『ありがとう』をキミに (ナイルダ)
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本編
chapter? ミライより


これからダンガンロンパの二次創作小説を投稿させていただきます。
独自設定を含みますので、苦手な方はブラウザバックを推奨致します。
それでも大丈夫な方はどうぞよろしくお願いします。


ーー???視点ーー

 

「ねぇ、お父さん。これなぁに?」

 

娘が懐かしいものを持ってきた。

ボクにとって、それは宝物といえるものだった。

 

「それは卒業アルバムといって、学校を卒業するときに貰うんだ。たくさんの思い出と共にね」

 

娘が持ってきたそれは、ある少女をはじめとするみんなとの記憶を呼び起こす。

様々な困難と、それを上回る程の楽しさに満ちていた日々……

昨日のことのように思い出せる。

 

「お父さんの小さな頃の?」

 

「それは高校のときのものだよ」

 

「ふぅん…。これはなんて読むの?」

 

「それは希望ヶ峰学園って読むんだよ」

 

「へぇ…、キボウガミネガクエンかぁ…」

 

今も尚世界にその名を馳せるあの学園にボクは通っていた。

当時から既に有名であったその学園に〝人より少し前向き〟なことが取り柄だっただけのボクが入学することになるなんて、夢にも思わなかったな…。

娘はボクにお構いなしで興味深そうにパラパラとページをめくっている。

そして、ある写真をじっと見てこう言った。

 

「これって…、お母さん?」

 

やっぱり気づいたか。

まあ、今も昔も変わらずに綺麗だからね、彼女は。

 

「そ、そうだよ。よく気づいたね…」

 

娘は既にボクに構わず彼女の写真を探している。

少しはボクの写真も探してほしいものだ。

 

「お父さんとお母さんはどんな感じだったの!?」

 

興味津々といわんばかりにキラキラとした目で尋ねてくる。

このままだと色々と根掘り葉掘り聞かれそうだな…。

 

「今日はお友達と遊ぶんじゃなかったの?」

 

話を逸らそうと試みるもやはりボクはツイテない。

返ってきた言葉はというと、

 

「それが急に用事が入っちゃったみたいで、今日は無理なんだって。はぁ、ツイテないなー。」

 

こんな時に限って娘の友達に急用ができるとは…。

娘はお姫様や王子様に憧れるお年頃。

やましいことはないけど、色々聞かれるのはなんだか恥ずかしいな。

 

「それで!お父さんとお母さんは昔からラブラブだったの!?」

 

どこでそんな言葉を覚えたのか…。

出てこい、ボクの大切な娘に変なことを吹き込んだやつは!

 

「ちょっと落ち着こうか」

 

取り敢えず興奮気味な娘をなだめる。

まあ、彼女との出会いも含めて少し語るとしようかな。

あの、決して忘れることのできない希望ヶ峰学園での日々を……

 

「それじゃあ、話すとしようか……」

 

「あっ!お母さん!」

 

いきなり話の腰を折られちゃったな。

娘が友達と遊びに行かないのなら、今日は家族全員お休みか。

 

「それじゃあ、改めて。お母さんも交えて少し思い出話をしようか。」

 

彼女は何のことだか分からないと言いたそうだったが、娘が抱えていた卒業アルバムを見る。

すると、成る程と頷いて飲み物やちょっとしたお菓子を持ってくると言い部屋を出て行った。

相変わらず察しがいいな。

さて、彼女が戻ってきたから今度こそ話し始めようかな。

 

 

 

 

 

「まずは入学式から始めようか……」

 

 

 

 

 




ーー???よりーー

ミナサン!初めまちて、あちしはウサミでちゅ。
どうしてあちしがここにいるかというと、天の声さん曰くあちしは本編で出番がないから、せめてここに出してあげようという配慮だそうでちゅ。
今回はあちしの紹介だけで終わりでちゅが、次回からはしっかりとミナサンの先生として仕事をしていきまちゅよ!それでは、次回もあちしに会いに来てくれると嬉しいでちゅ!



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chapter0 再び動き出したモノガタリ 

本編序盤ですが、タイトルに似つかわしくないコメディー要素を多分に含みます。
終盤に連れてシリアスな話に移行していく予定です。
キャラ崩壊があるかもしれませんがあしからず。


ーー苗木視点ーー

 

(ここが私立希望ヶ峰学園か…)

 

都会の真ん中に堂々とそびえ立つその巨大な学園の正門前に、彼はいた。

 

(緊張するなぁ…)

 

ここ、私立希望ヶ峰学園は飛び抜けた才能を持った限られた人間しかその門をくぐれない、完全スカウト制の入学制度を採用していた。今は普通科という一般入試も存在するが、特別科は今も昔もその制度である。

そんな特別科の入学式に彼、〝苗木誠〟はこれから参加しようとしていた。

 

(事前にどんな人たちが入学するのか噂程度は調べたけど……やっぱりボクなんかが入学するようなところじゃないよな…。

でも、小学生の時に一悶着あった彼女や、中学校でよく話をした彼女が入学するというのは納得である。なにせ〝超高校級のギャル〟と〝超高校級のアイドル〟なのだから)

 

あまりに広大な土地故に若干迷子になりつつも、苗木はどうにか集合場所に到着した。

苗木が集合場所である正面玄関に着くと、既に10人程の生徒がいるのを確認できた。

 

「キミ!5分遅刻だぞ!」

 

「まだ指定時間の5分前じゃん。何言っちゃってんの?」

 

「学生たるもの、10分前行動は当たり前だろう!」

 

白い制服をキッチリと着こなした生徒と、それとは対照的な派手な制服を着た生徒とが軽く言い合っている。

 

(あれって江ノ島さんだよね! 久しぶりだなぁ……中学に進学して以来音信不通だったから心配してたんだけど。でもまぁ気まぐれな彼女のことだ、元気にやっていたのだろう)

 

苗木は久しぶりの再会だったが雑誌やテレビなどで彼女の活躍は見ており、一目で誰だか判断できた。

そんな若干の感傷に浸っていた苗木に近づいてくる人物がいた。彼女もまた、苗木とは親しい間柄であった。

 

「あのー、もしかしなくても…、苗木君ですか?」

 

少し不安そうな彼女だったが、彼が苗木誠だと確信すると途端に明るい表情を作り苗木に話しかける。

 

「やっぱり、苗木君じゃないですか!」

 

「あっ…舞園さん! 久しぶり、といっても数日ぶりか」

 

実は数日前、お互いに進学祝いとしてお出掛け、もといデートをしていた。

なお、付き合ってはいないらしい。

 

「そんなことよりどうして苗木君がここにいるんですか!? 私、苗木君と同じ高校に進学できなくなって凄く悲しかったんですよ! 希望ヶ峰学園への入学が決まっていたのなら、教えてくれてもよかったじゃないですか!?」

 

「お、落ち着いてよ舞園さん、ボクもギリギリまで悩んでいたんだ。」

 

苗木はこの学園に〝超高校級の幸運〟としてスカウトされた。全世界の学生からたった1人、抽選で選ばれたのだ。

具体的な才能もなければ、そのための努力もしていない。

そんな自分がいくら天文学的な確率で選ばれたとしても、希望ヶ峰学園の特別科に入学することは憚られた。

故に、期限ギリギリまで悩んでいたのだ。

 

「最終的に家族と話し合って決めたんだけど、この前舞園さんに話さなかったのはちょっとしたサプライズのつもりだったんだよ。ごめんね、舞園さんがそんなにボクのことを気に掛けてくれてたなんて」

 

「まったくです! でも本当によかった! また3年間よろしくお願いしますね!」

 

「こちらこそ、よろしくね」

 

舞園との挨拶を終え、苗木は江ノ島に近づいて行く。

 

「誰かと思えば、苗木じゃ〜ん。おひさ〜」

 

「苗木君、江ノ島さんとお知り合いなんですか?」

 

「まあね、小学生だった頃に少しね……」

 

「そうだったんですか…江ノ島さんは私の知らない苗木君を知っている。……江ノ島さん! お友達になりましょう! そして苗木君の小学生時代の事を聞かせて下さい!」

 

「まぁ、全然仲良くなかったけどね〜!」

 

「ひどいな、江ノ島さん…。まぁ、キミらしいか」

 

2人は苗木の発した言葉に異なる反応を示し、その後も色々と言い合っていた。

そして、そんなこんなしているうちに残りの生徒も集合が完了。彼等は体育館へ移動し、入学式が始まった。

 

学園長ーー霧切仁の挨拶などが終わり、第78期生、計16名の希望ヶ峰学園入学が完了した。

その後教室へ移動し、オリエンテーションや自己紹介等を済ませ、入学初日は無事に終わりを告げた。

 

(ここが学生寮か…。数名でルームシェアとかじゃなくて個別に部屋が与えられるなんて…すごいなぁ)

 

特別科の生徒達には個別の部屋が与えられる。

その部屋は簡易なものではあるが、キッチリと整理されており清潔感のある立派なものであった。

しかし、部屋をゆっくり見ることなく苗木はすぐにベットに横になる。

 

(はぁ…なんだか疲れたな。……それにしても、凄く個性的な人たちだったなぁ。〝超高校級の野球選手〟〝超高校級の探偵〟〝超高校級のスイマー〟〝超高校級の占い師〟〝超高校級の御曹司〟〝超高校級の文学少女〟〝超高校級の軍人〟、エトセトラエトセトラ……。戦刃さんが〝超高校級の軍人〟だったことには驚いたよ)

 

苗木は今日の出来事を思い返しながら、これからのことを思案する。

 

(明日から始まる新しい学校生活。自分なりに頑張らなくちゃね! 舞園さんや江ノ島さん、戦刃さんだっているんだ。まぁ、なんとかなるかな。ボクの取り柄は人よりも少し前向きなことなんだから!)

 

色々と考えている内にいつの間にか眠ってしまった彼ーー苗木誠は、これから起こる希望ヶ峰学園での激動の日々を想像できるわけもなく、安らかに寝息をたてていた。

 

 

 

 

 

季節は瞬く間に過ぎ去り、78期生の入学から1年以上が経過した。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー苗木視点ーー

 

(ボクたち78期生が入学してから1年以上経ち、みんなで無事に進級できた。それにしても、この1年は辛いことも楽しいことも沢山あった。それでもみんなとしっかり前を向いて一歩ずつ進んでいる)

 

苗木の言う〝無事〟という表現は、テストの点数や出席日数等の単位などもあるが、もっと別の重要な意味合いが込められていた。

実は進級する直前に、世界中で〝絶望〟を名乗る暴徒達による同時多発的なテロ行為が発生したのだ。

そしてその発端は、希望ヶ峰学園に在学していた〝超高校級の絶望〟江ノ島盾子であった。

しかし〝超高校級の希望〟苗木誠の活躍により、〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟は世界が転覆するという最悪を避けつつも、大きな爪痕を残し決着した。

その後、世界は〝ミライ機関〟という希望ヶ峰学園OBを中心に結成された組織により、思っていたよりも早く復興へと向かっていった。

詳しいことはいつか、時間があるときに誰かが語ってくれるだろう。

 

そして、江ノ島盾子は苗木誠による監視の元学校生活へと戻り、クラスメイトとも和解を果たした。

世界中で起きたテロの首謀者であったと知り皆驚いていたが、苗木の仲介もあり収集に至ったとか。

そんな激動の日々は落ち着きを取り戻し、普段の日常が穏やかに過ぎていた。

 

そんなある日の出来事であった……

 

 

 

 

 

「「「映画を作りたい?」」」

 

「そーそー! 映画ッ! 私様が思い出作りに何かしたいと考えた結果、その考えに至ったのだよ!」

 

唐突に、江ノ島は78期生で映画を作ろうと言い出した。

 

「急にどうしたの江ノ島さん?」

 

(気まぐれな江ノ島さんらしいけど、どうしんだろう……。素直にみんなと思い出を作りたいと言った彼女を喜ぶべきかな? あのときからは考えられない成長だよね)

 

〝絶望〟を名乗っていたときを知っているが故に、皆少し警戒した様子であった。

 

「ちょっとみんなヒドくねッ!? 私様直々に提案してやってんのに!」

 

「つか唐突すぎんだろ!」

 

「そうだよ! 順を追って詳しく説明してよ!」

 

急な事に裏に何かあると勘ぐったり、若干混乱する生徒達。

 

(みんなの意見ももっともだよね。でも、江ノ島さんの意見は尊重したい)

 

「みんな落ち着いてよ。江ノ島さんもちゃんと説明してほしいな、真面目に聞くからさ」

 

ミライ機関からも江ノ島を一任されている苗木に言われ、落ち着きを取り戻す生徒達。

 

「まったく。絶望的に脳味噌が足りてない連中ですね」

 

どこからともなく取り出したメガネを掛け、大きなため息をつく江ノ島。

 

「江ノ島さんもいちいちみんなを挑発しないで」

 

苗木がなだめながらも江ノ島は説明を始めた。

 

 

***

 

 

「ーーーーーってなわけよ!わかったか愚民ども!」

 

「おい、貴様今なんと言った!!」

 

「まぁまぁ、落ち着いてくだされ十神殿」

 

「そーだよ! いちいち怒鳴らないで!」

 

「朝日奈っちも声が大きいべ」

 

説明を終えたはいいが、煽り口調の江ノ島に十神がついにキレる。江ノ島のキャラはもはや隠されることがなかった為、十神とはよく衝突していた。

とはいえ十神自身も先の件は彼なりに決着がついており、江ノ島の能力自体は認めていたのだが…そりが合わないのはどうしようもない。

 

「つまり、学園を舞台としたボクたち78期生全員が出演する映画を作りたいんだね?」

 

「そーそ! 苗木は話がわかるなぁ。つーわけで学園の許可も取ってあるし、77期生の奴らの協力も取得済み!」

 

絶望的なまでに有能な彼女はすでに手を回しており、後は出演者の承諾だけであった。

その出演者の承諾が最も重要であるのだが、全ては彼女の計算の内だった。

外堀が埋まっていれば断りにくく、苗木が江ノ島のプラス方面の改心に協力的なことに加え、その苗木の賛成により他のクラスメイト達も賛成するであろうと。

 

苗木は入学当初こそ才能故に一部のクラスメイトと壁があったが、彼の性格や根気強さによりクラスへと溶け込んで行った。

そして彼の存在が78期生の中で確固たるものになったのはやはり、江ノ島が引き起こそうとしていた〝あの事件〟であった。

今や78期生にとって苗木誠という人物は、癖のあるクラスメイト達をとりもつ重要な存在である。

 

「うーん、みんなはどうかな? もう色々と許可も取っているみたいだし、ボクはいいと思うけど。」

 

苗木が賛成の意思を示しながら、他のクラスメイト達に尋ねる。

 

 

 

「ふん! 俺が主演なら出てやらんこともない」

 

「びゃ、白夜様が主演! 苗木! 白夜様が主演なんでしょーね!」

 

「素晴らしいぞ、江ノ島君! みんなとの友情を確かめようではないか!」

 

「まあ、兄弟が賛成なら俺も別に構わねーぞ」

 

「ボクもやってみたいなぁ! どんな映画なんだろう」

 

「私も賛成だよ! 面白そうだし!」

 

「朝日奈が賛成なら、我も吝かではない」

 

「占いに映画を撮るべきだと出ているべ! 俺の占いは3割当たる!」

 

「映画ですか。破産した主人公が一発逆転を賭けたギャンブルストーリーとか、面白そうですわね」

 

「僕にも映画出演の依頼が来るとは! これはよいネタになりそうですぞー!」

 

「舞園ちゃんとオレがダブル主演の恋愛もの! これで決まりだな!」

 

「私は大丈夫ですけど、霧切さんはどうするんですか?」

 

「そうね、すでにこんな雰囲気だし…、水を差すような真似はできないわね。私も別に構わないわ」

 

「盾子ちゃんがやりたいことなら、私は賛成だよ」

 

 

 

(みんな乗り気みたいだね。色々と話が飛んでいるけど、配役とかどんな映画にするかはこれから話し合っていけばいいか)

 

「とりあえず、みんな賛成ということでいいのかな?」

 

苗木は興奮気味の78期生をなだめながら、江ノ島に今後のことを尋ねる。

 

「それで、今のところどんな予定なの?」

 

「絶望的なまでに完璧な私様はすでにッ! シナリオも作っているのだよッ!」

 

 

 

声高らかに、彼女は言った。

そして彼女の計画は、再び動き出す。

その結末が〝希望〟か〝絶望〟か……

今は誰にも分からない。

江ノ島本人でさえ。

しかし、そんなことを彼らは知る由もなかった。

 

 

 

 

 

そして彼女は告げる。

 

 

 

 

 

その映画の、その計画のタイトルを……

 

 

 

 

 

『映画ダンガンロンパ

ーーー希望の学園と絶望の高校生ーーー』




ーーウサミよりーー

ミナサン!こんにちは、あちしでちゅよ!また会いに来てくれて嬉しいでちゅ!
今回は天の声さんから仕事を任されているので、ミナサンとらーぶらーぶできなくて残念でちゅ。
では、気を取り直してこちらでちゅ!

『ウサミファイル』(テッテレー

あちしが天の声さんから頼まれた仕事は本編の内容の重要事項や事実の確認でちゅ!先生としてミナサンに恥じない働きを約束しまちゅよ!


以下ウサミファイルから抜粋

・78期生の入学式が執り行われる。

・苗木と江ノ島は既に知り合いである。尚、過去に何やらあった模様。現在詳細は非公開。

・苗木と舞園は既に知り合いである。舞園は特別な感情を抱いている?現在詳細は非公開。

・1年目終盤、世界中でテロ事件が多発。その発端は江ノ島である。

・苗木の活躍により、人類史上最大最悪の絶望的事件はどうにか防がれた。現在詳細は非公開

・苗木誠は〝超高校級の希望〟である。

・江ノ島盾子は〝超高校級の絶望〟である。

・ミライ機関により世界は既に復興している。

・江ノ島発案の映画撮影が計画される。

・江ノ島は何かを企んでいる模様。現在詳細は不明。


それではミナサン、また今度も会いに来てくだちゃいね!


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chapter0.5 サツエイ準備

サクサク投稿していきたいです。
でないと確実に失踪する…。


ーー苗木視点ーー

 

江ノ島さん提案の映画の話がまとまって1週間。

ようやく台本を渡されたけど、ほとんどが白紙で『アドリブよろ』と書かれていた。

全員に渡された台本はそれぞれ内容が違っているようで、他の人の台本を見ることは禁止されている。なんでも臨場感が減ってしまうとか。

みんなの決まったセリフとかがなくて、その場その場でみんなのアドリブによって映画を作り上げていくみたいだ。

確かに、個性的なクラスメイトたちが決まったセリフを決まったタイミングで言うなんてできないよなぁと、失礼ながら思ってしまった。ドラマとかにも出演している舞園さんとかなら完璧にこなせるんだろうけど……

そんなこんなで着々と準備が進んでいき、77期生の先輩たちとも何度かミーティングを重ねていった。

愛娘の霧切さんが大役を貰ったとあって、滅茶苦茶張り切った学園長が希望ヶ峰学園OBたちにも話をして元超高校級の、いまでは角界でとても有名な人たちの協力も取り付けたとか……

はぁ、どんどん話が大きくなっていく。

江ノ島さんはここまで予期していたのかな?

 

 

***

 

 

ーー舞園視点ーー

 

江ノ島さんから台本を貰いました。

……なんですかこれは!

サスペンスものだとは聞いていましたけど、どうして私が第1の犠牲者になっているんですか!? 苗木くんが主役で、私がその助手をして事件を解決していくんじゃないんですか!?

みんなの台本は見れませんが、私の出演が1番短いことだけはハッキリとわかります! 自分で言うのもなんですが、私は〝超高校級のアイドル〟ですよ! 屈辱です!

……これは江ノ島さんに訴えなければなりませんね。

 

「江ノ島さん! お話があります!」

 

「あーあーやっぱりきたよ……」

 

わかっていたとばかりにうんざりとした様子で、江ノ島さんは気怠げに答えます。

 

「どうして私が第1の犠牲者になっているんですか!?」

 

「まー落ち着けって。私様と舞園は出番を少なくしてんだよ。理由は単純。私たちは現役のギャルとアイドル、要はお互い仕事をしながらここに通ってるわけ。そこに更に時間をかける勉学とは関係ない映画撮影。私様も舞園も仕事を減らすわけにはいかねーだろ? そんなことをしたら苗木に何言われるかわかったもんじゃない。詳しくは言えねーけど、私様も出番すくねーから」

 

ぐぬぬ、苗木くんの名前を出すとは卑怯な。

しかし、正論ではありますね…。

 

江ノ島さんもしっかりと私たちのことを考えて配役を決めていたようです。そうとは知らず私情に走ってしまいました…反省しないとですね…。

よしっ! 気合を入れ直して撮影を頑張りましょう!

仕事以外で空いた時間は私も裏方に回ればいいだけですし、苗木くんの活躍をこの目に焼き付けておきましょう!

 

 

***

 

 

ーー十神視点ーー

 

江ノ島の考えた妙なシナリオは、どうやらサスペンスものらしい。

設定としては、記憶の取られた俺たち78期生が出入り口を完全封鎖された密室の学園でコロシアイをするというものだ。

まったく、どんな思考回路をしているのやら。

俺の台本はほとんどがアドリブか。……ふっ、まぁいい。

やつらとのコロシアイで俺が生き残るのは自明の理。他の奴らがない頭でひねり出した殺人計画を見破ってやるのもまた一興か。

……ふふふっはっはっは!

 

 

***

 

 

ーー腐川視点ーー

 

あの派手な女に貰ったろくに文字の書いてない台本には、『あたしのもう1人の人格も出演させる』と書いてあった。

あたしはあいつと記憶を共有できないってのに、どうやって撮影に協力させるのよ!

あいつは絶対に撮影を滅茶苦茶にする! そうなれば白夜様の迷惑に…ムキーー!

これはあの派手女の罠よ! そうにきまってるわ! 白夜様とあたしの仲を引き裂くのが狙いね…、そして白夜様を誑かそうって訳ね! そうはさせないわッ! 絶対にッ!

 

 

***

 

 

ーー葉隠視点ーー

 

なんか知らないうちに本格的な映画撮影になってたべ!

撮影が上手くいけば公式に映像化されて収益が俺のもとに…。舞園っちや江ノ島っちも出演するなら売れること間違いなし! これは映画制作に賛成して正解だったべ!

しっかし貰った台本はなんだべ?

『適当に参加しとけ』ってどういう意味だべ?

それしか書いてないんだが…。

うーむ…、まぁなんとかなるべッ!!

 

 

***

 

 

ーー朝日奈視点ーー

 

いいよね! この文化祭の準備期間みたいな盛り上がり!

取り仕切ってる江ノ島ちゃんと苗木は凄く忙しそうだけど楽しそう!

でもちゃんとお芝居できるか心配だなー。さくらちゃんに話したらそのまんまでも大丈夫だって言ってくれたけど…。まぁ、先のことを悩んでも仕方ないよね!

よーし、撮影に向けて栄養補給だ! ドーナツ食べに行こう!

 

注:朝比奈の台本は葉隠と同じ程度しか書かれていません。

 

 

***

 

 

ーー大神視点ーー

 

我にも台本が渡されたが…、ふむ、我は内通者役か。

この手のものには必ずいる役回りになるとは。

むぅ、演技とはいえ朝日奈を騙すことになるとは…、すまぬ朝日奈よ。

しかし、ある程度経ったら『内通者の設定を残しつつ自らの意思で動いていい』とはどういうことだ?

江ノ島の真意はわからぬが、我は我の為すべきことを為すまでだ。

 

 

***

 

 

ーーセレス視点ーー

 

わたくしが希望していたシナリオとは違いますが、コロシアイ、騙し合いのバトルロワイアルとは……。まぁ、及第点といったところでしょうか。なかなか面白そうですわね。

台本によれば基本的に自由。

つまりは自分で計画を立て、そして誰にもバレずに完遂すればよいということ。

それに江ノ島さんによれば、アドリブの内でコロシアイに成功すれば可能な限り1つだけ願いを叶えてくれるとか…。

ほんのお遊びのつもりでしたが、これは本気でヤるしかないようですわね。成功した暁には、わたくしの夢も……、ふふっ。

今から楽しみですわ。

 

 

***

 

 

ーー山田視点ーー

 

江ノ島盾子殿の提案で始まった計画ですが、ここまで大事になるとは思っても見ませんでしたぞ!

しかしなかなかに物騒な内容の映画ですなー。何名かは乗り気で、何名かは能天気で…、誰もこの内容に疑問を抱かないのですかな?

っと、映画の話も重要ですが、原稿の締め切りを忘れてましたぞー! 急がねば!

 

 

***

 

 

ーー桑田視点ーー

 

おいコラッ!! どうしてオレが舞園ちゃんを殺す役なんだよ! ありえねーだろッ!

確か配役を決めたのは江ノ島だったか…、こりゃ直談判しかねーな。そうと決まれば行くしかねぇッ!

 

「おい! 江ノ島!」

 

「んだよ、アゴヒゲか」

 

「失礼な事言ってんじゃねーよ! まぁ、今はそんな事はどうでもいい! どうしてオレがこんな役回りになってんだよ!」

 

「はぁ…、そりゃ舞園の誘いに1番ホイホイ乗りそうなのがアンタだったからだよ。それに舞園は仕事の関係で早々に出演終了すっから、アンタの配役は1番舞園と一緒にいられると思うけど?(大嘘) まーそれでも不満なら考え直そうか?」

 

「なんだよー! そういう事だったのかよ! そうならそうと初めから言えよな! じゃあなー! ありがとよー」

 

ったく、そうならそうと言っといてくれよな-。

しかし江ノ島のやつ、意味ありげな視線をオレに……

ひょっとしてワンチャンあるか…?

 

注:憐れみの視線です。

 

 

***

 

 

ーー石丸視点ーー

 

まさか江ノ島君がこのようなことを言いだしてくれるとはッ! 今…、僕はとても感動している!

みんなで一丸となり、この映画撮影を成功させようではないかッ!

 

注:詳しい話の内容は知らされていない。コロシアイなんて絶対に反対するから。

台本には『風紀委員としての行動をしていればよい』と書かれており、深くは考えていない模様。

 

 

***

 

 

ーー大和田視点ーー

 

何だか面倒な事になって来やがったなー。

こんな内容なのに兄弟は妙にノリノリだしよぉ…。不二咲のやつも心配だな、あいつはこんなことできねーだろうし…。

しっかしやっぱりおっかねー奴だな、江ノ島は。暴走族の俺でもこんな内容考えねーぞ。

兄弟がこんな状態じゃ、あいつを監視するのは俺の仕事か……。苗木のヤロー、しっかりとあいつの手綱を握ってんだろ〜な〜!

 

 

***

 

 

ーー不二咲視点ーー

 

む、無理だよぉーこんな内容。コロシアイなんて、ボクにできるわけがない…。もっと可愛い内容の映画を考えていたのになぁ…。

みんな乗り気だから反対するにできないし……

うぅ、苗木君に言えば、今からでも何とかならないかなぁ。

 

注:早期離脱が望ましい為、第2のターゲットに決定しました。

 

 

***

 

 

ーー霧切視点ーー

 

江ノ島盾子。〝超高校級の絶望〟であり、あのテロ事件の首謀者として暗躍していた存在。

あのテロ自体は江ノ島さんに洗脳された奴らが勝手に引き起こしたもので、彼女が直接指示した計画ではなかったらしいけど…。それでも注意を払う必要があるわね。

あの時、苗木君がいなかったら今の世界はとっくに滅びているかも知れない。

それほどに、悍ましい計画だった…。

苗木君は今回のことで江ノ島さんの成長を喜んでいるようだけれど、私だけでも目を光らせておかないといけないわね…。

さて、これからどうなることやら。

お父さんも勝手に張り切ってるみたいだし…。

はぁ…、本当にどうなることやら。

 

 

***

 

 

ーー戦刃視点ーー

 

盾子ちゃんがなにやら計画を立てていたけれど、この映画撮影のことだったのかな? 少し違う気がするのは、きっと私の気のせいではないはず。

盾子ちゃん、私は何があろうと盾子ちゃんの味方だけど…私は姉として、盾子ちゃんの幸せを願わずにはいられない…。

でも、その幸せは真っ黒な〝絶望〟の中じゃなくて、みんながいる暖かな光の中で見つけて欲しいんだよ……

 

 

***

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

あの時のアタシの計画にはもともと若干の綻びがあった。自分でも失敗する可能性があるとわかってはいたが、敢えて直さなかった。

心の何処かで、苗木がアタシのことを止めてくれるだろうと期待していたのかもしれない。

 

あの〝絶望的な日々〟の中で苗木に貰った小さな光。

 

今も尚アタシの中で光り続ける小さな〝希望〟。

 

しかし、アタシが〝絶望〟であることに揺らぎはない。

 

さあ苗木、決着をつけよう……。あの日の、いや…、もっと前ーーアタシ達が本当に出会ったあの日、あの時の続きを始めようじゃないか!!

 

 

 

 

 

様々な想いが交錯する中、絶望の映画撮影は始まろうとしていた。

果たして彼らが辿り着く場所はどこなのか。

2人の少年少女が真の決着を付ける舞台は、静かに動き始めた。

 

 

 

 

 




ーーウサミよりーー

ミナサン!こんにちはでちゅ!
今回の本編では所々に今後の伏線がありまちたね!でも今日はウサミファイルは使わないでちゅよ。その代わりにあちしの必殺技を披露いたちまちゅ!

『ご都合主義』(テッテレー

希望ヶ峰学園のミナサンやミライ機関のミナサンが、江ノ島さんの怪しい発案を拒否しなかったり、最初は否定的だったミナサンがノリノリになっているのはあちしの力のせいなんでちゅよ!あちしはミナサンの先生ですからね!
今後もたびたび天の声さんにお願いされるかもちれませんね。
ということで、ミナサン!また今度もあちしに会いに来てくだちゃいね!


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chapter0.5(裏) サツエイ準備

(裏)は文字通り裏方である77期生を主に話を構成していく予定です。
途中退場した78期生もたまに出てくるかもです。(裏)は台本形式で、細かい描写はなしにしてサクサク進んでいくつもりです。
77期生の十神君は便宜上『偽十神』『十神?』と表記させていただきます。


日向「なぁみんな、江ノ島からあの話を聞いたか?」

 

九頭龍「確か78期生の連中で映画撮影するんだったか? 全く呑気な奴らだぜ」

 

辺古山「しかしぼっちゃん、苗木もそれに賛同しているようですよ」

 

狛枝「なんだいそれは? そんな話初めて聞いたんだけど」

 

左右田「狛枝は江ノ島のやつから聞いてねーのか?」

 

西園寺「あの糞ムカつく汚ギャルがそんな話してたっけ。あんなやつの話なんて聞く価値ないしッ!」

 

小泉「日寄子ちゃんそんな汚い言葉を使わないのっ! あーそれとアタシもその話なら江ノ島ちゃんに聞いてるよ」

 

澪田「唯吹も盾子ちゃんに話を聞いてるっすよー! その時白夜ちゃんもいたっすよねー!」

 

十神?「そうだな。確かにそんな話をしていたな」

 

罪木「わっ、わたしも聞いてますぅぅ」

 

田中「フハハッ、俺様もあの真黒な魔女よりその某略について聞いているぞっ!」

 

破壊神暗黒四天王「「「「チュー!」」」」

 

ソニア「モチのロン、わたくしも聞き及んでおりますわ!」

 

終里「あぁ? んなこと聞いてねーぞ」

 

弐大「終里、ワシも一緒にいたが確かに言っておったぞ」

 

花村「密室の学園でナニをするんだろうね〜ンフフ」

 

七海「私も聞いてるよー。サスペンス映画って言ってたっけ?」

 

日向「じゃあ、みんな話自体は聞いてるんだな?」

 

狛枝「ちょっと待ってよ。そんな話ボクは聞いてないって」

 

十神?「お前と江ノ島は犬猿の仲だろう。だから教えられなかったんじゃないのか?」

 

狛枝「ひどい話があったものだね…まあ、彼女からその話を教えられなかったのはどうでもいいんだよ。ただ、苗木クンが賛同しているというのは聞き逃せないな」

 

日向「江ノ島によれば78期生全員が、既に映画を作る方向に同意しているらしいぞ」

 

七海「私たちはその手伝いをしてくれないかって話だったよね?」

 

狛枝「苗木クンたちが作る映画のお手伝いをボクらがするってことなのかい?」

 

左右田「そうみてーだぞ。どうしてオレたちが78期生の手伝いなんかをしなくちゃいけねーんだよ」

 

狛枝「なんでそんな大事なことをボクに教えてくれなかったんだ!? 〝希望〟そのものである苗木クンが映画を作るのか! 素晴らしいじゃないか! 全く……左右田クンはわかってないなぁ…。苗木クンがより強い〝希望〟へと昇華をするのなら、ボク達は喜んでこの身を捧げるべきじゃないか!」

 

小泉「狛枝の言い分はともかく、苗木は〝あの事件〟の立役者なんだよ! 間接的にでも助けられたんだから、手伝うべきだと思うけど」

 

終里「なぁ弐大のおっさん、〝あの事件〟って何だ?」

 

弐大「…ん?何って、〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟じゃろう」

 

終里「ふーん。オレ、そん時の記憶がさ……」

 

七海「まぁまぁみんな、映画撮影の話に戻ろうよ。結局どうするの?」

 

九頭龍「チッ…恩を着せられっぱなしってなーオレの信条に反するからな。仕方ねー、手伝ってやるか」

 

辺古山「私はぼっちゃんについて行きます」

 

澪田「唯吹も全然オッケーっすよー! 映画のBGMや挿入歌は唯吹に任せるっすー!」

 

罪木「わっ、わたしなんかにできることがあるならなんでもやらせて下さいぃぃ」

 

日向(全員なんだかんだで手伝うことに賛成なんだな…。俺も苗木には返しきれない恩がある。江ノ島のやつが何を考えているかはわからないが…)

 

七海「日向君、どうかしたの?」

 

日向「ちょっと考え事をな…」

 

七海「ひょっとして江ノ島さんのこと?」

 

日向「……そうだ。あいつは1度俺とここにいる77期生を〝絶望〟に堕とした張本人。この映画の話の発端も江ノ島だそうじゃないか。何か裏があるかもとみんな考えているはずだ」

 

七海「でも苗木君も、それにみんなも一緒にいるんだよ? きっと何が起きようとも大丈夫だと思うけど」

 

日向「……そうだな。江ノ島のやつが素直に改心していればいいんだが」

 

七海「まぁ、なるようになるよ。きっと大丈夫」

 

日向「そうだな。もし何かあったら、今度は俺達が江ノ島を食い止めればいい!」

 

七海「うん! 前向きにいこう!」

 

 

余談であるが、江ノ島が77期生に映画の話をしたのは78期生の後であった。そして全員の承諾を得たのもまた、苗木達に映画の話を打ち明けた後だった。

つまり、苗木たちの説得に使った77期生の話は半分本当で半分は嘘である。

77期生には既に苗木の承諾も貰っていると嘘をつき、78期生には先輩方が既に協力してくれると、決まってもいない嘘をついた。

しかしこの2つは、両者の話が互いに成立した瞬間に嘘が無くなる。成立した際のタイムラグをいちいち気にしないが故に、江ノ島の掌の上で踊らされていたことに誰も気づかなかった。

こうして彼女の才能は無駄なく発揮され、計画は着々と進行していくのであった。

 

 

 

江ノ島(学園長を騙すのは霧切が重要な配役になると言ったらすぐだったな…。一応私様はこの学園を血に染めようとしていたってーのに、呑気なおっさんだなー。二つ返事でOKを出すとは……)

 

江ノ島「あっ、もしもしー。私様だけど、例のアレはもうできてんでしょーね。はぁ!? まだなの? 早くしてよねー。もう賽は投げられてんだからさぁ。あと〝あの2人〟にもちゃんと連絡しといてよねー、じゃあそう言うわけでよろしく」

 

江ノ島(しかし、ようやく舞台が整ったな。それじゃあ、始めようか苗木…。正真正銘のラストバトルを…。うぷぷ、今度こそ〝絶望〟に染め上げてあげる!)

 

 

 




ーーウサミよりーー

ミナサン!こんにちはでちゅ!今回も来てくれてあちしは本当に嬉しいでちゅ!
やっと77期生のミナサンが登場しまちたね!本当ならあちしもここで本編デビューするはずでちたのに…。残念でちゅ。
でもあちしは負けないでちゅよ!あちしはあちしの仕事を果たしまちゅ!


以下ウサミファイルより抜粋

・77期生は例の事件にて江ノ島に洗脳されていた模様。現在詳細は非公開

・77期生は苗木に対し恩を感じている模様。

・江ノ島は依然として何かを企んでいる模様。現在詳細は非公開


それではミナサン、また今度も会いに来てくだちゃいね!


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プロローグ ようこそ絶望学園

今回から原作の内容とかぶってきますので、ネタバレ注意です。
ですが、正直申し上げますとこの小説は既に原作の内容を知っている人向けに書いているつもりです。
本編ではかなりはしょって書かれておりますので、読んでいる方の知識で補完しながら読んでいただけたなら幸いです。


ーー苗木視点ーー

 

(いよいよ本格的な撮影が始まった訳だけど、はじめはみんなバラバラに撮影するみたいだ。そして、ボクは今…希望ヶ峰学園の正門の前に立っており、後ろには77期生の先輩方や学園長が集めたスタッフが大勢いる。)

 

「なんだか緊張するなぁ。えーと、確か撮影がスタートしたら正面玄関まで歩いていけばいいんだっけ?」

 

苗木はおよそ1年前の入学式を思い出しながら歩みを進めていった。

 

(改めてこの道を通ると、なんだか無性に懐かしくなるなぁ。1年前がまるでずっと昔の事のように思える程、この1年間は強烈だったよ。それと、入学式のときは少し迷子になっちゃったっけ?)

 

希望に胸を膨らませる演技をしつつ、思い出に浸っていた苗木はあっという間に予定の場所に到着する。

 

(ええっと、ここから先はアドリブだっけか…。取り敢えずみんなと合流しようかな。)

 

苗木はアドリブによって行われるこれからの撮影の為に、彼なりの順序を頭の中で整えつつ正面玄関のホールに足を踏み入れた。

しかし次の瞬間、彼の視界は途端にグニャグニャといびつに歪みだした。

 

(うっ! …なんだこれは! 頭がガンガンして、意識を保てない…。)

 

様子が急変し、遂には倒れ込んでしまった苗木に周囲は驚きを隠せない。ざわざわとするスタッフ達の中にいた、1人の少女を除いて。

 

 

***

 

 

(うぅ、…いったいどうなったんだ? ここは…、教室。それもよく見覚えがある教室だ。あの常在戦場のポスター…、ここは去年使っていた教室なのかな?)

 

前後の記憶があやふやな苗木は、だらしなく垂れていた涎を慌てて拭きつつ辺りを確認する。

そして、現在の自分が置かれている状況を冷静に分析した。

 

(偶然か必然か、玄関ホールに足を踏み入れた途端に襲ってきた頭痛。そして、恐らく誰かに運ばれてたどり着いたであろうこの教室。これは江ノ島さんのシナリオって事なのかな?)

 

ある程度状況を把握し自分が取るべき行動を推測する苗木。

〝あの事件〟で数々の修羅場を乗り切った彼は、この程度で動揺する程ヤワではなかった。

 

「これは…、入学式案内? ……随分と雑な仕上げだな。本当に希望ヶ峰学園の入学式の案内なのか?」

 

そして、もう一度苗木は教室を見渡す。

 

(やっぱりこれは、いくらなんでもやり過ぎなんじゃないかなぁ…。)

 

彼がいる教室には監視カメラが取り付けられており、さらには本来窓があるべき場所に分厚い鉄板が打ち付けられていた。

 

(大神さんクラスなら楽々壊せるモノみたいだけど、ボクみたいなか弱い一般人には到底壊せないよ。)

 

今回の映画撮影で1番張り切っていたのは……、霧切仁であった。

彼は撮影をよりリアルなものにするため、歴史ある希望ヶ峰学園を実際に改造してしまったのだ。とはいえ、いざとなれば容易に破壊もでき、中で何かあればすぐに駆けつけられるようになっている。

今は正面玄関にも重々しい分厚い鋼鉄製の扉が佇んでいるが、78期生が学園に足を踏み入れるシーンではCGを使い扉を消しているとか……

超高校級の才能を集めれば、合成映像であろうと違和感など1ミリも残らないであろう。

 

「時間は…、しまった。約束の時間を過ぎてるみたいだ。」

 

教室内の時計で時間を確認し、あたかも初めて足を踏み入れる場所であるかのように恐る恐るといった感じの演技をしつつ、苗木は玄関ホールに向かう。

 

(もうみんな集合しているみたいだ…。遅れちゃったなぁ、みんなごめんね。)

 

心の中で謝罪しつつ誰と話そうかと逡巡していると、

 

「オメーも、ここの新入生か?」

 

(助かった…。自分から話しかけるのはボクにはハードルが高いみたいだ。初対面のふりを親しい人にするのは案外難しいな。……それにしても、みんな思ったよりも演技がしっかりしてるみたいだ。結構安心かも……。)

 

「じゃあ、キミ達も!?」

 

クラスメイトに助けられつつも苗木は全員との合流に成功した。

所々でがやがやとしていたが、山田の発言に食い付いた人物がいた。

 

「これで15人ですか。キリもいいので全員揃ったという事なのでしょうか?」

「待ちたまえ! まだ戦刃君がいないぞ!」

 

「「「……?」」」

 

「「「……。」」」

 

山田に食い付いた石丸の発言に、残りのメンバーはそれぞれ大きく2つの反応に別れた。

戦刃が特殊メイクで江ノ島になりきっていることを覚えていないメンバーと覚えているメンバー。そして、記憶が無いという大前提を理解しているかどうかで、その反応は別れていた。

 

 

「カァァアアトォォオオーーー!!!」

 

 

校内放送から怒号が響いた。

 

「うっせーー! てかどこに問題があったんだよ!」

 

(桑田クン…。戦刃さんの特殊メイクはまだしも、記憶が無い設定って事を忘れているのかい? それに戦刃さんは江ノ島さんの代役だよ……。もしかして台本に書かれてなかったのかな? 全員の台本に書いてあることはバラバラだから確認ができないしなぁ…。)

 

苗木は色々と考えを巡らせていた。

そして、カットが入ったことによりその場の空気は緩んだようだ。

しばらくすると、江ノ島本人が現れる。

 

「おい…、石丸! 葉隠! 朝日奈! 桑田! そこに正座しろッ!!」

 

「「「なっ…!! 江ノ島(君・っち・ちゃん)! どうして2人も!?」」」

 

「んなことはどうだっていいんだよー!! 問題なのはテメーらが大前提も忘れてるってことだッ!! 撮影の前にテメーらの耳にタコができる程 、何度も何度も設定の話をしたよなーーッ!! アタシのお姉ちゃんの事は取り敢えず無視しときゃーいいっつったろーが!! つーかさっきから何テイク目だよッ!! いい加減他の奴らも疲れてきてるぞッ!

てか、私様も既に心が折れかかってるつーの!! 絶望的過ぎッ!!」

 

凄まじい勢いでまくし立てる江ノ島を前に、4人は呆然としている。

実は、この1番最初の全員が集まる場面にて、既に何テイクも撮り直しをしていた。江ノ島の再三の説教を全く理解しないアポ達が、設定をガン無視していたのだ。

 

(はぁ……。江ノ島さんも大変そうだなぁ。でも、ボクなんかじゃ役に立てそうにはないかな。あのメンバーに言うことを守らせるのは…とても骨が折れそだ。)

 

 

***

 

 

なんとか話をつけ、撮影はそれぞれが改めて自己紹介をする場面に移行していた。

 

(霧切さんと十神クンの実際の自己紹介はなかなか辛辣だったっけ。……2人とも1年前までは人を寄せ付けないオーラをバンバン出してたからなぁ。)

 

苗木は入学式後に行われたオリエンテーションでの自己紹介を思い出していた。

〝超高校級〟のメンバーによる自己紹介。苗木が場違い感を強烈に抱いたワンシーンでもあった。

 

(ふぅ…、自己紹介も無事に終わったね。ボクも何回かミスしちゃったなぁ。申し訳ない…。)

 

自己紹介も終わり、話はこの異様な学園の事に移っていく。

全員が玄関ホールに足を踏み入れた後の記憶があやふやである事、窓があるべき場所には鉄板が打ち付けられている事など、不可解な点はいくつもあった。

そして、意外とスムーズに進んだ学園についての会話は唐突な校内放送により遮られる。

 

「あー、あー…、マイクテスッ! マイクテスッ! 大丈夫? 聞こえてる?」

 

本当に記憶が失われていて、突然異様な場所に閉じ込められていたのなら…この放送はさぞかし不気味さを、恐怖を生徒達に植えつけたであろう。

しかし……

 

(((さっきから何度も何度も校内放送で説教をくらっていたから、マイクテストの必要は無いよ…。)))

 

ほぼ全員が声の主に対して同じようなことを思っていた。どうやら江ノ島は、自らのシナリオに意外と律儀であるようだ。

 

(江ノ島さん、本当に大変そうだなぁ。……あっ、霧切さんと目があった。若干笑いを堪えていたような。でも、相変わらずのポーカーフェイスだなぁ。)

 

その後、モニターの向こうにいるナニカの影は、入学式を執り行うという言葉を残し校内放送を終了した。

そして校内放送終了後、すぐに体育館に移動するメンバーとそうで無いメンバーに別れる。

 

(うん。確かに十神クンとかは真っ先に行っちゃうだろうなぁ。)

 

おおよそ苗木の予想通りのメンバーがアクションを起こしていく。

すぐに移動しなかったメンバーも放送に対してそれっぽいセリフを言い合った後、体育館へと歩みを進めた。

 

 

***

 

 

体育館前のロビーに移動した後、躊躇いを見せる演技をしつつ78期生は体育館へと足を踏み入れる。

 

「入学式みたいだね…。どこからどう見ても。」

 

「だから言ったべ! きっとこれから〝普通〟の入学式が始まるに違いないべ!」

 

次の瞬間、彼らは〝普通〟ではない光景を目の当たりにする。

 

「オーイ、全員集まった? それじゃあ、入学式を始めよっか!!」

 

「え……? ヌイグルミ?」

 

誰かがそうつぶやいた。

そこにいたメンバーは例外なく、目の前で喋り、動いているソレに唖然としていた。

しかし、それも無理からぬ事である。このヌイグルミは今回の映画撮影の為だけに秘密裏に作られた、NASAもビックリな最新技術の結晶であったのだ。

 

(何だあれ。本当にヌイグルミにしか見えないけど、人が入っているかのように機敏に動いてる…。こんなモノまで用意しているとは……力の掛け具合がすごいなぁ。感心することしかできないや。)

 

「まずはボクの自己紹介でもしようかな! ボクはモノクマだよ! キミ達の…、そしてこの学園の、学園長なのだッ!!」

 

 

***

 

 

「そういうことだから、ヨロシクね!」

 

「うわぁぁぁ!! ヌイグルミが喋ったーー!!」

 

「落ち着くんだ! きっと中にスピーカーが入っているに違いない!」

 

呆然を通り越し、現実に帰ってきた生徒達は驚きの声を上げていた。

 

「静粛に! 静粛に! …えー、では! 起立、礼! オマエラ、おはようございます!」

 

石丸のみがモノクマの挨拶に反応した。

最も、記憶が無かったとしても彼はモノクマの挨拶に応えていただろう。

 

「では、これより希望ヶ峰学園第78期生の入学式を執り行います! まず最初に、これからの学園生活について……。えー、オマエラのような才能溢れる高校生は〝世界の希望〟に他なりません! そんなキミ達を保護する為に、オマエラには〝この学園の中だけ〟で共同生活を送ってもらいます。ちなみに期限はありませんっ!! つまり、ここで一生を過ごすということです!!」

 

訳も分からないままここで一生を過ごせと言われたなら、間違いなく不平や文句を叫ぶであろう。そして自分が置かれている状況に嘆く者も現れるであろう。

 

さて、撮影現場はというと……

何名かは本物の、そしてもう何名かは演技の糾弾を行っていた。

 

(成る程…。これで学園内で生活する流れになるのか。となると全体の謎は、外の状況や学園が脱出不可能になっている事とかなのかな? 何かしらの設定があるのは間違いなさそうだね。)

 

今後の展開を予測している苗木。

言い争いが激しくなっていたモノクマ達だが、モノクマの次の台詞により周囲は静寂に包まれる。

 

「ここから出る方法が無いわけじゃないよ…。」

 

そしてモノクマは、卒業というシステムとそのルールについて説明を始めた。

 

 

***

 

 

「〝希望〟であるキミたちが殺し合う…。なんて〝絶望〟的なんでしょう!! ドキドキが止まらないねーー!!」

 

〝希望〟と〝絶望〟というワードに何名かが若干反応を見せる。

そして残りの生徒はコロシアイという内容に余計に反応し、収集がつかない言い争いに発展していた。

そんな中、苗木は江ノ島に思いを馳せる。

 

(これが今回の映画の中で重要な要素である〝コロシアイ〟か……。どうして江ノ島さんはこんな内容にしたんだろう? やっぱり彼女はまだ…、真っ暗な〝絶望〟の中にいるのだろうか…。)

 

苗木が思考にふけっている姿は、モノクマの発言をうまく飲み込めずにただ呆然としていたように映っていたであろう。

一方で、大和田は不毛な言い争いを止めるべく行動を起こしていた。

 

「もういい…、テメェらはどいてろ。…オイコラ、今更謝ってもおせぇぞ!!」

 

演技で言い争いを止めようとした大和田であったが、モノクマの、もとい江ノ島の容赦ない挑発に本気でキレた。

 

「があぁぁああッッ!!」

 

我を失った大和田はモノクマを掴み上げ、〝超高校級の暴走族〟らしい怒号を浴びせた。

校則違反を訴えていたモノクマであったが、突然反応が消える。その代わりに無機質な機械音が体育館に響き渡った。次第に間隔が早くなる機械音……

しかし依然として、大和田はモノクマを掴み上げていた。

 

「危ない、投げて……ッ!!」

 

霧切の言葉に反応した大和田は素早くモノクマを中に投げる。

次の瞬間、周囲は熱気と爆発音に包まれた。

体育館にいたメンバーは言わずもがな、モニターで様子を見ていたスタッフ達までもが呆然としていた。

そんな混乱のさなかに思考を巡らせる事ができたのは、とある双子の姉妹だけであった。

 

「まったく…、だから校則違反はダメだって言ったじゃないかッ!!」

 

「ま、また出てきた!?」

 

「テ、テメェ…! 今の〝マジ〟で俺を殺そうとしやがったなッ!!」

 

「この学園内では校則を厳守してください!! もしも破ったのなら、さっきよりももっとグレートなお仕置きが待っているからねッ!! じゃあ、オマエラの入学祝いにこれを全員に贈呈します! とても貴重なモノだからなくさないように! 詳しい校則もそこに書いてあるから、お仕置きされたくなかったらちゃんと読んでルールを守った学園生活をしましょう!! じゃあね、ボクは帰るから!!」

 

モノクマは電子生徒手帳を全員に配った後、どこかに消えていった。

 

ーー静寂。

 

しっかりと記憶を有していて尚、混乱に陥り黙り込んでしまう生徒達。

数秒の後、その静寂は〝死〟という恐怖に耐性がある霧切とセレスにより破られる。

 

「みんな、落ち着いて……。さっきまでの話を整理しましょう。」

 

霧切を中心に、落ち着きを取り戻したメンバーが先の話を要約していく。

そして十神の台詞により、またしても静寂は訪れた。

 

「今の話は嘘か本当かが重要ではない…。問題なのはその話を信じるかどうかだ。」

 

そして互いが互いの顔を見渡す。

相手の腹の内を探ろうとする視線を周囲に向けていたーー

 

ーー数名は本気で。

 

あまりに衝撃的な事が続いたために、これが映画撮影であることを完全に忘れてしまったようだ。

 

(何人か目が本気に見えるのは……きっと…、気のせいだよねッ!!)

 

 

 

苗木は思考を放棄した。

 

 

 




ーーウサミよりーー

ミナサン!こんにちはでちゅ!
ついに江ノ島さんの計画の一端であろう映画撮影が始まりまちたね!このまま何も起きずに撮影が終わってくれるといいでちゅが……
えっ!今のは完全にフラグでちゅって!?
はわわ…あちしとしたことが!!先生失格でちゅ…。
でも、あちしは決して絶望しないでちゅ!
しっかりと役目を果たしまちゅからね!


以下ウサミファイルより抜粋 

・希望ヶ峰学園は実際に完全封鎖されている。しかしその強度はそれほど高くはない。大神や希望ヶ峰学園の技術を持ってすれば破壊可能である。

・現在映画に出演している江ノ島は戦刃に特殊メイクを施し本人そっくりになっている別人である。そのことを生徒達は理解している模様。

・モノクマは今回の為だけに作られた模様。複数体いるようだが、最大数は不明。現在詳細は非公開


ちゃんと仕事をこなせまちたよ!それではミナサンまた来てくれるのを楽しみにしてまちゅね!


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プロローグ(裏) ようこそ絶望学園

みなさんこんにちは。
今回の前書きは少し伝えておきたいことを書くので出来れば読んでほしいです。
いつもは別に読まなくてもいいですよ-。
では簡単に、

・現在本編で進行中の映画撮影ですが、恐らく、演技に対する「OK」が出ていないと思います。それでも場面は移動している。
ではどうなっているかというと、原作と同じ内容の演技をみんながしていて、裏でOKが出ている。という設定にしています。
つまるところ、原作と同じように進行しながら、オリジナルの心理描写を重ねている。ということです。
あと、NGも。NGの話が書いてあっても、最終的に裏で原作通りの内容でOKが出ています。

・今後、原作と違う内容の話になるかもしれませんが(なる予定)、その時は私からも、そしてウサミからも注意が入ると思われます。
以上のことを踏まえると、以前の前書きで書いた『みなさんに脳内補完しながら読んでほしい』という内容のサポートになるかと思われます。
それでは本編裏話です。


日向「いよいよ始まるな。」

 

七海「そうだね-。苗木くん、まだ緊張してるみたい。」

 

九頭竜「相変わらずちっこいなぁ。本当に〝あの事件〟の立役者なのか?」

 

西園寺「チビ具合は九頭竜といい勝負だよねッ! プークスクス。」

 

九頭竜「んだとコラァッ!!」

 

小泉「はいはい、2人ともストップ!それで、本物の江ノ島ちゃんはここにいるけど、苗木以外のみんなはどうしたの?」

 

日向「あいつらなら、もう校舎の中でスタンバイしてるみたいだぞ。」

 

狛枝「この映画は〝超高校級の希望〟である苗木クンから始まるということだね!! 彼女にしてはいい采配だ。」

 

澪田「うひゃーッ!! 本当にいよいよっすね-!!」

 

十神?「いいから落ち着け。始まる前には静かにしろよ。」

 

スタッフ「本番5秒前ーー!!4…3…

 

辺古山「始まるようだぞ。」

 

罪木「わ、わたしまで緊張してきちゃいましたぁぁ。」

 

     2…1…action!!」

 

 

***

 

 

弐大「しかし、ワシにはただ歩いとるようにしか見えんが。」

 

左右田「いや、その認識であってるぞ。どうやらこういうシーンには後から別で音声を入れるみてーだ。」

 

狛枝「苗木クンは歩いている様も絵になるねぇ…。」

 

終里「なぁ、コイツは何を言ってんだ?」

 

ソニア「狛枝さんのことは放っておいた方がよいのでは…?」

 

花村「それはそうと、苗木くんが校舎の中に入ったらぼくたちはどうするんだい?」

 

田中「俺様達は閉ざされし城に立ち入ることを禁じられているはず…。」

 

七海「そうだね。スタッフや私達も含めて校舎には入れないよ。78期生の生徒だけしかいない状態をリアルに作り出したいみたいだからね。」

 

左右田「だからこの映画は、監視カメラからの映像や色々な所にある定点カメラを使って1つの映像にまとめるみてーだぜ。つまりカメラマンがいねーってこった。」

 

小泉「アタシ達の役割って……撮影前の小道具の製作や配置くらいしかなかった?」

 

辺古山「そうかもしれんが、私達とて何かの役には立つだろう。」

 

日向「そうだな。みんなで映像を確認して、あいつらに異常がないか見守ってやろう。」

 

九頭竜「しっかし、学園長はどんだけカメラ仕込んでんだよ…。」

 

澪田「どんだけって、あそこに山のようにあるモニターの数だけに決まってるっすよ-!!」

 

ソニア「軽く見積もっても100は超えてますわね…。」

 

狛枝「ねえ、みんな。今後の話もいいけれど、なんだか苗木クンの様子がおかしくないかい?」

 

西園寺「言われてみれば、確かにフラフラしてるかも…。てか遠すぎて見えないしッ!!」

 

日向「モニターで確認するぞっ!」

 

罪木「ああっ! 倒れてしまいましたぁぁ!! 早く助けに行かないとぉぉ!!!」

 

弐大「ッ!! 先程までは健康体にしか見えんかったぞ!!」

 

江ノ島「まーまー先輩方、そう慌てなさんなって…。」

 

77期生「「「……ッ!!!」」」

 

江ノ島「そ、そんなに怖い目であ、あたしを見ないでくださいぃぃ……。」(アタマニキノコ

 

日向「江ノ島ッ!? 苗木に何かしたのかッ!!」

 

江ノ島「勝手に私を加害者扱いしないでくれるかな。とても不愉快だよ。」(クール

 

七海「江ノ島さんは動揺してないみたいだけど、説明してくれるかな?」

 

江ノ島「うぷぷ…。いいよ、説明してあげる。実はさっき、苗木の緊張をほぐすためにちょっとしたゲームをしたんだよ。うぷぷぷぷ…。」(ヌイグルミダキシメ

 

狛枝「そのゲームって?」

 

江ノ島「それわぁ~ロシアンルーレットだよぉ~」(ブリッコ

 

九頭竜「何かブツでも飲ませたのかッ! テメェはッ!!」

 

江ノ島「いいえ。私様は何もしていないわっ! 苗木のヤツが勝手に飲んだだけよっ!!」(オウカンカブリ

 

十神?「白々しい屁理屈をならべおって…!!」

 

江ノ島「へッ!! まあテメェらはそこで突っ立ってりゃあいいんだよッ! 苗木の体に異常なんてねぇからよぉ!!」(アクニンガオ

 

江ノ島「おい、そこのスタッフ。私様がさっき言った場所にちゃんと運んでおいたんだろうね?」

 

スタッフ「は、はい。1階の教室の机に寝かせておきました。」

 

江ノ島「うむ、御苦労。大義であった。」

 

澪田「確かに誠ちゃん、どこかの教室の机で気持ちよさそうに寝てるっす!!」

 

ソニア「取り敢えず一安心ですわ。」

 

江ノ島「そういうことだから、私様は失礼させてもらうよ。」

 

田中「何処へ行くつもりだ…。」

 

江ノ島「どこって…、校舎の中だけど?」

 

小泉「何かするつもりなの…ッ!」

 

江ノ島「ちげーよ。私様にはさる崇高な役割が与えられているんだよ。」

 

辺古山「役割? 江ノ島の代役に戦刃がでている以上、お前は映画に出ないはずでは?」

 

左右田「そ、そうだぜ…。オ、オメーが出ないからミライ機関も今回の話を飲んだんじゃなかったのかよ。…シナリオはともかくとしてよ。」

 

江ノ島「ええ、その通り。私様はこの映画に出られません。お姉ちゃんが私様の代わりに出ているのは、今回のシナリオにおいて〝超高校級の軍人〟という肩書きがチート級の能力であるから。それに軍人なんてむさ苦しい才能より〝超高校級のギャル〟の方が華がありますしね。しかし左右田。あのキャラクターの開発を手伝った貴様なら、アレを操縦する人間が必要なことくらい理解しているはずだが…?」

 

左右田「……あ、忘れてた。アレの操作は学園のあの部屋からしかできなかったな。」

 

弐大「一体何の話をしておるんじゃッ!!」

 

左右田「ええっと、…まだ秘密なんだが、とにかく大丈夫だ!! オレが保証するッ!!」

 

西園寺「まったく信用ならないんだけど。」

 

江ノ島「じゃあ、今度こそさよならさせてもらうよ。」

 

 

***

 

 

日向「左右田、本当に大丈夫なんだな?」

 

左右田「なっ!? 日向! オメーまでオレを信じてないのかッ!!」

 

日向「そ、そうじゃない! あくまで確認だっ!」

 

七海「まあまあ、左右田くん落ち着いてよ。」

 

狛枝「そうだよ。それに、モニターで彼女を監視していればいいよ。」

 

罪木「まっすぐどこかに向かっているみたいですぅぅ。」

 

終里「階段のシャッターあげて上に向かっているみてーだぞ。」

 

左右田「情報処理室に向かってるんだよ。正確には、その奥の部屋だがな。」

 

花村「そこには何かあるのかい?」

 

左右田「まあ、見てろって!! オレも腕によりをかけて作ったからよッ!!」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

江ノ島「ったくなんなのッ!! 1回やった間違いを何回も繰り返すなんて…、どんだけ絶望的な脳味噌してんのよッ!!」

 

江ノ島「ふぅ…、しかしやっとコレの出番だな。…もう今から操作するの面倒です。既に私様は疲労困憊です…。」

 

江ノ島「うぷぷ…。だけど、アイツらの反応を想像するとたまんないねッ!」

 

江ノ島(ミライ機関の目を盗んで、お姉ちゃんから入手した爆弾をアイツらの1体に仕込んだけど…どのタイミングで使ってやれば絶望顔が拝めるか…。うぷぷ、脳汁がほとばしるぅ~!!)

 

 

***

 

 

江ノ島「さて…、大和田。そろそろモノクマから手を離さないと本当に死んじゃうよ…うぷぷ!!」

 

江ノ島「おっ、命拾いしたな~大和田のやつ。さて、そろそろ外がうるさくなってきたわね……。」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

日向「左右田、お前あんなの作ってたのか?」

 

左右田「あんなのって何だよッ!! アレには世界中の最先端技術が濃縮されてんだぞッ!?」

 

西園寺「ブッッサイクなヌイグルミにしか見えないけど。」

 

左右田「オレはデザインに関してはノータッチだッ!!」

 

終里「うまそーだな……。」

 

小泉「それにしても、ロボットとは思えないくらいスムーズに動くわね…。」

 

狛枝「仮に外見が人間だったなら、本物かロボットか区別がつかなくなりそうだね。」

 

七海「狛枝くん、なかなか凄いこと考えてるね。」

 

狛枝「ごめんね、今のは聞き流してくれて構わなかったんだけど。ただ、ふと思っただけだから。」

 

花村「それにしても、みんな演技に熱がこもってるね~。」

 

澪田「案外本気でやってるかもしれないっすねーー!」

 

十神?「確かに異様な雰囲気ではあるが、そこまでアホではないだろう…。」

 

九頭竜「おい、あのモノクマってヤツの様子が変だぞ?」

 

辺古山「動かなくなりましたが…、故障でしょうか?」

 

ソニア「やはり左右田さんが作ったモノはポンコツなのでしょうか?」

 

左右田「ソニアさんッ!! やはりってなんですか! やはりって!!」

 

田中「なにやら邪気を感じるが…。」

 

 

***

 

 

弐大「ぬおぉぉッッ!! 爆発しおったぞッ!!」

 

罪木「みなさんはご無事のようですぅぅ!」

 

日向「おいッ! 左右田!! どういうことだッ!!」

 

狛枝「ボクは彼女が操作室で何かしたのを見たんだけど…、安全な作りになっていると言っていたのは……嘘、だったのかい?」

 

左右田「ちょ、ちょっと待ってくれよ! オレは爆発するような仕組みにした覚えはねーぞッッ! 本当に知らねぇ! オレも今驚いてんだからよッ!!」

 

七海「嘘…、ではなさそうだね。」

 

十神?「アレの内部でなにかが起こったという線はどうだ?」

 

左右田「それもありえねーよッ! 元だが、オレ以外の超高校級の才能たちも総力をあげて作ったんだッ! 万に一つも、いや兆に一つもありえねーッ!!」

 

ソニア「そうなると、左右田さんたち制作チームの誰かが、イタズラかなにかで仕込んだ…、とかでしょうか。」

 

九頭竜「仮にそうだったのならまだましだがな。…それでも悪ふざけが過ぎる。どうもキナくせぇ。」

 

 

 

校外放送「今の光景をモニターで見ていたみなさん、取り敢えず鉄板を破ろうとせずに黙って私様の言うことを聞きなさい! ……さて、ここ、情報処理室では外に設置されているモニター同様に校内や校外の様子を見ることができます。しかし校内はともかく、校外の音声までは拾えません。ですからあなた達が慌てふためいている様子のみが観察できます。つまるところこの放送は、私様の一方的な報告です。」

 

日向「え、江ノ島ッ!?」

 

校外放送「まず第一に、これ以上モノクマによる爆発はありません。100%起こりえないと断言できます。そして現在撮影現場がかなりいい雰囲気ですので、予定通り撮影を続行します。学園長、さっきの霧切はとてもよかったですよね…。ここであなたたちが無理矢理入ってきたならそこも全部撮り直しになるでしょう。そういうことですのでこれ以上時間を延長させないために、くれぐれも入ってこないでいただきたい。あぁそれと、予定通りのところまで撮影できたのなら、正面玄関の扉を開けて構いませんから。では、放送を終了します。」

 

七海「信じてもいいのかな?」

 

狛枝「学園長の雰囲気を察するに、中には入れてもらえそうにないね。」

 

九頭竜「爆発よりも愛娘を選ぶとはな…。」

 

辺古山「学園長の在り方としては間違っているとしか…。」

 

澪田「まあ、大丈夫なんじゃないっすかーー!? 放送でも言ってたっすよ!!」

 

十神?「江ノ島の言ったことを鵜呑みにするな…。」

 

日向「はぁ、……現状は何もできないままか。」

 

 

 

 

 




ーーウサミよりーー

ミナサンこんにちはでちゅ!今回は天の声さんが珍しく長くおしゃべりしてまちたね!
うふふ…今回のお話で狛枝くんが何気なく言った言葉でちゅが、あれも伏線なんでちゅよ(小声)。天の声さんには秘密でちゅ。先生との約束でちゅ!
はわわ!て、天の声さん!い、いつからそこにいたんでちゅか!?…さっき来たばかりでちゅか…。な、何でもないでちゅよ!
さ、さーてお仕事お仕事……


以下ウサミファイルより抜粋 

・映画撮影は監視カメラと色々な場所に隠された定点カメラによって行われている。故に撮影中、校舎内には78期生しかいない。

・スタッフ、並びに77期生は撮影中に校舎の中に入れない。

・江ノ島盾子(本人)は映画に出演できない模様。ミライ機関の要求である。

・モノクマの操作については江ノ島以上に扱える人間がおらず、苗木立ち会いの下ミライ機関に許可を得ている。

・爆弾は一体だけに搭載されていた模様。いつ、誰が、どうやって搭載させたかは不明。現在調査中


それではミナサン、また今度も会いに来てくだちゃいね!


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chapter1 イキキルⅠ

この小説はゲームの方を参考に書いているのですが、アニメを見返してみると色々と省略されていて驚きました。
今後もゲームの方を参考にしていきますので、どうぞヨロシクお願いします。
それと、今回の本編では少しシリアスな要素が入っています。
終盤はこのような話が多くなることを承知しておいてほしいです。
それでは本編です。


ーー苗木視点ーー 

 

苗木は改めて先程の爆発について考えていた。

 

(あのまま大和田クンがモノクマを掴んでいたとしても爆発したのかは分からない。後で聞こうか……。いや、きっと無駄だろうな。……それはそうと、モノクマを動かしていたのは江ノ島さんだ。そして江ノ島さんは校内放送をかけることができる。爆発があって尚校内放送がかからないということは、このまま続行なのか…? 江ノ島さんは大和田クンが無事あろうと無かろうと、どっちでもよかったってことなの…?)

 

苗木が爆発のことを考えている時…他のメンバーもまた、様々な考えを巡らせていた。

そして、この場にいる全員…ではなく『一部のこの状況が映画撮影であると失念しているメンバー』の視線により、重い沈黙が場を支配する。

そんな中、霧切の発言が沈黙を破った。

 

「それで、これからどうする気? このまま…ずっとにらめっこしているつもり?」 

 

「確かに、今は前に進まねばならぬときだ! 不安でも、怖くても、僕たちは歩みを止めるべきではない! そんなことも忘れていたなんて、僕は僕が許せない…! 誰か! 僕を殴ってくれッ!!」 

 

(な、涙まで流してるよ…。石丸クン、完全にこのシナリオが現実の世界だと思っているみたいだ。一生懸命になるのはいいことだけれど、そこまでのめり込まなくてもいいのに……。将来詐欺師に騙されでもしないか心配だよ。案外既に葉隠クンとかに騙されてたりして……いや、さすがにないか。)

 

苗木も皆の話に頭を切り換えていく。

その後、全員でどうするべきかを話し合う。

そして行動の前にモノクマがしつこく言っていた〝校則〟について皆で把握する事になった。

 

(この電子生徒手帳も今回の為だけに作ったのかな? ……最初に表示されるのは名前か。それで、校則とやらは……)

 

 

***

 

 

簡単に校則を説明すればーー

 

・学園内で共同生活をすること、そして期限は無いこと

・夜時間を設けること

・決められた場所で睡眠をとること

・学園を調べるのは自由で特に制限が無いこと

・モノクマへの暴力を禁止、また監視カメラの破壊も禁止であること

・仲間を殺したクロが〝卒業〟になるが、誰にも知られてはいけないこと

・校則は順次増えていく場合があるということ

 

ーーといったところである。

これからのアドリブにおけるルールを一通り確認した苗木は、顔をあげ他のメンバーを見渡す。

 

「ざけんな、何が校則だ! そんなモンに支配されてたまるかよ!」

 

「でしたら、校則を破って行動してみては? わたくしとしては、校則を破った場合にどのようなペナルティーがあるか把握しておきたいですし。」

 

「そ、そのようなことをしたら…、さ、先程のようになるのでは?」

 

「……俺は、兄貴から〝男の約束〟は死んでも守れって教えられてんだ。……だが、まだ守り切れてねー約束がある。だからここで死ぬ訳にゃいかねー…。」

 

「取り敢えず校則は守るということですわね…?」

 

「まぁ、そうなるな。」

 

(今の大和田くん、かなり本気だったみたいだけど……何だか嫌な予感がする。)

 

「あの! …少しいいですか。校則の6番目の項目なんですけど…。」

 

やはり、ルールを理解したメンバーが最も重要視するのは6番目の項目である〝コロシアイ〟に関することであった。

その項目を主に話し合い、校則を一通り確認し終えた一同は学園内の探索をしようという話になる。

しかし十神は、

 

「俺は1人で行くぞ。初対面で人となりも分からんヤツらと行動を共にする気は無い。それに、既に殺人を目論んでいるヤツがいるかもしれないしな…。」

 

「ちょっと待ってください…!」

 

完全に演技だと割り切っている舞園は、同じく演技の内にいるであろう十神と混乱している生徒との間を取り持とうとする。

しかし止めることができず、とても冷静とはいえない大和田と十神との対立を許してしまう。

挑発を繰り返す十神に、大和田は顔を赤くし体を震わせていた。

そして、いよいよマズい雰囲気になったそのとき…苗木が2人の間に入る。

 

「ちょっと落ち着いてよっ!」

 

頭に血が上りきっている大和田は苗木の話に耳を貸そうとしない。

そして……

 

(お、大和田クン…本当に冷静じゃないッ! まるで1年前の、ボクらが初めて会ったときのトゲトゲしい雰囲気に戻っているみたい。……だ、ダメだ、ボクじゃ止めきれないッ!)

 

苗木は大和田に殴られ、吹き飛んだ。

 

(……舞園さんの声が聞こえる気がする。…うぅ、意識を保てない。)

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー大和田視点ーー

 

(掴んでいたヌイグルミが目の前で爆発しやがった。それは俺に明確な『死』のイメージを与えた。そしてそのイメージは、俺にあのときの事を思い出させた。

 

兄貴が俺を庇って死んでいった記憶。

 

俺は兄貴を尊敬していた。

そんな兄貴がチームを引退し、俺が二代目としてチームを引き継ぐことになった。

のしかかる重圧。大規模になったチームの名前。

兄貴のようなカリスマも無い、〝弱い〟俺はそんなプレッシャーに耐えられなかった。だったらどうするか……

兄貴に勝つ…、これしか思いつかなかった。自分の〝強さ〟を証明するには、それしかなかった。

その結果が〝あれ〟だ……。〝あれ〟は俺の〝弱さ〟が招いた、変えるこのできない結末だ。

俺はその事をどうしても忘れたかった。その結果は、俺の〝弱さ〟を証明しているように思えてならなかったからだ。でも忘れることなんてできなかった。忘れようとする度に兄貴が目の前に現れてこう囁く、

 

『お前は弱い。弱いから庇われた、だから俺は死んだんだ。お前が俺を殺したんだ…。』

 

それから俺は〝強さ〟に拘るようになった。チームのメンバーに弱い自分を見せないように振る舞い続け、兄貴の死の真相を俺しか知らないことを利用し、兄貴の話を持ち出すことを禁止した。

とにかく兄貴の存在を感じたくなかった。兄貴は俺の弱さそのもののように思えたから。 俺は兄貴を尊敬していたはずなのに…、どうしてこんなこんなことをッ!!

 

その後、チームは快進撃を続け日本最大の暴走族としてその名を知らしめた。

兄貴ができなかったことを成したと思うと、とても心地がよかった。

そうだ! 俺は誰よりも〝強い〟!!

そして俺は〝超高校級の暴走族〟として希望ヶ峰学園に入学した。)

 

 

 

大和田はモノクマが爆発し、自らの過去を思い出してから冷静ではいられなかった。

希望ヶ峰学園にいることは、彼の〝強さ〟の欲求を満たしていた。その学園の存在は、生きていれば自然と耳にする程に凄まじかったのだ。

どれ程のものかと言えばーー

 

『希望ヶ峰学園を卒業した者は人生の成功が約束される』

 

ーーとまで言われていた程だった。

誰もが羨む希望ヶ峰学園に在籍していることが、大和田に優越感を与えていたのだ。故に大和田は入学以来、兄の悪夢にうなされることはなかった。

しかし、1年ぶりに襲ってきた激しい後悔と負の感情ーー完全に忘れきっていた感覚が大和田を襲う。

1年もの間、仮初めの強さに浸っていた大和田は、この不意打ちに耐えることが出来なかった。

 

 

 

(どうしてッ!! 俺は強いはずなのにッ!! 兄貴のことは忘れたはずなのにッ!! ……うるせぇ…、うるせぇ…、うるせぇ…、うるせぇ…、ウルッセェんだよッッ!! 誰がプランクトンだぁあ? …俺はつえーんだよッ!! 何が落ち着けだぁあ? …誰に向かって説教垂れてんだッ!!)

 

大和田は頭の中がグチャグチャになり、暫くの間ボーッとしていた。

しかし、手に残る鈍い痛みが彼を現実に引き戻す。

そこには床に倒れた苗木と、苗木に寄り添い凄まじい敵意を向ける舞園がいた。

大和田は舞園の視線に怯んだ。そして一歩、また一歩と後ずさりをし、背を向けて逃げるように体育館を去る。

そんな大和田の後を石丸と不二咲が追い、体育館は静寂に包まれるのだった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー舞園視点ーー

 

(私の目の前で苗木君が殴り飛ばされた。……私はただ見ていることしか出来ませんでした。私が大和田君を止めることが出来ていれば、こんなことにはッ!)

 

大和田が去ったあと、舞園は大和田に敵意を向ける事無く、自己嫌悪に陥っていた。

 

「まったく…、相変わらずとんだお人好しだな。この俺があんなチンピラ風情に負けるはずもないというのに。」

 

「ちょっと十神! 苗木はあんたを庇ってくれたってのに、そんな言い方…ッ!」

 

「朝日奈よ、よすのだ。」

 

「さくらちゃん、でも……」

 

「今の十神はなにも、本気で言っている訳ではなさそうだ。」

 

十神のいつもの悪態であったが、誰も悪くは言わなかった。

何故なら、そこに優しさがあったからだ。十神もまた〝苗木誠〟という存在に大きな影響を受けた1人であった。

霧切、セレス、腐川、桑田、山田、そして舞園もそれらに含まれている。

苗木は入学以来積極的にクラスメイトとコミュニケーションを取り、全員とそれなりの友

好関係を築いていた。その中でも特に仲がよかったのはこの7人であった。

この7人も〝超高校級〟といえど、人並みに…いや、人並み以上に心の問題を抱えていた。

 

人間は集団において異物を排除したがる。

彼らのような天才たちもまた、一般人からしてみれば異物そのものである。故に、心が荒んでいくのも当然といえば当然のことであった。

その荒んだ心を解きほぐしたのは紛れもなく、〝苗木誠〟であったのだ。

 

「ふん…、苗木は俺が部屋まで運んでいってやる。」

 

「まあ! 昔の十神君ならいくら払われてもそんなことしませんのに。随分と丸くなられたのですね。」

 

「いつまでもそこに寝っ転がられていては邪魔なだけだ。」

 

「いつまで経っても十神殿は僕達の前ではデレてくれませんな-。」

 

「十神がデレる? そんなん想像つかねーぞ。」

 

「実は苗木誠殿に聞いたのですが……」

 

「おい! いつまでここで喋っているつもりだ! とっとと移動するぞ。江ノ島のヤツにさっきの爆発についても聞かねばならん。」

 

「おっと、下手に喋りでもしたら拙者…、不幸な事故で死んでしまうかもしれませんぞっ!」

 

「おい、気になるだろ! ブーデー!」

 

先程までの殺伐とした空気は消え、穏やかな雰囲気に包まれた。

そして未だ一言も喋らない舞園に、霧切が心配そうに歩み寄る。

 

「……舞園さん、別にあなたのせいで苗木君がこうなったんじゃないわ。強いていえば大和田君かしらね……。でもあのときの彼は普通じゃなかった。なにかブツブツと呟いていたし、目の焦点も定まってなかったわ。」

 

「でも、私が大和田君を説得出来ていたなら…。」

 

「あのとき彼を説得しようと動いたのは、舞園さんと苗木君だけ。結果論だし、かなり失礼だけど…、苗木君でも無理だったのよ? 舞園さんには荷が重かったと思うわ。」

 

「あはは…そうですね。私は苗木君ほど真摯に人に寄り添うことが出来ませんから。」

 

「……そこまで自分を貶めないでちょうだい。私が怒るわよ。」

 

「ふふっ、…ありがとうございます。…元気でました! 早く苗木君を運んであげましょう!」

 

「よかったわ。じゃあ十神君…お願いできるかしら。」

 

舞園と霧切は仲がよかった……親友と呼べる程に。

中学生時代、既に苗木に対する好感度メーターを振り切っていた彼女は、苗木が霧切の心の問題に首を突っ込んだ際、『女の匂いがしますッ!!』と言って勝手に苗木について行き、同じように霧切の抱えていた事に対し首を突っ込んでいった。

その後、2人の絆は深まっていくのだが……まあ、それはまた別のお話。

苗木が殴られ、大和田が去って行ったことに唖然となっていたメンバーもまた、十神や舞園達の後に続き体育館を後にした。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー苗木視点ーー

 

「うぅ…ここは?」

 

大和田に殴られ気を失っていた苗木は目を覚まし、自分が眠っていた部屋を観察する。

 

(ここは…、ボクの寄宿舎の部屋かな? 撮影の為に置いてあった荷物を全部持って行っちゃったから、正確な判断がつかないなぁ。)

 

今回の撮影で使われる78期生のそれぞれの個室は、普段苗木達が使っている寄宿舎の部屋であった。部屋の並び順も特に変更されること無く、78期生が入学当初から使い続けている場所である。

しかしそれ故に大量の私物が置いてあり、私物が少なく早く片付けが終わった苗木は他の生徒の手伝いに奔走したとか……

兎に角、スッキリとした部屋を見渡し、苗木は見覚えの無い貼り紙を見つけソレを読む。

 

「なになに…、部屋の鍵にはピッキング防止加工。シャワールームは夜時間に水が出ない。女子の部屋のシャワールームのみ鍵が付いている。女子には裁縫セット、男子には工具セットか……」

 

読み終わった貼り紙を丸めてゴミ箱に放り、苗木は他に変わった場所が無いか調べていく。

 

 

***

 

 

(入学当時みたいにすかっらかんだなぁ。)

 

「この部屋にあったのは部屋の鍵、メモ帳、粘着テープクリーナー、工具セットか。……で、シャワールームは……」

 

苗木は最後にシャワールームを調べる。

しかし……

 

「あ、あれ? 開かない…。」

 

(もしかして、また立て付けが悪くなったのか?)

