統廃合を、任された (Par)
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大洗

あらすじにも書きましたが、以前投稿した「それが、ボコだから」同様に、一年前某掲示板で投稿したものを書き直したものです。台詞を変えたり増やした程度で流れに変化はありません。
 また、前後編で後々劇場版編投稿予定。

諸注意
 役人(辻廉太)の性格改変もの
 所謂”綺麗な役人”
 原作の展開をなぞりつつも、少し変化があります
 基準は、アニメ、OVA、劇場版となります。

 以上の要素が苦手な方は、ご注意ください。


「君に一任するよ」

 

 そう私に告げたのは、私の恩師であり上司である人物。そして私が任された仕事は、各学園艦の統廃合の仕事であった。(実に嫌な仕事だ)と思ったものの上の決定であるために、そうお断りはできない。しかもこの仕事を私に告げたのは、この世界では大恩ある上司である。故に私は、「はい」と答える。

 学園艦と言う艦、あるいはシステムが作られたのは、古代ローマからだったとも言われ古くからある。今のような超弩級戦艦以上の大きさで、船の上に人が生活し一つの町として機能する発想は、イギリスが最初ともある。「大きく世界に羽ばたく人材の育成と生徒の自主独立心を養うために建造」と言うのが謳い文句であり、その運営や航行等の殆どを生徒自身が行う。

 重厚長大産業が盛んであった日本も、時代と不況の波に飲まれそれを補うべく、大型の学園艦を建造し造船業を助ける役目もあった。各々の学校には、雇われ外国人や自ら日本に訪れ自国文化を広めようとした者達も多く関わり、所属は日本でありながらも殆どを海の上で暮らし独立した文化を形成、アメリカ、イギリス、イタリア、ドイツ、ロシア、フランス等々影響を受けた国家の特色を色濃く反映する艦が多い。

 しかしだからどうしたである。今私が取り組むべきは、その学園艦の統廃合。言ってしまえば嫌われ役だ。実際いまや学園艦のシステムは形骸化しまして態々船の上で生活すると言うのに、古きは陸上の学校と同じ普通科クラスに通いそのまま卒業など実際意味は無いのではないのだろうか? それでいて特徴が無いのであれば、その大きさに見合う維持費がかかる巨大な戦艦を遊ばせておくわけにはいかないのも確かである。

 恐らくは、多くの生徒、その家族関係者が反発するだろうが、しかし国の資金とて無限ではない。しかも今国では戦車道のプロリーグの設立、世界大会の誘致と金がいるのだ。

 〔戦車道〕。それは『乙女の嗜み』とされる武道。これもまた古くから存在し現在も人気をもつスポーツ競技でもある。現在マイナーとなったと言われるが、五輪と並び世界的行事である事は変わらない。その大会が誘致できれば国際的な注目集める事が出来るために、国家の威信をかけプロジェクトは進んでいる。ゆえに「無駄は省かねばならぬ」と多くの案が出されその一つが以前から話のあった統廃合であった。

 私はすぐに仕事に取り掛かる事になった。心を鬼にして、次々と統合、あるいは廃校を告げる。統合はまだいい方だ。だが廃校は予想通り反発が大きかった。素直に聞く所もいれば、廃校を告げられると納得出来ぬと憤慨する者もいる。しかし文科省、つまり国の意向であり、私が冷めた口調で「ならば貴校には、存続するに値するものがあるか」と問えば、押し黙るのが殆どであった。そもそも大きな実績がない所に統廃合を告げているので、言い返せないのも無理はない。そこで黙るのであれば、私も情けなどかける気もない。そのまま統廃合である。

 そんな事が続くなか、茨城県大洗にある大洗女子学園の生徒会三人に廃校を告げた。大人しそうな娘はうろたえ、モノクルを着けた生徒があまりに急だと怒り出す。何時も通りであると思い、「貴校は以前までは戦車道で有名だったらしいが、今はまるで特色が無いので」と言う。厳密に言えばこの学園艦では、魚の養殖など色々と手広くやっている。しかしそれは、海に浮かぶ全学園艦の多くが行っている事でありその方面で大きく成果を出している学園艦は他にある。大洗女子学園唯一無二の特徴ではない。

 なんであれ、何時も通りであればこれで終わりだが、これまで思案顔であった小柄の生徒会長がニヤリと笑い宣言した。

 

「じゃあやろうか、戦車道」

 

 二人の部下が驚き、正気かと問えば、生徒会長は自信満面に答えた。

 

「まさか優勝校を廃校にはしないよねぇ?」

 

 それを聞いて私は、思わず声をだし笑ってしまった。三人は呆気に取られ、バカにされたのかとモノクルの少女が憤慨するが、「いや違う」と言って続けて述べる。

 

「私はこの統廃合を任されて長くないが仕事はしていた。統合、廃校が決定した学校はそれなりになる。だがここまで大口を叩けたのは君が初めてだ。……聞くが、出来るのかね、優勝が」

 

 それを聞き呆気に取られていた生徒会長は、笑みを浮かべた。

 

「やれます。大洗の底力を見せてやります」

 

 と、やはり自信満面で答えた。私は再度、今度は控えめに笑いつつも答える。

 

