提督夫婦と愉快な鎮守府の日常《完結》 (室賀小史郎)
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今の世界

 

 

 ー鎮守府の執務室ー

 

「新たなる人類『艦娘』の登場……そして彼女たちの活躍により、近年で世界は制海権を少しずつですが確実に回復しています」

 

 テレビに映る男のニュースキャスターはそう言ったあとで、隣に座る大柄なコメンテーターの男に「この状況をどう見ますか?」と訊ねる。

 

「艦娘が海を守り、そして国と国民を守っています。だからこそ、今の我々の生活も前のように戻りつつあります。しかし相手が深海棲艦と言えど、我が国が戦争をしていることには反対です。我が国はもう二度とあのような過ちをーー」

 

 ーー繰り返してはいけない……的なことを言うのかと思われた矢先、テレビの画面は消えた。

 

「反対ならてめぇでこの戦争を終わらせる妙案でも出してくれよ。戦場もろくに見たこともないくせして、えっらそうに語りやがって……」

 

 テレビを消したのは、不機嫌そうに愚痴をこぼしながらソファーの背もたれによりかかる男。

 体型は小太りで身長はやや小柄。それでいて切れ長で細い一重の目。そして額や耳に少しだけ黒い髪がかかり、その髪もストレートではなく癖がある……この男こそ、この鎮守府の提督である。因みに年齢は三十歳で階級は大佐。

 名を興野慎太郎(きょうの しんたろう)。この鎮守府に着任して二年半となる提督だ。

 

 今、世界中の海は突如として現れた深海棲艦によって、平和な海ではない。

 現代兵器も深海棲艦には通用せず、人類はなす術がなかった。

 

 しかし、これまた突如として深海棲艦に対抗出来る存在……先の大戦で国と国民を守って散っていった軍艦の魂を宿した艦娘という新たな人類が現れた。

 世界は艦娘と手を取り合い、制海権奪取に乗り出し、数年の月日が経った。

 そうした中で日本も憲法を改正、自衛隊ではなく国防のためにと軍を持ち、その艦娘を指揮する海軍を中心に日夜、深海棲艦と戦っている。

 

 この鎮守府も発足してから二年半ということで、それなりの戦力を持ち、それなりの戦果を上げている。

 因みにこの泊地にも鎮守府は多数あり、艦娘もその分だけ在席している。

 しかし同じ名前の艦娘で姿形が全く同じでも、その鎮守府によってそれぞれ性格に違いがある。これは彼女達が兵器ではなく人であるということを表しており、世界各国の科学者が論文を出している。

 

「提督……口じゃなくて手を動かして。まだ午前中に見るべき書類が残ってるわ。それに午後は択捉が着任する予定なのよ?」

 

 そんな提督を注意するのは阿賀野型軽巡洋艦の三番艦『矢矧』という艦娘。

 提督の第一補佐艦であるが、鎮守府のみんなからは提督のお母さんみたいと言われており、本人はそのことを少しだけ気にしている。

 

 矢矧が言ったように、午後には新しく択捉型海防艦、一番艦『択捉』という艦娘が着任する予定だ。

 

 艦娘が装備する兵器……艤装という物の開発は各鎮守府の妖精たちが担うが、建造は大本営が一手に引き受けており、新しく艦娘を着任させたい場合は大本営に申請してその許可を貰わなければならない。

 

 前までは建造も各鎮守府が独自で行っていたが、無計画に大型建造を続けて艦隊運用への支障をきたしたり、駆逐艦を大量生産した後にその者たちを敵に特攻させる……等といったことが横行したので、それを無くすために今のような形となった。

 因みに近代化改修はその艦娘の練度に応じ、大本営から近代化改修チップという物が送られ、鎮守府の工廠で近代化改修を行うことになっている。これも近代化改修の失敗を無くすための措置だ。

 

「択捉か〜、やっと着任させられるな〜。これで占守や国後から『早く早く』って言われずに済む……」

「ふふふ、二人共楽しみにしていたからね」

 

 提督の言葉に矢矧は小さく笑って返す。

 そんな矢矧に提督も笑顔で「そうだな」と返しつつ、机に戻り、仕事に戻った。

 

 ーーーーーー

 

 時は過ぎて、午後の仕事開始時刻。

 執務室には変わらず、提督と矢矧が揃って択捉を待っていた。

 

「いい、提督? 第一印象が大切よ、しっかりね?」

 

 矢矧がそう言うと提督は「わぁってるよ」と苦笑いを浮かべて返事をする。

 そんな提督の態度に矢矧は思わずため息を吐いた。

 

 すると執務室のドアがトントントンとノックされる。

 そのノックに矢矧が「どうぞ」と返事をすると、開いたドアから占守、国後が笑顔で入り、その後ろから択捉が入ってきた。

 

「失礼するっす〜、司令〜♪ 択捉さんを無事に連れてきたっす〜♪」

 

 大本営まで択捉を迎えに行っていた占守が手を振って言うと、その隣にいる国後も「ただいま〜♪」と笑顔で提督と矢矧に声をかける。

 

 二人は占守型海防艦の一番艦『占守』と二番艦『国後』という少し前に新しく着任してきた艦娘で、二人は大本営まで択捉を迎えに行っていたのだ。

 占守は見たまんまの元気っ子。国後の方が落ち着いて姉と思われがち。

 

 大本営から艦娘の着任許可をもらうと、基本的にその鎮守府の者たちがその艦娘を大本営まで迎えに行く。

 勿論、安全を確保した航路ではあるが昔のことを教訓に護衛艦隊を編成して、最大限の安全を保って自分たちの鎮守府へ着任させるのだ。

 

「ほい、お疲れさん。他のみんなはちゃんと補給室に行ったか?」

「勿論っす! 赤城さんなんて帰りはお腹グゥグゥ言ってたっす!」

 

 提督の問いに占守がしむしゅしゅと独特な笑い声をもらしながら答えると、提督も矢矧も赤城らしいと思って笑みをこぼした。

 

「神威の様子はどうだ? あいつにとっては初の護衛任務だったろう?」

「何も問題なかったわよ♪ 最初は緊張してて連携に戸惑いがあったけど、能代さんとガングートさんが声かけたら、あとはリラックスしてたから♪」

 

 更なる提督の問いに国後が笑顔で答えると、提督と矢矧は安堵の息を吐く。

 初の任務に就かせた時はちゃんと帰ってきた……と報告を聞くまでは安心出来ないのだ。

 

 因みにガングートとはロシア(当時はソ連)の戦艦の魂を宿す艦娘。

 ガングートの他にもドイツ、イタリア、アメリカ、イギリス、フランスといった海外艦もこの鎮守府には数多く在席している。勿論、他の鎮守府にも。

 

 艦娘の艤装技術は日本が世界一を誇るため、安全保障や同盟の証として日本の国防軍に在席させているのだ。そうした一方で日本は同盟国に対して技術等の方面で支援協力している。

 

「あの……そろそろ、ご挨拶をさせてもらってもよろしいでしょうか?」

 

 そんな占守たちの後ろで択捉が手を挙げた。

 占守と国後は『あ、忘れてた』と言うような表情をして、透かさず択捉に道を譲る。

 

 すると択捉は前に出て、提督に敬礼してから口を開く。

 

「私が択捉型海防艦一番艦、択捉です。今日からこの鎮守府でみなさんのために頑張ります!」

 

 眩しい笑顔と共に自己紹介する択捉。

 そんな択捉に矢矧も笑顔を送る。

 そして、

 

「俺がここの提督、興野慎太郎だ。これからよろしく頼むよ」

 

 と提督もしっかりと自己紹介する。

 そうしたあとで提督は「ちょっと来い」と択捉に手招きして、自分の側へ来るよう呼ぶ。

 

 択捉は小首を傾げながら提督の側へ行くと、

 

「ちゃんと自然な笑顔で自己紹介出来て偉いぞ。偉かったから、おじさんお小遣いあげちゃう」

 

 そう言ってまるで娘に溺愛の父親みたいに、提督は黒い巾着から五百円玉を取り出して、択捉の手に握らせる。

 まさかの提督の行動に択捉は頭の上にはてなマークを浮かべたが、それでも「ありがとう、ございます?」と戸惑いつつもお礼を言った。

 

「あ〜、司令! 択捉さんだけ贔屓するのはずるいっす〜!」

「クナたちも頑張ったもん! クナたちにも!」

 

 すると占守と国後もそう言って提督に手を出して催促。

 そんな二人に提督は「他のみんなには内緒だぞ〜?」と締りのない顔をしながら五百円玉を握らせる。

 

「えへへっ、司令は太っ腹っす〜♪」

「補給終わったら酒保でお菓子買お〜♪ ありがとね、司令♪」

 

 占守たちが上機嫌で両サイドから提督に抱きつくと、提督はデレデレした顔で二人の頭を撫でた。

 そんな三人の隣で矢矧は盛大なため息を吐いて頭を抱えていたが、

 

「……提督……」

 

 ドス黒く低い声で提督を睨むと、提督はキリッとした顔で択捉に説明を始める。

 

「こほん……先ず択捉には、この鎮守府での生活に慣れてもらうことを最優先してもらいたい。それから訓練、遠征等をこなし、初めて仲間たちと共に戦ってもらう」

 

「早く仲間と肩を並べたいと思うかもしれないが、焦らずにやれることを確実にこなしていってくれ……寧ろ艦隊で活躍したいなら訓練や遠征をこなしていくことが一番の近道だ」

 

「君も大本営で聞かされたと思うが、世界は深海棲艦に制海権を奪われたことで崩壊寸前となった。陸続きの国は海面のある国と違って比較的落ち着きはしていたものの、海を抑えられたという事実は世界に大きな混乱を生んだ」

 

「中でも浅はかだったのは核保有国のごく少数の国々のトップたちだ。そいつらは海から無尽蔵に産まれる深海棲艦へ核を使った……そうした結果、海は汚れ、自国や近隣諸国の大地を作物や生物の育たない地へ変えた」

 

「そんなことをしたから飲水は勿論、海産物や農産物といった食料、食品もその国々で生産することは困難になって、人が生きていくための生活環境を大いに狂わせた」

 

「無事な他国から輸入したくてもあの時の状況下では比較的安全な空路や陸路での輸入しか術は無く、更には運べる数も限られていて、前のように各国が自由に貿易することも出来ない……そんな世の中に変わった」

 

「そうした中で一部の人々の間では『世界の終わり』とまで言い始めた」

 

「そこへ君たち艦娘が現れた。君たちのお陰で海の安全は格段に上がり、輸入や輸出の際もその国の艦娘が船団護衛に着けば危険はかなり軽減される上、国と国との国交回復の緒にも大きく貢献した」

 

「そして人類は新たな人類、艦娘と手を取る道を選び、今の世界秩序が成り立ってる」

 

「君にもその大きな責任をその背中に背負わせることになるが、君一人には背負わせない。提督である俺や艦隊の仲間が同じ責任をみんなで背負ってる。だから今の笑顔を絶やさないでくれ。どんな時でも……どんな状況下でも」

 

 提督の言葉を一つひとつ聞き漏らすことなく聞いていた択捉は、またも笑顔を浮かべて「よろしくお願いします!」と提督に元気な返答をするのだったーー。




阿賀野がメインヒロインなのに出てきてない……ごめんよ、阿賀野。

暫くは世界観や鎮守府の説明回が続きますので、ご了承を。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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うちのルール

今回も説明回です。ご了承お願い致します。


 

「…………はぁ〜」

 

 提督が択捉にちゃんと話をした直後、矢矧は盛大なため息を吐く。

 

「え、何でため息吐かれてんの、俺?」

「自分の両サイドをよく見てみれば?」

 

 矢矧の答えに提督は両サイドを確認。

 しかし自分の両サイドには、頭を撫でられて嬉しそうにしている占守と国後の姿しかない。

 

「海防艦って可愛いよな♪」

「……ロリコン提督

 

 呆れた矢矧は提督に聞こえるか聞こえないかほどの小声でチクリと刺す。

 しかし、ちゃんと聞こえていた提督は「何でそうなんだよ!?」と猛抗議。

 

「だってロリコンじゃない! 小さい子たちにデレデレして!」

「可愛いから可愛がってるだけだろ!? それに高雄とか飛鷹とか美人にもデレデレしてるぞ!」

 

 提督の謎の抗議に矢矧は「なお悪い!」と一喝。

 そして少し間を置いて、とある質問を提督にする。

 

「……ア〇ドルマスターでの推しは?」

「高〇やよいちゃん一択」

「ほら、紛れもないロリコンじゃない」

「シ〇デレラガールズでは佐〇間まゆちゃんだぞ!?」

「そのキャラ以外のメインユニットの構成は?」

「橘あ〇すちゃん、佐城雪〇ちゃん、市原仁〇ちゃん、遊佐こ〇えちゃん」

「ガッツリアウトよ! ていうか、何でフルネームでスラスラ言える訳!? それと佐〇間って子がそのユニットで浮き過ぎでしょ!?」

 

 ああだこうだと言い争う二人。

 そんな二人の姿に択捉はあたふたしてしまう。

 

「気にすることないっすよ? これが二人の日常っす」

「そそ♪ それにロリコンって言っても、セクハラとか襲ってきたりとかしないもん。するとしたら頭撫でてくれるとか手を繋ぐとか……そんな感じ♪」

 

 占守と国後の説明に択捉は「はぁ……」と何とも言えない声しか出せなかった。

 

 すると執務室のドアがコンコンコンと丁寧にノックされ、ドアが開くと、

 

「失礼します。廊下まで声がだだ漏れですよ?」

 

 能代が現れた。

 阿賀野型軽巡洋艦の二番艦『能代』は矢矧の姉で、この鎮守府では第二補佐艦。とても面倒見が良く、みんなのお姉ちゃん的存在だ。

 

「だってやはぎんが!」

「だって提督が!」

 

 二人仲良く声を揃えて能代に訴える。そんな二人を見て、能代は苦笑いを浮かべた。

 

「はいはい、口論はそれぐらいにして……提督、択捉さんに話は終わりましたか?」

「ん……まあ」

「では当初の予定通り、寮へ案内してもいいですか?」

「……あ、ちょい待ち。択捉にイヤリング渡すの忘れてた」

 

 提督はそう言うと、択捉の側まで歩み寄ってハート型のイヤリングを手渡した。

 

「それは君がうちの鎮守府の択捉だという証明……簡単に言えば身分証みたいな物だ。中にマイクロチップが組み込まれていて、どこの鎮守府に所属しているか判明出来るようになってる」

 

 そして提督は小さな端末をポケットから出して、そのイヤリングを端末にスキャンさせてみせる。

 

 すると端末の画面に艦種、名前、所属、練度、着任日数が表示された。

 

「こんな感じ。これでスキャンすると大本営に自動で情報が送られて、それを元に近代化改修のチップが送られてくる。風呂に入る時や寝る時以外は持ち歩くようにな。無くしたらうん十万円くらい、俺の貯金が減る」

「りょ、了解です!」

「能代や占守たちみたいに耳に付けるなり、矢矧みたいに留め具を交換してネックレスのチャームにするなり好きにしてくれ。加工なら工廠に行けばすぐにしてくれると思うからよ」

「はい……あ、では左胸にブローチとして装着します♪」

 

 嬉しそうに笑顔でそう言う択捉に提督は「おう」と、微笑んで頭を一撫でした。

 そして「あとは頼むな、のしろん」と言って、机に戻り、書類の山に取り掛かった。

 

 そんな提督を見て、占守と国後は自分たちも補給室へ向かうことにし、能代も択捉を連れて艦娘たちの寮へ案内するのだった。

 

 ーーーーーー

 

 本館の玄関を出てすぐに、占守たちと別れた能代と択捉。

 能代は寮へ着くまで、鎮守府のことや寮のことを簡単に説明することにした。

 

「うちの鎮守府の艦娘保有数は給糧艦の間宮さんと伊良湖さん、そして択捉さんを合わせて、196名。鎮守府本館と寮の間にある大きな一階建ての建物が食堂でその隣が工作艦の明石さんがやってる酒保……因みにその隣のレンガで出来た大きな建物が工廠よ。食堂と酒保どっちも〇六〇〇から二二〇〇までやってるわ。ここに慣れるまでは案内書を見てね」

「分かりました」

 

「それと月に一度、鎮守府の正門前にデモ隊が来るからあまり気にしないでね」

「え、デモ隊……?」

「えぇ、ちゃんとこの日にデモしますって警察と軍とデモをする鎮守府に通達して来るから。でもうちはまだマシな方……戦果を数多く上げてる鎮守府では週一とかで来るらしいわ」

「大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ。向こうは戦争反対って訴えるだけで、鎮守府内に侵入もしてこないから。仮に侵入した場合はその場で現行犯逮捕されるわ。私たちは正門付近に近寄らなければそれで大丈夫よ」

「分かりました」

 

 そんな説明をしながら歩いていると、寮であろう建物たちが見えて来た。

 

「あの密集した灰色の建物が艦娘寮よ。この手前から戦艦寮、空母寮、重巡洋艦寮、軽巡洋艦寮、駆逐艦寮、潜水艦寮、特務艦寮で……択捉さんは一番小さな特務艦寮ね。因みに航空巡洋艦の人は重巡洋艦寮で、重雷装巡洋艦の人は軽巡洋艦寮、水上機母艦の人は空母寮なの」

「やっぱり駆逐艦寮が一番大きいですね」

 

 択捉の言葉に能代は「そうね」と笑顔で返し、択捉を特務艦寮まで案内した。

 

 ーーーーーー

 

 寮の中へ入ると、掃除の行き届いた廊下や天井、白く清潔感のある内装に択捉は思わずキョロキョロとしてしまう。

 

「掃除は妖精さんたちが毎日してくれてるわ。だから見かけたらお礼を伝えたり、お菓子をあげたりしてね」

「分かりました」

「玄関入ってすぐ右手の壁に掲示板があるでしょ? そこに今月の鎮守府全体での予定と個人の任務、訓練予定が張り出されてるから、こまめにチェックしておいてね」

 

 と言っても、択捉さんのはまだ出てないんだけどね……と能代がお茶目に付け加えると、択捉は可笑しそうに笑った。

 

「説明に戻るわね。正面玄関をくぐってすぐ右側の部屋は談話室で、反対に左側が共同キッチンよ……キッチンのすぐ隣が共同の洗面所。トイレは談話室の隣ね」

 

 択捉は能代の言葉に耳を傾けながら案内書を見つつ、一部屋一部屋の場所をしっかりと確認する。

 それから能代は択捉が寝泊まりする寮室へと足を進めた。

 

 ーーーーーー

 

「それでここが択捉さんの寮室よ♪」

「はい。占守先輩たち同じお部屋なんですよね? 鎮守府へ来る前に教えてもらいました♪」

 

 択捉が能代にそう言うと能代は「そうよ」と笑顔を見せる。

 

 そして中に入ると択捉は「わぁ〜」と声をあげた。

 

「見ての通り内装は和室で広さは十四畳。寮は全部この間取りよ。二段ベッドが二つ置いてある右側に収納スペースが四人分あるから、空いてるところを使うといいわ」

「了解です♪」

 

 室内には二段ベッドや収納スペースの他に、テレビやエアコン、冷蔵・冷凍庫、簡易キッチン、ちゃぶ台と必要な物はほぼ揃っている。

 

「あ、それと週に一度、寮長によるお部屋チェックがあるから散らかしておかないでね。もし寮長からバツをもらうと、1ヶ月間のトイレ、談話室清掃の刑だから」

「わ、分かりました……寮長さんはどなたなんですか?」

 

 択捉の質問に能代が答えようとしたその時、

 

「あら、新しく着任した方ですか?」

 

 背後から声をかけられた。

 

「あ、龍鳳さん。そうです、新しく着任した択捉さんです」

 

 その声の主は龍鳳型軽空母『龍鳳』だった。

 龍鳳は「あらまあ♪」と両手を叩き、択捉へにこやかに挨拶すると択捉も礼儀正しく挨拶する。

 

「龍鳳さんが特務艦寮の寮長よ」

「え、軽空母の方が寮長さんなんですか?」

 

 択捉の言葉に龍鳳は可笑しそうにクスクスと笑い、口を開く。

 

「私、ここに着任した時は潜水母艦『大鯨』だったの。今は改造したことで軽空母になったけど、寮を変えるのも大変だからって提督からそのままでいいよって言ってくださったの」

「なるほど……」

 

「潜水艦の子たちは今でも大鯨って前の名前で呼んだりしてるのよね。どっちも本人だから戸惑わないようにね」

 

 能代がそう注意すると、択捉は「了解です」と笑顔で返した。

 

「ここからは寮長の私が説明しますから、能代さんは執務室へ戻っていいですよ」

「あ、そうですか? 助かります♪ 提督と矢矧を二人きりにさせとくのはちょっと心配なので……」

 

 龍鳳の提案に能代はそう言って択捉のことをお願いして、二人に笑顔で挨拶してから小走りで執務室へ戻っていった。

 そんな能代の背中を龍鳳はふふふっと笑いながら見送る。

 すると択捉が「あの……」と龍鳳に声をかけた。

 

「矢矧さんと司令はケッコンカッコカリをされているんですか? ケンカはしてましたが、とても悪い仲には見えなかったので」

「あぁ、提督と矢矧さんは兄妹よ」

「えぇっ、どういうことですか!?」

「提督は矢矧さんのお姉さん、阿賀野さんと正式に婚約されてるの。だから矢矧さんは提督の義理の妹……勿論、能代さんと酒匂さんもね」

「艦娘とご結婚する方がいるのは存じてましたが、まさか司令が艦娘とご結婚されてるとは思いませんでした……」

「ふふっ、とても仲睦まじいわよ♪」

 

 龍鳳がそう言うと択捉は「へぇ〜」と間の抜けた声を返す。

 

「因みに提督はケッコンカッコカリなら阿賀野さんは勿論、その他にも数人としてるのよ?」

「え、それって大丈夫なんですか?」

「ケッコンカッコカリは艦娘の力を更に強化出来るの。深海棲艦に対抗するため、仲間を失うようなことを避けるため……提督はみんなに誠意を持って説明して、みんなそれを承知してケッコンカッコカリの指輪を受け取ったのよ」

 

「それにカッコカリだからジュウコンカッコカリが法的に認められ、成立するの。どこかの鎮守府には正式な結婚はしないでジュウコンカッコカリのまま過ごすって方もいるみたいだし」

「それはそれで何だか複雑そうですね……」

「でも艦娘もちゃんと人の心や人権を持ってるから、本人たちがそれでいいならいいんじゃないかしら?」

 

 そう笑顔で龍鳳が言うと択捉は「なるほど」と頷いた。

 

「……そんな中でも、うちの何人かは提督との結婚を諦めてない人がいるんだけどね

 

 最後に小声でそうつぶやいた龍鳳。聞き取れなかった択捉は聞き返すが、龍鳳は「なんでもないわ」と爽やかな笑顔で返し、能代からまだ聞かされていない寮でのルールを丁寧に教えるのだった。

 

 ーーーーーー

 

 その頃、鎮守府正面海域では出撃任務を終え、鎮守府へ帰投途中の艦隊が複縦陣で海上をかけていた。

 

「ん〜……やっと鎮守府の制海権内に入ったから、少〜し安心出来る〜♪ 提督さ〜ん、もうすぐ帰るから待っててね〜!♡」




ここで終わり?って感じになりましたがご了承を。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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日常茶飯事

他作ネタ、下ネタと少々の砂糖、一部アンチが入ります。


 

 ー鎮守府の正面海域ー

 

「提督さ〜ん!♡」

 

 複縦陣の左先頭を駆け、大声で提督のことを呼ぶのは阿賀野型軽巡洋艦一番艦『阿賀野』。

提督の嫁であり、艦隊では軽巡洋艦ながらトップの戦果と練度を誇る猛者。

ただ戦闘以外ではそんなことを全く感じさせない。

 

「また始まったね」

「寧ろ今回は遅かったくらいなのでは?」

「阿賀野さんは司令官をとても愛してますからね」

 

 そんな阿賀野を見ながら談笑するのは、複縦陣右側の先頭を駆ける暁型駆逐艦二番艦『響』とその後ろを駆ける陽炎型駆逐艦二番艦『不知火』……そして阿賀野の後ろを駆ける朝潮型駆逐艦一番艦『朝潮』の三人。

 

 響は物静かで姉妹の中では一番大人っぽく、頼れる存在だ。

改二で名を『Верный(ヴェールヌイ)』と改めたが、みんなからは変わらず響と呼ばれている。

 

 不知火も響と同じで姉妹の中で一番落ち着いている。

駆逐艦とは思えない眼光を持つが、時折見せる突拍子もない行動や言動は駆逐艦らしさを物語る。

 

 そして朝潮……この艦娘は戦闘中は勿論だが任務中や訓練中、如何なる時であれ決して油断はしない。

改二丁になったことでそこに余裕が生まれ、談笑している今も電探やソナーの反応には目を離していない優等生。

しかし提督のお陰(?)でノリも良い。

 

「阿賀野ちゃん、朝はちゅうしかしてないから司令成分がちょっと足りないんだね♪」

「ちゅうしかって……いつもはもっとなのか?」

 

 そんな中、艦隊の最後尾を駆けるのは阿賀野型軽巡洋艦四番艦『酒匂』と言わずと知れた大和型戦艦二番艦『武蔵』。

 因みに武蔵が不知火の後ろで、酒匂が朝潮の後ろ。

 

 酒匂は誰とでもフレンドリーに話が出来る上、その場に居ればみんなから何かしら構ってもらえる天性の妹ちゃん気質の持ち主。提督や阿賀野からは良く甘やかされている。

 

 一方の武蔵は我が道を行く誇り高い艦娘で提督とケッコンカッコカリ勢の一人である。

提督が子どもの頃に飼っていた犬の名前が『ムサシ』だったことに加え、武蔵本人の髪型も相まって提督からはかなり可愛がられているのだ。

武蔵は戦争が終わるまでに提督を手中に収めようとしていて、隙あらば提督を食べようとしている(性的に)ガチ勢の一人でもある。

 

「二人って、いつもはもっと長い時間ちゅうしてるよ〜?」

「それは羨ま……けしからんな」

 

 本音が出かけた武蔵は咄嗟に違う言葉を返した。そんな武蔵に酒匂は敢えて気付かないふりをしていると、

 

「お〜い!」

 

 いつの間にか埠頭にまで来ていたらしく、提督と矢矧、そして妖精たちが艦隊を出迎えていた。

 

 ーーーーーー

 

「提督さ〜ん!♡ 会いたかった〜!♡」

「俺もだぞ、阿賀野〜!」

 

 陸に上がるなり艤装を置き、提督の胸に飛び込む阿賀野。

 提督はそんな阿賀野を抱きとめるとその勢いのままグルグルとラブラブメリーゴーラウンド。

 二人共同じくらいの身長なので回っていてもバランスは取りやすいらしい。

 

 そんないつも通りの二人を放置し、妖精たちは艦隊のみんなに飲み物やタオルを渡し、みんなの艤装は専用コンテナに積んでいく。

 

「…………被害報告お願い」

 

 提督たちをひと睨みした後、代わりに矢矧がそう言うと酒匂、武蔵が旗艦である阿賀野の代わりに報告する。

 

 ーーーーーー

 

「ーーといった具合だ。これといって問題はない」

「みんな無傷だもんね〜♪」

「了解、みんなお疲れ様。補給と精密検査したら休んで頂戴」

 

 矢矧の言葉にみんなが『了解!』と敬礼する中、

 

「提督さん……阿賀野のお腹に硬いの当たってる〜♡」

「ははは、人聞きの悪いこと言うもんじゃねぇぞ〜? これはベルトの金具だからな!」

「え〜、阿賀野残念〜♡」

 

 相変わらず人目をはばかることもせず、今度は普通に抱き合ってイチャラブしている。

 

「やはり司令と阿賀野さんは強過ぎる。カッコ性欲が……ふふっ」

 

 そんな夫婦を見て、不知火は不敵な笑みを浮かべてそう言い放つ。

 

「だらしねぇな」

 

 更には真面目な朝潮からそんなセリフを吐かせ、

 

「Xорошо」

 

 響はどこからその声を出しているのか不明だが、バリトンボイスでそう言った。

 

 三人は趣向が似ており、三人が言ったセリフは一緒に観ていたお気に入りの動画でそれぞれ気に入ったセリフらしい。

 

 矢矧がワナワナと肩を震わせ、それがいつ爆発してもおかしくない。

 しかし矢矧よりも先に行動を起こした艦娘がいた。

 

「提督よ、この武蔵が無事に帰投したぞ♡」

 

 それは武蔵だった。武蔵は阿賀野から提督を引き離し、自分の胸の谷間へ提督の顔を収める。二人の身長差故に丁度そうなるのだ。

 

「お〜、武蔵〜♪ よく帰ってきたな〜♪」

「ふふん、私がそう簡単に沈むはずないだろう?♡」

 

 武蔵の好意を知ってか否か、提督は武蔵の両頬を犬でも撫でるかのようにムニムニと撫で、武蔵はそれにご満悦。

 ただ阿賀野と武蔵の間には物凄い火花が見えており、傍から見れば修羅場にしか見えない。

 

 するとそこへ、

 

「提督さ〜ん、みんな〜!」

 

 市街地へ買い出しに行っていた艦娘たちが帰ってきたのだ。

 

「おぉ、帰ってきたのか。何か変なこと言われたりしなかったか?」

 

 提督がそう声をかけると、みんな笑顔を見せる。それを見ると、提督は少しホッとした顔を見せた。

 

 前とは違い、各メディアやマスコミの偏向報道やフェイクニュースは影を潜めたが、未だに日本国内の戦争アレルギーは根強いため、たまに艦娘に対して怒鳴りつける人間もいるのだ。

 大本営は毎日のように記者会見を開き、国民に誤解無きよう、ホームページは勿論、テレビ、ネット、ラジオと幅広いメディアを通して、国民や記者の疑問へ真摯に答えている。

 

 鎮守府へやってくるデモ隊はそれでも戦争をするなと訴えており、その中の多くが活動家だ。

 しかしそんな中でも海で漁をしている途中に被害に遭った人々や貨物船沈没によって亡くなった乗組員の遺族などなど……やり場のない怒りをぶつけている者たちもいる。

 

 しかし艦娘が身を呈して深海棲艦と戦っているのを知っている大衆の多くが艦娘を応援し、温かい言葉をかけているというのが今の世論だ。

 

 こうした個人的感情はもうその人その人の分別に委ねるしかないのだ。

 

「あ、提督、帰りにゴミを拾ってきたわよ」

 

 笑顔でそう言って提督に新聞紙を数部渡したのは白露型駆逐艦三番艦『村雨』。

大人っぽくて心優しく、面倒見の良い艦娘だ。

 

「毎回新聞と〜、朝見新聞が落ちてたっぽい〜♪」

 

 続いて口を開いたのは白露型駆逐艦四番艦『夕立』という艦娘で、無邪気で何事にも真っ直ぐな子。

駆逐艦の中でも一、二を争う提督大好きっ子で提督を悪く言う人間は問答無用で沈める、ちょっとヤンチャ(?)な一面も。

その戦果はとても輝かしく、改二となってからは更にパワーアップし、駆逐艦の中では第三位。

 

「お〜、よく拾って来たな〜♪ 偉いぞ〜♪」

 

 提督はそんな二人の頭をワシャワシャっと撫でると、二人共嬉しそうに顔をほころばせる。

 

「提督……それ、僕が見つけんだよ?」

 

 提督の上着の裾を引っ張り、控えめに物言うのは白露型駆逐艦二番艦の『時雨』だ。

この子もまた提督大好きっ子で提督にだけは妙に従順であり、改二になってからはちょっと甘えん坊になったとか。

因みに駆逐艦の中で戦果は第二位の猛者。

 

 そんな時雨に提督は「偉い偉い♪」と村雨たちと同じように頭を撫でると、時雨のケモ耳みたいな髪がピコピコと弾んで見え、嬉しさ爆発といった感じ。

 

「じゃあ早速やっちゃう?」

「一斗缶の準備はバッチリよ♪」

 

 そう言うのは白露型駆逐艦一番艦『白露』と、みんなの保護者役を買って出てくれた長良型軽巡洋艦四番艦『由良』。

 

 白露はネームシップとしてのプライドが高く、何事においても一番を常に志す向上心の高い艦娘。

 一方の由良は提督とケッコンカッコカリ勢であり、提督をこよなく愛する艦娘の一人。

改二になってからその愛も増す一方で、油断していると提督の入浴中にそこへ突撃していくアグレッシブな艦娘だ。

 

 さて、どうして一斗缶の準備が必要なのかと言うと、

 

「勿論だ! 早速『マスゴミ大炎上フェスティバル』を開催すっぞ!」

 

 このためである。

 

 提督はろくに取材もせず、真実を国民に知らせるという信念を無視。更には『報道しない自由』を行使した挙句、自国を悪と報道し続けた一部のマスコミが嫌いなのだ。

 前より反日的なコラムや報道は減ったものの、少なからず未だにそうしたことをしているのが許せないと提督は公言している。

 

 幼稚で安易なことかもしれないが、ゴミ処理という名目で提督がストレスや鬱憤をぶちまける絶好の機会なのである。

 

 そんな提督に矢矧はすかさず「またそんな子どもみたいな真似をしないの!」と突っ込むが、既に提督はやる気満々のみんなと盛り上がっている。

 

「阿賀野姉ぇも微笑んでないで止めてよ!」

「えぇ〜、でも色んな意見があるのが民主主義だし〜、色んな批判が出るのも民主主義だよ〜? 全部が全部肯定されるのは民主主義じゃないよ〜?」

「そういう理屈じゃないの!」

 

 うがーっと吠える矢矧。

 すると武蔵が矢矧の肩をポンッと叩いた。

 

「マスコミには我々も大層好き勝手書かれている。合法殺人犯とか人の心を持った危険な兵器とかな……提督は我々の鬱憤を嗚呼やって馬鹿を演じ、発散させてくれてるのさ」

「分かってる……そんなの分かってるけど……でも!」

「嗚呼やってそんなことはあたしたちには関係ないって、あたしたちに教えてくれてんだよ司令は♪ 優しい人だもん♪」

 

 酒匂の最後の言葉に矢矧は何も言い返せなかった。

 提督は幼稚なことを良くやるし、嫌いな物事にはその場でハッキリとノーと言う。

それは艦娘がどういう気持ちで戦い、どういう気持ちで心無い言葉を受け止めているのかを深く理解しているから。

 提督が破天荒なことをするから艦隊のみんなは腐らずにいられると言っても過言ではない。

 現に他所の鎮守府ではマスコミやメディアからの心無い言葉に、心を病んでしまった者もいる……そうした中でここの提督は敢えてそうすることで、周りの余計な雑音を打ち消しているのだ。

 

 他のみんなもそんな提督だから、自分たちを大切に想ってくれる人だから付き従っている。

 矢矧は仕方のない人……と微笑みを提督に向けた。

 

「モンスターカード『サベツダー』を召喚されたら〜?」

『トラップカード『問題のすり替え』で消滅させる〜!♪』

 

「違う! 『滅びのバースト〇トリーム』で木っ端微塵にして、塵も残さないが正解だ!」

『サーイエッサー!♪』

 

「では最初にこの新聞をゴッドハン〇クラッシャーでグシャグシャにするぞ〜!」

『お〜!♪』

 

 提督の号令で駆逐艦たちは楽しそうに新聞紙をグシャグシャのベシャベシャにしていく。

 

「提督さん、やめて! 新聞紙のライフはもう0よ!」

 

 迫真の演技を見せる由良に提督もまた、迫真の「HA☆NA☆SE!」を見せる。

 すると、

 

「っ!? マッチが……遠ざかっていく!?」

 

 などと提督が言い出した。

 

「いや、俺が怯えているんだ! この新聞に火を灯すことに!」

 

 そんな提督の手に由良や白露たちがそっと重ねる。

 

「由良達がいるわ、提督さん♪」

「提督さんは一人じゃないっぽい♪」

「僕達はいつでも提督と繋がってるよ♪」

 

 由良、夕立、時雨の言葉に他のみんなも力強く頷く。

 

「みんな……ありがとう! 俺は絶対にマスゴミを許さない!」

 

 そう言った提督はマッチを握りしめ、そのマッチで火を灯す。

 

「光の業火! エクゾード・フレ〇ム!」

 

 最後とばかりにそう叫びながら新聞紙の入った一斗缶にマッチを放り込むと、その新聞紙を炎が包み込む。

 

 みんなはその炎を囲んで、高らかに『炎上、炎上、大炎上〜♪ マスゴミ滅せよ〜♪』と大合唱。

 

 そんなことをしていると提督は後頭部を何者かにスパーンッと叩かれた。

 提督が「何奴!?」と振り返ると、

 

「茶番は終わったかしら〜?」

 

 どこから持ち出したのか分からないが、ハリセンを持った矢矧がこめかみをピクピクさせながらニッコニコの笑顔を向けている。

 

 それを見た提督は「助けて阿賀野〜!」と阿賀野の背中に逃げ込んだ。

 

「阿賀野姉ぇ、退いて! これ以上変なことをみんなに吹き込ませないために、私がここで提督を更正させる!」

「提督さんに手を出すのはだ〜めっ☆」

「大体阿賀野姉ぇがちゃんと注意しないからこうなってるのよ!?」

「提督さんは表現が過激なだ〜けっ☆」

 

 矢矧が何を言っても阿賀野はキラリーンと提督を擁護し、優しく抱きしめる。

 そのうち、他のみんなからもなだめられた矢矧は、

 

「今夜はやけ食いしてやる〜!」

 

 と叫んで、執務室へ走っていってしまうのだったーー。




ネタをふんだんに入れた回にしました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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着任式

他作ネタ、下ネタを含みます。


 

 この日の夜。食堂では今日着任した択捉の着任式と称したパーティが催された。

 バイキング形式で好きな物を好きなだけ食べられる上、好きなだけお酒を飲んでも怒られない。

 ただし、酔い潰れたり、酔って人に迷惑をかけた者は食堂で一ヶ月間のボランティア活動の刑なので、呑兵衛艦たちは節度ある飲み方を心がけている。

 

「はい、提督さん♡ あ〜ん♡」

「あ〜……ん♪ ん、まいう♪」

「うふふ……じゃあ、次は阿賀野にちょうだい♡ あ〜♡」

「ほいよ♪」

「はぐはぐ♡」

 

 そんなパーティでも夫婦はラブラブ全開で、お互いに料理を食べさせ合っている。

 

「あんの馬鹿夫婦はまたイチャイチャイチャイチャイチャイチャと……」

 

 そしてその夫婦を遠くのテーブルから見て、ワナワナと肩を震わせる矢矧。

 

「ほらほら、食べるか怒るかどっちかにしなさい」

「まだお皿にお料理余ってるよ♪」

 

 矢矧にそう声をかけるのは能代と酒匂だ。

 二人の言葉に矢矧はぶつくさと文句をたれつつ、骨付きスペアリブに怒りをぶつけるかの如くかぶりつく。

 

「提督と阿賀野は相変わらずだな」

「でも、あの夫婦がイチャついてないとこっちが拍子抜けしちゃうわよね♪ 私も提督とあんな風にラブラブしたいわ♪」

 

 そんな矢矧たちの前の席ではあの長門型戦艦である、一番艦『長門』とその二番艦『陸奥』が談笑している。

 どちらも落ち着いていてまさに大人な女性。

 長門は提督に尊敬の念を常に置き、良い関係を築いているが、陸奥の方は提督にホの字なガチ勢。

 

「義理の妹さんたちの前でよくそんなこと言えるわね……」

 

 その陸奥に苦言を呈するのは扶桑型航空戦艦二番艦『山城』。

この鎮守府に初めて着任した戦艦で、今でも提督が難解海域攻略の際には一番に選ぶ戦艦である。

山城も着任当初より自信を付け、今はネガティブな発言を一切しない。

 

「ふふ、恋は戦争と言うからね」

 

 山城の隣でそうにこやかに言葉を発するのは山城の姉である、扶桑型航空戦艦一番艦『扶桑』。

山城の次にやってきた古参の戦艦で、この扶桑もやはり提督が大きな信頼を置く実力者。

物腰も柔らかく艦隊みんなのお姉様的存在だ。

 

「陸奥は提督のどこに惚れてるんだ? 酒の肴に聞かせてくれ♪」

 

 陸奥にそう提案したのは艦隊唯一のロシア戦艦『ガングート』。

ソ連時代の記憶、感覚が残っており、少しみんなとズレているがそこも愛嬌の一つ。

提督からは親しみを込めて『ガン子ちゃん』と呼ばれている。

 

「あぁ、貴女はまだ着任したばっかりで知らないのね」

 

 そんなガングートに声をかけるのはこれも艦隊唯一のドイツ戦艦『ビスマルク』。

少々高飛車で変にプライドが高いが、その扱いやすさは天下一品。

そして甘えん坊なところもあるため、一部の艦娘たちからは『じゃじゃ馬姫』と呼ばれているんだとか。

因みに提督はビスマルクが早くみんなに親しまれるよう『ビス子』と呼び、今に至る。

 

 ガングートの言葉に陸奥は口で「え〜、恥ずかしいわ〜♡」と言いながらも、その表情は話す気満々である。

 

「そんな顔して心にも無いことを言うな。さっさと話せ」

 

 陸奥の態度にうんざりといった感じに長門が言うと、陸奥は舌をぺろっと出した。

 

「私が提督を愛してる理由は簡単。提督は私を沈ませないって……そう言ってくれたからよ」

 

 陸奥の言葉にガングートは「それだけか?」と訊ねると、陸奥は満面の笑みで頷いた。

 

「だって提督は過去の……艦だった頃の私じゃなくて、艦娘として生きている今の私を見てくれているんだもの。ライクやラブを抜きにすれば、提督のことを艦隊のみんなが慕ってるわ」

 

 そう話す陸奥の顔はとても優しく、穏やかだった。そんな陸奥の言葉に長門や扶桑たちもうんうんと頷いている。

 

「ふむ……確かに提督は公平な目で我々を評価してくれているな。私は当時、日本の敵だったのにそんなことをまるで気にしていないかのように接してくれる」

 

 ガングートが小さく笑い、そう言いながらウォッカの入ったグラスを傾けると、その背後から一人の艦娘が「それを言うならミーのこともよ!」と言ってヌッと顔を出した。

 

 この艦娘はアメリカ戦艦『アイオワ』。

アメリカ人らしく誰とでもすぐに仲良くなり、ハグもする艦隊のムードメーカー。

当時は敵だったが今では仲間……提督には『アイちん』と呼ばれ、阿賀野が提督へハグを許している艦娘の数少ない中の一人だ。因みに阿賀野は、駆逐艦や海防艦のように見た目の幼い者たちがハグするのは娘枠なので何も言わない。

 

「あぁ、最初来た頃のお前はどこか他人行儀な感じだったもんな」

「イエス♪ でもアドミラルに『あの戦争は終わった。今は世界が手を取り合う時であり、我々が団結することこそ意味がある』って言ってくれたわ♪」

 

 長門の言葉に対してアイオワが提督から言われたことを話すと、その場にいるみんなが提督らしい……と思って声を出して笑った。

 

「ねぇ〜、だから私は提督を愛してるのよ〜♡」

 

 あの陸奥がデレデレしながら言うと、他のみんなは苦笑いを浮かべる。

 

「まぁ、優しい提督だというのはみんなが理解してるな。だからみんな付き従っているのだろう」

「小柄で小太りなところもマスコットキャラクターが持ってる独特な愛嬌って感じで、親しみやすいわよね」

 

 長門と扶桑が提督のことを言うと、みんなして『分かる〜♪』と同意の声が上がった。

 着任して日が浅いガングートも「優しいというのは私も同感だな」と頷いた。

 

「提督は私がロシア艦でも仲間として接してくれる。訓練が上手くいかなかった時や戦闘で傷付いた時……いつも優しい言葉をかけてくれて、その時は歌も歌ってくれるぞ」

 

 ガングートがグラスに入ったウォッカを揺らしながら、嬉しそうに語る様子をその場にいるみんなは微笑ましく聞いている。

 すると酒匂が「どんな歌を歌ってくれるの?」と訊いた。

 

「? 提督のように上手く歌える保証はないが、確か……」

 

「……めげな〜い♪ しょげな〜い♪ 泣いちゃだめ〜♪ いけいけガ〜ン子ちゃ〜ん♪」

 

 ガングートが「という具合だ」と笑みを見せると、その場のみんなが何とも言えない困った笑顔を見せた。

 唯一拍手をしたのはアイオワのみ。

 

 確かに提督はガングートを励ますために心を込めて歌っただろう……しかしアイオワ以外の艦娘全員が『どうしてその曲をチョイスした!?』とツッコミせざるを得なかった。

 

「ま、まぁ、提督は優しい……うん、優しいわね」

 

 そんな中でやっと能代が言葉を発すると、みんなもそうだそうだと便乗するのだった。

 

「矢矧もそんな提督が好きだから、ついお節介を焼いちゃうのよね?」

 

 すると突然、山城が矢矧に剛速球を投げ込んできた。

 その剛速球に矢矧は思わずスペアリブを喉につまらせる。

 能代が急いで矢矧に水を渡すと、矢矧はそれを一気に飲み干し、山城を睨んだ。

 

「そんなに睨んだってホントのことでしょう? そもそも補佐艦制度を導入したのは貴女が発端な訳だし」

「それはあの馬鹿夫婦がイチャイチャするからです!」

「でも仕事をしっかりこなしたあとでしょ? 二人共、仕事は出来るんだから」

「執務室でするからです!」

 

 山城の意見に矢矧はその都度反論。しかしそれに見かねた能代が口を開く。

 

「矢矧が二人のことを考えて提案したのは事実なんだから、そう頑なに否定しなくてもいいじゃない」

「ちょ、能代姉ぇ!?」

「二人が夫婦としての時間を少しでも多く過ごせるようにって、考えたんだよね♪」

「酒匂まで!?」

 

 姉妹の言葉に矢矧は先程までの勢いが無くなり、長門たちからは生暖かい視線を浴びた。

 提督の秘書艦は当然ながら阿賀野である。

 秘書艦は提督の補佐役であるが、今の時代の『提督』という職務は艦隊指揮だけでなく、鎮守府の運営、作戦考案に加え、艦娘の訓練カリキュラム作成、勤務日程調整から健康管理までしなくてはならない。

勿論報告書などの地味な仕事も合わせればその仕事量はかなりのもの。

 

 それでもここの提督は阿賀野と協力して艦隊を円滑に回してきた……そしてそれが終わると二人の時間を過ごした。どんなに夜遅くなっても。

 矢矧はそんな二人のために自分たちが出来る範囲で提督の補佐をする『補佐艦制度』を導入したのだ。

 そして矢矧は勿論、能代、酒匂が提督と阿賀野の補佐艦となり、他にも補佐艦とまでいかなくとも多くの者が提督たちを手助けしている。

 これも提督が艦娘たちと築き上げてきた絆の賜物だろう。

 

 そのことを聞いたガングートが「いい提案じゃないか」と言うと、矢矧は恥ずかしそうに目を逸らし、今度は誤魔化すようにスペアリブを頬張るのだった。

 

 すると食堂の中央からどよめきのような声が上がる。

 矢矧たちがその方向を見ると、そこには小さなお立ち台に択捉が困ったような笑顔を浮かべながら立っていた。

 

 これは新しく着任した者、全員が通る道であり、着任パーティでは恒例行事である。

 提督が発案した行事で、その名も『鎮守府へ行こう! 新人の主張』という謎なものだ。

 

 艦娘の中には内気で自分のことをなかなか話せない艦娘もいる。

なので提督は荒療治ではあるが、その者に自分が話さねばならない環境を作ることで、自分がどういう気持ちで艦隊にいるのか、どういう性格なのか、どんな目標を持っているのかをみんなに言えるようにしているのだ。

 

 提督曰く『何事も言葉にしなきゃ伝わらん』ということで始まったこの行事だが、このお陰でみんなと話せるようになった艦娘は多い。

 

「え、えっと、こんばんは……新しく着任しました、択捉型海防艦、一番艦の択捉です。皆さん、よろしくお願いします」

 

 択捉の挨拶にみんなは拍手喝采。出来る者は口笛まで鳴らすほどの大盛り上がりだ。

 

 するとお玉をマイク代わりにして、阿賀野が択捉へ「今後の目標はなんですか?」と訊ねる。

 

「目標ですか……えっと……」

 

 択捉が悩む中、みんなは「ゆっくりでいいぞ〜♪」、「みんなちゃんと待ってるから〜♪」と優しく声をかけた。

 

 すると択捉は自分のそばに立つ阿賀野に「何でもいいんですよね?」と確認すると、阿賀野はニッコリと笑顔を返す。

 

「決めました! 私は背が小さいので、大きくなりたいです!」

 

 択捉の言葉に一同『お〜♪』と声を上げる。

 中でも大きくなりたいと同じことを思っている複数の駆逐艦たちからは「一緒に頑張ろう!」、「協力するわ!」と声をかけられ、その者たちは既に択捉を中心に円陣を組んでいる。

 

 拍手喝采の中、択捉は満面の笑みでお立ち台から降りていくと、次の種目『食堂の中心で提督に愛を叫ぶ』が始まる。

 これはガチ勢が始めたことで、この場で提督に愛を叫び、あわよくば提督に頂いてもらっちゃおうというぶっ飛んだ行事だ。

 提督としては艦娘の好意はありがたいが、その間の阿賀野の微笑みが怖くてしょうがないんだとか……。

 

「トップバッター! 長良型軽巡洋艦、四番艦、由良♪ 行きま〜す♪」

 

 パチパチパチパチ!

 

「提督さ〜ん!♡ 由良の愛を今夜こそ受け取って〜!♡ 阿賀野ちゃんより、由良の方が提督さんを愛してるんだから〜!♡」

 

 ヒューヒュー♪

 

 

「続いて、長門型戦艦、二番艦、陸奥よ♪」

 

 パチパチパチパチ!

 

「提督〜!♡ 今夜の私はふわとろよ〜!♡」

 

 キャーキャー♪

 

 

「陸奥が叫ぶのならば、この武蔵も叫ぶしかないな♪」

 

 オォーー!

 

「提督よ……今夜こそ、お前を食べに行くぞ!♡」

 

 ワーワー♪

 

 

 その後もガチ勢は提督に自分の想いを叫んでいったが、

 

「提督さんは阿賀野だけだよね〜?♡」

「も、もひろんらお……」

 

 愛する嫁、阿賀野に満面の笑みで頬をつねられ、まったくデレデレする余裕は無かったーー。




着任パーティの様子を書きました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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鎮守府の日常

 

 択捉の着任パーティの翌日。鎮守府の朝はいつも通りの日常に戻っていた。

 

 基礎訓練用の野外グラウンドで走り込みをする者たち、海上訓練用の海域で砲撃や対潜訓練をする者たち、空母専用の弓道場で鍛錬をつむ者たち。

 そして他鎮守府との演習や遠征へ続々と埠頭から抜錨していく者たちと様々だ。

 

「さて、阿賀野たちも書類仕事しちゃおっか♪」

 

 任務に赴く者たちを執務室の窓から見送った阿賀野は、そう言って補佐艦である妹たちに声をかける。

 みんなはその言葉に笑顔を返し、それぞれの役割をこなしていった。

 

 阿賀野は秘書艦なので提督が確認すべき重要書類を最優先のものから順に整理し、自分でも処理出来る書類と分けていく。

 第一補佐艦である矢矧は経理。第二補佐艦の能代が勤務表の作成、調節。第三補佐艦の酒匂は姉たちのお手伝い兼相談役といった分担で……この四姉妹の息合った仕事がこの鎮守府を支えているのだ。

 

「司令、工廠に行ったまま帰ってこないね〜。途中でお腹(ポンポン)イタいイタいになっちゃったのかな〜?」

 

 工廠に出向いたまま、まだ戻らぬ提督を心配する酒匂。しかし阿賀野は「そんなことないよ〜♪」と笑って、窓の外へ目配せした。

 

 酒匂が窓の外を見ると、埠頭に提督の姿があり、遠征艦隊の者たちと話している。

 

「また仕事サボって……」

「まあいいじゃない。みんな提督に声をかけられるのは嬉しいんだから」

 

 矢矧の苦言に能代がフォローすると、矢矧は小さくため息を吐いて自分の見るべき書類へ視線を落とし、他の姉妹も自分の仕事へ戻るのだった。

 

 ーーーーーー

 

「いつもの遠征任務だが、油断だけはすんなよ? 常に厳戒態勢で事にあたれ」

 

 提督の言葉に艦隊のみんなは『はい!』と返事する。そして一人の艦娘が提督の肩に手を回した。

 

「んな、ことよりよ〜。次は出撃させろよな? ん〜?」

 

 そう言うのは天龍型軽巡洋艦一番艦『天龍』。

 着任当初は提督と意見が合わずによく口論していたが、()()()()()()をきっかけに提督の言葉には素直に従うようになった。

 

「天龍ちゃんが行くなら、私もよね〜?」

 

 そんな天龍とは反対側からニッコリと笑って言うのは、天龍の妹である天龍型軽巡洋艦二番艦『龍田』。

 普段は天龍のストッパーを務める頼もしい妹。無茶をする天龍を変えてくれた提督には人一倍の忠誠を誓っている。

 

「あぁ、分かってる。お前らも俺の頼れる仲間だからな。ちゃんと見せ場を用意してやるさ」

「さっすが♪ お前は話が早いぜ♪」

「その時はいつも以上の戦果を期待していいわよ〜♪」

 

 提督の言葉に嬉しそうに返す天龍、龍田。

 すると、遠征隊の二人が三人の前にやってくる。

 

「三人していつまで話してれば気が済むわけ?」

 

 そう言う一人は綾波型駆逐艦八番艦『曙』。

 着任当初は提督をクソ呼ばわりしていたが、天龍の一件でクソを撤回。

しかしまだまだ提督には素直になれないところもある、ちょっと不器用な艦娘。

 

「そうよ。時間押してるんだから、話が終わったなら遠征に行かせてくれない? アンタだって自分の仕事があるでしょ?」

 

 もう一人は朝潮型駆逐艦十番艦『霞』。

 この子も最初は提督をクズ呼ばわりしていたが、やはり天龍の一件でクズと呼ぶのを止めている。

改二乙となっても自分にも周りにも厳しい子だが、その厳しさの裏に霞なりの愛情があるのをみんな知っているので、一部の艦娘たちからは『霞ママ』と呼ばれているんだとか。

 

「お〜、悪ぃ悪ぃ」

「まったく……人に注意される前に気付きなさいよね」

 

 ぶつくさと苦言を言う霞に、提督は苦笑いを浮かべる。

 

「まあまあそう言わず、そろそろ遠征に行こうや」

「そうよ。今度は注意してて時間が無くなるわよ」

 

 そんな提督をフォローしたのは陽炎型駆逐艦三番艦『黒潮』と夕雲型駆逐艦三番艦『風雲』。

 どちらもフランクで親しみやすいおまとめ役だ。

 

 見て分かるようにこの艦隊の駆逐隊はバラバラ。提督は毎回敢えて駆逐隊はバラバラに任命している。

 そうしている理由は『どの艦娘と組んでも連携を取れるように』という意図があるから。

 

 提督は戦艦が海戦の"花"ならば、駆逐艦は"土"と言っている。

 例えどんなにいい花を手に入れても、それを植える土が良くなければその花はすぐに枯れてしまう。

それと同じでどんなに強い戦艦がいても、それを護衛する駆逐艦の練度、連携が低くては海戦にならないということだ。

 なので提督は駆逐艦の練度は常に気に掛けており、そんな過酷な状況に置いている駆逐艦たちを常に気遣っている。

傍から見ればそれはそういう趣味な人だと思われがちだが、提督は駆逐艦の子たちに対して最大限の労いの気持ちを持って接しているが故の接し方なのだ。

 そんな提督の気持ちを駆逐艦たちは十分理解しているので、提督はみんなから慕われている。

 

 黒潮たちの言葉に霞は口を閉じ、提督に「じゃあ、行ってくるから」とだけ告げて海へ降りた。

 すると他のみんなも提督に笑顔で挨拶して海へ降り、陣形を組んで意気揚々と遠征へ向かった。

 

 提督がそんな天龍たちを見送っていると、

 

「だ〜れだ?♪」

 

 何者かに後ろから手で目を塞がれ、声をかけられた。

 

「ん〜……んなことすんのは、赤城か?」

「むぅ〜、どうしてバレてるんですか〜?」

「なんで正解したのにガッカリされんだよ……」

「だって〜、あっさり正解されて悔しいんですも〜ん」

 

 視界が開けると正規空母『赤城』が姿を見せた。

 鎮守府が誇る一航戦の一人であり、みんなの頼れるお姉さんである。

 

「だから私は止めたんですよ、赤城さん」

 

 そう言いながら現れたのは赤城の相方、正規空母『加賀』。

 もう一人の一航戦で正規空母では最古参に加えケッコンカッコカリ済のガチ勢。

 

「二人はこれから艦載機の整備か?」

「はい♪ そうしたら提督の姿が見えたのでご挨拶しにきました♪」

「提督は皆さんのお見送りですか?」

「おう。俺も工廠に行く途中で丁度遠征に向かう奴らがいたからな。つい声をかけちまったんだ」

 

 提督が屈託のない笑顔でそう答えると、赤城も加賀も『提督らしい』と言って笑った。

 

 ーーーーーー

 

 話の流れから提督は赤城たちと一緒に工廠へ向かうことになった。

 

 工廠には工廠妖精が住んでおり、艤装の開発は勿論、調整、修理、改造を担っている。

 ただ空母が扱う艦載機に至っては細かい調整は使う本人たちが行う。しかし空母の者たちだけでなく、艤装に何らかのこだわりがある者たちは自分の艤装は自分の手で調節、調整している。

 

「……あの、加賀さん?」

「何かしら? 私の顔に何か付いていて?」

「いや、お顔はとてもキレイよ? ただ……」

「ただ?」

「ちぃとばかし離れてくれねぇ?」

 

 提督の言葉に加賀は「なんのこと?」と言うように小首を傾げる。

 加賀は提督の左腕に抱きつくように歩いており、そのため自然と提督に身を寄せている形なのだ。提督としてはこうしてくれるのはとても嬉しいことだが、自分には最愛の女性である阿賀野がいるのでとても心苦しいのだ。

 

「今日は寒いのでこうしてる方がいいです」

「いや、今日めっちゃめちゃ晴れてるから。汗ばむ陽気だから」

「良純の予報なんて信じてません」

「いや、空見て。ちゃんと良純の言う通りになってるから」

 

 ああだこうだと言い合う二人を見ながら、赤城は加賀を止めることもせずに微笑んでいる。

 赤城としては加賀が乙女モードになっているのが見ていて新鮮で楽しいから。

 

「これから艦載機の整備やって、それから訓練だろ? そのうち暑くなるって」

 

 提督はそう言って加賀の手から逃れると、加賀は「むぅ……」と頬を膨らませる。

 

「俺のことはいいから。お前はいつも何かに打ち込むと周りが見えなくなる癖があるよな……」

「提督が心配しなくても、提督のことは念頭に置いています。公私共に♡」

「そういう心配じゃなくてだな……」

「良かったですね、提督♪ こんなにも加賀さんに愛されて♪」

「良かったと言いてぇが、お前は相方を止めろよ!」

「相方の恋を応援するのも大切ですから!」

 

 キリッといい顔で返す赤城に提督はもうダメだとばかりにうなだれた。そんな提督をよそに加賀はまた提督の腕にしがみついて、工廠までの道のりをルンルン気分で歩くのだった。

 

 ーーーーーー

 

 工廠に着いた提督はやっと加賀から解放された。加賀の心地良く柔らかい感触に少し寂しさを感じつつ、提督は二人と別れて艤装開発室へと向かった。

 

 工廠には開発室、整備室、改造室と大きく分けて三つの部屋がある。他にも妖精たちの寝所や休憩室も備わっている。

 開発室はその名の通り艤装の開発を請け負っている場所であり、工廠では一番広い部屋。その理由は数年前までは建造もこの部屋で行っていたから。

 ただ艤装開発だけでなく、艤装の解体、分解もこの部屋で行っている。

 

 次に大きな部屋が整備室。各艦娘の艤装、予備の艤装が用途別に保管されており、艤装にもどれが誰の物かすぐに識別出来るようにそれぞれ名前が彫られてある。

 まだ艤装の数が少なかった頃は一つの艤装を数人で使い回していたりしたが、提督の努力もあってようやっと艤装も数が揃ってきた。

 

 最後に改造室だが、ここは艦娘の改、改二といった改造は勿論、近代化改修を施す部屋。工廠の中では一番精密機器が揃っているので一番厳重に扱われており、かつ一番こじんまりとした部屋だ。

 

「お〜っす、みんな。お疲れさ〜ん」

 

 開発室に入って提督が妖精たちへ声をかけると、妖精たちはワラワラと提督の足元へ集合してくる。

 妖精たちはみんな20センチほどの身長しかなく、基本的に喋ることはしない。喋るのは限られた妖精で、その妖精は羅針盤妖精だ。しかし妖精たちは頷いたり首を振ったりはするので意思疎通に大きな弊害は指してない。

 羅針盤妖精たちは出撃の際に旗艦が必ず連れていく義務があり、その妖精たちに従って進軍するのだが、ちょいちょい進路を外れることもあり、一部の艦娘や提督たちからは『真のラスボス』とまで言われている。

 

「今日の艤装開発を頼みにきたんだが、いいか?」

 

 提督がそう訊ねると妖精たちは揃って胸を張る。それを見た提督は「よし」と意気込み、妖精たちに艤装開発を頼んだ。

 

 ーーーーーー

 

「ふぅ〜……あとは執務室に戻って書類仕事か〜」

 

 開発も無事に終わり、妖精たちに菓子折りを渡して工廠を出た提督。

 後に待っている書類の山を考えると、思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 

「あ、司令官さんなのです♪」

「本当だわ! 司令か〜ん!」

「ちょ、暁姉、いきなり走らないで!」

 

 すると丁度良く暁型駆逐艦姉妹の三人と遭遇した。

 

 暁型駆逐艦一番艦『暁』は長女としてレディとして、常に妹たちのお手本になろうと努力する努力家。

しかしその努力はいつも方向性を間違えてしまって、妹たちからはその都度冷たい視線を浴びる。

 

 暁型駆逐艦三番艦『雷』は面倒見のよい頼れる元気っ子。

その一方で提督に頼られるといつも以上に張り切り、それが裏目に出てしまうことも。

 

 暁型駆逐艦四番艦『電』は艦隊最古参の艦娘であり、提督の初期艦。

大人しくて心優しい子だが、その戦果は駆逐艦の中で一位を誇る。

初期艦だったこともあり、電は駆逐艦の中で誰よりも提督や阿賀野から我が子のように可愛がられていて、電本人も油断すると間違えて『お父さん』『お母さん』と言ってしまうんだとか。

 

「お〜、三人でどうした? 今日は四姉妹揃って休みだろ?」

「響姉は昨日出撃したから、遠征だけだった私たちがこれから響姉の分まで酒保へお菓子を買いに行くのよ♪」

 

 提督の質問に雷が胸を張って答えると、暁も電もコクコクと頷いて見せる。

 

「そういうことか。んじゃ、駄賃をやろう♪」

 

 そう言って提督が五百円玉の入ったいつもの巾着袋を取り出すと、三人は『やった〜♪』と万々歳。

 そんな可愛さに提督は思わず目を細め、締りのない顔に。

 

「甘い物ばっか食って虫歯になるなよ?」

「そ、そんなこと、この暁がするはずないじゃない! そんなこと言うといくら司令官だってプンスカ(怒るという意)だからね!」

「悪ぃ悪ぃ♪」

 

「響の分も雷に預けるからな。響によろしく言っといてくれ」

「は〜い♪ 司令官のお願いなら何でも聞いちゃうわ♪」

「程々にな、程々に……」

 

「電にも、な。いっぱいうめぇ棒を買って、たくさん食べて美人になるんだぞ?」

「ほ、他のお菓子も食べたいのですぅ」

「それもそうだな♪」

 

 三人とそれぞれ会話をしながらお駄賃を渡し、優しく頭を撫でる提督。そんな提督に三人はギュッとありがとうという意味でハグを返した。駆逐艦からのハグなら娘からのハグということで阿賀野は怒らないのだ(一部の駆逐艦を除いて)。

 三人の天使からの抱擁に提督は思わず浄化されるが、

 

「て〜い〜と〜く〜!」

 

 遠くから自分のことを叫び、走ってくる矢矧を見つけた。

 矢矧は提督の帰りが遅いので迎えに来たのだが、提督が暁たちと戯れているので怒り心頭の様子。その証拠に矢矧の顔は控えめに言って般若みたいに怖い。

 

「きぃやぁぁぁぁっ! 般若がくるぅぅぅぅっ!」

 

「だぁれがっ、般若ですってぇぇぇぇ!」

 

 こうして鎮守府はいつも通り、平和に時が流れるのだーー。




今回は日常回って感じにしました!
説明が多かったことにはご了承を。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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命と言葉の重み

少しグロいシーンがあります。ご注意ください。


 

 鎮守府は何事もなく時が過ぎ、お昼時を迎えた。

 そのお昼時を迎えた鎮守府の食堂は多くの者が間宮、伊良湖、鳳翔、速吸、神威の料理に笑顔という花を咲かせている。

 

 鎮守府の食堂は所属する艦娘全員が同時に座れるほどの規模があり、基本のシステムは日毎に違う二種類の定食を受付け妖精に頼み、それを配膳場で貰い、席につくというシンプルなもの。因みにご飯(またはパン)、お味噌汁(またはスープ)はおかわり自由。

 

 そして食堂ではルールがあり、

 

1:自分が使ったテーブルは使った本人が次使う人のために布巾で綺麗に拭くこと。

2:食べ終わった食器は必ず洗い場へ戻すこと。

3:混雑時はお互いに譲り合うこと。

4:『いただきます』、『ごちそうさま』を必ず言うこと。

 

 の4点だ。このルールを破ると1ヶ月間の皿洗いの刑がその日から執行される。

 

 更に食堂には間宮たちだけでなく妖精たちも数多く所属し、その妖精たちは食堂妖精と呼ばれている。

 主に食材の搬入、管理と食堂全体の衛生管理、食器洗い、そしてルール違反者がいないかを取り締まっており、食堂の屋根裏部屋に住んでいる。そして夜間は滅多にいないがつまみ食いをしに来る者を取り締まる。

 

 食堂長をしている給糧艦『間宮』は出撃しないものの、その分は料理で艦隊のみんなを支える女将。

 料理長をしている給糧艦『伊良湖』も出撃はしないが、間宮と同じくみんなを支え、美味しい料理を提供する若女将。

 そんな二人を軽空母『鳳翔』と補給艦『速吸』と『神威』が支えており、今日は水上機母艦『瑞穂』も手伝いに来ている。

 

 鳳翔は旧一航戦ではあるが、その力は今も健在。空母勢の良き模範であり、常に優しく時に厳しい頼れる艦娘である。

 速吸は鎮守府初の補給艦であり、艦隊を陰で支える縁の下の力持ち。

 神威は着任して日が浅くまだまだ新米の補給艦。しかしいつも笑顔を絶やさず、みんなのために頑張っている献身的な艦娘だ。

 瑞穂は物腰柔らかく、凛とした艦娘。誰かのために尽くすのが好きで、尊敬する提督にも献身的に尽くしている。

 

 そんな食堂だが、

 

「はい、提督さん♡ あ〜ん♡」

「あ〜……ん、まいうまいう♪」

 

 この夫婦はやはりいつも通り。

 いつもの窓際のテーブルに隣り合わせで座り、今日も今日とて仲良く食べさせ合っている。

 

「阿賀野の料理とどっちが美味しい?」

「甲乙つけがたし!」

「えぇ〜、そこは『阿賀野』って言ってよ〜」

「俺は正直な人間でいたいからな」

「むぅ〜……なら次に訊いた時は絶対に『阿賀野』って言わせちゃうんだから!」

「はは、なら楽しみにしとくよ♪」

 

 提督はそう言って阿賀野の頬に軽く口づけると、阿賀野の笑顔はより一層キラキラと輝くのだった。

 

「………………食堂ルールに『イチャイチャしない』も追加してほしい」

 

 そんな夫婦を睨みながらとんかつ定食を食べるのは矢矧。因みに能代、酒匂は午後から遠征任務があるため先に食べ終えた。

 

「ちょっと、流石にカラシ付けすぎじゃない? とんかつ定食っていうよりカラシ定食になってるわよ?」

 

 そんな矢矧に声をかけるのは丁度お昼を一緒に過ごす長良型軽巡洋艦二番艦『五十鈴』。

 ケッコンカッコカリ勢で鎮守府の誇る対潜・対空番長。提督のことを心から尊敬していて、良き上官と部下の関係である。

 

「あんなくっそ甘い夫婦見ながらとんかつ食べたら糖尿になるわ」

「ならないわよ……ていうか矢矧は気にしすぎなんじゃない? 能代や酒匂みたいに受け入れちゃえばいいのに」

「あの夫婦には厳しくする人が必要なの!」

 

 頑固一徹な矢矧に五十鈴は「はいはい」と苦笑いを見せた。

 

 すると二人が座るテーブルの空いている席に天龍、藤波、松風の三人が定食の乗ったお盆を持って座った。

 

 夕雲型駆逐艦十一番艦『藤波』は着任して数ヶ月の艦娘。

いつも飄々としているが芯は強く、努力家。

 

 神風型駆逐艦四番艦『松風』も着任して数ヶ月。

しかし自分に自信を持ち、常に笑顔で周りに安心感を与える艦娘だ。

 

「また矢矧は小煩く小姑してんのか?」

 

 天龍が矢矧にそう言うと、矢矧は「二人のためよ!」と言い返して天龍を睨む。

 

「別にいいだろ、見せられないことしてる訳じゃねぇんだし……それにあれがオレらの鎮守府のデフォだろ?」

「全員が許したらもっとエスカレートするに決まってるわ!」

 

 天龍の言葉に矢矧は一歩も引く気はない。そのうち五十鈴に『何言っても無駄だから、よしなさいな』というような目配せをされた天龍は苦笑いを浮かべ、ちゃんと「いただきます」を藤波たちとしてから割り箸を割った。

 

 すると五十鈴が「そういえば、龍田は?」と別な話題をふる。

 

「んぁ? 龍田は午後から委員会があるって先に行ったぞ」

「あぁ、委員会ね〜」

 

 この鎮守府には艦娘たちが委員会というものを独自で結成し、補佐艦とは別の意味で鎮守府に貢献している。

 龍田が所属するのは『園芸委員会』でこの委員会はその名の通り鎮守府全体の花壇の手入れを行っている。

ああ見えて提督は花が好きで、自身の部屋や執務室には季節毎の切り花が飾られているのだ。

本当ならば花壇に花を植えて世話をしたいが、何分そこまでする時間が取れない。なので龍田たちが提督のためにと結成した委員会なのだ。

 

 他にも鎮守府のゴミ拾いをする『清掃委員会』、艦娘の士気高揚や精神的健康を保つために催し物を考える『イベント委員会』が存在している。

 

 そんな話をしていると、夫婦は食事を終えて食堂をあとにしていく(勿論ルールもしっかり守って)。夫婦仲良く手を繋いで。

 

 すると藤波が「あのさ……」と口を開いた。みんなはその声に反応し、藤波の言葉を待つ。

 

「何で司令っていつも左足引きずって歩いてんの? 生まれつき足悪いとか?」

 

 その言葉に松風も「あぁ、僕も前から気になってた」と頷くが、藤波たちの前に座る矢矧も五十鈴もバツが悪そうに視線を逸らす……と言うよりは天龍の方を見た。

 

「あぁ、あれか? あれは前にオレが馬鹿やったせいで嗚呼なったんだよ。足引きずってんのは左足の膝から下が義足だからだ」

 

 天龍があっさりと答えると、藤波も松風も目を丸くさせる。

 そんな天龍に矢矧は気遣って「天龍……」と声をかけるが、天龍は「着任して日が経ってる奴らはみんな知ってるし、別に隠すことじゃねぇだろ?」とご飯を食べながら返した。

 

「その時の話を聞いてもいいかい?」

 

 松風が天龍にそう訊ねると、天龍は「恥ずかしいが、いいぜ」と返し、そうなった経緯を話し始める。

 

 ーー

 ーーーー

 ーーーーーー

 

 それは提督が鎮守府に着任し、半年を過ぎた頃だった。

 半年でそれなりの戦力を保持していた艦隊だったが、その進軍速度は遅く、中破した者が出れば提督は迷わず艦隊に帰投命令を出して仲間の轟沈を回避していた。

 

 しかしそのため艦隊ではフラストレーションが日に日に溜まっており、中でも天龍はよく提督に抗議しに行くほどだった。

 

 その日も天龍は出撃したが自分や味方の中破により、進軍を断念。それはその海域の最深部まであと一歩のところまで来ての帰投だった。

 

『おい! 何であそこまで行ったのに進軍しねぇんだ! 腰抜け野郎!』

 

 帰投しドックを出たあと、真っ先に執務室へ来た天龍の開口一番の言葉はかなり辛辣なものだった。

 

 天龍としては被害が出ても弱まった敵を倒したいという思いが強い……そうすることで日本を脅かす存在を倒し、日本を守ることが出来るから。

 そして提督は仲間を失っては敵の思う壺……変に兵力を犠牲にしてまで殲滅しても、それは国益を損なうと考えており、深海棲艦と違ってこちら側は資材が限られている上、軍は国民の税金によって成り立っているから。

 

 根底にあるのはどちらも日本国、そして国民のためという気持ち……しかし気持ちの表し方が違うが故に二人はぶつかるのだ。

 

 そんな天龍に対して提督は至って冷静に「仲間を失ってからでは遅いから」と返す。

 

『んなこと毎度毎度聞かされて、こっちはうんざりしてんだ! オレには死ぬまで戦わせろよ!』

『お前はそれで満足するかもしれないけどな……残された側の気持ちも考えろ。妹の龍田や仲間たちがどんな気持ちになるか、馬鹿なお前でもそれくらい理解出来んだろ』

『っるせぇ! お前にオレの何が分かんだよ!』

『んなの分かる訳ねぇだろ。俺はお前じゃないんだからな』

 

 提督の冷静な言葉に天龍はカッとなり提督の胸ぐらを掴む。しかし提督は怯まずに天龍に言う。

 

『……俺がお前を理解してねぇように、お前も俺を理解してねぇ。ちっとは頭冷やして冷静に物事を考えろって言ってんだよ、俺は。でなきゃ命がいくつあっても足んねぇよ』

 

 諭すように言われたその言葉は天龍の胸にズキッと衝撃を与えた。天龍は何が何だか分からなくなり、提督の胸ぐらを掴む手を離した。

 

『次の出撃は俺も出向く。最近のお前は特に心配で龍田だけじゃ心配だからな』

 

 そう言うと提督は上着を整え、天龍の肩を叩いて自身の出撃準備へ向かった。

 

 この頃の提督は自らも軍用クルーザーで戦場へ赴き、艦隊の後方から指揮を飛ばしていた。戦場へ出て戦場を見ることでその場の空気を感じ、臨機応変に指揮が出せるからだ。

 

 天龍は提督が一緒なら……と気持ちを奮い立たせ、自分も出撃に備えるのだった。

 

 ーーーーーー

 

 艦隊の出撃準備を終え、意気揚々と出撃する艦隊。その後方から提督はいつものように付いていった。

 

 戦闘海域に突入し、それによって傷を負う艦隊。しかし提督の指揮が功を奏し、艦隊は中破者を一人も出すことなく最深部へ到達することが出来た。

 

 しかし、

 

『覚悟はしていましたが、強い……!』

『これでは艦載機の発着が!』

 

 敵戦艦四隻の前に仲間が次々と中破、大破していく。

 こちらの戦艦は二隻。空母二隻のお陰で制空権は取っても、その空母二隻が中破してしまい艦載機を放つことさえ出来ない。

 それでも提督の指揮の元、攻撃手段を持つ者たちは諦めなかった。その甲斐あって敵艦隊を戦艦一隻にまで追い込むことが出来た。

 

 それでも、

 

『全員に告ぐ。敵が引き始めた。俺らも撤退だ』

 

 あと一歩のところで帰投を余儀なくされる。

 

『お前、正気か!? ここは突撃だろうが! 今取り逃がせば、また回復して襲ってくるんだぞ!』

 

 提督の判断に真っ先に異議を唱えたのはやはり天龍だった。

 

『てめぇだって中破してんだ。大人しく従え。てめぇは死ぬのが怖くねぇかもしんねぇが、艦隊全員がてめぇと同じ意見じゃねぇんだ……勇猛と無謀を履き違えんじゃねぇ』

 

 提督の冷徹なまでの反論に天龍は頭にカッと血が登る。そして次の瞬間、天龍は艦隊から一人離れて引いていく戦艦目掛けて突撃してしまった。

 

『提督! 天龍ちゃんがっ!』

『あんの馬鹿!』

 

 ーーーーーー

 

『へへっ、相手はあと一撃で倒せるんだ……オレ一人でもやれるぜ!』

 

 天龍はそう思い込んでいた。しかし相手は戦艦。軽巡洋艦の天龍とでは、火力も耐久力も上回っている。

 しかも敵戦艦は天龍一隻と分かると、即座に反転し迎撃体制を取ってしまった。

 

『おらおらおらー! 沈めー!』

 

 威勢良く砲撃する天龍だが、中破した艤装や体では本来の火力を発揮することは出来ず、更には命中精度も格段に落ちてしまっている。

 

『くそ! なんで当たらねぇんだよ!』

 

 どんなに撃っても砲弾は敵を掠めることすらしない。

 そんなことをしているうちに弾が底をついてしまった。

 

 それを待っていたとばかりに今度は敵戦艦の大口径から砲弾が放たれ、それは真っ直ぐ天龍へと飛んでくる。

 向こうは大破しているとは言え、戦艦。その砲撃となれば大打撃は必須でしかも今の天龍の耐久力では……。

 

『し、死ぬ……!!』

 

 自分に着弾するまでの間、天龍は自分の死を確信した。するとこれまで死ぬことに何の躊躇いもなかった自分に恐怖というものが生じ、足が震えて回避行動を取れなかった。

 

『死なせるかよぉぉぉ!』

 

 着弾する直前、天龍の前に提督の操るクルーザーが立ちはだかった。クルーザーを盾にしたことで天龍は助かったが、クルーザーは真っ二つに裂け、瞬く間に海へとその身を預けていく。

 

『ぶはぁっ……今だ! 砲撃可能な奴はありったけの弾を敵にブチ込めぇぇぇっ!』

 

 海面から顔を出し、大声で号令をかける提督。

 その言葉通り、艦隊から一斉放射を浴びた戦艦は轟沈し、艦隊はすぐさま提督と天龍のそばへ。

 

『ちったぁ頭冷えたか?』

『す、すまねぇ……』

 

 恐怖で足がすくんでいた天龍も、提督の声でやっといつもの自分に戻れた。

 

『こんなの今回限りにしてくれよな……それよりクルーザーの破片取ってくれ、大きめなやつ。お前らと違って俺は海の上に立てねぇんだ』

 

 提督の言葉に天龍は「お、おう」と返し、とりあえずすぐそばに浮いていたものを掴んだ。

 

『っ!!?』

 

 しかしそれを見て天龍は自身の目を疑った。

 

 何故ならそれは提督の足だったから……。

 

『お〜、木っ端微塵にはなってなかったのか』

 

 天龍が言葉を失っている中、呑気なことを言う提督。

 

『提督、ごめん……オレのせいで……ごめんっ……ごめんなさい……!』

『反省してんならそれでいい』

『でも……!』

『っんとにてめぇはどこまでも馬鹿な奴だな』

 

 提督はそう言って海面でしゃがみ込む天龍の頭をポンポンと軽く叩いた。そして、

 

『どっちも生きてんだ……それでいいだろ』

 

 とだけ伝えるのだった。

 その後は艦隊のみんなから応急手当をされ、クルーザーの大きな破片に乗せられ、艦隊のみんなと共に帰投した。

 

 提督は吹き飛ばされ、海面に強く全身を打ち付けたことによる全身打撲と右腕に軽度の火傷……そして左膝から下を裂断と診断された。

 

 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー

 

「……んで、入院して義足を作ってリハビリして今の状態にまで回復して現場復帰したんだ」

 

 壮絶な話に藤波と松風は言葉を失い、なんと言っていいか分からなかった。

 

「提督はさ……正真正銘の馬鹿なんだよ。普通ならそんなことしたオレを解体したり、それこそ同じ目にあわせたりしたっていいのに、提督はオレに改めてこう言ったんだ……」

 

『何度も言うけどな、天龍。お互い生きてりゃそれでいい。俺たちは戦争やってんだ、生きてるだけで儲けもんなんだよ』

 

『それからもうあんなことにならないように、ハッキリ言っとくぞ。端から俺はお前が死ぬまで戦わせてやるつもりでいる。だけどお前が死ぬのはこれから何十年も先の話だ。仮に今の戦争が終わっても、俺たち軍人は今度はその平穏を守るために戦い続けなくちゃなんねぇからな』

 

「……ってさ。その言葉を聞いて、オレは心が震えたぜ……」

 

「この身が朽ちるまで提督と肩を並べられるって思うとよ……」

 

 そう語る天龍の瞳は熱く燃え上がっていた。そんな天龍が藤波と松風には後光が射して見え、いつの間にか自分たちの手にも力がこもっているのを感じる。

 

「やっば……不謹慎なこと言うけど、司令めっちゃ漢じゃん」

「あぁ、そんな身体になっても僕らのトップで居てくれるのは、本当に頼もしい限りだ」

 

 藤波、松風がそう言うと、

 

「だろ? だからオレは提督にどこまでも付いてくって決めたんだ♪」

 

 ニカッといい笑顔を見せて天龍はそう言った。

 

「そういえば、あの時の天龍は今の阿賀野とは違った意味で提督にべったりだったわよね〜♪」

 

 そんな天龍に向かって五十鈴がニヤリと笑って言うと、天龍は「どういうことだよ?」と五十鈴を睨む。

 

「あら……提督が入院中、阿賀野と一緒に毎日お見舞いに行ってたのは誰だったかしら?」

「そ、そりゃあ、おめぇ……当然だろ。オレが原因な訳だし……」

「リハビリの応援にも毎日通って甲斐甲斐しくしてたくせに♪」

「うるせぇうるせぇ! いてもたっても居られなかったんだよ、もう!」

 

 赤面した天龍は五十鈴にそう返すと、また丼茶碗に残るご飯を掻き込んだ。

 そんな風に照れ隠しする天龍を他のメンツはニヤニヤとしながら見つめ、自分たちも昼食を再開するのだったーー。




今回は真面目なお話にしました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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園芸委員会

 

 お昼時が過ぎ、またそれぞれ任務や訓練に向かう艦娘たちの声が響く鎮守府。

 そんな中、鎮守府本館の会議室では『園芸委員会』が定例会議を開いていた。

 

「では、こうして集まれることに提督へ感謝をしつつ、園芸委員会の定例会議を始めます。皆さん、起立!」

 

 園芸委員長である高雄の号令に会員はピシッと起立してから『お願いします』と言って再び着席する。

 会議室はホワイトボードが前に置かれていて、それを見れるように長テーブルが4列ある(1列に6名ずつ座れる)シンプルな内装。

 

 どうして提督に感謝をするのかというと、提督がちゃんと毎回全員が出席出来るように勤務日程を工夫してくれているからだ。

 

 高雄型重巡洋艦一番艦『高雄』は鎮守府に初めて着任した重巡で、今のところ提督が重巡の中で唯一ケッコンカッコカリをしている艦娘だ。重巡洋艦姉妹の長女ということで面倒見も良く、提督や艦隊のみんなから頼りにされている。

 

「始めますって言ってもこれといった議題はないんだけどね」

「花壇も今のところは平穏だからね」

 

 高雄の言葉に副委員長である妙高は柔らかい笑みを浮かべて言う。

 

 妙高型重巡洋艦一番艦『妙高』は高雄が艦娘の中で一番信頼をおく心の友。高雄と同じく面倒見が良い反面、怒らせるととてもおっかない。提督からは『重巡の妙さん』と呼ばれており、高雄からはあだ名で提督に呼ばれているのを羨ましがられているんだとか。

 

「害虫駆除も雑草取りもこの前しちゃったしね〜」

「クチナシの剪定も終えてしまいましたしね」

 

 そう声を出すのは正規空母『蒼龍』と祥鳳型軽空母一番艦『祥鳳』。

 

 蒼龍は鎮守府が誇る二航戦の一人。しかし陸に上がればのほほんとしているまったり系。提督との仲は良好で、たまに相方飛龍と提督夫婦でショッピングに行くこともある。

 

 祥鳳は物腰の柔らかいザ・大和撫子。しかし酒豪であり、毎晩の晩酌は必ずしている。提督のことは尊敬していて、ライクの意味で大好き。

 

「アサガオもキキョウもヒマワリも順調に育ってるしね♪」

「そういえば、ヒマワリはもう少しで満開になりますわね♪」

 

 紅茶を飲みつつ、そう談笑するのは正規空母『アクィラ』と最上型航空巡洋艦二番艦『三隈』。

 

 アクィラは艦隊唯一のイタリア空母で心優しきお姉さん。提督からは『アキラちゃん』と呼ばれているが、アクィラ本人はそう呼ばれることを気に入っている。

 

 三隈はお上品だがちょっと天然の入った不思議ちゃん。しかしそのキャラが人を魅力するようで駆逐艦の子たちは勿論、他のみんなからも慕われ、提督からはよく『恐ろしい子』と言われているそうな。

 

「司令官様は喜んでくださるかしら?」

「きっと喜んでくれるわよ♪」

「そうよ。提督さんはああ見えて花が好きなんだから」

 

 神風型駆逐艦三番艦『春風』の言葉に、同じくその一番艦『神風』と陽炎型駆逐艦七番艦『初風』がそう返すと、側にいる睦月型駆逐艦七番艦『文月』とその十番艦『三日月』もそうそうと頷いてみせる。

 

 春風もまたザ・大和撫子の大人びた艦娘。

 神風はいつもハキハキしていて頑張り屋なムードメーカー。

 初風はクールだが、提督から貰ったネコのぬいぐるみと毎晩一緒に寝ている一面も。

 文月は提督を心から慕う艦娘。最近改二になって大人っぽくなったが、まだまだ提督には甘えてしまう甘えん坊。

 三日月も提督に甘えるのが好きな艦娘だが、みんなの前では少し遠慮してしまう控えめな子。でも撫でられると即落ちする。

 

「提督が喜んでくれるのが一番嬉しいよね♪」

「はい、提督に少しでも恩返し出来たって思える瞬間です♪」

「咲いたら、頭撫で撫でしてくれる……かも♪」

 

 提督の話題で盛り上がる綾波型駆逐艦十番艦『潮』と初春型駆逐艦四番艦『初霜』に夕雲型駆逐艦六番艦『高波』。

 

 潮は心優しき控えめな艦娘。改二となった今では自分を大切に育ててくれた提督のために何かをするのが大好き。

 初霜も改二まで育ててくれた提督を慕う正義感あふれる艦娘。

 高波は提督のお陰でみんなと話せるようになった艦娘。提督に構ってもらうのが大好き。

 

「きっといつも以上に撫でてくれるわよ〜♪」

 

 駆逐艦の子たちに龍田がそう言うと、みんな嬉しそうに顔をほころばせる。

 

 園芸委員会は花を植え、それを育てることで提督へ日頃の感謝を伝えることを念頭に結成された委員会。ここに集まるのは提督のことを心から慕い、そしてそんな提督と阿賀野の幸せを見守る提督夫婦応援団なのだ。

 

「そういえば、中庭の桐木(きりのき)……まだ剪定してないわよね?」

 

 提督の話題の中、妙高がふと思いついたことを口にする。

 桐木は鎮守府の中庭のど真ん中に植えられており、6メートル近く成長しているのでお昼寝好きの艦娘たちや木陰で風流に過ごすのが好きな艦娘たちに親しまれている木なのだ。

 

 そんな妙高の言葉にすかさず高雄が「その話なんだけど……」と口を開いた。

 

「実はまだ提督に確認してないのよ。伸び過ぎてバランスが悪いところは切ってもいいと思うんだけど、あの木は特別な木だから」

 

 高雄がそう説明すると、このメンバーの中では着任して一番日が浅いアクィラが「あの木はどう特別なの?」と訊ねる。

 

「あの木は提督が着任したお祝いとして提督のお母様から贈られて、植えた木なの。提督や私たちの想いや志しがいつまでもそこに根付くように……って」

 

 そう高雄が説明するとアクィラは「まぁ、素敵♪」と手を叩いた。

 

「提督の母方のお父様……つまり提督のお祖父様がお母様がお嫁に行く際に桐木を贈ったそうで、それで提督にも贈られたそうよ」

 

 高雄の言葉にアクィラはうんうんと頷いて、目を輝かせる。

 すると今度は蒼龍が口を開いた。

 

「因みに、提督のお祖父様は海軍だったんだよ。しかも第二次世界大戦中は高雄の乗組員の一人だったらしいの」

 

 そう言って蒼龍が「ね?」と高雄に笑顔で同意を求めると、高雄は嬉しいような恥ずかしいような、何とも言えない笑顔で頷く。

 

「それでこの艦隊で初の重巡洋艦が高雄さんなのですから、運命を感じてしまいますわ♪」

 

 普段凛々しい高雄の滅多に見れない表情を見て、三隈がにこやかに言うと、高雄はカァーっと自身の顔が熱くなるのを感じてモジモジと俯いてしまった。

 

 みんなはそんな高雄のことを生暖かく眺めていると、会議室のドアがノックされた。

 高雄がこの調子なので代わりに妙高が「どうぞ」と声をかけると、開いたドアから提督が「お〜す」と言いながらひょっこりと現れる。

 

「あら〜、噂をすればなんとやらね〜」

「あん? 俺の噂なんかしてたのか?」

 

 神風がクスクスと笑いながら言うので、提督は小首を傾げながらみんなの元へ歩み寄ってきた。

 

「噂というよりは運命のお話ですわ♪」

「司令官が高雄さんと赤い糸で結ばれてるってお話してたの〜♪」

 

 三隈、文月がそんなことを言うと、高雄はすかさず「ちょっと!?」と口を挟んだ。

 

「まぁ、俺も高雄には特別な感情があるっちゃあるな……爺ちゃんが高雄乗ってたってのもあるし、頼りにしてるからな〜」

 

 そんな中、提督がサラッと高雄のことを言うと、高雄は耳まで真っ赤にして提督の口を手で塞いでしまった。

 

「て、提督〜……ここに来たということは私たちに何かご用事があったんじゃないかしら〜?」

「もがふご……」

 

「高雄さん、それでは提督が理由を話せないですよ……」

 

 二人のやり取りに祥鳳がそうツッコミを入れると、高雄はハッとして素早く手を離す。

 高雄の手から解放された提督は「んぁ〜、酸素ウマ〜っ」とわざとらしいセリフを吐き、ふぅふぅと息を整える真似事をした。

 それを提督の演技だと分かる者たちは苦笑いを浮かべるが、

 

「提督、大丈夫ですか?」

「高雄さん、いくら恥ずかしいからって力は加減しないと……」

「司令官様、お気を確かに」

 

 真面目な潮、初霜、春風は提督の側に駆け寄って高雄に抗議的な視線を向け、文月には「めっ」と怒られてしまう始末。

 

「息が出来ないほど押さえつけていませんっ」

 

 そんなみんなに高雄はそう言ってプイッとそっぽを向くと、

 

「提督さん、そろそろ止めないと高雄さんに嫌われるわよ?」

 

 初風に軽く背中を叩かれた。

 

「それは困る! でも高雄が可愛いからついいたずらしちゃう男心なんだからねっ!」

「阿賀野さんに言いつけちゃお〜♪」

「言いつけられても平気だもん! だって可愛いのは事実なんだからねっ!」

「ていうか、なんでそんなツンデレっぽく言うの?」

 

 冗談混じりの会話をする提督たちを見て、そっぽを向いていた高雄は思わずため息を吐いた。そして、

 

(しょうがない人……)

 

 と心の中でつぶやき、小さく笑って提督を許してしまうのだった。

 

 すると提督が「あ」と何か思い出したかのような声を出した。

 

「そういや俺、今かくれんぼしてるんだった。ちょっとそこの用具入れに隠れさせてもらうぞ。みんなはいつも通り過ごしててくれ」

 

 提督の"かくれんぼ"というフレーズに文月や三日月は誰としてるのか気になる……といった視線を送るが、提督はいそいそと用具入れに隠れてしまう。

 

 提督が誰と遊んでいるのか気にしながらも、とりあえず全員が席に座り直すとまたドアをノックする者が現れた。

 今度は高雄が「どうぞ」と答えると、

 

「会議中にごめんなさい。提督がここに来たりしなかった?」

 

 ハリセンを持った矢矧がとても怖い笑顔でやってきた。

 

「提督ったら喫煙所に行ったまま帰ってこなくて……もしかしたらみんなのところに来てるのかなって思ってね」

 

 鎮守府の喫煙所は本館内に一つで、それも会議室の真ん前。

しかもこの時間に高雄たちがいるのを提督は把握している。

提督は艦娘とのコミュニケーションを大切にしている=ここでサボっていると判断した矢矧が提督に喝を入れに参上したのだ。

 

 委員会の面々は『流石第一補佐艦……』と思いつつ、どう話そうかと愛想笑いをしていると、

 

「提督はこちらに一度顔を出したあとで、駆逐艦の子たちと遊んでくると言ってスキップしながら出て行ったわよ♪」

 

 高雄が爽やかな笑顔で返した。

 

「あんのサボり魔……」

 

 そうつぶやいた矢矧は側にあった用具入れ(提督入り)を凹まない程度にバコンッと叩くと、高雄たちに一礼してブツブツと何やら言いながらユラァっとその場をあとにするのだった。

 

 少しして提督が用具入れから出てくると、

 

「扉越しにお腹を殴られて痛かったお……」

 

 とお腹を押さえながら青ざめていた。

 

「というか、高雄。お前、もうちょっと違うフォローしろよ。あれ絶対に見つかったらハリセン喰らうじゃん」

「私をいじめた罰……ですわ♪」

 

 高雄がいたずらっ子みたいなウィンクをして返すと、提督は「覚えてろよ〜っ」と言いながらその場をあとにした。

 

 そして、

 

「あ……桐木の剪定どうするのか訊けば良かったわ」

 

 と提督の背中を見送る高雄に、みんな思わず笑い声をもらすのであった。

 

 後、高雄が提督に改めて桐木のことを訊ねに執務室へ行くと、提督の頬に真っ赤なアザがあったというーー。




今回は日常的な回にしました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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おやつタイム

若干のアンチ・ヘイトがあります。


 

 執務室の壁掛け時計が一五〇〇を過ぎた頃。鎮守府では多くの者たちがおやつタイムと言う名の休憩を取る。

 

 休憩時間は各自で好きな時に最大30分取ることが許されており(任務内容、訓練内容によることもあるが)、大半の者はこの頃に休憩を取るのだ。

 因みに艦娘は休暇を好きな時に取れて、最大二連休。風邪の場合は完治するまで取れる。

勤務日程には常に提督と能代の計算によって欠員が出ても大丈夫なようになっている上、この日は働きたいと自ら手を挙げる者もいるのでこの休暇システムが通用するのだ。

 

 これは提督の持論だが、休暇を固定してしまうと人はその休暇が来るのを待つようになり、仕事へ対してストレス……つまり苦痛を覚えてしまう。

または逆でまだ働きたいのに休暇の固定によって休まざるを得なくさせ、それがストレスに繋がり仕事の効率を下げてしまうことに……ということで提督はこのような職場環境にしているのだ。

 なので鎮守府ではインドアで有名な初雪や秋雲、球磨、多摩なんかも自分のペースで仕事が出来るので不満を訴えたことはない。

 ただ仮に自分の意思や任務で8日間以上連勤した者がいた場合、その時は本人の意思に関係なく次の日が休暇となるのでオーバーワーク対策も抜かり無い。

 

 提督自体の休暇に至っては無いと言ってもいいが、ちゃんと大本営に申請をして大本営から許可が降りれば貰える。しかし任務が少ない日や執務仕事が早く終われば、ほぼほぼ自由に残りの時間を過ごせるので全く休めない訳ではない。

 

「提督さ〜ん、ぎゅ〜ってして〜♡」

「よしきた〜♪」

 

 なのでこんなに鎮守府ライフを満喫しているのだ。

 金剛がティータイムに誘いに来たりもするが、今日は今のところ来てないのでラブラブ中。

 

「はぁ……」

 

 同じ空間にいる矢矧の生暖かい視線をよそに……。

 

 矢矧はこの馬鹿夫婦(特に提督)に厳しいが、休憩中や仕事を終わらせたあとであれば、イチャイチャしてても特に何も言わない。ただ目の前でしていた場合はため息が多め。

 

 本日の仕事を遠征組と演習組の帰投を待つのみになった提督は阿賀野とソファーで触れ合いながら、のんびりと過ごしていた。

 

「ん〜、提督さんとぎゅ〜ってするの好き〜♡」

「そうか〜♪ 俺も阿賀野を抱きしめるの好きだぞ〜♪」

「提督さんは柔らかくて絶妙な抱きしめ具合なのよね〜♡」

「そかそか〜♪」

「痩せてた頃はあれはあれで良かったけど、今も今で最高〜♡」

「褒めても何も出ないぞ〜?♪」

「阿賀野への愛はたくさん出るでしょ〜?♡」

 

 阿賀野がそう言うと提督は「いくらでも出るぞ〜!」と言って阿賀野の頭を撫でたり、頬擦りしたり、頬にキスをしたりとうんと可愛がる。

 対する阿賀野は「きゃ〜♡」と嬉しい悲鳴をあげつつ、提督にされるがまま。

 

 そんな夫婦を、

 

(報告を聞かなきゃいけないからこの場にいるけど、毎度のことながら自分の場違い感がパネェ……)

 

 矢矧はハイライトさんを出張させて、ブラックコーヒーをすするのであった。

 

 すると執務室のドアがトトトントントンと落ち着きなく、それでいて元気よくノックされる。

 

「あいよ〜」

 

 提督が阿賀野を可愛がりながら返事をすると、開いたドアから複数の艦娘が入室してきた。

 

「失礼します、しれぇ♪」

 

 先陣をきって挨拶したのは陽炎型駆逐艦八番艦『雪風』。

艦隊きってのラッキーガールで、ガルルル君(アイスキャンディー)を連続19回当てた強運の持ち主で他にも数々の幸運エピソードを持つ。艦隊のみんなからは妹や娘みたいに可愛がられている。

 

「司令、お菓子ちょ〜だい♪」

「あたしにも〜♪」

「俺にもくれ〜♪」

 

 雪風の後ろからそう声を出すのは、陽炎型駆逐艦十番艦『時津風』と十八番艦『舞風』に十六番艦『嵐』。

 

 時津風はいつも明るく、普段から外を走り回る犬っぽい子。ボールを投げるとそれを追いかけて取って戻ってくる。

 

 舞風もいつも明るくダンスが好きな元気っ子。提督にダンスの指導をされてる時の笑顔が一番眩しい。

 

 嵐は話し方がボーイッシュな反面、暗闇や(カミナリ)、ホラー系が苦手なギャップのある子。どうしても怖くて眠れない時は他の姉妹の布団に侵入するとか。

 

「ちょっと、いきなり走らないでよ!」

「廊下を走るのはダメって言ってるでしょう!?」

「いきなり走ってっちゃうから驚いたよ〜」

 

 そしてそんな四人から遅れて早歩きでやったのは陽炎型駆逐艦九番艦『天津風』に加え、十五番艦『野分』と十七番艦『萩風』だ。

 

 天津風は真面目で周りに気配りが出来る子。少し人見知りするところもあるが、今はもう十分艦隊に馴染んでいる。

 

 野分も真面目で実直な子。提督と那珂を心から尊敬し慕っているせいか、たまに凄い行動を取る時もある。

 

 最後に萩風……萩風は一言で言えば健康マニア。健康に良いことはとりあえず試してみるがモットーだが、それがなかなか続かない子。ダイエット事情にも詳しいので他の艦娘から相談されることもしばしば。

 

 陽炎型シスターズの登場に提督夫婦はイチャイチャするのをやめ、笑顔でお菓子を戸棚から出してくる。

 矢矧はその光景を苦笑いして見つめるが、夫婦がイチャつくところを見ているよりは控えめに言って数千倍マシなので何も言わない。

 

 おやつ時になると、執務室にはこのように多くの駆逐艦たちがやってくる(たまに他の艦種の子も)。食堂や酒保に行けばスイーツやお菓子は手に入るが、提督からは無料で好きなだけ貰えるのでそれがお目当て+提督とお話がしたいからこうしてやってくるのだ。

 

 提督曰く、

 

『親心というか可愛いは正義だし、話をしにきてくれるのが嬉しいから、ついつい甘やかしちまうんだ』

 

 そうな……。

 

「ほ〜ら、好きなだけ食べろ〜♪」

「でもお夕飯が入らなくなるほど食べちゃダメよ〜?♪」

 

 夫婦の言葉に雪風たちは『は〜い♪』と元気に返事をしてから、お菓子の入ったバスケットに手を伸ばす。

 

「す、すみません、司令。姉さんたちや舞風たちが……」

 

 野分がそう言って提督に頭を下げると、天津風と萩風も揃って頭を下げた。

 

「謝んじゃねぇっていつも言ってんだろ? 謝る暇があんなら、お前らも雪風たちみたいに笑顔で菓子食え、菓子。普段頑張ってるお前らが普通の人らと同じように過ごしてるとこを見るのが、俺は大好きなんだからよ♪」

 

 提督はそう笑い飛ばし、野分たちの頭をポンポンとそれぞれ撫でる。すると野分たちは揃って『えへへ』とはにかんだ。

 

「天津風たちって司令に撫でられたいからいつも謝ってるのかな〜?」

「謝らなくても司令は撫でてくれるのにな〜? 変な奴ら」

 

 時津風と嵐が野分たちを見てそうこぼすと、三人からジロリと睨まれて途端に目を逸らす。

 

「まぁ三人共、素直に甘えられる性格してないもんね〜♪」

 

 しかし三人の圧力に臆さない舞風がそう言い放つと、的確な言葉に三人は何も言い返せず、それぞれそっぽを向いて誤魔化すのだった。

 それから矢矧が雪風たちの分のラムネを冷蔵庫から持ってくると、みんなはお礼を言い、矢矧も加えてソファーで団欒することに。

 

 ーーーーーー

 

「でねでね〜、(ラッシー)ったらその映画でゾンビが出る度に『ぴぎゃぁぁぁっ!』って悲鳴あげてたんだよ〜♪」

「う、うるせぇな! 怖いんだからしゃあないだろう!?」

 

 舞風の暴露に嵐は顔を真っ赤にさせて言い返し、恥ずかしさのあまり自分の右隣に座る矢矧の背中に顔を隠してしまう。

 矢矧は困り笑顔を浮かべながらも、そんな嵐の背中を優しく撫でる。

 

「あの悲鳴って嵐のだったんだ〜。あたしはてっきり萩風かと思ってた〜」

「わ、私は悲鳴なんてあげてませんよ……」

萩風(ハギー)は最初のゾンビシーンで気絶してたもんね♪」

 

 時津風の言葉に舞風がまたも身内のことを暴露すると萩風は恥ずかしそうにしながらも、笑顔でそれを流した。

 そんなワイワイキャッキャと楽しんでいるみんなの話を聞きながら、提督と阿賀野はまるで本当に自分たちの娘の話を聞くかのように穏やかな笑みを浮かべている。

 

 すると提督の右隣に座っていた(阿賀野は左隣が定位置)雪風が「あっ」と声をあげた。みんなその声に反応して雪風を見ると、

 

「しれぇ! お星様の形をしたポイの実を発見しました!」

 

 嬉しそうにそれを見せた。

 

 ポイの実とはここの鎮守府限定のお菓子で今は無き食品企業のお菓子を提督監修で間宮たちがリメイクした物。

 深海棲艦が出現したことにより倒産した企業は多く、それは食品企業だけでなく幅広い企業に及んでおり、そうなった理由の大半は単に自業自得である。

 

 日本が自国を守るために軍を持ち、深海棲艦と戦っているのにもかかわらず、

 

『日本がまた侵略戦争を始めた』

『我々をまた苦しめようとしている』

『過ちを繰り返すな』

『そんな者たちにうちの製品は売らない』

 

などと言う反日、反軍勢力がいた。

 

 前までの日本人なら他人事だと思ったり、口での抗議だったり、最悪謝罪したりしていただろう……しかし軍が何をしているのか理解し、日本人という誇りを胸に立ち上がった国民は違う。

国民全体がそんな企業の製品よりも、日本のために頑張る企業の製品を買い求めたのだ。

そんな中でも愚かなことを続けた結果、その企業は業績悪化により撤退や倒産した次第である。

 

「うわぁ、実際に見たの初めて……」

「凄いわね……流石雪風姉さん」

 

 天津風や野分もそれを見て思わず感動してしまっている。

 それもそのはずでポイの実は基本六角形だが、間宮たちの遊び心から1万個に1個の割り合いで入っているラッキースターなのだ。

 

「良かったな、雪風」

 

 提督に祝福され、頭を撫でもらった雪風は「えへへ〜♪」とご満悦。すると雪風が「ではこれはご夫婦に差し上げます♪」と言って、輝く笑顔で夫婦に差し出した。

 

「え、これ珍しいものだよ? 雪風ちゃんが食べなよ」

「そうだぞ。せっかくお目にかかれたんだ、雪風が食べたらいいじゃねぇか」

 

 雪風の行動に夫婦はそう返すが、雪風は「いいえ」と言って二人に渡そうとして聞かない。

 

「だって、雪風はここに着任してから毎日しれぇや阿賀野さんに幸せを頂いてます……だから、雪風はそのお返しがしたいんです」

 

 こういうことでしか返せませんけど……と付け加えた雪風の瞳は凄く真っ直ぐで澄んでいた。そんなことを言われたら貰わない訳にはいない、と感じた夫婦は雪風から星形ポイの実を貰った。

 

「じゃあ雪風、ちょっと俺と阿賀野の間に来い」

 

 提督はそう言って阿賀野にアイコンタクトをすると、阿賀野も「おいでおいで♪」と手招きして雪風が入れるスペースを空ける。

 雪風は小首を傾げながらも、ちゃんと夫婦の言う通りに二人の間へ座った。

 

 すると「雪風〜♪」「ありがと〜♪」と言いながら、夫婦揃って雪風を両側から挟むように抱きしめた。

 夫婦からギュ〜ッと抱擁された雪風は「ひゃ〜☆」と嬉しそうな声をあげて満面の笑み。

 

 そんな三人を見て萩風が「本当の親子みたい♪」とこぼす。

 その隣で、

 

「いいな〜、雪風(ユッキー)……ね、天津風(アマツン)?」

「わ、私に振らないでくれない?」

(確かにされたいけど……)

 

 舞風から急に振られて本音を隠す天津風であった。

 

 一方、野分が「怒らないんですね」と矢矧に言うと矢矧は少し複雑そうな表情を浮かべる。

 

「馬鹿みたいなイチャイチャじゃなくて、あれは夫婦なりのみんなへの可愛がり方の一つだからね……それに雪風も幸せそうだから」

 

 するとその横から時津風が「本音は?」と訊ねるが、矢矧は「今のが本音よ」と苦笑いを浮かべて時津風の額をペチッと軽く叩くのだった。

 

(全く……しょうがない夫婦ね)

 

 矢矧はそう思いながらいると、

 

「司令〜、あたしも〜!」

「ならあたしと他のみんなにもお願〜い♪」

 

 雪風ばっかりズルい……と、時津風と舞風が手をあげた。

 特に舞風の言葉には天津風、野分、萩風といった真面目勢は驚愕したが時既に遅し。

 

「天津風ちゃ〜ん♪」

「よ〜しよしよし♪」

「ちょ、ちょっと〜!」

 

 位置的に阿賀野の近くにいた天津風が早速夫婦サンドの餌食になってしまった。

 続いて野分、萩風と夫婦サンドにあう。三人共始めこそは抵抗するが、夫婦からの優しいハグと撫で撫でに最後は陥落し、

 

「ふへへ……二人にいっぱい撫で撫でされちゃったぁ」

 

「の、のわひ(野分)ひやわへものでふ(幸せ者です)……」

 

「お二人にたくさん可愛がってもらっちゃった〜……へへ〜」

 

 このように恍惚な表情を浮かべ、ビクンビクンと幸せで身を震わせた。

 

「えへへ〜、た〜のし〜い♪」

 

「提督〜、阿賀野さ〜ん、もっと〜♪」

 

 一方、時津風と舞風はとても嬉しそうに夫婦サンドを受けるのだった。

 そんなこんなで楽しいおやつタイムを過ごして、雪風たちがキラキラしながら執務室を去ると、

 

「二人共……正座っ!」

 

 夫婦は矢矧からしこたま怒られた。

 

「あのね、可愛がるなとは言わないわ。でもどうしていつもいつもいつもいつもいつもいつもい〜っつも! 加減をしない訳!?」

 

 この調子で夫婦は演習組が執務室へ来るまで、怒られ続けたというーー。




今回はここまで♪

読んで頂き本当にありがとうございました!


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夜の鎮守府

 

 時刻は二一〇〇を過ぎ、本格的な夜を迎えた。鎮守府は昼間の賑わいとは違い、穏やかな顔を見せている。

 

 夜間任務(見回り)へ向かう者たち、お風呂に向かう者たち、寮室で仲間たちと談笑する者たち、夜食を作る者たちと様々だ。

 

「さぁて、今回は何を読むかな〜」

「提督さん、これなんていいんじゃない?」

 

 そんな中、駆逐艦寮の談話室では提督と阿賀野が本を選んでいた。勿論矢矧も夫婦の監視役として同行。

 

 これは提督が週に一度、駆逐艦を対象に行っている本の読み聞かせである。

 駆逐艦を対象にしているが、他の艦種の者たちも聞きに来たりするので案外幅広く心待ちにされている行事。

 

 艦娘は日夜深海棲艦と戦っているが、陸に上がればみんなその見た目相応な思考も持つ。しかし艦娘は親を持たぬ故、家族の時間というものを知ってはいてもイマイチ実感はない。そこで親が我が子に絵本を読み聞かせるように、提督が艦娘たちの親となり本の読み聞かせをすることにしたのだ。

 

「司令官、今回は何読んでくれるの〜?」

 

 辛抱堪らずそう訊くのは夕雲型駆逐艦十九番艦『清霜』。

 大和や武蔵など戦艦の艦娘に憧れ、当初の将来の夢は戦艦になることだったが、提督夫婦を見ているうちに素敵なお嫁さんになりたいという夢も描く純粋な子。

 

「そう急かすなって。ちゃんと面白いの選んでくれんだからよ〜♪」

「そうよ、清霜さん」

 

 そんな清霜を注意するのが同型駆逐艦十六番艦『朝霜』と十七番艦『早霜』。

 

 朝霜はいつも元気ハツラツで気の強い子。

 早霜の方は落ち着いていて気の優しい子。

 

「ん? 桃太郎……レジェンド?」

「普通のと何か違うのかな?」

 

 持ってきた本の中に『桃太郎レジェンド』というタイトルを見つけた夫婦。駆逐艦とはいえ絵本を読むほど子どもでもないので毎回読むのは普通の本にしているのだが、この本は今まで見たことがなかった。

 読み聞かせに使う本はいつも夫婦で本館の図書室から適当に選んでくるのだ。

 

「桃太郎か〜、前に読んでもらったけど、レジェンドってどんなのなんだろう?」

「楽しみ……」

「リベも聞いたことあるけど、レジェンドも聞いてみた〜い♪」

 

 夫婦が小首を傾げる中、わくわくしているのはドイツのZ1型駆逐艦『Z1(レーベレヒト・マース)』ことレーベとその妹『Z3(マックス・シュルツ)』、通称マックス。そしてイタリアのマエストラーレ級駆逐艦『リベッチオ』ことリベである。

 

 レーベは日本に来て二年ほど経つ海外艦。提督のことは父のように思っており、凄く懐いている。

 

 マックスはレーベより遅れてやってきた海外艦。落ち着いているが、見た目相応の反応もするギャップのある子。提督ことを私的にはパパと呼ぶ。

 

 リベは日本に来て半年ほどの海外艦だが、持ち前の明るさで多くの友人が出来ている。提督によく懐いていて、たまにホームシックになると提督夫婦と同じお布団で眠るそうな。

 

「私も聞いてみたいな〜」

「私も読んでもらいたいです♪」

「んじゃ、今回はそれに決定だね」

 

 一方こちらで話をするのは島風型駆逐艦『島風』と艦隊唯一のフランス水上機母艦『コマンダン・テスト』、そして潜水艦『伊八』ことはっちゃんだ。

 

 島風は速さを求める高速艦。しかし提督とゆっくりお散歩するのも大好きな子でスピード狂ではない。レーベ、マックス、リベと寮では同室。

 

 コマンダン・テスト(以降テスト)は物腰の柔らかい淑女。日本にやってきて数ヶ月、日本文化にまだまだ翻弄されている感はあるが、日々勉強をしている努力家。因みに今回は日本語の勉強の一環として参加したのだ。

 

 伊八はドイツかぶれのおませな潜水艦。読書が趣味でインドア派だが、一度出撃すれば魚雷で華麗に敵を屠る猛者。提督お手製のシュトーレンが大好物。

 

「んじゃ、これにするか。みんな集まれ〜」

 

 提督がみんなの意向を聞いて声をかけると、みんな『は〜い』と返事をして提督夫婦の側へ集まった。

 

「え〜っと、へぇ短編集的な感じなんだな。んで最初は〜……『桃太郎生まれず』か。んじゃ、読んでくぞ〜」

 

 こうして提督はとりあえず読んでいった。

 

 ーーーーーー

 

昔々、あるところにお爺さんとお婆さんがおった。

お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯をしに向かった。

お婆さんが川で洗濯をしていると、どんぶらこどんぶらこと大きな桃が流てきた。

お婆さんはその桃を「おんや、大きな桃じゃのぉ」と言いながら眺めていると、桃はお婆さんの前を悠然と通り過ぎていくのだった。

そしてこの日もお爺さんとお婆さんの平穏な一日が終わるのであった。めでたしめでたし……。

 

 ーーーーーー

 

「見てただけで桃太郎じゃなくね?」

「うん。ただ大きな桃を見てただけだね……」

「だから"生まれず"だったのね」

 

 提督の疑問に島風がそう返し、伊八も淡々と返す。他のみんなもキョトンとした顔を浮かべているが、提督はとりあえず次の章を読むことにした。

 

「んじゃ次な……昔々ーー」

 

 ーーーーーー

 

桃太郎が鬼ヶ島へ向かっていると、一匹の白い犬がやってきて、

 

『桃太郎さん、桃太郎さん。お腰につけたきび団子、お一つ私にくださいな』

 

桃太郎にそう訊ねる。しかし、

 

『ん? この犬はさっきからきゃんきゃんと……もしかして腹が減っているのだろうか?』

 

当の桃太郎の耳に犬の言葉が伝わるはずがなかった。

 

『すまないな、犬よ。あげたいのは山々だが、これは私の食料なのだ。それに犬が団子を食べては喉につかえてしまうかもしれぬ。だから他を当たるがよい』

 

そう言って桃太郎は犬の頭を優しく撫で、鬼ヶ島へ向かうのだった。

その後も猿や雉が声をかけるも、桃太郎は今日は動物がよく出てくるなぁ……と思うばかりだったそうな。

 

 ーーーーーー

 

「おい! お供たちガン無視かよ!」

 

 淡々と読んでいた提督がその章を読み終えた途端にツッコミを入れると、

 

「でも確かに動物の言葉とか普通は分からねぇよな〜」

「うん……どうして絵本だと喋れるんだろうね?」

 

 朝霜や清霜も桃太郎のミステリーに小首を傾げていた。

 

「それはそうじゃなきゃ話が進まないからよ」

 

 朝霜たちに早霜は身も蓋もないことを返したが、朝霜たちは『確かに』と納得してしまう。

 

「おいおい……次のもこんな調子か〜?」

 

 提督はそう言ってみんなへ読み聞かせる前に、次の章を確認した。すると提督は大声で笑った。

 みんなはそれが気になって提督に早く読んでとせがむと、提督は笑いを堪えつつ次の章を読み聞かせることに。

 

 ーーーーーー

 

桃太郎一行は鬼ヶ島が見える岸までやってきたが、小舟では渡らずにその場から少し隠れた所で野営準備を始めた。

桃太郎が野営準備を進める中、お供の()()()()()()()()()で周囲の警戒や偵察。他の()()()()()()()()()()()()は食料の調達へと向かった。

 

 ーーーーーー

 

「あぁ、もうダメだ〜! あっはっはっ!」

 

 笑いを必死に堪えて読んでいた提督だったが、もう我慢の限界で笑い転げてしまう。

 

「お供が強過ぎだろwwwwww しかもニホンオオカミの群れってwwwwww」

「一匹仲間にしたらファミリーも付いてきたって感じだなwwwwww」

 

 朝霜と提督が大草原を生やす側で清霜や島風も揃ってお腹を抱えている。

 

「桃太郎が生まれたのは室町時代ら辺だから、ニホンオオカミもワシミミズクもいるって解釈だね。ワシミミズクはちょっと怪しいかもだけど、アジア圏に分布してたしこの時代にはいたかもしれないね」

「でも正しい選択だね」

「そうね。でも北海道のヒグマとかオオワシとかの方が強くない?」

 

 マックスが疑問点を口にすると、側にいた早霜が口を開いた。

 

「多分本州にいる中で最強を選んだのかもしれないわ。この時の北海道はまだ日本では近隣の国だったから」

 

 早霜の説明にレーベとマックスは『なるほど〜』と声を揃える。みんなが笑う中でこのように伊八たちが冷静に分析するのがまた笑いを誘い、笑いの波がどんどん押し寄せていく。

 

「野営ってことは鬼ヶ島へ乗り込まずにやってきたところを叩くのよね? 随分頭脳派な桃太郎ね」

「そうだね。それに夜戦になってもオオカミとミミズクだからこっちが断然有利だもんね」

「クジラ辺りを仲間にしてれば岸に辿り着くことさえ出来ないかもしれませんね」

「日本にもクジラはくるもんね♪」

 

 一方、矢矧と阿賀野の隣でテストやリベがクジラを候補に挙げると、二人共『それよ!』と返して目を輝かせた。

 

「司令〜、早く続き読んでくれよw その続きめっちゃ気になるw」

「ちょ、ちょっと待ってくれ朝霜……まだ笑いの波が押し寄せて来てるんだ……くふふっ」

 

 一頻り笑った後、提督はその結末を読み聞かせるために続きを読み始めた。

 

 ーーーーーー

 

桃太郎一行が野営をし、夜が訪れると、鬼がやってきたことを知らせるニホンオオカミの遠吠えが辺りに響く。

桃太郎はツキノワグマとワシミミズクを引き連れ、最初に遠吠えが聞こえた高台へと向かった。

高台へ上がると、鬼ヶ島と本州の間を一艘の小舟が月明かりの中をゆっくり進んでくるのが見える。

 

『あれが鬼か……どうだ、お前たち?』

 

桃太郎が他の二匹へそう訊ねると、ツキノワグマは自慢の嗅覚を活かして鬼だと確認し、ワシミミズクも夜目でしっかりと確認した後、桃太郎へ頷きを返す。

すると桃太郎はワシミミズクに奇襲を仕掛けよと合図。

 

舟の上でワシミミズクからの攻撃に戸惑う鬼。辛くも海へ飛び込み、攻撃を回避しながら泳いで岸へ着くと、

 

『グルルル……!!』

 

ツキノワグマが鬼を睨みつけていた。

流石の鬼もこれには驚いたがしっかりとツキノワグマと目を合わせて対峙する。

しかし、

 

『オォ〜〜ン!』

 

遠吠えと共にオオカミの群れが鬼へ一斉攻撃を開始。

翻弄される鬼は必死に抵抗するも、圧倒的な数を前になすすべがない。

そこへ、

 

『覚悟〜!』

 

大将である桃太郎が渾身の力を込めた一振りを喰らわした。

鬼はこうして倒され、桃太郎とその一行は一躍有名となり、村の平和を守るのだった。

 

「お、終わったぞ……っ、ふ、腹筋が痛い……」

「司令、これ最高過ぎだろ……www」

「これは確かにレジェンドだね……あははは♪」

 

 ようやっと読み終え、腹を抱える提督、朝霜、清霜。他のみんなも鬼が可哀想……と思いながらも、この改編された桃太郎の話に笑った。

 

「ふぅ……んじゃ、今夜はこれくらいにするか。もう二二時を過ぎてるからな」

 

 提督がそう言って立ち上がると、みんなは「面白かった〜」「明日みんなに教えよ」「また日本文化を学べました」と笑顔を見せる。

 

 鎮守府の完全消灯時間は二三〇〇ではあるが、廊下を出ればセンサーが反応して廊下の電気が廊下をしっかり照らす。これによって暗い中でトイレに行くのが苦手な者は安心して行けるのだ。

 

 みんなして談話室を出ると、駆逐艦の者たちは提督たちに『おやすみなさ〜い』と言って各部屋と戻り、寮の玄関前では矢矧たちと挨拶して別れ、提督夫婦も本館にある自分たちの部屋へ向かった。

 

「今日の読み聞かせはなんつぅか、笑ったな」

「うん♪ でもみんなも楽しそうで、今回も良かった♪」

 

 阿賀野の言葉に提督は「だな」と返すと、自身の左隣を歩く阿賀野の手をそっと握る。阿賀野もそれに応えて握り返し、笑顔を向けると提督もニッと微笑む。

 

「今日もお疲れ様、慎太郎さん♡」

「おう、阿賀野もお疲れ♪」

 

 互いに互いを労うと夫婦は口づけを交わし、ゆっくりと仲良く部屋へと戻るのだったーー。




今回は桃太郎を改変したというネタを入れました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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それぞれの強さ

アンチ・ヘイトが含まれます。


 

 日付けは8月15日。

 この日は日本人の誰もが知っている『終戦記念日』である。

 

 鎮守府は『終戦記念日』ということもあり正午の黙祷が終わるまで任務は無く、いつもよりは落ち着いた朝を迎えている。

 

 日本の各メディア、マスコミではこの日が近くなると、第二次世界大戦のことを連日取り上げた特集や特番が組まれる。

 本日はその当日とあって、朝からどのテレビ局もこの話題で持ちきりだ。

 

 鎮守府の食堂では各自が朝食を取りながら、大型テレビのとある中継に注目していた。

 

 ーーーーーー

 

『只今、総理大臣と元帥を乗せた車がそれぞれ到着しました!』

 

 テレビに映る女性キャスターは現内閣総理大臣「中村正文(なかむら まさふみ)」に駆け寄る。

 

『中村総理! 毎日欠かさずに参拝していますが、やはり今日も参拝なされるのですか!?』

『だからここに来たんですよ? これは私の日課であり、終戦記念日だから参拝するのではなく、日頃のご報告を英霊の方々にしているのです。勿論先の大戦で亡くなられた方々だけでなく、これまで国のために亡くなられ、ここに祀られておられる英霊の方々全員へね』

 

 キャスターの質問に中村総理は毅然に、そして悠然に答える。

 そしてそのキャスターは日本国防軍総司令官『鬼山日嗣(おにやま ひのつぐ)』元帥にも同じ質問をした。

 

『えぇ。中村総理が言ったように私もこれが日課でありますからね』

『その行動に国内だけでなく、海外からも批難の声がありますが、そのところはどう考えていますか?』

 

 キャスターがまた質問をすると、元帥は首を傾げる。

 

『批難の声? 国内からの批難の声ならば、よく考えて頂きたいですな。何故日本が戦争しなくてはいけなかったのかを、ね』

『と、仰られますと?』

『当時の日本はアメリカから石油依存をしていた。その中で石油を止められ、アメリカに脅しを受けた。そこで永野軍令部総長殿が御前会議でこう述べたーー』

 

政府によればこのままアメリカの要求を飲んだら日本は滅びる。

軍部から見ればアメリカと戦争して勝つ見込みは少ない。

しかし、戦わずして滅び、戦っても滅びるなら、

子孫のために戦って滅びた方が()()()()ので、日本は再興出来る。

 

『ーーとね。日本はこうして開戦に踏み切った。愛する国のため、愛する家族のためにと国民が立ち上がったのです。それがあって今の日本国がある……故にその方々へ参拝することがどうして批難されるのか。私には到底理解出来ませんな』

『なるほど……では海外の声については?』

『それはいつものことです。我が国のことに口を挟むのは間違っているし、マナー違反でしょう? 仮に我が国がその国を批難したら、彼らは必ず内政干渉だと言ってくるのですから、イチイチ付き合ってられませんよ』

 

 清々しいほどの返答にキャスターは思わず息を呑み、二人にお礼を述べるのだった。

 

 ーーーーーー

 

「相変わらずどっちもブレねぇなぁ」

 

 提督が苦笑いを浮かべてそうつぶやくと、阿賀野は「そうね〜」と同じく苦笑いを浮かべる。夫婦だけでなく、食堂全体が苦笑いといった感じだ。しかしそれは悪い意味ではない。

 

 中村総理は現与党である『国民声党』……通称"国声(こくせい)党"の党首で山口県出身の政治家。歳は五十三歳。

 穏やかな顔をしていて人当たりも良いが常に国益を第一に考える熱い政治家であり、敵に対しては徹底された冷徹性を持つ。国防軍の成立や憲法改正を成立させてしまうほどのカリスマで、総理大臣になる前から(正確には東京に来てから)靖国神社には毎日参拝している。

 

 鬼山元帥は四十八歳で国防軍のトップになったエリートの海軍軍人。

 話しかけるのを躊躇うほどの強面の持ち主であるが、情に厚く、涙もろい一面もある。話してみると面白い有名人で日本一と言われ、多くの国民に好かれている。

その一方で国内外問わず記者会見や会談、会議といった場では常に強気の姿勢であり、世界から常に視線集めている。

 

 今日の艦娘があるのは二人の働き掛けが大変に大きく、艦娘の人権は日本が始めに認め、日本が世界に先立って深海棲艦に対抗した。

 日本社会は今から何年か前に総理大臣を陥れる報道や国会質疑が世間を賑わせ、偏向報道も拍車をかけた。

 しかしインターネットの普及で偏向報道の真実は明るみとなり、多くの国民からマスメディアやそれを擁護する政治家は多大なる批難を浴び、大打撃を喰らい、それを期に日本は大きく変わったのだ。

 

 そんな二人がこの日に靖国神社へ参拝をするのだから、やはりみんなが注目しているという訳である。

 

「ま、そこが今の日本のいいところだ。もう何でも言うことを聞く優等生じゃないってんだ」

 

 テレビを観ながら提督がそうつぶやくと、隣に座る阿賀野も「そうだね」と返しながら笑みを見せた。

 

「鬼山元帥、顔色悪いわね」

「前にテレビに出るのは好かないって言ってたものね」

「鎮守府に来た時はずっと笑顔だったのにね〜」

 

 そんな提督夫婦の側では能代、矢矧、酒匂が元帥のことを心配していた。

 元帥は各鎮守府を定期的に視察している御仁で、当然ここにも来たことがある。各提督や艦娘には気さくに話しかけるので、仕事の顔を見るとやはり違和感があるのだろう。

 

 するとまた中村総理と鬼山元帥に質問をする者がいた。今度は男性でどこかの記者だろう。

 

 ーーーーーー

 

『朝見新聞の者です。お二方が参拝されると、また世界中から批難の声が多く寄せられるはずです。どうして国際秩序を乱してまで参拝するのでしょうか? その辺の旨をお聞かせください』

 

 女性キャスターがした質問と同じ質問。しかし二人は嫌な顔ひとつ見せずに、キャスターにした答えと同じ回答をしていく。

 

 ーーーーーー

 

「英霊の方々に参拝して何が悪いのよ。毎年毎年うるさいわね……」

「毎年毎年懲りなわね〜」

 

 テレビを観て、思わずそんな声を出したのは矢矧たちと同じテーブルに座る、朝潮型駆逐艦三番艦『満潮』と四番艦『荒潮』。

 

 満潮は棘のある物言いをするが、心から姉妹、仲間を思う優しい子。

 

 荒潮はちょっとおませな不思議ちゃん。改二になっても荒潮節は健在で、みんなをいい意味でも悪い意味でも振り回している。

 

「でもでも、多分偉い人にそう訊くように言われてるんだと思う!」

「そうかもしれないけど、左巻きの人たちっていつも私たちを悪く言うから好きじゃないわ」

「日本で暮らしてるのに日本が嫌いな変な人たちだからね〜♪」

 

 そんな満潮と荒潮の言葉に反応したのは同型駆逐艦二番艦『大潮』に五番艦『朝雲』と六番艦『山雲』だ。

 

 大潮はいつでも元気一杯なムードメーカー。改二になって更に闘志を燃やす。

 

 朝雲は任務や訓練中は冷静沈着だが、普段はライオンのぬいぐるみが好きな可愛い子。

 

 山雲はふんわりのほほんとした自他共に認める朝雲大好きっ子だが、姉妹全員が大好きっ子。

 

「でもま、この二人は誰に対してもブレないから大丈夫でしょ」

「えぇ。どちらもご立派な方々だからね」

「静かに聞こうよ……聞こえない」

 

 そして霞、朝潮たちの言葉にそう返すのが同型駆逐艦九番艦『霰』で、無口だけど実直な艦娘。でも姉妹愛は姉妹で一番強い。

 

 ーーーーーー

 

 同じ回答をする中で、元帥が「では、私から質問があります」と記者に言って、こう続けた。

 

『あなたは今『世界中から批難の声』と言いましたな? 私や総理を批判する国はどこなのか教えて頂きたい。お恥ずかしいことに私は日本を守ることに精一杯で、あなたみたいに広い視野がないのですよ』

 

 元帥の質問に記者は『中国や韓国、北朝鮮……』と答えるが、元帥に「その三国だけかな?」と言われると言葉に詰まってしまう。

 

『それで世界とは……あなたの世界は随分狭いですな。そもそも批難と言うが、国のために命を落とされた方々に感謝と尊敬を示して何が悪いと言うのでしょう? それこそ他所の国が騒ぎ立てる方が異常だと私は思いますな』

『どの国も日本の隣国なんですよ!? 隣国と話し合い、仲良くしてこそ国が安定するんです!』

 

 元帥の言葉に噛み付くように返す記者。しかし、

 

『こちらがどんなに仲良くしようとしても、向こうが仲良くしてくれないのですから仕方ないでしょう。あなた方お得意の"話し合い"はもう何年も前に決裂しているんです。何せ、こちらがどんなに呼び掛けても応じなかったのは向こうなのですから』

 

 中村総理に現実を突きつけられた記者は黙り込んでしまう。

 

『歴史認識は国々で違います。日本は自らが過去にしたことへの反省をしっかりしました。しかし忘れてはいけないのが鬼山元帥殿が言うどうして日本が戦争をしたのか、どうして負けたのかということです』

 

『ここに祀られておられる多くの英霊の方々が我々に残してくれた日本を、今は深海棲艦の脅威からどうやって守るのかを考えねばいけない時代にいるのです』

 

『私の先輩、いつかの総理大臣が「人の命は地球の重さよりもずっとずっと重い」と仰られました。しかしこの言葉は欺瞞(ぎまん)に過ぎず、人は自らの命に変えても守りたいものがあり、それは国でありそこに暮らす家族なのです。それをしたのがここに祀られておられる英霊の方々なのです。あなた方が批難する国防軍の方々もまた、日本を守るために日々戦っているのです』

 

『あなた方が私たちをどう報道するのかは自由です。しかしあなた方の報道は常に国民が見ています。質が悪ければ離れるし、質が良ければ支持されます。あなた方マスメディアが日本社会を動かしているというのは単なる錯覚であり、日本社会を動かしているのは私たち政府でも軍でもなく、日本国民であるということをゆめゆめお忘れなきよう、お願い致します』

 

 記者は中村総理の言葉に弱々しく頷くと、二人はまた笑顔で報道陣に挨拶をして今度こそ参拝へ向かった。

 

 ーーーーーー

 

 キャスターがカメラをスタジオへ返すと、間宮がテレビの電源を消した。どうせこのあとを観ても特に何もないからだ。

 

「相変わらず強いね〜、中村総理も元帥さんも」

「そりゃあね。去年の参拝後に中国とかから『失望した』って言われても平然としてたものね」

 

 酒匂の言葉に能代が苦笑いを浮かべて返すと、矢矧も確かにと頷く。

 

「失望したって言われたけど、二人は『我々日本は何年も前からあなた方に失望している』って言い返したもんね。あれにはスッとしたわ」

「言いたいこと言ってくれた〜って思ったもんね♪」

 

 満潮と大潮がそんな話をしていると、他の面々も笑顔で頷いている。

 

「左巻きの人たちは二人を極右って言うけど、ちゃんと両方の意見を聞いてるから未だに高い支持率なのよね」

「うんうん。実際に徴兵もしてないし、他国も攻めてないしね〜」

 

 朝雲と山雲も中村総理と鬼山元帥を高く支持している様子で、他のみんなもうんうんと頷いているので同じような意見を持っているようだ。

 

「ま、私たちは深海棲艦から日本と国民を守ればいいのよ」

「ンチャ……シンプルに考えた方が余計なことを考えなくて済むもんね」

「霞や霰の言う通りだ。難しいのはお偉方に任せて、俺たちは自分の役割をしっかり遂行すればそれでいい」

 

 二人の声に提督がそう言って二人の頭を撫でると、二人共ちょっと照れたような笑顔を浮かべた。霞に至っては口で「撫でんな」と言っているが、いつもの勢いはない。

 その後も食堂では穏やかな時が流れた。それは国……国民が艦娘たちの背中を強く後押してくれているからだろう。

 

 そしてこの日の正午、鎮守府全体で海へ向かって一分間の黙祷を捧げるのだったーー。




今回は少し難しいお話にしました。
この投稿日は長崎市へ原爆が投下された日。
これにより亡くなられた方々に心からお祈りします。
勿論、広島市への原爆投下で亡くなられた方々にも同じく心からお祈りします。

そうした日に今回このような回にしましたのは、8月のこの時期は多くのメディア、マスコミで大東亜戦争のことや政府、政治家の靖国神社への参拝が悪い意味で報道されていると感じるからです。
もう少し冷静に歴史を見てほしいと思うばかりです。

気分を害された方々には申し訳ありません。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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重い思い想い

 

 8月某日、時は夜の二〇〇〇過ぎ。

 泊地全域では夜になっても全く涼しくなる気配がなく、当鎮守府も同じく熱帯夜に見舞われている。

 すぐ側に海があり、潮風はあってもやはり暑いものは暑い。

 

「うぅ……せっかくお風呂入ったのに、部屋に着くまでにまた汗かいちゃうわ〜」

 

 へばり気味で不満の声をもらし、入浴セットを持ちながら重巡洋艦寮の廊下を歩くのは、高雄型重巡洋艦二番艦『愛宕』。

 

 スキンシップが激しく、提督にもよく抱きついては阿賀野や高雄に注意されているが全く改めないお転婆娘。提督のことは好きだがライクなので阿賀野も強くは言わないんだとか。

 

「全くですねぇ……早くエアコンの効いたお部屋で涼みたいですぅ」

 

 そんな愛宕の隣を歩くのは青葉型重巡洋艦一番艦『青葉』。

 

 索敵、砲雷撃戦が得意な心強い存在。普段は週刊誌『見ちゃいました』という情報誌を出すためにネタ探しをしている。勿論ゴシップ記事等は載せず、取材対象の許可を得た記事だけを載せる真っ当な雑誌だ。

写真が趣味でたまに阿賀野には内緒で提督の隠し撮り写真集を出しており、ガチ勢やLOVE勢にかなり好評。

そんな青葉自身も提督にベタ惚れで、本当のお宝写真は自分だけで堪能しているそうな。

 

「あら、青葉さんはその前に提督の写真でハスハスするのではなくて?」

 

 後ろから青葉にそんな言葉を見舞うのは最上型四番艦軽空母『熊野』。

 青葉は熊野に対して「勿論です♡」と返し、口角をニヤリと歪め、情愛と影が入り乱れたような笑みを浮かべた。

 

 熊野は立ち振る舞いなどは淑女そのものだが、砲雷撃戦の掛け声などはとっ散らかっているちょっと変わった子。

改二そして軽空母にまで育ててくれた提督が大好きなガチ勢ではないが、今はケッコンカッコカリをするのが目標のLOVE勢。

今は軽空母だが元々は重巡洋艦なので寮はそのままである。

 

「そんなことを言うくまのんも、そうするのですよね?」

 

 そしてその隣を歩く三隈の言葉に熊野は「わたくしは眠る前だけで十分ですわ♪」と清々しい笑みで返す。

 

 この四人は寮で同じ部屋であり、先ほど寮のお風呂(同時に五人入れる規模のお風呂)で今日の疲れを洗い流してきたところだ。

 

 鎮守府の寮は駆逐艦寮以外の部屋割りは全て着任順で決まっている。

 何故そうなのかというと駆逐艦以上のクラスは訓練などで常に姉妹で行動するので、平時はそれぞれとの交流をすることが連帯感をより強く出来るだろうと提督が考えたから。

 

 一方で駆逐艦は人数が多く、訓練や任務では姉妹固まって過ごすことが少ない分、駆逐艦寮だけは姉妹でまとめている。

 

 例

 綾波型1号室

 綾波・敷波・朧・曙

 綾波型2号室

 漣・潮

 

 仮に姉妹で一人だけもれてしまったりした場合はもう一人姉妹が着任するまで一時的に同型姉妹の部屋に入ってもらうため、駆逐艦寮の間取りは他の寮よりはゆとりがある。

 

 例

 陽炎型4号室

 野分・嵐・萩風・舞風・秋雲

 

 ただ例外もあり、それは島風だ。この場合はレーベたちが来るまではあえて部屋を決めず、ベッドが余っている部屋を好きなように使わせていた。その方が姉妹がいなくても寂しくないからと提督が考えたからで、そのため島風は日替わりでそれぞれの部屋で過ごしており、孤立することなく馴染めた上に駆逐艦のみんなと仲良くなれた。

 

「二人は相変わらず提督のことが大好きなのね〜♪」

 

 愛宕が二人にそう言うと、二人は満面の笑みで頷く。

 

「提督はこの熊野をここまで育て上げた大変優秀なお方……それはまさしくわたくしへ対する愛が成せたことですわ♡」

「提督はもう阿賀野さんが居ますのに、くまのんは肉食ですね〜」

「あら、正妻は狙ってませんわよ? わたくしはあくまでもケッコンカッコカリをして頂ければ満足ですの♡」

 

 熊野がケッコンカッコカリで満足している理由は、提督が深海棲艦との戦争が終わっても自分が死ぬまで軍人でいると言ったから。

 戦争が終わっても軍にいるのならば、正式な結婚でなくても提督とはずっと結ばれている……そう考えた熊野はケッコンカッコカリで十分幸せなのだ。それに好いた提督を困らせるのはしたくないという奥ゆかしい想いもある。

 

「今の青葉があるのは司令官のお陰です。そんな方を諦めろというのが無理なんですよ。伊達にソロモンの狼と呼ばれていた訳ではありませんから!♡」

 

 フフンと鼻を鳴らす青葉に三人はふふふと優しく笑みを返す。

 

 青葉が提督に惚れた理由……それは青葉が失意のどん底に陥ってしまった時のこと

 

 ーー

 ーーーー

 ーーーーーー

 

 時はまだ艦娘が人権を認められてからまだ日が浅い頃のこと。

 新聞やテレビでは深海棲艦との戦況が連日取り沙汰されており、中でも艦娘がまだ艦だった頃の艦歴を紹介したりするワイドショーも多かった。

 

 青葉はそこで自分の艦時代の再現ドラマを観た。それもマスメディアによって捻じ曲げられた艦時代を……。

 

 その番組では『ワレアオバ』のことや『ワレ曳航能力ナシ、オ先ニ失礼』といった事実ではあるが、その時の戦況や背景を見せずに報じ、

 

『活躍もしなかったが沈没もしなかった』

 

 などというコメントで締めくくる放送だった。

 

 それを観てしまった青葉は第六戦隊の仲間である古鷹、加古は勿論のこと、祥鳳、熊野、吹雪といった仲間たちへ顔向けが出来ないと自らの心の闇に引きこもってしまった。

 同じ第六戦隊で妹の衣笠に至ってはこの頃はまだ着任してなかったため、ギクシャクせずに済んだ。

 後にちゃんと衣笠にも青葉は謝ったが衣笠は笑顔で「なんのこと? 変な青葉♪」と笑い飛ばした。

 

 そしてそんな青葉を救ったのが、

 

『お前を恨んでる奴なんざいねぇ。お前は最後まで戦い抜いた……これほどの大戦果を上げた艦はそういねぇぞ』

 

 提督の言葉だった。

 

 勿論、最初は青葉も提督の言葉に否定的で聞く耳すら持たずにいた。

 

 確かにサボ島沖海戦では、乱戦や情報の誤りがあったとは言え、油断が招いた海戦であることは否めない。

 

 しかしそれでも提督は青葉に言葉をかけ続けた。

 

『お前はソロモンの狼とまで言われた不滅艦だ。あの時みたいに前を見ろ』

 

『過去は覆せねぇ……でも今のお前には未来がある』

 

『俺にはお前の力が必要だ。一緒に進もう』

 

 毎日毎日ただ息だけして、魂が抜けたような青葉に提督は必ず会いに来て、必ず何かしらの言葉をかけた。

 その言葉一つ一つが青葉の目に、心に魂を呼び戻させたのだ。

 

 青葉はそうして自分と向き合い、提督の優しさで本来の自分を取り戻すことが出来き、艦隊のみんなとも笑顔で肩を並べることが出来た。

 そしてその頃から青葉は提督を愛するようになったーー

 

 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー

 

 提督の話をしながら部屋へ戻った四人。因みに愛宕たちは重巡洋艦寮の4号室。

 青葉は早速自身のベッドの枕元に置いてある写真立てに一直線。

 

「ただいまです〜、司令官♡」

 

 提督の写真にそう言って、青葉はちゅっちゅっと何度も何度もキスをする。その一方で熊野は提督の写真に投げキッスをしていた。

 そんな青葉と熊野を愛宕と三隈は『またやってる』と思いながらも、あえて何も言わずに冷たい麦茶をそれぞれのコップへ注いだ。

 

「ほら〜、青葉ちゃん、熊野ちゃん。麦茶飲みましょ〜」

「アイスも食べるのでしたら冷凍庫に入ってますよ〜」

 

 すると二人は返事をしてテーブルに戻る。ただし青葉は写真立ても持って。

 

「アイスって何が残ってましたっけ?」

「ん〜、確認してないから覚えてないわ〜」

 

 青葉の言葉に愛宕がそう返すと、熊野がとりあえず確認に向かった。四人共どうしてもという物には自分の名前を書くが、それ以外はみんなでお金を出し合って買った物なので誰が食べても気にしないのだ。

 

「えっと……間宮アイスのバニラとチョコに伊良湖モナカジャンボ……あとはガルルル君のソーダ、コーラ、ラムネ、梨とありますわ〜」

「ならば、青葉はガルルル君のコーラ味で! 今日、司令官がその味食べてましたから!♡」

「私はバニラアイスにしようかしら〜♪」

「三隈はチョコアイスがいいです♪」

 

 三人がそれぞれ食べたい物を指定すると、熊野は「分かりましたわ♪」と返してそれぞれを持ってテーブルに戻った。

 

「くまのんは伊良湖モナカジャンボにしたんですね♪」

「また今度酒保で買い足しておかなきゃいけないわね〜」

「でしたら青葉が買ってきますよ♪ 明日は任務も訓練もないので、司令官に会う以外は用事がありませんから♪」

「あ、でしたら、ハーゲンメイデンのトリプルショコラがありましたら買ってきてもらえないかしら?」

 

 熊野が青葉にそうお願いして自分の財布から五百円を差し出した。青葉は「了解です♪」と返して受け取る。

 

「レシートはちゃんともらってきてね。あとで精算するから」

「勿論です♪」

「ですけど、前みたいに変なアイスは嫌ですよ? 比叡カレーバーとか磯風ダークアイスとか……」

「あれはもう思い出したくもありませんわ……名前を聞くだけであの時の味が……」

「だ、大丈夫ですよ! そもそもあれはもう販売されてませんし!」

「でも青葉ちゃんは珍しいものなら買っちゃうから心配だわ〜」

 

 愛宕がそう言うと青葉は「愛宕さんまで!?」とショックを受けた。しかし愛宕に「冗談冗談♪」とからかわれただけだった。

 

 ーーーーーー

 

 それからそれぞれアイスを食べ終えて適当に雑談していると部屋のドアがノックされた。

 そして外から「お〜い、慎太郎だけど青葉はいるか〜?」と提督の声がした。

 

「は〜い、司令官〜♡ 青葉はここにいます〜♡」

 

 いち早く反応した青葉は、帰ってきた飼い主に走り寄る子犬のようにドアへ駆け寄った。ポニーテールが尻尾みたいにピコピコ揺れているのも、それを彷彿とさせる。

 

 ガチャリとドアを開け、青葉は提督を部屋へと招き入れようとしたが、

 

「あぁ、そこまで入用って訳じゃねぇんだ。前にお前が言ってたコピー用紙の入荷の件で、確認しに来たんだ」

 

 とのこと。青葉は「そうですか……」と返すが、その声はさっきとは大違いでショボンとしている。

 

「んで、入荷すんのはこのリストのでいいか?」

「…………はい、大丈夫です。わざわざありがとうございます、司令官」

「気にすんな。夜の散歩ついでに確認しに来ただけだからよ」

 

 そう言って提督は笑顔で青葉の頬を優しく撫でた。提督は青葉より背が低いので、頬を撫でる方が提督的に良い位置なのだ。

 撫でられている青葉は「はにゃ〜♡」と幸せそうな声をもらしており、それを愛宕たちはあらあらぁと微笑ましく眺めている。

 

「っ!? 青葉、ちょっと助けてくれ!」

「どうしたんですか?」

矢矧(ヤツ)が来る気を感じる! 匿ってくれ!」

 

 キリッとした良い顔で言うが、そのセリフは何とも言えない。しかし青葉は笑顔で頷き、提督を部屋へ招き入れる。

 

「夜の散歩じゃなくてサボってたのね〜」

「あたごん、それは人聞きが悪ぃぞ。矢矧が花を詰みに行ってて席を外してから、阿賀野にちゃんと言ってから来たんだからな!」

「何と言ってお越しになられましたの?」

「休憩がてら青葉のところに行ってくる」

「いつ頃執務室を出てこられたんですか?」

「一九三〇過ぎだな……そん時ここに来たら、みんなの反応がなかったから高雄たちの部屋でお茶飲んでた……」

「矢矧ちゃんが怒るのも仕方ないわね〜」

 

 愛宕に正論を言われた提督は「だから隠れるんだよ!」と隠れる場所を探す。

 すると青葉が冬用のうさぎの着ぐるみパジャマを出して提督に着せた。ゆったりパジャマなので提督が着るとムッチリとしたぬいぐるみにしか見えない。

 そんな提督を見て愛宕たちは思わずキュンとしてしまう。

 

「それであとは青葉がこうして司令官を前から抱きしめればぬいぐるみにしか見えません!♡」

「あっちぃ……だがこれなら大丈夫だろう。少しだけ辛抱してくれな、青葉」

「はい♡ 寧ろ永遠にこのままでも青葉は平気ですぅ♡」

「それは俺が勘弁願いてぇ。気持ちだけ受け取る」

「んもぉ、司令官は照れ屋さんですねぇ♡」

 

 そんな話をしていると、

 

「夜にごめんなさい。こちらに提督は来てるかしら?」

 

 矢矧の声が聞こえてきた。

 

 提督はすかさず口をつぐみ、青葉はギュッと提督を抱きしめる。それもちゃんと呼吸出来るように。

 そして三隈がドアを開け、

 

「先ほど来られまして、そのあとに工廠に用事があったんだと仰られて出て行かれましたわ」

 

 提督が逃げる時間も考慮した絶妙なフォローを熊野が入れた。

 矢矧はそう……と頷くが、ふと般若の顔に変わる。

 

「念のため部屋の中を確認してもいいかしら?」

 

 凄まじい迫力の矢矧だが、愛宕たちは「どうぞどうぞ」と平然と返す。

 

 部屋へ入り、ぐるりと見回す矢矧。そして収納スペースの戸へ手をかけると、

 

「ま、待ってください矢矧さん! そこは開けないでほしいです!」

 

 青葉が必死に止めた。しかし青葉はぬいぐるみ(提督)を抱っこしているので阻止出来ず、矢矧にそこを開けられてしまった。

 

「あわわわ〜……」

「その……青葉さん、ごめんなさい」

 

 戸を開け、思わず謝る矢矧。何故なら収納スペースの一部分にだけ、明らかに隠し撮りであろう提督の写真がビッシリと貼られていたから。

 

「こうなるかもしれないから、私は自分のベッドの天井にだけ貼ればって提案したのに〜」

「だ、だって〜……それだけじゃ足りないんですもん……」

 

 愛宕に言われた青葉は恥ずかしそうにモジモジし、ぬいぐるみ(提督)を強く抱きしめる。しかしそのせいで提督は思わず「くぇっ」と変な声をあげてしまった。

 

「? 今のは何?」

「あ、それはこのぬいぐるみです♪ ここら辺をこう押すと……」

「くぁっ」

「……ね?」

「へぇ、そんなぬいぐるみもあるのね……とと、つい脱線したわ。とりあえず私これで失礼するわね。色々とごめんなさい」

 

 こうして矢矧は愛宕たちに一礼して部屋をあとにした。

 

 ーーーーーー

 

「ぷはぁっ……あ〜、苦しかった〜」

 

 矢矧の気配が消えたところで提督はやっと青葉の胸から顔を上げた。

 

「す、すみません、司令官……さっきは少しアクシデントがあって、つい力が入ってしまって」

「はは、気にすんな。ありがとうな、青葉♪」

「えへへ……これからも青葉におまかせです♡」

 

 提督に褒めてもらえて大満足の青葉。それから提督は、

 

(しかし、やはぎんは青葉たちの部屋で何を見たんだろうなぁ)

 

 と小首を傾げながら執務室へコソコソと戻るのだった。

 

 ーその日の夜中ー

 

「あ〜、青葉は今、司令官に全身を包み込まれていますぅ〜♡」

 

 青葉は提督に着せた着ぐるみパジャマを身にまとい、恍惚な表情を浮かべて身悶えていた。

 大好きな提督の匂いと若干の提督の汗……そして自分の匂いが混ざり合う。それだけで青葉は気持ちが昂り、あられもない状態になる。

 

「はぁ……はぁ……司令官♡ 青葉は……青葉は……うふふふ♡」

 

 完全にヘブン状態の青葉。こうなった青葉は暫くこの状態なので、愛宕も熊野も耳栓をして眠りに就く。ただし三隈はそんな中でも平気で寝れる。

 

「司令官好き〜♡ 青葉のすべてを司令官に捧げますぅ〜♡」

 

 そして次の日の朝、青葉はキラッキラの笑顔を振り撒いていたーー。




青葉さんがちょ〜っとヤンデレっぽくなりましたが、ご了承を。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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夏の昼下がり

 

 一四〇〇を過ぎた8月某日の鎮守府。猛暑日ではあるが、艦隊は任務に訓練と今日もいつもの風景を見せる。

 

「イクちゃ〜ん、もう一回やって〜♪」

「はいなの〜♪」

 

 そして埠頭の端っこでは駆逐艦と潜水艦の者たちが海水浴をしている。

 今遊んでいるのは睦月型駆逐艦一番艦『睦月』、二番艦『如月』、三番艦『弥生』、四番艦『卯月』と潜水艦『伊一九』ことイクに『伊二六』ことニムだ。

 

 睦月はいつも明るい元気っ子。提督夫婦を実の親のように慕う。

 

 如月は姉妹のおまとめ役のちょっぴりおませさん。提督のことはライクの意味で好きで、阿賀野から惚気話を聞くのが楽しみの一つ。

 

 弥生は無口だがとても素直な子。甘い物が大好きで誰かに注意されないとフードファイター並に食べてしまう。

 

 卯月は艦隊一のいたずらっ子だが、それは元気のない子を励ますための裏返しだったりする。相手が本当に嫌がることはしない優しい子。

 

 イクは自他共に認める提督LOVEで提督が使う風呂の湯船で待ち伏せすることもある……がその都度阿賀野からキツイお叱りを受けている。

 

 ニムはお料理が好きな家庭的な子。いつも姉であるイクに振り回されているが、どんな時でも笑顔を絶やさない。

 

「ちゃんと捕まっててね〜」

 

 ビニールボートの綱を引くニムがボートに乗る睦月たちへそう声をかけると、みんな『はーい♪』と元気に返す。

 

 本日は任務も訓練もない睦月たちは、暑さ対策も兼ねて提督指定(本当は大本営指定)のスクール水着に着替えてイクやニムと遊んでいるのだ。

 埠頭の端っこならばみんなの邪魔にならないので、夏になると埠頭の端っこでは海水浴を楽しむ。

 

 その証拠に、

 

「みんな〜、い〜い〜? 一斉に行くよ〜?」

『せ〜っの!』

 

 とまた一団体が桟橋から海へドボンと飛び込んでいる。

 

「ぷは〜……気っ持ち〜♪」

「やっぱり夏はこうだよね! えへへ♪」

「あぁ、とても気分がいい」

「たまにはこういうのもいいものだ」

 

 海にプカプカ浮いて笑顔を見せるのは睦月型駆逐艦五番艦『皐月』、六番艦『水無月』、八番艦『長月』、九番艦『菊月』だ。

 

 皐月は姉妹のムードメーカー。提督を間違えて『お父さん』と呼んだこともある可愛い子。

 

 水無月はいつもニコニコしている優しい子。ただし怒った時の笑顔は姉妹で一番恐れられている。

 

 長月は姉妹の引き締め役。提督のお陰で融通も覚え、オンオフを弁えて行動する。

 

 菊月はお堅い真面目な子。しかしおだてられたり、あおられたりには弱いチョロイ一面も。私的の時は姉たちを『〜お姉ちゃん』と呼んでいる。

 

 この四人もスクール水着に着替えて夏の海を満喫中。

 

 するとそこへニムが「通るよ〜♪」と睦月たちを乗せたボートを引いて側を通る。そしてその後ろを押しているイクが皐月たちの横を通り過ぎる際に、

 

「食らうの〜☆」

 

 と言って皐月たち一人一人の顔へ手を器用に使った水鉄砲を見舞った。

 

「やったな〜!」

「我々駆逐艦に潜水艦が……」

「味な真似をしてくれる……」

「ボクとやりあう気なの? 可愛いね!」

 

 皐月たちは急いでイクのあとを追った。

 

「およよ? 皐月ちゃんたちが猛スピードで泳いでくるよ〜?」

「さっき、イクさんがちょっかい掛けたから……」

「うーちゃんも思わず感服するほどの手際だったぴょん」

「皐月ちゃんたちって結構早く泳げるのね〜♪」

 

 睦月たちの言葉にニムは「お姉ちゃんったら……」と苦笑いを浮かべるが、いつもの通りにスイスイと引っ張る。

 一方のイクは潜水して皐月たちから逃げた。

 

「むぅ……演習用の爆雷があれば」

皐月(さっちん)、流石にそれはやり過ぎなんじゃないかな、えへへ……」

「しかしやられっ放しは性に合わんぞ」

「確かに。この菊月たちへ宣戦布告したのだ。何かしら報復せねば、気が済まん」

 

 すると皐月が「例の作戦でいこう」と提案。その声にみんなは頷き、それぞれ行動を開始する。

 

「オペレーションTが始まるみたいね♪」

 

 ボートの上で皐月たちを眺める如月がそう言って笑うと、他の面々は思わず笑い声をもらし、ニムに止まってとお願いしてその作戦を見届けることにした。

 

(あれぇ? みんな海から上がっちゃったのね……諦めたのかな〜?)

