嗚呼、僕に寄り添う彼女らはヤンデレ (Re:クロバ)
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晴宮 哀刀(はれみや あいと)──Aqours
第1話:予兆


えーと、まずまとまりの無いあらすじについて謝罪させてください。すいません!悪気はないんです!カッコよく見せようとした有名なあの病気のせいです!

閑話休題。

どうも、Re:クロバです。単純なヤンデレものです。実をいうと、もうひとつヤンデレ作品を執筆しているのですが、息抜きにと、新たな作品を投稿しました。

楽しんでいただけると、幸いです。


それでは、どうぞ。








見事に晴れ渡った蒼穹。波打つ浜辺はまるで真夏の雪原。行き交う車は皆無。夏を告げる蝉の合唱が耳に心地良い。

 

じっとりと汗をかき、ゆっくりと開眼。見慣れた天井が広がり、体を起こす。

着崩れた寝巻きをそのままに、階下へ向かう。

 

ーー両親は海外へ単身赴任の為、家にはいなかった。

 

欠伸を噛み殺し、洗顔。寝癖も直し、朝食と弁当を作る。

ふわりと鼻腔をくすぐるベーコンエッグの香りがこれまた食欲をそそった。

 

肉汁が出るベーコンエッグをゆっくりと味わい、朝食を終える。丁寧にアイロンをかけた制服を着て、肩にカバンをかけた。

 

玄関まで足を運んだ時、下駄箱の上に置かれている兄の写真を眺める。

 

ーー数年前に亡くなった僕の大好きな兄だ。

 

交通事故となっているが、僕は『そうじゃない』と見ている。

…と、まぁ、これから登校するにあたって無関係のことを祖父の十八番であった推理で推察してみる。

 

「行ってきます」

 

やがてそんな遊戯にも飽き、前を向く。行ってらっしゃいと聞こえた気がしたので、微笑んで外へ出た。

 

すると、そこには僕と同じように微笑んでいた少女が3人。

 

「皆」

 

「おはよう、哀くん」

 

筆頭の千歌さんが朗らかに挨拶。それに小さく頷く、僕。

 

晴宮 哀刀。それが僕の名前だった。

 

「哀くん!もしかして今、笑ってたよね!久しぶりに見たよー!哀くんが笑ったとこ!」

 

ピョンピョンと飛び跳ねる、朝でも元気な曜さん。それをたしなめる梨子さんもいつも通りだ。

そんないつも通りの彼女らを前にして、僕の先程の微笑みはとうに消え去っていた。

 

真一文字に結んだ唇は不服の構え。生気の宿らぬ黒瞳で千歌さんらを一瞥し、バス停へ進む。

 

「ちょ、ちょっと哀くん!?さ、さっきまでの笑顔はどうしたの!?」

 

慌ててやって来る千歌さん。汗をかいているところを見ると、やはり暑いのだろう。

 

「ねぇ」

 

「な、なにかな?」

 

「この際、言わせてもらうけど……もう毎日迎えに来ないでよ」

 

「え……?」

 

「だってさ……そりゃあ迎えに来てくれるのは嬉しいよ?千歌さんの家は僕ん家の隣にあるし…そこんとこ考えても迎えに来てくれるのは幼なじみとしての気遣いなのかもしれない……けどさ、まず通ってる学校違うし、バスも逆方向だし。それに……ただ単に僕が嫌になったんだ。皆に迎えに来てもらうことが」

 

本音だった。故に嘘偽りの無いことを平気で言えた。けれど、それは僕自身の破滅を意味した。

 

こんな『皆が、邪魔だ』みたいなことを言えば、絶対に嫌われる。……でも、それも分かってて発言した。もう……関わって欲しくなかった。僕なんかが誰かと関わりを持つことに疑問を抱いていたのだ……兄さんが帰ってこなくなったあの日から。

 

落とした視線をもう一度上げ、彼女らを見る。きっと、辛い顔をしているに違いない……そうでいてくれたら嬉しいな。

 

しかし、現実は違った。

 

可愛らしい笑い声が重なる。もちろん声の主は千歌さんたち。皆でお腹を抱えて、身を悶えさせている。

 

「ちょっ……ちょっと待って!あっはっは!」

 

「わ、笑っちゃダメだよ千歌ちゃ……ふふふっ!」

 

「あっはっは!」

 

顔が火照るのが分かった。馬鹿にされているのが分かった。彼女らが僕の発言を愉快に感じていることが分かった。

 

「哀くん?」

 

「っ……何?」

 

「哀くんはおかしなこと言うんだね?」

 

優しく諭すように梨子さんは語る。髪をすく指は今日も綺麗だ。

 

 

 

「私たちが哀くんを迎えに来ないわけないよ?」

 

 

 

笑う。左手を口元に添え、艶美に笑う。道中にも関わらず、ドキッとしてしまった。胸が高鳴り、脈が早くなる。

 

「そ、それはまた……どうして?」

 

「そうじゃないと、哀くんの顔を毎日見れないでしょ?だって、哀くん部活してるから、学校終わりは当然会えない。その上、朝まで会えなくなったら、なかなか哀くんの顔を見ることができなくなるじゃない」

 

まるで僕の顔を毎朝見ることが当然のような口調だ。

 

「そ、そんなのどうでもいいじゃん……顔なんて、その気になればいつでも見れるんだし…」

 

「確かにそうだけどね?毎朝会うってのは…ちょーっと違うんだよね」

 

その違いが僕には理解できない。

 

「哀くんをもう迎えに行かないってのは私も反対かなー」

 

間延びした声で反対側から曜さんが会話に入ってきた。

後ろで手を組み、僕の歩調に合わせている。

 

「ま、ほとんど梨子ちゃんが言ってくれたからね。理由は」

 

「毎朝見ること…?なんだってそんな程度のことに……」

 

 

 

「そんな程度?」

 

 

 

曜さんの声のトーンが下がった。剣呑な空気が辺りを急激に支配し、寒気さえ感じた。

 

「哀くんと毎朝会うことがそんな……程度?」

 

「……本人がそう言ってるし、そういうことだよ」

 

「…………ねぇ?哀くん」

 

「何?」

 

「なんで野球選手の人達って点が入ったりしたら、ハイタッチするんだろうね?」

 

急に何を言い出すのだ。

 

「そんなの嬉しいからじゃないの?」

 

「そうだね。でもそれもあるかもだけど……こうは考えない?例えば、哀くんがホームランを打ったとする。チームの元へ帰ってきて喜びをハイタッチでこれでもかと体現する。嬉しいからハイタッチする。まぁ、間違ってはないけど……打者じゃなくって、他のチームメイトの視点から考えたら?」

 

「……つまり?」

 

「はぁ…女の子に会話のオチを催促するのは男の子としてどうかと思うよ?」

 

「だって、バス来ちゃうし」

 

「むぅ~……よし、分かった。じゃ、そのチームメイトだけど……ハイタッチすることで『喜び』を分け与えてもらってるんじゃないかな?」

 

「分け与える?」

 

「そう。だって哀くんも、バスケやってるんなら、分かるよね?点を入れたチームメイトとハイタッチしたら……何か、こう……熱い何かをもらえた!みたいなの!」

 

「まぁ、なんとなく」

 

「それだよ、それっ!私達が哀くんに毎朝会うのは、その日を元気に過ごす為のエネルギーをシェアしてもらうためだよっ!」

 

結論に至ったところで、先程の剣呑な空気が完全に霧散していることに気がついた。やはり、あれはただの杞憂か?

 

「ようするに、哀くんエネルギーだねっ」

 

可愛く敬礼のポーズを取り、にこやかにそう告げる曜さん。

言い返す言葉もなかった……あんな強引な論に対して。

 

「分かったよ……じゃあ、明日も来るんだね?」

 

「「「うん!!」」」

 

仲良く揃って、頷く。それをまたもや生気のこもらぬ黒瞳で見つめる。

 

「しかし……今日のバスは遅いな」

 

「本当だね…」

 

独り言のつもりだったが、どうやら千歌さんには筒抜けだったらしい。てか、どんな聴力してんだアンタ。

 

「あ~……もしかしたら今日学校無いかも」

 

傍らでスマホをいじる梨子さんが顔をしかめる。

 

「台風接近。暴風、波浪警報発令したって」

 

そういや、昨日の天気予報で台風が東海地方に上陸するとか言ってたな。そう思い返すも、周りの天気の良さを見て不思議に思う。

 

蝉も海鳥も逃げる気はなく、各々の生きるための活動に時間を費やしている。

空を見上げても、頭上に広がるのはやはり蒼穹だった。

 

「おかしなこともあるもんだ」

 

腕時計を確認し、ポツリと独り言を漏らす。

 

「とりあえず、自宅待機ってとこなのかな?」

 

僕が問うと、「そうみたいだね」の声。なるほど……では、とりあえず、昨日の晩に干しておいた洗濯物を屋内に迅速に回収せねばならない。

 

少しの言葉で断り、家の中に入る。

 

ベランダから体を出し、寝巻き、下着、ワイシャツ、タオルなどを部屋に放り投げる。整理するのは後ほどでいい。

 

家事に慣れた僕の手際の良さはなかなかに自慢できるほどで、先述通り、迅速に洗濯物を取り入れることに成功。

とはいえ、真夏の作業だったので、汗が滝のように流れ出るのは避けられなかったが。

 

はぁ、と気炎を吐き、ベランダの縁に腕を乗せる。水平線の向こうにも怪しい雲影は見えない。

 

ーー本当に台風来るんだよな?

 

訝しげに目を細め、下へ注意を向ける。すると、3人と視線が絡み合った。

 

「なんで見てるの」

 

「哀くんエネルギーもらってたの!」

 

「なんじゃそりゃ」

 

柄にもなくツッコミをしてみた。そして、僕は玄関まで戻り、顔を出す。

 

「皆は家に帰んないの?特に、曜さんは帰れるの?」

 

「あー…無理っぽい」

 

「だよね…」

 

「あ、じゃあさ!哀くん家に泊まらせてもらえないかな!?」

 

「千歌さん家の方が広いよ」

 

「ま、まぁそれはその……そうだけど……」

 

モジモジと赤面しだす曜さん。ようするに僕の家に泊めて欲しいということだろう。

 

最初のもう人と関わりたくないなどといった弱気な気持ちはとっくに消え去り、その後何度もおねだりしてくる曜さんにとうとう許可を与えてしまった。

 

嬉しそうにはしゃぎ回る曜さん。それを見た千歌さんと梨子さんはムッとした顔をし、僕に詰め寄る。

 

「私も泊めて!」「私も!!」

 

「いや…2人は近所じゃん……」

 

「曜ちゃんだけはズルいよ!」

 

「ズルいも何も泊めるだけだって…」

 

「ズルいズルいズルいーっ!!」

 

「……っ!…はぁ、分かった。着替えとか家から持ってきてね」

 

「「はーい!」」

 

押しに弱いのが僕の短所だ。キャッキャと騒ぎながら家に帰っていく2人を見送り、先に曜さんを家へ上がらせる。

 

「うわー…久しぶり。哀くんのお家」

 

「そうだね」

 

「あはは。この質素な下駄箱もそのまん……ま…」

 

か細くなる曜さんの声。原因は……言わずもがな。

 

「良い写真だよね、お兄さんの」

 

「そう…だね。僕はそれよりももっとカッコイイ笑顔を知ってるけど」

 

「あはは!嘘だぁ!」

 

「ホントだよ」

 

「そう?」

 

「そう」

 

そこで会話が終わり、無言が続く。不思議と、どちらも行動を起こそうとしなかった。

曜さんは世話になった我が兄の写真を見つめ、僕はそんな曜さんを見つめている。

 

そろそろ2人も来るかな。

 

そう思って方向転換し、リビングへ足を運ぼうとしていた時だった。

 

ギュッと力強くも優しい抱擁を背中からされた。腕を首に回され、吐息がうなじにかかる。

そんな密着した状態にドギマギするばかりの僕はどうにか声を絞り出す。

 

「な、何を……」

 

「ごめんね」

 

ゆっくりと紡ぎ出される謝罪の言葉。

 

「哀くん……やっぱり気にしてたんだよね?……お兄さんのこと」

 

「……まぁ……ね」

 

「世界でたった一人のお兄さんだもんね?」

 

「曜さんにとっては大切な幼なじみ……だよね?」

 

「そう……だね。あんなにカッコよくって素敵な人は居なかったよ」

 

「同感だ」

 

「……まだ辛い?」

 

「……あの時よりマシ」

 

「そう」

 

またもや無言が続いた。けれど、抱擁は解いてくれず、またそれが何故か嬉しかった。

背中に広がる彼女の温もりに安心し、安堵が胸の中を満たす。

 

僕の生気の無い黒瞳はこの時、潤んでいたのだと思う。理由は……いいや。それを少しでも言ってしまうと、目尻に溜まる水がこぼれ落ちそうだ。

 

「大丈夫だよ。哀くん」

 

「……」

 

「私たちがいるから」

 

「うん…」

 

「いつまでも哀くんの味方だから」

 

「うん…うん」

 

「見捨てたりなんかしないよ。離したりもしないよ」

 

「うん……」

 

「ずぅっと…傍にいてあげるから」

 

「曜さん……」

 

「だからね?哀くん」

 

 

 

 

「哀くんも私達から離れないでね?」

 

 

 

 

 

 

今になっては、この時からだと思う。

 

数年前に兄が死んだというのに、未だ立ち直れないでいて……心が衰弱しきっていて……

 

そんな弱い自分を見捨てず……あんなに拒絶を示した僕を見捨てずにいてくれた曜さんや他の2人に……心から安堵したのは正直な気持ちだ。これは嘘偽りもなく、本当のことだ。

 

だからこそ。僕は気づかなかった。

 

甘美なる言葉を囁く曜さんの、僕の『傍にいる』という意味を舐めてかかっていた。

 

その時僕は曜さんの囁きは天使のように幻聴していたが、それは破滅を誘う悪魔の囁き。

彼女の一言一言が麻薬のように僕の頭に浸透していた。

 

無知で無力で無粋な僕は……愚者で愚鈍で愚物な僕は……愚かで矮小で脆弱な僕は……

 

 

 

 

まだ………彼女らからの病的な愛の予兆を感じられずにいたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





もし気に入っていただけたのなら感想、評価を下さい。何分、作者が感想乞食な者で。


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第2話:優しいね

油が爆ぜる音がフライパンを通して部屋に伝わる。取っ手を掴む手とお玉はひっきりなしに動き、卵と白飯を混ぜ合わせている。

 

「まだ昼食には早いけど……3人とも食べれる?」

 

台所に立つエプロン姿の曜さんが振り返り、尋ねる。陽気に「大丈夫!」と応じる千歌さんと梨子さん。僕も負けじと声を張って了承の意を示す……なんてことはなく、いつも通りの覇気と抑揚のない声で応える。

 

そんな僕に微笑みを向けた曜さんはすぐに作業に戻った。

 

そんな彼女から視線をずらし、手元の携帯ゲーム機を見つめる。ここで勘違いしないで欲しい。

僕が作るから、くつろいでいてくれて良いと言ったのだが、昼ご飯くらいは作らせてとの曜さんの要望を尊重した結果なのだから「男の癖に…」といった類の文句は言わないでいただきたい。

 

「「「「……」」」」

 

室内に沈黙が広がる。僕はゲームに没頭すると無口になる癖があるので、なんとも言えないが、他の元気な3人が無言なのは少し気がかりだ。

 

某狩りゲームをしていた手を止め、視線を上げる。キッチンでせわしなく働いてくれている曜さんの様子は分からないが、千歌さん、梨子さんの2人の目線はナイフのように僕に突き刺さっていた。

 

「……何?」

 

「あ、いやっ……な、なんでもないよっ?」

 

「そうそう!」

 

動揺を隠しきれていない彼女らを怪訝に黒瞳で見やるが、すぐに興味を失くした僕はゲームを再開。再びデジタルの世界に入り込んだ。

 

 

 

 

 

「出来たよー」

 

それは時計が午前11時を示す頃だった。香ばしい匂いが充満するこのリビングにいる者だけが、今から出てくる焼き飯がとんでもなく美味しいのだろうと推測できる。

 

そして、推測通りの焼き飯が出てきた。細かく刻まれたネギや、わざわざ千歌さんが持ってきてくれた豚の角煮の細切れ。全てが合わさった故の逸品だ。不味いはずがない。

 

「いただきます」と合掌し、スプーンでパラパラの米粒をすくう。どうやったら中華鍋でもないのにパラパラチャーハンを作れるのか今度聞いてみようかと思案させるほどの出来栄えだ。