「統廃合を進める身として、本来ならば素直にそれを認められないが……知ってるかもしれないが奇しくも今我が国は、戦車道に力を入れている。優勝、やってみたまえ。その時まで廃校の件は保留にしよう」

 

「だが吐いた唾は飲み込めんよ」と念を押すと、「言われるでもなく」と言って彼女達は大洗へと戻っていった。

 その後、大洗女子学園が突如として戦車道を復活させ試合に参加、強豪と知られる聖グロリアーナと練習試合を行い、惜しくも敗北。しかし戦車道を始めたばかりの学校とは思えぬ善戦をしたと知るのは、そう遠い事ではなかった。

 

 ■

 

 大洗女子学園の戦車道復活と聖グロリアーナとの練習試合の事を聞いたのは、その試合が終わった次の日の事であった。なるほど負けたとは言え、彼女の自信は嘘ではなかったようだ。しかし彼女だけでなくあの学校には、戦車道経験者は居ないはずだ。疑問に思い少し調べると、すぐに大洗躍進の理由がわかる。

 戦車道とは、現在はスポーツとしても受け入れられているが本来武道である。ゆえに戦車道には、〔流派〕があるのだ。日本には、幾つかの戦車道流派があるがその中においてその名を知らぬものはいない流派がある。それは〔西住流〕、そこの末娘が大洗女子へと転校したようだ。強豪校の一つで、圧倒的力で優勝を成し遂げていた黒森峰、そこで副隊長をしていたが、転校した理由は連続優勝をかけた前回の全国大会でのミスが原因らしい。

 いや、はたしてあれをミスと言えるかは、戦車道をする者の求め目指すものによって変わる。しかしあれが決定的であるのは確かだ。だがそれが結果的に大洗女子を助ける事になっており、あの生徒会長の狙い通りの展開であろう。

 立場上私は焦るべきなのだが、むしろこの事態は面白いと思える。淡々と統廃合を告げるなか現れた反骨心ある生徒会長。彼女の掲げる目標を成せるほどの逸材西住流。上部からは、勝手な口約束をするなと文句が来たが、実力があるなら問題は無いでしょう、と言っておく。戦車道に力を入れる国としては、戦車道で実力があるないでは対応が変わる。今後世界大会誘致を行い無事我が国での大会決定となれば戦車道実力者達を育てておく事に徳はあれど損は無い。決まってからでは遅いのだ。また「少し様子を見ましょう」と上司殿が他の官僚を宥めてくれたのは、大変ありがたい事であった。

 官僚が渋々と言った態度を取るなか、寛大なる我が上司は、「君中々賭けに出たね」と苦笑していた。しかし前途ある若者の学舎をすぐ取り上げるのは、やはり心が痛む、元より学園艦とは生徒の自立を促すシステムだ。「本人達が逆境に立ち向かい努力するならば、それを見守るのも我々の役割です」そう言うと上司は低く、「うむぅ」と唸り、「そうだな、励みたまえよ」と述べた。

 しかし私個人としてはともかくも、大洗女子を立場上応援は出来ない。上司に言ったように、ただ見守る。負ければそれまで、手は差し伸べない。生徒会長とて理解しているだろう。

 次からは、全国大会本選。活躍を楽しみにしておくとする。

 

 ■

 

 後日、彼女達がサンダース大学付属と一回戦でぶつかる事を知る。(これは出だしで苦しいぞ生徒会長よ)と内心思う。サンダースは、西住流のような洗礼された流派ではないが、豊富な資金力で物量にものを言わせた優勢火力ドクトリンがある。対して大洗女子は、戦車道を始めたばかりのずぶの素人集団。保有戦車も五両と端から見れば敗北ムードが濃厚であった。私は試合を政務室で中継を見ていたが、さてはたしてどうなるかと仕事の合間に見ていた。

 彼女達が戦車で奮戦するなか私は大量の書類の処理に追われた。どれもこれも、統廃合の書類だ。中にはよく今まで存続できたなと思うほどの貧乏校もあったが、案外そう言うとこはしぶとく生き残るようだ。それだけで学校の特色ともいえる。生き残る術を熟知しているのだろう。それもれっきとした特色だ。

 そんな事を考えていたら、試合に進展があった。どうも始終ピンチであった大洗女子が逆転したらしく、サンダースのフラッグ車との追いかけっこ状態となったらしい。大方の予想を裏切った試合展開であろう。私の知る西住流とも違う戦い方だ。それは状況を利用した、各々の出来ることをさせる自由な戦法。島田流と言う西住流と双璧をなす忍者戦法とも言われる流派があるが、噂の末娘のやり方はむしろそれだろう。

 しかし流れが止まり、追い付いたサンダース本隊。これで大洗女子も追われる形が出来上がる。さて大洗女子は、一両を失い、また一両をと続けざまに狩られる。サンダースには腕の良い砲撃主がいるようだ。ただでさえ始めから数で負けているためこうなると最早後が無い。どうする西住流。と、会場すべての人間が固唾を飲んで見守っているであろう。

 そして、新たな変化が起きてからは、あまりにも早い展開であった。一両の四号戦車が高台に移動、それが正に西住流の末娘が駈る戦車であった。サンダースの17ポンド砲を避け、高台に構えた四号戦車は、見事逃走する敵フラッグ車を捉えると、一撃必殺の砲撃を放つ。同時に17ポンド砲が吼える。両者直撃、白旗が上がった。しかし相手はフラッグ車、即ちこの試合大洗女子の勝利であった。

