愁の時を過ごせそうです》

 

 おい、それはどういう意味だ。

 俺の策士ぶりを認めたくないからか、ドラちゃんが精神攻撃をしてくる。

 仕方ない。ドラちゃんには、俺のような冴え渡る頭脳がないのだから。

 ま、相棒の認識を正してやるのも、マスターである俺の務めか。

 

《いえ、いいです。

 どうぞ、お好きなようにやらかしてください》

 

 ……いまいち腑に落ちないが、ドラちゃんがそう言うのなら。

 微妙な表情を浮かべた俺は、さきどりカプセルに向けて告げる。

 

「未来の俺の家にある余った翠屋のシュークリームをさきどり!」

 

 俺の言葉から数瞬後。

 カプセルが少し膨らんだかと思えば、蓋が開いてシュークリームが顔を覗かせた。

 

 よっし、成功だ!

 ちゃんと十個ほどあるし、よくやったぞ未来の俺!

 

「ほぇー。

 シュークリームが出てきた」

 

「ほら、なのはも食べな。

 俺も一つ……うーん! やっぱり、食後は桃子さんのシュークリームに限るよな!」

 

 これを食べなければ、やっていられない。

 目を点にしていたなのはもかじり、直ぐに幸せに満ちた顔になる。

 

 うむ。

 お菓子は人を笑顔にする、素晴らしい物だ。

 みんながお菓子を食べれば、きっと世界中の戦争も収まるだろう。

 ラブアンドピース。スイーツサイコー。

 

《うわぁ。

 完全に頭がクリームに侵されていますね》

 

 ドン引きした声を上げるドラちゃんを尻目に、俺達は満面の笑みでシュークリームを平らげていく。

 

「ところで、静香ちゃん。

 シュークリームもこのテーブルかけで出せば良かったんじゃないの?」

 

 なのはの疑問を聞いた俺は、ため息をついて首を左右に振る。

 

「前に出した事があるんだけど、なんか違和感があったんだよな。

 だから、こうして直接本物を取り寄せたってわけ」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

 相槌を打った後、なのははテーブルに広がるシュークリームに目を向けた。

 複数あるそれを見て、なんとも言えない様子で頬を掻く。

 

「お母さんのシュークリームを好きになってくれて嬉しいけど……」

 

「どうした?」

 

「正直、ちょっと複雑」

 

 よくわからないが、そういう事らしい。

 まあ、娘のなのはだと身近にありすぎて、シュークリームの有難味が実感できないか。

 

「とりあえず、デザートを楽しみながら会議をしようか」

 

「うん、そうだね」

 

 と、いうわけで。

 第一回、原作キャラと仲良くなろうの会。

 主に海賊船にいた騎士についてを話し合い、俺達は甘い香りを身に纏いながら、今後の予定を相談していくのだった。

 

 

 

 

 



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第十七話 女船長とお人形

「──準備はいいか?」

 

「うん」

 

 なのはと共に頷き、俺達はタケコプターで昨日の海賊船へと降り立った。

 直ぐに物陰に隠れたので、船上をうろつく海賊達には見つかっていない。

 

「第一ミッション、クリア」

 

「くりあー」

 

 きせかえカメラを使い、迷彩柄の服に身を包んでいる俺達。

 近くのタルの中に入り込み、顔を見合わせて一息つく。

 

「第二ミッションもクリア」

 

「後は、あの人達に見つからなければ」

 

「ああ──俺達も、船旅ができる!」

 

 小声でそう告げると、なのはに額をぺしりと叩かれた。

 

「違うでしょ、静香ちゃん。

 わたし達は、あのお姉さんとお話をしにきたんだから」

 

「そういえば、そうだった」

 

 かべがみハウスの中で英気を養った、翌日。

 俺達はあの騎士とまた会うために、こうして出航する海賊船に忍び込んだのだ。

 

 にしても、こうしたスキーニングミッションは楽しいな。

 すずかの屋敷に潜入した時を思い出す。

 まあ、今回はなのはの安全にもかかっているので、あの時のようなおふざけはできないが。

 

 ため息をついた俺は、なのはの首にかかっているデバイス(・・・・)を一瞥。

 その視線に気がついたのか、蒼の宝玉はチカチカと明滅する。

 

《どうしましたか、マスター?》

 

「いや、なんでもない」

 

 昨日、不意にドラちゃんが漏らした言葉で、なのはに魔法の素養がある事が発覚した。

 なんでも、バイバイン騒動の時には、既に知っていたらしい。

 ただ、それを伝える間を逃したんだとか。

 

 まさか、なのはも魔法を使えるとはなぁ。

 と、思っていたが。

 よくよく考えてみれば、なのはは原作キャラなので使えてもおかしくはない。

 というより、魔法を使える事が必然ですらある。

 

 ここで、一つ驚いたのが。

 アリサとすずかには、魔法の素養がなかったのだ。

 二人が原作キャラなのは間違いないので、恐らく別方面でなにかがあるのだろう。

 例えば、実はすずかが悪の手先だったり、アリサが覚醒でもしたり。

 その辺のあれこれは、その時まで楽しみにしておこう。

 

 と、思考が脱線した。

 ともかく、魔法使いになれるなのはに、護衛としてドラちゃんを貸しているというわけだ。

 まあ、一時期的にマスターを譲渡しているが、使える魔法は限られた物しかないが。

 

「わわっ」

 

「お、船が動き始めたな」

 

 ガコンとタルが揺れ、俺達は自然と身体をぶつけ合う。

 狭いタルの中にいるから必然なのだが、こうしてなのはと身を寄せあっていると、なんというか少しドキドキしてしまう。

 かくれんぼで一緒に隠れれば、同じような気持ちを抱くのだろうか。

 息を潜めて鬼をやり過ごし、連帯感を共にする感じで。

 

「ねぇ、静香ちゃん。いつまでここにいるの?」

 

「……さぁ?」

 

《マスターが無計画なのは、いつもの事ですからね。

 とりあえず、外の喧騒が収まってからでいいんじゃないですか?》

 

 出航直後だからだろう。

 あちこちで、海賊達の怒号が響いている。

 野郎共の野太い大合唱に、なのはは耳を押さえて不安げだ。

 

「ちょっと、怖いかも」

 

「大丈夫。いざとなったら、ドラちゃんに転移させるから」

 

「静香ちゃんは?」

 

「俺にはどこでもドアがあるからな。

 それに、俺は嫁に心配されるほど落ちぶれていないぞ!」

 

「し、しーっ! 静香ちゃん、声が大きすぎなの」

 

 ドヤ顔を披露すれば、なのはは口元に指を立てて声を潜めた。

 その言葉を聞いた俺も、自分の過ちに気がつく。

 

 反射的に、自分を誇示してしまった。

 踏み台転生者としては、ここで高笑いでも響かせるところなのだが。

 状況が状況なだけに、中途半端な返しになった。

 しかし、中途半端は中途半端でも、しっかりと踏み台的な行動を取ってしまったので……

 

《あっ》

 

 なにかに感づいた声音で、呟きを漏らしたドラちゃん。

 同時に、タルのフタが開き、頭上から平坦な声が降り注ぐ。

 

「……なにをしているのだ?」

 

 互いに顔を合わせ、一緒に見上げる。

 そこには案の定、微かに眉をしかめた騎士が俺達をのぞき込んでいたのだ。

 暫く見つめあっていると、彼女はタルを抱えて持ち上げる。

 

「え?」

 

「主から、貴様らの処遇を伺う。だから、大人しくしていろ」

 

「あ、はい」

 

 こうして、俺達は出航から僅か十分ほどで、見事に捕まってしまうのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「で、こいつらが例の侵入者かい?」

 

 現在、俺達の前に一人の女性が座っている。

 赤い海賊帽子を被っており、酒瓶を片手に愉快げな様子だ。

 彼女に尋ねられた騎士は、俺の後ろで長剣を突きつけたまま口を開く。

 

「はい。

 この者達の処遇はいかがしましょうか」

 

「そうさねぇ……おい、お前さん」

 

「俺?」

 

 自分を指差すと、目の前の海賊はニヤリと嗤う。

 

「ちょいと、あたいの奴隷になる気はないかい?」

 

「へ……?」

 

 今、この人は奴隷と言ったか?

 じょ、冗談じゃないぞ。どうして、俺が初対面の人の奴隷にならなきゃいけないんだ。

 思わず立ち上がろうとした俺の機先を制するように、背中に長剣の切っ先が食い込む。

 

「動くな」

 

「あ、当たってる! 当たってるから!」

 

「ハッハッハ!

