夜調べ (ジト民逆脚屋)
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夜調べ

〝私〟
私立探偵事務所の調査員。
新事務所の設立の為、舞台となる町に越してきた。
実は、子供の頃に原作の少女と似たような体験をしているが、その記憶は無い。
お話に出てくるランタンは、その時に使っていた物を直し直し使っている。
性別は、ご自由に。


○月×日

 

○○県○×町に仕事の関係上引っ越す事になり、越してきてから早数ヶ月。

新参者が何を言うのかと非難を覚悟して記す。

 

この町は何かおかしい。

 

この○×町は、お世辞にも栄えているとは言い難い町だ。観光資源も無く、大規模な雇用を生み出す産業や施設も無い。否、施設は十年以上前に倒産した製鉄工場があったらしい。

 

話を戻そう。

私がこの町に違和感を感じ始めたのは、町に越してきてすぐだった。

この町の住人は、日暮れから外出をしないのだ。

何の娯楽も無い町だから、出歩く者が居ないのだと、最初は私もそう思っていた。

 

だが、それは違った。

 

あれは、何時の頃だったか。確か、越してきて三日目位の頃か。私はうっかり夕飯を買い忘れてしまった事を、家に帰り着いてから思い出し、急ぎ近くに有るだろうコンビニかスーパーマーケットへ足を向けた。

 

半額弁当か百円おにぎりでもあればいいと、街灯が少なく薄暗い町並みを、子供の頃から大事に使っている古ぼけたランタンを片手に急いだ。

 

そして、私は知った、理解した。

この町の住人が何故、夜に外に居ないのかを。

何故、この町には夜を照らす灯りが少ないのかを。

この町の夜は、あの〝ナニカ〟に支配されている。

灯りが少ないのは、あの〝ナニカ〟を下手に刺激しない為。

私は黒い靄の様なナニカに追われながら、命からがら自宅まで逃げおおせた。

あれは一体、何だったのか。

 

 

 

 

○月□日

 

この町には〝よまわりさん〟と呼ばれる存在が居るらしい。

と言っても、子供達の間で語り継がれているだけに過ぎない。だが、この〝よまわりさん〟は、一体何時から語り継がれているのかが定かではないのだ。

黒い体に大きな袋を背負い、夜出歩く子供を拐ってしまう。

しかし、町の歴史を纏めた資料には、その名前は影も形も無いが、確かに〝よまわりさん〟は存在し語られている。

そしてもう一つ、〝山の上の神さま〟。

嘗て、この付近で奉られていたと記録されているが、具体的な内容は無く、この付近の何処に奉られているのかさえ解らなかった。

 

ああ、いけない。夜だ。

早く、帰ろう。

また、あれらに追われるのはゴメンだ。

 

 

 

 

○月△日

 

この町に越してきてから、奇妙なものばかり見る。包帯で覆い隠した頭に幾つもの釘が刺さった黒い影、パトランプの様に頭部が点滅回転している奴、首の無い黒い馬、歪な顔のある蟲の様な脚を生やした巨大な毛玉、首だけの化け猫。

そして、手首の辺りに一つ目がある黒い手。

どれもヤバそうだが、特にあの黒い手が厄介そうだ。

此方を追いもせず、ただ見てきて近付けば消える。

あれは一体、何なのか。

また、次の休みに調べてみよう。

 

 

 

 

×月○日

 

この町に越してきて半年が経った。しかし、あの〝ナニカ〟共が何なのかは、未だに解らない。

此方を殺すつもりで追ってくるのだ。良いものではない事は確かだ。

確かなのだが、はっきり言って資料が少なすぎる。あの〝ナニカ〟に話を聞こうにも話が通じる相手ではない。手詰まりだ。

 

最近は、子供の行方不明事件や女性の失踪事件が起きている。この機会に少し、頭を冷やしてみるか。

 

 

 

 

×月△日

 

この町に越してきて奇妙な事が連続している。

遅々として進まぬ行方不明事件の捜査、失踪した女性の行方、話だけが進んでいるショッピングモール建設による、もう誰も住んでいない筈の商店街に対する立ち退き勧告、一体誰に対する立ち退き勧告なのか。

 

 

 

 

×月□日 

 

今日は仕事が休みだったので、少し近所を散歩してみる事にした。

思えばこうして、昼間にこの町を歩くのは初めてに近いのではないだろうか。こうやって見ると、この町もどこか懐かしい雰囲気が漂う町並みで、昼間なら良いものだ。

新しい部署にも慣れたし、暇な時は町を歩くのも悪くはないかもしれない。

 

 

 

 

×月×日

 

人間関係というのは、実に複雑怪奇であると、ものの本で読んだ記憶があるが、まさか自分でそれを実感する事になるとは思わなかった。

 

誤解の無い様記す。

私は決して、そういった趣味嗜好は持ち合わせてはいないし、休日の昼間に公園でかなり遅い昼食がてら、缶コーヒー片手に菓子パンの詰め合わせを食べていただけで、無職ではない。

 

まあ、確かに昼食には遅い時間帯だった。どちらかと言えば、夕食前の間食と言っていい時間帯で、人通りも少くなっていた。

そんな夕陽が見える公園で、中年期が近付いてきている大人が、缶コーヒー片手に菓子パンの詰め合わせを食べていたら、まず誰も近付かない。私も近付かない。

おまわりさんを呼ぶ。

悪い子供を拐うのが〝よまわりさん〟なら、悪い大人を連れて行くのは〝おまわりさん〟だ。

一文字違うだけでこれとは、日本語とは実に複雑怪奇な言語だ。

 

話を戻そう。

私が昼食兼間食兼夕食という、何とも言い難い食事を公園で摂っていた時だ。

私は白い犬を連れた一人の少女に出会った。

菓子パンをかじる私を見詰める少女はどうやら、飼い犬の散歩中にこの公園を通りがかり、私を見付けたらしい。

本当ならここで話が終わる筈なのだが、そうもいかない。

 

前述した通り、時間帯は既に夕方と夜の間に差し掛かっている。

早く帰らないと、暗闇から〝ナニカ〟が湧き出てくる時間帯になる。

その前に帰らないといけない。

なので、緊急避難策として、少女と飼い犬のポロを家まで送る事にする。

まあ、単純に帰り道が一緒だっただけなのだが、えらくポロに懐かれた。ズボンが肉球の跡だらけだ。

 

少女の家の近くまで行くと、少女によく似た娘が家の前に居た。

私を見るとかなり驚きながらも、ポケットに手を入れていたが、実に正しい判断だ。

〝おまわりさん〟は呼ばないでください。お願いします。

 

でもまあ、帽子を脱ぎ会釈をし、少女に帰りを促すと警戒を少し解いてくれた。

帰り道が一緒で、飼い犬がえらく懐いてきた好で、送迎をしただけであると、説明をしたらもう少しだけ警戒を解いてくれた。

 

 

 

 

△月○日

 

あれからというもの、私の趣味が休日の散歩だとバレてしまったのか。あの少女と飼い犬が度々、散歩中の私に着いてくるのだ。

その度に、ジュースや菓子パンを与える私の財布の身にもなってほしい。まあ、安い紙パックと何時もの詰め合わせの菓子パンだから、言う程出費は無い。

無いのだが、中年期が見えてきた大人が少女に会う度に、菓子パンやジュースを与えるのは、あまり外聞が良くない。

この子の姉にも、少し言ってもらうか。

後、ポロの飛び付き癖も直してもらおう。ズボンが肉球跡だらけだ。犬好きだからいいけどさ。

 

 

 

 

△月×日

 

どうやら私は、あの子の姉に無職だと思われていたようだ。

それはまあ、休みの度に町をフラフラ散歩している大人が居たら、無職と思うだろう。

しかし、私は無職ではない。私はこれでも探偵事務所で調査員をやっている。この町には、新事務所の設立の為のスタッフとして越してきている。

名刺に仕事道具に事務所の連絡先まで必死に証明して、漸く信じてもらえた。

探偵事務所という単語が出た瞬間、少女の目の輝きが増した気がする。

すまない。私は探偵事務所の調査員であって、探偵ではないんだ。

 

 

 

 

△月□日

 

休日の趣味の散歩に二人の同行者が増えてから、早一ヶ月が経とうとしている。

あの子の姉とも、世間話をする程度の仲になり、一応は親御さんに顔を見せた方がいいかと、今更ながらにおもったが、二人の御両親は不在らしい。

母親は他界、父親は単身赴任。現在、この一軒家には少女と姉とポロの二人と一匹で住んでいる様だ。

大丈夫なのかと思うが、近所の親切な人々の助けもあって、今のところは問題なく過ごせているらしい。

 

しかし、幾分しっかりしているとは言え、二人はまだ子供だ。念の為、私の自宅と携帯の番号と自宅の場所を教えておいた。

割りとよく、電話が掛かってくる様になった。

どうやら、姉は進路に悩んでいる様だ。

 

 

 

 

□月○日

 

最近は仕事が忙しく、休みが取れなかった。

二人には事前に忙しくなると伝えていた為、電話が鳴ることは少なかった。

少し寂しさがあるが、私達は大元は赤の他人だ。あまり、互いの家庭に深入りしない方がいいだろう。

だが、明後日からは貯まりに貯まった有給を消化しなければならない為に、ほぼ一ヶ月休みになる。

初めはクビになるのかと思ったが、新事務所の件で私に無理をさせたと、所長の意向らしい。

 

二人の相談事に乗るなり、町の歴史を調べるなり、好きに過ごすとしよう。

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

「ん、手紙? 誰からだ?」

 

長期休暇に入り数日、溜まっていた本や資料、あの姉の相談事に少女のお話とポロの飛び付き肉球アタックに晒される日々。

悪くない日々が過ぎていた。新事務所も無事軌道に乗り、新しいスタッフも増えて慣れ始めたらしい。

よく晴れた今日も、きっと良い日になる。

そう、思っていた。

 

「差出人は無い。宛先もか」

 

この差出人も宛先も、何も書いていない手紙が届くまでは。

 

「中身は何か・・・ なんだ、これ?」

 

私の日々はこの手紙で崩れ、私は少女と共に〝ナニカ〟が蠢く夜を往く事になる。

 

 

 

 

夜の怖さを覚えていますか?

 

 

 

 

これは、〝私〟と〝少女〟が大切な者を探して、二つの灯りを頼りに夜を往くお話。




続き? 
無いです。
これは、昔にメモ帳に書いていたネタを切り貼りしたものなので、ゲームも昔に友人にビータ借りてやっただけだし、書けないかな?


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夜始

なんと、メモ帳を漁っていたら、続きがあったよ。
なので、なんとか復元したものを投稿します。

ビータ欲しい。夜廻、もう一回やり直したいよ。
小説の夜廻も欲しい。


「あぁもう、早く帰らないと」

 

溜まっていた有給を消化していた筈なのに、以前に依頼された調査資料に不備が見付かり、急ぎ確認をする必要が出来てしまった。

幸い、調査内容を覆す様な不備ではなかったが、その時の依頼人に出会し今の今まで話し込んでいた。

と言うよりは、一方的に話されていた。あのオバサン、話長いし同じ話繰り返すし、次に来たら対応替わってもらおう。

 

もうすぐ、夜が来る。夜は〝ナニカ〟の時間だ。

奴らは、夜に出歩く生きた人間を見ると見境無く襲ってくる。

希に例外も居る様だが。

 

「まったく、明日は忙しいな」

 

今日だって本来なら、あの二人と一匹と一緒に過ごす筈だったのだ。

子供との約束を破るのは心苦しかったが、仕事では仕方ない。姉の説得で納得してくれたのはよかったが、明日は埋め合わせをしなければ。

しかし、今朝届いたあの手紙は一体、何だったのだ?

 

〝夜の怖さを覚えていますか〟

 

とだけ、子供が書いたにしてはちゃんとした、大人が書いたにしては幼い字で書かれていたが、夜の怖さなら今現在体験中だ。覚えていますかもなにも、体験中なら忘れる事も出来ない。

嗚呼、漸く家に着いた。

 

「せんせい」

「え? 何でここに」

 

この子が居るんだ。

確かに、私の自宅と二人の家は近い。この子の足でも五分も掛からず余裕で着く。と言うか、普通に見える位置にある。三軒隣だ。

そのせいもあってか、この子は休みの度にポロを連れて私の自宅にやって来る事がある。

この少女が私を〝せんせい〟と呼ぶのも、それに理由がある。

私は割りと読書が好きで、気になったものはジャンルを問わず何でも読む乱読家だ。

それで、児童文学や僅かだが絵本も自宅にはある。

自宅にある大量の本ともう一つ、少女が私を〝せんせい〟と呼ぶ理由がある。

 

「一体、何でこんな時間に? お姉ちゃんは?」

「おねえちゃん、ポロをさがしにいっていなくなっちゃった」

 

この子の姉に時々、勉強を教えているからだ。

学生時代の私は、まあまあ勉強が出来る方ではあったので、彼女に時々ではあるが勉強を教えていたのだ。

それで、この子は私を〝せんせい〟と呼ぶ。

 

「えっと、待って。あぁもう、兎に角中に入ろう」

「うん」

 

俯いて、何時もの快活さは微塵も見られない。

一体全体、何があったのか?