 会場が沸き立つのがテレビ越しでもわかる。それほどの試合だった。一回戦でぽっと出の無名校が強豪サンダースを破ったのだ。

 後日上司殿が、「大洗女子は活躍しているね」と話しかけてきた。「私も予想外でした」と答える。しかし、今後負ける事の方が可能性がある。自分は今後も事の成り行きを見守り、同時に統廃合も着実に進める。

 

 ■

 

 大洗女子学園の次の試合であるのだが、ノリと勢いに定評があるアンツィオ高校が決まる。少し調べてみると、イタリア系の学校で、戦車もまたそれに準ずる。その為余りサンダースの様な強豪とは言えないのだが、新しい隊長がノリと勢いだけの軍団をまとめ上げ、成績が一気に上がった。条件反射だけの肉体に、ようやく頭脳が出来上がったようだ。実を言えば、ここも統廃合の候補であった。しかし資金の調達のため生徒が屋台などで稼ぐ、前述の通り戦車道での成績向上等ある種学園艦の目的である生徒の自立に最も近い校風であり彼女達は、統廃合の"と"の字も知らずこの事は見送られた。

 してその注目の大洗女子対アンツィオなのであるが、生憎私は出張が入り移動中ラジオで試合を聴く程度でしかなかった。しかしながら、やはりノリと勢いのアンツィオ、音声のみ聴いただけでも、その勢いが伝わる試合運びであった。しかし主力の殆どが機関銃が唯一の武装である豆戦車CV33と言う戦車の性能差は埋められず (大洗女子も強豪校と比べれば性能差は大きいが……) 、何よりノリと勢いが裏目に出たガバガバの欺瞞作戦により試合展開は、始終大洗寄りとなり善戦するも敗北、大洗女子の勝利となった。

  アンツィオは、試合後必ず宴会を開くらしくその時の様子は、試合後発行された戦車道関係情報誌で見られた。

 さて次の試合は西住流の末娘にとって因縁の相手となった。優勝を逃し、西住流を追われる事となった試合、その相手プラウダ高校。前回優勝校、言うまでもなく強豪である。大洗女子にとっては、ここからが正念場、勝ちが続き慢心もしだす頃だろう。そして試合が近づく中で、今回統廃合とは別件で面倒な仕事が舞い込んだ。継続高校と言う、フィンランド系高校があるのだが、そこと各学園艦間の問題が起きた。アンツィオ戦時の出張もこの関係ではあったのだが予想以上に面倒な事になった。

 継続高校は小規模ながら戦車道が盛んであり、侮れぬ実力がある。しかし、継続高校は他校に比べ資金難の貧乏校である。アンツィオと比べるといい勝負かもしれない。故に保有戦車も多くはないのだが、戦車が無ければ試合は出来ぬ。ではどうするかと考えた継続高校は、正に戦中のフィンランドよろしく他校の戦車を手に入れると言う手段に出た。そこまでモデル国家に似なくてもいいだろうに、と言いたい。特に被害が大きいのは、奇しくも大洗女子と試合をするプラウダであった。プラウダ所有の重戦車KV-1がその姿を忽然と消したのだ。そしてその後、継続高校には、謎のKV-1がひっそりと増えた。

 その事件が起きた時の前後プラウダは、継続と練習試合をしており、試合中も一部戦車のパーツ(砲撃で吹き飛んだジャンクパーツ等)が紛失したと報告がある。状況的に継続の犯行なのだが、決定的証拠はなく、またこう言った他校の戦車を盗むと言うのは、幾つか前例があり、その多くが最終的に"紛失"となる。戦車道では、「あんなデカイの盗まれる方が悪い」という事だろうか。しかし継続の犯行は多岐にわたり、「流石にいい加減にしろ」と苦情が戦車動連盟だけでなく、文科省にまで押し寄せ、プラウダと継続は睨み合いが続いている。そもそも精々盗んでも吹き飛んだ部品やスクラップ、それらを集め追い追い一両戦車を造るのが“良心的盗み”と言うものだ。それが今回は、戦車一両丸ごと、なのである。資金難なのは理解しているがたった一両でも戦車だ。盗まれたプラウダの被害額は、大きいだろう。

 それを重く見た戦車道連盟から、連盟強化委員であり自衛隊所属の蝶野一等陸尉、文科省からは、私が継続へと出向き厳重注意となった。だが継続高校の隊長は、どこか達観した、あるいは掴み所のない人物で、受け答えは殆どもう一人の小柄な生徒が行い、始終少女は狼狽しながらも私達への応対をし隊長の彼女は、フィンランドの楽器〔カンテレ〕をポロポロと弾いているだけだった。

 なんとも気疲れをするやり取りを終え帰り際同行した蝶野陸尉から、大洗女子に呼ばれ少し指導をしたと言う話を聞かされる。では大洗女子躍進に一役買ったわけですか、と言うと、彼女はケラケラと笑い、しかし彼女がいるなら私は必要なかったかもしれない、と西住流の名を上げた。だが彼女は、真剣な眼差しに変わると、大洗女子廃校とは本当か、と聞いてきた。生徒会長に聞いたのか、連盟の誰かから聞いたのか知らないが、しかしそれは事実だと告げる。また、「学園艦統廃合の話は、既に聞いているはず、国の方針です」そう付け加える。