 

 皐月たちが海から上がるのを海中から確認したイク。それを見たイクはにひひと笑いながらゆっくりと浮上する。万が一、皐月たちが頭上へ飛び込んで来た時に逃げやすくするためだ。

 

 しかしチャプっと頭半分を海面から出したが、皐月たちの姿はどこにも見当たない。四方をぐるりと確認すると、水無月が桟橋のところからイクへ向かって手を振って何やら呼びかけている。

 

 耳を澄ましてみると、

 

「イクさ〜ん、司令官が阿賀野さんがこれから出撃するから、その間にデートしようだって〜!」

 

 とんでもないことを言っていた。

 イクは目をハートにして急いで桟橋へ向かう。

 

 そんなイクを見て、弥生は思わず「あんな嘘にあっさりと……」とつぶやいた。

 

「お姉ちゃん……」

「司令官が浮気するはずないのにね〜」

「LOVE勢にしか通用しないぴょん」

 

 卯月がそう言ってイクを嘲笑うと、

 

「うーちゃん、司令官があとで一緒にお昼寝しようって言ってよ?」

 

 睦月がそんな嘘をついた。

 その嘘に卯月は「ホント!?」と食いついたが、睦月からは「うっそぴょ〜ん♪」と自分の決め台詞を言われてしまう。

 

「うーちゃんもイクちゃんのことは言えないわねぇ♪」

「ぐぬぬ……何も言えねぇぴょん」

「卯月は司令官とお昼寝するの好きだもんね」

「弥生だって好きなくせに……」

「確かに好きだけど、司令官はわざわざそんなこと言わない。そもそもお昼寝も滅多にしないでしょ?」

 

 弥生にとどめを刺された卯月は海に顔を入れ、息を吐いてブクブクしてやりきれない思いを吐き出した。

 

 そして、

 

「早速提督とデート行ってくるの〜!♡」

 

 とイクが桟橋に上がった瞬間。

 

「それ〜!」

「くらえ!」

「あたれ!」

 

 皐月、長月、菊月から水鉄砲の掃射を受ける。それも1発に約1リットルの水を発射する明石印の四連装砲なので、それをもろに受けたイクは綺麗な弧を描いてザパ〜ンと海へ落ちた。

 それを見た皐月たちは四人してハイタッチをして『やった〜♪』と大喜び。

 

「むぇ〜……また同じ手に引っかかっちゃったのね〜」

 

 イクはプカァっと仰向けに浮かび上がると、皐月たちの雄叫びを聞きながら反省するのだった。

 

 ーーーーーー

 

 時計の針が一五〇〇を回り、訓練や遠征任務に赴いていた者たちが続々と埠頭へ集まってきた。遠征隊に至っては長期遠征任務以外ならば、提督の計らいで毎回一五〇〇頃には戻れるようになっているのだ。

 

「みんなお疲れ様〜♪」

「冷たいシロップジュースとレモン水、麦茶があるよ〜♪」

 

 戻ってきた者たちに阿賀野と酒匂が声をかけると、みんな揃って阿賀野たちの元へ集まる。

 これも提督の計らいで炎天下の元で頑張るみんなへの配慮。

 中でもシロップジュースは多くの者たちに人気の飲み物だ。基本的にレモン水と麦茶は大きなヤカンに入れてあるのに対し、シロップジュースは20リットルのポリバケツへ氷を一貫入れて大量に作ってある。

 シロップジュースはかき氷のシロップを水で割った物で、どこか懐かしい味。味が毎回違っていてそうした楽しみもみんなに親しまれている理由だろう。因みに提督直々に作っている。

 酒保に行けば、かき氷のシロップを炭酸水で割ったシロップサイダーという物も売ってあり、炭酸好きの艦娘にはコーラ等よりも人気商品だ。

 

「コップはこっちです」

「駆逐艦の子を優先してね」

 

 能代がみんなへプラスチックのコップを渡し、矢矧がシロップジュースを順番に注いでいく。駆逐艦同士でも譲り合い、特に混乱しないところを見ると阿賀野たちは自然と笑みを浮かべる。

 

「来たぞ〜」

 

 するとそこへ提督が軽トラの荷台に荷物を乗せてゆっくりとやってきた。荷台にはお手伝いで文月、三日月、望月も乗っている。

 それを見ると艦隊のみんな(特に駆逐艦)は停車した軽トラにワッと集まっていく。

 

 因みに『望月』は睦月型駆逐艦十一番艦。インドア派だが、みんなとワイワイするのは好き。提督とは一緒にゲームをするのでよく懐いている。

 

 集まってきた駆逐艦の子たちを見た提督は締りのない顔で軽トラのエンジンを止め、荷物に掛かった布を取る。

 その途端、みんなから『わぁ〜!』と黄色い声が上がった。

 

「よぉ〜し、並べ並べ〜! 『興野屋』のかき氷だぞ〜!」

「氷いっぱい持ってきたよ〜♪」

「順番に並んでくださ〜い♪」

「シロップも練乳も沢山あるよ〜」

 

 そう、提督は手動式かき氷機と氷、シロップ等を運んでやってきたのだ。

 鎮守府の夏の風物詩で、提督自らがみんなへかき氷をご馳走する。ただし毎日ではなく、6月〜9月までの毎週月・金。

 全部提督の自腹であり、これも艦隊のみんなのためにと提督が始めたこと。その腕も板につき、艦娘たちにとってかき氷と言えば提督なのだ。

 

 ーーーーーー

 

 ある程度みんなにかき氷が行き渡ると、海水浴をしていた睦月たちもタオルで髪を拭きながらやってきた。

 

「提督〜、イクもかき氷欲しいの〜♡」

「お姉ちゃん、睦月ちゃんたちが先だよ〜」

「まだまだあっから、ちゃんと並べよ?」

 

 提督が優しい笑顔でイクに声をかけると、イクは目をハートにして「は〜い♡」と返す。それからイクは睦月たちを順番に並ばせた。

 

「お一つく〜ださい♪ えへへ♪」

 

 最初に水無月がかき氷を頼むと、提督は笑顔で頷いて慣れた手つきで氷をゴリゴリしていく。

 

「シロップは何がいい?」

「ブルーハワイ♪」

 

 文月に水無月がそう答えると、文月は「ふみぃ♪」と頷きブルーハワイのシロップをかける。

 

「皐月は何にする? またレモン?」

「今日のボクはイチゴミルク!」

 

 皐月が三日月にそう言うと、三日月はイチゴシロップをかけ、望月がそこへ練乳をかけていく。

 

「長月ちゃんと菊月ちゃんは何シロップ?」

「私はメロン一択だ」

「私は練乳だけでいい」

 

 その後もスムーズにかき氷を配り、睦月たちは仲良く笑顔でかき氷を食べる。因みに睦月がイチゴ、如月がピーチ、弥生はブルーハワイ、卯月はブドウ、イクとニムはオレンジだ。

 

「文月たちも食うだろ? 好きなシロップ言え♪」

「あたしイチゴ〜♪」

「私は……今回はレモンがいいです♪」

「あたしはコーラ一択〜」

 

 三人のリクエストに提督は「はいよ♪」と返事をして、それぞれのシロップをかけて三人へ渡す。

 

「阿賀野〜、のしろんたちもこっちきてかき氷食え〜」

 

 提督が阿賀野姉妹にもちゃんと声をかけると四人は笑顔で軽トラの側へやってくる。

 

「提督さん、おてて大丈夫?」

 

 ずっと氷を削っていた提督を心配する阿賀野。そんな阿賀野に提督は「大丈夫大丈夫」と手を開いて見せる。

 

「でも、提督さんの手冷たい……阿賀野が温めてあげるね♡」

 

 阿賀野はそう言って提督の手を優しく両手で包み込み、指先にそっと口づける。

 

「ありがとな、阿賀野♪」

「えへへ、だって提督さんのお嫁さんだも〜ん♡」

 

 ラブラブの夫婦をよそに能代たちは気にせず自分たちのかき氷を作る。

 夫婦は休憩時間が終わるまで互いを見つめ合い、愛の言葉を囁き合った。

 

 鎮守府の夏の昼下がりは時にこうして過ぎていくのだーー。




かき氷や海水浴をメインに書きました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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十艦十色

 

 8月某日。今年の泊地の夏は雨が多く、気温もそこまで上がらない日が多い。過ごしやすいことに越したことはないが、雨や雲の多い日が続く夏というのはなんとも情緒に欠ける……。

 

「…………朝か」

 

 そんな中でも提督はいつも通りにむくりと起きて、自分の隣へ視線を移す。

 

「すぅ……すぅ……ふへへ……」

 

 そこには生まれたままの姿でだらしない可愛い寝顔を晒す阿賀野がタオルケットに包まっていた。昨晩は大変お楽しみだったようだ。

 

 提督はそんな愛する嫁に微笑み、そのモチモチした愛らしい頬を優しく一撫でしてから身支度のため、布団から出た。

 

 提督夫婦が暮らす部屋は鎮守府本館にあり、艦娘たちが暮らす部屋よりは少しばかり広い。

 

 洗面台で顔を洗い、歯を磨き、髭を剃る。それからボサボサの髪を整える。

 

「おはよ〜……慎太郎さ〜ん……」

 

 すると阿賀野が提督のワイシャツを羽織って、眠り目を擦りながらやってきた。

 

 提督はそんな阿賀野に「おはよう」と返して、阿賀野の頬へ軽く口づける。すると阿賀野は「ん♡」と少し弾んだ声をあげ、寝惚けながらもニパァと愛くるしい笑みを浮かべた。

 

「俺はコーヒー淹れてるから、阿賀野も身支度済ませな」

「は〜い♡ 待っててね〜♡」

 

 ぽや〜んとした返事の阿賀野。提督はそんな阿賀野へまた優しく微笑みを返してから、コーヒーを淹れに向かった。

 

 ーーーーーー

 

「今日も曇りね〜。暑くないから嬉しいけど、夏の日差しがちょっと恋しいな〜」

「まぁ確かにな……でも涼しい分、任務も捗るだろ」

 

 身支度もしっかりと済ませ、夫婦仲良く腕を組んで食堂へ向かいながら雑談をする。

 

「梅雨より雨の日が多い気がする〜……最近妖精さんが『お洗濯がなかなか乾かなくてやだな〜』って顔してた」

「そうなのか……まぁそん時は乾燥機に頼るしかねぇな」

「お日様で乾かした方が気持ちいいんだけど、仕方ないよね〜」

 

 明石酒保内にはランドリー設備があり、艦娘たちの制服や非番外出用の洋服などはここで洗濯、乾燥、クリーニングを妖精たちがしている。晴れていれば物干場に干すが、雨や曇りの時は隣の工廠にある炉の熱を利用した火力発電の電気で乾かす。

 朝、食堂へ行く前にそこへ洗濯物を出し、夕飯を終えてから取りに行くという感じだ。妖精たちだけでなく、時間を持て余した艦娘たちも手伝ったりしている。

 

 酒保の前を夫婦が通ると多くの艦娘たちが洗濯物を提出しており、夫婦に気が付いた者たちは笑顔で朝の挨拶をしてきた。

 そんなみんなに夫婦も挨拶を返しつつ、食堂へ辿り着くのだった。

 

 

 ー食堂ー

 

『A豚の生姜焼き定食

 B玉子トーストセット』

 

 受付の上にある電光掲示板に本日の朝食メニューが映し出されており、メニューを決めた者から順に受付妖精へ注文をしていく。

 

「A定食で決まりだな」

「阿賀野もそうしようかな〜。朝はご飯の方がお腹空かないし……」

 

 夫婦仲良くメニューが決まったところで、最後尾に並ぶ。

 すると、

 

「おはよ〜っす、お二人さん♪」

 

 背後から挨拶と背中へポンッと軽い衝撃を受けた。

 

「お〜、お前らか。おはよう♪」

「みんなおはよ〜♪」

 

 夫婦が挨拶を返すと、その者たちもしっかりと挨拶を返す。

 

 後ろにいたのは白露型駆逐艦五番艦『春雨』、六番艦『五月雨』、七番艦『海風』、八番艦『山風』、九番艦『江風』、十番艦『涼風』だった。

 

 春雨はいつも笑顔が絶えない家庭的な娘。

 五月雨はドジっ子だが努力家。

 海風は礼儀正しく実直な娘。

 山風は内気だが提督に構ってもらうのが好きな娘。

 江風はいつも元気でやんちゃ。

 涼風は男前なところもあるが、少女漫画が好きな娘。

 

「白露たちは一緒じゃねぇのか?」

「はい、多分姉さんたちは今起きて準備している頃かと」

 

 提督の質問に海風が若干眉尻を下げた笑みで返すと、

 

「山風の腹が鳴って仕方ねぇから先に来たンだ♪」

 

 江風が理由をストレートに暴露。その証拠に山風は少し頬を赤らめつつ、小さなお腹からキューっと音がしている。

 

「春雨ちゃんは準備間に合ったんだ」

「いえ、私は昨晩海風ちゃんたちのお部屋に泊まったので」

 

 阿賀野の言葉に春雨がそう返すと、涼風が「昨日はこの六人で映画観てたんだ♪」と笑って理由を話す。因みに白露型姉妹は五人五人の部屋割。

 

 明石酒保では映画やドラマ、アニメといった物のDVDをレンタルしている。しかし明石や夕張が独断と偏見で選んだ物で映画は妙にコメディ物が多い。

 

「みんなして昨日、何を観たの?」

「『メタボリックス』というコメディアクション映画です。お腹抱えて笑っちゃいました……ふふふ」

「プログラムによって人々がメタボリック症候群の状態で生かされている世界に生きていることを知らされた主人公の活躍を描いた作品……なんです」

 

 思い出して笑いが止まらなくなった五月雨に変わって、笑いを堪えつつ海風が続きの説明をすると他のみんなもクスクスと笑い声をもらす。

 

「俺みたいな体型のヤツが主人公なのか〜」

「そうだぜ、ンでめっちゃ銃弾とか避けるンだwww」

「でも避けきれなくて服が必ず穴開いて『この服やっと見つけたんだぞい!?』って逆ギレすんだよwww」

「お腹蹴られても『俺にお前の蹴りは通用しない……だって脂肪で痛覚が鈍いからな!』って……ふふふっ」

「その台詞のあとに『キリッ!』って口で言っちゃうのもね〜……あはは♪」

 

 江風、涼風、更には山風や春雨までケラケラと笑う。余程のスペクタクルなコメディ映画だったのだろう。

 

 そんな話をしながらいると、受付の順番が回って来た。夫婦、そして春雨たちも注文し、その流れでみんなして同じテーブルへ座ることになった。

 

「…………相変わらず朝からよく食うよな〜、海風姉貴も山風姉貴も……」

 

 座った途端、江風は左隣に座っている海風と山風のお盆を流し見る。二人のお盆にはA定食が乗っているが、ご飯の器が茶碗ではなくラーメン丼でご飯もてんこ盛りだから。

 

「これくらい当たり前だと思うのだけれど?」

「うん……本当なら()()()()とソースカツ丼の宇宙盛り食べたかった……」

「いや、山風姉貴……毎回言うが、そのメニューはさっぱりじゃなくてこってりだかンな?」

 

 江風の言葉に他の姉妹たちもうんうんと頷くが、対する二人は小首を傾げてキョトンとしている。これは各艦娘が持つ個性の一つだ。

 艦娘の補給量は艦種によって大小が分かれる。しかし陸に上がれば彼女たちは人と同じようにお腹が空くし、それでいて食べる量も個々で違う。

 そもそも燃料、弾薬を彼女たちが口にするのは海を駆け、艤装を使う際に必要なので胃袋に行っても吸収される場所が違う……彼女たちにとっては食事と補給は似ているようでいて違うのだ。

 

 そして今のこの状況では海風、山風は駆逐艦で補給量は少なく済むが、人としては大食い娘ということ。

 

「ははは、いつ見てもいい食いっぷりだな♪」

「たくさん食べて今日も頑張ろうね♪」

 

 夫婦が笑って海風と山風に声をかけると、二人共ニッコリと笑みを返した。それからみんなして『いただきます』をしてから、朝食タイムとなった。

 

 ーーーーーー

 

「お代わりしてくる……」

「海風も行くわ」

 

 二回目のお代わりに席を立つ海風と山風。姉妹はそれを苦笑いしながら見送り、夫婦は微笑ましく見送る。

 

 するとみんなが座るすぐ隣のテーブルにまた新しいグループが座った。

 

「おはようございます、提督。皆さん」

「おはよ〜、みんな♪」

 

 それは川内型軽巡洋艦二番艦『神通』と一番艦『川内』。

 

「お、おはようございま〜す……」

 

 そして眠そうにあとから挨拶したのは三番艦の『那珂』だ。

 

 神通は物静かで物腰も柔らかい子だが、一度海に上がれば鬼神の如く海を駆ける。

 川内は軽巡洋艦で一番最初に着任した艦娘。三度の飯より夜戦が好きだが、夜間任務が無い日の夜はちゃんと大人しく就寝する規則正しい子。

 那珂は艦隊を笑顔で鼓舞するアイドル。自分を笑わずに応援してくれる提督のことが大好きなLOVE勢で、提督のダンスレッスンや舞風たちとダンスするのが好き。

 

「おはようございます、皆さん」

「おはようございます」

「おはようございます!」

 

 そして川内型三姉妹と一緒にテーブルへ着いたのが、雲龍型空母三姉妹。

 

 姉妹の中で最初に挨拶をしたのが二番艦『天城』。大和撫子で家庭的な子。

 続いて挨拶をしたのが一番艦『雲龍』で、マイペースなゆるふわガール。空母として運用してくれる提督をとても慕っているLOVE勢。

 最後は三番艦『葛城』。努力家で姉たちや先輩たちに追いつこうと日夜頑張っている。

 

「お〜、みんな。おはようさん」

「みんなおはよ〜♪」

 

 夫婦の挨拶に続き、春雨たちも挨拶をすると川内たちも挨拶を返す。

 

「那珂ちゃん、すっごく眠そうだね」

「うん……ちょっと好きなアイドルグループのライブDVD観てたら朝方になっちゃって……」

「だからクマがすげぇのか」

 

 提督はそう言って那珂の目元をフニフニと優しくマッサージしてやると、那珂は「ありがと〜♡」とご満悦の様子。一方それを見つめる阿賀野の笑顔はちょっと黒い。

 

「代わりに川内さんがとてもキラキラしてますね」

「今夜は夜間任務だからね〜♪」

「他の鎮守府の川内さんは夜騒がしいけど、あたいらの川内さんは大人しいよな♪」

「だって夜は寝るものでしょ? 普段からしっかりした生活をしてこそ夜戦で本領発揮出来るんだから」

 

 川内が胸を張って答えると、みんなそれを笑顔で眺めた。

 当初の川内はやはり夜になると夜戦夜戦と喧しかったが、提督の()()によって今に至るのだ。

 

 するとそこへお代わりをしに行っていた海風と山風が戻ってくると、互いに挨拶をして席に戻る。

 

「相変わらず二人は今日もラーメン丼なのね」

「いいじゃない。小食より全然健康的で」

「雲龍姉様もラーメン丼ですからね……」

 

 そう、雲龍もまた大食い娘でお昼寝と食事が提督の次に好き。

 

「ま、たくさん食うことはいいこった。今日もよろしく頼むぜ」

 

 提督が笑顔で大食い娘三人へそう告げると、三人は笑顔で返事をする。

 

「提督、阿賀野姉ぇ、そろそろ執務開始の時刻よ」

 

 するとそこへ矢矧が夫婦を呼びにやってきた。

 

「お〜、やはぎん。今行く」

「ごちそうさまするからちょっと待って♪」

 

 夫婦はそう言うと揃って『ごちそうさま』と手を合わせ、みんなに『またね』と言ってから片付けて食堂をあとにした。

 

「提督ともう少し一緒にいたかったわ」

「那珂ちゃんも〜……」

 

「そうしたいならば、雲龍姉様はもう少し早起きしないといけませんからね」

「那珂ちゃんもね……そもそも夜更かしなんてしちゃダメなんだから」

 

 天城、神通から注意を受ける雲龍と那珂。それはまるで保護者に叱られている子どものよう。

 

「ま、次があるっしょ。めげないめげない」

「提督は結婚しちゃってるけど、ケッコンカッコカリなら出来るからそこは応援するわ」

 

 そんな二人を励ます川内と葛城に雲龍も那珂も『早起き頑張りま〜す』と、弱々しく返すのだった。

 

 こうして天気がどうあれ、鎮守府は今日も平常通りに始動するのだーー。




個性を色々と私なりに書いてみました!
こういう性格というか個性もあるってことで。

更新が遅くなってごめんなさいです。私の書く『奥様は艦娘! 艦これSS』の更新でこちらの執筆時間が無かったのです。
ご了承ください。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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色んな胸部装甲

 

 ー鎮守府本館・廊下ー

 

「遠征部隊は予定通りで大丈夫?」

「あぁ、問題ねぇ」

「なら準備が出来次第向かわせるわね。出撃部隊の方はどう?」

「それも事前に通達した通りだ」

「了解」

 

 朝食を終え、本日の任務内容を確認し合う提督と矢矧。そしてそんな二人の話を聞きつつ、阿賀野は提督と腕を組みながら歩く。

 

 提督は歩くのに時間が掛かるので、大抵は移動時間中に確認を済ませてしまう。その方がスムーズで無駄がないのだ。

 

(あ〜、お仕事のお顔してる慎太郎さん、素敵〜♡)

 

 そんな中、阿賀野は提督に見惚れ胸を高鳴らせていた。

 普段、自分に対して見せる甘く優しい表情も大好きだが、阿賀野としてはこうした真面目な表情も大好きなのだ。

 

「あ、ちょっとタンマ。午後からの演習の編成と午前の編成で変更するところgーー」

 

 提督が任務の相談をしようとした矢先、廊下の突き当りで提督は誰かとぶつかってしまった。ドンッと顔面を強打した提督はまるで島風のように「おうっ!?」と声をあげて、尻もちを着いてしまう。

 

「イテテ……ケツが割れそうだ……」

「もとから割れてるでしょ……」

「提督さん大丈夫?」

 

 自身の尻を押さえて、痛みを訴える提督に呆れる矢矧と心配して尻を擦ってあげる阿賀野。

 

「す、すみません、提督! 大丈夫ですか!?」

 

 そしてぶつかった艦娘が慌てて提督へ駆け寄る。ぶつかったのはあの大和型戦艦一番艦『大和』で、その隣には妹である武蔵も一緒だった。二人は午前に出撃予定なので会議室へ行く前にお花を摘みに寄った帰り。

 

 大和はその名の通り大和撫子であり、艦隊の頼れる大戦艦。提督への忠誠が高く、艦隊決戦で頼りになる一方、少しばかり天然気質。最近の私生活では妹の武蔵と阿賀野がいつ本格的に殴り合うか心配している。

 

「大和がすまないな。詫びにこの武蔵が抱っこしてやろう♡」

 

 阿賀野や大和に割り込み、武蔵はそう言って提督をお姫様抱っこする。そんな武蔵に阿賀野はどす黒い笑みを送り、大和は思わず「はわわ!」と狼狽え、矢矧はやれやれという具合に両手をあげていた。

 

「? 提督よ、だいぶ頬が赤くなっているな……尻よりそちらの方を冷やすべきではないか?」

「あぁ……大和の胸は硬いからな……」

 

 武蔵の言葉に提督は苦笑いを浮かべてそう返す。

 そんな二人に矢矧が、

 

「超合金パッドが入ってるからね、大和の胸には」

 

 淡々と言うと、流石の大和も「矢矧!?」と声を荒げた。

 

「た、確かに今の私の胸には九一式徹甲弾の被帽があるけれど……そんな言い方しなくたってぇ」

「だが提督は現に大和とぶつかって頬が赤くなってしまったぞ?」

「うぅ……それは……」

「大丈夫大丈夫。そもそも俺の不注意が原因なんだしな。そう落ち込むなよ、大和」

 

 しょぼくれる大和の頭を提督がポンポンっと優しく叩くように撫でると、大和は恥ずかしそうにしながらも笑顔で頷く。武蔵が未だに抱え上げてるので、提督は大和の頭に触れることが出来ているのだ。

 

「念の為に言っておきますが、大和の胸は被帽がなければちゃんと柔らかいんですからね?」

「言わなくても大抵はそうだと思ってるって……」

 

 大和本人はちゃんと自分は豊満な女性であると主張したいのだろうが、提督としては苦笑いを浮かべる他ない。そもそも女性ならばそんなことを主張しなくてもいいように思うが、これが大和の天然要素なのだ。

 

 そんな提督を見て、大和はまだ信じてもらえてないと思い、すかさず提督の手を取って「ほら、ここから触ってみてください!」といきなり自身の脇ら辺から横乳辺りを触らせた。

 

「ね!? ちゃんと柔らかいですよね!?」

「やややや、大和さん? すごく分かったから早く手を離してくだしゃぁ!」

「いいえ! 敬愛する提督に誤解されたままでは生きて行けません!」

「もう十分分きゃったから! 俺のシャイニングフィンガーに誓って脳髄にインプットしたからららら!」

 

 提督は大和の行動にかなり狼狽していた。それもそのはずで、

 

『…………』

 

 阿賀野、矢矧、武蔵が提督に穴でも開けるかの如くものすっごい鋭利な視線を飛ばしているからだ。

 なのに大和は「誤解が解けて良かった♪」とのほほんとしながら、やっと提督の手を離す。

 

「なぁ、提督よ……大和の胸より、ここに張りもよく布一枚越しに伝わる胸があるだろう……ん?」

 

 すると早速武蔵が自分の胸をアピールし、提督の頬へムニムニと押し当てた。何度も言うが提督は武蔵に抱え上げられている為、逃げることは不可能で冷たい視線を浴びつつ柔らかく心地良い弾力に身を委ねるしかない。

 

「し・ん・た・ろ・う・さ〜ん?」

「私たちのゴッドフィンガーも喰らっとく〜?」

 

 爆発数秒前の阿賀野と矢矧の声が提督の耳にこだまする。提督は武蔵に止めるよう目配せするが、武蔵は武蔵で大好きな提督を抱きしめているためヘブン状態。

 

 同時に手袋をキュッとはめ直す阿賀野と矢矧。

 天使のような悪魔の笑顔で二人は一歩、また一歩と提督へ近づいて行く。

 

「あ……あぁ……」

『天誅!』

「いぎゃぁァァァァ!」

 

 ーーーーーー

 

 ー執務室ー

 

「なるほど……では私と武蔵は出撃ではなく、午後からの演習に参加するということなのですね」

「出撃ではなくとも演習でも我々大和型の力を見せつけてやろう♡」

 

 やっとこさ執務室に着いた提督一行はこれから出撃予定の大和型姉妹も連れて、彼女たちへ本日の任務の変更点を一足早く伝えた。

 

ばぁ、ほうひゅうほほへふぁもむ(じゃ、そういうことで頼む)

 

 大和たちが頷く一方で、提督は嫁と義妹からのフルスイングのお陰で両頬が膨れ上がっている。そのせいで何を言っているか聞き取り難いが、そこは日常茶飯事なのでみんなとの会話は成立している。

 

 するとドアがトントントンと丁寧にノックされた。

 提督の代わりに矢矧が「どうぞ」と返すと、ガチャリと開いたドアからこれから出撃予定だった第一艦隊の面々と大和たちの代わりに出撃する者たちが入室。

 

「来たで〜、司令官……って顔パンパンやんか! どないしたん!?」

「遅くやってきたおたふく風邪?」

「んなことぁ、あらへんやろ!」

 

 入って早々漫才を披露するのは軽空母『龍驤』と軽空母『春日丸』の空母組。

 

 龍驤は艦隊のムードメーカーで落ち込んだ子を見ると放っておけない、見た目とは裏腹に姐御肌な艦娘。そして提督LOVEの一員で愛人枠でもいいから側にいたいと思っている。

 一方の春日丸は艦隊へ着任して日が浅い新人空母。しかし努力家で何事にも熱心に取り組む艦娘だ。今回の出撃に参加したのは練度をあげるための出撃である。

 

「どうせまた阿賀野さんか矢矧さんを怒らせたんでしょう? 司令も懲りないわね〜♪」

「とても痛そうですが大丈夫ですか、司令?」

 

 龍驤たちの後ろからそう言ってくるのは陽炎型一番艦『陽炎』とその四番艦『親潮』。

 

 陽炎は陽炎型ネームシップにして陽炎型姉妹をまとめるリーダーシップあふれる艦娘。提督に妹扱いされると嬉しさ半分くすぐったい気分半分になるとか。

 親潮は気立ても良く影で姉妹を支えるお姉さん。妹たちが頑張っているのを物陰から応援している姿はよく目撃されている。

 この二人……というよりは親潮の練度をあげるための出撃でもあり、陽炎は親潮の手本として出撃。

 

「Ciao♪ 大和たちの代わりは私たちにお任せ♪」

「期待以上の戦果を約束するわ」

 

 そして最後に入って来たのは、大和たちの代わりに出撃することになったイタリアのヴィットリオ・ヴェネト級戦艦二番艦『イタリア』と四番艦『ローマ』。

 

 イタリアは元はリットリオという名前だったが、改造を施したと同時に改名。イタリア人らしく、ノリもよくいつも笑顔が絶えないお姉さん。ゆくゆくは提督とケッコンカッコカリをして、そのまま祖国へ連れて行くという大胆な艦娘。

 ローマは姉のイタリアよりも落ち着いていてお堅いイメージだが、今ではすっかり艦隊に馴染み、グラーフなどともお酒を飲む度量も身につけた。イタリアが提督にちょっかいをした際には、姉の代わりにローマが阿賀野へ菓子折りを持って謝罪しに行くんだとか。

 

「提督〜、ほっぺが痛い痛いね〜? 私が癒やしてあげる♡ ちゅっ♡」

 

 早速ご挨拶とばかりにイタリア流のアプローチをするイタリア。その身のこなしはあの阿賀野が出遅れる程。

 イタリアから頬へキスされる提督だが、隣に佇む阿賀野が絶対零度の笑みで提督の脇腹をつねっているので、内心としては構わないでほしいといったところ。

 

「姉さん、止めなさいよ。提督は阿賀野のmarito()なのよ?」

「今は仕事中だからみんなの提督だも〜ん♡」

 

 ローマの言葉に対し、イタリアは全く気にすることなく提督の顔を自身の胸にギュッと収める。

 顔は柔らかく脇腹は痛い……提督はもう涙目で席から立ち上がり、龍驤へまっしぐら。

 

「なんやなんや〜? うちのところに来るん? よ〜しよ〜し、もう怖ないで〜♡ ええこええこ〜♡」

 

 大っきな子どもと小さな大人……それを見て阿賀野は少しやり過ぎたと反省し、イタリアは龍驤に盗られたと唇を尖らせる。

 

「やっぱ今の時代はデカさやないな〜♪ 君はちゃ〜んとうちという木ぃに止まってくれるもんな〜♡」

「どうする、離婚する?」

ふふふぁへへぇばろ(する訳ねぇだろ)!」

 

 陽炎の問いに提督が即答すると阿賀野はつい嬉しくて頬がだらしなく緩む。

 

「君はあれくらいで心変わりする男ちゃうもんなぁ♡ うちはそういう一途なところも含めて大好きやで〜♡ 例えうちがその目に映っとらんくても♡」

 

 硬い胸や柔らかい胸に何かと厄介になったこの短時間、提督にとってこの何の変哲もない胸部装甲はかなりの癒やしだった。

 

「龍驤さんにとても甘えますね」

「まぁ、武蔵さんやイタリアさんだと、司令は少し背が足りませんからね……」

 

 春日丸と親潮が提督と龍驤のやり取りを苦笑いで見ているその隣で、二人の言葉に反応した武蔵やイタリアは自分の身長の高さを悔やみ、顔をしかめる。

 

 すると阿賀野がゆっくりと提督へ近付き、そのまま提督の背中に抱きつく。

 

あふぁほ?(阿賀野)

「ごめんなさい、慎太郎さん……阿賀野のこと嫌いにならないで……」

ふぁひぃふぃっふぇんふぁ(何言ってんだ)……むふぁふぁふぇふぇふぁお(んな訳ねぇだろ)

 

 謝る阿賀野に提督は龍驤のまな板から離れ、そう言って阿賀野の頭を優しく撫でる。

 

「たくさん痛いくしてごめんね?」

ほぅひぃ〜お(もういいよ)ほへほほほへん(俺こそごめん)

 

 阿賀野は謝りながら提督の赤く腫れた頬に軽い口づけを何度も何度もした。

 

「なはは、結局うちは阿賀野にはなれへんねんな〜。ま、この二人の幸せそうにしとるとこ見んのも好きやけど♪」

「あなたも姉さんと同じく逞しいわね……」

「恋は偉大ですね〜♪」

 

 龍驤に対してローマと大和はそう言ったが、その表情は対照的だった。何故ならローマは呆れ顔で大和は微笑んでいたから。

 

「はいはい、もうそれくらいにして。時間が無くなっちゃうから」

 

 そして矢矧が強引にまとめ、やっと本日の任務へそれぞれ赴くのであったーー。




前回の続きって感じで書きました!

読んで頂き本当にありがとうございました!

そしてリアルの方がちょっと忙しくなるので、更新を少しの間だけお休みさせて頂きます。
ご了承お願い致します。


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責任

 

 9月某日。

 9月に来ても夏らしい暑さは健在。そしてそれに呼応するかのように昼夜問わず虫の音が大合唱の鎮守府。

 

「9月になったってぇのに、暑過ぎだろ……アイス美味ぇ」

「お盆の頃の方が涼しかったよね〜……アイス美味しい」

「文句言うかアイス食べるかどっちかにしてよ……確かにアイスは美味しいけど」

 

 そんな昼下がり、提督、阿賀野、矢矧の三人は食堂でおやつ休憩をしていた。今日は執務室の扉に『食堂に行ってます』という掛け札を掛けてここにいる次第。

 

 8月の中旬から始まった『西方再打通! 欧州救援作戦』も当鎮守府は無事に完遂。更にはその後の執務地獄も終えたので、今はやっと本格的な休み週間となっている。

 休み週間といっても期間は一週間程度で、その間は各訓練と出撃任務が無いだけで、演習と遠征は通常通り。しかし日頃の激務に比べればこれだけでも十分羽を伸ばせる上、自主的に訓練をする者たちもいる。

 

「あ、提督はっけ〜ん!」

「本当だ。提督だ」

 

 すると提督を探していたのか、数名の艦娘たちが提督たちの座るテーブルに近寄ってきた。

 

「お〜、初春型四姉妹揃ってどうした〜?」

 

 近寄ってきたのは提督が言うように初春型駆逐艦の四姉妹だった。

 

「お父さ〜ん、探したんだよ〜?」

 

 提督の元へいの一番に駆け寄って、その背中に飛びつくのは初春型駆逐艦二番艦『子日』。提督を父のように慕い、いつも元気な艦娘。

 

「ちょっと提督に相談があるんだ」

 

 そして控えめにそう言って提督の袖を掴んだのが、同型駆逐艦三番艦『若葉』。いつもクールで働き者。提督に褒められると夜通しで働いてしまう、ちょっと天然が入った艦娘。

 

「お主らは……(わらわ)は知らぬぞ?」

「提督を困らせちゃダメですよ?」

 

 そんな二人に遅れてやってきたのが同型駆逐艦一番艦『初春』と初霜。

 初春は雅な艦娘で改二まで自分を育ててくれた提督にとても従順。提督へお茶を点ててあげたり、舞を披露したりと……何かと提督に尽くしている艦娘だが、LOVE勢ではなく忠犬勢。

 

「まぁ、話くらいは聞くさ。言ってみ?」

「あのね〜、子日たちね〜」

「犬を飼いたいんだ……」

 

 子日と若葉の言葉に提督は勿論だが阿賀野と矢矧も揃って『犬?』と聞き返して、小首を傾げてしまう。

 すると初春がやれやれといった表情を浮かべて、経緯を説明することに。

 

「妾たちは先程まで部屋で映画のデーブイデー(DVD)を観ておってのぅ。タイトルは確か……」

「『狂犬ポイ公』ですよ、初春」

「そうじゃったそうじゃった。それを観ていて、こやつらが犬が欲しいと言い出しのじゃ」

 

「理由は分かったが、何だその映画?」

 

「あのねあのね! 闘犬の噛ませ犬役の『ポイ』って名前の可哀想な犬がね、大好きな飼い主さんのためにそのチャンピオンの闘犬に勝つサクセスストーリーなんだよ!」

「飼い主はストーリーの途中で痛風になって入院してしまうんだが、ポイは毎日トレーニングを欠かさず続けるんだ。そのひたむきさに心を打たれない奴はいない」

 

 子日と若葉が目をキラキラさせながら説明するが、阿賀野と矢矧は思わず苦笑いを浮かべてしまう。提督に至っては犬が好きなこともあり、とても興味深く聞き、そしてうんうんと頷いている。

 

 鎮守府で犬や猫といった動物を飼うにはかなりの制約があり、その条件をクリアしないと飼えない。提督自身も最初は飼おうとしたが、その条件をクリア出来ないと見て断念したほど。

 

「悪ぃが犬は飼えねぇんだ。理由は規則や制約があり過ぎるのと、日々忙しい俺らじゃ命を飼うのには荷が重過ぎるんだ」

 

 提督が申し訳なさそうに説明し、子日と若葉の頭をポンポンっと撫でる。説明を受けた子日と若葉も『そっか〜』と残念そうな顔をする。

 

「メダカとかカメなんかなら飼ってもいいんだけどね〜」

「犬や猫だと色々と難しくなるのよね……」

 

 阿賀野と矢矧も申し訳なさそうにそう言う。

 散歩やら餌やらの世話は手の空いている者たちに任せることは可能だ。しかし倉庫や資材庫内へ侵入してしまったり、ふとしたことで防衛システムが誤作動してしまったりといったことも無いとは言い切れない。例え鎖で繋いでいても。

 艦娘が寝泊まりする寮の中で世話などが比較的簡単な物でないと飼うことは難しいのだ。

 

「すまねぇな。分かってくれ」

 

 提督はちゃんと二人と同じ目線になって改めて謝ると、子日も若葉もコクリと頷いた。

 

 すると二人はそれぞれ提督の手を握る。その行動に提督が首を傾げると、子日から先に口を開く。

 

「ねぇねぇ、お父さん。ブリーダーって響きカッコよくない?」

「? まぁ、いいんじゃねぇか?」

「トップブリーダーって憧れないか?」

「まぁ、夢としてはいい夢だろうな」

「そうだよね! すっごくカッコいいよね!」

「すっごく憧れるよな!」

「いやだから、飼えねぇからな!? 回りくどいアピールしても飼えねぇからな!?」

 

 提督が念を押すと子日と若葉は揃って『ちっ』と声をあげた。二人共舌打ちのつもりだが、二人して舌打ちが出来るほど舌を起用に使えないのだ。

 

「これこれ、もうその辺にせい」

「そうですよ……提督も困ってますし」

 

 見かねた初春と初霜がそうたしなめると、二人はようやく諦めたのか口をつぐんだ。

 

「まぁ犬とかは無理だが、阿賀野がさっき言ったみたいにメダカとかカメなら飼ってもいいからよ。そこら辺で我慢してくれ」

「…………じゃあウミガメ捕まえてくる」

「おいおいおいおい、子日ちゃ〜ん? クオリティが高過ぎるんじゃないか〜?」

「ならジンベイザメはいいか?」

「若葉ちゃ〜ん? それもめっちゃハイクオリティだからな〜?」

 

「そもそもウミガメもジンベイザメも普通の水槽で飼えないよね〜」

「飼うとしても水族館並の水槽が必要よね……それも凄い大きなやつ」

「全くあやつらは……」

「二人共〜、いい加減にして」

 

 痺れを切らした初霜はとうとう二人の首根っこを掴み、提督に「二人がすみませんでした」と告げてズルズルと引きずっていった。そのあとに初春も「邪魔したのぅ」と苦笑いを浮かべ、妹たちのあとを追うのだった。

 

「なんか子日と若葉に悪いことしちまったなぁ」

「そんなことないよ、提督さん」

「そうよ。我慢というのも覚えなきゃいけないもの……それが命なら尚更」

 

 阿賀野と矢矧の気遣いに提督は「サンキューな」と笑顔を返すと、二人もまたニッコリと頷いた。

 それからは三人で『ごちそうさま』をし、食器やテーブルを片付けたあとで、また執務室へ戻るのだった。

 

 ーーーーーー

 

 ー執務室ー

 

 執務室へ戻ってきた三人だったが、既に今日の執務は完了していてやることがない。

 矢矧はとりあえず自分の机の整理整頓を始め、提督と阿賀野はソファーで肩寄せ合って座り夫婦タイム。

 

 そして暫くすると執務室のドアがノックされ、扉が開くと能代と酒匂がやってきた。二人共今日は揃ってお休みをもらったので、街へ繰り出していたのだ。

その証拠に二人の手には紙袋がいくつかぶら下がっており、更には二人のあとから一緒に街へ行った長良型姉妹の面々も笑顔で入室してくる。

 

「お〜、みんなおかえり。楽しかったか?」

「はい、久しぶりに羽を伸ばせました。それでみんなで提督と阿賀野姉ぇと矢矧にお土産買ってきたの」

「美味しいって評判のチーズケーキ買ってきたっぴゃ〜♪」

「わぁ、いいじゃないの♪」

「気を遣わせて悪ぃな」

「ありがとう、能代姉ぇ、酒匂」

 

 提督たちがお礼を言うと、能代も酒匂も笑顔で返す。

 

「長良たちもありがとうな」

「いえいえ、日頃から私たちを大切にしてくれる司令官へ、私たちからのささやかなお返しですから」

 

 提督のお礼に笑顔で返すのは長良型軽巡洋艦一番艦『長良』。提督を敬愛し、いつも元気で面倒見も良く、遠征や出撃と艦隊を引っ張る頼もしい存在。鬼教官としても神通と肩を並べており、もし二人が本気で喧嘩をしたら一つの海域は消えるとまで囁かれている。

 

「そのチョイスは名取だから、名取にしっかりお礼を言いなさいな」

「そうなのか。ありがとうな名取」

「い、いえ……喜んでもらえて嬉しいです」

 

 五十鈴の説明で提督が改めてちゃんとお礼を述べたのが同型軽巡洋艦三番艦『名取』。普段は姉妹、仲間思いで物腰の柔らかい物静かな艦娘だが、夜戦になると川内を凌駕する戦果をあげる実力者。

 

「ケーキだから早めに食べてね♪」

「それとも今食べちゃいますか? だったらナイフ持ってきますよ?」

 

 そして提督にそう言うのが同型軽巡洋艦五番艦『鬼怒』と六番艦『阿武隈』。

 鬼怒は長良と同じく元気な艦娘。それでいて提督LOVE……というより提督夫婦を見守るのが好きな子。

 阿武隈は長良型姉妹の末っ子で阿賀野からも妹っぽい扱いをされるが、海に上がれば頼りになる水雷戦隊のリーダー格。提督のことはLIKEの意味で大好きで、阿賀野から惚気話を聞くのが好き。

 

「じゃあ、せっかくだし今のうちにみんなで食うか。阿武隈、悪ぃけど給湯室から果物ナイフ持ってきてくれ」

「分かりました♪」

「なら鬼怒も一緒に行くね♪」

「じゃあ、私はお茶でも汲んできてあげるわ♪」

 

「悪ぃな五十鈴」

 

 執務室を最後に出て行く五十鈴に提督がそう言うと、五十鈴はドアを閉める間際に提督へ『どういたしまして』の意味を込めたウィンクを返した。

 

 するとそのあとで由良がスルスルっと阿賀野とは反対側の提督の隣に座る。しかもちゃっかり提督の腕に抱きついて……。

 

「提督さん♡ ケーキはみんなからのお土産だけど、由良だけからのお土産もあるの♡ 受け取ってくれるわよね?♡ ね?♡」

「お、おう……どんな土産だ?」

 

 提督はそう訊くが阿賀野は眼光鋭く由良を睨んでいる。前に由良はお土産だと言って盗撮機と盗聴機が搭載されたぬいぐるみを渡したことがあるので、阿賀野としては油断出来ないのだ。

 

「由良からのお土産は〜……じゃ〜ん♡」

『っ!?』

 

 由良が取り出した物にその場にいる全員が目を丸くした。何故ならそれはピンク色のベビードールだったから。

 

「お、俺がそれを着るのか?」

「んもぅ、そんなはずないでしょう? これは由良が着て、提督さんと夜を過ごすためのお・み・や・げ♡」

「いやぁ……でもそんなの着ちまうと、おっぱい丸見えじゃねぇか……」

「そのための物だもの♡ これを着た由良と朝までベッドの上で踊りましょう?♡」

「踊りましょうって言われてもなぁ」

 

 そもそも浮気なんて出来ねぇし……と思いながら提督は由良から逃げるように阿賀野の背中へ隠れる。

 そんな提督を見て、由良は恍惚な表情を浮かべながら「提督さんは相変わらず照れ屋さんね〜♡」と明後日の思考を展開していた。

 

「由良〜、頼むから司令官を困らせないで」

「由良ちゃん、提督が好きなのは分かるけど、提督は阿賀野ちゃんの旦那さんだよ?」

 

 長女と三女に諭されるが、当の由良は「だから由良の旦那様にするのよ?」とケロッとしている。

 

「相変わらず提督も難儀ねぇ」

「阿賀野ちゃんもね〜」

「日頃からイチャイチャし過ぎてるんだから、こういうこともあった方がいいわよ」

 

 そんなやり取りを能代、酒匂、矢矧は苦笑いを浮かべて眺める他なかった。それから五十鈴たちが戻ってくるとまた和やかムードに変わり、とりあえずみんなでケーキを食べて過ごすのだった……。

 

 ーーーーーー

 

 ー提督夫婦の部屋ー

 

 その日の夜、

 

「あ、阿賀野……その格好……」

「えへへ……長良ちゃんから由良ちゃんから没収したベビードール貰っちゃった♡ どうかな……似合う?♡」

 

 寝室に入ってきた阿賀野のベビードール姿に提督は昂ぶった。愛する女性がそんな格好をして、燃えないのは男ではない。

 

「ある意味で由良に感謝だな……すっげぇ似合ってて、エロい」

「やんもぉ、慎太郎さんったらぁ♡ じゃあ、今夜は阿賀野と朝まで踊ってくれる?♡」

 

 阿賀野の問いに提督は「勿論だ!」と即答して、阿賀野を布団へ引き込み、夫婦は朝まで二人だけのダンスパーティーをするのだったーー。




久々の更新! お待たせしました!
そして久々の更新は相変わらずのほのぼの+ちょっとのお砂糖回です!

読んで頂き本当にありがとうございました☆


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褒めることはいいことだ

 

 9月某日、昼前。本日は休み週間の折り返し日。

 艦娘たちも普段よりゆったりとした時間を過ごしており、中庭や寮内からは笑い声やはしゃぎ声が聞こえている。

 

「これでテイトクを骨抜きにシマ〜ス♡」

 

 そして戦艦寮の共同厨房内に一人の艦娘が怪しい笑みを浮かべて、鍋で何やら煮込んでいた。

 

 この艦娘は金剛型戦艦一番艦『金剛』。提督一筋のLOVE勢でありガチ勢の筆頭艦娘。提督への愛はまさにバーニングLOVE。

 

「金剛お姉さま〜、司令に招待状渡してきました〜」

「約束通りに行くとのことです」

「お姉さまの方の準備はどうですか?」

 

 そんな金剛の元へ妹である二番艦『比叡』、三番艦『榛名』、四番艦『霧島』がやってきた。

 

 比叡は金剛を心から尊敬し、慕う艦娘で金剛の恋を応援している。しかし料理を教えてくれる提督にも凄く懐いているので、金剛を応援しつつも提督夫婦にはちゃんと配慮している何とも難儀な艦娘。

 

 榛名は提督を慕うLOVE勢だが見守り勢……でもちゃっかりワンチャンを狙っている節もあるのでしたたかな艦娘だ。

 

 霧島は提督を尊敬し、提督や周りから頼りにされている存在。提督がLOVE勢やガチ勢からどう逃げ切るのか、いつも楽しんで見ている。

 

「サンキューネ♪ お昼は阿賀野がいないので絶好のアピールチャンスネ!」

 

 妹たちにウィンクを送り、闘志を剥き出しにする金剛。

 

 金剛が言うように今、阿賀野はいない。それは演習艦隊を率いて演習海域へ出向いているからだ。

 

「矢矧さんも同席するんですから、ほどほどにしてくださいね?」

「前みたいに襲い掛かるとかも無しでお願いしますよ、姉さま?」

 

 双子の妹に念を押されると、金剛は乾いた笑みを返しつつまた鍋へ視線を落とす。

 金剛は前に阿賀野がいない時を狙い、提督を食べよう(性的に)とした。しかし矢矧、能代、酒匂に阻止され、未遂だったのもありその時は『提督接近禁止令』一ヶ月で済んだ。

 

「同じ過ちは繰り返しマセーン! 今回は普通にランチをご馳走して提督のハートを掴むワ! マズは相手の胃袋を掴むことに専念しマス!」

「でも提督の方がお料理上手ですよね?」

「それは言わないでくだサ〜イ……」

 

 榛名のツッコミにトホホと返す金剛。

 提督は母子家庭で育ち、家事は完璧にこなす。それでいて一人暮らしも長かったので料理が得意なのだ。間宮や伊良湖が着任する前は提督自ら食堂の厨房に立っていた経緯もあり、それは今もたまに行われている。

 

「そもそもテイトクはズルいんデスヨ〜……家事も出来て仕事も出来て気遣いも出来るなんて……」

「ですが司令はロリコンです。本人は認めてませんが……」

「完璧な人なんていマセンヨ。ワタシは相手の悪いところより、良いところを見つける方が好きなんデス! テイトクの良いところなら100個以上あげられマス!」

「さっすが金剛お姉さま……略してサスオネです!」

 

 比叡がフンスフンスと金剛を褒め称えると、金剛はフフーンと胸を張って鼻を鳴らす。

 すると厨房に掛けてある時計から一二〇〇を知らせるチャイムが流れ出した。

 

「Oh……早くしないとテイトクを待たせちゃうネ〜。三人は先に談話室へ戻って準備をしててくだサ〜イ♪」

 

 金剛がそうお願いすると比叡たちは揃って『はい』と笑みを見せ、談話室へ向かった。

 

 ーーーーーー

 

 ー戦艦寮の談話室ー

 

「昼飯をご馳走してもらって悪ぃな」

「ご招待ありがとうございます」

 

 ランチへ招待してくれた金剛型四姉妹にそれぞれ言葉を送る提督と矢矧。そんな二人に金剛を始めとする姉妹は笑みを返す。

 

「ワタシがテイトクのために朝から準備したスペシャルなランチデスヨ♡ 心行くまで堪能してくれると嬉しいデ〜ス♡」

 

 テーブルには金剛お手製の料理がところ狭しと並んでおり、それは和食から洋食まで様々だ。中でも提督が好きな肉じゃがは鳳翔直伝の自慢の一品。

 

「提督、お飲み物は如何しますか?」

「水くれ水。氷でキンキンに冷やしたやつ」

「ピッチャーで持ってきますね♪」

 

 さり気なく提督へ心遣いをアピールする榛名。

 

「矢矧は何にするの?」

「私は……烏龍茶でお願いします」

「黒?」

「……では黒で」

「ガンガンお肉食べなきゃね♪」

 

 肉食の霧島にそう言われ、矢矧は「はい」と苦笑いを浮かべて返すしかなかった。

 

 そんなこんなで金剛主催『愛する彼の胃袋掴んじゃおう作戦(金剛命名)』が始まる。

 

「マズは……肉じゃがを食べて欲しいネ♡ テイトクが好きなので一番気合を入れたんだからネ♡」

「ほぉ〜、んじゃ頂きます」

 

 金剛はそう言って取皿へ肉じゃがをよそり、提督はそれを一口頬張った。

 

 提督はまぶたを閉じ、じっくりと金剛の肉じゃがの味を確かめる。対する金剛はまるで神に祈りを捧げるかのように両手を組み、緊張の面持ち。

 ゴクンと提督が口の中の物を飲み込むと同時に、金剛もまたゴクンと固唾を飲む。

 

「…………い」

「エ?」

「美味い! すっごく美味いぞ金剛!」

 

 提督からの太鼓判に金剛は渾身のガッツポーズを繰り出す。そんな金剛を見て比叡も榛名も霧島もニッコリと微笑んだ。

 しかし、

 

「いやぁ、これはいい肉じゃがだな〜♪ ()()()()()()美味い!」

 

 この言葉により金剛にピシッとヒビが入る。

 

(流石はワタシのライバル……。阿賀野、アナタとの勝負はまだまだこれからのようデスネ!)

 

 明後日の方向を見つめ、決意を新たにする逞しい金剛。

 

「お姉さま、比叡はいつまでも応援しています!」

(でも司令が阿賀野さんと別れるところは見たくないなぁ……)

 

「お料理も阿賀野さんの方がずっと提督の好みを分かってますから、大変そうですね〜」

(今度は榛名から提督に肉じゃがを差し上げましょう♡ 榛名だってお料理出来るんですから♡)

 

「お姉さまがどこまで近づけるかが勝負の鍵ね♪」

(そして司令がどうやって阿賀野さんへの愛を貫くかも見物ね……♪)

 

 金剛を思う妹たちの隣で矢矧は何とも言えない表情を浮かべ、スペアリブを頬張るしかなかった。人の恋路にとやかく言うと、飛び火した時が怖いから……。

 

 ーーそして、

 

「ふぅ〜……ごちそうさまでした」

「ごちそうさま。どの料理も美味しかったです」

 

 たくさんあった料理をみんなして食べ終え、提督と矢矧はお行儀良く両手を合わせる。比叡たちも二人と同じようにごちそうさまをし、金剛は満足そうに「おそまつサマネ♪」と返した。

 

「提督、矢矧さん、食後の紅茶をどうぞ♪」

「おぉ、サンキュー榛名、霧島♪」

「ありがとうございます」

 

「お姉さまたちもどうぞ」

「サンキュー、榛名と霧島は出来る子デスネ〜♪」

「ありがとう、二人共♪」

 

 榛名と霧島の心遣いに提督と矢矧は勿論、金剛と比叡も優雅に食後の紅茶を楽しむことが出来た……しかもご丁寧にスライスレモンやミルクもちゃんと用意されている。こうしたさり気ないアピールは榛名の真骨頂であり、榛名の強味でもあるのだ。一方の霧島はただ榛名を手伝っただけ。

 

「榛名は気立ても良くていい嫁さんになるな〜」

「そんな……榛名はそんなにいい子じゃありませんよ。金剛お姉さまの方が素敵なお嫁さんになれると思います」

「そうやって姉の顔を立てられるのは俺にとっちゃいい子さ」

 

 提督は優しい笑みでそう言って榛名の頭を優しく撫でると、榛名は恥ずかしそうにしながらもとても嬉しそうに微笑んでいた。

 

「テ〜トク〜! 榛名は確かに自慢の妹だけど、ワタシのことも褒めてほしいデ〜ス!」

「金剛もいい嫁さんになれるぞ? 勿論、比叡と霧島もな」

「ありがとうございます、司令!」

「勿体無いお言葉です」

「榛名に言った時とはあっさりしている気がしマスが……頭をナデナデしてくれたから許しちゃいマ〜ス♡」

 

 こうして食後の紅茶と雑談を終え、提督と矢矧は金剛たちにお礼を述べたあとで執務室へ戻った。

 金剛も提督を満足させることが出来たと、ルンルン気分で比叡たちと食器を片付けるのだった。

 

 ーーーーーー

 

「執務室に戻る前に酒保寄らせてくれ。煙草切らしてんだ」

「了解。私も酒保で買いたい物があるから丁度良かったわ」

 

 寮を出て少し歩いたところで二人は酒保へ向かうことにした。

 酒保には雑貨、お菓子、備品、趣向品と何でも御座れであり、非番やお使い以外で街に買い物へ行けない艦娘たちにとってはありがたい存在だ。店内に置いてない商品でも明石に頼めば大体は取り寄せてくれるので、売上は上々。

 

「うぃ〜っす」

「お邪魔します」

 

 酒保の扉を開け、それぞれ挨拶をして中に入る提督と矢矧。

 

「あ、いらっしゃいませ♪ 明石の酒保へようこそ♪」

 

 入ってすぐのレジカウンターからは工作艦『明石』が眩しい笑顔と共に二人を歓迎する。

 明石は酒保を切り盛りし、艤装修理、艤装改修を一手に担う艦隊の陰のオールラウンダー。戦闘が得意でない自分のことも大切にしてくれる提督が大好きなLOVE勢であり、夫婦見守り勢。

 そんな明石に二人も笑顔で挨拶を返していると、

 

「お、提督にやはぎんじゃん♪ ち〜っす♪」

「こんにちは、二人共♪」

 

 奥の棚からひょっこりと顔を出す最上型三番艦軽空母『鈴谷』とその重巡洋艦一番艦『最上』が、二人へ挨拶する。

 

 鈴谷はお調子者でフレンドリーな艦娘。LOVE勢で提督とケッコンカッコカリをするために日夜努力をしている努力家でもあり、阿賀野から惚気話を聞くのが好き。

 最上はしっかり者で笑顔を絶やさない艦娘。提督のことは心から尊敬していて、提督に頼られることが好きな忠犬勢。

 

「お〜、すずやんにもがみんも買い物か〜」

「まぁね、化粧水とか乳液とか女の子には必要な物がたくさんあるからね〜♪」

「ボクは寮のみんなと食べるお菓子を買いに来たんだ♪」

 

 そう言って最上はカゴの中身を提督たちに見せる。

 

「軍艦マーチ? 初めて見るお菓子ね……」

 

 その中で矢矧が一つのお菓子に注目すると、レジカウンターから明石が「フッフッフ〜♪」とわざとらしく笑いながら矢矧の隣へやってきた。

 

「これはですね〜、本日から発売の新商品なんです! 今は無きコアラのなんちゃらの軍艦バージョンと思ってください!」

 

 説明しながら明石は棚から一箱開け、お菓子の中身を見せる。それは5センチ程の軍艦型ビスケットの表面に軍艦が描かれており、ビスケットの中にチョコレートが入ったお菓子だった。

 

「凄い鮮明に描かれてるのね……あ、これ大和だわ」

「ちゃんと裏には描かれている艦の名前の焼印をしています。コアラのより大きいのは軍艦だからご愛嬌ってことで!」

「しっかし良く出来てるな〜……作るの大変じゃねぇか?」

「そこは私と妖精さんで絵を描くシステムクッキングマシーンがあるので大丈夫です♪ あ、因みに絵は全部カラメルなので安心ですよ!」

「いや、食べ物に関しては信用してる……でもまた資材で作ったのか?」

「と、とんでもない! 資材じゃなくて廃品です! 100%リサイクルです!」

 

 明石が力説すると提督は「わぁったわぁった」と返して明石の頭をポンポンと軽く撫でる。すると明石は途端にご機嫌になり、それはまるで飼い主に撫でられて喜ぶ犬のよう。

 

「面白そうだし買ってこうかしら……みんなの反応も見たいし♪」

「えぇ〜、みんな買う系? なら鈴谷も買おうかな〜……最上姉もやっぱやはぎんと同じ感じで買うの?」

 

 鈴谷の質問に最上は「うん」と返す。

 因みに最上は衣笠、摩耶、加古と同室で、鈴谷は妙高、利根、那智と同室。矢矧は名取、夕張、由良。

 

「じゃあ鈴谷も買お〜♪ なんか私だけ買わないのもKYっぽいし♪」

「毎度あり〜♪」

 

「そういえば提督〜、ボクか三隈の空母への改造計画とか来てない〜?」

「またその話か……悪ぃが来てねぇよ。今改二に出来る奴らは全員改造済みだし、まだ暫くは来ねぇだろ」

「ちぇ〜、ボクや三隈も鈴谷や熊野みたいにもっと提督の役に立ちたいのに〜」

「何言ってんだ。今のままでも十分助かってるぞ? もっと胸を張れ」

 

 少しだけふてくされる最上の背中を提督がポンッと叩くと、最上は「ありがとう♪」と嬉しそうに返す。

 

「出た出た、提督のタラシ攻撃……ズルいな〜、そういうさり気ない優しさ〜」

「タラシって……俺ぁいつも通りにだな」

「はいはい、分かってるってぇ♪ んじゃ、そのついでに鈴谷のことも褒めて♪ 私は褒められて伸びるタイプなんだから♪」

「ったく、お調子者め……今やってるピンクのマニキュア、良く似合ってるぞ」

「やっぱ気付いてたんだ〜、そういうとこポイント高いよ〜?♪」

 

 こうして楽しく雑談もし、買い物も終えた提督は矢矧と執務室へ戻った。支払いは全員分提督の奢りでーー。




今回はやっと金剛型姉妹を登場させました!
そして最上と鈴谷も!
まだ出してない艦娘もいるので、しばしお待ちください♪

読んで頂き本当にありがとうございました!


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日本は自由な国

一部アンチ・ヘイトが含まれます。


 

 9月某日、昼過ぎの鎮守府。休み週間の後半であるが、今日の鎮守府はどこか静かで中庭にも艦娘の姿はちらほらとしかいない。

 

 代わりに鎮守府の正門前にはプラカードやら拡声器やらを持った団体と警察隊が睨み合い、双方を睨む形で憲兵隊が脇に控えている。

 

 今日は当鎮守府へ戦争反対派の団体がデモを行う日であり、こうした日は艦娘たちは極力寮から出ないようにしているのだ。しかしそれを気にしない者は普通にしている。

 

『戦争反対! 戦争をするな!』

『平和な日本に軍なんていらない!』

『軍隊や艦娘は平和を壊す存在だ!』

『平和を壊すことは大罪だ!』

 

 代表者の言うことをデモに参加する全員が声を張り上げて復唱する。

 

 確かに戦争を反対するのは理解出来る。ここに集まっている者の中には深海棲艦の攻撃を受けて愛する家族や愛する人を失ってしまった人々もいるし、心から戦争をしないでほしいと願う人々もいる。

 しかし何もせずにただ深海棲艦の攻撃を受けて多くの国民が犠牲になるのと、戦って軍人や艦娘だけが犠牲になるのと……どちらがマシだろうか?

 軍人や艦娘ほど戦争の恐ろしさ、残酷さを知っている者はいるだろうか?

 

 多くの軍人、艦娘は戦争なんてしたくないし、しないことに越したことはない。しかし国民やその一人ひとりの家族……そして日本国を深海棲艦の恐怖から守ろうと、自らの命を危険に晒して日夜戦っているのだ。

 こうしたことを何故理解しようとしないのか……何故左派お得意の『話し合い』をこの場ではしないのか……本当に日本の左側の人々というのは不思議な思想の持ち主である。

 しかしその中でもちゃんと道理が通っている左派の著名人もいるが、日本の左派は支離滅裂なことを主張する者が多いという印象が強いのだ。

 かと言って右派のように『もっと軍人や艦娘を増やしてお国のため、天皇のために戦え!』というのも極端な話だろう。

 

『戦争なんてするな〜!』

『平和な日本を壊すな〜!』

『軍があるから攻撃されるんだ〜!』

 

 こうした主張を散々し、デモは二時間ほどで終了。

 鎮守府はやっといつもの光景に戻る。

 

 ーーーーーー

 

 ー執務室ー

 

「やっと終わったか……戦争が嫌いなのはこっちも同じだってのに、相変わらず好き勝手言ってくれるなぁ」

 

 デモ隊、警察隊、憲兵隊が帰るところを窓から確認しつつ、提督はそう言って苦笑いを浮かべた。

 

「平和な日本を壊すな〜って言われても、深海棲艦からその平和を脅かされないためにあたしたちは戦ってるんだけどな〜」

 

 酒匂が少しだけ悲しそうにつぶやくと、阿賀野や能代、矢矧が酒匂の頭を優しく撫でる。

 

「デモ隊の大多数は現実逃避中の活動家だが、その中には何かを悪者にしないと生きていけないって人もいるからな……俺ら軍はそういう自由な思想を謳歌出来る日本を守るためにいるのさ。俺たちに出来ることをしてりゃぁ、それでいい」

「日本は民主主義国家……だからこそああいう人たちもいる。でも、だからってその人たちを守らなくていいなんて思わないでね、酒匂」

 

 提督と阿賀野の言葉に酒匂はコクリと頷き、「どんな人でもあたしは全員を守るよ!」と力強い眼差しで答えた。それを見た提督たちは思わず優しく微笑んだ。

 

 すると執務室のドアがトントントンとノックされる。

 

「開いてるぞ〜」

 

 提督がそう声を返すと、開かれたドアからワラワラと多くの駆逐艦の艦娘たちが入ってきた。その多くは複雑そうな表情で、中には涙ぐみ今にも泣き出しそうな者もいる。

 

「湿気た面してんじゃねぇよ……ったく、こっち来い」

 

 提督がそう言って両手を広げると、泣きそうな駆逐艦たちはワァッと提督の元へ駆け寄った。

 これはデモが行われた直後に良くあることで、デモ隊の言葉で艦娘たち(主に駆逐艦)が心を病んでしまうのだ。

 それを提督は受け止め、励まし、彼女たちを鼓舞する。

 

「あんな奴らに何言われても、お前たちは俺ら日本人の誇りだ。胸を張ってこれからも頑張ろう。お前たちの頑張りは俺が一番近くで見てるし、多くの人たちもそれを見てる」

 

 泣きそうな者たちはとうとう涙を零した。しかし提督の言葉にうんうんと頷き、提督にしがみつく。

 提督にしがみついているのは吹雪型駆逐艦九番艦『磯波』、綾波型駆逐艦十番艦『潮』、夕雲型駆逐艦十四番艦『沖波』。

 三人共、素直で純粋。普段は笑顔が絶えず、提督や人々のために尽力する心優しい子たちだが、だからこそデモ隊の言葉が胸に刺さったのだ。

 

 その一方で、

 

「あんな奴らも守らなければならないとは……正直なところ、解せんな」

「全くだ……でも僕らが守らなきゃ、誰も彼らを守れない。何とも言えないよな」

「私たちにあんな主張するより、深海棲艦に主張してきなさいって感じよね……基本的にあっちが先に攻撃してくるのに」

 

 デモ隊に対する不満をぶつける者もいる。それは陽炎型駆逐艦十二番艦『磯風』と秋月型駆逐艦四番艦『初月』、そして吹雪型駆逐艦五番艦『叢雲』だ。

 

 磯風は少し天然混じりなところがあるものの、いつも堂々としていて裏表の無い艦娘。料理が趣味で提督から料理のいろはを叩き込まれ、最近やっと普通の厚焼き玉子を作れるようになった。

 初月は凛々しく、提督に従順な忠犬勢。提督から頭を撫でてもらうといつもの凛々しさは消えてしまう。

 因みに着任当初から食料事情が乏しいことで有名な秋月型姉妹だが、今では改善している。ただし回転寿司に連れて行くとみんな感動の涙を流す。

 叢雲は電の次に着任した駆逐艦で提督のことを信頼し、高く評価している。着任当初はつっけんどんな態度をとっていたが、今ではいい上官と部下の距離。

 

 そんな磯風たちには阿賀野たちが『まあまあ』と本人たちの気持ちを汲みながら提督の代わりにフォローする。

 

「その気持ち、阿賀野も十分分かるよ。でも命は平等で思想が違うというだけで見殺しにしていいなんて考えちゃダメだからね? 国民の自由を守るために阿賀野たちがいるのよ」

 

 阿賀野がそう言葉をかけると、磯風たちは自分たちの気持ちを落ち着かせるように頷いて見せる。

 すると提督がふと口を開いた。

 

「日本の今の左派ってのは世界の左派とは違うからな。世界の左派はどれだけ左派でも、その根底では国のことを考えてるもんだ。当然右派もな」

 

「だが日本の左派の活動家は国や国民なんてどうなってもいいみたいな主張をしやがる。奴らの主張を例えるなら、防犯のために警備会社と契約したらその家は強盗団に目をつけられるって言ってるようなもんだからな」

 

「あんな風になっちまったら左派ってのは政治思想でもねぇし、まして哲学でもイデオロギーでもなんでもねぇ……ありゃただの病気だ」

 

「だから患者を守るって思ってた方が変に無駄なエネルギーを使わなくて済むぜ?」

 

 真面目に話していた提督が最後はケラケラと笑って言い放つと、磯風たちは勿論だが、提督にしがみつく磯波たちもみんなして笑みを浮かべた。

 

「そんなこと司令官が言ってもいいの?」

「提督が言うから説得力があるんじゃないか?」

 

 そんなことを言いながらも叢雲と初月の顔は笑っている。

 

「磯風たちが言えないことを司令は率先して言ってくれているんだ。こんなにも心強いことはないじゃないか」

 

 そして磯風も笑って言う。

 

「言っとくけどな、俺がさっき言った言葉は俺の中学ん時のガッチガチの左巻きの社会科の先生が言ってたんだからな? 日本の左派は左派じゃねぇって」

「それはそれで凄い先生ですね……」

「でもそういう左派の人の方がいいかも……」

「本当、人それぞれですね……」

 

 提督の言葉に磯波、潮、沖波は涙を拭きながらも、小さく笑って返した。

 そしていつの間にか、執務室は笑い声が溢れていた。

 

 すると、

 

「さぁさ、みんな、おやつ時だしお菓子でも食べてリラックスしましょ♪」

「お茶もジュースもあるから、好きなだけ堪能してね♪」

「甘い物を食べてリフレッシュよ♪」

「いっぱいあるからね〜♪」

 

 阿賀野たちが執務室の戸棚や冷蔵庫からお菓子やジュースを取り出して、みんなへジャーンと見せる。

 

「そういうこった……好きなだけ食えよ!」

『は〜い♪』

 

 こうして執務室はそのままおやつタイムへと移行するのだった。

 

 ーーーーーー

 

 みんなしてソファーに座り、ワイワイサクサクモキュモキュとおやつタイムを過ごす。

 

「やっぱりキャベツ〇郎は飽きのこない至高の一品だな」

「秋月姉さんもそれを良く食べるよ。照月姉さんと僕はこっちのポテトフ〇イだけど……」

「それってポテトフ〇イなのに原材料には小麦粉とコーンスターチも使われてる不思議なお菓子よね。美味しいけど」

 

 叢雲がそう言うと初月はまるで稲妻に打たれたかのように「えぇっ!?」と声をあげる。

 

「まぁ、駄菓子なんてそんなもんだろ。ビッ〇カツだってスケトウダラ使ってるしな」

「あれはスケトウダラだったのか……あれをおかずにするとご飯が進むんだが」

「で、でもでも! 確かにご飯に合うお菓子って凄いですよね!」

 

 立て続けにショックを受ける初月に沖波がフォローを入れると、初月は「そうだよな!」とキラキラした笑顔を見せた。

 

「そういや、俺がガキだった頃。犬かなんかの糞を見たあとにチョコバ〇ト食いたくなって駄菓子屋へ行ったなぁ」

「ちょっと、食べてる時にそんな話しないでよ!」

「矢矧ちゃんが食べてるのは丁度チョコバ〇トだもんね〜……」

「それもホームランでもう一本って喜んでたのにね〜」

 

 矢矧からテシテシッと二の腕ら辺を叩かれた提督は「すまぬすまぬ……」と反省。

 

「……あ、やはぎん、お前の好きなふ菓子とかりんとうもあるぞ? 食べrーー」

「このタイミングで似たような物を勧めないでくれない!?」

「ひぃぃぃっ!」

「は〜い、提督さん、怖くな〜い怖くない♡」

 

 善意が空振る提督を阿賀野が優しく慰める。一方の矢矧はそれでもふ菓子とかりんとうは好きなのでキープしている。

 

「というか、よくそういうのを見たあとにチョコバ〇トとか食べたくなったわね……」

「そういうところが提督だよね♪」

 

 叢雲のツッコミに磯波がクスクスと笑いながら返すと、他の面々も『だね〜♪』と口を揃える。

 そんな中、ふと「ピュ〜♪」という可愛らしい音色が聞こえた。みんなが音のした方向を見ると、潮がフ〇ラムネをニコニコしながら吹いている。

 しかし、みんなの視線に気が付いた潮は顔を真っ赤にしてラムネをカリカリと噛んでしまった。

 

「恥ずかしがることぁねぇだろ?」

「あたしもフ〇ラムネ好きだよ♪ 楽しいよね♪」

 

 提督と酒匂のフォローに潮は顔を赤くしながらも、コクコクとはにかみつつ頷く。

 

「提督、フ〇ラムネで何か一曲吹けますか?」

「なんて無茶振りをするの磯ナミン」

「ちょっと、私の妹をアリ〇ミンみたいな名前で呼ばないでくれない?」

「わ、私は結構そのあだ名気に入ってるよ?」

「嘘でしょ……」

「変かな……?」

 

「で、司令。何か吹けないのか?」

「吹けるなら僕も聞いてみたいな」

「…………じゃあ、適当に一曲」

 

 そう言って提督はフ〇ラムネを咥え、それが飛ばないように指で押さえて胸いっぱいに空気を吸う。

 そして、

 

「ピーピー♪ ピッピピピッピ♪ ピッピピピピッピー♪」

 

 見事に曲を奏でた。

 

 しかし、

 

「なるほど分からん」

「提督……その、良かったと思う。うん」

「何を演奏したかは謎だけど、よく吹けてたわよ♪」

 

 なんの曲かは全く伝わらなかった様子。

 

「頑張って無茶振りに答えたのに〜!」

 

 そんなみんなの反応に提督はオヨヨヨと阿賀野の胸に顔を埋める。

 

「阿賀野は分かったよ〜。軍艦行進曲だよね?」

「そうだ! 流石俺の嫁さん阿賀野だ〜!」

「えへへ〜、阿賀野は何でも分かっちゃうんだからぁ♡」

 

 という茶番をみんなに見せつつ、デモの日も鎮守府の一日は明るく過ぎていくのだったーー。




今日は前半真面目、後半はいつも通りにしました!
前半部分は私の個人的な意見なのでご了承を。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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演劇発表会

下ネタ含みます。


 

 9月某日、昼過ぎ。

 今日は休み週間最終日。なので提督は午後からの任務、訓練等は一切免除し、艦娘や妖精の全員を鎮守府本館の地下にある集会ホール(体育館みたいなホール)に集合させた。

 提督はこの日のために陣頭指揮を執って有志の艦娘に演劇指導を続け、今日みんなの前でお披露目するのだ。

 タイトルは『シン・デ・レッラ』という提督が考えたおとぎ話のような物。

 艦娘や妖精たちはソフトドリンクや軽食を片手に今か今かとステージの幕が上がるのを待っている。

 

「よし、お前ら……そろそろ幕を開けるぞ? この緊張感を楽しめよ!」

「照明とかは阿賀野たちに任せて、みんなは思いっきり頑張ってね!」

「リラックスして、胸を張ってね」

「セリフが飛んだらみんなでフォローしてね」

「えいえいお〜!」

 

 最後に酒匂が明るくそう声をあげると、みんなして笑顔で『えいえいお〜!』と返した。

 そしてとうとう幕が開かれる。

 

 幕が上がると同時にホールには拍手の音がこだまし、ナレーションを務める秋月型駆逐艦一番艦『秋月』にスポットライトが当てられた。

 

 秋月は実直で純粋な忠犬勢。毎日のご飯へ物凄く感謝しながら食べる可愛い子。初めてステーキを食べたその日は感動で眠れなかったと言う程だ。

 

 秋月がみんなへ対して一礼すると、集まった者たちは秋月に注目。

 みんなの注目が自分に集まったことを確認した秋月は、小さく深呼吸をしてからナレーション用の台本を読み上げていく。

 

『昔々、あるところにシン・デ・レッラという可愛らしい娘がいました』

 

 ナレーションと共にステージに現れたのは陽炎型駆逐艦十三番艦『浜風』。

 真面目で提督に従順な忠犬勢。提督に褒めてもらうのが好きな艦娘。

 

『シンは貴族の娘で、父親からとても可愛がられていましたが、その父親は数年前に流行病でこの世を去ってしまいます』

 

『そんなシンは父の悲しみに暮れている暇はありません。何故なら父親の再婚相手……シンの義母とその連れ子である二人の義姉たちから酷い仕打ちをされていたからです』

 

「こらシン! 窓の縁にまだまだ埃があるわ! さっさとやり直しなさい!」

 

 そう言うのは義母役の装甲空母『大鳳』。運の無い自分をいつも笑って励ましてくれる提督のことが大好きなLOVE勢。

 

「シン! こんな食事では成長出来ないわ! 作り直して!」

 

 そして義理の長女役は潜水艦『伊十四』ことイヨ。お酒大好き祭り大好きなはっちゃけっ子。

 

「それが終わったら私のマッサージもしなさいよね!」

 

 最後に義理の次女役の陽炎型駆逐艦十四番艦『谷風』。いつもハキハキしててみんなを鼓舞する元気っ子。

 

『どうして三人がシンに酷い仕打ちをしているのかというと、それは彼女の胸が豊満であったから……』

 

 そのナレーションにホール内からはクスクスと笑い声が響き渡る。

 

『そしてその日の夜もシンは自身の胸の大きさを嘆き、悲しみ……枕を涙で濡らしていました』

 

「もうイヤ……どうして私ばっかりこんなに酷い目に遭わなくてはいけないの!? それもこれも全部この大きくなった脂肪のせいよ!」

 

「私だって好きでこんなに大きくなった訳じゃないのに! お義母様もお義姉様たちも寄ってたかって私をいじめる!」

 

 浜風のセリフに一部の艦娘たちは共感するようにうんうんと頷く。

 

『胸を叩いてもポヨンポヨンと跳ねるばかり……そんな胸を見て、シンは無言のまま大粒の涙をこぼしてしまいます』

 

『するとそこへシンの名付け親である仙女が現れました』

 

 仙女役を演じるのは妙高型重巡洋艦三番艦『足柄』。戦闘でもプライベートでも頼もしい姉御肌な艦娘だが、提督の生き様に惚れているので提督の前だと狼ではなく子犬になるLOVE勢。

 

「シン……また泣いているのね」

「仙女様……」

「泣いていても状況は変わらないわよ?」

「ですが、私はどうしたらいいのか分からないのです!」

 

『また泣いてしまうシンを見た仙女は「そんなこともあろうかと!」とわざとらしく前振りしました。そしてシンへある言葉を送ると、仙女は闇夜へ紛れて姿を消すのでした』

 

『次の日の朝、いつも通り掃除を命令にきた義母が朝からシンのことを罵倒していると……』

 

「貧乳のくせに吐かしますね……私はまだカップアップ改造を二回残している」

 

 このセリフには元ネタが分かる者たちは勿論、知らない者たちの笑いも誘った。

 

「なん……ですって!?」

 

『シンの言葉に度肝を抜かれる義母。そう、仙女が昨晩シンへ教えたこと……それは攻めの姿勢でした』

 

「あなた、そんなハッタリがこの私に通用するとでも思ってるの!?」

 

『義母がそう言ってシンの肩を強く掴みましたが、シンはそれをパシッと解くと……』

 

「やめてよして触らないで垢が付くから♪ あんたなんか嫌いよ〜♪ 顔も見たくない♪」

 

『とてつもないセリフを満面の笑みで歌に合わせて放ちました。これこそが仙女の教えなのです』

 

『「守るだけではなく、この状況を打破するのは攻める他ない……」そうやって教えたのがこの言葉たちでした。これには義母も何も言えず、それを見たシンは……』

 

(これなら今までの復讐が出来る!)

 

『そう確信したのでした』

 

『それからシンは義姉たちにも攻めの姿勢を貫き、とうとう家内情勢は逆転……シンへ歯向かう者はいなくなり、シンの生活は一変。これまで自分が受けてきたことを憎き三人へ返す日々に変わりました』

 

『そしてとある日の夜、シンはベッドに寝転び、その日の出来事を思い返していました』

 

「はぁ〜、今日もこれまでの仕打ちを少し返すことが出来たわ……明日はどんなことをお返ししようか考えるだけで、笑いがこみ上げて来るのよね……」

 

 ……アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

 

『そんな高笑いするシンの元へ仙女がやってきました』

 

「いい感じね♪ 教えた甲斐があるわ♪」

「あら、仙女様……あの時はありがとうございました。お陰で私、幸せです!」

「じゃあ次のステップへ行くわよ?」

「次のステップ……?」

 

『仙女は次のステップとしてこの国の王子様が婚約者を探すという名目で開催する舞踏会へ行きなさいとのことでした』

 

「次にあなたがすべきことはこの家の王政の絶対的存立。そのためにはあなたが王子との結婚を果たし、更なる上玉な女性へとなる必要があるのよ!」

「なるほど……しかし私、舞踏会に相応しい装飾品の数々を持っていません」

 

『シンがそう言うと、仙女は……』

 

「んなもん私がチョチョイっとやってあげるわよ♪」

 

『すると仙女は魔法の杖でシンへドレスやらきらびやかな装飾品を作り出しました。こうしてシンは舞踏会へ行く準備が整ったのです』

 

『舞踏会当日……シンは義母や義姉たちから綺麗に自分を着飾らせ、仙女が用意した魔法の馬車でお城へ行きました』

 

『シンの美しさに周りの人々は圧倒される中、シンは悠然と歩き、王子様へ挨拶をしました』

 

「こんばんは、王子様。今宵はお会い出来て光栄ですわ」

 

『みんながシンの一挙手一投足に見惚れる中、王子様はというと……』

 

「お前がどんなに美しくその乳房が豊満であっても、お前がご家族にしてきたことを俺は知っている……だから来てくれたことには感謝するが、俺が君を結婚相手に選ぶことはない」

 

 王子役は球磨型重雷装巡洋艦五番艦『木曾』。凛々しく提督を尊敬している艦娘で、提督のことは相棒と思っており従順。

 

『王子様の言葉にシンはとてつもないショックを受けました。どうして王子様がそれを知っているのかというと王子様が町に仕事でたまたまやってきた時にシンたちのやり取りを見ていたからです』

 

「美しく、豊満であれば他を虐げていいものではない。寧ろ、そうしていることが君の品格を下げているのだ」

 

『シンは王子様の言葉にショックのあまり何も言い返せません。それと同時に自分がいつの間にか、自分が嫌う義母や二人の義姉のような人間になってしまっていることに気付かされました』

 

『そしてまだ仲が良かった時の思い出がシンの頭に走馬灯の様に過り、その日からシンは心を入れ替える決意をして王子様へお礼の言葉を述べてから舞踏会を去るのでした』

 

『その次の日のこと……』

 

「お義母様、お義姉様方……今まで申し訳ありませんでした。これからは家族仲良く、手を取り合って参りましょう」

「な、急にどうしたというの?」

「そ、そうよ……突然なんだと言うの?」

「何か企んでいるの?」

 

『シンの変わり様に三人は驚いたが、シンはこれまでの行いを深く反省し、三人へ深く謝りました。すると三人の心にシンの誠意が伝わりました』

 

『三人も自分がシンへしてきたことを自分がその立場になってようやく気付き、深く反省していたのです。それからは二人の義姉たちとシンが掃除を担当。義母がお料理を担当と……普通の一家の風景に変わりました』

 

『家族間でも自然と笑顔が溢れ、それは町でもいつも仲良く笑い合う素敵な一族と評判になる程でした』

 

『それから長女は王子様の目に止まり結婚。次女は第二妃とそれぞれお城で幸せに暮らすことになりました。勿論義母も王室に入ることが出来ました』

 

『一方、シンにも第三妃のお話がありましたが、シンはそれを断り、自分のこれまでの過ちを活かして貧しい人々や恵まれない子どもたちへ対して救済活動を行う救済団体を発足し、その生涯を捧げました』

 

『生きていれば大なり小なりやり過ぎてしまうこともあるでしょう……しかしそれに気付き反省することで物事は良い方へと変わることもあります』

 

『何事も程々が一番ですね♪』

 

 こうして幕を閉じた『シン・デ・レッラ』はホールの観客たちからのスタンディングオベーションをもらい、最高のフィナーレとなった。

 

 ーーーーーー

 

「いやぁ、良かった良かった♪ 笑いあり涙ありで見てたみんなも大満足だったからな♪」

 

 出演したみんなとジュースで乾杯をし、提督は自慢気に笑う。

 

「セリフも飛ばなかったし、良かったです……」

 

 主演した浜風がホッと胸を撫で下ろしていると、大鳳や足柄が『お疲れ様』と声をかける。

 

「浜風は勿論だけど、秋月もナレーションお疲れ〜♪」

 

 その隣で谷風が秋月に労いの言葉をかけていた。

 

「ありがとうございます。台本があるとは言え、すっごく緊張しました……」

「あはは、まあ一番喋る役回りだし仕方ないね〜♪」

 

 苦笑いを浮かべる秋月に谷風はそう言って笑い飛ばすと、秋月もやっと普通の笑顔を見せる。

 

「たまにはこういうのもありだな……今度は矢矧とかが王子役でもいいんじゃないか?」

「いいかもね♪ ならその時のヒロインは姉貴で♪」

 

 木曾の言葉にイヨがそう言って笑うと、矢矧も音響担当の潜水艦『伊十三』ことヒトミも無表情のまま二人の方へ両手でバツマークを出す。

 ヒトミは少々人見知りする艦娘だが、心の優しい艦娘。イヨに振り回されているが、怒るとめっちゃ怖い。

 

「さて、そろそろ時間も頃合いだな……アルコールも解禁してこれからは食い放題パーティに移行すっぞ!」

 

 腕時計で時間を確認した提督がそう宣言すると、みんなは歓喜の声をあげる。中でもイヨはどこぞのちょび髭を生やした無敵兄弟の兄のように『イヤッフー!』と飛び跳ねて大歓喜。

 

 それから矢矧がマイクで提督が言うように食べ放題パーティの宣言をすると、ホール内に様々な食べ物がズラッと並ぶテーブルが用意された。これにホールは更なる大拍手に大喝采。

 

 演劇に出ていた者たちも衣装のままテーブルへまっしぐらで、提督はそれを楽しそうに笑って眺めていた。

 

「慎太郎さんも一緒に行きましょ♡」

「みんな提督のことを呼んでますよ♪」

「主催者が行かなきゃ始まらないでしょ?」

「司令、早く早く〜♪」

 

 阿賀野たちにそう言われ、両手を引っ張られる提督。

 

「よし! みんなで倒れるまで食うぞ!」

 

 こうして鎮守府は休み週間を終え、明日からまた平和のために尽力するための英気を養うのだったーー。




今回はネタ多めな鎮守府のとあるイベント模様を書きました!
シンデレラネタのシン・デ・レッラに関して、色々とぶっ飛んだ内容に改変したことにはご了承お願いします。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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清掃委員会

 

 9月某日、昼過ぎ。

 通常運営に戻った鎮守府。訓練場や埠頭では艦娘たちの声が響き、いつもの活気がそこに溢れている。

 

 ー鎮守府本館、正面玄関前ー

 

 そして玄関前では艦娘たちが整列し、矢矧と阿賀野の言葉を聞いていた。

 

「みんな今回も鎮守府の清掃、よろしく頼むわね」

 

 矢矧の言葉に『はい!』とまっぐすに返事をするこの艦娘たちは『清掃委員会』に所属する艦娘たち。

 清掃委員会はその名の通り鎮守府の清掃を行う委員会で、普段鎮守府全域の掃除をしてくれている妖精たちの代わりに週間に一度だが清掃をする委員会だ。

 妖精たちへ少しでも恩返しをするのと同時に、日頃から自分たちを第一に考えてくれる提督への恩返しでもある。

 

「今回も提督さんがみんなへのご褒美を用意してくれてるよ〜♪」

 

 阿賀野の言葉に清掃委員会の面々は嬉しそうな声をもらす。そしてみんなしてやる気を一層強め、鎮守府の清掃へとそれぞれ向かうのであった。

 

 ーーーーーー

 

 ー鎮守府、正門ー

 

「それでは正門周辺担当となった皆さん、頑張ってお掃除しましょう!」

「正門は鎮守府の顔。そこが汚れてたらいけないから、頑張ろうね」

 

 清掃委員会の委員長である大和と副委員長の名取の言葉に、正門周辺の清掃をすることになった者たちは『はい!』と返し、それぞれ掃除を開始する。

 

「この落ち葉たちってさ〜、毎回どこから飛んでくるんだろうね〜?」

「中庭の桐木の葉っぱもあるけど、他にも風でこっちまで飛んでくるのもあるからね」

「まぁ、その都度掃けばいいことじゃん♪」

 

 掃き掃除を開始した綾波型駆逐艦二番艦『敷波』の疑問に、その一番艦『綾波』と正規空母『飛龍』が落ち葉を掃きつつ返した。

 

 敷波は少しネガティブ思考があるもののいつも一生懸命な艦娘。提督のことは父のように慕っている。

 綾波は提督を心から敬愛している真面目でお淑やかな艦娘。海に出れば黒豹とまで称される戦果を誇る。

 飛龍は鎮守府が誇る二航戦で蒼龍の相方。提督をかつての第二航空戦隊司令官『山口多聞』と重なる部分(愛妻家の部分や日頃の豪快さ)があるので敬愛し、そんな提督に少し恋しているLOVE勢。

 

「飛龍さんの言う通りです。それにこの落ち葉で焚き火をするのも、一つの楽しみではありませんか」

 

 その横から微笑んで言うのは大淀型軽巡洋艦一番艦『大淀』。

 艦隊きっての頭脳派で提督からの信頼も厚い。普段は任務状況管理や電文処理を任されている。

 

「焚き火が楽しみっていうか、その焚き火で焼く海の幸が最大の楽しみだよね〜♪」

 

 落ち葉をゴミ袋にまとめながらルンルン気分で言うのは潜水艦『伊四百一』ことしおいだ。

 しおいはいつも明るく周りを和ませるムードメーカー。提督によく懐いていて、父のように思っている。

 

 しおいが言ったように集めた落ち葉は最後に燃やし、その焚き火で魚や貝を焼いてみんなで食べるのがこの清掃活動の打ち上げだ。秋が本格的になれば秋刀魚や焼き芋といったライナップも食べられる。

 

「え……ま、まぁ、それも好きだけど……」

「敷波はみんなで食べるのが好きなんだよね♪」

 

 綾波の言葉に敷波は平静を装うが、周りの者たちから温かい微笑みを受けた。こうなると敷波は「掃き掃除掃き掃除〜」と誤魔化すことしか対処法が残っていなかった。

 

 ー中庭ー

 

 ところ変わり、ここでも清掃委員会の艦娘たちが箒やチリトリ、ゴミ袋を持って清掃活動に精を出していた。

 

「空瓶発見!」

 

 そう言って空瓶を回収するのは艦隊唯一のドイツ重巡洋艦『プリンツ』。

 来日して一年以上だが、まだまだ日本文化に驚かされる日々を楽しく過ごす明るい艦娘。提督夫婦やビスマルクたちドイツ勢と映画鑑賞するのが好き。

 

「飲んで忘れちゃったのかしら?」

「おっちょこちょいよね〜、まぁ誰にでもうっかりはあるから仕方ないけど」

 

 集めた落ち葉をチリトリに集めながら夕雲型駆逐艦一番艦『夕雲』がそうつぶやくと、チリトリを持つ雷が苦笑いを浮かべながら返す。

 夕雲は面倒見の良い駆逐艦たちのお姉様。提督に甘えられると至高の喜びを感じるLOVE勢。

 

「瓶が割れてのぉてえかったのぉ」

「破片が飛び散ってたら転んだりした時に危険だもんね」

 

 そんな夕雲と雷のやり取りに掃き掃除しつつ反応したのは、陽炎型駆逐艦十一番艦『浦風』と吹雪型駆逐艦二番艦『白雪』。

 浦風は駆逐艦ながら雷、夕雲に負けず劣らずの面倒見の良い駆逐艦の姉御。提督の世話を焼くのが好きなLOVE勢だが、夫婦を優しく見守る見守り勢。

 白雪も落ち着いていてしっかり者。カレーが得意料理で白雪カレーは提督も認める美味しさ……そのため『Ms.Curry』の称号を持つ。

 

「お酒の瓶じゃなかったから良かったです!」

「流石に昼間からお酒飲む人はいないでしょ……見つかったから司令官に怒られるんだから」

 

 プリンツの言葉に雷がそう返すと、他の面々も『そうだよね〜』と頷く。

 因みに駆逐艦でもアルコール類を飲むことは法律で認められている。駆逐艦のような幼い見た目でも艦娘だとアルコールを摂取しても何ら問題が無いと学術的な根拠があるからだ。ただし酔う酔わないも個人差がある。

 

「そう言えば、清霜さんが前に瓶の中に手紙を入れて海に流したら深海棲艦とお友達になれるかなって提督に訊いていたわ」

「可愛い発想するのぉ……妹に欲しいわぁ」

「清霜さんはあげませんよ〜? 私の可愛い可愛い妹の一人なんですから♪」

「知っとるよ〜♪」

 

「話が逸れちゃってるけど、結局清霜ちゃんの疑問に司令官は何て返したの?」

 

 白雪が改めて訊ねると夕雲は可愛らしく舌をペロッと見せてから、提督の言葉を復唱した。

 

「んなことしたら左派の奴らから『海汚すな!』って言われるから止めとけ。でもその考えは捨てんなよ。お前らしい優しい考えだからな……って」

「さっすが司令官ね〜!」

「清霜ちゃんの気持ちを尊重しつつ注意するのが司令官らしい」

「提督さんは相変わらずええ男じゃのぉ〜♪」

「アトミラールさんらしいですね!」

 

 夕雲が話した提督の言葉を一同絶賛。それを横で聞いて手伝っていた阿賀野は思わず頬を緩め、嫁パワーを無意識のうちに発動してあっという間に中庭全体の落ち葉を集めてしまうのだった。

 しかし雷や夕雲から『全部一人でやっちゃってズルい』と可愛い抗議を受けたそうな。

 

 ー裏門ー

 

 鎮守府の裏門にも清掃委員会の面々は掃除をしに来ていた。

 裏門は食堂や酒保に近いというのもあり、貨物トラックが出入りするため正門よりも作りは質素だが正門と同じくらいの大きさだ。

 

「裏門にも落ち葉があったね〜……」

「あと枝とかも結構落ちてたね」

「潮風があるからここまで飛んでくるんでしょうね」

 

 落ち葉を掃きながらそう話すのは古鷹型重巡洋艦一番艦『古鷹』と妙高型重巡洋艦四番艦『羽黒』、そしてお手伝い中の矢矧。

 古鷹は大天使と名高い慈愛に満ちた艦娘でみんなのお姉ちゃん。提督のことは尊敬していて、頼りにしてもえると凄く喜ぶ。

 羽黒はとても内気な艦娘だが海に上がれば雄々しく躍動する。提督のお陰で艦隊に馴染めたので、提督のことは陰ながら慕っているLOVE勢。たまに阿賀野がいない時に提督に街へ買い物に付き合ってもらうよう、お出かけ(デート)に誘う大胆さもある。

 

「でも妖精さんたちが普段から清掃してくれていて、目立った汚れがないところを見ると感服しますね」

「うん……だからこそ、私たちもしっかり清掃活動しないと、ですね♪」

「チリトリ頑張ります!」

 

 そして笑顔で落ち葉たちを箒で綺麗にまとめるのは香取型練習巡洋艦一番艦『香取』と二番艦『鹿島』。チリトリを担当するのが潜水艦『まるゆ』だ。

 香取は戦術理解力、訓練指揮に優れた艦娘で優しい先生みたいな存在。提督に頼られることを誇りに思い、常に提督の期待には全力で応えようとするLOVE勢であり見守り勢。

 妹の鹿島も香取と同じく優しい先生のような艦娘。その一方、他の艦娘たちとは能力が劣る自分を優しく励まし、訓練指揮官を任せてくれる提督が大好きなガチ勢。提督には『練習だけでは終わらせませんからね♡』と常に迫っているので、阿賀野との衝突も多い。

 まるゆは数少ない陸軍出身の艦娘で何事にも一生懸命な子。提督のお陰で海軍の中でもお友達が出来て、順風満帆の鎮守府ライフを送っている。

 

「枝は入れると袋が破れちゃうから二重にしようか」

「そうだね」

 

 古鷹の提案に羽黒が頷くと、他の面々もそれに同意。

 

「うんしょ……うんしょ……」

 

 一方まるゆは重くなってしまったゴミ袋を古鷹たちの側まで持っていこうとしていた。下を引きずってしまっているので少々危なかっしいが、

 

「おいおい、一人で無理すんなよ」

 

 そこへ提督が現れてゴミ袋をヒョイっと持ち上げる。

 

「あ、隊長……ごめんなさい」

「謝ることねぇって」

 

 頭を下げるまるゆに提督は笑って返すと、まるゆも笑顔で「ありがとうございます!」と返した。

 すると古鷹たちも提督の存在に気が付き、提督の元へ駆け寄る。

 

「提督さ〜ん、お疲れ様で〜す♡ 最初に鹿島のところへ来てくれて嬉しい〜♡」

 

 早速鹿島が提督へ飛び付こうとしたが、それは儚くも矢矧に「ごめんなさい、鹿島さん」と間に入られて阻止されてしまう。

 

「鹿島……貴女、もう少し考えなさい。提督が倒れでもしたらどうするの?」

 

 姉の香取はそう注意するが、鹿島は「そうしたら私が癒やすわ!」と全くへこたれない。

 

「司令官さん、お仕事の方は大丈夫なんですか?」

 

 そんな中、羽黒がさり気なく提督の隣に行って訊ねる。

 

「おう、問題ねぇぞ。だからさっきまで食堂で魚とかを選んできたとこなんだ。食材はのしろんとさかわんが中庭に運んでくれてっから、俺はそのまま裏門の様子を見に来たって訳」

 

 提督が裏門まで来た経緯まで話すとみんな『なるほど』と頷き、みんなして中庭へと向かうのだった。

 

 ー中庭ー

 

 中庭では既に能代や酒匂が中庭を掃除していた者たちと焚き火を初めていた。焚き火は焚き火台でやるのでその上に焼き網を乗せれば食材を焼くことが出来るのだ。

 阿賀野は提督に駆け寄り、提督の左腕に抱きつく鹿島を問答無用で押し退けて定位置を確保。

 

「阿賀野さん、痛いじゃないですかぁ〜」

「ごめんあそばせ。旦那のことしか目に入ってなかったもので」

 

 早速火花バチバチの両者。しかし提督の右側をバッチリと陣取っている羽黒もある意味で強い。

 

「司令官さん、足の方は大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だぞはぐはぐ。強いて言やぁ、足より胃腸が痛いかな〜」

「胃薬持ってきましょうか?」

「大丈夫大丈夫」

 

 このように火花バチバチの隣でさり気なく提督を気遣うところが羽黒である。

 そんなことをしている内に清掃委員会が全員集合。提督は阿賀野と調理し、能代たちは委員会のみんなを手洗いに行かせたり、飲み物を差し出したりした。

 

 ーーーーーー

 

「んじゃ、清掃活動お疲れさん。ささやかだが、楽しくやってくれ♪」

「ホタテはもう食べられるよ〜♪」

 

 提督と阿賀野の言葉に委員会の者たちはホタテの乗った紙皿を受け取り、ハフハフと頬張る。

 

「提督さ〜ん、熱いからフーフーってしてくださ〜い♡」

「ぴゃ〜? じゃああたしが冷ましてあげね〜♪」

 

 鹿島は相変わらず提督へモーションを掛けるが、それは虚しくも酒匂に自然な流れで阻止された。

 

 その後も楽しく食べ、楽しくお喋りをしながら清掃委員会の面々と提督たちは穏やかな昼下がりを過ごすのであったーー。




今回は清掃委員会の面々をメインとしたお話にしました!

読んで頂き本当にありがとうございました☆


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土曜の夜は特別な時間

下ネタ含みます。


 

 9月のとある土曜日。この日の夜を迎えた艦娘たちは無事に本日の訓練や任務を終え、明日に備えてそれぞれ英気を養っている。

 そんな中、執務室へ向う一団がいた。

 

「やっぱ土曜の夜は最高に胸が踊るな〜♪」

「もう土曜の夜が来ないと終われないわよね〜♪」

 

 ルンルン気分でそう話すのは飛鷹型軽空母二番艦『隼鷹』と千歳型軽空母一番艦『千歳』。

 隼鷹は艦隊一のお酒好き。休肝日なんて愚の骨頂と言っており、晩酌だけは365日欠かさずしている。しかし宴会以外では酔うほど飲まないので、酒癖は決して悪くない。

 千歳も艦隊きってのお酒好き。自分を軽空母にまで育ててくれた提督が大好きなLOVE勢で、提督にお酌してもらうのが最高の瞬間。しかし一方で阿賀野から惚気話を聞きながら飲むのも好きなので、見守り勢である。

 

「飲むのはいいけど提督に迷惑掛けないでよね〜」

「そうそう。あとで私たちが謝りに行く羽目になるんだから……」

 

 そんな二人に注意を促すのは二人のそれぞれの保護者役である飛鷹型軽空母一番艦『飛鷹』と千歳型軽空母二番艦『千代田』。

 飛鷹は軽空母として初めて鎮守府に着任した古参の軽空母。提督の遊び心には未だに頭を抱えることはあるが、概ね笑って許せるほどの信頼関係を築いている。上官と部下というよりは、姉と弟の方がしっくりくる。

 千代田はいつも姉の千歳を追い掛けるお姉ちゃん子な艦娘。その一方でいつも千歳と一緒に編成を組んでくれたり、自分個人のこともちゃんと見てくれる提督を兄のように慕う妹気質あふれる子だ。

 

「今日は飲んじゃいますよ〜♪」

「だからって酔っても脱がないでね」

 

 そして団体の最後尾を歩くのが、イタリア重巡洋艦姉妹のザラ級一番艦『ザラ』と三番艦『ポーラ』。

 ザラは何事にも一生懸命で頑張り屋な艦娘。その名前からあるロボットアニメが好きな提督や艦娘たちからは妙にいじられるが、そのお陰で艦隊にも馴染めたところもあるため笑って流している。

 ポーラはザラの妹……そしてザラの平穏をぶち壊す存在。着任早々、着任パーティ中に酔った勢いで全裸になり、提督を押し倒してしまうという伝説を残した。そんなことをしても笑って許してくれた提督にとても懐いている。

 

 どうしてみんなして執務室へ向かっているのかというと、執務室は土曜日の夜だけ『ダバダバー』というバーを開店させるからだ。

 鎮守府は大規模作戦中以外の日曜日は多くの者が休暇を取る。なのでその前の晩にお酒好きの艦娘やアダルトでムーディーな一晩を過ごしたい艦娘のために提督自らバーテンダーとしてもてなすサービスなのだ。

 

 ー執務室『ダバダバー』ー

 

「お邪魔しま〜す♪」

「こんばんは〜♪」

 

 いつもはちゃんとノックして入ることが義務付けられている執務室だが、『ダバダバー』の掛看板がある時はそのまま入っていい。

 隼鷹たちが満面の笑みで入店すると、もう既に何人かの艦娘がグラスを傾けている。

 

「いらっしゃい……え〜っと、六人だからこっちのソファーテーブルに座って」

 

 ホールスタッフとしてお手伝いしている矢矧に促され、隼鷹たちは揃ってソファーテーブル席へ座る。

 因みに提督は黒と白のバーテンダーユニフォームで矢矧や阿賀野たちお手伝いスタッフは茶色と白のバーテンダーユニホーム(ミディアムスカート)を身にまとい、執務室の照明も少し落として本格的なバーにしている。月明かりが強い時は月明かりとロウソクの灯りだけでやる時もある。

 

「提督〜、あたしら三人はいつもので〜」

 

 隼鷹が真っ先に注文すると提督は「あいよ〜」と返して準備に入った。

 

「私はロゼワイン頂戴」

「あ、ザラも飛鷹さんと同じ物で♪」

「なら私もザラ姉様たちと同じ物〜♪ それとカプレーゼくださいな〜♪」

 

 飛鷹たちの注文にも提督は「ほいほい」と返し、手際よく準備していく。

 

「阿賀野、すまないがハイボールのお代わりを人数分頼む」

「は〜い、少し待っててね〜♪」

 

 一方でカウンター席から阿賀野へ注文するのは妙高型重巡洋艦二番艦『那智』。今回は隼鷹たちとではなく妹分の神風型姉妹と飲んでいるのだ。

 那智は普段から凛々しく男前な艦娘。しかし身だしなみはいつも細心の注意を払っているため女子力も高い。提督のことは敬愛していて、このバーの常連客。

 

「司令官、チョコパフェお代わり〜♪」

「ほいよ〜」

 

 そんな中、チョコパフェのお代わりを頼むのは神風型駆逐艦二番艦『朝風』。

 朝が大好きな元気ハツラツっ子。一方で夜は苦手だがみんなと過ごす夜は好きな子。提督の料理が好きでこのバーには着任してからほぼ毎回来ている。

 

 ーソファーテーブル席ー

 

「お待たせしました。隼鷹さんたちの大吟醸の冷と各種の山菜のおひたしです」

「季節のお刺身はカンパチだよ〜♪」

 

 能代と酒匂が隼鷹たちの注文品をテーブルへ並べると、隼鷹たちは揃って『(。✧Д✧)(こんな)』表情を浮かべた。

 

「お待たせ。ロゼワインとカプレーゼね」

 

 最後に矢矧が飛鷹たちが頼んだ物を持ってくると、飛鷹たちもパァっと笑顔の花を咲かせる。

 

「んじゃ、乾杯♪」

『かんぱ〜い♪』

 

 隼鷹の乾杯でソファーテーブルの酒盛りが始まると、みんなお酒は勿論だが提督の料理や刺身にも舌鼓を打つ。

 

 ーカウンター席ー

 

「はい、みんなのハイボール♪」

「それとチョコパフェな」

 

 その一方で那智や神風たちにハイボール、そして朝風へチョコパフェを渡す提督と阿賀野。みんなしてハイボールで再度乾杯する中、朝風だけはチョコパフェで乾杯している。

 

「あむあむ……ん〜、おいひぃ〜♪」

「朝風は本当にチョコパフェが好きね〜」

「見てるこっちが幸せになる食べっぷりだよな」

 

 神風と松風がそう言うと春風も同意するようにクスクスと朝風を眺めていた。

 

「ごくん……だって司令官のチョコパフェってこのバーでしか食べられない限定品よ? みんなだって司令官のお料理好きでしょ?」

「確かに好きだけど……チョコパフェばっかりは食べられないな〜」

 

 神風が苦笑いを浮かべて返すと春風や松風もうんうんと頷く。

 そんな姉妹たちに朝風は「美味しいのに〜」と返しながら、またパフェを幸せいっぱいの笑顔で頬張り、それを那智や阿賀野、提督は微笑んで見つめるのだった。

 

 ーソファーテーブル席ー

 

「かぁ〜っ……美味え〜!」

「お酒もお刺身も最高♪」

「日本酒におひたしがよく合う〜♪」

 

「そりゃ良かった」

 

 日本酒組の隼鷹たちが盛り上がっていると、提督がカウンターから出てきて声をかける。提督は基本的にカウンターにいることが多いが、注文がないとみんなの席を回ってコミュニケーションを取るのだ。

 

「提督やっときた〜♡ お酌してよ〜、お酌〜♡」

 

 千歳はそう言って提督を少々強引に自分と千代田の間に座らせる。

 

「千歳、もう酔ってんのか〜? ほれ……」

「おっとっと……ふふ、提督にはいつも酔ってるわよ?♡」

 

 千歳の返しに提督は苦笑いを返すと千代田には「私はいつでも本当の妹になってもいいよ♪」と笑いながら脇腹をツンツンされ、隼鷹の方は「一夫多妻制待ったなしだな〜♪」と煽った。

 

「ほらほら、千歳〜。千代田と隼鷹も提督を困らせないの。それと阿賀野がカウンターから睨んでるわよ」

 

 飛鷹がちゃんと助け舟を出すと三人して「は〜い♪」と提督をからかうのを止め、提督はホッと胸を撫で下ろす。

 

「提督は相変わらず沢山の人からアプローチされてますね〜♪」

「それだけ魅力的な人ってことよね、提督は」

「慕われるのは素直に嬉しいが、正直なとこ悪い冗談は勘弁願いてぇとこだな……」

 

 ザラとポーラの言葉に提督がそう返すと、

 

「ガチ勢も多いのにそのアプローチを冗談で済ませるお前にも要因があるんじゃないか?」

 

 カウンター席から那智が少々厳しい言葉を返した。それだけ二人の距離は近いという証拠でもある。

 

「でも俺、好意を寄せてくれたみんなにはちゃんと阿賀野と結婚するからって断ったんだぜ?」

「みんな内心は貴方が阿賀野と離婚してまで自分と結婚してくれるなんて思ってないわよ」

 

 提督に飛鷹が諭すように優しく言葉をかけると、千歳も「そうそう」と言って口を開く。

 

「私もそうだけど、アプローチすればその時だけは提督が自分のことを考えてくれるでしょう? みんなそれが狙いでしてるのよ……んでガチ勢は『もしおこぼれにあやかれればラッキー♪』って感じ」

「ラッキーって言われてもなぁ……」

「まぁこれからも色々されるでしょうけど、頑張りなさい。少なくとも私は貴方たちを応援してるわよ?」

 

 飛鷹が微笑んで温かいエールを送ると、ザラやポーラ、那智たちも提督夫婦を応援した。

 提督と阿賀野はそのエールに感謝するのだった。

 

 ーーーーーー

 

「でさ〜、阿賀野ちゃ〜ん? 最近旦那とはどうなの〜?」

 

 ここからが本番とばかりに千歳がニヤニヤと怪しく笑いながら訊ねる。

 

「おい、ここにその旦那がいるってぇのにーー」

 

 なんてことを訊くんだ……と文句を言おうとした矢先、

 

「お昼休みの時に〜、慎太郎さんの()()()()してもらっちゃったぁ〜♡」

 

 阿賀野は照れながらもすんなり夫婦の営み事情を喋ってしまう。そんな嫁に提督は「うぉぉぉいっ!」と猛烈にツッコミを入れた。

 

「へぇ〜……二人して仮眠室行ったと思ったらそんなことをしてたのね……」

 

 そして提督の背後には般若のような矢矧が佇んだ。これには提督も冷や汗が滝のように流れ、若干だが肩を震わせている。

 

「い、いや……だって、そういう雰囲気になったから……!」

 

 提督は矢矧の目をしっかりと合わせつつ、ジリジリと飛鷹の背中へ避難。

 

「どうせ阿賀野に迫られたんでしょう? 据え膳食わぬは男の恥ってね……ましてお嫁さんに迫られたら旦那としては応えるしか選択肢ないじゃない」

 

 飛鷹が提督の頭をポフポフと撫でながら擁護すると、他の面々もうんうんと頷く。

 

「……確かに私だって休憩時間に何しててもいいとは思ってるけど……そんなことまでするのは……!」

 

 矢矧も頭では理解したが体ではワナワナと肩を震わせていて、ちゃんと節度は守ってほしいといった様子。

 

「しちゃったことに関しては色々意見が分かれるでしょうけど、阿賀野さんのせいにしないだけ男らしいと思うわ♪」

「まぁ、確かに」

 

 朝風の意見に同意する神風。この意見には春風、松風も同意見の様子だ。

 

「ほらほら、矢矧。落ち着いて落ち着いて」

「いつもみたいに落ち着くツボを押そ〜♪」

 

 能代に制され、酒匂に耳の神門と呼ばれるツボをふにふにされる矢矧。

 

「するなとは言わないけど、そういうのは仕事が終わったあとにしてね……お願いだから」

 

 矢矧の言葉に提督は同意するようにコクコクと高速で頷くが、阿賀野の方は「気をつけま〜す♪」とのほほんと返すのだった。

 

「そんじゃ、次の暴露話にいってみよ〜♪」

「最近の二人はどんなプレイをしてるの〜?♪」

 

 悪ノリしている隼鷹の声や千歳の質問に提督は「やめろぉぉぉ!」と叫んで二人の口を押さえるが、阿賀野はデレデレした顔で話す気満々。

 しかし能代と矢矧が阿賀野の口を押さえたので、夜の営み暴露は無事に阻止されるのであった。

 

 その後は幸いにも艦娘が続々と来店したので、暴露会はせずに済んだーー。




今回はお酒の席という風景を書きました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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妻としての余裕

 

 9月某日の昼下がり。残暑と呼ばれるこの時期、空は曇っていてもモワッとした暑さが鎮守府一帯を覆っている。

 

 ー執務室ー

 

「こんな日は執務室で涼むのが一番だよね〜♪ ね〜、大井っち〜♪」

「そうですね、北上さん♪」

 

 そんな中、執務室に我が物顔で居座るのは球磨型三番艦、重雷装巡洋艦の『北上』と四番艦『大井』。

 北上はいつも飄々としているがやる時はやる頼もしい艦娘。提督のことは信頼していてよく懐いている。

 一方の大井は北上や姉妹のことをいつも第一に考えている思いやりの()()()()()艦娘。提督のことは阿賀野一筋でいい男と思っているので、基本的に従順で限りなくLOVE勢に近いLIKE勢。時間が合えば阿賀野と提トーク(提督談義)をしながらお茶をしたりする仲。

 

「て〜とく〜、お菓子〜……」

「多摩にはシロップジュース〜……」

 

 北上、大井に負けず劣らずソファーにグデーンと座り込んでいるのは、球磨型軽巡洋艦一番艦『球磨』と二番艦『多摩』だ。

 球磨はオンオフがハッキリしていて面倒見のいい艦娘であるが、提督の前では構ってちゃんになる甘えん坊。LOVE勢の一員であるが見守り勢……しかし酒に酔うとキス魔になって提督だけを襲う。

 多摩はお昼寝が大好きな艦娘で昼寝好きの者たちと日々お昼寝スポットを開拓している。でも一番のお昼寝スポットは提督の膝の上というLOVE勢。自分を振った提督への報復にわざと阿賀野のヤキモチを誘い、その嫉妬で提督がてんやわんやしてるのを見るのが好きな、ちょっと腹黒い一面も……。

 

「すまねぇ……提督、阿賀野、矢矧……」

 

 そしてその中で提督たちに対して、とてもとても申し訳なさそうにドアの側で縮こまって佇んでいるのが、あの木曾である。末っ子故にこれは宿命とも言えるだろう。

 

「なっはっは、気にすんな! 木曾は勿論だが、球磨型姉妹にゃ大規模作戦で目一杯お世話になったんだからな!」

「そうだよ〜、支援に出撃に輸送ってみんなして頑張ってくれたんだから♪」

 

 謝る木曾に対して提督と阿賀野は笑顔で返す。二人が言ったようにこの前の大規模作戦で球磨型姉妹は大車輪の活躍を見せ、艦隊の任務遂行に大きく貢献した。

 休み週間は終わったが、大規模作戦で任務に出ずっぱりだった艦娘たちは今が本格的な静養週間。なので球磨たちは執務室に来てリラックスタイムを過ごしているのだ。

 それもちゃんと提督が休み時間になったのを見計らって来ているのだから流石である。

 

「ほれ、いつだったかお前が食いたがってたどら焼き」

「覚えててくれて嬉しいクマ〜♡」

 

「んで、多摩がシロップジュースな。ちゃんと座って飲めよ?」

「にゃ〜♡ 提督の言うことは絶対にゃ♡」

 

「提督〜、もっとガンガンに冷やして〜」

「んな涼しそうな制服なのに、これ以上冷やしたら体に毒だろ」

「そうなったら私が北上さんを看病するので大丈夫です♪」

「いや、そういう問題じゃなくてよぉ……」

 

 球磨や多摩の世話を焼きながら北上と大井の相手も忘れない提督。こういうなんだかんだ構ってくれるところがみんなは好きなのだ。

 

「北上と大井は麦茶で良かったわよね? 木曾もいつまでも立ってないで座れば?」

 

 矢矧が木曾の分の麦茶もちゃんと用意してそう促すと、木曾は「本当にすまねぇ」と言って大井の隣にちょこんと座る。

 

「そういえばこの前さ〜、ちくわをストロー代わりにしてお茶飲んだら予想以上に口の中にお茶が入ってきてむせたんだよね〜」

「何やってるのよ、貴女は……」

 

 ケラケラと笑いながら報告する北上に矢矧は呆れ気味で返した。

 

「あ〜、阿賀野もしたことあるよ〜♪ ストローより穴が大きいから、少し吸うだけで沢山飲めるのよね〜♪」

 

 一方で阿賀野が共感すると北上は嬉しそうに頷き、大井はクスクスと口元を手で押さえて笑った。しかし矢矧はその隣で頭を抱えていて、そんな矢矧を木曾は同情あふれる眼差しで見守っている。

 

「て〜とく〜、球磨と多摩の間に座れクマ〜」

「今はみんなの提督にゃ〜」

「ほいほい……」

 

「んへへ〜、提督の腕は抱き心地が最高だクマ〜♡」

「お膝も心地良い弾力があって天国にゃ〜♡」

 

 球磨も多摩もそれぞれ提督に頬擦りして、かなりご満悦の様子。しかし提督の真正面に立っている阿賀野の笑顔は、とてつもなく冷たくて火傷しそうな程。

 

「ね、姉ちゃん……提督が困ってるし、阿賀野も睨んでるぞ……」

「これくらいで嫉妬しててはダメにゃ。妻の余裕を見せるのにゃ」

 

 木曾の忠告にも多摩は本物の猫のようにのらりくらりとかわす。球磨に至っては甘えモードに入っているので阿賀野が視界に入っていない。

 

「にしし、阿賀野っちも大変だね〜♪」

「でもこれだけみんなに慕われてる提督の奥さんが阿賀野っていうのも凄いことよね♪」

 

 北上も大井もこの手の状況は大好物なので笑いが止まらない……しかしちゃんと大井が阿賀野のことをヨイショしたので、

 

「でへへぇ〜、そうかなぁ〜?♡」

 

 阿賀野は嫉妬の炎に取り込まれることはなかった。

 

 するとドアがトントントンとノックされる。それに対して矢矧が「どうぞ」と返すと、

 

「只今戻りました」

「ただいま〜♪」

 

 大淀へ書類を提出しに行っていた能代と酒匂が戻ってきた。

 更には、

 

「失礼します、司令官♪」

「お邪魔しや〜す♪」

「こんにちは、司令官さま、皆さん♪」

「こんにちは〜♪」

 

 四名の駆逐艦たちが入室してきた。

 入ってきた順に吹雪型駆逐艦一番艦『吹雪』、陽炎型駆逐艦十九番艦『秋雲』、夕雲型駆逐艦二番艦『巻雲』、秋月型駆逐艦二番艦『照月』の面々だ。

 吹雪は真面目な子で敬愛する提督のために一生懸命な頑張り屋さん。しかし少しおっちょこちょいなところもあり、パンチラしてしまうことが多いそうな。

 秋雲はいつもスケッチブックを持ってイラストを描くのが趣味の艦娘。提督のイラスト集はいつも三十分ほどで完売する。

 巻雲はいつもチョコチョコピョコピョコと小動物のように歩く可愛い眼鏡っ子。提督のことがLIKEの意味で大好きな忠犬勢。

 照月は明るくて笑顔を絶やさない艦娘。提督お手製の『男の丼飯』が大好物で夜食におねだりすることも。着任してから食べ物は美味しい物ばかりで食べ過ぎてしまうので、最近はちょっと節制しているんだとか。

 

「おぉ、吹雪たちも一緒か。シロップジュースあるぞ?」

 

 提督がそう言うと、吹雪たちは『頂きま〜す♪』とシロップジュースが入っているピッチャーへまっしぐら。

 駆逐艦の四人はこれから能代たちと遠征へ赴く……なので、その前に英気を養いに来たようだ。

 

「遠征先に変更ありませんよね?」

「おう、長良たちが戻ってきたらバトンタッチしてくれ」

 

 能代の質問に提督が笑顔で返すと、能代は「了解しました」と笑顔を見せる。

 

「遠征前だけど、食べるならお菓子もあるから食べてね♪」

 

 阿賀野が吹雪たちにお菓子の入ったバスケットを差し出すと、吹雪たちは嬉しそうにお菓子を選ぶ。

 

「休憩時間はいつも賑やかだね〜、ここは」

「それが鎮守府(うち)のいいところですよ、北上さん♪」

「ちっとばかし騒がしい気もするが、こういう騒がしさは嫌いじゃない」

 

 北上、大井、木曾はそう言って笑みをこぼす。

 

「んぉ? いつの間にかかなり人が集まってるクマ〜」

「ホントだにゃ……」

 

 対するLOVE勢コンビはようやっと周りに気付いた様子……でも提督からは離れようとしない。

 

「提督〜、いい画だね〜、ちょっちそのまま動かないでよ〜♪」

「また秋雲のスケッチ癖が始まりましたね〜」

「あはは、でもそれが秋雲ちゃんだよね♪」

 

 巻雲の苦言に吹雪が笑って言うと、照月も「確かに♪」とクッキーを頬張りながら頷いた。

 そうしている間にも秋雲はラフだが綺麗に素描していく。

 

「ぴゃ〜……秋雲ちゃんはスラスラ描けて凄いね〜」

「秋雲は毎日何かしら描いてるものね」

「イラストも訓練と同じで、毎日コツコツやるのが大切なのよ〜。時間が無くても簡単な物でもいいから欠かさず描くようにしてるんだ〜」

 

 酒匂と能代の言葉に秋雲はそう返しつつも、手は休めない。

 

「あ、そうだ秋雲。次の提督のイラスト集っていつ発売する予定なんだクマ?」

「順調にいけば来月の頭かな〜。日程の確定はもうちょい待ってて〜」

「球磨と多摩でそれぞれ三冊ずつ予約するにゃ」

「予約は受け付けてませ〜ん。その日に酒保で整理券を貰って、それから買ってくださ〜い」

 

 秋雲の事務的な返答に球磨も多摩もぐぬぬ……と苦い表情を浮かべた。最初の頃は秋雲も予約を受け付けていたが、LOVE勢は基本的に保存用、ハァハァ用、ニヤニヤ用と最低でも三冊は求めるので、印刷代が馬鹿にならない。今ではLOVE勢も増えたというのもあり、生産数を最初から決めておかないと秋雲のお財布が赤字になってしまうのだ。これは秋雲個人がやることであるため、経費で落ちないのである。

 

「因みに今回は何部印刷するの?」

「200の予定〜。今回は過去作も全部50ずつ追加する予定だから〜」

 

 照月の質問に秋雲が返すと球磨と多摩は大規模作戦中のようにギュンギュンと脳内計算を始める。

 

「最初は30部で済んでたのに、凄いことになってるのね」

「良かったね〜、提督〜。モッテモテ〜♪」

「モテモテって言われてもなぁ……」

 

「30、50、100と来て今じゃ200だからね〜、いやぁ提督には感謝感謝だよ〜♪」

 

 ケラケラと笑って秋雲がお礼を言うも、対する提督はなんと返せばいいのか分からず苦笑いを浮かべるしかない。寧ろ、ここで「だろ〜?」なんて言えば、ただのナルシストみたいになってしまう。

 すると、

 

「そういえば、阿賀野っちは旦那のイラスト集の販売に対してはうるさく言わないよね〜?」

 

 北上がふとした疑問を投げた。その疑問に阿賀野はニコニコしながら、

 

「だってあくまでもイラスト集で提督さんが誰かに買われちゃう訳じゃないもん♪」

 

 と平然と返し、続けてーー

 

「それにみんなはイラストだけど、阿賀野は本物の提督さんがいつも側にいるも〜ん♡」

 

 ーーまさに妻の余裕を見せつけるのであった。

 そんな阿賀野に対して提督は自身の右頬を掻き、緩みそうになった頬を誤魔化す。

 

「お〜、相変わらずここぞという時は嫁の顔をするね〜」

「それが阿賀野だからね♪」

(提督も嬉しそう♪)

 

 北上と大井の言葉に阿賀野は「そっかな〜?♡」とデレデレする。すると他の面々は夫婦に対して揃って『ご馳走様』と手を合わせるのだった。

 そんなこんなで休憩時間が終わり、みんなそれぞれ執務室をあとにすると、

 

阿賀野……愛してる

 

 提督は阿賀野の耳元でささやき、それに対して阿賀野は『愛してる♡』と言うように提督の頬へ小さく口づけを5回するのだった。

 

『(甘ぁぁぁいっ!)』

 

 そしてそれはみんなにしっかりと見られていたというーー。




今回もとある昼下がりの風景を書きました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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ズイ₍₍(ง˘ω˘)ว⁾⁾ズイ

 

 9月某日、朝。

 

 ー海上訓練用海域方向の埠頭ー

 

「ん〜……今日は天気もいいし、絶好の訓練日和ね〜!」

「ふふふ……頑張りましょうね、瑞鶴」

 

 今日の訓練内容は対空戦闘、発着、空母護衛がメイン。まだ訓練開始時刻より一時間以上早い時間だが、五航戦である翔鶴型装甲空母一番艦『翔鶴』とその二番艦『瑞鶴』はもう既にやる気十分で桟橋に立っている。

 

 翔鶴はいつも笑顔を絶やさない優しい艦娘。提督のことを敬愛し、提督のために日々頑張っている忠犬勢。

 妹の瑞鶴は血気盛んなところはあるが真面目で翔鶴の足手まといにならないよう、日々努力を重ねる努力家。提督のためならなんでもするLOVE勢で見守り勢。そんな提督に手を出す加賀とはいつも喧嘩になるが、喧嘩する程なんとやらである(普段は良き先輩後輩の仲)。

 

 海上訓練をする海域といっても敵が滅多に出没しない鎮守府が制海権を持つ正面海域で、執務室からでも見える程の近場である。

 しかし安全確保のために訓練中は潜水艦娘による水中からの警護と彩雲による索敵が常時行われている。

 

「お〜、二人共早ぇな〜」

 

 そこへ提督が一人でトボトボと歩いてきた。今日は提督が見るべき書類が今のところ少ないので、訓練を見にやってきた次第。

 こういう場合、大抵は阿賀野や補佐艦の誰かが一緒に付いてくるのだが、阿賀野は矢矧と出撃で能代と酒匂は経理業務で手が離せないので一人でやってきたのだ。

 そんな提督に翔鶴と瑞鶴はすかさず駆け寄り、瑞鶴はすぐさま提督の右腕を取って支えてあげる。

 

「気ぃ遣わせて悪ぃなぁ」

「これくらい気にすることじゃないわよ♪ ね、翔鶴姉?」

「瑞鶴の言う通りです。今倉庫から折り畳みの椅子をお持ちしますね」

 

 翔鶴の気遣いに提督は感謝を述べると、翔鶴はニッコリと笑みを返して埠頭の側にある訓練用具用の倉庫へ椅子を取りに向かった。そしてこれにはそれと同時に瑞鶴を提督と二人きりにさせるという、姉の配慮もあるのだ。

 

「提督さんはどうしてここに? もしかして訓練見に来たとか?」

 

 瑞鶴の質問に提督が「その通り」と返すと、瑞鶴はえへへと嬉しそうに笑って「そっかそっか♡」と頷く。見守り勢であるが、やはり好きな人が近くで訓練を見てくれるというのは嬉しいもの。

 

「空母の練度や他の艦娘との連携度も書類だけじゃなくて、この目で確認しなきゃだからな」

「流石提督さんね♪ ならいつも以上にいいとこ見せなきゃ♡」

「ははは、期待してるぞ〜♪」

 

 提督はそう言って瑞鶴の頭をワシャワシャと撫でる。こうすると髪型が少し乱れてしまうが、瑞鶴にはこれくらいの力加減が好評なのだ。

 その証拠に瑞鶴はいつもの頼もしさは消えて、代わりに妹気質全開で「(*≧ω≦)(こんな)」表情を浮かべてかなりご満悦。

 

「……おはようございます」

 

 そんな二人の間から加賀がヌッと顔を出して雰囲気をぶち壊す。加賀としては瑞鶴が提督に構ってもらってるのが悔しいからだ。

 

「げぇっ、加賀さん!?」

「まるで人を関羽のように言うのね……」

「別にそこまで言ってないでしょ。単に驚いたってだけで……」

「提督、五航戦の性悪ツインテ娘にいじめられてます。大至急私を慰めてください♡ 出来ればあちらの物陰で激しく♡」

 

 瑞鶴の理由も聞かず……というよりは端から聞く気もない加賀は早速提督を物陰に連れて行こうとしている。

 

「何酒保にでも行くみたいなノリで連れてこうとしてるのよ! そもそも加賀さんもこれから私たちと訓練でしょっ!」

「ちっ……貴女はそうやっていつもいつも私と提督の仲を引き裂くのね」

「加賀さんお願い。ちゃんと私と会話して。心のキャッチボールして……というか舌打ちじゃなくて口で『ちっ』とか言う人あんまいないから」

「提督、五航戦のツインテ娘が容赦なく私をいじめてきます。早くあの物陰で激しく濃密に慰めてください♡」

 

 瑞鶴の願いも叶うことはなく、加賀からの心の千本鬼ノックは続く。

 

「加賀さん、もうその辺にしたらどうですか?」

「あのアトミラールが対応に困り果てて無言になっているじゃないか」

 

 そんなところに艦隊唯一のアメリカ装甲空母『サラトガ』とドイツ空母『グラーフ』の二人が止めに入る。提督は二人が来るなりそそくさとサラトガたちの背中へ避難。

 サラトガはいつもにこやかでお姉さん気質あふれる艦娘。提督のことを尊敬していて、つい先日Mk.II Mod.2に改造され、更に頼もしくなった。

 グラーフは凛々しく頼もしいドイツ軍人らしい艦娘。物言いや立ち振る舞いは堂々としているが、提督に対してはニャンニャン声で激甘口調になるLOVE勢。それは提督の生き様に心底惚れているが故。

 

「よ〜ちよち、怖かったね〜♡」

「ふふ、提督ったら甘えん坊さんですね♪」

 

 グラーフは提督の頭を優しく撫で、その豊満な胸いっぱいに抱きしめる。サラトガはそれを微笑まし気に見ているが、加賀はぐぬぬと拳を握り、瑞鶴はペタペタと自分の胸を触って小さくため息を吐く。

 

「あら、皆さん。おはようございます」

 

 そこへ翔鶴が椅子を持って戻ってきた。その隣には赤城もいて、赤城は訓練に使う備品の入った大きなカゴを持っている。

 翔鶴に加賀たちも挨拶を返すが、

 

「加賀さ〜ん、備品運ぶの手伝ってくださいよ〜。提督を見つけるなりすっぽかすなんて酷いですぅ〜」

 

 赤城はプンプンと頬を膨らませて加賀に抗議。それに対して加賀は「提督しか目に入ってませんでした。ごめんなさいね」とブレなかった。これには赤城もため息を吐くが、ちゃんと謝ってくれたのでそれ以上は何も言わないことにした。

 

「どうぞ、提督」

「おう、悪ぃな用意させちまって」

「いえいえ、脚がそのようになっても私たちのことを気遣ってくれる提督のためですから」

 

 翔鶴は優しく微笑んで思ったままの言葉を提督に返すと、提督はお礼代わりに翔鶴の銀色に輝く綺麗な長い髪をそっと撫でた。少々子どもに対する振る舞いのようだが、翔鶴としては提督からこうされるのは嬉しくてたまらない。その証拠に翔鶴はずっとニコニコしながら髪を撫でられている。

 

「アトミラール、椅子があるとはいえ見ているのも大変だろう。今テーブルとコーヒーを用意してあげよう♡」

「みんなが頑張ってるのに俺だけ優雅に過ごす訳にいかねぇだろ……」

 

 グラーフの提案を断ると、グラーフは親に構ってもらえない子どものようにその場へしゃがみ込んで瞳いっぱいに涙を溜める。

 

「あ〜あ〜、泣くなよ。気持ちは十分に受け取ってっからよ!」

 

 提督はグラーフをあやすように頬をムニムニと撫でると、グラーフは途端にキラキラの表情に変わった。

 それを見てホッとした提督だったが、すぐ背後から冷たい視線が背中に突き刺さってくる。

 

「提督さんってグラーフにはな〜んか甘いよね〜」

「頭に来ました……」

 

 視線の正体は瑞鶴と加賀。加賀は勿論だが、見守り勢でもLOVE勢である瑞鶴にとって今の状況は不愉快なのだ。

 すると加賀と瑞鶴はアイコンタクトで互いに頷き合い、行動を開始。こういう時の二人は普段の何倍ものコンビネーションを発揮する。

 

 加賀はグラーフを提督から遠ざけ、瑞鶴は提督と翔鶴の間にスルリと入った。

 そして、

 

『(。♡ω♡)』

 

 二人して目をハートにして両サイドから提督へ構って光線を浴びせる。こうなると提督の選択肢は一つしかないので、提督は苦笑いを浮かべつつ二人の頭をワシャワシャするのだった。

 

「お前らはなんだかんだ仲がいいよなぁ……」

「なんだかんだ一年以上は任務や訓練で一緒に行動してるからね〜♪」

「不本意ですが五航戦の小うるさい方の言う通りです……んっ、提督、もっと撫でてください♡」

「ほいほい……」

 

 当然のように瑞鶴をディスった加賀だが、瑞鶴は構うことなく流している。慣れてしまえば何ら痛くも痒くもない……というよりは瑞鶴が大人になり、加賀がある程度は許容するようになったからだろう。

 

 ーーーーーー

 

 続々と訓練予定の艦娘たちが集まりだす。

 本日は提督もいるということで、みんな妙にやる気満々で訓練前だがみんなして提督と談笑し、提督もみんなとのコミュニケーションを楽しんでいる。

 

 すると頭上にブーンと航空機がやってきた。

 

「あれはなんだ!?」

 

 航空機を見るなりそう叫んだのは若葉。

 

「瑞雲です!」

 

 その声に初霜がすぐに報告すると、瑞雲は徐々に高度を下げ、海に浮かぶ的へ機銃掃射。

 

「大変だ! 的は中枢部をやられた! きっと爆発してしまうよ!」

 

 ど真ん中が射抜かれた的を指差してそんなことを言うのは綾波型駆逐艦九番艦『漣』。

 いつもおちゃらけていて姉妹や提督たちを振り回すが、それはみんなと笑顔でいたいからこその行動。提督のことを『ご主人様』と呼んでいて、よく懐いている。

 

「みんな下がれ! 早く! 的が爆発する!」

 

 漣に続き叫んだのが漣の姉である同型駆逐艦七番艦『朧』。

 何事にも実直な艦娘だがふざけることも好きな子。そして提督のことを密かに想っているLOVE勢。妹の曙が提督のことをクソ呼ばわりすると、どこぞの世紀末伝説の三男みたいなセリフを真顔で言うんだとか……。

 

「ほあああああっ!!」

 

 そしてとどめばかりに断末魔のような悲鳴の真似を披露するのは吹雪型駆逐艦四番艦『深雪』。

 いつも元気でノリのよい艦娘。みんなとふざけ合うのが大好きで、それにノリよく付き合ってくれる提督のことも大好き(LIKEの意味で)。

 

 この謎連携にポカン顔する者もいるが、元のネタを知っている面々はクスクスと笑い声をあげる。この一連の元ネタは若葉たちが好きなアニメのワンシーンなんだそうな。

 その証拠に子日なんかは「ほあ〜! ほあ〜!」と何度も笑顔で叫んでいる。しかし初春に至っては「愚妹たちめ……」とぼやき、開いた扇子で顔を覆っていた。

 

「ふむ……瑞雲の調子も上々だな」

 

 満足気につぶやきながら現れたのは伊勢型航空戦艦二番艦『日向』。

 エブリデイ瑞雲、エブリタイム瑞雲な艦娘。自分のことを航空戦艦として育て上げてくれた提督のことを弟のように可愛がり慕っている。

 

「いや、その前にこの状況の収集しなさいよ……」

 

 そんな日向のあとから頭を抱えつつ現れたのが同型航空戦艦一番艦『伊勢』。

 面倒見がよく、頼りになるお姉ちゃん。伊勢はLOVE勢であるが見守り勢。阿賀野からはよく相談されているとか……。

 

「お〜、これで揃ったな。きっちり訓練開始十分前だ」

「そんなに褒めてもアパッチやコブラは載せないぞ?」

「ヒュ〜……じゃなくて、んなの当たり前だろ」

「ふふ、相変わらずお前はノリが良くて可愛いやつだ♪」

 

 日向は上機嫌で提督の頭を撫でるが、それを見る伊勢はこめかみを押さえて複雑な表情。

 そんな伊勢を気遣って提督がニカッと笑みを見せると、伊勢は胸の奥がトクンと跳ね、小さく笑って「いいんじゃない♡」と返した。

 

 すると提督の通信機に反応があった。それは矢矧からのメールでその内容は、

 

『そろそろ訓練開始時刻よ。

 デレデレしてないで

 みんなに号令出しなさい!

 ٩(๑òωó๑)۶矢矧

 

 帰ったらキスしてね!♡

 あなたの阿賀野より♡   』

 

 と二人分のメッセージが送られてきた。それを見て提督は何処かで見てるんじゃないかと、思わず辺りを見回すが二人の姿は当然何処にもない。

 それから提督は「まぁいいか……」とつぶやき、みんなに訓練開始の号令を出すと、みんな意気揚々と海を駆けるのだった。

 

 ー執務室ー

 

「ふぅ、矢矧から頼まれた任務はこれで完了っと……」

「司令、キョロキョロしてて可笑しかったね〜♪」

 

 執務室の窓から矢矧に頼まれて提督の動向を監視していた能代と酒匂は、提督が号令を出すのを確認してからまた自分たちの仕事に戻る。

 能代が提督の動向を矢矧に送り、まだ移動中だった矢矧が提督にメールを送りつけたというシナリオだ。勿論、阿賀野は矢矧に「私の言葉も送って♪」とお願いされて送った次第。

 

 あながち提督の勘も的を射ているのであったーー。




今回、阿賀野と矢矧は出てませんがメールで登場したから、デイリーやはぎん達成!ってことで。
ともあれ、今日は朝というか午前中の風景を書きました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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睡眠は大切

 

 提督が海上訓練を見ている頃、中庭では静養組の艦娘たちがベンチに腰掛けて空を見上げていた。

 

「あ〜……日差しが寝ぼけ眼にしみる〜」

「ゲームしてたら朝だった……」

 

 体を背もたれにだらんと預け、脱力感に満ち満ちているのは夕張型軽巡洋艦一番艦『夕張』と吹雪型駆逐艦三番艦『初雪』。

 夕張はオタク気質で凝り性なちょっと変わった子。手先が器用でプラモデルを作らせると明石よりも完成度が高い。自分の話をいつも笑顔で聞いてくれる提督のことが大好きなLOVE勢の見守り勢で、阿賀野から惚気を聞かされてもニコニコしている。

 初雪は暇な時は大抵望月などとゲームしているダウナー。出不精であるが任務は一生懸命取り組み、やれば出来る子。提督ともゲームをしたりするので、提督によく懐いている。

 

「珍しく外にいると思えばこれだよ……」

「あはは、まぁそれが夕張さんと初雪姉さんだから」

 

 そんな夕張たちが座るベンチの隣のベンチに座って、話をしているのは夕雲型駆逐艦四番艦『長波』と吹雪型駆逐艦十番艦『浦波』だ。

 長波はいつも自信満々で周りを引っ張るムードメーカー。提督の生き様に惚れているLOVE勢であり、提督を前にすると急にしおらしくなる一面も。

 浦波は元気でハキハキしている艦娘。姉妹の中では一番家事が得意で家庭的な子でもある。提督に頼られるといつも以上に張り切る忠犬勢。

 

「あ〜、このまま溶けたら気持ちいいだろうな〜」

「分かる……全てに解放される感じは最高」

 

 ただ単に夕張たちは寝不足なので眠いだけである。

 

「任務なら二人共しっかりしてるのに、それ以外はダメダメだな〜」

「まぁまぁ、長波……」

「だって二人共徹夜でゲームしててこうなってんだろ? しかもオンラインゲーム……」

 

 夕張と初雪は寮は違えど会えない距離じゃない……なのにわざわざオンラインゲームを長時間に渡ってするというのが長波にとっては不思議でならないようだ。

 そんな長波に夕張も初雪も掠れたような声で『だって協力した方がイベは有効なんだもん……』と返す。

 

「まぁ個人の趣味だからあたしだって強くは言わねぇけどさ〜、生活リズム崩すなよな? 後々任務に響いたりしたら、提督に一番迷惑かけちまうんだからさ」

「そうやって長波様はまた提督のことを引き合いに出して、私と初雪を批難するのね……」

「司令官が大好きだからこその言葉ですよね分かります」

「適当なこと言ってっとぶん殴んぞ? お?」

 

 笑顔で拳を握り、こめかみをピクピクさせる長波を浦波が「まぁまぁまぁ!」と慌ててなだめる。しかし眠気でテンションがおかしい夕張と初雪は全く悪びれる素振りがなく、二人はのうのうとシロップサイダーを飲んで喉をクピクピと鳴らすのだった。

 

「ったく……そんなに眠いなら昼過ぎまで寝てりゃ良かったじゃねぇか」

「私の部屋は深雪がうるさくて眠れる雰囲気じゃなった……」

「私は矢矧に叩き起こされて二度寝なんて許されなったわ……」

 

 二人の言い分に長波は「自業自得だろ……」と呆れつつ返すと、二人して『ごもっともでさ』と反論出来ない。

 夕張も初雪も長波が言ったように生活リズムを崩すさないように敢えて起きているので、二人共それなりに反省はしているのだ。

 

「あ〜、もう無理。何かしてないと眠っちゃう〜」

「睡魔が私を誘う〜……何か気を紛らわせるようなことしないと……」

 

 すると二人は何か期待するような目をして長波たちを見ている。

 

「…………浦波、頼む。今のあたしだとこいつらをサンドバッグにしてフルボッコにすることしか思いつかねぇから」

「えぇ〜……」

 

 夕張と初雪は何か期待するような目をして浦波を見ている。

 

「ん〜……しりとり、とか?」

 

 なんとか適当な遊びを絞り出すことに成功した浦波。それに対して長波は「頭使うしいいんじゃね?」ということで、取り敢えずしりとりをすることに……。

 

「んじゃ、浦波からであたし、初雪、夕張って順にすっか。浦波好きなの言えよ」

「うん、分かった……え〜っと、じゃあ『神の見えざる手』」

「初っ端からコア過ぎんだろ……別にいいけど。"て"だから……提督! 初雪、"く"だぞ"く"」

「デビルメイクラ〇」

「あれは神ゲーだったマル」

『………………』

 

 しりとりをしているのにしりとりにすらなっていない初雪と夕張。そんな二人の発言に浦波も長波も思わず呆気に取られる。

 

「え、え〜と、ルクセンブルク」

 

 それでも浦波は戸惑いながらもちゃんとしりとりを再開。長波としてはもうやらなくてもいいんじゃね……と思ったが、浦波が続けたので自分も乗ることにした。

 

「く……く……農具のクワ。初雪"わ"だかんな"わ"」

「鬼〇者」

「あれは名作だったマル」

『………………』

 

「だ〜っ、もう! やる気ねぇなら最初からやらすな! そもそもなんで二つともカプ〇ンなんだよ!」

 

 一巡目と何も変わらない二人に対し、長波は立ち上がった。堪忍袋の緒がとうとうブチ切れてしまったのだ。

 

「まぁまぁまぁまぁ、長波! 抑えて抑えて!」

「これが抑えてられっかよ! つか、浦波はなんでなんも文句言わねぇんだ!?」

「いやぁ、よくあることだから慣れちゃってて……」

「ならもっとこいつらの目を覚ますようなこと提案しろよ!!」

「にゃう〜……急には思いつかないよぉ」

「長波〜、私の妹をいじめるな〜」

「八つ当たりはダメよ〜?」

「そもそも二人のせいだろうがぁぁぁ!」

 

 長波の叫びはこだまする程であったが、対する夕張と初雪は呆然とするだけ。

 これに長波はもうやだ……とベンチに座り込むと、今までの疲れがドッと押し寄せてくるかのような脱力感に苛まれた。

 

「すげぇ声がしたが、なんかあったか〜?」

 

 そこへ提督がひょっこりと現れる。

 海上訓練が休憩時間になったので提督はトイレに用足しへ行く途中で、その時に長波の叫び声が聞こえたので様子を見に来たのだ。

 

 突然の提督の登場に長波はすぐさま前髪やスカートの裾を整え、乙女オーラ全開。提督が自分たちの側へ到着する前には身支度を済ませるのだった。

 

「あ〜、提督だ〜。どうしました〜? 新しい艤装のテストでもするの〜?」

「いや、そういうんじゃねぇ……てかかなり眠そうだな」

 

 提督の言葉に浦波が夕張たちの状況を説明すると、どうして長波が叫んだのかまでの過程も容易に想像がつき、長波の頭を優しくポンポンと軽く撫でる。

 

「んぁ……な、なんだよぅ、提督〜?」

「二人に振り回されたんだろ? ご苦労さん」

「べ、別にそんなんじゃ、ねぇよ……♡」

 

 そう言って長波は提督からプイッと顔を逸した。しかし口では否定した長波だが、その逸した顔は妙に頬が緩んでいて嬉しそう。

 長波のそんな表情を浦波は位置的にバッチリと見てしまったが、敢えて触れずに黙秘するのだった。

 

「それより、眠いなら寝た方がいいんじゃねぇか?」

 

 長波の頭をポンポンしつつ提督は二人に声をかけるが、二人は『寝ぬ』とだけ返して寝る気はないということを主張。

 

「ったく、変な意地張りやがって……」

 

 それから提督は「しゃぁねぇ」とつぶやいたあとで、通信機でとある者たちへメールを送る。

 

「来たわ、提督♡」

「お〜っす、提督〜♡」

「来たにゃ〜♡」

 

 連絡してから数秒でやってきたのは雲龍と古鷹型重巡洋艦二番艦『加古』と多摩という昼寝大好きっ子たち。

 加古は寝ることが好きな艦娘だが海に上がれば勇ましく戦う加っ古良くて頼もしい子。自分を改二まで育て上げてくれた提督のことが大好きなLOVE勢で、提督と昼寝するのが好き。阿賀野との仲も本当の姉妹みたいだが、その一方で古鷹は妹が二人に増えた感じになっているそうな……。

 

 どうして提督がこの三人を呼んだかというと、三人は艦隊の中でも寝ることに関しては3トップを誇るので、夕張と初雪も一緒に昼寝させるよう頼んだから。

 雲龍たちは艦隊のみんなから『昼寝三銃士』と呼ばれており、最近ではそんな彼女たちを昼寝大好きっ子として『ヒルネンティーノ』と呼ぶようになっている。因みに提督が命名。

 

「おう、相変わらず早かったな」

「提督のためなら……」

「例えこたつの中、布団の中……」

「多摩たちは何処でも参上するにゃ!」

 

 キリッとしたいい顔で言う三人だが、その言葉は何とも言えない。

 

「んじゃ、メールしたように夕張と初雪の二人も一緒に昼寝させてやってくれ」

 

 提督が改めて雲龍たちに頼むと、雲龍たちはまたもキリッとしたいい顔で提督へ敬礼した。

 それを確認した提督は三人の頭をそれぞれポンポンと優しく撫でたあとで、またトイレへ向かっていった。

 

「さぁ、二人共。私たちと夢の世界へ行くわよ」

「提督にあそこまで心配させたんだから、大人しくあたしらと昼寝すんぞ〜」

「ちゃんと多摩たちが起こしてあげるにゃ」

 

 三人はそう言うと雲龍が初雪を担ぎ、加古と多摩が夕張の肩と足をそれぞれ持ち上げ、有無を言わさずお昼寝スポットへ連行していった。

 

「はぁ〜、なんかドッと疲れた……」

「あはは、お疲れ……」

「つぅか、シロップサイダーの瓶そのまんまじゃねぇか……」

「あぁ、それなら私が片付けるよ。これから酒保に行くし」

「ならあたしも付いてくわ」

「ホント? じゃあそのまま私たちの部屋でお茶しない? 昨日綾波たちからクッキー貰ったからさ♪」

「お〜、そんじゃご馳走になるわ〜」

 

 こうして長波と浦波も中庭をあとにした。

 

 ーーーーーー

 

 中庭の脇にあるトイレから出た提督はしっかりと手を洗ったあとで、ハンカチで手を拭きながら出てきた。

 すると何者かとぶつかってしまい、提督は大きくバランスを崩す。

 

「すみません、提督殿」

 

 そんな提督を咄嗟に抱き寄せ、謝罪を述べたのは特殊船丙型『あきつ丸』。

 あきつ丸は陸軍出身の揚陸艦であるため、いつも礼儀正しく実直な子。陸軍は「艦」という漢字を使わないため、正確には船娘であるが海軍が直接指揮しているので艦娘と一括にされている。提督のお陰で艦娘たちとの仲も良好で、提督にはとても感謝していて尊敬している。

 

「お〜、あっちゃんか。ありがとう、転けずに済んだぜ」

「いえ、元はといえば自分の不得の致すところ。もし転んで怪我でもさせてしまったら切腹物であります」

「大袈裟だっての……」

「やはりあなたはお心優しい御仁であります。自分はまた提督殿の良いところを見つけたのであります!」

 

 まっすぐで綺麗な目をして提督へ尊敬の眼差しを送るあきつ丸。少々大袈裟なところはあるがこれもあきつ丸の長所で短所なのだ。因みにあきつ丸はトイレ掃除をしに来ていた。

 

 すると、

 

「トイレの前でどうして抱き合ってるの?」

 

 提督にとっては凄く聞き慣れた声といくつかの鋭い視線が突き刺さった。

 恐る恐る声のした方へ提督が視線を移すと、

 

「提督さん、浮気? ねぇねぇ、浮気? ねぇねぇねぇ?」

 

 愛する妻である阿賀野が絶対零度の微笑みで佇んでいる。更にその後ろには矢矧、加賀、瑞鶴も一緒だ。

 

「も、ももも、戻って来てたのか、マイハニー」

「うん。阿賀野がMVPだったの」

「そ、そうかかかか……おかおかおかえりりり」

「奥方のお戻りですね。提督殿、自分はこれよりトイレ掃除を開始致します故、失礼するのであります」

 

 そう言うとあきつ丸は提督から離れて行ってしまった。

 

「あ、阿賀野……さっきのはぶつかった拍子にああなってだな……」

 

 提督はちゃんと阿賀野の目を見て訳を話す。対する阿賀野は暫く何も言わず、ただただジーッと提督の目を見つめていた。

 

「むぅ……それにしたってずっとぎゅ〜ってしてるなんてぇ……」

「す、すまねぇ……」

「じゃあ、阿賀野のこともぎゅ〜ってして?」

 

 阿賀野がそう言って両手を広げたので、提督は「勿論さ」と阿賀野を強く抱きしめる。すると阿賀野はあきつ丸の残り香を掻き消すように、提督の胸板に顔をグリグリと押し付けたり、提督の頬へ頬擦りしたり……まるでマーキングするかのように提督へ甘えた。

 

「どっちにしても頭に来ました……」

「あんの馬鹿夫婦〜……」

(いいなぁ、阿賀野)

 

 そんな夫婦を義妹や加賀は睨み、瑞鶴は思わず指を咥えて眺める。

 その後、みんなの前でキスまでし始めた提督は、当然の如く矢矧からハリセンを喰らったーー。




前回の続きって感じに書きました♪

読んで頂きありがとうございました!


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食べ過ぎ注意

 

 ー執務室ー

 

 本日の全業務が終わり、鎮守府全体が落ち着いた雰囲気となる夜中の二二〇〇過ぎ。

 日中はこれといって忙しくはなかった提督だが、各任務の報告書やら明日の任務日程を確認し始めると、こんな時間になってしまった。

 能代たち補佐艦の者たちは一八〇〇には仕事から上がらせ、提督は阿賀野とソファーに並んで座り、今までずっと作業していた。こういう時に夫婦はイチャイチャしないので、矢矧もそういう点は安心している。

 

 しかし提督の左隣に座る阿賀野はこっくりこっくりと船を漕いでいた。

 今日は出撃任務にも赴いたので、いつもより疲れたのだろう……提督はそう思って阿賀野の肩へタオルケットを掛け、自分は黙々と作業を続けるのだった。

 

 ー本館までの通り道ー

 

「二人共無理してないかしら……」

 

 その頃、矢矧は夫婦のために能代たちと用意した夜食の入った包を持って執務室へ向かっていた。因みにメニューは焼き海苔を巻いた塩おむすびときゅうりの浅漬け。

 普段から夫婦に厳しい矢矧だが、こういう気遣いを忘れないのが矢矧のいいところ。なんだかんだで矢矧もお世話好きなのだ。

 

「あ、矢矧だ」

 

 ふと背後から声をかけられた矢矧。後ろを振り返ると、そこには祥鳳とその妹である祥鳳型軽空母二番艦『瑞鳳』、秋津洲型水上機母艦一番艦『秋津洲』に加え、潜水艦『伊一六八』ことイムヤ、そしてニムが矢矧に向かって手を振っていた。

 

 瑞鳳は明るく笑顔が絶えない艦娘。提督のことが大好きなLOVE勢であるが、見守り勢。時間が合えば阿賀野と料理をしたりする仲。

 秋津洲もいつも元気で明るい艦娘。相棒の二式大艇ちゃんとよく散歩していて、のんびり過ごすことが好き。自分の活躍の場をちゃんと作ってくれる提督のことを尊敬していて、たまに夫婦へ手料理をご馳走したりしている。

 イムヤは鎮守府に初めて着任した潜水艦。少々つっけんどんなところはあるが真面目でノリのいい子。提督のことが大好きな見守り勢だが、たまにそっと提督の背後へ近づいて後ろから抱きついたりする甘えん坊な一面もある。

 

 その場に立ち止まった矢矧は、みんなが来るのを待つ。みんなが側へ来ると、みんなそれぞれ手に包やら手提げを持っていることから、矢矧はつい笑ってしまった。

 

「みんな考えることは同じようね……ふふふっ」

 

 矢矧のつぶやきにやってきた面々は一瞬だけ揃って小首を傾げたが、矢矧の持っている包を見て察したように笑い声をあげる。

 

「矢矧ってそういうキャラだっけ〜?」

 

 瑞鳳が笑いながらそう言うと、矢矧は「能代姉ぇと酒匂が言い出したの……」と返してそっぽを向いてしまう。その頬はほんのり桜色になっているのは秘密だ。

 

「矢矧もなんだかんだ言って仕事中は提督にベッタリだもんね〜♪」

「補佐艦ってのは建前で本当は司令官の側にいたいだけだったりして〜♪」

 

 瑞鳳とイムヤの追撃に矢矧は「勝手なことを言わないで!」と返すが、顔が真っ赤でいつもの迫力は鳴りを潜めている。

 

「瑞鳳、もうその辺にして……矢矧さんが困ってるわ」

「イムヤちゃんももうやめてあげてよ〜」

「それより早く執務室に行かないと提督たちがお仕事終わらせちゃうかも! それにお料理冷めちゃう!」

 

 祥鳳、ニムが二人を止め、秋津洲が話を逸らす。瑞鳳とイムヤは攻め足りない感じだが、矢矧はホッとした様子。

 

 それから気を取り直し、みんなで執務室へ向かうのだった。

 

 ーーーーーー

 

 本館の玄関をくぐり、目的の場所へ歩を進める矢矧たち。すると矢矧がふと口を開く。

 

「そういえば、みんな……よく提督が居残りしてるって知ってたわね」

「あぁ、酒匂ちゃんから連絡来たからね♪」

 

 瑞鳳はそう言って酒匂から届いたメール画面を矢矧に見せた。

 

『司令と阿賀野ちゃんが

 今もお仕事してるの……。

 だからもし暇だったら

 お夜食届けてほしいな(。>﹏<。)

 おにぎりは能代ちゃんたちと作ったけど

 おかずをお願いしたいの!      』

 

 そこには酒匂らしい文面がちゃんと映っていて、矢矧は思わず「やっぱりうちの妹が一番可愛いわね」と納得してしまう。

 しかし酒匂の凄いところはこういったお願いメールをLOVE勢の全員に送らず、LOVE勢など関係なく今の時間帯は暇であろう艦娘たちへピンポイントで送るところ。どうしてその者たちが暇かどうか分かるのかは酒匂本人にしか分からない。

 本人曰く『この日のこの時間帯は空いてるって前にお話してたの聞いてたっぴゃ♪』とのこと。

 

「そんな訳で夜食作ってきたのよ♪」

「なるほどね……」

 

 矢矧が瑞鳳の説明に納得する中、その隣で秋津洲がニムへ「そういえばイクちゃんはこういう時、来ないんだね」と話しかけていた。

 

「お姉ちゃん、この時間帯は任務じゃない限り寝てるから」

「イクは寝るの早いもんね〜……そんで凄い早起きなの」

 

 イムヤが頷くようにつぶやくと周りは『へぇ〜』と意外そうな反応を見せる。

 潜水艦は今でこそ寮室が割り振られているが、長いことイムヤ、まるゆ、ゴーヤ、はち、しおい、イクの六名しか着任してなかったので、新しくろーちゃん(着任時はユー)が着任するまでは六人共同じ寮室での生活だった。

 なのでイムヤはイクのそういった習慣を知っているのだ。

 

 秋津洲が「早寝早起きはいいことじゃない♪」とイクの習慣を褒めるが、

 

「早く寝れば早く次の朝になって提督に会えるからって理由なんだけどね〜」

 

 と少し呆れ気味でイムヤがつぶやいた。

 

「不純なお姉ちゃんでごめんなさ〜い……」

「り、理由はどうあれいい習慣だから大丈夫かも!」

「ニムちゃんが謝る必要はないわよ。うん」

 

 ニムを秋津洲と祥鳳が必死にフォローすると、ニムはまたいつも通りの笑顔を見せる。

 

 そうしているうちに矢矧たちは執務室の前へ到着。

 矢矧がトントントンと丁寧にノックすると、

 

『開いてるぞ〜』

 

 中から提督の間延びした声が返ってきたので、矢矧は「失礼するわね」と言ってドアを開けた。

 

 ー執務室ー

 

「お〜、やはぎん……ってづほにゃんたちも一緒だったのか。みんなしてどうした?」

 

 見ていた報告書をテーブルに置き、みんなへ提督が訊ねると、矢矧を除くみんなはニコニコしたまま提督の側へ。一方の矢矧はというとソファーでタオルケットに包まり、幸せそうな寝顔を晒す情姉ぇ(なさけねえ)(情けない姉の意)の側へ向かっていた。

 

「提督、私たちで夜食持ってきたんだ♡ 食べて食べて〜♡」

「うお、マジか? 助かるぜ、丁度腹減ってたんだ」

 

 瑞鳳の言葉に提督が笑顔を見せて素直にお礼を言うと、みんなも提督が嬉しそうに笑うので笑みをこぼす。

 

「阿賀野姉ぇ、起きて……夜食持ってきたわよ」

 

 そんな隣で矢矧は阿賀野へ声をかけつつ、そのおでこをペシペシッと軽く叩く。

 

「…………うへへ、もう食べられないよ〜」

「なんてベタな……起きなさいっ!

 

 一向に起きる気配のない阿賀野に矢矧が活を入ると、阿賀野は「ひゃわ〜!」と飛び起きた。

 

「おはよう、阿賀野♪」

「あ、おはよう、慎太郎さん♡」

 

 提督の挨拶に阿賀野はいつも通りに返し、あまつさえおはようのキスまでしてしまう。互いの温度、感触を確かめ合うように交わされる口づけは、舌や唾液のせいでクチュクチュ、チュパチュパと厭らしい音を立てた。

 

「っはぁ……えへへ、慎太郎さん♡ 好き〜♡ いっぱいいっぱい愛してるの〜♡」

「俺も阿賀野を愛してる、ぞふぃっ!」

 

 その提督の悲鳴のような何かは夫婦の世界をぶち壊し、それと同時に提督は頭を押さえてしゃがみ込んでしまう。

 どうしてかというと、

 

「人の目の前で何をしてるのかしら〜?」

 

 激怒している義妹がハリセンを振りかざしたからだ。それは控えめに言って殺意の波動に目覚めているのではないかと思えるほど。

 

「や、矢矧さん、落ち着いて……」

「そ、そうだよぅ。キスしたのは驚いたけど、あんな思いっきり叩くのはいけないかも……」

 

 祥鳳と秋津洲が矢矧を止め、他の面々も矢矧のことを止めに入る。すると矢矧はみんなの顔を立てて、なんとかその波動を抑えるのだった。

 

「慎太郎さん、大丈夫?」

「まだ目の前がチカチカしてるチカ……」

「き、きっとお仕事のし過ぎだよ……ほら、冷めないうちにお夜食食べて?」

 

 ニムが気を利かせて促すと、みんなもそれぞれ包を開け始める。

 

「提督、私は肉野菜炒めを作ってきました。お口に合えば嬉しいです」

 

 祥鳳は鶏胸肉、にんじん、玉ねぎ、レタスをだし醤油で炒めたシンプルな物。

 

「私はニムとお味噌汁作ってきたわ♡」

「具はお豆腐となめこだよ♪」

「あたしはコンソメを使ったロールキャベツにしたよ♪ タネの中に軟骨入れてあるの♪」

 

 次々とみんなが料理を出していき、残る瑞鳳が「私はね〜……」と包を開くが、

 

『玉子焼きですね、分かります』

 

 と料理を出す前にみんなに当てられてしまった。

 瑞鳳は当てられて悔しそうだが、瑞鳳といえば玉子焼きなのでこればかりは仕方ない。

 

「なんかすげぇ豪華な夜食だな……ありがとうな」

「みんなありがとう♪」

 

 夫婦がみんなにお礼を言うと、みんなはニッコリと笑顔を返す。そして落ち着いた矢矧が「それより食べなさいよ」と勧めつつおにぎりや浅漬け、お茶を用意した。

 

「では……」

『頂きま〜す♪』

 

 夫婦揃って手を合わせ、まずはイムヤとニムの味噌汁を一口。それをイムヤはドキドキしながら不安そうに見つめ、ニムはいつも通りニコニコしながら反応を待つ。

 

「美味ぇ……生き返る〜」

「ん〜、美味し〜い♪」

 

 夫婦の満面の笑みにイムヤたちは『やった♪』とガッツポーズ。特にイムヤからすれば大好きな提督の心からの笑みで心がとても満たされた。

 

 次に夫婦が手を伸ばしたのが祥鳳の肉野菜炒め。玉ねぎのシャキシャキとした歯応えに、にんじんとレタスのしんなりと柔らかい食感、そしてそこへ鶏胸肉が旨味を爆発させる。

 

「いい嫁さんになる」

(めっちゃ美味ぇ!)

 

 提督はその美味しさから、つい思ったことと言いたかったことが反対になってしまった。

 

「そんな……勿体無いお言葉です。でもそう言ってもらえて、私とっても嬉しい!」

 

 祥鳳ははにかみながらも喜びを爆発させるが、提督の隣に座る阿賀野はニッコニコの笑みで提督の脇腹をつねるのだった。

 それを見た矢矧がやれやれと肩をすくめていたのは内緒。

 

「あたしのロールキャベツも食べてよ〜!」

「私の玉子焼きも〜!」

 

 まだ自分の料理を食べてもらっていない秋津洲と瑞鳳は我慢出来ずに自分たちの料理を一口サイズに箸で取り、ズイッと提督の口元へ持っていく。

 いわゆる『あ〜ん』の状態だが、二人はガチ勢ではないのでこれには阿賀野も何もせずニッコニコするだけ。

 嫁からのプレッシャーを受ける中、提督は秋津洲のからパクンと口に含んだ。

 

「お〜……とろとろだけどコリコリで面白い食感だな。美味ぇ」

 

 提督の感想に秋津洲は「えっへん♪」と胸を張る。続いて提督は『早く食べて!』と目で訴え続けている瑞鳳の玉子焼きを食べた。

 

「これは……チーズか?」

「正解♪ 夜食にしてはカロリーが高いかもだけど、どうせ二人は部屋で()()()()からいいよね?♪」

 

 瑞鳳の急降下爆撃に提督は玉子焼きを喉に詰まらせたが、祥鳳が素早く冷たいお茶を差し出したので事なきを得る。

 そんなことを言われても提督は否定しないし、阿賀野はニヤニヤとだらしない顔をしているのでどうやら図星の様子。

 

「相変わらずお盛んね〜、司令官たちは……」

「あ、あんまり夜更かししちゃダメだよ?」

「夜更かしはお肌に良くないかも」

「えっと、あの……ご馳走様です」

 

 イムヤ、ニム、秋津洲、祥鳳は空気を察して恥ずかしそうに声をかけるが、方や瑞鳳は「頑張ってね♪」と提督の背中を叩く。何故なら大抵げっそりするのは提督の方だから……。

 

「まぁ、何はともあれ食べ過ぎには注意だよ、阿賀野♪」

「でも慎太郎さんって美味しいから食べ過ぎちゃうのよね〜♡」

 

 瑞鳳の言葉に阿賀野は食べる気満々でデレデレしている。そんな姉を見て、矢矧は頭を抱えていた。

 

 それからみんなからの夜食を提督と阿賀野は綺麗に食べ、お仕事は勿論だが夜戦(意味深)も頑張るのだったーー。




今回は夜の一幕を書きました!

甘さは控えめなはず(小声)

読んで頂き本当にありがとうございました!


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試練発生

 

 9月某日、昼過ぎ。9月も終盤となり、泊地も気温や空気が秋らしくなってきた。

 鎮守府の活気は相変わらずだが過ごしやすくなった分、訓練や任務などでの掛け声もどこか張りがある。

 

 ー海上訓練用海域方面の埠頭ー

 

 そして食堂で昼食を済ませたあとで、提督はそのまま阿賀野、矢矧と共に埠頭へやってきた。今日の書類仕事はいつもよりか少ないので阿賀野たちと相談してから見にやってきた次第。

 午後の訓練では対潜訓練が行われる予定である。

 

 提督たちが埠頭に着くと既に標的役である潜水艦『伊五十八』ことゴーヤと『呂五〇〇』であるろーちゃんがウォーミングアップをしていた。標的といっても全く危険はなく、二人は攻撃を避けながら航行すればいいのだ。

 ゴーヤは元気でいつもニコニコしている艦娘で面倒見も良い。提督を敬愛する忠犬勢であり、提督も妹のように思っている。

 ろーちゃんは元ドイツ潜水艦『U-511』で着任当初はユーちゃんの名で親しまれていたが、改造した際に名を今の名に変えた。

最初は引っ込み思案で馴染むのに苦労したが、提督のお陰で艦隊に馴染むことが出来た上、改造して明るい性格になった艦娘。

そのためかろーちゃんは提督大好きっ子なLOVE勢でガチ勢。将来は提督のお嫁さんになるのが夢。しかしいつもそう言っているので提督からは『娘が父親に言うそれ』みたいに捉えられているとか。

 

 提督たちが桟橋に着いた頃、丁度浮上したろーちゃんは提督とガッチリ目が合う。するとろーちゃんはパァッと「。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。(こんな)」表情を浮かべ、いそいそとやってきて桟橋に上がった。

 

「提督、こんにちは〜ですって♡」

 

 ろーちゃんはそう言ったあとで阿賀野と矢矧にも挨拶をすると、提督のすぐ右側を陣取る。

 そのさり気ない行動に阿賀野は思わず笑顔が固くなるが、

 

「お〜、ろーたん♪ 今日も元気いっぱいだな♪」

 

 提督は娘を溺愛する父親のようにデレデレしながらろーちゃんの両頬をムニムニと撫でる。髪が濡れている時は頭を撫でるより、頬を撫でる方がろーちゃんは喜ぶからだ。

 

「えへへ、提督にほっぺなでなでされるの好き〜♡」

「そうかそうか♪ ならもっとやってるぞ〜♪」

 

 そう言うと提督は「それ〜!」と先程より激しくろーちゃんの頬を撫でる。そうされてろーちゃんは「あわわわ♪」と嬉しそうにしているが、それを隣で見ている阿賀野のドス黒い笑みに矢矧は思わず苦笑いを浮かべた。

 

「もう、ろーちゃん! ウォーミングアップまだ終わってないよ〜!」

 

 そんなろーちゃんの元へゴーヤがやってきた。

 

「ご、ごめんね、でっち……大好きな提督がいたから来ちゃった」

「だからってサボっちゃダメ。サボっちゃう子はてーとくに嫌われちゃうからね?」

 

 ゴーヤに注意されたろーちゃんは顔を真っ青にし、ウォーミングアップを再開するために急いで海に戻った。

 

「ごめんなさいでち、てーとく」

「いいっていいって。それより今日は標的役頼むな」

 

 提督はそう言ってゴーヤの頭をポンッと撫でると、ゴーヤは「はいでち♪」と返して自分もまた海へ戻る。それを三人が見送ると桟橋がキシッと小さく音を立てた。

 

「アドミラル、ここにいたのね。探したわ」

 

 提督の元へやってきたのは艦隊唯一のイギリス戦艦『ウォースパイト』。

 英国淑女たる振る舞いをし、自信にあふれる艦娘で提督を尊敬する忠犬勢。提督の手料理が好きで日本に来て太ったのが最近の悩みなんだとか。提督からは『ウォスパちゃん』と呼ばれいる。

 

「お〜、ウォスパちゃん。まだ雷撃回避訓練の時間じゃねぇぞ?」

「そんなこと知ってるわよ。そうじゃなくて、休暇申請書を持ってきたの」

 

 ウォースパイトは提督へ書類を渡すと、提督はすかさずそれを確認。それから通信機で執務室にいる能代へ確認を入れ、それが終わるとボールペンで書類へサインしていく。

 

「ん、問題なく受理する。外出許可書はいいのか?」

「外へ行く予定はないわ。明日、明後日と私は部屋で映画を観てゆっくりしたいの」

 

 ウォースパイトの言葉に阿賀野が「何を観るの?」と訊く。

 

「まだ決めてないわ。訓練が終わったら酒保へ寄って、面白そうな物を借りようと思ってるの」

 

 その質問に柔らかい笑みで答えるウォースパイト。その答えに矢矧が「いいのがあるといいわね」と言うと、ウォースパイトはそうねと言うように笑みを返した。

 するとウォースパイトは目的も果たしたので、自分が参加する訓練の時間になるまで部屋で休むとその場を去った。

 

 そのウォースパイトと入れ替わる形で二名の艦娘が桟橋へ足を踏み入れた。

 それは利根型航空巡洋艦一番艦『利根』とその二番艦『筑摩』だ。

 利根はいつも自信満々で頼り甲斐のある艦娘だが、少し抜けている部分もあるため、『情け姉』と呼ばれたりする。提督には高い忠誠心を持っていて、いい上官と部下の関係。

 一方の筑摩はいつも涼しい顔をして利根を支える出来る女。そしてその涼しい顔で敵を殲滅する徹底さも持つ。提督のことは好意的に思っており、『阿賀野さんに捨てられたら、私が姉さんとまとめてお世話してあげますね♪』と言っている影のガチ勢。

 

「どうした提督、お主が見に来るとは?」

「時間があるからこの目で確認しに来たんだ。いつも通りに頼むぜ?」

「ふふ、提督がいらっしゃるなら私たちより提督が指揮してくださいませんか? その方が此度の訓練のより良いものになりますし♪」

「応用訓練ならそうするが今回は基礎だろ。もう俺がとやかく言う必要はねぇさ」

 

 笑顔で提督がそう返すと、筑摩は「あらあら♪」と可笑しそうに笑った。そんな風に談笑する提督と利根型姉妹を横で見つめる阿賀野が、

 

「あ、あ〜、そうだ。提督さん、みんなが休憩する時に飲む物を用意した方がいいんじゃない? ね? ね!?」

 

 少々強引に提案してきた。

 阿賀野としては筑摩の本性までは分かっていない……しかし筑摩は提督好みの艦娘なのでちょっと不安なのだ。

 阿賀野はそのまま提督の手を取ると、有無を言わさず酒保へと向かうのだった。

 

「相変わらず忙しない夫婦じゃな♪」

 

 利根の言葉に筑摩は「うふふ、本当ですね♪」と笑って返すがその目はすごく濁っている。しかし筑摩はそれを矢矧に悟られないよう上手く誤魔化していた。

 

 ー明石酒保ー

 

 その頃、酒保は本日休みの艦娘たちがいつもより多くやってきていて結構な賑わいを見せていた。秋ということでみんな色々とあるのだろう。

 

「今日はシロップサイダーでも飲むか♪」

 

 飲み物を選んでいるのは高雄型重巡洋艦三番艦『摩耶』。男勝りで言葉は荒いが提督から貰ったトラのぬいぐるみを毎晩抱っこして寝ている可愛い子。因みにそのトラの名前は『がおくん』。提督のことは兄のように慕っている。

 

「摩耶、毛糸の色は何がいい?」

 

 摩耶の隣にやってきてそう訊ねるのは、同型重巡洋艦四番艦『鳥海』。いつも冷静沈着で頼もしい艦娘だが、怒ると姉妹一怖いらしい。提督のことを尊敬してる忠犬勢で夫婦がイチャイチャしているのを見るのが好き。

 

 鳥海は今年の冬に備えて姉妹で使えるお揃いの物を編む予定で酒保へ毛糸を買いに来ていて、摩耶はその付き添い。そのついでにおやつに食べる菓子を買いに来たのだ。

 

「何を編む予定なんだ?」

「マフラーにする予定。去年はイヤーマフだったから」

「ん〜……ならアタシはオレンジ」

 

 摩耶の回答を聞くと鳥海は「了解♪」と返して、また手芸用品の棚へ戻っていった。

 

 それを見送る摩耶は一足先に会計を済ませようとレジへ行くと、丁度会計している者がいた。

 

「あれ、がっちゃんも来てたのか」

「あ、摩耶ちん、ヤホー♪ 酒保に行くなら一緒したのに〜」

 

 摩耶が言う"がっちゃん"とは青葉型重巡洋艦二番艦『衣笠』のあだ名。決して「クピポー」と鳴くなんでも食べてしまう子ではない。

 衣笠はいつもノリ良いムードメーカー。提督とは互いにくすぐり合ったりするというふざけ合うほどの仲で、それはまるで兄妹みたい。なので阿賀野も嫉妬したりしない。

 

 摩耶は衣笠と同じ寮室であるため、互いのことをあだ名で呼び合う仲なのだ。因みに他の同室者は最上と加古。

 

「いや〜、がっちゃんが酒保に行く予定あるとは思ってなくてさ〜」

「それもそっか♪ というか、摩耶ちんは元々鳥海ちゃんと約束してたもんね♪」

 

 二人してワイワイキャッキャと話していると、明石が袋詰を終えた。衣笠は会計を済ませると「それじゃ、お先♪」とウィンクして酒保をあとにした。摩耶はそんな衣笠に手を振って見送ったあとで明石に会計を頼んだ。

 

「いらっしゃいませ♪ シロップサイダーのお供にこちらのお菓子もどうです〜? 新発売なんですよ♪」

「また新しいの出したのか……」

 

 明石に勧められた新商品を手に取り、パッケージを見る摩耶。酒保の菓子は信頼しているが摩耶はチョコのような甘い菓子の方が好きなので、それがどういう物なのか確認しているのだ。

 

 パッケージには『美味しさ電級! ブラック雷!』の文字と第六駆逐隊の電と雷の絵、そしてその商品を美味しそうに食べている暁と響の写真が載っている。

 

「また似非っぽいの作ったんだな〜……でもチョコバーなら買ってくか♪ 一箱くれ♪」

「は〜い、毎度あり〜♪」

 

 明石は上機嫌で商品を袋に詰める作業へ取り掛かった。因みに一箱に30個入っているので、なんだかんだ言いつつ摩耶は食べる気満々の様子。

 

 すると出入り口から提督夫婦が姿を見せる。

 

「いらっしゃいませ〜!」

「提督に阿賀野じゃねぇか、よ〜っす!」

 

「よう、明石、摩耶」

「二人共こんにちは〜♪」

 

 挨拶を交わし、早速提督は明石へ「みんなへ配る飲み物をくれ」と注文する。

 すると明石は「少々お待ちくださいね♪」と返して、摩耶の会計を済ませてから準備しに向かった。

 

「んだよ〜、提督が飲み物準備してくれるんだったら、アタシもそれにあやかれば良かったぜ〜」

「シロップサイダーじゃねぇぞ?」

「でもタダじゃんか〜」

「あはは、なら摩耶ちゃんもおやつの時間になったら飲みに来なよ♪」

「そこまでしねぇよ〜。ただちょっと意地悪言っただけだって♪」

 

 和気あいあいと談笑する中、鳥海が「こんにちは〜」と夫婦へ笑顔で挨拶しつつやってきた。

 

「あ、鳥海ちゃん……毛糸買って編物するの?」

「えぇ、姉妹でお揃いのマフラー編むの」

「へぇ〜、阿賀野も夫婦でお揃いのマフラー編もうかな〜」

「それはいい考えね♪ 編むなら一緒に編まない?」

「どうしようかな〜?」

 

 ガールズトークに花を咲かせる鳥海と阿賀野。その隣で、

 

「良かったな、提督♪ 嫁さんから愛のこもった手編みマフラーを今年の冬は巻けるみたいだぜ?」

 

 摩耶がニヤニヤした顔で、提督の脇腹を肘でウリウリと小突きながら言ってきた。それに対して提督は「お揃いか〜」と、はにかみつつも声は嫌がっていない。

 すると阿賀野が「そうだ♪」と言って手を叩く。

 

「なっが〜いマフラー編んで、それを二人で巻けばいいんだ!」

「それは……流石阿賀野さんね!」

 

 阿賀野の言葉に鳥海は興奮気味でメガネをクイクイ上げる。

 

「ま、待ってくれ阿賀野! それは流石に俺が恥ずい!」

 

 そんな阿賀野の提案に提督はすかさず待ったをかけるが、

 

「え〜?♡ 聞こえな〜い♡」

 

 と阿賀野は全く聞く耳を持たなかった。

 

「今年の冬は期待してるぜ!」

「より仲睦まじいお二人を楽しみにしてます!」

 

 こうして提督はひょんなことから冬の試練が発生するのだった。

 

 その後、明石が台車に提督が頼んだ飲み物を持って帰って来るまで阿賀野は鳥海と毛糸を選び、それを摩耶が提督の横で冷やかし、提督は真っ赤な顔を更に赤く染めた。

 

 そしてこの日の夜から、阿賀野は赤い毛糸で長いマフラーを編み始めたのは言うまでもないーー。




やっと夏イベで出た艦娘意外の全員を登場させることが出来ました……長かった(白目)
因みに夏イベで実装された艦娘の着任回はまだ先の予定なのでご了承ください!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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相談室

 

 9月某日。時は一六〇〇を過ぎ、遠征組も無事に帰投。提督はその各報告書の確認作業に入り、阿賀野たちは明日の任務や訓練を確認する作業をしていた。

 

 そんな時、執務室のドアがトントントンと控えめにノックされる。それに提督が返事をすると、ガチャリと開いたドアから海風がピョコっと頭を出した。

 

「お仕事中に申し訳ありません。提督、今お時間のほどはよろしいでしょうか?」

 

 海風の言葉に提督は「いいぞ」といつも通りに返し、海風を手招きする。

 すると海風は「失礼します」と言って入室すると、提督の側へと歩を進めた。

 

「どうした? いつもみてぇな元気がねぇぞ?」

「…………」

 

 提督の言葉に弱々しい笑みを見せる海風。そんな海風を見た提督は「少し席を外すぞ」と阿賀野たちに告げて、海風と共に隣の部屋へと向かった。

 

 執務室から出てすぐ右隣にある部屋。その部屋は物置き部屋みたいになっており、今使っていない家具などが置かれている。

 そのため執務室に比べてスペースはかなり狭くなっているが、その分ちゃんと話をすることが出来る部屋なのだ。

 

 艦娘が個人的に提督へ相談する際に提督が使うため、この部屋は艦娘たちの間では『相談室』と呼ばれている。

 

 使っていないソファーへ提督が腰掛け、海風にも座るよう促すと海風は提督の右隣に座った。

 

「急かしたりはしねぇから、海風のタイミングで話せるなら話せ」

 

 海風をリラックスさせるように提督は優しくそう言って、海風の頭をポンポンっと軽く叩くように撫でる。

 すると海風は「実は……」とゆっくり口を開いた。

 

「実は、髪を切ろうかと悩んでいまして……」

「ほぉ〜、せっかく長くて綺麗な髪してんのに、そりゃ勿体ねぇな」

「提督にもそうして褒めてもらえるので本当ならば、海風も切りたくはないんです……ですが、最近の山風に少々困ったことがありまして」

 

 眉尻を下げ、困ったような笑みを見せる海風。そんな海風に提督は「何があったんだ?」と優しく訊ねる。

 

「提督はあの子が海風と同じくよく食べる艦娘なのをご存知ですよね?」

「おう。今日の昼間も二人してラーメンチャーハンセットを五人前ぺろりだったろ」

「はい。その山風の食欲と言いますか……それに困ってまして」

 

 海風の話に提督は思わず首を傾げてしまう。

 

 山風は着任当初そこは引っ込み思案で極度の怖がりで、今では想像も出来ないくらいの少食だった。

 しかしそんな山風に提督は何を言われても……嫌われてもいいと思いながら積極的にコミュニケーションを取った。夫婦の寝室に招いて三人で川の字になって眠ったり、親子のように山風の両手を夫婦で繋いで外出したり、それこそ提督自ら手料理を振る舞ったり……などなど。

 その甲斐あってか山風は今のように笑顔が増え、駆逐艦の中では一、二を争うほどの食いしん坊になった。

 

 そんな山風に海風もホッとしていて何ら問題は無さそうだった……というのにこれだからだ。

 提督は「どんなことで困ってんだ?」とそのまま思った疑問を海風に投げた。

 

「あの子を朝に起こす時、あの子ったら寝惚けてたまに海風の髪をそうめんや塩焼きそばと勘違いして……」

「おいおい、まさか……」

「そのまま口に入れてしまうんです……」

 

 その言葉に提督は思わず「マジかよ……」と自身の額に手をあてる。

 

「それについ先日、一緒にお風呂に入っていたら海風の髪を見て……」

 

『海風姉の髪って、長くて、ツヤツヤしてて、お風呂に入ってると、流しそうめんみたいで美味しそう……だよね』

 

「……なんて、満面の笑みで言われて」

 

 もう笑うしかないといった感じに海風は乾いた笑みで言う。それに対して提督は寝惚けてなくてもそうなのか……と思って天井を見てしまった。

 

「……でも海風だけなのか? 江風や五月雨……それこそ涼風も春雨も夕立も村雨も髪長ぇだろ」

「春雨姉さん、五月雨姉さん、涼風に至っては長くても、髪の色で食べ物を連想することがないみたいです」

 

「その代わり……と言っては変ですが、村雨姉さん、夕立姉さんの髪はモンブランクリームに見えて、江風のはナポリタンに見えるんだとか……」

「Oh……」

「ですから、あの子が本当に髪を食べないように切ろうかと思って……」

 

 どんなネタなんだと思いたいが、海風の表情は至って真剣そのもの。しかし相談してくるということは、海風自身も出来れば髪を切らずに済む方法を模索しているのだ。それで提督の元へ来たのだから、提督としてはなんとかしてやりたい。

 

 提督はとりあえず山風からそれとなく聞いてみようと、海風に山風をこの部屋へ来るように頼んだ。

 

 ーーーーーー

 

 海風が退室して数分。コンコンコンと控えめなノックが聞こえた。

 

「入れ〜」

 

 提督がそう言うと、カチャリと開いたドアから山風が入ってくる。

 

「提督……海風姉に言われて、来たよ?」

「呼び出して悪ぃな。とりあえずこっちに来て座れよ」

 

 その言葉に山風はコクンと頷いてテコテコとやってきて、提督の膝の上にちょこんと座った。山風は提督を父親のように思っているので、プライベートの時はこれが普通なのだ。

 

「話ってなぁに? あたし、何か悪いこと、しちゃったの?」

 

 捨てられた子犬のように潤んだ目で提督を見つめる山風。それを見て提督は思わずキュンと来たので、無意識のうちに山風の頭を撫でていた。

 

「……提督?」

「ん? おぉ、すまねぇ。話ってのはちょっと小耳に挟んだことでな。その確認的なもんだ」

 

 提督の言葉に山風は「どんな話?」と聞く姿勢を取る。

 

「いや何、山風が姉妹の髪を見て、食べ物を連想するって話を聞いたからよ。本当に食べたりしねぇかって思っちまってな。山風を食いしん坊にしちまったのは俺だからな」

「そうなんだ……でも海風姉とか江風の髪を見て、麺類食べたいな……って思う時あるよ?」

 

 山風の言葉に提督は思わず苦笑いを浮かべた。

 

「この前は夕雲ちゃんの髪型を見てエビフライ食べたいって思っちゃったし、春風ちゃんの髪型見てもチョココロネ食べたいなって、思っちゃった……」

「あ〜、そうか」

「今朝も海風姉の髪をね、寝惚けてね、口に入れちゃった……」

 

 恥ずかしそうに告白する山風を見て、提督は少なくとも反省はしていると判断する。

 

「まぁ、なんだ……思うのは仕方ねぇけどよ、口に入れちまうのはなんとかしろよ? 海風だって困ってんじゃねぇか?」

「うん……あ」

「?」

「提督の指、ソーセージみたいって思っちゃった……」

「……いくらみんなより肥えた指だからって食うなよ?」

「食べないよぅ、噛んだら血ぃ出ちゃうもん……」

「血が出ないと?」

「………………」

 

 山風の沈黙に提督は指をサッと隠したが、山風はクスクスと笑って「冗談だよ♪」と言って舌を出した。

 そんな山風に提督は報復として少し強めに頭をワシャワシャすると、山風は「そんなに強くしちゃやだ〜♪」と嬉しそうに抗議するのだった。

 

 ーーーーーー

 

「ーーてな訳で、海風が髪を切らなくても大丈夫そうだったぞ?」

「そうですか……ではこれからはふざけないでと注意しますね」

 

 山風が去ってから、今度は海風を再び招き、提督が説明すると海風は安堵する。

 

「注意するっても強くは言うなよ? 山風なりのコミュニケーションみたいなもんだろうからな」

「ふふ、ご心配なく♪ ちゃんと「めっ」と優しく注意しますから♪」

 

 提督は「それでそれで優し過ぎじゃね?」と返したが、海風は「これくらいでいいんです♪」と微笑んだ。やはり妹のことだから姉としては甘やかしてしまうのかもしれない。

 

 それから二人してその部屋から出ると、

 

「あ、提督。もう話は終わったかしら?」

 

 矢矧がそう訊ねてきた。どうやら少し前からドアの向かいで待っていたようだ。

 

「どうした、やはぎん? 報告書の確認ならこれからちゃんとするぞ?」

「すぐ隣の部屋に私たちがいるのに、サボりに行くほど浅はかな行動をするなんて思ってないわ」

「ならなんだ?」

「さっきお手洗いから帰ってくる時、山風に会ったら……」

 

『矢矧さんの髪はイカスミスパゲティみたいで美味しそうだね♪』

 

「……って言われたんだけれど、私の髪ってそんなにギトギトしてるかしら……?」

 

 その言葉に提督もそうだが海風も声をあげて笑ってしまった。なんとも山風らしいと思ったが故だ。

 そんな二人の反応に矢矧は「人が気にしてるのに!」と両頬を膨らませ、フンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。

 二人は慌てて矢矧に謝り、笑った理由を話すと、

 

「なんだ、そういうこと……なら提督はワカメか大福ね♪」

 

 笑ってささやかな口撃を提督に見舞う。それに対して提督は「何も言えねぇ」と両膝をガックリとその場で折ってしまった。

 

「提督!? 矢矧さん!」

「ふふ、いつものお返しよ♪」

「もう……ですが、提督はワカメでも大福でもありません!」

「海風……」

「ハンバーグです! それもイベリコ豚のお肉のような高級な物です!」

「うぼぁっ!」

「海風、貴女……とどめ刺してるわよ?」

 

 矢矧の言葉に海風は「え?」と聞き返すと、矢矧はそっと目配せした。

 海風が提督へ視線を戻すと、

 

「そうですよね、俺なんて肥えてるから脂ギッシュで肉汁ジュワ〜なハンバーグっすよね。寧ろ汗はラードって感じっすよね。おまけに腹は鏡餅で、太ももはボンレスハムっすもんね」

 

 自虐的になって真っ白な提督が嘆いていたのだ。海風はフォローしたつもりだったのだが、そのフォローはフォローになっていなかった。

 

「あ、あの、提督……海風はその……」

「いいんだ海風。俺はお前らが笑顔ならそれで……」

 

 慌てふためく海風に提督は弱々しい笑みでそう言うと、そのまま執務室へと戻っていった。

 そして、

 

『阿賀野〜! こんな肉の加工食品みたいな男になっちまってごめんな〜!』

『何言ってるの、提督さん! 阿賀野はどんな提督さんでも愛してるよ!』

『でも〜!』

『もう、提督さんったら〜……はい、ぎゅ〜♡』

『阿賀野〜!』

『よしよし♡ どんな提督さんになっても阿賀野だけは提督さんから離れないからね♡』

 

 なんとも不思議な純愛ドラマが扉の向こうで繰り広げられるのであった。

 

「矢矧さん、海風は提督にどうお詫びを申し上げれば!?」

「あ〜……大丈夫よ、うん。阿賀野姉ぇに慰めてもらえば明日には普通になってるから」

「しかし!」

「大丈夫大丈夫……でもせめて今度は肉料理じゃない例えをお願いね」

 

 矢矧の言葉に海風は了解と頷き、提督にごめんなさいと扉へ向かって謝ってから引き上げた。

 

 次の日、提督は矢矧が言ったように大丈夫だったが、阿賀野に前の晩は()()()()()()()()ようで、普段より痩せて見えたそうなーー。




食欲の秋ってことでこの作品では食いしん坊な山風ちゃんをメインとしたお話にしました!