 なんだい、その間抜けな面は! 将来は大道芸人にでもなるつもりかい?」

 

「笑ってないで止めてくれよっ!」

 

 半泣きになっている俺を見て、彼女は豪快に酒を喉に流し込む。

 白い喉が艶やかにゴクゴクと動いた後、口元を拭って言い放つ。

 

「やめな、シグナム。

 これじゃあ、おちおち話す事もできないからね」

 

「はい」

 

 た、助かった……。

 ほっと胸をなで下ろし、騎士──シグナムの顔色を窺う。

 彼女は相変わらずの無表情を披露しており、直立不動で先ほどの命令を遂行している。

 

「し、静香ちゃん……」

 

「大丈夫。

 なのはには指一本触れさせないから、安心しろって」

 

 隣にいるなのはが不安げな面持ちをしていたので、手を握って安心させようとした。

 というより、元々この船の船長に会うのが目的なのだから、こうして時間を短縮できたと前向きに捉えるべきだ。

 恐らく、目の前にいる女海賊が船長なんだろうし。

 

「……ありがとう」

 

 暫くすると、心が楽になったのか。

 手を握り返したなのはが、小さくだが微笑む。

 そんな俺達の様子を、興味深そうに観察していた女海賊。

 

「なるほどねぇ。

 こりゃ面白い子供が船にやって来たね」

 

「なんですか?」

 

「こっちの話だ。気にすんな」

 

 内心では気になるが、はぐらかされたので話を先に進める。

 

「それで、貴女が船長でいいんですよね?」

 

「その通りだけど、その口調はやめな。

 鳥肌が立って気持ち悪いったらありゃしないよ」

 

 き、気持ち悪いって。

 一応、立場的に敬語で話しただけなのだが。

 ばっさりと切り捨てられ、結構ショックを受けてしまう。

 まあ、許可を貰えたんだし、普通にタメ口に変えようか。

 

「じゃあ、改めて。あんたが船長なんだよな?」

 

「そうさ。あたいが、この船を率いる長だね」

 

 肯定の声を上げた女海賊──船長。

 大仰に足を組んで笑みを浮かべ、酒瓶を傾けて酒を口に運ぶ。

 

「名前を聞いてもいいか?」

 

「そんなものはとっくに捨てたさ。あたいの事は、敬意を払って船長とでも呼びな」

 

「じゃあ、船長。

 俺達を、しばらくこの船にいさせてくれ!」

 

 頭を下げて頼み込むと、コツコツと足を叩く音が鳴る。

 思案するような一定の感覚で、足音が駆け抜けてから少し経ち。

 机の上に酒瓶を勢いよく置く音が鳴り、それから船長が立ち上がる気配も察知。

 

「いいだろう。

 あんたらを、あたいの船の雑用係に任命してやる」

 

「本当か!」

 

 頭を上げた俺を見て、船長は視線を隣に移す。

 

「そっちのお嬢ちゃんも、こいつと同じって事でいいのかい?」

 

 船長に話を振られたなのはは、頷いてシグナムの方に目を向ける。

 

「うん。わたしは、この人とお話したいから」

 

「シグナムとぉ?」

 

 その言葉を聞いたからか、はっと鼻で笑って椅子に座り込む船長。

 眉をしかめて舌を打ち、険が乗った口調で告げる。

 

「こんな人形と話しても、なんにも面白い事はないね」

 

「人形……?」

 

「そうさ!

 こいつは、あたいの命令しか聞かないグズ。

 己の意志というものがない、可愛い可愛いお人形さんなのさ」

 

 明らかに、自身を卑下する言葉が含まれていたのだが。

 シグナムに堪えた様子はなく、ただただ静かに佇んでいた。

 その姿を見とがめ、船長は更に機嫌悪さげに眉間を寄せる。

 

「やめてください!」

 

「あん?」

 

 更に、船長がなにかを言い募ろうとした瞬間。

 大声でなのはが言葉を遮り、毅然とした表情で言い放つ。

 

「そうやって、人を悪く言わないでください!

 シグナムさんは、ちゃんとした人間です!

 だから、だから……そんな悲しい事を言わないでください」

 

 涙目のなのはを睨めつけていた船長だったが、やがて目を逸らすと酒をかっ食らう。

 

「……興がそがれたね。

 シグナム。こいつらを部屋に案内しな」

 

「御意」

 

 慇懃に頭を下げると、踵を返してドアに向かうシグナム。

 慌てて立ち上がって追いかける俺の耳に、微かな呟き声が耳に入る。

 

「──これも、運命なのかねぇ」

 

 運命、か。

 どういう意味で漏れた言葉なのか、今の俺には察せられない。

 しかし、憂いに帯びた船長の横顔を見ると、どうしてもシグナムに対して思う部分があるように感じてしまう。

 

 船長室を後にして、船内を歩いていると。

 前にいたシグナムが、なのはの方へと振り向いて目を細める。

 

「……貴様」

 

「えっ?」

 

「先ほどの事だ。

 主の言葉に割り込むとは、一体どういう了見だ?」

 

「なっ!」

 

 どうして、シグナムがそんな事を言うんだよ。

 なのはから庇ってもらった、お前が!

 胸中に怒りの感情が湧き上がり、意識の赴くままシグナムを強く睨む。

 

「なんだ、その目は?」

 

「あんたがなのはの好意を無下にしたからだろっ!」

 

「いいの、静香ちゃん」

 

「良くないだろ!

 こいつの顔を見てみろよ! 俺達をなんとも思ってねぇ!

 ……こいつには、船長の言葉しか耳に入っていない。

 主の存在しか認めてないから、なのはの思いを切り捨てる事が──」

 

「静香ちゃん」

 

「──っ……」

 

 再度止められたので、渋々矛を収める。

 不満顔になる俺に微笑みかけた後、なのははシグナムへと手を差し出す。

 

「わたしの名前は、高町なのは。

 シグナムさん、なのはとお友達になってください」

 

 瞬間、なのはが輝いたように見えた。

 辺りに漂う存在感が増大していき、自然と惹かれる出で立ちとなる。

 自分の意志を突き通そうとする、その鮮烈なる双眸。

 目が離せないとは、まさにこの事だ。

 

 シグナムも同様だったのか、初めて表情を大きく崩す。

 目を瞑って沈黙を保ちながら、首を横に振る。

 

「友達、というものがどういう意味なのか、私にはわからない。

 だが、それでも、この胸に来る感覚は──」

 

「シグナムさん?」

 

 ふと、なのはが尋ねた事がきっかけだったのか。

 シグナムの雰囲気が、瞬く間に常の硬い物に戻ってしまう。

 瞳を開いた時には、既に無表情だ。

 

 なのはの伸ばされた手を一瞥する事もなく、シグナムは踵を返して足を動かし始める。

 

「あっ……」

 

「主を待たせるわけにはいかない。早く行くぞ」

 

 早足で進むシグナムに、なのはは寂しげな眼差しを送っていた。

 しかし、直ぐに気を取り直したようで、笑顔で俺に声を掛ける。

 

「わたし達も、行こっか」

 

「……そうだな」

 

 なんだろうか、この気持ちは。

 嫉妬……とは違う。かと言って、プラスの感情でもない。

 シグナムを見ていると覚える、ムカムカと胸に募る不快感。

 

 色々と思うところはあるが、今は目先の出来事に目を向けよう。

 ため息をついて気持ちを切り替えた俺は、なのはと一緒にシグナムの背中を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 



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第十八話 新人雑用船員、静香の一日

 俺の一日は、太陽が昇る前から始まる。

 気持ちよく眠っているなのはを起こさないよう部屋を出て、船の上で目一杯、全身に新鮮な空気を浴びていく。

 

「うむ。

 今日も、絶好の踏み台日和だな!」

 

 いつもなら、ここでドラちゃんの合いの手が入るのだが。

 今はなのはの護衛に渡しているので、誰も返事してくれない。

 ちょっと寂しいと思ったのは、内緒だ。

 

 気持ちを切り替えた俺は、習慣のラジオ体操を始めた。

 すると、船上にいた海賊達が、ぞろぞろと周辺に集まりだす。

 

「お、もう始めてるな」

 

「日課だからな。

 お前達もやるんだろう?」

 

「あたぼうよ!

 嬢ちゃんの体操を取り入れてから、オレ達の目覚めが良くなったからな」

 

 ニッと爽やかに笑う、海賊。

 赤いバンダナがチャームポイントになっており、その厳つい顔つきが微かに軽減されていた。

 また、他の野郎共も、豪快に体を逸らしてラジオ体操をしはじめる。

 

 彼等とは、俺達が船の雑用係になってからの付き合いだ。

 精力的に働いている俺を見て、女の子にしてはやるじゃねーか、と気にかけて貰っているのだ。

 その関係で、こうしてタメ口を交わす仲にもなっている。

 

 ちなみに、なのははその愛くるしい姿と、ワタワタと一生懸命動く様子に、まるでアイドルの如き熱狂的な人気となっていた。

 噂に聞いたところによれば、なんとファン的な概念ができ始めているとか。

 流石、原作キャラ……恐るべし。

 

「よーし!

 行くぞ、お前等! 俺の動きに続けー!」

 

『おうっ!』

 

 俺の前にズラリと並ぶ、海賊達。

 一様に返事をした彼等に頷き、俺は再びラジオ体操を開始した。

 こんな感じで、早朝は過ごしていくのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 ラジオ体操をしている間に日が昇り、なのは達が起きる時間となる。

 朝食を食べ終えた俺達は、まずは船上の掃除をしていく。

 

「せいせいせいせい!」

 

 水につけたモップを手に、俺は後ろ向きで下がりながら床を擦る。

 近くでは、なのはがタルを抱えて運んでいた。

 

「んしょ……んしょ……わっとと」

 

 バランスを崩してたたらを踏むが、すぐ側にいた海賊に支えられたなのは。

 

「大丈夫か?」

 

「うん、ありがとう!」

 

「なーに、いいって事よ」

 

 口ではカッコよく決めているも、海賊の顔はデレデレだ。

 笑顔で感謝を示したなのはを見て、それはもうニヤついた笑みを披露している。

 そんな海賊の姿に、他の海賊達が不満げに口を開く。

 

「テメェ! なのはちゃんに近寄るんじゃねぇ!」

 

「そうだそうだ!

 オレだって、なのはちゃんにお礼を言われたいんじゃい!」

 

「ああん? 見苦しい嫉妬はよせよ。

 お前らじゃなくて、オレが!

