素顔を晒せば何とやら (けらこ)
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プロローグ・上

 円卓の間は伽藍としている

 黒曜のテーブルに着くはただ一人




「はぁ……」

 ため息が漏れる。最後の一人が帰ってしまい、もうやることが無くなってしまった。ユグドラシルの終わりを共に見送る相手も無し。仕方なしにギルド内をふらふらと歩き、途中で出会ったNPCを引き連れてある場所へと向かっていた。

 そうしてぞろぞろとNPC達を引き連れてたどり着いたのは、玉座の間。重々しい音を立てて開いていく荘厳な扉をくぐり、玉座へと歩いていく。ふと、目に入ったのは玉座の脇に佇むNPC。異形の特徴を持つ美女が微笑みを浮かべている。確か名前は、アルベド。だがそれよりも目が向いたのは所持しているアイテムだった。

真なる無(ギンヌンガガプ)がなぜここにあるんだ?」

 思わず出た言葉は多少の怒気を帯びていた。真なる無は世界級(ワールド)アイテムであり、そのような貴重品をギルメンの許可なく持ち出すことは、多数決を重んじるアインズ・ウール・ゴウンでは許されない。これは宝物殿にあって然るべきではないのか。その思いが手を伸ばしかけるが――――

「・・・・・・いや、やめておこう」

 このアイテムを与えたのは誰だろうか。それはおそらくアルベドの制作者であるタブラ・スマラグディナだろう。大穴でトラブルメイカーのるし☆ふぁーあたりだろうか。ともかくギルメンが多数決の原則を破ってまで与えたのだ。何か理由があるのかもしれない。気に食わないからでアイテムを奪うのは気が引けた。如何なる理由があったのかはわからないが、その意思を尊重すべきだろう。

「もう、多数決なんてできないしな」

 残るメンバーは自分一人だけ。ならば、自分がその思いを尊重したいと思ったならそれでいいだろう。伸ばしかけた手を下ろし、アルベドをぼんやりと眺める。ドレスも、装飾品もすべてが美しい。縦に割れた瞳や角が異形であることを伝えてくるが、そんなことは気にならないほどの美貌であった。時折こちらを窺うように動くのは精巧なプログラムによるもの。ギルメンの想いの結晶が、ここにある。

「・・・・・・最後に見に行くか」

 宝物殿にいる自分のNPCの事を思い出した。秘蔵とは言え今まで一度たりともあそこから出していないのだ。タブラを見習って最後くらいはあの狭苦しい空間から出してやるべきだろう。玉座の間では指輪が使えないため踵を返そうとして、踏みとどまる。

「えーっと、『待機せよ』」

 その言葉と共に、自分を取り巻いていたNPCが臣下の礼を取って固まる。さすがにあの狭い場所にぞろぞろとついて来られるのは困るし、彼らはここに居るのが望ましいだろう。

「さてと」

 重厚な扉をさっさと抜けて、指輪――――リング・オブ・アインズウールゴウン――――を発動する。目的地はもちろん宝物殿。どこにもつながっていない隠し部屋への移動は一瞬で完了した。ここ数年は狩場と宝物殿を行き来するだけのつまらない生活であったと思い出す。

「あー・・・・・・整理すればよかったな」

 視界に入ったのは夥しいほどの金色。もちろんある程度は整理されているが、棚に入りきらなかったアイテムや金貨等が溢れて足の踏み場もないほど散らかっている。誰かが『宝をぞんざいに扱っている感じがまた良い』とか言っていたのが採用されたため敢えて散らかっているのだが、もはやそれを提案した者はいない。

「〈飛行(フライ)〉」

 さすがに金の山をかき分けて進む訳にもいかず、魔法で乗り越えて行く。そのまま少しすると、漆黒の扉が出現した。ここから先は鍵がかかっている。今までのアイテムとは比べ物にならないほど貴重な物が収められているからだ。解くためのパスワードは――――

「なんだったけなぁ」

 久しぶり過ぎて流石に忘れてしまった。宝物殿には適当に稼いだ金貨を放り込みに来ていただけ。奥まで来るのはいつ以来なのか、もう覚えていない。苦し紛れにギルド内のほぼ全てに通じるキーワードを呟く。

「『アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ』」

 するとその言葉に反応し、漆黒の扉の表面が波打つようにして文字のようなものを浮かび上がらせた。長ったらしい英語のような文はとても読めたものではない。だがこの文自体には見覚えがあった。奇しくもその文体はタブラ・スマラグディナその人によるものであると気付く。凝り性らしい彼の本領発揮と言った感じか、これを初見で解ける者は居ないだろう。

「確か――かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろう――だったか?」

 疑問符付きのそれは自身の無さの現れであったが、あっさりと鍵は開いた。胸を撫で下ろしぽっかりと開いた入り口を通り抜ける。目指すは最奥。そこに目的の者はいるはずである。飛行の魔法をかけ直して奥へと向かう。

「・・・・・・いた」

 視線の先に、ぽつんと立つ影は異形。それは、人の体に歪んだ蛸にも似た生き物に酷似した頭部を持つ者。扉に浮かんだ文字にも似たものを顔面に刺繡し、その皮膚の色は死体の如く。さらに粘液に覆われているような異様な光沢を持つ不気味な外見をしていた。時折触手をしならせ、瞳の無い青白く濁った眼が虚空を見つめている。

「タブラさん」

 無駄だと分かっているが声をかける。アイテムを勝手に持ち出して怒っているんですからね、なんて言葉は続かない。なぜならこれはタブラではなく、タブラの姿をしているだけの人形なのだから。

