レスタニア解放戦記 (ドラゴンズドグマオンライン外伝) (岸本 案)
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序章「砦の守護者」

 冷たい雨が降り注いでいた。

 

 夜半から降り続いた雨は東の空が明るくなり始めても止むことは無く、その一滴(ひとしずく)ずつが流された血と共に更なる憎しみの芽を育む養分として大地に吸われ、やがて晴れることのない怨嗟の華を咲かせ、いつしか新たな復讐の種となり国土に根付く。

 いつ果てるとも知れない堂々巡りの流血の連鎖は、その地に住まう人々の心さえ蝕んでいるようであった。

 

 ここはレスタニア。飛べなくなった白き竜が治める大地。

 

 古の錬金術師を倒し失われた都を取り戻しても、浸食された大陸の竜を助け侵された大地を解放しても、レスタニアで剣を振るう者たちに安息の日々が訪れることはなかった。

 どれだけ武具の生成技術が進歩し新たな戦術が確立されても、後の世の人間から見ればもはや趣味としか思えないように、レスタニアの人間と覚者たちは領土の北東に存在するグリッデン砦でオークとの一進一退の攻防を繰り返しては互いの死者を増やし続けていった。 

 

「殺し尽くしなさい。オーク共を一匹たりとも生かして帰してはなりません」

 雨音の中をよく通る澄んだ声が四方を囲む高い砦の壁に反響して響き渡る。声を発した若い女性が手にする剣はすでに鍔元までオークの穢れた血に染まっていた。西方の国の風の神の名を冠したゼピュロスと呼ばれる名刀は、数えきれないほどのオークの肉を切り裂いても、刃こぼれの一つも起こしていなかった。

 女性は襲い掛かってきたオークの攻撃を盾を絶妙な角度で翳して受け流すと身を反転させ、その遠心力を用いて剣を大地と水平に払いオークの胴体を切り裂いた。乱戦での使用を考慮して限界まで軽量化されたその剣は、本来は刺突に特化して拵えられた細身の刀身だが、持ち主の人間離れした技量によって、斬る、突く、薙ぐの三要素を遺憾なく発揮し大量のオークの屍を作り出していた。

 必殺の一撃を受け、大きく裂けた腹から致死量の赤紫色の血液と内臓をまき散らして、オークは断末魔の叫びと共に前のめりに倒れこむ。流れ出た血液が雨と混じって石畳に広がって行く様を一瞥することもなく女性は次の目標に向かった。

 報告によると侵入したオークは三百ほど。迎え撃つ覚者と騎士隊は五十に届かない。それでも彼我兵力差において不利と言う事はない。手練れの覚者であれば、一人で十体以上のオークを討伐することも可能だ。

 血の匂いを追って砦の中を駆け回る。中庭を見渡せる二階の渡り廊下の突き当たりを曲がると数匹のオークが覚者を切り刻んでいた。

 女性の視線に気づくとオークは雄叫びをあげ、各々武器を構える。三メートル以上前方から躊躇なく飛び込んできたオークの斧での一撃を女性は身を翻して躱す。周りにいる他のオークよりも武具の装飾が豪華で体も一回り大きい。おそらく今回の侵攻を任されたオークであることは容易に想像することができた。二メートルを超える巨体の着地の衝撃を受け止めた石畳が悲鳴を上げひび割れを起こす。着地したオークは手にした斧を力任せに振り下ろして女性の剣を叩き折ろうとするが、その時既に女性の姿はオークの視界にはなかった。

 女性は身を屈(かが)めて相手の右側面に回り込むとオークが懐に入られることを嫌って薙ぎ払った斧を剣でいなす。激突した斧と剣から火花が飛び散り、一瞬だけ辺りを照らした。

 攻撃を弾かれて体勢を崩し半歩だけ後退したオークの隙を見逃さず、女性の手から神速の突きが繰り出されるとオークの右肘から上は斧を持ったまま切断された。絶叫を上げる暇(いとま)を与えず更に身を反転させオークの背後を取った女性は迷いなくオークの首を両断した。人間のそれよりも獣臭いオークの血が噴き出し、雨と共に砦の石畳に降り注いだ。

「ディビット、シェリー。頼みます」

 女性が声を張り上げると、砦の物見櫓(ものみやぐら)から二本の矢と雷の魔法が放たれ、女性に襲い掛かろうとしていた別のオークの眉間と胸を貫き、感電させ丸焦げにした。

 視界に入る全てのオークが動かなくなった事を確認すると女性は大きく息を吐きだし愛剣を鞘に納める。それと同時に大きな歓声が上がり、オークの侵入を許した砦の北側の門に竜の意匠が施されたレスタニアの旗が掲げられた。勝利を知らせる旗が風に吹かれ翻る様を、女性は何の感慨もなく見遣った。雨に濡れていつもよりも艶めいた輝きを放つ項(うなじ)で結(ゆ)われた銀髪、肌は白く大きな青い双眸。化粧っ気は全くないが、その女性剣士の美しさは特筆に値するものであった。

「エイミー隊長。ご無事でしたか」

 エイミーと呼ばれた剣士の背後にある螺旋階段を駆け上がってきたのは大剣を背負った金髪の女性だ。彼女が背負う剣も夥しい量の血を吸い赤く染まっていた。エイミーの無事を確認すると、恭しく膝を着いて敬意を表す。

「まぁ、この程度でくたばるようなら、神殿から十刀遣いの称号は与えられないわよねぇ」

 金髪の女性と一緒に螺旋階段を駆け上がってきた華奢な体つきの男性神官が腰をくねらせながら笑う。人間の男性なのだが、顔の作りや動作が何故か全体的に猫科の動物を連想させる。

 十刀遣いとは、レスタニアで使われる十種類の武器を人間の領域を超えた範囲で使いこなせる者にのみ与えられる極めて稀な称号である。

「クック。無礼であろう」

 窘(たしな)められた男性神官のクックは悪びれる事無く肩を竦めると、エイミーの傍らで膝を折っている金髪の女性に向き直った。

「ジレディーヌ。今更だけど、アンタのその堅っ苦しすぎる言葉遣い、直したほうがお互い気が楽ってもんよ」

「放っておいてもらおう。私にはお主のようなお気楽な生き方などできん。そもそもお主には礼節と言うものが欠如している」

「怒ると誰彼構わず頭突きを喰らわすような女に、お説教なんてされたくないわねぇ」

 ジレディーヌは立ち上がると悪態をつくクックを無視してエイミーの後方に控えた。

「君たちの無事は解った。他の者たちの状況はどうだ」

 二人のやり取りを苦笑しながら見遣っていたエイミーがクックに質問する。

「ウチらの部隊は八人全員無事よ。頑丈なだけが取り柄のジレディーヌ以外の怪我は、このクックさんがたちどころに治してあげたからねぇ。隊長のお気に入りの盾女と富豪の娘っ子の二人の新人もちゃんと生き延びてるわよ。安心なさい」

「そうか、良かった」

 饒舌なクックの報告に短く答えると、エイミーは砦の中庭を見下ろした。山をなして折り重なるオークの屍。その中の一割に満たないほどだが、人間の死体も混ざっている。毎日のように多くの血がレスタニアの大地に流され捧げられても、白い竜は大空に羽ばたこうとすらせず、神殿の奥に鎮座してまるで神殿の外の争いが他人事であるかのように日々を送っている。

「白竜よ。……これだけの血が流されても尚、我々に闘い続けろと言うのですか」

 エイミーの言葉は雨音にかき消され誰の耳にも届く事はなかった。

 

 人間とオークの殺し合いを嘲笑うかのように雨は降り続いている。砦を巡る攻防は間もなく丸二年が経過しようとしていた。




勢いだけで始めてみたこのシリーズ。
ちゃんとクラン長には掲載する許可とったし、取りあえずシーズン3が始まる前に投稿できてひと安心。
ネット環境が少し改善して、移動中や移動先でも投稿ができるようになったんで、少しづつ書き足していきます。週に1話くらいの割合で更新する予定です。

設定やストーリーは自分の進捗状況に大きく左右されることを最初にお断りしておきます。


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第1章「愚者の巣窟」

 数週間前。

 

 神殿の最奥にある謁見の間は不穏な雰囲気に包まれていた。然り顔で取りつく島のないジョゼフにエイミーとディビットが詰めよっている。

 気弱なクラウスは、異臭を放つ趣味の悪い赤黒い花が生けられた、身の丈ほどもある花瓶の奥に隠れ三人のやり取りに聞き耳を立てていた。この優男(やさおとこ)は自分の利益になると思った事以外は髪の毛一本たりとも動かすことがなく、神殿の中で最も己の損得勘定で行動する人物として、その地位を確かなものとしていた。その事を全ての覚者は知っていたので、エイミーもディビットもクラウスの存在を完全に無視して話を進めている。

 

 勿論、覚者や騎士団から捧げらた生命力を無為に浪費し、いつまでも羽ばたかない白竜の存在もこの時は二人の眼中にはなかった。兵を動かす権限は、レオが居なくなってからは記録官に過ぎなかったジョゼフに一任されているのがその理由だ。

「ああ、すまん。考え事をしていた」

 いつもの気の抜けた口調で、ジョゼフがエイミーに向き直る。覚者となったばかりの頃に神殿にいた者の多くが殉職、或いは行方知れずとなり、残ったのは白竜の為と言う大義名分を振りかざす古狸と、口先ばかりが達者な嘴の黄色い雛鳥だと言うのがエイミーの見解であった。これが白竜の意志だと言うのなら、白竜は自らレスタニアの破滅を望んでいるのかも知れないと言う危険な思考を、エイミーは頭(かぶり)を一つ振って払拭した。

 聞けばレオの後釜と目されていた手練れの覚者もフィンダムを解放して以降ジョゼフは顎で扱い、レスタニアへの貢献を顧みることなく、その実力を発揮させないまま飼い殺しの状態にしていると言う。

 神殿内の人材不足はもはや危機的状況にあり、機能不全を起こす寸前と言うところであった。

「すまんじゃないで、爺さん。オレらの話を聞いてたかっちゅうとるんや」

 ディビットがジョゼフの胸ぐらを掴む勢いで、鼻息も荒く捲し立てる。元々気が短いディビットは、この呑気に構える老人とは馬が合うはずもなかった。

「お前のその考え事のせいで何人の覚者が死んだか解っとるんか。オレらは捨て駒ちゃうねんで」

「まったく。大事な陳情だと言うから時間を割いて会ってみれば、口汚い言葉で只の恫喝か。これだから白竜様は覚者なんぞに後を継がせる事もできず、日々懊悩しておられるのですな。お痛わしや」

 どう贔屓目に見ても売れない三文役者のような口振りでジョゼフがディビットを挑発する。ディビットはその白々しい姿に怒りを削がれ、ため息をついて肩を落とした。

「ジョゼフ殿。我々はお願いした筈です。賞金首などと銘打って法外な報酬をちらつかせ、新人覚者を死地に赴かせるような事はなさらぬようにと。お恥ずかしい話ですが、我がクランでお預かりした新人覚者も自らの意志で討伐隊に参加し、行方知れずとなってしまいました」

 エイミーは唇を噛みながら抗議するが、それで失われた仲間の命が戻ってくる訳ではない。神殿内と同じようにレスタニア全土の覚者の人材不足も深刻であり、相変わらず覚者になる敷居だけは極端に低いので、数だけは揃っているが、その倫理観や戦闘能力と言った戦士としての純度を保てないようになってきていた。

「彼らの命は無駄にはならん。流された血はやがて白竜様の血となり、土に還った骨はいつしか白竜様の骨となるのだ。名誉の殉職と言うもの。全ては白竜様の御心のままに」

 ジョゼフはどこか遠い目をしながら恍惚とした表情で白竜に向かって両手を大きく広げた。自らの言葉に酔いしれているのか、それとも心の底から白竜に陶酔し、物事の善悪の区別が解らなくなっているのか、或いはその両方であるのか、エイミーには判断できなかった。そしてエイミーたちを覚者にした張本人である白竜は、その言葉を聞いて満足気に一つ頷くのみだった。

 

 その時、伝令の兵が転がる様に謁見の間に入ってきた。白竜の御前であるにも関わらず、兜を取るのさえ忘れ膝をついてジョゼフに報告する。

「報告します。先日告知しました賞金首。たった二人で討伐に向かい稀少種のベヘモットを討伐したとの覚者が現れました。その者の一人はアンジェリナ・ハミルトンと名乗っているそうです」

 エイミーは自分の記憶を手繰り寄せた。数日前、辺境の地に現れたベヘモットを討伐する依頼が確かに自分のクランにも来ていた。ベヘモットとなれば覚者隊が終結しなければならない魔物だ。流石にどんなに無知な新人覚者でも、ドラゴン級の魔物に挑む者はいないとエイミーも高を括っていたが、たった二人で挑み討伐したと言うのは信じられなかった。そしてもう一つ、その討伐に向かった覚者の名前……。

「これが、その証拠の品となります」

 伝令から恭しくジョゼフに差し出された禍々しい牙は紛れもなく稀少種のベヘモットのものであった。

「馬鹿な。あれを倒すなど考えられん」

 ジョゼフは目を白黒させ、意味をなさない言葉を譫言のように繰り返していた。先程までの余裕のある態度から一変、ジョゼフは明らかに狼狽していた。

「ジョゼフ殿。今の言葉、確かに聞きましたぞ。神殿は倒せる筈もない魔物を餌に使って、覚者を討伐に向かわせていたと。そう受け止めてよろしいのですな」

 エイミーがすかさず言質を取ろうとする。それが事実ならジョゼフは白竜の子とも言える覚者を故意に死なせた、或いは死なせようとした事になる。

「いやいや。儂がそんな事をする筈がない。あの告知は間違いだ。そもそもそんな討伐の依頼自体がなかったのだ。したがって神殿が謝罪することも、報酬を出すこともない」

 自己正当化の権化のようなジョゼフの言動に、エイミーもディビットも怒りを通り越し、もはや呆れるしかなかった。これが今現在、神殿内で一番の実力者の姿であると思うとエイミーはレスタニアの未来を憂い肌を粟立たせた。

「か、帰ってもらえ。こんな牙を持って来られても無関係な神殿には迷惑だとな」

「は。しかし、流石にそれでは……」

 言い澱んだ伝令にジョゼフは手にした書物を投げつける。哀れな伝令の兜に書物が激突するその一瞬前、エイミーが愛剣を抜刀して投げつけられた書物を串刺しにした。切っ先が妖しい輝きを放ち、ジョゼフは息を呑んだ。

「取引をしましょう、ジョゼフ殿。その者たちの処遇を私に任せて頂ければ、この件を鎮めてさしあげます。勿論、先程の不穏当な御発言も聞かなかった事にして差し上げましょう」

 エイミーが人の悪い笑みを浮かべ、ジョゼフに持ち掛ける。エイミーも只のお人好しではない。こんな馬鹿げた茶番に首を突っ込むからには、自分たちのクランにも何かしらの恩恵があると踏んだに違いないとディビットは瞬時に悟ったが、口に出しては何も言わなかった。

「ま、誠か。流石は名高い十刀遣いのエイミー殿。ではこの件はお主に一任しよう。経過、結果の報告は無用。お主の責任で、善きに計らってくれ」

 「お主の責任で」を強調して、ジョゼフは快諾した。得意気に顎髭を撫で、いつもの然り顔を浮かべる。

「慎んで拝命いたします。ジョゼフ記録官殿」

 エイミーは書物が刺さった剣を納刀すると恭しく膝をついて一礼し、明らかに納得していない顔のディビットを引き連れ謁見の間から退出した。

 

 

「おぼじゃ共め。いったい何を企んでおるのか。気色悪い」

 エイミーたちの姿が見えなくなったのを確認してからジョゼフは吐き捨てた。「おぼじゃ」とは普通の人間が覚者を蔑む時に使う差別用語である。

 神殿と覚者たちによる、狐と狸の化かし合いは今に始まったことではない。だが、このエイミーの持ちかけた取引は後に神殿内部までを巻き込む大きな事件へと発展していくことになる。




アプデ記念に投稿。
今週末はずっとインするだろうから、更新ができないので少し早めに書きました。

昨日ちょっとだけ新シーズンをやりましたが、ワクワクが止まりませんね(◎-◎)


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第2章「覚者の資質」

 華美な装飾が施された神殿の廊下をエイミーとディビットが歩いている。いつになく陽気な表情のエイミーと対称的に、デイビットの顔には不安が滲み出ていた。ディビットは背が高く筋肉質な身体つきで、彫りの深い精悍な顔立ちが印象的だ。髪はエイミーと同じ銀色で、癖のある髪を無造作に伸ばしている。また、覚者になる前に右目を失ったため常に黒い眼帯を着けており、いかにも歴戦の戦士と言う雰囲気を醸し出している。

「エイミー。まさかさっきのなんちゃらって覚者を篭絡(ろうらく)して、仲間にでもしようって腹積もりじゃないやろうな」

「あら、正解。よくボクの考えている事がわかったね」

 先程までの謁見の間での慇懃な態度とは正反対の砕けた物腰でエイミーはディビットの問いに人差し指を立てて答えた。どうやら、こちらがエイミーの本来の姿らしい。

 絶世の美女が、少女のような笑顔を見せるその姿は一万人の男を一瞬で魅了してしまう可能性があるものだったが、戦場での鬼神のような強さと、敵対するものへの地獄の裁判官のような冷徹さを知っているので、ディビットはエイミーに惚れるような危険な真似はしなかった。

「正解、じゃないで。剣に命を捧げるモンが、ようそんなオナゴのような仕草が平然とできるな。いや、オレが言いたいのはそんな事ちゃうわ。どこの馬の骨とも解らん奴に背中を預けられるかってことや」

 クランの構成員の人選はクラン長が一任で行う。百人までならクラン長はどれだけ人員を増やしても良い権限を与えられている。互いの了解があり、正式な手続きを経れば移籍なども可能だ。ただし、覚者の本分は戦うことである。信用の置けない人間を仲間にするわけにはいかないと言うディビットの意見は至極当然と言えた。

「いや、失礼な。ボクはこれでも純然たる女の子だよ。それよりもこれ、よく見てご覧よ」

 エイミーが懐から取り出したのは、神殿が有料で提供している電子冒険手帳だ。神殿は有益な情報や告知をこの冒険手帳を媒介にして行っており、クラン長ともなればほぼ全ての覚者が代価を支払いその恩恵を享受していた。

 エイミーが手際よく電子手帳を操作して目的の頁(ページのこと)を開くと、そこには、先日行われた神殿主催の競技会の結果が掲載されていた。

「このアンジェリナって覚者、「神殿が認める覚者」百傑の七十位に入ってる。しかも扱いが難しくていつも人員不足が続いてる盾僧兵でだよ。実力はお墨付きが出ているようなもんさ。ボクなんてどうにか最後に入賞できたくらいなんだから、この人の実力も相当なものってことになるよね。ボクたちのクランからはクックとジレディーヌも入賞してるし、兵力の底上げは零細クランにはついて回る問題だからね」

「そないな適当な番付、当てになるかっちゅうもんやで。勿論、オレは参加すらしてないけどな」

「君の言うとおり、覚者の資質は神殿の順位付けで決まるものじゃない。でも戦闘技術は絶対必要だよ。無ければ大事なものを護れない」

 運による有利不利が結果に大きく影響する競技会では、デイビットのように参加を拒否する覚者も多かったのも事実だった。神殿としては覚者の士気を維持するために打った精一杯の策であったが、神殿と覚者の温度差は誰もが認めるところであった。

 レスタニアには二十万の覚者がいると言われている。その中で、使用される十の武器種の各々上位百人ずつ、合計千人を神殿が表彰したのが、先日行われた競技会だ。単純な計算式に当てはめれば、表彰されれば確率的に二百人に一人の逸材と言うことになる。武器による使用人数の片寄りがあるので、鵜呑みにはできないが、腕利きであるのはディビットにも理解はできた。

 エイミーの差し出した端末に興味なさげに渋々視線を送ったディビットだったが、確かに名前の記載は間違っていなかった。

「そやけどな、エイミー。知っとるで、自分競技会に利き腕じゃない左腕で参加しよったやろ。どこの世界にそないな不利な条件で参加する奴がおるんや。せやけど、それで入賞してまうんやもんなぁ……。レスタニアの覚者二十万の総合力もたかが知れてるっちゅうもんやな」

「あら、お見通しだった。だって、ボクが勝つって分かりきってる勝負って面白くないじゃない。ちょっと不利なくらいが一番面白いのさ」

 エイミーの屈託無い笑顔を見て、デイビットはそれ以上競技会について言及するのを諦めた。つまりエイミーは利き腕で参加すれば「優勝すら狙えた」と言外で自負しているようなものだ。確かにエイミーの剣の腕は言葉では言い表せないほど卓越してものである事はクランの誰もがよく知っているところである。

「あんなぁ、世の中には、言わぬが華って言葉もありよるねんで……」

 嘆息と共に口から零れたディビットの言葉は鼻唄混じりで歩く上機嫌のエイミーの耳には届くことはなかった。

 