 

口に放り込んだ感想も言わずもがな。食レポに自信が無い僕は「美味い」の3言しか出てこない。

 

プロ顔負けの焼き飯に短時間で圧倒された僕は素直に曜さんに感想を伝えることにした。

 

「美味しいよ、曜さん。こんなチャーハン今まで生きてきた中で食べたことないや」

 

「ほっ、本当!?」

 

「本当だよ、ほんとっ………!?」

 

続きの言葉が出せなかったのは、僕の顔が曜さんの胸に押し付けらたからだ。つまり、頭を抱きしめられた。

 

「嬉しいっ!哀くんにそんなこと言ってもらえるなんて!」

 

「いや……素直なかん……!…そ……だよ」

 

正直、拘束を解いて欲しい。年頃の高校1年生の顔を胸に埋めさせるなんて、しかも他の女子が見ている前でこんなことするなんて…公開処刑もいい所だ。

 

「あーっ!哀くん耳まで真っ赤じゃん!?」

 

悟られないようにしていたのだが、意外に高度な観察眼を持っていた千歌さんが僕に詰め寄る。

 

「曜ちゃんばっかズルいよ!」

 

そして、かなり強引に今度は千歌さんの胸に顔を押し付けられた。

 

幼なじみにこんな感想を抱くのはなんだと思うが……2人ともたわわに実っちゃってるんだから本当にやめて欲しい。

思春期であろうに基本的に性欲が無の僕でもかなり危ない。

 

柔らかく温かい感触が肌を通して伝わってくる。そのまま持っていたスプーンをどうにか机に置き、千歌さんの肩に手を添える。

 

キャッキャと騒ぎつつ、案外強い力でホールドされている僕は相手に不快感を与えないように無理やりにではなく、ゆっくりと顔を離れさせようとする。

 

またここで勘違いしないで欲しいことが1つ。決してこの状況を楽しんでいるわけではないということだ。

 

そりゃあ絵面的には全国の男子の反感を買うようなものではあるが、理解して欲しい。(ほぼ無性欲と言っておきながらも)健全な男子として、アレが肥大化しないわけがない。

焦るに決まっている。

 

「もう!千歌ちゃん!哀くん嫌がってるよ!?」

 

そんな窮地の僕に救いの手。

 

「はぁ~い」と千歌さんは間延びした声で名残惜しそうに僕を解放する。

 

ーー梨子さんに助けられた。

 

ホッと見えざる手で胸を撫で下ろし、いざ食事に戻ろうかと言うところで救世主は僕を裏切った。

 

机に向き直った僕を背後から引き寄せる梨子さん。狡猾なことに、2人のように強引ではなく、まるで誘導するかのように僕を引き倒す。

とは言うも、後頭部が梨子さんの胸で受け止められて完全に倒されはしなかったが。

 

「梨子ちゃんもズルいじゃん!」

 

抗議の声を上げる曜さん。レジスタンスという単語がお似合いなほどの激しい抗議っぷりだ。

 

「ふふっ……哀くんも大変だね」

 

よくもまぁ、あのうるさい抗議の声を無視できるものだ。

 

「一体誰のせいだと…」

 

「私のせい?」

 

「いや…梨子さんは違いますけど……」

 

「なら良かった」

 

僕の胸の前で交差させた梨子さんのしなやかな手腕は優しく僕を包む。後頭部は梨子さんの胸に預けている状態なので、まるでソファ……と言ったら語弊があるが…つまりそういう感じになっている。

 

「間近で見ると、哀くんは綺麗な目をしてるね」

 

「そうですか?学校では死んだ魚のような目って言われますけど」

 

「ううん、そんなことないよ。凄く、優しい目をしてる。私は好きだよ?哀くんの瞳」

 

いちいちドキッとさせることをやってくるからこの人には困る。

 

「それに髪の毛も柔らかいね」

 

周りの抗議の声を華麗にスルーしつつ、僕の頭を撫で、いつも自分の髪をすいている指で僕の髪をすく。

 

「生まれつきそういう髪質なんです」

 

驚くことに妙に落ち着いた僕はしっかりと梨子さんに返答できる。なんだろう。ドキッとはさせられるが、ここまで無性欲なのは考えものなのだろうか。

 

「じゃあリンスもいらないの?」

 

「そう…ですね」

 

「ふーん……羨ましいなぁ」

 

よく言われる。主に女子とカミングアウトしてしまったクラスメイトに。

 

「……」

 

唐突に無言になった梨子さん。

 

すると僕の側頭部を両手で包み、高度を落とす。次にゆっくりと後頭部が着地したのはなんと梨子さんの膝上だった。ようするに膝枕。全国の男子は僕のことを処刑してくれていい。闇討ちされるよりかは、堂々と殺されたい。

 

相も変わらず生気のない黒瞳の僕は、目で「どうしたんですか」と問いかける。

 

それが通じたのかは分からないが(なにせ僕の目に感情がこもってないからだ)、にこりと微笑む梨子さんは僕の頭を撫で続ける。そのまま顔を耳元に近づけ、

 

「今日くらいはゆっくりしていいんだよ?」

 

と囁かれた。

 

深く意味も考えなかった僕は、言葉に甘えることにした。……とは、言いつつも今は昼食中。体を起こし食事を続行しようとすると制せられた。

 

「千歌ちゃん、曜ちゃん」

 

「「ん?」」

 

「ジャンケンして、買ったほうが哀くんに、あ~んしてチャーハン食べさせてあげて?」

 

「「やってやるぞーっ!」」

 

闘志を漲らせるのはいいが、近所迷惑にはならないようにしてほしい。心の中でそう呟いた時、ふと耳を澄ませる。

 

ーーまだ蝉が鳴いている。

 

蝉の合唱は留まることを知らず、命を賭した鳴き声はこの内浦に響き渡る。

 

ーー本当に台風が接近してるのか?

 

疑問に思ったところでジャンケン勝負に勝敗がついたようだ。スプーンでチャーハンをすくった千歌さんは僕に近づいてきた。

 

「はい、あーん」

 

流し目で曜さんを見ると、この世の終わりのような表情をしていた。なんだかこっちが悪いような気分にさせられるので、心底やめて欲しい。

 

可愛らしく千歌さんが差し出してくるスプーンにかぶりつく。

 

なんと言う贅沢。台風のせいとはいえ、彼女ら3人に尽くされる今日この頃。

全く何を考えているか分からない目をしている僕だが、当然嬉しい。

 

このままこの怠惰な時間が1日の終わりまで続くと思っていた。その時。

 

ーーピンポーン。

 

インターホンの音が来客を告げた。

皆で顔を見合わせ、流石に僕が出る。

 

「えーと…どなたで…?」

 

『私よ私っ!』

 

『正確には私たちだけどね!』

 

インターホンの画面には様々な髪色が写り、雑音混じりの声はもはや騒音と化している。

 

「あの…もう少し引いてもらっていいですか?」

 

『哀くん見えてないんじゃない?』

 

『善子さん!下がりなさい!』

 

『善子言うな!』

 

もう大体察した。

 

「……Aqoursの皆さんじゃないですか。こんな嵐の日に何用で?」

 

『い、いや~…その…ちかっちたちってそこにいる?』

 

申し訳なさそうに頭をかく鞠莉さんがそう尋ねてくる。もちろん僕は「はい、いますよ」と返答。

 

『ちょっとちかっちと話がしたいの!出てきてくれるよう言ってくれない?』

 

「分かりました」

 

『あ、あと曜もね!』

 

「?……まぁ、分かりました」

 

伝言を幼なじみ2人に伝えた僕は特にAqoursの人達に用はないので、残っているチャーハンを口に放り込み、完食した。

 

「見ていて気持ちがいい食べっぷりね」

 

「食べっぷりを褒められたことなんて1度もないんですが。食い意地張ってるって言われて終わりですよ」

 

「そんなことないよ?私はそう思うな」

 

僕と同じようにリビングに残った梨子さんに食べることへの姿勢を賞賛された。

 

ふぅ…と、ため息をつく僕。いい感じに満腹だ。

 

すると、梨子さんはまたもや僕を背後にゆっくりと倒し先ほどと同じ体勢での膝枕。

 

「え…あの……」

 

「ゆっくりしていいよ?って言ったじゃん」

 

「……ありがとうございます」

 

ならば……昼寝でもするか。

こういうのを世間ではマイペースと言うのかもしれないが、僕にはそれが分からない。分かるつもりもない。

 

二重まぶたをゆっくりと閉じ、視界はほんのりと赤く染められた。

 

「ねぇ、哀くん?」

 

「……はい」

 

「千歌ちゃんと曜ちゃんのこと…どう思う?」

 

「質問の意味が分からないんですが…」

 

「素直に気になっただけなの。……で、どう?」

 

「まぁ、付き合いの長い幼なじみですからね。優しい友達と思ってますし、朝あんなことを言ってしまったけど…彼女らのことは大切ですよ」

 

「そっか……」

 

「……」

 

「…ねぇ、哀くん?」

 

「はい」

 

「じゃあ私のことは?」

 

「え?」

 

「ほら、私ってば東京から来た新参者じゃない?貴方たち幼なじみの仲に途中参加のよそ者。そんな私のことは…どう思う?変に思っちゃったりする?」

 

「それこそ質問の意味が分からないですよ」

 

わざわざ目を開けて答える。

 

「梨子さんのことを変だとか思ったことはありませんし、よそ者だとかも感じたことはありません。梨子さんのこともあの2人と同じくらい大切ですよ。幼なじみでもないのに、あの2人に文句も言わず毎朝迎えに来てくれるところとか……本当に優しい人だなとか感じますし」

 

「哀くん…」

 

「正直、哀くんエネルギーっていうのは意味不明ですが、……それでも毎朝迎えに来てくれる貴女を僕は優しい人だなと思っています。そんな貴女を邪険に扱うわけがありませんよ……って、朝にあんな暴言吐いた僕に説得力は皆無ですけどね」

 

「ふふ……ありがと」

 

艶美に笑みをたたえる梨子さん。頭を撫でてくれていた手で僕の前髪を優しくかきあげる。

 

「これはお礼」

 

その言葉に対して問うよりも早く、梨子さんは額に口づけを落とした。

 

一瞬、何をされたか分からなかったが、次第に赤面した。まるでトマトのように赤く紅潮した僕は慌てふためく。

 

それを穏やかになだめる梨子さん。

 

「なっ…!?えっ…?ぇぇえ!?」

 

「うわぁ!これは新鮮な哀くん!」

 

「年下をからかわないでください!」

 

まだまだ火照っている頬は僕の恥じらいを究極に体現していた。

 

「はぁ…なんだか疲れました……」

 

「うふふ…じゃあこのまま寝ていいよ?」

 

「さっきみたいなことをやらないでいただけるのならね」

 

「分かった。私も悪ふざけが過ぎたなって反省してるから」

 

「…はい」

 

「可愛い哀くん。それじゃ、おやすみ」

 

再び優しく頭を撫でてくれる彼女の手に導かれるように僕はまぶたを閉じた。多分夢の世界まで行くのにそう時間はかからないはずだ。

 

ならばそんな限られた時間の中で、梨子さんから慈しみを味わうとしよう。かなり変態的発言だが見逃してほしい。

 

そう締めくくった僕は本当にすぐに夢の世界へと旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…哀くん?もしかして寝ちゃった?」

 

リビングには外で話し合いをする千歌たちの声と哀刀の寝息以外は聞こえなかった。

 

梨子は慈愛を込めた目で彼の寝顔を観察する。

 

撫でる手をそのままに、空いた手でポケットからスマホを出す。アプリを起動し、シャッターを切る。

 

これで彼の寝顔は永久保存された。宝物にしよう。梨子はそう、たかをくくった。

そこまで考えた彼女は聞き耳を立てた。どうやら話はまだまだ終わる気配がない。

 

梨子は艶めかしく笑みを漏らした。

 

ゆっくりと顔を下げ、彼の耳元へ。ごくりと生唾を飲み込んでから、舌を伸ばし耳を包み込む。

 

静かなリビングに響く粘着質な音が淫靡(いんび)な色香を漂わせる。

梨子は舌を動かし続けた。彼を起床させないように細心の注意を払いながら、一方的で自己満足的な奉仕を続ける。

 

「ぷはぁ…」

 

唾の橋が出来上がっているのが、これまたいやらしい。

 

「これが……哀くんの味」

 

「な~んだ」

 

 

 

「曜ちゃんのチャーハンの何十倍も美味しいじゃない」

 

 

 

ニタリと歓喜の表情を静かに浮かべる梨子は満足するまで彼に奉仕を続けた。

 

「はぁ…哀くん……哀くん…好き……大好き。その寛大な心が好き……部外者である私を他の人と差異無く接してくれたことが好き……冷徹なようで優しいところが好き……愛想が無いようなことを言っているようで、歩道を歩く時は必ず車道側を歩く気遣いをしてくれる貴方が……先を歩いてたとしても、何度も立ち止まって振り返ってくれるその歩き方が好き………大好き」

 

彼女の愛の呪文は続く。

 

しかし受呪者である当の彼は……それについぞ気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

「で?どういうわけ?」

 

剣呑な空気が満ちる。

 

声を発した主である善子は眉間にしわを寄せ、怒りの表情。

 

「これって同盟よね?本来なら皆同時に訪問する手はずだったでしょ?なに約束破ってくれてんのよ」

 

「でも……ね?善子ちゃん。皆で同時に行ったら…単純に哀くん困るだろうし…」

 

「それはあるかもしれないけど……アンタたちに先を越されたってのが気に食わないって話よ」

 

弁解する曜だが善子は口撃をやめるつもりは毛頭ないようだ。

 

「まぁまぁ」

 

すると、傍観していたはずの鞠莉がたしなめた。

 

「マリー…」

 

「曜の言う事もやっぱり正しいわ。最初にそこをもっと検討しておくべきだったわね」

 

「鞠莉さん…」

 

「でもまぁ……善子の言うことにも同感かな。ズルいわよ、3人とも。……結構、嫉妬ファイヤーしてて目の前がチカチカしてるけど……我慢する」

 

「……そうしておいて…ね」

 

「それじゃあ、今度こそ。家に上がらせてもらいましょうか」

 

「そうですわね」

 

手打ちした鞠莉に同調するダイヤ。

 

「そうだね……じゃあ哀くんの許可は後で貰うとして……はい、どうぞ」

 

銀髪を揺らし彼女らを招き入れる曜。

 

各々の想いを胸に、彼女らは戦場に立つ。これは同盟という形の協力戦。相手は難攻不落の城……晴宮 哀刀。

 

彼女らは闘う。もう火蓋は切って落とされた。

 

彼は熟睡する。単純に起ころうとしている勝負に気づいていないからだ。

 

再度言おう。

 

火蓋は切って落とされた。

 

この意味を1番知らなければならない彼は……夢の中で兄とキャッチボールをして娯楽に興じていた。

 



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第3話:堕天の誘い

息抜きにと書いたものに本腰を入れ始めている自分がいる……本当に悪い癖です。

追記:あらすじを変更致しました。




不思議に思うことが2つ。

 

1つ目は当然、台風について。

報道や気象庁も台風について事前から懸念していたというのに、内浦は嘘のように晴天だ。

 

永続的に鳴く蝉、水平線の彼方まで晴れ渡る蒼穹を自由という意味を噛み締め羽ばたく海鳥、今日も飽きずに廃棄されたゴミを捜索するカラス。

 

それらはまるで自然が生み出した暴風の魔獣の接近を嘲笑うかのように普段通りの生活を送っていた。

 

しかし、それも去ることながら2つ目。

 

心地良い眠りから、覚醒。安眠を阻害する雑談音が耳障りだ。

「んっ…」と唸りながら、重いまぶたを持ち上げる。

 

「ほらっ!皆がうるさくするから哀くん起きちゃったじゃない!」

 

梨子さんの声が聞こえた。腕時計を確認すると、午後3時。結構寝てしまっていたらしい。

 

しかし次の瞬間、冷房の効いたリビングで僕は驚愕。不思議に思うことの2つ目。それは……

 

知らぬ間にAqoursメンバーが集結していたことだ。

 

 

 

 

 

 

生気の宿らぬ目で周りを見渡す。黒、銀、金、赤……などといった髪色が僕を頭上から見下ろす。さらに驚くことに、僕はまだ梨子さんの膝枕にお世話になっていた。

 

「えーと…」

 

「あ、そのままでいいよ。哀くん」

 

「と、言われましても……梨子さんも辛いだろうし」

 