 このオレが、なのはちゃんに頼られたって事実は変わんねぇんだからよぉ?」

 

 ゲス顔を見せつける男だったが、剣呑な目つきの彼等を見たからか、頬が引き攣っていく。

 

「上等だ! おい、テメェら! こいつを締めようぜ!」

 

『おうよっ!』

 

「ちょ、待ってくれ──」

 

 逃げようとする男を囲み、フルボッコにしようとする海賊達。

 辺りに煙が立ち上ったせいで、その様子は詳しく窺いしれない。

 しかし、なんとなくギャグ補正で、大事には至らないと思える。

 

「わ、わわ!

 喧嘩はダメなのー!」

 

「さて、続き続きっと」

 

 海賊達の仲裁に入るなのはを尻目に、俺はモップ掃除の再開。

 暫く鼻歌を歌いながら床を綺麗にしていると、船内からシグナムが顔を出す。

 

 海賊達が喧嘩しているのを見て、彼女は微かに眉をしかめた。

 

「……おい」

 

 その冷たい声が耳に入ったのか、海賊達はシグナムの存在に気がついたようだ。

 すると、彼等は一様にうげぇっと顔を歪める。

 

「げっ! 姐さんが来たぞ!」

 

「また怒られちまう!」

 

「逃げるぞ!」

 

 蜘蛛の子を散らす如き、素早い動きで逃げる海賊達。

 そんな彼等の対応を見て、ひくりと頬を痙攣させたシグナム。

 

「主の命を守れない貴様らの腐った性根を、私が叩き直してやる」

 

 目を細めて独りごちると、シグナムは地を蹴って彼等を追いかけていく。

 お馴染みになりつつあるその光景に、俺は手を動かしながら驚いていた。

 

 実は、元々。

 海賊達とシグナムの関係は、事務的なものだった。

 方や船長にしか興味がない女騎士で、もう片方は船長の側近になった事が気に入らない海賊達。

 両者の対立は必然であり、ぶつかるのは時間の問題となりつつさえあったのだ。

 

 そんな両者の関係を変えたのが、他でもないなのはである。

 鋭い勘でシグナム達の関係性に気がついたかと思えば、彼女なりのやり方で仲を取り持とうとしはじめる。

 

 もちろん、最初は上手くいかなかった。

 しかし、なのはの健気な働きかけが通じ、また海賊達が彼女の可愛らしさにやられた事により、こうしてふざけ合う関係まで発展したのだ。

 

「まあ、シグナムの方はどう思ってるかわからんけど」

 

 呟きを漏らした俺は、天を仰いで目を細めた。

 なのはのおかげで、海賊達は良い方向へと変わった。

 だが、シグナムは相変わらずの無表情であり、なにか変化があったとは思えない。

 

「今日も、いい天気だ」

 

 時代が違くても変わらない、太陽。

 まるでシグナムの存在を示唆しているようで、いつもは好きなそれが少し煩わしく感じてしまう。

 

「ふぅ……さて、さっさと掃除を終わらせよう」

 

 ため息をついて気持ちを切り替え、モップを動かすスピードを上げるのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「──遅い」

 

「ぐっ!」

 

 迫りくる長剣を右に逸らした俺は、勢いに逆らわずに飛び退く。

 直ぐに風に乗り、正眼に構えるシグナムへと三段突き。

 しかし、軽々とあしらわれてしまい、次いで吹き飛ばされる。

 

「突きは速いが、お前の場合は動きを読みやすい。

 だから、いなす事が簡単だ」

 

「わかってる……よ!」

 

 小柄な体躯を活かして、足元に攻撃を浴びせていく。

 そんな俺の小賢しいやり方に、シグナムはコンパクトに長剣を動かす事で対応。

 

 連続して響き渡る、金属音。

 暫く剣戟を交わしていたが、俺の呼吸が乱れてきた事により、剣舞は終わりを告げる。

 刀をかち上げられて隙を晒してしまい、喉元に剣の切っ先が突きつけられた。

 

「……参りました」

 

 そう告げると、シグナムは無言で長剣を鞘に納めた。

 遅れて大量の汗が吹き出し、思わず俺は尻餅をついて大きく息を吐く。

 

「ふぅぅ……シグナム強すぎ」

 

「お前が弱いだけだ」

 

 ぐっ、ごもっともです。

 少しは動けるようになったとはいえ、俺はまだ素人に毛が生えたレベルだ。

 だから、シグナムに一矢を報いるなんて、おこがましいにもほどがあるだろう。

 

 あーあ。

 全然、強くなった実感がしないなぁ。

 大の字で寝転がり、ぼーっと夕焼け空を眺める。

 

 初めて、シグナムと出会った時。

 あまりにもあっさりとやられてしまった俺は、その事が凄く悔しくて彼女に剣術指導をお願いしていた。

 もちろん、シグナムは指南する事を渋ったが、船長が面白そうだと許可してくれたので、こうして訓練をつけてもらえている。

 

「お前が使っている武器──刀、だったか。

 それと、私の武器とは扱い方が違う。

 だが、それでも基礎の足運びなどは通ずるものがある。

 まずは、足腰を鍛える事だな」

 

「わかった」

 

 いまだに、シグナムに対して複雑な感情は持っているが。

 それと俺が悪対応をするのは、話が別だ。

 こうして教えてくれているのだし、本当は凄く良い人なのだろう。

 ……何故、いつも無表情なのか。

 

「なんだ?」

 

「なぁ、シグナム。

 お前──いや、お前達はなんなんだ?」

 

 数日前、ドラちゃんが言っていた。

 シグナムさん以外にも、同じような存在が何人かいるはずです、と。

 船長に尋ねようかとも思ったが、どうして知っているのかと聞かれそうなので、中々言い出せないでいる。

 

 そんな事を考えていると、いつの間にかシグナムがすぐ側で俺を見下ろしていた。

 空から降り注ぐ茜色の光に照らされ、彼女の顔全体に影が差す。

 無表情の中に冷たい色を宿し、シグナムはいつでも剣を抜けるよう手を添えて口を開く。

 

「……貴様、なにを知っている?」

 

「いや、俺はなんも知らん」

 

 そう返すと、言葉を選ぶように沈黙を挟んだ後。

 

「元々、私も貴様に問いたい内容があった」

 

「それは?」

 

 俺の合いの手を聞き、鋭い眼光で重心を落としたシグナム。

 虚偽を許さないといった表情で、静かに問いかける。

 

「貴様は──なんだ?」

 

「なんだ、とは?」

 

「言葉の通りだ。

 この世界(・・)には、主以外に魔法を使う存在がいない事を確認済みだ。

 しかし、貴様は魔法を使った。それも、私が見た事もない魔法を使って」

 

 見た事がない?

 それは、どういう意味だ?

 シグナムの話し振りから、そちらも魔法使いなのは理解できる。

 だが、その言い草ではまるで、魔法に種類があるみたいではないか。

 

「魔法って一種類じゃないのか?」

 

「……私が使っている魔法は、ベルカ式だ。

 しかし、貴様の魔法は私のものとは違う──いや、どこかで似たようなものを見た記憶があるか?」

 

 数瞬悩む素振りを見せた後、シグナムは小さく息をついて口を開く。

 

「それで、貴様は一体なんだ?」

 

「俺がなにか、か」

 

 そう聞かれれば、答える言葉は決まっているだろう。

 バク転をして起き上がり、警戒した様子のシグナムへと胸を張る。

 

「俺の名前は、小鳥遊 静香。将来、お前を嫁にする踏み台転生者だ!」

 

「……ふざけているのか?」

 

 無反応でなかったのはいいけど、そんな怖い反応は求めていない。

 しかし、俺が省みる気はないぞ。

 踏み台転生者として、むしろどんどん畳みかけてやろう。

 

「はっはっは。

 シグナムは照れているんだな。でも、安心してくれていいぞ?

 俺は、シグナムが内心では嬉しいって事をわかっているからな!」

 

「貴様っ……!」

 

 ちょ、なんでそんなに怒っているの!?

 無表情が崩れて嬉しいが、明らかに負の方面にぶっちぎっている。

 このままでは、俺はシグナムの剣の錆にされてしまう。

 そう結論づけ、更に言い募ろうとした時。

 

「──やめな、シグナム」

 

「はっ」

 

 船長が現れてそう告げると、瞬く間に人形然としたシグナム。

 音もなく船長の背後に控え、以後は口を閉じて瞳に無機質な色が戻る。

 そんな様子を一瞥した船長は、酒瓶を傾けながら俺の方へと近づく。

 

「どうだい、シグナムとの訓練は?」

 

「まあ、ボコボコにされてるよ」

 

「アッハッハ。

 そりゃそうだろうね。シグナムは強いし、その装備はあたいが与えたやつだからな」

 

「そうなのか?」

 

 俺の言葉に頷き、船長は懐から一冊の本を取り出した。

 黒の表紙に十字架が描かれており、どこか重苦しい威圧感を漂わせている。

 

 手中のそれを優しく持ちながら、遠い目の船長が口を開く。

 

「シグナムが言うには、これは闇の書っていう魔法の本なんだとさ。

 そんで、あたいにはこの書に適性があったとか」

 

「へー、そうなんだ」

 

 そこで言葉を区切ると、自嘲の笑みを浮かべる船長。

 

「ま、あたいの適性が中途半端なせいで、シグナムしか出てきてくれなかったけどな」

 

「うーん、そんな事ってあるのか?」

 

 適性というのは、その本を使うための性質だろう。

 仮に船長の適性が十全だったとしたら、シグナム以外にも誰かがいたかもしれないという事か。

 というか、シグナムが出てきたとか、色々と気になる内容を話してくれたな。

 興味深く闇の書を見つめていると、船長はふんと鼻を鳴らす。

 

「さあねぇ、どうでもいいさね。

 それに、あたいは魔法なんてものに興味がない。

 海賊なら、己の手で欲しい物を掴み取る!