 高台にある神殿に続く百五十段を越える階段を下りると、目的の二人の覚者の姿はなく、代わりにクラン構成員のシェリーとジレディーヌが待っていた。神殿の前だというのに二人とも武器を携え、どうにも落ち着かない素振りを見せていた。

「あら、べっぴんのお二人さん。お揃いで神殿見学かい。神殿内は許可の無い者の武器の持ち込みは禁止やで」

 ディビットが二人の様子を見てからかう。先程のようにジョゼフの前まで帯刀して、剰つさえ抜刀するようなことは普通の覚者には許されていない。

「そのような冗談を言ってる場合ではないぞ、ディビット」

「緊急依頼。アタシ、眠いのに叩き起こされた。エイミー、冒険手帳開いて」

 金髪の髪を紫色の髪止めで留めた大剣遣いのジレディーヌと眠そうに眼を擦る緑色の髪を両耳の上で結った童顔の術士のシェリーに促され、エイミーは先程の冒険手帳を開いた。

「テルの村が襲われてる。なんで今更テルが襲われるの」

 依頼をみたエイミーが声をあげる。オークとの小競り合いは続いているが、レーゼ神殿の目と鼻の先にあるテルの村が襲われる理由がエイミーには解らなかった。

「理由は不明。周りの覚者、皆救援に向かった」

 シェリーの言葉を聞いて、アンジェリナと言う覚者がいなかったのもそれが理由か、と得心してエイミーは腰に下げたゼピュロスの柄に手を掛けた。いずれにしても看過できる状況ではない。

「緊急ともなれば、報酬も弾んで貰えるかもな」

 軽口を叩きながら、ディビットは矢筒の中にある矢の数を確認する。シェリーとジレディーヌも各々武器を握りエイミーを見つめ、その口から指示が出るのを待った。既に全員、覚者としての戦闘本能に火が付いていた。

「解りました。我がクランはこれよりテルの村の救援にむかいます。一部隊を派遣、人員は私を入れて八人とします。ジレディーヌ、人選は」

 エイミーはクラン長としての表情と口調に戻り頼れる副官であるジレディーヌに視線を送る。

「既に出来ております。皆、礎を使い悉く転移は完了しております」

「よし。出撃します」

「はっ」

 構成員たちの短い返答のあと、四人はレーゼ神殿広場の中央にある竜の礎と呼ばれる覚者専用の転移装置に向かって走り出した。




まさかのエイミーがボクっ娘設定。
これは、口調や一人称が被らないように断腸の思いで決めた事であって、決してボクっ娘が好きな訳では、好きな訳では……。ぐはっ。


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第3章「終焉の戦端」

 テルの村はレーゼ神殿から半日ほど歩いた距離に位置する長閑な村だ。川向こうの丘の上に寂れてしまったハイデル教会を見上げるテルは、覚者となった者が必ず最初に訪れる村としても有名である。白竜の奉られたレーゼ神殿に近く、見習い覚者が周辺の魔物を定期的に討伐することにより、村は大規模な魔物の襲来を受けたことがないまま今に到る。

 

「無事つきましたね。……相変わらず、転移の後は気分が優れませんね」

 不快そうな声を口から絞り出して、エイミーがこめかみの辺りを押さえながら頭を振る。

 異空間を渡り、大地に張り巡らされた竜の血脈を伝い瞬時に任意の場所に転移することが出来る竜の礎だが、その利便性と引き換えに覚者は身体的負担を強いられる。軽い息切れと眩暈程度だが、普通の人間には利用できない瞬間移動を可能にしていると思えば安い代償であると言えた。

 また、礎は使用後半日ほど経たないと再度利用できない。覚者の体内に残留する竜力が足りなくなるからだと言うのが神殿からの説明であった。

 片膝を付いて着地したエイミー、ディビット、シェリー、ジレディーヌの四人は立ち上がると辺りを見渡した。どうやら小規模な戦闘は既には始まっているらしく剣戟の音が遠くで鳴っているのが幽かに聞こえる。それでもまだ村は恐慌状態に陥っているわけではないようだった。村人たちの避難も戦闘と同時に行われている事が予想された。

「エイミー隊長、こちらです」

 礎の直ぐ傍に控えていた仲間が声を掛けてきて合流する。両手剣遣いのファッツとルル、神官のクック、そしてジレディーヌの戦徒であるマルスが身長ほどもある盾を背負って控えている。戦徒とは覚者に遣わされた従者で、主人である覚者のあらゆる命令に従う、人型の魂のない入れ物の事である。

 レスタニアの白竜は覚者を多く産み出すためにその力の大部分を使っており、それと引き換えに戦徒の完成度は著しく落ちる。一般にレスタニアの戦徒は戦闘に向いているとは言い難く、武具の生成や覚者の自室の管理が彼らの主な仕事となっていた。

 レスタニアの言葉で戦徒の事は「ポーン」と表され、ポーン郷と呼ばれるミスリウ森林の奥にひっそりと佇む教会の扉と繋がる異空間から覚者は戦徒を連れ帰る。連れ帰ったポーンは性別、名前、容姿、性格に至るまで、覚者の好みで自由に決めることができるのである。

「盾僧兵の候補が居なかったので、私の戦徒を連れて参りました。また、先行隊には村人の避難誘導も指示してあります」

 ジレディーヌが畏まって説明する。格下の相手であればレスタニアの戦徒でも魔物との戦闘に耐えうる。覚者の不得手の武器を戦徒が補うのは、それほど珍しいことではなかった。

 部隊の構成は近接物理攻撃を主体とするエイミー、ジレディーヌ、ファッツ、ルル。後方から援護する弓使いのディビット。魔力を貯めて魔法を唱える術士のシェリー。回復を担う神官のクック。そして敵の注意を引き付け受け止める盾僧兵のマルスと言う、どんな魔物が相手であろうと前衛に立つ覚者の武勇に任せて、ある程度相手を押し込むことができる教科書通りの布陣だ。

「やはり、この前の新人覚者の盾僧兵が賞金首に釣られて居なくなってしまったのは大きいですね」

 エイミーのクランの構成員は五十人を越えるが、その中でも盾を遣える覚者の数は限られている。エイミー自身は「十刀遣い」の称号を得ているので勿論盾も使えるが、クランの長たる者、前線で剣を振るわなければ示しがつかないと言う自負から剣士として戦闘に臨んでいた。明らかな格下の魔物が相手の戦闘では盾僧兵は必要とされない。しかし、同格や格上の魔物と対峙するときは相手の戦力の分散、こちらの武器の強化を担う不可欠な存在であり、戦闘の流れを左右する大きな役割を盾僧兵は持っていた。

 盾僧兵が居なくなった原因を作った賞金首討伐と言う理解不能な神殿のやり方をエイミーは恨んだが、それで現実が変わるわけではない。それでも、自分を含め覚者は皆手練れ揃いだ。どんな相手でも今の戦力で充分太刀打ちできる自信はあるが、盾僧兵が戦徒であると言うのは明らかに見劣りするところであった。だからエイミーは、是が非でも腕の良い盾遣いが欲しかったのだ。

 

「敵、接近。警戒を要します」

 戦徒のマルスがいち早く魔物の気配に気付き、盾を構えて魔物の注意を集める為にロッドに魔力で光を灯す。

 その直後に地軸を揺るがすような不気味な地響きが複数続き、覚者たちはその異様さに肌を粟立たせた。

「気をつけろ、デカイ奴がくる。しかも一体じゃあない」

「敵は複数の大型であることが予想されます。マルスを中心に散開し、一体ずつ処理します。どんな事が有っても大型に単独で挑まないように。勇敢と無謀は、同じ意味を持ち合わせません」

 ディビットが声を張り上げて注意を促すと、続いてエイミーが部隊全体に指示を飛ばす。

「出世欲に目が眩んで、我先に突進するような阿呆はこのクランにはいませんぜ」

 大柄なファッツが大剣を構えながら豪胆に笑う。全身を稀少種の魔物の毛皮で包んだ大剣遣いのこの闘士は根っからの戦闘好きだが、引き際を見誤るようなことはしない冷静な判断力を有している。頭をすっぽりと覆う兜の奥の表情は読み取れないが、魔物を狙う眼光の鋭さは隠しようがなかった。

「ウチはルルに守ってもらうから、みんな好きなだけ暴れてちょうだい。怪我したら優しく介抱してあげるわ」

 悩ましげに身悶えしながらクックが前線の仲間に声をかける。

「クックの猫臭い回復魔法を喰らいたくなければ、諸卿、奮起して敵を殲滅せよ」

 ジレデイーヌが大剣を掲げると、戦徒のマルス以外の全員がそれに倣い己の武器を天に向け鬨の声を上げた。各々磨き上げた武器の刃先に木漏れ日が反射し、七色の光が覚者たちの姿を照らし出した。

 皆、気負わずに戦いに臨む準備ができた。「良い緊張感だ」と一人心に囁き、エイミーは戦闘開始を告げるため掲げたゼピュロスを振り下ろした。切っ先から溢れた光が一際大きく輝いた。



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第4章「邂逅の歯車」

 テルの村のすぐ近く、鬱蒼と茂る広葉樹の木立の中を二つの人影が魔物に追われながら駆けている。一人は魔道弓と呼ばれる特殊な弓を持ち、術士が身に付ける全身を覆うクローク(マントのようなもの)を纏った青い巻き毛を束ねた女性。もう一人は己の身の丈ほどの大きな楕円形の盾を携えた、僧侶が着用する法衣を靡かせる長く紅い髪の女性。

「アンジェリナ。そっちにもう一匹行きましたわ」

 青い髪の女性が矢を番(つが)えるように弦のない弓を構えると、手にした魔道弓が輝きを放ち魔力の充填が始まる。ほどなくして放たれた不思議な輝きの魔法の矢が光の尾を引いて、アンジェリナと呼ばれた紅い髪の女性の体に吸い込まれる。重い盾を振り回しながら魔物の攻撃を耐え、消耗しかけていた体に活力が戻るのをアンジェリナは実感した。

「ありがたき幸せであります。リィナお嬢」

 アンジェリナは追いついてきた複数の魔犬の攻撃に晒されていたが、盾から発する大気の幕が全方位からの攻撃を遮断していた。そして、一匹の魔犬の攻撃に合わせて盾に蓄えられた魔力を解放する。大地を揺さぶるような衝撃波がアンジェリナを中心に広がり、群がっていた魔犬は悉く吹き飛ばされた。

「炎の属性をエンチャントするであります」

 アンジェリナは腰に下げたロッドと呼ばれる短い杖を抜くと、詠唱や印を結ぶことなく天に掲げた。するとロッドの先端にあしらわれた煌めく水晶が燃えるような赤い光を放ち、アンジェリナの盾と青い髪のリィナの魔道弓もロッドと同じような赤い光に包まれた。放出された魔力が周りの空気の密度を歪めて、武器から蜃気楼のような揺らめきが発生する。エンチャントとは任意で氷・炎・雷・光・闇の五つの属性から一つを選び一定時間魔力を武器に付与する魔法のことだ。当然のことながら、魔力で属性が付与された攻撃は通常の攻撃より明らかに一撃の重さが増す。相手の弱点となる属性であれば猶更だ。また、四本足の獣の姿をした魔物は総じて炎の属性に弱いことは覚者として常識と言える範囲の事である。

 流れるような身ごなしで、次の瞬間アンジェリナは重い盾を持っているとは思えない高さまで跳躍しロッドに魔力を込めた。衝撃波を喰らい伏していた魔犬が起き上がり、殺意も新たに頭上のアンジェリナ目掛けて殺到する。

 アンジェリナがロッドを下から上へ振り上げると人間の頭蓋ほどの大きさの炎の玉がロッドの水晶から放たれ、射線上にいた魔犬をまとめて火だるまにした。

「わたくしには炎の属性は不要でしてよ」

 魔犬が倒れている間に魔力を貯めたリィナの魔道弓から放たれた禍々しい光を帯びた矢は、魔犬に命中すると人間の腕ほどもある数えられない触手を一時的に魔界から召喚し命中点に発生させた。その触手の先端に開かれた鋭い牙を持った口が矢が命中した魔犬の肉を貪り始めた。眼球や頬の肉を触手に食い荒らされた犬が地べたをのたうち回る。

「相変わらず、お嬢は趣味の悪い攻撃をお遣いになられるでありますな」

 アンジェリナは苦笑したが、魔道弓は攻撃に向いた武器ではない。古の里に住む絶滅寸前のハイエルフが伝承してきた魔道弓は、本来体力の回復や魔物の弱点部位の看破などに用いられる。その魔道弓で魔物を一撃で倒せると言うのは、使い手の魔力が高いことの何よりの証明であった。

 

 周りにいた魔物を粗方片付けると二人は視線を合わせて一つ頷いた。戦闘の最中から大きな地響きを感じていたからだ。どうやらその地響きを引き起こしている大型の魔物が、礎のあるテルの村の中心に向かっていることは間違いないようで、アンジェリナとリィナは礎から離れてしまったことを悔いた。

「あなたの新しいロッド、ロンバルディアの試運転でしてよ。わたくの自信作のお披露目ですもの、まだまだ疲れたなんて言わせなくてよ」

 リィナは魔道弓を引くと、体力回復の光の矢をアンジェリナに打ち込んだ。大型の魔物との対峙は、心臓を竜に捧げ仮初めの不死を手に入れた覚者でも、場合によっては命を落とす可能性すらある危険なものだ。それを前にしてリィナが楽しそうであることにアンジェリナは嘆息した。

「お嬢、我々はお弁当を持って遠乗りに行くわけではないのであります。もう少し緊張感を持って欲しいであります」

「あら、わたくしにとってこんなの遠乗りよりも容易い事ですわ。それに魔物が何匹来ようが、あなたが守ってくださるのではなくって」

 アンジェリナがリィナを「お嬢」と呼ぶのは、リィナがレスタニアに武具を流通させている富豪として名高いディアス家の令嬢だからだ。小さな町の武器屋から成り上がったディアス家が無ければ、レスタニアの覚者にこれほど潤沢に武具は行き渡らなかったと言われている。今は戦徒による生成で、より高度な武具が作れるようになったが、その生成に必要な素材の売買の仲介もディアス家が取り仕切っている。覚者や騎士団が武器を買う度、武具の生成に必要な素材を店頭で取引する度、ディアス家には料金の一部が手数料として流れ込む。その富がどれほどのものになるのか、アンジェリナには想像もできなかった。

 クランに所属していなかったアンジェリナは、偶然としか言い表せない経緯によって、レスタニアでも有数の富豪の娘であるリィナを個人的に守る覚者として今は仕えているのだ。またリィナは覚者になる前に武器職人に弟子入りし、生成は出来ないまでも自分で武具の強化・改造までは行えるようになっていた。

 満面の笑みで答えるリィナの破顔を見て、アンジェリナは再び大きな息の塊を肺から吐き出した。この我儘お嬢様が言い出したら聞かない事をアンジェリナは良く知っていた。

「さあ、そうと決まれば早速、テルの村を襲う悪趣味な魔物の顔を拝みに参りましょう。きっと驚くほど不細工な顔の魔物に決まっていますわ」

 「驚くほど不細工な魔物の顔を拝みたい」と言うのも客観的に見れば充分悪趣味であるとアンジェリナは思ったが、口に出しては何も言わなかった。明らかに何か言いたそうなアンジェリナの返事を待たずに、嬉々とした表情でリィナは魔道弓を手に走り出した。つい数ヵ月前に覚者になったばかりのリィナには、まだ戦場の本当の怖さが解っていないのかも知れない。それでも(富豪であるディアス家の経済的後ろ楯があり、経験が浅いうちから最新の武具を使用して戦っていたことを差し引いても)驚くべき早さで成長した彼女は、今では立派に覚者として魔物に立ち向かえる力を有していた。

 

 リィナが走り出した先にアンジェリナが目をやると二体の大型と十体程度の小型の魔物を相手にしている覚者の姿が幽かに見て取れる。ここからでははっきりと戦況は確認できないが、大型の魔物によるものであろう不吉な地響きも治まっていないので、勝敗が決した訳でもなさそうだった。覚者として、戦っているものに加勢することに一縷の否もなかった。

 大きく息をして肺の空気を入れ替えたアンジェリナは、手にしていたロッドを腰に戻し盾を背負うと、リィナの後を追って走り始めた。

 

 

 竜の礎のある村の中心へと。

 まだ己すら知らぬ新たな仲間が待つ戦場へと。

 

 

 その先に運命の出会いと、運命の戦いが待っているとも知らずに……。




やっともう一人の主人公である作者のアバターが登場。
口調や性格、ジョブなどがなるべく被らないようにするのは素人には大変でありますな(@_@)
既に被っている大剣遣いの席をどうするか…。

ここからみんなで世界を救ったり救わなかったりします。

なんか、このくらいで「本編に続く」的な感じで終わっても良い気もしたりしますが、お話はまだ終わりません。

他の場所でも触れていきますが、出てくる覚者は自分のクランの仲間で、ちゃんと中の人のモデルがいます。勝手に設定つけてるのはご容赦ください。名前もちょっとずつ変えてあるけど、もう誰のことだか当人達は読めば解ると思いますが…。

女性覚者が多い理由もちゃんと自分の中で設定してるんで、機会があれば書こうと思います。決して一人の男性覚者がモテモテになってハーレムを作ることはありませんので、ご安心下さい。
単に戦う美女を書くのが好きな訳では、好きな訳では……。ぐはっ。

ちゃんと冒険譚が主軸となる、古き良きファンタジーを目指して書いてきます。


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第5章「死地の攻防」

「エイミー隊長。先日ブリア海岸に出たとんでもなくデカイ奴がいます」

 先陣を任されたファッツが絶叫に近い声で報告する。覚者たちを不安にさせていた大きな地響きの主は、レスタニアに棲息する「大型」と称される魔物の二倍以上ある三十メートル近いサイクロプスだった。通常、人間における力の大きさは筋肉の断面積に比例すると言われている。サイクロプスにもその法則が当てはまるのであれば、大きさが二倍になれば面積は四倍となる。単純に考えれば、破壊力が通常の四倍を誇る大型と対峙しなければならないということになる

「おい。お前ら。クランで来てるのか。一人じゃ怖くて何もできない雑魚覚者どもはあの大型と遊んでろ。俺たちは一人で好きにやらせてもらう」

「はっ。クランでくる連中なんているのかよ。随分と臆病だな。ま、せいぜい生き残れるように逃げ回ってろ。気が向いたら手伝ってやるよ。俺が何体魔犬を倒すか、お前らしっかり数えてろよ」

 エイミーたちの近くに居た別の覚者から嘲笑が沸き起こる。テルの村に救援に来た他の覚者はみな単身であるようで、それぞれ思い思いに戦闘しているようだ。小型の魔物はそれで充分であるが、大型のサイクロプスはそうはいかない。となれば現れた大型はエイミーたちのクランで引き受けるのが妥当であった。とてもではないが、先ほどのような烏合の衆と戦線を組む気はエイミーには毛頭なかった。

 部隊の編成をせずに勝手に出撃を許可すると統率の取れていない個人の武勇がものを言う戦闘になる。そんなことも分からず出撃を許す神殿と、我先に戦場に飛び込み自分より弱い相手を刈るだけに集中し、迫る大型には見向きもしない、装備している武具だけは立派な覚者たちに舌打ちしたい衝動をエイミーは辛うじで抑えた。レオがいなくなった弊害はこのような所にも綻びを産んでいるのだ。

 幸い現れたもう一体は通常の大きさである。こちらを先に片付けて、各個撃破していくしかない。問題は戦徒のマルスに超大型のサイクロプスを任せておくことができるかと言う一点のみだった。

「少しくらい不利な方が面白い、とは良く言ったものです」

 エイミーは大型サイクロプスを視認するとテルの村近辺の地形を頭に思い浮かべた。あの大きさの魔物とまともに力で張り合って勝てるわけがない。勝つためにはどうにかして頭部に致命傷を与える機会を作る必要があった。だが、体を伝って登ろうにもあの高さから振り落とされたら無事ではすまない。

 

 エイミーは腹をくくった。

「マルス。五分で良いです。あいつを引き付けて、ハイデル教会に続く川へ誘導して下さい。クックとルルはマルスの援護を。シェリーは川の上流へ向かい魔力を可能な限り貯めて待機。いつでも氷の魔法を放出できるよう準備してください。マルスが倒れたら、私たちの部隊は崩壊します。その前に通常の大きさのサイクロプスを討伐してマルスの救援に向かいます」

「本気で言うとるんか。エイミー」

 近づいてくる魔物から目を逸らさずにディビットが異議の声を上げる。戦力の分散は愚の骨頂だ。本来ならマルス一人で引き付けるのが定石であるが、戦徒であるマルスには荷が重いのは自明である。だが、八人を四対四に分ければ、戦力が当初の半分以下の部隊が二つできるだけだ。力は集中させてこそ効果を発揮するものである。それは、連携がものを言うクランでの戦闘であれば尚更の事だっだ。

「この状況を打破するにはこれしかありません」

 エイミーの視線を受けて全員が動き出す。どんな策があるかは解らないが、今は従うしかないと言うのがクランの構成員たちの本音ではあった。

 

 