「私は構わな「確かに哀刀の言う通りね!」

 

梨子さんとの対話に割り込んできた鞠莉さん。すると、僕の頭を浮かせ、自分の膝枕の上に誘導。

されるがままに今度は鞠莉さんに膝枕を差し出されたのだ。

 

はっきり言って申しわけないが梨子さんより柔らかな太ももだ。そんな、わずかに高くなった膝枕に早くも順応しつつある僕。

 

「存分にくつろいでね!」

 

とは言われるも…幼なじみ2人と梨子さんほど接点があるわけではないAqoursのメンバーとは、彼女らが千歌さんの家に来ていた時に初めて会って喋れる程度の仲になった程度なので、正直そんなに落ち着けない。

 

感触は極上だが、総合的に梨子さんの方が落ち着ける。いや……女子高生に膝枕されて落ち着き払っているのもいささか問題があるだろうが。

 

「てか……どうして皆さん僕ん家に?」

 

「あ、実はね…」

 

口を開いた鞠莉さんが説明を始めた。どうやらバスで学校に向かっている途中で警報に気付き、降車した後で徒歩でここまで戻ってきたらしい。

 

「徒歩で帰って来たんですか?こんな海が間近にある町で台風の接近にも関わらず歩いて帰路に着くなんて……無謀過ぎますって」

 

「やっぱ危なかったかしら?」

 

「当然ですよ…」

 

「でも、こうやって実際に家まで無事に帰宅できたんだし!」

 

「……まさかとは思いますが、その家って……僕ん家?」

 

「That's right!」

 

「えぇ……ていうか台風来てんなら安全を考慮して、1番近かった黒澤家に避難した方が良かったんじゃ?」

 

「そっ、それは……」

 

「簡単なことですわ」

 

横から、僕の頭を撫でる手と共にダイヤさんが出てきた。

 

「哀刀の家に厄介になるという意見の総意が出たからですわ」

 

ズッコケそうになった。寝ている時点でズッコケるも何もないが。

 

「なんでそういうことに……?」

 

「あら?乙女たちに詳細まで問いただすのですか?」

 

「……それは聞いてくれるなということで?」

「そういう解釈で構いませんわ」

 

なんじゃそりゃ。

僕は何度も高速で(まばた)きをするも、今の不思議な状況を少しも理解できないでいる。

 

けれど、まぁ…つまりはあれだ。

 

今日1日は彼女らと共に生活を送るということだ。

 

とは言ってもだ。

 

「ところで、なんで皆さん僕を囲んでいるんですか?」

 

「「「見守ってるの」」」

 

そう声を揃えて言われましても。

 

微動だにせず、目だけで異議を唱えようかと思っても、感情のこもらぬ我が瞳では無意味だと思い、諦めた。

 

膝枕を差し出す鞠莉さん、頭を撫で続けてくれるダイヤさん、何故かは分からないが両手をルビィと花丸に握られ、僕に微笑みかける他のAqoursのメンバー。

 

なるほど。ここを天国と仮定してもいいような気がしてきた。

僕は日没時まで、怠惰に時間を貪るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

現在、午後6時。

ヒグラシの鳴く声が付近に充満している。結局今日は不思議なことだらけだった。

 

近づいているのか分からぬ台風や、Aqoursに徹底的に甘やかされる午後の一時(ひととき)

 

現在、風呂掃除をしている僕は必死にスポンジを駆使して汚れを落とすために躍動している。

女子はこういう衛生面を気にするとよく聞くし、ましてや相手は今をときめく女子高生。

 

それならばと思い、通常の倍の時間を費やして浴槽を磨きあげる。

 

「ていうか、僕の家に厄介になるって……まさか泊まるってことかな…?布団とか絶対足りないって…」

 

「それなら大丈夫よ」

 

ビクっと肩を揺らし、振り返る。

 

そこにはドアを全開にし、腕を組み仁王立ちをしている善子が不敵に笑っていた。

 

「な、何を根拠に…」

 

「さっきアンタの部屋にお邪魔させてもらったり、収納を見たりして、布団を確認してたんだけど」

 

よくも許可も無しに人の部屋に入ってくれたな。

 

「哀刀のベッドで私と2人で寝れば丁度数が足りるのよね」

 

今度こそズッコケた。転倒し、朝からずっと着用していた制服を泡だらけにしてしまった。

 

「な、なに言って…」

 

反論を唱えようとしたが、あっさりと裸足で入室してきた善子に鼻をツンと突かれ、押し黙る。

彼女は後ろ手にドアを閉め、完全に密室になってしまった。

 

「ちょ…何して「いい?」

 

人差し指を立ててから、その整った顔を吐息がかかる域まで近づけ、艶美に笑う。

 

 

 

「私は本気よ?」

 

 

 

首筋を冷や汗が伝う。彼女の綺麗な瞳が僕の黒瞳を捕らえて離さない。

 

沈黙が流れた。

 

どちらも口を開こうとせず、僕は若干後ずさりし、彼女は更に詰め寄る。顔の距離は先程よりも縮まり、僕と彼女の顔の間には親指さえ入らないだろう。

 

「ふふ……ちょっとでも動いたら……キスできちゃうわね?」

 

「……は、離れなよ」

 

「何のために?」

 

「いや…その…からかってるんなら…あの…」

 

「哀刀、私言ったわよね。本気って」

 

「そ、それは、僕と一緒に寝ることに対してじゃ…」

 

「じゃあ、訂正」

 

今度は距離はそのまま、耳元に近づき、囁く。

 

 

 

「私は本気……アンタに対する気持ちが本気なのよ」

 

 

 

甘い言葉を囁かれ、腰が砕けそうになる。麻酔を打たれたかのように、濡れることも忘れ尻餅を着く。目を限界まで見開き、「ぁぁ……あ…」と情けない声が漏れる。

 

「ふふ…哀刀、真っ赤よ?」

 

指摘された通り現在の僕は羞恥の色に染まっているのだろう。完全に楽しんでいる様子の彼女を相手にして、何もできない自分が情けなかった。

 

と、思っていたら羞恥ゲージがカンストする出来事が発生した。

 

左の耳の中に蛇のようにうねる何かが侵入してきた。「ひぇっ…!?」とまたもや情けない声。くすぐったくて、握りこぶしを作ってしまう。

 

そんな様子でしばらくしていると、突貫を止めた何かは、ゆっくりと名残惜しそうに出ていき、僕は安堵に包まれる。

 

しかしホッと息をついた次の瞬間、耳の下部を何かで挟まれ、大声を上げそうになる。

 

「し、静かにしなさいよっ」

 

そんな僕の口を驚くべき速さで塞ぐ善子。

 

「さ、さっきからな、何して……」

 

「耳を責めてる」

 

「ふ、ふぇ…?」

 

「いいから……そのままでいて。絶対に声上げちゃダメよ?」

 

注意する声を最後に善子は再び口を開け、僕の耳を舐め回す。

 

意味不明だった。

 

これを我慢しろだなんて、まるで悪魔の所業だ。舌がうねる度に全身が小刻みに震えてしまう。自然と手は彼女の肩に伸び制止を促す。

 

「ふふっ…やめて欲しいの?」

 

どうにかして首を縦に振る。もう風呂掃除どころではなかった。

 

「ダ~メっ」

 

そう言い残し彼女は僕を責める。立ち上がってこの場から逃亡するために手をついても、まだシャワーで流していない洗剤のせいで何度も滑り、とうとう後頭部をしたたか床に打ち付けてしまう。

 

「つっ…!!」

 

「あ~ぁ……もしかして、そんなに良かったのかしら?」

 

含み笑いで質問する善子。すっかりと腰が抜けてしまった僕はまだ感触が残っている耳に意識がいき、また、朦朧(もうろう)としている。

 

「あら?立ち上がらないの?」

 

「いや……これは…」

 

「それとも、立ち上がれないのかしら?……けどまぁ、こんなに無防備な姿晒されちゃったら………ねぇ?」

 

強烈な色香を漂わせる善子は、僕に馬乗りになる。腰辺りに乗られ、完璧に動きを封殺された。それに、暴れて抜け出そうとしても腰が抜けて力が入らない現状だ。馬乗りになられた程度で意味があったかは定かではない。

 

「うわぁ……!跨ってるだけなのに、アンタの心臓の音がバクバク感じるわよ哀刀っ!」

 

それだけヤバイってことだ。

 

「じゃあ実際に聞いてみよっと」

 

そう言うと、体全体を僕に寝かせほんのりとピンク色をした耳を左胸に押し当てる。

 

「うるさいくらいの鼓動ね」

 

うっとりと声を漏らす彼女。多分はたから見たらとんでもない絵面だろう。

泡塗れの男子に艶美な色香を纏う女子。男子が泡まみれなのを除けば、かなり不純な光景だ。

 

「あ、あのさっ……も……ぅ…やめ…」

 

「嫌よっ」

 

「で、でもさ…こんなことしてたら…その…晩御飯の時間とか遅れるし……あの…」

 

「……まぁ、確かにそうね……このままじゃ、埒が明かないっぽいし……それじゃあ…」

 

何か悪巧みをしている眼をして、悪魔の宣告を告げる。

 

 

 

「私とエッチする…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?善子ちゃんは?」

 

部屋の主の許可を取らず、勝手に哀刀の部屋に入っているルビィが思い出したかのように、隣にいた黒長髪の姉に尋ねた。

 

「そう言えば…見ませんわね」

 

「お外かな?」

 

「ふふっ…まさか」

 

ルビィの発言を妄言として見なすダイヤは、彼のタンスを漁る。

 

「やっと見つけましたわ」

 

「お、お姉ちゃん…!?それって…!」

 

「えぇ……彼の下着ですわ」

 

「な、何するつもりなの…?」

 

「ふふ…見てなさい」

 

すると、ダイヤはそれを右手に所持していたバッグに押し込み、左手に持つ手提げカバンから先程のものと同種のボクサーパンツを取り出した。

 

「すり替え…?」

 

「えぇ、そうよ」

 

「でも…どうしてそんなこと…」

 

「分からないの?ルビィ」

 

「え?」

 

「私たちはこれで彼の下着を得ることができたのですよ?……この意味を本当に理解していないの?」

 

「……っ!!凄いよ、お姉ちゃん!」

 

「うふふ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は仰天し、開いた口が塞がらなかった。善子から飛び出た淫語が頭に粘りついて瞬間接着剤のように離れない。

様々な出来事により混乱している頭で彼女が発した言葉の意味を充分に咀嚼(そしゃく)する。

 

結果、羞恥を抱くのと頬の紅潮は免れなかった。

 

「な、なんてこと言ってんだ!?」

 

「だってそうすればキリがいいじゃない。アンタもこの状況にムラムラしっぱなしじゃないの?」

 

「そんなわけっ……!」

 

「ふ~ん……嘘つき」

 

語尾にハート印が付きそうな甘い声で、彼女は手を僕の下腹部へ沿わせてゆく。

 

「だ、ダメだって!!」

 

「おっかしいわね?なんでここが膨らんでるのかしら?」

 

「ちがっ…!それは……」

 

「それは?」

 

「っ……」

 

「答えられないのね?なら黙ってされるがままにしておけばいいのよ」

 

吐息がかかる。今までとは打って変わって荒い息遣いに変貌していることから、かなり興奮していることが嫌でも分かった。

 

「本当に……やめっ…!」

 

「はぁ…この意気地無し……まぁ、そこが可愛いんだけど」

 

「な、なんて?」

 

「何にも言ってないわよ。……てか、アンタこんな機会無いわよ?女の子から誘われたら男なんて喜んで腰振るもんだけど」

 

「な、なんてことを言うんだ!?」

 

「ふふ…冗談よ」

 

はぁ、とため息をついた善子。諦めたような表情を浮かべ、僕から退く。すっくと立ち上がった善子は僕に手を差し出した。

 

「ほら、立ちなさいよ。夕飯が遅れるわよ?」

 

「…誰のせいだと?」

 

「何か言った?」

 

「別に」

 

「ふーん……でも…あーぁ…ガッカリね。根性はないだろうと予想してたけど、その通りとは…あんた本当に男?」

 

「酷い」

 

女子高生の酷評は鋭利な刃物のように、僕の心を切り刻んだ。差し伸べられた手を掴み立ち上がる。

 

「せっかく私がここまで勇気出したのに…」

 

「そんなこと言われても…」

 

「ふんっ……あ、じゃあ。こんなのはどう?」

 

「へ?」

 

「アンタが私の手の甲にキスするってのは」

 

「えぇ…?」

 

「ほら…えーと…愛の証みたいな」

 

「…………本当にそれをしたら、気が済むの?」

 

「うんっ!!」

 

まるで餌を与えられた(こい)のような食いつきっぷりだ。

 

「はぁ…マジか……じゃ、じゃあ……失礼します」

 

僕はそのまま握りしめていた彼女の綺麗で可憐な手を口元に押し当てる。指先は冷たかったが、手のひらはほんのりと温かい。

 

「はぁ…」と恍惚の声を漏らす善子を見るところ、満足していただけたのだろう。

 

「じゃ…風呂掃除を続行するから…また後で」

 

恥ずかしさで顔を上げれなかった。この気持ちを紛らわせるために鼻を擦るも、泡が付いた。

 

「あっ………それじゃ、私もお返し!」

 

それに目ざとく感づいた善子は、僕の頬を両手で挟み、舌で泡を舐めとるだけでなく、そのまま鼻を甘噛み。

 

「にゅえっ!?」

 

「あははっ!うぶな反応!」

 

最後に可愛らしく舌をペロッと出し、嵐は過ぎ去った。まだ動悸は治まらず実際に胸を撫で下ろす。結局彼女は何がしたかったんだ?

 

でも、あの行動から判明したのは……

 

「善子が…僕に好意を抱いている…?」

 

改めて口にしてみると、顔から火が出そうだ。そんな羞恥を洗い落とすかのように僕は必死にスポンジを動かすことにしてみたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その哀刀の努力を嘲笑うかのように、浴場の入口に背を預ける堕天使は悠然と手の甲をさすっていた。

 

 

「ねぇ?いいわよね?ねぇ?こんなに愛してるんだから、これくらいのことはしても許されるわよね?ね?」

 

 

誰に確認を取っているのかは分からないが、暗笑をたたえる堕天使は涎混じりの舌先で自らの手甲を(ねぶ)る。

 

それはそれは愛おしく、慈しみ、感慨深く、恐れ多い様子で味わっているのだ。

 

「ほら…見てよ哀刀っ…!ぷはぁ……アンタと私の唾液が…んっ……混じってるわよ?これ以上に悪魔的な幸福は……まぁ、あるけど…今はこの悦びを存分に堪能させてもらうわねっ…」

 

堕天使は躍動する。

 

愛しき者を感じるために。

 

愛欲に溺れ、身を掻き抱きながら愉悦を感じる彼女の慈愛は止まることを知らないのだ。

 

ところで、

 

そろそろ哀刀は気づかなければならない。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、鞠莉」

 

「なぁに、果南?」

 

「調子はどう?」

 

「好調ね」

 

「なら安心」

 

「わざわざ確認しに来たの?」

 

「うん。今回の基盤となっているコレにはしっかりとしてもらわないと」

 

星が出現しだした、今宵。2人の少女は眼前のモノを見る。街灯が少量しかない内浦の夜は当然、漆黒に包まれている。

 

時並みザザァーっと聞こえる波の快音が耳をくすぐる。満点の星空の下で悪辣(あくらつ)劃策(かくさく)はいよいよ動き出す。

 

それに気付き、打破する為にはまず……

 

快活なお嬢様と、快活な海の少女…2人の視線の先に悠々と存在する電柱に感づく必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第4話:マーメイドは嗤う

果南ちゃん可愛い





不気味な程に静かな夜が広がっていた。カーテンから顔を覗かせる僕はそう感じる。

 

「冷めちゃうよ?」

 

気遣ってくれた花丸。茶髪を揺らす彼女はまだまだ元気一杯の様子。忠告通りに机に向き直り、箸を持つ。

 

いつもの殺風景の食卓とは違い、豪勢な食事の数々。鼻腔をくすぐる香ばしい唐揚げの匂いにつられ、舌と腹は渇望を抑えきれない。

 

隠し味にかぼすを入れてあるといった曜さん製の唐揚げは後味がさっぱりとして、ご飯が進んだ。

相も変わらず、宿屋の娘である千歌さんの度肝を抜くであろう出来栄え。

 

「ごめん…昼だけでなく夜まで…」

 

「ううん!大丈夫!それに今回はダイヤさんたちも手伝ってくれたしね!」

 