 そうやって生きてきたからね、そしてこれからもそのつもりさ」

 

 船長がニヤリとほくそ笑み、一気に酒を飲み干す。

 そのまま後ろに酒瓶を投げ捨てたが、それをシグナムが慣れた手つきでキャッチ。

 

 ……意外と、シグナムとの関係性は良好なのか?

 ズボラな主人に対して、甲斐甲斐しく世話をする騎士といった具合に。

 そんな事を思いつつ、表情には呆れた色を張りつける。

 

「ポイ捨てはダメなんだぞ」

 

「ポイ捨て?

 よくわかんないけど、あんたに指示される筋合いはないね」

 

「まあ、シグナムが拾ったからいいけど」

 

「……なぁ、お前さん」

 

「ん?」

 

 不意に、真面目な表情で俺を見つめた船長。

 なにか重要な事でも言うつもりなのだろうか。

 自然と居住まいを正し、彼女が告げるのを待つ。

 

 しかし、船長の口から言葉が漏れる事はなかった。

 代わりに、目を見開いた彼女が、吐血したのだから。

 

「主っ!?」

 

「お、おい大丈夫かよ!」

 

 慌てて駆け寄る俺達を手で制し、船長は口元の血を乱暴に拭う。

 

「これぐらい平気さ。慣れたからね」

 

「慣れたって……」

 

 明らかに、ただの吐血量ではない。

 びちゃびちゃと床を汚している大量の鮮血に、シグナムの顔色は真っ青だ。

 俺もなにかできる事はないか、とポケットに手を突っ込んで道具を取り出す。

 

「これは、“お医者さんカバン”か!」

 

 これなら、使い方が直ぐにわかるぞ。

 急いで聴診器を伸ばし、無理矢理座らせた船長の胸元に当てる。

 

「おい、なにをしている!」

 

「黙ってろ!

 今、船長の病状を調べてるんだからよ」

 

「ほ、本当か!?

 主は、主は助かるんだな!」

 

 騒ぐシグナムを無視して、俺は鞄の画面の結果に目を向ける。

 そこには、赤い文字でエラーと書かれていた。

 

「はっ?」

 

 何故だ。

 このお医者さんカバンならば、現代の難病も治せたはずだ。

 なのに、現実にはエラーの文字が書かれている。

 

 思わず愕然とする俺を見て、大体の状況を察したのか。

 シグナムは表情を絶望一色に染め上げ、それでも俺の胸ぐらを力強く掴んでくる。

 

「どういう事だっ!」

 

「こっちだって理由を知りたいわ!」

 

 彼女の手を振り払うのだが、直ぐに喉元を掴まれてしまう。

 自然と身体が浮いて息ができなくなり、できる抵抗はジタバタともがくのみ。

 

「……貴様が主になにかしたのではないだろうな」

 

「ぐっ……俺が……そんな事をするわけ……ねぇだろうが……っ!」

 

 声を振り絞っていると、俺達の間に鋭い声が降り注ぐ。

 

「やめなッ!」

 

「主!」

 

 俺を投げ捨てたシグナムは、慌てた様子で船長の元に駆け寄った。

 

「うっ……ごほっ、ごほっ」

 

 うずくまって喉に手を当て、俺はなんとか息を整えていく。

 く、苦しい。死ぬかと思った。

 シグナムの慌てる気持ちもわかるが、こうした直情的な行動を取られるのは困る。

 

 ……恐らく、こうした対応をされたのは、俺の事が信用できなかったからだろうな。

 仮になのはが同じ事をしても、シグナムは冷静に問いただすだけだったはずだ。

 まあ、踏み台転生者の俺に対しては、正しい対応なのだろうが。

 

 無意識に笑みを零していると、立ち上がって身体を捻る船長が。

 

「やっぱり、いつも通り問題ないね。あんたらは大袈裟すぎなんだよ」

 

「ですが!」

 

 なおも言い募ろうとするシグナムに、船長は眉尻を跳ね上げる。

 

「シグナム……あんた、変わったね。

 前にあたいが血を吐いた時は、事務的に対応してただけだったのに」

 

「そう、なのでしょうか……?」

 

「そうさ、かなり変わったさ」

 

 どこか嬉しそうに微笑んだ船長は、チラリと俺の方に目を向けた。

 新たに取り出した酒を口に含み、口内に残る血と共に吐き捨てる。

 

「ぶはっ!

 クックック……いやはや、これだから海賊はやめられないねぇ!」

 

 上機嫌な様子で、踵を返した船長。

 慌てて追随するシグナムを引き連れながら、背中越しに俺に声を掛ける。

 

「すまないね、うちのシグナムが迷惑をかけて」

 

「……はぁ。

 ま、特に実害はなかったからいいよ」

 

「あんたならそう言うと思っていたさ」

 

 顔だけ振り向くと、船長は悪どい顔で酒瓶を揺らす。

 

「お詫びと言ったらなんだが、後であんたにあたい秘蔵の酒をご馳走してやる」

 

「いや、子供に勧めんなよ」

 

「アッハッハ!

 あんたぐらいの歳なら、みんな酒を飲んでるからね。

 細かい事は気にしなさんな!

 じゃ、また近いうちに期待してるよ」

 

 話はそれで終わりなのか、そのまま彼女は去っていった。

 しかし、途中でシグナムは足を止め、振り返って俺に頭を下げる。

 

「すまない。

 いくら焦っていたとはいえ、短絡的な行動をしてしまった」

 

 ふむ。

 先ほども言ったが、俺は特に気にしていない。

 しかし、顔を上げたシグナムの瞳は固く、ちょっとやそっとの言葉では折れないだろう。

 

 ……ここで、オリ主なら。

 無理矢理納得させて、シグナムの好感度アップに繋がる。

 というわけで、踏み台転生者の俺はゲスい行動に移そうと思います。

 

 自然と頬をニヤつかせた俺は、シグナムの元に近づいて手をワキワキとさせる。

 

「フハハハハ!

 ならば、お前は俺の嫁となり、そのドスケベボディを俺に委ねるのだ!」

 

 普段ならば、冷めた視線で返事をするのだろうが。

 よほど申し訳なく思っていたのか、シグナムは唸り声を上げて目を伏せた。

 

「むぅ……私は主の物なのだが、かといってお前の提案を一蹴するわけにもいかない。

 それと、どすけべぼでぃとはなんだ?」

 

 こてりと小首を傾げ、尋ねてくるシグナム。

 普段が凛々しい麗人な姿なだけに、今の仕草はグッと来てしまう。

 つまり、ギャップ萌えというやつだ。

 

 も、悶えそう。

 いつもは無表情で感じが悪かったが、改めて話すとシグナムのポテンシャルに戦慄だ。

 正直、最初の悪感情はなりを潜め、ただただシグナムと色々と話したい欲求が湧き上がる。

 

「ぐっ……やるな、シグナム!」

 

「なにを言ってるんだ?」

 

「と、とりあえず、シグナムは船長の方へ行っていいぞ」

 

「む、そうか。では、そうさせてもらう」

 

 一つ頷いたシグナムは、船内へと足を運んでいった。

 ふりふりと揺れるポニーテールを見送り、やがて大きく息をついて胸をなで下ろす。

 

「凄い破壊力だったな……さて」

 

 視線を落とせば、辺り一面に広がる血の池。

 なんだか、さり気なくこの後始末を押しつけられた気がする。

 いや、どう考えても押しつけられたな。

 

「掃除、しますか」

 

 ポケットからモップとバケツを取り出した俺は、一人寂しく掃除をしていくのだった。

 なお、この場は船の物陰に位置しているので、他の人がやって来ない。

 つまり、船長は初めから俺に任せるつもりだったというわけだ。

 

 ……後で、特別手当でもねだろう。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「じゃあ、おやすみー」

 

「おやすみ」

 

 なのはが毛布にくるまり、寝息を立て始めた。

 俺もベッドに横になりながら、頭の下で手を組んで天井を見上げる。

 時刻は夜となり、見張り番の海賊以外は眠る時間だ。

 雑用係の俺達もそれは同じで、こうして身体を休める事となっている。

 

「ドラちゃん」

 

《はい、マスター》

 

「船長について、なにかわかったか?」

 

 そう尋ねると、なのはの胸元にあるデバイスが小さく明滅していく。

 

《……恐らく、といったところでしょうか》

 

「その内容は?」

 

《船長さんの吐血。

 あれは、闇の書が彼女の身体を蝕んでいる影響だからだと思われます》

 

「名前的にヤバそうだもんな」

 

 ──闇の書。

 

 船長とシグナムから話を聞いた後、ドラちゃんに彼女達を調べるように頼んでおいたのだ。

 ラスボスが持っていそうな名前から、色々と気になる魔法の本だったが、まさかそこまで危ない物だったとは。

 しかし、シグナム自体は危険ではなく、むしろ船長を護っているのではないか。

 

《詳しくは未来に戻らないとなんとも……ただ、あれは危険です》

 

「危険?」

 

《迅速に未来に帰る事を、お勧めいたします》

 

「へぇ」

 

 様々な事をやってきた俺だったが、ドラちゃんにここまで真剣な声で忠告された時はない。

 それほど、あの闇の書は危険なのだろう。

 

 しかし──

 

「断る」

 

《何故でしょうか?》

 

