竜食いの乙女 (炎海)
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第零話 始まりの地へ


プロローグ的な感じなので、つまんねって言う方は1話まで飛ばしてください。



ーー遠い、夢のようにおぼろげな記憶。

 

ーー昔々、手の届かないほどには古い昔だ。

 

 

 

 

 

「ブリット、行け!行くんだ!!」

「待ってよ父さん!私も戦う!!」

「駄目だ、逃げるんだ!!」

 

 炎に包まれる宿屋の中、少女とその父親の声が響く。喉が焦げ付きそうな空気の中で、少女は必死に父を引き留めていた。

 

「父さんも母さんも、どうして私を奴等と戦わせないの!?……お婆ちゃんもお爺ちゃんも、ちゃんと戦えば……」

 

 父親の鎧にしがみつき、しゃくりをあげて涙を流す少女を、彼は優しく撫でる。

 

「……ブリット、私の可愛い娘。あの二人は無駄に死んでいったんじゃない、俺達を守るために捕らえられたんだ」

「だから……」

 

 それならば、どうして両親達まで犠牲になる?そう言おうとした少女の口を、父はそっとふさいだ。

 

「だからこそ、さ。彼らは命をとして守ってくれた。なら、次は私たちの番だ。今度は私たちが、自分の娘を守る番だ」

 

 それでもなお少女が反論しようとしたとき、出入り口から一人の女性が入ってきた。少女が成長し、大人になったらこうなるであろう、金色の髪が美しい女戦士だ。

 

「イェルド、サルモールの増援がきたわ!!やつらここで決着をつける気よ!!」

「くそっ、早すぎる。さっきのやつらは牽制か!?」

 

 父はそう毒づくと、もう一度娘の顔へ向き直った。その目は真っ直ぐに、少しでもはっきりと彼女の姿を目に焼き付けようとするかのようであった。

 

「……ブリット、聞いたね?今すぐここを離れるんだ。言った通りに山を越えれば、ハンマーフェルへと逃げることが出来る。そうすれば私の仲間が助けてくれるはずだ」

「………嫌、嫌だよ……」

「ブリットムルヨル!!!」

 

 微動だにしない娘を父は、彼女の愛称ではなく本名で怒鳴り付けた。その剣幕と勢いに飲まれ、彼女はビクリと固まる。

 

「生きるんだ。俺達の分も、お婆ちゃん達の分も、生き延びるんだ。生きて……、己の『使命』を知るんだ」

「使命……」

 

 少女は、父の言葉を反芻する。意味はわからない、だがそれが重要なことだけはわかった。祖父や祖母が死に、両親が己の命を燃やしてでも守ろうとするもの。

 父が、優しく少女の身体を押す。そしてそのままきびすを返し、母の元へと向かっていった。ただの一度も振り返らずに。

 

「あ…………」

 

 追いかけようと足を踏み出すが、燃え落ちてきた梁に遮られる。思わず庇った腕を下げると、もう両親の後ろ姿は見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブリットヨルムル、12歳の誕生日のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 ゆっくりとまぶたを開けると、そこは暗い洞窟であった。焼け落ちる家屋は無く、己の身体は成人のそれだ。

 

「昔の夢……か」

 

 重い身体を起こし、ベットロールから立ち上がる。顔でも洗おうかと水場へ向かうと、違和感に気がついた。

 

「涙……?そうか、私泣いてたんだ」

 

 そっと、頬を伝った水滴を拭う。自分なりにけりをつけたつもりであったが、まだどこかで引きずっていたらしい。

 

「もう十年も前の話か……。よく生きてたなあ私」

 

 焚き火に薪をくべ、調理鍋を置く。袋から出した林檎を刻み、レタスを剥きはじめた。料理は得意ではないが、作っていると気分が紛れるのだ。

 

「可愛い幼女も、今じゃ洞窟で野宿する傭兵かぁ……。時の流れは残酷なものね」

 

 しばらく煮込むと具は柔らかく、腹をくすぐる匂いを醸し出す。香料を入れて木皿に盛れば、アップルキャベツのシチューが完成だ。

 完成したシチューを口に運びつつ、黄ばんだ地図を広げる。端々が傷んだそれは、スカイリムとシロディールの国境辺りの地図だ。

 

「今いる山を抜ければ、スカイリムの国境を越える。地方は……、ファルクリースか」

 

 自分の今いる場所を見つけ、そこからスカイリムの国境を越えるルートを考える。正規のルートを使えないブリットには、これが一番の方法なのだ。

 

「サルモールの目は気になるけど、帝国軍の警備に穴がある今がチャンスね。何故かは知らないけどありがたいわ」

 

 何かの罠のような気がするが、これが好機だろう。今を逃せば次のチャンスはわからない。多少の危険は犯す価値がある。

 鍋の残りを飲み干し、袋を取り上げて立ち上がる。無駄にする時間は無い、帝国軍とていつまでも空けてはいないのだ。

 かつては鉱山であった洞窟を出ると、そこは一面の雪国だった。タムリエル大陸の最北、スカイリムへ近づいている証拠である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んー、しょっと!さて、それじゃあ行きますか。ノルドの生まれ故郷、タムリエル最北の地、『スカイリム』へ!」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第一話 ヘルゲン襲撃

多分連投は今回だけです。

さてどこまでいけるものか……。


※2017/09/03
ロキールとレイロフの誤字を修正しました。


 北国特有の、切りつけるような風が頬を撫でる。スカイリム地方、ファルクリース領に位置する町、ヘルゲン。そこに向かう馬車の上で、彼女は憮然としていた。

 

「くそっ、なんだってこんなことになったのよ……」

「まあ、お互い運が無かったのさ。戦争ならこんなこともある」 

 

 前を見ると、青色の鎧を来た男が座っている。手には拘束具が付けられ、それは彼だけではない。ここにいる全員、正確には馬車の荷台に乗せられたもの全員が手枷を嵌められていた。

 

「あんたは?」

「俺はレイノフ、こっちは……ええっと」

「ロキール、ロリクステッドのロキールだ」

 

 レイロフと名乗った男は、隣に座る襤褸を纏った男も紹介する。

 

「君の名前は何て言うのかな?」

「ブリットムルヨル。長いから皆、ブリットって呼んでる」

 

 ブリットと名乗った彼女は、半眼でレイロフを見ていた。

 

「そうか、良い名だな」

「そうね、名を誉められるのは悪い気はしないよ。あんたらの所為でこうなってなきゃね!!」

「くそっ、奴等があんた達を探していなきゃ。今ごろ馬をかっぱらって、ハンマーフェルへおさらばしてたさ」

 

 彼女達はスカイリム国境付近に居るところを、帝国軍の奇襲に巻き込まれたのである。現在スカイリム地方では、帝国軍と反乱軍ストームクロークによる内乱が起こっているのだ。目の前のレイロフもストームクロークの一人である。要するに二人は、この男達のとばっちりを受けたのだ。

 

「傭兵の仕事でも無いかと来てみれば、とんだとばっちりよ。持ち物も全部取り上げられて、あの剣お気に入りだったのよ?どうしてくれるのよそこのあんた」

 

