夜兎の営む呉服店 (とんちき)
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天パと過去

 侍の国。この国がそう呼ばれていたのは今は昔の話。

 廃刀令によって武器を失った侍たちは、宇宙からの使者である天人に実権を握られ今や形無し。街中を歩くのは人間じゃなくて宇宙人。法律も天人第一のモノに変わり、人様にとっては街中に出歩くことすらキツい時代になってしまった。元人間の俺からしたら同情もんだよ。

 

「銀さん、今月の依頼何回来たの?」

「ゼロ」

「お金は?」

「ゼロ」

「パフェ食べる?」

「頼む」

 

 力なくテーブルに突っ伏すこの天然パーマは坂田銀時。マダオと呼ばれる人とすら呼べない最悪の人種で、間借りしてる部屋の家賃を五ヶ月も払ってないというその度胸には尊敬の念すら覚える。まぁ、それでもやるときはしっかりやる人で俺も少なからず恩があるから、こうして俺の店に来てくれた時はパフェ作って上げるけど。

 

「神楽だけでもギリギリだってのに、あいつバカでけぇ犬拾って飼い始めやがった所為で銀さんもう限界。パフェ幾つ食っても足りねぇよこんちくしょう」

「あ、一杯目はタダでいいけど二杯目からはお金取るからね」

「そんな殺生な!」

 

 銀さんと違ってウチは余裕あるけど、やっぱりそういうところはしっかりしとかないとね。この人、甘やかすと何処までも甘えてくるから引き時は大事。

 と、パフェを食べ進めていく銀さんがため息を溢す。

 

「お前はいいよな、店儲かってるみたいで。ていうか神楽と同じ夜兎なんだからアイツの面倒もお前が見ればいいじゃねぇか」

「それでもいいですけど、神楽ちゃん銀さんのとこ割と気に入ってるみたいですし多分無理だと思いますよ。それに、俺が面倒みたら銀さん収入の3分の2は減ると思うよ。神楽ちゃんがウチで偶にバイトして、そのバイト代を俺が万事屋に上げてるんだから」

「あのね、そのバイト代が神楽とクソ犬の食費で飛んでるの。むしろーマイナスなの、それじゃ足りないのそこんとこ分かる?」

「そこはホラ、神楽ちゃんみたいな可愛い娘と一緒に一つ屋根の下で暮らせるんだから我慢しなよ」

「俺はロリコンじゃねぇえええ!」

 

 立ち上がって猛抗議してくる銀さんを宥める。

 まぁ、俺も神楽ちゃんと一緒に暮らせって言われたら抵抗あるし当然だと思う。勿論、男女の間で起こる抵抗ってヤツじゃなくてもっと現実的なものだよ? 俺たち夜兎ってよく食べるし、神楽ちゃんに至っては俺の倍は食べる。しかもあの子、不器用で店の品物よく壊すから扱い辛い、あとよくゲロる。これらのことを考えるとやっぱり神楽ちゃんには万事屋で生活してもらうのが一番だと思うんだ。ほら、銀さんってなんだかんだ面倒見いいし、窮地に立たされれば少しは働くでしょ。

 

「でも銀さん、前よりいい顔してますよ。きっとメガネくんと神楽ちゃんのお陰ですね」

「んなわけあるかバカ野郎。アイツらのせいでジャンプすらゆっくり読めねぇってのに」

「ジャンプとパチンコ以外にもやること出来て良かったじゃないですか」

 

 昼近くまで寝て、起きたらジャンプ読むかパチンコするかして、夜になったら町に繰り出す。これが銀さんの基本サイクルだった。うん、字面だけどこれサイアクだよね。もうニートを越えてマダオって呼ばれるだけあるよ。

 それがメガネくんと神楽ちゃんが来てからは依頼を割りとしっかりやるようになったし、メガネくんのお陰で規則正しい生活もしてるようで何よりだ。

 

「お前、今日なんかやることあるんじゃねぇの?」

 

 俺に構ってないで、やることあるならやってこいよ。遠回しにそう言われ何か依頼はあっただろうかと過去の記憶を思い出す。

 

「お偉いさんから一件と、真選組(サツ)の制服が三着、後は銀さんの着物の手直しぐらいしかないよ」

「あれ、俺頼んでたっけ?」

「この前破けたから直してくれーって言ってたじゃないですか。まぁ、銀さん引くほど同じヤツ持ってるから気づかないのも無理ないですけど」

「あー、そういやそんなこと言ったな。どのくらいで直りそうよ」

「二日も経てば終わりますよ。バイト終わりの神楽ちゃんに渡しとくんでそれ受け取ってください」

「いつもサンキューな」

 

 珍しい。銀さんが素でお礼言ってきたよ。まぁ、こういう時は大概何か裏があるって経験済みだから特に驚きはしないけど。

 

「ホント、お前にはいつも助かってるよ。着物の手直ししてくれたり、パフェ作ってくれたり、神楽や新八の面倒まで見てもらってる。お前にはホント頭があがらねぇよ」

「何言ってるんですか。そもそも、俺がこうして地球で平穏に暮らせるのも銀さんのお陰ですよ。パフェぐらい作るの訳ないですって」

 

 銀さんの眼光が鋭く光る。その言葉を待っていたと言わんばかりに。だがしかし

 

「じゃあパフェもういっ「まぁそれとこれは別の話。無料分は一週間で一杯です」そんなー!」

 

 大の大人がパフェ食えなかったぐらいで泣きつかないでください。ていうか、一週間でパフェが一杯タダで食えるんだからそれだけでも感謝して欲しいものだ。

 

「ってあり? 食材切らしてる……あーそうか、この前神楽ちゃんに食われたんだったな。銀さん、俺ちょっと買出し言ってくるんで店番頼んでいいですか? 帰ったらパフェ作ってあげるんで」

「マジでか! おう任せろ、泥棒が来たらこの俺がボッコボコにしてとっ捕まえてやるからよ!」

「やり過ぎないようにしてくださいね。サツ来ると面倒なんで」

 

 まぁ銀さんより腕の立つヤツなんてココにはそういないし、銀さんが問題起さない限りは大丈夫だろう。丁度昼時だし近くの商店街でセールしてた気もするから、何も問題起さないでいたらパフェ以外にも何か作ってあげよう。

 

「それじゃ頼みますねー」

 

 

 

 

 

 

 

 この世界に転生して、早いものでもう20年。

 

 事故で死んで目が覚めたら5歳の子供、それも宇宙人に囲まれた状態で目を覚ました時はまだ夢の中にいるんじゃないかとさえ思ったな。

 転生か憑依か、何にせよ前世の俺とはまったく違う誰かとしてこの世界に生まれ、夜兎という一般人とはかけ離れた戦闘種族と知った時はビックリしたもんだ。人なんて軽く握りつぶせるほどの怪力、兎の如き強靭な脚力、まるで漫画やアニメの世界に来てるような実感さえ覚えた。いやまぁ、バカでかい蛇とか竜とかがいるこの世界だ、実際は俺が知らないだけで何かの漫画かアニメの世界だったりするのかもな。

 

 思い返せば戦ってばっかりの人生だったな。

 自分が今まで何をしていたのか分からず、家族や友人の記憶すらこの体にはなかった。頼る当ても自分が何をするのかも定かでないまま、ただただ戦い続けた。本能が俺に訴えていたのだ、死にたくないと。だから、その本能に従って今まで戦い続けてきた。2年前のあの日、銀さんとこの星で出会うまで。

 

《やりてぇことをやればいい。テメェがやりてぇことくらい、テメェで決めやがれ》

 