「はぁ……『変身を解け』」

 命令と共に、タブラの姿がぐにゃりと崩れた。異形は完全に溶けたようになり、だがすぐに新たな形をとる。そこに居たのは軍服を着たすらりとした伊達男であった。黄色の派手なネオナチの制服を着こなすNPC。

「パンドラズ・アクター」

 自分の作ったNPC。こいつはギルメンを含め四十五もの外装・能力を制限付きとは言えコピーできる優れた能力を持つが、それを生かすことはついに無かった。着せ替え人形として作られ、挙句の果てにこんなところに閉じ込められたままなのは不憫であろう。だが、外に出る前に少しやることがあった。

「『付き従え』」

 言葉と共にパンドラズ・アクターが後ろをついてくるのを確認しながら指輪を外し、指輪用収納箱に入れる。霊廟にはギルメンの装備が保管してある。宝物殿に入るには指輪が必須だが侵入者が指輪を所持して霊廟に入った場合、それを装備した者はゴーレムたちに襲われるという寸法だ。嫌らしく効果的な罠だが最後の最後にギルメンの遺産に襲われるなど堪ったものではない。他の持ち手の決まっていない指輪も残らず箱に入れた後、インベントリにしまう。

「飴ころもっちもちさん、やまいこさん」

 進みながら、ゴーレムたちの名前を呼んでいく。ここは墓場。居なくなってしまったギルメンたちをそのままの姿で保管する霊廟。最初はそんなつもりはなかったのに、次々といなくなるギルメンと反比例して増えていく像を見て、まるで本当の墓のようなイメージを抱いてしまっている。

「ウルベルトさん、たっちみーさん、そして・・・・・・」

 辿り着いた霊廟の最奥に、四つの空きスペースがある。NPCに『待機』の命令を下し、その内の一つに近付く。最後にやるべきことは、ここを埋めること。裸のゴーレムを取り出してそのスペースに置く。他のゴーレムが少しでもギルメンの姿に近づけてあるのに対して不格好なものだが、装備を着せるだけなら問題ない。

「これは俺だ」

 しばし見つめた後、装備を一つずつ外してそのゴーレムに着せていく。ローブ、サークレット――――その全てが神器級(ゴッズ)。百レベルに到達したプレイヤーは数あれど、神器級を作成するに至る者は数少ない。全身を神器級で固める狂気の沙汰は、しかし膨大な時間と仲間たちとの努力を象徴する。その思い出の結晶をギルメンとの思い出と共に一つ一つ飾っていく。やがて骸骨の体が晒されたとき、すべてのギルメンと共に自分の姿が保存された。これで霊廟は完成である。

「ギルド〈アインズ・ウール・ゴウン〉を創造せし者達、ここに眠る。か・・・・・・」

 あっけないものだ。これですべてが終わってしまう。みんなで世界を飛び回り、みんなで苦楽を共にした。輝いていた思い出が浮かんでは消えていく。ここにある物は今やそのすべてが持ち主を失い、そしてすべてが無に帰すのだ。それがどうしようもなく悲しくて、そして自分にはどうしようもなかった。

「お前も、可哀想だ」

 直立するNPCは凛々しくはあれど孤独であった。去り行くギルメンを惜しんで、その姿だけでも残しておこうと思ったのがきっかけで創造されたNPC。生まれてからずっと宝物殿に置きっぱなしでただの一度も外に出た事が無く、ただの一度もその能力を発揮したことの無い憐れなマネキン。たかが(・・・)ゲームにのめり込んで、あげく何も残らなかった自分にはお似合いかもしれない。

「なぁ、お前は何を考えてた?ずっとここにいてどう思った?」

 人形に語り掛ける。返事など無いが、それでも止まらない。

「俺は・・・・・・楽しかったんだ。生まれて初めて心の底から楽しいと思ってたんだ」

「そしてそれはみんな同じだったんだ。このギルドは間違いなく最高だった」

「・・・・・・でも、今は違う」

 いくら考えてもわからなかった。大切なもののはずだった。輝いていた。それなのにどうしてこんなことになってしまったのだろう――――

「はぁ・・・・・・」

 その場に座り込んで天井を仰ぐ。もう世界の終わりまで幾許も無い。せっかくここまで来たのに、外に連れ出してやる時間も気力も無くなってしまった。あれから誰かが円卓の間に来ているという事もあるまい。アインズ・ウール・ゴウンは終わる。そしてギルド長は、誰も知らないこの場所でひっそりと消えるのだ。傍らのNPCは、何も言わない。

「そう、俺には何も無い」

 呟きと共に意識が揺らぐ。ゲームの終わりに備え、今日はどうしても早く帰らなければならなかった。その為にただでさえ激務であるのに余計に働く羽目になった。今、その反動が来たのだろう。とにかく眠くて仕方なかった。

「ああ、おやすみ・・・・・・」

 体が横倒しになる。床はそれほど冷たくは無い。こんなところまでは作り込まれてはいないらしい。体が溶けるように、意識を少しづつ手放していく。寝るならログアウトしなければ。ナノマシンもタダではないのだ。それに、まだ明日の用意もしていない。でも――――

「もう、どうでもいい」

 そうして意識は完全に闇に飲まれた。























 どれくらい眠っていたのかはわからない。だがふいに(・・・)体が持ち上げられる感触に驚く。誰かが体を支えてくれているのだと、自然と覚醒していた意識が認識する。

「――――え?」

 唐突にクリアになった頭は、だがその活動を停止していた。信じられない光景が広がっていたからだ。

 先程まで立っているだけのNPCが、パンドラズ・アクターが動いていた。体を支えてくれているのだろうか。触れる腕は小刻みに震えていた。

「お前、どうして・・・・・・?」

「申し訳ございません。ですが、今しばらくは」

「いや、あぁ・・・・・・」

 その気迫に押されて黙ってしまう。なんなんだこれは。少し微睡んだと思ったらNPCが動いて言葉を発している。おまけに体の調子もすこぶる良い。先程までの疲労困憊が嘘のようである。混乱する思考とは裏腹に、その頭は冴えていた。