 イライラとしながら、隣に座る猿轡を噛まされた男へ吐き捨てる。ブリットは、傭兵として各地を放浪していたのだ。金色の髪に、定まった家を持たずに放浪するのは理由があるのだが、それも終わりかもしれなかった。二人の詰問に、レイロフは涼しい顔をして答える。

 

「言葉に気を付けろ。君は今、上級王ウルフリック・ストームクロークの御前にいるんだ」

「なっ……、あのウルフリックか!!あんたが捕まったら………、なんてこった!!俺たちはどこへ連れていかれるんだ!?」

「ウフリックだって?あの『王殺し』のウルリックか!ああ、くそっ!何てことに巻き込んでくれたのよあんた達は!!!」

 

 猿轡の男の名前を聞いたとたん、ブリットとロキールは慌てて騒ぎ出す。それもそうだろう、ウルリック・ストームクロークと聞けば、このスカイリムでは知らぬものは居ないと言われるほどの有名人である。

 ウィンドヘルム首長、ウルリック・ストームクローク。スカイリムを治める首長の一人であり、同時にスカイリムの首長を束ねる上級王トリグを殺した張本人である。スカイリムの内乱も、この男が原因なのだ。

 そうこうする内に、馬車はヘルゲンの城門をくぐり抜け、その内側へ入っていく。

 

「どこに行くかは知らんが。まあ、俺達にはソブンガルデが待っているんだ」

「嘘だろ!?嫌だ、なんでこんなことに!!」

 

 涼しい顔で言うレイロフに、ロキールはあわてふためく。そんな中、ブリットは馬車の側を歩く帝国兵の会話に耳を傾けていた。もしかしたら脱走の糸口があるかもしれない。だが、聞こえてきたのはさらに残酷な言葉であった。

 

「これはデュリウス将軍、死刑執行人が待機しています」

「よし、さっさと終わらせよう」

 

 死刑執行人?今、死刑執行人と言わなかったか?

 

「ショール様、マーラ様、ディベラ様キナレス様アカトシュ様!!神様誰でもいいからお助けぇ!!」

 

 馬車の上でみっともなく命乞いをし、ロキールはガタガタと震え出す。ロキールがこうしていなければ、ブリットも震えていたかもしれない。ブリットとしても、故郷であるスカイリムで罪人のように殺されるのは真っ平だ。しかし、武器も鎧も剥ぎ取られ、ボロ1枚のこの身で出来ることなどはたかが知れていた。

 馬車は城壁をくぐり、砦の中へと入っていった。そこの住人達の目、車列に付き添う者達から、ブリットは自分達がどうなるかを想像していた。

 

「見ろよ、軍政府長官のデュリウス将軍に、サルモールの手の者達までいる。賭けてもいいが、この件には奴らもかかわっているだろうな」

 

 サルモールとは、サマーセット島のアルドメリ自治領を統治する組織のことであり、そのほとんどがハイエルフで構成されている。そして、同時に自領内にてハイエルフ至上主義を掲げる集団である。そして、ノルドが崇めるするタロスの信仰を弾圧したのも、ほかならぬ彼らであった。

 

「子供の頃は、帝国軍の城壁や塔が頼もしく思えたものさ」

「……あんた、良くのんびりとしていられるわね」

 

 ブリットの頭を、嫌な予感が駆け巡っていた。まさか、いやそんなはずはない。だが、これ以外に考えられなかった。

 馬車は更に奥へ入り、広場へと出る。そして、そこにはブリットの予想していたものがおかれていた。

 

「おい、おい、なんだよあれ!……おいまてよ、なんで止まるんだ?ああ、嫌だ、嫌だ!」

 

 それを見たロキールが、癇癪を起こしたように騒ぎ出す。実際、ブリットも今すぐにでも逃げ出したかった。

 

 

 斬首台、すなわち処刑用の道具である。

 

 

 馬車が止まり、付き添いの帝国兵が自分達へ降りるように命じる。いよいよもって、最悪の事態であった。

 

「なんてことよ!斬首台!?恨むわよウルフリックめ!!」

 

 思わずそんな言葉が大声で出る。それだけ、今の状態は差し迫っていたのだ。考えてもみよう、広場には処刑用の斬首台、すぐ横には上級王殺しの大戦犯、こんな状況でのんびりと自分は死なないなどと寝言をほざいている奴がいれば、そいつはオブリビオン級の大馬鹿者だ。

 その大バカ者なのか、或いは秘策でもあるのか。そのどちらでもなく覚悟を決めているからかもしれないが、レイロフが皮肉気な笑いとともにブリットを振り返った。

 

「さあ、いくぞ。神様を待たせちゃあ悪いからな」

 

 どちらにせよ、ブリットはここで死ぬつもりなど無い。他のノルドは死ぬことを、ソブンガルデへ行けると言って喜ぶ。しかし生憎ブリットは、生まれたときから諸国を放浪していた為か、そういった考えには乏しかった。故に、ここで死ぬなど真っ平ごめんである。彼女は縄を解こうと暴れるが、横にいた帝国兵に腹を蹴り飛ばされた。女であっても容赦はないらしい、まったくとんだ仕事熱心である。

 そうこうするうちに、順番に囚人たちが下りてくる。それを見ていた、帝国軍の隊長と思われる女が居丈高に告げた。あの日の夜、ブリットたちを捉えた軍を率いていた奴だ。

 

「リストの名を呼ばれた者から、順番に処刑台へ並びなさい!」

 

 自由になったら、この女から縊り殺してやる。そう胸に近いつつ、ブリットは必死に逃げる方法を考えていた。

 ウルフリック、レイロフ、次々に名前が呼ばれ、遂に自分とロキールの番が来た。

 

「やめてくれ!俺は反乱軍じゃない!!!」

 

 ロキールはそう言いながら、石畳を蹴ってそのまま逃げだした。愚か者め、自分たちは死刑囚だぞ。そうブリットが思っていると、向こうの方からロキールと思しき悲鳴が聞こえた。

 どうやら、弓兵によって射殺されたらしい。なりふり構わず逃げていれば自分もこうなっていたと思うと、ブリットの背中に寒いものが流れた。

 

「次、他に逃げたいものは?」

 

 その声に、ブリットは思わずかぶりを振る。逃げたいのは確かだが、わざわざ寿命を進んで縮める必要もあるまい。自棄を起こすのは最後の最後で十分だ。

 隊長の隣の帝国兵が、リストを見て困惑したような顔をする。そして、困ったようにブリットへ問いかけた。

 

「あんた、あんたの名前は何なんだ?」

 

 その言葉に、ブリットは少しむっとする。自分たちで捕まえておいて、その囚人の名前を本人に聞くとはいかがなものか。

 

「ブリット、ブリットムルヨル。種族はノルドよ、ここには傭兵業を探しに来たわ」

 

 その言葉を聞くと、帝国兵は同情を込めた視線を向けた。

 

「なるほど、ついてなかったな同族よ。……隊長、この女はリストにありません」

 

 どうやらこの帝国兵は、まだ話が通じる方らしい。ブリットはそこに一筋の期待を見出した、しかし………。

 