 銀さんにとっては大したことしたつもりはないのかもしれないけど、俺にとっては大きすぎる恩だ。一生かかっても返せそうにないほどの。

 だから、最近なんだかんだ言いながらも楽しそうな銀さんを見れて少し嬉しい。お登勢さんは俺が来るまではもっと酷かったって言うけど、それでも今の銀さんと俺の知る銀さんを比べれば天地の差だと思う。やりがいというか何と言うか、銀さんも俺と同じでやりたいことを見つけられたのかなと、そう思う。

 

 基本的にはマダオの銀さんだが、やる時はやるし決める所はしっかり決める。

 そんな銀さんだからメガネくんや神楽ちゃんは惹かれたのだろう。銀さんに救われた人は本人のその気がなくても何故か惹かれてしまう。カリスマとは言い辛いが、それと似たようなのを銀さんは持ってる。正直、羨ましい。俺もマダオになればそんなカリスマが身に付くだろうか……いや、止めておこう。やっぱりマダオにはなりたくないや。

 

「今日もお天道様は忌々しいほどに輝いてることで」

 

 番傘があるとはいえ、夜兎の俺にはやっぱりこの光は辛いや。

 神楽ちゃんは偶にこの太陽の下を全力疾走してるけど、大丈夫なのだろうか。まぁ、あの子はちょっと特殊だしきっと大丈夫なんだろう。あんまり追求するとそんな設定あったなとか言われそうだしこれ以上考えるのは止めておこう。

 

「あ、酢昆布切らしてたっけ。神楽ちゃん怒るだろうし買っておくか」

 

 一ダース150円。まぁ酢昆布の需要なんて今時神楽ちゃんぐらいしかないしこんなもんだと思う。ついでにメガネくんのメガネも買っておいたほうがいいだろうか。あのメガネくんよくメガネ壊すし。

 

《メガネくんじゃねーよ! 新八だよ!!》

 

 メガネくんはからかうと本当に面白い。銀さんが気に入るのも分かるという物だ。

 そうだ、このメガネを銀さんに渡してまた一芸してもらおう。きっと面白くなるぞ。

 

「すみませーん。このメガネ10個ください」

 

《どんだけメガネ買うんだよ!》

 

 そんな突っ込みが、何処かから聞こえた気がしたが気のせいだろう。

 

 



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メガネとチャイナ

 銀さん経由でメガネくんと神楽ちゃんとは比較的仲がいい俺。メガネくんは銀さんと一緒にボケて突っ込まれる程度には打ち解けていて、神楽ちゃんは同じ夜兎族ということで色々と面倒を見ているし、彼女のお父さんとも俺は面識があるので必然的によく喋るようになった。

 

 そんな二人が、銀さんを万事屋に置き去りにして俺の店へ訪れた。

 いつもは銀さんとこの店に来るだけに、二人だけという絵は何処か新鮮さを覚える。

 

「ながもん、朝からコイツ調子悪いネ。直して欲しいアル」

「折角の休みなのにすみません。神楽ちゃん、止めても聞かなくて」

 

 メガネくんが頭を下げる傍らで神楽ちゃんが差し出してきたのは俺たち夜兎にとっては必需品の番傘。調子が悪いとはどういうことなのか、取りあえず神楽ちゃんから番傘を受け取って確かめる。

 あ、ちなみにながもんっていうのは俺のことだ。勿論本名じゃなくて神楽ちゃんが俺の名前をもじって作ったあだ名みたいなもんだ。

 

「あ、番傘としての役割は果たすんだ。となると、仕込み銃とかが誤作動した感じかな?」

「朝新八が起こしに来たとき喧しいから永眠させてやろう思ったアルネ。そしたらなんか弾出てこなくて不発に終わったアルヨ」

「何物騒なこと言ってるの!? え、もしかして僕って朝から殺されそうになってたの!?」

 

 なるほど。まぁ、確かにメガネくんのツッコミも偶に鬱陶しく感じることあるし分からなくはない。けど神楽ちゃん、この世界にメガネくんのようなツッコミ人間ならぬツッコミメガネがいなくなったらもうお終いだと思うんだ。だから、永眠じゃなくて半殺し程度に済ませるのがベストだよ。

 

「あの、勝手に心の中覗かせて貰って悪いんですけど、僕のツッコミって鬱陶しい時あるの? 当たり前のことを当たり前に突っ込んでるだけなんだけど、え、もうそれすらもさせてくれないの? ツッコミしただけで半殺し確定なんですか? ていうかツッコミメガネって何だよ」

「メガネくん、まずは人の皮を被ったその偽りの姿じゃなくて本体を出してきなさい。お互い腹の内を曝け出せば銀さんなら何とかしてくれるよ」

「人の皮を被った偽りの姿って何!? 僕人として認知すらさせて貰えないんだけど、メガネに腹の内も何もないと思うんですけど! そもそも銀さんなら何とかしてくれるって言うけど僕の本体=メガネを定着させたの銀さんなんですけど! ていうかもうこれ何度目になるか分かんないけど僕はメガネくんじゃなくて新八です!」

 

 ゼェゼェとツッコミを終えたメガネくんを見て相変わらず面白い子だと、内心で笑いを堪える。

 

「少し時間かかるし、良かったら上がってく? 今日は休みだし何ならご飯食べてってもいいよ」

「私チャーハンがいいアル、いつものパラパラのやつお願いするネ!」

「あ、僕もお願いします。神楽ちゃんがいつも美味しいって言ってくるんで気になってたんです!」

「オッケー。じゃあチャーハンとメガネ入りチャーハンね。30分くらいで出来るからテレビでも見ながら待ってて頂戴な」

「メガネ入りチャーハンって何、もうそれ完全に僕が食べる流れだよね!?」

 

 この前メガネ10個買って余ってるんだよね。メガネくんいらないって言うし、あれ誰か貰ってくれないかなー。いっそこの店に出すか。うん、それもアリだな。

 

 

 

 

 

 

「神楽ちゃーん、直し終わったよ。ハイ」

「おー、サンキューながもん!」

 

 昼飯だけなのに三日分の食料は消えたと思う。夜兎基準の三日なので常人からしたら2週間分だろうか、それだけの量を食べ終え酢昆布を齧ってゴロゴロしてる神楽ちゃんに修理し終えた番傘を差し出す。単純に銃弾が詰まって出てこなかっただけだったので、直すのにそこまで手間はかからなかった。

 

「それにしても長門さんって基本何でも出来ますよね。掃除洗濯炊事、僕の知る限りだとどれもプロレベルの腕前ですよ。地球に来る前は何かしてたんですか?」

 

 そう言えば銀さんには言ったけど、二人には言ってなかったか。

 基本ここに来る前までは戦ってばっかりの俺だったけど、生活自体は割りとしっかりしていたつもりだ。そもそも一人で生きてきたようなものだし、夜兎の性質上たくさん食わないと生きていけない。そんでやっぱり、飯食うなら美味いもののほうが断然いい。戦闘で服とかよく血まみれになってたから洗濯にも力入れたし、元より綺麗好きだから掃除とかは前世の知識を駆使してやってるだけ。

 

 ただ説明するの面倒だし、ちょっとシリアスになる可能性もあるので適当に誤魔化しておこう。

 

「銀さんの無理難題に付き合ってたら出来るようになってた、それだけだよ。だから二人もいずれは出来るようになると思うぞ」

 

 うん、割と適当なこと言ったけどなんだか凄い説得力あるなこの言葉。よし、これからは何かあったら全部銀さんの所為ってことにしておこう。

 

「何かすみません、銀さんがいつも迷惑かけて」

「鬱陶しかったらいつでも言うネ。私がぶっ飛ばしておくアル」

 