最後はいつものあれですが、お約束ってことで!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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ガチ勢は仲良し

 

 9月某日、朝。艦娘たちはそれぞれ訓練、任務へと向かい、朝の慌ただしい時間帯も過ぎて時計は一〇〇〇を過ぎた。

 提督も工廠からの艤装開発を終え、中庭を突っ切って本館へと向かっていた。

 

 鎮守府の本館は埠頭側にあり、埠頭を一番右側とすると中庭が中央、工廠が左側である。

 なので提督が歩いているルートは最短ルートではあるが、中庭には大抵誰かしらがいるので提督はその艦娘と軽く会話しようとこのルートを毎回選んでいるのだ。

 これは提督が日頃から大切にしている艦娘とのコミュニケーションであるため、少し帰るのが遅くなっても矢矧は黙認してくれる。しかし仕事が山積みの時や時間オーバーの時は、矢矧からのハリセン制裁が待っている……のに提督はみんなと話すのに夢中となり、高い確率で怒られるという。

 

「提督、足元に注意してくださいね?」

 

 そんな提督の隣には工廠で艦載機の整備をしていた祥鳳が一緒に歩いていた。

 提督が工廠を出る時に祥鳳も丁度寮へ戻るところだった。しかし義足に慣れたといっても提督の一人行動が心配で仕方ないため、祥鳳は提督を本館に送り届けようと付いてきたのだ。

 

「でぇじょぶでぇじょぶ。これくらいいつも通ってる道なんだからよぉ」

「慢心はいけませんよ。それに私と別れたあとで提督が転んで怪我をしてしまったら、私は阿賀野さんや皆さんに顔向け出来ません……」

「大袈裟だっての。やはぎんなんて容赦なく俺の頭しばくぞ?」

「それはその……提督が変なお戯れをなさられるから……」

「俺は遊びに真面目だが、不器用な男でもあるのさ……」

 

 提督が意味不明のことを爽やか笑顔で放つと、祥鳳は「提督ったら……」と苦笑いを浮かべる。

 祥鳳としても提督が自分たちとの触れ合いを大切にしてくれているのを理解しているので、矢矧みたいには強くは言えないのだ。仮にも提督がこれまでのように自分たちに接してくれなくなる……なんて考えただけで、祥鳳の心は寂しい気持ちでいっぱいになってしまう。

 

「あ、提督だ〜!♡」

 

 中庭を歩いていると、提督の目的通り何者かに声をかけられた。

 声をかけたのは瑞鳳で、その周りには綾波や漣といった綾波型姉妹たちもいた。

 

 そんなみんなへ手を振りつつ提督が近寄ると、みんなの足元に落ち葉が集められている。

 

「みんな掃除してくれてたのか。ありがとうな」

「えへへ、どういたしまして♡」

「やはりこの季節はすぐに落ち葉が散乱してしまいますから」

 

 綾波の言葉に提督は「秋だからな〜」と中庭にある桐木を見上げた。

 

「でもこれで漣たちは美味しいことをする予定なんですよ、ご主人様♪」

 

 含み笑いをしながら漣がそう言うと、周りのみんなもニコニコと笑みをこぼす。

 みんなの反応に提督が小首を傾げていると、背後から「お待たせ〜♪」と弾んだ声が聞こえた。

 

 提督が振り返るとそこには青葉と衣笠がいて、青葉は大きめな手提げを持ち、衣笠は一斗缶を持っていた。

 

「青葉の司令官♡ 今日もお会い出来て光栄です♡」

 

 提督を見た瞬間にテレポートでもしたのかと疑うくらいの速さで提督の側までやってきた青葉。その後ろから衣笠は「おいてかないでよ〜!」と小走りしている。

 

「なんだ、十時のおやつにみんなで網焼きパーティでもすんのか?」

 

 衣笠を気にしつつ提督が青葉へそう質問すると、青葉を始めとしたその場にいる全員がコクコクと頷いた。

 

「司令官もご一緒にどうですか?♡ そろそろ鎮守府も秋刀魚祭りが大本営から発表される頃ですし、青葉たちと一足早い秋の味覚を堪能しましょう!♡」

「そうしたいのは山々なんだがなぁ……」

 

 歯切れの悪い提督に青葉が小首を傾げていると、やっと合流した衣笠が「お仕事があるんでしょ?」と、言い難そうな提督へ助け舟を出した。

 衣笠の言葉に提督は申し訳なさそうに頷くと、青葉はズ〜ンっとうなだれてしまう。

 

「青葉、この埋め合わせはすっからよ。機嫌直してくれよ」

「それっていつですか? どうやって埋め合わせしてくれるんですか?」

「う〜ん……あ、今度秋刀魚祭りの件で地元の漁協へ挨拶しに行かなきゃなんねぇんだが、その時に青葉も連れてってやるってのはどうだ? 挨拶が終わりゃ少しくらい街で買い物出来るぞ?」

「二人きりで、ですか?」

 

 その質問に提督が答える前に衣笠が「それは無理でしょ」と苦笑いでツッコミを入れる。すると青葉は「ですよね〜♪」と明るい声色で笑った。しかし衣笠はその時の青葉の目が笑っていなかったのをバッチリと見てしまった……が、見てないことにするしかない。だって理由を考えたら怖いから。

 

「まぁ、二人きりは無理だけどよ……そういうことで手ぇ打ってくんねぇか?」

「…………分かりました。司令官を困らせるのは青葉としても不本意ですし、それで手を打ちます!」

「そうか。サンキュな」

 

 お礼を言って青葉の頭をポンポンっと優しく撫でる提督。それに対して、青葉はそれだけで恍惚な表情を浮かべているため、ご機嫌は直ったのであろう。

 しかし、

 

「んふふ、聞〜いちゃった〜♪ 聞〜いちゃった〜♪」

 

 背後から楽し気な声が聞こえてきた。

 後ろを振り返ると、そこには由良が満面の笑みで立っていたのだ。

 

「お、お〜、由良か。気配消して背後から声かけないでくれよ。結構ビビるんだよ、それ……」

「ふふ、ごめんなさい♡ でも提督さんが私以外の人と仲良くしてるから、驚かせちゃおうかなって思って♡」

 

 由良はそう言って提督の背後から腹の方に手を回し、ヒシッと抱きついた。それを見た瞬間、青葉にピシッとヒビが入った。

 

「由良さん、今司令官は青葉とお話中です。ととっとその手を離しやがってくださいませんか?」

「あら、みんなも一緒だし特段込み入ったお話じゃないわよね? ね?」

 

 両者共、涼しい笑みだが、互いに送る視線や声色は明らかに絶対零度なくらいに冷ややかだ。そんな二人に挟まれる提督は思わず腸がキリキリしだす。

 

「またLOVE勢の冷戦がはじまっちゃったにゃ〜♪」

「そう言ってる割には楽しそうよね、アンタは……」

 

 提督たちの一幕に漣はニヤニヤ顔が隠しきれない。そんな妹に曙はヤレヤレと肩をすくめる。

 傍から見れば一色触発の雰囲気だが、今に始まったことでもなければ日常的な風景なので外野は呑気なもの。

 その証拠に、

 

「落ち葉へ点火!」

「あぁ、ちょっと! まだバケツに水入ってないのに!」

「今私が入れてくるね♪」

 

 朧、敷波、潮はもう火の準備に取り掛かっている。

 ガチ勢の間では提督が悲しむことはご法度なので、どんなにヒートアップしても喧嘩をおっ始める様なことはしない。だから冷戦なのだ。

 

「祥鳳はどうする? 私たちと網焼きパーティすりゅ?」

「でも提督が……」

「提督なら大丈夫だよ♪ だって瑞鳳たちの提督だもん♡」

「瑞鳳、それ理由になってないわよ?」

「むぅ、いいの! それで祥鳳はどうするの!? 祥鳳の好きなホッケも焼く予定なんだよ!?」

 

 瑞鳳の"ホッケ"というキーワードに祥鳳は「食べりゅ!」と即答。そんな祥鳳の姿を目の当たりにした綾波は「姉妹ですね〜♪」と、思わずほっこりしてしまった。

 

「そもそも青葉さんだけ提督さんとお出かけとかズルいと思うのよね? ね?」

「それは司令官のご厚意です。由良さんがとやかく言うことではありません」

 

 提督を挟んで未だに相打つ由良と青葉。衣笠は必死に「まぁまぁ二人共〜」となだめているが、二人の耳に衣笠の声は届いていない。

 方やほのぼの、方や修羅場でかなり混沌としているが、

 

「ーーく〜!」

 

 遠くから聞こえてくる声でみんなはこの冷戦の終焉を予期出来た。

 何故ならば、矢矧が鬼の形相で両手にハリセンを持ってこちらへ猛ダッシュしているから。

 

「もうダメだ……お終いだぁ……」

 

 先程までは腸がキリキリしていた提督だったが、矢矧を見た途端、ドッと冷や汗があふれ出す。

 

「由良さん……」

「えぇ、分かってるわ」

 

 青葉と由良は互いに頷き合い、提督からそっと離れ、提督を庇うように前へ出て肩を並べた。

 

「青葉……由良……」

 

「提督さん、お出かけする時、由良も連れてってね♡」

「…………今は逃げてください。青葉と由良さんで司令官が逃げる時間を稼ぎます」

 

「そんなことしたら……!」

 

「大丈夫です! 大丈夫……司令官、お出かけする時は司令官の時間を少しだけ青葉にくださいね♡」

「…………提督さん、早く!」

 

 由良の声に提督は出来る限り早くその場をあとにした……心の中で青葉と由良へ感謝の言葉を何度も言いつつ。

 

「退きなさい、二人共!」

 

 提督がその場から退いた後、青葉と由良は矢矧と対峙していた。矢矧の眼光は鋭く光り、自分たちの後ろにいる提督をしっかりと捕捉している。

 

「愛する司令官のために!」

「由良たちは退けないの!」

 

 先程までの冷戦の嘘のよう……しかしこれがガチ勢なのだ。愛する者ためとなれば手を取り合い、守る……なんて美しい物語だろう。

 

「ホッケ焼けたよ〜♪」

「はい、祥鳳さん♪」

「ありがとう、漣ちゃん」

 

 そんな横では瑞鳳、漣、祥鳳がホッケを食べてのほほんムードであり、

 

「網焼きじゃがバター完成♪」

「ホクホクしてて美味しそう!」

「火傷しないようにしなさいよ? 誰もアンタの分まで食べたりしないから」

 

 綾波、潮、曙はじゃがバターをハフハフと頬張ってまったり中で、

 

「網で焼くイカってどうしてこんなに美味しんだろう……」

「あはは、確かに♪」

 

 朧、敷波は焼きイカに舌鼓を打ってご満悦。

 

「いくら矢矧さんでも青葉と由良さんを一気に相手するのは厳しいですよ?」

「そうね……でも退かないならーー」

「ぶつかるしかないわよね!」

 

 先手必勝とばかりに由良は飛び出すが、矢矧は由良の目の前にスパンッとある物を見せつける。

 

「これ、な〜んだ?」

 

 不敵な笑みを見せて質問する矢矧。

 矢矧が見せているのは提督の写真……だが、これはただの写真ではない。何故なら提督が湯船に浸かり、極楽気分且つカメラ目線でピースしているから。

 これは矢矧のガチ勢対処法の一つで、ちゃんと阿賀野からも許可を得た写真を使った懐柔策だ。

 

「こ、これをどうやって……!?」

「言い値で買います!」

 

 ガチ勢としては喉から手が出る程のお宝写真。故に二人は顔は真剣だが鼻や口からはLOVEがあふれ出している。

 

「阿賀野姉ぇ秘蔵の提督これくしょん、よ……欲しい?」

 

 そう訊かれた二人は写真から目を離さず、一心不乱にコクコクと頷く。

 

「じゃあ、先に提督を捕まえて私のところへしょっ引いてきた人にあげるわ」

 

 矢矧の言葉が言い終わる前に、二人の姿は既に消えていた。矢矧はふぅと一息吐くと、近くのベンチへ座り込む。

 

「お疲れ様♪ はい、ホッケ焼き♪」

「ありがとう」

「ご主人様が来るまで一杯やってくだせぇ、姐御♪」

「お茶でお願い。あと漣、お願いだから姐御はやめて」

 

 こうして矢矧はお役目を果たし、少々の休憩時間を取るのだった。

 その数分後、青葉にお姫様抱っこされて提督は連行され、矢矧からハリセン制裁を喰らう。その後ろでは由良が悔しそうに両膝を突き、潮たちがじゃがバターで慰めるのだったーー。




今回はドタバタな感じに仕上げました!
キャラ崩壊が著しい娘もいますが、何卒ご了承を。

読んで頂き本当にありがとうございました!

お知らせ
作品に新艦娘以外は全員登場させたつもりが、瑞穂さんを出していませんでした。
申し訳ありません。
瑞穂さんは『命と言葉の重み』に付け加えですが、書き足したのでご了承お願い致します。


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修羅場デート

 

 季節は移り変わり、秋一色となった10月。鎮守府では大本営から発令された『鎮守府秋刀魚祭り』に伴い、本日は鎮守府から提督を始めとした複数の艦娘が地元の港町の漁協組合へ挨拶をしに訪れていた。

 

 この任務は夜間の秋刀魚漁に対する護衛任務と昼間に深海棲艦の漁場侵入を阻止する任務で、漁協とは細かなスケジュールの共有が不可欠なのだ。

 中には軍や艦娘に拒否反応を示す者もいるが、自分たちの仕事と命の両方を軍が守るというのだから大抵の者は至って協力的。

 そんな中で軍との協力を拒否したことにより、深海棲艦に漁船が襲われるといったことも起こっている。その際に左派から寄せられる批判は『軍が民間人を見殺しにした』という、全く持って変な言い分なのだから、軍としても拒否されても漁船の動向を見張るしかない。どんなに罵声や怒号を浴びせられても……。

 

 ー漁協事務所ー

 

「ではでは、今年もよろしくお願いします」

 

 挨拶とスケジュール共有を済ませた提督と組合長。組合長は提督と艦娘にとても協力的で、今年も興野提督の鎮守府はなんら問題なく任務遂行出来そう。

 この組合長は自身が深海棲艦に襲われた時に提督の艦隊に救われた経験があるので、軍や艦娘に対してとても好意的なのだ。

 

「いえ、こちらこそよろしくお願いします。秋刀魚漁に至っては深海棲艦の脅威にされられる海域での漁ですしね」

「いえいえ、普段から漁船の護衛も頻繁にしてもらってますし、こちらとしては感謝しかありません」

 

 組合長の言葉に提督は「それが我々の使命です」と返し一礼すると、組合長はニコニコと笑いながら「うちの地域に鎮守府があって良かった」と満足そうに言った。

 本当ならばこれで挨拶は終わりなのだが、組合長はまだまだ提督と話をしたいようで解放する気はなく、次々と話題が出てくる。提督も地域住民の言葉はちゃんと聞きたいと常日頃から思っているため、嫌な顔を一切見せずにこやかに会話していった。

 

 ーーーーーー

 

 まだまだ提督が解放されない中、事務所の外では提督の護衛任務として付いてきた艦娘たちが待機している。

 嫁である阿賀野やお目付け役の矢矧がいるのは当然だが、当時組合長を助けた神通と電も一緒に訪れていた。

 

 神通と電は組合長にとって命の恩人……なので毎回こうして組合へ来る時には、組合長直々のご指名で二人は必ずこの場へ赴く。

 

「組合長さんからまたお菓子頂いちゃったのです……」

「ありがたく受け取りましょう。せっかくのご厚意なんですから」

 

 組合長からお菓子を受け取った電に神通がそう言うと、電は「はいなのです」と少々硬い笑みを見せる。

 それもそのはずで、電が組合長から貰ったお菓子は色んなお菓子の詰め合わせで、電が両手で抱える程の量だからだ。神通にも同じ量が送られたが電としては持つのが大変な量である。

 

「良ければ青葉が持ちますよ、電ちゃん」

「あら、なら私が持ってあげるわよ」

 

 そして電にそう言ってお世話を焼こうとしているのが、半ば一方的に護衛任務へ就いた青葉と由良のガチ勢。二人は親切心で言っているが、その裏には提督に一番可愛がられている電のお世話をすることで提督に褒めてもらいたいという気持ちも無きにしもあらず。

 それが分かっているので、電は「自分で持って帰ります」とそれとなく二人の厚意を断る。もし自分がどちらかへ任せてしまうと、そのどちらかが提督に褒められ、褒められなかったどちらかと阿賀野が嫌な気持ちになってしまうと考えたから。

 

「二人共、もう少し声を抑えて。まだ提督はお話中なんだから」

 

 矢矧に注意された二人は『は〜い』と返事をして、また姿勢を正した。ここで反抗しては提督に迷惑がかかるからだ。

 

 それからまたみんなして静かに待機したが、提督が解放されたのはお昼近くになってからだった。

 組合長は最後にまた神通と電に感謝の言葉と握手をし、提督たちへ激励の言葉をかけて送り出してくれた。

 

 ーーーーーー

 

 提督の運転するジープに乗って鎮守府へ戻る途中だが、提督は「昼飯とみんなへの土産買うぞ」と近くにある大型量販店へ車を走らせる。

 みんなは久しぶりの外食と買物ということで大賛成で、青葉と由良に至ってはどさくさ紛れて提督へ『愛してる!♡』と叫んだ。

 

 ー大型量販店ー

 

 量販店へ着いた一行はとりあえずその中にあるレストランで昼食を取り、あとは各自自由行動となった。この地域では艦娘と人の交流は至って普通なので提督も安心して自由行動を出せるのだが、

 

「提督さん、早く行きましょ♡」

「時間が勿体無いですよ、司令官♡」

 

 当然の如くガチ勢の二人が両サイドに侍り、阿賀野と矢矧はその後ろを歩く。阿賀野はドス黒い笑みを送り、前三人を見つめる中、その隣の矢矧は阿賀野のストッパーとして侍っているのだ。因みに神通と電は一緒にぬいぐるみコーナーへまっしぐら。

 

「二人共、んな急がなくても時間はまだあるぞ? それと両サイドから妙な柔らかい感触ががががが!」

「だって当ててるんだもん♡ 阿賀野ちゃんには負けるけど、私だってそれなりに大きいのよ?♡」

「司令官は重巡洋艦の良さをまだまだ知りませんからね〜♡ こういう時に青葉がちゃんと教えてあげます♡」

「いや、そういうんじゃなくてだな……」

 

 提督はタジタジになりながら後ろを歩く阿賀野へ『すまねぇ』と謝るように視線を送るが、阿賀野はフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。

 

「阿賀野姉ぇ、気持ちは分かるけど……提督だって好きでああなった訳じゃないなのよ?」

「でも目の前でああされていい気分はしないもん」

 

 珍しく矢矧がフォロー役に回るが、阿賀野はやはりヤキモチを焼いて取り付く島がない。

 そんなことをしているうちに提督は二人と人混みに紛れてしまい、阿賀野と矢矧は見失ってしまった。

 

「ほら、阿賀野姉ぇが変な意地張るから」

「だって〜」

「はぁ……でもあの二人だって本当に阿賀野姉ぇから提督を奪うなんてしないと思うし、ここは提督と二人を信じて私たちは普通に買い物しない?」

「…………分かった〜。慎太郎さん名義で色んなの買っちゃうんだから!」

 

 こうして阿賀野も吹っ切れて矢矧と買い物することにしたが、矢矧は「それはそれでどうなのよ」と苦言をこぼすのだった。

 

 ー提督、青葉サイドー

 

「フッフッフ〜、司令官♡ 青葉と二人きりですよ〜♡ 嬉しいですか〜?♡ 青葉は嬉しいです♡」

「由良を探さなくていいのか?」

 

 由良をも撒いた青葉は提督と二人きりで量販店内のカメラブースへ来ていた。ここでは新型カメラを実際に操作出来、その時に撮った写真をその場で現像してくれるのだ。

 

「司令官、早速これで一枚撮りましょう!♡」

「デジタル一眼レフか……こんなちっけぇのにこんな金かかるとか泣けるぜ」

「ですから使って試してみることが出来るんですよ〜♪ ほらほら、こうやってくっついて♡」

 

 提督の肩を自分の方へ抱き寄せ、もう片方の手でカメラを向ける青葉。提督は青葉が楽しそうなので自分も自然と笑みを向けたが、

 

「隙きありです♡」

 

 その言葉と同時に提督は自身の右頬へ柔らかい感触を感じた。それと同時にシャッターが切られる。

 

「お、おい……青葉……」

「えへへ♡ 本当なら唇と唇でしたかったんですけど、そうなると青葉が強制終了しちゃう(理性的にも艦娘としても)のでほっぺを頂きました♡」

 

 満面の笑みでピースして提督へカメラの確認画面を見せる青葉。そこには提督の頬へ可愛らしい笑みでキスをする青葉と間の抜けた提督の顔が写っていた。

 ガチ勢とは言え、提督が本当に嫌がることはしない……がこういうことをしてしまうのがガチ勢。よって青葉にとってはこの写真が今出来る最高の行動なのだ。

 青葉は提督に「現像してきますね♡」と言ってその場から離れたが、その瞬間に提督は姿を消した。

 

 ー提督、由良サイドー

 

「次は由良の番♡ ね、ね?♡」

 

 提督をさらったのは由良で、由良は提督を連れて雑貨ブースに来た。

 満面の笑みの由良に首根っこを掴まれて引きずられる提督は、傍から見れば鬼嫁にしょっ引かれている夫だ。

 

「提督さんに、由良に似合うリボンを選んでほしいの♡」

「げほっ……なら普通に連れてきてくれよ」

 

 首が折れるかと思ったお……と思いながら提督は由良に注意するが、由良は「提督さんに怒られちゃった♡」とどこか嬉しそう。

 

「つうかリボンだけでも結構あんだな……」

「そうよ? 生地やデザインも種類豊富なんだから♡ だから提督さん好みのリボンを選んでほしいの♡」

「俺好みねぇ……」

「それで、そのリボンを体に巻いて提督のお布団に入っててあげる♡」

「おい」

「ふふふ、冗談よ♡ 半分だけ

「ん? 後半が聞き取れなかったが……」

 

 提督の言葉に由良は「何でもない♡」と返し、提督にリボンを選ぶよう催促した。提督はそこは深く考えず、素直に由良に似合うリボンを一つ一つ由良の髪に合わせて選ぶことにした。

 

「やっぱ由良の髪にはえんじ色のがいいんじゃねぇか? これなんてどうよ?」

 

 シルクのえんじ色一色でシンプルなリボンを由良に勧めた提督。すると由良は嬉しそうにクスクスと口を手で押さえて笑った。

 

「どうした? なんかマズったか俺?」

「ううん、ごめんなさい……ただ、私もそれがいいなって思ってて、提督さんがそれを勧めてくれたから嬉しくなっちゃったの♡」

 

 由良の言葉と表情に提督は思わずドキッとした。すると由良が「あ」と声を出したかと思うと、

 

「阿賀野ちゃ〜ん、こっちこっち〜♪」

 

 手を振って阿賀野と矢矧をこちらへ呼んだ。

 

 阿賀野と矢矧が側へ来ると、由良は「提督さん返すね♪」と提督の背中を押して阿賀野の前へ押しやる。

 すると由良は矢矧に「矢矧ちゃんもリボン買おうよ♪」と強引に矢矧を夫婦から離れさせるのだった。

 

 二人きりになったのはいいが微妙な空気が漂い、二人は互いに言葉が出ない。

 

「……その、悪かった」

 

 先に提督が頭を下げて謝ると、阿賀野は何も言わずそのまま提督を見つめる。

 提督は阿賀野がかなり怒ってると思って顔色を伺おうと顔をチラリと上げると、そこにはいつもの阿賀野の優しい笑みが待っていた。

 

「阿賀野……」

「ふふふ、私もごめんね。二人に盗られちゃったから、少しだけ意地悪したの♡」

「阿賀野〜……」

「今からは阿賀野と一緒に回ろうね♡」

 

 阿賀野の言葉に提督は勿論だと頷くと、阿賀野は提督の左腕にギュッと抱きついた。お互いいつも通りになったからか、自然と笑みがこぼれる。

 

「慎太郎さんって背が低いから、なかなか見つけられなかったな〜」

「悪かったな、背が低くてよ」

 

 阿賀野の口撃に提督は素直に謝るが、

 

「ふふっ、でもそのお陰で慎太郎さんと同じ目線の世界を歩けるから、阿賀野は幸せよ♡」

 

 愛らしい笑顔と下げて上げるという巧みな術中にまんまと引っかかってしまった提督は、それにより鼓動が大きな音を立てて鳴り響いた。

 

「…………なら言うんじゃねぇよ、一応気にしてんだからよ」

「照れてる慎太郎さん、可愛い♡」

「うるせぇうるせぇ」

 

 阿賀野の口撃に耐えられず提督は早足になるが、阿賀野が左腕にピッタリとくっついているので歩く早さは変わらなかった。

 

「慎太郎さん、だ〜いすき♡」

「俺もだよ……」

「え〜、聞こえな〜い♡」

「…………」

「ねぇ、慎太郎さん?♡ なんて言ったの?♡ ねぇねぇねぇ〜?♡」

 

「お、俺も……」

「うんうん♡」

阿賀野を愛してるよ!

 

 無理矢理言わせた愛の言葉はそのホールに響き渡り、周りから生温かい視線が注がれた。

 提督は足早にそこから離れたかったが、阿賀野がそれを許してはくれなかった。

 

 それから集合場所へ一番最後にやってきた夫婦。提督は顔がとても真っ赤で、心配した神通や電はぬいぐるみを持ったまま駆け寄るが、

 

「なんでもねぇ……」

「なんでもないよ〜♡」

 

 と夫婦は同じ言葉でも違った反応を見せるのだった。

 そんな夫婦を見て矢矧は頭を抱え、青葉はその夫婦の様子をカメラに収め、由良はニヤニヤしていたーー。




秋刀魚祭り発令直後の一幕ということで書きました!
甘さはちょっぴり多め!
ニヤニヤしてしまった方は『末永く爆発しろ!』とご感想に書いてください♪←書かなくてもOK

ではでは、今回も読んで頂き本当にありがとうございました!


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提督の手料理

 

「漁船は水揚げ作業に入ったよ。これから帰還するね」

 

 朝7時、提督の通信機に夜間護衛任務に就いていた川内から連絡が来ると、提督は「気をつけて帰ってこい」と返して通信を切った。

 

 大本営より発令の『鎮守府秋刀魚祭り』により、提督は勿論だが艦隊は秋刀魚漁船の護衛任務を数多く請け負っている。その任務報酬は新鮮な秋刀魚で、貰えた分だけその鎮守府で消費していいという正に『秋刀魚祭り』だ。

 しかし昼間は昼間でその漁場へ深海棲艦が侵入しないよう防衛戦を展開するので、艦隊や提督の忙しさはかなりのもの。

 ただ阿賀野や矢矧、能代、酒匂のお陰で今年は寝る余裕もあるため、皆の体調は良好そのものである。

 

 なので提督は今、夜間任務に出ていた艦隊の労をねぎらうために鎮守府本館の簡易厨房で料理をしていた。

 

「司令! 言われた通り秋刀魚の処理が終わりました!」

「野菜もしっかりと言われた通りに洗って皮剥きを済ませたぞ」

 

 そんな提督の手伝いをしているのはあの比叡と磯風だ。二人共に着任当初は食べられる食材で殺人的な料理を作る料理下手だったが、提督や間宮たちの徹底した教育によって普通に作ること出来るようになってきた。未だに独断でアレンジをすると壊滅的な料理を作るため、アレンジをする場合は必ず誰かの意見を聞くことを義務付けている。

 

「ん、サンキュ。なら秋刀魚は5センチくらいのぶつ切りにして、野菜も大きめに切ってくれ。切り方はやりやすいのでいい」

 

 提督の指示に二人は元気よく返事をして、それぞれ行動を開始。

 その間に提督は大きな圧力鍋の準備に入る。

 

 すると厨房にたま新たに二名の艦娘がやってきた。

 

「提督、ご飯炊けましたよ♪」

「言われた通り、おひつに移して持ってきたかも……じゃなかった、持ってきたよ!」

 

 その二名は瑞穂と秋津洲で、二人は提督に頼まれて米を炊いて持ってきたのだ。おひつに入れ替えたのは、艦隊が戻ってくるまでに丁度良い熱さになるから。

 

 二人の言葉に提督はお礼を言うと、二人は笑みを返して邪魔にならないところへおひつを置き、そのまま比叡や磯風の手伝いに回る。

 

「そういえば、まだ聞いてなかったけど、今日は何を作ってるの?」

 

 にんじんを手に取った秋津洲が訊ねると、提督はフフンと鼻を鳴らして「比叡考案の秋刀魚カレーだ」と答えた。

 提督の言葉に比叡は嬉しそうにしながら物凄い早さで秋刀魚をぶつ切りにしていく。

 

「カレーに秋刀魚って合うの?」

「生臭さは少し残っちまうかもしれねぇが、それが食欲をそそる一品に仕上げるのさ」

 

 秋津洲の更なる質問に提督が答えると、瑞穂も秋津洲も『へぇ〜』と意外そうな声を出す。

 

「比叡が秋の秋刀魚は脂がのってて美味しいからカレーに入れみたら美味しいですかねって言ったからな。発想が良かったから俺なりにやってみたくなってよ」

 

 提督が楽しそうに言うと、発想を褒められた比叡は「えへへ……」と照れ笑いを浮かべた。

 

 そうしている内に今回用意した秋刀魚を全部ぶつ切りにし終わると、提督はその秋刀魚を圧力鍋に入れ、塩、オリーブオイル、ベイリーフ、しょうが、水を入れて火にかける。そうしててもちゃんと比叡や磯風に丁寧に説明しながらなので、二人もメモをとりながら聞き、瑞穂や秋津洲も興味深そうに聞いている。

 

「鍋に圧力がかかったら弱火にして40分くらい加熱。火を消したらそのまま圧力が下がるまで待つ……こうすることで骨まで柔らかくなるし、生臭さも軽減される」

「なるほど……だから骨を抜かなかったんですね!」

「圧力鍋が無かったら秋刀魚の水煮缶使うなり、普通の鍋でじっくり煮込むなりすると出来るぞ」

「缶詰を使えば時間短縮になるということだな……」

 

 比叡も磯風も提督の一言一句をしっかりとメモ。その隣で聞く瑞穂と秋津洲も『なるほど……』と頷きながら調理法を見ていた。

 

「んじゃ、この間に野菜をオリーブオイルをひいたフライパンで玉ねぎがしんなりするまで炒める。二人共やってみ」

 

 提督に言われ、比叡と磯風はそれぞれ野菜を炒め始める。二人共野菜を焦がさないよう、丁寧に炒め、要所要所でちゃんと火加減を見てフライパンを振った。

 それを見て提督はうんうんと笑顔で頷いていると、瑞穂と秋津洲はその師弟の関係が微笑ましくて笑みがこぼれる。

 

「玉ねぎがしんなりしてきたらじゃがいもとにんじんも加えてくれ。じゃがいもとにんじんはサッとでいい。最終的には鍋で火が通るまで煮込むからな」

 

 提督の言葉に二人が『はい!』と返して、また丁寧に野菜を炒めていく。

 一通り炒めたら提督に確認してもらい、提督の許可をもらったら野菜をお皿に移す。

 

 少しして圧力が下がったのを確認した提督は二人に指示を出し、二人は鍋に野菜を入れる。

 そのまま煮込み、野菜に火が通ったら火を止めて、市販のカレールーを入れて味を調節すれば完成だ。

 

 比叡と磯風が提督や瑞穂たちに味見を頼むと、三人共にオーケーサインを出してくれたので二人は顔をほころばせる。

 

 すると丁度厨房へ矢矧が艦隊の帰投を知らせに来ると、提督は比叡と磯風の背中を軽く叩く。それに二人は頷き、執務室へみんなして料理を運ぶのだった。

 

 ーーーーーー

 

「おはようございます、提督」

「司令、おはようございま〜す♪」

『おはようございます』

 

 矢矧、酒匂の挨拶を始めに、帰投した艦隊が揃って提督へ敬礼し挨拶をする。提督はそれに返礼しつつ挨拶を返す中、比叡たちはみんなに声をかけるながら朝食の準備を進めていく。

 

 昨晩は阿賀野と能代が提督の代わりに作戦指示を行ったので、二人は矢矧たちと入れ替わるように仮眠室で休んでいる。

 

「報告はあとでいい。みんなお疲れさん」

 

 提督の労いの言葉に艦隊の面々は笑みを返すが、今回旗艦を務めた川内はどこか不満気でソファーでふて寝していた。

 

「どうした川内? 不完全燃焼か?」

「そんなとこ〜……だって一回も交戦しなかったんだも〜ん」

 

 ふてくされ、ソファーに置いてある魚雷型クッションに顔を埋める川内。それは昼間に出撃した艦隊の頑張りあっての結果だが、川内からすれば待ち望んだ結果ではないため拗ねているのだ。

 

「敵が出てこねぇことに越したことぁねぇだろ」

「でもイ級すら出てこないとか聞いてない〜」

 

 川内も漁船や味方のみんなが無事なのは嬉しい……しかしやっと回ってきた夜間任務が不発というのが拗ねている原因だ。提督は川内の側まで行き、突っ伏す川内の頭をポンポンっと軽く撫でる。

 

「そう拗ねんなよ。今夜も編成に加えてやっから」

「本当!?」

「本来なら夜間任務やったら静養してもらいたいが、お前のその様子じゃ問題ねぇだろ」

「やったやった! 提督大好き〜!」

 

 提督に抱きつき喜びを爆発させる川内。そんな川内を抱きとめる提督は駄々っ子をあやす父親のようで、そんな二人を艦隊や矢矧たちは微笑ましく眺めた。

 そんなことをしている間に比叡たちが朝食の準備を終え、みんなへソファーへ座るよう促す。テーブルに並べられたカレーライスにみんなは表情を輝かせ、すぐにソファーへ座る。

 

「比叡考案、司令監修の秋刀魚カレーだ。みんな手を合わせてくれ」

 

 磯風の声にみんな揃って手を合わせる。それから提督が「食べてくれ」と言うとみんなは『いただきます』と声を揃えた。

 

「秋刀魚のカレーなんて初めて食べたけど〜、とっても美味しい♪」

 

 那珂の言葉に他の面々も頷きながら秋刀魚カレーを口に運んでいる。

 

「骨も柔らかくて食べやすいね♪」

「比叡さんの発想と司令官さんの料理の腕の賜物ですね♪」

 

 時雨と羽黒も料理を絶賛し、作った側の面々は笑みをこぼす。

 

「アトミラール、おかわり頂戴!」

「私もおかわりをもらいたい」

 

 中でもビスマルクとグラーフは大変気に入ったようで、早くも二度目となるおかわりを要求。すかさず瑞穂がよそると、二人してまた美味しそうに秋刀魚カレーを食べる。

 

「ビスまる子ちゃんやグーちゃんにも好評で良かったな、比叡」

「いえ、私が考えた物を司令が最高のお料理にしてくれたんです! 全ては司令のお陰です!」

 

 まるで飼い主に褒められて喜ぶ愛犬のように目を輝かせる比叡。その横でビスマルクはまた新しいあだ名が増えたわ……と思いながらも食べる手を休めなかった。グラーフに至っては提督から『グーちゃん』と呼ばれて、どこか嬉しそう。

 

「提督〜、那珂ちゃんもおかわりほしい〜♡」

「僕もほしいな♡」

「私もほしい、です♡」

「おう! みんなのためにたくさん作ったからな! 気が済むまで食え!」

 

 みんながカレー皿を提督に渡すと、提督は豪快に返してその皿へご飯を盛り、磯風や秋津洲がカレーをかける。

 那珂や時雨、羽黒は大食いではないもののおかわりするということは余程美味しいのだろう……加えて大好きな提督の手作りなら尚更だ。

 

「はぐっはぐっ!」

「川内、そんなに急いで食べなくても……」

 

 一方、川内は早く朝食を済ませ、お風呂に入って布団に入りたいため、大盛りのカレーを一心不乱に口に運んでいる。矢矧は川内がいつご飯を喉に詰まらせてもいいように水を用意しているが、川内も川内で詰まらせないように早くてもしっかりと素早く噛んでいるので詰まらない。そんな川内を酒匂は感心するように見入るのだった。

 

 ーーーーーー

 

 朝食を終えると、川内は報告を那珂に任せて自分はさっさと寝る準備に戻った。しかし那珂は勿論、他の面々も川内のそういうところには慣れているので何ら問題無い。

 

「ーー受け取った秋刀魚はちゃんと間宮さんたちに渡してきたよ♪ 報告は以上で〜す♪」

「ん……改めてご苦労さんだったな。ならみんな部屋に戻って休んでくれ。生活リズムには気をつけてくれな」

 

 提督の言葉にみんなは返事をし、提督たちに改めて『ごちそうさまでした』と告げると、笑顔で執務室をあとにしていく。

 すると比叡や磯風たちは食器等を片付け終え、提督の前に横一列に並んだ。

 

「司令! 皆さんたくさん食べてくれて良かったですね!」

「雲龍や山風たちではないのに、あの量が綺麗に無くなって驚いているが……作った甲斐があるな」

 

 嬉しそうに言う比叡と磯風に瑞穂や秋津洲も同意するように頷き、笑顔を浮かべる。

 

「そんじゃ、最後にみんなで洗い物すっか。やはぎん、さかわん、とりあえず昨日通達した通りに準備を進めておいてくれ」

「了解。昼間出撃予定の艦娘たちに伝えるわ」

「あたしは会議室でみんなを待ってるね♪」

 

 こうして鎮守府は今日も元気に任務遂行するのであったーー。




夜間任務後の風景を書きました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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強過ぎる乙女たち

 

 10月某日、深夜。

 今日も今日とて任務に励む艦娘たちは、今宵も秋刀魚漁の護衛任務である。

 

『提督、敵艦隊を発見しました。敵はまだこちらに気付いていません。如何が致しますか?』

 

 通信機より今回旗艦を務める神通の問いに、提督はモニターで状況を確認。

 旗艦は羅針盤妖精を必ず身に着けるが、羅針盤妖精の他に執務室のモニターに映像を送る小型カメラも艤装に取り付ける。

 

「敵は見る限り水雷戦隊だ。重巡の姿も見当たらない。こちらは初春と初霜の二名を漁船護衛に残し、神通と川内、長良と名取の二手に分かれ、射程に入ったら挟撃だ。もうすぐ夜も明ける頃合いだから、弾を惜しむな。それと潜水艦にも注意しろ」

 

 そのお陰で提督は戦場に赴かなくても、的確な指示を出すことが出来るのだ。

 

 神通は『了解、直ちに行動開始します』と返すと艦隊へ合図を出す。提督との通信は各々で装着しているイヤホンを通じて聞こえているので、艦隊はスムーズに陣形を変える。

 

 ーーーーーー

 

 漁船はすぐさま灯りを消し、初春たちの指示に従う。

 一方で迎撃組は静かに敵との距離を縮めていた。

 

「まだ距離がありますけど、姉さんならいけますか?」

「ちょっとまだ厳しいね。一発で確実に仕留められる自信はないな〜」

 

 いつもならば砲撃している距離だが、此度の任務は護衛。砲撃すれば敵はこちらに気付き反撃するのは当然。すると流れ弾が漁船の方へ行く可能性もある……だからこそ川内は確実に仕留められる距離まで待ってほしいと神通へアイコンタクトする。

 

『ねぇねぇ、神通ちょっといい〜?』

 

 すると長良の声がイヤホンから聞こえた。

 

「どうしました?」

『敵は軽巡と駆逐艦で計十隻はいるよね?』

「いますね……長良さんに限って不安でも?」

『んなわけ無いじゃん♪ たださ〜』

「ただ?」

『どっちが多く倒せるか、勝負しない?』

 

 長良の提案に神通は眉をピクッと動かす。戦闘中に不謹慎ではあるが、これは長良と神通のよくあるやり取り。

 二人共に鬼教官として鎮守府で名を馳す猛者。勿論、二人でタイマンの砲雷撃演習はするが、本気でのぶつかり合いは禁止されている。

 なのでこういうスコアを争うことで本気のぶつかり合いをするのだ。提督もこういう切磋琢磨なら何ら問題無いと言っているので、神通も長良との勝負を断る理由が無い。

 

「長良さんは護衛任務という言葉をご存知ですか?」

『知ってるよ〜。敵を漁船に近づけさせなきゃいいんでしょ?』

 

 長良の答えに神通はクスリと小さく笑い、「仕方ないですね」と返した。それは即ち勝負を受けると言う意味だ。

 当然、この会話も執務室にだだ漏れだが提督からは何の言葉もないので黙認してくれるのだろう。

 

「あとで後悔しても知りませんからね!」

『そっくりそのままお返しするよ!』

 

 すると二人は同時に速度を上げ、一気に接敵していく。しかも丁度よく月が雲に隠れたのを確認してから。

 川内と名取も二人のタイミングに少々戸惑ったが、そこは姉妹。難なくそれぞれに合わせていく。

 

 ーーーーーー

 

「これで三つ!」

 

 既に三隻目を沈める神通。川内も砲撃はするがそれは神通へのアシストで、敵としては掠めるか回避するかの絶妙な狙撃。

 掠めても神通の主砲が頭を貫き、回避しても回避した先に神通が放った魚雷が炸裂するのだから、敵はなす術なく海へと沈んでいく。

 

「神通!」

「はい!」

 

 正にツーと言えばカー。絶妙なコンビネーションで神通はスコアを4に伸ばしていった。

 

 ーーーーーー

 

「遅い遅い! 全然遅い!」

 

 一方の長良は主砲の連撃で三隻目の敵を屠った。

 名取が探照灯で敵を照らし、敢えて砲撃を自身へ集め、長良はその間に闇夜に紛れて接敵。ゼロ距離からの砲撃に敵は何も出来ず、ただ海へその身を預けていく。

 集中砲火を受ける名取だが、まるで海上でダンスを披露しているかの如く回避し、掠りもしない。

 

「姉さん!」

「任せといて!」

 

 こちらも実に息の合った連携。敵は名取の探照灯照射で視界をやられ、視界が回復した頃には長良がいる……。

 月が雲から再び顔を出して戦場を照らした時、海に浮かぶのは艦娘のみだったーー

 

「こちらは5です」

「私も5〜」

 

 二人共同じスコアで引き分け。

 

 神通も長良も互いの健闘を称え合う。

 

「ですが……」

「最後は……」

 

「私が勝ちます!」

「私が勝つ!」

 

 その瞬間、二人して海面へ爆雷を投下。すると敵潜水艦が次々とそのまま海へ沈んでいく。

 川内と名取は敵の殲滅を確認すると、厳戒態勢を維持しつつ初春たちへ合図を送った。

 

 ーーーーーー

 

「灯りをつけても大丈夫ですよ」

「漁の再開じゃ」

 

 川内と名取の合図を確認したことで戦闘の終わりだと確信した初春たち。

 二人の言葉に漁師たちは「え、もういいのかい?」、「早いもんだなぁ」などと声をもらしつつ、再び灯りをつけて秋刀魚漁を再開するのだった。

 

「やはり神通と長良が揃っておれば、妾たちは楽じゃのぉ」

 

 再開した漁の風景を見守りながら、初春は扇子を開いて愉快そうに自身を扇ぐ。

 

「戦闘開始から5分以内で終わりましたからね〜」

「あの二人が海にいたことがあ奴らの運の尽きじゃて」

 

 初春の言葉に初霜は「ですね〜」と苦笑いを浮かべて返し、そうしている間に漁も無事に終えるのだった。

 

 ーーーーーー

 

 無事に任務を終えて鎮守府へ戻ってきた艦隊。東の空は白んでおり、もう朝が訪れようとしていた。

 

「まさかまた引き分けだなんて〜……」

「これで五戦連続ですね。今回こそはと思っていたのですが……」

 

 桟橋に上がり、結果を悔やむ二人。勝ったら負けた方が甘味を奢るというスコア勝負なので、引き分けになるとご褒美がないのだ。因みに最後に勝ったのは長良で、神通はリベンジしたくてたまらないんだとか。

 

「二人がほぼほぼやっちゃったから、また不完全燃焼気味だよ〜、私は」

 

 そんな神通たちの背中を見ながら川内は愚痴をこぼすが、表情は明るいのでそれなりに発散は出来た様子。

 

「まあまあ、漁船の皆さんや私たちも怪我が無くて良かったって思えば……」

「妾は心地よい疲労感で眠れそうじゃ♪」

 

 名取が川内をフォローするも初春が満足そうにそんなことを言うので、川内は「私は心地よくない〜」と返す。

 

「それでまた提督におねだりするんですか?」

「ん〜……戦果はなくても交戦は出来たし、おねだりはしないかな〜、多分」

 

 初霜の質問に川内はすっとぼけたような答えをすると、

 

「姉さん、提督にご迷惑をかけないでください」

 

 神通が川内のすぐ真横にやってきて釘を刺した。

 こういう時の神通はおっかないので川内はこれ以上ご機嫌を損なわないよう、笑って誤魔化しながら補給室へ走っていく。

 それを神通は追い掛けたが、その表情はとても柔らかく、正に姉妹の戯れだった。

 

 ー執務室ー

 

「みんなお疲れさん。ささやかだが、みんなに朝飯を用意したから食ってくれ」

 

 執務室では変わらず提督が自慢の手料理をテーブルへ並べて待っていた。

 今回はシンプルに秋刀魚の煮付けと青菜のお浸し、そして豆腐とワカメの味噌汁だ。そして提督の手伝いをしたのは雷と夕雲で、二人は提督の役に立てた満足感で既にニッコニコ。その隣にいる矢矧もみんなのためにお冷を準備し、阿賀野はお茶碗にご飯をよそっている。

 

 みんなは嬉しそうにソファーへ腰を掛ける。

 

「こっちの器に入ってるのが敢えて内臓を取らなかった方で、こっちが内臓を取った方な。好きな方を食ってくれ」

「おかわりもたくさんあるから、いっぱい食べてね♪」

 

 夫婦の言葉にみんなは返事をしつつ、揃って『いただきます』をして、提督のおもてなしを身と心で堪能するのだった。

 

「骨まで柔らかくて美味しい……」

「今回は圧力鍋じゃなくて普通に煮込んで作ったんだ」

「流石提督ですね! とっても美味しいです!」

 

 初霜が満面の笑みで言うと、提督は「たくさん食えよ?」と返して初霜の頭をポンポンと撫でる。その隣に座る初春はその美味しさに恍惚な表情を浮かべていて、うっとり状態だ。

 

「苦味が食欲をそそるね〜♪」

「私は苦手だから、こっちのがいいな〜」

 

 内臓入りの煮付けでご飯を掻き込む長良に対し、川内は内臓無しのでご飯を掻き込む。そんな姉をそれぞれの妹たちはクスクスと笑いながら、自分たちも秋刀魚を口へ運んでいた。

 

「そういや、長良、神通。また引き分けだったな」

 

 提督が思い出したかのように例の勝負の話題を持ち出すと、二人は揃って苦笑いを見せる。

 

「長良さんは手強いですから」

「神通は強いからね〜」

 

 しかし仲良く互いを褒め合う二人。一方で矢矧と初霜は『強いで済む戦闘じゃなかった……』と思い返していた。その二人を凌駕するのが阿賀野というのだから、これもこれで驚きである。

 加えて五十鈴や由良、天龍、龍田、球磨、多摩といった面々もかなりの猛者であるため、提督が率いる艦隊の軽巡洋艦は全国にある鎮守府の中でもトップクラスだろう。

 

「まぁ引き分けはお互い悔しいだろうが、二人共凄ぇことには変わりなねぇ。本当、俺は部下に恵まれたぜ」

 

 提督はそう二人を褒めて、二人の頭を優しく丁寧に撫でる。すると二人は微かに頬を桜色に染め、揃って『えへへ……』と嬉しそうにはにかんだ。

 共に敬愛する提督から褒めてもらえるのはこの上ない喜びであり、これ以上ないご褒美。なので二人は先程までの悔しさは何処かへいってしまった。

 

 そんな光景を見て、初霜はつい「いいなぁ」と声をもらしてしまう。

 慌てて口を手で押さえたが後の祭りで、

 

「初霜エルも俺にとってちょ〜頼れる部下だぞ〜!」

 

 提督に激しく可愛がられてしまった。

 初霜はとても恥ずかしそうにしていたが、提督に褒められ、ナデナデされるのは大好きなので拒むことはなく、寧ろもっともっと……と自然に提督へ頭を擦り寄せているのだった。

 すると初春や雷、夕雲も自分たちにもとせがみ、提督は娘溺愛の父親のように締まりない笑顔でそれに応えていく。

 

「はぁ……本当、ロリコンなんだから。それもあんなにデレデレして……」

「矢矧も提督さんから甘やかされたいの?」

 

 苦言をもらす矢矧に阿賀野がそんなことを訊くと、矢矧は思わず「はぁっ!?」と声を荒らげる。こうした妹の機微な心境を察するところが姉の阿賀野だ。

 

「お〜、やはぎんもか! お〜よしよし♪ いつもいつもありがとな〜!」

「やっ……ちょっと! みんなの前でなんて……あんっ」

 

 抱きしめられ、ふんわりと体をホールドされたまま撫でられる矢矧は顔を真っ赤にして拒んでいるものの、いつもの威勢が全くない。やはり矢矧も褒めてもらうのは嫌ではないようだ。

 

「提督さ〜ん♡ 最後は阿賀野を褒めて〜♡」

「阿賀野は最高の嫁さんだぞ〜!」

「きゃ〜♪♡」

 

 そして最後はいつもの夫婦のイチャコライベントが発生。いつもは矢矧のハリセンイベントも発生するが、今回ばかりは矢矧も自分を褒めてくれたので見逃すのだった。

 

 ーーーーーー

 

 朝食を終えた艦隊は提督の前で横一列に整列。その列より一歩前に出た旗艦神通は直立不動で、ハキハキと此度の任務報告をする。

 最後まで口を挟まず報告を聞いていた提督は、神通が「ーー以上です」と報告を終えたあとで、神通と長良の二名に手招きして側へ来るよう指示した。

 神通と長良はキョトンとしながらも、ちゃんと提督の側へ歩み寄る。

 すると提督は、

 

「二人の働きで艦隊、そして漁船は何事もなく帰還出来た。本当によくやってくれた」

 

 椅子の上で姿勢を正し、二人の働きを大いに褒めた。

 勿論、川内と名取の協力や護衛に徹した初春と初霜も褒めたが、輝かしい戦果をあげた二人をうんと褒めたのだ。

 

「これからも精進して参ります。私のこの力は提督と艦隊のために」

「私ももっともっと頑張るよ! 私が頑張れば、司令官やみんなを守れるからね!」

 

 二人は提督の言葉に柔らかい笑みを見せて返した。

 そんな二人に提督は「期待してるが、ちゃんと俺や仲間を頼れよ?」と気遣う言葉をかける。神通も長良も抱え込むきらいがあるので、提督としては自分や仲間がいつでも二人の側にいると伝えたかったのだ。

 すると神通と長良は『提督には敵わないなぁ』と感じると共に、提督の優しさで胸がいっぱいになるのだった。

 

 それから艦隊が執務室をあとにしようとする際、提督は艦隊に内緒で神通と長良へ手作りの「芋羊羹」を手渡した。

 提督は「みんなに言うなよ?」といたずらっぽい笑みを見せると、二人は『言いません♪』と返して、羊羹の包を大切そうに抱えて戻るのだった。

 

 その後、提督は雷たちと一緒に食器を洗ったあとで、仮眠を取るために仮眠室へと向かい、後に備えるのであった。

 そして提督と一緒に夜通しで補佐を務めた矢矧も最後はあくびをしつつ、自身の寮室へと戻っていく。

 

 阿賀野はそんな二人の背中を見送り、秘書艦としての勤めを張り切るのであったーー。




前回の次の日ってことで書きました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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秋の鎮守府と修羅場

 

 10月某日、お昼過ぎ。

 夜も肌寒くなってきたこの頃、秋一色となった泊地。各鎮守府は秋刀魚漁の支援、護衛に明け暮れているが、それ以外は至って平常運転。

 当鎮守府もそれは同じで、中庭ではお昼休憩中の提督が喫煙所で食後の一服中。いつもなら阿賀野なり矢矧なりが一緒にいるが、二人は今仮眠中でたまたま一人なのだ。

 

「………………」

 

 秋の空に浮かぶはうろこ雲か、はたまたいわし雲か……提督はタバコの煙で出来た巻雲を散らせつつ、再び肺へ煙を入れるのだった。

 

 そんな提督の背後に忍び寄る小さな四つの影。頑張って気配を消しているものの、小石を踏む音でバレバレである。

 提督はその人物が誰であるのかある程度予想し、吸い終わったタバコを側に設置してある吸殻入れに入れつつ、様子を伺うことに。

 

 四つの影は三方向へと分かれ、徐々に提督との距離を詰めていく。しかしそれでも提督は敢えて動こうとはしなかった。

 

 すると卯月が提督の真ん前に素早く現れる。

 そして、

 

「砲雷撃戦、開始するぴょん♪」

 

 と叫ぶと、

 

「それ! ど〜ん♪」

「そして、ワンツー♪」

「本気で行くよ〜♪」

 

 後ろから大潮、右から舞風、左からリベッチオ、そして最後は正面から卯月と、それぞれ提督にダイブ。

 そんな卯月たちの攻撃に提督は「ぐあぁぁ〜」と、棒読みだがやられるフリをする。

 

「しれいか〜ん、降参するぴょん?」

「お〜、降参するよ〜」

「なら罰として暫くこのままだぴょん♪」

 

 降参したらしたで更にギュ〜ッと抱きついてくる天使たち。駆逐艦大好き(KENZEN)な提督にとっても提督に甘えたい盛りのみんなにとっても、これは最良だろう。

 

「リベは寒くねぇのか?」

 

 そんな中、提督はリベの服装を見て気遣った。何しろリベの二の腕はとてもひんやりとしていたから。

 リベの制服はノースリーブのワンピースなので、他のみんなに比べてかなり涼し気なのだ。

 

「ん〜……肌寒いな〜って思うけど、みんなと遊んでると暑くなるから平気!」

「それはそうかもしれねぇが、一枚くらい羽織る物持ってたっていいんじゃねぇか?」

 

 提督の意見にリベは「だって〜」と眉尻を下げる。

 

「去年、俺と阿賀野が買ってやった緑のカーディガンあるだろ?」

「そ〜だけど〜……」

「穴でも空いちまったのか?」

「むぅ! そうじゃないもん!」

 

 頬を膨らませてしまったリベに提督は謝るが、本題のカーディガンを着ないという理由に行き着かない。

 すると二人のやり取りを黙って見ていた舞風がニヤァと含み笑いをした。

 

「リベちゃんは〜、それを着るのが勿体無くて今年はまだ着れないんだよね〜?♪」

 

 舞風の言葉に提督は「勿体無い?」と小首を傾げるが、リベの方は頬を少し赤く染めて俯き、モジモジしている。

 

「大好きなお二人からの贈り物だから、特別な日に出しいんですね!」

「ぷっぷくぷ〜♪ 女の子ならではの拘りだぴょん♪」

「気持ちは嬉しいがよ〜……そんで風邪引いちまうと俺も阿賀野も悲しいぞ?」

 

 リベの気持ちを尊重しつつ、自分の気持ちを伝える提督。リベの頭を撫でる手も、いつもと違って髪を梳くような手つきだ。

 提督の気遣いにリベは顔を上げると、

 

「じゃあ、今出してくる!」

 

 と提督の目をまっすぐに見つめて告げ、立ち上がる。

 いつものリベならここで走っていくところだが、リベは「その前に」と提督の軍服の袖を引っ張った。

 

「どうした?」

「えっと、その……あのね……」

 

 またもモジモジと体をよじらせるリベ。そんなリベを見て、提督はそっとリベの腰へ手を回し、自分の方へ抱き寄せた。

 

「大丈夫。リベが戻ってくるまでの時間はある。ちゃんと待ってっから」

 

 抱き寄せたリベの耳に提督が優しく約束をすると、リベは「うん♪」と元気に頷き、自分も提督の首に手を回して改めて提督にギュ〜ッとハグをして、更に提督の頬に自分の頬を擦り付ける。

 そんなリベに提督は「秋服の可愛いリベを見ねぇと、気になって仕事出来ねぇからな!」と、いつもの提督節を発揮。リベはまた元気に頷くと今度こそ提督から離れ、寮へ向かって走り出すのだった。

 

 リベの背中に提督は「転けるんじゃねぇぞ〜!」と声をかけたが、リベはそのままその場から走り去っていく。

 

「本当に転けねぇか心配だな……」

 

 小さくなっていくリベの背中を見つつ、提督がそうつぶやく。

 

「五月雨じゃないから転けないぴょん♪」

「それは五月雨ちゃんに失礼じゃないかな〜?」

 

 舞風のツッコミに卯月は「聞かれてないから大丈夫!」と、キリッとした顔で親指を立てる。

 

 するとそこへ、新たに二人の艦娘が現れた。

 

「あら、あらあら〜♪」

「みんな温かそうね〜♪」

 

 それは陸奥とイタリアで二人して浴衣姿での登場だった。

 

「お〜、二人共〜。元々のべっぴんさんが浴衣美人たぁ、眼福だ」

 

 提督の挨拶に続き、卯月たちも挨拶をすると、すかさず陸奥は先程までリベが陣取っていた場所に座る。

 

「浴衣なんて着てどうしたんですか?」

「お出掛けするならうーちゃんたちも連れてけぴょん!」

「出掛けないわよ〜。私は静養日で、せっかく大本営が直々に浴衣を用意してくれたから、この機会に着てみただけ」

 

 陸奥が大潮と卯月にそう説明すると、大潮はふむふむと頷き、卯月はな〜んだとどこかつまらなさそうに返した。

 

「私は陸奥が着てるのを見て私も着たいな〜って思ったから、陸奥に付き合ってもらって酒保でレンタルしてきたの♪」

 

 そう言ってイタリアはその場でクルリと回り、提督へ「どうですか?♡」と感想を訊ねる。

 

 イタリアの浴衣は藍色地にピンク色の大きな雛菊があしらわれた柄の物。髪型は普段と変わりないが、髪留めにミモザの花を集めたような大きな飾りが目を引く。そして桃色帯の上側の縁にだけ控えめな白いフリルが施されていた。

 

「あぁ、世辞抜きによく似合ってるぞ。より美人に見えるぜ?」

 

 見たまま思ったままを提督が伝えると、イタリアは恍惚な表情を浮かべてヘブン状態。

 

「提督〜、私には?」

 

 すると当然、同じくガチ勢の陸奥も褒めてほしくて、「待ってるんだけどな〜」と少し拗ねたような言い方をする。

 

「あ、あ〜……陸奥だって美人だぜ? 普段より肌が隠れてる分、いつもより色っぽい」

「今言い淀んだ〜!」

「褒め言葉を探してたんだよ!」

 

 提督の褒め言葉がイマイチお気に召さない陸奥。やはり女心というのは難しいものである。

 

「リベちゃんにはあんなロマンチックな言葉をかけたのに、陸奥さんにはそっけないね〜」

 

 するとそこへ舞風が爆弾を投下。

 

「陸奥さんは司令官にとってそれくらいってことだぴょん!」

 

 卯月もフォローどころか援護射撃の勢い。

 

 それにより陸奥はズーンと重たい空気を放ちながらうなだれてしまう。

 

「お、おい陸奥……」

「提督にとって私は火遊びですらないのね……私はいつもいつも提督のことを想ってるのに」

「だから……」

「もう提督に見限られたのなら、私……!」

 

 すると提督は陸奥の口を人差し指で押さえつけるようにして、陸奥の言葉を遮った。

 

「勝手にネガティブに捉えて、勝手に暴走すんな」

 

 いつになく真剣な眼差しの提督に陸奥はコクコクと頷きを返す。

 

「お前は俺の仲間で家族だ。それだけは忘れんな」

 

 陸奥の目をまっすぐに見つめ、その言葉を言い聞かせるようにゆっくりと陸奥へ伝える提督。

 陸奥としてはちょっと悪ノリしたつもりだったが、こうしたことでも提督は真剣に捉えてしまう純粋さがある。陸奥は提督のこういうところが好きなのだ。

 そんな好きな相手からそんな言葉を言われたのだから、陸奥はもう頷くしかなく、うっとりと提督の目を見つめたまま「はい♡」とだけ返すのだった。

 

「むぅ〜、なんか私除け者みた〜い」

「イタリアさんのターンは終わったでしょ〜?」

「ちょっと意外な展開になったけど、今は陸奥さんのターンだぴょん」

 

 舞風と卯月に注意されるたイタリアは「仕方ないわね〜」と折れた。

 

 すると遠くから「お〜い!」とリベの声が聞こえ、その声がする方へ目を向けるとリベの他に能代と矢矧も一緒にこちらへ歩いてくる。

 提督はいつもの習慣で一瞬だけ逃走本能が発動したが、矢矧の雰囲気がいつも通りなのでハリセンはない様子。

 因みに『逃走本能』とは提督が矢矧から逃げるために自然と身についた提督特有の固有スキルみたいなものである。

 

「おまたせ〜♪」

 

 リベが戻ってくると、それぞれ陸奥たちと挨拶を交わす。しかしその一方で提督や卯月たちは揃って小首を傾げた。

 何故ならリベはカーディガンを羽織ってなかったから。

 

「おい、リベ」

「ん、なぁに?」

「なぁにじゃなくてよ、カーディガンはどうしたんだ?」

 

 提督の問いにリベは「えへへ〜♪」と何やら含んだ笑い方をすると、大きくて赤い手提げ袋を提督に見せる。それは阿賀野がリベに縫ってあげた物で、リベの宝物が詰まっている手提げ袋なのだ。

 

「そこに入れてあんのか?」

「うん!」

「なら早く羽織れよ。本当に風邪引いちまうぞ」

「ん〜……じゃあ、提督だけリベとあの木の後ろに行こ?」

 

 リベの提案に提督はますます小首を傾げるが、リベはそんな提督に構うことなく、その手を引っ張ってみんなから見て桐木の裏へと連れて行った。

 

 ー桐木の裏ー

 

「どうしたんだよ、リベ?」

 

 提督の問いにリベはニコニコするだけで答えようとはせず、いそいそと手提げ袋からカーディガンを取り出し、提督の前で羽織る。

 その行動を提督が黙って見ていると、

 

「秋のリベを提督に一番に見てほしかったの♪」

 

 秋の肌寒さを吹き飛ばすほどの愛らしく屈託のない笑顔で、提督に告げるのだった。

 リベの行動に提督は「娘にしたい」と強く感じ、桐木の下でリベをギュッと抱きしめた。

 

 憲兵から見れば懸案事項だが、提督の人柄は多くの人に知られているため見つかっても問題はない。

 一部例外を除いて……。

 

 その例外とは、

 

「この〜木何の木気になる木〜♪」

 

「浮気現場の木ですから〜♪」

 

「信じていた〜のに〜♪」

 

「現場を見〜ちゃった〜♪」

 

 満面の笑みであの歌の替え歌を歌う聞き慣れた声。

 その声の主は矢矧より遅れて仮眠から戻った阿賀野だった。

 

 大きな木の下で提督と艦娘が抱き合っていれば、流石の阿賀野もそういう風に見えてしまう。加えて最近は秋刀魚漁の任務のせいで夫婦の時間が極端に少なくなっているので余計である。

 

「ああああ、阿賀野! これこれこれ、これは違うんだ!」

「あ、阿賀野さ〜ん♪ 二人に買ってもらったカーディガン着たんだ〜♪ 似合う?♪」

 

 狼狽える提督をよそにリベは至って平常運転。

 阿賀野はリベに「ちょっと提督さんの方を優先していい?」と言いながら、既に提督の肩を掴んでいる。

 

「え〜……買ってくれた阿賀野さんからも秋のリベの感想聞きたかったのに〜」

 

 リベが残念そうにつぶやくと、阿賀野の動きがピタッと止まる。それは阿賀野のシャイニングフィンガーが提督の目を貫く5秒前だった。

 

「提督に一番に見せて、その次に阿賀野さんに見てもらいたかったから……」

 

 両方の人差し指を突合せながら言うリベの言葉で状況を把握した阿賀野。すぐに提督の肩から手を離し、リベを「可愛い〜!」と抱きしめた。

 

「誤解が解けて良かったお……」

「ごめんね、慎太郎さん……阿賀野、どうかしちゃってた」

「いや、誤解が解けたならそれでいい。俺も次からは気をつける」

「うん♡ 慎太郎さん、大好き♡ 愛してる♡」

「っ……おう」

 

 こうして夫婦はいつも通りに戻ったが、

 

「でも〜、リベちゃんからそんなこと言われたら抱きしめるしかないわよね!」

「だろ!? 俺もだから抱きしめちまったんだ!」

 

 リベの天使さに先程までの修羅場は消え去っていた。

 

 そんな夫婦とリベのやり取りを、能代は苦笑いで眺め、矢矧はその場で頭を抱えるのであった。一方で卯月は面白いものが見れたとご満悦で大潮と舞風は夫婦が元通りになってホッとし、陸奥とイタリアは羨ましそうに夫婦とリベを眺めるのだったーー。




今回は秋刀魚漁から離れた話題にしました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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素敵な思ひ出

お茶やコーヒーを片手に読んだ方がいいかも!


 

 10月某日、昼下がり。秋刀魚漁の支援、護衛が佳境に差し掛かる中、食堂では休憩中の艦娘たちが穏やかなティータイムを過ごしていた。

 

「でね〜、慎太郎さんがね〜♡」

 

 その輪の中心にいるのは、提督との惚気話をする阿賀野。今は休憩時間なので、阿賀野は提督を名前で呼んでいる。

 当然この場に集まっているのは阿賀野から惚気話を聞くのが好きな面々で、みんなして惚気る阿賀野へ微笑みながら聞いていた。

 

「へぇ〜、提督ってやっぱ阿賀野っちには特別甘いんだね〜」

「惚れた方が負けって言うからね」

 

 北上と大井はそう言って紅茶をすすると、他の面々もクスクスと笑いながら大井の言葉に同意している様子。

 みんな提督が優しいのは知っているが、阿賀野にだけ見せる甘さは何度聞いても新鮮なのだ。

 

「あの、こういう機会なのでお聞きしたいことが……」

 

 するとたまたま居合わせた神威が手をあげた。

 神威はお昼のラッシュが終わって洗い物等をし終え、休んでいる時に流れで阿賀野たちと一緒にお茶しているのだ。

 

 そんな神威に阿賀野が「なぁに?」と訊ねると、

 

「ご夫婦の馴れ初め等をお聞きしてみたくて……」

 

 神威が少し恥ずかしそうに訪ねた。そのあとにすぐ「でも無理には聞きませんので!」と付け加えたが、阿賀野は笑顔で首を横に振る。

 

「隠すことなんてないから、全然話せるよ♪」

 

 阿賀野はそう返すと、最初はね……と当時のことを思い浮かべ、夫婦の馴れ初めを話始めた。

 

「慎太郎さんは〜、私と初めて出会った時から私のことが大好きだったんだ〜♡」

 

「着任してすぐの私に一目惚れして〜、それからず〜っとアプローチしてくれてたの〜♡」

 

 ヤンヤンと両頬を手で押さえ、嬉し恥ずかしい赤裸々話に神威は目を輝かせる。

 

「私としては〜、最初は慎太郎さんが何言ってるのか分からなかったんだけど〜、やっぱり毎日アプローチしてもらえると〜、私もついその気になっちゃって〜♡」

 

 そう言ってテーブルをバシバシと叩く阿賀野。神威は「それでお付き合いを始めたんですね!?」と興奮した様子で訊くと、阿賀野はニヤニヤしながらコクリと首を縦に振った。

 

「提督っていつもはやる気ない感じなのに、阿賀野っちを口説く時だけはかな〜り情熱的だったよね〜」

 

 あの北上が苦笑いを浮かべて言うと、大井もそうですねというように苦笑いを浮かべる。すると龍田がにこやかに口を開いた。

 

「確か〜、君の笑顔を見ると俺は一層やる気が湧くとか〜、阿賀野に出会えてから毎日が楽しく感じるとか〜、歯が浮くような台詞ばっかりよね〜♪」

 

 実際に自分が聞いたことのある提督の口説き文句を龍田が暴露すると、みんなして『似合わないよね〜♪』と声を揃える。しかし決して貶しているのではない。

 

「でも私としては、常日頃からそうやって甘い言葉を囁かれるのは、純愛映画の一幕みたいで憧れちゃいます♪」

「あ〜、分かる分かる。少女漫画とかでも似たようなシーンあるし、実際に見てみると何かこう……うお〜ってなる!」

「提督ってああ見えてとってもロマンチストなのよね♪ 阿賀野が羨ましいな〜」

 

 プリンツ、涼風、飛龍とそれぞれが提督と阿賀野のラブストーリーを褒めると、阿賀野は余計に頬を緩ませる。

 

 すると如月が含み笑いをして口を開いた。

 

「ねぇねぇ、阿賀野さん。私、プロポーズの時のお話がまた聞きたいわ♪」

「え〜、またなの〜?」

「うん、またなの♪ お願〜い♪」

 

 如月のお願いに阿賀野はああ言いながら「仕方ないな〜♪」と、満更でもない様子で話す気満々である。

 この話は見守り勢や恋バナが好きな者たちにとって何度聞いても飽きないラブストーリーであり、どんなドラマや映画、漫画よりも胸に響くのだ。その証拠にテーブルに座る面々はキラキラした眼差しを阿賀野へ向けている。

 神威もそれだけみんなが期待しているので、前のめりで聞く体勢をとっていてとても興味津々の様子。

 

 こうして阿賀野は「えっとね〜♡」と前置きしながら、当時のことを思い浮かべ、それを口にしていく。

 

 ーー

 ーーーー

 ーーーーーー

 

 それは去年の2月のこと。

 その日は海に面した地域でも雪が降り積もるほどの、とても寒い一日だった。

 

 そんな寒空の下をまだ結婚する前の提督と阿賀野は、デートとして鎮守府から少し離れたところにある繁華街へ訪れていた。

 

『慎太郎さん、今日はその……ありがとう。阿賀野のワガママを聞いてくれて……』

 

 義足であるにもかかわらず、雪という悪天候でもデートへ連れ出してくれた提督。そんな提督に阿賀野がお礼を言うと、提督は「何しおらしくなってんだよ」と阿賀野の頭を軽く叩いた。

 

『だってぇ……』

『だってじゃねぇ。そもそも今日明日は泊りがけのデートだって前々から約束してただろうが』

『それでもぉ……』

『お前は黙って気晴らしすりゃいいんだよ』

『うん……でもお口チャックしたまま、どうやって気晴らしするの?』

『るせぇ、言葉の綾だ……ずっと黙ってろって意味じゃねぇ!』

 

 揚げ足取りやがって……とまた阿賀野の頭を軽く叩く提督。阿賀野はそんな提督が可愛くて口を押さえて笑う。

 

 この日の日付は2月16日……この日、そして明日の17日は阿賀野にとって最も気が重い日である。

 

 1944年のこの日、軽巡洋艦『阿賀野』は前日の『ラバウル空襲』にて舵が故障し、更にはアメリカ潜水艦『スキャンプ』から放たれた魚雷がボイラー室に直撃で航行不能に陥る中、能代と長良に曳航されてトラック島にて応急処置を行い、本格的な修理のために日本本土の佐世保へ戻るところだった。

 阿賀野は護衛艦二隻に護衛される形でトラック泊地を出発。しかし16日の一六四五にアメリカ潜水艦『スケート』から雷撃を受けてしまった。

 その時の阿賀野は敵潜水艦を発見して蛇行航行を行おうとしたものの、人力操舵ワイヤーが切断して航行不能となり、そこへスケートの放った魚雷が右舷へ2本命中してしまったのだ。

 その後、二〇〇〇に護衛艦が接舷を試みたが波浪により危険とみなされ、カッターボートによる移動になった。

 後に炎上した阿賀野は二一〇〇に総員退去となり、二三〇〇に退去が完了……後日付を跨いだ17日の〇一四五にトラック環礁北方にて暗闇の中でゆっくりとその身を海へ預けていった。

 阿賀野の轟沈で約50名の乗組員が戦死したが、護衛に就いていた神風型駆逐艦六番艦『追風』に艦長『松田尊睦』大佐以下阿賀野乗員489名と阿賀野に乗っていた明石乗員数10名、そして第28号駆潜艇に阿賀野乗員128名が救助された。

 

 そんな記憶を持つ艦娘『阿賀野』を提督は一人の女性……心底惚れた恋人を支えたい一心でデートに誘ったのだ。

 阿賀野も提督の気持ちが嬉しくもあり、あの時の自分とは違う時間を過ごせていることが足取りを軽くさせた。それも辛い過去があった日を提督と二人きりでかつ、泊りがけで過ごせるのだから阿賀野も自然と笑みがこぼれ、提督の左腕にギュッとしがみつく。

 

『今度は甘えんのかよ……』

『だってコートだげじゃ寒いんだも〜ん。それにせっかくのデートなんだから、こうしてたっていいでしょ〜?』

『まぁいいけどよ……』

 

 こうして二人はそのままウィンドウショッピングと洒落込み、予約しておいた海軍御用達のホテルにチェックインするのだった。

 

 ーーーーーー

 

 ディナー、入浴と終えた二人は部屋で夜景を肴に晩酌をしながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。

 

『慎太郎さんはホテルでも日本酒なんだね♪』

『そういう阿賀野だって日本酒じゃねぇか』

『だってお揃いがいいんだもん♪』

 

 そう言って阿賀野はグラスを傾けると、提督は笑顔で「そうか」とだけ返してグラスを空にする。

 

『……ねぇ、慎太郎さん』

『ん? どうした?』

『阿賀野ね……今日とっても楽しかった。上官と部下じゃなくて恋人同士として過ごせて、いっぱいドキドキして、でもそれがとっても心地良くて……』

『…………』

『今の阿賀野はとっても幸せよ』

 

 屈託のない笑みで今の気持ちをストレートに伝える阿賀野。対する提督は阿賀野の澄んだグリーンの瞳に囚われたかのようにただただ見つめていた。

 

『も、もぉ……何か言ってよ。黙っていられると恥ずかしい……』

『す、すまねぇ……でも、んな嬉しい言葉になんて返せばいいか分からなくてよ〜』

 

 はにかみ、頭を掻く提督に阿賀野は「そう言うのズルい……」と熱くなった顔を背ける。

 それを見て提督も照れ隠しでふと視線を上げた。すると丁度壁掛け時計が目に入り、日付が変わって17日の〇一〇〇を過ぎているのに気がつく。

 

『…………なぁ、阿賀野』

『なぁに?』

『ちっとベランダで夜風にあたらねぇか?』

 

 提督の提案に阿賀野は小首を傾げたが、酔い覚ましにはいいと思って頷くと、二人で部屋着の上に上着を羽織ってベランダへ出た。

 

 冬の空気のお陰で夜空は澄み、満点の星空が広がる。

 会話の無いままただ並んで夜景を見ていると、提督が黙祷をし始めた。

 阿賀野はその黙祷がどういうものか察すると、胸がいっぱいになる。何故ならそれはこの日に沈んだ自分への黙祷だから。

 

 一分間の黙祷を終えた提督は阿賀野の方へ体ごと向けると、阿賀野も自然と提督と向かい合う。

 すると二人はまるで互いに引かれ合うように身を寄せ、互いの体温を感じ合った。

 そして、

 

『阿賀野……俺とカッコカリじゃない、正真正銘の結婚をしてくれ』

 

 抱き合ったまま、提督がそっと阿賀野の耳に優しく囁いた。

 

『え……どうしたの、急に?』

『実は今日……というより今夜、俺はお前にプロポーズをする気でいたんだ』

『どうして、今夜なの?』

『今夜は艦だった頃のお前が沈んだ辛く悲しい特別な日だ……。だけどな、今のお前は違う。軽巡洋艦『阿賀野』という艦娘として、人として生まれ変わったんだ』

『…………』

『だから……だから俺と結婚して、今夜を悲しいだけじゃねぇ大切な日にしてやりてぇんだ』

 

 そう言って提督は阿賀野から体を離し、阿賀野の目を見つめた。

 

『結婚してくれ。俺の最愛の……俺の人生の全てを捧げられる相手になってほしい』

 

 改めて提督がプロポーズすると、阿賀野はその瞳に薄っすらと涙を溜め、満面の笑みで「はい」とだけ返す。

 

『愛してる、阿賀野』

『うん、私もだよ……』

 

 すると提督は上着のポケットから婚約指輪の箱を取り出す。

 

『この指輪が無駄にならなくて良かったぜ……』

 

 箱を開けると、そこには2カラットのウォーターオパールをメインとしたプラチナリングが輝いていた。オパールを覆うようにダイヤモンドもあしらわれている。

 

『指、出してくれよ……』

『う、うん……』

 

 お互い緊張で手が震える中、しっかりと阿賀野の左薬指に指輪をはめる提督。

 指輪をはめてもらった阿賀野はその指輪を右手で優しく包み込み、とうとう瞳から涙があふれた。

 そんな阿賀野を提督は黙って抱きしめ、そのまま暫く震える阿賀野の背中を優しく撫でるのだった。

 

 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー

 

「それで私は嬉し涙を流したまま、慎太郎さんと誓いのキスをしたの〜♡」

 

 プロポーズの思い出話を聞いた面々は微笑み、中でも神威やプリンツ、涼風は『はぅ〜』とうっとり状態。

 

「阿賀野〜、ちょっといいか〜?」

 

 そこへ渦中の人物である提督が矢矧と共に現れた。

 提督の登場にみんな挨拶はするも、プロポーズ話の直後なので提督の顔を見るとニヤニヤしてしまう。

 矢矧はメンバーの顔ぶれや反応でなんとなく察するが、提督に至っては全く分からない。しかし気にしない提督は阿賀野に「今夜の任務のことで相談があるんだ」と持ちかけると、阿賀野は「今行くね♡」と返す。

 

「悪ぃな、休憩時間削っちまって」

「ううん、慎太郎さんのためだもん♡」

「ありがとな」

「うん♡」

 

 すると阿賀野はみんなの前で提督の頬へ軽く口づけをする。

 

「なっ、なんだよ急に!?」

「したくなったからしたの〜♡」

「だからって……」

「本当なら〜、阿賀野は普通のちゅうがしたかったんだけど〜♡」

 

 愛くるしい笑みでそんなことを言う阿賀野に提督は「不意打ちには弱いんだよ!」と言って、自身の顔を両手で押さえた。

 そんな夫婦をみんなはキラキラした笑顔で眺め、矢矧は苦笑いをうかべるのだったーー。




今回はタイトル通りの純愛物語を書きました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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誘惑の多い季節

 

 10月某日、昼前。秋刀魚漁支援、護衛がそこそこ落ち着いてきた鎮守府は徐々にいつもの艦隊運用へ戻りつつある。

 そんな今日この頃、提督は書類仕事もそこそこ落ち着いてきたので、普段の運動不足を解消するために鎮守府の敷地内を散歩中。これには矢矧も「提督の体のことだから」と二つ返事で許してくれた。

 

 提督は左側の足は膝から下が義足であるが、軍人であるため散歩程度のことならば長時間行っても平気。加えて軍隊式の腕立て伏せや背筋、腹筋という基礎トレーニングもやっているので、見た目に反してスポーツマンである。

 

 そして提督が散歩していれば、ここの艦娘たちがそんな提督を放っておくはずもなく、提督の周りには既に複数の艦娘たちが集まって提督と同じ速度で散歩を楽しんでいた。

 

「いやぁ、絶好の散歩日和だな〜」

「せやな〜♡ そんな日を君と散歩出来るなんて、うちめっちゃ幸せや♡」

「私も提督とお散歩出来て幸せよ♡」

 

 提督の両サイドをガッチリ死守しているのは龍驤と雲龍。

 龍驤は提督の左側を陣取って優しく提督の手を取って歩いており、雲龍は右側から提督をいつでも支えられるように右腕を抱きしめている。

 そんな提督たちより前を歩くのは島風と時津風、そして秋月型姉妹である。更に駆逐艦たちの前には連装砲ちゃんや長10cm砲ちゃんといった自立型艤装がテコテコと歩いていた。

 

「え、島風は麦派なのか!?」

「ほら〜、やっぱりみんな麦派なのよ〜♪」

 

 駆逐艦ズは酒保で新しく出た『麦の畑』と『稲の田んぼ』というチョコレート菓子の話題で盛り上がっている。

 麦は麦チョコ、稲は米で作ったポン菓子をチョコでコーティングした通称『米チョコ』で、どちらも見た目は似ているが、大きさや味に若干の違いがあるのだ。

 

 因みに初月は米派で照月は麦派。そして島風が麦派ということで、初月はショックを隠しきれない様子。

 

「どっちかと言えばだよ? だって麦チョコの方が一粒一粒が大きいもん」

「でも米チョコの方がその分麦チョコより多く入ってるんだぞ!?」

「私はちまちま食べるより、ガッと食べる方が好きなの!」

 

 島風の言い分に初月は「くぅ」と悔しそうにしながらも、無理やり米派にしようとはしなかった。何故なら秋月が米派だから。

 よって最後は時津風がどちらかによってこの場の優劣が決まる。因みに照月は勝ち負けは気にしてないが、初月がコロコロと表情を変えるのが面白いので話題に乗っているのだ。

 そして初月は時津風に「どちら派だ?」と訊ねると、

 

「えぇ〜、あたし〜? あたしはね〜……」

 

 などと妙に勿体振る。しかし初月は真剣な面持ちで時津風の言葉を待った。

 

「あたし、チョコなら軍艦マーチがいい〜」

 

 まさかのチョイス。チョコ菓子という同じカテゴリではあるものの、初月が聞きたかったのはそういうことじゃなかった。

 しかしこれでキリよく引き分けということで、派閥抗争は幕を閉じることになる。

 

「ははは、駆逐艦らは楽しそうで何よりだな」

「せやな♪」

(まるで夫婦になったみたいでテンション上がるわ〜♡)

 

 提督の言葉に龍驤はちょっとした妄想をしつつ、デレッデレ。

 

「お菓子の話を聞くとお腹減って来ちゃうわ」

 

 しかし一方の雲龍は自身の腹を擦り、相変わらずの大食いキャラである。

 

「なんなら散歩ついでに酒保寄るか? 付き合ってもらってるし奢るぞ?」

 

 提督は雲龍にそう提案したが、雲龍は首を横に振って申し出を断った。

 いつもの雲龍ならば目を輝かせて頷くはずが、今日は違う。提督は驚き過ぎて雲龍が不治の病にでも患ってしまったのかと、急いでドックへ連れて行こうとした。何故ならここの雲龍はどんなに体調不良でもカツ丼大盛りを三杯は食べるからだ。

 しかし雲龍は違う違うと連れて行こうとする提督の手を引っ張る。

 

「体調が悪い訳じゃないの」

「じゃあどうしたってんだ?」

「君〜、この雲龍が昼寝もせずに散歩しとるんやで? ちょっとは察してやらなあかんで?」

 

 龍驤の言葉に提督は首を傾げるばかりで全く察することが出来ない。すると雲龍が少しだけ頬を赤くしながら「心配させちゃったから、ちゃんと言うわ」と観念するように伝えると、

 

「実はね……最近食っちゃ寝していたせいで、ちょっとお腹ら辺がポヨポヨになってきちゃったの……」

 

 提督に真相を話した。

 

「ん〜? そんな気にする程付いてるか? 変わらずくびれてるように見えっけどなぁ……」

「恥ずかしいからあんまり見ないで……」

 

 上官とはいえ、流石に女性のくびれを見つめるのはセクハラになるので提督は「おぉ、悪ぃ悪ぃ」と謝るが、

 

「いくら提督でも、太ってる私をじっくり見せるのは嫌なの」

 

 LOVE勢の雲龍としては違うベクトルの話だった。

 そんな雲龍に提督は「気にし過ぎだと思うけどな〜」と言うが、気にしてしまうのが乙女である。

 二人の話を黙って聞いていた龍驤は、雲龍の代わりに提督の胸ら辺を小突いた。

 

「気にし過ぎなくらいでええねん。乙女っちゃそういうもんや」

 

 龍驤にたしなめられると、提督は「そういうもんなのか〜」と苦笑いを浮かべて頭を掻くのだった。

 

「元の体型に戻った私ならいくらでも見せてあげるから、暫くは待ってね?」

「お? おう、でも無理はすんなよ?」

「えぇ、ちゃんと昼寝を控えて間食を抜いて、1日()()までにするわ」

「うんうん……へ?」

 

 聞き間違えかと提督は思ったが、雲龍はやはり4食と言った。ダイエットをしていない時は1日何食なのだろう……と提督は思ったが、知らぬがなんとやらということで深くは訊かないことにした。

 

「まぁ、秋の味覚は美味しい物が揃ってるからな。つい食い過ぎちまうのは仕方ねぇわな〜」

 

 提督がそうつぶやくと、

 

「確かに秋の味覚は危険だ。気がつくと思いの外食べてしまっているからな」

「そうね。食べ過ぎないようにしなきゃね」

「食べたら食べた分、運動もしなきゃ!」

 

 初月、秋月、照月がそう反応する。

 しかし三人は提督たちから『寧ろ三人は太るくらい食べろ』とツッコミをされるのだった。何故なら三人は未だに缶詰やレーションといった物で1食を済ませる時があるからだ。

 

「私たちみたいにいっぱい食べていっぱいお外でかけっこすれば大丈夫だよ♪」

「だね〜♪ そうすればあたしたちとも遊べるし〜♪」

 

 そんな三人に島風と時津風はそんなことを言って、揃って提督に『ね〜?♪』と同意を求めるように笑顔で提督の腹に抱きついた。

 

「あぁ、二人の言う通りだ」

「えへへ、だよねだよね♪」

「流石司令は話が分かる〜♪」

 

 提督に同意してもらえた二人は嬉しそうに提督の腹に頬擦りすると、提督はいつものように二人の頭をそれぞれポンポンっと優しく撫でるのだった。

 

 ーーーーーー

 

 敷地をグルリと一周し、提督がスタートした本館の玄関に戻ってきた。

 あれから更に皐月や深雪、朝潮、松風といった面々も合流して賑やかな帰還となった提督。

 

「歩こ〜う♪ 歩こ〜う♪」

「私は速い〜♪」

「提督大好き〜♪」

「どんどん襲え〜♪」

「物陰〜♪ お風呂場〜♪ 布団の中〜♪」

「修羅場に発展〜♪」

「包丁が飛ぶよ〜♪」

「たくさん刺さって〜♪」

「あの世行き〜♪」

「おい、歌詞がえげつなくなってんぞ!」

 

 ほのぼのな歌のはずが雲龍と龍驤の介入により、みんなして何やらおかしな方向へ。寧ろ即興でここまで息が合うのは凄いことではある。

 すると、

 

「おかえりなさい、みんな。随分と大所帯になったわね」

「おっかえり〜♪」

 

 本館から矢矧と酒匂が出てきて、提督御一行を出迎えた。

 

「お〜、ただいま」

 

 提督が二人に対してそう返すと、他の面々もただいま〜とそれぞれ返す。

 

「もうお昼よ」

「マジか……となるとハリセン!?」

「しないわよ……というか、ハリセン喰らわすなら戻ってくる前に喰らわせに行くわ」

「ですよね〜……」

 

「阿賀野ちゃんと能代ちゃんがカレー作ったからみんなでお昼ごはんにするっぴゃ〜♪」

「うちらもゴチになってええんか?」

「ぴゃん♪ 司令は人気だからみんなと帰ってくると思って、ちゃんと大きなお鍋二つ分作ってあるよ♪」

「その一つは雲龍の分にしても大丈夫よ」

 

 矢矧が当然のように付け加えるが、雲龍は「でも今の私は……」とバツが悪そう。

 

「大丈夫大丈夫。雲龍は美人だから少しくらい太ったとしても可愛くなるだけだ」

 

 雲龍に提督はそう言って気遣うと、雲龍は「もう、調子いいんだから……♡」と珍しく照れている様子。やはり好きな提督からそんな言葉をかけてもらうと、雲龍でもくすぐったくなるようだ。

 

「……太ったら責任取ってね?♡」

「おう、いくらでも散歩に付き合うぜ♪」

「阿賀野さんからよく聞く、お布団の上で出来る有酸素運動がいいわ♡ 初めては痛いけど、あとは気持ちいいんでしょう?♡」

「マッサージの話な!? んな含んだような言い方やめれ!」

 

 雲龍の爆弾発言に提督がちゃんと返すと、矢矧も「まだ日が高いわよ」と注意する。対して雲龍は「ざ〜んねん♪」といたずらっぽく返した。

 

「ねぇねぇ、お布団の上で気持ちいい有酸素運動ってなぁに〜?」

「ボクも気になる〜!」

「あたしも〜!」

「私も気になるぞ!」

 

 駆逐艦の無邪気勢たちが雲龍の言葉の意味を知りたがったものの、提督は「だからマッサージの話だ!」と強く言い聞かせる。

 

「僕らにはまだ早いことだよ」

「後々知ることになるさ」

「深くは聞かない方がいいよ」

 

 一方で松風、初月、照月の知っちゃってる勢は頬をほんのりと赤く染めてやんわりと注意するのだった。

 

 ただ秋月と朝潮の真面目勢は『布団の上でも訓練とは、流石司令です!』と尊敬の眼差しを提督に送っていた。そんな二人の綺麗な目を提督は苦笑いしながら逸らすことしか出来なかった。

 

「はいはい、立ち話もこれくらいにして手洗いうがいをしに行くわよ」

「今日はカレーでも古鷹さんから教わった車海老が入ったシーフードカレーなんだって♪」

 

 車海老のシーフードカレーというフレーズに提督を含め、全員が目を輝かせる。するとみんなして足早に手洗いうがいをしに向かい、執務室で賑やかに食卓を囲むのだった。

 

 そして、

 

「提督さん、阿賀野が作ったカレー、美味しい?♡」

「めっちゃまいうー!」

「えへへ〜♡ いっぱい食べて、午後からも頑張ってね♡」

「おう! 阿賀野も午後からもよろしくな!」

「は〜い♡」

 

 夫婦もいつも通り辺りに砂糖を撒き散らしていたーー。




今回も色々とネタを打ち込みましたが、ご了承を!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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名前は大切

 

 10月某日、昼前。

 泊地では秋刀魚祭りが幕を閉じ、束の間の落ち着いた時が流れる中、当鎮守府では朝から慌ただしく艦隊が動き、艦娘たちはどこか浮足立っている。

 それは決して敵襲と言う訳ではない。仮に敵襲であればここの艦娘たちは冷静に対処出来る程の余裕を持っている。

 では何故なのかというと、

 

「早く来ないかな〜、()()()()()()さん♪」

「楽しみだよね〜、()()()()()()()さんたちの着任♪」

 

 フランス戦艦『リシュリュー』とイギリス空母『アーク・ロイヤル』が着任するからだ。

 

 桟橋に出てその着任を待つのは清霜とリベの二人。二人共に戦艦に憧れているが、空母も好き。しかもどちらも海外艦……ということで二人はフランス戦艦とイギリス空母の着任を心待ちにしているのだ。

 

「リシュシューではなくて、リシュリューですよ。清霜さん」

「リベッチオもちゃんと覚えて。これから来るのはアーク・ロイヤルよ」

 

 清霜たちにそう言い聞かせるのは、コマンダン・テストとウォースパイト。

 二人も同胞の着任なので出迎えに来ている。護衛任務でついて行っても良かったが、二人は敢えて残り、出迎える側を選んだ結果である。

 ただウォースパイトに至っては艤装に座り、優雅に紅茶を飲みながら待っているため、元々残るつもりでいた様子。因みに右膝に清霜、左膝にリベがそれぞれ座っている。

 

「リシュ、リシュ……」

「アールグレー……」

「そんなに難しいかしら?」

「まぁ、一度癖が付いてしまうと直すのは難しいですよね」

 

 イマイチ覚えられない二人にウォースパイトもコマンダン・テストも苦笑いを浮かべた。リベに至っては紅茶の名前になってしまっているので、ウォースパイトはしっかりと「アーク・ロイヤルよ」と教え込む。

 しかしウォースパイトの発音ではリベもこんがらがるばかりで、この場合は日本英語の発音でないとリベには難しいだろう。

 

「ーー……〜い!」

 

 そんなことをしていると、遠くから複数の影が見えてきた。

 今回の護衛艦隊の帰還である。

 

 ーーーーーー

 

『久しぶりですね、リシュリューさん♪ 会えるのを心待ちにしていました!』

『久しぶり、コマンダン・テスト。これからよろしく』

 

『待っていたわ、アーク。遠路はるばるお疲れ様』

『お待たせしました、オールド・レディ。これからこちらでもお世話になります』

 

 それぞれ同胞と握手やハグをして挨拶を交わす海外組。

 

 リシュリューは自信にあふれた戦艦らしい艦娘。あの『三銃士』で有名なアルマン・ジャン・デュ・プレシー・ド・リシュリューから名前を頂いているだけあって立ち振る舞いも堂々としている。

 一方、アーク・ロイヤルも英国淑女に相応しい立ち振る舞いで、その名に負けない艦娘だ。ただウォースパイトは女王気質なのに対し、アーク・ロイヤルは弓を持つ騎士のような、ウォースパイトとはまた違った凛とした艦娘である。

 

『ウォースパイトもいたのね。私の足手まといにならないようにしなさいよね』

『ふふ、手厳しいわね……でも、日本の海は我々が知る海とは違うわよ。慢心せずに、日々の努力を忘れないことね』

 

『貴女がフランスの水上機母艦コマンダン・テストですね。水上機母艦といえど、航空機を扱う者同士、ご指導ご鞭撻のほどよろしく頼む』

『はい、こちらこそよろしくお願い致します。お互いの祖国のため、日本のために頑張りましょう』

 

 そして今度はどちらも英語でスラスラと挨拶を交わす中、周りの面々は四人が何を話しているのかさっぱりといった様子……しかし、きっと挨拶的なことをしているんだろうな、という雰囲気は読み取れたので、変に声をかけずにただただ笑顔を浮かべていることにした。

 

「うわぁ〜! すご〜い!」

「知らない言葉をペラペラ喋ってる〜!」

 

 ただし、清霜とリベはそんなことお構いなし。だって目の前で海外の戦艦たちと空母、水上機母艦が笑顔で握手をしているのだから、軍艦好きな二人としては興奮するのだ。もしここにアイオワ、ビスマルク、イタリア、ガングート、大和なんかが揃えば、二人は興奮し過ぎてその夜は眠れないだろう……。

 

 そんな清霜とリベに向かってリシュリューとアーク・ロイヤルは、ちゃんとした日本語で礼儀正しく挨拶する。

 駆逐艦に対しても礼節を忘れない……日本とは礼に始まり礼に終わる国と祖国で習い、来日して大本営での待遇に心底感銘を受けたから。

 

「これからよろしくね! ()()()()()()さん!」

「よろしくね〜! ()()()()()()()()さん!」

 

 しかし清霜もリベも盛大に二人の名前を間違えてしまった。

 これには二人も思わず顔をしかめてしまうが、すかさずウォースパイトとコマンダン・テストが『この二人には難しい発音なのよ』と説明し、双方をフォローする。

 艦隊もこれ以上ボロが出ないようにするため、旗艦を務めた酒匂がリシュリューたちを執務室へ誘導し、他の面々は清霜とリベを補給へ向かうついでに適当な手伝いを頼んで連れ出すのだった。

 

 ーーーーーー

 

 執務室前に着いた酒匂だったが、その笑顔は珍しく硬い。

 何故なら執務室へ来る途中、数名の艦娘たちとすれ違ったのだが、その多くが二人の名前をちゃんと言えなかったからだ。

 リシュリューの方は日本語だと言い難いのが災いし、アーク・ロイヤルに至ってはまだ名前が浸透していないのでイマイチな反応だった。

 

『人の名前も言えないなんて、なんて艦隊なのかしら!』

『会う前に失礼だが、この様子ではそれを率いる者も期待は薄いな……』

 

 二人の言葉に付き添っていたウォースパイトたちも必死にフォローするも、何度も間違えられてはいい気分はしないだろう。加えて提督は見た目があれなので、第一印象はあまりよろしくない……酒匂は小さくため息を吐くと、気を取り直して執務室のドアをノックした。

 

 トントントンとノックしたあとに、いつも通りの提督の声で「入れ〜」と間延びした返事が返ってくる。そのあとにスパーンと豪快な音が鳴り響いたが、酒匂もウォースパイトたちも『いつもの提督だ』とどこか安心して執務室へ入室する。

 

 ー執務室ー

 

 入室すると椅子に座る提督の後頭部ら辺から煙のようなものが立ち込めているが、提督の顔は至って真面目。酒匂たちから見て右側には阿賀野、能代、矢矧と整列し、矢矧の手にはハリセンが握られている。

 

「この人があたしたちの提督だよ」

 

 酒匂がそう言って二人に紹介すると、二人は提督の前へ横一列に整列した。

 

「座ったまま失礼する。俺がここの鎮守府を任されている興野慎太郎だ。俺の詳しいプロフィールは大本営で見たろうから、細かな自己紹介は省かせてもらうが、二人の着任を心から歓迎する」

 

 真面目モードの提督の挨拶に酒匂やウォースパイトたちはホッと胸を撫で下ろす。

 

「え〜、んじゃ、俺の挨拶はこの辺にして二人に挨拶してもらうか」

 

 そう言うと提督はリシュリューの方を見て「君は……」と前置きすると、リシュリューは心の中で「こいつも私の名前は言えないでしょうね」と思っていた。

 

 しかし、

 

「Richelieuからお願いしよう」

 

 フランス語の正しい発音で名前を呼ばれた。これにはリシュリューも胸の奥がドキッと跳ね、頬もどこか紅潮してしまった。

 

(自分の名前をちゃんと呼んでもらえることが、こんなに嬉しいなんて思わなかったわ……)

 

 胸に手をあて、加速する鼓動を落ち着かせながら、リシュリューはゆったりと一歩前へ出る。

 

「Je suis vraiment ravie de vous rencontrer amiral. お逢い出来て嬉しいです、amiral♪ 戦艦Richelieu、参ります!」

 

 そして自然な笑みで提督へ自己紹介することが出来た。リシュリューの挨拶に提督も「Merci et au plaisir de pouvoir vous rencontrer」と返すと、リシュリューの鼓動はぴょんぴょんと高鳴った。提督はフランス語で「これからどうぞよろしくお願いします」と返したのだが、これだけでもリシュリューの好感度はかなり上がった。

 

 一方でアーク・ロイヤルはリシュリューがちゃんと呼ばれたので、自分もちゃんと呼ばれるのを今か今かと待っている。

 そこへ提督が「次はArk Royal頼む」とちゃんとした発音で伝えると、アーク・ロイヤルは目を輝かせて前へ出た。

 

「私は、Her Majesty's Ship Ark Royal. Admiral……貴方が……よろしく♡」

 

 提督をそのスカイブルーの綺麗な目で見つめ、どこか熱っぽい声色で挨拶するアーク・ロイヤル。その外国人特有のセクシーオーラに提督は思わず生唾を飲むが、

 

「私は阿賀野って言うの〜! 提督さんの秘書艦で妻で〜す!」

 

 女の勘がビンビンと反応した阿賀野が、提督を抱きしめながら自己紹介した。抱きしめるというよりは提督を自身の胸に収めるように抱きしめているので、この人は自分のだと言うような感じだ。

 

 そんな阿賀野を見て、矢矧は「せっかくいい感じに挨拶をし合ったのに……」と頭を抱え、能代は「これは仕方ないわよね……」と苦笑いを浮かべている。

 

「……貴女が、アドミラルのワイフ……ね」

「私、略奪愛は趣味じゃないのだけど〜?」

「二人は部下として提督さんを支えてくれればいいよ〜♪ あとは私が面倒見てるから〜♪」

 

 早速火花バチバチの三人。

 そんな中、提督は矢矧に「何がいけなかった!?」とアイコンタクトを送る。

 

 矢矧としては日本の艦娘ならば特に何もしないが、海外の艦娘の場合はしっかりとその艦の名前は祖国の発音をさせ、ある程度の挨拶は徹底的に叩き込む。

 何故なら海外艦は日本と同盟国の艦娘であり、少しでも粗相を晒すものならばそれが同盟のヒビになり得る可能性もあるからだ。

 しかしそうしたために今回のようなケースは矢矧も想定外なので、提督には開き直って潔くニッコリと笑顔を返すしかない。

 

「また賑やかになるわね」

「賑やかで済ませていいのでしょうか……」

 

 修羅場だというのに優雅にお茶を飲むウォースパイトにコマンダン・テストはオロオロしながら言うが、ウォースパイトは「馬に蹴られるのはごめんだわ」と返すだけ。

 

「司令って第一印象が悪い方なのに、今回は良かったね♪」

「良かったけど、阿賀野姉ぇにとっては良くなかったかもね……」

「まぁ、こんなこともあるわよね♪ 夫婦の試練ってことで!」

 

 義妹たちもそんな夫婦とリシュリューたちの修羅場を横目に開き直るしかなかった。

 それから提督が大声で「一旦整列〜!」と叫ぶまで、提督は阿賀野、リシュリュー、アーク・ロイヤルの谷間を転々とさせられたそうなーー。




今回は新しく実装されたリシュリューさんとアーク・ロイヤルさんの着任&修羅場という一幕を書きました!

早速二人はLOVE勢にしてしまいましたが、ご了承を!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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笑顔でいられる理由

 

 10月某日、夕方。

 本日の任務を大方終え、艦隊は夜間任務の者たち以外が休息を取る中、とある艦娘がトボトボと足取り重く執務室へ向かっていた。

 

 それは駆逐艦の時雨。いつも大人びていて笑顔が絶えないはずの時雨だが、今回は様子がおかしい。

 何故なら両手をギュッと胸の前ら辺で握りしめ、顔も強張っている。

 

 すると、廊下の突き当りで時雨はトイレから戻るところの提督と鉢合わせた。

 

「おぉ時雨、どうかしたのか?」

 

 いつもの調子で提督は時雨に声をかけたが、時雨は今にも泣きそうな表情を浮かべて口をパクパクさせているだけだった。

 そんな時雨を見た提督はすぐに事態を察し、時雨の前で両膝を突いて両手を広げる。

 

 すると時雨の提督を見据える瞳からはいっぱいの涙が湧き、ポロポロとこぼれ出した。

 

「…………っ」

 

 床にこぼれ落ちた自身の涙を見て、驚いた様子の時雨。それを止めようと両手を顔へ近づけるが、その涙は頬を伝い続ける。

 

「ご、ごめん……てぇ、とく……」

 

 泣いてしまったことを提督に謝る時雨だが、提督は「いいから来い」とだけ返して時雨を自身の胸に優しく収めた。

 提督の胸に抱かれ、顔を埋め、声を押し殺して泣く時雨を提督は落ち着かせるようにその震える小さな背中を優しく叩く。

 

 どうして時雨がこのようなことになってしまったのかというと、この時期が大きく関わっている。

 10月の後半となったこの週、時雨は勿論だが、多くの艦娘たちにとっては艦時代の記憶が脳裏に浮かぶことが多い。

 

 10月というのはあの『レイテ沖海戦』が勃発した月なのだ。

 本海戦を細分化すればーー

 『シブヤン海海戦』

 『スリガオ海峡海戦』

 『エンガノ岬海戦』

 『サマール沖海戦』

 ーーとなる

 

 加えてこの海戦で日本では初めて『神風特別攻撃隊』が採用された大きな海戦である。

 

 この海戦で日本の連合艦隊は事実上壊滅に追いやられる程の被害を被り、多くの艦がこの海戦で沈んだ。

 時雨はその中のスリガオ海峡海戦で生き残った艦であるが、その記憶に残るは想像を絶するもの。

 

 スリガオ海峡海戦に挑んだ時雨を含む西村艦隊。真夜中に行われたため、航空隊が関与しなかった最後の砲撃戦であるが、この時の西村艦隊の戦力は旗艦山城、扶桑の戦艦二隻、重巡洋艦最上一隻、時雨・満潮・朝雲・山雲の駆逐艦四隻であったが、アメリカ軍約四十隻にはあまりにも過酷な海戦だった。

 

 砲弾だけでなく多くの魚雷も放たれ、扶桑が早期に落伍。続いて満潮−朝雲−山雲も相次いで被雷していく中、時雨は山城、最上と共に突撃。しかし山城が大炎上すると、更には最上も集中砲火を浴びてしまい、時雨を除く六隻はこうして海へ沈んでしまった。

 

 こうした艦時代の記憶が残るのは艦娘が軍艦の魂を宿しているが故のことであるが、時雨のように長い間戦場にいたために仲間の最期の記憶もハッキリと残っている……そしてそれは時雨にとって、自分が沈む記憶よりも辛く苦しい記憶だ。

 よって今回ばかりは時雨も自分を強く保てず、やっとの思いで提督のところへやってきたのだ。

 

「お前やお前の仲間を沈ませたりはしねぇ……だからもう泣くな」

「…………うんっ」

 

 提督の声に時雨は頷くも、やはりすぐには泣き止むことは出来なかった。

 それを提督は無理に泣き止ませようとはせず、時雨が泣き止むまでずっと、その小さな背中に背負う多大な重荷を少しでも軽く出来るよう、優しく優しく叩いてやるのだった。

 

 ーーーーーー

 

「また今年もこんなになっちゃった……」

「気にすることなんて何もねぇさ。いつそうなってもそん時は休めばいい……それでまた歩き出しゃぁいいんだよ」

 

 ようやく落ち着いた時雨は顔を上げ、少し恥ずかしそうにつぶやくと、提督はそう返したあとで敢えてケラケラ笑って見せる。

 

「ふふ、去年も同じこと言ってたね」

「あったりめぇよ。こんな時に俺まで一緒になって落ち込んでちゃ切りねぇしな」

「ふふふ、提督らしいや♪」

 

 提督らしさを実感し、ようやく涙を拭う時雨はいつものような笑顔だった。それを見て提督はホッとし、時雨から離れようとしたが、

 

「まだ離れたくないよ」

 

 時雨はまだこのままがいい……と提督から離れようとはしなかった。

 駆逐艦の中でも聞き分けの良いグループに入る時雨であるが、やはりこういう時はどんな艦娘だろうと心を許している相手に寄り添っていてほしいもの。

 提督は普段ワガママを言わない時雨だからと、この機会にうんと甘やかすことにした。

 

「よ〜しよし。時雨ちゃんはいい子でちゅね〜♪」

「急に赤ちゃん言葉を使わないでよ。せっかくの素敵な提督が台無しになるじゃないか」

「はい、すんません」

「提督は阿賀野さんの前でだけ赤ちゃん言葉になればいいんじゃないかな?」

「阿賀野の前であんな言葉使いしたことねぇからな!?」

「え、赤ちゃんプレイとかしないの?」

「俺の趣味じゃねぇよ!」

「やっぱり提督は布団沖海戦でもオラオラ系なんだね……素敵だなぁ♡」

 

 ポッと頬を染める時雨だが、提督は基本的に俺が美味しく頂かれる側なんだが……と思いつつも、変な言い訳はしないことにして、誤魔化すように時雨の頭をワシャワシャと撫でる。すると時雨は嬉しそうな声をもらし、提督の首に両手を回してギュ〜ッと抱きつき、提督の頬と自身の頬を擦り合わせた。

 

「提督、髭がちょっとチクチクする……」

「そりゃ朝に剃っても伸びてくるもんだからな。そこは勘弁してくれ」

「ほっぺはむちむちしてるのに、チクチクするとかとんだ詐欺だよ」

「文句言いつつスリスリしてんのは誰だよ……」

「は〜い、僕で〜す♡」

 

 開き直る時雨に提督は「こいつ〜!」と声を上げ、時雨の頬に顎髭でジョリジョリの刑を執行する。すると時雨は「いたたた!」っと言いながらも、提督との戯れを自分からやめようとはしないかった。

 

「廊下で何やってるんですか、二人して」

 

 そんな中、不意に背後から声をかけられた提督。

 

「あ、みんな♪ 僕は今提督とイチャイチャしてるんだ〜♡」

 

 位置的に誰か分かった時雨がそう返し、提督が振り向くとそこにはあの海戦を時雨と共に駆けた仲間たちが勢揃いしているではないか。

 扶桑や山雲はあらあら〜と微笑まし気だが、山城や満潮、朝雲は呆れるようなため息を吐き、最上は親子みたいと笑っている。

 

「お〜、みんなしてどうした〜?」

 

 提督がみんなにそう訊ねると山雲がトコトコと提督の側へ歩いてきた。

 

「満潮姉が〜、『時雨の様子がおかしいわ』って言って〜、みんなを招集したのよ〜♪」

 

 嘘偽りなく山雲が暴露すると満潮はバツが悪そうにそっぽを向く。その横顔は赤かった。

 満潮は少し前に時雨がトボトボと寮から出ていくのを目撃したので、心配してあの時のみんなを連れてきたのだ。

 

「満潮はやっぱりいい子だな〜」

「ありがとう、満潮。僕はもう大丈夫だよ」

「そんなの見れば分かるわよ!」

 

 フンッと鼻を鳴らす満潮をみんなで『素直じゃないなぁ』と温かい眼差しを送ると、満潮が「そ・れ・よ・り!」と強く前置きして口を開いた。

 

「司令官は()()()への言い訳を考えた方がいいんじゃない?」

 

 提督は満潮の言葉に首を傾げながら向きを戻すと、そこにはニッコニコの笑顔をした矢矧がお馴染みのハリセンで手をパシパシと鳴らしながら佇んでいるではないか。

 提督はサァーッと血の気が引いたが、

 

「遅いから迎えに来たんだ〜♪」

 

 すぐ隣には愛する嫁、阿賀野が絶対零度のオーラを放って微笑んでいた。

 

「あ、阿賀野さんたちもいたんだ♪ ごめんね、阿賀野さん。提督を少し借りてたんだ♡」

 

 そんな阿賀野に臆することなく、時雨は更に提督へしがみつき、フフンとドヤ顔で鼻を鳴らす。

 それに阿賀野はカチーンと来たのは当然で、阿賀野も負けじと提督にギュッとしがみつく。

 

「ど、どうした二人して?」

 

「提督さんは黙ってて!」

「提督は黙ってて!」

 

 二人のハモリに提督はグッと押し黙ると、他の面々は苦笑いを浮かべる。

 

「司令さんは相変わらずモテモテね〜♪」

 

 そんな中、山雲だけはのほほんと言うが、

 

「モテモテだけど、穏やかではないわよね……」

「いつ血祭りになってもおかしくないわよね」

 

 山雲の言葉に朝雲と満潮は硬い笑みで返していた。

 

「ふふふ、何はともあれ時雨がいつも通りなら良かったわ」

「そうですね、姉様」

「でも時期が時期だし、今日はみんなで大部屋に泊まろうか?」

 

 最上が扶桑たちにそう提案すると、扶桑も山城も『たまにはいいわね』と笑顔で頷く。

 

 大部屋とは特務艦寮の隣にある建物で、そこは戦艦全員が一気に寝転がっても余裕があるほどの広さがある。そこは艦娘たちが大勢でパジャマパーティをしたり、今回のように仲間たちと共に過ごせるように提督が考えたフリースペース。普段は予約制であるが、こういう場合はその日に言えば仮にその日に他の予約があっても融通してくれるのだ。

 ただし中は畳が敷いてあって布団を収納するスペースがあるだけのシンプルな建物なので、本当に大勢で寝るためだけのスペースである。だから艦娘たちは大部屋と呼んでいる。

 

 最上たちの言葉に時雨が反応して「そこまでしなくても大丈夫だよ」と気を遣うが、寧ろこういう時は甘えなさいというように最上たちは笑顔で首を横に振った。

 

「時雨はいつも一人で我慢するから、たまにはいいんじゃない?」

「そうよ〜。それに〜、みんなでギュ〜ッてしながら寝ると気持ちいいわよ〜♪ 扶桑さんも山城さんもふわふわ〜ってしてるもの〜♪」

 

 朝雲と山雲にそう説得されると、時雨は「うぅ〜」と悩ましい声をもらす。みんなの気遣いは嬉しいが、やはり遠慮がちな性格が災いしているのだろう。

 するとそんなハッキリしない時雨を見て、満潮がズイッと時雨の前まで歩み寄った。

 

「わ、私が安心して眠りたいから……だ、だから、時雨も一緒に寝なさいよ……

 

 顔を真っ赤にして尻込みしながらそう伝える満潮。満潮は敢えて自分のワガママに付き合うよう頼んだのだが、後半は恥ずかしくなってしまった様子。満潮としてはそうすれば、時雨は頼られるのが好きだから心置きなく頷けると思ったが故の策である。

 

「満潮……」

「ど、どうなのよ! なんとか言いなさいよ!」

「…………うん、なら一緒に寝よう♪」

「っ……ふ、フンッ、最初からそう言えばいいのよ♪」

 

 時雨の答えに、今日一番の笑顔で顔をフニャっとさせる満潮。

 

「ありがとう、満潮」

「は、はぁ? 私がワガママ言ったのに、なんで時雨がお礼言うわけ?」

「どうしてかな……でも言いたいんだ」

「〜〜……も、もう意味分かんない!」

 

 耳まで赤くなった満潮はそう言い放ち、時雨から顔を背けるが、背けた先には扶桑たちの温かい微笑みが待っていた。満潮からすれば生温かいと感じただろう。

 そうなると当然、満潮はまた別の方へクルリと体ごと逸らすが、

 

「お前はとことんいい子だな〜!」

「満潮ちゃんいい子いい子〜♪」

 

 待ち構えていたのは先程まで修羅場だったバカ夫婦で、二人して満潮を両サイドから抱きしめて頭やらほっぺやら顎の下やらとナデナデし、うんと可愛がるのだった。

 

「〜! どうして私、こんな部隊に配属されたのかしらぁぁぁ!」

 

 今日一番の咆哮のような文句が飛び出したが、体は拒もうとはしておらず、寧ろもっともっとと言うように自分から撫でられたい所を二人の手の位置にずらしていた。

 

 結局、満潮は蕩けた顔になるまで夫婦から撫でられ続け、みんなと大部屋へ向かう足取りはフラフラとおぼつかない様子であった。

 

(提督、みんな、ありがとう♪)

 

 その中で、時雨は心の中でみんなにお礼を言い、本館へやってきた時とは正反対のキラキラした笑顔でその輪の中を歩くのだったーー。




レイテ沖海戦が近くなってきたので、今回はこのような回にしました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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強気メガネと弱気ロング

 

 10月某日、昼過ぎ。

 

 ー鎮守府の正面海域ー

 

「見えてきましたよ、二人共。あの建物が私たちの鎮守府……そして今日からあなたたちの鎮守府でもあります」

 

 護衛艦隊旗艦として先頭を駆ける赤城の言葉に、すぐ後ろにいる二名の艦娘は『あれが……』と声を揃える。

 

 するとその片方はワナワナと肩を震わせた。

 

「うぉ〜! あれがあたしらの鎮守府か〜! くぅ〜!」

 

 鎮守府を確認するなりその場で両手をあげて喜びを爆発させるのは、綾波型駆逐艦五番艦『天霧』。

 メガネを掛けた知的な見た目とは裏腹に江戸っ子気質な強気の子。出会いを大切にしているので、早く鎮守府に着いて艦娘たちや提督と挨拶したいらしい。

 

「天霧姉さん、もう少しで着くんですからあとちょっと我慢してください……」

 

 その隣で苦笑いを浮かべて天霧を注意するのは、同型駆逐艦六番艦『狭霧』。

 彼女は見たままお淑やかで物腰の柔らかい艦娘。趣味は料理や掃除という、実に家庭的な子である。

 

「あはは、やっぱ天霧ネキは元気ですな〜♪」

「元気ってレベルじゃないと思うけど……」

「でもこれくらい賑やかな方がアタシは嬉しいかな♪」

「そうだね。それにまたお姉ちゃんが増えて、私は嬉しいな♪」

 

 そんな天霧と狭霧の二人を第七駆逐隊の面々はそれぞれ楽し気に見つつ、並走していた。

 曙も口ではああ言うものの、心の中では姉の着任を喜んでいる。

 

「喜ぶのは結構ですが、着くまでは気を緩めないように。鎮守府の制海権といえど、慢心は身を滅ぼします」

 

 そして艦隊の最後尾を駆ける加賀が注意を促すと、天霧は「了解で〜す♪」と相変わらずだが、狭霧の方は「す、すみません」と謝るのだった。

 加賀は決して怒った訳ではないが、いつものクールフェイスで言われると、狭霧みたいな子は萎縮してしまうだろう。

 

「加賀さんは怒ってないから謝らなくても大丈夫だよ、狭霧ちゃん」

 

 そんな狭霧を見て、潮がすかさずフォローする。

 

「え……本当?」

「うん。加賀さんはとっても優しいんだよ♪」

「今のだって本当にただ注意を促してくれただけよ。だから安心しなさいな」

 

 潮と曙の説明、そして朧と漣がそうだよというように笑みを向けると、狭霧はホッと胸を撫で下ろし、改めて加賀に向かって今度は笑顔で「ありがとうございます」と一礼するのだった。

 それを見た加賀は潮たちのフォローを心の中で感謝し、あとでみんなへおやつにお手製のクッキーを焼いてあげようと決めた。

 

「ま、加賀さんは()()()()()()で怒ってても表情には出さないでオーラで怒るから、そこはおいおい慣れていけばオケ!」

 

 しかし漣の余計な一言のせいで加賀は漣にだけ唐辛子入りのクッキーを2、3枚仕込もうと心に決める。

 

……ほら見なさい、あれが怒ってる加賀さんよ

 

 加賀の様子を見た曙がそっと狭霧へ耳打ちし、狭霧は確認するためにチラリと見ると思わずビクッと肩を大きく震わせるのだった。

 

 そんなこんなで護衛艦隊は速度を少しだけ上げ、鎮守府へと急ぐことにした。

 

 ーーーーーー

 

 その一方、鎮守府の埠頭では綾波と敷波が桟橋から護衛艦隊の帰りを今か今かと待っている。

 桟橋から少し離れた場所には提督と能代、矢矧の姿もあり、みんなして帰りを待っていた。因みに阿賀野は今、酒匂と出撃中である。

 

「提督、椅子に座ってなくて大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だぜ、のしろん。いつもみんなが少し過保護なだけで、こうしてる分には何も問題ねぇよ」

「でも痛み出したら遠慮なく言ってね? 着任早々変なところを見せる訳にもいかないでしょう?」

「のしろんどうしよう。やはぎんがイケメン過ぎて惚れそう」

 

 矢矧のせっかくの心遣いに提督がちゃちゃを入れると、能代は「阿賀野姉ぇに聞かれたら怒られますよ」とたしなめる。一方で矢矧は「私だって提督のことは気遣ってるのに……」と、珍しく頬を膨らませて拗ねてしまった。

 

「悪ぃ悪ぃ。ついいつもの流れで……ありがとな矢矧」

 

 そんな矢矧を見て、提督はすぐに謝って矢矧の頭を軽く撫でる。すると矢矧は「わ、分かればいいのよ」とそっぽを向きながらも、その手を退けようとはしなかった。

 

「あ、司令官。艦隊が見えたよ」

「ふふふ、漣がこちらに手を振ってますよ♪」

 

 普通の人間である提督の視力ではまだ確認出来ない距離だが、艦娘である綾波たちが確認出来たのだから提督は桟橋までノソノソと移動し、敷波と同じ方向へ手を振った。

 

 ーーーーーー

 

 埠頭へ入ってきた艦隊は綺麗な陣形を保ちつつ、提督や矢矧たちへ敬礼する。

 提督たちもそれに敬礼し、艦隊は無事に帰投し桟橋へ上がった。

 

「旗艦赤城、護衛任務より帰還致しました。敵との遭遇も無く、快適な航行でした」

 

 ニッコリとお馴染みの笑顔で赤城が提督に報告すると、提督は「そいつぁ、何よりだ」と自分も笑顔で返す。

 すると、朧や漣に背中を押されて今回の主役である天霧と狭霧が提督の前へ整列。

 

「綾波型駆逐艦、天霧だ♪ よろしくな、提督!」

 

 臆することなく提督へニカッと笑って自己紹介する天霧。

 そんな天霧に対して提督は「いい顔で笑うじゃねぇか」と微笑み、今度は狭霧の方を見る。

 

「提督、あの、私……綾波型駆逐艦……狭霧といいます。お手伝い出来るよう、頑張ります」

 

 対する狭霧は少々オドオドしながらの挨拶だったが、提督は「肩の力を抜け」と優しく声をかけ、狭霧の肩をトントンと軽く叩く。すると狭霧は「は、はい」とはにかんで返事をするのだった。

 

「俺がここの鎮守府の提督で興野慎太郎だ。ここの生活に慣れるまで戸惑うところもあるだろうが、お前らが1日でも早くここの暮らしに馴染めるように、俺や艦隊がサポートする。心置きなく相談してくれ」

 

 提督の挨拶に天霧も狭霧も笑顔で返事をする。その様子を見て、綾波たちや矢矧たちも揃って微笑んでだ。

 互いに挨拶、そして能代からの大まかな鎮守府での説明を受けると、綾波たちが天霧と狭霧を連れて寮へと向かう。

 

「はは、二人して妹が増えたからか、お姉ちゃんお姉ちゃんしてんな」

「そうね……私も酒匂が着任した時を思い出すわ」

 

 綾波たちの背中を見送りながら、そんな言葉を交わしていると、

 

「提督、海の上は寒かったわ……温めてください♡」

 

 加賀が提督の背中に抱きついてきた。

 

「加賀さん相変わらずご主人様には押せ押せッスね!」

「ま、提督は普通の人よりムチムチしてるから、温かそうよね」

 

 キラキラしながら言う漣の隣で呆れたようなあざ笑うような表情でつぶやく曙。

 

「朧ちゃんはギュ〜ッてしないの?」

「し、しないよ! そもそも、みんなの前でなんて恥ずかしいし……こういうのは二人きりの時にゴニョゴニョ……

 

 乙女乙女してしまう朧に潮は思わずクスクスと笑ってしまう。そんな潮に朧は「笑わないでよぅ」と恥ずかしそうに注意すると、潮は「は〜い♪」とだけ返すのだった。

 

「加賀よ〜、寒かったのは分かるが、抱きつくのは勘弁してくれ……というか、背中に柔らかい感触がががが」

 

 狼狽える提督に加賀は「あててるのよ♡」と言いながら、更にギュ〜ッと提督にしがみつく。

 

「加賀さん、胸当てをいつの間に外したのかしら……?」

「ふふふ、流石は加賀さんですね♪ 一航戦の誇りは揺るぎません♪」

「そんなのでいいの、一航戦の誇りって……」

 

 赤城の言葉に思わずこめかみを押さえてツッコミを入れる矢矧。しかし赤城はそれでこそですとでもいうような清々しい笑みを見せたので、矢矧はキーンとした頭痛に苛まれた。

 

「加賀……そんなに押し付けるな! バランス崩して倒れちまうよ!」

「寧ろ好都合です♡ 倒れたら私がそのまま提督と一つになるだけですから♡」

「何それ怖い! てか海に落ちるだろ!?」

「大丈夫です♡ 提督はただ空を眺めてさえいれば事は済みますから♡」

 

 加賀の猛烈アピールに提督は「話を聞いてくだしゃ!」と訴えるが、何か起こる前に能代と矢矧が加賀を止めのは言うまでもない。

 しかし加賀のアピールに思わずだらしない顔をした提督は、矢矧から阿賀野の代わりにハリセン制裁を喰らうのだった。

 そんな光景を見ていた漣たちは『今日も鎮守府は賑やかだな〜』とのほほんとしていたそうな。

 

 ー駆逐艦寮ー

 

 その一方で、綾波と敷波は天霧、狭霧を連れて一緒に過ごすことになる寮室へと案内していた。

 

「ここが二人のお部屋ですよ」

「といっても、アタシたちと同じ部屋なんだけどね〜」

 

 部屋に入った天霧たちは、新生活を送る部屋をキョロキョロと見渡す。その目は好奇心にあふれ、天霧に至っては既に部屋の中を物色している。

 

「あたしここの棚でいいか?」

「いいよ〜。じゃあ、狭霧は残ってるこっちの収納スペースを使ってね」

「分かりました」

「何か必要な物はあるかな? ある程度は揃ってるけど、枕カバーとか細かい物は自分で買い揃える必要があるから」

 

 綾波の言葉に狭霧は「ではどんな物があるかだけ見に行きたいです」と答える。一方の天霧は自分の収納スペースを見たまま返事がない。

 

 それを見て綾波はクスクスと笑っているが、敷波は「返事くらいしなよ〜」と天霧の背中を軽く叩いた。

 

「ん、あぁ悪ぃ。ちょっと写真見つけたからよ〜」

 

 天霧の返答にみんなは『写真?』と小首を傾げると、天霧が「これこれ」と1枚の写真をペロンとみんなへ見せる。

 その写真は提督が写真いっぱいに写っていて豪快に笑っているところを隠し撮りしたような1枚だ。それを見た綾波と敷波は『あぁ〜』と何やら意味深な声を出した。

 

「これは朧のだね」

「ん? なんで朧の写真がここにあんだ?」

「二人が着任するまで、朧はここの部屋だったから。昨日、隣の部屋に曙と一緒にお引っ越ししたの」

 

 綾波の説明に天霧はへぇ〜と納得するが、狭霧の方は「でもどうして提督の写真を朧ちゃんが?」と疑問をぶつけると、敷波は「あぁ、それは」と口を開く。

 

「朧は司令官のことが好きなんだよ」

 

 敷波の言葉に狭霧は「えぇ!?」と驚くが、天霧は「ほほ〜♪」とニヤニヤする。

 

「朧がまだ着任したての時に初の出撃で失敗しちゃったの。朧は自分の不甲斐なさに泣いてたんだけど、それを司令官が豪快に笑って元気付けてくれたんだって。その時から朧は司令官のことが好きになったみたい」

 

 綾波が簡単に説明すると天霧は「ほぅほぅ」とニヤつき、狭霧は「そうなんだ〜」と頬を赤く染めた。

 

「二人も実感しただろうけど、司令官は見た目は怖いけど、いい人だからさ。安心して過ごしなよ♪」

「ただ、いい人過ぎて色んな人から好意を受けて、お嫁さんの阿賀野さんに睨まれてたりするけど、鎮守府は至って平和だからね♪」

 

 二人の説明に天霧たちはコクコクと頷くと、それからは提督の話題で暫く持ちきりだった。

 

 ー執務室ー

 

「ふぇ〜っくしゅっ!」

「わぁっ、提督、大丈夫ですか?」

「埠頭に立ってたから体が冷えたのかしら?」

「でぇじょぶでぇじょぶ。多分阿賀野が俺の噂でもしてんだろ♪」

 

 提督の返答に能代はクスクスと笑ったが、矢矧は有り得そうと苦笑いを浮かべたそうなーー。




今回は天霧ちゃん、狭霧ちゃんの着任回にしました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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来日したらしたかったこと

 

 10月某日の昼下がり。

 艦隊は相変わらず忙しくも穏やかな日常を送る中、とある艦娘たちは提督から招集を受けて執務室へ参じた。

 

 その面々は神通、雷、電、山風、天津風。

 このメンバーを見て、神通たちは水雷戦隊の任務かと思い、気を引き締めて執務室へ入室した。

 

 しかしそこに待っていたのは、

 

「お〜、来たな〜。悪ぃな呼び出しちまって」

 

 いつも通りの提督の笑顔だった。

 

 提督の表情に思わず神通たちは拍子抜けしてしまったが、提督に促されてソファーへとそれぞれ着席する。

 何が何だか分からないといったように神通は近くにいる矢矧に「これは一体……?」と訊ねるが、矢矧もただニッコリと返すだけだった。

 

 するとトントントンとノックする音が聞こえた。

 提督は「みんな待ってるぞ〜」と返すと、静かに開いたドアからウォースパイトとアーク・ロイヤル(以降アーク)、そして阿賀野、能代、酒匂が配膳台を押しながら入室。

 

「みんな、お待たせ〜♪」

「今日はアークさんとウォースパイトさんお手製のチョコスコーンだっぴゃ〜♪」

 

 阿賀野と酒匂の言葉で更に首を傾げる神通たち。すると提督が「それはな……」と口を開く。

 

「アーちゃんがお前らとお茶したかったんだと」

 

 すると今度はアークがみんなの前にやってきて、姿勢を正して口を開いた。

 

「此度は新参者の私から誘うのもおこがましいと思い、アドミラルに手伝ってもらった。申し訳ない」

 

「しかし、私はそうしてでも貴女たちと一度でいいのでこうしてもてなしたかった……そのことをどうか分かってほしい」

 

 そう言ってアークは神通たちに対して頭を下げる。しかし神通たちは戸惑うばかりだった。

 

「イギリスの艦娘は貴女たち……いえ、日本海軍に心から感謝しているの。だからアークは貴女たちへこうした機会を設けたのよ」

 

 紅茶の準備する手を止め、ウォースパイトがそう付け加えると、やっと雷と電は『あぁ』と納得した様子で手を叩いた。

 

 ウォースパイトが言った『日本海軍に心から感謝している』というのは、あのスラバヤ沖海戦後の敵兵救出活動のことである。

 

 スラバヤ沖海戦は1942年2月27日から3月1日にかけて日本海軍と連合国海軍との間で勃発した海戦で、この海戦で日本は自陣駆逐艦一隻を大破させたものの、連合側の重巡洋艦一隻、軽巡洋艦二隻、駆逐艦五隻を沈める大勝を収めた。

 その後、艦隊司令長官であった高橋伊望(たかはし いぼう)中将が敵艦乗組員へ救助作業を箝口令を敷いた。

 この救助活動に参加するか否か、救助した敵兵の扱いについては各艦で温度差はあったものの、高橋中将が対米戦争回避派で且つ、自身もイギリスへ滞在経験があったことも影響した故の救助活動だった。

 この救助活動は箝口令が敷かれていたため日本では全く知られてはいなかったが、救助を受けた連合側乗組員の証言により戦後明らかとなった史実である。

 

 イギリスの海軍や艦娘の間ではこの救助劇のことが多く語られているようで、アークはそうしたことを学んで来日したのもあり、その時に多く名前を聞いた神通たちをお茶会へ誘ったのだ。

 しかし、

 

「雷や電は分かるけど、私は特に何もしてもないわよ?」

 

 と天津風が言った。

 その声に神通や山風もコクコクと頷く。

 

「いいえ、貴女たちの名前も多く耳にした。だからこれは私のワガママになるが、同席してほしい」

「謙遜することないわ。貴女たちにも私たちは雷、電と同等の感謝を抱いているの」

 

 アーク、そしてウォースパイトの言葉に神通、天津風、山風は揃って戸惑ってしまったが、矢矧から「人の厚意は受け取りなさい」と優しく諭されて姿勢を正すのだった。

 

 電のイギリス重巡洋艦『エクセター(またはエクゼター)』の乗組員376名の救助や雷のイギリス駆逐艦『エンカウンター』等の乗組員422名の救助は有名であるが、神通たちの救助活動もイギリスの艦娘たちの間では語られている。

 

 3月1日のこの日、天津風は病院船『オプテンノール』の護送で戦闘海域を航行していた。天津風はそこでエクセターの生存者多数を発見し、第二水雷戦隊旗艦の神通へ救助を依頼すると漂流者に対して「別に救助船が来る」と英語で告げてその場を去った。

 神通はその依頼を受けて他の艦たちにも伝え、それによって798人の連合軍将兵たちは日本軍によって救助されたのだ。

 

 その後、天津風の手によってボルネオ島バンジャルマシンに連行されていた病院船に引き渡された。

 ここで先に記した電、雷の救助活動は勿論だが、山風もまたエクセターの乗組員67人を連れ、マカッサルでオランダ軽巡洋艦『ジャワ』の生存者と共に海軍陸戦隊へ引き渡された。

 

 日本側も戦時中は取り返しのつかない失態を犯してしまったことはあるが、その話はイギリス軍では奇跡の救助劇として語り継がれているのだ。

 

「さ、美味しい紅茶も入った。作法など気にせず飲んでくれ」

「スコーンもどうぞ」

 

 アークとウォースパイトが笑顔で神通たちにそう促すと、神通たちは笑顔で『いただきます』と手を合わせて紅茶を飲む。

 

「ん〜、美味しい〜♪」

「いい香り♪」

「美味しい……♪」

 

 雷、天津風、神通はその紅茶にホッとし、

 

「これ、1個が小さいから食べやすい♪」

「電たちの手より大きいのに!?」

 

 山風はチョコスコーンを紅茶を飲むかの如く食べ、電はそれに驚愕していた。

 

「あの子は食べるわよ?」

「心配はいらない。ちゃんと阿賀野から聞いて大量に作ってある」

 

 矢矧がアークに耳打ちすると、アークは胸を張って答える。その証拠に配膳台の下にはスコーンがこれでもかと積まれていた。

 それからアークは「アドミラルたちもどうぞ」と提督たちにも紅茶とスコーンを振る舞い、執務室では優雅なお茶会が開かれるのだった。

 

 ーーーーーー

 

「へぇ〜、そんな風に伝わってるのね〜」

 

 お茶会の話題は当然あの工藤俊作(くどう しゅんさく)中佐(当時は少佐)の話で持ちきり。

 

「この頃の日本は『石油の一滴は血の一滴』と言われていました。艦内の真水を作るために造水装置も稼働させるために燃料を消費し、機関長たちは絶えず燃料節約に努め、乗組員たちも洗面や飲料水にも細心の注意を払っていました」

「その状況下で工藤艦長は敵兵救助のために艦の停発進もして、重油で汚れた敵兵みんなを綺麗にするためにアルコールやガソリン、真水も使って洗浄したのよね」

「それでガソリンやアルコールを使ったのが災いして、その兵士たちの体に水泡が出来てしまったけど、工藤艦長は主砲を使えなくしてまで全甲板に大型の天幕を張らせて、そこで負傷者を休ませたのよね」

 

 神通、天津風、矢矧の言葉にアークはうんうんと目を輝かせ、雷はフフンと胸を張る。

 

「そういや、前にウォスパちゃんから貰ったこの本を書いた人が、工藤艦長の話を日本に伝えたんだよな〜」

 

 そう言って提督は本棚から1冊の本を取り出す。

 その本のタイトルは『My Lucky Life』と書かれ、この本の著者は当時エンカウンターの乗組員で雷に救助されたサー・サムエル・フォール卿である。

 

「その自伝の1ページ目に『この本を私の人生に運を与えてくれた家族、そして、私を救ってくれた工藤俊作に捧げます』って書いてあるのを読んだ時、こう……胸が熱くなった」

 

 提督はまた改めてそのページを開くと、雷や電も『見せて見せて!』と提督の側へ近寄っていった。

 

「高橋中将もその雷の光景には『こんな光景は初めて見た』って唖然したのよね♪」

「はい。そして帰る雷にイギリス兵士たちは体全体を使って感謝を伝えた、と聞きました」

 

 矢矧、神通は笑顔でそんな話をすると、山風は「そうなんだ」とクスクスと笑い、天津風も「そう聞くと何だか嬉しいわね」と小さく笑う。

 

「祖国にいるエクセターやエンカウンターもいつかは日本に着任したいと、そう願っている。もし実現したら、その時はどうか彼女たちとお茶してやってほしい」

「もしそうなったらお茶会じゃすまないと思うけどね」

 

 穏やかな笑みで祖国にいる同胞たちのことを話すアークやウォースパイトに、雷を始めとしたみんなが笑顔で頷いた。

 するとアークが「そういえば……」と何かを思い出し、口を手で押さえて笑い声をもらす。

 ウォースパイトが「どうかしたの?」と訊くと、アークは「それが……」と切り出した。

 

「私がまだ祖国の鎮守府にいた頃、私の鎮守府から日本へ異動していったオールド・レディからエアメールが届きまして、その封筒にオールド・レディとその鎮守府の雷、電と一緒に撮った写真が同封されていたのを思い出したのです」

 

 アークがそこまで話すとウォースパイトは「Uh hun」と苦笑いを浮かべた。しかし他のみんなは分からないのでアークの言葉を待っていると、

 

「『オールド・レディだけズル〜い!』ってエクセターもエンカウンターも悔しそうにしていた……あれには笑ってしまったよ♪」

 

 と言ってクスクスとまた笑った。

 

「イギリスの鎮守府も日本の鎮守府と同じで賑やかなんだな〜」

「ふふふ、そうだね♪ なんか親近感湧いちゃう〜♪」

 

 そんな話を聞いて提督や阿賀野が笑うと、神通たちや矢矧たちも同じく笑みをこぼした。

 国は違えど過ごしている時間は同じ……それを感じられたのはどこかみんな嬉しかった。

 

 その後もアークからイギリスでの鎮守府の話を聞き、そしてまた救助活動の時の話をし、その日は話題が絶えることはなかったそうなーー。




 
 いつもより短かったのでおまけー

 ー駆逐艦寮、暁型姉妹部屋ー

 時は同日の夜。
 夕食、お風呂を済ませた暁たちは部屋に戻ってくつろぎながらいると、雷と電が暁と響にアークからお土産に貰った紅茶を振る舞っていた。スコーンも貰ったが夜の間食を気にする乙女心で紅茶だけにした結果である。

「ん〜、いい香りね〜♪ まさにレディの就寝前にもってこいだわ♪」
「これは寝る前用のフレーバーティーだね。それも安眠効果があるカモミールティーだ」

 響の解説に暁は「そうなんだ」と言いながら、今度はこれがカモミールの香りだと確認するようにまた一口含む。

「他にもジャスミンとかベルガモットのやつも貰ったのよ♪」
「無くなったら言えばまたくれるって言ってくれたのです♪」

 雷と電の言葉に響は「二人のお陰だね」と微笑み、暁は「姉として鼻が高いわ♪」とご満悦。

「そういえば、今日の執務室では修羅場はあったのかい?」

 ふと響が二人にそう訪ねた。早くもアークはLOVE勢入りしたと聞いている響としては、そちらの話の方が気になるのだ。
 そんな響に暁は「またそんなこと聞いて……」と口ではたしめるものの、目は好奇心にあふれている。

「ん〜……特には無かったわね〜? 強いてあげればアークさんが司令官の側に行くと、絶対阿賀野さんが間に入ってたくらい」
「その様子をクワスク!」

 食いついた響に雷は思わずたじろぐが、その先には暁が待っていたので話すしかなかった。
 そんな姉たちを見て電は「電は何も聞いてないのです♪」と、それを止めようとはしなかったという。

 おしまい

 ーーーーーー

今回はイギリスと日本の大戦時の話を元に書きました!
イギリス艦が実装されてから、私は密かにエクセターやエンカウンターが実装されるのを待っているので……。

ということで、読んで頂き本当にありがとうございました!


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鎮守府秋祭り

 

 10月某日、昼前。

 泊地の寒さもそこそこ深まる中、艦隊は任務や訓練と変わらずの様子。

 そんな中、執務室では新たに着任した艦娘が三名、提督と挨拶を交わしていた。因みに提督は先に挨拶を済ませたので、今は丁度新着任艦の一人が挨拶をするところである。

 

「Ciao! あたしは、そう、Luigi Torelliよ。そね、トレッリ……ん〜、ルイでいいや♪」

 

 元気に挨拶をするのはイタリア潜水艦『ルイージ・トレッリ』。彼女の艦時代はかなり複雑な歴史があるが、本人はそんなことも何のそのといったところ。

 今のところは『ルイ』で艦隊に馴染めるよう、提督もフォローしようと考えている。

 

「司令、神風型駆逐艦、旗風、参りました。お供させて頂きます。よろしくお願い致します」

 

 一方で丁寧に頭を下げて挨拶するのは神風型駆逐艦五番艦『旗風』。春風と同じく物腰の柔らかい大和撫子な艦娘。

 

「海防艦、松輪です。あの……択捉ちゃんと一緒に……私も頑張ります……」

 

 最後に弱々しくもしっかりと挨拶をしたのが択捉型海防艦二番艦『松輪』。

 引っ込み思案なのか姉の択捉の手をギュッと握りっぱなし……しかし瞳は力強く提督の方を向いている。

 

「ルイに旗風、松輪な……よし、これからよろしくな!」

 

 提督はニカッと笑って三人へ声をかけると三人共笑顔で返事をする。中でも松輪はホッとしたのか、やっと択捉の手を放すことが出来た。

 するともうこれは恒例行事的な感じになっているが、提督は三人へ五百円玉を手渡した。勿論、この場へ三人を案内してきた神風と朝風、リベ、択捉にも。

 

 神風たちは提督のこれにもう慣れたのでお礼を言って受け取るが、旗風や松輪はオロオロしていて戸惑いを隠せない。一方のルイだけは「おこづかいってやつだね!」と嬉しそうに受け取っている。

 

「あ、あの……これはどうすれば……?」

 

 旗風の言葉に松輪も小首を傾げて神風たちを見つめる。

 

「お礼を言って受け取ればいいのよ♪」

「神風姉の言う通りよ♪ これは司令官の厚意なんだから♪」

「遠慮したら司令が悲しみますよ♪」

 

 それぞれの姉たちからそう言われると、旗風は「大切に使わせていただきたく存じます」と深々と頭を下げ、松輪は「あ、ありがとうございます……」と戸惑いながらもお礼を述べた。

 

「おいおい、そう堅く受け止めんなよ。駄賃なんだからよ」

「は、はい……」

「お前は今日からここの仲間で家族だ。んで駆逐艦や潜水艦や海防艦なら俺と阿賀野の娘みたいなもんだからな……だからただ受け取りゃそれでいいのさ」

「はい、お心遣いありがとうございます」

「ありがとうございます、お父さん♪」

 

 言ってから松輪はハッとして口を両手で押さえたが、周りにはバッチリと聞こえてしまったため、みんなから温かい眼差しを送られたのは言うまでもない。

 提督も機嫌よく「そうだ、父ちゃんだぞ〜♪」と言って松輪の頭をポンポンっと叩くように優しく撫でると、松輪は「ぁぅぁぅぁぅ〜」と恥ずかしそうにしながらもナデナデを拒もうとはしなかった。

 

「あ〜! なんかズルい〜! あたしもナデナデして〜!」

 

 松輪と提督のやり取りを見てルイがそう要求すると、提督は快く頷いてルイの頭も優しく撫でる。

 こうなると勿論、

 

「提督〜! リベも〜! リベだって護衛頑張ったんだよ〜!」

「私と神風姉と旗風にもお願いね♪」

「旗風もですか!?」

「わ、私は別にナデナデされたくて頑張った訳じゃ……ナデナデされるのは嬉しいけど

 

 他の駆逐艦たちも自分にもしてほしいと願い出た。

 こうなると提督は娘におねだりされてデレデレになった父親のように締まりのない顔で頷き、よ〜しよしよしと可愛がるのであった。因みに初ナデナデの旗風は「癖になりそうです……」とえらく気に入るのだった。

 

 いつもならばここで矢矧のハリセン制裁なり鉄拳制裁が執行されるのだが、都合よく矢矧は別件でこの場にはいないので、代わりに残っていた酒匂が三人に鎮守府でのルールを説明し、その上で神風たちに三人をそれぞれの寮へ案内を頼んだ。

 

「……さて、ん〜じゃ、俺は歓迎会の準備に戻るな。さかわん、あとはよろしく♪」

 

 みんなを見送り、足音が遠のいたのを確認して提督はそう言って立ち上がる。酒匂は「あたしにおまかせっぴゃ♪」と元気よく返すと、提督は酒匂にも優しく頭を撫でてあげた。

 

 ー食堂ー

 

「阿賀野姉ぇ、鶏の唐揚げ出来たからこのお皿持っていって」

「は〜い♪ あ、矢矧〜、そのフライドポテトはもう油からあげていいよ♪」

「分かったわ」

 

 その頃、食堂では間宮や伊良湖、を中心に多くの艦娘たちが厨房で料理をし、また多くの艦娘たちが妖精たちとテーブルへ料理を並べていた。

 

 新しく着任したリシュリュー、アーク・ロイヤル、旗風、天霧、狭霧、ルイ、松輪への着任パーティの準備中なのだ。

 今回は急ぎの任務もないため、午後からの任務や訓練を中止しての盛大なものとなる。これには着任パーティも勿論だが、秋刀魚祭りのお疲れ様会も兼ねているのだ。

 秋刀魚祭りは祭りといってもその任務内容は全く祭りとは言い難い……なのでここでやっと艦娘たちに祭り気分を味わってもらおうと提督が阿賀野と決めた。

 

 なので、

 

「鉄板の準備も万全やで♪」

「こっちの鉄板もいつでもいけるけぇ♪」

 

 黒潮と浦風は一つのテーブルを陣取って『お好み焼き屋』を開き、

 

「鮎の塩焼きならぬ、秋刀魚の塩焼きクマ〜♪」

「イカ焼きもあるにゃ〜♪」

 

 その隣では球磨と多摩が炭火で串に通した秋刀魚とイカを焼いている。

 

 他にも各テーブルでは龍驤と大鳳の『たこ焼き屋』、雷と電の『イカズチ饅頭屋(小籠包)』、第六戦隊の『伊太利コロッケ屋』が並ぶ。

 食べ物以外にも、第二駆逐隊の『クジっぽい(くじ引き)』、第四駆逐隊の『輪投げ屋本舗』、二航戦の『的あて(ダーツ)』と食堂内の一角で思考を凝らした娯楽屋を開いている。

 お店という形式を取ってはいるが、どれも無料で食材や景品の予算は提督のポケットマネー。

 

「お〜、かなりゴールが見えてきたな〜♪」

 

 食堂に戻った提督が入るなりそう言って周りを見回すと、阿賀野が即座にやってきて「おかえりなさ〜い♡」と抱きつく。それを見て、みんなも微笑まし気に夫婦を眺める。

 

 それからは提督も厨房に入って料理を手伝い、昼から始まるパーティに備えるのだった。

 

 ーーーーーー

 

「え〜、では、新しく着任した仲間、そして家族が増えたことを祝し、これより鎮守府の秋祭りを開催すっぞ!」

 

 提督による開幕の挨拶に集まった艦娘と妖精たちは大きな拍手を送る。中でも祭り好きやお酒好きの艦娘たちは狂喜乱舞のような騒ぎようだ。

 

「よ〜し、みんなグラス持て〜!」

 

「乾杯!」

『カンパ〜〜イ♪』

 

 こうして鎮守府の秋祭りが膜を開けた。

 

 ー新着任組ー

 

「アミラル、私のグラスにワインを注ぐ役目をあげるわ♡」

「いや、ここはワインじゃなくて俺のオススメ『加賀美人』を飲んでみねぇか? 女性でも飲みやすい甘口の清酒なんだ」

 

 提督の言葉にリシュリューは上機嫌で「ではそれを♡」と新しいグラスに持ち替える。

 

「提督が私を……私を美人と……これは今夜のお誘いに違いないわ♡」

 

 一方、一航戦のダメな方が恍惚な表情を浮かべているのは見て見ぬフリをする他ない様子。因みにその後、瑞鶴から否定されてやけ食いに走るとは本人もまだ知らない。

 

「アドミラルのオススメとあれば、私も頂きたい♡」

 

 提督がリシュリューに注いでいるところへアークもグラスを持ってやってくると、提督は「お〜、飲め飲め♪」と笑顔で頷き、アークのグラスにも注いでいく。勿論、その他にも提督からお酌を受けたいLOVE勢が殺到したのは言うまでもなく、思いの外大行列になってしまった。

 

「いやぁ、提督は話に聞いた以上にモテるんだな〜♪」

「それだけ皆さんと同じ時間を過ごして来たんでしょうね♪」

 

 そんな大行列を見ながら料理を口に運ぶのは天霧と狭霧。二人共に自分たちもこの艦隊の仲間になれることに喜び、つい笑みがあふれている様子。

 

「提督の奥さんもニコニコしてるね♪」

「ちょっと怖いですけどね……」

「でも司令は全く気にしてないね……」

 

 その天霧たちの横では同じく大行列を見ながら、ルイ、旗風、松輪が阿賀野の様子を三者三様で話していた。

 しかしこの三人も心から楽しんでいる様子が見て取れるので、旗風たちも天霧たちと同じくこの鎮守府へ着任出来たことが嬉しいのだろう。

 

 ー食べ物屋組ー

 

「イカズチ饅頭如何ですか〜?」

「ビールやお酒のおつまみにピッタリよ〜♪」

 

 呼び込みをする雷と電。するとその前にビスマルクとグラーフがやってきた。

 

「その饅頭を6個頂けるかしら?」

「いいわよ♪ ちょっと待っててね♪」

 

 ビスマルクの声に雷はせっせと紙皿へイカズチ饅頭を乗せていく。

 

「この中味はなんだろうか? ビールにも合うようだが……」

「今回は餃子の餡に似た味付けにしたのです♪ でもニンニクは使ってないので、安心して食べられますよ♪」

 

 電の説明にグラーフは「なるほど」と頷き、ビスマルクが品物を受け取るとレーベたちが待つテーブルへ戻った。

 そこでみんなして一口食べると、中からは鶏の出汁が効いたスープがジュワ〜ッとあふれ、そこにニラと白菜、鶏肉のまろやかなハーモニーが食べた者を虜にしてしまう。その証拠にビスマルクとグラーフはおかわりをしに行ったほど……。

 

 ーーーーーー

 

「伊太利コロッケですよ〜♪」

「揚げたてだから食べてって〜♪」

 

 青葉たちのお店も大分賑わっており、青葉と衣笠はどんどん伊太利コロッケを揚げていく。

 

「ねぇ、青葉〜、衣笠〜……」

 

 一方、お手伝いに来ている古鷹は少々複雑な様子。

 何故なら、

 

「どうして私と加古だけこの衣装なの〜?」

 

 呼び込み担当の二人はイタリアの民族衣装を青葉に言われて身につけているから。

 二人が身につけているのはサルディーニャ民族衣装で花柄の刺繍が施されたショールが特徴的。

 

「だって呼び込みするならインパクトがないと!」

「二人共可愛いよ♪」

 

 青葉と衣笠の言葉になんとも複雑そうな古鷹だが、加古に至っては気にすることなく呼び込みをしている。

 しかし、

 

「お〜、二人共、その衣装似合ってんじゃねぇか♪」

 

 提督が登場すると、加古は顔を赤くし、しおらしくモジモジしてしまう。褒められて嬉しい半分普段の自分とは違う服装の恥ずかしさ半分といったところなのだろう。

 

「司令官、来てくれたんですね!♡ 青葉の服装のコンセプトは新妻ですよ!♡」

 

 ハート型のトップのエプロン姿を見せて提督にアピールする青葉。提督は「ほ〜、可愛いじゃねぇか♪」と褒めると青葉はヘブン状態になり、結局暫くは古鷹が伊太利コロッケを衣笠と揚げることになったのは言うまでもない。

 

 ー娯楽屋組ー

 

「くじ引きっぽ〜い♪」

「ハズレでも景品があるよ♪」

 

 くじ引き屋の第二駆逐隊はハズレ景品に提督のブロマイドがあるため、LOVE勢を誘い込む作戦。

 

「ダーツは当たれば必ず景品あげるよ〜♪」

「全弾ハズレても残念賞があるからね〜♪」

 

 一方、隣で的あてをしている二航戦は対象を全員にした大盤振る舞い。因みに残念賞は「残♡念」とチョコで書かれたクッキーであるためか、妖精たちがこぞって群がっている。

 

「ただいま、山城……」

「え……は、ハズレが無いのにハズレが……!?」

 

 くじ引きをしてきた扶桑が泣きながら戻って来たのを見て山城は駆け寄るが、

 

「4等の『ぽ〜いお茶1ケース』が当たったの!」

 

 まさかの嬉し過ぎての涙だった。

 これには流石の山城もその場にズッコケてしまう。

 

「よ、良かったですね、姉様……ですが、大袈裟過ぎますよぅ」

「だって嬉しかったんだもん……」

 

 扶桑の珍しい可愛い仕草に山城はキュンと来た。そして第二駆逐隊へ今度お手製のチョコケーキを焼こうと決めるのだった。

 

 一方、

 

「ダメ! 私には撃てない!」

 

 大鳳は的あてで荒れに荒れていた。

 

 大鳳が今やっている的あては提督のブロマイドだけがもらえるLOVE勢向けの物(景品に限りがあるため一人一回)なのだが、その的は提督の等身大を模した的なのでLOVE勢からは少々不評なのだ。

 飛龍は反対したのだが、提督が「遊びなんだしいいじゃねぇか♪」と許可した結果である。

 

「テートクのハートを射抜くのはワタシデ〜ス!♡」

「榛名、頑張ります!」

 

 しかし一部のLOVE勢は燃え上がるLOVEをダーツに乗せて飛ばしている。何故なら、提督のハート(心臓部分)へダーツをあてれば青葉秘蔵の提督これくしょんの1枚が貰えるからだ。

 由良、武蔵、陸奥のガチ勢も競ってハートを射抜こうとしたが、LOVEが先行して的を大きく外してしまうという結果にガックリと膝を突くのだった。

 

 ーーーーーー

 

 その後も『鎮守府へ行こう! 新人の主張』や『食堂の中心で提督に愛を叫ぶ』といった恒例行事は勿論、那珂や加賀、金剛型姉妹の有志発表(リサイタル)もあり、間宮と伊良湖のマグロ解体ショー、ショートケーキ大食い大会、3キロカツ丼早食い勝負……などなど大盛況。

 これに新着任艦の者たちは勿論のこと、艦隊全員が楽しめる行事になったーー。




 ーちょっとしたおまけー

 ショートケーキ大食い大会の結果

 1位:海風  ・量:カットケーキ101個
 2位:弥生  ・量:  〃   100個
 3位:大和  ・量:  〃   57個
 4位:アイオワ・量:  〃   55個
 5位:加賀  ・量:  〃   23個

 優勝賞品

 スイーツバイキング二名様ご招待券

 健闘賞品(弥生へ)

 間宮&伊良湖の新作パフェ試食券(1年間有効)


 3キロカツ丼早食い勝負の結果

 1位:雲龍・タイム:0.3秒
 同位:山風・タイム:0.3秒
 3位:武蔵・タイム:12分53秒
 4位:赤城・タイム:15分22秒
 5位:足柄・タイム:23分05秒

 優勝賞品

 三ツ星ホテルバイキング二名様ご招待券
 優勝者二名のため後日二名へ贈呈

 ーーーーーー

ということで、今回はこのような回になりました!
結果発表のところは私の脳内鎮守府のことなので、どうかご了承を。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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イベント委員会

 

 10月某日、昼下がり。

 大型台風により提督から全艦待機命令(お休み)が言い渡された本日。多くの者は部屋でまったりと過ごしているが、鎮守府本館の会議室では『イベント委員会』が打ち上げをしている真っ最中であった。

 

「では〜、この前の鎮守府秋祭り成功を祝して〜……カンパ〜イ!」

 

 イベント委員会会長の夕張がグラスを高らかに掲げ、音頭を取る。

 すると会員たちは『カンパ〜イ!』と声を揃え、グラスの中身を空にしていく。

 

 この前に行われた『着任パーティ&鎮守府秋祭り』は提督と阿賀野の発案ではあるが、このイベント委員会の者たちが協力したからこそ、あそこまで大きなイベントになった。

 

「外はあいにくの台風だけど、打ち上げをやらせてくれた提督に感謝しなきゃね♪」

「あぁ、本当にいい上官に恵まれたな、私たちは」

 

 副委員長の明石の言葉に隣でダルマを嗜む那智は微笑んでグラスを傾ける。

 

「本当は提督も招待したかったわ〜。イベント出来たのはほぼ提督のお陰なのに……」

「みんながお休みでも、提督と阿賀野さんは執務室で書類仕事だもんね〜……」

 

 一方、足柄と谷風は残念そうにつぶやいていた。足柄に至ってはLOVE勢故に提督と一緒に打ち上げをしたかったといったところだろう。

 

「提督はああ見えて真面目だからね。今回は私たちで楽しみましょう♪」

「そそ♪ その方が提督だって喜ぶよきっと♪」

「提督はどこまでもお優しい方ですから」

 

 千歳、千代田、鳳翔の委員会空母勢が笑ってみんなへ声をかけると、みんなも笑顔で頷き、改めてグラスを空にするのだった。

 

 ーーーーーー

 

「このポテチうっまっ! 何これ、すっごいよ!」

「これ商品化した方がいいレベルだよ!」

「ふふふ、褒めても何も出ないわよ♪」

 

 打ち上げも楽しく続き、今は鳳翔お手製のポテトチップスを堪能中。ポテトチップスにしては少々分厚いが、それがカリッと揚がり、シンプルな塩のみの味付けなのがかえってみんなの舌を満足させたのだろう。

 中でもイヨと白露はかなり気に入った様子で、まさにやめられないとまらない状態である。

 

「やっぱりポテトチップスって塩が一番よね」

「そうだな……コンソメやのり塩なんかにも惹かれるが、結局は塩に戻るからな」

「色々味はあってもシンプルなものが一番ってことだよね♪」

 

 足柄、那智、千代田の言葉に他の面々も『確かに』と頷きながらポテトチップスを頬張った。

 それを見た鳳翔は「塩味しか知らなかったなんて言えない……」と心の中でつぶやき、今度他の味をそれとなく買ってみようと決意したそうな。

 

「ザラ姉様のカプレーゼも美味しいよ〜♪」

「皆さんもどうぞ〜♪」

 

 ポーラとザラの声に那智や足柄が一口つまむと、完熟トマトの甘みがモッツァレラとバジルによく合い、多めにかけられたブラックペッパーもアクセントになって味が引き立って那智も足柄も『美味しい♪』と太鼓判を押す。

 

「じゃあポーラ、そろそろお水にしてね♪」

「なじぇ!? まだ5本()()ボトル空けてないのに!?」

 

 突如の勧告にポーラは猛抗議をするが、「5本()空けてるのよ?」とザラのニッコニコな笑みの前では、ポーラも大人しく水をグラスに注ぐしか選択肢はなかった。

 前にも似た状況になった時、ポーラはワガママをこじらせた末に意識を失った。目を覚ました時、何故か何をされたのかという記憶はポッカリと空いていた。それ以来、こういう時になったら身体は絶対に酒瓶を取ろうとはしないし、ポーラ自身もここで酒瓶を取ったら何かが終わると悟っての行動である。

 

「皆さんもそろそろお水にした方がいいわよ?」

 

 ザラとポーラのやり取りを見て、鳳翔も飲兵衛艦たちへそう告げた。鳳翔はみんなのストッパーなのに加え、みんな鳳翔が怒るととんでもないことになると分かっているので、素直に水を選択する。

 

「んじゃ、みんなお水を飲み始めたから次のイベントの話を詰めちゃおっか」

 

 切りが良いと読んだ夕張がそう提案すると、みんなも「いいよ〜」、「そうしよっか」などと同意の声をあげた。ほろ酔いではあるが、酒に強い面々なのでこれくらいで議論が出来なくなることはないのだ。

 

 明石はすかさずホワイトボードを持ってきて、そこには既に夕張と明石が「これまで決まったこと」、「これから話を詰めること」という項目を記入しておいたので、みんなはスムーズに話を始めることが出来た。

 

「先ず、月末の鎮守府ハロウィンイベントだけど、鳥海さんや阿賀野さんたちの裁縫得意組の協力で貸出衣装は完璧に揃ったわ」

 

「そして提督からの許可もおりて、任務と訓練外なら仮装してもオッケーになったわ」

 

 夕張が淡々と今日までに決まったことを報告し、みんなはそれを静かに聞いている。

 

「……あとはパーティをするかしないかが決まってないのよね」

 

 明石がそうつぶやくとみんなは苦笑いに近い笑みを浮かべた。

 パーティ自体の演目や料理のことは既に提督や間宮たちから許可を得ているし、有志で発表したい者たちも嘆願書を提出している。

 では、どうしてパーティの決行が決まってないのかというと、ハロウィンというイベント自体が日本で馴染みがないからだ。

 

 ハロウィンとは元々古代ケルト人が起源と考えられている祭のことで、秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事である。

 現代では特にアメリカ合衆国で民間行事として定着し、祝祭本来の宗教的な意味合いはほとんどなくなっているので、宗教にあまり縛られない日本でも近年ではよく見かけるイベントになりつつあるのは事実だ。

 しかし日本ではただのコスプレパーティっぽくなってしまっているのがゴーサインを出せない理由になっている。

 

「ん〜……駆逐艦の子たちが仮装して、お菓子をあげるってだけの方がいいと思うのよね。パーティ自体はやればみんな楽しんでくれるでしょうけど……」

「そうよね〜……でも本来のハロウィンとは違うものになっちゃうのは、なんか素直に実行し難いわよね」

 

 足柄と千歳の言葉に他の面々も「そうだよね」と言うような表情。

 

「イタリアでもハロウィンはほぼ無視されている行事ですからね……」

「その次の日の『諸聖人の日』の方が重要視されてますね〜」

 

 ザラとポーラがそう言うと、夕張は「クリスマスみたいに家族で過ごす日みたいな感覚ならやりやすいんだけどね〜」と苦笑いを浮かべた。

 

 現代で大々的にハロウィンを行っているのはアイルランドやイギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリアなどの英語圏。

 中でも元々がケルト人であるアイルランドには色濃く残っている風習で、『ハロウィン休み』なんて言葉もあるくらいだ。

 

 一方でカトリック教徒が多いイタリア、スペイン、ポルトガル、フランスの諸ヨーロッパの国々やブラジル、アルゼンチン、ペルーなどの南米諸国ではザラとポーラが言った通りで、ほぼ無視されている行事である。

 

 ロシアにおいてはロシア教育省が「ハロウィンは子どもたちの壊れやすい心には有害である」との見解を出したほどで、ロシアではハロウィンの時期になると多くの団体が反ハロウィンキャンペーンを行っているところもあるそうだ。

 

 悩めば悩むほど泥沼化していくこの協議……みんなどうしたものかと首を傾げる中、会議室のドアがトントントンとノックされる。

 夕張が「は〜い」と返事をすると、

 

「お〜、やってるか〜?」

 

 提督がひょっこりと入ってきた。その後ろには阿賀野と矢矧の姿もあり、イベント委員会のみんなは提督たちへ笑顔で挨拶をするも内心では『どうしたのだろう?』と思っていた。

 

 そんな中、提督はのそのそと夕張のところにやってくる。LOVE勢の夕張はドキドキしながらいると、提督がホワイトボードをチラリと見てから口を開いた。

 

「悩んでるなら、やった方がいいんじゃねぇか? 去年と違って今年はイギリス艦やアメリカ艦が増えたんだし、盛大とはいかなくてもパーティくらいはやってもいいだろ。みんなだって楽しみが増えるのは嬉しいと思うしな」

 

 突如のゴーサインに明石は敢えて「ただのコスプレパーティになっても?」と疑問を投げると、提督は「日本ってのは自由な国だからな♪」などと豪快に返すのだった。

 こうなると委員会は満場一致でパーティ開催を決定。早速明日からパーティに向けての準備に取り掛かる段取りを決めようとしたが、それを提督が止めた。

 すると阿賀野と矢矧がずっと持っていたバスケットをテーブルに置き、二人して『じゃ〜ん♪』と布を取ると、

 

「仕事が早く終わったから、私たちでみんなに少し早いハロウィンのお菓子を作ってきたよ〜♪」

 

 ハロウィンにピッタリな菓子がぎっしり詰まっていた。

 これには一同『ふぉぉぉ〜!』と声をあげ、みんなして『(。✧Д✧)(こんな)』感じに目をしいたけにしている。

 

「今は色んな形抜きがあるから、結構楽しんで作れたわ♪ 提督が買い揃えてたのには驚いたけど……」

 

 矢矧の言葉に提督は「悪かったな」と返すが、矢矧は「拗ねることないでしょ?」と柔らかい笑顔で返す。

 矢矧が言ったように、クッキーだけでも定番のジャック・オ・ランタンやコウモリ、オバケの形からクモやクモの巣、魔女の帽子を模した形のクッキーと様々。

その他にもジャック・オ・ランタンに似せたシュー皮を半分に割ったところへ、かぼちゃを練り混ぜたカスタードクリームをふんだんに使ったシュークリーム。

かぼちゃプリンの上に生クリームで可愛らしいオバケをデコレーションした物。

ジャック・オ・ランタンの形をしたスイートパンプキン……などなど見た目も可愛らしいハロウィンスイーツが沢山入っていた。

 

「どれも美味しそうで迷っちゃう〜」

「このシュークリームとか可愛いから食べにくい〜」

 

 白露と千代田がニコニコしながらも悩まし気な声をあげる中、

 

「やめて……助けて……いやぁぁぁ!」

 

 ポーラは裏声まで出してジャック・オ・ランタンのシュークリームをナイフで縦に真っ二つにすると、

 

I'll never forgive you(絶対に許さないぞ)!」

「恨めしや〜〜!」

 

 今度は足柄とイヨが図太い声でそう言い放つ。しかも二つに割かれたジャック・オ・ランタンからはトロッとクリームがあふれているので、それがもし赤かったらただの地獄絵図だろう……。

 それを見て駆逐艦の白露と谷風は勿論、ホラーが苦手な千代田は『ひぃぃぃ!』と怯えるが、

 

「止めなさいっ!」

「食べ物で遊ぶな」

 

 ザラと那智の保護者組から足柄たちはお叱りを受けるのだった。それを見て鳳翔と千歳は可笑しそうにクスクスと口を手で押さえて笑う。

 その後は提督たちも含めた全員でお茶会になり、打ち上げの二次会になるのだったーー。




ハロウィンが近い+イベント委員会をまだ書いてなかったので、今回はこのようにしました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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ハロウィンの日

仮装している艦娘を出しますが、一部以外は細かな描写を割愛させて頂きますので、好きなデザインをご想像ください。


 

 10月最後の日となる31日、昼前。

 今日は世間ではハロウィンということで、鎮守府もハロウィンイベントを行っていた。

 訓練や任務以外の艦娘(主に駆逐艦)たちはフェイスペイントやボロいシーツを頭から被って仮装し、仲間たちのところを転々としてお菓子回収に精を出している。

 

 ー執務室ー

 

「トリックオアトリート〜♡」

「お菓子無いので悪戯キボンヌ!」

 

 ただ、この夫婦はある意味で平常運転だった。

 阿賀野が吸血鬼の格好をして例の合言葉的なことを言うと、提督は両手を広げて待機。

 すると阿賀野は提督に抱きつき、首筋やら唇をハムハムと甘噛みする。

 

「吸血鬼っていうか、やってることは淫魔よ……」

 

 そんな夫婦のやり取りを矢矧は真顔でツッコミを入れていた。能代と酒匂は『まぁまぁ』となだめてはいるが、否定しようとはしていない。

 提督と阿賀野は先程まで駆逐艦やらLOVE勢にてんやわんやしていたので、夫婦のハロウィンがやっと出来ているのだ。傍から見ればそれはいつも通りだが、やはりシチュエーションが違うと盛り上がるものである。

 それから数分後、ヒートアップした故に矢矧の怒号が炸裂するとは夫婦はまだ想像もしていない……。

 

 ー中庭ー

 

 一方で、ここにも多くの艦娘たちがハロウィンを楽しんで……

 

「やだ……怖い怖い怖い怖い怖い……」

「私を食べても美味しくないよ〜!」

 

「もう! アイオワさん!」

「いくらなんでもやり過ぎです!」

「そ、ソーリー……」

「貴女ならやると思ったのよね……」

 

 ……いるはずである。

 

 頭を両手で覆い、その場にしゃがみ込み、半べそになって震えているのは嵐と舞風の二名。

 そしてその二人を庇う野分、萩風から怒られているのは、白塗りのハロウィンマスクにおもちゃのナイフを持っているアイオワ(正座中)である。

 アイオワはハロウィンイベントということで気合を入れて仮装したのだが、気合を入れ過ぎたのだ。

 何故ならアイオワのハロウィンマスクは返り血を浴びたペイントが施され、ナイフも血で薄汚れている風……極めつけはジョークグッズであるリアルな心臓を手にぶら下げていたから。

 

 そしてその記念すべき第一被害者が第四駆逐隊だった。ホラーが苦手な嵐は当然だが、そのリアルさに舞風もご覧の有様……野分と萩風は二人の驚き様がかえって冷静にさせたので今に至る。

 

「ここは日本なんですよ。ここでまでアメリカクオリティを発揮しないでください!」

「やるならもっと相手を選んでください! 冗談が通じない人だっているんですからね!」

「ゴメンナサ〜イ……」

 

 美少女二人から正座で叱られるブギー〇ン……いやこの場合はブギーウー〇ンだろう。

 アイオワに付き合わされて一緒に行動していたウォースパイトはこれだけで笑える構図……と通信機でその風景をカメラに収めるのだった。

 しかし、ウォースパイトも野分たちから「そもそもどうして止めてくれなかったんですか!」と非難を浴び、注意されたのは言うまでもない。

 

 ー空母寮の談話室ー

 

「皆さ〜ん、サラとアークで作ったパンプキンパイで〜す♪」

「Happy Halloween、だ♪」

 

 そしてここでは英米合作『パンプキンパイ』でハロウィンを楽しんでいた。

 パイに使ったカボチャはこの日のために特別に取り寄せた大きなカボチャで、その大きさは特大スイカをもう二周りくらい大きくした物。

 因みにカボチャの中身をくり抜いたあとは寮の玄関に特大なジャック・オ・ランタンとして鎮座している。

 

「これがアメちゃんクオリティ……」

「大きいですね……」

「流石物量作戦が十八番な国……」

 

 龍驤、祥鳳、瑞鶴のつぶやきに他の面々もその大きなパイに度肝を抜かれているが、

 

「甘くて美味しいわね♪」

 

 雲龍だけは美味しそうにみんなと同じ大きさのパイというエベレストを既に踏破しようとしていた。サラトガたちが雲龍の分は特別にみんなとは別で作っていたのだ。

 

「あの細い体のどこにあれが消えるのかしら……?」

「胃袋にブラックホールでもあるじゃないかな?」

 

 加賀の疑問に蒼龍がそう返すと、

 

「まさかおっぱいに栄養が……!?」

 

 衝撃を受けたかのように葛城へ電撃が走り、それは各フラット控えめな空母たちにも伝染(うつ)る。

 すると我先にとパイを食べる控えめな空母たちは他の面々から苦笑いされ、結局いつもより少し多く食べただけに留まった。

 方や雲龍はその余りをもぺろりと平らげ、皆はいつの間にか拍手していたそうな……。

 

 ー特務艦寮の談話室ー

 

「はい、では皆さん、いただきます♪」

『いただきま〜す!』

 

 お昼を迎えた頃、特務艦寮は潜水艦の者たちも呼んで、龍鳳主催のハロウィンランチパーティを過ごしていた。

 

 テーブルにはハロウィンらしいパンプキングラタンやカボチャを模したパンが並ぶ他、カボチャの煮物やカボチャコロッケといった物も並んでいる。

 

「この煮物美味しいでち!」

「皮はホクホクで身はトロトロなの〜♪」

「それはニムが作ったんだ♪ お口に合って良かった♪」

 

 潜水艦たちはニム特製の『肉かぼ』を大絶賛。

 肉かぼとは肉じゃがのカボチャ版という創作料理で、ほんのり甘くそれでいて箸が進む一品なのだ。

 

「カボチャのパンにカボチャのスープ……カボチャ尽くしっす!」

「しかも洋食、和食どっちもなんて贅沢よね♪」

「たまにはこういう変わり種もありよね〜」

 

 その隣では占守たち海防艦勢とイムヤやはちが龍鳳の料理に舌鼓を打っている。

 

「ふ〜……ふ〜……はい、冷めたであります」

「ありがとうございます♪」

「あ、ありがとうございます」

「召し上がれ〜♪」

 

 猫舌なまるゆと松輪にはあきつ丸と択捉がちゃんと世話を焼き、のほほんとした空間でまったりとした時間が流れていた。

 

「みんな喜んでくれて良かったですね♪」

 

 速吸が龍鳳へそう言うと、龍鳳は満面の笑みで「えぇ♪」と返すのだった。

 

 ーーーーーー

 

 ー食堂ー

 

 日も落ち、ハロウィンはいよいよ大詰め。

 みんな待ち焦がれたハロウィンパーティが提督の音頭で幕を開け、特設お立ち台では早速有志による発表が催されている。

 

『お菓子くれなきゃ、イタズラしちゃうよ♪』

 

 妖精音楽隊の演奏に合わせ、睦月型姉妹がそれぞれ仮装して「Happy Halloween」をダンスと共に披露。

 

『ねぇ もう暗くなりそうだから♪』

『デちゃってもいいかしら♪』

 

 睦月と如月は猫耳と猫の尻尾を付けた猫娘の仮装で、

 

『きっと もう霧が濃くなるから♪』

『ミンナ集まるかな♪』

 

 弥生も猫娘の仮装だが、卯月はブレずにうさ耳でうさぎ娘(?)の仮装をしている。

 

『ひとつ♪』

『ふたつ♪』

『鐘の音♪』

『騒ぎ出す♪』

『小さいオバケたち♪』

『今日は許してくれるの♪』

『さあ 街に行こう♪』

 

 皐月・水無月・文月・長月はゾンビメイクに裾などがボロボロになった白いワンピース姿で、菊月・三日月・望月は顔や首などに包帯を巻いた赤ずきんちゃんの仮装。

 

 みんな睦月たちへ声援を送ると、睦月たちはそれにウィンクや投げキッス、手を振って応え、

 

『今日は Happy Halloween♪』

『さぁ Let's trick or treat♪』

『赤いキャンディーコロがして♪』

『朝まで寝たくない♪』

 

 第二十二駆逐隊、第二十三駆逐隊&三日月、第三十駆逐隊と歌い、ラストは姉妹全員声を揃えて歌い終えた。

 拍手喝采は勿論、中には飴玉や一口チョコレートをお立ち台へ投げ込む者たちもいた。

 

 睦月たちがお菓子を拾い終え、その場を笑顔で退くと、続いてお立ち台に上がってきたのは赤と白のチロルワンピース姿の赤城。

 そしてお立ち台の後ろでは加賀がローマのハロウィン衣装姿で電子ドラム一式をセットし、配置について赤城へアイコンタクトをすると、

 

『深い深い森の奥に 迷い込んだ村の娘♪』

 

 ハロウィンにピッタリな「Bad ∞ End ∞ Night」を歌い出す。

 その美声に観客は拍手をするが、

 

『ーー夜の館に辿り着く……♪』

 

 のフレーズから少しすると、加賀が見事なドラム演奏を開始。加賀はこういう日のために頑張ってドラムの鍛錬を積み、妖精音楽隊と念入りに打ち合わせをし、こうして今宵晴れて皆の前で赤城と共に一航戦の誇りをお披露目出来たのだ。

 加賀の見事なドラム演奏……赤城のどこまでも響き渡る歌……そしてそれに絶妙に合わせる妖精たちのコーラス隊のハーモニーが食堂に広がり、手拍子がこだまする。

 

『ーー手紙を拾って泣いていた♪』

 

 歌い終わり、赤城と加賀が揃ってみんなへお辞儀をすると、食堂は割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。

 今回は子どもではないからか睦月たちのようにお菓子が投げ込まれることはなく、オレンジのガザニアや黄色い菊が投げ込まれるのであった……が、二人は嬉しそうに花を拾ってお立ち台をあとにした。

 

 その後もハロウィンの定番「This is Halloween」を陽炎型姉妹のみんなが歌ったり、アイオワが「Thriller」を本格的に再現した発表など、かなりの盛り上がりを見せ、

 

『はい、皆さ〜ん♪ ハロウィンパーティの締めはパンプキンパイ大食い大会で〜す♪』

 

 もうここの鎮守府のイベント事では定番となった『大食い大会』が大淀の声で幕を開ける。

 今回は前大会の覇者である海風は優勝したが故にお休みのため、スイーツ大食いプリンセスこと弥生や元祖大食い艦である大和、新鋭アイオワ……そしてダークホース的な若葉にもそれぞれ注目が集まっている状況だ。

 因みに雲龍と山風は大食いだと長期戦必須+食材不足必須なので参加は自粛している。

 

『では参加者が出揃ったところで、パンプキンパイ大食い大会……始めっ!』

 

 大淀の合図で一斉に食べ始める参加者たち。此度のパンプキンパイは一口サイズということもあり、アイオワに至っては一気に2個食いしてスコアを伸ばしている。

 スコアは妖精たちがそれぞれ数えているので間違いはないが、アイオワのスピードだと少々大変そう。

 

「ん〜、おいひぃ♪」

「甘くて、美味しい……♪」

「美味い」

「美味しいですわ♪」

 

 一方で大和たちはモキュモキュ、もぐもぐと美味しそうに食べている。早食い大会ではないのでみんな自分のペースで食べているが、その手は案外早い。

 この中で一番遅いのはパンプキンパイでお腹いっぱいにしたいという理由で参加した三隈で、みんなが既に二桁を平らげているのに三隈だけ3個しか食べていない状況。

 

「三隈姉って本当にマイペースだね〜……」

「寧ろそうでない三隈さんは想像出来ませんわ」

「三隈〜、もっと食べなよ〜!」

 

 そんな三隈を妹の鈴熊はお茶を嗜みつつ眺め、姉の最上だけは声援を送っていた。

 

 ーーーーーー

 

「もう入りません……」

 

『大和選手リタイア! 残るはスイーツプリンセス弥生さんと超新鋭アイオワさんの一騎打ちとなりました!』

 

 大食い大会もクライマックスに突入し、アイオワと弥生へ観客たちは声援を送る。

 アイオワの方がスコアは上であるが、弥生の方は淡々とスコアを伸ばしているためどちらにも優勝の可能性がある。

 しかし、ここまで来るとアイオワも勢いが衰えて2個食いではなく1個1個を着実に消費していくが、弥生は全く衰えを見せない。

 

 そして、

 

「ぎ、ギブアップ……」

 

 アイオワがとうとう脱落し、当初の予想通り弥生に軍配が上がった。

 一人になっても尚、手を止めなかった弥生はスコアを最後まで伸ばし、余裕の優勝を飾るのだった。

 

 ー結果ー

 

 1位:弥生  ・パイの数:94個

 2位:アイオワ・ 〃  :77個

 3位:大和  ・ 〃  :58個

 4位:若葉  ・ 〃  :41個

 5位:三隈  ・ 〃  :7個

 

 ということで大食い大会は幕を閉じた。

 優勝した弥生には後日提督から『スイーツバイキング招待券(睦月型姉妹全員分)』が渡される予定で、弥生は睦月たちからとても感謝され、暫く崇め奉られることになる。

 

 このようにハロウィンパーティは閉幕し、艦隊は鋭気を養うのであったーー。




 ーおまけー

 仮装大賞・各受賞発表(提督のコメント付き)

《ハラ賞》
 受賞者:響
 これはもう響やガングートのためにあるような賞の名前ですが、銀色の髪に合う可愛らしい銀色の狼耳でみんなを和ませ、まさにXорошоでした。
(ガングートはハロウィンの仮装をしていない)

《可愛いで賞》
 受賞者:初霜
 座敷わらしの仮装でしたが何ら違和感なく一家に一人は居てほしい愛くるしさで、寧ろ娘に欲しかった。

《小悪魔で賞》
 受賞者:プリンツ
 どこかの格闘ゲームにいるようなサキュバスの仮装で大変目のやり場に困る悪魔っ娘でした。

《セクシーで賞》
 受賞者:由良
 これもどこかの格闘ゲームに出てくるキャットウーマンみたいな仮装で良い子には見せられない魅惑的な仮装でした。眼福☆眼福
(後、阿賀野からビンタを喰らう)

《心臓に悪いで賞》
 受賞者:扶桑
 ただ髪を湿らせて顔を覆い、廊下に佇んでいるだけで道行く人たちを震え上がらせたのは流石姉様の一言に限る。

《愛でま賞》
 受賞者:龍驤
 胸にまな板、背中に洗濯板を装備して『お前の乳袋を頂く!』と泣きながらキョヌーの方々を追いかけている姿に、一部の者たちは尊敬の念を抱いたはずです。なのでそんなあなたにこの賞を送ります!

