『凱龍輝―蒼き龍の系譜』 (城元太)
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第一部


 一面に広がった菜の花畑の真ん中に立ち、黄色のさざ波に埋もれていた。

 春草の香りに混じって風が油と鉄の匂いを運ぶ。

 二郎は裾に纏わり付いた葉を払い、眼鏡越しの潤んだ瞳で土手の先を見詰めた。

 

 恋い焦がれたゾイドは蒼天を背負ってやって来た。爪先立ちで道の果てを探ったが、近視と乱視が入り交じった視力では鋼鉄の猛牛の影を捉えるにも覚束ない。目を細め眼鏡を前後させたが陽炎に揺れる機体の輪郭が浮かび上がるまでかなりの時間を費やした。

 ディバイソンの牽くトレーラーに搭載された「狂戦士」の異名を持つ灰白色のゾイドは、敷設された作業所専用道路を静かに横切っていく。

 装甲の下からは覆い隠せない獰猛な本能が零れる。間近に見るバーサークフューラーの感触は新鮮であった。

「良いゾイドだ」

 技師として抑えきれない歓喜と興奮を覚えながらも、徹夜作業で雑魚寝する事務所のリノリウムの床の冷たさを思い出し肩をすくめる。

 トレーラーの履帯に踏まれた轍から、草の匂いが漂っていた。

 

 2104年。遠く暗黒大陸よりアンダー海、エウロペ大陸、ゼロス海を経由して東方大陸南部の工業市ノヴァヤゼムリャにバーサークフューラーが到着した。譲渡計画は早々に立案されていたが、アイゼンドラグーンの電撃侵攻により共和国首都ヘリックシティーが陥落。三軍の長にして元首である大統領ルイーズ・エレナ・キャムフォードは生死不明となり行政組織もズタズタに寸断され、ヘリック共和国残存部隊が東方大陸に臨時政府を樹立させるまで計画は長く宙に浮いてしまっていたのだ。

 東方大陸北端のロングケープに臨時政府を樹立したヘリック共和国残存部隊は脱出したR・B・ウッドワード少将を臨時大統領に就任させ、そこを反抗拠点としてゲリラ戦を展開し、同時にジャミングウェーブを放つ仇敵ダークスパイナーを撃ち破る新型ゾイド開発に着手する。時間も資金も限られる共和国軍技術者にとって惑星の反対側から齎された「狂戦士」は設計者の負担を軽減する何よりの僥倖であった。

 

「機体コンセプトはライガーゼロと同じだが、拡張性を犠牲にしても荷電粒子砲の搭載に拘ったわけか」

 広大な空間を持つ切妻様式の木造家屋の内部に、裏面に番号が書かれ取り外された装甲が床に整然と並べられている。仮設研究施設として利用されていた嘗て巨大な偶像を祀っていた神殿は、素体となったバーサークフューラーが潜むにはひどく場違いに見えた。

 高所作業車を兼ねたザットンが素体上部に作業員を乗せるため気忙しく移動し、屋外では移送を終えたディバイソンが四肢を折り身体を休める長閑な姿がある。そこに勤務する誰もが戦場で鹵獲した機体と異なり一切の損傷のないバーサークフューラーを扱えることに興奮気味であった。

「ライガーゼロのチェンジングアーマーシステムを応用すれば構造解析は容易だろう。これで共和国軍仕様バーサークフューラーの量産も可能となったわけだな」

「ネフスキー所長のお考えは企業として手堅い選択だと思います。しかし折角手に入れた貴重な素材です。我々は我々の手で、新たなコンセプトでの機体開発に挑みたいのです」

「できるのか」

「できます」

 ネフスキーと呼ばれた男性は、二郎の自信に満ちた言葉に口許を弛める。互いに首から提げた社員証には『ZOITEC』の社名が記されていた。

 東方大陸は、地球より飛来した宇宙移民船グローバリーⅢ世号乗員のなかで漢字を使用する住民グループがコロニーを建設し中央大陸とは異なった文化圏を形成した地域である。温暖な気候の東方大陸にはベルグマンの法則に従いゴジュラスを筆頭とする固有種の大型ゾイド類が棲息せず、代わって棲息したのがブロックス群であった。

 惑星大異変によって個体数を大幅に減らしたゾイドはごく限られた種のみしか生き延びる事ができなかった。その後中央大陸では古代ゾイド文明のオーガノイドシステムを利用し様々な戦闘ゾイドの繁殖を行ったが、対して東方大陸ではコアブロックスシステムによるゾイドの大量生産を行っていた。

 コアブロックス開発を担ったのが東方大陸のコングロマリット、ゾイテック(=ZOITEC Industory)社である。小型農作業用ゾイド開発より発足した民間企業だが、やがて中央大陸技術を一部導入し東方大陸でのゾイド市場を独占、次々と他業種を併呑し巨大企業に成長していく。基幹産業となるゾイド開発では進化のボトルネック効果により多様性を失った種を様々な作業状況に適応させる人為的な遺伝因子操作を行い、結果として生み出されたのがコアブロックスによるチェンジマイズシステムであった。

 ブロックスの開発にはゾイドに精通する技能と感性が必須であり机上で得られる知識に加え土着の種族ごとの経験も重視され、ゾイテックは技術者採用に際し幅広い人材確保を実施している。

 今回のプロジェクト主任を務める二郎は惑星大異変以降に生まれたいわゆる新世代の青年技師で、彼の名前の由来は遠い昔の地球で優秀な兵器を生み出した技術者にちなんだと父より聞かされていた。そんな父の影響もあり二郎はゾイドに執心する少年時代を過ごし、基礎的なゾイド技術を地元の教育機関で学んだ後により高度なゾイド開発に携わる目標を持って東方大陸ミドルタウンに本社のあるゾイテックに職を求めた。

 ゾイテックの企業理念と彼の適性が合致し、めきめきと頭角を顕した二郎は入社後僅かにしてこのヘリック・ガイロスの技術が融合させるゾイド開発主任に異例の抜擢をされる。共和国の勝利のみならず、社運を賭けたプロジェクトを任された状況に身が引き締まる。バーサークフューラーの周囲を二回りしただけで、二郎のなかでの開発の概略は固まっていた。

――バスタークローと集束荷電粒子砲を〈矛〉とすると、共和国側の開発方針は〈盾〉となる装備を選択すべきだろう。攻撃に特化した機体であればこのままバーサークフューラーをライセンス生産すれば済む事だが、既にこの機体がネオゼネバス帝国の侵攻を食い止められなかったという結果が出てしまっている。そのためにも〈盾〉となる装備として新型CAS開発や互換性を捨てた機体特性を最優先にする改良など、抽象的でも構わずに様々な発想を募りたい。

「量産体制確立まで最低一ヶ月、先行試作機の戦線投入による生産ラインの微調整にまた一ヶ月。初期生産版として五機を製造するのに二ヶ月、プロトタイプ一機を生産するのに更に二ヶ月、最終設計図のクリーンアップに二週間。となれば新機体設計のための猶予は二週間程度しか与えられない」

 ネフスキーが背後から二郎の考えを見透かしたかのように告げる。

「三日間を期限とします。それまでこの機体を徹底的に調べます。

 全員調査を開始してください」

 二郎の合図を待ちかねていたと言わんばかりに、作業服姿の所員が機体にわらわらと群がった。

 神殿の内部で技術者に囲まれるバーサークフューラーを見上げる二郎の脳裏に頻りとそよ風になびく菜の花の光景が浮かんでいた。

「お前は『狂戦士』を超える輝きに満ちたゾイドになるに違いない。それを僕たちが叶えるんだ」

 骨格を思わせる剥き出しのフレームに朧気な輪郭がオーバーラップする。二郎の視界にはまだ見ぬ機体の完成図が浮かんでいた。

 

 西方大陸エウロペに棲息するライガー野生体をベースに機獣化したものがライガーゼロということはよく知られている。同様にバーサークフューラーも野生体の本能を色濃く残して製造されたゾイドと称されているが、実際のところバーサークフューラーに野生体は存在しなかった。デスザウラー復活計画の副産物として生み出されたゾイドがジェノザウラーでその発展形がバーサークフューラーである以上説明は不要であろう。

 ガイロス帝国が最新型ゾイドをヘリック共和国に供与した背景には、仮に共和国がバーサークフューラーをベースに強力なゾイドを完成させても素体の供給はガイロス帝国に依存し続けなければならず、開発した新型ゾイドがガイロス帝国にとって脅威となれば供給を停止できるからである。そして共和国側も上記のくびきを理解した上でバーサークフューラーの取得を望んだ。両国の思惑が一致した結果今回の技術提供となっていたのだ。

 主任として機体開発全般を取り仕切っている二郎が、純然たる設計士として製図台に向かえるのは毎晩夕刻を回るころであった。バーサークフューラー分析の興奮冷めやらぬまま製図ペンを握ると頭脳は冴え、次々と引かれる直線が形を成していく。床に消しゴムかすが積もり期日が迫り窓の外が白んで来る頃、「狂戦士」とは大きく異なるゾイドの図面が描かれていた。三日を過ぎた最終日前夜、二郎は敷かれたままの事務所の布団に俯せとなって微睡むとリノリウムの固さも気にせず瞬時に深い眠りに落ちていた。

 夢を見たが忘れてしまった。

 

 窓の外で囀る鳥の声で目覚め、夜食に差し入れられた冷えた握り飯を頬張り軽く身なりを整え数時間前に居た神殿に向かう。新機体の剥き出しの図面を両手に抱えガラス窓の向こう側に咲き誇る菜の花の海を眺めた。

 郷土は戦火に晒されることなく穏やかな風景を保っている。二郎は黄色い花のさざ波に浮かぶ切妻様式の神殿に既視感を覚え、それが未明に見た夢の風景であることに気付いた。紺碧の海を越えた中央大陸ではこの瞬間にも血みどろの激戦が繰り広げられており、前線から戦闘ゾイドの性能向上を求める悲痛な要求が日々技術部に届いている。

 ヘリック共和国は二郎にとって縁のない異郷に過ぎず、身を削ってまで作業に勤しむ義理など無いはずだった。

 設計者としての誇りが、動機の全てであった。

 暗黒大陸ヴァルハラで初代皇帝プロイツェン・ムーロアと共に熟練操縦者の多くを失ったネオゼネバス帝国はコアブロックスシステムの有効性にいち早く着目し非戦闘用に製造されていたブロックスゾイドの生産ラインを強引に改変させた。初期には安価に投入できる兵器として大量に生産し、後にキメラブロックスの開発をゾイテック社に強制した。

 東方大陸に強力な国家が存在しなかったことも災いした。歴史的に見て国家体制確立には常に自然環境の厳しさが関わっている。温暖な気候に恵まれた中央大陸東岸地域には民主主義を標榜するヘリック共和国が成立し、大陸西岸の年間通して寒冷で日照時間の少ない地域には旧ゼネバス帝国が建国されている。更に北極圏を含む雪と氷と闇に閉ざされた暗黒大陸にはガイロス帝国が成立した。つまり温暖な東方大陸には緩やかな部族連合程度しか成立しておらず、侵攻してきたネオゼネバス帝国からゾイテック社を守る常備軍など無かったのだ。

 ネオゼネバス帝国のゾイテック社への恫喝により已む無く二郎はシェルカーンという不格好なブロックスを設計させられた。汎用性が高く無人ゾイドとしても運用しやすいこのキメラブロックスはネオゼネバス軍によって制式採用され戦場に大量投入された。圧倒的な兵力不足を補うため第二代皇帝ヴォルフの採った軍事政策の一端だったが、ネオゼネバス帝国臣民の権利と生命を最優先させた結果は思わぬところで歪みとなり噴出したのである。

 二郎にとって意に沿わぬゾイドを製造させられた屈辱は拭い難かった。誇りを持ってゾイドに取り組んできた彼のキャリアを捻じ曲げられ全否定された悔しさは、企業として今後一切の帝国への協力の拒否と、個人としての帝国への強い反抗心として燃え上がる。もはや感情的にもネオゼネバス帝国を許せなくなったのだ。

 社の承認を得た上で、二郎は帝国への対抗策として設計開発したブロックス、ウネンラギアをロングケープに駐留する共和国軍に無償提供する。その際共和国側から譲渡されたシールドライガーのデータを元に開発したのがレオブレイズであり、以降共和国軍に社の防衛を委任する傍らで新ゾイド開発の協力体制を成立させた。

 ゾイドを愛する者として絶対にネオゼネバス帝国に勝利を与えてはならない、そのためには共和国に協力し一刻も早く精強なゾイドを完成させなければならない。

 改造案の描かれた製図を掴む二郎の掌は汗ばんでいた。

 

 いつになく所員の早い出社により神殿は人波に埋まっている。所長のN・ネフスキーが特に留意している『付和雷同』にバツ印と二重の取り消し線の引かれた文言が提げられた壁面を横切り、製図に折り目が付かないよう注意しながら人混みを掻き分ける。プロジェクターの周囲には二郎と同様に寝癖と目脂のついたまま出社しているプレゼンターが四人待機していた。

「これで全員ですか」

「タケオがまだです」の声に二郎は時計を見た。父から譲られた自動巻きの腕時計はコンペティション開始五分前を示している。気鋭の技師であるK・タケオは不必要な時間的余裕を嫌い正確に刻限を守る人物であった。トレース台に広げられた他のコンセプト図を眺めつつ最後に現れるであろう自分より若い設計士がどのようなコンセプトでバーサークフューラーの改造案を作成したのか興味が湧いた。

 中央からネフスキーと同時にタケオが入室したことだけ見え、直後にネフスキーが告げた。

「これよりゾイテック社ノヴァヤゼムリャ製作所における所内コンペティションを開始する。

 確認するがこれは競合ではなく様々な発想を集約し、より性能を向上させたバーサークフューラーベースのゾイドを建造するためのものだ。発想は自由なのだから各案の中に有効なものがあれば採用する。

 では各々のコンセプトの発表を頼む。まずは二郎主任、君からだ」

 スクリーンを見上げるタケオの姿を気に留めつつ、二郎はプロジェクターの台上へ設計図を広げる。広げ終える前にタイミングを誤りプロジェクターの強力なライトが点灯した。寝不足の網膜を刺すような刺激が二郎の眼球を襲う。光の幻惑のなか、再び菜の花畑の輝きが浮かび上がった。龍が輝きを纏う。

 

 脳裏に過ぎった閃光のような心象は後に機体命名の由来となる。

 



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 ゾイテック社ノヴァヤゼムリャ製作所に保管されていた記録を元に2014年3月に実施されたバーサークフューラー改造コンペティションの概要を解説する。

 第一案を主任の二郎から開始し、以降

 第二案 バラクリシュナン

 第三案 ルンドマルク

 第四案 タケオ

 第五案 ツェリン

の順序でのプレゼン予定であった。但しタケオが最後に到着したことでプロジェクターへの図面準備が最後になり、五番目のツェリンと前後してタケオが末尾のプレゼンターに変更されている。

 具体的な各案の概要の紹介に移る。

 

○第一案;責任者 二郎・F

 仮称;シールドフューラー

 コンセプト;帝国と共和国技術の融合(レオブレイズ設計の際に得たデータを応用)

 機体特性;

・CASの互換性を排除。

・全身にインタークーラーを装備し流体力学に基づき空気抵抗を減少。

・高速移動を主眼とするためバスタークローを撤去し軽量化。

・Eシールドを対ジャミングウェーブ障壁として利用。その際の放熱を担うためのインタークーラー活用となる。

・Eシールドへのエネルギー供給により集束荷電粒子砲の威力は減退するも格闘性は向上。

・ブロックスと接合できる統一規格のハードポイントを機体各所に設け、チェンジマイズによる柔軟な運用を可能にさせる。

 プレゼンの際の質疑応答記録;

問「CASを放棄するのは本機最大の特徴を無くしてしまうのではないか。またインタークーラー装備による装甲の脆弱化に作戦行動上支障がないか」

答「高速ゾイドであれば装甲の軽量化は必然。現在共和国の制圧圏が限定されCASを搭載したホバーカーゴの上陸が難しい以上ブロックスを動くCASと見做しそれに代える」

(以下略) 

 

○第二案;責任者 ベルナー・イズラエル・バラクリシュナン(※二郎と同期入社だが三歳年長。第一次中央大陸戦争時のデルポイ移民のワンエイス(1/8)、隔世遺伝により風貌に神族の特徴がある) 

 仮称;未定

 コンセプト;〝龍〟の系譜

 機体特性;

・CASの互換性を排除。

・共和国伝統のキャノピー式頭部を採用し視界を拡大。

・従来の装甲による間接可動域干渉を無くし素体の可動域を確保するため避弾経始も考慮した曲面装甲と新素材を採用し素体の運動性を向上。

・荷電粒子砲のみに頼ることなく格闘能力を重視。

 付;設計者コメント

「東方大陸住民に伝わる〝龍〟の具現化をイメージしたもの。自然現象さえ操る〝龍〟のように劣勢を挽回できるほどのゾイドになることを願っている」

 

○第三案 クヌート・ルンドマルク

 仮称;ヤクトフューラー・イミテイト

 コンセプト;生産効率の優先と支援攻撃機としての運用

 機体特性;

・重火器装備型CAS(通常型及びシュツルムユニットとの互換性あり)

・ガイロス帝国軍の試作CASを再設計することにより開発期間を大幅に短縮。

・ジャミングウェーブ到達範囲外より荷電粒子砲及び重火器による長距離支援砲撃により鎮圧。直接の制圧はシールドライガーなどの主力機が行う(あくまで支援戦闘に運用を限定。位置づけはカノントータスに準じる)。

※発表時、制限時間を大幅に残してプレゼンを終了する。

 

○第五案 チューキョン・ツェリン(※唯一の女性設計士)

 仮称;未定

 コンセプト;空戦用CAS

 機体特性;

・飛行型CAS。開発期間短縮のために東方大陸棲息の大型飛行ブロックスのマグネッサーウィングを利用する計画とある。

・上記理由によりブロックス統一規格のハードポイントを装備。

・形態としてアーケオプテリクス型ゾイドのシュトルヒに酷似するも、サイズはサラマンダークラスに匹敵。

・戦略爆撃実施後にCASを換装し地上戦にも対応可能。

 

 そして最後のプレゼンとなったタケオの第四案に関し、主任が記録したコメントが残されている。以下二郎による文章の引用である。

 

○第四案 タケオ・D

「プロジェクターに投影されたのは各所が奇妙な斜線で塗りつぶされた機体であった。装甲を蚕食されたような特異な図面で、斜線部分の注釈に〝レイ・エナジー・アキュムレイトモジュール〟の表記がある。当然私達の関心はそのモジュールに集中した。

 タケオの説明を列記する。

・加速された荷電粒子の奔流によって対象物を破壊するのが荷電粒子砲の原理であり、荷電粒子砲を装備する各ゾイドは機体のアクセラレイター(=粒子加速器)によって加速を行っている。

・ゾイドの限られた容積で充分な加速が可能なのは、荷電粒子に極めて強力な偏向を与える圧力がかけられているからであり、それを大規模に応用したものが反荷電粒子シールドである。

・反荷電粒子シールドの場合、荷電粒子の奔流を後方に受け流すだけだが、アクセラレイターの荷電粒子封じ込めの機能を応用し攪乱するのではなく吸収・蓄積する機能を持たせるのが、本案のコンセプトとなる。

・各モジュール周辺に偏向フィールドを発生させ、モジュールを介在し荷電粒子を吸収する。吸収した荷電粒子はフューラー本体のアクセラレイターに流入させこれを撃ち返すことを可能にさせる。

・吸収した荷電粒子の余剰分はアキュムレイターに蓄積することによりコンバーターの負荷を減少させる副次的機能も備える。

・偏向の際にフューラー本体のコアの負担を補う為、コアブロックスを二つ以上装備させる。

 つまり撃ち込まれた弾丸のヴェロシティをマイナスにして撃ち返すという信じ難い機能であり兵器である。公式の場での悪趣味なジョークにも聞こえる素案に一部で失笑が漏れたがタケオは気に留めることなくプレゼンを継続し最後に告げた。

『モジュールは鏡面の様に輝く筈です。従ってこの機体を〝シュピーゲルフューラー〟と仮称します』

 この第四案の実現可能性を巡りコンペの結論は持ち越しとなり、その場でネフスキー所長と検討した結果更に三日の猶予を得ることとなった」

 

 文書記録に記されているのは以上だが、記録紙の余白には無数の書き込みがあり二郎の興奮と動揺が垣間見える。結論こそ得られなかったものの開発計画にとって大きな指針を得られた事は確実であった。

 

 

 

 並べられた五つの図面を眺め、二郎は目の前のバーサークフューラーの素体を見上げていた。

 滑稽だった。

 まるで恋人の衣装を見繕うかの様だと。

 愛する者に何が一番似合うのかを選ぶのは楽しいものだが、その相手がゾイドであるという現実に失笑していた。

「今現在の僕の恋人は、間違いなく君なんだね」

 菜の花畑は衰えを見せず咲き誇っている。黄色い花弁に纏った雫に朝日が煌めく頃、二郎は大きく伸び上がり再び神殿へと歩いていく。二郎の事務所泊まり込みの日数も三日延長となっていた。

 



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 荷電粒子砲無効化モジュール〝レイ・エナジー・アキュムレイター〟の製作が起案者自身の指揮の元で着手される。限られた開発時間を割いてまで奇抜な発想が承認された背景にはプロジェクトリーダーによる猛烈な支援があったからだ。

「彼のアイディアによるブレイクスルーを見てみたいのです。改造コンペティションの結論は一時ペンディングとして、タケオ君に三日間でフィージビリティスタディ(事前調査)レポートを仕上げてもらいますので、私からも是非お願いします」

 二郎は半日かけて所長ネフスキーを説得し、ネフスキーも彼の慧眼を信じ計画の延長を承認する。

 以下はタケオが纏めたレポートである。

 

○コア内部で生成された電磁気力を利用しアキュムレイトモジュールが荷電粒子偏向フィールドを形成する。その際の仮想フィールドの形態は「漏斗状」若しくはそれに準じる形態が必然となるため、技術陣は全力を挙げてフィールド形成に努める。

○仮想の漏斗状フィールドによって集められた荷電粒子はモジュール通過の際、

a,運動エネルギーを「反転」された粒子はフューラー本体のアクセラレイターへ流入させ、

b,「相殺」された粒子はアキュムレイターに蓄積される。

 この「反転」と「相殺」の混在したマトリクスをどの様に分流するかの方策を検討する。

○従来の粒子砲装備型ゾイドであればオーロラインティークファン若しくは荷電粒子コンバーターを稼働させ荷電粒子吸収を行うが、本機体のオペレーション・リクワイアント(作戦上の必要性)は敵側より放出された良質・高密度の荷電粒子を再利用し吸収の負担を軽減、連射をも可能とすることである。最大の課題はフューラー素体がブラックボックス化しており、吸収或いは蓄積した荷電粒子を本体アクセラレイターに流入させるバイパスを安易に設置できないことである。従って素体と装甲の空間を最大限に利用するアビオニクスの設計が急務となる。

○第一段階のフィールド形成に於いて実験的にモジュールを搭載するテストベッドの選定を行なった結果、本社(※ゾイテック社)が極初期に開発したカブトガニ型ブロックスが最適と判断した。理由として万が一吸収した荷電粒子が暴発しても堅牢な外殻が飛散を最小限に防ぐと予測されるからである。実験体製作の工程をa~cに示す。

a,外殻を穿孔し裏側の空洞にユニットを装着させフューラー本体への接続を想定した伝導管を装備させる。

b,カブトガニ型がハイドロジェット方式の遊泳動力源にしているコアブロックスのエネルギーを、改造によって装備させたマグネッサーシステムに供給させ短時間の飛行を可能とする。

c,AIを搭載し遠隔操作を可能とする。差し詰め空飛ぶ〈盾〉としての活用も想定する。

 

 荷電粒子砲使用には膨大な電磁気力が必要であり、その供給源となるのが生体融合炉=ゾイドコアだがこの場合の核融合の方式は水爆のような超高熱高圧下のホットフュージョンとは異なり、コア内部で亜光速に加速した原子核を直接衝突させる慣性核融合であった。まるで優秀な物理学者と技術者が築き上げたような精緻なシステムとも思えるが、ヒトを含めた好気性生物がプロティシティー(※電子を使わずプロトン勾配を利用したエネルギー変換システム)を有していることを顧みれば、金属生命体の収斂進化の精緻さも納得できることだろう。

 この大電磁気力を利用しEシールド以上に強力な漏斗状のフィールドを都合よく形成することなど不可能と思えたが、形成は意外な方法で結実する(詳細は後述)。

 

 タケオは驚異的なフィージビリティスタディ能力を発揮し、カブトガニ型ブロックスの確保を含めユニット化したモジュールの準備や工員の作業配置などあらゆるマネジメントを完了させていった。

 テストベットのカブトガニ型ゾイドが、液冷式荷電粒子砲を装備したカノントータスと共にディバイソンの牽引するトレーラーに搭載され到着したのは、なんとレポート提出の翌朝であった。定められた工程に従い製作所総動員体制で改造作業が行われ到着翌日の夕刻に実験体の完成へと漕ぎ着けていた。

 

 ノヴァヤゼムリャ製作所敷地内には普段は所員の散策など憩いの場になっている広大な貯水池があり、当時池を囲む土手に満開のピークを過ぎた菜の花が膨らませた子房を揺らしていた。

 黄色が織り成す花の円環中央の水面に、その日異様な物体が浮かんでいた。

 貯水池は本来試作火器などの射爆実験場として掘削されたものであり、周りを擂り鉢状に囲んでいる高い土手は爆風等を封じ込めるための障壁である。そして池の中央水面に浮かぶのは、AIによって自律行動を行うカブトガニ型ゾイドであった。

「〝甲標的〟への荷電粒子砲の照射準備が整いました」

 切り欠かれた土手の一角に、ロングケープ基地より貸与された巨砲を背負う鋼鉄の陸亀が待機している。ヘリック共和国軍も今回の実証実験に非常に高い関心を寄せておりゾイテック社への全面協力を確約していた。ノヴァヤゼムリャ製作所はバーサークフューラーを所有するとはいえ、強力な集束荷電粒子砲を実験体に照射するリスクはあまりに大きい。同じ荷電粒子砲でも出力を低めに調整したもので照射実験を行うのは自明であり、その為に共和国軍と交渉し液冷式荷電粒子砲を装備するカノントータスの貸与契約を取り付けていた。なおこの機体手配は共和国軍と太いパイプラインを持つ二郎によるものである。

 そして〝甲標的〟とは二郎がカブトガニ型ゾイドに名付けた呼称であった。十干(じっかん)という数え方で最初を表す〝甲〟と標的(ターゲット)を合わせた単純な命名だが、記憶の底に残る父との思い出を刺激する奇妙な郷愁を帯びた言葉であった。

 カノントータスが甲標的に照準を合わせる。

 二郎が腕時計を見詰め、右手をゆっくりと振り下ろした。

「照射」

 短砲身より閃光が奔る。

 粒子の奔流が水面上を浮遊する物体を包み込んだ。

 

 二郎と同席する所員たちは眼前の光景に息を呑んだ。

 浮遊する甲標的の前面に四枚の花弁の花が咲いたのだ。

 

 甲標的の外骨格に装備されたモジュールは四基あり、それぞれ干渉フィールドを球殻状に形成するよう調整されていた。照射された粒子砲の荷電粒子は中心軸から辺縁部にかけ密度が偏在し中央へ向かうに従って濃密となっている。フィールドは飛来する粒子の電荷の値の強弱に応じ形成され、オーロラと同じようにイオン化した大気が発光し「漏斗状」というよりむしろ「離弁花状」に可視化されていた。

 僅か1/3秒ほどの照射であり発光する離弁花は瞬時に消滅した。

 水面上に悠然と浮遊し続ける甲標的を視認すると、所員の間から一斉に歓声が上がった。実験は成功したのだ。

 その後出力を三割増しで三回照射実験が行われたが、モジュールの荷電粒子吸収機能は計画通りに作動し理想的なデータを残す。

 照射実験よりレイ・エナジー・アキュムレイトモジュールが形成する干渉フィールドは仮称〝シュピーゲルフューラー〟の全表面積の一割弱でも充分な粒子障壁になり得ることが実証された。

 

 再びトレーラーに搭載された甲標的の前にタケオが佇み、周囲にはバラクリシュナンなどコンペティションに挑んだ技師達が集っている。二郎の姿を見てタケオが駆け寄った。

「コンプロマイズせずに済みました。ありがとうございます」

「まだ始まったばかりです。甲標的で得たこの機能をどの様にフィードバックさせるか。ペンディングしていたコンペの結論を詰めますよ。もう一晩事務所宿泊ですね」

 歓喜から一気に落胆の溜息に変わったが、一つの作業をやり遂げた人々の顔には晴れ晴れとした笑顔が浮かんでいた。

 トレーラーを牽引するディバイソンが長閑に啼いている。

 西日に輝く黒い鋼鉄の猛牛の身体から陽炎が立ち昇る。

 花の色とともに、東方大陸は季節の変わり目を迎えようとしていた。

 



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 Lモジュール(レイ・エナジー・アキュムレイターモジュール)実用化に向けての実証実験成功により、バーサークフューラーの改造コンセプトの流れは一気に〝シュピーゲルフューラー〟へ傾いたかに見えていた。

 退勤時間を過ぎた事務所内、タケオが新たに提出した素体への甲標的装着プランニングを確認し、二郎は製図机の上に無造作に広げられた他四つのコンセプト図を俯瞰していた。棄却されたわけではないが、あの実験の後ではどの案も色褪せてしまって見える。一番下に置かれた〝シールドフューラー〟の図面を夜通し仕上げたことが今や遠い昔に思えていた。

 爽やかな覆い香が事務所に漂った。

「やっぱりここにいましたね。新茶を淹れました、主任も一番茶を召し上がってください」

 カテキンの香りが鼻孔に広がる。私服に着替えたチューキョンが盆に湯飲みを乗せて事務所に入ってきていた。二郎は二週間前にノヴァヤゼムリャ製作所を囲む生け垣で、所員たちが突貫作業の気晴らしに盛んに茶摘みを行っていたことを思い出した。

 微かに湯気が立ち上がる器を受け取ると、彼女は斜向(はすむ)かいの製図台に座り緑茶を(たしな)みながら静かに呟いた。

「タケオさんは私たちにできない発想をする天才です。

 でも私はやっぱり〝あの子〟が空を飛ぶのを見たかったです」

 半ば諦観めいた言葉であり視線の先に大型のマグネッサーウィングを装着した図面が載っていた。

『毒をもって毒を制す』の諺の如く、荷電粒子砲をもって荷電粒子砲を制するのはフューラー以外に選択肢がなかった。

 荷電粒子砲を吸収し撃ち返すためには本体にも荷電粒子砲を持つゾイドでなければモジュールを装備するメリットはない。現時点で荷電粒子砲を備える共和国軍ゾイドはカノントータスとゴドスであるが、サイクロトロン方式のアクセラレイターを無理矢理内蔵させた液冷式荷電粒子砲を装備するカノントータスの配備数は少なく(新旧機混在し大多数が旧型の突撃砲装備型)、ゴドスの小口径荷電粒子ビーム砲に至ってはカートリッジ式でありゾイドコアとの接続すらない。そして両機体とも装甲面にLモジュールを装着させるキャパシティもない。

 緑茶の香りに新緑の季節への移行とタイムスケジュールの遅れを味わう。

「決定したのはLモジュールの装備だけでインテグレイトは終わっていません。彼自身も認めるようにゾイドとしてのポテンシャルはまだ残っているのですから飛行ブロックスの研究は継続してください。これはバラクリシュナン君やルンドマルク君たちも同じです」

 彼女は掌に載せた湯飲みを夕日に翳しながら背を向けたまま告げた。

「ネフスキー所長から聞きました。資金が不足しているそうですね」

 二郎は息を呑み、一呼吸置いて答える。

「みなさんが心配することではありませんよ」

 努めて平静を装ったが彼女の言葉は正鵠を射ていた。プロジェクトリーダーとしての二郎には喫緊の課題が突き付けられていたのだ。

 ゾイテック社の戦闘ゾイド開発費は、名目上はヘリック共和国臨時政府が発行する戦時公債を資金源としていた。当然ながら母国の大地を追われ財政基盤を失っている共和国政府の公債など現時点ではほぼ無価値な空手形に等しい。レオブレイズやウネンラギアに代表される一連の新型ブロックス開発など全ての軍事援助は事実上ゾイテック社の自己資本を切り崩しての施策だったのだ。

 中央大陸では未だにダークスパイナーのジャミングウェーブが猛威を振るい最前線での共和国軍巻き返しは程遠い。共和国経済の信用は失墜し戦時公債は40%という莫大な利率となっている。

 ヘリック亡命政府を援助するゾイテック社にとって、共和国が滅亡すれば公債は不渡りとなり全ての投資は水泡に帰しコングロマリットとしての企業形態も完全崩壊するに違いない。しかし共和国が巻き返しに成功し勝利した暁には社が保有する戦時公債は膨大なベネフィットを生み出すだけでなく、共和国政府が完全返済など不可能なことも見越し債権を理由として長く隠然たる影響力を与え中央大陸へのゾイテック社進出の足掛かりともなり得る。

 つまりバーサークフューラー改造プロジェクトはゾイテック社にとって企業の存亡に関わる大きな〝賭け〟であり、プロジェクトの失敗は許さないのだ。

 予想外のLモジュール開発の成功によって、予め組まれていた開発のための自社資本のほぼ五割を費やした結果、二郎はネフスキーを通じ追加資金の申請を要求していた。ミドルシティー本社にしてもLモジュール実用化によるロイヤルティーを見越し追加負担を渋々承認したが、それだけにプロジェクトマネージャーとして企業体力に余力が在る段階で結果を出さなければならない。

 完璧な完成度を待っていて、ヘリック共和国が敗北した後の中央大陸に〝シュピーゲルフューラー〟を送り出すことはできない。然りとて未完成で戦力的に無力なゾイドを投入しても無意味となる(その点に限ってみればクヌートのコンセプト〝ヤクトフューラー〟こそ最良であったと言える)。

「明日は甲標的を装着しての稼働実験です。ツェリンさんも明日に備えてお早めにお帰りください」

 二郎の言葉に軽く目礼すると、振り返った弾みに彼女の艶のある黒髪が西日に煌めいた。夏季を迎え沈まぬ夕日がプロジェクトの遅れを責め立てるように赤く光っていた。

 

 

 陽射しがジリジリと肌を刺す。

 甲標的仮装備型フューラーが蒼天の下に引き出され、傍らに待機するディバイソンと共に黒い機体部分から以前にも増して陽炎を昇らせていた。

 分解された甲標的は素体の脚部と腕部の付け根にそれぞれ装着され、原型であるカブトガニ型ブロックスの印象は微塵もない。加えて急(こしら)えのLモジュールが頭部装甲面とバスタークローをはずしたバックウェポン基部と尾の上部装甲面に貼り付けられている。発生する荷電粒子偏向フィールドがフューラー本体を覆うための最低限の装着量であったが、甲標的の洗練されたデザインと対称的に、まるで未熟なモザイク職人が仕上げたエキゾチックな工芸品にも見えた。

 特に(いびつ)だったのが頭部であった。正面から照射される荷電粒子砲を顕著に受け止めるため必然的にモジュールは広くなり、既成のバーサークフューラーの頭部装甲CASでは到底覆い切れない面積に増加していた。

「頭部装甲のストレッチ(延長)とクロー基部に換わる装備が必要か」

 異国の優美な貴婦人のドレスを剥ぎ取り襤褸切れを纏わせる辱めを与えたような罪悪感と同時に、背徳的な嗜虐心を覚える。

 

(もっと美しくなってほしい)

 

 その時技術者としての二郎の脳裏に、ストレッチした装甲後部にインタークーラーを配置するイメージが浮かんだ。

『ブロックスと接合できる統一規格のハードポイントを機体各所に設け、チェンジマイズによる柔軟な運用を可能にさせる』

 Lモジュールの装備により、結果的に二郎のコンセプトの一つが成立している。

『でも私はやっぱり〝あの子〟が空を飛ぶのを見たかったです』

 チューキョン・ツェリンの昨日の呟きを想起した瞬間、電光の如き言葉が奔った。

『遺伝的アルゴリズムによる多目的最適設計』。父の書斎で見つけ、何度か読み込んだ技術書に記されていたレポートのタイトルである。蓄積してきた技術はトライ・アンド・エラーを繰り返して行くうちに突如臨界点を迎え偉大なイノベーションを成す。それは進化生物学に於けるパンクチュエイテッド・イクイリプリウム(断続平衡進化)にも類似した現象である。

 タケオ、バラクリシュナン、ルンドマルク、ツェリン、そして自分のコンセプトも収斂したシナジー効果によって原型のバーサークフューラーの性能を遙かに超える機体が完成できるはずだ。

 二郎は手にしていた記録用紙の裏面に(ほとばし)るイマジネーションを描き出した。

 目の前でフューラーが稼働実験を開始した。

 フレーム剥き出しの素体に僅かばかりの装甲を纏う姿は、蒼天の下に肌を露出する半裸体の如く(なま)めかしい。

 陽射しを眩しく照り返す白い紙面には、二郎の想いを込めた妖艶なインテグレイトコンセプトが結実しようとしている。

 

 龍の誕生は間近であった。

 

 



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 コンセプト図は二郎の設計思想に基づきクリーンナップを終え、装甲各処に可能な限りLモジュールとブロックス共通のハードポイント、及びインタークーラーを装備した完成型として集約されていた。

 新たに導入されたのは甲標的(仮称)に準じ分解装着される飛行ブロックス〝スパロー(仮称)〟と、地上戦に特化したイノシシ型ブロックス〝サンダーボルト(仮称)〟である。それぞれがコアブロックスを有し分離の際はフューラー本体のマグネッサーにより射出される。分離後パーツは各機体のコアに誘導され合体、AIによって自律稼働をする。

〝スパロー〟のコンセプトデザインを任されたのは空への憧憬を抱くチューキョンであり、彼女の熱意は優美な鳥形ブロックスに収斂していた。〝サンダーボルト〟開発に関しては後述するが、結果的に二郎が担当をする。

 全ブロックスユニットが装着された状態で敵から荷電粒子砲を照射された場合Lモジュールにより吸収し反撃を行うが、分離状態で自律稼働中の各ブロックスのみであっても荷電粒子をフィールドによって偏向し防御を可能とし(吸収は不能)、陸海空に分かれ立体機動を行い得る兵器として汎用性の幅も大きく拡大させた。

〝シュピーゲルフューラー〟本体のプログラムローンチをタケオに一任した二郎は、次なるステップを提案する。

 それはクヌート・ルンドマルクが提示した〝ヤクトフューラー〟のコンセプトを活かし、重火器装備仕様のチェンジマイズを行う、動く武器庫として有人のサポートブロックスを随伴させるプランである。

 新たにブロックスゾイドを設計する理由は、重武装化によって機体重量が増加し汎用性を失う事を避けるためで、フューラーとの連携によってよりフレキシブルな運用を目指した。

 設計者は必然的にクヌートが担当となる。シンプル且つコンパクトを重視する彼の選択したベースゾイドは、製作所でグスタフ代わりに牽引作業を引き受けてきたディバイソンであった。フューラーとのチェンジマイズのみならず単独戦闘も行うため、強力な八連コアブロックスをフレームとして設計は開始される。

 クヌートの手によって鋼鉄の猛牛をスケールダウンした中型ゾイド〝バッファロー(仮称)〟の設計は程なく完了し、ゾイテック本社での生産承認を待つばかりとなった。

 更には〝スパロー〟だけの脆弱な空戦能力を補うため、二郎は嘗て自分が開発したウネンラギアをベースに再設計し、飛行ブロックス〝フライヤー(仮称)〟の設計に着手する。

 既にこの時点で二郎はオーバーワーク気味であったが、皮肉な事に〝サンダーボルト〟の設計を担うべき貴重なスタッフをこの時期に失ってしまう。

 

 ベルナー・バラクリシュナンの〝シュピーゲルフューラー〟開発プロジェクト離脱と中央大陸渡航が決定したのは、二郎が〝サンダーボルト〟のコンセプト図を彼に提示する直前であった。

 それはバラクリシュナン本人の希望であった。

「中央山脈で胎動している新たな〝竜〟の誕生に立ち会いたいのです」

 漏れ伝わってきた情報にバラクリシュナンは魅入られた。劣勢を強いられながらも共和国造兵廠で進行している新型主力機〈ZGG〉開発計画が、ジャミングウェーブをも無効化する野生体の本能の強い新たなフラッグシップゾイドであることを知ってしまったからだ。

 コンソーシアムを締結しているゾイテック社に違約金を支払い退職してまで彼は〈ZGG〉建造計画への加入を熱望した。

「君を失うことはこのプロジェクトにとって大きな損失だ。だが君が〝龍〟を求めていることも知っている」

「今回の転出を認めて頂き、主任には心底感謝しています」

 社交辞令などではなく、彼の心中より出た素直な感情の言葉だった。

 彼の気持ちを痛いほど知る二郎には、引き留めることができなかった。プロジェクトリーダーとしては明らかに失格である。

「必ず〈ZGG〉を完成させます、皆様もお元気で」

 黄金に実った麦の穂の漣に、バラクリシュナンの背中は消えた。

 そして二郎のプロジェクトは大きな停滞を強いられることになる。

 

 ナイトワイズのコクピットに一晩揺られ、二郎がミドルタウンに到着したのは早朝であった。本来であれば所長ネフスキーと共に定期のグスタフ便で出張する筈であったが、残務処理が間に合わずやむなく製作所所有の小型ブロックスを自ら操縦しての深夜移動となっていた。

「しっかり睡眠は取れているのか」

 到着先で待機していたネフスキーが告げた一言目である。

 その日ゾイテック本社ではヘリック共和国軍とのフレームアグリーメント交渉が持たれ、フューラー改造の進行状況説明及び〝バッファロー〟〝フライヤー〟の製造承認のためにノヴァヤゼムリャ製作所代表として招集されていた。

 共和国軍にとって最も関心を寄せたのは、やはりLモジュールの性能である。

 荷電粒子砲吸収実験の記録映像を筆頭にモジュールのアビオニクスの説明、実戦投入に向けての開発状況、共和国側からのバジェット提出など要所要所で二郎はコメントを求められた。

 ネフスキーの事前の根回しにより、各プランニングのプレゼンテーションは事実上の事後承諾議案としてコンセンサスを得られたが、僅か数時間にして二郎はまたノヴァヤゼムリャに戻らなければならなかった。

 ブロックスとは言えある程度の自律活動が可能なゾイドであればこそ、二郎は帰路の空を飛行できたといえる。しかしそれは同時に、二郎に激務を強いる手段にもなった。

 

 また夢を見ていた。

 故郷の畦道を父と歩んでいた。

 道端に曼珠沙華の花が燃えるように咲き乱れている。

 繋いだ父の手に巻く真鍮色の腕時計が夕日を乱反射させていた。

 夢の中で父が空を指差す。見上げる先、翼を得たウネンラギアが両足を持ち上げ悠々と飛行する姿があった。それはコンセプトを纏め倦ねていた二郎にとって啓示とも言えた。

 

 時を刻む自動巻腕時計の音が耳元で響く。

 製図机の上、二郎は自分の両腕を枕に眠っていた。

 遅延するタイムスケジュールに加え共和国軍との交渉に同席し、タケオの助力があるとはいえプロジェクトリーダーの重責を担いつつ〝フライヤー〟と〝サンダーボルト〟の設計を行うという狂人的作業によって、二郎は心身共に摩耗していた。