 ほら通じてるよ。やっぱり日頃の態度って大事なんだね。銀さんみたいなマダオは一度痛い目を見て改心する必要があるんじゃないかと割と本気で思ってきた。じゃないと俺みたいなヤツに嵌められていつかとんでもない事になると思う。でもまぁ、普段からとんでもないことにあってるっちゃあってるし、それでも直らないのを考えるともうどうしようもないのかもしれないが。

 

「銀さんにはもう慣れたよ。何だかんだそれなりの付き合いだしね。二人こそ、何か困ったことあったらいつでもおいで。仕事で出張ってる時以外は力になるからさ」

「ながもん」

「長門さん」

 

 二人には色々と感謝してるしね。銀さんほどじゃないが、困ったときは力になるさ。内容によってはお金貰うことがあるけどそこはホラ、夜兎を雇う資金だと思ってもらえれば。元より夜兎ってほとんどが傭兵だしね。

 

「そう言えば銀さんと長門さんって知り合ってどれくらいなんですか?」

「あ、それ私も気になってたネ」

「銀さんと知り合って? うーん、2年くらいかなー」

 

 時の流れは速い。あの衝撃的な出会いからもう2年も経つのだから。目を閉じれば今でも鮮明に思い出せる、銀さんとの出会いが。

 

《おい、このジャンプは俺のだ離しやがれ》

《そのジャンプは俺が先約済みです。先にトイレ済ましてたんです》

《ハッ、だったら名前でも書いておくこった。まぁ俺だったらジャンプ買ってからトイレ行くけどな》

《ええそうでしょうね。だから名前書いておきましたよ、ほらココ》

《え……あ、ホントだ》

 

 あの時の記憶はどれだけ時間が経っても忘れることはないだろう、うんうん。

 

「いやあの、何処からどう見ても衝撃的でも何でもないんですけど。百歩譲ってジャンプの奪い合いとかなら許せたけど、奪い合ってすらないじゃん。銀さん普通に譲って別の店に買いに行ってるんですけど」

「ながもんもジャンプ読んでるアルか。なんか意外アル」

「男はいくつになっても心は少年なんだよ。まぁ、中にはヤングとかビジネスとかに手を出す阿呆もいるけど、男ならやっぱりジャンプさ」

「自分の価値観押し付けすぎでしょ。それもう銀さんレベルですよ」

 

 銀さんほどまでは行かないよ。あれは俺とは次元が違う。この前なんてちょっとヤングに浮気したら裏切り者ー! って木刀で殴られて3週間は口利いてくれなかったよ。

 

「いや浮気したんかい! この人他人には超厳しいけど自分には激甘のタイプだよ絶対」

「そんなことないよ。ねー神楽ちゃん」

「! ソウアル、ながもんハ銀チャントハ違ウネ」

「酢昆布で買収されてんじゃねぇえええ!」

 

 何処から取り出したのかメガネくんのハリセンで神楽ちゃん共々叩かれる。ナイスツッコミ、これからもその腕を腐らせないよう精進したまえ。あと神楽ちゃん、酢昆布で買収されるのは俺だけにしようね。他の人に酢昆布渡されてもついていっちゃダメだよ? 

 

「今時酢昆布持ち歩いてるのなんてながもんだけアル。それに銀ちゃんから知らない大人から酢昆布は貰うなって言われてるアルね」

「酢昆布以外だったら?」

「場合によっては貰うアル」

 

 現金だよこの娘。銀さんと一緒に暮らしてるからどんどん銀さんに性格似てきてるよ。最近じゃゲロ吐きまくるし鼻くそはほじるしでヒロインの風上にも置けないよ。まぁ、神楽ちゃんも夜兎だし万が一はないだろう銀さんもいることだし。

 問題なのはメガネくんだ。メガネくんはただの一般人と何ら変わらないからここはしっかり言い聞かせておこう。

 

「いいかいメガネくん。知らない大人からメガネを上げるって言われても絶対についていっちゃダメだよ? いいかい、お兄さんとの約束だ」

 

 直後、顎に右ストレート。

 

「ついて行くかぁあああ! なんで僕だけメガネ!? メガネ上げるって言われてついていく奴が何処の世界にいるってんだ!」

「中々いいパンチ打つじゃないか。これなら誰に誘拐されても安心だな」

「いや物騒なこと言わないでくださいよもう」

 

 あ、でもメガネくんって童貞なんだっけ。

 

「メガネくん。綺麗なお姉さんに誘惑されてもついていっちゃダメだよ? ああいうのってカモからは絞れるだけ絞り取って最終的には裸にして路上に放り投げるようなヤツ等だから」

「……そ、そそそんなの当然じゃないですか! ぼぼぼ僕だって人を見る目くらいあああありますよ!!」

「新八鼻血出てるアル、何想像してるアルか気持ち悪いネ」

 

 うーん、これは一度痛い目をみないとダメそうだね。まぁ、それも経験だ。授業料だと思っていつか絞り取られるといいよ。あと神楽ちゃん、メガネくんにその軽蔑の眼差しは止めてあげて、メガネくん泣いちゃうから。

 

 

 



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ドSとマヨラー

「おばちゃん、カツ丼おかわり」

「あいよー」

 

 お昼時。

 仕事が一段落したので昼食を取りに行きつけのおばちゃんの店にやってきた。

 

 江戸の料理は美味しい。卵焼きと称してダークマターを出してくるスナック店も存在するが、そういった一部の特殊な店以外を除けば宇宙でも上位に食い込むであろうレベルだろう。だから今日のように、一仕事終わった後に飯作るのが面倒くさいという時はよく外食する。

 ちなみにこの店はあの銀さんが頻繁に足を運ぶ店で、宇治銀時丼なる家畜の餌と見間違うようなメニューまで存在していて、土方スペシャルなる最早食い物ですらない地獄のメニューもあることから、この店はそういった特殊な食通たちの間ではかなり有名な店だったりする。

 

「土方さん、俺あんな犬の餌食いたくないでさぁ」

「もっぺん食ってみろって。ぜってぇ美味いから、あの時はお前の舌がどうかしてただけだから」

「いやどうかしてんのは土方さんの頭でさぁ」

 

 ガラガラと扉が開かれ入ってきたのは真選組の副長さんと隊長さん。

 乗り気の副長さんに対して隊長さんは心底嫌そうな顔をしている。普段はドSな隊長さんがあんな顔をするのも珍しい。

 話題はどうやらメニューの片隅にひっそりと書いてあるこの土方スペシャルなる犬の餌らしい。

 

「おばちゃん土方スペシャル一つとカツ丼土方スペシャル一つ」

「あいよー」

 

 俺の二つ隣のカウンター席についた二人の会話を盗み聞くととんでもない言葉を聞いてしまった。

 なんとあの副長土方スペシャルだけに飽き足らず、カツ丼土方スペシャルなるとんでもないものまで生み出してしまったらしい。現在進行形でカツ丼を食べ進めている俺からすれば見たら最後、食欲を失くすこと間違いなし。

 

「ん? あらぁ呉服店の兄貴じゃありやせんか」

「おお本当だ。なんだアイツもカツ丼食ってんのか。なら丁度いい、総悟よく見とけ土方スペシャルは万人に受けるって事を証明してやる」

 

 ちょっと待ってぇえええ!?

 バレるのは別にいいよ、飯食ったら制服取りに来て欲しかったから声かけるつもりだったし。けど何が丁度いいの、カツ丼食ってることの何が丁度いいの? お願いだから土方スペシャルと関係ない話題で声かけてくんない!?