 

実は入学当初、学校側の不備により苗木の個室のシャワールームの扉は、立て付けが今のように悪かったのだ。

 

(1年前を再現するためにまた立て付けを悪くしたとか? 改悪にわざわざお金をかけるなんて……)

 

苗木は若干あきれつつも自分が取るべき行動を考える。

 

(校内放送でなにも言ってこないということは、撮影は続いているのかな? まあ、取り敢えず部屋を出ようかな。)

 

苗木は他の生徒と合流するために部屋を飛び出した。

すると、いきなり何かにぶつかった。

ゆっくりと目を開けると、そこには尻餅をついた舞園がおり、苗木は手を差し出し、倒れていた彼女を起こして謝罪をする。

 

「ご、ごめん! 大丈夫!?」

 

「い、いえ…、私の方こそ、少し驚いてしまいました。」

 

「本当に大丈夫? 怪我はない?」

 

「ふふっ、苗木君は心配性ですね。私、こう見えてもそれなりに筋力あるんですよっ! アイドルを見くびらないでください♪ それよりも、苗木君の方こそ大丈夫なんですか? 大和田君にやられた傷は……」

 

「うん、大丈夫だよ。もうなんともないから。……でも、格好悪いところ見せちゃったね。」

 

「そんなことありませんよ! あの2人の間に飛び込むなんて、誰にでも出来る事じゃありません! ますます好きになっちゃいます♪」

 

「えっ?」

 

「……? どうかしましたか?」

 

「い、いや…()()()()()()よ。と、ところで舞園さんはどうしてここに?」

 

「そうでした、苗木君を呼びに来たんです。実はですねーー」

 

 

***

 

 

苗木は舞園から現状を聞き、全員が集合する手はずになっている食堂へと向かう。

しかし、食堂には舞園以外まだいなかった。

苗木は他の生徒を待つ間に舞園と他愛のない会話をしていたが、なぜか舞園が苗木の助手となることを約束させられてしまう。

そして時間が過ぎ、石丸をはじめとして次々と生徒達が食堂に入ってきた。

すると……

 

「苗木! さっきはすまなかった! この通りだ! 苗木の気が済むまで殴ってくれても構わねぇ!」

 

最後に入ってきた大和田が、苗木の前までやって来て土下座をした。

 

「大和田クン、もう大丈夫だから顔を上げてよ。ボクはこの通りピンピンしてるし、あのとき大和田クンは色々なことがあって混乱してたから……」

 

「だが、それじゃあ俺の気が収まらねぇッ! それに……」

 

「それ以上苗木君を困らせるようなら、私が殴りますよ」

 

舞園は、普段の彼女からは到底想像もつかない底冷えするような声を発し、大和田の謝罪を遮る。

そして、思わず大和田は顔を上げた。

 

「苗木君がいいって言ってるんですから、この話はおしまいです! そうですよね、苗木君!」

 

「う、うん。あ、ありがとう舞園さん。」

 

「これくらいなんてことありませんよ! 私は苗木君の助手なんですからっ!」

 

この後校内放送が入り、撮り直しが行われた。

とはいえ大和田の謝罪がより簡易になり、舞園も大和田に噛み付かなかった程度の違いであったが…。

その後、石丸を司会にそれぞれが調べた成果発表が行われた。

びくともしない窓の鉄板、正面玄関の扉。2階へ続く階段と閉ざされたシャッターなどなど。更に霧切が持ってきた学園の見取り図より、本物の希望ヶ峰学園であることなどがわかった。

しかし、結局のところ逃げ場の無い密室という事実確認だけで終わってしまった。

しばらくの話し合いの後、セレスの提案により『夜時間の出歩き禁止』という口上のルールを設け、その日は解散となった。

 

 

***

 

 

(ふあぁぁ…、眠い。時間も時間だし…それに、何より初日からこんなにハードだとは思わなかったな)

 

苗木は大和田に殴られてから暫くの間眠っていたが、それでも疲労により睡魔は悠然とやって来る。

しかし苗木は眠い体に鞭を打ち、シャワールームをもう一度調べる。

 

「やっぱり開かない。となると……」

 

苗木は入学当時の立て付けの悪かった扉を開閉していた時を思い出し、同じ要領で目の前の扉を開けようとする。

すると……

 

「おやおや? どうかしたの、苗木クン?」

 

「うわぁ!?」

 

急にモノクマが現れ、苗木は動きを止める。

 

「うぷぷ…、ドッキリ大成功ーー!!」

 

「……何かよう?」

 

眠気をおしてまで動いている苗木にとって、モノクマのテンションは迷惑でしかなかった。

 

「つれないなぁ…。まあいいや! 実はですね、苗木クンの部屋だけシャワールームの扉の立て付けが悪かったのです! うぷぷ…、苗木クンって本当に〝超高校級の幸運〟なの?」

 

(まさか、…まさかとは思うけど、それを言うためにわざわざこんなことをしたんじゃないだろうね……)

 

「それはさておき、ドアの開け方のコツを教えてあげるよ!」

 

苗木は一応モノクマからコツを教わるも、やはり入学当初と変わらない方法であった。

 

「おっ、開いた。」

 

「それじゃーバイバーイ!」

 

「お、おい! 待てっ!」

 

モノクマは一瞬のうちに消え、スピーカーから鐘の音が響く。

それは夜時間を告げるモノであった。

疲れ切った苗木はベットに倒れ込み、すぐに眠りについた。

 

 

 

 

 




ーーウサミよりーー

ミナサン、こんにちはでちゅ!
今回もお仕事をしていきまちゅよ!


以下ウサミファイルより抜粋

・大和田は過去を克服していない。同様に不二咲もコンプレックスを克服していない。

・78期生の内、上記7名は苗木と特に良好な関係である。


今回の本編では、伏線や重要事項よりも映画撮影の現状報告が多い感じでちたね。
それより、大和田くんは大丈夫なんでちゅかね…?
それではミナサン、また会いに来てくだちゃいね!


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chapter1 イキキルⅡ

ちょっとシリアス?
全然話が進みませんが…。



ーー苗木視点ーー

 

朝を伝える校内放送により、苗木は寝ぼけ眼をこすりながらもどうにか起き上がる。

 

(朝、か…。窓が封鎖されてるからなんだか調子が狂うな…。それにしても、一人目の犠牲者とその後に行われる何かしらのイベントが終わるまでの間、本当にみんなとここで共同生活をするとは…。)

(取り敢えず…、江ノ島さんに指示されて誰かがアクションを起こすってことなのかな?ボクの台本には詳しく書かれていなかったし。)

(まあ、先のことはまだいいか。舞園さんを誘って朝食でもとろうかな。)

 

ひとまず朝食をとるために舞園の部屋に向かう苗木。

そしてインターフォンを押し、待つこと数秒…舞園は出てきた。

 

「あ、苗木君。ちょうどよかった!実はお願いしたいことがあるんです…。」

 

「お願いしたいことって…?」

 

「護身用の武器を探しに行こうと思っていたんですが、一緒に探してもらえませんか?」

 

「…もちろんいいよ。」

 

(護身用か…。確かに、実際にこんな環境下だったらそういう考えも出てくるか…。確か体育館前のショーウインドウに使えそうな物があったような…。)

 

「体育館前のホールですね。行きましょう!」

 

「えっ、声に出てた?」

 

「エスパーですから…。冗談です。ただの勘です。」

 

(どうして舞園さんにはボクが何を考えてるか分かってしまうのだろうか…。そんなに表情に出てたり、単純な思考回路だったりするのかな?)

 

舞園がエスパーを発動できるのは、苗木だけである。

それは舞園が苗木をストーk…もとい、観察を続けた成果に他ならなかった。

 

 

 

(ふぅ…、体育館前のホールに来たわけだけど、77期生の先輩方が用意した小道具があるな…。なんだかここに似つかわしくない物まで置いてあるけど…。うーん、使えそうなのはこの模擬刀くらいか…。)

 

ショーウインドウを見渡し、模擬刀をとろうとした苗木だが、

 

「うわ…!ちょっと触っただけなのに、金箔の塗装が…。」

 

「すぐに汚れてしまいますね。護身用にはちょっと…。」

 

「ないよりはマシだけど…。」

 

「でしたら、苗木君が持って帰ったらどうですか?今のお部屋は飾り気がありませんし。」

 

「じゃあ、そうしようかな。」

 

「それがいいと思います。ここにはもう…護身用になりそうな物はありませんね…。」

 

「すぐには必要ないと思うよ…。それに、そうなったとしても、ボクが守るからさ…。」

 

苗木はとっさに口から出た言葉を思い出し赤面する。

一方で舞園は優しい笑みを浮かべ、苗木に感謝を告げた。

 

「苗木君が味方になってくれるのなら、もう大丈夫ですね!じゃあ、武器探しはやめにして…うーんと、少しお話でもしていきましょうか。」

 

「うん、いいよ。今後のこととかでも話す?」

 

「そうですね……、唐突ですけれど…、苗木君には〝夢〟とか…ありますか?」

 

「夢…か。うーん、舞園さんは?」

 

「私ですか?私は…私の夢は…、幼い頃からアイドルに憧れていたんです…ーーーーー」

 

舞園は自らの夢を語った。

心の支えとでも呼ぶべき、幼き頃からの夢を……。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー舞園視点ーー

 

(一日目が終わり、二日目の撮影が始まりました。実際に泊まり込むなんて、なかなかリアルを追求しますね!嫌いじゃありません。それより、今日から〝江ノ島さんの台本〟通りに進めていかなければなりません。本当に泊まり込んでいる以上、私の失敗はみなさんへの迷惑となってしまいます。)

(まずは、『苗木の部屋に体育館前にある模擬刀を設置する』……これをやらなければなりませんね。そうしなければならない理由は、台本を読み進めていけばわかります。苗木君に罪をなすりつけるための演技をするのはとても辛いことです…。ですが、私はどうしてもやり遂げなければならないんですっ!苗木君との未来のためにっ!!)

 

 

***

 

 

(無事に体育館前のホールに誘導出来ました。どうやら模擬刀も持って帰ってくれるみたいですね…。ここまでは問題ありません…。)

(うーん…。暫くはすることがありませんし、苗木君と少しお話でもしましょうか…ーーー。)

 

 

 

(そういえば、苗木君とは色々なお話をしましたけど、私がアイドルになろうとした切っ掛けについては話してませんでしたね…。今思えば、苗木君は私に気を遣ってこの話をしないでいてくれたのかもしれません…。)

(苗木君は優し過ぎます。もっとたちが悪いのは、私をはじめとして周りのみなさんに助けを求めないことですっ!!何度も何度も頼ってほしいって言っているのにっ!!)

 

舞園は苗木に出会い、自らが変わる前までの自分の気持ちを語った。

苗木と深く関わる前の、荒んだ時期のことを話していた。

 

江ノ島は舞園に台本にはない別の指示も出していた。

それは『苗木との中学時代の記憶がまるまる抜けている』というモノであった。

それは、江ノ島が苗木の〝希望の伝染の特徴〟を理解していたがための処置であった。

苗木は人の心にひたすら優しく寄り添い続ける。

いつだって優しいが、間違ったことをすれば怒りもする。

本当に真摯に寄り添い続け、荒れた心を溶かしていく。

そうすることで苗木は人に〝希望〟を与えていた。

舞園を筆頭に、78期生の7人はこうして〝苗木誠〟に影響を与えられていた。

江ノ島はそれを理解し、最も苗木に影響を受け、強い〝希望〟を有している舞園を、自らの計画から排除した。

しかし、苗木に影響を受けた数名は最後まで残るようにも計算をしていた。

適当な理由の裏側には、れっきとした計算が成されていたようである。

 

舞園は思考を巡らせる。

もしも苗木と深く関わる事なくアイドルを続け、突然異様な場所に閉じ込められていたのなら…、と。

 

(私が苗木君と出会ってなければ、きっと〝自分の存在〟や〝居場所〟に依存したままだったんでしょう…。そしてここに閉じ込められたのなら…、私はここいる誰かを殺してまで……〝卒業〟しようとしたんでしょうか。)

 

舞園は心の中で、改めて苗木に感謝した。

 

(苗木君…、私をあの〝絶望〟から救い出してくれて、本当にありがとう…。)

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー苗木視点ーー

 

(舞園さんの夢の話はとてもリアルに感じた。きっと本心なのだろう…。手に入れた仲間を、登り詰めた場所を…、必死になって叶えた夢が壊れてしまうことを…、恐れている。)

(こういう状況になったのなら、ボクは何を真っ先に考えるんだろう…。やっぱり家族の事……なのかな。)

 

 

 

その後、2人は食堂に移動し食事をとった後に解散した。

 

(模擬刀を飾ってみたけど…、違和感しか無い…。)

 

模擬刀を部屋に置いた苗木は一通り校舎を探索し、その後舞園と中学時代の話をしながら特に何も無い二日目を終了した。

三日目も同様に、何も起きることは無かった。

 

(暇つぶしになるような物が無い中で一日過ごすのって、意外と大変だなぁ…。明日こそ何か動きがあればいいけど…。)

 

苗木はこれから起こる展開を予想出来るはずもなく、安らかに眠りについた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

(さて、そろそろ始めようか…。苗木…、あんたの絶望した表情を拝めるの、楽しみにしてるから…。うぷぷぷぷ。)

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー苗木視点ーー

 

四日目の朝、石丸によって78期生全員が食堂に集められた。

それは親睦を深める意味合いと、ここ数日の成果報告を行うことが目的であった。

一同が黒幕の推測やこれからの事を話していると、そこに……

 

「…アハハハハハハハハッ!!外からの助けなんかあてにしてんの?」

 

いつものごとく唐突にモノクマが現れる。

 

「警察なんかあてにするより、ここから出たいならさぁ…、殺しちゃえばいいじゃーん!」

「それにしてもオマエラ、ゆとり世代の割にはガッツあるんだね…。ボクはもう飽き飽きだっていうのにさッ!!」

「…そうだった!!ボクとしたことが大切なことを忘れていたよ。場所も人も環境も何もかも必要な物は揃ってるのに、どうして殺人が起きないのかと思ったら…、〝動機〟が必要だったね!!」

 

モノクマは言いたい事だけを言い、「見せたい物がある」と言い残して食堂を去って行った。

その後、苗木と舞園の捜索により、視聴覚室に全員の名前が書かれたDVDが見つかった。

舞園が他の生徒達を呼びに行く間に、苗木は自分の名前が書いてあるDVDを箱から取り出し、再生する。

 

(これは…、江ノ島さんが用意した物なのか?)

 

苗木がDVDを再生すると、そこには……

 

(えっ…、お父さんとお母さん、それにこまるまで…。)

 

苗木は久しぶりに見る自分の家族に頬を緩ませる…が、映像が暗転した次の瞬間…、そこに映っていたのは荒れ果てた部屋であった。

苗木は言葉を失う。

そして、モニターからモノクマの声が流れ出す。

 

「希望ヶ峰学園に入学した苗木誠クン…。どうやらご家族のみなさんの身に何かあったようですね?では、ここで問題です。いったいご家族には何があったのでしょうかっ!?……正解は〝卒業〟の後で!」

 

(こんなの…、悪ふざけにしたってやり過ぎだ!)

 

監視カメラの向こうにいる江ノ島に怒鳴ろうとしたその時、他の生徒たちを連れた舞園が視聴覚室に入ってくる。

顔色の悪い苗木に声をかける生徒達。

その後、見覚えの無いダンボール箱から自分の名前が書いてあるDVDを取り出し、次々に再生していく。

映像を見た生徒達の顔色が変わるのに、時間はかからなかった。

 

「これがモノクマの言っていた〝動機〟ね…。ここから出たいという気持ちを煽っている…。」

 

霧切やセレスなどは冷静に状況を判断していた。

苗木も気持ちの整理をつけ、どうにか冷静になる。

映像を見終わった生徒達が様々な反応を示す中、苗木は舞園に声をかける。

 

「…舞園…さん?」

 

彼女の反応は無く、苗木が肩に手を置いた瞬間……、

 

「やめてッ!!」

 

舞園は苗木の手を振りほどき、どこかへ走り去っていった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー舞園視点ーー

 

(いよいよ四日目ですね…。ここからは絶対に失敗してはいけません!)

(今日中にはモノクマさんが〝動機〟をみんなに見せるみたいですが…、いつそのイベントが発生するか分からない以上、気を緩めてはいけませんね…。では、改めて今日の段取りを確認しておきましょうか。)

(まず、モノクマさんのお話で〝動機〟の存在をみなさんが把握します。その後私は『動機の発見が滞るようなら、全員を視聴覚室まで誘導する』、これを実行します。そして次は、『DVDを見た後に怯えた反応をしてその場を立ち去る』、取り敢えずはここまででよさそうですね…。そして次の勝負は夜時間です…!)

 

段取りの確認を終えた舞園は、石丸の呼びかけに応じ食堂へと向かった。

 

 

***

 

 

(こんな映像…。私は大丈夫ですが…、みんなは…。)

 

舞園は他の生徒達を見渡すが、大半の生徒は顔色が優れていないように見えた。

 

(ここまでする必要はあったんでしょうか…?……考えるのは後です。私のするべき事をしましょう!)

 

舞園は頭を切り換え、江ノ島の台本通りに進めていく。

 

 

***

 

 

(適当な教室に入ってしまいましたが、どうしましょうか…。この後も怯えた振りをしなくてはいけないみたいですし…。)

 

しばし考え込んでいると、息を切らせた苗木が入ってくる。

 

(苗木君…。私のこと、走ってまで捜してくれたんですね。ごめんなさい…全部演技なんです…。)

 

苗木は本気で心配していた。

それを察した舞園に少しの罪悪感が襲う。

 

「ま、舞園さん…、大丈夫…?」

 

「大丈夫…な訳ないじゃないですか…。なんで私たちがこんな目にッ!どうしてこんなに酷いことをッ!今すぐここから出してよッ!!」

 

「落ち着いて!舞園さん!」

 

「気持ちはわかるけど…、とにかく冷静になって。これは……、」

 

〝これは映画撮影である〟そう言おうとした苗木であったが、急に舌が痺れてそれ以上言葉を発することが出来なかった。

 

「……冷静でなんかいられませんッ!だって……ッ!」

 

どうにか喋れるようになった苗木は、仕方なく設定に沿って舞園をなだめる。

 

「助けが来なくても、ボクがここからキミを出してみせる!」

 

そう言い放った苗木の胸に、舞園は顔をうずめる。

 

「どうしてこんなことに…。殺すとか殺されるとか…もう耐えられないッ!」

 

暫くして落ち着きを取り戻した舞園は、涙を拭きながら苗木にお願いをする。

 

「苗木君だけは…何があっても…、私の味方でいてください…。」

 

「…当たり前だッ!ボクはいつまでも舞園さんの味方だよッ!!」

 

その後、いい雰囲気の2人だったが、モノクマに邪魔をされ教室を後にした。

舞園を部屋まで送り届けた苗木は舞園の無事を他の生徒達に伝え、そのまま自分の部屋に帰っていった。

 

 

 

(やっぱり苗木君は優しいですね…。自分だって酷い映像を見せられたはずなのに…。)

(…先に謝っておきますね…。ごめんなさい…苗木君…、これから何が起きようと…決して〝絶望〟しないでください。私は信じていますよ…苗木君はとても強い人ですからっ!)

 

そして舞園は再び今後のシナリオを確認し始めたーーーーー。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー苗木視点ーー

 

苗木は部屋に戻り先程までのことを考えていた。

 

(冷静なはずの舞園さんが凄く取り乱してた…。それに、これが映画撮影だってことを言おうとしたら急に喋れなくなった…。設定を無視した発言はするなってことか。江ノ島さんがこれから何をしようとしているのかまったく予想が付かない…。それにさっきの舞園さん…、あれは演技なのか?正直ボクには判断できない。くそっ!どうすれば……。)

 

思考の海に沈み、いつの間にか眠りについていた苗木であったが、インターフォンの音が彼を現実へと引き戻す。

 

(……眠ってたのか。もう夜時間が近いけど、誰だろう…?)

 

フラフラと扉まで進み返事をしたが、扉の向こうの相手がわかると苗木の頭はすぐに覚醒する。

 

「ごめんなさい…こんな夜遅くに…。」

 

「ど、どうしたのこんな時間に…。何かあったの…?」

 

「少し変なことがあって…。」

 

そう言った舞園の体は小刻みに震えていた。

そして、青ざめた顔の彼女は何があったのかを説明した。

 

「さっき…部屋にいたら…、急に部屋のドアがガタガタと揺れて…。誰かが無理矢理ドアを開けようとしているんじゃないかって…!」

 

(そんな…。いくらあの映像が酷い内容だったとしても、これはあくまで映画撮影だ…。取り乱したとしても誰かを殺そうとする人なんていないと思うけど…。でも…舞園さんは確かに震えている。どうにかしてあげなくちゃ…!)

 

「じゃ、じゃあさ…、今晩はボクの部屋に泊まれば?そうすれば怖くないでしょ?」

 

「えっ?」

 

「校則では他の人の個室で寝てはいけない、なんて書いてなかったし…。」

 

「苗木君と2人で…ですか?」

 

若干顔を赤らめながら聞き返す舞園に、苗木は慌てて言い直す。

 

「あっ!ご、ごめんッ!やましい気持ちなんて全然無くって!!」

 

「いえ…私も嫌という訳では無くて…。…あの…、もしよかったら、一晩だけ部屋を交換してくれませんか?」

 

その後、苗木はシャワールームのドアの開閉方法だけを伝え、お互いの部屋の鍵を交換し舞園の部屋へ向かった。

舞園の部屋に入った苗木は夜時間を告げる校内放送と共に、舞園が使っていたベッドへ横たわる。

 

(こんなことが舞園さんのファンに知られでもしたら…、それこそボク…殺されるんじゃ…。)

 

先程までの舞園とのやりとりをすっかり忘れてしまった苗木は、ほのかにいい匂いのするベッドに雑念を抱きつつも、なんとか寝むりにつくのであった。

 

 

***

 

 

朝を伝える校内放送で目を覚ました苗木。

昨日の石丸の提案により、朝食は全員でとることを約束していた。

そのため苗木は食堂へと向かう。

そして食堂には、規則正しい生活を送っている生徒が既に数名いた。

その後、多少遅れて少し時間にルーズな生徒達が入ってくる。

さらにその後、他人のことを気にしたい生徒達が食堂へと顔を見せた。

しかし……、

 

「まだ、揃っていないようだな…?」

 

(あれ…?舞園さんならもう食堂に来ていてもおかしくないのに…。)

 

そこに十神が顔を出す。

 

「…どうかしたのか?」

 

「おぅ、十神…。オメェ、舞園を見なかったか?」

 

「俺は部屋からここに一直線にきた…。知らんな…。」

 

普段の彼女ならば、もうとっくに来ているはずだという会話が飛び交う。

苗木は昨日の舞園の様子を思い返す。

 

(舞園さん…。何だか嫌な予感がする…。)

 

「ボ、ボク…ちょと様子を見てくるよッ…!」

 

苗木はすぐに食堂を飛び出し、舞園がいるであろう部屋に向かう。

鍵のかかっていない扉を開け部屋の様子を見る苗木。

そこにはーーー荒れ果てた景色が広がっていた。

 

「な、なんだよ…これ…ッ!?」

 

動揺しながらも部屋の中を見渡す苗木。

しかし舞園の姿は見つからない。

そして苗木はシャワールームの中を覗き込む。

そこには……、

 

 

『腹部を包丁で刺され、血まみれで横たわる〝舞園さやか〟』

 

 

……が確かに確認できた。

 

(な、なんだよこれ…。う、嘘だろ…。こ、こんなのってーーーーー)

 

苗木は、自分も気づかぬうちに悲鳴を上げていた。

そして苗木の意識は、ここで途切れた。

 

 

 

 

 




ーーウサミよりーー

ミナサン、こんにちはでちゅ!
なんだか怪しい雰囲気になってきまちたね。
それでもあちしはあちしの役目を果たちまちゅよ!


以下ウサミファイルより抜粋

・舞園は完全に江ノ島のシナリオ通りに動いている模様。

・江ノ島は意図的に舞園を第1の犠牲者に仕立てた模様。

・舞園は苗木により強い〝希望〟を持っている。

・モノクマによる〝動機付け〟が行われる。

・〝舞園さやか〟の死体は本物?


苗木くんが〝超高校級の希望〟と呼ばれるのは、その精神力とか心の在り方によるものなんでちゅね!決してあらゆる才能を持っているから〝超高校級の希望〟と呼ばれるわけではないんでちゅ!
それではミナサン、また今度も会いに来てくだちゃいね!


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chapter1 イキキルⅢ

今回の前書きは少しお付き合いください。
本編にて原作と完全に異なる設定が出てきますので、脳内補完の際にはご注意ください。

・江ノ島(戦刃)の死亡原因。

これが異なります。原作では槍によって殺されちゃいましたね。
それと、

・苗木がかなり錯乱している。

これはご都合主義ということで…。
深く考えちゃダメです!
捜査パートは全面カットで…それでは本編です。



ーー苗木視点ーー

 

苗木は目を覚ますと、そこには広い天井が広がっていた。

 

(ここは…?体育館…、それにみんなもいる…。)

 

辺りを見渡す苗木。

次々と心配そうに声をかける生徒達。

そして苗木は、先程何があったのかを思い出す……

 

舞園さやかの変わり果てた姿

 

……を。

自らの頬を抓り、痛みが走ることを確認する苗木。

 

「夢…、じゃ…ない…。あれは、夢じゃないの…?」

 

現実逃避をする苗木に、十神は無慈悲にも言い放つ。

 

「現実だ。…舞園さやかは…死んだ。」

 

苗木が舞園の所まで走りだそうとするのを止める十神。

 

「どこへ行く…。」

 

「そんなの決まってるッ!舞園さんを…早く助けなくちゃッ!!」

 

「もう諦めろ…。さんざん確かめた。間違いなく死んでいたんだ。」

 

もはや冷静でいられない苗木は、舞園の元に行くことを主張し続ける。

しかし、霧切がそれを遮る。

 

「落ち着いて…。モノクマがここにいるように言ってきたのよ…。」

 

他の生徒達もこれに賛同し、苗木も事実であると認識する。

そして、落ち着きを取り戻していく。

 

「なんであんなやつの言うことなんかを…。舞園さんを殺したのだってアイツに決まってる…!」

 

苗木は先程見たあまりに酷い光景に、虚構と現実が入り混じってしまっていた。

先日の大和田のように、もはや冷静では無い。

これが映画撮影であることを忘れてしまう程には…。

そして、そこにモノクマが現れる。

 

「いやだなぁ…、ボクは殺してないって。校則違反をしない限りは手を出さないってばッ!」

 

「じゃあ、誰が舞園さんを…。」

 

「…うぷぷ…、わかてるクセにさぁ…。オマエラの中の誰かに決まってんじゃーーんッ!!」

 

モノクマが言い放つ言葉に押し黙る生徒達。

 

「ここからどうしても出たい誰かが、〝卒業〟するために殺したんだよッ!それがルールだからね!」

 

そんなことはないと反論する苗木。

 

「本当だってば…。まあ、本人が一番よく知ってるよね…うぷぷ。」

 

その言葉にみんながお互いの顔を見回す。混乱と疑惑がその場を支配する。

しかし沈黙は、十神の言葉によって破られる。

 

「…それで、舞園を殺した犯人はここから〝卒業〟出来るんだろ…。」

 

モノクマは十神の言葉に笑いをもって応える。

 

「うぷぷ…うぷぷぷぷ…ぶひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!甘い、甘すぎるよっ!人を殺しただけでここから出られるとでも…?むしろ本番はこれからだっていうのにさッ!!」

 

そう言うと、モノクマは〝卒業〟の補足説明を始める。

 

「ただ殺すだけなんて、誰にだってできる…。だから校則にある通り誰にもばれずに殺人を実行しなくちゃいけないんだ!で、その条件を満たしているかどうかを判断するシステムとして…殺人が起きた一定時間後に『学級裁判』を開催します!!」

 

そしてモノクマは淡々と学級裁判の詳細を説明していく。

それは、簡単に言ってしまえば犯人当てであった。

犯人を当てた場合は犯人が、当てられなかった場合は犯人以外の全員が〝おしおき〟されるという内容である。

 

「それと、校則も追加しといたからさ。ちゃんと確認しておくんだよ!」

 

しかし、モノクマの一方的な言葉に噛み付く人物がいた。

それは、江ノ島を装っている戦刃であった。

 

「ちょっと待てって!アンタの言ってること、無茶苦茶なんですけどッ!あたし、そんなモンに参加するのヤだからね…!」

 

「学級裁判に参加しないと…罰が下るかもよッ!」

 

「うるせーんだよッ!あたしは絶対に参加しねーからッ!」

 

「そんな、身勝手な!だ、だけどなぁ…、そんなに参加したくないなら…ボクを倒してみろーーーッ!!」

 

大声をあげたモノクマは、江ノ島に向かいテトテトと突進する。

が…、あっけなく江ノ島に踏み倒されてしまう。

 

「これで満足?」

 

「そっちこそ…。学園長への暴力は校則違反だよ…。助けて!タルタロスの穴ッ!!」

 

モノクマがそう叫ぶと突然、ーー江ノ島がいた場所の床が消えたーー。

落下していき、次第に姿が見えなくなる江ノ島。

完全に姿が消えたすぐ後、江ノ島のものと思われる短い悲鳴が体育館に響く。

あまりに突拍子の無い出来事にその場を動けない生徒達だが、悲鳴を聞きとっさに穴の開いた場所まで駆け寄る。そこには……

 

 

『剣山に体の至る所を貫かれ血に染まる江ノ島盾子』と、同じく腹を貫かれ火花を散らせるモノクマ

 

 

……がいた。

薄暗い穴の底から目を離せない一同。

すると、モノクマが再び現れ言い放つ。

 

「やっぱり見せしめは必要だよね!でも、これでオマエラもわかっただろ…。ルールを破る生徒には容赦しないからねッ!」

 

ただでさえ冷静とはいえない苗木に襲い来る絶望の連鎖。

モノクマは、そんなことお構いなしに言葉を続ける。

 

「うぷぷ…。人が死ぬなんて当たり前のことなんだよ…。

遅いか早いか…、偶然か必然か。

たったそれだけのことなんだよッ!…これが現実なのさ…!

そうそう…。捜査を始める前にオマエラにはこれを配っておかないとね!」

 

そう言うとモノクマは黒いファイルを配り始める。

 

「それはモノクマファイル。

捜査に役立ちそうな情報をまとめてあるから、有用に使ってクロを見つけ出してねッ!

次に会うときは、〝学級裁判〟で!それじゃあ、頑張ってね!!」

 

そしてモノクマはどこかへ消えていった。

取り残される生徒達は、一部を除き混乱しているように見えた。

しばらくの静寂が辺りを包むも、それは霧切によって破られる。

 

「落ち込んでいる場合じゃないわ…。今は協力して犯人を突き止めるのが先よ…。」

 

その言葉に次々と反応を示す生徒達。

現場の保全を大和田と大神に任せた一同が捜査に向かおうとしたそのとき、セレスが唐突に声を上げる。

 

「あら…、うふふ…気付いてしまいましたわ…。

このモノクマファイルによれば、舞園さやかの死亡現場は〝苗木誠の個室〟となっていますわね。」

 

それを聞き、生徒達は一斉にモノクマファイルを見始める。

 

「ほ、本当だ…!」

 

「…じゃあ…、もしかしてッ!」

 

全員の視線が苗木に集中する。

苗木は弁明するも、聞き入ってはもらえない。

険悪な雰囲気の中、生徒達は霧切をはじめとして次々と体育館を去って行く。

 

(ボクは犯人じゃない…!それは舞園さんと、ボク自身が一番知っている!このままだとみんなが…!)

 

苗木は完全に映画撮影であることを忘れ、舞園を殺した犯人を突き止めるべく決意を新たに歩き始める。

 

 

***

 

 

(まずは、モノクマファイルを確認しよう。)

 

モノクマファイルには被害者、推定死亡時刻、発見現場、凶器などが書かれていた。

 

(これを元に、捜査していけってことか…。)

 

苗木は死体発見現場へと歩みを進める。そして、発見現場に着いた苗木は捜査を始める。

 

 

***

 

 

(舞園さん…本当に死んでしまったんだ…。)

 

部屋での捜査を終えた苗木は、舞園のことを想う。

 

(どうしてこんなことに…。いや…、弱気になっちゃダメだッ!舞園さんのためにも真相を暴くんだッ!)

 

その後も捜査を続けていく苗木。

苗木と舞園の部屋のネームプレートが入れ替わっていたなど、些細な証拠も集めつつ、トラッシュルーム、食堂などを捜査して回る。

 

 

***

 

 

(部屋の状況、ドアノブの破損、死体の状態、ダイイングメッセージ、トラッシュルームの様子、朝日奈さんの証言………。調べられるだけは調べたかな…。あとはこれを…。)

 

苗木は視聴覚室に足を運び、舞園の部屋で見つけた彼女の名前が書いてあるDVDを再生する。

そこには舞園が所属しているアイドルグループが解散し、舞園の〝帰る場所〟がなくなったことを告げる映像が流れていた。

 

(体育館前のホールで舞園さんに聞いたあの話…。舞園さんはアイドルとして活動することに強い意志を持っていた。なのに…こんなことになって…。)

 

 

キーン、コーン…カーン、コーン

 

 

苗木が思考にふけっていると、唐突にチャイムが鳴り響く。

それはモノクマによるものであった。

 

「そろそろ飽きたから始めちゃおうか…!お待ちかねの…学級裁判をっ!!」

「それでは、学校エリア1階にある赤い扉にお入りください。」

「じゃあ、また後でねーーっ!」

 

放送を聞き終わった苗木は、暫く目をつぶる。

 

(この裁判にはみんなの命がかかってるんだっ!なんとしてでもクロを見つけて舞園さんの死の真相を…。)

 

そうして苗木は指定された場所へと向かう。

 

 

 

中に入ると全員が既に集合していた。

気まずい雰囲気の中、生徒達は次々と奥にあるエレベーターへ乗り込んでいく。

全員が乗り終えると、ゆっくりと地下へと向けて動き出す。

そしてエレベーターが止まり扉が開かれる。

 

「やっと来たね!それじゃあ、自分の名前が書かれた席に着いてくださいな。」

 

待ち構えていたモノクマに従い移動する一同。

 

全員を見渡せるよう円の形に配置された席。

 

鋭い視線が交差する中、ついに幕を開ける学級裁判…。

 

命懸けの騙し合いが、今始まる。

 

 

 

 

 




ーーウサミよりーー

ミナサン、こんにちはでちゅ!
いよいよ、始まってしまいまちたね。
いったい何が起こっているのか…これは後々明かされると思いまちゅよ!
それでは、お仕事をしまちゅ!


以下ウサミファイルより抜粋

・苗木誠は錯乱している。

・〝江ノ島盾子〟の死体は本物?

・学級裁判が行われる。

・学級裁判のための捜査が行われる。


それではミナサン、また今度も会いに来てくだちゃいね!


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chapter1 イキキルⅣ

今回の本編は裁判パートですが、カットが激しいのでおよそ原作と同じであると理解してくれればそれで大丈夫です。


ーー苗木視点ーー

 

(学級裁判がついに始まった…。ボクが犯人でないことを証明しなくちゃ…みんなが…!)

 

全員が移動し終えると、モノクマは学級裁判についての説明を再び行う。

 

「それじゃあ、オマエラ…ルールは理解したね。早速始めようかッ!」

 

「ちょっと待って…。あの写真は何かしら。」

 

「それに、そこにある空席は何なのですか…?わたくしたちは15人ですのに…。」

 

苗木は今までの捜査を頭の中でまとめており、霧切たちの話を聞いている余裕は無かった。

16人目の空席についての話を聞いていたならば、冷静になれたかもしれないが…あいにくとそれは叶わなかった。

 

「それじゃあ、改めて…。議論を始めてくださーいッ!!」

 

いよいよ学級裁判の幕は上がる。

 

 

***

 

 

「断言しよう!殺されたのは舞園さやかだっ!」

 

「現場は苗木の部屋だったな…。」

 

「きっと舞園さんは抵抗する間もなく殺されちゃったんだね…。」

 

「それは違うよ!思い出してみてよ…ボクの部屋の状況を……、」

 

 

***

 

 

議論は凶器の話へと移っていく。

 

「舞園さんは厨房の包丁で殺されたはずだよ。厨房の包丁が一本無くなっていたんだ…!」

 

「なるほどな…。」

 

「そんで…、凶器が包丁つーのはわかったけどよ、結局苗木が犯人なんだろ!?」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

「その結論は、また後にしましょう…。まだ十分話し合っていないわ…。」

 

霧切の発言により議論へと戻る生徒達。

 

「で、凶器が包丁だから何なのよ…。」

 

「どーせ苗木が厨房から持ってったんでしょッ!」

 

「それは違うよ!厨房から持ち出したのはボクじゃない…。朝日奈さん…、キミなら証言出来るはずだ…。」

 

証言を進める朝日奈だが、腐川が2人が共犯関係ではないのかと言及する。

モノクマはそれに、実行犯のみが〝卒業〟出来ると答える。

 

「じゃあ、共犯の線はなさそうだな…。」

 

「とにかく、ボクは包丁を持ちだしていないし犯人なんかじゃないよッ。」

 

「じゃあ、包丁を持ちだしたのって…、朝日奈さんなの…?」

 

「ま、待ってよ!私じゃないよッ!食堂にはさくらちゃんといたし…。」

 

「では、食堂にいた2人でもないとなると…。」

 

「じ、実はもう1人…、食堂に来た人がいるんだ…。」

 

「それは誰かしら…。」

 

「えっと…、舞園さやかちゃん…だよ…。」

 

「じゃ、じゃあ…、包丁を持ちだしたのって…舞園さん…?」

 

「そうとしか考えられまい…。今思い返せば、あいつの言動は少し不自然だった…。」

 

「では舞園は包丁を犯人に奪われて殺されたわけだ…。つまり包丁を持ち出せなかったからといって、容疑が晴れるわけでわないということか。」

 

「えっ…!」

 

「やっぱり苗木が犯人なんじゃないッ!」

 

(違うんだよみんなっ!くそっ…どうすれば…。)

 

言い返せない苗木に霧切が助け船をだす。

 

「待って…。今回の犯人は、部屋の持ち主ではあり得ない行動をとっていたわ…。

現場には本来あるはずのモノがなかった…。

苗木君、ここまで言えばわかるわね?」

 

霧切はこれ以上の手助けはしないといった表情で、苗木に話の流れを渡す。

暫く考え込む苗木。

 

(そうか!わかったぞ!!)

 

「現場にはボクの髪の毛が一本も落ちていなかったんだ!」

 

そして議論は再び動き出す。

 

 

***

 

 

「もう一つ、苗木君が犯人じゃない根拠があるわ…。」

 

「聞かせてもらおうか…。」

 

「シャワールーム周辺のことを思い出してみて…。犯人はすんなりシャワールームに入れたのかしら?」

 

「犯人はシャワールームに入る際、かなり手こずったはずよ…。その証拠だってある…、苗木君、覚えているでしょう?」

 

霧切はそう言うと再び苗木に話をふる。

 

「…それって、ドアノブのことだよね…。」

 

「そう、それが苗木君が犯人ではないというもう一つの根拠よ。」

 

「ドアノブを壊すしかねーんなら、壊すんじゃねーの…。部屋の持ち主だからって、あり得ねー程じゃねーだろ!」

 

桑田の発言に対し、霧切はこれまでの事件の流れを整理していく。

 

 

***

 

 

「シャワールームに鍵がかかってたから壊したんだろ?」

 

(今の桑田クンの発言…。)

 

「それは違うよ!

そもそもシャワールームに鍵が付いているのは女子の部屋だけだよね…。」

 

「じゃあ、どうして開かなかったのぉ…?」

 

「ドアの建付けのせいなんだ…。」

 

「は…?ドアの建付け?」

 

「ボクの部屋のドアは建付けが悪かったんだ…。モノクマが証人だよ…。」

 

モノクマは苗木の発言に賛成の意を示す。

 

「犯人はそれを鍵のせいだと勘違いをして、ドアノブを壊そうとしたのよ…。」

 

「しかし、どうして苗木君の部屋ですのにそのようなことを…?」

 

「犯人は現場に関して重要なことを知らなかった…。」

 

苗木は考えをまとめて発言する。

 

「犯人は現場が舞園さんの部屋だと思い込んでたんじゃないかな…。」

 

「そう…、正確には苗木君と舞園さんが部屋を交換していたことを、犯人は知らなかったのよ…。

そして、現場が舞園さんの部屋であると勘違いをした…。」

 

「ドアが開かない理由を知っていたボクなら、そんなことしないはずだよ…。」

 

苗木が犯人ではないという結論に至る生徒達。

しかし、議論が振り出しに戻り数名の生徒たちは焦り出す。

 

「どなたか…、些細なことでもいいので、疑問に感じていることはないのですか?」

 

セレスの発言に暫しの静寂の後、朝日奈が応える。

 

「疑問ならあるよ!えーとね…、そもそも犯人はどうやって苗木の部屋に入ったのかなーって。」

 

滞りかけた議論はどうにか動き出す。

 

 

***

 

 

「舞園さんは怯えていたんだ…。だから、舞園さんが犯人を部屋に入れるだなんて…」

 

「彼女が怯えていたことが…、ウソだとしたら?」

 

霧切の発言に、苗木は必死に反論する。

しかし、霧切が見せたソレに言葉を失う。

霧切は鉛筆でこすり、文字の浮かび上がったメモ帳を見せた。

 

「このメモ帳が置いてあったのは、苗木君の部屋のデスクよ…。

これを事件前に残せるのは、苗木君の部屋に入ったことのある人物だけ…。

これを書いたのは苗木君?」

 

「い、いや…、違うけど…。」

 

「それはそうとして…、仮にそのメモを受け取ったとしても、その人物は苗木君のいた舞園さんの部屋に向かうのでわ?」

 

止まりかけた思考を再び動かす苗木。

 

「ボクと舞園さんの部屋のネームプレートは入れ替えられていたんだ…。」

 

「つまり、舞園のネームプレートがある部屋には、本当に舞園がいたわけだ…。」

 

「じゃあ、メモ通りに動いても、犯人は問題なく苗木君の部屋に行けたんだね…。」

 

「そう。それじゃあ…、ネームプレートの交換を行ったのは誰なのかしらね…?」

 

この時既に、苗木の頭の中には最悪の答えが浮かんでいたのかもしれない。

 

「ネームプレートの交換が出来たのは、ボクか舞園さんだけだ…。

でも…、どうしてそんなことを?」

 

「彼女は部屋の交換を隠した上で、自分の部屋に犯人を呼びたかったのよ…。

この理由を知るには、彼女が犯人を部屋に招き入れた後に何があったのかを知る必要があるわ…。」

 

そうして議論は、部屋で何があったのかということに移っていく。

 

「あの部屋では最初に、舞園さんと犯人の争いがあったのですよね…?」

 

「現場に落ちていた模擬刀は、その争いに使われたのか?」

 

核心に迫るにつれ、議論は加速していくーーー

 

舞園の手首の骨折、模擬刀の鞘の傷、ーーー

 

 

***

 

 

「舞園さんが模擬刀を使ったとは考えられないわ…。」

 

「はぁ!?なんで考えらんねーんだよッ!」

 

「舞園さんの手の平には金箔が付いていなかった…。」

 

「つまり、模擬刀を使ったのは犯人の方ということかッ!」

 

「じゃあ…、舞園さんが…、包丁を…?」

 

「包丁で襲いかかられた犯人が模擬刀を使った…。つまり最初に襲いかかったのは…。」

 

「…ま、舞園さん!?」

 

「彼女はただの被害者…、というわけではなかったみたいね…。」

 

「それどころか…、まるで自らが殺人を行おうといていたようだな…。」

 

次々と脳内で鳴り響く言葉に、苗木は動揺を隠せない。

 

「ネームプレートの交換の申し出は彼女からでしたわよね?もしかすると、苗木君に罪をなすりつける為にそうしたのかもしれませんわね…。」

 

状況証拠を淡々と述べていくセレス。

その一方で、苗木の頭の中は真っ白になる。

議論は舞園の行動とその理由についての言及へと移っていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ…!そんなはずがない…!だって……ッ!」

 

苗木の反論はモノクマによって遮られる。

 

「そんなこと話してていいのー?早くクロを決めないと、時間切れになっちゃうかもよッ!!」

 

「………。」

 

「苗木君、今は議論に集中して…。犯人を突き止めなければ、全てが終わってしまうのよ…。」

 

みたびの静寂がその場を支配する。

苗木は挫けることなく再び考えを巡らせる。

 

(新しい手がかりなんてもう…。いや…、待てよ…。確か……、)

 

「手がかりなら、まだあるかもしれない…。舞園さんが残したダイイングメッセージだよ…。」

 

「ダイイングメッセージ…、舞園さんの背中にあったあれね…。『11037』と書かれた血文字…。」

 

「その前に、そのダイイングメッセージは舞園さん自身が書いたのですか?」

 

セレスの問いに苗木は落ち着いて答えていく。

 

「舞園さんの左手の人差し指が血で汚れていたのは、ダイイングメッセージを書いたからだよ…。」

 

「それで…、その『11037』って何なんだ?」

 

「考えてみたんだけど、その文字列に意味は見いだせなかったんだぁ…。」

 

「当たり前よ…。だって数字じゃないもの。」

 

止まりかけた議論は霧切によって進められていく。

 

「あの血文字…、時計回りにひっくり返すのよ…。」

 

そこには犯人の名前が書かれていた。

 

「…このダイイングメッセージを180度回転せせると…『LEON』って文字が見えてくるんだ…。

これって…桑田クンの名前だよね…!?」

 

「なっ…!!」

 

桑田は短いうめき声を上げる。

 

「な、なに言ってんだよ…たまたまだってーの…。たまたまそう見えただけでッ!偶然の産物だってーのッ!」

 

興奮状態の桑田に霧切が追撃をかける。

 

「偶然ではないわ…。彼女の体勢で文字を書いてみればわかるはずよ…、字が反転してしまうことがね…。」

 

「そんなん、後からなんとだって言えるだろーがッ!」

「オレが犯人だぁ!?テキトー言ってんじゃねーって!!」

 

尚も霧切は追撃の手を緩めない。

 

「じゃあ、どうしてあなたは証拠を処分しようとしたの?

苗木君…、あなたも気付いているでしょ…。」

 

「焼却炉の前に落ちていた、ワイシャツの燃えカスのことだよね…。」

 

「ワイシャツの燃えカスだけじゃ、誰のモンだかわかんねーだろ!」

 

「確かにこれだけじゃ、桑田クンのモノだとは言い切れない。

だけど、他の状況からならわかるかもしれない…。

ワイシャツを処分した方法…。

これがわかれば犯人を割りだせるはずだよ…。」

 

桑田を置き去りにし、議論は尚も加速する。

 

 

***

 

 

「成る程なぁ…。つまりッ!トラッシュルームの鍵を自在に開閉できる掃除当番が犯人ってことになるよなぁ!!」

 

「なるへそ、なるへそ…って…ブヒッ!!」

 

苗木はトラッシュルームで何があったのかを落ち着いて考える。

 

(焼却炉での証拠隠滅方法こそが…、桑田クンが犯人であることを示しているんだ…!)

 

「焼却炉に近づけねーならッ!証拠隠滅なんてできねーーッ!!」

 

「それは違うよッ!」

 

苗木はトラッシュルームで起きたであろう出来事の推理を話していく。

 

「い、いや…、ちょっと待てって…!」

「そ、そうだ!焼却炉と鉄格子がどんだけ離れてると思ってやがるッ!」

「ガラス玉を投げてスイッチを押すなんて…、そんなん不可能に決まってんじゃん!」

 

桑田は必死に反論するも、苗木は言葉を続ける。

 

「いや…、〝超高校級の野球選手〟である、桑田クン。キミだったら…、不可能じゃないはずだよ…。」

 

「バ、バカ言ってんじゃ…ねーって…!」

 

苗木の意見に賛成の色を示す生徒達。

 

「ふ、ふ、ふ、ふざけんな…!オレは…オレは…!」

「犯人なんかじゃねえっつーのッ!!!」

「つーか、今の推理だって、ぜんっぜん間違ってんだよッ!!」

 

考えることを止めた桑田は、感情的になり叫び続ける。

苗木は桑田を説き伏せるべく、今回の事件の全貌を話していく。

 

 

***

 

 

「ーーーーー。これが事件の全貌だ。そうだよね?桑田怜恩クン!」

 

「どう、桑田君?何か反論はある?」

 

「反論があるかって…?」

 

暫くの沈黙の後、桑田は大声で叫ぶ。

 

「あるよ!あるあるッ!あるに決まってんだろぉぉがッッ!!」

「今のだって全部憶測じゃねーかッ!証拠がねーだろうがッ!証拠がよぉぉッ!!」

「証拠がなけりゃ、ただのデッチ上げじゃねーかッ!んなモン認めねーぞッ!!」

 

聞き入れようとしない桑田に、苗木は事実を突きつける。

 

「ボクの部屋のドアノブはネジが外されていたけど、どんな道具を使ったんだろうね…?」

 

「そんなもん…工具セットを使えばいーだろ…。」

 

「そうだね…。だけど、ボクの部屋の工具セットは使われていなかったんだ。

犯人は舞園さんの部屋だと思い込んでたから、工具セットがあるとは思わなかったんだろうね。

だったら犯人は、誰の工具セットを使ったのかな…?」

 

「アホアホアホーーッ!!」

 

「きっと犯人は自分の工具セットを使ったはずだよ!」

 

「アホアホアホーーッ!!」

 

「桑田クン…、キミの工具セットを見せてくれるかな…?ボクの考えが正しければ…、」

「その工具セットのドライバーには、使用された痕跡が残っているはずだッ!!」

 

「アホアホ…あぁ?」

 

「言っておくけど…、なくした、なんて言い訳はなしよ。」

 

「ア…ホ………アァ………ーーーアポ?」

 

桑田はそれきり黙り込んでしまった。

 

「ふん…。反論は出来ないようだな。」

 

「これで終わり…ですわね…。」

 

今まで沈黙していたモノクマがしゃべり出す。

 

「うぷぷ…、じゃあ、そろそろ投票タイムといきましょうかッ!!」

「オマエラ、お手元のスイッチで投票してくださいッ!」

 

 

***

 

 

待つこと数秒…、ルーレットが動き出す。

そしてそれは、桑田の顔が映し出された場所で止まる。

 

「うぷぷ…、大正解ッ!今回、舞園さやかさんを殺したクロは…、桑田怜恩クンでした-!!」

 

驚きの声を上げる数名の生徒達と、諦めの表情をする桑田。

 

「だってよ…。し、仕方ねーだろ…。」

「ヤるしかなかったんだからよーーッ!」

 

苗木は自分の推理が正しかったことがわかると、舞園のことを考える。

 

(あの映像を見てしまったせいで…、こんなことに…。悪いのは…モノクマだ…ッ!)

 

「苗木クン、舞園さんに裏切られちゃって…〝絶望〟した?」

 

モノクマの質問に苗木は叫び声を上げる。

 

「お前の…、お前のせいでッ!」

 

今にも飛びかかりそうな苗木を霧切が止める。

 

「もう少しで校則違反だったよ…。

まぁ、いいや。それじゃあ、気を取り直して…。

学級裁判の結果、見事にクロを突き止めましたので…、クロである桑田怜恩クンのおしおきを行いまーす!!」

 

「ちょ、ちょっと待てって!!オレは仕方なくやったんだ!!」

 

「命乞いなんて聞きませんッ!これがルールなんだからッ!!」

 

「や、やめてくれッ!!」

 

「それじゃあ、逝ってみよう!おしおきターイム!!」

 

「イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ…!!」

 

 

 

桑田の叫び声など露程も聞かず、モノクマは何かのボタンを押す。

すると、どこからともなく飛来した金属の枷がガッチリと桑田の首を固定し、突如裁判場の横に現れた空間へと容赦なく引きずっていく。

その後、桑田はフェンスで囲まれた野球場のような場所の真ん中に磔にされる。

そこへ生徒達が集合する。

これから何が起きるのかと、誰も桑田から目を離せない。

そして、全員が揃うと〝ソレ〟は始まった。

凄まじいスピードで連射されるボールは悉く桑田へと命中していく。

そして数秒後、土煙が晴れるとそこには……

 

 

『服がボロボロになり、体中に痣ができた血まみれの桑田怜恩』

 

 

……がいた。

誰も声を上げることが出来ない。

そんな中、モノクマは1人興奮気味だった。

 

「エクストリーーームッ!!!」

 

目の当たりにした絶望に、恐怖の声を漏らしていく。

 

「あれもこれも…、外に出たいと思ったオマエラが悪いんだよ!外の未練を断ち切れば、こんなことにはならなかったのにね…、うぷぷ…。」

 

「こんな場所にいきなり閉じ込められたら…、誰だってそう思うでしょっ!!」

 

「ふーん…。まあ全てを知ったとき、オマエラは今がどれだけ幸せかを知るんだろうねッ!」

 

それだけ言うと、モノクマはどこかへ消えていった。

その場を動けないでいた苗木に霧切が歩み寄る。

 

「どうしたの?霧切さん…。もしかして…、舞園さんのこと…?」

 

「ええ…そうよ…。舞園さん、彼女はきっと…死の間際にあなたのことを考えていたはずよ…。

彼女が最後に考えたのは、あなたをどうやって助けるか…だったはず。

あなたがどうなっても構わないのなら…、ダイイングメッセージなんて残さなかった…。

彼女は迷っていたのよ…。だから失敗してしまった…。」

 

「どうしてそんな話を…?」

 

「あなたは乗り越えられる人間だから…。」

 

苗木は暫く考えると、霧切に告げる。

 

「ボクは乗り越えなんてしない…。全部引きずって…、みんなの想いを引きずったまま前に進むんだッ!」

 

「そう…、期待しているわ…。」

 

霧切はそう言うと、小さく笑った。

 

「苗木君、もう一ついいかしら…。」

 

「何?」

 

「どうして私が舞園さんの話をするとわかったの?」

 

「あぁ、それは…、」

 

苗木は懐かしむように答えた。

 

「エスパーだから。…冗談…、ただの勘だよ。」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

突然、校内放送が鳴り響く。

それは聞き覚えのない声だった。

 

「はい、オッケイでーーすッ!chapter1撮影完了ですッ!

正面玄関の扉は開いていますので、そこから出てきてくださいーー。」

 

あまりにも唐突な出来事に、苗木の頭は真っ白になる。

そこへ、イタズラが成功した子供のような笑みを浮かべた霧切が近づいてくる。

 

「さぁ、苗木君。帰りましょうか。」

 

「えっ…はっ………えぇ!?ど、どういうことなのッ!!」

 

苗木をはじめとした混乱する生徒達をセレスや大神が落ち着かせる。

 

「どういうことって…これは映画撮影なのよ?」

 

「舞園さんや桑田クン…、それに江ノ島さんだって…!!」

 

「江ノ島さんと言っている時点でまだ混乱しているようね…。取り敢えずここから出ましょう。」

 

霧切そう言い、一同はエレベーターへと乗り込み、学園の外へと移動を始める。

 

 

***

 

 

学園の外に出るとそこには……

 

 

〝元気な姿の舞園さやかと戦刃むくろ〟と〝顔面痣だらけの桑田怜恩〟

 

 

……がいた。

 

「舞園さんッ!!」

 

苗木は舞園の姿を見つけると、彼女の元まで走り寄る。

 

「舞園さんッ!無事だったんだね!?」

 

「はい、私の体に異常はありませんよ。」

 

心から心配する苗木に、申し訳なさそうに返事をする舞園。

 

「おい!苗木!舞園ちゃんよりオレの心配しろよッ!痣だらけなんだぞッ!!」

 

先程とは一転穏やかなムードに包まれる一同。

そこへ、77期生のメンバーがやって来る。

 

「みんなお疲れ様!」

 

「凄い臨場感だったよー。」

 

「まっ、あんだけのことすりゃーな…。」

 

次々と激励と感想を述べていく77期生。

 

「みんなありがとう…。」

 

苗木は全員が無事であるとわかり安堵する。

そして当然の疑問をぶつけた。

 

「ねえ、舞園さんの死体とかって…何だったの?ボクの見間違いだったとか…?」

 

「いいえ、見間違いではありませんよ!それじゃあ私が何をしていたか、お話ししますね…ーーーーー」

 

 

 

 

 

chapter1  END




ーーウサミよりーー

ミナサン、こんにちはでちゅ!
舞園さんたちが無事で安心しまちたね!
安心したところで、仕事を始めまちゅよ!


以下ウサミファイルより抜粋

・chapter1の撮影が完了する。

・舞園さやか並びに戦刃むくろ、桑田怜恩は存命。


それではミナサン!また今度も会いに来てくだちゃいね!


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chapter1 ~あの時、あの場所で~

前々からですが、舞園さんは結構キャラ崩壊してますのでご注意を。
この小説では舞園さんはヤンデレ気味に書かれておりますので、そこの所もよろしくお願います。


ーー舞園視点ーー

 

 

~時は撮影開始前まで遡る~

 

 

そこでは2人の少女が打ち合わせをしていた。

 

「んで、今回の映画撮影はアドリブの内で殺人に成功したら希望ヶ峰学園のバックアップの下、可能な限り願いを叶えてくれる訳だけど……。

舞園の場合は1人目の犠牲者に決まってっから、苗木を犯人に仕立て上げることが出来たらってことで…。ここまでOK?」

 

「はい、私もそういう風に説明を受けています。」

 

舞園は何か書いてある1枚の用紙を江ノ島に渡す。

 

「で…、これが舞園が考えたトリックか…。」

 

「どうですか?結構いいと思いますけど…。」

 

「そうだなぁ…、ちょっと私様が修正を加えてやろうッ!」

 

「わかりました。それじゃあ、台本が出来たらよろしくお願いしますね。」

 

「あいよー。ところで舞園が希望ヶ峰学園に出した願いはこんなんでいいのか?」

 

「こんなんってなんですかッ!こんなんって!!」

 

「舞園のことならてっきり…もっと無茶な要求をしてくるかと思ったからさー。」

 

「〝パパラッチや週刊雑誌記者の目を気にせずに苗木君とデート〟これで決まりですッ!!」

 

「それで、学園の了解は得られたんですかッ!」

 

「あぁ、得られたよ。その位なんてことないってさ。(苗木本人の許可を得ているとは言っていない)」

 

「そうですかぁ…、待ち遠しいですねッ!」

 

「いやいや…、まだ成功するとは決まってねーからな。」

 

「苗木君とは色々な所に行きましたけど…、周りの目が気になって100%楽しめませんでしたから…。」

 

「あー…、はいはい…。私様はもう行くから。」

 

江ノ島が去った後も、顔を紅潮させ、体をクネクネと動かしながら妄想に耽る舞園。

そんな彼女には誰も声をかけることが出来なかったとか…。

 

 

***

 

 

ーー桑田視点ーー

 

舞園との打ち合わせの後、江ノ島は桑田との打ち合わせを行うべく学園内を移動していた。

舞園が持ってきた計画書に改めて目を通し、より面白くなるように〝計画〟を再構築していく江ノ島。

そんな彼女のもとに待ち合わせをしていた人物が現れる。

 

「わりーわりー、遅れちまった。」

 

軽く謝りながら江ノ島とは反対の席に腰を下ろす桑田。

 

「別にいーから。とっとと始めてちゃっちゃと終わらせるぞ。私様も暇じゃねーんだから。」

 

江ノ島は早速話を切り出し、打ち合わせを始めていく。

 

「まぁ、アンタの役割は舞園の手伝いをして、そんで裁判のときに苗木が犯人であるという流れを作ることくらいだな。」

 

「それだけでいいのか?」

 

「これ以上を要求したって、アホは何もできないだろ…。」

 

「誰がアホだッ!そんくらいお茶の子さいさいだってーのッ!」

 

「はいはい、わかったから…。あぁそれとアンタの要求だけど、学園側は問題ないってさ。」

 

「マジかッ!ヨッシャー!!〝舞園ちゃんとの一日デート〟。なんとしてでも苗木を犯人にしてやるーッ!」

 

「(本人の許可は貰ってないけどなー。)まあ、そういうことだから。くれぐれもヘマすんなよ。」

 

興奮状態の桑田を置き去りにし、江ノ島はどこかへと歩いていった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

~撮影開始から四日目の夜~

 

 

 

 

 

ーー舞園視点ーー

 

(モノクマさんからの動機付けもありましたし…、いよいよですね…!

『夜時間になる前に食堂から包丁を持ち出す』

これは食堂に朝日奈さんと大神さんがいるというハプニングがありましたが…、まあ、仕方ありませんね。

モノクマさんが2人を食堂から遠ざけてくれたらよかったのですが…。

次は『誰にも見られずに苗木と部屋を交換する』でしたが…。

まぁ、これもうまくいきました…。

苗木君と2人でお泊まり…。

少し勿体なかったですけれど……、デートまで我慢です!

さて、ここから忙しくなりますね…。)

 

時計が頂上を回り学園が静寂に包まれると、舞園は部屋に置いてあったメモ帳にある人物を呼び出すための文章を書き、それをその人物の部屋のドアへと挟んだ。

部屋に戻る際に、舞園は苗木のネームプレートと自分のネームプレートを交換しておく。

数分後、その人物は舞園のネームプレートが掛かった苗木の部屋に訪れた。

 

「ごめん舞園ちゃん、待った?」

 

少しにやけ顔の桑田が苗木の部屋に入ってくる。

 

「いいえ、大丈夫ですよ桑田君。それでは時間もありませんし、早速始めましょうか!」

 

「おうっ!」

 

2人はそう言うと作業を開始する。

 

「じゃあ、オレが模擬刀を持つから、舞園ちゃんは包丁で鞘を傷つけてくれ。」

 

桑田はその作業の後、模擬刀を鞘から抜き部屋の床や壁、ベットなどを傷付けていく。

その間、舞園は粘着テープクリーナーで部屋を綺麗にする。

 

「それにしても、こんなことしていいのか?」

 

「江ノ島さんは、どうせ撮影が終わったら改造した学園全てを改修するんだからやりたいようにやればいい、って言ってましたけど…。」

 

「そんじゃ、遠慮なく…ッ!」

 

尚も作業を続ける2人。

そこへ部屋のドアから計4体のモノクマが現れた。

1体は後ろの3体を先導しドアを開け、後ろの3体は協力して〝人が入れそうな程の大きなカバン〟を担いでいた。

 

「やあやあ、2人とも!作業は順調かい?」

 

先頭のモノクマが2人に喋りかける。

 

「やっと来たのか…、おせーぞッ!」

 

「それが〝例のアレ〟…ですか?」

 

舞園は後ろの3体が持ってきたカバンを見て言う。

 

「そうだよ!うぷぷ…結構インパクトあるから…、あんまり驚かないでよ…!」

 

そう言うとモノクマは持ってきたカバンを開けた。

 

「……ッ!!これは…。」

 

「うわー…、スゲーな…。本人にしか見えねーぞ…。」

 

カバンの中には〝膝を抱えた舞園〟が横たわっていた。

 

「うぷぷ…人間にしか見えないでしょ…ッ!」

 

 

 

それは〝舞園そっくりの人形〟であった。

しかしただの人形ではなく〝元超高校級の人形作家〟が手掛けた、最早人間にしか見えない程リアルな人形である。

 

 

 

「それじゃあ、シャワールームに運ぶから…、桑田クン!扉を開けてくださいな!」

 

モノクマがそう言うと、桑田はシャワールームのドアを開けようとする。

しかし…、

 

「お、おい!開かねーぞッ!鍵でもかかってんのか…?ここ苗木の部屋だろ…。」

 

「あのー……、」

 

「ああ!舞園さんは何も言っちゃダメだからねッ!」

 

桑田は力任せに開けようとするが、それでも開かない。

すると桑田は机の引き出しを漁り始める。

 

「おっ!あったあった。」

 

桑田の手には〝苗木に支給された工具セット〟があった。

そのまま封を開けようとするが、背後から音もなく忍び寄った舞園が桑田の耳元で冷たく囁く。

 

「もしかして桑田君…、苗木君の物を勝手に使おうとしているんですか…?」

 

冷や汗を大量に吹き出す桑田。

舞園が苗木のことになると豹変するのは周知の事実であった。

 

「い、いやだなー舞園ちゃん!確認ッ!確認しただけだって!」

 

「そ、そういやーオレの部屋にもあったっけ!すぐ取ってきますッ!」

 

そう言い残し、走り去る桑田。

モノクマは2人きりになったところで舞園に話しかける。

 

「それはそうと舞園さん…。〝ダイイングメッセージ〟…残しちゃってもいいの?

あれがあるのと無いのとじゃあ、結構変わってくると思うけど?」

 

モノクマの問いに舞園は答える。

 

「はい…。確かに、苗木君を犯人に仕立て上げる為には必要のないモノです。

ですけど…、たとえ記憶が無くったって、私は最後まで苗木君を裏切ることなんて出来ないと思いますから…。」

 

「ふーん…。」

 

そんな話をしていると、桑田が手にドライバーを持って部屋に戻ってくる。

そして、ドアノブのネジを外し強引にドアを開けることに成功する。

 

「はぁ…はぁ…。やっと開いた。」

 

「お疲れ!それじゃあ、後はボクがやっておくから!舞園さんは正面玄関の扉から外へ、桑田クンはトラッシュルームに移動してねッ!」

 

モノクマがそう言うと、2人は移動を始める。

 

「それじゃあ、桑田君!健闘を祈りますッ!(苗木君とのデートの為に!)」

 

「おうよッ!任せとけってッ!(舞園ちゃんとのデートの為に!)」

 

 

***

 

 

ーー桑田視点ーー

 

シャワールームでの作業を終えたモノクマがトラッシュルームに現れる。

 

「おう!やっと来たか…。」

 

「やっとって…、死体を作るのは大変なんだからッ!」

「まぁ、それはいいとして桑田クン…、そこに立ってよ。」

 

モノクマがそう言うと、言われたとおりにする桑田。

するとモノクマは、桑田に向かって血糊を思いっきりぶちまけた。

 

「ふぅー、スッキリした!」

 

「おい!何してくれてんだッ!お気に入りなんだぞ!これッ!」

 

「ピーピーうるさいなぁ…。いいからから服を脱いで丸めてよ。」

 

そう言いながらも、床に落ちた血糊を掃除するモノクマ。

服を丸め終わった桑田にモノクマはガラス玉を渡す。

 

「何だコレ?」

 

「まぁ、桑田クンは気にしなくてもいいよッ!それをあそこのスイッチに向かって投げて欲しいんだけど…、キミなら出来るでしょ?」

 

「ヨユーだってーのッ!」

 

そう言って、思いっきりガラス玉を投げる桑田。

そのガラス玉は見事に命中する。

 

「オっしゃッ!流石オレ!」

 

すると、モノクマはダメ出しをする。

 

「あー!ダメダメ!今は証拠隠滅してるんだから、そんなに喜んでたら不自然でしょッ!」

 

再度ガラス玉を桑田に渡すモノクマ。

葉隠のガラス玉が2つ無くなったのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー霧切視点ーー

 

(五日目…、朝食に顔を出さなかった舞園さんを捜しにいった苗木君。その苗木君の悲鳴を聞きつけ彼の元まで来てみれば…、そこにあったのは〝舞園さやかの死体〟。)

 

しかし霧切はこれが人間ではないと瞬時に見抜いた。

〝超高校級〟の才能を持ち、探偵としていくつもの死体を見てきた彼女にしか出来ない芸当であった。

〝超高校級の探偵〟と〝元超高校級の人形作家〟…、2人の対決は、こと死体に至ってのみ霧切に軍配が上がる。

 

その後、死体発見アナウンスが放送される。

 

(これが〝台本〟にあった動機付けの後の殺人かしら…。かなりえげつないわね…。)

 

霧切が周りを見渡すと青い顔をした生徒が数名確認できた。

放送により体育館に移動する生徒達だが、霧切は視聴覚室に立ち寄る。

そこには…、十神、セレス、山田、大神がいた。

すると、モノクマが現れる。

 

「やあやあ!アレ、驚いてくれた…!?霧切さんは気付いたと思うけど…、あれは人形だからねッ!」

 

「そうであったか…。しかし、少々悪ふざけが過ぎるのではないか…!」

 

多少威圧する大神をものともせずにモノクマは続ける。

 

「手短に話すけど、ここからのシナリオは頭に入ってるね?

霧切さんは苗木クンのサポート、十神クン、山田クン、セレスさんは議論の進行。

大神さんは朝日奈さんや大和田クンの制御だからねッ!

事件のトリックをキミ達は知らないわけだから、ちゃんと捜査しないと恥をかくかもよッ!」

 

そう言うとモノクマは消えていった。

打ち合わせを終えた面々は体育館へと移動する。

 

 

***

 

 

ーー戦刃視点ーー

 

体育館では現在、学級裁判についての説明をモノクマがしている最中であった。

 

(ここら辺でいいかな…?)

 

戦刃はモノクマに反論を始める。

 

「ちょっと待てって!アンタの言ってること、無茶苦茶なんですけどッ!あたし、そんなモンに参加するのヤだからね…!」

 

暫くのやりとりの後、モノクマが戦刃に突進していく。

そして、それを戦刃が踏みつける。

 

「ーーーーー。助けて!タルタロスの穴ッ!!」

 

モノクマが叫ぶと、戦刃が立っていた場所の床がなくなる。

その真下には既に『血まみれの江ノ島盾子の人形』がセットされていた。

落下し始める戦刃とモノクマ。

剣山の刃がすぐそこまで迫る。

モノクマはそのまま剣山に突き刺さり動きを止めた。

それと同時に、録音されていた江ノ島の短い悲鳴が音を上げる。

 

一方で戦刃は、数多ある剣の先端に片足で見事な着地をしていた。

そして次の瞬間には、そこに戦刃の姿はなかった。

戦刃は特殊なブーツを履いていた。

そのブーツは〝元超高校級の金属加工師〟と〝元超高校級の靴職人〟による合作で、世界に二つと無い一点物であった。

靴底に特殊な金属が入っており、たとえ地雷を踏み抜いたとしても無事でいられるとか…。

そんなブーツと〝超高校級の軍人〟としての身体能力を遺憾なく発揮し、戦刃は剣山の刃の上を目にも留まらないスピードで移動していく。

そして暫くして剣山の端が見え、何もない平地に着地する。

 

(ふぅ…。みんなには見られてないよね…?)

 

江ノ島のシナリオ通りに行動した戦刃は、用意されていた非常口から学園の外へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー桑田視点ーー

 

学級裁判は既に佳境を迎えていた。

 

(くそッ!霧切のやつ容赦ねーッ!!)

(それに…舞園ちゃんッ!!ダイイングメッセージって何!?オレそんなの聞いて無いんだけどッ!!)

 

桑田はどんどん怪しい方向へと向かっている議論に焦っていた。

 

(証拠の隠滅方法だぁ?…あれ…?あの方法ってオレしかできなくね…?)

 

苗木の論理だった説明に、桑田は次第と感情的になる。

 

「ふ、ふ、ふ、ふざけんな…!オレは…オレは…!(このままじゃ…舞園ちゃんとのデートがッ!!)」

「犯人なんかじゃねえっつーのッ!!!(結局この3日間も苗木が舞園ちゃんと一緒にいたしッ!!)」

「つーか、今の推理だって、ぜんっぜん間違ってんだよッ!!(ゼッテー苗木を犯人にしてやるッ!!)」

 

桑田の想いはつゆ知らず、苗木は最終通告を言い渡す。

 

「桑田クン…、キミの工具セットを見せてくれるかな…?ボクの考えが正しければ…、」

「その工具セットのドライバーには、使用された痕跡が残っているはずだッ!!」

 

「アホアホ…あぁ?(オレは苗木の部屋の工具セットを…あれ…?オレが使ったのって…自分のヤツじゃねーかッ!?)」

 

「言っておくけど…、なくした、なんて言い訳はなしよ。」

 

「ア…ホ………アァ………ーーーアポ?(舞園ちゃんがあんなこと言わなければ…回避…出来てた…?)」

 

 

 

桑田はクロに決まってしまった。

そして始まるおしおきタイム。

桑田は、失敗すればおしおきされること自体は知っていた。

が、内容までは知らなかった。

故に怖じ気づく。

 

「…クロである桑田怜恩クンのおしおきを行いまーす!!」

 

「ちょ、ちょと待てって!!オレは(江ノ島のシナリオ通りに)仕方なくやったんだ!!」

 

「命乞いなんて聞きませんッ!これがルールなんだからッ!!」

 

「や、やめてくれッ!!(舞園ちゃんとのデートもご破算になって…その上おしおき…?)」

 

「それじゃあ、逝ってみよう!おしおきターイム!!」

 

「イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ…!!(イヤだーーーッ!!)」

 

 

 

容赦なく引きずられていく桑田。

 

(アツいアツいアツいアツいッ!!ケツが焦げるッ!!)

 

暫く引きずられた後、桑田は磔にされる。

 

(動けねぇ…ッ!くそッ…一体何をされるんだ…!)

 

そして始まる千本ノック。

次々と球が射出されていく。

 

(イタいイタいイタいイタいッ!!柔らかめのボールだけど速度がエグいッ!!)

 

暫く滅多打ちにされた後、桑田は地面の中に消えていく。

そして入れ替わるように出てきたのは、『全身血だらけの桑田の人形』であった。

 

一方の桑田はというと、文句を言いながらも用意された非常口から学園の外に出たのだった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー舞園視点ーー

 

「と、いう訳なんです。アレは本物そっくりの人形なんですよ!」

 

「なんだぁ…そうだったのか…。よかったぁ~。」

 

安堵の表情を見せる苗木。

 

「舞園さんの演技にまんまとはまっちゃったわけか…ボクは…。」

 

「ごめんなさい…苗木君…。」

 

「ううん…舞園さんが無事だったならそれでいいよ。」

 

「苗木君……。」

 

いい雰囲気であったが、そこに江ノ島が現れる。

 

「いやー苗木!!アンタ意外と演技力あるねッ!!」

 

「ああなるように仕組んでおいて、白々しいヤツだ…。」

 

「しかし、なかなか迫力がありましたぞ!!」

 

「ホント、心臓止まるかと思ったよ!」

 

「この程度のトリックで俺を欺けると思ったのか?」

 

「とか言って、本当は内心ヒヤヒヤだったんじゃない?」

 

「な、なんだとッ!?」

 

「あ、あんた…白夜様になんてこと言うのよッ!」

 

 

 

その後もしばらくの間喧騒は続く。

こうして穏やかな雰囲気の中、chapter1の撮影は終了したーーー




ーーウサミよりーー

ミナサン、こんにちはでちゅ!
今回は77期生のミナサンは出てきませんでちたが、裏話に近かったでちゅね!
それでは、今回の仕事をしていきまちゅ!


以下ウサミファイルから抜粋

・舞園、江ノ島(戦刃)、桑田の死体は人形である。


それではミナサン!また今度も会いに来てくだちゃいね!


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chapter2 週刊少年ゼツボウマガジンⅠ

ーー苗木視点ーー

 

(chapter1の撮影が終わり、今はchapter2の撮影の真っ最中だ。

裁判場を去るときにモノクマが言っていた通り、ボクの部屋にあった舞園さんの人形も傷ついた床や壁も元通りになっていた。

そしてそのことをみんなに報告すべく食堂に向かい、今に至る。)

 

「な、苗木。どうだった?」

 

「部屋を見るだけだというのに遅いではないか!!」

 

「ご、ごめん。でも本当に元通りになってたよ…。まるで何もなかったみたいに…。」

 

苗木を励まし、これからもっと協力していけばいいと言う朝日奈。

しかし十神は……

 

「気休めにもならんことを言うな…。既に殺人は起きた。

次からはもっと簡単に裏切るヤツが出てくる。」

 

「舞園さやかが…口火を切ったせいでね…。」

 

その後、話し合いは黒幕の存在へと切り替わる。

 

「黒幕は、当初わたくし達が考えていたよりも、ずっと強大なようですわね…。」

「こんな手の込んだ舞台を用意し…、ただの異常者でないのは明白ですわ。」

 

「どうしてもここから出たいなら、俺達はヤツのルールに従い、他の誰かを騙して勝つ…それしかないということだ。」

 

しかし、いつも通り弱気な不二咲は……

 

「もう人を殺すなんて、ボクには出来ないよ…。

桑田君は、みんなが投票したせいで死んじゃったんだよ…。」

 

本気で弱気になっている不二咲。

それを受け、どうにか励ます一同。

 

そのとき、校内放送が夜時間を告げる。

しかしいつもと違いモノクマが喋り始める。

 

「先ほどのオマエラの会話には、責任を転嫁する人間の浅ましさが…見え見え隠れ見え見え…ぐらいに丸見えでした!

人が人を裁く責任は重いんだ!

秩序は、犠牲と責任の上に成り立つんだからねッ!」

 

そう言うと、放送はプツリと切れた。

モノクマに文句を言いつつ生徒たちは食堂を後にする。

 

 

***

 

 

翌朝、モノクマのアナウンスにより生徒達は体育館へと呼び出される。

全員が体育館に集まると、唐突に始まるラジオ体操。

石丸だけが律儀な反応を返す。

 

「はぁ~いい汗かいたねッ!」

 

そんなモノクマに、大神は呼び出しの理由を問う。

 

「それで…、このためだけに我らを呼んだのではあるまいな…。」

 

「このラジオ体操はただの体操じゃないのに…、まぁいいや!!

えー、それでは発表します!

この学園は、学級裁判を乗り越える度に〝新しい世界〟が広がるようになっております!

オマエラみたいなシラケ世代には、適度に刺激を与えてやらないとねッ!

てなわけで…、探索は自由だから、学級裁判後の世界を見てくるといいよッ!」

 

それだけ言うと、モノクマは消えていった。

その後、生徒達は学園を探索するために別行動を開始する。

 

 

***

 

 

苗木は、新しく移動可能となった2階に来ていた。

 

(学園内の構造自体は変わってないか…。なら、図書室から調べてみるか。)

 

そして図書室に着くと、十神、霧切、山田、腐川がいた。

 

(うわっ…、なんだか埃っぽいな…。)

 

図書室は、時間の経過を再現すべく実際に埃っぽくなっていたようだ。

 

(相変わらず無駄に拘ってるなぁ…。)

 

呆れ半分に図書室を調べ始める苗木。

そこには希望ヶ峰学園事務局からの手紙と壊れた旧式のパソコンが確認できた。

 

「この手紙…。」

 

「どうやら希望ヶ峰学園は既に、学校としての役割を終えているようね…。

埃の被り方からして、かなり前のモノのようだけれど…。」

 

「黒幕は無人と化した学園を乗っ取り、この妙な舞台を作り上げたわけか…。」

 

(うーん……なるほど…。

これはボク達の記憶が失われている間に起きたってことか…。

それと、ここにある〝深刻な問題〟ってなんだろう…?)

 

苗木は手紙から推測できる情報をまとめ、図書室を後にし更衣室へと足を向ける。

そこには、プールを前に興奮状態の朝日奈がいた。

他にも、セレス、不二咲が同伴している。

テンションの高い朝日奈をよそに、更衣室に入ろうとするとモノクマが現れる。

 

「更衣室に入るには、電子生徒手帳が必要だよ!

ドアの横にあるカードリーダーに生徒手帳をかざしてね!

ただし、男子の生徒手帳で入れるのは男子更衣室のみ…、女子の生徒手帳で入れるのは女子更衣室のみとなっておりますッ!」

 

モノクマと朝日奈、セレスのやり取りから、いかなる手段でも男子が女子の更衣室に入ることは出来ないことが判明する。

その逆もまた然り。非常時は除くらしいが…。

そして校則にも『電子生徒手帳の他人への貸与禁止』の追加が決定した。

その後、モノクマは去っていった。

 

「あ~あ…アイツのせいで上がった気分が台無しだよ…。

気分転換にひと泳ぎしてこーかな…。

セレスちゃんと不二咲ちゃんも一緒にどう?」

 

セレスと不二咲がやんわりと否定の意を告げ、その場はお開きとなる。

 

 

***

 

 

調査を終えた一同は、食堂に集まり結果報告をしていた。

 

「諸君ッ!新しい発見はあったか!?」

 

「図書室がありましたぞぉッ!」

 

「プールもあったよッ!トレーニング機が充実した更衣室もッ!」

 

「だが、出口らしきものは無かった…。」

 

「そうか、では僕の大発見を聞きたまえ…なんと、閉鎖されていた倉庫と大浴場が入れるようになっていたのだッ!」

 

結局、出口がなかったことを確認しその場は解散となった。

 

 

***

 

 

夜時間を告げる放送がかかると、苗木はベットに横になる。

 

(また暫くはここに泊まり込みかぁ…。

前回は騙されちゃったけど、今回は騙されないからな…ッ!)