 深夜の事務所に人影はなく澱んだ静寂に閉ざされている。

 事務所の机上に冷えた握り飯と紙片が置かれていた。

『無理はしないでください』

 恐らくチューキョンの文字だろう。塩だけのシンプルな味付けが疲れ切った身体には心地良い。腕時計を数秒見詰めると、二郎は迷わずフューラーの居る神殿へと足を向けていた。

 野天の回廊に望む星空は遙かに遠く、まるでこの世界に自分一人しか存在しないような錯覚に陥る。

 神殿の扉を開ける鍵の音が星空に吸い込まれた。

 素体には装甲のモックアップが装着されていたが、Lモジュールが埋め込まれる部分は切り欠かれ素体地を露出していた。

「狂戦士」と呼ばれた獰猛なフォルムから大きく変化し、禍々しいバスタークローを撤去した分精悍でありながらもよりプリミティブなゾイドとして仕上がったと思えた。

 コアを休眠状態にしているとはいえ新たなゾイドの躍動が伝わる。

「仮縫い姿で放置する無礼を許してくれ」

 問いかけに、フューラーが答える筈もない。

「本物の花嫁衣装を着せて君を嫁に出すため、僕は全力で頑張っているつもりだ。

 でも努力に見合う結果が出ないのがもどかしい。自分の力のなさを痛感したよ」

 モックアップ付きの素体を見上げ頬笑んだが、それは半ば自嘲であったのかもしれない。

 

 神殿の切妻の梁が揺れた。一瞬地震が起こったのかと思えたが、揺れているのは大地ではなく二郎の平衡感覚であった。

 床が眼前に迫ってくる。咄嗟に伸ばした両腕が辛うじて床との衝突から顔面を護ったが、転倒した弾みに激しく側頭部を打ちそのまま意識を失っていた。

 

 フューラーの前に倒れ込む二郎が発見されたのは翌朝所員が出勤してからのことになる。

 プロジェクトは更に遅延した。

 



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 腕時計の長針は停止したかのようであった。

 独身寮で悶々と過ごす時間は長い。他の所員が出勤し終えた廊下は閑散とし、自分だけが取り残されてしまったという思いが募る。

 私室で仰向けに横臥した視野に差し入れの鉢植えが映った。花の位置には本来バーサークフューラーの検討用模型が置かれていたが、ネフスキーらの配慮により回収されてしまっていた。

 

「私が気付けなかった事を許して欲しい」

 搬送された病棟の一室で、所長ネフスキーが深々と頭を垂れる姿は互いに痛々しかった。

「君の性格から判断すれば今回のトラブルは充分予測できたはずだった。いま君の仕事は休むことだ。一週間の有休を取得してくれ」

 出勤停止措置、及び事実上のバーサークフューラー改造プロジェクトのペンディングであった。

 

 幾度となく腕時計を見るが食事を摂るにもまだ早い。時間潰しを兼ね、あの時ディバイソンを迎えた道に足が向いていた。

 道沿いの土手にはいつの間にかススキの穂が揺れ、季節の感覚がすっぽりと抜け落ちていた事に気付かされる。そして抜け落ちたのは季節感に留まらないことも思い知らされた。

 ネオゼネバス帝国軍は、依然ジャミングウェーブによるダークスパイナーとキメラブロックスを主力に押し立て圧倒的攻勢を続けていた。ゼネバス軍は寡兵ゆえに無人部隊への依存度を高め有人操縦ゾイドの運用を削減した。便宜上ブロックス戦争と呼称される一連の戦闘に於いてバーサークフューラーやジェノザウラー、そしてヴァーヌ会戦以降再生産されたデスザウラーこそ一部戦線に投入されたが非常に限定的であり、荷電粒子砲装備型ゾイドとの会敵報告も激減する。必然的に帝国軍の戦術変化に合わせヘリック共和国軍側も対応を変えざるを得なかった。

 ゾイテック社・ブロックス生産事業部門を担うウェストリバー製作所に於いて建造された小型ゾイドの投入がターニングポイントとなった。

 ブロックスの拡張性を予てから模索していた設計士 K・静男は、得意とする水中戦用ゾイドとして仕上げたモサスレッジにレオレイズ、ウネンラギア、ナイトワイズをチェンジマイズさせ中型から大型ゾイドにも対抗可能な機体〝マトリクスドラゴン〟を完成させたのだ。

 状況に応じ形態を変える安価で大量生産可能なブロックスが戦線に投入されたことにより、戦略に於いても大規模なパラダイムシフトが発生した。以降両軍ではブロックスの開発と生産に主眼が置かれ、ペンディングとなっているフューラー改造プロジェクトのスタッフも各ブロックスゾイド設計へと引き抜かれていったのだ。タケオ、ルンドマルク、ツェリンがノヴァヤゼムリャを去り、二郎が倒れた事により〝サンダーボルト〟及び〝フライヤー〟の開発も停止し、所員の数も三割以下に削減された。

 ネフスキーによって敷地内に踏み入る事を厳禁とされていた二郎は、プロジェクト実施中には終日を費やした製作所を遠望しなければならなかった。間断なく響いていた工作機械の作動音は途絶え、神殿は澄み渡った蒼穹の下で静寂に包まれている。

「もうブロックスの時代になってしまったのか」

 テクノロジーはドラスティックに変化を続けている。僅か一週間のブランクさえ、技術者にとって致命的なファクターとなって二郎をディスポイズしてしまったかのような恐れを抱いた。

 唐突に、乳白色のススキの穂の波間からあの日のように鋼鉄の猛牛が現れた。

 荷台に覆われたカバーの隙間より蒼い装甲と琥珀色の輝きが零れる。

「あれは……」

 複雑な感情が重なり思わず言葉を発し、そして言葉に詰まっていた。

 ローカルコンテントによって製作されたLモジュール装備の装甲ユニットに違いない。二郎不在の間もプロジェクトを継続していたタケオたちによって最後に発注されたコンポーネントが到着したのだ。

 装甲ユニットが素体に装着される姿を想像すると、最早有休を消化していることなど出来なかった。

 ディバイソンを追って駆け付けた二郎は、ネフスキーより念入りに厳命されていた製作所の守衛によって引き留められた。若干押し問答気味に交渉したところで二郎が製作所に入る事は許されず、後ろ髪を引かれる思いで守衛の門前を去るまで数十分を要した。有休消化までの残りの日々を一日千秋の思いで過ごしたことは言うまでもない。

 

 週明けの初日に夜勤の守衛を除き最も早く出勤し神殿に現れたのが誰かは言わずもがなである。

 急激に肌寒さを感じ始めた早秋、作業用機械が移送され構内も閑散とした神殿の中、蒼く衣装替えをした龍が淑やかに佇んでいた。

 差し込む朝の陽射しが真新しいコンポジット装甲材を照らし、琥珀色のLモジュールが清々しい輝きを放つ。

 離れていたのは僅か一週間に過ぎないが、胸を焦がして待ち侘びた日々は十数年以上の星霜が巡ってしまったかのように思えた。

「やっと逢えたね」

 天井の明り取りから滴った朝露が二郎の頬を濡らす。

 輝きを纏う蒼き龍が、いま二郎の目の前に舞い降りていた。

 

                   ※

 

 嘗て傘下にありキメラブロックス生産を行っていたゾイテック社が、掌を返し有形無形にヘリック共和国軍を支援する状況をネオセネバス帝国が疎ましく思わぬわけがない。

 帝国軍は支配した旧共和国領内の工場を徴用し、ゾイテック社の設計したブロックスのデッドコピーを筆頭にフル稼働態勢でゾイドの生産を行っているものの、東方大陸より飛来するタートルシップから吐き出される共和国軍ゾイド部隊の根強い抵抗に悩まされ続けていた。

 2105年4月。皇帝であり総司令官たるヴォルフ・ムーロアの元に帝国海軍より作戦計画書が提出された。以下、作戦の概要である。

 

指揮官;オットー・シンデウォルフ少佐

作戦名;『東方大陸ゾイド製作工場奇襲作戦』

攻撃目標;ゾイテック社ゾイド製作所

動員兵力;

 海軍輸送部隊;ドラグーンネスト×2

 奇襲攻撃隊;マッカーチス×10 キラードーム×2

 無人キメラ指揮隊;ロードゲイル×2 ディアントラー×5

 無人キメラ隊;フライシザース シェルカーン ディプロガンズ デモンズヘッド(各5)

 

 海外派兵によって国力が疲弊する愚を知らぬネオゼネバス軍と賢帝ヴォルフではない(実例は既にヘリック共和国軍が証明済み)。東方大陸との全面戦争など望むところではなく、この奇襲攻撃によって東方大陸の占領が不可能なことも自明であった。シンデウォルフ少佐のスタンドプレイの意味合いが強い作戦であるが、目障りなゾイテック社のゾイド生産工場に少しでも損害を与え帝国の脅威を知らしめるには多分に示威的且つ効果的な作戦と言えた。

 特筆すべきは、嘗てゾイテック社が率いゾイテック社の帝国軍離脱後は遊軍となっていた無人キメラ指揮隊と無人キメラ隊が投入される点である。作戦結果如何を問わず人的損失の無いキメラブロックスは捨て石同然に扱える上に、元来ゾイテックス社の開発した機体なので技術流出の配慮も無視できる。

「一石三鳥」を力説する少佐を前に、総司令官ヴォルフはゾイテック憎しの感情のガス抜きの意味合いを含め作戦行動の認可を与えるのであった。

 当初の攻撃目標はミドルタウンのゾイテック本社であったが、東方大陸内陸に位置しドラグーンネストによる奇襲上陸の効果は薄いと判断され早々に却下される。

 次に目標とされたのが依然ブロックスを大量生産し続けているウェストリバー製作所であったが、上陸するための海浜に乏しく成功率も少ないと判断された。

 中央大陸南西端のオビト市に面したデルダロス海には、海上を吹くグランドフリーザー(=惑星Ziの偏西風)の影響により流れの速い暖流がゼロス海まで続き東方大陸南端まで還流していた。この海流に乗れば鈍重な海底要塞ドラグーンネストも移動は容易である。

 消去法によって攻撃目標となったのは、遠浅の海浜に近く防御網も薄いと分析された東方大陸南緯30°付近に位置する工業市、ノヴァヤゼムリャであった。

 



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「バスタークローを撤去した分バーサークフューラーと比べ機体の取り回しが効き易くなっています。(くせ)がなく扱いやすいゾイドだと感じました」

 

 操縦後のP・リョウザブロウの第一声である。

 遅延を重ねた〝シュピーゲルフューラー〟開発プロジェクトは、生産の主流がブロックスへ移行した後も継続されていた。

 テストパイロットのリョウザブロウは生粋の東方大陸出身者だが、惑星大異変以前に中央大陸に渡航し共和国軍の義勇兵と傭兵の中間的位置付けで様々な機体を操縦した経歴を持つベテランゾイド乗りである。暗黒大陸での戦闘経験も有し大異変後に再開した西方大陸戦争に於いて左眼の視力と左腕欠損の重傷を負い帰郷。義手の装着と義眼インプラントを済ました後は加齢による身体能力の衰えを感じ戦列より離脱し、以降ゾイテック社専属の操縦士として新型や改造機の稼働試験に従事していた。ヘリック共和国臨時政府がガイロス帝国からの技術供与を安易に破棄できないことと、ゾイテック社側としてもLモジュール実用化のテストケースとして価値を認めていたことが、ノヴァヤゼムリャ製作所への貴重な熟練パイロット派遣に繋がっていたのだ。

 

「分離後のエンボディド・コグニション(身体認知)に若干の混乱が見受けられますが〝甲標的〟と〝スパロー〟のAIに問題は無いようです。

 コンポジット材の仕上げがきつめなのでアーマー分離の際ハードポイントにクラックが入るかもしれませんから、若干のあそびを増やした方がいいと思います。

 二郎さん、あとはいよいよ集光パネル(=Lモジュール)の実験ですね」

 

 幾多の戦場を駆け抜けてきたとは思えない穏やかな口調だった。自分の父親ほどの年齢のリョウザブロウに、二郎は全幅の信頼を寄せることができた。

 

「明日もあることですし今日は終わりにしましょう」

「機体点検には立ち会いたいのでそう言って頂けると助かります。

 それにしても、荷電粒子砲を吸収してその上撃ち返すなんて……私のような古いゾイド乗りには想像もつきません」

 

 ベテラン操縦者は顔の左側の古傷に皺を刻んで穏やかに笑った。

 リョウザブロウの操縦でゆっくりと神殿に去っていくフューラーの後ろ姿を眺め、二郎は暫しの感慨に浸っていた。

 カタチとして完成はした。しかし機体の真価は未確認だ。

 二郎は手にした資料を見つめた。タケオが移籍する直前に纏めた書類である。

 荷電粒子を偏向・蓄積し撃ち返すには膨大な電磁気力が必要となる。タケオが計算した最終的な荷電粒子偏向フィールド形成及び荷電粒子封じ込めのためのコア供給エネルギー量に「一(がい)電子ボルト」という数値が記されていた。

 

「10の20乗……100Exsa(エクサ)か」

 

 タケオには漢字表記に拘る古風な一面があった。そしてクリーンアップ後の〝スパロー〟の三面図の端にもこれ見よがしに漢字が書かれた付箋が挟んであったのだ。

 

「〝飛燕〟。彼らしいネーミングセンスだ」

 

〝シュピーゲルフューラー〟のネーミングはコンペティションを勝ち抜くためのしたたかなパフォーマンスであったと今更ながら気付かされる。タケオはプロジェクトを去る間際、仮称に過ぎない〝スパロー〟の命名を二郎に託したのだろう。滑稽なまでに露骨で、思わず表情が緩む。

 二郎は〝甲標的〟と〝飛燕〟を伴った〝(がい)〟の出力を持つ龍にも、それに見劣りしない名前をつけなければならないと考えた。

 枯野に広がる蒼穹に溶け込んでいく龍の姿はどこまでも長閑であった。

 

 

 風に紛れサイレンが響く。

 緊急放送が盛んに何かを告げているが聞き取り難い。

 神殿から所員の一人が飛び出し叫んでいた。

 

「敵襲だ。市街がネオゼネバス帝国の攻撃を受けている」

 

 安穏と過ごしていた日常の裏側に潜む戦乱が鎌首を擡げた。

 敵が来る。

 現実感の薄い緊張の中、二郎は遠く市街より立ち昇る黒煙を視止めていた。

 

 

 デモンズヘッドの襲撃を間近に見る衝撃は想像を絶する。ゴジュラスやデスザウラーにも匹敵する巨大な頭部が無差別に建造物を噛み砕いていく光景は悪夢以外の何物でもない。ヒトは無意味な配列であっても本能的に〝顔〟を認識するが(=シミュラクラ現象)、地表近くを這い回る巨大なキメラゾイドの〝顔〟が迫る姿は、或る意味長大な体高を持つゴジュラスやデスザウラー以上の恐怖である。況してや今まで一度として戦火の洗礼を受けたことのない東方大陸南端の住人とって、戦場の硝煙を漂わす血生臭い戦闘ゾイドの上陸は筆舌に尽くし難い脅威となった。

 集団防衛協力の名の下にヘリック共和国軍に依存し切っていたノヴァヤゼムリャ市政側にも油断があった。攻撃目標はあくまで共和国軍総司令部の立地するロングケープか、或いはゾイテック本社のあるミドルタウンだろうという楽観的バイアスにも毒されてしまっていた。敵の意表を突くのが奇襲の定石であることを東方大陸南端の人々は完全に失念していたのだ。

 脆弱な市街地防御ラインは帝国軍にとって何ら上陸の障壁にもならず、フライトエンベロープを確保し先行したフライシザースとディプロガンズを追って、有人のロードゲイルが悠然と飛来する。ドラグーンネストに随伴していたマッカーチス部隊は部隊上陸の露払いとなり、鳥脚ブロックスのディアントラーがシェルカーン、そしてデモンズヘッドを率いて海浜地域に上陸し市街地を駆け抜けていく。

『東方大陸ゾイド製作工場奇襲作戦』の第一攻撃目標はゾイテック社の工場施設だが、示威的攻撃によって東方大陸住人に厭戦感を高め、共和国軍への協力を阻害することが第二の目的であったため、奇怪なキメラゾイド群は敢えて市街地を蹂躙しつつゾイテック社ノヴァヤゼムリャ製作所に向け進軍していった。その最後尾に見慣れた有人ゾイドを伴って。

 

 

 情報が混乱していても敵の意図は予測できた。

 

「敵は此処を襲って来ると思いますか」

「私なら間違いなくそうします」

 

 二郎は、稼働実験の際とは打って変わって険しい表情を浮かべるリョウザブロウと顔を見合わせた。

 

「まともに戦える機体はこれしかありません」

 

 その背後には純真無垢の蒼い鎧を纏った龍が佇む。貴重な試作機を傷つけたくないと思う一方、何ら抵抗せずに破壊される事だけは避けたかった。

 

「やれますか」

「二郎さんが天塩にかけたゾイドでしょ。やれますよ」

 

 リョウザブロウが力強く笑う。言葉通りゾイドを信頼していることが伝わった。

 この人物ならこの機体を託せる。

 

「お願いします」

 

 二郎は再びコクピットに向かうリョウザブロウの背中を見詰めた。

 初陣に挑む蒼き龍は黄金の輝きを放っていた。

 

 

 無人の野を征くが如くネオゼネバス軍上陸部隊は進撃する。

 指揮官のシンデウォルフ少佐はあまりの手応えのなさに、この街が攻撃するに値しない場所だったのではないかという疑念を抱くほどだった。奇襲作戦の性格上長く敵地に留まるのは得策ではなく速やかに目標を攻撃し撤収しなければならない。薄氷を踏む思いで進む先に、広大なプラント施設が現れた。

 コングロマリット・ZOITEC Industoryはゾイドのみを製造しているわけではない。ノヴァヤゼムリャ製作所は様々な化学プラントを備えた最先端テクノロジー研究の中心地で、ゾイドの研究開発など付随的なものに過ぎない。プロジェクトに使用されている木造神殿は嘗て東方大陸の古都として栄え戦禍を逃れてきた名残であるが、新機体開発の企業内での位置付けがどの程度のものかは推して知るべしであったのだ。

 

〝少佐、前方のプラントは軍事施設と確認できません。攻撃は回避すべきと思われます〟

 

 ロードゲイルのパイロットより指揮官機に通信が入る。

 民間施設への無差別攻撃は避けるのは慣例である。だが赤道を越え遙々東方大陸南端にまで達した高揚感と、何ら戦果も無く帰国する屈辱は受け入れ難かった。シンデウォルフは指揮官機のみに付与されている装置を凝視した。

 

 

〝キメラ暴走、制御下を離れました〟

 

 無人ブロックスによるプラント襲撃と同時であった。緊急通信ネットワークを利用した電文が襲撃部隊全機に通達された。

 

「諸君、あれはゾイテック社が作った欠陥品であり我が軍の制御を離れ暴走した。もはやあれを押し留めることは不可能である。不幸な事故として、帰国後私が説明することとしよう」

 

 ディアントラーのプラズマブレードアンテナが放つキメラブロックスのコントロール波を切断する装置がシンデウォルフの機体には備えられていた。撤退時に無人機による後方攪乱のための最終装置であったが、シンデウォルフは敢えてその制御を解き放ち、ノヴァヤゼムリャ製作所破壊を行わせたのだ。

 くびきから解き放たれたキメラ達は、独自のAIに従い無差別破壊を開始した。

 デモンズヘッドがパイプラインを切断し異臭を放つ化学物質を漏洩させ、ディプロガンズのレールキャノンが火を噴き緑や紫の炎を燃え上がらせる。シェルカーンの豪腕が施設の壁を崩壊させ、フライシザースの巨大な鋏が崩壊した壁を切断していく。

 小型とはいえ20ものブロックスの襲撃を放置すればプラントは壊滅する。ノヴァヤゼムリャ製作所は嘗てない危機に直面していた。

 

 

 巨大な顎を開き恍惚としてプラントを襲撃するデモンズヘッド横面に、蒼い円盤型の物体が突入し薙ぎ倒した。続いて飛来した蒼い空戦ゾイドはフライシザース二機を瞬時に叩き落とす。機体の端々を黄金に輝かせる二機が螺旋を描き後退する先に蒼き龍が姿を現した。

 

〝俺の東方大陸凱旋の初陣を飾らせてもらう〟

 

 備えられたモニターからコクピット内の様子が伝わる。

 リョウザブロウの口調が変わっていた。

 



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 二郎が手にしていた資料の裏に戦闘記録の走り書きが残されている。それを元に戦闘の経過を追ってみたい(※速記のため略称を使用)。

 

15:47 会敵、戦闘開始。コ(=甲標的)がDH(=デモンズヘッド)①に突入、敵中破

 

15:48 ヒ(=飛燕)がFS(=フライシザース)①とFS②に同時に突入、①中破②小破

 

15:53 DG(=ディプロガンズ)①飛来、LC(=レールキャノン)発射。ワ(=我=シュピーゲルフューラー)回避 

 

15:57 SK(=シェルカーン)×3とDH②に接敵

 ワ爪(=キラークロー)にて迎撃、SK①とDH②小破

 DG②をコが迎撃、敵小破

 

16:03 LG(=ロードゲイル)①会敵 ヤリ(=マグネイズスピア)とワ爪交叉 ワ牙(=バイトファング)が翼を破壊 LG後退

 

16:06 LG①②同時攻撃 ワ尾で撃退 敵距離取る 後方よりDA(=ディアントラー)×5及びBF出現

 

 筆圧から二郎が興奮している様子が覗える。敵のブロックス〝シェルカーン〟もまた彼の設計したゾイドであることを含め、技術者の立場で自分が育てたゾイドが直接戦闘をする場面を目にする機会は稀有であったからだ。

 文字としては二郎の記録のみ残るが、現場を目撃していた所員一同が口を揃えて語った主旨は以下の言葉に集約される。

「あのゾイドは戦うたびに金色に輝いて、本当に美しかった」

 蒼き龍の初陣は華麗に彩られていたと言えよう。

 

 BFと記載されているのは後衛より指揮官機として出現したシンデヴォルフ少将搭乗のバーサークフューラーであった。奇しくも龍の姉妹機が対峙する場面が早々に巡ってきた。

 

16:10 DAの(プラズマブレード)アンテナ発振開始

 散開B(=ブロックス)集合

 CM(=チェンジマイズ)開始 除 中破機等

 

16:11 キメラドラゴン形成×3 LG×2同時攻撃 BF待機

 

 合体後は完全自立型プログラムで行動するキメラドラゴンは戦闘アビリティーのみ比較すれば通常の大型ゾイドに匹敵する一方、コアブロックスの寿命が極端に短くなるためチェンジマイズ実施がライフサイクルコスト的に非効率且つ暴走という多大なリスクを伴う。しかしゾイド製作所破壊以上に、眼前に出現した試作機らしい蒼い新型ゾイドという魅力的な標的に遭遇してしまったネオゼネバス軍奇襲部隊はどんな代償を払っても破壊若しくは鹵獲するのを優先した。 

 

16:14 キメラD(=ドラゴン)①牙攻撃 キメラD②LC射撃 ワLC回避するも牙受ける ワ尾にクラック

 キメラD③乱入 キメラD①と交錯

 

 暴走は闘争本能のみに特化したキメラドラゴンのデメリットであり、単機で戦う蒼き龍にとっては貴重な勝機であった。ストライクスマッシュテイルによって一機のキメラドラゴンを薙ぎ払うとすかさず甲標的をキメラドラゴンの正中線に突入させる。

 

16:17 コ突入によりキメラD③分解分離

 

 数多くの戦闘キャリアを持つリョウザブロウは的確に敵の脆弱な部分を探り当てると同時に、甲標的AIの有効性を実戦で証明したのである。

 キメラドラゴンという組み上げたブロック細工が崩れチェンジマイズが解除されると再び四機の小型ブロックスへと姿を戻し戦闘に加わった。

 

16:20 LG①②連携攻撃 ワ頭部擦過 クラック発生

 

16:22 キメラD②跳躍 ワ直上より落下 ワ横転

 Bが一斉攻撃 ワ被弾 ヒ分離落下

 

 二郎の記録はここで一時中断する。理由はその時二郎の背後より駆け付けた人物がいたからである。

「所長、それが例の装置ですね」

 ノヴァヤゼムリャ製作所長であるN・ネフスキーがスーツケース大の装置を台車に積んで近寄る。

「なんとか間に合った。あのキメラブロックスが我が社の製造した純正品である確認に手間取った」

 会話しつつ装置を展開するネフスキーは、内部より発振機らしきパラボラアンテナを設置すると工場から引かれたケーブルと接続し赤い電源灯を発光させた。

「……タダで商品を入手することのリスクを思い知れ」

 ネフスキーがスイッチを操作すると、ヒトの聴覚では捉え切れない音波が発振されていた。

 

 暴走するキメラドラゴン二機を除き、蒼き龍を攻撃していたキメラブロックスが動きを止めた。デモンズヘッドとシェルカーンは関節を軋ませ、ディプロガンズとフライシザースは飛行する方向を変える。

 暴走とは異なり明らかに統率された動きで各キメラブロックスがディアントラーとロードゲイルに襲い掛かった。同士討ちである。

 突然のアクシデントに状況を理解できない有人ロードゲイルのモニターに華やかなロゴが現れた。

 

『いつもゾイテック社の製品をご利用いただきありがとうございます。

 今後とも弊社の商品のご愛顧をお願い致します』

 

「ロジックボム(論理爆弾)だ」

 バーサークフューラーのコクピットでシンデウォルフ少将が吐き捨てた。

 

 論理爆弾とはAIのロジックなどに潜伏しある一定の条件を満たした時点で発動するマルウェア(悪意あるプログラミング)の一種で、この場合『最も効果的な方法でゾイテック社を防御せよ』という指令を忠実に実行していた。

 企業コンプライアンスの遵守としては重大な契約違反ではあるが、恫喝と奪取というマーケティング行為を逸脱した時点でネオゼネバス帝国軍に対しゾイテック社側は顧客登録を抹消、明確な〝妨害組織〟と認識し来るべき事態に備えロジックボムをAIに組み込んでいたのである。

 引き続き二郎の記録を追う。

 

16:37 FS③DG③⇒LG①襲撃 FS④SK③⇒LG②襲撃 DH④⇒DA①②撃破 DH⑤⇒DA③撃破 残B BF襲撃 ワ⇒LG①撃破

 

 状況は一変した。煌びやかな初陣を飾った蒼き龍に対し、満身創痍の奇襲部隊の内で残るのはバーサークフューラー一機のみとなっていた。

 

16:42 BF CPC(=Charged particle cannon 荷電粒子砲)発射態勢

 

 撃破寸前のキメラドラゴンと組み合う蒼き龍の方向に、片方のバスタークローにフライシザース一機を突き刺したままのバーサークフューラーが集束荷電粒子砲の照準を定めていた。

 口腔内の砲身が輝き、一閃の光が蒼き龍に到達する。

 

16:44 ワにCPC到達 キメラD②消滅

 

 荷電粒子砲の直撃を受け崩壊するキメラドラゴンのシルエットが光背(ハロー)に浮かび上がる。消炭と化し崩壊するブロックスの骸を払い除け、全身に光の粒子を纏った龍が逆襲の咆哮を上げた。

 

16:45 Lモジュール正常作動 CPC完全吸収 美しい

 

 

 バーサークフューラーの集束荷電粒子砲を吸収し、全身のLモジュールを輝かせる蒼き龍が前傾姿勢をとった。

 頸部尾部の放熱板が一斉開放される。

 狙い定めた蒼き龍の閃光が姉妹機バーサークフューラーに向かって放たれた。

 

 咄嗟にバスタークローを展開しEシールドで防御するも、二機分の荷電粒子を帯びた閃光に抗い切ることなど出来ず、キメラドラゴン同様に荷電粒子の奔流の中に消え去っていった。

 

16:53 敵撤退 LG1、DA1のみ

 稼働実験成功

 

 二郎の記録は以上である。

 



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第二部


 試作機がネオゼネバス帝国軍の奇襲部隊を撃退したにも関わらず〝シュピーゲルフューラー〟開発プロジェクトはヘリック共和国軍から注目されることはなかった。

 奇襲を受けたノヴァヤゼムリャ市が臨時政府の置かれたロングケープより遠距離に位置することもあるが、なによりこの時期、中央山脈共和国造兵廠で秘密裏に建造していた新型主力機〈ZGG〉が完成したことが二郎たちの功績を霞ませてしまっていた。

 2105年9月下旬、〈ゴジュラスギガ〉の制式名を与えられた新たなフラッグシップゾイドは単機を以って敵の防衛ラインを突破。その後中央大陸でゲリラ戦を展開していた共和国軍と合流し目覚ましい進軍速度で反撃を開始する。

 2104年次に立ち上げられたフューラー改造プロジェクトは本来〈ZGG〉完成までの場繋ぎ的意味合いが強くプロジェクト完成が急かされ二郎の過労と結びついたことは前述した通りである。結果フューラーの完成は遅滞、一方〈ZGG〉はステルススティンガーの襲撃によって計画より早く戦線に投入されることとなり、フューラー改造プロジェクトの位置付けは一層低下してしまう(なおゴジュラスギガの前倒しの完成の理由には、偏にゾイテックを離れ共和国造兵廠に合流したベルナー・バラクリシュナンの貢献と失踪した共和国大統領ルイーズ・キャムフォードの遺した〈プロトゴジュラスギガ〉の設計図が工期の大幅な短縮を可能にしたことも付け加えておく)。

 それでも希少なギガノトサウルス野生体の確保と機獣化施設の整備は共和国軍にとって大きな負担であり、ギガは月産で一桁に満たない生産数しか確保できなかった。当然〝シュピーゲルフューラー〟を含めたその他の大型ゾイドを製造する余力もなく、ゾイテック社の動向を顧みる機会も激減する。

 ゾイテック社では国債をパテント料に補填する見返りにゴジュラスギガのライセンス生産を臨時政府に提案するが、技術流出を恐れるヘリック共和国政府は慎重姿勢を崩さず提案を辞退する。

 ネオゼネバス帝国軍のバーサークフューラー、ジェノザウラー系の荷電粒子装備ゾイドは元より、デスザウラーでさえゴジュラスギガの猛威を食い止めることは出来ず、レイ・エナジー・アキュムレーター装備の〝シュピーゲルフューラー〟量産は共和国軍で見送られ、ここに至りゾイテック社によるバーサークフューラー改造プロジェクトは完全に暗礁に乗り上げた形になっていた。

 

 共和国反攻を報じる記事の中心には常にゴジュラスギガの雄姿があった。

「おめでとうバラクリシュナン。どうやら君は君の〝竜〟を完成させたのだね」

 海の向こう側から届いた猛り狂う暴竜の画像に、嘗てこの製作所でコンセプトを競い合った技術者の顔を思い浮かべた。

〝ギガ〟の名を冠した新たな共和国軍の主力ゾイドは、永年共和国軍を苦しめ続けてきたダークスパイナーのジャミングウェーブを物ともせず次々に敵を打ち破っているとある。多分に過大な戦績記事であることを差し引いても、歴史に残る傑作ゾイドを完成させたと言っても過言ではないと感じていた。

「次は僕たちの番だ」

 蒼き龍を見上げる二郎に後悔はなかった。自分が生み育てたゾイドに絶対の自信があったからだ。

「必ず君が必要とされる時は来る。それまで僕のもとで君を立派に育てて見せる」

 共和国軍が荷電粒子砲対策を軽視したことが、結果的に二郎に時間を与えた。サポートブロックスとして設計しながら未完成であった飛行ブロックス〝フライヤー〟のクリーンアップとゾイテック本社での承認手続き及び試作機の製造の段取りを済ませ、先行して製造が完了していた試作機の受け取りを二郎が行う。

 試作機到着の際は共にディバイソンの荷台に揺られながら悠然とノヴァヤゼムリャに帰社する余裕まで生み出した。

 季節は巡りまた初夏を迎え、製作所周辺には一面に菜の花が咲き乱れていた。

 皮肉なことにタケオたちノヴァヤゼムリャ製作所を離れた技師は、ゴジュラスギガや小型ブロックス、そして新たに再生され戦場に再投入されるゴルヘックス、アロザウラー等のゾイド製造に忙殺されることになっていた。

 

「チェンジマイズによるモード変更試験を開始します」

 二郎の背後より新型ブロックスゾイドが姿を現す。クヌート・ルンドマルクが設計し、ゾイテック本社での生産承認を待っていたサポートブロックスゾイドは、格闘戦用のメタルクラッシャーホーン、バイトファング、メタルクロー、スパイクシールドに加え、火器にマルチプルキャノン及びマイクロミサイルポッド、そして中型ゾイドには過剰武装とも言える3連ロングレンジキャノンを二基備え自律型AIを装備し有人無人での運用が可能なマルチファイター型ゾイドとして完成していた。

〝シュピーゲルフューラー〟進攻に際し先陣を切って突進するdispel(追い払う)と、飛燕の名によって宙に浮いてしまっていた〝スパロー(sparrow)〟の言葉を合わせ〈ディスペロウ〉と名付けられた新型ブロックスは、二郎たちが見守るなか蒼き龍との合体・変形実験を繰り広げた。

 両機はリョウザブロウの操縦によりシミュレーションに基づく幾つかの合体パターンのトライ・アンド・エラーを繰り返し、最終的に最適と思われる〝デストロイ〟モードの完成に努める。またディスペロウ自体も標準モード、砲撃モード、格闘モードの三形態へのチェンジマイズが設定されており、稼働実験は終日に亘って実施されたのだった。

 

「ご苦労様でした。これでまたこの機体の拡張性が増えます」

 実験を終えコクピットより降り立ったリョウザブロウには任務を果たした達成感からか充実した表情が読み取れた。

「感謝したいのは自分の方ですよ。

 二郎さん、あんたは素晴らしいゾイドを作ってくれた。もしもう一度戦場に行けと言われたら、自分は迷わずこのゾイドを選びますよ」

 朴訥なテストパイロットが本音で語っていることは何よりも嬉しかった。

「ディスペロウもいいブロックスだ。

 明日の予定は何でしたかねえ」

「明日は僕が考えた飛行用サポートゾイドとのチェンジマイズ実験になります。〈エヴォフライヤー〉と名付けました。明日もよろしくお願いします」

「それは楽しみだ」

 リョウザブロウは破顔一笑し〝シュピーゲルフューラー〟を見上げた。

 

 暫くの後、再度二郎を見て語った。

「そろそろコレにもちゃんとした名前をつけてやってください。いつまでも借り物の名前じゃ可哀そうですよ」

「そう……ですね」

 いつになく二郎は口籠るのであった。

 

〝シュピーゲルフューラー〟の呼び名は飽くまで仮称であった。命名権はゾイテック社側に一任されていたが、共和国軍ゾイドとして参戦する以上敵側の〈バーサークフューラー〉との混乱を招くような名称は避けなければならない。何より〝フューラー〟が「総統」を意味し、共和政を唱えるヘリック共和国にとって望ましい名称ではなく、クライアント側にコンセンサスを得られるとは思えない。

 二郎にとってこの機体への愛情が深いからこそ命名が悩ましかった。

 一度だけ、ウェストリバー製作所でK・静男と共に小型ブロックスゾイド開発に携わるタケオ・Dに連絡を取ってみたが、彼の答えは「主任にお任せします」と返ってきただけであった。「飛燕」の命名からもタケオがこの機体に拘りがない筈はない。しかし一度プロジェクトを離れてしまった以上命名に関わるのは避けるべきと判断したに違いなかった。

 タケオ、バラクリシュナン、ルンドマルク、ツェリン。蒼き龍に関わった者達の想いをインテグレトした名称とは何なのか。

 二郎は未だに決めあぐねていた。

 

 その夜、製作所より独身寮への帰路についた二郎の頭上に美しい月が浮かんでいた。

 月光が足元に短い影を落とす。月と菜の花畑を眺め、二郎は命名についての取り留めのない思いを巡らせていた。

 

「彼女は〝ギガ〟を超える〝エクサ〟の龍。

 そして輝きを纏う龍。

 (がい)の力を持って約束の地に凱旋を果たす龍」

 

 脳裏に言葉が閃光のように浮かんだ。

 

「がい・龍・き……凱龍輝」

 もう一度呟く。

「君の名は〈凱龍輝〉、凱龍輝だ」

 

 月光の下、静かに歓喜する青年技師の姿がそこにあった。

 



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 EZ-070の制式コードを与えられた凱龍輝は先行試作機分の素体(フューラー)五基がノヴァヤゼムリャ製作所に到着し、限定的ながら量産が開始される。カブトガニ型ブロックス〝甲標的〟は二郎発案のネーミング〝月光〟を加味し「月甲」と決定、開発が中座していた第三のブロックス〝サンダーボルト〟も制式な呼称「雷電」を与えられるが、左右脚部に装着するAZ電磁キャノンと四連装マルチプルキャノンのバランス性及び生産性の簡素化を考慮し量産機への装備は見送られた。

 凱龍輝のサポートブロックスであるディスペロウとエヴォフライヤーはウェストリバー製作所での製造に移行、量産機完成後に別便で中央大陸に輸送され戦地で凱龍輝との合流が計画された。

 ゾイテック社初の大型ゾイド製造であったが、この時点での共和国軍の対応は依然冷淡なものだった。進撃の続くギガの活躍のみならず、生産には常にガイロス帝国に依存し続けなければならない事情が凱龍輝を共和国にとっての継子のような処遇に貶めていたのだ。

 神殿外に整列した五機の凱龍輝を、二郎は他家に嫁ぐ愛娘のように見詰めていた。

 花嫁達の纏う艶やかな蒼い衣の色は塗装ではない。Lモジュールに最も適合する複合材として選択した東方大陸特有の鉱石を製錬した結果現出した合金の色彩である。

 先行生産機の投入が予測されるのは、ネオゼネバス帝国との戦闘が行われている中央大陸深部の最前線に違いない。荷電粒子砲を装備するジェノザウラー系ゾイドは最前線の一部でしか接敵されなくなっており、凱龍輝の最大の武器となるLモジュールの機能を試すには最初から激戦地に投入しなければならないからだ。

 無垢な衣がやがて見知らぬ戦場で硝煙に犯される事を思うと、二郎の心は穏やかではいられなかった。

(せめて近くに居て、傷ついた機体を治してやりたい)

 五人の花嫁のため、二郎は移送五日前に無謀とも言える行動を起こす。

 

「中央大陸への派遣をお願いします」

 製作所の一角で、二郎の申し出に黙り込むネフスキーがあった。苦渋に満ちた顔の上司に二郎は再度言葉を重ねた。

「お願いします、中央大陸への出向を承認してください」

 名目上彼が提案したのはローカルコンテントでの素体調達、つまり中央大陸や西方大陸に生息するエンデミズム(固有)の恐竜型野生体を凱龍輝の素体に流用する方法の研究である。

「先行生産分の五機の凱龍輝たちと一緒に行きたいのです。戦場での整備と性能チェック、そしてバイオ・プロスペクティング(生物資源探索)を行います。現時点ではヘリック軍側が優勢なので安全は確保できるはずです」

 ゾイド開発者自身が戦場に赴き性能分析を行うことは珍しいことではない。だが今回は未開地域への移動も含まれ担当者の負担は飛躍的に増大している。

「恐竜型野生体棲息の確証はあるのか。企業として無駄金は支払えない。何より君の身体は脆弱ではないが屈強でもない。君は君自身をもう少し労わってやるべきだ」

 ネフスキーも派遣技術者として二郎以上の適任はいないことを熟知してはいたが、優秀な技術者を戦場に送ることは承認し難く決して首を縦に振らない。それでも二郎は懇願を繰り返し、その都度ネフスキーに諭され所長室を後にする。

 状況が打開できないと判断した二郎は、禁じ手の策を講じた。

 凱龍輝がノヴァヤゼムリャ製作所から移送を終えた翌日、ミドルタウン本社よりダイレクトに二郎の出向辞令が到着した。彼がこれまで築いてきた社内の人脈をフル活用し勝ち得た人事異動措置だった。だがそれは同時に最大の信頼を寄せてきた所長ネフスキーの頭上を飛び越す背信行為でもあった。

「勝手にしたまえ」

 ネフスキーは背を向けたままそれ以上語ることはなかった。二郎は簡潔な離別の言葉を告げただけだった。

 独身寮を引き払う際の手荷物は殆どなかった。大型スーツケース一つに全ての身の回りの物を押し込め、製作所所有のナイトワイズにてロングケープ基地に移動し中央大陸への物資輸送用タートルシップ搭乗時刻を待った。

 生憎なことに基地周辺は二郎の前途を阻むように移動当日から激しい暴風雨に襲われた。タートルシップはマグネッサーシステムで浮遊飛行するとはいえ、大量の物資を満載した状態で嵐に巻き込まれれば積載物も無傷では済まない。已む無く出航は延期されロングケープ基地で足止めとなる。

 恋い慕うゾイドは前便で既に中央大陸に渡ってしまっていた。凱龍輝を一刻も早く追いたい二郎は酷く手元無沙汰となった。

 無聊を囲う足止め初日の二郎の情報端末に、チューキョン・ツェリンから私信が届く。発送元がヘリック共和国となっており、いつの間にか彼女は中央大陸に渡航していたことを知った。

〝大型飛行ブロックスの開発に成功しました。私も二郎主任のように自分の夢を実現することができました〟

 共和国軍プロパガンダ用の合成写真に違いないが、ゴジュラスギガの直上を舞う二門の巨砲を備えた猛禽の写真記事が添付され、画像に「バスターイーグル」の記述があった。火器に乏しいギガのサポートブロックスを開発する場合、通常であればディスペロウの如き陸戦用ゾイドの製造を発想しがちである。だが彼女は敢えて大型飛行ブロックスをキャリアーとして運用し、バスターキャノンをギガに装着させた後も空から支援攻撃を行いギガの死角を補う斬新な方法を選んだのだ。

 画像を眺め、二郎は暫し感慨に耽る。凱龍輝開発に携わった者はそれぞれ他のゾイド開発に於いて実績を残している。時間は着実に経過していることを改めて実感した。

 ロングケープ基地待機三日目、長引く嵐の夜に二郎に書簡が届く。

 ノヴァヤゼムリャの独身寮宛てに届いたものを、製作所の輸送用ディバイソンが嵐を突いて二郎の元に訪れ二通の封筒を手渡した。慌ただしく中央大陸出向を決断したためアナログな書簡は受け取り主の所在を失い、日付の異なる便りが同時に届いたのだ。

 雨具を着ていてもずぶ濡れとなったディバイソンのパイロットの様子から、書簡が緊急を要する内容であることは推して知れた。

 故郷の兄からのものだった。

 

『容態が悪化して末期治療に移ると主治医から告げられました。持っても一箇月ほどらしいです』

 

『昨晩息を引き取りました。たぶん前に送った連絡と被ると思います。葬儀はこちらで準備しますが、なんとか帰郷はできないでしょうか』

 

 父の危篤と、その訃報であった。

 実感が湧かず悲しみが込み上げることもなかった。二郎にとって覚悟していた事だった。

 数年前に倒れた父は、長く病床で療養を続けていた。帰郷ごとに病床で痩せ衰えていく様子は誰の目にも末期症状と見て取れた。

「おまえが作った大型ゾイドというやつを一度見てみたいもんだ」

 面会の度に父は残された短い時間を達観するかの如き弱々しい笑顔を浮かべ、その言葉に応える術がない二郎も同じような儚い笑みで返していた。

 軍民両用技術(デュアルユース)を文言とするゾイテック社は表面上共和国軍及びガイロス帝国軍の軍事技術の民間転用を謳いレピュテーションリスク回避を試みていたが、事実上の軍産複合体(MIC)と化した戦闘ゾイド設計は軍事機密の壁に阻まれ、個人の成した功績を肉親に開示することは許されなかった。レオブレイズもウネンラギアも、そして凱龍輝も、父に息子の業歴を明かすことは最期まで出来なかった。