「色々と細かい理由はあるが、やっぱりシグナムを見ていられないからだな」

 

《……それは、踏み台転生者としての考えですか?》

 

 その問いには、首を横に振る事で応える。

 

「その気持ちもある。でも、それ以上にあいつを見ていると……」

 

《マスター?》

 

「いや、なんでもない」

 

 寝返りを打った俺は、目を瞑りながらドラちゃんに言葉を返す。

 

「明日も早いから、もう寝るわ。おやすみ」

 

《あ、はい。おやすみなさい》

 

 シグナム、か。

 今は多少表情が良くなったが、最初の機械的な行動。

 合理的さが詰め込まれ、ただただ船長のためだけに生きる存在。

 己という中身が空っぽで、虚無感が篭る瞳。

 

 まるで──かつての俺を見ているようだ。

 

 誰からも必要とされず、言われた事をこなすロボットのような在り方。

 気に入らない。腹が立つ。腸が煮えくり返る気持ちだ。

 

 ああ……でも、シグナムは俺とは違うか。

 原作キャラなのだから、きっと誰かに救済されるのだろう。

 それこそ、隣で眠るなのはが救うのかもしれない。

 

「はっ」

 

 自分の考えに、思わず鼻で笑う。

 バカバカしい。

 シグナムの未来の事なんて、どうでもいいだろ。

 大事なのは、今の彼女なのだから。

 

「……ねよ」

 

 毛布を顔の上まで持ってきた俺は、身体を丸めて意識を落としていくのだった。

 

 

 

 

 



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第十九話 命懸けの鬼ごっこ

 俺達が新人雑用船員として、慣れ始めた頃。

 いつも通り船上を掃除していると、困った表情の船長がやって来た。

 

「なあ、お前さん」

 

「あいあい。どうしたんすか、せんちょー?」

 

「……なんだい、その話し方は」

 

 ビシッと敬礼した俺を見て、眉を寄せた船長。

 なんだと言われても、雑用として船長を敬ってみただけだが。

 

「ほら、船長と船員の違いがあるじゃないっすか」

 

「あんたがその口調をしていると、どことなく腹が立つね。

 あたいが蹴散らした雑魚船長に雰囲気が似ているよ」

 

「つまり、かませ犬?」

 

「言葉の意味はわかんないけど、なんかそれのような気がするね」

 

 おお。

 船長にかませ犬だと思われた。

 確かに、現代でもやたら“っす”とつけている不良は小物が多い、と個人的に思う。

 創作物ではお馴染みでもあり、つまり俺の口調も同じようにすれば踏み台っぽいっす。

 

「ありがとうっす。

 これで、俺のボキャブラリーが一つ増えたっす」

 

「船長命令だ、その気色悪い言い方をやめな。

 他の連中が言っているならともかく、あんたがやっていると鳥肌が立つからね」

 

「……わかったよ」

 

 と、ふざけるのはここまでにして。

 改めてここに来た用事を尋ねると、船長はああそうだと手を打つ。

 

「お前さん、力には自信があるかい?」

 

「まあ、そこらの人よりはあると思うけど。なんで、子供の俺に聞いたんだ?」

 

 見た目で考えれば、普通に海賊達を使った方がいいと思うのだが。

 しかし、俺の問いに船長は口角を吊り上げる。

 

「シグナムから聞いたんだよ。

 あんたがシグナムと同じように魔法が使えるって」

 

「……まあ、隠してないからいいけどさ」

 

 シグナムにバレたのなら、船長に知られるのも時間の問題だったよな。

 それに、船長は元々俺の事を感づいていた節があるし。

 

「それで、実際はどうなんだい?」

 

「そうだなぁ……」

 

 身体能力は我ながら高いと自負している。

 魔法もドラちゃんのサポートがあれば、多種多様の種類を使えると思う。

 八割型完成している超能力もあるし……あれ、実は俺ってかなり高スペック?

 

 まあ、踏み台転生者のスペックが高いのは、もはや定番と言っても過言ではない。

 そして、それを活かせずオリ主にやられるのも。

 こう改めて考えると、スペックを無駄にしている感がひしひしと。

 宝の持ち腐れ。あるいは、豚に真珠だっけ?

 意識してしまえば、もったいない精神が働いてしまう。

 まあ、踏み台転生者をあらためる気はないが。

 

「聞いているのかい?」

 

「ん、ああ。

 ごめん、ちょっと別の事考えてた。

 それで、結局俺になにをさせるつもりなんだ?」

 

 まずは目的から知らなければ、船長のお願いに頷く事ができないだろう。

 俺の言葉を聞き、彼女は頭を掻いて苦笑い。

 

「それがね。あんた達の分の食料がなくなっちゃったんだよ」

 

「えっ?」

 

「いやー、あたいが酒のつまみに食べてたらね」

 

 アッハッハと能天気に笑っている、船長。

 いやいやいや。

 笑いごとじゃないと思うんだけど!?

 確かに、元々突然押しかけてきた俺達に、貴重な食料を恵んでくれているのが今の現状だ。

 本来勘定に入れていない二人分なので、船長が食べた事を怒るのも筋違い。

 

 しかし、額に小さな青筋が浮かぶのは仕方ないと思う。

 ちょっぴり、怒りの感情を抱くのも許してほしい。

 

「じゃあ、俺達のご飯はどうなるんだよ?」

 

「そこで、お前さんの出番ってわけさ──シグナム!」

 

 そう告げると、船長はシグナムを呼んだ。

 直ぐに騎士は現れ、無言で俺に網を渡してくる。

 

「なに、これ?」

 

「なにって、網さ。

 こう、ばばっと海に投げて、魚を手に入れる。ほら、これなら簡単に飯が手に入る。

 中々良い考えだろう?

 あんたなら、魔法で網を使えるだろうし」

 

「……」

 

 そんな簡単に上手くいくのだろうか。

 微妙な表情で網を手に持つ俺に、シグナムが微かに眼光を鋭くして告げる。

 

「やってみろ」

 

「……はいっす」

 

 シグナムにとって、主である船長の命令は絶対なのだろう。

 有無を言わせない圧力を感じて、俺は項垂れて頷くのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「と、いうわけでやってまいりました。

 第一回、俺達の明日はどっちだ。またの名を、お魚収穫会〜」

 

「わー」

 

 やけくそ気味に言えば、棒読みのなのはがパチパチと拍手を披露。

 現在、俺達は船上の横の方におり、船長の命令通り投網の準備をしていた。

 しかし、よく考えなくとも、素人の俺達にそんな高度な技術があるわけない。

 

「だから、直接漁をしようと思います」

 

「あ、それテレビで見た事ある! 取ったぞー、って叫ぶやつだよね?」

 

「イエス!」

 

 手を挙げたなのはに頷いた俺は、海賊から借りた銛を取り出した。

 キラリと陽光に照らされる先端。その鋭さが容易に窺え、それなりに良い物だとわかるだろう。

 なのはの手にも同じ物を渡し、次にポケットから“テキオー灯”も取り出す。

 

 テキオー灯。

 毎度お馴染み、ドラえもんのひみつ道具だ。

 この道具から発射される光線を身に浴びれば、なんと海底だろうと宇宙だろうと生身で活動できるようになる。

 まさに、ドラえもんの道具ならではの、とんでも道具だと思う。

 ただ、この道具には時間制限が設けられており、二十四時間しか効果が持たない。

 その点を留意していれば、非常に便利な未来道具であろう。

 

 と、いった内容をなのはに説明すると、彼女は感心した素振りで頷く。

 

「ほへー。よくわかんないけど、すごいね」

 

「まあ、実感すれば理解できるぞ。とりあえず……なのは、手を挙げろ!」

 

 テキオー灯を向けてそう叫べば、直ぐに俺の考えを察したようだ。

 なのはは真面目な面持ちで両手を挙げ、恐る恐るといった口調で。

 

「ま、待って静香ちゃん! そんな事をしちゃダメだよ!」

 

「う、うるさい!

 踏み台転生者になれないくらいなら、この場でなのはを!」

 

「ダメ、家族が悲しむよ!」

 

 悲痛な声を発するなのはへと、口元を歪めた俺がビームを放つ。

 

「もう遅い。喰らえ!」

 

「きゃー!?」

 

 照射されたテキオー灯の光を浴びたなのはは、わざとらしい悲鳴を上げて仰け反った。

 暫くして体勢を元に戻し、笑顔で俺の方に近寄ってくる。

 

『いえーい!』

 

 ハイタッチを交わした後、自分にもテキオー灯を当てていく。

 

「中々の演技だったな」

 

「そう?

 静香ちゃんも、悪役が似合ってたよ」

 

「お、そうか?」

 

 それは、なんか嬉しいな。

 踏み台転生者が悪役なのかと言えば、微妙に違う気がしなくもないが。

 

「っと、俺も用意できた。よし、早速漁をするぞー!」

 

「おー!」

 

 二人で拳を振り上げると、なのはの胸元から無粋な声を掛けられる。

 

《……前に使ったテーブルかけを使えば良いのではないですか?》

 

 ドラちゃんの言葉を聞き、顔を見合わせた俺達は揃って嘆息。

 やれやれと肩を竦めてみせれば、我が相棒はひくりとデバイスを震わせた。

 

「まったく、ドラちゃんはわかってないなぁ」

 

「うんうん。こういうのは、中々できない貴重な体験なんだよ?