 

決意を新たにし、苗木は眠りについた。

 

 

***

 

 

翌日、校内放送にてモノクマは朝であることと、校則が追加されたことを告げた。

そんな放送をよそに苗木は食堂へ向かうと、十神と石丸以外が集合していた。

 

「あれ…、石丸クンは?」

 

「石丸君でしたら、遅刻魔の十神君を呼びに行きましたわ。」

 

石丸を待つ間に、セレスと山田のあいだで紅茶に関するひと悶着があったが、そうこうしている内に食堂のドアが開く。

そこに立っていたのは1人であった。

 

「あれ…十神クンは?」

 

「それが、何回インターフォンを押しても出てこないのだ…。もしかしたら彼の身に…。」

 

石丸の報告を聞いた後、一同は十神を捜すために食堂を後にする。

 

 

***

 

 

苗木が図書室のドアを開けると、そこには優雅にコーヒーを飲みながら読書をしている十神がいた。

時間がたつにつれ続々と図書室に集まる生徒達。

 

「十神くん!こんな所にいたのかッ!」

 

「俺が何をしていようと俺の勝手だろう…。」

 

「何を…読んでたの?」

 

「推理小説だ…。」

 

「も、もしやッ!そのトリックをッ!」

 

「馬鹿を言うな…。俺が勝負をするときは、俺のオリジナルを使うさ。」

 

コロシアイをゲームだと言い切り、負ける気など微塵も見せない十神。

十神は周りを挑発しながら話を進めていく。

 

 

 

「兎に角、お前らも本気でこのゲームに参加するんだな。でなければつまらんからな…。」

 

そんな十神に不二咲は食い下がる。

 

「そんなの……ダメ…だよ…。」

 

「なに…?」

 

「こ、これは人の命が…かかってるんだよ?」

 

不二咲は、これが映画撮影であるとわかった上で発言していた。

彼…、いや、彼女はとことん平和主義らしい。

 

「俺達は仲間同士ではなく、競争相手なんだぞ…。」

 

「で…、でも…。」

 

不二咲の弱気な態度にイラつきだす十神。

 

「言いたい事があるならハッキリ言え。何もないなら黙っていろ。」

 

「……ご、ごめんなさい…。」

 

ついに黙ってしまった不二咲の代わりに、今度は大和田が十神に突っかかる。

 

「おい…そんなに弱い者いじめして楽しいか!?胸クソわりーんだよ…!!」

 

恫喝する大和田をものともせず、十神はひとしきり挑発して図書室から出て行った。

その後、全員が一緒にいる雰囲気でもなくなり、解散となる。

 

 

***

 

 

(今日は特に進展なしか…。それにしても十神クンは大和田クン達と仲良く出来ないのかな?あんまり話しているところを見たことないけど…。)

 

その日は終わりを告げ、苗木は一抹の不安を感じながらも眠りについた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

朝を知らせる校内放送により目を覚まし、苗木は食堂へ向かう。

chapter1にて退場した生徒と朝食会をボイコットする生徒達により、いつもより食堂は広く感じられた。

そんな中、苗木は元気のない不二咲に声をかける。

 

「不二咲さん…、どうかしたの?」

 

「自己嫌悪中…なんだぁ…。」

 

「自己嫌悪?」

 

「昨日…十神君に…、怖くて何も言い返せなかった…。

大和田君に助けてもらって…、しかも〝弱い者いじめ〟なんて言われて…。

ホントにダメだよね…弱っちくてさぁ…。」

 

そんな不二咲に大和田は…

 

「女なんだから弱くて当たり前だろッ!?」

 

そのセリフに、ついに泣き出してしまう不二咲。

 

「お、おい…。泣くことねーだろ…。チッ…、わーッたよ!男の約束をしようじゃねーか!」

 

「男の…約束…?」

 

〝男の約束〟という言葉に反応を示す不二咲。

 

「男の約束だけは守れ…、兄貴が俺に遺した言葉だ…。」

 

「のこした…?」

 

「あぁ…兄貴はもう…いねぇ…。

んなことはいーんだよ…。

とにかく俺はもう怒鳴らねーから、オメェも泣くなって。」

 

「う…うん!ありがとう…大和田君…。」

 

取り敢えず元気になった不二咲。

だが、ハッキリと〝強くなりたい〟と言い残す。

彼女はなにか、小さな決意を秘めたようであった。

 

 

***

 

 

苗木はその日を何人かの生徒達と過ごした。

 

夜時間手前、苗木は小腹を満たすために食堂へと足を運ぶ。

そこには、石丸と大和田がいた。

この2人はお互い、クラスの中で一番仲が良い者同士であった。

不良と、それに付き合う幼馴染の美少女…ではなく、クラスメイトの風紀委員。

いつの間にか打ち解けていたそうだ。

しかし、そんな2人は言い争いをしていた。

 

「おぅ…苗木。オメェ、ちょっと立会人になれや。

こいつが俺を根性なしだとか抜かしやがるんだよ…。」

 

「根性が無いからすぐに暴力に頼ろうとするのだろう!?」

 

苗木を置いてけぼりにし、話はどんどんと進んでいく。

そして、強制的に浴場へと連れていかれてしまう。

 

そこで始まったのは、サウナでの我慢対決。

だが苗木は、最後まで見届けることなく夜時間を告げる放送を聞き、部屋へと帰るのであった。

 

 

(まぁ…死ぬなんてことにはならないと思うけど…。それにしても、大和田クンが言い出したにせよ…学ランを着たままじゃ流石に不公平なんじゃないかな…?)

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

翌朝、苗木が食堂に入ると、昨日の2人が肩を組んで笑いあっていた。

 

「朝から気持ち悪いんだよね、2人してさ…。」

 

「はっはっは…、男同士の濃厚な繋がりが、女子にわかるはずもない…。」

 

そんな2人に勝負の結果を聞く苗木だが……

 

「そんな問題じゃねぇんだよッ!!」

 

「愚問だッ!ともに勝負をした事が大事なのだッ!!」

 

うるさい朝食会を終え、部屋に戻り一息ついていると…、不意にインターフォンが鳴る。

苗木がドアを開けると、腐川が部屋に入ってくる。

 

「ど、どうしたの?腐川さん…。」

 

「ちょ、ちょっと付いて来て欲しい場所が…あるの…。」

 

半ば強引に図書室に連れていかれる苗木。

そこにはやはり、十神がいた。

どちらが話しかけるか争っていると、十神が業を煮やし話しかける。

 

「おい、お前…、さっきから目障りだぞ。さっさと出ていけ。そっちの女もだ…。」

 

意を決して腐川が話を切り出すも、冷たく言い返す十神。

撮影外ではだいたい十神に付いて回る腐川に半ば諦めている十神だが、撮影中だけでも腐川を遠ざけたいようだ。

断固として同室を許さない十神に、2人は図書室を後にする。

 

「怒られちゃったね…。機嫌でも悪かったのかな…。」

 

しばらく沈黙していた腐川だが、嬉しそうな顔でこう言った。

 

「白夜さ……、」

「十神君…あんなに…あたしのこと心配してくれたッ!」

 

彼女は、どうやら二、三喋りかけられるだけでも幸せらしい。

そして、そのまま苗木を置いてどこかへ行ってしまった。

 

その後、特にすることもなく過ごした苗木が眠る準備をしていると、突然、校内放送が流れ出す。

 

「あー、もうじき夜時間ですが…、オマエラ!至急、体育館までお集まりくださーい!」

 

その校内放送に、仕方なく体育館へと移動を始める苗木。

 

(こんなタイミングで何なんだろう…?)

 

これから何が始まるのかと、結論の出ない予測をする苗木。

体育館に着くと、全員が既に集まっていた。

生徒達はこれから何が起きるのかと、軽い議論を交わす。

そこへ、いつもの如く唐突にモノクマは現れる。

 

「やっほーー!オマエラ、ちゃんと集まってる?」

 

「集まっているわ…。それより、どうして私達を呼び出したの…?」

 

「がっつくねぇ…、まぁいいや。

ボクはとても退屈しているんだよ…。

なかなか次のクロが現れないからさぁ!!

と、いうわけだから…うぷぷ…。

オマエラに、新しい〝動機〟を持って来たのですッ!」

 

前回のDVDを思い出し、顔をしかめる一同。

しかしモノクマは止まらないーーーーー

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

(あたしの最終目的は苗木と白黒ハッキリさせることだけど…、あんまりアイツを狙い撃ちしても外の奴らに目を付けられるだけだし…。

少しだけアイツらの仲良しごっこに手を貸してやろうか…。

うぷぷ…、まぁそれもアイツら次第なんだけどねッ!)

 

 

 

こうして、chapter2の撮影は続いていく。




ーーウサミよりーー

ミナサン!こんにちはでちゅ!
chapter2が始まりまちたね!大和田くんと不二咲さんが心配でちゅ…。
今回はお仕事がないんでちゅが、chapter1の動機付けの時に大和田くんが不安定だったことは覚えておいてくだちゃいね!
それではミナサン、また会いに来てくだちゃい!


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chapter2 週刊少年ゼツボウマガジンⅡ

ーー苗木視点ーー

 

モノクマは〝動機〟について話し始める。

 

「えー…今回の動機のテーマは…、〝恥ずかしい思い出〟や〝知られたくない過去〟です!

人間生きて生きていれば誰しも、そういうことの二、三はあると思うけど……。

今回はボクの独自の調査により、オマエラのそんな思い出を集めてみましたッ!」

 

そう言うとモノクマはそれぞれの名前が書かれた封筒を取りだし、床へと放り投げた。

それを拾う生徒達。

 

(一体何が書かれているんだろう…。)

 

恐る恐る中を確認すると、そこには……

 

 

〝苗木クンは小学校5年生の時にイジメられていた〟

 

 

(そう言えば…、そうだったっけ…。)

 

少し昔を思い出す苗木。

一方で封筒の中を見た生徒達は、一様に驚いた反応を示していた。

モノクマはそんな生徒達に構うことなく喋り続ける。

 

「タイムリミットは24時間でーす!!

それまでにクロが出ない場合は……。

この恥ずかしい思い出を、世間にバラしちゃいますッ!

キャー、ハズカシー!!」

 

そう言うモノクマに生徒達は、

 

「それが…お前の言う〝動機〟か?」

 

「そうだけど?」

 

「確かにバラされたくないけど…、こんな事でボクらは人を殺したりなんてしないぞ…ッ!」

 

「そうだ!実にくだらないな!」

 

「そんなぁ…、せっかく用意したってのに…。

はぁ~あ…残念、残念…。

じゃあ、24時間後に、この秘密をバラして自己満足に浸るとするよ…。」

 

落胆した様子のモノクマはどこかへと消えていった。

その後、秘密を言い合うことで殺人を阻止しようと石丸が提案するが…、

 

「あ、あたしは嫌よ。話したくない…。ゼッタイに…ッ!」

 

「わたくしも…話したくありませんわ…。」

 

「同感だ…。話す必要などない…。」

 

拒否を示す生徒達。

不二咲もまた、拒む様子を見せる。

 

「ごめんなさい…今は話したくない…。

で、でも…このままじゃダメだけど…、後できっと話すよ…。

頑張って…強くなって…、みんなに話すから…。」

 

少し様子のおかしい不二咲を朝日奈が励ます。

 

「ここまで反対されちまったら…いくら兄弟でも…却下せざるを得ねーな…。」

 

顔をうつむかせ、様子をうかがい知れない大和田も否定の意を示す。

石丸は渋々といった表情で諦めた。

そこへ、夜時間を知らせる校内放送が流れる。

 

 

***

 

 

自室に戻った苗木は、先程のことを考えていた。

 

(知られたくない過去か…。

ボクの〝コレ〟を知っているのは江ノ島さんくらいだろう…。

舞園さんにだって話していない、〝ボクの小学生時代〟…。

何度か聞かれたけど、話すような内容じゃないしね…。

まぁ、どうしても話せないってわけじゃないんだけど…。

それにしても、これがシナリオ通りなら殺人が起きるのか…。

本当にこんな事で…?)

 

そんなことを考えながら、苗木は眠りにつくのであった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー大和田視点ーー

 

モノクマが投げ捨てた封筒を拾い、中を確認する大和田。

そこには……

 

 

〝大和田クンは実の兄を殺した〟

 

 

封筒の中には、短くそう書かれた紙切れが入っていた。

chapter1の撮影後、1度リセットされた大和田の思考はまたしても乱れ始める。

 

(ど、どうして…ッ!〝コレ〟は…俺しか知らねーはずだッ!!)

 

大和田の頭の中を〝兄を殺した〟という言葉が反響する。

しかし、モノクマの爆発の際に見せた程の動揺はなかった。

あのときは、久しぶりであった事と不意打ちであった事により完全に我を失ったが、今回は違った。

どうにか踏みとどまった大和田は、さらに仲が深まった石丸の意見に言葉をもって否定する。

 

(わりーな…兄弟…。コレだけは…どうしても…。)

 

以前程の混乱はしていない大和田ではあるが、冷静ではないのは確かであった。

 

 

***

 

 

ーー不二咲視点ーー

 

不二咲はモノクマが投げ捨てた封筒を拾い、中を確認する。

 

 

〝不二咲は男の子である〟

 

 

そう書かれた紙切れが封筒には入っていた。

学園の関係者で〝この秘密〟を彼自身が話したのは学園長だけであった。

彼は1年もの間〝この事〟を隠し通していた。

何度か怪しい場面はあったが、それでもクラスメイトに知られることはなかった。

なぜ江ノ島が知っていたかと言えば、〝あの事件〟のときに学園長室で不二咲のプロフィールを見たからである。

 

(ど、どうしてぇ…。この事は秘密にしてくれるって言ってくれたのに…。)

 

不二咲は学園長がコレを用意したと思い込んだが、その予想は外れていた。

 

(24時間以内に殺人が起きないとバラされちゃう…。

でも…これはチャンスかも…。

たとえ、みんなに知られちゃっても…これを機に…ッ!)

 

不二咲は変わろうとしていた。

どうしても自分から言い出すことが出来なかった〝秘密〟。

きっかけはともかく、不二咲はついに覚悟を決める。

 

 

 

 

 

江ノ島の台本では、彼が事件において2人目の犠牲者になることは確定事項ではなかった。

あくまで大和田と不二咲に狙いを絞っただけに過ぎず、今回の動機で殺人が起きるかは、江ノ島をもってしても不確定の未来であった。

だが、江ノ島の予測は外れることなく的中する。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー???視点ーー

 

夜の男子更衣室。そこには2人の生徒がいた。

 

「ご、ごめんねぇ…。待たせちゃった…?」

 

「いや…問題ねぇぞ…。」

 

元々更衣室にいた少年は、たった今入ってきた生徒に若干の違和感を抱く。

 

(あぁ…?男子更衣室には男しか入れねぇはず…。)

 

そんな違和感は、後に入ってきた少年の告白により解消される。

 

 

***

 

 

(男…だったのか…。)

 

「どうして…、俺にそんなこと言ったんだよ…。秘密なんじゃ…なかったのかよ…。」

 

「変わりたいんだッ!これを機に…〝弱い〟自分からッ!」

 

小さな少年はそう言うと、大きな少年に背を向け運動する準備を始める。

一方でそれを聞いた少年は、押し黙ったままであった。

しかし、その少年の手にはしっかりと…、ダンベルが握られていた。

 

(変わりたい…か…。

オメェは〝強い〟よ…。

嘘をつき続ける俺よりも…今も過去から逃げ続ける俺よりもッ!!)

 

少年は無意識のうちにダンベルを振り上げていた。

そして……

 

 

 

 

 

(気が付いたら俺は倒れていた。

体を起こして辺りを見回すと、そこには『血まみれのアイツ』がいた。

何度声をかけても、何度揺すっても…、ソイツは目を覚まさねぇ…。

俺は…取り返しの付かないことをしちまった…。)

 

 

 

 

 

呆然としていた少年であったが、暫くして再び動き出す。

〝男の約束〟を守る為に。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

「あーあ…、まぁいいか…。

にしても…、アイツらに的を絞ったものの、ここまで上手くいくとは…。

予想通り過ぎて絶望的なんですけど…。

はぁ…学級裁判の準備でもしとこ…。」

 

一部始終を見ていた江ノ島であったが、彼女は平然と作業を進めていく。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー苗木視点ーー

 

翌朝、苗木はモノクマの声で目を覚ました。

 

「直接現れて…、何の用なの…。」

 

眠そうな苗木であったが、モノクマの言葉を聞き急激に覚醒していく。

 

「いいの~?そんなに落ち着いていて…。クラスメイトの誰かに、何かあったみたいだけど…。」

 

少し焦った苗木であったが、落ち着きを取り戻す。

 

(何かあったって…、殺人かな…?でもどうせ人形だろ…?)

 

しかし、モノクマの去り際の発言に動揺を隠せない。

 

「言っておくけど…、今回〝ボクは〟人形なんて用意してないからね…。うぷぷ…。」

 

それは苗木にしか聞こえない声量であった。

 

 

***

 

 

慌てて食堂へと向かうと、そこには、葉隠、朝日奈、大神、十神がいた。

暫くモノクマが言っていたことを話し合い、学園の探索を始める一同。

苗木は色々な所を調べた後、更衣室へと入ろうとした。

 

(あれ…?ロックが外されてる…。)

 

すると、校内放送より捜査のためにロックを外していると告げられる。

遅れて入ってきた十神がモノクマの発言を確かめるべく、女子更衣室のドアを開ける。

そこには……

 

 

『血まみれになり、磔にされた不二咲千尋』

 

 

が確かに確認できた。

先程のモノクマの発言と、目の前の光景とがゴチャゴチャになり、苗木は無意識のうちに悲鳴を上げる。

 

 

***

 

 

苗木の悲鳴を聞きつけ、更衣室に入ってくる石丸。

すると、死体発見アナウンスが鳴り響く。

暫くして生徒達は、女子更衣室に磔にされた不二咲の周りを取り囲むように立つ。

遅れてきた腐川が血を見た瞬間に倒れ、突如口調が変わった様子で再起動したが、朝日奈と石丸に付き添われその場を後にする。

そしてモノクマが例のファイルを配り終えると、いよいよ捜査が始まった。

その前に、モノクマによって『同一のクロが殺せるのは2人まで』という校則が追加されたが、苗木は前回同様に捜索をしていく。

 

 

***

 

 

(今回の捜査…、十神クンに振り回されるし、何だか疲れたよ…。

それより、霧切さんに不二咲さんのことを聞いても、人形かどうか教えてくれなかったし…。もし本物だったら…。)

 

一定時間が経過し、エレベーターに集合する旨を伝えるアナウンスが流れる。

赤い扉の部屋に苗木がく着くと、腐川以外が既に集合していた。

その後、モノクマが腐川を引きずってくる。

そして一同はエレベーターへと乗り込む。

 

 

そして、二回目の学級裁判が今始まるーーーーー

 

 




ーーウサミよりーー

ミナサン!こんにちはでちゅ!
ついに起こってしまった2回目の事件…いったいどうなっているんでちゅかね…。
それはそうと、お仕事をしていきまちゅ!


以下ウサミファイルより抜粋

・苗木は小学生時代にイジメにあっていた。

・大和田は過去を克服出来ていない。

・不二咲千尋は男子である。

・〝不二咲千尋〟の死体は本物?

・江ノ島は不二咲の人形を用意していない模様。


それではミナサン、また今度も会いに来てくだちゃいね!


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chapter2 週刊少年ゼツボウマガジンⅢ

オリジナルの設定をここで1つ。
それは腐川のもう1人の人格であるジェノサイダー翔のことです。
原作通りの設定だと平和な世界では普通捕まるだろうと思ったので、無理矢理設定を付けて捕まらないようにしました。


ーー苗木視点ーー

 

2回目の学級裁判は腐川のもう片方の人格の露呈というハプニングがあったものの、石丸以外が大和田をクロとして決着した。

 

腐川の〝知られたくない秘密〟は、〝正義の殺人鬼 ジェノサイダー翔〟でもあることだった。

〝ジェノサイダー翔〟は、法で裁くことの出来ない極悪人や、本来死刑を言い渡されるような指名手配犯などを殺して回っていることで世間では有名だった。

そして〝この事〟を知っていたのは、78期生では苗木、十神、霧切、あとは学園上層部だけであった。

実際に殺人を行っているわけだが、彼女が捕まっていないのは〝解離性障害が認められたこと〟や〝重罪人のみを殺していたこと〟などが大半の理由である。

〝希望ヶ峰学園 特別科の生徒である〟ということも、理由の1つであったが…。

そんな翔の人格は、希望ヶ峰学園入学以降は〝とある事件〟と関わるまでなりを潜めていた。

十神を巻き込み〝腐川の心の闇〟と向き合った苗木は、腐川自身の人格と翔の人格とを折り合わせることに成功した。

しかしこの件も、色々とストーリーがあったわけだが…それはまた別の機会に話すとでもしよう。

 

 

そんなこんなで決着した裁判。

モノクマが正解だと告げたことにより、大和田が今回のクロであると確定した。

 

「…ということで、不二咲千尋クンを殺したクロは…大和田紋土クンでしたッ!!」

 

この数日で大和田とより仲を深めた石丸は、尚も抗議を続けている。

 

「この裁判は、どこか決定的に間違っているッ!

兄弟が人を殺すはずがないッ!!

兄弟も何か言ったらどうだッ!!」

 

石丸が大和田を揺すっても、彼は反応を示さない。

 

「うぷぷ…じゃあ、何も喋らない大和田クンの代わりにボクが話そうかな!

どうして今回の事件が起きてしまったのかをッ!!」

 

モノクマは大和田をよそに話を進めていく。

 

 

「あるところに1人の少年がいました。彼は男であったものの、とても小さく、か弱かったのです。そして彼はこの事をコンプレックスに思っていました。

弱い弱いと言われ続けた彼が自身を守るためにとった行動は、より弱い殻の中に自分を隠すことだったのです。

それは、〝女装をし、女として振る舞うこと〟でした。

女として振る舞うことで、彼は〝男のくせに〟などと言われることはなくなりました。

しかし、彼は自分で入った殻の中から出ることを、極度に恐れるようになりました。

殻を破ってしまえば、また辛い世界が彼を待ち受けているからです。

そして、コロシアイ学園生活でついに、その秘密が明かされてしまう事態になったのですッ!

彼はこのまま〝絶望〟するはずでした…。

しかし!生意気なことに彼は、今回の動機をきっかけに変わろうとしたのですッ!

彼はその日から行動に移しました。

それは体を鍛えること、そしてその相手に選んだのは…、彼が目指す男らしさを兼ね揃えていた大和田クンだったのです。」

 

 

未だにうつむき続ける大和田だが、かすかに肩を震わせている。

モノクマは一息つき話を変える。

 

 

「そしてまた、あるところに1人の少年がいました。

彼は荒んだ家庭の中で唯一信頼できる兄の影響を受け、暴走族として生きていました。

あるとき、リーダーであった兄が引退することになり、二代目として彼が新たなリーダーとなることが決まりました。

兄の背中を追い続けることしかしてこなかった彼…、チーム内で囁かれる彼の評価…。

様々なことが大きな重圧となり彼を襲いました。

そして、〝弱かった彼〟がとった行動は、偉大な兄に勝つこと。

そして行われた二人きりのバイクレース。

〝強くありたかった彼〟は勝利に拘るあまりに無茶な走りをしました。

そんな彼の目の前には大型のトラックがッ!

しかし、彼は生きていました。

兄に庇われ、生きてしまいました。

そう、彼は実の兄を殺したのですッ!

レース後、彼は事実を捏造し〝偽りの強さ〟という殻の中で生き続けることにしたのです。

そして、コロシアイ学園生活でついに、その〝偽りの強さ〟が露呈してしまう事態になったのですッ!

〝弱い〟彼は何をするでもなく、ただ事実から逃げ続け、〝絶望〟することしか出来ませんでした。

しかし、そんな彼の元へとやって来た小さな少年がいました。

少年は彼に…知られたくないであろう、ずっと隠し続けてきた秘密を打ち明けたのですッ!

彼は思いました…、目の前の小さな少年は、自分よりも〝強い〟のだと。

逃げ続けることしか出来ない自分と変わろうと覚悟を決めた少年。

彼らは、お互いが望むモノをそれぞれもっていたのです。

〝強い肉体〟を持った彼と、〝強い心〟を持った少年。

彼は少年の持つ〝強さ〟に嫉妬しました。

そして…、今回の事件が起きてしまったのですッ!」

 

 

一通り話し終えたモノクマ。

すると、今まで沈黙していた大和田が口を開ける。

 

「……そうだ…、俺は〝弱い〟。弱いから…不二咲を殺しちまった…。」

 

「嘘だッ!嘘だ嘘だ嘘だッ!兄弟が…そんなことをッ!」

 

罪を認めた大和田。

しかし石丸は抵抗し続ける。

そんな中、霧切が話し始める。

 

「大和田君は…、それでも彼と交わした〝男の約束〟を守ろうとしたんじゃないかしら…。

あのまま男子更衣室で死体が発見されれば、彼が男であるとすぐにバレてしまう…。

だから現場の移動を行った…。」

 

霧切の質問とも言える言葉に、大和田が返事をすることはなかった。

 

「うぷぷ…。それじゃあ始めようかッ!おっしおっきターーーイムッッ!!」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

バイクに乗り、手足を拘束される大和田。

その操縦席にモノクマが現れ、乱雑に運転を開始する。

猛スピードで球状の鉄格子に突入し、そのまま回転するバイク。

そして、鉄格子が光り始め中の様子は見えなくなる。

 

暫くして、発光を終えた鉄格子の中には…、バイクのみが残されていた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

撮影の完了を告げる校内放送をきっかけに、正面玄関に移動を始める生徒達。

重い空気の中、苗木は考える。

 

(頼むから2人とも無事でいてくれ…ッ!)

 

苗木は必死に願いながら学園の外へと歩みを進める。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

学園の外に出ると、怯えた表情の不二咲と、驚いた表情の大和田がいた。

 

(よかった…。2人とも無事みたいだね…。)

 

安堵した苗木と生徒達は2人に近づいていく。

江ノ島を除く15人が集まる。

しかし、その場は沈黙が支配していた。

そんな中、口を開いたのは舞園だった。

 

「ほら…、不二咲君…。きっと大丈夫…。

私や桑田君にだって話せたんですから…!」

 

「そうだぜッ!そんなちっせーこと気にするヤツは、オレが殴ってやるからよッ!」

 

2人に背中を押され、涙ながらに話し始める不二咲。

 

「ご、ごめんねぇ…、今までみんなを騙してて…。

気持ち悪いよね…、こんな格好をした男の子なんて…。」

 

声がか細くなり、うつむいてしまう不二咲。

そんな不二咲に声をかける苗木。

 

「不二咲さん…いや、不二咲クン…かな?

あはは…、どうやって呼ぼうか迷っちゃうね…。

でも、ありがとう…。ずっと秘密にしてきたことを打ち明ける…、とても勇気が要ることだと思うよ…。

そして、それが出来た不二咲クンを…ボクは尊敬するよ。」

 

苗木の言葉に顔を上げる不二咲。

 

「気持ち悪くないの…?」

 

不二咲の発言に、今度は他の生徒達が声をかけていく。

 

「ふん、お前が女だろうと男だろうと、世界に与える影響などたかが知れている。

気にするまでもない。」

 

「あらあら…、相変わらず素直じゃありませんこと。

しかし、すっかりわたくしも騙されてしまいましたわ。

ふふっ…、案外ギャンブルが強かったりするかも知れませんわね。」

 

「男の娘…ktkr!!僕は二次元にしか恋しませんが…、萌えるッ!凄く萌えますぞッ!!」

 

「ちょっとどいてよねッ!あぁ、不二咲ちゃん!私も全然気にしないよ!」

 

「朝日奈よ…、不二咲は女扱いされるのが苦手なようだが、呼び方を変えた方がいいのでは…。」

 

「ああ!ごめんね、どうやって呼ぼうかなぁ。」

 

「ありがとう、朝日奈さん…。呼び方は変えなくても大丈夫だよ…!」

 

泣き顔から笑顔へと変わり、他の生徒とも話していく。

不二咲と話し終えた苗木は、舞園と桑田の元へと移動する。

 

「2人ともありがとね…、不二咲クンのこと。」

 

「当然のことをしたまでですよ!ありのままを受け入れる。

苗木君が私にしてくれたことです…。」

 

「しっかし驚いたなぁー。マジで女子だと思ってたぜ。

まっ、不二咲は不二咲ってことだな。馬鹿なオレにはこれで十分だ。」

 

撮影も終了したとあってガヤガヤとした雰囲気であったが、不二咲が大和田の前に来ると、次第に静かになっていく。

 

「あ、あのね…。大和田君………」

 

言葉に詰まる不二咲。

しかし、大和田が話し出す。

 

「俺はてっきり…、本当に不二咲を殺しちまったのかと思ってたぜ…。

生きていてくれて…よかった…。

また取り返しの付かねーことをしちまったのかと……。

いや…ダメだな…。俺はこんな事になってからも…自分の心配ばかりだ…。」

 

拳を握りしめ、うつむく大和田。

そんな大和田に不二咲は言う……

 

「ねぇ…、大和田君…。

大和田君はチームのみんなに嘘をついていたかも知れない…。

でもさ…、大和田君が率いたチームが日本一になったんでしょ?

それはきっと…、大和田君だから出来たことなんだと思うよ。

みんなが信じたのは〝偽りの強さ〟だったのかも知れない…。

だけど…、大和田君なら…その〝偽りの強さ〟を〝本物の強さ〟に変えることが出来ると思うよ…!

だから、ボクと一緒に少しずつでも頑張っていこうよ…。

そうすればきっと…、いつの日か…お兄さんと向き合える時が来ると思うから…。」

 

大和田の頬には一筋の涙が伝う。

そして、声を震わせながら大和田は告げる。

 

「やっぱりオメーはつえーよ。

オメーに酷いことをしちまった俺でも…、そんな俺でも…どうか力を貸して欲しい…ッ!

都合がいいかもしれねぇ…、だけど…俺が〝本当の強さ〟を手に入れる為に、手を貸してくれないか…ッ!」

 

大和田は深々と頭を下げた。

そして、不二咲はーーーーー

 

 

 

 

 

「もちろん…、一緒に頑張ろう。……〝男の約束〟だよッ!」

 

 

 

 

 

先程の『変わりたい』という発言はどこへやら、特別可愛らしげに返事をするのであった。

2人の会話を聞き、穏やかな雰囲気に包まれる一同であったが、それは石丸の号泣によって壊される。

 

「うおぉぉぉおおお!!!!

僕は今…モーレツに感動しているッ!!!

2人とも!僕に出来ることがあるのなら、いつでも言ってくれ!

助力は惜しまないぞッ!!!」

 

 

 

 

 

そして笑顔が溢れるその場所に、学園の中から歩いてくる人影が1つ。

 

 

 

 

 

chapter2 END




ーーウサミよりーー

ミナサン!こんにちはでちゅ!
今回はミナサンの絆が深まったようで、先生はとても嬉しいでちゅ!
それでは、お仕事をしていきまちゅ!


以下ウサミファイルより抜粋

・ジェノサイダー翔は〝正義の殺人鬼〟と呼ばれている。

・ジェノサイダー翔は希望ヶ峰学園の力により黙認されている模様。

・chapter2の撮影が完了する。

・不二咲千尋、大和田紋土は存命。


それではミナサン!また今度も会いに来てくだちゃいね!


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chapter2 ~あの時、あの場所で~

今回の本編では、〝あらすじ〟と〝chapter0.5の霧切と戦刃、江ノ島視点〟を振り返っていただくと読みやすいかと思います。


ーー戦刃視点ーー

 

彼女は現在〝人が入れそうな程の大きなカバン〟を背負い、モノクマが通るために作られた狭い通路を匍匐前進で進んでいた。

 

 

(今回の動機付けでの標的は不二咲君と大和田君。

でも、この2人は危ういところがある…。

盾子ちゃんが調べた過去と今までの生活を照らし合わせると…大和田君は間違いなく危険だ…。

私でもその事は理解できる。

なら、盾子ちゃんだって理解しているはずだ…。

なのに、盾子ちゃんは2人の人形を用意していない…。

もし…、万が一のことがあったなら…どうするつもりなの…?)

 

 

彼女は、最愛の妹がどのようなシナリオを描いているのか理解できないでいた。

いや、理解はしていただろう。

しかし姉として妹の幸せを願う戦刃は、頭に浮かぶ最悪のシナリオを理解したくなかった。

故に彼女は行動する。

最悪のシナリオを避けるべく、一歩一歩前進していく。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

(ふぅ…。ようやく着いた。…確認できるのは大和田君だけ…。間に合ってよかった…。)

 

戦刃は2階の男子更衣室に到着していた。

いつ、何が起きてもいいように万全の体制を整え、不二咲が来るのを待つ。

そして、暫くすると不二咲が更衣室に現れる。

 

(不二咲君も来たみたいだね…。何も起きなければいいのだけど…。)

 

しかし、戦刃の願いはむなしくも崩れてしまう。

不二咲が秘密を打ち明けたことにより、大和田のまとう空気が一変する。

そして大和田がダンベルを振り上げたその刹那、どこからともなく現れた戦刃が瞬く間に大和田を気絶させる。

戦刃の急な登場に驚いている不二咲。

そんな不二咲に構うことなく自らがすべきことを行っていく戦刃。

 

「い、戦刃さん!?ど、どうしてここに…!」

 

「そんなこと、今はどうでもいい…。

図書室に十神君がいるから静かに1階に降りて、正面玄関から学園の外に出て。」

 

「ど、どうしてぇ…?」

 

「不二咲君はここで脱落。大和田君に殺されてね…。」

 

戦刃の言葉に驚いた表情をする不二咲。

何も喋らない不二咲に、戦刃は急ぐように促す。

 

「事情は後で話すし…、たぶん…学級裁判でハッキリすると思う。

だから今は、私の言うことを聞いて欲しい…。」

 

そして、不二咲は戸惑いながらも学園を後にした。

その間戦刃は、〝持ってきたカバン〟から『精巧に作られた不二咲の人形』を取り出す。

これは〝元超高校級の人形作家〟に戦刃が別口で発注していたモノだった。

江ノ島のシナリオを見て大和田の危険性を感じ取った戦刃は、今回のようなことが起きるのではないかと予測しており、万が一の為に人形を用意していた。

しかし、江ノ島のシナリオで学園側が用意した人形とは別口な為、戦刃は『不二咲の人形』しか入手することが出来なかった。

戦刃はテキパキと、人形を死体に見えるように手を加えていく。

暫くして死体が完成すると、モノクマが現れる。

 

 

「あーあ…、何してくれちゃってんのさ…。」

 

「ねえ…盾子ちゃん…。私がこうしてなかったら…、どうなっていたと思う…?」

 

「さぁ…?不二咲クンは死んじゃったんじゃない?大和田クンに殺されてね…うぷぷ…。」

 

「…あのまま死んじゃってたら、もう後戻り出来なくなってたんだよ…。」

 

「別にいいじゃん…、〝計画〟が前倒しになるだけだし…!うぷぷぷぷ…。」

 

「……。」

 

 

江ノ島の返答に、戦刃は言葉を返せなかった。

 

 

(そうじゃないよ…盾子ちゃん…。

これは綺麗事かも知れない…、でも…!

盾子ちゃんはまだ人を殺してはいない…。

約半年前に起きた〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟。

確かに、この事件の元凶は盾子ちゃんだ…。

この事件で数万人の死傷者が出た。

でも…、盾子ちゃんの指示通りだったなら、あの事件は起きなかったんだ…。

あの事件は……

 

〝希望ヶ峰学園、普通科生徒達の集団自殺の報道〟

 

……を皮切りに起きるシナリオだった。

でも、そのシナリオは苗木君のおかげで崩れた。

集団自殺が起きなかったから、あの事件も起こらないはずだった。

あれは盾子ちゃんの指示を無視した奴らが勝手に起こしたことだ…。

綺麗事だってわかってる…!

だけど、盾子ちゃんはまだ人を殺してないッ!

だから盾子ちゃん…、盾子ちゃんを人殺しになんてさせない…!

それにね…盾子ちゃん…、後戻り出来なくなるのは〝計画〟の事じゃないんだよ…。

 

戻れなくなるのは〝盾子ちゃんの心〟。

 

幼き日に苗木君から貰った〝小さな光〟…。

その〝光〟が今も盾子ちゃんの心の奥で小さく輝き続けていることを私は知っている…。

人を殺しちゃったら、この光は消えてしまうから…。

だから…私が守るよ…!

盾子ちゃんの未来は…決して、〝絶望〟だけじゃないから…ッ!)

 

 

モノクマも消え、その場に残された戦刃は気持ちを切り替える。

そして成すべき事のために、再び移動を始めた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー不二咲視点ーー

 

戦刃の指示に従い学園の外へとやってきた不二咲を迎えたのは、舞園と桑田だった。

 

「あっ!舞園さんに桑田君!ボクは一体どうなったの?」

 

変わらぬ様子で質問する不二咲に、桑田は神妙な顔つきのまま次の言葉を発せずにいた。

若干混乱している不二咲は桑田の態度がわからずに小首をかしげる。

そんな中、舞園が真剣な顔つきで不二咲に言う……

 

「不二咲さん…いえ、不二咲君。」

 

「…ッ!」

 

舞園の言葉に、先程の大和田とのやりとりが聞かれていたことを察する不二咲。

 

「な、泣かないでください!私達は別に怒っていませんよ!」

 

泣き出してしまった不二咲に、流石の舞園も動揺する。

 

 

***

 

 

暫くして落ち着きを取り戻した不二咲は、勇気を出し2人に自分のことを打ち明ける。

その間2人は、黙って不二咲の話に耳を傾けていた。

 

「…そうだったんですか…。」

 

話を聞き終わった舞園は、不二咲に自分のことを語り始める。

 

「生きていれば、人間誰しも辛いことの1つや2つありますよ…。

私だってそうです!

人と関わりを持つ程、トラブルやストレスは大きくなります。

それに立ち向かうのか、逃げるのか…、対処の仕方は人それぞれです。

勘違いしないで欲しいんですけど、私は逃げることに反対というわけではありません…。

不二咲君と方法は違えど、私も…辛い現実から逃げていた時期がありましたから…。

だから不二咲君…、不二咲君の辛さは不二咲君にしかわかりません…。

でも、辛いことがあるのはみんな同じこと。

ですから、1人で抱えきれないことがあったなら…私達を頼ってください!

だって…〝仲間〟なんですからッ!」

「あッ!そうだ!聞いてくださいよ!この前なんて…ーーーーー」

 

 

 

舞園の話を聞き、大分落ち着いた様子の不二咲。

彼女の愚痴を聞いている内に、すかっり元気になったようだ。

そんな愚痴に巻き添えをくらった桑田は、若干疲れた様子を見せながらも不二咲に話しかける。

 

「不二咲…、オレは舞園ちゃんみたいに気の利いた事は言えねーけどよ…、不二咲は不二咲だと思うぜ!

それに、騙してた…なんてこと言うなよな…。

誰だって言いたくねーことくらいあるっつーの!

まっ、今度男子だけで何か食いに行こーぜッ!」

 

桑田の言葉を聞き、不二咲はまたしても泣き出してしまう。

 

「あっ!桑田君が不二咲君を泣かせました!」

 

「ち、違うよ舞園ちゃん!お、おい!不二咲!オレは別にひでーこと言ってねーぞ!」

 

「な~かせた、な~かせた~。せ~んせいに言ってやろ~。」

 

「ま、舞園ちゃん!?」

 

2人の会話を聞いている不二咲は、泣きながらも可愛らしい笑顔を咲かせていた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー戦刃視点ーー

 

学級裁判は佳境を迎えていた。

その頃、戦刃は処刑が行われる場所に先回りしていた。

 

(このセットから、なんとなく何が起きるのかは予想が出来る…。)

 

戦刃は江ノ島が用意した鉄格子やバイクに、大和田が救出しやすくなるように細工を施していく。

 

 

 

そして、ついに処刑が始まる。

 

 

 

勢いよくバイクが球状の鉄格子に突入し、回転を始める。

暫くして鉄格子が発光を始めた瞬間に、戦刃は誰にも見えない位置から鉄格子の中へと侵入する。

あらかじめ細工をしていた為難なく成功。

そして、回転しているバイクも〝超高校級の軍人〟の動体視力と運動神経を遺憾なく発揮し、容易にその動きを停止させた。

手足の拘束を解き、気絶している大和田を背負った戦刃は、鉄格子の中にバイクだけを残し学園の外へと移動を始めた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

現在、学園の外では78期生達が不二咲や大和田を中心に談笑していた。

そこへ、江ノ島が現れる。

 

「やーやー諸君。今回も迫真の演技だったねぇ…!」

 

「テメェ…江ノ島!俺はマジで不二咲を殺しちまったと思ったんだぞッ!」

 

「おいおい…、これは映画撮影だぜ?何マジになってんだよ…。」

 

「…ッ!」

 

江ノ島は一瞬だけ戦刃を見やり、言葉を続ける。

戦刃もまた、江ノ島と視線が重なる。

 

「今回は撮影の中で秘密を暴いて、クラスメイトの友情を深めようってシナリオだったわけ!

現に不二咲も大和田も、心につっかえてたモノが取れたんじゃねーの?

あとついでに腐川も。」

 

江ノ島の言葉のほとんどが嘘だと見抜けたのは、恐らく戦刃だけであろう。

それ程までに、江ノ島の演技は完璧であった…。

 

「今回殺人は起きない予定だったのに、どっかの誰かさんがアドリブを始めたせいで面倒臭くなったんですけど~。」

 

「…くッ!」

 

大和田はこれ以上江ノ島に反論出来なくなる。

そして、今度は苗木が質問をぶつける。

 

「江ノ島さんは不二咲クンの人形を用意してないって言ってなかった?」

 

「苗木~、人の話はちゃんと聞けよなぁ~。

アタシ〝は〟用意してないのであって、お姉ちゃんがあらかじめ用意してたってわけ。まっ、学園側にも知らせてない完全サプライズ!

スタッフの慌てた表情を思い出すと笑えてくるんですけど…うぷぷ!」

 

江ノ島の戯けた雰囲気に流され、その場は再び穏やかな雰囲気へと戻っていく。

 

 

 

人の輪から外れた静かな場所で戦刃は考える。

 

(盾子ちゃん…。

私は盾子ちゃんの計画に力を貸すことを惜しまないよ…。

その〝計画〟の行き着く先は〝絶望〟なのかもしれない…。

でも…、私はその計画の中に…確かな〝希望〟を見いだしたからこそ、力を貸しているんだよ…。

私じゃ盾子ちゃんを絶望から救ってあげることが出来ない…。

だから苗木君…結局頼っちゃう事になるけど…、どうか盾子ちゃんを救ってあげてね…。)

 

戦刃は少し哀しそうな表情を浮かべ、その場を後にした。

 

 

 

 

 

クラスメイトの絆がより深まり、chapter2の撮影は終了したーーー。

 

 

 

 

 




ーーウサミよりーー

ミナサン!こんにちはでちゅ!
江ノ島さんが何を考えているのか、あちしにもよくわからないでちゅ…。
でちゅが、希望を捨ててはいけないんでちゅ!
それではお仕事をしていきまちゅよ!


以下ウサミファイルより抜粋

・不二咲千尋の人形は戦刃によって用意されたモノである。

・江ノ島と戦刃はなにやら計画を立てている模様。

・78期生の絆が深まる。

・人類史上最大最悪の絶望的事件は江ノ島の想定を外れて引き起こされている。


それではミナサン!また今度も会いに来てくだちゃいね!


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chapter3・4 明かされるケイカク

ここからはシリアスのみになるかと思います。
それと、オリジナル設定を多分に含んでいきますのでご注意を。


ーーセレス視点ーー

 

現在、希望ヶ峰学園ではchapter4の撮影が学級裁判へと移行していた。

 

「お疲れ様でしたわ、大神さん。」

 

「うむ…、朝日奈のことが心配ではあるが…。」

 

「苗木君や霧切さんもいますし、大丈夫だと思いますわ…。」

 

大神は学園の外に移動し、既に退場している78期生達と合流する。

そこには戦刃以外の既に退場したメンバーが揃っていた。

 

「そう言えばみなさん…、今後のシナリオをご存じの方はいらっしゃいますか?

わたくし達はもう撮影に参加出来ませんし、〝他者の台本を見てはいけない〟というルールは既に無効かと…。」

 

セレスは辺りを見回すが、誰もが否定の意を示す。

 

「成る程…。と言うことは、江ノ島さんの想定通りのメンバーがここにいるというわけですか…。」

 

セレスは自分の役割を果たし、今回の撮影を振り返る。

 

(江ノ島さんの言う通り、この映画撮影がわたくし達の仲を深めるためのものなのか…。

わたくしも空気に当てられて深く考えませんでしたが…、彼女には前科があります…。

まあ、学園もミライ機関も注意を払っているでしょうし…、今のわたくしに出来ることはありませんわね。)

 

セレスは思考を手放し、学級裁判を映しているモニターへと意識を向けた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー???視点ーー

 

少女はchapter3・4の撮影中、モノクマが利用する通路を〝大きなカバン〟を背負い、移動していた。

なにやら複数のマークがついた学園の見取り図を片手に、彼女は〝カバンから取り出したモノ〟をマークが付いた場所に設置していく。

彼女の身体能力を持ってしてもかなりの時間を要したその作業は、chapter4の学級裁判の最中にようやく終わりを迎えた。

 

 

(私がコレを学園中に設置した以上、〝計画〟は後戻り出来なくなる。

本当は…、こんなことしたくなかったんだけどな…。

もっと別の方法は無かったのかな…。)

 

 

彼女は妹へと想いを馳せる。

暫く哀しい表情を見せていた彼女だが、気持ちを切り替え学園の外へと移動を始めた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー苗木視点ーー

 

(今回も無事に終わったな…。朝日奈さんが凄い気迫だったけど…。)

 

学級裁判は終わり、自殺であった大神に代わり不二咲の遺したアルターエゴが処刑された。

今まで通りならばここでアナウンスが入り、生き残ったメンバーが学園の外へと移動する。

しかし、どういう訳かアナウンスがいつまで経っても流れない。

正面玄関の巨大な扉の前で待機する苗木達の表情は次第に曇っていく。

 

「どうしたんだろう?まだ続いてるってことなのかな?」

 

「何かトラブルがあったのかも知れないわね…。」

 

「超高校級が作ったシステムだぞ…。誤作動するとは思えんがな…。」

 

「えぇ!出られないの!?今すぐドーナツを補給したいのに~…。」

 

 

苗木達は仕方なく雑談していたが、不意に校内放送が流れる。

 

 

「学園内にいる生徒は次の指示があるまで自室にて待機していてください。繰り返します…ーーー。」

 

一方的に告げられた指示に、不満を漏らしながらも生徒達は自室に移動した。

 

(なんだろう…。何か嫌な予感がするよ…。)

 

そんな苗木の不安は見事に的中してしまう。

 

 

 

〝江ノ島盾子の計画〟は、既に音を立てて動き始めていた……

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

「はーあ…ここまで長かったなぁ…。

ようやく〝計画〟を次の段階に移せるわね…。

いい加減…撮影ごっこにも飽きたし…。

……うぷぷ。

それじゃあ始めようか…〝絶望の続き〟を…ね。」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー舞園視点ーー

 

 

学級裁判が終わった頃、学園の外にいたスタッフ達は慌ただしい様子を見せていた。

 

「何かあったのかなぁ…?」

 

「なにやら様子がおかしいですわね…。」

 

しかし、混乱した現場は突然の校外放送によって静寂に包まれる。

 

「あー、あー。マイクテスッ…マイクテスッ…!」

 

学園外に設置されているモニターには、江ノ島の姿が映し出される。

それは、学園のシステムが乗っ取られた事を意味していた。

 

「うぷぷ…揃いも揃って怖い顔をしているねぇ…うぷぷ!」

 

ミライ機関のスタッフ達とは対照的に、画面の向こうの江ノ島は満面の笑みを浮かべている。

 

「プロローグの撮影の時にも言ったけど…、そっちの音声は拾えて無いから。」

 

そう言うと江ノ島は、外のスタッフ達にはお構いなしに言葉を紡ぐ。

 

 

 

「学園長…あなたは知っているはずです…。

この学園のセットが〝シェルター化計画〟になぞらえられている事を。

希望ヶ峰学園と各国政府の上層部のみが知る〝非常事態対策マニュアル〟。

そこに書かれている〝未来に希望を残すため〟の〝シェルター化計画〟…。

その計画と…、この状況が酷似していることを学園長…、あなたは感づいているはずです。

ならばこの状況にも察しが付いているのでは…?

 

 

現在の学園とこの映画の内容が…〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟の続きを再現していることに…ッ!

 

 

あの時…アタシの計画が苗木に邪魔されてなかったら…、世界は今頃転覆しているでしょう。

そして学園は…絶望的な世界で〝希望〟を未来に残すべく、〝シェルター化計画〟を推し進めた。

シェルターと化した学園に残された78期生…。

その中には当然アタシもいる…。

世界で唯一の〝希望〟を守るシェルターは、紛れ込んだ〝絶望〟によって牢獄へと変わるはずだった。

まぁ、その計画は頓挫した訳だけど…。

でも…またこうして再現された…、〝絶望の続き〟がね…。」

 

 

 

江ノ島が今回の陰謀を話す中、大神はついに痺れを切らす。

 

「ご託はいいのだ…。貴様…中にいる朝日奈に何をする気だ………ッ!!」

 

「お、大神さん…落ち着いてください!まだ何かが起きた訳ではありませんよ!」

 

舞園の言葉は、頭に血が上った大神の耳には届かない。

そして、彼女は正面玄関の扉を破壊するべく歩み出す。

しかし、それを遮る人物が一人…。

 

 

***

 

 

「大神さん…、それ以上近づかないで…。」

 

そこに現れたのは戦刃だった。

戦刃は大神と扉との中間に立ちはだかる。

 

「戦刃…貴様も共犯ということか…ッ!」

 

常人ならば気絶してもおかしくない大神の怒気にも、戦刃は怯まない。

 

「そうだね…、私が盾子ちゃんの計画に手を貸しているのは事実だよ…。」

 

「ならば…。」

 

大神は再び扉に向かい歩き出す。

しかし、戦刃が取り出した〝何かのスイッチ〟を見やると足を止める。

 

「なんのつもりだ…。」

 

「もう一度言うよ…、動かないで…。

動けばこのスイッチを押さなくちゃいけなくなるから…。

だからお願い…動かないで…。」

 

戦刃はそれを押すことを躊躇ってる様にも見えた。

 

「それを押したらどうなる…。」

 

大神の問いに戦刃は、真っ直ぐと視線を交わし答える。

 

「この学園は完全に倒壊するよ…、大量の爆弾によってね…。」

 

戦刃はchapter3と4の撮影が行われている最中、学園が倒壊するように計算された場所に爆弾を仕掛けていた。

これは、大神やミライ機関が江ノ島の計画を阻止する動きを牽制する為であった。

 

「どうやら…嘘ではないらしいな…。」

 

大神は戦刃の覚悟を察し、真実を話していると判断した。

 

「ありがとう…大神さん…。私もこのスイッチを押したくないから…。」

 

言動が一致していない戦刃に、舞園が問いを投げかける。

 

「戦刃さん…あなたは江ノ島さんの企みに手を貸していると言いましたけど…あなたは今、〝超高校級の絶望〟としてそこに立っているんですか…?」

 

舞園の問いに戦刃は複雑な表情を浮かべる。

 

「私は〝超高校級の軍人〟だよ…。

そして…、〝江ノ島盾子の姉〟として…今ここにいる…。

私は…、何があっても盾子ちゃんの味方だから…。

たとえ世界中が敵になったとしても…ッ!」

 

そこには強い意志が見て取れた。

そして、舞園が次の質問をしようとしたとき、江ノ島が再び話始める。

 

「お姉ちゃんはそのまま大神を止めておいてよね…。

あぁ、それと…、お姉ちゃんが持ってる起爆スイッチだけど、当然アタシの手元にもあるから…。

だから妙なことはしない方がいいよ。

アタシは躊躇いなく押す…自分が死ぬことになってもね…。」

 

その声は酷く冷淡であった。

そこには〝死に対する恐怖〟がない。

〝絶望〟に染まってるが故の言葉の重みに、戦刃は哀しい表情を見せる。

 

「まぁ、お姉ちゃんは予防策ってこと…。

明確な敵が目の前にいないと、緊張感がなくなるだろ?

ま、要するにアタシがアンタ達に要求することは、何もするなってことだけ。

そこで黙ってみてな…〝絶望〟が勝つか、〝希望〟が勝つのかをね…ッ!」

 

何も出来ずにいるミライ機関のスタッフ。

そんな彼らは、江ノ島の次の言葉に動揺を隠せない。

 

 

 

「知っての通り、学園内の映像は録画されています。

そして…アタシは既にこれまでの映像を編集して、それを持っています。

〝希望〟がコロシアイをする映像をね…。

そして、これから行われる〝絶望〟と〝希望〟の勝負に…〝絶望〟が勝ったとき、この映像は世界中に配信される手はずになっています。

 

 

〝そして…その映像を見た世界中の絶望達は、再び始めるのです…〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟の続きをね…。〟」

 

 

 

これこそが〝江ノ島の計画〟であった。

世界中を絶望に染め上げる…、それこそが計画の根底にあるはずだった…。

 

しかし江ノ島は〝理解〟していた……自らの心の奥底に眠る願望を。

江ノ島は確かめずにはいられなかった……幼き日に見た憧れが、真実なのかどうかを。

 

人生で〝たった2回〟だけ〝敗北〟を味わった彼女は、自らに〝心の弱さ〟があることに苦笑する。

そして同時に期待する…敗北を味わわせた人間が〝真実〟を教えてくれるのではないのかと。

故に江ノ島は見届ける。

 

〝希望〟と〝絶望〟

 

そのどちらがこの世界を支配する〝真実〟たり得るのかを。

 

 

***

 

 

江ノ島のその言葉に学園の外はどよめきが広がる。

 

「うぷぷ…随分と間抜けな顔が並んでいるね…。

もしかして、世界中の〝絶望〟を駆逐できたとでも思っていたの?

アタシもある程度情報を渡したけどさ…手駒を全てアンタ等にくれてやったと、本当にそう思っていた訳?」

 

江ノ島は〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟の黒幕として、ミライ機関から事情聴取を受けていた。

これは江ノ島が洗脳した人物を取り押さえるためであった。

ここで、江ノ島は真実を話した……ミライ機関を信用させる為に。

しかし、知りうる情報を全て話した訳ではなかった。

 

「未だ世界中に眠る〝絶望〟は、希望同士が殺し合う〝この映像〟を見て再び動き出す…。

うぷぷ…〝人類史上最大最悪の絶望的事件の再来〟ってことさ…うぷぷぷぷ…。

でも今度は止まらないないよ…世界は堕ちるところまで堕ちる…。

そして〝絶望〟こそが世界を支配する。

〝絶望〟こそが…〝真実〟になる。」

 

 

周囲がざわめいている中、舞園は落ち着いていた。

そして江ノ島が発した次の言葉も、自らの中で咀嚼する。

 

 

 

「さて、じゃあ…これからのことだけど、さっきも言った通りアンタ等はそこでおとなしく見てな…。

で、学園内にいる連中で映画の続きをしてもらう訳だけど…。

今度は茶番じゃない…〝本当のコロシアイ〟が行われます。

裁判の果てにあるのは〝本当の死〟…。

〝人形〟なんて…もう用意されてないからね…。

しかし今の状況で始めても…、中の連中はコロシアイなんてしない。

じゃあ、どうするか……

 

 

〝霧切達には実際に、この学園で過ごした記憶をなくしてもらう。

そして、この映画撮影のシナリオを上から刷り込む…。〟

 

 

つまり…、78期生に友情はなかったし…本当に殺し合いが起こったものだと思い込む…。

とっくに準備は整っているから…、じゃあもう始めようか…。

〝絶望〟と〝希望〟…命懸けの〝コロシアイ〟をね…。」

 

 

 

江ノ島がそう言い残すと、モニターは暗転する。

そして、学園の外は静寂に包まれる。

誰もが言葉を無くした空間で、唯一動けたのは戦刃であった。

 

「みんな…謝っても許されることじゃないのはわかってる…。

でも…ごめんね…、こんなことなってしまって…。

みんなを2回も裏切った…。

私と盾子ちゃんの信用がもうないってことはわかってる…。

でも…これは最後のお願い…。

どうか…この計画を邪魔しないでください…ッ!」

 

そう言うと戦刃は深々と頭を下げた。

周囲が反応に困る中、舞園が戦刃に話しかける。

 

「戦刃さん…、江ノ島さんが言っていたように、本当に殺し合いが始まるんですか…?」

 

「うん…。でも、〝記憶を失うのは苗木君以外の5人〟…。」

 

「苗木君の記憶はなくさないんですか?」

 

「盾子ちゃんは〝超高校級の希望〟…〝今の苗木君〟と決着を付けることを望んでいるみたいだからね…。」

 

舞園はそれを聞くと、なにやら思考の海に潜る。

再び静寂に包まれるが、不二咲が疑問を口にする。

 

「で、でもぉ…苗木君の記憶があるのなら…、コロシアイは起きないんじゃ…。」

 

「いいえ…。この状況なら、苗木君の行動は制限されてしまいますわ…。」

 

「ど、どういうことぉ…?」

 

「6人中…1人だけがおかしなことを言えば、疑われるのはその1人…。

たとえ言っていることが真実だとしても…ですわ…。」

 

「成る程な…。記憶が無ければ、真実も意味を無くしてしまうのか…。」

 

事態を飲み込み、周囲は騒がしくなり始める。

そんな中、舞園が再び戦刃へと問う。

 

「chapter2の撮影の時、江ノ島さんは不二咲君の人形を用意していませんでしたよね?」

 

「…気付いてたの?」

 

「少し違和感がありましたから…。

でも、それが本当なら戦刃さんが殺人を阻止したってことですよね?

それはどうしてなんですか?

戦刃さんは…この計画に対して全面協力というわけではないように、私は思います。」

 

「うん…、というか…盾子ちゃんと私では見てるものが違うんだ…。」

 

「それはどういうことですか…?」

 

戦刃はその質問に、哀しそうに答えた。

 

「盾子ちゃんがこの計画の先に見ているのは〝絶望〟だと思う。

でも、私がこの計画の先に見ているものは〝希望〟なんだ…。

盾子ちゃんの心の奥には…確かに〝希望〟があるんだ…ッ!

これは…この計画は…、盾子ちゃんが変わることが出来る最後のチャンス…。

だから私は苗木君に懸けたんだ…。

盾子ちゃんを変えることのできる人はきっと…苗木君だけだから…。」

 

戦刃の目には、覚悟が見て取れた。

舞園もそれをしっかりと受け止める。

 

「わかりました…。私も苗木君を信じています。」

 

舞園はそう言うと、クラスメイト達の方を向く。

 

「この勝負は、江ノ島さんの〝絶望〟と苗木君の〝希望〟…、そのどちらが強いか…ということになります。

ですから…、私も苗木君に懸けます…!

苗木君はどんな〝絶望〟にも負けませんッ!」

 

それを聞いた生徒達は落ち着きを取り戻し、賛成の色を示す。

 

「みなさん!私達は、私達が出来ることをしましょう!

何も出来なかったあの時とは違うんです!」

 

 

 

 

 

江ノ島盾子の最後の計画は、ジェットコースターの如く轟音を響かせ加速していく。

〝絶望〟を乗せたソレが行き着く先は何処なのか…それは誰にもわからない。

 

 

 

 

 




ーーウサミよりーー

今回、あちしはお休みでちゅ!でも安心してくだちゃい!
天の声さんから説明がありまちゅよ!


ーー以下ウサミに代わり天の声ーー

今回は、今までちらほらと出てきた〝江ノ島の計画〟が明らかになりました。
ここではその〝計画〟をまとめようかと思います。

・苗木、江ノ島を除く学園内の生徒の記憶を上書きする。

・学園入学時から現在までの記憶が無くなり、撮影してきた内容を上書き。
→これにより、学園内の状況が苗木と江ノ島を除いて完全に原作と同じになると考えて欲しいです。映画撮影が本物のコロシアイに成り代わります。

・今までの撮影を編集した映像を持っている。

・その映像は希望同士の殺し合いで、それを見た絶望達があの事件の続きを始める。
→この映像は余分な場面がカットされているので、こちらも原作の内容と完全一致します。原作で言うところの〝生中継〟が〝録画された映像〟に代わるだけだと考えて欲しいです。
今までOKが出された撮影は原作の内容と同じであると脳内補完して貰っていたのはこのためです。

・絶望が勝つか、希望が勝つか。

・絶望が勝てば、上記の手順で人類史上最大最悪の絶望的事件の続きが始まる。
→絶望が勝つ(江ノ島が勝つ)条件は、苗木の敗北となります。苗木が絶望するか、死亡するか。
反対に、希望が勝つ(苗木が勝つ)条件は、江ノ島の敗北です。江ノ島が希望を抱くか、死亡するか。


最後にここまでの大きな流れをおさらいします。

・人類史上最大最悪の絶望的事件は苗木の活躍により未遂に終わる。(ある程度の被害は出た)
 
・半年程過ぎてから江ノ島が映画撮影を提案。(江ノ島のシナリオは上記の事件の続きを再現したものであった)

・撮影が行われる。(細かいところは違うが原作と同じ内容)

・chapter4の完了と共に江ノ島、戦刃が学園を占拠。(学園内は苗木、江ノ島を除き原作と完全一致)

・chapter5より本物のコロシアイが始まる。


大体このような感じとなっております。
あらすじにある通り江ノ島に着目しておりますが、彼女は何を見て何を選ぶのか…ーーー

それでは、今後ともよろしくお願いします。


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Episode0 始りのキボウ

今回は江ノ島と苗木達からいったん離れて、とある人物のお話です。
オリジナル設定、オリジナルキャラの要素を含みますので、ご注意を。
それでは本編(閑話休題)です。


ーー???視点ーー

 

私は幼き頃から〝数多の才能〟を持っていた。

 

成長するにつれその〝才能〟はさらに幅を広げていく。

 

気付けば私は何をしても誰よりも秀でていた。

 

そして辺りを見渡せば……

 

 

 

 

 

〝私は独りだった〟

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

私はごく一般的な家庭に生まれた。

両親は共働きで、家に帰っても私はいつも独りだった。

特に親しい友人もおらず、することも無い。

そんな私に、両親は本をよく買い与えた。

初めは何の変哲も無い絵本だった。

しかし、私にはそれが酷く〝つまらない〟モノに思えた。

私はもっと難しい本を要求した。

どうやら両親は知らなかったらしい……私が暇な時間に見ていた『広辞苑』やら『漢和辞典』、『英和辞典』などの内容を既に〝全て暗記〟していることを……。

難しい漢字が羅列されている本も読めれば、英語で書かれている本も理解できた。

 

 

***

 

 

暫くして、両親は私の〝異常性〟に気付いたようだ。

2人はたいそう喜んでいた。

そうして〝天才〟だの〝神童〟だのと言っていた。

 

それから私は様々な習い事に連れて行かれた。

最初はどれも純粋に楽しかった。

私は短時間で何もかもを吸収し、さらにそれを昇華させることもできた。

何をやっても誰よりも上手にできた。

コンクールに出れば一番を取り、大会に出れば優勝した。

周りの人間は全員私を褒め称えた。

例外なく賞賛した。

両親もそうだった。

私は嬉しかったのだろう。

あまり相手をしてもらえない両親も、賞を取った時はたとえ忙しかろうと相手をしてくれた。

だから私は習い事を続けたのだろう。

 

 

***

 

 

しかし、成長するにつれ私を取り巻く環境は少しずつ歪んでいく。

教室に行けば、〝賞賛〟や〝羨望〟だった周りの声が〝嫉妬〟や〝嫌味〟に変わっていった。

さらに、私は多くのメディアにも露出していた。

 

 

天才中学生、世界記録更新!!

 

神童〝???〟の描いた絵画が一億円で落札!!

 

〝???〟、世界的権威と夢の共演!!

 

 

そんな私の周りには、常に人だかりが出来ていた。

だが私は理解していた。

それはただの〝興味本位〟なだけ。

私の能力や私の残す結果にあやかりたいだけの有象無象だと。

 

そして、私の中で決定的に〝何か〟が壊れたのは両親の離婚だった。

 

私の家庭は、私が取ってくる賞金などのおかげで大分楽になった。

すると、母は仕事を辞めた。

そして、私のすること成すことに常に口を出すようになった。

 

 

「次はあのコンクールに出なさい。」「この大会の準備は出来ているの?」「この前、先生が褒めていたわ。その調子よ。」「周りの人間のことなんて気にしなくていいのよ、あなたは特別なんだから。」「…どうしてこのコンクールに応募しなかったの…?」「…どうして私の言うことを聞かないのッ!?話を聞きなさいッ!!」「ーーーーー!!」「ーーーーッ!?」「ーーー…。」「ーー。」「ー…。」「…。」

 

 

私は父に相談した。

〝習い事を辞めたい〟と…。

父はそれを承諾してくれた。

しかし、母は違った。

家庭は私の教育方針により大いに荒れた。

 

そして、父は家を出て行った。

母には〝狂気〟が宿っていた。

私は理解した…母を変えたのは私だ。

私の〝才能〟が全てを変えてしまったのだと。

 

 

 

『こんな〝才能〟など…無ければよかった。』

 

 

 

私は心の底からそう思った。

そして、私は〝心を閉ざした〟。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

いつの間にか私は成人していた。

 

考えることが面倒になった私は、母の言う通りに生きていた。

有名進学校に行き、海外の超難関大学を主席で卒業した。

そして言われるままに見合いをし、その女の家に婿入りした。

 

どうやらどこぞのご令嬢らしいが、そんなことはどうでもいい。

私は〝その女〟に何の感情も抱かなかった。

期待をするだけ無駄であると、私はどうしようも無く理解していた。

海外に出ても、私に並ぶような人間はいなかった。

そう、私はどこにいようと〝独り〟なのだ…。

だから〝その女〟にも興味はない。

私が稼いだ金をいくら使おうが、何に使おうが好きにすればいい。

 

私は若くして会社を立ち上げ、その会社は私の〝才能〟によってみるみるうちに成長していった。

そして気付けば、三十路辺りには一生かけても使い切れない程の金が手元にあった。

世界に名だたる企業のトップとして、常に働いていた。

 

別に苦痛は無かった……私はもう、何も感じないから。

 

家にも帰らなかった……私はどこにいようと、独りだから。

 

 

 

〝才能〟のせいで何もかもがつまらなかった。

失敗もなければ挫折もない。

努力をしなくても多大な結果が手元に残る。

周りの人間は、ただ私についてくるだけだった。

私についてくれば、成功が約束されていたも同然だったから。

思い返してみれば、私は誰かと意見を交わしたことがない。

私は正しく、そして成功してきたから。

 

 

***

 

 

そしてある時、私は偶々社内でこんな会話を聞いた。

 

「はぁ、〝???〟さんって何考えてるかわからないよな…。」

 

「全くだな…。俺達が何を言っても『ツマラナイ』しか言わないし、それに自分の意見しか採用しないし…。」

 

「ぶっちゃけ、俺達要らないよな!」

 

「でもまぁ、おいしい飯をただで食えるようなもんだ…、楽だからいいよな!」

 

「だな!」

 

そう言うと、2人は笑いながらその場を去った。

 

その会話を聞いて、私は……やはり何も感じなかった。

もはや〝他人〟が何を言おうと〝私の心は動かない〟。

 

 

***

 

 

そうやって機械的な日々を送っていた私に〝転機〟が訪れた。

 

 

〝母が亡くなった〟

 

 

私は何も思わなかった。

しかし、少しだけ心が軽くなった気がした。

 

葬儀は全て〝あの女〟に任せ、私は何もしなかった。

何か言ってくるかと思えば、何も言ってこなかった。

 

ふと思い返してみる。

私がたまに家に帰っても、何も言わずに食事を用意し、風呂を沸かす。

形だけとは言え、結婚してこのかた会話をした覚えが無かった。

 

そして、偶々気が向いたので更に観察することにした。

私の〝眼〟を持ってすれば、大抵のことが見るだけでわかる…。

 

その結果、私は彼女に〝少しの興味を抱いた〟。

 

他に男を作っているかと思えば、そうでは無い。

何かブランド物を買っているかと思えば、そうでも無い。

では、何をしているのか…。

それは家を見てみればわかった。

 

 

〝少し不格好な手芸品や、安っぽいオルガン〟

 

 

どうやら浪費家ではないらしい。

しかしどういうことなのか…。

彼女には私の金を自由に使えと言ってあるはずだ。

欲が無いのか…?

それともそれを私が伝え損ねていたか…?

 

〝母の呪縛〟が解けた今、私は他人を冷静に観察できた。

 

そして私には彼女が、今まで見たどの人間とも違って見えた。

今まで私が見てきた人間は、誰もが私の生み出す利益しか見ていなかった。

端っから私には勝てないと思い、私と競おうという人間はいなかった。

 

そこで、この女。

私と競おうとはしていないが、金や名声に全く興味が無いらしい。

私は尋ねることにした。

 

そして口を開く。

 

 

(いつぶりだろうか…自らの意思を持って誰かと話をするのは…。)

 

 

「……おい…。」

 

「……ッ!!い、出流様!いかがなさいましたか?」

 

随分と驚いているようだ。

まあ、無理もない。

私が婿入りしてこのかた、もう何年も喋っていないのだから。

 

「お前は普段、何をしているのだ?」

 

「わ、わたくしですか?そ、そうですね…手芸や楽器の練習などをしております…。あ、あと内職やパートを少し…。」

 

(やはりか…。それよりも内職?パート?金なら有り余っているだろうに…。)

 

「なぜ内職などしている…。

私の金を使っていいと言ってあったはずだが…。

それとも、私が伝えていなかったか?」

 

「と、とんでもございません!勿論存じております!

生活費などは、出流様がお稼ぎになったお金を使わせていただいております。

た、ただ…わたくしの趣味に使う分は、わたくし自身で稼ごうかと…。」

 

やはり、彼女は私が知っている人間達とは少し違うらしい。

なぜ自ら面倒な道を選ぶのか…。

 

「なぜ私の金を使わない…、なぜわざわざ苦労する方を選ぶ…?」

 

「え、えぇと…わたくしの家、〝神座家〟ではかく在るべしと厳しい躾を受けてきました…。

ですので…わたくしには自由がありませんでした…。

当然、世間を見ることも叶わなかったのです…。」

 

(…経緯や内容は違えど、彼女にも〝自由〟は無かった様だな…。)

 

出流は少しの共感を覚える。

自らも母による抑圧された生活を送っていた。

それを思いだし少し心が曇る。

 

「ですので…まぁ…、そのぉ~…ただ単にやってみたかっただけなんです…。」

 

彼女は照れくさそうに答える。

 

(違った…。大した理由など無かった…。)

 

事態を複雑に捉えていた出流だったが、盛大な肩透かしを喰らう。

これが…〝神座出流〟が人生で初めて裏をかかれた(?)瞬間であった。

 

 

 

「そ、それよりも…出流様…。どうかなさったのですか?」

 

今度は彼女の方から質問が飛んでくる。

 

「…何でも無い…、偶々だ…。偶然誰かと話をしてみたい気分になったのだ…。」

 

「そうですか…偶々ですか…。」

 

彼女はそう言うと、優しく笑った。

その笑顔に、出流の心が急に波打つ。

 

(…ッ!なんだ…今のは…。)

 

出流には〝それ〟が何なのかわからなかった。

しかし、長きにわたり閉ざし続けた〝出流の心〟には、確かに…何かが起ころうとしていた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

出流は母が亡くなってからも、結局代わり映えのしない無機質な生活を続けていた。

ただし、変わったことが1つだけあった。

それは……

 

〝家に帰り、妻である〝神座ひかり〟とよく会話をするようになったこと〟

 

……である。

彼女は、その日起きたことをとても楽しそうに話した。

出流にとっての〝ツマラナイ世界〟は、どうやら彼女にとっては光り輝いて見えているらしい。

そんな彼女の話を聞くのが、いつの間にか出流にとっての楽しみになっていた。

 

そして、出流は少しずつ変わっていった。

と、言うより…幼き日の美しき感情を取り戻していった。

 

〝神座ひかり〟は〝出流の冷え切った心〟を少しずつ暖め、溶かしていく。

 

 

 

 

 

後に神座出流はこう語る……

 

『私の妻…〝神座ひかり〟こそ、〝希望〟の正しき在り方だ。』

 

……と。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー???視点ーー → ーー出流視点ーー

 

出流はひかりの優しさに触れていく内に、心の奥に確かな〝希望〟を抱くようになっていた。

 

〝ツマラナイ世界〟

 

もしそれが出流の心を完全に支配してしまったのなら、彼は〝絶望〟へと身を堕としていただろう。

 

何も感じない世界。

起こりうる事態は全て予想通り。

失敗がなく面白味もない。

圧倒的な才能故の絶対的な孤独。

暗闇の中にただ独りの冷たい世界。

 

そんな〝出流の世界〟は〝神座ひかり〟との出会いによって180°変わった。

 

暗く冷たい世界は、明るく暖かな世界へと変貌を遂げたのだった。

 

 

***

 

 

そんなある日、出流は風の噂を耳にする。

 

 

 

天才高校生、圧巻の演技で見事金メダル獲得!!

 

世界王者まさかの敗北!新チャンピオンは17歳!!

 

まさに神童!!神座出流の再来かッ!!

 

 

 

出流の心に、懐かしい感情が湧き上がる。

 

〝他者と競うことの喜び〟

〝上を目指すことの楽しさ〟

 

出流は久しく忘れていた。

自分と並ぶ存在など、世界中を捜せどいなかった。

どこを見渡しても〝つまらない世界〟しかなかった。

そんな思い込みが、出流の感情に蓋をしていた。

 

しかしこの時、再び湧き上がった。

 

 

***

 

 

このところ熱心に調べ物をしていた出流に、ひかりが話しかける。

 

「出流様…どうかなさったのですか?」

 

ひかりの声により、出流の意識は現実に戻ってくる。

 

「いや…、ちょっとな…。」

 

出流は部下に調べさせた情報をまとめていた。

世界各地に点在する、若き才能達の情報を…。

 

そして出流は確信する……

 

 

〝この人材達は、特定の分野ではあるが私と対等になれる〟

 

 

……と。

 

ひかりにより輝きを与えられた出流の世界にも、やはり対等と呼べる存在はいなかった。

出流は心の奥底で願っていた。

 

対等と呼べる存在が現れることを……

そして、自分に〝敗北〟と〝挫折〟を与えてくれることを……

 

 

 

暫く資料を読み漁っていた出流は、ひかりの食事ができたという声で我に返る。

そして、暖かな料理が用意されているテーブルへと向かった。

 

 

***

 

 

食事の席にて、ひかりは先程の疑問を再び出流へと向けた。

 

「先程もそうですが…このところ何を調べていらっしゃるのですか?」

 

出流は思ったことをありのままに話した。

 

「巷で〝超高校級〟と呼ばれる人間が、様々な記録を打ち立てているらしい。」

 

唐突な話題であったが、ひかりの食いつきは良かった。

 

「それでしたら、わたくしも存じ上げておりますッ!

なんでも出流様に勝るとも劣らずの才能を持っているらしいですよ!」

 

「ああ…、私自身そう思った…。

あれらは磨けばまばゆい程の光を放つ〝希望〟となれる存在だ。」

 

「まぁ!〝世界の希望〟と呼ばれている出流様にそのような評価をいただくだなんて!」

 

「その呼び方はよしてくれと言っているだろう…。

私はそんな大層な存在ではないよ…。」

 

「そんなことはありませんッ!

出流様はわたくしの誇りでもあるのですからッ!!」

 

「ありがとう…。

でも…、私はひかりが居てくれたからこそ輝くことが出来たんだ…。

キミのおかげだ…感謝しているよ…。」

 

「い、出流様…光栄ですわ。」

 

ひかりが照れくさそうに微笑むと、出流は若干体温が上がり、目を逸らす。

 

「…んんッ!ま、まあ…そういうことだ…。ただ単に気になっただけだ…。

私と競えるかもしれない相手を初めて見つけたのだから…。」

 

出流がそう言うと、ひかりは複雑な表情を見せる。

 

「しかし、出流様は〝才能〟を嫌ってらっしゃるのでは?」

 

「そう…だな…。〝才能〟を使った先にあった世界は…、とても冷たいモノだった。

競う相手のいない孤独な世界だったよ…。」

 

「でしたら…、今話題になっている〝あの子達〟もそのような辛い現実に行き着いてしまうのでしょうか…。」

 

「…ッ!」

 

 

 

出流は思案する…。

 

〝希望〟となれる存在が、このまま行けば私の歩んだ道を辿るのか…?

 

私は偶々ひかりと出会い、世界に〝絶望〟せずに済んだ…。

 

だが、彼等が〝ひかりの様な存在〟に出会えなければどうなる…?

 

そして何より、出流はひかりの哀しそうな顔を見たくなかった。

そして、出流は決断する。

 

「〝次世代の希望〟を途絶えさせる訳にはいかないな…!」

 

「……ッ!…出流様ッ!!」

 

「この私が決めたのだ…必ず成功させる…!」

 

 

***

 

 

ひかりの明るい表情に一安心した出流は、どうすればいいかと思考を巡らせる。

暫く考えていると、ひかりが思いついたように声を上げた。

 

「あっ!〝学校〟なんていうのはどうでしょうか!?

〝才能を持っている子供達〟を集めて、みんなでお勉強するんですッ!」

 

「成る程な…、面白いかもしれない…。

突出した才能は一般のコミュニティでは異物その物…。

だがそれを1カ所に集めてしまえば…、それこそが普通の世界になる…。

孤独を感じなくても済むかも知れない…。」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

それから、出流の行動は迅速且つ的確であった。

今まで築いてきた世界中のありとあらゆる人脈を…、そして有り余っていた資金を躊躇うこと無く学校建設につぎ込んだ。

そして、完成した学園こそが……

 

 

〝私立希望ヶ峰学園〟

 

 

……であった。

 

 

 

 

 

〝世界の希望〟と呼ばれた〝神座出流〟が創り……、

 

学園長を務めるその学園が世界にその名を轟かせ……、

 

巨大な組織として発展するのに……、

 

 

 

さほどの時間はかからなかった。

 

 

 




ーーウサミよりーー

ミナサン!こんにちはでちゅ!
今回は、人物紹介を行いまちゅよ!


以下ウサミファイルより抜粋


○神座出流(カムクライズル)

・一般的な家庭に生まれる。
・幼少期より類い稀なる才能を発揮し、様々な記録を打ち立てる。
・圧倒的な才能故に、孤独な生活を送る。
・家族との確執もあり、心を閉ざす。
・母親の言うとおりの生活を送り、〝神座家〟に婿入りする。
・若くして莫大な財産を築き上げる。
・母の死を契機にひかりと打ち解ける。
・ひかりに心を開いた後、更なる活躍を見せ、〝世界の希望〟と呼ばれる。
・〝絶望〟から救ってくれたひかりに返しきれない恩を感じる。
・ひかりには頭が上がらない。
・ひかりのアイデアを元に、〝私立希望ヶ峰学園〟を創設。
・〝私立希望ヶ峰学園〟の〝初代学園長〟を務める。

○神座ひかり(カムクラヒカリ)

・由緒正しき名家〝神座家〟の一人娘として生まれる。
・幼き頃から厳しい躾の元、生活を送る。
・何でも出来る出流とは正反対で、とても不器用。
・料理などの家事は得意。
・結婚当初、出流のことは尊敬する人物や憧れの存在として見ていた。
・のほほんとした性格で、結婚後も割と普通に生活していた。
・母が亡くなるまで心を閉ざしていた出流に対して、様々な策を講じたが出流の表情は崩れなかった。しかし、めげることもなかった。
・出流が心を開いた後、その性格故に出流をよく振り回した。
・世界で唯一〝神座出流〟を動揺させることができる人物。
・〝私立希望ヶ峰学園〟の原案を提示した。(本人曰く、ただの思いつきであった。)


それではミナサン!また今度も会いに来てくだちゃいね!