「間に合いましたわ。大型との戦闘は始まったばかりみたいですわ」

 テルの村に自生している広葉樹の林から頭ひとつ飛び出ているサイクロプスを確認してリィナは声を弾ませた。村の中心までもう三百メートル程度と言うところであった。

「お嬢。大型は二体いるようであります。ぎこちないですが、ロッドから発する光の方向からみると、どうやらより大きなほうを隔離しようとしていると予想されるであります」

 同じ盾僧兵のアンジェリナが超大型を誘導しているであろう他の部隊の戦況を予想してリィナに告げる。あの桁違いの大きさの魔物が地響きの正体かと確信したリィナは口角をつり上げた。令嬢の笑顔から武器商人の顔に変化する。

「目指すは超大型ただ一体ですわ。あれを沈めればわたくしの武器改良の素晴らしさを世に知らしめる事ができますわ。村も救えて一石二鳥と言うやつですわね」

 これほどの富豪の家に生まれてもまだ名を売りたいのかとアンジェリナは嘆息したが、通常の大型は他の部隊が相手をしているようだったので、隔離されている超大型に向かうのは理に叶っている。

「なんだ。戦徒が隔離をしているのでありますか。あれじゃ戦場を広げるだけであります」

 走りながら近づいてアンジェリナは遠目から盾僧兵の動きを観察し、覚者のそれでないと瞬時に理解した。確かにマルスが手に持ちサイクロプスを引き付けようとしているロッドの光は無駄に動き回っている。ロッドが発する光が動く度にサイクロプスは邪魔な木々をなぎ倒し、民家を踏み倒して進んでいく。戦徒は攻撃を受けない事を最優先で行動するため、そのような事が起こるのは仕方のないことであるが、近隣への被害は最小限に抑えるのが戦いの基本である。アンジェリナはもどかしげに唇を噛んだ。

 

 

「マルス。あんまり川から離れるんじゃないわよ。被害が広がるじゃない」

 クックが回復魔法の印を結びながら金切り声を上げる。どうにか村を抜け、川が見える所までやってきたが、主人であるジレディーヌと離れたことによって、命令が行き届かなくなり始めているようであった。

「早くしてよね。エイミー。そんなに長く持ちそうにないわよ」

 約束の五分までもう少しであるが、予想を越えるサイクロプスの攻撃の破壊力に晒されているマルス、クック、ルルの三人の体力は限界に近づいていた。

「ひゃっはー。ほんとにあの大型を相手にしてる正直者がいるぜぇ。おめでたいやつらだ」

「あんなのほっといて、適当に報酬を神殿からちょろまかしてやればいいのになぁ」

「ああ言う化け物は、英雄覚者様が退治してくれるって言うのに、何も知らねぇんだな」

「俺たちもちょっと遊んでやろうか。そのあとそっちのお姉さんにも遊んで欲しいけどなぁ」

 小型の魔物を狩り終えた覚者が冷やかしに大型サイクロプスに近寄ってくる。女性覚者のルルの姿を確認すると下衆な笑いを浮かべて卑猥に腰を動かしている。

「馬鹿。あんたたちこっちに来るんじゃないわよ。危ないから下がってなさい」

 クックは叫んだが男性覚者たちが忠告を聞く様子はなかった。そのときロッドに光を灯してサイクロプスを誘導していたマルスの魔力が限界に達し、息切れを起こしてその場に膝をついた。ロッドに引き付けられていた魔物の注意が辺りの覚者に分散する。

「マルス。起き上がりなさい」

 クックは走りよって回復魔法を唱えるが、マルスは魔法で回復出来ないほどの損傷を負っていた。ポーン郷に預けて傷を癒さなければならない程、マルスの傷は深いものだったのだ。回避優先で行動する戦徒がここまでの傷を負うのは稀な事である。それほどサイクロプスの攻撃は熾烈を極めたと言う証明でもあった。「マルスが倒れたら部隊は崩壊する」と言うエイミー言葉が頭を過り、クックは肌を粟立たせた。サイクロプスは足元の覚者を凪ぎ払うため大きく腕を振り上げた。その視線の先には先程やって来た男性覚者たちの姿があった。

「まずい。標的はさっきの坊やたちか」

 クックが気づいた時には間に合わずサイクロプスの腕が振り下ろされる。普通の覚者であれば粉々に砕け散る無慈悲な攻撃だ。標的にされた哀れな覚者たちは逃げることもできず、意味をなさない叫びをあげて最期の時を迎える筈であった。

 その直前、一人の覚者の姿がサイクロプスの腕と男性覚者たちの間に割って入り、攻撃を受け止めようとした。大剣を扱う闘志は竜力を開放して全身の筋肉を硬直させることにより、僅かな間だけ通常の何倍もの耐久力を得ることができる体技を会得している。

「ルル。止めなさい。そんな奴ら助ける必要はないの」

 しかし、闘士の鋼の肉体を以てしても超大型サイクロプスの攻撃を受けきることは能わず、ルルは木の葉の様に大きく吹き飛ばされ広葉樹の幹に体を打ち付けられた。全身の骨と内蔵が砕ける鈍い音が響き、ルルは致死量の血を口から溢れさせた。泣きながら駆け寄ったクックはルルの体を抱き抱えて血だらけの顔に耳を近づけた。

「ルル。ルル。ルルが息をしてない……。エイミー助けて。ルルが、ルルが死んじゃうわよぉ」

 叫び声が虚しく響き、クックは死を覚悟した。サイクロプスの次の一撃で骨ごと砕かれ、只の肉塊となる自分と戦友の姿を想像し、固く眼を瞑った。

 

 

「諦めてはいけないであります。早く二人を連れて安全な所まで退避するであります」

 眼を瞑ったままでも分かる程の光に気づきクックが瞼を開ける。見たこともないロッドを手にした紅い髪の盾僧兵がサイクロプスの攻撃を舞うようにかわしている姿がクックの目に飛び込んできた。

「覚者ですもの、まだその方の回復は間に合いますわ。さぁ、一刻も早く治療を。わたくしもお手伝い致しますわ」

 声と共に飛来した光の矢がルルの体に吸い込まれる。駆けよってきた青い髪の魔道弓遣いが立て続けに弓を放ち、ルルの傷とクックの魔力を回復する。

「ありがとう、あんたたち。誰だか知らないけど、ありがとう」

 クックは涙と鼻水を流しながら礼を言うと、ルルの体を後ろから抱き抱えるようにして岩の影に引きづりこんで、回復魔法を唱え続けた。青い髪の魔道弓遣いリィナがマルスに肩を貸しクックの所までつれてくる。

 その様子を見ていた紅い髪の盾僧兵のアンジェリナが安堵の息を漏らす。どうにか戦況は振り出しに戻せたようだ。リィナの魔力があれば、恐らく先程の覚者は助かるだろう。

「さぁ、ここからが本番であります」

 見たこともない巨大なサイクロプスを前にアンジェリナは不適に笑い、ロッドを持つ手に力を込めた。

 その持ち主の魔力に呼応し、ロッドが妖しい光を溢れさせた。




アバター2歳記念に投稿。
アーリーアクセスなんで、数日早く誕生日を迎えました。累計スタンプも730日になりましたよ。

冒険の始まりは「テルサイ」さんでしょ?異論は認めません。

1話は2000から3000文字にしようと調整していたのに今回は4000文字になってしまった。まだまだ甘いですな(@_@)
本文は楽しく書かせてもらってます。先日2通目の感想も頂きまして、嬉しい限りです。
そんな中、作者を困らせているのがサブタイトル。
「⚪⚪の⚪⚪」って形を意図的につけてます。なんかクエストの名前っぽいでしょ?
このサブタイトル考えるのに時間がとられてるんですよ。ありきたりと中二病の中間くらいのテイストで考えるのが大変。既にボキャブラリーがキャパオーバーしてます。

あ、そう言えば、本文では敢えてカタカナを出来るだけ使わないようにしてるんですよ。「ハイファンタジー」感を出す為に敢えて漢字や和製の言葉を選んでます。
固有名詞や世界観を壊さないものは使ってますが、便利に遣い過ぎると安っぽくなると言うか、世の中にたくさんあるゲームの中に入り込んじゃった的な作品になることを嫌ったためです。
同じ理由で、擬音語や擬態語も使用しません。
あと「?」と「!」も使いません。便利だけどこの2つがなくても会話文が成り立つように人物の描写を書くのが、自分なりには好きだったりします。
また、ゲーム用語も使いません。火力とかタゲ取りとかDPSなんて言葉は今後出てくる可能性はほぼ0です。
変な拘りを持って書いてますが、完全自己満で書いてる作品になるので何卒ご容赦ください。

目指せ。古き良きファンタジー。


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第6章「無情の戦場」

「クック。ルル。マルス、無事ですか」

 村の中心から通常の大きさのサイクロプスを討伐した四人の覚者が走り寄ってくる。みな一様に返り血を浴び、携えた武器は赤く染まっていた。どうやらマルスで超大型を引き付けると言う策は破綻したようだ。クックとマルスの消耗具合と瀕死のルルを見れば、それは誰の眼にも明らかだった。同時に、クックの傍らで魔道弓による回復を担っている青い髪の覚者と、サイクロプスと対峙している紅い髪の覚者がその危機を救ってくれた事も自明であった。

「謝罪も礼も後です。まずはあいつを討伐します。ルル、もう少しだけ我慢して下さい」

 エイミーは屈み込むと、クックに抱き抱えられているルルの亜麻色の肩までの髪を優しく擦った。流れ出たばかりのルルの血がエイミーの手に赤い染みを作る。瞬間息が詰まり立ち尽くしたエイミーにジレデイーヌが声をかける。

「エイミー隊長。戦闘は続いております。お早く」

 我に還ったエイミーはゼピュロスを抜刀し川に向かおうとしているサイクロプスに向かって走り出した。

「村の中の魔物は全て片付けたで。お前ら三人は転移が使えるようになるまで、宿屋で休ませてもらえ。ええな」

「わたくしもお手伝い致しますわ。連れが戦っているんですもの。わたくしだけここに留まることはわたくし自身の矜持が赦しませんわ」

 走り去ろうとする四人にリィナが立ち上がり魔道弓を放つ。通常のサイクロプスとの戦闘で削がれた四人の体力が少しずつ癒えていくのが分かる。

「おおきに。クックは前線から下げるんで、回復役がいないよってな。よろしゅう頼んますわ。ほな、ついてきてくれ」

 リィナは無言で頷くと、最後尾を川へ向けて走り出した。不思議とたった今知り合った覚者と行動を共にすることに違和感はなかった。

 三人が前線を退き二人が部隊に加わった。まだ戦力はそこまで落ち込んでいない。サイクロプスを討伐することは充分可能であるとエイミーは考えた。ならば討伐に向けて戦闘を続行するまでである。

 

「盾僧兵。すまない。サイクロプスを川の中に誘い込んでください」

 エイミーは全く気圧されずに超大型サイクロプスと渡り合っているアンジェリナに叫んだ。アンジェリナも相手の攻撃をかわしながら隙をみてロッドから魔法を射出しているが、その大きさ故攻撃はどうしても脚部にしか届いておらず効いているようには到底見えない。やはり討伐するには頭部を狙う必要があった。アンジェリナから返事はないがエイミーの方を一瞥すると力強く一つ頷いた。アンジェリナが声を出さなかったのは、大型との接近戦闘中は舌を噛む可能性があったからだろう。

 川の深さは人間の腰程度まで、丁度一メートルと言ったところである。アンジェリナは絶妙な位置取りで、自分は川の中に入らずサイクロプスを川の一番深い所に誘導していく。その様子を見てエイミーたち一行はその手際の良さに一様に感心した。

「上出来ですね。あの覚者が件のアンジェリナであることは間違いなさそうですね」

 エイミーは満足気に口角を上げると、川の上流にいるシェリーに合図を出した。

「シェリー。魔力を解放して、可能な限り川の水を塞き止めてください」

 エイミーの声と同時に大魔法が発動し、大地に浮かび上がった魔方陣から夥しい数の氷の柱が連なって壁を作り、川の流れを塞き止めた。水位はみるみる下がり、上流の氷の壁は決壊寸前になる。

「恐らくあいつの腰くらいまでの濁流が来ます。体勢を崩したところを橋から飛び移って揺さぶりましょう」

 大型の魔物は総じて三半規管が弱い。激しい振動を繰り返し与え続けると平衡感覚が麻痺して立っていられなくなる。膂力(りょりょく)で劣る覚者が大型の魔物に勝つには大地に横倒しにして頭部を狙うことが定石であった。万が一振り落とされても水の上ならまだ傷も軽いはずだ。もっとも川は濁流となっている。全くの無事と言うわけにも行かない可能性はある。

「ディビット。橋に残ってあなたは弓で威嚇して。あの盾僧兵が逃げる暇(いとま)を稼いで下さい」

 返事を待たずにエイミーとジレディーヌ、ファッツ、リィナは橋から跳躍して超大型のサイクロプスに飛び移った。程なくして氷の壁が決壊し、轟音と共に濁流が上流から押し寄せる。ディビットが矢を放ちサイクロプスの注意を引き付ける間にアンジェリナが川原を駆け上がり退避する。ここまではエイミーが想像した通りだった。

「こいつ、しぶといな。はやく倒れろ」

 サイクロプスに捕まらないように、しがみつく場所を変えながら四人は動きを合わせて体重をかけサイクロプスの体を揺さぶる。装備が重いファッツが耐えきれず一度橋に戻って息を整え再度跳躍する。濁流はサイクロプスの動きを停めてくれているが、もう勢いは減衰し始めていた。一刻の猶予もないのは明らかだ。

「くっ、時間切れですか」

 エイミーも歯を喰い縛って必死で体重をかけるがサイクロプスはなかなか崩れ落ちない。

「どうする。エイミー。もう一度流れを塞き止めて濁流を待つだけの体力は俺たちにはないで」

 ディビットはアンジェリナの安全が確保されてからも矢を射つづけ、体に張り付いた覚者たちの援護をしている。

 エイミーが退却も視野に入れ、次の手を考えていたその時、リィナが声をあげる。

「アンジェリナ。雷のエンチャントを。私が良いと言ったら、ロッドの魔力を放出しなさい」

「了解であります。お嬢」

 リィナの叫び声に、橋の上に駆け上がって来たアンジェリナが息を切らせながら応答する。全員の武器にサイクロプスの弱点である雷の属性が付与され、その魔力が武器を煌めかせた。

「弓遣いさん。わたくしがサイクロプスの弱点を看破しますわ。一点集中で撃ち抜いてくださいませ」

 リィナは勢いを付けてサイクロプスの体から手を放すと空中で魔道弓を番える構えをし、相手の巨体を凝視した。すると、魔道弓が己の意思があるように自然とサイクロプスのある一点の部位に引き付けられるように照準をあわせる。

 瞬間、サイクロプスの右腕の肘が妖しい光を放った。

「いただきやで。そこやっ」

 狙いすましたディビットの矢が、高い弓弦の音を響かせて飛翔すると、寸分違わぬ正確さで揺れ動くサイクロプスの右肘に吸い込まれるように命中した。どうにか倒れないよに踏ん張っていたサイクロプスは大きく体勢を崩した。

「みなさん。感電しますわ。サイクロプスからお離れになって」

 自身も空中にいたリィナは着地すると川から離れる。その声に驚いた三人が大慌てでサイクロプスの体から橋へ飛び移った。

「アンジェリナ。今でしてよ」

 勝ち誇ったリィナの声が響き渡ると、アンジェリナのロッドから雷の属性の魔力が解放されサイクロプスを感電させた。ついに、三十メートルある巨体が大きな水柱を立てて仰向けに倒れこんだ。

 

 

 そこから先は、一方的な戦いであった。

 エイミーの突きが頭蓋を貫通し、振り下ろされたジレディーヌの大剣が鼻柱を粉砕し、大きく振り払ったファッツの剣が牙を叩き割り、ディビットの矢が一つしかない眼球に突き刺さる。なんとか動き出そうとするところへ、アンジェリナとシェリーの魔法が体を凍結させて、その動きを封じる。

 倒れた魔物に覚者が手加減をすることはない。魔物が動かなくなるまで徹底的に攻撃は続けられる。手負いのまま立ち上がらせれば、どんな捨て身の反撃が待っているか判らないのだ。狩る者と狩られる者の立場が瞬時に入れ替わる。それが、彼ら覚者が命を賭して立つ戦場なのだ。

 

 数分後、川に残ったのは規格外のサイクロプスだったものの死骸と、感電して水面に浮かぶ魚の群れだった。遥か下流まで川はサイクロプスの血で赤く染まり、川原には血の臭いが満ち溢れた。




社員旅行で、2日インできない腹いせに投稿。
ああ、こうやって皆との差が広がっていくのね(@_@)

ただでさえ、こっちの執筆に1話で三時間くらい取られていると言うのに。


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第7章「西風の神器」

「君がアンジェリナだね。助かったよ」

 愛剣を腰に戻してエイミーがアンジェリナに近づく。戦闘の時より遥かに子供っぽい仕草と言葉遣いにアンジェリナは一瞬戸惑ったが、すぐに当たり前の疑問が浮かんだ。

「自分のことを知っているのでありますか」

 ごく普通の疑問なのだが、このときのアンジェリナの表情はまるで、自分を知っている人間を探しているような口振りであった。

「いや、名前くらいしかしらないよ。この冒険手帳の百傑に名前のある人だろうなと予想していたくらいで」

「そうでありましたか。……光栄であります」

 言葉とは裏腹にエイミーの答えに対するアンジェリナの落胆は明らかであった。美しい口唇から漏れた嘆息は咽(むせ)返る血の匂いにかき消されたようで、遠い目をした髪と同じ色のアンジェリナの紅い瞳は憂いを含んでいた。

「本当に感謝します。怪我をした仲間に成り代わりお礼申し上げます。あなたがたのご助力がなければ、我々もどうなっていたか分かりませんから」

 ジレディーヌが深々と頭を下げる。どのような経緯であれエイミーたちが助けられたのは事実であり、感謝しても感謝しきれないほどであった。この二人が居あわせなかったらと思うと、ジレディーヌは背筋に冷たいものが走る思いだった。併せて、エイミーの策が破綻していたことにも驚きを隠せなかった。今まで共に戦ってきたなかで、エイミーの立てた戦術が根本から崩れた事は一度もなかった筈だ。それほど敵の力は強大になりつつあるのかとジレディーヌは自問したが、答えは得られなかった。

「なんですの。さっきから皆様アンジェリナばかり気に掛けて。大剣遣いさんを回復したのもわたくし、サイクロプスを倒したのもわたくしの咄嗟の指示があったからですわよ。このリィナを無視して話を進めるなど言語同断でしてよ」

 矜持を著しく傷つけられたリィナが金切り声を上げて割って入る。確かにルルの回復を担い、サイクロプスを倒す策の指示を出したのはリィナだった。

「これは失礼。……リィナ。リィナとはあのディアス家のリィナ嬢のことですか」

「左様であります。お嬢は紛れもなく、レスタニア有数の富豪。ディアス家のご令嬢であります」

 ジレディーヌの疑問にアンジェリナが応えると、リィナは細い顎をやや上方に傾けて鼻から息を大きく吐き出した。したり顔で一行を見渡すが、エイミーたちから家柄を羨むような反応はなかった。リィナの予想に反して、みな一様に他の覚者と接するのと同じように礼を述べるにとどまった。

「あ、あら。それだけ。ディアス家の令嬢のわたくしが助けたと言うのに」

「勿論、助けてくれたことは感謝するよ。それと君がディアス家のご令嬢であることは話が別だよ。でも、君の魔力はすごいね。ボク、少し驚いたよ」

 今まで見てきた人間たちと違う反応にリィナは戸惑った。ディアス家の名を出せば、どんな人間もその偉大さを褒め称え羨望の眼差しを送ってきたのに、目の前の覚者たちは自分を一人の覚者として他の人間と分け隔てなく接している。

 あるいはそれは、家柄に囚われていたリィナ自身がどこかで求めて止まなかった存在かもしれなかった。

「ボクたちはこれで失礼するよ。本当はもうちょっと話したかったけど、仲間の治療に戻らないといけないから。覚者として戦っていれば、また君たちと一緒に戦う事もあるかも知れない。その時を楽しみにしてるよ」

 本来アンジェリナとリィナを仲間に迎えると言う目的はあったが、エイミーたちには、ルルとマルスの回復が優先されるのは仕方のない所であった。

 言い終えて振り返るエイミーの腰に挿した細身の剣を見て、リィナの動きが止まる。

「お待ちになって。その腰に挿している剣……」

 それ以上言えずにリィナは眼が釘付けになった。僅かに黄色味を帯びた稀少金属ヒヒイロカネで拵えられた、この世に四本しか存在しない幻の四風神器と言われる剣を前にリィナは完全に心奪われていた。武器商人として生きている間に見られることがあれば幸運と言われる剣がまさに目の前にあった。

「ああ、これはゼピュロス。ボクの愛剣さ。死んだ師匠から譲り受けた業物(わざもの)だよ」

 予想通りの答えに卒倒しそうになりながら、リィナは生唾をのんで、エイミーの腰を覗き込んだ。細い刀身は淡い光を放ち、作り手の魂が込められたその剣は、持ち手の技量と志を吸収し静謐とさえ言える佇まいで腰に収まっていた。