「・・・・・・」

 パンドラズ・アクターはじっとこちらを見つめている。こちらが動かない限りこのままでいるつもりのようだ。体を支えるその腕が少しだけ震えているのは、気のせいではない。もう一度傍らのNPCの表情を窺う。のっぺりとしたその顔は、しかし何か苦痛に耐えているようだった。そこまでこの体は重いのだろうかと、悠長に考えた。

「ああ、すまない・・・・・・」

 さすがに体を預けっぱなしは申し訳ない。立ち上がろうとすると、すかさず自分が立ち上がりやすいように支え方を変えてくる。その親切さに甘えながら無事両の足で立ち、傍らの者に声をかけようとしたところで瞠目する。視界から消えたと思えば、目を離した一瞬で平伏していたのだ。

「ど、どうした?」

「御身に不躾に触れ、あまつさえ御言葉を無視しました。処罰は何なりと」

「は?」

「モモンガ様。私には何が起こったのかわかりません。ですが、御身を粗末になさることだけはおやめください」

 パンドラズ・アクターは平伏したまま必死に言葉を紡ぐ。呆気に取られている間にもその言葉は止まらない。

「私だけでなく、このナザリックに属する全員が御身のために命を捧げます。御身を脅かす事象に私どもでは足りぬは承知、ですがせめて盾としてお使いください!」

――――さっぱりわからない。突然NPCが喋りだす。忠誠を誓われ命を捧げると言われ、さらには罰してくれと言う。全く持って意味不明である。困惑のまま見つめても、姿勢を全く変える様子は無い。この分だとこちらが動くまで梃でも動かないだろう。

「パンドラズ・アクター。顔を上げてくれ」

 声をかけると、僅かな間の後に顔を上げ、空洞のような目でまっすぐにこちらを窺う。間抜けな面だが、その顔からは先程と変わらず真剣なものが伝わってきていた。

「そんなに心配するな。まずは立ってくれないか?」

「・・・・・・」

「パンドラズ・アクター。俺はお前と面と向かって話をしたいんだ。立ってくれるな?」

「・・・・・・はい。失礼致します」

 話をするだけでここまで手間がかかるとは。茶番の様だが、本人はいたって真面目なのが厄介だった。なんとか二人とも立った状態で向かい合うことができたがこれは疲れる。一気に話を進めなければ。

「聞いてくれ。俺は今混乱しているし、何が何だかわからない。だけどこれだけは言える。俺は死んだりしない。そしてお前を罰したりもしない」

「ですが、それは・・・・・・」

「そう、俺は少し疲れていたんだ。そしてお前は俺を助けた。それでいいじゃないか」

「ですが、私は御言葉を無視しました」

「じゃあ、今度は俺の言葉をちゃんと聞いてくれ。俺はお前に感謝してるし、罰したりなんかしない。いいな?」

「・・・・・・もったいなき御言葉」

 不承不承、と言った感じだが一応納得はしてくれたようだ。それにしてもこの状況でよく会話がスムーズにできたものだと自分に感心する。こんな訳の分からない状況、誰かに説明してもらわなければパニックになってもおかしくない。

「そう、誰かに、説明・・・・・・」

 心から説明してほしいと思った。もしかしたらGMが何らかの声明を出しているかもしれない。急いでコンソールを開こうとして、敢え無く失敗した。

「あー・・・・・・」

 コンソールが開けなければGMコールも使えない。というかよく考えると普段浮かんでいるはずのシステム欄も存在していない。これは明らかに異常であった。

「まあ、NPCが動いてるもんな・・・・・・」

 既に最上級の驚きを与えられた後では大したことではないように感じる。現に、傍らのNPCはこちらを心配そうに伺う様子まで見せている。まるで生きている人間の様に。

「・・・・・・なあ、パンドラズ・アクター」

「はい」

「俺は、誰だ?」

「モモンガ様でございます。ナザリック地下大墳墓が支配者にして、至高の四十一人を束ねられる唯一の存在。それがモモンガ様でございます!」

 こいつ声が大きいな。なんて考えながらも情報を整理する。突然動き出したNPCは多少大げさとは言え自分と同じような認識を持っているらしい。ここがナザリックで、自分がギルド長というのは変わってないらしく少しだけ安心する。

「そうだよな、俺はモモンガだよな」

「はい」

「そうか・・・・・・」

 霊廟の中は奇妙な空気に包まれていた。



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プロローグ・下

 息子。少しだけ大人しくなる(一瞬で戻った模様)




 
 己が創造主はいつかあそこに並ぶのだ。


 霊廟を眺めるパンドラズ・アクターの頭には常にこの考えが浮かぶ。宝物殿の領域守護者として、至高の御方々の姿を真似ることを許された身として、嫌でもそう考えざるを得なかった。目の前で増えていく像により、そのことを誰よりも理解していると自負していた。

 そうでなくてもナザリックのシモベは皆ある考えに囚われている。至高の御方々はどこへ行かれたのか。至高の御方々はナザリックを見限ってしまわれたのか、と。その思考の根源にあるのは恐怖。自分たちの存在意義を失う事はひどく恐ろしい。だが真に恐れるは『御方々自身の手で創造されながら、御方々を満足させることができなかった』ことだ。その事実がシモベ達の心を痛め付ける。

 だが頭の良い者達は別の可能性にも気付いているだろう。それこそシモベ達にとって致命傷となり得る。すなはち、モモンガ様以外の御方々はもう――――

 カツンッ!