 病床で握った父の手は思いのほか小さく感じた。手を握るのは幼い頃以来だが、半身不随となった右掌は浮腫でかさついていた。

「また来るよ」

 病室を去る際にかけた最後の言葉。父は動く左手を振ってくれた。

 

 嘗て父の腕にあった時計は二郎に譲られここで時を刻んでいる。書簡の到着遅延で他界から一週間が過ぎており、葬儀予定日まで猶予はニ日間しかない。

「悔やみを言わせてください」

 雨具を脱いだパイロットは、他ならぬリョウザブロウであった。

「所長さんが言ってました。『彼を一人にすると何を仕出かすかわからない。だから一緒に行ってやってくれ』と。二郎さん、あんた無茶し過ぎるよ」

 老練なテストパイロットはいつものように顔の古傷に皺を刻んで笑みを浮かべた。

 自分の意志を貫くのは、ときに信頼する者を裏切る場合がある。しかし自分の意志を曲げて生涯後悔に苛まれるのは悲しい。自分の人生は自分のものであって他人のものではない。信頼に報いるには、自分の信じたものこそ真実であったと証明する他に手段はないのだから。

 風雨は勢いを増してタートルシップの窓を叩き、隔壁と装甲を軋ませる。

 帰郷すれば中央大陸渡航は断念せざるを得ない以上、戻ることのできない故郷を想い二郎は心の中で祈りを捧げる。

 雨垂れが窓を滝のように流れていった。

 

 五日目。澄み渡る蒼穹が頭上に広がった。

 様々な決別の思いを抱き二郎はタートルシップのタラップに足を掛けた。

 後便のコンテナが基地に到着し、追加の積載作業を開始している。

 ウェストリバー製作所からのコンテナが混じっている。コンテナの扉が開き、自らが手掛けたゾイドの姿が現れる。

「一緒に行こう、エヴォフライヤー」

 ディスペロウに比べウネンラギア生産ラインを流用できる分早めの製造が適ったのだろう。凱龍輝に準じた蒼の機体に設計通りの翼が装着されている。小型でありながらも精悍な面構えは凱龍輝のサポートブロックスとしては申し分のない出来映えだ。

 腕時計は出港の時刻を示す。

 蒼穹に巨大輸送機タートルシップが浮上した。 

 



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 中央大陸に降り立った二郎は、戦場の饐えた空気と兵士の身体にこびりついた血の匂いに咽返っただろう。

 ゴジュラスギガ、再生産されたガンブラスター、ケーニッヒウルフ及び各ブロックスを満載したタートルシップは進路を北西にとり、中央大陸南東のクーパーポートに到着した。ゴルヘックスの再投入によってジャミングウェーブの脅威を克服し士気の高揚する共和国軍は、クーパー湾に注ぐレッドリバーを遡上し大陸南岸より深く楔を打ち込むように制圧範囲を広げている。

 ゴジュラスギガを主力とした部隊がセシリア市、マウント・ジョー、グレイ砦を奪還すると、臨時政府は東方大陸より移動しセシリア市に行政府を据える。

 ウッドワード臨時大統領(※元少将。軍籍を一時離脱)が中央大陸に入ったことで俄然勢い付いたのが、機動陸軍第十一独立装甲大隊長ロブ・ハーマンであった。

 暗黒大陸首都ヴァルハラで摂政プロイツェンの玉砕戦を間一髪で逃れた後、ウルトラザウルス・ザ・キャリアーにて残存部隊を率い暗黒大陸を脱したハーマンは、トライアングルダラスを迂回しゴルゴダス海峡方面から中央大陸東岸を南下、大陸北東のマウント・アーサをウルトラザウルスの砲撃により鎮圧し中央大陸に帰還していた。

 行方不明となったルイーズ・エレナ・キャムフォード大統領の血縁とも称され共和国軍内でも多くの支持を集める若き指揮官は、本来であればウッドワードに代わり臨時政権樹立も予測された人物である。しかし彼は〝独立〟装甲大隊の位置付けを根拠に率先して戦場に立ち続け、分断された中央大陸内の残存部隊及び抵抗勢力を遊撃部隊として纏め、根強い反攻作戦を繰り広げていたのだった。

 ウッドワード大統領の赴任によって遊撃部隊統率の重責から解放されたハーマンが、バーサークフューラーベースに建造された新型ゾイド凱龍輝に興味を持つのは極自然な流れであった。ゾイドに関しても造詣が深い大隊長は、様々な可能性を秘める機体を直接指揮下に置くことを渇望し、一刻も早く戦闘能力を把握するために最前線のマウント・ジョーへの移送を半ば強引に指示する。従って凱龍輝のサポートブロックスであるエヴォフライヤーが赴く先は必然的に決定し、当初の二郎の目的地となった。

 

 ゾイテック社代表取締役ヴワディスワフ・スクウォドフスカと、直属の事業部門長となるユルジス・バルトルシャイデス直筆の署名が入った人事発令通知書の画像データが添付されたメールには、今後二郎が担うべき職務の件名が記されていた。経費請求や危険手当支給などの細則を割愛すると概ね次のようになる。

 

 二郎・F 「戦略技術部」への転属を命ずる

1、エヴォフライヤー先行試作機を凱龍輝の元に送り届ける。

2、中央大陸に於ける凱龍輝の実戦稼働状況の調査報告及び品質管理を行う。

3、二箇月を目処に前線を離れ、新たな素体となり得る野生体の探索を行う。この際西方大陸まで範囲を広げる。

4、可能であれば素体の確保を行う。移送に関しては本社からの指示を仰ぐ。

 

 表記された「戦略技術部」とは、先にバラクリシュナンが移籍しゴジュラスギガの量産に導いた共和国軍麾下のラボラトリ的生産様式組織で、事実上ゾイテック社との共同事業体(ジョイントベンチャー)である。前身にあたる共和国軍「武器開発局」が共和国崩壊とともに分裂し、それぞれの技術部門が独自に新型ゾイドの開発を行っていたが「戦略技術部」を称した集団は分断された共和国地下組織の支援を失い忽ち資金不足に陥る。ゾイテックは高度な軍事技術は開示しないという条件を受け入れた上で、自社にないヘリック共和国独自の様々な技術提供の見返りに資金援助を申し出た。

 ギガ建造に関しても、その核心部分はブラックボックス化され機密とされた(※このため開発に深くかかわったバラクリシュナンは二度とゾイテックの社門をくぐることはなかった)一方で、古代ゾイドチタニウムなど装甲材の構造やゾイドコア砲の原理が開示され、ゾイテック社内に様々な技術革新を齎す。

 その後の展望としてブロックスゾイドの生産、そして今後の凱龍輝量産に備え、共和国「戦略技術部」へ現地入りできる技術員を要求されていた。二郎の突然の人事異動希望が通ったのも、折しも戦略技術部が取締役ヴワディスワフに人材要求を行っていた事が重なったからである。技術派遣員とは聞こえが良いが、言うなれば整備兵に準じる人員で、常に戦場に身を置く危険な任務であった。

 マウント・ジョーへは途中大陸南東部のセルシア山を迂回するため、クーパーポートより約一千㎞の行程となる。それまで試作品として丁重に扱われていた機体の待遇は一転し、エヴォフライヤーもガンブラスターやケーニッヒウルフに倣い自力での行軍となった。

 山麓には原生林が残り行程は決して楽なものではない。補給部隊は指揮機のゴルドスに率いられ中央大陸深部へ向け進軍を開始し、二郎はエヴォフライヤーの仮設シートに身体を縮めて収まった。

 ブロックスコアの脈動に紛れ、腕時計の微細な歯車の刻む音が響く。

 視界に立ち塞がるリョウザブロウの背中越しのキャノピーに僅かに窺い見える蒼穹を望み、仮設シートで二郎は凱龍輝の雄姿を思い描いていた。

 

 中央大陸のヘゲモニーを握っていたネオゼネバス帝国にとって、大陸東部を統括する旧共和国首都ヘリックシティーが南のマウント・ジョー及びグレイ砦の陥落と北のマウント・アーサのハーマンによる攻略で挟撃態勢が整えられた事は、警戒体制を強める充分な理由となった。

 現時点で、ヘリックシティー~クロケット砦~グラント砦~ライカン渓谷を経てグランドパロス山脈へ続く回廊(通称〝ゼネバス回廊〟)が帝国との唯一の補給線となっている。

 嘗て旧ゼネバス帝国は、占領下のヘリックシティーをマッドサンダーによって攻略され孤立し、最終的に国家崩壊へと導かれた苦い経験があった。前例の如き戦線崩壊をなんとしても避けたいネオゼネバス帝国軍は、補給線の要所にあるクロケット砦の武装強化と新たな防衛拠点の建設を開始した。

 シティー(city)の語源がサークル(circle)であり、地球の某中世城壁都市は太古の隕石落下によって生じたクレーターの内側に築かれた円型都市であるように、「円」と「都市」との関連は深い。

 惑星Ziにも2056年の惑星大異変による多数のクレーターが残されていた。クロケット砦(帝国管理下)グラント砦(帝国管理下)ウィルソン市(湖沼都市、帝国管理下)そしてマウント・アーサ(共和国奪還)のほぼ等距離に位置するクレーター群の内〝キマイラ〟と名付けられた直径7kmに及ぶクレーターに、帝国軍は全力を挙げて一大要塞都市の建設に着手する。〝キマイラ〟は〝キメラ〟の同義であるが、これは〝キメラ〟ブロックスと〝キマイラ〟要塞との混同を避けたためとも語られているが真相は不明である。

 要塞はクレーター外縁に沿って円郭状の重厚な城壁を築くとともに無数の砲台を設置し空と陸からの攻撃に備え、長期間の籠城戦にも対応し得るだけのブロックスゾイドのアウタルキー(自給自足)アヴィリティーを与えた。多くの生身の兵員を必要としないブロックスは要塞防御装備としては画期的な兵力であり、占領下のヘリックシティーの生産力を背景に、大要塞キマイラは短期間で完成を見る。

 戦術、戦略、そしてその上に位置付けられる大戦略(グランド・ストラテジー)には国家としての政策が関わってくる。大戦略とは戦争の視野を超え戦後の平和まで拡大されねばならず、戦争を遂行するためだけの戦争では惑星環境そのものを破滅し兼ねない。

『敵が強固な陣地を占領し、味方が攻略するために高い代償を必要とすることが明らかであれば、敵の抵抗を最も速やかに弱体化する方法として敵の退却線を開けておくことは戦略の初歩的原則である。同様に、敵に下に降りるための階段を用意してやることは、政治の原則、とりわけ戦争の原則である』と戦略研究家のB・H・リデルハートは語る。つまり共和国軍には最初からゼネバス回廊を閉鎖する意図はなく、ヘリックシティーを最小限の損害で奪還した後の講和策を模索していた。

 キマイラ要塞建造と後のセイスモサウルス出現がなければ、或いは中央大陸は早々に「不安定の上の安定」が確立していたかもしれない。

 

 ここで前線に投入された凱龍輝の動向を追う。

 先行生産機としてEZ-070-1~070-5のロットナンバーを与えられた五機は、大型であり尚且つ強力な荷電粒子砲装備型ゾイドとして活躍が期待されたため機動陸軍装甲大隊所属のクロケット砦攻略任務部隊の内、第三、第五、第七、第十一、第十三中隊に配属された。

 マウント・ジョーに到着した凱龍輝を見て、前線の兵士は仇敵として戦ったバーサークフューラーのフォルムを持つ蒼き龍を見上げつつ酷く地味なゾイドが到着したと感じたと言われる。

 Lモジュール=集光パネルは最重要軍事機密として扱われ、また移動中に敵から黄金の輝きを視認されるのを避けるため頭部集光パネルを除き機体色に準じた青い保護シールが貼られていた。一般に凱龍輝の初陣は2106年のセイスモサウルス出現以降と思われがちだが、実際は2105年時点で戦線に投入されている。さもなければ、超長距離集束荷電粒子砲に対抗して開発し完成する期間があまりに短か過ぎることに気付くだろう。

 ウネンラギアやレオストライカーに紛れ、砦の城壁外に出現した蒼き龍を目視した帝国軍の記録にも『敵兵力に鹵獲されたジェノザウラーを認む』と記されているように、未だ凱龍輝の配備は顕在化されてはいなかった。

 クロケット砦側の防衛兵力はキメラブロックスを主力にした無人ゾイド部隊で、数機のアイアンコング、レッドホーン、ブラックライモスが配備され、凱龍輝が対抗すべきジェノザウラーやデスザウラーはない。先行試作機は荷電粒子砲装備のゾイド出現に備え終始青い保護シールを集光パネルに貼り付けていたため敵にも青いジェノザウラーと誤認され(或いは恣意的に隠蔽されたか?)ロールアウトの時期に混乱が生じたのであった(※もう一つの理由は後述)。

 各中隊に配属された凱龍輝の初陣は攻城戦用の砲台扱いとされた。五機の凱龍輝が集束荷電粒子砲による一点集中攻撃を行ったことにより城壁は崩壊、対して帝国軍は開け放たれた城壁へ兵力を集め、古色蒼然としたゾイド同士の格闘戦が始まった。共和国軍側に荷電粒子砲装備のゾイドが出現したことは、籠城するクロケット砦守備隊にとっても大きな脅威になったに違いない。

 混戦の中、凱龍輝と分離した飛燕と月甲はキメラブロックスとも充分渡り合い、敵兵力の漸減に活躍したのだった。

 二郎たちの増援が到着したのは攻城戦三日目の早朝であった。

 崩れた城壁の奥に粉塵に煙る太陽が昇ると、大量のブロックス群は瓦礫に埋まったゾイドの残骸を踏み越え進撃を開始した。

「二郎さんはここで待っていてください」

 戦場を熟知するリョウザブロウは塹壕に囲まれた整備兵の詰所に二郎を残しエヴォフライヤーで出撃した。最後列で砲撃を行っている凱龍輝04に対し、凱龍輝スピードへのチェンジマイズ実戦試験を実施するためである。集光パネルが保護シートで覆われほぼ単色となった凱龍輝と対照的に、淡いブルーの翼と黄色いキャノピーのエヴォフライヤーは荒涼とした戦場で一際目立っていた。遠望する先に分離する小型飛行ブロックスと分離したパーツを纏う蒼き龍の姿が見える。

データは積載されたレコーダーに逐一記録されるがその場で目視できないのはもどかしい。二郎は塹壕より身を乗り出し愛娘の姿を確認しようとしたとき、頭上を奔った衝撃波に吹き飛ばされた。

 プラズマブレードアンテナを翼端に装備した小豆色の飛行ゾイド、シュトルヒが共和国陣内に深く斬り込んできた。攻城側の綻びを突いて第一世代に属するも精強な飛行ゾイドが指揮系統の破壊を狙って突入したのだ。無数のキメラブロックスに混じり、統率役の有人ゾイドの数は限られるが、有人であるからこそ人の経験則に基づく多様な戦闘が可能となる。憎悪の感情に任せた容赦ない戦闘さえも含めて。

 二郎の脳裏に咄嗟に父の言葉が過る。

 

『背中を向けるな、銃撃を見て正面を向いて逃げろ』

 

 生前何度も聞かされた話だった。

 少年時代、敵の機銃掃射に晒され傍らで手足を引き千切られ斃れていく友人の姿を見ながら、地上攻撃の際に最も有効な逃げ方を父は体得し生き残って来た。よもやその昔語りが役立つ時が来ようとは彼自身も思ってもみなかったが。

 シュトルヒの翼端に装備された機銃が地上の二郎に降り注がれ、足元数mの地表を銃創が穿つ。一発でも喰らえば生身の肉体は四散する凶悪な銃弾の筋を冷静に見つめ、二郎はシュトルヒに正対して走った。シュトルヒは旋回し執拗に機銃掃射を続ける。

 二度目の銃撃を避け振り向いた時、シュトルヒは驚異的な旋回性能で背後から迫った。エヴォフライヤーも凱龍輝も、遠く離れた二郎の危機に気付くことはない。

 生涯の終りを覚悟した刹那、シュトルヒは突風に弄ばれる胡蝶の如く機位を失った。

 長大な砲身を背負う機械仕掛けの猛禽が始祖鳥の上空を圧する。

「バスターイーグル……」

 飛来したのはチューキョンの憧憬を具現したゾイドであり、先の私信に添付されていた画像と同じ大型ブロックスであった。バスタークローが始祖鳥の背後から襲い掛かり見る間に握り潰す。爪の隙間より小豆色の残骸を撒き散らし、猛禽は獰猛な啼き声を挙げる。

「主任!」

 衝撃波の粉塵の狭間より出現したアンキロサウルス型ブロックスボルドガルドが接近し背中のキャノピーが開く。コクピットから立ち上がったのは、バスターイーグルの実戦調査を行っていた女性設計士チューキョン・ツェリンであった。

 



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 クロケット砦は異臭が充満していた。

 北のマウント・アーサと南のマウント・ジョーの挟撃戦により、クロケット砦は容易に陥落するものと思われたが、帝国軍守備隊は根強い抵抗を続け全滅した。

 中央大陸の暑熱は魂を失った肉体を容赦なく蝕む。ハンカチを口元にあてながら歩く二郎とチューキョンの視界には、どれほど逸らしても無残な姿を露天に晒す兵士の骸が飛び込んで来る。ふとチューキョンが目を伏せ二郎に枝垂れかかった。気丈に振舞ってみても猖獗を極める惨状が苛み彼女を襲ったのだ。咄嗟に支えた両肩の小ささに驚く。

「ごめんなさい、ありがとうございます主任」

 口元を押え直し、汗ばんだ前髪を軽く掻き揚げる。これまで同僚技術者としてしか見てこなかったチューキョンに、二郎は一瞬女性を感じていた。

 腐敗臭が金属と機械油の匂いに紛れる場所で漸くハンカチを下すと、二人の前にリョウザブロウと人気(ひとけ)の希薄な格納庫が待っていた。帝国から奪還したゾイド格納庫兼整備場には、未だ集光パネルを青い保護シールで覆う凱龍輝と初陣を終えたエヴォフライヤー、更には後続便で到着したディスペロウが轡を並べている。

「いつになれば君の真価を発揮できるのだろう」

 蒼き龍を見上げ呟く。薄く開かれた格納庫の扉の隙間からは、凱龍輝を凌ぐ巨大な竜たちが瓦礫を掻き分け続々と移動、集結する光景が見えていた。

 共和国軍にとってヘリックシティー奪還は悲願であり全兵力を以て一刻も早く回復を願う約束の地である。奪還のために稼働中の全ゴジュラス及びゴジュラスギガが動員され、加えてハーマン少将の座乗するウルトラザウルスもマウント・アーサより廻航中であった。チューキョンが新造ブロックスのバスターイーグルと共に赴任した理由は火力に乏しいギガにバスターキャノンを装備させヘリックシティー攻略戦に参戦させるためでもある。

 眼前を数十のゴジュラスとギガが進軍する威容に息を呑む。一方で格納庫内のテーブルにはチューキョンから提供された航空写真が無造作に広げられ、それをリョウザブロウが険しい顔で睨んでいた。

「司令部はこれを見ているんですよね」

「多分見ているとは思います。私はあくまでイーグルのアドバイザーに過ぎませんので」

 バスターイーグルの強行偵察によってヘリックシティーへの進路上に出現した新要塞の撮影は完了していた。青焼きされた拡大写真に、重厚な多重環状城壁に覆われた要塞が写る。情報としては軍の重要機密事項だが、技術者特権により閲覧可能となっていたのだ。

「二郎さんにも見てもらいたいんです。ほらここ、八箇所ある城壁の突出部。〝バスティヨン〟と呼ぶのですが、主に火器のゼロ距離射撃(=水平射撃)の為の台場に利用されるポイントです。ですがご覧の通り要塞砲の類は設置されていない。むしろ大型ゾイドを配置するような広さに思えるのですが、こんな所で運用される帝国ゾイドなんてありましたか?」

 リョウザブロウの問いに二郎は無言で首を横に振る。リョウザブロウの指し示したバスティヨンに、後にセイスモサウルスという規格外のゾイドが配備されることなど神ならぬ二郎に知る由もない。リョウザブロウは一頻り長い溜息をつき告げる。

「やられましたね。クロケット砦の奴らが頑強に抵抗を続けたのも、この要塞を完成させるための時間稼ぎだったに違いありません。自分がこれまで見てきた要塞都市とは明らかに構造が違っています。これは面倒なことになるかもしれません」

 キープと呼ばれる大鐘楼を中心に放射状の幾何学模様を描くキマイラ要塞が共和国軍の前に立ち塞がることもまた、リョウザブロウの予想通りとなる。

「それにしても、自分らがここに呼ばれたわけは何なんでしょう」

 本来の目的であるマウント・ジョーでの凱龍輝の戦闘記録は可否のない平板な戦績で幕を閉じた。今回の二郎のクロケット砦への赴任は、来るべき首都奪還作戦の前哨戦にあたるキマイラ要塞攻略戦に参加すると思われていた蒼き龍に下された「奇妙な指令」によるものであった。

 格納庫に山積みされた残骸の中、見慣れたパーツがあるのに気付く。

「バスタークローが三対も」

 凱龍輝のベースとなったバーサークフューラーの特徴的な武装と言える三叉の爪が比較的良好な状態で搬入されており、傍らにはバーサークフューラーに準じた僅かに紫がかった灰白色の塗料缶が並んでいる。塗料缶の脇より物資搬入の担当者らしき士官が二郎たちを見止め握手を求め右手を伸ばしてきた。

「お待たせしました。戦略技術部のミスター二郎ですね。自分は機動陸軍第十一独立装甲大隊付特殊工作隊指揮官、エーディット・ユングハウスです」

特殊工作隊(インテリジェント)だと……」

 二郎の背後でリョウザブロウが呟く。

「単刀直入に言います。あの蒼いゾイドをバーサークフューラーにカモフラージュして頂きたい」

 ユングハウスと名乗った士官は穏やかな笑顔に狡猾な眼光を湛えていた。

 

 コードネーム「オペレーション・アナストモーシス」と命名されたドラグーンネスト鹵獲作戦は、当然ながら二郎たちの与り知らぬところで立案、進行していた。

 ドラグーンネストは嘗て摂政プロイツェンによってアイゼンドラグーン輸送のために開発された強襲揚陸型ゾイドである。136mの巨体を活かし沿岸部より無数のゾイドを上陸させ共和国軍を分断し「プロイツェンの反乱」の緒戦に於いて猛威を振るった。以降未だ海上での無類の脅威として台頭し続け、共和国軍にとって対抗可能なゾイドは唯一ウルトラザウルスのみであり、この海の巨大ザリガニ制圧なくして共和国領奪還は不可能と言えた。しかし逼迫した財政状況でタートルシップやホバーカーゴに準じる輸送艦兼攻撃用ゾイドを開発建造する余力は共和国軍にない。従って「敵の母艦を鹵獲し共和国軍兵力に加える」という作戦が立案され、実行に移されることとなったのだ。

 以下作戦の概要である。

1、解析した帝国軍暗号電文を偽装発信し、中央大陸沿岸部にドラグーンネストを誘引。

2、偽装した凱龍輝、つまりフェイクのバーサークフューラーを共和国軍ゾイドで襲撃。遊弋中のドラグーンネストに救援を求め沿岸部に接岸させる。

3、凱龍輝救援、収容のため格納庫を開く時機を見計らい、隠れていた強襲部隊がドラグーンネスト艦内に侵入、網脈(アナストモーシス)の如く部隊が展開し巨大ゾイドを制圧、鹵獲する。

 

※ オペレーション遂行に関する課題(抜粋)

〇 偽装した凱龍輝を襲撃する共和国部隊がどの程度の打撃を与えるか。真に迫った攻撃でなければ敵を欺く事はできない。

〇 救援のため海浜部に接近したドラグーンネストが、ザリガニの両腕にあたる強襲揚陸艇〝ネプチューン〟〝ポセイドン〟を分離してしまった場合制圧は困難となるため、事前に分離を阻止する策を講じなければならない。

〇 直接艦内を制圧する以上、ネプチューンとポセイドンではなく本体の格納庫の隔壁を開放させなければならない。

〇 艦内に強襲部隊が侵入を成功したとして、格納庫艦底部からブリッジまではおよそ40m以上の高度差があり、速やかに歩兵がブリッジに到達する方策を考案しなければならない。

○ アクア海沿岸を遊弋中のドラグーンネストは三隻(筆者注:『トイフェルスカマー』『フェアデシュタール』『フェルトフォーファー・キルフェ』)であり、相互の連携が出来ない状況に於いて作戦を実施する。

 

 文章にすると実に安易で、作戦書に目を通した幕僚達は一様に眉を顰めたと言われる。だがこの大胆不敵な作戦の立案者が他ならぬロブ・ハーマンであることが実行を承認させ、水陸両用戦(アンフィビアス・オペレーション)としてのオペレーション・アナストモーシスが発動されたのだった。

 バーサークフューラーに偽装するゾイドとして凱龍輝は最適であり、従って襲撃役のゾイド部隊及び白兵戦に長けた強襲部隊の兵員と共にキマイラ要塞攻撃から凱龍輝は引き抜かれ動員された。ハーマンと幕僚達は様々な素案を提出し可能性を模索する過程で、開発者である二郎の改造案も加味し入念なシミュレーションを想定する。課題の一つである「偽装攻撃部隊」も冷徹に選出した上で。

 

 マウント・ジョーに設置された陽光の射さない密閉された秘密工場の一画で、二郎は黙々と凱龍輝の偽装作業を行った。情報漏洩を防ぐため作業員はごく限られた者しか従事していない。背部フュエルタンクの上部パーツごと換装すればバスタークローの装備は可能だが、それは同時に月甲と飛燕のパーツを欠くことになる。二郎が提示した偽装案は、月甲の基部と飛燕の翼の外縁に沿ってバスタークロー保持の補強を施し、回転も展開もしないバスタークローを装着するプランであった。凱龍輝の最大の武器ともいえる小型ブロックスとの合体分離機構を撤去することは、開発者として受け入れ難かったのだ。作戦実行のため少しでも作業時間を削りたい共和国軍は、当初二郎の改造プランに難色を示す。対して二郎は小型ブロックス運用による艦内制圧の有用性を根気良く訴え、作戦発案者のロブ・ハーマン少将にも改造プランを承認させたのだ。

 次第に灰白色に染まっていく凱龍輝を傍観しつつ、二郎はバスタークローにパージ機構を装備させる。延長された頭部及び集光パネルの違和感が際立つため頭部にも灰白色の保護シートを貼り付けると、遠目には帝国が開発した狂戦士へと衣装を変えていた。

「主任、バスターイーグルの改造は完了しました」

「もう僕は主任じゃないよ」

 苦笑しつつ振り返ると、作業用のヘルメットを被ったチューキョンの背後には、腹部に仰々しい輸送用フックを装着した大型飛行ブロックスが待機していた。隠密裏に偽装した凱龍輝を空輸するための急造装備である。

「他に呼び方が考え付かないのですが。それとも――二郎さん」

「主任のままにしてください」

 唐突な呼び掛けに戸惑い、慌てて修正を願っていた。戦場の緊張の中では特別な感情が芽生え易いと聞き知っていたが、それを実感するとは予想外であった。その時視線を逸らした先にカミソリの如き殺気を放つ兵士の姿を目にする。傍らには変わらず貼り付いた笑顔を浮かべるユングハウスが立っていた。

「御苦労様でした。カモフラージュ作業はほぼ完成しましたね。

 ミスター二郎、今回模擬的に戦闘を行う閃光師団所属のレオマスターだったパイロットを連れて来ました。凱龍輝との格闘で打撃など予め避けて欲しい部分を知っておきたいということなので」

 帝国皇帝ヴォルフ・ムーロアを逃した責任を問われ、過酷な任務を強制され続けていた懲罰部隊がいることを噂に聞いていた。パイロットスーツを着込んだ若い兵士は「皮肉を言うな」と低く囁き、レイ・グレッグと名乗る。

 明らかに二郎よりも若い。だがそのパイロットはリョウザブロウと同じ眼をしていた。

 懲罰部隊に与えられた役回りは、凱龍輝に敗れるための戦いであった。

 



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 オペレーション・アナストモーシス 部隊編成

○陽動部隊(※実質的な囮部隊)

・凱龍輝 参戦機体及び操縦者

 070-2号 ハリエット・ブルックス中尉

 070-3号 ランドルフ・カークパトリック曹長

 070-5号 P・リョウザブロウ ゾイテック社員 義勇兵・軍曹扱い 

(070-1号は不参加。070-4号は予備機として塗装するもバスタークローは装備せず)

・ライガーゼロ(CASの換装なし)×3 操縦者

 レイ・グレッグ少尉(※中尉より降格)

 バーナード・ブロディ少尉

 エドワード・ルトワック曹長

・シールドライガーDCS×3

○空挺部隊(※凱龍輝の輸送)

・バスターイーグル×3 小隊長ヴァレリアノヴィッチ・タタリノフ飛曹長

○鹵獲部隊

・ウルトラザウルス・ザ・キャリアー 司令官 ロブ・ハーマン少将

・エヴォフライヤー×2 操縦者

 BZ-019-2 マーチン・ファン・クレフェルト軍曹

BZ-019-3 エルンスト・ローレンス伍長

・機動陸軍第十一独立装甲大隊付特殊工作部隊

 指揮官 エーディット・ユングハウス大尉(以下42名)

 

「バスターフューラーと名付けました」

 中央大陸よりオコーナー海峡を望むフリティヨフ半島のナンセン岬で、チューキョンは灰白色の凱龍輝を誇らしく見上げていた。背部にダミー装備されたバスタークローをも圧してマグネッサーウィングが覆い被さるバランスを欠いた装備ではあるが、それでも彼女が満足し切っている様子が伝わる。

「タケオさんやベルナー(バラクリシュナン)たちとのコンペを思い出します。

 結果的にモデルケースとして私のコンセプトが実現できたのはとても嬉しいです」

 二郎には、充実した彼女の笑顔がまた嬉しく思えた。

 凱龍輝070-5号のコクピットよりリョウザブロウが出撃の合図のサムズアップを行う。名目上、小隊指揮官は中尉のブルックスだが、凱龍輝の機体特性及び戦闘キャリアから判断して中尉はあっさりと指揮権をリョウザブロウに委任した。「指揮権は預ける。しかし責任は自分が負う」。形式に囚われず最善策を採用する。二郎はヘリック共和国の強さの一端を垣間見た。

 翼を授けられた凱龍輝がシーフォッグに沈むオコーナー海峡に向け飛び立って行くのを見送る。その先には、ライガーゼロを主力とした陽動部隊が待機している筈である。

「エヴォフライヤーへ。次の準備だ」

 二機の小型ブロックスは、飛行形態に変形すると凱龍輝の方向と直角に屈曲し飛翔していった。

 

 マルガリータ暖流の還流により、中央大陸北東部に位置するオコーナー海峡は通年深いシーフォッグに覆われる。アクア海とシート海を繋ぐこの狭隘な海域から、突如鋼鉄師団(アイゼンドラグーン)を名乗る緊急電文が発信された。

『我レ鋼鉄師団(アイゼンドラグーン)バーサークフューラー部隊。潜行活動中オコーナー海峡〝フリティヨフ半島〟ニテ敵ニ遭遇。反乱軍所属ライガー多数ニ包囲サレ孤立、至急救援サレタシ。繰リ返ス。我レ鋼鉄師団(アイゼンドラグーン)……』

 電文を謀略と知る者にとってはあまりに露骨であり、敵がこれほど粗雑な策に騙されるとも思えない稚拙な文章であった。

 しかし発信十分後、オコーナー海峡に向けドラグーンネスト一隻が移動を開始したとの報告が入る。オペレーション・アナストモーシスの「第二段階」が達成されたのである(「第一段階」については後述)。

 一見杜撰な策略に思えるが、共和国軍諜報部隊は敵を誘き寄せる〝餌〟を幾つか準備していた。無論一つ目は包囲されたという〝バーサークフューラー〟である。先に記したようにデスザウラー復活計画の過程で副次的に生み出されたこのゾイドは希少種であり帝国軍にとっても一機でも多くの機体を確保が望まれた。

 二つ目は発信された暗号電文がネオゼネバス帝国制式軍とは異なる鋼鉄師団(アイゼンドラグーン)固有の極秘暗号であったことだ。意外だが、私設軍として暗躍してきた鋼鉄師団(アイゼンドラグーン)はゾイドの装備や兵員整備に力を入れたため暗号などの情報技術力は脆弱であった。鋼鉄師団(アイゼンドラグーン)の暗号は旧ゼネバス帝国のそれに準じる前時代的なもので解析はさほど難解なものではない。それはヴォルフ、そしてプロイツェンにとっての限界であったと言えよう。

 共和国軍は早期にガイロス帝国軍内で暗躍する謎の部隊の存在を把握しており、可能な限り情報の収集に努めていた。正体を掴むことのないまま共和国政府は崩壊するが、無作為に収集した全ての情報は共和国軍データーバンクに蓄積、謎の部隊=鋼鉄師団(アイゼンドラグーン)が使用した暗号は共和国諜報部によって解読され、そのコード表もデーターに含まれていた。プロイツェンの叛乱及び爆死以降露見した鋼鉄師団(アイゼンドラグーン)の出現によって全てを理解した共和国臨時政府は、暗号コードを最重要機密として来るべき大戦略の機会まで解読の事実を隠し続けた。ネオゼネバス帝国が中央大陸全土を制圧し、ヴォルフ・ムーロアの第二代ネオゼネバス帝国皇帝就任によって鋼鉄師団(アイゼンドラグーン)の作戦行動も減少したことで共和国軍の奥の手と言える最重要機密は永らく凍結されていたが、(こと)ここに至りドラグーンネスト鹵獲という破天荒な謀略計画を遂行するために遂に禁を解いたのである。

 三つ目として、この暗号が発信された時点で帝国軍及び帝国皇室は動かざるを得なかったことだ。悩ましいことに()の若き皇帝は時折隠密裏に鋼鉄師団(アイゼンドラグーン)を率いて戦場に現れることが幾度もあった――あたかも敵陣にいる好敵手を探し求めるように。若き皇帝は往々にして飾り気のない言葉を語る事例も踏まえ、敢えて稚拙な暗号電文を発信することでより緊急事態の信憑性を高めたのだ。

 帝国内に戦慄が奔った。もしフリティヨフ半島で孤立したというバーサークフューラーに本物の皇帝が搭乗しているとすればネオゼネバス帝国全軍を挙げてでも救援しなければならないが、本物という確証もない(隠密行動ゆえに皇室内でさえ同時刻の皇帝の所在は未確認であった)。共和国軍制圧圏にある発信地点への到達は当然困難を要する。最低でも中隊規模の攻撃部隊を隠密裏に派遣する必要があると分析した帝国海軍は、セシリア湾近くを遊弋していたドラグーンネスト『フェルトフォーファー・キルフェ』を急遽オコーナー海峡に差し向けた。

 共和国軍が作戦を成功に導く最低条件は、アクア海付近の三隻のドラグーンネストを充分且つ確実に分散させることであり、共和国軍諜報部は敵の配置に細心の注意を払い偽装電文を放った。当時『フェアデシュタール』は共和国海上部隊を追ってフロレシオ海に進出し、また『トイフェルスカマー』もマウント・ジョーより出現したハンマーヘッド部隊に吊られ大陸南東部へ移動、これもまた陽動である。つまりオペレーション・アナストモーシスの「第一段階」の完了であった。

 単艦を以て目標地点に移動する『フェルトフォーファー・キルフェ』(以下、〝キルフェ〟と呼称)は、よもや自艦が鹵獲の標的であると知らず誘引にされていた。

 オコーナー海峡付近に接触したキルフェのレーダーは、半島の海浜部に幾つかの金属生命体の影を捉える。乳白色の霧に閉ざされる目標地点に向けステルス性の高いグレイヴクアマを偵察に出した。

 濃霧による数十mの視界のなか、グレイヴクアマはバーサークフューラーと思しき機体とライガーゼロ及びシールドライガーらしきゾイドが激しい戦闘を繰り広げているのを確認した。

 

 バスターイーグルによって空挺された凱龍輝は手筈通りにライガーゼロとの疑似戦闘に突入するが、陽動とはいえ次第に迫真の格闘戦へ移行していた。

 近親憎悪、或いは同族嫌悪と呼ぶべきだろうか? 濃霧の中、野獣の本能を剥き出しにした激闘が繰り広げられる。CASシステム対応のフレーム構造を持つ両機の格闘性能は従来のゾイドに比べ群を抜く。打ち込まれるストライクレーザークローを咄嗟にかわし、凱龍輝のクラッシュテイルがゼロの爪を払い除ける。一瞬体勢を崩したものの、ネコ科特有の柔軟性により地上に四肢をついて着地すると、その僅かな間合いを狙って凱龍気のキラーファングがゼロの頸部目掛けて噛み付こうとした。

 牙には牙。逆に姿勢維持に伸ばしておいた凱龍輝右腕のバイトクロ―がゼロのレイザーファングに噛み付かれた。

 無線封鎖中のため周囲からの停止命令は届かず、真剣勝負にしか見えない戦闘は続く。リョウザブロウもレイも、ゾイド乗りの意地と久しぶりのバトルに陶酔していたとしか思えない。

 全身を板バネの如く張りつめ鋼鉄の獅子を弾き飛ばした凱龍輝は、右腕装甲の傷を一瞥すると脚部ダンパーを伸ばしホバー走行でゼロへ突進する。俊敏性に勝るゼロが擦れ違いざまに凱龍輝を後肢で蹴り上げると、ダミーのバスタークローが破片を撒き散らして離脱した。

 龍と獅子との格闘の様子に、グレイクアマは無線封鎖を解き平文で発信した。『バーサークフューラーを発見、至急救援を求む』。

 

 定石であれば、ドラグーンネストはネプチューンとポセイドンを分離し本体と共に包囲戦を挑むべきであった。しかし濃霧の中分離したハサミを再び接舷させるのは、ブロックスゾイドの普及によって削減された艦内作業員に過剰な負担を強いる。キルフェは分離をせずに戦闘が行われている半島付近へ上陸する。

 ドラグーンネスト接岸を察知し、作戦は第三段階に移る。巨大ザリガニの背後から、海中に身を潜めるウルトラザウルスが接近していた。

 



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『……反乱軍所属ライガー多数ニ包囲サレ孤立、至急救援サレタシ』に、『我レ脱出ノ為フリティヨフ半島ヘ向カウ』の発信が加わった。

 陽動部隊がキルフェの上陸地点に敢えて接近することで、ドラグーンネスト誘引を確実にするためである。発信源が敵か味方か未だ識別できないままではあったが、キルフェは短時間での偵察及び接敵が可能になった段階で自艦の搭載ゾイドを出撃させた。

 緊急出動であったため兵力不足は免れなかった。主力と呼べる機体はキラードームと合体したキラースパイナーとゼロイクスそれぞれ1機、そして護衛と偵察兼務のグレイヴクアマ2機とそれに統率されたディプロガンズ4機のみである。海洋型のマッカーチスは上陸地点沿岸の哨戒を行うだけで地上戦闘には使用できない。バランスを欠いた偵察・救援部隊は発信源に向け進軍を開始した。

 ダークスパイナーが格闘性を重視するキラースパイナー形態で出撃したことは、レーダージャミングを行えない分鹵獲部隊にとって僥倖となった。ステルス性の高いイクスを捕捉するのは困難だが、同行するスパイナーやディプロガンズによって部隊移動の様子は察知可能であったからだ。これは明らかに帝国軍側に混乱が生じていた結果であろう。

 

 エヴォフライヤーの窮屈なコクピットで、二郎は抱えた小さな端末を両手で握りしめていた。

 技術者として戦闘に貢献できることは限られている。

「大丈夫か」

「大丈夫です、ご心配なく」

 パイロットのマーチンが二郎を気遣い声をかけた。端末の揺れ動くケーブルを押えキャノピー越しに前方を見る。乳白色のシーフォッグは、しかし二郎の視界を閉じ込めたままであった。

 

 バーサークフューラーに偽装した凱龍輝は背後にネオゼネバスゾイドの接近を感じながら、3機のライガーゼロと3機のシールドライガーDCSに追い詰められていく演技を装う。過剰な模擬戦闘により灰白色の塗面の一部が剥落したことでさすがのレイもリョウザブロウも本来の任務を思い出したのだ。

「若造にしてはいい腕だ」

 言葉と同時、リョウザブロウの070-5号機が脚部イオンブースターを噴き信地旋回を行った。070-2号機と070-3号機もリョウザブロウに倣い転回、ドラグーンネスト上陸方向、途中に帝国ゾイド部隊が迫る方向に変針しこれまでの格闘戦と異なり一気に退却姿勢を取る。バーサークフューラー譲りの強力なホバー走行で3機の凱龍輝は一路乳白色の霧の海を貫いて行く。

 間合いを取ってゼロとDCSが追撃を開始する。全ては計画通りである。ダミーの左バスタークローを失いバランスを欠いてカタカタと不快な振動が響くコクピットの中、リョウザブロウは擦れ違った幻影を視認し呟いた。

「……イクス」

 光学迷彩に潜む闇の獣王の輪郭が霧の壁を歪ませていた。

 攻撃は出来ない。あくまで味方の素振りをしたまま敵の合間を擦り抜けなければならないのだ。イクスの幻影の後方に赤い肉腫のようなカニの甲羅を背負った獣脚類ゾイドが迫る。幾度となく共和国軍を窮地に追い込んだダークスパイナーも、装備を換装することによって未だ戦線に立ち続けていると知る。

 敵からの攻撃もない。濃霧の中、凱龍輝をバーサークフューラーと信じ切っている。敵部隊の目標は必然的に凱龍輝を追うゼロとDCSに定められた。

 バーナードのゼロが火花を散らしアゴから切断された。闇の獣王、イクスの放ったスタンブレードが、陽動部隊であるが故に無防備なゼロを破壊したのだ。無残に切り裂かれたゼロのアーマーを撒き散らし、白い獅子はシーフォッグに沈み爆発した。

 敵部隊への攻撃は許可されている。背負った装備の重さに遅れて到着したDCSがビームキャノンを一斉に放つが、空中からの優位さと無人ブロックスならではの捨て身の攻撃に忽ち2機のDCSはディプロガンズのレールキャノンにコアを撃ち抜かれた。DCSが仕留めたのは2機のディプロガンズに過ぎず、キルレシオ(損害比率)に於いて圧倒的な差となった。残ったゼロ2機とDCS1機に攻撃が集中する。虚空から撃ち込まれるイクスの雷撃・エレクトロンドライバーとキラードームのジャイアントクラブ攻撃によってズタズタにされながら、ゼロのコクピットでレイが血を吐きながら叫んでいた。

「頼んだぜ、リョウザブロウのオヤジさんよ……」

 

 上陸したキルフェの格納庫は中央隔壁が開放されていた。重装甲のポセイドン及びネプチューンの隔壁解放は中央隔壁に比べ時間がかかるためでもあるが、もはや無防備としか呼べないほどドラグーンネストも油断していた。

 3機の凱龍輝が滑り込むと同時に青い飛行ブロックスが舞い込んだ。空力学を無視したマグネッサーシステムだからこそ可能な、機体の上部に鈴生りに兵士を乗せた状態でキルフェの格納庫上方に侵入する。