 

「奇遇だな店主。この店にいるってことはあんたもソッチの口なんだろ? この店のオススメ知ってんだ、奢るからあんたもどうだ?」

 

 ああもうダメだお終いだ。真選組はウチの常連さんだし、色々あるからあんまり関わりたくないってのに……!

 クソどうする。俺が夜兎ってのはバレてないけど大食いってことは副長さんも隊長さんも周知の事実。俺がカツ丼一杯で満足するようなヤツじゃないってことはバレてる。この場面をどう切り抜ければいい。切り抜けなければ間違いなく死ぬ。

 

「カツ丼土方スペシャルって言ってよ。カツ丼にマヨネーズかけるだけのシンプルな料理なんだが、これがまた格別でよ。普段から世話になってるあんたには是非とも食って欲しいんだ」

 

 ああそうだね。その言葉だけ聞けば食欲がそそられるかもしれないね。けどね副長さんのいうマヨネーズをかけるだけの料理って、それもう八割がただのマヨネーズでしょ? ご飯とマヨネーズの割合って2対8でしょ? 普通逆だと思うんだけどていうか逆にしてもむしろ多いぐらいだと俺は思うんだよ。

 

「待ちな土方さん」

 

 ッ、隊長さん!

 

「あんなもん食って喜ぶヤツなんてそうそういやしませんぜ? 近藤さんしかり万事屋の旦那しかり俺しかり──」

 

 そうだ隊長さん言ってやってくれ。俺はあんな料理食えない

 

「──だから俺の土方スペシャルも兄貴に上げて貰って結構でさぁ」

 

 おいぃいいいいいい!

 なんでだなんでその流れになった!? そこは普通、俺たちさえ食えないモノを兄貴が食えるわけないだろとかそういう流れじゃなかった!? 何言ってくれてんの隊長さん! しかも副長さんも天啓が下ったみたいな顔してんじゃねぇえええ! それ天啓じゃないから悪魔の囁きだから!

 

「しっかり味わって食べてくださいよ、兄貴」

 

 三日月の如く裂けるその口を見て、そういえば隊長さんってドが付くほどのSだったなと思い出した。銀さん、俺今日死ぬのかもしれない。今までありがとう。メガネくんや神楽ちゃんとこれからも達者に暮らして欲しい。ああ、銀さんに恩が返せなかったのが心残りだなぁ……

 

 

 

 

 

 

「ほらなぁ総悟、やっぱり土方スペシャルは万人に受けんだよ。お前とあの腐れ天パの舌がおかしいだけなんだって」

「すいやせん兄貴、この恩はいつか必ず返しやすんで」

「あぁ、うん……だったら今すぐ帰ってくんない? この腹に溜まった異物吐き出さないと行けないから」

 

 カツ丼土方スペシャルと土方スペシャルを奥義一点見つめで無心になることで完食し、現在進行形で泣き叫ぶ腹を擦りながら俺の店で呑気に茶を啜る二人に出来上がった制服を差し出す。

 

「制服を受け取りに来たのはついで、本命はコッチだ」

 

 土方さんが取り出したのは攘夷浪士のような武装した男たちの写真。

 はて、こんなのを見せられても特に思い当たることはないんだが。

 

「最近、過激攘夷浪士たちが兄貴の店の周辺嗅ぎ回ってましてねぇ、何か心当たりないですか?」

 

 過激攘夷浪士たちが? 過激ってことはヅラさんとは関係ないんだろうけど……にしてもやっぱり心当たりはないぞ。

 

「コイツ等、最近幕府の重鎮や他星のお偉いさんその関係者含め手当たり次第に襲撃してるんでさぁ。呉服店の兄貴、そういったヤツ等から依頼とか受けてたりしやせんかね?」

 

 ……受けてるな一件。凄い個人的なお願いだけど、受けてるな。

 幕府の重鎮所か頂点に君臨する人から。

 

《妹の誕生日に着物をプレゼントしたい。そこで貴殿に仕立てて貰いたいのだが》

 

 ああ、心当たりがありまくるぞ。確かにあの人なら過激攘夷浪士が付け狙うのも分かる。うん、凄い嫌な予感がしてきた。そう言えば昼取りに行くとき誰かに付けられてたような気がするんだが

 

「オラァ攘夷浪士様だ! 大人しく両腕上げて、金と将軍に渡すっつうモンを出しな!」

 

 店の扉が蹴破られ、十数人の攘夷浪士たちが剣を片手に乗り込んでくる。

 あーあ、嫌な予感的中だよ。

 

「チッ、付けられてたか」

「何で気づかなかったんでぃ土方、殺すぞこの野郎」

「テメェから先に殺してやろうか!」

 

 しかもこの場には副長さんと隊長さんいるし。二人がいなかったらこんなヤツ等どうってことないんだけどなぁ。真選組の前であんまり目立つ訳にもいかんし……どうするか。

 

「動くんじゃねぇぞ真選組」

「動けば店諸共この爆弾で木っ端微塵にしてやるかな!」

「「ッ!?」」

 

 おいマジかよ、アイツ等爆弾持ってきてるぞ。

 流石に店爆破するのだけは勘弁してくれないかね。今日やっと仕立てたモンが終わったのにまた一から作業するの流石に嫌だよ。

 

「おら、さっさと持ってこい!」

「チッ」

「やっこさーん、このアホの首で一つ手打ってくれやせんかねぇ!」

「テメェ本当に殺すぞ!」

 

 副長さんと隊長さんって本当に仲悪いな。いや、これはある意味いいのかもしれない。

 

「ごちゃごちゃうるせぇ!」

「早くしろ! どうなっても知らんぞ!」

 

 囲まれ剣を首に向けられる。

 流石の副長さんと隊長さんもこればっかりはどうしようもないのか、剣を構えることすらせず立ち竦んでいる。まぁ、十中八九俺の店の心配して手が出せないのだろう。

 

「しょうがないか」

「お、おい店主!」

「兄貴……」

 

 遅かれ早かれバレるだろうし、あの時は顔隠してたし番傘も別のヤツだったから大丈夫だろう。店ぶっ壊されて金巻き上げられるよりは全然マシだ。

 

「副長さん隊長さん、ちょっと頭下げといてください」

 

 店の裏に金と着物を取りに行くフリをして店の裏に立てかけておいた番傘を取る。

 

「お前ソレ……」

「兄貴あんた」

「コレ、出来れば内緒でお願いしますよ。あんまり目立ちたくないんで」

 

 呆然とする二人の前に番傘を担いで立つ。

 攘夷浪士たちの怪訝な視線が俺に刺さる。言葉はなくても言いたいことは大体分かる。

 

「何のつもりだテメェ」

「俺たちは金と貢物出せつったんだが、聞こえてなかったのか?」

 

 なるほど、彼らは夜兎という種族を知らないようだ。普通なら副長さんや隊長さんみたく一目で分かるものなのだが……まぁ、それならそれで好都合。さっさと終わらせましょうかね。

 

「もっぺん言うぞ? 金と貢物──」

 

 言い寄ってきた男の頭を掴み、砲丸投げの要領で外へ放り投げる。弾丸の如き速さで投擲された男は店の正面の壁に叩きつけられ気を失った。良かった、正面に建築物なくて。

 

「こ、コイツ……!」

「やれ、やっちまえ!」

 

 肉弾戦では敵わないと思ったのか、爆弾が投擲される。

 はいはい、そんな危ない物は──

 

「お空にぶん投げちゃいましょうねー!」

 

 番傘に爆弾がクリーンヒット! そのまま空高くハイアーザンスカイ!