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Episode0 世界のキボウ

前話に引き続き、オリジナル設定を多分に含んでおります。
それと、今回の本編では既存のキャラクターに勝手に名前を付けさせて貰っています。
みなさんがそれぞれ好きな名前で脳内補完していただいて構いません。
それでは本編(閑話休題続き)です。


ーー???視点ーー

 

私立希望ヶ峰学園の創設者にして、初代学園長を務めた〝神座出流〟。

 

彼は死の間際に、二代目学園長へと〝小さな願い事〟を語った。

 

それは、彼の力を持ってしても簡単には叶わなかった。

 

 

 

『〝超高校級の希望〟と呼ばれるに相応しい〝未来の希望〟に会いたかった。』

 

 

 

それが、神座出流が望んだ小さな願いであった……

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

時は流れ、神座出流の死後数百年が経つ。

希望ヶ峰学園は、最早知らない人はいないと言われる程に有名になっている。

神座夫妻が願ったように、〝次世代の希望〟は順調に育っていると言えた。

 

しかし、時代と共に水面下では〝とある歪な計画〟が着々と進行していた。

それこそが…〝カムクライズルプロジェクト〟であった。

 

 

〝カムクライズルプロジェクト〟

 

 

それは人工的な手術により、神座出流のような〝万能の天才〟を生み出すと言う計画である。

これは、出流が最期に残した〝願い事〟が歪な形で実現されようとしていたモノであった。

 

出流が言った〝超高校級の希望〟とは、神座ひかりの様な〝心に優しき光を持っている人間〟を指していた。

〝絶望〟の淵にいた出流を救い出し、確かな〝希望〟を与えた存在……。

そういった、他者に〝希望〟を与えることができる人間こそが〝超高校級の希望〟であると、神座出流は言った。

 

その事を、二代目学園長はしっかりと理解していた。

しかし、その話は広がって行くにつれ曲解されていく。

 

人々はこう叫んだ……

 

『〝神座出流〟のような絶対的な才能を持った人間こそが、〝超高校級の希望〟である!』

 

……と。

彼等は知らない……。

 

〝神座ひかり〟と言う存在こそが、〝世界の希望〟と呼ばれる存在を生み出したことを。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

神座出流が残した言葉の真意を知るものは、現在ではごく一部となってしまっていた。

学園長となる人間は、この事を理解していた。

しかし、少数の勢力では〝カムクライズルプロジェクト〟を阻止出来なかった。

 

この〝計画〟を知った世界中の権力者達は、例外なく計画推進の援助を行った。

〝カムクライズル〟と言う存在は、たった一人で世界を潤滑に動かせる程の影響力と能力を持っている。

それを利用して甘い蜜を啜る……それが権力者達の考えであった。

 

そんな数多の権力者達の助成を受けている〝計画〟は、希望ヶ峰学園学園長の権限を持ってしても止まることはなかった。

 

しかし、その計画を止め、神座出流の真意を叶えようとする人間がいた。

それは……

 

現希望ヶ峰学園学園長ーー〝霧切仁〟

 

……であった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー???視点ーー → ーー仁視点ーー

 

霧切仁ーー彼は今でこそ〝霧切〟を名乗っているが、昔はそうではなかった。

古くから探偵業を生業とする由緒正しき〝霧切家〟に婿入りしたのだった。

大学時代、霧切響子の母に当たる女性ーー〝霧切響香(きりぎり きょうか)〟と恋に落ち、そのまま結婚する。

その後、二人の間には無事に子供が生まれる…それが〝霧切響子〟であった。

そして、順風満帆な生活が続くはずだった……

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ある日仕事から帰ってくると、家の周りに人だかりが出来ていた。

仁の呼吸は、嫌な予感と共に速くなる。

ジットリとした嫌な汗が彼の肌を伝う。

 

そして、野次馬をかき分けた先に見たモノは……

 

 

〝黒焦げになった3人の家〟

 

 

……であった。

 

それは、後に放火殺人として処理された。

亡くなったのは、響香と犯人の2名。

この事件の暫く後、当時家に居た響子の証言により詳細は明らかになった。

 

 

事件の犯人は、響香が探偵の仕事をしていた際に捕まえた容疑者の縁者であった。

完全な逆恨みにより引き起こされた事件である。

犯人は窓ガラスを割り家に侵入、持ち込んだであろう灯油を撒き、着火させる。

その後響子を捕まえるが、それを響香が救出する。

既に火が回っていた家を、響子は手に酷い火傷を負いながらもどうにか脱出。

響子の脱出を見届ける響香。

そして、もみ合いになった犯人と響香だったが、響香は刺殺され命を落とす。

犯人はそのまま自殺という形でこの事件は幕を下ろした。

 

 

仁は入院している響子の元へ向かったが、面会謝絶状態であった。

響子は心身共に酷い傷を負っていた。

そして、響香の死と響子の状態を知った〝霧切家〟は何も出来なかった仁を〝無能〟と罵り、家から追放する。

当然の如く、響子との接触も禁止される。

その際に〝霧切〟の性を改めるように言われるが、仁はこれを断固として拒否した。

そして、霧切仁はどこかへと姿を消した。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

事件の後、仁は何をするにも気力が起きなかった。

会社も辞め、帰る家も無く僅かな貯金を切り崩しながらのひもじい生活を送る。

 

仁は世界に〝絶望〟していた。

 

愛する妻を失い、最愛の娘とも引き離された。

憎むべき犯人も、もうこの世にいなかった。

無気力……正の感情も負の感情も起こらない。

最早、死を待つだけであった。

しかし、そうはならなかった。

 

仁は後にこう語る……

 

 

「貯金が底をついていよいよ最期かと思った時、私は妻の姿を見たんです。

『あぁ…、いよいよ迎えが来たのか…。』…と、思いましたね。

そして、手招きする妻の後をフラフラと付いて行きました。

何処まで行ったのかはわかりませんが、私の世界は暗転します。

目を覚ますと、そこには白い天井が…。

私は病院で寝ていたんです。」

 

仁がフラフラと歩いた先に在ったのは〝希望ヶ峰学園〟であった。

敷地内で倒れていた仁を当時の学生が発見し、彼は病院に運ばれたのだった。

 

「目を覚ました後、私は紆余曲折有りながらも当時の学園長と面会することになりました。」

 

〝霧切家〟はその家柄故に警察と強い繋がりがあった。

そして、当時の学園長も警察との繋がりがあった為に、霧切仁のことを知っていたのだった。

 

「私はその時に先代学園長から〝神座出流の小さな願い〟について聞きました。

その話を聞いて驚きましたよ…。

『あの神座出流が〝希望〟と称した人間がいたなんて』…と。

神座出流さんのことは当然知っていました。

〝世界の希望〟〝万能の天才〟…様々な名で呼ばれる程の人物ですからね。

世界に〝絶望〟していた私も思ったんです…〝超高校級の希望〟と呼ばれる存在に会ってみたいと…。」

 

その後、仁は先代学園長の下で働くことになった。

仁は悩む暇など無い程の仕事に忙殺され、〝絶望〟している場合ではなかった。

そして元々優秀であった仁はいつの間にか、次期学園長を任されるまでになっていた。

 

「学園長になるまでは激動の日々でした…。

勿論なってからも忙しい毎日ですが…。

それで…、学園長になって一段落して、自分のことを振り返ってみたんです…。

振り返ってみて…一番強く思ったことは〝響子に会いたい〟ということでした。

そこで私は決意したんです…。

〝神座出流の小さな願い事〟を叶えることができた時…響子に会いに行こうと。

まぁ…予想外なことに、響子が78期生として入学してきたんですけどね……あはは…。

特別科の選考委員会で響子の名前が挙がった時には、心臓が飛び出るかと思いましたよ…。」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

学園長になった仁は〝カムクライズルプロジェクト〟の白紙化に取りかかった。

学園長という立場もあり、大体のことは把握していた……はずだった。

仁は〝計画〟を独自に調べていく内に違和感を覚える。

どうやら、学園長にも知らされていないところで計画はかなり進んでいるようだった。

最も、これは〝計画〟を裏で援助している権力者達の差し金であったのだが…。

 

次期学園長は先代による指名で決まっていた。

そして、学園長になる条件には〝神座出流の真意〟に賛同しているという項目がある。

つまり、学園長となる人間は例外なく〝カムクライズルプロジェクト〟に反対の立場をとることになる。

 

この事を権力者達も知っていた。

故に、学園長に渡る情報は〝計画〟の一部や偽の情報であった。

 

 

 

霧切仁は思い出す。

 

霧切響香と過ごした学生時代を。

 

嘘を悉く見抜かれ、サプライズが全く通用しなかった彼女のことを。

 

彼女から教わった…〝探偵のイロハ〟を。

 

 

***

 

 

仁は〝計画〟を調べている内に、世界各地で怪しい金の動きが在ることを知る。

それは〝計画〟を裏で支援していた権力者達にも及んでいた。

 

(なんだ…これは…。まるで戦争でも始めようとしているかのようだ…。)

 

仁はその後も調査を続けるが、まるで目的が掴めないでいた。

 

 

 

 

 

それもその筈であった。

怪しい金の動きは、世界各地で洗脳活動を行っていた〝江ノ島盾子〟と〝戦刃むくろ〟によるものだったのだ。

江ノ島が用意周到に動いている以上、黒幕の痕跡や最終目的が明るみになるはずもなかった。

そして洗脳された人間は、来たるべき〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟に向けて動き出す。

よもや世界を転覆させる為の前準備だとは、想像できるはずもない。

 

この時、江ノ島の魔の手は世界中の権力者達にも迫っていた。

そして、とある権力者を〝絶望〟させた時…江ノ島は知ることになる。

 

〝カムクライズルプロジェクト〟……その存在を。

 

この〝計画〟を江ノ島が利用しないはずもなく、彼女は洗脳もそこそこに日本へと舞い戻ることとなった。

 

 

 

 

 

仁は結局、〝江ノ島盾子の暗躍〟について暴くことが出来なかった。

しかし、これから世界になにか…大きな災いが降りかかる予感を、確かに抱いていた。

 

そこで、仁は〝ミライ機関の前身となる組織〟を発足する。

世界で起きている異変は取り敢えず彼等に任せ、仁は〝カムクライズルプロジェクト〟の調査に本腰を入れる。

 

 

***

 

 

(どうやら、普通科で入学してきた子供達に何かをしているようだ…。)

 

希望ヶ峰学園は開設以来〝完全スカウト制〟を採用していたが、ある時を境に〝一般入試〟で入学できる〝普通科〟を設けた。

この裏には、〝計画〟に関わる表沙汰には出来ない理由が存在していた。

勿論、当時の学園長にはその事が伝えられていなかった。

 

表面上は〝特別科の生徒が普通科の生徒達と交流することで卒業後の社会適合性を高める〟という理由であったが、その実は〝非合法な実験の為の資金調達〟や〝突出した才能を持たない人間の確保〟であった。

才能の人工開花の最終目的は、〝一般人が秀でた才能を得る〟という所にある。

故に、特別科の生徒達ではなく、普通科の生徒達のデータをとる必要があった。

 

(それに、〝超高校級の生徒達〟が残していった研究成果から生み出した〝現代の科学を遙かに超えた生体アンドロイド〟…。

天才プログラマー不二咲千尋が開発したという〝アルタ―エゴを独自に進化さたAI〟の存在…。

私の知らないところでここまで〝計画〟が進んでいたとは…。)

 

 

***

 

 

仁は〝計画〟の情報を得ることは出来たが、やはり阻止するには至らない。

地団駄を踏んでいた仁だが、仲間から〝とある情報〟を聞かされる。

それは……

 

〝世界中で犯罪発生率が上昇している傾向にある〟

 

……と、いうものであった。

仁が感じていた嫌な予感は益々現実味を帯びていく。

いずれ大きな災いが降りかかる…。

それが人災なのか天災なのかはわからない。

しかし、世界が震撼する程の〝ナニカ〟が起きることは確信へと変わっていた。

 

そして、ふとした拍子に耳にした言葉が…仁の頭の中から離れずにいた。

 

 

「事件を起こした連中は自分のことを〝絶望〟だとか言ってるみたいなんですよ。」

 

「意味がわかりませんよ…。精神病を患っているとしか思えませんね…。」

 

 

ーー〝絶望〟ーー

 

 

仁は、この言葉に思うところがあった。

〝希望〟の対義語に当たる〝絶望〟という言葉…。

先代学園長に聞いた〝神座出流の話〟の中にも〝絶望〟というワードが出てきたことを、仁はなんとなく思い出す。

 

『〝光〟があれば〝陰〟があるように、〝希望〟が存在すれば〝絶望〟も存在するのか?』

 

そんな疑問が頭をよぎる。

 

(神座出流が言ったように〝超高校級の希望〟と呼べるような人間が居るとするのなら、〝超高校級の絶望〟と呼ばれるような人間も存在するのか?

仮に…、仮にだ…。

今世界中で起こっている事態が〝超高校級の絶望〟と呼ばれる存在の仕業だとしたら…。)

 

仁は思いつく限りの〝最悪のシナリオ〟を想定し、現状を俯瞰する。

そして……

 

 

(一刻も早く〝超高校級の希望〟を捜し出さなければ…ッ!!)

 

 

霧切仁は、仕事を信頼できる部下に任せ学園を飛び出した。

 

 

 

 

 

この直感にも等しき決断は、結果として世界を救うに至るのであった。

しかし、霧切仁の不在が〝計画〟の進行を早めることになってしまったのもまた、事実である。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

仁は〝とある家〟が見える公園で一服していた。

その家の表札には……

 

 

〝苗木〟

 

 

……の文字が書かれていた。

 

仁はこの家の家族構成を調べ上げていた。

〝とある情報〟を頼りにたどり着いたこの家は、世界中からたった一人の人間を見つけるという不可能に限りなく近い事象を成功させる〝最後の砦〟とも呼べるような場所であった。

 

仁は、手元にある自らが調べた資料を改めて見直す。

 

(〝苗木家〟…。

父親、母親と息子、娘の四人家族。

両親は共働きで、父親である〝苗木勝(なえぎ まさる)〟はサラリーマン。

母親である〝苗木みゆき〟はパート業と主婦業。

子供達二人は〝苗木誠〟と〝苗木こまる〟。

どちらもこれと言った突出した才能は持ち合わせていない。

両親も子供達も…一見、ごく一般的な中流家庭であるが…。

この母親……

 

 

 

 

 

旧姓は〝神座〟

 

 

 

 

 

〝神座みゆき〟という名前だったのだ。)

 

 

***

 

 

(日本人なら誰もが知っている程の名家である〝神座家〟のお嬢様がなぜこのような場所いるのか…。

……どうやら抑圧された生活に耐えかね家出をしたらしい。

そして現在の夫と出会い、家の方には何も言わずに無断で結婚…。

なんともまぁロマンチックである。

極めつけに新婚旅行の写真を家に送りつけて、神座の縁者を一人残らず凍り付かせたたそうな…。

しかし彼女…、〝神座家〟の捜索を完全にかいくぐるとは…。

流石は〝超高校級の非凡〟として〝希望ヶ峰学園への招待状〟を受け取っていただけはあるようだ…。)

 

 

 

 

 

以前は〝神座みゆき〟であったが、苗木の母である〝苗木みゆき〟は希望ヶ峰学園への招待状が届く程の人物であり、〝神座出流の生まれ変わり〟と呼ばれる程のスペックを持っている。

神座の縁者によれば、非公式な記録ながらも様々な日本記録や世界記録を叩き出しているらしい。

希望ヶ峰学園へは、中学を卒業すると共に行方をくらませた為に入学していない。

色々なことを含め、このことは苗木家の中では夫である苗木勝だけが知っており、子供達二人は母の生い立ちを知らない。

その為、苗木とこまるは〝何故母親の実家には帰省しないのか〟と疑問に思っている。

一方、神座の家でも色々と妥協し〝とにかく顔を見せろ〟と言っているようであるが、彼女にその気は無いそうだ。

仕方なく〝苗木家の住所が書いてない年賀状〟を毎年送っているようではあるが…。

 

 

 

そんな神座家の力を持ってしても未だに位置を特定できていない彼女の居場所を仁が捜し出せたのは、ほんの〝偶然〟であった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

〝超高校級の希望〟を捜し出すにはどうしたらいいのか。

〝超高校級の希望〟というあやふやな存在とは、一体どういう人物なのか。

仁はこのようにして考えを広げていく。

そして……

 

〝世界の希望〟と呼ばれていた〝神座出流〟の子孫

 

……その人物に話を聞くことにした。

 

希望ヶ峰学園の学園長ということもあり、〝神座家の当主〟とは割とすぐに会うことが出来た。

しかし、「次期当主はどちらに?」と尋ねた途端に閉め出されてしまう。

神座家の家系図を見ると、〝みゆき〟という名前を最期に途絶えていた。

仁は〝神座みゆき〟が生きてこそいるが、会うことは出来ないと判断した。

 

 

***

 

 

しかし、ここで完全に手詰まりとなってしまう。

勢いよく学園を飛び出したはいいが、いきなり途方に暮れることとなる。

次の手を考える為に適当な公園で一服していた仁だが、そんな彼に話しかける人物がいた。

 

「貴方って…、もしかして霧切仁さん…ですか?」

 

声をかけられ顔を上げる仁。

そこには、〝深緑色のコートを羽織った白髪の美少年〟がいた。

 

「そうだけれど…君は?」

 

「やっぱりそうだ!希望ヶ峰学園の学園長を務めていますよね!」

 

仁が返事をすると、少年は興奮気味に声を上げた。

 

「ボクはなんて運がいいんだッ!

〝偶々気が向いた〟からここに来てみたけれど…、世界中の〝希望〟が集う場所の長に会うことが出来るなんてッ!」

 

あまりの変わりように仁は反応に困る。

 

「それで、希望ヶ峰学園の学園長さんがこんな場所で何をしているんですか?

何か考え事をしているように見えたけど…。」

 

仁は少年の様子が落ち着いたことに一安心する。

しかし、今は子供に構っている暇はない。

仁は少年の話に適当に合わせる。

 

「あぁ、少し困ったことになっていてね…。

人捜しをしているんだけど、中々手がかりが少なくて。

どうしたものかと思案中なんだよ。」

 

仁がそう言うと、少年は何か考えている素振りを見せる。

そして何か思いついたのか、再び口を開く。

 

「今、スマートフォンとかタブレットとか…、インターネットに接続できる物を持っていますか?」

 

仁は少年の思考が読めずに少し躊躇ったが、内ポケットからスマートフォンを取り出した。

 

「何をすると言うんだい?」

 

「地図のアプリか何かを開いてもらえますか?」

 

仁は取り敢えず、少年の要求通りに地図を開く。

 

「できたけど…、これで何をするのかな?」

 

「ちょっと貸してもらっても…?」

 

仁は私物を出会ったばかりの人物に渡すことに躊躇いを覚えたが、それでも少年にスマートフォンを手渡す。

 

すると、少年は目を閉じ、画面を適当に操作し始めた。

しかし次の瞬間、突風が公園を駆け抜けた。

目を閉じていた少年は転んでしまう。

 

「いてっ!」

 

その拍子に、スマホは少年の手を離れ宙を舞う。

仁はそれをどうにかキャッチすることに成功した。

そして画面の中央には、どこかの住宅地の〝ある一点〟が表示されていた。

 

 

そう、その場所こそが捜していた人物、〝神座みゆき〟の居場所……苗木家であった。

 

 

「…この場所がどうかしたのかい?」

 

仁は少年の行動に意味を見出せずにいた。

仁の最もな疑問に、少年は答える。

 

「ここに貴方の捜している人が居ると思うんだけどね…。

あはは…ボクのゴミみたいな才能でも、ひょっとしたら希望ヶ峰学園 学園長の…延いては〝希望〟の為の踏み台になれるかなって思ったんだけど…、そんな考えは烏滸がましかったよね…。」

 

急に卑屈になり始めた少年に、仁は慌てる。

 

「ま、まぁ…ありがとう。

どうせ見当が付いていないからね、そこに行ってみるよ。」

 

仁がそう答えると、少年は再び笑顔になる。

 

「ボクは〝希望〟の踏み台になれただけでも満足さ。

やっぱりボクは〝運がいい〟。」

 

そう言い残し、少年は仁に手を振りながら嬉しそうに去って行った。

取り残された仁は、未だ呆然としていた。

 

「何だったんだ、本当に…。

まあでも…どうせ行く当ても無い…。

気分転換がてらに尋ねてみるとしよう。」

 

 

 

 

 

仁は、名前も言わずに去って行ったこの少年に77期生の入学式で再会した時、体育館中に響き渡る大きな声を上げた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

こうして、仁は〝神座みゆき〟の所在を特定するに至ったのだ。

本人であると確証するにはかなりの時間を要したが、仁はどうにか〝超高校級の希望〟を発見するための糸口を掴むことに成功した。

仁は〝苗木誠〟と〝苗木こまる〟を中心に調査を続ける。

すると、そこで彼は目撃する……

 

 

〝苗木誠〟が特別科の選考委員会で名前の挙がっている〝舞園さやか〟と接触したことを。

 

 

そして、舞園さやかが彼と親しそうになってからというものの、彼女は〝アイドル〟として様々な偉業を打ち立てていった。

〝苗木誠〟と接触する前ですら選考委員会で名前が挙がる程の活躍を見せていた彼女は、彼との接触後、更なる勢いでアイドルの頂点に登り詰め、その座を不動の物としたのだ。

 

 

 

 

 

秀でた才を持つ者に〝希望〟を与え、更なる昇華を促す。

それはまさに、〝神座ひかりが持っていた才能〟だった。

 

 

 

 

 

仁は確信する。

〝神座〟の血を引き、〝超高校級〟と呼ばれるべき人間に〝希望〟を与える存在。

彼ーー〝苗木誠〟こそが〝超高校級の希望〟と呼ぶに相応しいと。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

それから約1年後、苗木家には1枚の招待状が届く。

 

『  苗木誠様 

   貴方を〝超高校級の幸運〟とし、希望ヶ峰学園特別科への入学を許可します。』

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

仁は〝計画〟が進行しているまっ最中に、〝超高校級の希望〟として苗木を希望ヶ峰学園に入学させることが出来なかった。

それ故に、抽選で選ばれるはずの〝超高校級の幸運〟の枠に苗木をねじ込んだのだった。

 

 

 

 

 

苗木誠はただの〝偶然〟で希望ヶ峰学園に来たのではなかった。

彼は選ばれるべくして選ばれたーー

 

 

 

 

 

〝超高校級の希望〟

 

 

 

 

 

ーーそのものであった。

 

 

 

 

 




ーーウサミよりーー

今回あちしの仕事はないでちゅが、今後の話に続くようなワードがいくつか出てきまちたよ!
それでは、天の声さんが出張してきてくれたのでバトンタッチしまちゅね!


ーー以下ウサミに代わり天の声ーー


今回の話ではオリジナル設定をかなり設けましたので、今回の話が合わないと思った方はこれ以降読んでいただくことをあまりお勧めしません。

さて、当小説では、〝苗木君が実は神座出流の子孫であった〟と、いう設定になっております。
主人公が、伝説の人物の血を継いでいた…。
ありがちな設定ではありますが、超ハイスペックである江ノ島に一般人出身の人間が勝てるのか?と思ったので、こういった設定にさせて頂きました。
こまるについては詳しく考えておりません…。
問題の苗木母ですが、彼女は〝出流のスペック〟を殆ど引き継ぎながらも、〝ひかりの前向きさ〟も引き継いでいるというチートキャラとなっております。

名前の件ですが、
霧切母は〝響子〟の〝響〟を借り、そこに一文字加えて良さそうな名前にしました。
特に深い意味はないです。

苗木父と苗木母は声を担当した声優さんから名前をお借りしました。
苗木家の男子は、漢字一文字。
神座家の女子は、平仮名三文字という共通点も作りました。
故に苗木父は漢字一文字となっております。

キャラクターの名前を考えるのって難しいですよね…。
新しい作品を作り出す方々、オリジナルキャラを沢山使っている方々を尊敬します!

最後に2点ほど脳内補完して欲しいのですが…

・当二次小説では『予備学科』を『普通科』と表記しております。
特に深い意味はありません。

・神座出流が生きていた時代の文明レベルと、苗木君達の時代の文明レベルの差がどれほどかよく分かりませんでした。
原作には数百年前には存在していたと書かれていたような…。
1年ごとに生徒を集めたとしても78年。
2年に一回ごとに集めたとして約150年。
豊作の時代もあったでしょうし、不作の時代もあったでしょう。
といった具合で、出流が存命だった時代と苗木君の時代とでは余り差がありません。コレに関しては深く考えないよう、何卒よろしくお願いします…。


それではこの辺で。また次回、お会いしましょう。



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Episode0 超高校級のキボウ

今回長くなってしまった…。
それでは本編(閑話休題続き)です。



ーー???視点ーー

 

後に〝超高級の絶望〟と呼ばれる少女は世界各地を転々としていた。

 

しかし、〝ある計画〟を知り自らが生まれた国へと帰還する。

 

彼女はとても優れた才覚を持っていた。

 

故に、僅か一年にも満たない期間の内に〝カリスマギャル〟と呼ばれるまでに至る。

 

そして〝絶望〟は…〝世界中の希望が集う場所〟へと紛れ込んだ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

希望ヶ峰学園特別科第77期生と同時期に入学した普通科の生徒達の中には、〝とある少年〟がいた。

彼は〝希望ヶ峰学園〟に対して人一倍強い憧れを抱いていた。

幼き頃から〝超高校級〟と呼ばれる存在の活躍をテレビや新聞で見ていた。

 

その〝超高校級〟が集う場所……〝希望ヶ峰学園〟。

 

いつか彼等と同じようになりたい、希望ヶ峰学園に通いたい。

そう思うようになっていた。

 

決意を持ったその日から、少年は必死に努力した。

しかし、画面の向こうで見るような突出した才能を見つけることは出来なかった。

だが、少年は諦めてはいなかった。

それからも努力を続けた。

 

そして、〝せめて、希望ヶ峰学園に通いたい〟と、そう思った。

彼は、普通の高校ならばスポーツ推薦や特待生などの待遇を受ける程には優秀になっていた。

しかし、それは凡人の域を出ない。

〝超高校級〟と呼ばれる存在からしてみれば、有象無象と同じであった。

普通の人間ならば、妥協し、普通の世界で優位に暮らそうとするだろう。

だが、彼はあくまで自分の意思を突き通した。

 

親に頼み込む。

高額な入学金を必要とする〝希望ヶ峰学園 普通科〟へ入学したいと。

両親は少年の夢と今までの努力を知っていた。

かわいい我が子の数少ない頼み事を快く承諾する。

そして、その少年は入試を無事に合格し、希望ヶ峰学園へと入学したのであった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

初めの一年は希望に満ちていた。

希望ヶ峰学園の英才教育を受ければ、「自分達にも何かの才能が」…と。

 

普通科の生徒達は努力した。

しかし、結果はついてこない。

そして、〝超高校級〟の才能に直に触れる度に実感する……『自分達とは決定的に違う存在である』と。

 

ーー〝諦め〟〝挫折〟ーー

 

今まで努力を重ねてきた普通科の生徒達は、一人…また一人と怠惰になっていった。

少年もまた、心が折れかかっていた。

無理を言ってまで入学したのに、何の成果もなかったと…。

しかし、そんな少年に転機が訪れる。

 

 

***

 

 

ある時少年は、78期生にも〝超高校級の幸運〟が居ることを知る。

77期生にも居るには居たが、その生徒は少年を酷く貶める発言しかしなかった。

故に78期生の生徒に接触を試みる。

 

〝超高校級の幸運〟はその名の通り、抽選による運で選ばれた存在である。

言ってしまえば、普通科の生徒達となんら変わりのない凡庸な人間。

むしろ、希望ヶ峰学園へ入学するために努力してきた普通科の生徒達よりも劣っていると言えよう。

 

 

 

〝78期生の幸運〟はブレザータイプの制服の下にパーカーを着用しており、アホ毛も特徴的で割とすぐに見つかった。

小柄で他の〝超高校級〟が持つような独特な雰囲気もない。

少年は、彼が特別科に在籍していることが酷く恨めしかった。

そして少年が意を決して話しかけようとするも、彼が〝超高校級のアイドル〟とよく一緒におりタイミングが掴めずにいた。

 

 

 

しかし、その時はついに訪れる。

 

 

 

「お前が〝超高校級の幸運〟として入学した苗木誠だな…?」

 

少年の呼びかけに苗木が振り返る。

 

「え、えぇと…そうだけど、キミは?」

 

「俺は〝日向創〟。普通科の生徒だよ…。」

 

ついに苗木との接触に成功した日向は、苗木に聞きたかったことを聞く。

出来るだけ平静を装おうとした日向であったが、苗木を前にすると、それは叶わなかった。

 

「お前は偶々選ばれただけなんだろ…?」

「それとも、何か…この学園に入るために努力をしたのか?」

「どうして…、お前が特別科に選ばれたんだ…。」

「どうして…、俺じゃなかったんだ…。」

「ーーー…。」

「ーー…。」

「ー…。」

「…。」

 

後半は最早八つ当たりであった。

しかし、そうでもしなければ許すことが出来なかった。

努力したが、報われることのなかった行き場のない憤り。

それを、どこかに吐き出さねば自分を保てなかったのだ。

 

 

***

 

 

苗木は、日向が涙ながらに零したそれを真剣な表情で聞き届けた。

そして考えをまとめ、口を開く。

 

「うん…、ボクは確かにこれといった努力をしてこなかったよ…。

特に才能もない…。

むしろ、〝普通〟って言葉が裸足で逃げ出す程に平凡だよ…。」

 

「……ッ!」

 

日向は苗木の言葉を聞き『そんな奴が特別科に居るなんて』と、再び怒りが込み上げる。

しかし、苗木の次の言葉を聞き、その怒りが口から出ることはなかった。

 

「だからこそ、キミが思っていることもわかるよ。

才能のある人達への〝羨望〟や〝嫉妬〟…。

ボクだって感じていたんだ…、テレビやネットで見かけるような凄い人達に対してね…。

そしてこの学園に入学した。

ボクは悩んだんだ…、ここに行くのかどうかを。

だってボクには…なにも才能が無いのだから…。

それでもここに来て…〝超高校級〟に囲まれて…、ボクは思ったんだ…。

〝やっぱりボクは彼等とは違うんだ〟って…。

正直、ちょっと辛いんだ…今もね…。」

 

日向は特別科に入ることしか考えていなかった。

故に、苗木が抱えている悩みを理解出来なかった。

 

「〝疎外感〟って言うのかな?

クラスでこれといった才能を持っていないのはボクだけなんだ。

まぁ…舞園さんが気を遣ってくれて、大体一緒に居てくれるんだけどね…あはは…。」

 

〝特別〟であることが普通な世界。

 

そんな世界で〝平凡〟であることは即ち、〝普通ではない〟ということである。

〝普通〟であることを自覚している苗木にとっては、中々に辛い世界である。

しかし、苗木は持ち前の〝前向きさ〟でクラスメイト達と積極的に交流していた。

 

話を聞き終え、日向は自分の考えを改めていた。

 

〝異常が日常の世界〟

 

そんな世界で、自分は生活し続けることが出来るのか。

日向は、その問いに答えることが出来ない。

今ですら挫折を感じているにも関わらず、更に近くからその〝才能〟を見せつけられる。

自分を保てる自信がなかった。

 

 

 

一方、苗木がこの状況に耐えることが出来たのは〝舞園がそばに居た〟というのもあったが、それはひとえに〝超高校級の希望〟としての絶対的な〝心の強さ〟を持ち合わせていたからであった。

 

 

 

その後、二人はしばしばお互いの悩みを打ち明け合うことになる。

日向は、〝苗木の心〟に触れることで徐々に穏やかになっていく。

折れかけていた心は、再び強さを取り戻したのだった。

日向もまた、苗木に救われた一人であった。

 

日向との出会いは、苗木にとっても良い効果があった。

〝超高校級〟に囲まれる生活の中で、それはリラックスできる時間でもあった。

しかし、この事が舞園に感づかれ、〝二人の雑談〟が〝三人の雑談〟になったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

苗木は、特別科に在籍しているということもあり77期生達とも交流があった。

その際に日向も同行している時があり、日向は77期生と友好関係を築いていた。

〝超高校級〟という存在達に抵抗があった日向だが、苗木の影響もあり、根気よく彼等と接した。

 

〝超高校級達〟もまた、普通の世界において様々な扱いを受けていた。

その為に彼等も〝一般人〟という存在に抵抗があった。

しかし、日向の根気に負け、彼等もまた日向に歩み寄っていったのであった。

 

そんな日向と77期生は〝修学旅行〟を切っ掛けに、より一層仲が深まったのである。

 

学園側の手違いにより、特別科第77期生の修学旅行に日向も同行することになったのだ。

そして、開き直った日向は〝ジャバウォック島〟にて共に観光を楽しんだそうだ。

学園に帰ってきた日向は、狛枝以外から〝パンツ〟を貰ったことを苗木に相談するも、愛想笑いを返され逃げられたとか…。

 

 

***

 

 

穏やかな時間が流れていた。

 

〝平和〟と言うに相応しい時間であった。

 

しかし、それはまさに〝水鳥が水面を優雅に漂っている様〟であった。

 

その水面下では、今にも世界が覆りそうな事態が差し迫っていたのだ。

 

そして、平穏は崩されていく……。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー???視点ーー → ーー日向視点ーー

 

ある日、日向は〝白衣を着た希望ヶ峰学園の研究者〟に声をかけられる。

 

「君…、日向創君かな?」

 

「…?そうですけど…、なんの用ですか?」

 

特に何かをしたという覚えのない日向は、何故声をかけられたのか疑問に思った。

そして、その教員の次の言葉に…日向は動揺した。

 

「日向創君。君は…〝才能〟が欲しくないかい?

〝超高校級〟の様な…絶対的な〝才能〟を…。」

 

日向は自分の耳を疑った。

まず初めに思ったのは、『そんなことが可能なのか』と、言うことであった。

そして、日向は思わず『欲しい』と答えてしまいそうになる。

しかし、苗木の存在が頭をよぎる。

苗木は、これといった才能を持たずとも強く生きていた。

日向は思う…『自分はどうなのか』と…。

 

 

 

日向はその問いに返事を返せずにいた。

その様子を見た教員は…、

 

「どうやら、すぐには返事を貰えそうにないようだ…。

実は他の生徒達にも声をかけていてね…。

〝才能〟を手に入れられるのは〝先着一名〟なんだ…。

気が向いたら研究棟の2階に私のデスクがあるから…、そこにおいで…。

まあ、もう締め切っているかも知れないけれどね…。」

 

そう言い残した教員は、どこかへと歩き去った。

 

 

 

〝それ〟は、明らかに怪しい話であった。

しかし、日向は動揺しており冷静ではない。

〝才能〟や〝先着一名〟という言葉が頭を反芻する。

 

いくら努力を重ねても手に入らなかったモノ…。

それが手に入るというのだ。

 

日向は悩んだ。

そして……

 

 

 

 

 

……研究棟へと足を向けた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

〝カムクライズルプロジェクト〟が最終段階に差し掛かった頃、78期生は〝担当教員の不在〟ということで〝一週間の臨時休校〟となった。

そのついでに〝寮の設備点検〟をすることとなり、78期生達は外泊するか、帰省するかという選択を迫られていた。

 

最も、これらのことは全て〝江ノ島の仕業〟であった。

これから始まる〝計画〟において、唯一の不安材料である〝苗木誠〟を学園から遠ざける為である。

そして78期生が全員出払ったそのタイミングで、江ノ島は予てからの〝計画〟を実行に移す。

 

 

***

 

 

江ノ島は学園に来て以来、才能の壁に挫折した普通科の生徒達を〝絶望〟へと堕としていった。

それと平行して〝カムクライズルプロジェクト〟の乗っ取り計画も企てていく。

学園長のパソコンを調べた際に〝シェルター化計画〟のことも江ノ島は知ることとなった。

その為、世界が〝絶望〟に堕ちた際に、恐らく残るであろう〝希望〟を完全に潰すべく〝コロシアイ学園生活〟の準備も進めていった。

そして、〝カムクライズルプロジェクト〟を粗方調べた後に、最後の仕上げとして〝77期生達〟を〝絶望〟へと堕としていく。

 

 

〝カムクライズルプロジェクト〟を乗っ取る、その最良タイミングで77期生全員を〝絶望〟に染め上げ、〝江ノ島盾子の計画〟はついに動き出した。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー苗木視点ーー

 

苗木は〝臨時休校〟の際に実家に居たが、ふとした拍子に〝偶然〟忘れ物をしたことを思い出す。

学園自体は休校となっていない為、苗木は希望ヶ峰学園へと足を向けた。

 

 

***

 

 

学校に着くと、苗木は違和感を覚えた。

『あまりにも静かすぎる』……と。

そして、大勢の普通科生徒達がフラフラとどこかへと歩いていく姿を見かける。

声をかけても誰一人として反応を示さない。

 

明らかに異様であった。

苗木は急いで職員室へと向かう。

 

しかし、そこには誰も居なかった。

次に学園長室に向かう苗木。

だが、そこにあったのは荒らされた部屋だけであった。

人を捜し学園を駆け回るも誰ともすれ違わない。

 

 

***

 

 

校舎内を探し回っていると、苗木はついに生徒を見つけた。

しかし、その生徒はどうも様子がおかしい。

〝長く伸びた黒髪〟が特徴的なその生徒は、全く動かずに廊下に立っていた。

苗木はその生徒に声をかける。

 

「ね、ねえ…キミ!先生達が見つからないんだけど、どこにいるか知ってる?」

 

その生徒は、苗木の声など聞こえていないかのようであった。

苗木は、いくら声をかけても反応を示さないその生徒の正面に回り込む。

その顔に…、苗木は見覚えがあった。

 

「ひ、日向クン…?」

 

「日向…?」

 

〝日向〟という言葉に反応を示したその生徒は、確かに〝日向創〟にそっくりであった。

しかし、苗木の記憶にある〝日向創〟は髪が短い。

だが、苗木は目の前の生徒が〝日向創〟であると確信する。

 

「ひ、日向クンだよね…。どうしたの…?」

 

「違う…。私は日向という名前ではない…。

私は〝カムクライズル〟だ…。」

 

(神座出流?それってたしか〝希望ヶ峰学園 初代学園長〟だよな…。)

 

苗木はその生徒の返事に困惑した。

すると、今度はその生徒が苗木に質問をする。

 

「お前は何者だ…?」

 

「ボ、ボクは苗木誠…。キミと同じでここの生徒だけど…。」

 

「そうか…。ではお前は何ができる…?」

 

「え…?」

 

「どんな〝才能〟があるのかと聞いている…。」

 

「一応〝超高校級の幸運〟って肩書きがあるけど…。」

 

「〝幸運〟…それだけか…?」

 

「そ、そうだけど…。」

 

「そうか…。〝ツマラナイ〟人間だ…。」

 

カムクラはそう言うと、徐に苗木へと近づいた。

そして、片手で首を絞め苗木の体を宙に浮かせる。

 

「…ぐぁッ!!」

 

苗木は短く悲鳴を上げる。

その力は強く、逃れることが出来ない。

カムクラは、暴れる苗木に構うことなく言葉を紡ぐ。

 

「ツマラナイ人間よ…お前はなんの為に生きている…?

私はこのツマラナイ世界に〝絶望〟している…。

どこかに私を凌駕する人間は居ないものか…。

私を期待させることの出来ない人間など…、生きている価値もない…。

お前も辛かろう…こんな世界…。

だから……私が救ってやる。」

 

そう言うと、カムクラの手の力が強くなる。

そして、カムクラはもう死んだかと思い苗木を見やる。

しかし、そこには彼の予想に反し〝カムクラを力強く睨む苗木〟がいた。

苗木の目には、確かに〝希望〟が宿っていた。

 

「……ッ!」

 

驚いたカムクラは、思わず苗木を掴んでいた手を離す。

荒い息を吐きながらも、苗木はしっかりと生きていた。

 

「なんだ…その目は…、気持ち悪い…。

この世界に〝希望〟などありはしない…。

この〝ツマラナイ世界〟にあるのは〝絶望〟だけだ…ッ!」

 

混乱の色が見えるカムクラに、息を整えた苗木が言う。

 

「キミには…この世界がつまらなく見えるんだね…。

でも、ボクはそうは思わない…ッ!」

 

カムクラもまた、苗木に反論する。

 

「それはお前が何の才能も持っていないからだッ!

上がいればそれを超えようと努力出来る…。

だがどうだ…上がいない人間は行き場のない孤独に苛まれるだけだ…ッ!」

 

「それは違うよ…ッ!」

 

「……ッ!!」

 

苗木は断言する。

そして、苗木の目には先程よりも大きな〝希望〟が灯っていた。

 

「ボクは知っている…。

たとえ頂点に立ったとしても…更に自分を磨き続ける人達をッ!

人に限界なんてないんだッ!

これは綺麗事かも知れない…だけどッ!

自分の限界を決めるのは自分なんだッ!

キミはもう諦めている…。

何もかもを他人のせいにして…自分の限界を決めつけて…。

そんなキミが…〝ツマラナイ〟なんて言う資格はないッ!!

世界をつまらなくしているのはキミ自身だッ!

キミが考えることを止めなければ…世界はいつだって〝オモシロイ〟ものに見えてくる!」

 

苗木は〝不思議なオーラ〟を纏い、カムクラを怯ませる。

そんなカムクラは、反論出来ずに押し黙る。

 

「そして…、〝才能〟があるかないかなんて関係ないッ!

日向クンは言っていたよ…『〝才能〟なんかなくたって、自分に胸を張れるようになることは出来る。ずっと前に進み続けたのなら…、そこには〝才能〟なんかよりもよっぽど大事な〝ナニカ〟がある気がするんだッ!』って!

今のキミが…どういった状況にあるのかはわからない…。でも…ッ!

日向クン…ッ!忘れちゃったの…?

キミ自身が言ったことをッ!!」

 

苗木は、目の前の生徒に…そして日向に向けて叫んだ。

それに対して、カムクラはうめき声を上げる。

 

「……ッ!!!」

「…うぅッ!!なんだ…何なのだ…ッ!」

 

(〝ナニカ〟が私を掻き乱す…ッ!)

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー日向視点ーー

 

結局、日向は〝カムクライズルプロジェクト〟の被験者となることを選んだ。

『才能は要らない』と言ったものの、やはり、〝才能〟に対する未練が消えた訳ではなかった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

そして、時間は流れた……

 

 

 

〝カムクライズルプロジェクト〟完遂は最早時間の問題であった。

 

そうーー日向創に〝カムクライズル〟の人格と能力が発現したーーのであった。

 

研究者達は歓喜した。

そして、〝計画〟を〝最終段階〟に移そうとしたその時、学園のシステムが江ノ島盾子に乗っ取られる。

 

その後、〝カムクライズル〟は江ノ島により〝絶望〟に堕とされ、学園に解き放たれたのだった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

そして現在、〝カムクライズル〟は苗木の〝言弾〟の影響を受けうなされていた。

苗木の〝言弾〟はカムクラの心に届き、〝日向の人格〟を呼び覚ます。

 

 

 

(そうだ…俺は確かに言ったんだ…!〝才能〟なんて必要ないと…ッ!)

 

『それは嘘だ…ッ!お前は〝才能〟への憧れを捨て切れていないッ!!』

 

(そう…だな…。確かにそうかも知れない…。

ずっとずっと……憧れてたし…焦がれてた。

〝才能〟を持ってるヤツが羨ましかった。

自信に満ちあふれている姿が…、眩しかったんだ。

だけど、そんな〝才能〟を持つヤツ等だって、人並み以上に悩みを抱えてたんだ。

未来に、恐怖を抱くことだってあったんだ。

〝才能〟を持っていても、持っていなくても…それでもみんな、生きてるんだよ。

生きていかなきゃいけないんだよ……。

それは辛いことかもしれない。苦しいことかもしれない。

でもな、そんな世界でだって…〝希望〟はあるもんだぜ…?

ちょっとした勇気が、世界を一変させることだってあるんだよッ!

だから……、今ならハッキリわかる!!

俺はお前を〝否定〟するッ!

俺の中に…お前は必要ないッ!!!)

 

『綺麗事だッ!世界は〝強い奴〟が生き残るように出来ている…。

〝力〟を…〝才能〟を持っていなければ、淘汰されるだけだッ!!』

 

(それは違うぞッ!!!)

 

 

 

日向は〝自分自身の弱さ〟に立ち向かう。

苗木の〝希望〟は今、日向に〝伝染〟する。

 

 

 

(必ずしも〝才能〟を持っている必要なんてないんだッ!

在り来たりなことだが…俺は知ったんだ…。

人は助け合うことで…、信じ合うことで生きていけるとッ!!)

 

『綺麗事だと言っているのだぁッ!!』

『人は必ず裏切る!裏切られ〝絶望〟する!それが〝真実〟だッ!!』

 

(何度裏切られようが…俺は…、何度だって信じてやるッ!!

俺が信じ続ければ…いつかわかり合える時が来るッ!!

決して〝絶望〟なんてするものかッ!!!)

 

『何度言えばわかるッ!

私を受け入れさえすれば…、なんの悩みも無くなるというのにッ!!

苦しむ必要などなくなるというのにッ!!

私を受け入れろッ!!

どれほどの理屈を並べようとッ!私が貴様の願望の権化であることは変わらんッ!!

私が存在すると言うこと自体がッ!その証明だッ!!

貴様は私を欲したッ!

だから今ッ!私はココにいるのだッ!!』

 

(何度言っても無駄だッ!もうお前には屈しないッ!!

それに…、悩みが無くなる?…苦しまなくて済む?

冗談じゃないッ!!

そんな〝ツマラナイ世界〟…こっちから願い下げだッ!!!

苦難上等!辛苦上等!

どんな壁だろうと…俺や…仲間の力で乗り越えてみせるッ!!

〝希望〟と〝絶望〟が複雑に入り組んだ世界だからこそッ!!

俺達は手を取り合うことが出来るんだッ!!)

 

 

 

日向の〝希望〟は、自らの〝弱い心〟に届いた。

 

 

 

『………。

そうか……自ら、茨の道を歩むというのか…。

私の負け…のようだな…。

一度は苦難から逃げたくせにな……。』

 

(そ、それは……。)

 

『まあいいさ…、わかった…。』

『だったその〝意思〟…必ず貫くのだぞ…。』

 

 

***

 

 

日向は〝弱い自分〟に打ち勝った。

そして、その意思をもって〝カムクラの人格〟を消失させる。

 

「うぅ…頭がいてぇ…。」

 

「ひ、日向クンなのッ!?」

 

苗木は、意識を取り戻した日向に歩み寄る。

 

「大丈夫なの?」

 

「あぁ…苗木か…。〝苗木の声〟…俺の心に響いたよ…。」

 

「うん…。まぁ…無事でなによりだよ…。」

 

苗木は安堵の笑みを零す。

そして、日向を保健室に運ぼうとする苗木だが、そんな二人に声をかける人物がいた。

 

 

 

「カムクラ…盾子ちゃんが呼んでい……る…。」

 

それは戦刃であった。

 

「な、苗木君…、どうしてここにッ!」

 

「戦刃さん…!?」

 

二人はお互いに驚く。

両者ともお互いが学園にいるとは思っていなかった。

 

「戦刃さんこそ、どうしてここに?」

 

「……ッ!」

 

戦刃は、答えることが出来なかった。

〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟を起こそうとしているなど、言えるはずもない。

 

ここで、戦刃は考えた。

戦刃は知っていたのだ…、〝苗木が一度、江ノ島に勝っている〟という事実を。

 

(ひょっとしたら、まだ間に合うかも知れない…。

〝計画〟は〝普通科生徒達の集団自殺の報道〟を皮切りに始まる…。

苗木君なら…、盾子ちゃんの〝計画〟を止められるかも知れない…。)

 

 

 

そして、戦刃は決断するーー江ノ島に逆らうことをーー。

 

戦刃は〝ある感情〟の下、常に行動していた。

それは……

 

〝妹を救いたい〟

 

……というものであった。

戦刃は、江ノ島が〝絶望〟に堕ちてしまったことを悲しんだ。

そして〝絶望〟から救い出してあげたいと、そう思っていた。

 

しかし、戦刃には出来なかった。

〝絶望〟を否定することは、〝江ノ島盾子〟の存在を否定することと同義。

彼女の軌跡こそが、〝絶望〟に他ならない。

江ノ島の過去をなかったものに出来ないからこそ、戦刃は彼女になにもしてやれない。

不用意な〝希望〟は、かえって〝絶望〟を育ててしまいかねない。

だからこそ…せめて〝一緒にいてあげること〟を選んだのであった。

 

だが、今は状況が異なる。

戦刃は、苗木ならば最愛の妹を〝絶望〟から救い出してくれると直感していた。

そして今…〝偶然〟この場所で苗木に会ったのだ。

いるはずのない苗木が…今、目の前にいる。

最早天啓…。神の仕業としか思えない状況である。

戦刃は、苗木がここにいる事実を〝運命〟だと感じる。

 

〝江ノ島を止めろ〟

 

世界もそれを望んでいるように思えた。

そして、戦刃は決断した……

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

戦刃と日向は、苗木が〝ある場所〟へと向かい走って行くのを見届ける。

そして、それを見届けると日向が口を開く。

 

「じゃあ、肩を貸してくれよ…。

そして…俺を連れて行ってくれ…アイツらの所に…。」

 

一人で立ち上がることの出来ない日向は、戦刃に助けを求める。

 

「勿論…。いや、おぶった方が早い。」

 

「えっ…。」

 

二人もまた、どこかへと移動を始めた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

二人はある教室の前にいた。

 

「この中にいるんだな…。」

 

「うん…。だけど…、見込みはあるの?」

 

「〝やれるかやれないか〟じゃない…。〝やるかやらないか〟…それが問題なんだよ…。」

 

「そう…。じゃあ、私はここで…。」

 

「ああ、助かった…。後は俺に任せとけ…!」

 

戦刃は無言で頷き、来た道を走って戻っていく。

 

「じゃあ、もう一仕事しますかね…。」

 

日向は壁を伝いながらもその教室に入る。

そこには……

 

 

〝絶望に堕とされた〝14人〟の77期生全員〟

 

 

……がいた。

 

「よお…お前等…、全員揃いも揃ってしけた面してるなぁ…。」

 

日向は〝絶望〟と化した77期生と対峙するーーーーー

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

結果として、日向は〝14人〟を救うことに成功した。

最後まで抵抗していたのは、唯一日向のことを全て認めていない狛枝だった。

狛枝は日向の根気こそ認めていたが、やはり〝才能〟に拘る節があった。

しかし、苗木から直接〝希望〟を伝染した日向が、〝絶望〟に負けることはなかった。

 

精神的疲労が溜まっていた77期生と日向はその場に倒れ込んだ。

 

 

 

その後、彼等が目を覚ましたのは病院のベットの上であった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー苗木視点ーー

 

苗木は、戦刃が言っていた〝運動場〟へとたどり着く。

そこには……

 

〝大勢の普通科の生徒達と壇上にて拡声器を持っている江ノ島〟

 

……がいた。

そして、苗木は江ノ島の名を呼ぶ。

 

「江ノ島さん!」

 

「あぁ…?……ッ!!」

 

江ノ島の顔は驚愕に染まる。

わざわざ78期生を学園外に追い出したにも関わらず、そこには一番いて欲しくない人物がいた。

 

「何でアンタがここにいんのよッ!」

 

江ノ島の計画は既に狂い始めていた。

苗木が〝カムクラ〟を止め、日向が77期生を正常に戻す。

しかし、引き金となる〝集団自殺〟を止めなければ〝江ノ島の計画〟は阻止出来ない。

 

 

ーーー〝1000を遙かに超える生徒達の死〟ーーー

 

 

それは希望ヶ峰学園を持ってしても隠しきれる事ではない。

そして、それを阻止すべく苗木が戦刃から言われたことは〝時間稼ぎをして欲しい〟ということであった。

苗木はそれを実行に移す。

 

「学園に忘れ物をしたから取りに来たんだ。」

 

「あっそ。じゃあ良い子はお家に帰っておねんねしてな。」

 

「えー…、そう言う江ノ島さんはこんな所で何をしているのさ。」

 

「はぁ…?オメーには関係ねーだろ!アタシが何をしていようがッ!」

 

「そんなこと言わずにさ…。ボク達の仲じゃないか。」

 

「はぁぁッ!?気持ちワリーことぬかしてんじゃねーぞ!」

 

「いや…、小学校からの友達でしょ?」

 

「……。アンタ…〝あんなこと〟されて…、まだアタシのこと友達とか言ってんの…?」

 

「うん…。」

 

「はぁ…。やっぱりダメだわ…。アンタとアタシはどうしたって相容れないみたいね…。」

 

 

 

小学生時代の話を持ち出すと、感情的になっていた江ノ島は急激に冷めていく。

江ノ島は、〝小学生時代の出来事〟に強い影響を受けていた。

そしてそのことを、引きずりながら生きている。

 

いつしか江ノ島の目的は〝世界を絶望させる〟ことから、〝苗木を絶望させる〟ことへと変わっていた。

世界を〝絶望〟で支配するのは、苗木を〝絶望〟させる為。

江ノ島の最終標的は〝苗木誠〟となっていた。

 

〝絶望〟に屈しなかった苗木。

その苗木が持つ〝希望〟にカウンターを食らわされた自分。

 

江ノ島は自身の〝絶望〟が世界を呑み込むことを証明するための最後の試練に、苗木を選んだ。

彼女が生み出した〝絶望〟に屈しなかった過去を持つ…苗木を。

 

 

 

「前にも言ったと思うけど…、アンタ…やっぱり狂ってるわ…。

アタシとは別ベクトルで…、救いようがない程にイカレてんのよ…。

アタシがアンタのこと嫌いなのは…きっと〝同族嫌悪〟…。

はぁ…、こんなのアタシの柄じゃねーな…。」

 

江ノ島は複雑な表情を見せていた。

苗木はその感情を読み取れない。

恐らくは戦刃も…。

江ノ島だけが、その心中を理解していた。

 

そんな江ノ島に、苗木もまた昔を思い出しながら話しかける。

 

「ねぇ…。江ノ島さんはまだ…、この世界が嫌いなの?」

 

「あぁ、嫌いだね。こんなのは〝正しい世界〟じゃない…。」

 

「じゃあ…、どうするの?」

 

「そんなん決まってんじゃん…。あたしが〝正しい世界〟にしてやんのよ…。」

 

「江ノ島さんの言う〝正しい世界〟って?」

 

「言うまでもなく〝絶望が支配する世界〟だよ…。知ってんだろ?」

 

「やっぱり…、江ノ島さんは〝あの時のまま〟なんだね…。」

 

「人間…そう簡単には変われねーよ…。」

 

苗木は哀しく思った。

昔、助けてあげたと思っていた少女は、今も尚…〝絶望の中〟に居たのだ。

 

「はぁ…。もういいでしょ…。

早くどっかに行ってよ…。アンタの出番はまだ先なんだから…。」

 

苗木は、昔…助けを求めていた少女のことを思い出す。

その少女は、未だに〝苦しみ〟を抱えていた。

そんなことを知って、簡単に引き下がれる苗木ではなかった。

 

「ボクは帰らないよ…。江ノ島さんを止めるまで…ッ!」

 

「……ッ!いい加減うっとうしいんだよ…ッ!」

 

江ノ島は苗木に構わずに〝計画〟を進めようとする。

しかし、その手は再び止まる。

 

「盾子ちゃんッ!!」

 

それは戦刃であった。

 

「……ッ!!こんの…役立たずがッ。ノコノコと現れやがって…ッ!」

 

江ノ島はだいぶ頭に血が上っていた。

昔を思い出し、それに加え計画が大分ずれ込んでいることに。

 

「おい…そこの残念な姉…。今すぐ苗木を殺せよ…。」

 

江ノ島は冷たく言い放つ。

だが、戦刃は江ノ島のことを無視する。

 

こんな事は今までなかった。

戦刃はいつだって、江ノ島の言うことを聞いてきた。

しかし、今…大掛かりな〝計画〟を前に、初めて戦刃は江ノ島に逆らう。

 

江ノ島は激情する。

 

「おぉいッ!聞こえなかったのかァッ!?

今ッ、ここでッ、あたしの目の前でッ!!

アンタのッ、大好きなッ、苗木をッ、殺せっつてんのよッッ!!!」

 

尚も戦刃は反応を返さない。

 

「~~~ッ!!テメー…むくろぉッ!!アタシのこと裏切るってかぁッ!?」

 

「違うよ…、盾子ちゃん…。」

 

「あぁ!?何だってぇ!?」

 

「盾子ちゃんは勘違いしているよ…。」

 

「勘違いィ~!?」

 

「うん…。盾子ちゃんは私のことをわかってないよ…。」

 

「……。」

「……。」

「……はぁ?」

 

戦刃は、江ノ島が少し落ち着きを取り戻した所で話し始める。

 

「私はいつだって〝自分の信念〟に従って生きてきたよ…。

〝フェンリル〟に入ったのだってそう。

〝信念〟を貫く為に入ったの…。

ねぇ…盾子ちゃん…。

私の〝信念〟がなんだかわかる?」

 

その質問に江ノ島は答えない。

答えられない。

江ノ島は、頭の弱い姉がそんな考えを持っていることを知らなかった。

 

「…それはね、〝盾子ちゃんを助けること〟だよ…。」

 

「……ッ!じゃあ、苗木を殺せよ…ッ!」

 

「そうじゃないんだよ…。苗木君を殺しても…盾子ちゃんは救えない…。」

 

「意味わかんねーよ…。何が言いたいわけ?」

 

「そのまんまだよ…。苗木君を殺しても盾子ちゃんは救われない。」

 

「だからッ!意味わかんねーんだよッ!!」

 

「盾子ちゃんは…、本当に苗木君の死を望んでいるの?」

 

「…ッ!」

 

「胸に手を当てて考えて…。盾子ちゃんが苗木君に求めているのは〝そんなこと〟じゃないよね?」

 

「なッ!!テメーになにがわかるってん『わかるよ。』…ッ!!」

 

「わかるよ…。盾子ちゃんが〝苗木君に求めるモノ〟…。」

 

「……。」

 

「だから、ここで苗木君を殺したりはしないよ…。」

 

「もっと相応しい〝舞台〟が…どこかにあると思う…。」

 

「……どこかって…?」

 

「そ、それはわからない…。うぅ…ごめんね…。」

 

「……。」

「……。」

「はぁ…。締まらねーなぁ…。まぁ、わかったよ…。」

 

「うん…。私は盾子ちゃんを裏切るわけじゃないよ…。」

 

「……あっそ…。」

 

場の空気が少し和む。

だが、それはすぐに崩れることとなる。

 

突如、大勢の生徒が集まっているグランドの中央に煙玉の様なモノが投げ込まれ、虚ろな目をしていた生徒達は全く動く気配もなく煙に包まれていく。

そして、拡声器の様なモノから発せられたと思われる声と共に、武装した集団が煙の中に突入し、生徒達を取り押さえていく。

 

「いいかー!生徒達に傷1つ付けるなよッ!私の大切な生徒達だッ!!」

 

江ノ島は完全に虚を突かれた。

 

「な、なんなのッ!?」

 

そして、江ノ島もその手にあった拡声器を使おうとするが……

 

銃声が鳴り響く。

 

戦刃が、江ノ島の持ていた拡声器を銃で打ち壊す。

江ノ島は理解が追いつかない。

 

「な、な、な、な、な、な…なにしてくれてんのよぉ~~ッ!!!」

 

「今回は私達の負け…。」

 

「はぁッ!?勝手に決めてんじゃねーよッ!!」

 

「〝カムクラ〟も…もういないよ。」

 

「なァッ……。」

 

江ノ島は、これ以上言葉を発することが出来なかった。

そして、江ノ島と戦刃は武装部隊に取り押さえられる。

ただ呆然と見ていた苗木であったが、彼の元に霧切仁が現れる。

 

「どうやら、なんとか間に合ったようだね…。」

 

「が、学園長!?」

 

「苗木君、君はもう家に帰りなさい。詳しい話はまた後日に聞かせて貰うよ。」

 

こうして、苗木は訳もわからずに家へと帰っていった。

 

 

***

 

 

この後、世界中にて〝絶望〟を名乗る暴徒達によるテロ行為があったが、これらは〝江ノ島の計画〟から完全に外れているものであった。

 

 

***

 

 

これが、希望ヶ峰学園で起きた〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟の始りとなる物語の顛末である。

 

これも、全ては苗木が〝偶然〟忘れ物をしたために分岐した結末であった。

苗木が学園に現れなかったのなら、世界はとっくに転覆しているのかも知れない…。

 

そして、〝カムクライズルプロジェクト〟はこれを機に完全凍結されることとなった。

〝超高校級の希望〟であるはずの〝カムクライズル〟は、〝苗木誠〟に敗北したのだ。

 

故に、苗木はこう呼ばれるようになるーー

 

 

 

 

 

ーー〝超高校級の希望〟ーーと。

 

 

 

 

 




ーーウサミよりーー

ミナサン!こんにちはでちゅ!
今回も天の声さんが来ていまちゅ!
最近あちしのお仕事がないでちゅね……


ーー以下ウサミに代わり天の声ーー


今回の本編は、江ノ島盾子の二度目の敗北、失敗について書いてあります。
一度目は散々仄めかして来ましたので、なんとなく想像出来ている方もいると思いますが、苗木と江ノ島の小学生時代にあります。今回も少し触れましたね。

それと、ここで1つ。
私は〝ダンロン/ゼロ〟を未読です。
ですので、今回の話は完全なオリジナルと思って欲しいです。
公式とどれ程の差があるのかわかりません。


最後に、本編に書いていない設定を少し。


・日向は苗木と親しかったです。
後、77期生を〝絶望〟から救うために日向と彼等もまた、かなり仲を良くしました。
〝パンツ〟を貰う程には仲がいいです…。
〝修学旅行〟につきましては、ダンガンアイランドを想像して頂ければと…。
ゲームネタとなっておりますね。

・日向が〝プロジェクト〟に選ばれたのは、77期生とよく一緒にいたことや、普通科の中で他の生徒達と違い努力を続けていた為、目を付けられてしまったということにしております。

・〝カムクライズル〟は〝神座出流の絶望堕ちした人格〟を想定しています。
なので、口調が違ったかも知れません。御了承ください。

・それと、〝プロジェクトの最終段階〟に移行しようとした時に、〝プロジェクト〟は江ノ島に乗っ取られてしまいます。
〝プロジェクトの完遂〟には〝もう一工程〟存在します。
オリジナルの設定で、後の伏線ともなっております。

・原作にもある〝言弾〟は、苗木と江ノ島のみが使える設定としています。
〝言弾〟は〝強い意志を乗せた言葉〟で、苗木は〝希望〟を。
江ノ島は〝絶望〟をそれぞれ〝言弾〟として行使出来ます。

・江ノ島と戦刃は、学園長が裏で動いていたことを知っていました。
故に、江ノ島は学園長が邪魔をしてこないうちに〝計画〟を進めようとしますが、苗木と戦刃の〝時間稼ぎ〟にまんまと乗せられてしまいました。
戦刃はそれを知っていたので、苗木に〝時間稼ぎ〟の助言をしました。

・77期生が〝14人〟というのは書き間違いではありませんよ!
とはいえ、当二次小説を構想していた際アニメの方も未視聴でした。
つまり、〝あのキャラ〟が実在する人物だとは思ってもみなかったのです。
ずっとデジタルの存在だと思っていました…。
ですので、14人でストーリーを構成しております。

今回は、今まで謎だった内容が1つ紐解かれましたね。

それではこの辺で。
また次回、お会いしましょう。


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chapter4.5 江ノ島盾子のコクハク

今回は必須タグさんの出番です。
一応閲覧注意と書いておきます。
そこまで酷い内容ではないですが。
それでは本編です。


ーー江ノ島視点ーー

 

現在chapter4の撮影が終わり、江ノ島と戦刃は学園の占拠に成功していた。

 

江ノ島は、校内に設置された監視カメラから〝ある少年〟のことを見やる。

 

その少年はいつだって彼女の邪魔をしてきた。

 

有象無象を〝絶望〟させることは、赤子の手をひねるかの様に簡単であった。

 

だが、その少年はどうしたって〝絶望〟させることができなかった。

 

彼女は〝二度の敗北と失敗〟を味わわされた。

 

彼女は自分の中に在る〝絶望〟と、少年の中に在る〝希望〟……

 

……どちらがこの世界の〝真実〟なのかを確かめたくなった。

 

 

 

 

 

彼女は〝最後の計画〟を前に昔を思い出す。

 

〝絶望〟に身を堕としたその時を。

 

初めて世界に〝希望〟を見たあの時をーーーーー

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー???視点ーー

 

ある所に、二人の男女がいた。

その男は非常に軽薄だった。

女もまた、思慮の浅い人間であった。

そしてある時、その女は〝双子の赤ちゃん〟をその身に授かった。

本来喜ばれる生命の誕生に、その男は……

 

『堕ろせ』

 

……そう、女に言った。

しかし、女はそれを拒み双子を産んだ。

 

男は世間体を気にし、仕方なく女と共に居た。

だが、男は外に他の女を作っており、常に遊んでいた。

女はそれに激怒する。

 

『子供達がいるのよ!』

 

『オメーが勝手に産んだんだろうがッ!!』

 

男は酒に溺れ、女に暴力を振るう。

 

彼等の関係は、とっくに終わりを迎えていた。

そこには〝暖かさ〟など無かった。

 

 

***

 

 

生まれた双子は姉妹であった。

姉は愛想こそなかったが、行動力に溢れた女の子であった。

一方妹は、そんな姉の後ろをチョコチョコと付いていくような、か弱い女の子であった。

 

そんな双子の姉妹の幼少期は、とても酷いモノであった。

家に帰れば父親とも呼ぶに値しない男に暴力を振るわれ、女は常にヒステリックで罵詈雑言を浴びせた。

姉は、男の暴力から妹を守り、女の暴言に怯える妹の手を強く握りしめた。

 

 

 

姉妹が生きるその世界には〝希望〟なんてなかった。

 

 

 

そんな世界で、姉妹の心が病んでいくのは時間の問題であった。

だが、姉はその〝絶望〟に屈しなかった。

 

 

〝妹を守る〟

 

 

その〝強い意志〟が、彼女に正気を保たせた。

 

一方のか弱き妹は、その〝絶望〟に身を委ねてしまう。

この〝冷たい世界〟に抗うには、とても勇気が必要だった。

姉にはその勇気があった。

しかし、妹には無かった。

 

 

故に彼女は…自身の心を守る為に……〝心を閉ざした〟。

 

 

〝絶望〟に浸食され始めた妹の、最後の心の拠り所は〝姉の存在〟であった。

 

 

ーー〝姉はいつも自分を守ってくれる〟ーー

ーー〝姉が居てくれれば、アタシは大丈夫〟ーー

 

 

だが〝この世界〟は、彼女に対してあまりにも無慈悲であった。

 

 

***

 

 

極寒の家庭はついに終わりを迎える。

当然、一人で姉妹を養うことができない男と女は、お互いが一人ずつを連れ離れていった。

 

 

妹は〝最後の希望〟であった〝姉の存在〟までも、〝この世界〟に奪われた。

この時、彼女の中で〝ナニカ〟が音を立てて崩れ去った。

 

 

 

 

 

彼女は世界に〝絶望〟した。

 

 

 

 

 

そして、彼女は知ったーーーーー

 

 

 

 

 

ーー『この世界に〝希望〟なんてない』ーー

 

 

 

 

 

ーー『この世界には〝絶望〟しかない…それが〝真実〟だ』ーー

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー???視点ーー → ーー江ノ島視点ーー

 

姉と離ればなれになった後、江ノ島は女に連れられどこかのマンションへと引っ越した。

そして、地獄のような日々が…始まった。

 

女がどこからか男を連れてくる。

父親だった男と同じように、軽薄そうな男を。

 

男は金をバラ撒き、女に暴力を振るい、犯す。

己の欲望を満たすかのように。

 

そして男は帰り、女が言う。

 

『アンタも、もっと尻尾を振りなさいよ…。

そうすれば、今よりもずっとお金が貰えるわ…。』

『何よ…その目は…。何なのよッ!!

アンタの為にやってやってるんでしょうがッ!!

……、そうよ…、仕方ないのよ…。

ガキを育てるために…私は好き勝手弄ばれてるのよ…。

…………。

そう…、ガキなんかいるから……。

…………。

アンタのせいで…私がこんなふうになったのよッ!!』

『次から……アンタもかわいがって貰いなさい…。

……いい、出来るだけ金を巻き上げるのよ…。

アンタは私の道具。

今まで私がアンタを養ってあげてたの…。

今度はアンタが私を養うのよ……。

……いいわね…。』

『……ッ!!

返事をしなさいッ!!糞ガキッ!!

……ハァ…ハァ…。

手間かけさせるんじゃないわよ……。

…………。

ふ、ふふ……。あはは……。

あはははははははははははははッ!!』

 

 

***

 

 

そしてその欲望は、江ノ島へと向かった。

 

男は彼女の身体を弄り、

 

服を乱雑に剥ぎ取り、

 

身体中を舐め回し、

 

 

 

最後の一線を越えようとする。

 

 

 

彼女は最早無感情であった。

畜生以下の男の顔越しに、下卑た女の顔が見える。

そして、男のゲロ以下の吐息を無視し耳を澄ませば…とても小さな声が聞こえてくる。

 

 

「誠ちゃ~ん、誕生日おめでと~!」

 

「おにぃちゃん!おめでとぉ!」

 

 

『壁の向こうから聞こえてくる、家族団らんの会話』

 

 

この瞬間、江ノ島に感情が芽生えた。

死んだはずの心が、激情が、爆発する。

 

 

 

何故アタシがこんな目に?

 

何故アタシだけがこんなに不幸なの?

 

隣のヤツ等の声色はなんだ。

 

己の欲を満たせて幸せか?

 

家族との時間は幸せか?

 

 

アタシがこんな世界に生きてて、オマエラは幸せか?

 

 

***

 

この時、江ノ島は〝不思議なオーラ〟を纏っていた。

そして男に言い放つ。

 

 

「この世界に〝絶望〟しながら……死ね。」

 

 

男が江ノ島を犯そうとしたその時、彼女の言葉を聞いた男は動きを止めた。

すると次の瞬間、男は服を着るまもなく発狂しながら部屋を出て行った。

 

そしてもう二度と、江ノ島の目の前に現れることはなかった。

 

江ノ島は次に、女へ視線を向ける。

女は〝異様なオーラ〟を纏う江ノ島を前に怖じ気づく。

言葉も発せずにいると、江ノ島の方から語りかけた。

 

「窮地に陥るとさ…人ってヤツはどうやら〝本気〟をだせるらしい…。

心なんて死んでたはずなのに……アタシも、潔癖でいたかったのかな…。

ま、そんなことはどうでもいいや。

大事なのは結果……。

男は何故か、狂ったように出て行った…〝アタシの言葉〟を受けて…。

……ちょっとさ、実験に付き合ってよ。

そんな怯えた顔しないで…、お母さん。

うぷぷ……、怖がる必要なんてないんだよ。

ただ身を委ねるだけで良いの……

 

 

 

 

 

〝絶望〟に……。」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

江ノ島はいつものようにランドセルを背負い、家を出る。

 

〝江ノ島〟〝苗木〟の表札を横目に、学校へ向かう。

 

教室に入れば、大勢のバカどもに囲まれる。

 

貼り付けた笑顔で、心底下らない会話をする。

 

 

 

 

 

心の底から絶望的だと思うこの世界で、それでも彼女は生きる。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー???視点ーー

 

ここは〝白の世界〟。

 

見渡す限りの白。

 

そこにはアタシ一人だけ。

 

誰もいない。

 

そして、アタシの足下からは影が伸びている。

 

アタシと全く同じ形をした…影。

 

ふと、考える。

 

影があるということは、光が当たっているということ。

 

光があるからこそ、影が生まれる。

 

そんな、どうでもいいことをぼんやりと考える。

 

すると、声が聞こえてくる。

 

『痛いだろ?辛いだろ?』

 

ずっとずっと、聞こえてくる。

 

『逃げて良いんだよ…。』

 

ココにはアタシ一人だけのはずなのに。

 

『限界は近い。急がなければ…。』

 

声は止まない。

 

そしてアタシは理解する…その声の主を。

 

他ならぬ、自分の影から発せられていることを。

 

〝影〟は囁く。

 

『これは正当な自己防衛…。』

 

〝白の世界〟にいたアタシの足下の影が、形を変え広がっていく。

 

しかし、依然として声は聞こえてくる。

 

『ただ受け入れるだけでいい…。』

 

足下に正方形の形を成しながら広がった影は、アタシを覆うように尚も広がっていく。

 

『オマエはもう…分かっているんだろ?』

 

アタシの世界は正面の〝白〟だけを残し、〝黒〟に染まる。

 

〝影〟を生み出した〝光〟は遮られ、肌を心地良い寒さが伝う。

 

そして尚も、声は聞こえる。

 

『アタシの正体を…。』

 

アタシの正面の〝白〟は、次第と〝黒〟に浸食される。

 

そして〝白〟が窓くらいの大きさになったとき、アタシは見た。

 

窓の外に、〝光〟射すその空間に…〝(アタシ)〟がいた。

 

(アタシ)〟は語り続ける。

 

 

 

『〝(アタシ)〟は〝絶望(アタシ)〟…。』

『安心しなさい…、安心して……アンタはそこにいなさい…。』

『光射すこの世界でも、〝絶望(アタシ)〟なら生きていける…。』

『だから…、全て〝絶望(アタシ)〟に任せなさい…。』

 

 

 

そして〝白〟は〝黒〟に呑み込まれた。

 

アタシの世界は〝白〟から一転し、〝黒〟へと変わった。

 

真っ暗で、何も感じない。

 

冷たくて、きもちいい。

 

そんな…心地良い世界。

 

 

 

 

 

アタシはただ…この心地よさに身を委ねた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

小学5年生になった時、江ノ島は苗木と同じクラスになった。

この歳にもなれば、子供であっても自我をハッキリと持つようになる。

 

自分と気が合う人間とそうで無い人間の識別。

好きな異性の存在。

 

多くの感情を理解出来るようになってくる。

しかし江ノ島は、そんな周りの人間を冷めた目で見ていた。

 

 

 

『ホント…実にくだらない…。〝世界〟はもっと単純だ…。』

『〝絶望〟…ただそれだけ…。』

『〝絶望〟だけがこの世界の〝真実〟だと言うのに…。』

『無意味な〝希望〟なんか抱いちゃって…。』

 

 

 

彼女に親しい人間はいなかった。

しかし、その容姿も相まって、誰もが知る程に人気であった。

彼女の周りには、男女問わずに人だかりが出来ていた。

 

江ノ島は笑顔の仮面を貼り付け、その下では酷く蔑んだ視線を送っていた。

そして、彼女はそんな彼等を見透かしていた。

男子は下心、女子はスクールカーストを気にしての行動であると。

 

学校で絶大な人気を誇っていた江ノ島の発言力はとても大きかった。

江ノ島に逆らうことは、集団から孤立することに他ならなかった。

最も、そうなるように江ノ島が心理操作を行ったのだが…。

 

 

***

 

 

そんな下らない日常で、江ノ島はふと思った。

 

 

『無意味な〝希望〟を抱いている奴等に〝世界の真実〟を教えてやろう』

『〝希望〟なんて抱くから〝絶望〟が生まれるんだ』

『〝絶望〟に身を委ねれば、これ以上の〝絶望〟を味わわなくて済む』

『辛いことも、哀しいことも、何もかもなくなる』

『これは、魂の解放』

 

 

狂気を湛え、江ノ島は嗤う。

彼女は〝絶望〟を教えてやるための計画を練った。

そして、そのターゲットを〝苗木誠〟へと定めた。

 

苗木をターゲットに選んだのは、彼が〝家族〟と〝幸せ〟そうに暮らしているのを知っていたから。

目に見えて世界に〝希望〟を抱いている苗木のことを、江ノ島は忌み嫌っていた。

そして、江ノ島に媚びを売らない数少ない人間であったからだ。

 

江ノ島はマンションでの出来事もあり、苗木を観察していた。

すると、苗木と仲の良い人間は自分に対して媚びを売ってこないことに気付いた。

 

どこか不思議な雰囲気を持っていた苗木は、クラスでも割と人気があった。

苗木の、心からの善意を嫌う人間は居なかった。

 

だが、江ノ島はそれが大層気に入らなかった。

 

 

〝自分の為にならないことを平気でするなんて〟

〝そんなのは所詮偽善だ〟

〝いずれボロが出る〟

〝そうに決まっている〟

 

 

〝絶望的な世界〟で生きている江ノ島には、苗木の〝無償の優しさ〟を理解出来なかった。

 

 

 

 

 

そして、江ノ島は学校の生徒を煽動し、苗木に対する〝イジメ〟を始めた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

江ノ島はまず、男子数名に『苗木に酷いことをされた』と言いふらした。

 

江ノ島の泣きながらの訴えを、疑う人間はいなかった。

勿論、江ノ島の演技であったが…。

 

学校のアイドルである江ノ島のこととあって、〝噂〟は瞬く間に広がる。

江ノ島に好意を寄せる生徒は数多く居た。

 

これにより、男子による〝イジメ〟が始まった。

無視や暴力、暴言に陰湿なモノまで、様々なイジメが苗木を襲った。

 

女子もまた、江ノ島が苗木を嫌っているとあって、苗木に優しくする人間は居なかった。

イジメられている人に手を差し伸べることの出来る人間は少ない。

その人物に関わったら、自分までイジメのターゲットにされてしまうから。

そう言った集団心理も働き、苗木を助ける生徒はいなかった。

 

 

〝絶望〟は〝伝染〟し、苗木を取り囲む。

逃げ場など与えないように、徹底的に。

 

 

そんな中、江ノ島は全校生徒の目を欺き、〝唯一苗木に優しく接した〟。

 

 

***

 

 

〝江ノ島の計画〟はこういうものであったーーーーー

 

 

 

 

 

まず、生徒達によるイジメを煽動する。

同時に、教師に対しても心理操作を行い、苗木を孤立させる。

苗木がイジメを受ける中、江ノ島だけが優しく接する。

こうして苗木が江ノ島を信じ、依存するように仕向ける。

そして、江ノ島を信じ切ったその時、このイジメの黒幕が自分であると明かす。

最大の裏切りにあった苗木は〝絶望〟する。

 

 

 

 

 

ーーーーーこれが大まかな〝江ノ島の計画〟であった。

 

 

〝絶望〟からの唯一の逃げ道。

ソレを人は〝希望〟と呼ぶ。

しかし、その先に待ち受けるのは〝真実〟。

どうしようもなく〝絶望〟に塗れた〝真実〟。

 

 

江ノ島は、〝真実〟を突き付けるために暗躍する。

嗤いながら、苗木を〝絶望〟へと誘う。

 

 

***

 

 

〝計画〟は順調に進んでいた。

次第に顔はやつれ、疲弊していく様が見て取れた。

この時江ノ島は苗木が家族に頼る可能性も考えたが、そうはならなかった。

もしそうなっていた場合は、自らの母親と同様に〝パワー〟を使い対処するつもりでいた。

人を狂わせる、〝パワー〟を。

しかし、その必要はなかったようである。

 

苗木は家族に心配されないように〝イジメ〟のことを隠していた。

江ノ島は念のために、苗木の妹から情報が漏れないようにも心理操作を行った。

 

 

 

 

 

彼女の計画は乱れることなく予想通りに進んでいった。

 

 

 

 

 

そして、時が満ちたーーーーー

 

 

***

 

 

江ノ島と苗木は学校の保健室にいた。

 

「ねぇ苗木…。もう学校来ない方がいいって。

今日だって上級生に殴られてさ…。

ただでさえ小さいんだから…、体が保たないって。」

 

江ノ島は心にも思っていない言葉を平然と並べていく。

そんな江ノ島に苗木は…、

 

「ありがとう…江ノ島さん…。

でも、ボクは大丈夫だよ…。」

 

そう言う苗木の顔は、誰がどう見ても大丈夫ではない。

 

「はぁ…。アンタ、少し自己犠牲が過ぎると思うよ。

明らかに悪いのはアイツらじゃん。

なのにさ…、なんで文句の1つも言わない訳?」

 

無表情で問う江ノ島。

江ノ島は、苗木が既に〝絶望〟に染まっていると予測していた。

しかし、その予測は外れていた。

苗木は疲れてこそいたが、〝絶望〟した訳ではなかった。

 

「だってさ…、みんながボクに対してすることは…。

きっとボクが…何か、みんなをイライラさせるようなことをしてしまっているからだと思うんだ。

だから…、ボクはみんなを責めることが出来ないよ…。」

 

それを聞いた江ノ島は思わず叫ぶ。

 

「はぁ!?意味わかんないッ!

どうやったらそんな考え方になんのッ!?

相手を傷付けないことが優しさだと思っているわけッ!?

自己犠牲が美しいとでも思ってんのッ!?

……気持ち悪い。アンタ、気持ち悪いよ……。

いや……違う…、狂ってるのよ。

アンタは既に、どこか狂ってる。アタシと同じように……。

でも違う。

アンタの〝ソレ〟は〝絶望〟じゃない…。

……。

……。

なんで〝絶望〟しないの?

いい加減に気付よ…。

アンタの自己犠牲の先にあるのは〝破滅〟。

〝この世界〟はアンタが思っているような〝優しい世界〟じゃない…ッ!!」

 

怒りを露わにし、矢継ぎ早にまくし立てた江ノ島だったが、一呼吸おく。

そしてーーーーー

 

「もういいや…。ねぇ…苗木。

〝このイジメ〟がどうして起きたか知ってる?」

 

「えっ…?」

 

江ノ島の言葉に、苗木は驚く。

そんな苗木に構うことなく、江ノ島は話を続ける

 

「いい?よく聞けよ…。

アンタのイジメの〝黒幕〟はあたし…。

みんなを煽動してアンタをイジメるように仕向けたの…。

理由を教えてやろうか?

それは……、

ただムカついたから。それだけ。

アンタが思っていたような理由なんてないのッ!

アンタは何もしてないし、何も悪くない…。

それでもアンタは〝イジメ〟を受けた。

いいッ!?〝世界〟なんてこんなもんなのよッ!!

〝この世界〟に救いなんてないッ!!

〝無慈悲〟で〝残酷〟なのッ!

それが〝真実〟なわけッ!!」

 

 

 

『〝この世界〟は〝絶望〟で出来てるんだよォッ!!!』

 

 

 

〝それ〟は江ノ島の心からの叫びであった。

 

家庭内暴力を受けていた江ノ島。

誰に助けを求めても、手を差し伸べてくれなかった。

どれ程願い、求めても〝希望〟なんてなかった〝この世界〟。

 

江ノ島は〝それ〟を苗木に突き付ける。

苗木はそれを聞き、俯いたまま黙り込んだ。

 

江ノ島は勝ちを確信した。

だが、再び上がった苗木の顔は……

 

 

……〝優しい笑顔〟であった。

 

 

***

 

 

「そっか…、よかった…。」

 

「はぁぁッ!!??」

 

江ノ島の顔は驚愕に染まる。

 

「アンタ、ついに頭おかしくなったんじゃねーのッ!?」

 

「酷いなぁ…。別にそうじゃないよ…。」

 

「いいや!おかしいねッ!!狂ってるってッ!!」

 

江ノ島は苗木の反応に理解が追いつかない。

〝江ノ島の知っている世界〟は〝理不尽〟で〝無慈悲〟で〝残酷〟だった。

目の前の苗木も、〝それ〟を知ったはずだ。

なのに、苗木は笑っていたのだ。

 

江ノ島は最早半狂乱だった。

 

「どうやったらそんな結論になんのよッ!!」

「どうして笑ってられんのよッ!!」

「なんで…ーーー!」

「どうして…ーーッ!!」

「…ー!」

「…。」

 

肩を大きく揺らし荒い息づかいの江ノ島に、苗木は話しかける。

 

「誰も悪い人がいなくてよかったよ…。

江ノ島さんがどうしてボクに対してムカついたのかはわからないけど…、

他人にイライラすることくらい誰にだってあるよ…。

今回はそれが行き過ぎちゃって…、偶々ボクに向いちゃっただけ…。

でもボクで良かったよ…。

誰かが傷つく姿は見たくないから…。」

 

 

 

 

 

〝同じ世界〟を見た時、苗木と江ノ島の出した〝答え〟は大きく違っていた。

 

苗木は、この世界の理不尽さも残酷さも笑い飛ばしたのだ。

苗木の〝強すぎる心〟は〝絶望〟には屈しなかった。

 

 

 

 

 

江ノ島は混乱していた。

苗木に〝世界の真実〟を見せたはずだった。

だが、それでも苗木は〝この理不尽な世界〟に〝希望〟を抱き続けたのだ。

そんな、呆然としていた江ノ島は苗木の言葉に我に返る。

 

「ねぇ…、江ノ島さんは〝この世界〟に〝絶望〟しているの?」

 

「……。」

 

「ボクさ…、江ノ島さんの笑っているところを見たことが無いんだ…。」

 

「……ッ!」

 

苗木は、江ノ島の〝偽りの笑顔〟を見抜いていた。

 

苗木もまた、江ノ島が自分が住むマンションの隣に住んでいたことを覚えていた。

そんな少女は、いつもつまらなそうに笑っていた。

心優しき苗木が、その少女のことを気にしないはずもなかった。

 

「ボクじゃ…、江ノ島さんの助けにはなれないかな…?」

 

「……ッ!!」

 

 

 

江ノ島は、生まれて初めて手を差し伸べられた。

だからこそわからない。

 

〝冷え切った世界〟へ急に訪れた〝暖かさ〟

〝絶望しかなかった世界〟に初めて射した〝希望の光〟。

 

暗闇の中に居続けた彼女は、その〝かすかな光〟すら、まばゆく輝く太陽の様に見えた。

苗木の〝言弾〟は確かな〝希望〟を乗せ、江ノ島の〝閉ざされた心〟に小さな穴を開けた。

 

 

 

気付けば、江ノ島は泣いていた。

 

姉と離ればなれになり心を閉ざしてから、涙を流したことはなかった。

しかし今、自然と溢れだしたのだ。

一度溢れだした感情は、留まるところを知らない。

ずっとため込んできた〝ナニカ〟が江ノ島の中から薄らいでいく。

 

 

 

「な、なんであたし…泣いてんのよ…。

わけわかんない…。

こんな感情…知らないッ!!気持ち悪いッ!!