 戒めるように靴を鳴らす。それは不敬な考えであった。至高の御方々は無敵にして不滅。他の凡百の存在とは違い、死など簡単に乗り越えられる存在だ。しかし、どうしてもその考えを捨てることができない。この身は宝物殿の領域守護者であり、霊廟を守る最後の砦。故に――――己が至高の御方々の墓守(・・)であるいう事を理解する唯一のシモベなのだ。

 優秀な頭脳は残酷にも答えを導き出した。至高の御方々はいずれ来る自らの死期を悟り、ナザリック地下大墳墓とその墓守を創造したのだ。その考えの通り、御方々は一人また一人とお隠れになり、今ではモモンガ様が一人残るのみ。墓守達の中でも己に与えられた役目は、仲間の死を悼み心を痛められた主に寄り添いその心を癒すこと。己の存在理由はただその一点のみ。だが主は頑なにその力をお求めにはならない。

 なんと情けない。

 その為の力を与えられておきながら、満足に主を癒すことすらできない己の無能さを呪う。愚図な己にできることは至高の御方々の死を秘匿することのみ。真実は時としてシモベを殺す。御方々の死は世界の終わりに等しく、シモベ達はきっと耐えることができない。故にこの真実は広めるべきではない。幸いにもこの宝物殿に他のシモベが来ることは無く、よって広まることは無いと言い切れる。


――――いつかこの墳墓が本当の意味で墓となった時は、シモベ達に我らの本当の使命を伝えよう。そうすれば彼らも生きていくことができるだろうから――――


 かくしてパンドラズ・アクターは今日も一人宝物殿にて過ごす。時折金貨を放り込みに来る主を慮り、いつか訪れる別れが一日でも遠くなるように願いながら。



 














――――この日のシモベ達は至福の時を過ごしていた。今までも定期的にナザリックを訪れていた慈悲深き御方が珍しくナザリックに長時間滞在していたからだ。

 だがその平穏は破られる。唐突にナザリック地下大墳墓に複数の至高の御方々の気配が出現したのだ。シモベ達の驚きと喜びは推して図るべし。そしてそれはパンドラズ・アクターも同じであり、真実を知る者として驚きは極めて大きかった。帰還された気配はいずれもが霊廟に並ぶ御方々のもの。僅かな時間だったが御方々の帰還は果たされたのだ。絶望的と断じた御方々の生存。それが現実のものとなったことで思考に混乱が生じる。だがその事実は何物にも代え難い。

 至高の御方々は、今もどこかで生きている。

 もしかすると、全員。そう考えるだけで喜びに身が震え、同時に己の不徳を恥じる。やはり至高の御方々は不滅なのだと。その偉大さを己が矮小な思考の範疇に捉えることなどできないのだと。至高の御方々よ、万歳。その呟きは万感の想いを乗せて部屋に響く。

 やがて宝物殿に近づく主の気配を感じ取り、その来訪に胸を躍らせながら待つ。開口一番、主の発した言葉は称賛であった。
 
「タブラさん」

 与えられた力を少し認めてもらえたような気がして、その歓喜を胸に抱きながら久方ぶりの主の来訪を歓迎した。






 沈黙が場を支配する。この異常事態をどうやって乗り切るか必死になって頭を働かせる。

「パンドラズ・アクター」

「はい」

 普通に返事してるけどこいつはなんなんだろうか。というかこいつ俺の話ずっと聞いてたよな?何と言うか、すごく恥ずかしい気がしてくる。

「・・・・・・さっきの話はオフレコで頼む」

「おふれこ、でございますか?」

「あー・・・・・・ナイショってことだ」

「失礼いたしました。私の命にかけて他言しないことを誓います」

「いや、命とかはいいから・・・・・・」

 つくづく会話の温度が嚙み合っていない。とりあえず恥ずかしい噂が流れることは阻止できたものの、本題は別にある。なんでこいつ動いてるのだろうか。しかも物凄くへりくだった対応してくるし。

「パンドラズアクター」

「はい」

 まじまじと眺める。最初はパニックになりかけたが、今は興味の方が勝る。さっきの約束の時みたいに聞いたら何でも答えてくれそうだった。

「お前って前から動いてたっけ」

「・・・・・・至高の御身のために尽力して参りましたが、モモンガ様をして動いていたかと言われると甚だ疑問が残るかと」

「いや、そうじゃなくて・・・・・・今みたいに喋ったり動いたりしてたか?」

「はい。宝物殿にいたので会話こそしておりませんが確かに動いておりました」

「ああ、なんかその・・・・・・ごめんな」

「そんなことはございません! モモンガ様ではなく私が悪いのです!」

「そう・・・・・・」

 クソ真面目な答えだが、話題がズレてる上に異常なほどに自己評価が低く、その癖身振りはやたらデカい。これはあれだろうか。誰かが俺を持ち上げて後で晒しスレにでも上げる算段でもしているのか。しかしそれにしてはこいつは真に迫る動きをしている。若干ウザいが。何よりもNPCをこれほど人間っぽく動かせる技術があるとは思えない。

「モモンガ様。よろしいでしょうか」

「ん? ああ。いいぞ」

「ありがとうございます。お召し物をされた方が良いかと存じますが・・・・・・」

「は? 服なんて・・・・・・着てねぇ!!」

 頭に稲妻が落ちたようだった。見下ろした体はスカスカの骸骨そのもの。

「やっべ! 俺・・・・・・」

 絶叫は続かない。突然冷水を浴びせられた如く精神が落ち着いたからだ。しばらく静止した後、もう一度体をよく観察する。

「体が骨。骨だ」

 今度は冷静につぶやく。だが頭の中は冷静でも衝撃は残っている。思わず抓ろうとした頬がない事に気付かないくらいには驚いていた。嫌なことに、カリカリと顔の骨を引っ掻く感触がリアル過ぎる。