《◇大賞◇》
 荒潮
 返り血メイクにリアルおもちゃのチェーンソーを振り回しながら高笑いしていたところは、きっと多くの方々の夢に出ます。よってあなたが大賞です!

 各受賞者には後日、提督と阿賀野から賞状とトロフィー、提督のお手製スイーツを贈呈。

 ーーーーーー

ということで、此度は少し早いですがハロウィンパーティの回にしました!
色々とネタを盛り込んだことにはご了承を。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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突然の来訪者

 

 11月1日、朝。泊地は月の初めに相応しい快晴に恵まれ、そんな秋空の下で艦娘たちはそれぞれ訓練、任務へと向かい、朝の慌ただしい時間帯は過ぎていった。

 

 提督も工廠で艤装開発を済ませ、執務室へ帰ろうと歩いていると、胸ポケットに入っている通信機のバイブレーション機能が発動。

 誰からだと思いながら、提督はその通信に応答するのだったーー

 

 ー執務室ー

 

 所変わり、こちらでは阿賀野型姉妹が揃ってそれぞれの役割をこなしていた。

 

「提督さん遅い〜……ついて行けば良かった〜……」

 

 しかし書類整理をしている阿賀野は提督電池切れの様子で机に突っ伏している。

 

「そろそろ帰って来るわよ」

「今日は書類もそこそこあるのも知ってるし、みんなと話に夢中になってなければ、ね」

 

 優しくなだめる能代に対し、矢矧はそろそろ許容タイムリミットが過ぎるため少々棘のある言い方だ。

 

「でもいつもなら帰ってきてるのに、今日は遅いねぇ〜……お腹(ポンポン)イタイイタイになっちゃったのかな〜?」

 

 一方で資料のファイリングをする酒匂はソファーに腰掛けて提督のことを心配している。それに対して矢矧は「それなら連絡くらいしてくるんじゃない?」と返すと、酒匂も「それもそっか〜」と納得した。

 

 すると、

 

「悪ぃ、少し遅くなった」

 

 提督が戻ってきた。そんな提督に対して阿賀野は「おかえりなさ〜い♡」と飛びついたのは勿論、能代たちも提督へ『おかえりなさい』と笑みを送る。

 しかし提督は珍しく苦笑いに近い笑顔を返し、ドカッとソファーに座り、阿賀野を自身の膝上に抱えた。

 

「提督さんどうしたの、元気ないよ? 提督さんの元気ないと、阿賀野悲しい……」

 

 提督の心配し、その頬を優しく撫でながら声をかける阿賀野。

 

「元気がねぇ訳じゃねぇよ。ただついさっき()()()()から電話があってな……」

 

 例のヤツというフレーズを聞いて、阿賀野たちも思わず苦笑いを浮かべた。

 

 例のヤツとは提督と同じ泊地で鎮守府を預かる提督のこと。

 その者も提督と同じく大佐であり着任して二年半。歳も同じで、保育所生から海軍学校卒業まで一度も別々のクラスになったことがないという何とも凄い縁を持った幼馴染みだ。

 

「アイツ、今日は暇だからってこっちに嫁さんらと来るんだと。酒匂〜、悪ぃが変態ロリコン警報発令しといてくれ〜」

 

 提督の気怠そうな言葉に、酒匂は敢えて明るく返事をしてから変態ロリコン警報を知らせるスイッチを押した。

 すると鎮守府全体へロリ声(文月の声)で「う〜♪」という警報音が鳴り響く。

 

『全員に告ぐ〜♪ これより鎮守府にロリコンがやってきま〜す♪ 外にいる駆逐艦や海防艦、潜水艦の子たちは寮へ逃げてね〜♪』

 

 ロリ声の報せに外で遊んでいたり、訓練している該当艦たちは速やかに寮へ戻った。

 

 この『変態ロリコン警報』とは提督の独断と偏見により提督がその者を変態と判断したら発令され、これにより該当艦たちは寮へ避難するのだ(龍驤、瑞鳳、大鳳、春日丸も念のため避難する)。

 この他にも『変態セクハラ警報』、『変態キチガイ警報』なども存在する。

 

 それからーー

 

 ー正門前ー

 

「やっほー、しんちゃん! 来ちゃった〜!」

「お邪魔しま〜す♪」

「こんにちは〜♪」

 

 一〇〇〇を過ぎた頃、提督の幼馴染みは嫁艦(ケッコンカッコカリのみ)である如月改、如月改二と共に手を繋いでやってきた。

 見た目は中性的で優しげな草食系顔で身長も約180センチと限りなくイケメンの部類に入るが、自他共に認めるロリコンという残念なイケメンである。

 

「よく来た……なぁっ!」

 

 そんな幼馴染みに提督は挨拶と共にその締まりない顔へ張り手を見舞う。

 提督も相手が普通の人物ならばこんなことはしないし、駆逐艦とケッコンしているだけで変態ロリコン警報は発令したりしない。

 では何故かと言うと、

 

「んぁっ♡ やっぱりしんちゃんの張り手って一味も二味も違うね!」

 

 ドが付くほどのマゾヒストであるからだ。

 幼馴染みの名前は獅子内虎之進(ししうち とらのしん)。かなり男らしい名前だが、どういう訳か男らしくは育たなかったらしい。

 

「てめぇ、いつもこっちの都合を考えてから来いって言ってんだろ?」

 

 提督としては珍しく絶対零度のニッコニコな笑みで幼馴染みの肩を掴んでいる……が、それでも幼馴染みはどこか恍惚な表情を浮かべていた。

 見かねた如月たちが彼の脇腹を両サイドから小突くと、虎之進はやっと正気に戻ったかのように口を開く。

 

「えぇ〜、前からいきなりでもオッケーだったじゃん!」

「それは実家での話だろうが! それにそれは気がついたらてめぇが俺の部屋にいるからだからな! そもそも近いからって窓伝いで部屋に入って来んな! 入って来ていいのは美少女の幼馴染みか美人な女神様や宇宙人って相場が決まってんだよ!」

 

 その理屈もどうかと思う……とその場にいる全員が思った。そしてこのやり取りを見る度に、だから仲良しなんだ、とも思える瞬間である。

 

「……で? ドM78星雲にあるドMの国から遥々俺のところまで何しに来たんだよ、ドM虎マン」

「そんな言い方……僕としんちゃんの仲だろ? 遊びに来たっていいじゃんか〜」

「てめぇは仕事がねぇのかもしんねぇけどな、俺は仕事があんだよ!」

「う〜ん……あ、じゃあ何かお手伝いするよ♪ 何か僕に出来ることない?」

「じゃあそのまま帰れ。俺と俺の艦隊みんなのために」

 

 提督がそう言い放つと虎之進は「や〜だ〜!」と駄々をこねる。

 それを見て提督は盛大なため息を吐くと、気怠そうに自身の頭をガシガシ掻きながら応接室へ連れて行くのだった。

 

 ー応接室ー

 

 応接室に着き、好きなところへ腰掛けるよう促すと、三人仲良く一人用のソファーに掛ける。まず虎之進が座り、その膝へ二人の如月が腰掛けるという……もはやデフォ化した座り方だ。

 対する提督と阿賀野は肩を寄せ合って正面に座っている。

 

「んで、マジでなんの用なんだよ?」

「……まぁ待て。お茶がまだ来てないじゃろ?」

 

 何キャラかは不明……しかしその態度に提督はカチンと来たが、阿賀野が優しく微笑んで止めた。

 提督は阿賀野に免じてもういいやと背もたれ体を預ける。

 

 それからすぐに能代がお茶、矢矧と酒匂がお茶とそれぞれ持ってやってきた。

 

 能代が虎之進一行へ「どうぞ」と笑顔で湯呑を渡すと、一行揃って『ありがとうございま〜す♪』と受け取る。

 

 そして、

 

「きさちゃ〜ん、熱いから人肌に戻して〜♪」

 

 幼馴染みは猫なで声でおねだりした。

 改二の方の如月は「は〜い♪」と返して、そのお茶を口に含む。

 すると飲み込まずに口の中でモゴモゴとお茶を人肌くらいの熱さに戻し、それを口移しで飲ませる。勿論、改の如月の方も。

 

 口移しなのでそのままディープなキスまでし出す始末で、応接室内にはそこに似つかわしくない艶めいた淫らな音が響く。

 提督はそれに目を背けてうざったそうにお茶をすする一方、阿賀野は「私もしたい〜」と思いながら見つめ、能代たちは苦笑いで窓の外へ視線を移していた。

 この一行は提督夫婦を凌駕するバカップル……なので純粋な者たちには見せられないのだ。能代たちはもう慣れたのでなんともないが、初見だとほぼ吐き気(砂糖的な)がするだろう。

 

 ーーーーーー

 

 それからも雑談しつつ、嫁たちとところどころチュッチュしている虎之進。提督はフラストレーションが天元突破しそうになるも、阿賀野が絶妙に話題を逸らすことで血の雨は降らずに済んでいた。

 

「…………あのよぅ、マジで何しに来たんだよ」

 

 応接室の壁掛け時計の針が一一〇〇を過ぎたのを見て、提督が本題を聞き出そうとする。

 すると虎之進は「ん〜……」と煮え切らない言葉を返しつつ、軽く自身の右頬を叩いた。

 それを見た提督は「んじゃ、ちょっと散歩すんぞ」と言って、半ば強制的に虎之進を応接室から連れ出すのだった。

 

 そんな二人を阿賀野たちや如月たちは笑顔で見送り、自分たちは自分たちでお茶会という交流を深める機会にすることにした。

 

 ー埠頭ー

 

 虎之進と埠頭までやってきた提督。二人して桟橋に腰掛けると、提督が静かに口を開く。

 

「嫁さんらの前じゃ話し辛いことなんだろ? ここなら今は俺とお前だけだから、話してみろよ」

「なはは……しんちゃんには敵わないな〜」

「何年てめぇっていうオプションを幼馴染みにしてきたと思ってんだ? お前が困ってる時に頬を叩く癖だって嫌だが覚えちまってるんだよ」

 

 言葉は悪いが穏やかな口調の提督はなんだかんだ言いながらも、虎之進を気遣っている様子。

 すると虎之進は提督から海へと視線を移し、ゆっくりと口を開いた。

 

「次の大規模作戦、しんちゃんはどう考えてる?」

 

 静かに口にした言葉に提督の眉はピクッと動く。

 

 虎之進が言った大規模作戦は近々大本営からくだされると多くの提督が掴んでいる情報。

 

「僕は嫌だな……レイテ沖海戦なんて……」

 

 両膝を抱え、憂うような仕草をする虎之進に、提督は敢えて何も声をかけずに次の言葉を待った。

 虎之進は提督の無言を「理由を話せ」と言われていると捉え、そのまま思ったことを口にする。

 

「過去にあの海戦で多くの英霊、艦が海に沈んだ……あの頃とは状況が違うとは言っても、前のような作戦をするのはどうにも気が引けちゃってさ……」

 

 弱々しい笑みを浮かべて提督へまた視線を移す虎之進。するとそこには呆れた顔で自分を見る提督の顔があった。

 

「な、どうしてそんな顔するのさ〜?」

「小難しく考えてんな〜と思ってよ」

 

 小馬鹿にするような提督の言い草に虎之進は「酷い……」とショックを受ける。

 しかし提督は、

 

「前は前、今は今。過去の教訓を糧に今回の作戦を成功させるのが、第一だ。過去に縛られていちいち難しく考えんな」

 

 と柔らかい笑みで声をかけた。

 

「確かにお前の言葉も一理あるさ。実際、あの海戦で沈んじまった当人たちには辛い作戦だと思うしな」

「…………」

「でもよ、今回だけじゃなくて前に起こった大規模作戦を俺らはこれまでも完遂してきただろ? それによって前その作戦で沈んじまった艦娘たちは自信をつけたし、気持ち新たにしてきたんだ。俺らが間違えなきゃ、必ず全員生き残れんだよ」

「しんちゃん……」

「お前の下にいる艦娘はお前に命預けてんだ。そのお前が今のままでいいのか?」

「……良くない」

「なら答えは一つしかねぇだろ?」

 

 提督の問いに虎之進は「うん!」と力強い返事をする。

 確かに過去のことを今になってやるのはおかしいことかもしれない……しかし、あの時と状況の違う今だからこそ完遂させる意味があるのではないだろうか。

 過去に縛られず、ただ仲間を信じて前を向け……そう言われた気がした虎之進はやっと心からの笑みを浮かべることが出来た。

 

「ありがとう、しんちゃん! やっぱりしんちゃんは僕の心の友と書いて心友だよ!」

 

 真っ直ぐな眼差しでこっ恥ずかしいセリフを言う虎之進に、提督は「言ってろ」と返して虎之進の背中を叩いく。すると勢いが良過ぎたのか、虎之進は海へドボンと落ちてしまうのだった。

 

 ー応接室ー

 

「あ、虎さん落ちちゃった」

「あ、本当ね〜♪」

「喜んでるわね〜♪」

 

 窓から二人の様子を見ながら、お茶をしていたそれぞれの嫁たちや能代たち。

 能代たちは急いでタオルを用意して現場へ急行するが、嫁たちは優雅にお茶をすすり、ずぶ濡れで帰ってきた幼馴染みには如月たちが優しく抱擁し、頬が腫れて帰ってきた提督には阿賀野が優しく慰めるというカオスな状況に。

 その後なんだかんだお昼ご飯まで幼馴染み一行は過ごし、相変わらず三人仲良く自分たちの鎮守府へと帰るのだったーー。




 ーおまけー

 提督たちが散歩へ向かったあと、阿賀野たちは如月たちとこんな話をして盛り上がっていた。

「二人の司令は、あたしたちの司令の前だとああだけど二人の前だとどんな感じなの? 前に本人から『僕はこう見えても亭主関白なんだぞ!』って聞いたんだけど……」

 酒匂の質問に二人の如月は腹を抱えて笑い出す。
 何故なら、

「いつも夜戦(意味深)の時は『踏んでください』とか『いたしてもよろしいですか?』なんて言うのに〜♪」
「いつも夜戦の最中は敬語使うのが亭主関白なんだ〜♪」

 本人の主張が実際とは全く異なっているからであった。
 虎之進は人前では結構いい格好をしたいらしく、そう言っているそうだが、嫁である二人としては大草原不可避なのだ。

「だから、司令官が言うことはほぼほぼ嘘よ♪」
「司令官は私たちの手のひらで気持ち良く踊ってるだけなんだから♪」

 嫁たちからの暴露に酒匂を始め、能代と矢矧も『なるほど』と苦笑いを浮かべるが、阿賀野は「本当に面白い人よね〜♪」と笑っていた。
 そもそもこの二人は虎之進のどこが気に入ったのか不思議だが、本人たちが幸せそうだからこれでいいのだろうと能代たちは結論付ける他なかったーー。

 ーーーーーー

 ーおまけ2ー

「しんちゃん! 助けて!」

 バシャバシャと水音を立て、海面から提督へ助けを求める虎之進。

「悪ぃ悪ぃ……ほれ、手」

 謝りつつちゃんと虎之進へ手を差し伸べると、虎之進はしっかりと提督の手を掴む。

「キャッチ! キャッチしたよ! 早く引き上げてぇぇぇ!」
「キャッチ?」
「キャッチ! だからーー」
「キャッチしたらリリース!」

 慈悲はなかった。しかしこれは幼馴染み同士の戯れなので、こんなことで二人の絆にヒビすら入らない。寧ろ虎之進的にはご褒美である。

 その後、このやり取りを3回繰り返し、二人してスッキリした表情で応接へ戻るのだったーー。

 ーーーーーー

ということで、今回は提督の友人提督が訪れたという回にしました!
友人提督がかなりぶっ壊れてような気がしますが、そこはご了承を。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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異議申し立て

 

 11月某日、夕方。

 夜間任務の者たち以外はそれぞれの部屋へと戻っていく中、執務室にはとある艦娘が提督へ詰め寄っていた。

 

「アトミラール、これはどういうことなの!?」

 

 興奮状態なのはビスマルクで彼女は1冊の本を提督へ突きつけている。

 

「ビスマルクさん、どうしたの?」

「なんでもあの絵本の内容が気に入らないんだって」

「私はあれはあれで好きだけど……」

「姉様がお騒がせしてすみません」

 

 矢矧の質問にレーベとマックスはそう答え、プリンツは深々と頭を下げる。中でもマックスに至っては無理矢理連れてこられたので、心底呆れた表情をしていた。

 

「ビスマルク、アトミラールに罪はない。そう責めてやるな。アトミラールが泣いてしまうかもしれないだろう?」

「いや、別に泣いたりはしねぇぞ?」

 

 一方でグラーフは提督を庇い、自身の胸に抱く。今は阿賀野が夕飯作りで席を外しているので、グラーフとしてはここぞとばかりにスキンシップをしているのだ。

 

「と・に・か・く! この絵本はおかしいわ!」

 

 目の前でイチャイチャ(グラーフが一方的に)する提督へビスマルクは問いただすと、提督は「どうしたもんかね〜」と頭をひねる。

 

 ビスマルクが先程から手にしているのはあの有名な童話『ヘンゼルとグレーテル』。

 しかしタイトルをそのまま読むと『ヘンゼルとグレーテル〜人間とは過ちを繰り返す〜』……などという穏やかではない文字が綴られている。

 提督はビスマルクからその絵本を受け取り、中をザッと読んでみることにした。

 

 ーーーーーー

 

ある森のそばに、貧しい木こりの一家が暮らしていた。

一家はその日のパンに事欠くほど貧しい生活をしていた。

そしてある時期から、一家は全くパンが手に入らなくなった。

そんな夜、母親は父親に子ども二人を森の中へ捨ててくるよう提案する。それをためらう父親だったが母親に責め立てられ、つい承知してしまうのだった。

 

その両親の会話を漏れ聞き、妹のグレーテルは泣き始めてしまうが、兄のヘンゼルは自分がなんとかするからとグレーテルをなだめ、ひとり外へ出て月の光を受けて光る石をポケットにいっぱい集めた。

 

翌日、両親に連れられてヘンゼルとグレーテルは森の中へ入っていくが、森の真ん中で両親はあとで迎えに来ると二人へ言い残して去って行き、そのまま夜となった。

泣き出すグレーテルの手を引いて、ヘンゼルは白い石を辿りながら夜通し森を歩き、朝になってふたりは家へと辿り着いた。

 

 ーーーーーー

 

「全く問題ねぇと思うが……」

 

 ここまで読んで何もおかしな点がないと提督が顔を上げると、ビスマルクだけじゃなく、他のドイツ勢は『そこまではいいの』と声を揃える。

 つまりこの先がおかしいということだ。

 ここまで来ると矢矧や能代、酒匂もどうなっているのかが気になり、手を止めて提督とその続きを読むことにした。

 

 ーーーーーー

 

父親は子どもたちが無事に戻ってきたことに大喜びするが、母親は表面では喜んでいるものの心の中では怒っていた。

 

それからまたパンがつきかけた頃、母親は父親が仕事へ行った隙きにヘンゼルとグレーテルを連れて二人が戻って来られない森の深くまで行った。

母親の意図を察したヘンゼルは石を集めようにも時間がなかった。

 

森の深くまで来ると母親は夜になったら迎えに来ると言い残して、その場を去ろうとした。

しかし母親が背を向けた瞬間、ヘンゼルはその母親の背中へ目掛け、父親から前にプレゼントされた小型のナイフを投げる。

それは真っ直ぐに母親の首へと刺さり、母親は声も出さずに即死するのだった。

 

 ーーーーーー

 

「ただの殺人事件だな……しかも事情が事情だから非難しにくいっていう……」

「身の危険を感じたからこその犯行なんでしょうね」

「こればかりは何とも言えないわね……」

 

 提督や矢矧、能代がそう言葉を発する中、酒匂は「こんな童話だっけ?」と小首を傾げている。

 しかしグラーフは「それは始まりに過ぎない」とつぶやき、提督たちはそれに驚きながらもその続きに目をやった。

 

 ーーーーーー

 

母親を殺めたヘンゼルはその場へ穴を掘り、母親の死体を遺棄しようとすると、そこでなんと金塊を見つけた。それを出来る限りポケットへ詰めたあとで母親を埋めたヘンゼルはグレーテルへ、これは全部自分が勝手にしたこと。だからグレーテルは何も悪くないと伝え、ここへ来るまでにナイフでつけた目印を辿りながらグレーテルの手を引いて家へと導いたのだった。

そのヘンゼルの行動を見てグレーテルは、自分のために人生をも投げ打ってくれたヘンゼルへ胸の奥からこれまでにない強い感情が湧いた。

 

戻ってきたヘンゼルとグレーテルに父親は大喜びし、二人が持ち帰った金塊で一家は裕福になった。

一方で母親が帰ってこないと父親は嘆いたが、自分にはまだ愛する二人の子どもがいると自身を奮い立たせ、二人により深い愛情を注ぐのであった。

 

 ーーーーーー

 

「最大イベントであるお菓子の家が出てこねぇパターン……」

「グレーテルも何かに目覚めちゃったし……」

 

 そうつぶやく提督と矢矧だが、能代と酒匂に至ってはもう言葉すら出てこない様子で天井を見上げている。

 

「僕はその先が深くて好きだな〜」

「こうあってはならないっていう教訓よね」

 

 レーベとマックスの言葉に横にいるプリンツは「でも読んでて気持ちのいいお話じゃないよね」と複雑そう。

 それを聞いて提督と矢矧は続きを読み始めたが、能代と酒匂はもう読まない方がいいと判断して、とりあえずお茶汲みへ向かうことにした。

 

 ーーーーーー

 

裕福になった一家は都に小さな家を建て、そこで倹約的で穏やかな時間を過ごしていた。

ヘンゼルは母親への罪滅ぼしなのか、懸命に勉学に励み、大人になる頃には都一番の医者となる。

一方でグレーテルは都一番の美女になったが、あの時にヘンゼルへ生涯尽くすと決めたのでヘンゼルの助手をしながらいた。

 

そんなある日、父親の元へが自警団の一人がやってきた。この自警団員は父親があの時から出していた母親の失踪捜査報告に来たのだが、なんと母親の遺体を見つけたと報告したのだ。

 

驚きと悲しみに暮れる父親へ自警団員は母親の首に刺さっていた凶器を見せると、父親は愕然とした。

そう、あの時ヘンゼルは生きることで頭がいっぱいでナイフごと埋めてしまっていたのだ。

そこで父親はヘンゼルとグレーテルがどういう状況下にいたのか、どういう気持ちだったのかを自警団員へ熱心に伝えた。自警団員もそういうことな情状酌量もあるだろうが、全ては上が決めること決して軽い罪では済まないでしょうと言い残し、その日は去っていった。

 

後日、ヘンゼルは殺人と死体遺棄でその都の城へと連行された。裁判ではグレーテルや父親の証言を元に検討した結果、ヘンゼルは医師免許の剥奪と都追放が言い渡された。

グレーテルは全ては自分を守ってのことだと異議申し立てをしようとしたが、ヘンゼルは罪はいずれ償わなくてはならないとその罪を受け入れた。

 

ヘンゼルが都外へ追放される当日、グレーテルも自分もついていくと離れようとしなかった。ヘンゼルはやむなくグレーテルと共に都から遠く離れた森の中へと移り住んだ。

 

二人が都を去ったあと、残された父親は二人の手紙を頼りにその森へと向かった。

直接会うことは出来ないが、間接的に二人へ財産を残そうとその森の奥へ金塊を埋め、父親は最後の時まで二人のことを祈りながらこの世を去る。

 

そんなことを知る由もないヘンゼルとグレーテルは、貧しい生活を余儀なくされる中でも()()()()()()に恵まれ、今日を生きていくのだったーー。

 

 ーーーーーー

 

「なるほど……こうして負の連鎖は続いていくということか」

「グレーテルが母親の愛を知っていれば断ち切れる連鎖なのかもしれないわね」

 

 絵本を読み終え、何とも言えない気持ちになる二人。

 しかし、二人の読んでみた様子を見たビスマルクは不満の色を隠せない。

 

「何を二人して納得してるのよ! こんなのおかしいじゃない!」

「でもこれはこれでいい教訓本だと思えばーー」

「そういう問題じゃないの!」

 

 提督の言葉を遮るビスマルク。矢矧は「じゃあどういう問題なの?」と訊ねると、

 

「童話なのに夢も何もないじゃない! こんなのただのサスペンスよ! そもそもこの童話はドイツ発祥なんだからねっ!? これでは祖国を小馬鹿にされているみたいだわ!」

 

 凄く真っ当な意見が出てきた。しかし、

 

「本当は?」

「メインイベントのお菓子の家と魔女が出てこないなら、ヘンゼルとグレーテルじゃくてもいいじゃない! それが楽しみで読んでたのに〜!」

 

 グラーフの一声にビスマルクは本心を吐露してしまう。

 ハッとしたビスマルクは「よってこれは童話の本棚に適してないわ!」と勢いで誤魔化す。そんなビスマルクにレーベたちは揃って苦笑いを浮かべるが、提督はちゃんと真剣に受け止めた。

 

「ん〜……確かに童話じゃぁねぇわな。んじゃ、これはあとでちゃんとサスペンス物の棚に入れよう」

 

 そう言って提督は「それでいいか?」とビスマルクへ訊くと、ビスマルクはコクコクと強く頷いた。ビスマルクとしてはあっさり自分の意見が通ったので、内心拍子抜けしてしまったのだ。

 

「お話終わった〜?」

「お茶淹れてきたから、一息入れましょう? ビスマルクさんたちにはコーヒーを用意したんですけど……」

 

 そこへ空気を読んで能代たちが声をかけると、みんなして頷き、その後はほのぼのとした時間が流れた。

 

 ーーーーーー

 

 ビスマルクたちが戻ったあとで、提督はグ〜っと座ったまま背伸びをして一息吐く。

 

「お疲れ様でした、提督」

 

 矢矧が困ったような笑顔を浮かべて声をかけると、提督は「おう」と苦笑いを浮かべた。

 

「やっぱ、これは童話の棚に合わなかったな〜。絵本だから童話の棚に入れちまった俺のミスだ」

「それを言うならそれに同意した私たちにも落ち度があるわ」

「絵本だからって安易に決めつけちゃダメね……」

「今度から気をつけなきゃだね〜……」

 

 それぞれ反省するが、

 

「いや、そもそもオータムクラウド氏に任せたのが間違いだった気がするお」

 

 提督が最大の反省点を上げると、一同納得したような声をもらす。

 

 この作品は提督が秋g……オータムクラウド氏という作家へ絵本を書いてもらうよう依頼した代物。提督も童話の絵本なら大丈夫と見込んでの依頼だったが、上がってきた内容がこれでは童話にしてはヘビー過ぎる。

 これからは依頼したら内容も自分で監修しようと提督は決め、矢矧は更にその提督の監修を監修しようと決めるのだった。

 

 その後、例の作品はしっかりとサスペンスの棚に移したのだが、艦娘たち(主に駆逐艦たち)から見つけにくいと苦情があがり、提督は案外駆逐艦たちに好評だったことに驚きながら、ビスマルクをバームクーヘンで釣って丁寧に説得して結局元の棚へと戻したそうなーー。




今回はちょっと重過ぎる改変童話の回を書きました!
ヘンゼルとグレーテル好きな読者の方には申し訳ありませんでした。
これも二次創作の一つしてご了承を。

読んで頂き本当にありがとうございました!

※お知らせ
来週からリアルの方が忙しくなるので、投稿スピードが落ちます。
最低でも週一では更新出来るようにしますので、何卒ご了承ください。


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夜の艦娘寮:一晩目

 

 11月某日、夜。

 激しい任務を終え、束の間の休息となるこの時間は心休まる一時である。

 

「慎太郎さん♡ そっちに行ってもいい〜?♡」

 

 夫婦の寝室では湯浴みも済ませ、二人だけの時間に。

 湯上がりの阿賀野は薄紅色の浴衣姿で、ほのかに桜色に染まる谷間が艶やかに晒されている。

 

「さ、寒いならもっと厚着したらいいんじゃね?」

「ぶ〜、どうしてそんな意地悪言うの? 阿賀野の気持ち知ってるくせに〜」

 

 最近は大本営から次なる大規模作戦の発表があり、艦隊はその準備で忙しく夫婦の営みがご無沙汰だった。

 提督は数多くの書類や資料の確認で精神的疲労が多く、出来れば遠慮したい……が、阿賀野はスルスルと提督の布団に潜り込み、熱っぽい視線を送る。

 

「慎太郎さん、疲れたでしょう?♡ だから阿賀野がい〜っぱい気持ちよくしてあげるぅ♡」

 

 そう言って提督に覆い被さると、阿賀野は提督の耳を甘噛み……しかしそうしたかと思えば、すぐに舌先でチロチロと耳たぶを転がす。

 提督はくすぐったくて肩を小さく震わせると、阿賀野は「可愛い♡」とつぶやいてまた同じ作業を繰り返した。

 

「ぷはぁ……慎太郎さ〜ん、まだその気にならないの〜?♡ 阿賀野切ない〜♡」

「…………」

 

 阿賀野のおねだりに黙ったままの提督。しかし阿賀野は自分の下腹に何やら熱を帯びた感触を感じた。

 

「あれれ〜?♡ 慎太郎さん、これなぁに?♡」

「…………」

 

 バレたと感じた提督はそっぽを向くが、阿賀野は嬉しそうに笑い、提督の首筋や頬に小さく口づけを何度も何度もしていく。勿論、提督の主砲で手遊びしながら……。

 

「慎太郎さんがその気になってくれて嬉しいな♡」

「阿賀野のせいだ……」

 

 提督のほんの僅かな反抗に阿賀野は「じゃあ、責任取りま〜す♡」と答えると、そのまま提督とめくるめく二人の夜戦へと抜錨するのだった。

 

 ー軽巡洋艦寮4号室ー

 

 その頃、この寮の一室ではほのぼのとした空間が流れていた。

 

「このお香、いい香りだね〜♪」

「龍田さんから貰ったの♪」

 

 お香を焚いてリラックスしているのは名取と由良。

 

「その匂いを嗅ぐと体が熱くなったりする?」

 

 その隣では夕張が何やらいかがわしい質問をするが、由良はしないしないと首を横に振る。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 そしてベッドの所では矢矧が自分用のベッドで既に夢の中。疲れていたのもあり、お風呂から帰ってきて横になったらすぐに眠ってしまったのだ。

 

「矢矧ちゃん、もう寝ちゃったね」

「そうね、補佐艦様はお疲れなのよ。私がいつでも代わってあげるって言ってるのに〜」

 

 由良はそう言うと八つ当たりなのか、眠る矢矧の側まで行ってその頬をプニプニと突く。

 

「ん……んぅ……て〜とくの、ばかぁ……」

 

 寝返りを打ってそんなことを言う矢矧に、由良は何やら思いつたような怪しい笑みを浮かべた。

 すると由良は、

 

「提督さんのことしゅき〜?」

 

 そっと矢矧の耳元へ質問する。

 

「うん……しゅき〜……」

「どれくらいしゅき?」

「とってもらいしゅき〜……っ!?」

 

 ハッと目を覚まし、ガバッと起き上がる矢矧はすぐ隣でニヤニヤする由良にしてやられたと頭を抱えた。

 しかし由良や名取、夕張は自分が提督のことを好きなのは既に知られている。

 

「普段もそれくらい素直になればいいのに〜♪」

「う、うるしゃいわにぇ……」

「厳しくしてるだけじゃ愛は伝わらないわよ〜?♪」

「そ、そんにゃこと、しってゆし……って、いつまでほっぺいじってるのよ!」

 

 やっと覚醒した矢矧に由良はきゃ〜とわざとらしく悲鳴をあげて名取の背中へと逃げた。

 矢矧は大きなため息を吐いてベッドから腰を上げると、みんなのところへのそのそとやってくる。

 

「ごめんね、由良ちゃんが起こしちゃって……ほら、由良ちゃんも謝りなよ」

「ごめんねごめんね〜♪」

 

 全然悪びれる様子のない由良に矢矧は少々イラッ☆としたが、名取の顔を立てて許すことにした。それに由良のこうした行動は今に始まったことではないので慣れてしまったのだ。矢矧としても、こうして冗談をし合えるのは上っ面な友情ではないと思っているので、さして問いただすことはない。

 

「はい、矢矧の」

「ありがとう」

 

 夕張がタイミングを見て矢矧専用の黄色いクマのキャラクターがプリントされているマグカップにお茶を淹れてあげると、それを受け取った矢矧はお茶を一口飲んでホッと一息吐く。

 

「そういえば、さっきまで丁度そのテーマパークの特集番組がテレビでやってたよ?」

「あら、そうなの?」

「まだ秋だけどもう冬の楽しみ方っていうテーマでね」

 

 由良がそう言って苦笑いを見せると、矢矧は「テーマパークなんてそんなものでしょ」と返した。

 そのテーマパークは泊地から行けない距離ではないので、既に何人かの艦娘たちは遊びに行ったりしているのだ。矢矧のマグカップもそこへ遊びに行った霞からのお土産だったりする。

 

「でも夢の国とか言ってて金取るとかどんだけよって思うけどね〜。私ならそのお金でゲームかアニメのブルーレイボックス買うわ」

「夕張はそうかもしれないけど、好きで行く人たちがいるんだからそれはとやかく言えないでしょ?」

「でもさ〜、ぶっちゃけ夢の国っていうより、黒ネズミの独裁国家でしょ?」

「も、もう止めようよ、何か話がとんでもない方向に行きそうだから……」

 

 名取にそう言われると矢矧も夕張もそうねと頷き、とりあえずお茶を飲むことにした。

 すると由良が「そうだわ」と何か思い出したかのように立ち上がり、自分の机の引き出しをガサゴソとしだす。

 すぐに「見っけ」とつぶやいた由良は、それを持ってみんなの元へと戻ると、

 

「夕立ちゃんからこれ借りてきたの。どうせやることないし、みんなでやらない?」

 

 何やらカードゲームのような箱をみんなに見せた。

 

「何これ?」

「ご、ごきぶりポーカー?」

「やなネーミング!」

 

 由良が出したカードゲームのタイトルに複雑な表情を浮かべる矢矧たち。

 それでも由良はテキパキとゲームの準備を進め、ルール説明をする。

 

「これは手札を揃えるポーカーじゃなくて、相手にカードを押し付けるポーカーなの」

「自分の手札を揃えるんじゃなくて、相手に押し付けるの?」

 

 名取が小首を傾げると由良は「じゃあやりながら説明するわね♪」とみんなへカードを配った。

 

「このゲームの目的は自分以外の相手の前にカードを揃えさせるゲームなの。全部で8種類のカードがあって、その種類はカメムシ、カエル、クモ、コウモリ、ゴキブリ、サソリ、ネズミ、ハエよ」

 

「それでこのカードを自分の手札から相手に渡していくゲームで、カードを受け取った人はそのカードを自分の前に並べて、8種類のカードが揃うか同じカードが4枚揃うとその人の負け」

 

「そしてここからがこのゲームの面白いところで……例えば私が今、夕張にカードを1枚渡そうとするでしょ?」

 

 そう言って由良はカードを裏にして夕張の前に差し出し、

 

「これはコウモリのカードよ」

 

 と言って渡した。

 

「それで私はどうしたらいいの?」

「夕張はこのカードが本当にコウモリかどうかを当てればいいの。試しにやってみて」

「え〜っと……じゃあ、コウモリじゃない!」

「じゃあカードを表にしてみて」

 

 表にしたカードにはコウモリの絵が描かれている。

 

「こうなると相手にカードを渡したことが成功したことになるから、夕張はそのコウモリを自分の前に表のまま置く。もし私の嘘を夕張が見抜けば、それは失敗で私がそのカードを受け取ることになるの」

 

 由良の説明に矢矧たちはコクコクと頷き、由良はみんなの反応を見て次の説明へといく。

 

「次の順番はカードを受け取った人からになるから夕張からね。夕張は手札の中からカードを誰かに渡して」

「…………矢矧、これサソリよ」

「嘘ね」

 

 矢矧の即答に夕張はガーンとショックを受ける。矢矧がそのカードを表にすると、そこにはカメムシの絵が描かれていた。

 

「やっぱりね……」

「この場合はカードを渡すことに失敗したから、このカードは夕張の前に置くの」

「トホホ……」

「次も夕張からね。そしてここでもう一つのルールなんだけど……夕張、また誰かにカードを渡してみて」

 

 由良の言葉に頷いた夕張は今度は名取へ「カエル」と言って渡した。

 

「カードを渡された人はこれまでの嘘か本当かの他にパスすることも出来るの」

「その場合はカードを受け取らなくていいの?」

「ううん。パスしたらそのパスした人が渡されたカードを確認して、そのカードを他の人へ渡すことになるの。この時、手札と交換は出来ないわ。渡す時は今まで通りよ」

 

「因みにパスされたやつをまたパスすることも可能なの。でも最後の人はその人以外絵柄を見てるからパスが出来ず、嘘か本当かを当てなくちゃいけないの」

 

 みんなして頷き、名取は言われた通りにして今度は由良へ「ハエだったよ」と言って渡す。

 

「それじゃ、私もパス♪」

 

 由良は確認したあとでそれを矢矧へ「ゴキブリよ」と渡すと、矢矧は苦渋の表情を浮かべる。

 全員が全員違うことを言ったのだから何なのか判断が難しいのだ。

 

「これはハエでもカエルでもなかった。ゴキブリよ」

「…………由良の目が笑ってる。だからそれは嘘ね!」

 

 そう言ってカードを表にすると、そこにはゴキブリの絵が……。

 

「なん……ですって!?」

「え〜ん、矢矧から酷いこと言われた〜(棒)」

「うわ〜、由良可哀想〜(棒)」

「だ、だってこういう騙し合うゲームって疑うのが普通じゃない!?」

「あはは……」

 

 こうして一通りルール説明も終わり、仕切り直して一から始めることになり、負けた者は罰ゲームをすることになった。

 

「じゃあ、由良からで」

「は〜い。それじゃあ……名取姉さん、これサソリよ」

 

 矢矧の言う通りに由良から始まり、名取が最初の標的となったが、

 

「違う」

 

 と即答。そのカードはカメムシで早速由良の前にカメムシが鎮座してしまう。

 

「うぅ、やっぱり名取姉さんは見抜くわよね〜」

「由良ちゃんは嘘つけない子だもん♪」

 

 姉妹のやり取りにほんわかするはずが、矢矧も夕張も由良のどこをどう見て見破ったのかが謎でそのやり取りは眼中になかった。

 

「じゃあまた私からね……矢矧、これはハエ」

「ハエ……ハエ……」

 

(練習の時、由良は真実を言ってた。でも今回は本番……そう何度も同じ手にかかる私じゃないわよ!)

 

(…………でも待つのよ矢矧。由良は提督が絡まなければ正直者。こうしたゲーム自体は苦手なはず……でも、でもでも!)

 

「まだまだ序盤なのにすごい悩んでるね、矢矧ちゃん……」

「百面相しててウケるwwww」

「写メ撮って提督さんと阿賀野ちゃんたちに見せよ♪」

 

 矢矧が考え込んでいる間、由良と夕張はその矢矧の反応を楽しみ、名取は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 その後もゲームは進み、矢矧は性に合ってなかったのか負けたので罰ゲームをすることに……。

 

 ーーーーーー

 

 次の日の朝。

 

「あ〜……腰が痛ぇ……」

「えへへ、阿賀野も〜♡」

 

 夫婦の表情は対照的だが昨晩お楽しみだった二人は仲良く食堂まで腕を組んで歩いていると、

 

「て、てて、提督! 阿賀野姉ぇ! お、おはようございますにゃん!」

 

 お顔が真っ赤っかの矢矧が二人の前に現れた。しかも猫耳カチューシャにゴシックメイド姿で……。

 そんな矢矧に提督はあんぐりと大口を開けて固まるが、阿賀野は「矢矧可愛い〜♪」と大絶賛。

 

「ば、罰ゲームなの! だから気にしないで、ほしい、にゃん……」

 

 矢矧はこうなった経緯を手短に二人へ説明すると、由良からの罰ゲームだということが分かった。由良としては矢矧の可愛い姿を提督に見せて、少しでもその可愛さを脳裏に刻もうというお節介な意図があるのだ。

 

 その思惑通り、提督は可愛い矢矧を見れたのであとで由良にスペシャルパフェ券を贈呈しようと心に決めた。

 一方、阿賀野は阿賀野で今度の夜戦(意味深)に着てもいいかなと考えていたそうな。

 

 その光景を建物の影から見届けた由良たちは揃ってグッと親指を立てるのだったーー。




ついこの前友人にごきぶりポーカーを教えてもらったので、それをネタに書いてみました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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秋散歩

 

 11月某日、昼下がり。

 大規模作戦への準備も順調に進み、ようやくいつものような艦隊運用に戻ってきたこの頃。

 提督は阿賀野型姉妹と仕事の息抜きがてら鎮守府の敷地内を適当に散歩していた。

 

「風も冷たくなってきたわね」

「秋も深まって焼き芋とかする人も多いよね」

 

 能代と酒匂の言葉に提督たちも同意するように頷き、

 

「私は早朝に走りやすくなったから嬉しいわ」

 

 スポーツの秋だと言わんばかりに矢矧が笑うと、みんなして矢矧らしいと笑った。

 

「矢矧はコスプレの秋じゃないの?」

 

 しかし能代の言葉に矢矧はカァーっと顔を赤くさせる。

 先日の一件以来、矢矧はそのことで多くの仲間たちからイジられているのだ。

 

「能代姉ぇまで……罰ゲームだったって説明したじゃない」

「だって矢矧があんなことやるなんて想像つかなかったもの♪」

 

 その言葉に矢矧は「うぅ〜」と赤い顔で恨めしそうに能代を睨むが、能代はそんな妹の可愛い反応を楽しんでいる様子。

 

「でもあの矢矧ちゃんとっても可愛かったよ〜?」

「そうそう。ちょっと悔しいけど、提督さんが固まるくらいだったんだから!」

 

 阿賀野はそう言って提督へチラリと冷たい視線を飛ばすと、提督は「可愛かったのは事実なので……」と素直な感想をつぶやく。

 矢矧は提督のつぶやきで更に赤くなり、八つ当たりするように提督の腹を軽く叩いた。どうやら提督から可愛いと言われると反応に困るようだ。

 

「で、でも、その日は1日中大変だったのよ? 青葉さんからはポーズまで指定されて写真撮られたし……」

 

 矢矧の愚痴にその場にいる全員は『(買いました……!)』と心の中でガッツポーズする。

 

「秋雲には次の漫画の題材にってモデルさせられたし……」

 

 次の愚痴には提督ただ一人が「確認して、そして予約しました……」と心の中でつぶやいた(阿賀野に許可を得て)。

 

「大和や雪風たちからも可愛い可愛いって散々からかわれたんだから……」

「最初の二つはともかく、大和さんや雪風ちゃんたちは本心から褒めてくれてたんだと思うけど?」

 

 能代のツッコミに矢矧は「そうだとしても恥ずかったの!」と叫び、能代から隠れるように珍しく提督と阿賀野の間に割って入った。

 

「能代〜、妹をイジメちゃメッだよ?」

「そうだぞ、のしろん。やはぎんはシャイなんだからな」

 

 二人がそう注意すると能代は「は〜い♪」と舌をペロッと出してお茶目に反省。

 そんなかばってくれた提督と阿賀野に矢矧は感謝はしたが、まるで珍しく両親に甘える娘をうんと愛でるような……そんな対応だったので、酒匂の方へ逃げれば良かったと思う矢矧であった。

 

 ーーーーーー

 

 それからも変わらずほのぼのと散歩をしていると、一行は駆逐艦寮のところまで来ていた。

 

「あら、司令官じゃない」

「お仕事の合間にお散歩かしら?」

 

 玄関のところで丁度出くわしたのは、満潮と霞の朝潮型姉妹。更にその後ろには叢雲や曙といった面々もいて、みんなしてテコテコと提督たちのところへ近寄ってくる。

 

「お〜、みんなは休みか?」

「そうよ。んで、さっきみんなしてお風呂入ってきたとこなの」

「あぁ、だからお肌がツヤツヤしてるんだ♪」

 

 叢雲の言葉に阿賀野が手をポンッと叩いてつぶやくと、叢雲たちは揃ってニッコリと笑みを返した。その証拠に叢雲たちはみんな髪を結わずに下ろしたままだった。

 寮のお風呂は空いていれば好きな時に入っていいため、このようにお風呂好きな者たちはよく入っているのだ。更に夜は夜でまた入っているとか。

 

「あれれ? みんなシャンプーかコンディショナー変えた?」

 

 ふとみんなの髪から漂う香りに酒匂がそう訊くと、

 

「えぇ、変えたわ。満潮姉がこの前の作戦でMVP取ったお祝いに金剛さんから紅茶の香りがするシャンプーとコンディショナー貰ったみたいで、みんな使わせてもらったのよ」

 

 霞が答えると、叢雲も曙も揃って『ね〜?♪』と満潮へ笑顔を送る。

 

「満潮って金剛さんとそんなに仲良かったのね」

「ま〜、なんというか、成り行きって感じ……フレンチクルーラー髪仲間とかで……」

 

 苦笑いに近い笑みで頬を掻きながら能代に返す満潮に、能代も「なるほど」と苦笑いで返した。

 

 因みに「フレンチクルーラー髪仲間」は「特徴的な髪型仲間」ということであり、メンバーは金剛や浦風、阿武隈を始め、シニヨンヘアの那珂や妙高、トリプルテールのイク、三つ編みのウォースパイト、ロング三つ編みの夕雲や雲龍、縦ロールヘアの春風と様々。

 定期的にお茶会を開いては交流していて、こうした交流があったので満潮は金剛からシャンプーやコンディショナーをお祝いとして貰ったのだ。

 

「でもみんなしてフレンチクルーラーくれたのよね……唯一他のお祝い貰ったのって金剛さんくらいで……」

 

 お祝いしてくれるだけで嬉しかったけど……と、付け加える満潮だが、その時のことを思い出すとつい苦笑いしてしまうといった感じ。

 何しろ満潮がMVPを取った時には、普段から仲の良い艦娘たちや姉妹と多くの者たちからお祝いと称したフレンチクルーラーがドッと寄せられたから。因みにその日は鎮守府近辺のドーナツ屋さんでフレンチクルーラーが大量に売れたという……。

 

「もうここんとこおやつは毎日フレンチクルーラーだもんね、満潮姉は……」

「みんな加減を知らないからね〜」

 

 霞と曙はフレンチクルーラーをあげた者たちを思い浮かべて肩をすくませるが、叢雲に「あんたたちもそうした仲間の内でしょ」とツッコミを入られてそっぽを向いた。

 

「? 満潮、あんたそういえば司令官からお祝いに櫛を貰ったんじゃなかった? この前の作戦は重要な作戦だったからって」

 

 叢雲が思い出したことをそのまま訊くと、満潮はピクッと眉を動かす。

 

「は? 櫛は貰ったけど、それは別に今本人がいる前で言わなくてもいい、じゃない?」

 

 どこかバツが悪そうにたどたどしく返す満潮。その頬はほんのり紅潮し、目は落ち着きなく泳いでいる。

 

「あ〜、さっきお風呂から上がった時に上機嫌で髪を梳いてたのはそういうことだったのね〜」

「てっきりシャンプーの香りに上機嫌なのかと騙されたわ〜」

 

 曙と霞の追撃に満潮はカァーっと耳まで真っ赤にし、小声で「うるさいわね」とだけ反撃。

 しかしそれは逆効果でみんなからは温かい眼差しを送られてしまう。満潮からすれば生温かい眼差しだろうが……。

 

「ま、まぁ、なんだ……気に入ってくれてるなら良かった」

 

 提督が話を逸らそうとそんな言葉をかけると、満潮はフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 しかし、

 

すごく使いやすいわよ……ありがと

 

 とちゃんとお礼を伝える。

 それが提督は嬉しくて、つい満潮の頭に手を置き、髪型が崩れないように優しく満潮の髪を手で梳いてやった。

 

「な、何よ……いきなり撫でたりなんかして……」

「贈り物を気に入ってくれたからよ……贈った方としては嬉しいじゃねぇか」

「だからってどうして撫でるのよ……」

「撫でるのに理由がいるのか?」

「司令官がいらないならいらないんじゃないの?」

「ならもう少しこうしててもいいよな?」

「どうせ止めてって言っても聞かないじゃない……バカ司令官」

「はは、どうせ俺はバカだよ♪」

 

 提督にそう笑い飛ばされると、満潮もそれにつられるようにクスッと笑みをこぼす。何だかんだ言いつつ、満潮も提督からこうして優しさをもらえるのは嬉しいようだ。

 そんな二人を阿賀野たちも微笑ましく眺めていたが、

 

「おやおや〜、満潮にしては妙にしおらしいんじゃな〜い?」

「まるで父娘ね♪」

 

 曙と霞の言葉で満潮はまたいつもの満潮へ戻り、提督の手を払い除けてしまう。しかし乱暴にではなく、もう恥ずかしいからと控えめに。

 そんな満潮を見て、止めればいいのに曙も霞も『もういいの〜?』などとからかうと、

 

「うるさいわね! あんたたちだって司令官からプレゼントされた物を大切にしてるくせにっ!!」

 

 渾身の一撃を喰らってしまう。

 こうなると形勢逆転。すぐさま二人はたじろぎ、バツが悪そうに視線を泳がせた。

 

「曙は改になったお祝いとして貰った花の髪留めを外出の時は必ずつけてるし、霞だって改二のお祝いに貰った櫛を大切そうに使ってるじゃない!」

 

 更なる追撃に曙も霞も顔を真っ赤にしてそれぞれそっぽを向く。

 曙は改のお祝いとして提督から初夏の花であるナナカマドという小さな白い花を数多く模した髪留めを貰った。その花言葉は「慎重」・「賢明」・「私はあなたを見守る」で提督の思いやりが伝わり、曙は一番の宝物にしている。

 一方の霞の櫛は満潮と同じでお祝いに貰った物。お六櫛という長野県木曽郡木祖村薮原で生産される長野県知事指定の伝統工芸品で、つげで作られた櫛を提督が取り寄せた贈り物。

因みに霞の櫛にはヒメジョオンという花の絵が描かれ、満潮の櫛はワスレナグサの花が描かれている。これはどちらも二人の進水日(満潮:3月15日 霞:11月18日)……つまりは誕生花を職人さんに描いてもらった特注品。

 

 こうした提督の気遣いを理解しているからこそ、曙も霞も大切にしているのだ。

 

「私は改二のお祝いにコスモスの絵が描いてある櫛貰ったわね〜。今も大切に使ってるわ♪ それと改の時に貰った髪紐もね♪」

 

 叢雲がそう言って笑うと、

 

「私も改の時に頂いた髪留めを今も気に入って、出掛ける際にはつけて行きます」

「私も改になった時に提督から髪留め貰ったっけ……気に入ってるわ」

「あたしはイヤリング貰った〜!」

 

 能代、矢矧、酒匂も笑って提督からの贈り物の話をした。

 流石の提督もこれには少々気恥ずかしくなり、みんなから顔を背けて頭を掻く。

 

「阿賀野は提督さんからファーストキス奪ってもらっちゃったな〜♡」

 

 しかし嫁が容赦ない暴露話をする。

 

「司令官って顔に似合わず、やることがロマンチックよね……」

「物じゃなくて思い出とか、気障だわ……」

 

 満潮や霞の言葉に他のみんなも『確かに』と頷く中、提督は「ほっとけ」と小さく投げ捨てた。

 

「えへへ、阿賀野はとっても嬉しかったよ〜♡」

「そうかよ……」

 

 こうなると結局いつもの甘々モードになる夫婦。これを能代たちは苦笑いで流すが、耐性のない叢雲たちはまた始まったとばかりに、提督たちへ一言言ってからそそくさと酒保の方へと退散していく。

 それからもまたのんびりと執務室まで戻った提督一行だったが、帰りは阿賀野が提督にべったり引っ付いていたので辺りは甘ったるい空気が漂っていたーー。




秋は散歩日和ということで散歩しつつ、ツンデレ艦たちとのほのぼのとした一幕を書きました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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仲間入り

 

 11月某日、夕方。

 大本営から発表された『捷号決戦! 邀撃、レイテ沖海戦』を遂行中の当鎮守府。

 今日も誰も欠けることなく出撃任務が終わった艦娘たちは、それぞれが明日に備えて英気を養っていた。

 

 ー空母寮4号室ー

 

 丁度ここでは瑞鶴が鼻歌を上機嫌に歌いながら何やら準備をしている。

 瑞鶴はこれから翔鶴と秋月型姉妹で鍋パーティをするのだ。

 このパーティは普段から妹分として仲良くしている秋月型姉妹へ翔鶴と瑞鶴がご馳走を食べさせてあげようと定期的に企画しているもので、最近は肌寒くなってきているのでお鍋にするそうな。

 因みにこの4号室には瑞鶴の他に瑞鳳、グラーフ、瑞穂が暮らしているが、瑞鶴が三人へ事情を話して三人は他所の部屋で過ごしている。

 

「えっと……白菜、大根、人参、長ネギ、豚肉。そして各種のきのこ♪ 完璧な布陣ね!」

 

 材料を確認し、ニッコリと笑みを浮かべる瑞鶴。

 そんなことをしているとドアがノックされ、瑞鶴は「はいは〜い♪」と返事をしてドアを開けるのだった。

 

 ーーーーーー

 

 その頃、空母寮の前では、

 

「みんな〜♪」

 

 翔鶴が秋月型姉妹を出迎えていた。

 

「こんばんは、翔鶴さん! 今夜はお招きしてくれてありがとうございます!」

 

 姉妹を代表して秋月が挨拶して丁寧に頭を下げると、それに倣うように照月と初月も揃って頭を下げる。

 翔鶴は気にしないでというようにそれぞれの肩をポンッと叩き、改めてみんなを部屋まで案内した。

 

「お鍋パーティとかすっごく楽しみ〜♪」

「あぁ、瑞鶴も料理が上手いから期待してしまうな」

「ふふ、材料はたくさん買い揃えたから、お腹いっぱい食べてね」

 

 照月と初月の声に翔鶴は柔らかい笑みを浮かべてそう伝えると、二人共『は〜い♪』と元気にお返事する。一方で秋月はもう食べたくて堪らないのか、グッと口を閉じて目をギラギラさせている。

 

 4号室の前に着いた一行。

 

「瑞鶴、秋月ちゃんたちを連れてきたわよ」

 

 ノックをしてから翔鶴が声をかけると、中から瑞鶴が「入って〜」と返してきた。

 翔鶴はドアを開け、秋月たちを先に入室させてから自分が最後に入る。

 

「いらっしゃ〜い♪ あと少しでご飯が炊けるから適当に待ってて♪」

 

 瑞鶴の指示に従って秋月たちはニコニコしながら鍋がセッティングされているこたつテーブルへと向かう。

 

「おこたおこた〜♪」

「瑞鶴たちの部屋はもう出してるんだな」

「秋月たちの部屋はまだ出してないの?」

「僕や照月姉さんは出してもいいって思うんだけど……」

 

 瑞鶴の質問にそう答えた初月は、チラリと秋月の方を見る。

 

「まだ出すには早いと判断し、12月までは封印してます!」

 

 姉の言うことは絶対であるため、秋月がゴーサインを出さない限りは自分たちの部屋ではこたつを出さないのだ。

 そんな姉妹事情に翔鶴たちは『色々あるのね〜』とだけ返して苦笑いをしていると、

 

「…………提督?」

 

 こたつの中に身を隠す提督を初月が発見。これには秋月たちも驚いたが、それよりどうしてここに提督がいるのだろうという疑問点が浮かんだ。

 

「えへへ、イタズラ大成功♪」

 

 しかし瑞鶴だけはそう言ってピースサインを出していたが……

 

「提督、また矢矧から逃げてるのか? ダメじゃないか……」

 

 初月は優しく注意しつつ、提督の頭を優しく撫で、

 

「謝るなら早い方がいいよ〜? ほ〜ら♪」

 

 照月からは早く出ておいでと言わんばかりに両手を広げられ、

 

「話せばきっとハリセン1発で済みますよ」

 

 秋月には慈悲深い笑みで諭される始末。

 そんな秋月たちに提督は「違ぇし!」と返して、のっそりとこたつの中から出てきた。

 

「俺は瑞鶴に用があって来たんだ。んで、イタズラ心から隠れてただけなんだよ。阿賀野や矢矧にちゃんと断ってから来たんだからね!」

 

 妙な口調ではあるが提督の弁解を聞いて秋月たちが謝ると、提督は「分かればいい」と胸を張る。

 

「それで提督、瑞鶴にご用事とは?」

 

 話がまとまったところを見計らって翔鶴が訊ねた。翔鶴としては秋月たちを待っている時に挨拶はしたが、まさか瑞鶴に用事があるとは思ってもいなかったのだ。

 それに瑞鶴も「あ、聞きそびれてた……」と思い出したとばかりにつぶやいた。

 

「あぁ、用ってのは明日の演習での編成変更の話だ。当初の予定は瑞鶴と葛城の二人を基幹に駆逐艦による編成でと思ってたんだが、お相手さんからのご指定でな……うちの水雷戦隊との演習を頼まれたんだ。あ、他のみんなにはもう連絡済だから言わなくていいぞ」

 

 提督の説明に一同はなるほどというような表情を見せる。

 

 この泊地の興野といえば「軍神の宿る水雷屋」としてそこそこ名を馳せており、それに憧れる者たちもいるくらいだ。

 戦艦や正規空母につい頼りがちになる者が多い中、水雷戦隊で大きな戦果をあげている提督は一目置かれる存在であり、軽巡洋艦や駆逐艦を軽視する者を減らす人材でもあるのだ。

 その証拠に泊地だけでなく水雷屋を語るなら大本営の中でも名前が挙がるほどで、その提督が率いる最高練度を誇る水雷戦隊との演習は得るものばかり……よって戦艦や正規空母に頼りがちになってしまう提督たちへのいい手本なのである。

 なのでこのようにわざわざ水雷戦隊との演習を望む者も出るのだ。

 

「やっぱり提督さんってすごいわね〜♪ 鼻が高いわ♪」

「流石は私たちの司令です!」

「一目置かれるってすごいね〜、提督♪」

「そのような提督の下へ着任出来て、恐悦至極に存じます」

 

 みんなして提督をもてはやす中、提督は「そんな偉いもんじゃねぇ」と謙遜する。

 しかしその横でずっと黙って話を聞いていた初月が、ふと口を開いた。

 

「それで、編成はどうする気なんだ?」

 

 その言葉に秋月と照月は口をつぐんで提督へ力強い眼差しを送る。勿論そう言った本人である初月も。

 そんな秋月たちを見て提督は苦笑いを浮かべ、翔鶴と瑞鶴は『さぁ、大変』というようなイタズラっぽい笑みを浮かべる。

 

 相手が提督へ水雷戦隊を指定したということ……それは即ち泊地最強とまで謳われている水雷戦隊と演習したいということ。そしてその艦隊に編成されることは軽巡洋艦と駆逐艦の者たちにとって、演習艦隊であっても名誉なことなのだ。

 よって秋月たちは自分を編成に入れてほしい……と切なる眼差しを提督へ送っているのである。

 

「順当に行けば旗艦は阿賀野ちゃんで決まりだけど〜、他の五隻はまだ決まってないんでしょ〜?」

「い、いや、明日の演習での旗艦は五十鈴に任せるつもりなんだ。なんでも向こうは空母機動部隊の練度を上げたいらしいからよ……」

 

 演習に水雷戦隊指定で更に対空戦必須となれば、これはもう秋月たちからすれば姉妹の誰かが入るのは固いと確信した。

 その証拠に秋月はその場で何故か腕や肩のストレッチを始め、照月は「にひひひ……」と喜びの声をもらし、初月は胸の前で手を組んでキラッキラした眼差しを提督へ浴びせている。しかも初月に至っては犬耳っぽい髪がピコピコと震えているようにも見えていた。

 

「…………」

 

 提督は悲痛にも近い表情で悩んだ……何故なら秋月たちの期待にかなりの重圧を感じるから。

 秋月たちを編成に入れるのは申し分ない……が、三人共に提督の中ではまだ練度が低いのだ。三人の中で一番早くに着任した秋月でもその練度は提督の選ぶ水雷戦隊の最低ラインも満たしていない。

 

 因みに提督が重要作戦遂行時に編成する水雷戦隊とはーー

 

 旗艦 :阿賀野

 随伴艦:五十鈴

  〃 :電

  〃 :時雨

  〃 :夕立

  〃 :綾波

 

 ーーとなる。

 

 みんながみんな一騎当千の猛者揃い。由良や長良、神通に島風や響、叢雲も名を連ねることも勿論あるが、精鋭部隊となると以上の編成となる。

 

 提督は演習での勝負に何ら拘りはしないが、水雷屋として手は抜かない所存だ。

 

「………………」

 

 まぶたを閉じてうんと悩んだまま微動だにしない提督。

 そんな真剣な提督を見て、瑞鶴は心をぴょんぴょんさせるが秋月たちは緊張の面持ちで言葉を待っている。そうしている内に翔鶴はお鍋パーティの準備を進めた。

 

「……おし、決めた」

 

 目を見開き、そうつぶやいた提督はとある艦娘へ視線を移す。

 

「? 司令、どうされました?」

 

 提督の視線に秋月はキョトンと小首を傾げていた。しかし照月と初月は『やったね!』と両サイドから秋月へ抱きつく。

 妹たちの行動に困惑気味の秋月に瑞鶴がクスクスと笑って口を開いた。

 

「提督さんの目を見ても、ま〜だ分かんない?」

 

 瑞鶴の言葉に秋月は「え?」と声を出して、再び提督の目を見る秋月。するとそこには力強い眼差しで且つ優しさにあれる瞳が自分を見ていた。

 

「え……司令……本当に、いいんですか?」

「あぁ、お前にもいい経験になると判断した。対空戦では五十鈴の補佐、任せたぞ」

「っ…………はいっ!!」

 

 提督の期待に秋月は満面の笑みで返事をする。その目からは一筋の涙をこぼして。

 

「やったね、秋月姉!」

「姉さんは僕らの代表だ。頼んだぞ!」

「それじゃあ、秋月の水雷戦隊入りを祝して鍋パーティも盛大にやっちゃおうか!」

「はい……はいぃ……!」

 

 するとタイミングよく翔鶴が炊きたてのご飯をおひつに入れ替えてやってきた。

 

「んじゃ、俺はそろそろお暇するか。演習の件で編成を改めて阿賀野や矢矧と話し合わなきゃだからな」

「え〜、せっかくこれから鍋パーティなのに、提督さん帰っちゃうの?」

 

 寂しそうな声を出す瑞鶴に提督は立ち上がりつつ「またの機会にな」と告げて、その頭を優しく撫でると瑞鶴は胸をトクンと高鳴らせながら笑顔で頷くのだった。

 

「それにそろそろ帰らなきゃーー」

 

 そう言って提督がドアを開けると、

 

「ーーハリセンが飛ぶものね〜♪」

 

 矢矧がニッコニコな黒い笑顔で待機していた。

 

「このようにやはぎんがキレる……てぇっ!?」

 

 冷静に解説したが、既に外で待機していた矢矧に提督はギョッとする。そしてそれを見なかったようにそっとドアを閉じようとしたが、

 

「タイムオーバーよ、て・い・と・く♡」

 

 閉じようとしたドアをガッと掴まれた。

 それと同時に提督は「ですよね〜」と返すと、矢矧に首根っこを掴まれて捕縛されるのであった。

 

「ということで私は提督を連れていくわね♪ みんなまたね♪」

 

 矢矧の明るい声とは裏腹に捕縛される提督は白目を向いているが、みんなはそのまま見送る他なかった。

 ドアがパタンと閉じると、みんなは無意識にそのドアへ向かって真っ直ぐと敬礼していた。

 

 それからは気を取り直して、みんなは鍋パーティを堪能し、締めの雑炊まで楽しむのだったーー。




 ーおまけー

 次の日の朝。提督より選ばれし水雷戦隊は意気揚々と抜錨していく。
 今回は急だったため早朝まで編成が発表されなかったが、旗艦は五十鈴でその相方は球磨が担当。そして秋月、電、時雨、初霜という布陣であった。
 提督はみんなを見送ると、矢矧が肩をトントンと叩いた。
 その矢矧に提督が反応すると、矢矧は自身の背後を見るようにと目配せした。

 そこには、

「また、選ばれなかった……私ケッコン艦なのに……」
「由良さんはまだいいですよ。私なんて私だけでなく川内型が今回も選ばれなかったのですから……」
「私もまた選ばれなかった……」

 今回は選ばれなかった由良、神通、長良が壁に額を付けて嘆いているではないか。これを見た提督は思わず「Oh……」などと言ってしまった。

「フォローした方がいいんじゃないかしら?」
「そ、そうだな……やはぎんもーー」
「私は自分の仕事に戻るわ。艦娘のケアも提督の仕事でしょう? 今回は時間が掛かってもいいからお願いね」

 提督の言葉を待たずして爽やか笑顔で矢矧は返すと、そのまま提督を残して執務室へと戻っていった。
 提督はそんな矢矧の背中を恨めしそうに見送り、由良たちのフォローへと向かうことに。

 その後、提督は落ち込んだ三人をなだめるのに1時間ほどの時間を費やした。そうした結果、午後の演習で三人はそれぞれ華々しい戦果をあげたとかーー。

 ーーーーーー

ということで、今回はちょっと真面目、でも日常的な一幕にしました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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這い寄れ裏LOVE勢たち!

著しいキャラ崩壊があります。ご注意ください。


 

 11月某日、朝。泊地の朝の気温も日に日に下がり、場所によっては0度になるところもちらほら。

 しかし大規模作戦が終盤戦に差し掛かった当鎮守府に所属する面々は寒さなんてなんのそのである。

 

 気合十分に次々と抜錨していく艦隊を見送り、提督はマントに身を縮めながら執務室を目指した。

 今回は残存勢力の殲滅戦であるため、提督が直接指揮するようなことはなく、その分執務をしっかりとこなす予定だ。

 

「うぅ〜、人より脂肪が付いてるのになんでこんなに寒ぃんだ」

 

 朝の寒さにぼやく提督。するとフワッと温かい感覚が背中に伝わってきた。最初は駆逐艦や潜水艦、海防艦の者たちかと思ったが、どうもそれより大きい。

 こんなことをするのは限られているので、提督はその内の何名かの顔を思い浮かべ、つい苦笑いを浮かべる。

 

 そして振り返り、犯人の顔を確認すると、「おはようございます、司令官さん♡」と天使のような笑みを浮かべる羽黒の姿があった。

 挨拶をした羽黒はまた提督の背中にピッタリと身を寄せ、寒さでほんのり赤くなった頬をスリスリと何度も背中に擦りつけている。

 

「おはよう、はぐはぐ。今日はやけに甘えん坊さんなんだな」

 

 悪戯っぽく言葉を返す提督に羽黒は「寒いのは苦手なんですぅ」と右頬を膨らませて抗議。

 

「なっはっは、確かに今朝は寒ぃよな。流石に俺もマント無しじゃキツい」

「でもこうしてると司令官さんの温もりと羽黒の温もりが合わさって、落ち着く温かさです♡」

 

 そう言うと羽黒は「ん〜♡」と甘えたような声を出してまた頬擦りする。

 そんな甘えん坊を提督は大きな娘をあやすように、ゆっくりとその頭を撫でた。すると羽黒は「はにゃ〜♡」と何とも言えない甘い声をあげる。

 

 こんなところを阿賀野に見られたら……と愛する妻の顔を思い浮かべる提督だったが、羽黒が素直に甘えるのは珍しく、嬉しいことでもあるため、『これは浮気じゃない。父親が娘に抱くあれだ』と心の中で言い訳して羽黒の頭を撫で続けた。

 

 すると、ストンっと自分の胸に軽く衝撃が伝わる。

 撫でる手を止め、それを確認すると、

 

「提督、榛名はもう大丈夫です♡」

 

 これまた意外な艦娘が甘えてきた。

 コーチャ・ザ・ダイヤモンド(金剛)ならばいざ知らず、まさか姉妹の中で一番控えめな榛名がこのような行動に出るのは珍しい。提督は内心驚きつつも、飼い主に甘える猫のように顔を胸にグリグリと擦りつける榛名の頭をポンポンッとあやすように撫でた。

 

「どうしたんだ、榛名?」

「はい、榛名、寒くて辛かったんです。でもそこへ提督が榛名を救いにやってきてくれたんです……だから榛名はもう大丈夫です!♡」

 

 ここはいつから南極や北極のような極寒の地になったのだ……というか、自分から来たよね?とツッコミそうになったが、提督はその言葉を呑み込み、「大袈裟なやつだ」と微笑んだ。

 

「大袈裟じゃありません! 榛名、今日はこんなに寒いと思ってませんでした……」

 

 羽黒と同じく頬をプクッと膨らませて抗議する榛名に、提督は「わぁったわぁった」と苦笑いで返してなだめる。すると榛名は「えへへ♡」と無邪気(多分)な笑みをこぼして、また提督の胸へ自分の顔を埋めた。

 

「榛名さんも寒いの苦手なんですね」

「えぇ、この季節は提督が恋しくて〜」

 

 未だ背中から離れていない羽黒からの言葉に、榛名は当然のように返す。

 するとまた、

 

「これでもくらえ〜♪」

「おはようございます、提督♡」

 

 右腕に文月、左腕に筑摩と両サイドから抱きつかれた。

 文月は父親に甘える娘のように腕に頬擦りし、「ふみふみぃ」と独特な鳴き声?のような声をもらしている。超絶可愛い。元々甘えん坊なのもあり、これはこれでいつも通りなので提督も父性あふれる笑みを浮かべている。

 一方で筑摩の方はやはり羽黒たちと同じく珍しい行動であった。普段は利根のことを完璧にサポートする『出来る妹』というイメージが強い……が、筑摩でも甘えたくなる時はあるのだろう。その証拠に筑摩は身長差を活かして提督の肩に頭を預け、「提督は温かいですね♡」と言いながら身を寄せている……しかし、羽黒と榛名はわざわざ身を縮めるようにしているのに、あえて身長差を活かす狡猾な手段である。

 そんな意図とは露知らず、提督は筑摩がこういう風に素直に甘えてくれるのは正直言って嬉しいため、文月と同じく父性あふれた笑みで「筑摩もおはよう」と返していた。

 

 さて、ここで提督は思った。文月は阿賀野との娘ポジであるため引っ付かれていても甘える娘と受け入れる父親ということで何ら問題はない。寧ろ微笑ましい状況だ。

 提督も駆逐艦(ロリ)には特に甘く(阿賀野は別格)、こうして甘えてくればうんと甘やかすのでこれは日常茶飯事。

 

 しかし……しかし、羽黒たちは別だ。提督は自分が今置かれている状況を客観的に見ると、羽黒たちという美少女たちに包囲され、しかもみんなして自分の体に頬擦りしているのだ。

 

 これは非常にまずい……。

 

 だってこんなところを阿賀野は勿論のこと、由良や青葉、陸奥、武蔵、金剛、加賀といったアグレッシブ過ぎるLOVE勢たちに目撃されたら……考えただけで背筋が凍る。まして矢矧に見られたとなれば自分はあのシャイニングフィンガーで頭を……頭蓋骨をリンゴの如くプシュッとされかねないのだ。

 しかし普段からあまり甘えられない羽黒たちがこうして甘えてきたのに、それを拒むという選択をすることは提督には出来ない。

 提督はまずいと思いながらも、自分ではどうすることもできず、ただただこの子たちを受け入れるしかなかった。

 

 提督がそう思い、お釈迦様のように無の境地に悟りをひらいている頃、三人の乙女たちは提督の体温や感触を楽しみつつ自分と同じ行動をとる恋敵(ライバル)を賞賛していた。

 

 ーーーーーー

 

(司令官さんは素敵な人だからやっぱりモテるなぁ……でも司令官さんの背中は今だけは羽黒のです♡)

 

 最初に仕掛けた羽黒はそう考えながら提督の匂いを肺いっぱいになるまで何度も何度も嗅ぐ。

 朝起きて枕元に置いてある提督の写真(撮影・青葉)におはようのキスをし、朝食は提督の背中が見える席で提督と阿賀野の微笑ましいやり取りを見ながら食べた。

 そして予定通り提督は一人で埠頭にて艦隊を見送りに来た。今日は阿賀野が演習艦隊で他の鎮守府へと赴く上、矢矧たちも大規模作戦の書類で提督と一緒ではない確率が高いと読んだ羽黒はこっそり提督をストーキング見守っていたのだ。

 

 ーーーーーー

 

(前が空いてて良かった♡ 榛名としてはどこでも大丈夫だけど、やっぱりこうして恋人のように抱きしめるのが一番だもん♡)

 

 次に仕掛けた榛名は提督の胸に顔を埋め、みんなには見えないように破顔していた。

 金剛専用の提督ボイスが流れる目覚まし時計(作製・夕張)でスッキリと甘い、甘美な朝を迎え、いつものように金剛たちと朝食を共にした。それもどんなに席が離れていても、提督がちゃんと自分の視界に入る席に座り、姉妹たちと雑談していてもしっかりと提督と阿賀野が仲良く食べているところを見ながら。

 そして予定通り提督は一人で埠頭にて艦隊を見送りに来た。今日は阿賀野が演習艦隊で他の鎮守府へと赴く上、矢矧たちも大規模作戦の書類で提督と一緒ではない確率が高いと読んだ榛名はこっそり提督をストーキング護衛していたのだ。

 

 ーーーーーー

 

(こんなことならもっと姉さんを急かすべきでした……でも文月ちゃんの協力もあって自然に提督の左側を取れたので、今回は及第点ですね♡)

 

 三番手として仕掛けた筑摩は提督の肩に頭を預けたのをいいことに、頬擦りしながら好きな人の首筋の匂いを嗅ぎ、朝だというのに少しばかりよだれが増える感触を感じた(どこのとは言ってない)。

 筑摩は早起きである。何故なら提督の姿を模した抱き枕(自作)が何故かいつも朝になると色んなシミまみれになっているので、それを洗濯することから筑摩の1日が始まるからだ。朝食は姉の利根と一緒に食べるが、その席は必ず自分が右を向けば提督の姿が視認出来る場所であり、今日も提督と阿賀野の仲睦まじい食事シーンをおかずに朝食を食べた。

 そして予定通り提督は一人で埠頭にて艦隊を見送りに来た。今日は阿賀野が演習艦隊で他の鎮守府へと赴く上、矢矧たちも大規模作戦の書類で提督と一緒ではない確率が高いと読んだ筑摩は利根と別れ、こっそり提督をストーキング守護していたのだ。

 しかし誤算があった。まさか自分以外に二人も提督を()()()()()者がいるとは思わなかったのである。筑摩は自分の側を偶然歩いていた文月を見つけ、「あそこに提督がいるから、両サイドから挟み撃ちしちゃいましょう」と悪戯を持ち掛け、行動に移したのだ。

 

(流石ですね、皆さん)

(流石は皆さんですね)

(流石としか言えませんね)

 

 三人して同じような言葉でそれぞれを褒めると、

 

(でも羽黒が一番いい場所を取りました♡)

(しかし榛名が一番いい場所ですね♡)

(私が皆さんよりも一番いい場所なんですよ♡)

 

 一番は自分だと心の中で胸を張った。

 

 同じ人を好きになった者同士、これはもう仕方のないことなのかもしれない。

 

 さぁ、そんな中提督はというと、冷や汗にも近い心地悪い汗を垂らしながらこれをどう切り抜けようかと思案していた……が、提督は考えることを止めた。提督は考えることを止めたのだ。大切なことだから。

 

 何故なら、

 

「おしくらまんじゅうですか。腕がなります」

 

 一航戦の危ない方にロックオンされたから。

 

 加賀は両手を上げ、手をワシワシと高速で動かしながら、目をランランに輝かせて手の動きとは裏腹にゆっくりと近付いてくる。それはもう獲物を狩ろうとする何かだった。

 

「ま、待て、加賀! ステイ! 待って! 待ってください!」

 

 提督は懸命に加賀を止めようとした。しかしみんなが自分の好きな人とイチャイチャしているのに、自分だけ除け者とは面白くない……と加賀は歩を止めることはしない。しかもターゲットは動けないのだから加賀としては好機にしか見えないのだ。

 

 すると羽黒が二人()へ何やら視線を飛ばした。榛名と筑摩は頷くと、提督が逃げやすいように提督と同じように移動を開始する(でも抱きついたまま)。しかも提督が転けないようにしっかりとフォローしての移動であるため、遠巻きにそれを見いた者たちは思わずそのチームワークに舌を巻く。文月に至っては「何ですか何ですか〜?」と言いながらも、遊んでもらっていると思って満面の笑みだ。

 

「いいでしょう、一航戦の誇りを見せてあげます。そして私の提督を我が手中に!」

 

 メラメラと愛の炎を燃え上がらせる加賀に、羽黒たちも負けじと愛の炎ーいや、炎というより業火であろうーを燃え上がらせ、提督を守るために一致団結する。

 

 それは傍から見ても激しい熱戦であるが、提督を気遣ってかゆっくりとした静かなる闘いだった。

 しかし、終わりというのは突然訪れるものである。

 

 ーー仕事もせずに何をしてるの?

 

 そう冷たく響き渡る声、かの矢矧(修羅)の降臨であった。

 それはもう殺意の波動に目覚めた武術家やなんたらゲリオン初号機の暴走状態を凌駕する勢いであり、両手に得物(ハリセン)をぶら下げ、音もなく地を滑るように物凄い速度で接近してきた。

 

 これには羽黒たちも対応しきれず、愛しの人はいとも簡単に奪われ、次の瞬間には提督は地にその身を預けていた。

 しゅ〜っと二本の得物からは煙が立ち込め、射殺せんばかりに眼光鋭く倒れた提督を睨む修羅の背中に、羽黒たちや遠巻きにそれを見ていた全員は『滅』の文字が浮かんでいるように見えた。

 

 こうして急遽開催された鎮守府団体カバディ選手権の幕は修羅の降臨で降ろされるのであったーー。




はい、今日は甘いあとにデイリーやはぎん!っていうことで書きました。
ちょっと羽黒ちゃんたちの愛があれかもしれませんが、ご了承を。

では読んで頂き本当にありがとうございました!


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二つの星

少しアンチ・ヘイトが含まれます。


 

 12月の某日、昼過ぎ。当鎮守府は秋の大規模作戦も誰一人欠けることなく無事に終わり、通常の艦隊運用にシフトしている。

 

 今年最後の月になっても艦隊はいつも通り変わらぬ忙しい日々を送っていた。

 するとそこへ、鎮守府全体へ警報音が鳴り響く。

 

『全員に告ぐわね〜♪ これより鎮守府にオイタする方がやってくるわよ〜♪ 外にいる子は寮へ戻って、任務で外にいる子たちはいつもの制服じゃなくて厚着してね〜♪』

 

『全員に告ぐ〜♪ これより鎮守府にロリコンがやってきま〜す♪ 外にいる駆逐艦や海防艦、潜水艦の子たちは寮へ逃げてね〜♪』

 

 まさかの『変態セクハラ警報』と『変態ロリコン警報』に多くの艦娘たちは迅速に行動を開始する。

 因みに『変態セクハラ警報』はセクシーな声(龍田)の警報で、これは艦娘(主に露出の多い制服の艦娘)へ注意を促すもの。

 この二つの警報が鳴るということは……と警報を聞いた多くの者が苦笑いを浮かべていた。

 

 ーーーーーー

 

「わざわざご足労頂き、ありがとうございます」

 

 応接室で提督は自身の正面に座る二人の人物たちへ頭を下げた。

 

「いやいや、こちらこそ突然で申し訳ない。それとそんなに畏まらなくていいよ。今は身分が違っても同い年じゃないか」

 

 提督から右に座る綺麗な七三分けをして、縁無しのメガネを掛けた細身で軍服姿のナイスガイは優しく笑って提督へ声をかける。

 この人物は提督が鎮守府を置く泊地の中央鎮守府に所属する総司令官……泊地の代表だ。提督と同じ三十歳だが、その若さで泊地の総司令官の座に就いたエリート。名は大山豊(おおやま ゆたか)

 

「用事が終わればすぐにお暇するさ」

 

 総司令官の隣に座り、軍服の上からでもガッチリとした肉体がしっかりと分かる、強面なナイスガイは副総司令官である小山岳(こやま がく)。この者もやはり三十歳にして副総司令官になったエリートだ。

 因みにこの場にいる全員は兵学校時代を共に過ごした同期であり、気心も知れた者同士である。

 

 国防軍には前のような強い年功序列はなく、能力と本人の意思さえ高ければ出世することが可能だ。

 昔の日本は年功序列による者や現場を知らない高学歴の者が高い地位にいたため、とんでもない命令も多々あった。なので国防軍となった今ではいくら高学歴を誇っていても能力が伴わなければすぐに降格されるし、何年軍にいようと成績が伴わなければ昇格は出来ない。そのため全員が同じ方向を向き、いい意味での切磋琢磨をしながら平和へ向かって足並みを揃えて進めるのである。

 よって二人はエリートであるものの、現場で指揮をする頼もしい存在なのだ。

 

 今回、二人が提督の元を訪れたのは中央鎮守府が定期的に行っている各鎮守府の視察であり、この視察は泊地内の鎮守府で何か国防軍として恥ずべきことをしていないかを見るもの。

 こういったことをすることで、艦娘への性的暴行や性的虐待、暴力行為、横領などを摘発し、それを抑圧する効果があるのだ。仮にどんなに巧みに隠したところで大本営から派遣された特殊部隊にかかれば全てを暴かれるので、元からそういったことをする提督はいない。

 逆に総司令官側や大本営側が贔屓によって問題を揉み消したり、賄賂交渉といったことへの強い牽制力もあるため、どの者も秩序正しく行動し、国民のためにと働いている。寧ろ悪いことをしようとする方が自殺行為になるのだ。

 

「まぁ、来ておいてなんだけど、興野くんのことだから、僕は何も心配してないんだとけどね」

「そりゃ俺は隠れて何かやるなんて器用なことは出来ねぇからな〜」

 

 朗らかに笑う大山に提督も笑って返すが、小山の方は何か言いた気に提督の顔を睨んでいる。

 そんな大山に提督は「んだよ、なんかあんのか?」と訊ねると、

 

「…………お前は裏切り者だ」

 

 小山はそう言い切った。その言葉に大山は「よさないか」と注意するが、小山は止まる気配がない。

 

「お前は俺を……みんなを裏切った大罪人だ! 周りがお前を許しても、俺は死ぬまでお前という男を許さない!」

 

 怒鳴る小山に提督はまた始まったとばかりに息を吐き、「好きにしろよ」と言うように軽く片手を仰ぎ返す。

 その態度に小山はものすごい剣幕で立ち上るが、

 

「こらこら、小山くん。あれは仕方ない……仕方のないことだったんだ。それが彼が選んだ道なんだ」

 

 大山になだめられた小山は苦虫を噛み潰したような面持ちで座り直す。

 するとそこへ、阿賀野たちがお茶とお茶菓子を持って現れた。

 

 二人へお茶とお茶請けを渡し、最後に阿賀野が提督へお茶を渡す。その際に提督は阿賀野へ優しく「サンキューな」と伝えると、阿賀野はその小さな幸せに顔をほころばせた。

 そんな夫婦を大山はうんうんと笑顔で満足そうに頷き、小山はぐぬぬと握る拳に力を込める。

 

「小山副総司令官さん、あたしの司令のことそんなに嫌い?」

 

 小山の様子を見た酒匂が眉尻を下げて悲しそうに訊ねると、そこで小山はやっと肩の力を抜いた。

 

「……いや、こちらこそすまない。だが、どうしてもみんなのことを考えると、この気持ちを抑えられなくてな」

「司令はとっても優しいよ? あたしたちのことを本当の家族のように思ってくれてるもん」

「えぇ、それは貴女たちや奥方を見れば分かります。そもそも小山くんは彼とは元々仲良しですよ」

 

 大山の説明に酒匂は小首を傾げる。ならばどうしてと思っていると、

 

「そもそもお前が俺たちを裏切って、()()()と結婚したのが悪いんだ」

 

 小山の理由に困惑した。()()と結婚とはどういうことなのだろうと。酒匂は姉妹の中で一番あとに着任した故に今回は初めてこの場に立ち会っているので、大山や小山の趣味趣向を知らないのだ。

 そんな酒匂に構うことなく、今度は大山が口を開く。

 

「ハッハッハ、僕は彼の判断は至極正しいと思うよ? あの大きな乳房に惹かれるのは男として当然のことじゃないか。そこには柔らかく、言葉では計り知れない素晴らしい浪漫が詰まっているのだから、ね」

 

 爽やかな笑顔でそう言い放つ大山だが、その目はしっかりと阿賀野の胸や能代たちの胸を捉えている。それを見た阿賀野は苦笑いしか返せず、能代と矢矧はつい両手で胸を隠した。しかしそのせいで谷間が強調され、大山にその神々しい谷間を脳内へ保存されているのもの知らずに……。

 一方、小山はすかさず声を大にする。

 

「そんな脂肪の塊がロマン? 笑わせるのも程々にしろ! チッパイこそが至高! ボインは金で偽装出来るが、チッパイは天に授けられし、唯一無二の崇高な存在だ!」

 

 熱く語り、酒匂の胸元を見つめる小山。それに対して酒匂は相変わらず小首を傾げているが、能代と矢矧が酒匂を守るように立ちはだかったのは言うまでもない。

 

 大山と小山……この二人は兵学校時代から女性の胸のことで毎回のように対立しており、支持者たちからは今も昔も『巨星』と『小星』と言われる二大巨塔である。

 提督はロリコン(本人は否定している)であるため、小山と『小さくも壮大な夢』と題したチッパイ談義をよくしていた。その一方で大山とも『大きく気高き山』と題したボイン談義もよくしていたので、ある意味で中立的な存在だった。

 

 それから卒業して数年の時を経たある日、提督が結婚を発表した。友人である二人はその報せに大いに歓喜した。

 

 彼はきっといい山を踏破したのだろうーー

 と大山は思う

 

 あやつは素晴らしき夢を手に入れたんだろうーー

 と小山は思う

 

 そして結婚式に出席した二人は正に天と地の差とも言える反応を見せた。

 大山は連れてきた陸奥や愛宕たちにサプライズで祝砲を轟かせ、小山はその場で両膝を折り大鳳や瑞鶴たちと嘆き悲しんだ。

 

 何故なら提督の選んだ相手が阿賀野(ボイン)だったから……。

 

 なので二人はこの有様なのだ。

 

「小山くんには小山くんで、彼の幼馴染みである獅子内くんがいるじゃないか」

「あいつは論外だ! チッパイを崇める我々にとって禁忌を犯したのだからな!」

「駆逐艦とのケッコンカッコカリは合法だよ? 君たちにはもってこいじゃないか」

「何を言うか! チッパイとは触れるものにあらず! 遠くから見守り、その夢を見せてもらうことこそが至高なのだ! あいつはそれを破り、あろうことかケッコンカッコカリまでした! そんな者は同志ではないっ!」

 

 二人して熱く語っているが、その内容は"胸"のことである。提督はそんな二人を見、そして現在進行形で二人からディスられている幼馴染みのことを思い浮かべ、どうして俺の周りにはまともな奴がいないんだ……と胸の中で愚痴をこぼした。

そしてどこからか『お前もこいつらと同類だからさ』という声が聞こえたが、きっと空耳だろう。

 

 このままでも埒があかないので、提督は「あのよ」と口を開くと、二人は提督に視線を向けた。

 

「悪ぃけど、俺にも俺の仕事があるんだわ。さっさと用事を済ませてくれねぇか?」

 

 正に正論。その言葉で我に返った二人はようやく本来の目的を遂行し、手際良く視察を終えると何事もなかったように鎮守府をあとにした。勿論、何も問題はなかったからだが、提督がドッと疲れたのは言うまでもない。

 

 二人を見送り、阿賀野たちと執務室へ戻ると、提督は厳戒態勢を解いてから、ゲッソリしながらソファーに座り込む。

 そんな提督の隣に座る阿賀野は彼を優しく介抱し、よしよしと甘やかす。

 

「相変わらずだったわね、どっちも」

「そうね……でも、どうして男の人ってああも胸に固執するのかしら」

 

 能代と矢矧はどこか呆れたように先ほどまでいた御仁たちのことをつぶやくが、その隣で酒匂は「なんのことか分からなかったっぴゃ〜」とクッキーを頬張っている。その酒匂の様子にその場にいる全員が『この子だけは綺麗なままでいてほしい』と強く思った。

 

「まぁ、人間誰しも、最初は母親の母乳を飲み、それに依存する訳でだな……だから男ってのは女の人の胸に惹かれる何かがあるんだろうよ」

 

 どこか哲学的な提督の見解に酒匂を除く阿賀野たちは妙に納得したような声を出した。

 艦娘とは資材から特殊な過程を経て誕生するため、親というものはイマイチ分からないが、自分たちの記憶にはそれぞれの乗組員たちのことが残っている。だから艦娘は家族がどういうものなのか、恋人とはどういうものなのか、親とはどういうものなのかを理解していた。

 もっとも、この鎮守府に至っては所属するみんなが提督の深い親愛に触れ、家族のように扱ってくれているので家族というものをよく理解している。

 

 他所の鎮守府では提督と艦娘がどのような絆を育んでいるかは分からないが、自分たちの今ある絆を思うと阿賀野は勿論、矢矧たちも胸の中に優しく心地よい温かさを感じるのだった。

 

「慎太郎さん、チョコ食べる?♡」

 

 阿賀野の言葉に提督は一瞬疑問を持ったが、すぐに「食べる食べる」と口を開ける。すると阿賀野から一口チョコを口移しされ、提督は内心驚きながらも、チョコと阿賀野の舌を楽しんだ。

 こんなことをするといつものように矢矧に怒られるだろうな……と提督は思いつつ、そっと矢矧の様子を確認すると、矢矧は素知らぬ顔をして能代や酒匂と雑談している。

 

(あれ? 今日はお叱り免除される系?)

 

 これまた驚いた提督だったが、ラッキーと思うことにした。

 すると自身の顔の両サイドをグッと阿賀野から押さえられる。未だ互いに唇は重なったままだが、阿賀野の目からは『何よそ見してるの?』という言葉がこもっていた。

 提督はそれに心の中で謝ると、今度こそ愛する妻との甘美な時間を心ゆくまで味わい、先ほどまでの疲れを癒やしてもらうのだった。

 

 濃厚で卑猥な音が響く中、

 

「能代姉ぇ、緑茶がくっそ甘いんだけど、この甘さを掻き消す何かない?」

「ん〜、ハバネロのお菓子ならあるけど?」

「ちょうだい」

「矢矧ちゃんそれ食べられるなんてすごいね〜!」

 

 義妹たち(主に矢矧)は何とも言えない休憩時間を過ごしたそうなーー。




幼馴染みに続き、また提督さんのとでも友人を登場させた回にしました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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そうじゃない

 

 冬深まる12月。鎮守府は寒くても平常運転で、今日も大きな損害もなく昼下がりを迎えている。

 午前中には例のデモ隊が訪れたが、侵入者も被害者も出さずに事なきを得た。

 

 そんな昼下がり、提督は阿賀野型姉妹を連れて食堂に来ていた。この日は今月一番の冷え込みであるが、食堂にはそんな冷え込みを吹き飛ばすのに丁度良い物が売られているのだ。

 

「間宮さ〜ん、あんまんと豚まん1つずつくださ〜い!」

 

 そう、冬の頼もしいお供『中華まん』である。

 阿賀野の注文に間宮や伊良湖は笑顔で返事をすると、慣れた手つきで中華まんを紙袋に包んでいく。

 能代はピザまん、矢矧は肉まん、酒匂はカレーまんだ。因みに肉まんは鶏肉が使われている。

 提督が会計を済ませ、阿賀野たちが間宮と伊良湖から品を受け取り、みんなは早速その中華まんを堪能していると、阿賀野はとある張り紙が目に止まった。

 

『今日は寒い!

    そんな日は

       熱々の揚げパンはいかが?』

 

 更にその下には赤い字で『ココアやきなこは好きなだけかけられるよ☆』と書いてある。

 

「今朝のコッペパンが結構余ってしまったので、おやつにどうかなって思ったの」

 

 阿賀野の視線に気がついた間宮が営業スマイルで説明すると、阿賀野はキラキラした瞳で提督を見る。

 

「ならこれも頼むか」

 

 嫁にはとことん甘い提督は即座に購入することを決定し間宮へ注文すると、早速コッペパンを揚げる作業へ入る。更に「のしろんたちもどうだ?」と義妹たちにも食べるか訊ねたが、三人は中華まんがあるという理由で断り、また中華まんを頬張る。

 すると、

 

「提督さん発見っぽ〜い!」

「取り押さえろ〜!」

 

 夕立と江風が乱入して提督へ飛びついた。

 その後ろからは村雨、海風、山風もいて、中でも海風は慌てた様子で夕立たちを注意する。

 

「提督、夕立姉さんと江風がすみませんでした」

 

 二人を引き離して深々と頭を下げる海風。海風としては義足である提督に怪我を負わせる可能性があったためにこんなにも謝っているのだ。

 しかし提督は「大袈裟だ」と笑い飛ばし、海風の頭を優しくポンポンっと撫でる。すると海風は安堵と提督の優しさにはにかんだ。

 

「は〜い、揚げパンお待ちどうさま〜。ココアパウダーときなこはこっちのトレーにあるから、好きなようにかけてね」

 

 タイミングよく間宮が揚げパンを持ってくると、提督がまた会計し、受け取った阿賀野はその揚げパンへココアパウダーを上手にかけていく。

 それを見ていた駆逐艦(主に海風と山風)は「(。✧Д✧)(こんな)」顔をして揚げパンを見つめた。

 提督が空気を読んで「みんなも食うか?」と訊ねると、村雨・夕立・江風の三人は『いただきま〜す』と笑顔で返事をする。ただその一方で山風は揚げパンから目を離さずにコクコクと頷き、遠慮しがちな海風も揚げパンの魔力に魅入られたようにゆっくりと頷いていた。

 

 ーーーーーー

 

 揚げパンを受け取った村雨たちと、提督たちは流れでテーブルに移る。能代たちは既に中華まんを食べ終えたが、お茶を飲みながら同じテーブルについて、村雨や江風とおしゃべりしていた。

 提督も阿賀野と少し冷めたあんまんと豚まんを半分個にし、揚げパンも半分個にして夫婦仲良くおやつタイムに入る。

 

「はむっ……はぐっ……ん〜、おいひぃ♪」

「だな。揚げパンの方も懐かしくていい感じだ」

 

 阿賀野の言葉に提督がそう返すと、阿賀野の口元にココアが付いているのを見つける。提督はすかさず付いているココアを指で拭うと、それをぺろりと舐めた。すると阿賀野は嬉しそうに笑い、提督も笑い、夫婦揃ってホッコリとする。

 

「相変わらず提督さんと阿賀野さん仲良しっぽい〜。いいな〜」

 

 そんな夫婦を見て、LOVE勢である夕立はついそんなことをつぶやいてしまう。しかし提督は「阿賀野が可愛いからな〜」と当然のように返したので、夕立はむぅと頬を膨らませ、そのうっぷんを晴らすかのように揚げパンにかぶりつくのだった。

 

「あ〜、そんな風に食うと口の周りが汚れちまうだろ」

「いいもん」

「よくはねぇだろ。ほれ、こっち向け」

 

 すると提督は少し強引に夕立の顎を自分の方へ向けると、夕立の口の周りについたきなこを紙ナプキンで優しく拭いてあげる。

 夕立はこうなることを狙ってやった訳ではなかったが、結果的に提督に構ってもらえたのでとても上機嫌になり、そのまま大人しく嬉しそうに提督から口を拭いてもらうのだった。

 

「もう、夕立ったら……」

「ま、まぁ、仕方ないですよ、村雨姉さん」

「そうそう、夕立の姉貴がああなのは前からじゃンか」

「阿賀野さんも怒ってないから、いいと思う」

 

 村雨に海風、江風、山風と声をかけると、村雨はやれやれと肩をすくめる。

 

 ーーーーーー

 

 夕立のご機嫌と口の汚れもなくなったところで、提督は姿勢を戻して茶をすすりながら、目の前に座る駆逐艦たちへ視線を移す。

 各々揚げパンを堪能している様子で顔をほころばせており、提督としてはとても心が和む光景だ。

 

「ココア揚げパンって美味しいけど、カロリーが気になるところよね〜」

 

 村雨はそう言いながら、揚げパンを半分に割り、内側から外側を挟むようにちぎって手を汚さないように器用に食べている。村雨らしくて、女子力の高さが分かる食べ方だ。

 

「そうですか? 訓練していればこれくらいのカロリーはすぐに消費されてしまうと思いますが……」

 

 その隣では海風が村雨と同じように食べている。しかしその速度は目を見張るもので、ちぎっては食べ、ちぎっては食べという感じだ。効果音だけで表すならヒョイパクヒョイパクといったところだろう。そして話している間でも既に2個を完食し、最後の3個目に手を付けているのだから流石だ。

 

「海風姉貴だから、ンなこと言えるンだよ。つぅかそれだけ食べて太らない方がおかしい」

「夕立も結構食べる方だけど、二人みたいには食べられないっぽい〜」

 

 江風と夕立はそんなことを言いながら揚げパンを頬張っている。二人して頬にきなこやらココアパウダーを付けながらではあるが、それは子どもらしく微笑ましい姿だ。そんな二人に酒匂が「ほっぺに付いてるから、取ってあげるね〜」と甲斐甲斐しく世話を焼くので二重の微笑ましい光景が広がる。

 艦娘とはいえ、駆逐艦や軽巡洋艦たちの見た目相応の反応や様子を見ると提督は「いずれ自分も阿賀野との間に子どもが出来たらなぁ」などと思いを馳せた。

 提督は見た目によらず子どもが好きだ。艦隊には艦娘しかいないのでロリコンに思われがちではあるが、駆逐艦などの艦娘に提督が甘いのは子どもが好きという性格の部分も影響しているのだろう。

 

 そんな慈愛に満ちた眼差しで提督は最後に山風へ視線をやる。この中で山風は一番引っ込み思案だったので、笑顔を多く見せるようになった今でも提督としては親心からつい心配してしまうのだ。

 

「!!?」

 

 提督は言葉を失った。いや、正確には言葉が出せなかった。

 何故なら、

 

「ごちそうさまでした」

 

 既に山風に与えたはずの揚げパン6つ(ココア3つときなこ3つ)が皿の上から綺麗さっぱり無くなっていたから。

 しかもお行儀よく両手を合わせる山風の口の周りには、ココアパウダーどころかきなこすら付いていない。それは揚げパンを食べたはずの指にすら……。

 固まる提督をよそに山風は緑茶を飲んで「はふっ」と一息吐いている。

 

「や、山風……」

 

 震えた声で自分の名を呼ぶ提督に、山風は「なぁに?」と小首を傾げて提督の言葉を待つ。

 

「もう1個食うか?」

 

 その言葉に山風は目をキラキラさせてコクコクと頷いた。隣に座る海風も「海風も欲しい……」という目をしていたので、提督はちゃんと海風の分も購入しに間宮たちのところへ向かっていく。提督としては山風が揚げパンを頬張るところを見たいが故の申し出であった。

 

 提督の背中を見送りながら、矢矧が「どうしたのかしら?」と首を傾げる。

 

「さぁ……でも、山風って食べてる時は幸せそうにしてるから、それをもう少し見たいんじゃない?」

「山風ちゃんならいくらでも食べられるもんね〜」

「海風ちゃんもね!」

 

 能代、酒匂、阿賀野のそれぞれの言葉を聞くと、矢矧は「あぁ、そういう」と苦笑いを見せた。

 

 揚げパンを持って戻ってきた提督は、ココア揚げパンを海風と山風の前に置いてから席に座る。二人は満開の笑顔で『いただきます!』と両手を合わせた。

 

 その瞬間、山風の前からココア揚げパンが無くなった……いや、正確には消えたという言葉が正しいだろう。

 そして提督は思った。

 

ーーそうじゃない

 

 ……と。

 

 俺が見たいのはそうじゃない。あの有名漫画にのみ出てきた『グルメ・〇・フォアグラ』の超完成形を生で見ることが出来たのは正直なところ感動したが、それはそれ、これはこれなのだ。

 何故なら、

 

ーー俺は揚げパンを美味しそうに食べる美少女(山風)が見たいんだ!

 

 そう、これが提督の心からの叫びである。

 海風のようにお行儀よく食べる姿もあれはあれで可愛らしくて心温まる光景だ。しかし、やはり駆逐艦であるならば夕立や江風のように無邪気に口の周りを汚しながら揚げパンを頬張るのが至高の光景なのに……。

 

(消えるなんて聞いてねぇぇぇぇぇっ!!!!)

 

 提督は立ち上がり、心の中でそう叫んだ。阿賀野たちや村雨たちはそんな提督の心の声なんて聞こえてないので、立ち上がった提督に注目している。

 

「っ!!」

 

 その時、提督は自分の脳からティコリンという音と共にあることをひらめいた。

 

ーー自分が食べさせればいいじゃない。

 

 ……と。

 自分の手から揚げパンを差し出せば、山風は喜んで頬張ってくれるはず。何せ前に一口チョコを口に運んであげたことがあったが、その時は嬉しそうに頬張り、()()()()()()可愛い表情を浮かべたからだ。

 

 提督は無言のままテーブルから離れると、また間宮たちのところへ向かい、今度はきなこ揚げパンを購入して戻ってくる。

 その行動に誰もが首を傾げるが、提督は気にすることなくそれを半分に割ってから更に一口サイズにちぎって山風の方へ差し出した。

 対する山風は頭の上に盛大にはてなマークを浮かべているが、提督の「あ〜んしろ、あ〜ん」という優しい声に従ってその揚げパンをパクンと頬張る。

 

 大好きな(ライクの意味)提督から食べさせてもらった山風はモグモグと口を動かし、美味しそうに、そして嬉しそうに両頬を手で押さえて「おいひぃ♪」と顔をほころばせた。

 

(そう! そうだよ! 俺はこの顔が見たかったんだ!)

 

 山風の天使の表情を見た提督は難関海域を制覇した時と同じくらいの達成感に包まれる。

 しかし、その喜びは長く続かなかった。

 

「提督さん」

 

 その冷たい声から発せられた冷気は提督の全身を瞬く間に凍りつかせる。それと同時に自身の脇腹からは太い針を刺されているかのような激痛が走っていた。

 提督がゆっくりとその声がした方へ視線を移すと、

 

「阿賀野の目の前で〜、他の子とイチャイチャしてるの見るのはイヤだな〜」

 

 愛する嫁が絶対零度なんて生易しく思えるほどの冷気を込めた目で、自身の脇腹をつねっていたのだ。

 

(今起こったことをありのまま話すぜ。山風の天使の表情を見たいがために『あ〜ん』をしたら、嫁が激怒していた……心の声だから自分自身に言っているんだと思うが、そんなことはどうでもいい! 頭がどうにかなりそうだ(脇腹が痛くて)……鬼だとか阿修羅だとかそんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ!)

 

ーー俺は死ぬ!

 

「…………提督さん」

「は、はいぃぃっ!」

 

 我に返った提督は姿勢を正し、直立不動のまま阿賀野の方へ身体を向ける。

 その先には、

 

「阿賀野にもちょうだい♡」

 

 あーんと口を開ける阿賀野がいた。

 阿賀野は確かに激おこだった。しかし相手が山風なので、阿賀野はその怒りを鎮めたのだ。あのやり取りが仮にLOVE勢である夕立だったなら……浮気確定として断罪していただろう。しかししかし、山風は提督にとって、阿賀野にとっても娘のように可愛がっている。そう、だからこそあの嫉妬で燃え上がらせてしまった絶対零度の紅蓮の炎を自分にも山風と同じことをしてくれれば許そうと、阿賀野はそう決めたのだ。

 

「は、はい……あ〜ん」

「あ〜……はむっ。ん〜、おいひぃ♡」

 

 いつもの阿賀野に戻って心底安堵した提督だったが、次からはもっと慎重に行動しようと心に誓った(もうやらないとは言ってない)。

 能代たちや村雨たちは夫婦戦争(提督が一方的にやられるだけ)が勃発せずに済んでホッと胸を撫で下ろしたが、夕立・山風・江風だけはのほほんと揚げパンで渇いた喉を潤しているのであったーー。




山風ちゃんはどうも構ってしまう。それを伝えたいが故に書いた回です!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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苦渋の決断

独自展開、一部アンチ・ヘイトが含まれます。


 

 12月も半分が過ぎ、今年も残すところあと少しとなったこの頃。

 年の瀬となり社会は朝から慌ただしくなっているが、

 

「提督さ〜ん! どうして逃げるの〜!?」

「だから、みんなの前でそういうのは恥ずいんだって!」

 

 今の鎮守府はそれとは違う慌ただしさがあった。

 

 阿賀野から逃げているのは提督で、あの阿賀野命である提督がどうして逃げているのかというと、阿賀野の手にある赤いマフラーが原因だ。因みに提督の逃げる早さは遅いため阿賀野ならすぐに追いつけるが、こうしてキャッキャうふふしてるのをちょっと楽しんでいる。

 

 阿賀野は秋頃から時間を見つけては鳥海と共に編み物に精を出していた。寒がりな提督のためにマフラーを編んでいたのだ。そしてそれは夫婦で一緒に巻く用としてかなり長いマフラーとなった。

 人前で抱き合ったり、キスをしたりしているのに、提督が何を恥ずかしいと感じているのかは謎。

 

「どうしてあんなに逃げてるのかしら?」

「多分、年甲斐もなく甘酸っぱいからじゃない?」

 

 能代の疑問に矢矧がそう返すと、能代は「あぁ」と苦笑いを見せた。

 

「みんな気にしいないのにね〜」

 

 酒匂が夫婦の戯れを見ながらつぶやくと、能代も矢矧も『全くだ』と言わんばかりに頷いている。

 すると本館から大淀がこちらへ走ってきた。表情もどこか強張っていて、それを見た矢矧たちは何事だろうと身構える。

 

「提督、泊地中央鎮守府より入電! すぐにテレビ会議室へ向かうようにとのことです!」

 

 戯れる提督たちへ大淀が声を張り上げるように報告すると、提督も阿賀野もすぐに気を引き締めてテレビ会議室へと向かった。勿論能代たちも同行する。

 

 テレビ会議室はその名の通りテレビ会議システムが施されている部屋で、特に急を要する時に用いられる。これのおかげで泊地に散らばる鎮守府の提督たちを中央鎮守府まで呼び出すことなく、顔を見て会議を開けるのだ。

 

 ーーーーーー

 

 テレビ会議室に入ると、すでに中央鎮守府用の大型モニターには大山と小山が映っており、提督もすぐにカメラを設置している机についた。

 室内には数十ものテレビモニターが揃っていて、独特な雰囲気を醸し出しているが、大山と小山の表情から更なる重みが加わっている。

 

 数分もせずに各モニターに各鎮守府の提督たちが映ると、小山が『では今回の召集理由を説明する』と口を開き、会議が始まった。

 

『事が事ですので、手短にお知らせします』

 

 大山の早くも重々しい言葉に一同は姿勢を正したまま耳を傾ける。

 

『本日未明、うちの遠征部隊が全員大破して戻って来ました。そして皆の報告によると、そこで深海棲艦の大規模艦隊を発見したそうです』

 

 その言葉に一同は驚きの声をあげる。それもそのはずで、各々が大規模作戦を終えたあとでこのような事態が発生したからだ。

 

『大本営の鬼山元帥殿へ報告したところ、今のところ他の泊地でこのようなことにはなっていないそうで、戦火が広まる前に我々で片を付けて欲しいとのことです。言うなれば大規模作戦の延長戦になります』

 

 大山はそう言って、更に説明を続ける。

 

『こちらが送った索敵部隊の報告によれば、敵の中枢には防空棲姫がいるとのこと。この前の大規模作戦の生き残りということでしょうが、この事態を長引かせるつもりはありません』

 

 すると小山が地図を画面に映し、作戦内容の説明に入った。

 

『敵中枢艦隊は泊地からそう遠くないこの地点を陣取っている。今回は泊地の連合艦隊で向かい、一気に片を付けよう』

 

『ここに辿り着くまでの露払いを中佐以下の鎮守府の艦隊にしてもらい、大佐以上の艦隊たちが敵を正面から叩き、我々の艦隊が敵を背後から狙い撃つ算段だ。新米たちの率いる艦隊はこの海域からあぶれ出た敵の殲滅を目的とした哨戒行動を頼む』

 

『ただ、敵の旗艦の注意を逸らすために中枢艦隊へ囮を出すことが鍵となる』

 

 囮の言葉に一同の表情が凍りつく。中には俯く者や目を逸らす者もいた。大規模作戦が終わってあまり日を置かずのこの事態。準備に必要な時間も無い……となると、囮なんて出せる余裕はどこにも無いのだ。

 勿論提督の鎮守府にもそんな余裕はない。

 

 大山も小山も皆がこうなるのは分かっていた。しかし確実に倒すためにはこれしか手が無い苦渋の選択だったのだ。

 呉や佐世保、舞鶴、横須賀などの泊地にいる中央鎮守府へ応援を頼んではみたものの、どこも先の大規模作戦での傷が完治していないために色良い返事は来なかった。それでも各泊地から、すぐに応援として資材やダメコンといった支援物資が届いただけでも感謝せねばならない。

 

 沈黙が流れる中、提督は自分の手に何かが重なる感触を感じた。

 それは阿賀野の手であり、提督が阿賀野の顔を見るとその瞳に力強い何かが宿っている。そして提督は今阿賀野が何を自分に訴えているのかを分かってしまった。能代たちも阿賀野の意図を察したのか、苦渋の表情を浮かべる。

 

「…………俺はお前に死ねと命令することはしたくねぇ」

 

 消え入りそうな声で阿賀野に反対する提督。しかし、そんな提督を安心させるかのように阿賀野は普段と変わりない優しい笑みを浮かべた。

 

「阿賀野は死にに行くんじゃないよ。提督さんのために、日本に暮らすみんなのために、作戦を遂行しに行きたいの」

「でも……それでも……」

「私や水雷戦隊のみんななら回避行動も得意だし、何より最速で敵まで到達して注目を集められる。時間が無いなら出来ることを精一杯しなきゃ」

「…………バカ野郎」

 

 提督はそうつぶやき、心を決めた。それを察した阿賀野は柔らかく微笑んで「ごめんなさ〜い」とだけいつもの調子で返す。

 能代たちも提督の決断と姉の決断に自分たちも腹を括った。

 

「俺の水雷戦隊が囮をやる」

 

 その言葉に画面の向こうから多くの声が聞こえてきた。

 

「おぉ、流石……」

「自分が不甲斐ないばかりに……」

「マジかよ、正気か?」

「まさに軍神……」

 

 危険を顧みず、囮を買って出てくれた提督を仲間たちは讃え、感謝する。中には戸惑いの声もあるが、誰かがやらなければいけない"誰か"に提督が手をあげたことには、心から感服した。

 すると一つのモニターから『しんちゃんがやるなら僕の艦隊も出すよ』と聞き慣れた声が聞こえた。

 それはあの幼馴染み、獅子内虎之進。

 

『何も艦隊一つで囮をさせるなんて無理はさせないでしょ? 二つの艦隊が囮をすれば向こうだってこっちに向くし、水雷戦隊なら囮だとも気付かれにくいはずだよ』

 

 虎之進の言葉に大山も小山も力強く頷いてみせる。

 普段の虎之進は泊地でも有名なマゾヒストだが、こういう時の彼の戦略眼は誰もが一目置いているのだ。何故なら彼は過去に敵戦艦四隻を要す艦隊をその知略で水雷戦隊で屠ったことがあるから。

 "軍神の宿る水雷屋"と"海戦のコンダクター"が囮となれば、これに勝るものはない。よって誰もが異論など唱えなかった。

 

『なら決まりだね。僕としんちゃんが囮をする。そして泊地最強の空母機動部隊と砲撃部隊を有する二人が確実に敵を沈める……ということで』

『えぇ、それで行きましょう。では次に作戦開始時刻ですがーー』

 

 その後はトントン拍子で作戦会議は進み、無事に解散した。

 最後には

 

 ーー必ずみんなで勝利を刻みましょう

 

 大山の声で終わり、提督もその言葉に力強く頷いた。

 

 ーーーーーー

 

 早速、提督は執務室に戻ると、各艦へ急ぎ大広間へ集合せよと召集をかける。

 大広間へ行くと、既に全艦が整列し、提督の報告を集中して聞いた。

 

 そしてそこで提督は今回の編成を発表。

 

 旗艦 :阿賀野

 随伴艦:神通

  〃 :電

  〃 :時雨

  〃 :夕立

  〃 :綾波

 

 以上の面々は解散後に提督と作戦会議室へと向かい、今作戦内容の説明と指示を受ける。

 

「ーーつぅ訳で、お前たちに俺は本当に辛い任務をさせることになった。本当に申し訳ないと思ってる……でも、全員が生き延びれるように最善を尽くす。だから、力を貸してくれ!」

 

 提督の言葉に阿賀野もまた深く頭を下げた。

 すると艦隊からは

 

「国民の皆さんのため、仲間のため……そして提督のために作戦を無事に成功させます」と神通。

 

「皆さんをお守りするのです! いっぱいいっぱい頑張ります!」と電。

 

「僕のこの力は提督のためにある。だからなんだってやるさ。ここは僕が居ていい場所だから」と時雨。

 

「作戦が成功したら、い〜〜〜っぱい褒めてね! 約束だからね、提督さん!」と夕立。

 

「皆さんと力を合わせて、必ず成功させてみせます」と綾波。

 

 その顔には一切の不安も失望もなく、提督はみんなの思いに心が震えた。

 それから艦隊は各自作戦に備えての準備に入り、提督はまた大山や小山、虎之進と綿密な打ち合わせに入った。

 

 作戦開始は日付を跨いだ〇三〇〇に開始。闇夜に紛れて囮部隊が敵の中枢と交戦。その間に本隊が敵の背後に回り、朝焼けと共にとどめを刺す。

 言葉にすれば簡単な内容だが、敵にはあの防空棲姫がいる。他にもフラグシップのル級やエリートのネ級もいる。それを連合艦隊とはいえ、水雷戦隊で日の出まで持ち堪えなくてはないのは過酷という言葉でも生ぬるく感じてしまう。

 提督は艦隊が抜錨する時刻ギリギリまで作戦を練った……いや、どんなに練っても、やれることは限られていた。現代兵器、核兵器すら通用しない相手に対抗出来るのは艦娘のみ。この世にはドラマや映画の話のような深海棲艦を屠れるスーパー超人もいなければ、深海棲艦に通用する武器をくれる神のような者もいないのだ。

 

 気がつけば時計は〇一〇〇を過ぎており、提督は会議室で作戦海域のマップを眺めていた。

 能代は酒匂と肩寄せ合ってソファーで眠り、矢矧は机に突っ伏して規則正しい寝息を刻んでいる。

 

 提督はそんな義妹たちに毛布をかけ、阿賀野がいるであろう仮眠室へと向かった。

 

 ーーーーーー

 

 仮眠室へ入ると、愛する嫁はいつものようにだらしない寝顔で眠っていた。

 はだけた掛け布団を掛け直し、提督は静かに嫁のベットの横に膝を突く。

 

 自分はこれから愛する者を死地へ送る。ダメコンは全員に装備させるが、それで不安が拭えるほど簡単なものではない。

 本当ならば行かないでほしい。しかし、この嫁は……阿賀野はそれでも行く。

 

 軽巡洋艦『阿賀野』は当時の日本では最新鋭の軽巡洋艦だった。しかし生まれた時代が時代なだけにその力を発揮することなく沈んだ。

 そもそも阿賀野の設計に携わった宇垣纏(うがき まとめ)連合艦隊参謀長ですら、「こんな装備で要求通りの活躍が出来るのか」と苦言を残しており、日本が負けた大きな要因の一つは、過去の遺産たる水雷戦隊への過剰な思い入れではないかとまで言われている。

 そんな中でも水雷戦隊を率いる提督は過去のことから教訓を得、水雷屋として恥じぬ戦果を築き上げてきた。そのおかげで阿賀野は自分の力に自信を持ち、あの時は助けられなかった人々を助けることが出来ると強い希望を持っている。だからこそ、今回のような危険な任務を自ら決意したのだ。

 

(お前が死んじまったら……俺ぁ、どうすりゃいいか分かんねぇよ)

 

 心の中でそうつぶやいた提督は、眠る阿賀野の頬を優しくそっと撫でた。もうこれが最後になるかもしれない。もう触れることは出来ないかもしれない。

 そう考えると、提督は撫でる力加減がつい強くなってしまっていた。

 

「……提督、さん?」

「悪ぃ、起こしちまったな」

「ううん、丁度良かったよ。これくらいに起きた方がいいって眠る前に思ってたから」

「そうか……」

 

 すると阿賀野は提督の方へ寝返りを打ち、頬に触れている提督の手に自分の手を重ねる。

 

「ふふっ、温かい……」

「………………」

「辛い思いをさせてごめんね、慎太郎さん」

「…………………………」

「何度も言うけど、阿賀野とみんなは死にに行くんじゃないから。ちゃんと戻ってくるから」

「………………戻ってこなかったら、海の底まで追う」

「えへへ、嬉しいなぁ」

 

「嬉しいって、お前なぁ」

「だってこんなに愛してもらえてるんだもん。これ以上の幸せなんてないよ」

「バカ野郎」

「むぅ、何度もバカバカ言う方がバカなんだからね」

「…………そうだな。俺が本当のバカ野郎だ」

 

 そう言うと提督は阿賀野の唇へ自身の唇を重ねた。

 阿賀野は死のうとしてない。なのにずっと死ぬと決めつけているかのように身構えていた自分が恥ずかしくなった。

 だからちゃんと帰ってこいと、ちゃんと自分のところに結び付けておけるようにと、口づけを交わしたのだ。

 

「慎太郎さんの優しいキス、阿賀野だ〜い好き♡」

「うるせぇ……それより、そろそろ準備しろ」

 

 照れを隠すように立ち上がった提督の言葉に阿賀野は「は〜い♡」と返事をして起き上がる。

 キスのおかげか、はたまた夫婦の絆の賜物か……阿賀野はキラキラして絶好調だった。

 

 これより艦隊は作戦のため抜錨していくーー。




ということで、ここに来て急展開。とも言える超真面目回に入ります。
と言っても今回が前編ならば、次が後編です。中編、後編になる場合もありますがご了承を。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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勝利への咆哮

 

 時間は〇一三〇過ぎ。埠頭にはこれより任務に向かう艦隊が装備の最終確認をし、そんな艦隊を提督や能代たちは見守るように側で佇んでいた。

 そして深夜だというのに、埠頭には鎮守府に所属する全艦娘が艦隊を送り出そうと集まっている。

 

「私たちの代表だからね! 頑張ってね!」

「連合艦隊だからって油断しないでね!」

 

 川内、那珂は神通へそう声援を送ると、神通はニッコリと笑って自身の胸をトンッと叩いた。すると神通と関係の深い者たちや仲の良い者たちもそれに応えるように更なるエールを送る。

 

「電〜、絶対に絶対に帰ってくるのよ! わだじよりざぎにいぐなんでゆるざないんだがら!」

「暁姉、そんな泣いてちゃ何言ってるか分からないでしょ」

「私は電なら心配してないよ。頑張って」

 

 暁は泣き叫ぶような声援を電に送る。その横では響と雷もまた暁ほどではないが、涙を溜めてながらもしっかりと電へ声援を送っていた。電は笑顔で姉たちに向かってペコリと一礼すると、他の艦娘たちも電へ大きなエールを送った。

 

「時雨〜! 夕立〜! 一番になって帰ってくるんだよ〜!」

 

 二人へそう声援を飛ばすのは白露。しかしその隣で「どっちも一番になるとか無理じゃね?」と涼風にツッコミをされたが、「まあまあ、そこは言いっこなしってことで……」と村雨に注意された。

 

「夕立姉さん、頑張って〜!」

「時雨姉も、頑張って!」

 

 春雨、山風が大声で声援を送ると、他の姉妹も揃って『頑張れ〜!』と声を張り上げた。時雨はそれに手を振って応え、夕立はその場で飛び跳ねて体全体で応えて見せる。すると二人に多くの者たちが声援を送った。

 

「綾波〜、気をつけてね〜。待ってるから」

「気合を入れて頑張れよ!」

「が、頑張ってください!」

 

 そして綾波にも敷波や天霧、狭霧が声援を送る。朧たち第七駆逐隊も両手を振ってエールを送ると、綾波はニコッと微笑んで応えた。するとまた多くの者たちが綾波にもエールを送るのだった。

 

「頑張れよ、旗艦殿」

 

 一方、武蔵はわざわざ海に降り、阿賀野へ静かなる檄を飛ばした。阿賀野は笑顔で頷くが、

 

「もし帰って来なかったら、提督さんは由良がもらっちゃうから♪」

「青葉の間違いですよ」

「私の間違いではなくて?」

「火遊びは感心しないわね……私が一番提督を愛してるのに」

 

 他の恋敵(ライバル)たちが応援に来たのか、火事場泥棒をしに来たのか分からないような言葉をあげる。

 しかし阿賀野は相変わらずな光景を見たおかげですごくリラックス出来た。

 

「そんなことにはならないから大丈夫! 提督さんは阿賀野のだけだもん!」

 

 いつもならそんなことを言えば正妻戦争が勃発するが、この時限りはみんなが頷き、阿賀野とそれぞれハイタッチする。

 

 そして、

 

「全艦、準備整いました! 第一艦隊、これより任務に向かいます!」

 

 阿賀野が提督へ敬礼し、透き通った声で報告した。

 

「よし。んじゃ、第一艦隊抜錨!」

 

 提督の号令に第一艦隊全艦が『抜錨!』と復唱すると、戦場へと向かって舵をとった。

 そしてその瞬間、提督が「生きて帰ってこい」と声をかけると、みんなは笑顔でそれに応えるのだった。

 

 提督はすぐさま矢矧たちと共にテレビ会議室へと向かうが、埠頭では阿賀野たちが見えなくなるまで手を振る者たちと集まった妖精たちから艦隊へ軍艦行進曲が高らかに送られ、その場にいる者たちの合唱が響き渡っていた。

 

 ーー

 

 テレビ会議室に入ると、もう既に多くの者たちが待機している状態だった。

 やれることはやった。あとは自分たちの艦隊を信じて指揮するのみ。みんなの気持ちは一つの方向へと向いていた。

 

 ーーーーーー

 

 それから、各艦隊が所定の海域、位置へ着いたと報告が出揃うと、大山の号令でとうとう作戦が幕を開ける。

 

 囮のなる興野艦隊と獅子内艦隊が全速力で最短距離を突っ切る中、立ちはだかる敵艦隊を他の艦隊が引き受け、本隊も闇夜に紛れて上手く進軍出来ていた。

 

 これだけの艦隊の数がいるなら、全艦で突撃してもいいのではという声も出た。しかしそれでは例え敵を殲滅したとしても、味方の被害が大きくなってしまう。そうなれば泊地全体の力が下がり、敵へ大きな隙きを与えることになってしまうのだ。それを避けるためには、やはり策を弄する他なく、弄した結果墓穴を掘ることのないように泊地にいる知恵者たちが無い時間内で練り上げた苦肉の策だった。

 

 この作戦は本当に囮となる二つの艦隊に頼らざるを得ないのだ。

 

 ーーーーーー

 

 その頃、敵中枢でも艦娘がこちらへ向かっているとの報せがあり、陣形を保ったまま臨戦態勢に入っていた。

 

「フフ……キタンダァ……? ヘーエ……キタンダァ……」

 

 四方向にある口と各砲身がカタカタと笑っているように揺れる。

 その禍々しい兵器を椅子のように扱い、そこへ鎮座するその姿こそ、あの防空棲姫だった。これでクラスが駆逐艦なのだから、深海棲艦とはどこまでも底しれぬものである。

 

 自分に危機が訪れていても、この姫は「ドンナイタイコト、シヨウカナ……」などと闇夜の中で微笑んでいた。

 

 ーーーーーー

 

 その頃、囮部隊は索敵にて中枢艦隊の位置を把握し、本部からの突撃命令を待っている状態だった。

 他の艦隊の助力も大きく、誰も傷つくことなくここまで辿り着いた。艦隊は命令を待つ間も艤装のチェックや各々の役割を再確認している。

 

「夜間飛行爆撃機はこっちに任せて、阿賀野さんたちは前だけを見ててね」

 

 獅子内艦隊旗艦の如月からの言葉に阿賀野は静かに頷いて返す。

 今回は囮……しかし、本隊が砲撃を開始するまでは持ち堪えなくてはならない。

 

 よって二つの艦隊は更なる作戦を立てていた。

 航空機の対処は獅子内艦隊が引き受け、レーダーによる探知での支援に徹する。そして興野艦隊が砲雷撃にて攻撃するというものだ。

 二つの艦隊、それも提督同士が何だかんだでツーカーの関係なのが、ここに来て良い方向へ作用している。

 

 すると

 

 ーー全艦、突撃してください

 

 大山の声で命令が下った。

 

「全艦、今から送る位置へ魚雷発射!」

 

 如月の声で砲雷撃戦の火蓋が切られる。

 

 阿賀野を始めとする興野艦隊は送られた位置へ、魚雷を射出。すると早速、敵に命中した魚雷により水柱が複数上がる。

 先制には成功した……が、ここからが本当の勝負であった。

 

 ーーーーーー

 

 各鎮守府のテレビ会議室には興野艦隊の阿賀野と獅子内艦隊の如月からの映像が映され、その戦況を見守っていた。

 

『ふわぁぁぁぁ!? そこはっ!』

 

 如月の悲鳴が響く中、小破とのことで一同がとりあえず安堵のため息を吐く。

 

『如月ぃぃぃいいいいっ!! 頑張ってくれぇぇぇぇぇえええっ!!!!』

 

 ただ、それ以上に虎之進の悲鳴がうるさかった。

 

『イタイ? イタイ? ソレガホントヨ……アッハハハ……!』

 

 モニターに映る姫はこちらを挑発するかのようにこちらの艦隊に容赦ない砲撃を浴びせる。こちらは回避行動が高いといっても、向こうの乱射ともとれる砲撃は確実に味方の体力を削っていく。

 

『次弾装填完了!』

「放てっ!」

 

『魚雷……狙って!』

『そこだね』

『ソロモンの悪夢、見せてあげる!』

 

 神通の声に提督は即座に発射命令を出す。続く時雨、夕立も装填完了した魚雷を放ち、阿賀野、電、綾波が正確な砲撃で姫の退路を塞ぐ。

 

 すると今海戦一番の大きな水柱が上がった。

 防空棲姫の硬い装甲を神通、時雨、夕立の魚雷が見事に貫いた瞬間である。会議室ではまだ着任して日が浅い提督たちが喜びの声をあげたが、他の提督たちはまだ険しい表情を浮かべていた。

 

 ーーイタイワ……ウッフフフッ……!

 

 水柱からそうハッキリと声がした。

 柱が消えると、自分の足で姫はようやく海面に立ち、こちらを射抜かんばかりに凝視している。

 

『ヤッタナァ……オマエモ、イタクシテヤル……!』

 

 その咆哮ともとれる叫びと同時に四つの艤装が轟音を轟かせた。

 すると時雨と夕立が水柱となって姿を消す。

 

「時雨っ! 夕立ぃっ!」

 

 提督の悲鳴に近い叫び声に時雨も夕立も反応はするものの、

 

『この僕を、ここまで追い詰めるとはね。まあ、いいさ……』

『これじゃあ戦えないっぽい〜!?』

 

 二人は大破していた。微かに直撃は免れたようであったが、それでもこの破壊力は悪夢でしかない。

 大規模作戦中にこの防空棲姫と対峙した提督たちは、あの時の悪夢が蘇ったようで表情が凍りつく。

 

 しかし、提督たちはすぐに立ち直り、自分たちの艦隊を囮艦隊の支援に向かわせる。今この悪夢と戦っているのは興野艦隊と獅子内艦隊。彼女たちがあってこそ、この悪夢を打ち破れるとみんなが分かっていたからだ。

 

 それでも支援砲撃や雷撃が当たってもその悪夢は留まることを知らない。射程内にいる艦隊は次々と被弾し、撤退を余儀なくしていく。

 

『命中させちゃいます!』

『よく狙って……てぇえええ〜い!!』

 

 電と綾波も魚雷を射出し、時雨と夕立も大破の身でありながら砲撃でアシストをする。

 しかし、それは虚しくも外れてしまう。

 

『コンドハコッチノバン……アッハハハハハッ!』

 

 電たちへ容赦ない砲撃が襲いかかった。時雨と夕立は大破しているため、次が無い。

 しかし獅子内艦隊の面々が身を呈してくれたことで事なきを得たが……艦隊はもうボロボロで、崩壊寸前。

 

『アッハハハハハ……コレデオシマイ』

 

 次弾装填をしながら姫が笑ったその時だったーー

 

「叩き込めぇぇぇぇ!」

 

 ーー提督の咆哮が響く

 

『これで……っ!』

『終わらせますっ!』

 

 みんなが身を呈して作った時間を見逃す阿賀野と神通ではない。

 二人も中破していたが、ありったけの力を込めて肉薄した防空棲姫の頭と腹へ主砲を見舞う。

 

 朝を知らせる日に照らされ、防空棲姫は動かなくなった。

 阿賀野と神通はすかさず距離をとると、大山艦隊と小山艦隊の本隊からの攻撃で爆発の中に姿を消していく。

 

 その瞬間、誰もが歓喜の声をあげた

 

 

 

 

 

 が

 

 

 

 

 

 その声はすぐに悲鳴へと変わる

 

『イタイ……イタイ……イタイィィィィィッ!』

 

 あれだけの攻撃を受けたはずなのに、悪夢はまだそこにいた。

 本隊は更なる攻撃のために副砲などを放つが、悪夢は悪魔となってある艦娘へと突撃していく。

 

 ーーオマエダケデモ、ツレテイクッ!

 

 その咆哮と共に放たれた砲撃は

 

 

 

 

 阿賀野へと

 

 

 

 

 直撃した。

 ほんの一瞬の出来事だった。

 何もかもが光の中へと消え

      そしてモニターが真っ暗になった。

 

「…………おい、嘘だろ?」

「阿賀野姉ぇ!? 阿賀野姉ぇっ、お願い! 返事してっ!」

「阿賀野姉ぇ……っ」

「阿賀野、ちゃん……」

 

 一番そうなってほしくないことが、現実となる。その瞬間だった。

 

「阿賀野……阿賀野ぉぉぉぉぉぉぉぁあああっ!」

 

 提督の叫び声はどこまでも響き渡り、提督の目の前はモニターと同じように暗く……どこまでも深い闇に包まれたーー。




読んで頂き本当にありがとうございました!


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バカ野郎

 

 会議室から提督の悲痛な叫びが聞こえた瞬間、会議室へ駆けつける者たちがいた。

 

「那珂ちゃんすぐ出るよ!」

「由良も!」

「私も!」

「この武蔵の力も必要だろう」

「私の航空隊はいつでも準備出来ています」

「青葉の索敵能力も必要ですよね!」

 

 那珂、由良、陸奥、武蔵、加賀、青葉が口々に救援隊として志願するが、提督は動かない。

 いや、動けなかったのだ。

 今から行って助けることは不可能だと、軍人としての自分が理解してしまっていたから。

 

 能代も矢矧も酒匂も……みんな、涙を流して首を振る。

 

 ーーもう間に合わない

 

 と。

 

 その言葉に誰もが俯く中、ただ一人、那珂だけは声を張り上げる。

 

「まだ分かんないじゃん! 間に合うかもしれないじゃん!」

「那珂……」

「命令違反でもいい……解体されても構わない! 私は一人でも行くから!」

 

 那珂は艦時代、阿賀野の救援に向かい、間に合わなかった過去を持つ。だからこその叫びだった。

 また同じことをしたくない。数パーセントでも可能性があるなら、見込みがあるなら……私は助けに行く。

 

 那珂がそう言ったと同時にモニターから轟音が鳴り響いた。

 提督以外の面々はそのモニターに視線を移すと、防空棲姫が海へ沈んでいくところが映っている。

 やっと作戦が終了したのだ。

 

 しかし、この場からは喜びの声は聞こえない。

 

 

 

 

 ーーあー……やられた……提督さんたちに怒られる。やだなぁ……

 

 

 

 

 その声にみんなが耳を疑った。

 それでも獅子内艦隊からのモニターには、あの艦娘がちゃんと映っている。

 

『敵の砲撃でカメラとマイクが壊れたようだ。興野くん、君の奥さんは健在だよ。流石は泊地最強を誇る水雷戦隊の旗艦だ』

 

 大山の声に提督は夢でも見ているかのような気分だった。しかしモニターの向こうでは、阿賀野がボロボロになりながらもカメラへ手を振っている。

 

『すごかったわよ〜、阿賀野さん。カメラは壊れちゃったけど、魚雷で敵の足を止めて〜、それで最後は本隊がとどめを刺したのよ〜!』

 

 如月の報告に会議室からも周りに集まっている矢矧たちからも安堵のため息がもれた。

 阿賀野は生きてる。作戦も無事に終了。

 ここでやっと提督たちの歓喜の叫びが今度こそ勝利の雄叫びとなって響くと、興野艦隊は大山艦隊、獅子内艦隊は小山艦隊にそれぞれ護衛され、迅速に各鎮守府の埠頭へと帰還するのだった。

 

 ーーーーーー

 

 埠頭では行きと同じく、多くの者たちが艦隊を出迎えていた。

 泣きながら手を振る者、高らかに笑って出迎える者、酒をぶち撒けて天を仰ぐ者、凱旋する艦隊を写真に収める者、祝砲をあげる者……本当に多くの者たちが艦隊を温かく迎え入れている。

 艦隊はそんな皆へボロボロになりながらも手を振って応えると、本日一番の歓声と拍手が巻き起こるのだった。

 

「もう、ホントにホントに心配したんだからぁぁぁっ!」

「那珂の言う通りよ! どれだけ心配させたから分かってるの、阿賀野姉ぇ!?」

「や〜ん、ごめんなさ〜い!」

 

 桟橋に上がると同時に阿賀野へ駆け寄る仲間と妹たち。言葉は怒っているともとれるが、声色には優しさと安堵の色が強く出ている。しかし阿賀野からすれば、怒られているようにしか受け取れず、謝るばかり。

 その光景は確かにいつも通りの艦隊の光景だった。誰もが笑い、仲間を気遣い、支え合う、温かい光景だった。

 

「護衛、感謝する。本当に……本当に感謝する」

 

 提督は大山艦隊旗艦の愛宕と通信中の大山へ心からの感謝を述べる。愛宕も大山もそんな提督に『どういたしまして』と返すと、愛宕率いる大山艦隊の面々は提督やみんなへ一礼して中央鎮守府へと帰還していった。

 

『いやぁ、それにしても作戦中は冷静な君が、あそこまで取り乱すとはね』

「うるせぇ……お前だって俺の立場ならああなるくせによ」

『どうかな……僕としてはきっと獅子内くんのカメラ映像が映ってる画面をすぐに確認すると思うな』

「…………」

『まぁ、奥さんのカメラが真っ暗になったんだ。冷静な判断をしろってのが酷な話だよね』

「そこまで理解してんなら言うな、バカ野郎」

『ははは、怖い怖い。それじゃ、僕はこの辺で失礼するよ。上に報告することが山ほどあるからね』

「こっちは今日休業すっぞ。あれだけのことをやらされたんだからな」

 

 そう言うと大山は勿論だよと返し、通信を切る際に一言だけ『本当に感謝するのは僕たちの方だ』と伝え、通信が終わった。

 すると提督はやっと肩の荷が下りたように、軽い気持ちで空を見上げた。

 

 その空は腹が立つほど青く澄んでいて、さっきまでの自分の不安を嘲笑っているように思えてならない。提督はそんな空に向かって「バカ野郎〜!」と叫んだ。

 

「ほら、提督もあんなに怒ってるじゃない」

「しっかり報告してきなさい」

 

 すると能代と矢矧が阿賀野の背中を押して、提督の前まで連れてくる。流石の酒匂もフォローのしようがない様子で、提督には「あまり怒らないであげてね」としか言えなかった。

 

「…………報告を、頼む」

 

 提督の第一声に阿賀野はビクッと肩を大きく震わせながらも、しっかりと敬礼して口を開く。

 

「旗艦阿賀野、及び第一艦隊全艦、帰還致しました。大破者5名と中破者1名という大きな被害はありましたが、敵中枢艦隊は予定通り沈黙。そして、当艦隊も囮任務を完遂しました」

 

 阿賀野の報告をしている間、提督はそれを黙って聞いていた。しかしその内容はほとんど右から左へ通り抜け、提督はただただ目の前に立つ阿賀野が生きて戻ってきたことに心を震わせていた。

 ボロボロになった制服や身体、艤装が戦闘の激しさを物語る。

 

 報告が終わり、二人の間に沈黙が流れ、それにより阿賀野は今回ばかりは本当に怒られるだろうと覚悟していた。

 すると提督がスッと今より一歩、阿賀野の元へ歩み寄り、更に両手が動く。

 阿賀野は思わずまぶたを閉じたが、自身の首元に何やら柔らかい感触が伝わり、まぶたを開くと、

 

 ーーおかえり。心配かけんじゃねぇよ、バカ野郎

 

 優しい愛する人の笑顔と言葉が待っていた。

 

「慎太郎さん……」

「このマフラー、二人で使うもんなんだろ? なのにお前がいなくなったら、使い道がなくなっちまうじゃねぇか」

 

 そう、さっきから首元に感じるものは阿賀野が編んだ二人用の長いマフラー。作戦前はあれだけ渋っていたのに、提督は帰ってきた阿賀野にマフラーを巻き、自分の首にもそのマフラーを巻いた上で、ギュッと抱きしめてくれた。

 

「ただいま、慎太郎さん♡」

「あぁ」

「えへっ、マフラー温かいね♡」

「……あぁ」

「これからも一緒に巻こうね♡」

「今日だけ特別だ、バカ野郎」

「じゃあ、二人っきりの時は?♡」

「…………」

「無言は肯定と取りま〜す♡」

 

 そう言った阿賀野は今度は自分から提督へ身を寄せ、夫婦は人目をはばかることなく口づけを交わす。傍から見ればそれはいつもの夫婦のイチャラブだったが、誰もその光景を見て砂糖を吐くことはなかった。

 

 ーーーーーー

 

 阿賀野たちがドックへ入渠している間、提督は執務室であの戦闘映像を観ていた。阿賀野のカメラからの映像ではなく、獅子内艦隊のカメラ映像を。

 

 防空棲姫の砲撃を阿賀野は自身の艤装を盾にして直撃を阻止した……が損害は小さくなく、大破してしまう。その時にカメラが壊れた。しかし接敵してきた防空棲姫へ阿賀野が残りの魚雷を至近距離で喰らわせ、これが決定打となり、そこへ本隊の第二次攻撃が炸裂したというものだった。阿賀野は神通がしっかりと離脱させたので巻き込まれることは無く、生還出来た。

 

「本当、阿賀野姉ぇじゃないと危なかったわね」

「あの土壇場まで魚雷を残しておくなんて、私には出来ないわ」

「阿賀野ちゃん、かっこいい〜!」

 

 共に映像を観ている能代たちも、口々に阿賀野を賞賛している。

 

「大規模作戦の時みたいにしっかりと段取りを整えることが出来てりゃ、今回みたいなことにはならなかったぜ……ったく」

 

 悪態をつく提督だが、頭の中は至極冷静であった。

 

 戦場ではいつ何が起こっても不思議はない

 相手がまだまだ未知数な敵ならばなおさら

 だからこそ次はこうならないように自分が映像を観て精査するしかない

 非力な自分には戦略でしか彼女たちを守れないのだから

 

 提督は改めて敵の強さを痛感し、更なる知略による努力を誓った。

 すると執務室のトントントンとノックされる。

 

「入れ」

 

 その声にガチャリと開かれたドアからは阿賀野と第一艦隊の面々が揃って姿を見せた。

 

「おぉ、入渠終わったのか」

 

 提督はみんなにそう言って時計を横目に見ると、結構な時間が過ぎていたことに驚いた。しかしバケツの使用許可も出したのでそれも当然かと納得する。それでも長いこと同じ映像を観ていて時間が経っているのを忘れていたのは驚くことだった。

 

 能代たちはみんなのためにお茶汲みを始める中、阿賀野たちは提督の前に横一列に整列する。

 ただその顔に提督は妙な違和感を感じた。

 阿賀野は相変わらず笑顔であるが、何やらデレデレした様子でいつもの締りがない。対して時雨と夕立の表情には不満の色が強く、神通・電・綾波に至っては苦笑いを浮かべている。

 

 みんなの様子にお茶汲みをしている能代たちも小首を傾げていると、時雨と夕立が机越しに提督へ詰め寄った。

 

「提督、僕ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」

「というか拒否権は無いよ!」

 

 二人の剣幕に押され、提督は首を縦に振る。そもそも夕立がこうした場で「〜ぽい」と言わない時は基本的に激おこの証拠だ。

 すると時雨が「じゃあ、これ観て」と阿賀野のスマホ画面を見せる。

 そこには、

 

『…………おい、嘘だろ?』

『阿賀野……阿賀野ぉぉぉぉぉぉぉぁあああっ!』

 

 先の作戦中、阿賀野のことで取り乱す提督の姿が映っていた。

 

「な、なんでこんなもんがあんだよ……」

「入渠してる間に()()()()()が阿賀野さんに送ってきたんだよ」

 

 時雨の説明に提督は『よし、今度殴ろう』と胸の中で決める。

 しかしその一方で提督はあることに気がついた。

 

 この映像はあのテレビ会議で泊地の全提督が観ていたはずだ……と。

 

「時計の針を戻せるなら戻したいお……」

 

 場合が場合なので提督がああなるのも無理はない。しかしその熱も冷めてから、あの時の自分をこうして見ると何とも言えないものが提督の中で込み上げてくる。

 その証拠に提督は両手で顔を覆い、机に突っ伏して身悶えていた。

 

「僕と夕立も大破したのに、提督は阿賀野さんのことしか目に入ってないんだね〜」

「夕立、いっぱい頑張ったのに〜」

 

 そんな身悶える提督に時雨と夕立のLOVE勢は容赦ない追撃を加える。神通たちや能代と酒匂も揃って二人をフォローするも、やはりLOVE勢の二人としては阿賀野ばっかりでズルいと譲れぬものがあるようだ。矢矧に至ってはやれやれと肩をすくめている。

 

「えへへ〜、提督さん♡ 阿賀野、とっても幸せ〜♡」

 

 阿賀野は幸せ爆発の様子で提督の背中に抱きついた。それは時雨と夕立の嫉妬の炎へ油……いや石油を投下するようなもの。

 当然、ヒートアップした時雨と夕立も阿賀野に負けじと提督に抱きつき、執務室にまたこれまでのような騒々しさが戻った瞬間だった。

 

 提督は身悶えるながらも、これからもこの騒々しくも退屈でない日々を送りたいと、心からそう願うーー。




ということで、ハッピーエンドで終わりました!
次からはいつも通りのほのぼのに戻ります故、ご安心を♪

読んで頂き本当にありがとうございました!


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クリスマスパーティ

サンタの衣装を着ている艦娘がいますが、細かいデザインは割愛させて頂きますので、お好きなデザインをご想像ください!