「良かったら触ってみるかい。命の恩人にこれくらいのお礼しかできないのは心苦しいけど」

「良いんですの」

 目を輝かせて、恐る恐る差し出された柄を握ろうとしたリィナにアンジェリナが声を掛ける。

「お嬢。この方たちはお仲間の治療に戻らねばならないであります。引き留めては大事に触るであります」

「それならわたくしたちもご一緒すれば良いだけのことですわ。剣の鑑賞はそれからでも遅くはありませんでしてよ」

 嬉々とした声で宣言するリィナとその答えに嘆息するアンジェリナを交互に見ながら、エイミーは苦笑した。

「そうしてくれると有難い。腕の良い術士と盾遣いは、いくらいても足りないからね」

 村に走りだしたエイミーたちの後を追って、リィナとアンジェリナも静けさを取り戻したテルの村へと向かった。




もうちょい掘り下げて書きたかった章です。

後で加筆、修正を入れる可能性があります。


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第8章「天使の落涙」

 覚者とは心臓を竜に捧げ不老の体を手に入れる代わりに、その尖兵となり戦う者たちのことだ。自ら志願して覚者になる者も居れば、望まずして不老の体を手に入れる者もいる。ただ、どのような経緯で覚者となったかに関わらず、覚者は常に戦いの中に身を置くことを運命付けられる。それは不可避の事実であり、誰にも抗えない真実であった。

 覚者が戦う事を拒絶した時、それはレスタニアで生きる権利を放棄する事と同義だと言っても過言ではない。

 

 

「どうしてルルがこんな目に合わないといけないの……」

 泣きはらした眼を擦りながらクックが呟く。止血は終わったがルルの様態が依然危険な状態であることに変わりはない。暫くは、体から著しく竜の力が失われた「弱化」と言われる症状が続くだろう。軽い弱化であれば宿屋で休んだり、神殿で祈祷すれば回復するが、最悪の場合は前線に戻れない体になることもありえる。不老の体を手に入れた覚者と言えども万能ではない。それが命あるものとしての限界であった。

 ただ、大剣を扱う闘士は他の武器を遣う覚者と比較して体の頑丈さが売りだ。そのルルを一撃でここまで傷つけてしまう超大型のサイクロプスの破壊力にクックは肌を粟立たせた。

 テルの村の宿屋の二階を借りきってエイミーたち一行はルルの回復を行った。アンジェリナやリィナも加わり回復魔法が使える全員が協力した結果、一命は取り留めたが、未だにルルの意識は戻っていない。

「どうするつもりだ、エイミー」

 ディビットが魔力を使い果たして座り込んでいるエイミーに詰め寄る。戦闘が始まる前、確かにディビットはエイミーの作戦に反対していた。ただ、ディビットもその場ですぐ代案を出した訳ではなく、承知の上で戦闘に参加した。だから単純にエイミーを責めたい訳ではないが、責任の所在は確認しなければならない。彼らは命を賭して戦っているのだ。その命を預けるに足る根拠がディビットには欲しかった。

「どうもこうもないよ。ボクの考えているよりサイクロプスが強かった。ボクらは弱かったのさ。そのせいで今、ルルは生死の境をさ迷っている」

 あっけなくエイミーは自分の否を認め肩を落とした。エイミーのクランは規模から言えば中堅処で人数は五十人程度だ。クラン法成立と同時期に立ち上がり、その後、先代のクラン長の戦死など解散の危機の紆余曲折を経て、エイミーが三代目のクラン長を引き継いでから、もう半年ほどになる。エイミーが長になった以降にクランに加入した覚者もいれば、エイミーの指揮下の戦闘で戦死した覚者もいる。その度に、エイミーはもう誰一人死なせはしないと心に誓ってきた。それでも予測不能の魔物の進化や不慮の事故で少なからず仲間を失った。

「そんな言葉を聞きたい訳じゃない」

 語気を荒げたディビットの言葉に一瞬室内が静まり返る。驚いたエイミーが不安そうな顔をディビットに向ける。戦闘の時には決して見せない表情のエイミーからディビットは顔を逸らせた。己の不安に押し負けて声を荒げてしまった事を恥じたディビットは自己嫌悪から息を大きく吐き出した。

「そのような物言い、無礼であろう」

 ジレディーヌが二人の間に割って入りディビットに険しい視線を送る。ディビットとジレディーヌは、共にエイミーがクランに来る以前から主力としてクランを支えてきた覚者だ。全く逆の性格を持った二人を腹心として置いたのは長として経験が浅いエイミーが、自分の考えが偏った方向に行かないように正して欲しいと考えたからだ。

「お主はもう少し分を弁(わきま)えている御仁だと思っていたのだがな。残念だよ」

 顔を上げないディビットに背を向けジレディーヌも視線を落とした。

 ディビットは知っていたはずだ。この剣豪はただ強いわけじゃない。自分の剣の力で人を生かそうと考えている理想家だ。その理想に惹かれディビットは解散寸前のクランに残った。

 この覚者なら腐った神殿の呪縛を解き放ち、違う可能性を見せてくれるのではないかと。

 レスタニアは二十万の覚者隊と言う近隣諸国に類を見ない強大な軍事力を手に入れ、戦いには勝ち続け、戦勝国としてこの世の春を謳歌しているように見える。実際覚者となる事を志願する者も次々に訪れ、これからも軍事的発展は続けていくことになるだろう。だが、内実は神殿は権力闘争で荒廃し、覚者の倫理観は地の底に沈んだ。「勝った、勝った」と浮かれる時期はとうに過ぎ、戦力の統制を取らなければならない時期にきているにも関わらず、腐った一部の細胞が体全体を蝕もうとしていることさえ気づかぬまま無為に時間を過ごし、金の亡者が支配する拝金主義の神殿に多くの覚者は見切りをつけてしまった。

 その世界を変えてくれる可能性として、ディビットはエイミーの理想に追従したのだ。ただ理想と現実は同じ意味を持ち合わせない。誰かが現実を見据え、エイミーの理想と擦り合わせをしなければならなかった。その役を自分がかって出た筈であったのに……。

「俺たちはお前を信じている。負け戦だろうがどこまでもついていくで。だからそんな顔をしなさんな。長ならもっとしゃんとしてもらわな困るで。でないと、俺の命の賭けようがない」

 顔を上げたディビットはエイミーを見据えて言い放った。それは、不器用なディビットができる精いっぱいのエイミーへの信頼の証明であった。

「ディビット……」

 知らず流れ出た涙がエイミーの頬を伝い床に落ちる。長い瞬きの後、涙を拭い立ち上がったエイミーは元の姿に戻っていた。

 自分は光だ。クランにいる覚者たちを照らし、導かなければならない。エイミーは自分に言い聞かせた。

 一介の覚者でしかない自分は世界をすこしでも善くしたいと言う不相応な夢を抱いた。剣一本でそれがどこまで実現できるか分からない。それでも、その想いを受け止めて支えてくれる仲間がいる限り前に進まなければならない。それが今まで自分の下で命を落とした者と、今まで自分が命を奪ってきた者へのせめてもの償いであった。

「すまない。ボクはまだまだ未熟だ。こう言う事があるたびに思い知らされるよ。だからキミたちに助けてほしい」

 エイミーの言葉に、アンジェリナとリィナを除く一同が跪いて敬意を表す。どうやら手を貸した覚者たちは、レスタニアから存在が消えかかっている「救い様がないお人好し揃い」だと安心したアンジェリナは安堵の息を漏らした。

「そのご助力に、わたくしたちも加えて頂いてよろしいかしら」

 リィナが一歩前に出て申し出る。リィナの家は武器商人だ。良くも悪くも戦争が無くなったら食い扶持がなくなる。だが、同じ戦争なら少しでも世界が善くなる陣営に力を貸したい。それが偽らざるリィナの気持ちだった。それに個人での戦闘では武具の情報収集に時間がかかる。集団で戦闘をこなせる腕の良い覚者と居れば、覚者としても武器商人としても、より多くの発見があるに違いなかった。

「ありがとう。お二人のご助力感謝するよ。ようこそ、我がクランに」

 笑顔のエイミーが手を広げて、二人のクラン加入を歓迎した。

 

 

 英雄と呼ばれる覚者の一行が神殿の命で新大陸に向かうと噂される同時期に、テルの村で新たな仲間を迎えた一つの小さなクランはここから更なる試練に立ち向かうことになる。




先週末に3倍サポを3日間いれて、レベル上げしていたので更新が遅れましたよ(@_@)

どうにか最前線に喰らいつき執筆を続けていますが、更新が遅れることがあるかもしれないことを先にお伝えしておきます。

EM放置での放置レベル上げ、エピタフの無限わきと金箱の「そっ閉じ」システムや低レベル帯でのPPの獲得量、そしてトーチャーBOとゲームとして破綻しつつあるのを危惧しております。PPに関しては意図せぬ獲得量ってお詫びメールに書いてあったけど、不具合ページに載ってないから修正する気がないんだろうね。

運営がこんな状態だから、プレイヤーの質やモラルも下がるのは必然だよね~。コンテンツがないって事もありますが、前より野良で参加することが明らかに減りましたよ。専らクランで固まって行動してます。

がむばれ。運営(@_@)>


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第9章「未踏の禁域」

 エイミーたちのクランが新しい仲間を加えてから初めてグッリデン砦の防衛戦に赴いて数日後、ルルは目を覚ました。傷は癒えており命に別状はなかったが、やはり弱化の症状が出ている。死の寸前まで追いやられた体だと思えば奇跡的な回復力であったが、暫くの間は以前のように前線で体を張るような戦い方はできそうにないのは明らかだった。

 

「おい。あまりくっつくな。猫臭くて敵わない」

 やっと起き上がれるようになったルルにクックが過剰に密着して世話をしている。テルの村から帰還した後、ルルは自宅ではなくレーゼ神殿の商業区に設けられたクラン拠点の二階の一室で療養し、手の空いたクラン員が治療や世話をしている。専らルルの部屋に入り浸っているのはクックであり、神官であり回復魔法を得意とするクックが率先して世話をするのは当然のように思えた。ルルとしては命の恩人でもあるクックではあるが、有難いを通り過ぎて鬱陶しいと感じるほどであった。

 この二人は以前から兄妹のように仲が良く、互いを信頼しあっているのはクランでも有名であった。

「あら、怪我人が偉そうなことを言うんじゃないの。まだアンタは本調子じゃないんだから、黙って介護されてなさい」

 クックは勝ち誇ったような口調でそう言うと、肩を貸してルルを立ち上がらせた。

 クラン長のエイミーは弱化となっているルルを放っておく訳もなく、なにやら神殿に掛け合うため数人の仲間を連れて外出している。先日のテルの戦闘で盾僧兵と魔道弓と言うクランに抜けていた武器の使い手を得たのはクランにとっては僥倖で、今後更に活動の場を広げるためにエイミーは動いているようだ。

 

 

「これが元は片手剣だったって言うんか。魔改造の極みやな」

 ルルが休んでいるクラン拠点の隣の部屋では、アンジェリナが腰に挿しているロッド「ロンバルディア」を眺めてディビットが呟く。元は大陸でも有数の由緒ある剣であったが、持ち主のアンジェリナは盾僧兵であり、剣は振るえない。そこで、雇い主たるリィナがアンジェリナに合わせて生成し直したのである。白と赤を基調としたロッドは所々に金で作られた格式高いレリーフが施され、その高貴さを否応無く主張していた。

「魔改造とは聞き捨てならないですわ。このリィナ渾身の一振りでしてよ」

 鼻を鳴らしてリィナは胸を張る。確かにポーンですらここまで見事に原型を留めておかない改造はしない。ディビットは人間の拘りと言う所業の深さに改めて溜め息をついた。

「宜しければディビットさんの弓もわたくしが改造してさしあげてもいいんですのよ」

「丁重にお断りさせて頂こう」

 神妙な面持ちでディビットが申し出を辞退する。もし任せようものなら、自分の弓がどんな姿になって帰ってくるか知れたものではない。

「あら、そう。残念ですわ。気が向いたら是非お声をお掛けになったくださいまし」

 そう言って慇懃にリィナは頭を下げたが、ディビットの気が向く日は暫くは訪れそうになかった。

「お嬢の腕は間違いないであります。趣味が悪いのが問題でありますな」

 ロッドの持ち主であるアンジェリナが肩を落として述懐する。壮麗な片手剣が過剰な装飾の付いたロッドに生まれ変わって帰って来た日の驚きをアンジェリナは忘れていない。但しロッドとしての性能は申し分なく、今まで振るうことは無くても肌身放さず持ち歩いていた剣なので、しっかりと手に馴染んだ。今度こっそり装飾を取り外そうと考えている事をアンジェリナはまだリィナに告げていない。

「成金主義だとでも言いたそうですわね、アンジェリナ。わたくしの洗練された造形美が解らないなんて、あなたも武器職人としてまだまだですわ」

「お嬢。自分は武器職人になった覚えは一切ありませんよ」

 アンジェリナのにべもない返答にリィナは口を開閉しながらたたらを踏み部屋の柱にもたれ掛かった。

 

「よし。漫才はそこまでかな。聞いてほしい事があるんだ」

 部屋に入ってきたのは神殿から帰って来たエイミーだ。漫才と片付けられたリィナとアンジェリナが顔を見合わせて嘆息する。ここに居ないクランの主力覚者の所へはシェリーが直接招集をかけており、暫く全員の集合を待つことになった。

 程無くして部屋に集まったのはエイミー、ディビット、ジレディーヌ、クック、ファッツ、ルル、シェリー、リィナ、そしてアンジェリナの九人。今はこの覚者たちがクランの主力である。

「みんな揃ったかな。時間もないから手短に話すよ」

 エイミーは勿体ぶらずに話し始める。この部屋に集まった仲間に前置きや体裁は不要。そう言外に付け加えているようだった。

「知っての通り、先のテルの村での戦闘で、我がクランは重要な人員であるルルを前線より退かせる事態になった。それは単(ひとえ)にボクの采配の至らなさが招いたもので、ルルは勿論、戦闘に加わったここにいる皆に迷惑をかけた。全て無能なボクの責任だ。ゴメン」

 自虐的な物言いにジレディーヌが声を上げようとするのを視線で制しエイミーは続ける。

「でも、そこで新たな出会いがあり、助けてくれた二人が仲間となってクランに加わってくれた。その出会いに感謝したい。だが、ルルを置いてボクたちだけで戦うわけにはいかない。ボクたちはクランの仲間だ。誰一人欠くこと無く共に進んでいきたいと思っている。そこで、今のルルの力でも扱える武器を全員で調達しに行こうと思う」

 エイミーはそこで言葉を切って一同を見渡す。深呼吸のあとエイミーは告げる。

「古の都であるメルゴダに向かい、錬金術士の武具の封印を解く。その武器をルルに与え新たな武器としようと思う」

 メルゴダとはレスタニアに存在する嘗ての錬金術士の都であり、許可を得たものしか立ち入る事ができない禁域だ。現在国内に出回っている錬金術士が用いる籠手はメルゴダで生産されたものではなく模倣品であり、本来の力を発揮出来ているとは言い難いものだ。レーゼ神殿は武器としては不十分な籠手を改良したいと言う考えはあったが、メルゴダの技術は難解で純度の高い複製が難しい状況であった。エイミーはそこに目を付け、メルゴダの技術を持ち帰る代わりに護政区への立ち入り許可を得たのだ。

「無論神殿の許可は取り付けたよ。我々が武具の生成方法を持ち帰れば、レスタニアには更なる発展が期待できる」

 エイミーの言葉に一番目を輝かせているのは武器商人でもあり武器職人でもあるリィナだ。生成方法を自分が知ることが出来れば、大きな経験となるのは間違いない。そのリィナの視線を受け止めて、エイミーは微笑んだ。

「リィナ。キミの腕が必要だ。期待しているよ」

「お任せになって。このリィナ、命に換えても錬成籠手の生成方法を持ち帰ってご覧にいれますわ」

 部屋の中の緊張は一気に高まった。これまで数える限りしか覚者が立ち入ることが許されなかった禁域に踏み入る事ができる。それは冒険を生業とする覚者にとって変えがたい喜びであった。

「出発は二日後の早朝。この九人で向かう。各員用意を怠ることがないように」

 エイミーの言葉に恭しく頭(こうべ)を垂れ覚者たちは期待を胸に解散した。



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外伝1「菓子と悪戯」

本編と関係ない、完全一話読み切りです。


 レーゼ神殿の宿場区にある酒場「竜の胃袋」では、近年レスタニアで流行を始めた祭りが開催されている。ハロウィーンと呼ばれる遥か西方の国の収穫を祝うこの祭りは、各地に伝播するにつれて姿を変え、ここレスタニアにはお菓子を配る祭りとして定着しつつある。その際、吸血鬼や魔女、南瓜のお化けと言った仮装をするとより縁起が良いとされ、レーゼ神殿には思い思いの仮装をした覚者や人間が溢れていた。

 

「トリックオアトリート」

 内海に面した卓で食事を取っていたアンジェリナとリィナに一人の少女が声を掛けてきた。紫色の先の尖った帽子に全身を覆うクロークを纏い悪魔の羽と尻尾に似せた着飾りは異形としか表現できない姿であるが、ここ数日のお祭り騒ぎでアンジェリナとリィナもすっかり慣れてしまった。少女の口にした言葉は「お菓子をくれないと悪戯するぞ」と言う意味で用いられ、言われた大人は相手の子供にお菓子を渡す習わしになっている。

「ハッピーハロウィーン」

 教わった通りの挨拶をして、アンジェリナは幼子に卓に置かれた紙の小袋を渡す。小袋の中には小麦粉と砂糖で出来た焼き菓子や、カカオと言う木の実を原料とした甘いチョコレートと呼ばれる菓子などが入っている。このチョコレートの製法も南蛮と呼ばれる地方から入ってきた技術である。ポーンによるチョコレート生成は非常に好評で、栄養価が高く保存が効くチョコレートはレスタニアでは常に作られるようになり、覚者も戦闘時に非常食として利用するなど食文化の発展に貢献していた。

 少女は小袋を開けると焼き菓子を頬張り、その芳ばしさと甘さに破顔する。「ありがとう」とお礼を言って去っていく少女に手を振りながらアンジェリナは卓上の葡萄酒を口にした。

 

「ハロウィーンをお楽しみ頂いているでしょうか」

 橙色の吸血鬼の衣装を纏った大男がアンジェリナたちの卓にやって来て低頭する。大男は魔女の格好をした妖艶な雰囲気の美女をつれており、その美女もまた非の打ち所がない所作で一礼した。

「アンジェロ殿。それにシスティ殿」

 アンジェロとシスティはレスタニアにハロウィーンを持ち込んだ異邦人であり、他にも国外の風習をレスタニアに根付かせようと模索している人物である。アンジェリナは名前が似ていることもあり、すぐに打ち解けて祭りに必要な素材を集めるのを手伝ったこともある。その度に過激な衣装を貰ったりするのだが、アンジェリナは受けとるだけで実際に着てみる勇気はなかった。

 リィナは自分たちの卓に二人に座ることを薦めたが、丁重に断られた。これから国内の他の村や町にもハロウィーンの祭りの紹介にいくところだったようだ。

「折角のお誘いですが申し訳ない」

 と詫びをいれるとアンジェロは再び一礼した。時間が無いなか声を掛けてくれた気遣いに感謝し、アンジェリナたちも礼を返した。

「お二人のクランには感謝してります。こうやってレスタニアの皆様がハロウィーンを受け入れてくださったのも、あなた方のクランの協力があってこそ。ご恩は決して忘れません」

「とんでもないことであります。お二人の熱意にレスタニアの民が心打たれただけのことで、我々のお手伝いなど微々たる労力に過ぎないであります」

 手伝ったのは事実だが、いつも討伐してる魔物の素材を提供しただけなので、畏まって礼を言われる事の程でもない。と言うのがアンジェリナとリィナの正直な気持ちだった。

「お二人はなぜ、この地に祭りを広げようと思われたのですか」

 引き留めては悪いと思いながらリィナは問うてみた。流転の民となっているアンジェロとシスティがどんな思いで行動しているかリィナは知りたかったのだ。

「残しておきたかったのです。我々の国にあった風習を」

 立派な口ひげを擦りながら、アンジェロは遠い目をして答えた。

「お恥ずかしい話ですが、我々の住んでいた国は魔物の襲来ではなく、人間同士の争いによって滅びようとしています。技術の革新は格差を産み、格差が差別を産む。虐げられた者たちが武力で虐げてきた者たちを屈服させ主従が逆転して、また新たな差別が生まれる」

 内省を込めたアンジェロの言葉はやがて熱を帯びていった。

「この国にはまだ希望があります。あなた方覚者と言う希望が。僭越ながら我々は期待しているのです。力を持ったあなた方がその力を正しく遣い、より良い国や世界を作ってくれるのを。その国に我らの祭りが残せたら本望です」