そう言われるも、こちらとしては甘やかされ過ぎて逆に申し訳ない。はぁ…と頭をかきながらも、ついぞ僕の箸は止まることを知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

水の流れる音が聞こえる。現在、台所に立つ僕は隣にいるダイヤさんと共に食器を洗っていた。僕が皿を洗い、ダイヤさんが水気を拭き取る。流れ作業だ。

 

「あ、これお願いします」

 

「了解ですわ」

 

「……あの。手伝ってもらってすみません」

 

「ふふ…いいんですのよ。それに」

 

布巾を置き、こちらに向き直る。

 

「すみません……じゃなくって、ありがとう。と言って欲しいですわ」

 

「っ……!そ、そうですよね。あ、ありがとうございます…」

 

確かに謝罪の言葉を述べてばかりだったと反省。それから、幾度か会話を交わし、作業も終盤。

もう洗う皿も無くなり、彼女と共に食器を拭いている時だった。

 

皿を掴む彼女の繊細な指に着眼した僕は、視線が釘付けとなってしまい、思わず声をかける。

 

「ど、どうしたんですかそれ…?」

 

「え?」

 

「あの……傷が…」

 

「あぁ…これですか。実は、さっきの夕飯の支度の時にやってしまったのですわ」

 

「い、言ってくださいよ。救急箱出しましたのに…」

 

「あら、親切なこと。でも…もう血も止まっていますし、大丈夫です」

 

「で、でもっ」

 

作業する手を止め、リビングを後にした。制止を求める声も聞かず、押し入れから緑の救急箱を取り出す。

仏頂面で再びダイヤさんの前に姿を現し、彼女の右手を優しく取る。

 

「でも……女の人がこうやって傷を露呈させるのは…痛々しいですよ」

 

「哀刀…」

 

「絆創膏…貼りますから。それで隠してください。いくら止血してるといっても…それが傷であることには変わりないんですから」

 

怪我には人一倍敏感な僕はいつもと変わり、若干熱の入った口調で治療を行う。治療といっても、絆創膏を貼るだけだが。

 

ーー多分、兄さんの死因に影響を受けたのかもしれない。

 

そう、心の中で苦笑する。

 

「はい、どうぞ。これで大丈夫です」

 

「あ…その…すみません」

 

「ダイヤさん。ここは…ありがとうじゃないんですか?」

 

「っ……!そ、そうですわね………ふふ…ありがとう、哀刀」

 

「お安い御用で」

 

そう言った時には、拭き取るはずだった食器の水気も綺麗さっぱりと蒸発してしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

夜の清涼な夜気に当てられ、頭上を見上げる。冷たい砂浜に素足で立つ僕は、皆に黙ってこっそりと家の前にある、ここへ訪れていた。

 

漆黒の夜空に散りばめられた幾星。各々が今宵も自身の存在を誇示するかのように、煌々と輝いている。それに向けて僕は手を伸ばす。当然届かない星を掴み取るかのように。

 

数年前からの僕の癖だった。でも、これは天然物ではなく。借り物。そう、死んだ兄の真似事だった。

 

煌めく星々に感嘆し、うっとりとため息が出る。そして、僕はいつも閉眼するのだ。

 

すると、どうだろう。僅かに五感が研ぎ澄まされる。微弱ながらも短時間だけ発達した聴覚に身を委ねる。

 

鈴虫や、地味にヒグラシも鳴いていた。それはそれは切なく、そして綺麗だった。

 

まるで心と体が切り離されたかのように錯覚させる僕特有の浮遊感を味わい、ゆっくりと目を開ける。

 

雲は一切なく、『望月の欠けたることぞ なしと思えば』という藤原道長の有名な一句が鮮明に脳内で反芻(はんすう)する。

 

フッと顔をほころばせてから、砂浜を後にした。

 

 

 

 

もちろん1台も車両が通っていない車道を横断し、一目散に庭へ駆け込む。

そこでわざわざ持参したタオルで砂を払い落とそうという魂胆だ。

 

自慢の庭は、無欲の僕にある唯一の趣味であるガーデニングの餌食となり、屋内よりも華やかだ。

中央には、小洒落(こじゃれ)た白いテーブルとベンチも置き、どこか西洋風の雰囲気を漂わせる。ちなみにこれも僕の趣味。

 

入念に刈り込まれた芝生をしっかりと踏みしめ、ベンチに腰掛ける。涼しい外気を全身で感じながら、足を拭く。カーテン越しに漏れるリビングの照明のお陰で、指先にある砂など細部まで視認できた。

 

ふと、僕は視線を上げる。

 

意外と几帳面な僕はプランターの配置なども計画的に行う。置いた場所はしっかりと記憶しているつもりだ。けれど、眼前には既視感を憶えさせてくれない異物が悠々と天高く突き抜け、鎮座していた。

 

訝しげに目を細め、これまたわざわざ持参したスリッパを履き、ゆっくりと近寄る。

 

一歩、一歩着実に。そうして歩みを進め、とうとう縦長に広がる影に手を伸ばそうとした時、背後から誰かに抱きとめられた。

 

「んぐっ…!?」

 

「はぁ~い、マリーお姉さんの登場よ?」

 

突然の乱入者のせいで、全ての内蔵の活動がショックで止まりそうになった。

 

「ま、鞠莉さん…!?」

 

荒々しく息をつく僕の背中に顔を擦りつける彼女。全くもって訳が分からない。

 

まぁ、それはともかく。

 

今は目の前の異物が先だ。

そう思い、再び手を伸ばそうとするも今度は前方から果南さんが抱きついてきた。

 

「私もいるよ?哀刀」

 

「ぅえっ…!?」

 

街灯がほとんどない内浦だが、その特徴的な囁き声で声の主が分かった。拘束される僕は何故かそのまま屋内からの漏光が届かぬ範囲まで連れて行かれる。

 

「な、なんです?」

 

「あのね?哀刀……ちょっと、話があるんだ?聞いてくれないかな?」

 

有無を言わさず彼女は話し出す。それは、今後の果南さんの進路についてだった。地元に残り、家の店を手伝うか、それとも内浦を出て進学か。この頃の高3にはよくある悩みだ。ちょっと考えるのが遅い気もするが。

 

「えーっと…家の余裕があるのなら…その…やっぱり将来のことを見据えて進学の方が良いかと…」

 

「ほら!私も言った通り!」

 

「鞠莉と同意見かぁ…進学を考えた方が良いよねぇ…」

 

自分では真摯に相談に応えたつもりだ。案外あっさりと話が落ち着いたみたい。けれど、何故こうした状態で対談をするのかは分からない。これでは、まるで僕の逃亡を防いでいるかのようだ。

 

「えと…じゃ、じゃあ…僕はこの辺で……」

 

決して肌寒い夜気のせいだけではない悪寒の訪れに小刻みに震え、その場を後にしようと、ホールドされている腕を解こうとした。

 

それが大きな過ちの要因になるとは知らずに。

 

 

 

「え?逃げるの??」

 

 

 

周囲の空気が激変した。時間という概念が無くなったかのようにも思えてしまう。

目の前に抱きつく果南さんは熊をも射殺すかのような視線を僕を穿(うが)っていた。

 

その威圧感は半端ではない。いや、威圧感というより覇気という方があっているかもしれない。それほどの剣幕だ。

 

しかも、それと同時に先程動かしかけた僕の手腕を女子とは思えない力で握りしめられる。

 

「痛っ……!」

 

「ちょ…!か、果南!?」

 

「嘘だ……また…?これじゃあ……意味無いじゃん……」

 

「やめなって果南!」

 

意味不明な言葉の羅列を繰り広げる果南さんに、それを制止させようとする(何故制止させる?)鞠莉さん。

 

「鞠莉……ごめん。ここから離れて」

 

「ダメってば!」

 

「離れて」

 

「っ……」

 

普段の彼女からは考えられない抑圧力を余すことなく発揮し、彼女の幼なじみを押し黙らせる。目を伏せ、僕の背後からゆっくりと離れる鞠莉さんは何も言わずに、果南さんに目だけで何かを忠告し去った。

 

この殺伐とした空間に取り残された僕は、正直言って嘔吐感に見舞われていた。普段の僕には縁遠いこの雰囲気には耐えられない。

 

それにまだ手腕を握りしめられている。アドレナリンのせいで痛覚が明後日の方向へ行ってしまったが、不親切な痛みは思い出したかのように発生源へと見事に帰還した。

 

「ぅぅぁぁああっ!痛い痛い痛いっっ!!」

 

「静かにしなよ」

 

驚くべきはその冷徹な声音か。目を限界まで見開き、唇を噛み締めて、堪える。

 

「あのさ…?え?何?なんで逃げようとしてんの?」

 

「に、逃げるってわけじゃ……あうっ…!」

 

「ほら、また逃げようとした」

 

それは痛みから逃げようとする生物的な本能だ。仕方がないと言えばそれまでだが。どうもこの場ではそれが通じる気配が皆無だ。

 

「いや……これはっ…!」

 

「御託はいいよ。……私が何言いたいか分かる?」

 

ごめんなさい。正直言って全く分からない。いつもなら生気の宿らぬ黒瞳でそう言い放つだろうが、そんな軽口を叩ける余裕も与えてくれない。

 

時間が経つほど増大する彼女の握力。せき止められている腕の血流は満足に血を運搬してくれず、手先が痺れてきた。これ以上やられるとかなり危険だ。

 

そういう本能的注意喚起に従い、また痛みのせいで正常な判断が出来なかったのもあり、僕は身を本格的によじりだした。

 

「お願いですからっ…!離して!ください!!」

 

 

「逃がさないよ」

 

 

体を押し付けられ、耳元で囁かれる。腕の痛みが無かったらどれだけドキッとするラノベ的展開だったのであろうか。だが生憎と現実はそれとは真逆だ。

 

抗うのは抗うが、完全に戦意喪失しかけていた僕は彼女の突如の足払いに気付かず、背を地面にしたたか打ち付けてしまう。

 

「ごはっ…!?」

 

「落ち着いて」

 

「落ち着い…て……いられませ…んってば」

 

「大丈夫。私がいるから」

 

会話が成立しない。その事実に驚きたいが、まだまだ締め上げられる腕にとうとう限界が来てしまった。

 

目尻に急激に涙が溜まり、こぼれ落ちる。痛みに堪えるために唇を噛み締め過ぎて、おぞましい程に大量出血していた。

 

「も……やめ…」

 

「んー?」

 

「やめ…て……くだ…さ………」

 

「はぁ……」

 

 

 

「興奮する……!!」

 

 

 

恍惚とし、やっと僕の手腕を解き放った手で自らの体を掻き抱く。果南さんのその態度に狂気すら覚えた。

 

すると、勢いよく僕に馬乗りになる果南さん。「うっ……!?」という僕のうめき声も無視し、夕方の善子の時のように互いの顔の距離を縮められた。だが、今回は状況が違いすぎた。

 

照明で照らせば、醜く青ざめ、涙のせいで充血した瞳を持ち、傷ついた唇からとめどなく溢れる血液を(あご)の下に滴らせる僕の醜態が確認できるであろう。

 

 

「その顔っ…!その顔!!その顔が見たかった!!怖気(おぞけ)を走らせるその顔が!痛みに耐えられなくなって胸の内の感情が表に現れたその顔が!!見たくてたまらなかったの!!あぁっ…!無駄じゃなかった…!!!」

 

 

常人の域を超えている。こんな彼女は見たくなかった。それでも眼前で自らの欲望を忠実に受け止める彼女こそ、現在の松浦果南だった。

 

光が無いという点に置いては、僕の瞳とそっくりだが……彼女の瞳に込められている感情は全くの別物だ。

 

僕を見下ろす様は(まさ)しく捕食者。哀れな小鹿はこのように圧倒的力の前に成すすべもなく、喰らわれるのか。

 

「ねぇ…?ねぇねぇねぇ?君の鼓動を聞いていい?当たり前だよね?こんなに君を想ってるんだもん。当然だよね?ねぇ?」

 

懇願しながら、僕の胸に耳を落とす果南さん。善子の時とはまた違った意味で心臓は爆音を奏でているはずだ。

 

「はぁ……生きてる。その証が私の鼓膜を介して頭の中に直接……!!こんなの……私もドキドキしちゃうよ。君の鼓動と全く同じビートを刻ませてもいいかもね?ね?」

 

僕の左胸を愛おしく撫でてから果南さんは、自分の胸を愛撫する。

 

「ほら、私のも確認してよ?ねぇ?お願いだよ……触って……切ないんだ……」

 

急に猫なで声になった彼女は先程、一生使い物にならないかもしれない危険性を(はら)んでいた方の僕の手を取り、左胸に当てる。

 

こんな状況なのに、微量の羞恥を抱いてしまった僕を嘲笑うかのように果南さんは妖しく笑い僕の手の上から自らの乳房を揉みしだいた。

 

「ちょっ…!」

 

「感じるっ……!!君の手が…!触れられなかった手が…!今…私の胸を揉んでるっ……あぁ…幸せだよ?ね?君も嬉しいでしょ?女の子のおっぱい触ってるんだからっ!!」

 

けれどやはり、こんなものに歓喜などといった幸福の感情は微塵も感じれなかった。ただ、ただ怖いだけ。「ぁ…」とかすれた声しか出せない情けない僕はまたもや涙を流す。

 

「ねぇ…?なんで?なんでそんなに嬉しそうじゃないの?もしかしてまだ足りないの?ねぇ?……ふふ、安心してよ。これからが本番なんだか……ーーっ!?」

 

 

 

「はい、果南。ストップ!」

 

 

 

救世主が現れた。淫靡(いんび)な色香を漂わせる果南さんを必死に羽交い締めにして止める鞠莉さん。先程、屋内に戻ったはずだが、どうやら救助に来てくれたらしい。

 

「鞠莉っ…!離してよっ!!」

 

「やめなよ果南!アナタらしくない!」

 

「そんなのどうでもいいでしょ!?目の前に彼がいる!それだけで私はこういう行動を起こせる!!」

 

「だから…!もう……!お願いだから言う事聞いて!!」

 

それからしばらく、鞠莉さんの孤軍奮闘は続いた。加勢しようかと思ったが、本当の意味で尻に敷かれている僕は微動だにできなかった。できることといえば、腰の上で必死に抵抗する果南さんが暴れた際に僕が被る攻撃に耐えるのみだ。

 

そんな中、無限に感じる熾烈(しれつ)な戦いにも、とうとう決着が着いた。最終的には泣き腫らした果南さんがぐったりとした様子で僕の上から引きずり降ろされる。

 

「はぁ…はぁ…はぁ~~……ったく……果南のヤツぅ…」

 

「はぁ…はぁ…ま、鞠莉さん。その…ありがとうございました。あの……本当に…マジで助かりました」

 

「ううん。哀刀が無事なら、オッケーよ」

 

彼女の寛容な心には本心から脱帽する。まだ危機が去ったことを理解出来ていない我が肉体は、恐怖に打ち震えている。ようやく立ち上がる僕の姿はまるで生まれたての子ヤギのようだ。

 

「あの……聞きたいことが…」

 

「それは…中で話さない?」

 

「……はい、分かりました」

 

そう了承し、まだ生きた心地のしない僕は鏡の前に立った時に凄惨な自分の顔を目の当たりにすることを覚悟はしていたが、それをまだ知ることもなく玄関のドアを開けた。

 

その為に伸ばした右腕には青紫になり内出血を起こしてしまっていた、手形が刻印のように刻みつけられていた。

 

 

 

 

 

 

リビングで優雅に談笑するAqoursの皆には気付かれないように、上階に上がり、本来は両親の部屋である所に既に敷かれていた布団に完全に生気の抜けた果南さんを横たわらせる。

 

「果南…さん……」

 

「…ショック?」

 

「まぁ…でも…果南さんとは…その…そこまで面識があるわけじゃあないんで、普段の彼女の様子を知らなかったのもありますし…」

 

「本当はね?こんなヤツじゃないの!本当は優しくって、気が利いて、皆に頼られるような姉御肌で……」

 

「…分かりました。だから、涙拭いてくださいよ」

 

幼なじみについて力説する鞠莉さんの目から大粒の涙が溢れ出ていた。こんな時に失礼だが、長い睫毛(まつげ)にかかる水滴や、ほのかに紅潮した頬などが…彼女の美しさをより引き立てている。そう僕は感じずにはいられない。

 

「鞠莉さんの説明の通り、面識は少ないですが大体こんな人なんだろうなというのは僕も分かっているつもりでした。ですが……さっきの果南さんの様子を見た後では…とても…そう思えなくて……」