あの子がポロを探しに行って居なくなったと、この子は言ったが、この時間帯は〝ナニカ〟が蠢き出す時間だ。

私より長くこの町に住んでいるあの子が、それを知らないとは思えない。

 

それに

 

「ジュース、飲む?」

「ううん」

「そっか」

 

この子が持っていた赤いリード、ポロを繋いでいた赤い首輪の一部。そのどちらも、僅かに紅く濡れている。

これは、そういう事なのだろう。

あの子は、妹の自分の心を守る為に吐いた小さな嘘を本当にする為に、この夜にポロを探しに行ったのだ。

妹思いのあの子らしい。

 

だが、探しに行ったとこの子は言った。

そして、その上で居なくなったとも言った。

それが何を意味するのか、理解出来てしまう自分が恨めしい。

 

「おねえちゃんおいかけたら、あきちにいたの」

「空き地に?」

「それで、おねえちゃんよんだら、くさむらにかくれてなさいって」

「そして、草むらから出たら、お姉ちゃんが居なくなっていたか」

 

頷く少女に、私は何もしてやれない。

探偵事務所で働いているとはいえ、私はただの調査員に過ぎず、探偵が目覚ましい活躍をするのは創作の中だけだ。

現実は、地味で目立たない仕事ばかりで、一緒なのは人の嫌な部分を見る事があるという事だけ。探偵に憧れて、この業界に入ったとは言え虚しいものだ。

だから、私が今出来る事は一つだけ、警察に連絡して、この子の側に居る事だ。

 

「ん? これは・・・?!」

「せんせい、どうしたの?」

 

電話が繋がらない。

もう一度

 

 

プルルルル

プルルルル

プルルルル

 

お掛けになった電話番号は、現在使われておりません。

お掛けになった電話番号は、現在使われておりません。

お掛けになった電話番号は、現在使われておりません。

ピーッという音の後に御用件をどうぞ。

ピーッという音の後に御用件をどうぞ。

ピーッという音の後に御用件をどうぞ。

 

 

どうなっている?

何故、警察の番号が使われていないなんて・・・

それに、かけ直しが出来ない。何処を押しても、通話待機中になったままだ。

何がどうなっているんだ。

 

 

お掛けになった電話番号はお掛けになった電話番号は

現在現在使われておりません使われておりません

お掛けになった電話番号はお掛けになった電話番号は

現在現在使われておりません使われておりません

ピーッという音のののあとととにににににに

ようようよう御用件をどうぞぞぞぞぞぞぞぞぞ

 

お掛けににににににににににににににハハハハハハハははははハハハハハハハハハははははハハハハハハハハハハハハハハハハハハハははははハハハハハハハははははハハハハハハハハははははハハハハハハハハひひひハハハハハははははハハハハハハハハハハはははは!

 

 

 

 

私は思わず、携帯を放り捨てた。

電話口から聞こえてきたのは、警察官の声ではなくノイズ混じりの子供のけたたましい笑い声だった。

放り捨てた携帯は、先にあったソファーに置いてあったクッションに落ちると、待受画面へと戻っていた。

あれは、一体・・・?

 

「せんせい?」

「ん、ああ、携帯が壊れちゃったみたいだ」

 

この子をあまり不安にさせる訳にはいかない。家族が二人も居なくなって、崖っぷちなのに携帯電話からよく解らない声が聞こえたなんて、聞かせちゃいけない。

 

「せんせい、とけいへんだよ」

「時計?」

 

この子が指差す先にある置時計を見ると、時針が止まっていた。電池が切れたのかと思ったが、違うと直感が告げてくる。

恐る恐る、放り捨てた携帯の画面を見る。

 

・・・ああ、くそったれ。何が起きてるか知らないが、これは無いだろう。

携帯電話の時間表示まで止まっている。しかも、出鱈目な時間でだ。

 

念の為、テレビを点けてみる。

 

「せんせい、テレビもへんだよ・・・」

「・・・一体、何が、どうなって・・・」

 

同じ番組の同じシーンの繰り返し、どのチャンネルでも同じ繰り返しが放送されている。

電源を切り少女にジュースを渡して、台所へ

 

「せんせい?」

「大丈夫、顔洗うだけだから」

 

あまり不安にさせたくないが、これは無理だ。私もおかしくなりそうだ。今まで生きて培ってきた常識が崩れる音が聞こえる。

蛇口を捻ると、水が出てきた。当たり前だが、あんなものを見聞きすれば、水ではないものが出てきても驚かない。

質感も温度もちゃんと水だ。蛇口を捻ったら、出るのは水だ。

 

「よし」

 

覚悟を決めよう。警察は無理、外部への連絡も無理。恐らくだが、外に助けを求めに出ても、あの〝ナニカ〟共に襲われて死んでしまうだろう。

それに

 

「せんせい?」

 

こんな小さな子を、この訳の解らない空間に置いておく訳にはいかない。

一人ではなく二人で行動、助けを求めに出ても無理なら、

 

「よし、お姉ちゃんとポロを探しに行こう!」

「え?」

 

こっちから探しに行ってやる。

私は探偵に憧れて、探偵事務所に入った現役調査員、探し物は専門分野の一つだ。

 

「せんせい、いっしょにきてくれるの?」

「任せなさい。今だけ私は探偵さ」

 

でも、その前に

 

「お腹空いたでしょ? 何か食べよう」

「でも、はやくおねえちゃんとポロさがさないと・・・」

「大丈夫さ。食べながら準備しよう」

 

愛用のランタンとこの子の懐中電灯の電池を新品に入れ換えながら、買い置きの菓子パンを口に放り込む。

すると、少女も私の真似をして小さな口でメロンパンにかじりついた。

ショルダーバッグの中身を確認、

 

メモ帳

ペン

キーケース

十徳ナイフ

煙草

ライター

絆創膏

 

これに、予備の電池と買い置きの水と携帯食料、この子のウサギリュックにも同じ様に、予備の電池と水と食べ物を入れて、動きやすい格好に着替える。

 

「行こう」

「うん」

 

靴を履いて、二人一緒にドアを開ける。

暗い夜道が少ない街灯に照らされている。

息を一息、ショルダーバッグを帯を掴み、ランタンのスイッチを入れる。

弱い街灯とは違う、強い灯りが夜を照らす。

少女も同じ様に懐中電灯で照らしている。

 

夜が私達を見詰めてくる。

さあ、行こう。

私達の大切な人達は、この夜の先に居る。




感想、質問等お待ちしております。


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夜探り

メモ帳に散らばったお話を修復して投稿してます。
なので、これで最後かも?

深夜廻、楽しみですね!
ビータ欲しいよ
また借りてやろいかな・・・


本当に、この町は奇妙な町だ。

郷愁すら覚える町並み、人通りの少ない静かな立地、まるで〝ナニカ〟共の為にあるようだ。

 

「せんせい・・・」

「大丈夫、私から離れないで」

 

私の勘違いであってほしいが、私とこの子が照らす先には〝黒く奇妙に細長い歪な影〟が、交差点の弱々しい街灯に照らされて立っていた。

明らかに人ではない。子供が描いた〝怖いもの〟が、そのまま這い出てきた様な解り易い姿に、私の服の裾を掴むこの子の力が強くなる。

まだ、遠くに見えるのに、心臓が早鐘の様に脈打つ。

息がし辛い、冷たい汗が吹き出てくる。

蒸し暑い、夜の気温のせいじゃない。全部、目の前に立ち尽くしている〝影〟のせいだ。

あの〝影〟が、この距離に居るだけで言い様の無い圧迫感に襲われる。

私は少女を確りと抱き寄せ、ランタンを〝影〟が居る正面へ突き出す。

 

嗚呼、ちくしょう。情けないな。

大丈夫と言ったのに、足が前に出ない。このまま、回れ右で家に帰ってしまいたい。

だが

 

「行こう」

「うん」

 

それは出来ない。

私が居なくても、この子はきっと一人でも、姉を探す為にこの夜を往くだろう。

震える体を抑え込んで、一筋の小さな灯りを頼りに〝ナニカ〟が蔓延る町を歩いていくのだろう。

 

私は大人だ。この町に越してくるまで、夜の怖さを忘れてしまっていた大人だ。

何も知らなければ、この町でこの子達に出会わなければ、一生思い出す事は無かっただろう。

しかし、私は改めて夜の怖さを見た、知った。

ならば当然、この子をこんな夜に一人往かせる訳にはいかない。

 

幸いか、あの〝影〟はよく見る。

だが、今まではここまでの圧迫感を感じた事は無かった。精々、「ああ、また居る」程度の気配しかなかった筈なのに、今私達の目の前に立ち尽くしている〝影〟は違う。

今まで、私が見てきた〝ナニカ〟とも違う。恐怖、恐ろしさ、怖さがそのまま、あの〝影〟に姿を変えたと言ってもいい程の言い知れぬ感覚が身体中を這い回る。

 

「ちょっとだけ、臭いよ?」

「うん」

 

私の仕事は探偵事務所の調査員だ。

日々様々な依頼がやって来る。

その中には、調査とは言えない雑用と言ってもいい依頼もある。

ペットの散歩の代行や謝罪の代行、調査員とはなんだったのかと言いたくなる様な仕事もしてきた。

そして、その調査員としての仕事で、意外と多いものが〝怪奇・心霊スポット〟の調査だ。

山や海、廃校や廃ビルに廃線になった駅等々、様々なそういう場所を見てきた。

その調査の中で、ある山村の調査に赴いた時、案内役であった老猟師から聞いた話だ。

 

「せんせい、けむたい」

「ごめんね?」

 

そう言った〝モノ〟は煙草の煙が嫌いだ。

これは老猟師が仕事をする山ではだが、彼方から寄ってきて人に悪さをする輩は、煙草の煙が嫌いで気配を感じたら一服するといい。

あの老猟師はそう言っていた。

山の方法が町で通用するとは思えないが、試してみる価値はあると思う。

 

正直、この子が居るところで吸いたくはなかったし、私もそれ程煙草は好きではない。どうしても、無理矢理気分を変えたい時に吸うだけ。

この煙草も、一年程前に買って二本吸っただけの箱だ。

 

渋くて苦い、鼻につく臭いの煙がこの子に行かないよう、この子を抱き寄せた反対側の口の端に挟む。

この子から煙草の臭いがしたら、あの姉に何を言われるか分かったものじゃない。

 

「大丈夫、大丈夫、大丈夫」

 

自分に言い聞かせる様に繰り返し、〝影〟が佇む街灯へと向けて、この子を抱き抱えゆっくりと歩みを進める。

足が震える、喉が渇いて口内がネバついて貼り付く。

懐中電灯とランタンが照らす〝影〟に近付く度に、心臓が爆発しそうに跳ねる。

 

振り向くな、振り向くな、振り向くな。

 

私は内心で祈る。

頼むから、私達に振り向いてくれるな。

そのまま、電柱とにらめっこしてろ。

 

「ひっ」

 

〝影〟を照らす少女が息を飲んだ。〝影〟が私達に振り向き見たのだ。

子供の落書きの様な、歪で不揃いの目と口。

何処を見ているのか解らない筈なのに、何故か私達を見ていると解る目。

白く小さな、塗り忘れともとれる何かを呟いている口。

それらを持つ〝影〟が、私達に電柱から振り向き、ラジオのノイズを高くした呟きを漏らしながら、私達に近付いてきた。

 

「くうぅ!」

 

少女を抱き抱え、迫る〝影〟とは反対方向に走り出す。

私はあまり足が速い方ではないが、あの〝影〟よりは速い様だ。

言い様の無い恐怖を掻き立てる呟きが止まない。

 

「せんせい、せんせい」

「どうしたの?!」

「あのかげ、へんだよ」

 

ちらりと目線を背後に居る〝影〟向けると、確かにこの子の言う通りに変だった。

私達を真っ直ぐに追わず、何かを避けながら追ってきている。

何を避けているのか不思議にだったが、少女が懐中電灯で照らした先に、私が残した煙草の煙が漂っていた。

 

どうにも息苦しいと思ったが、煙草を口の端に挟んでいた事を忘れていた様だ。

何と言う間抜けかと、自責したいところだが収穫はあった。

あの〝影〟は、煙草の煙が苦手だ。

他の〝ナニカ〟も同じかは解らないが、これは重要な情報だ。何せ、〝影〟が煙草の煙が届く範囲からは近付いてこない。

表情は変わらず、何を考えているか何処を見ているのかも解らない顔だが、今は悔しがっている様にも見える。

今火を着けている煙草も半分以下になっている。早く、〝影〟から離れなければ。

 