「リストはもう必要ないわ。彼女を処刑台へ」

 

 隊長はあっさり切り捨てると、そのままブリットを処刑台へ送るように命じた。ブリットの中で、生きて帰ったら殺す人間第一位に選ばれた瞬間である。勿論二人目はいまいましいウルフリックだ、よくも厄介ごとに巻き込んでくれたものである。

 

「ご命令通りに、隊長。気の毒に、だがあんたはここで、自分の故郷で死ねるんだ」

 

 帝国兵が、気落とした声でそう告げる。どうやら、さりげなく自分の助命を請うていたようである。

 

「生憎と、種族はノルドでも生まれはシロディールなの。まあ、すぐに旅立ったから生まれ故郷なんて覚えていないのだけれどもね。……はあ、こうなったら覚悟を決めるしかないのかしら?」

 

 ほとんどあきらめに近い感情で、ブリットはストームクローク兵たちの横へと並んだ。斬首台の前では、デュリウス将軍がウルフリックへと詰め寄っていた。

 

「ウルフリック・ストームクローク、ヘルゲンにはお前を英雄と呼ぶものもいる。だが、声の力で王を殺め、王座を奪うものを英雄とは呼べない」

 

 声の力とは、限られた人間が使えるという特殊な魔法である。ブリットが祖母から聞いた話では、竜の言葉を操り、その言葉に込められた力により、様々な現象を起こすらしい。声の力に卓越したものは、山を吹き飛ばし、天候すらも自在に操るという。ブリットは子供の頃の与太話程度として忘れ去っていたが、どうやら話を聞く限りではそうでもなさそうである。そして、もしウルフリックがその声の力の使い手だとすれば、それを警戒していたがゆえに猿轡を嵌められたのであろう。

 

「ここに帝国がお前を処刑し、この反乱を終結させる。スカイリムは再び平穏を取り戻すだろう」

 

 そう言いきると、デュリウス将軍はウルフリックへ背を向け、帝国兵達がいる場所へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー魂を喰らえ。我は強者、絶対なる強者なり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 処刑人の隣に立つ司祭が手を広げ、死刑囚達に死後の祈りを捧げる。まったく、死後の安息を祈るくらいなら、死なないように祈って欲しいものである。

 

「エセリウスに送られる汝らの魂に、八大神の慈愛があらんことを…………」

「ふんっ、時間の無駄だ。さっさと済ませろ」

 

 タロス神を省いた八大神と言う言葉が勘に触ったのか、一人のストームクローク兵士が処刑台へ歩み寄ってきた。

 

「良いだろう、まずは貴様からだ」

 

 不機嫌な顔をした隊長が、その兵士をひざまずかせて蹴倒す。腕で合図すると、処刑人が斧を振り上げた。

 

 

 

 

どちゅっ

 

 

 

 

 

 肉を断つ音と共に、ストームクローク兵の首が転がり落ちる。身体が大きく痙攣したのを最後に、彼の身体はピクリとも動かなくなった。

 さて、これで一人めの処刑が行われた。次は一体誰か、ウルフリックか、隣のレイノフか。まあ、最初はやはり重要人物の処刑から……。

 

「次、そこの襤褸を着たノルドだ!」

 

 おや、どうやらストームクローク以外の人間から処刑するらしい。自分以外にも捕まっていたとは、災難な人間もいたものである。そんなことを考えていると、後ろの帝国兵がブリットの背中を突き飛ばした。

 

「痛っ、やめなさいよ!あたしは反乱軍とは関係ないっての!!!!」

 

 抵抗するが、拘束された身では無意味であった。突き飛ばされ、処刑台の手前までやって来る。ブリットの脳裏に、祖母と母親の顔が思い浮かんだ。若くして死ぬ自分を、彼女らが許してくれるだろうか……?

 思い出の中の親達の答えは、「家族全員ロクな死にかたしてないからなー」であった。現実逃避にしても雑すぎる答えである、もっとマシなのはなかったのだろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー始まりだ。いかな者も、我を倒すにはあたわず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斬首台の前に膝をつき、首を差し出す。動こうにも、例の隊長が自分の背中を踏みつけており、首すらろくに退けられない。下手に動けば、斬られたときに激痛でのたうち回ることとなるだろう。斬首とは、半端に失敗すれば地獄の様な苦痛が待っているのだ。自分の祖父が、まさにその例であったブリットとしては、非常に避けたいことであった。

 視界の向こうで、処刑人が斧を振り上げる。嫌だ、死にたくはない。そんな考えもむなしく、ブリットの処刑は進行していった。そして…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー定命の者よ。その傲慢、我が餓えを満たす糧としよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻聴か、先程から声が聞こえる。自身の奥底に響くような、重い声。だが、それは幻聴ではなかった。

 辺りが唐突に騒がしくなる。処刑の興奮とは違う、畏怖の混じったものだ。ブリットは最初、いつまでも斧を降り下ろさない処刑人を不思議に思っていた。だが、すぐにその理由がはっきりとした。

 視界の端の空に何かが見える。鳥ではない、もっとなにか大きなものだ。巨大な翼と、腕と足をもった怪物。それはどんどん迫って来て、そしてついに目の前の塔へ降り立った。

 

「なんだあれは!?」

 

 周りの人間達が、口々に騒ぎ出す。背中を踏みつける隊長も、目の前の処刑人も、唖然としてそれを眺めていた。そんな人間の騒ぎなど一顧だにせず、その怪物は巨大な口を開く。

 

 

 

 

 

 

『ーーーーー!!』

 

 

 

 

 

 人々が吹き飛び、大地が揺れる。晴天であった空には雲が広がり、いくつもの火球が降り注いだ。

 声だ。ブリットはこの現象が、ドラゴンの声の力によるものであるという結論に達した。少し前のブリットであれば、この天変地異に狼狽えるばかりであっただろう。だが、ウルフリックの話を聞き、祖母の話を思い出したことが幸いした。話に聞いたドラゴンの伝説も、この光景を考えれば納得がいく。竜語の魔術こそが、今の状況の原因だ。

 気がつけば、自分を踏みつけていた隊長も、目の前にいた死刑執行人もいない。仮ではあるが、ブリットは自由の身となったのだ。命の危機に変わりはないが。

 死刑執行という最悪の状況は脱したが、今度はドラゴンの襲撃である。無論、立ち向かおうなどとは思わない。そんなことをすれば消し炭となるのがオチだろう。

 吹き飛ばされて痛む身体を起こしていると、どこからか声がした。竜語ではない、人間の声だ。

 

「全員砦へ避難しろ!!そこの死刑囚達もだ!!」

 

 おっと、死刑囚の我々まで匿っていただけるとは感涙の極み。そんなことを考えていると、隣に一人の男がやって来た。

 

「レイロフ。ちっ、しぶといわね」

「ははっ、よく言われるさ。さて、早く塔へ逃げよう。神様だってそう何度もチャンスをくれちゃしないだろう」

 

 言うに及ばず。背を低くしたまま、近くの塔へ避難する。その途中、横目である人物の姿が目に入った。あれは恐らく、デュリウス将軍であろう。火球の雨のなかで、大声で兵達を指揮している。もしかすれば、先程命令したのは彼かもしれない。