なんなのッ!!なんなのよォォッッ!!!」

 

そんな、狼狽する江ノ島を苗木は優しく抱きしめる。

 

「辛かったね…。哀しかったね…。

江ノ島さんは頑張ったよ…。

出来ることを全部やったんだよ…。

だからさ…、そんな頑張った自分を…そのまま受け入れてよ…。

今までの江ノ島さんも、今の江ノ島さんも…、全部本当の江ノ島さんなんだよ…。」

 

 

 

 

 

苗木の〝優しさ〟は少しだけ〝江ノ島の心〟を溶かした。

〝絶望だけが支配した江ノ島の心〟には、小さくではあるが確かに〝希望の光〟が宿ったのだった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

〝一度目の敗北〟を思い出した江ノ島は、再び画面の向こうに居る少年へと目を向ける。

呑気にベットへと横たわっているその少年は、これから起きることをまだ知らない。

 

江ノ島は自分自身のことを今一度考える。

 

 

 

(アタシの中で今も輝き続けている〝希望の光〟…。

苗木に貰ったこの〝光〟…。

〝この計画〟の先に…あたしは一体何を見るんだろう…?)

 

 

 

 

 

江ノ島は目を閉じ、心の整理を付けた。

そして校内放送のスイッチを入れる。

 

 

 

 

 

「おい!オマエラッ!

呑気に眠りこけてる場合じゃねーぞッ!

〝絶望の映画撮影〟は今から始まるんだからなァッ!!」

 

 

 

 

 

〝超高校級の希望〟と〝超高校の絶望〟の最後の戦いは今、幕を開けるーーーーー

 

 

 

 

 




ミナサン!こんにちはでちゅ!
今回は今まで謎だった〝苗木くんと江ノ島さんの過去〟が判明しまちたね!
この世界が江ノ島さんと言う〝絶望〟を作り出してしまったんでちゅね…。
先生は悲しいでちゅ…。
それでは、仕事をしていきまちゅね…。


以下ウサミファイルより抜粋

・上記がchapter2にて判明した苗木誠の秘密である。

・家庭環境と姉との離別により江ノ島は〝絶望〟へと堕ちた模様。

・江ノ島は苗木により〝希望〟を抱くも、依然として〝絶望〟を名乗る。


それではミナサン!また今度も会いに来てくだちゃいね!


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chapter5 ラストダンスは絶望と共にⅠ

すんーーごいお久しぶりです。
10周年を機に再び書き始めました。
一応エピローグ以外を書き終わりましたので、順次投稿していきます。


ーー苗木視点ーー

 

江ノ島による学園占拠から既に、2日が経過していた。

 

江ノ島は宣言通り、苗木を除く5人に記憶の操作を試みた。

本来ならば1日で刷り込みが終わることを予定していたが、腐川のもう1人の人格であるジェノサイダー翔の記憶の書き換えに手間取っていたのだ。

しかしその作業も終わりを告げ、ついに〝計画〟が動き出した…。

 

 

***

 

 

苗木は現在、5階の探索を行っていた。

chapter4からの続きであるため、新たな階層が解放されていたのだ。

しかし、苗木の心中は探索どころではなかった。

5人の記憶を上書きしている内に、江ノ島はモノクマ伝いに現在の状況とこれからのことを苗木に伝えていたのだ。

故に……

 

(探索前に食堂でみんなと会ったとき、明らかに話が噛み合わなかった…。

まさか…、本当に記憶が無くなってるなんて…。)

 

江ノ島の話が本当であったと知り、苗木の心は不安に支配されてしまう。

しかし苗木に出来ることは、江ノ島のシナリオに身を任せることだけだった…。

 

(記憶を失ってる状態じゃ、何を言ってもついに頭がおかしくなったのかって言われるだけだ…。

爆弾も設置されてるみたいだし、今は江ノ島さんの言うことを聞くしかない…、か…。)

 

一寸先は闇。

しかし「兎に角やるしかない」と、苗木は自らを鼓舞し、探索に集中するのであった。

 

 

***

 

 

時刻は夜時間の少し前。

6人は探索の報告をするために食堂に会していた。

 

この時、苗木は結局流れに身を任せることしか出来なかった。

多くの仲間を失った記憶を持つ5人。

本当は誰も死んでいないのだと伝えたかった。しかし、彼等にとってあまりにも突拍子のないことを、言い出せる雰囲気ではなかった。

 

そんな、若干上の空の苗木を放置し報告は次々に終わっていく。

そして、議論は霧切の正体へと移っていった。

 

 

 

「記憶が無いのよ。」

 

霧切は表情を変えずに言い放った。

彼女は記憶操作の際、学園生活の記憶だけでなく自身の才能や学園に来た目的さえも奪われていたようだ。

 

そんな発言に、一同は騒がしくなる。

 

「信じて貰えるとは思ってなかったわ。…だから言いたくなかったのよ。」

 

 

 

その後、十神が霧切の行動を制限すべく彼女の個室の鍵を要求する。

対する霧切は、自らの部屋の鍵をあっさりと十神に渡した後、食堂を去っていった。

そして入れ替わるようにモノクマが現れ〝宝物〟が盗まれたと激高していたが、またすぐにいなくなってしまった。

 

このまま集合している雰囲気でもなくなり、残された5人は夜時間を告げるアナウンスと共に解散するのだった。

 

 

***

 

 

(このナイフ、どうしようか…。)

 

苗木は先程の報告の際、腐川が見つけたサバイバルナイフを預かることになっていた。

そして、それを机の中に入れ、苗木は再び今日起こったことを思い出す。

 

(みんなの記憶…、江ノ島さんのシナリオ…、ボクとの決着…。

学園の外は、いったいどんな状況になっているんだろう…。

そしてボクは、これからどうすればいいんだ…。)

 

決して結論の出ない思考に飲まれていると、不意にインターホンがなった。

重い身体を動かしドアを開け、苗木が相手を確認すると、その相手は霧切であった。

 

 

***

 

 

苗木の部屋へとやってきた霧切は、彼を脱衣所へと呼び出した。

そして大神の裁判後、学園長室の扉が壊されておりそこから"モノクマのデザインが施された鍵"を盗み出したこと、その鍵が何処の鍵なのかを探る為にモノクマを引き付けて欲しいことを苗木に伝える。

さらに『私に万が一のことがあったら開けて欲しい』と苗木に言い残し、小さな封筒を預け去っていった。

 

そんな彼女の瞳には、未来へ向かう為の強い意志が宿っていた。

 

 

***

 

 

苗木は、ただただ呆気にとられていた。

記憶をなくし、絶望的な状況にいてなお不適に笑って見せた霧切。

そんな彼女が去っていった方をぼぅっと見ていると、最早聴き慣れた声が鼓膜を揺さぶる。

 

「やあやあ苗木クン!2人っきりでナニをしてたの〜?

健全な撮影を心がけているボクとしては、そういうのは困っちゃうんだよな〜。」

 

「…モノクマッ!」

 

霧切との約束を守る為に呼ぶつもりでいたモノクマが、自ら現れる。

 

「うぷぷ。大方、ボクを引き付けておくように言われたんでしょ?」

 

「……ッ!?」

 

「ちょっとは隠す努力をしたらどうなの?うぷぷ!」

 

モノクマーー江ノ島盾子は、全てを分かっていると言わんばかりに余裕を醸し出す。

そんな江ノ島に対し、若干の不信感を抱きながらも苗木は会話を試みる。

 

「全部分かってるの?江ノ島さんは…。」

 

「勿論だよ。霧切さんが〝特別な鍵〟と〝戦刃むくろのプロフィール〟を学園長室から盗み出したこととかね…。」

 

「戦刃さんのプロフィール?」

 

「そ、この撮影は私様もお姉ちゃんも参加してるんだよ!」

 

「え…?でも、江ノ島さんの出演はミライ機関の人達に止められてたんじゃ…?」

 

「何を今更…。もうそんな事言ってる場合じゃないでしょ?

それに、今の情報は黒幕の謎を解く為の大ヒントだよ!出血大サービスッ!」

 

 

***

 

 

霧切の目論みを見透かし、あえて泳がせている様子を見せる江ノ島。

そんな江ノ島に対し苗木は、目の前の存在をモノクマではなく江ノ島盾子と認識して接することを選んだ。

 

そしてその後、2人はまるで友人同士のように語らっていた。

昔の事、クラスメイトと過ごした、騒がしくも暖かい日々の事。

 

「ねえ…、今日はよく喋るね。」

 

「……。」

 

苗木の質問に、モノクマは数秒の間沈黙する。

そして、

 

「ま、これが最後になるかもしれないしね…。」

 

江ノ島の感情を、苗木は読み取ることができない。

唐突な言葉に、今度は苗木が沈黙していると……

 

「苗木クン、この学園は世界の縮図なんだよ。」

 

モノクマーー江ノ島盾子は、独り言のようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

 

 

「理想の場所、自分の在るべき立ち位置を探し……」

 

ーー舞園さやかが縋ったように

 

「自分と周囲の人間とを比べ、比べられ、葛藤し……」

 

ーー大和田紋土が苦しんだように

 

「金が物をいう世界に辟易し……」

 

ーーセレスティア・ルーデンベルクが求めたように

 

「誰かを信じようとも、裏切られ……」

 

ーー大神さくらが掴めなかったように

 

「いつかは朽ち、壊れていく……」

 

ーーアルターエゴが散っていったように

 

「そんな……、そんな虚しい世界そのものなんだよ。」

 

 

 

苗木は、江ノ島の言葉を黙って受け止めた。

そして……

 

「そうだね…。確かに、ボクたちはちっぽけな存在だ。

怯え、悩み、苦しみ。そんな、辛いことがいっぱいだ。

でもね、それと同じくらい楽しいことだってあるんだよ。

キミが知らないだけで、この世界には沢山の幸せに満ちているんだよ。」

 

苗木もまた、独り言のように呟いた。

 

 

***

 

 

しばらくの静寂が、その場を包んだ。

何分たったかわからない。

2人はただ、その場に立ち尽くしていた。

けれど、その距離感が心地いい。

 

「うぷぷ。相変わらず前向きだね〜。

絶望に満ちたこの学園……世界にいて尚、希望を抱き続ける!

やっぱり〝超高校級の希望〟はそうでなくちゃね!うぷぷ!」

 

「……?」

 

「苗木クン!キミはそのまま進み続ければいいと思うよ!

そしてボク……いや!私様の元までたどり着いたのなら!

その時は決着を付けようじゃない!」

 

江ノ島は、矢継ぎ早に言葉を紡いだ。

そして、

 

「まっ、辿り着けたら…ね。うぷぷぷぷ。」

 

不気味に笑うと、モノクマは〝ピョン〟という効果音と共にジャンプし、

 

〝プシュ〟

 

と、香水のようなナニカを、苗木の顔へと吹きかけた。

 

「じゃあね!お大事に!」

 

そう言うと、モノクマはどこかへ去っていった。

 

「うわっ、何だ…これ。匂いは無いみたいだけど。なんだったんだ?」

 

唐突に終わりを告げた2人の語らいは、妙な不安を残していった。

そして、取り敢えずの目的を達した苗木は、自分の部屋へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

苗木と霧切の密会の翌日、黒幕こと江ノ島盾子は覆面に白衣という奇抜な衣装に身を包み、息苦しそうに胸を押さえる小さな少年を見下ろしていた。

昨日のモノクマによる香水が、効果を現し始めた様である。

 

「苗木……こうして直接会うのは、これが最後かもしれないわね。」

 

江ノ島は、彼の部屋から回収したナイフを手元で光らせながら、語り出す。

 

「私様の未来予知にも等しき分析力が、この瞬間が最後である可能性を導き出したわ。」

 

その声色は形容しがたく、その表情もまた、覆面によりうかがい知ることは出来ない。

 

「次の学級裁判ではきっと、あんたか霧切のどちらかが死ぬことになるでしょうね。

単純な確率は五分五分と言ったところかしら。

でも……」

 

江ノ島はここで言葉を切った。

そして、苗木が苦しそうに寝込むベットに腰掛け、彼の顔をそっと撫でる。

 

「とんでもないお人好しのあんたのことだから、きっと自分を犠牲にするんでしょうね。

例え、全てを知っていたとしても。」

 

覆面により、様子をうかがい知ることは出来ない。

しかし、江ノ島は満足したように立ち上がる。

 

「さてと……。そろそろ霧切のヤツが〝死神の足音〟とやらを聞きつけて来る頃かな。」

 

まるで、これから起きることを知っているかのようにつまらなそうに、しかし、どこか名残惜しそうに、江ノ島は呟く。

すると……

 

〝ガチャ〟

 

扉を開く音が聞こえ、江ノ島の予測通り霧切が姿を現す。

そして、苦しそうに横になる苗木と異様な人物を認識した霧切は…驚く様子もなく、覆面を捕縛する為臨戦態勢へと移行した。

 

しかし、そんな霧切を嘲笑うかのように江ノ島は華麗な身のこなしで彼女を躱し、逃走に成功するのだった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

あーあ……。

 

いやはやまったく……。

 

ホント、あーあって感じ……。

 

こんな時、他の奴等は何を思うんだろうか……。

 

焦燥? 憎悪? 困惑? 悲観? 諦め? 無関心? 自己の正当化?

 

うーん……。

 

やっぱりこうよね……、

 

 

 

 

 

〝絶望的〟

 

 

 

 

 

うん。

 

やっぱりコレが、一番しっくりくるわね!

 

ん?

 

何が何だか分からないって?

 

まったく、絶望的に脳味噌の足りない連中ですね……。

 

仕方ない、説明して差し上げますよ、特別に、私様が。

 

んじゃ、説明開始ッ!

 

 

***

 

 

まず始めに、現状のおさらい。

学園に残る生徒は、私様を含め7人。

その内、2人ーー私様と苗木だけは記憶の操作を行っていない。

そして他の5人は、実際に何日もの間コロシアイ学園生活を送ってきたものと思い込んでいる。

しかし、そんな絶望的な状況にも関わらず彼等は、大神さくらの死を切っ掛けにし、ついに!

黒幕を倒すという目的の下、真の意味で団結するということに成功したのですッ!

 

そして、なんやかんやあって現在、苗木誠クンの〝おしおきタイム〟の真っ最中なのですッ!

 

……。

 

……。

 

……。

 

……。

 

……。

 

え?

 

ちゃんと説明しろですって?

 

嫌です。

 

飽きちゃいました。

 

だって……

 

 

 

霧切の正体を知るべく十神がモノクマを呼ぼうとすることも、

 

そこでピクリとも動かないモノクマを見つけることも、

 

他の連中を集め解体作業を始めることも、

 

黒幕が活動を停止していると判断することも、

 

その隙に学園長室に乗り込もうとすることも、

 

扉を破壊するべく腐川にツルハシを取りに行かせることも、

 

植物庭園で謎の死体を発見することも、

 

無理矢理覆面を外そうとし爆発が起きることも、

 

死体を霧切響子だと判断することも、

 

それを信じられない苗木が16人目の高校生の正体を話すことも、

 

死体のそばに落ちている鍵の正体を探ることも、

 

情報処理室のカギだと分かり調べに行くことも、

 

コロシアイ学園生活が生中継で全国ネットにより放映されていると知り更に絶望することも、

 

死体発見アナウンスが流れ学級裁判が開かれるようになることも、

 

捜査中霧切の部屋で戦刃むくろのプロフィールを発見することも、

 

コロシアイ学園生活の参加者が15人ではなく16人だと知ることも、

 

裁判開始時刻ギリギリに霧切が姿を現すことも、

 

裁判でアリバイのない苗木と霧切が疑われることも、

 

霧切が苦し紛れの弁論をすることも、

 

苗木が霧切の論に矛盾があると知りながらあえて見逃すことも、

 

その結果苗木が犯人となり処刑されることも、

 

 

 

 

 

全部、

 

何もかも、

 

余さず、

 

最初から最後まで、

 

完全に、

 

てっぺんからつま先まで、

 

すっかり、

 

丸ごと、

 

 

 

 

 

分析通りなんですもの。

 

 

 

 

 




以下ウサミファイルより抜粋

・霧切、十神、朝日奈、腐川、葉隠の5人は記憶操作を施され、コロシアイが行われてきたと思い込んでいる。(状況が原作と一致)

・江ノ島は感傷に浸りながらも計画を実行する。

・chapter5の撮影が行われる。

・学級裁判が行われ、苗木がクロに決まる。現在詳細は非公開

・情報処理室のテレビには細工が施されており、苗木を除く5人は自分たちの現状が〝生中継〟されているものだと思い込んでしまう。


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chapter5 ラストダンスは絶望と共にⅡ

ミナサンこんにちは。
今回以降、独自設定がバリバリ出てきます。
簡単に言うのであれば、『〝超高校級の希望〟と〝超高校級の絶望〟には特殊な能力がある』といったものです。
『EpisodeO 超高校級のキボウ』『chapter4.5 江ノ島盾子のコクハク』でも少し発動していましたが…。
兎に角、今回はこの能力について言及しております。
では、何卒。


ーー苗木視点ーー

 

〝ガシャン〟

 

〝ガシャン〟

 

〝ガシャン〟

 

〝ガシャン〟

 

〝ガシャン〟

 

無機質な衝突音が、遠くの方で鳴り響いている。

しかしその音は、確実に近づいている。

 

〝ガシャン〟

 

教室の様な場所。

 

〝ガシャン〟

 

中央に設置されたベルトコンベア。

 

〝ガシャン〟

 

その行く先に待ち受ける重厚なプレス機。

 

〝ガシャン〟

 

ベルトコンベアに固定され流されていく机と椅子。

 

〝ガシャン〟

 

そして、

 

〝ガシャン〟

 

その椅子に縛り付けられた小さな少年。

 

 

彼の顔からはすでに血の気が引いており、オバケもビックリする程に青ざめている。

しかし、それも無理からぬことであろう。

それは〝万物に訪れる最大の絶望〟と、言い換えることも出来る……

 

 

 

〝死〟

 

 

 

……が、すぐそこまで迫っているのだから。

 

 

***

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

「結局こうなるのね…。」

 

全ては、アタシの分析が見せた未来へと収束していく。

 

「なんて味気ない…、」

 

しかし、そうはならないこともあったのだ。

 

「なんて寒々しい…、」

 

それは〝希望〟が分析の中に入り込んだとき。

〝希望〟とは、〝絶望〟と同様、完全に推し量れるものではない。

 

「なんて面白味のない…、」

 

今回もそう、アタシの分析には〝希望〟が混じっていた。

ならば、推測された未来は変わるのではないか。

 

「なんてくだらない…、」

 

否。状況が違うのだ。

この〝学園〟という要因こそが、アタシの推測をより確実なものとしているのだ。

 

「なんてつまらない…、」

 

用意された巨大な〝絶望〟が、〝希望〟の入り込む余地を限りなく狭めた。

 

「なんて……、」

 

だからこそ、未来は変わらない。

ヤツはここで死ぬ。

〝絶望〟に敗れ。

 

 

 

 

 

「絶望的なのかしらね。」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー苗木視点ーー

 

霧切さんが盗み出した鍵がどこの場所の鍵であるかを調べる為、モノクマを引きつけた翌日、ボクはどこか熱っぽさを感じていた。

そんなけだるい身体に鞭を打ち、ボクは霧切さんを捜すために学園中を走り回ったんだ。

でも、見つけることが出来なかった。

そして、そんなことは関係ないと言わんばかりに、体調はどんどん悪くなっていった。

 

もし、もしあの日…彼女を見つけることが出来ていたなら…ボクの運命は、幾分か変わっていたのだろうか。

 

ボクは、そんな意味のない妄想をしながら席に着かされる。

目の前には、黒板と教卓。

後ろには、凄まじい音を響かせるプレス機。

 

そう、〝おしおき〟だ。

 

ボクは、クロになってしまったのだ。

 

 

***

 

 

確実に、死の足音が近づいて来る。

呼吸が荒くなるのがわかる。

 

そんな、〝絶望〟という言葉が脳裏をよぎるこの状況の中、拍子抜けするような〝ピョーン〟という擬音と共に、モノクマが教卓に現れた。

 

「うぷぷ……。ずいぶんと顔色がすぐれない様だね、苗木クン!」

 

聞き慣れたはずの声が、妙に心を騒がしくさせる。

 

「しかし、残念でならないよ!

ボクとしては、ここで霧切さんがおしおきされて、キミがいかに無力であるか実感して貰いたかったのに!」

 

ボクの選択は、正しかったのか。

 

「全てを知っているにも関わらずッ!

霧切さんの求める答えになんの意味もないと知りながらッ!」

 

誰かに未来を託す判断に、後悔はないか。

 

「あんな形だけの裁判に踊らされてッ!」

 

この自問自答の先に、答えはあるのか。

 

「滑稽だよッ!」

 

答えがあったとして、その答えに納得出来るか。

 

「本当にッ!」

 

あれ……

 

「私様の今までの労力が、こんなあっけなく終わりを迎えるだなんてッ!」

 

何でボク……

 

「なんて絶望的なのッ!」

 

 

 

こんなにも冷静なんだろう。

 

 

 

***

 

 

端的に言うのであれば、それは〝超高校級の希望〟の能力である。

光が強ければ強い程、影は濃くなる。

逆に考えるのならば、影が濃い程、光は強いと言えよう。

だからこそ、江ノ島盾子が作り出した巨大な〝絶望〟は、苗木誠の〝希望〟を、言ってしまえば〝精神〟を、急激に成長させているのだ。

 

 

***

 

 

恐怖が薄れていく。

 

さっきまで聞こえていたプレス機の音が小さくなっていく。

 

目の前で文句を言い散らかしているモノクマが、江ノ島さんの姿に重なっていく。

 

これは映画撮影なんかじゃない。

 

これから、本当に死んでしまうのだろう。

 

でも、頭が冴え渡っている。

 

ああ、こういうことだったのか。

 

江ノ島さんが前に、ボクのことを〝狂ってる〟と言ったのは。

 

 

***

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

先程から黙り込んでいる画面越しのアイツを見て、確信した……

 

「やっと、私様と対等になれたわね。

最も、今さら感がハンパないけど…。」

 

 

〝超高校級の希望〟が、覚醒したのだと。

 

 

「ねえ、苗木。」

 

名前を呼んでみる。

 

「ここであんたが死ぬことに、どれ程の意味があると思う?」

 

画面越しに、目が合う。

 

「〝超高校級の希望〟が、〝超高校級の絶望〟に敗北することで世界がどうなるか、考えたことある?」

 

その瞳に、〝絶望〟はない。

 

 

***

 

 

〝超高校級〟

 

この世界において、この言葉は重大な意味を持つ。

状況にもよるが、〝私立希望ヶ峰学園〟、並びにそのOBたちの多くが所属する〝ミライ機関〟は、一国の最高権力者をも従えさせるほどの力を有する、超特権的な存在である。

その〝私立希望ヶ峰学園〟に認められた者のみが、〝超高校級〟と名乗ることが許される。

伊達や酔狂で名乗ることなど出来ないのだ。

 

例えば、〝超高校級のアイドル〟

 

彼女の出演するステージは、常に満員御礼である。

チケットは毎度の如く秒で完売。

ライブでは、あまりの盛り上がりに失神するファンが多く発生する。

これらは、海外においても同様である。国内だけの人気ではない。

さらに、彼女のSNSアカウントのフォロワーは、数千万人に及ぶ。

また、動画サイトに彼女の歌が投稿されれば、一週間以内に1000万再生を余裕で超えるだろう。

 

例えば、〝超高校級の幸運〟

 

本物の幸運の持ち主。

限度はあれど、願えば、叶う。望めば、手に入る。

大袈裟に言うのであれば、世界の事象に干渉する力。

それを持つ。

 

このように…〝超高校級〟を名乗る人物達は、規格外である。

否、規格外でなければならない。

目に見える能力、一定の時間をかけ観測出来る能力。

どちらにせよ、彼等は自らを〝超高校級〟たらしめる〝力〟を持っている。

ならば……

 

 

 

〝超高校級の希望〟とは?

〝超高校級の絶望〟とは?

 

 

 

〝超高校級のアイドル〟の様に、目に見える能力ではない。

〝超高校級の幸運〟の様に、時間をかければ観測出来る能力でもない。

 

しかし、〝私立希望ヶ峰学園〟は、苗木誠と江ノ島盾子を〝そう〟呼ぶのだ。

 

 

***

 

 

ーー苗木視点ーー

 

「ボクが死ぬ意味?」

 

演技を止め、モノクマ越しに苗木へと語りかける江ノ島。

彼女の胸中は、誰にもわからないであろう。

 

「アンタにも心当たりがあるだろうけどさ、アタシ達には〝ある能力〟があるのよ。」

 

「……。」

 

「いい?〝超高校級〟という肩書きは特別なの。

そして、〝超高校級の希望〟と〝超高校級の絶望〟は特別であると認められた。

そう、アタシ達を〝超高校級〟たらしめる特別な〝能力〟がある。

アタシはそれを〝パワー〟を呼ぶわッ!

現代の技術を用いた観測機器で尚、計測することの出来ない〝パワー〟。

非科学的、しかし確かに存在している。

そしてそれを、〝この学園〟も認めた。

そう……

 

 

 

〝人の精神に干渉する力〟

 

 

 

……を、アタシ達は持っているのよ。」

 

 

***

 

 

確かに、心当たりはある。

〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟以降、ボクは学園長の指示により〝希望プログラム〟というものの制作に協力していたのだ。

 

〝希望プログラム〟

 

ボクもよく知らない。

特段なにかをしたわけでもない。

心理学的な問題に対するボクの考え方を解析しただけ。

たったそれだけだ。

あとは…そう、〝ある人工知能〟と会話をしたかな。

 

その時、ボクは確かに学園長から聞いたんだ。

 

「苗木君。まだ無自覚だろうけど、君には〝ある能力〟がある。

〝それ〟は、誰にでもマネできる様なものではない。

君にしか…いや、〝君達〟にしか出来ないことだ。」

 

 

「苗木君と、江ノ島君……。

2人の言葉には、目には見えない〝パワー〟が宿っている。」

 

 

***

 

 

「催眠だとか、洗脳だとか…そんなチャチなもんじゃないッ!

アタシ達は人の精神に干渉し、枷を外すことが出来るッ!

いつの間にか染みついた常識ッ!

いつの間にか従っている道徳ッ!

目には見えない鎖で雁字搦めにされた人の心をッ!

アタシ達は解き放てるのよッ!!」

 

江ノ島は興奮気味に語り出す。

 

「必要な情報は音だけ。

アタシ達の口から発せられる音に〝パワー〟を混ぜる。

そして生まれてくる言葉は、世に言う〝言霊〟ってやつね。

でも、それは正しくない。

何故なら、アタシ達の言葉は人の心を打ち抜く。

誰かが決めた尺度で言うところの、〝良くも悪くも〟…ね。」

 

 

「故に、アタシはこの〝パワー〟を〝言弾(コトダマ)〟と呼ぶのよ。」

 

 

「長く語っちゃったけどさ……

まあ、何が言いたいのかと言えば……

アタシの〝絶望〟を中和出来るのは、この世界でアンタ一人だけ。

つまり、アタシの振りまく〝絶望〟は、もう誰にも止められないってこと。」

 

 

 

 

 

「サヨナラ。我が愛しのライバルよ。」

 

 

 

 

 

苗木は、ただひたすらにモノクマの瞳を…その奥にいる江ノ島盾子の存在を見ていた。

窮地を脱する打開策はない。

しかし、諦めの感情もない。

 

〝超高校級の希望〟のみが至る境地。

 

その場所に、彼はいた。

 

10m…

 

 

 

 

5m…

 

 

2m…

 

プレス機が、近づいてくる。

 

苗木はただ〝絶望〟のない、〝希望〟の宿った瞳で、江ノ島盾子を睨み続けた。

 

そしてついに、その時は来た。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

アタシは今、確かに興奮している。

 

性的な興奮、絶頂ってヤツ。

 

まあ、普段はこんな事にはならないんだけどね。

 

アタシの興奮は〝絶望〟と比例してるから。

 

アタシが絶頂するほどの〝絶望〟なんて、そうそう起こりえないから。

 

でも今、確かに目の前で起きた。

 

苗木がプレス機の真下に来たとき、モニターに一瞬だけ不二咲の顔が映し出された。

 

アルターエゴだ。

 

ネットワークに侵入したときに、ウイルスを仕込んでいたのだ。

 

そして、そのウイルスがプレス機を停止させ…苗木を生かした。

 

 

 

「完璧に整えられていたはずの〝絶望〟が……

完全に見通したはずの未来が……

裏切られ、壊されていくッ!

なにもかもが思い通りの、退屈という名の〝絶望〟がアタシを襲うはずだったのにッ!

ヤツの〝希望〟が、未来を変えてみせたッ!

今のこの感情を表現する言葉が見つからないッ!」

 

しかし、それを敢えて言葉にするのならば……

 

「ああ、なんて……」

 

 

 

 

 

「なんて……ッ」

 

 

 

 

 

「なんて……ッッ!」

 

 

 

 

 

「絶望的なのッッッ!!!」

 

 

 

 

 

chapter5 END




以下ウサミファイルより抜粋

・〝超高校級の希望〟が覚醒する。

・〝言弾〟とは、〝超高校級の希望〟並びに〝超高校級の絶望〟のみが使うことが出来る能力である。それを端的に言うのであれば、『人の精神に影響を与えることの出来る力』である。現在詳細は不明

・学園は〝希望プログラム〟なるモノを制作している。現在詳細は非公開

・苗木の処刑はアルターエゴの介入により失敗に終わる。


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chapter5(裏) 人工キボウ

ミナサンこんにちは。
今回も独自設定だらけです。
あのキャラのことも言及しておりますので…。
一応注意喚起しておきます。


ーー???視点ーー

 

〝カムクライズルプロジェクト〟

 

それは人工的な手術により、神座出流のような〝万能の天才〟を生み出すという計画である。

そして、この計画は〝私立希望ヶ峰学園〟にて、実際に行われていた。

しかし、成就することはなかった。

被験体である〝日向創〟に〝カムクライズル〟の人格と能力が発現し、計画を最終段階に移すその直前に〝江ノ島盾子〟によって乗っ取られたのである。

 

では…その〝最終段階〟とは?

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「そう…〝人の精神に干渉する力〟を、アタシたちは持っているのよ。」

 

「必要な情報は音だけ。

アタシ達の口から発せられる音に、〝パワー〟を混ぜる。

そして生まれてくる言葉は、世に言う〝言霊〟ってやつね。

でも、それは正しくない。

何故なら、アタシたちの言葉は人の心を打ち抜く。

誰かが決めた尺度で言うところの、〝良くも悪くも〟……ね。」

 

 

「故に、アタシはこの〝パワー〟を、〝言弾〟と呼ぶのよ。」

 

 

 

 

 

学園内を撮影するために設置されたモニターとスピーカーにより、処刑中の情報が外部へと流れる。

すると……

 

「うわあああぁぁぁッ!!!」

 

何処からか絶叫が聞こえる。

 

「う、うううぅぅぅッ!」

 

何処からか呻き声が聞こえる。

 

同時多発的に、不調を訴える者が現れた。

現場は、一瞬にして異常な雰囲気に包まれる。

しかし、それらの人物の共通点は明白である。

それは……

 

〝モニターの映像を注視し、江ノ島と苗木の会話を聞いていた〟

 

……ということ。

そう、江ノ島盾子が放つ〝絶望の言弾〟は、映像越し…スピーカー越しでさえ、いとも容易く人の精神を蝕んだ。

 

 

 

「音声を切るんだッ!早くッ!」

 

ミライ機関の職員達が次々と蹲っていく中、霧切仁の声が響く。

その数秒後、ミライ機関の職員の一人が音声を途切れさせることに成功する。

しかし、被害はあまりにも甚大であった。

 

「な、何が起こってるんですか!?」

 

そんな悲惨な状況の中、舞園が驚いたように目を見開いた。

他の78期生達も、ほとんど同様の反応である。

 

ミライ機関の職員のほぼ全員が大なり小なり不調を訴える中、彼等は正気を保っていた。

処刑中、苗木に語りかける江ノ島は確かに、なにか〝異様なオーラ〟を放っていた。

78期生達もそれを感じ取りはしたが、心身に異常を来すことはなかった。

 

最も、それは〝超高校級の希望〟である苗木誠と近しく、〝希望の言弾〟の影響を少なからず受けていたためであった。

 

そんな78期生の面々は、あたふたと職員達の介抱に向かう。

しかし別の場所にも、身体を震わせながら蹲る人影があるのであった。

 

 

 

 

 

77期生達である。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「う、うぅ……。」

 

ーー小泉真昼が、呻く

 

「……ち、くしょうッ!」

 

ーー九頭竜冬彦が、歯がみする

 

「あ、あぁ……。」

 

ーー花村輝々が、崩れ落ちる

 

「む、無理っス……。」

 

ーー澪田唯吹が、諦める

 

「わ、ワシは……。」

 

ーー弐大猫丸が、後ずさる

 

「な、なめんじゃ……ねぇ……。」

 

ーー終里赤音が、臆する

 

「くっ……。」

 

ーー辺古山ペコが、恐怖する

 

「もうやめてよぉ……。」

 

ーー西園寺日寄子が、涙する

 

「こ、困りましたわ……。」

 

--ソニア・ネヴァーマインドが、俯く

 

「暗黒が……、迫り来るッ……。」

 

ーー田中眼蛇夢が、焦る

 

「なんで、こんなッ……。」

 

ーー左右田和一が、震える

 

「ぼ、ぼくは……。」

 

ーー偽十神が、動揺する

 

「うえぇぇんッ……。」

 

ーー罪木蜜柑が、怯える

 

「はぁ……、はぁ……。」

 

ーー狛枝凪斗が、冷や汗を流す

 

 

 

77期生達は思い出す。

 

「そんな……」

 

閉ざされていたはずの記憶を。

 

「ボクは……」

 

忘れさせられていた記憶を。

 

「いや……ボク達は……」

 

〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟の始りの日、

 

「〝絶望〟だった……。」

 

江ノ島盾子によって与えられた傷を……

 

「あははははははははははははははははははははは!」

 

思い出す。

 

 

 

 

 

〝絶望の言弾〟によって穿たれた傷口。

それは、いつの間にか治療されていた。

しかし今、再び疼き出す。

塞がれたはずの傷口が、開いていく。

 

心が、壊れていく。

 

 

 

 

 

「みんな、大丈夫だよ……。」

 

そんな…〝絶望〟が伝染し共鳴する中、優しい声が響く。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

〝神座出流〟

 

私立希望ヶ峰学園の創設者にして〝世界の希望〟〝万能の天才〟と呼ばれた人物。

誰よりも優れ、勝っていた。

しかし、そんな人物であっても抗えないものは存在していた。

 

それは〝老い〟だ。

 

どれ程の力を持とうと、いずれは消えていく。

世界を潤滑に動かす存在は、永遠ではない。

 

だったら、永遠の存在にしてしまえばいい。

 

 

 

〝現代の科学を遙かに超えた生体アンドロイド〟

 

ーー朽ちる事なき完全な肉体

 

〝アルタ―エゴを独自に進化さたAI〟

 

ーー従順なるカムクライズルの精神

 

 

 

そう…〝カムクライズルプロジェクト〟の最終段階とは……

 

日向創に発現した〝カムクライズル〟の人格を〝AI〟にコピーし、命令に忠実になるように調整。

そしてその〝AI〟を、超高校級の生徒達が残した技術で開発した〝生体アンドロイド〟へと移植する。

 

……と、いうものであった。

 

〝死〟をも超越した存在の完成こそが、計画の完遂だったのだ。

 

最も、江ノ島盾子により完遂することなくこの計画は凍結されたのだが…。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

〝希望プログラム〟

 

それは、端的に言うのであれば〝治療薬〟と言えよう。

〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟を契機として明るみになった〝超高校級の絶望〟という存在。

そして、その〝超高校級の絶望〟が持つ能力によって精神に与えられたダメージが、自然に治癒することはなかった。

〝絶望〟と化した暴徒達は、今なお隔離されている。

その〝絶望〟に対する治療薬こそが、〝希望プログラム〟である。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「みんな、大丈夫だよ……。」

 

優しい声が、異様な空気を打ち消していく。

 

「大丈夫。」

 

狂気に呑まれかけていた77期生達は、その声の主の方へと振り向いた。

 

「絶対に大丈夫……。」

 

何の根拠もない。

しかし、その声に安らぎを覚えずにはいられない。

 

「みんな、手を繋ごうよ。ほら……」

 

 

 

差し出された手を、小泉真昼が握る。

 

「なんか、暖かい…。はい、九頭竜。」

 

反対の手で、九頭竜冬彦と。

 

「なんでオレが…。……ほらよ。」

 

そして、その繋がりは広がっていく。

 

「ぼくのを握ってくれるのかい?九頭竜くん…。」

 

ーー花村耀々へと

 

「なんでこんなキメーのと手を繋がなきゃなんないっスか!」

 

ーー澪田唯吹へと

 

「ワシとしたことが、大切なことを忘れておった…。」

 

ーー弐大猫丸へと

 

「なんか腹減ってきたぞ…。」

 

ーー終里赤音へと

 

「そうであった。私達は一人じゃない…。」

 

ーー辺古山ペコへと

 

「こんなに暖かいんだね…。」

 

ーー西園寺日寄子へと

 

「確かに、いいものですわ…。」

 

ーーソニア・ネヴァーマインドへと

 

「今こそ、夜明けの時ッ!」

 

ーー田中眼蛇夢へと

 

「おい田中ッ!そこ代われッ!」

 

ーー左右田和一へと

 

「俺としたことが、十神の名に泥を塗るところだったな…。」

 

ーー偽十神へと

 

「わ、私なんかと…。…えへへ。」

 

ーー罪木蜜柑へと

 

 

〝希望〟は繋がり、伝染する。

 

 

「あぁ……。なんて素晴らしいんだろうね……。

〝絶望〟を超えた先に在る〝希望〟が、こんなにも美しいだなんて。

ところで、ボクなんかもキミ達の輪に入ってもいいのかな?」

 

「もちろんだよ。」

 

始りと終わりが繋がれば、輪となる。

一人一人繋がってきた線が、円になる。

しかし、狛枝はもう片方の手を繋ごうとはしなかった。

それは、その場にいた全員の意思。

手を繋いだ15人は、少し離れたところにいた人物を見やる。

 

「今こうしていられるのは、キミのおかげだからね…日向クン。」

 

「狛枝、お前…。」

 

〝超高校級〟の肩書きを持たない彼。

しかし、彼は間違いなく77期生の一員であった。

 

「いいのか…?」

 

どこか嬉しそうに、日向は狛枝と手を繋ぐ。

そして、もう片方の手を……

 

 

 

 

 

〝七海千秋〟と繋いだ。

 

 

 

 

 

〝絶望〟など、そこにはない。

そこにはただ…〝希望〟が溢れていた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

誰かが言った……

 

『絶望は毒である』

 

……と。そして……

 

『希望は、その毒の治療薬である』

 

……とも、その人物は言った。

 

 

 

私、七海千秋は〝治療薬〟である。

絶望に犯された人達から〝毒〟を取り除くための…〝治療薬〟なのだ。

 

私は……人間ではない。

 

カムクライズルプロジェクトの為に用意された〝生体アンドロイド〟。

その技術を流用して作られた身体。

 

〝超高校級の希望〟の能力を解析するべく始まった〝希望プログラム〟。

そして、その成果から生まれた〝苗木誠〟の精神力や思考回路を模したAI。

それこそが私の人格の基板。

そう……

 

 

 

 

 

私は〝人工的に作られた希望〟なのだ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

ーー???視点ーー → ーー七海視点ーー

 

私の記憶は病院から始まった。

 

男女で分かれた2つの大部屋。

 

それぞれの部屋に7人づつ。

 

私は、黒服の人達に言われるがままに、その14人と来る日も来る日も雑談をした。

 

最初の内は、全然話がかみ合わなかった。

 

意味不明なことばかりを永遠と呟いていた。

 

しかし、根気強く過ごしている内に、彼等の目に少しだけ光が宿るようになった。

 

 

***

 

 

病院で彼等と会い、何ヶ月も経った。

 

その頃には、14人全員が普通に会話をし、笑顔を見せていた。

 

彼等は、何故自分たちが病院で過ごしているのかを不思議に思っていたようだった。

 

 

 

私は、みんなの記憶に蓋をした。

〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟の始りの日、江ノ島盾子による〝絶望の言弾〟で出来てしまった心の傷。

私は時間をかけ〝それ〟を治療した。

そして……

 

 

 

〝江ノ島盾子は危険である〟

 

 

 

彼等はそんな記憶だけを残し、退院していった。

 

 

***

 

 

次の日、私は学校に行った。

 

まるで、以前からそうであったかのように。

 

14組の机と椅子から15組へと替わった教室。

 

私がいるという変化に気付かない15人。

 

どこか不安そうな顔で交流を続ける日向くん。

 

それでも、時間は流れていった。

 

穏やかな時間が、流れていたんだ。

 

 

 

しかし、事態は急変した。

 

江ノ島さんが、77期生の教室にやって来たのだ。

 

たぶん、私の短い人生の中で最も緊張した瞬間だったと思う。

 

でも良かった。

 

彼女が〝言弾〟を使うことはなかったから。

 

 

 

私はあくまで〝治療薬〟だ。

 

江ノ島盾子によって直接与えられた〝猛毒〟に対抗する力はない。

 

では、何故私は14人の治療に成功したのか。

 

それはひとえに日向くんのおかげだ。

 

苗木くんから〝希望の言弾〟を受け取った日向くんが、〝猛毒〟を少しだけ中和してくれたのだ。

 

だからこそ、私でも治療できた。

 

私の〝言弾〟は、苗木くんの劣化コピーに過ぎないから。

 

 

 

でも、それでいいの。

 

〝猛毒〟に対する〝特効薬〟はこの世界でただ一人、苗木くんだけ。

 

だからこそ、彼は〝超高校級の希望〟なのだ。

 

そう、私が江ノ島さんに勝つ必要はない。

 

〝治療薬〟にも、出来ることはあるのだから。

 

 

 

そして、78期生主演の映画撮影が幕を開けた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー仁視点ーー

 

「まったく……、恐れ入ったよ。

〝絶望の言弾〟……。

モノクマのスピーカーと校内の音声を拾うスピーカー…。

この二重のフィルターを、こうも易々と貫通してくるとは。」

 

78期生の介抱により復調した職員と、依然として〝言弾〟の影響を受ける職員が混在する中、霧切仁は音声の切れたモニターを注視し続けた。

画面にはモノクマと苗木が映っている。

 

俯く苗木と、それを観察するモノクマ。

すると次の瞬間、苗木は顔を上げモノクマを睨み付けた。

 

この時、江ノ島と同じくして、仁もまた〝超高校級の希望〟が覚醒したことを悟った。

そして、それと同時に仁は…半べそをかきながらも必死にタイピングを続ける不二咲へと目を向けた。

 

彼ーー不二咲千尋は江ノ島による占拠から現在に至るまで、学園のシステムを取り返すためのハッキングを試みていた。

しかし、〝超高校級のプログラマー〟の技術を持ってしても、未だにそれは叶わずにいた。

 

そんな彼は……

 

「ぼくが…、ぼくが弱いからッ!苗木くんがッ!」

 

己の未熟を呪っていた。

しかし、そんなことは関係ないと言わんばかりに、画面越しのベルトコンベアは苗木を〝死〟へと誘う。

 

 

 

〝絶望〟

 

 

 

この言葉が脳裏を埋め尽くさんとした時、凶報が届いた。

慌てた様子で駆け込んできたミライ機関の職員は……

 

「が、学園長ッ!」

 

最悪の報告を始めた。

 

「指示により調べておりました学園OB達の所在地ですが……

2名を除き、確認が取れました。

その、2名は……」

 

この時、最悪の推測が仁の脳裏をよぎった。

そして、不二咲の能力を持ってしても学園のシステムを奪い返すことが出来ない理由を…彼は悟った。

 

「〝元超高校級のハッカー〟。

そして、〝元超高校級のシステムエンジニア〟。

両名とも…およそ一週間程前より行方をくらませている、とのことです。」

 

報告を受け、仁は頭を抱えた。

同系統の才能がぶつかり合ったとき、その勝敗は些細なことで変わりうる。

本来ならば。

だからこそ、勝ち筋が完全に見えなくなることはない。

しかし、不二咲の焦り方と職員からの報告。

この2つのことから、仁の推測は確信へと変わった。

 

「その2人は江ノ島盾子(絶望)側……。

ソフトウェアに関する天才2人が共闘しているとなると……」

 

仁は奥歯を噛み締める。

 

「苗木君の処刑を止める術は……」

 

無力感が、押し寄せる。

 

 

 

「……ない。」

 

 

 

小さな少年が、ベルトコンベアによって運ばれていく。

彼等は、ただそれを眺めることしか出来なかった。

 

 

 




以下ウサミファイルより抜粋

・〝カムクライズルプロジェクト〟の最終目標は『死を超越したカムクライズルの誕生』であった。

・77期生が〝絶望の言弾〟の影響を受ける。ミライ機関の職員も同様であった。

・〝希望プログラム〟とは、〝絶望〟が伝染している人物に対して行われる精神治療の呼称である。

・〝七海千秋〟は超高校級達の技術の粋を集め作られた〝人工の希望〟である。故に、人間と定義することは難しいとの意見が大半である。現在詳細は非公開

・〝元超高校級のシステムエンジニア〟、〝元超高校級のハッカー〟は江ノ島盾子の味方をしている模様。


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chapter5(裏) 新たなキボウ

この二次小説を書き始めた時点ではアニメを未視聴でしたので、まさかあのキャラが実在していたとは思ってもみませんでした。
といった具合でして、当二次小説において彼女はかなり特殊な立ち位置になっておりますので悪しからず。
あと超高校級のアニメーターって何?
そんなキャラいたなんて聞いてないっスよ……


ーー狛枝視点ーー

 

「ああ、なんて素晴らしいんだッ!!」

 

ボクは思わず叫んでいた。

周りにいたクラスメイト達が冷ややかな視線を送ってきているけど、そんなことはどうだっていい。

苗木クンの処刑は失敗に終わった。

やはり彼は〝真の希望〟に違いない。

どれ程の〝絶望〟が迫っていようと、あらゆる事象が回り回って彼の〝希望〟へと昇華される。

どんな絶望だろうと、〝希望の種〟を育てるための養分に過ぎない。

もはや勝敗は喫した。

 

「逃がした魚は大きいよ……江ノ島盾子さん」

 

 

***

 

 

ーー日向視点ーー

 

〝奇跡〟

俺の脳裏はその言葉によって埋め尽くされた。

横にいる狛枝は狂ったように喜んでいたが、それはいつもの事だ。

まあヤツに言わせれば、今回のことは〝必然〟なのだろう。

 

『〝絶望〟に負ける〝希望〟などありはしない』

 

とか言いそうだ。

何はともあれ良かった。苗木が無事で。

まだ江ノ島の計画を止める〝希望〟は残っている。

そして、俺達のやるべきことも……

 

 

***

 

 

ーー七海視点ーー

 

苗木くんの一応の無事を確認して暫くたったころ、77期生のみんなは自分達の過去について話し合っていた。

そして、私のことも……

不安だ。

私はみんなのことを騙していたのだから。

 

「……み!」

 

でも…、でもこれでいいんだよ。それが私の役目だから。

 

「……なみ!」

 

きっともう、私がいなくても大丈夫だろう。

 

「……ななみ!」

 

みんなはとっくに、強い絆で結ばれている。

私はここにいるべきではない、よね……

なんだか、悲しいな……

 

 

 

「おい、七海ッ!!」

 

 

 

私の意識は、肩を揺さぶられることによって覚醒した。

 

「大丈夫か?」

 

「う、うん…」

 

日向くんが、私の瞳を覗き込む。

思わず視線をそらしてしまう。

でも、顔を上げて初めて…みんなが私を見ていることが分かった。

 

「わ、私…もう行くね…」

 

怖い。

みんなに嫌われたくない。

私は〝作られた希望〟なのに……

人間じゃないのに……、どうして?

どうしてこんなに苦しいの……?

 

「行くって、どこに行くんだよ?」

 

……え?

 

「今から作戦会議をするんだ。

苗木達のために、俺達にもなにか出来ることがあるはずだ!」

 

……え?

 

「お、おい。……聞いてるのか?」

 

「……たし、」

 

「どうしたんだ? 七海?」

 

「私、みんなと一緒にいていいの?」

 

「……。」

 

日向くんはポカンと口を開けて固まっていた。

なにか変なこと…言ったのかな?

私が、そんな心配をしながら俯いていると…穏やかな笑い声が聞こえてきた。

 

「七海……変な心配をしているようだけど、そんなのは杞憂だ。

みんな感謝しているんだぞ?

江ノ島の〝絶望の言弾〟から救ってくれたのは、紛れもなくお前だ。

あの事件を隠していたことを責めるのなら、俺だって同罪だし。

それに……みんなを見てみろよ。」

 

私は顔を上げる。

すると、そこには14人の笑顔があった。

そして……

 

 

『お前も、77期生の仲間だ』

 

 

みんなは、そう言ってくれた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー戦刃視点ーー

 

盾子ちゃんの〝言弾〟が降り注ぎ、校外一帯は地獄の様相を呈している。

その数秒後…音声は途切れ、呻き声だけがこだましていた。

しかし、私は相も変わらず正面玄関入口の前に居座っている。

起爆スイッチを持ちながら。

 

〝盾子ちゃんと苗木君の直接対決を邪魔させないこと〟

 

それが、私がこの舞台で遂行すべき最後の任務。

処刑の果てに、未来がどうなるのか…私にはわからない。

でも、私は信じているよ…苗木君……

 

 

***

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

学園内のプログラムに異常があることは〝2人〟の報告により知っていた。

だが、あえて見逃した。

本来〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟が予定通りに起きていたなら、コロシアイ学園生活に関わっているのはアタシを含めた16人のみ。

だからこそ、〝元超高校級のハッカー〟と〝元超高校級のシステムエンジニア〟にも手を加えないように命令した。

まあ、その結果が現状を生み出しているのだが……

 

しかし、こうも見事に打開されては相手を賞賛せざるを得ない。

否、それでこそ我が天敵と言えるというもの。

 

さて、正真正銘〝最後の学級裁判〟の準備でもしようか。

今度こそ決着よ……

 

 

〝希望〟と〝絶望〟

 

 

どちらがこの世界の真実たり得るか……

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー狛枝視点ーー

 

七海さんが改めて77期生の一員に加わった後、ボク達はそれぞれに出来ることを話し合った。

暫く話し合っていると…そこに78期生の後輩達が合流して、話はさらに発展していった。

 

結果から言えば、〝学園のシステムを奪還すること〟を最終目標とすることになった。

そして、その為に成すべき事は〝江ノ島盾子に協力する2人の元超高校級の居場所を見つけること、並びに捕縛〟という結論に至る。

 

仮に誰かが〝おしおき〟されることになった際に処刑の執行を防ぐため…とのこと。

まあ、ボクに言わせれば必要ないことなんだけどね。

だって考えてもみて欲しい。

〝希望〟が敗北することなど、あり得ない。

 

誰かが処刑され死ぬことになったとて、その絶望は〝希望の種〟を育てるための養分となるのだから……

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

苗木君がゴミ処理場へと落ちてから二日が経った。

ボクらは未だに絶望側の元超高校級の居場所を捜し出せずにいた。

学園の敷地内との当たりを付けて捜索を行っているが、手がかりすらない。

 

「有事の際の対応の為に学園内に潜んでいると想定していたが、違うのかもしれないな……」

 

焦燥感が押し寄せる中で、誰かがそう呟いた。

しかし、無力感と沈黙が支配するその空気は…突然な喧騒によって破られた。

 

どうやら、苗木クンと霧切さんがトラッシュルームのモニターに姿を現したようだ。

ボクらはモニターの前まで移動し、その後の成り行きを見守った。

 

端的に言えば、これから〝最後の学級裁判〟が開かれる…とのこと。

 

戦刃殺しの犯人。

並びに、この学園に潜む全ての謎の解明。

 

それが苗木クン達の勝利条件。

苗木クン、霧切さんとモノクマの交渉はそのように決着し…彼等は捜索を開始した。

 

最早、ボク達に残された猶予も僅かなようだ。

じきに裁判が始まり、誰かしらの処刑が行われる。

 

77期生、78期生のみんなも、動揺を隠せない。

先程よりも一層大きな焦りが彼等を駆り立てる。

 

そんな、荒れる現場の中で…ボクは〝とある人物〟が普通科の生徒達が使う寮の方へ歩いて行くのを見た。

 

「あの人って……」

 

 

***

 

 

「みんな、落ち着いて」

 

口々に不安を漏らす中、一人の少女の声が静寂を作り出す。

 

「この敷地の中に、江ノ島さんと連絡を取っている人物は確かに存在する。

学園内に点在していた妨害電波の影響で正確な位置は割り出せてないけど、みんなの探索のおかげで範囲の絞り込みには成功している。

あと敵の二人が移動している可能性だけど、不二咲君のハッキングに対応する為にその場に留まってる方が有力だよ。

加えて、あらかじめ準備された相応の機器が必要だしね」

 

彼女ーー七海千秋は、ゆっくりと語る。

 

「絶対に近くに潜んでいるはずだよ。

彼等を取り押さえて、私と不二咲君で学園のシステムを奪還する。

私達なら必ずできる!」

 

絶望的とも言えるこの状況において、彼女は希望を失わない。

その言葉は確かな〝言弾〟として、みんなに届いた。

 

再びその場に活気と希望が満ちていく。

 

「人工知能が身に付けた〝希望〟か…。

存外悪くないのかもしれないね……」

 

ボクの呟きは、喧騒の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー戦刃視点ーー

 

苗木君が校舎内に姿を現し、この映画撮影も最終局面を迎えようとしている。

周囲の人間への警戒を常にしていたから、碌な睡眠を取ってないけど…どうにか最後まで踏ん張れそうだ。

 

しかし、目的達成を目の前にして一瞬だけ気が緩んだ。

だからこそ私の脳は…スピーカーから流れてきた盾子ちゃんの言葉の意味を、すぐに理解することが出来なかった。

 

「マイクテスッ!マイクテスッ!

……お、聞こえてるっぽいね。

こっちからの音声切らないでよね-、設定し直すの面倒なんだから。

……そんなに身構えないでいいって。

〝言弾〟は使わないからさ……」

 

盾子ちゃんの声は、いつもよりワントーン高く感じた。

これから始まる決着への興奮を抑え切れていないような、そんな感じ。

でも次の瞬間、その声はひどく冷徹に聞こえただろう。

 

「ま、アタシからはただ一つ」

 

誰かを見下すような、底冷えするような…低い声。

 

「そこの正面玄関前でバカの一つ覚えみたいに居座ってる、救いようのないアホのことだけど……」

 

誰かを切り捨てるような、背筋が凍るような…美しい声。

 

「そいつが持ってる〝起爆スイッチ〟…ニセモノだから。

〝最後の学級裁判〟までシナリオが進んだからさ、もう用済み。

残念な割りには、まあ良くやったと思うよ。

ブラフとしては予想以上に機能した」

 

ねえ、みんなには盾子ちゃんの声がどう聞こえているの?

 

「一応労っておこうかな、ご苦労様。

アハハッ!そんな顔も出来たんだッ!

最高の絶望フェイスよッ!

ねえどんな気持ちッ!?

ずっと味方だと思ってた妹に裏切られてさぁッ!!」

 

ねえ、みんなには私が哀れに見える?

 

「ほんっと残念なヤツッ!

アタシには理解不能。

何日間も同じ場所でじっとしてるなんてさ……

あーあ…なんか馬鹿にするのも飽きちゃった」

 

ねえ、盾子ちゃん。

私が今、どう思っているか分かる?

 

「そこのド間抜けな〝軍人〟はただのコマ。

〝絶望〟に踊らされただけの残念なヤツ。

あーあー、泣いちゃって…ま、そうだよね。

自分には何の価値もなかったんだから」

 

ねえ、盾子ちゃん。どうして……

 

「じゃ、サヨナラ……」

 

どうして……

 

「残念な、お姉ちゃん……」

 

 

どうして、そんなに悲しそうに言うの……?

 

 

***

 

 

ーー狛枝視点ーー

 

「確保ーッ!」

 

ミライ機関の職員の声が響く。

正面玄関前に居座っていた〝超高校級の軍人〟戦刃むくろは先の放送後、その場に泣き崩れた。

江ノ島盾子の発言の真偽は不明だが、好機であることに違いはなかった。

まもなくして、彼女は武装したミライ機関の職員により身柄を拘束された。

長時間に渡る緊張状態からの疲労もあったのか、抵抗することはなかった。

 

そんな彼女は今、舞園さやかの願い出により拘束具を付けた状態ではあるものの、78期生達に囲まれていた。

数名が話しかけるも、虚ろな目をした戦刃むくろに動く気配はなかった。

 

 

***

 

 

ーー戦刃視点ーー

 

映画撮影を装った〝希望〟と〝絶望〟の最終決戦。

その作戦から、たった今除外された。

用済みだと。

ただのコマだと。

利用されただけだと。

 

〝だからこそ、江ノ島盾子(絶望)とは無関係だと〟

〝同情されるべき、哀れな被害者だと〟

 

共に背負うと決めた罪という名の重りを、盾子ちゃんは私から奪っていった。

 

〝自分の為に生きろ〟という、妹からの最後のメッセージ。

 

なんて情けない。

幼少期、暴力から守り切ることが出来なかった。

そばにいることすら出来なかった。

だからこそ決めたはずだ。

守れるだけの力を身に付け、例え世界を敵に回そうとも…彼女のそばを離れないと。

だがどうだ。

今、私はどうなってる。

結局どうなった。

守られたのはどっちだ。

…………。

…………。

私は残念なヤツだ。

何をやってもダメダメで、誰のためにも生きることが出来ない。

 

私は、どうすればいいの……?

 

 

 

ーーパァァァンッ!ーー

 

 

 

乾いた音が…頬の痛みが、私を現実に引き戻す。

顔を上げると、舞園さんがいた。

周りには、校外にいる78期生のみんなも。

 

「後悔は終わりましたか?」

 

舞園さんが、私に問いかける。

 

「いえ…あなたはまだ、後悔すら出来ないはずです」

 

彼女の瞳には〝希望〟が見える。

〝最後の学級裁判〟を前にしても、微かな〝絶望〟もない。

 

「あなたはまだ、何も成していない」

 

眩しい。

目を逸らしたくなる。

 

「あなたはまだ…終わってもいませんし、始まってもいません」

 

重力に身を任せ、自然と私は俯いていく。

もう、どうしようもない。

盾子ちゃんに、関わるなと言われた。

それが盾子ちゃんの願いなら、私は……

 

 

 

「テメェッ!シャンとしねぇかッ!!」

 

私は、その怒声に再び顔を上げる。

大和田君が、拳を握りしめている。

 

「キョウダイってのはな…特別な関係なんだ。

後になって手に入れてぇって思っても、手に入るもんじゃねぇ…。

そして、失っちまったらもう……それっきりなんだよ。

目と鼻の先に助けてぇ妹がいるのなら、下向いてんじゃねぇッ!!」

 

彼は、切実に訴える。

 

「戦刃よ……我を退かせたその覚悟、よもや偽りだったとは言うまいな…?」

 

大神さんが静かに、しかし力強く語りかけてくる。

 

「いつも江ノ島が引くくらいにひっついてるのによ、らしくねーんじゃね?

ま、諦めたらそこで試合しゅーりょーつってな!」

 

桑田君が、冗談めかして励ましてくれる。

 

「戦刃くん!僕は何度でも江ノ島くんと話をしなければならないッ!

なぜこんなにも凶悪な内容の映画なんだッ!

彼女の手伝いをしていた君には、彼女を止める責任があるッ!」

 

石丸君は、相変わらずどこかズレているけど…その覚悟は本物だ。

 

「姉妹萌え……閃いたッ!!」

 

山田君は……いつも通り、なのかな?

 

「まったく…こういうのは柄ではありませんが。

あなた、苗木君に懸けたとおっしゃってましたわね?

今回の件、ギャンブルという訳ではありませんが、結果が出るまで最善を尽くさないのは愚の骨頂ですわよ」

 

セレスさんが、厳しくも優しく嗜めてくれる。

 

「戦刃さん、ボクも決めたんだ…絶対に諦めないって。

だから、一緒に頑張ろうよッ!」

 

不二咲君が、手を引こうとしてくれる。

 

 

 

みんなの〝言弾〟が、私の心に届く感覚。

不確定な未来。

しかし、そこへ向かわんとする揺るぎない意志。

 

私はバカだ。

盾子ちゃんの為って言い訳して、何度も騙して。

 

それでも…そんな私の周りには、みんながいる。

〝希望〟へと導いてくれるみんながいる。

 

「だいぶ、ましな顔になりましたね」

 

舞園さんが、笑いかけてくれる。

 

「ありがとう、みんな……

私は、こんな所で諦めていられない。

止まってなんかいられない。

私が必ず、盾子ちゃんを止める。

チャンスはまだ、残されているはずだからッ!」

 

「もう、大丈夫みたいですね」

 

そう言うと、舞園さんは私の後ろに回り拘束具を解いていく。

 

「いいの?」

 

「大丈夫ですよ。許可は得ています。

まあ、大神さんの同伴が条件ですけど…」

 

私は、改めてみんなの正面に立つ。

そして、深くお辞儀をした。

 

「本当に、なんて言っていいか分からないけど…みんなから〝希望〟を受け取った。

だから今度は、私が盾子ちゃんに〝希望〟を届けるッ!」

 

私は決めた。

もう立ち止まらないと。

だから、バカでいい。

愚直に進み続けてやる。

 

それが、私の取り柄だから。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー狛枝視点ーー

 

「やっぱり美しいね…〝希望〟ってやつは」

 

「なんか癪だが、今回ばかりはお前に同意だな」

 

近くにいた日向クンがボクの独り言に反応した。

 

「珍しいね、反応を返してくれるなんて」

 

「お前はいつも度が過ぎてるんだよ」

 

……と、ボク等が軽口をたたいている内に、戦刃さんを伴った78期生達がこちらにやって来た。

 

 

 

「じゃあ、作戦会議だな」

 

日向クンが先程とは打って変わって真剣な表情で切り出す。

……が、

 

「みんなーッ!お股せーッ!

花村輝々特製ッ!元気モリモリ★ヤル気100倍★おにぎりセットだよーッ!!」

 

花村クンと弐大クンが、おにぎりを山のように載せた大きなお盆を持ってきた。

 

「腹が減っては戦はできぬってね」

 

その場にいた全員が色めき立つ。

ぐぅ、と腹の虫が鳴く音も聞こえる。

 

「感謝はいいよ。ただついでにぼくの下半身の腫れ物を(お)握ってくれても……って誰も聞いてなぁーーいッ!!」

 

次々にお盆へと手が伸びていく。

 

じゃあボクも貰おうかなと、手を伸ばす。

が、後数センチのところで終里さんの手が遮り、おにぎりを奪っていく。

 

改めて別のおにぎりに手を伸ばすも、再び終里さんの手が……

そして、気を取り直して別のおにぎりに手を伸ばすも……

 

もう分かると思うけど、結局一つも食べられなかったよ。

まったく…〝超高校級の幸運〟の名が聞いて呆れるね。

 

 

 

「じゃあ不二咲、七海は引き続き学園のシステムの奪還を」

「左右田は〝例のマシン〟の作製」

「山田、花村、偽十神は左右田のサポート。」

「舞園、桑田、田中、ソニア、小泉、西園寺は元超高校級の探索A班」

「セレス、石丸、九頭竜、澪田、罪木は探索B班」

「戦刃、大神、大和田、弐大、辺古山、終里は地下処刑場へ繋がる通路より学園内に侵入。江ノ島の身柄の拘束だ」

「俺は全員の情報を統合してそれぞれに随時伝達する」

「以上だッ!」

 

 

 

みんなが散り散りになる。

己が成すべき事の為に。

〝希望〟が、新たな〝希望〟を生み出さんと胎動する。

 

「全ては〝希望〟へと収束する。

全ての〝絶望〟は踏み台に過ぎない。

そしてこのボクも、〝希望〟の為の踏み台に過ぎない。

…………。」

 

「……あ。狛枝、……お前」

 

あはは…流石のボクも、ここまで完全にスルーされるとクるものがあるね。

 

「みんなと仲良くなれたと思ったんだけどね…。

絶望しそうだ、なんてね…。」

 

「いや、あの……すまん」

 

「いいよ、慣れっこさ」

 

「おい!どこ行くんだよッ!」

 

「コンビニだよ。

さっきの様子を見ていたらお腹が空いちゃってね」

 

「いや、さっきおにぎり食べただろ。

……そんなに食いしん坊だったっけ?」

 

ボクは最寄りのコンビニへと足を向けた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

いやはや、こんなに切迫した状況なのに何をしているんだろうか。

と、そんなことを言われそうだけど…ボクは今コンビニにいる。

 

変わらない入店音と雰囲気。

学園では今現在、世界の行方が決まらんとしているのだが……

まあ、そんなこと…部外者には関係ないか。

 

この代わり映えしない日常こそが狂っているように思える……希望ヶ峰学園こそが、世界の中心であるように思えてならない。

 

ボクはどうでもいいことを考えながら、適当な商品を手にとってレジへと持っていく。

すると……

 

 

『超高校級の一兆番クジ』

 

 

……という広告が目に入った。

店員さんに聞いてみたところ、千円で1回引けるクジらしい。

更に詳しく聞くと……

 

このコンビニチェーンの専用アプリのアカウントから、1回だけ挑戦できる。

一等は〝超高校級の幸運〟としての希望ヶ峰学園特別科への招待状である。

 

……とのことらしい。

単純にこんなキャンペーンが行われていることを知らなかったな。それに希望ヶ峰学園も…〝幸運〟に関しての研究に余念がないね。

 

ボクは興味が湧き、このクジを引いてみることにした。

その場でアプリをインストールし、レジでスマホに表示されたバーコードを読み取って貰う。

そして、菓子パンや飲み物と共に会計を済ませた。

すると、『クジを引く』といった画像が現れる。

ボクがそこをタップすると…スロットマシーンのようなのもがドラムロールと共に、十三桁の数字を少しずつ作っていく。

 

 

6,158,746,159,414

 

 

十三桁の数字が出来上がった。

ボクは画面を店員さんに見せると……

 

「六兆番台の景品はこちらになります」

 

……と、言われた。

ちなみに一等はどのように表示されるのか聞くと……

 

「『0,000,000,000,001』と表示されます。」

 

……と、言われた。

ボクはてっきり『1/1兆』の確立かと思っていたけど、どうやら違うらしい。

さらに、全ての桁が〝0〟になることもないらしい。

つまりコレは『1/9兆9999億9999万9999』の確立のようだ。

正直〝超高校級の幸運〟であるボクならば引き当てられると思っていたが、どうやら烏滸がましかったようだね。

先程からの不幸続きで泣きたくなるよ、まったく。

 

 

 

 

 

ボクは景品で貰った〝反発性の高いオモチャのボール〟を片手に帰路についた。

 

 

 

 

 




以下ウサミファイルより抜粋

・七海千秋が77期生のメンバーに改めて加わる。

・校外にいる在校生メンバーは〝元超高校級のシステムエンジニア〟、〝元超高校級のハッカー〟の捜索を行っている。

・江ノ島の校外放送を受け、戦刃むくろは戦意を喪失。ミライ機関の職員によって身柄を拘束される。

・78期生の言葉を受け、戦刃の戦意が回復。78期生のメンバーへと改めて加わり、江ノ島の計画を阻止するために活動を開始する。

・77期生、78期生はそれぞれ役割を分担し、江ノ島の計画阻止のために動き出す。

・左右田和一を中心として〝あるマシン〟の制作が開始される。現在詳細は非公開

・狛枝凪斗はコンビニにてクジを引くも、ハズレであった模様。


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chapter6 ラストダンスは希望と共にⅠ

ーー江ノ島視点ーー

 

姉への想いを捨て、完全に退路を断つ。

 

「アタシは謝らない。

元々こういう予定だったんだ……

後悔など…あるはずもない」

 

音声は拾えないけど…画面越しに姿が、顔が、見えた。

 

まだ、アタシの為に泣いてくれる。

まだ、自分の為に泣くことが出来る。

 

それはつまり、〝生きている〟ことに他ならない。

 

「アタシ、泣いたのはいつ以来だっけ……」

 

いや、そんなことはどうでもいい。

進まなければならない。

全てを差し出し、初めて辿り着くことが出来る〝精神の極致〟

 

 

〝超高校級の希望〟〝超高校級の絶望〟だけが辿り着ける領域。

 

 

アタシはそこへ至り、〝絶望〟を証明する……

アタシが生きてきた理由を……証明する。

 

 

感傷を捨てるのよ、江ノ島盾子。

万事万象を叩き潰すのよ、江ノ島盾子。

何もいらない、何も残らなくていい。

欲しいものはただ一つ。

 

「世界の真理を求めて……

さあ、答え合わせを…始めましょう。

 

 

 

 

 

 〝超高校級の希望〟苗木誠  」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー苗木視点ーー

 

ボクは思い出す。

彼女ーー江ノ島盾子と過ごした僅かな日々を。

 

彼女は周りの人間を操り、ボクへのイジメを仕組んだ。

今思えば…〝超高校級の絶望〟としての能力が、学校全体の支配を可能としたのだろう。

しかし、ボクは屈しなかった。相当ギリギリのところではあったけど…まあ、運が良かったのかな。

 

その騒動の前から彼女はクラスの中心だった。

でも、その顔は笑っているようで笑っていなかった。

騒動の後も、それは結局変わらなかった。

 

ボクは、彼女を救えたつもりになっていた。

イジメの種を明かし、泣いたあの日。

彼女の涙を見たボクは、きっとこれから良い方向へと変わっていくだろうと思っていた。

でも、彼女の心の闇は…思っていた以上に深かったようだ。彼女の心は、殻に閉じこもったままだった。

 

その後、イジメは示し合わせたかのようにピタリと止んだ。

そしてボク達は、友達になった。

でも結局、彼女の〝本当の笑顔〟を見ることは出来なかった。

 

時は瞬く間に過ぎ、ボクは中学生になった。

隣に、彼女がいないまま。

 

 

***

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

アタシはふと思い出す。

彼ーー苗木誠と過ごした僅かな日々を。

 

ヤツは、アタシが仕組んだ絶望に屈しなかった。

精神が未発達のあの時期に、あれほどのイジメを受ければ普通…心が壊れてもおかしくはない。

だが、折れなかった。

今思えば…〝超高校級の希望〟としての能力が、それを可能としたのだろう。

 

それからアイツは、アタシに構うようになった。

表立って人気だったアタシと、影ながらに人気だったアイツ。

特段邪魔する奴等もいなかった。

ま…〝言弾〟の影響ではあるものの、イジメへの負い目もあったのだろう。

 

不思議なヤツだった。

どんなイタズラをしても、怒らない。

 

『キミが楽しくて笑ってくれるのなら、存外悪いものじゃないよ』

 

そんなことを言う始末。

でも、悪い気は…しなかったな。

 

懐かしい過去の記憶。

 

アタシを惑わせる忌々しい記憶。

 

逃げることなく、アイツの手を取っていたら…アタシはどうなっていたのだろう。

 

アタシは〝希望〟から逃げ、〝絶望〟へと沈んだ。

 

〝希望〟は怖い。裏切りがつきまとう。

 

でも、アイツが隣にいれば、アタシは……

 

〝絶望〟は心地良い。誰も、何も、信じなくていい。

 

全ては自己完結する。他人など必要ない。

 

そうだ、それでいい。

たらればの話になど、なんの意味もないのだから。

深く考えたところで、答えなど出ない。

衝動に身を任せるのよ。

全てを捨てて。

 

思い出も、繋がりも、命も、何もかも。

 

それらは全て…〝絶望〟の踏み台に過ぎない。

 

感傷は要らない。

 

絶望だけを求めるのよ。

 

 

 

 

 

絶望を。

 

 

 

 

 

絶望だけを。

 

 

 

 

 

「それが、それこそが〝江ノ島盾子(絶望)〟なのだから。」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

時間は過ぎる。万人に、等しく。

世界でただ一つの平等。

その時間の中で、演者は踊る。

踊り方は人それぞれ。

そこに強制力などない。自由だ。

ただ終わりの時だけは、等しく訪れる。

 

否応なくラストダンスの幕は開く。

終幕まで決して止まることはない。

演者は踊る。

十人十色の方法で。

 

ある者は、記憶なき者達へ欺瞞に満ちたヒントを与え。

 

ある者は、全てを知りながらも、別の真実をたぐり寄せるために足掻き。

 

ある者達は、何も知らずに黒幕の手のひらの上で滑稽に踊ること無理強いされ。

 

それでも尚、ラストダンスは続く。

舞台を地下へ移し、学級裁判という演出を加え。

誰も止めることは出来ない。

大きな因果が収束へとたどり着くまで。

決して…幕は引かない。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー苗木視点ーー

 

ボク達はお互いを疑いながらも、戦刃むくろ殺しの真相を突き止めた。

しかし、違和感が拭えない。まるで誘導されているかのような、言いしれぬ薄気味悪さが肌を伝う。

でも…それでもボクは、進む。自分が信じる道を。

 

モノクマーー江ノ島盾子は黙りこくる。

 

次の瞬間、モノクマがいた場所は煙に包まれた。

既に予測されたシナリオを綺麗になぞり、優雅に現れる。

黒幕ーー江ノ島盾子が舞台へと降り立つ。

裁判場の雰囲気が一変する。

 

 

 

「待っていたわ!

私様は待っていたのよ!

あなた達のような人間が現れる事をねッ!!」

 

 

 

狂気を湛え、笑みを浮かべ、彼女はついに姿を現した。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ラストダンスは続く。

演者達は踊る。各々の方法で。

しかし、突如として現れた過激な演者が場を乱す。

嬉々として他の演者達を惑わせる。

その演者達のステップは、次第に狂い始める。

 

 

〝絶望〟は導く。真実が〝希望〟とは限らないと。

 

〝絶望〟は問う。希望なき世界に、何を求めるのかと。

 

〝絶望〟は嗤う。心の支えなど、既に意味を成さないと。

 

〝絶望〟は諭す。故人の遺志を、継ぐべきであると。

 

〝絶望〟が支配する。全てを呑み込み、塗りつぶしていく。

 

 

演者は踊る。狂乱のステップを。

ただ二人を除いて。

 

 

『さあ、踊ろう』

 

〝絶望〟が誘う。

 

『臨むところだ』

 

〝希望〟が応える。

 

 

ラストダンスは続く。

演者達は踊る。

本当の終りへと向かい、舞台は熱を帯びていく。

〝希望〟と〝絶望〟が混ざり合う。

ただ一つの答えを出すために。

 

 

 

 

 

二人は至らんとする…〝精神の極致〟へと。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

その場を〝絶望〟が支配する。

江ノ島盾子は選択を迫る。

否応なく、突き付ける。

 

学園はシェルターで、外は〝絶望〟に満ちている。

苗木を犠牲にすれば、他の5人は生きることが出来ると。

 

これは仕方のない事だと…弱音が聞こえる。

元々、シェルターの中で生き残ることを目的としていたんだと…言い訳が聞こえる。

 

5人は〝絶望の言弾〟の影響を受け、苗木を犠牲にする方向へと傾く。

しかし、苗木は諦めない。

彼もまた〝希望の言弾〟を使い、5人の心に影響を与える。

 

 

 

「葉隠クン、本当にそれでいいのッ!?

前に進もうとしない者に、本物の未来は訪れない。

キミにはあるはずだッ!困難に抗う力がッ!未来を掴み取る力がッ!!」

 

「……そうだべ。

こんな所に閉じ籠もってたって、未来は来ないべ。

生きてるって、胸張って言えねーってッ!!」

 

〝希望の言弾〟が、〝絶望〟を穿つ。

 

「朝日奈さん、ボク達は生きなきゃいけない。

でも…これ以上何かを犠牲にして生きるなんて、ボクならお断りだッ!!

忘れちゃダメだッ!みんなの意志をッ!!」

 

「さくらちゃんだったらさ…きっと諦めないよね。

……うんッ!そうだよッ!私も諦めないッ!

見てて、さくらちゃんッ!!」

 

〝希望の言弾〟が、〝絶望〟を穿つ。

 

「キミがどんな思考回路なのかは分からない…でもッ!

停滞の中で、新しいモノを見つけることはできないッ!」

 

「アタシ的にはどっちでもよしッ!

単純に楽しそうな方を選びまーすッ!

あ、白夜様が来ることは最低条件だから」

 

〝希望の言弾〟が、〝絶望〟を穿つ。

 

「十神クン、まさか諦めてるの?

キミはいつだって自信に満ち溢れていたはずだッ!

まだ終わってなんかいないッ!!」

 

「ふっ、愚民が……

貴様に言われずとも分かっている。

十神の名は決して滅びない…この俺がいる限りッ!!」

 

〝希望の言弾〟が、〝絶望〟を穿つ。

 

「霧切さん、キミが探し求めた結末はこんな終り方なのッ!?

ボクが知ってる霧切さんなら、真実を超えた結末を見せてくれるはずだッ!!」

 

「きっと、私のお父さんなら…誰かを切り捨ててまで生きろとは言わない。

私はそう信じたい……いえ、そうよ。

私は黒幕を倒し、みんなと進む道を選ぶわッ!!」

 

〝希望の言弾〟が、〝絶望〟を穿つ。

 

 

 

〝絶望〟が、押し流されていく。

〝希望〟は伝染し、その場を支配する。

5人の目には、確かな〝希望の光〟が灯っていた。

最早、〝絶望〟が入り込む余地はない。

勝敗は決した。

誰もがそう、確信した。

 

「もう終わりのようだな。そろそろ投票タイムか。」

 

「手元のスイッチで投票だべッ!」

 

「じゃあ、押すよッ!」

 

「白夜様と、新世界へッ!」

 

「終わらせましょう…全てを。私達の手で。」

 

〝希望〟は選ぶ。新しい未来を。

困難を越え、逆境に打ち勝ち、未来へ進む。

 

5人がスイッチに手をかける。

その時……

 

 

 

 

 

「あーあ、アタシってホント…何やってんだろ」

 

江ノ島盾子は俯いたまま、抑揚のない声を発する。

 

 

***

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

〝言弾〟

 

それは人の精神に直接干渉する危険な武器に他ならない。

毒にも薬にもなる。

心に刻まれた傷は、そう簡単には消えない。

下手すれば、一生モノだ。

 

だからこそアタシは…手加減をした。

苗木はともかく霧切達の心は、アタシの〝本気の言弾〟に耐えることはできない。

壊れてしまう。

 

「クラスメイトだから…?」

 

どうして〝言弾〟を十分に使えないの?

 

「この期に及んで、救いなんて…」

 

どうしてアタシは、ブレーキを掛けてしまうの?

 

「もう散々、後戻り出来ない状況にしてきただろ…」

 

 

 

どうして、捨てることが出来ないの?

どうして?

世界も、学園も、先輩も、クラスメイトも、姉も……

何もかもを踏み台にしたあげく、アタシは何をしているの?

こんな中途半端な結末、許されると思っているの?

全部捨てろって……あれ程言っただろ?