「大丈夫、もう、追ってこないみたいだ」

 

少女は僅かに震えながら頷く。

私でこれだ。この子はどれだけ怖いのか、想像がつかない。

 

「せんせい、こわいよ」

「大丈夫、私が居るさ」

 

こんな陳腐な励まししか出来ないのか、私は。

この子は小さくか弱い、なのに、自分の為に居なくなってしまった姉を探しに、この恐ろしい夜に居なくなってしまった姉を探しに来ている。

 

「言ったでしょ? 今だけ私は探偵だって」

「うん」

「だから、この探偵先生に任せなさい」

 

なら、陳腐でも何でもいい。何でもいいから、私は探偵を演じよう。

この子の不安が少しでも紛れるよう、私は嘗ての憧れを演じよう。

探偵とは、迷える人々の道標となれる存在だから。

 

「よし、先ずはお姉ちゃんが居なくなった空き地に行こう」

「うん、たんていせんせい」

 

だから私は、精一杯探偵先生をやりきる。

そうすれば、この暗闇の中でもこの子の顔は、少しだけ明るくなるから。

 

私はショルダーバッグの位置を直して、煙草を携帯灰皿へと押し込む。

念の為、煙草とライターはすぐに取り出せる様にしておこう。煙草とライターを鞄から上着のポケットへ移し、ランタンを掲げ直す。

先は暗く、あまり遠くは見通せない。

それでも、私達は懐中電灯とランタン、この二つの灯りを頼りに進むしかない。

 

「おねえちゃん」

「大丈夫、私が見付けるよ」

 

大丈夫、人よりほんの少しだけだけど、探し物が得意な私が付いてるから。

だからきっと、見付けてみせる。

私は偽者だけど、今だけは探偵だからどれだけ夜が、暗く彼女を隠しても必ず見付けてみせる。

 

私は少女の小さな手を繋ぎ、何もかもを覆い隠す夜を往く。




あるとしたら次は

妹ちゃん視点の日記からかな?


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夜語

はい、メモ帳からサルベージ!
今回はかなり読み辛いかも・・・
あと、地味に重要情報がポロリしてます。


○月×日

 

きょうもポロとさんぽにいきました。

ポロはさんぽがだいすきなので、いろんなところへさんぽにいきます。

もっとポロとさんぽしたいけど、おねえちゃんはゆうがたになったらかえってきなさいといいます。

 

わたしはもうすこしポロとさんぽをしたいけど、おねえちゃんがさいきんはあぶないといっていたので、ゆうがたになるまえにかえります。

 

 

 

 

○月□日

 

このまちのひとたちはゆうがたになるといえからでなくなります。

わたしにはなんでなのかわかりませんが、おねえちゃんもよるにはおそとにでたらダメだっていうので、わたしはよるはおそとにでません。

 

 

 

 

○月△日

 

ときどき、へんなひとをみます。

そのへんなひとは、ほんとうにときどきポロとさんぽをするこうえんにいます。

そのひとは、テレビででてくるたんていみたいなくろいぼうしをかぶって、ベンチにすわってパンをたべてます。

へんなひとだけどわるいひとではなさそうなので、けいさつにはいってません。

 

 

 

 

×月○日

 

きょうはあのへんなひとをみませんでした。

あのへんなひとが、おねえちゃんがいっていたあぶないひとかも。

 

 

 

 

×月△日

 

きょうもあのへんなひとはいません。

ポロはすこしさびしそう。おねえちゃんはダメっていってたけど、こんどあったらはなしかけてみようかな?

 

 

 

 

×月×日

 

きょうはあのへんなひととしりあいになりました。

きょうはすこしとおくにさんぽにいって、いつもよりおそいじかんにこうえんにいくと、あのへんなひとがパンをたべてました。

もうすぐばんごはんのじかんなのに、へんなひとはやっぱりへんなひとです。

きになってみていると、ポロがいきなりはしりだしてへんなひとのところにいってしまいました。

へんなひとはすこしびっくりしたみたいだけど、すぐにポロとなかよくなってました。

くろいズボンがポロのにくきゅうだらけになってました。

もうすぐ、よるになるのでへんなひとといっしょにかえりました。へんなひとは、わたしのいえのちかくにさいきんひっこしてきたらしいです。

へんなひとはへんなひとだけど、わるいひとではないみたいです。

おねえちゃんは、へんなひとをわるいひとだとおもってたみたいで、けいさつをよぼうとしていたけど、へんなひとがすこしおはなしすると、おねえちゃんはけいさつをよびませんでした。

へんなひとはへんなひとだけど、わるいひとじゃないのでだいじょうぶです。

 

 

 

 

△月○日

 

きょうもへんなひととポロのさんにんでさんぽしました。

へんなひとはよくパンやさんで、パンがいっぱいはいったふくろとジュースをかっています。

へんなひとはパンがすきみたいです。

へんなひとはポロとなかがいいです。へんなひとのズボンはポロのにくきゅうだらけです。

へんなひとはポロにとびつくのをやめてといってましたが、ポロはへんなひとがすきなのでやめません。

 

 

 

 

△月×日

 

きょうはびっくりすることがわかりました。

へんなひとはへんなひとじゃなくて、たんていさんでした。

たんていさんがいうには、たんていじむしょではたらいているだけで、たんていではないらしいです。

だけど、わたしにはむずかしくてわかりません。

たんていじむしょではたらいているなら、たんていさんじゃないのかな?

 

 

 

 

△月□日

 

たんていさんはあたまがいいです。

たんていさんのおうちには、いろいろなほんがたくさんあります。

おねえちゃんがわからないむずかしいもんだいでも、たんていさんはかんたんにといちゃいます。

たんていさんは、せんせいでした。

どんなにむずかしいもんだいでも、すぐにこたえてくれます。

おねえちゃんは、せんせいにいろいろなはなしをしているみたいです。

 

そういえば、せんせいはどうして、ときどきみぎあしをひきずっているのかな?

 

 

 

 

□月○日

 

さいきんはせんせいはいそがしいみたいで、さんぽをしていません。

すこしさびしいけど、おしごとならしかたないです。

 

こんどはまちはずれまでさんぽにいってみようかな?

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

ポロがいなくなった。まちはずれのトンネルまでさんぽにいったら、・・・いなくなっちゃった・・・

どうしたらいいかわからなくなって、おうちにかえると、おねえちゃんがまってました。

 

「ポロ、逃げちゃったの?」

 

わたしはなにもいえませんでした。

ポロはにげたんじゃなくて・・・

 

「私、探してくるね。何かあったら、先生の所で待ってて」

 

おねえちゃんはくらくなりだしたのに、ポロをさがしにいっちゃった。

くらくてこわいけど、おねえちゃんもいなくなるのはもっとこわいから、わたしはおねえちゃんをおいかけました。

だけど、くらくなったまちには、よくわからない〝ナニカ〟がたくさんいました。

その〝ナニカ〟は、わたしをみるとおいかけてきました。

はしりました。こわくてこわくて、むねがいたくても、はしりました。

あの〝ナニカ〟につかまったらダメ。

 

はしってはしって、クルマがすててあるあきちでおねえちゃんをみつけました。

おねえちゃんはくさむらをライトでてらしてさがしていました。

 

「おねえちゃん」

 

わたしがこえをかけると、おねえちゃんはおどろいてこっちをふりかえりました。

 

「ああ、びっくりした。追い掛けて来ちゃったの?」

「うん」

「ダメじゃない。ほら、一緒に先生の所に行こう」

「あのね、おねえちゃん。ポロは・・・」

 

あのとき、わたしがちゃんといえてたら、もしかしたらあんなことにはならなかったのかもしれない。

 

「・・・こっちに来て、後ろを見ちゃダメ」

「おねえちゃん?」

「ここに隠れて、目を閉じて耳を塞いでて、何があっても出てきちゃダメ」

 

おねえちゃんのいうとおりに、くさむらにかくれて、なにかのおとがきこえて、すこししたらきこえなくなって、くさむらからでてみたら、おねえちゃんがいなくなってて、ライトだけがおちてて、なにがなんだかわからなくなって、くらいみちをいそいではしって、せんせいのおうちにいって、せんせいがおしごとからかえってきて、おはなしをしてふしぎなことがあって、でもポロのことをいえなかった。

でも

 

「よし、お姉ちゃんとポロを捜しに行こう」

 

せんせいは、うそつきのわたしといっしょにきてくれるっていってくれた。

 

「せんせい、いっしょにきてくれるの?」

「任せなさい。今だけ私は探偵さ」

 

それでじゅんびをして、またあのくらくてこわいそとにいきます。

でも、もうこわいけどこわくありません。

 

「行こう」

「うん」

 

わたしはひとりじゃなくて、せかいいちのたんていせんせいがいっしょにいるから。

まってて、おねえちゃん。たんていせんせいといっしょに、いま、いくから。




〝私〟は昔に似たような体験をしているが、本人は覚えていない。


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夜隠し

前回引き続き、重用情報がポロリしてます。
そして、原作とは変わった展開があります。ご注意を。

少女ちゃん最強アイテム¦おねえちゃんの御守り
せんせい()最強アイテム¦ランタン

深夜廻、クリア後に〝となりまち〟に行くと、ランダムでランタン片手に少女ちゃんと夜を廻っているせんせいに会えるぞ!
んな訳ないわな・・・



夜が何もかもを隠してしまう。

居なくなった姉とポロの手懸かりを探しに、空き地に来た時、そう思った。

私は警察官でもなければ、その鑑識でもない。

ただの探偵の成り損ないだ。この夜の闇の中、頼りになるのはランタンと懐中電灯の灯りのみ、その悪条件の中で探しても手懸かりは見付からないだろう。

 

しかしだ。それでも、何らかの手懸かりは残っている筈だ。

 

「おねえちゃん。あそこのしげみにかくれてなさいって、いったの」

「そっか。とすると」

 

足跡が残っているかもしれない。

この空き地は芝が地面を覆っていないから、足跡が残っている筈だ。

私はあまり土を蹴立てない様にしゃがみ、ランタンで地面を照らした。微かにではあるが、足跡はあった。

残念ながら、私にその足跡が誰の物なのかは判別出来ないが、足跡の大きさや茂みの前にあった小さな足跡から、この足跡が彼女の物だと確信する。

 

「これは・・・」

 

しかし、ここで困った事が起きた。

足跡の向きだ。足跡が外から空き地へと向いている。

だが、何かに抵抗した様な跡はあるものの、空き地から出ていった足跡が無い。

そして、〝抵抗していた相手〟の跡も無い。

あの子は、一体何に抵抗していたんだ?

 

「〝よまわりさん〟・・・」

「え?」

 

聞こえた呟きに振り返ると、黒い〝ナニカ〟が空き地の前に続く道に居た。

黒く澱んだ墨汁を溜め込んで弛んだ袋の様な体に、首と思わしき部分から幾つも生える黒い根や紐、縄とも見える手の様なもの。

そして、その黒の中で一際異彩を放つ白い三つの襤褸袋と、横一文字に割れた目の様な何か。

あれが、〝よまわりさん〟なのか。別段、醜悪という訳ではないが、忌避すべきモノだとはっきり理解出来る。

 

ズルリ、ズルリと、決して早くはない動きだが、一歩一歩が大きいのか、私達の居る空き地へとジワジワと近付いて来ている。

 

街灯の下に居た〝ナニカ〟や私が見てきた〝ナニカ〟とは、根本的に違う。まだ、距離があるとはっきり解っているのに、早鐘という言葉が生温い程に、心臓が脈打ち胸が痛い。

息が苦しい、早く逃げろと足が疼く。

 

「こっちに来て」

「うん」

 

少女を抱え、ランタンと懐中電灯の灯りを切って、空き地に棄てられた廃車の陰にある大きめの茂みに身を隠す。

ズルリ、ズルリ、重くて固くないものを引き摺る音が、空き地の前で止まった。

 

大丈夫、大丈夫、大丈夫。

私は内心呟き、少女を自分の身に隠す様に抱え直す。

引き摺る音が近付いてくる。

〝右足が疼く〟

腕の中の少女が身を固くするのが解る。

ズルリ、ズルリ、空き地を探る様に這い廻る音が聞こえる。

 

まだか、まだか、まだか。

〝よまわりさん〟が這う音が止まない。

ズルリ、ズルリと、這う音が近付き、私達が隠れる廃車の前辺りでピタリと止まった。

心臓が五月蝿い。この音で、〝よまわりさん〟に気付かれてしまいそうだ。

 

廃車の隙間から外を覗く。

暗くてよく見えないが、道にある街灯の灯りが見える。

〝よまわりさん〟は居ないのか?