 いずれにせよ、早く逃げるに越したことはない。転げるように塔の中へ入ると、レイロフがその扉を固く閉めた。

 

「はあ、はあ、はあ。なんなのよこれ!何が起こっているの!?ウルフリック!あんたはなにか知らないかしら?あれは伝説にあるドラゴンなの?」

 

 塔のなかには、捕まったストームクロークの兵士達と、その頭目のウルフリックが逃げ込んでいた。ブリットは、もっとも真実に近いと思われるウルフリックに詰め寄った。だが、返答は期待したものではなかった。

 

「伝説は、村々を焼き払ったりはしない」

 

 その返答に、ブリットは肩を落とす。あまり期待していなかったとはいえ、これでは解決策がない。塔に籠り続けても、ドラゴンに襲われるか再び帝国に捕まるだけだ。なにかないかと階段を昇っていると、再び地響きが起こった。ブリットの耳に、先程と同じ声が聞こえる。

 

 

『ヨル……トール、シュル!!』

 

 

 ゾッとして身を引くと、自分が先程までいた場所を炎が通り抜けた。壁に隠れて外の様子を見ると、あのドラゴンが壁を吹き飛ばしたようである。

 

「おいブリット、大丈夫か?」

 

 慌てて駆け付けたレイロフが、ブリットの安否を確認する。その問いかけに手を振って答えると、レイロフは吹き飛ばされて出来た穴を覗き込んだ。穴からは外の景色と、隣の兵舎が見えた。

 

「危なかったな。もう少しでソテーになっていただろうよ」

「本当、生きているのが不思議なくらいよ」

 

 レイロフは何かを考えるようにうつ向くと、顔をあげて切り出した。

 

「なああんた、あそこの民家まで跳べるか?」

「は?あんたなに言い出すのよ」

 

 突然の問いかけに、ブリットはキョトンとする。この男は、一体何を言っているのだろうか?

 

「もし行けそうなら、先に脱出してくれ。あんたまで俺達に付き合う必要はないからな」

 

 確かに、ブリットにはストームクローク達と付き合う必要はない。しかし、逃げる方法が………。

 

「あー、それはつまり、ここからあの炎上している民家に飛び写って、そこから地上へ降りろと?」

「ああ、その通りだ」

 

 確かに、それならばここから逃げることも可能だろう。火事真っ盛りの建物へ逃げ込むという危険性を考えねばであるが。

 

「他に方法はない。ぐずぐずしていればいつドラゴンが戻ってくるかわからないぞ」

「ちっ、仕方無いわね。火だるまになったら恨むわよ!」

 

 そう言うと、ブリットは壁に足をかける。こうなったら自棄だ、いずれ死ぬなら生きる可能性にかける方がマシである。

 

「さらばだ同族よ、また会おう」

 

 レイロフの別れの言葉に、両手だけをあげて返す。面倒に巻き込んでくれたが、もし会えたときには小言のひとつでも送ってやろう。まあ、いわゆる同族のよしみである。

 石材を蹴り、宙に身を踊らせた。ギリギリ届く、そう思ったブリットは、民家の2階へと転がり込んだ。

 屋根が燃え落ちていたことが幸いし、ブリットは無事に着地する。そのまま立ち上がると、床に空いた穴へ飛び込んだ。

 

「げほっ、ごほっ、薫製になるかと思ったわ」

 

 煙を吸い込んだ影響でえづきながら、ブリットは外へ逃げ出す。後ろで木材が倒壊する音を聞き、彼女の背に冷たい汗が流れた。

 外の惨状は、何とも悲惨なものであった。民家は焼け落ち、そこらには燃え盛る炎が立ち上がっている。熱さに顔をしかめながら駆けていると、つい先程聞いたような声が耳に入った。

 

「こっちだ!!死にたくない奴は隠れろ!!」

 

 声の方向を見ると、先程リストを持っていた帝国兵が、一人の少年を庇っていた。

 

「あんた、無事だったんだ……」

「ああ、さっきの囚人か。死にたくなかったらあんたもついてきてくれ」

 

 ここで別れてもメリットは少ない。この男はともかく、ブリットにはここの土地勘が全く無いのだ。男の後ろについていき、ドラゴンに見つからないよう民家の陰へ隠れる。

 

「ここも直に見つかる。向こうに帝国軍の砦があるはずだ。そこまで急ごう」

「そこは大丈夫なの?ヘルゲンの出口は?」

 

 砦へ行こうと言う帝国兵に、ブリットは疑念を浮かべる。あのドラゴンは石壁程度は軽く破ってきた。その砦は果たして充分なのだろうか?

 

「心配ないさ、あそこはジャイアントでも容易に壊せないような頑丈さだ。それに、幾らドラゴンでも地下までは追って来れないだろうよ」

 

 なるほど、それならば信頼できる。ブリットとしてもひとまず態勢を立て直したい。

 

「走れるか?」

「なんとかね」

 

 二人は見合わせると、合図で民家の影からでる。幸いドラゴンは移動したらしく、見つからずに進むことが出来た。

 帝国兵達が応戦するなかを、二人は必死に駆けていく。民家を抜け、ようやく城門へ到達したところで、男は足を止めた。見ると、手前から青色の鎧を着た男がかけてくるところであった。

 

「レイロフ、この裏切り者め!!」

「ハドバルか、今度は止めないだろうな!?」

 

 前方からやって来たのは、レイノフであった。ハドバルと呼ばれた男はレイノフと面識があったのか、その姿を見つけると激しく食いかかった。

 

「今は時間が惜しい、止めてくれるなよ!」

「お前など、ドラゴンに食われてソブンガルデに送られてしまえ!!」

 

 そう言うと、ハドバルとレイロフは別々の方向へ逃げていく。

 ブリットは呆気にとられてみていた。この二人はドラゴンが暴れる真っ只中でも、そのような口論が出来るのかと。だが、ぼうっとしてもいられない。彼女は少し迷ったものの、ハドバルの方へついていくことを決めた。

 



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第二話 ヘルゲン脱出


ところでうちのアーンゲールは、いまだにコンソロールを使わないと最初のシャウトで敵対するのですが、誰か治しかた知りません?


