とある二周目の垣根帝督 (riboson)
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序章『一周目終了カラ、二周目開始マデ』
こうして垣根帝督は世界を塗り替えた


日本の首都たる東京に存在せし一つの街、学園都市。世界でも最先端の科学技術を有するその街の上空にて、相対するのは二人の男。彼らは人間とは思えぬほどの強大な力を持ってして、ぶつかり合う。その戦闘の様子は、まるで神話のワンシーン。人智を超えし力を振るう彼らは、天使の如き翼を携えていた。

 

片方の男の名を、一方通行。色素が抜け切った白き髪に血のような色の赤き目を持つ。どこまでも白きその男は、どこまでも黒き翼を携える。黒き翼は禍々しき雰囲気を醸し出し、学園都市を闇に染める。どこまでも黒き闇に。

 

もう片方の男の名を、垣根帝督。金色の混じった茶色の髪に、光を映さぬ黒き目を持つ。身を赤き服で包むその男は、どこまでも白き翼を携える。白き翼は神々しく輝き、学園都市を光に染める。どこまでも白き光に。

 

一方通行の背中から噴出する黒き翼が、垣根帝督へと襲いかかる。垣根帝督の背中から噴出する白き翼が、一方通行へと襲いかかる。同時に放たれた翼は衝突し、暫しせめぎ合い、相殺されて互いに弾け飛ぶ。

 

一方通行の翼が、街を黒に塗り替える。垣根帝督の翼が、黒く染まった街を白に塗り替える。そうして、白は黒に。黒は白に。変わっていく。塗り替えられていく。黒の世界が出来て、その直後に白の世界が出来る。白黒白黒白黒白黒白黒白黒、繰り返されていく。

 

 

「jsidnshka殺ndisnxsha」

 

 

一方通行が声を上げる。殺意にまみれた、怨嗟の声を。ノイズ混じりの、人のものとは思えぬ声を。そしてその声と共に黒き翼は大きく大きくなってゆき、やがて姿を変えていく。翼の形をしていたそれは、禍々しき闇に変貌する。最早それは翼ではない。噴出されし闇の塊だ。

 

 

「面白ぇ! 面白ぇよ一方通行ぁぁぁぁぁあああああっっっ!! 」

 

 

くつくつ、けたけた。垣根帝督は笑う。嗤って、微笑って、嘲笑する。そして彼の翼も、一方通行の翼と同じように変貌し、姿を変えていく。翼だったものは、噴出されし光の塊に姿を変える。

 

 

 

轟ッ! という音を立てて、二つの力は衝突する。光と闇が、白と黒が、互いを否定するために衝突する。その圧倒的な力同士をぶつけ合う。二つの力が衝突した余波によって、街がみしみしと軋んだ。光は闇を飲み込もうとして、闇は光を塗り潰そうとした。

 

一見して互角の力は、次第にその勢力を変えていく。ギリギリギリ、力がせめぎ合い、ひしめき合う。しかしその均衡も、いずれは崩れる。そしてその崩れる時は、今からそう遠くはなかった。

 

一方通行は第一位、垣根帝督は第二位。一方通行はメインプラン、即ち主軸。垣根帝督はスペアプラン、即ち代替品。一方通行は守るべきものがあって、それ故の強さを持っている。垣根帝督は守るべきものを持っていなくて、それ故に孤独である。

 

第二位は、第一位に勝てないから第二位なのだ。スペアは、メインに及ばないから代替品なのだ。守るべきものが無く、意志の弱い者は、守るべきものを持つ意志ある者に勝てないのだ。

 

だからこれは、必然。必然的な結果であり、そこに疑問の余地は無い。『第二位』で『代替品』で『独り』の垣根帝督が、『第一位』で『メイン』で『家族』がいる一方通行に勝てる道理など、何一つ存在しないのだから。

 

 

 

せめぎ合いし二つの力の均衡が崩れた。黒き闇の力は、白き光の力を塗り潰す。光は闇に塗り潰され、飲み込まれた。一方通行の背中から噴出されし闇の塊が、垣根帝督へと迫る。垣根帝督は抵抗しない。抵抗できない。

 

ぐちゃ。垣根帝督の体は闇の塊によって、地面に向けて突き落とされる。垣根帝督はこうして、物言わぬ屍と化した。だが一方通行の怒りは、この程度じゃあ終わらない。

 

この男は、垣根帝督は。自分の守るべき少女を、大切な少女を傷付けようとした。だから許さない。ただ殺す程度じゃあ、許してやらない。もっともっともっともっと痛め付けなくちゃあならない。一方通行は怒りのままに、垣根帝督の体を打ち付ける。物言わぬ屍と化した垣根帝督は、闇の塊によって打たれ続ける。その屍が原型を無くすまで、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もなんどもなんどもなんどもなんどもなんども。

 

垣根帝督の全身の骨は、既に粉々だった。垣根帝督の全身の肉は、既に潰れてひしゃげていた。垣根帝督の臓器は、既に機能を停止していた。だが、それでも一方通行は満足しない。本来闇に関わるべきでない光の世界の少女を、10031人を殺した自分を受け入れてくれたあの少女を傷付けようとした罪は、重いのだから。

 

一方通行が垣根帝督を打ち付けるのをやめた時。垣根帝督の体は、原型を留めていなかった。ミンチなんて生易しいものではない。最早肉すら残っていない。ここに死体があると言われても信じてもらえないくらい、垣根帝督の体は粉々のどろどろのぐちゃぐちゃのぼろぼろにされていた。

 

必要以上に痛め付けられて傷付けられた垣根帝督の体は、コンクリートの染みと化してしまった。宿敵に勝てず、むしろ蹂躙された成れの果ての、哀れな肉塊。それが垣根帝督であり、彼の最期でもあった。

 

 

 

 

垣根帝督は一方通行に敗れ、死亡し、その短い生を遂げた。最後に一方通行のノイズ混じりの声を聞いて、黒い塊が自らの身に迫るのを見て、そして死んだのだ。彼が生き返ることは決してない。死者は生き返らない。それはこの世の原理で、決まりなのだから。

 

当然ながら、垣根帝督は二度と起き上がらない。二度と口を開けない。二度と目を開けない。二度と動かない。二度と能力を使わない。二度と翼を生やさない。二度と笑わない。二度と泣かない。二度と怒らない。二度と戦わない。二度と、二度と、二度と……

 

 

 

 

 

いやだ、いやだ、いやだ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。こんな無様なままで、一生を遂げたくない。あいつを、一方通行を倒すって決めたのに。それでこのイカれて狂ったクソみたいな街を滅茶苦茶に変えてやるって決めたのに。なのに、これでおしまい?

 

無様に負けて、蹂躙されて、死体とすらも分からないコンクリートの染みとなって、それでおしまい? ふざけてる。おかしい。そんなことあってはならない。俺は第二位で、一方通行を超えたくて、メインプランになりたくてーー。そんな俺が、ここで終わるのか? こんなところで、終わってしまうのか?