私は、少女を茂みに隠しつつ、少しだけランタンの灯りを点けた。

微かな灯りが夜に隠されていた空き地を照らす。

〝よまわりさん〟は居ない。

震える少女を抱き抱え、ランタンのつまみを回し、窓を開く。古ぼけた灯りだが、今でも充分に役に立つ。

 

「せんせい、〝よまわりさん〟は?」

「居なくなったよ」

 

懐から煙草を取り出し、火を着けようと思ったがやめた。

 

「せんせい、どうしたの?」

「・・・なんでもないよ」

 

成り損ないの探偵モドキの勘だが、今火を着けるのはマズイ、そう感じた。

何の根拠も無い、ただの勘だが、今はダメだと本能が叫んでいる。

今、火を着けたら、取り返しのつかない事になる。

私は背中に流れる冷たい汗を無視して、煙草を口の端に噛むだけにした。

 

「〝よまわりさん〟が、おねえちゃんをつれてったのかな・・・」

「・・・どうだろう? 今はまだ分からないよ」

 

あの黒い袋が〝よまわりさん〟だとしたら、夜に一人出歩いていたあの子は、〝よまわりさん〟の標的になる可能性がある。

・・・いや、標的になる可能性じゃない。

間違いなく、あの子は〝よまわりさん〟に拐われた。

でなければ、この子を茂みに隠す必要が無い。

そして、

 

「せんせい?」

 

〝よまわりさん〟が這った跡が無い。

偶然かもしれないが、あの子が空き地から出ていった足跡が無く、何かに抵抗した跡だけがあり、そして〝よまわりさん〟が這った跡が無い。

恐らく、あの子を連れ去ったのは〝よまわりさん〟だ。

 

「次は、何処へ探しに行こうか?」

「うん・・・ あ!」

 

少女が駆け出し、空き地の真ん中辺りでしゃがんだ。

何か見付けたのかと駆け寄ると、白い靴が落ちていた。

 

「上履き?」

「うん、うわばき」

「なんで、上履きが」

「〝よまわりさん〟がおとしたのかな?」

「分からないね」

 

そう言えば、〝よまわりさん〟が子供を〝何処へ〟連れ去るのか。それは、どの文献を調べても解らなかった。

どの文献でも、〝よまわりさん〟は名前とその行動だけ語られ、その後どうなったのかは記されていなかった。

 

隔離出来る施設に閉じ込めているのか。

それとも、古来から語られる怪異の様に食べてしまうのか。

 

私見だが、食べるという線は無いと思う。

怪異に生物の見た目が通用するとは思えないが、あの〝よまわりさん〟には口らしい器官は見当たらなかった。

あの白い目の様なものが口だとすればそれまでだが、そうでないなら、あの子は連れ去られ何処かに監禁されていると見ていいだろう。

 

そんな施設に心当たりは無い。〝よまわりさん〟に連れ去られた子供が戻ってきたという話も聞いた事が無い。

聞いた事が無いが、私達は今から〝それ〟をしようとしている。

 

なら

 

「学校に行ってみよう」

「がっこう? なんで?」

「もしかしたら、お姉ちゃんが〝よまわりさん〟から逃げて、学校に隠れているかもしれない」

「・・・せんせい。がっこうにいこう」

 

少しでも、証拠らしいものがあれば、それを辿ろう。

私と少女は、空き地から伸びる暗い夜道を二つの灯りで照らした。

どうやら、〝ナニカ〟は居ない様だ。

煙草に何時でも火を着けられる様に準備をして、慎重に夜道を照らしながら、私達は学校へと急いだ。

この夜が何もかもを隠してしまわない事を祈りながら。




あ、感想返信は後日行います。
挿し絵とか欲しいよね?
描けと友人は言ってくるが、私には糸人間が限界だ。
というか、私はスマホで全てのお話を書いて投稿しているんだよ?
分からないよ!



次回
夜の学校


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夜走り

はい、冬の夜に夏の夜をどうぞ。


この夜は何時まで続くのだろうか。

まだ夜の始めなのだろうが、私はそうとしか思えなかった。

普段見ていた夜とは明らかに違う異質な夜。心無しか、夜を彷徨く〝ナニカ〟も、この夜では活発に動き回っている様に見える。

 

「やっぱりか」

 

あの蟲に似た脚を生やし、歪な顔のある巨大な毛玉は、道を塞ぐ様にしていて、その道から別の道に移動する事は無い様だ。

 

「せんせい、どうだった?」

「うん、大丈夫。行こうか」

 

兎に角、今は情報だ。

最初に出会した黒く長細い影は、小石を投げればそれに気を取られて隙が出来る。

頭に杭を刺して包帯を巻いた〝ナニカ〟は、近くで走らなければこちらに気付かない。

〝ナニカ〟は基本的に、ある一定の距離に近付きさえしなければ、襲ってこない。

そして、〝よまわりさん〟の時にもしやと思い試した事だが、奴等は茂みや大きな看板等の影に隠れれば、こちらをろくに探さず何処かへ去っていく。

 

「学校はこっちだったっけ?」

「うん」

 

子供の足で逃げ切るのは難しくても、大人である私の足なら逃げ切れる。だがそれも、今だけかもしれない。

都市伝説にある〝テケテケ〟や〝口裂け女〟の様に、人間の走力を遥かに上回る速度の〝ナニカ〟が現れないとも限らない。

そんな事が起きなければいいが、もしもの時の為にも、走り逃げる以外の対策も用意しておかなければならない。

 

「よし・・・」

 

私のランタンと少女の懐中電灯が、行き先を塞ぐ夜を別々の灯りで照らしていく。

真っ直ぐに前を、周囲を朧気に、夜に抗う様にして照らしていく。

照らし出される夜闇は周囲を這い回る様にして、自らを照す灯りを飲み込もうとしている様にも見える。

この子が通う学校迄は、まだ距離がある。道は広く見通しも悪くは無いが、〝ナニカ〟は照らさないと見えないものが居る。

逃げている最中に、それらに出会すのは何としても避けたい。

〝ナニカ〟に触れればどうなるか。それは解らないが、近付くだけで心臓が張り裂けそうな程に鼓動し、肺が破けそうになる程に呼吸が荒くなる。

近付くだけでこれだ。もし、触れればどうなるか。それは想像に難くない。

 

ーー死ぬ、だろうなーー

 

根拠は無い。だが、確信がある。あの〝ナニカ〟に触れれば死ぬ。

生命、生物、否、生者としての本能が、死者に闇に触れるなと叫んでいる。

 

暗闇は恐ろしい。

暗闇に潜む者に近付くな。

 

生者が暗闇を恐れるのは、明るい陽の下よりも更に明確な形を持って、〝死〟が存在しているからだろう。

生きている限り、何をどうしようとも抗う事の出来ない〝死〟という概念が、夜の闇の中、水を得た魚の様に私達を見ている。

 

「あ・・・!」

「ポロ?」

 

私達が照す先の道路に、見覚えのある白い犬の背中が見えた。

濃い闇には頼りない灯りで照らされた道路で、周囲を覆い隠す闇に紛れる様にして佇む白犬。

・・・あれが、ポロなら、どれだけ良かったのだろうか?

 

「せんせい?」

 

あれは、ポロじゃない。

ポロの頭は、あんなに〝大きくない〟

薄暗がりの向こうに朧気に見えた白犬の頭は、膨れ上がった風船の様に丸かった。

 

「せんせい、ポロが!」

「落ち着いて」

 

この子が闇の中に走り出さない様に、確りと抱き寄せながら辺りを照す。

 

「あれはポロじゃない」

「でも!」

「・・・よく見るんだ」

 

〝ナニカ〟が飛び出して来ても逃げられる様、準備しておく。今のところ、脚に余裕はあるし、私より早い〝ナニカ〟には遭遇していない。

 

「ポロの頭は、あんなに丸くない」

「あ・・・」

 

腕の中で、小さな体から力が抜けていく。

朧気に見える異形の白犬が、夜の向こう側に消えていく。

丸い、人間の頭を持った人面犬が獲物を探す様に。

 

「ポロ・・・」

 

袖を掴む手に、力が籠っていくのが解る。

これは私の失敗だ。この暗闇の中、ポロを喪ったこの小さな子が、似たような白犬をポロと思わない訳が無い。

まだ、ポロが生きているかもしれない。〝死〟を理解しきれていないこの子には、一縷の希望だったのかもしれない。

 

「大丈夫、きっとポロに会えるよ」

「・・・うん」

 

頷くこの子に力が無い。無理も無い。もしかしたらと、希望が芽生えた瞬間、それが偽物だと気づいてしまったら、誰だって力を無くす。

だが、このまま立っていてもいけない。〝よまわりさん〟や、他の〝ナニカ〟が私達を探しているかもしれない。

今は立ち止まる訳にはいかない。

 

「・・・学校に行こう」

「うん」

 

今は少しでも先へ進むしかない。

ほんの少しでも、心当たりのある場所を巡って、少しでもこの子の姉の行き先を突き止め、見つけ出さないといけない。

 

「ん?」

「せんせい、どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」

 

・・・気のせいだと思う。多分、この夜に引き摺られて、無意識にホラーでよくあるものを、連想したのかもしれない。

こんな時間に、踏切と電車の音が聞こえる筈が無いのに。

そして、一瞬視界に入った白い人影。何かの見間違いだと、そう信じたい。

 

「せんせい、すこしやすむ?」

「大丈夫だよ」

 

この町に、今の時間は電車は来ないし踏切も鳴らない。

今のこの夜に、白い服を着て彷徨く人は居ない。今、この夜の町を彷徨いているのは、私達だけの筈だ。

 

行方不明女性の行方を探すチラシが目についた。

・・・無意識に煙草を口にくわえていた。

学校に近付く度に、何かの嫌な予感が強くなっていく。

 

「行こう」

 

何も、何も起こらなければいい。そう思いながら、私は煙草に火を点けた。

周囲から這い寄る夜闇を紫煙で誤魔化すように。

白い紫煙に紛れて、白い人影が視界に入るのを誤魔化しながら、私は夜を走る。



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夜変わり

さて、今回は話が進むというか、謎伏線が張られる回だよ。

あと、『』で囲っている部分は、私は気付いていません。
自分の事なのにね?


昼と夜、条件の逆転で印象が、がらりと変わるものがある。

色や温度、時間に季節、様々な条件があるが、昼夜の逆転で印象が変わるものは、私見だが大体が禍々しく変わり、その大半が昼間に人が多く集まる場所だと思う。

 

それが昼間の賑やかさからくる寂しさなのか、夜闇に沈んだ手の届かぬ恐怖からなのかは解らないが、夜中に浮かぶ白の建物というものは、その異質感から人の恐怖を煽る。

 

「せんせい」

「行くよ。掴まってて」

 

背中に軽い重さを感じながら、夜闇に浮かぶ学校の門をよじ登る。学生以来だ。あの時は確か、忘れ物を取りに行って、警備員にこれでもかと追われた。

懐かしいな。見上げる今の学校に、その時の面影は無い。

そも、私が通っていた学校はここではないが、それでもこの雰囲気は異質だ。

足を下ろせば、ここがちゃんとこの世のものだと靴裏から主張する感覚がある。人は、五感と理性を用いて現実と非現実を見分ける生き物だ。

この学校は現実だと理解出来ているのに、それと同時に非現実であると感覚が叫んでいる。五感が、理性が、理解している。ここは今、私達生者の居場所ではないと。

 

「行こう」

「うん」

 

煙草に火を点けて紫煙を背後へ流しながら、校庭へと足を進める。昇降口が見えてきたら、そこはプールとグラウンドに続くT字路になっていた。もし、あの子が学校にポロを探しに来たなら、フェンスに囲まれたプールに行くとは考え難い。

だとしたら、もう一つの道。グラウンドと他校舎方面へ行った筈だ。まとわりつく夜を払う様に紫煙を吐いて、行く先を照らす。灯りも何も闇を照らすものが無い道を、私達は二つの灯りを頼りに歩く。

植木に側溝、校内に〝ナニカ〟の気配は今のところは無い。だが、確信がある。

あの〝ナニカ〟達は、この学校内に居る。

そうでなければ、生者の本能がこの闇を進む事を拒む理由は無い。

 

「ん?」

「どうしたの?」

「いや、気のせいみたいだ」

 

今、何か聞こえた気がした。何処かで聞き覚えがある様な〝重く硬く鋭い物を引き摺る音〟、黒板を引っ掻くよりも、私はあの手の金属音が嫌いだ。

音の強弱では、思わず耳を塞いでその場から逃げ出したくなる。

耳に残る不快感と背筋に走る寒気を、煙草の煙と吐き出せば、視界の端に白い女の影が微かに映った気がする。

ああ、気のせいだ。煙を肺深く吸い込めば、酩酊にも似た感覚が視界を揺らす。

この短い時間に吸いすぎた。目の上辺りと眉間に血が集まっている感覚が、頭痛に似た痛みに変わる。

頭痛持ちには、これは辛い。走れなくなる前に、煙草を灰皿へ押し込む。目を揉む様にしてマッサージをすれば、揺れた視界が元に戻り、視界端の影も消えた。

疲れか恐怖からかの幻覚だろう。

 

「せんせい、あたまいたいの?」

「やっぱり、煙草は良くないね」

 

首を回し鼻から息を深く吸い込めば、少しだけだが気分はマシになった。

疼きを抑え込み、ランタンを高く掲げると、照らし出された影にチラリと何かが写し出された。

 

「おねえちゃんのだ」

 

この子が駆け寄り手にしたものは、見覚えのあるあの子の靴だった。

だが、それも片方だけ。一体、何があって片方だけ靴が落ちているのか。それは解らないが、あの子はここに居た。誰かがあの子の靴を片方だけ落とさない限り、それは確実だ。

 

「せんせい、おねえちゃんがっこうにきてたのかな?」

「解らないけど、多分ここに来てたんだ」

 

この子が抱える靴は、確かにあの子の靴だ。〝よまわりさん〟から逃げ出して、この学校に隠れた?