 砦の中は薄暗く、しかし外よりかは確かに安全であった。

 

「なるほど、確かにここは安全そうね」

「だろう、帝国軍の砦さ」

 

 ハドバルは誇らしそうに胸を張ると、腰に差した剣を抜いた。ブリットは殺すつもりかと身構えたが、出てきたのは全く逆の言葉であった。

 

「腕を出してくれ、その拘束を外せないか試してみる」

 

 かくして、ブリットの両腕は久方ぶりに大きく広げることが可能となったのであった。

 

「感謝するわ、両腕が使えないと殴り合いも出来ない」

「見た目に似合わず、勇猛なんだな」

「よく言われるわ」

 

 そう言うと、ブリットは大きく腕を振る。拘束されてから今まで、ずっと鈍っていたのだ。ハドバルはその様子を見ると、壁に掛けていた剣を放り渡した。

 

「こいつを使ってくれ。帝国純正のものだから、品質は高い」

「良い武器使っているのねー」

 

 鞘から刃を取り出し、二、三度素振りをする。前の剣ほどの振り心地では無いが、そこそこ良いものであるとは理解出来た。

 

「とりあえず、先ずは火傷に効く薬を探そう。君の身体、至るところが火傷だらけだ」

 

 確かに、炎の中を駆けたり転がったりしたせいか、ブリットの全身には至るところに軽い火傷が出来ていた。

 

「そうね、出来ればお願いしたいわ」

 

 その返事を聞いたハドバルは、机から鍵束を取り出した。

 

「よかった、砦の鍵束だ。これで奥に入れるぞ」

 

 ハドバルについていき、砦の奥へと歩みを進める。なり行きでついてきたが、どうやら正解であったようだ。

 ブリットがそう安心しきっていると、玄関ホールにあたるであろう場所に差し掛かったところで、二人の男女とおぼしき声が聞こえてきた。

 

「あれは……、ストームクロークの兵士か。ブリット、少し待っててくれ。どうにか説得出来るかもしれない」

 

 そう言うと、ハドバルは玄関ホールに入っていく。だが、ブリットにはどうも嫌な胸騒ぎがした。

 

「なあ、あんた達……」

 

 ハドバルがそう話しかけようとした瞬間、ブリットの身体は動いていた。

 剣を抜き払い、ハドバルへ手を伸ばす。そのまま彼を突き飛ばすと、ストームクローク兵士が振り上げた戦槌を受け止めた。

 

「あぐっ……つ……!……流石に両手武器の一撃は重いわね……」

 

 そのまま相手の胴を蹴りあげると、その体勢を崩させる。無防備になった首元へ、得物の結先を突き刺した。喉を突き刺したが故か、断末魔すら上げることなくストームクロークの女兵士は倒れ伏す。

 蛙を潰したような声を聞いて振り返ると、もう一人の兵士の胸へ、ハドバルが剣を突き立てていた。

 

「ありがとう、助かったよ」

「今死なれるのは困るのよ。私はこの砦、構造を全く知らないのだから」

 

 感謝を述べるハドバルへ、ブリットは素っ気ない返事を返す。彼女の目は、先程襲いかかって来たストームクローク兵士へ向けられていた。彼らは問答無用とばかりに武器を振り上げたのだ。他もそうとは言い切れないが、以降は警戒するに越したことはないだろう。

 

「ハドバル、薬類は何処においてあるの?」

「兵舎の中に無いとなると……そうだな……」

 

 ハドバルは腕を組み、思い出すように眉間へ皺を寄せた。そうして考えていると、ひとつの扉へ目を向けた。

 

「やはり、地下の倉庫位だろう。だがストームクローク達も同じ考えかもしれん。ブリット、手伝ってくれるかい?」

 

 当然だろう。ブリットがそううなずくと、ハドバルは安堵したように微笑を浮かべた。

 

「良かった。なら行こう、地下倉庫へはこの階段から行けるはずだ」

 

 そう言うと、ハドバルは近くの木扉を押し開けた。中にはキャベツの入った手押し車と、地下と延びる螺旋階段が存在していた。

 

「この下には、砦の物資保管庫があるんだ。そこならきっと、火傷に効く薬があるだろう」

「ここから逃げるなら、ある程度は食料もあった方がいいわ。でもあまり多くは持てないわね、逃げるときに足枷になる……」

 

 階段を下りながら、二人は必要となるであろう物資を挙げていく。こういった逃走に必要なものは、ハドバルよりもブリットの方がよく理解していた。

 階段を下りきると、木の扉が見えてきた。恐らく、あれが地下倉庫の入り口だろう。

 

「よし、倉庫は無事だ。待ってくれ、今鍵を………おおっと!!」

「へっ……?うおわっ……ととっ……!?」

 

 突然地響きが起こり、二人は思わずよろめく。突然のことに、ブリットは思わず体勢を崩してしまった。その様子を見たハドバルが、咄嗟に駆け寄って受け止める。同時、轟音と共に天井の一部が崩れ、瓦礫がその辺に降り注いだ。

 

「ーーーーっ!?危なかった……。もう少しで下敷きになるところだったよ」

「全く、本当にしつこいドラゴンね」

 

 ここまで追ってくる執念に、流石にブリットも呆れてしまう。溜め息をつきながら身体を起こそうとして、ふと違和感に気がついた。

 

「……あー、ハドバル。先程のことは感謝しているのだけどその………。離してくれないかしら?」

 

 今の二人の状態は、咄嗟にハドバルが受け止めたことで、彼がブリットを抱き締めるような構図となっていたのだ。

 

「…………む?ああ、済まない。大事がないようで何よりだよ」

 

 その事に気が付き、ハドバルはあわててブリットの身体を離す。ブリットは立ち上がると、目線を反らしながら衣服(と言ってもぼろ布だが)を正した。

 

「……え、ええ。問題はないわ。早く行きましょう……、うん早く」

 

 急かすように言われ、ハドバルは頭をかきながら鍵を差す。しかし……。

 

「おや、鍵空いている。……誰か先客が居るのか?」

 

 その言葉に、ブリットは目を鋭く細めた。

 

「……ハドバル」

「ああ、恐らくは」

 

 目を交わすと、二人は揃って剣を抜いた。そして、ハドバルがドアに手を掛け、一気に蹴破る。

 

「ーーっ!?誰だっ!!」

「帝国兵めっ!!」

 

 予想通り、中にはストームクロークの兵士たちがいた。人数は三人、いずれも戦槌や両手剣で武装している。

 両手剣持ちが床を蹴り、ブリットに向けて逆袈裟に斬りかかった。ブリットは後退しつつ、右手の剣を前に構える。

 金属のぶつかり合う音と共に、今度は斬りかかった両手剣持ちが後ろへ弾かれた。鍔迫り合いになると同時、ブリットが刃を受け流しつつ、柄で殴り付けたのだ。

 よろめいたところへ、ブリットは剣を水平に振る。狙いは相手の首元、その頸動脈である。斬撃は狙い通り、両手剣使いの首元へ吸い込まれる。斬りつけた先から噴水のように血が吹き出し、そのまま両手剣持ちは石床へ倒れ伏せた。

 横を見ると、ハドバルが戦槌持ちを壁際へ追い詰めている。しかしその後ろへもう一人、片手剣持ちが迫っていた。

 

「あんたの相手はこっちよ!」

 

 ハドバルと片手剣持ちの間へ割り込み、その剣を受け止める。そのまま相手の脇腹へ蹴りを叩き込むと、ハドバルから距離を取らせた。

 

「助かった!!」

 

 ハドバルの礼に目だけを送ると、片手剣持ちヘ向き直る。向こうは革の盾の構えを解くと、剣を振り上げて突っ込んできた。

 

「勝利か、ソブンガルデか!!」

 

 そう叫びながら向かってくる剣を、ブリットは横へ避ける。だが、その避けた方向へ別のものが迫ってきた。彼が左手にもった盾である。

 シールドバッシュを貰い、ブリットは思わず体勢を崩す。その隙を逃さないとばかりに、片手剣の一撃が来た。

 