 撤回は無いのだろうか、と聞いてくる辺り、大洗に情が湧いたと言う事だろう。だがただ情が湧いただけじゃなく、強化委員として彼女達の戦車道での成長性を見込んでの事と思う。それは私とて理解できるが、しかし無名校が強豪校を破っただけではまだ弱い、撤回は無いだろう。やはり優勝しかありませんな、と言えば蝶野陸尉はしばし黙り静かに頷いた。

 

 ■

 

 大洗女子対プラウダ戦。雪が吹雪く雪原での勝負、大洗女子にとっては不慣れな環境であり、対するプラウダにとってそれは得意なステージであった。それを知っている西住流の末娘は、早々に決着を付けたいと考えていたようだ。一面の雪原の白色は、ずっと見ていると感覚が狂い、慣れない道を進む大洗チームは、今回から戦車が一両追加され初の試合で不慣れなその車両をフォローしながらも、プラウダとぶつかり着実に撃破していく。不利と思われた大洗女子の先制に会場が沸く。

 そしてその盛り上がりの中、静かに成り行きを見守る者がいる。一人は私自身、今回もまた出張ついでに試合会場に足を運んだ。廃校撤回がかかった試合であるのだから、出張で試合を観戦しても可笑しくは無いだろう。そしてもう二人、凛とした女性とその娘。既に何度か私はあった事があり、戦車道をする者では知らぬものはいない西住流師範、西住しほ。そしてその娘にして黒森峰高校隊長西住まほ。大洗チーム隊長、西住流の末娘、西住みほの母と姉である。

 

「ご息女がご心配ですか?」

 

 二人に近づき、声をかける。姉の方は、私に少し驚いていたが、師範は微動だにせず至って冷静なままであった。

 

「なにも、ただ娘に勘当を言いに来ただけです」

 

 その言葉に今度は私の方も少し驚いた。

 末娘の転校の原因は、前大会での敗北。その原因となった事である。あの試合は、私も観ていた。そう、試合会場で観ていたのだ。よく覚えている。酷い天気だった。だが試合は、始まった。元より悪路走破性の高いのが戦車である。ちょっとやそっとの悪天候で試合は、中止にならなかった。試合フィールドには、川があり雨のせいでそこは濁流と化した。道は言うまでもない悪路、しかも雨でぬかるみこの時黒森峰は、川の傍の細い道を進んでいた。そこでバランスを崩したうえに足場が崩れたために一両の戦車が濁流へと落ち飲まれていった。それを見た誰もが悲鳴をあげ選手達も慌てた事だろう。その中で誰よりも早く行動し戦車から飛び出し川の中へと飛び込んだのは、西住みほだった。同時に彼女の飛び出した車両は、その試合のフラッグ車。あらゆる事態を想定し挑む戦車道では、彼女の行動は、“甘い”と言われ故に討たれたのだ。指揮者を失ったフラッグは、あっけなくプラウダの攻撃に負けた。黒森峰10連覇ならず。この事は、戦車道関係者にすぐさま広がり西住みほの行動にも賛否が寄せられた。

 仲間を見捨てぬ姿勢は、褒められるべきかもしれないがそれによって勝利を逃した事で西住家では、母と娘との確執が生まれた事は聞いている。故に末娘は、追い出される形で、そして自ら望み家を出た。そして大洗で新たに戦車道の隊長として指揮を執った。しかし師範にとってそれは許されぬ事であった。勝利こそすべて、それが西住流である。まして戦車道を辞めると言って家を出た末娘の甘い考えでは西住流を名乗ることは許されない、ならばこそ、彼女は娘に勘当を言い渡す。そのために師範はここに来た。

 だがそれは、私にはあまり関係の無い話である。私にとって重要なのは、大洗女子が優勝するかしないかであって、その隊長が西住流であろうと島田流であろうと、ましてどの流派にも属さぬ我流であってもよいのだ。

 

「勘当を言い渡すまでも無く、ここで負ければ大洗は廃校となり、今度こそ彼女は戦車道をする事は無いでしょう」

 

 そのように言うが、やはり師範は無言であった。姉の方は、少し目を伏せていた。やはり妹に対し思うところが在るのだろう。

 

「彼女は勝てますか?」

 

 そう問うと、師範は直ぐに答えた。

 

「あれは、負けます」

 

 師範の言葉を証明するかのように、大洗は試合開始直ぐに窮地へと陥った。

 先制した勢いのままに大洗全車両が突撃を開始。隊長の制止もむなしく巧妙に用意されたプラウダの包囲網におびき寄せられた。廃墟の町中央に集中し逃げ場を失った大洗チームは、何とか攻撃を凌ぎながら、中央の教会へと逃げ込んだ。しばし砲撃が続いたが、不意にその攻撃が止む。すると白旗を持ったプラウダ生が大洗チームに投降を呼びかけた。完全な包囲網に加え寒さが厳しい環境、大洗の闘志を折る事が目的であった。

 まんまと釣られ過ぎた。あえて勢い付かせ呼び込む相手の意図を読めず、チームを御し切れていない、師範の言葉は辛辣ながらも的を射ていた。

 