 

そんな当の果南さんは虚ろな目で虚空を見つめ、呪文のように口をひっきりなしに動かしていた。

 

「多分、もうそろそろ疲れ果てて寝ると思うから」

 

「そ、そうなんですか…?」

 

「うん。あのね?……果南が、こうやって狂気に陥ってしまう原因は実は私も分からないの」

 

「……」

 

「つい2週間前にこんな感じになっちゃって……このことを知ってるのは私とダイヤだけ」

 

「……心中お察しします」

 

「気遣わなくっていいのよ?普通の時は…今まで通り、普通の果南なんだから…」

 

暗鈍な空気が満ちる。僕はしばらく無言でいた後、一言詫びて部屋を後にした。果南さんも鞠莉さんと一緒にいた方がいいだろう。だが……

 

「あの果南さんの言動の意味がわからない……『また』?『意味がない』?『無駄』?…いや、考えるのはよそう。リビングに行ってくつろいでいれば…さっきの恐怖体験もある程度は(かす)むだろうし」

 

独り言をこぼしながら階下へ向かい、洗面所へ。そして、当然僕は自らの凄惨な姿に無音の悲鳴を上げる。僕は救急箱に詰まっている応急措置の為の道具を余すことなく使うことをこの時、決心したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

唇にガーゼを付けるといった不格好な姿でリビングへ舞い戻った僕に無論驚くAqoursの面々。

 

梨子さんなんかは顔面を蒼白にし、何度も何度も安否を問う。何が原因なのかということも。それらの質問を(かわ)すのには苦労させられた。

一応、間違って噛み切ってしまったという一瞬でバレるであろう嘘でその場を凌いだ僕は皆でテレビゲームをして盛り上がってから、顔を洗い、床についていた。

 

隣に寝るのは勿論の如く、善子。自室で我がベッドに横たわるも、夕方の一件以来、気まずくって仕方がない。というか自分のベッドで女の子と2人で寝るという状況自体が常識離れしすぎて頭がショートしそうだ。

 

「ふふ…眠れない?」

 

「なんで2人で寝る必要があるんだよ……これなら僕がリビングのソファで寝た方が…」

 

「ダ~メ」

 

強制的に顔を見合わせられる。首を方向転換させられた時に首から奇怪な音が聞こえた気がしたが気にしない。首が痛いだなんて気にしない。

 

「アンタは私と一夜を過ごすの」

 

「わー…凄いラノベ的展開」

 

「心が躍るかしら?」

 

「凄い仮面ライダー的セリフ。ていうか、普通に寝かせて」

 

「普通に寝たらいいじゃない」

 

「…………恥ずかしいってば」

 

捨て台詞?を吐いた僕は目をギュッと閉じた。このまま頭の中で羊を数えてみよう。そうすれば眠れなくても、気をはぐらかせることはできるはず。

 

けれど、僕は普通の人とは違うのかもしれない。羊を数えるという眠気を覚ますテンプレ方法でも寝てしまったのだ。しかも、まだ1ダース分の羊の群れが出来上がった程度で。

 

当然、あっという間に夢の世界へと旅立った哀刀の睡眠力に愕然(がくぜん)とした善子。これから「眠れないね?」「そうだね」的な会話を楽しもうとしていた矢先にこれだ。善子からしてはたまったもんじゃあない。

 

「ったく……」

 

とは思うものの、眼前で気持ちよさそうに快眠している彼を見ると不思議と憤りは発生しなかった。逆に慈しむように彼の頭を撫でる。

 

「おやすみ、哀刀。愛してるからね」

 

そのまま前髪をかきあげ、額にキス。勝手に独りで恥ずかしくなってしまった善子は彼の胸に顔を埋め、目を固く閉ざす。

 

そうしてこの平穏な町での1日は終わった。平穏な町での1日は終わった。

 

 

 

ーー平穏な町での1日は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第5話:大阪難波、今宵は絶句

地元ネタ。







夢の中での遊戯を終え、起床。外ではもう小鳥が朝を告げていた。しかし、目を開けるも身動きができない。理由は単純かつ明快。

 

隣に寝ている善子に抱きしめられているからだ。

 

起きて早々に赤面した僕は「ひっ…!」と情けない声を出してから、どうにかして抜け出そうとする。

 

奮闘すること、数分。むにゃむにゃと寝言を言っている彼女を起こしてしまわないように、そっと自室を後にする。

 

そして、欠伸を噛み殺しながら階下へ足を運んだ。リビングの戸を開けると既に千歌さんがテレビを点け、その液晶画面に集中していた。

 

「おはよう、千歌さん」

 

「ん?あ、おはよう。哀くん!」

 

「朝早いんだ」

 

「まぁ~…ウチ旅館だからね。いっつも早めに起こされるんだ」

 

それ旅館関係ある?とツッコミたくなるも、言葉は出さずに台所に直行。冷蔵庫を開けてみる。やはり昨日の夕飯にかなりの食材を費やしたせいで、ほぼ空っぽだった。

 

「うわぁ…朝ごはんどうしよ…」

 

「え?どうしたの?」

「冷蔵庫の食べ物が無くって」

 

「うわぁ…じゃあ、どうする?」

 

「うーん……」

 

「あ、それか私の家で朝ごはん用意してもらう?」

 

「それは……迷惑な気が」

 

「大丈夫だって!」

 

そう言って力こぶを作る動作をする千歌さん。はぁ、と嘆息し彼女の隣に腰掛ける。

 

「あっ…」

 

「え。テレビ見るだけだけど」

 

「そ、そうだよねっ!」

 

挙動不審のようにあたふたしだす千歌さん。昨日が壮絶過ぎたせいか、そんな彼女の様子にふっと笑みがこぼれた。

 

「あっ、哀くん笑った!」

 

「っ……まぁ…いいか」

 

何故だか理由は分からないが、胸中には安堵が浮かんでおり、ソファに深く沈みこんだ。そのまま怠惰に時間を潰していると、不意に隣に影がかかる。もちろん千歌さん。

 

僕の隣に密着するように座り直した千歌さんは、僕の幅狭の肩に頭を乗せた。

 

「えっ…!?な、何…して…るの…?」

 

「哀くんエネルギー補充ぅ~」

 

「え…?」

 

そういえば彼女たちは毎朝僕に会ってほんの少量の会話を交わすことが日課であった。その時に僕から受諾出来るのが、『哀くんエネルギー』というヤツらしい。うん、小っ恥ずかしい。

 

普段なら顔を合わせて対話をするだけなのだが、今朝は違った。腕に手を回し、頭を肩に乗せ……これではまるでカップルのようではないか。

 

「あの…こ、困る…よ…」

 

「私は困らないよ?」

 

「いや…そういうことじゃなくって…」

 

この人といたら自分のリズムが崩れる。けれど、彼女を振りほどこうという気は起きなかった。幼なじみである彼女がこういった場合には決して離れてくれない…何を言っても聞きつけてくれないだろうということを知っているからだ。

 

時計の秒針は幾度も周回し、朝日も登ってきた。すると、上階が少し騒がしくなり、他のAqoursの面々の起床を忠実に告げてくれる。

 

「皆、起きたね」

 

「むぅ……せっかく哀くんと2人っきりだったってのに……」

 

「え?なんて?」

 

「べ、別にっ!?」

 

変な千歌さん。決して顔には表さず、心の中で苦笑し、再びテレビを視聴する。すると、朝のワイドショーはたまたま大阪の特集を行っていた。

 

「大阪かぁ……そういえば、小さい頃に1回しか行ったことないな」

 

「そうなの?……うーん…あっ!」

 

「うわっ。何?」

 

「じゃあ今日さ!皆で大阪に行かない!?日曜日だしっ」

 

「あのさ千歌さん…台風の影響もあるし…」

 

「それなら心配いらないよ」

 

まるで僕のその言葉を予期していたかのように、リビングに入室すると共に梨子さんが口を開く。

 

「あ、おはようございます」

 

「おはよう、哀くん。それでね?これなんだけど…」

 

梨子さんは自らのスマホを僕に差し出す。手に取って画面を確認すると、それは気象庁のホームページ。

 

「あ、台風…温暖低気圧に変わったんですか」

 

「そう。でね?実は昨日の報道に誤りがあったらしく…『台風が東海地方を通過する』ってのは誤報で、本来は『太平洋沖を通過する』だったの」

 

「じゃあ、昨日1日中の嘘のような快晴は…」

 

「うん。あれが本当の内浦の天気」

 

「そんな…」

 

それが分かっていれば、洗濯物を干したかったのに。と、心底悔やむ僕。けれど、台風が太平洋沖を通過したとしてもある程度は降雨があるのでは?と疑問。

 

「だからね!大阪には無事に行けそうだよ、哀くん!」

 

弾むように言う梨子さんに、便乗する千歌さん。2人の気力には朝からついていけず、額に手を当てて渋々了承する。短い付き合いだが、こういう時の梨子さんは話を聞いてくれないということはもう理解していた。それでも、千歌さんより融通は効くが。

 

「じゃあ…皆でおでかけするんだね?」

 

「「うんっ!」」

 

意気揚々とする彼女らに気圧され、逃げるように洗面所に行き、身だしなみを整えることにした。

 

それからしばらくした後。

 

大阪へ遊びに行くという事情は驚くべき速さで伝播。そして何より驚き、恐ろしかったのが果南さん。昨夜のあの一件が嘘のように思える程の会心の笑みを繰り出している。

 

鞠莉さんと目配せして、僕は何事も無かったかのように挨拶だけを済ませて、そそくさと自室へ服を出しに戻った。

 

朝ごはんは道中のコンビニか何かで調達してから関西へ向かうという話になっていたので、歯磨きなどを済ませた僕は着替えるだけだった。

 

自室の入口のドアを開けると、まず目に入ってきたのは陽光。カーテン越しに漏れる光が部屋を余すことなく照らし、今日の天気の良さを供述する。

 

そして、タンスの前へ移動しようとするも、そのタンスの対面側に位置する寝台に大の字に寝る善子が目に入った。

 

「……なんて品のない…」

 

涎を垂らして寝る彼女にそう言わざるを得なかった。近づいて寝顔を確認。なんともだらしのない寝顔。けれど、やはり長い睫毛やふっくらとした唇は彼女が美人であることを如実に表している。

 

「はぁ……ねぇ、善子。起きなよ。皆で遊びに行くんだよ?」

 

「…むにゃむにゃ」

 

むにゃむにゃ、じゃねぇよ。ガクッと肩を落とす僕は彼女を起こすことを諦め(梨子さんにでも頼もう)、方向転換。タンスから衣類を出そうとしていた時。彼女の不明瞭な寝言がはっきりと聞き取れた。

 

 

「お、お姫…様は…その…王子様にキスされないと……お、起きないんだ、だぞ~…」

 

 

「いや、起きてるじゃん」

 

「起きてないわよっ!」

 

「起きてるじゃん。バッチリと」

 

嘆息し、無視を決め込むことを決意。

 

「ちょ、ちょっと~!このままじゃあ大阪にも行けないわよ!?」

 

「どこに行くかもはっきりと分かってるじゃん……」

 

ジト目をして僕は洋服を漁りながら、善子を無視できていないことに気付き、我が決意の硬度の低さに呆れる。

 

「てかさ、遊びに行くって…言うけどさ、皆制服着てるんだよ」

 

「え?なんで?」

 

「いや…だって善子たちは家に帰ってないから、着替えがないじゃん」

 

「あ~…そうだったわね。…アンタの服を借りてあげてもいいのよ?」

 

「却下」

 

バッサリと日本刀のような勢いで彼女の要望を断ち切る。眉間にシワを寄せ、抗議の姿勢の善子はさておき今度こそ本当に私服を決め始めた。

 

 

 

 

 

 

ラフな格好に着替えた僕は、既に外に出ていた皆にようやく追いついた。家の鍵を閉めて、向き直る。

 

「準備できました」

 

「よし!行こう!」

 

こうして日帰り大阪観光が決行された。

 

 

 

 

 

何本か電車を乗り継ぎ、現在やっと新幹線に乗れた頃。隣に座る善子、対面側に座るルビィ、花丸と共に現在はババ抜きに勤しんでいた。ちなみに、善子は超がつくほど弱い。

 

感情が表に出やすい彼女がババ抜きで優勝する確率はゼロに等しいだろう。丁度、僕の手持ちのジョーカーを引いて絶望している善子を見て、そう思う。

 

今回のババ抜きでも1位は花丸、最下位は善子と言った順位で段々とテンプレ化してきた。花丸、強し。

 

最下位の善子が唸りながらも本日8回目のシャッフルをしている横で僕は窓の外を見る。

 

見慣れた海は消え去り、今見えるのは田地。老後にはこんな大自然に暮らすのもいいかもしれないと考える。

 

「さぁっ!今度こそ私が勝つわよ!?」

 

という善子の敗北宣言を耳にして、意識は車内に戻る。さて、試合開始だ。

 

 

 

 

 

 

「「「大阪ーーっ!!」」」

 

恥ずかしいから心底やめて欲しいのだが、我慢する。新大阪駅から普通電車に乗り換え、難波駅に着いた僕たちはその人の多さに驚愕する。

 

「えと…な、なんだこれ?なんばうぉーく?なんばぱーくす?」

 

聞きなれない単語に、手にしたパンフレットを潰してしまいそうになる。

 

「わ、訳がわからない…」

 

早速慣れない土地に頭が痛くなる、僕。けれど、まぁとりあえず……

 

「移動しましょうか?」

 

困惑しっぱなしでは何も始まらないので、右も左も分からぬ状態だが足を動かすことにした。

 

しかし、慣れない土地ほど怖くて……楽しいものは他にはない。少年心に冒険心を見出し、商店街を周囲の人混みに紛れながら進む。

 

「うわぁ~…人、多いね~」

 

素直な感想が口から漏れ出している曜さん。まったく同意見であった。この光景の理由が『週末だから』という理由で片付けて欲しいほどの人口密度の高さ。

 

息苦しくなりながらも(単純に商店街が臭かったりもするが)、どんどんと道筋に従って歩く。

 

「あっ!ねぇねぇ!ここって!」

 

無数の人間の長蛇の列を突破し、少し空けた場所……橋に到着すると、何かに感づいたかのように千歌さんが僕の背後を指さす。

 

訝しげに振り向いてみると、なるほど。周囲の人たちが立ち止まって写真を撮っていた理由が判明した。

 

「グリコの看板だ……大きい…」

 

普段はテレビの画面の前でしか目にかかれない、あの独特なポーズをしたグリコの巨大看板を前にして僕は打ち震える。

ここでやっと大阪に来たのだと実感が湧いてきたのだ。

 

ちなみにもちろん皆で写真を撮った。10人という大人数でグリコポーズをしたので、他の人に迷惑になったが。

 

他にも楽しそうな場所はたくさんあった。かに道楽やづぼらや…更には笑いの提供元である難波グランド花月までも拝見できた。

 

更に面白いのは周囲の人たち。標準語で喋る僕にとっては、日常会話が漫才のような関西弁を使っている周りの大阪人の喋り方に興味深々だった。

 

また、道中、たこ焼きやらイカ焼きやらを花丸がどんどんと購入するので結局昼ごはんを食べれなくなってしまったりする事態も発生。流石は食い倒れの街、なんとも恐ろしく魅力的なのだろうか。

 

しかし、楽しい時間というものはイタズラで、あっという間に時は過ぎ去る。伝統的な百貨店の髙島屋で買い物をしている時に僕はそう思った。

 

 

 

 

「さ、じゃあ帰ろっか?」

 

満足した様子で梨子さんが皆に言う。僕も大阪土産などを沢山買うことが出来たので、大満足だった。でも、流石に物足りない。

 

「じゃ、じゃあさ!今度来た時はUSJに行こうよ!」

 

そんな満足な気分とは裏腹に、残念な表情をしている僕を見かねてか、ルビィが元気よく声をかけてくれた。

 

「そう…だね。うん、そうしよっか」

 

顔は全く笑っていないものの、わずかに抑揚の着いた声で返答する。

 

まだまだこの賑やかな街は名残惜しいが……やはり僕らが住むのは海の町…沼津の内浦だ。慣れない排気ガスの臭いではなく、身にしみた潮の香りを味わうためにもいざ帰ろう。

 

手に持っている買い物袋を揺すってから、足を前へ踏み出した。

もう既にAqoursの面々は先に進んでいっている。早く追いつかないと間に合わなさそうだ。

 

 

 

「あれっ?おぉ!久しぶり!」

 

 

 