 

俺はこんなところで死んでいい人間なのか? 否、俺にはもっと相応しき死に場所があるはずだ。なのに。それなのに。これでおしまいだなんて。いや、これでおしまいならばまだいい。これでおわれるのなら、まだいい。問題はこの街、学園都市の上層部共だ。

 

あいつらの科学技術なら、俺の脳のみを回収して復元するなど容易な筈だ。そして。きっとあいつらはそれを行う。俺の脳みそを培養器みたいなものに浸すなりなんなりして、それを未元物質を生み出す装置として利用するに違いない。

 

死者の冒涜、非人道的行為。人にあるまじき行動。でもきっと、学園都市のトチ狂っていかれた上層部のクソ野郎どもは、顔色一つ変えることなくそれを行うのだろう。奴らは俺たち学園都市の学生達を、ただのモルモット程度にしか思っていないのだから。

 

イヤダ。あいつらにとって都合の良い道具になるのだけは、嫌だ。何としても吠え面をかかせようと思っていた学園都市のクソ野郎どもに利用されるのだけは、嫌だ。だから死にたくない。絶対に死にたくない。生きたい。生き返りたい。

 

このまま生き返って一方通行をぶっ殺してメインプランになって直接交渉権を得て。それからプランを乱すだけ乱して乱して乱しまくって、アレイスターの野郎に、あの第一位以上にムカつく野郎に吠え面をかかせてやりたい。だから、このまま死にたくない。

 

 

 

でも決まり。死んだ人間は生き返らない。それは決まり。だから垣根帝督は、俺は生き返れない。ーーだが。そんな世界の原理や法則如きに、垣根帝督は屈しない。

 

 

 

 

(死んだ人間が生き返れない。それはこの世の法則で原理、即ち常識)

 

 

 

 

常識? 常識か。面白い。垣根帝督はほくそ笑む。くつくつくつ。けたけたけた。

 

 

 

愉快だ。ああ、愉快だ。まさかあの台詞を、もう一度言える時が来るだなんて。

 

 

 

 

「俺の未元物質に、常識は通用しねぇ」

 

 

 

 

奇跡は起こるものではない。起こすものなのだ。そして垣根帝督の手によって、奇跡は起きた。確かに起きた。起きてしまったのだ。

 

死んだ人間は生き返らないのが常識ならば、そんな常識塗り替えてやればいいのだ。なあに、常識を塗り替えるなど簡単なことさ。何せ垣根帝督に、未元物質に、常識は通用しないのだから。

 

その日、奇跡は起こった。垣根帝督は天使の領域に、ほんの少しだけ足を踏み入れたのだ。そして彼は、既存の常識を、ほんの一瞬のみ塗り替えたのだ。

 

 

 

 

 

垣根帝督は一度終わって、そこからまた始まるのだ。これは二周目の垣根帝督の物語なのだから。





こういう闘いを書くと厨二病臭くなってしまうのが困るところ
まああれよね、翼とかいう厨二の権化みたいなの携えて戦う二人が悪いよね
そして厨二病っぽい地の文を入れる私が更に悪いよね


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世界は彼を拒絶した。神は彼に糸を垂らした。

世界は変わる。変わる。変わる。変わってゆく。生は死に、死は生に。黒は白に、白は黒に。闇は光に、光は闇に。重力は消え、空気は無くなり、時は止まり、地面は揺れ動き、空は歪む。落下するものは宙に浮き、あらゆるものは塵と化す。全ては軋み、歪み、捻じ曲がる。そこに既存の法則は無い。そこに既存のルールは無い。そこに既存の常識は無い。

 

垣根帝督の死骸の周りでのみ、世界が捻じ曲がり、塗り替えられていく。世界が改変されていく。ひとときのみの絶対的な力、絶対的な領域。ほんの少しのみ垣間見た天界、人ならざるものの世界。そこに在りし力を我が物にしてゆく。垣根帝督は超能力者や人間を逸脱した存在へと変貌し、進化していた。圧倒的で絶対的で強力で理不尽で常識外で予想外で想像外の力が、今、垣根帝督の内にはあった。

 

魔神には遠く及ばないものの、それでも圧倒的な力。天界の力、世界を揺るがしうる力を今、垣根帝督は掴んでいた。自らの死骸の周りにのみ世界の特異点を作り出し、そうして垣根帝督は生き返ろうとする。天界の片鱗たりうる力で、ありえない力で、超能力とは異なる力で、未元物質を超えた何かによって。垣根帝督は、生と死を反転させる。

 

死は生に。逆転させる。世界のルール、既存の法則なんて通用しない。捻じ曲がった世界に、死んだ人間は生き返らないなどという概念は存在しない。そこは異物の混じった空間。常人の持つ知識は、常識は、何の意味もなさないのだ。

 

 

 

ーーーギギギ、扉が軋む音がする。生と死の扉が軋む音。この扉が開けば、死者は生き返る。生と死の境目は無くなり、垣根帝督は生者となる。亡者たる垣根帝督の死は反転するのだ。垣根帝督は統べる力の全てをもってして、扉をこじ開けようとする。

 

ーーギギギギ、ギ、扉が開いていく。一筋の光が差し込む。もう少しで、完全に解放されるはずだ。垣根帝督は一層力を込める。もう少しでもう少しでもう少しで。生死は反転し、垣根帝督は世界の原理を超え、生き返る。だから早く。もっと早く開いてくれ。もう少し、もう少しなのだ。

 

 

ーー……、力が入らない。扉の軋む音が、扉の開く音が聞こえなくなった。動かない。扉はもう、びくともしてくれない。折角少し開いてくれた扉はしかし、もう動いてくれない。生と死の間の扉は、揺るがない。

 

ーーバタン。無情たる音。扉の閉まる音。無機質な効果音はしかし、絶望の鐘と化す。垣根帝督の生への道は、無情にも絶たれてしまったのだ。なんと絶望的なのだろう。垣根帝督は天界の片鱗とも言える素晴らしき力によって、世界を塗り替えた。一時的にではあるが、生と死を塗り替えた。だが塗り替えた生死は戻り、垣根帝督はやはり死んでしまったのだ。

 

世界に秩序があるのは何故か。世界に原則があるのは何故か。世界に常識があるのは何故か。それは世界に混沌や混乱が訪れるのを防ぐ為だ。死者が生者になれば、時が巻き戻れば、空気が無くなれば、光と闇がどちらか一方のみになってしまえば、全てが灰と化してしまえば、軋んでしまえば、歪んでしまえば。世界には混沌と混乱と破滅が訪れるだろう。そして垣根帝督はそれをしようとした。

 