「あぐっ……。この野郎!!」

 

 なんとか重傷こそ避けたが、左腕へ鋭い痛みが走った。やはり鎧が無い状態での戦闘は、こちらが圧倒的に不利である。返すとばかりに当て身をしかけ、その隙に斬りかかる。

 

「この……、帝国の外道どもめ!!」

「残念、私は流れの傭兵よ」

 

 飛んできた罵声を切り捨て、同時にその首も切り落とした。憎しみの形相を浮かべながら、片手剣使いは倒れ伏す。

 

「無事か?」

「ええ、少々冷や汗をかいたけれど。少なくとも生きてはいるわ」

 

 倒れた死体を脇にどけ、ハドバルがやってくる。鎧には血の跡がついていたが、恐らくはストームクローク兵のものだろう。

 

「それは良かった」

 

 ハドバルは安堵したように微笑を浮かべる。そうして、今自分達のいる部屋を見渡し始めた。

 

「ここが地下倉庫だ、この中のどこかに薬もあるはずさ。済まないが、一緒に探すのを手伝ってくれ」

「良いけれど、見た目はどんな感じなの?」

 

 ブリットの質問に、ハドバルは身ぶり手振りを交えて形を説明した。

 

「あー、色は赤色。底が四角いタイプのものだ。シロディール語は分かるか?」

「まあ、多少はね」

「ならよかった。薬の名称を教えるから、ラベルをみれば一目瞭然だ」

 

 そうして、二人は倉庫の中を探し始める。棚の中、木箱、樽の中と探していき、二つ目の樽の中を探していときにブリットが叫んだ。

 

「あった、同じラベルが貼られているわ」

 

 その樽の中には、確かにハドバルが言った通りの品が入っていた。他にも、魔術の薬などの品々が入れられており、ブリットはそれらを全て持っていくことにした。

 

「あって困るものでも無し、薬品類は貴重だもの」

 

 薬を傾け、その中身を火傷へ塗布する。同様に傷用の薬もあった為、それも先程の負傷へつけておいた。

 ハドバルもブリットの負傷を気づかってか、直ぐに発とうとは急かさなかった。しばし、つかの間の休憩である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 樽の中身以外にも、塩や食料、あるいは金銭といったものを見繕っていると、ハドバルが今後のことを話にやって来た。

 

「ブリット、確かここには地下道から外に出られる場所があったはずなんだ。そのルートを使えば、外に出ることなくヘルゲンを抜けられるはずだ。ただ…………」

「ただ、どうかしたの?」

 

 ハドバルは言いよどむと、頭をかきながら答えた。

 

「地下道とは言ったが、ほとんど洞窟に近いルートなんだ。フロストバイドスパイダーなんかの生き物が住み着いてる可能性がある……」

「……それは、確かにゾッとするわね」

 

 フロストバイドスパイダーとは、巨大な人食い蜘蛛である。罠を仕掛けて獲物を待ち、血液を凝固させる毒で殺す厄介な蜘蛛だ。

 

「でも、ドラゴンよりかはましでしょう?」

「確かにそうだが……。まあ良いさ、ここまで来たんだ、やれるとこまでやってみよう」

 

 そう言うとハドバルは、地下道へ向かって進み始めた。

 

「一番近いのは、地下牢から続く洞穴だ。そこには拷問部屋を通ればすぐに着くはずだ」

 

 そう言うと、ハドバルは倉庫の奥にある扉に手をかけた。だが……。

 

「……ん?なにかおかしいぞ」

 

 扉の向こう、下へ続く階段の奥から微かな音が聞こえてくる。ブリットがよく知り、先ほども聞いていた音、剣と剣を打ち合う音だ。

 

「これは……」

「不味いな、下にもやつらが居るのか」

 

 階段を駆け降り、地下の拷問部屋へと転がり込むと、そこには予想した通りの光景があった。

 帝国兵二人にストームクローク兵が三人、見るまでもなく押されているのは帝国だ。

 

「おい、レイノフ!加勢してくれ」

 

 帝国兵の一人、フードを被った老人が叫ぶ。もう一人の禿頭の男は生きも絶え絶えだ。加勢しなければ死んでしまうだろう。

 だが、レイノフとブリットが加勢したことで状況は逆転した。向こうが三人に対し、こちらは四人だ。決着は直ぐに、ブリット達が生き残る形でついた。

 

「ハドバル、これはいったい何事なんだ?何が起こってる」

 

 一息つくと、フードの老人が慌ててハドバルへ詰め寄る。身なりからして、恐らくここの拷問官だろう。

 

「ドラゴンだ。地上はドラゴンに教われているんだ!」

 

 それを聞くと、拷問官は眼を剥き、続いて首を振った。

 

「馬鹿馬鹿しい、そんなことあるわけがない……」

 

 あり得ないとばかりに否定するが、その顔にはどこか不安が混じっていた。

 

「本当だ。俺も彼女が居なければ死んでいたさ」

「しかし……。いや、心当たりはあるな。さっきの崩落音はまさか……」

 

 焦りが混じるハドバルの様子に、ドラゴンは信じられずとも何かが起こっていることは察したらしい。禿頭の拷問官助手は、ブリットに話を向けた。

 

「なあ、そこの囚人……。その、本当なのか?ドラゴンが現れたって」

「そうよ、そのせいで私もハドバルも焼かれかけたわ。……まあ、それで死刑が中止になったのだから幸運と言えるのかしらね?」

 

 皮肉混じりに言うブリットに、拷問官助手は黙りこむ。そもそも少し考えれば、帝国兵士のハドバルと、死刑囚(遺憾ながら)のブリットが一緒に、それも自由に歩き回っている時点でおかしいのだ。拷問官助手は考えるようにうつむき、話が真実であるか迷っていた。

 だが、待っている暇など無い。ハドバルは地下牢の入り口に近寄ると、そのまま奥へ入っていった。

 

「ブリット、こっちへ来てくれ。ここの地下牢から行けば洞窟に入れるはずだ」

「彼らはいいの?」

「かまわないさ、言うことは言った。後は俺たちの関わることじゃない」

 

 それもそうだろう、ブリットとて分らず屋と心中するのはごめん被る。ここはさっさと逃げるに限るだろう。

 

「それじゃあ行かせてもらう。止めはしないだろうな?」

 

 先へ行こうとするハドバルに、しかし待ったを掛ける声があった。まだあるのかと嫌そうにハドバルが振り向くと、そこにはあの禿頭の拷問官助手が立っていた。

 

「いや、俺も一緒に逃げさせてもらう。あの偏屈と心中はしたくない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし酷い臭いね。鼻が曲がるわよ」

 

 地下牢を覆う異臭に、ブリットは軽く愚痴をこぼす。拷問部屋の隣にある地下牢など大概がロクなものではないが、やはり嗅いでいて気分のいいものではない。

 

「ここはスカイリムの、国境に近い場所だからな。そういった辺境に送られてくる連中なんてわかるだろう?」

「屑のような罪人か、あるいは公にできない者か。まあ、どっちにしろ関わりたくないのは明らかね」

 