 ブルックスの凱龍輝070-2号が隔壁の蝶番、壁面を巻き上げるウィンチ部分に機体を差し込んだ。関節部の障害物によって閉鎖は不能となる。格納庫壁面、ブリッジ直下のキャットウォークへ舞い込んだエヴォフライヤーから特殊装備をした兵士が次々と飛び移る。一人の兵士が足場を踏み外し数十m下の格納庫床面に落下するが、欄干に結わえたワイヤーが衝突直前の身体を宙に浮かせていた。

 急変する事態にキルフェのブリッジは全て謀略であったことを察知したが、既に手遅れであった。ブリッジ後方の通路から数十人の武装兵が軽機関銃の威嚇射撃を行いながら侵入する。

「本艦はわれわれヘリック共和国軍が占拠した。捕虜の待遇は保障する。抵抗すれば撃つ」

 呆然とし、その場にいた帝国兵が両手を挙げる。人数は僅か5人。ブロックス依存の弊害が如実に表れたのだった。

 両手を拘束され、ブリッジの隅に追いやられた帝国兵は、特殊工作部隊の中にひどく場違いな者がいるのを目にする。小さな端末を手にしたステレオタイプの科学者のような若い男だった。

 二郎は一頻りコントロールパネルを調べ操縦系統を把握する。ドラグーンネスト占拠に於いて最優先にしなければならないのは、独立したブリッジを持ち単独行動ができるネプチューンとポセイドンの操縦系を凍結することである。輸送艦としての鹵獲だけではなく偽装艦として運用するためには、目に見える欠損を生じさせるわけにはいかないのだ。

 

(予想通り、かなり単純なシステムだ)

 

 ドラグーンネストが一種の寄生生物によって強制的に巨大化されたゾイドなのは、ネオゼネバス帝国緒戦のウィルソン市攻略戦に於いてリサーチしてある。原始的な金属寄生生物に特殊な電気信号刺激を与えることで、艦全体を繋ぐ神経系を掌握できるはずだった。ハサミの付け根(揚陸艇の接続部分)に二郎と同じ端末を持った兵士がへばり付く。兵士の背後ではエヴォフライヤーに乗りヘルメットの端より髪を靡かせるチューキョンが指示を続けている。細いケーブルで繋がった通信機からコールサインが鳴り響いた。

 二郎が横に立つユングハウスの顔を見て無言の承認を得る。二郎がレシーバーを手にした。

「行きます、コール、『アナストモーシス』!」

〝『アナストモーシス』!〟

 コンソールのモニターが一斉に光を失い、数秒後に点灯した画面には稲妻をあしらったヘリック共和国紋章が現れた。ロジックボムを応用したシステム制圧マルウェアを、二郎とチューキョンは共同作業によって完成させていたのである。

 周辺海域を哨戒中であったマッカーチスが次々とバスターイーグルによって空中に持ち上げられる。凱龍輝空挺後も待機していた猛禽の鋭い視覚は、水中の小型ザリガニを見逃すことはなかった。

 そしてキルフェの後方の海面にウルトラザウルスが全身を浮上させた。万が一にもキルフェ奪還のため他のドラグーンネスト若しくはホエールキング等が接近した場合、ウルトラキャノンによって迎撃するためである。

 陽動部隊を撃破し帰還したゼロイクスとキラースパイナーを待っていたのは、既にダミーのバスタークローを撤去し荷電粒子砲発射態勢を取る凱龍輝本体と飛燕、月甲を分離した計9機の共和国ゾイド、地上形態に変化したエヴォフライヤー、空を舞うバスターイーグル、脚部と胴体部分しか見えないウルトラザウルス、背後から生き残って追撃してきたライガーゼロとシールドライガーDCSであった。

 帝国兵が投降したのは言うまでもない。

 オペレーション・アナストモーシスは完了した。

 

 

「僕は本来の職務に戻らなければなりません」

 作戦終了後、露天で凱龍輝を背負いながら二郎は告げた。

「凱龍輝の素体を探しに行くことです。きっと西方大陸ならなにか手掛かりが掴めると思います」

 ゾイテック社代表取締役ヴワディスワフと事業部門長ユルジスの通知書画像データをチューキョンに示す。

「寂しくなります」

「僕もだ」

 思わず心情を吐露してしまい当惑する。そして彼女も同様の感情を抱いていたことを示した。

「またお会いしましょう。東方大陸に戻ったらネフスキー所長に連絡を入れます」

「きっと迷惑がるだろうね」

 二人は笑った。

 塗装を剥がされた蒼き龍に、二人の引く長い影が映っていた。

 

 

 ボロボロになった愛機ライガーゼロを見上げるレイ・グレッグの手元に一枚の命令書が渡される。

「キマイラ要塞、なんだそれは」

 二郎たちがドラグーンネスト鹵獲作戦を完了させる間、ヘリックシティーに続くゼネバス回廊の真っただ中に、ネオゼネバス帝国はついに精強無類の巨大要塞を完成させていた。

 そこには、それまで目にしたことのない超長距離を射抜く集束荷電粒子砲を備える地震竜が出現するのである。

 



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第三部


 ゴジュラスギガの無敵の進撃は続き、共和国軍は嘗ての栄光を取り戻したかに見えた。

 北方で難攻不落を誇った帝国軍クック要塞奪還に沸く2106年7月、二郎はクーパーポートに戻っていた。クック陥落は晩春時期であったが、大陸北岸と南岸という距離が情報と感情を隔てていたともいえる。

 北の果ての地の戦勝に沸く熱帯の港町クーパーで、人々の歓喜を背に二郎は機上の人となった。開設されている西方大陸便に搭乗し、共和国最大拠点ニューヘリックシティーへ赴くためである。

 大陸定期便は帝国領ミーバロス、フロレシオ、ユビトを迂回する必要から中央大陸南岸を避け航路をゼロス海外洋上に設定している。ほぼ惑星を半周する行程はトランジットの煩わしさが無い分ひどく退屈な旅と成らざるを得なかった。

 最初は赤道に近づくにつれ強くなっていく陽射しを眩しく眺めていたが次第に辟易し、持参した技術書も専門書も到着までに読み尽くし何時間もの手持ち無沙汰を過ごす。雲海を抜けたタートルシップが着陸体勢を取った際、二郎は自分が犯した重大な準備不足を嘆くことになる。

〝ニュー・ヘリック・エアポート〟と名付けられた空港は一面白銀の世界であった。南緯38°に位置するニューヘリックシティーは、折からの大寒波と前線の通過により十年に一度という大雪に見舞われていた。北緯15°の盛夏のクーパーポートで買い揃えた防寒着など何の役にも立たない。極端な気温差に震える二郎を尻目に半袖姿のリョウザブロウが笑う。

「(東方大陸)南島生まれですから」

 ゾイドの多様性以上に、自分と別種のヒトが存在することを二郎は痛感した。

 

 二郎が提案したローカルコンテント=辺境地域に棲息するエンデミズムの恐竜型野生体を素体とするバイオ・プロスペクティングは確かに雲を掴むような話である。だがそれをゾイテック本社が承認した背景には、未だ前人未到の原生林がエウロペに残り、ゴジュラスギガ、そしてセイスモサウルスなど西方大陸固有種が尚も発見され続けていたからだった。二郎は恋焦がれる凱龍輝同伴の異郷探索を望んだが、最重要機密にして配備数も覚束ない希少ゾイドの貸与が不可能なことも知っていた。

 リョウザブロウの操縦で雪原に降り立ったゾイドはゾイテック・ウェストリバー製作所で量産、実戦投入されたディスペロウである。パイロットの人命保護を最優先し採用されたコクピット配置から背中に張り出した装甲が視界を遮るが、頭部に備えられたメインカメラが前方及び周囲の様子をモニターする。薄い防寒着越しに伝わってくるシートの冷たさに耐えながら二郎は西方大陸の地図を広げた。

 西方大陸戦争緒戦で激戦を繰り広げたレッドリバーやエレミヤ砂漠も主戦場が中央大陸となりガイロス帝国と同盟条約を締結して以降平穏が続いている。

 探索に与えられた猶予は二箇月。それまでになんとしても凱龍輝の素体となる野生体を探し出さなければならない。地峡に繋がれ南部北部西部に広がる西方大陸は広大であり闇雲に探したのでは目的のゾイドの発見は不可能だろう。

 意外にも手始めに二郎が向かった都市は、ガイロス帝国臣民入植の中心地ガイガロスだった。オーガノイドシステム研究の先鞭をつけ、再生途上のデスザウラーと共にオリンポス山をセクターコラプス(山体崩壊)させた事件は記憶に新しい。爆死した摂政ギュンター・プロイツェン・ムーロアが陰謀の背後にあったとしても、デスザウラー再生の過程で生み出されたジェノザウラーのデータが残っている可能性に期待したのである。

 終日ディスペロウを疾駆させ到着した大陸西岸に位置するガイガロスは、ニューヘリックシティー以上に深い雪に覆われていた。脚部メタルクロ―を雪に埋めながら雄大なドームを複数備え四本の尖塔に囲まれたガイロス王宮の庭園に隣接する帝立研究所・武器開発局の門をくぐった。

「お待ちしておりましたミスター二郎。私は本研究所の管轄を皇帝陛下より仰せ付かって居りますアドリエン・ジールマンと申します」 

 他界した父親と同年配の科学者であり、二郎は最期を看取れなかった父の面影をジールマンに重ねてしまっていた。

 

「ヴァルハラは何と云ってきましたか」

 立ち昇る湯気に二郎の眼鏡が曇る。ジールマンはコーヒーを淹れながら語り掛けた。

「素体の供給は年次30機を上限とし、仮にネオゼネバス帝国との講和条約が締結し終戦又は停戦となった場合、条約の執行日を以って供給を停止するとの条件でした」

 レンズを拭く二郎の前で、ジャズベと呼ばれる銅製の長い柄のついた柄杓型の器具を使って、二郎とリョウザブロウのカップに褐色の液体を注ぐ。

「凱龍輝、美しいゾイドです。ところどころに設置されたパネルはなんでしょう」

 甘みを帯びたコーヒーを嗜みながら、ジールマンは二郎が提示した凱龍輝の簡易図面を眺め真っ先にLモジュールについて指摘した。技術者として当然の反応であった。 

「申し訳ございません。今はまだお話することができません」

「そうですね」

 それ以上の追及をせずジールマンは続けた。

「確かにジェノザウラーはデスザウラー再生計画の副産物です。ミスター二郎、失礼を承知で伺いますが〝プロトレックス〟というゾイドを御存知でしょうか」

 聞き覚えのない名前に無言で首を横に振る。ジールマンは傍らの円筒から2センチ角の方眼の入った薄い製図紙を広げ凱龍輝の図面に重ねた。製図紙の端々は破れ、薄く焦げ跡が付いていた。

 一目見て二郎は声を失う。

 凱龍輝に、否、素体に酷似していた。野生体の特徴が色濃く残り、オーガノイドシステムでのクローニングによって製造されたゾイドとは異なることもわかる。

「この機体、バーサークフューラーの……」

「他にも何か気付きませんか?」

 毒気の無い笑顔で二郎を見つめる。二郎は再び図面に視線を落とした。

「……ダークスパイナーの特徴もある。ではこれがバーサークフューラー本来の素体であって、野生体が存在しないというのは嘘だったということですか!」

 思わず身を乗り出し、はずみでテーブルに置かれたカップからコーヒーがこぼれた。粗目の粉分がテーブルの上に褐色のドット模様を描く。

「我が帝国がバーサークフューラー製造に使用した素体は間違いなくデスザウラー再生計画の副産物であるジェノザウラー系ゾイドです。ヴァルハラも嘘は言っていません。ですが第三者的な視点のヘリック国技術者として疑問を抱かなかったのですか。なぜまだ我が帝国の傘下にあったゼネバス偽帝国(=ネオゼネバス帝国。ガイロス帝国側での呼称)がバーサークフューラーを、更には同クラスの恐竜型ゾイドダークスパイナーを秘密裏に開発できたかを」

 発想の盲点であった。一介の技術者として目先の作業に没頭し大局を俯瞰する余裕などなかったというのが事実ではあるが、敵のゾイド生産体制の考察・解析に至らなかった己の立場を二郎は恥じた。

「回りくどい話は止めましょう。ゼネバス軍はプロトレックスを開発し我々と別ルートでバーサークフューラー及びダークスパイナーの素体にしたと考えられる。〝プロイツェンの叛乱〟に於ける帝国正規軍のバーサークフューラーに比べ、アイゼンドラグーンの同機体の方が性能が上であったのは、練度不足とは別にクローニングされたゾイドと野生体の性質を色濃く残すゾイドの個体差によって機体の基本スペックが上回っていたと考えれば辻褄が合う。

 この図面はニクシー基地陥落の際入手したもので、プロトレックスの生産方法や野生体の棲息域など他の資料一切が焼却処分されていました。これ見よがしにこの図面だけを残して。ギュンター・プロイツェンという男はそんな奴なのです」

 ガイロス帝国臣民としてよりも技術者としてゾイドの性能差を見抜けなかった屈辱からか、穏やかだったジールマンの口調が感情の昂りと共に荒々しくなっていた。

「我がガイガロス武器開発局は憎むべきゼネバス偽帝国を屈服させるため、全面的にミスター二郎に協力させて頂く。宜しいかな」

「願ってもないことです」

 差し出したジールマンの右手を、二郎は力強く握り返す。

「西エウロペのブルトン湖からマンスター高原付近にプロトレックスに似た特徴の野生体目撃情報があります。帝都復興計画で軍事行動を行えない我が帝国に代わり、新型ゾイドの開発に成功してください」

 握った掌が奇妙に冷たかった。ジールマンの視線が依然凱龍輝の図面を追っていた。

「確か〝レイ・エナジー・アキュムレイター〟と言いましたね、あのモジュールは」

 二郎の右手の握力が極端に緩んでしまう。

 開示もしていないLモジュールの正式名称を敢えて告げた様子から、ガイロス帝国側も凱龍輝の情報を欲しているアピールだと悟る。老獪なのはギュンター・プロイツェンだけではなかった。

「……僕の一存ではお返事し兼ねます」

「いやいや、見返りなど求めておりませんよ」

 言葉の裏側は明らかに「見返りが欲しい」という意味である。

「凱龍輝が戦場で真価を発揮し、報道を以って喧伝されて以降であれば、部分的な技術開示は可能かと思います。今はその程度しかお返事できません」

「それは楽しみです。技術者として純粋に興味があります、荷電粒子吸収システムとは如何様なものか、とね」

 コーヒーを含みながらジールマンは愉快そうに嗤っていた。

 リョウザブロウは真一文字に口を結んだまま、そして二郎は引き攣った笑顔を浮かべていた。

 

 二郎にとって幸運が重なった。諜報部のユングハウス大尉より、鹵獲したドラグーンネスト『フェルトフォーファー・キルフェ』のメモリーから戦闘行動とは別の西方大陸西部での行動記録が発見されたという報告が伝えられてきた。行動記録に残されていたのはブルトン湖~マンスター高原地域での探索あり、ジールマンより提示された情報と一致していた。ドラグーンネストは中央大陸攻略以前、バーサークフューラー及びダークスパイナーの素体となるプロトレックス確保のため西方大陸に赴いた記録である可能性が高い。

 ジールマンより提供されたゲーター3機、レブラプター3機を率いて、ディスペロウはガイガロス所属のホエールキングに搭載された。

 西方大陸の西部、西方大陸戦争時には戦禍に巻き込まれることのなかった辺境地域に、二郎はプロトレックスの野生体を求め再び機上の人となっていた。

 



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 二郎たちのバイオ・プロスペクティングの最中、中央大陸の最前線は激変していた。稼働を始めたキマイラ要塞のアウタルキーは無数のキメラブロックス製造と戦場への投入を開始し、ゼネバス回廊の堅牢化と周囲の軍事拠点への兵站を確立させる。嘗て第二次中央大陸戦争の際、占領していたヘリックシティーがマッドサンダーによって包囲殲滅された(てつ)を賢帝ヴォルフが踏むことはなかった。

 マウント・アーサが再度陥落したことが帝国軍反撃の口火となる。ハーマンのウルトラザウルス奇襲により奪還した拠点は、奪還直後ゆえに脆弱だったことは否めないが、天然の要害に守られた要塞都市がこれほどたやすく陥落するとは共和国軍にとって想定外であった。脱出した守備隊の報告では、強力な荷電粒子砲によって城壁が破られ敵兵の侵入を許したとある。攻撃を行ったゾイドの機種は不明、デスザウラーともジェノザウラーとも異なるタイプの閃光と記録されていた。

 占領されたヘリックシティーを取り戻すためマウント・ジョー、クロケット砦と共に三角形を描いて包囲していた一画が崩れたことで共和国軍は後退を余儀なくされる。

 機種不明の荷電粒子砲攻撃に対し凱龍輝の存在が改めて注目されたが、当時先行投入された5機は鹵獲したドラグーンネスト『フェルトフォーファー・キルフェ』と共に、メーカー整備を兼ねて東欧大陸ウェストリバー製作所に帰還してしまっていた。ドラグーンネスト廻航の理由は、ゾイテック社が帝国軍移動要塞型ゾイドのテクノロジー開示を共和国軍に要求したことと、ドラグーンネストを凱龍輝搭載仕様に改造し遊撃部隊として沿岸の帝国軍基地奇襲作戦に従事させる内部艤装作業を行うためである。但し仮にマウント・アーサ周辺の戦場に凱龍輝が配備されていたとしても、従来の荷電粒子砲出力に調整されていたLモジュールでは超長距離集束荷電粒子砲には対抗できなかったと推測される。幸か不幸か凱龍輝の華々しい戦果は先送りとなる。

 

 ホエールキングの舷側窓より臨む起伏の激しい西方大陸の地形は、海上航路と異なり二郎を退屈させることはなかった。

 ジオレイ平野の東に雪を抱いたジオレイ山脈が壁のように立ち塞がる。北上するにつれ積雪は消え、南方と西方のエウロペを繋ぐ地峡を越えると植生は一変し広大な原生林に覆われるローナ山脈の山腹が現れた。

「あれがダイノ島です」

 ローナ山脈の反対側、砂嘴状の半島先端に深緑の硬葉樹林に覆われた島が横たわる。

「観光と柑橘類の果樹栽培が盛んで、戦禍の及んだことのない西方大陸随一の楽園と呼ばれる場所です」

 同伴のアドリエン・ジールマンが様々な感慨を込めた視線を眼下の島に投げかける。

「時間と機会があれば是非立ち寄ってみたいですね」

 話題が続くことなく会話は途切れた。〝ディマンティス騒動(※『蟷螂の島』参照)〟、戦後のダイノ島でディマンティス掃討に凱龍輝が投入されることなど二郎にはまだ与り知らぬことであった。

 鹵獲したドラグーンネストの行動記録は、ダイノ島を越えた南緯15度以北に集中していた。北方のグレイラストの探索はほぼ終了しているため、調査の当面の中心はブルトン湖とヒッポクレネ湖周辺に絞られた。

「着水地点が見えました」

 ジールマンが指さす先、原生林に穴が空いたような真っ青な鏡面が広がっていた。

 ブルトン湖は地殻変動によって西エウロペの内陸に海が取り残された塩湖であり、広大な面積に比較し水深は浅く最深部でも数十mしかない。艦内アナウンスが着水体勢を告げ、機体が緩く下降していった。

 塩分濃度により反射率が高い水面(みなも)に、赤褐色の鋼鉄の巨鯨が姿を落とす。開かれた口腔から7機のゾイドが放出される光景は童話の一場面を彷彿させた。二郎とリョウザブロウの乗るディスペロウを先頭に、レブラプターとゲーターそれぞれ3機ずつが湖面に飛沫を上げて行軍していく。蒼穹と湖面との境目が不確かな世界は、無骨な陸戦用ゾイドたちが空中に浮遊しているかに見えた。

 ホバー移動によっていち早く湖岸に達したゲーターは一頻りレーダー波を放ち周囲に機獣化されたゾイド(敵)が存在しないことを確認する。上陸後集合した小隊はマンスター高地寄りの東岸へ進路をとった。その方面に野生ゾイドのコアが発する微細な生物発光(バイオフォトン)を感知していたからだ。

 ジールマンの広げるドラグーンネストの行動記録を示したドットマップは陸上探索に示唆を与えることはない。従って3機のゲーターとその護衛のレブラプターを常に間隔を取って配置し三角測量の要領でコアの波動検知を行いながら移動させた。

 原生林には既知の野生ゾイドや、未知であっても機獣化に不適合の小型ゾイドも多数棲息するため必然的にノイズは多くなりデーターのフィルター処理をするだけでも膨大な時間が費やされた。

 南緯5度、体温に近い気温と90%超の湿度が二郎達一行を(さいな)む。額から流れ落ちる汗がドットマップ上に別の点を描き、眼鏡のレンズは水滴で白濁する。暑熱のなか〝ベルグマンの法則〟を知る二郎にとって、果たしてここにプロトレックスなる大型野生体が存在するのか不安が募った。

 絞り込まれたデーターを睨み、二郎とジールマンは何度となく深い溜息をつく。目指すプロトレックスと思しき野生体は一向に出現しない。

「時間帯を変えましょう」

 夜行性である可能性も考慮し、探索は数時間中断された。

 

「懐かしいですね」

 持参したジャズベでコーヒーを淹れながら、ジールマンは二郎の腕時計を凝視していた。真鍮色の腕時計のベルトに夕日が乱反射している。(ふち)に粉分のこびり付くカップが二郎に差し出された。日中と異なり気温は低下し、カップの温かみが心地よい。

「似た物を以前愛用していたので」

「父の遺品となってしまいました」

『なってしまいました』という二郎の口調と表情からジールマンは状況を読み取ったようだった。

「仕事の立場と家族の立場を両立させて器用に立ち回れる者など稀にしか居りません」

「後悔してはいません。父も理解してくれていたと信じています。

 ただ、どうしても見せてやりたかった。僕が育て完成させた凱龍輝だけは」

「ますます興味が湧きますね」

 思わず漏らした本音に、ジールマンはブルトン湖に写る夕日を見つめ、一口含んだコーヒーに軽く咳き込む。

「凱龍輝、荷電粒子砲を無効化するLモジュール。そしてミスター二郎がまるで恋人のように語るゾイドに、です。

 尤も、お若いですから本当の恋人もいらっしゃるのでしょうが」

「そんな(ひと)、僕にはまだ……」

 そこまで告げると今度は二郎がコーヒーに(むせ)返る番だった。彼の脳裏には共にコンペティションを競った女性技術者の顔が浮かんでいた。ジールマンが笑う。

「ミスター二郎、正直過ぎるのは技術屋の宿命かもしれませんが、あなたはどうにも交渉ごとは不向きです」

 紅潮しているのが自分でもわかった。

「二郎さん、反応がありました。湖の北です」

 リョウザブロウがゾイド搭乗装備一式を持って駆け寄ることで、長閑な時間は破られた。探索を継続していたゲーターが未知の大型ゾイドの反応を察知したのだ。

「やはり夜行性だったか」

「捕獲用ユニットはディスペロウに搭載してあります」

「暗視ゴーグルの予備をお願いします」

「レブラプターとの戦闘は可能な限り回避してください」

「ホエールキングの機関の火入れ、伝達」

「二郎さん、コクピットに上がってください」

 静かに繰り広げられる喧噪の後、慌ただしくディスペロウが発進した。

 

 ゾイド野生体の生態については未解明な部分が多く、捕獲及び確保は常に戦闘ゾイド製造に携わる者にとって悩ましい問題であった。従って惑星大異変以降のガイロス帝国がゾイド兵器運用にあたり供給量を安定させるため、オーガノイドシステムによるクローニングを行ったことは戦術的一面では評価できるかもしれない。しかし軍事費の肥大化で国力を摩耗させ国内統一を欠きプロイツェンの叛乱を招いたことは大戦略(グランド・ストラテジー)としての失敗だったと断言できる。

 ヘリック共和国とその大統領であったルイーズ・キャムフォードの政策はゾイドの復興作業への利用と国力回復への最大限の努力を注ぐことで、戦闘用ゾイドに関してはメタロゲージなど野生ゾイド棲息域での保護育成程度に抑えたことこそが結果的には正解であったと言えよう(なお彼女は技術散逸を避けるため最低限の戦闘ゾイド製造を継続させたのも付加えておく)。だがその際、中央大陸原産の野生体がほぼ共和国軍の保護管理化に置かれ半ば家畜化してしまったことが第二次大陸間戦争緒戦の劣勢に繋がる。獰猛さに勝るガイロス帝国軍のオーガノイドシステム搭載型ゾイドに圧倒されたからだ。

 早くから入植が成されていた中央大陸、覇王ガイロスが帝国を成立させた暗黒大陸、そして惑星大異変によって殆どの野生体が絶滅してしまった東方大陸と比較し、多様な野生体の棲息する西方大陸はゾイド技術者にとっての魅惑の宝庫であったが、長引く戦乱が足枷となり充分な調査に至ることができなかった。ローカルコンテンツを主張した二郎の提案を速やかに受け入れたゾイテック社CEOの判断もまた正解であったのだ。

 

 標的は予想外の高速で移動していた。

 ゲーター、レブラプター、ディスペロウそれぞれが原生林の樹木の合間を縫って疾走するが追い縋るのがやっとである。コクピットの激しい上下振動に軽い嘔吐感を覚えながら、二郎は暗闇を疾駆する個体に思いを馳せていた。

 東方大陸出身の二郎にとって初めて間近にする大型野生体であった。モニター越しに尾と後肢が時折見えるが全身を見渡すことはできない。大きさはディスペロウと同じか或いは若干大きめか。暗視モニターの単調な色彩の中で、その個体は瑞々しく躍動していた。

 美しい、と感じるのはこれで何度目だろう。

 野生体の動きは、機獣化されたものとも素体とも異なり垣間見える仕草は生々しく(なま)めかしい。

 晒した脚部に驚く。軽く触っただけでも折れてしまいそうなほど華奢なのに、大地を踏み締め猛スピードで駆け抜けていく。

「前方、レブラプターです」

 威嚇と陽動を兼ねたレブラプターが野生体の進路を塞ぎ投光器を照射した。画面が一瞬ホワイトアウトし、リョウザブロウが野生体を挟み込むようにディスペロウの進行方向を直角に曲げて幅寄せする。当惑したように立ち止まる影がコクピットの側面から見えた。投光器の照射域から抜け出す直前、二郎は野生体の全身を視界に捉えることができた。

 直観でわかった。

(プロトレックス、これが……)

 まるで二次性徴前後の少女の如くガラス細工のような可憐(かれん)で繊細であどけない肢体だった。しかしガラス細工は時折(ときおり)破片を撒き散らし周囲を傷つける。

 衝撃がディスペロウを襲った。野生体の尾の一撃が、中型とはいえ重量級のブロックスゾイドを跳ね飛ばしたのだ。シートベルトが右肩に食い込み機体が横転するのを感じる。

「……二郎さん、お怪我はありませんか」

 意識が数分の一秒途切れていたようだ。軽く首筋に痛みを感じるが構わず言い放つ。

彼女(ゾイド)を追ってください、僕は逢いたい」

「わかりました」

 全てを納得したリョウザブロウが二郎の言葉に従いディスペロウを猛進させていた。

 



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 激しく振る尾、跳躍する脚、背中越しに振り返り視線を投げ掛ける仕草。

 無邪気な子供が「追いかけっこ」を楽しむように、プロトレックス野生体は挑発するが如く躍動する。

(遊んでいるのか?)

 蠱惑的な野性はあざとく二郎を(いざな)い、擬人化の誤謬(ごびゅう)に導く。

 並走するレブラプター2機が徐々に進路を狭めプロトレックスを囲い、ディスペロウに装備された捕獲装置の作動範囲に誘導した。

 捕獲を確信する二郎に反し、前部シートのリョウザブロウが忌々しげに舌打ちをした。

「待ち伏せされた」

 右のレブラプターが弾き飛び、金属の塊となって群生する樹木の葉の波に没する。急停止し身構えるディスペロウとレブラプターを取り囲み、一斉にプロトレックスの群れが姿を現す。

 罠にかかったのは二郎たちの方であった。ハンティング・コミュニティー。それは子供の遊びなどではなく、彼女らにとって真剣な狩りであったのだ。

 だがヒトの狡猾さには及ばず、緊迫した均衡は瞬時に覆される。遅れて接触したゲーターの小口径ガトリングビーム砲が包囲を破った。野生体にとって脆弱な火器も脅威である。算を乱して逃げるプロトレックスの1匹が群れから離れた。

「あの個体を」

「了解です」

 嗜虐心が過る。捕獲装置の照準を定めるリョウザブロウの背後で、二郎はそれが先程から挑発を続けていたものとわかっていた。

()ッ」

 クモ型ゾイド〝グランチュラ〟のワイヤー射出機を応用した捕獲装置が、疾走するプロトレックスの腰部から右脚部付け根に絡み付き肢体に食い込む。表皮は金属で形成されているとはいえ人工的な装甲材の硬度に至らない。野生体は悲鳴を上げて卒倒しハンティング・コミュニティーを呼び寄せるが、ゲーターのガトリング、そして体勢を立て直したレブラプターのカウンターサイズとストライクハーケンクローを前に見捨てられる。それもまた野性の摂理であった。

 ワイヤーは過度の損傷を与えないよう締め付け強度は調整されている。卒倒直後から眼窩の輝きは消え悶え苦しむ様子もなく、システムフリーズを思わせた。リョウザブロウがディスペロウのチェンジマイズを提案する。

「保険ですよ」

 微笑むリョウザブロウの目は笑っていなかった。

 ブロックスパーツが舞い格闘戦に特化したアルティメットモードへチェンジマイズを行う間、ゲーター2機とレブラプター1機が、動きを止めたプロトレックスに接近する。「不用意に接近するな」と二郎が告げると同時であった。

 光を失っていたプロトレックスの眼窩が輝く。捕縛された状態にありながら尾を撓らせ、打撃の間合いに入ったゲーター1機レブラプター1機を跳ね飛ばした。宙に舞うゲーターの飛跡をリョウザブロウの視線が冷静に追い、前傾姿勢のメタルクラッシャーホーンでプロトレックスに突入する。

「駄目だ、壊さないでくれ」

 咄嗟に叫んだ二郎に「大丈夫」と短く答え機体は加速した。

 プロトレックスが尾の反動を利用し立ち上がろうとするが、メタルクラッシャーホーンは地表と身体の僅かな隙間に挿入された。掬い上げられた野生体はディスペロウの背中で屹立するマルチプルキャノン二基と三連ロングレンジキャノン二基の間に、頭部を右、尾部を左に背負い込まれ、再度射出されたワイヤーにディスペロウごと縛り付け完璧に拘束された。

「二郎さん、キャノピーは割れませんからご安心を。ですが暫く同衾です」

 重量に耐えられず、ディスペロウは四肢を伸ばして腹這いとなる。コクピット上面にプロトレックスの金属肌が貼り付き、ワイヤーがキャノピーを通して不快な軋みを響かせる。

 ジールマンのホエールキングが到着するまで、二郎は縛られたプロトレックスと過ごすほかなかった。

 

 拘束具に固定され横臥した肢体の端々から無数の検査用ケーブルが伸び、ミステリアスな存在であったプロトレックスは二郎たちに全身を晒している。情報通り、バーサークフューラー=先行生産された凱龍輝の素体レイアウトに酷似していた。

収斂進化(コンバージェンス・エボリューション)の為せる技と言えるでしょうか」

 興奮気味なジールマンの言葉に二郎が無言で頷く。事実上、ゾイテック社より二郎に課せられた職責(ミッション)は達成した。今回の探索により野生体の捕獲は比較的容易と判断され、早急に量産化体制を整えるのも可能と分析された。メーカー側に立つ者として喜ぶべきなのだが、拘束された野生体を見上げる心中には激しい(わだかま)りが生じていた。

 野生体の美しさは野性にあってのもので、それを人の手によって調教し機獣化するのが〝正義〟なのかという戦闘ゾイド開発者としての根源的な疑問である。

 西方大陸の密林を自由に疾走していたプロトレックスは美しく、その感動は凱龍輝初号機がロールアウトした時にも比類した。

 この惑星では長きにわたり人がゾイドを家畜や兵器として偏利的に酷使し続けてきた。プロトレックスもまたネオゼネバス帝国に搾取され、新たにゾイテック社という軍事企業にも乱獲される運命を想像すると暗澹となる。この野生体も自由を失い、人為的淘汰により増殖の手段を奪われてしまうかもしれない。

「これはビジネスです」

 不意にジールマンが無言の二郎に告げた。

「ゾイド技術者が一度は陥る葛藤とお見受けする。だが忘れてならないのは、我々が戦争をしているということ。そして全ての技術開発に於いて立ち止まるのは許されないということだ」

 亡き父と同じ年齢を重ねた老練な帝国技術者は、若い技術者の煩悶を見抜いていた。

「貴方が開発したLモジュールと凱龍輝はもはや消去できない優秀な戦闘ゾイドとして既に歴史に刻まれてしまっている。仮にミスター二郎が開発を放棄したとして、我らガイロス帝国が何らリアクションを起こさないとでもお考えか」

 表情に妥協はない。隙あればテクノロジーを奪取しようと画策する眼差しである。

 しかし二郎は目を逸らし苦笑する。

「残酷な言い方ですね」

「残酷という価値基準など主観に過ぎない。そしてこれは残酷な戦争ビジネスだ。甘えるな」

 吐き捨てる口調は、それが老技術者の嘗て辿って来た(わだち)であることも仄めかした。

 叱責の片鱗に不思議な温かみを感じる。それもまた、二郎に亡き父の面影を思い起こさせていた。

 

 

 共和国軍クック要塞は四方を大河と山脈に囲まれた天然の要害であり、帝国にとって最も目障りな存在となっていた。 

 名将ウィルバー・クレーン・インブランドの堅実な指揮の下、要塞の外縁にはヘッジホッグ、中間帯に〝ドラゴン・トゥース〟と呼称されるテトラヘドロン、内縁に対ゾイド障害となる有刺鉄線バリケードが延々と敷設され、接近戦はもとより遠距離射撃(※常識的な)も届かぬほど重厚で長大な防御が施された。これは奪還直後に早々に陥落してしまったマウント・アーサの失態を繰り返さないための施策である。

 ゾイド兵力は最強のゴジュラスギガ部隊を筆頭に、サラマンダーやバスターイーグルなど強力な空戦ゾイドを擁して制空権及び補給路を確保した籠城戦を継続し、ことあるごとにゼネバス回廊への介入と攻撃を繰り返した。更に要塞背後のクック湾には西方大陸や暗黒大陸に散り散りになった共和国部隊が集結し再編成を開始しており、占領下のヘリックシティー奪還を目指しているのは明白であった。

 兵員数が慢性的に不足しているネオゼネバス帝国軍にとって、これまで共和国軍に対抗するためには常に意表を突いた戦術を採用してきた。

 ジャミングウェーブは敵のゾイドを操り、味方に組み入れてしまう武器である。

 ブロックス(キメラブロックス)は無人で作戦行動を行う武器である。

 正攻法では大量の兵力が必要と予測されるクック要塞攻略戦に於いて、帝国軍は非常識なまでのアウトレンジ攻撃という新たな戦術を導入するのである。

 

 高熱を発する核爆弾の爆心地に於いて直撃を受けた『にんげん』は自らの死を自覚することなく蒸発するらしいが、語る者もまた蒸発しているので誰にもわからない。

〝面〟で制圧する核爆弾に類似するものがデスザウラーの大口径荷電粒子砲とすれば、超長距離集束荷電粒子砲を例えるならば、差し詰め〝線〟で制圧する武器と言えるかもしれない。

 クック要塞では、クック湾より陸揚げされ、バスターイーグルより要塞内に投下される物資の移送にアロザウラーを多用していた。

 敵から眺望されることのない要塞城壁の裏側で稼働していたこの中型ゾイドの1機が突如上半身を失い爆発する。残された下半身は切り取られたような円弧が刻まれていた。蒸発したアロザウラーもまた、自らの死を自覚していたとは思えない。

 前兆はあった。クック要塞上空を数回閃光が過ったが、共和国軍兵士達はキャノピーなどに乱反射したハレーション程度としか認識できずにいた。

 それが距離と方位を測定するために放たれた数十分の一秒ほどの交叉射撃であったことに気付かなかった監視兵を「怠慢」と糾弾するのは酷だろう。数十秒後、クック要塞は修羅場と化す。

 飛来する閃光は次第に照射時間を伸ばした〝線〟となって、次々とゾイドを撃ち抜いた。ゴルヘックスが、レオストライカーが、ガンブラスターが瞬時に蒸発していく。体躯の巨大なゴジュラスギガだけは身体の数か所に数mの円を描き貫かれた後に瓦解した。

 状況が理解できず呆然としパニックに陥った共和国軍の中、地平線の彼方から曲射され飛来する閃光を見止めた者があった。想像を絶する長距離だが、地平線の先に攻撃の主が潜んでいると判断した要塞司令部では、蒸発を免れたバスターイーグル1機を急遽斥候に立て偵察の任に充て一報を待った。

 程なくしてバスターイーグルは通信を絶つが、最期に送信された映像を見てインブランド少将以下幕僚達は絶句した。

 ゼネバスの紋章を付けた見たこともない雷竜型ゾイドが、レーダーの索敵範囲の遥か外側から超長距離砲撃を放つ様子が映っていた。

 これまで開発されてきたどの雷竜型ゾイドとも異なる長大なシルエットを有する機体、ネオゼネバス帝国が復権の旗印に掲げた新型ゾイド、超長距離集束荷電粒子砲=ゼネバス砲を有する地震竜〝セイスモサウルス〟の威容であった。

 



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 プロトレックス野生体をプラットフォームにした凱龍輝再設計のため、東方大陸ウェストリバー製作所に赴任していたことが二郎に幸いした。セイスモサウルス出現による中央大陸ヘリック共和国軍の大規模崩壊と撤退、転進の怒号と混乱に巻き込まれずに済んだからだ。

 たった一機種のゾイドの出現によって戦線が完膚なきまで瓦解した状況は第二次中央大陸戦争のデスザウラー出現時にも比類する。しかし体躯や格闘性能に於いてセイスモサウルスに勝るゴジュラスギガが圧倒されたのは、偏にネオゼネバス帝国軍の功名な戦略によるものであった。

 ジャミングウェーブによって多くのゾイドを奪われ再建途上の共和国軍はゾイドの絶対数が不足しており(これはゾイドの数に対しパイロットが不足している帝国軍とは真逆の悩みである)、臨時大統領ウッドワードにせよ実質的な戦闘指揮を執るハーマン少将せよ、戦線は慎重に拡大すべきと分析していた。

 だが旧共和国領内で燎原の炎の如く反攻の狼煙が上がり、手持ちの武器やアタックゾイドでの民兵組織の一斉蜂起によって共和国軍制圧圏は想定外の速さで拡大してしまう。共和国軍への住民の草の根支援により補給物資移送ルートは確保されたが、必然的に兵站の延長を強いられる。主兵力となるゴジュラスギガ或いはガンブラスタークラスの大型戦闘ゾイドの配備密度は希薄になり、フォース・プロテクション(戦地に派遣される兵士の保護)もまた疎かになってしまった。

 賢帝ヴォルフは、共和国正規軍と民兵側の戦略的コミュニケーション及び認識管理(パーセプション・マネジメント)に齟齬が発生する瞬間を虎視眈々と狙い続け、千載一遇の機にセイスモサウルスとそのサポートブロックス、シザーストーム、レーザーストーム、スティルアーマーを投入した。延び切った戦線で集中運用できないギガが各個撃破されるのは容易だった。

 ギガ1機製造に対し、凱龍輝であれば概算で3機の製造が可能である。全ては仮想に過ぎないが、量産体制が整った凱龍輝が中央大陸東部に配置されていれば、或いはこれほど大規模な戦線崩壊は発生しなかったかもしれない。

 

 苦境の続く共和国軍とは異なり、二郎にとってもう一つ幸いな出来事が訪れていた。

 プロトレックス素体の図面を広げた、二郎が待つ第二会議室のドアが開く。

「御無沙汰していました。主任もお変わりなく」

「もう僕は主任じゃないよ」

 この遣り取りは何度目だろう、と心中で苦笑しつつ、二郎はタケオ・Dとの再会を果たした。

 切り札であったゴジュラスギガが撃破されたことで共和国軍はゾイテック社との資本連合(コンソーシアム)を再度締結し直し、優秀な技術者を一時的に結集させる合意に達した。嘗てバーサークフューラー改造コンペティションを競い合った技師を二郎の元に集め、荷電粒子砲に対抗し得るゾイド、凱龍輝の大量生産体制確立を図ったのだ。

「タケオ君はいまは静男所長さんの部署だから、担当は海戦用ゾイドの設計なのですか」

 軽い挨拶の後、語り出すのはやはりゾイドの話題であった。

「ディスペロウの八連ブロックスを発展させたTB8と呼ぶ人造コアを開発中です。まだ海のものとも陸のものとも言ません」

 タケオは笑顔を浮かべ、曖昧な説明を力強く言い切っていた。

「それよりゼネバス砲についての分析です。バラクリシュナンが命懸けで持ち帰ってくれたギガの破壊状況データから判断して、ジェノザウラー系の集束荷電粒子砲のビーム口径よりも更に極小のものと推測されます。」

 提示されたレポート紙面の端に共和国軍技術士官の称号を有する〝ベルナー・イズラエル・バラクリシュナン〟の署名が記され、ビームの中心に向かってねじり込むような粒子の動きが描かれていた。ギガ開発のため軍属となっていたバラクリシュナンは、戦場よりぼろぼろとなって帰還した。プロジェクトチームに参画しているとはいえ療養中であり合流は数日後の予定であった。バラクリシュナンのレポートを手にタケオは手にしたペンで螺旋を描く。

「中心軸の誘導レーザーの周囲に内向きモーメントの荷電粒子がスパイラルを描いて飛翔していると思われます。僅かな電荷と質量を持つ粒子でも中心軸に集中することで極小域での重力崩壊を起こし、衝突した粒子を対消滅破壊させているのではないでしょうか。でなければ数百㎞先から射出される間に荷電粒子が拡散しない原理を説明できません」

〝レイ・エナジー・アキュムレイター〟を開発した頃とタケオのスタンスは変わっていない。専門用語の飛び交う会話を咀嚼しつつ、二郎は残る二人の来訪者のうち一人の到着を待ち侘び、頻りに腕時計を眺めていた。

 ノヴァヤゼムリャ製作所でバーサークフューラーを待っていた時にも似て、その女性を想うと思春期の少年のように胸が高鳴った。

 第二会議室のドアの向こうに複数の足音が響き、待ち人は訪れた。

「ディスペロウに搭乗して戦場に行ったと聞きました。相変わらず無茶をしますね」

「主任、無事でよかったです……」

 チューキョン・ツェリンは、クヌート・ルンドマルクと共に現れたのだった。

 彼女はバスターイーグル開発の高い手腕が認められ、共和国軍に共同事業体制(プログラム・パーティシペント)の名目で新たな飛行ブロックスの設計を委任され、凱龍輝のコンセプトを利用しライガーゼロとのチェンジマイズを前提にした飛行ブロックス〝フェニックス〟を完成させる。現時点ではミドルタウンのゾイテック本社付勤務となっていたルンドマルクと同じチームを組み、新型ゾイド開発に携わっていた。

「本社から帝国軍に提供する計画だった仮想粒子〝タキオン〟を操る興味深いモジュールを見つけました。いま彼女の手解きでバーサークフューラーのバスタークローを応用した新型飛行ブロックスを共同開発中です」

 嘗て〝ヤクトフューラー・イミテイト〟を提案したように、既存のユニットを最大限に活用するルドマルクのスタンスもまた変わっていない。変わったのは、チューキョンを背にする語気が奇妙に挑戦的なことだった。