 直後、空中で起こる爆発。勿論被害はゼロ。この時間帯は飛行船飛んでないからね。

 

「さて、大人しくお縄につくかあの男みたくぶっ飛ばされるか……選んでいいよ」

 

 ボキボキと指を鳴らしながらニッコリスマイル。これが最も威圧感の出る方法だと俺は師匠に教わった。

 

『すいませんでしたー!』

 

 

 

 

 

 

「まさか呉服店の兄貴が夜兎だったなんてなぁ、あのチャイナ娘とは知り合いなんですかい?」

「いや、神楽ちゃんとはこの星で会ったのが初対面さ。基本的に俺の知り合いはほとんどがこの星で出会った人ばっかりよ」

 

 お天道様が沈みかける夕暮れ時。

 攘夷浪士たちを捕えるために集まった真選組の皆さんを眺めながら、副長さんと隊長さんと雑談を交わす。

 

「わりぃな。なんか足引っ張る形になっちまって」

「ほんとでぃ役立たず土方この野郎」

「お前帰ったら覚えとけよ……!」

 

 副長さんどうどう。

 

「でも店の被害が扉だけで良かったですよ。正直、今結構大事な時期だったんで」

「将軍様から依頼受けてるんだってな。俺たちももしソレを爆破なんてされたら首が飛んでた。改めて助かった」

「土方さんが素直に礼言うなんざ、明日は近藤さんが全裸にでもなってそうですねぇ」

「いやそれ毎日だから」

 

 ていうか今考えたら神楽ちゃんとかって結構口軽いし、俺が夜兎だって隠し通すのは無理があったかもしれない。そういう意味じゃ今回の一件は俺としてもありがた……くはないな。扉ぶっ壊されてるし。

 

「副長ー! 攘夷浪士たち全員詰め込みました。いつでも車出せますよ」

「そうか。んじゃそういうことだ、行くぞ総悟」

「兄貴、今度冷やかしに店行くんでその時は茶でも出してください」

「隊長さんはブレないね。うん、お茶ぐらい出すからいつでもおいで」

 

 車に乗り込んでいく副長さんと隊長さんに車が見えなくなるまで手を振る。

 なんだかんだあったけど、今日も楽しい一日だった。

 

 



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将ちゃんとカブトムシ

 季節は夏。番傘越しにも伝わる熱気を肌に受けながら、俺は一人虫取り網とカゴを背に森の中を歩き続けていた。

 

「暑い……なんだってあんなこと言っちゃったんだろう俺は」

 

 夜兎の俺にとってこの炎天下は大焦熱地獄にも等しい。半袖半パン、番傘で陽の光を遮ってるといっても暑いものは暑い。しかしあんなことを言ってしまった手前、手ぶらで店に帰るわけにもいかない。

 

 事の発端は凡そ2時間前。俺の友達が妹の誕生日プレゼントを取りに来たところまで遡る。

 

 

 

 

 

 

「カブトムシブーム再来か。前世も今も、夏の流行は何処も変わらないってことかね」

 

 ポリポリと、煎餅を齧りながらテレビを見ていたお昼時。

 適当につけたテレビでは銀さん一押しの結野アナが今話題のカブトムシについて取り上げていた。

 

 カブトムシと言えば子供の頃、野山を走り回って友達たちと捕まえまくった経験がある。そんで捕まえたカブトムシたちで相撲取らせてたりしたっけかな。

 

「うへぇ、あんなカブトムシで車買えるのか。世も末だねぇ」

 

 巷じゃピッカピカに光るカブトムシというのが流行ってるらしい。大きいカブトムシだけでも十万で買い取ってくれるとことかあるらしいので、銀さんがソレを知ったら森中のカブトムシを捕まえてきそうだ。

 

「失礼する」

 

 新しい煎餅を取り出したところで来客。

 あれま、もうそんな時間だったか。

 

「長門。依頼していた物を取りに来た」

「待ってたよ将ちゃん」

 

 江戸幕府第14代征夷大将軍 徳川茂茂。

 半年くらい前に攘夷浪士に狙われた妹のそよちゃんを偶々助けたことで縁が出来て、そよちゃんがウチの着物を気に入ってくれたのと妹助けてくれた礼とかでそれ以降はよくウチに着物の仕立ての依頼をしてきてくれるようになった。

 今回みたくそよちゃんの誕生日に上げたいと将ちゃん一人で来たのは初めてだが、そよちゃんとはよくウチに来て茶を飲んで世間話をするのが通例だったりする。

 

「先日、攘夷浪士たちの襲撃にあったのだろう? 大事無いようで何よりだ」

「危うく店爆破されるところだったけどね」

 

 幕府のトップともなれば嫌な性格してるんだろうなと当時は思ってたけど、実際会って話すとむしろその逆、民思いの優しい人だった。初めて会った時も敬語は使わないで自分のことは将ちゃんと呼んで欲しいと言われた時もビックリしたもんだ。

 

「ハイどうぞ。そよちゃんの好きな赤で仕立てさせて貰ったよ」

「そうか。それはそよも喜ぶ」

 

 プレゼント用の装飾を施した箱を将ちゃんに渡し、茶でも出そうかと裏へ行こうとすると

 

「カブトムシ……ああ、瑠璃丸」

「ん? なんだ将ちゃん、カブトムシ好きなのか」

 

 カブトムシを紹介しているテレビを見て、憂うような表情で将ちゃんが呟いたので気になって聞いてみた。

 

「うむ。瑠璃丸というカブトムシをこの前まで飼っていたのだが」

「いた?」

「……森を歩いていた際に逃げられてしまってな」

 

 ああ、よくあるよね。カブトムシ捕まえられて舞い上がってその気持ちで一緒に散歩したくなるよね、それで逃げられて親に泣きつくというのが一連の流れ。

 ずーんと、体育座りで落ち込む将ちゃん。これはかなり重症のようで。ていうか瑠璃丸ってすごい名前つけたな。

 

「片栗虎に頼んで探してもらっているが未だ進展はないようだ。ああ、瑠璃丸……」

 

 片栗虎ってアレだよね。警察庁の長官の人。ていうか今凄いこと聞いちゃったんだけど……え、いくら将軍のカブトムシだからってたかがカブトムシのために警察が動くの? 

 

「瑠璃丸……もしかしたら何者かに捕まり悪逆の限りを尽くされているのではないか、もしかしたら既に息絶えてしまっているのではないか、そう考えると余は夜も眠れない。余のせいで罪無き瑠璃丸が危機に陥ってると思うと余は自分が許せなくなる……!」

「いやそれは考えすぎだと思うよ将ちゃん」

 

 瑠璃丸ってカブトムシだよね? たかだが虫のためにそんなこと考えてたら俺なんてどうなっちゃうのさ。もう死後は天国はおろか地獄すら生温い虚無の彼方に飛ばされちゃうよ。

 

「すまない長門。暗い話をしてしまったな」

「いや全然暗くないんだけど。むしろなんで暗くなると思ったの?」

「今日はお忍びだからな。じいやたちが来る前に帰らせてもらう」

 

 あの将ちゃん俺の声聞こえてる? 完全に自分の中で自己完結してるよね。

 え、なんで将ちゃんチラチラ俺のこと見てるの? まさか俺にカブトムシ捕まえて来いって言うの? 俺夜兎なんだけど、この炎天下の中出歩いたら死ぬぞ。

 

「……」

「はぁ」

 

 とうとう足止まっちゃったよ。もう完全に俺のこと見てるよ。捕まえろと言わんばかりの眼光だよ職権乱用だよ。

 

「俺、何でも屋じゃないんだけどなー」

 