「これ以上は、見る価値はありません」

 

 師範が会場を去ろうとすると、姉が待ったをかけた。

 

「まだ終わっていません」

 

 姉は試合を映す大型ディスプレイから目を離さず、投降か否か、座して大洗の答えを待った。私もここで負けるのなら色々と手間は省けるので、それはそれで良い。私もまた見守る。それを見て師範は、溜め息をはき彼女もまた試合を見守るのであった。

 少し前、大洗チーム全体が慌ただしくなった。中継映像にチラリと映ったのは、真剣な面持ちの生徒会長であった。おそらくは、廃校の件を皆に伝えたのだろう。大洗チームの大半が、今までもあまりに廃校など知らぬ様子だったため、不安にさせないためか言わなかった事は、容易に想像がつく。急な事態に皆うろたえているが、しかし西住の末娘は、勝利のために進む決意をしたようだ。

 

「彼女は勝利を諦めませんな」

 

 返るのは無言のみであった。

 

 ■

 

 しかし大洗の戦いには、いつも驚かされる。いやしかし、これは戦いであるのか? けれども士気向上作戦と思えばそうなのだろう。西住の末娘が、プラウダの用意した投降までの猶予時間で、寒さと不利な状況に参ってしまったチームの士気を挙げるために、突然奇天烈な踊りを踊りだした。妙に切れもいい。その様子も中継されており、巨大なディスプレイには、徐々に私も、あたしも、ならば自分もやろうと加わり踊りだした大洗ダンサーズが映し出された。

 大洗名産のアンコウをモチーフにしたその踊りは、見事に士気を挙げていた。もうだめかと大洗を見守っていた観客達も笑いながらも少し拍手が起こっている。では師範といえば、顔を顰めていた。姉の方はと言うと、一見冷静だが何をどう言えばいいのかわからないだけのようにも見える。しかし結果は上々、士気の回復した大洗チームがプラウダにも投降はしないと伝え、そしてついに試合再開となった。

 プラウダによる包囲網は、一箇所だけ緩いところがある。おそらくはそこへ誘い込む作戦だろう。ほかの所は守備が硬いため、普通ならばそこを狙うだろう。しかし大洗チーム隊長は、西住流を知り己が信念を持つが故に異端となった者、これまでも奇策を用いて来た彼女は、プラウダの隊長の予想を裏切り、教会から飛び出し緩い箇所を狙ったかと思うと、フラッグ車を護る形で守備の堅い箇所への突撃を仕掛けてきた。何より驚いたのは、大洗女子でも射撃精度に難がありいかんせん戦車の性能を発揮できていなかった一両、38(t)軽戦車なのだが突然その動きがよくなり、大洗チーム包囲網脱出の切欠を作った。あれは確か生徒会長が乗る車両であった。最終的に撃破されたが、正確に車体を撃ち、履帯を破壊するその腕前による活躍は目覚ましいものであった。

 

「彼女達は勝てますか?」

 

 一人ではない、チームという力。師範に少し意味を変えて聞いた。師範は走る四号戦車を見て答えた。

 

「勝つ意思を棄てぬならば」

 

 それだけが返る、しかしそれは正に真理であった。戦車数、練度、状況はプラウダ優位である。そのため大洗女子は、短期決戦を狙う。あえてフラッグ車をあえて囮にし、追跡するプラウダの部隊を釘付けにする。その隙に二両四号と三号突撃砲が離脱、プラウダフラッグを狙う作戦に出た。大洗は38(t)が抜け残り五両、フラッグ車の八九式中戦車を他の車両が護る。八九式は装甲が大洗チームの保有戦車の中で最も薄い、一撃でも食らえばお終いだ。速度を緩める事無く走り抜ける八九式達、その一方四号達はプラウダのフラッグを発見した。これでどちらが先にフラッグを狩るかとなる。

 プラウダのIS-2に乗り換えたプラウダ副隊長。正確無比な射撃で八九式を護る二両がやられる。残る八九式は、さながらラリーカーが走るかのように走る。装甲の一部が飛び、バランスを失い、反撃する事も出来ない中でも八九式の熱い走りは、勝利への熱意があった。そして、プラウダフラッグを追う四号と三号は、フラッグが廃墟を回っているだけに気がつき、それを逆手に取るべく三号を秘かに雪に隠し待ち伏せる。雪の下に隠れた三号からの攻撃ならば、撃破は容易いだろう。しかし、大洗の八九式も限界が近い、全てがギリギリの状況だった。

 機銃で誘導されたプラウダフラッグが三号のいる場所へ向かう。そして八九式を追うIS-2の砲塔が八九式を捉えた。そして二つの砲撃音が重なる。ほとんど同時だった。動きを止めるプラウダフラッグ、舞い上がる雪に隠れ姿の見えない八九式。白旗は、どちらか。

 ヨロヨロと装甲がさらに剥がれ落ち、煙を上げる八九式。しかし、白旗はない。対してプラウダのフラッグ車、動きを止めたまま、白旗が挙がっていた。大洗女子の勝利だった。

 

「勝ちましたな」

 

 私がそう言うと、師範は顔を顰めたままだった。

 

「相手が油断したからよ」

 

 師範はそう言うが、しかし私はそう思わない。それは西住の姉も同じだったらしい。

 