 だから、積極的にやっていかなきゃ、楽しくないでしょ?」

 

《なんでしょう。なのはさんはともかく、マスターに言われるのは腹立たしいです》

 

「おい、それはどういう意味だ?」

 

 相変わらず、口が悪いドラちゃんだ。

 まあ、いい。それより、今は漁をする方が大切なのだから。

 気持ちを切り替えた俺は、助走をつけて跳躍。

 足の親指を使って船の縁を掴み、そこから勢いよく宙返り。

 

「わぁ……」

 

 反転する視界の中で、目を丸くするなのはの顔が見える。

 ニヤリと口角を上げながら、俺は頭から綺麗に着水。

 直ぐに一面が青一色に変わり、次いで鼻腔をつく潮の香り。

 テキオー灯の影響だからか、視界は克明に映っている。

 

「問題なく、酸素も供給できてるな」

 

 初めて使うので少し不安だったが、やはりドラえもんの道具は伊達ではない。

 転生特典の有能さを再確認していた俺は、眼前に広がる光景に圧倒されていた。

 

 船から覗いた時よりも、水の美しさが際立っている。

 人工的な無機質な青ではなく、いっそ蒼さとも言っていいほどの揺れる色。

 蒼天から注がれる陽光が、海中に幾条もの光を生み出す。

 まるで、いつかの写真で見たステンドグラスのようだ。

 

 視線を仰げば、水面に広がっている無数の宝石。

 水中からでしか見る事ができない、大小様々な白色の輝き。

 光の角度により歪みが現れ、しかしその歪みこそが不完全で美しい。

 

「ふぁぁ……」

 

 思わずうっとりとしながら、俺はこの光景を深く深く心に刻み込む。

 着の身着のままだからだろう。より鮮明に、ずっと精巧にこの感動を感じられた。

 

 ……やっぱり、この世界に来られて良かった。

 普通の人ではお目にかかれない、こんな素晴らしい景色を見られたのだから。

 

 それに──

 

「わぁ……!」

 

 ざぷんと隣で気泡が上がり、同時に目を輝かせたなのはが現れた。

 彼女も俺と同じ方を向いていて、大層感動しているようだ。

 

「一緒に感動を共有できるって、いいな」

 

「なにか言った、静香ちゃん?」

 

「いや、なんでもない。それより、さっさと漁をするぞ」

 

「うん!」

 

 頷いたなのはを引き連れ、俺達はこの辺で泳ぐ魚を探すのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 あれから、俺達は何匹かの魚を手に入れた。

 時折海面に上がり、銛を突き上げて勝利の喝采を叫んだりもした。

 なのはもノリノリで、結構楽しかったな。

 

「じゃあ、そろそろ帰るか」

 

「そうだね」

 

「よし、じゃあとりあえず……ん?」

 

 ふと、遠くの方から影が近づいているのを発見した。

 どことなく大きそうなシルエットで、立派な背ビレが見える。

 

「し、静香ちゃん」

 

「どうした?」

 

 どうやら、なのはにはあの影の正体に見当がついたらしい。

 顔を青ざめさせた彼女が、震える口調で告げる。

 

「あれ……サメじゃない?」

 

「さめ?」

 

 さめ……サメ!?

 

「どどどどうしよう!?」

 

「おおおお落ち着け! まだあれがサメだと決まったわけじゃないから! ほ、ほら、イルカかなんかと間違えたんだよ!」

 

「おっきな牙が見えたのー!」

 

「た、退却たいきゃくぅ!」

 

 もはや、なのはの言葉を疑う余裕もない。

 急いで回れ右をした俺達は、無我夢中で泳いでいく。

 しかし、俺達が逃げた事で刺激されたのか、振り向くと影のスピードが増していた。

 

「にゃー!?」

 

「やばいよやばいよ! このままだとしゃくっと食べられちゃう!」

 

「こんな時にふざけないでよーっ!」

 

「身体が冷めちゃったか? サメだけに、なんてな!」

 

「静香ちゃんのばかぁ!」

 

「え、ちょ待って──」

 

 現実逃避するために、ダジャレを言ってみたのだが。

 思いの外なのはを怒らせてしまったようで、涙目の彼女の泳ぐ速さが増す。

 驚く俺を置いて海面に上がり、そのままいなくなってしまった。

 恐らく、ドラちゃんを使って空に飛んだのだろう。

 

 つまり……

 

「俺が狙われるじゃねーか!」

 

 慌てて俺も水面に顔を出し、急いでポケットからタケコプターを取り出そうとする。

 しかし、何故か手にはやかんが握られていた。

 

「なんでだよ!?」

 

 思わず放り投げると、かつんとなにかに当たった音が響く。

 その音に身体が固まり、ぎぎぎと油の切れたロボットの動きで背後を振り返る。

 サメの背ビレが高速でこちらに近づいてきていた。

 

「ぎゃああああ!?」

 

 一目散に泳ぎを再開した俺は、サメとの恐怖の鬼ごっこを開始した。

 後ろを見る余裕もないが、先ほどから背中に殺気を感じる。

 完全に、サメに餌として認識されているようだ。

 ここまで来ると、悠長に道具を取り出す暇すらない。

 

「うおおおおおおッ!」

 

 今こそ輝け、我が踏み台スペック!

 俺の身体能力ならば、サメから逃げ切れるはずだ!

 

 歯を食いしばり、疲労を訴える身体を無視してクロール。

 右へ左へ逸れながら泳いでいるが、サメはぴったりと俺の後ろをマークしている。

 

「こんなところで死んでたまるかぁっ!」

 

 力の限り叫んでいると、脳のなにかが外れたような気がした。

 これは──いける!

 

 刹那で判断した俺は、両手を思い切り海面に叩きつけた。

 反動で飛び上がり、足が水面に触れた瞬間──

 

「はぁっ!」

 

 ──俺は、全力で走り始めた(・・・・・)

 

「あはははは! 人間死ぬ気になればできるもんだ!」

 

 右足を踏み込み、水に沈む前に左足を出す。

 そうすれば、あら不思議。身体が沈まず、こうして走る事ができるのだ。

 

 以前、“ニンニン修行セット”という道具を使った事がある。

 これはその名の通り、修行すると忍術を覚えられるのだ。

 普段は訓練とかをしていない俺だが、忍者になるために死ぬ気で頑張った。

 

 しかし、いまだ水上歩行の術は練習中。

 今回上手くいったのは、火事場の馬鹿力が働いたからだろう。

 とりあえず、これならサメからも──

 

「ついてきてるだとぉ!?」

 

 泳ぐの速すぎじゃないか!?

 チラリと背後を向けば、相変わらずチャーミングな背ビレが海面から覗いている。

 まずいまずいまずいまずい……走るのに集中しているから、ポケットに手を伸ばすとバランスを崩すかもしれない。

 そうしたら転倒して、俺の身体はサメにパックンチョされてしまう。

 

「誰かたすけてー!?」

 

 思わず悲鳴を上げた瞬間、頭上からなにかが俺の頬を通り過ぎた。

 それは海面に着弾すると爆散して、派手な水飛沫が上がる。

 揺れる水に転びそうになるが、なんとか持ち直して疾走を再開。

 一息ついて見上げれば、なんとこちらに手を向けたなのはがいたのだ。

 

「大丈夫、静香ちゃん?」

 

「え、え?」

 

「待ってて、今助けるから!」

 

 真剣な顔で叫ぶと、なのはは魔力のファンネルらしき存在を創造した。

 そのまま、桜色の魔力弾を撃ち出していく。

 しかし、初めての魔法で慣れないからだらう。ほとんどの魔力弾が見当外れの方向にいっている。

 

「ちょ、待って! 当たる! 当たるから!?」

 

 頬を掠めたり、直ぐ手前に落ちたり。

 正直、サメより今のなのはの方が怖いんだけど!?

 

《ふれー、ふれー。頑張れマスター》

 

『こんな時だけ念話してくんなよ!』

 

 くっそ、他人事だと思いやがって。

 まあ、なのはのおかげで、サメとの距離は離れたのだが。

 九死に一生を得るというか、不幸中の幸いというか。

 

「まだ助かってないけど……」

 

 サメに食べられるのが先か、なのはの魔力弾が当たるのが先か。

 どちらにしても、絶体絶命なのは変わらない。

 思わず頬を引き攣らせていると、ようやく海賊船が見えてきた。

 

「やー!」

 

「あぶっ!?」

 

 なんとかなのはの魔力弾を躱した俺は、ラストスパートだと気合いを入れる。

 身体を酷使しているからか、身体中で筋肉が切れるのを感じてしまう。

 訪れる激痛を我慢しつつ、俺は血を吐き捨てて走行。

 

「うおおおおおおッ!」

 

 ばしゃばしゃと水を蹴っていると、船の縁に誰かが立っているのを見つけた。

 洗練された佇まいで仁王立ちしているのは──シグナムだ。

 

「シグナムさん!」

 

 なのはの言葉を聞き、シグナムは軽やかに飛び降りた。

 ごく自然に飛行していたかと思えば、手に持っていた炎に包まれた長剣を海面へと振り抜く。

 

「──紫電一閃ッ!」

 

 俺とサメの間で放たれた斬撃は、なのはとは比べ物にならない爆音を轟かせた。

 一気に水蒸気が吹き上がり、同時に暖かな空気が肌を撫でる。

 今度こそバランスを崩してしまい、顔面から海にダイブしそうになったのだが。

 こちらに飛んだシグナムに抱えられ、なんとか溺れるような事にはならずに済んだ。

 

「た、助かったぁ……」

 

 手足を脱力させ、安堵の息をつく。

 そんな俺の様子を一瞥した後、シグナムは無表情で告げる。

 

「あまり、主の手を煩わせるな」

 

「いや、リアル映画をするつもりは元からなかったから」

 