そう声をかけられるのは全く予想していなかったことだった。

 

ゆっくりと声源の方へ振り向く、するとそこには額にサングラスを上げて、トウモロコシのように染めあがった金髪を夕日に照り返している男が立っていた。

 

「…へ?」

 

「なぁに、間抜けた顔してんだよっ。元気してたか?」

 

全く身に覚えが無い人だ。初対面の割に親しく、壁を作らず気さくに話しかけてくるこの人に、これが大阪で問題になっている道中勧誘なのか?と身構える。

 

「いや…何、緊張してんだよ。まぁ…俺も昔とはかなりイメチェンしたしな。それは仕方ないか」

 

この男性の言動の一つ一つが意味不明だ。僕より少し背の高いこの人は更に詰め寄る。

 

「なぁ。再開の(しるし)にさぁ?どっかで飯食おうぜ?俺、いい店知ってんだ。なんてったって、こっちに移住して数年経つしな!」

 

ニカッと白い歯を見せて笑う彼をどうも憎めない。だが、それとこれとは話は別だ。

 

「いや…その……僕帰らないきゃいけないから…」

 

「ん?もしかして沼津に?」

 

「え!?…あ…えと……」

 

「何をテンパってんだよ、お前。小さい頃近所どうしだったろ?よく海で遊んだよな!」

 

妄言だ。流石にそう思った。後ずさりしながら、僕は足早にその場を立ち去ろうとした。けれども、追いつかれる。

 

「ちょ、ま、待てって!本当にどうしたんだよお前!?」

 

「あ、あのっ!お願いですから離してくださいっ!多分、人違いじゃないんですか!?」

 

「いやいやっ!人違いな訳ねぇって!あ、そうだ。お前、左の太ももに古傷あんだろ?」

 

「っ……」

 

うんざりしながら、言われるままズボンをたくしあげる。もちろんそんなものは無く、徐々に濃くなりだしていた足の毛が露呈しただけだった。

 

「あ、あれ?おっかしいな…ウチのジャックが噛んだせいで生じた傷があるはずだけど……あ、ちなみにジャックってのは俺ん家のわんこな」

 

見ず知らずの人のそんな詳細なことまで普通の人は知りたいとは思わないが、僕にとっては違った。

 

「ジャッ……ク。って、チワワの?」

 

「え?おう」

 

「ってことは……まさか…武志(たけし)君!?」

 

「君付けなのが気持ち悪ィけど…おう、そうだぜ」

 

「へぇ~…なんか…すんごい感じ変わったね」

 

「おーい、ブーメラン刺さってんぞ~。なんてな」

 

未開の地で思わぬ旧友との再開。これ以上心躍る展開はあるのだろうか。彼の金髪を触りながらそう感じずにはいられない。

 

「ちょっ、やめろって~」

 

「あはは」

 

自然と笑みが零れた。最近ようやく微笑む程度は出来ようになったと思っていたが、なんだ。

もう普通に笑えるではないか。

 

「んで?帰るんだろ?」

 

「せ、せっかくの再開なのに…」

 

「ったく…ほら。お前、俺のメアド知ってたろ?いつでも話せるじゃん?」

 

「え?持ってないけど?」

 

「まさかお前…機種変した?」

 

「あ~、まぁね」

 

「なるほど。それじゃあ、この際だ。もう1度交換ってことで」

 

これで彼との繋がりが生じた。もう話せないのでは、という瞬時の不安は綺麗に丁寧に払拭された。

 

「よしっ、登録かんりょー……ん?お前なんかおかしくね?」

 

「え、どれ?」

 

「いや、これだよ。『晴宮(ハレミヤ) 哀刀(アイト)』お前さ?『晴宮(ハレミヤ) 哀刀(カナト)』だよな?」

 

「え?それって兄さんの名前だけど?」

 

「ん?え?」

 

「いや…僕、弟の。アイトだよ」

 

「あいと……?弟?いや……」

 

 

 

 

 

 

「カナトは一人っ子だぞ?」

 

 

 

 

 

 

世の中は暴力に溢れている。

 

力が全てを占めるこの世界においてはそれが当然かもしれない。暴力、実力行使という手段があらゆるものの頂点に君臨する世の中だからこそ、戦争、紛争は絶えないのだ。

 

そしてその力には種類がある。

 

実力行使の為の単純な暴力、武力。富と名声の経済力、権力。

 

けれど僕はこの世でもっとも残酷で深刻なダメージを与えるのは言葉の力だと思う。

 

だって…こんなにも……簡単に。

 

 

 

人を傷つけることが出来るのだから。

 

 

 

 



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第6話:ハレミヤ

ストーリー上、ここから女の子の登場が少なくなっちゃいますが悪しからず。






新幹線の中で、僕は終始無言だった。目も瞳孔も限界まで開いている。窓の外で過ぎ去る情景を意味もなく見つめ、右手の親指を噛む、噛む、噛む。

 

『カナトは一人っ子だぞ?』

 

ーーうるさい。

 

『再開の印にさぁ?』

 

ーー黙れ。

 

『人違いな訳ねぇって』

 

ーー確かに亡き兄に瓜二つとは言われていた。

 

『ちょっ、やめろって~』

 

ーー笑うな。ずっと(わら)ってたんだろ?

 

 

 

 

『ん?お前なんかおかしくね』

 

 

 

 

「おかしくねぇぇよっっっ!!!!!」

 

気づけば座席から立ち上がり絶叫していた。隣でまたもやババ抜きをしていた善子たちは驚いてトランプを床に落とす。

 

それに視線も向けずまたもや指を噛む。

 

兄さんはいつだって、僕の味方だった。優しくって、カッコよくって、頼りがいがあって……大好きだったんだ。いつまで経っても僕に愛想を尽かさず、構ってくれた。

 

なのに…なんで?

 

いや…でも……アイツが…あの金髪が言ってたことは絶対に……

 

「嘘だ」

 

「え?ど、どうしたのよ哀「黙れよ、お前っ!!」

 

「黙れよ…黙れよ黙れ黙れ黙れ黙って黙れや黙ってください黙れ黙れ黙れぇぇぇ!!嘘だ!絶対に嘘だ!!!」

 

『カナトは一人っ子「うるっせぇんだよ!!!」

 

『カナトは一人「気持ち悪ィんだよ、テメェ!!」

 

『カナトは「消えろ、消え去れよ…なんでそんな意地悪すんだよ……そんなの嘘に決まってんだろうが…!」

 

「妄言も虚言もお断りだっっ!!!僕は僕……………ハッ!」

 

そこで気付く。晴宮家の次男の存在を否定するような嘘をつくあの男に何故これほどまでに激昂しているのか。そう思うも、この胸の(くすぶ)りは消えそうにない。

 

若干の落ち着きを取り戻した僕は周りを見渡し、驚いた顔でこちらを見る乗客の方々に頭を下げる。それから、シートに沈みこんだ僕は頭を両手で包み込んだ。

 

「クソ……なんで?どうして?冗談かもしれない発言だぞ?なのに、どうしてこんなにも腹が立つんだ?」

 

独り言を呪詛のように唱える僕は自問自答する。またもや指を噛もうと手が動くが、滴る紅液と割れた爪を見て、固まる挙動。

 

歯を軋ませるほど噛み締める。眉間にしわを寄らせ、ギラギラと猛獣のような光を宿した僕の双眸(そうぼう)はいつもの生気のない黒瞳を忘れさせるには充分過ぎた。

 

そんな様子の僕に、悲痛な表情をするルビィが血が滴る僕の手を優しく包み込む。

 

「あ、哀刀くん…?」

 

「……」

 

「き、急にどうしたの?その…訳の分からないこと言って……」

 

「関係…ないよ……ルビィには」

 

「哀刀くん……」

 

彼女は何も悪くないということは分かっている。それは重々、承知だ。だが、今の僕は誰かを憎まずにいれなかった。しかもそう思ってしまっている醜い自分に気づいた途端、自責の念に駆られ、死にたくなる。

 

空いている手で、指先が白くなるほどの握り拳を作ってから下を向く。

 

 

それ以来僕は家に着くまで、一切の言葉を発さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから1週間が経った。

 

僕は学校に登校していなかった。

 

スーパーに行って、食材を購入する時以外はずっと家に引きこもっている。

 

睡眠時間もストレスのせいでどんどんと減少し、最近では3時間と半刻しか眠れない。酷いクマが出来た顔を憂鬱に鏡前で視認。表情を変えようと試みるも、氷漬けされたかのように頬の筋肉は微動だにしない。

 

絆創膏を貼り付けた指先を一瞥(いちべつ)してから、リビングに戻り、ソファに落ち着く。

 

それから僕は虚空を睨み続けるのだ。そうでもしないと、今にも発狂してしまいそうで仕方がなかった。

 

普通の人から見ると、物凄く馬鹿らしいと思う。街頭で訳の分からぬことを兄の友達に言われ、それは冗談の可能性が高いというのに、関わらず引きこもってしまうという行為が。

 

「兄さん……」

 

何故、あの金髪は兄さんは一人っ子などと言ったのだろう。もしかして、兄さんが僕の存在を公表していなかったのだろうか。そう思う度に、僕は兄さんにとって邪魔者なのか?という疑問が浮上してきてならない。

 

ゆらりと幽霊のように立ち上がった僕は、玄関へ足を運ぶ。

 

そこにはいつもと変わらぬ様子の朗らかな兄さんの写真があった。兄さんの遠く後ろの方では母さんが写っており、風に飛ばされている帽子を走って追いかけている。

故に、この写真には少しブレがあるのだろう。心配症で愛妻家の父さんが撮影者なのだから仕方がない。

 

写真立てを手に取り、眺める。いつ見ても元気づけられる良写真だった。けれども、今の僕にはそれすら(かす)んで見える。

 

ふと、違和感に気付いた。

 

写真立ての背中側をとんとんと指でつつくと、分厚い何かが反発してくる。当然、写真立てをひっくり返して、カバーを外す。すると、幾重にも折られた写真が数枚ころころと床に落ちる。

 

腰を降りそれを拾おうするも、頭の中で何故か制止を促す声。「もう戻れなくなる」という注意喚起。けれども、僕の声で再生されるその言葉を「知るか」と突っぱねた僕は少し古びたコンパクトにされている写真を手に取る。

 

くしゃくしゃにシワが寄っている写真を広げ、そこに投写されている光景を確認。

 

背景は海、白い砂浜。見慣れた地元の風景だった。そして、そこにそびえ立つ見慣れた旅館。写真に刻まれた日付を見るに数年前の写真。朗らかな笑みを浮かべる幼少期の……

 

──Aqoursの面々がいた。

 

誰といると思う?

 

──僕の兄と。

 

兄にとって幼なじみと言ったら、このメンバーの中では千歌さんと曜さんしかいない。

少なくともそう兄さんは言っていた。…だが、この写真はなんだ?

 

次の写真を見る。

 

撮影場所は相変わらず、旅館前。日付の刻印も数分程度しか変動していないところを見ると、「もう1枚」の流れで撮ったものなのだろう。だが、角度が違った。

 

写しているのは現在では梨子さんの家が建っている方角。

もちろん当時は何かが建っているわけはなく、空き地。雑草だけが生えているのを見ると、物寂しさに襲われる。

 

更にもう1枚めくる。

 

今度は現在僕の家が建ってある方角だった。喜色を浮かべる兄さんと幼い彼女らの背後には当然我が家が……──

 

 

 

 

 

 

 

家を飛び出す。バイトで貯めたお金で購入したバイクをふかして、交通量皆無の車道を一気に突っ走る。

ヘルメットも被らず疾走する僕の額には冷や汗が比喩などではなく、本当に滝のように吹き出していた。

 

──なんでなんでなんでっ……!?

 

次第に車がちらほらと見えだしても、スピードを緩めることもなく疾駆。どんどんと周りの光景は後ろへと過ぎ去り、やがて1つの建物が視認できた。

 

急ブレーキでコンクリートの地面を焼いてから、駐車。大きめのシャツの裾を翻しながら、施設内に入る。

 

施設の中は閑静で、高齢者の方々が数人程度。後はほとんどが職員だ。僕はそんな静寂が支配する空間をズケズケと足音荒く、窓口まで切り抜けた。

 

「どうも、こんにちは。今日は何のよ「確認したいことがあって」

 

受付嬢の公務上の台詞を遮ってまで、僕は市役所で声を上げる。

 

「か、確認…ですか?」

 

「えぇ。内浦の詳細な地図を見せてくださいませんか?1軒ずつ苗字が記されているあの地図です」

 

僕の無茶振りな要望に文句も言わず(それでも訝しげな顔はしていたが)、受付嬢は地図を出してくれた。

 

それを広げて、確認。地図上で、元来た道を辿る。

 

ツシマ…ワタナベ……違う。シライシ…ヤマダ……ハラダ……クサカベ…イノウエ…ミヤザキ……──…タカミ…サクラウチ…………

 

「え?」

 

「ど、どうかなさいましたか?」

 

「あの……その…ミヤザキさんの家とこの…タカミさん家の間に…ハレミヤってあるはずなんですけど…」

 

「ハレミヤ……晴宮?す、すみません。少しお名前をよろしいでしょうか?」

 

「…晴宮 哀刀です」

 

「……それは…カナトではなく…?」

 

「アイトです、ハレミヤ アイト」

 

「えーと…あの…ちなみにカナト様のことは…」

 

「知ってます。僕の兄ですから」

 

「サエ様とケンジ様は…」

 

「母と父の名ですね」

 

「……」

 

「ど、どうなさったのですか?」

 

突然顔を畏怖で染め上げる受付嬢。デスクに戻り大きな台帳を持ち駆け寄る。その表紙には沼津市戸籍と書かれていた。

 

「カナト様は…数年前に事故でお亡くなりになられました」

 

「……そうです」

 

 

 

「……サエ様とケンジ様も」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目元に影を落とし、ヘルメットを被って家への帰路に着く。

まだ受付嬢の言葉が脳内で反芻(はんすう)している。

 

『この沼津市に晴宮という苗字の方は3名しかおりませんでした』

 

『晴宮 ケンジ様、サエ様…そしてカナト様。カナト様は交通事故で、晴宮夫妻は息子を若くして亡くしたショックで心中……共に車道に身を投げたのです』

 

『なので、現在この沼津に晴宮という苗字を持つ人間がいるわけがないのです』

 

『ちなみにミヤザキ様とタカミ様の間にある土地は空き地とされております。ハレミヤで登録はされておりません』

 

『そして住民票登録の際に記録しましたが…』

 

『晴宮夫妻に息子はやはり1人しかおりません。カナト様だけです。しかも、全国の市役所に確認したところ、ハレミヤ アイトという人間は存在しませんでした』

 

『つまり………貴方は誰なのですか?』

 

 

 

 

 

 

 

夕日が水平線に隠れ始め、紅い光線を放つ。バイクをガレージに停めて、終始無言のまま家のドアを開ける。

 

照明の着いていない玄関で、僕は下駄箱に付いている鏡を見た。未だ床に散乱してあった兄の写真を顔の横に持ってきてからだ。

 

──そっくりだった。

 

少し眉の形は違ったり、兄さんのように歯並びは良くなかったが、今の僕は写真の中の兄と瓜二つだ。

 

「僕が……晴宮家の息子じゃない…?」

 

「じゃあ僕は一体なんなんだ!?」

 

「……いや、待てよ」

 

「皆おかしいよ」

 

「僕の中には家族と過ごした記憶がしっかりとあるんだ」

 

「なのに…それなのに……僕が誰だなんて……そんなの決まってるよ」

 

「僕は晴宮 哀刀。誇り高き晴宮の次男だ」

 

そう言いつつも、僕は手の中で兄の写真を無意識の内にぐしゃぐしゃな歪な形に変えてしまっていたことを、度重なるストレスのせいで正常な思考能力を欠いていたせいでついぞそれに気付くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第7話:剥げよ偽り、表せ真実

日めくりカレンダーの破り捨てられた日付たちが床に散乱する。それはもう30枚以上になっていた。

 

1人、テレビを意味もなく見つめる僕はもう不登校歴1ヶ月と化していた。

 

寝癖は整えず、1週間近く言葉も発していない。このまま声帯が失われていくのではと錯覚させるほどに声を出そうという気分にならない。

 

あれから自宅には何本もの電話がかかってきた。もちろん相手は僕の学校の教師陣。どうにかして僕の不登校の理由を判明させたかったのだろうが、こればっかりはどうしようもない。

 

さて。

 

ふぅっ、と息を鋭く吐いてから立ち上がる。身だしなみを久しぶりに整え、外に。ガレージのバイクの元へ向かう。

 