 

 日付けは12月25日の夕方。世間はクリスマスであり、街をクリスマスツリーやオーナメント、イルミネーションが彩り、家族連れやカップルたちを楽しませている。

 それでも鎮守府は変わらず深海棲艦から人々を守るために任務を遂行しているが、今日は早めに任務を終えて鎮守府だけでのクリスマスパーティを開催する予定だ。先の残党勢力殲滅作戦のこともあり、今回は去年より豪華にするのだとか。

 イベント委員会や手の空いている者たちがお昼過ぎからせっせと食堂を色々とデコレーションしたり、パーティに出す料理の下準備をしたりしたので、準備は万全である。

 酒保もクリスマスということでお菓子の詰め合わせや掴み取りというサービスをし、サンタの貸衣装も結構な数が借りられていった。

 

 ーーーーーー

 

 そして一六〇〇過ぎになると執務室の前には長蛇の列が出来た。

 他の鎮守府ではどうか知らないが、ここでは提督がお手製のクッキーやカップケーキの詰め合わせをサンタから受け取ったという体で配る。

 ただしサンタではなく提督が作ってくれたと殆どの艦娘たちが理解しているので、配る時に大抵の者たちには「ありがとう、提督」と言われてしまう。そんな中でも、サンタを信じている者たちはキラキラと輝く笑顔で受け取っていたので、提督はその笑顔にとても癒やされた。

 

 ーーーーーー

 

 こうしてお菓子を配り終えると、クリスマスパーティのために全員が食堂へ集合する。

 テーブルには既にオードブルは勿論のこと、サンドイッチからおにぎり、フライドチキンやらローストチキン、様々なケーキが並び、艦娘たちや妖精たちの胸を大いに踊らせた。これも全部間宮たちと手の空いている者たちで作ったもの。

 

 食堂のみんなに注目される位置に設置されたお立ち台には、正面から見て左からウォースパイトがピアノ、アーク・ロイヤルがヴァイオリン、プリンツがヴィオラ、ビスマルクがチェロ、コマンダン・テストがアコーディオン、リシュリューがコントラバスと並び、その後ろではガングートがティンパニー担当として佇んでいる。

更にはヴァイオリンの後ろにハープを構えるサラトガ、フルートを構えるローマが控えていた。

 

 みんなは目配せするとクリスマスに定番の『Silent Night』……きよしこの夜を演奏する。

 その演奏にウットリと酔いしれる者、楽しげに歌を口ずさむ者、ゆったりと耳を傾ける者……多くの者たちの心を掴んだ。

 

 そんな中で提督がみんなの前に立つと、クリスマスパーティの開催宣言をした。

 それと同時に一曲が終わると、食堂内からは割れんばかりの拍手が巻き起こり、盛大にクリスマスパーティが幕を開けるのだった。

 

 すると、

 

『メリークリスマース!』

 

 アイオワとイタリアが大声でお立ち台に上がる。二人してセクシーなサンタ衣装を身にまとい、エレキギターのレスポール(アイオワ)とエレキヴァイオリンのYEV105(イタリア)が握られている。

 アイオワが合図をすると妖精音楽隊が先程と同じように『Silent Night』を奏でるが、エレキギターとエレキヴァイオリンの音色で全く別物のロックテイストな曲に変わった。

 

 みんなはそれに手拍子をしたり、ステップを踏んだりと先程とはまた違う反応を見せるも、心から音楽を楽しむのだった。

 

 ーーーーーー

 

 一通り演奏会も終わり、立食パーティが本格的に始まると、酒瓶を高速で空にする者たちや料理のエベレスト山をことごとく踏破する者たちが周りを湧かせている。

 

「今回もみんな楽しんでくれてるな〜。良かった良かった」

「うふふ、そうね〜♡」

 

 提督と阿賀野も肩寄せ合ってパーティを楽しんでいるが、

 

「提督さん、由良たちとも一緒に過ごしましょ〜♡」

「部屋に戻れば阿賀野とは過ごせるんだから、今くらいは私たちと過ごしてくれてもいいでしょ?♡」

 

 由良と陸奥のガチ勢に拉致られてしまう。

 提督は阿賀野に助けを求めるが、阿賀野は阿賀野で「がんば♡」と慈悲はなかった。

 

「良かったの阿賀野姉ぇ?」

 

 それをそばで見ていた矢矧がそう訊ねると、阿賀野は笑顔で頷いてみせる。

 

「だってイブの夜は〜、た〜っくさん愛してもらっちゃったから〜、今くらいは大目に見てあげようかな〜って♡」

 

 火照った両頬を手で押さえ、クネクネと身をよじりながら言う阿賀野に、矢矧は「そすか」とだけ冷めた返事をした。

 日本では前々からクリスマスの聖なる夜が"性なる夜"と呼ばれてしまっているが、どうやらこの夫婦もその中の一組らしい。矢矧はそれを聞かなかったことにして、能代や酒匂も呼んで姉妹揃ってローストチキンを頬張るのだった。

 

 ーー

 

 提督が拉致られてLOVE勢たちにあんなことやこんなこと(KENZEN)をされていると、お立ち台に数人の艦娘が上がる。

 それはお揃いのサンタ衣装(ヘソ出しで上着はロング袖、下はミニスカート)を身にまとった重巡洋艦のネームシップたち。

 

『は〜い、皆様、ご注目ください♪ これより重巡洋艦ネームシップの方々が「Snow Song Show」を歌って踊ってくださいます♪』

 

 大淀のアナウンスにみんなは拍手や声援を送る。前に立つ面々は笑顔で手を振っているが、古鷹や妙高は恥ずかしいのかはにかんで手を振っている。利根が妙にドヤ顔なのも気になるところだが……。

 

 曲が始まるとみんなして揃ったダンスを披露。食堂では自然と手拍子が生まれ、舞風や子日なんかは楽しそうにステップを踏んでいるのが可愛い。

 

 古鷹・青葉が『ーー悲しみで雪だるま〜♪』と歌い、妙高・高雄が『夜空からプレゼント♪ どこまでもーー』と歌うと、『届け』の部分からは全員でキレイに合わせ、サビを歌い終える。

 続く『ーー街を鳴らす足音〜♪』まで最上・利根が歌い、しっとりと歌い上げるところは利根が完璧に歌い上げた。見せ場があるからこそ、最初からドヤ顔していたのだろう。

 そのあとは各カップリングで上手に歌をまとめ上げ、

 

『紡いでく未来へのこのメロディー♪』

 

 完璧に歌とダンスをこなし、最後はみんなして一礼すると、みんなへ割れんばかりの拍手が送られる。

 

『はい、重巡洋艦ネームシップの皆様、ありがとうございました〜! 続いての出し物は潜水艦の方々による「好き! 雪! 本気マジック」です、どうぞ!』

 

 その声と共にイクたちがサンタ衣装(背中がバッサリと開いているノースリーブのミニ丈ワンピース)で前に出てきた。

 

『イクたち、今日のために頑張って練習したのー!』

『ダンスも歌も頑張りまーす!』

 

 イクとゴーヤの挨拶に食堂からは拍手が巻き起こる。

 そして曲が始まると息ぴったりのダンスと共に歌が始まった。

 

 頭のサビから『Ah Whipしたケーキのような街は 好き! 雪! 本気 Magic♪』とみんなで歌い、また可愛らしいダンスが観客を魅了する。

 その時、スカート丈が短いためイクの青と黒のレースとゴーヤのピンクと白の縞々、ろーちゃんのライトグリーンが眩しく光るが提督は何も見ていないと脳内メモリーから抹消したのは秘密。そもそもアンダースコートをゴーヤとろーちゃんは履き忘れたのだが、イクに至っては元から提督に見せるために履いてなかったらしい。

 

 ともあれその後はイク・ニム・ゴーヤ・イムヤ・はちのグループとヒトミ・イヨ・しおい・まるゆ・ルイ・ろーちゃんのグループで完璧に歌い分け、観客を大いに湧かせた。

 最後の決めポーズのあとで、イクとろーちゃんだけは提督へ向かって投げキッスをすると提督は微笑ましく思って手を振って応えたが、周りにいるLOVE勢たちに睨まれたのは言うまでもない。勿論その遠くにいた阿賀野からも……。

 

 その後も那珂ちゃんのクリスマスライブやウォースパイトたちの即興演奏オーケストラ、駆逐艦たちが『赤鼻のトナカイ』を合唱、海防艦たちのハンドベルによる『星に願いを』があり、大いに盛り上がった。

 因みに恒例行事『大食い大会』と『早食い大会』も開かれ、大食い大会の料理はフーカデンビーフ、早食い大会の料理は10号の苺ショートホールケーキだった。

 

 ーーーーーー

 

 二二〇〇過ぎにはクリスマスパーティも終わり、ある程度の片付けを終えたらあとは明日に回すことにして解散となった。

 みんなが笑いながら(中には千鳥足の者も)自分たちの寮へと戻っていき、提督と阿賀野も本館にある自室へと戻ろうとしていた。

 

「楽しかったね、慎太郎さん♡」

「そうだな……俺はほぼ酒を飲まされたり食べ物を詰め込まれたりしてたから、腹がはち切れそうだ」

 

 苦笑いで自分の腹を擦る提督を阿賀野はクスクスと楽しそうに笑う。提督はパーティ中にLOVE勢だけでなく、殆どの艦娘たちからお酌をされたり、声をかけられたりしていたのだ。

 

「そんなに笑うなよ〜」

「えへへ、だってみんなから慕われてる人が阿賀野の旦那さんだって思うと嬉しいんだもん♡」

「…………そうかよ」

「んふふ〜、照れちゃった〜?♡」

「て、照れてねぇし」

 

 口ではそういうものの提督の頬は赤く、目線も逸らしっぱなしなので阿賀野にはバレバレである。

 すると阿賀野が「あ」と何かを思い出したのか、提げていた手提げ袋からある物を取り出した。

 

「今は二人きりだから、してもいいよね?♡」

 

 それは例の二人用の赤いマフラー。阿賀野の申し出に提督は無言の肯定をすると、阿賀野は鼻歌交じりにいそいそとマフラーを巻く。

 マフラーを巻き終えた阿賀野は定位置である提督の左側に立ってピッタリとくっつくと、提督は何も言葉を発することもなく阿賀野の肩を抱き寄せた。

 

「せっかくだし、埠頭の方まで散歩してから帰るか」

「慎太郎さんが寒くないならいいけど……大丈夫?」

「気遣うのは男の役目だろ……まぁ、俺は阿賀野の体温が温かいから少しくらい平気だ」

「えへへ、ならお散歩してから帰ろ♡」

 

 そう言うと阿賀野はギューッと更に提督の左腕に抱きついた。提督が寒くないようにと、提督の優しい提案に感謝の気持ちをいっぱいに伝えながら……。

 

 ーーーーーー

 

 埠頭の桟橋にまで足を延ばした夫婦は月明かりに照らされて、海面が見せる無数の星の海をのんびりと眺めていた。

 夫婦の間に言葉はなかったが、言葉がなくとも波の音や少しだけ強い潮風の音、互いの息遣いや鼓動の音だけで十分な程である。

 

「…………ちょっと暑ぃな」

 

 やっと言葉を発した提督の一言に、阿賀野は「そうかな〜?」と小首を傾げた。

 阿賀野は確かに先程よりも提督から伝わる体温は高いと感じていたが、それは酒のせいだと思っていた。もしかしたら熱でもあるのかと、阿賀野は少し心配して提督の様子を見ようとしたが、それより早く提督が自分でマフラーを解いてほんの数センチだけ離れてしまう。

 

「そんなに暑いの? おでこくっつけてみて」

「熱はねぇよ……ただ、本当にちょっと暑かったんだ」

「それならいいけど〜」

 

 ジロジロと提督を見つめる阿賀野に対し、提督は苦笑いを返しながら深呼吸した。

 すると提督は制服の内ポケットから何やら細長い箱を取り出す。

 

「タバコケース……にしては長いね」

「タバコケースじゃねぇからな」

 

 そう言って提督がその箱を開けると、中には綺麗なネックレスが入っていた。

 シルバーのティラチェーンが月明かりを反射してキラキラと輝き、トップのペンダントはシンプルなハート型で表のど真ん中にラピスラズリがあしらわれ、その下に夫婦の結婚記念日が彫られている。更に裏には夫婦のイニシャルが彫られており、それを囲むようにペリドットが嵌め込まれていた。

 因みにラピスラズリは『永遠の誓い』、ペリドットは『夫婦の幸福』という意味の石言葉がある。

 

「え……どうしたの、これ?」

「クリスマスなのに大事な嫁へプレゼントを用意しない程甲斐性無しじゃねぇぞ、俺ぁ」

「え? え、え?」

「サプライズ成功だな。今年はまぁ、夫婦になって初めてのクリスマスだろ? だから俺なりにこう……準備をしてたんだよ」

 

 時間的にプレゼントを渡すのがギリギリになっちまったけどな……とはにかんで頭を掻く提督。その気持ちに阿賀野は目頭が熱くなり、幸せの波が全身に押し寄せてくる。

 

「ほら、着けてやるよ」

「う、うん♡」

 

 マフラーを取り、照れ笑いを浮かべて待機する阿賀野のしなやかな首に、そのネックレスを提督がしっかりと着けてあげた。

 

「えへへ、嬉しいなぁ♡」

「ペンダント、開いてみ」

 

 言葉に従ってペンダントを開くと、その中には夫婦の写真(結婚式の時の)が嵌め込まれていた。

 

「…………うぅ、どうしよう、慎太郎さん」

「ん、何が?」

「阿賀野ね、今幸せ過ぎて、どんな顔してるか分かんない……」

「泣きながら笑ってるぞ?」

「もぉ、や〜だ〜♡」

 

 阿賀野はそう叫び、自分の顔を隠すように提督の胸に埋める。そんな阿賀野を提督はしっかりと受け止めると、「喜んでもらえて良かった」と愛する嫁の頭を優しく撫でた。

 

「はぁ、やられた……こうなるなんて考えてもいなかったから、阿賀野なんにも用意してないよ〜」

「それならとっくにもらったさ」

「え?」

「……あの囮任務でちゃんと帰って来てくれたろ? 阿賀野が生きてるって、どんな贈り物より嬉しいもんはねぇのさ」

 

 その言葉に阿賀野の胸は更なる幸福で甘い悲鳴をあげる。

 

「今日の慎太郎さん、怖い……阿賀野をこんなに幸せにしてどうする気なの?♡」

「酔ってる勢いってことで……」

 

 提督は自分で思い返して頬がこれまで以上に熱くなるのを感じたが、幸い阿賀野はまだ顔を上げていないので無難な言葉で誤魔化すことが出来た。

 すると不意に阿賀野が提督へ口づける。それはほんの一瞬だったが互いの唇が離れると、そこには満面の笑みを浮かべる阿賀野が自分を優しく見つめていた。

 

「慎太郎さん、愛してる♡ 愛してるなんて言葉じゃ足りないくらい、いっぱいいっぱいい〜っぱい愛してる♡」

「そうか……俺も愛してるぜ、阿賀野」

 

 互いに今思っている言葉を伝え合うと、海に反射して映っていた二つの影が一つへの重なり合うのだったーー。




 ーおまけー

 そんな夫婦の幸せな一幕を建物の物陰から覗いている者たちがいた。

「あっま……」
「青葉見ちゃいました〜♪」
「由良もいつかあんなロマンチックなことされた〜い♪」

 それは名だたるLOVE勢たちと矢矧である。
 LOVE勢たちはあのまま夫婦のクリスマスが終わるはずがないと予測し、夫婦をこっそりと(大勢で)尾行していたのだ。
 ただ矢矧だけは夫婦の邪魔をしないか監視しようと思って行動を共にしていたのだが、思っくそ砂糖を吐くことになってしまった。
 みんなして夫婦のその一幕を自分に照らし合わせては妄想に更け、鼻や口、はたまた人には言えないところからLOVEがあふれ出てしまう。

「ふむ、今夜はヤる気だな」

 武蔵の言葉に陸奥も夫婦を見つめたままコクコクと頷く。

「てかいつまでチュッチュしてるクマ? さっさと部屋に行ってズッコンバッコンすればいいクマ〜」
「にゃ〜、こういう時の余韻は大切にゃ」
「そのあとに布団の中でテイトクのご立派なテイトクが阿賀野と濃厚なキッスをするのネ!」

 何とも乙女がしていい話題ではないが、肉食揃いの面々では致し方ないのかもしれない。
 その後もみんなして夫婦の一幕を色々と妄想を交えながら、夫婦が本館へ姿を消すまで見守っていたそうな。
 因みに部屋に戻った矢矧は抹茶やブラックコーヒーをガブ飲みしたとかーー。

 ー更なるおまけー

 大食い大会の結果

 1位:雲龍  ・量:?個
 2位:赤城  ・量:74個
 3位:大和  ・量:67個
 4位:サラトガ・量:55個
 5位:イタリア・量:43個

 雲龍は2位が決まった時点で食べるのをやめた。

 優勝賞品

 肉の詰め合わせ(5キロ相当)


 ホールケーキ早食い勝負の結果

 1位:山風・タイム:0.67秒
 2位:海風・タイム:0.95秒
 3位:弥生・タイム:2分3秒
 4位:加賀・タイム:15分22秒
 5位:利根・タイム:ギブアップ

 優勝賞品

 サラトガ特製5キロ苺タルト

 ーーーーーー

はい、ということでクリスマス回を楽しく甘〜く書きました!
因みに次の更新で今年の更新は最後になります。
ご了承お願い致します。

ではでは、読んで頂き本当にありがとうございました♪


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大晦日の鎮守府

 

 日付けは12月31日、大晦日。

 時間は丁度〇七〇〇。

 此度、艦隊の任務は昼からでその間に艦娘たちは大掃除をする予定。普段から妖精たちが掃除をしてくれているお陰で各施設や寮はキレイにされているが、艦娘たちが過ごしている寮の各部屋内まではプライバシーのこともあって掃除されていないので、この日に徹底して掃除をするのだ。もっとも、普段からちゃんと整理整頓をしていれば昼までお休みみたいなものである。

 

 ー執務室ー

 

「阿賀野姉ぇ、執務室に私物持ってき過ぎ。必要ない物は部屋に持って帰ってよ」

「えぇ、あるとお昼寝する時にいいから置いてるのに〜」

 

 当然、執務室でも提督と阿賀野型姉妹がこれを期に執務室内の大掃除をしているが、殆どは提督と阿賀野が持ち込んだ物を執務室に置くか否かの話だった。

 因みに今能代が阿賀野に説明を求めているのは、シャチを模したモチモチクッションである。

 

「せめて執務室じゃなくて、仮眠室に置いてよ」

「えぇ〜、このクッションを触ってるだけでも、私は癒やされてるのに〜!」

「なら百歩譲って普通のクッションにして」

「ぶ〜ぶ〜」

「阿賀野姉ぇ?」

 

 能代からのドス黒いオーラに阿賀野はピシッと敬礼し、「分かりました!」と返すしかなかった。

 

 一方、矢矧と酒匂は提督と一緒に提督が使っている執務机の上を整理していた。

 

「提督……阿賀野姉ぇとの写真飾り過ぎじゃない?」

「みんなとの集合写真を除くとぉ、に〜、し〜、ろ〜、や〜、と〜……13枚あるね〜」

「だってどれもずっと見ていたい表情なんだもん」

 

 提督の子どものような反論に矢矧は苦笑いを浮かべ、酒匂は「ふぇ〜」と感嘆の声をもらす。

 机の上には結構な数の写真立てが飾られていて、集合写真を除く全てが阿賀野の写真である。一応、矢矧たち阿賀野型姉妹と写っている写真もあるが、あとはアイスを食べて「ん〜♪」とご満悦の写真や提督とキスをしてるスイーツ満点な写真ばかりだ。

 

「結婚式での写真と集合写真は飾ってあってもいいけれど、他のは必要ないと思うのよね」

「本当なら阿賀野の写真は全部飾りたい……」

 

 そう返した途端に矢矧からは「ダメ」と却下される。提督はこのまま抵抗しても矢矧は引かないと思い、渋々写真立てを使っていない引出しに片し、日替わりで飾ることにするのだった。

 

 その後も夫婦は能代たちからこれもいらない、あれもいらないと厳しく整理整頓をさせられたそうな。

 

 ー駆逐艦寮ー

 

 所変わり、ここでも大掃除の真っ最中。

 しかし陽炎型姉妹の陽炎型4号室は駆逐艦以外にも多くの艦娘たちが訪れている。何故なら秋雲が自分の描いた作品を在庫処分として部屋で即売会をしており、周りとは違った賑わいを見せているからだ。

 そんな中でも暁型姉妹の部屋はある艦娘のせいで、大掃除が進まずにいた。

 

「響姉、これはいるの?」

 

 それは大体が響のせいである。

 普段はしっかり者の響だが、実のところ整理整頓が大の苦手であり、あのロリお艦の異名を持つ雷ですらてんてこまいしているのだ。

 因みに今はボロボロになったタオルケットを雷が響に捨てるかどうか聞いている最中。

 

「まだ使えるし、捨てたくないな」

「でも寝る時は新しいの使ってるじゃない」

「これはお昼寝用だ」

「最近はこたつでお昼寝してるじゃない」

「……夏のお昼寝用だ」

「夏は暑いから眠れないって言うじゃない」

「…………部屋でたまにしてるし」

 

 雷の言葉にああ言えばこう言う響。雷は埒があかないので「捨てるわ」とゴミ袋へと入れようとする。

 

「こんな一方的な判決は卑怯だ! 異議申立てする!」

 

 響はそう言って立ち上がるが、

 

「使ってないのは私も見てるし、捨てていいと思うわ」

「大切なら、普段から使ってあげない響お姉ちゃんが悪いのです」

 

 裁判員の暁と電に正論を言われてしまう。

 

「二人からの意見を採用し、異議は却下します」

「ま、待ってほしい!」

 

 必死な響に雷は「まだ何かあるの?」と視線を向けると、響は正座して口を開いた。

 

「鼻☆塩☆塩」

 

 その言葉に全員が頭の上にはてなマークを浮かべる。何せ真面目な顔をして謎の言葉を発したのだから当然だ。

 

「あ、間違えた。話をしよう」

 

 どうやら素で間違えた様子。響がちゃんと言い直すと、姉妹たちはドッと笑い転げた。

 

「鼻塩塩って……なんなよ響姉……くふふふwww」

「冷静に言い直すのもシュール過ぎるわ、響www」

「鼻に……ふふふ、お塩は……ぷふっ……痛いですよwww」

 

 みんなしてお腹を抱え、畳やテーブルをバシバシと叩く。これには流石の響も恥ずかしくなり、拗ねてしまった。

 拗ねる響に姉妹はちゃんと謝り、今回は特別にタオルケットを捨てるのは見送ると伝えると、響はやっと機嫌を直したそうな。

 

 ー重巡洋艦寮ー

 

 一方その頃、重巡洋艦寮の4号室では青葉の提督これしくょんの叩き売りがされ、LOVE勢による長蛇の列が出来ていた。

 そんな中、寮の2号室は衣笠、摩耶、最上の3人が掃除を終えてのんびりとお茶を楽しんでいる。

 

「ただいま〜」

 

 するとそこへゴミ出しへ行った加古が帰ってきた。その手には何やら封筒が握られており、それを見た衣笠たちは含み笑いを浮かべる。

 

「な、なんだよ、みんなしてその笑いは〜……」

 

 三人へそんな言葉を加古が放つと、摩耶は「べっつに〜♪」と返し、最上からは慈愛あふれる笑みで何か悟らているように頷かれてしまう始末。

 

「加古ちゃんなら仕方ないよね〜。いい写真あったんでしょ?」

 

 衣笠の言葉に加古は顔を赤くして「うっ」と狼狽える。どうやら図星のよう。

 加古はゴミ出しの帰りに真っ直ぐ部屋へは帰らず、4号室まで行って提督これくしょんを買ってきたのだ。

 

「どんなの買ってきたのか、見せてみろよ」

「ボクも見たいな」

「み、見せるだけだかんな? あげねぇかんな!?」

 

 必死に言う加古に二人は盗らない盗らないと苦笑いを浮かべた。

 前に同じ場面になった時に二人して『いらない』と言ったら、加古が『いらねぇってのはどういうこった!?』と逆ギレしたので、二人はこういう時は盗らないと伝えることにしている。これも一重に複雑な乙女心のようなものだろう。

 

 それから加古は封筒に入っている提督これくしょんをテーブルに並べた。

 第六戦隊のみんなで提督と一緒に撮ったもの、楽しげに笑っているもの、桟橋で佇む後ろ姿、中庭のベンチで居眠りしているもの……と10枚ほどのこれくしょんが揃っている。

 

「いつ見てもどうやって撮ったのか分かんねぇ写真が混じってんな〜」

「この布団から起き上がったところの写真とかね……」

 

 摩耶と最上の言葉に衣笠は「青葉ったら」と苦言をもらす。

 すると封筒にまだ何か入っているのを衣笠は見つけ、スルスルっと加古から取り、中身を確認した。

 

 そこには提督と加古が仮眠室ベッドで一緒に寝ている写真が入っていた。

 衣笠はそういえば、前に加古がお昼寝から帰ってきた時にずっと上の空でニヤニヤしてたことがあったのを思い出す。

 

(阿賀野ちゃんが居ない間に一緒にお昼寝したところを青葉が撮ったんだな〜)

 

 そう思うと衣笠はあえて見なかったことにし、みんなに気付かれないように小さく笑いながら、そっと封筒を戻すのだった。

 

 ーーーーーー

 

 時間はもう二二〇〇を過ぎ、もう今年もあと僅か。

 食堂も年末年始のこの時だけは普段の営業時間を延長し、みんなして年越しの予定だ。

 

 みんなはそれぞれ、

 

「スキップ!」

「ど、ドロ2」

「ドロ4」

「ドロ4よ!」

「ごめん、朝風姉貴。リターンだ」

「うにゃぁぁぁ!?」

 

 UNOをしたり(神風型姉妹)、

 

「誰よ、ダイヤの5止めるの!」

「私じゃないよ?」

「アタシじゃないよ」

「アタシでもないよ〜」

「漣〜」

「天霧ネキ、漣じゃないよ!」

「ご、ごめんなさい。私なの……」

「だ、大丈夫だよ、狭霧ちゃん」

「なんであたしが悪いみたいになってるのよぉぉぉ!?」

 

 トランプの7並べをしたり(綾波型姉妹)、

 

「猪鹿蝶!」

「ぬぉっ!? またか!? 貴様、イカサマしておらぬか!?」

「してないに決まってるだろ……というか、山をきったのはお前だろうが、利根」

「ぐぬぬぬぬぬ! もう一回じゃ!」

「姉さん、もう奢れるかギリギリの金額になっちゃってますよ……」

「そんなにお酒を飲ませなくていいので、その半分でいいですよ」

「姉さん!?」

「真か!? 感謝するぞ! さぁ、那智、もう一回じゃ!」

 

 お酒の奢りを賭けて花札をしたり(那智と利根。お目付け役は妙高と筑摩)、

 

「チェックメイトだ」

「待って待って! もう一回!」

「アクィラ、何度やり直させる気だ……」

「だ、だってぇ〜!」

「クイーンを早々に取られ、ポーンもほぼ全滅。更にはナイトとビショップも取られちゃってて、アークさんはほぼ無傷……」

「潔く負けを認めた方がよろしいかと……」

「だ、そうだが?」

「…………負けました」

「それならば、次は私と頼む」

「お手柔らかに、グラーフ」

 

 チェスをしている者たち(アーク・アクィラ・グラーフ・サラトガ・コマンダン・テスト)、

 

「やった〜! 双子が産まれたですって!」

「おめでとうございます、ろーちゃん♪」

「おめでと〜♪」

「うぅ〜、またお金が飛んでいくのね〜」

「銀行家殿……か、借り入れを……」

「は〜い♪」

「子沢山でいいね〜」

「私ももう一人くらいほしいな……」

「現実でフリーターなのに子ども産むとか無いわよね」

「ま、まぁ、ゲームだからね……あはは」

 

 人生ゲームで盛り上がっている者たち(潜水艦組だが、ろーちゃん・まるゆ・ゴーヤが大富豪なのに対してイクとイヨは借金生活)、

 

 他にもテレビのお笑い番組を観る者たちやお酒を楽しむ者たちと様々に年越しを楽しんでいる様子。

 

 駆逐艦や海防艦たちの中には何人か夢の中へと羽ばたいているが、姉妹の誰かや世話好きの誰かに膝枕されて心地よさそう。

 

「まだお蕎麦があるのでまた食べたい人は言ってくださいね〜。すぐに茹でますから」

 

 間宮の声にみんなは返事をすると、雲龍・海風・山風の三巨塔は即座に受付へ向かう。三人につられるように何人かも蕎麦をまた堪能しようと受付に行く者がいた。

 因みに年越し蕎麦は大晦日の内の年を越す前に食べきればいい。

 

「テイトクゥ、みかん剥きマスカ?♡」

「お酒のお代わりは如何?♡」

 

 そんな中、提督は提督でLOVE勢にとても構われている。

 提督が座る左には阿賀野がしっかりと侍っているが、ガチ勢がしたたかに提督へ世話を焼いているのだ(因みに今は金剛と陸奥のターン)。しかもかわりばんこで且つ、絶妙なタイミングなので提督もつい甘えてしまう。

 

「提督さん……阿賀野寂しい〜」

 

 しかし阿賀野も今日は負けじと提督に甘えてくる。

 年越しなのに夫が他の女性と過ごしていれば、大抵の妻のなら嫉妬するのは当たり前だろう。

 

「阿賀野が寂しいと俺も寂しいぞ!」

 

 すると当然、提督は阿賀野の肩を抱き寄せた。こうなると阿賀野の独壇場で、ガチ勢はぐぬぬと拳を握りしめる。その一方で裏LOVE勢はずっと夫婦の様子を恍惚な表情を浮かべて見ているのだから、同席している姉妹や仲間たちは何とも言えない光景だろう。

 

「提督さん、提督さん」

 

 そんな中、阿賀野が提督の胸元をクイクイと引っ張った。提督がどうしたのだろうと阿賀野へ視線を移すと、

 

「今年もいっぱい愛してくれてありがとう♡ 来年も二人でいっぱい幸せになろうね♡」

 

 阿賀野らしい可愛い挨拶。それに加えての愛らしい笑みは提督の胸をこれでもかと砲撃し、射抜く。

 提督は小さく一息吐くと、阿賀野の目を見ながらしっかりと言葉を返す。

 

「…………今年は結婚式したり、新婚旅行行ったり、最高に幸せな年だったな。来年はどうなるか分かんねぇけど、二人で乗り越えような」

 

 提督らしい挨拶に、阿賀野はクスッと小さく笑う。それにつられて提督も小さく笑うと、夫婦は今年最後の口づけをみんなの前で交わすのだった。

 

 夫婦のキスシーンに食堂では黄色い声や冷やかし声がこだました。すると当然の如く、提督は矢矧からハリセンを喰らった……。

 

 その後もガチ勢は夫婦のキスシーンに触発され、金剛は紅茶、グラーフはコーヒー、雲龍はカツ丼(テラ盛り)……などなど、みんなして甲斐甲斐しく提督へアピール。

 提督はそれに笑顔で応えながらご馳走になりつつ、隣で笑う阿賀野と艦娘たちと一緒に除夜の鐘と共に新年を迎えるのだったーー。




ということで、今年最後の更新になります!
1月1日は一応更新予定です!
その続きは年始で色々と忙しいのでいつ更新出来るかは分かりませんが、その時までお待ちください。
ではでは読んで頂き本当にありがとうございました!
良い年末をお過ごしください☆


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今年も鎮守府は賑やかに始まります

明けましておめでとうございます!
今年も頑張って更新するので、よろしくお願い致します!


 

『明けましておめでとう。今年も緩みも力みもせずに鋭意努力して、みんなで頑張っていこう』

 

 国歌斉唱で始まった新年最初の朝礼会は、今提督の挨拶で大広間に集まった艦娘たちが気持ちを引き締めてしっかりと聞いている。中には二日酔いで青ざめている者もいるが、姿勢は崩さずに提督の言葉を聞いていた。

 

 何故なら、

 

『それでは、みんなお待ちかね……お年玉授与式だぜ、こらぁぁぁぁぁっ!』

 

 このためである。

 不謹慎かもしれないが、これはこれで元旦からも任務に就く艦娘たちのモチベーションを上げるために必要なことだ。

 全艦娘へ三千円……その額を湿気た額と思う者はいない。全ては提督のポケットマネーであり、家族として平等に自分たちへお正月らしいイベントをしてくれるのが嬉しいという気持ちが強いからだ。

 

 駆逐艦から順番にお年玉を受け取り、この時にそれぞれが提督へ新年の挨拶と抱負を伝える。面々の中には嬉しさのあまり涙を流しながら受け取る感動屋さんがいたり、このお年玉で提督に美味しいものを作ってあげようとする者や一緒に遊べる物を買おうとする天使たちもいた。

 提督はそんな者たちから新年早々温かい気持ちを受け取り、今年もみんなが笑顔で過ごせるように頑張ろうと誓うのだった。

 

 ーーーーーー

 

 お年玉授与式も無事に終わると朝礼会も終わり、艦娘たちは解散後、訓練や遠征、演習……そして出撃の準備に入る。

 たまたま本日休みの者たちは、外で元気に羽根つきや凧揚げをしたり、部屋で福笑いやカルタをして正月を満喫。

 

「さて、んじゃ早速仕事をしますか!」

 

 そして執務室でも、提督と阿賀野たちが執務を開始する。

 

「…………にしても、今年も正月休みをみんなに与えてやれなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいだなぁ」

 

 書類にサインをしながら提督が申し訳なさそうにつぶやくと、阿賀野たちが揃ってそんなことないと首を横に振った。

 

「相手が相手だし、国民の人たちが楽しいお正月を過ごせるように国を守るのが、阿賀野たちのお仕事だよ」

「阿賀野姉ぇの言う通りです。それに夜には新年会も予定してくださってますし、誰も不満を抱きませんよ」

 

 阿賀野と能代の言葉に矢矧と酒匂もそうそうと笑顔で頷いてみせる。そんな阿賀野たちの心遣いに提督は小さくお礼を言って、また書類へサインしていった。

 

「ま、正月休みでだらけ過ぎて太っちゃった〜……みたいなことにならないから、私はいつも通りに過ごしてる方がいいと思うわよ?」

 

 矢矧はそう言うと、阿賀野の方をチラリと見る。

 

「大丈夫! もしお正月休みでも、阿賀野は提督さんとお布団の中で二人で有酸素運動して過ごすから!」

 

 ドヤァっとした顔で阿賀野が返すと、矢矧は「変態!」と何故か提督の頭をハリセンでしばく。それは実の姉をハリセンでは叩けないが故の行動だった。

 

何故(なにゆえ)某をしばいたのでござるか、矢矧殿!?」

 

 唐突のことに何故か提督は武家言葉で返してしまった。矢矧は提督の混乱ぶりを見て「あ、ごめんなさい。つい……」と謝罪するが、

 

「うわぁぁぁん、阿賀野〜! やはぎんが正月早々しばいたぁぁぁ! 何もしてないのにぃぃぃ!」

 

 提督は阿賀野が座るソファーへ嘘泣きしながら行ってしまう。

 阿賀野はそんな提督を優しく受け入れ、ヨシヨシと叩かれたところを優しく擦る。

 

「よ〜しよし、今日はずっと阿賀野の隣にいるといいよ、提督さん♡」

 

 妻の優しさに触れ、提督は「マイ ワイフ 最☆高」と新年早々イチャイチャした。いつもならば矢矧のハリセンが飛ぶのだが、今回ばかりは矢矧も自分に落ち度があると思って手が出せず、グッと堪えるのだった。

 

「矢矧ちゃん、お茶飲む?」

「えぇ、お願い。酒匂……」

「苦いの淹れるね〜」

 

 酒匂の絶妙な気遣いスキルもあり、執務室の風景も正月から変わりなく穏やかに(?)過ぎていくのであった。

 

 ーーーーーー

 

 そんなこんなで元旦の任務が滞りなく終わり、時間が一八〇〇となると、全員が食堂へ集合する。

 新年会を報せる提督が開会宣言を済ませると、今度はみんなして一旦外へ出る。

 食堂の前では妖精たちが餅つきの用意を整えており、これから冬空の下で餅つきをし、ついたお餅を間宮特製のおしるこや伊良湖特製のきなこやみたらし、そして鳳翔・瑞穂・速吸・神威、更に提督のお雑煮で味わうのだ。

 因みに各お雑煮は以下の通り。

 

 鳳翔:湯を張った鍋に牡蠣を入れ、牡蠣の出汁と醤油で味を調えたすまし汁仕立て。具は牡蠣、白菜、人参、春菊。

 

 瑞穂:鰹節と昆布の出汁に醤油を入れるすまし汁仕立て。具は椎茸、鶏肉、長ネギ。

 

 速吸:鰹出汁と昆布出汁ベースのすまし汁仕立て。具は白菜、ごぼう、かまぼこ、ちくわ、ブリの切身。

 

 神威:鰹節と昆布で出汁を取り、白味噌で味を調えた味噌仕立て。具は人参、大根、結んだ三つ葉、鶏肉。

 

 提督:鰹出汁に麺つゆで味を調えたすまし汁仕立て。具は長ネギ、鶏肉のみ。

 

 みんなしてお雑煮の食べ比べは勿論だが、シンプルに焼き餅に醤油で堪能している者いた。

 

 ーーーーーー

 

 餅で腹ごしらえを終えると、お次は伊勢や日向、扶桑や山城たちが指揮する瑞雲隊が夜空を華麗に舞う。

 

「あれはなんだ!?」

 

 そして当然の如く、瑞雲を見るなり若葉が叫ぶ。

 勿論、若葉に続き、普段は真面目な初霜も「瑞雲です!」と叫んだ。

 

 すると瑞雲は徐々に高度を下げ、艦娘たちの頭上にお菓子をばら撒いていく。

 みんなは降ってくるお菓子をワイワイと拾い集めているが、

 

「大変だ! 降ってきたお菓子の中にコーラのペットボトルがあったよ! あの角度なら中枢部をやられたはず! きっと爆発してしまうよ!」

 

 漣がそんなことを叫ぶと、

 

「みんな下がれ! 早く! 爆発する!」

 

 漣につられるように朧もお約束のセリフを叫んだ。

 ここまでくればあとはネタを知っている者たちが、声を揃えて「ほあああああっ!!」と叫び、正月早々の茶番劇が幕を閉じる。

 この茶番にはもうみんな慣れてしまったので、また始まったとばかりに笑って一連の連携を見ているが、各姉妹たちは少し複雑そうな表情をしていた。

 

「提督、今年もお菓子撒き成功ね!」

 

 みんなが楽しげにお菓子を拾う中、伊勢は提督のそばへ駆け寄り、声をかける。しかも自然な流れで提督の左腕に抱きついて……。

 あとから日向や扶桑姉妹もにこやかにやってきたので、提督は「おう、そうだな! みんなありがとよ!」とお礼を言ってみんなにもお菓子の入った袋を渡す。

 

「ありがと、提督♡」

「ありがとうございます、提督」

「扶桑姉様や妖精さんたちと仲良く頂きますね」

「私も瑞雲妖精たちと食べるか」

「おう、そうしてくれ」

 

 笑い合った提督と伊勢たちだったが、阿賀野のヤキモチで脇腹をつねられたのは秘密である。

 

 ーーーーーー

 

 餅つき、菓子撒きと終えると、今度はみんなして食堂へと入り、暖を取りながら有志発表会に移った。

 

 お馴染みの司会者・大淀によって紹介されてみんなの前に立ったのは、

 

『明けましておめでとうございま〜す』

 

 ガチ勢の由良、

 

『ども〜、恐縮です』

『頑張るわ』

『一航戦、加賀歌います』

『みんなでこの日のためにレッスンしたネ!』

『こういう余興もたまにはいいだろう』

 

 青葉と陸奥、加賀、金剛、武蔵の名だたるガチ勢たち。

 みんなそれぞれ和ゴスのお揃い衣装。由良はピンク、青葉はエメラルドグリーン、陸奥はパープル、加賀はブルー、金剛はイエロー、武蔵はレッドを基調とした衣装であり、両方の袖縁には黒のフリルがあしらわれている。ミニスカートは全員統一されたブラックで二段の各メインの色と同じカラーのフリルがあしらわれており、ウエスト部分にフリルと同じくメインカラーの大きなリボンがある。そしてみんなセクシーな黒タイツが眩しく光る。

 6人が配置に着くと、妖精音楽隊が「神のまにまに」を奏で、音楽に合わせて由良たちは息の合ったダンスを披露する。

 

『思い通りにいかないことだらけーー♪』

 

 まずは由良が綺麗な歌声を披露し、

 

『いっそ 岩の隙間に引きこもってーー♪』

 

 続くフレーズは青葉が歌い上げる。『眠ろう』という歌詞の時に青葉は提督へウィンクすると、提督は軽く手をあげて返した。

 全員で『でも』と合わせ、続く歌詞を陸奥と加賀が綺麗なハモリで歌い上げ、『そうさ』と全員で声を揃えてサビに入る。

 

『神のまにまに〜♪ 仰せのままに〜♪ 誰だってーー♪』

 

 本当ならば続きの歌詞は『地球を愛してる』なのだが、そこはガチ勢。全員で『提督 愛してる』と歌詞を変えて歌った。

 これにはみんな黄色い声や冷やかすような声をあげたが、提督は隣に佇む阿賀野から脇腹をつねられ、困ったような笑顔しか返せなかったのが現実である。

 

 その後も完璧に歌い上げ、

 

『愛を送ろう〜♪ 大きな愛を〜♪ 天まで届くくらいの〜♪』

 

 と替歌で盛大な告白をしながら最後は全員で提督へ『受け止めて!♡』と叫び、投げキッスで締めくくった。

 黄色い歓声と共にガチ勢は退くが、その歓声の中には脇腹をつねられて悲痛な提督の叫びも混じっていた。

 

 大淀が次の有志たちを呼ぶと、球磨型姉妹が前に立つ。

 球磨型姉妹はみんなお揃いのシルク素材で出来たブラックのミモレ丈肩出しAラインドレスに、二の腕まで覆えるオペラ・グローブとショートソックスを着用(どれも黒で統一)。しかしスカートの縁にはラメ入りのフリルがあしらわれており、球磨がホワイト、多摩がイエロー、北上がピンク、大井がレッド、木曾がライトブルーで、腰の背中部分にあるフリルリボンと履いているヒールもその各色と同じ色である。

 始まった曲は「気まぐれメルシィ」で、前列は左から球磨・木曾・大井、後列は3人の間から見えるように多摩・北上と並び、一寸違わないステップを見せる。センターで踊る木曾は少々照れているようだが、精一杯の笑顔をみんなへ送っていた。

 

『ーー「でもね」「だって」♪』

 

 木曾がそこまで歌うと今度は大井がセンターへと移り、

 

『ーーパターンって感じ?♪ 安易♪』

 

 まで歌う。するとまたセンターが移り、

 

『ーーもううんざりだわ!♪』

 

 と北上が歌い終えると、自然な流れで北上が後ろに下がり、前列に大井と多摩が出て来る。

 サビを姉妹で歌い、『そもそも』のところから配置を変え、今度は木曾と球磨が前列に出る。

 そして『抱きしめてよね』の部分に来ると、北上が最前列まで出てきて逆ピラミッド型の配列に変わり、またダンスによって配置が変わっていく。

 

 続く『ホントキミはーー♪』からはセンターになった多摩が綺麗に歌い上げ、『どんなアピールもーー♪』の部分は球磨がセンターで元気に歌い上げた。

 その後も可愛らしいダンスと素晴らしいステップを披露した球磨型姉妹。発表が終わると大きな拍手喝采が巻き起こり、その中で球磨と多摩は提督へウィンクを飛ばした。

 当然、この時も阿賀野に脇腹をつねられていた提督は複雑な顔で手を振ることだけに留まるのだった。

 

 そのあとも次々と有志発表と大食い大会、早食い大会が行われ、元旦の夜は賑やかに更けていき、鎮守府の新年会は大成功して終えた。

 

 ーーーーーー

 

 解散後、風呂も済ませた夫婦は布団に転がって他愛もない会話をしていた。

 

「お風呂に入った時に見たけど、慎太郎さんの脇の腹……真っ赤だったね〜」

「ほぼほぼ阿賀野のせいだろうが……」

「うぅ〜……だって〜」

「浮気はしねぇっていつも言ってるだろ? 嫉妬させちまうのは、本当に申し訳ねぇと思ってるがよ……」

 

 苦笑いを浮かべながら提督がそう言うと、阿賀野は「それは信じてるけどぉ」と返しながら提督の胸板へ顔を埋める。

 提督はそんな阿賀野の頭を優しく撫でると、阿賀野も自分が新年会中ずっとつねっていた所を優しく擦った。

 

「まだ痛い、よね?」

「まぁジンジンしてるわな」

「由良ちゃんたちに投げキッスされて、頬緩んでた〜。うわ〜ん」

「すまぬ……」

「はぁ……慎太郎さんも男だもんね〜。みんな可愛いしキレイだから、デレデレしちゃうよね〜」

 

 阿賀野の愚痴に提督は謝りながら、阿賀野のことを優しく抱きしめた。こんな時に下手な言葉をかけるより、行動で示した方が阿賀野は喜ぶからだ。

 その証拠に阿賀野は嬉しそうに笑い声をもらしている。すると阿賀野がふと顔を上げ、提督のことを見ると、そのまま唇を重ねた。

 提督は拒むことなくそれを受け入れると、阿賀野の舌がチョイチョイと提督の舌先を撫で、自分の方へと誘ってくる。

 素直に誘われ、舌を入れていくと、小刻みに甘噛みされ、舌全体を優しく愛撫された。

 

 長く甘い口づけが終わると提督は肩で息をしていたが、対する阿賀野は妖艶な笑みを浮かべて余裕の表情だった。

 そんな阿賀野の笑みから目が離せないでいると、先程まで脇腹を擦ってくれていた手が自分の下半身へと移動してくる。

 

「……今年"初"、シよ?♡ 阿賀野だけがもらえる、慎太郎さんの愛情たっぷりの"お年玉"ちょうだい♡」

「…………ちょうだいとか言ってて、もう既に手で遊ばれてるんだが?」

「知らな〜い♡」

 

 知らんぷりを決める阿賀野に提督はこいつ……と思ったが、惚れた弱味で何も言い返せなかった。

 なので提督はゆっくりと阿賀野に覆い被さり、

 

「"お釣り"が出るくらい、お年玉をやるよ」

 

 と耳元で優しくつぶやいた。

 阿賀野はその瞬間、体中に電気が走る。しかしそれは嫌な感覚ではなく、とても甘美な刺激だった。

 

「今年もいっぱい嫉妬しちゃうと思うけど、その分いっぱい愛してね♡ 阿賀野もい〜っぱい愛すから♡」

「おう、今年もよろしくな」

 

 こうして夫婦の元旦の夜は長く甘く朝まで続くのだったーー。




 ーちょっとしたおまけー

 おせち料理(重箱の)大食い大会の結果

 1位:雲龍  ・量:?段
 2位:海風  ・量:18段
 3位:武蔵  ・量:8段
 4位:アイオワ・量:5段
 5位:飛龍  ・量:4段

 雲龍は2位が決まった時点で(ryーー。

 優勝賞品

 ハムの詰め合わせ(18キロ相当)


 寿司(サビ入り)100貫早食い勝負の結果

 1位:海風・タイム:3.26秒
 2位:山風・タイム:35.52秒←ワサビ苦手
 3位:赤城・タイム:5分45秒
 4位:加賀・タイム:7分32秒
 5位:瑞鶴・タイム:30分8秒

 優勝賞品

 回転寿司食べ放題チケット(5名一組)

 ーーーーーー

はい、ということで新年一発目の更新はこのような回になりました!
次はいつ更新出来るか言えませんが、気長にお待ち頂けると幸いです!
では良いお正月をお過ごしください☆

因みに『気まぐれメルシィ』はYouTubeにあります、【MMD】ピカピカ衣装で「気まぐれメルシィ Kimagure Mercy」という動画をモデルに書きました。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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食べ正月

 

 1月が始まり1週間が経った日の昼。

 正月から任務や訓練に殉ずる艦娘たちだが、彼女たちは彼女たちなりに正月を楽しんでおり、その正月ムードはまだまだ残っている。

 

 中庭では凧揚げをして戯れる駆逐艦や海防艦たちの笑い声がこだまし、各寮の談話室には各艦娘による書初めが展示されていたり、艦娘同士で年賀状のお返しを書いたりとそれぞれで正月を満喫しているのだ。

 

 そんな中、提督はとある艦娘たちを連れて近隣の繁華街へとやってきた。

 

「さぁ、着いたぞ〜」

 

 回転寿司店の前までやってきて連れてきた面々へ声をかけると、一緒にきた面々は『お〜』と声をあげる。

 今回提督が連れてきた面々とは白露型姉妹と秋月型姉妹。

 どうして回転寿司店に連れてきたのかというと、提督が漁協の方々に新年の挨拶をしに来た帰りに海風が新年会の賞品でゲットした『回転寿司食べ放題チケット(5名一組)』を使うからだ。

 連れてきた面々の内、5人は食べ放題で残りは提督がご馳走する予定。秋月型姉妹はあまり贅沢をしないので提督が少々強引に連れてきた。

 

「ここが回転寿司店か……」

 

 中でも初めて来た初月は感動のあまりプルプルと小刻みに震えている。

 

「そっか、初月ちゃんは初めてなんだっけ……」

 

 付き添いの阿賀野がそう言うと、同じく付き添いの矢矧も「あぁ、そういえばそうね」と相槌を打つ。

 

「初月、ここは天国に近い場所よ」

「心して食べた方がいいよ!」

 

 秋月と照月の言葉に初月は更に緊張感を募らせるが、白露たちにフォローされながら入店するのだった。

 

 ーーーーーー

 

 二ヶ所の大テーブル席に通された一行は、

 

「提督さんの隣は夕立っぽい〜♡」

「なら反対側は僕だね♡」

「お、おぉう……」

 

 早速提督の両サイドが埋まる。

 阿賀野はこうなると思っていたので提督の正面に座るが、そのオーラは少々ドス黒い……。

 

「まあまあ、阿賀野さん……」

「提督は浮気なんてしないだろう」

「というか、お嫁さんの目の前で堂々と浮気しないでしょ……」

 

 しかし秋月たちのフォローでなんとか平静を保つのだった。

 

「もう、時雨姉も夕立も遠慮がないんだから……」

 

 その隣のテーブルでは村雨がヤレヤレと肩をすくめる。

 一方で同席している艦娘たちは、

 

「提督の周りは相変わらず賑やかだね〜」と白露。

「ま、それがあたいらの提督だろ♪」と涼風。

「それより早く食べようぜ!」と江風。

「沢山食べる……!」と山風。

()()()()()()()()()()してみましょう!」と海風。

「私は玉子にしようかな♪」と五月雨。

 

 変わらずのほほんとしていた。

 因みに春雨から「お茶が入りましたよ」と言われた矢矧は、隣の修羅場テーブルの様子を見ながら緑茶を受け取るのだった。

 

 ー修羅場テーブルー

 

「提督さん提督さん、マグロ食べさせてほしいっぽい!♡」

「ほいほい……っ」

 

「提督も食べさせてばかりじゃなくて食べなよ……ほら、僕が食べさせてあげるから♡」

「あむあむ……っ」

 

 両サイドのLOVE勢は甘えたり構ったりと提督と幸せそうに食事をしているが、阿賀野はテーブルの下で提督のつま先を踏んでいることを誰も知らない。

 

「姉さん……マグロが90円って、この店大丈夫なのかい?」

「だ、大丈夫よ! ま、前に来た時も、きゅきゅ、90円だったしししし!」

「マグロって書いてあっても味がマグロに似てるお魚使ってるらしいから低コストなんだってよ?」

 

 照月の説明に二人はやっと安心したのか、『なるほど!』と表情を輝かせて寿司を堪能するのだった。

 

 ーのほほんテーブルー

 

「どれも美味しいわね……もぐもぐ」

「軍艦巻き、美味しい……はぐはぐ」

 

 海風と山風は寿司が回っているコンベアの側で回ってくるネタを手当り次第食べており、至福の表情。それでも一応他のお客さんも取れるようにある程度セーブして食べているのが奥ゆかしい。

 

「鶏の唐揚げ軍艦巻きとか名前長ぇよな」

「カリフォルニアロールとかも寿司っぽくねぇよな」

 

 涼風と江風はツッコミを入れつつも、変わった寿司ネタを食べては面白さを味わっている。

 

「玉子美味しい〜♪」

「イクラも〜♪」

 

 五月雨、春雨は自分の好きなネタを嬉しそうに食べ、白露はサーモン、村雨は甘エビに舌鼓を打つ。

 

「矢矧さん、次はどうしますか?」

 

 五月雨が気を利かせて訊ねると、矢矧は「穴子ちょうだい」と頼んだ。

 するとちょうど良く穴子が流れてきて江風がそれを取ると、

 

「ふぅぐたくぅん。僕のことを食べたいだなんて、やっぱり僕たちはステディな関係なんだねぇ」

 

 某人気アニメのキャラクターモノマネを始めた。

 似てはいないがそれが返って笑いを生み、矢矧がクスッと笑うと、

 

「ふぐたくん。僕というものがありがなら! そんなやつと!?」

 

 海苔巻きを手に取った涼風もまた違うキャラクターのモノマネを始める。しかも話が色んな意味で危ない。

 そして極めつけは、

 

「あなた! やっぱり私なんかより男がいいのね!?」

「たいこォッ!?」

 

 白露が海苔巻きの奥さんモノマネを始めたからかなりコアな昼ドラが始まってしまった。

 これには矢矧も思わず腹を抱えて笑ったが、ちゃんと「食べ物でふざけないの」と注意したので昼ドラは幕を閉じた。

 

 ー寿司店・厨房ー

 

「3番コンベア、全滅です!」

 

 新入りであろう若い板前の声が厨房に響く。

 

「何ぃ!? どんなにラッシュでも無くなったことなんてなかったぞ!?」

 

 先輩の板前がそう叫ぶが、板前たちはガンガン寿司を握ってはコンベアへ乗せている。

 しかしそのまま帰ってくる皿は一つも無かった……。

 

「一体何がいるというのだ……あの向こう(客席)に!?」

 

 すると、

 

「フフ、この感じ……この肌触りこそが戦争(ランチタイム)よ!」

 

 熟練者であろう板前がどこか嬉しそうに寿司を握っていた。

 

「し、知っているんですか!?」

「あぁ、お前たちは知らないだろうがな……数ヶ月に一度はこうなるんだ。だから楽しめ! こんな時間は早々味わえんぞ!」

 

 その声に板前たちは揃って元気に返事をすると、また多くの寿司を握る。自分の握る寿司をあの向こうにいる猛者()が待っている……自分の今ある技術の全てを懸けてご馳走しよう、と。

 

 ーのほほんテーブルー

 

「なんか、さっきより流れてくる寿司多くね?」

 

 流れてくる寿司をいぶかしげに見つめる江風。一緒にコンベア側にいる涼風もコクコクと同意している。

 江風と涼風は食べるので忙しい海風と山風に寿司をせっせと取ってあげるために席替えしたのだ。

 

「ホントだ……さっきまでちらほらだったのに、今はぎっしり並んでくる……」

「お皿がほぼここで無くなるからじゃない?」

「江風と涼風が見境なく海風たちに与えてるからね〜」

 

 春雨の言葉に白露と村雨がそう解説すると、同席している者たちはなるほどと頷くのだった。ただ五月雨だけは今回3枚目の玉子寿司を頬張って天使の笑みを見せている。

 

 ー寿司店・厨房ー

 

「えんがわ全滅! サーモンとイクラもほぼ壊滅状態です!」

「えぇい! 在庫切れは捨て置け! ある物をありったけ握るんだ!」

「皿洗い間に合いません!」

「回収してきた皿を早く洗え! 早くっ!!」

「無茶言わないで!」

 

 厨房はある意味でてんやわんやだった。しかし板前たちの表情は明るく、とても楽しそう。何せこんなに充実した仕事をするのは久々だったからだ。

 朝起きて出勤し、タイムカードを押してただ寿司を握るだけ……しかも食べられずにカピカピになってしまった寿司は捨てるしかなく、そんな寿司を握るのになんの意味があるのか分からないでいた。

 しかし今は違う!

 

「追加のシャリ出来たぞ!」

「ネタの解凍完了しました!」

「追加の海苔も持ってきました! これで軍艦巻きが出来ます!」

「出来る限りのネタは今もどんどん準備してます!」

 

 みんなが一丸となって寿司ネタを準備し、

 

「俺たちが……!! 寿司マイスターだ!!!!」

「俺が……!! 寿司だ!!!!」

「おにぎりとは違うのだよ……おにぎりとは!」

「遊びでやってんじゃないんだよ!」

「寿司よ、私を導いてくれ……」

「僕が一番寿司をうまく握れるんだ!」

 

 みんなが一丸となって寿司を握っているから。

 

 ー修羅場テーブルー

 

「厨房の方が賑やかだな〜」

「海風たちがいるからね」

「お皿は回収する所に入れてるけど、もう軽く100皿は入ってるっぽい」

 

 食事を終え、海風たちを待っている提督たちはお茶を飲んで隣のテーブルや厨房の様子を見ていた。

 

「寿司屋なのにプリンもあるんだな……」

「ケーキもあるわよ、初月も食べなさい!」

「デザートもほぼ100円だからね!」

「阿賀野もプリン食べよ〜♪」

 

 ただ阿賀野たちはまったりとデザートタイムを過ごし、中でも秋月型姉妹は流れてくるデザート一つひとつにも感動している。

 

「はい、提督さん♡ あーん♡」

「お、サンキュ♪ あ〜む!」

 

 そして阿賀野と提督はやっといつもの夫婦らしく、イチャイチャしながらデザートを食べるのだった。

 

 ーーーーーー

 

「え、え〜……サービス券使用により546皿が無料となりますので、お会計は5508円でございます」

 

 食事を終えて会計する店員の顔はとても引きつっていた。

 何せ海風と山風で500皿食べた(仲良く250皿ずつ+デザート全品)のだから当然である。

 提督は店に心の中で謝りつつ海風と山風に加え、二人以外で多く食べた白露、夕立、阿賀野の料金を海風の券でタダにしてもらって会計した。

 

 店を出る際には厨房から板前たちが提督たちを一目見ようと顔を覗かせていた程で、色んな意味で注目されていた一行は颯爽と店をあとにするのだった。

 外の空気は冷たかったが、食後の火照りを冷ますにはちょうど良い心地良い空気である。

 

 店を出ると、秋月たちは提督に笑顔で『ごちそうさまでした!』と伝え、白露たちも揃ってお礼を伝えた。勿論、阿賀野と矢矧も。

 提督はみんなに笑顔を返すと、「海風も山風も堪能したか?」とそう二人へ訊ねる。

 

「はい! どのお寿司も美味しくて、また来たいと思いました!」

「みんなで、食べれたから、とっても美味しかった……」

 

 二人は満面の天使ような笑みで返すと、提督も「そりゃあ、良かった」と返してみんなと鎮守府へと戻るのだった。

 

 後日、提督たちが行った回転寿司店は板前たちがこれまでにない活気に溢れ、全国展開するチェーン店にまで発展を遂げることとなるーー。




長くお休みしててごめんなさいです。
今週からまた更新していきます!
ただ、リアルの関係で週一更新です。そこは何卒ご了承を。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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夜の艦娘寮:二晩目

 

 1月某日、夜。小寒の時期となった泊地は、晴れていても日中の気温は一桁で潮風も合わさって鎮守府の寒さはより厳しい季節になってきた。

 

「阿賀野〜……俺、寒いからもうちょいこっち来ねぇ?」

「うん、いいよ♡ ギュ〜ッ♡」

 

 そして提督夫婦の部屋の寝室では、風呂も済ませた夫婦がいつものピロートークに花を咲かせていた。

 二つの布団を敷いているのに結局一つの布団で寝るこの夫婦は、相も変わらずイチャイチャと爆発しろ状態である。

 

「ん〜、慎太郎さんに包み込まれるの好き〜♡」

 

 阿賀野は提督の胸板に頬擦りをしながら、愛する人の体温を感じていた。対する提督も阿賀野の艷やかな黒髪を優しく手で梳き、片方の手では阿賀野の腰を優しく抱いて自分の方へと引き寄せている。

 

「阿賀野はいつもフカフカであったけぇなぁ〜」

「えへへ、ならもっともっと強く抱きしめてぇ♡」

 

 提督に抱きしめられて既にトロ顔を晒す阿賀野。そんな可愛い妻を提督は愛おしく思いながら、腰に回した手に力を込めた。

 

「んっ……んぅ、はぁ♡」

「流石に苦しいか?」

「ううん、平気……でも」

「でも?」

「慎太郎さんのことをもっと()()()()なっちゃう♡」

 

 その声と共に潤んだ瞳を向けられた提督は、体の奥から何とも言えない昂りを感じる。

 

「阿賀野……」

「慎太郎さん……♡」

 

 互いの名前を呼び合うと、二人は磁石でもついているかのように口づけを交わし、艶めく夜戦へと抜錨していくのだった。

 

 ーーーーーー

 

 夫婦が甘い夜を過ごしている最中、艦娘たちは思い思いに寮で仲間たちと心休まるひと時を送っている。

 ここ軽巡洋艦寮の3号室では、風呂も済ませた艦娘たちがトランプゲームをして楽しんでいた。

 

「はい、私の勝ち」

 

 そう言って誇らし気に最後に揃った手札を捨てた五十鈴。対する鬼怒は「また負けた〜!」とちゃぶ台へ顔を突っ伏す。

 そんな鬼怒に「あはは〜、相変わらず鬼怒っちは弱いな〜」と北上はケラケラ笑いながら容赦なく言うと、矢矧が「可哀想でしょ」と注意していた。

 

 本来、3号室は五十鈴・多摩・鬼怒・北上の部屋割になっているのだが、今夜は交換宿泊で矢矧が多摩と入れ替わって3号室へお泊りに来ているのだ。

 

 因みにその頃、4号室では……、

 

「えぇ!? じゃあ、多摩ちゃんは提督さんと一緒のベッドでお昼寝したの!?」

「そうにゃ……改二になったお祝いに、寝てくれたのにゃ♡ その時の提督は温かくて柔らかくて最高だったにゃ〜♡」

 

 デヘヘヘと怪しい笑い声で自慢話をする多摩に、由良は勿論だがLOVE勢である夕張も「羨ましい〜!」と枕をギュッと抱きしめる。

 

「それにそのあと提督が凄くて……♡」

「何それ、kwsk!」

「独り占めはいくないわ! ()()のためにも共有しましょう!」

 

 ワイワイキャッキャとガールズトークならぬテイトークに由良たちが花を咲かせる中、

 

(矢矧ちゃんがいないと止める人いないから、今日のお話はディープだな〜)

 

 名取はミルクココアを飲みながら、三人が盛り上がっている風景を眺めて楽しんでいるのだった(止めても三人を止められる気がしないので諦めている)。

 

 ところ戻り……、

 

「んが〜! 鬼怒ばっか負けてて悔しい〜! 他のにしようよ〜! もうポーカーやだ〜!」

「他のね〜……でも何やっても鬼怒っちは顔に出ちゃうからにゃ〜」

 

 多摩の真似をしながら北上が指摘すると、鬼怒は「そんなことないもん!」と強く否定する。

 

「ならちょっと新しいトランプゲームをしましょうか。この前龍田から聞いたのよ」

 

 五十鈴はそう言うと、トランプの山から各マークの6〜2までのカードを抜き、山札を32枚にした後にそれを慣れた手つきでショットガンシャッフルした。

 そして各自の前にカードを裏にしたまま8枚ずつ配り終えると、口を開く。

 

「今からやるのは『ローリング・ストーン』っていうゲームよ。このゲームは、自分の持ってる手札を早くなくした人が勝者なるわ」

 

 更に五十鈴は丁寧にこのゲームのルールを教えた。

 まずプレイする順番をジャンケンなどで決め、最初の人は好きなカードをテーブル上の場に出す。

 

 次の人は、出されたカードの数字には関係なく、出されたカードと同じマークのカードを出し、順番にカードを出していって、全員が同じマークを出せた場合は、その回はひとまず終わり。そして場に出されたカードは、次の回からは使わないのでまとめてテーブルの脇などに置いておく。

 

 次にカードを出す人は、この回で一番順位の高いカードを出した人。

 カードの強さの順位は、

 

  4人の時はA - K - Q - J - 10 - 9 - 8 - 7

  5人の時はA - K - Q - J - 10 - 9 - 8 - 7 - 6 - 5

  6人の時はA - K - Q - J - 10 - 9 - 8 - 7 - 6 - 5 - 4 - 3

 

 で、Aの方が高い順位のゲームとなっている。

 

 再びゲームをはじめ、さっきと同じように出されたカードのマークと同じマークのカードを順番に出していくが、もし自分の順番の時に同じマークのカードを出せなかったらパスをし、最後にその場にあるすべてのカードを引き取らなければならない。この時、他にもパスをした人がいる場合、先にパスをした人がカードを引き取る。

 

 カードを引き取ったら、次の回はカードを引き取った人から最初のカードを出して開始するという流れ。

 勿論、最初に出すのは好きなマークのカードでいい。

 

「こんな具合にゲームを進めていって、最初に手札がなくなった人が勝ちで、ゲームは終了よ。分かったかしら?」

 

 五十鈴が実演しながら分かりやすく説明してくれたので、みんなは了解というように笑顔で頷いく。

 こうして五十鈴たちはローリング・ストーンを始めるのだった。

 

 ー1回目ー

 

 各自の最初の手札状況

 

 五十鈴:♡A−♤A−♤Q−♢J−♢10−♤9−♧8−♢8

 

 矢矧 :♢A−♡K−♡Q−♤J−♧10−♧9−♢7−♡7

 

 鬼怒 :♢K−♤K−♧K−♧J−♡9−♢9−♡8−♧7

 

 北上 :♧A−♧Q−♢Q−♡J−♤10−♡10−♤8−♤7

 

 順番は五十鈴→鬼怒→矢矧→北上

 

「んじゃ、私からね……はい、クラブの8」

 

 五十鈴から始まったこの回は、まだ序盤なのでみんなは難なくクラブを出していく。

 そして次の回はクラブのキングを出した鬼怒からとなった。

 

 ー2回目ー

 

「ん〜……」

 

(マークだけを気にすればいいシンプルなゲームだけど、鬼怒の手札はスペードが1枚しかない!)

 

 悩みながら鬼怒はとりあえずクラブの7を出す無難な選択。

 しかしクラブを持ってなかった五十鈴が捨てたカードを全て引き取ることになった。

 

 ー3回目ー

 

「それじゃあ、また私からね〜……」

 

 五十鈴から始まったこの回。五十鈴は手札が一番多い状態なのでクラブの中から適当なカードを出す。

 すると今度は矢矧が出せず終いだったが、2枚を加えるだけで事なきを得た(北上はクラブのエース持っていたがあえてパスした)。

 

 ー4回目ー

 

「………………」

 

 矢矧はかなり長考する。やってみて思ったが、これはかなり奥の深いゲームだからだ。

 しかしだからこそ楽しめるし、こうして考えている間もいい頭の運動となっている。

 

(とりあえず、五十鈴はかなりの確率で出せるわよね……となると、鬼怒と北上のどちらかはもう無いマークがあるはず。それを私が……)

 

(いや、待つのよ矢矧。ここは誰もが出せそうなマークを選んで、みんなにカードを出させたあとで引き取らせてカードを増やす方がいいわ。幸い私はエースを持ってるし、次も私のターンにすることは可能なのよ!)

 

 頭でかなり考え、百面相する矢矧。因みに五十鈴がどうして早々に1枚しかなかったクラブを手放したのかというと、あえてそうすることで自分は手札を揃え、他の人にカードを出させたあとに引き取らせる算段があるからだ。

 

「張っち(夕張のこと)から聞いてたけど、矧っち(矢矧のこと)の百面相ってウケるねw」

「慎重な性格の矢矧ちゃんらしいけどね〜」

「ま、まだまだ時間はあるんだし、ゆっくり楽しみましょう」

 

 五十鈴の言葉に二人は『だね〜』と笑顔で返し、まったりと矢矧の百面相に大草原を生やしながら待つのだった。

 

 ーーーーーー

 

 なんだかんだローリング・ストーンで盛り上がり(矢矧の百面相でも)、あっという間に寝なくてはいけない時間になる。

 

「1回やるのも結構時間は掛かるけど、楽しかったね」

 

 誰よりも早く歯磨きから戻り、ベッドに入った北上が戻ってきたみんなへそう言うと、みんなは同意するように笑って頷いた。

 

「でも3回やって、鬼怒は1回も勝てなかった〜」

「あんたは色々と気にし過ぎるのに、手が短絡的だからよ」

 

 姉である五十鈴からの容赦ないツッコミに鬼怒は「くぅ……」と悔しそうな声をもらして姉を睨むが、五十鈴は「ぐうの音が出るなら大したものね」と平然と返す。

 それがとどめとなったのか、鬼怒は「いいもんいいもん!」と拗ねて掛け布団の中に潜り込んでしまった。

 

「五十鈴、ちょっと言い過ぎじゃない?」

「私たちの姉妹はこれが普通よ」

「ドライなこと言ってるけど、鈴っち(五十鈴のこと)は鬼怒っちのことを本人がいないところでよく褒めてるよね〜。頑張り屋な妹だとか、いつも元気なところがいいとか」

「ちょっと、本人がいる前でそういうカミングアウトやめてくれない? 恥ずかしいんだけど?」

 

 北上の暴露に五十鈴はそんな言葉を返すが、言葉の割にはそんなに恥ずかしそうにしていない。五十鈴にとっては妹たちのことはみんないい妹たちと常に思っているので、暴露されてもそんなにダメージはないのだ。勿論、姉である長良のことは姉として尊敬し、頼りにしている。

 

 一方で鬼怒はふて寝して、掛け布団の中に潜り込んでいたが、

 

「五十鈴姉はやっぱり優しいなぁ……くふふふふっ」

 

 喜びを隠しきれないでいた。

 

 布団の中から聞こえてくる鬼怒の笑い声に、五十鈴は「まったくもぉ」と苦笑いして肩をすくめたが、鬼怒の機嫌が直ったことに内心ホッとした。

 

「んじゃ、そろそろ電気消すわよ〜。矢矧は多摩が使ってるベッド使ってね」

 

 五十鈴の声に矢矧は「了解よ」と返し、二段ベッドの上へ上がる(因みに下は北上)。

 すると矢矧は「うわっ」と何か驚きの声をあげた。

 それは多摩のベッドの中に提督の写真がプリントされた抱き枕があった上に、枕元に提督と多摩のツーショット写真が飾られていたから。

 

「お〜、いいリアクションだね〜、矧っち〜」

「……これ落ち着かないから下に置いていいかしら?」

 

 ケラケラと笑う北上をよそに、矢矧は抱き枕を持って他のみんなへ訊くが、

 

「あら、矢矧は提督のことが好きだからって多摩がわざわざ置いていってくれたのに?」

 

 五十鈴からそんな言葉が返ってきた。

 その言葉に矢矧は狼狽しつつ、「そそ、そんなことにゃい!」と返したが、言葉を噛んだことでみんなに生温かい視線を送られてしまう。

 

「抱き枕だけどさ、提督といい夢見なよ、矧っち」

「気持ちは隠さない方がいいよ! 鬼怒は提督のこと大好きだからね!」

「まぁ、枕なら浮気でもなんでもないし、いいんじゃない?」

 

 北上、鬼怒、五十鈴と矢矧に声をかけると、矢矧は渋々といった具合にその提督抱き枕を自分の隣に寝かせた。

 そして五十鈴が電気を消し、みんなして就寝するのだった。しかし矢矧は抱き枕でも、提督の顔が近くにあってなかなか寝られずに悶々としてしまったそうな。

 

 ーー次の日の朝、矢矧より早く目覚めた三人が矢矧を起こそうと矢矧が眠るベッドを見ると、そこには幸せそうに提督抱き枕を抱きしめて眠る可愛いやはぎんがいたという(密かに北上がそれを写メってたのは秘密だ)。




今回はこんな寮の風景を書きました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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新入りだよ!

 

 1月某日、昼過ぎ。

 鎮守府は龍田、村雨、長波がそれぞれ改二への改造を施されたことで士気が高まる中、今は一段とその賑わいが増している。

 何故ならば、今日は新しく着任する艦娘が入港する予定で、今丁度桟橋にその艦娘たちが上がったばかりだからだ。

 

「いやぁ、こんなに声かけてもらえると気分いいなぁ!」

「そうね……艦隊の雰囲気もいいし、いいところね」

 

 桟橋に上がってそんな話をしているのは、択捉型海防艦三番艦『佐渡』と七番艦『対馬』。

 

 佐渡は涼風や摩耶のように言葉遣いが少々男勝りなロリ艦娘。しかしこの元気さは艦隊を心強く鼓舞してくれるだろう。

 一方の対馬は見た目とは裏腹に大人っぽく、冷静な子。雪風に匹敵する幸運体質であったりする。

 

「それもここの提督が皆さんと良い信頼関係を築いている証拠ですね」

「早くお会いして、ご挨拶したいですね」

 

 その佐渡たちの隣では秋月型駆逐艦三番艦『涼月』と潜水艦『伊400』こと"しおん"が提督との対面に胸を躍らせていた。

 

 涼月もしおんも物腰の柔らかいお淑やかな艦娘で、少々お節介焼きな性格。きっと後々にこの二人も雷や夕雲、浦風に負けないほどのお艦力を発揮するだろう。

 

「さぁ、みんな、提督や姉妹のみんなが待ってるから、執務室へ行くよー!」

「一応言っておきますけど、私の愛する提督さんにくれぐれも粗相のないようにしてくださいね!」

 

 護衛艦隊の旗艦を任された那珂と鹿島の声に佐渡たち新着任艦たちは『はい!』と声を揃えて返事をすると、みんなして執務室へと歩を進めた。

 ただ那珂と鹿島が一瞬だけ火花を散らしたように見えたが、みんなはそれに触れなかった。

 

 ーーーーーー

 

 那珂と鹿島を先頭に執務室までの道を歩き、涼月は姉である秋月や照月と、しおんは妹のしおいと談笑しながらいる中、佐渡が「……なぁなぁ」と香取に話しかける。

 香取も護衛艦隊の一員として参加しており、佐渡としては今いるメンツの中で一番しっかりしてそうだと判断しての選択だった。

 

「どうしたの?」

「ここの提督ってさ……結婚してるんだろ? カリじゃなくてガチなやつ」

「えぇ、そうよ。プロフィールに書いてあったでしょう?」

「その相手って鹿()()さん?」

 

 佐渡の言葉を聞いて香取は「いえ、そうではないわ」と訂正しようとしたが、

 

「えぇ、そうですよ! 佐渡ちゃん!」

「違うから! 阿賀野ちゃんだから!」 

 

 鹿島と那珂の声に掻き消されてしまう。那珂は提督のことはLOVEの意味で好きだが、阿賀野とラブラブで幸せなところを見守るのも好きなのだ。たまにはレッスンでお借りしているが……。

 佐渡はどういうことなのか理解出来ずに困惑していると、

 

「鎮守府は危険がいっぱい……フヒヒ」

 

 対馬はそれを可笑しそうに笑ってた。

 

「コホン……提督は阿賀野さんとご結婚されています。決してこの愚妹とではないので、誤解しないように」

いひゃいいひゃいよ、かちょりねぇ(痛い痛いよ、香取姉)!」

 

 それでも香取がちゃんと訂正し、鹿島の頬をつねったので佐渡はちゃんと提督が阿賀野と結婚しているのだと理解出来た。

 

 ーーーーーー

 

 いつもながら賑やかに本館前までやってきた一行。すると丁度本館からリシュリューが出てきたので、みんなして挨拶を交わす。

 

「あら、この子たちが新しく着任した子たち? みんな小さいわね」

「見た目はちっこいけど、やる気は負けてねぇかんな! 外国の戦艦だからってビビんねぇぞ!」

 

 リシュリューの言葉に佐渡がそう反発すると、リシュリューは「気に障ったのなら、謝るわ。ごめんなさい」と頭を下げる。

 

「別にあなたたちを馬鹿にして言ったんじゃないのよ。可愛らしい仲間が増えたわねって思ったの」

「か、可愛いとか……おだててもなんも出ねぇぞ? へへへぇ」

 

 今度は照れ臭そうに笑う佐渡。みんなはつい『チョロい』と思ったが、リシュリューは『表情が豊かで可愛いわね』と思った。

 そしてリシュリューは改めて着任した者たちの顔を見回すと、

 

「…………対馬に何か?」

 

 対馬だけをジーッと見つめる。何か自分に変なところがあるのかと対馬は自分の服装などを確認していると、リシュリューが対馬の両手をガシッと握った。

 

「あなた、私に協力してくれないかしら? 悪いようにはしないわ」

 

 リシュリューからの唐突なお願いに対馬や他の者たちも盛大に首を傾げたが、対馬はリシュリューの目から邪気は感じつつも本当に悪いことにはならないだろうと判断して、「対馬でお役に立てるなら」と承諾する。

 するとリシュリューは「Merci」とお礼を述べ、対馬を優しく抱えあげた。

 

「い、妹に何する気だ!?」

 

 佐渡が声を荒らげるとリシュリューは静かにとジェスチャーしたあとで口を開く。

 

「彼女をこのまま私が抱えて、アミラルの元へ連れて行くの……そして『あなたとの子よ!』って宣言するのよ」

 

 一点の曇りない清々しい顔でとんでもないことを言うリシュリューに対し、香取や那珂は『何を言ってるんだ、こいつは?』という目で見た。

 ただ、

 

「そんな手があったのに、相手にされるまで気が付かなかったなんて!」

 

 鹿島だけはすごく悔しそうにその場に両膝をガックリと突いて嘆いていた。

 

「あの……子どもよと言っても信じてもらえないのでは?」

 

 しおんがオズオズと質問すると、リシュリューは「Pas de problème(問題ないわ)!」と胸を張る。

 

「だって彼女には私と同じ泣きぼくろがあるし、髪の色も日本人と私の髪色を混ぜたような色をしているもの! あとは勢いでいくのよ!」

 

 何とも自信にあふれているが、そんなリシュリューを那珂は「ダメだ、早くなんとかしないと……」と心の中で嘆いた。一方の香取は冷静に「否定されるのがオチね」とメガネをクイッと上げていた。そもそも泣きぼくろがあるといっても位置が違うし、何より髪色など無理があり過ぎるから……。

 

 ーーーーーー

 

「え、え〜、俺がここの提督をしてる、興野慎太郎だ。念のために一応言っておくが、リシュリューと子どもはこさえてない。俺の妻は阿賀野だから」

 

 提督はみんなにそう自己紹介しながら、執務室の片隅で体育座りしながら、いじけて床にのの字を書いているリシュリューをチラ見する。

 最初こそ顔合わせはほんわかムードだった。リシュリューが対馬を抱えて執務室へ入るまでは……。

 

 当然、「嘘だ!」とどこかのお持ち帰り系女子のように阿賀野からすごい剣幕で指摘された挙句、提督からも否定されたリシュリューはあのように拗ねてしまった。提督は可哀想だと思いながらも、ここで変に優しくするのはおかしいと思ってグッと堪えている。

 

「ーーてな訳で、これからよろしく頼むぞ」

 

 提督の挨拶が終わると、みんなして返事をして顔合わせが終わった。恒例となったお駄賃をあげるのも終えると、新しく着任した者たちはそれぞれの姉妹と寮へ向かい、香取たちは補給へと向かう。

 

「さて、リシュリュ〜?」

 

 みんなが退室したあとで、提督はリシュリューを呼んだ。

 リシュリューは振り向きもせずに「何よ?」とふてくされていると、

 

「まぁ、その……なんだ……あんまり気を落とすなよ?」

 

 無難な言葉をかけた。

 するとリシュリューは「は〜い♡」とたちまちご機嫌になり、阿賀野たちは『チョロ過ぎる……』と苦笑いを浮かべるのだった。

 

「リシュリューさんって案外単純なのかな〜?」

「しっ、そう思っても言わないのよ、酒匂」

「能代姉ぇの言う通りよ。扱いやすいって思えばいいの」

 

 矢矧が酒匂へそう言いう横で、阿賀野や能代はそれはそれでどうなの、矢矧……と苦笑いを浮かべていた。

 

 ーーーーーー

 

 それから時が過ぎ、夜になると食堂では新しく着任した艦娘たちの着任式が催された。

 有志発表は勿論のことだが、妖精音楽隊による軍歌メドレーも大変に好評だった。何しろ日本の軍歌だけでなく、独・伊・米・英・仏・露の軍歌まで演奏されたので、海外艦勢もより楽しめたからだ。イタリアやアイオワ、ガングートに至っては声高らかに歌っていた。

 

 そしてこれから始まるのは、

 

『続きまして、『鎮守府へ行こう! 新人の主張』です! まずはじめはしおんさん、お願いします!』

 

 しおんからの主張だ。

 小さなお立ち台にしおんが上がると、しおんは丁寧に頭を下げて「こんばんは、皆さん」と挨拶をする。

 それにみんなも『こ〜んば〜んは〜!』と返しつつ、お馴染みとなった阿賀野がお玉をマイク代わりに「今後の目標はなんですか?」と訊ねた。

 

「そうですね……早く任務に慣れて、皆さんのお力になりたいですね」

 

 微笑みながらもしっかりと語ったしおんに、みんなは「健気だな〜!」「お淑やか〜!」「ヒュー!」と温かいヤジを飛ばす。

 しおんははにかみながらもペコリと一礼して退くと、今度は涼月がお立ち台へ上がった。

 

「こ、こんばんは。秋月型駆逐艦、三番艦の涼月です。姉さんたちやお初さんに負けぬよう、頑張って訓練して、皆さんを護れるよう鋭意努力して参ります」

 

 まさかの訊かれる前に言ってしまうパターンに、みんなは『食い気味主張いいぞ〜!』とヤジを飛ばすと、

 

「あ、やだ……私ったらつい……」

 

 涼月は火照った頬を手で押さえ、恥ずかしそうにモジモジしてしまう。

 その初々しい仕草に多くの者たちは『可愛い〜!』と声をかけると、涼月は「はぅ……」と何とも言えない声をあげて、一礼すると逃げるように秋月たちの背中へ隠れてしまうのだった。

 

 続いてお立ち台に上がったのは佐渡で、

 

「択捉型海防艦の三番艦、佐渡様だぜ! イェーーーイ!」

 

 と小さいながら大声で高らかに拳を突き上げる。これにはみんなも呼応して『イェーーーイ!』と返す中、口笛を吹く者もいた。しかし姉の択捉だけは自身の顔を片手で覆い、「あちゃ〜」みたいな反応をしてる。

 

「は〜い、じゃあ佐渡ちゃん。今後の目標は何かな〜?」

「んなの決まってんだろ! ビッグな女になることさ! いつまでもちっこいままなんて嫌だかんな!」

 

 その主張に多くの者たちは可愛らしいと思いながら声援を送った。中にはレディカッコカリな駆逐艦や戦艦になりたい駆逐艦たちが大いに頷き、とても共感している。

 最後に佐渡は「あ、名前は佐渡でも、この佐渡様はサディストじゃねぇからな!」と宣言すると、元気よくお立ち台から降りた。お立ち台から降りると択捉に「何なの今の挨拶しかたは!?」と注意されていた。

 

 そして今回最後の主張は対馬。対馬は自己紹介したあとで阿賀野からお馴染みの質問をされると、少しだけ考えてゆっくりと口を開く。

 

「…………艦だった頃の対馬は日本で生まれて、最期は異国でその生涯を閉じました。ですが、艦娘に生まれ変わったこの生涯は日本で終えたいと……心から願っています」

 

 語り口調は静かだったが、その言葉には決意の重さが伝わってきた。

 すると、

 

「今度こそ、みんなで生き残って日本を護ろうね」

 

 阿賀野が対馬に力強く言葉をかける。みんなも阿賀野の言葉に同意するように頷いてみせると、対馬はクスッと小さく笑った。

 

「はい、信じて……対馬も頑張ります」

 

 その言葉に多くの者たちが『お〜!』と声を張り上げ、今日一番の盛り上がりを見せる。

 提督は心の中でしっかりとみんなを指揮していくことを誓うと、

 

『ではでは、最後の出し物……『食堂の中心で愛を叫ぶ』を開催しま〜す!』

 

 大淀の言葉に提督はずっこけた。何故いい雰囲気だったのにそれをするのか……と。

 しかしこれも鎮守府の日常故、仕方ないねぇ。

 

 その後、提督はガチ勢からの愛を聞きながら、阿賀野に脇腹をつねられるのであったーー。




はい、ということで今回は新着任艦登場回にしました!
リシュリューさんと鹿島さんがポンコツっぽくなってしまいましたが、可愛いからいいですよね?

読んで頂き本当にありがとうございました!


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ネームシップとは

 

 今日は1月の最終日の昼下がり。

 昨晩は海辺にある鎮守府でも雪が積もるほどで、冬の寒さも本番を迎えた。そんな中でも元気な者たちは雪合戦をしたり、雪だるまを作ったりと外で今年の雪を楽しんでいる。

 

 そんな中、埠頭では敵補給船団の殲滅任務から帰ってきた艦隊が桟橋に上がろうとしていた。

 此度の編成は矢矧・球磨を基幹に据えた白露・天津風・雷・清霜という水雷戦隊だ。

 艦隊の帰投に桟橋で待っていた提督は皆が無事に帰ってきたことに安堵の表情を浮かべている。

 

「作戦終了。艦隊帰投したわ」

 

 今回の旗艦を務めた矢矧がみんな整列したのを確認してから敬礼して報告すると、提督は「お疲れさん」と返しながら敬礼した。

 

 簡単な報告が終わると、矢矧たちは艤装を妖精たちに任せ、自分たちはドックで傷を癒やしに向かう。

 

「ドックから上がったらちゃんと補給しろよ〜!」

 

 ドックへ向かうみんなへ提督が手を振って言うと、みんなは『はーい!』と返事をする。それを見ると、提督はウンと頷いて自分は執務室へと戻るのだった。

 

 ーーーーーー

 

「ふぅ〜……生き返るクマ〜♪」

 

 誰よりも早くドックの湯船に浸かったのは矢矧の補佐役として出撃した球磨。球磨は頭に畳んだ手ぬぐいを乗せ、まるで温泉にでも入っているかのように心地よさそう。

 艦娘は大なり小なり出撃すれば必ず傷を負ってしまう……しかしドックの湯船には妖精たちが配合した艦娘の傷を癒やす特別な湯が注がれているので、傷が大きければ大きいほどその湯は心地いいように出来ているのだ。決して怪しいお薬が入っていたりはしないので、そこは安心してほしい。

 

 この鎮守府のドックは改装に改装を重ね、今では6人同時に入渠することが可能。前までは最大4人しか入渠出来なかったのだが、深海棲艦との戦いが激化してきたために大本営が一定数の戦果をあげた鎮守府に対して6据えまで改装出来る許可を出している。因みに各泊地の中央鎮守府は普通の鎮守府とは規模が段違いなので、その数も12据えや18据えになるそうだ。

 

「球磨さん、清霜のせいで被弾させちゃってごめんなさぁい……」

 

 球磨の隣の湯船に浸かる清霜が申し訳なさそうに謝るが、球磨は「生きてるから問題ないクマ〜」と間延びして返す。

 清霜は最後の戦闘で敵重巡洋艦からの砲撃が直撃しそうになったところを、球磨に守ってもらったのだ。

 

「反省して、次に活かせば大丈夫だよ。清霜ちゃんなら出来るよ!」

 

 その隣の湯船に浸かっている白露が清霜をそう励ますと、清霜は「うん!」と元気に返した。どうやら気持ちを切り替えることが出来たようだ。そんな白露と清霜を見て、矢矧や天津風、雷は小さく笑って二人のことを見ていた。

 しかし、

 

()()()()()()()()()()球磨さんも白露ちゃんも頼もしいね!」

 

 清霜のなんの悪気もない言葉に温まったムードが一気に急降下してしまう。

 白露は時雨、夕立、村雨、江風と妹たちの改造が先に施され、球磨に至っては一人だけまだ改二になっていない。もう一度言うが、清霜は球磨と白露を褒めている。決して他意はないのだ。

 

 清霜の言葉に矢矧たちは『デリケートな話題なのにどうしてそうサラッと言っちゃうの……』と心の中で嘆いた。

 球磨も白露もネームシップでありながら、未だに大本営から改二許可が下りない。球磨たちだけでなく、高雄や青葉、天龍、阿賀野といった名だたるネームシップたちもまだである。しかしこればかりは大本営の許可が下りるのを待つしかないのだ。

 

 矢矧たちはなんとかフォローしようとしてかけるべき言葉を探していると、

 

「フッフッフ〜、改二にならなくても球磨は優秀だクマ♪」

「まぁ、あたしは一番艦だからね〜♪」

 

 二人はいつもと変わりない笑顔で言葉を返した。

 他の鎮守府の二人はどうか分からないが、ここの二人はあまり気にしていないようだ。

 

 球磨と白露の言葉や表情に矢矧たちはホッと胸を撫で下ろすと、天津風が口を開いた。

 

「球磨さんは気にしていないだろうと思ってたけど、白露まで気にしていないのは、こう言ったら悪いけど意外ね……」

 

 天津風がそう言うと、白露は「いやぁ、あはは」と苦笑いする。その苦笑いに天津風は勿論、雷や清霜も小首を傾げると、白露は「妹たちやみんなには秘密だからね? 特に時雨と夕立!」と前置きする。するとみんなは大丈夫と頷いてみせた。

 それを確認した白露はゆっくりと苦笑いした理由を語りだす。

 

「……実はさ〜、あたし、最初はすっごく悔しかったの。村雨の改二が決まったのは嬉しかったけど、それと同じくらい『あたしは一番艦なのに!』って思っちゃったんだ」

 

「そしたらね、提督があたしを相談室に呼んで、あたしにこう言ったのーー」

 

『先に妹たちが改二になろうと一番艦はお前だ……時雨たちの姉はお前しかいねぇ。一番艦として、ネームシップとして胸を張れ。俺はお前が頑張ってることをちゃんと知ってるから』

 

「ーーってね。そう言われたら、悔しさなんかどっかに行っちゃったんだ!」

 

 清々しい笑顔で白露が話すと、みんなはその話に感動して大いに頷く。

 

「だからあたしね、あたしが改のままで妹たちがどんどん先に改二になろうとみんなのお姉ちゃんでいられるように頑張ろうって決めたんだ……提督も改二になってなくても、ちゃんとあたし個人を評価してくれてるからね!」

 

 その証拠に今回は水雷戦隊で出撃させてくれたし!ーーと付け加えた白露がガッツポーズをしてみせると、同じ駆逐艦の雷たちは『お〜』と感心し、矢矧と球磨はウンウンと感心して頷いた。

 

「司令官ってやっぱり言うことが違うなぁ! 清霜、これからも司令官に頼ってもらえるように頑張る!」

「私だってもっともっと頼ってもらえるように司令官を助けるわ!」

 

 清霜と雷が白露に負けないように自分たちもそれぞれ努力しようと決意すると、

 

「天津風ちゃんも清霜たちと一緒に頑張ろうね!」

 

 不意に清霜が天津風に話を振った。天津風は突然のことに狼狽えながらも、「ま、まぁやるだけやるわ……」と顔を赤くしながら返すと、駆逐艦たちは揃って笑顔の花を咲かせる。

 そんな駆逐艦たちを見て、矢矧は提督って本当にみんなのことをちゃんと見ているのね……と感心していると、

 

「矢矧〜、顔がニヤけてるクマ〜。やっぱり好きな人が褒められると嬉しいクマ?」

 

 球磨に痛いところを突かれる。知らないうちに表情に出ていたようで、矢矧は「べ、別に!」とそっぽを向いた。

 

「フッフッフ〜、そう照れなくてもいいクマ〜♪ 球磨だって大好きな提督が褒められて嬉しいクマ〜♪」

「だ、だから別に提督が褒められて嬉しかったから笑ってたんじゃなくて、白露たちが微笑ましかったから笑ってたの!」

「顔を真っ赤にしてて何を言うクマ。夕張的に言えば嘘乙だクマ」

「う〜る〜さ〜い〜!」

 

 耳まで赤くしながら矢矧が強く否定すると、球磨は「じゃあそういうことにしておいてやるクマ」と含み笑いで返した。矢矧としてはその言葉も納得出来なかったが、ここで引かないと更なる追撃が予想されたのでグッと堪えて話を終わらせるのだった。

 

 ーーーーーー

 

 それから補給も済ませた艦隊は細かな報告を旗艦であった矢矧に任せて解散。矢矧は足早に執務室へと戻ると、執務室には丁度提督だけがいた。

 

「おう、やはぎん。おかえり」

「ただいま……阿賀野姉ぇたちは?」

「さっき三人でお茶菓子を買いに酒保に向かったぞ」

「そう……じゃあ、今の内に報告しちゃうわね」

 

 矢矧がそう切り出すと、提督は「頼む」とだけ返して聞く体勢に入る。いつもならば報告を始める矢矧だが、今回は先程の球磨とのやり取りがあったせいで妙に提督のことを意識してしまって、目が泳いでしまう。

 そんな矢矧を見て、提督は「どうした、何か問題があったのか?」と訊いてくるが矢矧はらしくもなくアタフタしてしまった。

 

「も、問題があったとかじゃないの……ただ……」

「ただ?」

「し、白露や球磨だけじゃくなて、私のことも見てくれてるかな〜……なんて」

「………………」

 

 提督は目が点になった。そしてそれと同時にしおらしくモジモジしている矢矧を脳内メモリーに熱く保存する。

 

「……って、何言ってるのかしら私……あははーー」

「ーー大丈夫、ちゃんと見てるさ」

 

 その言葉に矢矧は思わず「え」と小さく驚いてしまった。

 しかし提督は『白露』というキーワードでどんな話か大体を察して、ちゃんと言葉にしたのだ。

 

「どんな話をしたのかは詳しくは聞かねぇけどよ……俺は矢矧が頑張ってることをちゃんと知ってるし見てるぞ」

 

 優しく、安心させるように言われたその言葉に、矢矧は胸の奥から何とも言えない感情が湧き上がった。それは大きな嬉しさだ。

 

「…………ありがとう」

「何お礼なんて言ってんだよ、やはぎんらしくねぇな」

「ふん、お礼くらい素直に受けなさいよ、バカ」

「お〜お〜、さっきまでしおらしかったのに、いつものやはぎんに戻っちまったな〜」

「ハリセンでテンプルを殴打してもいいのよ?」

「暴力はいくない……いくないぞ?」

「全く……いつも一言余計なんだから」

 

 矢矧はそう言いながら、小さく笑うとようやくいつもの調子に戻って報告をすることが出来た。

 そして矢矧は、

 

(私もあなたのことをちゃんと見てるわ。大切なあなたのことを……だから、阿賀野姉ぇと末永く幸せに暮らせるように、これからも頑張るから)

 

 心の中で優しく、提督につぶやくのだった。

 

 報告を終えると、丁度阿賀野たちも酒保から帰ってきたので、みんなでそのままおやつ休憩に入った。

 夫婦は相変わらずラブラブでお菓子を食べさせ合っていたが、今日の矢矧はにっがいお茶ではなく、普通にカフェオレを楽しみながら休憩時間を過ごせていたーー。




いつもよりちょっと短いですが、今回はこのような感じにしました!
白露ちゃんとか球磨さんとか青葉さんや高雄さん……そして電ちゃん、漣ちゃん、五月雨ちゃんの改二はまだですかね〜。改二してほしい艦娘ばっかりですが、気長に待つしかない……運営さん、早く!って感じです。

ということで、読んで頂き本当にありがとうございました!


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鬼は内!

 

 本日も鎮守府は大きな被害もなく、いつも通りに任務を終え、夕方を迎えた。

 そして今日は節分に伴い、艦娘たちによる豆撒きが実施されている。

 

『鬼は〜内〜! 福は〜内〜!』

 

 掛け声と共にみんなして炒り豆を思い思いに投げ、その投げ込まれた豆を妖精たちがせっせと集め、それは肥料として加工して花壇などに使う。

 

 ここで普通の豆撒きと違うところは『鬼は内』という点だ。

 これは地域によってそういう掛け声なのではなく、国防軍ならではのルール。

 大きな理由としては総司令官の名字が『鬼山』ということ、鬼神や海戦の鬼と呼ばれる異名がある提督がいるという二つの理由があって、鬼の力を借りて日本を守ろうという思いが込められているのだ。ただ敵にも鬼と付く者がいるが、そこは割り切っている。

 

 ーーーーーー

 

 豆撒きが終われば、あとはみんなお待ちかねの手巻き寿司パーティが幕を開ける。

 

「はい、提督さん♡ 阿賀野が巻いた手巻き寿司、どうぞ〜♡」

「指に海苔が巻かれてるだけに見えるんだが?」

「えへへ〜、阿賀野のこと……た・べ・て♡」

「いただきます……はむっ」

「あん、阿賀野の指、提督さんに食べられちゃった〜♡」

 

 しかし、この夫婦はいつも通りのシュガーワールド全開。一方でLOVE勢やガチ勢はそのラブラブっぷりに入る空きを探っているため、夫婦の挙動を見逃さないように監視見守っている。

 

「………………」

 

 そして矢矧も夫婦のラブラブが変な方向にいかないように鋭い視線を向けていた。

 

「……矢矧、そんなに睨んでないで、あなたも食べなさいよ」

「そうだよ〜、さっきから矢矧ちゃんわさび巻きでしか食べてないよ?」

 

 能代と酒匂が苦笑いで矢矧に声をかけるが、

 

「だってあんなにくっそ甘い雰囲気で手巻き寿司食べてるのよ!? わさび巻きでも食べてなきゃ、こっちが桜でんぶ吐くわ!」

 

 などと謎の反論をしてくる始末。

 そんな矢矧に能代たちは『気持ちは分かるけど……』と思いながら、やはり矢矧にもちゃんと手巻き寿司パーティを楽しんでもらいたい。

 なので、能代は酒匂に目配せして最終手段に打って出る。

 

 その最終手段とは、

 

「矢矧、大和たちと豪華な手巻き寿司作って食べない?」

「今年は涼月も着任したんだし、去年よりも豪華な物をみんなで作るわよ」

 

 かの仲間たちでの緩和作戦である。

 矢矧にとって大和たち天一号作戦に関わる仲間たちは、数ある艦娘の中でも人一倍仲良しなので、能代たちはこういう時にその仲間たちの力を借りて矢矧をちゃんとしたパーティの輪に入れるのだ。

 

 大和と霞に手を引かれた矢矧は先程とは打って変わって嬉しそうにその手を握り返している。

 

「そ、そうね……涼月のために具を全部入れた特大手巻きを作りましょう!」

「いや、んなことしたら口に入るはず……ふごっ!?」

 

 矢矧の提案に朝霜が野暮なツッコミを入れようとしたが、浜風と初霜に口を塞がれて最後まで言えなかった。浜風たちとしては、ここで変なツッコミを入れられたら和んだムードが台無しになると思っての措置だ。

 

「もがふご〜!」

「場の雰囲気を乱すのなら……」

「今度は磯風さんの手巻きをお口に入れますよ?」

「………………」

 

 二人はそう言って絶対零度の笑みを浮かべると、朝霜は無言で敬礼して野暮なことは言わないと誓う。

 

「磯風も前に比べれば変な物は出さないんだが……」

「まぁまぁ、それで雰囲気が壊れないならいいじゃないですか♪」

 

 そんな朝霜たちのやり取りを見た磯風は解せぬと言わんばかりに渋い顔をしたが、雪風のフォロー(?)で変な雰囲気にはならなかった。

 

「皆さんとこうして贅沢に手巻き寿司を頂けるなんて夢みたいです……」

 

 涼月はそう言って薄っすらと涙を浮かべると、霞ママが「ほらほら、泣かないの」と優しく背中を叩いて、笑ってみせる。

 

「今はあの時と違うのよ? やることは変わらないけど、あの時よりは全然幸せな時代なんだから」

「霞さん……」

「霞ちゃんの言う通りですよ、涼月ちゃん。だから、今を楽しみましょう。そして今度こそみんなでこの戦争を終わらせるの」

「……はい、大和さん!」

 

 こうして矢矧たち天一号作戦組は、ほのぼのと楽しく手巻き寿司を作った。因みに豪華過ぎて涼月がアワアワし、その手巻き寿司を泣きながら食べた様子は、青葉がバッチリと映像と写真で残していた。(お値段は写真1枚・200円。動画・400円だそうな)

 

 ーー

 

 提督たちのテーブルでそんなことが起こっている中、白露型姉妹と雲龍型姉妹が揃って座るテーブルでは、例の三人がある意味で無双している真っ最中だ。

 

「姉貴……おかわり持ってきたぞ……」

「ありがとう、江風♪」

「ごくん……ありがとう」

 

「雲龍姉様、おかわりをお持ちしました」

「ありがとう、天城」

 

 江風と天城がおひつをてんこ盛りにして酢飯のおかわりを持ってくると、海風と山風、雲龍は早速次の特大手巻きを目にも止まらぬ速さで作っては、これまた目にも止まらぬ速さで消費していく。

 

「相変わらずすごい量だな〜」

「しかもあの量が10分も掛からないで消えるんだよね」

 

 涼風と五月雨は相変わらずの三人の食べっぷりに感心していた。

 

「でも、三人共美味しそうに作って食べるのよね〜」

「あの速さで見た目と巻く具材のバランスも絶妙ですからね」

 

 村雨と春雨は三人の食に対するスキルの高さにも感心する中、時雨が「それに引き換え……」と海風たちの横を見る。

 

「玉子だけ手巻きサイコー!」

「桜でんぶ手巻きも甘くて美味しいっぽ〜い!」

 

 白露と夕立はかなり自由に自分の好きな具材だけの手巻きを楽しんでいた。

 基本的にどう食べてもいい手巻き寿司だが、この二人は偏り過ぎなのだ。

 

「まぁ、今はパーティなんだし、好きな物を好きなように食べさせてあげましょうよ」

 

 葛城が時雨にそう言葉をかけると、時雨は「そうだね」と返しながら、明日はちゃんとバランスよく食べさせようと心に決めるのだった。

 

 ーー

 

「くぁ〜っ、うっまいな〜!」

「これのために生きてるようなものよね!」

「次は東洋美人開けちゃうよ〜!」

 

 そして酒飲み勢が肩を並べるこのテーブルでは、隼鷹や千歳、イヨの三人がすでに多くの空の酒瓶()の山を築いている。

 イヨが次に開けた『東洋美人』とは山口県の日本酒の名前であり、今回のは純米大吟醸だ。山口県の日本酒は某アニメ効果もあって獺祭の名がダントツの知名度を誇るが、日本酒が好きな人の間ではこの東洋美人もとてもメジャーなのだ。因みに提督が好んで飲んでいる加賀美人は石川県の日本酒である。

 

「日本に来るまでこんなに美味しいお酒を知らなかったなんて、艦娘人生を大きく損してました〜!」

「ウォッカの次に美味いと思うぞ」

「私はビールの方が好きだわ……でもたまにはいいかもね」

 

 ポーラ、ガングート、ビスマルクの海外勢もその味に大いにご満悦の様子。

 

「ポーラ、あんまり飲み過ぎないでね?」

「ビスマルク姉様もですよ?」

「ガングートはお酒強いからそんなに心配ないね」

 

 一方でザラ、プリンツ、響のお目付け役勢もお酒を嗜みつつ、三人の動向を見ている。ただ、響に至ってはガングートが深酒をするタイプではないので何も心配はしていない。

 そして一番大変そうなのが、

 

「お姉、少しは抑えて飲んでよ〜。酔い潰れても部屋まで運んであげないからね」

「イヨちゃん、もうそろそろお水を飲んだ方が……」

 

 千代田とヒトミの二人である。

 酒癖の悪さでダントツなのはポーラであるが、ザラの()()()()()の甲斐あって、その時の教訓がポーラの脳髄へしっかりとインプットされている。そのため今ではザラがニッコリと微笑んで『ポーラ?』と呼びかけるだけでポーラは自然とお水に手を伸ばすようになった。

 なので最近では千歳とイヨの酒癖の悪さが目立ってしまっている。

 

「まぁ、あたしもちゃんと見張ってるから大丈夫だって♪」

 

 隼鷹が千代田たちへそう声をかけるが、二人共不安の色は隠せない。

 すると、

 

「あの二人も十分出来上がってるし、そろそろお酒と水を入れ替えてもバレないでしょ……」

 

 飛鷹がそんなことをつぶやいた。そして隼鷹を呼んで目配せすると、隼鷹は「あいよ♪」と返して予め用意しておいた水が入っている酒瓶を千歳たちへ渡す。

 二人は上機嫌にその酒(水)をコップになみなみと注ぎ、飲み干してはご満悦の表情を浮かべるのだった。

 

「ね、大丈夫でしょう?」

 

 飛鷹が爽やかな笑顔と共に千代田たちへ声をかけると、二人はやっと安堵の色を浮かべて自分たちもパーティを楽しむのだった。

 

 ーー

 

 しかし、最もカオスなテーブルが存在した。

 それは漣や朧、不知火、若葉たちが集まるテーブルだ。

 

「ファーイ! アワビのロースでしょって言う! ラァー! シィークレットソードトゥー……売れんかいな!」

「誠☆CCO! ユアーハードボローンしてみぃ!」

 

 漣と朧が意味不明な言葉を叫びながらコントを披露しており、元ネタを知っている者もそうでない者もお腹を抱えて笑っている。

 二人が披露しているコントは大人気某アニメの英語版で、そう言ってはいないけれど言われてみるとそう聞こえるという空耳を披露しているのだ。

 

「許せカツオッ! 胃もたれ的にカレーライスパウダー夢のロース、売れんかいな! 売〜れんかいな! 夕べのロース!」

「ふにゃあああああああああああああ! 誠師匠! お金返してーや!」

 

 次に不知火と若葉が披露しているのも、大人気某アニメのスペイン語版の空耳である。

 

「あっはっは、はぁー、もうやめてくれ〜」

「空耳なのに会話が成立している不思議」

 

 笑い転げる深雪の隣で初雪が冷静に評価するのも、このテーブルのカオスさをより増強していて、みんな手巻き寿司どころではなかった。

 そして極めつけは、

 

『土器☆土器☆デコ割れそう 先輩♂全裸 ヘイ!』

 

 漣たち+朝潮で送る、某アニメの空耳ソングである。

 朝潮は普段は真面目であるが、不知火たちと同じようにニッコリ動画という動画サイトが好きなので、そこにアップされているこの歌が歌えてしまうのだ。

 

「私、あのアニメ好きなのになぁ〜」

「でも、本当にそう聞こえるのよね……悲しいことに」

「キスより凄い豚で世界を作ろうってホントにすごい空耳よね……一回きりのスペシャル心不全とか……」

 

 満潮、霞、曙の三人は元ネタが好きなタイトルだけに複雑そうであったが、結局は笑いを堪えられずに肩を盛大に震わせるのであった。

 

 ーー

 

「いっひっひ……隣のテーブルすげぇ盛り上がってんな!」

 

 その隣のテーブルでは択捉型姉妹が手巻き寿司を楽しんでいる。

 佐渡が隣の様子を見ながらそばに座る松輪へ声をかけると、松輪は「そ、そうだね……」と苦笑いを浮かべていた。

 一方で対馬は先程から炒り豆とにらめっこしている択捉へ「さっきからどうしたの?」と訊ねている。

 

「え……あ、いやその……私たちはいくつこのお豆さんたちを食べればいいのかなって、考えちゃって……」

 

 択捉がそう返すと、対馬も「あら、言われてみればそうね」と小首を傾げた。

 

「やっぱり、進水日から今の年まで数えて食べるのが普通なのかな?」

「それだと結構な量を食べるわね……」

 

 二人してうーんと悩んでいると、

 

「提督が言うには20個食べればいいって話よ」

 

 同席していた陸奥が二人の疑問に答えてみせる。

 

「え……20個でいいんですか?」

「あぁ、艦娘は駆逐艦だろうと海防艦だろうとお酒は法律上飲めるようになっているからな。だから最低でも20個食べることにしているそうだ」

 

 寧ろ食べなくてもいいかもしれないがな……と長門が二人へ説明すると、二人してなるほど〜と頷いた。

 すると、

 

「進水日から数えると、みんな70個以上は軽く食べなきゃなんねぇもんな!」

 

 佐渡が笑ってそんなことを言い放つ。

 すると陸奥が「ん"?」っとビッグセブンオーラ全開で佐渡へ睨む微笑んだので、佐渡は「に、20個食べるだけなら楽だよなぁ」と声を震わせて、誤魔化すように炒り豆を頬張るのだった。

 

 その後も飲めや歌えやの手巻き寿司パーティは続き、みんなして良い年になるように努力しようと一丸となるであったーー。




遅れましたが、今回はセツブーンの回にしました!
色々とネタを盛り組んだことにはご了承を。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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普通のチョコレートって美味しいよね

 

 バレンタインデーを迎えた鎮守府では昼下がりを迎え、食堂では多くの者たちが間宮たちによる本日限定のサービス、チョコレートフォンデュでおやつタイムを過ごしていた。

 

「はい、司令官! 睦月たちからのバレンタインチョコだよ〜!」

「チョコと言ってもチョコクッキーにしたのよ♪」

 

 そしてお茶を飲みに提督が矢矧、天龍型姉妹と一緒に訪れると、多くの者たちが提督へバレンタインデーの贈り物を渡す。因みに今は睦月と如月が姉妹を代表して渡しているところだ。

 他のところはどうなのか知らないが、ここは艦娘の数も多いため、型によって、またはグループとしてひとつの贈り物をしている。でないと提督の体に毒となってしまうからだ。

 

 提督は睦月たちからの贈り物を笑顔で受け取ると、丁度睦月たちが最後らしく、受け取りタイムが終わった。

 

「いやぁ、バレンタインデーって学生の頃はお菓子会社の陰謀とばかり思ってたが、いざ自分も貰えるようになると嬉しいもんだなぁ」

 

 テーブルに座り、貰った物の中からひとつを手に取って頬を緩める提督。

 すると()()()()で提督と行動を共にしている天龍と龍田は、提督の喜ぶ顔を見て笑みをこぼす。因みに天龍たちは提督へ夕張、大淀、明石と合同で作ったチョコレートシフォンケーキを渡しており、提督はそれを喜んで執務室で頂いてきたばかりで、苦笑いをこぼしている矢矧は能代、酒匂と合作のガトーショコラを贈った次第だ。

 

「でもなんだかんだ結構な数になってるわね……提督、あまり食べ過ぎないでよ?」

 

 矢矧がそう注意すると、提督は「阿賀野にも言われてるし、大丈夫」とキリッとしたいい顔で返すのだった。

 

「にしても、今年のバレンタインデーは平和だよなぁ」

「そうね〜。去年は由良ちゃんとか鹿島さんとか青葉さんとかすごかったのに〜」

 

 ホットチョコレートを飲みながら天龍たちがそうこぼすと、提督と矢矧は『平和が一番』と声を揃えて返す。

 

 提督が鎮守府に着任して初めて迎えたバレンタインデーはまだそこまで在席する艦娘の数も少なかったので、平和にみんなして食堂でチョコレート作りをして仲良く食べたいい思い出であるが、去年は艦娘の数も大きく増え、提督が油断していたのも重なってとてもカオスなことになった。

 そして今年は去年の惨状から学び、阿賀野が出撃任務で今は席を外しているので、天龍と龍田に護衛を頼んでいる状況なのである。

 

「オレは由良の胸の型で作ったおっぱいチョコが忘れらんねぇよ……」

「私は青葉さんがチョコレートリップを唇に塗って、提督の唇を奪ったやつが忘れられないわ〜」

「私は鹿島さんの口移しチョコレートかしら……」

「やめてくれ……思い出しただけで胃に穴が開きそうになるぅ……」

 

 天龍、龍田、矢矧の回想に提督は机に顔を突っ伏して力無く言葉を返す。

 三人が回想した他にも、金剛からの媚薬入りチョコレートティーや陸奥のチョコレート味の鉄兜(隠語)、武蔵の『私がチョコレートだ!』作戦、加賀の媚薬ボンボンショコラなどなど……あげたら切りがない。

 しかし、こうしたことも提督が艦娘たちといい関係を築いていると前向きに捉える他ないだろう。

 

「そういや、ガチ勢からもらったチョコ……ていうかブツ? あれはどうしたんだ?」

 

 天龍が提督ではなく、敢えて矢矧にそう訊ねた。

 

「そんなの、全部阿賀野姉ぇが消し炭にしたわよ」

「え……じゃあ、オレたちが普段から顔を合わせてる武蔵は二人目の武蔵……なのか!?」

「あぁ……言い方が悪かったわ。武蔵さんに至っては阿賀野姉ぇのげんこつで終わったわよ」

「戦艦も怯む正妻の一撃って怖いけど見てみたいわ〜」

「どこかの暴走ゲリオンみたいで私は怖かったわ……」

 

 ふと視線を逸らし、ハイライト先輩を消して矢矧がつぶやくと、流石の龍田も苦笑いを浮かべてしまう。

 すると、

 

「提督!」

「司令官さん!」

「提督〜」

 

 榛名、羽黒、筑摩の三人が現れた。

 矢矧や天龍は三人の本性本心を知らないので、「モテるな〜」「慕われてるわね〜」とのほほんとしているが、鋭い勘を持つ龍田だけはニコニコしながらも警戒態勢を厳とする。

 

 そんな中で、提督が「お〜、三人もくれるのか?」と分かりきったことを訊ねると、三人共に笑顔で頷いて口を開く。

 

「はい! 去年は金剛お姉さまが大変なことをしてしまいましたし、今年はそのお詫びも兼ねて姉妹全員で作って、榛名が代表で渡しにきました!」

 

 榛名はフンスフンスと気合十分に目を爛々とさせ、

 

「ね、姉さんたちと作って、羽黒が代表できました……」

 

 羽黒は顔を赤くしてモジモジしながらもちゃんと提督へ熱い眼差しを送り、

 

「利根姉さんと私からの日頃の感謝の気持ちです♪」

 

 筑摩は優しく微笑みながらもその目はとてもマジだった。

 

「お〜、嬉しいぜ。サンキューな」

 

 三人からのチョコを提督はお礼を言って受け取ると、

 

「? なんだ、三人して指でも切っちまったのか?」

 

 つい三人の指……しかも左手薬指に絆創膏が貼られていることに気がついて、そんな言葉をかける。

 

「あ……えへへ、ちょっとチョコレートを刻む時に切ってしまったんです……」

 

 榛名がそう言ってお茶目に舌を出してみせると、羽黒も筑摩も『実は私も……』と告白した。

 

「おいおい、ちゃんと注意してくれよ? お前らには出撃任務以外で傷ついてほしくねぇんだからよ」

 

 三人の傷ついた指を順番に優しく撫でながら、提督が優しい言葉をかけると、三人は顔を真っ赤にしながらも全神経を薬指に集中させ、しばらくはこの指を洗わないと心に誓った。

 

 こうして三人はまるでスキップでもするのような足取りで食堂をあとにする。龍田は三人のチョコレートに多かれ少なかれナニが入っていると確信したが、それは指摘しないことにした。しかし仮に三人のチョコレートを食べた提督が何か体に異常をきたした際には罰を与えようと心に誓うのであった。

 ただ、あの三人はとてもしたたかなので仮にナニを入れたとしてもそれは微量。何故ならそれで提督に何かあっては本末転倒だからだ。三人としてはほんの数ミリでも愛する提督の体内に自分のナニかが混ざってくれれば、それが今出来る至高の一手なのである。

 と言ってもこれは憶測なので本当にナニが入っているかは不明だ。

 

 ーーーーーー

 

 提督一行がお茶を終えて執務室へ戻ると、執務室のドアの前に複数の艦娘が立っているのを見つけた。

 それは暁型姉妹と第六戦隊の面々で、提督を見つけるなりみんなして提督へ笑顔で手を振ってくる。

 

「司令官、青葉待ってましたよ〜!♡」

 

 中でも提督へ飛びつこうとする青葉だったが、龍田がすかさず槍の切っ先を笑顔で向けると、青葉は「危ないですよ〜」と涼しい顔でそれを避ける。

 傍から見ればのほほんとしているが、矢矧や天龍はその素早い二人の動作に内心恐怖を感じた。これで二人は手を抜いているからだ。

 

「あら〜、危なくないと警告にならないでしょう? 今の私は阿賀野ちゃんの代わりに提督を護衛してるんですもの」

「青葉は愛する司令官にハグをしようとしただけですよ〜?」

「その唇についてる茶色い物を拭いてからなら許すわよ〜」

 

 龍田に指摘された青葉は返す言葉もなく、そのまま無言で唇に塗ったチョコレートリップをポケットティッシュで拭き取った。

 それを龍田がしっかりと確認したあとで、ハグの許可が下ると、青葉は阿賀野がいないのをいいことに提督の胸にこれでもかと顔を埋める。

 

「ふへへへぇ……愛する司令官の濃厚なか()り……はふはふ、はふっ!♡」

「おいおい、あんま嗅がないでくれよ……」

 

 そうお願いする提督に、青葉は「無理です」と即答すると、だんだんと青葉の息遣いが怪しくなってきたので、矢矧が強引に割って入って止めた。

 するとタイミングを見計らっていた暁たちがちょこちょこと提督の元へやってきて、

 

「レディの私と妹たちが作った特製チョコよ! 司令官にあげるわ!」

「みんなで頑張って作ったんだよ」

「司令官のためにお豆腐を使った低カロリーなマフィンに仕上げたわ!」

「味もバッチリ、なのです!」

 

 四人して天使の笑顔で可愛くラッピングされたバレンタインデーの贈り物を渡す。

 これには提督も浄化され、「ありがとう、神棚に飾るから」と受け取った。

 

「いやいや、食えよ。せっかく作ってもらったのに……」

「そうですよ〜、食べてあげなきゃ可哀想じゃな〜い」

 

 天龍と龍田が注意すると、暁たちも『ちゃんと食べてほしい……』と言うように目で訴えてくる。

 そんなみんなへ提督が「ちゃんと食うから心配すんな」と返すと、暁たちは『良かった♪』と声を揃えて笑みをこぼしたので、提督はまた浄化された。

 

「提督〜、衣笠さんたちからもちゃんとあるの忘れないでね♪」

「加古と衣笠と、私で作りました!」

 

 衣笠と古鷹はそう言うと、加古の背中をトンッと軽く押す。するとLOVE勢である加古は頬を微かに赤く染め、モジモジしながら、オズオズと可愛らしくピンクのハート型の箱に赤いリボンを結んだ箱を提督に差し出す。

 

「ちゃ、ちゃんと気持ち込めたから……受け取ってくれ♡ あ、味は古鷹たちと一緒に作ったから、大丈夫……なはず……♡」

 

 しっかりと自分の思いをのせて贈り物を手渡した加古。

 すると提督はそんな加古の頭をポンポンっと軽く叩くようにして優しく撫で、「おう、ありがとう。味わって食うよ」とニカッと笑って返した。

 

「っ…………うん、食べてくれ♡」

 

 ニパッと満点の笑みを浮かべる加古に、提督は勿論、その場にいる全員がほんわかと心を温かくしていると、

 

「…………で、執務室前のあの大きな像は何かしら?」

 

 矢矧がドアの前にそびえ立つ像を指で指す。その横で提督は『幻覚じゃなかったお……』と冷や汗を流した。

 それは控えめに見積もっても高さ約180cm、横50cmくらいの()()()()()()()()()()()で、ガラスケースに収められている。

 

「気づいちゃいましたか? これは青葉たちLOVE(ガチ)勢のみんなで作り上げた愛する司令官のチョコレート像なんです!」

 

 青葉は公正なジャンケンで勝ったので代表して渡しにきた……と付け加えて胸を張るが、

 

「でもこれ、提督にしては背高過ぎじゃね?」

「提督はもっと丸いしね〜」

 

 天龍と龍田がそう指摘した。

 その指摘に対して青葉は「青葉たちから見れば司令官はこれほど格好良く映っているんです!♡」と恍惚の表情で返す。

 

「あ〜、恋愛フィルターが掛かってるからか……」

「でも、ここまでいくと妄想の域よね〜」

「一刻も早く眼科と精神科へ受診すべきね」

 

 三人が追撃の指摘をすると、

 

「あのさ〜! 俺も自覚はしてるけどさ〜! 本人を目の前にそこまで言う必要あるのかな〜!?」

 

 提督がとうとう悲痛の叫びをあげた。

 三人して『あ……つい』と言った表情を浮かべ、苦笑いして誤魔化すと、提督は暁たちへうわーんと泣きながら(嘘泣き)すがりつく。

 

「だ、大丈夫よ、司令官はとてもいい男性よ? 外見じゃなくて中身が大切なんだから」

「暁の言う通りさ。司令官はそのままでも十分魅力的な男性だよ」

「そうよ〜、ちゃ〜んと私たちは司令官の素敵なところをたくさん知ってるんだから!」

「お父さんはとても優しくて尊敬出来る人、なのです!」

「お前たち……」

 

 「ありがとう!」『司令官!』と提督と暁たちが強く抱きしめ合って絆を深める横で、

 

「あれれれぇ? どうして青葉のところに来てくれなかったんです? です?」

「いいなぁ、あいつら……」

 

 青葉と加古は羨ましそうに暁たちを見ていた。ただ、青葉に至ってはハイライト先輩がご出張を余儀なくされており、言葉遣いもちょっと危ない感じに……。

 すると即座に龍田が機転を利かせて「そういえば〜」と話題を振った。

 

「このチョコレート像には、怪しいお薬とか入ってないわよね〜?」

 

 その質問に青葉はすぐに「大丈夫です」と頷いて、言葉を続ける。

 

「去年は阿賀野さんに制裁を受け、愛する司令官にも多大なるご迷惑をお掛けしてしまったので、今年のは完璧媚薬、依存成分0の無添加チョコレートです!」

 

 胸を張って言い放つ青葉の言葉に対し、矢矧たちは『カフェイン、糖質0みたいに言うなよ』と心の中でツッコミを入れた。

 

「私もそばで見てたし、大丈夫だよ」

「みんなはぁはぁしがら作ってたけど、変な物は入れてなかったよ……」

 

 衣笠の笑顔の証言と古鷹の困ったような笑顔の証言により、ガチ勢の贈り物は無事に贈り物として提督の手に渡った。しかし、後に阿賀野から『提督さんはもっと格好良いから!』と嫁フィルターガッチガチのクレームが来ることを青葉たちはまだ知らない……。

 

 ーーーーーー

 

 その後も提督は無事に阿賀野が帰るまで変な騒動は起こらずに過ごせた。

 阿賀野は天龍たちに深く感謝し、天龍たちは天龍たちで夫婦の役に立てたことに満足した。

 

 そして、

 

「はい、慎太郎さん♡ 阿賀野の愛がた〜っぷり詰まったチョコレート、あ・げ・る♡」

 

 仕事を終えて夫婦が部屋に戻ると、阿賀野が前もって用意していたチョコレートが手渡される。

 それはシンプルなハートのチョコレートだが、それは阿賀野や極一部の艦娘だけが熟知している提督好みの甘さのチョコレートなのだ。しかもその大きさは八つ切り画用紙くらいで、なんとも阿賀野らしいチョコレートである。

 

「お〜、比べちゃ悪いが、やっぱ阿賀野から貰えるのが一番嬉しいぜ!」

「えへへ〜、じゃあその調子で、甘〜い阿賀野のことも食べてくれる?♡」

 

 そう言った阿賀野が目をキラキラさせて提督へおねだりすると、提督は「美味しく頂くぜ!」と返して、夫婦の影は一つに重なるのだったーー。




はい、ということで今回はバレンタインデー回になりました!
実際に私はバレンタインデーは無縁ですが、世の中のカップルは幸せな一日になるといいですね!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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提督の丼

 

「んぁ〜、お腹空いた〜……」

「ちょっと、はしたないですわよ?」

 

 中庭のベンチで日にあたり、グダーッとだらける鈴谷を熊野はそう注意する。

 

 今は大規模作戦中とはいえ昼を迎えたことで、鈴谷と熊野は中庭で支援任務から帰ってきた最上と三隈が補給から戻るのを待っているのだ。

 今日は風も穏やかで気温もそう低くないので、二人はこうして外で待っているのだが、鈴谷は飲み終えた缶を口に咥えてはそれで遊んでいる。加えて足もおおっ広げているので、熊野としてはそれが見ていられないのだ。

 

「別にいいじゃ〜ん、減るもんじゃないし〜」

「心構えの問題ですわ」

「熊野だって部屋ではこたつでだらけてるくせに……」

「それはお部屋の中ですもの。それにお客様がいる時にはそんな醜態を晒しませんわ」

「あれ、じゃあ鈴谷は?」

「鈴谷さんは姉なので身内です。わたくしにとってはお客様ではありませんわ」

 

 ふふんと鼻を鳴らしながら髪をなびかせ、得意気な顔をする熊野に鈴谷はぐぬぬと拳を握る。

 そんな会話をしていると、

 

「高雄姉、愛宕姉、鳥海、早く〜!」

「そんなに急がなくてもいいじゃないの、摩耶!」

「あらあら、まあまあ……うふふ」

「ま、待って〜!」

 

 高雄型姉妹が鈴谷たちの後ろを駆けていき、

 

「秋月姉、涼月、初月、もう少し急いでよ!」

「食堂は逃げないわよ、照月〜!」

「ま、待ってくださ〜い!」

「少しは落ち着け!」

 

 秋月型姉妹も通り過ぎ、

 

「早く食堂へ行くクマー!」

「提督が多摩たちを待ってるにゃー!」

「だからって俺を引っ張るなぁぁぁっ!」

「あはは、今日はいつにも増して燃えてるね〜」

「作戦中でも平和ですね、北上さん♪」

 

 球磨型姉妹も小走りで(木曾は球磨たちに引きずられて)、それからも多くの者たちがそれぞれ通り過ぎいく。

 

「ねぇねぇ、熊野〜、今日って提督が食堂でなんかやってるの?」

 

 多くの者たちの口から聞こえてきた『提督』というワードに反応した鈴谷がそう訊ねると、

 

「あら、今日は提督が厨房に入ってその腕を振るってくれる日でしてよ?」

 

 そんなこともお忘れですの?ーーと熊野は呆れ気味で返した。

 それに対して鈴谷は「えぇ!?」と驚くと同時にベンチから立ち上がる。

 

「呑気に待ってる暇ないじゃん! 私たちも早く食堂行こうよ!」

 

 鈴谷はそう言って熊野の肩を掴むが、熊野は「相変わらず、貴女は優雅じゃありませんわね〜」などと返すだけで、何食わぬ顔でオレンジカラーの爪ヤスリでネイルケアしていた。

 

「ちょ、ちょっと〜! なんで熊野はそんなに冷静なわけ!?」

 

 鈴谷が地団駄を踏んでも、熊野は小さくため息を吐く。

 

「提督は逃げませんもの。それに行ったとしても今はお忙しくてあの方のエプロン姿もお目に掛かれませんわ」

 

 その余裕且つ納得のいく理屈に鈴谷はまたしてもぐぬぬと唸る。

 鈴谷としては大好きな提督の手料理を早く食べたいし、エプロン姿の提督を生でその目に焼き付けたい。しかし熊野の言う通り、今急いで行っても注文が殺到していて厨房から出てこれないとちゃんと理解したので、鈴谷は大人しくまたベンチへ座り直した。

 

「焦っては損するばかりでしてよ、お・ね・え・さ・ま?」

「はいはい、分かったよ〜……あ、ヤスリ終わったら貸して〜」

 

 こうして二人は姉たちを優雅に待つのだった。

 

 ーーーーーー

 

 それから短くも長くもない時間が過ぎると、最上と三隈が手を振ってやってくる。その後ろには最上たちと一緒に支援へいったアイオワ、矢矧、長波、荒潮の四人も一緒だ。

 

「あ〜、やっときた〜! ずっと待ってたんだよ〜?」

 

 鈴谷はそう言うと姉二人にギューッと抱きつく。対して二人はそんな妹を優しく受け入れながら、「ごめんね〜」「お待たせしましたわ〜」と謝った。

 

「Sorry……ミーがイヤリングをシャワールームに忘れてたのが原因なの」

 

 みんな、ミーのイヤリングを探してくれていたの……と申し訳なそうに説明するアイオワに、鈴谷は「ま、まぁ、そういうことならしょうがないよね〜」と返す。

 

「見つかって何よりですわ……ですが、それは大切な物。今後はお忘れにならないようにしてくださいまし?」

「えぇ、もちろんよ♪」

 

 熊野の注意にアイオワがウィンクしてみせると、矢矧や長波たちに食堂に行こうと促されて、みんなは揃って食堂へ向かった。

 

 ーーーーーー

 

 一二時になってから既に半分が経過し、鈴谷たちが食堂へ入ると多くの者は食事を終えて戻るところ。ただ、一つのテーブルではかの大食い三人衆がラーメン丼くらいの大きさの丼飯を掻き込んでいる。

 

「お〜、今日は提督の『男の丼飯』シリーズの日だったのか〜!」

「今日は何丼なのかしらね〜?」

 

 長波、荒潮が顔をほころばせていると、矢矧が「全員、丼でいい?」と訊ねた。するとみんなして笑顔で頷き、長波と荒潮がテーブル確保へ、最上型姉妹がみんなのお冷とおしぼりを用意しに、残るアイオワと矢矧が受付妖精へ注文をする。

 

 全員分の丼が出来上がるまで、みんなは長波たちが取ったテーブルに座ってその時を待った。

 

「荒潮じゃねぇけど、今日は何丼なんだろうな?」

 

 長波がそう話題を振ると、みんなして何かな何かなと想像する。

 提督が振る舞う『男の丼飯』シリーズはその名の通り、男が作る豪快な丼。その丼は蓋を開けるまで何が乗っているのか分からず、本当に食べるその時まで何丼なのか分からないのだ。しかも仮に苦手な物が乗っていたとしても(基本的にみんな好き嫌いはなく、艦娘は食材によるアレルギーもない)、みんな美味しく食べられる大人気シリーズである。

 

 その証拠に未だその丼を食べているテーブルでは秋月型姉妹が嬉し涙を流していたり、吹雪型姉妹が満面の笑みを浮べていたり、陸奥や武蔵、金剛が恍惚な表情を浮べてその味に酔いしれており、そのファンの数は多い。

 

 因みに過去の丼にはーー

 

 とろけるチーズと豚バラを何層にも重ね合わせて揚げたミルフィーユチーズカツ丼

 

 ササミを玉ねぎとカツ丼に使う汁で煮付けた鶏ササミ親子丼

 

 もやし、しらす、白ごまを豪快にぶっかけ、真ん中に温玉を乗せたぶっかけしらす丼

 

 キャベツと玉ねぎを鶏そぼろと甘辛く煮込んだ鶏そぼろ丼

 

 シャキシャキキャベツをご飯の上に敷き、その上にまんまる大きなメンチカツ(中には半熟玉子)をドカンと乗せたソースメンチカツ丼

 

 マグロの切り身を惜しげもなく乗せ、その中央に醤油でたっぷり漬け込んだ生卵をトッピングした豪華マグロ丼(切り身は炙りも可)

 

 濃い目のスープで煮込み、一晩寝かせたロールキャベツ(タネの中に卵ソースを入れてある)を乗せたロールキャベツ丼。

 

 などなど、多くの丼が存在する。

 因みに提督が使っているカツ丼などの汁は醤油、みりん、鰹だし、日本酒、砂糖一つまみの合成汁だ。ただ、乗せる具によって日本酒がコーラや炭酸水になる時もある。

 

「この前のタコの親子丼も美味かったよね〜。ビジュアルにはビックリしたけど、もう一度食べたいなぁ〜」

「あぁ、あのタコとタコの卵を出汁で煮込んだ親子タコ丼ですね。三隈も好きですわ〜♪」

 

 最上と三隈がそう言うと、ほかのみんなもあの丼の味を思い出して『はわ〜』と頬を緩めた。

 

「タコの卵って初めて食べたけど、あっさりした卵だったよね〜」

「えぇ……、それにごまと長ネギのアクセントもバッチリでしたわ♪」

 

 鈴谷、熊野がその丼を絶賛していると、

 

「私がもう一度食べたいと思うのはハンバーグ丼かしら。あの口に入れた瞬間に肉汁がジュワーっと広がる、あの快感は何度でも味わいたいわ」

 

 矢矧がハンバーグ丼のことを持ち出した。

 

「ミーもミーも! すごいジューシーなのに、玉ねぎの旨味をギューッと凝縮したあのソースだけでもライスが止まらなかったもの!」

「あたしはデミグラスソースの方かな〜。あれと温レタスが最高だった……」

「私はチーズソースで食べたけど、それも美味しかったわ♪ 朝潮ちゃんたちもおかわりするくらいだったし♪」

 

 そうして過去の丼飯の話題で盛り上がっていると、食堂妖精が鈴谷たちの丼が出来たと知らせに来る。

 するとみんなは期待に胸を膨らませて、受け取りに行くのだった。

 

 ーーーーーー

 

「お、おぉ……」

「ごくりんこ……」

「ジーザス!」

 

 テーブルに戻り、揃って蓋を開けた面々はその丼を見て様々な声をあげる。

 何故なら此度の丼は、

 

「カツ丼に半熟目玉焼き乗せ……」

 

 シンプル且つなかなかやらない丼だったから。

 

「切られてないカツがドドーンと1枚か……カツにしては妙に丸っこいけど……」

「その上に半熟目玉焼きが乗せられてるわ……」

 

 長波と荒潮はその大胆な見た目に驚きを隠せずにいると、アイオワが「イタダキマース!」と先陣を切る。

 熱々のカツをもう慣れた箸で持ち上げ、豪快にかぶりつく。

 するとアイオワが「What!?」と目を丸くした。

 

 そのアイオワの反応に最上は「ど、どうしたのアイオワさん!?」とガタッと席から立ち、三隈は「熱かったならお水を飲んでくださいまし!」とコップを差し出すが、

 

「デッリィィィィィシャァァァァァスッ!」

 

 アイオワの咆哮のような感想が食堂に鳴り響く。

 みんなしてその反応に戸惑いつつも、揃ってそのカツを一口食べる。

 すると全員に電気が走った。

 

「え、これ……え?」

「くまりんこ……」

「何これ……聞いてないし……」

「またとんでもない物を作ってくれましたわね……」

 

 最上型姉妹もそれぞれ驚愕する理由……それは、

 

「カツ丼じゃなくてメンチカツ丼だわ、これ……!」

 

 矢矧が言うようにそれはメンチカツのカツ丼だった。

 みんなはその汁がしみ込んだメンチに、目玉焼きの黄身がトロリと絡み、ご飯との素晴らしいハーモニーを奏でる丼に感嘆の声をもらす。そして決して脇役なんかでは収まらない煮玉ねぎもいいアクセントになって、箸を止める方が難しい一品だ。

 

 すると、

 

「なっはっは〜、そんなに美味いか?」

「おかわりするなら遠慮なく言ってね〜」

 

 客も少なくなったので、提督夫婦がわざわざ厨房から鈴谷たちのテーブルに足を運んできた。熊野の目論みがバッチリ当たった形だ。

 夫婦の登場にみんなは声を揃えて『美味しい!』と満面の笑みを浮べて返すと、提督は満足そうに「そうかそうか」と言って笑った。

 

「今回の汁はいつもよりちょっと辛めにしてみたんだが、その辺はどうだ?」

「甘辛いお汁に卵の黄身が絡まってご飯が進むよ!」

「好みで七味をかけても美味いわ!」

 

 最上と矢矧が提督へそう言葉を返すと、他のみんなも口を揃えて『美味しい美味しい♪』と笑みをこぼす。

 すると早速一杯目を完食したアイオワがおかわりを要求すると、提督は笑って頷き、また阿賀野と共に厨房へと向かった。

 

「あたしもおかわりしようかな……提督の手作りだし♡」

 

 夫婦の背中を見送りながら、長波がえへへと笑ってつぶやくと、鈴谷も熊野も矢矧も揃って『おかわり不可避』と心の中でつぶやくのだった。

 

 こうして提督の『男の丼飯』シリーズはまたも好評を博したーー。




ということで、飯テロ的な感じになりました!
この前とっても美味しいカツ丼を食べたので、その勢いで書きました♪

ではでは、読んで頂き本当にありがとうございました!


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円満鎮守府

 

 今日で2月も最後となり、寒さが段々と和らいで春に移り変わっていく、そんな今日この頃。

 鎮守府では大本営から発令された『捷号決戦!邀撃、レイテ沖海戦』を遂行し、無事に誰も失うことなく完全攻略。更に泊地全体でも前の教訓を得て、攻略後の残党殲滅作戦も行い、同じ状況に陥ることのないよう一丸となって遂行している。

 

 今日は当鎮守府が中央鎮守府から待機(お休み)を言い渡されたので、出撃任務を取り止め、これまで殲滅作戦参加艦たちには英気を養ってもらっている。

 しかし海上訓練海域では艦娘たちが、前線へ赴いていた者たちに負けじと紅白戦を繰り広げ、昂ぶる士気を維持していた。

 

「ビスマルク姉様、距離十分です♪」

「そう……では、行こうかしら!」

 

 プリンツの声に白組旗艦ビスマルクはそう言うと、右手をあげる。

 するとグラーフがすかさず艦載機を放つ。

 

「攻撃隊、出撃! Vorwärts(前進)!」

 

 ーーーーーー

 

「来たわね……よしよし♪ アクィラ艦載機隊、いっけ〜♪」

「Swordfish shoot!」

 

 一方で紅組のアクィラとアークも艦載機を放つと、

 

「みんな〜、対空戦闘の準備よ〜♪」

 

 旗艦イタリアが艦隊へ号令を出す。

 一見、空母二隻を有する紅組の方が有利に見えるが、参加している空母の中ではグラーフが自身の練度、艦載機熟練度共にあとの二人を大きく引き離しているため、制空権争いは五分五分。加えて対空戦闘の練度が紅組より高い布陣である白組の方が優勢なのである。

 

「その間延びした物言いを何とかしなさい。これなら私かローマが旗艦をした方がよかったわ」

「貴女ももう慣れなさい。私なんて前からこの号令を受けてきたのよ」

 

 イタリアの横で苦言を呈すウォースパイトへローマは死んだ魚のような目をして声をかける。その瞳を見たウォースパイトは、これまでのローマの苦労を察し、そうねというように頷いて対空戦闘準備に入った。

 

 ーーーーーー

 

 グラーフの航空隊に対し、アクィラ・アークの航空隊は奮闘するもグラーフ隊の練度と熟練度の差で空を制することは出来なかった。

 しかしグラーフ隊も無傷ではない。よって互いの艦戦隊は艦攻隊、艦爆隊と取りこぼし、本隊への雷爆撃を許してしまう。

 

「レーベ、マックス!」

Einverstanden(了解)!」

Alles klar(大丈夫よ)

 

 ビスマルクの声にレーベたちは臨機応変に陣形を変えて対空戦闘を開始し、

 

「呂号!」

「はーい♪ ろーちゃんいきますって!」

 

 ろーちゃんは先制雷撃を放つ。

 

 ーーーーーー

 

 対する赤組も対空戦闘をする中、

 

「ルイちゃ〜ん、いける〜?」

 

 相変わらずイタリアはにこやかに声をかける。

 

「さぁ、どうかな〜?」

 

 口ではそう言うものの、ルイは狙い定めて魚雷を発射。

 

 ーーーーーー

 

「っ……グラーフ、避けて!」

「っ!?」

 

 次の瞬間、グラーフの姿は爆発によって生じた水柱の中へと消える。

 水柱が消えるとグラーフは、

 

「やはり潜水艦は苦手だ……」

 

 苦笑いでずぶ濡れになっていた。

 

 紅白戦ということで全ての弾薬は練習用。勿論、魚雷も練習用なので直接的なダメージはないが、各自の肩に乗っている審判妖精は『中破』という判定を出している。

 こうなると本当の海戦時のように個人の能力等が制限されてしまうのだ。

 

 ーーーーーー

 

「きゃぁぁぁっ!」

「ぐっ……こんなところで!」

 

 グラーフが中破する一方、赤組のアクィラはろーちゃんの魚雷、アークがグラーフ隊の爆撃によって中破判定をもらう。

 

「どんまいどんまい♪ それじゃ無事なみんなで、砲撃開始〜♪」

 

 どこまでもブレないイタリアにウォースパイトはある意味で尊敬し、砲撃戦を開始。

 その後も紅白戦は白熱したが、航空隊を動かせなかったことが災いして赤組は敗北を喫するのだった。

 

 ーーーーーー

 

 紅白戦から戻ってきたビスマルクたちが埠頭の桟橋に上がると、

 

「お〜、お疲れ、みんな」

 

 桟橋には提督と矢矧がみんなを待っていた。

 いつもなら提督へ飛びつくイタリアだが、紅白戦とは言え負けたあとでは素直に飛び付けず、イタリアはただ「来てくれて嬉しいわ」と精一杯の気持ちを伝えることしか出来なかった。

 赤組は負けはしたものの、イタリアの状況判断や的確な砲撃によって奮戦したので、それをちゃんと執務室のモニターで見ていた提督はイタリアの頬を優しく撫でる。

 

「ほれ、んな顔してんじゃねぇよ。甘い考えかもしれねぇが、さっきの反省を本当の戦場で活かせりゃそれでいいんだ」

「提督……」

「お前が笑顔で艦隊を鼓舞したから、みんなもあれだけ戦えたんだ。誰もお前を責めるやつなんていねぇぞ?」

 

 そう言ったあとで、提督は赤組へ「な?」と訊ねるとみんなは笑顔で頷いた。

 ただ、

 

「私が旗艦ならもっと上手く、それでいて優雅に立ち回れたわ」

「姉さんはいつものんびりし過ぎなのよ。部屋に戻ったらしっかりと反省会だからね」

 

 ウォースパイトとローマの愛の鞭にイタリアは「トホホ……」と項垂れるのだった。

 

「ちょっと、私たち白組が勝ったのにどうして先に負けた方を褒めるわけ!? まずは私たちを褒めるのが普通でしょう!? いいのよ、褒めても!」

 

 我慢の限界といった感じにビスマルクが提督に詰め寄ると、提督は「あぁ、偉い偉い」とビスマルクの顎を猫の顎でも撫でるかのようにこしょこしょする。

 するとビスマルクは大好きな飼い主に構ってもらえた猫のように「んふふ〜♪」とだらしない顔をした。

 

「アトミラール、私も褒めてくれ♡」

「提督〜、ろーちゃんも〜!♡」

 

 こうなると当然LOVE勢のグラーフとろーちゃんも擦り寄ってくる。

 グラーフだけでなくレーベやマックス、ルイも提督の側へ来て、提督は犬猫に囲まれる飼い主ようになるのだった……。

 

 ーーーーーー

 

 それから一通りみんなのナデナデタイムも終え、総括をし、解散となった。

 イタリアはローマによって連行され、ビスマルクとプリンツはウォースパイトとお茶へ向かい、アクィラとアークはグラーフと食堂へ、ルイはろーちゃんと共に提督から貰ったお駄賃で酒保へ走っていく。勿論、ちゃんと精密検査や制服を乾かしたあとで。

 

 提督はそんなみんなの背中を見送りながら、「頼もしい限りだなぁ」とつぶやいた。

 

「ふふふ、この調子なら殲滅作戦も大丈夫そうね……もうこの前みたいにはさせないんだから」

 

 矢矧が提督へそう言って笑顔を見せる。

 

「はは、そうやすやすと再現なんかさせねぇさ。そうさせないために泊地全体で作戦を立ててるんだからよ」

「そうね……今後も指揮は頼むわよ、提督」

 

 提督の言葉に矢矧はそう言うと、お茶目にウィンクしてみせた。すると提督は「おうよ」と返し、矢矧の頭を軽く叩くように撫でるのだった。

 

 すると、不意に提督は背後から何者かに抱きしめられ、驚きの声をあげる。

 

「こんなところにいたのか、提督よ♡」

 

 その犯人は武蔵で、

 

「おい、提督に不敬だぞ」

 

 その横では長門が武蔵を注意していた。因みにその後ろには大和と陸奥の姿もある。

 長門が注意する一方、提督は武蔵の姿を見て表情をほころばせた。

 

「お〜、武蔵! その様子は無事に終わったみてぇだな!」

「あぁ、これで更に提督の力になれる……期待していてくれ♡」

 

 互いに向き合い、提督は武蔵の頬をムニムニと撫でる。

 武蔵はつい先ほど改二への改造を終え、早く提督にその姿を見せようと探しており、こうしてお披露目に来たのだ。

 

「おい、私の話を聞いてるのか? 提督も……」

「お〜、悪ぃ悪ぃ。驚いたが嬉しい驚きだったぜ!」

 

 長門が捨てられた子犬のような目で訴えると、提督はすかさず笑顔で返して、長門の頬もムニムニと撫でる。すると長門の顔はフニャっと緩んで嬉しそうに撫でられていた。

 それを見た矢矧は勿論、大和や陸奥も長門が飼い主に構ってもらえて喜ぶ犬みたいに思えて和んでしまった。

 

「にしても、武蔵の改二姿はすげぇな。かっこいいぞ!」

「あっはっはっは、そうだろうそうだろう。私は大和型。長門の改二に負けていられないからな」

 

 武蔵がそう言う横で、長門は「ふっ、片腹痛い」と返す。しかし未だに提督に頬をムニムニされながらのそのセリフは特大ブーメランにしかなっていなかった。

 

「それでね、提督。みんなから提督に言いたいことがあるみたいよ?」

 

 このままでは話が進まないと察した+自分が構ってもらえなくてつまらない陸奥が強引に話を持っていくと、提督は「お〜、なんだ、どうした?」と長門から手を離して体勢を戻す。

 

「あぁ、実はな、提督に何かお礼をしようと思ってな」

「お礼?」

「うむ……殲滅作戦中なのにも拘らず、私に改造を施してくれた。先の作戦でも大いに暴れさせてくれた。だから……」

 

 何かしてほしいことはないか?ーーと武蔵が付け加えた。

 

「僭越ながら、大和も武蔵の姉として提督へ感謝の気持ちを何かで返したく思っています」

「私もだ、提督。この長門も先の作戦では武蔵と共に大いに力を振るわせてもらったからな」

 

 大和、長門もそう言って提督へ言葉をかけて、武蔵の両脇に並び立つ。

 すると陸奥は提督の左腕にピッタリとくっついたまま「あらあら提督、どうするの?」と小悪魔っぽく迫った。

 武蔵たちの行動に対し矢矧は「素直に受け取れば?」と笑みを見せたが、提督はすぐに首を横に振る。

 

「む、遠慮する必要はないぞ? 私と提督の仲だろう?」

「大和たちのお礼ではお気に召しませんか?」

「私たちは少しでも提督に喜んでほしいんだ」

 

 武蔵、大和、長門はそう言って提督へ詰め寄ると、提督は「落ち着け」と冷静に返し、言葉を紡ぐ。

 

「別に遠慮なんてしてぇよ。俺はお前らを含め、俺のところにいる艦娘が無事に俺のところに帰って来てくれさえすりゃぁ、それでいい。寧ろ、それが一番の喜びなんだ」

『…………!?』

 

 だからこれからもちゃんと帰ってこい……提督が素直な自分の気持ちを大和たちへ伝えると、

 

「大和、これからも提督のために全身全霊を持って推して参ります!」

「ビッグ7の力を提督の元で余すことなくに振るおう!」

 

 大和と長門は誇らしげに胸を張って返した。

 一方、

 

「さすがはこの武蔵が認めた男だ……言うことが違う♡」

「提督のことがもっと好きになっちゃったわ〜♡」

 

 武蔵とすぐ隣でその言葉を聞いていた陸奥は目にハートマークを浮かべて恍惚な表情を浮かべている。

 勿論、その場にいる矢矧もカァーッと顔を赤くして、提督の言葉を噛みしめていた。

 

 すると、遠くの方からよその鎮守府との演習任務から帰還した阿賀野が提督に手を振って駆け寄ってくる。

 当然、提督は両手を広げ、飛び込んでくる妻をしっかりと抱き寄せるとめいっぱいの愛情を込めて「おかえり阿賀野」と声をかけた。

 

「えへへ〜、やっぱり提督さんのところに帰ってくるとホッとする〜♡」

 

 そう言って提督の胸板に顔をグリグリと押し付ける阿賀野。

 そんな夫婦を見て、

 

「やっぱり阿賀野さんに対する愛情だけは違いますね」と大和は微笑み、

 

「あぁ、だがそんな二人を見ていると、胸が熱くなるな」と長門が頷き、

 

「本当に阿賀野は幸せだな……羨ましい」と武蔵は舌打ちし、

 

「私もいつかああしてもらお♡」と陸奥はブレなかった。

 

 そんな夫婦を矢矧がしっかりと一喝し、鎮守府は今日もほのぼのとした時が過ぎていくのであったーー。




ということで、今回はここまで!
ザラさんやポーラさんが出てないのは、お休みだったということでオナシャス。

武蔵さんの改二がメガネ消えた!……と思ったらちゃんとあって安心した室賀でした←

てなわけで、読んで頂きありがとうございました!


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おもてなし

 

 三月の初頭。鎮守府は変わらず残党殲滅作戦を遂行し、その数も確実に減り、着実に成果をあげている。

 

「………………」

 

 ということで今日の艦隊運用も無事に終わった頃。

 提督はソファーテーブルに置かれたとある()()を見て、言葉を失っていた。勿論、同席している嫁の阿賀野や補佐艦の能代、矢矧……そしていつも笑顔を絶やさないあの酒匂ですら、真顔で言葉を失っている。

 

 本日の任務を終え、艦隊は明日に備えて待機となり、食堂で夕飯を食べるなり、仲間たちや姉妹たちと自炊して食べるなり、平和な食卓を囲んでいる時間帯だ。

 

 そして今、目の前にある物体は『夕飯のハンバーグ』だと言われた物……なのだが……。

 

 なのだがーー

 

「どうして、こうなった……」

 

 提督は思わず右手で目元を覆い、嘆くようにつぶやいた。

 そのハンバーグなる物体を作り出したのは、かの黒い三星シェフの称号を持つ比叡と磯風の二名だ。

 この二名は提督たちが殲滅作戦で色々と苦労しているので、感謝と慰労と称して夕飯を作ってくれた。提督たちとしてもその気遣いは素直に嬉しかった。二人も着任当初よりはちゃんと食べられる物を作れるようにはなった……がしかし、やはり不安要素が強かったので、提督は丁度暇を持て余していた雷と朝潮にシェフたちのサポートを頼んだ。

 

 なのだがーー

 

『どうして、こうなったの……』

「ぴゃ〜……」

 

 阿賀野たちも揃って天(井)を仰ぐ。

 

 そのハンバーグなる物体はハート型。

 とても女の子らしく可愛らしい形だ。

 

 そして大きさ。

 手のひらサイズで食べ応えがあるだろう。

 

 そして焼き加減。

 焦げ目もいい具合で十分に中も火が通っていると分かる。

 

 そして……ソース。

 なんとも綺麗で淀みない()()のソース。

 

 

 

 

 

 緑色?

 

 

 

 

 

(どう見ても、この色はおかしいだろ……)

(どうしたらこんなに綺麗な緑色のソースに……)

(ビビットカラーって好きなんだけどなぁ……)

(湯気が出てるのに匂いがないのがまた……)

(真っ白なご飯が眩しいっぴゃ〜……)

 

 提督たちはそう思いながら、またため息を吐く。

 それもそのはず、提督たちは前にこれと同じ色をしたカレーを二人から振る舞われ、食べたことがあり、その時は……

 

(一週間、白湯しか身体が受け付けなかった……)と提督。

 

(戦艦でもないのにまる一日ドックから出れなかった……)と阿賀野。

 

(胃が溶けた気がした……)と能代。

 

(しばらく味覚がなかった……)と矢矧。

 

(何も思い出せない……)と酒匂。

 

 それぞれが大変な思いをしたのだ。

 

「遠慮せずに、どうぞ!」

「遠慮することはないぞ?」

 

 そんな一同へ比叡、磯風の両シェフは優しく声をかける。

 一同はその言葉に力なくゆっくりと、ほんの微かに首を縦に振って返してみせたが、やはり各自の手は微動だにしなかった。

 

「司令官……ごめんね。私がもっとしっかりしてれば……せっかく司令官が頼ってくれたのに……」

「申し訳ありません。司令官たちに良かれと思って、見た目や味の方を失念していました……」

 

 比叡たちのサポートに徹した雷、朝潮の両名は今にも泣き出しそうになりながらも、気持ちを強く持って提督たちへ震えた声で謝罪する。

 

 雷も朝潮も、最初こそは提督に頼られ、その期待に応えようと二人のサポートをした……が、そのやる気が悪い方向へと向かってしまったがために、この物体が錬成されてしまった。

 材料も手順もレシピ通り。それも赤ワインでフランベもするほど。しかもそのフランベもフライパンへ少量のワインを注ぎ、チャッカマンで引火させるというとても安全な方法で。

 

 しかしハンバーグのソース作りで、歯車はギシギシとヒビが入り、悲鳴をあげた。

 

 当初は超お手軽。中濃ソース大さじ2とトマトケチャップ大さじ1からなる安全なデミグラスソースだった。

 しかしシェフの両名は本当にこれでいいのかと、サポートの両名へ問いかけるーー

 

 戦艦シェフ曰く

 これでは頑張ってくれている司令たちの疲れは癒えないのではないか

 

 駆逐艦シェフ曰く

 健康食の情報に明るい妹からどんな物が今はいいのか聞いてみた方がいいだろうか

 

 ーーと。

 

 当然、サポート役両名はすぐに審議に入った。

 戦艦シェフの意見は一理ある……加えて駆逐艦シェフ自体はグレーゾーンだが、クリアゾーンにいるその妹ならば、変な物は提案しないだろうーーそう決議し、両名はその提案を是とした。

 

 

 

 が

 

 

 

 それが歯車を狂わせた。

 

 その妹に訊ね、その食材で身体にイイソースを作る過程で、サポート役であった両名も「これも身体にいい」「あれも身体にいい」と提督への忠誠心が先走り過ぎて、見事なまでに緑色したソースにしてしまった。

 

 雷と朝潮は己の犯した罪を悔いた。悔いたそれは大粒の涙となって、二人の頬を伝い、床にボタボタとこぼれ落ちる。

 

 そんな雷や朝潮の涙を比叡や磯風は甲斐甲斐しく拭き、優しく言葉をかけ、二人の働きを評価する。

 実に美しく、なんとも素晴らしい仲間との絆。

 とても誇らしいことではないか。

 が、今はそれどころではない。

 

 提督たちが気になって仕方ないのが、身体にいい物を使ったソースが、どうしてこんな綺麗な緑色になるのか、という点だ。

 

「比叡、磯風……これは何で作ったソースなんだ? ゆっくりその材料を教えてくれ」

 

 提督は勇気を出して訊いた。

 

「え、ソースですか? えっと、しそと……」

「うん」

「枝豆と……」

「うん」

「モロヘイヤと……」

「うん」

「ブロッコリーと……」

「うん」

「パセリと……」

「うん」

「ほうれん草と……」

「うん」

「ニラと……」

「うん」

「ししとうと……」

「もう止めて、お腹痛くなってきた」

 

 ここでとうとう提督はギブアップする。

 ソースに使った野菜たちは確かに身体にいい緑の野菜たちだ。しかし、どうしてそんなにも極端なのか。もっと赤や黄の野菜もいただろう……何故、どうして緑のオールスターキャストでその壮大なる映画(ソース)を作り上げてしまうのだ。

 

「安心しろ、司令。りんごやバナナ、みかんにグレープフルーツの果実も入っている」

 

 キリッとしたいい顔でなんて爆弾を投下するのだろうか、この駆逐艦シェフは。

 ポリフェノールやら疲労回復に効く成分やらがふんだんに含まれているフルーツの四天王で、更に豪華にしている……これには心の中の悲鳴が更に大きくなる。

 

「このハンバーグ。おろそかには食わんぞ」

 

 しかし、提督は胃を決して、その手にナイフとフォークを握る。

 

「慎太郎さん!」

「提督!」

「提督っ!」

「司令!」

 

 妻や能代たちは悲痛のような声をあげるが、提督は大丈夫と言うように頷くと、そのハンバーグを一口サイズに切り出す。

 切り出されたその一欠片……見た目通り、ちゃんと火の通った焼き加減。更にタネに混ぜられた粗めに刻まれた玉ねぎも肉汁を吸って助演なんかでは収まらない、大きな役割を果たしているだろう。

 そこにソースをこれでもかと塗れば……ハリウッド映画には決して引けを取らない超大作だ。

 

 提督がまじまじとその大作を鑑賞する横で、雷と朝潮はすかさず水がたっぷり入ったピッチャーを準備して、提督の有志を見逃すことのないように見つめている。

 

(匂いは特には無いな……あとは、味……か)

 

 提督はゆっくりと、その大作を口の中へと運んだ。

 口に入れた瞬間、肉が盛大に自己主張する横で玉ねぎが上手くその主張に合いの手を入れ、絶妙なバランスを演じる。

 そこへかのソースが交われば……。

 

 すると提督はカッと目を見開き、雷の持っているピッチャーをゆっくりと引き取る。

 そして2リットルは入るピッチャーの注ぎ口に口を付け、そのままゴクゴクと一気に飲み干した。

 

「すまねぇ、二人共…………不味い」

 

 その言葉に両シェフは言葉を失い、ガックリとその場に両膝を突いた。その間にも、提督は今度は朝潮の持つピッチャーの水をゴクゴクと体へ流し込んでいる。

 

「タネがいいのに、ソースが全部を台無しにしてる。もう少しバランスというか……極端な食材選びはいくないお」

 

 水でなんとか口の中の不思議な味をかき消し、提督がそう言うと、

 

「まだ私たちにはアレンジは早かったということですね……」

「やはり、レシピ通りという掟を破ったことが災いしたな……」

 

 比叡も磯風も反省した。

 寧ろ、二人は提督が卒倒しなかったことに、自分たちの大きな進歩を喜んでいる。

 

「まぁ、課題はバランスだお。それを今度は肝に銘じて、アレンジしてみるといいお」

「わっかりました! 比叡、これからも気合! 入れて! 精進します!」

「この磯風も更なる努力をここに誓おう」

 

 二人が決意を新たにすると、提督は二人へ「んじゃ、今度はレシピ通りに頼む」と言って、二人へ夕飯を作り直してもらうよう頼んだ。すると二人は眩い笑顔で大きく頷き、また厨へと向かうのだった。

 

「雷と朝潮も、また二人のサポートに行ってやってくれ。二人が頼りだからな」

「任せて! 今度はちゃんと司令官の役に立ってみせるわ!」

「朝潮、同じ失敗は繰り返しません!」

 

 こうして二人も笑顔という大輪の花を咲かせて、二人のあとを追う。

 みんなが出ていったそのドアを見つめ、提督はフッと小さく笑った。

 

「慎太郎sーー」

「すまねぇ、限界」

 

 妻の言葉を遮った提督は、そう小さく謝る。

 すると酒匂と能代はすかさず執務室のドアを開け、阿賀野は提督の体をグッと支えた。

 提督は義足なのも気にせず、懸命に阿賀野のサポートの元、トイレへと走っていくのであった。

 

 そんな夫婦の背中を見送りながら、

 

「卒倒しなかっただけ、良かったと思うしかないわね……」

 

 矢矧はそうつぶやくのだった。提督がトイレに間に合うことを胸の中で願いながら……。

 

 それから能代が「そういえば、矢矧。これどうする?」とハンバーグに目をやると、

 

「申し訳無いけど捨てましょう。提督の状態を見るにそこまで危険な代物ではないでしょうし」

 

 矢矧はそう言って普通のバケツを取り出した。

 三人は食べられなくてごめんなさいとハンバーグたちへ手を合わせた後、バケツにそれらを入れ、鎮守府の焼却炉へと入れるのであった。

 

 それからしばらくし、提督が阿賀野と共に戻ると、提督はまるで全ての憑き物が落ちたかのようなスッキリした表情で帰ってきたので、便秘には物凄い効力を発揮することが分かったというーー。

 

 因みに、比叡と磯風が作り直してきたハンバーグはとても絶品で、提督たちは心からの笑顔を浮かべて、そのハンバーグに舌鼓を打った。

 これには比叡も磯風も誇らしげに胸を張り、雷と朝潮もホッと胸を撫で下ろした。




今回はここまで!
こういうドタバタも鎮守府のいいところ!ということで☆

読んで頂き本当にありがとうございました!