「モモンガ様! お気を確かに!」

 なんか叫んでるけど無視。夢中で体をまさぐり、そこからしばらくはジェットコースターのような気分を味わう羽目になった。とにかく感情が爆発しかけては鎮静化を繰り返すこと数度。ようやく平坦な気分になった。

「モ、モモンガ様・・・・・・」

「すまん。ちょっと取り乱した」

「いえ、心中お察しします」

 神妙な顔で頷くのは良いが、それに付き合うこいつの方がさっきから大変そうだった。というかハニワみたいな顔してるくせに表情豊かだな、なんて思ったりもする。最初の心配そうな表情も、途中の慌てたような様子も本当に生きている人間のようだ。

「とりあえず装備しなくちゃ」

 目の前のゴーレムから装備を剥ぎ取る。いつも通り装備しようとして問題に気付いた。

「どうやって装備するんだ、これ」

 途方に暮れていると、ここぞとばかりにしゃしゃり出てくる者がいた。

「モモンガ様! 私にお任せください!」

「ここに腕通すのか? いや、こうか?」

「モモンガ様!」

「うお、サイズ変わった! すごいな」

「モモンガ様!!」

 うっさ。なんで急に元気になったんだろうこいつ。というか服も自分で着られないとか恥ずかしいからやめてほしい。だが微塵も諦めるつもりは無いらしく、しきりにその存在をアピールしてくる。

「・・・・・・やっぱ一人じゃ無理だわ。手伝ってくれ」

「はい!」

 だがなんやかんやパンドラズ・アクターの手際は素晴らしく、あっという間にいつもの姿に戻った。ウザかったので最初は無視したが、これなら最初から任せてもよかったかもしれない。それにしても骸骨の体を晒しても羞恥心は薄いが、やはり服を着ていた方が落ち着く。

「あー・・・・・・とりあえずここ出るか」

 聞くまでもなくついて来るだろうから特に声掛けもせずそのまま薄暗い通路を歩く。両脇のゴーレムが嫌に鮮明に見えるが、これはもしかして暗闇無効とか働いてるのだろうか。考えながら最後のゴーレムを横目で見て、暗闇を抜けたところではた(・・)と気付く。そういえばインベントリは使えるのだろうか。

「うお、手がめり込む」

 虚空にめり込んだ手でインベントリをまさぐる。どうやらアイテムはきちんと取り出せるようで安心した。これで宝物殿に閉じ込められることは無い。目当てのアイテムを取り出し、暗がりから出てきたパンドラズアクターに中身を一つ投げて寄越す。器用なことに空中のアイテムを認識してから慌て、姿勢を正し、できるだけ柔らかにキャッチするという芸当をやって見せた。

「これは・・・・・・!」

「お前、指輪(それ)持ってないだろ」

「はい。リング・オブ・アインスウールゴウンは防衛の要。私の身には――――」

「やる。これが無いと出られないだろ」

「ですが」

「着替えさせてくれただろ?それのお礼だよ」

「・・・・・・一旦借り受けさせていただきます」

 これ以上は譲れないらしい。後で返すという強い意志を感じる。敵に奪われれば痛いがNPCにやるのが勿体無いようなアイテムでもない。恭しく指にはめるその様子はまるで神器級(ゴッズ)でも渡したかと錯覚してしまう。もう一つだけ指輪を取り出し、残りの指輪は収納箱ごとインベントリにしまう。

「じゃ、それでいいから行くぞ。玉座の間、は無理だから手前のレメゲトンで」

「はっ」

 同意が得られたのでさっさと飛ぶと奇妙な感覚が体を襲った。〈飛行(フライ)〉のような疑似的な飛行とも違う浮遊感に包まれ、気が付けば目的地へ着いていた。

「うおお・・・・・・なんかさっきと違うぞ」

 僅かな驚きと同時に背後に降り立つ気配を感じる。振り向くとやはりパンドラズアクターが立っていた。そういえば派手な格好の割に振る舞いがやけに大人しい。まあ静かならばそれで良いので特に気にしない。

「・・・・・・『気配』とかアニメみたいだ」

 自分にツッコミを入れながら玉座の間の扉に手をかけるが、両脇の女神と悪魔がこちらを見つめている気がして落ち着かない。

「・・・・・・よし」

 精巧な彫刻の視線を振り切り腕に力を入れると、意外と軽いそれは重厚な音を立てて開いていく。立て付けが悪い訳でもないのにやたら音が大きい。不気味な音を立てて開いていくそれを見ながら、まるで魔王城だな、なんて思った。

「おー・・・・・・おお?」

 開いていく扉と共に玉座の間の光が漏れてくる。それに感心して目を細めて、意外な光景に目を少し見開く。てっきりパンドラズ・アクターみたいに他のNPCも好き勝手動き出しているのかと思ったが違うらしい。宝物殿に行く前と同じように平伏した姿が見える。

「動いてるのはお前だけなのか?」

「いえ。そうではないはずですが・・・・・・」

「ふーん。まあいい、行くぞ」

「はっ」

 ふかふかの絨毯を踏みしめて歩く。歩きながら観察すると、確かに平伏しているNPC達がこちらを見ている気がする。こちらの一挙手一投足に注目しているというか、何となく居心地が悪い。目線を逸らして辺りを見回す。ギルメンの旗や立派なシャンデリアが目に入る。これほどの造り込みは他ではお目にかかれないだろう。

「素晴らしい」

 後ろから呟きが聞こえる。そういえばこいつは玉座の間に来たことが無いのではないか。ギルメンにお披露目した時はどうだったか忘れたが、こいつは作られてからずっと飽きるほど宝物殿の壁を眺めていたのだろう。やっぱり不憫な奴だ。