 カビ臭さと血の臭いが混じったそれは、否応なくブリットの記憶の奥底を刺激する。彼女はそれが堪らなく嫌だったのだ。

 

「まだ出口にはつかないの?」

 

 早くこの空間から出たい気持ちから、ブリットは前にいるハドバルに急かすように訊ねた。

 

「もうすぐ……、ああ見えてきた。あれがそうだ」

 

 どうやら目的地のすぐそこまで来ていたらしい。ハドバルは指差すと、そこへ下りていった。

 

「これが抜け穴……ねえ」

 

 ハドバルが言っていた抜け穴は、文字通り壁に開けられた穴であった。元々作られていたものではなく、後から魔法か馬鹿力かで開けられたものだろう。周囲の具合から見て、そう新しいものでも無いようだが……。

 

「こいつは昔、とある囚人が脱獄するために開けたものだ。どうやら地下の洞窟に面していたらしくてね、結局そいつには逃げられてしまったけどな」

 

 やれやれとばかりにハドバルは肩を竦める。隣の拷問官助手も首を振っていることから、ここの帝国兵士達は皆知っているのだろう。

 

「とは言え、修繕されなかったのは幸いだ。お陰でここから逃げられる。地上を逃げてドラゴンに食い殺されるのはごめんだからな」

 

 そう言うと、ハドバルは洞窟へと踏み入っていく。続きブリット達もその中へと進んでいった。

 狭い横穴を抜けた中は意外なことに、きちんと石壁で舗装されていた。たいまつや石でできた階段があることから、間違いなく自然そのままのつくりではないだろう。

 

「囚人が逃げた後、この洞窟をいっそのこと通行路にしてしまおうかという案も出ていたんだ。だが奥には熊やフロストスパイダーなんかが住み着いていてね、せっかく整えたものの無駄になってしまったんだよ」

「……アホなの?」

 

 それを判断した者の軽率さに、ブリットは思わず呆れてしまう。とはいえ、その人物のアホさに救われているのもまた事実なのであった。

 石でできた橋の下には地下水が流れ、まるで地上にある川のようなせせらぎの音が聞こえる。だが、そんな光景に見惚れている暇はなかった。

 

「……二人とも、避けな」

「ーーーー!?」

 

 ブリットの忠告を聞いたハドバルが、慌てて姿勢を低くする。対して拷問官助手はなんのことかわからずに、呆けて突っ立ったままであった。

 瞬間、洞窟の奥から矢が飛来する。狙いはもちろんブリット達三人だ。ハドバルは物陰に隠れ、ブリットは拾った鉄の盾を構えて避ける。しかし拷問官助手は訳がわからないまま、頭から矢を生やして倒れ伏した。

 

「ストームクロークか!!」

「……あのバカ、避けろって言ったでしょうに」

 

 直ぐに物陰から青い鎧を着た敵達が現れる、ストームクロークの兵士達だ。ここでやろうと言うわけらしい。 

 

「射手は!?」

「奥の方だ!やれそうか?」

 

 そう聞くハドバルに、ブリットは苦い顔を返す。

 

「殺るしかないでしょ!ハドバル、前のやつらを引き付けといて!!」

 

 そう言うと、ブリットは盾を解いて駆け出した。手すりを飛び越え、岩場へと着地する。そこを狙ったかのようにストームクローク兵が戦鎚を振り上げた。

 

「帝国め、よくも同志を!!」

「知らないっつってんでしょ!!!」

 

 姿勢を低くしたまま転がってかわし、返す手で柄を敵の顎へと叩き込む。止めを差している余裕はない。そのまま向こう側の階段を駆け上がると、射手の前へ躍り出た。

 

「くそっ、もうここまで来やがった!」

「逃がすかっ!」

 

 奥へ逃げようとする射手に追い縋ると、その背中に剣を降り下ろす。戦いを正義とするノルドには、大変に不名誉な死に様だろう。

 

「次っ!!」

 

 目の前にはもう一人の射手が、既に弓をつがえて狙っている。この距離、この状況、かわすことはできない。ならば……。

 

「っオオオオオオおおぉぉお!!!」

 

 矢が放たれるのも構わず、ブリットは射手に向かって走り出した。致命傷だけは避け、後は構わず突き進む。左肩に熱い痛みが走るが、構いはしない。そのまま当て身を叩き込むと、左手で首根っこを掴み押し倒した。

 

「死に腐れクソがっ!!」

 

 守りが空いた胴へ、深々と剣を突き刺す。ブリットは抉るように剣を捩じ込むと、そこから一気に引き抜いた。溶岩が噴出するように吹き出した血が纏った襤褸を赤黒く染め、もう一人の射手は無惨に息耐える。

 ブリットは休む間もなく死体を探ると、射手が持っていた弓を手に掴んだ。そうして矢筒から鉄の矢を抜き出すと、弓に構える。狙うのは岩場、そこでハドバルと戦うストームクローク兵士だ。

 1射目、頭を外して岩場に刺さる。2射目、敵の背中に命中。3射目、4射目と次々に放ち、ハドバルを援護していく。

 やがて8射目を射つ頃には、ハドバルは最後の敵を壁に追い詰め、その首を叩ききり落とした。

 ハドバルは肩で大きく息をすると、ブリットに向かって安堵の笑みを浮かべる。

 

「ふぅ……、また君に助けられたよ。心から感謝する。ブリット、君が居なければ俺は死んでいたよ」

 

 その言葉に、ブリットはニヤリと得意気な笑みを浮かべた。誰しも誉められれば悪い気はしないものだ。

 

「弓扱えたのかい?」

「幼い頃に叩き込まれたわ、武芸は一通りね。……そう言えばあの男は?」

 

 一応とばかりに、ブリットは拷問官助手の安否を確かめる。もっとも、彼女自身は余り彼のことを余り良く思っていなかったが……。あの男、拷問部屋で会ったときからブリットを変な目で見ていたからだ。

 

「……駄目だ、これは即死だな」

「……そう」

 

 特に残念がることもなく彼女はその報告を聞き流す。ブリットが彼の生死を気になったのは、ただ単に逃げるのに利用できるかどうかだけだった。他人の命まで心配している余裕はないのだ。それよりも今は、ここから生きて逃げ延びる方が先だ。

 

「奥には敵の侵入を防ぐための仕掛け橋がある。それを越えたらフロストスパイダーの巣だから気をつけてくれ」

 

 なるほど、この砦はそういった方法で地下からの侵入を防いでいたらしい。ハドバルが言っていた仕掛け橋までたどり着くと、その理由がわかった。

 

「上がった橋が扉の役割もしていたのね」

「間に合わせのようなものだったがな。それでも効果はあったさ」

 

 そう言って、ハドバルは壁際に置かれたレバーへ手を掛ける。仕掛けを動かすと橋がかかり、奥へと続く道が開いた。

 

「さて、そろそろやつらの巣にたどり着く。用心してくれ………うおっ!!」

 

 二人が向こう側へたどり着いたと同時、ブリットの背後で轟音が響き渡る。振り返ってその理由がわかった。自分達が今来た道が崩落していたのだ。

 