いや、逃げ出す途中で何かに追い付かれたか、巻き込まれた?

嫌な想像ばかりが、頭を過る。仮に〝よまわりさん〟から逃げ出して、アレがそれを簡単に許すとは思えない。

嫌な予感がする。何かがジワリジワリと這い寄ってきている様な、得体の知れない恐怖が近付いてきている。

 

「学校から出よう」

「え? でも、おねえちゃんいるかも」

「何か嫌な予感がする」

 

ガリガリと重く硬く鋭い物が、何かを削る甲高い音が遠くに聞こえる。

耳を塞いでしまいたい。今すぐにでも、この子を見捨てて逃げ出してしまいたい。

そんな欲求が、腹の底から沸き出す。

 

「せんせい、どうしたの?」

「何か聞こえない?」

「なにもきこえないよ?」

 

この耳障りな音は、この子には聞こえていないのか?

私にだけ聞こえているなら、この音は一体なんなのか?

 

『右足が疼き、膝から下が軋む』

 

兎に角、今はこの場から離れよう。

そう思い、ランタンを掲げ直し背後を振り替えると、少し離れたところに初めて見る〝ナニカ〟が居た。

 

「ひっ!」

 

抱き寄せ、ランタンを向ける先には、まるでクレヨンで塗り潰す様に描いた子供らしき影が、薄気味悪い無表情とも取れない顔で、こちらをじっと見ていた。

一体、何時の間に居た?

ここまで来るのに、あの〝ナニカ〟は居なかった。

気配だけ?

違う。何かが違う。これは、町でよく見る長細い影とは違う。

 

目を離してはいけない。背を見せてはいけない。

昔に、霊能者を名乗る胡散臭い奴から聞いた話では、夜に子供の様な小さな影を見たら、三つの事を守れと言われた。

 

無視してはいけない。

目を離してはいけない。

背を見せてはいけない。

 

それをすれば、忽ちにとり憑かれてしまう。

あれは子供だ。遊び相手が欲しくて欲しくて堪らない子供だ。そして、子供の遊びは無邪気故に残酷だ。

 

「せんせい、あっちにもいる・・・」

「見えてる」

 

何時の間にか、子供の影がちらほらと見えている。

奴らは、ずっと付いてきていた。

私達が学校に入ってきた時から、ずっと付いてきていたんだ。

震える手を繋ぎ、前方の影を見据える。

 

「動かない?」

「せんせい、あっちも」

「・・・あっちを見ながら、私に付いてきて」

 

恐らく、あの影はこちらが見ている限り動かない。

賭けをする気は無いが、これで駄目ならグラウンドを真っ直ぐに突っ切るしかない。

 

「大丈夫、大丈夫、大丈夫」

「・・・うん」

 

ゆっくり、ゆっくりと、小さな影の近くを背を見せずに通り過ぎる。

心臓が破裂しそうだが、今焦って走り出せば、あの影に追われる事になり、門をよじ登るのは難しくなる。

もっと、もっと離れてからでなければ、私の足では無理だ。

 

「せんせい、もうすぐ」

「うん、掴まってて」

 

油断せず、門を目指す。今となっては植え込みや側溝が恐ろしくて仕方がない。

何時、何処から、〝ナニカ〟が現れるのかが解らない。

 

「着いた。大丈夫?」

「うん、きてないよ」

 

警戒に警戒を重ねて、漸くなんとかなるかならないかの境に立てる。今はそういう時間だった。

門をよじ登り、この子を抱き抱え学校を後にする。

 

「・・・・・」

「せんせい?」

「・・・行こう」

 

最後に、学校に視線を戻すと、あの小さな影が笑っていた。醜悪でおぞましい、吊り上がった笑みを、一瞬だがこちらに向けていた。

あれが本性だとしたら、元になったモノ()は一体何を抱えていたのだろうか?

 

「せんせい、すこしやすむ?」

「大丈夫だよ」

 

仮に、あれが子供だとしたら、あんな笑みを浮かべていた理由は一体なんなのか?

解らない。理解したくない。

もし、理解してしまえば、あれらと同じになってしまいそうだ。

 

「つぎはどこにいくの?」

「うん、今は学校から離れよう」

 

夜はどんどんと濃くなり、粘る様にまとわりついてくる。

雲間に浮かぶ月明かりも、点々とする街灯も、濃くなり始めた夜には、何の意味も成さない。

 

耳からあの嫌な音が離れない。

少しずつ、少しずつ近付いてきている気がする。

 

変わり始めた夜を、私達は足を早めて進む。




田んぼ


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夜転

さあ、第一の難関の始まり。


 夜が滲む。視界に夜の闇が滲む。今見ている風景を、嘘の様に隠してしまおうと、夜が闇を引き連れて滲んでくる。

 明らかに、先程から気配というか、雰囲気が変わってきている。夜がじわじわと視界を狭め、ランタンと懐中電灯の灯りも、心なしか弱々しく見えてくる。

 街灯も月明かりも、この夜に浮かぶ灯りは全て、夜の闇が私達に見せている幻なのではないか。そんなありもしない錯覚が、神経を心を削り取る。

 

「せんせい…」

「……こっちにもか」

 

 動けない。私達が学校から離れてから、〝ナニカ〟の動きに変化が出始めていた。

 〝ナニカ〟に仲間意識があるのかは解らないが、私達は〝ナニカ〟に誘導されているかの様に思える。

 だとすれば、今私達は何処へ誘導されている?

 

 考える事を止めるな。〝ナニカ〟が意思を持ち、私達を誘導しているとすれば、そこには必ず目的がある。 

 そして、〝ナニカ〟の動きは統率が取れている。これが何を意味するのか。

 

「せんせい!」

「なっ……!」

 

 何故、踏切が降りている?!

 この時間に通る列車は無い筈だ。このままでは、〝ナニカ〟に追い付かれる。

 だが、下手に踏切を越えれば、〝ナニカ〟の仲間入りをしてしまう。しかし、後戻りするには、あの〝ナニカ〟の群れを避けなければならない。

 

「なんだ……?」

「いまのなに……?」

 

 鳴り止まない踏切、一向に来る気配の無い列車、そして、線路の向こう側で一瞬だけ見えた白い影。長く黒い髪を垂らし、頭を抱えた女。

 見間違いかもしれない。だが、この夜であの白い影は、異質に過ぎた。

 黒に一瞬だけ浮かんだ白、私達二人がそれに目を奪われていると、〝ナニカ〟の動きが止まっていた。

 

 いや、止まったというよりは、私達に後戻りをさせないようにしている?

 分からない。〝ナニカ〟の行動を、人が理解出来る事は無いのだろうが、これは不可解が過ぎる。

 〝ナニカ〟は私達を、何処かへ向かわせたいのか。

 いつの間にか鳴り止んだ踏切が、私達の背後で口を開けている。

 続く先には、今までよりも更に濃い夜が、私達をじっと見詰めていた。

 

「行こう……」

「……うん」

 

 震える小さな手を繋ぎ、古ぼけたランタンの灯りを夜に翳す。

 時間が経てば経つ程、夜は濃く滲み出してくる。それは昼間の住人の私達を、暗く染めてしまおうとしているかのようだ。

 

 ああ……、進む足が重い。まるで、真っ暗な泥の中を歩いている様だ。

 耳障りなあの音が、また聞こえてきた。

 ガリリ、ガリリと、重く堅く鋭い何かを引き摺り削る音が、滲む夜に隠れて這い寄ってくる。

 

「せんせい、だいじょうぶ?」

「……大丈夫さ」

 

『右足が疼く』

 

 音と夜が私を削っていく。だがそれでも、この子を不安にさせる訳にはいかない。

 気を紛らわす為に、煙草に火を点ける。渋く苦い紫煙を肺に入れ、深く長く吐き出す。

 

「せんせい、くさーい」

「ごめんねー」

 

 二回目は、ほんの少しだけ変な顔をして煙を吐き出せば、この子も少しだけ笑って気軽な声を出す。

 夜は濃さを増している。

 此方を誘う様に、手招きをしながら、私達が足を踏み入れる夜は濃さを増している。

 耳障りな音も少しずつ、少しずつ近付いている。

 だが、まだ大丈夫だ。

 私は歩ける。この子も歩ける。私達はこの夜を進むしかない。

 

「せんせい、たんぼだよ」

 

 虫の声も聞こえない畦道、水を張った青田。きっと、この夜でなければ、長閑な田園だった。

 だが今は、〝ナニカ〟が隠れ潜む夜闇でしかない。

 

「ここに、何かあるのか?」

 

 思わず呟く。〝ナニカ〟から逃れるようにして来たが、この田んぼに何かがあるとは思えない。

 あの子が〝よまわりさん〟から逃れて、ここに逃げてきたとも考え難い。しかし、戻ろうにも背後には、〝ナニカ〟の気配が満ちている。

 そして、あの音も迫っている。

 

「せんせい、なにかおちてる」

 

 そう言って、街灯の側からこの子が持ってきた物は、装飾品か何かの部品だった。時間か力か、千切れたそれをこの子が私に見せてきた時、生温く湿った風が頬を撫で、鼻につく酸の臭いを運んできた。

 

 本能が泣き叫ぶ。ああ、これはダメだ。これはきっと〝よまわりさん〟よりも質が悪い。

 逃げろ、認識するなと、生者の本能が泣き叫ぶのが解る。

 

 ああ……、畜生。こいつだったのか。

 学校の近くでちらついていた白い影も、踏切で一瞬だけ現れた白い女も、全部こいつだったのか。

 そして、あの〝ナニカ〟達は全て、私達をこいつの元に押し込む為に、あんな動きを見せていたのか。

 

「あ、あ……」

 

 ゴボリと、粘り気のある水音を立てて、白い女が黒い髪を振り乱し、顔を上向けると同時に、私はこの子を抱えて走り出した。

 背後から悲鳴とも嗚咽とも判別し難い声が聞こえ、吐瀉物が地面に叩き付けられる音と、触れていないのに肌が爛れたと、勘違いしてしまいそうになる異常な酸の臭いが届く。

 

「せ、せんせい!」

「なんだあれは……?!」

 

 走る走る走る。僅かに泥濘の残る畦道をひたすらに、この子を抱えて走る。

 あれはダメだ。今までの〝ナニカ〟とは、はっきりと違う。ただ、近くに居るだけで、心臓どころか脳が焼き切れそうになる。

 あれは生者が関わっていい存在じゃない。

 

「まだ、まだくるよ!」

「くっ……!」

 

 走っても走っても、距離が開かない。

 息が苦しい。まだ歯に噛んだままだった煙草を、路肩に吐き捨てる。

 まだ火も残っているが、緊急事態だ。

 再び、足を踏み締め、泥濘を飛び越える様に走り抜ける。

 

「せんせい、せんせい!」

「どうしたの?!」

「あのひと、いなくなった」

 

 足を弛めず、視線を背後に、この子の言う通りに、あの白い女は居なくなっていた。

 一体何故かと、周囲を警戒していると、この子が何かを指差した。

 

「せんせい、たばこ。たばこみたら、あのひといなくなったよ」

「煙草……」

 

 この子が指差した先には、私が吐き捨てた煙草が、僅かに煙を吐き出し燻っていた。

 ポケットから箱を取り出し、中身を確認する。中身は残り十本弱、あまり使いたくはないが、あれを煙草で遠ざけられるなら、惜しむ訳にはいかない。

 

「あ、せんせいこれ」

「部品、かな?」

 

 私達の足元にあった小さな部品、弱々しい街灯の灯りをなんとか反射していたそれ。泥や色んな汚れが付いているが、この子が先程拾った装飾品の部品に違いなかった。

 

「まだ、おちてるのかな?」 

「どうだろう?」

 

 まだ安心は出来ない。新しい煙草に火を点け、私はランタンを翳す。照らす先には畦道は無く、荒れた山道が続いていた。

 

「進むしかないか……」

 

 私はこの子の手を引き進む。滲み出してきた夜に飲み込まれない様に、牙を剥いてきた夜に、この子だけでも無事に居られる様に、私達は生者の証である灯りを翳しながら、口を開けた夜を進む。




せんせい


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夜狂い

はい、3ヶ月ぶりの投稿です。
今回で田んぼ終了&オリジナル介入!