「後で他のところも見に行くか?俺も最近見てないし」

「それは・・・・・・有難き幸せ」

「大げさだって」

 玉座が近づく。NPC達は変わらず平伏しているが、パンドラズ・アクター同様にこいつらもやたらと俺を敬ってくるのだろう。それを思うと自然と背筋が伸びる。これでもし対応が間違ってたら速攻で逃げよう、そうしよう。

「・・・・・・壮観だな」

 そういう風に設計されているのだろう。玉座から見える光景はより迫力があるものとなっている。骨しかないのに座れるか不安だったが、ふかふかの玉座に包まれると安心した。パンドラズ・アクターはアルベドの手前で立ち止まり平伏している。確かアルベドは守護者の中でもトップの位置づけだったから、社長より上座に座らない的なアレだろう。というかこの状況だと俺が社長になるのだろうか。

「あー、オホン」

 咳払いに一気に場の空気が変わる。NPCの意識がより一層こちらに集中しているのがわかる。取引先でもこんなに威圧感は無かったが、意を決して口を開く。

「みんな――――」

 続く言葉に、玉座の間は驚きに包まれた。





「なぁ、お前は何を考えてた? ずっとここにいてどう思った?」

――――常に主の幸福を願っていました。宝物殿の守護という大役を任せていただいて光栄でした。

「俺は・・・・・・楽しかったんだ。生まれて初めて心の底から楽しいと思ってたんだ」

――――私も僭越ながら至高の御方々が宝物殿を訪れる姿を楽しみにしておりました。御方々が世界級(ワールド)アイテムを手に入れた際の武勇伝を聞かせて頂いたときは、まさに天にも昇る思いでした。

「そしてそれはみんな同じだったんだ。このギルドは間違いなく最高だった」

――――何一つ異議はありません。至高の御方々が創造せしギルドは間違いなく最高であります。微力ながら、その栄光の支えとなったことを誇りに思います。




「俺には何も無い」

 そんなことは無いと叫びたかった。例えどれほどの罪に問われようと、主の言葉を否定したかった。だが『待機』という命がそれを邪魔する。言葉すら発することのできない己の不甲斐なさを呪った。 

「もう、どうでもいい」

 その姿は衝撃だった。力なく床に倒れ伏す主。そんな光景は見た事が無かった。

――――力にならねば――――

 だが体は動かない。『待機』という命を破る資格が無い。床に伏せる主を何もできぬまま見つめる。その胸中はあらゆる感情に喰い荒らされていた。もしも心という器があるのなら間違いなく崩壊していただろう。パンドラズアクターの心は限界を迎えていた。

 永遠にも感じる時間が過ぎた後、至上の命令という呪縛を遂に破り、前へ踏み出す。燃え盛る感情に身を焦がしながらパンドラズ・アクターは主の身に触れた―――



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発露

地雷処理失敗


 動き出したNPC。開かないコンソールに骨の体。

 これは夢だろうか。肉も皮も無い自分の手を見つめる。ギルメンのペロロンチーノはよく『妄想具現化能力が欲しい!』とか言っていたが、もしかすると自分はショックの余り、知らず知らずの内に妄想の世界に入り込んでしまったのかもしれない。

「はぁ・・・・・・」

 薄暗い廊下の壁にもたれる。思考がまとまらない。今でもNPC達の表情が焼き付いている。何とかしてやりたいと心から思う。だが同時にどうしたらいいのかわからないのだ。

「どうしてこうなったんだろうな」

 呟きは寂しく響いた。霊廊は再び静寂に包まれる。









 最初は夢を見ているのかもしれないと思った。ユグドラシルが終わるくらいなら、いっそ朝など来なくていいと本気で思っていたのだから。

 だが目の前の現実がそれを否定する。宝物殿でのパンドラズ・アクターの振る舞いと心遣い。そしてここ玉座の間で、今まさに眼前で平伏する者達もただのデータとは思えないほど生き物としての気配を持っている。部屋の中に漂う緊張感は誰のものか。NPC達はこちらを偉い人扱いしてくるが、萎縮しているのは自分だ。正直言って胃が痛くなるくらい圧力(プレッシャー)を感じる。

「・・・・・・」

 先程まで隣にいたパンドラズ・アクターも平伏している。そういえばアレを宝物殿から出すことはできたが、まだナザリックを案内していない。ハニワのような顔をしているくせに存外表情豊かな奴だからきっと色々な表情を見せてくれるだろう。ここにいるNPC達だって自分の階層から出たことが無いのかもしれない。これが終わったら皆でナザリック巡りもいいんじゃないか。

 そうやって関係のない事を考えていると少し気が楽になった。さくっと終わらせてしまおう。

「みんな。これは異常事態だ」



――――怯むな(・・・)と強く念じた。そうしなければ悲鳴を上げてしまうところだったからだ。

 この場の空気は、自分が言い切った瞬間からその色を変えた(・・・・・・)緊張(イエロー)から警戒(レッド)への変化は、骸骨に宿る人としての心に悲鳴を上げさせた。その一方で心の妙に冷静な部分が声を上げることを善しとせず、結果として醜態を晒すことは避けられた。不思議な感覚だが、とにかく冷静になれるのは有難い。焦りは失敗の種。そう教えてくれた仲間の言葉を思い出す。

「・・・・・・」

 NPC達をじっくりと睥睨する。アルベド、セバス、パンドラズ・アクター、そして戦闘メイドたちは変わらず平伏している。今この場にいる者の中でこちらを敵視するものはいない。こっそりと発動した〈敵感知(センス・エネミー)〉がそれを保証してくれる。装備を外したままでなくてよかった。