「……危なかったわね。もう少し遅ければ巻き込まれてたわ」

「強運に感謝……か?」

 

 だが、悠長に安堵もしていられない。これだけの轟音が響いたと言うことは……。

 

「来るぞ!!」

 

 前を向くと、地面を這うように黒い塊が蠢いていた。巨大グモ、フロストバイトスパイダーだ。毒を持つ上にその巨大かつグロテスクな容姿から、スカイリムの女性からは特に嫌われている生き物だ。おまけに人を食う。

 

「でも毒は有用なのよねー」

 

 その巨大な頭を蹴り飛ばし、ブリットは腹に剣を突き刺す。こうすればもうクモどもは動けなくなるだろう。

 邪魔者を始末して通路を抜けると、そこは広い空間だった。

 

「うげぇ……、予想以上にエグいわね。こいつをペットにしてるやつの気が知れないわ」

 

 壁と言う壁、一面に張り巡らされた蜘蛛の糸。ひとつひとつが鋼糸のごとき強靭さを持ち、フロストバイトスパイダー達を支えているのだ。

 仕事柄こういった場所にも多く入るブリットでさえ、肌を粟立たせずにはいられない。そういった生理的な嫌悪を催すような場所である。

 だが引いてもいられない。洞窟の天井からは蜘蛛どもが次々に降り、舌舐めずりのように鋏をならしているのだ。油断をすれば次に獲物とされるのは自分達だ。

 

「こう数が多いとかなわないわね。ハドバル、少し下がってて」

「何か策があるのか?」

 

 剣を構えながら後ずさるハドバルに、ブリットは苦い笑みを浮かべた。

 

「あまり使いたくは無いのだけど……」

 

 そう言うと、ブリットは剣を腰へ下げる。怪訝な顔をするハドバルを尻目に、彼女は空いた手を前へ構えた。

 

「……火よ」

 

 ブリットが何か呪文らしきものを呟くと、その両腕から赤い炎が飛び出す。それはまるで大蛇の舌のように蜘蛛どもへ追いすがると、その身体にまとわりついた。甲高い声をあげ、蜘蛛どもが悶えるようにのたうち回る。左へ右へ、そしてこちらにも。

 

「うわっととと……、危なっ!」

 

 思い描いた作戦は成功したものの、予想外の最後っ屁に流石のブリットも慌てた。蜘蛛にへばりつかれて火だるまなど、思い付く限りでも最悪の死にかたである。

 

「ぶ、ブリット。これも考えの内なのか?」

 

 流石に今回ばかりは、ハドバルも顔をしかめる。それくらいに想定外のことだったのだ。

 

「たはは、…………ごめんハドバル」

 

 幸いなことに、ここが洞窟であったこと、蜘蛛の巣が長年の経過により燃えにくくなっていたことが幸いし、延焼などの大事故には至らなかった。だが、この一見でブリットは、二度と巣まみれのなかで火の魔術を使うまいと誓ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は魔術の心得もあったんだな、つくづく不思議な人だ。普通ノルドの民は魔術を忌むものだが……」

「生き残るために、色んなことを教わったからね。とはいえ素人よ、だからこそあんなミスをおかすの」

 

 蜘蛛の巣を越え、いよいよ洞窟の出口へと近づいていく。もうまもなくすれば、外の世界へ出られるだろう。

 

「ブリット、君は一体何者なんだい?ただの傭兵と君は言ったが、それにしては…………」

「さあね、自分のことなんて自分が一番知らないでしょう?そんなことよりほら、見えてきたわよ」

 

 ハドバルの質問をバッサリと切り捨て、ブリットは前方を指差す。彼女が示す先には、地上の光が漏れ出ていた。

 

「光だ……、地上に出られるのか!」

「そうみたいね。はあ……、やっと一息つけるわ」

 

 慎重に確認しながら、出口へと近づいていく。光へ近づくと共に、しばらく感じなかった冷気が身体を包んでいく。間違いない、スカイリムの空気だ。

 洞窟の外は一面の雪景色であった。そこに生きる者を試すような冷たい風が、鼻孔の中にまで入ってくる。蒼天から放たれる太陽の光を、降り積もった雪が宝石のように反射する。その様子が、ここを地上であると間違いない証明していた。

 

「地上だ……。ここがイスミールでもソブンガルデでもなければ、間違いなくスカイリムの大地だ」

「ようやくたどり着いたわね。まったく、とんだ旅だったわ」

 

 シロディールを出てしばらく、(囚人用の)馬車に揺られて(物理的に)暖かい歓迎をされ、ようやくスカイリムについた気分であった。

 

「ありがとうブリット、君がいなければここまで来ることはできなかった。改めて礼を言いたい」

「良いわよそんなこと。私も生き残るために利用しただけだもの。それよりも、これからの身の振り方も考えないとね……」

 

 そう考えて、ブリットは肩をすくめる。不当に捕まったとはいえ、元死刑囚。スカイリムを歩くにはそれなりに影に身を潜める必要があるだろう。だが、それを聞いたハドバルは首を振ってその考えを否定した。

 

「いや、君はもう十分に罪を償ったはずさ。デュリウス将軍も、きっともう罪を問うことはしないだろう。それでもダメというならば、君の力になれるかもしれない」

「私の……?」

 

 果たして、それはどう言うことであろうか?まさか、ハドバルが自分の逃走の手助けでもしてくらるのか。

 

「ここから先、リバーウッドという村に俺の知り合いが住んでいるんだ。この道をずっと行けば、村につける。日が暮れる前には着けるだろう。彼ならば、俺達を助けてくれるはずだ」

 

 なるほど、それは確かにありがたい。襤褸布一枚に剣一本という粗末な身なりでは、心もとないところであったのだ。

 

「なるほど、それじゃあまずそのリバーウッドってところへ向かいましょうか。ちょうど身なりも整えたかったところだしね」

 

 連戦続きで身体はボロボロ、しばらくろくに汚れも落としていないためか、身体からは少し臭う。せめて水浴びのひとつでもしたいものである。

 

「わかった、ならついてきてくれ。俺が道を知っているさ」

 

 そう言って歩き出すハドバルに、ブリットも異論なくついていく。だが、その出立を遮る声が響き渡った。

 

「今のは!!」

 

 姿勢を伏せ、辺りを見回す。この身体の奥底を震わせるような声は、つい先ほどに聞いたばかりだ。

 空の端から、黒い影が飛び出してくる。この遠さでもはっきりと分かる異様、間違いない。

 

「ドラゴンだ!くそっ、追い付かれたのか」

 

 ハドバルが苦渋の表情を滲ませる。だが、ドラゴンはこちらに目もくれず、空を優雅に舞うとそのまま空の向こうへと消えていった。

 

「……良かった、こちらには気がついていないみたいね」

 

 遠ざかって行ったことへ、ブリットは心の中で安堵する。やつがこちらに気がついていないのは幸いであった。

 だが、ハドバルの様子がおかしい。何やら厳しい顔をしている。

 

「……ハドバル?」

「あいつ、いま北の方向へ向かっていったよな」

 

 

 

 

 

 

 

「あそこがリバーウッド、叔父さんのいる村だ」

 

 

 



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