「彼女の発想には常に感服します。自分たち二人が協力すれば凱龍輝を上回るブロックス・チェインジングアーマーを完成させる自信があります」

 ルンドマルクが殊更に「二人」の部分を強調しプロトレックス素体の凱龍輝図面に視線を落とす。

「さあ、早速取り掛かりましょう。我々には無駄に費やす時間はない」

 二郎に先んじルンドマルクが開始の言葉を告げた。チューキョンの若干当惑気味な様子が垣間見えていた。

 

 プロトレックス野生体の捕獲は順調との報告が西方大陸ニクシー基地より届く。程なく復帰したバラクリシュナンもプロジェクトチームと合流し、五人の技術者によって凱龍輝新機体の設計、量産のエスタブリッシュメントは滞りなく進行していった。

 二郎たちが作業する第二会議室は東方大陸随一の規模を誇るウェストリバー製作所造船ドックに隣接しており、現在鹵獲されたドラグーンネスト『フェルトフォーファー・キルフェ』が巨体を委ねていた。二郎は漠然とした憧憬と気分転換を含め、ドック内壁に設置された人気のないキャットウォークに頻繁に訪れていた。

 外装こそ変化はないが、内装は凱龍輝及びディスペロウ、エヴォフライヤー部隊を最大限搭載可能に艤装されている。セイスモサウルスによって寸断された共和国軍のフロントラインはレッドリバー沿いに潮が引くように後退し、大陸の南岸クーパーポートまで追い遣られた。共和国軍の要請を受け早急の対策を迫られたゾイテック社では、先行生産の凱龍輝5機全てとサポートブロックスを搭載した鹵獲ドラグーンネストの派遣を決定する。

 その当日のこと、凱龍輝がドラクーンネストに呑み込まれていく様子を眺める二郎の後に、いつの間にかチューキョンが立っていた。

「ゾイテック社はいつからPMC紛いの戦争請負企業になってしまったのでしょう」

 二人だけになるのは再会以来初めてだったが、彼女の言葉は憂いに満ちていた。

「戦争がテクノロジーを発展させると言うが、それは結果論であって真実ではない。あの美しい野生体が禍々しい鎧を被せられ戦場に赴くことは、僕にとって不愉快極まりない」

「主任はゾイドが戦うことは嫌いですか」

「野生体の本能を剥き出しにして戦うのは嫌いじゃない。でも戦わされるの嫌いだ」

 振り向いた視線がチューキョンと交わる。一瞬見つめ合ったあと彼女は俯いた。

「私も同じことを考えていました。人の都合に弄ばれ、戦場の劫火に焼かれて逝くゾイドの悲惨さを。作っても作ってもまた新たな生贄となって殺される金属生命体たちの末路は見るに堪えません。

 技術者として自分のしていることは本当に正しいのか、これではまるでゾイド殺しの幇助をしているだけではないのかと。

 私のこの手はヒトの血液だけではなく、死んだゾイドコアの組織液で塗れているのかもしれない……」

 俯く彼女の視線の先には自身の両掌が歪んで開かれていた。

「残念だが、それは甘えだ」

 ガイロス帝国技師ジールマンからの叱責を今度は二郎が告げる役回りとなった。

「戦争に負ければ莫大な負債を抱えてゾイテック社は破綻する。そうなれば僕らが積み上げてきたこと全て消滅しゾイドに携わることも不可能となる。それに僕たちだけの問題じゃない。社員全員の人生にも関わってくる事だ」

「〝甘え〟と仰るなら、それだってエゴです」

「エゴでも自己保身でも前進する他ない。例え血反吐を吐きながらでも」

「進む先が修羅の道であってもですか」

「そうだ」

 ドックでは分離していた強襲揚陸艇『ポセイドン』が甲高い音を立て本体に接続されていた。

 綺麗ごとを並べるだけで生きていけるほど世界は美しくない事を、互いに理解できる大人だった。

 結論の出ないまま、二人の間に沈黙が訪れる。

「……ルンドマルクから正式にプロポーズされました」

 ベクトルの異なる驚きに思わず二郎は顔を上げる。

「ノヴァヤゼムリャに勤務している頃から彼の気持ちは薄々気付いていました。そして彼も私が主任に想いを寄せていることも。

 彼は言いました。〝あの人は人よりゾイドを愛する人間だ。そして自分はゾイドより君を想っている。だから一生傍にいることを誓う。自分は君を残して遠くになどいかない〟と」

 頭の内部が一気に沸騰する。

 二郎にとって既に彼女はかけがえのない存在になっていた。

(誰にも渡したくない)

 沸騰した心は、驚くほど情熱的行動をとる。

 突然二郎はチューキョンに駆け寄り抱きしめた。

「感情はロジックじゃないのを実感した」

 背中に回した両腕が強く抱きしめる。いましも彼女の身体を潰してしまうのではないかという程に力を込めて。

「君は僕の大切な(ひと)だ。誰にも渡さない。ルンドマルクのように約束はできないが、君には僕の傍にいて欲しい。これは僕のエゴだと判っている」

 チューキョンもまた、二郎の背中に両腕を回し抱きしめていた。

 頬が触れ、互いの息遣いと鼓動が伝わる。

 ゆっくりと見つめ合い、唇が触れた。

 

 数分間の抱擁の後、チューキョンが尋ねた。

「私と凱龍輝と、どちらを愛しますか」

 二郎は即答する。

「両方だ」

「それでこそ、私の二郎さんです」

 チューキョンが満面の笑みを浮かべ、再び唇を重ねた。

 ドラグーンネストへ凱龍輝及びサポートブロックス搭載作業が完了するまで、二人の唇は重なり合ったままだった。

 

 

 ウェストリバー製作所長、K・静男が出撃準備の完了したドラグーンネストを見上げ所員全員に訓示する。

「この艦は本日0時を以てヘリック共和国軍に移譲されます。ですが今後も艦の補修管理や搭載される凱龍輝の整備に於いて、当製作所ドックの継続使用をウッドワード大統領より委任されました。

 共和国軍艦艇として運用するに際し帝国軍の名称から新たな艦名に改名されました。混乱を避けるため、当製作所員にその名称を全員に伝えておきます。

 新たな艦名は『ルイーズ・エレナ・キャムフォード』です。以降、記憶に留めておいてください」

 鹵獲されたドラグーンネストは、帝国から共和国に身を寄せ、大統領の地位に登り詰めた後に消息を絶ったゼネバス皇帝の娘の名前が与えられていた(※尚この命名に際し、ロブ・ハーマン少将の猛烈な反対があったことも付け加えておく)。

 翌日深夜、ドラグーンネスト『ルイーズ・エレナ・キャムフォード』は、凱龍輝と共に中央大陸南岸、クーパーポートを目指し出撃していった。

 



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「直撃ヲ受ケタ(集光パネルの)〝保護シート〟ガ溶ケルト、溶ケタ〝シート〟ノ下カラ露出シタ〝パネル〟二光ノ粒ガ吸イ込マレテイクヨウニ見エタ。サスガ〝バーサークフューラー〟ノ集束荷電粒子砲ダケアッテ、〝アキュムレイター〟ノ〝ゲージ〟ガミルミル満タサレタ。

 荷電粒子砲ヲ浴ビルノガコンナニ嬉シク思エタコトハナカッタ。タチマチ(アキュムレイタ―が)〝フルゲージ〟ニナッタ凱龍輝ノ前ニハ、〝フューラー〟ガ呆ケタミタイニ棒立チシテイタ。凱龍輝ヲ発射形態ニシ、〝エネルギー〟ヲ使イ果タシタ〝フューラー〟目掛ケテ、自分ハ蓄積シタ〝エネルギー〟ヲ含メ集光荷電粒子砲ヲ撃チ放ッタ。

〝バーサークフューラー〟ダケデナク、〝ディプロガンズ〟〝ディアントラー〟〝シュトルヒ〟ガ集光荷電粒子砲ノ奔流ニ巻キ込マレ、同時ニ爆発シテイタ」

※凱龍輝070-3号搭乗、ランドルフ・カークパトリック曹長の戦闘報告書より抜粋。

 

 ドラグーンネスト『ルイーズ・エレナ・キャムフォード』(以降『ルイーズ』と表記)と凱龍輝一個小隊でのクーパーポート奇襲作戦は、凱龍輝の華々しい戦果を戦史に刻んで終了した。ノヴァヤゼムリャ製作所を奇襲したオットー・シンデウォルフ少佐が率いたキメラブロックス部隊は戦闘記録を送信できずに全滅していたため、ネオゼネバス帝国軍が初めて公式に接する凱龍輝の脅威であった。敢え無くクーパーポートを明け渡し脱出した帝国軍残存部隊はレッドリバー沿いに北上、レッドリバー支流のグレイリバー水源にあるグレイ砦駐留部隊と合流、併呑される。

 一方共和国軍は奪還したクーパーを足掛かりに一大反攻作戦を開始する。反攻部隊の先陣には、常に黄金のパネルを輝かす蒼き龍、凱龍輝の雄姿があった。

 

 赤道直下のフロレシオ海上、ウェストリバー製作所より出港したドラグーンネストにはプロトレックスベースの新たな凱龍輝と、飛行ブロックス・フェニックスが満載されていた。戦略技術部の要請により仮称〝凱龍輝2型〟の実戦検証を請け負った事実上フリーランスの二郎と、武器開発局の指示を受けゾイテック社員としてフェニックスとライガーゼロとのチェンジマイズの整合性を確認する任を負ったチューキョンが、東方大陸に向かう『ルイーズ』に同乗を願うのは必然であった。赤道越え祭りを機会に艦長のローレンス・アーベルクロンビー少佐を媒酌人として開かれた祝賀会は、二人にとっても同乗した兵員達にとっても記憶に残るイベントとなった。

『ルイーズ』の艦内で祝福の歓声が響き、狭隘なブリッジ中央通路をありあわせの紙吹雪とありあわせのブーケを携えた男女が肩を寄せて歩んでいく。

「おめでとう、主任さん!」

「チューキョン、お幸せに!」

 婚約を公言した二人へ無数の祝辞が贈られる。

「主任、艦内恋愛は軍紀違反だぞ!」

「部下に手を出すのは越権行為だろ、主任!」

 いつのまにか「主任」と呼ばれていた二郎へは、数少ない女性乗員のチューキョンに秘かに憧れていた男性乗員から半ば怒号にも似た賛辞が投げ付けられていた。

 輸送任務とはいえ作戦行動中であり、喧噪の宴は数分の内に閉じられた。余韻を味わう暇もなくブリッジは無機質な警戒態勢に移行する。各々が配置に戻り、二郎も中央格納庫に積載された凱龍輝群をキャットウォークより見下ろす位置で私物の情報端末を確認する。出港前に受け取った戦略技術部事業部門長ユルジス・バルトルシャイデスの通知書には、凱龍輝の1型と2型の能力差を詳細に報告せよという主旨が記されていた。

 コクピットレイアウトを含め外見上差異のない1型と2型は機体ナンバーで判別される。先行試作機及び先行量産機は070-xx(xx=製造順の通し番号)だが、2型の場合70-yy(yy=1型からの通し番号)となり、最初の0を省略している。これは操縦者に機体の違いを伝えないことにより性能差を先入観無しに分析させるための措置であり、共和国軍内部でも現時点で知る者は限られていた。

 二郎はメールに添付されている文書データに気付く。差出人はクヌート・ルンドマルクとあった。

恋敵(こいがたき)に塩を贈ります。お幸せに〟

 続く補給物資のコンテナナンバーが記載されていた文字列に目を見張る。

「これは……」

「本社から、グレイ砦包囲部隊にいる懲罰部隊にフェニックスを配備しろという連絡を受けました」

 反対側のキャットウォークより現れたチューキョンの問いかけに二郎の独白が中断された。

「オペレーション・アナストモーシスで一緒に戦ったレイ・グレッグ少尉達の部隊だろう」

「ライガーゼロ・フェニックスは間違いなく優秀なゾイドです。それなのにあの子たちが懲罰部隊だなんて……」

 自分の開発したゾイドに絶対の自信を持つ彼女にとって、過酷な任務に従事させられる懲罰部隊へのフェニックス配属は不満であった。

「私自身のエゴを否定しません。敵のゾイドは傷つけても自分の作ったゾイドが傷つくのは嫌というのがダブルスタンダードであることも認めます。でも、みすみす破壊されるための出撃なんて……」

 身体を傾けるチューキョンに、二郎は咄嗟に端末を持った右手を上げて胸のスペースを空けた。抱擁した彼女の身体からスピンドル油の匂いが漂う。

「精強な新鋭ゾイドを配属するのは懲罰とは思えない。もしかすると懲罰任務は終わったのかもしれません。きっとグレッグ中尉達へこれまでの慰労を込めてフェニックスが送られるのですよ」

 二郎は彼女の背中に左手をまわし抱き寄せ静かに語り掛ける。チューキョンは軽く目元を拭い顔を上げた。

「ごめんなさい、主任……二郎さんに迷惑かけて」

「お互いの弱い部分を補うのも必要だと思っています。大丈夫、君が育てたフェニックスと僕の凱龍輝とが一緒ならどんな敵でも倒せます」

 軽いキスを交わし、再びチューキョンは分解収納されているフェニックスのコンテナチェック作業のため格納庫後方へと去って行く。その時二郎の鼓動は高まっていた。残念なことにフィアンセとの抱擁ではなく、ルンドマルクからの贈与品によって。

 

 クーパーポートに接岸した『ルイーズ』は搭載していたゾイド群の陸揚げ作業を直ちに開始した。作業中に二郎はローレンス艦長に乞われ、数人のブリッジ要員と共にクーパー守備隊の仮設司令部へと赴いた。

「ポセイドンとネプチューンでのグレイ湖までのフェニックス輸送は可能か」

 クーパー守備隊の暫定指揮を司るユータス・ダインコート中佐は二郎を目にするなり告げていた。

 フェニックスのAI(artificial intelligence)は、先導機が有人であれば航続距離の80%程度まで自律飛行は可能であるが、今回移送されたフェニックスの数は中隊規模の30機に及ぶ。飛行領域(フライトエンベロープ)の制圧を完了していない以上、貴重な新鋭飛行ゾイドをAI任せに移動させるリスクを回避するのが一つ目の理由である。

 二つ目の理由に、今回懲罰部隊にフェニックスを与えグレイ砦強襲を実施させるにあたり、敵に手持ちの駒を明かさず攻撃を開始させたいという思惑があった。

 クーパーポート奇襲により鹵獲ドラグーンネスト『ルイーズ』の存在は帝国軍にも知られてしまった筈で、分離した強襲揚陸艇を独立行動させたところで今後の作戦への影響は少ない。今回の輸送任務には鈍重で巨大で装甲の薄いタートルシップではなく、重装甲で中規模の輸送が可能なネプチューンとポセイドンこそ最適と分析され、そして技術者として多少なりともドラグーンネスト艤装に関わってきた二郎にアドバイスを求めたのだ。

「ホバークラフトでの短距離低空飛行は可能ですが、本体と分離した長距離移動は避けたいところです。燃料消費を抑えるために各揚陸艇のハイドロジェットの緊急時以外のブースト使用を限定し、レッドリバーとグレイリバー河川上を遡上するのが最良と思います」

 改名された『ルイーズ』と異なり、単独行動を想定していなかった巨大ザリガニのハサミには共和国軍側での呼称は未定であった。状況は急を要し混乱を避けるため敢えてネプチューンとポセイドンの新たな命名は見送られた。 

 

 グレイ砦への輸送部隊編成

○輸送艇

・揚陸1号艇 ポセイドン(フェニックスユニット15積載)

 艇長エドワード・ミルン中尉

・揚陸2号艇 ネプチューン(フェニックスユニット14機積載)

 艇長ヘンリー・ノリス・ラッセル少尉 

〇護衛部隊

参戦機体及び操縦者

・凱龍輝×3

 070-2号 ハリエット・ブルックス中尉

 70-6号 マグリット・ボレル少尉

 70-7号 ジョン・バーディーン伍長 

・エヴォフライヤー×2 

 019-2 マーチン・ファン・クレフェルト軍曹

 019-3 エルンスト・ローレンス伍長

・ディスペロウ×2

 018-11 ラルフ・ファウラー少尉

 018-14 エドマンド・ストーナー兵長

・フェニックス(1機のみ稼働)

 071-3 ヴァレリアノヴィッチ・タタリノフ飛曹長

 全体指揮官 エドワード・ミルン中尉(以上55名)

 

 当然の如く、二郎は部隊に加わっていた。

「また宜しくお願いします」

 オペレーション・アナストモーシスの際にエヴォフライヤーに同乗したマーチン・クレフェルトがポセイドンのブリッジで握手を求め、背後ではやはり同作戦でバスターイーグルを操縦したタタリノフ曹長がチューキョンにフェニックスに関しての情報に熱心に耳を傾けている。今回彼女はクーパーポートに残留し、後方より作戦を支える役割となっていた。

「危険なことはできるだけ避けてください。私も後から合流します」

「グレイ砦で待っています。到着したら一緒にグレイ湖畔を散策しましょう」

 強く抱擁し少し長めのキスを交わす。見開いた視線は僅かにチューキョンに向けられたものの、すぐに揚陸艇を背景に立つ凱龍輝に移っていた。

「相変わらず浮気者ですね。二郎さんらしいです」

「……すみません」

 言葉とは裏腹に二郎の視線は出撃準備が整った凱龍輝70-6号の脚部に注がれ続けていた。そこには見た目にもアンバランスで無骨な新装備、AZ電磁キャノンと四連装マルチプルキャノンが装着されていた。



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【挿絵表示】


 くさリル様(ツイッターアカウントhttps://twitter.com/kreiselschnecke/with_replies)に『凱龍輝―蒼き龍の系譜』のイメージイラストを描いてもらいました!
 これは著者である私が注文したのではなく、読者として全てイメージを築き上げて描いて頂いたもので、一種の感想とも解釈できます。
 時間と労力を割いてまで、拙作のイメージを描いて頂いた事、感激しています。
 本イラストに負けないように、私も『凱龍輝』の執筆に力を入れていきたいと思いますので、どうかイラスト同様、本文にも目を通して頂けたらと思っています。


 レッドリバーを遡上する輸送部隊に帝国軍の攻撃は集中した。

 まず、二郎が個人的に記録した戦闘経過を元に、敵の波状攻撃の概要を追う。

 

【第一波攻撃:レッドリバー クーパーポートより約100㎞上流付近】

 

06:32 LG(=ロードゲイル)視認、戦闘態勢へ移行

 FS(=フライシザース)、GK(=グレイヴクアマ)約20飛来

 対空迎撃、全凱(=凱龍輝)、ヒ(=飛燕)分離

 エ(=エヴォフライヤー)、フェ(=フェニックス)展開

 

06:44 河川水面上敵出現 DG(=ディプロガンズ)、SK(=シェルカーン)、MC(=マッカーチス)約10(不明)

 全凱、月(=月甲)分離、水上戦闘開始

 

06:50 ポ(=ポセイドン)艦首被弾、損傷軽微、航行に支障なし

 

07:02 水上爆発×3 DG破壊?

 水上攻撃鎮静 FS×2とGK撃墜確認 LG退却

 月浮上、全て凱に合体

 

【第二波攻撃:レッドリバー・グレイリバー合流地点】

 

07:46 LG×4 ZB(=ザバット)×10飛来

 全凱ヒ分離、フェ、エ、と共に対空迎撃

 

07:48 敵SB(=スマート・ボム=誘導爆弾)投下

 ポ艦尾、ネ(=ネプチューン)左舷被弾、損傷軽微 

 

07:50 ZB×4撃墜 全LG退却 

 

07:52 ヒ帰還、全凱合体

 

【第三波攻撃:グレイリバー、グレイ湖まで約150㎞付近】

 

08:30 河岸狭隘地点にて右岸よりDH(=デモンズヘッド)×6出現

 ディ①(=ディスペロウ080-11)、ディ②(=080-14)共に戦闘開始するもディ①被弾、大破、敵不明?

 

08:33 左岸LG×2、DA(=ディアントラー)×4、SK×8出現、連携火器攻撃

 凱①(=070-2号機)格闘戦、BZ(=ブロックスゾイド)数機破壊ママ

 

08:34 凱①被弾打撃? 敵不明? 胸部装甲破損

 

08:41 LG×2、ZB×6、KS(=キラースパイナー)、DD(=ディメトロドン)出現

 ZBのSB投下、ネ ブリッジ付近被弾、まだ何かいる?

 

 帝国軍はグレイ砦包囲攻撃の報を受け、本来であれば未だ抵抗を続ける南東部のマウント・ジョー攻略に当てる予定だった機動陸軍第8装甲師団を北方のグラント砦より引き抜き派遣する。

 ゼネバス回廊の中央山脈西側拠点グラントがなけなしの兵力大半を移動させた理由は、帝国が占拠しているヘリックシティー防衛の(かなめ)としてキマイラ要塞が本格的に稼働を始めたからである。生じた予備兵力を投入し、なんとしてもグレイ砦の陥落を防ぎ共和国の気勢を制するのが目的であり、輸送部隊が接触した大小ゾイド群は正しく移動中の第8装甲師団の先行部隊であった。

 

〝何もない空間から電撃を浴びた。敵が見えない〟

〝凱龍輝装甲の損傷状況からストライクレーザークローと判断、セイバータイガーがいるのか?〟

 攻撃を受けたディスペロウと凱龍輝より矢継ぎ早に報告が入る。ポセイドンのブリッジで戦闘記録を取っていた二郎が顔を上げ、艇長エドワードと見合わせた。

「ゼロイクスです」

 艇長兼指揮官は無言で頷いていた。

 ブレードライガーVSジェノザウラー然り、ライガーゼロVSバーサークフューラー然り、単機同士の戦闘に於いてジェノザウラー系ゾイドは概ねライガー系ゾイドとの相性が悪いと記録されている。帝国軍と共和国軍の立場が入れ替わったものの、高出力の光学迷彩機能を持つライガーゼロイクスに対し凱龍輝もまた苦戦を強いられた。

 戦闘に集中し大局の俯瞰が不可能なゾイドパイロットに代わり的確な指示を送るのが戦闘指揮官の役目である。エドワードも適宜ゾイドの配置を指示していたが、積載するフェニックスユニット保持のため戦術に消極性が感じられた。二郎にとってブロックスシステムを有効に活用できないエドワード達に言い知れぬもどかしさを覚え、堪らず声をあげていた。

「技術者としての提案です。ボレル機を凱龍輝デストロイにチェンジマイズし榴弾でゼロイクスの動きを封じ、残り2機を凱龍輝スピードにして対抗できませんか」

「了解した。各機へ通達」

 驚くほど速やかに命令が下され、二郎は自分の共和国軍内での位置付けが既に特別なものになってしまっていたのだと知らされた。

 

08:49 凱①+エ①(=019-2)、凱③(=70-7)+エ②(=019-3)CM(=チェンジマイズ)⇒凱スピード×2

 凱②(=70-6)足装備分離、+ディ②CM⇒凱デストロイ 

 

 凱龍輝デストロイにチェンジマイズする場合、飛燕、月甲が分離できないため合体シークエンス間はほぼ無防備となる。だがボレルの乗る凱龍輝に限っては新たな装備が追加されていた。

 消音装置によって(あしおと)を潜ませ忍び寄ったイクスを、人とは異なる視覚センサーで察知し突入する小型ゾイドがあった。AZ電磁キャノンと四連装マルチプルキャノンをフレームとするそのゾイドは、飛燕、月甲と比較し規格外の重量を有する。重金属の塊の如き小型ゾイドの低重心の突進は、例え大型であっても高速戦闘用に軽量化されたイクスを転倒させるに充分な重力加速度を持っていた。

 足元を掬われ横転したイクスの光学迷彩が一時途切れ、チェンジマイズを終え異変を察知した凱龍輝デストロイが三連砲二基の砲身を巡らせ榴弾を斉射する。

 炎に包まれ輪郭を露呈したゼロイクスの後方で、半身を埋め榴弾攻撃を回避する小型ゾイドがあった。

 

08:51 雷電AI正常稼働。凱龍輝・真 完成

 

 凱龍輝第三のブロックスとして〝サンダーボルト〟と仮称し二郎が設計した雷電は量産化の際製造は見送られたが、既存のテクノロジーを最大限に活用するクヌート・ルンドマルクの手に拠って完成され、その実験機がフェニックスユニットと共に輸送部隊に贈られていたのだった。

 正体を露呈したイクスに凱龍輝スピードが肉薄する。エレクトロンドライバーを振り翳し抗うイクスも、3機の凱龍輝の攻撃を全て防ぐことは不可能であった。

 

08:55 X(=ライガーゼロイクス)破壊

 同時刻通信途絶、DD?

 

「ジャミング、ディメトロドンです」

闇の獣王を葬った直後にブリッジと各ゾイドとの連携は遮断され、二郎の戦闘記録も一時ここで途切れる。以降、凱龍輝70-6号機パイロット、マグリット・ボレルによる戦闘報告を元に戦況を辿る。

 

「〝イクス〟ヲ(たお)シタ凱龍輝(デストロイ)二、〝キラースパイナー〟ガ突入シテ来タ。右ノ〝ジャイアントクラブ〟ガ伸ビテ、凱龍輝ノ三連ロングレンジキャノン基部二〝ヒット〟シ〝バランス〟ヲ崩シテシマッタ。

 辛クモ転倒セズ踏ミ止マッタガ〝トップヘビー〟ノ状態デハ格闘ニ不利ト判断シ、(凱龍輝デストロイモードからの)〝チェンジマイズ〟解除ヲ試シタ。

追撃シテ来ル〝スパイナー〟トノ間ニ凱龍輝スピード(バーディーン機・70-7号)ガ割リ込ミ時間ヲ稼イデクレタ。

〝パーツ〟ヲ排除シ、傍ラニ〝ディスペロウ〟ヲ従エ身構エタ。獣脚類型ゾイド同士ノ格闘戦トナッタ」

 

 互いにプロトレックスを素体とするゾイドの激しい戦闘は、恰も同族嫌悪を思わせた。

ジャミングウェーブの威力を失ったとは言え、キラースパイナーの戦闘性能は高い。ジャイアントクラブとストライクスマッシュテイルが衝突し不快な金属の擦過音を立てる。ボレルと同様チェンジマイズを解除したブルックスの凱龍輝(070-2号)も接近しキラースパイナーを包囲し一時的に凱龍輝側が圧倒していたが、格闘戦に集中するあまり敵はキラースパイナーだけではないことを忘却していた。

 引き続きブルックスの報告書を追う。

 

「後方二殺気ヲ感ジ、反射的ニ飛燕ト月甲ヲ分離シタ。

 雷電ト共ニ3機ガ地上ニ降リタ翼ガアル〝キメラゾイド〟ニ一斉ニ襲イ掛カッタ。

 防御態勢ノ取レナカッタ最初ノ1機ハ撃破出来タガ、〝ロードゲイル〟ハ次々ト着地シテ来タ。

 2機3機ト舞イ降リ、最終的ニ計10機ノ〝ロードゲイル〟ニ部隊ハ取リ囲マレテイタ」

 

 ヘルズファング、エクスクロー、エクスシザース、マグネイズスピア、マグネクロー、マグネイズテイル。全身に備えた凶悪な格闘兵器が蒼き龍に牙を剥く。

 バイドラッシングによってバーディーンの凱龍輝の右肩集光パネルが破壊された。無人ゾイド群によって敵を充分疲弊させたのち、徹底的に叩くのが有人ブロックスの戦術の定石であった。

 一方、ザバットによるネプチューンとポセイドンへのスマート爆弾攻撃は間断なく続いていた。帝国製ドラグーンネストの強力な装甲であればこそ持ち堪えられるものの限界はある。地上には後続のブロックスゾイド部隊が無数に迫り、多勢に無勢は免れない。

 ポセイドンのブリッジの眼下、二郎は凱龍輝に再度キラースパイナーのジャイアントクラブが迫るのを目にした。

 

 僕の凱龍輝が犯されてしまう!

 

 声にならない叫びで胸は張り裂けんばかりであった。

 

 眼下に白い獅子が出現しキラースパイナーが吹き飛ぶ。

 

09:10 φ(=ライガーゼロ)×34加勢 間に合った

 

「教化部隊(≒懲罰部隊)合流。レイ・グレッグ少尉以下34機のゼロです」

 聞き覚えのある兵士の名を耳にし、二郎は百万の味方を得た気分に満たされた。

「少尉さん、タイミングが良すぎますよ。心臓に悪い……」

 

 ライガーゼロ群の上空をフェニックスが舞う。共和国軍の反撃が開始される。

 



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【挿絵表示】
くさリル様によるイメージイラストの別Verです。
モノトーンがよりキャラの印象を引き立てます。
こちらも素敵なイラストです。


 生産直後の機体は必然的に慣熟作動が不十分なため思わぬトラブルを招く場合があり、新品が必ずしも最良とは限らない。従って熟練の〝ゾイド乗り〟は乗機を選ぶ際、敢えて古参の機体を選ぶ傾向が強い。

 大地を揺るがし駆け付けた34機のイェーガー、シュナイダー、パンツッアーユニットそれぞれを不統一に纏ったゼロも、古兵(ふるつわもの)の風格を漂わせる歴戦の機体ばかりであった。

 進撃する鶴翼陣の翼端に位置するゼロがストライクレーザークローで虚空を薙ぎ払う。薙ぎ払う都度、闇の獣王イクスが断末魔の雷霆を帯びて斃れて逝く。ゾイドはメカニズム且つ生物である。同種ライガーであることが気配を察知しステルス性を弱め、更には閃光師団(レイ・フォース)以来の戦闘経験は、如何に光学迷彩で巧妙に姿を隠してもイクスの放つ殺気を見逃すことはなかった。

 シュナイダーユニットのレーザーブレードを翳したゼロが凱龍輝背後から迫るロードゲイルを粉砕し、背中を預けた凱龍輝はホバー移動でディメトロドンに肉迫する。ジャミングを行う背鰭を蒼き龍のバイトファングが食い千切り、首筋に噛み付き数度にわたって大地に叩き付け絶命させた。

 瞬時に分離した月甲に、ディスペロウの三連砲が装着され強化型月甲へとチェンジマイズを行う。砲身6門を抱えた空飛ぶカブトガニは、キメラブロックスの誘導を行うディアントラーへ斉射した。

 鳥脚が折れ、プラズマブレードアンテナが砕かれた一機を残し、形態をモア型に変えたディアントラーが脱兎の如く逃走していく。飛来したエヴォフライヤーのAZアサルトライフルとストライククローを佩び、月甲に代わって強化型飛燕が追撃する。速度に勝る強化型飛燕のストライククローの一撃がモア型ブロックスを一閃、同時に2機を撃破した。

 執拗に脱出を図る残る唯一のディアントラーの横合いより雷電の突撃が交叉する。頸部、脚部を欠損し、プラズマブレードアンテナを持つブロックス誘導の要のゾイドは全壊した。

 形勢不利を悟ったロードゲイルが一斉に地上から浮上する。強化型飛燕が追尾するが撃墜には至らず、イェーガーのイオンブースターのリミッターを超えても、ゼロの能力では宙に舞い上がったゾイドを追う手立てはない。

 ポセイドンのブリッジに緊急伝が届く。発信者は他ならぬレイである。

 

〝飛行ブロックス〟トノ〝チェンジマイズ〟ヲ求ム

 

 事前にそれがライガーゼロの強化ユニットである情報は懲罰部隊内で共有されていたからこその合体要求であった。だが調整無しでのフェニックスとの合体は往々にして多大なリスクを伴う。

 一方、浮遊するロードゲイルの背後には、第四波攻撃となる爆装したザバットが出現していた。再度爆撃を受ければ輸送部隊は確実に壊滅する。二郎はエドワードと視線を交わし、「君に任せる」という了承の意を読み取った。

「インストレーションシステムのコールサインを送ります。

 タタリノフさん、フェニックスをレイ・グレッグ少尉のゼロに接近させてください」

 唯一稼働中のフェニックスが二郎の指示に「了解」の意のバンクを振り、レイのライガーゼロ上方に滞空する。

 解放されたままの通信回線からレイのコールが響いた。

 

〝Zi—ユニゾン、ライガーゼロ・フェニックス〟

 

 ゼロの機体が磁力線の旋風に包まれた。振り払われたゼロのアーマーが螺旋を描き、代わって飛来したフェニックスの機体が分離し、素体となったゼロに次々と装着されていった。

 従来のCAS(チェインジング・アーマー・システム)の場合、ホバーカーゴのドック内等でマニピュレーターを使用した換装しか出来なかったが、これを劇的に変化させたのが、各パーツがマグネッサーによって浮遊し、装着されるべき場所へと自律誘導されるB―CAS(ブロックス・チェインジング・アーマー・システム)である。副次的にゼロとフェニックスのコアが共振(ユニゾン)することにより、二つのゾイドコアが四倍以上の出力を発揮する機能を有し、〝Zi—ユニゾン〟と呼称され従来のチェンジマイズと区別された。

 換装の一部始終を見守っていた二郎は、激戦の緊張状況にありながらも思わず顔を綻ばせる。

「チューキョン、君もゾイドも最高だよ……」

 ゼロフェニックスのフォルムは古代地球の神獣グリフォンを想起させる。ロードゲイルと同じキメラ型だが、キメラの禍々しさとは異なる威厳を漲らせていた。

 仮想現実の地平を踏みしめ、翼を得た獅子が疾駆する。直下で飛行中のロードゲイルを攻撃の間合いに捉えると一時的にマグネッサーを切断し、自由落下に身を任せ重力加速を加えた必殺のストライクレーザークローを打ち込んだ。咄嗟に防御態勢を取るが脆くもマグネイズスピアを粉砕されロードゲイルは爆発四散する。ゼロフェニックスは次々と新たな獲物を索敵し、浮上したロードゲイル全てを葬っていった。

 ロードゲイル、ディアントラーを失い、無人爆撃を敢行すべきザバット部隊に動揺が起こる。自律AIは飛行編隊の幅を狭め密集隊形を選択するが、ブロックスに比べ一世代前のザバットのAIは明らかに判断を誤っていた。

 後方から到着したゼロパンツァーが必殺のバーニング・ビッグ・バンを撃ち放つ。真っ赤な警戒色の弾頭がランダム曲線を無数に描き、密集隊形のザバットに殺到した。

 空中で無数の誘爆が発生する。蒼穹が燃え上がり、空一面が爆炎の塊に覆われた。

 辛うじて低空に難を逃れたザバットに、突進するディスペロウのメタルクラッシャーホーンが貫き踏み潰す。

 ゼロの到着は帝国軍へ打ち込まれた楔となる。しかしゾイド数百機を擁する第8装甲師団を全て葬るには至らず、グレイリバー沿岸の森林地帯の奥より本隊が刻々と迫っていた。

 突如、薄暗い樹林帯に黄金の輝きが満ちた。荷電粒子コンバーターとしてL・モジュールを応用し、空間に散らばる荷電粒子を充填する過程での輝きである。飛燕、月甲を装甲に戻した凱龍輝三機は、帝国機動陸軍第8装甲師団本隊の方向へ発射態勢を整えていた。

 凱龍輝は充分過ぎるほど荷電粒子を吸収すると、進軍する帝国軍部隊の先頭目掛け集光荷電粒子砲を撃ち放った。

 三本の閃光が敵部隊中央を貫く。連鎖的に爆炎が立ち昇り、帯となって無数のゾイドが炎上する。無人ゾイドに依存したことが被害を拡大し、帝国軍ゾイドの損耗率は実に30%に達していた。

 凱龍輝・ゼロフェニックスの連携攻撃の猛威に戦慄した帝国軍は遂に撤退行動に転じる。引潮の如く去っていく敵部隊の後姿を、地上と空の凱龍輝とゼロフェニックスは見送るしかなかった。共和国軍側にも追撃する余力は残されていなかったのだ。

 

 第8装甲師団の増援が阻止された情報が伝わった時点で、グレイ砦に立て籠もっていた帝国軍守備隊は間もなく白旗を揚げる。そして調整無しにレイ・グレッグのゼロとのユニゾンを成功させた事例より、B-CASフェニックスは非常に柔軟な適応性を有している事が証明された。

 

 陥落後のグレイ砦に、レッドリバー、グレイリバーを遡上しハサミと本体が久し振りに接合されたドラグーンネスト『ルイーズ』の巨体が鎮座し、その中央格納庫でも二つの人影が一つになっていた。

「……よかった、無事で」

「言ったはずだよ、〝君が育てたフェニックスと僕の凱龍輝とが一緒ならどんな敵でも倒せる〟と」

「そんなことじゃないの……」

 何度目かのキスの後、チューキョンは目尻に滲んだ涙を拭いた。眼下の格納庫には、歴戦の傷を新たに刻んだ白い獅子がメンテナンスを受けていた。

「少尉さんから聞きました。彼ら元〝閃光師団(レイ・フォース)〟は、進んで懲罰部隊の汚名を背負ったのだと」

 父より学んだ臥薪嘗胆の故事を思い出す。苛烈な立場に身を置いたのは、自ら望んだものであったと二郎は知った。

 激戦を制した感慨に暫し耽っていた矢先、唐突にチューキョンが告げた。

「今度は私が戦場に赴くことになりました。目的地はキマイラ要塞です」

 驚愕し当惑して、二郎は改めて彼女の顔を見つめ直していた。

「グレイ砦が無血開城されたことで、本格投入が今回先送りとなったフェニックスの実戦調査をキマイラ要塞攻略戦で実施することになりました。

 二郎さんの凱龍輝と私のゼロフェニックスがあれば、きっと今度も大丈夫です。

 覚えてますよね。ヘリックシティーを取り戻したら、エンゲージリングを買ってくれる約束」

 左手の甲を二郎に向け、広げたしなやかな指の間からチューキョンの微笑む顔が見える。

「勿論だとも。ゾイテック社の臨時ボーナス分の金額の指輪を選ぶつもりだ」

「嬉しい」

 言葉と共に交わした軽めのキスに、彼女の唇の柔らかさと温もりを感じながら、なぜか二郎は言い知れない胸騒ぎを覚えていた。

 メンテナンス中のゼロの傍らには、梱包を解かれたフェニックスが翼を並べて出撃を待っている。

 翌日、仇敵セイスモサウルスの待ち構えるキマイラ要塞へ、ライガーゼロとフェニックス、そして凱龍輝部隊が出撃をした。

 



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第四部


 設計机の上に無造作に置かれた眼鏡の曇ったレンズに、瀟洒なペパーミントグリーンの小箱が歪んで映り込む。灯りの落ちた部屋の中、モニターがイルミネーションのように輝きを放ち、繰り返される映像に婚約者(フィアンセ)の微笑む姿が再生されている。ボリュームを抑えたモノローグは囁きにも聞こえた。

 

〝撮れてます? えっと……さきほどフェニックスのユニット全機組み上がりました。これから慣性飛行を開始します。どの子も元気です〟

 

 大写しで女性の顔を捉えていた画面がパンアウトし、前線の航空基地に機首を並べる青い不死鳥の群れが現れる。映像に流れる弾んだ声は、まるで我が子の晴れ舞台を見守る母親のように感じられた。

 場面が単調なコントラストの暗視カメラ映像に切り替わった。ひそめた声が最前線の緊張を伝える。移動中の車両の撮影のためか、画面は激しく揺れていた。粗い映像ではあるが、遠方にサーチライトの光芒に浮かび上がる多重環状城壁に覆われた巨大要塞が捉えられる。特徴的な突出部(バスティヨン)を有する城壁から、それが以前リョウザブロウと共に見た青焼き写真の実物と認識できた。

 

〝キマイラ要塞を確認しました。すごく大きい。ここからでも哨戒飛行を行う帝国ブロックスの姿がたくさん見えます〟

 

 映像の焦点が突出部(バスティヨン)に絞られ、長大な頸部を蠢かせるゾイドが遠望される。

 

〝セイスモサウルスだと思います。一匹しか見えませんが、もっといるはずです。今度もまた激戦になると思うと悲しいです。あの子たちがみんな無事でいて欲しい――二郎さんにまた「それはエゴイズムだよ」って叱られてしまうかもしれないけれど〟

 

 一瞬、モノトーンの映像に緊張した面持ちの撮影者自身の姿が映り込む。兵士と同じ軍用ヘルメットを被っており、側頭部に貼られた〝ZOITEC〟の文字だけが辛うじて彼女であることを判別させる。手にしたホワイトボードに〝ネオゼネバス帝国・キマイラ要塞都市攻略作戦・502高地〟の文字が記されている。要塞攻撃の別働隊として、フェニックスが離陸地点に選んだ露営地の仮称と推察された。

 再びシーンが変わり、高地斜面で出撃を待つフェニックスの暗視画像となる。画面の揺れはなく固定撮影に戻り、フェンダーの隅に小型モニターが見えた。出撃命令が下ったらしく画面上が慌ただしい。

 フェニックスが一機また一機と暗夜を滑空して往く。マグネッサーを切った無音滑走での離陸らしく画面に乱れがない。最後の一機が飛び去った先には、見慣れてしまったキマイラ要塞のシルエットがサーチライトに明滅していた。

 

〝29機無事発進できました。これからグレッグ少尉さんたちの部隊と合流予定です。それと時間差でエヴォフライヤーもここから離陸します。二郎さんの凱龍輝は地上部隊としてゴジュラスギガと一緒の出撃です。いよいよセイスモサウルスの超集束荷電粒子砲――ゼネバス砲でしたね――との対決です。きっとタケオさんも気になっているだろうから、この動画をウェストリバー製作所に送ってあげたいと思ってます。この作戦指揮官のユングハウス少佐さんとはお知り合いでしたよね? あとで交渉して許可をとってくれると嬉しいです。

 あっ、見えました。ここからでは映せないけどライガーゼロ部隊が出撃しました。タタリノフさん、無事に映像持ち帰ってくれることを祈っています。みんな本当にがんばってください〟

 

 フェンダー端の小型モニターを覗き込む小さな背中が映る。数分間は画面に顕著な変化は無かったが、やがて中央に捉えられていたキマイラ要塞のサーチライトが一斉に強烈な光芒を放った。遠雷の様に敵の警報が響き、サーチライトが林立する中、青い不死鳥と獅子が襲撃を開始する光景が覗えた。

 

〝奇襲が始まりました。現在タタリノフさんのフェニックスからの映像をチェック中。フライシザース、それとシュトルヒでしょうか、いま小型飛行ゾイド2機が墜ちていきました。

 コクピットからの視点――ゼロです。ユニゾンしました――飛んでいます――画面酔いしそう。

 僚機、テレストリアルモードとグライディングモードでの戦闘形態もいます。

 凄い。ロードゲイルを一撃でやっつけていく。それと、シザーストームとスティルアーマー、それぞれ身体半分にガトリング砲を背負ったのとレッドホーンみたいなブロックスですが、全然平気。やっぱりライガーゼロフェニックス、強いです〟

 

 再生される映像では小型モニターに何が映っているかまでは判らないのがもどかしかった。俯きながらも興奮している彼女の姿を尻目に、画面中央のキマイラ要塞から一条の閃光が放たれていた。小型モニターのノイズに気付き顔を上げ、モノローグの主は茫然と閃光の先を探る。

 

〝あれがゼネバス砲……荷電粒子砲とは思えません。あれほど細く、そして長く直進するなんて。

 嘘、信じられない。さっきまで戦っていた部隊が殆ど薙ぎ払われている。ゼロも、フェニックスも、それにギガまで。突撃部隊が全滅してしまう。

 凱龍輝、凱龍輝はまだ到着しないのですか。凱龍輝だったら、あんな荷電粒子砲なんて吸収できるはず。

 早く、早く助けに行って凱龍輝!〟

 