 最近、俺の知り合いはこの店を何でも屋かなんかと勘違いしている。そういうのは銀さんのところでウチは呉服店なんだけどね。

 でもまぁ、依頼も来てないしお客さんも今日は来ないから別にいいけど。

 

「分かったよ。俺がその、ロリ丸だっけ? それ捕まえてくるから将ちゃんはお城でそよちゃんと待ってな」

「ッ、そうか恩に着る長門。それとロリ丸じゃなくて瑠璃丸だ」

 

 そんな訳で、俺のロリ丸ならぬ瑠璃丸捕獲任務が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

「お、カブトムシ見っけ」

 

 これでカブトムシ自体は七匹目だ。と言っても全部普通のカブトムシなので瑠璃丸ではない。瑠璃丸は将ちゃん曰く陽の光を浴びると金色に輝く特別なカブトムシで一目見れば分かるとのことだが……そんなの何処にもいないしいる気配がそもそもない。

 

「まぁでも金稼ぎだと思えばこんな楽な仕事もないよな」

 

 カブトムシブームということで普通のカブトムシすら何千何万、サイズによっては何十万にもなるほどだ。正直夏限定ならカブトムシ屋に転向した方がいいとさえ思える。まぁ、夜兎の身からすれば死んでも御免だが。

 

「銀さんも来れば良かったのに。こんだけ儲かる仕事逃すなんて勿体無い」

 

 一人では時間もかかるし、人手は多いほうが楽だと思ったので銀さんたちに依頼という形で頼んだのだが──

 

《カブトムシ取りだぁ? こんな炎天下の中、んな面倒くさいことやりたくねぇっつうの。他当たれ他。俺は今結野アナの生中継見るので忙しいんだ》

 

 ──という理由で断られた。そうやって仕事を選んでるからいつまで経っても家賃すら払えないんだと俺は思う。

 

「金ぴかカブト金ぴかカブト……んー、いないもんだなぁ」

 

 将ちゃんはこの森で逃がしたって言ってたけど、逃がしてもう数日経ってるんだ。最悪別の森に逃げ出した可能性は充分にある。ただかぶき町内で別の森なんて俺の知る限りここだけだし、かぶき町外に出たのならまだしも町内だけに絞ればここ以外考えられないんだよなぁ。

 流石にカブトムシ如きのために町外まで行くのは御免こうむる。その時は正直に捕まえられなかったと将ちゃんに言って、後のことは警察やら何やらに任せる。

 

「ん?」

 

 と、森を歩き回ってるとキラリと光る何かが奥に見える。

 もしや瑠璃丸!? これは確かめる必要がありそうだ。

 

「──」

「───!」

「──ッ ──!!」

 

 奥に進むと、巨大な金色の何かが木に張り付いているではないか。しかもそれを取り囲むように複数の人影が見える。

 俺の思ってた何十倍もデカイが陽の光を浴びて金色に輝くあの体は間違いなく瑠璃丸! そしてそれを囲んでるヤツ等は瑠璃丸を捕まえようとしてるヤツ等に違いない。ならば俺のやるべきことはただ一つ。

 

「瑠璃丸に、触るなぁあああ!」

「「え?」」

 

 夜兎の力を駆使し、瑠璃丸に群がるヤツ等を一蹴すべし。

 見慣れた天パとV字が見えたがきっと気のせいだろう。瑠璃丸を回収し、天パとV字を地面に叩きつける。その際、巨木が一本折れたがそこは瑠璃丸保護のために多めに見て欲しい。

 

「銀さぁあああん!」

「副長ぉおおおッ!」

 

 聞きなれた声が後ろで響くが気のせいだろう。さてさて、瑠璃丸は無事──

 

「……ゴリさん?」

 

 ──金色の物体は瑠璃丸どころかカブトムシですらなく、ハチミツを全身に塗りたくって金色に光る白目を剥いた見慣れたゴリラ顔だった。

 

 あーコレ、やっちまったな。

 

 



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万事屋と真選組…と師匠?

「──という訳で、将ちゃんに依頼されて俺も瑠璃丸を探しに来たんですよゴリさん」

「まさか長門くんが上様の話していた友人だったとは驚いたな。よし、そう言うことなら断る理由は無い。一緒に瑠璃丸を探し出して上様にお返ししよう!」

 

 地面に頭を埋める銀さんと土方さんを傍らに、近藤さん率いる真選組の人たちに俺がここにいる訳を説明すると快く承諾してくれた。やっぱりゴリさんは話が分かる人だね。そのゴリラ顔とすぐに全裸になる癖とお妙ちゃんに対するストーカー行為さえなくせば基本的にゴリさんは常識人だと思う。……あれ、もしかしなくてもゴリさんって存在自体が警察案件なんじゃ。あ、ゴリさん警察の人だったか。こりゃ世も末だな。

 

「将軍様のペットって言っても、カブトムシのために警察が動くってどうなんですか……」

「メガネくん世の中には踏み込んで良いことと悪いことがあるんだ。命が惜しかったらツッコミは控えたほうがいいよ」

「ていうか長門さんが銀さんに依頼して来た仕事って、もしかしなくても今やってるカブトムシ取りなんですか?」

「そうだよ。将ちゃんに瑠璃丸捕まえて来いって言われてさ。報酬弾むからーって銀さんに依頼したんだけど、銀さん面倒だって言って断ったんだよ」

「なんで僕は買い物なんか行ってたんだ……! 僕がその時その場所にいれば!」

 

 悔やんでも時既に遅し。俺の依頼はあの腐れ天パが丁重にお断りしました。ゴリさんたち真選組の協力が得られたんで今更頼まれても依頼は出せませんよ。

 

「あー! ながもんカブトムシ持ってるネ!」

「ん?」

 

 と、神楽ちゃんが俺の捕まえたカブトムシたちを見て目を光らせていた。そう言えば、元を辿れば神楽ちゃんがカブトムシ取りに行きたいって銀さんたちに言ったんだっけ。なるほどなるほど。

 

「ほんとでさぁ、呉服店の兄貴中々のサイズをお持ちで。どうでぃ、俺のサド丸といっちょカブト相撲でも」

「ながもん止めたほうがいいネ。あのマゾ丸に私の定春27号とあけぼのXはやられて永眠したアル」

「マゾ丸じゃねぇサド丸でぃチャイナ娘。ていうかお前の使ってたのカブトじゃなくてふんころがしだったじゃねぇか。しかも相撲見て興奮したお前が勝手に」

「誰が興奮させたか考えてみろ! 誰が一番悪いか考えてみろ!」

「完全にお前でさぁ」

 

 うーん、やっぱり神楽ちゃんは何処かズレてるよね。俺ならふんころがしなんて絶対触れないよ。

 

「神楽ちゃん、そんなにカブトムシ欲しいならこの中から好きなの上げるよ? 元々店舗で売るつもりで獲ってたヤツだし」

「え、本当アルか!?」

「あ、ずるいでさぁ兄貴。くれるってんなら俺にもくだせぇ」

「お前は引っ込んでるネ、このカブトムシは私の物アル!」

「バーカ、このカブトムシは俺のでぃ。お前こそ引っ込んでろチャイナ娘」

 

 銀さんやメガネくんからよく聞いてたけど、神楽ちゃんと隊長さんって本当に仲悪かったんだね。カブトムシの入ってるカゴ置いた瞬間に奪い合い始めたよ。ていうか、そんなに強く引っ張り合ってると

 

「「ハッ!?」」

 

 あーあ、カゴ割れちゃったよ。百均で買ったものだから別にいいけど。

 カゴから解放され一目散に逃げ出すカブトムシ。俺の目には札束が空を飛んでいるように見える。

 