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お返しお菓子

 

 残存戦力への掃討作戦もほぼほぼ終了と言ってもいい、今日この頃。

 それでもまだまだ未知数の深海棲艦が相手ということで、各鎮守府の艦隊は徹底的に敵を叩いている。

 

 そんな中、ホワイトデーを迎えた当鎮守府では、おやつ休憩の時間を使って食堂へやってくる艦娘たちへ、提督がバレンタインデーのお返しとして、朝から準備をして自慢のスィーツを振る舞っていた。

 

 そのスィーツはマカロンとバームクーヘン。

 何故その2つなのかというと、

 

 マカロン   :あなたは特別な人

 バームクーヘン:あなたとの関係が長続きするように

 

 という意味があるためだ。

 

 ただこれだけならば、みんなが特別だといっているような博愛主義っぽいことになるが、提督の気持ちはそういうことではない。

 

 提督は鎮守府に所属するみんなを常々家族だと思って接している。

 つまり、艦娘は今や鎮守府の数だけ存在しているが、自分のところにいる《一人ひとりが特別な存在》であり、そんなみんなと《これからも家族のような関係でいられるように》と願いを込めて振る舞っているのだ。

 

 そして今は丁度あきつ丸やまるゆへ手渡しているところ。

 

「まさか、このように自分にまで頂けるとは……提督殿には感謝感謝であります」

「隊長、ありがとうございます!」

 

 深々と頭を下げる二人に提督は豪快に笑って「んなこたぁいいから、遠慮せずに食ってくれ」と言うと、あきつ丸もまるゆも笑顔で頷き、提督お手製スィーツを持って適当なテーブルへと向かうのだった。

 

「アミラル、あなたの私への愛……受け取りに来てあげたわ♡」

「アドミラル……こんなにも嬉しい贈り物をありがとう♡」

 

 続いてやってきたリシュリューとアークの言葉に、提督はこれまで培ってきたスルースキルを発動させる。

 

「おぉ、俺の()()の気持ちを受け取ってくれ。これからもよろしくな……頼りにしてるぞ!」

 

 淀みのない笑顔と仲間として、家族として愛していると伝える提督。二人からすると欲しかった言葉ではなかったが、ちゃんと『愛』があるということが確認出来ただけで二人の心はぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 傍から見れば勢いと雰囲気で誤魔化しているだけだが、あくまでそう悟られずに、ごく自然にこの会話が出来るのが提督のスルースキルの強さなのだ。それにリシュリューとアークも提督は家族のように思っているので、言っていることも嘘ではない。

 

「貴女たちは相変わらずね……アドミラル、心のこもったスィーツをありがとう。大切に食べるわね」

「ミーも大切に食べるわ! だからいっぱいプリーズ!」

「アドミラルのオモテナシ? 感謝です♪」

「とってもとっても嬉しいです! Merci♪」

 

 恍惚な表情を浮かべているリシュリューとアークを横に置き、一緒にきていたウォースパイト、アイオワ、サラトガ、コマンダン・テストが提督から贈り物を受け取る。中でもアイオワは食べる方なので、提督はアイオワ用の大きな包を手渡した。勿論、かの大食い三人衆も特大な包であるが、甘い物が大好物である弥生にも特大な包を渡した。

 

「これからもよろしくな、みんな」

 

 提督の言葉にウォースパイトたちは笑顔で頷き、みんなして嬉しそうにスィーツの包を持って部屋へと戻っていく。なんでも、今日は部屋で提督のスィーツを堪能しながらティータイムを過ごすのだそうな。

 

「相変わらず得点稼いでるね〜、よっ、すけこまし!」

 

 続いてやってきたのは球磨型姉妹。北上にそんなことを言われた提督は「んなこと言うならあげないんだからね!?」と謎のツンデレ対応。

 

「ふふふ、北上さん。提督にそんなこと言ったら駄目じゃないですか〜。貰える物も貰えなくなっちゃいますよ?」

「提督はそれでもくれるはず〜、ね〜?」

 

 大井の言葉に北上はそう提督に言うと、

 

「あげないと可哀想だし、材料が勿体無いから、あげるんだからね!?」

 

 相変わらずのツンデレ対応だった。

 これにはいつもバランサーを務める木曾もどう言えばいいのか分からず、取り敢えず当人たちが楽しそうなので流すことにする。

 

「クマ〜、提督のお返し嬉しいクマ〜♡」

「でも本当ならケッコン指輪が欲しかったにゃ〜」

「まぁ、今後の戦況次第では渡すかもだが、今回はお菓子で勘弁してくれ」

 

 多摩の言葉に提督はちゃんと真面目な返答をして、多摩の顎の下をこしょこしょすると、多摩は「楽しみにしてるにゃ♡」と笑顔で返した。

 その横で球磨も「球磨も待ってるクマ〜♡」とおねだりしてきたので、提督は笑顔で「おう」と球磨の頭を撫でながら返すのだった。

 

「司令官、お菓子ありがとうございます!」

 

 球磨たちが食堂をあとにすると、今度は吹雪型姉妹が並んでおり、丁度吹雪たちで最後だった。

 提督からバレンタインデーのお返しを受け取った吹雪が姉妹を代表してお礼を言うと、妹たちもそれぞれ感謝の言葉を伝える。

 

「あんた、こんなお菓子をLOVE勢やガチ勢に渡したわけ?」

 

 叢雲が呆れ気味で訊くと、提督は「おう」と返し、叢雲はヤレヤレと肩をすくめてみせた。

 

「無難にクッキーにしとけば良かったのに……馬鹿ね」

「ムラクモン、俺はちゃんとみんなへ俺の気持ちをお返ししたかったんだ。だからそんなこと言わないで……泣いちゃうから!」

「司令官!? 叢雲!」

「司令官をいじめないで、叢雲ちゃん」

「そ、そうだよ。提督は普通の人より優しいだけだもん」

「そうそう! 叢雲姉さんだって、それは分かってるはずでしょ!?」

 

 提督がそう言うと、吹雪や白雪、磯波、浦波といった忠犬勢が揃って提督を庇い、叢雲を睨む。

 

「なんで私が責められなきゃならないわけ?」

「まぁ、みんな司令官のこと好きだから」

「野暮なことは言いっこなしってことだな!」

 

 初雪と深雪にそうフォローされると、叢雲は「まぁ、いいわ」と小さく笑った。

 

「ま、なんにしろ、お菓子は嬉しいわ。感謝してあげる♪」

「おぉ、ムラクモンがデレた!」

「言ってなさい♪」

 

 互いに小突き合う提督と叢雲。流石は電の次に着任しただけあって、提督との戯れも息が合っていて信頼関係の強さを感じさせる。

 そんなこんなで、提督はみんなにバレンタインデーのお返しをするのだった。 

 

 ーーーーーー

 

 一方、提督がみんなへバレンタインデーのお返しをしていたところを、

 

「慎太郎さん、モテ過ぎ〜……うわ〜ん」

 

 妻の阿賀野は少し離れた所にあるテーブルで能代たちと見ていた。

 いつもなら提督のお手伝いをする阿賀野たちだが、今回ばかりは提督がお手伝いを許してくれなかったので、四人して提督のスィーツを食べながら見守っていたのだ。

 

「全然慕われてないよりいいと思うけどね、私は」

「能代姉ぇの言う通りよ……それに由良とか武蔵さんとか、ガチ勢たちのことものらりくらりとかわしてたじゃない」

 

 能代と矢矧の言葉に阿賀野は「そうだけど〜」と返すが、やはり愛する夫が他の女の子と親しくしているのはモヤモヤする様子。

 そんな阿賀野へ、

 

「でもでも、そんな司令と阿賀野ちゃんは結婚してるんだよね♪ 阿賀野ちゃんすご〜い!」

 

 大天使酒匂エルが絶賛すると、阿賀野の頬はみるみるうちにフニャフニャとなり、口にはだらしない下弦の月が浮かんだ。

 

「へへへ〜、まぁ、そう言われちゃうと〜、そうなんだけどね〜♡」

 

 すると能代や矢矧もこれに続けとばかりに姉夫婦をヨイショする。

 

「提督もなんだかんだ阿賀野姉ぇ一筋で浮気なんてしないものね」

「理想の夫婦よね……甘過ぎて見るに耐えないとこもあるけど……

 

 すると能代と酒匂が矢矧の両脇を小突いたので、矢矧は苦笑いを浮かべて「おしどり夫婦よね、うん」と結論付けた。

 

「えへへ〜、そんなに褒めないでよ〜、もぉ〜♡」

 

 こうなると阿賀野はすっかり上機嫌となり、ヤキモチも忘れて、黄色い声をあげる。

 能代、矢矧、酒匂はそんな阿賀野に内心でホッとし、穏やかな気持ちで残りの提督スィーツを堪能出来た。

 

 ーーーーーー

 

 それから時も過ぎ、夜となり、夫婦は部屋へ戻り、夕飯と風呂も済ませてのんびりと昼間の疲れを癒やしている。

 ホワイトデーということで、提督は阿賀野が願うがまま、阿賀野を構っていた。

 因みに、今は提督が阿賀野を後ろから抱きしめて座っている状態だ。

 

「むぅ〜」

「ん? 不機嫌そうな声なんか出してどうした?」

「阿賀野がこうしてってお願いしたんだけど〜、このままじゃ慎太郎さんのお顔見えな〜い」

 

 なんとも愛らしい不満に、提督は「なら、体勢変えるか?」と訊ねる。

 すると阿賀野は「変えるぅ……」と言って、今度は提督と向き合うように体勢を変えた。

 

「えへへ、やっぱり見つめ合ってるのが一番よね♡」

 

 ご機嫌に笑う妻を見て、提督もつられて笑みを浮かべる。

 

「ねぇねぇ、慎太郎さ〜ん♡」

「なんだよ〜、阿賀野〜♪」

 

 自分の頭を提督の頬に擦り付けて戯れる阿賀野に、提督も頬で阿賀野の頭を擦り返した。

 

「慎太郎さ〜ん♡」

「なんだよ〜♪」

「慎太郎さん慎太郎さん♡」

「なんだよなんだよ〜♪」

 

 特に理由もなく夫の名前を呼ぶ阿賀野と妻を構う提督。

 ホワイトデーだのなんだの関係なく、これはもう夫婦のデフォである。

 

 すると提督が「あ、もう頃合いだな」とつぶやいて、阿賀野に一言断ってからその場から立ち上がり、冷蔵庫の方へと向かった。

 阿賀野は提督が珍しく晩酌でもするのかと思って見ていると、戻ってきた提督は酒ではなく、小さな箱を持ってきた。

 

「これ、みんなには内緒な?」

 

 そう言って阿賀野へ小箱を手渡す提督。阿賀野はなんだろうと小箱の蓋を開けると、そこには可愛らしいハート型の飴が5つ入っていた。

 

「これって……」

「阿賀野にだけのホワイトデーのお返しだ」

 

 その言葉に阿賀野は提督の顔を見る。

 

「まぁ、飴の意味は『あなたが好きです』って意味だけどよ、味にも意味があるって知ったんだ」

 

 ブドウ :酔いしれる恋

 オレンジ:幸せな花嫁

 リンゴ :運命の相手

 レモン :真実の愛

 

 提督がそう説明すると、5つ目の飴の意味がないことに小首を傾げた。

 

「あれ? 5個目のは?」

「5つ目のはキャラメルだ。阿賀野はキャラメル好きだろ?」

 

 最後のは意味なんて無く、ただ妻の好きな物を提督が贈ったということ。

 

「慎太郎さ〜ん、阿賀野泣きそ〜!」

「えぇ、超困る〜!」

「慎太郎さんの胸の中で泣かせて!」

「ほいきた〜!」

 

 阿賀野はこうして夫から幸せな贈り物を貰い、最高のホワイトデーを過ごし、提督のことも当然美味しく頂くのだった。

 

 後日、阿賀野はそのことを仲良しの艦娘や能代たちに聞かせると、キャラメルに『あなたと一緒にいると安心する』という意味があることを教えてもらい、その時も提督は美味しく頂かれたが、それはまた別のお話ーー。




ホワイトデーということで、このような回にしました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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最強駆逐隊

独自設定が含まれます。


 

 大本営から発令された大規模作戦はあと数日間で今海域から撤退する。

 しかし当鎮守府は勿論、泊地全体では連日、変わらずの殲滅作戦を遂行しており、徹底的に敵を叩き、その数を確実に減少させている。

 残存勢力の数もかなり激減してきたのは喜ばしいことであるが、相手は底が知れない。よって今が一番気を緩めてはいけない時である。

 

 そんな中、当艦隊は殲滅作戦の総仕上げとして連合艦隊が出撃。阿賀野、能代もそれぞれ支援艦隊旗艦として連合艦隊と共に出撃していった。

 ただ、敵の数が激減していたので、道中は勿論、最深部でも鬼や姫といった強固体の存在は確認出来ず、艦隊は早々に最深部にて現れた敵の残存勢力を撃滅し、鎮守府へ戻ることにした。

 

「まさかこんなにも敵の数が減少するとはな……オリョールやカレー洋でもこれ程楽になってほしいところだ」

 

 帰る途中、連合艦隊旗艦を務めた武蔵がそんなことをぼやく。

 

「それは無理よ。この海域は敵がもう手放したと見ていいけれど、ああいうところは簡単には手放さないはず」

「そうですね……だからこそ、毎回敵の補給艦を叩かなくてはいけませんから」

 

 大和、翔鶴と武蔵の言葉に対して、言葉を述べると武蔵は「だよな」と軽く肩をすくめた。

 

「敵がなんだろうと、どれだけいようと、私たちが諦めなければいいのよ。その証拠にこの海域からは深海棲艦を追い出せたんだもの!」

「五航戦のツインテ娘にしてはいいことを言いやがりますね。その意志は評価してあげましょう」

 

 せっかくいいことを瑞鶴が言っても、加賀からの妙な言い回しに瑞鶴は思わずムッと加賀を睨む。

 すかさず翔鶴が「まぁまぁ、瑞鶴」とフォローし、赤城が「加賀さん、お口が悪いですよ」とたしなめたので、大事にはならなかった。ただ加賀も瑞鶴もこれは二人にとっての不器用なコミュニケーションの一つなので、放置しておいても特には問題なかったりする。

 

「まぁ、取り敢えず早く戻ってゆっくりしようよ〜」

「そうですね、北上さん♪ 全員無傷ですし、シャワー浴びて補給してまったりしましょ♪」

 

 第二艦隊旗艦を務めた北上の言葉に大井がそう言うと、阿武隈や島風、雪風も二人のやり取りを『相変わらずブレない人たちだなぁ』と揃って笑顔で眺めた。

 

「こんなに重武装で来なくても大丈夫だったね〜」

「そうですね……空襲すらなかったですし」

 

 第二艦隊に道中安定のために入った瑞鳳と秋月だったが、ほぼやることがなかった。

 瑞鳳としては改二になって初めての出撃だったため、敵がいなくて喜んでいいのか、活躍出来なくて悲しんでいいのか複雑な様子だ。

 

「瑞鳳の言う通りだな……これならこの武蔵ではなく、長門に譲ってやれば良かったかもしれぬ。そうすれば、私は今頃提督と茶の一つでも楽しんでいられたのだが」

 

 瑞鳳たちの話を聞いて、武蔵はそんな言葉をこぼす。これには加賀も「その手があったか」と心の中で思った。

 しかし会話を聞いていた阿賀野が「それはどうかな〜?」と含み笑いして横槍を入れてきたので、LOVE勢やガチ勢は揃って小首を傾げる。

 

「今、()()()()()の子たちに護衛頼んでますから……」

 

 能代が苦笑いでそう説明すると、武蔵も加賀も、他のLOVE勢ですら、みんなして『あ〜』となんとも言えない表情を浮かべた。

 何しろ、その護衛任務に就いている者たちはその名の通り()()だからだ……。

 

 ーーーーーー

 

 所変わり、鎮守府の執務室では、

 

「司令官、お茶飲む〜?」

「そろそろ休憩した方がいいよ〜」

 

 文月と清霜がソファーで仕事をする提督の両肩から、小動物のようにひょこっと頭を出して休憩を進言している。

 時計を見ると一五〇〇を過ぎ、先程艦隊からも帰投する報告を聞いた……なので二人はそう言っているのだ。

 

「いや、でもやはぎんが……」

「今の書類の山はあと少しなんだから、それが終わってからよ」

 

 しかし提督は矢矧に言われ、書類チェックを休めない。

 大規模作戦中は戦闘に集中出来るが、いざそれが終わりになると、今度は書類作成やら戦術的反省、自陣の状況把握と今後の方針思案、今作戦で敵に関して新しく得たこと……などなど、まとめるべきことや上に報告したり、提出書類が山のようにあるのだ。

 よって流石の酒匂も提督を擁護出来ない。

 しかし、

 

「矢矧さん、お気持ちは分かりますが、提督が可哀想です」

「そうだよ……提督、お昼休みのあとはずっと働いてるんだよ?」

 

 五月雨、子日の両名からの言葉に矢矧は思わずたじろぐ。何せ二人して提督を本気で心配していて、今にも泣き出しそうな顔をしているからだ。

 

「矢矧さん、お願い! 提督を休ませてあげて!」

「お願いします」

 

 ダメ押しとばかりに舞風、霰も頭を下げてお願いすると、矢矧はとうとう折れ、「じゃあ、少し休憩にしましょ」と了承した。

 

 そう、あの矢矧ですら軽く説得出来てしまうこの部隊こそが、阿賀野や艦隊が認める最強駆逐隊なのである。

 この六名の他にも、神風、睦月、弥生、菊月、三日月、磯波、朧、潮、暁、電、山風、大潮、雪風、野分、高波、秋月、照月と最強駆逐隊に名を連ねる者は多い。

 どこをどうして最強と言わしめているのかというと、この者たちを前にすると誰も強く出れなくなるからだ。

 

 その一例として、

 

「ティータイムと聞いて、やってきたデース!♡」

 

 どこからともなく休憩時間を察してやってきた、この金剛への対応を見てもらいたい。

 

「お〜、金剛〜。相変わらず勘がすげぇな」

「フッフッフ〜、テイトクのことならすぐに分かっちゃいマス!♡」

 

 もう慣れてしまった感のある提督に金剛はバチコーンとウィンクしてみせる。これは金剛の特殊能力みたいなもので、提督がお茶休憩になると金剛の勘がティコリンと何かを察し、こうしてタイミングよく訪れることが出来るのだ(訓練中や演習、出撃時は察しても行けないので我慢しているんだとか)。

 

 金剛としては阿賀野がいない今は矢矧、酒匂がいるとしても絶好のチャンスなのだが、

 

「わぁ、金剛さんだ〜! 金剛さん! 抱っこして〜!」

 

 戦艦大好きっ子の清霜に早くもマークされる。

 

「お、オ〜、キヨッシモーもいたんデスネ〜……オーケー、カモーン」

 

 こうなると金剛は優しいが故に清霜を抱っこしてしまうのだ。仮にここで拒んだり、清霜のことをあと回しにするようなことがあれば、提督の娘ポジである子を蔑ろにしたとしてあくまで金剛の良心が痛んでしまうのである。

 

「キヨッシモーは軽いデスネ〜」

「これから大きくなるもん! そしたら戦艦になるんだから!」

「ワォ、可愛い後輩が出来るのが楽しみデス♪」

 

 でもなんだかんだ面倒見の良い金剛なので、自然と笑顔の花が咲き、ほんわかムードで休憩時間が幕を開けるのだった。

 

 ーーーーーー

 

「それではテイトク、ワタシはマイルームへ戻るけど、何かあったらすぐに呼んでくだサイネ〜!♡」

 

 そう言って執務室をあとにする金剛へ、提督は「おう、またな」と笑顔で声をかける。

 結局ティータイムの間中、金剛と提督の間には清霜がいたので普段懸念してしまう金剛による過度なスキンシップはなされなかった。

 

「それじゃあ、早速仕事をーー」

 

 再開しましょう……と矢矧が言おうとした矢先、提督の無線機が艦隊からの通信をキャッチする。

 

「こちら提督、興野。どうぞ」

 

『おぉ、提督か♡ お前の武蔵だ♡ 艦隊は無事に鎮守府の正面海域に入った……あと少しで母港へ到着するぞ♡』

 

「ん、了解だ。最後まで気をつけて帰ってこい」

 

『ははは、愛するお前の腕の中以外で、この武蔵は沈まん♡ 帰ったら熱い抱擁を頼むぞ♡』

 

 武蔵の堂々たる言葉に提督は思わず苦笑いし、「おう」と返したが、すぐに『提督さ〜ん! 浮気はダメだからね〜!』と妻の声がしたので、提督は背筋を伸ばして「(^q^)ハァイ」と返すのだった。

 

「てな訳で、俺は埠頭へ向かう。矢矧と酒匂はドックと補給室へ連絡後、埠頭へ来てくれ」

 

 通信を終えた提督が矢矧たちへ指示を出すと、矢矧も酒匂も『了解』と返して、慣れた手付きでドックと補給室へ連絡をとる。

 その間、提督は文月たちと人数分のタオル、飲み物が入ったクーラーボックスを携えて埠頭へと向かった。

 

 ーーーーーー

 

「重くねぇか? タオルで良かったんだぞ?」

 

 埠頭へ向かうため、本館の廊下を進んでいる中、提督は敢えて重い方のクーラーボックスを持ってくれた舞風と子日に声をかける。

 しかし二人して『二人で運んでるから大丈夫〜♪』と言って、空いている手でピースサインを出した。

 

「手が疲れたらあたしたちと交代しようねぇ」

 

 文月が舞風たちにそう声をかけると、舞風たちは揃って笑顔を返す。

 一方で、

 

「わ、私だってお手伝いくらいーー」

 

 出来るよぅ……と五月雨が言おうとすると、霰と清霜が即座に、

 

「五月雨はさっきタオルの袋を持ってて転んじゃったから……」

「司令官と手を繋いで、司令官を無事に埠頭まで誘導するのが任務なの!」

 

 と言って、五月雨が転倒しないように配慮しつつ、それらしい理由で荷物を持たせないようにした。

 

「わ、分かった! 提督! この五月雨が、しっかりと提督を埠頭までお送りしま……わわっ!?」

「っとと、意気込みは分かったからよ、もう少しゆっくり誘導してくれっとありがてぇな」

 

 早速転びそうになった五月雨を提督が優しく支え、五月雨へ優しい言葉をかける。

 すると五月雨は満面の笑みで「はい!」と返し、提督に言われた通り、ゆっくりゆっくりと提督の手を引いて誘導するのだった。

 

 ーーーーーー

 

 提督一行が埠頭に到着すると、すぐに矢矧たちも合流。

 その後すぐに艦隊が帰投し、みんなはそれを敬礼して出迎えた。

 空振りのような出撃だったが、艦隊はみんな胸を張って桟橋へ上がる。そんな艦娘たちへ、提督は飲み物とタオルを一人ひとりに手渡ししながら、その労をねぎらう言葉をかけていった。

 支援艦隊にいる陸奥、時雨、夕立といったガチ勢は提督の胸に……または自身の胸に収めたかったが、それは当然の如く最強駆逐隊に阻止された。ただ、武蔵と加賀は正しい状況判断をしてがっつかなかったので、提督に頬を撫でてもらったり、お帰りのハグ(軽くなので阿賀野も怒らなかった)をしてもらったりと、提督に構ってもらえたのだった。

 

 そしてみんながドックへ向かう中、

 

「みんな、阿賀野がいない間、提督さんを守ってくれてありがと! ご褒美あげるね!」

 

 阿賀野が最強駆逐隊へ護衛任務の報酬を与える。

 それは、

 

「ありがと〜!」

「ありがとうな、文月」

「えへへ〜、どういたしましてぇ♪」

 

 夫婦からのサンドイッチハグだ。勿論、後日にちゃんと阿賀野からみんなへ間宮、伊良湖スィーツをご馳走する予定。

 

 こうして最強駆逐隊のみんなは順番で夫婦からのご褒美ハグをしてもらい、キラキラと輝く笑顔を浮かべながら任務成功を喜ぶのであったーー。




今回はこんな感じになりました!
天使を前にすれば、誰だって敵いませんよね!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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遅くなった大切な日

 

 冬の大規模作戦が幕を閉じ、数日の時が過ぎた。

 鎮守府の方針はしばらく遠征メインで資材を集めることに専念し、前線へ出ずっぱりだった艦娘たちには休暇を与え、艦隊はやっと全体的に穏やかな時間が過ぎている。

 

 それは作戦後の執務地獄を抜け出した提督も同様で、今日はある理由で午後からは休んでいる状況だ。

 なので、今の執務室には提督の代行として矢矧と能代、酒匂が待機しており、各遠征隊からの報告等の対応をしている。

 

「ーー確認したわ。お疲れ様、五十鈴、名取、天龍」

「皆さんお疲れ様でした」

「次の人と交代して、みんなは休んでね!」

 

 遠征を終えて帰ってきた各艦隊の旗艦たちへ、矢矧たちが労いの言葉をかけると、みんなは共に笑顔を返した。

 

「流石の提督も今日はお休み取ったんだね」

「まぁ、ずっと忙しくしてたものね。1週間くらい休んだって罰は当たらないわよ」

 

 名取の言葉に五十鈴がそう言うと、周りの者たちもその気持ちは分かると頷く。何せ提督に至っては作戦期間中は休むことなく事にあたっていたからだ。前線に赴かないとは言え、休みなく艦隊指揮を執るのは過酷なもの。それを知っているからこそ、みんな提督が休めることにどこかホッとしている。

 

「ま、今はそれに匹敵する休みを過ごしてるから、大丈夫よ」

「ぴゃん♪ 阿賀野ちゃんと一緒にいるもんね♪」

 

 矢矧、酒匂がそんなことをつぶやくと、

 

「あら? それなら尚の事1週間は休みが必要なんじゃない?」

 

 五十鈴は小さく含み笑いして返した。

 五十鈴の言葉に矢矧と酒匂は揃って小首を傾げるが、

 

「あ〜、確かにな〜。阿賀野も相当我慢してただろうし、明日になったら提督の足腰はかなり弱くなってんだろうよ」

 

 ニヒヒと笑う天龍のその一言で矢矧たちは揃って『あ〜』と苦笑いで声をもらす。

 

 提督と阿賀野は今、揃って夫婦の部屋で休んでいるが、これは大分遅くなってしまった夫婦の結婚記念日を祝っているのだ。

 夫婦の結婚記念日は2月17日。しかしその日は大規模作戦の真っ只中だったので、それらしいことは出来なかった。なので夫婦はやっと落ち着いた今日、午後から夫婦の時間を過ごしている。

 

「でも、せっかくの記念日を過ごしてるなら、幸せな時間を過ごしてほしいね。提督も阿賀野ちゃんも、作戦中はずっと頑張ってくれてたもん」

「そうね。仮に今日のお休みのせいで足腰が弱くなっても、大目にみてあげましょう」

 

 名取の言葉に矢矧が珍しく妥協するようなことを言うと、みんなして『明日は雨かな?』『洗濯物が乾かないから止めてよ』などと言って矢矧をからかった。

 それに対し、矢矧は「私だって二人の幸せを思ってるのよ!?」と返すと、執務室は笑い声に包まれる。

 

「矢矧ってなんだかんだ言って提督のことも阿賀野姉ぇのことも大好きだもんね」

「能代姉ぇ!?」

「今日のことだって矢矧ちゃんが二人に強く勧めたんだもんね」

「酒匂!?」

 

 姉と妹からの暴露に天龍と五十鈴は『はっは〜ん?』とニヤニヤして矢矧の両サイドに詰め寄った。

 

「あんたは相変わらず可愛い性格してるわね〜……ん〜?」

「提督も阿賀野も大好きっ子なんだなぁ〜……あ〜ん?」

 

 二人してウリウリと肘で矢矧を小突くと、矢矧は顔を真っ赤にして俯き、押し黙る。

 

「や、止めなよ、二人共〜……矢矧ちゃんが困ってるよぅ」

「いいですよ、名取さん。矢矧が素直じゃないのはいつのもことですから」

「で、でも……お顔真っ赤っかだよ?」

「図星突かれても、今の矢矧ちゃんは怒らないから大丈夫だっぴゃ!」

 

 酒匂のフォローになってないフォローに名取は「えぇ」と困惑。

 しかしそうしている間も、矢矧は二人に「矢矧可愛い〜」「補佐艦の鑑〜」「出来る女はやることが違う〜」とからかわれ続けていた。

 いつもならこんな時は提督をハリセンでしばいてやり過ごせるのだが、今回ばかりは逃げ道がない。

 

「…………」

 

 なので矢矧は顔を真っ赤にしたままオーバーヒートし、そのまま固まってしまった。

 

「あ、やべ……やり過ぎた」

「煽り耐性がないわね〜」

「五十鈴ちゃん、謝ろうよ……」

 

 天龍は反省しているが、やれやれと肩をすくめる五十鈴に名取はそう注意する。すると五十鈴は「あとで謝るわ」と爽やか笑顔で返した。

 

 このように、今日も鎮守府は普段通り穏やかな時が刻まれているのだった。

 

 ーーーーーー

 

 所変わり、本館内にある提督夫婦が暮らす部屋では、

 

「慎太郎さ〜ん♡」

「阿賀野〜♪」

 

 夫婦が仲良く身を寄せ合って、雑魚寝していた。

 これまで夫婦共に忙しい日々を過ごしてきたので、このようなゆったりとした夫婦の時間を過ごせるのは久しい。

 ただ提督には少しばかり引っかかることがあった。

 それは、

 

「なぁ、阿賀野……」

「なぁに?」

「本当にこうして部屋で寝っ転がってるだけでいいのか? 記念日は大分過ぎちまったし、外に出掛けたって良かったんだぞ? それこそちゃんと休暇を取って旅行にだって連れてってやれたんだぞ?」

 

 阿賀野が遠慮しているのではないかということ。

 去年の結婚記念日は夫婦で遅くなった新婚旅行へと出掛けたので、2年目にあたる今回の結婚記念日がこのような感じでいいのかと提督は思っているのだ。大規模作戦さえなければ、阿賀野だってワガママを言っていたのではないかと。

 

 しかし、提督の質問に阿賀野は笑顔で首を横に振る。

 

「いいの……阿賀野はお休みがちゃんとあるけど、慎太郎さんには無いもん。だからこうしてまったり過ごす記念日にするの♡」

「でもそれじゃあ、阿賀野の気持ちが……」

「阿賀野の気持ち? 阿賀野の気持ちはいつだって慎太郎さんの側にいるよ♡」

「そういうんじゃなくてだな……」

 

 話が噛み合っているようでそうでない。提督としては結婚記念日くらい阿賀野のワガママをうんと聞いてやりたいのだが、阿賀野としては提督のことを気遣ってまったりとした時間を過ごしてもらいたい……夫婦がお互いを思ってのこと故に妙な空気感になってしまった。

 

「慎太郎さんは阿賀野とこうしてるの、嫌?」

「嫌な訳ねぇだろ」

「ならこのままでいようよ〜」

「ん〜……俺としちゃ、阿賀野のワガママを聞いてやりたいんだがなぁ」

「ちゃんとワガママ言ってるよ〜?」

 

 確かに阿賀野の言葉は間違っていない。

 その証拠に提督は阿賀野のお願いでこうして部屋で過ごし、阿賀野に至っては提督の腕枕に頭を預け、身はピッタリと提督の元へ寄せている。

 

「こんないつも出来るようなもんでいいのか?」

「"こんな"とか言わないでよ〜。こうして過ごせるってとても凄いことなんだからぁ」

 

 頬を軽く膨らませ、微かにプンスコ(怒ってるの意)して見せる阿賀野に、提督は思わず苦笑い。

 すると阿賀野が提督の目を真っ直ぐに見つめ、提督はその綺麗な瞳にグッと吸い込まれる。

 

「今でも貴方の側にいて……貴方にこうして触れることが出来て……貴方と言葉を交わせることが、"こんな"だなんて思わない」

「阿賀野……」

 

 自分がいつも感じている幸せを静かながらハッキリと告げた阿賀野は、ギューッと提督にしがみついた。

 お互い軍人……しかも阿賀野は艦娘で、常に前線へ出向き、いつその命の炎が消えるか分からない。明日には自分はもうこの世にいないかもしれない……だからこそ、阿賀野にとってこの時間は勿論、提督や妹たち、仲間たちと過ごせる時間は掛け替えのない大切な時間なのだ。

 

「……ごめんね、少し熱くなっちゃった」

「何謝ってんだよ。謝るのは俺の方だ……すまなかった」

「じゃあ……キス」

「おう、いくらでもしてるさ」

 

 提督はそう言うと、阿賀野へ顔を近づけ、その柔らかい唇に自身の唇を重ねた。

 妻への愛を目一杯込めた優しいキスだったが、それに応える阿賀野のキスは情熱的かつ扇情的で、まるで全てを奪うようなものだった。

 

「んちゅ……くちゅ……んくっ……ぷはぁ♡ んふふ、ちょっと本気出しちゃった♡」

「……あれでちょっとかよ……」

 

 唇と唇を艶めかしい糸が繋ぎ、阿賀野はうっとりした表情で提督へ微笑みかける。対して提督はあっさりと口の中を嫁に制され、しかもそれがまだ序の口だということに苦笑いをこぼした。

 

「はぁ……慎太郎さんとお部屋でまったり、誰にも邪魔されずに過ごせて幸せ〜♡」

「そりゃあ、何よりだ……俺も幸せだ」

 

 阿賀野の言葉に提督が賛同すると、阿賀野はえへへと笑って「うん♡」と頷く。

 それで夫婦の会話は途切れたが、先程とは違って夫婦が笑顔でいつも通りのラブラブ空間だった。

 

「なぁ、阿賀野」

「なぁに?」

「俺はお前に今後、死ねと命じることがあるだろう……でもそれは作戦でじゃなくて、俺の胸で死ねって命じる。だからどんなにボロボロになっても俺の元へ帰ってこい」

「…………ふふ、それ、去年も聞いた♡」

「何度だって言うさ」

「ふふふ、そうだね♡ うん、何度でも言って?♡ その度に阿賀野は慎太郎さんのところに帰ろうって頑張れるから♡」

「帰って来なきゃ一生恨んでやるからな」

「それは困っちゃうなぁ……あ、でも一生忘れないでいてもらえるのは嬉しいかも♡」

「…………お前には敵わないっていつも思うぜ」

 

 呆れたように笑ってそんな言葉を提督がこぼすと、阿賀野は「あ〜、なんか馬鹿にされてる気がする〜!」とむくれた。しかし提督に「怒んなよ〜♪」と空いている手で頬をツンツンされると、阿賀野はまた笑って「怒ってないも〜ん♡」と返す。

 そうしている内に部屋の時計が一五〇〇を指し、ポーンポーンと穏やかな鐘が鳴った。

 

「ありゃ、もうそんな時間か……」

「時間が経つの早い〜。まだ慎太郎さんとゴロゴロしてキスしかしてないのに〜」

 

 時間の過ぎる早さに阿賀野は不満の声をもらすが、提督は「それだけ充実してた証拠だな」と笑う。

 

「むぅ〜、このまま時間が止まればいいのに〜」

「気持ちは分かるが、そうはいかないんだなぁ、世の中ってのは」

「回ってるからね〜」

「取り敢えずもう一回キスしてから、なんかおやつ食うか」

 

 提督がそんな提案をすると、阿賀野は「賛成〜♡」と言って、フライング気味に提督へキスをした。

 唐突のキスに提督は反応が遅れたが、しっかりと阿賀野のキスに応え、長い長いキスをしてから夫婦は冷蔵庫に入れてあるケーキを出して、仲良く食べさせ合うのだったーー。




 ーおまけー

 次の日の朝、執務室ーー

「…………」
「……阿賀野姉ぇ……」
「……ぴゃぁ……」

 能代、矢矧、酒匂は夫婦の様子を見て、頭を抱えた。
 何故なら、

「………………」
「〜〜〜♡」

 提督はどこかのジョーみたいに真っ白になっていて、阿賀野はキラキラのツヤツヤだったから。

「……提督、取り敢えず仮眠室行ってきてください。酒匂、提督を連れてってあげて」

 能代の言葉に提督は放心状態ながらも小さく頷き、酒匂は「はーい」と提督の手を引いていく。

「阿賀野姉ぇは正座!」
「えぇ!?」
「早く」

 矢矧のニッコニコの笑顔での催促に、阿賀野は大人しくその場に正座した。
 こうして奥様は能代、矢矧からありがたいお説教を聞かされるのであったーー。

ーーーーーー

ということで、遅くなった結婚記念日というお砂糖会にしました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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みんなでお花見するよ!

 

 4月を迎えた鎮守府は昼となると、本日の艦隊業務を特例で早めに切り上げた。

 今日は大規模作戦、殲滅作戦という両作戦成功を祝してみんなでこれから花見をするのだ。

 ただ、ここの鎮守府の花見は桜ではない。

 

 鎮守府の裏門から少し行くと、鎮守府(国防軍)が管轄する小さな丘がありここには小規模ながら梅や桃の木が植えられており、今が見頃なのだ。ただし1本だけ桜も植えられているのでちゃんと見頃になっている。

 梅は中咲きな物もあるが、ここにあるのは遅咲きの白加賀や春日野があり、桃に至っては花桃が色鮮やかに見頃を迎えているのだ。

 その他にもアケビやエビネ、ツツジといった花も咲いている豊かな丘なので、みんなこの時期は花見を待ち遠しにしており、気の早い者たちは花見より前からお昼や夜にここでハイキング気分で弁当を広げてたりしている。

 

 そしてやってきた花見の当日。イベント委員会が抜かりなく用意(ブルーシート敷きや機材運び)をし、間宮や伊良湖、鳳翔、瑞穂、速吸、神威が料理を沢山持ち込み、提督の開会宣言で始まった花見は、早くも大賑わい。

 

「梅の香りがいい感じね〜」

 

 陽炎型姉妹が集まるシートでは陽炎がラムネを飲みながら、梅の香りと花の鮮やかさにうっとりとし、ほんわかムード。

 

「不知火〜、花見やからって変なコントは無しやで?」

「しないし、したこともないわ」

「不知火姉さん、それ本気で言ってます?」

 

 その横で黒潮の言葉にしれっと返す不知火だが、親潮にまでツッコミを入れられたので、不知火は無言で席を立ち、雪風たちの元へ向かう。不知火本人としては図星を突かれて恥ずかしくなったのだ(でもやる時はやる)。

 

「あんまり不知火をいじめちゃダメよ〜? あとあと報復が怖いんだから……」

 

 陽炎が黒潮と親潮に苦笑いで注意すると、黒潮も親潮も『不知火(姉さん)は優しいから大丈夫!』と親指を立てるのだった。

 

 一方、不知火はというと、

 

「不知火お姉ちゃん、どうしたんですか?」

「雪風たちと一緒にいたい気分なの」

 

 雪風たち第十六駆逐隊のところで、雪風を後ろから抱えるように抱きついて過ごしている。

 

「また姉さんたちに図星でも突かれて、逃げてきたの?」

「そんなところです」

「初風姉さん、ハッキリ言い過ぎ……」

 

 初風の言葉に天津風がツッコミを入れるが、不知火は気にしてないと首を振る。

 

「ねぇ、不知火〜、雪風ばっかズルい〜! あたしも抱っこ〜!」

 

 そしてすぐに時津風に抱っこをせがまれた不知火は小さく笑い、「はいはい」と母性あふれる笑みで返して今度は時津風を優しく抱っこし、妹たちに癒やしてもらうのであった。

 

 ーー

 

 その一方で、

 

「花を愛でながらこうして飲むハーブティーもいいわね」

「まさに至福のひと時、ですわね」

 

 ウォースパイトと三隈がこの日のために取り寄せたハーブティーで花見と洒落込んでいる。

 ここは所謂洋風ゾーンで、イスとテーブルが用意されているところ。

 二人の他にも暁、響、熊野、アーク、ローマ、清霜、リベ、金剛、比叡などなど、多くの者たちが集う。

 

「むぅ〜……テイトクが行ってしまったデ〜ス……」

 

 ただ、金剛だけは先程まで一緒にお茶をしていた提督の背中を名残惜しく見つめている。提督は基本色んな場所に顔を出すが、ある程度過ごすと他の場所に移ってしまうだ。

 

「司令はみんなから慕われてますからね。仕方ないですよ、お姉さま」

「まさに引く手あまた……マイアドミラルがみんなに慕われていて私は誇らしく思う」

「ワ・タ・シの! テイトクデス!」

 

 アークの言葉に金剛は敵意剥き出しで睨むと、比叡が「みんなのですよ、お姉さま!」とフォロー。

 パッと見は険悪であるが、もうみんな慣れたものでハーブティーを嗜んでいる。こうしたのも鎮守府の日常なのだ。

 

「ウォースパイトさん、何か食べる? 清霜が取ってあげる!」

「Thank you……では、そのスアマをもらえるかしら?」

 

 ウォースパイトがそうお願いすると、彼女の膝上に座らせてもらっている清霜は「は〜い」と笑顔で返事をし、すあまを取る。

 そして「どうぞ〜」とウォースパイトの口へ運んであげると、ウォースパイトは嬉しそうに微笑み、清霜からすあまを食べさせてもらい、周りはその二人の微笑ましい光景に笑みをこぼした。

 

「………………」

「そんなに目で訴えなくてもさせてあげるわよ……」

 

 対して、ローマの膝上に座るリベが自分も食べさせたいと目で訴えると、流石のローマも苦笑いを浮かべて了承し、「そこのナッツを頂戴」と言って口をあける。

 するとリベは「今あげるね!」と満面の笑みでナッツを()()、ローマの口へこれでもかとナッツを詰め込んでしまった。

 

「……ごっくん…………次からはもう少し、少なくしてくれると嬉しいわ」

 

 ボリボリボリボリと大量のナッツを噛み砕き、それを飲み込んでからローマが苦笑いで告げる(リベの優しさなので強く言えない)。対するリベは憧れのローマが微笑んでくれているように見えているため、「は〜い!」と満面の笑みを浮かべるのであった。

 

 ーー

 

 すると花見会場の一角で『おぉ〜!』と大きな歓声が湧く。

 その正体は、

 

「焼けたわよ〜!」

「どんどん焼いてますから、遠慮せずに並んでくださ〜い♪」

 

 アイオワとサラトガのアメリカ艦ならではのステーキパフォーマンス。

 アイオワとサラトガがこの日のためにイベント委員会へお願いして調理器具を用意してもらったのだ。

 二人が母国から取り寄せたステーキ肉を10ポンドの大きさに切って、美味しく焼き上げ、1ポンドの大きさにキレイにカットしていく。

 

「何度見ても凄い……」

「いつ見ても美味しそう……」

「こ、これが姉さんたちが言っていたすてぇき……」

「この匂いだけでもおにぎりを食べられるよな……」

 

 秋月、照月、涼月、初月とアメリカクオリティステーキに圧倒される中、一人ひとりの目の前に更にドカッと乗った1ポンドステーキが置かれる。

 

「遠慮しちゃいけないわよ! どんどん食べて!」

「ソースも8種類用意してるから、食べ比べてみてね♪」

 

 アイオワ、サラトガの言葉に秋月たちは揃って目を輝かせ、「。.:*・'(。✧Д✧。)'・*:.。(こんな)」表情。

 そして姉妹は仲間たちとそのステーキを頬張り、涙を流すのだった。勿論、大食い三人衆も。

 

 ーー

 

 更に花見は続き、みんなのお腹も膨れた頃。

 会場の丁度中央に設営されたお立ち台に、とある艦娘が立つ。

 

「では、妾が一曲舞おうかの」

 

 それは初春。その言葉にみんなはまたも『おぉ〜!』と声をあげ、お立ち台の周りにはすぐに人が集まった。

 お立ち台のすぐ隣では子日が琴、若葉が三味線、初霜が二胡と即興で淑やかな音色を奏でると、初春も即興で曲に合わせ優雅に舞う。

 

 回り、天を仰ぎ、両手にする扇子を広げ、また回る。

 風に舞い散る花びらも共演すると、見ている者はその光景に目を奪われ、シーンと静まり返り、初春の舞いにグッと引き込まれた。

 

 曲調が激しくなると、初春も舞いながらその激しさを上手く表現していく。

 扇子を投げ、それを受け止めては扇子の隙間へ小指をやり、回す。

 そして妹たちと視線を交わし、初春がパチッと扇子を閉じれば、子日たちの演奏もピタッと止まる。

 

 これで終わりかと思いきや、今度は子日、若葉、初霜の順で独奏。短い中に繊細でそれぞれの個性を見せていく。

 子日は激しくも表情は楽しげに琴線を弾き、若葉は静かにそれでいて時より激しく三味線を弾き、初霜は優しく軽やかに二胡を弾いた。

 そして再度姉妹で視線を交わすと、綺麗にバチッと合わせ、締める。すると割れんばかりの拍手と歓声がこだました。

 

「ほっほっほ、これだけの歓声を浴びるのは気持ちの良いものじゃのぅ」

 

 お立ち台から降り、扇子で火照った頬を仰ぎ冷やす初春。

 

「よぉ、今回もいい舞いだったぞ、初春」

 

 提督はそう声をかけ、初春の頭を優しく撫でる。すると初春は「全力を出した甲斐があるのぅ」とご満悦。

 

「子日たちも良かったぞ。聴いてて癒やされたぜ」

「えへへ、良かった♪」

「24時間弾いてられるぞ」

「提督や皆さんが喜んでくれて嬉しいです!」

 

 子日たちも提督に褒めてもらい、頭を撫でられて笑顔をこぼす。

 そして阿賀野たちがみんなへタオルや飲み物を渡し、みんなは笑顔でそれを受け取るとまた花見に戻っていった。

 

 ーー

 

 続いてお立ち台には妖精音楽隊が手を振りながら上がってくる。

 全員が綺麗に整列し、みんなして一礼後に着席すると、指揮者妖精が改めて艦娘たちへ一礼。

 そして指揮棒を構えると、みんな静かに楽器を構えた。

 

 1、2、3……はい。と始まった曲は日本の国歌『君が代』で、君が代がしっとりと演奏される。

 君が代だと分かると、会場にいる全員が姿勢を正し、起立して大声で国歌を歌う。それは海外艦も一緒で、アイオワやサラトガに至っては胸に手を当て、今を共に歩む日本に敬意を持ち、まぶたを閉じて大声で歌っていた。

 君が代が終わると、ドイツ、イタリア、アメリカ、フランス、イギリス、ロシアの順で各国の国歌が演奏され、各海外艦たちは自国の国歌を高らかに歌い、日本の艦娘たちも慣れない言葉ながら大きな声で歌っていた。

 

 各国の国歌が終わると、今度は『君が代行進曲』が高らかに演奏される。

 するとみんなは今度はその場で腕を振ったり、足踏みをしたりと楽しげに歌う。

 その他にも『愛国行進曲』、『軍艦行進曲』、『月月火水木金金』と演奏されると最後は準国歌『海行かば』で締めくくった。因みに『愛国行進曲』は軍歌ではなく、戦前に広く歌われた日本の国民的愛唱歌だ。

 

「うむ、やはり国歌などは胸が熱くなるな」

「ふふふ、久々に大声で歌っちゃったわ」

 

 長門、陸奥はそう話、笑みを浮かべる。

 その横では、

 

「愛国行進曲って好きなんだけど、自分の名前が歌詞にあるからなんか気恥ずかしいのよね」

 

 朝雲が嬉しそうに照れ笑いを浮かべて、そんなことをこぼした。

 しかし朝雲の言葉に山雲は「歌詞に出てくるなんて羨ましいわ〜」と返すと、他の姉妹たちもうんうんと同意するように頷く。

 

「軍艦行進曲には私と響姉の名前が出てくるわよね♪」

「しかも私の場合は(よど)むも同じ漢字だからね」

 

 フフンと胸を張る響に暁と電はつい苦笑い。しかし二人共響が嬉しそうなのでそれはそれで微笑ましく思っている。

 

 このように鎮守府の花見は大いに盛り上がった。

 

 ーーーーーー

 

 日も暮れ、夜になると、梅の花たちはライトアップされ、花見はまだまだこれからが本番とばかりにより一層盛り上がる。

 お立ち台では丁度、矢矧を含めた由良、夕張、名取の軽巡洋艦寮4号室組がみんなの前で歌を披露しており、歓声が鳴り響く。

 中でも一番矢矧が恥ずかしそうにしているが、由良と夕張の両名から肩を組まれ(夕張は名取とも肩を組んでいる)、半ばやけくそ気味。

 

「あはは、矢矧真っ赤っか〜♪」

 

 そんな妹を阿賀野は楽しげに笑い、スマホで動画撮影。能代と酒匂は写真撮影と抜かりない。

 

「今年の花見も大賑わいで良かったぜ」

 

 一方、提督はそんな阿賀野たちの横に座ってゆっくりと風景を楽しんでいる。

 すると歌を終えた矢矧が一目散に提督の元へやってきた。提督はいつもの癖でしばかれると思って身構えたが、矢矧はそんなことはせずに提督の背中に隠れてしまった。

 

「矢矧〜、どうしたの〜? 可愛かったよ〜?」

「写真もバッチリ撮れたわよ!」

「あとで現像したらあげるね♪」

 

 姉妹たちの言葉に矢矧は「可愛くにゃいもん! 写真なんていらにゃいもん!」と拒絶反応を見せる。しかも言葉も所々噛んでしまっているので、相当恥ずかしかったのだろう。しかしそれは逆効果。何故なら普段凛々しい矢矧がこんなに可愛い反応を見せるからだ。

 

「まあまあ、んな気にすんなよ。ほれ、水飲め水」

「……ありがと」

「いい思い出になりゃ、それでいいだろ?」

「ふんだ」

 

 そう言ってそっぽを向く矢矧を提督は我が子をあやすように優しく撫でると、矢矧は恥ずかしそうにしながらも提督に見えないようにフニャっとはにかむ。

 しかし後日のイベント時の写真販売にて、その表情を青葉がバッチリと激写していた写真が堂々と売られ、矢矧が狼狽するのはまた別のお話。因みにどれも1枚100円で10枚毎に300円値引きが適用される。

 

 このように花見は大盛り上がりし、最後はみんなでゴミ拾いをしてから鎮守府へと引き上げるのであったーー。




ということで、今回は花見回にしました!
桜ではなく梅の花や桃の花でやるお花見も乙かと思って、此度はこれにしました♪

読んで頂き本当にありがとうございました!


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可愛い訪問者たち

 

 艦隊は本日の艦隊業務を無事に終え、鎮守府には穏やかな休息の時がやってきている。

 

「ん〜、今日はこんなとこか〜」

 

 執務室も提督がやっと今日の書類の山を踏破したことで、やっと本当の意味で業務が終わった。

 

「お疲れ様、提督」

「お〜、やはぎんもお疲れ〜」

 

 提督が矢矧に労いの言葉を返すと、矢矧はニッコリと笑顔を返す。

 今の時間は二一〇〇を過ぎており、能代と酒匂は明日は早朝から遠征に出向くので先に上がった次第。

 そんな中、奥様の阿賀野はというと、

 

「すぅ……すぅ……」

 

 ソファーでスヤスヤとお休み中である。

 

「もぉ、阿賀野姉ぇったら、また寝ちゃって……」

 

 姉を見てぼやく矢矧だが、阿賀野は今日出撃任務を多くこなしたのでそれ以上は何も言わないことにした。矢矧としては休むなら他で休んでほしいが故のぼやきなのだ。

 

「幸せそうに寝てるよなぁ……マジで可愛い」

「はいはい、お嫁さん自慢はいいから、阿賀野姉ぇを起こして戸締まりするわよ」

「えぇ〜、もう少しあの寝顔を見たいぞ〜。よだれとか出て最高に愛いではないか」

「何キャラなのよ、それ……」

 

 矢矧は妙な口調の提督にそう言って苦笑いし、軽く提督の頭をペシッと叩くと、提督は「やん、痛いっ」とふざける。

 

「オネエ系とか止めてよ……提督には似合わないわよ」

「んだよ〜、つれねぇなぁ」

「何? 私も一緒に『きゃーごめーん☆』とか言った方が良かった?」

「え、何それ引くわ」

 

 その答えに矢矧はスパーンとハリセンを見舞い、提督は「はぴょんっ」と謎の悲鳴をあげた。

 そして矢矧に「さっさと阿賀野姉ぇを起こして撤収!」と命令されると、提督は「はいぃ!」と返事をして、阿賀野を起こし、矢矧と戸締まりをして執務室をあとにするのであった。

 

 ーーーーーー

 

 矢矧と執務室の前で別れた夫婦は、恋人のように手を繋ぎ、仲良く夫婦の部屋へと歩いていく。

 

「ふぁ〜……眠〜い……」

「風呂は済ませてるんだし、部屋に戻ったら寝たらいいんじゃねぇか?」

 

 提督の言葉に阿賀野は「そうしたいけど、慎太郎さんがお風呂行くから、帰ってくるまで待ってる〜」と擦り寄ってきたので、提督は「ならもう少し我慢だな」と返して阿賀野の頭を撫でた。

 今日は提督だけ風呂に入ればいいので、提督はシャワーでサッと済ませようと思った。そうすれば早く妻と一緒に過ごせるからだ。

 

 そうして夫婦が部屋の側まで行くと、

 

「ん、誰かいるな」

「ホントだ〜、どうしたのかな?」

 

 部屋の前に複数の艦娘を発見した。

 夫婦に気がついた者たちは、パタパタと夫婦の元へ駆け寄ってくる。

 その者たちとは、

 

「し、司令官、阿賀野さん……」

「い、一緒に寝てもいいですか?」

「こ、怖い映画観ちゃって……」

 

 暁、初霜、三日月の三名だった。

 三日月の言葉に阿賀野が「怖い映画?」と訊き返すと、

 

「あ、あのね、テレビでやってて偶然観ちゃったの!」

 

 暁が代わりに答えた。すると他の二人も自分も同じと言う風にコクコクと頷く。

 

「怖い映画だと思ったなら観るの止めたら良かったじゃねぇか」

「で、でも……」

「みんな観てる中で、自分だけ観ないわけにもいかなくて……そのぉ……」

 

 初霜、三日月がモジモジと持参してきたぬいぐるみや枕をギューッと抱きしめて言葉を返すと、提督は「それは災難だったな」と苦笑いして二人の頭を優しく撫でた。

 その横で阿賀野が「まぁ、とにかくお部屋に入ろ?」とみんなを部屋へ入るように促すと、三人は揃って眩い笑顔を浮かべて夫婦の部屋へと入るのであった。

 

 ーーーーーー

 

 提督がシャワーを浴びに行っている間、阿賀野は浴衣に着替えてから三人に飲み物を振る舞い、雑談をしていた。

 

「へぇ……じゃあ、他のみんなは寝ちゃったんだね〜」

「はい……それで、ご迷惑かとも思ったんですけど、他に頼れるのが提督と阿賀野さんだったので……」

 

 阿賀野に初霜がそう返すと、他の二人もコクコクと頷きながら阿賀野が用意したハチミツ入りのホットミルクを飲む。

 

 三人はそれぞれ自分たちの部屋で映画を観たのだが、怖くて眠れない自分たちをよそに同室の姉妹たちは平然と眠ってしまった。

 暁に至っては姉として、レディとしてのプライドが邪魔をして妹たちの誰かの布団に入ることが出来ず、猫のぬいぐるみを持って部屋を出た。

 初霜は姉たちに気を遣って素直に甘えられず、提督を頼ってモチモチ抱き枕(無地の朱色)を持って部屋を出た。

 三日月の場合も初霜とほぼ同じ理由。なのでいつもの枕を持って部屋を出た。

 そこでみんなして鉢合わせし、三人して本館までパジャマ姿でやってきて、今に至る。

 

「全然迷惑じゃないよ〜。寧ろ頼ってくれて嬉しいよ」

 

 本当よ?ーーと阿賀野が初霜たちに返すと、三人は小さく笑顔をこぼした。

 

「そういえば、三人のパジャマ可愛いね」

「え、そうですか?」

「なんか嬉しいけど、恥ずかしいなぁ」

「わ、私は電たちとお揃いにしてるだけよ」

 

 阿賀野が三人のパジャマを褒めると、三人はそれぞれ言葉を返して頬を赤らめる。

 初霜はスムース生地の白色パジャマで、長袖長ズボン。上着はボタンで止める前開きタイプであり、左の胸元に小さくオレンジ色のハートマークの刺繍がついているのがチャームポイントだ。

 三日月のパジャマはパイル生地のグレー。初霜と同じく長袖長ズボンのパジャマであるが、こちらの上着はTシャツタイプ。全体に水玉模様のように三日月マークがあしらわている(睦月型姉妹はパジャマの色はみんな違えど、お揃いのパジャマ)。

 そして暁はスムース生地のしろくま着ぐるみパジャマ。両手はくまの手みたいになっているが、手首のところに穴があるのでそこから手が出せるようになっている。フードも取り外し出来るタイプだ。因みにお花摘みの際は腰に付いてるチャックを開けると着たまま出来る仕様。

 

「暁ちゃんのは着ぐるみパジャマで可愛いね。私のところも姉妹でもお揃いだし、気にしなくていいと思うよ」

「前にみんなしてパジャマ姿のところ見たけど、みんなのも可愛いよね」

 

 三日月、初霜と暁のパジャマを褒めると、暁は「あ、ありがと……」と顔を赤くしながら返す。

 

「電ちゃんは確か……ペンギンさんの着ぐるみパジャマよね?」

「えぇ、そうよ。それで雷がラッコで、響が()()なの」

 

 暁は阿賀野へそう返すと、阿賀野は勿論、初霜たちも揃って『イカ?』と小首を傾げた。

 

「そう、イカ。シャチとかイルカとかもあったのに、響ったらそれを見て『Xорошо!』って目を輝かせちゃって……」

 

 苦笑いをこぼし、説明する暁。みんなは『響ちゃんらしいなぁ』と笑みをこぼしたが、それ以上に暁の響ものまねが上手かったことに内心驚いたのは秘密。

 その後も適当な雑談をしていると、提督が浴衣を着て戻ってきたので、みんなして歯磨きし(ちゃんと暁たちは自分たちの分を持ってきていた)、布団を敷いてみんなして寝転んだ。

 夫婦の部屋の布団を収納するところには、今回のような時のためにキングサイズ布団が二組あるのでみんなして寝れるのである。

 右から阿賀野、三日月、初霜、暁、提督と夫婦が駆逐艦たちを挟むように寝転ぶと、三人はとても安心し、自然と笑みをこぼしていた。

 

「ちゃんと歯磨きしたか、暁?」

「なんで私だけに訊くのよ……ちゃんと磨いたもん」

 

 提督の質問に若干頬を膨らませ、プンスカ(怒っているの意)気味で返す暁。

 

「いやぁ、暁はレディだからちゃんと磨けてるんだろうなって思ってな」

「そ、そういうことなら……まぁ、当然よね」

 

 提督の言葉にドヤァっと胸を張る暁であるが、他のみんなは『チョロい……』と苦笑い。でも暁本人は喜んでいるで誰も野暮なことは言わなかった。

 

「どうだ、みんな眠れそうか?」

「はい、阿賀野さんや司令官が一緒ですから♪」

「今はとても安心してます♪」

「お布団もふかふかでみんなと一緒だから平気よ♪」

 

 三日月、初霜、暁と笑顔で提督の質問に答えると、提督も阿賀野もまるで本当の自分たちの娘たちに甘えられているような、そんな気持ちで自然と温かい笑みを返す。

 すると提督はふとあることに気がついた。

 

「そういや、今いるみんなは髪が黒のロングヘアだな」

 

 そのつぶやきにみんなもハッとし、可笑しそうに笑った。

 初霜は「本当……可笑しい♪」とコロコロと笑い、三日月は「うん、可笑しい♪」とクスクスと笑い、暁は「妹が増えたみたい♪」とフフフと笑う。

 

「阿賀野も黒髪ロングだし、本当に俺と阿賀野の娘みたいだなぁ……」

「ふふっ、電ちゃんに怒られちゃいますよ、提督?」

「電はそんなことで怒らないさ。なぁ、暁?」

「えぇ、寧ろ『お姉ちゃんが増えたのです〜!』って大喜びするわよ♪」

「お前、ものまね上手だな」

 

 話題が急に切り替わり、唐突に褒められたので、暁は「へ?」と小首を傾げた。

 

「さっき響ちゃんの『ハラショー』ってのも似てたよ」

「え……そ、そうなの?」

 

 三日月の言葉に暁がそう返すと、阿賀野も初霜も笑顔で頷く。

 

「マジか。暁〜、俺にも聞かせてくれよ〜」

「えぇ〜、仕方ないわねぇ……んんっ。『Xорошо!』……これでいい?」

 

 暁がまた響のものまねをすると、提督は「おぉ、すげぇ!」と大絶賛。すると暁は「な、何がそんなに凄いのよ……」と口では言いながらも、顔はフニャフニャに緩み、喜びが爆発している。

 

「ねぇねぇ、暁ちゃん! この際だから雷ちゃんのものまねもしてみてよ! 絶対似てるから!」

「えぇ〜、阿賀野さんまで……」

 

 そう言う暁であるが、みんなからも『お願〜い』と頼まれたので、暁はまたも「じゃあ、『私をも〜っと、頼っていいのよ!』」とご期待に応えると、みんなから拍手をもらった。

 

「って、ついついやっちゃったけど、みんなはどうなの?」

 

 暁が他のみんなへ訊ねると、三日月は「私は出来ないかな〜」と困り笑顔。しかし、初霜は「私は出来るか分からないけど、やってみようか?」と訊いてきた。

 勿論、みんなして頷くと初霜は小さく息を吐いてから、

 

「『今日は何の日? 子日だよ〜!』……ど、どうかな?」

 

 かなりのハイクオリティものまねだった。

 

「おぉ、かなり似てるじゃねぇか!」

「この調子で初春ちゃんと若葉ちゃんもやっちゃおう!」

「が、頑張ります!」

 

 こうしていつの間にかものまねの話で盛り上がり、夫婦と初霜たちはいつの間にかスヤスヤと眠りに就いた。

 次の日の朝、それぞれの姉妹たちに『三人してズルい!』と抗議され、夫婦の部屋にはしばらく駆逐艦のみんながかわりばんこで一緒に寝に来ることになったとかーー。




今回はこんな感じにしました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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妻とは違う絆の形

 

 4月が中盤に差し掛かった本日の午後イチ。艦隊は午後からも変わらず任務に殉じ、国のため……国民のためにと奔走する。

 

「はぁ、本当に大丈夫なのかしら……」

 

 そんな中、出撃している第一艦隊で旗艦阿賀野の補佐を務めている矢矧は、とあることを心配していた。

 矢矧が心配しているのはただひとつ……それは提督のことである。

 

 鎮守府は先日、霰に改二への改造を施した。故に今はその霰の試運転的な出撃で、阿賀野と矢矧の他には先に改二へとなった皐月、吹雪、綾波が同行し、水雷戦隊にて霰改二の程を確かめているのだ。

 

「もぉ、心配し過ぎだよ、矢矧〜」

「だって能代姉ぇも酒匂も今日は遠征で留守なのよ? 寧ろなんで阿賀野姉ぇは安心してられるのよ?」

 

 矢矧が言う通り、今日に至っては阿賀野型姉妹全員が提督の補佐に就いていない。矢矧としては提督がサボってしまうというのもあるが、ガチ勢にてんやわんやしてはいないかと心配しているのだ。

 しかし阿賀野は隣を駆ける矢矧に「だって平気も〜ん」と子どもみたいに返した("'だもん"ではなく"もん"と言っているのがミソ)。

 

「確か、今日は高雄さんに任せて来たんだっけ?」

 

 阿賀野の後ろを駆ける皐月がそう声をかけると、阿賀野は笑顔を返す。

 

「阿賀野さんは、高雄さんなら司令官のことを安心して任せられるんですね」

「うん♪ だって高雄さんは提督さんと阿賀野のお姉ちゃんみたいな存在だもん♪」

 

 皐月の隣を駆ける吹雪の言葉に阿賀野がそう返すと、みんなは揃って『へぇ〜』と驚く。

 しかし阿賀野の言っていることは本当であり、提督と阿賀野が今のような関係になったのは高雄の存在が大きいのだ。

 

 提督は阿賀野に一目惚れし、阿賀野はそんな提督からのアプローチをいつも嬉しく思いながらも応えられないでいた。

 何故なら阿賀野自身が提督と同じ人間ではないから……。

 

 艦娘の人権……つまり人としての権利は確立されている。しかし艦娘は人間とは明らかに違っているのだ。

 

 艤装で深海棲艦という未知の敵へダメージを与えられること

 個人差があるとしても全く同じ顔や名前の艦娘が全泊地、鎮守府に所属していること

 海の上を自由自在に駆け回れること

 

 ……そういった本来の人間とは数々ある異類点が阿賀野を躊躇わせた原因。

 

 両想いであるのは誰が見ても明白だったが、阿賀野の理由が理由なので艦隊の誰もが触れられないでいた。そんな阿賀野の背中を押したのが高雄だった。

 

 高雄は提督にとって初の重巡洋艦にして、提督の祖父がかつて大東亜戦争中に搭乗していた艦である。そんな高雄と提督の間には初期艦の電とは別に、決して他人が入れない絆が結ばれているのだ。電に限らず、誰とも何かしら提督と固い絆は持っているが……。

 

 故に高雄は躊躇っている阿賀野を見るのが歯がゆかった。普段から明るい笑顔を提督へ向け、いざ提督が一歩歩み寄るとそこから離れる……なのに自分を嫌いにならないでほしいと願う厚かましさ。

 高雄自身も提督へ運命を感じている……ドラマやマンガ、映画のような運命的と言っても過言ではない繋がりがあるのだから。でも提督が選んだ相手は自分ではなく阿賀野だった。

 そんな阿賀野の素振りをどうしたって高雄は見過ごせなかった。自分が阿賀野の立場……アプローチを受ける側なら、そんなことを気にすることなく提督の気持ちに応えられるからだ。

 

 それは提督自身が艦娘を自分と同じ人として接している上に、阿賀野のような考えを殴り捨ててまで相手に『好き』という気持ちをぶつけているから。

 阿賀野が着任する前(高雄が着任した頃)なんて、提督は艦隊の誰がかすり傷を負っただけでも自分のことのように泣き、両脇に傷ついた駆逐艦らを抱えてドックにまで走って連れて行っていた。

 数分、数秒で傷が治るのに提督はずっと心配そうにドックの前をウロウロソワソワし、ドックから出てくるとまた泣きながらその艦娘を抱きしめ、

 

『今度はもっと被害が出ないように指示を出すから!』

 

 大声で約束をし、みんなしてそんな軍人に相応しくない『心優しい提督』を支えたいと思った。だからこそ、提督は艦隊の誰からも好かれ、慕われ、彼の周りには常に艦娘たちが寄り添っているのだ。

 今でこそ泣くことはなくなったがそれは艦隊も大きくなり、自分がその者たちの上に立っているという強い責任感故の現状で、性根は全く変わっていない。

 

 だから高雄はある時、阿賀野に言ったーー

 

『貴女がそうやってウジウジしてるのは見てて腹が立つ! だから提督は私が幸せにする!』

 

 ーーと。

 

 しかし、阿賀野はそんな高雄の言葉に弱々しくも笑顔で『わかった』と頷いた。

 なので高雄は思い切り彼女の頬を叩いた……それは阿賀野が尻もちをつくほど。

 そしてーー

 

『どうしてそんなに簡単に諦められるのよ!?』

 

『提督の気持ちは貴女にしか向いてないのに!』

 

『貴女しか本当の意味で提督を幸せに出来ないのに!』

 

『好きなんでしょう!? ならさっさと応えなさいよ!』

 

『貴女が好きな人は……愛してる人は、貴女みたいにウジウジとみみっちい考えなんてとっくに克服してるのよ!』

 

 ーー貴女が応えない限り、あの人は幸せになれない。そんな思いを高雄は阿賀野へ……提督の運命の人へぶつけ、『あの人をこれ以上不幸にしないで』と阿賀野へ懇願した。

 

 こういった経緯があり、今の夫婦があり、高雄は夫婦にとって特別な存在なのだ。

 

(だから安心して提督さんを任せられるんだよ、私は♪)

 

 それに今回のように提督と二人っきりにしてあげるのも、阿賀野にとっては高雄への恩返しになるし、高雄もそれをお情けではなく心から喜んでくれる。

 そんなことを思いながら阿賀野は誰にも気付かれないように、小さく笑った。

 

「阿賀野さん、敵影発見しました! ご指示を!」

 

 皐月の後ろを駆ける綾波が叫ぶと、

 

「了解! みんな単縦陣に移行! 綾波ちゃん、霰ちゃんは魚雷を放って敵の退路を封じて! 他は砲撃用意!」

 

 霰ちゃん、当てちゃってもいいよ!ーーと阿賀野が付け加えると、霰は「余裕」と親指を立てた。

 こうして阿賀野率いる水雷戦隊は本来の任務に専念するのであった。

 

 ーーーーーー

 

 阿賀野たちがそうしている頃、

 

「はい、皆さん。お気持ちだけで結構ですので、ご退室くださいっ」

 

 高雄がガチ勢をポンポンポンと執務室の外へ放り投げていた。

 ガチ勢としては阿賀野型姉妹がいない絶好機。しかし高雄が代役しているのは誤算で、ガチ勢はことごとく高雄に適切に処置された。

 

「悪ぃな、厄介なこと任せちまって……」

「そう思うのであれば、皆さんに変に優しくしないで突っ返せばいいのでは?」

 

 手厳しい指摘に提督は思わず視線を逸らす。一方で高雄は提督がそんなこと出来ないのをよく理解しているので、小さく笑った。

 

(本当、ズルい人♡)

「ほらほら、お手手が遊んでますよ。矢矧ちゃんからハリセンを喰らいたいんですか?」

「嫌に決まってんだろ!」

「では頑張ってください♪ あと少しで本日のノルマは終わりなんですから♪」

 

 そう言って高雄は可愛らしくウィンクすると、提督はまるで子どものように「は〜い」と返事をして、またペンを走らせる。

 高雄による補佐は完璧で提督へのアメとムチ捌きも見事なもの。それは提督の性格を阿賀野以上に熟知しているが故。

 提督は怠け癖があるものの、仕事はキッチリと卒なくこなすタイプ。なので高雄は提督が休みたい時に5分程の休憩を与えたり、ここまで出来たら休ませてあげるといった緩急つけた補佐していった。

 

 ーー

 

 それから昼下がりを迎えると、阿賀野から作戦を終えて帰投するとの報告が入る。提督は的確に帰投指示を出し終え、通信を切ると、

 

「よぉ〜し、これであとは各艦隊の報告書が来るまで暇になったぜ〜」

 

 うんと椅子の上で伸びをした。

 提督は高雄の完璧な手綱捌きで見事に今日のノルマを達成し、あとは自由な時間となった。

 

「ふふ、お疲れ様です。冷たい緑茶をお持ちしましたよ」

 

 高雄は微笑み、そう言うと執務机ではなくソファーテーブルへ湯呑を置く。どうしてかというと、提督が最後の方はずっと座り通しだったので、こうすることで提督を立ち上がらせるという理由を作れるから。

 その思惑通り、提督は「あんがと」と言いながら席を立ち、のそのそとソファーテーブルまで移った。

 

 提督がソファーに腰を下ろすと、高雄も「失礼します」と提督のすぐ右隣へ腰を下ろした。

 

「高雄のお陰で早く終わったぜ。ありがとな」

「どういたしまして」

 

 そう言葉を交わすと、二人は小さく笑い合い、冷たいお茶をすする。

 すると提督が高雄の肩をチョンチョンと突いた。

 

「どうかしましたか、提督?」

 

 高雄がそう訊ねると、提督は笑顔のまま自身の右太ももを軽く叩いてみせる。その意図が分からず、高雄が小首を傾げていると、

 

「高雄はずっと立ちっぱなしだったろ? 今度は俺が高雄を労う番だ」

 

 提督がハッキリと言葉を告げた。

 そう、これは提督が膝枕してくれるということ。

 高雄は心の中で阿賀野に『ごめんね♪』と謝ると、帽子を取り、まるで親に甘える子どものように提督の膝枕へ頭を預けた。

 

「どうだ、頭のすわりはいいか?」

「はい……お肉が付いた分、前よりも心地よいかと♪」

 

 敢えて意地悪な言葉を返すと、提督は高雄へ「んだと、この〜」と言いながら彼女の頬を軽く突く。

 

「きゃ〜、提督酷いですわ〜♪」

「酷いのはどっちだよ〜、ああん?」

 

 そうは言っても二人の顔は穏やかそのもので、二人はしばらくこうしてじゃれ合った。

 

 ーー

 

 一頻りじゃれ合いが終わると、提督は高雄の頭を軽く叩くようにポンポンと撫でながら「こうしてると前を思い出すなぁ」とこぼす。

 

「前、と仰っしゃりますと?」

「そりゃぁ、前は前だ。高雄が秘書艦をやってくれてた頃の……」

「あぁ、提督がまだスマートで泣き虫さんだった頃ですね」

 

 またも高雄が意地悪な言葉を返すと、提督は頬をほんのり赤くして「るせぇ」とおでこを軽く叩く。

 

「……あの時から、今も……いつも支えてくれてホント、ありがとな」

「ふふふ、提督からそう言われると心が弾みます♡ でも、私は提督だから付き従っているんですよ?」

「…………そうか」

「私の提督が、貴方のような素敵な提督で本当に良かった♡ これからもずっと提督は提督のままでいてくださいね?」

「俺はどこまで行っても俺だよ。そこはよく分かってんだろ?」

 

 提督の問いに高雄は笑顔で返すと、提督もつられるように笑った。

 そんな提督の笑顔を見ながら、

 

(貴方のような、みんなを分け隔てなく照らすお日様のような貴方だから友愛、親愛、慈愛、敬愛と……みんなが貴方を愛してる)

 

(貴方は阿賀野ちゃんと結ばれたけれど、私を幸せにするのも不幸にさせるのも、全部……貴方、慎太郎さんだけなんですからね♡)

 

 強い愛情を募らせる。

 だから高雄は少し欲張った。

 

「提督……」

「ん? どうした?」

「駆逐艦の子たちにするように、今だけギューッと抱きしめてください♡」

「そういや、高雄は前から実は甘えん坊なところあったよな」

「心を許した人の前だけで〜す♡ それに今の提督はお肉が付いて前よりも柔らかくて心地よいんです♡」

 

 高雄はそう言うと、座り直してから提督に「はやく♡」と両手を広げておねだりする。

 なので提督は「おう」と親愛を込めてハグをした。勿論、阿賀野も高雄になら浮気だとは言わない。

 

 その後、提督は阿賀野たちから『鎮守府の制海権へ入った』と報告を受けるまで、高雄を自分の大きな娘のように甘やかすのであったーー。




ということで、今回は高雄さんとのちょっと甘いお話にしました♪
高雄さんは私にとって阿賀野の次に思い入れのある艦なので、こういう話が書きたかった←

読んで頂き本当にありがとうございました!


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やったね提督!

此度の本編には少しだけ史実のお話が含まれます。
情報元はWikipediaや艦これWikiから頂きました。


 

 4月の後半になった泊地は桜も葉桜へと変わり、今度は藤の花があちこちで咲き誇り、徐々に5月という季節へと移り変わっていっている。

 鎮守府は今日も任務や訓練といつものように励む中、執務室では提督と阿賀野、矢矧が本日新しくここへ着任した艦娘たちと顔合わせをしていた。因みに護衛艦隊の者たちは補給と精密検査へ向かった(能代と酒匂も)。

 

 その艦娘たちとは、

 

「Hi! Essex class航空母艦、五番艦。イントレピッドよ! 貴方がアドミラルなのね? よろしくね!」

 

「え、えっと、ここ、こんにちは……わ、私のなま名前はガンビア・ベイです……よろしくお願いします……えへへ」

 

 それはアメリカ空母のイントレピッドとガンビア・ベイ(以降ガンビー)。

 提督や阿賀野たちは二人と笑顔で挨拶を交わす。

 

 イントレピッドは正規空母の五番艦であり、どことなく母性あふれる大人っぽい艦娘。きっとみんなともすぐに馴染めるだろう。

 

 ガンビーは軽空母で、十九番艦。執務室に入った時は史実のこともありかなり警戒心が強かったが、今はなんとか笑顔でいるので慣れれば問題は解消すると提督は思っているし、そのためにサポートしてあげようと思っている。

 

 この二名はあのレイテ沖海戦に参加しており、ガンビーに至ってはその海戦、サマール沖海戦で沈んでいる。

 ガンビーに関してはみんなそこまで神経質になっていないが、今回一番の懸念材料はイントレピッドの方だろう。

 

 何故ならば、イントレピッドが参加した作戦は硫黄島上陸作戦の支援、沖縄戦(アイスバーグ作戦)、日本本土空襲作戦と日本にとっては苦いものばかり。

 しかも沖縄戦の際には沖縄水上特攻作戦に出撃した戦艦『大和』以下の日本海軍第二艦隊(第一遊撃部隊)に対する空襲作戦にも参加し、大和の撃沈に貢献した戦歴を持つ。

 そしてレイテ沖海戦と沖縄戦においては神風特攻隊からの特攻撃を受け、沈まずに現イントレピッド……艦そのものはアイオワと同じく博物館として現存している。

 

 提督もイントレピッドを着任させるにあたり、大和や矢矧、みんなからちゃんとその旨を伝え、意見を募った。

 募った結果、こうして着任しているのでみんなの意見は仲間にするということ。

 そもそもアイオワやサラトガといったアメリカ艦が既に着任しているので、拒否する可能性は低かったが提督はやはりみんなの意見を聞いてから迎えたかったのだ。

 しかしそれも取り越し苦労で終わった。

 

 何故なら、

 

「私は大和型戦艦の大和。あの時は敵同士でしたが、今は共に手を取って深海棲艦の脅威から人々をお守りしましょう!」

「ヘーイ、ワタシは金剛型戦艦の金剛デース! みんなで頑張るネー!」

 

 わざわざ大和や金剛が顔合わせに参加して、それぞれ二人へ手を差し伸べて握手を求めていたから。

 イントレピッドもガンビーも二人と握手をし、晴れやかな表情をしていることから、提督はホッと胸を撫で下ろしていた。

 

「ふふ、良かったわね。提督」

「みんなすぐに仲良くなれそうで良かったよね〜」

 

 そんな提督へ矢矧、阿賀野と言葉をかけると、提督は「全くだぜ」と笑顔で返す。

 するとイントレピッドが「アドミラル」と提督のことを呼んだ。

 

「お、どうしたインちゃん?」

 

 イントレピッドでは長いので早速あだ名をつけた提督が訊き返すと、

 

「あのね……これからアドミラルのことをハニーって呼んでもいい?♡」

 

 とんでもない事態へと発展した。

 これには流石の提督も目を点にしていたが、

 

「ダメに決まってるでしょ!」

「ダメに決まってるネ!」

 

 阿賀野と金剛が猛烈に拒否する中、提督は冷静さを保ちつつ「理由はなんだ?」と訊ねる。

 

「あのね……実は私、ここに着任が決まるまでかなりの数の鎮守府から断られたの。私が前に敵だったからそれも当たり前よねって自分に言い聞かせてたんだけど、貴方のように私の着任を心から望んでくれて喜んでくれた人は貴方が初めてだった……」

 

 だから親愛の気持ちを込めてハニーって呼ばせてほしいの……と付け加えたイントレピッドは、スルスルっと阿賀野や金剛の包囲網をくぐり抜けて提督の右腕にピトッと寄り添った。

 その真っ直ぐな瞳と素直な言葉に提督は思わずたじろぐ。

 

 先にも述べたようにイントレピッドが過去に与えたものは日本人にとって、日本海軍にとって決して看過することは出来ない。だからこそ提督はみんなへ意見を募った。

 しかしここの艦娘たちは今を生き、今の世界を平和にしようとあの日と同じ志で日々を過ごしている。なのでみんなが彼女の着任を歓迎し、提督は彼女の着任を喜んだのだ。

 しかししかし、誰がこの展開を予想していただろう。

 これには流石の矢矧も唖然とするばかりで、大和に至っては「あらあら、提督はモテモテですね♪」などといつものように天然大和節を炸裂させている始末。

 

「お、俺は知っての通り阿賀野っていう妻がいるからな……みんなに誤解を受けるような呼び方は、出来れば勘弁してくれ。気持ちだけ受け取るからよ」

 

 なので提督はちゃんと誠意ある言葉でイントレピッドへ答えた。

 その回答に阿賀野は蕩けた顔をしながら『やっぱり慎太郎さんは素敵〜♡』と惚れ直し、何故か金剛も『一途なテイトクは素敵ネ〜♡』と改めて惚れ惚れしている。

 しかし、

 

「ムゥ〜、残念だわ〜……でも逃げられると追いかけたくなっちゃう♡」

 

 イントレピッドの放った言葉に提督は勿論だが、阿賀野と金剛、矢矧までもが『えぇ!?』と仰天した。

 

「どうしてそんなに驚くの? 素敵な人を見つけたなら追いかけてなきゃ♡ それに私は艦娘だもの……闘うのは得意だし、闘うのが仕事よ?♡」

 

 ね?♡ーーと可愛らしくウィンクし、終いには提督の頬へ軽くキスをする始末。

 こうなっては阿賀野が当然キレる……が、金剛もキレてしまったので提督を巡って提督は三人からもみくちゃにされるのだった。

 

「あ、あの〜、止めなくていいんですか?」

 

 傍からそのやり取りを傍観していたガンビーが大和へ訊ねると、大和は「これが私たちの鎮守府の日常ですから、大丈夫ですよ」と爽やかな笑顔で返されたので、ガンビーは「そ、そうですか……」としか返すしかない。

 

 そんな中、執務室のドアがノックされ、矢矧が提督の変わりに「どうぞ」と返事をする。

 開いたドアからは能代と酒匂が入ってきたが、その後ろから「司令〜、来たよ〜?」と藤波が姿を現した。

 

「お、お〜、藤波〜……ちょ、ちょっと待っててくれ〜!」

 

 提督は藤波にそう言うと、藤波は止める素振りもなく「あ〜い」とソファーへ腰掛ける。

 

 すると、

 

「あ、あの……」

 

 ガンビーか藤波へ声をかけた。

 

「ん? 何? 藤波に何か用?」

「や、やっぱりあなたが藤波さんなの?」

「え……まぁ、確かに藤波は藤波だけど?」

「わ……」

「わ?」

「わ〜い! 藤波さんだ! わ、私はガンビア・ベイっていうの! 艦の時にあなたが写真だけ撮ったお陰で、あの時に助かった私の乗組員が大切な家族とクリスマスを過ごせたの! とっても遅くなっちゃったけど本当に本当にありがとう!」

 

 藤波の手を取り、ブンブンと握手して言葉を並べるガンビー。流石の藤波もこれには驚きを隠せず、圧倒される。

 

 ガンビア・ベイはサマール沖海戦で大和・長門・金剛を含む日本艦隊の主力と交戦した末に撃沈した。

 最終的に乗組員とVC-10要員あわせて133名が戦死したが、元乗組員のアンソニー氏は死ぬ前にこう語っている。

 

この話は私のことではなく、尊敬すべき日本人の艦長とその乗組員のことです。

駆逐艦『藤波』の乗組員たちの尊敬すべき行いを日本にいる彼らの家族に伝えたい。

漂流し救助を待っていた時、駆逐艦が接近してきて命の危険を感じたがその時予期しない出来事が起こった。

彼らは私たちに手を振り、敬礼をし写真を撮りました。

尊敬すべき艦長と乗組員たちがアメリカ水兵を苦しめるようなことをしなかったから、私たちは全員1944年のクリスマスを家族と過ごせたのです。

 

 こう語っている元乗組員がいたことから、ガンビーは藤波に感謝の言葉を伝えているのだ。

 ただ、アンソニー氏や漂流していた者たちがガンビア・ベイ沈没から二日後に救助されるのであるが、この日に藤波は沈没し、乗組員が全員戦死しているという、なんとも言えない出来事がある。

 

 ガンビーは軽く引き気味の藤波を見て、手を離して「I'm sorry……」と謝ったが、やっと思考が追いついた藤波が今度は自分からガンビーの手を握った。

 

「いっひひ、あんた面白い人だね〜♪ なんか縁ってのを感じるわ♪ これからよろしくね!」

「っ……うん! ヨロシク!」

 

 藤波にも辛い過去はある……しかしそれはガンビーも同じ。妙な縁といえばそれまでだが、二人にとってはきっかけはどうあれ、あの日敵同士だった自分たちが仲間になれるのは喜ばしいのだ。それに二人は最後の時に運命を共にした英霊たちを忘れてはいないのだから(勿論全員が忘れていない)。

 

 提督が藤波を呼んでいたのはこのガンビーとの縁があったからで、それはこのように上手くいった。これに関しては誰もが納得するだろう。

 ただ、

 

「提督さんは阿賀野の旦那さんなの〜! だから二人共離れなさ〜い!」

「テイトクを守るはワタシデース! 一旦二人は離れてクールダウンした方がイイヨー!」

「ハニーと離れるなんてイヤ〜! 絶対にこんな素敵な人離さないんだから〜!」

 

 こちらはもう三つ巴の大乱戦である。

 というか、ちゃっかり金剛が混ざっているせいでよりカオスなことになっているのだが……。

 

「この状況はなんなの、矢矧?」

「また司令がモテちゃったの?」

 

 提督たちを遠目に見つつ能代と酒匂がそんな質問を矢矧へ投げると、矢矧は「ワタシ、ヨクワカンナイ」と片言でそっぽを向く。

 

「矢矧は何もしてないし、提督が隅に置けない殿方だから仕方ないわよ♪」

 

 矢矧の変わりに大和が大和なりの見解を述べると、能代たちは『あぁ〜』と共に苦笑いで察した。

 

「阿賀野の旦那さんから離れて〜!」

「二人が離れるべきネー!」

「私は離れない〜!」

「いい加減にしてくれ〜!」

 

「ねぇねぇ、このあと鎮守府内の見学でしょ? 藤波と回ろうよ♪ 姉妹のみんなにも紹介したいからさ!」

「え、いいの? 嬉しいなぁ!」

 

 まさに執務室はワイワイガヤガヤ。

 

「とりあえず、お茶でも淹れましょうか。そうすればみんな一旦提督から離れるでしょ……」

 

 能代の案に酒匂が「賛成〜」と頷くと、大和も「あ、でしたら大和もお手伝いします♪」と賛成し、矢矧も矢矧で「そうしましょう」と賛成した。

 

 その後、ガンビーは藤波に連れられて一足先に鎮守府内の見学に向かい、イントレピッドはお茶会でなんとか阿賀野や金剛と休戦するのであった。

 ただ、金剛はイントレピッドがLOVE勢に入ったことは歓迎したそうなーー。




ということでここから新艦娘を登場させようと思います♪
いきなりドタバタですが、やったね提督! LOVE勢が増えたよってことで!←

読んで頂き本当にありがとうございました!


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愚者は自分を愚者と思わない

 

「Nice to meet you. Lucky jervis、来たわ! そう、もうゼッタイよ! 任せておいて!」

 

Здравствуйте(おはようございます)! 嚮導駆逐艦タシュケント、はるばる来てみたよ! 同志提督、よろしくお願いするね!」

 

「あ、あたし……夕雲型、駆逐艦、十三番艦……。ちゃ、着任しました……。は、浜波……です」

 

「日振型海防艦、一番艦、日振! 提督、日振型、着任しました! 頑張りますっ!」

 

「日振型海防艦、その二番艦、大東さ! ちゃっくにーん! あんたが提督かー。へへ、いいね! あたいもよろしくなー!」

 

 イントレピッドたちが着任してから数日後、昼下がりになると新たに五人の艦娘が着任し、執務室で提督へ自己紹介をしている。

 

 此度着任したのは

 

イギリス駆逐艦『ジャーヴィス』

ロシア駆逐艦『タシュケント』

夕雲型駆逐艦十三番艦『浜波』

日振型海防艦一番艦『日振』

  〃   二番艦『大東』

 

 である。

 

 ジャーヴィスは明るく活発なパツキン娘。多くの提督たちから既にミニ金剛や小さい金剛とまで呼ばれるほどなので、ここでもすぐに馴染めるだろう。

 

 タシュケントは大人びた見た目であるがれっきとした駆逐艦。因みに嚮導艦(きょうどうかん)とは、駆逐艦隊を指揮する旗艦のこと。なので練度が上がれば駆逐艦たちの良き手本になれるだろう。

 

 浜波はとても内気で言葉もしどろもどろ。でもその瞳は綺麗でとても澄んでいるため、慣れればコミュニケーションも難なく取れることだろう。

 

 日振は小さいながら一生懸命さが伝わる子。これには提督も思わず可愛いなぁと頬を緩めた。

 

 最後に大東は涼風や谷風、朝霜を彷彿とさせる元気っ子。きっとここでも持ち前の明るさでみんなを鼓舞してくれるだろう。

 

「俺がここの提督、興野慎太郎だ。これからよろしくな。詳しいことはあとで案内役の奴らから訊いたり、俺やこっちに並んでる阿賀野たちに訊いてくれ」

 

 提督が軽い挨拶をすると、阿賀野型姉妹の面々は笑顔で五人へ手を振り、みんなはそれにお辞儀したり手を振り返したりして応えた。

 そして、

 

「よ〜しっ、んじゃ新入りはみんなこっちに来い! 特別に駄賃をやろう!」

 

 また提督の悪い癖が発動する。

 矢矧はあちゃ〜と、阿賀野たちは『始まった始まった』と笑みをこぼした。

 ひとりひとり提督から五百円玉を手渡すと、

 

「ワォ! 早速ボーナス!? Hurray(やったー)!」とジャーヴィス

「嬉しい気配りだね。大切にするよ」とタシュケント

「ど、どうも……ありがとう、ございます……」と浜波

「あ、ありがとうございます! 大切に使わせて頂きます!」と日振

「やった! あんがとな提督!」と大東

 

 みんなそれぞれ提督から五百円を受け取った。

 そして、

 

「磯風と浜風にもな!」

 

 五人の護衛任務に就いた二人にも提督は駄賃をあげる。

 二人は昨日"乙改"への改造を施し、今日はその試運転的な名目もあって護衛任務に就いたのだ。

 

「ありがとう、司令。大切に使わせてもらおう」

「ありがとうございます、提督。私も大切に使わせて頂きますね」

 

 磯風と浜風から返ってきた言葉に提督は父性あふれる笑みでウンウンと頷くと、我が子を可愛がる親のように二人の頭を優しくポンポンっと撫でる。

 そんな二人が揃って『えへへ♪』と笑みをこぼしていると、

 

()()()()! ジャーヴィスも頭ナデナデしてー!」

 

 ジャーヴィスが自分にもとナデナデをせがんできた。

 提督は「おぉ、いいぞ〜♪」とジャーヴィスの頭を撫でるが、一部の者たちはそれどころではない。

 それは阿賀野と護衛任務に就いた加賀で、二人は控えめに言って鬼のような形相を浮かべているからだ。

 すると加賀と同じく護衛任務に就いたアークが「少し落ち着け」とフォローに入った。

 しかし、

 

「どうしてよ!? 旦那さんをポッと出にダーリン呼ばわりされてるのに!?」

「私もまだダーリンだなんて呼んだことがなのにですか!?」

 

 この二人が落ち着く訳がない。相方の赤城も「まぁまぁ、二人共」となだめる中、アークが「まぁ、聞け」と前置きして阿賀野と加賀に説明を始めた。

 

「私の祖国イギリスでは、ダーリンという単語はよく使う単語なんだ。アメリカや日本のように恋人に対して使うダーリンとは意味が違うし、そもそもイギリスでもアメリカでも男性の恋人にはハニーと呼ぶのが主流だ」

 

 だからジャーヴィスが言ったダーリンは二人が思っているものではない……とアークが言うと、阿賀野も加賀も毒気を抜かれてやっといつも通りに戻った。

 

「なぁんだ〜、良かった〜。また提督さんのことを好きな子が増えちゃったのかと思ったよ〜」

「ふふふ、しかし今私が説明した通りだ。ダーリンなんて言葉に大した意味は無いんだからな」

 

 阿賀野の肩を軽く叩きながらアークが声をかけると、加賀が「だからあなたは平然としてたのね」とつぶやいた。

 

「まぁね……それに私ならアドミラルのことを呼ぶなら"シィ"だな♡ 彼の名前の一文字を愛情込めて呼ぶのが私流であり、愛称でパートナーを呼ぶのがイギリス式だ♡」

「わざわざご説明ありがとう。でも呼ばなくていいからね〜?」

「そうです。それに私は提督のことは旦那様とお呼びしたいです♡」

 

 こうしてアーク、阿賀野、加賀が妙な張り合いをしている間も、提督は他人事のように聞き流しながらジャーヴィスだけでなくみんなのことを優しくナデナデしていた。

 

「なんだかここの鎮守府は面白そうだね♪」

「そうだね! これから楽しみだよ!」

 

 ナデナデされてご機嫌のタシュケントとジャーヴィスが早速コロコロと笑って、楽しそうにつぶやいている横では、

 

「………………」

(どどど、どうしよう……司令にナデナデされちゃった……初めて男の人に触られちゃった……優しくて温かくて気持ち良かったなぁ……頑張ったらまたナデナデしてくれるかな? またあの笑顔をあたしに向けてくれるかな? これから頑張ってみようかな……えへへ♡)

 

 浜波が顔を真っ赤にしながらも、恍惚な表情を浮かべて提督のことを前髪に隠れる2つの目で熱っぽく凝視している。

 更にその横では、

 

「提督にナデナデされちゃいました! 嬉しいです!」

「なんか父ちゃんが出来たみたいだよな!」

 

 日振型姉妹がとてもニッコニコの笑顔でご満悦だった。

 こうして顔合わせが賑やかに終わると、ジャーヴィスとタシュケントは響、レーベ、浜波は夕雲、清霜、日振と大東は択捉、佐渡に連れられて執務室をあとにする。

 

「んじゃ、護衛に就いたみんなも精密検査と補給に向かってくれ」

 

 みんなを見送ったあとで提督が加賀たちに指示を出すと、加賀たちは揃って『了解』と敬礼。

 すると加賀が何かを思い出したかのようにハッと目を見開いた。

 

「? 加賀さん、どうかしたの?」

 

 いち早く気がついた矢矧がそう訊ねると、

 

「日振さんたちを小脇に抱えて『提督と私の子です。責任取ってください♡』作戦を今思いついて後悔の念が押し寄せてきてます!」

 

 加賀はその場でガックリと両膝を突いて嘆き、悔やむ。

 ただ、他の面々に同情や慰みといった思いはない。あるのはただ『こいつも馬鹿(あっち)系だったか……』という哀れみのみだった。

 いつだったか前にも加賀のようなことをした海外の戦艦がいた。しかしその目論見は叶うことなく潰え、涙を飲んだ。

 

「あの〜、加賀さん?」

 

 苦笑いしながら提督が加賀を呼ぶと、加賀はキリッとしたいつも通りの顔で「何かしら?」と立ち上がる。

 

「その作戦はよぅ……本人の目の前で言ったらダメなんじゃね?」

「…………そうね。私としたことが迂闊でした。次回は違う作戦名にしてチャレンジします♡」

 

 その曇りない真っ直ぐな眼差しと言葉に提督は何もツッコミを入れられず、ただ「お、おう」とだけ言葉を返した。

 こうして加賀は提督へ再度お辞儀すると目を爛々に輝かせて執務室をあとにし、赤城、アークはそんな加賀の背中を苦笑いしながら追った。

 そんな加賀たちを見送ると、

 

「司令……その、男冥利に尽きるとは流石だな」

「色々とあるでしょうけど、阿賀野さんと頑張ってください」

 

 磯風と浜風は苦笑いを浮かべて提督へ気遣いの言葉をかけ、最後は護衛任務で旗艦を務めた霧島が「ファイトです、司令!」と爽やかな笑顔で敬礼していくのであった。

 

 こうして提督と阿賀野型姉妹だけになると、

 

「……誰でもいいから、お茶くれ。冷たいやつ」

 

 提督はぐったりと背もたれに寄っかかってお茶を飲みたいと願う。

 すると能代が苦笑いを浮かべながら「今お持ちしますね」とお茶汲みへ向かった。

 

「本当、加賀さんはブレないわね……お疲れ様、提督」

「心遣いあんがと、やはぎん」

「でも普段頭がいい加賀さんも、リシュリューさんと同じようなこと考えてるなんて意外だったっぴゃ〜」

「どうしてそうなんだろうなぁ……嫌われてるよりはいいんだけどなぁ」

 

 提督の言葉に矢矧と酒匂は揃って困ったような笑みを浮かべ、なんと返せばいいのか言葉が見つからない。

 すると、

 

「馬鹿だからよ。提督さん好き好き馬鹿だからみんな似たりよったりの行動に出ちゃうんだよ」

 

 阿賀野がなんとも身も蓋もないことを言い放つ。

 

「ストレート過ぎない?」

「でもなんとなくわかっちゃうね……」

 

 矢矧、酒匂とそうこぼす横で、提督はノーコメント。

 

「ほら、類は友を呼ぶって言うしさ……それに愚者は自分を愚者とは思ってないもん。だって自分が愚者だからね」

 

 とても良い顔で毒を吐く阿賀野。的を射ているため、誰も異論を言えなかった上、これが阿賀野とガチ勢との関係なのだ(決して仲が悪いのではない)。

 しかし能代も矢矧も酒匂もこう思ったーー

 

 阿賀野姉ぇ(ちゃん)もガチ勢と一緒で提督好き好き馬鹿の一員だよね……

 

 ーーと。

 結局のところ、LOVE勢はみんなしてなんだかんだ似た者同士ということなのだろう。

 

「は〜い、提督。冷たいお茶が入りましたよ。阿賀野姉ぇたちの分もあるから、休憩にしましょ」

 

 能代がみんなのお茶を用意してそう促すと、提督たちは揃って頷きを返してソファーテーブルへと移り、これからの新着任艦たちの予定や今後の全体での任務分担を話し合いながらのんびりと過ごすのであったーー。




今回は五人一気に登場させました!
より賑やかになる鎮守府と頑張れ提督!って感じで♪

読んで頂き本当にありがとうございました!


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着任艦も揃ったので……

 

 鎮守府に新たな仲間たちが加わって数日の時が過ぎ、5月を迎えた。

 艦隊では新たに陽炎の改二や浦風の丁改とそれぞれの改造も施されたことで活気づいている。

 そして今、世の中はゴールデンウィーク。その中でも本日も任務に殉じた艦隊は、夕暮れの空の下を食堂へと足を運ぶ。

 その中には新しく着任した者たちもいて、最初は馴染めるか心配だったガンビーや浜波も少しずつだが交友の輪を広げ、笑顔が多くなってきている。

 

 そして今日はこれから食堂で彼女たちの着任式を兼ねたパーティを催すのだ。

 イベント委員会のメンバーを中心に朝から少しずつ準備をし、間宮たちを中心にこのパーティのための料理も準備万端。

 

「んじゃ、新しく着任したみんなに……乾杯!」

『カンパーイ!』

 

 提督の音頭により着任式パーティが幕を開けた。

 

 ーー

 

「ん〜♪ 日本のお酒美味し〜い!」

「アドミラルのおすすめしてくれたやつは飲みやすい……はふっ」

「うん……これは確かに美味しい! 日本に来てこんなに美味しい酒が飲めるなんて最高だよ!」

 

 イントレピッド、ガンビー、タシュケントのお酒が飲める面子は提督おすすめの"加賀美人"や"東洋美人"に舌鼓を打ち、早速飲兵衛艦たちと意気投合。

 

 一方こちらでは、

 

「うわぁ! 何これ何これ! 美味しい!」

「こ、これは肉じゃがだよ……そ、それでこっちがキンメダイの煮付けと、伊勢海老のフライだって……」

「日本って本当にお料理が美味しいのね! イギリスのみんなに今度教えてあげよ〜!」

 

 ジャーヴィスと浜波が仲良く間宮たちの料理に笑顔という花を満開にさせている。

 

「なぁなぁ、この伊勢海老フライすっげぇ食いごたえあんのな!」

「分かったから衣をポロポロ落とさないの!」

 

 そして日振型姉妹も楽しそうに、そして美味しそうに各料理に顔をほころばせていた。

 

 ーー

 

 新しく着任した者たちがそれぞれ談笑しながらいる様子を、提督は少し離れたところで阿賀野と眺めている。

 

「あれなら問題なく馴染めそうだな」

「そうだね♪ 浜波ちゃんとかはちょっと心配だったけど、あの様子なら大丈夫よね♪」

 

 夫婦共にそんな話をしながらいると、

 

「青葉の愛する司令官♡ 写真いいですか?♡ 寧ろ断られても撮っちゃいます♡」

「提督よ、この武蔵への酌を忘れてはいないか?♡」

「提督〜、私のことも構ってよ〜……むっちゃん(陸奥)泣いちゃうぞ〜?♡」

「提督さん提督さん♡ 鹿島が何かお料理持って来てあげましょうか?♡」

「提督さん、由良とも一緒に過ごしましょうよ〜♡ 奥さんとはいつも一緒に過ごせるでしょ〜?♡」

 

 ガチ勢がわぁっと詰め寄ってきた。

 

「写真撮るならかっこよく頼むぞ!」

「勿論です♡ というか、司令官はもう既にかっこいいです!♡」

 

「武蔵も今日は存分に飲めよ!」

「当然だ♡ でも酒ではなく、私はお前に酔うぞ♡」

 

「ほれ、陸奥は笑ってる方が断然べっぴんさんだぞ?」

「ふふふ、嬉しいわぁ♡ もっと褒めて褒めて♡」

 

「鹿島〜、おにぎり持ってきてくんね?」

「は〜い♡ 今持ってきますね〜♡」

 

「はい、由良! お手!」

「わんわん♡ って私だけ構い方おかしくない!?」

 

 ひとりひとりの言葉にちゃんと答える提督にガチ勢もLOVE勢も笑顔の大輪の花を咲かせ、提督との交流を楽しむ。

 一方で夫をみんなに奪われ、みんなの勢いに遅れを取った阿賀野は苦笑いをこぼしながら夫の様子を眺めていた。

 そこに矢矧が「阿賀野姉ぇ、大丈夫?」と声をかけると、阿賀野は「うん、平気よ?」と言葉を返す。

 

「無理してない?」

「怒っても司令のお腹つねったりとか、つま先を踏んづけちゃダメだよ?」

 

 能代、酒匂と声をかけると、阿賀野は「しないよ」と妹たちへ手をひらひらと振って見せる。

 流石に夫へキスしようとしたり、お持ち帰りしようとすればその者に鉄拳制裁をするつもりだが、これくらいならば毎度のことなので阿賀野は気にしないようにしているのだ。

 

「じゃあ、とりあえず食べましょうか」

 

 矢矧がそう言うと阿賀野は「賛成〜☆」と手をあげ、能代も酒匂も頷いて姉妹は仲良く料理を楽しむのであった。ただ、必ず提督が視界に入るところで……。

 

 ーーーーーー

 

 恒例行事の『鎮守府へ行こう! 新人の主張』、『食堂の中心で提督に愛を叫ぶ』が終わると着任式パーティは中間地点に差し掛かる。

 そしてここからはみんなが楽しみにしている有志発表だ。

 

『はい、皆さ〜ん! こ〜んば〜んは〜!』

 

 司会者としてマイクで呼びかける大淀の声に、艦隊のみんなが『こ〜んば〜んは〜!!』と元気にお返事をする。

 今回は妙にヒーローショーに出てくるお姉さんみたいな乗りだが、これはこれでみんなも乗り乗りだ。

 

『今回の最初の有志発表は〜、誰か分かる人はいるかな〜? 分かるお友達は手をあげてくれると嬉しいなぁ♪』

 

 すると駆逐艦の者たちは勿論、乗りの分かる者たちも一斉に手をあげた。

 その中で大淀は『じゃあ、あきつ丸さ〜ん♪』と指名すると、あきつ丸はスッと起立する。

 

「一番手はこのあきつ丸とまるゆ殿であります!」

 

 まさかの自分から答えちゃうパターン。しかしこうした乗りもここではお馴染みの一幕。みんなはあきつ丸の言葉に『おぉ〜!』と声をあげ、設置されたお立ち台へ上がる二人へ拍手を送った。

 

 あきつ丸とまるゆがみんなに対して一礼すると、大淀からマイクを譲り受ける。

 

『自分たちはこれから「歩兵の本領」を歌わせて頂くのであります! 今の我々はこのように海軍所属ではありますが、陸軍出身ということでこの歌にした次第であります!』

『え、えっと……歌詞の大和男子(おのこ)とかはスルーしてもらえると嬉しい、です』

 

 まるゆのお願いにみんなして『了解〜♪』と返すと、まるゆはホッと胸を撫で下ろす。

 そしてあきつ丸の目配せにより、脇に待機していた妖精音楽隊が演奏を開始した。

 

万朶(ばんだ)の桜か襟の色〜♪ 花は吉野に嵐吹く〜♪ 大和男子(おのこ)と生まれなば〜♪ 散兵綫(さんぺいせん)の花と散れ〜♪』

 

尺餘(しゃくよ)(つつ)は武器ならず〜♪ 寸餘(すんよ)(つるぎ)何かせん〜♪ 知らずやここに二千年〜♪ 鍛え鍛えし大和魂(やまとだま)〜♪』

 

 あきつ丸、まるゆと順番に歌う。

 その間、あきつ丸と仲の良い嵐や野分、速吸や神威が手を振り、まるゆに至っては潜水艦勢が声援を送っていた。

 そして最後の十番だけは二人で一緒に歌い上げる。

 

 最後に二人がみんなへ陸軍式の敬礼をすると、食堂からは割れんばかりの拍手と歓声が上がった。

 

『はい、あきつ丸さん、まるゆちゃん! どうもありがと〜! じゃあ次は誰が発表してくれるのかな〜?』

 

 大淀が今度はそう呼びかけると、瑞鶴が元気よく「は〜い!」と手をあげる。そして瑞鶴の隣にいた姉の翔鶴も一緒に立ち上がると、食堂の中央を突き進んでお立ち台へと上がった。

 朧と秋雲が二人の前にスタンドマイクを設置すると、

 

『今度は私が「海軍小唄」を歌うわ!』

『私は掛け声をやります』

 

 出し物を発表すると、みんなから『やれやれー!』、『陸軍の歌に負けんなー!』と応援された。

 因みに『海軍小唄』とは多くの歌手にリメイクされて歌われる『ズンドコ節』だ。

 軍歌のひとつといわれることもあるが、実際のところは戦地に赴く男たちの本音を歌った流行歌のようなものであり、炭鉱や漁港で歌われていたリズムを元に門司出身の学生が作曲したものとされていて、1945年頃に流行った曲である。

 

 それから瑞鶴の合図で妖精音楽隊が演奏を始めると、姉妹は揃って『ズイ₍₍(ง˘ω˘)ว⁾⁾ズイ』と小踊りする。

 

『汽車の窓から手を握り♪』

『ズイ♪』

『送ってくれた人よりも♪』

『ズイ♪』

『ホームの陰で泣いていた♪』

『ズイ♪』

『可愛いあの子が忘られぬ♪』

『ズイズイズイ、ズイズイ♪』

 

 いざ歌い始まると、その『ズイズイ』押しにみんな思わず笑う……しかしリズムも取りやすいため、駆逐艦たちや海防艦の中には楽しそうに翔鶴の真似をする者もいた。

 そして翔鶴や瑞鶴は気付いていないが何かと五航戦に厳しい加賀でさえも翔鶴の掛け声を真似、柔らかい笑顔で口ずさんでいたところを赤城や蒼龍、飛龍がバッチリと動画に撮っていたそうな(後、加賀にバレて三人は加賀から半日間口を利いてもらえなかったが、それは別のお話)。

 

『提督夫婦がイチャついて♪』

『ズイ♪』

『艦隊みんなが砂糖吐く♪』

『ズイ♪』

『ガチ勢負けじと割込むも♪』

『ズイ♪』

『阿修羅の阿賀野に歯が立たず♪』

『ズイズイズイ、ズイズイ♪』

 

 最後は見事な替え歌を披露して終わった瑞鶴とブレぬ掛け声を披露した翔鶴。

 食堂には二人に対して拍手や歓声が送られる中、

 

「最後のはどういった歌詞だ〜!」

「変な替え歌しないで〜!」

「五航戦のツイテ娘はやはり頭に来ますね……」

 

 ガチ勢たちからは野次られた。

 

『何よ〜! 私の考えた歌詞に文句あるわけ〜!? 歌詞の通りのくせに〜!』

 

 しかしバッチリとその耳に届いていた瑞鶴が反論すると、ガチ勢は共に『阿賀野には負けてな〜い!』と言い返した。

 すると周りからーー

 

「でも、誰も阿賀野さんに勝てないよね?」

「げんこつされて退散してたよね?」

「寧ろ阿修羅化した阿賀野さん見たらみんな逃げてるよね?」

 

 ーーと、様々な異論が来たのでガチ勢は共にぐぬぬと唸り、瑞鶴はズイ顔(ドヤ顔)するのであった。

 そのやり取りに新しく着任した者たちはオロオロ、おどおどしたが、食堂の雰囲気はほのぼのとしていたので『あ、これがここの日常なんだ……』と悟ったらしい。

 

 そんなこんなで翔鶴たちが落ち台から降りると、

 

『ふははは! 次はこの私だ!』

 

 ガングートことガン子ちゃんがまるで悪の親玉の如く登場する。

 みんなの歓声にガン子ちゃんはウンウンと頷き、マイクを持つ(小指を立てて)。

 すると妖精音楽隊がロシアの歌謡曲『Катюша(カチューシャ)』。

 因みにカチューシャはよくロシア民謡だと言われるが、作曲者等がはっきりと分かっているので単にロシア歌曲やロシア歌謡と言う方が適切らしい。

 

Расцветали яблони и груши(咲き誇る林檎と梨の花)〜♪』

 

 ガン子が歌い出すとタシュケントが『ypaaaaaaaaa!!』と大声で叫び、響もどこか懐かしそうにその歌へ耳を傾ける。

 すると、

 

『〜Выходила на берег Катюша(若いカチューシャは歩み行く)〜♪ На высокий берег на крутой(霧のかかる険しく高い河岸に)〜♪』

 

「Hа высокий берег на крутой〜♪」

 

 タシュケントもお立ち台に上がって飛び入り参加。

 ガン子と仲良く肩を組んで歌い、時折「ypaaaa!!」と掛け声を出す。

 みんな最初こそは驚いたものの、乗りのいいタシュケントに声援を送った。

 

 その後も食堂では夜遅くまで着任式パーティが続き、新しく着任した者たちは早くも艦隊の空気に慣れ、イキイキとした笑顔を浮かべていた。

 提督もそんなみんなを見ながら、父性あふれる笑みを浮かべるのであったーー。




ということで今回は着任式パーティ回にしました!
ズンドコ節の替え歌はご了承ください^_^;

読んで頂き本当にありがとうございました!


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みんなの過ごし方

 

 ゴールデンウイークラストとなる今日。

 そんな日の朝、艦隊はこの日を休日という形で迎えた。この休日を勝ち取るために、みんなで任務を数多くこなした結果である。

 ただ、完全に休みということではない。鎮守府正面海域の警護や哨戒任務を必ずやらなければ、最悪の事態に対応が遅れるからだ。

 しかしここの鎮守府の正面海域は鎮守府が完全に制海権を奪還しているので、哨戒や警護もみんな警戒態勢は厳としているが攻略海域より断然気楽なもの。

 なので、

 

 ー鎮守府正面海域ー

 

「あっちに逃げたクマ!」

「任せるにゃ! 今夜のおかずは逃さないにゃ!」

 

 艦娘たちは任務をこなしながら、その合間にこうして暇を潰して(?)いる。

 此度は球磨と多摩が艦隊を引き連れて哨戒任務にあたっているが、今はこのように球磨と多摩が一方的に『今夜の自分たちのおかずになれ!』と決めた()()()()()()を追い詰めているところだ。

 

「ん〜、毎回これくらい楽ちんだといいんだけどなぁ〜」

 

 そんな球磨たちを見ながら時津風はそんなことをつぶやく。

 すると、

 

「海である以上、敵が来る確率はゼロじゃない。気は緩め過ぎるなよ?」

 

 隣にいる初月がソナーから目を離さなずに時津風へ釘を刺した。時津風は真面目だなぁ……と思いながらも口では「了解」と言葉を返す。

 最初こそ時津風は真面目勢と組むのは苦手だったが、今ではその真面目勢も手を抜くべき時を心得、ぐうたら勢もオンとオフの切り替えはしっかりと出来るようになったからだ。

 その証拠に……

 

「時津風、少し下がった方がいい」

「え、なんーー」

 

 で?ーーと訊ねようとした時津風だったが、その言葉は水しぶきの音で掻き消された。

 何故なら、

 

「ぷはぁ〜……あ〜、疲れた!」

「でも大漁だよ!」

「ちょっと〜! 浮上する前にちゃんと上確認してよ! 口に海水入った〜! ぺっぺっ!」

 

 ろーちゃんとルイが急浮上してきたから。そんなルイの手には網が握られており、網の中にはイワシやサバ、タコから貝まで入っている。二人は今回の哨戒任務で敵潜水艦以外と遭遇した場合のために艦隊へ編成されているのだが、海中の偵察ついでにこのように海の幸を頂いてきた次第だ。

 

「だから僕は少し下がれと言ったんだ……ほら、タオル」

「むぅ……なら最初からそう言ってよねぇ」

「言ったらイタズラにならないだろう?」

 

 ふふんと得意気に鼻で笑う初月の態度に時津風はとても悔しそうに唸った。

 

 ……このように初月ほどの真面目な艦娘でも仲間と楽しむ余裕があるのは、艦隊にとってはプラスであり、みんなが仲良しということでもあるのだ。

 

 時津風が唸っているのを初月が今度は可笑しそうに笑って見ていると、ふと二人の足元にいるろーちゃんとルイが揃って『あ』と声をあげた。

 そして次の瞬間、初月のすぐ後ろでザパーンと大きな水柱が立ち、そのせいで初月は時津風とは違い、頭から海水を被る形になってしまう。

 

「っしゃー! 確保クマー!」

「今夜はマグロ丼にゃー!」

 

 水柱の正体はこの二人とカジキマグロのせい。

 

「…………」

「バチが当たったね、初月〜♪」

「……あぁ、全くだ……あはは♪」

 

 こうしてみんなが休みの中での哨戒任務であるが、その面々は自分たちなりにリラックスして任務にあたっているのであった。

 因みにその日の昼はろーちゃんたちが捕まえた海の幸を艦隊で食べ、夜になると初月・時津風・呂五〇〇・ルイージの四名は球磨と多摩にカジキマグロ丼をご馳走されたそうな。

 

 ーーーーーー

 

 一方、鎮守府ではというと各寮の談話室で同時に催し物が開かれており、みんな好きな場所で過ごしている。

 ラインナップは以下の通りーー

 

 戦艦寮  :お菓子食べ放題

 空母寮  :ボードゲーム大会

 重巡洋艦寮:お昼寝&お喋り会

 軽巡洋艦寮:カラオケ大会

 駆逐艦寮 :映画鑑賞会

 潜水艦寮 :漫画読み(飲み物等は各自持参)

 特務艦寮 :間宮&伊良湖の料理教室

 

 ーーこのように全体で休みの日を満喫するのだ。

 

 ー駆逐艦寮ー

 

「いやいや、そこはアカンて! アカン、逃げて〜!」

 

 ここでは映画鑑賞で休日を楽しんでいる。

 今は荒潮オススメのホラー映画『リンゴ』を観ているところで、中でも黒潮が絶叫中。因みに『リンゴ』とはとあるリンゴ農園がもたらした呪いのリンゴを食べた者は必ず不可解な死を遂げるという、サスペンスホラーだ。

 

「あはは、黒潮のせいで笑っちゃうよ〜♪」

「お前本当にリアクションいいよなぁ」

 

 黒潮がワーキャーしている横では、皐月と摩耶が黒潮の反応を楽しんでいる。

 

「せやかて〜、あそこであんなフラグビンビンのセリフと行動やで? まんま死んでまうやんか〜……うち、この俳優というか演じてるキャラ好きやから、死なんでほしいの〜」

 

 皐月と摩耶に黒潮はそう言葉を返しながら、目は映画に釘付け。

 

「そんなに心配なら〜、ネタバレしとく〜?」

 

 荒潮がそう言い、その隣にいる山雲が「あの人はね〜」と語ろうとすると、黒潮は「いやや〜、聞きたくない〜!」と耳を手で塞いだ。そして思った通りの反応を見せる黒潮を荒潮と山雲はとても喜々として見ていたのでみんなして苦笑いし、その後も楽しく映画鑑賞をするのだった。

 余談だが、黒潮が好んだキャラは最後まで生きていたという。

 

 ー戦艦寮ー

 

「追加のお菓子貰って来たわよ〜♪」

 

 そしてここではみんなしてお菓子を堪能中。

 今は丁度、扶桑が特務艦寮から出来上がったばかりのお菓子を大きなバスケットいっぱいに貰って戻ってきたところで、みんなして扶桑の周りに群がる。

 正確に言うと、特務艦寮の催しで多量にお菓子を作るので、それをここにいるみんなが食べるという催しだ。あの黒い三ツ星シェフたちも携わっているが、必ず誰かがマークしているのでとんでもない料理が出来ることはない。

 

「卯月、あれとあれとあれ持ってきて」

「任せるぴょん♪」

「あたしも行く〜♪」

 

 そしてスイーツクイーンの弥生はリスのようにクッキーをサクサクしながら、卯月へ次に食べたい物を持ってきてとお願いしているところで、卯月の後ろから文月もちょこちょことそのお手伝いに向かった。

 

「弥生ちゃんはよく食べるね〜……」

 

 そんな弥生の側にたまたま居合わせた白露は、ココアを飲みながら声をかける。すると弥生は「まだまだ食べられるよ?」と何故か疑問系で小首を傾げて返した。

 

「まぁ、弥生ちゃんだもんね〜。それに私の妹の中にもよく食べてる子がいるしね……」

 

 そう言う白露の視線の先には、

 

「はい!」 「ほい!」

「パクッ」 「パクッ」

「はい!」 「ほい!」

「パクッ」 「パクッ」

「はい!」 「ほい!」

「パクッ」 「パクッ」

 

 パンケーキとどら焼きをまるでわんこそばの如く食べる海風と山風の姿が……。そして相変わらず楽しそうに二人へ食べ物を与えているのは江風と涼風の両名。因みに江風は山風にパンケーキ、涼風は海風にどら焼きを与えている。

 

「あの二人は弥生の永遠の(ライバル)……」

「そっか……これからも二人と仲良くしてね?」

「うん……でも、白露とも仲良くする」

 

 ニコッと曇りない笑顔で弥生にそんなことを言われた白露は、自然と弥生を抱きしめていた。そして大量のお菓子を持って戻ってきた卯月や文月に『弥生(ちゃん)だけズル〜い!』と可愛い抗議をされたので、白露は二人のことも抱きしめて癒やされるのだった。

 

 ーーーーーー

 

 鎮守府にいるみんながそれぞれ休みを満喫する中、

 

「初雪〜、部屋でゲームしてるだけでいいの?」

「モッチーもいいの?」

「吹雪だって部屋(ここ)にいるじゃん」

「ミカもな〜」

 

 駆逐艦寮の吹雪型1号室では吹雪・初雪・三日月・望月の四名がまったりと過ごしている。

 初雪と望月は仕事が休みなので自分たちのハマっているゲームをしており、吹雪と三日月はそんな二人のそばにいるのだ。

 

「だって初雪は目を離したらずっとゲームしてるんだもん」

「モッチーもだよ。だからこうして一緒にいるんだもん」

 

 二人が言うように吹雪たちは初雪たちがゲームのし過ぎにならないよう監視している……と言っても一定時間になるとゲームを止めさせて5分ほどの休憩をさせるのみで、本心では二人を放っておけないお節介なのである。

 

「吹雪も一緒にやる?」

「私は見てるだけでいいかな〜……目が回りそうだし」

「ミカは?」

「わ、私も見てるだけ……でも見てるだけで十分楽しいよ?」

 

 三日月はそう言うと吹雪へ「ね?」と訊ねた。すると吹雪は笑顔で頷きを返す。

 そんなそれぞれの姉たちを見る妹たちは心の中で姉の優しさにお礼を言い、二人を楽しませるように難しいミッションを派手にこなすのであった。

 

 ーーーーーー

 

 その頃、提督はというと地元の漁協が管理している港へ艦娘たちと来てきた。

 提督に休みはない。今回訪れたのも仕事の一つ。

 しかし、

 

「全艦空砲用意……放て!」

 

 今回は漁協が催したゴールデンウイークのイベントに呼ばれたので、堅苦しい仕事ではない(ただ、変なところは見せないようにしている)。

 このイベントでは港にあがった魚介を使った料理の屋台は勿論、実際に船に乗って遊覧したり、マグロの解体ショーがあったり、しらすの袋詰め放題があったりと多くの来客たちを楽しませているが、今はこのように本日のメインイベントとなる『地元の海を守る艦娘たち』というなんちゃって観艦式に臨んでいる。

 

 そのイベントに参加しているのは阿賀野、矢矧、神通、伊勢、日向、アイオワ、ウォースパイト、蒼龍、飛龍、高雄、愛宕、電、叢雲である。

 

 一般の人々が艤装を身に着けた艦娘を間近で見れる貴重なイベントなので、皆は艦娘たちの写真や動画を撮ったり声援を送ったりして大興奮。

 

 このなんちゃって観艦式は漁協の組合長が提督と始めたことで、今回で3回目となる。

 最初は反日マスメディアがこぞって取材という名目で批判をし、大々的に『平和とは程遠い軍の行為』などとマイナス的なイメージの報じ方をした。しかしそれとは裏腹に、自分たちを守ってくれる国防軍や艦娘たちを支持する声が多く、晴れて3回目を開いている状況で今回に至っては何かとうるさい反戦デモ団体が来ていない。

 

 仮に来たとしても周りから白い目で見られるのがオチであり、そもそも自分の命を危険に晒して国や自分たちを守る国防軍や艦娘たちを否定するならば、反戦デモ団体が深海棲艦へお得意の話し合いで『日本は平和なので攻めて来ないてください』と言えばいい……寧ろそうしてこいと日本国中から叩かれたこともあって、反戦デモ団体にとっては居心地の良い場所ではないのだ。

 

 ーー

 

 そんなこんなで艦娘たちの実演が終わると、今度は来てくれた人々との交流会が始まる。

 交流会では艦娘と話をしたり、握手をしたり、一緒に記念撮影をしたり出来るため、このイベントで一番盛り上がる時間だ。ただ艦娘のそばには常に警察官と憲兵がいるので、ここで不届きなことをする者はそうはいない。

 

「あ、あの! 握手してください!」

「えぇ、勿論」

 

「と、とってもかっこよかったです! これからも頑張ってください!」

「はい、頑張ります」

 

「主砲の音がすっごくかっこよかったです!」

「あらそう、ありがとう♪」

 

「瑞雲! 瑞雲! 瑞雲!」

「まぁ、そうなるな……」

 

 矢矧、阿賀野、伊勢、日向は一般の人たちとそれぞれ握手をし、笑顔で言葉を交わす。日向の周りは傍から見れば怪しい宗教団体にも見えるが、気にしないことにする。

 その横では神通が老略男女問わず多くの人々から記念撮影を頼まれててんやわんやし、更にその横では電が色んな人々からお菓子を大量に貰ってはわわとしていた。

 そして、

 

「お姉ちゃんたちおっぱいでっけー!」

「うちの母ちゃんよりでっけー!」

「あ、あはは……」

「もぉ、そんなこと言ってちゃダメだよ〜?」

 

 二航戦や高雄たちは子どもたち(主にエロガキ)に群がられている。しかしみんなは怒ったりはせず、子どもだからと優しくたしなめる程度。

 すると、

 

「ヘーイ、ボーイズ! そんなデリカシーのない行動をしているとガールズからモテないわよ!」

「そうよ、男子たるもの常に女子には礼儀正しく接しないといけないわ」

 

 海外勢代表でイベントに出たアイオワとウォースパイトにそう言われると、子どもたちは蒼龍たちの時とは打って変わって『は〜い!』と素直に返事をした。何故なら二人の大きく開いた胸元が眩しくて、心からモテたいと思ったから……。

 これには蒼龍たちも子どもは正直でまっすぐだなぁ……とつくづく思うのだった。

 

 その一方、

 

「ねね、あの軍服を着た偉い感じの人、何気カッコよくない?」

「太ってるけど〜、ギャップがあっていいよね〜☆」

「分かる〜☆ 命令してる時とかパナかったもん☆」

 

 提督は提督でギャルっぽい女性たちの話題になるくらいモテていた。

 今提督は組合長と共に地元の記者やジャーナリストたちからの質問に応答しているため、いつもより二割増にキリッとしている。

 そんな提督を遠巻きではあるが女性たちは提督の写真を撮ったりしてキャッキャしているところ。

 

「………………」

 

 そんな女性たちを妻である阿賀野は死んだ魚のような目で睨んで見ていた。

 

「阿賀野姉ぇ、顔顔……とても怖い顔してるから」

 

 すかさず矢矧が注意すると、阿賀野はいつもの顔に戻るが「提督さんの魅力がバレちゃう〜」と危機感を顕にした。

 すると叢雲が「バレてもいいんじゃない」と言ってきたので、阿賀野は「どうして?」と訊ねる。

 

「だって、それだけモテてる人があなたの旦那なんでしょ? 鼻が高いじゃない?」

 

 叢雲がそう言うと、阿賀野は途端にニヤァとだらしない顔に早変わり。

 そんなこんなで艦隊のゴールデンウイークは楽しく賑やかに、それでいて穏やかに終わるのだったーー。




せっかくのゴールデンウイークなのでこのような回を書きました♪

読んで頂き本当にありがとうございました!


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夜の艦娘寮:三晩目

 

 5月のとある日の夜。そこそこ気温も上がり、夜もすっかり過ごしやすくなった泊地。

 しかしこの日の夜は妙に蒸し暑く、鎮守府の酒保では早くもレギュラーメニューのシロップサイダーが閉店間際に完売するほどだった。

 

「んぅ〜、今夜はちょっと暑いね〜」

「だなぁ、海がすぐそこだから窓を開けときゃ潮風は入ってくるが、それでも今夜はあまり涼まんねぇなぁ」

 

 そんな夜を夫婦はそう話しながら窓辺に肩寄せ合って座って、夜空を肴に晩酌と洒落込んでいる。

 互いに湯浴みも済ませ浴衣姿。涼し気ではあるが、肩寄せ合っている上に互いの指と指を絡めて恋人のように手を繋ぐ夫婦はどこから見ても常夏のように見える。

 

「おつまみのおかわりいる?」

「俺はいらねぇ……阿賀野が食べたきゃ持ってこいよ」

「私〜? ん〜……太っちゃうからいい」

「そんな細い腰してよく言うぜ」

 

 提督はそう言うと、妻の腰をツンツンと指で突いた。

 

「やん……でもぉ、能代や矢矧よりは……」

「そりゃあ、あの二人は自制してるからなぁ。んでもってさかわんに至っちゃ比べるまでもねぇしな」

「酒匂と比べないでよぉ」

 

 ムスッと可愛らしく抗議する阿賀野だが、夫からは「俺は正直者なんでね」と軽くあしらわれてしまう。

 

「むぅ、慎太郎さんの意地悪〜」

「そんな意地悪な奴と結婚したのは誰だよ?」

「は〜い♡ 私、阿賀野で〜す♡」

 

 キラリーン☆とウィンクする妻に提督は思わず苦笑いした。しかしそれも自分が惚れた妻の可愛いところ……なので提督は「ならいいだろ」と返しながら、妻の長く綺麗な黒髪を手で優しく梳く。

 

「あ、お酒も無くなっちゃったね」

「そうだな……んじゃ、歯ぁ磨いて寝るか」

「えぇ〜、寝ちゃうの〜? まだ二二〇〇だよ〜?」

 

 阿賀野は不満そうに言うと、提督の腕にギューッとしがみついてジーッと提督に目でナニかを訴えた。

 それを察した提督は酒のせいではない熱が込み上げてくるのを感じる。

 チラリと妻の方へ目を向ければ、期待で目を輝かせる愛らしい顔とそれとは裏腹に艶やかに覗くたわわな阿賀野山の谷間が自分を誘っていた。

 

「……一回だけだからな?」

「え〜、一回だけなの〜?♡」

「明日は阿賀野も出撃だろうが……か、帰ってきたら沢山してやるよ……」

 

 カァーッと耳まで真っ赤にして提督が約束すると、阿賀野の目はより一層キラキラと輝く。

 

「じゃあ、早く歯磨きしてお布団行こ♡ ちゃんと阿賀野が帰ってこれるように、慎太郎さんの愛で阿賀野を繋ぎ止めて♡」

「どんなプレイだよ……」

「例え話ですぅ♡」

 

 こうして夫婦は仲良く歯磨きをしに洗面所へ向かい、歯磨きを終えて寝室の布団に寝転がると、夫婦の愛を育むのであった。

 

 ーーーーーー

 

 夫婦がそんなイチャイチャのアツアツな夜を過ごしている頃、軽巡洋艦寮の1号室では艦娘たちが楽しく穏やかな時間を過ごしていた。

 

「三光来たぜぇ!」

「あ〜ん! また負けた〜!」

 

「へぇ〜、この曲、いい曲ね」

「でしょ〜? アルバム貸してあげるから他のも聴いてみてよ♪」

 

 1号室に暮らすのは本来、川内・天龍・那珂・龍田なのだが、今夜は矢矧と龍田を交換してのお泊り会。

 なので普段は就寝している頃だが、今日ばかりはみんなちょっと夜更かししている。

 そして今は川内と天龍が花札をし、矢矧と那珂は那珂の好きなアイドルグループの曲の話で盛り上がっているところ。

 

 その頃、3号室ではーー

 

「それで〜、これは私と天龍ちゃんが阿賀野ちゃんと一緒に提督のお見舞いに行った時に隙きをついて撮った写真よ〜」

「はわ〜、提督さんはこの頃からカッコイイわ!♡」

「天龍、とっても嬉しそうにしてる!」

「心が温まる1枚だね……」

 

 龍田がこのお泊りのために部屋から持ってきた自身のアルバムをみんなに見せていた。

 今みんなが見ているのは龍田が天龍にバレないように撮影した物。阿賀野が席を外している間に天龍が提督に脚の具合を訊き、提督が大丈夫と笑って『んなこと気にしてねぇで、お前は笑ってろよ。俺はそっちのお前の方が好きだぜ?』と言われて頬を優しく撫でられているところなのだ。

 由良は相変わらず提督だけに目が釘付けだが、夕張や名取はその1枚に二人の絆を感じてホッコリしている。

 

「あ、この写真……」

 

 すると名取が興味深い写真を発見。名取の言葉に由良と夕張がその写真に目をやった途端、二人は『あ〜!』と大声をあげた。

 何故なら、その写真は今の状態の提督がソファーの上で龍田を膝の上に乗っけてお姫様抱っこしているから。

 

「あぁ、これ? 阿賀野ちゃんがいつも気持ち良さそうにしてるから試させてもらった時のなの〜」

 

 さも平然と言う龍田であるが、ガチ勢の由良とLOVE勢の夕張は共に女の子がしてはいけないムンクの『叫び』みたいな顔をしている。

 その中で一人常人の名取は『あ、龍田ちゃんは提督のこと好きだけど、LOVE勢とかじゃないから阿賀野ちゃんに許されたんだ……』と冷静に分析していた。

 

「ちょ、ちょっと龍田さん……いや、龍田様! どうかこの由良に提督さんに抱っこされる秘術をご伝授頂けないでしょうか!?」

「わ、私も……出来るならされてみたいなぁ……って」

 

 まさに綺麗な土下座で畳に額を擦り付けながら頼む由良とモジモジと頬を赤らめてお願いする夕張。

 

「ん〜……夕張ちゃんならしてって言えばしてもらえそうだけど、由良ちゃんは無理ね」

「な、何故それがしは無理なのでござんすか!? クワスク教えて頂きたいでごんす!」

 

 龍田の言葉に夕張が喜びの表情を浮かべる横で、由良は必死過ぎてキャラがとっ散らかっていた。

 しかし龍田から「日頃の行いが悪いから」と一蹴され、由良は悲痛の叫びをあげる。

 しかししかし明石特製提督の等身大抱き枕にすがり付いて、ほんの数秒で「ぐふふ♡」と復活する由良はやはり()()()()であった。

 

 所戻り、1号室はーー

 

「へへへ、これで3食も飯がタダだな〜♪」

「はぁ、負けた負けた〜。今日はついてないや」

 

 花札が一段落していた。

 二人は賭けをしていたので、勝ってホクホクしている天龍と負けてふて寝している川内と様子がハッキリ分かれている。

 

「相変わらずね……というか、結構やってたけどどういう感じに賭け事が成立してるの?」

 

 矢矧がそう訊ねると、すぐ隣にいた那珂が「あぁ、あれはね〜」と説明してくれた。

 

 ルールは普通の花札のこいこい。

 役は以下の通り

 

 カス(1点)

 カス札を10枚集めた役。

 以後1枚増える毎に1点加算。

 

 短冊(1点)

 短冊を5枚集めた役。

 以後1枚増える毎に1点加算。

 

 タネ(1点)

 タネ札を5枚集めた役。

 以後1枚増える毎に1点。

 

 猪鹿蝶(5点)

 萩・紅葉・牡丹のタネ札。

 

 赤短(6点)

 梅・桜・松の短冊。

 

 青短(6点)

 牡丹・菊・紅葉の短冊。

 

 三光(6点)

 五光札を3枚。

 

 雨四光(8点)

 雨を含む五光札を4枚。

 

 四光(10点)

 五光札を4枚。

 

 五光(15点)

 五光札を5枚。

 

 月札(4点)

 月札を四枚。

 

 親権(6点)

 双方役が出来なかった場合は親の勝ち。

 

 補足で菊のタネ札である杯は、化け札としてカスに加算され、 これを取ると例えばカス9枚で役が完成となる。

 更に五光札の桜があれば花見で一杯(5点)、同じく五光札の月があれば月見で一杯(5点)となる。

 

「今、二人は1点、2点って数えるけど、他の人によっては"点"が"文"だったり、やる人によって点数計算は違うよ〜」

「ふむふむ、それで賭けはどうしてるの?」

 

 すると今度は川内が「私たちのは〜」と、自分たちの賭け方を寝そべりながら説明し始める。

 

 ルール

 こいこい5回勝負で総合点数が高い方が勝ちで、勝者の点数から敗者の点数を引いた点数ですることが変わる。

 

 例

 10点以下だった場合:ジュース奢り

 11点〜20点の場合:スイーツ奢り

 21点〜30点の場合:ご飯奢り

 31点〜40点の場合:お酒奢り

 41点以上だった場合:酒保で3000円分奢り

 

「んで、ジュースがアイスになったり、スイーツがジュース1ケースになったり、その時の気分で変わるよ〜」

「なるほど……それで川内は3回やってどれもご飯の奢りだったのね」

 

 矢矧が納得すると、天龍が「そういうこと〜♪」と上機嫌に言って缶チューハイを飲み干した。

 

「矢矧もやってみるか? 那珂のア〇ドルマスターの話だけじゃつまんねぇだろ?」

「つまんなくなんてないもん! 矢矧ちゃん、ちゃんと楽しそうに聞いててくれたもん!」

 

 天龍の言葉に那珂が強く反発すると、天龍は「あぁ、悪ぃ悪ぃ」と苦笑いして謝った。天龍としては興味が薄い話でも、那珂にとっては好きなことなので人の好きなことに天龍は基本的に野暮なことは言わないのだ。

 それに、

 

「天龍だって、那珂の影響でそのなんたらマスターのゲームとかスマホのアプリやってるじゃん」

「う、うるせぇなぁ、楽しいのは楽しいからいいんだよ」

 

 川内が言うように天龍もなんだかんだ言いながらバッチリ影響されている。

 天龍は少し頬を染めながらそっぽを向くと、

 

「天龍ちゃんのお気に入りは〜、神〇蘭子ちゃんと二〇飛鳥ちゃんと前〇みくちゃんと阿〇菜々ちゃんと佐〇心ちゃんだよね☆」

 

 那珂から推しメンを暴露された。

 矢矧が「へぇ、なんか意外ね」と言うと、

 

「だよね〜……最初の二人は同じ中二病だから分かるけど、あとの三人はね〜?」

 

 川内もその話題に乗っかってくる。なんだかんだ矢矧も川内も知っているということは触れないでおこう。

 しかし、

 

「二人共何言ってんの? あとの三人はアイドルに命を懸けて、ステージに立ってない間も努力を惜しまず頑張ってるキャラクターだよ? 天龍ちゃんと一緒じゃん!」

 

 那珂の説明で『あ、なるほど』と矢矧も川内も納得してポンと手を叩いた。

 天龍が努力家なのは鎮守府のみんなが知っていて、その証拠に天龍は提督との事があって以来、早朝からの鍛練を欠かさずしているのだ。

 なので天龍は分かってもらえて嬉しい反面、気恥ずかしさで耳まで真っ赤にして小刻み震えている。

 

「だ〜っ、もう! うっせぇうっせぇ! オレのことなんざどうでもいいんだよ! それより花札やんのかやらねぇのか決まったのかよ!?」

 

 天龍が強引に話題を花札へ戻すと、

 

「ふふ、なら一つお願いしようかしら?」

「次は那珂ちゃんとだからね〜☆」

「見守ってるよ〜♪」

 

 矢矧、那珂、川内からなんとも温かい笑みを向けられた。

 

「手加減してやんねぇかんなっ!?」

 

 こうして矢矧は天龍と花札を勝負したが、精彩を欠いた天龍は花札初心者の矢矧にボロ負けし、酒保で3000円奢るハメになった。

 ただ、この時も矢矧の百面相は健在で天龍たちは笑いを堪えるのに必死だったそうな。

 

 因みに、次の日の朝。いつも通り早朝鍛練に向かう天龍に矢矧も同行し、二人は朝から笑顔で気持ちの良い汗を流したんだとかーー。




此度の『夜の艦娘寮』はゲームをするのがメインではなく、友情を深めるのがメインになりましたがご了承を。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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提督はパナイ

 

 5月の中旬。本日の天気はあいにくの雨。雨は昼下がりとなった今も降り続いている。

 しかしそれでも、艦娘たちは今日もいつもと同じく任務や訓練に励む。訓練に励む者たちは雨の時ほど悪天候時の戦闘を意識して出来るため、いつもより充実した訓練を行えるのだ。因みに今は駆逐隊たちが訓練中。

 

「隊列を崩すな! 崩したら自分だけでなく、仲間までもが死ぬ確率が上がると知れ!」

 

 此度の訓練教官を務めるのは赤城。その赤城の声に訓練に励む者たちは声を張り上げ、隊列を戻そうと全体が速度を下げる。

 するとそれを待っていたかのように大鳳が予め上空で待機させておいた艦爆隊が艦隊へ向かって急降下を始めた。

 

「敵機見ゆ!」

 

 いち早く気がついた涼月の凛とした声。今訓練している者の中で一番練度は低くくとも、対空においては頼もしく、その声で皆は素早く輪形陣に移行することが出来た。

 

「対空砲火!」

 

 雨音にも負けぬ赤城の声が響くと、皆共に大鳳の艦爆隊を相手に奮戦するのだった。

 

 ーーーーーー

 

 訓練を終えた艦娘たちは艤装を工廠へ預け、ドック内のシャワールームで体を洗い流したあと、用意された制服に袖を通す。

 脱いだ制服は濡れ、汚れているため妖精たちがランドリーへ運んで洗濯からクリーニングまでする。因みに破れていたり、ほつれがあれば新品同様になって戻ってくるのだ。

 

「ふぅ……」

 

 制服を着、気を引き締めるように息を吐く涼月。

 

「お疲れ様です、涼月」

 

 すると不知火が涼月の背中をポンと叩いて、言葉をかけた。

 

「あ、不知火さん……お疲れ様でした」

 

 微笑み、言葉を返す涼月に不知火も微笑みを返しながら「訓練にはもう慣れたみたいね」と言う。

 

「気に掛けて頂いてありがとうございます」

「仲間を気遣うのは当然のことです」

 

 不知火がそう返すと、涼月は不知火の優しさに思わずまた笑みを浮かべた。

 

「もっともなこと言ってるけど、不知火は涼月にどう話しかけようかずっと悩んでたっぽい」

「んで、無難に行けってあたいが背中押した♪」

 

 共に訓練に参加した夕立と朝霜の両名から暴露されると、不知火は「相変わらず無粋なことをしますね」と苦笑い。

 

「ふふふ、皆さん仲がよろしいんですね」

 

 涼月はそう言い、片手で口を押さえて淑やかに笑う。するとみんなの横から「何他人事のように言ってるわけ?」と言う者がいた。

 みんなしてその声の方を見るとそこには先日やっと改二への改造が施された満潮の姿があり、その満潮はどこか呆れたような笑みを浮かべている。

 

「仲がいいのはみんな同じよ……んでもって、あんたもその仲がいい"みんな"の中に入ってるわけ」

 

 満潮の言葉に涼月は満潮が自分へ伝えたいことをイマイチ理解出来ず、「私も……?」と小首を傾げた。

 

「だから……あんたももうここに着任して結構経ったし、実感してるでしょ?」

「実感……」

 

 ますます思い悩む涼月。それを見て満潮は「なんで伝わらないかな〜」と言うように小さくため息を吐くが、

 

「満潮、もっとストレートに言わないと涼月には通じないわ」と不知火

「素直に鎮守府のみんなが家族だよって言えばいいっぽい!」と夕立

「それと攻略海域に行きゃぁ、みんなして互いの背中を守る戦友だってな!」と朝霜

 

 三人して満潮の真意を代弁。すると涼月はハッとし、満潮の両手を自身の両手で強く握りしめた。

 

「な、何よ?」

「家族の手を握るのに、理由が必要ですか?」

「っ……なら、好きにしたら?」

 

 フンッと鼻を鳴らしてそっぽを向く満潮。しかしその頬はほんのりと赤く、涼月の手から逃れようとはしなかった。

 そんな満潮を涼月はニコニコと笑って見つめるが、

 

「では不知火は後ろから失礼するわね」

「夕立は右〜♪」

「そんじゃ、あたいはひっだり〜♪」

 

 不知火は満潮に後ろから抱きつき、夕立は満潮の右腕にしがみつき、朝霜は満潮と左腕を組んでくる。

 

「ちょ、なんであんたたちまでーー」

「家族とこうするのに理由が必要なんですか?」

「不知火に同じ」

「以下略!」

 

 見事な言い訳と連携に満潮のコメカミはピクピクと震え、満潮本人は怒りと照れ臭ささで耳まで真っ赤っか。

 しかし満潮の苦悩はこれで終わりではない。

 

「みんなおっそ〜い……って、あー! みんな何してるの! 私も満潮にギューッてするー!」

 

 いの一番に着替えを済ませて更衣室の外に出ていた島風が様子を見に戻って来、みんなの様子を見るや否や自分もせがむ。

 

「では島風は不知火と満潮の背中を共有しましょう」

「何勝手な提案してーー」

「うん、そうするー!」

「あんたもすぐに抱きついてこないでよ! ってか早っ!? あんたさっき扉の前にいたじゃないのよ!?」

 

 こうして季節外れのおしくらまんじゅう状態になる満潮。

 

「ちょ、ちょっと、涼月こいつら止めてーー」

 

 満潮は涼月に助け舟を出したが、

 

「えい♪」

「ーーよぉっほぉ!?」

 

 両手を握っていた涼月が今度は満潮に正面から抱きついたので、助け舟を出す前に退路は塞がれた。何やら普段の満潮らしからぬ叫び声が聞こえたが、みんなはただその声に笑っているだけ。

 

「はいはい、皆さん。そろそろ提督に訓練のご報告をしに向かいますよ〜」

「おしくらまんじゅうはそれからね〜」

 

 赤城、大鳳が声をかけると、みんなして『はーい!』と返事をして満潮から離れる。そして満潮は『楽しんでないでさっさと止めてほしかったわ……』とげっそりしながら、乱れた服装を整えるのだった。

 

 ーーーーーー

 

 それから執務室にやってきた赤城たち。詳しい報告は報告書にまとめるため、今のような口頭での報告は赤城から駆逐艦たち全体の動きや連携の程を、大鳳からは対空戦闘時の様子とそれぞれのスコアと報告することの役割分担が決まっている。

 今回、訓練した者たちの中で赤城と大鳳の目から見て一番優秀だったのは涼月であり、訓練に参加した者全員が涼月との言葉に納得し、当の本人はオロオロと狼狽えていた。

 

「何キョドってるのよ。一番なんだからしゃんとなさい」

 

 満潮に注意された涼月はピンッと背筋を伸ばし、胸を張る。すると満潮だけでなく、みんながそうだと言うように頷いた。

 

「ーー報告は以上です。詳細は後に報告書にみんなでまとめ、提出に伺います」

 

 赤城はそう言うと姿勢を正して敬礼。みんなもそれに続いて敬礼した。

 

「ん……報告、そして訓練お疲れさん。ドックには寄っただろうが、風邪にはくれぐれも注意してくれ」

「みんな、良かったら温かいお茶を淹れたから飲んでって」

 

 提督の言葉のあとに矢矧がみんなへ促すと、

 

「お茶菓子も好きなだけどうぞ」

 

 能代がお菓子の入ったバスケットをみんなへ見せる。それを見るとみんなの顔は『わぁ』と輝き、みんなしてお言葉に甘えることにした。

 

 ーー

 

「どうだ、満潮。改二になった調子のほどは?」

 

 お茶を楽しむ中、提督はわざわざ満潮の隣に座り、そんなことを訊ねる。その質問に対し満潮は「特に変わらないわよ」と返して、つまんだお菓子を口へ放り込んだ。

 提督は満潮の返答に「そうか」と頷くと、

 

「流石ミッチーだな」

 

 満潮へそんな言葉をかける。

 

「はぁ? 何が流石なのよ? てかミッチー言うな」

「特に変わらないってことは、改のままでも改二に匹敵するほどの感触があったってことだろう?」

「そうよ?」

「俺の慢心のせいでお前をすぐに改二にはしてやれなかった……すまねぇ」

「…………」

「そして、練度上げんのに頑張ってくれてありがとうな」

 

 提督は最後に笑顔で満潮へお礼を伝え、その頭を軽く叩くように撫でる。すると満潮は「あんたのことはそれなりに認めてるから」と言って返した。ただ口ではそう言っているが、満潮の表情は嬉しそうにほころび、足も自然とぴょこぴょこと跳ねている。

 こうなると当然、

 

「提督さ〜ん! 満潮ばっか撫でて差別っぽい! 夕立のことも撫でてほしいっぽーい!」と夕立

「提督〜、私も〜! 差別はいけないんだよ!」と島風

「あたいもあたいも! 差別はんたーい!」と朝霜

「我々の司令は差別をしない方だと信じてます」と不知火

 

 みんなが提督に自分もと詰め寄った。夕立は提督大好きっ子であるが故だが、他の面々は素直に提督を慕っているからだ。

 

「何どこぞの活動家やマスゴミが言いそうな抗議してんだよ! ちゃんと順番にすっから落ち着け!」

 

 そして提督は冗談を言いながら、言葉通りにみんなの頭を撫でていく。

 そんな中、涼月だけは『みんな撫でてもらえていいな〜』と思いながら、小さく笑って提督たちを眺めていた。

 すると、

 

「提督、私たちだって頑張ったんですから撫でてください♪」

「わ、私も提督にな、撫でてほしいです♡」

 

 赤城とLOVE勢の大鳳も続き、涼月は大人な二人もおねだりするものなのかと驚きの表情を浮かべる。

 しかし、

 

「つぅわけで涼月も撫でてやってくれよな!」

「ついでに能代と矢矧のことも撫でれば?」

 

 朝霜と満潮の言葉に名前が出た三人(主に涼月と矢矧)は『えぇ!?』と声をあげた。

 

「わ、私は……」

「遠慮しちゃダメっぽい!」

「そうだよ! それに涼月は速くはなかったけど訓練で一番だったんだから、されるべきだよ!」

 

 狼狽える涼月に夕立と島風がそんなことを言い、

 

「私、褒められるようなことしてないわよ?」

「補佐艦してるってだけでいいじゃないですか」

「それに撫でられて嫌な気持ちはないでしょう?」

 

 矢矧には赤城と大鳳が詰め寄る。

 こうなると矢矧には能代という頼れる姉にしか助けを求めることは出来ない。

 

「の、能代姉ぇ、助けーー」

 

 しかしその助けは既に、

 

「よ〜しよしよし、能代はいつも俺のことを優しく補佐してくれてすごく助かってるぞ〜!」

「ふふふ、勿体無いお言葉です♪」

 

 艦娘キラー(提督)の手に堕ちていた。

 

「能代、姉ぇ……」

 

 呆然と立ち尽くし、力なく姉の名をつぶやく矢矧。

 すると能代が矢矧に目をやって「矢矧……」と妹へ声をかけた。

 

「受け入れてしまえば、気持ちのいいものよ?」

「っ!?」

 

 その能代の言葉に矢矧は言葉を失う。

 そう、あの秩序正しくポンポンと柔らかいリズムで的確に頭のツボを刺激されれば誰だってヘブン状態になる……矢矧だって身を持って経験済みだ。

 だからこそ矢矧は抗った。

 しかし矢矧は既に、

 

「提督さん、矢矧さんは夕立たちが押さえとくから大丈夫っぽい!」

「だからあとでまた撫でてくれよな!」

「また撫でてもらえるのであれば、不知火も助力します」

「提督、早く〜!」

 

 逃げられない。

 矢矧の練度はこの四人よりは高い……が練度の差は僅差である。しかも相手が四人となれば矢矧に打つ手は残っていない……まさに詰みの状態なのだ。

 赤城、大鳳も共に提督に撫でられて顔をほころばせる中、とうとう提督が矢矧を捉える。

 

「いつも迷惑ばっか掛けて悪ぃな、矢矧」

「……べ、別に……っ」

 

 優しい言葉と優しいナデナデ……矢矧の耳にはもう提督の声しか聞こえていない。

 

「よしよし……今後もよろしくな」

「わ、分かってりゅ……っ」

 

 ポンポン……ポンポン……と撫でられて数秒。矢矧の顔はトロットロに蕩け始め、提督が矢矧から離れるといつもの凛々しい矢矧はどこかに消えていた。

 

「ふにゃ……褒められちゃった〜♡」

 

 完堕ちした矢矧は能代が優しくソファーへと座らせる。

 

「矢矧さんってこうなるから嫌がったんですかね?」

 

 赤城の疑問に能代は苦笑いで「だらしない自分をあまり見せたくないって子ですから」と、答えると赤城は納得した。

 それから赤城たちはお茶を楽しんだあとで執務室をあとにしたが、矢矧がヘブン状態から戻ったのは阿賀野と酒匂が出撃から帰ってきた夕方頃だったというーー。




日常回的って感じにしました!
提督のナデナデはパナイ!ってことで←
それと満潮ちゃんの改二に触れてなかったので、今回はそのことにも触れました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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広報サンプル

独自設定、独自解釈が含まれます。


 

 5月の中頃、鎮守府は今、先日より発令された特別任務を遂行し、兵站物資の奪還に全力で取り組んでいる。中でも米好きの者たちや大食い三人衆は血眼になって任務にあたっており、みんなして食べ物の恨みの怖さを実感していたりする。

 此度、襲われたのは各泊地にある中央鎮守府の補給倉庫ということで死活問題ではあるが、政府がこういう時のために貯めていた食料を大本営へ送り、大本営が各中央鎮守府へそれを送り、これにより各中央鎮守府はいつも通りに各鎮守府へ物資を送ることが出来ているため大きな混乱はない。しかも同盟国からも続々と物資が届けられている状況だ。

 ただ、どうして食料を必要としない深海棲艦が食料を奪ったのか、どうして補給倉庫の場所が分かったのかという疑問が浮上した。

 これを鬼山元帥が率いる特別捜査班が調べた結果、大本営に勤務している数人の職員が敵へこちらの情報を漏洩したことが分かり、更なる漏洩は防げたがその者たちの罰は決して軽くはない。

 

 そんな大事件はあったが、五月(さつき)晴れに恵まれた昼下がりを迎えた今日も、鎮守府は艦娘たちの賑やかな笑い声があふれており、不知火が改二へ改造されたことで活気付いている。

 

「へぇ〜、これが広報用資料なんだ〜」

 

 それは明石の酒保も同じで、今は時間が合った者たちが酒保に来ていて、丁度大本営から届いた広報資料のサンプルを見ているところ。

 この場にいるのは夕雲、浜波、藤波、早霜の夕雲型姉妹に加え、ガンビーとサラトガの海外勢もいる。

 

 今回、届いたサンプルは艦娘たちのポスターと写真集、そしてフィギュア(1/16サイズ)。

 ポスターは吹雪、叢雲、漣、電、五月雨が綺麗な海の上でカメラに背を向けた状態で空を見ているところで、写真集には大本営の広報部が撮った各地の観艦式の模様や演習風景がまとめられている。

 そしてフィギュアはモデルとなった大和、ビスマルク、アイオワの立ち絵広報写真と同じ。因みにビスマルクは最終形態の"drei"を採用されている。

 

「そうよ〜。これが街の本屋さんとかおもちゃ屋さんに数量限定で売られるの。こうすることで艦娘を身近に感じてもらおうって狙いがあるのよ」

 

 明石がみんなへ説明すると、みんなはサンプルを眺めながら『へぇ〜』と声をあげる。

 

「ポスターもだけど、写真集もスゴイね……」

「えぇ……あ、この写真、アドミラルと矢矧よ!」

 

 写真集の中身を見ていたガンビーとサラトガ。そしてサラトガの言葉にみんなは『どれどれ!?』と集まる。

 そこには提督と矢矧が真剣に何かを話し合っている写真が掲載されており、撮影はこの前のゴールデンウイークと写真の脇に日付と所属が記されていた。

 

「真剣なお顔の司令官なんてレアね……」

「てっきりハリセンで叩かれてるところかと思った〜」

 

 早霜、藤波と写真の提督たちを見てつぶやくと、みんなして『もしあっても、流石にそういうのは載せられないでしょ』とツッコミを入れる。

 

「でもこんなに真剣に何を話してるところなのかしら?」

「観艦式の流れでも確認してるんじゃないかな?」

 

 サラトガの疑問にガンビーはもっともらしいことを言うが、

 

「それは無いわね〜」と夕雲

「司令らしくない、と思う……」と浜波

「右に同じ〜」と藤波

「司令官なら既に流れは把握しているはずだもの」と早霜

 

 みんながみんなそうじゃないと言う。

 サラトガもガンビーも『どうして?』と訊ねると、普段口数の少ない浜波が一歩前に出た。

 

「し、司令は頭が良くて要領もいいんだ……きゅ、急な変更にもすぐに対応出来るよう、二重も三重もパターンを考えてあると思う」

 

「そ、それにこの写真の端……電ちゃんが写ってるし、陸だし、交流会の時の写真だと思う。交流会なら流れなんて無いに等しいから、そういうのじゃないと思うんだよね」

 

 浜波の説明にサラトガとガンビーは揃って納得したが、それ以上に普段口数が少ない浜波が多弁に語ることに内心度肝を抜かれ、FBIのプロファイラーみたいだと思った。

 

「あはは、相変わらず浜っち(浜波)は司令のことになると口数が増えるね〜♪」

「私よりも浜波姉さんの方が司令官をより見ていますからね……ふふふ」

 

 藤波、早霜からそんなことを言われた浜波は「はぅっ!?」と、我に返って真っ赤な顔で俯いた。

 その反応は恋する乙女そのもので、これにはサラトガもガンビーも興味津々で目を輝かせる。何しろ恋バナは乙女の糖分みたいなものだからだ。

 

「浜波、アドミラルが好きなの? LOVEなの?」

「いつ恋に落ちたの?」

 

 こうなるとサラトガとガンビーは浜波に詰め寄る。

 

「あ、あたしはし、しし、司令のことは好きだけど、いいい、異性として好きだとかそういうのじゃなくて……!」

 

 浜波は必死に言い訳を考えるが、

 

「嘘はいくない」と藤波

「恥ずかしがる必要はないと思うわ」と早霜

「この際隠さずに言っちゃいなさい」と夕雲

「好きという気持ちは隠しちゃダメよ!」と明石

 

 姉妹たちや明石から援護もなく、浜波は観念したかのように弱々しく頷いた。

 

「は、初めて会った時に頭を撫でてもらって……その時の笑顔が素敵で……その時の手の温もりが忘れられなくて……その笑顔が頭から離れなくて……司令に会えると胸が苦しくて、でも全然嫌じゃなくて……だから……」

 

 その時から好きになってたんだと思うーー浜波がそう告白すると、

 

「わぁ、素敵なお話!」とサラトガ

「とってもとっても素敵だよ!」とガンビー

 

 二人からまばゆい視線を浴びる。

 

「…………というか、みんな知ってたんだ、ね……」

「ふふふ、妹の機微にお姉ちゃんは敏感なのよ♪」

「あれだけ司令の話ばっか訊いてきてよく言うわ♪」

「司令官をいつも目で追っていれば、分かります」

 

 浜波の言葉に夕雲たちが笑顔で返すと、浜波は「そっか……」とはにかんだ。そんな様子を明石はうんうんと微笑ましく見ている。

 すると明石は「じゃあ仲間が増えた記念に!」と言って、

 

「青葉さんが提供してくれた『提督これくしょん』をプレゼントするわ!」

 

 LOVE勢ならば誰もが必ず1冊は持っているバイブルを与えた。

 

「い、いいの?」

「勿論よ! 一緒に提督夫婦を見守りましょう!」

「うん、大切にするよ!」

 

 互いに握手し、なんとも美しい光景がサラトガたちの前に広がると、みんなは浜波へ拍手を送る。ただ藤波だけは『拍手していい場面なの?』と内心では小首を傾げていたが、空気の読める子なので今はこの場の空気を読んで何も言わないことにした。

 すると酒保のドアベルがカランカランと鳴り響き、

 

「うぃ〜っす、来たぞ〜」

「こんにちは」

 

 提督と矢矧が来店。浜波は急いで()()を持っていた手提げ袋に入れる。

 明石はすぐに提督たちの側まで行き、「お待ちしてました、提督、矢矧ちゃん!」と声をかけると、他の面々も提督の側へ近寄っていく。

 

「こんにちは、提督、矢矧さん。それからお疲れ様です」

 

 夕雲が二人へ挨拶すると、提督も矢矧も笑顔を返す。

 一方で浜波は「こ、こんにちは♡」と弾んだ声で、早霜は「こんにちは」とそれぞれ声をかけていた。

 対して、

 

「やほ〜、司令〜♪ なんか奢って♪」

 

 藤波はいつも通り。サラトガとガンビーはそんな藤波を見て苦笑いするが、

 

「お〜し、おいちゃんなんでも買っちゃうぞ〜!」

 

 提督もやはりいつも通り。

 駆逐艦のみんなはもう慣れたので欲しいものを探しに棚へと向かう。

 

「なんだよ、サラもガンビーも選べよ」

「え、サラたちもいいんですか?」

「寧ろここでお前たちにだけ奢らない俺じゃねぇぞ?」

 

 提督はそう言うと「選んでこい」と二人の背中を叩いた。なので二人は提督に『Thank you』と笑顔で告げ、商品棚へと向かって行った。

 

 そして提督はやっと酒保へやってきた本題に入る。

 そもそも、どうして提督と矢矧が酒保に来たのか……それは例のサンプルを確認しにやってきたからだ。

 

「これが今回のサンプルですよ!」

 

 明石はそう言って提督と矢矧へ夕雲たちに見せていたようにサンプルをテーブルの上に並べる。

 

「ほぉ、よく出来てるじゃねぇか。大本営の広報さんの本気が見えるな〜」

「そうね。このポスターも雰囲気が出てて『自分も提督になりたい』って思う人が増えるかもしれないわ」

 

 ポスターを見、感想を述べる二人。

 すると一番にチョコチップクッキーの缶を持って戻ってきたサラトガが「ねぇ、アドミラル……」と声をかけた。

 

「どうした?」

「えっとね……この写真集のここ。アドミラルと矢矧が写ってるの」

 

 サラトガがそこを指差すと、提督と矢矧は『あ、ホントだ』と声を揃える。

 

「提督、この時矢矧さんと何を話していたんですか?」

「こんな真面目な司令、超レアだもん。気になる!」

「私も気になります」

 

 それぞれ買って欲しいものを持って戻ってきた夕雲、藤波、早霜がそう言うと、遅れてやってきた浜波とガンビーも『気になる』と言うような目で二人に訴えた。

 すると矢矧が、

 

「この時、電に色んな人がお菓子をプレゼントしてて、変な人が現れたりしないか提督と見張ってたの」

 

 すんなりと当時のことを話した。するとみんなは揃って『なるほど〜!』と納得。

 しかし、

 

(本当は提督と係員の人の鼻毛が出てたことで指摘するか、見なかったことにするか話し合ってたなんて言えない)

 

 真実はなんとも間の抜けたものだった。

 

 ーー

 

 それから提督はみんなにそれぞれ奢り、明石から今度はフィギュアについて説明を受けていた。因みに他の面々も暇潰しに買ってもらったお菓子を食べつつ、その話を聞いている。

 

「ーーということで、今回は満を持して大本営も海外勢の艦娘フィギュアを作ったようです」

「なるほどな。まぁどれも精巧に出来るし、これなら同盟国の方へ送っても文句は言わねぇだろ」

 

 提督の言葉に藤波や浜波は『どういうこと?』と小首を傾げた。

 

「ビスマルクさんとアイオワさんのフィギュアは相手国に許可を得て作った物なの。それで向こうにもこれと同じ物を送って、改めて売り出していいか許可を貰うの……その結果、これが出来たって訳」

 

 明石がそう説明すると、藤波も浜波も揃って納得したように頷く。

 するとサラトガが徐ろにアイオワのフィギュアを手に取り、

 

「わぁ、下着まで正確に作られてるわ! これなら誰も文句言わないわよ!」

 

 フィギュアを下から除き込んでそんなことを言った。その言葉に提督は「そ、そうか」と頷くものの、なんとも言えない絵面に内心驚いている。何しろ美女がフィギュアのスカートを覗いているのだから、提督の反応も仕方ないだろう。

 しかし、

 

「あ、ホントだ!」とガンビー

「あら、確かにそうですね」と夕雲

「ビスマルクさんのもちゃんと作られてるよ」と藤波

「大和さんのも……」と浜波

「皆さん黒なんですね」と早霜

 

 みんなしてフィギュアのスカートを覗き込んだ。

 

「お、おい、女の子がフィギュアのそういうところマジマジと見んなよ……」

「いやぁ、仕方ないんじゃないですかね?」

 

 注意する提督に明石がそう言うと、

 

「女性ばっかりだし、下着くらい平気で話題になるわよ」

 

 矢矧の言葉で提督は「あ〜」となんとなく納得した。

 

「理由は分かったが、そういうところは見たくない」

「阿賀野姉ぇのなら見るくせに……」

 

 矢矧のツッコミに提督は思わず「妻の下着を見ても犯罪じゃないもん!」と言い返すが、問答無用でハリセンでしばかれたのは当然であった。

 その後、提督はフィギュアのモデルとなった本人たちにフィギュアを見せ、三人も夕雲たちのように下着まで確認したのでなんともやるせない気持ちになったのだとかーー。




今回はこんな感じにしました!
艦娘が自分たちのフィギュアを見たら案外こんな反応するのかな?って思ったのでネタにしてみました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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徹底捜査

 

「全ての確認が終わり、共犯または犯行に関与したとされる証拠は一切ありませんでした。大佐、ご協力ありがとうございました」

 

 グレーのスーツ姿で茶髪で爽やかなポニーテールの女性は応接室にて提督へそう言い、恭しく頭を下げる。

 彼女は鬼山元帥の直接指揮下に入っている特別捜査班の一人であり、鎮守府へその名の通り調査に来ているチームリーダーなのだ。

 

 先週に起こった各泊地の中央鎮守府にある補給倉庫への深海棲艦による襲撃事件。

 世間では主犯を捕らえ解決したと報道され、もうどのマスメディアにも取り上げられていないが軍にとってはあるまじき大失態だ。

 囚えられた元大本営勤務の職員たちは機密漏洩や施設襲撃を手引きしたということで既に銃殺刑が決定し、情報を徹底的に吐かせた後にその刑は執行された。

 ただ主犯を処刑しても、その者たちの息の掛かった者がまだ野放しなので、鬼山元帥はこれを期として徹底的に国防軍の膿を取り除く所存だ。

 

 大本営の職員による犯行だと発覚した当初、マスメディアや野党は鬼山元帥の責任と言うことで『退任せよ』と強く批判していたが、中村総理大臣をはじめとする政府が鬼山元帥を支持。一昔前の野党なら『政府は軍と結託している』などと言い掛かりやら難癖を付け、何年も掛けて税金の無駄遣いをしただろうし、マスメディアは『軍がまた暴走を始めようとしている』などと国民の不安を煽っていただろう。

 しかし鬼山元帥は自らの言葉でマスメディアを通して国民へこう告げたーー

 

此度の一件は確かに軍の長である私に責任があることは重々理解しております。

しかしこの事態を収集し、終息させることが出来るのは私しかいないと自負しております。

国民の皆さんに不安を与えたこと、そして此度の襲撃によって亡くなられた警備兵たちのご遺族の方々には、深く深くお詫びを申し上げます。

今後、二度とこのようなことが起きぬよう。私自らが全身全霊で事にあたります。

そして私を含め、国防軍に所属する隊員、艦娘、職員の全員があなた方国民の一人ひとりを……日本を守ろうと常に行動していることを忘れないでください。

 

 ーーと。

 この発言は国民たちの中で大きな反響を呼び、これによって世論は鬼山元帥を支持した。相変わらずなのは未だ理解を深めようとせず、揚げ足取りが大好きな左派系団体や左派系マスメディアのみでそれらは国民たちから白い目で見られている。

 

 そんな中で此度、鬼山元帥の指揮の元で提督の鎮守府へ調査官がやってきたということだ。そもそも提督のことは最初からリストに入っていなかったが、全鎮守府を調査することで燻っている膿を徹底的にあぶり出す作戦なのである。

 

「お礼を言うのはこっちですよ。こちらとしては自分やこの鎮守府の潔白をあなた方に証明してもらえたのですから」

 

 提督は笑顔で調査官へ言葉を返すと、

 

「煙たがられることには慣れていますが、そのように仰って頂けるとこちらも調査をした甲斐があります」

 

 調査官も笑顔で返し、提督へ握手を求める。

 提督はそれに手袋を外して応じると、調査官は小さく笑い声をもらした。

 

「? 何か自分は笑われるようなことでも?」

 

 笑った調査官へ提督が首を傾げて訊ねると、調査官は「違います」と返して言葉を続ける。

 

「笑ったことは謝ります。しかし……ふふふ、大佐の後ろに控えている奥様の反応が可愛らしくて」

 

 そう言われ、提督はすぐ後ろに待機している阿賀野へ視線を移した。

 するとそこにはへの字口でギュッと拳を握りしめ、嫉妬の黒い炎をまとう妻の姿が……。

 阿賀野としては鎮守府の仲間たちならある程度の気持ちは抑えるが、正真正銘の部外者でしかも綺麗な女性が最愛の夫と笑顔で握手をしただけでも排除したくて仕方ないのだ。

 

「つ、妻を褒めてもらい心からお礼を言います……」

 

 ガタガタと全身を震わせながらも提督は言葉を返すと調査官はニッコリと笑顔を返し、その後は形式的なやり取りを行って鎮守府をあとにした。

 

 ーーーーーー

 

 捜査員たちを見送り、提督は阿賀野と執務室へ戻る。

 ソファーへ腰掛けると時計の針は正午を回っており、提督は「案外時間は掛からなかったみてぇだなぁ」とつぶやいた。

 

「最初から疑われてなかったからでしょ?」

「実際、襲撃事件があったことも通達されて初めて知ったからなぁ……襲撃を受けた大山と小山は大変だろうが、二人共怪我してねぇから立て直しも余裕だろう」

「そうだね」

「…………」

「…………」

 

 夫婦の間に妙な空気が漂う。それは阿賀野がまだ嫉妬の炎を消火し切れていないから。

 しかし阿賀野はちゃんと提督の隣に座っており、腕も絡めているため空気感以外はなんらいつも通りである。

 

「なぁ、握手しただけでそんなに怒るなよ……あの調査官は父子持ちだぞ?」

「それは聞いてたから知ってるもん……でも私は嫉妬深いんですぅ」

 

 頬をぷっくりと膨らませ、そっぽを向く阿賀野。

 しかし阿賀野もこれは自分の問題だと思っているし、提督も阿賀野の嫉妬が収まるまで待つしかないと分かっている。

 なので、

 

「食堂行くか」

「うん……行く」

 

 とりあえずお昼なので食堂へ向かうことにした。

 

 ーーーーーー

 

 特に会話は無いままであったが、夫婦は腕を組んで食堂にやってきた。

 今日は調査が終わるまで艦娘たちは待機を命じられていたため、食堂はいつも以上に混雑している様子。

 夫婦は今日のランチメニューを受け取り、どこか空いているテーブルはないかと探していると、

 

「提督〜、阿賀野姉ぇ〜!」

 

 能代が手を振って「こっちこっち」と夫婦を呼んだ。

 夫婦してそのテーブルに着くと、

 

「お疲れ様です」と能代

「お疲れ様、案外早かったわね」と矢矧

「お疲れ様〜♪」と酒匂

 

 阿賀野型姉妹が勢揃いしていた。

 

「あんがとさん。潔白が証明されて良かったぜ」

「そもそも提督さんが関与するはずないもん」

 

 夫婦はそう言いながら着席。しかし能代たちは夫婦の雰囲気で察した。何かあったな……と。

 しかし喧嘩している訳でもなさそうなので、三人共そこには触れずに流すことにした。

 すると、

 

「それより()()()()の様子はどうだ?」

 

 提督が能代たちにそんなことを訊ねる。

 

「あぁ、提督が心配なさっている方々ならこちらに……」

 

 能代の言葉に提督は「え」と驚いてすぐ隣を見ると、

 

「補給倉庫を襲撃するなんて万死に値します!」と赤城

「亡くなった方々のためにも全力を尽くします!」と大和

「兵糧攻めは有効だがな……仕向ける相手が悪い」と武蔵

「深海棲艦許すまじ!」と雲龍

「必ずや奪還します!」と海風

「泣いて謝っても許さない……」と山風

 

 お米大好きな仲間たちと大食い三人衆が怒りの業火をまとって、テラ盛りご飯を掻き込んでいた。因みに赤城の前の席には加賀がいて、昼食を終えて涼しい顔で茶をすすっている。

 これには流石の提督も「Oh……」と目を点にした。

 

「提督、調査は終わったんですよね?」

 

 冷たくヒヤリとした笑みを向け、静かに大和が提督に訊ねる。その問いに提督は「お、おう」とたじろぎながら返事をした。

 

「では午後から奪還作戦任務再開ということだな?」

「あい」

「いつも以上に懲らしめていいんですよね?」

「あい」

「私ならいつでも行けるわよ、提督」

「それなら海風もです!」

「あたしも……!」

 

 提督!ーーとみんなから詰め寄られる提督。詰め寄られることには慣れているが、今回のはいつものような甘酸っぱいものではない。その証拠に提督はみんなの気迫に押されてすっかり縮こまってしまっている。

 すると、

 

「はいはい、みんなの気持ちは十分に分かるけど、提督さんが怖がってるから落ち着いてね〜」

 

 阿賀野がしっかりと提督とみんなの間に入ってこの場を制御した。

 そのお陰でみんなは席に戻るが、

 

「提督、皆さんに詰め寄られて怖かったでしょう?♡ 私が責任を持って癒やしてあげます♡ 早速食堂の男子トイレに行きましょう♡」

「提督よ……先程はすまなかった。お詫びに私がうんと甘やかしてやろう♡」

 

 ガチ勢の加賀と武蔵は提督にピッタリと身を寄せている。

 当然、それは阿賀野のゲンコツで終止符が打たれたのは言うまでもない。

 

「もう、加賀さんも武蔵さんも懲りないんだから……」

「助けてくれてありがとうな、阿賀野」

 

 提督が阿賀野へお礼を言うと、阿賀野はいつものようにニッコリと笑う。すると先程までの妙な空気は消えていた。

 

 ーー

 

 昼食を終え、食休みということでみんなしてお茶をすする中、

 

「にしても、内部に漏洩者がいるなんてね……ショックだわ」

 

 話題はやはり襲撃事件のことだった。

 矢矧がしみじみと言うと、他の面々も同意するように頷く。

 

「なんでも、犯人たちは高学歴の奴らだったんだとよ」

 

 提督の言葉に山風は「高学歴なのに馬鹿なんだね」と辛辣なことを言うが、誰もそれを咎めない。

 すると阿賀野が「高学歴だからこそなんじゃない?」と返すと、能代が「どういうこと、阿賀野姉ぇ?」と訊ねた。

 

「だって漏洩した人たちって高学歴だけど、兵学校は出てないから大本営でも経理とかの部署にいたんだよ? 自分たちは頭がいいのに、重要な部署には就けないんだもん」

「だからって国を危険に晒して、しかも犠牲者まで出すなんて酷いよ……」

 

 阿賀野の言葉に酒匂がそう言うと、

 

「頭の使い方をマズったんだよ……今度はこんなことになんないようにすりゃぁいいし、俺たちはこれまで通りだ」

 

 提督が酒匂の言葉に返すと、みんなして『そうだよね』と言うように頷く。

 

「ドイツの哲学者『フリードリヒ・ニーチェ』曰く、《高く登ろうと思うなら、自分の脚を使うことだ。高い所へは、他人によって運ばれてはならない。人の背中や頭に乗ってはならない》ってな。きっと漏洩者共は自分でどうやって上に行けるのか分からなかったんだと思う。誰だって大なり小なり苦悩と葛藤することはあるんだしな」

 

 その提督の言葉にみんなはうんうんと頷いた。それは提督本人も脚のことや艦隊運用などで日々の苦悩へ自らの脚で立ち向かっているから。

 でも一方で妻の阿賀野、LOVE勢の雲龍、ガチ勢の加賀と武蔵は提督の博識ある意見と冷静な観察眼、そして真面目な表情にうっとりと恍惚な表情を浮かべていた。

 すると、

 

「でもぉ、今回は奪われたのがお米とかで良かったよね」

 

 酒匂がそんなことを言う。

 みんなして『どうして?』と首を傾げると、

 

「奪われたのが燃料とか弾薬だったらこっちが大混乱してたし、食べ物とかでももしお酒とかパスタとか肉製品とか紅茶とかだったら、もっと大変なことになったと思うから……」

 

 酒匂はそう答え、その返答にみんなは『あ〜』とどこか納得したような声を出した。

 そもそも補給倉庫を襲ったのに燃料や弾薬といった資源を焼き払わなかったのは、犯人たちが変なところで馬鹿だったということだろう。

 罪を犯す犯人の多くはどう犯行するかは念入りに作戦を練るが、そのあとのことは考えていないものなのだ。

 

 話を戻し、みんなが何故納得したのかというと、

 

「お酒だったら酒豪勢や呑兵衛艦勢が黙ってないわよね」と能代

「パスタならばイタリアさんやローマさんが血眼になっているはずです……」と大和

「肉製品といえばアイオワとビスマルクだろう……ハムやソーセージを奪われたとなれば、あいつらは神にも銃口を向ける」と武蔵

「紅茶はイギリス勢と金剛さん……そして彼女を慕う比叡さんや浦風ちゃんね」と雲龍

 

 みんながみんな、その者たちがなんたらゲリオンの初号機の暴走状態並みに深海棲艦たちを片っ端から屠っていく姿を容易に想像出来たから……。

 

「そうなるのが分かってたから、お米とかにしたとか?」

「仮にそうなら、変なとこにだけ気が回ったんだな……」

 

 阿賀野、提督が共に苦笑いを浮かべると、その場にいる全員も苦笑いするのだったーー。




ということで、今回は今艦これで行われているイベに関して、私なりの妄想を繰り広げました。
物書きの性なのか、補給倉庫が襲撃されるってかなり問題だと思うんですよね。
どんな物語でも大抵は軍の補給倉庫という重要施設なら警備が24時間厳戒態勢で敷かれているはずなのに。
しかも燃料や弾薬を燃やせば敵に大打撃を与えられることが出来た……なのにお米やら梅干しやら盗んでどうすんの?って疑問が浮かびますw
深海棲艦もお腹空くのかな?
そもそも資材とかだったらプレイヤーが困るからとか?
まぁゲーム内の話なんでこんな風に考える私が変なんでしょうけどね^_^;

ともあれ、読んで頂き本当にありがとうございました!