本文で『』で囲っている部分は、本人は認識出来ていません。これ大事。


夜が狂い出す。変わり始めた夜が、じっくりと狂い出す。

いや、既に狂っていたのかもしれない。正常、正気、おおよその〝正しさ〟を示すとされるものを、〝正しさ〟を確かに保証するものなど、この夜は勿論、昼にも存在しない。

私達は、ユラリユラリと揺れながら、薄い膜の様な、正気と狂気の境界を、踏み割らない様に歩くしかない。

そして私達二人は、その狂気に足を踏み入れていたのだ。

それが何を意味するのか。

 

「これは……!」

 

嘗ての今までは、全てまやかしだったと、目の前に広がる闇が、私達にそれを知らしめる。

ただの林道、その筈なのに、木陰や植え込み、雑草や看板、ありとあらゆる物の影から滲み出る闇が、〝正常〟な夜は存在しないと、粘りつく様に告げてくる。

 

足が重い。まるで、深い泥濘の中に佇んでいる様だ。沈みまとわりつく様に、夜が揺れ溜まっていく。

世界が塗り潰され、自分が信じていた世界が否定されていく。

嗚呼、こんな世界に消えてしまったあの娘が、無事で居られる訳が無い。今ならまだ間に合う。この子を連れて、昼間の世界に帰ろう。

全て、全て諦めてしまえば、まだ間に合う筈。

 

「せんせい……」

 

そう思っていた時、小さな手が上着の裾を引いた。

嗚呼、そうだ。そうだった。私は私〝達〟だった。帰れる訳が無い。

私は〝たんていせんせい〟だ。この夜だけの探偵、なら諦める訳にはいかない。

『疼き軋む右足を引き摺り』、足を沈める夜の中を二人で進む。懐中電灯とランタンが、重く暗い夜を照す。

照らし出されたのは、夜に沈んでいたただの林道だ。

 

「せんせい、これまたおちてた」

「また……?」

 

嫌な予感がした。何年も前、事務所が人手不足になる程に忙しかった時、あの変人所長が何処からか、どういった伝を使ったのか、警察組織と協同する依頼を持ってきた事があった。

あの時と同じだ。見付かったのは、事件に関わる物だけで、肝心の人は見付かる事は無かった。

 

『君に見付けられないなら、彼女が見付かる事は無いよ。諦め給えよ』

 

あの所長は変人だが、言った言葉が外れた試しは、一度たりとも無かった。件の女性は今も見付かっていないらしい。

そして、この子が見付けた恐らくは首飾りの部品。これからは、あの時と同じ様な嫌な、粘りつく様な拭いきれない予感が漂う。違うのは、今すぐにでもこれを無かった事にしたい。そんな衝動に駆られる事だけ。

 

「……いいかい? 私から離れないで」

 

饐えた臭いが鼻についた。鼻の粘膜が焼け、皮膚が溶けてしまいそうな悪臭が、微かに届いた。

僅かに震える手で、煙草を取り出し火を点ける。大丈夫、先程と同じなら煙草の煙がある限りは、それ以上は近付いて来ない筈だ。

そう言い聞かせながら、素足が地面を踏む音を聞きながら、饐えた臭いを煙草で誤魔化す。

 

「せんせい……」

「大丈夫、大丈夫だから……」

 

言い聞かせる言葉に、力が無い。解っている。このままでは林道の果てにある、見晴らしのいい崖に行き着くだけだ。そうなれば逃げ道も無く、硬い地面という終わりに、ただ落ちるだけ。ならば最悪、この子だけでも逃がす。

 

ーー……シテ

 

気のせいだろうか。何か声の様なものが、微かに聞こえた気がした。

深く煙草の煙を吐き出して、目線を落とすと、この子も聞こえた様だ。少し驚いた様子で、私を見ている。

 

「今、聞こえた?」

「せんせいも?」

 

頷き、背後から消えない気配に、ほんの少しだけ振り向き、耳を傾ければ、傷みに痛んだ長い髪の奥で、隙間だらけの黄ばんだ歯が、動く唇の奥に見え隠れしていた。

よく見れば、あの〝ナニカ〟は体中傷だらけだ。蝋の様に病的に白い肌は、擦過傷や切り傷塗れで、痛々しく赤が滲んでいる。白いワンピースには、その赤色がこびりつき、生地が解れ破けてもいる。明らかに、ただ事ではない気配がある。

短くなり、ほぼフィルターしか残っていなかった煙草の火を、新しい煙草に点け直して、真新しい紫煙を吐く。

やはり、この〝ナニカ〟は煙草の煙が苦手な様だ。これを利用すれば、逃げ切れるかもしれない。

 

そう思い、考えを纏めていた時、ふと〝何故か〟看板が目に留まった。

 

「これは……?」

 

 

――ガリリ……

 

 

『何か音がした気がした』

この子も気づいていないから、気のせいだろう。足を止めない様に、看板を読む。

 

〝行方不明〟〝見覚えがあれば連絡を〟

 

かなり傷んでいて、文字は掠れていたが、一番大事な文字は読めた。そして、微かに残っていた文字から、この文字が指し示すのは、あの〝ナニカ〟だと、私の勘が叫んでいる。

だが、仮にそうだったとして、私に何が出来るのか。

 

 

――ジャリ…… ガリリ……

 

 

林道は何も無く、朽ち始めた看板と蔦が絡み付き、錆が浮いたフェンスがあるだけ。仮にあの〝ナニカ〟がそうだったとしても、私に出来る事は何も無い。

誰にも、生者に死者を救う事は出来ない。生者が救えるのは生者だけで、死者を救えるのは、死者かそれに相対し目を逸らさない者だけ。

私には、無理だ。

 

ーー……エシテ

 

また聞こえた。声が段々と近付いてきている。

最悪、後ろにある狭く暗い下り坂に駆け込んで、隠れて遣り過ごすか、煙草の煙を盾に無理矢理突破する。

それしかないと、煙草を深く吸い込もうとした時、もう一つ、先程は無かった筈の〝不自然な看板¦が目についた。

そこには、〝火気厳禁〟〝煙草は悪い子がする事だよ〟

 

 

 

 

 

          だ

          か 

          ら

          け

          そ

          う

          ね

 

 

 

 

 

 

――ジャリン……!

 

 

何が起きた。煙草がいきなり、根本から削り取られる様に、消えて無くなった。

 

 

――いけない子、いけない子、煙草は悪い子いけない子

 

 

『小さな子供の声が聞こえる』

一体、何が起きたんだ。混乱する思考を蹴り飛ばし、残ったフィルターを吐き捨て、この子を抱えて飛び退く。

饐えた臭いの塊が、ネバつく音を撒き散らして、私達が居た場所に落ちた。

悪臭を白煙と共に広げ、グズグズと土が腐っていく。

 

ーー……シテ、……エシテ、…………カエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテ

 

 

          ソ

          レ

          ハ

          ワ

          タ

          シ

          ノ

          ダ

          !

       

 

咄嗟に、下り坂に転がり落ちる様にして、二人で駆け込む。目の前まで迫っていた〝ナニカ〟の、長く黒い髪が針の様に尖り、周囲一帯へと伸び突き刺さる。

土が、岩が、木が、フェンスが、何の抵抗を見せずに容易く貫かれ、無様な穴を見せる。

 

「う、あ……」

 

強かに打ち付けた背中の痛みを無視して、半狂乱となった〝ナニカ〟から、少しでも距離を取ろうと足を動かす。

 

「せんせい! せんせい!」

「だい、丈夫……」

 

兎に角、離れないと。

二人で進む山道は階段で、湿った泥と苔が足を滑らせようとしてくる。だが、そんなものに関わっている暇はない。

今は一刻も早く、あれから逃げないといけない。

 

「……嘘だろ」

 

だが、そんな足掻きを笑う様に、山道の終点は行き止まりだった。

そしてそこには、白いワンピースと、赤色と白色の混じったそれが横たわっていた。

 

「せんせい……」

「見ちゃ、ダメだ!」

 

これがそうなら、あの〝ナニカ〟は仲間を求めていた?

だとするなら、私達は……

 

「せんせい、これ」

「え?」

 

この子がポシェットから、バラバラになった首飾りを取り出し、私に見せてきた。

部品は傷だらけで、細い鎖も解れてボロボロだが、まだ形を取り繕う事は出来そうだった。

 

「なおして、かえしてあげよう?」

 

背後から迫る気配が、止まった気がする。もしかしたらと、首飾りを受け取り、部品を無くさない様に、十徳ナイフを鞄から取り出す。小さいけれど、とても頑丈なそれを開いて、ペンチにして、歪んで千切れていた鎖を、捻る様にして繋げ、テープで外れないように固定する。

地面に置いたランタンの灯りに、白い裾が揺れた。

 

「えと、あとおはな……」

 

崖の側に生えていた花を摘むと、この子は首飾りと一緒に、彼女のすぐ側にそっと置いて、手を合わせた。

 

「ごめんなさい、まただれかにきてもらうから」

 

背後から気配が消えた気がして振り向くと、そこには何も無かった。

彼女は自分を見付けてほしかったのか、それとも無くした首飾りを見付けてほしかったのか。

それはもう、分からない。

だが、

 

「……せんせい」

「分かってるよ。お姉ちゃんを見付けたら、警察に来てもらうよ」

「……うん」

 

私にしがみつく様にして、この子は顔を見せないが、多分哀しんでいる。

私に出来るのは、この子の哀しみを無かった事にしない事と、この子の姉を一刻も早く見付ける事だけだ。

 

その為に私は、『軋む右足を引き摺って』狂い始めた夜を進む。





悪い子悪い子、いけない子
言うこときかない悪い子は
スネソギ様にやっちゃうぞ


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夜軋

ホラーは書いてないよ。
ホントだよ


足が重い。不意にそう感じた。何かあったかと、見てみるが、何も無い。何時もと変わらない、ズボンと靴だった。

 

「せんせい、どうしたの?」

 

この濃い夜でも、はっきりと判る瞳が、こちらを見上げている。ああ、いけない。この子は一人、私も一人だ。結局、人は一人でしかない。いくら、隣に居ても、この子の成し遂げる事は、この子が成さなければいけない。

そしてそれは、私も同じだ。

今のこの夜に、私は何を成せるのだろうか。

 

「行こう」

「うん」

 

時間すら曖昧になり始めて、今が夜の何時なのか、それすら朧気になってきて、今自分が何の為に、夜に立っているのかすら、この闇に紛れて霞んでしまいそうだ。

だがそれでも、私は先へ進まなければならない。

少しでも先へ進んで、この子達を昼間の世界に、無事に連れて帰らなければならない。

この夜の先に何があろうとも、それが、私の成すべき事だ。

懐中電灯の真新しい灯りが、濃さを増し始めた夜を裂いて、ランタンの古ぼけた灯りが、ボンヤリと夜を照らし出す。

最早、この世界に昼間のルールが通用するのか。するのであれば、今居る場所は商店街の近くの筈だ。

人が住んでいる筈なのに、人というより生きた気配のしない町。その中でも、商店街は特にそれが強く感じる。

ここだけは、昼間であっても今と変わらない。昼間であっても、この商店街は人が居ない。

そして、人が居ないのに、何故か立ち退き勧告が出されている。無人の町に対する立ち退き勧告、これは一体、誰が誰に対して出しているのだろうか。

いや、もしかしたら、誰が誰に対して出しているとか、もうそんな次元ではないのかもしれない。

 

「これ、まえもみたよ」

「うん、私もだ」

 

記憶が確かなら、昨日か一昨日にこの貼り紙は、新しく貼り直されていた筈。それが今では、見るも無惨に色褪せ、半ば剥がれ落ち朽ちかけている。

ただ、立ち退けと、早く居なくなれと、その意思だけがはっきりと感じ取れる。一体何時からこうだったのか。

この夜からか、それとも、私達が見た後からか。いや、きっと貼り直されてなんかいなかったんだ。

最初から、私達が目を背けていた。それだけだったのだろう。この町は、この世界は、とっくに狂っていたんだ。

 

「せんせい!」

「……隠れて」

 

あれは、あの〝手〟は見覚えがある。前までの夜に、何度か見た事がある。だが、あれは何だ。何をしている。

何かを探しているのか。やけに、辺りを見回している。

前に見た時は、こちらを見るだけで消えていた。なのに、今は違う行動を取っている。

あれは何を探している。

 