「買いかぶり過ぎです、アンジェロ殿。この国も緩やかに衰退の道を辿りつつあります。他ならぬ神殿の手で」

 神殿の拝金主義が進み覚者たちの倫理観が失われてからレスタニアの人心は最早語ることも出来ないほど地に落ちた。相手を騙すことが日常的に行われ、騙された方は泣き寝入りするしかない。どんな形であれ利益を得たものだけが優遇され、その方法は問われない。法の改悪ばかりが進み不正が横行している現状に希望を見いだせる人間は少なかった。多くの志をもった者たちがこの国を去って行くのをアンジェリナたちは見てきたのだ。

「言ったはずです。我々が期待しているのはあなたがた覚者です。レスタニアという国ではありません。あなたがた覚者は多くの困難をはね除け、理不尽な神殿の要求に屈せず、この国を存続させてきた。これほど我慢強い民は周辺諸国には居りませんよ。それこそ国を去った者も多く居るはずですが、あなたがたのような人も残っている。あなたがたこそ、この国の希望なのですよ」

 それだけ言うとアンジェロとシスティは再び礼をすると踵(きびす)を返し足早に酒場を出ていった。転移を使えない彼らは徒歩で国を回るのだ。並大抵の労力ではない。アンジェリナは二人の旅の無事を祈って胸の前で十字を切った。

 

 そこへ先程菓子の入った袋を上げた少女が二人の卓に走りよってきた。

「覚者様。いつもレーゼ神殿を守ってくれてありがとう」

 そう言うと悪戯っぽい笑顔で少女は手にした一輪の花をアンジェリナに差し出した。路傍に咲く名もない花だが、今のアンジェリナたちにはどんな報酬にも換えがたい価値のある花であった。飲み干した葡萄酒のグラスに水を注ぎ受け取った花を注す。

「ありがとう。こんな綺麗な花、初めて見たでありますよ」

 世辞ではなくアンジェリナはそう思った。その言葉を聞いた少女は照れ臭そうに下を向くとそのまま走り去っていく。内海から吹き上げる風が卓の上に注された花を小さく揺らした。

「お菓子のお礼に、素敵な悪戯をいただきましたわね。それにしてもほんと、あなたは小さい子から好かれますわよねぇ。アンジェリナ」

 リィナの言葉にアンジェリナは苦笑して答える。国を救いあるべき姿に変える。そんな大それた事は想像もできない。だが、今の少女の日常を護る事は自分でも出来る筈だとアンジェリナには信じることができた。歩いて行こう、どんな道であっても。すでに血塗られた道であるかも知れない。その先にあるものを見届けるまで自分から歩むことを辞めたりはしない。その為に力を遣い、その為にもっと強くなろうとアンジェリナは口に出さずに誓いを立てた。

 

 

 その心に答えるように小さな花がもう一度風に揺れた。




エピタフ三週やって、三種類しか武器が出てない引き弱覚者です。
カトブレさんと災厄周回にも飽きたので更新しましたよ。

アンジェロが連れてるのはホントは「シェリー」なんですけど、シェリーは既に登場人物に使ってるんで勝手に改名。
外伝では、ゲーム内やリアルでの季節やイベントに合わせて話を書いて行く予定です。
本編で書ききれない覚者たちの日常なんかも書けたらと思います。
さぁ、明日はまたエピタフガチャがリセットされる日。一つで良いからおニューの武器が欲しい所だね。


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第10章「亡都の落日」

 メルゴダは嘗て錬金術の都として栄えた都市だ。そこは雲の上に浮かぶ空中都市で勿論地図にも載っていない。一般の覚者や人間からすればお伽噺に出てくるような存在である。

 約三百年前までメルゴダはレスタニアの北部に存在する王都であり、白竜に選ばれた覚者が王となり国土を支配していた。白竜と黄金竜の争いにより地上から消失しメルゴダの深淵と言う大穴が残されたと伝えられている。禁足地であり許可のある者しか立ち入る事ができなくなっている。

 現在のレスタニアにはメルゴダで培われた錬金術の技術はほとんど継承されておらず、隠れ里となったメルゴダとの交流は断絶していると言っても良い。神殿がメルゴダを禁足地とし技術の拡散を防止しているのは権力を持つ者たちの思惑でもあった。

 今でもメルゴダには錬金術士たちの末裔が暮らしている。建築様式は地上のレスタニアと酷似しており、ここが嘗て陸続きであったことを証明している。錬金術士たちは一様に長いローブのような着物を羽織っており、肌や頭髪の色素が薄い事がこの地に住まう人々の特徴である。

 

 メルゴダと唯一繋がりがあるザンドラの最北部の護政区と呼ばれる地域は、険しい岩山に囲まれ嘗てメルゴダに最も近かったことから、その影響を色濃く残している。岩山を丸ごとくり貫いて都市を構成しており、入り組んだ地形や町としての装飾が皆無なことから要塞都市として機能していたことを想起させる。

 現在ではメルゴダに向かうにはこの護政区の最奥にある礎から転移するしか方法がなく、エイミーたちの一行は護政区の関所を通り岩山を北へ向かっていた。

 

「ここに以前陸地があったなんて、信じられんわ」

 夕暮れ前にザンドラから四半日ほど歩いた護政区を見下ろす崖に到着し「地上の傷跡」とも呼ばれる深淵を目の当たりにしたデイビットは肌を粟立たせた。穿たれた大穴の向こう側は流れ落ちる海水が靄を作り遥か視界の奥に霞んでいる。この辺りは年間を通じて晴れる事がほとんど無く、空は低い雲に覆われ淡い陽光が差し込むだけで、廃墟と化した石造りの建物を陰鬱に照らし出していた。流れ落ちる海水により雲が常に立ち込め、その水の爆音と雲の中に発生した静電気により地響きにも似た不吉な音が響きわたっている。

「地形や天候を変えてしまうほどの力を、竜は持っていると言うことの証明でしょう」

 数百メートルの眼下に広がる茫漠たる水溜まりに圧倒されながらジレディーヌが述懐する。

 この地に出没する魔物もメルゴダの影響を受けてか、国土中央以南に棲息する魔物とは明らかに異なり、異形の仮面で頭部を覆った魔物が多い。仮面を叩き割るとその内側には体と繋がる血管が通っている。つまり仮面が魔物の体の一部であるような構造となっているのだ。魔物たちは鱗粉の様な毒素の入った金属の粉を撒き散らし襲ってくる。この地に住んでいない覚者や人間はその粉への耐性が無く、触り続けると体が金属にかわってしまう。そのような特性を持つ魔物は「アルケミー」と総称され、対処法や討伐に用いられる戦術はそれ以外の魔物と大きく異なる。そして何よりも覚者が慣れなくてはならない事は、仮面から血液が飛び散る異常な光景に慣れる事とも言われている。

 遭遇する小型の魔物を討伐し、仮面と繋がった眼球や脳梁を踏み越えて、一行は更に護政区へ向かって先に進んでいく。

 

「世界の因果率さえ変えてしまう可能性がある錬金術は、メルゴダの崩壊と共に封印され、その技術の多くも秘術として隠匿されてきた。権力者たちによってね」

 エイミーが苦々しく呟く。今回の遠征も神殿が自ら失った技術を、自らの都合で復活させたいと望むもので、本来なら受けたくない依頼である。しかし、怪我を負ったルルでも軽く扱いやすい武器であれば前線に戻れる可能性がある。また先日仲間になったリィナは武器の流通を牛耳るディアス家の令嬢だ。この二つの要因がエイミーをメルゴダに向かわせた。

「着きましたでありますな。あれが国土最北の礎ですかな」

 先頭を歩くアンジェリナが足を止めて指差す。神事が行われるような厳かな建物の奥に竜力を放つ礎がたたずんでいた。建物はそこで行き止まりと言うよりそれより先が抉り取られたような印象を受ける。豪奢な装飾は盗掘によって剥ぎ取られ、石畳は隆起や陥没があちこちに点在しており整備されているとは言い難い。完全な廃墟となてしまった嘗ての王都の建物だが、その礎には特別な何かが存在しているようであった。

 本来許可が出たので、この礎への転移も神殿から解禁された。だが、転移は半日に一度程度しか使えない。もしもの時の事を考え、エイミーはここまで徒歩でやって来る選択肢を選んだ。全員にその旨を伝え異議は出なかったが、「もしもの時」がどのような事態を表すのか、一行の中に確認しようとする者もいなかった。

 

「よし。ここで夜営の準備をする。食事の準備、仮眠、偵察の三班に別れて行動します」

 エイミーの指示が出ると一行は速やかに行動に入る。不老の覚者と言えど休息や食事は不可欠である。また疲労は集中力の欠如を招く。高い戦闘力と連携を維持するには心身ともにある程度の余裕は必要だ。

「エイミー。待って。人の気配がする。いや、これは人……。それとも人だったもの」

 九人の中で魔力が一番高い魔術師のシェリーが異変を察知し注意を促す。それを聞いた全員が得物を構え警戒する。薄暗がりの静まり帰った建物の石畳を振動が少しずつ伝わってくる。

「何か来るな。人間の重さじゃない振動だ」

 石畳に剣を突き立てファッツは伝わってくる振動を感じ取った。明らかに人間より大きな何かが近づいていることは間違いなかった。

「ルルは後方の礎まで下がって待機。無用な戦闘には参加しないでください。クックはルルの護衛を優先」

 短剣を持っただけのルルと神官のクックが頷き短い階段を駆け上がって礎まで退く。残りの七人で陣形を組んで警戒する。盾を持ったアンジェリナが先頭、その後ろに剣を携えたエイミーとジレディーヌ、ファッツが控え、魔術師のシェリーを最後方に置き、両脇をディビットとリィナが固める。後方からの不意打ちでなければ磐石の布陣である。

 

「しまった。上か」

 エイミーが気づいた時には遅く、頭上から石の塊が降り注いでくる。流石に下敷きになる者は居なかったが、石畳と共に天井を突き破って落ちてきた金色に輝く大型の魔物に一同は驚愕した。着地と同時に衝撃に耐え切れなかった床が悲鳴を上げて砕け、石畳を崩壊させた。逃げる事も叶わず、ルルとクック以外の七人は崩れた石畳と共に更に階下へと落ちていった。

 




獣待ちの空き時間で執筆する荒業(@_@)
やっぱ、1ヶ月くらい書かないと文章が鈍るね。いや、最初からそんな大層な文章が書ける訳でもないんですが…。

WM今回も5000位は確定かな。防具の強化にまだまだ羽は必要です。


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第11章「深淵の記憶」

 天井から落ちてきた金色の魔物が床を破る一瞬前、シェリーは危険を察知して飛び上がった。杖に込められた魔力を解放し浮遊の術式を発動させる。自分の体を取り囲む大気が球状の反重力の力場を形成して落下を逃れたシェリーはクックとルルが居る礎まで移動した。他の覚者たちに浮遊の術式を施している時間が無かったのは明らかで、それを咎められることはないと確信していたし、落下して命を落とすような仲間でもない。

 礎の先は外から見た深淵が広がっており、三人は前後共に深い穴に囲まれた狭い足場に取り残される形になった。

「違う。アタシが感じていたのは魔物の気配じゃない。じゃあ、いったい誰……」

 シェリーの言葉に答える者は居らず、深淵から吹き上げる風が翠玉色の髪を無造作に靡かせるだけだった。シェリーが感じていた気配の残滓(ざんし)は消え去り深淵に落ちていく水の轟音が再び辺りを支配した。

 

「どうしましょう。エイミーたちは落ちちゃったし、床はなくなっちゃうし。もし魔物が襲ってきたら、神官と魔術士じゃ、相手を抑える事ができないわよ」

 クックの言葉で現実に引き戻されたシェリーも、事の深刻さに背筋を凍らせた。神官と魔術士は共に後方から戦闘に参加するのが定石で、剣や盾を使って相手の攻撃を受け止めてくれる存在がいて初めて力を発揮できる。弱化したルルを盾として前線に出すわけにはいかず、今襲われれたら戦うよりも前後に開いた穴のどちらかに飛び込んだ方が生存確率は高いと言う状況だった。目の前にある礎で転移も出来るが、これはメルゴダへの転移専用だ。メルゴダのどこに飛ばされるかも分からない礎を使う選択肢を選ぶ可能性も限りなくゼロに近かった。

「無闇に動くものではない。あいつらならきっと魔物を倒して戻ってくる。今は信じて待つしかない」

 腹を括ったルルが礎に背を預けて座り込む。その姿を見て嘆息したクックとシェリーもルルに倣い其々別の方角を向いて礎に凭れかかった。どちらにせよ休息は必要なのだ。三人はエイミーたちが先程の魔物を討伐して戻ってくるまで体を休める事に決めた。

 

 

 その時ー

 

 礎に蓄積された記憶の奔流が三人の脳に流れ込んできた。

 禍々しい曲がりくねった角を生やした紫色の体毛にくるまれた悪魔の嘲笑。

 それに対峙する統率レオと覚者一行の覚悟。

 そして、全身に悲しみを湛えた運命を背負った長い髪の少女の悲痛な願い。

 

 無くなった筈の心臓が早鐘を打ち鳴らし、胸の奥を掻きむしる。

 それはきっと、この礎に刻まれた最後の記憶。

 

 呼吸することさえ忘れ、流れ込む記憶に翻弄されていた自我が一瞬で覚醒する。大きく息を吸い込んで肺の空気を入れ替えた三人は顔を見合わせた。どうやら同じ光景を共有したであろう三人はもう一度礎に触れてみたが、礎は何も無かったように沈黙を守り、先と同じ現象が起こる事はなかった。

「アタシを呼んでいたのはあなただったのね。でも、ごめんなさい。アタシにはどうして良いか解らないの。あなたはアタシにどうして欲しいの」

 礎に手を置いたままシェリーは呟いた。礎から仄かな暖かみを感じ取れたが、それが何を意味しているか定かではない。そもそも礎は竜脈の主要点に建てられた人工物だ。それ自体に感情や思考があるとは考えられない。だが、残存思念であればどうか。礎を使用した何者かの強い思念が、先程の記憶を三人に焼き付かせたとなれば十分可能性はある。

 記憶の最後に出てきた悲しげな顔をした少女。身に付けている物から、高貴な生まれであることは容易に想像できる。果たして誰であったか、シェリーは記憶を辿る。初めて会ったときはもっと幼かったはずだ。無頼の覚者となってからは謁見の間になど足を運ぶことはほぼなくなったが、覚者となって神殿で洗礼を受けた際に白竜の脇に控えていた少女だ……。

 人間の身でありながら、次の白竜に最も近い人物と言われていた物静かな、だが強い意思を持った少女。

「ミシリア……。あなたなの」

 

 シェリーたち一介の覚者には、神殿からミシリアやレオの行方について何か告げられた訳ではない。

 神殿の重要人物たちは次々と神殿から姿を消し、その度にレスタニア全土に様々な憶測が飛び交う事態を招いた。どれも神殿への否定的な噂ばかりであったが、そのことを一切無視して神殿は火消しさえしなかった。

 不安が不信を招き結果覚者たちがレスタニアから去っても、神殿は軍資金を集めることのみに執着し、残った覚者たちに無理難題な素材の徴収や、クラン法の改悪による税の回収に勤しんだ。覚者たちから徴収した資金は英雄と呼ばれる覚者一行のフィンダムへの遠征費に充てられ、一般の覚者への見返りは一切なかった。

 一部の貴族や権力者の子弟である覚者が、神殿に集めた資金の運用などの陳情に訪れた際、ジョゼフの側近に「金が無ければ神殿の人間の飯が喰えない」と返答され、その話が広まると最早神殿の肩を持つ権力者たちは居なくなった。

 心臓と言う人質を取られている以上、覚者たちはレスタニアのために戦わなければならない。一部神殿内の権力者たちが私利私欲の為のみに覚者たちから不要に巻き上げた税で私腹を肥やしているのを、覚者たちは知りながらも命を賭して戦わなければならないのである。

 

 シェリーの言葉に反応するように、低い雲の切れ間から一筋の陽光が溢れた。それは水飛沫に反射して半円の虹を煌めかせながら奈落へと続いているような「メルゴダの深淵」の奥底に吸い込まれている。「何かある」そう直感したシェリーたち一行は唾を飲み込み、深い闇の底を覗き込んだ。




1ヶ月書かない時があると思いきや、今度は3日くらいで更新(@_@)
このムラのある執筆バランスに作者も辟易しておりますよ。

さて、ウチのクランの「お嬢」が今回のWMで100位入りを目指したようです。結果がどうなったか、まだ自分も知りません。帰ってからインして確かめてみよう。


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第12章「鋼鉄の魔物」

 崩れ落ちる瓦礫の中で、エイミーたちは着地に備えた。各々持てる魔力を解放して空気抵抗を発生させ、落下速度を減殺する。そして、着地と同時に体を回転させて衝撃を分散させるのは覚者なら誰でも体得している基礎動作だ。十数メートルの高度からの落下であったが、エイミーたちは誰一人無様に地面に叩きつけられる事無く戦闘態勢に入った。

 上空を見上げて、シェリーが落下を免れた事を悟り、エイミーは安堵した。三人いれば、不測の事態にも対応できるはずだ。

 

 床を破ってエイミーたちを落下させた張本人は太い両足を踏ん張り、石畳を砕いて着地していた。大小の円柱を組み合わせたような金色に輝く人型の魔物は、頭部に着けた仮面の奥から殺気を撒き散らして襲いかかってくる。全身を覆う金属は淡い光を放っており、ミスリルやバルダーと言った稀少金属で拵えられているのは明らかであった。全長の三分の一程度を占める頭部に仮面を付け、両腕に大きな盾を備えている短い手足の三頭身ほどの寸胴の巨体は異形としか表現できなかった。

「魔道生物(ゴーレム)か。各自散開して間合いを見極めてください。敵の攻撃手段が解るまで迂闊に飛び込むのは避けること」

 エイミーの指示より早く、五人は魔物の間合いに入ること無く出方を窺っている。所謂「後の先」をとる戦術は初めて遭遇する魔物には定石である。後の調査で判明したことだが、この魔物はダムドゴーレムの亜種、ゴリアテと呼ばれる魔物だ。本来ゴリアテは亡都メルゴダにのみ棲息する魔物である。今回何故護政区にまで出現したのか、未だに解っていない。

 アンジェリナが正面で魔物の気を引こうとロッドに明かりを灯す。明らかにその光に興味を持った魔物は巨体を感じさせない敏捷さでアンジェリナに突進してきた。それでも、上空から突如襲いかかってくるグリフォンや予備動作なしで飛びかかってくるオークに比べれば対処の時間は充分あると言えるものであった。大型の魔道生物(ゴーレム)がロッドの光に反応しないかもしれないと言うアンジェリナの不安は杞憂に終わった。

 突進の素早さからはかけ離れた鈍重さで腕を振り下ろしてきたゴーレムの攻撃をアンジェリナは盾で受ける。機械仕掛けであろう巨体の分だけ重さのある攻撃だったが、アンジェリナは衝撃を利用して大きく後ろに飛び退いた。勢い余って地面にゴーレムの腕がめり込み床に大きな穴が穿たれる。それと同時に設置魔法と呼ばれる術式が完成して足元から雷の魔法が吹き上がった。不意を突かれた形になったが、間合いを広げていたアンジェリナは魔法の直撃を避けることができた。帯電した大気が身を護る盾に反応して小さく放電を繰り返して幾筋もの白い光と空気を切り裂く乾いた音を発生させる。静電気で自分の髪の毛が浮き立つのを自覚したアンジェリナは唾を飲み下した。直撃していたら皮膚が焼かれるではすまない。

「関節部の留め金を狙え。ネジが緩めば横倒しに出来る筈だ」

 魔法の噴出が終わるのを待っていたデイビットが狙いすまして放った矢が吸い込まれるように膝裏の関節に命中する。だが、鉄より硬い金属で作られたゴーレムの体には傷一つ付けることができず、乾いた音を立てて矢は弾き返された。デイビットの剛弓が弾き返されたのは衝撃であった。エイミーたちは仲間の武器での破壊力をお互い理解している。今の一撃で相手に傷を付けられないなら、誰が切りかかっても無為であると判断できたからだ。

「なら属性攻撃に切り替えるだけですわ」

 状況を打破するためリィナが魔道弓を構えてゴーレムの弱点を看破しようと試みる。一秒にも満たないうちに、ゴーレムの両肩の突起物が金色に輝く。同時にアンジェリナが聖属性のエンチャントを仲間の武器に付与すると、其々が手にする得物が金色の煌めきを放ち始めた。囮になっているアンジェリナを狙ったゴーレムの大振りな攻撃が空を切ったのを見計らって、ファッツがゴーレムの足元に滑り込む。両肩の突起物を狙って大剣を突き上げようとした刹那、ゴーレムは自ら跳び跳ねてその巨体をファッツに向かって覆い被せてきた。即時に攻撃を中止して転身したファッツは髪の毛一本の差で押し潰されるのを免れることができた。もし、相討ち覚悟で攻撃を出していれば、質量で劣る覚者が負けるのは明らかだった。

 ファッツの無事を確認すると、今度はジレディーヌが剣を構えずにまだ起き上がらないゴーレムの傍らを走り抜けた。その姿を目で追ったゴーレムが立ち上がり片足を軸に反転しようとする。ゴーレムの正面に立つ事になったジレディーヌは最小限の動作で剣を抜かずに柄でゴーレムを殴りつけた。しかし、その攻撃はゴーレムの両手についた大きな盾に弾き返され、本体に傷をつけることは叶わなかった。だが、全身の体重を乗せたジレディーヌの攻撃はほんの一瞬だけ、ゴーレムの体勢を崩すことに成功した。ジレディーヌは口角を吊り上げ不敵な笑みを浮かべると、相手の攻撃範囲から飛び退いた。