世界は世界の調和を守るため、垣根帝督のその行為を害であるとみなし、彼を拒んだ。強制的に生死の扉を閉めた。垣根帝督は世界の秩序に、法則に、常識に敗北した。世界の決まりの前に、膝をついた。常識を塗りかえようとした男は、哀れにも常識に敗れ、世界に拒まれ、そして死んだのだ。

 

 

 

こうして、垣根帝督は真の意味で『死んだ』。世界の法則に勝つことは叶わず、死んだ。死んでしまった。ーーように思われた。死んでしまった『はずだった』。

 

 

 

 

 

 

 

「おお、かきねていとくよ。しんでしまうとはなさけない」

 

 

垣根帝督は薄れ行く意識の中、一つの声を聞く。聞いたことがあるようで、聞いたことの無い声を。ここには似つかわしくない声を。声と言うべきでは無いのかもしれない、不明確で不可思議な声を。 本来聞くことがない筈の声を。そんな声を、垣根帝督は確かに聞いて。そして目を閉じたのだったーー。

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

 

「ーーここは、」

 

 

知らない場所で、垣根帝督は覚醒する。周りには何もない。壁も床も椅子も天井も、色すらも。何もかもが存在しない。そこにはただ、果てしなく続く空間があるだけだった。そこは正に虚無という言葉が相応しいような、そんな場所だった。

 

投げ出された手足を地につけて身を起こそうとするものの、体が重たくてそれは叶わない。疲れの蓄積が原因か。先程死んだばかりなのだから、仕方の無いことではあるのだが。動こうとしない体を叱咤し、垣根帝督はその身を起こす。意識は多少不明瞭だが、まあ恐らくは問題あるまい。

 

 

「死後の世界、ってヤツか? 」

 

 

自分は、確かに死んだ筈の存在である。それは確定的な事実だった。地面に叩きつけられ、何度も何度も黒い翼に打ち付けられ、生と死の扉をこじ開けようとして無様に失敗し。結果的に垣根帝督という存在は『死亡』した。死亡した人間は、垣根帝督が元々いた、あの世界に存在してはならない。つまりここは、元々いたあの世界ではなくーー

 

 

「正解だ。天国、と言った方が俗には分かりやすいかな? 」

 

 

垣根の出した結論を裏付ける声がした。聞き覚えのある声、意識を閉ざす間際に聞いたあの声だ。他に音の無いこの空間において、その声はやたら通った。……いや、果たして。これは本当に声なのだろうか。発生した音の連なりが、何の意味も為さないノイズが、偶然声のように聞こえているのでは無いだろうか。そう思う程に、その声は現実のそれから剥離していた。

 

 

「ああ、少々困惑したかね? 不便なことに、私の声は人のそれとかなり掛け離れている。

まあ、多少は目を瞑ってくれたまえよ? 生憎jsbxusnzkanajaaxwaddf……おっと失礼」

 

 

剥離してはいるものの辛うじて声の形を保っていたそれは、唐突に無意味なノイズへと変貌する。言葉の途中に入ったそのノイズ、言葉を阻害したそれ。垣根帝督は、それに対して心当たりがあった。心当たり、と言うよりは聞き覚えと言った方が正確か。

 

嘗て垣根帝督と戦闘した男。垣根帝督が最も妬み、最も恨み、最も嫌った男。垣根帝督を殺し、叩きつけ、嬲った男。白髪で、赤目で、黒い服に身を包んだ、痩せ細った男。どこまでもどこまでも黒い、闇の翼を携えた男。何よりも深い闇を背中から噴出させた男。

 

 

『jsidnshka殺ndisnxsha』

 

 

学園都市最強の名を我が物にしたあの男、一方通行は。今のノイズと同じような、意味の為さない文字列を発し。そしてその怨嗟と闇と黒を、垣根帝督に思いっきりぶつけてきた。

 

似ている。そう、似ているのだ。あまりにも、偶然と言う言葉では片付けられないほどに。先程のノイズと一方通行の発したノイズは、あまりにも似通っていたのだ。意味も為さない文字列二つは、どう聞いても本当にそっくりで。だから垣根帝督は直感し、同時に確信する。ーーコイツは、目の前の声を発しているコイツは、只者では無いと。

 

 

「ーーッ!? 」

 

 

垣根帝督は声の出所を注視し、観察しようとする。そして。そこで妙な事に気がついた。気付かされてしまった。垣根の口からは思わず、声にならない驚嘆の声が溢れる。驚きのあまりに引き攣った声は、普段の彼の冷たい重低音と大きく懸け離れていた。

 

声を発していたのは、あのノイズを発していたのは、白い靄のようなものだった。霞みがかったそれに、明確な形や輪郭は無い。幻影というか、何というか。まるで空気に白い絵の具を一滴垂らしてそれを水でぼやかしたような、そんな靄。その空間には確かにそれが存在して、それが声をあげていた。

 

それだけならば。人ならざる幻影のような靄が声を発しているだけならば、垣根帝督はここまで驚かなかっただろう。問題は、その靄の正体だ。垣根はそれを、一瞬で察してしまった。理解してしまった。それはひとときのみ天界を垣間見た所以か、それとも直感か、あるいは両方なのかもしれない。それは垣根自身の知るところではないが、兎も角。

 

 

「く、くくっ、……あは、はははは。そうか、テメェはーー」

 

 

独りでに、垣根帝督は笑い出した。けたけたと、くつくつと、狂ったように彼は笑う。何がおかしいのか、何で笑っているのか、それは彼にもよく分からなかった。だがとりあえず、垣根は笑った。愉快げに楽しげに嬉しげに、笑った。垣根帝督は愉悦を噛み締め、口の端を釣り上げ顔を歪めながら、先刻までの言葉を引き継ぐ。

 

 

 

「ーーカミサマ、ってヤツか」

 

 

 

 

神様。それはこの世を統べし者。この世の最高位にして創造者。宗教に於ける崇拝対象で、絶対的且つ圧倒的で尊大な存在。それが目の前にいる。大地、天空、海、深緑、人間、虫、植物、動物、世界、宇宙……全てを統べるそれは、今。確かに垣根帝督の目の前にいる。普段の垣根帝督であるならば、『神様なんて下らない。それは苦難に陥った人間が縋る哀れな妄想である』と、間違いなくそう一蹴しただろう。だが今は違う。

 

直感、そして確信。目の前のコイツは、間違いなく俗に神と言われる存在である。垣根帝督の全ての思考が、そう告げている。あれは神だと。何故確信が持てるのかは分からないが、目の前の奴が神だということだけはやはり確かで。だから垣根帝督は目の前のそれが神様であると断定した。

 

神を前にして、垣根帝督は尚もその様子を変えなかった。ただ驚いて、目を見開いて、それだけだった。平伏すでも崇めるでも無く、垣根帝督はただそこに立つだけ。口の端を歪めながら神を見つめるだけだった。何とも傲慢不遜な態度。しかし神は上機嫌そうに言う。

 

 