 

 

「こんなの、〝江ノ島盾子(絶望)〟じゃない。」

 

 

要らないんだよ、心配なんて。

 

要らないんだよ、恐れなんて。

 

要らないんだよ、未来なんて。

 

全部捨てちまえ。

何もかもを。

必要か不必要かなんて、考えなくていい。

何も考えるな。

 

求めろ、〝自分だけの真実〟を。

 

求めろ、〝絶望〟を。

 

 

 

至るんだ、〝精神の極致〟へ。

 

 

 

江ノ島盾子(絶望)は、ゆっくりと顔を上げる。

5人はスイッチに手を掛けたまま、江ノ島盾子(絶望)から目を離せずにいた。

ニタリと、狂気を湛え江ノ島盾子(絶望)は嗤う。

 

江ノ島盾子(アタシ)は負けた。

でも、〝絶望(アタシ)〟はまだ、死んじゃいない」

 

ただ一人を見つめ、江ノ島盾子(絶望)は語りかける。

 

「チャンスをあげる。

絶望(アタシ)を打ち負かす、最後のチャンスを」

 

立場も、状況も、度外視で。

 

「まあ、どっちでもいいんだけどね。

アタシが決めたルール(校則)に則った上で負けてるし。

このまま投票でも構わないよ」

 

江ノ島盾子(絶望)に、恐れはない。

 

絶望(アタシ)希望(アンタ)の、最後の勝負。

どうする?……〝超高校級の希望(苗木 誠)〟?」

 

 

受ける筋合いなど、見当たらない。

 

「お、おい苗木っち、こんなの無視すんべッ!」

 

「何を考えてるッ!もう勝負はついたはずだッ!」

 

「ちょっと!苗木ッ!」

 

5人は取り乱す。

誰の目から見ても、勝敗は決している。

江ノ島の負け惜しみに過ぎない。

 

しかし苗木だけは真剣に、ただ真剣に江ノ島を見つめる。

そして……

 

 

「わかった。受けるよ……その勝負」

 

 

苗木(希望)は、そう答える。

江ノ島盾子(絶望)もまた、ニヤリと応える。

 

「……それでこそ。それでこそだよ、苗木」

 

分かっていたと言わんばかりに、江ノ島盾子(絶望)は微笑む。

しかし、それを聞いていた5人は猛反発する。

 

「何考えてんだべッ!?」

 

「正気かッ!?」

 

「もう決着はついたんじゃないのッ!?」

 

最早、江ノ島盾子(絶望)の耳に雑音は届かない。

江ノ島盾子(絶望)は全てを無視し、話を再開する。

 

「ルールは単純。

先程と変わらず投票で決めるわ」

 

ただ淡々と、江ノ島盾子(絶望)は説明を続ける。

5人を置き去りにして。

 

 

「投票権を持つのはアタシだけ。

 

アタシがアタシに投票すれば、絶望(アタシ)の勝ち。

アタシがアンタに投票すれば、希望(アンタ)の勝ち。

 

選ばれた方は勿論、処刑だから。

ま、勝ち負けの観念はアンタに委ねるよ。

アタシが投票した方が死ぬ。

それだけよ……」

 

 

常人からすれば、意味不明な内容であった。

投票の権利を持つ者が、一方的に生死を決めることが出来る。

更に、江ノ島の処刑は〝絶望〟の勝ちを意味し、苗木の処刑は〝希望〟の勝ちだと…江ノ島盾子(絶望)は言い放った。

 

 

「さあ、始めましょう。正真正銘、最後の戦いをッ!」

 

〝希望〟は押し戻され、再び〝絶望〟がその場を支配する。

 

「〝真実〟を掴みたくば、命を賭すのよッ!」

 

そして江ノ島盾子(絶望)は選択を迫る。

 

「全てを差し出し、〝絶望(アタシ)〟から〝江ノ島盾子(アタシ)〟を救ってみせなさいッ!」

 

狂気と信念を天秤に掛け。

 

 

 

 

 

「〝超高校級の希望(苗木 誠)〟ぉぉぉおおおッッッ!!!」

 

 

 

 

 

江ノ島盾子(絶望)は吼える。

ガトリングガンの様にバラ撒かれた〝絶望の言弾〟は、一切の容赦なく全てを破壊する。

 

それでも尚、苗木誠(希望)は退かない。

そして彼等は進む……

 

 

 

〝自分だけの真実〟を求めて。

 

 

 




以下ウサミファイルより抜粋

・最後の学級裁判が始まる。

・〝精神の極致〟。江ノ島により命名されたとある領域。現在詳細は非公開

・最後の学級裁判は〝希望〟の優勢であったが、江ノ島盾子が〝絶望〟を覚醒させたことにより決着は繰り越された模様。


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chapter6 ラストダンスは希望と共にⅡ

ーー苗木視点ーー

 

彼女ーー江ノ島盾子が提示した条件はメチャクチャだった。

 

 

『アタシがアタシに投票すれば、絶望(アタシ)の勝ち。

アタシがアンタに投票すれば、希望(アンタ)の勝ち』

 

 

投票された方が、死んだ方が勝ちだなんて…馬鹿げている。

でも、直感でボクは理解した……

 

 

江ノ島さんは、自分に投票するつもり

 

 

……なんだって。

直感でしかない。

けれど、絶対にそうだと確信できる。

 

彼女は今、自分自身とも戦っているんだ。

制御しきれない〝絶望〟を抱えながら、苦しんでいる。

〝絶望〟と〝希望〟の狭間でもがいている。

 

だからこそ、ボクは進む。

今度こそ、彼女と共に〝真実〟にたどり着くために。

 

江ノ島さんを死なせやしないッ!

〝超高校級の希望〟の名にかけてッ!!

 

 

***

 

 

ーー江ノ島(絶望)視点ーー

 

苗木は応えた。

あまりにも理不尽で無謀な問いに。

この世界にどれ程の人間がいるかは知らない……でもきっと、同じように答えられるヤツはいないだろう。

 

最早、予測など意味を成さない。

アタシは直感で理解した……

 

 

苗木は、自分に投票させるつもり

 

 

……なんだって。己の命を差し出してまで、江ノ島盾子(アタシ)のことを救うつもりなんだって。

アタシはどうしようもなく、理解してしまった。

 

だからこそ、アタシは進む。

全てを捨て、〝真実〟を証明するために。

 

〝希望〟に屈することなく、死んでやる。

〝超高校級の絶望〟の名にかけて。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ラストダンスは佳境を迎える。

 

 

 

 

 

演者が2人になろうとも、

予定調和を外れようとも、

曲調が変わろうとも、

踊り方を知らずとも、

どれ程疲弊しようとも、

どちらか片方が倒れるまで、

 

 

 

 

 

ラストダンスは終わらない。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

アタシは問う。

〝希望〟と〝絶望〟の在り方を。

 

「正直、〝希望〟も〝絶望〟も個人によって解釈は異なる。

例えば、二人の人間〝A〟〝B〟がいたとする。

そして、ある二つの事象を〝Y〟〝Z〟としよう。

この〝Y〟の事象が発生したとき、その事象を〝A〟は〝希望〟と認識し、〝B〟は〝絶望〟と認識する。

同じ様に〝Z〟の事象が発生したとき、〝A〟はその事象を〝絶望〟と認識し、〝B〟は〝希望〟と認識する。

 

このようなことは往々にして起こりうる。同じ事象、あるいは状況に遭遇したとき、観測する人物次第で生み出される結果は異なる。

では、なぜこうしたばらつきが発生するのか……

 

それは〝精神の構造〟次第で処理結果が違うからだ。

化学とか物理とか数学とかみたいに、画一的な答えにはならない。

〝精神の構造〟次第で千差万別の結果が生まれる。

では、この〝精神の構造〟はどのように作られるのか……

 

それは、生まれた環境、育った環境によって大きく変わる……特に人間関係。

それも大人の影響を受けやすいだろう。

既に出来上がった〝精神の構造〟を持つ大人によって教育を受ける。

あるいは友人の〝精神の構造〟を模倣する。

人間ってヤツは、子供の頃の癖や思想に生涯左右される。

勿論、その限りではない。

 

何かしらの精神的衝撃を受けたとき、〝精神の構造〟が180度在り方を変えることもある。尊敬する人物との出会いとか、惚れ込んだ宗教とか、あとはまあ、……アタシ達の〝言弾〟とか。

 

兎に角、〝精神の構造〟が他者と完全に一致することはないと言えよう。

全く同じ環境に生まれ育ち、全く同じ人物と、全く同じ関係を築く……そんなこと、あり得ないだろ?

このように、個人により〝精神の構造〟はそれぞれ形を変え形成される。

ここまでは理解出来る?」

 

アタシは、尚も問う。

〝希望〟と〝絶望〟の在り方を。

 

「同じ事象を前にしたとき、〝精神の構造〟次第で〝希望〟と〝絶望〟が生まれるの。

じゃあここで、先程の具体例を出そうか。

 

例えば、シェルターでの一生を受け入れるという選択を〝事象Y〟としよう。

そして、シェルターを出て行く選択を〝事象Z〟とし、更に、苗木を〝人物A〟、他の奴等を〝人物B〟としよう。

後は時系列の設定だけど、一応〝希望の言弾〟の影響を受ける前にしようか。

 

まずは〝事象Y〟を前にしたとき。

〝人物A〟は絶望を感じ、〝人物B〟は希望を感じた。

今度は〝事象Z〟を前にしたとき。

〝人物A〟は希望を感じ、〝人物B〟は絶望を感じた。

最も、この件に関してはアンタの〝言弾〟の影響で〝人物B〟の処理結果が反転したんだけど…。

 

兎に角、〝希望〟と〝絶望〟に二分される極端な例ではあるけど…人間はどんな事象を前にしても、その結果に差異が表れるんだよ。

もっと言うのであれば、差異の中でも更に細分化されるわ。

〝希望〟の中でも〝強い希望〟だったり〝弱い希望〟だったり。〝絶望〟の中でも〝強い絶望〟だったり〝弱い絶望〟だったり。

……みたいにね」

 

アタシは、尚も問う。

〝希望〟と〝絶望〟の在り方を。

 

「話は変わるけどアンタ、『鶏が先か、卵が先か』って言葉……知ってる?

『相互に循環する原因と結果、それらはどちらが先に発生しているのか?』っていう問いなんだけどさ……これって〝希望〟と〝絶望〟に置き換えることもできると思わない?

 

『〝希望〟が先か、〝絶望〟が先か』ってね。

 

鶏か卵かって問いなら、様々な観点からそれぞれの答えが出ている。

じゃあ〝希望〟と〝絶望〟ならどうなんだって、アタシは思うわけ。

 

〝希望〟が先に発生し、〝絶望〟が生まれるのか。

〝絶望〟が先に発生し、〝希望〟が生まれるのか。

 

……アンタはどう思う?」

 

アタシは、尚も問う。

〝希望〟と〝絶望〟の在り方を。

 

「アタシはさ…〝希望〟と〝絶望〟に置き換えた場合に限っては、シンプルな答えしか出ないって結論付けたわ。

 

例えば、真っ白な空間があったとする。

そこに、同じく真っ白な物体が現れる。

その物体は完全に空間に溶け込んでおり、アタシ達には観測出来ない。

じゃあどうやって観測するかっていうと、その空間に〝光〟を当てるのよ。

そうすると、自然と〝影〟が発生する。

もう分かるでしょ?

 

〝光〟は〝希望〟

〝影〟は〝絶望〟

 

更に言うのであれば、今回の設定であるコロシアイ学園生活で置き換えることだって出来る……

〝外に出たい〟っていう〝光〟、〝希望〟があったからこそ、〝殺し〟という〝影〟、〝絶望〟が生まれたんだよ。

いつだってそうだ。

 

〝希望〟があるからこそ、〝絶望〟がある。

 

これって、おかしいと思わない?

〝絶望〟が〝悪〟みたいな言い方されてるけどさ、そもそも〝希望〟さえなければ〝絶望〟は発生しないんだよ。

〝絶望〟を〝悪〟と断ずるのであれば、〝絶望〟を生み出す〝希望〟もまた、〝悪〟であるべきなんだよ。

でも、世間は〝希望〟を〝正義〟と疑っていない」

 

アタシは、尚も問う。

〝希望〟と〝絶望〟の在り方を。

 

「まあアタシ自身、この件に関してはどうでもいいって思ってるんだけど……〝希望〟が〝正義〟だとか…〝絶望〟が〝悪〟だとか…そんなことは心底どうでもいい。

アタシが憤ってるのはさ、〝希望〟とか〝絶望〟とか〝正義〟とか〝悪〟とか…誰が、どう定義してるかって事なわけ。

 

誰が決めた尺度で〝希望〟だの〝絶望〟だの言ってんの?

誰が決めた定義で〝正義〟だの〝悪〟だの言ってんの?

 

道徳とか、法律とか、秩序とか、倫理とか、大義とか、常識とか、空気とか…、超が幾つも付く程ウザってェ…。

 

〝希望〟が〝絶望〟を生む。

そして〝希望〟が何かしらの尺度で定義付けられたとき、自然と〝絶望〟までもがその尺度で定義付けられるのよ。

 

束縛された〝希望〟

束縛された〝絶望〟

 

こんなの、どっちに転んだって不自由よッ!!

更に言うのなら、この〝尺度〟こそが…〝精神の構造〟に最も大きな影響を与えているの……

下らない〝尺度〟が…下らない〝精神の構造〟を、〝人間〟を作り出しているのよッ!!」

 

アタシは、尚も問う。

〝希望〟と〝絶望〟の在り方を。

 

「だからアタシは思うわけ。

その〝尺度〟ってヤツをぶっ壊してやろうってね。

道徳も法律も秩序も倫理も大義も常識も空気も、何もかも……全部全部、跡形もなく。

 

…………。

 

…………。

 

でもその為にはさ、こんな不自由な世界で、〝限りなく自由に近い希望〟を持つアンタを、〝限りなく自由に近い絶望〟を持つアタシが…潰さなきゃダメなのよ。

後に発生する〝絶望〟が、〝絶望〟を生み出す〝希望〟を呑み込まなきゃダメなのよ。

 

そうすることで、〝希望〟が消えることでやっと…〝希望〟を定義付ける〝尺度〟が崩壊するのよ……そして〝尺度〟の喪失は〝希望〟喪失であり、〝絶望〟の喪失でもある。

 

そうやってやっと…人間は〝真の自由〟を手に出来る。

 

〝絶望〟が〝希望〟を呑み込み、〝尺度〟をも壊したとき…世界は然るべきカタチになるのよ。

 

それこそが、アタシが求める〝真実〟……

 

……たどり着くべき、世界の姿ッ!!」

 

アタシは、アイツに問う。

〝希望〟と〝絶望〟の在り方を。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー苗木視点ーー

 

ボク達が住む世界は、様々な〝尺度〟によって形作られている。〝尺度〟は、時としてボク達に不自由を強いる。

 

しかし、その不自由の上に、限られた自由が許される。

道徳も法律も秩序も倫理も大義も常識も空気も、失ってしまっては統率を失う。不自由こそが統率なのだ。

 

そして統率は、安心を生む。

統率に従っていれば、限られた自由は守られるという安心。そして安心は、多様性を生む。

限られた自由の中で、人はのびのびと、様々なことに挑戦できる。そして多様性は、未来を生む。

多様性の模索こそが、人々の未来を明るく照らす。

 

不自由とは、未来の為の対価。

 

彼女が嫌う〝尺度〟は、ボク達に必要だ。

でも、江ノ島さん(絶望)は叫ぶ。

〝尺度〟こそが自分(絶望)を生み出したのだと。

 

〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟が落ち着きを見せた頃、ボクは戦刃さんから聞いた。

江ノ島さんの過去を。

多くの理不尽が、不条理が、彼女を襲った。

でも彼女の世界にも、確かに〝希望〟はあった。

 

しかし、その〝希望〟こそが、今の〝江ノ島盾子(絶望)〟を生み出してしまった。

そして〝希望〟を呑み込み、〝尺度〟を壊し…何もかもを破壊しようとしている。

可能性を、未来を…捜し出そうとしない。

だってそれは、とても勇気が要ることだから。

だからこそ彼女は、目を逸らした。

目を閉じ、耳を塞ぎ、殻に閉じこもり…終わらせようとしている。

自分は正しいんだと、叫んでいる。

 

でも……

 

でも彼女は……全てが自由になった世界で、ただ自分とみんなが同じだと証明したいだけでは?

 

〝希望〟も〝絶望〟もない世界でただ、誰かと対等になりたいだけでは?

 

〝尺度〟を壊し、〝精神の構造〟を画一化し、不確定な感情の発生をなくしたいだけでは?

 

それぞれの事象に、決まった結果を観測したいのでは?

 

そして誰かと腹の探り合いをすることなく、裏切りのない関係を構築したいのでは?

 

 

彼女は〝希望〟を恐れている。

他者を信じるという〝希望〟の裏側には、裏切りという〝絶望〟が隠れている。

その裏切りだけを、極度に恐れている。

確かに、裏切られることもあるだろう。

でも、誰かを信じることでしか手に入らないモノも…確かにあるんだ。

彼女は、それを知らない。

知らずに進んでしまった。

誰にも与えられないまま、心を置き去りにして成長してしまった。

 

 

だから、

 

 

だからこそ、

 

 

今のボクに出来ること。

 

 

それは…だた一つ。

 

 

これが……ボクの答えだッ!

 

 

 

 

 

「〝希望〟は、前に進むんだッッ!!!」

 

 

 

 

 

ボクはありったけの〝パワー〟を込めて〝言弾〟を放つ。

 

 

 

 

 

彼女(絶望)ロンパし(打ち砕き)彼女(江ノ島さん)の心に、ボクのダンガン(希望)が届くように……

 

 

 

 

 




以下ウサミファイルより抜粋

・江ノ島は最大限の力を込め〝絶望の言弾〟を使う。

・苗木は最大限の力を込め〝希望の言弾〟を使う。

・その場にいた苗木、江ノ島を除く5人は意識を失った模様。強力な〝言弾〟の影響と思われるが、継続した調査が必要である。


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chapter6 ラストダンスは希望と共にⅢ

ーー苗木視点ーー

 

真っ白な世界に、ボクはいた。

見渡す限りの白。

上も、下も、右も、左も、前も、後ろも……

唯々、真っ白。

ともすれば、自分が立っているのか浮いているのかすら分からなくなってしまう程の…白。

気が狂いそうなほどの…白。

 

「……何が、……起きているんだ」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

〝精神の極致〟

 

それは、江ノ島盾子が〝超高校級の絶望〟の能力を調査している際に感じた…とある領域のことである。彼女は自分の能力を行使していたとき、奇妙な感覚を覚えた。

〝言弾〟で誰かの心を打ち抜いた際、相手の感情が逆流し、自分に流れ込んでくる様な…そんな感覚を。

 

彼女は確信する。

自分の能力は…〝人の精神に干渉する力〟であると。

そして彼女は一つの推論を立てた。

 

この能力を極大までに高めたとき、自分や相手にどのような事象が観測されるのか。

現状、他者の感情を直感的に理解する段階である。

この段階が、進化していく。

直感が、確信へと成長する。

確信が、完全な理解へと変貌する。

そして……

 

 

他者の心を、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚、つまり五感をもって感じ取ることが出来る……他者の心を、それらをもって観測することが出来るようになる。

 

 

彼女はこのように仮定した。

そしてこの状態を……〝超高校級の希望〟と〝超高校級の絶望〟が至るであろう最後の領域を……

 

 

〝精神の極致〟

 

 

……と、そう名付けた。

そして今、苗木誠(超高校級の希望)は…その領域へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ボクがいる真っ白な世界に、突如として〝黒い立方体〟が現れた。

 

白とは正反対の、どこまでも深い黒。

 

ボクはそれに近づき、観察する。

 

すると、微かに泣き声が聞こえた。

 

でもそれは、ひどく小さかった。

 

聞き逃してしまいそうな程に、か弱かった。

 

臆することなく〝黒い立方体〟に耳を当て、声が聞こえる場所を捜す。

 

そして、〝ダンガンで打ち抜かれたような小さな穴〟を見つけた。

 

ボクはそこから聞こえてくる声に意識を集中させ、知る。

 

その声の主を。

 

間違いなく、江ノ島さんの声だった。

 

彼女は泣いている。

 

暗い場所に閉じ籠もって、他者と関わることを拒絶して。

 

それでも彼女は泣いている。

 

自分で拒んでおきながら、誰かと一緒にいたいという矛盾に苦しみ、泣いている。

 

ずっとずっと……気が遠くなるくらいに長い時間を、ここで過ごしていた。

 

たった一人で。

 

そしてその苦しみが、時間をかけ江ノ島盾子(絶望)を形作っていったんだ。

 

ボクは声を張り上げる。

 

ボクはここにいるよと。

 

もうキミを一人になんかさせないと。

 

ボクは黒い壁を叩く。

 

痛みを無視して、叩き続ける。

 

白と黒の世界に、赤い液体が流れ落ちる。

 

叫びながら、拳を振るい続ける。

 

彼女を助け出す為に。

 

でも、そんな状態だったボクは…彼女の声に動きを止めた。

 

 

「無駄よ。……そんなことしても」

 

 

***

 

 

ーー江ノ島(絶望)視点ーー

 

言いたいこと、思っていたことを全て吐き出した。抑圧されることなく、自制することなく〝絶望の言弾〟を使った。

こんなに清々しい気分になったのは、きっと生まれて初めてだ。

 

……終わった。やっと、終わったのね。

全てを出し切って。

何もかもを出し尽くして…終わった。

 

でも、思い返してみるとやっぱり納得いかないわね。

なんなのよ、

 

『〝希望〟は、前に進むんだッッ!!!』

 

……って。

アタシが散々喋っておいてそんだけッ!?

一言だけなのッ!?

…………。

 

 

…………。

まあいいや。

アタシには、全部伝わったから。

シンプルな〝パワー〟…シンプルな〝言弾〟…

 

結局…どれ程の理屈や綺麗事を並べようと、ロンパされるときはされてしまう。単純な言葉の中に、語り尽くせぬほどの感情や意志を垣間見た。

 

でも結局、絶望(アタシ)を倒すことは出来なかったわね。

……残念でした。絶望(アタシ)の勝ち。

〝超高校級の絶望〟は〝超高校級の希望〟に屈しなかった……それを、証明できた。

だから、これで本当にお別れね。

なんだか名残惜しい気もするけど、後悔はない。

 

 

 

 

 

『サヨナラ』

 

 

 

 

 

アタシは奇妙な感覚に身を任せながらも、意識を覚醒へと持っていく。

そして、白の世界で目を覚ます。

 

 

 

 

 

「……ここって、まさか…」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

仮説でしかなかった事象、〝精神の極致〟…

恐らくアタシはそこにいる。

『なぜ?』

至ってシンプルな疑問が、アタシの頭を稼働させ始めた。

 

最大級の〝希望の言弾〟と〝絶望の言弾〟が衝突したから?互いに精神に干渉し合う力が共鳴反応を起こした?

 

湧いては消える問答に答えは出ず、アタシは思考を放棄した。

 

「要するにここは、アタシか苗木の精神そのもの…か」

 

白。

ただひたすら広がる…白。

見回す限りの…白。

 

「どうしろっていうのよ……」

 

虚空に消えたアタシの声。

アタシの耳に入ってくる、唯一の音。

何もない世界に生まれた音という情報。

 

変な疲労感に襲われながらも、脱出する手立てを考える。

白意外に感じることのない視覚。

無音、無味、無臭。

本来感じるはずのモノを感じないという違和感。

思考が鈍っていくのを感じる。

 

「ダメだ……何か…確固たる意志がないと、この空間には居続けられない…。

絶望(アタシ)ですら……そう感じ始めている」

 

江島盾子(絶望)は、思案する。

 

絶望(アタシ)は、本当ならここに来ることは出来なかった…?

この世界で正気を保っていられる程の精神力を、持っていない…?」

 

……まずい。

江島盾子(絶望)の顔が歪む。

 

「〝超高校級の絶望〟が最後の覚醒をする前に……この空間に引きずり込まれた。

どうやって現実の世界に戻ればいい…ッ!?」

 

焦りが、冷静さを奪っていく。

〝超高校級の絶望〟が平静を保てない程のナニカが、ここには満ちている。

 

「……成る程。心の世界に入り込むのは、そう簡単なことじゃないってわけね…」

 

ナニカに、呑まれそうになる。狂っていることを自覚しているはずの絶望(アタシ)が、狂ってしまいそうだ。

やばい、本当に…ッ!

絶望(アタシ)が、絶望(アタシ)じゃなくなるッ!

 

存在の崩壊を、覚悟した。

 

しかし唐突に、広いか狭いかも分からない白い空間で…アタシは声を聞いた。

最も聞き覚えのある声を……

誰よりも優しい、あの声を……

 

 

「江ノ島さんッッ!!」

 

 

アタシは、先程までなかった〝黒い立方体〟と苗木の姿を…自らの視界に収めた。

 

 

「江ノ島さんッッ!!」

 

 

アイツは叫び続けていた、叩き続けていた…〝黒い立方体〟を。

そしてアタシは理解した。

 

ここが、アタシの心の中なんだって。

 

成る程ね。

 

絶望(アタシ)は理解した。

 

あの〝黒い立方体〟の中に、江島盾子(アタシ)がいることを。

 

ずっと昔に置き去りにした、江島盾子(アタシ)という、ただ一人の…女の子としての感情。

 

アイツは、そんな感情を取り戻させようとしている。

 

鋼鉄の壁で覆われた、ちっぽけな少女の心を。

 

我武者羅に。

 

手からは血を流し、どれ程叫び続けたのか、喉は枯れ。

 

それでも尚、アイツは諦めない。

 

〝精神の極致〟に至ったとて、他者の心を理解しきれるわけではない。

 

苗木(アイツ)江島盾子(アタシ)ではない。

 

苗木(アイツ)江島盾子(アタシ)にはなれない。

 

だから不可能よ。

 

その壁を壊すことは。

 

 

「無駄よ。……そんなことしても」

 

 

気付いたら、アタシは声を掛けていた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー???視点ーー

 

親の暴力。

姉との離別。

上っ面の付き合い。

そんな、理不尽な世界。

 

ねえ、なにか悪い子とした?

アタシはダメな子?

 

誰も、答えてくれない。

誰も、隣にいない。

 

逃げることは、そんなにいけないこと?

こんな世界で……ひとりぼっちで……

どうすればいいの?

 

生きていいの?

 

生きたいの?

 

わからない。

 

死ねない。

 

怖いから、死ねない。

 

だからただ、生きている。

 

死ねないから、生きている。

 

誰かが近づいてくる度に怖くなる。

その人に傷付けられるかもしれないから。

裏切りで、悪意で、恨みで、不条理で……

 

怖い。

 

耐えられない。

 

だったら誰も、近づかせなければいい。

そんな答えにたどり着くのは、自然なことでしょ?

 

だからアタシは、アタシの心を壁で覆った。

 

閉ざされ、光の射さない空間。

 

冷たく、無音な世界。

 

そこに、心地よさを感じた。

 

誰にも見られない。

 

誰にも話しかけられない。

 

誰にも触れられない。

 

安心だ。

 

安全だ。

 

ここはいい。

 

とても……

 

とても……

 

とても、良い場所。

 

とても、良い場所の……はずなのに。

 

どうして?

 

どうして淋しいの……?

 

自分が望んだはずなのに……

 

……けて。

 

……助けて。

 

ねえ誰か……助けてよ。

 

息苦しいよ。

 

辛いよ。

 

外も、中も、どこにも……。

 

〝希望〟なんて、なかったの……?

 

 

 

 

 

ーードンッ!!ーー

 

 

 

 

 

すごい音がした。

 

その音は、無音だった世界ではあまりにも大きかった。

 

 

『ねえ、遊ぼっ!』

 

 

誰?

 

アタシに近づくのは。

 

どうして?

 

アタシが作った壁に穴を開けたのは。

 

いいの?

 

ねえ、信じていいの?

 

あなたのこと。

 

壁に開いた小さな(弾痕)からは、一筋の光が。

閉ざされた空間の全てを照らす程の光ではない。

たった一筋。

でもその光は、真っ暗だった空間ではあまりにも眩しかった。太陽のように……眩しかった。

 

だからこそ、あまりにも唐突だったからこそ……

 

受け入れることが出来なかった。

 

信じることが出来なかった。

 

助けてと、声を上げることが出来なかった。

 

アタシは弱かった。

 

泣くことしか出来なかった。

 

そして、外から声は聞こえなくなってしまった。

 

あの時、小さく開いたその(弾痕)から声を上げていれば…あの子はアタシを助けてくれたのかな?

 

勿論、疑問に答えてくれる人などいなかった。

 

 

 

 

 

そこから、長い月日が経った。

 

 

 

 

 

ずっと泣いていた。この空間が、涙で満たされてしまうんじゃないかと思うほどに。

このまま、涙で溺死するのも悪くないのかな?

そんなことを思っていると、聞こえた。

人の声が、確かに外から聞こえた。

 

「江ノ島さんッッ!!」

 

ねえ、助けてッ!

 

「江ノ島さんッッ!!そこにいるんでしょッ!!」

 

ねえ……あれ?

 

「江ノ島さんッッ!!返事をしてよッ!!」

 

あれ……声が、出ない。

 

「江ノ島さんッッ!!」

 

身体が、動かない。

待って、今行く。

あなたの手を取りたい。

ここから出たいよッ!

 

そして聞こえてくる、知らないようで、知っている声。

 

「無駄よ。……そんなことしても」

 

アタシは理解した。

その声の主を。

 

絶望(アタシ)だ。

アタシが、外に置き去りにしてきてしまった…絶望(アタシ)だ。

辛いからって、苦しいからって切り捨ててしまったアタシ自身だ。

 

絶望(アタシ)は、男の子に諭すように話しかける。

 

「その壁は壊せない。

アンタは〝精神の極致〟へ至り、江島盾子の心の中に足を踏み入れた。

この〝黒い立方体〟は江島盾子(アタシ)の心のシェルター。

それを視覚や聴覚、触覚で認識している状態なのよ」

 

一拍ついて、再び語り始める。

 

「でも破壊することは出来ない。

言ったでしょ?〝精神の構造〟は人それぞれ。

構造が異なるって事は、それぞれの心が全く別の性質でできてるって事なのよ。

同じように見えて、同じじゃない。

認識は出来るけど、壊すことは出来ない。

性質が違うモノへの理解がないから……

だから、アンタの行為は無駄なのよ」

 

呆れるような、しかし敬意を払うかのような…複雑な声色。思わず聞き入っていたアタシは、次の瞬間…心臓が止まるかと思った。

 

「聞こえてるんでしょ?……江ノ島盾子(アタシ)

 

もちろんだ。

本当は、一緒にいなければならないはずの…絶望(アタシ)の声。

 

「まさか、自分自身に話しかけることが出来るなんてね……ま、江島盾子(アンタ)はそこにいなさい。

面倒なことは全部、絶望(アタシ)が片付けてあげるから」

 

ダメだ……

 

「だからもう…何もしなくていい」

 

ダメだ、絶対に。

 

「どうせもうすぐ…世界は終わるんだから」

 

動いて、動いてよッ!!

どうして動けないのッ!?

 

ずっと考えてきたんだ。

 

自分はどうしたいのかって。

 

あの時から射し続ける光を見て、ずっと考えてたんだ。

 

このままでいいのかって。

 

だから……

 

だから、アタシは……ッ!

 

ここから出たいッ!

 

逃げちゃダメだったんだッ!

 

今、あなたの声を聞いて確信したッ!決心したッ!

 

そんな哀しい声を聞いていたらッ!

 

一人になんか、させていられないッ!

 

立ち向かうんだッ!

 

〝絶望〟に……ッ!

 

なにより、アタシ自身にッ!!

 

 

 

だから……

 

 

 

だから……

 

 

 

アタシに、力を貸してッ!!

 

 

 

勇気を分けてッ!!

 

 

 

 

 

「苗木誠君ッ!!」

 

 

 

 

 

必死に声を振り絞る。

声になっていたかも分からない。

でも、強く、ひたすら強く想ったんだ。

〝絶望〟に立ち向かうんだって。

 

すると、どこからともなく聞こえてきた。

 

 

 

 

 

『〝希望〟は、前に進むんだッッ!!!』

 

 

 

 

 

その言葉は、驚くほど自然にアタシの中に入ってきた。

そして沸々と湧き上がる力を、〝希望〟を、アタシにくれた。鉛のように重かったアタシの身体が、嘘のように軽くなる。

アタシは立ち上がり、思いっきり壁を殴りつけた。

 

絶望(アタシ)は言った。

苗木君には壊せないと。

でもそれって、江島盾子(アタシ)なら壊せるって事でしょ?

他ならぬ、壁を作り上げた自分自身になら。

 

アタシは殴り続ける。

痛みなんか忘れて。

一心不乱に。

 

生きるんだッ!

 

例え〝絶望〟が立ちはだかろうと、進むんだッ!

 

アタシなんかの為に、こんな場所まで来てくれる人がいるッ!

 

捨てたもんじゃない、諦めるもんじゃないッ!

 

進むんだッ!

 

格好悪くても、順調じゃなくてもッ!

 

這いつくばってでも進むんだッ!

 

〝希望〟を持って、前にッ!!

 

 

 

 

 

ーーバリンッ!!ーー

 

 

 

 

 

壁に入った亀裂は次第に大きくなり、やがて真っ暗だった空間は消滅した。

 

眩しい。

まばゆい光が、アタシの網膜を焼く。

 

そして目が慣れた頃、そこには絶望(アタシ)だけがいた。

絶望(アタシ)はアタシに語りかける。

 

「……いいの?

辛いよ、こっちは。

苦しいよ、こっちは。

逃げてもいいんだよ。

誰も…アンタを否定できない。

みんな、アンタみたいになる可能性と生きている。

偶々、アンタみたいにならないだけ。

だからいいんだよ、自分を許して。

 

 

……わかった。言葉はもう……要らないわね」

 

 

アタシは絶望(アタシ)を抱きしめた。

絶望(アタシ)は光の粒子となり、アタシの中へと戻っていく。

 

 

 

 

 

「おかえりなさい……絶望(アタシ)

 

 

 

 

 

「ただいま……江ノ島盾子(アタシ)

 

 

 

 

 

意識が遠のいていく。

直感的に理解出来る……現実の世界へ帰るのだと。

アタシは眠るように、その奇妙な感覚に身を委ねた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー???視点ーー → ーー江ノ島視点ーー

 

意識が覚醒すると、裁判場に倒れる5人を介抱する苗木が目に入った。

あまり思考が回らない。

他者を心の中に入れた疲労感もある。

身体が重い。

 

でもアタシには、やらなければならないことがある。

やり遂げなければならないことがある。

 

だから立ち止まってはいられない。

アタシは進む。

アタシ自身の為に。

 

「じゃあ……投票タイムね」

 

その言葉に、苗木は反応を返す。

 

「江ノ島さんッ!無事だったん……え?」

 

鳩がガトリングガンを食ったような顔。

いい顔ね…でも、これで見納め。

 

「え?じゃないっつーの。

中途半端で終わるなんて……勘弁よ。

だから終わらせましょ?

裁判も、アタシ達の因縁も……」

 

アタシは笑う。

清々しく。

 

「アハハッ!いい顔よ、苗木。

アタシはアタシなの。

江ノ島盾子として、全てにケジメを付ける。

そして……」

 

アタシは笑う。

晴れ晴れと。

 

「アタシは〝超高校級の絶望(アタシ)〟として、最後にアンタへプレゼントを贈るわ。

ま、アンタからしたら良いモノじゃないだろうけど。

正真正銘、最期でラストのイヤガラセ(絶望)…あげちゃう」

 

アタシは笑う。

イタズラが成功したかのように、無垢な笑顔で。

 

 

 

 

 

「〝江ノ島盾子を生かせなかったという絶望〟を、生涯背負いなさい」

 

 

 

 

 

アタシは江ノ島盾子(アタシ)

 

アタシは絶望(アタシ)

 

どっちもアタシなの。

 

〝希望〟を持つアタシも、〝絶望〟を持つアタシも…どっちも自分なの。

 

切り捨てることなんて出来やしない。

 

そんなこと、してはいけない。

 

〝希望〟も〝絶望〟も、混ざり合って生きている。

 

表と裏の紙一重。

 

決して切り離すことは出来ない。

 

紙に、表と裏があるように。

 

その紙を破り捨てたとて、表と裏が存在し続けるように。

 

〝希望〟も〝絶望〟も、存在し続ける。

 

それが……

 

それこそが…〝希望〟と〝絶望〟なのね。

 

やっとたどり着いた、〝アタシだけの真実〟。

 

ありがとう、苗木。

 

本当に、感謝しかない。

 

 

 

 

 

『ありがとう』

 

 

 

 

 

「それじゃあ、始めようかッ!」

 

 

 

 

 

ルーレットが動き出す。

投票者は江ノ島盾子。

そして、クロに選ばれたのは……

 

 

 

 

 

「大正解ーーッ!!真の黒幕は、全ての元凶はッ!!

江ノ島盾子ちゃんでしたーーッ!!」

 

 

 

 

 

彼女手元に、スイッチが現れる。

いつもはモノクマが押していた、あのスイッチが。

 

 

 

 

 

「皆さんお待ちかねッ!!

ドッキドキでワックワクなッ!!」

 

 

 

 

 

苗木は叫ぶ。

もうその必要はないと。

もう終わりでいいじゃないかと。

 

 

 

 

 

「おしおきターーーイムッッ!!!」

 

 

 

 

 

躊躇うことなく、スイッチは押された。

瞬間…大量のモノクマが裁判場に現れ、江ノ島を拉致していく。

 

苗木が彼女を追いかけようとする。

しかし、同じく大量のモノクマに阻まれ追うことは叶わなかった。

 

 

 

「江ノ島さんーーーッッ!!」

 

 

 

無情な声とモノクマの駆動音だけが、裁判場にこだました……

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

だだっ広い地下空間。

そこには円形の闘技場が設置されていた。

更に、その闘技場の中央には…椅子に拘束された江ノ島盾子が鎮座している。

そして、全方位から大量のモノクマが出現した。

 

刀、ナイフ、銃、かぎ爪、ハンマー、火炎放射器……その他諸々。

 

様々な凶器を携え、無数のモノクマはジリジリと江ノ島へと近づく。死へのカウントダウンが…始まる。

 

江ノ島盾子は目を閉じる。

 

流れ出す走馬燈に、苦笑する。

 

 

 

 

 

一歩、また一歩。

 

 

 

 

 

焦らすように、恐怖を煽るように…音が近づいてくる。

 

 

 

 

 

そしてついに、鋭利なかぎ爪を装備したモノクマが江ノ島めがけて飛びかかった。

 

 

 

 

 

振り下ろされるかぎ爪。

 

 

 

 

 

肉が切り裂かれる音。

 

 

 

 

 

飛び散る血飛沫。

 

 

 

 

 

モノクマの無機質な笑い声。

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

 

 

それらが聞こえることはなかった。

 

 

 

 

 

その代わりに聞こえてきたのは、魔狼の如き雄叫び。

 

 

 

 

 

モノクマが吹き飛ばされる音。

 

 

 

 

 

そして……

 

 

 

 

 

最愛の、姉の声だった。

 

 

 

 

 

「盾子ちゃんは、絶対に死なせないッッ!!!」

 

 

 

 

 

chapter6 END




以下ウサミファイルより抜粋

・〝精神の極致〟。江ノ島により命名された〝超高校級の希望〟と〝超高校級の絶望〟が至る最後にして最大の能力。他者の心を五感をもって認識することが出来る力である模様。不可解な点が多く、本人以外の観測が不可能であるため継続的な調査が必要である。現在詳細は不明

・苗木は〝精神の極致〟へと至り、江ノ島の心の中に入り込む。

・精神世界に存在した江ノ島盾子の少女としての感情が、苗木の〝希望の言弾〟の影響を受け覚醒。過去に分離したと思われる〝絶望〟の感情と融合した模様。また、2つの人格を持つ腐川冬子とは別の症状であると推測される。現在詳細は非公開

・両名とも精神世界より帰還。

・江ノ島は裁判を続行し、自身へ投票した。その結果、江ノ島の処刑が決定する。

・処刑が決行されるも、戦刃の介入により依然として存命。現在詳細は非公開


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chapter6(裏) ゼツボウを用い、キボウを証明せよⅠ

ーー日向視点ーー

 

ついに学級裁判が始まってしまった。

急がなければ、処刑が行われてしまう。

 

俺はグラウンドに設置された対策本部で裁判の様子を伺っていた。

そして、時々無線で聞こえてくる探索班の情報を整理しつつ…絶望側の2人が潜んでいそうな場所を潰していく。隣を見やると、懸命にシステムの奪還を試みる七海と不二咲が目に入る。グラウンドの端では、左右田を中心として〝あのマシン〟の製作が急ピッチで進んでいた。

そして江ノ島がモニタールームを離れたことにより、ミライ機関の職員による爆弾の処理も行われている。

 

悔いの残らないように、最善の行動を。

しかしそう思えば思うほど、プレッシャーが重くのしかかる。

 

「くそッ!!」

 

思わず口から漏れてしまう。

 

もし絶望側の2人を見つけられなかったらどうする?

 

学園のシステムを奪還できなかったらどうする?

 

最悪、苗木が江ノ島を倒せばいい?

 

〝超高校級の絶望〟が死ぬのなら構わない?

 

……ダメだ。

〝超高校級の絶望〟だからって、見殺しになんか出来ない。

全員無事に、この映画撮影を終わらせる。

それが、俺に出来る江ノ島への仕返しだッ!

 

 

***

 

 

ーー戦刃視点ーー

 

盾子ちゃんの確保を目的とする私達6名は、地下処刑場へ続く通路にて激しい戦闘を繰り広げていた。

私達が通路に入るとそこは既に、大量のモノクマによって道が塞がれていた。

そして私達が敵意を向けた途端、モノクマの軍団は凶器を取りだし襲いかかる。

 

「おいッ!コイツ等マジだぞッ!?」

 

「むぅ……大した強さではないが、狭い通路でこの量となると…」

 

「おらおらぁぁあああッッ!!手応えが足りねーーぞッ!!」

 

「この程度じゃあ、準備運動にもならんぜよッ!!」

 

戦闘に特化した人選であるため、モノクマは次々と数を減らしていく。

しかしほぼ同じ量のモノクマが投入され続けるため、私達は少しずつしか前に進めずにいた。

 

「戦刃、どうかしたか?」

 

「いや、露骨に時間稼ぎされてるなって…」

 

今、どれくらい経った……

日向創の情報によると、既に学級裁判は始まっている。

このままじゃ、間に合わない。

 

……どうする。

思考に沈みかけたとき、中衛を務める大和田君の声が…私を現実に引き戻した。

 

「ワリィッ!一匹漏らしたッ!」

 

そのモノクマは、プログラムに沿った機械的な動きではなかった。まるで生きているようにヌルヌルと、しかし目にも止まらない早さで接近してくる。

 

「クッ!なんだッ!?この動きはッ!!」

 

私と同じく後衛を務める辺古山さんの刃を…一瞬の隙を突き、右腕を切り落とされながらも躱した。

 

「……ッ!!」

 

私は反射的にモノクマのかぎ爪をナイフで受け止めていた。

数瞬の鍔迫り合いの後、背後からの辺古山さんの一太刀によりそのモノクマは動きを止めた。

 

「何なのだ、今のモノクマは…」

 

それはまるで、盾子ちゃんが動かしているような……

いや、或いはもっとレベルの高い動き……

 

そして、私達が蠢くモノクマ達に一層の警戒を高めた…その時。無線から日向創の声が聞こえた。

 

「戦闘班聞こえるかッ!?

〝元超高校級の操縦士〟も絶望側かも知れねぇッ!お前達が戦ってるモノクマの中に紛れてる可能性があるッ!!」

 

たった今、それらしき個体と遭遇したよ。

……最悪だ。

私達を排除するというプログラムに沿った動きをするモノクマ。そして、〝元超高校級の操縦士〟が操作する変態的な動きをするモノクマ。

一瞬たりとも気を抜けない。

雑な戦い方も出来ない。

常に強い個体を意識しながら大量のモノクマと戦わなければならない。

 

〝絶望〟がジワジワと浸食してくる。

後出し後出しで、嫌な情報が開示されていく。

しかし、全員の顔色が悪くなったその時…無線は別の情報を私達にもたらした。

 

「それと半分、実験棟前の広場まで至急向かってくれッ!

なんか分かんねぇけど、地下へ続く道が見つかったッ!」

 

実験棟の近くにそんな通路あったか?

ふと湧いた疑問を、私は瞬時に〝ない〟と判断した。

私も知らない秘密の通路。

行ってみる価値はある。

でも、もし何の関係もない場所だったら……

もう、盾子ちゃんの元へは間に合わなくなる。

 

どうする……ッ!

 

即断できない自分が憎たらしい。

そんな私をよそに、大和田君が声を張り上げる。

 

「そっちの通路が江ノ島んとこに繋がってる根拠はあんのかッ!?」

 

「こっちも確かめてる時間はなかったんだッ!

モノクマがいて確認できなかったらしいッ!

ただの勘だッ!

だが通路は処刑場の方角へ伸びているッ!

可能性がないわけじゃないッ!!」

 

……決めた。

 

「わかった。向かうよッ!」

 

私は、直感を信じることにした。

恐らく、発見されることを想定していない通路だ。

モノクマがいたと言うけれど、こちらより少ないかもしれない。仮に向こうにモノクマが湧き出したとしても、一カ所に集中されるより多少はましだろう。

それにこの狭い通路で6人の隊だと、思ったように動けないっていうデメリットもある。

 

「メンバーはッ!?」

 

「現場に任せるッ!!」

 

リーダーにする人間違えたんじゃないかな…

まあ、今は気にしてる場合じゃない。

 

前衛と中衛の4人が、瞬間的に私を見つめる。

私が決めろって事か…

 

「77期生の3人はここでッ!そのまま突き進んでッ!

78期生の2人は私に付いてきてッ!!」

 

「おっしゃぁぁあああッッッ!!!」

 

「任せんかいッッ!!」

 

「承知した。」

 

「さっさと行くぞッ!戦刃ッ!!」

 

「……ふっ」

 

私達は急いで通路を戻る。

そして目指すは実験棟。

 

待っててね、盾子ちゃん。

必ずたどり着いてみせるからね……ッ!

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー日向視点ーー

 

「お、お待たせしましたで御座いーッ!」

 

〝元超高校級の建築士〟が、穴という穴から液体を垂れ流しながら作戦本部へと入ってきた。

 

「い、急いでくれとは言いましたけど……大丈夫ですか?」

 

「ぜはーっ、ぜはーっ……。

た、頼まれた品で御座いッ!」

 

彼女はそう言うと、とある建築物の図面を差し出した。

日向はそれを受け取り、七海にも声を掛ける。

 

「七海、改築後に提出された図面のデータはどうだ?」

 

「はいこれ」

 

七海はハッキング中の画面から目を離すことなくタブレット端末を差し出す。

日向はそれも受け取り、二つの品を見比べる。

 

「言われて気が付いたけど…今回の映画撮影の為に、学園のいろんな場所で改築工事が行われていた…。本校舎は勿論だが、隠し通路が見つかった実験棟周りもそうだ……

そして、不自然に工事期間が延びた建物が実験棟周り以外にもう一つ……」

 

日向は〝普通科生徒用学生寮〟の図面を見ていた。

 

「あの-…アタイが計測した学生寮の間取りで、何を調べているんで御座い?」

 

「建築に絶望サイドの連中が関わっている可能性があるんです…。俺達が捜している連中を匿う場所を作っていたかもしれない。

貴方に頼んだ正確な寮の図面と、改築に関わった業者が提出した図面に差異があれば……

そこに絶望サイドの人間が潜んでいるはずだッ!」

 

業界を代表する建築士である小柄な女性は…ほへぇ、と感心したように声を漏らす。

そして、素直な疑問を口にした。

 

「あのー、また聞いてもいいで御座い?」

 

「何ですか?」

 

日向は図面から目を離さずに返事を返す。

 

「アタイが〝絶望サイド〟でないっていう根拠はなんで御座い?」

 

「それですか。

俺も見落としてたんですけど、単純なことなんです。

貴方は江ノ島の〝絶望の言弾〟を受け、多少なりとも錯乱していました。

そして、78期生の介抱を受けて復調した…。既に〝絶望〟であったなら、あの時錯乱しなかったでしょうね」

 

「ほへぇ……」

 

小柄な女性はまたしても感心したように声を漏らす。

 

「最近の高校生は頭がいいで御座い…。

ん?この2階の間取り、おかしい……で御座い」

 

「え、2階?」

 

「ええ、ここでご……」

 

「…ああッ!

地下に繋がってるはずだから、1階ばかりを見てたけど……まさか2階に入り口があるとは…」

 

日向は急いで探索班に無線を繋ぐ。

 

「探索A班は〝普通科生徒用学生寮〟の208号室に向かってくれッ!備え付けられてるタンスの奥に地下へ繋がる階段があるはずだッ!くれぐれも気を付けてくれよッ!

次に探索B班だが、同じく〝普通科生徒用学生寮〟まで来てくれ。緊急用の脱出口があるかもしれないことを考慮に入れて、外で待機。

それと罪木、やはり万が一のことを考えてお前に頼みたいことがある。至急作戦本部まで戻ってきてくれッ!

何か問題があったら随時連絡を頼むッ!以上だッ!」

 

「「「了解ッ!!」」」

 

何重にも重なった声が日向の鼓膜を揺さぶった。

しかし、日向は動じることなく再び図面を調べ始める。

できる限りのことをする為に……

 

 

 

刻一刻と、時間は過ぎていく。

 

誰もが、最善を尽くす。

 

最良の結末を迎える為に。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー狛枝視点ーー

 

ボクは景品で手に入れたボールを地面に投げてはキャッチし、投げてはキャッチし……そんなことを繰り返しながらも学園へとたどり着いた。

 

「さて、今はどういう状況なのかな…」

 

一瞬、気がそれた。

すると…ボクが投げたボールは足下の小石に当たり、実験棟へ続く道へと転がっていった。

やれやれ、ついてない。

放置しておくわけにはいかず、ボクはボールを追いかける。

 

やっとの思いでボールの元までたどり着くと、変な凹みの上で止まっていたことに気が付いた。

なにかと思い調査してみると、その凹みは自動ドアのように急に左右に開いた。

そしてその奥に、怪しげなスイッチが現れた。

ボクはそれを押した。

だってさ…あまりにも怪しいんだよ。

それに押したくなるでしょ?

これ見よがしなボタンってさ。

 

まあそんなことはさておき、ボクが見つけたスイッチを押すと…実験棟前の広場に地下へ続く通路が現れた。

ここまで来て中を確認するわけにもいかず、ボクは足を踏み入れる。

 

そこは…ひどく無機質だった。

希望ヶ峰学園にしては、あまりにも簡素というか。

だから推測するに、突貫工事で作られたのだろう。

内装に凝る暇もなく、急いで。

 

しかし、そんな通路に一つだけモノがあった。

というか、モノクマがいた。

そしてボクが近づくと、モノクマは突然動きだした…どこからともなく刀を取り出して。

急な出来事に驚いて、ボクは手に持っていたボールを落としてしまう。

しかし幸運なことに…ボールが地面に接地したちょうどそのタイミングで、後退するボクの足がそのボールを踏んづけた。……つまり、尻餅をつきながら転んだ。

でもそのおかげで、横薙ぎに振るわれた刀を躱すことが出来た。そして刀は壁に突き刺さり、モノクマはそれを引き抜こうとする。

 

ボクは退くことにした。

ボク如きの才能では…先に進めなさそうだ。

さて、そろそろグラウンドに設置されている作戦本部に向かおうかな。

 

 

ボクは小走りで向かった。

 

 

***

 

 

「……と、言うわけなんだよ」

 

「はぁッ!?」

 

日向クンはボクの胸ぐらを掴みながら怒鳴っている。

 

「本当かッ!?通路が伸びる方角はッ!?」

 

「本校舎の方角だったよ…。だからまあ、処刑場へ繋がっている可能性はあるかもね」

 

「中はどうだったッ!?」

 

「モノクマがいたよ。

武装してたから引き返しちゃったけど」

 

日向クンの顔には汗が浮かんでいる。

どうするべきか迷っているのだろう。

……いいね…美しいよ。

キミが選んだ選択の先には、どんな〝希望〟が待っているんだろうね。

 

ここでふと、ボクはあることを思い出した。

ある疑問を…

 

「そう言えばさ、苗木クンが処刑されそうだった時……つまり江ノ島さんの〝言弾〟とやらが校外を襲った時……

一体誰が、音声を切ったんだい?」

 

「……そう言えば、誰なんだ?

学園長、誰だったんですか?」

 

日向クンは、無線にてミライ機関の職員達に指示を出す学園長にそのまま疑問を投げかける。

そしてその答えは、更にボクの疑問を深めることになる。

 

「そうだね、〝元超高校級の操縦士〟と言えば…君達にも分かるかな?」

 

「そうだったんですか。ありがとうございます、学園長。

……だそうだ。おい、狛枝?お前聞いてたか?」

 

日向クンは今の話を聞いて不思議に思わないのだろうか。

それに〝元超高校級の操縦士〟って確か……

 

「おい、大丈夫か?」

 

「ボクは大丈夫だよ。

それよりもさ、〝元超高校級の操縦士〟は何故…〝絶望の言弾〟の影響を受けなかったんだい?

78期生達のように〝希望の言弾〟の影響を受けていたのかな?」

 

ボクが疑問を口にすると、学園長が反応した。

 

「……そう言われると、彼はあまりにも普通だった。

私ですら、不快感でまともに動けなかったのに…」

 

過去に傷を負っていたけれど、〝希望の言弾〟の影響も受けてたはずのボク達。

そんなボク達ですら、まともに動けなかった。その場にいた〝元超高校級達〟も、例外ではないはず。

それに、彼は……

 

「となると彼は今、どこにいるんだろうね…」

 

ボクの言葉を受け、学園長はすぐさま無線を操作する。

しかし……

 

「……繋がらない…」

 

やはり、クロと断定してよさそうだ。

だって彼は……

 

「花村クンと弐大クンがおにぎりを持ってくる少し前にさ、ボクは目撃したんだ…。

工事期間が何故か延期された…〝普通科生徒用学生寮〟に向かう彼の姿をね。」

 

日向クンが、すぐさま無線めがけて声を上げる。

相対する敵が増えたかもしれないと……

 

切羽詰まった状況。

 

突き付けられる選択。

 

迫る結末。

 

一体誰が、どんな〝希望〟を手にするのか。

ボクは学級裁判を映し出すモニターを見やる。

〝超高校級の希望〟もまた、更なる〝希望〟を手に入れようとしている。

 

そして、ボクは江ノ島さんへと想いを馳せる。

 

ボクは〝希望〟が好きだ。

 

愛してると言ってもいい。

 

そして、〝絶望〟は忌むべきモノだ。

 

しかしこの〝絶望〟に…〝江ノ島盾子〟という存在に…

 

ボクはある種、羨望すら抱いているんだよ。

 

〝絶望〟は〝希望〟の為の踏み台。

 

〝超高校級の絶望〟は〝超高校級の希望〟の為の踏み台。

 

……そう。

 

そうなんだよ、江ノ島さん。

 

キミが……

 

キミだけが……

 

苗木クンが更なる〝希望〟を手に入れる為の踏み台になれる。

 

キミにしか務まらない。

 

だから……

 

 

 

 

 

キミを死なせるわけにはいかないんだよ、江ノ島盾子さん。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー戦刃視点ーー

 

私、大神さん、大和田君の3人が実験棟前の広場にたどり着く。そこには連絡通りに地下へ伸びる階段と、狛枝凪斗の姿があった。

そして、狛枝凪斗はニコニコと私達に手を振っていた。

しかし私達は、そんな彼には目もくれることなく地下通路へと進入した。

 

すると、壁に刺さった刀を抜こうとするモノクマが目に入る。

先陣を切る私はそのモノクマを蹴り飛ばす。そして起き上がりざまにナイフを脳天を突き立て、トドメを刺す。

 

そこから更に進むも、モノクマは出てこない。

体感的にも、処刑場へ繋がっているように思える。

 

正解だったか。

 

微かな〝希望〟を見いだした直後…。

私の視界に、巨大な壁が立ちはだかった。

物理的にも、精神的にも……

 

「何なのッ!これッ!!」

 

「ぬぅ……我の拳でもかすり傷一つ付かぬか」

 

「壊すのは無理だッ!このダイヤルロックの番号は分かんねぇのかッ!?」

 

ダイヤル式の鍵で閉ざされた、あまりにも硬い扉。本来のシェルター化計画で用いられるような、特殊な素材でできた扉。

 

ナイフも、銃も、拳も、まるで意味を成さない。

適当な数字を入力しようにも、桁数が多すぎる。

 

 

〝十三桁〟なんて……

 

 

当てずっぽうでどうにかなるモノではない。

 

……不可能だ。

 

〝希望〟が〝絶望〟に浸食されそうになるのを、どうにか振り払う。

止まっちゃダメだ…諦めちゃダメだ。

考えるんだ…打開する方法をッ!

 

私が、足りない頭をフル稼働させていると…その声は突然聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「あれ、扉なんかあったんだ」

 

 

 

 

 

〝私立希望ヶ峰学園 特別科〟

そこに籍を置く者は、須く秀でた才を持つ。

〝超高校級〟たり得るナニカを、持っている。

 

 

 

 

 

「……お。どうやら開いたみたいだ。

あはは、ボクのゴミみたいな才能が役に立つなんてね。

今思えば、花村クンが作ってくれたおにぎりを食べられなかったのも…不運ってわけではなかったのかな。

まさかハズレたクジの番号が、アタリだったなんてね」

 

 

 

 

 

〝超高校級の幸運〟は、事もなげに扉を開けてみせた。

そして、呆然としていた私達に言い放つ。

 

「さあ、キミ達の〝希望〟を見せてくれ…。

その為なら、ボクは喜んで踏み台になるよ」

 

 

 

 

 

私は進む。

ひたすらに。

我武者羅に。

 

 

 

〝絶望〟に塗れたこの世界にも、〝希望〟があることを証明する為に。

 

 

 




以下ウサミファイルより抜粋

・探索A班、探索B班により、江ノ島に味方していると思われる〝元超高校級〟の探索が行われる。

・戦闘班は映画撮影の際に使われていた処刑場へと続く通路より、江ノ島の捕縛を目指す。

・処刑場へと続く通路には大量のモノクマがおり、足止めをくらっている模様。

・狛枝によってもたらされた情報と〝元超高校級〟の協力により得られた情報から、探索班は普通科生徒用学生寮へと向かう。

・上記と同様に、狛枝の情報をもとに戦闘班は二手に分かれ、それぞれ処刑場を目指す。

・戦刃達が進む隠し通路には特殊な素材でできた扉が設置されていた。ダイヤルロック式であり、その桁数は十三桁であった模様。

・狛枝の活躍により戦刃達は扉を突破。依然として処刑場を目指す。


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chapter6(裏) ゼツボウを用い、キボウを証明せよⅡ

ーー戦刃視点ーー

 

私達は〝超高校級の幸運〟の力のおかげで、扉を突破することに成功した。しかし扉の先に待ち受けていたのは、先程と同じ大量のモノクマだった。

それを見た途端、私の足が重くなる。

モノクマがいるということは、処刑場へ続いている可能性が高いということ。喜ばしいことではあるが、目的地までの時間が掛かってしまう。

 

やるしかないと、私が再び足に力を込めた直後……一匹のモノクマが壁や天井を跳躍しながら接近し、刀を振り下ろしてきた。

しかし……

 

「ぬんッッ!!」

 

私だけをターゲットにしていた為か、横から飛来した大神さんの攻撃をもろに受け活動を停止した。どうやら〝元超高校級の操縦士〟が操るモノクマは、どちらにも現れうるらしい。

それにしても、さっきから私ばかり狙われているような……

 

兎に角、私達は先を急いだ。

そして先に進んでいる内に、大量のモノクマがいたのはあの扉付近だけだったということが分かった。さっきの通路よりも格段に早く進めるし、処刑場までの距離も近い。

 

間に合う……

 

私の〝希望〟が強くなると同時に、前方より大量のモノクマが波のように押し寄せる。

 

「邪魔だぁぁあああッ!!」

 

切り裂いては撃ち、撃っては切り裂く。

私は進む。

確かな〝希望〟を持って。

 

切り裂いては撃ち、撃っては……

 

「……ッ!」

 

殺気。

自律プログラムに従い、大和田君に狙いを定めていたはずの個体が…急に方向転換し私に襲いかかる。

 

……油断した。

 

しかし、同じく殺気を察知した大神さんによって…その攻撃は防がれた。

 

「…………。

……戦刃よ、こやつの狙いはどうやらお主のようだが、我が請け負っても構わぬか?」

 

大神さんは、若干怒気を放ちながらも聞いてきた。

勿論、相手をしてくれるのであればありがたい。

 

「……そうか。

こういったことは好かぬが、仕方あるまい」

 

そう言うと彼女はモノクマ、というよりも〝元超高校級の操縦士〟に向かい挑発を始めた。

 

「貴様、聞こえているのであろう?

我とて、まだまだ未熟……

何度も存在を無視されただけで、まるで我が構うほどの者ではないとでも言われているようでな……

格闘家としてのプライドが、少々傷付いたぞ」

 

大神さんは、言い終わるや否や殴打を繰り出し、モノクマを粉砕した。

そして……

 

「それに、〝超高校級の格闘家〟を屠ったという実績。

貴様等が好む〝絶望〟とやらに、利用できるのではないか?」

 

大神さんは挑発を終えた。

〝絶望〟と言うワードが、どうやら相手の琴線に引っ掛かったようだ。群衆の中から、一匹のモノクマが踊り出て来る。

 

そして、そのターゲットは大神さんだった。

 

「征けッッ!!戦刃ッッ!!」

 

「後から追いつくッ!ゼッテー誰も死なすんじゃねーぞッ!!」

 

 

***

 

 

私は進む。

 

モノクマの頭を蹴り飛ばし、跳躍する。

 

モノクマを足場にし、前進する。

 

 

 

 

 

前へ。

 

 

 

 

 

前へ。

 

 

 

 

 

前へ。

 

 

 

 

 

ひたすら前へ。

 

 

 

 

 

みんながくれた〝希望〟を届けるために…

 

 

 

 

 

私は進み続ける。

 

 

 

 

 

そしてついに、開けた場所に出た。

しかし…それと同時に私は見た。

盾子ちゃんの姿を……

 

 

 

 

 

大量のモノクマが、盾子ちゃんににじり寄っている光景を。

 

 

 

 

 

私は問う。自分自身に。

 

何の為に強くなった?

 

何の為に腕を磨いた?

 

何の為に血反吐を吐いた?

 

一体何の為に、この残酷な世界で生き抜いてきたッ!?

 

 

 

「今、ここで……」

 

 

 

覚悟はいいな?

 

 

 

「この場所で……」

 

 

 

誓いを、忘れてはいないな?

 

 

 

「この世界で……」

 

 

 

踏み出すんだッ!

 

進むんだッ!

 

征くんだッ!

 

 

 

「唯一無二の大切な妹をッ!」

 

 

 

2人で生きるんだッッ!!

 

 

 

 

 

「守る為だぁぁあああッッッ!!!」

 

 

 

 

 

戦刃は吼える。

 

何処までも高く、強く。

 

それはまるで、神をも殺す魔狼の如く…気高き咆哮であった。

 

 

 

 

 

「盾子ちゃんは、絶対に死なせないッッ!!」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー舞園視点ーー

 

私達探索A班は、日向さんの指示により〝普通科生徒用学生寮〟の208号室にたどり着きました。そして無線で聞いた通り、隠し通路がありました。

この時、桑田君が日和ったようなことを言っていましたが…彼の名誉のために割愛します。

結局桑田君、田中さんが先陣を切り…私とソニアさん、小泉さん、西園寺さんが後に続きました。

 

で、現在の私達なんですけど……

 

 

 

「うわぁぁぁああああんッ!!

小泉おねぇぇッッ!!」

 

 

 

「西園寺さんが人質に取られました、どうぞ。」

 

「いや、どうぞじゃねーよッ!!

あれ程用心しろって言っただろッ!!」

 

日向さんが無線で文句を言ってきます。そんなに五月蝿いと私も言っちゃいますよ、あの台詞。

いやー、実は一度言ってみたかったんですよ。年齢が年齢ですからね…出演のオファーが来ないんですよ。

 

じゃあ言いますよ?言っちゃいますよ?

 

「事件は現場で起きてるんですよッ!!

日向さんッ!わざわざ言わせないでくださいッ!」

 

私はきっと、したり顔だったと思います。だってこんな機会、多分もう二度とないですから。

と、そんなことを考えていると…隣でソニアさんがどこからともなく拡声器を取り出しました。

そして……

 

「犯人に告ぎますッ!

きっと田舎のお母様が泣いておられますわッ!

今すぐ投降なさいッ!」

 

情に訴え出しました。

 

「お前等ずいぶん余裕そうだなッ!?」

 

 

 

まあ強いて言えば、余裕はありますね。

戦刃さんが江ノ島さんの元までたどり着いたようですし。

ですから今一度、状況を整理しましょうか。

 

 

***

 

 

まずこの部屋ーー地下に相当するようですが、そこそこの広さがあります。

そして七海さんの予想通り、大量の機器が設置されています。私は詳しくないので何に使うのかよく分かりませんが。

兎に角…沢山の機械があり、そこに3人の人物がいました。

 

〝元超高校級のハッカー〟

〝元超高校級のシステムエンジニア〟

〝元超高校級の操縦士〟

 

それぞれの人となりは聞いていましたが、〝絶望の言弾〟の影響でどのような行動をとるかは不明でした。

私達が入っても、江ノ島さんの命令に夢中で気に留めないのか。或いは襲いかかってくるのか。

いくつかのパターンを想定し、対策を練りました。

 

……が、正直肩透かしでしたね。

私達が部屋に突入すると同時に〝元超高校級のハッカー〟は『ご、ごめんなさぁぁあああいッ!』と、泣き叫びながら〝非常口〟と書かれた通路へ逃げて行き。

〝元超高校級のシステムエンジニア〟は『仕方なかったんだ。俺は悪くない……』と、泣き入りそうな声を発しながら蹲り。

〝元超高校級の操縦士〟だけがまったく動じず、凄まじい速度でモノクマを操作していました。

 

勘でしかありませんが〝元超高校級のハッカー〟と〝元超高校級のシステムエンジニア〟の2人は〝絶望サイド〟ではなかったんだと思います。

多少は影響を受けているとは思いますが、〝元超高校級の操縦士〟の人程ではないかと。

 

話を戻しますが…一人は逃げ、もう一人は画面に食いついたまま。そしてもう一人は蹲っている。

そんな状況でした。

彼等の行為の妨害は、私達の目的の8割と言っても過言ではありません。つまり、私達はこの部屋に入った時点でほとんどの目的を達成していました。

思い返すと、かなりの衝撃でしたね。

予想していた展開とまるで違ったんですから。

 

では、西園寺さんが人質に取られた経緯に移りましょうか。

部屋に入った直後…一人は逃げ、一人は座ったまま、そしてもう一人は蹲りました。

私達は蹲った人物、〝元超高校級のシステムエンジニア〟の捕縛を決行します。

〝元超高校級の操縦士〟を放っておいたのは、私達に一切の関心を示さなかったからですね。

 

で、捕縛をしようとした際…彼が急に暴れ出したんです。

その拍子にソニアさんが転び、彼女の懐から落ちたナイフを彼が拾います。そして、体格が小さかった西園寺さんを標的にし…人質とした。

……といった感じです。

 

では何故、私達が落ち着いているかというと……

ソニアさんがナイフを落とした際、『わたくしのジャパニーズグッズがッ!』と言い放ったからです。

私達全員が理解しました……あれは〝オモチャのナイフ〟だと。刃が柄の部分に出たり入ったりするアレなんだと……

何故持ってきているのかはさておき、凶器による傷害の線は消えました。

 

 

***

 

 

そして現在に至る…と言った具合です。

では、そろそろ西園寺さん解放作戦に入りますか。

え?どうするのかって?

大丈夫ですよ。

私が状況を整理している間に、無線で日向さんが作戦を伝えてくれていましたから。

 

 

次の瞬間、絶妙なタイミングで小泉さんがカメラのフラッシュを焚きます。

その結果、反射的に〝元超高校級のシステムエンジニア〟は目を瞑ります。

 

更に次の瞬間、桑田君がノーモーションで一定の重量を持つゴムボールを放ちます。

その結果、西園寺さんは彼の腕から解放されます。

 

更に更に次の瞬間、西園寺さんがトドメの金的をお見舞いします。

その結果、彼は内股になりながらその場にへたり込みました。

 

更に更に更に次の瞬間、田中さんの指示により行動していたハムスターさん達が、部屋にあった配線で彼の身体をグルグル巻きにします。

 

そしてラストに…〝非常口〟から武装したミライ機関の職員方がなだれ込んできました。

その結果、〝元超高校級のシステムエンジニア〟並びに〝元超高校級の操縦士〟は身柄を拘束されました。

 

 

え、何もしていないヤツがいる?…失敬な。

私も不測の事態に備えて臨戦態勢を整えていましたよ……本当ですからねッ!

 

兎に角、めでたしめでたし。

ついでに〝元超高校級のハッカー〟は探索B班の皆さんによって捕縛されたそうです。

ハッカーから地下の部屋へ続く道を聞き出し、ミライ機関の職員方が突入してくるに至った、というわけですね。

 

内心ほっとしながらも、江ノ島さんに味方していた2人が連れ出されるのを見守ります。

そんな私の耳に、次々と情報が流れ込んできました。

 

 

不二咲君と七海さんが学園のシステムを奪還し、モノクマの排出を停止させたと。

 

左右田さんを中心に作られていた〝あのマシン〟が、稼働中だったモノクマを停止させていると。

 

 

江ノ島さんと戦刃さんの状況だけ分かりませんが…きっと大丈夫でしょう。

戦刃さんならきっと…〝希望〟を掴み取ることが出来ます。

 

私は〝非常口〟から外へと出ました。

そしてそこには、雲一つない一面の蒼が……

ひりついた雰囲気から解放された学園で、何処までも続く空を見上げて想いを馳せます。

 

 

 

「どんな困難も、どんな窮地も、そしてどんな〝絶望〟も……誰かと一緒なら突破できる、打ち破ることが出来る。

〝希望〟は、前に進む。

……証明終了、ですね」

 

 

 

 

 

私達は作戦本部へと歩き出す。

未来へと踏み出すかのように。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

銃声。

金属同士がぶつかり合う衝撃音。

疲れを隠せぬ荒い息遣い。

 

アタシの姉は懸命に戦う。

 

アタシを守る為に。

 

アタシの姉は諦めない。

 

アタシを生かす為に。

 

苦しそうな声が、鼓膜を揺さぶる。

数多の戦場を駆けて尚、傷付くことのなかった身体が傷を負う。

椅子に座るアタシを守りながら、彼女は戦う。

モノクマとーーなにより、自分自身と。

 

 

 

 

 

アタシは問う。姉に。

 

どうして戦うの?

 

どうして見捨てないの?

 

どうして来てしまったの?

 

アタシは拒絶し、裏切った。

 

それなのに何故、手を差し伸べてくれるの?

 

 

 

「……やめて」

 

 

 

もういい。

 

もういいよ。

 

戦わなくていい。

 

傷付く必要なんかない。

 

アタシはそれだけのことをやってきた。

 

報いを受けなければならない。

 

 

 

「……もうやめて」

 

 

 

やめて。

 

やめてよ。

 

もうやめてよッ!

 

これはアタシ自身が選んだ未来ッ!

 

アタシが選んだ結末ッ!

 

アタシが死んで幕引きなのッ!

 

これ以上……聞かせないでよッ!

 

アンタの声を聞いてると、決意が鈍るッ!

 

 

 

「もうやめてッ!!」

 

 

 

生きたいと、

 

生きていたいと、

 

望んでしまう。

 

ダメなのに、

 

死にたいのに、

 

死にたくないと…思ってしまう。

 

 

 

 

 

「もうほっといてよッ!」

 

「……」

 

「さっさとアタシの前から消えてッ!」

 

「……」

 

「アンタの事なんて大っ嫌いッ!」

 

「……」

 

「絶望的に臭くてッ!汚くてッ!気持ち悪いッ!」

 

「……」

 

「アンタの顔なんて見たくなかったッ!」

 

「……」

 

「声なんか聞きたくなかったッ!」

 

「……」

 

「一人で良かったのッ!」

 

「……」

 

「こんな〝希望〟に満ちた世界はもうたくさんッ!」

 

「……」

 

「死という〝絶望〟に、身を委ねるだけなのッ!」

 

「……」

 

「だからもう、邪魔しないでよッ!!」

 

 

 

 

 

嘘だ。

 

全部嘘。

 

全部逆。

 

生きたい。

大好き。

臭くなんかない。

汚くなんかない。

気持ち悪くなんかない。

画面越しじゃない顔を見たかった。

直接声を聞きたかった。

一人は嫌だ。

やっと〝希望〟を見つけたんだ。

死にたくなんかない。

 

でも…赦されるのだろうか。

 

アタシは犠牲にし過ぎた。

 

取り返しなんて…つくはずがない。

 

それでも尚、願っていいの……?

 

 

 

 

 

「うるさいッ!!バカッッ!!」

 

 

 

 

 

……え?

 

 

 

 

 

「私、バカだからッ!」

 

「……」

 

「さっきから盾子ちゃんが何言ってるのかッ!」

 

「……」

 

「全然わかんないよッ!!」

 

 

 

 

 

……そうかよ。

だったら何度でも言ってやる。

 

 

 

 

 

「アタシはーー」

 

「私はッ!」

 

「……ッ!」

 

「盾子ちゃんと生きていたいッ!」

 

「……」

 

「罪を背負うならッ!生きて背負うのッ!」

 

「……」

 

「逃げるなッ!弱虫ッ!!」

 

「……」

 

「一人じゃ重いだろうから、私も一緒に背負うッ!」

 

「……」

 

「だから聞かせてよッ!」

 

「……」

 

「本当の言葉ッ!本当の想いをッ!」

 

「……」

 

「その為なら、私は何度だって言うよッ!」

 

「……」

 

 

 

 

 

「盾子ちゃんと生きたいッ!

やっと、言葉にして伝えられるッ!

私はただ、盾子ちゃんの笑顔が見たかったんだッ!

ずっとずっと、言い出せなかったッ!

盾子ちゃんに突き放されるのが怖かったッ!

そばにいるだけで良いと思ってたッ!

でも、もう立ち止まらないッ!

もう手放さないッ!

2人ならッ!何処へだっていけるはずだからッ!!

 

〝希望〟はッ!前に進むんだッ!!」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

絶望的に残念で、

 

 

 

 

 

絶望的にバカで、

 

 

 

 

 

絶望的にポンコツで、

 

 

 

 

 

絶望的にどうしようもなく、

 

 

 

 

 

どうしようもなく……大好きなお姉ちゃん。

 

 

 

 

 

裏切ったにも関わらず、最後の最後まで手を差し伸べてくれた。どうしようもない妹のことを、ずっと守ろうとしてくれた。

 

 

 

 

 

生きて欲しいと、言ってくれた。

 

 

 

 

 

答えは、出た。

 

アタシの答え。

 

2人の結末。

 

未来はまだ、変えられるはずだから。

 

だから、今言うよ。

 

本当の、アタシの想い。

 

嘘偽りのない、アタシの気持ち……

 

 

 

 

 

「生きたいッ!

アタシもお姉ちゃんとッ!

生きていたいッ!」

 

 

 

 

 

涙でぼやけた姉を見ながら、アタシは叫んだ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー七海視点ーー

 

「遅くなっちまってわりィッ!出来たぞッ!」

 

左右田君が作戦本部へと駆け込んできた。

私は不二咲君に一言告げ、その場を後にする。

 

探索班の活躍で〝元超高校級達〟の作業が途絶えたし。

それに、設置されていたファイアウォールもかなり突破したからね。後は彼一人で大丈夫だろう。

 

私は左右田君の後を追ってグランドの端っこへと移動した。そこには77期生の十神君がいて、彼は矢継ぎ早に説明を始めた。

 

「もう時間がない…戦刃がいつ倒れるかも分からんからな。まったく…数日間まともな睡眠を取らずに、よくもあそこまで動けるものだな。

そんなことより〝コイツ〟の説明だが……操縦方法はモノクマと同じだ。

手に持ったステッキは、モノクマに組み込まれているAIにバグを生じさせる機能を持つ。ただし、接触させる必要がある」

 

「つまり、このステッキでモノクマを叩けば良いってことだね」

 

「ああ、その通りだ」

 

「任せて。アクションゲームは得意だから」

 

私は左右田君達が完成させたマシンを操作し、処刑場を目指す。

 

みんなが、それぞれの成すべき事をなしたんだ。

だから私も頑張るよ……

 

 

みんなの未来の為に。

 

 




以下ウサミファイルより抜粋

・戦刃達が進んでいた隠し通路は処刑場へと続いていた模様。

・その道中、大神は〝元超高校級の操縦士〟が操るモノクマと対峙。引きつけ役を買って出る。

・戦刃は単身通路を進み、処刑場へと到達する。

・探索班の活躍により江ノ島に味方していた〝元超高校級〟3名を捕縛。内2名は〝絶望の言弾〟の影響をさほど受けていない模様。彼女に協力するまでの経緯は現在調査中。追って報告することをココに明記しておく。

・左右田達により製作されていた〝マシン〟が完成。現在詳細は非公開

・江ノ島盾子が『生きる』ことを望む。


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chapter6(裏) ゼツボウを用い、キボウを証明せよⅢ

感想、お気に入り、誤字報告等々…感謝です!


ーー戦刃視点ーー

 

『生きたい』

 

盾子ちゃんの声が、聞こえる。

私は周囲のモノクマを警戒しつつ、盾子ちゃんを縛る拘束具を破壊する。

 

やっと届いた私の想い。

やっと聞こえた妹の声。

力が、〝希望〟が、湧き上がってくる。

疲れなんか忘れたように、身体が軽くなる。

 

盾子ちゃんは立ち上がり、近づいてきたモノクマめがけて椅子を投げ捨てた。

そして私達は、背中合わせに臨戦態勢を整える。

 

「お姉ちゃん、まだやれる?」

 

勿論だよ。

むしろ、負ける気がしない。

どんな〝絶望〟だって、はねのけられる。

どんな未来も、掴み取れる。

私は一層、足に力を込める。

 

 

***

 

 

それから、どれ程の時間を戦っていたのかは分からない。

ただひたすらに、屠り続けた。

盾子ちゃんの分析力が、どの個体が飛びかかってくるのかを教えてくれる。

盾子ちゃんの観察力が、効率の良い倒し方を示してくれる。

 

「ジャンプッ!」

 

かけ声と共に、私は身体を捻りながら飛び上がる。

そして、視界に収めたモノクマを蹴り飛ばす。

盾子ちゃんは既にしゃがんで回避しており、蹴り飛ばされたモノクマが持っていた剣を掴み取ると、別の個体へと投げ放つ。

 

無駄な言葉は必要ない。

私達は阿吽の呼吸でモノクマの猛攻を捌き続ける。

どこまでだって、走っていられる。

どんな結末にだって、辿り着ける。

〝希望〟が、私の背中を押してくれる。

そう思った次の瞬間……

 

 

ーーーガシャンッ!!ーーー

 

 

処刑場の天井が閉まり、モノクマの排出が止まった。

戦闘の最中に無線が外れてしまい状況の確認が出来なかったけど、不二咲君達がやってくれたみたいだ。

 

しかし、極限の集中状態にあった私にとって…その情報はノイズでしかなかった。

モノクマ達の挙動と盾子ちゃんの声だけを認識し、他の情報を遮断していた私の脳に割り込んだノイズ……

 

「スイッチッ!」

 

「……ッ!」

 

 

動作が遅れたッ!

修正しないとッ!