 ジレディーヌを追って前進しようとする背中を見せたゴーレム目掛けて、エイミーが片膝を付いているファッツの体を踏み台にして大きく飛び上がった。今までの二人はゴーレムの気を引き、隙を作る為の伏線であったのだ。本命の攻撃は飛び上がったエイミーの肩への直下攻撃だ。何の打ち合わせもないまま、ここまで連携が取れるのはクランの覚者であればこその信頼が産んだものだ。狙いすましたエイミーの一撃が右肩の突起物を破壊する。

 

 その、一瞬前。

 ゴーレムは全身の排気孔から雷の魔法を放出した。攻撃を中断し盾を構えてエイミーは直撃は避けたが、片手に持つ盾で全身を護れる道理はない。足に魔法を受け具足が悲鳴を上げてひび割れを起こす。魔法は具足の中のエイミーの足に到達して、その美しい肌を焼いた。

 苦悶の表情を浮かべエイミーが着地する。具足の隙間から紅い血液が流れだし床に染みを作っていく。治癒のためリィナが魔道弓を構えてエイミーに走り寄る。すぐさまアンジェリナがロッドに明かりを灯し注意を引こうとするが、ゴーレムは前傾姿勢になりエイミーとリィナに向かって大きく顔を前に突き出した。瞬時に危険を悟ったアンジェリナはリィナとエイミーの前に盾を構えて立ち塞がった。

「馬鹿。何考えとる。自分から攻撃を受けに行くな」

 デイビットはそう叫んだが、自らもエイミーたちのもとへ走りよっていく。この一行の中で怪我を負った仲間を見捨てられる覚者は誰一人居なかった。全員が集まって来るのを予想していたようにゴーレムは前方に雷の魔法を噴射する術式を完成させた。

 ただ、皆が集まってくることを予想してたのはゴーレムだけではなかった。

「神の御手の中では、何人(なんぴと)たりとも我が仲間を傷付けること能わず」

 アンジェリナがロッドを大きく掲げ祈りを捧げてから盾を構えた。「今度は守ってみせる」知らずそう心の中で呟いたアンジェリナはゴーレムの魔法の到達よりも早く術式を完成させた。

「守りたまえ。ハンズ・オブ・ザ・ゴッド」

 アンジェリナの言葉と共に盾を中心に半径二メートルほどの空間が淡い金色の光に包まれた。駆け寄った仲間たちが光球の中で固唾を飲むなか、ゴーレムから噴出された霧状の雷の魔法が悉く弾き返されていった。




シーズン3・1直前に投稿。どうにか間に合いました(@_@)
タイムアタックに参加しながらの執筆ですよ。後一日残して現在セージで10位。誰もやらないのを良いことに上位に食い込んでおります。

このまま開催期間終わらないかな~(@_@)
「タイムアタックトップ10入り」・・・うん。甘美な響きだ。


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第13章「虚空の自我」

 昔の事はよく覚えていない。

 白竜に心臓を奪われるまで、私は何者であったのか。

 

 何故闘い、そして何処に行こうとしているのか。

 

 誰かお願い。……教えて。

 

 

 

 光の壁の中心で盾を構えるアンジェリナに、祈りにも似た自分の声が心の中に響き渡る。目の前には機械仕掛けの大型の魔物が雷の魔法を吹き出し続け、後方には足を負傷したエイミーを治療する仲間がいる。通称「ハンズ」と呼ばれる盾僧兵が作り出す守備の絶対領域は、術士の精神力が継続する限り決して破られる事はない。物理、魔法、状態異常、いかなる攻撃に曝されても光の壁に守られた半球の中に居れば傷を負うことはなく、身を護る術としては万能と言ってよい魔法だ。だが、時間の経過と共に消費される精神力は増大し、通常であれば最大で二十秒程しか展開することができない。神官の回復魔法の力を借りれば、展開時間の延長も可能だが、一行の中で唯一の神官であるクックは、今この場にはいない。魔法の行使が得意なリィナはエイミーの治療に専念している。畢竟(ひっきょう)、アンジェリナは自分の精神力のみでこの状況を乗り切らなければならなかった。

 

「我慢比べやな。頼むでアンジェリナ」

 ディビットは光球の中から矢を射るが、吹き付ける雷の魔法に悉く弾き飛ばされている。ジレディーヌもファッツも光球から一歩でも踏み出せば丸焦げになると判っているので、ゴーレムの魔法が止まるのを待つしかなかった。だが機械仕掛けのゴーレムの魔力は無尽蔵に近い。それ故アンジェリナの精神力が途切れるまでに打開策を考える必要があった。エイミーの治療が終われば、光球の展開を解除したと同時に全員が魔法の範囲外まで避難することも可能かもしれない。だが、治療より先にアンジェリナの精神力が切れるのが先なのは、誰の目にも明らかだった。

「こんな所で、負ける訳にはいかないのであります。自分はまだ何も成し遂げていない。こんな空っぽのまま、自分が誰であるかも解らぬまま倒れるわけにはいかないのであります」

 途切れそうな意識の中、アンジェリナは辛うじで自我を繋ぎ止める。

 

 視界が歪み靄がかかる。そこにない景色がアンジェリナの網膜に照らし出され脳に送られる。

 

 今より若いアンジェリナは同じように守りの光球を展開していた。周りには覚者ではなく、薄汚れた服とさえ呼べない布切れを纏った子供たちが泣き叫んでいた。迫りくる何かに怯えアンジェリナの足に抱きつきすがる幼子たち。

「護ると決めたのだ。誰にも傷つけさせないであります」

 固く誓い、アンジェリナは精神を集中する。

「お前には何も守れなどしない。穢れた血を継ぐ忌むべき魂を持つものよ」

 突如アンジェリナの脳に何者かの声が届く。怨嗟に満ちた声の語尾に狂気が重なる。

「違う」

 アンジェリナは叫ぼうとしたが、喉から声が出ることはなかった。

「お前には何も守れなどしない。世界から厭まれた大罪を背負いし魂を持つものよ」

 嘲笑うような声は次第に大きくなり、アンジェリナの意識を絡め取ろうとする。

「違う。違う。違う……」

 何度試みても喘ぐような息しか吐くことができない。

 アンジェリナが閉じていた眼を見開くと、自分の足にしがみついていた幼子の頭が髑髏に変わる。乾いた音を立てて頤(おとがい)を鳴らし、穿たれた二つの眼窩(がんか)から仄暗い紫色を帯びた光が溢れてくる。

「他の誰が赦しても、私だけはお前を赦さない」

 髑髏が絶叫しその姿が灰塵に帰す。幻だと言い聞かせながらアンジェリナは奥歯を噛み締めその場から逃げ出したい恐怖に耐えた。精神を集中させるためもう一度眼を瞑る。

「違う。私は咎人ではない……」

 

 

 

 

「方法はある」

 ジレディーヌが低い声で告げる。夢と現を行き来していたアンジェリナは我に還った。明らかに息が上がっている。術式の展開の限界が近い事は間違いなかった。

「アンジェリナ。ハンズを解除してアース・シェイクを発動するまで何秒必要だ」

「待て。この状況でハンズを解いたら全員丸焦げやぞ。どうする気や」

 ディビットが当然の疑問を投げ掛ける。その声に耳を傾けず、ジレディーヌはアンジェリナを見つめ続けた。その真摯な眼差しを受け、アンジェリナは意識を振り絞って答える。

「二秒もあれば……」

「よし。ハンズ解除と同時に私とファッツが凌魔の体術で一秒ずつあいつの攻撃を引き受ける。そこへアンジェリナのアース・シェイクで体勢を崩させ術式に数秒間干渉する。後はディビットの弓で弱点を破壊すれば我らの勝利だ」

「そないな無茶な作戦聞き入れられるか。お前ら一秒保つかもわからんやろが」

「ここで言い争っている時間はない。座して待てば全滅なのは明らかだ。他に方法があれば名乗りでよ」

 ディビットは唇を噛んだ。前もそうだった。大事な時に自分は何も言い返せない。危険な目に合うのはいつも自分以外の仲間だ。その現状を受け入れてしまっている自分が赦せなかった。

「人の気も知らんと勝手に決めよってからに」

 苦々しく吐き捨てたディビットの肩にジレディーヌが手を置いた。微かに震えている手の振動に気づき、ディビットは顔を上げ、ジレディーヌを見つめた。気丈な態度とは裏腹にジレディーヌの額には脂汗が滲んでいた。

「背中は預けた」

 ディビットにだけ聞こえる声でそう呟くと、ジレディーヌは剣を構えアンジェリナの傍らに立った。

「私が飛び出すと同時にハンズを解除。すぐにアース・シェイクを発動だ。出来るな」

 ジレディーヌの問いに無言を答えとして返し、アンジェリナは息を呑んだ。

「行くぞ」

 大きく飛び上がったジレディーヌの後ろ姿を視認して、アンジェリナは盾の構えを解いた。朦朧とする意識の中で再び印を結びアース・シェイクの術式を完成させる。なけなしの力を振り絞ってアンジェリナは楕円形の盾を石畳に突き立てた。

 衝撃波と共に大地が鳴動するのを感知した瞬間、アンジェリナの意識は途絶えた。




まさかのインできない不具合発生。もう八時間くらい経ったけど復旧せず。
そんな中、最新話を更新(@_@)

前回の後書きで書いたタイムアタック。結果は12位でした。最高は7位まで上がったんだけど…。残念ながらトップ10入りの野望は砕かれましたが、そこで色んな経験できたから良しとします。

あ、遅れましたが、今年も宜しくお願いします(・ω・`人)
執筆もゲームもほどほどに頑張ります(@_@)


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第14章「氷柱の憑代」

 シェリーの展開した浮遊の術式によって、重力を減殺された大気の膜に包まれたクック、ルル、シェリーの三人は、エイミーたちが落ちた床の穴とは逆方向に口を開けた「地上の傷跡」と呼ばれる大穴へゆっくりと降下していった。流れ落ちる水が作り出す飛沫はお世辞にも心地よいとは言えず、髪の毛から武器の先端までずぶ濡れになりながら三人は足場を探した。

「今、雷の魔法を喰らったら、みんな仲良く感電だな」

 ルルが軽口を叩きながら身を乗り出して遥か下方を覗き込む。まだまだ穴は下へ続いているが、雲の切れ間から差す細い光は二十メートル程降りた地点の岸壁に開いた横穴の入り口を照らしていた。術士二人に手負いの覚者一人を倒すだけならこんな搦め手を労する必要もない事は明らかで、罠とは別の何かがあると確信した三人は本体との合流より自分たちの直感を信じて行動を起こした。

 浮遊の術式を解除して足場に降り立つ。進入した穴は大人三人が余裕をもって通れる広さがあり、やや上方に向かって傾斜しているようだった。明らかに自然に出来たものではなく、通路として利用するために人為的に掘られたものであるのは、所々に蝋燭を燃やして明かりを採った跡が残されていることが証明していた。通路を奥に進むにつれて傾斜は急になり、通路には壁画が施されるようになった。遥か南方の砂漠の国の文明が遣うヒエロスグリフと言う名の象形文字に酷似した文面と、「アーク」と呼ばれる未知の建造物や「竜」が描かれ、辺りは神事を行う神殿の様相を呈してきた。濡れてしまった火種の代わりにシェリーが炎の魔法で道を照らしながら三人は更に進み広間のような空間に出た。

「ちょっと、何よあれ」

 クックが声を裏返して指差す先には、六方をオベリスクで囲まれ、魔術の氷で保存された一人の少女の姿があった。白い装束の少女は両腕を広げ、まるで磔(はりつけ)にされたような姿で氷漬けされ、薄緑色の長い髪は無造作に広がり、頭部は金色の仮面で覆われていた。

「これが、さっきの幻影の正体……」

 シェリーが氷柱に触れようとした刹那、広間に声が木霊した。

「その娘は我が新しき憑代(よりしろ)。眠りを妨げること罷りならん」

 語尾に殺気が重なり、広間の闇が渦を巻いて実体化し、いくつもの狼の形となる。数秒で群れを成すほどまでの数に増えた影の狼は咆哮を上げて三人に襲いかかってきた。

 「シャドー」と呼ばれる肉体を持たない魔物は総じて聖属性の攻撃に弱い。瞬時にクックは刻(とき)の女神の祝福を受けた杖で魔力の光球を放つが、狼の動きはクックの術式の追尾能力を凌駕していた。杖から放たれた五つの光球は悉くが的を外した後、壁に命中して無惨に碎け散った。ルルは軽い身ごなしでシャドーの攻撃をかわしているが、手にする得物は十センチにも満たない短剣だ。とてもではないが、攻撃に転じる余裕はない。

 聖属性の術式が使用できない魔術師であるシェリーは相手の動きを牽制する設置魔法を唱えるのが精一杯で、狼を殲滅するだけの魔法の術式を完成させる詠唱時間を稼ぐことができないでいた。

「覚者が三人もいて、揃いも揃って狼ごときに手も足も出ないなんて、ウチらはとんだ能無しって事かしら」

 クックが悪態をつきながら諦めずに光球を撃ち出す。肉体がないシャドー相手では魔法が命中しても手応えが少ない。自分の攻撃が果たして効いているか定かではない焦りから、クックは唇を噛んだ。その間にも影の狼は数を増し次々と殺到してくる。

「相手が悪い。ここは一旦退くしかないぞ」

 牙の攻撃を短剣で受け止め、飛びかかってくる相手を跳躍してかわしながら、ルルが残りの二人に提案する。

 倒せない場合は撤退する。これは覚者に於いては当たり前の事で特に恥じ入る行為ではない。未知の魔物相手の戦闘では用意、準備が重要であり、それを怠れば死が待つのみである。

「何も得ずに退く訳にはいかない」

「ここで見聞きした事をエイミーたちに伝える事が出来れば充分な収穫だ。功を焦ってはいけない」

 シェリーの言葉をルルが正論で諭そうとする。頭では解っていても目の前にある氷漬けの少女への不可思議なほど己の執着心が、シェリーに撤退を安易に受け入れられずにさせた。

「違う。アタシは功を焦ったりしてない。あの娘が喚んだから……」

 そこまで言いかけたシェリーの足元に、乾いた音を立てて金属片が転がり落ちて一度だけ輝いた。狼の攻撃をかわしながら素早く拾いあげると、それは稀少鉱物で出来た円形の髪止めだった。

「持っていけ、と言うの」

 仮面を被らされた白装束の少女を見上げてシェリーは呟いた。

「限界よ。ウチは離脱するわ」

 シェリーの返事を待たずにクックが広間を駆け抜けて、先程入ってきた通路と逆の扉を蹴破るようにして魔物の攻撃範囲から逃れていく。その後を追ってルルも離脱していく。二人とも怪我は負っていないようだが、体力は消耗しているようである。

「もう、二人とも……。後で泣きつかないでよね」

 捨て台詞と共にシェリーも炎の魔法を目眩ましに使い広間を横切った。後ろ髪を引かれる思いで振り仰いだ少女の表情は、仮面に隠れてやはり窺い知ることはできなかった。

「この娘は我が新しい憑代。我が名はディ……ン……ス。大い……覚……の王な……。我が……活の……は近……」

 

 通路を駆け氷柱から遠ざかって行くシェリーの耳に微かに先程の広間に木霊する不吉な声が届くが、反響と自分の息遣いで明瞭に聞き取ることは出来なかった。




大雪のため早く帰宅できたので更新(゜-゜)(。_。)
前回、今回は明らかなフラグ建ての回となりました。果たして回収するには、あとどれくらいの時間が必要なのか…(@_@)

書きたい話があっても、まとまった時間がないとなかなか書けないんですよねぇ(´・ω・`)

そんな中、先日作中の「シェリー」の中の人に、ゲーム内のアバター名で書いて良いと言う許可を頂きました。今度一斉に代えないとな(@_@)


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第15章「無力の悔恨」

 薄暗い視界には崩れた天井と、その先にある曇天が広がっていた。

 どうやら気を失っていたようだと自覚するまで、アンジェリナは数秒の時間を要した。回復魔法の効果だろう、限界まで使い果たした魔力は少し戻ってきたようだったが、それでも気分は冴えなかった。仰向けに寝かされていた体を起こし一つ頭(かぶり)を振る。まだはっきりとしない意識の中で、どうやら仲間たちは自分より様態の悪い覚者の回復を行っているようだと確認する。

 

 アンジェリナは気を失う前の状況を思いだし、眼を見開いた。ゴーレムの魔法に飛び込んだジレディーヌとファッツは無事であったのか。そしてあの後、ゴーレムを倒せたのか。確認しようとして辺りを見回した。

 ゴーレムは部屋の中心近くで分解されいくつもの物言わぬ金属の塊に成り果て、電導液を血液のように流して床にその屍を晒していた。どうやら討伐には成功したと安堵したアンジェリナは自分も仲間の回復の手伝いをしようと立ち上がろうとしたが、膝や腰に力が入らず、体の均衡を崩し尻餅をついてそれ以上動くことが出来なかった。

「あら、アンジェリナ。お目覚めですわね。怪我をしている訳ではないから、あなたの回復は後回しですわ。もう少し、そちらで休んでなさい」

「みなさんはご無事であったのですか」

 当然の疑問を口にして、アンジェリナは盾僧兵としての役割を全う出来なかった自責の念に苛まれる。

「大丈夫。全員無事ですわ。あなたは安心して、自分の身を休める事に集中なさい。こちらの回復が終われば、すぐに出立するそうでしてよ」

 リィナにそう言われてアンジェリナはその言葉を受け入れることにした。無理に動いても周りに迷惑を掛けるのは自明であったからだ。肺の空気を入れ替えて自分の手を見つめた。まだ少し疲労感が残る腕を握りしめ、自分の不甲斐なさを悔いた。護ると決めた仲間を守りきれず、戦闘も最後まで見届ける事が出来なかった。

 アンジェリナは、国内では確かに腕の立つ盾僧兵ではあるかも知れない。だが、魔物相手の実戦では、まだまだ修練が必要で、いざ戦いになれば仲間の足を引っ張らないようにするので精一杯であった。敵の注意を引き付け攻撃を引き受け、敵の戦力を分散、隔離する。戦況に応じて属性強化の魔法を仲間に付与する。守備の要として仲間を支え、機を見て攻撃に参加する。アンジェリナは頭で解っていても体は理想通りには動いてくれなかった。

 一般に盾僧兵になる覚者が少ないのは戦闘に於いての行動が多岐に渡り、優先順位をつけるのが難しく、それ故選択を誤るとパーティーが恐慌状態に陥る可能性が高いためだ。個人の武勇を最大限に生かすために盾僧兵は常に最善の選択を求められる。また、盾僧兵の最大の攻撃手段はロッドから放つ魔法であり魔術師並みの魔力と同時に、重い盾を体の一部として振り回す腕力や体力も必要で、誰でもが志願出来る役割ではなかった。

 自分はどうして損な役回りでしかない盾僧兵を選んだのか。思い出そうとして、アンジェリナはやめた。考え事より己の回復の方が、今の状況では優先されるからだ。

  

 座って落ち着いている以外に特にすることがなく、手持ちぶさたのアンジェリナの隣にシェリーがやって来て腰を下ろす。

「そちらもご無事でしたか。良かったであります」

 床の崩落からどれくらいの時間が経過しているか気を失っていたアンジェリナには正確には判らないが、別れていた仲間とも合流を果たせたようで、取り敢えず事態は好転してきたように思えた。とは言えまだメルゴダに到着した訳ではない。禁足地の戸口に立ったくらいのものだ。これから先程より激しい戦闘が待っている可能性は充分に考えられた。

「これ、なんだか解る」

 シェリーが前触れ無くアンジェリナに手渡してきたのは、小さな髪留めだった。静謐(せいひつ)な輝きを放つ、とぐろ巻くように体を起こし、こちらを睨み付けるように頭をもたげる竜の意匠が施された髪留めは不思議な魔力を内在させているようであった。レスタニアに於いて、竜は神と同等かそれ以上の存在として崇められ、同時に畏怖されてきた。それ故、竜の意匠が施された装飾品を身に付けることができるのは限られた身分の者で、一介の覚者や市民には許されることはない。必然として、シェリーが渡してきた髪留めも然るべき身分の者が身に付けていたことが想像できる。

「少し魔力を含んでいるようですが、詳しくは自分にはこれが何なのか見当がつかないであります。ですが、これがなにか」

 感じたままを答えにして、アンジェリナは髪留めをシェリーに返す。その言葉に落胆の色を隠せないままシェリーは深いため息をついた。眠そうに瞼を擦ると立ち上がった。

「解らないなら良い。休んでるところ、邪魔して悪かったわね」

それだけ言うとシェリーは背を向けて他の仲間の所へ行ってしまった。いつもゆったりと構えているシェリーが忙しそうに他の仲間に話しかけるのを見てアンジェリナは違和感を覚えたが、口に出しては何も言わなかった。