「ほう、よく分かったな。中々に察しが良い。

その世界を改変する力、愚かなまでに傲慢な態度、胸の内に秘められし劣等感……

良いな、良い。気に入ったさ。ああ、気に入った」

 

 

神は歌うようにして何度も同じことを繰り返す。自問自答をするように、子供に言い聞かせるように。そして神は続ける。

 

 

「貴様は罪人だ。幾人もの人を殺めた、罪人だ。本来ならば地獄行き。

だが私は貴様を気に入った。だから特別に、天国へ送ってやろう。

巨万の富、あらゆる美女、最高級の美食、世界を統べる力ーー……

天国では、全て思いのままさ。貴様が望めば送ってやろう。さあ、望むがいい」

 

 

荘厳たる口調で、堂々たる様子で、高らかな声で。言葉の全てに厚みがあって。それがどのような言葉であろうとも、有無を言わさずイエスと言わせるような口調で、神は唱える。そこに否定の余地は無い。そこに否定の権利は無い。神はただ、決定事項を述べるだけ。神の言うことは絶対で、神の言うことに逆らうのは悪なのだから。神の言うことに従うことで世界は成り立っているのだから。

 

暫しの沈黙、そして思考。垣根帝督は神の言葉の一言一句をしかと吟味する。全てが手の入る、全てが思いのまま、それの何と素晴らしきことであろう。天国ならばあのクソ野郎……アレイスターや一方通行でさえも圧倒する力が得られるということになる。悪くない、いや、むしろとても良い条件である筈だ。普通なら、即座に首を縦に振っていたところだろう。ーーだが。

 

 

「お誘いの御言葉どうも。……丁重に御断りさせて貰うがな」

 

 

垣根帝督は敢えてそれを、神の提案を拒否した。無下にしたのだ。神への反逆、世界の秩序が乱れるようなことをやってのけながらも、しかし垣根帝督は続ける。

 

 

「あの世界には、まだ未練があんだよ。俺はまだ、アレイスターとの直接交渉権を得てねぇし、一方通行に勝利してもいねぇ。まだ学園都市のクソ野郎共の吠え面を拝めてない上に、第1位にもメインプランにもなれちゃいねぇ。……得ていないモノだらけだ。欲しいモノだらけだ」

 

 

垣根帝督は言葉を紡いでいく。つらつらと、恨めしそうに。ぺらぺらと、未練がましく。

 

 

「大罪を犯した。許されないことをした。……人を殺した。許されねぇってのも、許されるべきじゃねぇってのも、もう分かってんだよ。それでも、だ」

 

 

許されない罪を何度も犯した。当然その意識はある。地獄に一万回落とされても文句を言えないくらいの罪を犯したと、彼は自覚している。自覚しているけれど、それでも彼は言葉を続ける。それは彼の持つ未練故に。

 

 

 

「ーー死にたくねぇよ、嫌だ、まだ、俺は……」

 

 

 

未練、執念、執着。垣根帝督の生への感情が、否定の言葉として紡がれる。結局のところ彼は、死にたくないのだ。彼が死ぬにはまだ、残した未練が、執着が、執念が大きすぎたのだ。だから彼は死ねない、死ぬことを望まない。人が死を忌避するのは当然だけれど、彼のそれは些か異常だった。死への忌避が極端すぎるのだ。

 

神は数秒考えた後に、言った。神がこれから発する言葉は、まるで救いの糸。地獄で明け暮れる罪人に渡されたという蜘蛛の糸のように、その言葉は垣根帝督を救うようにして垂らされていく。

 

 

 

「生への執着故に、我が誘いを断るか。ははは、愚かで、そして憐れだなぁ?

まあいいさ、私の問いが悪かったということにしておいてやろう。仕切り直そうか」

 

 

 

神は一拍置いて、そして問うた。それは救いのための問い。それは蜘蛛の糸のような問い。

 

 

 

 

「ここで問おう。やり直したいか、垣根帝督よ」

 

 

 

 

それはリンゴの色は赤なのか聞くようなモノ。それは空が青いのか聞くようなモノ。それは地球が丸いのか聞くようなモノ。それは問いではなく、確認。神は既知の事実を問いという形で確認しているだけに過ぎない。

 

垣根帝督はアレイスターとの直接交渉権を得ていない。垣根帝督は一方通行に勝利できず、よって第一位にもメインプランにもなれていない。まだ学園都市の上層部に吠え面をかかせることが出来ずにいる。未練、未練、未練……垣根帝督の心中は、未練で埋め尽くされている。だから。

 

 

垣根帝督には未練がある。だから、その質問への答えは既に決まっていた。

 

 

 

「このままで、終わってたまるかってんだよ」

 

 

 

神が垣根帝督に救いの糸を垂らしたのは、単なる気紛れだった。本来ならば垂らさなかった。少しでも腹の立つことがあれば、垂らさなかった。その筈だった。ただ、その日はちょっと機嫌が良くて、それでいてちょっと暇だっただけなのだ。まあ、敢えて垂らした理由をつけるならば、『楽しそうだったから』だろうか。

 

だが、その気紛れが垣根帝督を救う。転機をもたらしてくれる。神の垂らす救いの糸は、神の慈悲はいつとて寛大なのだから。垣根帝督の未練は、神の気紛れの慈悲によって叶えられるのだ。

 

神の気紛れが故に、神の慈悲が故に垂らされた救いの糸。垣根帝督はしかとそれにしがみつく。未練がましく、執着を持って。彼はここで死ぬ訳にはいかないのだから。まだやりたいことがあって、終わってはならないのだから。恐ろしいがまでに強烈な未練を持ってして、垣根帝督は新たな生を得る。

 

 

 

 

 

未練より始まる新しき生。垣根帝督は自身の死を回避すべく、二周目を開始する。次こそは一方通行に勝利してみせる。未来を変えてやる。そんな野望と望みを持って、垣根帝督は生き返る。






作者の原作知識はガバガバです。新訳2巻の説明回で心が折れたんですよねぇ。神話がどうの魔術の仕組みがどうの礼装がどうのだのの小難しい説明がまるまる続いたのがどうにも。バードウェイちゃんが可愛かったから許しましたが。まあ、いつか読み込みますよ、きっと。


それはそうと鬱小説っていいなあと最近思い始めてる日々です。アレだね、やっぱ何処までも真っ直ぐな主人公やヒロインが辛い現実に打ちのめされる姿っていいよね。オティちゃんに10032回改変された世界を見せつけられた上条さんみたいな。


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二周目の到来と同時に、この物語は始まる。

無音の空間、その空間に音は無い。衣擦れの音も、足音も、鳥の囀りも、風の音も、何も聞こえない。静寂が支配する虚無の空間。その中でその声は、異様なまでに響いた。声にしては異質なそれは、虚無の空間の中でただ広がる。壁は愚か最果てすらも無いその空間、反響しない筈のその空間において、その声は異常なまでに大きく大きく鳴り響いた。