 状況説明を放棄したモノローグのため戦局は掴めなくなる。緩慢な動作で曇った眼鏡を手に取り、ユングハウスより送付された一部黒塗りの戦闘報告書のコピーを掴み凝視した。

 

01:03 懲罰部隊、キマイラ要塞突入

01:33 懲罰部隊要塞城門到達

01:41 セイスモサウルス・荷電粒子砲による掃討、ゼロ部隊3機を残し全滅

01:50 凱龍輝部隊(含 ディスペロウ、エヴォフライヤー)到達

01:55 ゼネバス砲照射⇒荷電粒子砲無力化成功、凱龍輝1機擱座

01:57 凱龍輝部隊突入敢行

 

〝映像回復しました。タタリノフさんは無事です、それと……グレッグ少尉さんも。良かった。

 でもゼロ部隊はほぼ壊滅。

 でも凱龍輝がゼネバス砲を吸収している。

 二郎さんに見せられないのが残念です。このモニターが焼き付いてしまったのですが、間違いなくLモジュールは作動しています。成功です、二郎さん成功です!〟

 

01:56 ギガ部隊城門到達、後衛ゼロ部隊(※正規軍)増援、セイスモサウルス捕捉

02:00 ■■■■■■■■■■■■■■■■(※黒塗り箇所。恐らくはセイスモサウルス捕獲命令を発した人物が記載されていたと推測される)

02:05 緊急伝・セイスモサウルス捕獲指令通達

 

「馬鹿な」

 

 コピーを掴んだ手が報告書誌面を歪ませた。敵の機体を鹵獲できるほど共和国軍に余力がないのは自明の筈だった。奇怪な誘惑に魅せられた時点で、要塞攻撃司令部は帝国軍の策略に嵌っていた。凱龍輝がセイスモサウルスを無力化すると悟った帝国軍は、そのセイスモサウルスを囮とし、共和国軍兵力の漸減を謀ったと推察された。

 皺の寄った報告書は、二郎の手から半ば叩き付けるように床に落とされていた。

 

02:22 セイスモサウルス包囲完了

02:24 敵新型ゾイド増援によって包囲陣分断

 敵新型ゾイド、識別コード『エナジーライガー』

 

〝何が起こったの? 確かに荷電粒子砲は無力化したのに。

 報告。そんな、投入した凱龍輝5機とも大破、Lモジュールの機能停止。

 ギガも3機が戦闘不能、攻撃部隊は大きな被害を受けたようです。

 何なのこの機体、映像追えません。

 ライガータイプだけどかなりの重戦闘型、なのに信じられないくらいに早い。

 まさか、ルンドマルクが言っていた仮想粒子タキオンを操るゾイドなの?〟

 

 要塞の周囲を疾駆する赤い獅子が朧げに見える。報告通りその速さは異様であった。

 

〝要塞攻撃は継続、でも凱龍輝はもういない。赤いライガー、強すぎます。ガトリング砲と頭部の一本角が次々とゾイドを薙ぎ倒していく。

 アルティメットセイスモサウルス、出現しました。この露営地も見つかってしまったようです。

 ゼネバス砲飛来。大丈夫、ものすごく離れた場所に照射されました。

 全員の退避命令が出たので、私たちも避難します。

 フェニックス、凱龍輝、みんなごめんなさい。みんなを見殺しにしてしまって……。

 とにかく逃げます。二郎さん、多分戻るのは三日後です。課題が山積してしました。ふたりでまた徹夜の討論をするかもしれま―――――〟

 

 映像はそこで途切れていた。

 

 2107年11月。〝ゼネバス回廊〟を支える最後の支柱であったキマイラ要塞は、ライガーゼロフェニックス、ゴジュラスギガ、そして凱龍輝など多くの共和国ゾイド部隊と兵員の犠牲とを引き換えに陥落する。しかしその際出現したエナジーライガーによって共和国軍は瓦解し、対照的に帝国軍側は兵力を温存したまま占領下のヘリックシティーへ撤収したため首都奪還は叶わず、中央大陸東部に於いての両国兵力は依然拮抗したままであった。

 

 その後、陥落したキマイラ要塞を調査した共和国軍は、502高地に設置されていた露営地がアルティメットセイスモのゼネバス砲の直撃によって破壊され、駐屯していた兵員及び関係者全てが消滅したとの報告書を纏めた。実地検分では交叉射撃としての試射の後、第二撃の荷電粒子によって高地斜面は数百メートルに亘って抉られ、人もゾイドも跡形も無く消し飛んだ状況が記録映像に残されている。戦闘直前の記録は、一部例外的に私信を送っていた映像のみが手掛かりとなった。

 キマイラ要塞攻略はヘリック共和国軍にとって、そして二郎にとってもあまりに大きな代償となった。

 

「凱龍輝もフェニックスも、そして君までも。

 チューキョン、僕にこれをどうしろと言うんだ」

 

 リング内側に刻まれたフィアンセの名と二郎のイニシャルが心を一層搔き乱す。

 ペパーミントグリーンの小箱には、贈られる者を失った真新しいエンゲージリングが納められていた。

 



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 ヘリック共和国政府の大戦略(グランド・ストラテジー)に沿う〝ゼネバス回廊〟を残した上でのネオゼネバス帝国との暫定的な停戦交渉は、帝国軍のキマイラ要塞放棄とエナジーライガー投入のため脆くも崩れ去った。ヘリックシティーに籠城する帝国軍は断固として対抗する姿勢を示したのだ。

 ここで素朴な疑問が湧く。嘗て旧ゼネバス帝国は第二次中央大陸戦争に於いてデスザウラーを擁し共和国首都を陥落させ2044~48年末までの五年間占領統治を続けたが、マッドサンダーの出現により帝国本土(中央大陸西側)と共和国領(東側)とに兵力を分断・分散されてしまった。これが致命傷となり旧ゼネバス帝国は崩壊、最終的にガイロス帝国の軍事介入を招き、済し崩しに第二次中央大陸戦争は終結している。

 旧ゼネバス帝国による共和国領支配失敗の最大の要因は、占領した共和国領に於いて兵力の自給自足能力(アウタルキーアビリティー)が確立出来ず、常にゼネバス帝国領からの補給線に頼り続けてきたことである。2108年時点でのヘリックシティー占領は恰も50年前の孤立した共和国首都包囲戦の再現であり陥落は時間の問題とも思われたが、予測に反しネオゼネバス帝国は根強い抵抗を続ける。二つの類似した状況での大きく異なる点は、進駐ネオゼネバス軍総司令部が採用した施策にあった。

 賢帝ヴォルフは初代皇帝ゼネバス・ムーロアを尊崇したが盲信することはなかった。父ギュンター・プロイツェンの教えに従い状況に応じての柔軟な政策運用を行い、可能な限り政治システムの構造改善を続けたのだ。

 民主主義、或いは共和政が衆愚政治(ポピュリズム)と紙一重なのは言うまでもないが、肥大化した官僚制(ビューロクラシー)に侵食されていたのはヘリック共和国政府とて例外ではなかった。独裁制は各政治集団への(しがらみ)を無視し、即断即決によって政策決定を行える利点がある。ヴォルフは独裁制の利点を生かしヘリックシティー内のインフラストラクチャー整備を速やかに行い、傘下の工業地域での生活物資及び軍事物資の生産を続けさせた。共和国軍既存のゾイド生産ラインをキメラブロックスに移行させるのは容易であり、様々な制約を取り払われたヘリックシティーでのゾイド製造は共和国政府管理下を遥かに上回る生産性を示した。

 ヴォルフは過去の歴史を学ぶことが未来に繋がることを知っていた。敢えて失策を指摘するとすれば、この若き皇帝は優し過ぎることだった。草の根で抵抗を続ける共和国レジスタンスの弾圧を徹底できなかったのだ。

 ヒトの信念など全てが理詰めで成立するものではなく、独裁者は時代の流れに対応仕切れず感情に任せ頑迷に抵抗する大衆を、血の粛清に頼ってでも排除しなければならない責務がある。補佐役となるズィグナー・フォイヤーは幾度となく厳格な弾圧を箴言したと伝えられるが、その都度ヴォルフは首を横に振ったという。父プロイツェン、祖父ゼネバスとは大きく異なる性格が、やがて己を窮地に追い込むことを知らずに。

 

 

 一面に広がる菜の花の黄色いさざ波も視界に入らなかった。

 空虚な棺が埋葬された場所で、二郎はまた独り立っていた。海風が頬に絡み付き、湿気が眼鏡のレンズを曇らせ視点を歪ませる。言葉を発することもなくひたすらに墓碑に刻まれた名前を見詰めていた。

 背後に人声が聞こえた。

「久しぶりだ。此処にいるとルンドマルクから聞いたよ」

「二郎さん、自分も訃報を聞いて驚きました。まさかこんなことになるなんて。御心痛お察しします」

「所長、それにリョウザブロウさん……」

 ゾイテック社ノヴァヤゼムリャ製作所長、花束を抱えたN・ネフスキーと、凱龍輝開発と初陣に携わったテストパイロットの姿がそこにあった。

 

 数分の黙祷を捧げた後、ネフスキーは吹き渡ってくる海風に首を竦める。リョウザブロウはいつにも増して寡黙であった。

「戻ろう。君まで身体を毀してしまう」

「そうですね」

 言葉では応じたものの、二郎の身体は根を張ってしまったように動かない。

 更に数分後、ネフスキーが徐に告げた。

「ゾイテック本社としても優秀な技師を失い痛手となっている。

 ノヴァヤゼムリャ製作所に戻ってくる気はあるか」

 二郎の背中が小刻みに震えた。

「勘違いされては困るので事前に言っておこう。私が君を呼び戻そうとするのは、能力主義(メリトクラシー)に従い君を優秀な技術者であると認めたからで、君に復讐を遂げさせようなどという心算では無い。

 企業経営は常に多元的な視点で管理を行わねばならず、私的な感情に任せて成り立つほど甘くない。一つの方向に固執している人間では真面(まとも)なプロジェクトの完遂など不可能なのは、『バーサークフューラー改造コンペティション』をインテグレイトし凱龍輝を完成させた君ならわかるだろう」

 二郎は俯いた姿勢のまま答える。

「僕は以前、(おぞ)ましいキメラブロックス設計を強制された屈辱を晴らすためにウネンラギアとレオブレイズを完成させました。感情に任せることは間違いなのでしょうか」

「ウネンラギアと凱龍輝を同列に扱うような世迷言を君の口から聞くとは思わなかったよ」

 ネフスキーは僅かに語気を強めた。

「設計者の単独主義(ユニラテラリズム)でウネンラギアやレオブレイズを開発した時代とは状況が大きく変わっている。個人の裁量で完成できた小型ブロックスと、プロジェクトチームを組み共和国、ガイロス帝国を巻き込んで建造された凱龍輝とを比較するのは間違っている。付け加えるならばマトリクスドラゴンという完成型はウェストリバー製作所のK・静男技師が作り上げたものであって君の実績ではない。

 こうしている間にもタケオ君は新型コアブロックスTB8を利用したゾイドの実戦試験を始め、ルンドマルク君はバスタークローとB-CASとタキオン粒子対応型の飛行ブロックスの調整に勤しんでいる」

 ネフスキーが一瞬墓碑銘に視線を落とす。

「いつまでも墓石の前に立ち竦み、技師としての能力を発揮せずにいる君の姿を見たら、いったい彼女は何と言うだろうか」

 二郎の心の中、ガイロス帝国技師アドリエン・ジールマンの言葉と重なった。

『忘れてならないのは我々が戦争をしているということ。そして全ての技術開発に於いて立ち止まるのは許されないということだ』。

 

「いま現在、無数の戦闘ゾイドが生産され戦場に投入されている。表面上量産されるゾイドは皆同じに見えるが、実際どれ一つとして同じゾイドはない。凱龍輝を例に取れば、ガイロス帝国より供給されるクローニングされた機体ベースのものとプロトレックス野生体をプラットフォームとした機体が存在し、特にプロトレックスベースの凱龍輝の個体差が大きいのは知っているだろう。それを平準化し性能を拡張出来る技術者は、君を措いて他にない。

 君の凱龍輝への想いは安易に断ち切れる絆ではない。凱龍輝を追うため私の元を去り戦場に身を投じた君の行動は真剣だった。

 君は大切なひとを失なった上に凱龍輝まで失いたくはない筈だ。

 凱龍輝には君が必要なのだ」

 

 残酷で冷徹で正確な指摘であった。

 

「言い過ぎたついでに伝えておこう。

 ルンドマルクが恋の駆け引きに敗れた日、彼はいきなり所長室に入ってきて〝彼女は凱龍輝を何より愛した主任を愛したのであって、その点ではエンジニアとしての自分が劣っていたことを素直に認める。でも男としては負けていないのだ〟と似合わない負け惜しみを溢していた。

 後日〝雷電〟を完成させたのも、現在〝隼〟の仮称で飛行ブロックスを開発しているのも、全ては技術者としての君を超えるためだと聞いた。彼にとって君は常に目標であるようだ」

 ネフスキーの背後で、リョウザブロウの表情が若干緩むのが覗えた。

「最後にこれだけは言っておく。ヒトの感覚に現れる物事は究極の真実ではなく外見に惑わされずに本質を見抜かねばならない。君にとっての本質がゾイテックの方針と接点を持った時、ノヴァヤゼムリャに戻ってきてくれたまえ」

「待ってますよ、二郎さん」

 ネフスキーは海風に背を向け、短く別れを告げたリョウザブロウと共に去って行く。

 やがて二郎は、春色のさざ波を見渡すのだった。

 

 

 キマイラ要塞を筆頭にグレイ砦、クロケット砦、そして寸断されたゼネバス回廊中央山脈入口に位置するグラント砦を確保した共和国軍はゾイテック社の全面的協力のもと、生産拠点を中央大陸に移した本格的なゾイドの大量生産体制を回復する。対抗する帝国もセイスモサウルス及びスティルアーマー、レーザーストーム、シザーストームを擁する部隊と、エナジーライガーを主力とする独立戦闘部隊により共和国軍団の各個撃破を続けた。しかしケーニッヒウルフ、レオストライカー、ガンブラスター、アロザウラー、ゴルヘックス、そしてゴジュラスギガ等の再生産と戦線投入により、如何に圧倒的破壊力を有するセイスモサウルスやエナジーライガーを以てしても優位差は覆せず、加えて新型ゾイド開発のための技術者不足に悩まされ、帝国軍は捕虜となった共和国軍整備員さえも動員した程であったという。共和国軍は(ゾイテックの協力とはいえ)革新的なブロックスのレオゲーターとディメトロプテラを完成させるが、帝国側にはそれに対応するゾイドを開発することが出来なかった。

 秩序と前例を重んじる厳粛なネオゼネバス帝国の国是は確かに見栄えは良いが、既存の枠組みに当てはまらない人間を排除する社会では技術は発展しない。ダークスパイナーとセイスモサウルス開発にはプロイツェンの後ろ盾があり、エナジーライガーにはヴォルフが存在したからこそ生み出せた新機軸であったが、それ以上の斬新な発想は戦中に採用されることはなかった。

 

 中央大陸北岸からウィルソン湖、マウント・アーサ攻略に向け、遂に共和国は大規模反攻作戦を発動した。

 シード海、クック湾に巨大な艦影が二つ浮かび上がる。指揮官ロブ・ハーマン中将(※昇進)が座乗し移動要塞仕様に改造された〝ウルトラザウルス・テラ・インコグニータ(未知の領域)〟と、海戦用ロービジョン塗装に変更された鹵獲ドラグーンネスト『ルイーズ・エレナ・キャムフォード』の威容が聳える。『ルイーズ』のブリッジにはZOITECの社名を貼ったヘルメットを抱える二郎の姿があり、艦内には特殊装備シュトゥルムユニットを佩びた凱龍輝、〝凱龍輝シュトゥルム〟が満載されていた。

 



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 本来飛燕の翼が付くべき位置に巨大なシュトゥルムブースターを装備し両腕に細身のエクスブレーカーを佩びる蒼き龍は、抜き身の狂刃の如き妖艶な美を宿していた。

 最高時速660㎞を活かし一撃離脱殺法を繰り返すエナジーライガーに抗するには僅かなりとも速度差を縮めなければならない。二郎が発案したのはバーサークフューラー用に開発されたCASを凱龍輝に装着するプランであった。

 エナジーライガー以外のゾイドとの近接戦闘に於いてはバイトファングやエクスブレーカーなど格闘戦用の武器を使用し、戦略兵器としては荷電粒子砲を放つ砲台として運用する。そしてエナジーライガー出現の際にはアクティブシールド等全ての兵装をパージしアフターバーナー全開でライガーゼロフェニックスと共同で迎撃にあたるのが〝凱龍輝シュトゥルム〟のコンセプトである。必然的に戦線投入分のシュトゥルムユニットの取得が不可欠となるが、ユニットの製造規格はガイロス帝国仕様であったため共和国でもゾイテック社でも早急な生産対応ができなかった。二郎は苦肉の策としてネフスキーを介しゾイド開発事業部門長ユルジス・バルトルシャイデスを説き伏せ、Lモジュールに関する技術をガイロス帝国に開示する見返りに貴重なCASを譲り受ける交渉を締結していた。

 シュトゥルムユニットを満載したホエールキングがノヴァヤゼムリャに飛来したのは作戦開始直前の僅か二週間前である。

「これで我々も凱龍輝が製造できます。いや、完成の暁には敢えて〝シュピーゲルフューラー〟と呼ばせて戴きましょうか」

 同乗して来たガイロス帝国技師アドリエン・ジールマンは巨大輸送艦を背に会心の笑みを浮かべていた。遠い過去の記憶を掘り起こされると共にガイロス帝国はタケオが名付けたコードネームさえ察知していたことにガイロス諜報機関の底知れぬ調査能力の高さを空恐ろしく感じたのだった。

 ユニット装着が完了した凱龍輝シュトゥルムの実証実験では瞬間的に時速488㎞を記録し(※バーサークフューラーに比べ凱龍輝は軽量化が進んでいたため)充分エナジーライガーに対抗可能と判断される。機体色に合わせ青く塗装されたシュトゥルムユニットを装備した凱龍輝は、ノヴァヤゼムリャ製作所、ウェストリバー製作所、そしてミッドタウンのゾイテック本社工場にて調整され、各製作所へ廻航したドラグーンネスト『ルイーズ』に搭載されていった。

 クーパーポートで艤装を終えたウルトラザウルス・テラ・インコグニータは中央大陸東回りにオコーナー諸島を抜けシート海に進出する。一方、凱龍輝を積載した『ルイーズ』はネオゼネバス帝国の意表を突き東方大陸ミッドタウンより中央大陸西岸を西回りに北上、デルダロス海を抜けトライアングルダラスに突入した。ゾイドの機能を狂わす魔の海域もアイゼンドラグーンが開発したドラグーンネストには無効であり、海底を進む巨大ザリガニを隠蔽する絶好の隠れ蓑となった。

 ゴルゴダス海峡で会合した両艦は最終作戦計画を確認しレオゲーター、ディメトロプテラの大部隊を先行させる。ウィルソン川を埋め尽くすレオゲーターがアリゲーターモードからライガーモードにチェンジマイズし大陸北岸の橋頭堡を確保、余力を駆ってディメトロプテラとフェニックスのストライクパッケージ及びライガーゼロと凱龍輝の連携によってマウント・アーサを奪取し占領下のヘリックシティーまでの回廊を着実に延長していった。

 

 

 凱龍輝部隊の華々しい戦果が届く傍らで、『ルイーズ』のブリッジに待機する二郎の心は激しく苛まれた。

 無機質にカウントアップされていく数字が戦場に骸を晒し犠牲となった凱龍輝の数を示す。片腕が捥げ片足となり頭部集光パネルを損壊し隻眼状となった凱龍輝の機体補修作業も二郎は何度も繰り返した。戦場に身を投じた技術者の宿命と言ってしまえばそれまでだが、これまで手塩に掛けて育ててきた愛おしいゾイドが次々と破壊されていく様子は見るに堪えなかった。二郎が補修作業中、何度も眼鏡を外し目元を擦っている姿が見受けられたが、それが汗を拭っていたのか或いは涙であったのかを確認しようと試みた者はいない。

 

 

 クック湾よりウルトラザウルスが上陸するのは、年明けを目前に控えた冬至の払暁であった。

 2037年にロールアウトした当時と比べヘリック共和国軍の象徴とも呼べる最大級の戦闘ゾイドを取り巻く状況は大きく変化した。嘗て36㎝高速キャノン砲を擁し圧倒的火力を以て敵を蹂躙した巨大ゾイドも、2108年に陸上に巨体を露呈し砲撃戦を挑むのは客観的に考えて無謀としか思えなかった。同じ竜脚類型ゾイドとはいえ最新鋭のセイスモサウルスの超長距離集束荷電粒子砲の前では、陸に上がったウルトラザウルスは訓練用の標的同然で、ゾイド第一世代とブロックス対応型の第五世代とでは体格差を補って余りあるほど性能の違いが際立っていた――筈であった。

 ウルトラザウルス上陸の報を受けセイスモサウルス12機及びレーザーストーム、シザーストーム、スティルアーマーをそれぞれセイスモサウルスの機数分配備する編成のネオゼネバス帝国突撃部隊がウィルソン湖方面の戦線に出撃する。但し近接戦闘は避け飽くまでゼネバス砲のみでの砲撃戦を主とした戦闘行動を指示されたためエナジーライガーの護衛は随伴しなかった。此処にゾイド戦史上最初で最後と思われる龍脚類ゾイド同士の戦闘が開始されたのだ。

 帝国軍ネシュア・ダーダネス・プレイビク大尉の率いる第一中隊は、フライシザースの強行偵察によりウルトラザウルスの位置を確認、直後に飛燕によってフライシザースは撃墜される。ゴルヘックス及びディメトロプテラのジャミングにより命中精度は低下するとはいえ、標的の巨大さが射撃誤差修正の必要を無効化する。射線を確保ののち地平線の向こう側にある共和国旗艦ゾイドに向け、第一中隊3機のセイスモサウルスが一斉にゼネバス砲の砲門を開いていた。

 地磁気の影響による第一中隊のゼネバス砲の曲射状況を確認し、同部隊第二中隊も砲撃態勢を取る。ヘンリ・デレジズ・ランドリール中尉率いる4機のセイスモサウルスは標的までの距離が遠いこともあり前面にセイスモサウルスを配置しゼネバス砲を発射する。

 第一、第二中隊に遅れること5分。クラウス・ズベルビューラー少尉率いる第三中隊は海抜100m程の丘陵地に布陣し5機のセイスモサウルスを丘陵の頂上付近に配置。先に撃ち放たれたゼネバス砲の輝線を元に標的を確認し一斉砲撃を開始した。

 夜明けの星が残る払暁の空に十数本の閃光が地平を越えて伸び、その先に存在する共和国旗艦ゾイドを確実に捕捉する。帝国軍兵士の誰もが、やがて立ち昇るであろうウルトラザウルス断末魔の爆発と黒煙を予測した。

 照射を開始して10分が経過。しかし地平線の向こう側からは何の破壊音も聞こえてこなかった。仮に目標に命中しなかったとしてもゼネバス砲によって破壊された周囲の爆発音は検知される筈だがそれさえ確認できない。

 突撃部隊内部で動揺が奔る。そして動揺の一部始終は、共和国軍が配備した新鋭ディメトロプテラ(ディメトロドンモード)のマグネッサー3Dレーダーによって傍受されていた。

 以降、公開されたディメトロプテラが傍受したネオゼネバス帝国突撃部隊間で交わされた会話を書き起こしてみる(抜粋)。

 

(ひと)中隊より(ふた)(さん)中隊通達。敵ウルトラザウルス状況確認を求む〟

(ふた)中隊デレジズ、照射到達地点より破砕反応無し。目標物の破壊、及びその他の破壊の反応無し〟

(さん)中隊、戦果確認出来ず。地平線に黎明、日の出と認む。東方にも黎明確認、朝日が二つ出現〟

〝ダーダネスより三中隊クラウスへ。貴官の言動不明。太陽の数は幾つか〟

〝クラウスより一中隊へ。目視確認、東方に太陽。

 先の発信を修正す。北方の黎明は太陽に非ず、ウルトラザウルス。繰り返す。北方の黎明はウルトラザウルスなり〟

〝言動不明。ウルトラザウルスは太陽に非ず。クラウス、血迷ったか〟

〝ウルトラザウルスが黄金色(こんじき)に輝いている、まるで太陽のように〟

 

 遅く昇った冬至の太陽と共に、傍受された会話の通りウルトラザウルス・テラ・インコングニータは黄金の光背を纏って帝国軍の前に出現していた。

 

 

 二郎が発案した第二のプランは、ウルトラザウルスに集光パネルを装着し敵の荷電粒子砲を無効化する作戦であった。

 共和国軍最大にして唯一のゾイドの改造案を提示するにあたり、二郎はセシリア市に仮設された共和国軍総司令部に赴き、直接ロブ・ハーマンと会見する機会を得ていた。

 個別での面会を指示され、通された司令官用の個室の中、ハーマンは改造計画書と二郎の顔を代わる代わる見詰めた後短く告げた。

「君の真意を聞きたい」

「戦争を終わらせたいのです」

 不器用な遣り取りだが、長く戦場に身を委ねてきた者同士であればこそ成り立つ会話であった。

「僕はゾイドが大好きです。戦う姿も大好きです。ですがこれ以上無益な戦争で殺されるのは我慢できない。そして敵の攻撃手段を奪って無効化できる凱龍輝のコンセプトは最も理想的と信じています」

「だから集光パネルをウルトラザウルスに装備させようというのか」

「そうです」

 二郎は総司令部の外に広がる蒼穹に視線を向けていた。

「暗黒大陸に生まれたバーサークフューラーを僕たち東方大陸の人間が凱龍輝として生まれ変わらせました。それを中央大陸で運用し、同じコンセプトをウルトラザウルスに装備する。バーサークフューラー、凱龍輝、そしてウルトラザウルス。

 皆全て、蒼き龍の系譜としてこの惑星の歴史に連なって行くのです」

「蒼き龍の系譜……か」

 刹那の沈黙の後、ハーマンは二郎と熱い握手を交わしていた。

「気に入った」

 あまりの握力に二郎の顔が苦痛に歪むのも気に掛けずに。

 開発当初より凱龍輝のレイ・エナジー・アキュムレイターに関し高い関心を示していたハーマンは二郎の第二のプランを即座に受け入れクーパーポートにて早速艤装作業を開始させたのである。

 

 上陸したウルトラザウルスが恰好の攻撃目標になるのは避けられないが、それを逆手に取って敢えて攻撃を集中させれば凱龍輝やライガーによる攻撃部隊を先行させることが可能となる。照射された荷電粒子も全て集光パネルによって吸収されウルトラザウルス周囲のゾイドに被害を及ぼすこともない。凱龍輝と異なり荷電粒子砲を装備していない為吸収した荷電粒子を撃ち返すことは出来ないが、ウルトラザウルスサイズのゾイドであれば吸収した荷電粒子を蓄積するアキュムレイターは余裕をもって搭載可能である。

 凱龍輝を上回る全身33カ所に集光パネルを装備したウルトラザウルスは、正しく「未知の領域(テラ・インコングニータ)」に達していた。

 荷電粒子を吸収し、ゾイドコアが活性化されたウルトラザウルスの歩行速度は上昇していた。比べて長大な全長とがゼネバス砲連射直後によるエネルギー不足が災いし、突撃部隊のセイスモサウルスの退避行動は鈍重であった。撤退に入った第一中隊指揮官ダーダネスの搭乗するセイスモサウルスは、直上から振り下ろされたウルトラザウルスのバイトファングによって頸部付け根に咬みつかれ、胴体ごと吊り上げられた。

 勢い付けたウルトラザウルスの首がセイスモサウルスを地上に叩き付ける。小口径2連レーザー機銃砲塔を撒き散らし腹部の荷電粒子強制吸収ファンを露出させる眼下の地震竜に対し、ウルトラザウルスは巨体の全重量を右脚に掛け、勢い付けて踏み潰した。

 ゾイドの悲鳴とコアの弾ける音が響く。胴体部を破砕された哀れな地震竜は、無傷の頭部と尾部を残し真っ二つに切断されていた。

 

〝キサマら如きがウルトラザウルスに楯突こうなんざ、百年早いんだよ!〟

 

 ディメトロプテラはハーマン中将が発した通信をも傍受していた。

 ロールアウトして71年。ハーマンの言葉通り、未だウルトラザウルスは健在であった。

 

 共和国首都を目前にし、ウルトラザウルスの足元を無数の凱龍輝シュトゥルムが疾駆していった。

 



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 ヘリック共和国軍エーディット・ユングハウス少佐率いる特殊工作部隊は、ネオゼネバス帝国占領下のヘリックシティーでの〝オペレーション・テラトカルシノーマ〟実行準備を完了していた。帝国総督府周囲で現地レジスタンスの「細胞」が一斉蜂起し合流、「暴走分裂と増殖」を開始し「奇形腫(テラトカルシノーマ)」となって統治体制を蝕み行政システムを制圧する騒擾計画である(※各オペレーションに生物学の専門用語を使用したのは、作戦内容を容易に推測させないためと言われる)。

 嘗ての大統領官邸に設置されたネオゼネバス総督府は、行政機構としての職務を執る側近達が残されるのみで皇帝は不在となっていた。総力を以て包囲戦を挑んで来る共和国主力部隊と対峙するため、ヴォルフは自らエナジーライガーに搭乗し出撃していたからだ。

 指導者を欠いた状況は独裁政治にとって存外に脆いものであり、工作隊がこの絶好の機会を逃すべくもない。決行時刻は夕刻、〝ウルトラザウルス・テラ・インコングニータハ、ウィルソン湖付近ニテ戦闘状ニ突入セリ〟との暗号電文を確認し、ユングハウスはアナクロな照明弾の打ち上げを命じた。

 夜空に白い火花の尾を引く流星が舞い上がり、総督府を取り囲むビル群の影から百人弱の武装集団が現れる。集合的沸騰状況に導くデモンストレーションの意味合いもあり、仰々しい『ヘリックシティー奪還!!』の旗指物が翻る。破壊力を抑えたIED(手製仕掛け爆弾)の炸裂を合図に、騒動を聞きつけ集まる住民大衆に扇動家(センセーショナリスト)のアジテートが注がれた。

 アジテートの文言記録は破棄されたと伝わるが、当時ヘリックシティーの騒乱に巻き込まれた経験のある人々によると歯の浮くような美辞麗句に飾られた空々しい内容であったと証言されている。俄か作りの狂信的愛国主義(ショービズム)に誘導され高揚感に包み込まれた群集は作戦の狙い通りに暴走と増殖を行い市街に満ち、一方の特殊工作員部隊は暴動の隙を突いて総督府を一気に占拠せんと施設正面へ殺到した。

 群集の前に十数機のゾイドが出現する。

 ゲーター、ディメトロドン、ダークスパイナー、電子戦を得意とする機体ばかりが立ちはだかる。各ゾイドには重火器も装備されているが、丸腰の住民に対し発砲すれば帝国の信用は失墜し統治機構は瓦解する。なにより皇帝ヴォルフより非戦闘員への攻撃行動禁止を厳命されており、それを知る工作員は群集を引き連れ有刺鉄線の障壁を乗り越え今にも総督府内部に侵入しようとしていた。

 突如群集の波が見えない壁に突き当たり塞き止められた。ゾイドを含め総督府側からの発砲等は無いが、ディメトロドンやダークスパイナーの特徴的な背鰭が微細に振動している。振動に伴い群集の体感温度が熱湯を浴びせ掛けられた如く上昇し、発熱と発汗のため顔を隠す布やヘルメットを脱ぎ出した。あまりの暑さに卒倒する者が続出し、程なくして総督府を包囲していた集団は分散消滅していた。当時ユングハウス少佐の送信した暗号電文である。

〝王宮護衛ノ電子戦用ゾイド群ヨリADS攻撃ヲ受ケル。首都奪還未ダ成ラズ〟

 ADS=アクティブ・ディナイアル・システムとは、ミリ波の電磁波を人体に向け照射し皮膚温度を摂氏50℃程度に上昇させる装置である。ヴォルフは第一線を退いた電子戦ゾイドを暴徒鎮圧用に改造し、一滴の血も流さず騒乱を終息させる方策を用意していたのだった。

 オペレーション・テラトカルシノーマは失敗に終わる。

 ヘリックシティー解放はゾイドの直接戦闘に決着を持ち越されることになった。

 

 凱龍輝シュトゥルムとゴジュラスギガのコンビネーションは完璧と言えた。

 支援部隊のゴルヘックスとディメトロプテラのジャミングによって射撃精度を落とされ、半ば無差別に照射されるセイスモサウルスのゼネバス砲は、前進攻撃部隊として展開する凱龍輝によって無効化された。レイ・エナジー・アキュムレイターの性能は開発当初より飛躍的に向上し、照射された荷電粒子が集光パネルに捉えられた瞬間、偏向フィールドに沿って輝きを放ち黄金の離弁花を咲かせた。

 荒んだ戦場でいちめんに菜の花が咲き誇り、黄金の(さざなみ)を広げていく。

 荷電粒子の花びらを撒き散らしシュトゥルムブースター全開で突入する凱龍輝に、エナジーライガーが立ち塞がった。格闘戦の不利を知る凱龍輝はエクスブレーカーの一撃のみでアクティブシールドをパージし離脱する。エナジーウィングを展開し追い縋ろうとする濃紅の獅子の背後には、追撃モードに変形した主力攻撃部隊のゴジュラスギガが猛然と肉迫していた。音速を越えるロケットブースター加速式クラッシャーテイルがロングリーチを活かしエナジーライガーに叩き込まれる。如何に強力な重量級ゾイドとはいえ、ギガのパワーには贖い切れず紅の残骸と化して逝く。最高速度660㎞の獅子は慣性に呪縛され運動性は極端に低下し、尚且つエナジーチャージャーの長時間稼働は叶わない。エナジーライガー部隊をゴジュラスギガが誘引している間に、凱龍輝シュトゥルムは超長距離照射を続けていたセイスモサウルス部隊に到達した。シュトゥルムブースターをもパージすると、上空待機していた飛燕が急降下し合体する。全身11枚の集光パネルを輝かせ、凱龍輝はセイスモサウルスに向け渾身の集光荷電粒子砲を照射した。己の放った荷電粒子を撃ち返され、セイスモサウルスは次々と撃破されていった。

 全ては厳格な戦闘シミュレーションによるルーティーン・プレシージョン(恒常的精密化)戦術の帰結である。戦略は戦闘のみで占められる事象ではなく、また軍人だけで成し遂げられるものでもない。目的、場面、技術、信頼が多次元的に関わり合い、マクロな部分では政治が、ミクロな部分ではヒトとゾイドが結果を左右する。凱龍輝とギガの進撃の背景には、常に軍と技術者との連携(アライアンス)があった。凱龍輝にはゾイテック社嘱託の二郎が、そしてギガの担当には共和国軍戦略技術部直属のベルナー・イズラエル・バラクリシュナンが連絡を密に取り合い互いの機体性能を補い合う戦術サポートを行っていた。

 快進撃を続ける共和国部隊だが、同時に時間との闘いを強いられていた。中央大陸西岸ネオゼネバス帝国本土より、アイアンコング、デスザウラー、グレートサーベル等の主力ゾイドを満載した大部隊が出撃したとの報告を受ける。大部分の戦力を大陸北東に集中している共和国軍にとって帝国軍の大部隊が到着すればFOB(Forward Operating Base=前方作戦基地)が逆包囲され殲滅される可能性もある。オペレーション・テラトカルシノーマ失敗の情報も届いており、攻撃部隊は一刻も早く首都奪還を達成しなければならなかった。

 

 凱龍輝の整備管理で手一杯にも関わらず、二郎の元にゾイテック社より奇妙な指示が到着する。

『鹵獲したイクスのCASを使用し、ライガーゼロ1機をネオゼネバス帝国軍仕様に偽装を願う』

 事業部門長ユルジス・バルトルシャイデスの署名があり、オペレーション・アナストモーシスの際に凱龍輝をバーサークフューラーに偽装した経歴のある二郎であればこその人選とも推察できる。作業としてはデータベースよりゼロイクス用の色彩を選び塗装を指示するだけであったが、単機のみ、それも共和国軍ではなくミッドタウン本社からという指示に疑問を抱いた。

「ルンドマルク君の〝隼〟が完成したのではないでしょうか。そしてそれとのユニゾンを行う最初の機体は、やはり主任が手をかけたゾイドでなければならないという彼の拘りを込めて。確か彼もいまミッドタウン本社にいた筈です」

 既に共和国軍に所属し社外の者となったとはいえ、信頼に足る三歳年長のバラクリシュナンに打ち明けた際の答えだった。そして二郎を未だに「主任」と呼んでいた。

 客観的なバラクリシュナンの分析によって、一人の女性を互いに愛し競った技術者への最大の讃辞を込めた願いと解釈できた。

 二郎は時間を割いてライガーゼロイクスの偽装作業に取り掛かるのだった。

 

 デスザウラーの空輸はホエールキングでも可能だが、400tの重量とサイズのため僅か2機しか積載できない。対して海上輸送のドラグーンネストであれば本体に2機、ネプチューン及びポセイドン内部にそれぞれ1機の合計4機が積載可能なため、デスザウラーのみは帝国本国よりの海上(海中)輸送を選択した。

 ヘリックシティー奪還を目指す共和国軍にとってデスザウラー出現は脅威であった。凱龍輝は全機最前線に投入され、Eシールドによって荷電粒子砲を防御可能なギガも後方防衛の予備機は無い。仮にウルトラザウルス・テラ・インコングニータを残し後衛を固めたとしても、セイスモサウルスとは異なり頒布面積の広い大口径荷電粒子砲の照射全てを吸収することは不可能であり、駐屯地を攻撃されればひとたまりもない。

 ドラグーンネストはトライアングルダラスを突破し最短距離での進出も可能なので、共和国軍諜報部も強電磁域での動向を察知することも出来なかった。

 

 ウィルソン湖まで進出したウルトラザウルスに対し、二郎を乗せた兵站支援部隊であるドラグーンネスト『ルイーズ』はOOTW(Operations Other Than War=軍事作戦以外の行動)のためクック砦沿岸にまで後退していた。

〝ドラグーンネスト艦隊、クック湾に出現〟の報が届くのは積み荷を降ろし終えた直後であり、クック要塞を含め艦内でも戦慄が奔った。クック砦~ウィルソン市~キマイラ要塞(共和国軍占拠)に点在するFOBが上陸したデスザウラーによって各個撃破されれば補給線を断たれ前線は孤立しこれまでの戦闘も無意味となる。

「つまり敵を上陸させなければいいのです。艦長さん、時間がありません。僕自身も無茶な作戦とはわかっていますが提案があります」

 帝国軍本隊接近に騒然となる艦内で、艦長エドワード・ミルン少佐(※昇進)に対し、二郎は腕時計を見詰めながら大胆な作戦案を提言していた。

 

 同日正午過ぎの白昼、クック湾沖北西2㎞付近にドラグーンネスト艦隊が一斉浮上した。『ネアンデル』『トフェルスカマー』『フェアデシュタール』『フェルトフォーファー』。鹵獲された『フェルトフォーファーキルフェ』=『ルイーズ』を除き、旗艦『ネアンデル』に当時の総司令官であったヴォルフを欠くものの、嘗てヘリックシティーを陥落させた陣容である。ドラグーンネスト自体には荷電粒子砲などの強力な攻撃兵器は装備されていないが、何よりその巨体と重装甲は共和国軍の如何なる兵器を以てしても容易に破壊は出来ない。港湾配備の共和国軍海上封鎖部隊からの砲撃はなく、揚陸を図りドラグーンネスト群は抵抗を受けないまま接岸に向かう。海上には五隻(●●)の巨大ザリガニの姿が露呈していた。

 

「我レドラグーンネスト見ユ、味方ニ非ズ」

 

 帝国軍の監視兵が奇声を発した。

 クック砦背後の岩礁より、ロービジョン塗装に塗り替えられたドラグーンネスト『ルイーズ』が浮上し、海上のドラグーンネスト艦隊と港湾施設との間に立ち塞がっていた。

 

 二郎が提案した作戦とは、ドラグーンネスト『ルイーズ』を以て敵ドラグーンネスト艦隊と格闘戦に挑みデスザウラーの揚陸を阻むという、もはや作戦とも呼べないものであった。

 4隻のドラグーンネスト 対 鹵獲ドラグーンネスト『ルイーズ・エレナ・キャムフォード』。

 奇しくも『ルイーズ』背後の地平にはロブ・ハーマンの座乗するウルトラザウルスがある。

 母の名を得たドラグーンネストは、息子を守るために身を投げ出したのである。

 



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12:10

〝コムソモリスクナアムーレ沖海戦〟接敵時点に於ける各ドラグーンネストの初期配置。

 

〇『ルイーズ』(艦長エドワード・ミルン少佐):コムソモリスクナアムーレ岬(※クック湾に突き出た半島の先端)より北北西150m付近に着底浮上。

●『ネアンデル』(艦長アンジェロス・ガラノプロス少将):同岬より北西1000m付近の海上に停止。

●『トイフェルスカマー』(艦長ソンドラ・スモーリー大佐):『ネアンデル』左舷後方500m付近の海中に懸吊(けんちょう)し停止。

●『フェアデシュタール』(艦長ティメン・チェーマック中佐):『ネアンデル』右舷後方400m付近に浮上し微速前進。

●『フェルトフォーファー』(艦長シャロン・ウェグシェイダー=クラウス中佐 ※女性):『ネアンデル』右舷後方700m。浮上せず岩礁に自艦右舷歩脚を着底し停止。

 

 艦隊は当初『ルイーズ』に対し海面上に描いた台形上底の右頂点に『ネアンデル』を配置し対峙した。前例のないドラグーンネスト同士の対決にエポケー(判断停止)状況に陥っていたというのが内情である。最大目的のデスザウラー揚陸にはウィルソン川河口の砂洲に乗揚げなければならないが、上陸への絶妙の場所に『ルイーズ』があり進路を閉塞していた。

 

12:19

 帝国軍輸送艦隊に『ルイーズ』は機先を制する形で攻撃を仕掛ける。

『トイフェルスカマー』の艦橋より突入の様子を遠望していた艦長スモーリーの報告。

「密度ノ違イカラ海水ガシールド展開面二沿ッテ球殻状二巻キ上ゲラレ、(さなが)ラ爆雷投下後ニ生ジル水ノ壁ガ迫ッテ来ルヨウダッタ」

 

 飛行ゾイドの急降下爆撃防御のため、ドラグーンネストはEシールドジェネレーターを本体と各揚陸艇それぞれに2基ずつ装備し、喫水線上若しくは上陸後の艦体上方に通常展開する。だが『ルイーズ』は揚陸艇の前面と本体艦橋前面に展開し、腹部末端の大型ハイドロジェットブースター2基を最大出力で稼働させ旗艦『ネアンデル』にEシールドでの衝角戦術を挑んだ。

 

12:21 

『ルイーズ』の突入を視認した『ネアンデル』艦長ガラノプロスは咄嗟に取り舵を指示、二時方向(※斜め右)へ変針するが、『ルイーズ』も『ネアンデル』及び『フェアデシュタール』の進路を阻むためリスクを顧みずに変針する。

 

12:24

 変針直後、右舷を晒し絶好の発射位置に『ルイーズ』を捉えた『ネアンデル』を除く3艦は一斉に魚雷発射管を開く。各艦10基の発射管のうち作動不良を除く26本の雷跡が『ルイーズ』に向かって伸び、次々とロービジョン塗装の巨大ザリガニに喰らい付いた。