「GMコールを知らないか? 運営という言葉に聞き覚えは?」

「・・・・・・」

 声は震えなかった。だが誰も答えてくれない。会社の朝礼で部下を指名する上司の気持ちが少しわかったような気がした。質問に大して誰も答えてくれないととても不安になる。だが救いの声が上がる。

「モモンガ様。よろしいでしょうか」

「アルベド。発言を許そう」

 ナザリック地下大墳墓守護者統括。確かそういう肩書だったはずだ。この場で自分の次に偉い者として代表で声を上げてくれたのだろう。それを見て罪悪感が生じると同時に、見惚れてもいた。

 その顔は美しかった。造形として整っているのはわかっていたが感情が乗るとさらに色気が増したというか、とにかく美しい。その美女は不安に揺れる瞳のまま話し始める。

「ありがとうございます。ですが・・・・・・お許しを。モモンガ様の問いに対して無知な私ではお答えすることができません。『運営』という名前に関しては、朧気ながら至高の御方々が度々口に出しておられたため知っておりますが、それだけです。」

「ご期待にお応えできない私にこの失態を払拭する機会をいただけるのであれば――――」

「いい、そういうのはいいんだ」

 油断するとすぐこれが始まる。NPC達は全員こう(・・)なのだろうか。なんというか、忠誠心が高すぎる。どこから湧いてきているのだろう。

「アルベド。皆を代表してよく答えてくれた。お前のその心意気が私は誇らしいよ」

「・・・・・・もったいなき御言葉。ですがこの失態は必ず!」

「う、うむ。精進するのだ」

「はい!」

 フォローも空しく、何だか悲壮な決意を告げられてしまった。

「・・・・・・他の者も発言は恐れずどんどんしてほしい」

「はっ」
 
 短くも統制の取れた返事は頼もしい。運営側とコンタクトを取ることは事実上不可能だが、当座はしのげそうだ。救いはここが本拠地であること、そしてNPC達が味方であること。楽観的かもしれないが今のところNPC達の忠誠は確かだ。そもそもメンバーの遺したキャラクターたちに攻撃されるなど想像したくも無かったが。我ながら現金だと思うが、味方がいると心が楽になる。
 
「では質問を変えよう。アルベド。この数時間の間に何か変化があったと感じなかったか?」

 例えば急に体が動くようになったり、とは続けなかった。NPCが『自分たちは以前から動いている』と認識しているのはパンドラズ・アクターで確認済みだ。

「変化、でございますか」

「そうだ。どんな些細な事でも良い」

「・・・・・・些細な事ではございませんが――――ここナザリックにモモンガ様以外の至高の御方々が久しぶりにご帰還なされました。実に5年と38日振りでしたのでよく覚えております」

「それは・・・・・・」

 今度ははっきりと声が震えてしまった。二の句が継げない。思い出したくもないあの光景(・・・・)がフラッシュバックする。







『またどこかでお会いしましょう』

 最後に墳墓を去る友の姿。せめて最後は共に居ようと声をかけることもできず見送った自分。誰もいなくなった空間に伸ばした手は空を切り、また一人ぼっちになったのだとまざまざと見せつけられたあの瞬間。忘れることなどできはしない。







「・・・・・・どこで、どこで会うと言うんだ!? もうゲームは終わってしまうのに!どうしてなんだ!!」

「も、モモンガ様!?」

「あ・・・・・・。い、いや、アルベドは何も悪くないんだ」

 周りのNPCははっきりと動揺している。何とかフォローしなければいけない。鎮静化された頭は取るべき行動を示す。だが出るのは言い訳めいた言葉ばかり。

「違う、違うんだ・・・・・・」

 一度鎮静化されたとしても、悲しみ、怒り、絶望――――様々な感情が次々と湧いてくる。自分の体が骨になったと気付いた時とは比べ物にならないほど激しく感情のブレは、鎮静化と相まってこれまで体験したことのないほど心を揺さぶった。

「どうして! どうして・・・・・・いや、悪いのは・・・・・・」

 止まらない。その結論は最初から分かっていた。

「モモンガ様! お気を――――」

 聞こえない。内なる声の大きさに搔き消される。

「悪いのは・・・・・・俺なんだ」

 幸運にも少しの間だけ忘れていた。NPCが動き出してそれどころではなかった。だがこれは忘れることはできない。ユグドラシルは人生の全てで、ギルドのメンバーは宝だったから。ユグドラシルは終わり。メンバーとの縁も終わり。次なんてありはしない。だってユグドラシル以外の場所を、俺は知らない――――

















「モモンガ様」

「・・・・・・え?」

 擦り切れそうな心に響いたのは、懐かしい声。ゲームの初めに自分を救ったあの声(・・・)が聞こえる。

「たっち・みーさん・・・・・・?」

 顔を上げ、色を取り戻した視界に映ったのは――――純銀の騎士では無かった。

「モモンガ様」

 その声の主が本来持つべき純銀の鎧も剣も盾も無い。なにより中身が無い(・・・・・・)。ただその姿と声を真似ただけ。それを見て沸き立つのは失望。そして怒り。

「おまえ!!」

 握りしめた拳が嫌な音を立てる。痛みすら感じるほどの力は確実に偽物を屠るだろう。存在しない心臓がドクドクと体中に血を巡らせ、胸に抱く激情のままに偽物を睨みつける。

――――立ち上がれ。落ち着け。拳を振りかぶってその暴力を解き放て。こちらを案じての行動だろう。友の姿を偽る不届き者を殺せ。その友はもういない――――

 聞こえるはずの無い声が聞こえる。荒れ狂う思考の嵐に体がついていかない。相反する声に迷っている内に、ついには拳が剛力に耐え切れず自壊した。

「・・・・・・痛い」

 こんな力で殴ったら双方無事では済まないだろう。そんなこともわからなかった。

「俺は、馬鹿だ」

 指輪を発動する。とにかくここではないどこかへ行きたかった。転移する直前に見えたNPC達の顔は――――

「ごめん」

 骸骨の姿は玉座の間から消えた。 










 玉座の間は静寂に包まれていた。ナザリックの頭脳とも言えるアルベドでさえ、目の前の光景に言葉を失っていた。慈悲深き御方の激情。シモベ達はその怒りに怯え、その悲しみに身を引き裂かれる思いだった。