 

 

 

「神の命により、生死の扉は開く」

 

 

 

声を発するは神。この世の創造者にして概念的且つ絶対的たる存在。神がそう言うと、たちまち虚無の空間に光が射す。まばゆき一筋の光、目を潰されそうな程に猛烈なそれは、煌々と輝いて自らの存在を主張する。垣根帝督の持つ白い翼だって、太陽の光だって、こうも白くは光らないだろう。それ程がまでに、その光は鮮烈で強烈で煌びやかだった。それはもう、畏怖すら感じるくらいに。

 

こひゅ、なんて引き攣った音がした。息を呑む音。垣根帝督はその光の前で、ただひたすらに驚愕していた。人の身でありながら神の力の片鱗を目にした垣根帝督は、あまりの次元の違いに戦慄し、そして恐怖する。何度も生唾を飲み込むがしかし、驚愕故の喉の渇きは解消されそうもない。圧倒的な力の差を感じた。感じさせられ、見せつけられた。ここまで圧倒的な力の差を感じたことはあっただろうか。いや、絶対に無いだろう。まるで百獣の王の前に這い蹲る蟻のような気分だ。垣根帝督は絶対的な力を前にして、そんな錯覚までもを覚える。

 

世間一般からしてみれば、垣根帝督は強い。世界唯一の超能力開発機関、学園都市の序列第二位。この世界には存在しない筈の素粒子、未現物質を生成する能力を持つ化け物。アレイスターが動かす駒の一つ、スペアプラン。最強たる男一方通行の、唯一無二の代替品。そんな、本来ならば無敵を誇るくらいに強い男はしかし、その力を前にして平伏すほか無かった。何せ、圧倒的過ぎるのだ。

 

学園都市最強を誇るメインプラン、一方通行。奴の背中から迸る闇の塊、もとい黒翼を見た時だって、力の差は感じた。奴がメインプランで自分がスペアプランだということに納得したし、同時に今の自分では絶対に勝てないと思った。何で奴と自分の間にはこんな差があるんだ、なんて軽い絶望と落胆を覚えたりもした。だが今回のそれは、最早度合いが違う。一方通行と垣根帝督の間には壁がある。だがそれは、絶対的で絶望的な壁ではない。世界を塗り替えた時の、あの時の力を持ってすれば、おそらく垣根帝督は一方通行並ぶ実力を持ち得る筈だ。彼等二人の実力差は、今やさして開いていない。垣根帝督はそう推察している。実際、その推察はあながち間違っていない。

 

ーーだが。目の前のこの景観の、この力の、この光の、絶対性と圧倒性と特異性と異常性は。一方通行のそれとすらも、嘗て世界を塗り替えた時の垣根帝督のそれとすらも、まるで格が違う。圧倒的で絶対的な力の差、そして超えられない壁。先程まで普通に会話していた筈の対象との間に、垣根帝督はそんな差や壁を感じてしまう。勝てない、超えられない。それは直感であり確信であり事実だった。いいや、最早勝てる勝てないの問題ですらも無いのだろう。相手はこの世界の根幹で創造主で概念なのだから。その気になれば、垣根帝督という存在自体を消すこととて容易な筈だ。何とも絶望的で悲哀的で圧倒的で巨大な力の差。垣根帝督はそれを前にして押し黙る。今迄の自分の常識の全てを崩された気分になった。

 

「私の力はかなり強大でね。見る者は大抵震え上がり、驚愕し、そして恐怖するものだよ。人間にとって恐怖は危険を避ける上で必要不可欠な感情だから、当然の反応なのだがね」

 

 

神は悠然とした声でそう語る。相も変わらず人間のそれとは掛け離れた異様な声で、神は言葉を紡ぐ。体が靄で実体が無いため表情は窺い知れないが、その声は何だか笑っている様に響いた。声なのか音の連続なのか判別付かぬそれは、まるで笑みを含んでいるかのように聞こえた。

 

 

「だが例外はいるものさ。私の力の全てを打ち消してしまう、何とも規格外の例外は、確かにいるんだ。……嗚呼。いつ思い返しても、やはり彼は面白い」

 

 

歓喜に打ち震えるような声で、神は言った。まるで宝物を愛でるように、精一杯の喜びと興奮と嬉しさを詰め込んだような声で、神はそう述べた。嘆願するように、震えるように、感極まったように、叫ぶように、神は言った。

 

垣根帝督は疑問を持つ。神の力は圧倒的だ。それはその力を前にしたからよく分かる。だから垣根帝督は神に問いかける。驚愕故に見開いた目を一度伏せ、押し黙ろうと頑なに閉じた口を無理矢理にこじ開け。そして垣根帝督は問いかける。震える喉を無理矢理正常にして、垣根帝督は絞るように言葉を紡ぐ。

 

 

「神の力を打ち消す、なんてありえねぇだろ。……何者なんだよ、そいつ」

 

 

目の前の神は途轍もなく絶対的な存在である。それはその力を目にした垣根帝督が一番良く分かっている。あの黒い闇を噴出させた一方通行でも、世界を塗り替えた時の自分でも、きっとあの力には対抗出来ない。それは双方の力を体感した垣根帝督の、客観的な感想だった。ではその途轍もなく絶対的な存在である神の『力を打ち消してしまう』彼とやらは、一体全体何者だというのか。正直、疑問でしかなかった。

 

 

「気になるかい垣根帝督。そうだろうね、気になるだろうね。力を求める君ならば。だがまあ、今の君はまだ知らなくていい人間さ。彼と私が出会ったのは、こことはまた違う世界軸でのお話なのだから」

 

違う世界軸、この言葉について少し補足をしておこう。世界は様々な可能性、及び選択肢によって無数に分岐している。例えば、鉛筆を倒した場合。いずれかの方向に極端に傾いた状態で倒す、倒した途端全てを薙ぎ倒す程の強風が吹き付ける、等の特殊条件は付いていない。この場合、鉛筆はどの方向にも倒れうる。すると鉛筆が右に倒れた世界A、左に倒れた世界B、奇跡的に倒れずバランスを保った世界C等複数の世界が派生、及び分岐する。そして何億何兆那由多無限もの可能性に分岐した世界の全てを観測して管理する存在、それがこの神なのだ。……まあ、ここまではいいだろう。ここまでは垣根帝督だって理解している筈だ。だが、問題はその先だ。

 

 

「尚更納得出来ねぇな。テメェがありとあらゆる世界を監修するとんでもない存在だってのは分かった。……分かったが、そのとんでもねぇ存在の力を打ち消してしまう彼とやらは、じゃあ一体何者なんだって話だろうが」

 

 

垣根帝督の問いに、神は答える。僅かに逡巡するような間をとって、それから神は意味ありげに返答する。

 

 

「……君は知らなくていい。まだ、ね」

 

 