「この勝利は、仲間の力を信じたみほの勝利です」

 

 その通りだろう。38(t)を犠牲にし、二両をフラッグの壁にしてでも勝つ執念は、それこそ西住流ではないのだろうか。しかしそれは、勝利だけをみた戦いではない、仲間だからこそ任せられる信頼からなる戦いだ。

 このまま議論は出来るが、しかし答えを出すのに最も相応しい場は、もう既に決まった。末娘の選んだ戦い、その正しさを証明をする場は、すぐに訪れる。大洗女子学園の勝利によりこの次、すなわち決勝戦での対戦相手黒森峰との闘いが決まる。西住流同士との闘いにも思え、だが西住流を知り己を突き通そうとする者との闘い。末娘、西住みほにとっても、重要な闘いだ。

 

「叩き潰しなさい」

 

 師範の言葉は母と思えぬものであり、それは西住流師範としての言葉であった。そして姉はそれに応える。家族、姉妹、そんな関係を超越した闘いが始まるのだ。いよいよ決戦が近づく中、大洗女子廃校撤回が濃厚になり官僚の一部が再び異議を唱えだした。以前渋々ではあるが、戦車道発展のための布石であるとして、一応は納得した者もいたが、いざ撤回が近づくと面白くないとでも思ったのか。ここでこの官僚達は、大洗廃校になぜ意固地になるのかがよくわからなくなる。いや、大洗に固執しているというより、廃校に固執しているのか。本人達は国の将来のためと思っているのかしらないが、一度決めた事を断固曲げず、自身が国の言葉とでも言うのか。

 私もその官僚の一人、望んでこの世界に入ったのだから、我々の仕事の重要性は理解しており、簡単に言った事を曲げる事は難しいのもわかるが、しかしこれではただのわがままか、古臭い頑固者ではないか。「この件は依然協議して納得したはず」と言うと、いやしかし、けれども、と御託を並べる。 「統合、廃校にすべき学校はきちんとそのようにしているのだから、よいではないか。それこそ、一度納得したのだからこれ以上異議を唱えないでほしい」と頼む。

 

 ひとまずはそのようにして官僚達を落ち着かせる事ができたが、しかしこのまま大洗女子が優勝したとして、はたしてこの頑固者達が納得するのか不安が残った。疲れる私に上司殿は、「これも政治の世界だよ」と呆れながらも話す。

 

「一度決まった事を覆す事が怖いのだよ、彼らは」

「怖い、ですか」

「勿論何でもかんでも決めた事を覆すようではいかん、それはただいい加減なだけだ。そして彼らは、誰もがそれで失敗した。それは、トラウマとなり今も彼らの心の中にある。皆が正義感と熱意に溢れ裏を表に、白を黒に変える事に心血を注いだ時もある。それが正しいかどうかは、また別であるが……だがそれでも失敗はあるのだ」

「……私は、間違っているのでしょうか」

 

 自分で若くしてよくこんな仕事を任されたものだと思う。人から見れば優秀だと言われる。だが私には、上司殿や他の官僚の様に経験も多くは無い。不安は募るばかりだ。官僚の言葉も全てが間違いではない。今回も私が急いただけの事だったのかと思ってしまう。

 

「それは君が決めなければならない。今言ったように失敗はあるのだ。それは最早人が生まれる以上避けられぬ試練ともいえる。無責任に失敗を恐れるなとは言わん、だが一度の失敗を恐れ其れに囚われてしまえば彼らのようになるだけだ」

「……」

「もし不安であるなら大洗の事は……捨てなさい。不安なままやれば大洗のためにもならない、必ずどこかで綻びが生まれる。それは、今言ったような失敗ではない取り返しのつかない事になる。だが君が今回の事が間違いでないと思えるならば、突き進みなさい」

「……はい」

 

 不安は拭えない。しかし、ならば止まるのか? いや、それだけは出来ない。廃校撤回を賭けた約束を私は受けたのだ。見届けねばならない。どのような結果となろうと、止まる事だけは、許されないのだ。

 

 ■

 

 そして運命の日、全国大会決勝戦。舞台となった東富士演習場は活気に沸いていた。この試合を見に来る者、立ち並ぶ屋台、多くの取材陣。ここまでくると、大洗の隊長が西住流の末娘である事は、観客達も承知であり西住流対西住流の戦いを一目見ようと集まりこれまでで一番の盛況であった。

 私も“視察”としてここに出向いた。ある意味で私や文科省にとっても運命の分かれ目であった。観客席に行くのは、大洗関係者や他校の学生も多くあまり私は、その中に居ないほうがいいと思った。なので試合会場が見られる高台へ自家用車で足を運んだのだが、私以外誰もいないと思っていたそこには、意外な先客がいた。

 

「先生、おられたのですか」

 

 師範が一人佇んでいた。師範はちらりと私を見ると、「貴方ですか」とだけ言った。たしかに娘達の対決、西住流の威信をかけたと言っていい試合、来ない通りは無いだろう。また彼女に「娘が心配か」と聞くのは野暮だろう。まして、“どちらの娘”かなど。