「せんせい」

「どうしたの?」

「おばけいないよね?」

 

言われて、はたと気付く。町外れから、この商店街に向かう途中、あれ程湧き出ていた〝ナニカ〟が、一体も出てきていなかった。

何故、そう考えを巡らせていると、〝ナニカ〟が突然動き出した。まさか、見付かったか。

咄嗟に今の場所から、離れようと立ち上がるが、〝手〟はまったく違う方向へと走り去っていく。

 

「なん、だ……?」

 

何が起きている。今、何が起きている。あの〝手〟が、商店街の中へ走り去ってから、五分も経たない内に、周囲の空気が変わっていく。

ジワリと、何処からか何かが滲み出し、何かが染み込んでいく。

夜が変わっていく。

いや、違う。戻っていく。

前までの、〝ナニカ〟が支配していた夜に、世界が戻っていく。

 

「せんせい!」

「逃げるよ!」

 

この子を抱き抱え、隠れていた路地から、転げる様に駆け出す。振り返れば、灰の毛に虫の様な脚を、幾つも生やした〝ナニカ〟が道を塞いでいた。

他の路地も同じだ。元来た道を戻ろうにも、何か良くない気配が濃くなり、遠目にも〝ナニカ〟の影が見える。

 

先に、進むしかない。今ならまだ、〝ナニカ〟もそれほど湧いていない筈だ。

そう思い、寂れ果てて、もう形のみを保っているだけの、商店街へと駆け込み、そして過ちに気付いた。

 

「盛り塩?」

 

あちこちに点在する、崩れた盛り塩。小皿からアスファルトに打ち捨てられ、見る影も無くなったそれは、端から徐々に黒く染まり、邪を打ち祓う筈だった純白は消え失せていく。

そして、それを見越していたかの様に、静寂だった商店街に、黒く淀んだ気配が満ち始める。

澱み濁り、最早原型すら留めなくなった、〝ナニカ〟に成り果てたモノ達。

ああ、そうか。あの〝手〟は、この夜で唯一〝ナニカ〟達が、現れる事の出来ない場所を探していたんだ。

 

影から、隙間から、夜から、漏れ出す様にして、〝ナニカ〟の気配が商店街に充満していく。逃げようにも、商店街という限定された空間では、逃げ道が限られる。

少ない逃げ道、安全の有無の不明、何よりあの謎の〝手〟。あれが一番危険だ。

根拠は無い。だが、本能が叫んでいる。あれに関わるな。あれはよくないモノだ。

 

「……掴まって、走るよ」

「うん」

 

この子を抱え直し、再び走り出す。正直、足は限界に近くなってきている。だが、諦めて止まれば、それは死に直結する。

軋みだした足を必死に動かし、商店街を駆ける。

 

「せんせい!」

「こっちもか……!」

 

あの虫脚毛玉が、至る所で道を塞いでいる。まるで、商店街とその周囲から、私達を逃がさない様にしている様だ。何か、何かある筈だ。

周囲を見回し、情報を集める。寂れた家々、シャッターの閉じた店先、その間に口を開ける様にして、商店街のアーケードがあった。あそこだけ、虫毛玉に塞がれていない。明らかに罠だが、もうあそこしか逃げ道が無い。

 

「行こう」

 

『右足がやけに軋んだ』

 

疲労か、足が上手く動かない。けど、そんな事を言っている場合ではない。

背後に迫る〝ナニカ〟を振り切り、アーケード内に飛び込む。

そこは、〝ナニカ〟の気配も薄く、そして通常と変わらない、シャッターの閉じきった店先が並んでいた。

だが、安心は出来ない。盛り塩は既に崩され、黒く変色し、崩されていない盛り塩まで、真っ黒になっている。

何かがおかしい。

何かがおかしいんだ。

でも、その何かが分からない。

 

『右足の重い』

 

異様なまでの違和感が、足下で蠢いてまとわりついて離れない。

何だ。

何を見落としている。

何を〝忘れている〟?

 

そんな、思考に沈んでいた時だった。

 

――ジリリリリ!

 

夜に電話のベルが鳴り響いた。

 

――ジリリリリ!

 

嫌に響く音だった。発しているのは、町角にポツンと、忘れ去られた様に置かれていた、一つの公衆電話だった。

ああ、止めろ

止めてくれ

頭の中で、何かが警告している。

その受話器を取ってはいけない。

取れば、必ず後悔する。

ランタンの古ぼけた灯りが、何故か強く感じる。

 

――ジリリリリ!

――ジリリリリ!

――ジリリリリ!

 

伸ばした手が受話器に触れる瞬間、ベルが止んだ。

伸ばした手を下ろし、公衆電話に背を向ける。早く、早く、あの子()を見つけて、この夜から逃げよう。

そう『右足』を踏み出した時、疲れからか、足が縺れて、真っ黒になっている盛り塩を蹴ってしまった。

 

「あ」

 

少女の声と、何かが外れ落ち、跳ねてぶつかる音は同時だった。

真っ黒な粉が、道に振り撒かれ、背後で受話器がコードに揺られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           み

           ぃ

           つ

           ぅ

           け

           た 

 

 










「さて、彼はどうなるかな?」

暗い部屋で一人、そんな事を呟く者が居た。
月明かりに照らされる、その容貌は、男が見れば美女と言い、女が見れば美男と言うだろう、非常に整った容姿だった。

「彼の地に山の神在り、しかし商いの神入り、時に子守りの道祖神歪みけり」

低くも高くもなく、抑揚すらあまり感じない。台本でも読んでいるような声だった。

「……しかし、童神迷い混み、山の神その手を削がれる」

パサリと、数枚の紙を机に投げ捨て、窓の外、やけに暗く夜に沈んだ町を、月明かりを頼りに見下ろす。

「頼むよ。生きて帰ってきてくれ」

そんなか細い声が落ちた。


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夜忘

忘れた夜があなたに会いにやってくる。


ザアザアと、何かがざわめく音がした。やけに耳に残る、重なった葉音。湿った土と下草の混ざった匂い。

もう何年も覚えが無い、懐かしさのある感覚。

硬い床や、作られたアスファルトでもない、生きた土の感触。

 

「ここは……」

 

見上げた風景は、どこか見覚えがあった。懐かしさのある小道、散らばる様に道に沿って、点々と建てられた小さな鳥居の様なもの。

間違い無く、私が子供の頃に住んでいた祖父の家、その近くの山だ。

だが何故?

私はあの町の、商店街にあの子と居た筈。なのに何故、離れて十年以上経つここに居るんだ。

 

 

――カラン、カラン……

 

 

下駄の様だが、何か違う。乾いていて、それでいて硬い音がした。何かを擦る様な、削る様な音だった。

ここに居てはいけない。

重くなった足を引き摺り、音から少しでも遠ざかる。

あの音は、きっとよくないものだ。

 

「一体、ここは……」

 

進めど、見覚えのある山から、一向に出られる気配が無い。木々の壁が続き、それを避ける様にして、藪を泳いで行き着いた先は、開けた尾根だった。

これで、今の場所が分かるかもしれない。そう思った私は、まだ理解していなかったのだろう。

夜に関わるという事は、つまりはこういう事なのだと。

 

「なん、だ、これは……」

 

頭上を覆う空は夜そのものであり、しかし今立っている尾根の明るさは昼間のそれだ。吹く風も、感じる気温も、昼間の山中そのもので、しかし空ははっきりと夜空で、何も写さない闇が広がり、ポツンと満ちているのか、はたまた欠けているのか、判別出来ない程にボンヤリと月が浮かんでいる。

夜の中に昼間がある?

いや、今はそれよりも重要な事がある。

 

「町が」

 

嗚呼、私は今何処に居るんだ。

眼下に広がる町並みは、確かに私の記憶にあるものだ。だが、それは二つ同じ場所には無い。

町が混ざり合っている。まるで、軟体動物がお互いを食い合う様に、町と町が混ざり合い、蠢いている。

嗚呼、嗚呼、ダメだ。

ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ。

 

「はっぁっ!」

 

あれは理解してはいけない。理解してしまえば、きっと戻れなくなる。あの〝ナニカ〟達と同じになってしまう。

兎に角、今は情報を集めて町に戻って

 

「   を探さないと」

 

戻れるかは解らないけれど、何もしなければ、何もかも無くしてしまう。夜に飲まれて、何時しか忘れてしまう。

手に持つ、ランタンをくれた祖父の事も、今となっては朧気に霞んでしまっている。

最後に会ったのは、何時だったのか。どうして、私にこのランタンをくれたのか。

もう霞を掴む様に、記憶は形にならなくて、微かに思い出すのは、遠く聞こえてくる童歌と、何処かへ消えていく祖父の背中。

あの日、祖父は何処へ行ったのだろう。父も母も、祖母すらも、あの日居なくなった祖父を探さず、すぐに死んだと判断した。

子供の頃、何故かそれを納得して、祖父は死んだんだと、そう思っていた。

だが、今思えば、何もかもおかしい事だらけだった。

 

「何故、あの日居なくなった事に、何の違和感も湧かなかった?」

 

人が、それも大事な人が、いきなり居なくなって、何の疑問も抱かず、その事実を受け入れた。

明らかに異常だと、子供でも分かる。私も、家族も、周囲も、祖父が居なくなった事が、まるで当たり前の様に過ごしていた。

そうだ。誰も疑問すら抱かず、祖母に至っては、祖父は最初から居なかったとも言い出し、両親も似たような事を言った。

そんな家が嫌で、両親とも折り合いが付かず、進学した大学もあまり行かずに、結局は中退し、それから実家には一切連絡をせず、アルバイト先の興信所に就職し、現実に押し潰されそうになりながら、幾つかの奇妙な依頼をこなし、今の所長の元に身を寄せた。

 

「どうして、疑問に思っていて、調べようとしなかった?」

 

子供の頃ならまだしも、今は調査する為の知恵も、経験もある。疑問に思っていたなら、何故調べようとしなかった。

違う。調べようとしなかったんじゃない。

見ようとしていなかった。目を背けていたんだ。忘れていた、記憶から消えていた。

まるで、誰かの都合に合わせた様に、祖父の消失に関する事柄が、記憶から消え、都合よく書き換えられていた。

 

今それを思い出したのは、一体何故なのか。

疑問に思うよりも早く、またあの音が聞こえた。

 

 

――カリリ、カリリ……

 

 

さっきよりも大きく聞こえる音は、明らかに何かを削り取る様な響きを、森の中から届けてくる。

この音は一体、何なんだ。

山の中は昼間の明るさだが、木々に遮られた視界では、音の主は見えない。だが、確実に近付いてきている。

 

「山から下りる?」

 

背後に感じる気配は、いまだに異様なまでの禍々しさを伝えてくる。恐らく、比較的安全な場所は山の中にしかないのだろう。

あの音から逃げながら、現状を調査して、   を探し出して、商店街に戻らなくては。

念の為、ランタンで照らしてみれば、影に動く姿は見えない。どうやら、ここには〝ナニカ〟は居ない様だ。

 

しかし、油断は出来ない。あれは人ではなく、人の道理は通用しない。

今は見えないだけで、あの木の影や、曲がり角からいきなり現れるかもしれない。私の影に息を潜めているかもしれない。

考え始めたら止まらない。兎に角、合流だ。

   と合流して、■■■を探し出して、昼間の世界に戻るんだ。

 

 

――やまのかみさまいってきた

――あのこがほしい

――あのこはいらない

――やまのかみさまおりてきた

――まりをついたらてんてんと

――みんなついてくやまのなか

――やまのかみさまつれてった

――てをそいだらあそべない

――あしをそいだらはしれない

――やまのかみさまあそびたい

――だからすねをそいだんだ

 

 

微かに聞こえる童歌、まだ何かを忘れている気がする。

夜空の下の昼間の山で、忘れた夜がゆっくりと、思い出させようとしてくる。

一歩一歩、噛み締める様にして、記憶にある山の中を忘れない様に進む。

私の忘れた夜は、一体幾つあるのだろうか。



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夜捻

夜が捻れていく。

情けも容赦も、感情も無く、目の前に広がる夜が捻れていく。

 

「こっちもか」

 

あまり整備されていない山道を、探る様に歩きながら、どうにかして山から出ようと、町へ繋がる道を探すが、山の麓へ近付くにつれ、周囲の風景が歪んで捻れて、ピッタリと蓋をするみたいに、夜より濃い闇が私の行き先を塞いでしまう。

最早、今居る夜は私の知る夜、そして新たに知った夜とも違う。もう一つの、お伽噺に子供に言い聞かせる為に、夜の闇だけを切り抜いて、その恐ろしさだけで形作られたものだ。

頼みの綱は、古ぼけたランタンのどこかぼやけた灯りだけ。

 

叫び出したかった。

逃げ出したかった。

 