「おかしいやろ。いつもは話しかけても答えへん事もあるあいつが、自分から話しかけてくるなんて。余程あの髪留めが気になるらしいな。まぁ、あいつにも興味を持つ物ができて良かったちゅうもんやな」

 同じ感想を持ったディビットが苦笑いしながら近づいてくる。

 このクランの覚者は年齢が近いと言うだけで、生まれも育った国や環境も違う。互いの私生活に過剰な干渉はしないが、時に本音でぶつかり合うこともある。しかし、それは命を預け合っているのだから当然の事だ。少しでも生き残れる可能性が高い戦術を選び、その中で己の役割を果たす為に切磋琢磨する。それを馴れ合いと呼び、単独で行動する覚者も増えているのが現状だ。だが少なくともアンジェリナは仲間と戦う事を馴れ合いとは思っていないし、力を合わせることでより強大な相手に立ち向かえる事も知っている。

 共に戦うのは大事な仲間だと思う代わりに、その仲間から信頼される自分でありたいと強く願った。

 

「お前が気を失ってからの俺の活躍、見せたかったわぁ。まずな、ジレディーヌがこう魔法を受け止めてやな。その後……」

 所々脚色を交えながら熱心に先程の戦闘の結末を話すディビットの姿にアンジェリナは自然と微笑んだ。

「って、お前聞いとるか。なに一人でにやけとるんや。気味が悪い」

「ええ。聞いてますよ。みんなで倒せて良かったであります」

 囁くような声だったが、ディビットにはアンジェリナのその言葉がはっきりと聞き取れた。

「せやなぁ。ほんま、このパーティーで良かったわ」

 一つしかない目を細め述懐するディビットの表情はついさっきまでのものとは別物で、余人には量る事ができない感情が込められているようであった。

 一瞬の後、それを悟られまいとディビットは振り返り矢筒を背負い直すと仲間の様子を見に行く。丁度エイミーたちの治療は終わったようで、アンジェリナに手招きをしている仲間の姿が目に映った。

 

 一つ息をはいてから立ち上がり、疲労感から解放されたアンジェリナは再び盾を背負うと、仲間たちのもとへ向かった。




レリック集めに飽きたので更新。
来週から仕事が忙しくなるんで、少し更新が滞るかも知れません(´・ω・`)

もうちょっと早く更新できれば良いと自分でも痛感している所存です(@_@)


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第16章「不意の会敵」

 大きく退けぞった後、黒い鎧の大型の魔物はその反動のように前のめりに倒れこんだ。内部機関が活動を停止すると、体の関節部から油の匂いがする白煙を撒き散らして最後に小さな爆発を起こした。

「どうやら、倒したみたいですね」

 エイミーは息を吐き出すと、黒い鎧の魔物、ギガンマキナの亡骸から手際良く機関の一部を構成する漆黒の金属を抜き取った。それから視界の隅に突っ伏している盾僧兵の元に歩いて行く。

「も、もう駄目であります。自分の事は捨て置いて先に行くであります」

 エイミーの到着を待って、絞り出すようにそれだけ口にすると、アンジェリナは鼾(いびき)をかいて眠り始めた。

「なに自分だけサボろうとしてるんだ。マキナの内部機関から取れる稀少鉱物でインゴットができるまで、ボクたちは、メルゴダの入り口で足止めなんだぞ」

 腰に下げた麻の袋から体力回復の薬液を取り出すと、エイミーは気絶したように眠っているアンジェリナの鼻を摘まんで無理矢理飲み込ませる。実際アンジェリナには怪我は無く、只疲労が溜まっているだけだ。苦い薬液を飲み下すと、アンジェリナは体力が回復していくのを実感できた。仰向けに寝転んだまま飲んだので、半分くらい気管に入って吐き出してしまった薬液を拭き取りながらアンジェリナはのそのそと起き上がった。

 その顔には覇気がなく、まるで死んだ魚のような輝きを失った目で落ちている盾を見つけると重い動作で背負い直した。既に三十を越えるギガンマキナを討伐したが、稀少鉱物は一向に集まりそうになかった。

「あの、せめて魔法で回復してもらえないでありますか。朝からガラエキスをがぶ飲みしているので、お腹がたぷんたぷんであります」

 明らかに出っぱった下腹をさすりながら懇願するアンジェリナを無視して、エイミーは次の標的を探している。日が暮れる前に出来るだけ多くのギガンマキナを倒す必要があった。

 

 

 メルゴダに到着したエイミーたちは、領主のベアトリクスの紹介で知り合った錬金術の研究者であるテオドールから交換条件を持ち掛けられた。それは、ギガンマキナと言う魔物から取れる稀少鉱物のインゴットと引き換えに、現存するメルゴダの技術を用いた籠手の生成方法を伝授してもらえると言うものだった。二つ返事で快諾したものの、それがどれほどの苦行であるかエイミーたちは知らずにいた。結果、三日間かけてメルゴダの下層と呼ばれる居住地区に棲息するギガンマキナを根絶やしにする勢いで討伐して回る事になったのだ。

 その間、リィナは工房で錬金術の基礎を学び、ルルは籠手の使い方を一から叩き込まれ、シェリーはメルゴダの歴史書とにらめっこしている。クックとディビットは食糧の確保に向かい、ジレディーヌとファッツが工房の周りを巡回、警護している。

 溢れたエイミーとアンジェリナが素材の調達を任されたのは自然の成り行きであった。尤も、エイミー自身が一番危険な役回りをかって出たのを全員知っていたが、同時に付き合わされるのもごめん被りたいと全員が願っていた。

 

 エイミーが同行者をアンジェリナに選んだのは、盾僧兵がクランで戦う際に最も連携が必要な役割を担うからだ。出来る限り呼吸を合わせて戦いに臨めるよう修練する必要があった。単騎で強いだけではなく、集団の戦闘でこそクランの強さは真価を発揮するのだ。

 相手の懐に飛び込む瞬間を見極め、属性を付与する。エイミーの攻撃の邪魔にならないように敵の注意をひきつける。相手の攻撃が繰り出されるのを予測して拘束魔法を展開し、横倒しになった時に最も効率良く攻撃できる間合いを体で覚えていく。次第に一体の討伐にかかる時間は短縮され、被る被害も少なくなっていくのが実感できた。

 アンジェリナは五十までギガンマキナの討伐数を数えていたが、それ以上は覚えていない。空中に浮かぶ美しい庭園のようなメルゴダの景色を愛でる気にもなれず、過剰な水分を摂取した胃袋を揺らしながらアンジェリナはエイミーの後ろを黙ってついていく。

 

 太陽が西に傾き遥かな雲海に沈もうとしている頃、二人の覚者はやっと必要に足る分量の稀少鉱物を採取することができた。見晴らしの良い草原の木の下で大の字になって倒れこむアンジェリナを横目に、エイミーも腰を下ろした。紅く染まる空と雲を眺めながらエイミーは息を整えた。やはり地上より空気が薄いようだと実感し自分も体を横たえた。

「クランのみなさんは、みんなこうやって連携を深めているのでありますか」

「必要に応じてね。どれだけ強くても、それだけじゃ信用できない。ボクらは一緒に戦う仲間には命を預けている。特に盾僧兵は戦闘の要だ。連携の練習は他のどの武器よりも必要さ」

 平然と言ってのけるエイミーの言葉に辟易しながら、空を見上げたままアンジェリナは嘆息した。

「デイビットもジレディーヌもキミの事は気にかけているみたいだよ。早くクランに慣れてもっと働いてもらわないとね」

「人遣いが荒いクランでありますな。今までこのクランに盾僧兵が定着しなったのが解る気がするであります」

 アンジェリナの皮肉に苦笑いで答えたエイミーは内心驚いていた。最後のほうはギガンマキナを完封と言って良い立ち回りで討伐できた。つい調子に乗って流れに任せるまま戦っていたが、これほど短時間で連携が取れるとは思っていなかったのだ。

 

 その時。

 

 紅い空の大気を切り裂いて一つの大きな影が、かつて王宮があった上層と呼ばれる地区に飛び去って行くのが見えた。雲の切れ間から垣間見る体の大きさは定かではないが、翼膜と呼ばれる背中に生えた羽を大きく広げて飛ぶ姿は……。

「まさか。……あれは竜か」

 二人は飛び上がるように立ち上がり、同じように空を見上げた。ただの竜ではない。あれほど高く空を飛べるのは「魔物」と呼ばれる竜でないのは明らかだった。アンジェリナとエイミーは顔を見合わせ唾を飲み下し、武器を携え仲間が待つテオドールの工房に向かって走り出した。




連休で時間があったので更新。先日推薦文をもらってから初の更新です。
推薦頂けて嬉しいのですが、自分の執筆スピードが上がる訳ではありません(´・ω・`)
お気に入り登録して頂いた皆さんに忘れられない程度に更新して参ります。

ただ、木曜日からWMも始まるし、少し更新滞るかも(@_@)


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第17章「咎人の末裔」

 工房に戻ったエイミーとアンジェリナを待っていたのは、呑気に談笑するメルゴダの住民とクランの仲間たちであった。拍子抜けして唖然としている二人に、ジレディーヌが声を掛ける。

「隊長、ご無事でしたか。如何しました。呆けたようなご様子ですが」

「何って、空を飛んでるあれ。ドラゴンだよね」

 扉の外を指差して、エイミーが訴える。「国土に竜はただ一体」それがこの世界の習わしだ。隔絶された土地とはいえ、メルゴダに竜が居ることは理(ことわり)に反している。

「あれは、この国の歪みを象徴する存在。ゴルゴラン」

 奥の部屋からエイミーの声を聞き付けて、シェリーが分厚い歴史書を手に出てくる。眠そうな眼を擦りながらシェリーは歴史書の一節を読み上げ始めた。

「覚者ゴルゴランは側近の錬金術師ディアマンティスの奸計(かんけい)により錬金術とエルフの血を供物として竜となった。そのディアマンティスの目論見は二体の竜を闘わせる事によって疲弊させ、竜の支配する世界を壊すことにあった。三日三晩の戦いの後、白竜は墜ち力を失い、黄金竜は自我を失った。その戦いの後、ゴルゴランは滅ぶことなく、今でもメルゴダの空を支配し怨嗟の声を上げ続けている」

 今のゴルゴランには覚者だった時の記憶はなく、只有限の理を造った主を探し、完全な竜となることに心を支配されていると言う。

「覚者が次の竜になる。それは変わることの無い世界の必定。ただそれには一つ条件があるわ。それは……」

 歴史書を閉じたシェリーが言葉を切って、言外に付け加える。次の竜が生まれる時、それは以前の竜がその役目を果たし、命が尽きる時であることを意味する。白竜が健在と言うことは、つまりレスタニアにはまだ次の竜は産まれていないと言うことになる。

 レスタニアには二十万を越える覚者がいる。だがそれは、ゴルゴランと言う異質な存在が成り立たせている世界の歪みなのだ。

「みんな。その話知っていたの。ボクは初耳なんだけど」

 エイミーが戸惑いながら周りを見回す。神殿からレスタニアに覚者が数多いるのは、危機に陥った白竜が起こした奇跡の成せる業だと聞かされてきた。

「隊長とアンジェリナが外に行ってる間に調べて、さっき皆に知らせた。テオドールさんや領主様にも確認したけど、どうやら本当の事らしい」

 シェリーが向き合っていた歴史書には、レスタニアの国立図書館にも記載されていない事実が刻まれていた。その事実だけでも驚きだが、エイミーにはもう一つ解せない事があった。自分たちをメルゴダに向かわせた神殿が、この事を知らない筈がない。国の機密とも言える歴史を一介の覚者に教えるような真似をして良いのか。謁見の間でしたり顔で顎髭を擦る書記官の顔が脳裏を掠め、エイミーは寒気を感じた。覚者嫌いで有名なあの老人が易々と機密を明かしてくれる訳がない。ここまで事が順調に進んでいたのは、まさか神殿が用意した筋書きに乗せられているのではないか。

「では、あれは何なのでありますか」

「竜であり、覚者でもある。永遠を求め、黄金と共に千年の時を渡る命の迷い子だ」

 アンジェリナの問いに工房の長、テオドールが答える。

「あれは我ら錬金術師の祖、ディアマンティスによって産み出されたこの世の歪みそのもの。あやつがいる限り、メルゴダの人間がレスタニアの大地を踏むことはない。我々は咎人の子孫なのだ」

 レスタニアはメルゴダが地上から消失したのを良いことに、歪みの元凶たるゴルゴランを本土から遠ざけるため隔絶した。その地に住む民や文化ともども。お伽噺に出てくる黄金郷としてのメルゴダは神殿が本土の市民のために作り上げた幻想でしかなかったのだ。

「まるで流刑。いや、棄民だな」

 深い嘆息と共にエイミーが溢した言葉にアンジェリナの幼い頃の記憶が呼び戻される。

 

 流刑となった元騎士団長の父は辿り着いた異国で再び、自らを罪人として扱った国の為に命を賭して戦った。瀕死の重症を負った父が終戦後に住んでいた教会は密告により焼き討ちにあい、父の生死は不明となってしまった。命辛々逃げ出した、父よりずっと若い年の離れた母とアンジェリナ。どんなに生活が苦しくても、父から預かっていた愛剣は手離さずに戦いの無い日がやってくるのを祈っていた母。

 咎人の子と謗られても、自分から剣を抜くことは決して許さなかった母は病で体を壊し床に伏した。そして、臨終する間際にアンジェリナに父の愛剣ロンバルディアを託し、父の姓が「ハミルトン」だったことを明かしてくれた。あれは、覚者となる何年前のことだったか……。

 

 夜毎アンジェリナの夢に出てくる髑髏が頤(おとがい)を鳴らして笑う。「咎人の子」と。

 

「そんなの納得できないであります。祖先がしたことの責任を末裔に押し付けるなんて間違っているであります。メルゴダにいる人は、皆良い人で……。そりゃ、テオドールさんは無愛想でおっかないでありますが。兎に角、そんな理由でメルゴダに縛られてるなんておかしいであります」

 声を荒げたアンジェリナに視線が集まる。無意識に叫んでしまった自分を恥じ頭を下げるアンジェリナにテオドールが微笑む。

「嬢ちゃん、ありがとうな。辺境に住む我らにそんな言葉を言ってくれる本土の人間や覚者は今まで居なかったよ。お前さんたちに引き合わせてくれたベアトリクスに感謝しなくちゃあな」

「会いに行きましょう。隊長」

 アンジェリナは身を乗り出してエイミーに迫る。その勢いに気圧されながらもエイミーは冷静さを失わずに両手でアンジェリナの肩を押さえる。

「行くって。どこにだい」

「勿論。そのゴルゴランに会って、話を聞いてみるのであります」

 予想通りのアンジェリナの言葉に嘆息をつくと、エイミーは工房を見渡した。仲間からも、メルゴダの住民たちからも反論はなかった。どちらにしろ、錬金術で籠手の作り方を教わるだけで帰るつもりはエイミーにも毛頭なかったが、これは期待以上の収穫がある遠征になるかも知れない。

 先に考えた神殿の思惑や妨害などの可能性も視野に入れて、ゴルゴランに会うことで得られるかもしれない情報の有益性を考え、エイミーはクランの長として心の天秤にかける。

「わかった。竜と呼ばれるからには、記憶は無くしていても知恵はあるだろう。会ってみる価値はあるかもね」

 観念したようにエイミーは肩を竦めてゴルゴランに会うことを承諾した。




読み直したら、ちょいちょい説明足りない場所があったんで修正しました(´・ω・`)お恥ずかしい


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第18章「天空の王宮」

 ゴルゴランが棲む王宮跡地は下層に位置するメルゴダの居住区から最も離れた場所にある。今までのように拠点に戻りながらの探索は不可能だ。アルケミーと呼ばれるこの土地固有の魔物を討伐しながらエイミーたち一行は最上層を目指すことになる。

 空は白々しい程晴れ渡り、遥か下方にレスタニアの大地を見下ろすことができた。上空であるにも関わらず風はなく、遠征の出立にはこれ以上ない天候である。

「さて、ボクらより数百年年上の覚者にご挨拶に向かうか」

 エイミーは軽口を叩いて伸びをすると肺の空気を入れ換えた。日差しが有るわりには冷えた空気が気管を通って肺に送られるのを自覚すると、後ろに続く仲間たちを振り返った。みなメルゴダに来てから遊んでいたわけではない。各々修練を積み日々強くなっているのは間違いなかった。

「道中気を付けてな。一兵も出してやれん非礼をどうか赦して欲しい」

 建物の入り口まで見送りに来た錬金術師のテオドールが柄にもなく頭を下げる。流刑のような隔絶した土地に押し込められる原因を造ったとはいえ、彼らにとっては始祖とも言えるゴルゴランに会いに行くのだ。場合によっては敵対する可能性もある。メルゴダの住民を連れていては畏怖が勝ってしまい戦闘に貢献できないおそれがあるため、エイミーは地域住民の同行を敢えて要求はしなかった。ただ、領主ベアトリクスと錬金術師テオドールには事の顛末を詳細に話す事を約束し、王宮地区に入る許可を得た。

 約半日かけて小型の魔物を討伐しながら到着したメルゴダ上層区の中央にある広場から見上げる嘗ての王宮は、現存するレスタニアの神殿とは異なる円柱を組み合わせたような建築様式で所々に金の装飾が施されている。

 天井が見えない程の高さの吹き抜けを持つ内部に侵入した一行は自分たちの眼を疑った。視界のいたる所に等身大の金色の人間の形をした像が無造作に打ち捨てられていたからだ。

「あまり趣味の良い御仁ではないようですわね。そのゴルゴランって方は」

 リィナは眉根を寄せて打ち捨てられた像に眼を遣ったが、断末魔の叫びを切り取ったような剰りにも生々しい表情と手足が欠損している残忍な像もあることから、不快感を露にした。

「金ぴかが好きな所は、お嬢と気が合いそうであります」

 と言う言葉を飲み込んだアンジェリナは像がどれも武具を身に付けている事から別の事を想像した。そう、これは置物ではなく嘗て人間だった覚者の成の果てではないのか。ざっと見渡すだけで五十を越える像は戦いに敗れ金にされた覚者の死体ではないのか。これ程の力を持つ相手が近くにいる可能性がある。格上の相手と対峙するときは盾僧兵の果たす役割と責任は大きい。アンジェリナは背負っていた盾を構えると、その手に力を込めた。同じことを感じた仲間が各々武器を手にした瞬間、一行を立っていられない程の疾風が襲う。風は鼓膜を破るような甲高い獣のけたたましい鳴き声も運び、緊張は一気に高まった。

 レスタニアでもよく目にするグリフィンと呼ばれる魔物が全身に金色の鎧を纏い大きく翼をはためかせながら着地して、優雅とも思える動作で長い首をもたげて敵意を剥き出しにして一行を見下ろす。

「まぁ、分かっていたことやけど、只では会わせてくれへんよな」

 デイビットが真っ先に矢筒に手を伸ばして、矢の雨を降らせる。空を飛ぶ翼がある魔物には空中に飛び上がらせないように戦うことが鉄則だ。先手を打って飛び上がらせるのを防いだのは当然の選択だった。先制攻撃をしてきたデイビット目掛けてグリフィンが巨体を揺らせて突進する。その鉤爪が石畳を蹴る度に金色の燐粉が撒き散らされる。

「ダメ。その粉に触れてはいけない」

 エイミーが叫ぶより早く、デイビットは身を翻して一気に距離をとった。弓遣いは軽装な防具を身に付ける事が多く、決して打たれ強い訳ではないので、ほぼ全ての敵の攻撃に於いて防御する事なく回避を優先する。また最も効率よく弓の威力を発揮できる距離を維持するため、遥か東の小さな国で編み出された「縮地」と言う移動技術を身に付けている。文字通り大地の距離を縮めて一足飛びで移動する手段だ。これを会得すれば、常に弓矢の攻撃を最大限で行使することができると同時に、敵の物理的攻撃を被弾することはまずなくなる。

「頭は押さえるで。矢が切れる前に決着をつけろ」

 正に矢継ぎ早に矢の雨を降らし、デイビットは縮地を遣い神速で移動しながら敵の周りを旋回して、グリフィンが飛び上がる機会を潰していく。攻撃は黄金の鎧に阻まれ効いているようには見えなかったが、グリフィンを大地に留めることには成功している。

「あの鎧を壊すしか、突破口は無さそうだな。と、なれば自分の出番ですな」

 ファッツが大剣を横に構えて全速力で突進する。金属が焼ける音がして、グリフィンの足を守る金色の鎧から火花が散った。突進を止めるとファッツは躊躇うことなく大剣を上方に突き上げたが翼をはためかせたグリフィンはファッツの剣を容易く跳ね返した。

「アルケミーにはアタシの魔法は効かない。悪いけど、魔力は温存するわ」

 メルゴダに棲息する多くのアルケミーと呼ばれる魔物の弱点は聖属性であり、固有魔法で聖属性の攻撃手段を持たない魔術師にはアルケミーは天敵であると言えた。シェリーは無理をせずに後方に下がって、討伐を仲間に託した。