「かーぶーとッ! 狩りじゃぁあああ!!」

「ん? 銀さん起きて──」

「テンメ長門! なんで将軍様からの依頼だって言わなかったんだ! それ知ってれば俺だってあの依頼受けたよカブトムシ捕まえまくってたよ!!」

「いや、言おうとしたら銀さんが電話切って──」

「これアレだよ。連絡不行き届きってヤツだよ! もっかい一から説明して俺に依頼受けさせろください!!」

 

 逃げたカブトムシを追っていく神楽ちゃんと隊長さんを見送っていると、銀さんが胸倉を掴んで依頼の再要求をしてきた。別にそうしてもいいけど、俺もう真選組の人たちと協力してるから独断じゃ出来ないんだよね。

 

「テメェはコイツの依頼を断った。断られたコイツは俺たちに協力を求め、俺たちはそれに応じた。だったらテメェ等の出る幕はねぇよ、さっさと家に帰りやがれ」

 

 銀さんと同じく復活した副長さんが銀さんを俺から離し、シッシッと虫を払うような仕草でそう言った。当然ながら、銀さんのこめかみに青筋が浮かぶ。この二人仲悪いから仕方ないね。

 

「んだコラ。お前等は町の安全守るのが役目だろぉが。こんなとこでロリ丸の尻なんざ追っかけてないでお前等こそ屯所に帰って少しは働けこの税金泥棒が」

「ロリ丸じゃねぇ瑠璃丸だ。次間違ったらその頭たたっ切るぞ腐れ天パ」

「ハッ、上等じゃねぇか。もっかい負かしてやるよ鬼の副長(笑)さんよぉ」

「ぶっ殺す」

 

 あーあー、コッチはコッチで始めちゃったよ。真選組と万事屋ってホント仲悪いな。メガネくんとジミーくんが頑張って止めてるけど聞く耳持たないよ。あ、巻き込まれて気絶した。

 

「ちょトシも総悟も何やってんだ! そんなことより瑠璃丸を捕まえねぇと」

「「黙ってろゴリラ」」

「んだとぉおおお!」

 

 唯一の頼りであるゴリさんも味方からの罵声に耐えられず全裸になって突貫。何故全裸になる必要があったゴリさん……しかしこれは

 

「カブトは私のものアル!」

「いいや俺のモンでぃ!」

 

「ちょこまか逃げんじゃねぇ!」

「そんなじゃ当たんねぇよバーカ!」

 

「お前らぁ、俺をみろぉおおお!」

「「……」」

 

 まさにカオス。たかがカブトムシのために森を蹂躙し、将軍からの依頼そっちのけで斬り合い、ツッコミ不在の中全裸で走り回るゴリラ。

 うーん、ついていけない。これはもう帰った方がいいな。将ちゃんには申し訳ないけど俺は充分頑張ったと思うし、後はみんなに任せよう。お腹も空いたしね。

 

 

 

 

 

 

 その後、万時屋と真選組は協力し合って瑠璃丸を探し出すことに成功した。

 しかし隊長さんと神楽ちゃんの暴走により、捕まえた瑠璃丸はご臨終。将ちゃんのペットを殺したということで双方共に罪に問われかけたが、将ちゃんのカブトムシブームが過ぎ去っていたことで事なきを得た。結局のところ、将ちゃんの気分次第ってことなんだよね。

 

「そよちゃんもプレゼント喜んでくれたみたいだし、銀さんは相変わらず一文無しの平常運転。うんうん、良きかな良きかな」

 

《全然良くねーから!》

 

 そんな声が何処から聞こえてきそうだが、マダオじゃない銀さんなんて想像できない。きっとその人は天パじゃなくてドストレートの銀髪なんだろうそうに違いない。

 ほら、髪は人を表すっていうしね。銀さんみたいな天然パーマは心がぐにょにょになってるから髪もぐにょぐにょなんだよ。

 

「郵便でーす」

「ん?」

 

 店の掃除をしてると郵便が届く。なんだろう、将ちゃんからお礼の手紙かな? それともそよちゃんからお茶会の誘いだろうか。

 

「差出人……は書いてない。誰だ?」

 

 将ちゃんとそよちゃんなら必ず《将》なり《そよ》なり書く。商いなら店の名前とか書いてる筈だし、将ちゃんとそよちゃん以外に手紙のやり取りしない身からすれば差出人に皆目見当がつかない。

 

「取り合えず開いて見るしかないよな」

 

 手紙開いたら呪い殺されたーなんてベタなRPGじゃあるまいし心配はないだろう。アレ、これもしかしてフラグ建った?

 

「《拝啓、草木の緑も一段と濃くなってきましたが、お健やかにお過ごしのことでしょうか──俺の毛は一段と抜け落ちていきます》……え」

 

 どこかで聞いたことあるような自虐ネタがまず始めに目に付いた。その瞬間、俺は手紙の差出人が誰なのか悟った。

 自虐ネタの癖にそれに触れるとキレるんだからどうしろっていう話だが、何度も何度もその理不尽に直面してきた俺は知ってる。

 

「《傘ぶっ壊れたから直しに地球(ソッチ)行く。神楽ちゃんにはサプライズってことで内緒で頼む。 by 師匠》……マジで?」

 

 どうやら俺が建てたフラグは、特大の死亡フラグだったのかもしれない。

 

 




たくさんのお気に入りと評価を貰って本当に驚きました。ありがとうございます。
仕事の息抜きにと自己満足で書いた今作ですが、皆様に楽しんで貰えてるようで何よりです。

次回から海坊主篇に入ります。オリジナル展開を含みますのでご注意ください。


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星海坊主篇01

星海坊主。

 

 宇宙最強の掃除屋(えいりあんばすたー)の異名を持ち、かつて夜兎の王と称される夜王と互角に渡り合った、俺の知る限り宇宙最強筆頭の男。星海坊主という名はあくまで通り名であって本名は神晃。しかしその名を知る人物は宇宙でも数えるほどしかいない。星海坊主という名が宇宙に広まりすぎているからだ。

 

 そんな師匠と出会ったのは今から10年前。この星とは別の星で師匠と出会いひょんなことから腕を見込まれ弟子になった、というか弟子にさせられた。何でも息子と同じ目をしていたとか何とかで。

 その時の俺は自分でも思うが相当拗らせていたので、やれハゲだのくそジジイだのと好き勝手に罵倒したものだ。その度に殴られて地面に埋められたが。

 

 師匠と一緒に過ごした時間は僅か半年という短い期間だったが、銀さんと同じくらい俺の人生に大きく影響を与えてくれた恩人だ。師匠の前では口が裂けても言えないが、本当に感謝している。あの人と出会わなかったら俺は今も夜兎の本能に従うままの獣だっただろう。

 

「ただなぁ……」

 

 師匠と関わると大抵碌なことが起きない。毛根の女神が実家に帰った代わりに祟り神でも連れてきたんじゃないかというぐらい、師匠の周りでは事件ばかり起こる。師匠自身が掃除屋をやってることもあって因縁の一つや二つくらいは持たれても当然だと思うが、それを含めても異常だ。最早師匠という存在が災いを引き寄せる疫病神なのではないかと疑うほどに。

 

「だけど師匠も過保護だなぁ。神楽ちゃんなら大丈夫だって手紙送ったのに」

 

 師匠と別れてからは数ヶ月に一度の頻度でしか連絡を取り合ってなかったが、神楽ちゃんがコッチに来て銀さんのところで暮らし始めたのを伝えたときからは一週間に一回のペースで手紙が送られてくる。やれ神楽は元気か、神楽はいじめられてないか、神楽が野郎に襲われてないかなどなど。初めのうちは子供を心配するいい親だと俺も手紙を返していたが、あまりの過保護ぶりに面倒になったのでここ最近は手紙を返してなかった。