 どうでもいいのだが、一応は観覧用の折り畳みの椅子を持ってきたが、師範が背筋を正し立っている横で若輩の私が座っていると言うのも如何なものか。しかし今更場所を変えるのも失礼だ。なので私は、強制されたわけでは無いが、立って観戦する事にした。それと道中、野原でアンツィオの生徒と思われる者達が酔っぱらいの如く集団で寝ていたのだが、あれは何だったのか、帰りに確認をした方がいいかもしれない。

 そうこうしている内に試合が始まる。大洗にとって、泣いても笑ってもこれが最後だ。両陣営の戦車が前進を開始した。足並みを揃えて進む大洗陣営に対し、黒森峰は素早く移動し森の中へと突き進んでいった。無鉄砲な突撃ではなく、先手必勝の攻撃、そのままフラッグを叩くつもりのようだ。それは西住流の戦い方そのものだ。黒森峰とぶつかるのは、まだ先と考えていた大洗は、予想外の速さで現れた黒森峰戦車隊に驚き、幾つかの車両は目に見えて慌てていた。特に一両の三式中戦車、今回から参戦した様子で戦車の操縦がおぼつかない。これは危ういなと思っていると、三式が急にバックしだした。明らかな操縦ミスなのだが、意外な事に大洗フラッグである四号に迫りつつあった砲弾が割って入った三式に直撃、撃破されたのだが結果的にフラッグを助ける結果になった。怪我の功名、不幸中の幸いか。

 まず黒森峰から距離を取り状況を整えたい大洗は、得意の奇策を発動した。幾つかの車両が煙幕を吹き出し、黒森峰から姿をくらます。末娘らしい西住流らしからぬ作戦だ。それを見た師範の表情は……言うまでもない。大洗はこれもまた今回から参戦のポルシェティーガーをワイヤーで引き、優位な高台へと素早く移動し陣地を形成した。ただ一台38(t)を改造したヘッツァーが見えず、先ほど黒森峰の戦車が履帯を破壊されていたため、偵察か陽動目的に別行動をしているようだ。

 上からの攻撃にさらされる事になった黒森峰は、何両かの車両が撃破される事になる。これだけでも大きな戦果だろう。しかし重戦車を保有する黒森峰はそれを壁にして大洗陣地へと迫る。生半可な攻撃では倒れぬ重戦車が迫るなか、ここでヘッツァーが登場した。小さな車体を活かし黒森峰の戦車をおちょくるように移動、それにより出来た隙をついて大洗戦車隊が坂道を勢いよく下り、さらに煙幕をたき黒森峰を文字通り”けむに巻く※”。

 途中黒森峰の車両にトラブルが起きるなどして、見事逃げ切るかに思えた大洗女子であったが、途中川を渡る事になり問題が起きる。上流にポルシェティーガーを配置し軽い戦車を流されないようにしたようだが、M3中戦車に異常が発生し川の真ん中で立ち往生してしまった。川の流れに負け体勢を崩しだすM3、おそらく隊長である彼女は、去年の全国大会での事を思い出しているだろう。後方からは黒森峰の大群が迫る。M3を見捨てひとまずフラッグだけでも先行させるのが定石どおりかもしれない。しかし、それは西住みほの戦いでは無いだろう。

 すると不意に四号から末娘が出てくる。体には、ワイヤーを巻き付け、なんと“義経の八艘飛び”さながらに戦車から戦車へと飛び移るではないか。何故そのような事を……とは思わない。彼女がM3を助けようとしているのは、誰の目から見ても明らかだ。彼女は飛ぶ、M3の仲間を助けるために、敗北の危険を冒してまで。

 何度も思う、私は大洗に廃校を告げそれを進める身として彼女達を応援する事は出来ない。だが、だがしかし、この姿に何も感じないわけがない。観客達の熱い声援がここまでも聞こえてくる。

 

「彼女は、西住流ではありませんな。しかし……あるいは、そうであるからこそ彼女はここまで戦えたのでしょう」

 

 師範は答えない。しかしその瞳に、娘を否定する以外のものが込められているのを私は見た。西住流としてか、母としてか、その思いを知る事は、私には出来ない。

 ついにM3へと飛び移った末娘は、M3の搭乗者達と協力しワイヤーを巻き付け、そして無事他の戦車と共に川を脱出した。以前黒森峰は迫るが、途中石橋を大洗チームが渡るときに、ポルシェティーガーがその重量を利用し石橋を崩しながら渡る。結果黒森峰は、遠回りを強いられ大幅に両チームは距離を離した。だが市街エリアへと進んだ大洗女子であるが、黒森峰の脅威は、すでに市街へと及んでいた。市街エリアで黒森峰の三号を一両発見した大洗チームは、撃破しようと追いかけるが、建物の間から現れた巨大な影に行く手を阻まれる。重量188t、戦車と言うにはあまりに巨大なそれはかつてドイツが開発した超重戦車マウスであった。

 デカい上に強いを体現したような存在で生半可な攻撃は通らず、強力な128 mm砲は必殺と言えよう。突然の巨大な存在の出現に浮き足立つ大洗チーム、たまらず攻撃したルノーが吹き飛ばされ、その仇討ちとばかりに攻撃した三突であったが、砲弾はむなしく弾かれ反撃の一撃でこれもまた吹き飛ばされた。四方八方から撃ち続ければ、マウスとて何時か沈むが、だが黒森峰本隊が迫る中マウスに時間を取られるわけにいかない。最悪無視でもするのだろうが、捨て置くにはマウスは脅威である。そしてやはりこの西住流の異端児、西住みほは違う。