 実体面への命中弾は13。Eシールド命中8。不発4。不明1。幾つもの水柱(みずばしら)が『ルイーズ』右舷に屹立した。

 

「被害状況確認! 浸水箇所チェック、動力異常ないか!」

 非常灯が明滅する艦橋内で、二郎は思わず被ったヘルメットを押さえていた。魚雷命中の振動は臓腑の底から身体を揺さぶり嘔吐感を催させる。ずれた眼鏡を直すと二郎は透かさずバイタルパートの損害状況を確認した。

 動力系異常なし。ゾイドコア損傷なし。兵員区画浸水なし。

 各モニター映像に安堵するが、中央格納庫内の様相に眉を顰めた。

 Eシールドジェネレーター損傷。そして衝撃により、凱龍輝搭載・固定の為の設備が悉く破損していた。

 オペレーション・アナストモーシス以来、内部艤装作業を含め何度となく乗艦し、凱龍輝と共に戦ってきた(ふね)が傷ついていく姿は忍びなく、更にその事態を招いたのが他ならぬ二郎自身の提案であったことも彼を(さいな)んだ。

 以下、二郎による『ルイーズ』の被害状況報告。

「右第四歩脚破壊。右胸部被弾中破。右腹部(※ザリガニ型であるため尾部とも言える)被弾小破。中央格納庫僅かに浸水するも航行に影響を認めず」

 Eシールドの展開面後方の防御及ばず右舷各所に被弾した。しかし決死の突入は無駄ではなかった。

 

12:29

 雷撃被弾後も速度を落とさず突入する『ルイーズ』は、鋏角の先に旗艦『ネアンデル』を捕捉、Eシールドで覆われたザリガニの爪は『ネアンデル』左舷に達する。

 帝国軍は『ルイーズ』の最高速度を自艦と同じ50kn/hと誤認していたのが回避の遅れた原因で、実際は55kn/hを越える速度で航行していた。『ルイーズ』に施されたロービジョン塗装は単純な迷彩ではない。優速の理由は塗料にあったのだ。

 完成後も凱龍輝の性能向上を模索し続ける過程で、二郎は月甲の水中速度上昇プランを提案していた。月甲の表面を親水性ヒドロゲル(※「ぬめり」成分の一種)添加塗料でコーティングし、流体に高分子を溶かし込む〝トムズ効果〟によって水中抵抗を減少させるアイディアで、計算上月甲の水中速度は10%以上上昇する筈だった。

 地上戦を主とする凱龍輝の塗装剤として不適と判断され採用は見送られたが、スパイラル・ディベロップメントのモデルケースを体現するが如く、鹵獲したドラグーンネスト改造にテクノロジーをフィードバックさせたのである。

 二郎は『ルイーズ』の外装にヒドロゲル添加材を塗布する案を再度提出。ウェストリバー製作所のタケオとK・静男主任との協力によって高速化を実現していた。

 異形ではあるが、ドラグーンネスト『ルイーズ』もまた、蒼き龍の系譜に連なるゾイドであった。

 巨艦同士の接触の際、潮流の複雑な変化により〝吸引力〟と呼ばれる互いに強く引き寄せられる現象が生じる。ハイドロジェットブースターの加速に、吸引力の作用も加わった巨大ザリガニの鋏は、同型艦の艦体を貫くには充分な運動エネルギーを得ていた。

 以下『ネアンデル』艦長ガラノプロスの証言。

「ガン! トイウ衝撃デ艦長席カラ放リ出サレタ。艦橋ノ端マデ5m以上吹キ飛バサエタト思ウ。敵ハ〝ゾイドコア〟ノ位置ヲ狙ッテ突入シタノデ、艦内電源ガ一斉ニ切断サレタ。一瞬ニシテ戦闘行動ハ不能トナッタ。

 退艦命令ヲ出シタ後、眩暈ヲ覚エ倒レタ。気ガ付クト血塗レノ包帯ガ頭部ニ巻キ付ケラレテ横タワッテイタ。深度計ガ艦ノ沈下ヲ示シテイルノガ悲シカッタ」

 証言にあるようにドラグーンネストの構造は共和国軍の手中にあり、ゾイドコアの位置及び装甲の脆弱な部分は完全に解析されていた。ウィークポイントを的確に攻撃することは二郎が搭乗する『ルイーズ』にとって造作もないことだった

 

12:32

 コムソモリスクナアムーレ岬沖西北西約500m地点、中央格納庫及びハイドロジェット動力部に浸水した『ネアンデル』は隔壁内に数十人の兵員を残したまま沈降を開始する。兵員救助のためのマッカーチスがドラグーンネストに群がる光景は、恰も抱卵していたザリガニが孵化し親の個体に幼生が付着する様な生々しさであった。

 救出活動の懸命さと浮力の回復は無関係であり、嘗てヴォルフ・ムーロアが座乗、指揮したドラグーンネスト『ネアンデル』は、やがて水深約60mの海底にゆっくりと着底、搭載したデスザウラーと共に永遠の眠りに就いていった。

(※救出作業終了は16:15まで継続。兵員は戦死者4名を除き全員救出)

 

12:33

 余力を駆った『ルイーズ』は、回避運動を開始した『フェアデシュタール』の七時方向(左斜め後)より突入する。Eシールド発生装置を破損していたため〝肉弾戦〟が唯一の攻撃手段となっていた。

 

「揚陸艇のカタパルトデッキを開放してください」

 二郎の冷徹な指示によりポセイドンとネプチューンの隔壁が開き始め、艇内に閉じ込められていた圧縮空気が猛烈な勢いで水泡のベールを靡かせる。艦橋のコンソールに示される〝揚陸艇ニ浸水アリ〟の警告を、二郎は苦渋の表情で凝視した。

 二隻の揚陸艇とはグレイ砦へのフェニックスユニット輸送作戦の際に命を預けた〝戦友〟でもある。開放されたデッキには凱龍輝やディスペロウ輸送の装備があったが、全ての機材は思い出と共に水圧に潰されていった。

 

12:35

『ルイーズ』は開放した揚陸艇をザリガニの鋏角とし『フェアデシュタール』の艦体を左舷後方よりポセイドンで挟み込み、残るネプチューンで艦橋への直接攻撃を敢行した。以下『フェアデシュタール』副官ウルリック・ナイサー大尉の証言。

「艦橋ニ亀裂ガ入リ滝ノ様ニ雪崩レ込ンダ。怒涛ニ呑マレ、艦長ハ船外ニ流サレテ仕舞ッタト思ウ。操艦モ退艦命令ヲ出ス事モ出来ズ、『フェアデシュタール』ハ沈没スル他ハナカッタ。自分ハカナリノ海水ヲ飲ンダガ、身ニ付ケタ救命胴衣ノ御蔭デ何時(いつ)ノ間ニカ海面上ニ浮カビ上ガッテイタ」

 

12:41

 艦橋を()ぎ取った『ルイーズ』は、『フェアデシュタール』を挟んだネプチューンとポセイドンを分離し、腹部ハイドロジェットブースターノズルを逆転させ離脱する。中枢を失い二つの揚陸艇の重荷を負わされた『フェアデシュタール』は『ネアンデル』を上回る速度で沈降、同様に搭載したデスザウラーを上陸させること叶わず沈没着底した。

 救出された兵員は副官ウルリックを含み9名のみ。艦長ティメン・チェーマックも依然行方不明のままである。

 

12:45

『フェルトフォーファー』艦長シャロン・ウェグシェイダーの戦後のインタビュー。

「あの時、敵のドラグーンネストが恐ろしい速さで接近して来るのが見えました。揚陸艇を分離していたので速度が上昇していたのでしょう。

 体当たり攻撃をするのは明白だったので潜水して遣り過ごそうとしましたが、湾内は水深が浅く潜行仕切れない海域に追い込まれていました。

 自分は深い角度でのホーミング魚雷発射を命じた直後、自艦の揚陸艇を盾に本隊の防御態勢を取らせました。貴重なデスザウラーが搭載されていましたが、兵員を守るためには止むを得ない選択でした」

 

 正面から突入する『ルイーズ』に10本の魚雷は悉く命中した。雷撃により中央格納庫も完全浸水し、『ルイーズ』は正しく満身創痍となる。

「そろそろ潮時(しおどき)ですね」

 フェニックス輸送作戦以来の知古となった艦長エドワードが告げる。

「そうですね……。背甲部カタパルトに移動しましょう」

『ルイーズ』のゾイドコアを臨界状態に導く時限装置を作動させ脱出通路に向かう。途中二郎は振り返って囁いた。

「さようなら、『ルイーズ・エレナ・キャムフォード』さん。僕は貴女が大好きでした」

 デッキの先に、脱出用のエヴォフライヤーが待機していた。

 

12:51

『ルイーズ』より乗員を鮨詰めにした5機のエヴォフライヤーが離脱し、艦体はゾイドコアを臨界状態に保ったままオートパイロットで『フェルトフォーファー』に激突する。艦橋こそ無事だったものの『フェルトフォーファー』は巨体を横倒しにされ、有機的な四対の歩脚を海上に露呈し、体内に寄生する黄色いフクロムシをボタボタと滴らせながら沈み始める。艦長シャロンが総員退艦を指示した後、暴走する『ルイーズ』のゾイドコアが臨界に達し『フェルトフォーファー』と共に爆沈していった。(※艦長シャロンはマッカーチスによって救助されている)

 

13:06

 残された『トイフェルスカマー』艦長ソンドラ・スモーリーは、クック湾が既にドラグーンネストの残骸群によって閉塞されたことと、沈没した兵員救助の役割も考慮し湾外に退去しデスザウラー揚陸を断念した。

 クック湾〝コムソモリスクナアムーレ沖海戦〟は、こうして幕を下ろすのだった。

 

 エヴォフライヤーのキャノピー越しに広がる黒煙を見下ろしながら、二郎は腕時計を眺めた。僅か40分足らずの間に4隻のドラグーンネストがクック湾の藻屑となって沈み、これまで凱龍輝を包み込んでくれた輸送母艦は消滅した。

「僕はあと何回、『さようなら』を言わなければならないんだ」

 失ってしまった女性の面影が過る。

 破壊されたドラグーンネストの輪郭が紺碧の海に描かれていた。

 



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 背後からのデスザウラー襲撃の脅威を免れた共和国軍は、一層強固なヘリックシティー包囲陣を完成させる。

 キマイラ要塞放棄によってゼネバス回廊を失い兵站を断たれた筈の帝国軍旧共和国首都駐留部隊は、しかし未だに頑迷な抗戦を継続した。偏に皇帝ヴォルフが構築したシティーの自給自足能力(アウタルキーアビリティー)の結果と評してしまえばそれまでだが、占領地の生産性をこれ程までに上昇させたのは奇跡的であった。

 後に〝ヘリックシティー大包囲戦〟と呼ばれる一連の戦闘に於いて、未だ語られている『なぜヴォルフ皇帝はヘリックシティーを放棄し中央大陸西側のネオゼネバス帝国領内に移動しなかったか』という最大の謎がある。

 離脱の機会は幾らでもあったにも拘わらず、若き皇帝は頑なにヘリックシティーに固執した。大陸東側の重要拠点を失えば中央大陸統一が困難になるからだとも考えられるが、所詮それは皇帝の生命には代えられるものではない。

 ここで戦略・戦術視点の分析と異なり、心理・精神的分野からの興味深いレポートが戦後纏められているので紹介したい。

 

『ヴォルフ・ムーロアのヘリックシティー残留の〝共依存的理由〟に関する幾つかの考察』

(序論 略)

1 残留の理由として考えられる事項

① 絶対君主としての執着

 父ギュンター・プロイツェンより帝王学を学び、一切の瑕疵の無い君主として君臨しなければならないという使命感から、面従腹背な共和国市民を精神的にも支配しようと試みた。

② 軍人的義務感よりの執着

 戦士(注;この事例の場合〝ゾイド乗り〟と共通)として共和国軍ゾイドと戦い、勝利することを何よりも重視した。また、宿命の敵と認めたレオマスター〈レイ・グレッグ〉との邂逅を願い、個人的名誉のために戦地に踏み止まった。

③ 感傷的執着

 ②の理由と一部重複するが、レオマスター〈レイ・グレッグ〉はヴォルフが慕っていた女性〈アンナ・ターレス〉の仇であると信じられていた。

(脚注;ターレスは改造デススティンガーKFDの機密保持のため自爆させられたのであり、厳密に「仇」とは評価し難い)

「〈アンナ・ターレス〉の仇を討つ」という名目で共和国領に留まることが、ヴォルフにとってのレゾンデートルとなっていた。いわゆる「手段が目的に転化」した状況である。

(後略)

 

2 考察

① 共依存の概念

a 自己と他者との感情の混乱

b 過度の誠実性

c 他者支配への幻想

d 他者からの非難を避ける為の自己責任の放棄

e 自尊心の欠如

 仮説として、依存者をヴォルフと仮定すれば、イネイブラー(=支え手)は〈レイ・グレッグ〉であり〈面従腹背な共和国市民〉である。

 幼少期より他者との接触、特に同世代との交流を極端に限定されてきたヴォルフが自我(アイデンティティ)の確立が未分化だったとも仮定すると、a「自己と他者との感情の混乱」が生じていた可能性がある。

 b「過度の誠実性」は、共和国領支配に於いて苛政を極度に回避したことからも推察され、これは一部d「他者からの非難を避ける為の自己責任の放棄」にも共通する。

 c「他者支配への幻想」は、常に皇帝として支配者の立場にいなければならないという緊張感に支配され、それでも従わない共和国民衆がe「自尊心の欠如」を導いたとも考えられる。

(略)

② 考察の補足

 支配対象を自分(=ヴォルフ)無くしては生きられなくさせ、かけがえのない存在となって依存される満足感を味わう事は、暴力で相手を屈服させるより遥かに淫靡で陰影に富んだ快感を齎すものである。「民衆のため」「失ってしまった恋人のため」というヒューマニズム溢れる自己犠牲的選択も、非対称的関係が生じてしまえば容易に共依存という対象支配が派生する。(中略)

 美しい感情表現として考えられがちな「かけがえのなさ」は、時に入り組んだ対象支配へと転化する危険性がある。

嗜癖(アディクション)とは、或る特定の物質や行動、人間関係を特に好む性向だが、ヴォルフにとっては「共和国民支配」「レイ・グレッグとの決闘」こそが嗜癖(アディクション)であった。

 共依存は、真綿で首を絞めように自分の背後から覆い被さり自他未分化の関係を「支配」と呼ぶことを許す。互いを苦しめ合い、依存者であるパートナーがゆっくりと苦痛を感じながら自己を破滅させる危険に瀕していく、より不運な関係であり病的依存である。

(本論 以下略)

結論

 幸いなことに共和国民も〈レイ・グレッグ〉も、ヴォルフにとってのイネイブラーには成り得なかった。ヴォルフが妄想したイネイブラーとは、不特定多数の個性の無い群集と、己が作り上げた〈レイ・グレッグ〉の幻想に過ぎなかったからである。

(以下略)

著者:臨床心理学博士ジュディー・ハーマン(※尚、ハーマン女史はロブ・ハーマン中将の養母)

 

〝ヘリックシティー大包囲戦〟の分析は、同規模の2101年暗黒大陸ニクスでの帝都ヴァルハラを巡る戦いに比べ、現時点では困難となっている。前者は摂政プロイツェンの冷徹な謀略の手中にあったため、皮肉にも両陣営の動きは「手を取るように」掌握されていたが、後者は互いにどれ程の兵力を投入したかもわからなくなる程の混戦となったからだ。

 共和国軍側は主力の包囲部隊に加え、在野のレジスタンス勢力、一部ガイロス帝国からの義勇軍さえ合流し殆ど統率が取れないままの戦闘となる。一方のネオゼネバス帝国軍もデスザウラーの投入こそ逃したものの、ホエールキングに空輸されたアイアンコングMk-Ⅱ仕様機やグレートサーベル、エレファンダー及びブラックライモスが投入され、キメラブロックスと共に戦闘するが、混戦により制御を失ったキメラドラゴンが頻繁に暴走し同士討ちを繰り返したため共和国軍との戦闘と区別がつかなくなる。概観を述べるならば、互いに拮抗した兵力が激戦を繰り広げていたという在り来たりな表現しかできなかった。

 旧共和国首都の北100㎞地点、両軍あわせて10万機を超えるゾイドを投入した総力戦が開始された日、戦場には自らチューンアップされたエナジーライガーによって挑む皇帝ヴォルフと、二郎の手によって偽装されたライガーゼロイクスに乗るレイ・グレッグ、そして二郎の姿があった。ドラグーンネスト『ルイーズ』より脱出した二郎はゾイテック社員でありながら事実上の共和国軍技術将校扱いとなり、引き続き凱龍輝の整備運用担当者兼戦闘アドバイザーとして軍籍に身を置く。ハーマン女史流に分析するならば、むしろ二郎こそが典型的な凱龍輝のイネイブラーと診断されただろう。

 

 或いは二郎以前に気付いていた者もいたかもしれないが、激戦が続き、凱龍輝の整備と修理に忙殺されながらも、二郎は変化に気付く。

 

――戦いに、苛烈さが無くなっている――

 

 目の前を横切り疾走していったゴジュラスギガが、視界の及ぶ限界でアイアンコングの腕に咬み付き投げ飛ばす姿が見えた。仰向けに倒れたアイアンコングがシステムフリーズを起こし稼働を停止すると、ギガはそこで戦闘を止め徹底破壊を行わずに次の相手を求め去ってしまう。また別の地点では、狙い澄ましたストライクレーザークローを打ち込んだライトニングサイクスが、前足二本を吹き飛ばされ戦闘不能に陥ったコマンドウルフを見逃す姿なども見受けられた。

 シールドライガーとサーベルタイガーが往年の名勝負を彷彿とさせる一騎打ちを挑み、更には両雄の戦いに干渉するゾイドもない。歩兵などへの対人攻撃をするゾイドは無く、また両軍の歩兵部隊も戦闘を休止し、赤と青のゾイドの戦いに注目し声援を送る姿まで散見された。

 中央大陸に憧憬を抱く両軍兵士たちはヴァルハラでの血みどろの戦いに辟易していた。統率の取れない部隊は、個々のゾイド乗りの戦闘の不文律に従う決闘形態へ移行するのを妨げなかった。それらは嘗て、ロイ・ジー・トーマスが描いたバトルストーリーの頃、名誉と誇りを重んじた英雄ゾイド乗りの戦いの再現であり、第一次中央大陸戦争の頃に見られた古式豊かなゾイド同士の格闘戦の時代に逆戻りしてしまったかのようだった。

 

――凱龍輝が荷電粒子砲を無力化してしまったからだ――

 

 確かに緒戦に於いてはセイスモサウルスからのゼネバス砲による攻撃は行われたが、先陣を切る凱龍輝(及びウルトラザウルス・テラ・インコングニータ)に荷電粒子を全て吸収され無力化された。しかし接触後の敵味方入り乱れての混戦の中、凱龍輝もまた集光荷電粒子砲を放つことは出来ず、主に「爪と牙」そしてクラッシュテイルでの肉弾戦が主となる。

 凱龍輝は機を見て飛燕を分離し、月甲を相手に突入させ、雷電の突進で敵の足元を掬う。

 戦術的に不利と判断すれば、お気に入りの玩具を組み替えるように凱龍輝スピードへ、或いは凱龍輝デストロイへと自由自在にチェンジマイズを行う。

 二郎にとって凱龍輝の仕草は、くるくると表情を変え笑う思春期の少女の笑顔にも似て眩しかった。

 

――ゾイドは自らの意志に従い戦っている。殺し合うことではなく、まるで純粋にバトルを楽しんでいるように――

 

 鋼鉄の野獣たちは、己の存在意味(レゾンデートル)を確認するかの如く生き生きと躍動する。四十年に亘って続いてきた戦争は、凱龍輝がゾイドバトルの技術的特異点(シンギュラリティ)となり新たな次元へと導き、変革の刻を迎えようとしていた。

 

――ゾイドが純粋にバトルを楽しむこともできるのではないだろうか?――

 

 二郎の中に、戦場には似つかわしくない、楽し気な発想が沸き上がっていた。

 

 淡い希望を破砕するかの如く、二郎の視界に縺れ合う濃紅の獅子と青い翼を持つ黒い獅子が侵入した。

「中尉さんのイクス、それにエナジーライガー――改造機じゃないか!」

 既にぼろぼろのフェニックスアーマーを纏うレイ・グレッグの操るライガーゼロと、皇帝専用に強化改造されたエナジーライガーが、二郎の目の前に身を晒したのだった。

 



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 (かね)てより皇帝ヴォルフ出撃時に限定したサージカル・アタックを主眼に編成された共和国軍精鋭が、縺れ合うゼロフェニックスと皇帝専用エナジーライガーを包囲する。ヴォルフ援護のため猛追する皇帝直属の親衛隊を、凱龍輝シュトゥルムとゴジュラスギガが遮断し決闘を見守る光景は、(さなが)らゾイドをセコンドとしたランバージャック・デスマッチを思わせた。

 ディスペロウ、エヴォフライヤーを加えても中隊規模に過ぎない部隊は、しかし歴戦のゾイド乗りを結集させていた。

 

・凱龍輝シュトゥルム×8

 070-22 ハリエット・ブルックス大尉(※中隊長)

 070-31 ランドルフ・カークパトリック中尉

 70-6 マグリット・ボレル中尉

 70-7 ジョン・バーディーン曹長

 70-46 ヴィタチェスラフ・コードリアツェフ軍曹

 70-56 ローアル・ユートハウグスノリ・ストルルソン伍長

 70-67 カールトン・ガジュセック伍長

 70-73 マリーニ・サチェック少尉

・ゴジュラスギガ×2

 064-8 ニュート・ギングリッジ中尉

 064-13 チャールズ・クリッチフィールド少尉 

 

 凱龍輝シュトゥルムは、出力で大幅に上回るエナジーライガーを翻弄し、頑なにヴォルフとレイの対決への介入を遮った。クローニングベースの凱龍輝を操るブルックス、カークパトリックはオペレーション・アナストモーシス及びグレイ砦へのフェニックスユニット輸送に参加した熟練パイロットであり、プロトレックスをプラットフォームとする残り6機のうちボレルとバーディーンの機体はロールアウト以来戦い抜いてきた古参のゾイドである。

 痺れを切らしグングニルホーンを振り翳して凱龍輝シュトゥルムへの突入を図った2機のエナジーライガーが、突然前のめりとなり進撃を阻まれる。濃紅の獅子の足元には小型の猪型ゾイドが出現していた。

 高速性能を重視し飛燕も雷電も装備しない凱龍輝シュトゥルムのサポートのため、代わってディスペロウがAZ電磁キャノン・四連装マルチプルキャノンを装備し随伴していたのだ。

 

・ディスペロウ×4

 018-11 ラルフ・ファウラー中尉

 018-14 エドマンド・ストーナー少尉

 018-22 ベビン・ダンバー兵長

 018-45 ケイティ・スロコーム軍曹

 

 ファウラー、ストーナー両名もまた、凱龍輝と共に戦場を駆け抜けてきた歴戦のゾイド乗りである。エナジーライガーに比べ遥かに非力なディスペロウだが、雷電が切り開いた貴重な戦機を逃さずメタルクラッシャーホーンを叩き込む。

 体勢を崩し無防備となったエナジーウィングと後肢の隙間にギガの顎が噛み付いた。狂暴なセレーション(serration)のギガクラッシャーファングが不快な軋みを轟かせ、濃紅の獅子の左後肢と下半身を食い千切って破壊していた。

 二郎は激戦の一部始終を遠望できる場所にいた。セイスモサウルス出現に備え、飛燕のMPS(Mission Programming System)管理を自ら申し出て赴任した兵站支援部隊と、凱龍輝主力の前進攻撃部隊との距離はそれほどまでに密接していたのである。

 蒼き龍と濃紅の獅子の激突の奥に垣間見える、ゼロフェニックスと皇帝専用機の決戦を注視しつつ、二郎はゾイテック本社からの物資到着を待ち侘びていた。既にミドルタウンより〝隼〟完成の報告は受けていたが、ドラグーンネスト『ルイーズ』を失い、フライトエンベローブを確保できない状況での輸送能力は著しく低下している。タートルシップは帝国航空師団の防衛網に進路を阻まれ、已む無く先行生産機をテストパイロットに操縦させ空中発進を行ったとの情報を得るが、以降通信は途切れてしまっていた。

 戦友とも呼べるレイ・グレッグとネオゼネバス皇帝との戦闘を眼前にした二郎は、タキシングを始めようとするエヴォフライヤーを睨んでいた。

 

・エヴォフライヤー 

 019-2 マーチン・ファン・クレフェルト少尉

 019-3 エルンスト・ローレンス曹長

 019-23 エンデル・タルヴィング少尉

 019-44 キャリル・ファン・シャイク中尉

・飛燕×8

 

 哨戒・偵察部隊として通信機能を強化改造していたエヴォフライヤーのコクピットによじ登り、装備された開放系の通信回線を開く。自分とコンソールの間に割り込まれ、唖然とするクレフェルト少尉を気にせずレシーバーを掴み呼びかける。(※著者注:二郎の発言と会話はレコーダーに記録された。以降、開示された音声を元に戦場の様子を再現してみたい)

「中尉さん、レイ・グレッグ中尉さん、ゾイテックの二郎です。間もなくゼロの新アーマーが到着します。だから凱龍輝のみなさんはそれまでなんとかゼロを援護してください」

 レイからの返信は期待していなかった。激戦の最中、応える余裕などある筈もない。

「マーチンさん、僕も一緒に出撃させてください」

 直後にコクピットに滑り込み、二郎は馴れた手つきで予備シートに身体を固定する。出撃体制を整えていたクレフェルトは無謀なエンジニアの無茶な希望に無意識に従ってしまっていた。戦後、クレフェルトは笑いながら語っている。

「オペレーション・アナストモーシスの頃と全く変わっていませんでした。つくづく命知らずの主任さんでした」

 

 強化されたエナジーチャージャーの余剰エネルギーが皇帝専用機を妖しく光らせる。凱龍輝たちが取り囲むなか、上空のエヴォフライヤーから二郎はエナジーライガーを凝視していた。その光に見覚えがあったからだ。操縦席のクレフェルトに語るというより、半ば心理的外言(独り言)として声に出していた。

「Lモジュールが荷電粒子吸収の際に励起する輝きに酷似しています。

 もしかすると、キングゴジュラスからサルベージし開発されたエナジーチャージャーとは、仮想粒子タキオンとタージオンの対消滅で発生するエネルギーを荷電粒子に変換させるリアクターなのかもしれません」

 技術的な考察を巡らせた刹那、ゼロフェニックスがエナジーライガーの重レーザークローをまともに喰らい一撃でスクラップ同然となっていた。

「フェニックス!」

 コクピットで叫んだところで伝わるはずもないが、咄嗟に叫んでいた。

 皇帝専用機は執拗にゼロフェニックスを追い、二撃目の重レーザークローを叩き込む。アーマーが弾け飛び、ゼロは破壊されたかにも見えた。

 直後、B-CASを強制排除し素体となったゼロが妖光を放つエナジーライガーに対峙するのを確認し安堵する。

 辛うじて攻撃を躱したものの、周囲には皇帝の異変を察知した帝国ゾイドが大量に接近していた。だがゼロは、そしてレイは退かない。その姿は刺し違えても敵を斃そうする鬼気迫る戦い方で、最初から生き残る事を否定していた。

 一方、コードリアツェフ、ストルルソン、ガジュセックの機体が凱龍輝デストロイにチェンジマイズを行い砲撃戦を開始する。激しい砲火に一瞬怯んだものの、弾幕を潜り抜けたレッドホーンとスティルアーマーの混成部隊が突入して来た。

「頼むぞ、飛燕」

 残っていた凱龍輝シュトゥルムは一斉にシュトゥルムユニットをパージし、二郎が調整したMPSに従い飛燕が装着される。更に飛来したエヴォフライヤーとチェンジマイズした凱龍輝スピードが赤い角竜群に格闘戦を挑み、動く要塞を薙ぎ倒し、レールガンを翳すブロックスをコアごと粉砕する。

 期待以上の善戦を繰り広げたものの、僅かな凱龍輝とギガで支えきれる数ではなく、そして素体のゼロでは到底皇帝専用エナジーライガーに敵う筈もない。

「〝隼〟はまだなのか」

 シュトルヒ、フライシザースの襲撃を必死で回避するエヴォフライヤーの予備シートで、二郎は何度も蒼穹を見上げていた。

 

 空の一角に奇妙な変化が現れた。飛行形態のディメトロプテラの編隊が輪陣形、それも空中に縦に輪を描いて回転を始め、円陣中央に開いた空間から、不釣り合いなほど大型のバスタークローを装備した見慣れぬ飛行ゾイドが出現した。

〝こちらゾイテック社所属、リョウザブロウ。新型ゾイド『ジェットファルコン』をヘリック共和国軍へお届けに参りました〟

「リョウザブロウさん!」

 戦場に心強いベテランテストパイロットの声が響く。

〝二郎さんですね――お待たせしました。これより作戦行動に移ります〟

 エヴォフライヤーの上空をかすめ、新鋭ジェットファルコンが突入した。

 レーザーストーム、シザーストームの対空ガトリング砲火の豪雨を掻い潜り、満身創痍のゼロを目掛けて急降下、直上の低空を旋回する。

 開放系の通信からレイ・グレッグへ向けて老兵が語り掛ける声が聞こえるが、口調は既に変わっていた。

 

〝死に急ぐんじゃねえよ、若造が〟

〝リョウザブロウのオヤジ!〟

 

 一切声を発することのなかったレイ・グレッグの歓喜が一言で伝わった。若きレオマスターは、今は亡き〝クレージー〟と呼ばれた老レオマスターの面影をこの老兵に重ねていたのかもしれない。

 合体シークエンスに移行しマグネッサーの磁束帯がゼロとジェットファルコンの間に伸びる。宿敵との対決に水を差された皇帝ヴォルフは、ゼロとのユニゾンを阻まんと猛然と突撃するが、素体となり機動性を増したゼロの剥出しのボディ表面を僅かに削ったのみだった。レイとリョウザブロウの声が重なる。

 

〝Zi―ユニゾン、ライガーゼロ・ファルコン〟

 

 磁束帯の旋風に包まれ瞬時にファルコンのアーマーを纏う。背負う巨大なバスタークローは、紛れもなくバーサークフューラーのシルエットを持つライガーであり、設計者クヌート・ルンドマルクの意匠を強く感じさせた。

 取り囲む凱龍輝も帝国軍親衛隊をも引き離し、二匹の獅子は超高速の格闘戦を開始する。戦乱の行方を握る宿命の対決には、凱龍輝を以てしても干渉することは出来ない。

「頑張ってください、中尉さん、リョウザブロウさん」

 そして二郎もまた、凱龍輝と共に戦いを見守るほかなかった。

 



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「天下に未だ将軍自ら戦い自ら死せることは有らず」と、古代の軍記に云う。

 これを「指導者自らが戦い死んでしまった事例はない」とするか、「自ら戦い死ぬような者は、指導者に非ず」とするかは、解釈の分かれる部分であろう。

 ヴォルフはエナジーライガーを駆り、共和国軍によるヘリックシティー大包囲戦の進攻を食い止め、その戦闘能力が決して飾り物ではないことを証明しているが、皇帝自らが出陣するリスクを知らぬ愚者でもない。

「幼少期から完璧を強いられ、社会的承認を求め蓄積してきたフラストレーションを一気に開放した代償行動(substitution)です。この場合の社会的承認とは、皇帝の地位とか独裁者の権力とかではなく、『ゾイド乗り』であること、という位置付けで、ですね」

 先に挙げた臨床心理学者ジュディー・ハーマンの分析である。彼女の言葉通り、レイ・グレッグとの邂逅に狂喜し戦闘に没頭していく姿は、到底皇帝とは呼び難い状況であった。

 

 空力学を無視し、二匹の鋼鉄の獅子が空中でドッグファイトを繰り広げる光景を想像して頂きたい。それはまるで、おもちゃを両手に持った幼い男の子が、思い思いの擬音を口ずさみ想像の翼の中で両雄を対決させるようなノスタルジーを漂わせる。しかし紛れもなく、二匹の獅子には三人の人間が搭乗していた。

 失速(ストール)飛行姿勢不安定(ディパーチャー)の懸念は存在せず、勝敗の行方は相互のPIO(Pilot Induced Oscillation=機体反応の遅れによる悪循環)を如何に回避するかに係っている。両機の戦闘の様子を、再びエヴォフライヤーの機上で二郎が記載した記録を元に追ってみる。

 

15:15

 MGS(=マグネッサーシステム)max、零隼(=ゼロファルコン)ハイレートクライム。EL(=エナジーライガー)追撃。

 

 マグネッサー出力を最大にして垂直上昇を行うゼロファルコンを、紅玉の翼端からベイパートレイルを曳くエナジーライガーが追い縋る。

 

15:16

 零隼常態。ハーフロールダイブ→スピリットS、破爪(=バスタークロー)交錯、EL小破スピン。

 

 ゼロファルコンは上昇限界で水平飛行に移ると、エナジーライガーに対し半回転し背面姿勢からの急降下を行いバスタークローの一撃を加えた後、高度を下げて180°転回する。ヴォルフは僅かに錐揉みに陥ったがすぐさま体勢を立て直していた。

 

15:17

 両機ローリングシザーズ→零隼バレルロールアタック→斬爪(=ザンスマッシャークロー)攻撃、EL左翼破壊、ジンキング。

 

 濃紅の獅子はエナジーチャージャー全開でゼロファルコンとの二重螺旋を描き交錯する。互いにブレイクターンを図るが、対エナジーライガー用に開発されたゼロファルコンのマニューバが競り勝ち螺旋から離脱、猛禽然とした強襲を繰り出す。

 ザンスマッシャーでのストライクレーザークローがエナジーウィングを粉砕、紅玉の破片を撒き散らしつつランダムなロール機動によってエナジーライガーは離脱した。

 

15:19

 ELサステインドGターン、アンロード加速→ラスト・ディッチ・マニューバ→降下着地。

 

 ヴォルフにとって、ゼロファルコンに二人のパイロットが搭乗することが最大のハンディキャップであった。単座での操縦者がPIOに陥れば即座に勝敗は決してしまう空中戦での不利を悟り、ヴォルフは機体強度限界での旋回を最大出力で実施する。加重に呼吸を圧迫されながら、エナジーウィングを窄め空気抵抗を最小にした加速で最終回避運動を行い降下した。

 

 エナジーライガーが地上に降りてしまうとエヴォフライヤーからの戦況の俯瞰は困難となる。当然だが、キャノピーは機体上方にあるので地上戦は見えにくい。

「降ります」

 クレフェルトが短く告げると、陸戦モードに変形したエヴォフライヤーが着地した瞬間に激しい振動が起こり、二郎はエヴォフライヤーごと左に倒れる遠心力を覚える。毒づくクレフェルトの先のキャノビー越しに、体長の半分程のガトリング砲を背負う赤いクワガタ型ゾイドの姿が垣間見えた。

 

15:22

 着地後SS(=シザーストーム)接触、ワ(=我)足破壊。エ(=エヴォフライヤー)倒。

 

 本来セイスモサウルス護衛に就くべき、皇帝親衛隊とは異なる帝国軍前進攻撃部隊が、包囲網の綻びを縫って侵入していた。ゼロイクス、或いはエナジーライガー(通常型)との格闘戦を主眼としてきたギガ・凱龍輝部隊にとって小型ブロックスとの戦闘方法は異なり、対応が遅れてしまったのである。

 横転したエヴォフライヤーのコクピットが無防備に晒され、セイフティーベルトが絡まり脱出に手間取る二人に、振り上げたチェーンシザーが兇暴な騒音を立てて迫る。キメラドラゴンの轍を踏まぬようAIの暴走には充分なリミッターが加えられていたが、それでもシザーストームは只管に皇帝援護の任を遂行するため進路を塞ぐ物体を無作為に攻撃していたのだ。

 危機を察したブルックスの凱龍輝が咄嗟に月甲を分離しシザーストームに突入させるが、低重心故に転倒せずストームガトリングのバレル二本を折るにとどまる。横臥するエヴォフライヤーの防波堤となる形でストルルソンの凱龍輝70-56号機とサチェックの70-73号機が接触し、ボレルの70-6号機とスロコームのディスペロウが体勢を下げキャノピーを開く。

 

15:23

 エ脱出→凱龍輝へ

 

 位置関係からクレフェルトはディスペロウに、そして二郎はボレルの凱龍輝に救助された。

 エヴォフライヤー、ディスペロウに搭乗したことはあっても、戦闘行動中の凱龍輝のコクピットに座るのは二郎にとって初体験であった。

 強く想うからこそ、乗ることを意識的に避けてきた。蒼き龍の補助シートに座る感覚、それは恋い焦がれる者に抱かれるような高揚感、互いの身体が一つになるような歓喜にも似て、戦闘状況での緊張とは異なる理由で鼓動が高まる。

 

(いま僕自身が、凱龍輝のなかにはいっている)

 

 操縦席のボレルが戦闘再開を告げた筈であったが、それは戦場の騒音に紛れ鼓膜を振動させたに過ぎず、二郎の聴覚には音波と異なる無言の音声が奔流の如く流れ込んで来ていた。

 水面に夕日を写す雄大な湖と、レブラプターに追われるプロトレックスが脳内に描かれる。

(これは、西方大陸のブルトン湖。この個体は僕がジールマンさんと捕獲したプロトレックスだったのか)

 ボレルの様子に変化はなく、イメージが流入しているのは二郎のみであるらしい。長く開発者として携わり、凱龍輝の内面も外面も知り尽くしていることが、ゾイドとの感覚・記憶の共有=精神リンクを導いたと思える。

 レイから聞いた。バーサークフューラーの猛攻に意を決してアーマーを脱ぎ去り素体状態で戦った際、彼は操縦桿さえ握ることなくゼロと一体化していたと云う。

 同じ現象が起こっている。しかしそれは、レイのようなゾイドパイロットではなく、技術者・開発者の自分であることに当惑する。

(凱龍輝が僕を受け入れてくれたということなのか。それとも捕獲された悔恨を僕に伝えようとしているというのか)

 二郎が思考を巡らしている間にも、イメージは次々と切り替わっていく。

 

 機獣化されたときの恐怖。

 戦場に投入されたときの恐怖。

 月甲を、飛燕を、雷電を分離した際の喪失感。

 荷電粒子を吸収した不快感。

 集光荷電粒子砲を発射した直後の嘔吐感。

 

 陰鬱なイメージはしかし一転する。

 

 機獣化による身体強化の矜持。

 戦場での戦闘の興奮。

 月甲、飛燕、雷電を自在に操り、さらにディスペロウ、エヴォフライヤーとのチェンジマイズする際の快感。

 荷電粒子を吸収し、撃ち返した後の爽快感。

 

 アンビバレントでありながらもバトルを楽しむ意識が伝わる。

「貴女は凱龍輝になったことが嬉しいのですか」

 問い掛けに呼応するように凱龍輝が咆哮する。並走するゴジュラスギガとの先に、未だ地上で激闘を繰り広げるゼロファルコンとエナジーライガーがあった。

 

15:30

 EL、GH(=グングニルホーン)ラミング、零隼低身避け、角切断。

 

 グングニルホーンを翳し遮二無二に突進するエナジーライガーに動揺を見出したレイは、一時(いっとき)敵の進路正面で身構えると、絶妙のタイミングでゼロフェニックスの体勢を下げた。チタンゴールドの一本角をバスタークローが白刃取りの要領で挟み込み、ゼロ本体に達する直前に機体を浮揚、一回転させ捩じ切る。

 乾いた金属音が響き、エナジーライガーの象徴に等しいグングニルホーンが欠落した。その装着された付け根にあるコクピットの装甲にも、相応の激しい振動を受けた筈だ。

(「最後に甘さが出たな。皇帝陛下!」)

 二郎の聴覚に、ゼロフェニックスのなかで叫んだレイの声が届く。ゾイドとの精神リンクは、もはやテクノロジーの説明付けなど無意味と悟った。

 

15:31

 破爪穿孔、コア破壊。発光。

 

 もう一基のバスタークローが間髪入れずエナジーライガーの脇腹に突き立てられた。Eシールドでコーティングされた破壊の爪は信じ難い程にスッ、と濃紅の獅子の装甲に吸い込まれ、確実にゾイドコアを貫く。エナジーライガーの双眸に点っていた光は消え、四肢に漲っていた精彩は見る間に削ぎ落される。

 誰の眼にも勝敗は決したかに見えた。だが二郎の聴覚は捉えていた。コアとは独立した動力機関であるエナジーチャージャーが不気味に唸りを上げ続け、行き場のないエネルギーを生産し破壊されたコアに送り続けていることを。

〝二郎さん、聞こえますか二郎さん。あんたならわかるはずだ。あれは何が起きているんですか!〟

 開放系の通信からリョウザブロウの声が響く。続々と集結を続ける帝国ゾイド群を薙ぎ倒しながら、ボレルもまた二郎を振り返る。

「僕にも憶測しか出来ませんが、エナジーチャージャーの暴走だと思われます。仮想粒子タキオンがタージオンとの対消滅反応を無秩序に行っています。もしあのエネルギーが解放されたら、反応の及ぶ現実世界に存在する全ての物質が(ルクソン)となって消滅してしまう。ヴァルハラの悲劇どころか、下手をすると惑星大異変にも匹敵するような惨劇が生じてしまうかもしれません」

〝そんなバカな話があるか!〟

 割り込んだのはレイ・グレッグであった。

「飽くまで最悪の可能性を述べただけです。でも混戦のせいでヘリックシティーの市街地に近づき過ぎている。控えめに見ても、居住区に爆発の被害が及ぶのは避けられません」

 有人ゾイドが戦闘を停止し、エナジーチャージャーの閃光を見守る中、依然無人ブロックスのAIは戦闘を継続している。レーザーストームを、シザーストームを、シェルカーンを蹴散らしながら、レイのゼロファルコンとゴジュラスギガ、そして凱龍輝がエナジーライガーを取り囲む。

 グングニルホーンを失った頭部装甲が吹き飛んだ。緊急脱出装置が作動したに違いないが、射出されるべき皇帝の姿はない。手動で装置を解除し、機体に留まったと思われる。

 

〝全軍、市民とともに西へ脱出せよ〟

 

 帝国軍、共和国軍に拘わらず、一斉に通信が届く。紛れもなく、皇帝ヴォルフ・ムーロアの肉声である。やがて装甲を溶かすほど赤熱したエナジーライガーが緩慢に移動を開始した。閃光のような速さは失われ、亡者の如く市街地とは逆方向に進んでいく。

 若き皇帝は自分と引き換えに、兵と民衆を、へリック派の民衆が多数を占める都市を救うため、命を賭けようとしているとわかった。

 

15:41 EL臨界、零隼、ワ突入

 

 ゼロファルコンが周囲のゾイド群を振り払って突入する。異変はその直後だった。

「制御不能、どうなっちまったんだ!」

 ボレルの叫びと共に、暴走するエナジーライガーを前にした凱龍輝は人の操作を拒んでいた。そして二郎は、凱龍輝の意志を理解していた。

(わかりました。僕も一緒に行きます)

 小さな太陽のような灼熱の輝きを放つエナジーライガーに、蒼き龍は隼の鎧を纏う獅子に続いて突入していった。

 