 

「《ps 何で返事くれないの》……文面だけ見ると危ない女の子みたいだな」

 

 聞けば神楽ちゃんは絶賛反抗期の様子で、師匠には黙ってこの星に来たというのだから恐らく相当のものだろう。家に帰ってみれば娘がいなくなってたなんて、神楽ちゃん思いの師匠のその時の気持ちは想像を絶するほど驚いたことだろう。実際俺のところにも

 

《神楽がいなくなった! 手掛かりが一つでも欲しい小柄で朱色の髪の俺によく似た女の子だ! それっぽい娘を見つけたらすぐに連絡してくれ!!》

 

 なんていう手紙が凡そ20通来たほどだ。

 その時には俺も神楽ちゃんとは知り合っていたので、取り合えず神楽ちゃんに事情を説明し許可を貰った後、一緒の写真を取って師匠に送っておいた。後日、それを見て色々と荒ぶった師匠から100に及ぶ手紙が送られてきて、そのほとんどが感謝の手紙と神楽に手を出したら許さんという子離れ出来ない父親の手紙だった。

 

 一先ず神楽ちゃんの状況を手紙で師匠に伝えて安心させようとしたのだが、いかんせん神楽ちゃんの居候先は銀さん──大雑把に言うと師匠の知らない男の家だ。勿論、そんなことを師匠が許すはずがない。神楽ちゃんを連れ戻そうとする師匠に、銀さんが信頼できる人だと手紙越しに伝えるのはそれはもう苦労した。

 その甲斐あって同じ夜兎として神楽ちゃんの面倒は俺が見ることと、神楽ちゃんの状況を最低でも一ヶ月に一度は報告することで手打ちとなった。神楽ちゃんが偶にウチでバイトしてるのもそういう訳があってのことなのだ。

 

「と、電話だ」

 

 ジリリリリというけたたましい音を聞いて店の裏に向かう。

 基本的に仕立ては店に直接来て言ってもらうようにしてるので、店関連のことではないだろう。となると将ちゃんやそよちゃんから遊びのお誘いか、常連さん方からののお礼の言葉だったりするのだが。

 

「もしもし」

《もしもし拙者拙者─》

 

 ガチャリと受話器を置く。対応するだけで時間の無駄だと脳が即座に判断を下した。

 

「最近多いな。オレオレ詐欺ならぬ拙者拙者詐欺。今時こんなの引っ掛かる人いるのかなー」

 

 情報社会に疎い人か常識的な知識が欠けてる人、もしくは詐欺ということにすら気づかないお人好しな人しか引っ掛からないんじゃないだろうか。

 しかし最近じゃニュースにも取り上げられてるくらいだし、引っ掛かる人は多いのだろう。そういうのを聞くと犯人って手当たり次第に電話してるのか、予めターゲットを絞ってやってるのかが凄い気になる。

 

「……お腹減ったな」

 

 気づけばもうお昼時。お客さんは来ないようなので、14時くらいまで店閉めてお昼でも取りに行こう。ついでに何か買い物でもしてこようか、今日は家具とかが安くなってるみたいだし。

 

「あ、お金下ろしに銀行行かないと」

 

 

 

 

 

 

 えいりあんvsやくざ、という映画が最近巷で流行っているらしい。

 銀行に向かって歩いているとその映画の広告のチラシを貰ったり、宣伝をしていた女の子や男の人が十数回は勧めてきた。話を聞く限りだと大ヒット間違いなしで既に江戸の3分の2近くの人たちは映画を見に来て号泣したとか。タイトルを見る限り親近感が湧きすぎてあんまり面白くなさそうだけど、そこまで言われれば気になるのが人の性。暇があったら見に行こう。

 

「えいりあんばすたーの師匠とえいりあんの映画……何だろう嫌な予感がする」

 

 偶々被っただけならそれでいいんだけど、師匠に限って何も事件が起きない確立なんて天文学的数値に等しい。師匠のことは信じたいが、それでも何か起きてしまうんじゃないかと思わせるのが師匠なんだ。こればっかりは師匠が実家に帰ったという毛根の女神様にお祈りをするしかあるまい。

 

「そう言えば店の机傷んでたっけ。この機会に新しいの買っちゃおうかなー」

 

 お祈りもそこそこに、格安と書かれたチラシとにらめっこを始める。師匠のことも大事だが、店を閉めてまでここに来た理由を忘れてはいけない。

 最近じゃ銀さんたちがよく店で騒ぐから机だけじゃなく椅子とかも傷んできている。むしろ机だけじゃなく家具一式を買い換えるのも手ではないだろうか。

 

「犯人に告ぐ! お前は既に包囲されている、大人しく出てきなさーい!」

「なんだなんだ?」

 

 どうしようかと思考を巡らせながらも取り合えず銀行に到着。しかしどういうことか、銀行の前を警察の人たちが取り囲んでいるではないか。中には真選組の人たちもチラホラと……一体何事だ?

 

「あのおじさん。これどうしたんですか?」

「ああ長門くん。実は──」

 

 ウチの常連さんのおじさんが近くにいたので聞いてみると、どうやら銀行強盗がここに立て篭っているらしい。中には職員さんや俺と同じく銀行に来た人たちがいて、その人たちを人質に取られて思うように動けないとのこと。

 

「犯人は何か要求してるんですか?」

「いやそれが、要求どころかコッチの呼び掛けに何一つ応じないんだ。何とか逃げ延びたお客さんの話を聞く限りだと、犯人は常人離れした力で銀行を制圧して人質を取ってるとか」

「常人離れした力……」

 

 おじさんが言うからには地球人ではないだろう。となると天人だろうか。しかし話を聞く限りだと放っておくのは少しばかり不味そうな気がしないでもない。呼びかけに応じないということは中で何かをしてるということ、つまりそれさえ完了したら逃亡する可能性がある。天人なら何か特殊な力や道具を持っていてもおかしくない、あまり時間をかけるのは危険だ。

 

「すまない。道を空けてくれないかその銀行に用事があるんだ」

 

 番傘持って突入しようかと思い込んだのも束の間、人混みを分けて聞きなれた声の人物が扉の前に立っていた。見慣れた戦闘衣装に番傘、顔の大半が包帯で覆われており唯一包帯のない目の位置にはゴーグルが着けられている。

 ええと、凄い見覚えのある人なんですけど……もしかしてあの人

 

「まったく手間のかかる」

 

 言うや否や、番傘が物凄い勢いで店内に投擲される。

 地響きと同時に、店内に立て篭もっていた犯人らしき存在の悲鳴が木霊した。呆然とする警察の人たちの輪から抜け出し、その人に続くように俺も店内へ足を運ぶ。

 

「うわぁ……」

 

 店内は壮絶の一言だった。

 先ほど投擲された番傘の先にいるのはスライム状の未確認生物で、番傘の破壊力に耐えられず店内は半壊している。正直、銀行強盗よりも性質が悪い。

 そして、そんな店内の中心にいるのは何故か万事屋のメンバーと

 

「ええと、師匠?」

「ん? おお、久しぶりだな長門」

 

 すだれ頭とチョビ髭。以前会った時より髪が抜け落ちたことを除けば、何ともまぁ変わらない姿の師匠こと星海坊主がそこにいた。

 

「丁度良かった。お前等には積もる話もある。昼飯でも食いながらどうだ、俺が奢るからよ」

 

 




大変遅くなりました。
詳細は活動報告に載せていただきましたので、時間の空いた時に見ていただければ幸いです。


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