ここである少年の話をしよう。垣根帝督は未だ知る由も無い、一人の少年の話を。……上条当麻というヒーローがいる。右手に特殊な力を持つ、物語の真なる主人公。その正義感は異常なまでに強く、他を自より優先することに何の疑問も持たない。異質なまでの正義感を携えた、救済者に成るべくして生まれたような少年。それが上条当麻。

 

彼の持つ力は至ってシンプル。『右手で触れるだけであらゆる異能を消し飛ばす』という、単純明快且つ強力な能力。その異能の規模は関係無い。それが神の起こす奇跡でも地球を滅ぼす規模の能力でも全てを書き換える力でも。異能ならば彼は全てを打ち消すことができる。その能力の名を、『幻想殺し』。その力は文字通り、あらゆる幻想を打ち砕いて消し飛ばす。

 

 

「……ふふ、まあここら辺りで閑話休題といこうじゃないか。たとえ今の君が彼を知らずとも、君が世界を生き抜くのであれば。何れは彼と交差する時が来るよ。何れ、必ずね」

 

 

神はそう断言する。事実だから、そう断言する。上条当麻はヒーローだから、必ずや災禍に飛び込む性質を持つ。不幸であるが故に、必ずや災禍に巻き込まれてしまう。よて。垣根帝督が世界で戦い続ければ、何れ垣根帝督と上条当麻は交差する事になる。何らかの災禍の中で、何れ必ず。

 

 

 

 

「だから安心して二周目に突入したまえ。応援しているよ? 垣根帝督」

 

 

 

 

神が愉快げにそう言うと、世界は反転した。文字通り、反転したのだ。ぐるぐるぐるぐる。虚無の空間が反転する。回って廻って周ってまわってマワって、そしてマワル。上が下になって下が上になって右が左になって左が右になって、そして分からなくなる。上が上なのか下が下なのか右が右なのか左が左なのか、さっぱり分からなくなる。全ては反転し、逆になり、逆さまになり、反対になる。嘗て上と呼ばれていた方向が今、上なのか下なのか右なのか左なのか、分からなくなる。全部全て何もかも、分からなくなる。

 

 

 

 

「ふふ、人というのは誠に面白い物を作る。げえむ、だったか。仮想空間に於けるもう一人の自分を形成し、それを操作。ひとときのみ現実から離れた新しい世界を垣間見ることが出来るようになる。何ともまあ人間らしいと言うか、不完全らしいと言うか」

 

 

 

 

光は闇になって闇は光になって生は死になって死は生になって。そんな異常な空間の中で。全てが反転して廻って逆になって狂って歪んでしまった空間の中で、神は平然と悠然と普段通りに楽しげに優しげにそう語る。まるで拾った子猫にでも語り掛けるように、十年来の友人と会話するように、近所の人におはようの挨拶をするように。驚くがまでに平常な様子で、神は垣根帝督に語り掛ける。異常な空間の中で、平常に神は語る。

 

 

 

 

「かくいう私も、少々のめり込んでしまった。矢張り仮想……IFの世界というものは面白い。実際に無きことまでもが、ありえないことまでもが起こりうる。中々に面白い娯楽だったよ。それで、その中で特に面白かったげえむがあってね」

 

 

 

 

重力が異常なまでに強まった。みしみしみし。鋼鉄すらも押し潰す位に強い重力が、その空間内でのみのしかかる。空気が薄くなる。薄くなって薄くなって、最後には無くなってしまう。景色が歪む。歪んで歪んでぐにゃぐにゃして。全部曲がって何もかもが分からなくなってしまう。何だか視界が混雑して混乱してぐちゃぐちゃする。それから凡ゆる物が捻じ曲がってゆらゆらする。ぐにゃぐにゃして、ぐちゃぐちゃして、それでゆらゆらする。

 

その面白いげえむの中にね、生き返るシーンがあるんだ。そうそう、こんな台詞だったかな。この台詞とともに蘇生魔法をかけると、勇者は生き返るのさ。神がくすくすと、笑い混じりにそう言った。蘇生魔法、勇者。聞き覚えのある単語から推測するに、きっと何処ぞのロールプレイングゲームにでも感化されたのだろう。何とも俗世的なことで。内心でそう毒付くが、声には出さなかった。と言うか、出せなかった。神以外の生物は声を出すことが出来ない。今この空間は、そういう風に設定されてそういう風に定義されているからだ。そういう風につくられているからだ。本当に、規格外の力である。

 

 

 

 

「おお、かきねよ。しんでしまうとはなさけない。だがきさまはせかいのるーるをぬりかえた。よって、ここでしぬにはおしいじんざい。だからとくべつに、いきかえらせてやろう」

 

 

 

何ともテンプレじみた台詞が、ゲームを嗜む者ならば一度や二度は見聞きするであろう台詞が、空間の中でただひたすらに響いた。ぐわんぐわん。鼓膜がおかしくなりそうだ。神の発する声なのか音の連なりなのかよく分からないそれ、響いて響いて響く。無いはずの壁にぶつかって反響し、音同士でぶつかって反響し。反響して反響して反響して、そしてその声は耳へ、突き刺すように入ってくる。何とも気分が悪くなりそうだ。

 

ーーシュィィィィィ……。空気が抜けるような、炭酸水を入れたペットボトルの蓋を開けた時のような音がした。そしてその音と同時に、画面が現れた。空間の中、唐突にその画面は現れた。青い縁によって囲まれた青みを帯びた画面に、厚みは無かった。その画面は、宙に浮いていた。画面には、白い文字でこう記されていた。

 

 

二周目を開始しますか?

▷はい

▷Yes

 

 

 

『二周目』という言葉を使う辺り、テメェ俺の人生をゲーム程度にしか考えてねぇだろ、とか。どっちを選んでも変わらねぇじゃねぇかよ、とか。冷静にその画面を見れば、きっと言いたいことは沢山あったに違いない。だが垣根帝督はそれを言わなかった。言う余裕がなかった。垣根帝督は必死だった。未練があった。やれていなくて、それでいてやりたいことが沢山あった。無我夢中に、普段の冷静さを捨て去って、垣根帝督は全力でそのボタンを押した。

 

ポチッ。重い覚悟に反して、軽快な音が鳴り響いた。上下どちらのボタンを押したかは覚えていない。それくらい必死だったのだ。まあどちらのボタンを押したところで、何ら変わりはないだろう。Yesとはいは同じなのだから。

 

 

 

 

「テッテレー。おめでとうございます、垣根帝督は生き返りました。セーブデータを更新します。……これより、垣根帝督の二周目は始まる。二度目は死なないよう、精一杯愉快に無様に足掻いてくれよ。期待しているさ、垣根帝督」

 

 

 

 

馬鹿にするような声色だった。嘲るような声色だった。そんな悠然として、それでいて皮肉げな声色で神は言葉を発した。だがそれに苛立つ余裕も、皮肉を返す余裕も、垣根帝督には無い。