「聖魔法ならこのクックさんにお任せね」

 普段攻撃に参加する事が殆どない神官のクックだが、杖から放たれる聖属性を帯びた光球は命中する度にグリフィンの鎧に傷をつけていった。その間アンジェリナはグリフィンの注意を引くようにロッドに光を灯し、相手を壁際に誘導していく。

 これだけの手練れの覚者が集まれば例え初見の魔物だろうと、個々の武勇に任せて力で押しきることができる。エイミーは仲間の連携を頼もしく思い、勝利を確信した。

 しかしそれは予知と言う能力を持たない覚者の奢りでしかなかった。




もはや、誰しもが忘れているであろうところに投稿(´・ω・`)何ヵ月ぶりかは作者でも分かりません。
ですが、ちゃんと生きてますよ。
最近仕事も忙しく、何よりゲームする時間を優先するため更新が滞りました(@_@)
今週はwmもなく、イベントと言う名のゴミ拾いは積極的には参加しないので、執筆する時間が久々にありました。
誰だ?この読み物始める時に週1で更新するとか言ってたのは…

話は変わりますが、大雨に見回れた西日本の方々の生活が一日も早く元に戻る事を心からお祈りします。


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第19章「秘術の真価」

 グリフィンアルケミーが後ろ足で体重を支え、前足で虚空を掻き毟る。

 覚者たちに少しずつ金色の鎧と、その鎧に守られた体を傷つけられたグリフィンの怒りが頂点に達した。喉の器官から覚者の三半規管を揺さぶる鳴き声を搾り出すと、全身の鎧が赤い輝きを放ち大気を鳴動させる。すると、ほんの数秒その場から退避しなかった覚者がいた床に設置魔法が発動した。闇を切り取ったような黒い波動は円を描き石畳に黒い渦を作り出すと、その禍々しい渦を覗いた覚者の視覚を一時的に奪った。

 油断していた訳ではないが、初見の魔物はどのような攻撃手段を持っているかわからない。特に大型の魔物は生命の危機を感じたときに発する最終手段を持っているものも少なくない。レスタニア本土にいるグリフィンは魔法攻撃をしかけてこないので、アルケミーとなっても魔法を行使する事はないとどこかで信じていてしまった。戦場ではその一つの思い込みが生死を分けることもある。

「しまった。深入りしすぎたか」

 エイミーは軽い身ごなしで床に広がる黒い渦をかわしていく。しかし、数人の仲間は視覚を奪われているようだ。人間は外部からの情報の八割近くを視覚から入手していると言われている。残された二割で未開の地で自らに迫る命の危機を脱する事が出きるか。

 答えは否だ。

 弓の雨が止んだ一瞬の隙をついて大空に飛び上がったグリフィンが視覚を奪われ地上をさ迷う獲物に狙いを定め、勝利を確信して身を捩らせた。

「眼が見えなくなった間抜けはアタシの所へ来なさい。ルル、アンジェリナ。その間はアンタたちがあの魔物を引き付けるのよ」

 後方で支援をしていたクックが大声を出して戦場の中央に向かい、状態異常回復の術式を完成させる。クックを中心に青白い光球が広がり仲間の危機を救おうとする。だが、回復魔法の術式の発動に魔物は敏感に反応する。魔力を高める為のローブしか纏っていない神官は物理的な防御力は皆無だ。その上、術式の展開中は完全に無防備になる。大型の魔物による必殺の一撃を喰らえば、全身の骨が砕けて内蔵をぶちまける事になるのは必至であり、そのような経緯により命を落とす事例も数多上げられている。戦場の中心で回復魔法を展開するのは命を投げ出す覚悟と、仲間との絶対的信頼関係の双方が求められる。

「あの馬鹿。ソリッドもガドビも展開しないで。流れ弾でも当たったら即死するぞ」

 ルルは舌打ちしながら左手に填めた籠手に意識を集中した。ソリッドとは覚者の耐久力を高めて転倒や風圧から身を守る術式で、ガドビとは術者の身代わりとなって攻撃を受ける魔法の依代を展開する術式だ。どちらも覚者の間で使われる略称であるが、正式な名称で呼ぶものがいない程、略称のほうが広く認知されている。そしてそのどちらもが、神官を守る命綱なのだ。

「アンジェリナ。ハンズを展開してクックと回りの連中を守れ。アイツは私が引き受ける」

 ルルは籠手の力を解放した。飛び上がったルルの直下に目に見えない反重力の力場が形成され、身を捻った反動を使ってルルは更に飛び上がると翼を持ったグリフィンと同じ高さにまで達した。ルルが籠手が填められた腕を振ると何もなかった空中に錬成物質と呼ばれる金属が産み出された。

 無から有を造り出す。これが錬金術の基本だ。

 産み出された角柱状の錬成物質は怪しい輝きを放ちながら連なって大きな円を空中に描いて回転する。ドルスと呼ばれる錬成物質の罠は地上に狙いを定めていたグリフィンの注意を一気に引き付けた。標的を変更して罠に突進してきたグリフィンの動きを錬成物質が戒め鈍らせる。それを見届けたルルは跳躍の落ち際に左腕を大きく突き出すと、上方のグリフィン向かって錬成物質を放出した。確かな反動が腕を伝わり、錬成物質は空中で罠に掛かったグリフィンの身体中に命中して、みるみる肥大していく。「空中に飛び上がった魔物には覚者は不利」と言う定説を覆すほど、一瞬でルルはグリフィンを手玉に取ってみせた。永くメルゴダで封印されてきた秘術はレスタニアの覚者ルルと言う遣い手を得て、その真価を発揮しようとしていた。

「すごい。あれが錬金術の本当の力でありますか」

 ハンズを展開しながらアンジェリナは上空を見上げた。レスタニアにも籠手を遣う錬金術師はいるが、動きの軽やかさと物質の錬成量が比べ物にならないほどの違いであった。

「リリース(解放)」

 着地したルルは右手の指を鳴らした。それはグリフィンの体に付着した錬成物質を起爆させるエリクシルと呼ばれる錬金術師の攻撃手段だ。眩い光と爆風を巻き上げて錬成物質が起爆して、遂にグリフィンの体を守っていた強固な鎧を瓦解させた。同時に錬成物質に予め練り込まれていた睡眠の術式が作動して鳴き声も発することができずに空中でグリフィンは意識を失った。他のアルケミー同様に鎧は血管でグリフィン本体と繋がれており、砕けた鎧からは暗褐色の血液が飛び散った。

 盾僧兵とは異なる方法で敵の注意を引き、状態異常を起こす。空を舞う様に戦う錬金術師のその姿はアンジェリナにとって驚愕であった。

「落ちてくるぞ。全員攻撃用意」

 エイミーが声を張り上げる。視覚を奪われていた仲間も回復し、各々武器を構えてアンジェリナの展開したハンズの光球から躍り出る。地上に落ちた有翼の魔物は覚者の格好の餌食でしかない。墜落の衝撃で目覚めたグリフィンは体勢を建て直そうとするが平衡感覚は失われており、人間の胴周りほどもある四本の四肢で空を掻き毟る事しかできなかった。我が身を守る必死の抵抗だが、鉤爪の届かない無防備な背中や頭部を覚者は狙う。残忍で無慈悲な攻撃が鎧を失ったグリフィンの体に叩き込まれる。一振り、一突き毎に確実に相手の生命力を奪う攻撃は躊躇うことなく続けられる。それは覚者自身の命を守る行動にもなるからだ。

 再び立ち上がり空へ飛び上がる事なく、グリフィンはその亡骸を大地に晒した。

 流れ出た魔物の血の臭いが部屋中に満ちて、覚者たちは未踏の地での強敵からの勝利の喜びと血の臭いに酔いしれた。




お盆の連休を使って更新(´・ω・`)
今回は何故かTAをやる気が全く起きず、ダラダラとアプデを待っております(゜-゜)(。_。)
シーズン4があることを願って、自分もゲームと執筆頑張ります(@_@)


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第20章「廃墟の墓標」

 黄金と化した覚者の亡骸が無造作に打ち捨てられた長い螺旋階段を昇り、エイミーたち一行は雑草が生い茂る広場へ足を踏み入れた。本来なら王宮の庭園であったであろうこの場所は手入れをする者も居なくなり、永い時間放置され荒れ果て、もはや廃墟と表現しても過言ではない状態だった。広場の奥には更に上層へ続く、延び放題の蔦に覆われた円筒型の建物が聳え立ち、来るものを拒む様に建物の手前には幾体ものゴーレムと思われる魔道兵器が格納庫の様に仕切られた空間に膝を折り畳んで鎮座している。だが、ゴーレムに魔力を供給しているであろう管は悉くが外れており、本体は錆び付き電動液が雑草に流れ出し暗褐色の染みを作っていた。この状態であれば、流石に起動して襲って来ることはなさそうと判断できた。

 三百余年前に神殿から隔離された後に一体何人の覚者がここに足を踏み入れる事を許され、そして帰らぬ者となったのかと思うと、辺りを見渡したエイミーは得たいの知れない寒気を覚えた。廃墟と言うより墓場と表現したほうが相応しいと感じ、自らの死体を墓標とする報われる事の無い失われた命を想いエイミー胸の前で十字を切った。

 

「まだわたくしの想定より出力が弱いんですのよね」

 思い詰めたような独り言がリィナの口唇から零れる。先程の戦闘の後から何やら腕を組みながら心ここに有らずの体で思念していたリィナは、まじまじとルルの左手首に填められた籠手を見据えた。

「あれよりも強力な籠手が造れるのかい」

 エイミーが驚いた様な声を上げる。グリフィンアルケミーを手玉に取ってみせたルルの立ち回りはエイミーも良く見ていた。それを上回るとなればいったいどれ程の力を発揮することが出きるのか。リィナはお嬢様気質で見栄っ張りではあるが、それ以前に武器商人であり武器職人だ。武器に関しての見立ては正しいであろうと判断できる。

「それなりの素材が揃えばこのリィナ、皆様の期待を裏切らない籠手を完成させてご覧に入れることができましてよ」

 勝ち誇ったようにリィナは高笑いの声を上げる。メルゴダに着いてからリィナは錬金術の基礎理論を叩き込まれた。古代のメルゴダの叡知と現代レスタニアの技術を融合させれば、想像を越える武器が完成したとしても不思議ではない。それこそ現行の常識を覆すような化物染みた武器が造れる可能性すら否定できない。

「お嬢。また軽はずみにそんな事を言って、ただ単に金ピカの武器を作りたいだけだったら、皆さん赦してくれないでありますよ」

 リィナの華美な装飾を施す武器改造の犠牲者のアンジェリナが釘を刺す。その言葉に思いっきり舌を出してリィナは幼子のように抗議してみせた。長く蒼い巻き毛がメルゴダの風に揺れて童顔のリィナの顔を覆い隠す。アンジェリナは微笑を浮かべてその髪を手櫛で整えて元の形に戻してやった。

「あ、ありがとう」

 何気ない感謝の言葉だが、リィナにとってそれは、アンジェリナと行動を共にするようになって照れ臭いながらも素直に言えるようになった言葉だった。幼い頃から富豪の令嬢として育った彼女は他人への感謝や謝罪と言う感情をどこかに置き忘れて育った。それを正してくれたのが身を守る覚者として雇ったアンジェリナだったのだ。

「どういたしましてであります。で、どんな素材が必要なんでありますか」

 そのアンジェリナの言葉に、仲間の一同が興味の視線を送る。例え自分が遣わなくても、強力な武器を錬成するのにどのような素材や工程が必要であるか興味がない覚者などいない。口では皮肉を言いつつも、手にするロンバルディアの武器としての完成度を誰よりも知っているのは他ならぬアンジェリナなのだ。

「素直にわたくしの腕前を評価すれば宜しいのに、アンジェリナったら素直ではありませんわね」

 再び勝ち誇った笑い声を上げるリィナの目に、嘆息をついて肩を落とすアンジェリナの姿は写っていなかった。

「一つはこの地域で取れる希少鉱物。これは先程のグリフィンの鎧から採取できましたわ。恐らく必要量は確保できでいますわ。餞別としてメルゴダの方にも少し分けて頂きましたし」

 リィナはそう言うと腰の麻袋から鈍く輝く金属の塊を取り出してみせた。

「あー。それボクたちが苦労して集めたダークメタルじゃないか。さてはあの錬金術師、素材を集めさせる振りをして、ボクたちの実力を試していたな。喰えない爺さんだ」

 リィナに負けない程の声を出してエイミーがダークメタルを指差す。数日かけて魔物を討伐して回収した素材が餞別に使われていたとは思ってもいなかったのだ。だが逆に言うと、何の見返りも無しに錬金術と籠手の遣い方を教えてくれたのだとも受けとる事もでき、エイミーは複雑な気持ちになった。

「もう一つは竜の素材ですわ。それもなるだけ強力な竜の血か角があれば尚善しですわ」

 その言葉が運命の女神に届いたか定かではない。だが、リィナの言葉の直後に広場の空気が一気に凝結し四本足の巨大な魔物の靄(もや)を作りあげていく。それは禍々しい翼膜を広げる実体を持たない竜、ミストドラゴンとしてエイミーたちの前に姿を現した。

「未踏の地でグリフィンの後はミストドラゴンと対峙か。こりゃ覚者冥利に尽きる対戦相手だな」

 疲れも見せずにファッツが大剣を構えて戦闘体勢をとる。全員がそれに倣い武器を抜き周りの地形などを視認して戦いに備えたとき、金色の竜が雲の隙間から姿を現し、七色の眩い光を反射させながら王宮の最上部に降り立っていくのが見えた。

「また選択を迫られるか。ホンマ、俺たちは色んな神に試されてるらしいな」

 ディビットは悪態をついて笑ってみせたが、事態はそれほど楽観視できるものではない。今王宮にはゴルゴランが居るのは間違いない。飛び立ってしまったら次いつまた戻ってくるか定かではない。一分一秒も惜しい中、目の前にはミストドラゴンが殺意も顕にエイミーたち一行を睨み付けている。

 判断の遅れは致命傷になる。エイミーはその事を知っていた。

「クック、ファッツ、シェリー、アンジェリナは王宮の最上階を目指す。ボクに着いてきて。残りの四人でミストを倒して可能なら素材を回収すること。指揮はデイビットに託す」

 エイミーにとっては苦渋の決断だった。籠手を強化する為ルルとリィナが留まってミストドラゴンの相手をするのは必然として、残りの二人を最も信頼する二人の腹心を残せば後方の憂いは払拭出来ると判断した。今は少しでも早くゴルゴランの居る王宮に向かうべきで、隊を分けるのもやむを得ない状況であった。

「ここは任せて先に行けってやつやな。必ず追い付くからメインディッシュは取っておいてくれよ」

 空気の渦が視認出来るような特別な回転を産み出す剛弓を放ちながらデイビットはミストドラゴンの側面に回り込む。それに吊られるかのようにミストドラゴンはデイビットを視界の中心に据えようと旋回を始めた。不敵な笑みを浮かべてデイビットは目配せしてエイミーたちの進路を開いた。矢を受けたミストドラゴンは大きな唸り声を上げ、招かれざる王宮の客を焼き払うべく体を強張らせて翼膜を何度もはためかせた。




本文は数日前に書き終わってましたが、サブタイが決まらず更新できなかったと言う罠(@_@)

さて、そろそろwmが始まる。今回はどんな嫌がらせが待っているのか(@_@)どきわく


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第21章「星雲の鼓動」

 庭園の奥に聳える円筒の建物の扉を潜ると、視界の果てまで続く細い昇り階段が覚者たちを迎え、その階段の脇には亜空間が広がっていた。縦にも横にも建物の外観からは収まる筈もない空間が広がっており、下には奈落に続くとも思われる底が見えない闇が広がり、一瞬毎に闇の奥から星の瞬きが溢れ網膜を焼き付くす程の光が視覚を襲う。その光は恒星が己の命を燃やし尽くす瞬間の超新星爆発によって産み出されるものであり、ここは錬金術と竜の力によって創られた数万年、数億年と言われる星の寿命を凝縮した空間を擬似的に現した場所かもしれないと判断するのに、それほど時間はかからなかった。

 竜の寿命は千年単位だ。永遠を求めるゴルゴランはここで星の瞬きを見つめながら、人間では到底正気を保てない三百年という気が遠くなる時間を自らの命の末路について想いを巡らせていたのではないか。

「クラン長。下を見てはいけないであります。目的地を見据えて視点を固定させれば怖くないであります」

 とりとめもない感傷に浸っていたエイミーにアンジェリナが声をかける。どうやら一歩を踏み出さない理由が高所による恐怖の為と思った故の言葉であったのだろう。確かに足がすくむ程の光景だが、遅れをとるわけにはいかない。無言で頷くとエイミーは全速力で階段を駆け上がり始めた。

 幾千、幾万の星が産まれては消える輪廻を繰り返す暗闇と閃光の中を、仮初めの不死を授かった覚者たちは今にも朽ち果てそうな長い階段を無心に昇っていった。

 

「何故、闘うのか」

 その疑問は覚者になりたての頃には微塵も感じはしなかった。剣を取り闘う事は力を与えられた者の責務であり誇りであると感じることさえあった。それは間違いではない。迫り来るオークから民を守り、力を与えてくれた竜に奉仕する。その見返りとして功績を収めた覚者の身体は竜の力により、より強力なものとなる。国防とは本来そういうものだ。

 極めて単純な図式であるが、血に飢えた悪魔でない以上、いずれ己の闘いに意味を見いだそうとするのは至極当然の事である。他者の命を奪う事を生業とする者が、その業を背負い血塗られた剣を捧げるに足る大義を神殿の奥で横たわる竜は持っているのか。権力争いに勤しむ神殿の人間たちの思惑を怪しまずには居られない現状で、無為に時間を浪費してしまっているのではないかと言う疑念がいつしか脳裏から離れないようになってしまっていた。闘いには勝ち続けているが、その度に大事なものを失っているのではないかと言う不安感と焦燥感は日を追う毎に増していくばかりだった。

 闘いに勝った者が正しいと言う事は、単に力が強いものが正しいと言う事の裏返しであり、人類の歴史の中で、支配者による欲を満たす為だけに行われた武力に任せた赦しようがない侵略や争いは枚挙に切りがない。そして歴史は勝者が綴る者であり、その中で勝者によって行われた愚行は人の道に反するような事でも揉み消され、敗者は永遠に悪であり続ける。

 今の軍事力があれば、レスタニアが勝ち続けるのは間違いない。

 ここ数年でレスタニアは、国土に飛来したアークの驚異を取り除き、錬金術師と言う新たな戦闘様式を得て、フィンダム遠征では竜の後継者選びと言う他国の国政にも関与し、精霊槍術をレスタニアに持ち帰る事ができた。

 その他諸々の国内で生じる不測の事態や度重なる他国からの驚異に晒されながらも、国庫の損失は最低限で済み、お釣りがつく程の軍事的発展がもたらされた。

 今、精鋭部隊によって行われているアッカーシェランへの遠征もレスタニア本国に影響が出るような話は一切聞いていない。いつもより遠征に時間がかかっているが、元々が敗戦が濃厚な争乱地帯に向かったのだ。簡単に事が収束するわけがないのは当然である。それに、国内の平定はほぼ済んでおり、戦後処理にまでレスタニアが首を突っ込んでいるのではないかと言う噂さえ立っている。

 メルゴダ、フィンダム、そして、アッカーシェラン。白竜の覚者は国土レスタニアの平和だけでは飽きたらず、血の臭いと戦場を求めて、その勢力と影響力を他国にまで拡大させようとしていた。

 それならば、自分たちは勝者による歪んだ歴史を創る手助けをしてしまっている可能性があるのではないか。二十万と言う数の不老の覚者隊には歴史を創り変えてしまう程の力がある。

 本来あるべきだった世界の未来さえ変えてしまう力が。

 

 「奪われた」心臓が嘗てあった筈の胸に手をやり、エイミーは鼓動を確かめる。心臓を「捧げた」ではなく「奪われた」と思うようになったのはいつからだったかと思いエイミーは自嘲した。

「大丈夫。ボクはまだ死んでいない。生きているなら、この眼で見て自分が信じた道を選ぶ」

 誰にも聞こえない言葉でそう呟くと、堂々巡りの思考から抜け出して上へ続く階段を見上げる。石材が馬蹄型に積み上げられた迫持(アーチの事)が階段の終わりを告げているようだった。

 竜と覚者、二つの顔を持つゴルゴランは遥か上空からレスタニアを見下ろし、本土から隔絶されてから三百余年経った今、何を思うのか。会って確かめる価値は充分にあった。

 

 星雲の中を一行は更に速度を上げて最上部へ向かった。




今週は何も無いから更新できました。
いつの間にかこのお話を始めてから1年が経っており、月日の早さを感じています。
書きたい話はまだまだありますが、ここに来ていろいろな問題が併発しております。
一番の問題は登場人物がインしなくなっていること(@_@)
これは非常に困った事で、登場人物の中の人の性格や癖、発言などもお話に関与することが多いんで、情報ソースがなくなると拙い自分の発想力では行き詰まる事があります。
どうにかエタる事なく終わらせようと思いますが、最悪人物の入れ換えなども考え、これからも執筆していく所存です(@_@)


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