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懇親会

 

 5月ももう終わりが近づき、泊地に梅雨の季節が到来する。

 しかし今日は雨ではなく、晴天に恵まれた。

 春の気候は既に消え、泊地の気温も高くなっている。

 

 そんな日の昼下がり、艦娘たちが額の汗を拭き、休憩時間を取る中、執務室ではとある小さな集まりが催されようとしていた。

 

「準備はいいか?」

「YES! いつでもOKよ!」

 

 ーーーーーー

 

 ところ変わり、本館の廊下。

 そこでは暁型姉妹が二列になって執務室へ向かって歩いていた。

 

「司令官ったら、暁たちを呼んで何がしたいのかしら?」

「皆目検討はつかないね……朝に会って『一五〇〇になったら執務室に集合』とだけ告げられただけだから」

 

 小首を傾げる暁にその後ろを歩く響は肩をくすめる。

 暁たちは今日静養日であったのだが、提督に呼ばれたのでこうして向かっているのだ。

 

「何か新しい任務なのでしょうか?」

「それだったら嬉しいわね〜♪ もしそうなら頑張っちゃうわ!」

 

 響の隣を歩く電がそう言うと、その前を歩く雷は大いに張り切ってみせる。

 

「任務か……どんな任務なのかしら? 遠征とか?」

「遠征もだけど、哨戒任務かもしれない。なんたって駆逐艦最強の電が呼ばれているんだしね……」

「はわわ、そんなことないのですぅ」

「とかなんとか言っちゃって〜、この前だってタ級のフラグシップを魚雷で一撃必殺だったじゃない」

 

 雷にそんなことを言われると電は「あれは夜戦だったからなのです!」と強く抗議。しかし姉たちは皆『それでも出来たから凄いのに』と内心苦笑いした。

 

 ーーーーーー

 

 そんなこんなで話をしている内に四人は執務室の前に到着する。

 暁の指示で姉妹は互いの身だしなみを整えた後、代表して暁がドアを丁寧にノック。

 すると中からトトトッと走る音がし、ガチャッと勢いよくドアが開かれた。

 

「みんな〜、待ってたよ〜! 入って入って〜!」

 

 みんなを招き入れたのは提督でも阿賀野たちでもなく、ジャーヴィス。しかもジャーヴィスは猫耳カチューシャにゴシックメイド姿であったため、暁たちは勿論だがあの響でさえ驚きのあまり言葉を失っていた。

 そんな暁たちを気にすることなく、ジャーヴィスは四人の後ろに回って「早く入って〜!」と背中を押して入室させる。

 すると、

 

「おかえりなさいませ、お嬢様方」

「すぐにお茶の準備を致します」

 

 執事姿の提督とヴィクトリア朝メイド服を身にまとう阿賀野が恭しく頭を下げてきた。その横で能代と酒匂も阿賀野と同じメイド服姿でお辞儀をしている。

 ただ、矢矧だけはジャーヴィスと同じメイド服で顔を真っ赤にし、お辞儀しているというよりは俯いていた。

 

 内装はいつもの執務室ではなく『鎮守府カフェ』シリーズの家具が並べられており、暁たちはますます困惑の色の強める。

 

 能代と酒匂は暁から順に席へ案内し、丁寧に椅子へ座らせると自分たちもお茶の準備のため四人へお辞儀してテーブルを離れた。

 テーブルの上には既にカップとソーサーが用意されており、どれも桜色の可愛らしい色。更にカップは四弁の花びらを模しているようなデザインで、お茶の香りを楽しむのに最適な物だった。

 

「どうどう? ビックリした?」

 

 ジャーヴィスが四人へそう訊ねると、みんな言葉は出さずにコクコクと頷く。

 するとジャーヴィスは「Hurrah(やったー)!」と嬉しそうにその場でぴょこぴょこと飛び跳ねた。

 

「ね、ねぇ、一体何が起こってるの?」

 

 やっと暁が姉妹を代表して質問すると、

 

「懇親会だよ、懇親会。ジャーヴィスがやりたいって言うから、そのためにちょっとサプライズをな」

 

 ポットを持ってきた提督が笑顔で告げる。

 しかし四人の疑問は増すばかりで、余計に眉をひそめた。

 

「ヒントはイギリス海軍と日本海軍でございます、お嬢様方」

 

 三段のケーキスタンドを持ってやってきた阿賀野がそう言うと、四人はうーんと考える。

 その間に能代が四人のカップへ紅茶を注ぎ、矢矧がケーキスタンドへ上から順に各種のクッキー・一口ショートケーキ・玉子とハムの一口サンドイッチと載せ、酒匂がお茶が濃くなった時に注ぐ用のお湯が入ったホットウォータージャグ(ジャグ)を用意した。

 

 本格的なアフタヌーンティーに四人共考えるのを忘れていると、

 

「私、ジャーヴィスは日本海軍を心から尊敬し、いついかなる時も手を差し伸べることを誓います。これからもよろしくお願いします」

 

 ジャーヴィスが胸に手をあて、丁寧に頭を下げて四人へ告げる。

 すると雷と電が何かを思いついたかのようにハッとし、提督の方へ視線を移すと、提督は『そうだ』と言うように笑顔で頷いた。

 

 そう、これはあの『奇跡の救出劇』が生んだ懇親会なのだ。

 ジャーヴィスはイギリスの艦娘……イギリス海軍の間では奇跡の救出劇が今も語り継がれているため、イギリスの艦娘たちは日本海軍や日本の艦娘たちに感謝の気持ちを伝えたいと思っている。

 よって今回はジャーヴィスが提督にお願いして、このような場を設けさせてもらったのだ。

 

「雷と電に対してなら気持ちは分かるけど、私と響までお呼ばれしちゃっていいの?」

 

 暁がそう訊ねると、響もジャーヴィスの方を見る。するとジャーヴィスはニッコリと屈託ない笑顔を見せた。

 

「もちろんよ! 二人はイカズチーとイナズマーのシスターだし、同じ駆逐艦でこれからもお世話になるもん!」

 

 ジャーヴィスの言葉に二人は笑みを浮かべ、

 

「なら、ありがたくお呼ばれするわね♪」

「これからもよろしくね。Спасибо」

 

 感謝の言葉を送った。

 

「話は済んだか? んじゃ、そろそろお茶会を始めるぞ?」

「ダーリン! そんな言葉遣いはノーだよ!」

「おっとこれは失敬……お嬢様方、そろそろお茶会を始めても宜しいでしょうか?」

 

 提督が改めて暁たちに訊くと、暁たちは笑顔で頷き、お茶会が幕を開ける。因みにジャーヴィスは暁たちと仲良くなりたいので、敢えて丁寧口調はしていない。

 

 ーー

 

「ん〜、美味しい紅茶〜♪」

「今回はアッサムのミルクティーにしたの! それでそれで、みんな甘い方が好きだと思ってミルクは日本で言う練乳を使ったの!」

 

 美味しそうに紅茶を飲む暁にジャーヴィスがそう説明すると、暁は「なるほど〜、美味しい理由はそれね」と納得した。

 

「響お嬢様用に濃いめのストレートティーとブルーベリージャムを用意致しましたが、そちらに致しますか?」

「Xорошо……次はそっちがいいな。それと落ち着かないから、もういつもの話し方で頼むよ」

 

 酒匂へ響はそう返すと、酒匂は「分かったよ」と笑って返す。

 因みにロシアンティーはロシア圏での紅茶の飲み方で、ジャムを紅茶の中に入れ混ぜるのではなく、スプーンで直接ジャムを舐めながら濃いめの紅茶を飲むというのが主流。

 

「雷お嬢様、サンドイッチのお味は如何でしょうか?」

「すっごく美味しいわ! 今度司令官にも作ってあげるわね! い〜っぱい!」

 

 一方、雷は提督へのご奉仕がしたい模様。なので提督は「普通の一人前な」と雷の耳にそっとお願いすると、雷は眩い笑顔で「分かったわ!」と頷いた。ちゃんと伝えておかないと雷が大量に作り過ぎるからで、過去に夜食を頼んだらパーティでもするのかと思うほど作ってきたから。

 

「あの、どうして矢矧さんだけ服が違うのです?」

 

 そして電はというと、能代へそんな質問をしていた。

 

「明石さんのところで矢矧の分が無かったから……」

「矢矧は前にこれ着てたし、ジャーヴィスちゃんとお揃いにしたんだよ☆」

 

 能代、阿賀野と理由を話す横で、矢矧は「見ないで……」と顔を赤らめて涙ぐんでいる。

 矢矧自身、またこのメイド服を着ることには猛反対、猛抗議をしたがジャーヴィスのお願い攻撃(もう最強駆逐隊に入れる素質を持っている)で渋々着ることになった次第だ。

 

「矢矧さん、泣かないでほしいのです。それに似合ってますよ? とっても可愛いのです!」

「ありがとう……でもこんなの私じゃないのよ」

 

 お礼は言うが、恥ずかしさは消えない矢矧。阿賀野も能代も「もう慣れたら?」「受け入れればどうってことないわよ?」とフォロー(?)するが、矢矧は相変わらずスカートの裾を強く握りしめていた。

 しかし、

 

(そうしてる方が逆にえっちく見えちゃうのに……)

(ご主人様に無理矢理ご奉仕させられてるメイドみたい……)

 

 阿賀野と能代はそんなことを思ってしまっている。

 

「ヤハギー! ()()やるよー!」

 

 しかし矢矧の苦難はこれだけではない。

 ジャーヴィスの声に矢矧はビクーンと硬直したが、あれよあれよと言う間にジャーヴィスに手を引かれてみんなから見える場所へと連れて行かれる。

 

「じゃあ行くよ〜……せーっのーー」

「ちょちょ、ちょっと待って! まだ心の準備が出来てないの!」

 

 ジャーヴィスの声に矢矧は待ったをかけた。

 

「えぇ〜、日本のメイドはこれやるんでしょ〜?」

「メイドじゃなくてメイドカフェのメイドさんがね! そもそもこれ秋雲の入知恵なんでしょう!?」

 

 口論する矢矧とジャーヴィスであるが、その会話の内容に暁たちは察しがつき、苦笑いを浮かべる。

 

「ヤハギー……お願〜い。私、みんなを楽しませたいの〜」

 

 メイド服を着る時と同じくお願い攻撃を受ける矢矧は、思わずたじろぐ。何しろお人形のように可愛らしいジャーヴィスから、捨てられた子犬のような眼差しを送られては逃げられなくなるからだ。

 

「ヤハギー……」

「っ」

「…………」

「……あ〜、もう! 分かったわよ! やるわよ! やればいいんでしょう!?」

 

 色々と吹っ切れた矢矧が叫ぶと、ジャーヴィスは眩い笑顔で「サンキュー!」とハグをした。

 そして改めて二人がやるのは、

 

「せーっの!」

『萌え萌えジャンケンをは〜じめ〜るよ〜☆』

 

 これである。

 ノリノリのジャーヴィスはまだいいが、顔が真っ赤のまま猫なで声で言う矢矧を暁たちは心配そうに見つめ、提督たちは密かにそれを動画に収め始めていた。

 

 当然参加者は暁たちなのだが、

 

「今回の賞品は〜!」

「ダーリンからの抱っこ券だよ〜!」

 

 その賞品に何も聞かされていない阿賀野はグルンと頭を提督へ向ける。提督は必死に『俺も初めて聞いた!』と必死に伝えていて、能代と酒匂はジャーヴィスがさっき思いつたんだろうと思った。

 何故ならジャーヴィスがとっても可笑しそうに提督夫婦の反応を見ていたから。

 

「司令官から抱っこ……」

「今の司令官はお肉も付いてて気持ち良さそうだね……」

「さ、されたい……!」

「なのです……!」

 

 一方、暁たちは揃ってゴクリと固唾を飲む。

 そもそも駆逐艦はみんな夫婦の娘的なポジションなので、券なんて物がなくてもしてもらえるが提督のことを慕っているが故に暁たちはそれに気がついていなかった。

 

 こうして賑やかに懇親会は続き、夕方に幕を下ろした。

 因みに萌え萌えジャンケン大会は響が制し、提督に抱っこされ、記念撮影が行われたそうな。

 

 そして後日、提督の執事姿の写真はバッチリとLOVE勢やガチ勢の手に渡っていたというーー。




今回はこんな感じにしました!
みんな仲良く過ごすのはいいですよね♪

読んで頂き本当にありがとうございました!


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乙女な狼さん

 

 泊地は6月を迎え、梅雨ということもありジメジメとした蒸し暑い天気に見舞われていた。

 鎮守府もそれは同じであるが、兵站物資の奪還は順調に数を奪い、更に艦隊には先日新しくアメリカ駆逐艦の『サミュエル・B・ロバーツ』と択捉型海防艦十番艦『福江』が着任し、違う意味で熱気を帯びている。

 

 サミュエルことサムは健気で頑張り屋。ただどこか五月雨みたいにおっちょこちょいな一面もあるので、今は前のよしみであるガンビーと共に行動し、ここの生活に慣れてもらっているところ。因みに寮の部屋はジャーヴィスと同室でお互い英語圏同士ということもあり、早くも意気投合していたりする。

 

 一方で福江は背丈が小さいながらも姉の択捉同様、しっかりとした責任感のある艦娘だ。ただ負けず嫌いな性格をしている。実際先日行われた着任式パーティでは、焼きおにぎりの大食い大会に挑むも3個という結果に終わり、姉の択捉に悔し涙を見せていたとか。

 

 そんなこんなで艦隊は今日も雨の中、午後からの任務や訓練に励んでいる。

 

「失礼しまーす! 午前中の出撃報告書を持ってきましたー!」

 

 執務室では丁度足柄と那智の二人が提督の元へ報告書を提出にやってきたところで、足柄はズンズンと提督の元へと歩を進め、那智に至ってはそんな妹の後ろを静かにツカツカと歩く。

 

「おぉ、なっちーにあっしー、お疲れさん」

 

 提督は笑顔で二人へ声をかけ、その報告書を受け取る。

 すると、

 

「今日は阿賀野たちの姿がないんだな」

 

 那智がそんな指摘をした。

 

「あら、言われてみればそうね……みんな任務?」

「能代と酒匂は遠征。阿賀野は演習……んで矢矧は資材倉庫の方に行ってるぞ」

 

 足柄の質問に提督は報告書を確認しながら返すと、二人共『なるほど』と言ったように頷く。

 その次の瞬間、

 

「なら、矢矧が戻るまで足柄を置いていくから使え」

 

 那智の突拍子もない提案に足柄は「うにゃ!?」と仰天。那智としては普段阿賀野やガチ勢に押され、自身の恋に遠慮がちになってしまっている妹をアシストしているのだ。

 

「唐突だな……俺はありがてぇが、足柄にだって都合があんだろ」

 

 なぁ?ーーと優しく足柄へ助け舟を出す提督だが、

 

「全っ然、大丈夫よ! 寮の部屋に帰ってもポーラがザラに叱られてるだけだもの!」

 

 足柄は胸をドンと叩いて引き受けると言う。

 ポーラが叱られているのを助けてあげなくていいのか……と提督は思った。

 しかし那智がグイグイと足柄の背中を押し、まるで提督に妹を押し付けるかのように執務室をあとにしてしまったので、なし崩しに足柄を受け入れる形になってしまうのだった。

 

 ーー

 

 足柄は困り果てていた。

 何故なら惚れた相手(提督)と至近距離(同じ室内)で過ごす時間が訪れたから。

 足柄自身、提督の役に立てるのは嬉しい……しかしこういう場面にめっぽう弱い足柄は、まるで借りてきた猫のように提督の机の側で佇んでいるのがやっとだった。

 

「…………」

「…………」

 

 互いに特に会話はない。提督に至っては書類仕事を黙々とこなしているため、足柄はその邪魔にならないよう静かにしている。

 

(ど、どうしよう……ムードもへったくれもないわ……)

 

 足柄は思い悩む。

 

(何か言われるまでは黙ってた方がいいわよね……お喋りするために残ったんじゃないし)

 

 気を引き締め、姿勢を正す足柄。

 

(あぁ、でも私今……夢にまで見た提督の秘書艦の位置にいるのよね……提督の姿勢綺麗だなぁ。今どんなお顔してるのかしら? なんだかんだ真面目にお仕事してて偉いわぁ♡)

 

 しかし段々と思考は乙女モードへと切り替わる。

 そして足柄本人が気付かぬ内に、足柄は「ふぇっへっへっへ♡」と妙な笑い声を出していた。

 

「なぁ、あっしー……」

「っ……何かしら?」

「何かいいことでもあったのか? さっきから顔がニコニコしてるぞ?」

 

 傍から見れば足柄はニヤニヤしているのだが、提督は敢えてニコニコと表して質問する。

 すると足柄はカァーッと頬を赤らめ、その頬を両手で押さえ、「そ、そんなにニコニコしてた!?」と訊ねた。

 

「あぁ、なんか嬉しそうにニコニコ〜ってしてた」

「ど、どうしてかしら〜? 私は特に何もないわよ〜?」

 

 足柄はそう返すのがやっと。何せ提督の側にいられるのが嬉しいからなんてこの"可愛い子犬"に言えるはずがない。

 それに、

 

(提督に笑顔で話しかけられた提督に笑顔で話しかけられた提督に笑顔で話しかけられた提督に笑顔で話しかけられた提督に笑顔で話しかけられた提督に笑顔で話しかけられた提督に笑顔で話しかけられたーー♡)

 

 当の本人はこれだけで歓喜しているから。

 

「ふーん、そうなのか。まぁ、笑顔でいれるのはいいことだよな。毎日戦ってるお前らが笑顔なのは、俺も嬉しいからよ」

 

 ニコッと笑い、提督が自分の思いを伝えると、足柄の胸は大和砲に貫かれたかのようにズガーンと高鳴る。

 提督の表情はいつも通りなのだが、恋愛フィルター越しで見ている足柄にとってはどんなイケメン俳優よりも素敵に映っているのだ。

 

(あぁ、那智姉さんありがとう……今日は晩酌をしなくてもいい夢が見れるわ♡)

 

 天にも昇る心地とはまさにこのこと……足柄はまるで悟りをひらいた修行僧のように清らかな気持ちで提督を見つめる。

 一方、提督はただニコニコと自分のことを見てくる足柄が不思議で苦笑いしかしていなかった。

 

 ーー

 

 それから少しすると、矢矧が執務室へと戻ってきた。

 ただ、矢矧だけでなく松輪と福江、イントレピッドとサムも一緒に。

 

「おぉ、お客さん連れてきたのか〜」

「えぇ、松輪とイントレピッドさんは福江たちと鎮守府の探検をしてて、執務室に戻るって言ったら付いてきたの」

 

 矢矧が経緯を説明すると、松輪たちは『こんにちは』、イントレピッドたちは『Hello』と提督たちに挨拶する。

 

「足柄さんはどうして執務室に?」

「あぁ、矢矧が戻るまで雑用をしてくれてたんだ」

 

 質問した矢矧に提督が答えると、矢矧は足柄に「それはどうもありがとうございます」と頭を下げた。

 

「ううん、気にしなくていいのよ♪ 私、結局何もしてないから♪」

 

 言葉では謙遜している足柄だが、その声は弾み、顔もにこやか。

 

「ん〜? ミス・アシガラー? アドミラルと何かあった? キスしたあとみたいに幸せそうな顔してる〜」

 

 イントレピッドが足柄に詰め寄ってそんなことを言うと、足柄は「うにゃにゃ!?」と狼狽する。その横で提督は「キスしてない!」と皆へ疑惑を晴らす。

 

「て、提督とはただ、お喋りしてただけなの……ね、提督?」

「応ともさ! 決してやましいことはしてないでござる!」

 

 若干提督の語尾が変であるが、それは平時においてはいつものこと。なので矢矧はハリセン制裁を止めにし、そっと手にしたハリセンをしまった。

 

「アドミラル、キスしてくれるの? ならサムのほっぺにもして!」

「おいおい、サムちん。ここはニホーン……ジャパーン。オーケー? この国に挨拶でキスする習慣はないんだぜ?」

 

 サムの勘違いからくるとんでもない要望に提督は片言の英語を交えながら否定するが、

 

「でも、司令と阿賀野さんはよくキスしてるよね? そういうスキンシップなのかと思ってたんだけど?」

「言われてみればそうだよね……司令と阿賀野さんって外国人みたいにキスする習慣があったんですね!」

 

 福江と松輪の言葉で提督はバツが悪そうに視線を逸らす。

 

(あれは阿賀野との愛のコミュニケーションの1つでして、決して習慣としてしているのではないのですはい)

 

 頭の中で提督は必死に言い訳するも、それを口にはしない。何せ松輪と福江に説明するのが大変だからだ。

 

「日頃の行いが災いしたわね、提督?」

 

 一方、矢矧はとても満足気に言う。矢矧としてはこれで夫婦が少しでも自重するようになれば願ったり叶ったりだから。

 

「二人共、アドミラルとアガノは夫婦。それもラブラブカップルだから、好きって伝える代わりにキスをしてるのよ?」

「ふむ……つまり提督と阿賀野さんはキスしている時は愛の告白をしているということなんだな」

「あんなに毎日愛の告白してるんだぁ……」

 

 イントレピッドが分かりやすく説明すると、福江は納得し、松輪に至っては憧れの眼差しでうっとりと両手を合わせる。

 一方、

 

(ちっ、思ったようにはいかないか……)

 

 と矢矧は眉をひそめ、

 

(毎日告白とか幸せ過ぎて死にそう……♡)

 

 と足柄は妄想乙女モード全開だった。

 

「そういうことかぁ、じゃあハグして♪ カモン♪」

 

 そのまた一方でサムは納得しつつ、今度はハグをねだる。なので提督はハグならとサムのことを優しく抱きしめた。

 

「ん〜、アドミラルとのハグは安心するね〜♪」

「そりゃどうも」

「頭をナデナデしてくれたらパーフェクトかな?」

「ほいほい……これでどうだ、サムお嬢様?」

「パーフェクト!」

 

 サムがそう言うと提督は「おう」と笑顔で返す。すると当然、松輪と福江も提督とハグをする流れとなった。

 

「よしよし」

「えへへ……サムちゃんの言う通り、なんだか安心しますね」

 

「福江もよしよし」

「子ども扱いするなと言いたいが、こういうのもたまにはいいな……ふふふ」

 

 これには二人も顔をほころばせ、提督の優しさに心が満たされていく。

 

「じゃあ、次は私の番ね!」

 

 さも当然のようにイントレピッドが提督に向かって両手を広げるが、

 

「イントレピッドさんはアウトです」

「阿賀野に殺されるから止めときなさい」

 

 矢矧と足柄が止めに入ったので、イントレピッドは「Noooooo!!」と悲痛に近い叫びをあげた。

 しかし、

 

「インちゃんは頭ナデナデで勘弁してくれ」

「は〜い♡」

 

 提督に優しく頭を撫でられたイントレピッドはすぐにご機嫌を取り戻すのだった。

 

「はいはい、お喋りはここまでにして、そろそろ提督は執務再開して」

 

 そして矢矧がパンパンと手を叩いてそう言うと、提督は「はいよ〜」とまた席につき、松輪たちも『失礼しました』とまた鎮守府内探検を再開するため執務室をあとにする。

 

「じゃあ、私もお役御免ね。提督、矢矧失礼するわね」

「おう、ありがとうな」

「ありがとうございました」

 

 こうして足柄も二人に見送られながら執務室をあとにした。

 その去り際、足柄は提督をチラリと横目に見ながら、共に過ごせた喜びを思い返し、満面の笑みで寮まで戻った。

 ただ、戻るまでずっと「ふぇっへっへっへ♡」と怪しく笑っていたので、すれ違う者たちはそっと足柄から遠ざかっていたというーー。




乙女な足柄さんを書きたかったのでこんな感じにしました!
今回着任のことはサラッと書いてしまいたが、そこはご了承ください。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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ハプニングは突然に

一部、不快と思われる表現があります。ご注意ください。


 

 6月も中盤となり、蒸し暑さが本格化してくる。

 あの兵站物資奪還作戦も終わりを迎え、国防軍は更に警備を厚く、そして今一度国防軍全体で宣誓し、誰一人とて裏切ることはしないと固く国民へ誓った。

 軍を裏切ること……それ即ち入隊する時に宣誓したことに背き、国や国民を裏切ることと同意である。

 

 その宣誓にてより強く誓いを立てた国防軍はまた足並みを揃え、平和への道を歩み始めた。

 

「あ〜、今日も疲れた〜」

「そうだね……でも充実した疲れっていいよね」

 

 そんな今日の昼下がり、鎮守府は変わりなく艦娘たちが任務や訓練に励んだ。

 

 今日の対空訓練の指導役を務めた二航戦の蒼龍と飛龍は心地よい疲労感を感じながら、報告のため執務室へと向かっている。

 

「それより飛龍……」

「ん、何、蒼龍?」

「いつまで提督の写真眺めてる気なの?」

 

 蒼龍の言葉に飛龍は「へ?」とすっとぼけたような声を出した。

 飛龍はここに来る途中で青葉に会い、飛龍が先日現像を頼んでおいた『提督とのツーショット写真』を受け取り、それからというもの今蒼龍に言われるまで飛龍はその写真に釘付けだったのだ。

 

「ホント、飛龍は提督のことになるとそれにばっか集中するよね〜」

「ちゃ、ちゃんと会話は出来てたでしょ?」

「それは〜そうなんだけど〜」

「な……何よ、その言い方〜?」

「だって相方がず〜〜〜っと締まりない顔でいたらさ、『あ、私今喋らない方がいいんじゃね?』ってなるんだもん」

「なんで変なところで提督みたいな物言いをするのよ……」

「こうすれば飛龍も少しは私の話にちゃんと受け答えしてくれるかな〜って思って」

 

 蒼龍がそう言い、そっぽを向くと、飛龍は「あ〜もう、悪かったってば〜!」と謝った。

 

「まぁ、いいけどね〜。飛龍の提督LOVEは今に始まったことじゃないし」

「…………知ってるなら責めないでよぅ、蒼龍の意地悪」

 

 膨れっ面で恨めしそうに蒼龍を睨む飛龍だが、蒼龍はそんな飛龍の乙女っぽい一面をイジるのが好きなので逆効果である。

 よってその後も飛龍は蒼龍に色々とイジられ、赤面しながら執務室の道のりを進むのだった。

 

 ーーーーーー

 

「提督、飛龍です」

「蒼龍です」

「本日の対空訓練が終了したことを報告しに参りました」

 

 丁寧にノックし、名乗り、来た理由を述べる。

 

『あ、あ〜、ちょ、ちょっと待ってくれ〜!』

 

 しかし返ってきた提督の声は妙にたどたどしく、上ずっていた。

 すると飛龍はLOVE勢であるが故に提督が『刺客に襲われている』or『ガチ勢に迫られている』と考え、

 

「提督から離れなさい!」

 

 勢いよくドアを開け、提督を助けようと声を張り上げる。

 

 しかし、

 

「あ……」

 

「え……」

 

 提督は上半身裸の状態だった。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 それは飛龍たちが執務室へ到着する前のこと。

 提督は相変わらず阿賀野、矢矧と共に作戦後の書類地獄に身を投じていた。

 

『くっそ……元はと言えば不届き者共の尻拭いを俺らがさせられるって納得いかねぇぜ……』

『はいはい、無駄口叩かずにキビキビサインする』

『うわーん、阿賀野〜! 疲れたよ〜!』

『ふふふ、お仕事が終わったらい〜っぱい癒やしてあげるから、頑張って提督さん♡』

 

 妻に助けを求め、その妻から愛苦しい笑みを送られた提督は『うん、頑張る……』とまたペンを走らせる。

 そしてその間、阿賀野は提督のために冷たい麦茶を淹れてあげたのだが、

 

『あ』

 

 不幸にもその麦茶は提督の口ではなく頭が飲み干すこととなった。

 阿賀野が五月雨張りのドジをやらかした結果である。因みにコップはプラスチックだったので割れて破片が飛び散ることはなかった。

 

『ごめんね、提督さん!』

『あ〜いいっていいって。寧ろ書類に掛からなくて良かった』

『ここでやらかすのが阿賀野姉ぇよね……はい、タオル』

『あんがと、やはぎん』

『うぅ〜、ごめんなさ〜い』

 

 しゅんと肩を落とし、謝る阿賀野。それでも提督は変わらず妻の頭を優しく撫で、『もういい』と笑顔を返す。

 

『じゃあ提督、上着と軍帽頂戴。シミになる前に妖精さんたちにクリーニングしてもらうから』

『おう、頼む』

 

 提督は矢矧にそう言い、上着と軍帽を脱ぐ。しかし被った量が量なのでワイシャツもその下のシャツにもバッチリ浸透していた。

 

『それも脱いで』

『いやん、やはぎんてば人夫(ひとおっと)に脱げだなんていやらしい!』

 

 スパン!ーー問答無用で提督はハリセンをテンプルに喰らう。

 

『んなこたぁ、どうでもいいのよ。さっさと脱げ!』

『はいぃ!』

『はぁ……じゃあ、私はこれをクリーニングに持っていくから、阿賀野姉ぇは部屋から着替えを持ってきてあげて』

『は〜い』

 

 矢矧は指示を出すと、提督の服にシミが残らないように足早に執務室をあとにした。

 

『えへへ、ちょっと大袈裟になっちゃったけど、これで少しだけ休憩出来るよ、慎太郎さん♡』

『…………阿賀野』

 

 阿賀野はテヘッと舌を見せて笑う。この騒動は阿賀野が意図的に起こしたものだったのだ。

 

『阿賀野、マジ天使……愛してる』

『にへぇ、私も慎太郎さんのこと愛してる〜♡』

 

 夫婦は抱き合い、口づけを交わすと、阿賀野は夫婦の部屋に着替えを取りに向かう。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 そして今に至る。

 

「きゃあぁぁぁぁぁっ!」

 

 提督は叫んだ。まるで少女が本気で泣き叫ぶように。

 

「あ、あぁ、ご、ごめんなさい!」

 

 飛龍は土下座せんばかりに謝ると、ドアを閉めた。

 

「はぁ……ビックリした〜……」

 

 心底深いため息を吐く飛龍。しかし一方の蒼龍は笑いを堪えるため両袖で口元を押さえていたーー

 

(普通リアクション逆じゃないの〜!)

 

 ーーと。

 

 その時、飛龍はというと、

 

(あ、提督の上半身裸見ちゃった……お腹は柔らかそうだったけど、腕とかは程よく引き締まってて抱き心地良さそうーーって何考えてるの私はぁぁぁぁぁっ!)

 

 赤面し、目をグルグルと回らせ、物凄くアタフタしていた。

 それも蒼龍にとっては笑いの渦となって襲っているのは言うまでもない。

 

 あの日〜あの時〜あの場所で〜♪

 

(そうよ! まさにその通りよ! そうじゃなきゃ大好きな提督の上半身裸なんて見られなかったもん!♡)

 

 飛龍はどこからともなく聞こえた歌の歌詞に大きく頷く。

 

(ん? でもなんでそんなのが今聞こえ……)

 

 ……たんだろう?ーーと思った矢先のことだった。

 

「にひひ〜♪」

「にしし〜♪」

「んひひひ〜♪」

 

 目の前の光景に飛龍は絶句する。

 何故なら先程まで誰もいなかった目の前に青葉、由良、鹿島……その他にも大勢のガチ勢が集結していたから。

 つまり今の歌は彼女たちの仕業だった。

 

 それもそのはず……ガチ勢は阿賀野に負けず劣らず提督をこよなく愛する乙女たちだ。よって提督の悲鳴が聞こえれば彼女たちは必ずやそれを聞きつけ、提督の元へと馳せ参じる。

 しかしタイミングが悪かった。仮に今上半身裸の提督をガチ勢が目の当たりにすれば確実に提督が美味しく頂かれてしまう……飛龍はそれをほんの1、2秒の内に理解し、

 

「ご、ごめんね。さっき執務室に入ったらブラックダイヤモンドが出てきたから驚いちゃって……」

 

 飛龍はあくまでも先程の悲鳴は自分のせいだと言い張る。因みにブラックダイヤモンドとは暖かくなると出てくる黒光りしている不快害虫だ。

 艦娘の多くはそれを見ると悲鳴をあげたり、逃げ惑う者も少なくはない……なので飛龍はこの時期にはもってこいの絶妙な嘘をついたのだが、

 

「飛龍……」

「我々がお前と……」

「提督の声を聞き間違えるとでも?」

 

 ガチ勢には通用しなかった。

 陸奥、武蔵、加賀に詰め寄られ、飛龍は一気に嫌な汗を掻く。

 

「すんすん……提督さんがこの中にいるっぽい!♡」

「しかも今は一人みたいだね……ふふふ♡」

「て〜とく〜♡ ろーちゃんたちが助けにきました、ですって♡」

 

 夕立、時雨、呂の三人は早くも提督が中にいることを確信し、ドアをトントントントンとノックした。

 対して提督は『し、心配させてすまねぇ! でもなんでもねぇんだ!』と集まったみんなに言葉を返す。

 

 しかしそんなことでこのガチ勢たちが引くはずもなく、

 

「提督〜、何かあったのならこのイタリアを頼って〜♡」

「一人で悩んではダメよ、ハニー♡」

「先ずは私たちに顔を見せてくれないか?♡」

「そうよ、あなたが無事なのを確認させて♡」

「ワタシの胸にカモーン♡」

 

 イタリア、イントレピッド、アーク、リシュリュー、金剛が提督にそう呼びかけ、

 

「て〜とく〜、怖いならイクたちがついててあげるの〜!♡」

 

 イクはドアノブをガチャガチャと回した。

 きっとドアが提督の例の幼馴染みなら喜びで身をよじっているだろうが、ドアはいつ壊れるか分からない。

 

『だだだだだからららら! だいじょぶだって!』

 

 提督は必死にみんなへ伝える。

 そんな中、飛龍はドア頑張って!ーーとドアを応援し、蒼龍は腹を抱えて笑っていた。

 

「なんの騒ぎですか!?」

「皆さん、集まり過ぎなのです……」

「司令官さんは大丈夫って言ってますよ?」

「それに提督が怯えてしまっています」

「あとは私たちにお任せください」

 

 そこへ心強い助人、高雄、電、羽黒、榛名、筑摩がやってくる。高雄たちは提督の元へと走り出しそうなLOVE勢や忠犬勢を止めてからここにやってきた。因みにしたたかな羽黒たちはこうすることで自然に高雄たちと提督の側に行ける確率が高いと踏んでいたりする。

 

 元秘書艦で今でも提督からの信頼が厚い高雄と電の登場、そして提督に普段からガチ勢をたじろがせる程頼りにされる三人にこの場の空気は一気に凍りついた。

 

 中でも物分りのいいイタリア、金剛、呂の三名はその五名を見るや否やそっとこの場から離脱したのは言うまでもない。

 

『たたたたた高雄か!? みんなを戻らせてくれ! 俺は本当になんでもないんだ!』

 

 高雄の声に提督が反応すると、高雄はちょっと嬉しくなる。この中でも自分を一番に頼ってくれたから。

 ただ羽黒たちは一瞬だけ……そう、本当に一瞬だけ高雄だけが呼ばれたことに眉をひそめた。

 

「高雄……提督は大丈夫じゃないはずだ」

「だから私たちがここに来たのよ?」

 

 武蔵、陸奥と高雄に声をかける。

 

「皆さんの提督を思い遣る心は十分に理解します。ですが、提督が困っているのを見過ごす訳には参りません」

 

 高雄が堂々と戦艦二人相手に言い放ち、睨み合う。

 もうダメだぁ……お終いだぁ……と飛龍はどこかの惑星の王子並に嘆いていると、

 

「みんな集まってどうしたの?」

 

 阿賀野(救世主)がご帰還された。

 勿論阿賀野は提督がどんな状態か悟られないよう、手提げ袋に着替えを入れている。

 とうとう来てしまった絶対的奥様の降臨にガチ勢は(羽黒たちも)固まり、高雄と電は『やっときた』と頼もしい存在にホッとした。

 

「提督さん、阿賀野せいで腰痛めちゃってるの。だから悲鳴出したんだ〜。んで、湿布持ってきたとこなの」

 

 だから退いてくれない?ーーと艦隊No.1のオーラをまとわせた阿賀野が笑顔で()()()をすると、みんなは『こうなったら仕方ない』と潔く諦め、その場を去っていき、高雄たちも阿賀野に声をかけて戻っていく。

 それを見、飛龍はやっと胸を撫で下ろした。

 

「はぁ……良かった〜……」

「ごめんね、遅くなっちゃって……提督さんを守ってくれてありがとう♪」

「っ……うん、いいよ全然」

 

 阿賀野にお礼を言われた飛龍がそう返すと、阿賀野はニッコリと笑って執務室に入る。

 こうして提督は着替えを済ませ、やっと飛龍たちからの報告を受けるのだった。

 

 因みにその頃ーー

 

「……なんか騒がしいけど、何かあったのかしら?」

 

 矢矧は呑気に妖精たちと洗濯をしていたとさーー。




てことで、今回はこんなお話にしました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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何事も程々に

 

 6月も後半に差し掛かり、泊地の蒸し暑さは本格化してくる。

 ジメジメとした暑さに加え、蚊や蛾といった害虫も活発になって鬱陶しい時期となるが、艦隊では先日に黒潮の改二への改造が実施されて少しばかり活気を取り戻した。

 黒潮と同時に伊勢も改二として改装航空戦艦への改造許可が下りたが、伊勢は「叶うなら日向と同じ日に改造したい」とのことで今は見送っている。提督としても今の伊勢に不満もなく、艦隊も十分に練度が高いので伊勢の気持ちを汲むことにした。因みに自分の気持ちを分かってくれた提督に伊勢は更にLOVEを募らせたらしい。

 

 その日から少し経った昼下がり。天気は台風の影響もあり波が高く、沖の天候も悪天候なため艦娘たちは大人しく待機している。それでも室内訓練場は使えるため、体を動かしたい者や鍛練が日課の者はそこで清々しい汗を掻く。

 

 一方、本館の会議室では暇を持て余す艦娘たちがてるてる坊主作りに勤しんでいた。

 

「てるてる坊主作りとかめんどい〜」

「しかも雨が止まなきゃ首を落とされるっていう」

「勝手に作られて結果を出せなきゃお役御免ってどこの独裁国家だよ」

 

 しかし強制参加させられた初雪・望月・加古の三人は半ばふてくされながらてるてる坊主を作っている。

 三人共に今日は待機という名の休暇なのでゲームや寝て過ごそうとしたのだが、それぞれの姉妹としては三人がダラダラ過ごすよりはいいと思って参加させているのだ。

 

「ほら、初雪。屁理屈言ってないで作りなさい」

「もっちーもだよ。こんな時こそみんなで過ごした方が思い出になるんだからぁ」

「加古も変な理屈こねてないで手を動かして」

 

 一方、叢雲・文月・古鷹と初雪たちの保護者たちはそう言って監視していた。

 ただ文月は相変わらず屈託のない笑顔で楽しそうに望月とてるてる坊主を作っているので、望月もその笑顔につられて笑顔をこぼしている。

 加古に至っては古鷹から魔法の言葉、「頑張って作れば提督が褒めてくれるよ」と言われた途端にやる気が増した。

 なので、一番億劫なのは初雪のみである。

 

「晴れたら晴れたで訓練や任務があるし天候は荒れてていい。荒れてれば敵もやって来ない……」

「ゲームなんていつでも出来るんだからいつまでもふてくされてないでよ。いつもいつも明日から本気出すって言ってるくせに」

「むぅ〜、妹のくせに生意気な……」

「妹でも私の方が練度が高いからね」

「姉よりも優れた妹なんざ存在しねぇ!」

「どこぞの革ジャンヘルメットみたいなこと言わないでくれない?」

 

 初雪がああ言えば、叢雲はこう言う。傍から見れば仲が悪いように見えるが、二人にとってはいつものやり取り方なのでこの場にいるみんなは二人の会話を微笑ましく聞いていた。

 

 そうしていると、会議室に提督と矢矧・酒匂・アイオワの面々が現れる。その手にはみんなへの差し入れであろうお菓子と飲み物が入ったビニール袋が提げられていた。因みにアイオワは提督にお菓子を奢ってもらえるとのことで、荷物運びとして一緒にきたのだ。

 提督が「みんなおやつタイムだぞ〜!」と声をかければ、みんなは作業を中断してわぁっと提督たちの周りに集まる。

 

「ほれ順番に並べ〜、足りなきゃまた買ってくっから」

『はーい!』

 

 こうして艦娘たちはお行儀よく一列に並んだ。

 

 ーー

 

 多めに買ってきたのもあり、この場にいる全員に飲み物とお菓子が行き渡る。みんなは提督たちに『いただきます』と言ってからそれぞれおやつタイムに入った。

 その間、提督たちはみんなの様子を見て回ることにする。 

 

「どう、上手く出来てる?」

 

 矢矧が声をかけたのは球磨と多摩。

 

「バッチリだクマ!」

「この力作を見るにゃ!」

 

 そう言って二人が見せてきたのはティッシュペーパーで作られたにしてはクオリティが高いサケとマグロだった。

 しかもよりリアリティに仕上げるため、尾ビレの所々を軽く千切ってあったり、セロハンテープを鱗に見せようと細かく細かく貼り合わせている。

 

「…………凄いわね」

 

 これには流石の矢矧もそうとしか言えなかった。寧ろこれだけの努力と情熱が注ぎ込まれた作品を前に「てるてる坊主じゃないよね?」なんて野暮なことは言えない。

 矢矧に褒められた二人は目を輝かせ、今後はどういう風に仕上げるのか相談に入るのだった。

 

 ーー

 

「みんな、可愛いてるてる坊主が出来たね〜♪」

 

 酒匂がそう声をかけたのは海防艦の占守と国後、日振と大東。

 どちらの姉妹もお手本のようなてるてる坊主で、酒匂に褒められてみんな照れ笑いを浮かべる。

 

「しむしゅしゅしゅ〜、楽しく作ったでしゅ!」

「こんな風に過ごすのもたまにはいいわよね」

 

 占守、国後が笑顔でそう言うと、酒匂は同意するように頷いてみせた。

 

「カエルのやつとか、ウサギのやつとかにもしようと思ったんですけど、やっぱり普通のが一番かと思って」

「それに動物のやつだと首を切っちゃうのかわいそうだしな!」

 

 日振の次に大東が豪快にそんなこと言う。酒匂はそれに「そうだよね」と同意すると、

 

「でもこいつらも雨が止まなきゃ首を切っちゃうんだけどな!」

 

 屈託ない笑顔でなんとも怖いことを言った。しかも他の面々も「かわいそうだけどね〜」「仕方ないねぇ」と言うので、酒匂はなんとも言えない気持ちになる。

 何しろ見た目がみんな幼いのに、言うことが殺伐としているから。

 それからも酒匂は占守たちの話をうんうんと聞きつつ、時折ツッコミを入れながら楽しく過ごした。

 

 ーー

 

 そして提督はアイオワと共に問題児たち(初雪ら)のテーブルに訪れている。ただアイオワは提督の隣でチーズスナック菓子をバリバリモシャモシャ中。

 

「へぇ、上手く出来てるじゃねぇか」

「そうなんです! 加古ったら提督に褒められたくて頑張って作ったんですよ!」

「ふ、古鷹〜、余計なこと言わなくていいよ!」

 

 加古は狼狽し、古鷹の肩を揺すって抗議するがもう遅い。古鷹に至っては「もう言っちゃったも〜ん♪」といたずらっぽい笑みで舌を見せている。

 

「古鷹の鬼〜……」

 

 顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに古鷹へそんなことを言う加古。

 しかし、

 

「目的がなんであれ、いいじゃねぇか。それに本当にちゃんと上手く出来てるぞ?」

 

 提督は優しい笑みと声色で告げ、加古の頭を軽くポンポンと叩くように撫でた。すると当然、LOVE勢である加古は「ふみゅ〜……♡」と幸せそうな声をあげる。

 そんな妹に古鷹は「やったね、加古!」とピースサインすると、加古は「知らにゃいもん……♡」と反抗しながら提督のナデナデに身を委ねるのだった。

 

「そういえばぁ、阿賀野さんと能代さんは〜?」

 

 その横から文月が質問してきた。

 

「阿賀野も能代も室内訓練場だ」

「そうなんだぁ、司令官が寂しくないようにあたしがぎゅうってしてあげるねぇ♪」

 

 文月はそう言い、提督の空いている腕にギューッと抱きつく。これは文月の心遣いに見えるが、本当のところは文月が甘えたくて抱きつく理由を作ってやったこと。それを知っている望月は『相変わらず甘えん坊だなぁ』と姉を見つめた。

 

「モチヅキーもアドミラルにハグしないの?」

 

 アイオワからいきなりそんなことを言われ、望月は「へ?」と間の抜けた声をあげる。

 

「だってさっきからずっとフミヅキーのこと見てるんだもの……」

「いや、あたしは別にそういう意味で見てた訳じゃーー」

「ふみぃ、もっちーもあたしと一緒に司令官にぎゅうってしよぉ♪」

 

 言葉を遮られ、文月に制服の袖を引っ張られる望月は「えぇ」と困惑した。

 

「んだよ、恥ずかしがることないぜ?」

「そうだよぉ、早くぎゅうってしよぉ?」

 

 しかし提督の手招きと文月の誘惑のせいにより、望月は「……分かったよ」と折れて文月と左右から提督に抱きつくことになった。

 

「お〜、よしよし♪」

「えへへぇ、司令官とぎゅうってするの好きぃ♪」

「ったく、なんであたしまで……」

 

 顔を提督の右腕に擦り付ける文月と違って、望月はそんな言葉をもらすも、提督に撫でられるのは嬉しいので体は離れようとはしない。

 そんなこんなで文月・望月の二人と触れ合っていると、

 

「司令官、てるてる坊主作りたくない〜」

 

 初雪がだらりと提督の背中に引っ付いて訴えてきた。

 

「無理に作らなくていいんだぞ?」

「でも鬼畜ムラクモンのお許しが出ない〜」

「当たり前でしょ。どうせ部屋にいたってゲームしてるかマンガ読んでるかのどっちかじゃない」

 

 叢雲が苦笑いして言うと、初雪は「寝てるかもしれない」とまた変に屁理屈をこねる。

 

「はぁ……あんたはなんでこうもああ言えばこう言うのかしら」

「なんでだろうね〜……」

 

 初雪の言葉に叢雲は「私が訊いてるのよ……」と思わずツッコミを入れた。

 

「てるてる坊主作るのは明日にしてさ〜、ムラクモンも私と部屋でゴロゴロしようよ〜」

「明日は任務があるかもでしょ」

「ぐぬぬ……」

 

 するとアイオワが初雪を後ろから抱え上げ、提督から離す。

 

「んぁ、アイオワさん……何〜?」

「いい、ハツユッキー? 思い出作りは大切なのよ? ミーたちは戦争に身を投じてて、いつ死んでしまうか分からないんだから」

 

 アイオワの言葉に初雪は反論することなく黙って頷いた。初雪としてもアイオワの言っていることがちゃんと分かるからだ。

 

「それにアメリカの著述家であるジェームズ・T・マッケイと言う人はこう言ってるわ。『明日こそ変わろうと君は誓う。しかし、明日というのは大抵、今日の繰り返しなのだ』と」

 

 その言葉に初雪は思わず「うぐっ」とたじろぐ。

 しかしアイオワは更にこんなことを言った。

 

「でも同じ人はこうも言ってる『明日の自分にどんな約束をするか。その約束があなたを変えてくれる』ってね。だから明日の自分に約束するの。そうすれば自ずと行動出来るわ」

「…………」

「初雪……」

 

 叢雲が優しく微笑み、初雪の頭を撫でる。すると初雪は「てるてる坊主作る……それで明日任務とゲームする」と自分の中で折り合いをつけることが出来た。

 

「うんうん、思い出作りは大切よ! ミーも一緒に作ってあげるわ!」

 

 アイオワはバチコーンとウィンクして見せるが、

 

「……アイオワさんは大きの作るからダメ」

 

 初雪からやんわりと断られたので、アイオワは「Why!?」と嘆く。

 

「……去年みたいに大きいの作って、誰かがそれを首吊り自殺してるように見える騒動が勃発しかねないから、却下させてもらいます」

 

 初雪が理由を述べると、アイオワは「Oh……」と頭を抱えた。しかもこれには提督を始めとする全員がアイオワを擁護出来ない。

 よってアイオワはしょんぼりしながら占守たちと小さなてるてる坊主をちまちまと作り、提督や矢矧たちはそんなアイオワを心の中で励ますのだったーー。




梅雨ということでこんな話にしました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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良い子は真似しないでください

 

 6月ももう終わりが迫った本日。鎮守府では艦隊運用を全面休止にし、艦娘たちには待機命令が提督により言い渡された。

 その理由は台風のせいである。泊地には先日より勢力は弱くも規模は大きい台風が上陸し、海は荒れに荒れて戦うどころではない。よって艦娘たちは束の間の休息を過ごしている。

 

 対して提督は休みという訳ではなく、書類仕事があるので朝からいつも通り執務室で書類の山を踏破しようと奮闘していた。

 

「えっと、これはサインで……こっちは印鑑……んで、こっちは確認資料」

 

 テキパキと仕事している提督であるが、書類は阿賀野や能代、矢矧、酒匂といったいつものメンバーが書類を分けてくれているので変に戸惑うことはない。

 阿賀野たちも待機命令が提督から出されているが、提督が仕事をするなら秘書艦と補佐艦も手伝うのが当たり前とのことで、阿賀野たちもいつも通りに執務室に集まっているのだ。

 

「提督、印鑑の方が数は少ないから、こっちから片付けない?」

「やはぎんがそう言うならそうすっか」

 

 矢矧の提案に乗り、提督は早速印鑑が必要な書類にポンポンポンと手際よく押していく。

 

「雨が弱いのはいいけど、凄い風よね」

「向こうには雷も見えるよ〜」

「台風って凄いね〜」

 

 窓の外を見る能代のつぶやきに阿賀野、酒匂と言葉を返すと、提督と矢矧も窓の外を見て『本当だ』というように頷いた。

 

「そう言えばさ、今朝食堂で舞風ちゃんが嵐ちゃんに何か歌ってたよね? あれなんだったんだろ?」

 

 阿賀野がそんな話題を出すと、その場にはいなかった矢矧たちは『分からない』と言うように首を横に振る。

 しかし提督は「あ〜、あれな……」とその時のことを思い浮かべ、つい苦笑いをこぼした。

 

「どんな歌を歌ってたの?」

 

 能代は阿賀野にそう訊ねると、阿賀野は「えっと〜……」とあの時のことを思い浮かべ、

 

「嵐の中で輝いて〜、その夢をあきらめないで〜って歌ってた」

 

 実際に舞風が歌っていた歌を阿賀野が三人に歌ってみせるが、

 

「なんの歌なのかしら……?」

「嵐ちゃんと何か関係あるのかな?」

 

 能代と酒匂は小首を傾げる。

 しかし矢矧だけは小さくではあるが、肩を震わせて笑っていた。

 当然訳の分からない能代と酒匂は矢矧の反応に困惑する。

 対して矢矧は「それで嵐は舞風になんて言ったの?」と阿賀野に訊ねた。

 

「えっと……『名前ネタやめろよ! てか俺の中のどこかが輝いてて、そんな自分に夢をあきらめないでとかカオス過ぎだろ! そもそも俺はどんな夢持ってんだよ!?』って言ってた」

「そんで"輝く"に反応した那珂が『輝くならアイドルの私〜☆』とか割り込んできて、余計カオスになってたぜ」

 

 阿賀野の次に提督がそう言うと、矢矧はもう堪えられずに腹を抱えて笑い出す。

 なのに隣では能代と酒匂がキョトンとしているので、提督も阿賀野もその温度差につい笑い声がこぼれた。

 

 ーー

 

「それで、いつまで私と酒匂は除け者なんですか?」

「笑ってないで教えてよ〜!」

 

 一頻り提督たちが笑うと、能代と酒匂は若干頬を膨らませて説明を求める。

 すると提督が「あ〜、それはな……」と口を開いた。

 

「舞風が歌ったのはアニメのオープニングなんだ。ただの名前ネタで舞風は歌ってたが、嵐のツッコミがまた可笑しくってなぁ」

 

 提督が説明すると、能代も酒匂もなんとなくだが理解出来たので『なるほど』と頷く。

 提督はアニメや漫画が好きでそういうネタに詳しい。それでそんな提督といつも一緒に過ごす阿賀野もそのネタを知ってて当然。

 しかし能代と酒匂は矢矧がそういったネタが分かっていることに疑問を抱いた。

 

「矢矧はよくそのネタを知ってたわね」

 

 能代が矢矧にそう言うと、矢矧は「へ?」と間の抜けた声を出す。

 

「だって矢矧ちゃん、そういうの自分からあんまり観ないし……」

「そもそも矢矧はそういうの興味ないじゃない」

 

 酒匂、能代と疑問を矢矧にぶつけると、矢矧は「まぁ、そうなんだけどね〜」と苦笑いした。

 

「能代姉ぇも酒匂も私の同室に夕張がいること忘れてない?」

 

 そして矢矧がそう言うと、能代も酒匂も『あ』と小さく声をあげる。

 

「あまりアニメとかに興味ないのは事実よ? でも同じ部屋で夕張がアニメをよく観てるし、観てなくても音は自然と耳に入るじゃない? だからそういうアニメの歌とかは自然と覚えちゃってるのよね」

 

 矢矧が説明すると、やっと二人は矢矧がアニメネタを知っていたことに合点がいった。

 夕張は艦隊の中でもアニメ好きで有名……それに加え、夕張が好きなアニメは多種多様だから。

 

「私たちの部屋ってアニメがかかってようが、ヘビメタがかかってようがみんな気にしないのよね。私は由良と雑誌読んでて、名取は基本恋愛小説かホラー小説読んでるから。でも夕張が観てるアニメが面白そうなら一緒に観てたりするわね」

 

 矢矧がそう話し、姉妹たちは『へぇ〜』と相づちを打つ。

 

「それで、舞風は舞風でたまに夕張からおすすめアニメのDVDボックスを借りに来るから、それでそのアニメを知ったんでしょうね」

 

 肩をすくめながらも小さく笑って言う矢矧に、みんなして『なるほど』と頷き、珍しく長く語る矢矧の話をみんなして微笑ましく耳を傾けるのだった。

 

 ーー

 

 ひょんなことから大いに話が脱線したものの、今日はあまり仕事を急ぐ必要もないので提督も阿賀野たちも比較的まったりと仕事を進めていた。

 

 昼前となっても相変わらず風と小雨が吹き荒れ、海の方では雷の閃光と雷鳴が轟いている。

 

 窓から矢矧は相変わらず凄い風ね……と外の様子を眺めていると、埠頭のところに複数の人影を見つけた。

 

「あれは……?」

 

 目を凝らすと、埠頭には白露を始めとする時雨・村雨・夕立・春雨・五月雨の六名が無邪気にはしゃいでいる。

 

「ねぇ、あれ注意した方がいいかしら?」

 

 矢矧は提督に訊ねた。しかし提督は書類に目をやったまま「台風でテンション上がってるんだから何言っても無駄だ」と言葉を返す。

 決してこのような真似はしてはいけない。

 

 彼女たちは雨に因んだ名を持つことから、雨や台風が好きでこういう時は必ずと言っていい程外で遊ぶ。因みに大雨の時がテンションは最大限に高まる。

 ただこれはここの艦隊の彼女たち特有の性格であり、台風に因んだ名前を持つ野分や嵐はこういう天候でテンションは上がったりしない。

 

「夕立は相変わらずね〜」

「風に身を任せてリューキン決めちゃってるよ……」

「ぴゃ〜、すご〜い……」

 

 能代、阿賀野、酒匂は夕立の身軽さに改めて感心してしまっている。

 リューキンとは体操の床種目でG難度の大技で後方三回宙返りのこと。着地が難しいためアスファルトの上でやるなんてもっての外……しかも強風でバランスを崩したら目も当てられないのだから、良い子は決して真似しないでほしい(そもそも常人には出来ないだろう)。

 

「春雨ちゃんと五月雨ちゃんはカッパ着てるけど、逆に危ないんじゃ……」

「というかローラースケート履いて風に運ばれるの楽しんでるけど……」

 

「時雨は村雨とバレーしてるのね……」

「ボールが荒ぶるからそれが面白いのかな?」

 

 阿賀野と矢矧は春雨たち、能代と酒匂は時雨たちとそれぞれの遊ぶ風景を見ている。

 しかしこれも絶対に真似をしてはならない。

 

「ったく、艦娘だからって危険なことはしないでほしいぜ……」

 

 そして提督はそんな白露たちを見ながら苦笑い。因みに白露にいたってはずっと埠頭で海を眺め、天高く右人差し指を突き上げて高らかに笑っている。

 しかし当然、雷が遠いからとこんなことをしないでほしいと提督は思っていた。

 

 なので最終的には、

 

『お〜い! 馬鹿野郎共! 何外で遊んでだ! 10数える間に執務室に来い! でなきゃ謹慎処分だ!』

 

 提督は全体放送で埠頭の白露たちに叫んだ。

 ある程度遊ぶことは許可するが、長時間は許さない。

 よって提督は最初は無駄だと言っても、最後はちゃんと命令で白露たちを屋内に呼び戻すのである。

 

 ーー

 

 提督の呼び掛けで白露たちはビショビショであるが執務室に集合。

 阿賀野たちは用意しておいたタオルを白露に渡すと、白露たちは服をその場で脱ぎ、体を拭く。因みに服の下はみんなスクール水着なのでスッポンポンではない。

 

「楽しめたか?」

 

 提督が体を拭く白露たちにそう言葉をかけると、

 

「うん、とっても!」と白露

「はしゃぎ過ぎちゃったよ♪」と時雨

「台風はこうして遊ぶのが一番よ」と村雨

「今度はもっと難易度が高い技に挑戦するっぽい!」と夕立

「今度は五月雨ちゃんとスケボーで滑ります♪」と春雨

「今から楽しみにしてるんです!」と五月雨

 

 みんながみんな楽しかったと満面の笑みを浮かべて言葉を返す。

 

「楽しかったのはいいが、本当に怪我だけはすんなよ?」

 

 提督は心配してそう言うと、白露たちは『はーい!』と元気よく返事をした。何度も言うが、そもそもこういう悪天候の中で遊ぶこと自体は決していいことではない。なので良い子は真似をしないでほしい。

 

「はい、みんな。お茶淹れたから飲んで温まって」

「拭き終わったら乾いてるタオルを体に巻いてね」

 

 矢矧、阿賀野と甲斐甲斐しく白露たちに世話を焼く一方、能代と酒匂は白露から順にドライヤーで髪を乾かしてあげている。

 

「百歩譲って遊ぶのはいいけど、程々にね?」

「怪我したら司令もあたしたちも悲しいからね」

 

 能代と酒匂が白露たちに注意すると、みんなしてまた笑顔で返事をした。

 

「注意されてもなんでかたぎって来ちゃうんだよね〜」

「ねぇ……なんでなのかしら〜?」

 

 白露、村雨とお茶を飲みながらケラケラと笑って話している横で春雨と五月雨もケラケラと笑ってお茶を飲む。

 一方で、

 

「このたぎりを提督が鎮めてくれるのが、僕の一番望むことなんだけどなぁ〜♡」

「提督さんとなら素敵なパーティし放題よ♡」

 

 時雨と夕立はスク水姿で提督に迫っていた。その控えめながら自己主張はバッチリの時雨山と駆逐艦なのにたわわに育った夕立山にサンドされ、提督は「お前らなぁ……」と苦笑いする。

 

「はいはい、人の夫にお色気攻撃しないで〜。でないとそのお口を縫い合わせちゃうよ〜?」

 

 阿賀野が絶対零度の微笑みでそう告げるも、ガチ勢の二人が臆することはない。

 提督は執務室が消し炭になる前に時雨と夕立に離れるよう告げ、すると二人は素直に提督から離れた。

 そして丁度お昼になったことで、提督は本館の簡易厨房でみんなの昼食を作り、台風が上陸していても執務室は賑やかに時を刻むのであったーー。




台風の時は外で遊ばない。良い子は真似しないでね!

てな訳で、読んで頂き本当にありがとうございました!


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夜の艦娘寮:四晩目

 

 泊地は7月に入るも、まだ梅雨明けはしていない。他の地域では梅雨明け宣言がされるが、泊地ではもう少し不安定な天気が続きそうだ。

 そのため鎮守府での蒸し暑さが増すばかりで、酒保ではシロップサイダーやラムネが飛ぶように売れている。

 しかし艦隊ではガングートがロシア革命後の名前からдваへの改造が施されたり、春日丸が大鷹へ改造が実施されたり、他にも続々と改に改造される駆逐艦や海防艦がいて、ある意味で艦隊の熱気は上がっていたりする。

 

 そんな中、夜を迎えた鎮守府では夜間任務の者たち以外、本日の汗をさっぱりと洗い流したあとでそれぞれの寮の部屋で団扇を片手に仲間たちと穏やかな時間を過ごしている。中には既にエアコンを入れてる部屋もある。

 

 提督と阿賀野も自分たちの部屋で網戸から入る夜風にあたり、仲良く過ごしているが、

 

「阿賀野、愛してるぞ」

「私も慎太郎さんのこと愛してる!♡」

 

 蒸し暑さどころの騒ぎではなく熱過ぎであった。

 この夫婦にとってはこれが夫婦の日常。

 夫婦は軽く1時間ほど温水プール並のぬるい湯船でイチャイチャしてきたのだが、今は今で窓辺でイチャイチャしている。

 

「慎太郎さ〜ん♡」

「ん〜?」

「好きぃ♡」

「おう、俺も好きだぞ」

 

 何度も何度も伝えている言葉でも、夫婦にとっては何度伝えてもその気持ちが収まることはない。

 言葉で伝えきれない時はキスやハグといった行動で示すが、

 

「好き……ちゅっ……だいしゅき……っ……とってもとってもだいしゅきなのぉ……ちゅ〜っ♡」

「っ……阿賀野……ちゅっ」

 

 今宵の夫婦は言葉でも行動でも足りないといった様子。

 好き好き言いながらも身を寄せ合い、互いの唇をついばむ。それは入浴中でもしていたが、夫婦の愛はもう誰にも止められない。

 

 そもそもどうしてこんなにも夫婦が熱く燃え上がっているのか……それは阿賀野が今日の出撃で大破し、ドックで長時間の入渠を余儀なくされたから。

 艦隊でトップの戦果を誇る阿賀野であるが、戦争というものはどう転ぶか分からない。ここの艦隊最強の阿賀野も大破することはあるのだ。

 提督も出来ることなら阿賀野を出撃させたくない。しかし阿賀野が出なければ別の誰かが死ぬかもしれない。阿賀野はその誰かが死ぬのが嫌で自らが進んで出撃している。

 今日は改めてお互いにいつ離れ離れになるか分からない恐怖を思い知った。だからこそ今……一緒にいれる今を濃厚に過ごしているのだ。

 

「慎太郎さん……私、また欲しくなっちゃった♡」

 

 肩で息をしながら、阿賀野は妖艶に微笑んでおねだりする。

 

「あぁ、俺も阿賀野が欲しい」

 

 そして提督も同じ気持ちだと告げると、阿賀野を自分の上に覆い被せるように抱え上げた。

 

「えへへ……幸せ♡」

「俺も幸せだ……だからこれからもちゃんと帰ってこいよ?」

「うん、約束します♡」

 

 こうして阿賀野は提督に改めて誓いを立てる。

 そして夫婦はまた激しく愛を育むのであった。

 

 ーーーーーー

 

 その頃、艦娘たちは自分たちが暮らす寮で思い思いに仲間たちや姉妹たちと穏やかに過ごしている。

 

「スペードのフラッシュ!」

 

 ここ軽巡洋艦寮の5号室ではみんなでポーカーをして盛り上がっていた。

 因みに5号室の住人は阿武隈・能代・大淀・大井・酒匂の五名であるが、能代と酒匂は長期遠征任務でいない。

 その代わり(?)に、

 

「降りるわ……勝てる気しないし」

 

 矢矧が大淀に誘われてお泊りに来ている。

 そして大淀が言い出してやっているポーカーで大淀は一人勝ち状態。よって、みんな大淀の引きの強さにやる気が失せてきているところだ。

 

「むむむぅ……こっちでカードを切っても、配っても、何をしても強い役を揃えられちゃう」

「イカサマでもしてるレベルで強いわね……私が買ってきたのに、一口アイスまだ1個も食べれてないんだけど……」

 

 阿武隈も大井も白旗を振り、ガックリとうなだれる。

 

「もうポーカーで勝った人がアイス食べるんじゃなくて、好きなように食べない?」

 

 矢矧が大淀にそう切り出すと、大淀は「致し方ありませんね」とトランプを仕舞うことにした。

 大淀がトランプを仕舞うことで、阿武隈も大井もやっとアイスを食べることが出来、切り出してくれた矢矧にお礼を言った。矢矧としては複雑な心境だったが、笑顔を返して自分もアイスを頬張る。

 

「さぁさぁ、夜はまだまだこれからですよ。次は何をしましょうか?」

 

 一方、大淀はキラキラした目でみんなへ問い掛けていた。今夜は矢矧がお泊りに来ているので、こうしたちょっとしたイベントが好きな大淀はハイテンションなのだ。

 

「はぁ、久々にここに泊まったけど、大淀のテンションの高さには毎回驚かされるわ」

 

 麦茶を飲み、矢矧が肩をすくめてそんなことをこぼすと、大淀は「そうですか?」と小首を傾げる。

 なので矢矧はそうだと言うようにうんうんと頷いてみせた。

 

「まぁ、私たちと違って大淀は普段から大本営と直接やり取りしてるから、仕事から離れればこうなるわよ」

「寧ろこういうギャップがあった方が親しみやすいよね」

 

 大井と阿武隈がそう言って笑うと、矢矧も「まあ、確かにね」と笑顔を見せる。

 

 大淀は毎日大本営と連絡を取り合っているため、仕事での精神的ストレスは誰よりも大きい。なので今回みたいなお泊り会は勿論だが、パーティなどのイベントが大好きなのだ。

 

「では気を取り直して、何をしましょう!?」

 

 話も一段落すれば大淀はまたキラキラした目でみんなへ「何して遊ぶ?」と訊ねる。

 しかも「私のおすすめは明石印の人生ゲーム『甘口』です!」と目を爛々とさせていた。

 そんな目をされれば流石の矢矧も却下は出来ない。よってみんなでその人生ゲームをすることなった。

 

 ーー

 

「やるのはいいけど、この甘口って普通のと何が違うのかしら?」

「そう言えば私たちもこれは初めて見るわね……」

「大淀ちゃん、これは普通のと何が違うの?」

 

 阿武隈がそう訊ねると、大淀は凄く楽しそうに含み笑いして「やってからのお楽しみ♪」と言ってウィンクする。

 

 人生ゲーム『甘口』のルールは普通の人生ゲームと同じで、どうやらマスごとのイベントに何やら秘密があるそうだ。

 ただ銀行家等は決めず、所持金が足りなくなった時点で自動的に借金をすることになる。

 みんなは大淀に促されるまま、取り敢えずやってみることにした。

 

 ーー

 

「じゃあ、私からね」

 

 全員所持金が3000円からのスタートで、トップバッターの矢矧は早速ルーレットを回す。因みにプレイヤーは大学生の就職活動からスタートする形だ。

 そして幸先よく8マス進むと、

 

「? 付属冊子の32ページを読んでね……だって」

 

 マスの内容はそう記されていた。

 すると大淀が付属の冊子32ページを読み上げる。

 

「その日、私(僕)は母からお小遣いとしてもらった3000円を手に、前から欲しかったゲームを買おうとゲームショップへ向かっていた。

するといつもは通り過ぎるだけの花屋の店先で私はふと足を止める。

そこには母の好きな花が並べられていたのだ。

母は花が好きだが、私の大学の学費を払うために好きな花も買わず、こうして自分にお小遣いまでくれる。

父が蒸発したあとも弱音を吐くことなく私をここまで育ててくれた母……。

その母が懸命に稼いだお金で自分は今からゲームを買おうとしている。

私はふとこう思った。なんて親不孝なのだろう……と。

だから私はお小遣いを母に返し、自分の貯金箱にあるお金でその花を買い、母にプレゼントした。

そして今度は自分が働いて稼いだお金でもっとたくさんの花を買ってあげよう……今度は自分が母に笑顔を返す番だから!」

 

「…………は?」

 

「矢矧さん、花を買ったので1000円を手放しました。こちらに1000円入れてくださいね」

 

 矢矧は固まっていた。あのマスにそんなドラマがあるなんて思いもしなかったからだ。

 

「いい話ね……矢矧、お母さんを大切にするのよ!」

「頑張ってバイトするなり、就職してお母さんに笑顔を届けてあげてね!」

 

 事務的な大淀とは違い、大井と阿武隈はそのマスのエピソードに早くも感動の涙を流している。矢矧としては淡々としている大淀と感動で泣いている二人の反応が違い過ぎて、感情移入するタイミングを逃してしまった。

 

「…………ま、まぁ、取り敢えず1000円払えばいいのね」

 

 矢矧はなんとか気持ちを納得させ、1000円を払う。

 すると、

 

「お母さんは、きっと幸せよ!」

「親孝行出来たね!」

 

 大井も阿武隈もゲームなのにわんわん泣いて矢矧の背中を擦ったり、頭を撫でてきた。

 矢矧が困惑する中、大淀だけは口を手で押さえて肩を震わせて笑っている。

 

 そこで矢矧はとあることを確信したーー

 

 大淀は感情表現豊かな阿武隈と大井にゲームのマスのエピソードで感動させ、それに困惑している自分でこのゲームを楽しんでいるのだ

 

 ーーと。

 矢矧は止めようかとも思ったが、日頃から大淀にはお世話になっているのもあるし、今夜に至っては大淀に誘われてお泊りに来たので大淀がやりたいようにやらせてあげようと考え直した。

 

 矢矧の番が終わると、今度は阿武隈がルーレットを回す。

 ルーレットが指した数字は6。阿武隈が止まったマスは、

 

「えっと、お腹が痛くなって竹やぶに入ったら徳川の埋蔵金を見つけた。50億円手に入る」

 

 なんともいきなりぶっ飛んだ金額が舞い込んできた。

 これにはみんな『流石甘口』と苦笑い。

 

 次は大淀で、大淀がルーレットを回すと1を指したため1マスだけ進む。

 

「えっと……背後から殺人犯が迫ってきているがそれに気づかないあなた。凶器を振り被ってきたが、あなたは道に落ちていた1000円札を拾ったことで攻撃を避け、勢い余った殺人犯は間抜けにも豪快に転んで気絶。それをあなたは警察に通報し、懸賞金300万円受け取る」

 

 阿武隈には金額で負けるものの、これもなんともインパクトがあるマス。しかも300万円だけでなく、余計に1000円まで貰えるラッキーなイベントである。

 これにはまたみんなして『流石甘口』と苦笑いするのだった。

 

 最後は大井。大井は気合を入れてルーレットを回すと、5マス進むことに。

 

「……天変地異で世界が消滅。しかし神が降臨したことでみんな天国でハッピーエンド。このマスを踏んだあなたこそが神に愛された人の子だ! 問答無用で優勝となる!」

 

 どうやらこのマスを踏むと強制的にゴールマスに全員がご招待される仰天ゴールインイベントだった。

 これにはみんな『流石甘口』と苦笑い……

 

「ちょっと待って! これで終わり!? というか、私だけ1000円失って所持金2000円でダントツの最下位なんだけど!?」

 

 ……する前に矢矧が盛大にツッコミを入れた。

 

「まさか1巡目で終わるなんてね……」

「でも新鮮で面白かった……かな?」

「まぁ、こういう突拍子もないのが、甘口の魅力なので♪」

 

 まさかの展開に大井も阿武隈も困惑する中、大淀は満足そうに微笑んでいる。ただ矢矧に至っては「納得いかない!」と畳をバンバン叩いていた。

 1巡目で終わったのは味気なかったので、その後も時間が許す限りみんなして『甘口』をプレイしたが、何故か矢矧が踏むマスは妙に感動的なストーリーなのにお金を払うイベントが多かったというーー。 




今回はこんな感じにしました!

因みに甘口というのは私が勝手に考えたものなので実際には存在してません。
ご了承ください。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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鎮守府七夕祭り

今回はいつもより長めとなっております。
本編で艦娘たちの七夕での願い事を一部だけ書いてます。全員分だとそれだけで終わってしまうので割愛させて頂きます。
ご了承ください。


 

 本日は7月7日。

 七夕のこの日、泊地は晴天に恵まれ、夏らしい暑さの中、鎮守府では七夕祭りが開催されている。

 常日頃、戦闘に身を置く艦娘たちに少しでも普通の人たちと同じ行事を味わってもらうため、提督がイベント委員会と前から話し合い、こうして開催した次第。

 

 ただ、祭りと言っても日中は任務等のため、中庭に七夕飾りが施された大きな竹を3本ほど斜めに立て掛け、その脇に大きなテントを張り、そこへ短冊に願い事を書くというだけ。

 昼間はそれだけであるが、祭りということで夕方には宴会が予定されているのでみんなはそれを心待ちにしている。

 

 因みに七夕飾りだけを施した竹が6日の夕方から本館の出入口脇に設置されており、艦娘たちはそれをバックに写真を撮ったりしていた。

 

 そんな中、テントには朝だというのにもう既に多くの艦娘たちでいっぱいになっている。その多くは任務や訓練前に願い事を書こうと思ってのことなのだろう。

 

「お〜、結構集まってんじゃねぇか」

 

 テントの様子を見にきた提督がそう言うと、一緒に付いてきた阿賀野と矢矧も『本当だ』というように笑顔を浮かべている。

 

「あ、てーとく〜、みんな〜!」

「こっちこっち〜!」

 

 提督たちを手招きするのはイベント委員会のイヨと千代田。その横には手伝いでヒトミと瑞穂もおり、提督たちへ笑顔でお辞儀していた。

 

「おう、ご苦労さん」

「差し入れにシロップサイダーと麦茶持ってきたよ☆」

「水分補給はしっかりね」

 

 阿賀野と矢矧からそれぞれが入ったクーラーボックスを受け取ると、みんなして提督たちに感謝の言葉と笑顔を送る。

 

「イヨちゃん的には日本酒が良かったな〜」

「イヨちゃん!!」

 

 いつもの調子のイヨに対し、ヒトミもいつものように『めっ』と注意するが、提督は「夜になったらしこたま飲め」と言われたので、イヨは「イーヤッフー!」とその場で飛び跳ねた。

 

「短冊は足りそう? 足りないなら色画用紙で追加で作るけど……」

 

 一方、矢矧が千代田にそう提案する。

 願い事を書く短冊は一人1枚と思われるが、鎮守府の七夕では一人で何枚も書いてもいいのだ。

 その理由は織姫が機織りの名人であることから、元々は短冊にはお裁縫等、精進している稽古事の上達を願って書くものだったから。

 よって、全くの他力本願ではなく自分が努力していることへの向上を願うのなら何枚書いても良いということで、提督もそういうことなら天に届くだろうと思い、このようにしたのだ。

 

「みんな何枚でも書いていいってなると意外と書かないのよね〜。だから全然余ってるし、追加で作らなくても平気かな」

 

 千代田がそう答えると、矢矧は「へぇ」と意外そうに声をあげる。

 

「やっぱり、何枚でもってなると皆さん遠慮してしまうんでしょうか?」

「そうかもしれませんね……私も1枚書ければそれで十分ですから」

 

 瑞穂、ヒトミとそんな話をしていると、

 

「でも書いてる人はめっちゃ書いてるよ!」

 

 イヨが短冊の記録を書き残しているノートをみんなへ見せた。

 どうして記録しているのかというと、自分がどんな願い事をしたかあとで確認したい子もいるかもしれないので、それが出来るようにしているのだ。

 

 みんなして願い事をした本人たちに一言謝りつつ、どれどれ……と1ページ目から確認する。

 

島風:これからももっと早くなってみんなに及ぶ危険を早く排除出来ますように!

 

白露:妹たちや仲間たちにその人が思う一番の幸せを手に出来ますように!

 

時雨:提督が僕を今よりももっと愛してくれるよう、更に僕も提督へ愛を伝えるよ♡

 

村雨:これからもみんなの力になれるように、村雨のちょっといいところをもっといいところにしたいです

 

夕立:提督さんへ夕立の愛を去年より強く誓います!♡

 

長良:もっともっと努力してみんなを守ります!

 

阿武隈:みんなに名前を覚えてもらえました! 今度は漢字で書けるようになってもらうために努力します!

 

 みんなの願い事に提督たちは思わず微笑む。時雨と夕立は相変わらずだが……。

 

神通:もっともっと精進し、皆さんの平和をお守りします

 

古鷹:平和な海を取り戻せるように、頑張ります!

 

加古:世界平和!

 

扶桑:これからも皆さんを守るため、鋭意努力して参ります

 

山城:みんなの笑顔がこれからもあふれますように

 

筑摩:あの方が私の愛で幸せになれますように

 

羽黒:あの人がこれからも笑顔でいられますように

 

榛名:少しでも榛名の愛が伝わりますように

 

飛鷹:無病息災

 

鳳翔:国の皆さんへ幸せが訪れますように

 

速吸:皆さんのお力になれますように

 

伊168:自分に出来ることを今後も精一杯出来ますように

 

伊401:みんな仲良く元気でいられますように

 

伊400:皆さんの願いが叶いますように

 

翔鶴:これからも瑞鶴と一生懸命頑張れますように

 

瑞鶴:翔鶴姉が無理しませんように

 

 その後もノートには平和を願う者、姉妹や仲間を気遣う者、努力すると誓う者……とみんなの優しい願い事が綴られていた。

 しかし、

 

由良:提督さんが由良をお嫁さんにしたいって思ってもらえるように、由良はこれからも提督さんへ愛を送ります♡

 

由良:提督さんryーー×100

 

「おい、由良だけで何ページ使ってんだよ!?」

 

 このページから提督は吠えた。しかも由良の次にはそうそうたるガチ勢たちの願い事のオンパレードだ。

 

「えっと、1ページ29行で由良さんは100枚分書いてあるから……3ページ半分使ってます。他の皆さんも同じですね」

 

 律義にヒトミが数えてくれたが、提督は「あぁもう、あぁもう!」と頭を抱えていてヒトミの言葉は耳に入ってこない。

 その横では矢矧が「由良……」と天を仰いでおり、阿賀野はニッコリと笑ってそのままガチ勢の記録を消しゴムで消し始めている(全部ではなく1行残しに)。

 

「因みにガチ勢はみんな100枚の短冊に1回1回キスしてるよ☆」

「うわぁ、提督モッテモテ〜! ヒュー♪」

 

 イヨの要らぬ情報と千代田の煽りに提督は「うわーん」と情けない声を上げた。

 すると横から「ちょっと、提督が泣いてるじゃない」と陸奥が入ってくる。当然陸奥もガチ勢であるので、

 

「きゃぁぁぁっ! 陸奥もお願い事する気でしょ!? あの短冊100枚みたいに!」

 

 提督は妙な言葉を並べて阿賀野の背後へ避難した。

 

「ちょっと……私1枚しか書いてないのにそんなに避けることないじゃない? むっちゃん悲しいわ」

 

 陸奥はシクシクと泣きマネして提督にその短冊を見せる。

 

陸奥:愛する提督にこれからもいっぱい恩返しして、私がもらった幸せを返せますように♡

 

 それを見ると、提督はちょっとホッとした様子で「ご、ごめんな陸奥」と謝った上で陸奥の頬を優しく撫でた。

 

「…………じゃあ、今夜の宴会でむっちゃんの所に一番に来てくれる?」

 

 陸奥があざとくそう訊ねると、提督は頷く前に阿賀野の顔色を覗う。提督としては即答してあげたくても、妻の了承を得てからでないとあとで妻からこってり怒られてしまうし、妻を傷つけたくないのだ。

 対する阿賀野は笑顔で「いいよ」と返した。阿賀野としては自分は最初から提督の側にいれるし、宴会中に提督が誰の元へ行こうと浮気はしないと信じているから。それにガチ勢もみんな(矢矧や高雄とか)の目があるところでは本当に食べよう(性的に)とはしない。

 

「おう、いいぞ」

「やった♡ 約束よ?♡」

 

 提督の了承に陸奥はまるで少女のように笑い、その場でぴょんぴょんと軽く飛び跳ねる。

 しかし、

 

「じゃあ、約束のキス……ん〜、ちゅっ♡」

 

 提督の頬にキスをした。これには阿賀野も眼光を鋭くさせるが、陸奥はそそくさと訓練へ向かってしまったのでその怒りの矛先は提督の脇腹に向けられるのだった。

 

 ーーーーーー

 

 日も沈み、夜となればみんなが待ちに待った宴会の幕開け。

 宴会の会場に選ばれたのは中庭で、そこには大テーブルを並べて、そのテーブルの上に食べ物をところ狭しと並べている。勿論、短冊を結んだ竹も立て掛けられ、ライトアップされてある。

 宴会の食べ物は七夕の定番であるそうめんは勿論、ゴーヤチャンプルーやキュウリの一本漬け、ナス・トマト・ピーマン・オクラを使った夏野菜サラダ、トウモロコシの醤油焼きと様々な料理が並び、デザートには瑞々しいメロンやスイカ、ブドウ、マンゴー、ビワが並んでいる。

 そして索餅(さくへい)という昔ながらのお菓子も皿の上に山のように積まれていた。

 索餅とは昔、七夕に食べられていた小麦粉と米粉を練って縄の形にして油で揚げた物。索麺(さくめん)とも呼ばれ、それが時代を経て「そうめん」に変化し、七夕にそうめんを食べるようになっという話がある。

 

「でっち〜、ゴーヤチャンプルー食べますって?」

「もう名前ネタは飽きたでち。ゴーヤは問答無用でメロンを食べるでち!」

 

 ろーちゃんとゴーヤのやり取りを潜水艦たちは笑って眺め、自分たちもメロンやスイカを食べていた。

 

「夕張〜夕張〜」

「どうせ私はメロンみたいにたわわじゃないわよ!」

「大丈夫です! 夕張さんには小ぶりでも立派な夕張メロンが二つ実ってますから!」

「にゃぁぁぁ! もうやだぁぁぁ!」

 

 一方、夕張は明石や大淀から定番のネタでイジられ、夕張はその怒りをぶつけるようにメロンにかぶりついている。

 

「やはり夏は冷えたキュウリの一本漬けに限るであります」

「ちょっとピリ辛なのがまたビールや日本酒に合いますよね」

 

 あきつ丸の言葉に祥鳳はそう返して日本酒が注がれた朱色の盃を飲み干す。するとすぐに瑞鳳がお酒を注ぎ、瑞鳳は瑞鳳で冷えたキュウリに味噌を付け、それを肴に飲んでいた。

 

 みんなが料理を楽しむ中、

 

「ほらほら天龍! 右だ右!」

「違う左だ」

「木にぶつかっちまうよ!」

 

 中庭の桐木の下では天龍たちがスイカ割りを楽しんでいる。

 天龍は目隠しをして木刀を手にしており、伊勢は右で日向は左だと指示を出して、深雪は木にぶつかると注意していた。

 

「あぁ、もう! おめぇら指示するならちゃんと出せよ!」

 

 当然こんがらがる天龍は木刀をブンブンと振り回しながら文句を言っている。

 すると、

 

「天龍ちゃ〜ん、右よ〜」

 

 妹の龍田がそう言うので、天龍は「さっすが龍田!」と妹を信じて右に向かうことにした。

 

 しかしその方向には、

 

「うふふ〜、提督が約束を守ってくれて嬉しいわ〜♡」

「まぁ、これくらいはな」

 

 提督と陸奥が仲良くお酒を飲んでいる。

 陸奥は上機嫌で提督の右腕に自身の左腕を絡め、花びらが舞っているような雰囲気。

 

「天龍ちゃ〜ん、そのまままっすぐよ〜♪」

「お〜う!」

 

 そして天龍は木刀を手に提督の方へまっしぐら。

 みんなそれが可笑しくて笑いを堪えており、誰も止めに入ろうとしない。

 天龍が提督にぶつかるまで少しとなると、龍田はとある3人へ手を振って合図を送る。

 

「司令、後ろ後ろ」

「司令官後ろー!」

「司令官、後ろだよ」

 

 すると不知火、朝潮、響がクスクスと笑いながら提督にそう言うと、提督は「んぉ?」と振り返った。

 

 ぽふっ

 

「ん?」

「あ?」

 

 龍田の計算通り、天龍は提督の胸板に顔を埋める。

 しかも提督は優しさから天龍が倒れないよう、空いている手を天龍の腰に回して抱き寄せている風にしていた。

 

「…………あぁ、提督か。悪ぃ」

「天龍、俺がスイカだと思って頭かち割りに来たのか?」

「ははは、んな訳ねぇだろ! 龍田の声に従ってたら提督の所に来ちまったんだよ!」

 

 天龍は笑って謝り、そう言ってやっと目隠しを取る。

 しかしこんな和やかムードで龍田のイタズラが終わるはずがない。

 

「…………」

 

 案の定、龍田は例の3人へパチパチと指を鳴らす。

 

「天龍さんは凄いですね」

「は?」

「目隠ししてても司令官だって分かりましたもんね!」

「え?」

「ぶつかった時に少し司令官の匂いを嗅いでたよね」

「へぁ!?」

 

 響からのトドメの言葉に天龍は光の国にいる宇宙警備隊員みたいな声をあげた。

 

「天龍ちゃんは提督のことがだぁい好きだから、匂いで分かっちゃったのよね〜」

「う、うるせぇ! お前だって提督を匂いで識別出来るだろうが!」

 

 イタズラ大成功!ーーと書かれたプラカードを持って暴露してくる龍田に、天龍も負けじと暴露するが、

 

「そりゃあ、私だって提督のことは好きだもの〜♪」

 

 龍田は全く怯まない。寧ろ楽しんでいる。

 それを当然、阿賀野も近くで見ているが浮気ではないので割って入ろうとはせずにニッコリしながら見ているだけ。そもそも天龍も龍田もLikeの意味で好きだと分かっているから。

 

 動じない龍田を前に天龍はぐぬぬと悔しそうに唸るも、

 

「天龍〜、今は私が提督を独占してたのにズルいわ〜。今も天龍に抱きしめられてるし〜」

 

 陸奥にツッコミを入れられて、天龍はやっと今の状況を思い出して提督から離れた。

 

「と、とりあえず悪かったな……んじゃ」

 

 天龍は耳まで真っ赤にしてそそくさと退散。しかし周りからはそうとう冷やかされたので、その行き場のない怒りをスイカに叩きつけてたそうな。勿論、そのスイカはみんなで美味しく頂いた。

 

 それから大食い大会や有志発表もあり、最後は短冊を飾った竹を燃やし、満点の星空へみんなして祈りを捧げるのだったーー。




 ーちょっとしたおまけー

 わんこそうめん大会の結果(1杯15g)

 1位:雲龍  ・量:800杯
 2位:海風  ・量:685杯
 2位:山風  ・量:685杯
 4位:赤城  ・量:260杯
 5位:加賀  ・量:238杯

 優勝賞品

 三ツ星ホテルバイキングへ四名様ご招待券

 ※雲龍は海風たちがギブアップしたあとも食べ続けたが、そうめんが先に底をついたため記録は800で止められた。しかし本人はまだまだ入るとのこと。その証拠に大会後も別の料理をモキュモキュしていた。


 1キロ索餅早食い勝負の結果

 1位:弥生  ・タイム:5分34秒
 2位:大和  ・タイム:7分06秒
 3位:アイオワ・タイム:10分53秒
 4位:金剛  ・タイム:17分26秒
 5位:福江  ・タイム:55分09秒

 優勝賞品

 ケーキバイキングへ四名様ご招待券

 ーーーーーー

七夕は過ぎちゃいましたが、今回は七夕回ということで書きました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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いらっしゃいませ!

 

 泊地は7月の半ばに入り、そこかしこで蝉の鳴き声が夏を知らせる。

 鎮守府では天龍と白露、夕雲の改二に加え、更にまた多くが改へと改造されたことで夏の暑さに負けぬ熱気を持ち、今日も任務や訓練に精を出す。

 

 その中で昼前を迎えた鎮守府の中庭では、とあるイベントが行われていた。

 

「いらっしゃいいらっしゃ〜い!」

「現品限り! なくなり次第終わりやで〜!」

「早い者勝ちですよ〜!」

 

 艦娘たちの大きな声が響く。

 今日はイベント委員会が主催の『第1回鎮守府フリーマーケット』が行われているのだ。

 売り手は熱中症にならないよう明石から簡易テントを借り(無料)、その前で自分が売りたい物や自作してきた物を並べてマーケットを開いている。

 因みに売り手側の売上の10%は鎮守府の今後のパーティ等の予算に使われ、それ以外は自分のポケットに入る。

 ただ売り手側に立つ際ーー

 

 粗悪品を売らない

 消費期限等が切れている物を売らない

 過激な物を売らない(R-18関連)

 高値に設定しない(上限1000円)

 舐められたり、こねくり回されたりしてもいい物

 

 ーー上記を了承してもらう必要があるのだ。

 そうした中で売る方も買う方もみんなフリーマーケットを楽しでいる。

 

「いやぁ、なんだかんだ皆さん盛り上がてますねぇ」

「そうだね……それに任務や訓練が終わってからマーケットに参加する子もいるから、少し時間を置いてまた来ても楽しみがあるもんね。睦月ちゃんたちみたいに姉妹が沢山いるところは1日中開いてるけど」

 

 そう話している青葉と衣笠は姉妹で提督に頼まれ、このイベントの様子を写真に収めており、みんなの笑顔を余すことなく撮っていた。

 

「なんや、青葉は売り手に立たんのか?」

 

 すると龍驤がテントから青葉たちへ声をかける。

 

「いやぁ、立ちたかったんですけど、司令官のお願いが最優先ですので!」

「というか、提督のブロマイドは酒保で売ってるし、そもそも青葉が提督の写真を要らなくなるなんてことないからね」

 

 衣笠が苦笑いで補足を入れると、龍驤は「確かにそうやな」と自分で質問しておいて苦笑いを返した。

 

「ところで、龍驤さんは何を売ってるんでしょう?」

「うち? うちは見ての通りヘアゴムとかシュシュやで。どれも100円や」

 

 龍驤はそう言うと並べてあるヘアゴムをいくつか手に取って青葉たちに見せる。

 

「わぁ、花飾り付きだぁ……このヒマワリの買おうかなぁ」

 

 それを見、衣笠は早速迷う。

 

「お、買う? うち、これ買ったんはええけど、あまり使わんかったんや……だから使ってくれる子に譲りたいんや」

「じゃあ、買います!」

 

 衣笠が即決すると龍驤は「まいど〜♪」と100円玉を受け取り、衣笠へヒマワリのヘアゴムを渡した。

 

「ガッサーは相変わらず衝動買いしますねぇ。お姉ちゃんは心配です」

「むぅ、いいでしょ? 私のお給金からなんだからぁ」

 

 姉の小言に衣笠はちょっぴり頬を膨らませて言葉を返す。

 しかし、

 

「…………なぁ、青葉は髪型ポニテやんな?」

 

 龍驤の商売魂に火をつけた。

 

「はい、確かにポニーテールですど、青葉は間に合ってます。そう簡単にーー」

「これ、()()()()青葉に似合いそうってさっき言ってたんよなぁ?」

「ーーいいでしょう。言い値で買います」

 

 龍驤の提督商法にまんまと引っ掛かった青葉は、龍驤に勧められるがままピンクのペチュニアの飾りが施されたヘアゴムを300円で購入。

 よって、

 

「青葉も人のこと言えないねぇ」

 

 妹からジト目で肩をツンツンされるのだった。

 

「司令官が青葉にと言ったのです。買わなきゃ女が廃ります!」

「はいはい、青葉はホントに提督が大好きなんだから」

 

 青葉のキリッとした良い顔を前に衣笠はやれやれと肩をすくめるも、青葉が「青葉は司令官を愛してます!」と強く訂正される。なので衣笠はまた「はいはい」と適当に流すのだった。

 

 ーー

 

 それからも色々と青葉たちは写真を撮りつつ、自分たちもなんだかんだフリーマーケットを楽しんでいると、

 

「シロップサイダーありますよ〜」

 

 大淀がテントを張って露店を出していた。

 

「大淀さんが露店ですか?」

 

 青葉が声をかけると、大淀は「明石さんに頼まれたんです」と笑顔で返す。

 

「じゃあ、衣笠さんはシロップサイダーのイチゴく〜ださい♪」

「はい、分かりました」

「ではでは青葉はブルーハワイで」

「は〜い」

 

 姉妹は早速シロップサイダーを購入し、ゴキュゴキュと喉を鳴らした。

 

「ぷはぁ、暑い中でのシロップサイダーは格別ですねぇ!」

「うん! この馴れた甘さがまたいいよね♪」

 

 青葉、衣笠とご満悦でシロップサイダーを飲み干すと、

 

「あら、また新しいお店が開きますね」

 

 大淀がそう言って指を指す。すると先程まで龍驤が開いていたところに瑞穂と秋津洲が入っていた。

 それを見た青葉と衣笠は大淀と別れ、早速瑞穂たちの元へと向かう。

 

 ーー

 

「こんにちは〜♪」

「写真撮ってもいいですか〜?」

 

 瑞穂たちに青葉たちが声をかけると、

 

「あら、青葉さんに衣笠さん……こんにちは」

「こんにちは! 撮ってもいいけど、今商品を並べるから、それからがいいかも!」

 

 二人も挨拶を返し、秋津洲の言葉に青葉は「了解です♪」と返した。

 

「瑞穂ちゃんたちは何を売る予定なの?」

「瑞穂たちはもう使わない風呂敷で作った小物を皆様へお売りしようかと思っています」

「巾着とか手拭いとか〜……あと香り袋!」

 

 秋津洲がそれぞれ品を見せると、衣笠はまた「はわぁ♪」と目を輝かせる。それ見る青葉は「また始まりましたねぇ」と困ったような、それでいて母性あふれる笑みを浮かべた。

 しかし香り袋は麻の葉文様や利休梅文様、正倉院文様といった柄で、巾着を模しているものは勿論だが、座布団の様だったりひょうたんの様だったりと目で見ても楽しめるので衣笠が目を輝かせるのも頷ける。

 

「香り袋の方は800円と皆様と比べて値を張ってしまいますが、秋津洲さんが丁寧に作ったおすすめ品なんですよ」

 

 瑞穂が微笑んでそう言うと、秋津洲は少し頬を赤く染めて「瑞穂ちゃん……」と恥ずかしそうに瑞穂の服の袖を引っ張った。

 

「恥ずかしがる必要はありませんよ。それに私は秋津洲さんが一生懸命に皆様の笑顔を考えて作ったからおすすめしているんですよ?」

「そ、その気持ちは嬉しいかも……で、でも、言わないで。恥ずかしくて顔から火が出そうだから!」

 

 秋津洲の言葉に「秋津洲さんは本当に奥ゆかしいですねぇ」と瑞穂は微笑んで、リンゴのように真っ赤になる秋津洲を見て微笑み、秋津洲は余計に恥ずかしそうにして「うぅ……」と俯く。

 当然、そんな美しい光景を青葉はバッチリ激写していた。

 

 ーー

 

「ん〜、いい香り〜♪」

「あそこまでおすすめされては買わざるを得ませんでしたね」

 

 瑞穂たちのマーケットで香り袋を購入した青葉と衣笠は、その香りに癒やされつつ、また中庭を見回る。

 衣笠はラベンダーの香り袋で青葉は桐の花の香り袋を購入。

 

「ん〜、そろそろお昼ですねぇ」

「そだね。一旦休憩して食堂行く?」

 

 腕時計で時刻を確認した青葉たちは、そろそろ休憩時間を取ろうかと考える。しかし青葉としては提督にお願いされたのもあり、出来ることなら現場を離れたくない様子。

 すると、

 

「お〜い」

 

 背後から声がした。

 その声にいち早く反応したのは青葉。

 何故ならその声の主は提督であったから。

 

「青葉の司令官〜♡」

 

 いつものテレポート張りの早さで提督の元へ駆け寄る青葉。それを見、衣笠は苦笑いでトコトコと提督の元へ行く。

 青葉は提督にまるで飼い主をずっと待っていた飼い犬のように抱きついていて、その横では阿賀野が黒い笑みを浮かべ、矢矧はため息混じりに肩をすくめていた。

 

「青葉さ〜ん、阿賀野の提督さんから離れてよ〜」

「今はみんなの司令官です。夫婦の時間は夜にしてください」

 

 火花バチバチの両者を他所に、

 

「お疲れ様。提督と私たちでお弁当作ってきたから、食べて」

「わぉ! 嬉しいなぁ! ありがと!」

 

 矢矧は衣笠にお弁当の入ったバスケットを渡す。

 これは提督が青葉の考えを予め予想し、現場を離れることにならないよう用意したお弁当なのだ。因みに中身はおにぎりとサンドイッチ、鶏の唐揚げ、コーンサラダ、それとデザートにうさぎさんカットのリンゴである。

 

 ーー

 

 ベンチに移った一行。青葉たちは提督お手製弁当をモキュモキュしつつ、マーケット内で体験してきた話を見せながら写真を報告する。

 

「司令官、どうですか?♡ 司令官が青葉に似合うと言ったヘアゴムを着けてますが?♡」

「おぉ、あれ買ったのか。やっぱ俺の思ってた通り似合うじゃねぇか」

 

 提督に早速アピールし、褒められた青葉は恍惚な表情を浮かべてヘブン状態。一方、阿賀野はそんな青葉をジトーッと見つめ、提督の脇腹をいつつねってもいいように掴んでいる。よって提督は笑顔ながら冷や汗を掻きながらいた。

 

「これ、秋津洲さんの手作りなの?」

「そうなの! すっごくいい香りだよ!」

 

 それと〜これと〜……と衣笠は買った品々を矢矧に見せている。これには矢矧も興味津々で、中でもやはり秋津洲お手製の香り袋を気に入った様子だ。

 

「あとで私も買おうかしら」

「その方がいいよ! だって秋津洲ちゃんが私たちのことを思って作ってくれた物だもん!」

 

 その証拠だというように衣笠は青葉のデジカメから、先程の瑞穂と秋津洲の仲良し写真とその時の会話を聞かせる。

 

「それに香りが弱くなった時のお手入れの仕方も教えてくれたよ! この中はアロマオイルに浸したお米を使ってるんだって! だからここの紐を一旦解いて、お米をまたアロマオイルに浸せばいいんだって!」

 

 衣笠が熱弁すると、矢矧だけでなく提督と阿賀野も揃って『ほぇ〜』と感心するように頷いた。

 

「じゃあ、帰るついでに買ってくか。演習行ってるのしろんとさかわんの分も」

 

 提督の提案に阿賀野も矢矧も笑顔で頷く。

 するとそこで、

 

「司令官は今回、何か売らないんですか?」

 

 青葉はずっと気になっていたことを質問した。

 

「ん、俺が?」

「はい。お仕事の方で売り手に回れないなら、青葉が代役で売りますよ?」

(タダでとは言ってない)

 

 青葉がそう申し出るも、提督は「俺は売れるもんねぇからなぁ」と苦笑いする。

 

「えぇ〜、ないんですか〜? 使い古したタオルとかお布団とか……それこそ下着とか!」

「タオルや布団は分かるが、下着なんて売れねぇだろ。そもそも男物は需要ねぇし」

「いいえ、需要はあります! 売るならばこの青葉が全部買い占めます!」

 

 キリッとしたいい顔で青葉が高らかに宣言すると、提督の脇腹に激痛が走る。そもそも提督がそんな物を売ればカオスなことになると分かっているので、売る気はないし、譲る気もない。

 青葉の言葉に提督は『というか、そんなことを高らかに宣言しないでほしい』と思った。

 何故なら、

 

『提督(さん)の下着が売られると聞いて!』

 

 こうなってしまうから。

 どこからともなくガチ勢が湧き、みんなの手には諭吉殿が握られている。

 とある軽巡洋艦四番艦はハァハァし、とある戦艦二番艦二名はジュルリと口からあふれ出す提督LOVEを拭き、とある練習巡洋艦二番艦はゲヘヘと女の子がしてはいけない笑い声をあげたり、一航戦のヤバい方は既に臨戦態勢……などなど提督が思った通りの展開に発展してしまった。

 なので、

 

「ぜってぇに売らねぇかんなっ!!?」

 

 提督は大声で売らない宣言し、それは鎮守府全体に響き渡る。

 その声を聞き、ガチ勢がどこかのジョーみたいにその場で真っ白になって膝を突いたのは勿論、物陰でそれを聞いていたとある戦艦三番艦ととある航空巡洋艦二番艦ととある重巡洋艦四番艦はその場で大粒の涙を流していたというーー。




 ーおまけー

 本編に出してなかったフリーマーケット参加者と販売品一覧。(青葉のコメント付き)

 睦月型姉妹:姉妹で作ったミサンガ
 コメント:どれもおしゃれで可愛かった☆ 売上金は姉妹のおやつ代になるみたいです!

 吹雪型姉妹:初雪のコンプ済ゲームソフト
 コメント:初雪さんは売上金で新しいゲームを買おうとしてましたが、吹雪さんや叢雲さんに怒られてました……。

 摩耶&鳥海:編みぐるみストラップ
 コメント:クマさんやらウサギさんやら鳥海さんの手芸スキルに脱帽でした!

 扶桑型姉妹:使わなくなった風呂敷で作ったぬいぐるみ
 コメント:和柄で落ちいている感じなのに、かわいいウサギさんやネコさんと色々ありました! 司令官も丸い犬のぬいぐるみ買ってました! そのぬいぐるみ、青葉と場所代われ。

 妙高&龍田:花壇から摘んだ押し花の栞
 コメント:もう枯れていく花を押し花にしたそうです。売上金は園芸用品の資金になるそうです!

 最上型姉妹:鈴谷や熊野の着なくなった洋服
 コメント:セクシー系からカジュアル系と色々ありました! 衣笠が青いフレアミニスカート買ってました☆

 あきつ丸:各国の戦車模型&図鑑
 コメント:凄くマニアック……でもその模型に愛と情熱を注ぎ込んだのもあり、1000円でもその精巧さにドイツ艦勢やロシア艦勢が主に買い漁ってました!

 はち&ろー:読まなくなった小説や絵本
 コメント:恋愛モノから青春モノ、SFとジャンルが様々で色んな方が立ち止まってました♪

 金剛:使わなくなったティーカップ
 コメント:金剛さんチョイスだけあって紅茶を楽しむ方々が集まってました!

 グラーフ:使わなくなったコーヒーカップ
 コメント:意外とファンシー系が多く、青葉もついゆる〜いヤギさんのイラストが描かれたカップを買いました♪

 夕張:取ったはいいものの取れそうだからと取ってしまったために置き場のないゲーセン景品のフィギュアやぬいぐるみ
 コメント:欲しくもないのに取れそうだからとお金を出すとは、流石は夕張さん。イタリア艦勢やアメリカ艦勢が色々と買い込んでました! 母国にいる姉妹たちに送るんだとか☆

 イムヤ&ルイ:使わなくなったリボン
 コメント:可愛いのから大人っぽいものまで多くあり、青葉と衣笠で第六戦隊お揃いのレースリボンを買っちゃいました☆

 択捉型姉妹:使わなくなったハンカチやタオル
 コメント:これもシンプルなものからカジュアルなものと多くありました♪ 衣笠はここでもハンカチ買っててお姉ちゃんは心配です。

 ーーーーーー

ということで、今回はフリーマーケットを楽しむ艦娘たちの風景を書きました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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夏の誘惑

気分を害する表現が登場します。
ご了承の上でお読みください。


 

 7月も終盤となり、泊地は本格的な夏を迎えた。

 それでも鎮守府の艦娘たちは暑さに負けず、今日も任務や訓練に身を投じ、懸命に職務を全うしている。

 

 夏というのは艦娘たちにとって苦く苦しい思い出があるが、彼女たちは決して下を向かない。

 それは過去を忘れたのではなく、忘れていないからこそ下を向かずにいるのだ。

 自分たちが艦だった頃の乗組員たちも下を向かずにがむしゃらになって日本と家族を守った……それを覚えているからこそ、艦娘たちの中に下を向く者は誰もいない。

 

「あ〜、あっつい〜……」

 

 しかし夏の暑さの前には下を向く。

 真夏の炎天下の昼下がりにダウン寸前なのは隼鷹。いつもの上着を脱ぎ、ワイシャツの袖を捲って少しでも薄着になってはいるが、じっとりと身にまとうような日本の暑さの前では無意味。

 今日は静養日の隼鷹だが、部屋に乙女の大敵である例の黒いモノが現れたので場所を移しているところなのだ。

 

「暑いですねぇ……どこか涼しい場所はないでしょうか?」

 

 そんな隼鷹の隣には同じく静養日で隼鷹と同室の祥鳳もいる。

 二人の部屋は今殺虫剤を散布しているため、部屋にはしばらく戻れない。因みに二人と同室の赤城と千代田は海上訓練で夕方までは帰ってこない……が、一応赤城たちにも部屋にしばらくは入れないと伝えてある。

 

「ったく、夏になると虫が活発化してやだねぇ」

「生きているので仕方ないですよ」

「それは分かるけどさぁ……あいつらなんのために生きてんだよ?」

 

 黒い物体の存在価値を隼鷹が祥鳳に訊ねるが、祥鳳は「さぁ?」と苦笑いした。

 

「あ〜、やめたやめた。それよりこの暑さをどう凌ぐよ?」

「ん〜、談話室は清掃中でしたからねぇ」

 

 二人してう〜んと悩んでいると、

 

「おう、二人して悩んでどうした?」

 

 提督から声をかけられ、その横には阿賀野と能代も一緒で二人も隼鷹たちへ笑顔を向けている。因みに矢矧と酒匂は先日出撃したので今日の補佐艦任務はお休みだ。

 

「おぉ、提督じゃん。サボり?」

「んな訳ねぇだろ」

 

 隼鷹の冗談に提督が笑って返すと、能代が「お二人も海へ泳ぎに?」と質問。

 すると隼鷹も祥鳳も『その手があったか』と手を叩く。

 

「阿賀野たちはこれから酒保に寄って、海で泳いでるみんなにジュースとか持っていくとこの」

「海で泳いでても熱中症にはなるからな」

 

 夫婦がそう言うと、

 

「そういや、今年は酒保で水着貸し出してたよな?」

「なら酒保で水着を借りて、私たちも泳ぎましょうか」

 

 こうして隼鷹たちの涼みプランが決定し、提督たちと共に酒保へ向かった。

 

 ーーーーーー

 

 酒保に着いた提督一行。提督たちは隼鷹たちと別れ、台車に冷えた飲み物を積んでいく。

 

「これだけありゃ足りるだろ」

「そうだね。余るくらいの方がいいし」

「余ったら余ったで欲しい子にあげれば済みますもんね」

 

 あらかた方針も決まり、明石に会計を頼む提督。

 すると隼鷹と祥鳳が水着に着替えて戻ってきた。

 しかし、

 

「いやぁ、水着になるだけでも涼しいなぁ♪」

「………………」

 

 ご満悦の隼鷹とは違い、祥鳳は恥ずかしそうに肩までタオルを巻いている。

 その理由は、

 

「そう言えば、レンタルの水着ってスクール水着だったね」

 

 阿賀野が言うように酒保で貸し出している水着は、潜水艦の子たちと同じようなスク水であったから。

 なので祥鳳としてはスク水姿を提督に見られるのが恥ずかしいので、タオルで隠しているのだ。

 

「提督……あまり私を見ないで……」

「お、おう。でもあんま気にすることねぇぞ?」

 

 提督はフォローするも、祥鳳は頑なに首を横に振る。

 

「提督さん、女心はちゃんと理解してあげなきゃ」

 

 阿賀野から苦笑いで注意され、能代からも「そうですよ」と言われた提督は『そんなもんか』と頭を掻いた。

 

「んじゃ、祥鳳がこれだからさ、あたしらは先に埠頭へ行くな♪」

「お手伝い出来なくて申し訳ありません」

 

 祥鳳が恥ずかしそうにしながらも提督たちに謝ると、提督たちは笑顔を返して隼鷹たちを見送る。

 それから提督たちは隼鷹たちに追いつかないよう、少し時間を置いてから酒保をあとにした。

 

 ーーーーーー

 

 提督たちより先に埠頭へ着いた隼鷹と祥鳳。

 祥鳳ももう提督の前ではないのでタオルを取って、しっかりと準備体操をしている。

 

「別にスク水姿を見られるくらい恥ずかしくなくね? 寧ろ祥鳳ならいつもの制服の着方より肌の露出少ねぇじゃん」

 

 準備体操する中、隼鷹がそう言うと祥鳳は「これだから恥ずかしんです」と困ったような笑顔で返した。

 祥鳳が恥ずかしがる理由……それは自分が身に着けるスク水が白のスク水着だったから。

 かと言って普通のスク水でも提督に見せるのは祥鳳としては抵抗がある。これも一重に女心というものだ。

 

「はぁ……まさか白しか残ってなかったなんて」

「あたしがそれを着ても良かったんだけどねぇ」

 

 しかし祥鳳と隼鷹はバストサイズが違う(隼鷹の方が大きい)……なので祥鳳には白スクしか選択肢は無かった。そもそもレンタルの水着は基本的に駆逐艦や海防艦のために用意したので成人サイズはあまり数がないのだ。

 そんな中でも祥鳳は夏の暑さに負け、これを着たのだから準備体操が終わる頃にはもう色々と吹っ切れていた。

 

 ーー

 

「ヒャッハー!」

「えいっ♪」

 

 抜錨や帰投してくる者たちの邪魔にならない場所から海に飛び込む二人。そんなに深くはないが、二人の肩下までの深さはあるので飛び込むと一気に全身が海水に包まれる。艦時代は海水に包まれるというのは嫌なことであったが、艦娘になって得られるこの感覚はとても心地良いものであった。

 

「っはぁ! 気持ちい〜な〜♪」

 

 まるで温泉にでも浸かっているかのように極楽気分の隼鷹へ、祥鳳も「はい♪」と笑顔で言葉を返す。

 すると、

 

「あら、お二人もいらしたんですね」

「今日は絶好の海水浴日和じゃからな♪」

 

 筑摩と利根の姉妹が声をかけてきた。因みに利根たちもスク水を着用し、筑摩の方は白スクである。

 

「お〜、利根たちも来てたのか♪」

「うむ! 姉妹揃っての休み故、せっかくじゃから筑摩と遊びに来たのだ!」

 

 隼鷹の言葉に利根は無駄に胸を張って答え、祥鳳と筑摩は挨拶を交わしていた。

 

「でもよく見ると、結構皆さん遊んでますね」

「そりゃレンタルされてたんだから当然じゃね? レンタルだからって気にする奴いないしさ」

 

 祥鳳が周りを見回して言うと、隼鷹が苦笑いで返す。確かに祥鳳の言う通り、駆逐艦や海防艦だけでなく戦艦や空母、重巡、軽巡と多くの艦娘たちが夏の海を楽しんでいた。

 

「…………白いスクール水着って多いんですね」

 

 改めて見回し、祥鳳は白スク姿をしている艦娘が多いことに驚き、小さくつぶやく。

 

「それは仕方ないですよ……提督の趣味ですから♪」

 

 そんな祥鳳のつぶやきに筑摩がサラリと言葉を返すと、祥鳳は「えぇっ!?」と驚愕。

 

「あ、でも提督が白のスクール水着を私たちへ着るように強要しているんじゃないですよ? レンタルの水着を揃えたのはあくまでも明石さんですから、ね?」

 

 筑摩はそう補足して提督の趣味ではあるが、この状況は提督の意図ではないとハッキリ告げた。

 筑摩が言うように明石は見守り勢であっても提督LOVE勢……よって提督の好きな水着を取り添えるのが彼女なりのLOVE行為なのだ。

 それを理解した祥鳳は「明石さんらしいですね」と苦笑いを浮かべた。

 

「まぁ、なんにしても水着を買わずにこうして海水浴を楽しめるのじゃ。我輩たちは貸し出す許可をくれた提督と水着を揃えてくれた明石に感謝せねばな」

「姉さんの言う通りです」

 

 利根たちの言葉に祥鳳はやっと笑顔で頷くが、

 

(でも提督好みの艦娘に白スクが渡ってるのって明石の工作活動だよなぁ)

 

 隼鷹は明石の抜かりないLOVEを見抜き、苦笑いを浮かべているのだった。

 

 ーー

 

 隼鷹たちが海水浴を楽しむ一方、提督たちは遅れて埠頭へ到着。予定通りに海水浴を楽しむみんなへ声をかけ、集まる艦娘たちへジュースを振る舞う。

 

「ちゃんと並べよ〜?」

「駆逐艦や海防艦の子を優先してね〜!」

「足らなかったら追加で買ってきますから!」

 

 提督たちの声に集まる者たちは秩序正しく一列に並んぶ。

 駆逐艦や海防艦たちに行き渡ると、今度は軽巡の者たちの番となった。

 

「ありがとう、提督」

「阿賀野ちゃんと能代ちゃんもありがと〜♪」

 

 今日はお休みで仲間たちと海水浴を楽しむ矢矧と酒匂がジュースを受け取ると、提督たちは笑顔で『いいえ〜』と返す。因みに矢矧と酒匂も白スクだ。

 当然、矢矧も酒匂も提督の趣味とは思ってない……なので提督は目の保養をしつつ、次の子にジュースを渡そうとした。

 しかし、

 

「提督さん♡ 由良の水着姿、どう?♡ 思わず襲いたくなっちゃう?♡」

 

 ガチ勢由良の降臨で提督はあんぐりと口を開ける。

 LOVE勢の一部にとって提督の趣味趣向は完全網羅されているため、当然ガチ勢ならば知ってて当然のこと。

 なので由良は白スク姿でクイクイッと水着の胸元を摘み、提督へ自分の由良山の谷間を見せつける。

 提督は思わず鼻の下を伸ばしそうになるも、自身の脇腹に阿賀野の手が触れたことでキリッと気持ちを引き締めた。

 

「お、おう……襲いはしねぇが、似合ってるぞ?」

「むぅ、襲ってって女の子から言ってるのに〜♡」

「それがしには阿賀野という妻がいるのでござる! なので勘弁してくだしゃ!」

 

 由良の誘惑に提督は阿賀野への愛で見事打ち勝つ。その横で阿賀野はでへへ♡とニヤニヤし、由良はそんな阿賀野を羨ましそうに見ながらジュースを受け取って矢矧たちと海へ戻った。

 

 しかし提督の苦悩はこれで終わりではない。

 

「提督……私は提督特製の特濃牛乳が飲みたいわ。あちらの物陰で飲ませてくれないかしら?♡ 提督はただ気持ちよくなってればいいので♡」

 

 加賀の大胆な誘惑は勿論のことーー

 

「提督さん♡ 鹿島のここに提督さんの美味しいミルク飲ませてくれませんか?♡」

 

 鹿島の谷間アピールーー

 

「ハニー!♡ 今日こそ私をハニーの本当のスカイママにして!♡」

 

 イントレピッドの妙な逆プロポーズーー

 

「アミラル……そろそろ私のモノになる決心はついたかしら?♡」

 

 リシュリューの猛攻ーー

 

「どうだ、提督♡ この武蔵の水着姿は?♡」

 

 武蔵の褐色肌と白スクの合わせ技ーー

 

 ーーと、様々な誘惑を受けた。

 しかしその誘惑は当然阿賀野のゲンコツで阻止され、その都度提督は脇腹の痛み妻からの愛を一身に受けたという。

 

 ーーーーーー

 

 ジュースもあらかた配り終え、提督はその場にうずくまる。

 何しろ脇腹が大破しているのだから、提督がこうなのも致し方ない。

 

「阿賀野姉ぇ、やり過ぎよ」

 

 流石の能代も阿賀野を注意すると、阿賀野は「だって〜」と頬を膨らます。好きな人が他の女性の水着姿にデレデレしていたのだから、阿賀野がこうなるのも仕方ない。

 

「脇腹が痛いお……」

 

「ふんだ……」

「阿賀野姉ぇ」

「むぅ……」

 

「阿賀野ぉ……俺が悪かったから、もう許してくれぇ」

 

 まだご機嫌斜めの妻へ提督は必死に謝り、訴える。

 

「じゃあ、今ここでキスして」

「阿賀野愛してるぞ!」

「きゃあっ♡」

 

 結局のところ夫婦は相変わらずラブラブし、それを遠目に見る者たちは口の中をジャリジャリさせ、ガチ勢たちは悔しさで拳を握りしめているのだった。因みに筑摩はドス黒いオーラでニコニコし、利根は恐怖で固まってしまっていたというーー。




ちょっとマニアックなネタになりましたが、個人的に白スクが好きなので書いてみました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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鎮守府納涼祭

 

 8月を迎え、泊地だけでなく日本全国で猛暑日が猛威を振るう。

 鎮守府ではそんな猛暑の中、艦娘たちは弛まず任務や訓練に励んでいた。

 しかし熱中症対策として訓練の場合は1時間に1度は15分の水分補給休憩を義務付け、仮に少しでも体調が悪くなったら休むことを提督は口酸っぱく艦娘たちに言いつけており、任務中の休憩は必ず見張りを二人置き、交代で水分補給をする。

 

 本日も気温が38度となった本日の一四〇〇。

 そんな猛暑の中で海上訓練をしていた者たちは、海の上といえど夏場はいつもより早めの休憩時間を取る。まだ出来ると思って訓練し、もし倒れでもしたらそちらの方がみんなの迷惑になってしまうのでこういう時は早め早めの行動を取るのだ。

 

「体調が悪いと言う方はいますか?」

「いるなら正直に言うんだぞ?」

 

 霧島と長門の言葉にみんなは口揃えて『大丈夫です!』と笑顔で返す。しかし初雪に至っては「部屋に帰ってクーラーガンガンにしてゲームしたい」と相変わらずの愚痴をこぼし、みんなから苦笑いされていた。

 

 今回の訓練は水雷戦隊が戦艦と接敵した際の訓練であり、しかも相手が長門と霧島ということでかなり厳しいものだった。それでもこうした訓練の積み重ねが水雷戦隊の力となり、泊地最強とまで言われる所以なのである。

 

 そんなこんなでみんなして食堂へ向かうために中庭の近くまでくると、

 

『お〜い!』

 

 誰かに声をかけられた。

 みんなして声のした方へ視線を移すと何やら中庭に人が集まっており、水着姿の鈴谷と熊野が長門たちへ『こっちこっち〜♪』と手を振り、手招きしている。因みに鈴谷たちは最上や三隈のビキニと同じデザインの物を着用。

 

「これはなんの集まりだ?」

「あれは……っ!?」

 

 長門が小首を傾げる横で、霧島の目があるものを捉えた。

 それは『興野屋』という文字が書かれたのぼり。

 

「ふふっ、そうですか。流石は司令ですね」

 

 ひとり何処か納得している霧島はさて置き、みんなは鈴谷たちのところへと向かう。

 

 ーー

 

「いらっしゃ〜い♪」

「興野屋のおやつ処でしてよ♪」

 

 興野屋……とは、提督が夏期限定で軽トラの荷台を使って艦娘たちへかき氷を振る舞う催しなのだが、おやつ処というだけあってその規模はいつもより大きい。

 何故ならパラソルテーブルがいくつも置かれ、みんなそこで甘味を味わっているのだ。軽トラの隣には水着姿の間宮と伊良湖が簡易テントを張って出店を出している。

 

「これはどんな催し物だ?」

 

 長門が説明を求めると、赤と白のクロス・ホルター・ビキニ姿(右胸が赤で左胸が白、下は赤白のシェパードチェック柄)の矢矧が「提督がいきなり決めた納涼祭よ」と苦笑いで説明した。

 

「加えて今日は書類仕事もなくて暇でいらしたようで、『みんなのためにやってください』……と愛宕がお願いして今に至りますわ」

「この行動力には相変わらず感心するわ……しかも予算とか全部提督持ちなんだもの」

 

 続いて高雄と飛鷹がそう付け加えると、長門たちは『なるほど』と頷く。

 因みに高雄はいつもの制服と同じ色のOタイプのモノキニを着用し、その水着は背中の中間から腰までクロスラインがあしらわれたセクシーな物(愛宕も同じ水着)。飛鷹に至っては真っ赤なワンショルダービキニで下はタイサイド(紐で結ぶタイプ)。

 このように納涼祭のお手伝いの艦娘たちは涼しい格好ということで、水着姿でお手伝いしているのだ。

 

「高雄さんの水着、あみだくじみたい」

 

 初雪の発言に他の駆逐艦たちも『ホントだ』と同意すると、高雄は「提督の趣味です!」と頬をほんのりと赤らめて返し、みんなには早く提督たちのところへ行きなさいと促した。

 

「もう……あの子たちったら」

(でも提督は喜んでくれていたから気にしないことにしましょう♡)

 

 ふてくされてもすぐにニコニコする高雄を見、長門たち大人勢は『乙女だなぁ〜』と口の中をジャリジャリさせる。

 

「高雄さんってさ、普段は凛々しいけど提督が絡むと途端に女の子になるよね〜」

「女性は皆そういうものですわ。鈴谷さんだって提督に水着姿を褒められて喜んでいたじゃない」

「ま、まぁ、そりゃあね?」

 

「司令は本当に罪作りな方ですねぇ」

「みんなから慕われていないよりはいいじゃないか」

「慕われ過ぎてると私は思いますけどね」

「でも提督に褒めてもらえるのって、な〜んか嬉しくなるのよねぇ」

 

 みんなしてそんな話をしていると、我に返った高雄から「長門さんたちも提督たちのところへ行ってください!」と照れ隠しに大声で言われ、長門と霧島は愉快そうに笑って提督たちの元へ向かった。

 

「もう、みんなしてすぐに私をからかうんだから……」

 

 全くもう……と長門たちを見送りながら高雄は恥ずかしそうにこぼすが、

 

(だって高雄さんの反応可愛いもん)と鈴谷

(普段とのギャップが人を惹き付けるのですわ)と熊野

(高雄さん可愛い……)と矢矧

(ホント高雄ってイジり甲斐があるわ)と飛鷹

 

 側にいた四人は揃って乙女乙女している高雄を微笑ましく眺めるのだった。

 

 ーーーーーー

 

 夕方になるに連れ、中庭での納涼祭は艦娘たちも増えて大賑わい。中には提督に許可を得て、わざわざ明石から簡易テントを借りて自分たちでお店を開く者も(その際も費用等は提督持ち)。

 因みに水着姿だった者たちは夕方になったことで夏用の制服に着替えた。

 そして気になる出店のラインナップはーー

 

「ジャンボたこ焼きやで〜!」

「食べていってくださ〜い♪」

 

 ◇龍驤と大鳳のたこ焼き屋

 ソフトボールと同じサイズのボリューミーなたこ焼きを提供。ちゃんと普通サイズもある。

 

「英国の庶民的グルメはいかが?」

「フィッシュ&チップス、美味しいよ!」

 

 ◇アークとジャーヴィスのフィッシュ&チップス屋

 因みにフィッシュは子持ちししゃもをフライにしたもので、衣に青のりを混ぜて磯辺揚げ風。ポテトはのり塩、旨塩、バーベキューソース味から選べる。

 

「ケバブはいかがですか〜?」

「フランスの庶民の味よ」

 

 ◇テストとリシュリューのケバブ屋

 フランスでもケバブは人気で、羊肉をじっくり焼いてそれを削いだものとポテトフライ、サラダがてんこ盛りのフレンチとはまた別の豪快な料理。

 正確にはジロスという名の料理で、羊肉の下にはご飯が隠されているボリューミーな一品なのだ。

 

「食べていってくださ〜い」

「シンプルで美味しいよ〜!」

「ビールにも合うわよ」

 

 ◇プリンツ・レーベ・マックスのコノプケ屋

 コノプケはベルリンで食べられるフランクフルトみたいな物。ソーセージにケチャップとカレー粉をかけただけの物だが、プリンツ特製の特別ケチャップソースが絶妙にマッチしている至高の一品。

 

「グラッタケッタやってま〜す!」

「イタリアのかき氷ですよ〜♪」

「甘いお酒を掛けても美味しいよ〜♪」

 

 ◇ザラ・ポーラ・アクィラのグラッタケッタ屋

 グラッタケッカとはイタリア風のかき氷のこと。ローマ発祥のデザートで荒く削った氷にフルーツやシロップをかけて食べる。因みにフルーツはマンゴー、種無しブドウ、メロン、パイナップルの中から好きな物を選び、シロップ等は掛け放題。

 

「我々のカルトーシュカも味わえ!」

「これもビールに合うよ〜♪」

 

 ◇ガングートとタシュケントのカルトーシュカ屋

 カルトーシュカは蒸かしたジャガイモにたっぷりのチーズと十数種類のトッピングの中から好きな物を選んで盛ってもらうロシアのおやつ的な食べ物。

 トッピングにはサーモンやビーツ、キノコソテー、コーンマヨ、ツナマヨ、ピクルス、明太子……と様々。

 

「グルメと言えば、我が祖国アメリカ!」

「わ、ワッフルを作ってま〜す……!」

「ミー特製のスペシャルワッフルよ!」

「どんな飲み物にでも合うわよ〜♪」

「食べてって〜☆」

 

 ◇アイオワ・イントレピッド・サラトガ・ガンビー・サムはワッフル屋

 これはただのワッフルではなくフリスビーサイズのワッフルで、その横には塩味のきいたチキンが添えられている。ロサンゼルスで有名なカジュアルレストランの人気メニューで、アメリカ大統領も訪れたことのあるんだとか。

 

 ーーこのようにかなりの規模となり、納涼祭と言うよりは国際B級グルメ祭みたいになってしまったがそんなことは些細なことだ。

 みんな大いにこの催しを楽しみ、暑さなんか吹き飛ばしている。

 

「思ってたよりかなり大事になっちまったなぁ」

 

 そんな中、提督は興野屋を能代たちに任せて喫煙スペースで休憩を取っていた。しかしその顔は何処か晴れやかで、提督としてはみんなが楽しんでいる姿を見れるのが嬉しいのだろう。

 

「出撃から帰ってきたらお祭り状態で驚いたなぁ」

 

 一方、奥様の阿賀野はちょっとご機嫌斜めのご様子。

 阿賀野は午後から出撃で夕方に帰還したのだ。

 

「いやぁ、俺もこんなことになるとは思わなくてよ……」

「むぅ、慎太郎さんとの思い出作りの機会が減っちゃったなぁ」

 

 妻から脇腹を突かれてぼやかれる提督は、苦笑いを浮かべながら「すまぬすまぬ」と謝る。阿賀野も提督の言い分は分かるし、提督も阿賀野の気持ちは分かる……なので提督は「これから作ればいいだろ?」と阿賀野の頬へ軽く口づけをした。

 

「ぁ……もぉ、慎太郎さんったらぁ♡」

「ほら、休憩なんだ。俺も一服終わったし、みんなの出店を見て回ろうぜ?」

 

 提督はそう言って阿賀野の手を引く。すると阿賀野は当然、満面の笑みを浮かべて提督の左腕に抱きつくのであった。

 一方、そんな夫婦たちを遠目に見ていた者たちはそのアツアツぶりに口の中をジャリジャリさせ、流石のガチ勢も割って入れないでいた。仮に今の夫婦の雰囲気をブチ壊したら、自分たちが阿賀野の鉄拳制裁に長期入渠を余儀なくすると分かっていたから。

 

 ーー

 

 出店を阿賀野と回り、今回ばかりは提督も日本酒を飲んでほろ酔い気分。

 

「いやぁ、どれも美味いなぁ」

「ホントホント♪」

「阿賀野的には何がお気に入りだった?」

「ん〜……ワッフルかな?」

「あ〜、ワッフルなぁ。因みに俺はーー」

「ジャンボたこ焼きでしょ? 食べてた時に慎太郎さんのお目目キラキラしてたもん♡」

 

 阿賀野の言葉に提督が「マジ?」と訊くと、阿賀野は笑顔で頷く。

 すると提督は「はっず……」と顔を赤くし、空いている手で顔を覆った。

 

「あはは、可愛かったから恥ずかしがることないよぉ?♡」

「んなこと言われても嬉しくねぇ……」

「もぉ、慎太郎さんは恥ずかしがり屋さんだねぇ♡」

 

 阿賀野はそう言って真っ赤になる提督の頬を軽く突くと、提督は「やめろやめろ!」と阿賀野のイタズラから逃げる。

 すると提督は誰かとぶつかってしまった。

 

「あんっ……もう、提督。そんなにはしゃいではいけませんよ?」

 

 提督がぶつかったのは高雄。

 高雄は提督を優しく注意すると、提督はまるで子どものように「は〜い」と高雄へ敬礼する。

 

「全くもう……反省しないともう例の水着は着てあげませんからね?」

 

 そんな反省の色が薄い提督に高雄は爆弾を放り込んだ。

 

「あ、ちょ、高雄さん?」

「提督が『絶対高雄に似合うから、どうしても着てほしい』とあんなにもお願いするから着たんですからーー」

「ちょっとストップ!」

 

 提督は辛抱堪らず高雄の口を手で押さえる。もう時既に遅しという状況だが、

 

「あ、それなら私も提督に言われてあの水着を着たのよ〜?」

 

 飛鷹まで爆撃してきたことで妻からの罰は痛い系に確定。対して提督は飛鷹の参戦により収集がつかなくなって「うわ〜ん!」と情けない声をあげる。

 そして、

 

「ちょ〜っと詳しく聞きたいなぁ〜」

 

 阿賀野がニッコニコの黒い笑顔で()()()に参加。

 よって阿賀野は夫のほっぺたをつねりながら高雄と飛鷹の話を聞き、提督は猛省した。

 因みにその話が終わると提督は阿賀野に引きずられるように夫婦の()()()()に連行されたという。

 そんな提督を見てーー

 

(恥ずかしい水着を着せた仕返しです♡)と高雄

(私より高雄の水着姿をべた褒めしたから、これくらいわね♪)と飛鷹

 

 ーー高雄と飛鷹は、それぞれ可愛らしくあっかんベーっと舌を出して提督を見送ったそうな。

 そんなこんなで突如始まった納涼祭は大成功で最後はみんなで後片付けをして幕を閉じた。

 

 そんな日の真夜中、夫婦の部屋では阿賀野が赤いマイクロビキニ姿で提督の布団に侵入し、夜戦(意味深)を申し出、提督が阿賀野に美味しく頂かれたのはまた別のお話ーー。




てな訳で、今回も賑やかな鎮守府の一幕を書きました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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たまにはこんな日も

一部アンチ・ヘイトが含まれます。


 

 8月の暑さがどんどんと増してきたこの頃。

 鎮守府では相変わらず任務に訓練と弛まない努力を積み重ねている。

 今月のいつかなのかはまだ定かではないが、例によって夏の大規模作戦が近々大本営より発表されるという噂もあるため、提督は遠征で資材集めに重点を置き、出撃任務でも比較的低コストに抑えた編成で艦隊を運用していた。

 

 そんな中、艦娘たちは今年も千羽鶴を折り、広島と長崎へ寄贈。

 一昔前までは平和式典でワーギャーと騒いで平和を訴えるという名目で大切な式典をぶち壊していた団体もいたが、そんな迷惑な団体も今の世の中ではーー

 

『そんなに平和を訴えるならお前らが最前線に行け』

『本当に平和を尊ぶなら静かにしろ』

『お前たちがそれだけ騒いでいられる今が平和そのものだろう』

『最前線にも行かず安全なところで喚き散らすだけの簡単なお仕事』

『国防軍が無くなったらあなたたちが我々を守ってくれるという訳ですか? そうじゃないですよね?』

 

 ーーと、ド正論を真っ向から言われて黙るしか方法がない。

 それでも一部マスメディアは言論の自由によって今もなお、"日本は過去への謝罪を行い、世界に誠意を示すべき"などと豪語している。

 しかしそれも巷では『これまで捏造・偏向報道してきたマスメディアがどの面下げて言ってるんだ』と言われ、多くの者たちから支持されていない。

 

 来週には終戦記念日を迎えているとあって、巷では大東亜戦争をテーマにした特集や特番が広く報道されている。

 しかし幸いなのは一方的な見方や自虐史観を綴っているのが一部で、その他多くは悪い点・良い点を平等に扱っていることだ。

 

 軍は何がダメだったのか……

 軍はどんなことをしたのか……

 軍は戦争した結果何を残したのか……

 戦争で学んだことは何か……

 改めて考えてみる開戦回避の行動は……

 

 ただ"日本が悪かった"で終わるのではなく、上記のように読み手や聞き手に考えさせる報道をしていた。

 こうした傾向になったのも全てとは言わないが、国防軍と艦娘たちが日夜国のため国民のためにと己の命を懸けていることが大きいだろう。

 

 因みに今の国防軍を政府が設立させようとした際、政府と軍の要人たちは国内の左巻きの要人たちを深海棲艦と艦娘たちの最前線(最前線といっても被弾しない場所)へ連れて行った(強制的に)。

 そこで左巻きたちへは防具のみを着せ、手には拡声器と酒瓶を持たせた。要は話し合って止められるなら止めてみろと……実戦でやってもらおうとしたのだ。

 しかしそこで動けた者はおらず、いつもの話し合いにならなかった。

 この一連の動きは全てネット放映され、これによって左巻きたちも沈黙して国防軍の設立に反対出来なかったのだ。

 

 ーーーーーー

 

 そんな中、興野提督率いる艦娘たちは午前中まで任務をこなし、午後は提督から特別に全艦待機命令がくだされた。

 しかしこれはただの待機命令ではない。

 春夏秋冬どんな日も国のため国民のためにと働く艦娘たち。

 そんな彼女らを労おうと提督が前からイベント委員会と相談し、本館地下にある集会ホールである催し物を開いた。

 その名もーー

 

『スタジオヒブリ上映会』

 

 ーーもっと簡単に言えば映画鑑賞である。

 

 スタジオヒブリとは提督が語呂がいいからというだけでつけた名前であるが、前々からこの日のために青葉等を中心に何本もの映画を制作していた(提督は総監督)。

 しかも映画公開までは関係者全員に箝口令を敷く徹底振り。

 みんなそれを守っていたこともあり、大淀から上映リストが発表されると嬉しさや恥ずかしさや照れ、驚きや笑いが巻き起こり、ホールの雰囲気は既に最高と言える。

 それに加え、ホール脇には間宮と伊良湖は勿論、瑞穂・秋津洲・神威・鳳翔と言った面々が軽食を提供しているので、そこら辺の映画館よりも豪華だ。

 

 先ず初めに上映されるのはーー

 

 崖の上のサド

 

 ーー佐渡が主演のドタバタコメディである。

 

 映画の内容は至ってシンプル。

 魚の世界のお姫様のサドがまゆる(まるゆ)という美男子に一目惚れし、父ポセイドゥーン(日向)と母テテス(山城)の言うことを無視してまるゆを掻っ攫ってくるという物語だ。

 

 因みにこの作品の他にはーー

 

 となりのツシマ

 福江の宅急便

 えとろふ姫

 借り暮らしのマツワッティ

 

 ーーの4本が上映される。

 

 ーーーーーー

 

 映画の本編が始まるとホールはみんなの笑い声でいっぱいになり、中には床をペシペシと叩いて笑う艦娘もいた。

 何しろ魚の国だというのにディナーに()()()()()()()()という、まさかの同族を食べるシーンから始まったのだから笑うしかない。

 

「あっははは、魚の国残酷過ぎだろ!」

「スタジオヒブリっての名前はちょっと恥ずかしいけど、面白い♪」

「流石にこれは……不意打ち過ぎる……くふふ」

 

 大笑いする大東と楽しむ日振にお腹を抱えて笑う対馬。その隣では占守もしむしゅしゅっと笑い、国後に至っては座布団を抱きしめて笑いを堪えている。

日振としては自分の名前を使われて嬉しい反面、恥ずかしい気持ちもあったが、いざ映画が始まればそんなことは気にならなくなった様子。

 因みに今回のようにホールで映画鑑賞等をする際、みんなには座布団が配られるのだ。

 

「ドレス姿の佐渡姉って新鮮だな」

「でもブルーのドレス姿可愛いよね」

「それでも口調はいつも通りなのよね」

 

 感心する福江と妹を褒める松輪に対し、択捉は苦笑いを浮かべる。しかし主演の佐渡に至っては松輪に可愛いと言われ、上機嫌でニッコニコだった。

 

 ーー

 

 その後も笑いの波がどんどんと押し寄せる。

 今はちょうどサド姫がまるゆを掻っ攫ったところで、

 

『こちらサド。婿を捕獲した。次はどうする?』

 

『こちらクマ。ならば一旦森に戻ってこい』

 

 サドは幼馴染みで姉みたいな関係のハチミツの世界のお姫様であるクマ(球磨)とトランシーバーで会話しているところ。

 みんなは、

 

 ハチの姫じゃなくてハチミツの姫かよ!

 ハチミツの世界って結局ハチの世界では?

 ハチミツの捕食者であるクマが姫の名前でいいのか?

 

 色々とツッコミが追いつかない様子。

 しかもクマ姫の側近が筑摩・三隈・熊野・阿武隈とクマ一色なのだから、もうこれは笑うしかない。

 

「くふふふ……ちょ、ちょっとこれは……反則です」

 

 中でも鳳翔は自身のツボにバッチリとジャストミートしてしまったらしく、珍しく笑い過ぎてその場に膝を突いてぷるぷると笑い悶える。

 

「ほ、鳳翔さん大丈夫ですか?」

 

 神威はそんな鳳翔に優しく声をかけ秋津洲と瑞穂が鳳翔の背中を軽く擦るも、鳳翔は「大丈夫ではないです」と笑い過ぎて涙を流して返した。

 

「でも相変わらず提督のネーミングセンスって面白いですね」

「ですね……ポセイドンじゃなくてポセイドゥーンって、それだけで笑っちゃいますよ」

 

 その横では間宮と伊良湖もクスクスと笑って映画を楽しみ、提督のお笑いセンスを褒める。

 提督はこういう話を作るのが得意で今回の全映画の脚本はほんの1、2時間で書き終えたとか。

 

 そんなこんなでハチャメチャなストーリーは、最後はサドがちゃんとまるゆの両親に許しを得て結ばれるのだった。

 因みにまるゆの家族構成はーー

 

 父・多摩 母・北上

 姉・大井 ペット・木曾(ペンギン)

 

 ーー上記の通り。木曾が演じるペンギンはただ木曾が無表情で翼をパタパタさせてるだけで、それがシュールで笑いを生んでいた。

 提督曰く『よくやってくれた』とのことで、木曾曰く『何をしたのか覚えてない。記憶がポッカリと抜けているようだ』と役へのこだわり(?)を語ってくれたという。

 

 ーーーーーー

 

 一つ目の映画が終わると、拍手よりも笑い疲れのため息が大きくこだまする。

 中には鳳翔のようにまだまだ笑いの渦に飲み込まれている者もいるが、そんな楽しそうな艦娘たちを見て提督は胸を張って笑っていた。

 

「なっはっは! 我ながら会心の作だぜ!」

 

 上機嫌にサイダーを飲み干す提督であるが、

 

「て、提督さん、阿賀野、笑い過ぎてお腹いた〜い……ふふふ」

「の、能代も腹筋が……ははっ」

「デタラメなストーリーなのに妙にいい話だったのが、また笑えるわ……くふふ」

「ぴゃ〜、このDVD欲しいっぴゃ〜!」

 

 妻や義妹たちは未だにお腹を抱えて笑っている。

 

「みんなも気に入ってくれたみたいで何よりだぜ♪」

「気に入ったというか、インパクトが強過ぎますよ」

「そ、そうよ……そもそも崖の上のサドって……あはは」

「ちゃんとまるゆを掻っ攫う時に崖を登ったろ?」

 

 提督はそう言うが、能代と矢矧から『その絵面が可笑しい(んです)!』と言われたので「えぇ〜」と声をあげた。

 すると提督の元へ他の艦娘たちから『なんて物を作ったんだ!(笑)』と詰め寄られたので、提督は次の映画が始まるまで説明に追われるのだった。

 しかしその説明でもツッコミ所満載で、みんなは大いに笑い、ここまで笑わせてくれる提督のエンターテイナー性を褒めた。

 

 ーーーーーー

 

『ツシマ! あなたツシマって言うのね!』

『あ、はい……ツシマですけど、お隣さんですよね? というか、重たいので退いてもらえませんか?』

 

 続いて始まった《となりのツシマ》。

 東京から田舎に引っ越してきた睦月型姉妹。

 そして姉妹の中でも皐月が隣の家に住むツシマと出会い、仲良くなっていくというほのぼのストーリー。

 

 今は学校に遅刻しそうで走っていた皐月がツシマとぶつかり、皐月がツシマに覆い被さるようにして転んでしまったシーン。

 ツシマの毒舌トークに全くめげない皐月との掛け合いが笑いをこれでもかと提供してくる。

 

 そもそも元ネタでそう言うのは妹さんだろ

 ツシマ冷静過ぎ

 なんであの悪戯坊主が提督なんだ!

 

 などなど、この作品もツッコミ所が満載だった。

 

 ーーーーーー

 

『助けてくれたことには感謝する。しかし助けてほしいと言った覚えはない』

『くぅ〜! 君かわうぃね〜☆』

 

 次の作品は『福江の宅急便』。

 タイトル通り、宅急便のアルバイトをする福江がテンションの高い鬼怒と出会い、奔走する爽快コメディ。

 

 このシーンは宅急便のアルバイトをしている福江が、複雑な道でお届け先を見つけられずにいたところを現地に住むハイテンションな鬼怒に場所を教えてもらったところ。

 その後、鬼怒が福江の通う学校に臨時講師としてやっきて臨時で担任になる。

 主に鬼怒の思いつきや言動に福江がてんやわんやさせられるという流れで、鬼怒の並外れた芸人魂とそれに翻弄される福江のリアクションが笑いを呼び、しかも臨時講師という任務を終えて鬼怒と別れる時の福江との感動シーンにみんな涙した。

 しかしその次の日に鬼怒は福江が住む家の近所のアパートに引っ越してきたことで、笑劇のラストを飾った。

 

 ーーーーーー

 

『黙れ小娘! お前に提督が救えるか!?』

『あなたこそ黙れ年増! そもそも司令はあなたのストーカー行為に毎晩涙で枕を濡らしているのよ!』

 

 続く作品は《えとろふ姫》。

 原作崩壊が著しく、内容は提督が謎の女性X(足柄)にストーカーされ、それをえとろふ探偵事務所の姫と言われる択捉が助けるというサスペンスコメディ。

 

 因みにこのシーンの直後、女性Xが択捉の毒舌攻めにあって泣き崩れて提督を諦めるラストシーンに繋がるのだが、

 

 あの名作がここまでになるのか

 セリフは立派……しかしストーカーである

 少女に論破されてるよ

 

 シュールな笑いが艦娘たちを襲い、やはりこれもツッコミ所満載だった。

 

 ーーーーーー

 

『ちょっとマツワッティ、貸した消しゴム返してよ』

『あれ? くれたんじゃなかったの?』

『貸してって言われたから貸しただけだよ!?』

『えへへ、ごめんね♪』

 

 最後の演目は《借り暮らしのマツワッティ》。

 これはもう原作崩壊の枠を飛び超え、全く別の代物と化している。

 なので原作を知る艦娘たちは『どうしてこうなった!?』と笑い、原作を知らない艦娘たちはただただ笑い転げている状態だ。

 

 今はマツワッティ(松輪)が幼馴染みのシムシュノワール(占守)と掛け合い(基本マツワッティのボケ通し)をしているところ。

 この作品のあらすじは外国のとある街に住むマツワッティと幼馴染みのシムシュノワールのほのぼのストーリー。マツワッティはおっちょこちょいの天然さんなので、シムシュノワールはいつもそれに引っ張り回されている。

 

 普段は大人しい松輪が見せる愛くるしさやかましてくる大ボケにホールは笑いの津波が押し寄せ、それは終わるまで続いた。

 

 ーーーーーー

 

 こうして提督が発案したスタジオヒブリ作品の上映会は大成功に終わったが、

 

「あ〜、腹痛ぇ〜」

「腹筋崩壊とかのレベルじゃない」

「腹筋がつるかと思った」

「次から原作をちゃんと観れない」

「表情筋が痛い……」

 

 などなど多くの嬉しい感想(?)が届いたので、提督は心の中で"また作ろう"と意欲を燃やしたというーー。




パロディ回になりましたが、ジ〇リとヒブリの響きが似ていたのでパ〜と思いついたまま書きました!
ジ〇リファンの読者様にはごめんなさいです。

ともあれ読んで頂き本当にありがとうございました!


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あの時こうしたから日本は変わった

アンチ・ヘイトが含まれます。
極端な筆者の意見、残酷な描写、表現などが含まれます。
ご了承の上でお読みください。

あくまでもこの作品の艦これの世界観の話ですので、それをご承知の上でお読みください。

嫌なら読まないでください。


 

 それはまだ艦娘がこの世に生を受けて間もない頃。

 

 世界の海は深海棲艦によって支配され、海洋国家である日本はシーレーンを断たれ、じわじわと破滅の道に追いやられていた。

 この場で何処とは言わないが、無能なトップを置く核保有国のアジアのどこかの国は核兵器によって深海棲艦へ対抗しようとした。

 しかし一時は退けても、無限に無尽蔵に海から湧く深海棲艦の前に無能なトップが率いていた国はただただ自国民や自領地を疲弊させ、見るも無残な国と化し、崩壊した。

 

 世界が混乱を極める中、日本では政府も重い腰を上げて自衛隊による防衛戦でなんとか持ち堪えていたが、若き自衛官の死は日に日に増していく一方。

 因みに在日米軍は自国の防衛のために撤退し、無事に自国へ辿り着いたのはほんの数%だったという。その際、日米同盟の元で海自の護衛艦隊も同行したが、やはり帰ってきた護衛艦の数は少なく、多くの自衛官が帰らぬ人となってしまった。

 元々民度の高い日本国民だからこそ、大きな内戦などは起こらずに済んでいたが、遺族たちの悲しみや国民の不満は確実に増していた。

 

 そこで、まだ総理大臣の座に就いたばかりの中村正文はある決断をする。

 

『憲法を改正して艦娘と共に国防軍を設立し、深海棲艦へ対抗する』

 

 この所信表明演説に多くの国民は不安を抱いた。

 マスメディアは特にーー

 

 軍国主義の再来

 徴兵制復活

 世界混乱を利用して侵略戦争を始める

 

 ーーなどと更に国民の不安を煽った。

 

 しかし中村総理の次なる演説で国民の不安は軽くなる。

 

 ーーーーーー

 

 今、座して死を待つのと

 徹底的に生きるために戦うこと

 あなた方はどちらを選ぶだろう

 

 これまで犠牲になった英霊たちは

 なんのために命を懸けてくれたのだろう

 

 唯一深海棲艦に対抗しうる艦娘が

 何故今、この国にいるのだろう

 

 不安なのはこの私も同じ

 しかしだからといって座して死を待つのは

 英霊たちに対して

 あまりにも無礼ではないだろうか

 

 徴兵制復活なんてありません

 ましてや侵略戦争なんて愚の骨頂

 日本は防衛のために軍を持つのです

 

 今こそ国民と艦娘が手を取り

 深海棲艦による侵略の魔の手から

 一致団結して立ち向かう時代ではないだろうか

 

 戦争が嫌ならばしなくて結構

 しかし今戦わなかったら死しかありません

 どうか国の未来とあなた方の家族の未来を考え

 私たち政府の背中を支えては貰えないだろうか

 助けてください、日本を……あなた方の家族を

 

 ーーーーーー

 

 この演説は全国津々浦々まで放送され、日本国民は一致団結して艦娘と手を取ることを誠実な国民投票で決めた。

 結果は反対が二割未満と賛成八割以上。

 与野党の賛成多数で憲法改正案が通る。

 政府はこの結果に迅速に対応し、国防軍の制定・国防費の改正案・艦娘の人権確立案などなど、約半年で成立させた。

 

 その中でも極めつけだったのは、ここまできても戦争反対を訴える左巻き集団や無責任野党との政府側による国防軍設立についての論争だ。

 国民の多くが既に国防軍設立に対して、国防のためならと理解を示しているのに戦争反対を訴える左巻き集団や一部野党は相変わらずだった。

 

 まずは話し合うべき

 また国民を肉の壁にするのか

 人殺しのために税金を払いたくない

 こんなの本当の民意ではない

 

 などなど、もう聞き飽きたかのような理屈ばかり。

 そもそもーー

 

 話し合うべき

 深海棲艦と話し合って解決するなら既にそうしている

 

 また国民を肉の壁にするのか

 一度たりともそんなことをしたことはない

 みんな志願して先の戦争を戦ってくれたのだ

 

 人殺しのために税金を払いたくない

 殺人犯に殺されると分かっていても鍵を掛けないと言っているのと同じ理屈

 でも多くは嫌だから鍵を掛けるのだ

 自分の意見が国民全体の意見と思うな

 そもそも戦場へ行きたくないのは誰も同じ

 

 こんなの本当の民意ではない

 現実を見て会話しよう

 選挙が民意ではないならば何が民主主義か

 

 ーー屁理屈には正論で返す。

 

 正論の前に言い返せなくなった者たちの多くは感情的になって喚き散らすなどの行動に走り、結局のところ何も対案を出せないで終わる。

 因みに国防軍運営資金の確保は全会一致で国会議員や大臣たちの歳費(主に給与)を半減とし、その他免除されていた物も今後は支払うことにし、それで出来た資金を運営資金あてて国民からはこれまでと同じ税率で納めてもらえればいいこととした。

 シーレーンの奪還や国際協力の礎、艦娘や艤装の情報を提供すれば景気は回復出来ると何万回も経済学者たちが計算した結果だ。

 

 国会議員たちも日本を守るため、そして己の命を守るためならばと給与半減にも同意し、地方議員や各地の知事も自分たちで考えて給与半減案を可決し、残りの半分を地域の泊地や各鎮守府の運営資金にした。

 

 ここまで日本国内が団結しているというのに、やはり日本の特殊な左巻き集団や一部おかしな議員たちは現実を直視してなかった。

 

 そこで中村総理と当時の海自幕僚長・鬼山日嗣は最終手段に打って出る。

 

『そんなに言うのでしたら、我々に手本を見せてください。そして国民の皆さんに教えてあげてください。その際はちゃんとインターネットを使った放送で全国民の方々にお伝えします』

 

 中村総理と鬼山幕僚長は左巻き集団のトップたちや議員に全国放送されている質疑応答の時間にそう告げると、後日に日を改めて任意の上で深海棲艦と艦娘たちが戦う地域へ同行させた。

 任意なので断れるが、断れば自分たちが今までしてきた主義主張が全くの無意味だったと国民に広く伝わるため、断る者は少なかったという。

 そんな中で断った数少ないトップたちや議員たちはさっさと身をくらまし、逃亡したらしい……が、丁度その頃に日本の周辺で何隻かの客船やプライベートジェットが深海棲艦の手によって屠られたとか。因みにその襲撃事件以降、行方不明になっている左巻き集団のトップや議員がいるとかいないとか。

 

 話を戻し、深海棲艦と艦娘が激しく戦闘を行っている太平洋側のとある海岸線に中村総理と鬼山幕僚長は左巻き集団トップや議員たちは護衛隊員に囲まれてやってきた。

 

『熱心に平和への活動を行っておられるあなた方ならば大変詳しいと思いますが、敢えて説明しますと、今あの沖で肉眼でもハッキリと見える激しい戦闘が行われています』

 

 涼しい顔で中村総理は言う。

 

『そして艦娘たちに指示を出しているのが自衛官たちになります……といっても、この規模ならば一人の自衛官だけで指揮をしておりますがな』

 

 鬼山幕僚長の言葉に多くのトップと議員たちは固唾を飲んだ。

 誰一人として本物の戦闘を経験したことがなく、映像でしか見たことがなかったから。

 しかし本番はここからであった。

 

『では皆さん、自衛隊の最高の防具をお貸しします。それと高性能な拡声器と最高の日本酒を用意しました』

 

 鬼山幕僚長が笑顔で言うと、トップや議員たちの顔は更に強張る。中には既に膝が笑っている者もいた。

 

『あぁ、すみません。こちらの不手際でプラカードは用意出来ませんでした。何しろ皆さんの使うプラカードにどんな言葉を書くのか分からなかったもので』

 

 そう言って中村総理は深く頭を下げる。

 そしてあれよあれよと言う間に護衛任務にあたっている自衛官たちが、トップや議員たちへ防具を装着し、ご丁寧に拡声器などもその震える手に持たせてくれた。

 

『では皆さん、これからあちらの護衛艦に乗って最前線へ行きます。そうしましたら、皆さんは皆さんが主張されていることを深海棲艦に訴えて()()()()()で停戦協定を呼びかけて頂きたい』

 

 鬼山幕僚長がさも当然のように話すと、

 

『こ、こんなの恫喝と同じだ! 人殺しめ!』

 

 どこぞの新聞社の社長が声を震わせて叫んだ。

 すると多くのトップや議員たちも『そうだ! そうだ!』『横暴だ!』『民主主義の恥!』と声を大きくする。

 

『ですから、それは私たちではなく、深海棲艦へ言ってください。出来るのでしょう? ()()()()()()()()、互いに()()()()()すれば? なので私と総理はこうして防具も身に着けずにいるのですよ?』

 

 鬼山幕僚長の言葉にそれまで騒いでいた彼らは揃って口を閉ざした。

 

『あなた方はいつもそう言っていますよね? しかし危なくてあなた方は最前線へ行きたいのに行けない……ですからこうしてお連れして、見せてもらいたいのです。あなた方がいつも言っている理屈ならば出来ますよね?』

 

 中村総理からもそう言われ、彼らはまた揃って目を逸らす。

 すると鬼山幕僚長が何か思い出しかのように手を叩いた。

 

『あぁ、分かりました。いやぁ、察しが悪くてすみません。防具なんて要りませんな。あなた方の主張だと防具すら相手を不安にさせるんでしたな。いやぁ申し訳無い』

『あぁ、確かにそうでしたね。流石は日本の進歩的文化人の方々は言うことが違う。またまた勉強になりました』

 

 鬼山幕僚長と中村総理の話に彼らは口をパクパクさせて震え上がるが、その間に防具を解除されていく。

 そして同時に自分たちはこれまでここまで変な主張をしていたのかと思い知らさせた。

 すると一団の数十キロメートル先に深海棲艦の空爆機が侵入してくる。

 

『おや、あちらから来ましたな。はい、皆さんの主張を言う時が来ましたよ。拡声器で呼びかけてください』

『ちゃんと防具も解除してますし、出来ますよね?』

 

 二人は彼らへ声をかけるが、彼らは慌てふためき我先にと装甲車の中へと逃げ込んでしまう始末。

 当然、空爆機は艦娘たちの手によって撃ち落とされたが、

 

『ひゃっ、助けてぇ! お家に帰してぇっ!』

『軍を人殺し集団とかもう言いません!』

『無駄に不安を煽ってすみませんでした!』

『無防備に話し合うなんて出来ましぇん!』

『もう無駄な屁理屈はこねましぇぇぇん!』

 

 物凄い爆発音に彼らは装甲車の中で震え上がっていた。

 事前にちゃんとインターネットで放送しますと伝えていたのに……。

 

『だ、大丈夫でしたか!?』

 

 そこに一人の艦娘が装甲車内に避難した彼らへ声をかけた。

 後に吹雪と呼ばれる艦娘である。

 

『これだけ大声をあげているんだ、大丈夫だろう。君は怪我はないか?』

『はい! ちょっと被弾してしまいましたけど、これくらいなら大丈夫です! 私より、他の皆さんに被害が無ければいいんですから!』

 

 このやり取りも勿論インターネットで放送され、艦娘がどのような気持ちでいつも最前線に立っているのかが国民たちに広く知れ渡った瞬間だった。

 その艦娘の顔には曇り一つない笑顔とただ国を……国民を守れた誇らしさがあふれていたから。

 

 これにより左巻き集団のトップや議員たちはこぞってこれまでのような破綻した主義主張をしなくなり、そんな左巻き集団と繋がりがあったとされていた多くの議員たちも完全に沈黙し、難なく日本国に待望の国防軍が設立された。

 中にはショックから辞任したトップもおり、トップが変わってからはまたこれまでと同じ主義主張をし出すところもあったが、そんな主義主張が通用する世論ではない。

 今でもこの放送の内容に異議を唱える左巻き集団や議員もいるが、総理や国防軍は一貫して『何一つ問題は無かった』と毅然な対応をしている。

 仮に彼らに同じことをして欲しいと頼んだところで、彼らはどうせお茶を濁して逃げてしまうのだから。

 世界から見れば、それでもそんな主義主張を言える日本は平和なんだなと言われている。

 

 ーーーーーー

 

「いつ見ても過激なことをしたわよね。中村総理も鬼山元帥も……」

 

 その時の映像を執務室のPCで改めて見直す矢矧に、阿賀野・能代・酒匂は『でもこうでもしないと話が進まなかったよ』と苦笑いした。

 

 執務室では今日もいつもと同じように阿賀野たちが提督の補佐として作業をこなしている。

 ただ、今は休憩中で提督は厠とお友達になっている。

 おやつに提督だけ磯風と比叡合作のクッキーと呼ばれる何かを食べたせいで……。

 

「まぁでも、あの時にこうしてなかったらもっとたくさんの国民が亡くなっていたのよね」

「そうだよ。そうならないために強行と言われても、ああするしかなかったんだから」

 

 矢矧の言葉に阿賀野がそう言うと、能代と酒匂もうんうんと頷いてみせる。

 

「現に日本は世界で一番平和な国って言われてるんだし、何も間違ってないよ。阿賀野たちはこれまでのように深海棲艦から日本と国民のみんなを守ればいいんだもん!」

 

 阿賀野が胸を張って言うと、妹たちは笑顔で頷き、矢矧はPCの画面を仕事の画面に戻すのだったーー。




てな訳で、今回はガチガチの真面目回にしました!
自分でも書いてて極端だなぁと思って書いてました。
でも日本を守るのに支離滅裂な主義主張を言うのはどうかな?と常日頃から疑問に思っているので、こういう意見もあるという意味で書きました。

ただし、これは二次創作内の私の世界観の中でのことですから、深くは突っ込まないでくださいませ。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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今だからこそ

一部アンチ・ヘイト、筆者個人の意見が多く含まれます。
こんな意見もあるのか、という程度に捉えてください。


 

 8月15日。

 お盆中の本日も猛暑日で夏の日差しが注がれる。

 そんな炎天下の中、日本国内外にある全鎮守府ではその場にいる誰もが正しく軍服や制服を着用し、埠頭や敷地内の広場に集まって整列してその時を待っていた。

 

 時計の針が正午を指すと、放送スピーカーからーー

 

『先の大東亜戦争によって亡くなられた、英霊の方々、国民の方々に黙祷』

 

 ーーと事前に録音された鬼山元帥のテープが流れ、皆は一斉に黙祷を捧げる。

 

 この日は日本人ならば誰もが知っている『終戦記念日』……昭和天皇が玉音放送をなさった日だ。

 因みに日本は「長崎への二個目の原爆投下でポツダム宣言受諾を決めた」と言われるが、それは誤った認識である。

 真実は「昭和天皇実録」が公開されたことで明らかになっており、この実録によると"ソ連が参戦したことでこれを機に終戦を思し召されていた"とあった。

 この「昭和天皇実録」は宮内庁がまとめた公式記録であることから、日本人は終戦に至った理由を改めなくてはならない。

 

 話を戻し、終戦記念日といえば世界的に見てこの日を終戦記念日と言っているのは日本だけで、戦勝国のアメリカなどは9月2日を終戦記念日(戦勝記念日)としている。

 日本の降伏調印式は1945年9月2日、東京湾上に浮かぶアメリカ戦艦ミズーリで行われ、その状況はラジオの実況中継で全世界に流された。

 当時のアメリカ大統領トルーマンは、ラジオの実況中継後、全国民向けのラジオ放送で演説。

 その中で9月2日を正式にVJデー(Victory over Japan Day(対日戦勝記念日))とし、第二次世界大戦を勝利で終えたことを宣言したのである。

 したがってアメリカや他の戦勝国の第二次世界大戦の終了は1945年の9月2日ということになり、戦勝国の多くはこの日にパレードなどをする。

 

 9月3日にアジアのどこかの国が遅れてパレードをするが、それは世界的に『我々も戦勝国だ』とアピールしているに過ぎない。そもそもその時代にその国は世界にその名前すら無かったし、今は深海棲艦によって国自体が崩壊しているのだが……。

 

 そんなことは片隅に置き、この日は日本人にとってはなんとも言い難い日である。

 

 GHQ

 General Headquarters of the Supreme Commander for the Allied Powers

 日本語にして《連合国総司令部》によって日本は支配された。

 そこで連合国側はとあるプログラムを日本人へ試す。

 それがーー

 

 WGIP

 War Guilt Information Program

 

 ーー日本占領政策の一環として行われた「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」である。

 ポツダム宣言にて交わした約束事も連合国側は武力や経済という圧力を使って支配し、それによって日本人の心に何年経っても消えぬ爪痕を残した。

 深海棲艦や艦娘の登場、国防軍設立を経てその爪痕は徐々に徐々に薄くなりつつあるが、知れば知るほど()()の恐ろしさが分かるだろう。

 何しろ義務教育過程で真面目に勉強すればするほど自虐史観を植え付けられるのだから……。

 

 中には自虐史観ではなく、冷静に大東亜戦争のことを教えている教科書もあることにはあるが、そうした学校を探すのが難しい。

 しかし深海棲艦との戦時下である今の世の中では冷静に日本の歴史を教える学校は生き残り、自虐史観を教える教科書を使う学校は廃校になるところが多くなっている。

 

 戦争はいけないこと

 戦争をしてはならない

 

 これまで多くのマスメディアがこういったワードを伝えてきただろう。

 しかしその中にもGHQによる洗脳が混じっていることを日本人は知らなくてはならない。

 

 実際に戦場へ赴いた方々が語る映像や音源の多くには、確かに上の言葉を語っている方々がいる。

 しかしその言葉には続きがあることを知ってほしい。

 

 戦争はいけないこと

 しかし日本を守るために私は戦った

 

 戦争をしてはならない

 それでも家族や国を守るために志願した

 

 インターネットが普及したことで、そういった妙な編集をされていない貴重な音源や映像を誰もが簡単に知ることが出来る時代。

 そんな時代になったからこそ、日本人はもう一度大東亜戦争を初めから……寧ろそれよりも何年も前にさかのぼって国際情勢から知らなくてはならないのではないだろうか。

 皮肉にも今の時代は深海棲艦の侵攻によって本当の危機感が分かり、艦娘の登場によってその艦娘が大東亜戦争時はどのようにして奮闘し、英霊たちと今の日本を守ってくれたのか……などなど興味を引き、インターネットで調べることが出来る。

 日本人はもうただ言われたことを鵜呑みにするのではなく、国民一人ひとりが自分の目で見、自分の頭で考えて世の中の物事を取捨選択しなくてはならないのだ。

 

 ーーーーーー

 

 そんな中、興野提督率いる鎮守府の艦娘たちは埠頭での黙祷を終え、また次の任務へと向かう。

 静養日や休暇の者たちは各自いつものように気ままに過ごすが、その多くは地上波放送をこの日に限っては見ない。

 

 どうせ"靖国神社参拝問題"や"総理大臣の謝罪の言葉がない"などの意味不明なことしかやっていないのだから。

 

 そもそも靖国神社参拝に問題なんてない。

 なのに躍起になって騒ぎ立てるとある隣国たちを配慮して、無駄に騒ぎ立てるマスメディアが滑稽なのだ。

 何故、弁明も出来ぬ(生きていた時も弁明させず)英霊たちを今になっても責めるのか。

 何故、国のために命を落とした方々ではなく、他国に配慮しなくてはいけないのか。

 

 戦争中、日本軍もしてはいけないミスを犯したし、罰を受けるべくして受けた先人たちがいたのも事実。

 

 敢えて例をあげるならば、それは神風特攻隊だ。

 命令を受けて特攻していった多くの兵士たち。特攻隊自体に賛否両論があるにせよ、彼らの純粋に『日本を守りたい』という気持ちは誰も否定は出来ない。

 しかし特攻隊設立に携わった者たちまで『純粋』と言えるのか……妙に疑問に思えてならない。外道と分かっていながらも特攻作戦に携わった者たちは罰せられて当然に思う。

 ちゃぶ台返しをしてしまうが、旧軍が転けた原因は開戦する前に出口……つまりは終結点を決めずに開戦へ踏み切ってしまったからだ。その理由には世論を煽ったあるメディアのせいもあるが……。

 何にしても亡くなった英霊たちには心から感謝するが、そんな無理難題を押し付けたろくでもないお役所勢の罪は決して赦されることではない。

 

 多くの兵士たちは戦争へ人殺しをしに行くのではない、身を守るために人を殺すしかないのが戦争なのである。

 国がやると決めた以上、家族や大切な人を守るために兵士たちは大東亜戦争を戦ったのだ。

 

 戦争映画または戦争モノのゲームで、主人公やプレイヤーが戦場に降り立った時に物陰でただひたすら隠れていたり、ただただ突っ立っているなんてあるだろうか。

 そんな作品へ誰が好き好んでお金を払うのか……少なくとも興野提督やここの艦娘たちは払わないだろう。

 

 ーー

 

 艦娘たちが解散していく。

 しかしその目や表情に何一つ自虐史観の色はない。

 みんながみんな、艦時代の己とその乗組員たちに誇りを持っているからだ。

 そして深海棲艦に負けてはならない。

 みんなで今度は笑って終戦を迎えるのだから。

 

「よし、俺らも執務室に戻っか」

 

 提督は帽子を被り直し、隣に並ぶ阿賀野や能代たちに声をかける。

 阿賀野たちはそれに笑顔で頷くと、執務室へ向けて歩き出した。

 

「しっかし大切な黙祷とは言え、真夏に正装は辛いぜ」

 

 提督は苦笑いで愚痴をこぼし、上着のボタンを外して脱いだ上着を肩にかける。

 

「あはは、提督さんは長袖長ズボンだもんね〜」

「執務を再開する前にシャワーでも浴びて来た方がいいのでは?」

「能代姉ぇの言う通りね。ついでにパリッと着替えて来なさいよ」

「それまでにあたしたちが書類整理しとくよ〜♪」

 

 能代や矢矧の提案、そして酒匂の言葉に阿賀野も「そうそう」と頷いて見せると、提督は「んじゃ、お言葉に甘えるわ」と返した。

 

 すると提督は自身の視界の中にアイオワやサラトガといったアメリカ艦勢を見つける。

 アイオワ・サラトガ・イントレピッド・ガンビー・サムの五名は、普段帽子を被っている者はそれを脱ぎ、未だに水平線を真っ直ぐに見つめていた。

 当時は敵同士……しかも本気で戦った者同士。それが今では手を取り合う仲間なのだから、やはりこういう時は複雑なのだろう。

 ここの提督や艦娘たちには無いが、未だにアメリカ艦を受け入れられない提督がいたり、アメリカ艦に怯えたりする艦娘はいるのだ。

 

 アイオワたちは戦勝国として胸を張ってこれまでやってきた。しかし近年になって出てくる大東亜戦争時のアメリカ軍の非道さ、日本へ行った本土空襲や原爆投下による戦争犯罪を訴える声を聞き、その誇りに揺らぎを感じている。

 多くのアメリカ人はそんな訴えにも胸を張って「NO」と言えるだろう。

 しかし当時自分の意思を持たなかったアメリカ艦娘にとって、そういったことは客観的に見れるのだ。

 なのでみんな複雑なのである。

 

「おう、お前らは本当にこういう時湿気た面すんのな」

 

 提督はいつもの調子でアイオワたちへ声をかけると、みんなは苦笑いといった感じで笑顔を返した。

 

「もうあの戦争は終わったんだ。前を向けよ。現に日本人の多くは前を向いてるんだからな」

 

 と提督はアイオワたちへ力強く言う

 

「私たちもあの時のことを忘れた訳じゃないから、アイオワさんたちには複雑かもしれないけどね」

 

 と阿賀野は優しく笑う

 

「でも、区切りはついたんですから、提督が言われるように前を向きましょうよ」

 

 と能代は冷静に告げる

 

「永遠に忘れることなんて出来ない。でもだからっていつまでも立ち止まってはいられないもの」

 

 と矢矧は胸を張る

 

「艦娘になったからこそ、今度はみんなで世界を平和にしよ!」

 

 と酒匂はみんなへ手を差し伸べる

 

 そんな提督たちを見て、アイオワたちは同じことを思ったーー

 

 日本人は強く、気高い

 そんな日本人を相手にした自分たちが間違っていたのかもしれない

 

 ーーと。

 なのでアイオワたちは吹っ切れたように満面の笑みを浮かべた。

 日本人がこうも言っているのだ、ならば自分たちも本気で戦った当時の相手として胸を張るべきだと。

 

「必ず、ミーたちが力になるわ!」

 

 とドンと胸を叩くアイオワ

 

「今度は手を取り合って!」

 

 と微笑むサラトガ

 

「どんな敵でも倒して!」

 

 とニッコリするイントレピッド

 

「み、みんな一緒に!」

 

 とオドオドしながらも大声を出すガンビー

 

「世界の平和を取り戻そ〜!」

 

 と声を張り上げ、酒匂の手を握るサム

 

 こうしてその場にいる全員が『おぉ!』と声を揃えた。

 

「それで〜、平和な海になったらハニーは私と本国のチャペルで盛大なウェディングを開くのよ!♡」

 

 イントレピッドはそう叫ぶと、提督をその大きなイントレピッドマウンテンに埋める。

 

「ちょ、なんでそうなる!?」

「あら、じゃあジャパンでウェディング? 私はハニーと結ばれることが出来れば、国籍も形式も何も気にしないわよ?♡」

「そ、そういうのではなくてですねーー」

「慎太郎さんはもう阿賀野と結婚してますから! 離婚しませんし、出来ませんから! 日本は一夫多妻制じゃないですから!」

 

 阿賀野はイントレピッドへ力強く言葉を返しつつ、グイッと提督の首根っこを引っ張って今度は自分の阿賀野山に埋めた。その際、提督が「くぇっ!?」と妙な声をあげたが、誰も提督を救おうとはしない。戦うことは得意でも色恋沙汰の戦争には加担したくないのだ。

 

「もう、阿賀野は独占欲強過ぎるわ! たまには違う味も楽しませてあげなきゃ!」

「阿賀野は毎晩色んな味付けで慎太郎さんに味わってもらってるもん!」

 

 キャイキャイと激しく勃発してしまった日米正妻戦争。

 このままでは伊、英、仏のガチヤバ勢まで参戦するようなことに発展して世界大戦になりかねないので、

 

 スパーン! スパーン! スパーン!

 

「ふぅ……」

 

 頼もしい救世主(矢矧)エクスカリバー(ハリセン)でその戦争を強制的に終了させる。完全に提督はとばっちりであるが、これはもう仕方ない。

 

「じゃ、運びましょ」

 

 救世主の夏の空にも負けない爽やか笑顔を前に、能代たちもアイオワたちも苦笑いで頷き、それぞれ犠牲者を運んだ。

 イントレピッドは寮室へ、提督はシャワー室へ、阿賀野は執務室へと……。因みに提督は妖精たちがありの大群のようにして運んで行ったという。

 

 こうして鎮守府(世界)は平和になったーー。




オチはいつも通りですが、今回も真面目さメインの話にしました。
これで少しでも日本や大東亜戦争を知ろうとするきっかけになれば幸いです。

因みにこれは私の場合ですが、こういう良い悪いの区別が難しい事柄に関して、私は悪い証拠と良い証拠を見比べ、どっちの言い分が勝っているかで決めています。
今だからこそ明るめになった事柄もネットにはあるので、嘘と真実の言い分を見た上で自分で『これが正しいんじゃないか』と言うものを決めている次第です。

そう言っている筆者自身もまだまだ勉強中の身であります……^^;

読んで頂き本当にありがとうございました!


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8時だよ!

全員じゃなくて一部だけ集合!ってね。

いつもより少し長めとなりますが、ご了承ください。


 

 8月も後半に入った頃。

 泊地は台風一過で一段と暑かったが、湿度が無く、カラッとした暑さでいつもより心地良い天気だった。

 そんな日の夜、鎮守府では任務も夕食も終えたあとで、ちょっとした催し物が開かれている。

 

 満点の夜空の下、提督の号令で一部の艦娘たちが中庭に集合させられた。

 しかし辺りはただただ暗く、呼び出した提督の姿もない。

 集まったみんなは何事だろうと思った。

 

 すると、

 

 ピーンポーンパーンポーン♪

 

 鎮守府全体へ報せる放送の機械音が鳴り響く。

 

『よくぞ集まってくれた……』

 

 スピーカーから聞こえてくるのは提督の声。

 しかしその声は妙に低くて重苦しい上に、言葉遣いもいつもと違う。

 

『……諸君にはこれから、裏の丘へある物を取りに行ってもらう』

 

 提督の命令に誰もが小首を傾げた。

 

『丘のどこかに俺と阿賀野が大切にしている日本人形があるはずだ。それをこれから言われるグループに分かれ、1グループずつ行って探してくるのが今回の任務だ』

 

 説明を聞き、ざわめく艦娘たち。

 提督の放送はそれで切られ、今度は桐の木の裏から阿賀野・能代・矢矧・酒匂が白い装束姿で現れた。

 しかし四人の姿は思わず目を覆いたくなるような痛々しい姿。阿賀野たちの目は血走り、両腕からは赤い液体が袖に染み、そこからポタポタと滴り、胸から背中まで鉄の杭で串刺しにされている。

 阿賀野たちがゆっくりとみんなの前までやってくると、流石の艦娘たちも固唾を飲んだ。

 

「みんなこんばんは〜♪ これから肝試しするから、今から配る任務発令書に従ってね☆」

 

 しかし阿賀野のいつも通りの明るい声にみんなは違う意味で言葉を失った。

 横では能代たちが『あちゃー』といった感じに自身の片手で顔を覆って天を仰いでいるーー

 

 せっかく頑張って雰囲気作ったのに!