 

ぴかぴか。虚無たる空間は色付き、黒に白に赤に黄色に移り変わっていく。点滅し、また別の色になり、また点滅し、またまた別の色になり、それを繰り返す。何とも目に悪そうだ。頭が痛くなってくる。ぐるぐるぐるぐる。回る。全部回る。ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ。全部歪んで、全部変わる。世界は、変化する。反転、する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーープチッ、………。視界がシャットダウンした。黒で塗り潰されて、真っ暗になった。音が無くなって、何も聞こえなくなった。思考が遮断されて、何も考えられなくなった。テレビのスイッチを切った時のように、ぷつりと何かが切れたような感じがした。体に力が入らなくなって、気怠さに包まれた。垣根帝督の意識は、そこで途切れた。





あらすじ回収&上条さん登場フラグ&世界軸の仕組み説明(何でこの世界は原作と違っているのか)&序章終了
メタい所を詰めた感じになるので大して話は進んでいない……多少はご愛嬌でお願いね?
話の進み方自体は決まってたけど何処まで描写するかで割と迷った形

一応警告をかけておきましょう
次から二周目入る訳なのですが、垣根帝督の過去は原作に於いて開示されておりません
まあ要するに捏造入りますのでご注意を


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一章『ニ周目ガ始マリマシタ。ドウゾ最良ノ人生ヲ歩ンデクダサイ』
過去編①分岐点


『好きの反対は無関心』、こんな言葉がある。皆様はこれを聞いたことがあるだろうか。……恐らくはあるだろう。そこそこ有名な言葉で、しかも結構的を射ているのだから。なあに、なんということはない。よくある話である。最たる例を挙げるとするならば、小学生男子が同学年の小学生女子をいじめるあれ。あれは大抵の場合、敵意ではなく好意から行なっていることなのだ。構ってほしいがそれを伝える言葉が不明瞭で、そうであるが故にあの様な形でしか表せない。だからああして嫌いなフリをして、いじめてしまうのだ。

 

垣根帝督の母親は、彼に好きの反対の感情を抱いていた。もっと直接的に言うのであれば、彼女は垣根帝督に対して無関心で無頓着で無干渉だった。言葉もかけず、触れず、好意どころか悪意や敵意すらも浴びせない。好き嫌いどうこう以前の問題だった。そもそも興味からして無いのだ。彼女にとって彼とは、路傍の石ころのような存在に過ぎなかったのだ。

 

でも世話はちゃんとした。母性故でもなく、愛情故でもなく、死なせてしまうと犯罪者になってしまうからだ。子を放置して餓死させてしまえば、当然それは罪となり、逮捕されてしまう。そうすれば彼女は社会的な死を迎えてしまうだろう。職を奪われ、ありとあらゆる交友関係を失ってしまう。世間の批判も受けてしまう。だから彼女は垣根帝督に最低限の食事を与えることで死なせず、かといって育てもしなかった。

 

彼女の家には常に三人の男が出入りしていた。また、三人が三人とも彼女の恋人であった。言ってしまえば、彼女は二股どころか三股をしていたのだ。正に外道の極みといったところだろうか。

 

一人目の男は彼女の最初の恋人だった。誠実な男で、見てくれは綺麗な彼女のことを清楚な女性だと信じてやまず、他に男がいるなど一ミリも考えていなかったらしい。だから彼女の真の男女関係に気がついた時は、半狂乱になって家のガラスをパリンパリンと割って回っていた。

 

二人目の男は思い込みが激しかった。彼女は男の運命の相手であると信じてやまず、彼女に幾万もの金を費やした。要するに貢いでいた。金だけは大量にあるから、来るたびに札束を彼女に渡し、そうすることで彼女の愛を得ていた。自分が遊び相手の一人としか思われていないとも知らずに、いやはや悲しい関係である。彼女のぽっこりと膨らんだ腹を見た時は自分と彼女の愛の証だと信じて疑わず、彼女に絶対産んでくれと土下座をし、産んだ際には百万円支払うことまで保障したらしい。この男のせいで彼女は、堕胎するという選択肢を失ってしまったと言う訳だ。

 

三人目の男はホストだった。金色が混じった茶色の髪の毛をし、赤いスーツに身を包んでいた。まるで何処かの誰かを思わせる出で立ちである。そして彼は、彼女の本命の男でもあった。恐らくは整った容姿と引き込まれるような話術が主な要因だろう。彼女はその男に惚れ、二人目の男に貰っていた金をそのままに貢いでいた。しかし男の方は彼女のことを金ヅル程度にしか思っておらず、よって彼女に金をせびっては受け取り、せびっては受け取って彼女を搾取し続けていた。

 

幼いながらも垣根帝督は聡明な子供だった。母親に言葉すら教えられなかった彼だが、仮にも後に学園都市第二位になる男だ。母親とその恋人の会話から言葉を覚えることなど余裕だった。いつしか、幼き日の垣根帝督は悟った。外にすら出して貰えず、半ば自宅に監禁されている状態にある彼は、現実を悟ってしまった。……母親がいて、三人の男がいる。男の内一人は母親に搾取されていて、男の内一人は母親を搾取している。これが自分の小さな世界で、そして現実なのだ、と。

 

幼き日の彼の小さな世界、その頂点に立っていたのは、ホストの男だった。一人の男を支配する母親を支配するホストの男が、彼の世界の中の頂点だった。彼は小さな世界の頂点を知り、そして同時に思った。支配する側になりたい、母親や母親に搾取される男、あちら側にはなりたくない。二番目以降になりたくない、あらゆる面であらゆる人間の一番になりたい、と。そしてその時の思いは、後の彼の人格形成に大きな影響をもたらす事になる。余談だが、彼はホストの男と同じような格好をする事で彼に自分を重ね、そうして自分は支配する側の人間であると思い込んでいたとかいなかったとか。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

転生前の記憶が戻ってきたのは、物心がついた頃のことだった。神が意図してそのタイミングで戻したのだろう。尤も、着替えやオムツの履き替えまで他人の手を必要とする赤子時代。あれを精神年齢15歳以上の状態で過ごすなど、とんだ苦難だ。母親との赤ちゃんプレイなんてマニアックにも程がある。それを回避出来たのだから、その点に関しては神に感謝しないといけないだろう。するつもりはないけれど。

 

物心がつくとされる年齢は、人によって様々である。ニ歳でつくという人もいれば、小学校低学年くらいでつくという人もいる。だが一般的には三、四歳くらいが普通だろう。だから垣根帝督は、現在の自分の年齢を三歳と推測した。母親に聞いたところで、彼女は子の年齢など覚えていないだろうから、こうして自分で推測するほか無いのだ。

 