──今日は少し遠出をして京都まで出向いてみよう。

 

最初は僕の戸籍を探るためだった。市役所での驚愕の事実を胸に抱き、僕は静岡県の市役所を周回した。

けれどもどこへ言っても「ハレミヤ アイトは存在しない」の一点張り。

 

だから僕は市役所巡りを諦め、自宅警備と成り果てていたのだが…急に気分が変わった。

 

エンジンを蒸かして、バイクに跨る。ヘルメットをしっかりと着用して前方を見据えた。目指す先は古都、京都。そして、僕は風のようにバイクで疾駆したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

祇園や様々な神社、寺院を抜けて、僕は京都市に辿り着いた。所要時間は6時間。すっかりと天高く登った太陽は灼熱の光線を大地に降り注いでいる。

 

臨時の駐車場にバイクを落ち着けてから、僕は歩き出す。周りには観光客だらけで、正直言って誰が日本人だか分からなくなってくる。

 

小腹も空いたので、観光客向けのお店で八つ橋を買ってから、その独特なニッキの香りを味わう。それをつまみながら道を歩くというのもなかなか楽しい。

 

平日の真昼に八つ橋を道中食らいながら、悦に浸る僕は古都をどんどんと散策する。

戸籍の有無の確認に来たはずだが、楽しんでしまっている自分。だが、最近の暗い気持ちをまとめて払拭するかのように僕は八つ橋を食らい続けた。

 

そして何回か横断歩道を渡っていると、前方に集団を発見した。

 

「ん?」

 

すっかりと食べきった八つ橋の箱をリュックにしまい、ひっそりと近寄っていく。すると、その集団の何人かがこちらに気が付き、顔を綻ばせた。

 

──そう、その集団は僕の学校の同学年の生徒たちだった。

 

「お!?晴宮じゃねーか!こんなとこで何やってん…てか、お前引きこもってんじゃ?」

 

「え…いや…その…お前らこそなんでここに?」

 

「不登校様はゼッテー分かんねぇよ。…ったく……ほら、これ見ろよ」

 

ぶっきらぼうに手渡されたひしゃげた紙を閲覧。

 

「社会科…見学?」

 

「そーだ。ほら、ここ」

 

クラスメイトが背後を親指で指す。降り注ぐ陽光にしかめっ面をしながらも、眼前を確認。そこで初めて判明した。

 

「うぇっ!?こ、ここって…」

 

「そう……京都大学だ」

 

八つ橋に夢中で気が付かなかった壮大な大学を目の当たりにして、僕は思わず後ずさりする。

今、僕は視界に日本のトップクラスの大学を捉えている。そう考えるだけで何か熱いものが胸にこみ上げてきた。

 

「ここの研究施設を見学すんだよ」

 

「し、知らなかった…」

 

「当たり前だろ?…あ、招集かかったから、俺らはもう行くな」

 

「え、えぇっ!?ちょっ、待って!」

 

この後、僕は先生らに直接会って、何度も腰を折って同行を懇願。最初は複雑な表情をしていた教師陣だが諦めたような雰囲気を醸し出しながら、渋々了承。

 

猛烈に感謝してから僕は先ほどのクラスメイトの元へ舞い戻った。

 

「うっわ…交渉成立させやがったのかよ、お前」

 

「まぁね」

 

軽口を叩きながら、京都大学の敷地を踏む。靴底から伝わってくる感触は普段歩いている道路と変わりないのだが、なんというか…非常に感慨深い。

 

本来の目的からは大きく脱線してしまっていたが、僕は気にすることなく皆と共に歩く。

 

広大な敷地を歩み進めていくと、前方の生徒たちが立ち止まっていく。どうやら目的地に到着したようで、これから整列するらしい。

 

ピシッと隊列を組んだ僕ら生徒は炎天下の中、代表の教師の説明を聞いていた。そして僕はその見学内容に再度驚愕。

 

「えっ…マジで!?」

 

「そうだよ、大マジだぜ?いや~…俺も楽しみで昨日眠れなかったんだよな~。なんてったって、俺たちが今から見学すんのは世界に誇る、日本が生み出した新技術の結晶!iPS細胞の研究所なんだからな!」

 

感動というものを通り越して、打ち震えた。クラスメイトが発した言葉を脳内でゆっくりと咀嚼(そしゃく)する。

 

「すっ…ごい…ヤベェぜ、これっ!」

 

「そうだろ!?お前がなんで京都にいたのかは分からねぇが、ついてきて正解だろ?」

 

「と、当然だよ」

 

教師の説明を全く無視して僕はクラスメイトと共に見学内容に想いを馳せる。高鳴る胸を抑えつつ、とうとう僕たちは施設内に入ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~!凄かったな!晴宮!」

 

「最先端の技術をこの目に出来るなんて…思ってなかったよ」

 

「ほんと、それな。あ、じゃあ俺らはバスで帰るから、お前もしっかり帰れよな。…事故んなよ?」

 

「やめてよ!怖いから!」

 

意地悪に笑うクラスメイトはぶんぶんと手を振り、別れを告げた。そして、あの笑顔は「明日学校来いよ」と明確に綴っていた。

 

心の中で苦笑し、元来た道を辿る。しかしだ。

 

「iPS細胞……ね」

 

最悪のケースを考えてしまった。

 

そんな思いを霧散させるかのように、頭を掻きむしり、僕は駐車場までの道を走ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

その次の日から僕は不登校を解禁。クラスメイトから笑顔で迎えられたところを見ると、大した心配は無かったのかと錯覚したが、突如号泣した何人かの友達のせいで相当心配してくれたということが判明した。

 

そして現在昼休み。

 

晴れ渡る蒼穹を見上げ、欠伸が無制限に出る。

 

「あ~…やべ…鼻水が…」

 

「晴宮お前、風邪ひいたのかよ」

 

「いや…ちゃんと体調面には気を遣っているけど」

 

屋上で弁当箱を解放させる僕は何人かのクラスメイトと共に、昼食をとっていた。

 

「はぁ…のどかだな…」

 

「まぁな…あの雲のように定期テストもどっか行っちまえばいいのに…」

 

「おい…現実を思い出させんなよ」

 

「つーか、晴宮。お前勉強大丈夫なん?」

 

「いや…結構ヤバめ」

 

「ったく…これは勉強会確定か?」

 

「僕は勉強会ほど学力を低下させるものは無いと思ってるから」

 

「偏差値40の高校に通ってる俺らに、んなこと言っても無駄だぞバカ」

 

「バカにバカとは言われたくないよバカ」

 

「お前な……」

 

ありきたりな男子高校生の会話を繰り広げる僕だが、やはり胸の中の曇天は晴れてくれない。こんな空のように快晴だったらいいのに…と澄み渡る青空に嫉妬。

 

だがやはり、学校に行き始めたことにより、ズレていた感覚は補正され僕の中での戸籍問題の存在が極小化していった。

本当はもっと焦るべきというのは分かっている。けれども、自然とそんな気持ちは抱けなかったのだ。こんな美しい青空の前では。

 

 

 

 

 

 

 

バイク通学を容認している我が学校の規則に則り、僕はエンジンを蒸かせて、友達を家まで送った。たまにバスでも通学するが、基本的には僕はバイク登校だ。羨ましいだろ。

 

「いや~、お前が不登校になってから帰るのにわざわざ歩かなきゃならなかったんだぞ?本っ当に足が復活してくれて便利だわ~」

 

「お前な…!」

 

「あっはっは!冗談だっつーの!ほらほら、早く帰って課題やれよ課題!休んでたからたんまりと溜まってんだろ?」

 

「うっさい!もう帰る!」

 

友達に中指を突き立ててから僕は帰路に着いた。陽が落ち始めた中、しばらく運転していると、視界に見慣れた我が家を捉えた。

 

バイクをガレージに停め、ぐぐっと伸びてから庭へ直行。ホースを手にして蛇口を捻る。清涼な水が先端から溢れ出たのを確認してから花へと散布した。

こうやって花を育てて愛でることが僕の唯一の楽しみなのだ。

 

口端をニッと上げ、水を撒くこと数分。陽光に反射する水滴が庭に星空を創造しているのを見てから、ホースをしまう。ふぅっと息をついてから僕はベンチに着席してスマホを弄った。

 

友達からのLINEを数回返信し、Twitterを閲覧。ニコニコ動画で面白いものでもランキングに浮上してないかという定期確認を行う頃には夕日は海の向こうへ沈み始めていた。

 

これから太陽は英国などを照らすのだろう。一切休まず日照し続ける太陽には僕も脱帽する。

 

さて、と言った具合に汗をかいたワイシャツを翻し玄関のドアに手をかけ、名残惜しく庭を確認した時だった。

 

──あれは…

 

僕の視線の先には以前、果南さんらの妨害のせいでついぞ確認することを忘却していた異物だった。あの時のように夜闇に包まれているわけではないので、しっかりとその異物を視認できた。

 

僕はゆっくりと近寄ってその正体を把握。

 

「……木?」

 

天高く突き抜ける見覚えのない樹皮を撫でる。──僕は仰天した。

 

何度も何度も樹木の表面を手でさする。けれど、帰ってくるのは異常なほどにツルツルとした感触。これだけで天然物ではないことが嫌でも分かる。

 

上を見ても、葉はしっかり付いているが、よくよく目を凝らす。庭に常置している脚立を取り出して登ってみた。

 

近づいて見てみても、何の変哲もないただの葉っぱのように見える。だが、それを今実際に触っている僕はそれが自然の産物ではないことを確信した。

 

葉を1枚折る。夕日にかざすと表面に反射し、てらてらと光沢がゆり動く。僕はそれを掌で包み込んで圧縮。パキポキっと破砕音が鼓膜に響き、手の中を見る。

そこには無残に粉々となった葉っぱの形をしている何かがあった。

 

目の前に掲げ、触ってみる。

 

「……っ!?か、紙粘土!?」

 

そう言ってから、実際に触ってみないと分からないほどの職人技で制作されたこの擬似樹木を睨む。

脚立を勢いよく降りて、ベンチの上に置いておいたカバンの中の筆箱からカッターナイフを取り出した。

 

木に激突するかのような猛進で走り、凶器を樹皮に突き立てた。恐ろしいほど安易に刺さった樹皮を縦横無尽に切り裂いていく。

 

「っ……!っ……!」

 

小さく吐く息と共に烈度を増す。加速しながら、全ての力を絞り出すかのように切り刻み……刀身が折れた。

 

芝生の上にポスッと落ちるナイフの残骸を見ることもなく僕は、切り込みの入った樹皮を乱暴に破り捨てていく。そしてこの感触は身に覚えがあった。

 

ホームセンターなどに行った時に売っている、パズルピースのように組み替えることのできる子供向けカーペットの感触にそっくりだった。あれはスポンジに似たような素材で製造されている…だからこそ、カッターナイフでも切り刻めたのかもしれない。

そう白熱しながら、僕はとうとう偽りの表皮を剥いだ。

 

──露呈したのは灰色。

 

それを見た瞬間、僕は苛烈さを増大させ、時が過ぎるのを気にせず……偽りの虚像の全てを壊してみせた。

 

 

 

 

 

幾星が夜空に煌々と輝く。わざわざ家の押し入れから持ってきた懐中電灯を口に咥えながら、異物に張り付いていた偽物樹皮の小さな残骸を手にした箒で払っていく。

 

満足のいった僕は箒を地面に放り投げ、懐中電灯を手にする。明るいLEDライトの白光で眼前の異物を照らした。

 

──我が目を疑った。

 

なにせ、目の前には……我が家の敷地のはずであるのに…申請した憶えも無いのに……

 

電柱が建っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

早起きをして、弁当を作る。昨夜のうちに剥き出しにした電柱に関しては謎のままだ。このことを市役所に相談しようかと思ったが、期待はできない。

 

本来、存在するはずのない家に存在するはずのない電柱が建ち、そのことに関して存在するはずのない人間が相談をけしかけるのだ。笑い話にもならない。

 

ジュージューと油の爆ぜる音を聞き、現実味があるようで無くなってきた僕の人生を振り返る。

 

そんなことも去ることながら、カバンに教材などを詰め込み、下駄箱に付いている鏡の前で身だしなみを整えた。うん、驚いたよ。

 

鏡の中に写っている1人の少年は……薄い笑顔を貼り付けていたから。

 

表情を戻そうとしても上手くいかない。顔の筋肉が言うことを聞いてくれないのだ。サイコパスの片鱗を感じさせるかのような暗笑をたたえている。その後も奮闘したが結果は変わらず。

 

それどころか、歯の隙間から笑い声までもが漏れてくる。

 

これは本格的にヤバイと自我はあるものの、表面上はヤバイやつ。けれど、このまま通学しないわけにはいかなく、表へ出た。

 

朝日が射す中、顔をしかめ……たつもりでいて、バイクをガレージから引きずりだす。そのままヘルメットを被って通学しようとしていた時、

 

「あ……哀刀くんっ……!」

 

背後から自分の名を呼ぶ声、ゆっくりと振り返るとそこにいたのは幼なじみ2人と梨子さん。僕が引きこもったのを悟って、ここ1週間近くは僕の家に訪ねもしなかった彼女らだ。

 

「その…が、学校もう行けるようになったの?」

 

「そ……だね…ふひっ……うん、行けるよ」

 

心配味を含んだ梨子さんの声に笑いながら返す僕。「笑ってるー!」と言った喜ばしい声は上がらない。

 

特に僕たちはそれから会話を交わすこともなく、無駄な時間が過ぎていく。流石にマズイと思って原チャリに跨る。

 

「あの…じゃァ…あはっ……失礼する…な」

 

別れの言葉を吐いてから僕は学校を目指し、今日も走った。当然、笑みは消えてくれずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「千歌っち」

 

「鞠莉さん」

 

「隠れて見てて正解ね」

 

「で、どうなの?」

 

鞠莉は無線装置をポケットから出した。それはかなりの高性能のもので、周りの雑音を帳消しにして、対象の音を届けてくれるという優れ物だった。

 

「これに録音機能があってね?……これを聞いて欲しいんだけど…」

 

『すっ…ごい…ヤベェぜ、これっ!』

 

『おい…現実を思い出させんなよ』

 

『木…?……っ!?か、紙粘土!?』

 

『そ……だね…ふひっ……うん、行けるよ』

 

「っ……!」

 

「そうよ、千歌っち」

 

「つまり…」

 

「1つ目、木の偽装がバレた。2つ目自律神経の乱れが生じ始めた……その証拠に笑いを抑えきれず………」

 

 

 

 

「口調が変わり始めている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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最終話:Alive Immoral Tacit Offspring

幼なじみたちは再び僕を朝に呼びに来るようになった。依然として、薄笑いを浮かべる僕はそんな彼女らといつも通り…と自分では思えない会話を交わす。

 

僕は肩掛けたカバンを背負い直し、バス停へ向かう。今日はバイク通学はできないのだ。なぜなら……──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「いっけーいけいけいけいけ!!」」」

 

「そっち行ったぞーっ!!」「カバー、カバー!」「シュート気を付けろぉぉ!!」「マンツーマンだっての!」

 

声が荒ぶる中で、僕はチームメイトからパスをもらう。ドリブルで切り抜けようとフェイントし、更にパス。細かいパスで回していき、24秒ルールギリギリになってようやく仲間がシュート。

 

「「「あーっ……!!!」」」

 

「悪ィ!ミスった!」「いいからディフェンス戻れぇぇっ!!」「ハーフコートで守るぞ!オールじゃなくってな!!」

 

──今日は僕が所属するバスケ部の試合だった。と、言っても練習試合。親交のある他校との合同練習のために、僕らは静岡を飛び出して、はるばる東京まで赴いていた。

 

白熱する試合は現在第4クォーター。後、3分すれば試合も終わる。スコアは70ー58とこちらが劣勢。だが、超速攻攻撃性を秘めるバスケではこれぐらいの点差ならまだまだ充分にチャンスはある。

 

汗を滴らせながら、僕はボール保持者のディフェンスに付く。腰を低くして、詰め寄り、出方を伺う相手に全神経集中させる。……笑いながら。

 

「な、なぁ…?あの13番気持ち悪くね?」「ずっと笑ってるんだけど…」

 

相手チームのベンチ側からの声は当然、絶賛試合中の僕には届かない。小刻みにドリブルする相手に僕は声を荒らげる。

 

「ほら、早く来いッて!勝負しよォぜ!?な!?」

 

「え……?じゃあ………っ…!」

 