 

 ーーと。

 

 阿賀野の説明によると、この肝試しは提督がイベント委員会のみんなと内々に準備を進めていたものらしく、これから配る任務発令書に日本人形が隠されている箇所が書かれているらしい。

 それを発令書に書いてある人員で取りに行き、日本人形を持ち帰ってくれば任務達成となる。

 因みに阿賀野たちの姿は陸奥と秋雲による特殊メイクと明石が用意した超リアリティなジョークグッズで、目はカラコン。

 

 そして発令書にあったグループ分けはーー

 

 1班

 長門・伊勢・ガン子

 

 2班

 加賀・瑞鶴・葛城

 

 3班

 龍驤・秋津洲・テスト

 

 4班

 利根・熊野・妙高

 

 5班

 天龍・川内・木曾

 

 6班

 暁・リベ・マックス

 

 7班

 占守・対馬・大東

 

 8班

 イムヤ・ろーちゃん・ヒトミ

 

 ーー以上の通り。

 

 各グループには水筒、懐中電灯、万能ナイフが1つずつ支給され、1班から出立。

 道中や日本人形がある付近でイベント委員会やお手伝いの艦娘たちが脅かすために準備をしている……と、阿賀野たちが説明すると各員は頷き、説明された通り1班の長門たちから任務に向かう。

 

「長門さんたちが帰ってくるまで、みんなはお喋りしたり心の準備をしておいてね☆」

「虫刺されが気になる人は虫除けスプレーをつけておいてください」

「トイレへ行くなら今のうちに」

「色んな意味で怖いからね!」

 

 阿賀野たちの声に残った一同は返事をすると、それぞれ己の順番が来るのを待つのだった。

 

 ーーーーーー

 

 一方の長門たちは、

 

「肝試しと言われても、普段から慣れ親しんだこの丘では迫力にかけるな」

「それは仕方ないわよ。それより私たちのことを考えてくれる提督に感謝しましょ」

「私は楽しみだぞ! オカルトには全くもって興味ないが、敵は全員撃ち殺す!」

 

 和気藹々(?)と進んでいる。

 

 ーーーーーー

 

 そんな長門たちを、

 

「撃ち殺しちゃダメだろ!」

「で、でも長門さんたちが一緒だから大丈夫だよ」

「どんな感じになるのかな?」

 

 食堂では選ばれなかった艦娘たちが間宮たちのスイーツを食べながら、食堂に設置された大スクリーンで様子を見守っていた。

 各班に持たせた懐中電灯にカメラを仕掛け、それがスクリーンに映し出される仕掛け。しかも隠密機能に特化した飛鷹の航空隊が上空からも撮影しており、夕張がカメラの切り替えを絶妙に操作している。

 

 ーーーーーー

 

 所戻り長門たちはというと、道中は何もなく、既に日本人形を確保したところ。

 因みにガン子が持っていた拳銃(マカロフ)は長門がちゃんと没収した。

 

「日本人形……なのか?」

「ぬいぐるみよね、どう見ても」

「……可愛い♡」

 

 長門と伊勢が小首を傾げる中、ガン子だけはその愛らしいラッコのぬいぐるみを見て、すかさずギューッと抱きかかえて頬をほころばせる。

 

 カチッ

 

 しかしガン子が抱きしめた途端、ラッコのぬいぐるみから何やら機械的な音がした。

 すると、

 

『よくぞ日本人形を手に入れた』

 

 中に内蔵されている提督の音声テープが再生される。

 

『しかしこれをあと5分以内に持ち帰らないと、君たちの任務は失敗とみなす。繰り返すーー』

 

 それを聞き、長門たちは血の気が引いた。

 何故ならここから中庭までは走っても5分で着くか微妙な位置だったから。

 

「お、おい、急ぐぞ! 遊びとは言え、我々が任務を失敗すれば他の者たちへ……ロシア艦としての示しがつかん!」

「で、でも私たちの脚で間に合うの!?」

「言い争っている暇はないぞ! ガングート、伊勢、私に続け!」

 

 こうして長門たちは懸命に、己の脚が千切れんばかりに走った。

 

 ーーーーーー

 

 ドドドドドッ!

 

 長門たちが必死になって走ってくる姿を見て、中庭で待つ者たちは驚いた。

 そんなに怖かったのか……と。

 しかし長門たちの感想を聞く前に加賀たちはスタートさせられ、真相は聞けず終いだった。

 

「た、タイムは!? 間に合ったのか!?」

 

 加賀たちとすれ違うで阿賀野たちの元に戻った長門の第一声。

 しかし阿賀野は笑いを堪え、能代たちは苦笑いしていた。

 

「え、な、何? もしかしてダメだったの?」

「体感ではアルダリオ〇・イグナチェフ(ソ連の陸上選手)並みの速さだったはずだ!」

 

 すると伊勢、ガン子の言葉に一歩前に出た矢矧からーー

 

「そもそもタイムなんて無いのよ。お疲れ様」

 

 ーーなんとも恐ろしい言葉が発せられた。

 そう、これは提督たちが考えたトラップで、長門たちはまんまとその術中にハマってしまったのだ。

 しかし長門たちは怒りよりもこんな子ども騙しに引っ掛かった自分たちに思わず大笑いし、清々しい気持ちで肝試しを終えるのだった。

 

 因みにその様子を見ていた食堂でもみんな大笑いしていたそうな。

 

 ーーーーーー

 

「か、加賀しゃん、こわ、怖くないにょ?」

「そ、そうですよ! 長門しゃんたちだって、あんなに怖がってましたし!」

「怖かったにしても脅し方の問題でしょう。冷静に対処すれば良いだけのことです」

 

 加賀たちはおっかなびっくり進んでいる。

 加賀を先頭に置き、瑞鶴と葛城は加賀の背中に隠れ、加賀は相変わらず涼しい顔でズンズンと進んで行く。

 

「あ、ちょ、ちょっと待って!」

 

 すると葛城が叫んだ。

 二人して葛城へ目をやると、葛城はあわわとしながら進行方向から少し外れた場所を見つめたている。

 加賀たちもその方向へ目をやると、木の枝から丸い物体が吊るされていた。

 

「ひっ!! 生首!?」

「あぁ、これが人形ね」

 

 怯える瑞鶴を無視して加賀が懐中電灯でそれを照らす。

 すると加賀が言った通り、人形が吊るされていた。

 しかしこれも日本人形ではなく、フグのぬいぐるみだった。

 

「なぁんだ、フグか〜」

「フォルムだけだと生首に見えちゃいました……」

 

 やっとホッとする瑞鶴と葛城。

 加賀はそんな後輩二人をまだまだ精進が足りませんね……と母性あふれる笑みで見、そのぬいぐるみを確保。

 するとその奥に何やら人影を見つけた。

 

「こんばんは、皆さん」

 

 それは扶桑と山城。二人共お揃いの白い浴衣姿でにこやかに立っていたが、加賀は驚かせる気0なのかしらと小首を傾げる。

 

「ふ、扶桑さんたちは私たちを驚かせる役ですか?」

「こ、怖いことしないでください!」

 

 一方、怯える瑞鶴と葛城は捨てられた子犬のような眼差しで扶桑たちへお願いした。

 加賀はなんであなたたちはそんなに怯えているの……と、心の中でため息を吐いたがーー

 

「加賀さん、提督が狙われています」

「今提督を助けられるのはあんただけよ。提督が食べられる前に早く」

 

 ーーその言葉で加賀は愛する提督が襲われる恐怖と、提督を襲う不届き者への怒りに自身の腹の奥底から震えが来る。

 加賀は眼光鋭く体を翻すと、瞬く間にその場から姿を消した。

 そんな加賀の豹変に瑞鶴と葛城は、

 

「ちょ、加賀さん!?」

「置いてかないでくださ〜い!」

 

 その場で腰を抜かし、怖いところに置いていかれことを嘆く。

 結局、二人は扶桑と山城におんぶされて戻ったが、それを見る食堂の面々は二人の可愛さにほっこりしていた。実の姉である翔鶴・雲龍・天城は鼻から何やら赤い物をこぼれしていたという。

 

 ーーーーーー

 

 続いて出立したのは龍驤たちの3班。

 鬼の形相で戻ってきた加賀と腰を抜かして戻ってきた瑞鶴や葛城の姿を見、秋津洲とテストはかなり警戒している様子だ。

 

「んな心配せんでも怖ないて……そんな気ぃ張ってる方が余計怖なるで?」

 

 しかし頼もしい小さな姐御龍驤のお陰で二人は平常心を保ち、なんとか日本人形をゲットした。

 

「日本人形やのぅてクジラのぬいぐるみやん」

「日本人形って言った方が怖いからかも?」

「でもこうして見つかりましたし、あとは戻るだけですね!」

 

 すると何やら茂みの奥から馬鹿騒ぎが聞こえてくる。

 龍驤がその場所を懐中電灯で照らすと、

 

「お姉……驚かせる役をほっぽり出して何してるの?」

「ポ〜〜〜ラ〜〜〜?」

 

 イベント委員会の千代田とザラが同じ委員会の千歳とポーラを控えめに言って般若のような怖い顔で怒っていた。

 二人は龍驤たちが来るまで暇だったので、酒を飲んで待つことにし、その結果役目を忘れて酒盛りしていたようだ。

 

「ひゃ〜、ホラーよりも怖いよ、あれ!」

「あのお二人が怒ると怖いですからね」

「肝試し関係無くなっとるやん!」

 

 こうして龍驤たちはなんとも恐ろしい光景を見、足早に中庭へ帰っていくのだった。

 

 ーーーーーー

 

 次は利根たちの4班。

 途中でイヨや白露型姉妹総出でお馴染みのこんにゃく攻撃を受けつつ、サメのぬいぐるみを確保。

 あとは戻るだけだったのが、

 

「待て、何か仕掛けがあるかもしれぬ。ここは様子見じゃ」

「ですわね。提督の発案ですし、これで終わるなんてことはありませんわ!」

 

 利根と熊野の二人は先のみんなの反応で変に用心深くなってしまい、辺りをキョロキョロと見回すことに。

 しかしこれを読んでいた提督は敢えて何も仕掛けておらず、それを察していた妙高は二人の行動に笑いを堪えるのが大変だったという。

 勿論、食堂でもそんな利根と熊野の行動はみんなに大ウケだった。

 

 ーーーーーー

 

 続く5班は天龍たち。

 天龍たちは最初こそ余裕綽々だったが、

 

「なんでオレたちだけ本気なんだぁぁぁっ!」と天龍

「とにかく逃げるんだよぉぉぉっ!」と川内

「うわぁぁぁん、お姉ちゃぁぁぁん! だ〜ず〜げ〜で〜っ!」と木曾

 

 イルカのぬいぐるみをゲットしてからはめちゃくちゃ逃げ惑っていた。

 何故なら、

 

 槍をぶん回すジェ〇ソンマスクを被った龍田

 日本刀を片手に般若面を被った神通

 包丁逆手持ちでおぞましいマスクを被った北上

 

 といった特殊メイクや変装でガチガチの本気勢に追い回されていたから。

 しかも木曾に至っては姉たちに助けを求めるほど怖がっていて、北上はそんな木曾をマスクを被った上で笑い、それが木曾へ更なる恐怖を与えていた。何しろマスクのせいで笑い声が『ドゥバババ!』と聞こえていたから。

 一方で、そんな木曾を食堂のスクリーンで見る球磨・多摩・大井は『……可愛い♡』と胸キュンしていたという。

 

 ーーーーーー

 

 そしてやってきた6班。

 ここは暁やリベというちょっと心配な子たちがいるが、冷静沈着なマックスがいたので難なくクマノミのぬいぐるみを確保。

 しかしその帰りに、

 

「1枚……2枚……3枚……」

 

 薄気味悪く何かを数える鹿島に遭遇。

 これには流石にマックスも身構えたが、

 

「私の提督さんの下着これくしょんはどこぉぉぉ!?」

『変態だぁぁぁっ!』

 

 皿やら札を数えているのではなく、自身が大切にしている提督の下着これくしょんを数えていたので暁たちは違うベクトルの恐怖を感じて逃げ出した。

 因みに食堂では提督も恐怖で叫び、後に下着は香取の手によって返却されるも、阿賀野の手によって焼却処分されたという(鹿島にナニされているか分からなかったので)。

 

 ーーーーーー

 

 その次は7班でメンバーは占守たち。

 途中で口裂け女に変装した足柄に驚かされたが、何故か占守は待っている間に用意しておいたニンニクと銀の十字架(アークから借りた)を口裂け女へ得意げに見せた。

 占守本人は大真面目だったので、足柄はそんな占守に野暮なツッコミが出来ず、「うわー」と棒読みで撃退される演技をし、対馬と大東は揃って腹を抱えて笑い転げていたという。

 しかしちゃんとカメのぬいぐるみをゲットして任務を完遂した……が、対馬と大東は次の日に腹筋が筋肉痛になったとか。

 因みに食堂では国後が「それ吸血鬼に効くやつ!」と盛大にツッコミを入れており、それも相まってみんな大笑いしていた。

 

 ーーーーーー

 

 ラストは8班で潜水艦のイムヤたち。

 道中は何もなく、ライギョのぬいぐるみをゲットしたが、

 

「スピリットバ〇ン!」

 

 茂みで待機していたイヨがただのシーツを被ってどこかの闇決闘者が言い放つような言葉を叫んで脅かした。

 イムヤもろーちゃんも元ネタを知っているが故に『何故そこでバ〇ラ!?』と笑いそうになったが、

 

「いやぁぁぁぁぁっ!」

 

 ヒトミの左手が電光石火の如く火を吹き、その拳は見事イヨのボディにクリーンヒット。

 イヨはガクッと両膝を折った……が、それがいけなかったーー

 

「来ないでぇぇぇぇぇっ!」

 

 ーーイヨは前のめりに倒れたことで、ヒトミは更に襲ってきたと錯覚し、今度は右拳がイヨの顎を捉えたのだ。

 そのコンパクトながらも流れるような強打の連撃にイヨはシーツの中で『もう、姉貴を驚かすような、真似はしないよ』と、誓いながらその地へ身を預けたという。

 これをすぐ側で見ていたイムヤとろーちゃんはある意味の恐怖に震え、イヨに合掌しながら中庭へと戻った。

 因みにイヨは白露たちにドックへ搬送されたが、シーツ内の空気が奇跡的にクッションとなり、青あざが出来た程度で済んだという。

 

 ーーーーーー

 

 こうして肝試しは笑いと恐怖の内に無事(?)に閉幕し、最後は全員で中庭に集まって花火をして肝試し幕を閉じた。

 更に今回のイベントで、

 

「キソ〜、キソ〜……」とめそめそえぐえぐと子どものように泣きじゃくるキャラ崩壊した木曾

 

「クマ〜、姉ちゃんたちがいるクマ〜♡」と球磨

「にゃ〜、今日はみんなで寝るにゃ♡」と多摩

「大部屋確保したからね〜♪」と北上(元凶)

「お姉ちゃんたちが一晩中一緒にいてあげるわね♡」と大井

 

 球磨型姉妹がより姉妹愛を強めたそうな(単に怖がる木曾が可愛くて球磨たちはメロメロになっただけ)ーー。




8月も残り少ないので今回は肝試し(ちょっと違う怖さですが)をネタに書いてみました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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暑いから食おう!

※お知らせ
艦これ第二期開始にともない、本家艦これではこれまでの海域をまた攻略し直すことになってますが、本作ではそのことには触れないことにします。
ご了承お願い致します。


 

 8月ももう終わり目前。それでも夏の暑さはまだまだ衰えない。

 鎮守府では近々大本営から大規模作戦が発令されるとあって、資源集めに奔走している。

 そんな彼女たちを労うのと大規模作戦成功祈願で提督はイベント委員会のみんなと準備して、夕方からバーベキューをすることにした。

 

 中庭にバーベキューグリルや丸テーブルをあるだけ並べ、手の空いている艦娘たちに肉や野菜などの買い出しを頼み、あとは夕方になるのを待って入渠も全員済ませた後に提督がバーベキュー大会を宣言して今に至る。

 みんな楽しく笑顔あふれるバーベキュー大会になっているが、中にはわざわざ沖に出て魚を調達した者もいて、その者たちが獲ってきたマグロやらウニやらクルマエビやらと豪華な海の幸も並んでいた。

 そしてバーベキューといえど、今の鎮守府は国際色が強くなったことで各テーブルにお国柄が見えている。

 

 ードイツ艦娘たちが仕切るテーブルー

 

「ドイツのバーベキューは肉のみを焼くのよ!」

「お野菜が食べたい方は他のテーブルに行ってくださいね〜♪」

 

 ビスマルクとプリンツの二人はレーベやマックスと色んなソーセージやらいろんなブロック肉を豪快に焼いていく。

 

「どうしてドイツのバーベキューはお肉しか焼かないの?」

 

 そこへ藤波が最もな疑問を側にいたグラーフにぶつけた。

 

「そうだな……ドイツにはバーベキューで肉以外を焼くという概念がないからだろうな。ホームパーティのバーベキューで野菜などを持ってきてもそれは邪道だと言われるくらいだ」

「とても体に悪そう……」

 

 浜波が苦笑いでそう言うと、その隣にいた夕雲が「外国のお食事はみんなそんな感じよね」と返すと、他の姉妹たちもうんうんと納得する。

 

「まぁ、体云々ではなくその場の雰囲気を楽しむのがバーベキューだからな。それより焼けたから食べろ。色んなソースで食べるのがドイツ流でそのお供はドイツビールだ」

 

 こうしてグラーフに言われるがまま夕雲たちはドイツ流バーベキューを楽しみ、ビスマルクが持ってきたドイツビールを味わうのだった。

 

 ーイタリア艦娘たちが仕切るテーブルー

 

「今お肉を焼いてるから、みんなは前菜とワインを楽しみながら待っててくださいね♪」

「ワインはポーラの秘蔵ワインを全部用意してますから、好きな物を飲んでください♪」

 

 アクィラとザラの言葉にそのテーブルに集まる者たちは笑顔で生ハムやサラミ、チーズといった前菜とワインを楽しんでいる。

 ザラの足元にポーラが泣きべそで転がっているが、こうした姉妹のやり取りももう日常茶飯事だ。

 

「イタリア流のバーベキュー、好き……!」

「塩コショウに加えてローズマリーを加えたシンプルな味付けがいいよね」

 

 若葉と初霜がそう言っている横では初春と子日がワインを飲みながらうんうんと頷いている。

 

「イタリア流のバーベキューはお肉を塊のまま焼いて、レアで食べるのが主流だよ♪」

「そしてデザートもあるからね!」

「今回は私と姉さんが用意したスフォリアテッレよ」

 

 ローマの言葉に初春たちや他の面々も小首を傾げると、

 

「スフォリアテッレってのは貝みたいな形をしたパイ状のドルチェで、セモリナ粉を使った生地の中にリコッタチーズクリームやカスタードクリームを入れた物だよ!」

「今回の中味はヘーゼルナッツチョコクリームにしたわ♪」

 

 リベとイタリアが説明と補足をすると、みんな目をキラキラと輝かせた。

 そしてみんなイタリア流バーベキューを心から堪能させてもらうのだった。

 

 ーイギリス艦娘たちが仕切るテーブルー

 

「イギリスのバーベキューって日本のバーベキューと似てるね」

「我々の国ではベジタリアンの方もいるからな。王道の肉は焼くが、ベジタリアンの方向けの物も焼くのがイギリス式だ」

 

 大和の言葉にアークがそう返すと、

 

「なんか親近感が湧くわね……」

「流石日英同盟ね!」

 

 矢矧の言葉にジャーヴィスがそんなことを言う。

 やはり似ているとなんか嬉しくなるのだろう。

 

「コールスローサラダも美味しい♪」

「串焼きとよく合う♪」

 

 なので吹雪や白雪といった駆逐艦たちにも好評で、みんなで仲良くほのぼのとしたバーベキューを楽しんだ。

 

 ーアメリカ艦娘が仕切るテーブルー

 

「バーベキューといえばアメリカ!」

「この日のためにブリスケットとリブをブロックで用意したわ!」

 

 アイオワとイントレピッドは豪快に牛のリブやブリスケットを焼いていく。

 リブはスペアリブでお馴染みの肋骨周辺の肉で、ブリスケットは主に牛の肩バラ肉のこと。どれもフィレなどに比べて安く手に入るため、アメリカではこういった脂の少ない赤身肉が主流なのだ。

 地域によってメインはことなるが、今アイオワたちが焼いているブリスケットやリブの他にも、ターキーやラムも続々と焼かれている。

 

「それっぽく言えばなんでもかっこよく聞こえるわよね。例えば……食らえ! 必殺『鶏肉100グラム69円!』ってな具合で」

「安っ……て、なんもかっこよくないわ!」

 

 そんなお肉たちを前に不知火と黒潮は妙な漫才じみた会話をしていた。

 

「じゃあ……秘技『バーベキューソース&マヨネーズ最強コンボ!』ってのは?」

 

 そこにサムまでもが参戦し、かなりカオスとなるが黒潮や谷風がちゃんとボケを拾って絶妙なツッコミを返すので、このテーブルは爆笑必至なバーベキューとなっているのだった。

 

 ーフランス艦娘が仕切るテーブルー

 

「フランスのバーベキューといえばメルゲーズとアンドゥイエットよね」

「ですです♪ フランスのバーベキューはみんな大好きな『手抜き料理』ってことですから♪」

 

 リシュリューとテストが仕切るこのテーブルは、フレンチとは思えない手抜きっぷり。

 日本では近年フレンチバーベキューなんて小洒落たバーベキューをする人々もいるが、当のフランス人たちのバーベキューは肉オンリーのまさに手抜きバーベキュー。

付け合せも箸休め程度のトマトやキュウリを使った簡単なサラダに、肉を焼いている脇でホイル焼きにしたジャガイモくらい。

そして飲み物はロゼワインが一般的。

 

「おフランスなのに実際は豪快なんだな」

「でも異文化を知れて楽しいわね♪」

 

 このテーブルにいる松風が意外そうにつぶやいていると朝風は楽しげに言葉を返す。

 

「えっと……メルゲーズとアンドゥトロワ、だっけ?」

「神風姉様、アンドゥイエットですわ」

「見たところソーセージみたいですね」

 

 神風・春風・旗風は聞き慣れないフランスの食材に興味津々。

 

「メルゲーズは辛めのスパイシーなソーセージね。それでアンドゥイエットは豚の内臓で作るソーセージ。こっちはちょっとクセがあるから苦手な人もいるわね」

 

 リシュリューが優しく説明すると、食べ物に物怖じしない朝風が早速一口もらう。

 

「………………」

 

 そんな朝風にテストが「どうですか?」と訊ねると、

 

「私は好き! でも春風と旗風は苦手な部類かも」

 

 ちゃんと姉妹たちにも伝わるように感想を伝えた。

 しかし春風と旗風もせっかくの機会だからと一口だけもらった……が、やはり朝風が言ったようにダメだったらしく、水で流し込んでいたという。

 

 ーロシア艦娘が仕切るテーブルー

 

「ロシアのバーベキューといえばシャシリクだ! 他は酒以外何も要らぬ!」

「野菜とかほしいって人は他のテーブルで食べてね〜」

 

 ガン子たちのテーブルはシャシリクというロシアのバーベキューでは定番の串焼きが振る舞われていた。

 シャシリクは豚肩ロース肉を2cmほどの角切りにし、皿に並べ、玉ねぎスライス、オリーズオイル、白ワイン、粗挽き黒コショウ、ワインビネガーを入れ、よく混ぜて一時間ほど漬け込んでから肉だけを串に刺して遠火でじっくりと焼いた物。

 

「うわぁ、ジューシーで美味しいわ!」

「他のところで焼いたお野菜と食べると、もっと美味しいのです!」

 

 ここでは暁や電がシャシリクの美味しさに頬をほころばせており、

 

「響姉、ビールのお代わりいる?」

「はぐはぐ……ほしいな」

 

 あの響もシャシリクに夢中。いつも通りなのは雷くらい。しかし雷もシャシリクの味に満足しており、既にガン子からレシピを教えてもらっている。

 

「ロシアのバーベキューはシャシリクを焼くことに意味があるからな。バーベキュー=シャシリクだ」

「バーベキューじゃなくてシャシリクパーティって言われてるくらいだしね」

 

 ガン子とタシュケントがロシアのバーベキュー事情を話すと、暁たちだけでなく他の面々も興味深く聞き入り、貴重な他文化を知るテーブルになっていた。

 

 ー提督が仕切るテーブルー

 

「焼き鳥各種出来たぞ〜! 焼きトウモロコシも食い頃だ!」

 

 一方、提督が仕切るテーブルには相変わらず多くの艦娘たちが集まっている。

 ここは日本のバーベキューらしくなんでもござれで、提督お手製料理が堪能出来るからこそ多くの艦娘たちがその味を堪能しにきていた。LOVE勢やガチ勢はただ提督のエプロン姿を見ているだけでご飯が進んでいる模様。

 

「提督、焼くの代わりましょうか? 提督も食べてください」

 

 そこへ能代が交代を申し出るが、提督よりも先に阿賀野が「平気だよ」と返した。

 能代はどうしてと小首を傾げたがーー

 

「はい、提督さん♡ あーん♡」と由良

「もぐもぐ」

 

「提督〜、私からも〜♡ あーん♡」と陸奥

「もぐもぐもぐもぐ」

 

「提督、赤城さんに食べられてしまわない内に♡ あーん♡」と加賀

「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ」

 

 ーーみんなから問答無用であーんをされているので、食べながら焼いている状態。

 それに加えてーー

 

「司令官さん、お水どうぞ♡」と羽黒

「ゴクゴク……サンキュー」

 

「提督、汗をお拭きしますね♡」と筑摩

「おぉ、あんがと」

 

「提督、こちらのお肉はお皿に移しますね♡」と榛名

「ありがとうありがとう」

 

 ーー榛名たちによる絶妙なアシストもあり、至れり尽くせりなのである。

 

「ね?」

「……確かにこれなら交代しなくても大丈夫そう」

 

 しかし能代はここで「あれ?」とまた小首を傾げた。

 何故なら阿賀野が全く怒ってないからだ。いつもの阿賀野ならば嫉妬の炎が燃え上がるはずなのに……。

 

 すると提督が「阿賀野〜」と妻を呼んだ。

 そして阿賀野が提督のすぐ側まで行くとーー

 

「は〜い、ちゅ〜っ♡」

「最高!」

 

 ーー夫婦は平然とキスをした。

 これは提督が阿賀野の嫉妬によって自身の脇腹が大破しないようにと考えた愛の補給法……つまり定期的に阿賀野とキスすることで妻を構っているのだ。

 阿賀野もみんなの前でキス出来てまさにwin-winであるため、それを見た能代は『相変わらずねぇ』と苦笑い。

 そんなキスシーンを見せつけられているガチ勢が暴走しないのはーー

 

「はい、皆さん。提督とキスしているコラ写真が欲しい方はこちらにご署名を」

「なので暴動はご法度ですよ〜。暴れたら提督接近禁止命令半年となります〜」

「青葉の特殊加工技術で加工致します!」

 

 ーー高雄と妙高が青葉を味方に引き入れて、鎮圧していたから。因みに提督と阿賀野の了承は得ている。

 

 そんなこんなで艦娘たちはバーベキューを楽しんで、英気を養うのであったーー。




夏といえばバーベキュー!ってことで、バーベキュー回にしました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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提督が好き過ぎて箸が進まない

 

 泊地は9月を迎えたものの、まだまだ残暑で暑い日々が続いている。

 その中で鎮守府に身を置く興野提督率いる艦娘たちは、近々発令される初秋の大規模作戦に備え、今日も資材集めに精を出す。

 

 しかし艦娘たちは鎮守府へ戻れば、いつものようにまったりと束の間の休息を取っていた。

 

「あぁ、提督さんが好き過ぎて生きるのが辛い……」

 

 昼下がりでおやつ休憩として食堂へやってきた長良型姉妹の面々。

 中でも由良は相変わらずで、せっかく頼んだプリンアラモードに手を付けずに愛する提督へ想いを馳せ、自身のケッコン指輪を撫でたり、指輪にキスをしている。

 

「ケッコンカッコカリしてるくせによく言うよ。鬼怒なんてまだ指輪すら貰ってないのに……」

 

 そんな由良へLOVE勢の鬼怒は文句を言うが、そこは阿武隈が「まあまあ、鬼怒お姉ちゃん」とすかさずなだめに入った。

 

「由良はもう少し五十鈴を見倣ってほしいよ、お姉ちゃんとしては」

「まぁ、落ち着いてる由良ちゃんってのも、もう想像出来ないけどね……」

 

 長良の言葉に名取が苦笑いを浮かべて言うと、長良だけでなく姉妹みんなして『確かに』と頷いていしまう。

 

 そもそも由良がここまで提督へ愛を募らせる理由は、一重に提督がそれだけ愛情深く由良を育て、水雷戦隊の要として指輪を贈ったから。

 由良としてはただただ自分がこれまで貰ってきた提督からの愛を自分なりにお返ししているだけなのだ。

 ただ周りや姉妹たちからすれば、その由良の愛がとても重いという……。

 

「はぁ……どうして提督さんは由良の愛を拒むのかしら。阿賀野ちゃんとは毎晩することしてるくせにぃ」

「流石に毎晩はしてないと思うわよ。それと提督の場合は阿賀野に美味しく頂かれちゃってる方だから」

 

 由良のぼやきに五十鈴が冷静にツッコミを入れると、由良はムッとして五十鈴を睨んだ。

 

「五十鈴姉さんってさ、提督さんのこといつも"よく知ってます"みたいに言うわよね」

「あんたよりは提督との付き合いは長いからね。阿賀野からだって今もよく色んなこと相談されるし」

 

 五十鈴がさらりと言葉を返すと、由良は何も言い返せなくなったのでやっとプリンアラモードへスプーンを伸ばす。

 

「五十鈴姉っていつもクールだよね」

 

 鬼怒が感心して言うと、五十鈴は「そうかしら?」と小首を傾げてアイスコーヒーを飲む。

 

「あたしから見てもクールだと思うな。由良お姉ちゃんみたいに指輪貰ってるのに、五十鈴お姉ちゃんの場合は提督といい上官と部下の関係だし」

 

 続いて阿武隈がそう言うと、長良も名取も同意するように頷いた。

 

「まぁ、私は阿賀野と上手くやっていく提督を見るのが好きだからね。由良みたいに困らせるような真似はしたくないのよ」

「すみませんね! 困らせてばっかで! でも由良の愛は止められませんから!」

「別に止めろとは言ってないわよ。ただ、あんたのは行き過ぎてるって言ってるの。提督はもう阿賀野と正式に結婚してるんだから、もう少し考えて行動しなさいな」

 

 高雄とかいいお手本じゃない……と五十鈴は付け加えるが、由良はキッパリと「無理!」とそっぽを向く。

 すると五十鈴はこのまま話していても埒が明かないので、「はいはい」と苦笑いを浮かべて受け流すのだった。

 五十鈴たちの話が一通り終わったところで、

 

『はぁ……』

 

 隣のテーブルに香取と鹿島の姉妹がやってくる。

 姉妹揃って抹茶と羊羹のセットが乗ったお盆を持っているが、二人の顔色は悪い。

 

「あ、あの……二人共どうしたんですか?」

 

 そんな香取を心配して名取は声をかけた。

 するとーー

 

鹿島(この子)のことでちょっとね……」

「提督さんが好き過ぎて生きるのが辛いの……」

 

 ーー姉妹は声を揃えて別々の言葉を放ち、鹿島の言葉には由良を除く長良型姉妹の面々は香取に同情の眼差しを送る。一方で由良に至っては鹿島の言葉に「分かるわ」と共感していた。

 

「ほら、この子がまたやらかしたのを皆さんもご存知でしょう? なのにこの子ったら……」

「提督さんの下着これくしょんがぁぁぁ……」

 

 眉間を軽く押さえる香取の真正面では、鹿島が相変わらずの危険ワードをぼやきながらガチ勢特有の悲しみに打ちひしがれている。

 

 鹿島はこの前の肝試しの際、自身が大切にしてきた提督の下着これくしょんを自ら暴露した結果、没収された挙げ句に焼却処分されたばかり。

 

「自業自得じゃないの。というか、あんなことして何もお咎め無しの方を喜ぶべきじゃない?」

「そうなんですよ。自業自得以外の何ものでもないというのに、この子ったら全く反省していないくて……」

 

 五十鈴の言葉に香取はそう言葉を返しながらまた大きなため息を吐く。

 

「鹿島さんもガチ勢だもんね……」

「指輪貰ってなくてもこうだもんねぇ」

 

 阿武隈や鬼怒が苦笑いをこぼす中、相変わらず鹿島は大きなため息を吐きながらテーブルに顔を突っ伏していた。

 

 鹿島が提督にぞっこんの理由……それは鹿島が練習巡洋艦として一部の提督たちから軽視されていたのを、胸を張れと提督が背中を支えてくれたというエピソードがあるから。

 鹿島だけでなく香取も同じ理由で提督LOVEなのだが、鹿島の提督に対する愛はガチであり、その行動も突拍子のない行動なので姉としてはいつも悩みの種なのだ。

 

「お互い面倒くさい妹を持ったね。同情するよ」

「愚痴ならいつでも聞くわよ」

 

 長良と五十鈴が香取へ優しく声をかけると、香取は弱々しくも笑顔で「どうも」と返す。

 

「何よ何よ、香取姉ばっかり優しくされてぇ」

「あはは、鹿島さんはやっぱり自業自得なんじゃないかな?」

 

 むくれる鹿島に名取はそう言うが、

 

「由良は鹿島さんの味方よ! だって由良たちは提督さんに愛を伝えているのに応えてもらえない"提督LOVE難民"なんだもの!」

 

 由良がガタッと席を立つ。

 

「由良さん……!」

 

 鹿島も同じくガタッと席を立つと、

 

「鹿島さん……!」

 

 二人は互いに抱き合い、美しい(?)友情を見せつけた。

 しかし、

 

「本音のとこは?」

 

 五十鈴がボソッと問い掛けるとーー

 

「最後に提督さんをゲットするのは由良よ!」

「最後に提督さんをゲットするのは鹿島です!」

 

 ーー早速その友情は決裂する。

 

「何を食堂で堂々と叫んでるのよ、あなたたちは……」

 

 そこへ休憩で矢矧がアイスミルクティーの入ったティーカップを持ってやってきた。

 

「あら、今日は一人?」

「えぇ、夫婦は執務室に放置してきたわ」

 

 五十鈴の問いに矢矧が肩をすくめて返すと、ガチ勢を除く面々は苦笑いする。

 要するに矢矧は夫婦のイチャイチャを見るのが堪えられないで逃げてきたのだ。因みに今能代と酒匂は訓練でいない。

 

「夫婦だけにして大丈夫?」

「問題ないわ。二人共おっ始めたらどうなるか分かってるもの」

 

 矢矧はフフンと得意げに鼻を鳴らすが、

 

「由良も提督さんに食べられたい……それも激しく!♡」

「鹿島はちょっといじめられながらがいいなぁ……言葉攻めとか♡」

 

 ガチ勢の二人は早速妄想ワールドに突入。

 

「相変わらずね……由良も鹿島さんも」

 

 苦笑いで矢矧がつぶやくと、香取や長良たちは苦笑いを返す。

 

「好きって気持ちは止めなくてもいいけど、阿賀野姉ぇの幸せを奪うような真似は勘弁してよね」

「大丈夫! 阿賀野ちゃんだけが堪能してる幸せを少しだけつまみ食いする程度だから! 先っぽだけよ!」

「そうそう! 阿賀野さんは鹿島や他の皆さんに提督さんをほんの少し貸してくれるだけでいいんです!」

「それが法律的に問題だから言ってるのよ……」

 

 その自信は何処から来るのか分からぬ矢矧。

 しかしそれは考えても分かるはずもないため、矢矧は適当に流して長良たちや香取とほんわかお茶会で雑談を楽しむのだった。

 

 ーーーーーー

 

 その頃、執務室ではーー

 

「ほらほら、司令官、阿賀野さん見て見て! 神風ちゃんとお揃いなんだ!」

「ちょっと恥ずかしいけど、やってみました♪」

「どうだぴょん?」

 

 ーー清霜・五月雨・卯月の三人が神風と同じようにバックに大きなリボンをして見せにやってきている。

 当の神風はちょっと恥ずかしそうにしているが、みんな喜んで真似をしてくれているのでとても嬉しそう。

 

「ほぉ、みんなよく似合ってんじゃねぇか」

「うん、みんな可愛いよ♪」

 

 夫婦に褒められ、三人は揃って『えへへ〜♪』と満開の笑顔の花を咲かせる。

 

「あのねあのね、最近髪が長い駆逐艦の間で誰かの髪型の真似っ子をするのが流行ってるんだよ!」

「昨日は夕雲ちゃんの髪型を真似して、その前は磯波ちゃんの髪型を真似してたんです!」

「これが証拠の写真だぴょん!」

 

 卯月が自分のスマホ画面を夫婦に見せると、確かに今清霜と五月雨が言ったようにみんなでそれぞれの髪型を真似て撮った写真画面が映し出されていた。

 

「へぇ、楽しそうでいいなぁ」

「司令官も誰かの真似っ子してみる?」

「いや、俺は遠慮しとく。そもそもこういうのは美少女がやってこそいいものだ」

「さらっとうーちゃんたちを褒めたぴょん! 流石たらし司令官だぴょん!」

「別にたらしこんではいねぇだろうが」

「でもでも、提督に美少女って言われると嬉しいです!」

「わ、私も嬉しいわよ、司令官!」

 

 ワイワイキャッキャと駆逐艦たちと戯れる提督。

 そんな提督を阿賀野は横でニコニコと眺め、まるで自分の夫と娘が和気あいあいとしているように見えていた。

 

(いつか慎太郎さんと私の間に赤ちゃんが出来たら……こんな風に過ごしたいなぁ♪)

 

 阿賀野はそう頭の中で思ったが、

 

(あ……でも慎太郎さんを娘に取られちゃうのはちょっと複雑かも)

 

 なんてちょっと難しい顔をする。

 

「阿賀野さんは何を悩んでるんだろう?」

「ホントだ。さっきまでニコニコしてたのに……」

「私たちが司令官を取っちゃったからかな?」

「なら返してあげるぴょん!」

 

 卯月はそう言うとみんなを提督から少し離し、提督を阿賀野の方へ突き飛ばした。

 思いの外勢い良く突き飛ばされたので、提督は「ふぁっ!?」と妙な悲鳴をあげながら阿賀野を押し倒すようにソファーへ倒れ込んだ。

 

「きゃあ、もう提督さん♡ みんながいる前なのにぃ♡」

「いやぁ、これはうーちゃんの仕業でして……」

「ふふ、知ってま〜す♡ でも提督さんにギューッてされて嬉しいな♡」

 

 夫婦は相変わらずラブラブであるが、このあとすぐに戻ってきた矢矧に『駆逐艦の子たちの前で何してるの!』と提督がハリセンでしばかれそうになり、卯月たちが必死に助けた。

 

 こうして鎮守府は今日も穏やかに時が刻まれたーー。




今回は日常ほのぼの回にしました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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愛を持って何が悪い

一部アンチ・ヘイトが含まれます。


 

 9月に入って10日間以上が過ぎ、泊地にも少しずつ秋らしい景色が見えてきた。

 興野提督率いる鎮守府の裏にある丘では群生しているコスモスやハギがこぞって咲き乱れ、艦娘たちに秋の訪れを教えてくれている。

 

 そんな中、提督たちは先日より発令された大規模作戦『抜錨! 連合艦隊、西へ!』の前段作戦を遂行中。

 しかし味方を失うことの無いよう、提督は無理な進軍はしないように心掛けている。

 提督は艦隊に中破者が出れば無理はせずに撤退する。ダメコンを積んでいたりする場合には中破していても進軍することもあるが、基本的には撤退が最優先。

 そのため攻略の歩みは自然と遅くなる……そもそも敵の強さも前と比べると格段に上がっているため、攻略までの道程は険しい。そもそも簡単な戦争なんてものはないのだから……。

 

 そんな中、今日は鎮守府にデモ隊が戦争反対を訴えにやってきた。

 ここの鎮守府には月に一度程やってきては戦争反対を訴えてくる。

 提督や艦娘たちだって戦争反対には賛成だ。

 しかし攻めてくる相手に何も抵抗せずにいては国が……国民の誰かが死んでしまう。

 そうならないために提督たちや艦娘たちが戦っているのだ。

 

 なのにデモ隊の幹部たちにはそれが分からない。

 仮に国防軍が何も抵抗せずに敵の攻撃を見過ごせば、彼れは『何故軍のくせに国民を守らないんだ!』なんてこれまでの主張を自分たちでセルフ論破するような文句を垂れるだろう。

 だからこそ彼らは多くの国民たちから白い目で見られるのだ。

 

 ーーーーーー

 

 デモ隊が去って昼時を迎えた鎮守府。

 今日みたいに暑い日はデモ隊も熱中症対策で早めに切り上げる。

 軍や艦娘は熱中症対策はしていても作戦行動を続行しているのに……。

 結局のところ、()()()()()()()()で命を張ろうとする者なんていないということなのだ。

 世界を見れば己の命を削り、中は犠牲にしてまでデモ活動をする者もいるというのに……。

 

「さぁて、俺らも一旦飯にするか」

 

 デモ隊が帰ったのを執務室の窓から確認した提督は、うんと伸びをして阿賀野たちに声をかける。

 

「そうしよ。他のみんなも今は作戦を中断してお昼休憩に入ってるもん」

 

 阿賀野がそう言って夫の言葉に賛成する横で、能代や矢矧、酒匂も笑顔で頷き、作業している手を止めた。

 

「あ、悪ぃ。俺ちょっと中央鎮守府に報告することがあったわ。四人は先に行って席取っといてくれ。遅けりゃ先に食っててくれ」

 

 提督の言葉に阿賀野は「なら阿賀野も……」と提督に付き添おうと申し出るが、提督は笑顔でやんわりと妻の申し出を断ってひとりのそのそと伝令室へと向かっていく。

 

「提督さんに振られた〜」

「別に振られてないでしょ」

 

 ガックリと項垂れる阿賀野に矢矧は苦笑いで肩を叩く。

 

「簡単な報告だから付き添いはいらなかったんでしょ」

「それよりあたしたちは席を確保しに行こうよ!」

 

 能代、酒匂と阿賀野に声をかけると、阿賀野は「は〜い」と返して妹たちと共に食堂へと向かった。

 

 ーーーーーー

 

 阿賀野たちが食堂の中に入ると、今日は妙に席が空いていることに疑問を抱く。

 しかし阿賀野たちの前にいた陽炎や白露、朝潮などの大所帯である駆逐艦ネームシップたちが間宮たちに注文しておいたお弁当を受け取っていたので、阿賀野たちは揃って『なるほど』と合点がいった。

 

 今日は気温は高いが秋晴れに恵まれ、比較的カラッとした天候。なので多くは中庭や裏の丘でピクニック気分でお弁当を広げるようだ。

 

「みんな気持ちのいいお天気だから、お外で食べるんだね」

 

 取り敢えず空いているテーブルに座った阿賀野がみんなを見てそう言うと、能代たちも『そうだね』と言うように頷いてみせる。

 

「食堂に来る前に中庭を通ったら、結構お弁当広げてる子たちもいたものね」

「中庭があれなら、裏の丘には結構行ってる人が多そうね」

「今日デモ隊が来てたから、みんな気分転換したいのかもしれないね」

 

 能代・矢矧・酒匂とそんなことを話していると、

 

「悲しむ奴がいないならそれでいい」

 

 提督がやってきた。その後ろには大淀と扶桑姉妹も一緒だ。

 阿賀野たちと大淀たちが挨拶を交わすと、そのままの流れでこのメンバーで昼食を過ごすことになった。

 

 ーー

 

「んじゃ、みんな揃ってるな? いただきます!」

『いただきます!』

 

 提督の声にみんな声を揃えていただきますをし、穏やかな昼食が幕を開ける。

 因みに今日の昼食はお弁当を頼む者が多いため一種のみ。献立は里芋やしいたけ、しめじ、まいたけがふんだんに入ったけんちん汁に、昆布出汁で煮付けたサンマの煮物、オクラといんげんの和え物、そしてメインのご飯の横にご飯へかける用にしらすの入った小鉢が置かれている和食メニューだ。

 

「しらすを見ると提督のしらす丼が食べたくなりますね」

「はい、私も同じことを考えてました。山城も提督のしらす丼はお気に入りよね?」

「え、ま、まぁ、嫌いじゃないですよ」

 

 いきなり話を振ってきた扶桑に山城は少し戸惑いながらも素直に頷く。しかしその頬は若干桜色に染まり、本人を前に美味しかったというのはちょっと恥ずかしかった様子だ。

 

「なら今度の丼メニューはしらすにしてやろうか? やましろんが喜んでくれるみたいだから」

「それだと楽しみが半減するのでひと工夫ふた工夫してくださいね。それとメガ〇ロンみたいに言うな」

 

 提督の言葉に山城はいつものように冷静に返した上でツッコミを入れる。

 山城は着任当初こそ提督を毛嫌いしていたが、艦隊に所属する戦艦の中で一番頼りにされていると自負しているので良い上官と部下の関係を築いており、仲は良好。

 

「ふふふ、やましろんってあだ名、私はいいと思うわよ? 私は"ふっそ"だもの」

「私のあだ名は"おおよどん"ですね。なんかの恐竜の名前か丼の名前みたいになってます」

 

 扶桑と大淀がそんなことを言うと、山城は「提督、姉様のあだ名がふっそってどういうことですか?」と詰め寄った。

 

「いやぁ、ふーちゃんにしてはちょっと可愛過ぎちまうからふっそなら親しみやすいかと……」

「……提督だから許しますが、もう少しまともなあだ名にしてくださいよ」

 

 肩をすくめる山城に提督は「あーい」と返事すると、山城は「仕方ない人」と言いながらも柔らかく微笑む。

 これが提督と山城が築いてきた絆なのだ。

 

「でも確かに提督はあだ名で呼ぶことが多いですよね。阿賀野姉ぇだって最初の頃は"あがのん"って呼んでましたし……」

「うんうん! あたしたちのことも"さかわん"とか"やはぎん"とか"のしろん"って言うもんね!」

 

 能代と酒匂が思ったことを口にすると、提督は「あだ名の方が親しみやすいじゃん?」と返したので、その場にいるみんなが『提督らしい』と笑うのだった。

 

 ーー

 

 それぞれ昼食を終えて食休みに入ると、

 

「そういえば、今日のデモ隊も相変わらずでしたね」

 

 大淀が茶をすすりながらデモ隊の話題を振る。

 

「確かにね。慣れてきちゃってる自分も怖いけど、何度聞いても不思議な主張なのよね」

「そもそも、私たちじゃなくて攻めてくる深海棲艦に言えばいいのに、っていつも思うわ」

 

 扶桑、山城とデモ隊へ苦言を述べると、阿賀野たちも苦笑いで『確かに』と頷いた。

 

「まぁ放っておけばいい話だろ。昔みたいに過激なデモなんて出来ねぇようになってるし、したら即法律違反でしょっ引かれるからな。そもそも守ってる側に守られてる側が戦うなってのがおかしい話なんだ」

「ボディガードを雇ったのにそのボディガードに守らないでって言ってるのと同じだもんね」

 

 夫婦の意見にみんなはうんうんと頷いていると、

 

「私はデモ隊を見ると、初めて街で戦争反対派の人に怒鳴られたことを思い出すわ」

 

 山城がふとそんなことをこぼす。

 すると提督は「あ、悪ぃ、トイレ」と何やらそそくさとその話題から逃げるようにトイレへ向かった。

 阿賀野は勿論、他の面々も小首を傾げる中、山城だけは小さく笑って提督の背中を見送る。

 そして提督が完全にトイレの中へ姿を消してから、山城は「それでねーー」とあの当時のことを語り始めた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 それはまだ私が鎮守府に着任して間もない頃。

 当時、提督も鎮守府に着任して半年も経ってなくて、3日置きに何人か新しい艦娘が着任してた。

 

 そんな中、提督が私や他の駆逐艦の子たちを連れて街に買い物に行ったの。まだ間宮さんたちがいなかったから。

 

 そこで事件が起きた。

 

『おい、人殺しがなんで街にいるんだ!』

『ここはあなたたち人殺しがいていい場所じゃないのよ!』

『さっさと帰れ!』

『戦争なんてしていいもんじゃねぇんだ!』

 

 買い物を終えて帰ろうとした時、私たちの乗っているジープを取り囲んだ団体がいたの。

 私は本当に不幸だと思った。

 

 なんでこんな人たちに"人殺し"とか言われなきゃいけないの?

 

 好きで戦っている訳じゃないのに……

 

 国を守りたくて戦っているのに……

 

 駆逐艦の子たちも泣き始めちゃって私も混乱している中、提督がスッと車を降りたの。

 

『我々は国防軍です。民間人である貴方たちを殺している訳ではありません。攻めてくる敵と戦っているんです』

 

『そしてこの車の中にいる彼女たちこそが、皆さんの命を守るために己の命を日々削っているんです。どうか彼女たちに心無い言葉を浴びせないでください』

 

 いつもならそんなことを言う人たちに悪態をつく提督が、とても大人の対応をして更にその人たちに頭まで下げた。

 でも提督の言葉も聞き入れず、

 

『戦力なんて持ってるから狙われるんだ!』

『子どもたちの未来を汚すな!』

『戦争はんたーい!』

『日本に軍なんていらないのよ!』

 

 提督を取り囲んで酷い言葉を投げつけた。

 そしてその中の一人がジープの窓を手で強く叩き出すと、次の瞬間手で叩いてきた人が消えたわ。

 提督がその人を取り押さえていたの。勿論他の人たちは提督を批難したわ。

 でも提督はこう言ったのーー

 

『日本を守りたい、だから俺は軍人になった! そして仲間を守るためにこの制服を着てるんだ! 戦場にも行かず、安全地帯でただ喚き散らすだけのくせにでかい顔すんな! 国防軍は国を守るためにある組織で、お前たちの苦情受付センターじゃないんだよ!』

 

 ーーその言葉に誰も言い返せなかった。

 言い返したとしても、提督は更に論破したでしょうね。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ーー後日、提督は戦争反対派に訴えられたけど、証拠VTRも録音されたテープもあったから提督は当然何もお咎め無し。加えて相手は罰金刑になったわ」

 

 山城の話が終わると、当時を知らない阿賀野たちは『流石提督(さん)……』と目を輝かせる。

 

「ふふ、それからよね。山城が提督に対して素直になっていったのは」

「や、止めてくださいよ、扶桑姉様……」

 

 扶桑の言葉に山城が狼狽する横で、

 

「ふむふむ、だからそこに居合わせてしまった時雨さんも夕立さんも提督LOVEになったんですね」

「でもでも、そんなことを言われたら好きになっちゃうよね!」

 

 大淀と酒匂は時雨や夕立が提督LOVEになったことに合点がいっていた。

 

「そんな提督が今じゃ阿賀野姉ぇにくびったけ……」

「阿賀野姉ぇ無しじゃ生きていけないものね……」

 

 能代と矢矧が改めて阿賀野を見ると、

 

「でへへぇ♡」

 

 奥様はとてもだらしなくデレデレしていたそうな。

 

 それから提督が戻ってくると阿賀野は提督に抱きつき、素敵な人が自分の旦那さんで良かったと心から思うのだったーー。




イベント中ですが、今回はこんな話にしてみました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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夜の艦娘寮:五晩目

ちょっと下ネタ発言があります。
ご了承ください。


 

 9月の後半に入った泊地はようやく気温も落ち着き、秋らしい気温になってきた。

 鎮守府では相変わらず『抜錨! 連合艦隊、西へ!』の任務を着実に確実に遂行しており、誰も力みも緩みもせずいい状態で後段作戦の最終局面に事を運んでいる。

 

「明日もまた任務か……俺が前線に行くわけじゃねぇが、本当に戦闘は心臓に悪いぜ」

 

 本日の己のやるべきことをし終えた提督は、湯浴みも済ませた上で自室の窓辺にて妻の阿賀野と共に軽い晩酌をしていた。

 今宵の潮風はひんやりとしており、夜空には星々に囲まれて細く小さな小潮の月が浮かぶ。

 

「最深部に行くまでに中破したり大破したりしちゃうのは仕方ないけど、これまで誰も沈んでないんだからいつも通りに行けば大丈夫だよ」

 

 弱気な提督の隣では浴衣姿の阿賀野がいつものように笑顔で声をかけ、空いた盃に提督の大好きな日本酒の加賀美人を注いでいた。

 明日から艦隊は今作戦の最終海域に出撃するため、阿賀野は少しでも夫の心労を癒やそうとしているのだ。

 そんな妻の心遣いを汲んだ提督は自分が弱気になってどうする……と気持ちを改め、その盃を空にする。

 

「……よし。明日も全員生きて帰らせる」

「その粋だよ、慎太郎さん♪」

「あとは新しく着任する予定の艦娘たちの育成カリキュラムとかも、そろそろのしろんたちと作らねぇとなぁ。やることがいっぱいだ」

 

 今度は思わず苦笑いをこぼす提督。しかし阿賀野の方はちょっと眉をひそめてしかめっ面だ。

 そんな妻の表情に提督は内心で小首を傾げていると、

 

「どうせまた可愛い子だろうから、慎太郎さんの目が奪われちゃう〜……」

 

 阿賀野がそんなことをこぼした。

 

「綺麗系かもしれねぇだろ……」

「どっちにしたって一緒だもん。うわーん」

 

 阿賀野はわざとらしい嘘泣きをしながら、提督の左腕にしがみつく。

 

「大丈夫だって……俺は阿賀野一筋だ。その婚約指輪をお前に渡した時、俺はお前を一生……俺の人生を懸けて愛すって誓ったんだからな」

 

 対して提督が柔らかい笑顔を浮かべて阿賀野への愛を改めて伝えると、阿賀野は自身の胸の奥がトクンと喜びに弾んだ。

 しかし、

 

「…………でも、慎太郎さんは可愛い子にも綺麗な人にも甘いから不安」

 

 それだけではまだ奥様の不安を取り除けなかった。

 

「そりゃあ、まあ……俺も男だしよ。美人や可愛子ちゃんに甘くなっちまうのは勘弁してくれよ」

 

 なので提督は苦笑いを浮かべて素直に自分の心境を吐露する。ここで変に気を遣っても何も意味がないからだ。

 

「酷い! この浮気者!」

 

 よって妻からは非難の声を浴びせられた。

 それでも、

 

「そんな中で一際俺が甘くしてんのは阿賀野だからな? お前は俺にとって可愛くて綺麗な嫁さんなんだからよ」

 

 提督から放たれた言葉に阿賀野は思わず息を呑む。

 

「……俺が言うのも変だけどよ。俺が誰よりも甘やかしてんのは阿賀野だって、伝わってるだろ? のしろんややはぎんは勿論、さかわんにだって提督は阿賀野に甘過ぎるって良く言われてんだからよ」

 

 たはは……と笑って頭を掻く提督だが、

 

「でもこればっかりは仕方ねぇんだよな。お前が嬉しそうにしてる顔を見るのが俺の生き甲斐なんだよ」

 

 すぐにいつものように少年のような笑みを浮かべてそんなことを言った。

 対してそんなことを言われている阿賀野の胸の奥はもうトクントクンと甘く高鳴り、言葉よりも先に体が動く。

 スッと提督の首に両手を回した阿賀野。それでいて阿賀野の唇は提督の唇を奪い、瞬く間に提督を押し倒し、制圧していた。

 

 激しい抱擁と激しくも自分の愛をこれでもかと伝えるような口づけ……。

 互いの吐息や舌やつばが短く長い時間の中で混ざり合い、やっと互いの唇が離れた時には夫婦共に肩で軽く息をしていた。

 

「…………いきなり激しいな」

 

 いつもだけど、と提督は阿賀野へ告げる。しかし阿賀野に至っては未だ何も言葉を返さぬまま、何度も何度も提督の頬へ自身の唇をぶつけていた。

 チュッチュ……チュッチュ……と甘い音がいくつも何回も響き、提督自身の頬には甘い衝撃が繰り返し押し寄せてくる。

 

「……阿賀野」

「っ♡ っ♡ っ♡」

(慎太郎さん♡ 慎太郎さん♡ 慎太郎さん♡)

 

「……お〜い、阿賀野〜?」

「慎太郎さん……私、今すぐ慎太郎さんとひとつになりたい♡」

「え」

「もう気持ちを抑えられないのぉ♡ 慎太郎さんへの愛が募り過ぎて切ないよぅ♡」

「…………ここで? 窓締めてないお?」

「いいの!♡」

 

 こうして提督は妻から大きな愛を行動によって示され、美味しく頂かれるのだった。

 

 ーーーーーー

 

 その頃、艦娘寮では例によって明日の作戦に向けてみんなが束の間の休息を仲間たちと過ごしている。

 軽巡洋艦寮では交換お泊り会が行われており、

 

「へぇ、眼帯ってしてみるとなんか不思議な感覚ね……」

 

 2号室には矢矧がお泊りに来ていた。

 この2号室の住人は木曾・神通・長良・球磨であるが、今日のところは球磨と矢矧を交換している。

 そして今、矢矧は木曾から眼帯を借りて身に着け、普段とは違う視界感を楽しんでいる最中。

 

 ーーーーーー

 

 一方、4号室ではーー

 

「おぉ、この提督の写真欲しいクマ! A3サイズで印刷を希望するクマ!」

 

 ーー球磨が夕張秘蔵の提督これくしょん(ちゃんと撮影許可を取って撮ったもの)を見、夕張に現像を頼んでいるところ。

 夕張はバチコーンとウィンクすると、自分のPCで手際良くそのデータを写真用紙へプリントする。

 

「由良的にはこの写真なんてオススメなんだけど……どう? イクちゃんにいたずらされて海水を掛けられちゃってるとこなんだけど♪」

「水も滴るいい男とは正にこのことクマ……というか、ワイシャツがスケスケで下のお口からよだれが出ちゃうクマ♡」

 

 由良一押しの写真を見、球磨はグヘヘ……と上の口から提督へのLOVEを垂らす。

 そんなLOVE勢たちを名取は『相変わらずだなぁ』と心の中で苦笑いしながら、アイスココアを飲んでいた。仮に注意したところで自分にこの三人を止めることは出来ないから。

 それにこういうことにうるさい矢矧がいないこの時だからこそ、夕張も由良も存分に提督へのLOVEを普段とは違う形で共有出来るので名取は基本的に流しているのだ。

 流石に提督の写真を手にトイレへと直行しようとする奇行は止めたが……。

 

「夕張、これとこれとこれも追加だクマ!」

「はいはい♪」

「今夜はとことん提督さんについて語るわよ!」

『おー!』

 

(0時回ったら強制的に電気消して、私は耳栓して寝ちゃお)

 

 こうして4号室の夜は更けていった。

 

 ーーーーーー

 

 所戻り、2号室。

 

「ん〜、神通の淹れるお茶は美味しいわ。毎日飲める2号室のみんなが羨ましい」

「ふふふ、気兼ねなく飲みに来てくれてもいいですよ。姉さんや那珂ちゃんも良く来てくれてますし」

 

 神通が淹れたお茶を飲み、ほっこりする矢矧や同室の二人。

 このお茶はリンデンとローズで出来ているハーブティーで、安眠効果抜群なのだ。

 

「でもこのお茶が出来たのって川内が大きく関わってるんだよねぇ」

 

 長良がそのお茶を見ながら苦笑いしてつぶやくと、木曾も「そうだな」と苦笑いを浮かべた。

 一方、このお茶が出来た秘話を知らない矢矧は「え、川内が?」と小首を傾げると、神通は苦笑いで頷く。

 

「……えっと、姉さんは今でこそ夜は大人しいんですが、私がここに着任した頃はまだまだ夜は騒がしくて」

 

 神通の言葉に矢矧は「あぁ」と事情を察し、なんとも言えない笑顔を浮かべた。

 

「あの頃の川内は凄くてなぁ……夜な夜な提督の部屋に夜戦を強請りに突撃してって、その挙げ句提督にしこたま怒られて泣き泣き寮室に放り込まれてたよな」

「提督も毎晩毎晩起こされて、目の下にクマを作りながら川内に()()してたよね〜」

 

 木曾と長良が当時のことを思い浮かべながら語ると、神通は苦笑いし、矢矧は提督に同情の念を抱く。

 

「毎晩毎晩夜戦がしたい理由を川内が提督に訴えてーー」

「その都度、提督に的確に論破されてーー」

「ーー何も言い返せなくて泣いて抗議して、提督の小脇に抱えられて部屋に戻される……というのが当時の鎮守府の風景でした」

 

 木曾・長良・神通の言葉に矢矧は思わず肩をすくめた。

 

「それで神通が少しでも提督の力になれるようにって開発したのが、このお茶って訳さ」

「まあ、最終的に川内も提督の考えを理解して毎晩ちゃんと寝るようにはなったけど、なかなか寝付けない時はこれを飲むらしいよ」

「へぇ……でも経緯はどうあれ、こんな美味しいお茶が出来たのは喜んでいいんじゃないかしら?」

 

 矢矧が木曾たちにそう言うと、木曾も長良も『確かに』と頷いてまた神通特製のお茶を口に含む。

 

「あの時は提督のお力になりたい一心で試行錯誤してましたが、こうして今では皆さんがこのお茶を楽しんでくれて嬉しいです。本当に何がどう転ぶか分かりませんね」

 

 対して神通は片手で口元を押さえながらクスクスと可笑しそうに笑った。

 

 ここで会話は途切れたものの、空気はとても穏やか。

 しかしそこで矢矧が小さく笑い声をこぼしたので、木曾たちは矢矧に注目する。

 

「あぁ、ごめんなさい。私ってみんなからからかわれることが多いから、こんな風に過ごすのって久し振りで……そう思ったらつい笑っちゃったのよ」

 

 矢矧が笑った理由を話すと、

 

「いつもは妹の面倒を見てもらってるもんねぇ。本当にごめんね……そしてありがとう。今夜はゆっくりしてね」

 

 長良が優しく矢矧の頭を撫でながらそう告げた。長良も六姉妹の長女ということで、こういう時のお姉ちゃん気質は流石の一言。よって矢矧も「えぇ」と素直に長良へ返事をした。

 

「俺もどっちかと言えば姉ちゃんとかにからかわれる側だからな。矢矧の気持ちは分かる」

 

 一方、木曾はうんうんと頷いて矢矧の肩をポンポンと叩く。

 木曾は今でこそ穏やかに過ごしているものの、球磨がいればこの平穏はぶち壊されるからだ。

 しかし、

 

「でもなんだかんだ言ってお姉ちゃん子だよね、木曾は」

「肝試しの時はお姉ちゃんって叫んでましたしね」

 

 今夜は優しく長良と神通に平穏をぶち壊された。

 

「う、うるせぇな。もうあの日のことは言わなくていいだろ?」

 

 ほんのりと頬を赤く染め、恨めしそうに長良たちへ言い返す木曾。

 しかしその表情や仕草が可愛くて、矢矧はみんなが木曾をからかってしまう理由が少し分かった。因みに矢矧も木曾みたいに反応が可愛いからみんなにからかわれているのだが、当の本人は知る由もない。

 

「まあ、でも末っ子って可愛いから仕方ないよね。私のところだって阿武隈の反応がいちいち可愛いから、姉妹の中じゃみんなでつい意地悪しちゃうし♪」

「あ、それ分かります。私も那珂ちゃんの反応が可愛くて、悪いなと思っていてもほっぺたとか無駄にツンツンってしちゃいますから♪」

「私も酒匂には同じかも……無駄にほっぺとかビヨーンってすると反応が可愛いのよね♪」

 

 それぞれ妹を持つ身である三人は分かる分かると共感するも、唯一の末っ子である木曾は「姉から構ってもらえるのは嬉しいが、その構い方が問題だ」と反論。

 しかし次に『じゃあどんな風に構ってほしいの?』と三人から訊かれ、木曾は何も言い返すんじゃなかったと己の言動に後悔して顔を赤らめて黙秘するのだった。

 

 結局、寝るまで木曾はそのネタでイジられたが、ここにいるお姉ちゃんたちは良心的なのでしつこくなかったのが救いだったというーー。




ということで、今回はゲームではなくただの雑談風景をお届けしました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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日本は危険な国(いい意味で)

 

 秋分の日が過ぎ、彼岸も過ぎた9月の末。

 それに伴い季節も正に秋というものに移り変わっていく。

 鎮守府は無事に大本営が発令した大規模作戦を完遂し、今は残党勢力の殲滅に移行している。

 

 一度は制覇した海域だが、慢心して任務にあたる者は誰もいない。加えて本作戦には参加していなかった者たちも経験を積ませるために出撃するので、提督は細心の注意を払いながら殲滅作戦を遂行中だ。

 

 そして今日の殲滅作戦を終えた夕方。

 艦娘たちはこぞって食堂に行き、間宮たちの心まで癒やされる美味しい料理を仲間たちと頬張っていた。

 

「ん〜! このカボチャグラタン美味しい〜!」

「この味は最高」

「栗とレンコンの炊き込みご飯も美味しい〜!」

 

 中でもレーベやマックス、ジャーヴィスといった海外艦勢が多く座るテーブルでは、本日の秋らしい夕飯メニューを満面の笑みで堪能中。

 今日のメニューはカボチャ使ったグラタンがメインのAセットと栗とレンコンの炊き込みご飯がメインのB定食が並んでいる。

 

 このカボチャグラタンはホワイトソースの中にもペースト状にしたカボチャを混ぜ、鰹出汁と共に煮込み、それをお馴染みのマカロニや焼いた玉ねぎ、カボチャのスライス、鮭の切り身へ掛けた後、チーズを振り掛けてオーブンでこんがり焼いた絶品グラタン。

 

 対して栗とレンコンの炊き込みご飯はこの二つの食材の他にもニンジンやシイタケ、マイタケが昆布出汁の効いた汁と共に美味しく炊き込まれている。

 

「日本に来て食べ物の概念がガラリと変わったな。ロシアにいた頃も美味い料理はあったが、これほど感銘を受けるとは……」

「フランスでは味にうるさいのが普通なのだけど、日本の料理ってどれも美味しいのよね。祖国で食べるより日本で食べた方が美味しいくらいよ」

 

 ガングートとリシュリューの言葉にその場にいる者たちは揃って同意するように頷きを返した。

 

 因みにリシュリューは着任した当初、間宮や伊良湖たちの料理を目の前にして『私の舌を満足させられるのかしら?』とかなり上から目線だった。

 そしてそんな間宮たちの料理を一口食べた瞬間、『私を卑しい豚と呼んで!』と自分を卑下しながら間宮たちの料理の味にひれ伏したというエピソードがある。勿論、間宮たちがリシュリューのことを"卑しい豚"とは呼ばずに"リシュリューさん"と呼んでいる。

 

「でも問題があるのよね」

 

 そんなガングートたちの横でビスマルクが静かにそうつぶやくと、

 

「食べ物が美味し過ぎてバルジが増えてしまうのよね……」

 

 続いてウォースパイトが嘆くようにその身に起きた大問題を告白。しかしそうは言うもののビスマルクは炊き込みご飯、ウォースパイトはグラタンをそれぞれ淡々と己の口へと運んでいるので、表情と身体が正反対の行動を取っているのでやけにシュールだ。

 

「そんなことを言って置きながら手は黙々とその口へ食べ物を運んでるぞ?」

 

 そこへやってきた提督がツッコミを入れた。その後ろでは阿賀野たちが苦笑いしてビスマルクたちを見つつ、他のみんなへ挨拶している。

 

「私のアミラルじゃない♡ こっち、こっちよ!♡ 私の隣に座る権利をあげるわ!♡ 寧ろここ以外座らせないから!♡」

 

 提督の登場でテンションがマックスになるリシュリュー。リシュリューの隣はガングートだが、リシュリューは「ガン子早く退きなさいよ、私のアミラルが座れないでしょ?」とアルプス山脈の山頂のような冷たく鋭い視線と言葉を浴びせていた。

 

「他にも席はある。ならば他に座るのが道理だろ、ポンコツフランス人形」

「あぁん?」

「お?」

 

 仏露の戦争勃発かと思った矢先、

 

「ほれほれ、喧嘩すんな。リシュリュー、良かったら俺の正面に来ねぇ?」

 

 提督が機転を利かせて戦争は回避される。

 阿賀野は当然、妻であることから提督の左隣が定位置であるため、正面ならギリアウトセーフなのだ。後、阿賀野から脇腹を抓られた模様。

 

「じゃあ、あたしがリシュリューさんが座ってた席に座ろ〜♪」

 

 そして空気の読める大天使サカワエルは尊くもリシュリューが座っていた席に座り、ガングートへ癒やしと安らぎを与える。

 

「相変わらずリシュリューさんの提督LOVEは凄いわね」

「まぁ、これも慣れてきちゃったけどね」

 

 一方の矢矧と能代はそんなことを話しながら、矢矧は提督の右隣に能代は矢矧の正面にと着いた。

 

「ンフフ〜♡ アミラル、こうして座ってるとまるで夫婦ね♡ シ・ア・ワ・セ♡」

「お、おう、そうだな……」

 

 矢矧たちの話声も聞こえていないリシュリューはルンルン気分の乙女オーラ全開で提督へ笑顔で話しかける。

 しかし阿賀野から「所詮は()()()だけどね」と釘を刺されてしまった。

 

「いずれはこの私とフランスの地へ帰るんだから今はこれで満足しといてあげる」

 

 それでもめげないリシュリューはやはりつ()い子である。

 

 ーー

 

 それから提督たちも加わり、話題は先程のバルジが増えてしまったという乙女としては重大な問題に戻った。

 

「んで、ウォスパちゃんにビス子は増えちまったのか?」

 

 提督の問いに二人はしゅんと眉をひそめて「Yes」、「Ja」と弱々しく頷く。それでも手はちゃんと食べ物を己の口へ運び続けながら……。

 

「でも! これも全部日本の料理が美味しいからいけないのよ!」

「そうよそうよ! 四季折々にその時その時の美味しい食材を更に美味しく料理して! これで太らない方がおかしいのよ!」

 

 ウォースパイトとビスマルクはそう訴えるが、

 

「そんなお前たちに私は問いたい。あそこのテーブルの者たちは太っているか?」

 

 ガングートがとあるテーブルを指差して、二人へ問い掛けた。

 そのテーブルにはーー

 

「江風、この丼に炊き込みご飯のおかわりを貰ってきて」

「ほいほ〜い♪」

 

「涼風、グラタンと炊き込みご飯のおかわり貰ってきて」

「がってんだ!」

 

「雲龍姉様、そろそろお止めになられた方が……」

「大丈夫よ、天城。そろそろ締めのデザートに移ろうと思ってるところだから」

「いや、雲龍姉、普通の人は数キロも食べてから締めにデザートとか無理だからね?」

 

「どれも美味しくて手が止まらないわ!」

「アイオワさんは相変わらず良く食べますね〜、サラは普通の一人前で十分なのに」

「アハハ、でも良く食べるからビッグ・スティックなのよ♪」

 

 ーーそれぞれ良く食べられる艦娘たちが姉妹や仲間たちと和気あいあい(?)な食卓を囲んでいる。

 そんなテーブルを見たウォースパイトやビスマルクは、

 

「彼女たちが特別なのよ……」

「そもそも私はあんなに食べられない……」

 

 ゆっくりとそのテーブルから目を逸らし、静かに言葉を返した。

 

「ま、まぁ、美味しいのは確かだし、食べ過ぎちゃうっていう気持ちは阿賀野も分かるよ〜?」

 

 すかさず阿賀野がフォローに入ると、レーベやマックスたちもそうだよと優しくフォローに入る。

 

「でも阿賀野はなんだかんだ痩せてるわよね」

「そうね。たまに能代や矢矧から怒られてるところは見るけど、体型について怒られてるところは見たことないわ」

 

 ビスマルク、ウォースパイトと阿賀野を不思議そうに見て言葉をこぼすが、阿賀野は阿賀野で「一応気をつけてるから」と苦笑い。

 

「阿賀野、この時期の焼き芋とか好きだけど食べ過ぎないようにしてるの。仮に阿賀野が太っちゃったりしたら、提督さんが浮気しちゃうかもしれないもん。艦隊には綺麗な人や可愛い子が多いから……」

 

 阿賀野が本音をこぼすと、ビスマルクたちは『なるほど』と頷いた。

 

 彼女は提督と唯一本当の結婚をしている艦娘。そしてそうであるのに、鎮守府には恋路に血気盛んなガチ勢がひしめき、提督を虎視眈々と狙っている。

 提督は悪く言うとオオカミの群れの中に放り込まれた美味しそうに肥えた豚であり、美味しい蜜を宿す花が沢山ある場所に飛ぶミツバチなのだ。

 そんな提督を自分に夢中にさせるため、またガチ勢が自分の入る隙間は1ミリたりともないと示すため、阿賀野は阿賀野なりに日夜自分磨きをしているという訳なのである。

 提督本人としては阿賀野がガリガリになろうが、ポチャポチャになろうが愛す所存であるが、こればかりは乙女……嫁としてのプライドみたいのものだろう。

 

「アミラル、私との子どもはきっとあなたに似て可愛くて素敵な子どものはずよ♡ フランス人である私と日本人であるアミラルとの国を越えた愛の結晶を作るのって、素敵なことだと思わない?♡」

「お、おう……でも俺は阿賀野しか無理だから……」

「んもう、意地っ張りね……でもそんなところもス・テ・キ♡」

「勘弁してくだしゃ!」

 

 現に提督の目の前にはフランス産の美しい花がおいでおいでと甘い蜜へ誘おうと手招きし、その笑顔の裏には獰猛な肉食獣的恋心が広がっている。

 

「本当にお前はめげないな……」

「リシュリューさんって凄いよね」

「ブレないって点は褒められる点よね」

「それだけアドミラルが魅力的ってことかな?」

 

 なので外野であるガングート・レーベ・マックス・ジャーヴィスの四人はリシュリューの姿勢に脱帽状態。

 

「貴女も苦労してるのね、阿賀野」

「大丈夫。アトミラールはどんなことがあっても阿賀野一筋よ……でも阿賀野は野獣たちからアトミラールを守ってあげて」

「うん、頑張る!」

 

 なんだかんだ論点がずれてしまったものの、阿賀野はビスマルクたちから心温かいエールを受け、これからも提督をガチ勢たちの魔の手から守ることを誓うのだった。

 

 ーー

 

 そんなこんなで食事を終えた一行。ある者は食後のお茶を楽しみ、またある者は本日のデザートである巨峰が入ったロールケーキを堪能している。

 

 このロールケーキは生クリームの中に皮を剥いた巨峰を仕込んで、しっとりとした柔らかい生地で包むように巻いたデザート。

 生地やクリームの甘さの中に巨峰のほのかな酸味と果実らしい甘みが加わって最高の一品となっている。

 

「デザートも美味し過ぎる……」

「もう太っててもいいかも……」

 

 悔しそうにつぶやきつつも、やはりロールケーキを美味しそうに食べるビスマルクとウォースパイト。

 

「もう素直に食べたらどうかな?」

「ビスマルクは寝る前に飲むビールの量を減らしたりすればいいんじゃない?」

「美味しい物は笑顔で食べないと作った人に失礼だよ〜?」

 

 レーベたちはもうツッコミする気も失せ、少しでも二人を元通りにしようと動いている。

 

「はい、アミラル♡ あーん♡」

「い、いや、俺は阿賀野と半分子してっから……」

「邪魔しないでくださ〜い」

 

 一方で夫婦とリシュリューは(主に阿賀野は臨戦態勢状態でリシュリューはそれをガン無視)相変わらずで、

 

「丸ごと一本豪快にかぶりつくというのを一度してみたかったんだ!」

「はわ〜、凄いね、ガングートさん……」

 

 ガングートは50センチくらいにカットされたロールケーキを豪快に掴んで頬張り、それを酒匂は感心して見ている。

 

「傍から見たら凄くカオスなテーブルよね、ここ」

「今に始まったことじゃないわよ、矢矧。気にしたら負けよ」

 

 そして苦笑いでコーヒーをすする矢矧に、能代はロールケーキを食べながら冷静なツッコミを返していた。

 

 結局のところビスマルクとウォースパイトの二人は今宵も日本の凄さを実感し、二人の悩みはまだまだ続くことになるのだった。

 

「日本は危険ね……」

「体型維持がこんなに難しくなるんだもの」

 

 ビスマルク、ウォースパイトは最後にそうつぶやき、ロールケーキをおかわりしに行ったというーー。




秋ということで秋の味覚をメインに乙女の大問題を取り上げました!
でも日本は世界でもトップクラスの美食国家でもありますから、誇らしいですよね!

読んで頂きありがとうございました!


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お披露目会

本編でスウェーデンを漢字一文字で《瑞》と表記している箇所があります。

私が知っているスウェーデンの漢字表記は《瑞典》なのでそれをそのまま書きました。
ご了承ください。


 

 10月に入った泊地。

 気温も落ち着き、泊地の秋は深まっていくこの頃。

 鎮守府の裏にある丘の木々たちもその葉を秋らしい色に染め、艦娘たちへ秋の美しさを見せていた。

 

 一方で艦隊は無事に誰一人欠けること無く、先の大規模作戦を完遂。

 そしてその功績により、鎮守府にまた新しい仲間の着任許可が下りた。

 

 夕雲型駆逐艦十五番艦『岸波』

 

 岸波は駆逐艦でありながら冷静沈着で頼りになる艦娘。姉夕雲たちの補佐は勿論のこと、自分の妹たちへの面倒もしっかりこなす。

 

 ーー

 

 大鷹型軽空母四番艦『神鷹』

 

 神鷹は元はドイツ貨客船シャルンホルスト。よって時折ドイツ語を喋るが、物腰の柔らかい日本人らしさも兼ね備える艦娘だ。

 書類上大鷹型とされるが上記のように元々が違うので純粋な姉妹とはいかない。しかし大鷹とは既に普通の姉妹同然に過ごしている。

 史実において、戦時中の日本政府はミッドウェー海戦の敗北で早急に空母を確保しなくてはならず、母国へ帰れずにいたシャルンホルストをドイツ政府に譲ってほしいと交渉して空母へ改装した。

 因みにシャルンホルストを譲ってくれと交渉する前、日本政府はシャルンホルストではなく『グラーフ・ツェッペリン』を譲ってほしいと申し出たという記録がある。しかしこれは流石のドイツ政府も『艦載機無しで日本へ送るなど自殺行為だ』と断り、実現はしなかった。

 

 ーー

 

 イタリア駆逐艦『マエストラーレ』

 

 マエストラーレはリベの姉であるためかはたまたイタリア人気質からか、とても明るくて人懐っこい性格のため、着任して2日足らずだというのにみんなとは既に仲良く過ごしている。

 睦月や吹雪なんかとは性格が似ている部分が多く、リベやイタリア艦娘以外だとその二人と特に仲良しなんだとか。

 

 ーー

 

 スウェーデン軽(航空)巡洋艦『ゴトランド』

 

 ゴトランドは大規模作戦中に締結された日瑞軍事同盟によって国防軍へ派遣されたスウェーデンの艦娘。礼儀正しく、スウェーデン人としては珍しくフランクな性格で同じ寮室となった酒匂とは上手くコミュニケーションを取れている。

 艦種となるとゴトランドの場合、軽(航空)巡洋艦であり軽巡に分類。

 何故このような複雑な表記になるのかというと、スウェーデンは軽巡・重巡の定義を定めた軍縮条約を締結してないためだ。

 よって軽巡と重巡の区別がスウェーデン海軍にはない……しかしそのままではこちら側(日本国防軍)で彼女を表記する際に困るため、それを回避するために大本営が航空巡洋艦であり軽巡洋艦であると定めた次第である。

 因みに第二次世界大戦が勃発した当初からスウェーデンは中立国としてその立場を守っていたので、艦時代のゴトランドが実戦に参加する機会は無かった。

 

 ーー

 

 イギリス戦艦『ネルソン』

 

 ネルソンは長門や陸奥がビッグセブンと呼ばれていたのと同じく、当時世界に名を馳せたイギリス海軍を代表する艦娘。自分に絶対的な自信を持ち、長門とは会ったその日の内に演習訓練を経て友情を築きあげた意外と大胆な金髪脳筋娘。

 しかし一方で例の如くイギリス海軍の代表として着任したネルソンは、着任するやいなや『奇跡の救出劇』に携わった日本海軍とその艦娘たちに心からの尊敬を表し、コンサーティナで『この日のために練習した』と"君が代":"海行かば":"軍艦行進曲"を演奏してくれた。

 その演奏会の中で、ネルソンは雷に特別の感謝と表して片膝を突いて手の甲へキスまで見舞った。

 

 このようにまた頼もしい仲間が増え、賑やかさが更に増した鎮守府。

 なので提督は新しく着任する予定であった艦娘たちが出揃ったので、今日は夕方から食堂で彼女たちのお披露目会と表した着任式を開いた。

 

 ーーーーーー

 

「んじゃあ、新しい仲間に……乾杯!」

『カンパーイ!』

 

 早速提督の音頭で幕を開けた着任式。

 今回は立食パーティ形式で、みんなは自分が食べたい物が並ぶテーブルに行ってよそるバイキング的なシステムだ。

 

「こ、ここ、これが神戸牛!?」

「この日のために提督が奮発してくださったみたいですよ?」

 

 神鷹は艦娘になって初めて目の当たりにする神戸牛のステーキに感動のあまり全身を震わせる。

 その隣で妹へ大鷹が優しく声をかけると、神鷹は提督に「あたし、幸せです!」と感謝して涙を流しながらその神戸牛を頬張っていた。

 そんな神鷹へ提督は「遠慮せずに腹いっぱい食えよ!」と豪快に返し、そんな提督の男気に奥様やガチ勢たちは瞳の奥にハートマークを浮かべていたそうな。

 

 ーー

 

「ねぇねぇ、フブキー、これはなんていう食べ物なの?」

「これはね、茶碗蒸しっていうお料理だよ」

「熱いから火傷しないようにね!」

「プリンみたいだけど、全然違うからねお姉ちゃん!」

 

 こちらではマエストラーレが初の茶碗蒸しを見、目を輝かせているところ。

 吹雪と睦月が料理を説明し、リベがこれまで経験してきた話を交えながら食べ方を教えている。

 マエストラーレはその中でも青葉特製の伊太利コロッケと瑞鳳特製の玉子焼きを気に入り、青葉に至っては「青葉と司令官の娘になりませんか?」と切り出して衣笠や矢矧に注意されていた。

 

 ーー

 

「ほう……日本はウィスキーも流石の一言だな。そして何より料理も美味……もっと早く来日したかったぞ!」

「ははは、なぁに、これからは長い付き合いになるんだ。好きなだけ堪能したらいい」

「そうよ♪ それに料理以外でも日本のいいところはまだまだあるんだから♪ でも提督のことは譲らないわよ?」

 

 また別のテーブル(主に酒が楽しめるテーブル)ではネルソンが長門や陸奥に勧められるがまま日本のお酒に舌鼓を打っている。

 陸奥は相変わらずだが、ネルソンはそれを気に留めることもせずに提督にお酌を要求。しかしそれは陸奥たちのような下心からではなく、これから己の命を預ける盟友として酒を酌み交わすため。

 日頃の豪快さから絡み酒かと阿賀野は警戒したが、そこはやはり誇り高きビッグセブン。ちゃんと人に迷惑をかけない程度に嗜んでいたので、奥様からの鉄拳制裁は発動しなかった。

 ただ、そのどさくさに紛れてアークが提督へ口移しで酒を飲まそうとしたため、アークには鉄拳制裁が発動された。

 そんなアークを見、ネルソンは「嘆かわしい」とぼやいて阿賀野へアークの代わりに謝罪するのだった。

 

 ーー

 

「えへへ、また清霜にお姉さん増えた〜♪ 嬉しいなぁ♪」

「私も妹が増えて嬉しいわぁ♪」

「もう、夕姉さんも(きよ)ちゃんも大袈裟よ……」

 

 一方、こちらでは岸波が夕雲と清霜に挟まれて苦笑い中。

 夕雲は妹がまた着任した喜び、清霜は姉がまた着任した喜びということでくっついて離れようとしない。

 なので夕雲はパーティが始まってからずっと岸波を甲斐甲斐しく構ってお姉ちゃんお姉ちゃんし、清霜は清霜で新しいお姉ちゃんにずっと抱きついて妹妹している。

 そんな二人に岸波は苦笑いしているものの、その表情はいつも以上に柔らかく幸せに満ちていた。

 

 ーーーーーー

 

 夜も更け、パーティの盛り上がりは一層増す。

 そうなると始まるのがもはや鎮守府名物と化した『鎮守府へ行こう! 新人の主張』だ。

 用意された小さなお立ち台の後ろに控えるは、新しく着任した艦娘たち。そしてそんな彼女たちの前では、相変わらずお玉をマイク代わりに阿賀野が「新人の主張、は〜じ〜ま〜る〜よ〜!」と声をかけて注目を集めていた。

 そしてトップバッターは神鷹。実は大鷹から「早めにやった方が恥ずかしくないですよ」とアドバイスをもらったので、こうして一番に名乗りを上げた次第だ。

 

「ど、どうも、みなみな皆しゃん、ああぁぁたしししは、ししし、神鷹でしゅしゅ……」

 

 しかし一番は一番でやはり緊張してしまい、神鷹は顔を真っ赤にして噛み噛み。

 それでも観客たちからは「かわいいよー!」、「リラックスリラックス〜!」、「みんな家族だよー!」と温かい声援が送られ、神鷹は少し肩の力を抜くことが出来た。

 

「今後の目標はなんですか〜?」

 

 タイミングを見計らい、阿賀野がお決まりの質問を投げる。

 すると、

 

「そうですね……あたしは元ドイツの商船で、正直なところ日本にはまだまだ馴染みが薄いかと思っております。

 

 ですので……今度こそ、精一杯努力して、皆さんと共に国の皆さんを守りたいです……!」

 

 先程の緊張なんて何処かへすっ飛び、清々しくも凛とした声で目標を宣言した。

 これにはみんなも大拍手。観客の中からは「一緒に頑張ろうな!」、「今度酒飲もうな!」、「改装空母同士で頑張りましょ!」と声をかけられ、神鷹はその目に薄っすらと涙を浮かべつつも笑顔でお辞儀して降壇していった。

 

 ーー

 

 神鷹に続いたのはゴトランド。ゴトランドに至ってはとてもリラックスした状態で登壇し、阿賀野の質問にはこう答えた。

 

「私の目標は祖国のために深海棲艦を倒すこと! そしてそれは世界に名高い日本国防軍の皆さんと成し遂げたい! 私が遠い日本に来たのはそのためです! 私に出来ることは全力でやります! ですので、これからよろしくお願いします!」

 

 まるで宣誓でもするかの如く放たれた力強い言葉に、誰もが声をあげ、全員が平和な海を取り戻そうと気持ちを新たにする。

 ゴトランドはそんなみんなからの声に大きく頷き、台の上から深々と頭を下げてから降壇した。

 

 ーー

 

 続いてお立ち台に上がったのはマエストラーレで、

 

「私の目標は平和な海を取り戻して、みんなと仲良く遊べる世の中にしたい! リベが先に着任したから練度はまだまだだけど、早く追いついて頑張るね! Grazie!」

 

 阿賀野に訊かれる前に堂々と目標を叫んだ。

 見た目に反し、いい意味でマエストラーレらしい目標を聞いたみんなは彼女へ温かい拍手と声援を送った。

 

 ーー

 

 マエストラーレの次は岸波が登壇。

 

「こんばんは、夕雲型駆逐艦の岸波です」

 

 岸波はここでも至ってクール。

 なので阿賀野はちょっと意地悪することにした。

 

「じゃあ岸波ちゃん、艦娘になって姉妹と再会出来た喜びをどうぞ!」

 

 これまでは目標だったが、今回は自分の姉妹へ己の思いを告げなくてはならない。

 よって流石のクールビューティ岸波もこの質問を前にあたふたと冷静さを欠く。

 

「あ、阿賀野さん、さっきまでしていた質問と違いませんか!?」

「えぇ、阿賀野〜、聞こえな〜い♪」

「阿賀野さん!」

「えぇ〜、でも〜、夕雲ちゃんたちは聞きたいと思うな〜?」

 

 わざとらしく言葉を返しながら、阿賀野は夕雲たちへ『聞きたいよね?』と言うように視線をやる。

 すると当然、

 

「お姉ちゃん聞きた〜い♪」

「清霜も〜!」

「こうなったら言うしかないな♪」

「きっしーガンバ!」

 

 姉も妹もみんなして『聞きたい聞きたい』との大合唱。

 なので岸波は観念したかのように夕雲たちの方を向いて、口を開いた。

 

「えっと……その、素直に嬉しいです。艦時代は姉妹といっても作戦行動を共にする姉妹は限られていましたから……。

 

 なので、艦娘になり、今度は姉妹揃ってお役に立てることが出来るので、本当に幸せです。

 

 こんなに幸せなのに、まだ着任していない姉たちもいて……これからもっともっと幸せなことがあるんだ、って心から楽しみにしてます。

 

 だからみんなで……姉妹全員が揃う日まで、頑張りましょう!」

 

 岸波はそう言うと、軽くお辞儀してからそそくさと降壇。

 すると夕雲たちはすかさず岸波の元へ駆け寄って『みんなで頑張ろうね』と抱きしめ合い、岸波も恥ずかしそうにしながらもまばゆい笑顔を浮かべていた。

 そんな美しい姉妹愛に観客たちは盛大な拍手と声援を送り、その一方で提督は密かに感動の涙をこぼし、それをLOVE勢(主にガチ勢)たちは脳内メモリーに永久保存していたとか。

 

 ーー

 

 トリを飾るのはネルソン。

 ネルソンはお立ち台に仁王立ちすると、阿賀野のお決まりの質問も待たずに声を張り上げる。

 

「余はイギリス艦隊旗艦を務めてきたネルソン! そして余は、今こそあの時の恩を返すために日本へやってきた!」

 

 その第一声に観客たちは息を呑んだ。

 イギリス海軍の旗艦を長きに渡り任されてきた誇りは勿論だが、ネルソンにはそれ以上に誇らしく思っていることがある。

 それは再び日本海軍と共に肩を並べて歩めることだ。

 

 過去とはいえ、一度は同盟を破棄し、互いに刃を交えてしまった。

 しかし今は違う。

 

「正直なところ、余はある意味で深海棲艦に感謝している。深海棲艦が現れなければ余……艦娘というのはこの世に生を受けずにいた。

 

 そんな深海棲艦が現れるまで日本はアメリカなんぞとよしなにしていたが、今の世は違う……今こそ再び、余の祖国こそが日本と肩を並べて世界へ平和な海を取り戻すために歩もうではないか!

 

 先の大戦での日本がイギリス兵へしてくれたあの恩を今こそ返せる! こんなにも胸が昂ぶる時が来たのだ! 今度は余が……イギリスが日本を助ける番なのだ!

 

 さぁ、皆の者っ! この世を深海棲艦の魔の手から救おうではないかっ!」

 

 高らかに拳を振り上げ、その目から大粒の涙を流すネルソン。

 幾拍かの時が過ぎると、観客たちから大きな声援が巻き起こる。

 気がつけば提督も阿賀野たちもネルソンの言葉に感動し、涙を流していた。

 

「はい、提督。ハンカチ」

「ありがと、やはぎん……流石はネルソン。言葉の重みが違うなぁ」

 

 提督の言葉に矢矧もしみじみと頷き、「心強い仲間が増えたわね」と微笑む。

 

「こりゃ、俺も改めて気合を入れ直して指揮しなきゃな」

「期待してるわよ、提督」

 

 そう言うと矢矧は提督の胸へ軽く拳をぶつけ、提督はそれに笑顔で応えた。

 

「それじゃ次はみんなお待ちかね! 『食堂の中心で愛を叫ぶ』の時間だぁぁぁっ!」

『いえーーい!』

 

 しかしそんな感動も次の演目を報せる武蔵の叫び声で塵と化す。

 当然提督は「感動が台無しだろ!」とツッコミを入れるが、"それはそれ"で"これはこれ"という問題。

 ネルソンたちもそんな余興を大いに笑い、艦娘たちは絆をまた深めたーー

 

「提督さんの浮気者〜!」

「俺は阿賀野一筋だからぁぁぁ!」

 

 ーー夫婦の痴話喧嘩と共に。




ということで、まだイベは終わってませんが、先んじて今回は新しく実装された艦娘たちの着任式パーティの様子を書きました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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鎮守府芸術祭

 

 秋晴れに恵まれた今日。

 艦娘たちは今日も訓練に演習に出撃といつものことだが、力みも弛みもせず己の使命に殉じている。

 しかし今日は昼過ぎから鎮守府の中庭ではある催し物が開かれ、任務や出撃、訓練帰りの艦娘たちもそこで足を止めてその催し物に目を奪われていた。

 

 中庭にある2箇所の出入り口の側には『鎮守府芸術祭』と白い布地に墨汁で達筆に書かれたのぼりが別々で立てられている。

 因みにこれは鳳翔と祥鳳がこの日のために書いた物で祥鳳の方は"力強く豪快"に、鳳翔の方は"美しく繊細"にと両者共に自分をそのままに表現した作品だ。

 

 この芸術祭は前々からイベント委員会が主導で準備を進めてきた催しで、出展したい者は飛び入りも出来るという展覧会的なイベント。

 見る方も元々芸術に秀でた仲間の作品は勿論のこと、普段は分からない仲間の芸術的感性を知る機会であるため、今回のイベントを楽しんでいる。

 

 ーー

 

「うわぁ、やっぱりあきつ丸さんが作ったプラモデルって凄いね!」

「右からチハ・チヌ・カミ・トクであります」

 

 そう感動の声をもらしたのは皐月で、ここにはあきつ丸が組み立てた市販のプラモが並んでいて、あきつ丸は自身の力作を睦月型姉妹たちへ胸を張って説明中。

 しかもただ1つのプラモが1つずつという訳ではなく、そのまま何も手を加えずに組み立てた物と、スミ入れした物と、ウォッシング&ダメージを加えた物とで三種類の工程を施されたプラモがそれぞれ並んでおり、1つの作品に3つずつ展示されている。

 

「う〜ん、見てて凄いってのは当然だけど、うーちゃんにはこんな細かな作業は無理だぴょん……」

「それだけ真剣に作ったってことだもんね」

 

 卯月の言葉に水無月はしみじみと言葉を返すと、あきつ丸は「自分も最初は下手でしたよ」と苦笑い。

 

「しかし組み立てていく度に次はこうしてみよう、ああしてみたらいいかも、とやっていく内にこうなってしまったであります」

「趣味も本気でやれば上達するってことだな」

「望月がゲーマーなのもこれと似たようなものということか」

「まぁ、あながち間違ってはいないかなぁ」

 

 菊月や長月の言葉に望月はやんわりとした言葉を返す。

 すると他の姉たちからも「望月ちゃんはゲーム得意だもんね♪」、「難しいゲームもスタイリッシュにクリアするもんね!」、「もっちーがゲームしてるの見てるの楽しいもん♪」と何故かちやほやされてしまったので、望月はなんとも言えずにただただ頬を赤く染めるのだった。

 

 ーー

 

 一方、その隣ではお馴染みオータムクラウド先生とロールクラウド画伯によるそれぞれの似顔絵作品が複数展示されている。

 

「わぁ、秋雲ちゃんってやっぱり上手だね!」

「翔鶴さんに瑞鶴さん、それに司令官と阿賀野さん……どれも上手ね」

 

 吹雪と白雪がオータムクラウド先生の絵を絶賛すると、オータムクラウド先生は「どもども♪」と得意げに返す……がその横では、

 

「……巻雲〜、これなんだよ……怪獣?」

「エイリアン……というかUMA?」

 

 深雪と初雪がロールクラウド画伯の独創的な抽象画(?)に首を傾げている。

 これには流石の叢雲もフォローのしようがなく、磯波も浦波も苦笑いを浮かべることしか出来ないでいた。

 何しろ似顔絵なのに抽象画と呼ばないと説明が出来ないくらいの色使いや構図で、とある絵に至っては口から火のような赤い何かを噴き出しているのだ。

 

「これは右から司令官さまです!」

 

 そんなみんなにロールクラウド画伯が自信満々で説明をすると、一同は驚愕。何故なら提督の絵が口から火を噴き出しているものだったから。

 なので、

 

「で、なんで司令官が口から火を噴いてるわけ?」

 

 叢雲はいの一番に質問した。

 

「これは火ではありません! タバコの煙です!」

 

 その説明にまたまた一同は驚愕する。

 

「タバコの煙って白いよね?」

「赤くはないね」

「はい。ですが、ただそのまま書いてもつまらないので、大胆に赤くしてみました!」

 

 磯波と浦波の言葉にロールクラウド画伯はまさにキリッと眼鏡を上げて説明。

 そもそも似顔絵はある程度のデフォルメはつけてもそのままの画題を書く。

 なのでロールクラウド画伯の感性が天才的過ぎて理解され難くく、叢雲たちだけでなく目にした者たちへ驚きと芸術の奥深さを教えていた。

 

 ーー

 

 丁度その頃、

 

「いやぁ、大分盛り上がってんじゃねぇか」

「そうだね♪ みんなの笑顔があふれてるもん♪」

「やっぱりこういうちょっとした催し物があった方がいい気分転換になるのよね」

 

 提督・阿賀野・矢矧の三人が午後からの執務を再開する前にこちらの様子を見にやってきたところ。能代と酒匂は午後一から遠征へ向かった。

 提督が来たと分かると多くの者たちは提督の周りに集まり、挨拶だけでなく誰がなんの展示をしているのか、誰のどの作品がオススメだとかと、色々と情報をくれる。

 

「ふふふ、提督はやはり皆さんから慕われていますね」

 

 そこへ声をかけてきたのは高雄。その後ろには鳥海の姿もあり、提督たちへニッコリと笑って軽く手を振っていた。

 

「まぁ慕われてなきゃ提督なんざやってらんねぇさ」

「女の子大好きな提督だからこそ渡り合える職場でしょうね」

 

 提督の言葉に高雄は軽い冗談を返した上でイタズラっぽくウィンクする。

 すると提督は「だって男の子だもの」と何故か胸を張って返した。

 

「司令官さんは相変わらずですね……阿賀野さんの苦労に同情してしまいますよ」

「う〜ん、鳥海さんが思ってるほど大変じゃないよ? みんなの前ではいつもこうだけど、阿賀野と二人っきりの時は阿賀野のことだけで頭をいっぱいにしてくれるもん♡」

 

 阿賀野がナチュラルに惚気けて返すと、鳥海は「な、なるほど……」となんとも言えない反応を見せる。

 当然、こんなナチュラルシュガートークに慣れっ子の矢矧は「受け入れるのよ」と達観したように爽やかな笑顔を見せ、そっと鳥海の手に間宮監修の「激苦珈琲キャンディ」を握らせるのだった。

 

 ーー

 

 提督一行はその場の流れで高雄と鳥海とも一緒に展示を見て回ることに。

 すると先ず阿賀野たちの目に止まったのは、

 

「頑張って作りました!」

「お配りしてるのもありますよ〜!」

「見て楽しい! 食べて美味しい! かも!」

 

 瑞穂・テスト・秋津洲が手がけた飴細工の展示だ。

 

「はわ〜、これが飴なんですか……?」

「犬や猫に金魚……それでこちらのは……?」

 

 ただただ圧倒される鳥海とは違って高雄はみんなに配る用の小さな飴ではなく、メインで展示されている飴細工に小首を傾げる。

 どうしてかというと、作品が鳥と花だということは分かっても、それが正確になんの鳥でなんの花なのかはパッと分からなかったから。

 

 このメインの飴細工は円柱のガラスケースに入れられており、大きさは縦も円の直径も約1メートル程。

 細かく説明すると円柱を横に3等分してその中央部に黄色いアイリスと白いユリ、紫色の菊の花と淡いピンク色の桜の花とされる4種類の飴細工がひしめき合うように乱れ咲き、その下に花を見上げる白い鳥と花たちの上に花を見下ろす緑色の鳥といった飴細工が展示されている。

 

「キジとニワトリは日本とフランスのそれぞれの国鳥で、花はそれぞれの国花だな」

「流石提督ですね。その通りです」

「私たちは比較的皆さんよりはお暇がありましたので、日本とフランスの友情を飴細工で表現しました」

「それでそれで、作り始めたらこんな超大作になっちゃったの♪」

 

 提督のつぶやきにテストたちが嬉しそうに言葉を返すと、阿賀野たちも『なるほど〜』とまた新鮮な気持ちで改めてその飴細工を見つめた。

 

「国花や国鳥は有名だが、他にも日本じゃ国菌の麹菌、国石の水晶、国蝶のオオムラサキとかあるんだよな」

「そうですね。前に読んだ小説でそのようなことが書かれていました」

「フランスでは何か国を代表する物って他に何があるの?」

 

 雑学に明るい提督の言葉に鳥海が頷き、阿賀野と高雄は『素敵〜♡』とうっとりして提督を見つめる。

 その横でただ唯一質問した矢矧にテストはというと、

 

「う〜ん……国技にフェンシング、ペタンク、サバットがあるってことくらいですかね? 市民権を勝ち得た国技になると柔道とかサッカーとかモータースポーツとか色んなのがありますよ。柔道なんてフランス発祥だと思ってた国民も多かったです」

 

 国技のことや市民権を勝ち得てそのスポーツの強豪国となっていることを話してくれた。

 

「確かに、フランスも柔道が盛んですよね」

「F1レースも有名なのがありますものね」

 

 鳥海や高雄が納得してうんうんと頷きながら言葉を返すと、テストはまた母国のことを知ってもらえて嬉しそうに笑った。

 

 ーー

 

 日本とフランスのいい友情作品に加えてフランスの文化をまた少し理解出来た提督たち。

 他にもプリンツが描いたビスマルクの肖像画(〇ルサイユの薔薇タッチ)や、イタリア艦たちが日本に来る際に本国から持ってきた私物のヴェネツィアガラスで出来たワイングラスや花瓶の展示、ポーラがこれまで飲んできたワインのコルクこれくしょん、イヨや隼鷹たちが今も大切にして残している珍しい酒瓶これくしょん……などなど、本格的な物からユニークな物まで数多く展示されていて楽しむことが出来た。

 

 しかしーー

 

「あの、司令官さん……あれはなんでしょうか?」

 

 ーーただ1つだけ、提督にとっては見たくない展示があった。

 

「司令官待ってましたよ!♡ 青葉たちは当然、司令官の素晴らしさを皆さんへ伝えるためにこうして力を合わせて力作を作り上げました!♡」

 

 そう、それは青葉を筆頭にガチ勢たちが寝る間も惜しんであふれる提督LOVEを思うがままに表現した作品が並ぶブース。

 ここだけは提督も極力見ないようにしていた。

 が、鳥海が気付いてしまったこともあるが、ガチ勢たちが提督を見逃すはずがないためにこうして回避不可になってしまった次第だ。

 

「青葉は主に写真です!♡ 見てください!♡ どの司令官も格好良く撮れてて、青葉イチオシの写真たちです!♡」

 

 フンスフンスと鼻息荒く力説する青葉。

 しかしどれも変な写真ではなく、凛々しかったり、楽しげに笑っていたり、物憂げに何かを見つめていたり、といつもの提督とは違った魅力を引き立てている写真ばかり。

 なので、

 

「わぁ、この提督さん素敵〜♡」

「まぁ、これは……あらあら♡」

 

 奥様と高雄は提督の写真に釘付け。

 

「良かったですね、司令官さん♪」

「色男は辛いわね〜?♪」

「うるせぇ」

 

 よって鳥海や矢矧からは冷やかされ、提督は恥ずかしそうに帽子を深く被って顔を隠す。勿論この瞬間も青葉に盗撮撮影されていることを提督は知らない。

 

「…………で、だ。青葉よ」

「はい、なんですか司令官?♡ ご褒美のキスですか!?♡」

「違う……出来れば触れたくないんだが、ど〜〜〜〜〜〜しても触れておかなきゃいけねぇことがあるんだ」

「なんでしょう?♡ 青葉の今日の下着の色とかですか!?♡ 因みに今日は水色です!♡」

「違う違う……あのな、この西郷隆盛みたいな銅像はなんだ?」

「え? どう見ても司令官ですよ? 格好いいでしょう!?♡」

 

 青葉の答えに提督はこう思ったーー

 

 違うそういうことじゃない

 

 ーーと。

 

 何しろ台座に自分を模した等身大提督像が立っているのだから、提督としては恥ずかしいことこの上ない。

 

「バレンタインデーの時のチョコで作った司令官像はどうやら不評のようでしたので、今回はありのままの司令官をそのまま像にした次第で……」

「いやいや、そういう経緯じゃなくてよ。なんでこんなもん作っちゃったのかなぁって! なんでこんなもん作っちゃったのかなぁって! しかもこのクオリティで!」

「え? 夕張さんと明石さんが設定した3Dプリンターで銅像風にしたプラスチック製のフィギュアですよ? 現代技術って進化しましたよね〜♡」

 

 提督の羞恥を知らず、青葉はその提督フィギュアのスネ辺りに頬擦りする始末で、なんともカオスな言い争い。

 しかしこのクオリティには流石の阿賀野も高雄も注意するよりは、感心の方が大きく『まぁ、悪い作品ではない……♡』とかなりの好評価。

 これには青葉と同じくブースにいたガチ勢たちも渾身のガッツポーズをしている。

 

「…………正直なとこ、これを見て俺はどんな顔したらいいかわっかんねぇわ」

「笑えばいいのでは?」

「馬鹿め、と言って差し上げますわ!」

「きゃあ、司令官に怒られちゃいました〜♡」

 

 ワイワイキャッキャと全く心のキャッチボールが出来ていない提督と青葉。

 そもそも矢矧や鳥海はーー

 

(何故高雄姉さんのセリフを……というか、おネエ口調になってます)

(名シーンがこんなにも嫌な形で再現されるなんて……)

 

 ーーと、別々のところへツッコミを入れていた。

 

 そんなこんなで提督は恥ずかしい目にあったものの、鎮守府芸術祭は大いに盛り上がった。

 

 因みに夕張や明石が導入した3Dプリンター技術はガチ勢は勿論だが、LOVE勢も大いに活用し、また彼女たちの手元に新しい提督グッズが増え、阿賀野もその中の一人になっていたというーー。




芸術の秋ということで、今回はこんな回にしてみました!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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突然

 

 10月も中旬に入った泊地の鎮守府。

 今日も艦娘たちは訓練や秋刀魚漁船護衛&安全確保任務に身を投じ、国のため国民のためとその額に汗を流す。

 

 そんないつも通りの朝ーー

 

「ぐぉ〜……ぐぉ〜……」

 

 ーー執務室のソファーでは提督が爆睡していた。

 

 昨日は提督がやるべき執務の量が鬼のように多く、提督はこのように完徹して今しがた床についたばかり。

 本当ならば仮眠室に行かなければいけないが、流石の提督も完徹のせいでソファーでそのままダウンしてしまったのだ。

 

「…………はぁ」

 

 なので今回ばかりは矢矧も目を瞑る模様。

 能代は提督のために毛布を掛け、酒匂は執務室のドアに『提督就寝中。静かに入室するように☆』と張り紙をし、少しでも提督が休めるようにしていた。

 

 ーーーーーー

 

 一方その頃、阿賀野はというとーー

 

「うぁ〜ん、提督さんからのキスが無くて力が出ないよ〜……」

 

 ーー夫からの愛が枯渇し、嘆きながら海の上を駆けている。

 

 阿賀野はこれから艦隊の旗艦として演習海域にて、他鎮守府の艦隊と演習を行う予定。

 しかし今日は提督が仕事に追われていつものイチャイチャタイムが無く、阿賀野のテンションはダダ下がりなのだ。

 

「とかなんとか言っちゃってぇ。演習行く前に寝てる提督さんにキスしてきたでしょ?」

「そうだクマ。阿賀野ばっかりズルいクマ。球磨たちにもキスくらいさせろクマ」

 

 それでも同艦隊に編成された由良と球磨の二人は阿賀野へ贅沢言ってんな、とばかりに文句をつける。

 

「はいはい、演習前に揉めないの。相手は空母と戦艦艦隊なのよ」

「五十鈴さんの言う通りです。揉めたことが原因で敗北をするなんてことになれば、私たちのために徹夜で執務を頑張ってくれた提督に会わせる顔がありません」

「それに〜、私たちだけで相手艦隊に勝ったら〜、提督は絶対喜んでくれると思うな〜」

 

 五十鈴の仲裁と神通の注意、そして長良が餌をチラつかせれば、あら不思議。たちまち由良と球磨のモチベーションは最高潮に達し、やる気に燃える。

 

 今回の編成はこの通り軽巡洋艦のみの編成。

 これは相手提督から泊地最強と謳われる興野提督自慢の軽巡洋艦たちに、自分のところの最高の艦娘たちとをぶつけてどこまで通用するのかを知りたいとお願いをされたから。

 なので提督はいつものように阿賀野を旗艦に据え、随伴艦には五十鈴・由良・球磨・長良・神通という編成にした。

 

 実を言うとこのメンバーは泊地内外でそれなりに名を馳せている艦娘たち。

 

 五十鈴に至っては"小さな守護神"とまで呼ばれ、それだけ対空戦闘に長けており、ケッコンカッコカリをしてからは一度も相手は勿論、敵の航空隊にすら仕事をさせたことがない。

 

 由良は鎮守府では提督LOVEガチ勢に入るやべぇ奴という印象が先行しているが、一度海に出れば必ず開幕魚雷で狙った相手を沈黙させる凄腕のスナイパー。

 しかも夜戦での魚雷命中率も100%を誇るため、過去に一度演習をしたことのあるアメリカ艦隊の艦娘たちからは"ホークアイ"なんて呼ばれている。

 

 球磨の場合は未だ戦闘中に荒々しさがあるものの、その眼光に睨まれただけで戦艦ですら臆させる気迫があり、その雄々しさから"野獣(ビースト)"と呼ばれることも。

 

 長良は戦闘状態に入ると、いつの間にか相手との距離を詰めてゼロ距離から主砲や魚雷を打ち込むため、それが大きな爪痕を残す虎のようと揶揄されて"水虎"と呼ばれる。

 

 一方で神通のことは"水龍"と評されることがあり、その所以は相手に悟られず魚雷を放ち、それに相手が気が付いた頃には被雷しているという神業を見せるためで、その魚雷が龍のように迫りくる様から来ているんだそうな。

 

 そして阿賀野は"道化師(ジョーカー)"と呼ばれており、軽巡洋艦の利点の全てを体現していることからきている。

 回避率、主砲命中率、魚雷命中率……全てにおいて群を抜き、あの鬼山元帥から『あの軽巡はバケモノだ』とまで言わしめた程。

 

 よって今回の演習は慢心さえしなければ……いつものようにやれば阿賀野たちの圧勝だろう。

 仮に負けたとしてもそれはそれで受け入れて自分たちの次への糧にするため、だからこそ強さに磨きがかかるのだ。

 

「勝って帰って、提督さんにいっぱいご褒美もらお!♡」

「由良もご褒美にキスしてもらう!♡」

「球磨は一晩過ごしてもらうクマー!♡」

「頑張r……させないからね!?」

 

 こうして阿賀野もいつもの調子を取り戻し、由良や球磨とワイワイガヤガヤする。

 そんな三人を後方で見つめる五十鈴たちは『相変わらずだなぁ』と苦笑いしつつ、しっかりと気を引き締めて演習に臨むのであった。

 

 ーーーーーー

 

 阿賀野たちが演習海域に入り、これから演習が始まろうとしている頃。

 

「ーー了解……えぇ、まだ提督は寝てるわ。うん、伝えとく。それじゃ頑張ってね。終わったら連絡頂戴」

 

 阿賀野から演習前の最終連絡を受けた矢矧は姉との通信を切ると、提督の方へ視線を向ける。

 提督は相変わらず豪快ないびきを掻いており、矢矧はそんな無防備な提督へ優しい笑みを向けていた。

 

 すると執務室のドアがカチャリと小さな音を立てる。

 矢矧がドアの方へ視線をやると、

 

「おはよう、矢矧ちゃん」

「おーっす」

「おはよ〜」

 

 高雄・天龍・龍田の三人がにこやかに小声で入室してきた。

 

 矢矧はすかさず三人の元へ近寄ると「何かあったの?」と小声で訊ねる。

 

「私はほら、阿賀野ちゃんに言われて護衛に」

「オレと龍田は遠征の報告書を持ってきた」

「長期遠征のあとだったから、ちょっと遅くなっちゃった」

 

 それぞれが訪れた理由を述べると矢矧は『なるほど』と小さく頷いた。

 するとそこで提督の目が覚め、むくりと上半身を起こして何やら辺りを見回す。

 

「おはよう、提督」

「おう、起きたかよ、てーとく♪」

 

 矢矧と天龍が提督へ軽く挨拶すると、提督はまだ眠そうにしながら「……おう」と手を振って返した。

 

「もう少し寝ててもいいんじゃない?」

「龍田ちゃんの言う通りです。私もこれから矢矧ちゃんたちの補佐に入りますから、提督はもう少しお休みになってください」

 

 龍田と高雄は提督へもう少し休むよう優しい言葉をかける。

 それに対し提督は「……あんがと」と返しながら、もぞりとソファーから立ち上がった。

 

「提督?」

「? あぁいや、便所に行くだけだ」

 

 小首を傾げる矢矧に提督はそう返し、執務室のドアノブへ手を伸ばす。

 しかしーー

 

 ドサッ……

 

「え?」

 

 ーー提督は不自然にゆっくりとだが、前のめりに倒れてしまった。

 

 矢矧はそのほんの数秒の出来事がスローモーションのように感じる中、天龍は「何やってんだよ……」と提督を起こそうと彼の両脇に手を伸ばす。

 

「っ!?」

 

 すると天龍の顔付きが変わった。

 

「龍田、矢矧、提督の下半身を持て! ソファーへ運ぶぞ! 高雄、明石に連絡して来てもらってくれ!」

 

 咄嗟の天龍の指示に他の三人は即座に行動を開始。

 どうして天龍がこんな指示を出したのか。

 

 その理由は提督の体温が極端に冷たかったから。

 

 ーーーーーー

 

「………………」

 

「おい明石、どうなんだよ?」

「よ、容体はどうなの?」

 

 ソファーに仰向けで横になる提督とそんな彼を診断する明石。

 心配でソワソワオロオロしている矢矧には高雄が小さく「落ち着いて」と声をかけ、診断結果を急かす天龍の方は龍田が優しく手で制して落ち着かせる。

 

 数分後、診断を終えた明石が素早く提督の元を離れると、執務室の電話へ駆け寄った。

 

「……こちら、〜〜鎮守府所属の工作艦明石です。興野提督が意識不明の重体で、原因は不明。こちらでは手の施しようがありませんので、大至急ドクターヘリの手配をーー」

 

 その言葉に矢矧と天龍は勿論だが、高雄と龍田も息を呑んだ。

 

 明石が連絡したのは泊地内一ヶ所だけある国防軍専用の病院(災害等の緊急時には一般人にも開放する)。

 鎮守府の側にも病院はあることにはあるが、軍人が一般の病院へ搬送される件数はごく僅か。

 それは国防軍に所属する誰もが"もしも自分が何らかの病気などで倒れた際、軍病院へ搬送するように"と己の軍隊手帳の意思表示欄へサインしているから。

 勿論上が強制的にサインさせているのではなく、個人の意思でサインするか否かを決めている。

 

 何故、提督が一般の病院への搬送を避けているのか……それは自分とタッチの差等で受け入れを拒まれてしまう一般人が出るのを避けるためだ。

 自分は国民のためにこの命を盾にすると誓った身。

 なのでどんなに自分が1分、1秒を争う状況下に陥っても国民を最優先する。

 こうした理由で明石は提督の意向を尊重し、一番近くの病院に連絡するのを堪えて泊地内の国防軍軍病院へ連絡をしたのだ。

 しかしーー

 

「ーー駄目です! そんなに時間が掛かったら提督が死んでしまいます! もっと早くに到着出来ないんですか!?」

 

 ーー明石は悲痛に近い叫び声で受話器の向こうへ訴える。

 

 そこでこの場にいる誰もが同じことを考えた……

 

 

 

 

 提督が死ぬ

 

 

 

 

 ……と。

 

 すると矢矧は両脚の力を無くし、その場にへたり込んでしまった。

 

 人がいつか死ぬことは理解してる

 突然そうなることも

 だって自分たちは

 命がいつ絶たれてもおかしくない

 軍人なのだから

 

 しかしいざそうなってみると

 頭が真っ白になった

 

 まだまだ一緒に居れると思ってた

 明日も明後日も明々後日も

 来週も来月も来年も

 戦争が終わった

 

 そのあとも

 

 なのにその当たり前が消える

 知らない 知りたくない

 分からない 分かりたくない

 

 嘘……全部何かの嘘

 嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘ウソうそウソうそウソうそウソうそウソうそウソうそウソうそウソうそウソうそウソうそウソうそウソうそウソうそウソうそウソうそウソうそウソうそウソうそウソうそウソうそウソうそウソうそウソうそウソうそウソうそ

 

 

 

 

 

「……了解しました。ではその通りに」

 

 明石はそう言って電話を終えると、無線で妖精たちに指示を出した。

 

 ほんの数秒で妖精たちは執務室へ担架を持ってやってくる。

 迅速に提督を妖精たちが担架へ運び、せっせと1階に用意してあるストレッチャーまで搬送。

 

「ーーちゃんっ」

「…………」

「矢矧ちゃんっ!!!!」

 

 高雄に大声で呼ばれた矢矧はやっと我に返る。

 

「提督は大変危険な状態です。提督の意思に反することになりますが、やむを得ず鎮守府から一番近い総合病院へ搬送してもらうことになりました。矢矧さんは提督に付き添ってください」

 

 明石から説明を受けた矢矧はいつの間にかあふれていた涙を拭きつつ、一目散に妖精たちのあとを追った。

 そんな矢矧を見ながら、

 

「貴女も付いて行って。タイミングが悪いことに能代ちゃんも酒匂ちゃんもそれぞれ訓練海域に出ちゃってる。矢矧ちゃんだけでは過酷過ぎるわ」

 

 高雄が天龍へそう指示を出す。

 

「お前の方が適任なんじゃねぇか?」

「……阿賀野ちゃんたちに冷静に説明出来る人が必要でしょう?」

 

 高雄は笑顔を見せて天龍の肩を掴んだ。

 すると天龍は素直に「分かった。こっちは任せろ」とだけ告げて、矢矧のあとを追った。

 

 本当なら自分もあの人の元へ行きたい

 でも今は自分の感情を抑えるべき時

 だから貴女に自分の想いを託す

 

 天龍は高雄の笑顔の裏にある強い意思を汲んだのだ。

 

「…………龍田ちゃん。悪いけど、混乱を収めるの手伝ってくれない? きっとみんな動揺してるはずだから」

「えぇ、勿論よ」

 

 こうして高雄と龍田は残り、救急車で搬送されていく提督たちを見送ってから、他の艦娘たちへの迅速な対応に移るのだった。

 

 

 

 

 

 ーーーーーー

  

「…………さん!」

 

「…………のさん!」

 

「興野さん! 聞こえますか!? 興野さん!」

 

 同乗する救急救命士の一人が必死に提督へ声をかける。

 ペンライトを目へ向けて当ててみても、提督の反応は皆無で自発的ではなく救急車の走行する振動で揺れているのみ。

 

「提督、お願い! しっかりして!」

 

 すぐ横で矢矧が懸命に震える声で叫ぶが、やはり提督にこれといった反応はみられない。

 

「脈拍が弱いな」

「反応なし。乳酸リンゲル液全開」

「血圧は80の50」

 

 三人の救命士たちは提督へ声をかけながらも、適切に今出来ることを迅速に施していく。

 

「興野さん、聞こえますか!?」

「しっかりしてください、興野さん!!」

 

 提督は微かにまぶたを開けるが、すぐにまた閉じる。

 そんな提督へ矢矧は救命士らと共に何度も何度も呼びかけるが、天龍に至ってはただただ提督の無事を祈りながら提督を見つめていた。

 

 ーーーーーー

 

 提督が病院に搬送されて暫く経った頃。

 

「こちら旗艦阿賀野。無事に演習を終え、これより帰投します。勿論勝ったよ〜☆」

 

 キラリーンと相変わらずお茶目に報告する阿賀野。

 しかし、

 

『お疲れ様、阿賀野ちゃん。安全な航路だろうけど、気をつけて帰って来てね』

 

 通信機器から聞こえてきた声は最愛の夫の声でも妹の声でもなかった。

 

「あれ、高雄さん? 提督さんはまだお休み中? みんなは?」

 

 阿賀野のその質問に高雄は一瞬だけ迷ったが、

 

『……えぇ、まだね。矢矧ちゃんも今はちょっと席を外してるの。だから私が代わりに』

 

 艦隊みんなの無事を最優先して敢えて提督のことは避ける。

 

「そっかぁ、でも仕方ないよね。提督さんは阿賀野たちのために頑張ってくれて、みんなはそんな提督さんのお仕事をカバーしてるんだもんね」

『……えぇ、そうね。これからも頑張ってもらいましょう』

「そんな提督さんをみんなで支えようね! それじゃあ、鎮守府の正面海域に入ったらまた報告するね〜☆」

『えぇ、気をつけて』

 

 こうして阿賀野は報告を終えると、また五十鈴たちと共に意気揚々と鎮守府への帰路を駆けるのだった。

 

 ーーーーーー

 

 その頃、阿賀野との通信を終えた執務室ではーー

 

「…………っ」

 

 ーー高雄が通信機を強く握り締め、己の唇から微かに血を流すほど食いしばり何かを懸命に堪えていた。

 本当ならいの一番に阿賀野へ提督のことを知らせてあげたい。

 しかしそうしたら急ぐあまり警戒を怠って深海棲艦に大きな隙を与えることに繋がり、阿賀野たちを危険に晒してしまう……安全な航路とはいえど、今の世の海に安心安全な場所はないのだ。

 なので高雄は歯を食いしばり、本当のことを口にしなかった。

 

 鎮守府に残っていた他の艦娘たちへの対応は龍田の協力もあって大きな混乱も起きず、なんとか出来た。

 それでもあの場に居合わせてしまったLOVE勢や忠犬勢……当然ガチ勢と多くの艦娘たちの顔には不安の色が強く表れ、中にはその場で両膝を突いて泣き崩れる者の姿もあった。

 それだけ提督という存在は高雄を始めとして、艦娘たちにとって大きな大きな存在なのだ。

 

「高雄さん」

 

 すると龍田が高雄へ声をかける。

 高雄が振り向くと、龍田はただ静かに「血、拭いた方がいいですよ?」とだけ言って、ポケットティッシュを手渡した。

 

「ごめんなさい……ありがとう」

「辛いなら阿賀野ちゃんたちには私が対応しましょうか?」

「いいえ、私が対応するわ……私まで弱気になってしまってはいけないもの」

「でも……」

「もう大丈夫。先ずは提督の最愛の人と大切な仲間たちが無事に鎮守府へ帰ってくることが第一よ」

 

 先程とは違って力強い眼差しを返して言う高雄に、龍田はホッとしつつ笑顔で頷きを返す。

 すると龍田のスマホが鳴り響いた。

 宛名はーー

 

『天龍ちゃん』

 

 ーーからだった。

 

「……はぁい、龍田だよ〜」

 

 龍田はスピーカーをオンにして高雄にも聞こえるようにしながら電話に出る。

 

『あぁ、龍田か。オレだけど、提督が倒れた原因ってのは体内出血だそうだ』

 

 天龍からの報せに高雄は「体内出血って何処から?」と訊ねると、天龍はほんの少し沈黙したあとでーー

 

『…………オレがバカやって、提督を大怪我させちまった時の傷跡ってことしか分かってねぇ……』

 

 ーー原因は天龍自身が過去に犯した愚行によるものだと、端的に伝えた。

 

「……そう、古傷からなのね……」

「天龍ちゃん、気にしないでなんて私から言っても無駄でしょうけど、提督は天龍ちゃんのせいとは思ってないわ。だからやけになっちゃダメだよ?」

 

 こればかりは天龍もショックを隠しきれないし、高雄や龍田も完全にはフォロー出来ない。

 しかし龍田へ天龍は、

 

『んなの分かってる。それに今ここでオレが自分を責めたって提督が目を覚ます訳じゃねぇし、目が覚めたら死ぬほど謝らせてもらうからな』

 

 だから変な心配すんなと、最後は明るい声色で返す。

 すると龍田も高雄も思わず安堵のため息を吐いた。

 

「それで、提督はこれからどうなるの?」

『今の容体はなんとか薬で安定してるが、エコー検査でも出血場所が何処からなのかハッキリしなかったみてぇだ。あの時は足だけじゃなくて体の至るところにダメージがあったからな』

「じゃあ、実際に切ってみないと分からないってことね」

「矢矧ちゃんの方は?」

『あぁ、ずっと死にそうな顔してるよ。今はあいつが親族ってことで手術の説明を医者から聞いてる』

 

『それより、阿賀野には言ったのか?』

「……まだよ。無事に鎮守府へ帰ってきたら伝えるわ」

『そっか……まあそれが妥当だよな』

「えぇ、ありがとう。それじゃあ、また進展があったら連絡して」

『了解。ガチ勢とかが病院に押し寄せるみたいなことになんねぇようにしてくれよな。他の人らの迷惑になっちまうからよ』

「それこそ大丈夫よ〜。もし病院に向かうなんてことをしたら問答無用で異動させるって伝えてあるから〜」

 

 龍田がにこやかにそう伝えると、天龍は苦笑いして電話を切った。

 

「…………はぁ」

「流石の私も今回ばかりは心配だわぁ」

「えぇ、本当に……」

「信じて待ちましょう。それともう少しでお昼になるし、訓練に行ってた子たちに提督のこと教えなきゃ」

「そうね。くよくよしていられないわね」

 

 こうして高雄と龍田はこれからのために行動を開始したーー。




提督は無事に生還出来るのか?
艦娘たちはどうなるのか?

次回をお楽しみに!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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約束

一部気分を害するシーンがあります。
ご了承ください。


 

 病院ではーー

 

「第三オペ室だ、急げ」

「はい、先生」

 

 ーー提督が本格的な手術へ向け、オペ室へと運ばれていく。

 

 矢矧と天龍もそのあとを追い、ギリギリまで提督の側を離れまいとしていた。

 しかし、

 

「ここからは我々のみです」

「お二人は待合室でお待ちください」

 

 とうとう離れなくてはいけなくなる。

 

「提督をよろしくお願いします!」

「お願いします!」

 

 医師や看護師たちに二人は頭を下げると、医師は「最善を尽くします」と返してオペ室へと向かった。

 

 二人してオペ室に提督が入ったことを確認したあとで、二人は待合室のある方へと歩を進める。

 

 そんな中、待合室の近くまで来たところでーー

 

「なんで病院に人殺しがいるんだ?」

 

 ーータイミング悪く、毎回鎮守府前でデモ活動をしている幹部の男と出くわしてしまった。

 天龍も矢矧も男を相手にしないよう通り過ぎようとするが、

 

「おいおいおい、人殺しってのは言葉も喋れねぇのか? なんとか言ったらどうなんだ? ここはお前たちみたいな人殺しがいていい場所じゃない! そもそもお前たちみたいな人殺し共は平和な日本に居場所なんてないんだからな! 人の税金で人殺しをしてる野蛮な人種はこの世から消えろよ!」

 

 男は二人の前に立ちはだかり、声を荒げてこの場から出て行けと訴える……周りには他の人たちがいるというのに。

 

「そもそもお前たちは病院に用がないはずだろうが……だとしたらあれか? お前たちのトップ……お前たちに人殺し命令を出してる奴が病気か大怪我でもしたのか?」

 

 ただただ押し黙る天龍たちを見た男は煽り口調でケラケラと愉快そうに笑いながら問いかけた。

 そして二人の沈黙を男が肯定の意味として取ると、

 

「あひゃひゃひゃ! こりゃ傑作だ! 人殺し命令を出す外道司令官も所詮はただの人ってことだな! そしてちゃんとお天道様から罰がくだって死ぬ! そうかそうか、平和への第一歩だな! 今日はいい酒が飲めるぞ! 祝杯だー!」

 

 大声で笑い、叫び、死んで当然だと言い放ちながらの狂喜乱舞。

 これには流石の矢矧も拳を振り上げようとしたが、その前にすかさず天龍がそれを軽く手で制し、『こんなの相手にすんな』とアイコンタクトした。

 それでも男の興野提督へ対しての暴言は止まらない。

 

「平和を壊す人殺しがまた減るんだ! 最高の場面じゃないか! これでこの街にまた平和が来るぞ! 戦争反対! 戦争してる国防軍なんて消えちまえ! 武器なんか捨てて対話しろ!」

 

 男の暴言は更にエスカレートし、挙げ句の果には周囲にいる赤の他人にまで「平和が来るぞ!」、「嬉しいよな!」、「喜ばしいよな!」などと賛同を求めて絡む始末。

 

 するとそんな男の前に5歳くらいの小さな少年が近付いてきた。

 そしてーー

 

 

 

 

 どうしてまもってくれるひとをわるくいうの?

 

 ぐんじんさんはへいわのためにたたかってくれるけど、おじちゃんはへいわのためになにをしてくれてるの?

 

 まもってくれるひとにひどいことをいえばへいわになるの?

 

 

 

 

 ーー純真無垢な少年の問いに、男は呆気にとられて口をあんぐりと開けたまま硬直する。

 更に少年はこう続けた。

 

「しんかいせいかんはひとじゃないっててれびでもいんたーねっとでもいってたよ? それなのにぐんじんさんはひとごろしなの? おしゃべりできないひととどうしたらおしゃべりできるの? おじちゃんたちならしんかいせいかんとおしゃべりできるの?」

 

 投げられたどの質問にも男は口をパクパクさせるだけで、何も言葉を発せずにいる。

 するとその少年の母親らしき女性が少年を優しく抱きかかえた。

 

「こら、知らない人に何言ってるの」

「だってこのおじちゃんおかしいんだもん。ひとのふこうはわらっちゃいけないってようちえんのせんせーがいってたもん」

 

 母親に少年は自分が感じたまま、教えられてきたままを言葉にすると、母親はそんな息子を「こら」と軽く叱る。

 そして元いた席に戻る際、

 

「あなたたちの主張は立派だと思いますが、日本人としての心が欠如してるように見えます。日本は何を言ってもいい国ですが、子どもの前で人が不幸になっていることを高らかに嬉々として叫ぶような、教育に悪いことはしないでください」

 

 真っ向から中立的且つ正論を言われた。

 すると周りからも、

 

「何が平和だ」

「人の不幸を喜ぶのが平和なのか」

「平和主義が聞いて呆れる」

「本当に何も分かってないのはあんただ」

「この街は鎮守府があるからこれまで平和だったんだ」

 

 続々と正論を言われ、男は先程までの威勢の良さが彼方へと消え失せていた。

 

「お、俺たちはお前らのために平和を訴えてるんだぞ!? そもそも日本に軍があることが罪なんだ!」

 

 そしてまさかの逆ギレ。

 これには先程まで怒りを押し殺していた矢矧ですら、呆れ果ててしまう。

 そんな男へ、

 

「誰がそんなこと頼んだ」

「勝手に代弁者を気取るな」

「日本は国防軍があるから平和なんだ」

「騒いでるだけでお金もらえて幸せですね」

「軍がなければあんたみたいな人は無職だろ」

 

 やはり周りの人々はまっとうな反論をし、男は居心地が悪くなって「お、お前ら全員死んじゃえ!」などと子どもみたいな言葉を吐き捨てて逃げてしまった。

 それを天龍と矢矧がただただ見つめていると、

 

「おねえさんたち、いつもまもってくれてありがとー。ふたりのおともだちがげんきになるといいね!」

 

 先程の少年が優しい言葉と笑顔を二人にかけてくれた。

 少年に天龍と矢矧は『ありがとう』と笑顔で返すと、周りの人たちへ『お騒がせして、申し訳ありませんでした』と頭を下げてから、改めて待合室へ入るのだった。

 そんな天龍たちの背中を人々は温かく見送っていた。

 

 

 ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 ピッ……ピッ……ピッ……

 

 心拍計の無機質な音が規則正しくオペ室に響き、その中で医師たちは一人の命を救おうと最善を尽くしている。

 

「左脚だけではなく、深い打撲跡が残る胸部や腹部の箇所からの出血もある……これは酷いな」

 

 軍病院にいる興野提督の主治医から送られたカルテデータと現在の状態とを照らし合わせながら、執刀医は驚きを隠しきれずに思わずそんな言葉をこぼした。

 

「出血している場所が多いですね……」

「一つ一つ処置していくしかないだろう。出血量の多い箇所が最優先だ」

「はいっ」

 

 執刀医の言葉に周りの助手たちは返事をしながら、一つ一つの箇所を見極め、丁寧に素早く処置していく。

 そんな中、

 

「……そういえばこの方、艦娘ではないのに船に乗って一緒に海へ出て、命の危険がある中で指揮していたのが発端で脚を切断してしまったと地元紙で読みましたが、本当の話なんでしょうか?」

 

 ふと一人の助手が執刀医へ訊ねた。

 すると執刀医は「そうらしいな」と端的に言葉を返し、

 

「……私の友人にも国防海軍で提督をしている人はいるが、こういう人は稀だって話だよ。凄い人だよね」

 

 友人ツテで聞いた話を付け加える。

 それを聞いた助手たちは自分たちが今救おうとしている男に注目した。

 

「僕だったら、こんな怪我をしたら絶対に引退しちゃいますよ……」

「私、前線で指揮しろと言われても無理です……」

 

 そして次々に助手たちは自分がもし提督の立場だったら、と口々につぶやく。

 

「でも彼は脚を失っても退役しなかった……そして再びこの街の鎮守府で提督の座について、街に深海棲艦を近づけさせないでくれた。紛れもなく英雄の一人だよ、この御仁は。だから今度は我々がこの御仁を死ぬ気で助ける番だ」

 

 執刀医はそう言って助手たちを奮い立たせると、助手たちは『はいっ』と大声でとはいかないので、凛とした返事をして懸命に手を動かすのだった。

 

 ーーーーーー

 

 その頃、鎮守府ではーー

 

「………………え?」

 

 ーー戻ってきた阿賀野たちが高雄から提督の置かれている状態を聞かされていた。

 

 やはり中でも阿賀野の受けるショックは凄まじく、立っているのがやっとといった感じだ。

 当然、他の面々もショックを隠しきれない様子で、由良に至ってはこの世の終わりでも見ているかのような顔をして大粒の涙を無言で流し、球磨の方はただ呆然と立ち尽くしている。

 

「阿賀野ちゃんは補給後、正門前にタクシーを呼んであるから、それで病院へ向かって。他のみんなは待機」

 

 それでも高雄は冷静に阿賀野たちへ指示を出す。

 

「ゆ、由良も一緒に病院へ……」

「由良ちゃんはお留守番よ〜。代わりに電ちゃんが付き添うから」

 

 付き添いを申し出る由良に龍田は相変わらずにこやかに言葉を返すと、由良は変に悪あがきはせず「……了解」とだけ返して引き下がった。

 ここで自分がごねても、状況は何も変わらないと理解しているから。

 

「ほら、いつまでそうしてる訳? 旦那が待ってるんだから急ぎなさい」

 

 そして呆然とする阿賀野の背中を五十鈴が叩きながら鼓舞すると、阿賀野はちゃんと五十鈴の目を見て頷き、行動を開始するのだった。

 

 ーーーーーー

 

「脈拍88で安定……」

「よし、もう少しだ。集中を切らすな」

 

 提督の手術は順調に進んでいた。

 それでもオペチームは油断することなく、処置を施していく。

 

 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー

 

 その頃、提督は……正確に言えば提督の意識は、何処か遠くのぼやけた世界の中にあった。

 しかしそこは青空が広がり、提督自身は海の上でも漂っているかのように穏やかな波に揺られて彷徨っていた。

 

(俺は何してんだ……? ここはどこなんだ……?)

 

 辺りを確認しようにも体は金縛りにでもあっているかのように動かすことは出来ない。

 

「……阿賀野……」

 

 そして無意識の内に口から出た言葉は、自分が愛して止まない妻の名前だった。

 

 ーー

 ーーーー

 ーーーーーー

 

 プップップップップッ

 

「心室細動が起きました。血圧低下」

「DC(カウンターショック)を150にチャージ」

「150にチャージ」

 

 電気的除細動器がキーンと電気をためる音を放つ。

 

「みんな離れてっ」

「どうぞ」

 

 大きな爆発音と共に提督の体は大きく仰け反った。

 

 ーーーーーー

 

 丁度その頃、

 

「矢矧!」

「天龍さん!」

 

 阿賀野と電が矢矧たちの待つ病院の待合室に到着。

 

「提督さんは……慎太郎さんは今どうなってるの!?」

 

 今の状況がどうなのか矢矧に詰め寄る阿賀野。

 しかし、

 

「分からない……分からないのよ……」

 

 こればかりは矢矧も分からない。

 手術室に入ってしまえば最後。手術が終わるまではただひたすら待つことしか出来ないのだ。

 

 そんな矢矧の今にも泣き出しそうな声を聞き、阿賀野は力なく矢矧の両腕からスルリと手を落とす。

 

「手術中は途中経過の報告なんて出来ねぇからな。こればっかりはオレらは待つことしか出来ねぇよ」

 

 天龍はそう言うと阿賀野の肩を優しく抱き、座るように促した。

 

「言葉じゃ足りないが、本当に悪いと思ってる。オレがあの時にバカをやったせいだ」

 

 だから気が済むまで罵るなり殴るなりしてくれ……と天龍は座り込む阿賀野へ告げる。

 すると阿賀野は「そんなの慎太郎さんは望んでない」とだけ返した。

 

「電も司令官さんはそんなこと望んでないと思うのです。それに司令官さんがいつも言ってたのです……『なんの根拠もないが、大丈夫って思ってれば不思議と大抵のことはなんとかなる』って。だから電たちも大丈夫と信じて待つのが一番だと思うのです」

 

 初期艦であり、長らく提督と苦労を共にしてきた電。

 ある意味で阿賀野よりも彼女が興野慎太郎という提督をこの場にいる誰よりも知っている……なので、阿賀野たちは電の言葉に頷き、ただひたすらに提督の無事を祈って待つことにした。

 

 ーーーーーー

 

「血圧が上がりません……80の40」

「エピ(硬膜外麻酔)をもう1ミリ。輸血の用意を」

 

 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー

 

(もうひと目……阿賀野に会いたかったなぁ)

 

 なんとなく己の置かれた状況がどんな状況なのか察した提督。

 遅かれ早かれいずれはどちらかが先に死ぬと分かっていても、こんなにも早く別れが訪れるとは提督も思っていなかった。

 

 もう一度会って話しをしたい

 

 別れの言葉を言いたい

 

 

 

 

 

 いつまでも愛している

 

 

 

 

 

 愛してくれてありがとう

 

 

 

 

 

 伝えてから別れたい

 提督はそれだけが心残りだった

 

 すると、

 

『………………』

 

 提督はふと自分の周りからいくつもの視線を感じた。

 

 そしてなんとか視線を動かして辺りを確認すると、見知らぬ男たちが提督を取り囲むようしてに立っている。

 

(な、なんだなんだ? お迎えってやつか?)

 

 提督が内心驚いていると、一人の男がスーッと提督の近くまでやって来て、顔を覗き込んできた。

 その男はーー

 

「…………爺ちゃん」

 

 ーー亡くなった提督の母方の祖父であった。

 

 その姿は大日本帝国海軍の制服を身にまとう提督と同じ年代くらいの男だったが、確かに提督の祖父である。

 何故断言出来たのかというと、提督が前に母親から見せてもらった祖父の写真の姿そのままだったから。

 

「爺ちゃん、迎えに来てくれたのか?」

 

 提督の祖父はあの大東亜戦争で重巡洋艦の高雄に乗組員として搭乗していたことがある。

 しかしそんな祖父は終戦後、重い病で提督が生まれるよりずっと前に他界したため、こうして面と向かって会ったのは初めてだ。

 

「………………」

 

 そんな孫の声に祖父は明らかに不機嫌な顔をするのみ。

 

「な、なんだよ……迎えに来たって訳じゃねぇのか?」

 

 その問いに祖父は今度はニッコリと笑って応える。

 

「…………そうか。俺はまだ死ぬ時じゃねぇってことか」

 

 祖父の笑顔から提督が察すると、祖父は歯を見せて笑った。

 すると祖父は周りにいる男たちに手招きし、それによって提督のすぐ側まで集まった男たちはその両手で提督を持ち上げる。

 

「お? おぉ?」

 

 驚く提督をよそに、男たちは皆笑顔を浮かべて提督を胴上げするかのようにふわりと空へ掲げ上げた。

 

 ーー

 ーーーー

 ーーーーーー

 

 ピーッ……ピーッ……ピーッ……

 

「………………っ」

 

 提督は目覚めると、そこはぼやけた世界ではなく、白い天井と蛍光灯の光が広がる世界だった。

 

「慎太郎さん!」

「提督っ!」

「提督!」

「司令官さん!」

 

 そしてすぐ側から聞き慣れた声がした。

 麻酔で意識が朦朧とする中、提督はゆっくりと頭を声がした方へ向ける。

 するとそこにはーー

 

「……おかえりなさいっ」

 

 涙を懸命に堪える阿賀野と

 

「し"ん"は"い"し"た"ん"た"か"ら"〜!」

 

 子どものように泣きじゃくる矢矧と

 

「気分はどうだ、提督?」

 

 優しく訊ねてくる天龍と

 

「何か欲しいものとかありますか?」

 

 気遣いを見せる電と

 

 ーー多くの笑顔が広がっていた。

 

「…………何があったんだ?」

 

 麻酔はまだ抜けきれていないため呂律は不安定であったが、提督はゆっくりと言葉にしてみんなへ訊ねる。

 

「朝に倒れて緊急手術してました。体の中で出血してたのです。手術の方は難しかったみたいですけど、もう大丈夫なのです!」

「提督がこうなっちまったのはオレのせいだ。言葉じゃ到底足りねぇが、本当にすまなかった」

 

 提督の問いに電が答え、天龍は頭を下げる。

 

「天龍……」

 

 そんな天龍に提督はーー

 

「ついていてくれて、ありがとうな」

 

 ーーただ感謝の言葉だけを返した。

 

「っ…………ば、バッカじゃねぇの!? 生死の境を2度もさまよわせた相手だってのに!」

 

 天龍は頬が緩み、泣きそうになるのを必死に堪えながら言葉を返すが、提督はそんな天龍にただただ笑みを送る。

 

「みんな心配してましたし、電たちは高雄さんたちに連絡してくるのです」

「そ、そうだな。早く連絡しないとな!」

 

 電の言葉に天龍はそう言うと、逃げるように病室をあとにした。

 

「矢矧さんも行きましょう」

「グスッ……うぅ……うんっ」

 

 一方で矢矧はまだまだ泣き止まないでいたが、電に手を引かれてその場をあとにする。

 

「………………」

「………………」

 

 電たちの気遣いで二人きりになった夫婦。

 しかし提督としては気不味い空気が漂っているように感じた。

 

「…………すまなかった、心配かけて」

 

 なので数分間の沈黙の後、提督は阿賀野へ謝る。

 

「…………生きて帰ってきたから、許してあげる。矢矧じゃないけど、私だって死ぬほど心配したんだからね?」

「…………本当にすまねぇ」

「もう謝るの禁止」

 

 阿賀野はそう言うと、そっと立ち上がって提督に抱きついた。

 

 もう会えないと思った

 そう思っただけで

 自分が自分でいられないと思った

 覚悟してても

 

 もう離れない

 もう離さない

 共にいられる時間は限られているから

 

「なぁ、お前との約束を改めて誓いたいから、もう一度プロポーズしてもいいか?」

「許可を取る必要はないと思う」

 

「愛してる。結婚してください」

「初めての時の方が情熱的だった〜」

「言葉じゃ伝えきれねぇよ……勘弁してくれ。愛してるんだ。とにかくお前を……愛してるんだ」

「じゃあ早速病院で式を挙げちゃおっか?」

「こんな格好じゃ無理だろ……せめて退院する日まで待ってくれよ」

「意地悪」

 

 阿賀野はそう言うと、自分から誓いのキスをする。

 提督もそれに懸命に応え、誓う。

 

 これから自分たちに何が待っているのか

 それは誰にも分からない

 

 しかし1つだけ言えることは

 自分には愛せる人がいるということ

 

 《ありがとう》

 

 《ごめんなさい》

 

 《愛してる》

 

 この気持ちを

 ちゃんとその時まで言葉にして

 最愛の相手に伝えよう

 

 どちらかの命が死によって絶たれても

 この絆は決して消えることはない

 

 君をーー

 あなたをーー

 

 ーー愛してる

 

 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー

 

 興野提督が倒れたという大惨事から半年後。

 提督は執務室のいつもの椅子に座ってはいるが、自分しか捌けない書類のみをチェックするといった簡単な作業しか出来ないでいる。

 

 実のところ提督は順調に回復し、手術から7日後には退院して、大本営や同期の仲間たちからも復帰を喜ばれ、提督本人もやる気満々で次の日から仕事を再開したのだが……。

 

 しかし提督がいざ仕事をしようとすると、阿賀野や能代・矢矧・酒匂だけでなく、高雄やら電やらと多くの者たちから『通院している間は絶対安静』と言われて簡単な仕事しかさせてもらえないでいるのだ。

 

 それだけあの一件がみんなにとって大きな大きな事だったということだろう。

 

 駆逐艦や海防艦たちは護衛任務でもないのに提督の側に侍り、提督が用を足そうと厠に入れば必ず誰かしらがトイレの中までには入らずとも外で待ってる状態。

 しかもどこかのジョニーみたいにトイレと友情を育んでいたら、定期的に扉をノックされて安否確認をされてしまう始末。

 

 軽巡洋艦以上の大人の者たちは駆逐艦たちみたいな行動には出なかったが、ある者たちは湯冷めしないようにと提督が使う風呂場の更衣室で何故か全裸待機していたり、またある者たちは提督を心配するあまり常時お姫様抱っこで運んだり、またまたある者たちは提督がまた倒れたりしないように定期触診と表してそこかしこを撫で回したり……と、超絶過保護になった。

 勿論、度を越した者たちは阿賀野や高雄、電、矢矧といった保護者勢に鉄拳制裁やハリセン制裁を与えられたが……。

 

 なので提督はもっぱらーー

 

「慎太郎さ〜ん♡」

「阿賀野〜♪」

 

 ーー暇な時は阿賀野とイチャイチャして過ごしている。

 これまで通りと言えばこれまで通りだが、これまでと違うのは夫婦がイチャイチャしてても注意する人間がいなくなったことだ。

 

 それもそのはずで、

 

「あ、今動いたよ♡ ()()()も慎太郎さん大好きだって♡」

「マジか〜、早くこの手で抱っこしてやりてぇなぁ」

 

 夫婦の間には新たな命がこの世に誕生しようとしていたから。

 

 学術上、普通の人と艦娘の間には子どもは出来ない。

 しかしそれは人と艦娘の関係がケッコンカッコカリの状態であることが前提である。

 どういう理論や理屈かはまだまだ証明されていないが、現にこの夫婦のように普通の人と艦娘が心から愛し合い、正真正銘の夫婦となれば艦娘の中にある人間本来の繁殖機能が覚醒して子を成すらしく、提督たちみたいに艦娘との子どもが産まれている例があるのも事実。

 

 その子どもは艦娘の遺伝子が強く遺伝するため、女の子しか出来ない。そしてその子どもも艦娘と同じように海を駆け、艤装を操ることが出来きる。

 ただ普通の人間の遺伝子が加わるため、その子どもは一般人と同じように成長し、年月を経て徐々に身体的に衰えていくという(純粋な艦娘も衰えるがその傾向はかなり緩やか)。

 

 そしてその子どもは必ず艦娘になって国防軍に入るという訳ではない。

 ちゃんと国民として選択する権利があり、軍人になるか普通の社会人になるかは個人の自由なのだ。

 当然、一般社会に馴染むために大本営で艦娘としての能力を取り除く簡単な施術を行ってから。

 

 ただこうした子どもの教育課程は少し特殊で一般の学校ではなく、大本営と政府が定めて各泊地に設営する艦娘教育施設で満6〜満7歳になる子どもは教育を受けることが義務付けられている。

 これは一般社会でいう小中学校にあたり、期間は9年制。高等学校の選択からその子ども個人の考えで自由に選ぶことが可能なのだ。

 艦娘教育施設に通う間は一般教養を学ぶことがメインで常識や基礎などを身につけるため。

 そして施設を卒業する際に国防軍に入りたい子は自分の親がいる鎮守府にて3年間ほど専門知識や訓練等を経て、大本営からそれまでの成績が認められてやっと正式に軍へ入ることが出来る。

 因みにただの艦娘ではなく、大淀や明石、間宮や伊良湖のような特務艦員になりたい場合はその職種によって更に2〜4年間の追加教育と実習訓練に加えて大本営が年に2度行っている試験に合格することが条件。

 それ以外は一般の高校等に進学するなり、就職するなり自由だ。

 

 このように人と艦娘との間に産まれる子どもは特殊な状況下に置かれるが、提督と阿賀野は今ある幸せを実感している。

 

「私以外の艦娘と子どもが出来ないからって、浮気したら怒るからね?」

「んなことしねぇし、考えたこともねぇよ。現に俺は誰に求められても断ってるんだからよ」

「えへへ、そうだよね♡ 慎太郎さんは私だけのだもんね〜♡」

 

「子どもが産まれりゃあ、阿賀野と子どもだけの俺になるがな」

「うぅ、慎太郎さんを娘に盗られちゃう〜」

「親子なんだから盗るも何もねぇだろ」

 

「ちゃんと阿賀野のことも構ってくれる?♡」

「おうともさ」

「キスしてって言ったらしてくれる?♡」

「……TPOによりまする」

「えぇー! そんなのやーだー!」

「娘の前でとかキス出来ねぇよ! 恥ずかしいっ!」

「じゃあ今から慣れて!」

 

 そう言うと阿賀野は提督の唇に自身の唇を重ね合わせる。

 当然ここは執務室であり、能代・矢矧・酒匂は勿論のこと、今は補助係として高雄・天龍・龍田・電もいるのに……。

 

 しかし提督は阿賀野を振り解くことは出来ず、ただただ阿賀野にされるがまま口づけをされ続ける。

 そんな提督はーー

 

「こんのぉ、常時発情夫婦ぅ……!!!!」と憤る矢矧

 

「娘の前でもチュッチュしてるわね、これは……」と苦笑いの能代

 

「ケンカしてるよりはいいと思うな〜」と微笑む酒匂

 

「馬鹿めと言って差し上げますわ……」と呆れる高雄

 

「オレらの方が先に慣れちまうな」と笑う天龍

 

「娘ちゃんも先に慣れちゃうわね〜」と笑う龍田

 

「はわわ〜!」と戸惑う(エンジェル)

 

 ーーとみんなから冷やかされ、憤られ、目を伏せられていた。

 

(なんで主に俺だけ批難を受けてるんだァァァッ!)

 

 提督は心の中でそう嘆く間も、阿賀野から暫く離してもらえなかった。

 

 こうして興野提督とその妻阿賀野が仲良く収める鎮守府は、今日も賑やかで穏やかな時を刻んでいくーー。

 

 

 

 ー提督夫婦と愉快な鎮守府の日常 完ー




無事にハッピーエンドということで、この作品の幕を下ろします。
後日談的な話を後々で書く予定ではありますが、これにてこの作品は完結です。

この作品をここまで読んでくれた方々
楽しみにしてくれた方々
評価をしてくれた方々
お気に入り登録してくれた方々
誤字脱字を報告してくれた方々
多くの方々に感謝します。

こうして完結出来たのは読んでくれる皆様方のお陰であります故、感謝の言葉しかございません。

新作の方は艦これ作品なのかはたまた別作品の二次創作なのかも明言出来ません。

もし機会があればまた私の作品を読んで頂けると幸いです♪

重ね重ねになりますが、私の作品を読んで頂き本当に本当にありがとうございました!
それではまた別の作品でお会いしましょう!

お知らせ等は今後Twitterでする予定です。
Twitterの方は勝手気ままにお知らせ的なことや自分が嬉しかったことしかつぶやいてませんが、フォローしていただけたら幸いです(*^_^*)
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提督夫婦と愉快な鎮守府の新たな日常

エピローグ的な回です。


 

 人類と深海棲艦の戦争にまだまだ終わりが見えない昨今。

 しかしながら世界のシーレーンの多くは安全が確保され、危険海域に入らなければ被害と呼べる被害は無くなっている。

 

 興野提督が倒れ、大手術してから約3年程が経過した頃。

 鎮守府では今日も相変わらず艦娘たちが各々の役割に準じ、それでいて穏やかな時間を過ごしていた。

 あれから鎮守府ではこれまで通り誰も欠けることも無く幾度も大規模作戦を完遂し、その都度新しい仲間を迎え、規模も更に大きくなった。

 そして一番の変化はーー

 

おとーたん(お父さん)おかーたん(お母さん)おそいねー」

「お母さんはみんなのために悪い奴らと戦ってるからな。でも必ず帰ってくるから、お利口にして待ってような?」

「あいっ!」

 

 ーー提督と阿賀野の間に希少な人間と艦娘との遺伝子が合わさった子どもが産まれ、すくすくと成長しているということ。

 

 子どもの名前は『あがの』で、表記は違えど母親と同じ名前であるため呼ぶ時に不便ではないかと言われたが、それは杞憂に終わる。

 何故なら呼ばれる本人たちが相手が自分のことを呼んでいるか感覚的に識別出来るからだ。

 例えば提督や矢矧やらが阿賀野に対して名前を呼べば阿賀野が反応し、あがのは無反応。その逆も然り。

 学者たちの研究結果によると、これは艦娘ならではの遺伝子によるものらしく、まさに艦娘が同じ名前であっても"自分がどこの誰なのか"をハッキリと認識出来ているという証拠。

 なので何人同じ名前の艦娘がいても個々で識別しており、そこに個性が生まれるという訳だ。

 

 あがのもまた月に一度健康診断という名目で泊地の軍病院で検査をし、その結果は大本営の研究室へ提出しているが、特段悪いことでは無いので提督も阿賀野も同意している。

 それ以外は本当に一般の家族や親子同様、子育てに励み、夫婦で我が子へ最大の愛情を注いでいるのだ。

 

「おとーたん、あしいたいいたい?」

「んなことねぇぞ。心配しないでお父さんに素直に甘えろ」

 

 よって提督は仕事中でもあがのを自身の膝の上に乗せ、もりもりと仕事をこなしていた。

 あがのももうすぐ3歳になるため、自我が芽生えて時折わがままも言うようになってきたが、夫婦や周りの影響からとても素直で優しい子に成長。

 中でも高雄や矢矧・天龍・龍田といった面々が夫婦不在時は勿論(夫婦共に不在となることは滅多に無いが)、どちらかが不在の場合は子育ての補佐として侍っているので、あがのはそういった者たちの性格等も今のあがのという個人の性格を構築するのに影響している。

 

 容姿は母親である阿賀野にそっくりでそのまま阿賀野を小さくした感じで、肩下まで伸びた黒髪を毎日阿賀野が結ったり編んだりしている(因みに今日は赤いリボンでツインテール)。

 一方で父親のように要領が良く、「えぇ〜」とわざとぶーたれつつ言われたことはちゃんとやるちょっと天邪鬼な性格だ。

 そしてやはり阿賀野の子どもであるためか、超が付くほどのお父さん子であり、常日頃から今のように提督にべったりとくっついている状態である。

 

「えへへ、おとーたんだーいしゅき!」

「お父さんもあがのが大好きだぞ〜♪」

 

 なので提督はもう娘にメロメロのデレデレでベタ甘。

 

「おひげちくちくすゆ〜♪ しゅりしゅり〜♪」

「あがのは髭が好きだなぁ」

「だってなんかきもちいいんだもん♪」

「そうかそうか、好きなだけスリスリするといい」

「うん!」

 

 娘から頬擦りされる提督は顔はとてもだらしなくデレデレしてるが、手はちゃんとペンを動かし、目もちゃんと内容確認しているため仕事の方は順調だ。

 しかし、

 

「相変わらず表情がだらしないわね……」

 

 義妹矢矧からは少々不評である。

 それでも、

 

「でもあれだけ娘から慕われてると、ああもなっちゃうわよ」

「見てるこっちも微笑ましいもんね」

 

 他の義妹能代と酒匂は父娘の触れ合いを微笑ましく思っているので、矢矧も「まあ嫌われてるよりはね」と態度を軟化させた。

 そもそも艦娘たちも元々世話焼き体質だったり世話好き体質だったりするため、あがのという自分たちが守ってあげなくてはならない存在が出来たことでみんな基本的にあがのには態度が甘い。

 駆逐艦や海防艦の面々に至っても新しい妹が出来たみたいな心境で、あがのは沢山の優しい姉に囲まれた生活を送っているのだ。

 その証拠に、

 

「やはぎおねーたん、やはぎおねーたん!」

「ん、はいはい、どうしたの?」

「こんどはやはぎおねーたんにだっこされたい……んっ」

「っ……は〜い、今抱っこしま〜す♡ ムギューッ♡」

 

 あの矢矧ですら、あがのの前では猫なで声になってあがのを甘やかす。

 更に、

 

「矢矧ばっかりズルいわ。あがの〜、能代お姉ちゃんにも抱っこさせて〜?」

「あたしもあたしも〜」

 

 能代も酒匂もあがのを抱っこしたがる始末。

 あがのが産まれてからというもの、艦娘たちはあがのを抱っこするととても幸せな気持ちになるんだとか。

 なので今年に入ってからはMVP報酬に"あがの1時間抱っこ券"を希望する者もいる。そして中には《あがのを抱っこし隊》や《あがのを守り隊》なんていうグループまで出来ているのだ。

 あがのの意思はあるのか……と、思われるかもしれないが、抱っこ券はあがのが提督に提案したこと。その裏には『みんなわたしのやさしいおねーたん』という気持ちがあり、みんなが自身を抱っこした時に嬉しそうに笑ってくれるのが嬉しいからだそうな。

 

「ちょっとまってね? いまはやはぎおねーたんのばんだから」

 

 そしてあがのが子ども特有の愛らしさで「じゅんばんこね」と言えば、能代も酒匂も『はーい♪』と猫なで声で順番を待つ。

 そんな義妹たちを見、

 

(やっぱみんな子どもが好きなんだぁ……というか俺と阿賀野の娘が大天使過ぎるんだよな)

 

 提督は鼻高々に娘を誇らしく思うのだった。

 

 ーーーーーー

 

 そんな日のお昼過ぎ、阿賀野も無事に帰ってきて家族揃って食堂で昼食を済ませたあと、一家は中庭へとやってきた。

 これまでなら昼休憩後は速やかに午後の任務に就く必要があったが、子持ちとなると"育児"として一三〇〇〜一五〇〇まで必ず子どもと過ごすという規則が政府と大本営によって義務付けられ、定期的に家庭査察官が家族の元へ訪問して育児状況を確認しにくる。

 勿論任務をこなせる量が減っても鎮守府や艦隊への報酬が減るということは無い。

 でもここではこの時間が一番賑やかな時間になっている。

 何故ならーー

 

「はぁ、あがのちゃんを抱っこすると幸せだわ……」

「山城、次は私だからね?」

 

 ーーあがのの握手会ならぬ抱っこ会みたいな状況になるからだ。

 今は丁度扶桑姉妹が来ていて、公正なジャンケンの結果で山城が先にあがのを母性あふれる表情で優しく抱っこしている。

 

「やまちろおねーたん、いいにおい……わたしこのにおいしゅきぃ〜♪」

「ふふふ、嬉しいわぁ。でも扶桑姉様の方がもっと素敵なんだからね?」

「やまちろおねーたんはふそーおねーたんだいしゅきだもんね」

「そうよ。扶桑姉様は最高の存在だもの」

「もう、山城ったら……」

 

 我が子と仲間たちが見せる美しい光景に、提督と阿賀野は肩寄せ合いながら目を細めた。

 

「いいな、こういうの……みんなが笑顔でよ」

「うん……みんなが私たちの子どもに愛情を注いでくれて、あがのは幸せだよね」

「全くだな。満潮や霞、曙でさえあがのの前じゃメロメロ状態だしな」

「二人目も早く作ろうね♡」

「そ、そうだな……」

 

 妻からの不意なお願いに提督は照れ隠ししながら言葉を返す。

 それから扶桑の抱っこタイムも終わり、扶桑姉妹たちがあがのに後ろ髪を引かれながら訓練に向かうと、

 

「今度は私が抱っこさせてもらいますね♡」

 

 次は羽黒の番。しかもその後ろには榛名と筑摩もニッコニコで順番を待っている。

 

「はぐろおねーたん! ぎゅ〜っ♪」

「あがのちゃん、ギューッ♡」

 

 まさに優しいお姉ちゃんとそれに甘える歳の離れた妹。

 ただ、

 

(司令官さんの子どもは私の子ども同然……必ず守ってあげるからね♡)

 

 羽黒の思いはとても重かった。

 

「次は榛名お姉ちゃんだよ〜♡」

「はるにゃおねーたん!」

 

 ムギューッと触れ合う榛名とあがの。やはりこれも美しい光景だが、

 

(提督の子ども……即ち榛名の子どもであります♡ これからも提督共々優しく見守ってますからね♡)

 

 榛名の護衛魂は更に増していた。

 

「あがのちゃん、おいで〜♡」

「ちくまおねーた〜ん♪」

 

 ムギューッ&そのままクルクル。あがのはこれが大のお気に入りでその証拠にキャッキャと弾んだ声で笑う。

 とても和気あいあいな光景だが、

 

(提督に姉さんにあがのちゃんとお世話する人がまた増えちゃいました……幸せって怖いですね♡)

 

 筑摩の思いはとても怖いすごかった。

 

 ーー

 

 それから羽黒たちがホクホクして帰ると、

 

「こんにちは、皆さん」

 

 次にやってきたのは高雄だった。

 

「おぉ、高雄」

「あがの〜、高雄ママが来たよ〜?」

「まま〜!」

 

 高雄が来ると、あがのは高雄にまっしぐら。

 どうして高雄が"ママ"と呼ばれているのか……それは阿賀野が娘へ『この人もあなたのママなんだよ』と教えて育てたから。

 これは阿賀野からのお情けと言う訳ではなく、阿賀野が高雄もまた提督へ特別な愛情を持っていることから『この子のママになってほしい』とお願いしたのだ。

 高雄も最初はその提案に戸惑ったが、形はどうあれ夫婦の力になれるならとあがののもう一人の母になろうと決めたという。

 

「ままはおあーたんとはちがうぷにぷにできもちいい〜♪」

「あ、あらあら……そんなにぷにぷにかしら?」

「うん♪ でもおなかはおとーたんのほうがぷにぷにでいちばんきもちいい!」

「娘から褒められたぜ!」

「喜ばないでくださいっ」

「あはは、でもこればっかりは仕方ないよ〜♪」

 

 四人で団欒を楽しみ、穏やかな空気がそれを見る艦娘たちに癒やしを与える。

 しかし、

 

「あがの〜、武蔵母ちゃんだぞ〜?♡」

「陸奥お母さんもいるわよ〜?♡」

「金剛ママ見参ネー!♡」

「加賀お母さんですよ、甘えなさい♡」

「由良ママだっているのよ〜?♡」

「青葉母さんもですよ〜♡」

「鹿島お母さんもいま〜す♡」

「時雨お母さんだよ?♡」

「夕立ママっぽい!♡」

 

 ガチ勢の強制乱入によってその和み空間は修羅空間へと突入。

 そもそもあのガチ勢が夫婦の間に子どもが産まれたからと身を引くはずもなく、自称母親と装って提督と更に懇意になろうとしている魂胆だ。

 あがのの方はお母さんがいっぱいで嬉しいこと尽くめだが、阿賀野の気持ちは穏やかではない……が、正妻の余裕ということで最近では鉄拳制裁も発動しない。

 それに、

 

「待つのです!」

 

『っ!?』

 

 こういう時は必ず助けに来てくれる正義の味方がいる。

 

「一つ、非道な妄想を憎み」

「二つ、不思議な虚言を聞いて」

「三つ、真実を見つめさせる」

「四つ、よからぬ邪な愛を」

「五つ、一気にスピード退治」

「六つ、無敵で怖イイ」

『一家の安全、我らが守ります!』

 

「マモルンレッド! 電!」

「マモルンブルー! 浦風!」

「マモルングリーン! 夕雲!」

「マモルンイエロー! 雷!」

「マモルンパープル! 龍田だよ〜♪」

「マモルンブラック! 天龍!」

『お守り戦隊、マモルンジャーッ!!!!!!』

 

 これが今の一家を守る正義の味方マモルンジャー。

 それぞれ左腕に役割の色である手作りの腕章を巻き、ガチ勢から一家(主に提督とあがの)を守る正義の味方……正義の味方なのだ!(大切なことなので)

 

「いなじゅまおねーたん!」

 

 その中でも実の姉だと教わってきた電の姿を見ると、あがのは目を輝かせて電の元へと駆けていく。

 すると電は可愛い可愛い妹を抱き上げて「お姉ちゃんが守ってあげるのです!」と胸を張る。

 

 このようにガチ勢がいくら母親だと言い張っても、それを認めぬマモルンジャーの登場によってガチ勢は『覚えてろ〜!』と逃げるのだ。

 と言ってもあがのとしてはみんなのことが好きなので全く気にしておらず、楽しい催し物みたいになっている。

 こうして今日もマモルンジャーによって一家の幸せは破滅を免れたのだ!

 

 ーーーーーー

 

 そして時は過ぎて、夜。

 あがのはもうスヤスヤと布団で眠る中、夫婦はやっと二人きりの時間を過ごす。

 

「今日もお疲れ様、慎太郎さん……ちゅっ♡」

「阿賀野もお疲れ様、ちゅっ」

 

 互いの頬へ軽く口づけし、細やかな触れ合いを楽しむ夫婦。

 そこには一家の幸せとはまた違った、夫婦だけの幸せがあふれていた。

 

「昼間はずっとあがのに譲ってたけど〜、今は私が慎太郎さんを独り占め♡」

「おう、独占してくれ」

「するぅ♡ ん〜っ、慎太郎さん慎太郎さん♡」

「阿賀野阿賀野〜♡」

 

 ただお互いの名前を呼び合い、熱い抱擁を交わす。それだけなのに夫婦はとても幸せで笑顔があふれた。

 

「あがのももうすぐ3歳になるしぃ、そろそろどう?♡」

「どうって?」

「ふ・た・り・め♡ 私はいつでもオッケーだよ?♡」

「相変わらず大胆な……」

「だって好きな人の子どもだもん。だからほしいの〜♡」

「くぅ……可愛い奴め」

「えへへ、だから早く作ろ?♡ ね、ね?♡」

「ま、待て……ここじゃあがのに近過ぎる」

「じゃあ、お風呂でしよっか♡ この前マットとマッサージオイル買ったし♡」

「いつの間に……」

「これも全部慎太郎さんのためだもーん♡」

「お、おう、ありがとう……」

 

 こうして夫婦は今晩も幸せに、そしてめちゃくちゃ愛し合うのだった。

 そしてこれからも鎮守府は忙しくも笑顔があふれる穏やかな時間を過ごしていくのだーー。

 

 《お終い》




てことで、これで正真正銘の終幕です!

最後まで読んで頂きまして、本当に本当にありがとうございました!

また別の作品でお会いしましょう!


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