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 キメラブロックスのAIはやはり暴走を開始した。

 戦場にはロードゲイル+ディプロガンズ+デモンズヘッド+フライシザースがチェンジマイズした〈ヘビーゲイル〉と、スティルアーマー+シザーストーム+レーザーストームがチェンジマイズした〈ヘビーウェポンスティルアーマー〉が徘徊する。HW(ヘビーウェポン)スティルアーマーのストームガトリングの曳光弾が無差別に撃ち込まれ、弾痕がレイのゼロファルコンにも、既に活動停止に陥っていたヴォルフのエナジーライガーにも刻まれた。

 ゴジュラスギガがギガクラッシャーファングでヘビーゲイルを噛み砕き、ディスペロウとHWスティルアーマーが砲撃戦を繰り広げるのを尻目に、レイは強引にゼロファルコンをエナジーライガーに横付けする。

 機体操縦をリョウザブロウに任せ、自らジェットファルコンのエネルギー伝導管を掴むと赤熱化するエナジーライガーに飛び移り、頭部装甲を排除したヴォルフとは互いの顔が見える距離に接近した。その時二人が交わした会話を知るのは当事者のみだが、やがてヴォルフもコクピットを離れ、レイが差し伸べた伝導管を掴みエナジーチャージャーのコネクターに接続していた。

 暴走したキメラブロックスは全て鎮圧され、戦場から砲火が途絶える。見守る両軍兵士は、直前まで激闘を続けてきたニ人の若者が協力する光景の不思議さを強く感じていた。

 接続されたゼロファルコンのバスタークロー付け根の銃口から、エナジーチャージャーより吸収した余剰エネルギーが天に向かって放出された。

 その場に在った全ての者が、長きに亘る戦いの終りを告げるモニュメントの如き光の柱を見上げる。

 やがて柱は線条となり、光の根元には灼熱の輝きを失ったエナジーライガーと、それに寄り添うゼロファルコンの機体が残されていた。

 機上で伝導管を掴んだまま座り込んでいた二人が立ち上がり、重責を成し遂げた後に互いを賞賛するかの如く、右手の(こぶし)を差し出す仕草が覗えた時だった。

 

15:59 EL、臨界継続、チェレンコフ光放射。

 

 機能を停止したかに思えたエナジーチャージャーは、先程とは異なる青い燐光を放ち始めた。

 再稼働の衝撃によってヴォルフはゼロファルコンのコクピットまで吹き飛ばされる。咄嗟に頭部ハッチを閉じヴォルフを収容したゼロを、エナジーチャージャーのバブルフィールドが容赦なく弾き飛ばした。

 エナジーライガーを中心に半球状のプラズマ・マトリクスが形成され、球面上で気体分子が燃焼してフィールドを縁取り、見る間に直径100mに拡大する。弾かれたゼロはファルコンの能力を活かし、空中で体勢を立て直し事なきを得るが、より悪化している状況を悟り身構えた。

 

 あれを止める。

 

 球殻の中心で暴走を続けるエナジーライガーを破壊せんと、渾身のザンスマッシャークローを打ち込んだ次の瞬間、最強のB-CASを纏ったはずのゼロは激しい爆風に煽られ敢え無く弾き飛ばされた。

 

16:02 プラズマ爆風、斬爪不可侵。

 

 剥き出しとなったクォークとタキオンとの対消滅反応により、プラズマ・マトリクスは外部からの物理的刺激を一切受け付けない閉じた〝系〟を形成していた。膨張する球殻を前にレイが絶叫する。

〝あのバリアみたいなやつを破壊しなければ近づくこともできない。何か停止させる手段はないのか!〟

 レイに呼応し、ゼロファルコンの傍らに寄り添うように進み出たのは、精神リンクを確立した二郎と、二郎に顛末を明かされ達観するマグリット・ボレルの搭乗する凱龍輝70-6号機であった。

「時間が無いので手短に言います。みなさんの凱龍輝を僕に預けてください」

 透徹とした二郎の(こえ)が響くと、残る7機の凱龍輝のコンソールに“We have control.”という奇妙な表示が出現した。

〝ブルックス機、操縦不能〟

〝カークパトリック機、本機も操縦を受け付けない〟

〝バーディーン、勝手に稼働していきます〟

〝こちらコードリアツェフ、なぜ一斉に制御不能になる、原因は〟

〝ストルルソン70-56号機、機体がまるで強烈な意志を持っているように疾走していきます〟

〝ガジュセック機、本機も同様です〟

〝こちらサチェック。ブルックス大尉、この現象はなんなんだ〟

 混乱し当惑する各凱龍輝のなか、70-6号機での二郎とボレルの会話が記録されている。

「――ボレル中尉さん、巻き込んでしまって申し訳ありません。会話はボイスレコーダーに録音されますから、責任の所在が僕にあるのは証明されるでしょう。証言台には喜んで立ちますのでお許しください」

「主任さんはこの状況で生き残るつもりなのか」

「もちろんです、死ぬ気なんてこれっぽっちもありません。僕は凱龍輝と一緒に生き残ります。――行こう、凱龍輝」

 二郎のコールに従い蒼き龍は粛然と隊列を組み、膨張を続けるバブルフィールドの周囲に散開していく。凱龍輝たちは己が成すべきこと、果たさなければならない任務を知っていた。

 

※ ベルナー・イズラエル・バラクリシュナンによる考察

「【精神リンクに伴う共振(Resonance)現象】としか、現時点を以てしても説明がつきません。ゾイドがパイロットのことを想い、自己犠牲を伴う利他的行動を行った事例はプロトゴジュラスギガを含め幾つも確認されていますが、一度に8機のゾイドが自律行動したという例は聞いたことはありません。

 凱龍輝たちは彼らを――彼女らを生み育て愛してくれた主任の〝こころ〟に応え、惑星Zi存亡の危機に立ち向かったのだとしか、未だ以て答えられません」

 

 直径200mを超える程に成長した球殻の円周に、凱龍輝が等間隔で移動する。

 集光パネルが微細な光を発し、やがて明確な輝きとなって機体を覆う。各パネルから離弁花状の粒子干渉フィールドが展開し、プラズマ・マトリクスの周囲に黄色い八つの花束を花開かせた。

 青白いチェレンコフ光を浄化する都度、花束は次第に数を増していく。

 その光景を見る二郎の脳裏に、父から語られた古い詩の一節が鮮やかに描かれていた。

 

 いちめんの菜の花

 いちめんの菜の花

 いちめんの菜の花

 いちめんの菜の花

 いちめんの菜の花

 いちめんの菜の花

 いちめんの菜の花

 かすかなる麦笛

 いちめんの菜の花

 

 エナジーライガーを中心にしたプラズマ・マトリクスは、モザイク状の黄色い花束に縁取られた。

 凱龍輝は更に輝きを増し、タキオンの奔流を黄色い花びらで柔らかく受け止めていく。

 蒼天に雲が流れ、春の香りを運ぶ。

 凱龍輝は、人のイマジネーションに描かれるであろう理想郷を具現化し、温かな輝きを放ち続けていた。

 

 理想郷はときとして残酷に破壊される。

 Lモジュールの耐久限界であった。

 花束の一画が崩れ、再びタキオンの奔流が惑星を蝕むかのように触手を伸ばそうとした。

 

〝待たせたな〟

 決壊した球殻の一隅に巨大なゾイドが出現する。

「ハーマンさん!」

 絶望的状況に現れたウルトラザウルス・テラ・インコングニータは、凱龍輝を遥かに上回る花束を纏っていた。装備された膨大なアキュムレイトモジュールは、8機の凱龍輝の干渉フィールドを補って余りある能力を顕示し、見る間にプラズマ・マトリクスを分解消滅させていく。

〝どうやら役に立ったようだな〟

「ええ。本当にありがとうございます」

 心の底から、精神リンクで繋がっている凱龍輝から出た言葉だった。

 

※ タケオ・Dによる考察。

「現場に居合わせたわけではないので断言できないのですが、話を総合し、機体の損傷状況からも分析すると、恐らく凱龍輝はLモジュールから荷電粒子を逆流させ、BEC(ボース=アインシュタイン凝縮体:Bose-Einstein Condensate)を精製し、超光速粒子タキオンを干渉フィールド内に封じ込めたのではないかと思われます。

 専門用語を使わせてもらうと、遅い光を実現するためにEIT(電磁波誘起透明化:Electromagnetically Induced Transparency)という手法を利用し、高密度の荷電粒子で空間の光学特性を変化させたわけです。

 EITを利用すると、濃密なガス状の荷電粒子集団はタキオンに対して一時的に透明になります。これは光の電場が荷電粒子に強力に作用して励起したエネルギーを吸収し、同様の作用をタキオン粒子――虚数質量を持つ(●●)としても――に影響を与えるような、正確に位相をずらした量子干渉と呼ばれる相殺効果を行ったに違いありません。黄色い花弁状に可視化されたのは、その位相を探る過程で顕在化した現象と考えられますね。

 簡単に言えば粘性の強い荷電粒子でタキオンを捕え消滅させた、と言えばいいでしょうか。

 それにしても、原理的に可能であったとはいえ、Lモジュールをこんなふうに使用するとは考案者自身も想像もつきませんでした。

 ゾイドが自分の構造を分析し、判断した。

 まだまだゾイドには謎が残っている、ということですね。

 

 ところで、エナジーライガーが超光速粒子タキオンを放出した時点で因果律が破綻している可能性があります。こうして会話している世界自体が、或いは多元宇宙の一つに過ぎないかもしれません。それでも個々人の主観で語られるその人自身の人生があるように、多元宇宙解釈にも無限の可能性が存在すると考えると、面白いと思いませんか?

 蛇足になりますが、この世界観を報告に付け加えて頂けるととても嬉しいです」

 

 臨界を終え石化したエナジーライガーの骸が現実事象に帰還した。

 惑星崩壊の危機は回避されたことが判明すると、兵士達は敵味方の区別なく一斉に歓声をあげ抱き合っていた。

 集光パネルの端々から白煙を上げる凱龍輝の頭部装甲が開き、二郎が立ち上がる。

「ありがとう、凱龍輝」

 そしてすぐに座り込んだ。

“You have control.”が表示され、制御を戻した凱龍輝が、精神リンクを終え疲労困憊の二郎の元に集まってきた。

「主任さん、やりましたね」

 口々に二郎を讃える言葉が聞こえる。

(僕はもう主任じゃないですよ……)

 少し面映ゆい笑顔を浮かべ、振り向いた視線の先で、顔の左側に古傷を刻むベテラン操縦者と若きレオマスター、そして初対面にして何度も映像で目にしてきた憂いを佩びた風貌の青年を捉えた。

 それもまた、非現実的な光景であった。

 

 ゼロフェニックスのコクピット上に、ネオゼネバス帝国・第二代皇帝ヴォルフ・ムーロアが立っていた。

 



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 ヴォルフ・ムーロアとの会話の経緯は、凱龍輝のコクピットで傍聴していたマグリット・ボレル中尉のレポートに詳細に記録されていたと伝えられるが、戦後となっても公開は留保された。皇帝の肉声が届く範囲にいたのはレイ・グレッグ、二郎、リョウザブロウを含めた四人だけで、謂わば数分間の密室状態でありその内容を知る者は限られた。ネオゼネバス帝国・ヘリック共和国の誰もが強い関心を持つであろう最終局面で交わされた皇帝と一般兵士との会話が非公開なのは、その内容が両国の戦後処理中に重大な支障を来す可能性を孕んでいるからではないかという憶測が飛び交った。

 レポートは遂に公開されず、真実は藪の中に埋もれるかと思われたが、異例の手法で明かされることになる。

 ヴォルフ・ムーロア(及びレイ・グレッグ)の気質や性格が民衆に広く識られるようになった三年後、軍を退役し東方大陸で執筆業に転向したボレルは【歴史小説】という形式で回顧録を著し発刊する。当時のベストセラー小説となった『ヘリックシティー大包囲戦』の内容は概ね真実を語っているものと思われるため、以下に引用してみたい。

 

 戦場で無防備に立ち上がる人物を「本物の皇帝か?」と疑うのは必然だ。自らゾイドを操縦したのみならず、最前線での戦闘など国家元首の行動としては常軌を逸している。情報の混乱を謀り、尋問に至る前に敵を巻き込み自爆する「影武者」も存在すると巷間に語られていたため、遠巻きに包囲する友軍に緊張が奔る様子が判った。

 しかしレイ・グレッグ中尉は臆することなく対峙する。目の前の人物が皇帝ヴォルフであると確信していたと、グレッグ中尉と二郎氏は後に供述している。

「皇帝陛下、だな」

「……レイ・グレッグ」

 驚いたことに、皇帝はグレッグ中尉の姓名を知っていた。互いに探り合うような途切れがちの会話のあと、皇帝がゼロの背中を見上げた。

「これは」

「ジェットファルコン」

「その青いバーサークフューラーは」

「フューラーじゃない、凱龍輝だ」

 皇帝の真贋は別として、グレッグ中尉の口調は大分失礼であった。だが意外なことに、皇帝は不思議な笑みを浮かべていた。

「甘さが出たのは認める。ただし今度戦う機会があれば必ず勝つ」

 それもまた、皇帝には不相応な言葉だが、グレッグ中尉は更に輪を掛けて失礼な返答をしていた。「オマエなに言ってんだ」か、或いは「アンタなに言ってるんだ」の類の答えであったが、ゾイドの話ができるのが嬉しくて仕方がない様子で、互いの表情が和んでいくのがわかった。

「ガイリュウキ、一度乗ってみたいものだ」

「そこにいるメガネが開発者だ」

 本論から逸れるが、二郎氏を「メガネ」呼ばわりしたことも失礼極まりない。

 皇帝はエナジーライガーに搭乗する以前はバーサークフューラーを愛機にしていたので、その姉妹機たる凱龍輝に強い興味を示したと思われる。皇帝は二郎氏と凱龍輝を代わる代わる見つめ「良いゾイドだ」と呟いた。

 集光パネルに照り返された陽射しに埋もれ、次第に表情が見えなくなってくる中、皇帝は深い憂いを込めた言葉を吐き出した。

(※注;これ以降の供述部分が、レポートの公開を禁じた最大の要因であったと思われる)

「戦争を終わりにしたい。元首を失えば、戦争の継続は困難となるだろう。もう疲れた」

 それが何を意味するかは明確であり、そして皇帝自らが戦場に身を投じた理由付けにもなっていた。若き皇帝の悲痛な訴えに、グレッグ中尉が告げたのはやはり不敬な答えであった。

「知るか。死にたきゃ勝手に死ね」

 あまりの暴言に、さすがに自分も黙っていられなくなり身を乗り出した時、先に言葉を発したのは二郎氏であった。

「僕の凱龍輝に乗ってみませんか」

 その場にいた全員の視線が、ゾイテック社の若い技師に集中した。

「あなたは凱龍輝を見て『良いゾイドだ』と仰いました。それは僕がバーサークフューラーを初めて見た際の感動と同じだと思います。

 凱龍輝は僕にとって自慢の娘です。たとえ敵であっても――皇帝であっても――多くの人に凱龍輝に触れて、感じて欲しい、それが僕の願いです。

 ゾイドには戦う本能があります。しかし、それを殺し合いではなく、純粋なゾイドバトルという形で実現できないかずっと考えていました。

 戦争とは違う戦い方もある筈です。凱龍輝に乗り、その素晴らしさを知ってからでも、死ぬのは遅くないとは思いませんか」

 二郎氏は以前より、ゾイドバトルに関する新機軸の構想を練り上げていたとも取れる発言であった。

「皇帝陛下さんよ、貴様は俺に負けた。どれ程格好付けても、ゾイド乗りとしては俺に劣ったままで終わっていいのか」

 皇帝の身体が小刻みに震えた。憂いに満ちた表情が一転し、顔面が紅潮していくのがわかる。若者らしい、生気に満ちた血潮が湧き上がって来るように。

「皇帝陛下、是非とも凱龍輝に乗って僕を〝メガネ〟呼ばわりしたあの失礼なひとをやっつけてください」

 本論から逸れるが、二郎氏も先のグレッグ中尉の言葉にかなり立腹していたと言えよう。

直後グレッグ中尉より「オマエなに言ってんだ」か、或いは「アンタなに言ってるんだ」の類の不規則発言があったことも付け加えておく。

 機先を制して語られてしまったため、自分はやり場無くコンソールに視線を落とした際、いつの間にかゾイドの足元に無数の友軍兵士が群がっているのに気付いた。

 彼らは殺気立っていた。永年に亘って苦闘し、多くの犠牲を生んだネオゼネバス皇帝を狙っているのは明らかだった。エナジーチャージャー暴走の危機が去り、両軍に一時的な融和の空気が流れても、復讐の炎は容易に鎮火することはなかったのだ。

 彼らの暴言は、グレッグ中尉のものとは本質が異なっていた。戦乱に紛れ、皇帝の命を残虐に奪ってしまおうとする意図が露わな、凶暴な口調であった。

「殺せ」

「死ね」

「処刑せよ」

 貧弱な語彙と殺意が、ゼロファルコンと凱龍輝の周囲に渦巻いた。友軍とはいえ、味方であっても容赦なく攻撃を仕掛けそうな雰囲気であった。

 ゼロの背中に立つ皇帝の前に、顔の左側に古傷を持つ老兵がジェットファルコンのコクピットから降り立った。P・リョウザブロウという、ゾイテック社のテストパイロットである。彼は取り囲む殺意に満ちた友軍兵士を睥睨し叫んだ。

「黙れ」

 幾多の戦場を駆け抜けてきた古参兵の一喝に、周囲は静まり返った。

「此奴を殺すのは簡単だ。だが殺した後のことを考えろ。また殺し合いが続くぞ」

 老兵の迫力と言葉に、群がる友軍兵は我に返った。

「皇帝陛下とやらに祀り上げ、化け物みたいに育ててしまったのは戦争を止められなかった俺たちジジイの責任だ。今更若者に責任を被せて、辻褄つけさせようとするんじゃねえ」

 静まり返った戦場に、老兵の声が響く。

「此奴に責任を取らせるなら落とし前をきっちりと付けさせろ。戦後復興という責任を」

 老兵は皇帝の肩を掴んで強引に前に押し出した。

「いい面構えだ、しっかり働けよ、若造」

 思い切り背中を叩くと、隣に立つグレッグ中尉の頭を掻き揚げた。

「貴様もだ」

 グレッグ中尉とヴォルフ皇帝が互いにもたれ合うようにライガーゼロの背中に立ち、右手の拳を突き合わせていた。

(マグリット・ボレル著『ゾイドバトルストーリー ヘリックシティー大包囲戦』2112年刊 より)

 

 人の記憶は曖昧で、往々にして己に都合良いバイアスが掛かりがちなので、多分に小説上の演出が加えられていることは考慮すべきである。しかし、『現実は小説より奇なり』という使い古された格言を、二郎たちは体験する。

 

16:31 群衆。含小型、アタックゾイド、民間機。市街方向より

 

16:45 群衆の集合途切れず。両国旗(※ヘリック共和国旗とネオゼネバス帝国旗)携行

 

16:52 歓声、「ヘリックⅡ・ムーロア万歳、エレナ・ムーロアルイーズ・エレナ・キャムフォード万歳、ヴォルフ・ムーロア万歳」

 

 集団的沸騰が席巻する最中(さなか)、群衆が怒号のように唱えていたのは、歴代のヘリックシティーを統治した為政者の名前であった。だが敢えて、第二代大統領ルイーズ・エレナ・キャムフォードを「エレナ・ムーロア」と号していたことに、修正個所からも二郎は著しい嫌悪感を抱いたと推測される。

 群衆が口々に叫んだのは、リョウザブロウと同じくヴォルフ・ムーロア皇帝助命のための嘆願であった。

「ヴォルフはシティーの治政に貢献してくれた」

「占領下であっても治安は良好だった」

「反乱者も無駄に危害を加えなかった」

「インフラ整備もしてくれた。我々は飢えたことはなかった」

 ひときわ声高に叫んだ文言が聞こえた。

「彼は我らが愛したルイーズ大統領の甥子だ。我々はその命を守らねばならない義務がある」

 

17:00 エゴイズム、ダブルスタンダード、醜悪

 

 時刻を加えた二郎の記録は、殴り書きで途絶える。

 但し、欄外に一人の人名が記されていた。

 

 ユングハウス?

 

 エーディット・ユングハウス。オペレーション・アナストモーシス、キマイラ要塞攻略戦、及びオペレーション・テラトカルシノーマを指揮した特殊工作員(インテリジェンス)である。二郎は群衆の中に、ドラグーンネスト鹵獲で同行した人物を発見していたらしい。

 これもまた戦後非公式に発表された情報となるが、ヘリックシティー西方、エナジーチャージャー暴走後の無防備となったヴォルフ・ムーロア皇帝助命の群衆行動は、共和国軍諜報機関による誘導であった可能性が高い。根拠となるのは、共和国によるヘリックシティー再統治開始の際、一般事務職員によって内容不明の〝オペレーション・マリグラヌール〟のタイトルが記された文書表紙が発見されたことによる。

 マリグラヌールとは、熱水鉱床付近の海水にメタンと窒素の混合気体を加え加熱するとアミノ酸が発生し、更にアミノ酸を元手に植物細胞状の微小球体を生み出す現象である。無生物から生物を生じさせる現象が、あたかもヘリックシティー群衆の中に恣意的な熱狂状態を発生させ、ヴォルフ救済行動へ誘導した隠喩とも解釈できる。

 ヘリック共和国軍の大戦略(グランド・ストラテジー)は、ネオゼネバス帝国の併呑ではない。嘗て第二次中央大陸戦争、及び第一次大陸間戦争で旧ゼネバス帝国領の統合は地政学的に不可能と分析しており、ゼネバス回廊攻撃回避も同じ理由からであった。

 処刑に至らぬまでも皇帝ヴォルフの権力を剥奪しネオゼネバス帝国を併呑すれば、嘗てのゼネバス帝国併合の際のように再度両国住民間での軋轢が発生するに違いない。また経済規模に於いても軍備に偏重したネオゼネバス帝国を吸収すれば、漸く復興の兆しが見えたヘリック共和国財政に重圧がかかることになる。

 敢えてネオゼネバス帝国を存続させ、戦後復興への資本投資を共和国系企業(含ゾイテック)を通じて実施することで共和国経済も復興し、加えて膨大な債務となった共和国国債の返済保証金に充填する。破り捨てられたオペレーション・マリグラヌールの用紙裏には、なぜかゾイテック社代表取締役のヴワディスワフ・スクウォドフスカの署名(※複写)が読み取れたのも論拠を強めた。

 人々がボレルが著した『ヘリックシティー大包囲戦』に注目する裏側で、共和国政府と諜報機関の暗躍があったと考えるのがより自然ではないだろうか。

 

 時代は惑星Ziにとっても、そして二郎と凱龍輝にとっても、ここで一つの節目を迎える。

 



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最終部


 ヘリック共和国、ネオゼネバス帝国の停戦協定締結後も雑務が山積し、二郎が帰郷できたのは半年後のことだった。

 墓地に続く畦道にも、いちめんの菜の花が咲き誇っていた。中央大陸で春と夏を過ごし、南半球の東方大陸で再び春の訪れを味わうのは不思議な感覚であった。

 二郎は一つの箱と二つの花束を携えていた。箱の中身は、花束と共に父の墓碑に供える、停戦後ようやく情報公開を許された凱龍輝の1/72縮尺の精密な模型が入っている。そしてもう一つの花束は、二人で人生を歩むと誓いながら想いを叶えられなかった女性への手向けであった。

 鉄の臭いも血の臭いも混ざっていない故郷の風は、同じ菜の花であっても中央大陸とは全く違った香りを漂わせる。父の存命中に一言も洩らせなかった凱龍輝の優秀さについて、墓碑に長く語りかけることを楽しみにしていた。

 海の見える墓地の駐機場に場違いなものを目にし、思わず呟く。

「エヴォフライヤー……?」

 遠方からの墓参にゾイドで来訪する者もなくはない。だがまだ退役前の、それも自ら手掛けた小型飛行ブロックスを故郷の地で見るのは意外であった。

(父の墓碑からも見えるかもしれない)

 二郎は凱龍輝に加え、父に誇れるゾイドに出逢えた奇遇に感慨を抱く。見れば機体のあちらこちらに傷が残り、幾多の戦場を駆け抜けてきたことが判った。所属や製造番号、製作所などを確かめたい衝動を抑え、まずは父の眠る墓碑を目指す。不謹慎ではあるが、もしそのエヴォフライヤーに触ってしまえば数十分が過ぎてしまうのを知っていたからだった。

 花束を挿す器に水を注いでいると、聞き覚えのある声に呼び止められた。

「主任君、久しぶりだ。健勝のようだね」

 軽く手を挙げ歩み寄ってきたのは、ドラグーンネスト『ルイーズ』初代艦長、ローレンス・アーベルクロンビーであった。ウェストリバー製作所からクーパーポートまでの物資輸送任務の際同行した人物で、作戦当時は少佐であったが、いまは軍服を着ていない。

「艦長さん、お久しぶりです。どうしたのですか、こんな田舎に」

 狭い艦内で過ごした時間は僅かであったが、二郎にとって忘れ得ぬ一人となっていた。ローレンスは穏やかに笑う。

「エドワード少佐に艦長職を譲ったあと大統領に呼ばれてね。実はウッドワードとは兵学校時代の同窓で、自分に戦後の外交交渉(ネゴシエイト)――つまり戦後処理だ――を頼まれ、外回りでネオゼネバス帝国やガイロス帝国との間を飛び回っている。

 今回東方大陸に来たのも、これからミドルタウンで君の会社との折衝に当たるためだ。いつも下っ端は忙しいものだよ」

「そうでしたか」

 彼はフロレシオ海上の赤道祭りの際、愛した女性との婚姻の誓いを媒酌してもらった人物であった。しかしその時傍らにいた女性は亡く、懐かしい知人に再会できた喜び以上に悲しい記憶に満たされる。

 感情の高まりを抑えるため、二郎は話題を変えた。

「とすると、あのエヴォフライヤーは艦長さんが乗ってきたわけですね」

 互いに嘗ての役職名で呼び合う滑稽さを感じる。

「乗ってはきたのだが、あれは自分のゾイドではない。

 主任君に是非とも逢わせたい人がいてね。ただしその人物は、まだネオゼネバス側との捕虜交換交渉の最中で、ここに来るにはどうしても外務官の同行が必要で、無理やりあの狭いコクピットに押し込められて飛んできたのだ」

「それは大変でした」

 エヴォフライヤーのコクピットの狭さを知る二郎から、自然に労いの言葉が出ていた。体格の大きいローレンスには苦痛であったに違いない。その一方で、先ほどからのローレンスの思わせぶりな会話が気になっていた。

「どなたでしょう、こんな田舎にまで来たいという人物は」

「ほら、主任君の後ろにいるよ」

 気配を感じ、花束と凱龍輝の模型の入った小箱を持っていたため身体ごと振り向こうと上体を巡らした時、二郎は背後から強く、そして柔らかく抱き留められた。

 温かな感触に覚えがあった。

「二郎さん……」

「チューキョン!」

 肩越しに見える腰の辺りに、キマイラ要塞攻略戦で死亡した筈のフィアンセ、チューキョン・ツェリンが抱き着いていた。

 あまりの驚きに両手から花束と小箱を手放す判断が出来ず、「自分の両手を自由にするには、荷物を置けば良い」という行為に移るまで数秒かかった。

 路傍に荷物を置いた後、二郎は改めてチューキョンを強く抱きしめた。

「二郎さ……私、ゼネバ……って……として、ゾイ……整備を……」

 泣きじゃくるフィアンセの言葉は嗚咽で寸断され聞き取ることは難しい。

「どうやらいまの彼女には無理のようだ。自分が代わりに説明しよう」

 見兼ねたローレンスが告げたが、元軍人の目元も僅かに涙が滲んでいた。

 

 戦時中ネオゼネバス帝国が慢性的な人材不足に悩まされ、捕虜であっても極端に反抗的な場合を除き、有用な人材は積極的に利用したことは既述した。

 キマイラ要塞攻略戦の際、捕虜として拘引されたチューキョンは、被っていたヘルメットから容易にゾイテック社エンジニアであることを見抜かれ、主に帝国軍ゾイドの整備や修理に動員されていた。

 帝国軍に利する行為を強制されるのは不本意だが、技術者としての(サガ)は抑えようもなく、彼女は消極的な形での技術協力を行ってしまっていた。

「私が改造したのは、ダークスパイナーやディメトロドンのADS(アクティブ・ディナイアル・システム)でした。暴徒鎮圧用なので、戦場でバスターイーグルやフェニックス、それに凱龍輝と戦うことがないとわかっていたので開発に協力してしまいました」

 高度なテクノロジーを駆使し、オペレーション・テラトカルシノーマを失敗に追い込んだ功労者は、他でもないゾイテック社の女性エンジニアであったのだ。

「でも君はゼネバス砲の直撃を受けて消滅してしまったと思っていた。どうやって助かったんだ?」

 固く抱き合ったまま、二郎の問いかけは続く。チューキョンは髪に置かれた二郎の掌の隙間から見上げた。

「通信機は破壊されましたが、あの時点ではまだ全滅には至っていませんでした。

 覚えていますか、フェニックスのあと、エヴォフライヤーも出撃すると話していたことを」

 残された映像を何度も見直していた二郎は、そのシーンをすぐに思い浮かべる。

 

〝(フェニックス)29機無事発進できました。これからグレッグ少尉さんたちの部隊と合流予定です。それと時間差でエヴォフライヤーもここから離陸します〟

 

「あの時のエヴォフライヤーが……」

「……そう、あの時のエヴォフライヤーです」

 二人は駐機場で佇む、歴戦の飛行ブロックスゾイドを見上げた。クック湾〝コムソモリスクナアムーレ沖海戦〟でのドラグーンネスト『ルイーズ』離脱の際にも、エヴォフライヤーは高い脱出性能を発揮しており納得もできる。ベースとなったウネンラギアの剛性を更に強めたことが、結果的に愛する者を救った奇蹟を、二郎はまた誇らしく感じた。

「あの子はネオゼネバス帝国にとっても貴重な技術サンプルとされ維持されました。変形機能の一部がドリアスピスに応用され、それと凱龍輝のチェンジマイズ機能をバーサークフューラーにも利用できないか、模索していたとも聞きます。

 でも〝これを壊したら技術協力はしない〟と私が強く言ったこともあるでしょう。

 あのエヴォフライヤーは、二郎さんの凱龍輝と繋がる唯一の絆だったから……」

 チューキョンが二郎の腕に顔を埋め、再び号泣していた。

 

 父親の墓碑に菜の花の花束と凱龍輝の模型を供え、二人は長い黙祷を捧げた。

 

(父さん、やっと帰ってきました。

 模型ですが、これが僕の作った凱龍輝です。

 あそこに見えるのは、僕が作ったエヴォフライヤーです。

 そしてここにいるのが、僕と生涯を共にする女性です)

 

 他界するまでに語れなかった諸々のことが、二郎の脳裏を駆け巡る。

 目の前の墓標に名前を刻まれた肉親はもういない。しかし、もう一つの墓標に名前を刻んだ女性は、新たな家族となって戻ってきた喜びを噛み締める。

 

(ノヴァヤゼムリャからあれを持ってこなきゃ……)

 

 二人のイニシャルを刻んだエンゲージリングは、もう一つの墓標の下の空虚な棺の中に詰めて埋葬してしまおうかとも考えたが、どの様にしても諦めきれず彼女のポートレートの前にペパーミントグリーンの小箱に納められたまま飾られていた。

 蓋を開けて見る度に、贈られる者を失ってしまったリングの哀しみが消滅する喜びで、祈りを捧げる二郎の肩は僅かに震えてしまっていた。

 祈りを終え、顔を上げた二郎にローレンスが歩み寄る。短く墓碑に黙礼すると、不自然に神妙な表情を浮かべた。

「今回自分が同行したのも、彼女にも君にも面識があったからだ。

 主任君、申し訳ないが、先に言った通り彼女はまだ捕虜解放の交渉途中で中央大陸に戻らなければならない。彼女が帝国側に技術提供をした関係上、捕虜返還の手続きが煩雑化してしまったのだ」

 一瞬にして冷静さは吹き飛び、二郎は感情に任せ叫んでいた。

「なぜです、戦争はもう終わったはずです。それに彼女は東方大陸の人間です、わざわざここまで連れてきてまた帰るなんて理不尽過ぎるでしょう!」

 語気を強めた二郎を前に、ローレンスはまたも奇妙な笑みを浮かべた。この人物のネゴシエーターとしての才能は卓越しており、それを見抜いたウッドワード臨時大統領もまた優秀であったと言えるだろう。

「そのための捕虜交換条件を、帝国は提示してきた。主任君、それも君個人宛にだ」

「僕個人へ、ですか?」

 二郎の感情が鎮まるのを待ち、ローレンスが軽く息をつく。

「ヴォルフ・ムーロア皇帝から直々に『あの時の約束を果たせ』との勅令を持ってきた」

 そうしてゼネバスの紋章の入った小さな記憶媒体を差し出す。

 

「君が実現するのだ、戦争とは違う形での『ゾイドバトル』を」

 



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②(最終話)

「昔、お袋がいきなり俺に聞いてきたんだ、〝国家という枠組みを越え、惑星Ziに住む全ての人々が幸福に暮らせるような理想郷(アーカディア)は実現可能でしょうか?〟ってね」

 

 惑星大異変の際に落下した隕石のクレーターを元に建造された、嘗て〝キマイラ要塞〟と呼ばれた施設跡地に建設されたのは、「戦争とは違う形での」戦いを行う円形闘技場であった。第一回ゾイドバトルトーナメント開催のコロシアムを来賓席から見下ろすロブ・ハーマンが呟く。

 

「人々が争いを捨て、互いを思いやり、持てる者は持たざる者に施しを為し、権力に頼らず自らを律して生きていく世界。そこに国家はなく個人資産もない、無政府主義的かつ共産主義的な理想郷(アーカディア)だそうだ。

 お袋は〝ミスターなんとか〟という変な爺さんと書簡の遣り取りをしていてね。時々俺に妙な問答を振ってきたんだ。

 答えられるわけないだろう、その頃俺はまだガキだぜ」

 

 苦笑するハーマンの表情は、言葉とは裏腹に母との思い出を懐かしむようにも見える。

 

「無政府主義と共産主義の間には【1/0】(スラッシュゼロ)【1/∞】(パー・インフィニティ)の如き矛盾を孕みます。別の表現をするならば【ウロボロスの蛇】の如き矛盾です」

 

 カテキンの爽やかな香りが室内を満たす。注がれた緑茶を嗜みながら、隣に座る二郎が応じた。

 

「技術者サマは相変わらず難しい言葉で煙に巻こうする。

 まあいい、俺の結論を言おう。もし今お袋に同じ問答をされたなら即答してやる。

理想郷(アーカディア)は【理想】だからこそ存在しないんだ〟とな」

 

 二郎は無言でハーマンと視線を重ね、再度眼下のコロシアムを凝視した。

 

「全ての生物は〝これが自分の肉体だ〟という認識が生じた時から、常に飢えと子孫繁栄との鬩ぎ合いのなか、激しい生存競争を続けなければならない。

 仮にヒトが国家の枠組みを取り去って、各地の気候風土、自然環境、種族の違いを無視して全て平等な施しを得たとして、果たしてそれを幸福と呼べるのか……なあ、ゾイドバトルの主催者さんよ」

 

 泡立った緑茶に満たされた茶碗を持ち上げ一気に呑み干すと、ハーマンは意外な熱さに舌を振るわせた。

 記念すべき大会第一試合は、西方大陸戦争にて幾度となく干戈を交えたライバル機、ブレードライガーとジェノザウラーの対決であった。凱龍輝に比べ僅かに明るい青の獅子と、凱龍輝の素体となったバーサークフューラーの更に原型となった黒の虐殺竜とのバトルは、凱龍輝開発者の二郎にとっても感慨深いものがあった。

 

「無慈悲で気まぐれな【自然】は、生物に恵みを与えると同時に『惑星大異変』のような大量絶滅(マス・エクスティンクション)を齎します。

【自然】に比べてヒトは弱く、狡猾で、欲望にまみれていて、そして僅かな寿命の間に様々な苦難に苛まれ続け、悶え苦しみながら生きて死んでいきます。

 どれほど穏やかな顔をしていても、無数に横たわる苦難を乗り越えずして生涯を全うする者はいません。そしてヒトは弱いからこそ、家族という枠組みを作り、種族という集団を形成し、気候風土、自然環境、種族の違いに適応した国家という契約関係を構築しました。

 ゾイドは強く、朴訥で、無欲な上に長い命を持ちますが、巨大な体躯を形成する過程でヒトと同様か、或いはそれ以上の苦難を背負ってきた筈です」

 

 猛々しい咆哮を上げながら、青い獅子と黒い竜とがバトル開始位置へ着く。

 

「幸か不幸か、機獣化されたゾイドは摂食と生殖という二大要求から解脱させられますが、代償として闘争本能は尖鋭化します。つまり戦闘ゾイドは、自ら闘う意志を持つことこそが生存本能に置き換えられ、戦わなければ生きていけなくなるわけです。

 同様に、ヒトは国家という枠組み無しでは文明を維持できないまでに不可逆的に発達してしまったと思います。

 いまさらネオゼネバス帝国、ヘリック共和国、そしてガイロス帝国の枠組みを取り払ったとして、最大公約数的な理想郷ではもはや理想とは程遠いことでしょう。

 だからヒトは国家の枠組みを残したまま、ゾイドと共に戦うのです。この『ゾイドバトル』で」

 

 コロシアム場内に試合開始を告げるコールが高らかに響く。

 

〝ゾイドバトル、Ready Go!〟

 

 孤独な作業を主とするエンジニアにとって、往々にして対外的な交渉事が不得手であることは想像に難くないだろう。ゾイドの歴史上、大いなるパラダイムシフトとなる前代未聞のイベントを成立させるまでに二郎が味わった困難は筆舌に尽くし難い。だがゾイテック社代表取締役ヴワディスワフ・スクウォドフスカ、事業部門長ユルジス・バルトルシャイデス、ノヴァヤゼムリャ製作所所長N・ネフスキー、ヘリック共和国大統領R・B・ウッドワード(正式に就任)、そしてネオゼネバス帝国皇帝ヴォルフ・ムーロア等の協力、協賛者には戦後ベストセラー小説家となったマグリット・ボレル、ガイロス帝国軍武器開発局代表アドリエン・ジールマン、未だにライガーゼロに乗り続け、新たにZiファイター登録を済ませたレイ・グレッグなど、凱龍輝を通じて関わった人々の支援によって、ゾイドバトルは実現に向け加速していった。

 共和国軍と両帝国軍は、停戦によってゾイド技術が散逸し、来るべき有事の際にエンジニアが新型ゾイド開発に即応できなくなることを恐れたという支援の背景がある。バトルでは火器の使用は限定され、格闘戦を主とするという制約はあるものの、ゾイドの機体性能を確認するためには絶好の機会であり、行き場を失った元ゾイド乗りの受け皿としても利用できる(皮肉なことにブロックスゾイドに依存し慢性的な人材不足に悩まされたネオゼネバス帝国軍には、停戦後の元軍人達の就労問題は皆無であった)。

 企業を上げて支援したゾイテック社にしても事情は類似していた。軍民両用技術(デュアルユース)として民間転用を図るとともに、戦後のデタントのなか訪れるであろう規制緩和措置(ディレギュレーション)を見据え、ブロックスの相互運用性(インターオペラビリティ)を高めベネフォットを得る措置と位置づけていた。

 参加チームの立ち上げについてもゾイテック社は全面協力を行うが、その中でも嘗て二郎とゾイドの開発を競ったクヌート・ルンドマルクは率先してバトルチーム創設に名乗りを上げる。煽りを食らったのは、同じバーサークフューラー改造コンペに参加したバラクリシュナンとタケオであり、ルンドマルクの強引な誘いにより新チームの立ち上げに奔走させられる。既に共和国軍戦略技術部に所属していたバラクリシュナンは全面的に共和国軍の協力を得たが、最も苦労したのはタケオであり、ウェストリバー製作所のK・静男とリョウザブロウの協力によって大会直前に漸くチーム編制をし終えたという。

 戦後十年の節目となる2118年、二郎は多くの人々に支えられ、ゾイドバトルトーナメントは遂に第一回大会開催にまで漕ぎ着けた。

「おめでとうございます、二郎さん」

 そして誰よりも二郎を支えたのは、共に人生を歩み始めたチューキョン・ツェリンであった。彼女はハーマンが差し出した茶碗に緑茶を注ぎ終えた後、夫の傍らに腰を降ろし寄り添う。

「やっと叶いましたね、私たちの夢が」

「君のおかげです」

 彼女は軽く微笑み、目の前で繰り広げられる獅子と竜とのバトルに夢中になっていた。

 

 現実問題として、まだ道半ばという感は有る。バトルコロシアムが完成し運用を開始したのはまだ共和国領の一か所に過ぎず、ネオゼネバス帝国領、ガイロス帝国領、そして東方大陸にも期間を開けずに完成させなければならない。

 ネオゼネバス帝国領では、彼の地に送られた凱龍輝を通し、若き皇帝が計画実現に尽力してくれる確約を取り付けていた。

 幸いにして、ガイロス帝国領ではデスザウラー開発工場跡地の買収に成功し、第二コロシアムの建設が開始されている(※『消された死竜』参考)。

 東方大陸で開始された建設は用地買収の関係上郊外に設置され、二郎の出身地に近いことから地元の名士の功績である『蒼き龍』に因み〝ブルーシティー〟コロシアムと命名される計画書が届いていた。

 面映ゆい思いで書類に目を通しながら、二郎は腕時計を見つめた。

 

(随分と時間はかかった。でもかけただけの成果はあった。あとは皆に任せて、僕はまた凱龍輝の元に戻るんだ!)

 

 来賓席の後ろには、1/72縮尺の凱龍輝の精巧な模型が飾られている。ブレードライガーとジェノザウラーの激しいバトルを観戦しながら、二郎はいずれコロシアムに現れるであろう蒼き龍の雄姿に想いを馳せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 これは、一人のゾイド開発者と、彼によって生み出された凱龍輝の軌跡を辿った物語である。

 そして全てのゾイドにも歴史があり、無数の物語を描き続けている。

 ゾイドを愛し、ゾイドに夢中になる者がある限り、ゾイドの歴史は終わらない。

 

 一つの時代が終わり、また新たなゾイドの歴史が始まる。

 

             『凱龍輝―蒼き龍の系譜』(終)

 




追記

 ライガーゼロ・ファルコンと共に連勝記録を更新し続けるZiファイター、レイ・グレッグの元に、その日奇妙な試合が持ち掛けられた。
 相手チームは無名、使用ゾイドはイグアン3機という著しくバランスを欠いたマッチメイクである。生来の小事に拘らない性格が疑問を吹き飛ばし、レイはそのまま試合に挑んだ。
 コロシアムに試合開始のコールが響き、3機のイグアンが疾走を始めた矢先、突如ゲートから乱入した機体があった。道を開けるが如く展開したイグアンの奥から、漆黒の凱龍輝・真がエヴォフライヤーとディスペロウを引き連れ現れた。レギュレーション違反でありながら運営側が何の措置も取らないことから、予め仕組まれた演出と判った。
「何処のバカだ」
 毒づくレイが睨み付ける先、凱龍輝のコクピットを開け姿を現したパイロットは、変装はしているものの怒髪天を衝く独特の髪型があからさまに正体を顕示していた。
「……上等だ、もう一度実力の違いを見せつけてやる!」
 旧友との再会に会心の笑みを浮かべ、凱龍輝とゼロファルコンとのエキゼビションマッチが開始された。








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