自分に無関心な母親は、今の垣根帝督にとってかなり都合の良い存在だった。何せ推定三歳の子供が異常なまでに発達した知能を発揮していても何も疑問に思わない。だから転生した事情だの知能だのを隠す言動が必要なくなるのだ。まあ、今の垣根帝督に限らず、一周目の垣根帝督にとっても、彼女は都合の良い存在であったと言える。何せ彼女は垣根帝督の目の前で搾取する側される側という世界の現実を繰り広げ、彼を悟らせてくれた。その上金を巻き上げ巻き上げられることで人間がいかに信用出来ないかを見せつけ、彼に人間への不信感を抱かせてくれた。果てには置き去りと言う形ではあるが、彼を学園都市に送りつけてくれた。彼に未元物質を掴ませてくれた。もう本当に、彼女には感謝の情しか無い。

 

 

◇◇◇

 

 

見慣れた街並み。日本の中でも最先端を行くその街は、いつもの風景で彼を出迎えた。くるくると回る白い風車は、どこか懐かしさを醸し出す。ただいま、学園都市。垣根帝督はしみったれた感傷に身を任せ、久々に見る街に思いを馳せた……なんてことはなかった。十年以上の間過ごしてきた思い出深い街と言えば聞こえは良いが、さんざムカついた街、クソったれた街、薄汚いゴミ野郎が仕切る街だ。良き思い出なんてほぼほぼ無いどころか、全くもって存在しない。

 

学園都市に連れていかれた置き去りの末路は、非人道的実験に使われるモルモットだ。大っぴらには公開出来ない、例えば脳を分割する実験だとか、他の人格を強制的に植え付けるだとか、能力を意図的に暴走させるだとか。そんな狂った実験の被験者になるのがオチだ。稀に生まれる高位能力者だけが、この末路を回避出来る。……尤も、回避出来た所で実験材料になるか暗部に行くかの二択だ。どれにしたって碌な死に方は出来たものじゃない。

 

現在、垣根帝督は研究所にいる。二回目ともあって、当然ながら既視感のある光景だ。入ってからはまず、記憶力や計算能力のテストのようなものをやらされた。片手間でやったが恐らくは満点だろう。それが終わったら白い椅子に座らされた。椅子の近くには如何にも高そうな、血圧や熱のデータを採るための機械。それと、部屋の四隅には中心を映すようにカメラが四台。これは恐らく監視用か。

 

 

「痛いけど、我慢してね」

 

 

白衣を着た中年の女性が、優しげに声を掛けてきた。返答代わりにこくりと頷くと、その右手に握られた注射が右肘に突き刺さる。そしてそれはずぶずぶと肌の中を進んでいった。多少の痛みに顔を顰めるがしかし、針の進行が止まる事はない。

 

 

「終わったよ」

 

 

よく耐えたね、良い子良い子。女性研究員が垣根帝督の頭上に手を置き、何度も往復させる。撫でられたのだと気が付くのには、少々の時間を要した。一周目でもそうだったな、と思い出す。やはり、撫でられるというのは不思議な感覚だ。

 

まだ痛みの残る部分にガーゼが当てられた。消毒液特有のつんとした匂いが鼻腔を撫ぜると同時に、じくじくとした痛みが湧いてくる。死の痛みを体験したとはいえ、やはり痛いものは痛い。彼はそのことを実感し、それから思考を移した。

 

 

(これで投薬は終わった、となると次は……)

 

 

能力を植え付ける為には、段階が幾つか必要になる。頭脳の発達促進、記憶力計算能力増加、投薬、etc……。そして今の投薬は最終段階の作業だった。記憶と照らし合わせたから、まず間違いない。つまりこれで垣根帝督は、能力もとい未元物質を得たことになる。となれば次にやる事は……

 

 

「次は能力測定よ。着いてきて」

 

 

何とも既視感のある台詞だった。それもそうだ。これを聞くのは二回目なのだから。垣根帝督は女性研究員に促されて着いて行くと同時に、思考する。

 

 

(この場面において、俺には三つの選択肢がある)

 

 

三つの選択肢一つ目、素直に自分の能力を引き出す。要するに1周目と同じようにする。ただ未元物質を学園都市に渡すことになってしまうのが気に食わない。二つ目、能力を隠蔽して無能力者のフリをする。測定機器を誤魔化すくらいなら造作も無いし、何より能力を研究されずに済む。但し非人道的実験のモルモット確定になってしまうが。三つ目、能力を発動させ、そのまま研究所を破壊して逃走する。憂さ晴らしになるし能力を研究されずに済むが、後先が心配。

 

 

(どうすっかなぁ……)

 

 

正味碌な選択肢が無い。一つ目なら暗部落ちコース、二つ目なら完全死亡モルモットコース、三つ目なら逃亡者コースだ。良い末路は迎えられそうも無い。果てさてどうしたものか。脳内に選択肢が浮かんでは消え、浮かんでは消える。

 

 

(多分、此処は一種の分岐点になっている筈だ)

 

 

神はこのニ周目をゲームのように表現した。セーブデータの更新、勇者、蘇生。そこから推定するに恐らく、世界はゲームのように出来ている。良い選択肢を選べば良い人生に、悪い選択肢を選べば悪い選択肢にいくように出来ている。だから人間は、あの時ああすればこうすればなどと後悔するのだ。

 

ゲームには分岐が存在する。正しい選択肢を選べばハッピーエンドに近づき、間違った選択肢を選べばバッドエンドに近付く。そういう風に出来ている。そしてこの場面は恐らく、垣根帝督の人生における分岐点だ。間違った選択肢を選べばバッドエンド、一周目と同じく一方通行に殺されてしまう。正しい選択肢を選べばハッピーエンド、一方通行を撃破しメインプランの座とアレイスターとの直接交渉権を得られる。彼はそう判断した。

 

 

(学園都市に行き着き、能力開発を受けるまでは既定路線と考えて良い。

そしてこの分岐には、今後の学園都市での生き方が掛かっている……)

 

 

ともすると、これは非常に重要な選択肢となる。慎重に決めなくてはならない。間違えるなど最早論外だ。精一杯与えられた情報を吟味し、パズルのように頭の中で組み立てる必要がある、筈なのだが……

 

 

「着いたわ。この部屋に入ってね」

 

 

思考時間というものは、こちらに与えられていないらしい。呆気なく選択する時が来てしまった。内心で焦りを覚えながらも、垣根帝督は指示通り部屋へと入る。どこもかしこも病的に白い部屋の中に、大きな測定機器が一つ置かれていた。かつかつと白いタイルの床を踏み歩き、所定の位置に付く。照明に照らされた部屋の白色は、病的なくらいにてらてらと輝いていた。機械音と共に測定機器が起動する。その後、若い女性の声に良く似た機械音声が部屋中に響いた。

 

 

 

「測定ヲ開始シマス」




前半の下りは全カットする予定だったんですけどねえ
なんかホスト服やら思想やらから過去を推定してたらハイになっちゃったんでしょうねえ
あと昼ドラばりのドロドロって書いててすげえ楽しい


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