 改めて隊列を整えた大洗チームは、マウスを迎え撃った。まずヘッツァーが突撃していくが、果たして何が目的か測りかねたのだが、なんとヘッツァーはマウスの下に潜り込むように突っ込み、なお履帯を回転させその巨大な体を持ち上げた。まるで相撲で巨体の外国人力士を持ち上げる小柄な力士だ。さらにヘッツァーを踏み台にして八九式が続けて突撃、マウスの砲塔をブロックして、M3達が陽動、その隙に四号が坂を上がり頭上からウィークポイントを砲撃した。さしものマウスも弱点を突かれ、ついに白旗を上げる。怪物の盗伐に歓声が上がった。黒森峰のマウスは、今までの試合で幾度か投入されたが撃破された記録は稀有であり、真正面からの打ち合いでの撃破など異例だったろう。しかし大洗はマウス撃破の引き換えにヘッツァーを失う事になった。生徒会長が顔を出し、四号に乗る末娘に声をかける。後を託したのだろう。

 マウスを失ったが依然として黒森峰の戦車は大洗を上回っている。正面から戦えば敗北は必至だろう。故に大洗はフラッグ同士での一対一の対決を望んだ。残った戦力を使い、上手く黒森峰戦車を誘導し、廃墟となった学校エリアへ黒森峰フラッグを誘い出し状況を作り上げた。唯一の出入り口をポルシェティーガーが巧みに塞ぎ、車体を斜めに止め傾斜装甲とし鉄壁の守りとなった。しかし何時かは撃破されるだろう、それまでに大洗はフラッグを倒す必要がある。最早策も何もない、それぞれの実力が頼りとなる正に最終局面であった。

 黒森峰戦車隊はフラッグを助けんとポルシェティーガーに砲撃を続けるが、ポルシェティーガーも一歩たりとも引かず反撃し粘り続ける。八九式は火力こそ無いが三両ほどの戦車を引き付け、M3は入り組んだ住宅街を利用した戦いをしかけ、最終的に撃破されながらも二両を撃破する活躍だった。その間フラッグ同士の戦いは苛烈を極めていた。常に必殺となりえる一撃を互いに撃ち、ギリギリでかわし続ける。確実に倒せる機会を窺う状況で、ついに八九式とポルシェティーガーがやられる。のこる大洗戦車はフラッグ、四号のみとなる。黒森峰戦車がポルシェティーガーで塞がれている出入り口を無理やり侵入しだし、それを知ったのか、ついに四号が勝負に出た。

 学校広間に出た両フラッグ。Ⅳ号は黒森峰フラッグⅥ号戦車に対し一度砲撃をしてから急速に円の動きで回り込んでいく。戦車で行うにはあまりに無理な動きに、ついにⅣ号の履帯は千切れ飛ぶが、それでも尚Ⅳ号は動く。執念で動くかのようなⅣ号はⅥ号の後ろをとる。同じく砲塔を後ろへと回していたⅥ号とⅣ号の砲塔が向き合い、同時に砲撃音が響き二両の戦車は、黒煙に飲まれた。

 だれもが、その煙が晴れるのを待った。観客達、大洗から来た生徒、家族、ライバル校、大洗と黒森峰の選手達、そして私と師範。徐々に晴れる煙、車体が見え出した。お互いにボロボロの戦車、そして白旗が見えた。

 

「大洗女子学園の勝利!!」

 

 審判を務める蝶野一等陸尉が高らかに叫んだ。白旗が上がったのは、Ⅵ号であった。

 ドッと波が押し寄せるように歓声が上がった。私も張り詰めた緊張が解け、ホッと息をついた。直ぐに車両は回収され、優勝旗の授与が行われる。その前に優勝の立て役者である西住みほの元へ集まるチームメイト、それぞれが隊長を讃え労り喜んだ。

 

「大洗が勝ちましたな」

 

 私が師範へ話しかけると、彼女は一度ため息をはいたが、どこか納得した様子でただ一言。

 

「そうね」

 

 と、だけ答えた。

 

 大洗の優勝により、私はこれからやる事が増えたので早々に立ち去る事にする。失礼します、と一言つげて、私は車に乗りこむ。立ち去る時、小さな拍手が聞こえたのは気のせいではないはずだ。

 なお、帰り際アンツィオ生達を起こして来たが、彼女達は大洗の応援に夜明け前にきて飲み食いをして騒ぎ疲れてしまい寝ていたようだ。およそ未成年に相応しくない見た目の瓶がそこ等に転がっていたが、いやしかし、ノンアルコールであったので一応は良しとする。しかし、滅多に人が来ない場所であるが、こんな所で若い女子達が一夜を明かすものではないと注意して、一応君達アンツィオも統廃合候補だったので、問題を起こしてはいけないよと告げると、隊長の娘が何度も頭を下げていた。

 ひとまず、大洗を中心とした問題は一旦落ち着き、これからまた他の学園艦統廃合を進める仕事に取り掛かるかと、その時の私はどこか楽観的であったのだ。

 

 

 

 




もうちょっとだけ、続くんじゃ


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