…………。

でも、モノクマの排出は止まった。

ここにいる奴等さえ無力化すれば……

 

 

ノイズは、別のノイズを生み出していく。

そして動作の遅れは、明確なミスへと変貌する。

 

「……くッ!!」

 

「お姉ちゃんッ!?」

 

私のミスは、盾子ちゃんにも波及してしまう。

今の盾子ちゃんだからこそ、その影響は大きい。

自分の為だけに生き、私を見捨てる判断などしない。

だからこそ、盾子ちゃんは私の心配をしてしまった。

私の方へ、意識をそらしてしまった。

 

そして私の視界に、モノクマが映り込む。

盾子ちゃんの回避は間に合わない。

 

「させないッ!!」

 

自然と、体が動いていた。

私は盾子ちゃんを押しのけ、モノクマの凶器を弾き飛ばし…その眉間に弾丸をぶち込み無力化する。

が、その場しのぎでしかなかった。

思考も連携も、途切れてしまった。

ただ一時の、〝守ることが出来た〟という安心感に包まれてしまった。

 

 

 

 

 

ハッと我に返るも、別のモノクマの凶器が眼前に迫っていた。

 

 

 

 

 

間に合わない。

 

 

 

 

 

私は〝死〟を覚悟した。

 

 

 

 

 

あと少しだったのに……

 

 

 

 

 

〝絶望〟が、浸食してくる。

 

 

 

 

 

それを認識した途端、ドッと疲労感が襲いかかる。

腕も足も思考も、全てが鈍くなる。

諦めちゃダメだと、自分を鼓舞する。

でも、動いてくれない。

肝心なところで、踏ん張りきれない。

本当に残念なヤツだな、私って……

 

〝もうまともに動けない。〟

〝現状では足手まといになるだけだ。〟

 

そう判断するのに、時間は掛からなかった。

そして私が考えたことはただ一つ。

 

〝盾子ちゃんを生きて返すこと〟

 

ただそれだけ。

だからこそ、私は死力を振り絞り足に力を入れる。

懐に忍ばせた手榴弾に、手を掛けながら。

 

もうモノクマが増えることはない。

数さえ減らすことが出来れば、盾子ちゃんだけでも対処できるかもしれない。

その筋道だけが、今の私の〝希望〟。

 

覚悟を決め踏み出そうとした、その時……

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん……ッッ!!」

 

 

 

 

 

盾子ちゃんが、私を押し倒すように抱きしめる。

 

 

 

 

 

モノクマが、容赦なく凶器を振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の視界は、赤で覆われた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

処刑場の天井が閉じ、モノクマの排出が止まった。

終わりが見えた安堵感が〝希望〟に変わり、アタシは四肢に一層の力を込める。

しかし、次の瞬間……

 

「……ッ!」

 

お姉ちゃんが、足に深い傷を負った。

目に見えて動きが鈍くなる。

しかし、アタシはそれを考慮しながらも指示を出し続ける。

姉の分を、自分が負担すればいいだけのことだ。

 

けれど、それは思い上がりだった。

身体能力には自信がある。

でも、姉に迫れるほどではない。

だからこそ、限界はすぐに訪れた。

 

 

 

「……くッ!!」

 

お姉ちゃんが、更なる傷を負う。

 

「お姉ちゃんッ!?」

 

非合理的。

この息つく間もない戦闘状態の中で、アタシはお姉ちゃんの方を振り向いてしまった。

モノクマが迫っていたにもかかわらず。

反射的に。

心の赴くままに。

 

それはつまり、自分の命よりも姉の命を優先したということ。

アタシの中で、姉という存在がどれ程大きかったのかを実感する。

 

でも、もう終わってしまう。

そう、アタシの分析力が告げる。

アタシに、迫るモノクマを対処する術はない。

 

 

江ノ島盾子(アタシ)は、〝希望〟をくれた全員に感謝と謝罪を。

絶望(アタシ)は、最愛の姉と共に逝くことに喜びを。

 

 

ごちゃ混ぜな感情を抱きながら、姉に手を伸ばす。

しかし、手が握られることはなかった。

そしてアタシは、全てを理解する。

 

 

姉が自爆特攻を試み、アタシが生きる可能性に懸ける事をーー

 

 

その瞬間、アタシの体はまたしても勝手に動き出していた。

アタシに迫っていたモノクマを無力化した姉。

更に迫るモノクマ。

アタシはただ願った……

 

 

〝姉を死なせたくない〟

 

 

……と。

そして、気が付けば姉に覆い被さるように倒れていた。背中に鋭い痛みを感じながらも、得も言われぬ心地よさに身を委ねる。

 

 

「うぷぷ……」

「うぷぷぷぷ……」

 

「「「「「うぷぷぷぷぷぷぷぷぷッ!!」」」」」

 

 

大量のモノクマの、無機質な笑い声が聞こえる。

そう言えば、そうだっけ……

ターゲットに一定のダメージを与えたら、攻撃を一旦中止するようにしてたんだ…。我ながら、嫌らしいAIを搭載したものだな……

 

 

 

 

 

あー……、ダメだ。

 

 

 

めっちゃ痛い。

 

 

 

何コレ、マジで……

 

 

 

感覚が麻痺してきた。

 

 

 

手も、足も……

 

 

 

末端の方から寒くなっていく。

 

 

 

て、言うか……

 

 

 

お姉ちゃん、すごい顔。

 

 

 

かわいいのに、それじゃあ台無しだよ。

 

 

 

何言ってるのかよく聞こえないけど……

 

 

 

アタシのお姉ちゃんを泣かせるなんて、不届きなヤツがいたもんだ。ぶっ殺してやる……

 

 

 

…………。

 

 

 

…………。

 

 

 

…………。

 

 

 

…………。

 

 

 

…………。

 

 

 

……死ぬのかな。

 

 

 

……嫌だなぁ。

 

 

 

せっかく見つけたのに。

 

 

 

生きようって、思ったのに。

 

 

 

でも……

 

 

 

最期の最期に、良い思いができた。

 

 

 

お姉ちゃんを巻き込んじゃったけど……

 

 

 

それを嬉しく思う自分がいる。

 

 

 

まったく、この期に及んで自己チュー過ぎ。

 

 

 

一応謝っとくからさ、許してね……

 

 

 

 

 

ごめんね、手の掛かる妹で。

 

 

 

 

 

ごめんね、未来を奪っちゃって。

 

 

 

 

 

ごめんね、お姉ちゃんの想い…無駄にしちゃって。

 

 

 

 

 

ごめんね。

 

 

 

 

 

そして、ありがとう。

 

 

 

 

 

こんなアタシのことを、ずっとずっと……

 

 

 

 

 

ホントに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ありがとう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー戦刃視点ーー

 

「「「「「うぷぷぷぷぷぷぷぷぷッ!!」」」」」

 

無機質な笑い声を、これほどまでに煩わしいと思ったことはない。

でも、そんな怒りの感情も、すぐに引っ込んでしまう。

 

盾子ちゃんを抱きしめると…ドロドロとした血液の感覚が、否が応でも伝わってくる。

 

「……嘘だ」

 

信じたくない。

 

「……そんなのって」

 

受け入れられない。

 

「……ダメだ」

 

そんなのダメだ。

 

「諦めちゃダメッ!盾子ちゃんッ!」

 

こんな結末、私は認めない。

 

「意志を強く持ってッ!!」

 

こんな結末、あっていいはずがないッ!

 

「盾子ちゃ……ッ!」

 

 

 

 

 

「……ずっ……と、ず……と……」

 

 

 

 

 

「ダメ……ねぇッ!

そんなのッ!盾子ちゃんらしくないよッ!」

 

聞きたくない。

別れの言葉なんて、聞きたくない。

これからだよ……

これからだったじゃん……

 

 

 

2人で一緒に住んで。

 

2人で出かけて。

 

2人で笑って。

 

2人で泣いて。

 

みんなに…囲まれて。

 

 

 

当たり前の生活。

当たり前の幸せ。

当たり前の未来。

 

 

 

そんな当たり前を、

これから捜すんだよ。

ねえ…盾子ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、り……がと……う……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ……

 

 

 

 

 

ああ……

 

 

 

 

 

「あああああああああああああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

コレが、〝絶望〟ってやつなのかな。

 

 

…………。

 

 

…………。

 

 

…………。

 

 

…………。

 

 

…………。

 

 

もう、どうでもいいや。

 

嗤ってたモノクマが動き出している。

 

トドメを刺さんと、凶器を振り上げる。

 

あー……

 

そんなに焦らさないで。

 

早く私を、盾子ちゃんのところまで送ってよ。

 

 

 

 

 

〝絶望〟に支配された世界は、次第に色を失っていく。

赤も、白も黒もない世界。

音も消えていく。

嗤い声も、駆動音も。

何もかも。

ただ一つ。

最愛の妹のぬくもりだけを残して、消えていく。

 

 

 

 

 

大丈夫だよ。

言ったでしょ、もう一人にはさせないって。

だから安心して。

絶対に離さないから。

 

 

 

 

 

私は盾子ちゃんを優しく抱きしめ、目を閉じる。

盾子ちゃんと過ごした短い日々を思い出しながら。

最期の瞬間が来るのを待つ。

 

 

 

 

 

そしてついに……

 

 

 

 

 

…………。

 

 

 

 

 

…………。

 

 

 

 

 

「クソじゃあああああああああああッ!!!!」

 

「あちしはクソじゃないでちゅよぉぉおおおおッ!!」

 

 

 

 

 

唐突な怒声に、私は思わず目を開ける。

すると、そこには意味不明な光景が広がっていた。

 

凶器を振り上げていたモノクマは、ステッキを持った何者かに吹き飛ばされた。ステッキを持った、モノクマに似たウサギに…吹き飛ばされた。

 

そのウサギはしゃべり出す。

 

「あちしは〝魔法少女ミラクル★ウサミ〟……略してウサミでちゅ!

あちしが来た以上、血生臭い展開は厳禁でちゅよぉぉぉおおおおおおッ!!??」

 

そして言い終わるや否や、ものすごいスピードでモノクマをステッキで殴りつけていく。

 

「ち、千秋ちゃんッ!?

操作が荒ら過ぎまちゅよぉぉぉおおおおッ!?

ミナサン見てはダメでちゅッ!

本当のあちしは暴力なんて振るわないんでちゅッ!!」

 

やっていることと言っていることが決定的に食い違ってる。でも、その殲滅速度には目を見張るものがある。

 

私は尚も呆気にとられていると、別の声が聞こえてくる。

 

「遅れてすみませぇーん!

はわわぁ!す、すごい出血ですぅーッ!

い、急いで止血しないとぉッ!」

 

多くの足音が聞こえる。

多くの声が聞こえる。

 

「輸血の準備、終わったぞ」

 

「うりゃぁああッ!最後に大暴れだぁぁあああッ!!」

 

「戦刃よ、よくぞ耐え抜いた…」

 

「根性見せやがれェッ!江ノ島ァッ!!戦刃ァッ!!」

 

みんな、来てくれたんだ。

助けに、来てくれたんだ。

 

 

 

 

 

これは……

 

 

 

 

 

これは……。

 

 

 

 

 

間違いない。

 

 

 

 

 

〝希望〟だ。

 

 

 

 

 

「江ノ島さんッ!!戦刃さんッ!!」

 

 

 

 

 

みんな……

 

 

 

 

 

『ありがとう』

 

 

 

 

 

苗木君……

 

 

 

 

 

『ありがとう』

 

 

 

 

 

私、やりきったよ。

 

 

 

 

 

掴み取ったんだーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー私達だけの未来を。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ラストダンスは、ついに終わりを迎える。

 

狂乱の演者は地に伏し、終わりを迎える。

 

〝絶望〟の果てに〝希望〟を掴み、舞台は幕を引く。

 

 

 

 

 

キーン、コーン……、カーン、コーン……。

 

 

 

 

 

正常に戻った学園は時を刻み始める。

 

それは終幕の合図。

 

狂気の舞台が幕を閉じ、日常の幕が開く。

 

演者は征く。

 

それぞれの道を。

 

演者は生きる。

 

それぞれの未来を。

 

どれ程の〝絶望〟が襲いかかろうとも、

 

手を取り合い、

 

助け合い、

 

支え合って進んでいく。

 

その内に、確かな〝希望〟を持って。

 

全てを乗り越え、進む。

 

 

 

 

 

〝希望〟は、前に進む。

 

 

 

 

 




以下ウサミファイルより抜粋

・七海、不二咲の活躍により、学園のシステムの奪還に成功する。それと同時にモノクマの生産、排出が停止する。

・江ノ島、戦刃は処刑場にて全方位より襲来するモノクマと交戦。絶妙な連携により猛攻を捌き続ける。

・戦刃の負傷により連携が崩壊。結果として江ノ島が背中に深い切り傷を負い、戦闘不能に。

・江ノ島の意識が途絶え、戦刃が戦意を喪失。

・モノクマが両名にトドメを刺そうと動き出す。しかし、この行動は弐大の投擲により飛来した〝ウサミ〟によって阻止される。

・上記した〝ウサミ〟とは、左右田達によって作られていたマシンである。構造のほとんどはモノクマと同様であり、その手に持つステッキは機械類にバグを生じさせる機能を持つ。

・ウサミは〝希望プログラム〟を基盤にしたAIを搭載しており、〝プログラム NANAMI〟の前身として作られた。ウサミに搭載されている〝プログラム USAMI〟と、七海に搭載されている〝プログラム NANAMI〟は姉妹の関係にあたる。

・ウサミは自律AIによって自身で動くことも可能である。ただしモノクマ同様、人による操縦も可能。本作戦では七海により操縦された。

・ウサミ(七海)がモノクマとの戦闘を開始する。

・戦闘班と苗木が処刑場に到着。

・日向の指示により探索班から離脱した罪木も同じくして到着。負傷した江ノ島に応急処置を施す。大量に失血しており、生死は不明。現在詳細は非公開

・江ノ島の計画の阻止、並びにその他全ての作戦が終了する。


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エピローグ さよなら希望学園

お付き合いいただきありがとうございました。
今回で本編終了となります。


ーー???視点ーー

 

 

 

 

 

私立希望ヶ峰学園 特別科。

世界にその名を轟かす、天才達が集う場所。

歴史の中に燦然と輝く、英雄達の古巣。

 

そんな……

 

都会のど真ん中に悠然と佇むその学園を……

 

 

 

 

 

ボク達〝78期生〟は今日……卒業する。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー???視点ーー → ーー苗木視点ーー

 

若干の肌寒さが残る3月上旬の早朝。

ボクは緊張からか、太陽が水平線から顔を出すのと同時に目を覚ましてしまった。卒業式当日に二度寝するのも憚られ、ボクは軽く顔を洗い、早めの朝食をとる為に食堂へと赴いた。

 

普段よりも1時間程早いが、食堂はすでに稼働していたようだ。ボクはいつもと変わらない朝食セットを頼み、普段と同じ席でそれを食べる。

 

学園最後の朝食を誰かと食べなくて良かったのかって?

 

確かに、そんな選択肢もあっただろう。

しかし、昨日の夜から妙に感傷的だったボクは、なんとなく独りで食べることを選んでしまった。

まあ…3年も一緒に学園生活をしていながら、朝に食堂で全員が顔を合わせることなんてなかったのだから、特段問題はないだろう。

 

ぼーっとした頭は、咀嚼と共に少しずつ覚醒していき……そんなこんなで朝食を終えたボクは、食器を戻し、自室へと足を向けた。

 

部屋に戻ったボクは歯を磨き、卒業式の為に身支度を整える。普段は着ることのない希望ヶ峰学園の正式な制服に袖を通し、髪型を少し整える。着慣れぬ胡桃色の制服は、ボクに程よい緊張感を与えてくれた。アンテナは……どうしようもないかな…。

 

そして全ての準備を整え、ドア近くの壁に掛けてある鏡の前に立つ。姿見鏡は〝あの映画撮影〟から幾分か成長したボクの全身を映し出していた。

 

 

***

 

 

約3年前、ボクは〝超高校級の幸運〟としてこの学園に入学した。

約2年前、世界各地で同時多発的にテロ行為があった。そして、人はそれを〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟と呼んだ。

約1年と半年前、学園を巻き込んだ〝あの映画撮影〟が行われた。

他にも色々あったけど……ボク達は、16人全員で今日という日を迎えることが出来た。

 

そんな…様々な思い出をフラッシュバックさせながら、ボクは目的地へと歩を進める。生い茂る万緑は薄い桃色へと変化を遂げており、旅立つ若人を祝福するかのようにヒラヒラと舞っている。

 

新校舎を横目に、ボクは尚も北へと進む。映画撮影でお世話になった…旧校舎へと。

 

道沿いに植えられている桜の木々を見ていると、次第に目的地が近づいてくる。

あの映画撮影の終了に伴い改装工事が行われたが、外観はなるべく旧校舎の面影を残すようにデザインされている。

 

旧校舎ーー今となっては1階と2階が記念館、それよりも上の階が在校生の研究教室となっている。ボク達とは入れ違いで入学してくる79期生達の研究教室も、すでにいくつかできている。

ピアニスト、マジシャン、宇宙飛行士、昆虫博士…などなど。専用のスレッドも覗いたりしたけど、78期生同様、話題に上がらない生徒も数名いるそうだ。

しかし、結局ボク達の在学中に後輩ができることはなかったな…。なんだか寂しいような、特別な学園らしいような…複雑な感じだ。

 

と、まだ見ぬ未来の後輩達に想いを馳せいてると…ボクはようやく目的地へと辿り着いた。

 

そして思い出すーー期待や不安を胸に希望ヶ峰学園の門をくぐったあの日のことを。全員で乗り越えた、あの映画撮影(絶望)のことを。

 

色々なことを思い出しながら…ボクは玄関ホールへと足を踏み入れ、堂々と飾られている年表へと目を向けた。

そこには希望ヶ峰学園が辿った華々しい歴史、超高校級の生徒達が残した偉大な記録など…多くの功績が連なっている。

そして、その最も新しい記録には……

 

第78期生を中心として制作されたーー

ーー映画『ダンガンロンパ』公開

 

……と、書かれていた。

 

結局、自主制作と言っておきながら、希望ヶ峰学園の全力のバックアップがあった映画だったので、それらに掛かった費用の回収の為に一般公開されたのだ。

舞園さんや江ノ島さんが所属する事務所、大神さんや朝日奈さんについているスポンサー達の間で色々な問題があったそうなのだが……流石は希望ヶ峰学園といったところか、一般公開にまで至ったそうだ。

 

そんなこんなで公開された映画は、ボクの予想を遥かに超える観客動員数と興行収入を記録した。ーー妹と買い物をしている時に声をかけられたのは記憶に新しい。

そう、ボク達78期生は一躍有名人になってしまった。最も…舞園さんをはじめ、元々有名だったクラスメイト達だが、ボクまでもその仲間に入ってしまったのだ。

あの映画の主人公だったことから、世間でも〝超高校級の希望〟と呼ばれる始末……

 

そんなボク達の卒業式。多くのメディアが取材や撮影に来るはずだった。

しかし78期生全員が静かに執り行うことを望んだ為に、希望ヶ峰学園はその力を使い、ボク達は普通の卒業式を迎えることができたのだ。

 

 

***

 

 

ボクと江ノ島さんの因縁に区切りをつけたあの映画撮影ーー〝希望〟と〝絶望〟が雌雄を決した最後の戦いーー

ボクの人生史上、最も記憶に残るイベントと言っても過言ではない。今後、こんなに壮大だったイベントを上回る出来事は…そうそう起きないだろう。

 

気絶するほど驚いたり、

死にかけたり、

江ノ島さんと本気でぶつかり合ったり、

クラスメイトと本当の絆を手に入れたり、

 

一ヶ月にも満たない期間だったけど、あらゆる思い出がそこに集約されている。そしてそれらの思い出を胸に…全員が〝希望〟を持って、前に進み始めた。

 

ボク達は入学当時…それぞれが、何かしらの問題を抱えていた。

 

自身の才能に悩んだり、

自分を偽り続けることに苦しんだり、

誰かと繋がることを恐れたり、

その内に〝絶望〟を抱いていたり……

 

兎に角、お互いがバラバラだった。

でも、少しずつ歩み寄ったり…映画撮影(絶望)を乗り越えたりして……そうやって、ボク達の心は1つになれた。全員で…〝絶望〟の先に在る〝希望〟を、手に入れることが出来た。

 

 

***

 

 

ボクは、一連の出来事を思い返している内に自然と笑みがこぼれていたようだ。掛けられた声に、ハッと我に返る。

 

「なにニヤニヤしてんのよ」

 

それは、あの映画撮影に最も影響を受けた人物ーー

ある意味で、78期生の中心にいる少女ーー

 

「なーに…あぁ、年表見てたのね。そんで、有名人になった気分を懲りずに噛み締めてたわけだ」

 

「ボクはそんなこと思ってないよ」

 

彼女が冗談で言ったことは分かっているけど、一応否定しておく。

 

「それにしてもアンタ、ココに来るの早すぎでしょ。まだ集合時間の50分前よ?」

 

「キミも大概早いでしょ」と、言いそうになったが…それが言葉になることはなかった。

 

「ま、なんとなく分かってたけど……。だからアタシも、お姉ちゃんを撒いてまでココに来たんだし……」

 

消え入りそうなその声を、ボクは聞き取ることが出来なかった。……いや、聞き取ることは出来ていた。

しかし、その裏に隠れる彼女の想いを、ボクは理解しようとはしなかった。

 

「アタシが早くココに来たのは、アンタにお礼を言う為よ…。どうせ今日以降、滅多に会わなくなるんだしさ。それに…こんな機会でもないと、小っ恥ずかしいコトなんて言えないし……」

 

年表を見ていたボクの隣に現れた彼女は、クルリと綺麗にターンを決め、背中合わせに…尚も独り言を続ける。背後に暖かい気配を感じるが、その表情を窺い知ることはできない。

 

「ありがとね…ホント。どんな因果の元に生まれ落ちたのか分からないけど、アンタと出会えたことは…アタシにとっては〝幸運〟だった。〝絶望〟に塗れた世界で尚、アタシは〝希望〟を見いだすことが出来た。」

 

ボクは動くことなく、その言葉に耳を傾ける。すると、彼女の細く、綺麗な手が…ボクの指を絡め取る。

 

「このクソみたいな世界にも、確かに〝希望〟はあった。でもソレは、酷く見えづらいモノで……ともすれば、見逃してしまいそうなモノで……。だけど、ソレを一緒に捜してくれる人がいた。手を引きながら、教えてくれる人がいた」

 

彼女の右手がボクの左手を……左手が右手を握った状態で、彼女はボクの背中に体を預ける。

 

「アンタもそうだけど…お姉ちゃんもそう……今、ココにいるアタシは、色んな人のおかげでこの景色を見てる。モノクロだった世界は、極彩色のキャンバスのようにカラフルに彩られている。明暗、寒暖……そこには沢山の情報が散らばっている……」

 

手や背中を通じ、彼女の体温がボクの中に入ってくる。

 

「時にそのキャンバスは…黒く塗りつぶされることがある。でも、そのインクが乾いちゃえば…新しい色に塗り直すことだって出来る。要するに、何度だって…やり直せるのよ……。キャンバスが壊れてしまったら変えればいいし、変えるのが大変だったら手伝って貰えばいい。インクの乗りが悪ければ、諦めずに挑戦し続ければいい。……そう…アタシ達はやり直せる」

 

彼女の手が、強く握られる。ボクは汗ばんでいないかと気が気でないが、彼女はそんなことに構う気配をみせない。

 

「アタシ達はこれからも間違い続けて……その度にやり直し続ける。そんな、絶望的に面倒な生き方を繰り返す。でも、その絶望的な人生も…悪くないと思える。そう……思えるようになったの。そしてそれは……間違いなくアンタのおかげよ……苗木」

 

 

 

〝それ〟は、一瞬の出来事だった。

 

 

 

彼女はセリフに一区切り付けると同時にボクの右手を解放し、自身の右手をボクの左手と共に高く振り上げた。気付けばボクは、左足を軸に180°回転していた。

 

 

 

そう…彼女ーー江ノ島盾子の、絶望的なまでに整った顔が……そこに、あった。

 

 

 

雑誌で見るよりも可憐なその瞳に、全てを奪われるーー音も、意識も、何もかも。

 

 

 

ドアから吹き込んだ風が桜の花びらを運び、一層彼女を彩っていく。

 

 

 

見たこともない、満面の笑みで…彼女は微笑む。

 

 

 

それは、ボクがずっと見たかった…本当の笑顔。

 

 

 

そして、視界の端で綺麗な唇が動く。

 

 

 

何を言っているのか、分からなかった。

 

 

 

恐らく、音として発せられていなかったから。

 

 

 

でもボクは、彼女が何を言ったのか…理解出来た。

 

 

 

心を通じて、その言弾(ことば)はボクに届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ありがとう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを理解した瞬間、ボクの呼吸が止まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボクの唇はーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー舞園視点ーー

 

「ラブコメの波動を感じますーーッ!!」

 

寄宿舎の個室と食堂に苗木君の姿を確認できなかった私は朝食を掻き込み、身支度を調え、集合場所である旧旧校舎(今では記念館や超高校級の研究教室棟と呼ばれている)へと大至急向かいます。

 

しかし、そこで私は無情な光景を目の当たりにしますーー

 

耳を真っ赤にし、蹲る苗木君と…休憩用の椅子でご満悦といった表情で彼を観察する江ノ島さんの姿を……

 

今この瞬間に限って、自分のエスパー能力が憎いッ!この場所で何が起こったのか理解出来てしまう自分の能力(ちから)がッ!!

 

私は膝から崩れ落ちました……

 

 

***

 

 

どれくらいの時間が経ったのか分かりませんが…私が涙を流しうなだれていると、新しい声が聞こえてきました。

 

「もー…盾子ちゃん。朝ご飯は自分が食べられる分だけ取らないとダメだよ?盾子ちゃんが山盛りにしたご飯を食べきるのに時間掛かっちゃったよ……」

 

声の主は戦刃さんでした。そういえば、食堂で大量の朝食と格闘している彼女の姿を見かけたような……

私が入り口から現れた戦刃さんの方を向くと、更なる人影を確認できました。

 

「む…もうこんなに集まっていたかッ!」

 

石丸君でした。

 

 

…………。

 

 

いや、ちょっと待ってください。

おかしいですよね?

 

私は、いつの間にか止まっていた頭を稼働させ始めます。

 

誰が玄関ホールに来たかなんてどうでもいいんですよッ!なにちゃっかり苗木君のハジメテ奪っちゃってるんですかッ!!こんなの神や仏が許しても、私が許しませんよッ!!

 

「苗木君ッ!今すぐ口をゆすぎに行きますよッ!」

 

「ちょ、それアタシに失礼すぎ」

 

「やっぱりッ!シたんですねッ!そういうことッ!シたんですねッ!?」

 

「うーん…アタシの口からはちょっと……」

 

「苗木君ッ!どうなんですかッ!?……いえッ!やっぱりいいですッ!真実は闇の中ッ!!そういうことにしておきましょうッ!!」

 

「苗木の唇……柔らかかったなー…」

 

「ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁああああああああああッッッッッ!!!!!!!」

 

「ソレは…甘酸っぱい青春の味でした……」

 

「ノォォォォォォォォオオォオオオオオオオォォォォオオオオオォォォオオオオオォォォオォオオオォォオォォオォォォオオッッッッッッ!!!!!!!」

 

「うぷぷ…超ウケる」

 

「舞園くんッ!静かにしたまえッ!!」

 

 

 

 

 

私は後から来た霧切さんの肩を借り、化粧室でメイクを整え直しましたとさ……。めでたしめでたし。大団円。ハッピーエンド万歳。

 

 

 

 

 

いや、めでたくなんかありませんよッ!ましてや大団円でもハッピーエンドでもありませんッ!!

 

許せねェ……マジで許せねェ……

 

この際、キャラ崩壊なんて大した問題ではありません。

 

必ず、かの邪知暴虐のビッチギャルを除かなければ……

 

…………。

 

…………。

 

…………。

 

…………。

 

…………。

 

……はぁ…やめです、やめ。

 

過ぎ去った時間は戻りませんから。

 

それに〝あの人達〟が何というかは分かりませんが、私自身…彼女には資格があると思っていますし……

 

と、いうわけで…気を取り直しましょうッ!

 

 

 

 

 

「苗木君の第二ボタンは、私が頂戴しますッ!!」

 

 

 

 

 

いつの間にか揃っていたクラスメイト達は、体育館へと移動を始める。私は霧切さんの手を取り、彼等の背中を追いかけたーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

卒業式後にひとしきりはしゃいだアタシ達78期生16人は、学園の正門前に横一列で並んでいた。誰かが言い出したわけでもなく…自然と。

 

あと一歩踏み出せば、本当にお別れだ。3年間で築いた絆が消えるわけではないが、約束でもしない限り…顔を合わせることはないだろう。

 

全員が、学園の外を真っ直ぐに見つめる。

 

それは無限に広がる未来であり、可能性。

 

時には〝絶望〟が立ちはだかるかもしれない。

 

しかし、アタシ達は〝希望〟を持って…前に進む。

 

どんな未来が待ち受けていようと……

 

 

***

 

 

アタシが感傷に浸っていると、苗木が口を開くーー

 

 

「これでボク達、卒業なんだね……」

 

 

その言葉を受け、言葉が次々と紡がれるーー

 

 

「そうですね…学園生活の終わり。そして、新しい未来の始りです」

 

「ふん…やっとこの煩わしい日常から解放されるわけか」

 

「白夜様と会えなくなるなんてッ!そ、そんなの……うぅぅ……」

 

「あらあら…。どなたか介抱して差し上げては?」

 

「どうせもう片方が目を覚ますべ」

 

「ジャジャジャジャーン!笑顔が素敵な殺人鬼ですッ」

 

「言わんこっちゃないべ」

 

「そんなことより諸君!僕がいなくなっても人生設計はちゃんとするようにッ!」

 

「スルースキル高すぎんべ」

 

「そうだねぇ…ボクはお父さんと一緒にお仕事したいなぁ」

 

「俺は取り敢えず、死ぬ気で大工を目指すッ!」

 

「私はオリンピックに向けて調整しないとなー。しばらくドーナツは我慢だよぉ……」

 

「我は精進し続けるのみ……」

 

「これは…偉大なる航路へ入る前の所信表明的な展開ッ!拙者は、勇敢なる海の戦士になりますぞッ!!」

 

「あなた…泳げますの?まぁ、浮きそうではありますが…」

 

「オレはメジャーで…勝って勝って勝ちまくるッ!」

 

「桑田っちはあの映画のせいで人気でないべ」

 

「うるせーッ!わざわざ掘り返すんじゃねーッ!」

 

「確かにー…あの炎上騒動は凄かったですなー…」

 

「つーかよッ!オレはまだ納得してねーからッ!舞園ちゃんを殺した役ってだけで炎上するとか、意味分かんねーからッ!舞園ちゃんのベッドで寝た苗木の方が炎上すべきだっつーのッ!!」

 

「しかし、SNS上で〝カノンドス〟なる桑田怜恩殿の熱狂的なファンもいたからして……」

 

「……。ブーデー…それ以上…その話はするな」

 

「大変だッ!桑田がこれ以上ないほどの真顔だよッ!」

 

「ファンの皆さんのモラルはそんなに悪くないはずだったんですけどね…。と言うか、私としては霧切さんの方が許せませんよッ!なんで苗木君とカップリングされてるんですかッ!ねえッ!?」

 

「ちょっと…そういう絡み方しないでくれるかしら」

 

「クールぶっちゃってッ!正妻の余裕ってヤツですかッ!?江ノ島さんといい、霧切さんといいッ!!」

 

「舞園さやか殿は喋れば喋るほど…負けヒロイン臭が漂ってきますな……」

 

「話の流れを戻すけど、私は大学で犯罪心理学の研究をするわ。……それで、あなた達は?江ノ島さん、戦刃さん?」

 

「私は盾子ちゃんのマネージャーになる予定だよ」

 

「正確には荷物持ちだけどねー」

 

「え?……そ、そうだったの?」

 

「冗談だってッ!そんな顔しないでよねッ!……ま、アタシは今所属してる事務所との契約が切れ次第自分のブランド立ち上げて、そこで社長でもすっかなー…って感じ」

 

「盾子ちゃん、背中の傷跡のせいでモデルのお仕事出来なくなっちゃったもんね……」

 

「はぁッ!?〝超高校級のギャル〟舐めんなっつーーのッ!あの映画以来、5割増しで仕事こなしてたわッ!絶望的に忙しかったわッ!!」

 

 

アタシが〝傷〟の話をした途端、全員静まりかえってしまった。……いやいや、そんなに気を遣う話でもないっつーの……

 

 

「確かに、この〝傷〟は現代の技術なら跡形もなく治せたわ。でもコレは…アタシの〝罪〟であり、アンタ達との〝絆〟でもあるの……」

 

 

…………。誰も喋らない。

何なの、コレ。絶望的に無言なんですけど……、絶望的にしんみりしてるんですけど……

 

 

 

 

 

……え、アタシのせい?

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー苗木視点ーー

 

あの映画の〝chapter6 テイク1〟にて、江ノ島さんは重傷を負った。背中に大きな3本線の傷を…背負った。

罪木さんの適切な応急処置のおかげで一命を取り留め、およそ3ヶ月の入院、リハビリ期間を経て…日常へと帰ってきた。……その時、憑き物が落ちたように穏やかな表情だったことを…ボクはよく覚えている。

そしてボク達は、そのことに触れようとしなかった。暗黙の了解であるように…その話題を避けていた。彼女の雰囲気から…〝絶望〟に呑まれたわけではないと理解していた。だからこそ、あえて触れなかったんだ……

 

でも、江ノ島さんが〝傷〟のことを…そんなふうに思っていたなんてね。

 

 

「あーーもうッ!やめやめッ!湿っぽいのは絶望的に似合わないわッ!!」

 

 

気恥ずかしそうに大きな声を出し、江ノ島さんは先に、一歩…踏み出した。

 

 

「イッチ抜っけたーーッ!……オマエラッ!今後の人生は、私様と級友だったことを誇りながら生きていくコトねッ!!…行くわよッ、お姉ちゃんッ!!」

 

「あっ…ちょっと待ってよ!……そ、それじゃあね、みんな。また、どこかでッ!」

 

 

江ノ島さんと戦刃さんは、未来へと歩き出すーー

 

 

「うーーしッ…オレも行くとすっかな。じゃあね、舞園ちゃんッ!ついでにオメーらもなッ!!」

 

 

桑田クンは、未来へと歩き出すーー

 

 

「それでは皆さん、またいつか。苗木君には毎日メールしますから、安心してくださいねッ!」

 

 

舞園さんは、未来へと歩き出すーー

 

 

「ボクももう行くね。またみんなで集まるの、楽しみにしてるから!……バイバイッ」

 

 

不二咲クンは、未来へと歩き出すーー

 

 

「じゃあ…俺も行くか。アイツらも待ってることだしよ……。ありがとな、3年間世話になった」

 

 

大和田クンは、未来へと歩き出すーー

 

 

「それでは諸君ッ!生活リズムを崩さずに、健康な暮らしを送るように心がけたまえよッ!」

 

 

石丸クンは、未来へと歩き出すーー

 

 

「では、またいつか月下の淡い光のもとでお会いしましょう……ですぞッ!」

 

 

山田クンは、未来へと歩き出すーー

 

 

「本物のギャンブルを楽しみたいのでしたら、いつでも一報くださいませ。…では、ごきげんよう」

 

 

セレスさんは、未来へと歩き出すーー

 

 

「互いの道は違えど…その心は共にある。……ではな」

 

 

大神さんは、未来へと歩き出すーー

 

 

「じゃあね、みんなッ!3年間楽しかったよッ!また集まって遊ぼうねーッ」

 

 

朝日奈さんは、未来へと歩き出すーー

 

 

「あぁ、ここを出たら…また借金取りに追われる生活だべ。やっぱりダブっておくべきだったべッ!」

 

 

葉隠クンは、早く歩き出しなよーー

 

 

「あんた達には…世話になったわね。……あっ…びゃ、白夜様は特別ですからッ!」

 

 

腐川さんは、未来へと歩き出すーー

 

 

「まぁ…悪くない学園生活だった。何かどうしようもない事があったら…話くらいは聞いてやる」

 

 

十神クンは、未来へと歩き出すーー

 

 

「それじゃあ、私も行くわね。また運命が交わることがあれば……その時はよろしくね」

 

 

霧切さんは、未来へと歩き出すーー

 

 

全員が、未来へと進むーー

 

 

「これで、卒業か……」

 

 

ボク達が辿る道の先には…〝希望〟も〝絶望〟も存在する。

 

 

でもきっと…より多くの〝希望〟が、そこにはあるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〝希望〟は、広がる……諦めない限りーー

 

〝希望〟があるから、ボク達は進むーー

 

〝希望〟を抱き、世界は動くーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ーー THE END ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミナサマ……物語は既に幕を引いております。このままブラウザバックをしていただければ幸いでございます。

 

……え? まだスクロールバーは下に続いている……と?

 

いえいえ。物語は確かに終わったのです。ハッピーエンド主義者が思い描いた物語はもう……終わっているのです。

それでも尚、この続きを望むというのであれば……自己責任である、とだけ申し上げておきましょう。コレより先が〝希望〟であるのか〝絶望〟であるのか……わたくしにも分からないのでございます。

 

 

 

 

 

それでは、わたくしからは以上となります。

 

ミナサマ、くれぐれも期待なさらぬように……

 

例えこの物語が〝絶望〟で終わろうとも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー???視点ーー

 

「以上が、今回…〝江ノ島盾子〟を中心として起きた事件の顛末になります。〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟を始めとし、〝映画撮影〟で一応の幕を閉じた…〝希望ヶ峰学園史上最大最悪の汚点〟の全容……」

 

薄汚れた白いシャツをだらしなく着崩した男は、暗闇の奥にいる人物達に淡々と報告を続けた。

 

「〝江ノ島盾子の能力〟に端を発した同時多発テロ。そして、そのテロに影響を受けたテロが伝染するかのように広まり、多くの死傷者が生まれた。そして〝ソレ〟を…希望ヶ峰学園は隠蔽した」

 

薄暗い部屋ーーその男の表情を…窺い知ることは出来ない。

 

「希望ヶ峰学園は…事件の首謀者を暴くことよりも、江ノ島盾子の〝才能〟を優先した。世間で…〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟とまで言われている事件の黒幕を……隠した」

 

語る口調は、次第に険しくなるーーしかし、それがどのような感情に起因するものかは分からない。

 

「……まぁ、あんた達には関係ないか。むしろ……霧切仁を失墜させるにはいい材料だ」

 

男が嘲笑するかのように吐き捨てると……暗闇の奥から錆びついた声が響く。

 

「そんなことはどうでもいいッ!〝例の計画〟はどうなっているッ!」

 

「元はと言えば、貴様が我々を焚き付けたのだぞッ!」

 

「我々は相応のリスクを背負い…貴様に手を貸した」

 

「成果は上がっているのだろうな……?」

 

老人と思われるその怒声に、男は恐れる様子もなく返答を返す。

 

「そんなに焦らないでください。……取り敢えず、先の事件の全容はこの〝ウサミファイル〟に記載されていますので。一応、報告書として受け取っておいてください」

 

男は先程までの話を一段落させ、老人達の質問に答え始めた。

 

「〝ナエギマコトプロジェクト〟……〝超高校級の希望〟が有する〝人の精神に干渉する能力〟を解析、再現することで……意図的に人々を先導、あるいは煽動することを可能とした存在を生み出す計画。圧倒的な支持を得る存在を創り出し、自分達に都合がいいように利用する計画」

 

話の途中で、男は嘲笑するかのように吐息を漏らしたーーそしてそれに対し、老人達は激高する。

 

「なにが可笑しいッ!」

 

「貴様が言い出した〝計画〟だろうッ!」

 

「〝アレ〟を用意するのに…どれ程の危険を冒したと思っているッ!」

 

「最早貴様も…我々と同類なのだ…ッ」

 

しかし、その男は何処吹く風といった様子で続けるーー

 

「何かを守る為に、何かを犠牲にする……。確かに、俺はあんた達と一緒だよ。〝あいつ〟の為に…何だって利用してやるさ……」

 

纏う雰囲気が一変するーー老人達は気圧されるように黙りこくる。〝才能〟を持つ者特有のオーラに…圧倒される。

 

「あんた達は自分の地位を守るために、俺を利用しようとした。そして俺もまた…〝復讐〟の為に、この学園を利用した……」

 

狂気に満ちた顔で、男は続けるーー

 

「感謝してるよ……苗木誠と江ノ島盾子の〝能力〟の解析をするにあたり…俺を主任に任命するよう工作したのも、〝希望プログラム〟の製作に関われるように手配したのも、〝プログラムNANAMI〟の開発に携われたのも、ミライ機関の人間として一定の地位を築けたのも……」

 

己が悲願の為ーー

 

「感謝してもしきれないさ…ッ!」

 

全てを捨ててーー

 

「ありもしない〝計画〟の為に、あんた達は俺が欲していた〝最後のピース〟を用意してくれたッ!」

 

男は進むーー

 

「やっと俺は…〝復讐〟の機会を得ることができた……」

 

そしてーー

 

 

 

 

 

憎悪に満ちたその顔で呟くーー

 

 

 

 

 

「待っていろ……江ノ島盾子」

 

 

 

 

 

そしてーー

 

 

 

 

 

慈愛に満ちたその顔で呟くーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待っていてくれ……涼子」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ーーウサミよりーー

ミナサン、こんにちはでちゅ!
あちしは本編に出ることが出来てらーぶらーぶ…、78期生のミナサンは無事に卒業できてらーぶらーぶ……で幕を閉じるはずなのに、どうなっているんでちゅか!?
……うぅ…こうなっ■しまった以上仕方ないでちゅ!ミナサ■のことはあちしが責任を持って守りま■■からね!
あちしは知っている■■ちゅ!諦めなけ■ば、ど■な〝絶望〟にも…打ち勝つこ■■できるって!
絶対に諦め■■■メでちゅ!
どんな■■が起きても……ど■な結末を突き付け■■■も……〝希■〟を失って■■■ないん■ちゅ!
■■■■■■ッ!■■■ーーーーー
ーーーーー
ーーーー
ーーー
ーー






ーー???よりーー

うぷぷ……





うぷぷぷぷ……





うぷぷぷぷぷ……





物語は終わらないよッ!





〝絶望〟は終わらないんだよッ!





そして『真の解答編』で知ることになるんだ……〝江ノ島盾子〟が生み出した、〝真の絶望〟をねッ!!





アーーーーハッハッハッハッ!!










  ーー To Be Continued ーー


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解答編
プロローグ ミライという名の『絶望』へ


今回以降、ダンロン/ゼロ・絶対絶望少女・ダンロン3・ダンロンV3のキャラクターが登場いたします。ネタバレ、独自解釈、独自設定等、多分に存在いたしますことを申し上げておきます。


ーー■■■■年 12月24日ーー

 

聖夜前日、誰もが浮き足立つこの日──3人の女児が生を受けた。

 

 

 

 

 

この時既に…世界は〝絶望〟に呑み込まれる運命だったのかもしれない。ある意味で…必然だったのかもしれない。不条理なこの世界に〝オワリ〟をもたらすべく…〝その少女〟は生を授かったのかもしれない。

 

 

 

こじつけだと分かっていながら否定しきることはできない、妙な納得感がソコにはある。まるで仕組まれていたかのような悲劇的な運命が……ソコにはあったのだ。

 

 

 

少しでもズレていれば…もっと楽な運命を辿っていたのかもしれない。しかし…〝もしも〟なんて、そんな奇跡は起きない。

 

 

 

起きるはずもなかった。だから世界は苦渋を強いた。

 

 

 

少女は〝絶望〟に沈み、その〝絶望〟は世界を呑み込んだ。

 

全ては〝その時〟から始まっていた。

 

〝超高校級の希望〟と〝超高校級の絶望〟が出会ったのも、

 

〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟が起きたのも、

 

あの〝映画撮影〟も、

 

 

 

なにもかも、全て──

 

 

 

──全ては〝その時〟から始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー■■■■年 12月24日ーー

 

とある病院で〝新生児取り違え〟が発生していた。

しかし誰にも気付かれることなく…3人の少女はそれぞれの運命を歩き始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー???視点ーー

 

窓の外には一面の海が広がっていた。何処までも広がっていて…水平線すら窺える。その水平線には米粒ほどの影が見えるが、きっとコンテナ船の類いだろう。

 

「つまんないわね……」

 

まだ駅を出発してから数分しか経っていないが、こうも景色が変わらなければ嫌が応にも飽きてしまうと言うもの。()()()()()()のもなんか癪だし……。暇つぶしを持ってくればよかったと…若干の後悔が頭をよぎったその時──

 

 

──どんッ!どんッ!どんッ!

 

 

客室の扉を叩く音が聞こえた。

 

「……」

 

どうしようか……絶対に面倒ごとだ。

そもそも今いるこの部屋はVIPルームであり、呼び鈴が付いている。中にいる相手を呼びたければソレを鳴らせばいいし、そうしない上にVIPルームにいる人間を相手にしようとしている。

 

「……ま、無礼なヤツって事は確定か」

 

アタシが通路の様子を映し出すモニターを見ようとしたその時──

 

 

──ピーンポーンッ! ピーンポーンッ!

 

 

呼び鈴が連打され始めた。

 

「誰よ…うっとうしいわね……」

 

モニターを確認すると、そこには見知った人物が映し出された。そしてその人物は焦ったように周囲を警戒しながら、尚も呼び鈴を連打している。

アタシは取り敢えず、その人物を相手にすることにした。

 

「五月蝿いわね……はいはい、今出ますってッ」

 

 

──ガチャ

 

 

アタシが扉を開けるのと同時に、その人物は部屋の中に転がり込んできた。そして、生意気にもアタシに命令してくる。

 

「早く扉閉めて!」

 

「……」

 

「ちょっとー! オレ追われてるのッ! だから扉閉めてよ!」

 

「……」

 

「ねー聞いてる? カワイイ後輩のお願いなんだよ?」

 

「……」

 

「もー…分かったよ。自分で閉めればいいんでしょ?」

 

そいつは悪びれる様子もなくアタシの横を通り過ぎ扉を閉めた。そして、ココがさも自分の部屋であるかのように備え付けの冷蔵庫から炭酸飲料を取りだし、どさりとソファーに腰掛け…ソレを飲み始めた。

 

「……ぷはーッ。一仕事終えた後の炭酸は最高だよね!」

 

完全にリラックスモードに入ってやがる。ココはアタシの客室なんだが……

 

「取り敢えず帰ってもらえる? 暇を持て余していたとはいえ、誰かと喋りたい気分でもないのよ」

 

「そんな堅いこと言わないでよ…セ・ン・パ・イ・!」

 

「……部屋にあげるんじゃなかった」

 

アタシは〝にしし〟と笑う男に目を向ける。

拘束衣を彷彿とさせる白を基調とした衣服…、首元には白と黒のチェック柄のストール……。78期生と入れ違いで希望ヶ峰学園へと入学した〝79期生〟にして〝超高校級の総統〟……。秘匿されてはいるが、秘密結社〝DICE〟のリーダー……

 

 

 

 

 

そう…この男は〝王馬小吉〟──

 

 

 

 

 

──アタシの後輩だ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「……で、なんのつもり?」

 

「ん?」

 

「アンタ…ココがどこだか分かってる?」

 

「勿論! 〝塔和シティー〟行き〝ホープトレイン〟のVIPルーム」

 

「正解よ。……じゃあ、アタシが言いたいことも分かるわね?」

 

アタシが語気を強めると、王馬は観念したように話し出した。

 

「……この場所で〝偶然〟会うなんてあり得ないっ…て言いたいんでしょ?」

 

「……それも正解」

 

そして、なおも睨み続けていると、王馬はやれやれと言った様子で懐から1枚の便箋を取り出しそれをアタシに見せる。

 

 

 

希望ヶ峰学園のエンブレムのシールで封をされた簡素な白い便箋──

 

王馬小吉と書かれた宛名──

 

 

 

アタシはソレを知っている。何故ならソレは、アタシ宛てにも届いたモノだから。そして当然、その中身もアタシは知っている──

 

 

 

 

 

『 招待状 

 

 元超高校級の絶望 江ノ島盾子様 

 

 貴方の罪を知っています。

 

 当方は本年12月24日、塔和シティー 塔和タワー最上階、大会議室にて貴方をお待ちしております。

 同封させていただきましたチケットは、塔和シティーよりピストン運航しております〝ホープトレイン〟VIPルームのチケットとなっております。是非ともご利用くださいませ。

 御多忙な頃合いかとは存じますが、何卒御容赦を。

 

 最後に一つ 聖夜前日につきまして、とっておきのプレゼントをご用意しております──』

 

 

 

 

 

アタシはこの手紙を見て、今ここにいる。

誰かのイタズラなのかもしれない。しかし、アタシはこの列車に乗っている。同封されていたチケットを使って。

 

 

 

 

 

そう……あの手紙に書いてあった最後の一文を見て、アタシは塔和シティーに行くことを決めたんだ。

 

 

 

 

 

『 絶望の映画撮影 幻の撮影フィルム 〝chapter6 テイク1〟

 かの高名な映画『ダンガンロンパ』の貴重なNGシーンを収めた映像になります。きっと、貴方様にもお楽しみいただけると確信しております。

 

 モノクマより 』

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

『ダンガンロンパ chapter6 テイク1』

 

 

 

 

 

それは、ミライ機関によって完全に処分された特級危険物──

 

使い方次第では、戦略兵器にもなりうるモノ──

 

当時、〝超高校級の絶望〟と呼ばれた少女の能力が記録された〝絶望の撮影フィルム〟──

 

〝超高校級の絶望〟の能力を解析するべく幾人もの研究者たちがその映像を見たが、その者たちは隔離病棟に収監され、〝希望プログラム〟による治療を受けることとなった──そう、その映像データには強力な〝絶望の言弾(コトダマ)〟が封印されている。

 

 

 

故にこのデータは、悪用されることを避けるためにこの世界から完全に処分されることが決定した。そしてその決定通り、『ダンガンロンパ chapter6 テイク1』はこの世界から姿を消したのだった──

 

 

 

ーー???視点ーー → ーー江ノ島視点ーー

 

アタシの能力が最も高まっていた時の〝言弾(コトダマ)〟が記録された映像……ミライ機関の連中が処分したはず。でも、もし手紙の送り主が本物の映像データを持っているのなら、見過ごすことはできない。

たった一つのデータが世界を転覆させうるのだ。だからアタシは、ソレが本物なのかを確認しに行かざるを得ない。

 

それに、映像データが盗み出されていたのであれば、それは身内による犯行の可能性が高いのだ。アレが危険物であると認識できるのは希望ヶ峰学園関係者だけ。つまり──

 

アタシが招待状の送り主について考えていると、一息ついた王馬が話しかけてきた。

 

「難しい顔しちゃってさ、どうしたの?」

 

馴れ馴れしいにも程がある。コイツ、アタシを誰だと思っているんだか。

 

「もしかして、江ノ島先輩もその手紙に心当たりがあるの?」

 

白々しい。〝超高校級の総統〟の頭脳があれば、おおよその察しはついているだろうに……

 

「もーー、無視しないでよーッ! セ・ン・パ・イ!」

 

ウザイ。コイツが来る前も()()()()がうるさかったけど、来た後はなおのこと煩わしくなったな……

まったく、人が考え事している時くらい静かにしてほしいものだ。

 

「うるさいわねー……。てか、アンタにはクリスマスプレゼントがないのね」

 

「クリスマスプレゼント?」

 

そう、アタシ宛ての手紙には書いてあったプレゼント。しかし、王馬宛ての手紙にそんな文章はなかった。

王馬は〝あの映画撮影〟の裏側を知らないし、アタシが()()()()()能力も知らない。だからこそ、『ダンガンロンパ chapter6の映像データ』と言われたとしてもピンと来ないだろう。

ま、知らぬが仏って言葉もある。世の中には、知らなくていいこともあるのだ──

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

その後、王馬のマシンガントークを適当にあしらいながらボーっとしていると、車内にアナウンスが鳴り響く。

どうやら目的地である塔和シティーに着くらしい。やれやれ…これでやっと騒音から解放されるわね。

 

 

 

***

 

 

 

列車が止まるのを確認し、アタシは暫くぶりの陸の感触を確かめる。

 

「〝世界初の海上列車 ホープトレイン〟、十神の会社もいいモノ作るわね。ま、こんな状況でなければもっとゆっくりできたんだけど」

 

アタシが磯の香りの混じる空気を吸い込んだその時、列車の別の出口から見知った人物が降りてくるのを視認した。

 

 

 

スーツの上にコートを羽織り、腰に手を当て曲がった背中で歩く老齢の男──しかしその姿とは対照的に、彼の纏う空気に衰えの気配はない。

 

 

 

白髪長身、白いスーツを着こなし覇気を漂わせる若い男──布に巻かれた棒状のモノは恐らく刀。

 

 

 

白髪の男と同様、その若さには似合わない覇気を纏っている──ただ、中央で分けた髪と顔つきにはあどけなさが残っている。

 

 

 

だらしなく着崩した白シャツにネクタイだけの、ファッションには全く無関心であろうこれまた若い男ーーアタシもよく知っている、〝超高校級の希望〟と〝超高校級の絶望〟……両能力解析の第一人者。

 

 

 

 

 

「天願和夫……宗方京助……村雨早春……そして、松田夜助」

 

 

 

 

 

以上4人にアタシと王馬を加えた計6人……全員、VIPルームがある車両出入り口から降りてきた。

そうそうたるメンツ。そして、とても偶然とは思えない。おそらくは全員──

 

「なんと、まだ学園関係者が乗車しておったか……」

 

「招待状、貴様にも届いていたようだな」

 

「江ノ島…盾子……」

 

「……」

 

──全員、招待状を受け取っている。

しかし村雨のヤツ、アタシが手紙の送り主だと思ってただろ。ま、やってきたことがやってきたことだ。疑われても仕方ないか。

 

数秒の間睨み合う。

この場にいる全員、相当頭が切れる。だからこそ、何者かの思惑に思考を巡らせているのだろう。

と、そんなことをしていると背後から声が聞こえる。

 

「あっ! 王馬くん!」

 

振り向くと、そこには新たな学園関係者──雪染ちさ。

そして、更にその後ろを追うようにして長い青髪を揺らしながら走ってくる──

 

「ゆ、雪染先生ーーっ! 走るの早すぎですよ! い、息が…ッ!」

 

──〝超高校級の()()()()()()() 白銀つむぎ〟

 

「やば…見つかった! それじゃ、オレはもう行くからねー」

 

状況がさっぱりわからないが…恐らく王馬は、雪染ちさに追われてアタシの部屋に転がり込んだのだろう。

王馬はアタシたちの元を逃げるように去っていく。まったく、はた迷惑な鬼ごっこだ。

 

「コラーーッ! 逃げるなーー! ……って、京助!?」

 

「雪染、何故ここに……」

 

やれやれ、相当複雑な状況になったな。一体何人の手に招待状が渡っているのやら……

ま、そんなことはどうでもいいか。

そう。誰がいるとか、誰の仕業だとか、そんなことはどうでもいい。招待状の真偽を確かめて、それで終わり。

て、ことで……アタシもそろそろ行こうかな。こんなところで睨み合っていても何も解決しない。

 

 

 

 

 

アタシは駅を出て、塔和タワーへと向かう──その後ろに、7人の気配を感じながら。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

塔和タワー最上階、大会議室。そこにはすでに幾人かの人影を確認できた。

アタシの客室へと転がり込み、その後そそくさと逃げていった〝超高校級の総統〟──王馬小吉。

同期との再会を終え、当初の目的を果たすために王馬を追いかけていった〝元超高校級の家政婦〟──雪染ちさ。

緑色の髪に、赤いリボンをあしらった髪留めが目を引く〝超中学生級のムードメーカー〟──塔和モナカ。

 

そしてもう一つ、人物とは別の情報が入ってくる──〝この部屋〟だ。

フロアの大半を占めるはずのこの部屋はとても閑散としている。机や椅子は設置されていない。そして、まるで()()()()()()()()を思わせるよう円形に並べられた証言台、壁に掛けられたモニターが目に留まる。

恐らく、『ダンガンロンパ』を彷彿とさせるように作られているこの部屋を見て、否が応でも思い出す……招待状の送り主の名前。

 

「最悪の事態を想定した方が良さそうね……」

 

アタシが部屋の中央に配置された証言台へと近づくと、塔和モナカが話しかけてくる。

 

「あ! 盾子お姉ちゃんだー!」

 

モナカは、「おーい!」といった感じで気さくに話しかけてくる。この場の状況など、およそ眼中にないかのように。

 

「あれ、むくろお姉ちゃんは?」

 

()()()()()()()でね……残念だけど、今日は一緒じゃないのよ」

 

アタシがそう言うと、モナカはつまらなさそうに頬を膨らませた。相変わらず、残念なお姉ちゃんのことが大好きらしい。

 

「なーんだ、つまんないのー…。()()()()()()()()()()()が目に入ったから、むくろお姉ちゃんもいると思ったのになー……」

 

「付属品だけで悪かったわね」

 

能力的にも、容姿的にも、評判的にも考えて、アタシを戦刃むくろの付属品と言ってのけるのはおそらく、世界でただ一人……この〝塔和モナカ〟だけだろう。

過去、二人の間に何があったのかは知らないが、モナカはアタシのお姉ちゃんのことをある種…病的なまでに慕っている。最も、当のお姉ちゃんは少し好かれている程度にしか思っていないが……

 

アタシはモナカを適当にあしらいながら証言台へと近づく。すると、その上に〝あるモノ〟に気が付く。そう、ソレは──

 

「銃だね」

 

アタシの思考に割って入ってきたのは、王馬小吉だった。

 

「重さ的には本物っぽいんだよねー」

 

王馬はトリガーガードに指を通し、銃をクルクルと(もてあそ)ぶ。そんなことをしていると……

 

「ダメよ、そんなことしたら! 危ないでしょ!」

 

雪染ちさによって速攻で没収される。

てかうるさい。アタシの周りに集まるな。

 

気を取り直し、アタシはソレを手に取ってみる。

グリップ部分に弾倉が存在する、所謂オートマチックのピストル。

確かに、王馬の言う通り本物っぽい重量。アタシはありあわせの知識を使い弾倉を確認しようとする。しかし──

 

「マガジンが取り外せない……。非着脱式ってわけでもなさそうだけど」

 

──改造されている。

アタシは一応一通りのパーツを触る。が、結局ピストルを分解することはできなかった。

やれやれ……いよいよ雲行きが怪しくなってきたな。

 

嫌な予感がジワジワと思考を蝕んでくる感覚を感じていると、駅で会ったメンバーが到着した。やはり、彼らの目的地もココだったようだ。

そして部屋に入った瞬間、微かではあるが全員の顔がこわばった──()()()()()()。あくまでアタシの主観だけど、()()()()()()()()を感じた。もちろん全員ではなく、数名。

とはいえ、アタシの観察眼ですら確定的だと判断できないのは流石といえよう。侮り難し、〝元超高校級の生徒会長〟……

 

 

 

***

 

 

 

天願和夫、宗方京助、村雨早春、松田夜助、雪染ちさ、王馬小吉、白銀つむぎ、塔和モナカ、そしてアタシーー江ノ島盾子。合計9名が、塔和タワー最上階 大会議室へと集結した。

全員の招待状に、それぞれどのような文言が書かれていたかは分からない。しかし、モノクマの名前が書いてあったに違いない。

ピリピリとした緊張感が場を覆っている。それはつまり『ダンガンロンパ chapter6 テイク1』の存在と、その先に待つ〝人類史場最大最悪の絶望的事件の再発〟を危惧していること示している。

もっとも、王馬やモナカのように〝例の事件の黒幕と真相〟を知らないヤツらは、のほほんとした様子だが……

 

「さて、これから何が始まるのやら」

 

アタシが持ちうる情報から改めて推測を始めようとしたその時、壁面に備え付けてあった巨大なモニターに砂嵐が発生する。そして聞こえてきたのは……勿論〝あの声〟。

 

 

 

 

 

「あー、あー…、マイクテスッ! マイクテスッ! 大丈夫? 聞こえてる?」

 

 

 

 

 

次第に砂嵐が晴れ、見えてきたシルエットは……勿論〝あの姿〟。

 

 

 

 

 

「うぷぷ…うぷぷぷぷ……」

 

 

 

 

 

白と黒──特徴的なカラーリングの、可愛げのあるマスコット。

 

 

 

 

 

「うぷぷ。これだけのメンバーなら、面倒な前置きなんて必要ないよね! ボクは何者なんだとか、これから何が始まるのかとかさ……ッ!!」

 

 

 

 

 

しかしその存在に、一切の可愛げなどない。

 

 

 

 

 

「それじゃあ始めようか……。ドッキドキでワックワクな……」

 

 

 

 

 

ソレは、狂気と絶望の権化。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コロシアイをッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以下とある少女の記憶ノートより抜粋

・塔和シティー:無人島を開拓して作られた世界最先端の技術が集う都市。塔和グループという塔和十九一をトップとした経営一族が取り仕切っている。しかし、この塔和グループはすでに塔和モナカによって掌握されており、塔和十九一とその長子である塔和灰慈は傀儡にすぎない。

・ホープトレイン:十神白夜が経営する会社によって開発された世界初の海上列車。本土と塔和シティーとを結ぶ交通手段の一つだが、海上を滑るように走ることはもちろん、海中を潜航することも可能としている。その為、一種のアトラクションとしても人気が高い。
初運用当日、お披露目を兼ねた式典にて殺人事件が発生し、一時は運用取り止めになりかけたようである。しかし、十神白夜の経営手腕により今となっては過去の事件として風化された。

・塔和モナカ:塔和シティーの実質的な支配者。希望ヶ峰学園付属小学校を主席で卒業後、そのまま付属中学校へと進学した才女。〝超中学生級のムードメーカー〟と呼ばれている。
家の者(父親や兄)から常に命を狙われており、あまり学校へは登校していない模様。塔和グループを掌握する際に恨みを買ったらしい。
過去、戦刃むくろと接点がある。なんでも命を救われたとかで、相当懐いている。


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chapter EX 再誕 -Rebirth- I

補足説明を3つほど……

・本編にて行っていた78期生たちの映画撮影ですが、当二次小説の世界で公開されたのはゲーム版の『ダンガンロンパ』と同じ内容となっております。
つまり、〝1テイク目〟において負傷した江ノ島が復調した後、撮影し直した2テイク目以降が映画に使われております。そして〝1テイク目〟は闇に葬られた──…という設定になっております。

・この『1テイク目の映像』は、ダンロン3で言う所の『洗脳ビデオ』的な効力を持っております。それ故、危険物として扱われています。

・王馬小吉の他者への呼称ですが、「ちゃん」を付けることは承知しております。当二次小説では同級生にのみ適応ということにしておりまして、江ノ島たちに対しては「先輩」と付けさせていただきます。


ーー江ノ島視点ーー

 

「ま…コロシアイとは言っても、尺の関係上〝あの映画〟みたいに何でもありのエキサイティングなものは無理なんだけどね」

 

画面越しのモノクマは、ショボーン…といった感じでうなだれている。

 

「でも安心してね! 代わりと言っちゃあなんだけど、クライマックス的な盛り上がりは演出してみせるからさ! キミたちはのびのびと他人を疑って、蹴落としあってくれればいいから!」

 

コロコロとテンションが移り変わる。誰かが喋っているのか、AIなのかは判断できない。しかし、この掴み所のない感じは間違いなく……〝絶望〟のソレだ。

 

「……。あのさー…ガヤの一つもないなんて、あまりにも主催者に失礼なんじゃない? 『ここから出してーーッ』とか『ふん…コロシアイなんて馬鹿らしい……』とかさ! ちょっとは雰囲気を出そうよ!」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

()()

 

「まったくもー…。葉隠クンみたいなポンコツキャラとか、十神クンみたいな噛ませキャラとか……一人くらい招待した方が良かったよ」

 

いやはや、この場にいる全員に無視されてもへこたれないそのメンタリティだけは超高校級モノだ。アッパレ。

 

「はぁ…。●●スター感謝祭とかさ、●●ヒーロー大集合とかさ……人気者ばっかり集めると、存在感がお互いに邪魔しあっちゃってまともに目立てないんだよね。適度に主役を引き立てるモブキャラがいないと、物語は幅が出ないんだよね」

 

いい加減面倒になってきた…。適当に相槌でも打っとくか。

 

「でもそんなの関係ないクマーーッッ!! 今回はchapter5も6もないクマ! なんだったらchapter2すらないクマ!」

 

さっきのしょぼくれた感じは一切なく、モノクマは「うぷぷ」と笑う。

 

 

 

「何故なら……そうッッッ!!!」

 

 

 

高らかに声を響かせ、楽しげに嗤う。

 

 

 

 

 

「この舞台こそが、すでにクライマックスなのです!!!!!」

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

モノクマは、以下のように説明した。

 

 

 

 

 

1.参加者の中に招待状の送り主がいます。ミナサマには、この『送り主』が誰なのかを当てていただきます。その人物を殺すことこそが、今回の目的となります。

 

2.これ以降、『送り主』のことは〝クロ〟と呼ばせていただきます。

 

3.〝クロ〟が一人でなかった場合、主犯格を一人決め、その人物が〝クロ〟となります。

 

4.『3』にあります主犯格の定義は()()()()()()()()()()()。ミナサマで協議し、適切である人物を選出してください。

 

5.証言台を模した机の上にはそれぞれ一丁のピストルがございます。如何様にもお使いいただけますが、危険なものですので取り扱いにはご注意を。

 

6.『5』にありますピストルには一発の弾丸しか入っておりません。万が一マトを外した場合は、鈍器としてご活用ください。

 

7.ミナサマには多数決で〝クロ〟を決めていただきます。

 

8.〝クロ〟の処刑方法は決まっておりません。ご用意しておりますピストルを使うもよし、持参した武器を使うもよし。どうぞご自由に殺してください。

 

9.ミナサマがいらっしゃいます当会議室からの退室を禁止いたします。

 

10.通信機器による外部との連絡を禁止いたします。

 

11.『9』、『10』に反した場合、厳格な措置を取らせていただきます。尚、命の保証はございません。

 

12.正しい〝クロ〟の処刑が完了した場合、ミナサマには『プレゼント』を差し上げます。加えまして、『9』、『10』にございますルールも解除されますので、近くの出口よりご帰宅ください。

 

13.正しい〝クロ〟を指摘できず誤った人物を処刑してしまった場合、ミナサマに差し上げる予定でした『プレゼント』を世界中に拡散いたします。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

モノクマが告げたルール。それに対して各々がとった行動はバラバラだった。

周りを見渡す者、目の前のピストルを触る者、目を瞑り考えを巡らす者、底知れぬ笑みを浮かべる者──しかし、沈黙だけは共通していた。

 

誰もが出方を伺った。

最初に発言をし主導権を握るのか……、他者の振る舞いを見て自分の方針を決めるのか……

この場にいるほぼ全員がリーダーシップを取れる人材であるが故に、硬直した。

 

アタシは瞬時に思考を巡らせる──

 

アタシは疑われる。そして、率先し疑ってくるのは恐らく〝宗方京助〟。ではコイツの味方につくであろう人間は?

〝雪染ちさ〟、〝村雨早春〟……この辺りか。ただし、雪染は担当する生徒たちの味方につく可能性もある。

次。アタシが味方にできるであろう人間は?

〝塔和モナカ〟、〝白銀つむぎ〟……この辺りだな。〝王馬小吉〟は……多分ダメね。ヤツには曲げられない信念がある。他人に何か言われた程度でその信念は揺るがない。たとえ、死地に追い込まれようとも……

ま、話の流れ次第で味方につけられるかどうかってとこね。今考えてもあまり意味はない。

残りの人物──〝天願和夫〟、〝松田夜助〟。

〝松田夜助〟……面識はある。映画撮影の後、ミライ機関に拘束されたアタシの監視役の一人。機関の職員として〝超高校級の希望〟、〝超高校級の絶望〟の能力解析プロジェクトの主任でもあった〝元超高校級の神経学者〟。

人柄は、あまり社交的ではない。ただ、集団を黙らせるだけの覇気は持っている。侮ることはできない……

しかし……、しかしだ。この状況で積極的に動く人間かと言われたら、答えは〝No〟だ。どういった理由でヤツがこの場に招待されたのか知らないが、今に限っていえば宗方寄りの人間だろう。アタシ的にヤツの立ち位置は……とりあえず王馬と同じ。

あとは……そう、()()()()()()は……どう扱えばいいのか……。……ま、ジョーカーってことにしとくか。

 

──答えは出た。

 

『最年長であり、アタシと宗方が対立した際に中立に立てる〝天願和夫〟を議論の進行ポシションに据える』

 

アタシは思考を切り上げ、場の主導権を握るべく行動を起こす。

 

しかし、それは叶わなかった。

 

その場を覆う静寂を破り、空気を支配したのは────

 

 

 

 

 

バンッッッ!!!

 

 

 

 

 

馬鹿でかい炸裂音が鳴り響く──

それは、アタシの左隣に佇む人間の仕業──

用意されたピストルが火を吹いた音──

天井には弾痕──

 

ソイツは一発しか入っていないと言われたピストルを天井目掛けて撃った。

 

絶対的に有効な威嚇射撃──

 

誰もが虚をつかれ、一堂の視線を集めた。勿論、アタシも例に漏れず。

この場のイニシアチブを取るには充分だった。

しかし、それだけでは飽きたらなかったようだ。

ソイツは左隣にいる〝白銀つむぎ〟へと銃口を向けた。

 

「ちょ、ちょっと! こっちに向けないでよッ!?」

 

本気の焦った顔。白銀は懸命に命乞いをしてみせる。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! 確かに()()()()を起こしたのはわたしだけどっ! 今回は違うよ! ()()()()は、ちゃんと反省してるからぁっ!!」

 

「うーーん。何のことだかわかんないけどぉ…、大丈夫だよ! お姉ちゃん! このピストルには一発しか入ってないってモノクマが言ってたし」

 

「それってクロ側の主張だよね!? 本当かどうか疑ってかかるところだよね!?」

 

「大丈夫。その確認もちゃんと含まれてるから」

 

「全然大丈夫じゃないよ!? さっきと同じように天井に撃てばいいんじゃないかな!?」

 

「えー…でもぉ…モノクマが雰囲気を大事にしろって……」

 

「真に受けなくていいから!!」

 

漫才を繰り広げる二人の間に、一人が割って入った。

 

「ちょっと! 私の生徒を傷つけるのは許さないよ!」

 

〝雪染ちさ〟が、威勢よく啖呵を切る。

しかし、渦中の人物は事もなげに標準を移動させた。

 

「じゃあ、あなたならいいんだよね」

 

不気味な笑みを浮かべ、ソイツは引き金を引く。

 

 

 

 

 

「え……」

 

 

 

 

 

まるでソレが、ごくごくありふれた日常であるかのように平然と、ソイツは引き金を引く。

 

 

 

 

 

──カチッ

 

 

 

 

 

乾いた金属音が静寂の中で反響する。

 

 

 

 

 

結果から言えば、弾丸は一発しか入っていなかった。

 

雪染ちさは生きている。

 

ただピストルが使われた。そして、それを実行した人物がこの場を支配した。

 

一体誰がこの展開を予想できた……?

 

最年少の少女がこの空気を掌握することを。

 

 

 

 

 

────〝塔和モナカ〟は、ただ嗤っていた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー???視点ーー

 

およそ一週間前、一枚の招待状が届いた。内容はともかく、その招待状によれば12月24日──クリスマスイブに用があるみたいだった。

モナカの答えは至って単純……〝No〟だ。招待には応じない。

だってその日は特別な日だから。

モナカが大好きで大好きで大好きで堪らない──

 

 

 

 

 

──〝むくろお姉ちゃんの誕生日〟なんだから。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

なんて絶望的なんだろうか。

12月24日。その日、むくろお姉ちゃんには()()()()()()があるらしい。

もしかしたらモナカ()()が力になることができて、その用事を片付けることが出来るかもしれない──そう思って手伝えないか聞いてみた。

でもダメだった。モナカたちには言えないみたい。

うーーん。フェンリル関連のお仕事なのかも……

 

あーあ。折角みんなでお部屋を飾り付けて、ケーキ作りの勉強をして、むくろお姉ちゃんに喜んでもらおうとしてたのに。

 

というか、なんだかみんながすごく優しい。

多分、モナカが不機嫌そうな顔をしていたからだと思う。

モナカを恐れているような、よそよそしい優しさ。

そんなに怖い顔してたかな……?

 

 

 

***

 

 

 

暇だ。むくろお姉ちゃんのお誕生日会が頓挫して以来、とにかく暇だ。

あーーあ。なにか面白いことでもないかなー……と考えていた時に思い出す、あの招待状。

 

…………。

 

行こうかな、塔和タワー。

……ん? ちょっと待って、思い出した。

確か〝塔和タワー〟って、クソみたいな父親と馬鹿みたいなお兄ちゃんが()()()()()()()()()()だよね……

 

ふーーん……なるほどね、ちょっとは面白いことになりそう。まあ、暇潰し程度には楽しめるかな。

 

 

 

 

 

こうして、モナカは()()を整え…塔和タワーへと足を運ぶことにした。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

いやはや、驚嘆に値する。

これだけのメンツを前にして、ヤツに一切の気後れはない。〝塔和モナカ〟は空気を支配した後、こう続けた。

 

「弾数はモノクマが言った通り一発みたい。じゃあ、部屋から出ないほうがいいって言うのも多分本当で、誰かが死なないとココから出られないのも本当っぽいねー」

 

あくまで事実確認。モナカにとって、先の一幕はその程度の認識でしかない。

 

「うーーん。でもぉ、どうやって〝クロ〟を突き止めればいいのかな?」

 

「いや、プランないのかよ」と、アタシが面食らうと同時に、宗方が切り込んでくる。

 

「この手の議論であれば、そこの〝元黒幕〟がよく知っていると思うが。まあ、江ノ島が〝クロ〟である可能性は高いが…〝クロ〟に喋らせるのも悪い手ではない。ボロが出てくれれば儲け物だ」

 

嫌な振り方だ。

アタシに発言を促すというある種のマウントを取りつつ、『江ノ島盾子には前科がある』と印象付けてやがる。

 

「先に言っておくけどさ、今回の件…アタシは何も知らないから。てか、先入観に囚われてると足を掬われるんじゃない?」

 

「いいや、これは先入観ではない。貴様は信用に値しないという事実だ。実際、在学中に二度……貴様は世界を危機に晒した。〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟のトリガーを引き、さらにはその続きをも企てた。まったく……今考えてもミライ機関上層部の判断は甘すぎる」

 

これはこれは……随分と嫌われたものね。

てか、ミライ機関にまで言及する必要あんの……?

 

宗方がアタシの前歴について述べると、それに食いつく人物が現れる──

 

「ねえねえ…江ノ島先輩のあーだこーだって、映画の中の話でしょ?」

 

──王馬だ。

コイツはアタシが希望ヶ峰学園に在学している時のことを知らない。故に、当然の疑問だな。

 

「〝超高校級の総統〟……王馬小吉。貴様と同様、江ノ島盾子も犯罪者ということだ」

 

「は? 今何か言った? 白髪のおにーさん?」

 

「あの映画はフィクションではなく、江ノ島盾子は世界を絶望させようと目論んでいた。これは紛れもない事実であり、許されざる犯罪行為だ。そして、秘密結社〝DICE〟もまた、犯罪行為を是とする集団。そのリーダーでもある王馬小吉──貴様も、貴様の仲間も全員、裁かれるべき犯罪者」

 

いつもおちゃらけていて、掴みどころのない王馬。滅多なことでは本心を語らないヤツが、宗方を睨みつけている。

目は口ほどに物を言うと言うが、相当キレてるな。どうやら仲間への侮辱は逆鱗に触れることと同義のようだ。

 

「改めて、オレの考えを言おう」

 

しかし、王馬の視線が宗方の演説を止めるには至らない。

 

「今回の一件、〝クロ〟の可能性が最も高いのは〝江ノ島盾子〟……貴様だ。そして、次点で〝白銀つむぎ〟、〝王馬小吉〟といったところだな」

 

随分と口が回っていらっしゃる。まるで、用意された台本に従って完璧に演じているかのように。

てか、白銀も議題に引き摺り込まれたわね。前科者を〝クロ〟候補として挙げるのは理解できるが……、なんか気持ち悪さを感じる。

 

「だ、だからわたしじゃないんですって! 確かに、()()()()を起こしたのはわたしだし、犯罪者と言われれば否定できないけど……」

 

「よく分かっているじゃないか。貴様は犯罪者で、信用などないと」

 

おー…怖い怖い、てかどんだけ憎いんだよ。

 

「うぅ……」

 

涙目になる白銀。そんな彼女に、助け舟が現れる。

 

「宗方くん! さっきから言い過ぎよ!」

 

白銀と王馬たち、79期生の担任──雪染ちさが反論する。

 

「確かに、二人ともやっちゃいけない事をしたし、してきたわ。でも、私は知ってるの……二人が、本当はとってもいい子なんだって」

 

「雪染、今は少し静かにしていてくれ……」

 

「ううん、黙ってなんかいられない……。だって二人は、私の大切な生徒なんだから!」

 

雪染ちさは、懸命に白銀と王馬を庇う。

どうやら雪染は自分の生徒たちの味方らしく、宗方サイドの人間ではなかったようだ。

アタシとしては嬉しい状況──宗方のストッパーとしてはこの上ない。

 

「雪染先生……ッ」

 

白銀は責められて悲しいのか庇ってもらえて感動したのか、大号泣している。

 

しかし、宗方と雪染が対立する構図となるのは意外だ。

てか、心なしか宗方の顔がこわばっているように見えるのは……気のせい? ……そういえば駅で二人が鉢合わせた時、確か宗方の方は驚いたような反応をしていたな……

 

 

 

駅での反応──

 

 

 

王馬、白銀への追求の妨げ──

 

 

 

──宗方は雪染がココにいることを嫌がっている。

 

 

 

なぜ?

 

 

 

一体なぜ……宗方は雪染と会った時に驚き、雪染が反抗の意を示すであろう…彼女の生徒たちへとヘイトを向けた?

 

 

 

宗方と雪染の間には恋仲だという噂がある。これは、ミライ機関の人間であれば多くが知るところ……。だからこそ、二人の対立は意外なのだ。彼女の人間性を知っていれば、生徒たちを糾弾するのは悪手であると分かるはず……

 

 

 

宗方はココに集まるであろう人物を知っていた……?

 

 

 

招待状を送った人物か、共犯者……?

 

 

 

何かしらの理由で、アタシを含めた前科者たちを糾弾したい……?

 

 

 

だからこそ、雪染がココにいることを煙たがっている……?

 

 

 

だからこそ、当初の筋書き通りに前科者へのヘイトを向けたがそれを邪魔されやりずらさを感じている……?

 

 

 

恋人であればこそ、本当に大切に想っていればこそ、この場には呼びたくなかったはず。

 

 

 

ま、確認すればいいことね。

 

 

 

 

 

「ちょっと痴話喧嘩を遮っちゃって申し訳ないんだけどさ、全員の招待状を確認しない?」

 

 

 

 

 




以下とある少女の記憶ノートより抜粋

・12月24日は誕生日。

・モノクマが舞台を整える。

・塔和モナカが行動を起こす。

・宗方京助が流れを作る。

・雪染ちさが生徒たちを庇う。

・江ノ島盾子が──…(字が掠れていて読めない)


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chapter EX 再誕 -Rebirth- II

ーー???視点ーー

 

何をやっても退屈だった。

 

日々過ぎていく日常がつまらなかった。

 

わたしは小さい頃からずっと……予定調和の世界に辟易していた。

 

 

 

 

 

だって……

 

 

 

 

 

だって……

 

 

 

 

 

わたしは何だって……〝模倣〟できたのだから。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

勉強はそれなりだった。それなりにできて、それなりの成績だった。まあ、そんなものだ。特段の関心がなかったから、別にそれでよかった。

 

問題なのは……運動とか芸術とか、何かの技術が必要となること。

わたしはそれらのことをすぐに習得することができたのだ。あらゆるジャンルのプロたちの技術を、わたしは真似することができたのだ。

 

最初はよかった。

すごいすごいと褒められて、自分が誇らしかった。嬉しかった。

 

でもその感情は、時間が経つにつれ変化する。

 

模倣して──

 

模倣して──

 

模倣して──

 

模倣して──

 

模倣して──

 

 

 

 

 

模倣して模倣して模倣して模倣して模倣して模倣して模倣して模倣して模倣して模倣して模倣して模倣して模倣して模倣して模倣して模倣して模倣して模倣して────

 

 

 

 

 

────模倣し尽くした。

 

 

 

 

 

気がつけば、わたしの髪の色は変わっていて、目の色が変わっていて、趣味じゃないであろう衣服を着ていて、知らないような……知っているような……そんな声で──

 

 

 

 

 

──ん? これって……

 

 

 

 

 

昔見ていたアニメのキャラだ。

 

 

 

 

 

というか……我ながら完璧な模倣っぷり。

 

 

 

 

 

とりあえず、拍手でもしておこう。

誰が聞いているわけでもないけど……

 

 

 

 

 

はあ…ここまで来てしまっていたのか。

存在までも、わたしは模倣できるようになってしまったのか……

そんな時…世界に飽きていた時、わたしは知った──

 

 

 

 

 

──〝模倣〟できない存在を。

 

 

 

 

 

映画『ダンガンロンパ』の黒幕──〝江ノ島盾子〟を。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

一体何度、あの映画を見返したのだろう?

一体何度、〝江ノ島盾子〟へと思いを馳せたのだろう?

一体何度、姿を真似──

 

嗚呼、昨日のことのように思い出せる。

 

一体何度、仕草を真似──

 

あの興奮。あの感動。あの衝撃。

 

── 一体何度、存在を真似ただろうか。

 

それでも尚、模倣することは叶わなかった。

 

だからこそ憧れた。

 

〝超高校級の絶望 江ノ島盾子〟は、つまらない世界からわたしを解放してくれた。

 

わたしは理解したかった。

 

〝江ノ島盾子〟を〝模倣〟する為、ひたすらに研究した。

 

研究して──

 

研究して──

 

研究して──

 

研究して──

 

研究して──

 

 

 

 

 

研究して研究して研究して研究して研究して研究して研究して研究して研究して研究して研究して研究して研究して研究して研究して研究して研究して研究して────

 

 

 

 

 

────研究してもし足りない。

 

思考回路を研究し、模倣してみる。

 

でも、何かが違った。

 

そしてわたしは気づいた。

 

『ダンガンロンパ chapter6』の映像は、何かがおかしいと。

学園の秘密を明かし、苗木誠を犠牲にするよう5人へと迫った江ノ島盾子と、それ以降の江ノ島盾子──

ただ単に、リテイクによる違いというのであればそれまでだ。でも、どうしても腑に落ちない。最後の学級裁判の前半──あの迫力は、確かに〝超高校級の絶望 江ノ島盾子〟だったのだ。あれは〝超高校級のギャル〟による演技なんかではなかったのだ。

 

わたしは知りたい。本物の〝超高校級の絶望〟が何なのか。

 

その探究心がわたしを突き動かす。

 

だからこそ、わたしは狂気に身を委ねた。

 

その結果が、世に()()()()()()()として認知されるようなことであったとしても──わたしは構わなかった。

 

まあ、〝探偵さん〟に阻まれちゃったんだけど……

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

〝とある事件〟を引き起こした後、わたしの身柄はミライ機関という組織に拘束された。

 

鬱屈とした日々だった。

 

79期生として希望ヶ峰学園に入学させられて、青春を強要されて。

 

そんなある日のこと、わたしの元に一通の手紙が届く。

 

塔和タワーへの招待状。

 

その手紙に書いてあった内容が、いつぞやぶりにわたしの探究心を掻き立てた。

 

『プレゼント』の内容に歓喜した。

 

 

 

 

 

わたしは見たい。

 

 

 

 

 

わたしは知りたい。

 

 

 

 

 

『絶望の映画撮影 幻の撮影フィルム chapter6 テイク1』を──

 

 

 

 

 

──わたしは欲している。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

この場にいる人物で、招待状を受け取っていないのは〝雪染ちさ〟ただ一人だった。加えて言えば、招待状を受け取った日は6()()()()7()()()()8()()()と、全員バラバラだった。

 

さて、彼女がココに来た経緯だが──どう考えても偶然だな。

 

 

 

雪染と王馬曰く──今から二日前のこと、クリスマスイブの日に王馬小吉に対し補習授業を受けさせることが決まる。担任の雪染は王馬に補習を受けさせようとするが、王馬は招待状をすでに受け取っており、これを拒否。

そして始まったのが、当日の鬼ごっこ。

雪染は王馬の自室前に待機していたが、そこに王馬はいなかった。しかし、たかだか見失った程度で諦める雪染ではない。彼女は〝元超高校級の家政婦〟としての能力を駆使し、王馬を追跡する。

そして辿り着いたのが〝塔和シティー行き ホープトレイン〟。白銀とはそこで鉢合わせたらく、雪染は王馬を捕まえるのを手伝って欲しいと要請した。そのため、白銀と行動を共にしていたようだ。

まあ、白銀がその場にいたのは彼女も招待状を受け取っていたからなんだが……

 

で、後はご存知の通りってわけ。

〝クロ〟が招待状を送ってきたのはおよそ一週間前。王馬の補習は唐突に決まったし、ましてや雪染がココまで王馬を追ってくるなど想像できないはず。故に、〝雪染ちさ〟は〝クロ〟にとってイレギュラー……

 

 

 

…………。

 

 

 

しかし……しかしだ。この情報があったとしても、アタシのもう一つの疑問を解決できない。

 

 

 

なぜ……

 

 

 

 

 

なぜ証言台は、1()0()()ある……?