だけど、それは出来ない。

私はもう、子供ではなく大人だ。

子供は何時だって、見知らぬものに恐怖し、それと同時に惹かれていく。

真っ暗な夜に子供が出歩いているのなら、その子の手を繋ぎ、真っ暗な夜から連れて帰るのが大人の役目だ。

 

「ここがダメだとすると……」

 

微かに残る記憶を辿り、山からの抜け道を探し続ける。何故か、どうしてか、一体何が起きているのか、歩く山道は私の記憶にある山道そのものだった。

そう、祖父が居なくなる直前、このランタンを持って入

っていった山だ。

何故祖父があの日、山に入っていったのかは、もう分からない。

今、これが現実なのか、そうでないのか。分かるのは、その時の記憶を模した場所に居るという事だけ。

 

「気掛かりなのは……」

 

あの瞬間、世界が途切れる瞬間に聞こえた声。

粘る様な、貼り付く様な、薄ら寒さとおぞましさ、そして理解したくないという拒絶。この世の有りとあらゆる否定と、恨みを詰め込んだ様でありながら、子供だけが持つ無邪気さを孕んだ声。

 

『右足が強く軋む』

 

そして、それと同じく聞こえたあの音。

何かを削る様な、抉る様な、身の毛もよだつ寒気を届けてくる音。

あの音と声を、私は何処かで聞いた覚えがある。

錯覚かもしれない。十中八九、錯覚だろう。

だが、記憶にある山では、私が入ると何時も、あの音がしていた気がする。

あの日も、そうだった。

あの日も、この音が聞こえていた。

 

「あまり聞いてはいけない」

 

そう言われて、子供の頃はあの音が強くなる前に、山から下りていた。

だが今は、そうではない。

山から下りたくても下りられない。それどころか、今居る山が、正気のものかすら、判別が出来ない。

今の自分は、本当に生来の自分なのか。

もしかすると、あの夜の中で狂ってしまったのではないか。

それとも、この記憶すら狂気が作り出した仮想のもので、本当は現実など無いのではないか。

 

足元が揺らぎ、呼吸が浅くなる。

冷たいというには、言い足りない程に冷たい汗が、背中を伝う。

もし、もしそうだとするなら、〝私〟は一体、〝誰〟で〝何者〟になるのだろうか。

〝誰〟でも〝何者〟でもない。あの夜にさ迷う〝ナニカ〟になるのだろうか。

 

「だと、しても……」

 

私は大人であり、今日だけは、この夜だけは探偵なのだ。

先の見えない闇の中を泳ぎ、その果てにある真実を探し出す。そう、子供の頃に夢見たヒーローなのだ。

 

夜に冷やされた空気を吸い、血を頭を冷やす。

現状、私の置かれている状況は、理解の範疇を超えている。

だが、まったく理解の及ばないものではない。

この山道が現実か定かではないが、確かに存在し、私はそこを掠れ始めた記憶を頼りに、歩いている。

そしてあの時聞こえた声。

あれは間違い無く子供の声だった。大人になっても、無邪気さを演じた声を出す事は出来る。声優や俳優、役者と呼ばれる人々がそうだ。

しかし、無邪気そのものの声。これを出せるのは、子供だけだ。

 

何時だったか、所長が鼻歌混じりに言っていた。

 

「知っているかな?」

「何をです?」

「君に任せた調査案件、その社に祀られた神の話さ」

 

大袈裟な、どこか演技染みた喋り方と、特異な外見。

男が見れば美女、女が見れば美男、それも子供と言っても通じそうな、年若い美男美女に見える性別も経歴も不明の雇い主。

業界内外に強い影響力を持っているという、所長は私のデスクに置いてあった資料を広げ、一枚の写真を指差した。

 

「嘗て、人は理解出来ぬ天災を神として、山を神界として崇めた」

「知ってますよ」

「ふむり、やはり君を引き抜いて正解だった。そういった自然信仰の他、もう一つ信仰の対象、いや、畏怖の対象となるものが在る」

「……それは?」

「人、人間、更に言うなれば、子供だよ。●●君」

 

私が調査を依頼された案件は、放置されていた社と、その周辺の土地の所有者に関する事だった。

結果として、何らかの事件や犯罪があったとかは無く、あったのは所有者の孫が、その土地に関する権利の放棄手続きをしている。その事だけだった。

 

「まあ、障らぬ神に祟り無し。眠った子をわざわざ起こす必要も無い」

 

所長曰く、あの社は人身御供とされた子供を祀る社だったらしい。だが、何時の頃からか、信仰の対象がその社に移り、そして廃れていった。

 

「よくある話だよ、●●君。この手の話は、よくある話さ」

 

話はそれで終わり、風の噂というよりは、所長の雑談の中で、権利の放棄は恙無く行われ、社の御神体も、在るべき場所へ納められたという。

 

「寝た子を起こすべきではないよ。起きて遊び相手を探されても、こちらが困るだけだからね。……だけどもし、遊び相手になったなら、ちゃんと遊びを終わらせないといけないよ」

 

もし、あの声の持ち主が、遊び相手を探していた子供()で、私が遊び相手として見付かって、今の現状となったのならば、必ず終わらせないといけない。

 

「……確か、あった筈なんだ……」

 

隠れた記憶の向こうに、私は確かに覚えがある。

この山には、一つだけ、小さな社があった。

誰に聞いても、何が祀られているのか、はっきりとしなかった社だ。

 

『右足が震えた』

 

スネソギ様と呼ばれる神様は、確か子供の姿をしていて、悪い子の足を削いでしまう大きな鑢を持っていると、大人達は言っていた。

 

「なら、そこに」

 

この今の全てがある筈だ。

何かを削り抉る音を聞きながら、私は捻れた夜を歩いた。



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夜絡

大変お待たせしました。



夜が絡み付く。捻れた夜が進む足に絡み付いてくる。

まるで泥濘か、沼の底かの様に前に進む足に絡み付いて離れない。

いや、これは錯覚だ。夜は夜でしかなく、物理的に何かに干渉してくる事は無い。

だから、これは錯覚なんだ。

なのに、私の足ははっきりと夜の沼に沈んでいる。

重く、冷たく、その癖異様に軽い。

 

引き留めようとしているのではない。

邪魔しようしているのではない。

その証拠に山道を進む私の足は、はっきりとある場所へ向かっている。

そうだ。これは誘われている。そこにしか行けない様に、あの場所しか見えない様に、ただ一つの答え以外を選ばせない様に、古ぼけたランタンに浮かぶ夜は、私に絡み付いてくる。

 

「は……」

 

息を吐き出せば、体の倦怠感とは逆に冷たい温度が、口内を冷やし、鼻先を掠めていく。

まるで、冬の朝の様な冷たさに自分を疑うが、今はそれを考える時間ではない。

考えるべきは、これからあの場所に着いたとして、私が何をして、何をするべきなのかだ。

この山道の先にある社、それが私の始まりで、そして私の過ち。あの日、祖父はこの山に入り消えた。

全ては私が過った結果だとするなら、その過ちを清算しなくてはならない。

だが、私は一体どうすればいいのだろうか。

私はもう、子供ではない。もう、大人だ。

 

私の記憶を元に、この夜が形作られていると仮定すれば、この夜の主となるのはスネソギ様だ。

スネソギ様は子供を拐う神。

所長の調べでは山神に捧げられた子供が、その寂しさと憎しみから山神の信仰を乗っ取り、寂しさを埋める為に子供を拐う様になった。

 

何故、私はこれを忘れていた?

何故、私は今これを思い出した?

私は一体、何を忘れている?

 

「その全ては……」

 

この先にある。

行かなければならない。忘れた夜に絡み付かれて軋み、狂い転び変わる前に走り、隠されたものを探ろう。

私はヒーローでも探偵でもないが、それでも今だけは探偵なのだから。

 

『右足が疼く』

 

夜を漕いでいく。一層濃くなった夜闇は、もう空間というより水面に近かった。記憶にある社に近付く程に、濃くなった夜闇は更に濃さを増していく。

まるで本当に液体の底に浸かっているかの様に、夜が私に纏わりつき絡み付いてくる。

温度も無く、僅かな月明かりや星明かりすら届かない。なのに、この古ぼけたランタンのぼやけた灯りだけは、真っ直ぐに行き先を照らしている。

このランタンは祖父が遺したもの、そして祖父はこの山に消えた。

 

『右足が軋む』

 

本当に最初から居なかった様に、違和感も忌避感も、そして喪失感すら無かった。

まるで、祖父だけが世界から削ぎ落とされた様に、私は今の今までその事を忘れていた。

そして今も、何かを忘れている。

 

この夜は、私に何を思い出させたいのか。

私は何を思い出せばいいのか。

それらは全て、ここにある。

古い社、鳥居は朽ちてボロボロで、灯籠は所々苔むし、社本体も経年劣化であちこちが崩れ始めている。

私の記憶にある姿と、何も変わらない姿は朽ちて尚、異質なおぞましさの中に、どこか荘厳さも感じさせる。

 

廃墟同然の有り様なのに、異様な気配を垂れ流す社の境内に、一歩足を踏み入れると何処からか幼い声が聞こえてきた。

 

 

 

 

――やまのかみさまいってきた

 

――あのこがほしい

 

――あのこはいらない

 

――やまのかみさまおりてきた

 

――まりをついたらてんてんと

 

――みんなついてくやまのなか

 

――やまのかみさまつれてった

 

――てをそいだらあそべない

 

――あしをそいだらはしれない

 

――やまのかみさまあそびたい

 

――だからすねをそいだんだ 

 

 

 

 

ああ、この声だ。この声が聞こえて、私はあの日この社に来た。そして、その日に祖父は居なくなった。

そうだ。私はあの日この社に来て、〝彼女〟と出会った。出会ってしまった。

 

「……スネソギ様」

『あそぼうよ』

 

古い日本人形の様な髪に、簡素な着物。背は■■■くらいだろうか。社の前にポツンと立つ姿は、■■■と変わらない。

しかし顔、表情は見えない。いや、よく見ると顔が無い。顔の部分は真っ暗な洞穴で、声は何処からか聞こえてくる。

幼い舌足らずな、まともな大人であれば庇護の精神が働く声だが、今の私はそれよりも危機感が勝る。

 

『あそぼうよ』

 

あの神が手に持つ鑢だ。暗い深いこの夜でもはっきりと照らすランタンの灯りに浮かぶ、生々しい赤い色の浮いた鑢。

あの赤は錆の色ではない。血と肉の赤だ。

スネソギ様は子供と遊ぶ為に拐い、拐った子供の脛を削ぐ。

そう、それは嘗て人だった頃の自分がされた様に、拐った子供の足を、あの鑢で削ぎ落とすのだろう。

そうすれば、遊び相手の子供は自分の元から居なくならないから。

 

『右足が痛む』

『あそぼうよ』

『右足が軋む』

『あそぼうよ』

『右足が疼く』

『あそぼうよ』

 

声が止まない。思い出せ、私の忘れている事を。

私は、あの日、何を見た。

記憶を探れ、記憶は無くならない。ただ、思い出せなくなるだけだ。

 

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

 

声は止まない。スネソギ様は一人の筈なのに、辺り一帯から子供の声が聞こえてくる。

 

思い出せ。

 

私はあの日何を見て、何を知った。

答えは私の中にある。

 

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

 

声がどんどんと増えていく。

最早、合唱と言っていい程に重なる声に顔を上げると、私は子供に囲まれていた。

いや、違う。これは違う。

これは子供だが、子供ではない。

 

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

「ま、さか……」

 

私はいつの間にか勘違いをしていたのか。

スネソギ様はスネソギ様だけで、そういった神であると。

そんな筈は無い。いくら、スネソギ様の恨みが信仰を乗っ取る程に強いとしても、ただ一人の子供の怨嗟が神と入れ替われる筈も無い。

 

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

 

スネソギ様とは、子供の集合霊。その最たる例だった。

最も近付いてはならないと、今までの経験と所長からの助言で知っていた存在が、スネソギ様だった。

 

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

『あそばないの?』

「わ、たしは……」

 

返事を、してはいけない。

もう、手遅れだろうが、返事をすればスネソギ様を認識したという意思表示になる。

どうにかして、この場をやり過ごして、■■■の元へ戻らなければ。

 

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

 

私は、戻らなければならない。だから、遊べない。

 

『あそぼうよ』

『あそぼうよ』

『やくそく』

『あそぼうよ』

「やく、そく……」

 

しまった。

 

『あはは、やっとみつけた。かくれんぼはおしまい』

『あそぼうよ』

 

私が次の瞬間見たのは、スネソギ様となった子供達が、顔の無い洞穴となった顔を向けて、それでもこちらに笑いかける光景だった。

そして

 

『かくれんぼはおしまい。つぎはおにごっこ。やくそく』

 

私の意識が暗転するのは、そんな遊びの約束と同時だった。




夜追


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