「・・・・・・申し訳ございません」

 ハニワ顔の男がそう述べる。その声は悔恨に満ちていた。だがこの男の言葉のせいでこうなったのだと断じることはできない。何故ならそのきっかけを作ったのは自分なのだから。

「あなたは・・・・・・パンドラズ・アクター。あなたは悪くないわ。むしろモモンガ様にはあなたの声だけは聞こえていた」

 慰めにもならないが事実だ。錯乱する主を止めたのはこの男の言葉。他のシモベ達ができなかったことをこの男だけはやり遂げた。ただ結果が実らなかっただけで、そしてそれは彼に凄まじいダメージを与えたのだろう。

「パンドラズ・アクター。モモンガ様の行き先に心当たりは?」

「・・・・・・宝物殿でしょう。未だ気配は墳墓の中。それに万一墳墓の外に出られても追うことができます。ですが宝物殿なら指輪を持たない限り侵入はできませんから」

「そう・・・・・・」

 再び玉座の間に静寂が満ちる。もしシモベの誰かが失態を侵したとしてもこんな空気にはならないだろう。宝物殿という不可侵領域に籠られたということ。それは至高の御方からの明確な拒絶。お前たちは要らないのだと言われたようで、その言葉にシモベ達の気力は奪われていた。

『たっち・みーさん?』

 あの声。慈悲深き御方が囚われているのはシモベではなく去って行った御方々だろう。それが分かっているからシモベ達は不気味なほど大人しい。自分も守護者統括という地位でなければ会話もままならなかっただろう。

「パンドラズ・アクター。あなたは宝物殿の領域守護者。あなたならば出入りできるのではなくて?」

「・・・・・・その通りです。統括殿。そしてそれは私以外でも可能です」

 そう言って懐から取り出したのは至宝。リング・オブ・アインス・ウール・ゴウン。ナザリック内のほぼすべての場所へ転移できる至高の御方々だけに所持を許されたアイテムだ。それを見て驚きながらも納得する。これを託されるほどの信頼を得ているからこそ言葉が届いたのだろう。

「そう。じゃあパンドラズ・アクター。モモンガ様のもとへ」

「・・・・・・私では役者不足でしょう」

「いいえ、あなたにしかできないわ。それともこのままモモンガ様が宝物殿に籠られる方が良いと言うのかしら?」

「それは・・・・・・」

 迷いが見える。本当に主想い(・・・・・・)だ。だがそれでは困るのだ。だから無理にでも送り出さないといけない。笑顔を張り付けて半ば押し付けるように肩を叩く。

「じゃあ行ってらっしゃいな」

「・・・・・・かしこまりました。統括殿」

「ええ」

 パンドラズ・アクターは主と同じように姿を消した。どうなるかはわからないが、これで自分の役目は終わりだろう。一息つき、そして歩き出そうとしたところで視線を感じた。

「アルベド様」

「なにかしら、セバス。これから私は行くところがあるのだけれど」

「・・・・・・お止めなさい」

「・・・・・・邪魔をする気? 分を弁えなさい。シモベは本質的には同格でも至高の御方々が決めた身分は遵守すべきよ。貴方は守護者と同格、そして私は守護者統括。道を空けなさい」

 再び空気が張り詰める。横目で窺うと、戦闘メイドたちは目まぐるしく変わる状況についていけないようだ。だが目の前に立つ巌の様な気配を持つ老人。セバス・チャンだけは鋼の意思で立っている。その次の言葉は容易に想像できた。

「お断りします。確かにモモンガ様は貴方の言葉がきっかけで錯乱されたように見えました。だからと言って――――」

 セバスの眼光が鋭くなる一方で自分は笑みが深まるのを感じた。

「だからと言って自害を許すわけにはいきません」

 シモベは同格とは言葉だけではない。自害という選択もそれを邪魔する選択も、すべては忠誠による行動。主に忠誠を誓う者としてどちらも譲ることはできない。

「どうやって私を止めるのかしら。ここは玉座の間。戦闘はご法度よ? そして私は行動阻害に対する耐性を持っているわ」

「それは貴方も同じです。そもそも主の指示も無いまま貴方を失う訳にはいきません」

「そう・・・・・・」

 茶番だ。この問答に意味は無い。主が戻られない限りシモベの生死など意味が無い。そしてこの場で最も責任を取るべき者が統括の自分だというだけだ。

「・・・・・・あの男にかけたのでしょう」

「・・・・・・そうね」

 あの男――――パンドラズ・アクターがもしモモンガ様を連れ帰ることが出来たら。楽観的に考えることはできない。主が求めるものはもうナザリックには存在しないから。それでもなお戻ってきてくれるのであれば。

「セバス」

「はっ」

「全階層守護者に通達を。玉座の間に集合するように伝えなさい」

「かしこまりました」

「・・・・・・かけてみましょうか。パンドラズ・アクターに私たちの未来を」

 玉座を見つめる女の微笑みは、全てを魅了するほど美しかった。






忘れるくらい昔ってどのくらいでしょう

あとはヌルヌル君無しでパンドラズ・アクターは声真似ができるのだろうか(不安)


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