 俺だって、こんな目にあいたくなかったわ。

 何度死ぬかと思ったか。今日だけで、寿命が十年は縮んだね。

 身体は痛いわ、サメに追いかけられるわ、凄く疲れるわで本当に散々だよ。

 

 というか、まだアドレナリンが出ているから平気だが、これが落ち着いたら激痛のあまり気絶してしまいそうだ。

 あ、意識したら目の前が遠のいてきた……

 

「む、どうした?」

 

「ごめん、ちょっと寝るわ」

 

「そうか」

 

 今は、この淡泊な返答がありがたい。余計な事を考えなくて済みそうだから。

 瞼を下ろした俺は、あっさりと意識を手放すのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「んっ……?」

 

 目を覚ますと、寝起きに使っている室内だった。

 どうやら、シグナムがここまで運んでくれたらしい。

 後で、感謝の言葉を告げなければ。

 

「とりあえず、起きるか──いたたたた!?」

 

 身体を起こそうとしたのだが、全身に広がる激痛で動く事もままならない。

 静かに悶えていると、ドアが開いてなのはが入ってくる。

 

「あ、静香ちゃん!」

 

「な、なのはぁ……」

 

「待ってて」

 

 そう告げると、彼女はドラちゃんを俺の首にかけた。

 直ぐにドラちゃんが回復魔法を使ってくれて、徐々に身体の痛みが引いていく。

 

「ふぅ、助かった。ありがとう、なのは」

 

「ううん。

 静香ちゃんが無事でよかったの」

 

 にっこりと微笑むなのは。

 な、なんて良い子なんだ。そんなに優しい笑顔をするとは。

 と、そうだ。

 

「あの時、助けてくれてありがとう。流石は俺の嫁だな!」

 

「……そんな事ないよ。

 わたしの力だけじゃサメを追い払えなかったし」

 

「なのは?」

 

 きゅっと胸元に手を添え、なのはは目を伏せたまま言葉を滑らせる。

 

「やっと、静香ちゃんを助けられると思ったのに。

 この魔法の力を使って、静香ちゃんの事を……」

 

 俯いているその姿からは、いつものような明るい雰囲気を感じない。

 ……俺を助けられると思った、か。

 

 少し動くようになった手を、なのはの頭の上に乗せる。

 そして、キョトンとした彼女へと笑う。

 

「なのはには、いつも助けられてるから」

 

「えっ?」

 

「お前の笑顔や、その優しさなんかにな。だから、そんなに落ち込む事はないよ」

 

「静香ちゃん……」

 

 目を丸くしたなのはに、今度は不敵な表情を向ける。

 

「それに、なのはは俺の嫁だろ?

 嫁を助けるのも、俺の特権だからな。

 むしろ、なのははずっと俺のお姫様でいてくれてもいいんだぞ?」

 

 我ながら恥ずかしい事を言っている自覚はあるが、この気持ちは本心でもあった。

 お姫様というより、ただ俺を頼ってくれというか。

 とにかく、なのはは無理して役に立とうとしなくても良いのだ。

 

 そんな事を考えていると、目の前の少女は柔らかく破顔した。

 

「ありがとう、静香ちゃん」

 

「ん?」

 

「静香ちゃんのおかけで、ちょっと楽になったよ」

 

「おお、そうか? なら良かった」

 

《マスターがまともな対応をするなんて……!》

 

「おい、どういう事だコラ」

 

 戦慄した呟きを漏らすドラちゃんに、思わず俺はジト目になってしまう。

 いちいち、このデバイスは悪意がある発言をしてくるのだ。

 もう、ドラちゃんの言葉の棘には慣れてきたよ……慣れたくなったけど。

 

「いつもこんな感じだったら尊敬できるのになぁ」

 

「なんか言ったか?」

 

「ううん、なんでもないの。じゃあ、わたしはもう行くね。お大事に」

 

「おお、サンキューな」

 

 バイバイと手を振るなのはを見送った俺は、全身から力を抜いて息をつく。

 まさか、リアルハリウッドを体験する事になるとは。

 いやまぁ、ドラえもんの原作でも、恐竜や宇宙や未来に過去と凄まじい出来事が目白押しだからな。

 たかが、過去でサメに追いかけられるぐらい……やっぱり、辛いわ。

 

「よく生きてたよなぁ、俺」

 

《……マスター》

 

「ん、どうした?」

 

 しみじみと生を噛み締めていると、深刻そうにドラちゃんが声を掛けてきた。

 問い返した俺に、ドラちゃんは重い口調で。

 

《実はマスターが寝ている時に、シグナムさんがマスターのリンカーコアを弄ろうとしていました》

 

「へっ?」

 

 言われてみれば、全身の痛みが酷くて気がつかなかったが。

 胸の辺りも少し痛いような気がする。

 というか、なんでシグナムは俺のリンカーコアを?

 

《恐らく、闇の書に関係するのではないかと》

 

「まあ、だろうな」

 

 とはいえ、素直に尋ねても答えてくれるかどうか。

 大きな実害もなかったのだし、これは俺の胸の内に閉まっておこう。

 リンカーコアに用があるのなら、また俺に接触してくるだろうし。

 

《そういうものでしょうか?》

 

「そういう事。とりあえず、眠くなってきたから寝るわ。おやすみ」

 

《あ、はい。おやすみなさい》

 

 襲いくる眠気に逆らわず、俺はドラちゃんの声を最後に意識を沈めるのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 なお、これは余談だが。

 俺の情けない逃げ方に、シグナムが更に過酷な訓練を課してきたり。

 なのはが魔法にハマり、本格的に練習を始めたり。

 色々と人間関係も変わったりしたが、概ね平和に海賊生活を満喫していく。

 

「静香ちゃん。一緒に魔法の練習をしようよ!」

 

「まだ今日の訓練は終わっていないぞ。逃げるな」

 

「ひぇー!?」

 

 好かれたいとは思っていたが、こんな殺伐とした求愛は求めていない。

 というより、なのはさんはどこに向かっているのでしょうか……?

 魔法が気に入ったのはわかったから、俺で実験しようとしないで!

 

《魔法拳闘士、バトルなのは》

 

「戦闘狂からは逃げられないってか、やかましいわ!」

 

《ご愁傷さまです》

 

「……はぁ」

 

 どうしたこうなった、と一人頭を抱える俺なのであった。

 

 

 

 

 



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第二十話 小鳥遊探検隊、上陸!

「──ついたね」

 

 そう告げると、船長は酒を喉に流し込む。

 美味しそうに堪能した後、口元を拭って鋭い声を上げる。

 

「野郎ども! 錨をおろせ!」

 

『おうっ!』

 

 船長の命令を皮切りに、海賊達は四方に散って各々の役割を果たしていく。

 

「ほぇー」

 

 精力的に動く彼等を見て、俺となのははただただ圧倒されていた。

 現在、俺達は船長の指示である島へと赴いている。

 雑用船員として働いていたのだが、今の俺がやる事はない。

 せいぜいが、海賊達の邪魔にならないよう、端っこにいるだけだ。

 

「あんたらも来るかい?」

 

「来るって?」

 

 近寄ってくる船長に言葉を返せば、彼女はニヤリと笑って懐から一枚の紙を取り出す。

 渡されたそれを見てみたところ、どうやらこの島の地図らしい。

 島の形はドクロのようになっており、そこの右目の部分にバツマークが……って!

 

「気づいたかい?」

 

「も、もしかして宝の地図!?」

 

「え、ホント!」

 

 なのはも顔を覗かせてきたので、バツ印の部分に指を添えて教える。

 

「ほら、これとかいかにもって感じがしないか?」

 

「うんうん!

 なんか、テレビとかである宝の地図って感じ!」

 

「てれび? なんだい、そりゃ」

 

「いや、こっちの話」

 

 にしても、まさかこの目で生の宝地図を見る事が叶うとは。

 最近は、ずっと船上の掃除ばかりしていたから、清掃員になったつもりだったな。

 しかし、ようやく海賊らしい行動ができる。冒険、お宝、財宝、ガッポガッポ!

 

「うわぁ……静香ちゃんの顔が」

 

「アッハッハ!

 欲に塗れて結構結構! それでこそ、人間ってもんさ!」

 

 ドン引きした表情のなのはに、腹を抱えて大笑いする船長。

 失敬だな。なのは達の言い草では、まるで俺が欲深いみたいではないか。

 俺はただ、純粋に冒険心を擽られているだけで、決して金銀財宝に目が眩んでいるわけではない。

 ないったら、ないのだ。

 

「だから、俺の反応は普通だからな!」

 

「そういう事にしておくの」

 

「尻に敷かれているねぇ」

 

「そ、そんな事ないし」

 

 ないよな?