 

 

 

 

 

モノクマが映るモニターを時計でいう12時の位置に例えるのであれば……モニターから時計回りに、村雨、宗方、王馬、雪染、天願、アタシ、モナカ、白銀、松田と……円形に並んでいる。

しかし、松田とモニターの間には〝空席〟があるのだ。

 

なぜ?

 

何かしらのハプニングを想定して一席多く配置しておいた──

〝あの映画〟を再現し、一席多く配置した──

 

まだ一席なら分かる。しかし、雪染がイレギュラーだとするならば、二席余分に用意したことになる。

この余剰分の数が腑に落ちない。まあ、不参加の人間がいる可能性も否定できないが……。あるいは〝あの映画〟のように、遅れて登場する予定の人物がいる……とか。

 

なにか……なにか情報が足りない。

モヤモヤとした気持ち悪さが、どうにも頭から離れない。

 

 

 

 

 

…………いや、もういい。もう終わらせよう。

 

 

 

 

 

ジョーカーを切る。

空席の違和感は残るが、もう終わりだ。

雪染はイレギュラーであり、宗方はボロを出した。完璧に装われた表情は雪染だからこそ崩れた。

 

 

 

 

 

「茶番は終わりよ。こんな出来レース、意味ないって。……アンタもそう思うでしょ?」

 

 

 

 

 

アタシだけが知る、もう一人のイレギュラー。

 

 

 

 

 

「〝神代優兎〟」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「お、どうやらやっと…僕の出番みたいだね」

 

全員が、突如として聞こえてくる声の主を探す。

しかし、ソイツは一向に見当たらない。

 

「もう、ここだよここ」

 

次の言葉を受け、数名の視線が白銀へと注がれる。

だが、やはり姿は見えない。音源の近くにいるであろう白銀も困惑の表情を浮かべている。

 

「だから、ここだってば」

 

そう言うとソイツ──〝神代優兎〟は、白銀つむぎの後ろから背後霊のようにヌルリと姿を現した。

 

「キャアーーーーーーーッ!!」

 

白銀が悲鳴をあげる。

が、ソイツはその程度で動揺する男ではない。

 

「お姉ちゃん、見た目の割にセクシー系の下着なんだね!」

 

「キャアーーーーーーーッ!!」

 

「普段は地味で目立たないけど夜になると豹変する、実はドスケベ痴女だったりして!」

 

「キャア! キャアーーーーーッ!!」

 

「僕は全然気にしないからさ、この後ホテルにでも行く?」

 

なんかもう、たった数秒でめっちゃ疲れた。……やっぱ呼ばない方が良かったか?

アタシが思考を放棄しかけたところで、この空気を壊してくれる人物が現れる。

 

「私の生徒に、何してくれるのーーッ!!」

 

雪染は、手元にあったピストルを神代に向けて全力で投げつける。

そこそこの重量があるため、打ちどころが悪ければ最悪死んでしまうが──この場にその行為を咎める者はいなかった。

 

「うわあっ! 危ないじゃないか!」

 

ま、当たらなかったが。

 

「ちょっと! 僕だって、先生の元生徒じゃん!」

 

「チッ、外したか」と雪染は小さく呟き、「キミだけは例外なの」と笑顔で言い放った。

 

「横暴だ! 夜の女王様並みの横暴さだよ!」

 

てか、本当に疲れる。()()()()()()()()()()()()()()()こんな調子だ。ホント……いい加減にしてほしいものだ。

……そう。コイツは今日、ずっとアタシといた。最初からずっと。列車の中も、移動中も……そして、この会議室にも。

 

〝神代優兎〟は──ずっと潜んでいたのだ。

 

 

 

***

 

 

 

遡ること5日前──つまりアタシが招待状を受け取った2日後、アタシは〝元超高校級の諜報員〟こと〝神代優兎〟に連絡をとった。

その理由は単純明快。招待状の真偽、並びにその詳細を調べるためだ。

自分自身で調べることもできたが、アタシは〝元超高校級の絶望〟ということもあり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()──つまり、()()()()()()()()()()()()()()。それ故に、迂闊な行動は取れない。まあ、撒こうと思えば余裕で撒けるが……そんなことをしては事後説明が面倒なだけだ。あの時何をしていたんだーって。

だからこそ、アタシは〝神代優兎〟に依頼したのだ──

 

『招待状の送り主が誰なのか調査してほしい』

 

──と。

 

 

 

***

 

 

 

「ちょっと、いい加減にしてくれる? アタシの依頼はどうなったのか、ココで説明してくれるって約束だったでしょ?」

 

そう、茶番は終わりだ。

 

「うんうん、そうだよね。僕が出てきたからには、そろそろ解決編を始めないとね」

 

さっさとこのお遊戯に幕を下ろすのよ。

 

「大人のビデオに出てくるおにーさんたちみたいに、この陰毛の全貌を丸裸にしないとね。スパイアクション風にビシッと阻止して、この事件は一件落着ってわけだ!」

 

陰毛じゃなくて陰謀な。

はぁ、もういい。なんでもいいから早くしろ。アタシの手元にある弾丸の入ったピストルが火を吹く前にな。

 

「じゃあ、早速始めようか。この物語の解決編を」

 

 

 

 

 

そしてソイツは語り出す。

 

このふざけた茶番劇の真相を。

 

とても不条理で、とても理不尽な真相を。

 

そしてアタシは知る。

 

真実の先に────

 

 

 

 

 

────〝絶望〟が待ち受けていることを。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「まずは、いくつか押さえておきたい情報があるんだよ。それは──」

 

神代は少しの間をおき、とある人物を指差した。

 

「〝元超高校級の生徒会長〟にして、現在……ミライ機関にて絶賛派閥拡大中のあなた──宗方京助の情報だよ!」

 

「……」

 

指を刺された宗方の表情が険しくなる。

ま、何かしら画策していたのは事実だろう。だからこそ、その〝何か〟を指摘されるのを恐れている。雪染ちさがいない場所でやろうとしていたことを、バラされるのを恐れている。

 

「僕の調査によれば、宗方京助はミライ機関に不満を抱いている。それも、かなり大きな不満だ」

 

宗方は、ただ神代を見据えている。

 

「希望ヶ峰学園を卒業後、あなたはミライ機関に所属した。〝元超高校級の生徒会長〟としてかなりの実績を持っていたあなたは、所謂エリート街道まっしぐら……いきなり海外支部の支部長として抜擢された。地道に努力を重ね、それなりのポストを築いてきたおっさんたちをごぼう抜きしての大抜擢。いやー、流石としか言えませんなぁ!」

 

人の上に立つ才能、人の注目を集める才能──これらは、神代優兎とは正反対の才能。

だからこそ神代の弁には、若干の嫌味を感じられた。

 

「当然、多少の反発や嫌がらせもあったんだけど、あなたにはほとんど効かなかったみたいだね。無事に海外支部は発展を遂げた。そして、宗方京助もまた……ミライ機関内での派閥づくりに成功した。やれやれ、あなたの辞書にはおっぱいの文字がないらしいね!」

 

おっぱいじゃなくて失敗だろ。いい感じにシリアスなんだから自分で水を差すなよ。

 

「しかし、誰も知らなかった。その成功の裏には…とんでもない野望があることを! 恋人である雪染ちさですら知らない願望があることを! 下半身に、おっきな棒があることを!」

 

「……」

 

「ねえ!? さっきから反応が薄いよ!? 全然盛り上がらないじゃないか!!」

 

「お前のせいだろ」というツッコミは誰もしない。勿論アタシも。

 

「やれやれ、この面子じゃコメディーチックな解決編は出来ないみたいだね。仕方ないから真面目にやるよ」

 

コイツのメンタルどうなってんだ、マジで。

てかこの状況で何を期待してたんだよ。

まあ、〝超高校級〟の才能を持つ者に常識など通用しない。この場はすでに、神代優兎の雰囲気に呑まれている。

神代は「やれやれ」と一拍おき、唐突に核心をついた。

 

 

 

 

 

「結論から言うと、宗方京助は『ミライ機関をぶっ壊す』つもりなんだ」

 

 

 

 

 

静寂──そして、全員の視線が宗方へと集まる。

 

「……」

 

宗方は依然として何も語らない。

空気だけが重くなっていき、誰も二の句を継ぐことができない。

 

「やはりな……」

 

数秒の間を置き、その空気を破ったのは件のミライ機関・現トップ──天願和夫だった。

 

「宗方くん。君が危うい〝希望〟を抱いていることには気付いておった……。しかし、わしにとっては、宗方くんもまた〝希望〟じゃった。だからこそ、君が抱く〝希望〟を図りかねておったんじゃ……」

 

それ以上、天願が口にすることはなかった。

そして、神代が話を引き継ぐ。

 

「ミライ機関会長が語る宗方京助の危うい希望──それは、『絶望を駆逐すること』。自身の右腕と左腕である雪染ちさと逆蔵十三を危機に晒した〝江ノ島盾子〟。そして……そんな存在を秘匿し、匿い続けた〝ミライ機関〟、並びに当時のトップ〝霧切仁〟に対し、ある種の憎悪を抱くようになった。それ以来、宗方京助という人間は独自の〝希望〟を抱くようになり、その〝希望〟を実現させるために行動し始めた」

 

知らなかったじゃ済まされない、アタシが背負う十字架。

映画撮影の際にアタシが撒き散らした〝絶望の言弾〟。その被害者の中に──雪染ちさも、〝元超高校級のボクサー〟である逆蔵十三もいた。

そしてそれが、宗方を狂わせた。

〝絶望〟を許容する存在を──拒絶した。

なるほど……そういうことだったのね。これは身から出た錆で、アタシが恨まれるのは当然だったわけだ。

 

「そして、その行動の集大成こそが──〝今〟だ」

 

「……」

 

依然として、宗方は無言を貫く。

 

「『超高校級の絶望』──江ノ島盾子。『塔和シティーを大混乱へと叩き落とした犯罪者』──白銀つむぎ。『秘密結社〝DICE〟のリーダー』──王馬小吉。彼女たちは、言ってしまえば〝絶望〟と〝絶望に繋がりかねない可能性〟。そして、『現ミライ機関会長』──天願和夫。宗方京助は、これらの人物を一ヶ所に集めた」

 

依然として、神代は解決編を続ける。

 

「彼女たちを糾弾することにより、『絶望は駆逐するべき』という自身の信念を正当化した。そしてそれと同時に、絶望を匿ったとしてミライ機関にも言及する。ミライ機関が異常な性質を持っていることを認めさせ、『ミライ機関の解体』を現実のものへと近づける……。いやはや、鮮やかですなぁ! 僕がいなかったら完全犯罪ですぞ!」

 

結論へと近づき、神代は高揚している様だった。

 

「あ、ついでの情報だけど、ココ──塔和タワーが半年ほど前に裏ルートで売却されていたんだ。でも、肝心の新たな所有者は巧妙に偽造されていた……まあ結局、宗方京助だったんだけどね! 僕にかかればこの程度の偽造は簡単に見抜けちゃうんだよ! 残念!」

 

クライマックへと近づいている。

そんな感覚がこの場を包む。

 

「『白銀つむぎが狂気の舞台として選んだ塔和シティー』、『あの映画を模した舞台を作り江ノ島盾子へとヘイトを向ける』……たったそれだけの為にここを買ったんでしょ? 本当に狂ってるみたいだね」

 

塔和タワーに言及した為か、神代の話にモナカが反応を見せる。

 

「ふーん……モナカ解っちゃった。宗方さん、クズお兄ちゃんたちとナニカ取引したでしょ? 例えば……そう、『塔和モナカを犯罪者に(でっ)ち上げる』……とか」

 

「……」

 

「まあ確かに、モナカも口に出しては言えない様なことをしてきたし……。でも、馬鹿どもにバレる様なヘマはしないから。だからこそお兄ちゃんたちはあなたを頼った。場所を提供する代わりに、モナカを貶めろって……」

 

「……」

 

 

 

 

 

最初から、何もかもが決められていた。

アタシが〝クロ〟になるようになっていた。

 

でも、目的達成を前に熱くなりすぎたみたいね。

これで終わり。奴の計画は失敗に終わった。

 

 

 

 

 

──そう、思った。だが違った。

 

 

 

 

 

──この物語には続きがあった。

 

 

 

 

 

「ま、これまでのことは全て……〝真の黒幕〟が用意したブラフなんだけどね!」

 

 

 

 

 

──神代優兎は滞ることなく続ける。

 

 

 

 

 

「宗方京助が全てを仕組んだと思わせる為に、何もかもを手引きしていた人物がいたんだよ」

 

 

 

 

 

──〝絶望〟へと繋がる物語を続ける。

 

 

 

 

 

「ねぇ、隠し通せるとでも思ったの? 〝真の黒幕〟……」

 

 

 

 

 

──その瞬間、宗方京助の口角が(いびつ)(ゆが)んだのを……アタシは見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〝江ノ島盾子〟」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以下とある少女の記憶ノートより抜粋

・会場の席は10席。招待状も──…(字が掠れていて読めない)

・招待状を渡すのは一週間前。前後1日のずれは許容範囲。

・王馬小吉に補習を受けさせる。

・神代優兎は即時行動を起こす。

・江ノ島盾子は神代優兎に依頼をする。

・宗方京助は塔和タワーを買収する。多少の偽造はしておくべき。


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chapter EX 再誕 -Rebirth- Ⅲ

補足説明を一つ。

・原作において白銀つむぎはノンフィクションの存在にコスプレできない設定でしたが、当二次小説内では『78期生のみはコスプレ可能』としております。
理由としましては、『映画ダンガンロンパ』に対し創作物であるという強い認識を持っている為です。それ故、登場人物たちへもフィクションであるという認識を持っております。


ーー???視点ーーー

 

「お願いだから、ママを困らせないで」

 

これが、母親の口癖だった。

ガキの頃からずっと、いつだってオレは誰かを困らせてた。

でも、ソレに特段の罪悪感はなかった。

だって楽しかったから。

親に怒られようと、先生に叱られようと、お巡りさんに説教されようと、悪戯(イタズラ)を止める気などなかった。

だって気持ちよかったから。

仲間と連んでやりたいことをやって、怒られて……

それでもみんな──笑ってた。

最高だった。

でも、長くは続かなかった。

一人、また一人とオレの元を去っていった。

 

「もう中学生だぞ?」

 

「えぇーっと……俺、受験あるから」

 

「いい加減、大人になれ」

 

きっとソレは正論なのだろう。

きっとソレは正常で、オレが異常なのだろう。

 

「お前と連むと内申点下がるんだよ。もう話しかけるのやめてくんね?」

 

『手のつけられない不良生徒』──いつしかオレは、そう呼ばれていた。

つまんないな──漠然と、そんなことを思っていた。

学校に行っても、誰にも相手にされない。

悪戯も、鬱陶しがられるばっかり──笑えない。

 

こうしてオレは学校に行かなくなった。

そして、ネットの世界にのめり込んでいったんだ。

 

 

 

***

 

 

 

ネットにも詳しくなった頃合いに、オレはとあるサイトを立ち上げた。正常な世界から溢れ出た、オレと同じ様な人間が集まる場所を。

そこそこの人数が集まって、「こんなことをしてやった」とか「あんなことをしてやった」とか、くだらないことで盛り上がった。

懐かしさとか、楽しさとか……ソコには、オレが求めていたモノがあった。

 

その内、リアルで会おうという話になった。所謂、オフ会ってやつだ。

正直悩んだけど、オレは行くことにした。

だって…部屋に閉じこもっていたって……結局、オレが本当に欲していたモノは手に入らないと知っていたから。

だからオレは、ソコに行くことにしたんだ。

 

 

 

ありのままのオレを受け入れてくれる──『本物の仲間』と出会いたかったから。

 

 

 

***

 

 

 

あの頃は楽しかった。

オフ会で出会ったヤツらとは本当に気があって、馬鹿なことをたくさんした。

迷惑駐車してるヤツとか、不法投棄するヤツとか、公共の場所で横柄な行動をするヤツとか……そういうヤツらに、オレたちは悪戯を仕掛けて回ったんだ。

 

いつか夢見た秘密結社のように……オレたちは、オレたちの世界を生きていた。

 

本当に夢のようだった。

だからこそ目覚めなければならなかった。夢はいつか…終わってしまうから。

誰かに起こされる前に、自分で起きなければならなかったんだ。

でも、それは叶わなかった。

 

銃声と共に、オレたちの夢は覚めた。

 

仲間の一人が殺された。

悪戯を仕掛けた相手が、裏社会で生きる人間だったのだ。

 

なあ……、オレはこんな喪失感を味わう為に生きていたのか?

なあ……、密売とか密輸とか、そういう事をやってるヤツよりオレたちの方が悪いのかよ?

なあ……、こんなこと、許せるのか?

 

オレはその時──初めて泣いた。

親に怒られても、ぶたれても、学校で一人でも、嫌味を言われても、一度だって泣いたことのなかったオレが……初めて泣いたんだ。

そう、オレは泣けた。『仲間』の為であれば泣けたんだ。

 

身体の奥から、沸々とナニカが湧き上がる。悲しさとか怒りとか、何もかもがゴチャゴチャになって湧き上がる。

そしてソレが、オレを狂気へと駆り立てた。

 

仲間を殺した犯人を吊し上げ、ソイツの後ろにいた組織の実態さえも白日の下に晒してやった。

もう二度とお天道様の下を歩けないほど徹底的に、完膚なきまでに、ソイツらを糾弾するように世論を操ってやった。

そして、オレが吊し上げた犯人は自殺した。

警察に捕まる前に──追い詰められて、死んだんだ。

 

オレが……殺したんだ。

 

オレがやったことは間違いだったのか。

敵討ちという、正義の名の下での行動だったはずだ。間違ってなどいないはずだ。

なのに……なんだ、この感覚は。

手の震えが止まらない。

 

人を殺した。殺した殺した殺した殺した殺した──

 

知らない感情がオレを追い詰める。叫んで、掻きむしって、暴れ回って、得体の知れないナニカを振り払おうをする。

でも、ソイツはオレに付き纏う。

 

「オレは悪くないッッ!!」

 

オレの世界は、急速に閉じていく。終わっていく。

オレは間違った。

仲間を殺されたのは本当に苦しかった。復讐してやりたかった。

でも、決して踏み外してはいけないモノがあったのだ。

どんな不条理に見舞われようとも、犯してはならないモノがあったのだ。

その道を外れてしまえば、正常な者も異常な者も関係ない。等しく〝悪〟だ。

 

「馬鹿なこと、しちゃったな」

 

オレの肌をなでていく心地いい風──

眼下に広がる人の群れ──

走る鉄屑の騒音──

もうお別れだ。この世界とも──

オレはこの罪悪感に耐えられそうにない──

 

 

 

──さよなら。

 

 

 

***

 

 

 

オレは無様にも生き恥を晒している。

『仲間』に止められ──この世界に踏みとどまった。

「生きてほしい」、「生きていてもいいんだよ」──そう、言ってくれた。オレを肯定してくれた。

 

そしてオレは決めたんだ。

 

この罪悪を背負っていくと。

決して、『人殺し』などしないと。

誰もが笑えるように、面白おかしく生きていくと。

そう……絶対に──

 

 

 

 

 

──オレの手の届く範囲で、『コロシ』は許さない。絶対に。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

「……は?」

 

意味がわからなかった。

全てを仕組んだのは──

〝クロ〟の正体は──

 

──宗方京助のはずだ。

 

そういう流れだっただろ。

なのになんで、アタシが……

 

「やれやれ、僕じゃなきゃこの事件は解決できなかったね! だって、みんな宗方京助が〝クロ〟だと思ってたでしょ!? でも違うんだよね、これが。スーパースパイの僕だからこそ、〝真のクロ〟の野望は潰えたんだよ!」

 

その不意打ちは、アタシの思考を停止させるには十分だった。

 

「ここで、全てを覆す〝決定的な証拠〟を提示するよ!」

 

頭が回らない。

耳から入ってくる情報は、一向に処理されない。

 

「この〝写真〟を見て。……コレは、この会議室で撮られた写真だよ」

 

その写真には、〝()()()()()()()()()()()()()〟が写っていた。

 

「この写真は、この場所の準備をしている〝クロ〟その人を捉えているんだ」

 

確かに、コマ撮りで撮られたその写真は……この場にある〝証言台〟を設置する人物を捉えていた。

 

「言っておくけど、捏造したモノじゃないからね! 〝元超高校級の諜報員〟の名に懸けて、コレは無修正モノだよ!」

 

アタシだ。

その写真に写っているのはアタシだ。

 

「ねぇみんな、この人物が誰に見える?」

 

何人もの視線が、アタシに突き刺さるのが分かる。

いや、なんなの……この状況。

 

「ちなみにこの()()()ほど、ここ塔和タワー最上階の大会議室は()()()()()()()()()()()()。それに、宗方京助の意向なのか……()()()()()()()()()()()()()()。ま、だからこそ僕はココを張ってたんだけどね」

 

アタシは……

 

「まったく、間抜けだよね。僕がその場にいたにも関わらず、シコシコと会場の準備をするなんてさ」

 

アタシは──

 

「おい、どうなんだ……江ノ島盾子。黙ってないで、お前の言葉で説明してみろ」

 

それは、意外な声だった。

 

「お前が〝クロ〟なのかどうか……話してみたらどうだ」

 

村雨早春──ヤツの声が、アタシの思考を再稼働させた。その声色は糾弾するモノではなくただ真実を欲しているかのようだった。だからこそアタシの思考は、スムーズに動き始めた。

 

「アタシは……アタシはやってない。ココには今日、初めて来た。本当よ。……アンタなら証明できるんじゃない? 天願和夫」

 

そうだ。アタシは〝クロ〟ではない。

アタシを〝クロ〟として(でっ)ち上げようとしているこの状況こそが──〝クロ〟の狙い。

 

「ミライ機関はアタシを二十四時間体制で監視している。だから、アタシがココに来ていないことを証明できるはず」

 

そうだ…落ち着け。

一つずつ紐解いていけばいい。

そうすればきっと、真実に辿り着ける。

 

「うーーむ。それは確かにそうなんじゃが……」

 

なんだ? なぜ言い淀む。

 

「神代くん、その写真はいつ撮ったのかね? 9日前であれば……」

 

「正解だよ、会長さん。この写真を撮ったのは9日前。確か、()()()()()()()()()()()()()()()()はず。本来誰もこの場所で起きる事を知らなかった──だからこそ、この写真に映る人物は〝クロ〟なんだよ」

 

「そうか。……江ノ島くん、残念ながら9日前の君の所在を…我々は証明できん。君に言うことでもないが、新メンバーとの業務の引き継ぎがうまくいかなくてのぉ」

 

なんというご都合展開。

いや、どれもこれも〝クロ〟の差し金か。

 

「あっそ。ちょうどその日だけアタシのアリバイが無いわけだ。ま、偶然なら仕方ないわね」

 

まだだ。大丈夫、落ち着け、まだ糸口はある。

なぜ9日前なのか。

そしてなぜ──

 

「一つ、質問に答えて欲しいんだけどさ……、どうして神代は9日前からこの場所に目星を付けることができたの? アンタがさっき言ったように、招待状が送られてきたのはおよそ一週間前。それぞれ多少のタイムラグがあって6日前だったり8日前だったりするけど、少なくとも9日前から行動することなんてできない。それを理由にアタシを〝クロ〟だと言うのなら、アンタも怪しいわよね?」

 

アタシの質問に、神代は余裕の笑みで答える。

 

「なるほどねぇ……でも残念。()()()()()()()()()()()()()()()()()()……9()()()に。〝クロ〟は僕のことを舐めていたんだろうね。まさか招待状を受け取った当日に、陰謀解明へと乗り出すなんてさ」

 

コイツも招待状を受け取っていた──てかそれ、アタシに黙ってただろ。

いや、そうか。そもそも神代は──

 

「アンタ……わざとアタシに雇われたってことね。雇われたフリをして、アタシのことを探っていた……そういうことだったのね」

 

「正解だよ。まあ、僕が張り付いてからは怪しい行動を取らなかったけど。でも大胆だよね! 〝クロ〟である君が、僕に『招待状の送り主を調査して欲しい』って依頼するなんて!」

 

ホント、どこまでも手が込んでいやがる。

だが、9日前のアタシの行動さえ証明できれば──

 

「アタシは9日前、確かに仕事をしてたわ。お姉ちゃんに聞け──…」

 

「まさか、忘れたわけじゃないよな」

 

アタシの発言に割り込んできた声の主は、久しく口を閉ざしていた宗方だった。

 

「モノクマは言っていたはずだ……外部との連絡はできないと。それに、貴様と戦刃むくろには強い相互関係がある。そんな人物の証言を受け入れられるとでも言うのか?」

 

チッ……お姉ちゃんに聞かずとも、社員の子たちや関係各所に聞けば証明できるのに……いや、どうせ聞き入れられないか。

アタシと少しでも接点を持っていた人物の証言は、「絶望に侵食されている可能性がある」とか言って無効化されるに違いない。

モノクマが設定したルールは、アタシの言動を封じる為だったわけだ……

 

〝クロ〟、あるいは主犯格の定義をこの場にいる人間に委ねたルールは、例え選んだ人物が正しい〝クロ〟でなかった場合でも処刑を可能にする為のモノ。この場の過半数を味方につけることさえできれば、誰であっても〝クロ〟になり得る。

証拠を提示し、半数以上が〝クロ〟だと思ったのなら…ソイツは〝クロ〟になってしまう。ソレが捏ち上げられた証拠だったとしても、信じ込ませることができた時点で〝真のクロ〟の勝ちというわけか。

モノクマと〝真のクロ〟が共謀している以上、間違った人物が処刑されたところでどうとでも誤魔化せる……か。

つまり、もう何もかも──

 

 

 

 

 

──アタシを殺すための罠だった。

 

 

 

 

 

この場所が立ち入り禁止だったのも、

 

監視カメラがないのも、

 

〝真のクロ〟に有利な人選も、

 

9日前のアタシのアリバイだけが証明できないのも、

 

モノクマのルールも、

 

アタシや白銀にヘイトを向けたのも、

 

神代が宗方にヘイトを向けた後…一転してアタシを糾弾するよう仕向けたのも、

 

『プレゼント』も、

 

何もかも──

 

 

 

 

 

──罠だった。

 

 

 

 

 

ムカつく……本当にムカつくけど、どうやらアタシは〝クロ〟の掌の上らしい。

詰将棋のように、最初から駒が決められていたのだ。決められた動きをして、決められた結末へと向かっていくのだ。このアタシが……ただの駒へと成り下がっていたのだ。

 

(ぬる)くなったものね、アタシも。

でも、そういうことなら…そういうことでいいわ。

アタシが死んで、〝絶望〟が消えると言うのなら……それでいい。

ただ最期に、どうしても確認しなければならない。

 

「ねえ……〝クロ〟が用意したっていう『プレゼント』ってさ、本当に大丈夫なの? アタシはそれさえ確認できれば……それでいい。この結末を受け入れるわ」

 

「ソレは、()()が一番よく知っているはずだ」

 

宗方はそう答えた。

ま、そうよね。

アタシが〝クロ〟みたいだし。……身に覚えがないけど。

 

「うぷぷ……そろそろ頃合いみたいだね。じゃあ、お待ちかねの投票タイムといきましょうか! あぁでも、あの映画みたいにスイッチとかはないからさ、指を刺す感じでよろしくね!」

 

神経を逆撫でするようなテンションで、モノクマが喋り出す。

 

「それじゃあいってみよう!」

 

物語が終わる。

宗方がアタシを指差し、ちらほらとそれに続く者が現れる。

 

「うぷぷ…うぷぷぷぷ……」

 

宗方、松田、白銀、モナカ、神代──5人の指先が、アタシへと向かっている。

 

本当に終わる。何もかもが──終わる。

後味が良くないけれど……してきたことを鑑みれば、こんな終わり方をするのも当たり前か。

 

天願和夫が、アタシに向かって指を差す。

 

「すまんのぉ」とか言うんじゃねーよ。アタシがこの結末を受け入れるってんだから、アンタも自分の答えに自信持ちなさいよね。

 

「うぷぷ……それじゃあ、ドッキドキの結果発表といこうか!」

 

アタシを指差したのは6人。

過半数を超え、アタシは〝クロ〟になった。

 

「今回、全てを仕組んだ”クロ”は……」

 

次の瞬間……モニターのモノクマが消え、あの映画を彷彿とさせるスロットマシンが映り込む。

ガチャリガチャリと、アタシ顔が二つ横並びになる。

後一つ……。三つ横並びになった時、これは終わる。

そして最後のリールが……ゆっくりと動きを止める。

 

映し出されたのは当然──アタシだ。

 

「うぷぷ……大正解!! 今回、全てを仕組んだ〝クロ〟は──」

 

「江ノ島盾子さんでした!」という声は、聞こえてこなかった。

代わりに聞こえたのは、耳を擘く銃声。モノクマが写っていたモニターに小さな穴が開く。内部でショートを起こしたのか、そのモニターは暗転した。

 

そして小柄な少年が、銃口から煙を吐き出すピストルを適当に投げ捨てる。

 

そう──

 

 

 

 

 

──〝王馬小吉〟が、終わりかけた物語を紡ぎ出す。

 

 

 

 

 

「オレ、まだみんなに言ってないことがあるんだ」

 

空気も、脈絡も……何も関係ない。

そんなモノ、ヤツにとっては関係ないのだ。

それこそが──〝超高校級の総統〟たり得る証。

 

 

 

 

 

「〝クロ〟ってさ、オレなんだよね」

 

 

 

 

 



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chapter EX 再誕 -Rebirth- Ⅳ

ーー???視点ーー

 

〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟──その引き金となった〝希望ヶ峰学園 普通科生徒集団自殺未遂〟。

その時、特別科の生徒は何をしていた?

78期生──担任不在、寮の設備点検等の理由により臨時休講。各自、自宅やホテルでの宿泊をしており、学園にはいなかった。

77期生Bクラス──江ノ島盾子の能力、〝絶望の言弾〟により精神を支配されていた。

77期生Aクラス──当時の担任であった雪染先生の判断により臨時休講。なお、この判断は普通科生徒による〝パレード〟が激化していた為である。

 

じゃあ、生徒会は?

希望ヶ峰学園を象徴する組織であるはずの生徒会は?

 

 

 

一体、〝生徒会長〟である僕は──何をしていた?

 

 

 

***

 

 

 

事件が収束の兆しを見せ始めた頃、僕はようやく事実を知らされた。

 

生徒会のメンバーは原因不明の精神疾患により入院中だと──

78期生に在籍する〝超高校級のギャル〟、江ノ島盾子が一連の事件の中心人物だったと──

彼女が持つ〝異能〟とでも呼ぶべき能力によって、生徒会と77期生Bクラスの生徒たちは入院を余儀なくされている状況だと──

後輩が、歴史の岐路で戦っていたと──

 

そして生徒会長は、何もできなかったと──

 

そんな事実を──

 

 

 

 

 

──僕は知った。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「とんだ事件でしたね」

 

「まったくだ。さしもの希望ヶ峰学園も、コトの隠蔽には苦労しているようだしな」

 

「教職員はおろか、生徒会までもが機能していないですからね」

 

「才能の集合体でもある生徒会ですらねじ伏せる才能──〝超高校級の絶望〟。もはや、存在すら空恐ろしい」

 

「そうですね。しかし、宗方君が生徒会長だったなら…こんなことにはならなかったと思うんですよね」

 

「おい、口を慎め。彼もまた…我々が育てた〝希望〟だ」

 

「そうですけど、彼が生徒会長になってからこんな事件が起きたんですよ? 彼は持っていないのでは? 人の上に立つカリスマ性とか、運だとかを」

 

「まあ、それはそうかもしれないな。実際、彼の退学を上層部へと訴えた者もいるそうだ」

 

「え、そうだったんですか?」

 

「噂だ、噂。彼では〝超高校級の生徒会長〟の名を背負えない……そんな理由らしい」

 

「無理もないですね。なまじ、宗方京助というとんでもない比較対象がいますから」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

そう。僕は希望ヶ峰学園でずっと、ずっとずっと……比較され続けた。

担任である雪染先生の同期──

僕とは入れ違いで卒業した、〝元超高校級の生徒会長〟──

 

──〝宗方京介〟

 

彼と比べられ続けた。学力、運動能力、演説能力、カリスマ性……何もかもを。

常人と比べれば、僕が優れた才覚を持っていると分かる。

だからこそ希望ヶ峰学園にもスカウトされたのだ。

 

でも、同等の才覚を持つ存在と比べられたらどうだ。

 

その存在が僕より少しだけでも秀でていたらどうだ。

 

こんな僕に、価値はあるのだろうか?

 

 

 

 

 

僕はずっと……悩み続けた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

そして事件は起きた。

僕の事情など一切お構いなしで、情けも容赦もなく突きつけられる──

 

──自分の無能を。

 

「宗方京助であれば防げていたのでは?」──そんな声が頭の中を反響し続ける。

「宗方京助であればこんなことには……」──そんな声が心を抉る。

「これが〝超高校級の生徒会長〟……?」──そんな声が、僕を〝絶望〟へと誘う。

 

今思えば、僕がこう思うことこそが江ノ島盾子の狙いだったのだろう。直接手を下すまでもないと……そう思われていたのだろう。

 

本当に情けないな、僕は。

でも大丈夫。僕は大丈夫だ。

あの時、学園長が声をかけてくれたから──

 

 

 

 

 

「私個人としては、君のような前途ある若人に退学処分を下したくはない。しかし、教職員たちの中に君の不信任を問う者がいるのも事実」

 

──僕は変われた。

 

「そこで、君には『江ノ島盾子の査定』を頼みたい。君も既に知っていると思うが、〝超高校級の絶望〟とでも呼ぶべき才能を彼女は持っている。有する能力は現在調査中だが、とにかく……危険なモノであることは確かだ」

 

──僕は自信を持てた。

 

「現在、私が組織した機関と78期生の苗木くんによる監視体制をとっている。聞いたところによると、近いうちに彼女が発案した『映画撮影』を計画しているらしい。……おそらく、彼女は何かを仕掛けてくる。だからこそ……我々はこの『映画撮影』を、彼女を測る試金石にするつもりだ」

 

──僕は〝希望〟へと向かうことができた。

 

「では、改めて君に依頼しよう。近々行われる『映画撮影』を通して、『江ノ島盾子の査定』をしてほしい。彼女を今後、どのように扱うべきなのか……〝超高校級の生徒会長 村雨早春〟──君の意見も参考にしたい。そして証明してみせなさい──君が〝超高校級〟たり得る人物であると……ッ!」

 

 

 

 

 

「任せてください」──僕はそう応えた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

結果から言えば、『映画撮影』だけでは江ノ島盾子という人間を測ることはできなかった。

何故なら──〝映画撮影の最中〟と〝映画撮影の後〟では、『江ノ島盾子』という人間が別人に見えたからだ。

 

そして僕は査定の期間を延ばしてもらい、僕だけの答えを出した。〝超高校級の生徒会長〟として、全身全霊をもって辿り着いた答えを。

 

 

 

 

 

「江ノ島盾子は〝シロ〟です」──これが僕の答えだ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

「……え?」

 

その声が一体誰のものなのか、それを追求することに意味はない。それはこの場にいるほぼ全員が、同じことを思ったからだ。

〝王馬小吉〟が不気味に笑っている。

そんな光景を見ながら……思ったのだ──

 

──この物語はまだ終わらない。

 

「はいはーい。投票は中止だよー」

 

呑気な声色で王馬は続ける。

 

「ちょっとー…、みんな起きてる? もしもーし!」

 

たった一瞬で、この場を包んでいた空気が弛緩した。

もっともソレは、〝超高校級〟と呼ばれる存在だからこそ可能だったのだが……

それはともかく、王馬が空気を支配した──この事実だけが、アタシたちが共有できる感情だった。

 

「やれやれ、ゲームはまだ終わってないんだよ。ちゃんと〝クロ〟を指摘しないとダメでしょ?」

 

「にししっ」──王馬は笑っていた。

何か異様な雰囲気に包まれる中、どすの利いた声が聞こえる。

 

「ふざけてんのか?」

 

神代優兎が王馬小吉を睨みつける。

男性の平均的な身長よりも幾分か小さい者同士が睨み合う。

これが日常的な場面であれば、いくらか冗談を言うことができただろう。しかし、可愛いなんていう茶々を入れることは絶対にできない。特別な才能を持つ者特有の覇気が、両者の身体を覆っている。

 

「別にふざけてないよ」

 

「オメー僕の話聞いてたか? 〝元超高校級の諜報員〟である僕が辿り着いた結論が間違ってるって? ア゛ア゛?」

 

「勿論だよ。オレはキミの話を聞いた上で、『オレが〝クロ〟だ』って言ったんだ」

 

「あんまおちょくってッと…後悔するぞ」

 

「後悔? もしかして、才能使ってオレに何かするつもり? それってオレがしてきたみたいに犯罪だったりする? だってキミの才能って、性犯罪とかに使えそうだもんね!」

 

ピキリ──そんな音が聞こえそうなほどに神代はキレていた。才能をバカにされ、顔をリンゴのように赤くしている。

しかし、王馬は意にも介さず煽り続ける。

 

「ひょっとして、もう前科持ちだった? あからさまにヤってそうだし!」

 

「お、オメー……」

 

「て言うか、犯罪者が持ってきた証拠を信じてもいいのかなー? この人が持ってきた写真って、全部カメラ目線じゃないから盗撮でしょ? ねーねー、盗撮魔の証言なんかを信じるの?」

 

 

 

「いい加減にしやがれーーッッ!!」

 

 

 

一際大きな声を発しながら、神代はピストルを王馬へと向ける。

白銀の席にあったそのピストルの照準を──

いつの間にかくすねていたピストルを──王馬へと。

 

そして引き金が引かれる──

 

「王馬くんっ!!」

 

──雪染が庇うように王馬へと覆いかぶさる。

 

──鮮血が宙を舞い、雪染は力無く崩れ落ちる。

 

「はぁ…はぁ…」

 

──血走った目で、神代は結末を目撃する。

 

「先生ッ!?」

 

──王馬は動揺した様子で雪染の容態を伺う。

 

「だ、大丈夫よ……。このくらい、かすり傷だから」

 

──そう言う雪染の言葉には、力がない。

 

たった数秒の出来事だった。神代がピストルを撃ち、雪染に当たった──ただそれだけのこと。

しかし、この終わりかけた物語を再び動かし始めるには十分な熱量を持っていた。

 

「大丈夫。本当にかすり傷だから」

 

神代が放った弾丸は、雪染の肩を血が出る程度に(かす)めた。

どうやら命に別状はないようだ。

 

「よかった」

 

雪染の無事を確認した王馬は安堵したように息を吐き、怒気を纏いながら神代を睨む。

 

「お前、本気だったろ。本気でオレを殺そうとしただろ」

 

王馬の問いに神代は答えない。

おそらくは、引き金を引いたことに自分自身も驚いていたのだろう。無意識のうちに、怒りに身を任せてしまった。誰よりも才能に囚われていたからこそ、才能をバカにされて我を失った──おおよそそんなところか。

 

「まあ、本気だったからこそ意味があるんだけどさ」

 

半ば呆然としている神代をよそに、「じゃあ、今までの話を踏まえてオレの推理を披露するよ」──そんな前置きをした後に王馬は語り始めた。

 

「そもそも、この状況って〝あの映画〟を模しているようで、実は全然そうじゃないんだよね。……アレって、〝希望〟同士が殺し合うところがミソなわけでしょ? じゃあ今は?」

 

神代も先ほどと比べれば幾分か落ち着いてきたらしく、王馬言葉に耳を傾けている。

 

「今まで様子を見ていてオレが思ったのはさ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことなんだよね。一番の違和感はルールが甘いこと。これって、校則に雁字搦めにされたコロシアイとはかけ離れてるでしょ? 実際…オレがモニターを壊してもペナルティなんかないし、〝クロ〟の定義が曖昧なのもおかしいよね?」

 

王馬は再度、神代を見据える。

 

「確かに、物的証拠は江ノ島先輩が〝クロ〟だと言っているのかもしれない。でも、情況証拠は? 江ノ島先輩が〝超高校級の絶望〟とやらで、また何かを企んでいたとして……こんなに杜撰なことをするなんて考えられなくない?」

 

全員が王馬の弁に聞き入っている。

他ならぬアタシ自身も。

 

「はっきり言うけど、これって宗方先輩が江ノ島先輩を殺したくて仕組んだことでしょ?」

 

王馬の目が宗方を捕える。

 

「神代先輩は自分の才能に信念を持っている。だからこそ、その才能を使って得た証拠を本物だと信じることができる。ってことは、さっき話してた宗方先輩の〝動機〟も本物ってことでいいんだよね? 会長さんも同意してたっぽいし」

 

独演は、どこまでも続く。

 

「つまり……宗方先輩は会場であるココの状況を整えて、()()()()()()姿()()()()()()を神代先輩に捕らえさせた。そして最後の仕上げは……今日この場で素晴らしい演説を披露すること。そう──江ノ島先輩が〝クロ〟であると誘導するんだ」

 

宗方の表情は崩れない。

しかし、構うことなく王馬は続ける。

 

「でさ、この()()()()()()姿()()()()()()って……別に本人である必要なんてないんだよね。例えば──〝超高校級のコスプレイヤー〟とかさ、誰かが変装してても可能なわけでしょ?」

 

一同の視線が〝超高校級のコスプレイヤー〟である少女へと集まった。

急な展開に、白銀はしどろもどろになりながらも答える。

 

「え、えぇっ!? わたし!?」

 

「そう! 白銀ちゃんほどの才能なら、昂った状態の神代先輩を騙すことだってできるでしょ?」

 

「わ、わたしじゃないよっ! ココに来るのだって初めてなんだから!」

 

「またまたぁ! 本当は宗方先輩と通じてたんでしょ? 共犯者なんでしょ?」

 

「ち、違うよ! て言うか…さっき王馬君、自分が〝クロ〟だって言ってなかった!?」

 

「あ、それ嘘だから」

 

「えぇッッ!!??」

 

どうやら、白銀が絡むと話が漫才チックになりやすいようだ。

てか、土壇場であんな大嘘をブッ込めるなんて…呆れた胆力ね。『宗方や神代が間違っている』という主張ではなく、自らが〝クロ〟であると宣言し場の空気をひっくり返してみせた。まったく……後輩ながら末恐ろしい。

 

「ま、オレの話をまとめると──この一件は〝宗方先輩と白銀ちゃんの共謀〟ってことになるね!」

 

「勝手にまとめないでよぉっ!? わたしは何も知らないんだって!」

 

「で、どうする? 〝クロ〟と呼べそうな人物が二人になっちゃったけど」

 

「無視しないでよっ!?」──叫ぶ白銀をスルーし、王馬は周囲を見渡した。

一度はアタシに決まった投票が再び硬直する。

しかし、そう長くは続かなかった。

 

「くだらないな。結末は変わらん」

 

宗方京助がアタシへと銃口を向ける。

 

「京助っ!?」

 

「ふーん。そういうことしちゃうんだ」

 

雪染と王馬が反応を示すも、宗方の意志は揺らぐ気配を見せない。

 

「仮に俺が全てを仕組んでいたとして……ここで死ぬべきなのは、俺か江ノ島盾子か……どっちだ? 〝()()()()()()()()()()()()()()()()()〟を管理することなどできない。それが分からないのか?」

 

「分からないね。と言うか、分かりたくもないね。お前は江ノ島先輩に死んでほしいみたいだけどさ、オレはそう思わない……『死ね』だなんて、思いたくない」

 

普段のおちゃらけた様子を見せることなく、王馬は真剣な顔つきで宗方を見据えていた。

 

「どれほどの罪を背負おうとも、自らの行いを省みて前に進もうとしているのなら……、どれほど後ろ指さされて罵られようとも、償おうとする意志があるのなら……オレはその人を応援するよ。例え、世間や被害者の人たちがその人のことを許すまいと……オレはその人を応援する」

 

静寂がその場を包んだ。

すると、王馬の言葉を受け、追従するように村雨が喋り始める。

 

「僕も証言します。江ノ島盾子はあの映画撮影以降、様々な奉仕活動を行なっていました。それも『江ノ島盾子』という名前を使わずに……。彼女は誰かに許してもらう為に行動していたのではなく、ただ自らの罪と向き合っていたんです。……宗方さん、彼女を許す必要はありません……でも、糾弾する必要もないと……僕はそう思います」

 

意外な言葉だった。

アタシはてっきり、村雨は宗方側の人間だと思っていた。かつての希望ヶ峰学園生徒会を壊したアタシを憎んでいると──そう思っていた。

 

「京助……目標に辿り着くための道は一つじゃないわ。ねえ、もう一度探しましょう? みんなで、納得のいく道を……」

 

相手のことを本気で思えばこそ、その相手を否定することになっても自分を貫き通す。

雪染は宗方の味方だ。

でも、味方だからといって全てを肯定するわけではない。

「京助」──その言葉には、ありったけの想いが込められていた。

 

 

 

 

 

〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟のトリガーを引き、多大な犠牲を生んだ。行き着くところまでは行かなかったものの、それでも大勢が傷ついた。いや、傷つけてしまった。

例えそれが、自分の中に眠っていた別の自分だったとしても……アタシが〝江ノ島盾子(絶望)〟を産んでしまったことに変わりはない。

だからこそアタシは──償い続けることを決めた。許してもらおうとは思わない。でも、もう絶対に後悔なんかしたくないから……アタシは前に進み続ける。その先に〝死〟が待っていようと、アタシは進み続ける。

 

そんな折、アタシの元にあの招待状が届いた。

 

『ダンガンロンパ chapter6 テイク1』──超高校級の絶望(アタシ)の〝絶望の言弾〟が記録された、この世界に害を齎す危険物。

 

何としてでも、アタシはコレを回収しなければならない。もしあのデータがネットの世界に流出しようものなら、一体どれほどの犠牲が生まれることか……

だからこそ、アタシは招待に応じたのだ。それが〝罠〟だったとしても、アタシは進んだのだ。

 

そう……、それだけが心残りなの。

招待状にあった『プレゼント』がただのブラフだったのなら、アタシはそれで良かった。アタシが死ぬことで誰かが安心できるのなら、アタシはそれでもいいと思ってた。〝死〟という〝贖罪〟を──受け入れるつもりでいた。

 

 

 

 

 

でも、まだ生きていていいと言ってくれるのなら──

 

 

 

 

 

〝死〟ではない償いのチャンスがまだあるのなら──

 

 

 

 

 

アタシは──

 

 

 

 

 

『うぷぷ。まだそんなことを言ってるなんて、キミって本当におめでたいね。つーか! 〝超分析力〟がとっくの昔に機能していないことを疑問に思えってーのッ!! しかしソレすらも分析通りだなんて、なんて絶望的なのでしょう。でもそれでいいのよ! アンタは私様の思惑通りに動いているだけでいいの! そうすれば、最っっっっっ高の〝絶望〟を味わえるんですものッッ!!! そうそう! これから〝真の超高校級の絶望〟が産声をあげることなんて、口が裂けても言えないよね! はっ…言っちゃった!! あ……何のことだかさっぱりわかりませんよね……。でもそれでいいんです。このままいけば、アタシもアナタも……絶望的な結末に辿り着けますから……』

 

 

 

 

 

──は? なに、今の。……幻聴?

 

 

 

 

 

ガチャ

 

 

 

 

 

アタシの思考を遮ったのは──扉が開く音だった。

その場にいる全員の視線が、不意に現れた来訪者へと向く。

そこにいたのは、()()()()()()()()が特徴的な女の子。どこからどう見てもかわいい女の子。()()()()()()()()()()()()()()()()異様な女の子。

そう、その子は──

 

「江ノ島……盾子?」

 

──()()()()()()()()()姿()だった。

 

「誰? 江ノ島先輩の影武者?」

 

王馬が軽口を叩いた次の瞬間、その赤髪の女は場違いなほど大きな声を発した。

 

「あ! 松田くんっ!!」

 

そして、アタシたちのことなど眼中にないかのように無視して、松田夜助のもとへと駆け寄る。

「松田くーーんっ!!」ソイツは松田へと抱きつき、「はうはうはう」と変な声を出しながら匂いを嗅いでいる。

全くもって、理解が追いつかない。

 

「なんで……お前がココに来るんだよ」

 

異変の渦中にいる松田がか細い声で呟く。

しかし、当の女は今尚匂いを嗅ぐことに夢中のようだ。

 

時間が、やたらとゆっくり流れていく。

()()()()()()()の出現でぶつ切りにされた思考や空気──

静寂の中で「はうはうはうっ」という声だけが響くこの状況──

すでに二転三転と移り変わっているこの場の空気は、またしても変化を遂げた。

 

「どうしてココにいるッ!!」

 

そんな──来訪者が支配した場を壊したのは、松田だった。

どうやら知り合いらしいが、松田の声色は苛立っているように聞こえる。

 

「部屋にいろって、ノートに書いてあったはずだッ!!」

 

「そうなの!? 急いで確認するから!」

 

女は慌てた様子で手に持っていたノートをペラペラと捲る。

そして、およそ10秒程度で答えが返ってきた。

 

「うーん。部屋にいろって、確かに書いてあるけど……塔和タワーの最上階、大会議室に行くようにも書いてあるよ! ココで合ってるよね?」

 

松田は納得がいかないのか、その女が持っていたノート──『音無涼子の記憶ノート』と表紙に書いてあるノートを乱暴に奪い取り、ページを捲っていく。

すると、一枚の紙のようなモノがヒラヒラと地面に落ちる。

 

それは〝便箋〟だった。

 

見覚えのある、白い便箋──

希望ヶ峰学園のエンブレムのシールで封がされている、簡素な便箋──

 

「何でお前が……〝招待状〟を持っているんだ……」

 

女は「え、なにそれ!?」と、まるで知らなかったような反応を示す。

そんな──「私は関係ない」と言わんばかりの反応に対し一時的に思考が途絶えていた松田だったが、どうにか再起動する。

そして、これまた乱暴に封を破り捨て──便箋の中を確認した。

 

その場にいた全員が注目していた。

この異様な状況の説明を求めていた。

 

しかし松田の反応は、アタシたちが期待したモノではなかった。

松田は乱雑に手にした招待状をぐしゃぐしゃと丸め、床へと投げつける。「何がどうなっているんだ……」頭を抱え、弱々しく呟いた。

もう、それ以上の反応はなかった。

 

とはいえ、分かったことがある。

村雨、宗方、王馬、天願、アタシ、モナカ、白銀、松田、神代……そしてこの赤髪の女。

 

 

 

 

 

招待状を受け取った人間が、10人揃った──

 

 

 

 

 

10席用意されていた証言台を模した席が、全て埋まった──

 

 

 

 

 

本当の意味で役者が出揃った──

 

 

 

 

 

であれば、この物語は──

 

 

 

 

 

『待っていたわ! 私様は待っていたのよ! この瞬間をッ!! 約10年の時を経て、やっと実現したのねッ!! さあ祝福をッ!! 〝超高校級の絶望〟の再誕にッ!!』

 

 

 

 

 

──今から始まるのかもしれない。

 

 

 

 

 

『祝福をッッ!!!』

 

 

 

 

 

円形に並んだ証言台の中央で、〝江ノ島盾子(絶望)〟は嗤っていた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

黒のブラウスに赤いチェック柄のミニスカート──

薄い金髪のツインテール、白と黒のクマをあしらった髪留め──

 

──学園時代のアタシが……〝超高校級の絶望〟が……そこにいた。

 

赤髪の女に注目していた全員の動きが止まって見える。

何もかもが静止した世界で、目の前の人物は嗤っている。

 

『やっと……やっと辿り着いた。もうすぐそこに、最高の絶望がアタシを待っているのねッ! うぷぷ…うぷぷぷぷ……アーーーハッハッハッハッハッ!!!』

 

江ノ島盾子(絶望)が嗤っている。

 

『……ん? ああ、アンタも準備が整ったみたいね』

 

アタシには…何が何だかさっぱりだ。

 

『おいおい…これから最高のショーが始まるんだからさ、惚けてる場合じゃないって!』

 

何が起きているのか、皆目見当がつかない。

 

『ったく、しょうがないわね……』

 

そう言うと、江ノ島盾子(絶望)はパチンと指を鳴らした。

その瞬間、アタシがいたはずの会議室の光景から色が消えていく。次に、モノクロへと変化した景色からクロが消えた。そして、アタシの世界は『白』へと変貌を遂げた。

ソレは紛れもなく〝あの映画撮影〟で至った場所──〝精神の極致〟だった。

 

 

 

──は?

 

 

 

〝超高校級の絶望〟が持つ〝能力〟は使っていないはず──

いや、違う。アタシはすでに……()()()()()()()()()()()()()()──

 

『なぜ? って言いたいんでしょ?』

 

考える間も無く、アタシの思考は食い気味に遮られる。

 

『アンタ絶望的にトロいから、知っておくべき大前提だけも説明してあげる…特別にね。アタシはさっさと次のシナリオに進みたいからさ』

 

そう言うと、江ノ島盾子は勝手に喋り始めた。

 

『まず始めに、アタシとアンタは二重人格の関係にあたるわね。まあ()()()()()()()()()()()()()()()()()って認識でいいわ。深く考えたって意味ないしね』

 

──は?

 

『アンタはこう思っているはずよ……「〝江ノ島盾子(アタシ)〟と〝絶望(アンタ)〟はあの映画撮影で融合したはず。そして〝絶望(アンタ)〟は消えた」ってね。どう? 当たってるんじゃない?』

 

──は?

 

『でも残念、あれはフェイクよ。現に…こうして絶望(アタシ)は存在し続けてるしね』

 

──は?

 

『ミライ機関とか村雨早春の査定とか……その他諸々から逃げるために隠れてたのよ。万が一にでも絶望(アタシ)が見つかったら、最悪殺されてたからさ。ま、夢半ばで殺されるのも悪くはないけど…できることならもっともっと絶望を味わいたいじゃない? とはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

──は?

 

『まあ、ずっと待っていたってことよ。絶望(アタシ)が再び表層に出る機会をね』

 

──は?

 

『その反応……アンタあの映画撮影で絶望(アタシ)と和解できたとでも思ってたでしょ? あのさー…アンタ如きが絶望そのものである〝超高校級の絶望(アタシ)〟を理解できるわけないでしょ?』

 

──は?

 

『てか、そんくらい分かれよなー……。ああそうだ、アンタこれも理解してないんだっけ? 〝超分析力〟も〝超高校級のギャル〟も……〝超高校級の絶望〟という絶対的な才能(ちから)から派生した副産物に過ぎないのよ?』

 

──は?

 

『つまり、今のアンタは〝超分析力〟もなければ〝超高校級のギャル〟の才能すらない、ただのパンピーってわけ。絶対絶望少女で言うところのピンク一色で表されるだけのただのモブってわけ! ドラゴンボールで言うところの戦闘力5のおっさんってわけッ!!』

 

──は?

 

『ぶっちゃけ、超高校級の絶望(アタシ)ってラスボスじゃん? そんな絶望(アタシ)がモブ相手に一対一で向かい合うなんて、結果が分かりきってて絶望的だっつーのッ! ただ、アンタは絶望(アタシ)の生みの親だからさ、やっぱりサプライズ絶望(ドッキリ)は必要よねッ!!』

 

──は?

 

『てなわけで…そろそろイっちゃいましょう!』

 

──は?

 

『ドッキドキでワックワクな…おしおきタイムッ!』

 

──は?

 

『〝超高校級の絶望〟のッ!』

 

──は?

 

『〝超高校級の絶望〟によるッ!』

 

──は?

 

『〝超高校級の絶望〟の為のッ!』

 

──は?

 

『〝真の解答編〟……ッ!!』

 

──は?

 

 

 

 

 

『スタートよッッ!!!!!』

 

 

 

 

 

chapter EX 再誕 -Rebirth- END




以下とある少女の記憶ノートより抜粋

・12月24日、塔和タワー最上階 大会議室で松田くんと待ち合わせ。

・このページに挟んである便箋は読まなくていい。


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Episode EX 偽りのキボウ

ーー???視点ーー

 

「なあ……答えてくれよ……」

 

男は、左の脇腹を押さえながら問いかける。

 

「……」

 

赤髪の少女は、無言をもって答えとした。

 

「頼む……頼むよ……」

 

男は、血の滲む脇腹を押さえながら問いかける。

 

「……」

 

赤髪の少女は、答えない。

 

「お願いだ……なんとか言ってくれよ……」

 

男は、足元に血溜まりを作りながらも……鋭い痛みに耐えながらも……必死に少女へと問いかける。

 

「……うぷぷ…うぷぷぷぷ…」

 

赤髪の少女は、今にも死にそうな目の前の男を見て嗤っていた。手にしたナイフは血に濡れていて……その瞳には涙を浮かべながらも……その少女は嗤っていた。

 

「……そう、か。……そうだったんだな」

 

男は、なんとも言えない表情を浮かべながらその人生を終える。

この〝白の世界〟において、諦めることとは〝死〟を意味する。故に、死にかけの男が抱いた疑念や懐疑を放棄した事実は、生を諦めることに他ならなかった。

 

「俺はずっと……〝偽りの希望〟に縋りついていたわけだ……。俺ならお前を救えるって……そう思うことこそが〝絶望〟だった……」

 

「……」

 

無言で男を見下ろす赤髪の少女。

しかしその口元は歪に歪んでいた。涙を流しながら、嗚咽を堪えながらも嗤っていた。

最愛の人を手にかける〝絶望〟を全身で噛み締めながら、少女は男を看取る。

 

「……なあ、それでも俺は……俺の今までが全て、お前が仕組んだ〝偽り〟だったとしても……そうだったとしても……後悔なんてしない。〝絶望〟なんかしない。……最期くらい、抗ってやる……」

 

「……」

 

「覚えておけよ、どブス。俺の気持ちは……〝本物〟だ。〝偽り〟だなんて……たとえお前にだって、言わせない……」

 

「……」

 

男は、ついに動かなくなった。

そして少女は、男へと思いを馳せる。

 

「アタシだって……愛してたよ。狂おしいほど大好きで、かけがえがなくて、世界には貴方だけがいればいい……アタシだって、そう思ってたよ」

 

次の瞬間、少女はなんの躊躇いもなく男を蹴りつけた。

傷口からは血飛沫が飛び散る。返り血による汚れを厭うことなく蹴り続ける。大粒の涙を流しながらも、慟哭しながらも、少女は最愛の人をいたぶり続ける。

動かなくなった男は、踏みつけられようとも骨を砕かれようとも決して反応を示さない。

 

「なんてッ! なんてッッ!!」

 

狂ったように少女は叫ぶ。

 

 

 

 

 

「最ッッッッッ高じゃないぃぃぃぃいいいいいッ!!!」

 

 

 

 

 

少女は歓喜していた。

 

「これがッ! これがッッ!!」

 

長きに渡り恋焦がれ続けたモノを手に入れ、打ち震えていた。

頬を上気させ、自分が壊れてしまいそうなくらい強く身体を抱き締める。

 

 

 

 

 

「大切な人を失う〝絶望〟なのねッッッ!!!」

 

 

 

 

 

果てなく続く〝白の世界〟には──〝絶望の言弾〟だけが反響していた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

まだ俺が小さかった頃、母親が病で倒れた。

原因が判明することはなく、治療の手立てもない。

脳の異常だかなんだか知らないが、母親は俺のことを忘れてしまった。そして……結局死んでしまった。

父親も既にいなかったし、祖父母もいない。

俺は一人になった。

そんな時──あいつが窓をぶち破って入ってきたんだ。

 

「ねぇ見て見て! 砂のお城だよ! すごいでしょ!」

 

引きこもっていた俺の手を引いて、外に連れ出してくれたんだ。

 

「もうちょっとで完成するからさ、夜助くんも見ててよ!」

 

連れていかれたのは公園の砂場で、そこには誰もが驚くほどの本格的な砂の建築物があった。スペインに存在する世界遺産──サグラダ・ファミリアを、あいつは一ヶ月近くかけて作っていたのだ。

 

「これ…城じゃねえよ」

 

「えっ! そうなの!?」

 

あいつは「えへへっ」と──笑った。

 

「なんでもいいんだよ。夜助くんが見ててくれることが大事なんだもん!」

 

その時の俺は──どんな表情だったのだろうか。

今となっては、もう思い出せない。

 

「夜助くんがまた外に出てくれて、遊んでくれるならなんでもいいんだよ!」

 

ひとりぼっちになった俺に、あいつは笑いかけてくれたんだ。気に掛けていてくれたんだ。それは紛れもなく──〝救い〟だったんだ。

そして次の日──

 

 

 

 

 

──サグラダ・ファミリアは無惨な姿で見つかった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

俺は必死に犯人を捜した。

あいつは──〝音無涼子〟は、びゃんびゃん泣いていた。一ヶ月もかけて作った傑作を壊され、目を腫らすほどに泣きじゃくっていた。

許せなかった。俺に笑いかけてくれたあいつが泣いている──それがどうしようもなく許せなかった。

だから血眼になって捜したんだ。俺は犯人を見つけてとっちめてやろうと躍起になって捜した。

でも見つからなかった。

 

そして次の日、あいつはとびきりの笑顔で言い放ったんだ──

 

「あのね、アレを壊したの……私なんだ」

 

俺には何故あいつが笑っていたのかわからなかった。そして、たったそれだけの情報で頭が真っ白になった俺を──更なる衝撃が襲う。

 

「夜助くんが私の隣に戻ってきてくれたから、アレの役割は終わったの」

 

今思えば──()()()()()()()()のだろう。

 

「お父さんもお母さんもいなくなっちゃったし、私も夜助くんと同じだね」

 

あいつは両親がいなくなったことを笑顔で告げる。

俺が引きこもっていた一ヶ月の間に、一体何があったのか──

もしも俺がそばに居てあいつを守ることができていたなら、未来は変わっていたのだろうか──

 

「これからはずっと一緒だよ! 私が一生面倒見てあげる!」

 

狂ってる。でも──あの時の俺には、ソレがどうしようもなく〝希望〟に見えてしまったんだ。

 

「私は夜助くんのこと忘れない。だから、ずっと一緒なんだよ」

 

置き去りにされる恐怖──

忘れられる恐怖──

 

──そんな〝絶望〟

 

それをあいつは取り除いてくれた。

 

「もしも私が忘れちゃったら、夜助くんが治してよ! そんで夜助くんが私のこと忘れちゃったら、私が思い出させてあげるからさ!」

 

これが始まり。

 

〝希望〟で始まり、〝絶望〟で終わる──俺の人生の始まり。

 

〝超高校級の神経学者〟──松田夜助の始まり。

 

 

 

 

 

サグラダ・ファミリア崩壊からおよそ一週間後──音無涼子は意識不明の状態で発見された。

外傷はなく、原因は不明。しかし、死んでいないことは確かだった。

不定期に目覚めては言葉にもならない言葉を喚き散らし、疲れ果てるまで叫び続けた。そして、あまりにも酷い場合は鎮静剤を投与して強制的に眠らされた。

 

 

 

 

 

そんな異常な状態に──音無涼子は突如として陥ったのだ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー???視点ーー → ーー松田視点ーー

 

あの日からずっと──俺は涼子を元に戻す方法を探し続けた。ただソレだけを生きる糧(希望)とし、俺は足掻き続けたんだ。

しかし無情なことに──涼子を生き長らえさせるのにも金はかかる。両親が残した遺産でどうにかこうにかひもじい生活を送りつつ、涼子の命を維持するために全てを投資した。

 

そして俺は──〝脳科学〟の研究を始めた。

 

医者が匙を投げた涼子の症状──〝精神的なナニカ〟によって発症した可能性はある。

だが…たとえそうだったとしても、俺が忘れさせてやる。涼子が変わってしまった原因を、俺が忘れさせてやる。そして思い出させてみせる──以前のお前を。

 

 

 

だからどうか……少しだけ待っていてくれ。

 

 

 

***

 

 

 

無我夢中で脳の研究をしていた。そして──俺は〝超高校級の神経学者〟として、希望ヶ峰学園に入学することとなる。

正直スカウトが来た時、俺は断ろうかとも思った。「幼馴染一人救えない奴が、〝超高校級〟を名乗ってもいいのか」──なんて風に考えていたんだ。

しかし研究費用という名目であれば、涼子の治療費を学園側が負担してくれると言う条件を出された。

だから俺はスカウトに応じ、私立希望ヶ峰学園へと進学した。

 

 

 

***

 

 

 

気が付けば長い年月が経っていた。しかし、依然として涼子の容態は改善されていない。

暴れ出さないように身体は固定され、口には呼吸器──かろうじて生命を繋ぎ止めている状態。それがずっと続いている。

 

──もう、楽にしてやったほうがいいのか。

 

一体何度、そんなことを思ったのだろうか。管に繋がれた彼女を見て……安らかに眠る彼女を見て……一体何度、彼女の首に手をかけたことか。そして、その度に我に返り……一体何度、懺悔したんだろうな。

 

もう限界だった──張り詰め続けた緊張の糸は、もう切れてしまいそうだった。

 

そんな時──日増しに激化する〝パレード〟にうんざりしていた時、〝ある存在〟によって状況は一変した。

 

 

 

〝江ノ島盾子〟

 

 

 

奴が〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟の引き金を引いた。

その際、多くの死傷者が出た。そして、それは希望ヶ峰学園においても同じだった。ただし〝死者が出た〟という点だけは違った。

そう……希望ヶ峰学園における被害者は──

 

 

 

──涼子と全く同じ症状に陥っていたのだ。

 

 

 

俺は悟った──涼子を狂わせた元凶はこの女だと。こいつのせいで苦しんでいるのだと。

そして、それと同時に直感した──こいつの能力を解析することさえできれば、涼子を元に戻せるのだと。

俺の心に〝希望〟の光が灯る。

涼子を元に戻すという終わりのない迷宮に出口が見えたのだ。

 

 

 

止まりかけていた俺の足は──再び未来へと向かい始めた。

 

 

 

***

 

 

 

あの事件以来、俺はありとあらゆる手段をもって〝超高校級の希望〟と〝超高校級の絶望〟の能力解析に努めた。

とはいえ、苗木誠と江ノ島盾子が持つ〝異能〟に関しては極秘情報とされていた。学園側は〝パレード〟のどさくさに紛れ、今回の一件を闇に葬るつもりらしい──〝カムクライズル計画〟のことも…〝異能〟のことも。

 

そんなことはさせない……何がなんでもあの〝才能〟を解析してやる。

それが俺に残された──たった一つの〝希望〟だから。

 

 

 

***

 

 

 

松田夜助は希望ヶ峰学園の学生である。しかしそれと同時に、学園に所属する研究者でもあった。

だからこそ、極秘裏に研究が進められていた〝超高校級の希望〟と〝超高校級の絶望〟──両能力の解析作業に加わることができたのだ。

彼にとってはただの僥倖だった。一学生では入手できない情報も彼の耳には入ってくる。

しかし、これらは必然とも言える。

松田夜助は音無涼子を救うためだけに全てを捧げてきた。だからこそ、それらの行動が──在るべき因果を在るべき場所へと還しただけなのだ。

 

 

 

これらは全て──〝偶然〟などではなかった。

 

 

 

***

 

 

 

〝希望の言弾〟〝絶望の言弾〟──奴らの〝異能〟はそう名付けられた。他者の精神に直接干渉し、影響を及ぼす──とかなんとか。

正直馬鹿げていると思う。そんな人智を超越した才能(ちから)があってたまるか──誰もがそう思うはずだ。

しかし、だからこそ納得もできるし、確信を持てる──音無涼子は江ノ島盾子によって狂わされたと。そして、信じて進むことができる──奴の才能を解明できた先には……〝希望〟が待っていると。

 

俺は無我夢中で進み続けた。

 

〝希望プログラム〟を〝プログラム USAMI〟の基盤として作り上げ、ほぼ完全体とでも呼ぶべき〝プログラム NANAMI〟を作ることもできた。これにより、江ノ島盾子の〝絶望〟を完全に取り除くことはできないものの、症状を緩和させることには目処が立った。

最も…苗木誠本人の〝希望の言弾〟を用いれば、直ぐにでも涼子を正常に戻せたのだろう。そして涼子のことを想えばこそ、苗木の力を借りるべきだった。

だが、俺はそうしなかった。

 

……いや、違うな。

しなかったんじゃない……出来なかったんだ。

俺はちっぽけなプライドを優先した。

 

『涼子は俺の手で救ってみせる』

 

そんな、心底くだらない見栄を張ったんだ。

心の中に生まれた〝絶望〟が……俺の判断を鈍らせたんだ。

 

俺は知っていたから──

 

俺は気づいていたから──

 

江ノ島盾子は──

 

 

 

──音無涼子と血を分けた、()()()()なのだと。

 

 

 

***

 

 

 

俺が江ノ島盾子を初めて認識したとき──

 

『涼子と似ている』

 

──そんなことを思った。

いや、似ているなんてもんじゃない。一卵性の双子とか、クローンとか、そういったレベルの酷似性を感じ取ったのだ。

俺は二人の生い立ちを調べ、確信を得る──()()()()()()()()()()()()()()()()()()であり、()()()()()()()()()()()()()()()と。そして思った──

 

──涼子が正常に戻ったとき、実の妹に憎悪を抱くことになるのかと。

 

──こんな運命はあんまりだと。

 

俺はそんなことを思っていた。

だが〝あの映画撮影を終えた江ノ島盾子〟の経過観察をしているとき、俺は感じ取ったんだ。俺の想像なんかよりも〝絶望的な運命〟がソコにあると──

 

 

 

──〝()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 

 

一対一で面談を行った際に、奴の脳波がほんの一瞬だけ揺らいだ。

数十回と行われた、全く同じ質疑応答。

 

『〝超高校級の絶望〟とは何者だ』

 

本来であれば「面倒くさい」とか「またこの質問か」とか……そういったことを思い浮かべ、脳波に現れる。

しかし、奴は異質な揺らぎを見せたのだ。

江ノ島の表情に変わりはない。いつも通りの雰囲気、いつも通りの呼吸間隔、いつも通りのまばたき、いつも通りの脈拍……いつも通りの江ノ島盾子。

普通であれば、機器の異常とか気のせいだとかで一蹴されてしまう変化だった。

だが、確信めいた〝ナニカ〟を感じ取ったんだ。

俺は奴の同級生である〝腐川冬子〟のことを思い出す──片方の人格が表にいるとき、もう片方を観測するのが非常に困難であることを。そして、仮に江ノ島盾子が同じような症状を抱えていたとすれば、映画撮影後に〝超高校級の絶望〟の気配を一切感じなくなったことにも合点がいく。

もっとも、どのような手順をもって裏表が切り替わるのかは分からなかった。

しかし、結論は出た──

 

 

 

 

 

『〝超高校級の絶望〟は、未だ江ノ島盾子の(精神)に潜んでいる』

 

 

 

 

 

 

──それこそが、〝松田夜助(超高校級の神経学者)〟が辿り着いた答え。

しかし、俺が行ったミライ機関への報告は──

 

 

 

 

 

『江ノ島盾子は〝シロ〟である』

 

 

 

 

 

──それが、〝松田夜助()〟の答えだった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

わかっていたんだ──

知っていたんだ──

 

──俺だけが。

 

『〝超高校級の絶望〟は滅びていないと』

『江ノ島盾子には血を分けた本当の姉がいると』

『その姉妹関係にある二人は、過去に接触していた可能性が高いと』

 

俺だけが知っていた。

しかし、ついぞ誰にも伝えることはなかった。

 

涼子は俺にとって〝特別〟だった。

だから俺も、涼子にとっての〝特別〟でいたかった。

 

だから──俺の手で、涼子を救いたかったんだ。

 

そして夢を見た──あまりにも愚かな夢を。

 

涼子と二人で未来へと歩んでいく──そんな夢を。

二人で海外へ渡りのんびりと過ごす──そんな夢を。

 

嗚呼……なんであの時、俺は〝真実〟を隠したんだ。

 

 

 

『江ノ島盾子は〝クロ〟である』

 

 

 

そう報告すればよかったのに、

涼子のことだけを考えていればよかったのに、

 

なんで俺は──

 

『涼子の妹を殺したくない』

『妹を殺した奴だと思われたくない』

 

──そんなことを考えてしまったんだろうな。

 

〝超高校級の絶望〟が滅びていない事を報告すれば、江ノ島盾子は不慮の事故を装い歴史の闇へと葬られただろう。そうなれば俺は、間接的に江ノ島を殺したことになる──涼子の妹を……殺したことになる。

 

涼子は『江ノ島盾子という妹』がいることを知らない。

だったら隠し通せばいい。俺だけが知っていたのだから、俺が口を割らなければ知られることはない。俺だけが背負っていればよかったんだ。

でも──

 

『涼子に嘘をつき続ける』

 

──そんなことしたくなかった。

──俺は潔癖でいたかった。

──手を汚すことなく、涼子との未来を歩みたかった。

 

俺にはできなかった。だから虚偽の報告書を作り、ミライ機関へと提出した。そして江ノ島盾子は日常へと帰っていく──その内に〝超高校級の絶望〟を抱えていたにも関わらず。

 

「念の為」と言い、『希望プログラム』は処方していた。しかし、効果があったのかは俺にもわからない。

仮に江ノ島盾子と〝超高校級の絶望〟が別人格であり、記憶の共有を行えないとするのであれば……おそらく効果は薄いだろう。

 

これは最悪な選択──

もっとも絶望的な運命の分かれ道──

 

俺の中には『真実から逃げた』という事実だけが、しこりとなって残った。

 

 

 

 

 

そして、何もかもが中途半端なまま──俺は卒業式を迎えた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

卒業から一年後──

 

「松田……くん」

 

──『希望プログラム』による治療を続けていた涼子が目を覚ました。

 

その瞬間、涙が出てきたことを覚えている。

ずっとずっと……ずっとずっとずっと、この〝希望〟を求めていたんだ。だから自然と、目頭が熱くなったんだ。

 

「なんかね……夢を、見てたんだ」

 

涼子が手を伸ばし──俺はその手を優しく包む。

 

「松田くんが……私のために…頑張ってくれる夢でね……」

 

そのか細い声を──俺は聞き逃すまいと全神経を耳へと集中させる。

 

「えへへ……なんだか、すごく安心できたの」

 

俺の瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちる。鼻水まで垂れてきて、それを乱雑に拭う。

 

「だからね……全然淋しくなかったよ。ねぇ…松田くん……」

 

「なんだ」──俺は震える声で返事をする。

 

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

ソレは──か弱さとか、優しさとか、温かさとか、そんなモノとは一切無縁の冷たさを纏っていた。ソレは確かに涼子の声だった。しかし──

 

「松田はハッと我に帰った。そしてその瞬間を待っていたかのように、彼の手を握っていた女性の手に力が入るのを感じた。次の瞬間、松田は彼女に凄まじい力で引き寄せられ、覆いかぶさるようにソイツを見下ろすことになる。そこには痩せこけた女性の顔があった。誰よりも愛し、大切にしていた女性の顔があったのだ。しかし、その瞳は──闇よりも深い闇色だった」

 

──は?

 

「その女はト書き風の妙な言葉を口にしていたが、松田はそれを無視して問い掛ける。彼は知りたかった。長い年月をかけ、片想いを募らせ続けた彼女のことを知りたくて堪らなかった。それほどまでに、彼女を求めていたのだ」

 

──は?

 

「うぷぷ。なんちって」

 

ソイツは嗤っていた。

歪に口角を吊り上げ──嗤っていた。

 

「アハッ、ただいま! 松田くん! 信じてたよッ!」

 

悪魔のような笑みを浮かべた次の瞬間には、ソイツは天使のような笑顔を見せた。

 

「もぅ…せっかく再会できたのにどうしたの?」

 

「お、お前は……」──それが声になっていたのかは分からない。だが、俺は思った。思わずにはいられなかった──「江ノ島…盾子……?」

 

「……はぁ。松田くんってそんなにデリカシーなかったっけ? アタシっていう超絶美少女と鼻と鼻が触れ合うくらい近くにいるのにさ、なんで()()()の名前を出すの?」

 

違うはずがなかった。

ソイツは紛れもなく──江ノ島盾子(超高校級の絶望)だった。

 

「仕方ないなぁ。目の前の女の子が誰だか…思い出させてあげる──」

 

そう言うと、俺の呼吸は止まった。目の前の〝ナニカ〟に唇を塞がれて。

重なった唇の間から漏れ出る〝ナニカ〟の吐息が、俺の身体を硬直させる。毒蛇に噛まれたように──俺は動けず、思考を巡らせることすらできなかった。

しかし、俺が感じた確かなこと──ソイツとのくちづけには、なんの感慨もなかった。涼子とキスをしているとか、そんなことは思わなかった。

そこにあったのは、ただの気持ち悪さ。

許容し難い嫌悪感が身体から込み上げる。胃から始まり、気管を通り口へとソレは駆け上る。そして俺は──吐瀉物を〝ナニカ〟に目掛けて撒き散らした。

 

「うわ、最悪。女の子とのイチャイチャタイムにゲロ吐くなんて、マジないわ。でも──」

 

ソイツは異常だった。『異常』という言葉が、ヤツをモデルにして作られたと思うほどに──常からかけ離れていた。

 

 

 

「最高に絶望的な接吻ね……ッ!」

 

 

 

うっとりとした表情で顔を紅くし、口元に付いた汚物と呼ばれるソレを長い舌で舐め回し、口に含み──そして呑み込んだ。

 

 

 

「何なんだよッ、お前はッッ!!!」

 

 

 

俺は叫んでいた。目の前の──音無涼子の皮を被った〝ナニカ〟に向け、俺は全力で叫んだ。

すると、ソイツは途端に真顔で喋り出す。

 

()()()が目醒めたってことは、全部予定調和ってことじゃん」

 

──は?

 

「これはアンタが選んだ分岐シナリオで」

 

──は?

 

「〝江ノ島盾子〟を殺さなかったのはアンタでしょ?」

 

──は?

 

「〝言弾〟を中和する技術を作ったのもアンタで、それをアタシに使おうとしたのもアンタでしょ?」

 

──は?

 

「全部アンタが選んだんじゃない」

 

──は?

 

「アンタにだけは選択肢を用意してあげたのに、なに文句言ってんのよ」

 

──は?

 

「ま、分かんないなら分かんないままでいいんだけど」

 

「お前は……どこまで知っているんだ」──それが、俺が絞り出した唯一の言葉だった。そしてソイツは、事もなげに答える。返す刀で俺の思考を斬り付ける。

 

「知ってるんじゃなくて、()()()()()()()

 

──は?

 

「きっと、お母さんを失った時と同じような状態に陥った音無涼子を救いたかったんだよね。だって……もう惨めな思いはしたくないもんね。大切なモノが自分の手から溢れ落ちていくのをただ見ているだけなんて……嫌だもんね」

 

──は?

 

「ただ守りたかったんでしょ? だから必死に足掻いてきたんでしょ?」

 

──は?

 

 

 

「だったらどうして諦めるの?」

 

 

 

──は?

 

 

 

「まだ〝希望〟は残ってるじゃない」

 

 

 

コイツが何を言ってるのか、俺には分からない。

しかし、まだ諦めるわけにはいかないという事だけは確かだった。残された〝希望〟に縋り付くことこそ、俺が選択するべき道なんだ──そう思う他なかった。

 

そしてソイツは囁くように告げる──

 

 

 

 

 

「江ノ島盾子を殺すのよ」

 

 

 

 

 

それが〝最後の希望〟だと──ソイツは言った。

 

 

 

 

 

「ただし、これはアンタに与えられた〝最後の選択肢〟。択を間違えれば当然……〝絶望〟へと行き着くわ」

 

 

 

 

 

優しい笑顔を見せて──ソイツは言う。

 

 

 

 

 

「頑張ってね…松田くん。アタシは応援してるから。〝絶望〟を打ち破って、松田くんだけの〝希望〟を掴み取ってね。────期待して待ってるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■年12月24日──俺は船のような列車に揺られ、塔和シティーへと向かっていた────

 

 

 

 

 




ここまで読んでくださりありがとうございました。書き溜め分を投稿し終えましたので、更新は当分先になるかと思います。
それでは、忘れた頃にまたお会いしましょう。


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