 時々、なのはがオカンっぽく見える時があるけど、俺は尻に敷かれていない、はずだ。

 亭主関白系踏み台転生者を目指しています。

 ……若干、我ながら難しいと思ってしまうのが、なんとも言えないが。

 

 そんなこんなしている間に、船は無事に島の沿岸部へと停泊。

 板が取り付けられ、海賊達が慣れた様子で降りていく。

 

「さて、あたい達も下に行くよ」

 

「了解しました、キャプテン!」

 

 ノリで敬礼すると、苦笑いした船長が板を伝って向かう。

 無言で佇んでいたシグナムも続き、俺達は島に上陸する事に成功した。

 

 地面は岩盤地帯になっており、岩がゴロゴロと転がっている。

 視線の先は木々が乱立している事から、どうやらここは森と繋がっているらしい。

 

 辺りを見渡している俺を尻目に、船長は手際よく海賊達に指示を出す。

 

「さっさと用意しな!」

 

『おうっ!』

 

 四方八方に散る彼等を尻目に、俺はきせかえカメラを取り出す。

 

「あれ、着替えるの?」

 

「ああ。

 今の海賊衣装も素晴らしいが、やはりこれから探検をするからな。

 なのはもどうだ?」

 

「うーん、わたしも服を変えたいな」

 

 と、いうわけで。

 踏み台としての高スペックを駆使して、そこそこの画力を発揮した俺。

 無事に紙に服を描け、それをきせかえカメラにセットしてパシャリ。

 

「なんだい、その服は?」

 

「ふっふっふ。

 俺達の中では探検と言ったら、この服なんだよ」

 

 サファリパークとかでありそうな、帽子とジャケット。

 背にはリュックもあり、これで探検の準備は万端。

 

「相変わらず、静香ちゃんの道具はとんでもないよね」

 

「だろう?

 道具の手柄は、俺の手柄。俺の手柄はもちろん、俺のもの。

 どうだ、惚れたか?」

 

「その考えはおかしいの」

 

 なのはには、ガキ大将の偉大な論理が理解できなかったか。

 踏み台転生者ともマッチしている、素晴らしい理論なのだが。

 お前の心は俺のモノ。俺の心も俺のモノみたいな……あれ、なんか途端にヤバくなったな。

 

「船長! 付近に危ない存在はいませんでした!」

 

「わかった。

 じゃあ、まずはあたいがシグナムと偵察してくる。

 おまえらは船の見張りを頼んだよ!」

 

『了解』

 

 一糸乱れぬ動きで、船長に返事をした海賊達。

 やはり、船長は彼等に慕われているんだな。そうでもなければ、こんな素直に言う事をきかないし。

 

「というか、自分で見にいくのか?」

 

「当たり前さね。

 最初にお宝を見るのは、このあたいだよ」

 

「ふーん」

 

 自ら最前線に立つ、上司か。

 戦争物でそういう将軍は、大体兵士達に慕われていた。

 それと同じようなものだろう。

 まあ、海賊と兵隊では考えとかが違うのかもしれないが。

 

「それより、行くよ。ついてきな」

 

「あいあいさー!」

 

 羽織を翻して進む船長に、警戒した素振りで追随するシグナム。

 俺となのはも彼女達に続き、こうして四人で島の探検をするのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「小鳥遊探検隊は現在、森の中にいます」

 

「見た事もない種類の木があり、わたしことなのはも興奮しています」

 

「あんたら、なにしてんだい……」

 

 呆れた表情を向ける船長に、俺達は揃って頬を掻く。

 

「いやぁ、なんか冒険してるとテンションが上がっちゃって」

 

「テレビとかでしか見ないから、楽しいの!」

 

「……はぁ。

 連れていくのを間違ったかね」

 

「そういえば、どうして俺達を一緒に連れていこうとしたんだ?」

 

 その言葉を聞き、ふとある事が気になった。

 構えていたカメラを下ろした俺は、額に手を置いている船長に尋ねる。

 すると、彼女は口角を上げて。

 

「もちろん、あんた達が魔法を使えるからに決まってる。

 あたいが使う気はおきないけど、あんた達が使うのは止めないからね。

 むしろ、あたいの肉壁になってくれれば嬉しいねぇ」

 

 くつくつと嗤う、船長。

 流石に冗談だと思いたいのだが、彼女の瞳からは言葉の真偽は読み解けなかった。

 

 今更だけど、船長って海賊なんだよな。

 俺達に気を遣ってくれたのか、船長達が他の海賊と争っている場面は目撃しなかったが。

 実際には、何人もその手にかけているのだろう。

 

 冒険を、満喫するのはいい。

 すずか達に見せるために写真も撮っているし、こうしてなのはとも楽しんでいる。

 だけど、船長達の事は、心から信用してはダメだ。

 万が一、彼女の言う通り、俺達が囮にされる可能性があるから。

 ……なのはが、危ない目に合わないようにしなければ。

 

 密かに決意していると、俺達は開けた場所に躍り出た。

 目の前には大きな遺跡らしき建物があり、どうやら中に地図に記されている宝があるらしい。

 

「この中に入るんだよな?」

 

「そうさ。

 地図によれば、この中のようだしね……まあ」

 

 途中で言葉を区切ると、船長はある方角に視線を転じた。

 同時にシグナムが前に出て、腰に靡いている長剣の柄に手を添える。

 

「主。お下がりください」

 

「頼んだよ、シグナム」

 

「御意」

 

 船長に激励されたからか、シグナムの全身からはやる気が迸っていく。

 対して、なのはもドラちゃんを握り、真剣な目で彼女の横に並ぶ。

 

「む。お前は下がっていろ」

 

「ううん。わたしも、シグナムさんと一緒に戦う」

 

「いいさ。お嬢ちゃんの好きにさせな」

 

「……主がそう仰るのなら」

 

 若干不服そうだが、どうやらシグナムは納得したらしい。

 横目でなのはを捉えた後、微かに口元を緩める。

 

「足でまといにはなるなよ」

 

「大丈夫!

 シグナムさんに、魔法の使い方を教えてもらったから」

 

「……ふっ、そうか」

 

 今、シグナムは確かに笑った。

 他の人にとっては、笑いとも言えない小さな変化だったが。

 なのはの言葉を聞いて、彼女は笑みを零した。

 

 流石は、なのはだ。

 この短期間で、シグナムの心を解きほぐしたのだから。

 もちろん、まだ完全にとはいっていないだろう。

 しかし、少なくとも今までのシグナムとは、雲泥の差だ。

 

 心の中でなのはを賞賛していると、俺の耳に草木が揺れる音が耳に入った。

 徐々にこちらに近づいていき、やがて茂みから複数の肉食獣が飛び出す。

 

「ふっ!」

 

 いつの間にか、長剣を鞭状に変化させていたシグナムは、それを巧みに扱って獣達を吹き飛ばした。

 

「ディバインシューター!」

 

《Divine Shooter》

 

「シュートッ!」

 

 なのはがそう叫ぶと、三つの桜色の魔力弾が出現。

 弧を描いて飛んでいき、シグナムの攻撃外にいた肉食動獣達へと着弾する。

 彼等はこの世界では異様な攻撃方向に、タジタジな様子だ。

 耳を垂らして戦意が下がっており、こちらを睨む視線は弱々しい。

 

「やるじゃないかい」

 

 じりじりと後ずさる肉食獣達を見て、船長は満足げに口角を上げた。

 彼女の言う通り、俺もなのはの手際の良さに驚いている。

 

 空間把握能力がずば抜けているのだろうか。

 小学生とは思えない采配は、シグナムと並んでいても違和感がない。

 前衛を務める騎士と、彼女の穴を的確に埋める魔導師。

 流石に完璧とは口が裂けても言えないが、少なくとも連携には見えるだろう。

 

「流石はなのはだな」

 

 原作キャラ云々、だけではない。

 常に一緒にいたからこそ、なのはが弛まぬ努力をしていた事を知っている。

 言葉一つ逃さぬよう、シグナムの話を噛み砕いて自身の糧にしていたのだ。

 よってこの結果は、必然とすら断言できる。

 

「こりゃ、俺は必要なかったかな」

 

 一応、俺も空気砲を構えていたけど、なのは達なら大丈夫そうだ。

 そんな俺の考えを肯定するように、ほどなくして肉食獣達は茂みの中に消えていく。

 暫く警戒を解いていなかったが、やがてシグナム達は息を吐いて武器を下ろした。

 

「お疲れー」

 

「ふぅ……どうだった、静香ちゃん」

 

「うむ。流石俺の嫁だな! 惚れ惚れするぐらいカッコよかったぞ」

 

「えへへ、そうかな?」

 

「そうだな。魔法を覚えたてにしては、私も良かったと思う」

 

「も、もー! みんなで褒めないのー!」

 

 頬に手を当てながら、もう片方の手をパタパタ振っているなのは。

 柔らかそうなほっぺたは赤らんでいて、照れている様子が一目瞭然だ。

 

《ところで、マスター》

 

 なのはの可愛らしい仕草に癒されていると、脳内でドラちゃんの声が響いた。

 

 いきなり、どうした?

 なにか問題でも起きたのか?

 

《いえ。ここ最近のマスターって、ぜーんぜん活躍していないなぁ、と思っただけです》

 

 ……。

 

《まあ、マスターですし仕方ありませんよ。元気出してください。

 例え、今後のマスターが役立たずでも、私は支えますから》

 

「次は俺が戦う!」

 

「え、突然どうしたの?」

 

 なのはが目を丸くして問いかけてくるが、気にせず俺は意気揚々と先頭で歩く。

 

 危ない危ない。

 このままではドラちゃんの言う通り、ただのモブ美少女として終わるところだった。

 俺も活躍して、なのは達に良い部分を見せなければ。

 

 それに、今回は原作に備えた良い練習になる。

 原作主人公やオリ主がいつ現れるのかわからないが、今のうち戦闘に慣れておけば、本番でそれらしい踏み台行動を取れるだろう。

 俺は余裕のある、優雅な踏み台転生者を目指すのである。

 

「さあ行こうすぐ行こう今すぐ行こう!」

 

「……主、どうしますか?」

 

「好きにさせな。自分から肉壁になってくれるって言っているんだからね」

 

「待ってよ静香ちゃんー!」

 

《やりました》

 

 背後から聞こえる皆の声をよそに、俺は目を光らせて来るべき襲撃に備えるのだった。

 

 

 

 

 



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