瞬間、突破される。相手のエースに喧嘩を売るべきでは無かったと後悔するはずなのだが、胸中は狂ったような歓喜のみ。

 

「おォ!スゲェ!やっぱ強ぇえ!!」

 

「「「やっぱあの13番おかしい……」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから僕のエラーが続いたせいで大差で敗北。合同練習が終わり、仏頂面をしたチームメイトを前にニコニコとする僕。

 

「おい…晴宮…お前、これ練習試合だから良かったけど…」「そうだぞ!?何を喧嘩ふっかけに行ってんだ!?」「それで的確に負けて帰ってくるしさ!」

 

「いやいや!練習試合だからだぜ!?自分がどこまで通用するか試したいじゃん!?」

 

「いや…それも一理あるけどさ…」「てか、お前どしたん?なんか…おかしいぜ?」

 

 

『ん?お前なんかおかしくね』

 

 

脳内に電撃が走った。瞬間、激昂した僕はそう言葉を発したチームメイトの胸ぐらを掴んで、壁際へと押し付ける。

 

「だから……おかしくねぇぇんだよ!!!僕は…僕は……──」

 

「──普通だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

東京の街並みを1人歩く。一方的にキレた僕は顧問の教師に許可なく、チームを抜け出していた。

そんな中、スターバックスによって、カプチーノを買ってから、路地裏で座り込む。

 

「はは……なんなんだよ」

 

「あの電柱はなんなんだよ」

 

「我が家はなんなんだよ、晴宮ってなんなんだよ」

 

「結局のところ……僕ってなんなんだよっ……!」

 

「戸籍が無いってどういうことだよ!割り切ろうとしても、やっぱ無理だっての!ふざけんなよ!ていうか、市役所の役員らもそうだよ!僕の存在をいい加減認めろっての!目の前にいんだろ!?人間が!1人の人間がぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

声を枯らし、涙を果てさせ帰路に着く。電車を乗り継ぎ、自宅に帰る頃には空は透き通るような群青色だった。

 

「…………何もかもクソ喰らえだ」

 

けれども、その美しい夜景を黒よりもさらに暗い黒で塗りつぶすような少年の呟きが響いた。

 

 

 

 

 

 

僕は珍しく上機嫌で次の日を迎えた。なぜなら、鏡で顔を確認しても、笑っていなかったからだ。無表情であることがこんなにも嬉しいとは思いもよらなかった。

 

そして、現在昼休み。僕を心配するようなLINEを送ってくる千歌さんたちに「大丈夫」の3言だけ送り、図書室に独りで籠る。

特に用は無かったのだが、友達が風邪で休んでいる以上は暇を潰す手段がこれくらいしか無かったのだ。

 

年季を感じさせる本の匂いが充満する閑静なこの空間に存在する音は紙をめくる音とシャーペンでカリカリと勉学に励む音だけだった。

 

定期テストが近づいているのにも関わらず、勉強している生徒を「大変だな…」と他人事のように嫌な目でこっそりと見つめてから漫画を探す自分がいる。

 

「火の鳥だらけじゃん……手塚治虫はもう飽きたッつーンだよ…」

 

愚痴を零す僕は火の鳥の背表紙を叩いて、別のコーナーに移る。ライトノベルのコーナーも殆どがアニメで見た事のあるものばかり。期待外れだろうということは事前から予知していたが、まさかここまでとは。

 

独り、ガクッと肩を落とす僕はそのまま図書館を後にしようとする。鉛のように重い足は絶対に先日の練習試合のせいだ。……そういえば。

 

僕は昨日、チームメイトに一方的に憤怒したのだった。当然、謝罪せねば。義務を想起させた所で僕はある本を視界に捉える。

 

「ん…?」

 

それは何かの参考書…?エッセイ…?ジャンルが不明の本を手に取り眺める。

タイトルは『ドリー』

 

何かに導かれるように、出口に向けていたつま先を座席に方向転換させ、着席する。カビ臭い表紙をめくる。すると、カラーの挿絵が挿入されていた。

 

それはクリーム色の毛をした羊だった。

 

最初は何のことやらと思い、重ねてページをめくるが、驚愕。どうやらこの羊は世界で初めて制作に成功した、クローン羊であったのだ。

 

クローン……と、いうことは、媒体とした元の生物と全く同じ遺伝子を持って生み出される…もう1人の自分のことだ。

 

この書物には、そんなクローン羊の作り方や、それに対する筆者の意見が忠実に記載されていた。文系選択志望の僕にとっては、1つも理解できない内容の連続。

 

唯一記憶に残ったのは、ドリーの名前の由来が、アメリカの歌手、ドリー・パートンの巨乳から来ていることだけだ。

そこだけしっかりと憶える自分もやはり男かと嘆息。

 

しかしだ。

 

何故かは分からないが、この挿絵の写真を見ていると不思議と親近感が湧いてきた。まるで今、このクローン羊が僕に同情しているかのよう……

 

「そんなわけあるかよ」

 

そう、声を出さずに口だけを動かした僕は本を受付まで持っていき、レンタルすることにした。

 

 

 

 

 

 

夕日を背に浴び、帰宅途中で考える。どうも、先程から兄の写真が脳裏をチラつく。母親と父親の慌てっぷりなんぞ、蚊帳の外。敬愛すべき我が兄の笑顔だけが脳に張り付いて、ペンキのように剥がれない。

 

そう思った瞬間僕は、バイクを急旋回させ元来た道を戻る。行き先は友達の家。なぜなら──

 

 

 

 

 

 

「ったく…ほら、これでいいのかよ」

 

「あんがと」

 

「つーか、なんで急に入れ歯なんて欲しがるんだ!?」

 

「企業秘密」

 

「は?なんだそれ」

 

現在僕は、歯科衛生士を父に持つ友達の家に訪問していた。卓上に差し出されたのは、僕が求めた通りのすこぶる歯並びが良い上下両方の入れ歯であった。

 

新品の真っ白な歯を持つこの入れ歯たちは、どうやら親に内緒で持ってきてくれたらしく、こっそりと持ち帰る必要があった。

 

高校生男子が入れ歯を欲しがるだなんて絶対に不思議に思っただろうが、笑顔で感謝のみを突き通す。

 

小声で「きっしょ…」と聞こえた気がしたが、気にしない。友情崩壊の危険性を孕んでいるので気にしない。

 

 

 

 

 

 

友達の家から我が家へ舞い戻り、半刻が過ぎた。

 

手鏡を持ち、小綺麗に刈り揃えた眉毛と、すこぶる歯並びの良い入れ歯を口の前にかざす。

剥き出しの入れ歯には違和感満載だが、それでも目の前に鎮座している写真立ての中身とは絶妙に面影が重なっていた。

 

「──やっぱりそっくりじゃあないか…」

 

兄と瓜二つということが今は極限に嬉しくなかった。苦渋の色を顔中ににじみ出させる僕は、音を立てながら上階へ行く。

押し入れを探っていると、ホコリを被りながらも異彩を放つアルバムを発見。それを開くこともなく廊下に放り投げる。

 

そのまま、アルバムを拾って階段を勢いよく降りて、今度は印鑑などが入ってる貴重品入れを探り、『カナト』と書かれた箱と、自分の保険証を手に取った。

 

それらをバッグに詰め込んだところで、机の上に置いていた本を持ち上げた。

相も変わらず不思議な表情で見つめる羊に視線を向ける。

 

「確かめてくるよ」

 

そう言う僕は決意の構え。星空輝く下で外に出た僕は、バイクのエンジンを蒸かせる。そして、夜闇を疾駆したのだった。

 

 

 

 

 

 

──数日後。

 

魂が抜けたように僕は沼津の商店街を徘徊していた。一つ一つの足取りは重く、今にも地球の重量に敗北を喫しそうだ。

 

「あ、あれ?哀刀くん…?」

 

お陰で前方から降りかかる可憐な声を危うく無視するところだった。

 

「る……ビィ…?」

 

「花丸ちゃんと遊びに来てたんだけど………って、ど、どしたの!?」

 

紅緋色の髪を揺らす彼女を見つめてから地面にとうとうへたり込む。目尻に涙が蓄積され、声音は震えた。

 

「哀刀くん!?」

 

「──………聞いてくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 

花丸を招集し、近くの空き地に腰掛ける僕は全てを話すことにした。

 

口を開き、我が家は実在しないこと。両親は単身赴任している訳ではなく、心中していたこと。身に覚えのない電柱のことを紡ぎ出した。そして……──

 

「ハレミヤ アイトは存在しない」

 

「「えっ……?」」

 

「つい最近判明したことだよ。最初は冗談かと思った。でも、違った」

 

「信じたくはないよ。大阪に行った時に言われたことも全部妄言だと受け取っていた」

 

「市役所巡りで否定され続けられていた僕の戸籍も本当はあるもんだと信じ込んでいる自分がいたんだ」

 

「でもそれさえも嘘」

 

「ハレミヤ アイトは……そんな人間(ヤツ)はいねェンだよ。この世に」

 

怒気と悲痛を微量に孕んだ僕の声に被せるように花丸が口を開く。

 

「で、でも!今、実際に哀刀くんは目の前にいるんだしっ!」

 

「ンな訳…ねェンだよ」

 

拒絶する僕はポケットを探る。そして、数日後から肌身離さず持ち合わせている自分(・・)の所有物を取り出した。

 

「こ、これは…?」

 

「兄さんのへその緒」

 

数日前。僕が貴重品入れから取り出したのは『カナト』と表記された兄さんの誕生以来、親が大切に保管していたへその緒の入れ物だった。

 

「僕はこのへその緒と保険証を持ち合わせ…ある場所に行った…」

 

「……?」

 

「病院だよ」

 

僕の暗夜色の黒瞳の双眸(そうぼう)は細まる。

 

「以前から不思議に思ってたんだ……兄さんと僕の酷似性についてね」

 

彼女らが目を見張ったところで、口を開く隙も与えないように言葉を繋ぐ。

 

「兄弟なのだから、ある程度似るのは容認できる。だが…流石に似すぎだ。歯並びや眉毛を除けば、他はほぼ全て同一。気持ち悪いほど似てるんだよ」

 

「そして、更に更に……こんなものまで見つけた」

 

地面にはらはらと写真を数枚落とす。それらは全て写真立てに入っていた写真、それと共に押し入れから探り当てたアルバム内に保管されていた写真も散らす。

 

「ほら、見てよ?この写真らを」

 

地に触れる写真を拾う彼女らを仁王立ちで見守る、僕。恐る恐るそれらを手に取り、確認する紅緋色と茶色。

 

 

 

目が限界まで見開かれた。

 

 

 

手元を狂わせて写真を地面に舞い戻らせる。

 

「どういうこと?……俺は少なくとも2人とは幼なじみであるはずがないんだけど」

 

「いっ、いやっ!これはアイトくんじゃなくって…その…お、お兄さんとの写真で……」

 

 

 

「悪ィが……俺はそこに写ってんのが兄さンだなンて一言も言ッてねェぞ?」

 

 

 

「っ……!?」

 

「あ~あァ……やッぱそンな似てる?マジでヘコむわァ……」

 

「い、いやっ…それは……!」

 

「まァ、確かにそこに写ッてンのは兄さンだ。……なんで見分けれんだ?」

 

「……」

 

「無言か……まァ、いいや。それでな?普通の人に見分けをつけて貰えないほど俺と兄さンが似てる理由だけど………」

 

「……」

 

「それはな?俺が……僕が………!」

 

 

 

「俺が兄さンだからだ!!俺が!俺こそが!ハレミヤ カナトだからだよッ!!!」

 

 

 

「「……アイト…くん」」

 

「…その名で呼ぶのはナンセンスだ。カナトver.2とでも呼んで貰おうか?」

 

「え?」

 

「全ての証拠に……ほら、これ」

 

衝撃の告白に絶句する眼前の2人に資料を投げる。紙をくしゃりと歪な形に変えながら、花丸がキャッチ。

 

「そこに書いてあンだろ…?」

 

「これ……って…」

 

「そォだ」

 

 

 

「『A:ハレミヤ カナトのへその緒』『B:ハレミヤ アイトの皮膚細胞』結果……『DNA照合率…100%』つまり……『ハレミヤ アイトは…ハレミヤ カナトである』」

 

 

 

事実を口にした。全てを洗いざらい話した。つまりもう…自分は自分ではないのだ。けれども、自分は数年前まで敬愛していた自分。その自分は自分であり、自分もまたその自分。

 

自分は……自分。

 

「花丸…ルビィ。信じてくれなくッたッていい。俺も信じてもらう気はないさ。けど…言いたかッたンだ。俺は……アイトなンかじャあないンだって……!俺は…俺は!!カナトのクロ────

 

 

 

「それ以上はダメよ」

 

 

 

衝撃が背後から電撃のように脳内を走る。視界が真紅に染まり、体全体が脱力する。途端に狭まる世界。地面に倒れるところで、目線を後ろに逸らす。

 

「そん………な……」

 

「……アイト」

 

「なんでだよ…………」

 

 

 

「り…………こさ……───」

 

 

 

 

 

 

 

 

開眼する。一つの椅子に縛り付けられ、身動きが取れない。周りを見渡すと、視認できるのは左側にある車輪付きの可動式の棚。

 

各欄に手術に使うような器具が乱雑に放置されている。

 

それを確認した上で、ドクドクと熱く脈打つ(はらわた)を確認。先程から妙に熱いのだ。一体、なぜなの……………そういうことか。

 

腹部に見えるは大量の血液。それらの放出者は全て、自分。切り開かれた腹部からはどうやらまだ血が出ているらしい。腹から地面に滴り落ちる真紅を見てそう判断した。そして生成された水たまりならぬ血溜まりをすすっている……──

 

「っ……!?テメェら何してンだよ!!!」

 

──Aqoursの面々がいた。

 

「起きた?アイト」

 

暗い赤で顔を染めた梨子さんが、闇をたたえた眼をして問いかける。

 

「な……ンで……なンで!!!?どォして!!??」

 

「それは真相に近づいちゃったからよ?アイト」

 

奥の暗がりから返り血に濡らした学ランを着用している鞠莉さんが医療用のハサミを持って登場。

 

「クロー…ンのことか…?俺の……こと…か…?」

 

「『俺』だって。ふふ…頑張って調整したのに…DNAに含まれる深層意識までは改変できなかったのかしら」

 

「な…ンだ…と…」

 

「じゃあ、はっきり言うわねアイト」

 

「っ……」

 

「これは研究という名目の私たちの欲望を満たすための創造よ」

 

「けん…きゅ………?」

 

「そうよ。……クローン技術。それは世界で認められつつある新世代技術の1つ。iPS細胞などといったものを上手く活用すれば、医療が何世代分も進化するの」

 

「けれども、それはまだ人間に対して実用化されていない。ネズミとかの実験動物で日々、安全性を確立しようと研究者たちは必死なの」

 

「丁度、カナトが事故死した時……全てに絶望していた私たちはそれを知った」

 

「そして……試せばいいのだと、思ってしまった。…人間にクローン技術を当てはめればいいのだと…ね」

 

「それからは早かったわ。小原財閥の財力を用いて、特別研究所を創設。国家から極秘に認定されたクローン人間制作研究所としてね」

 

「カナトがどこで死んだのかは私たちもついぞ分からなかった。更に、悲しいことにご両親も心中された。……ならば、どこからカナトのDNAを摂取したかというと…アナタが持ってた『へその緒』…からよ」

 

「それからは培養だのそんな作業の連続。独自の論理を研究者たちが編み出し……ついに、クローン人間の受精卵の制作に成功した」

 

「次に、そんな私たちが取り組んだのは、それを最初から成体で活動できるようにすること」

 

「これには大分と時間を費やしたわ。けれど…その努力は無駄じゃあなかった。時間と財力の浪費を重ねた末にとうとう私たちの悲願は達成されたの」

 

「そこで生まれたのが……アナタよ。実験No.84」

 

「ハレミヤ カナトを媒体としたアナタは体格や性格、趣向さえも彼と同一。これほどまでに素晴らしい個体は無かったわ。まるでカナト本人が帰ってきてくれたのかと思った」

 

「けれど…そんな完璧な個体はすぐに壊れることを私たちは知っている。だから、ちょっと細工したの」

 

改竄(かいざん)した記憶を植え付け、性格をカナトと対照的にした。だからアナタの一人称は『僕』だったのよ」

 

 

「全て……おま…えら…の…計画の末に……誕生した……のか?…俺は…」

 

 

「無論よ。そして私たちはアナタを試した。アナタは私たちが求めるカナトなのか。都合の良いように創れたのか。だからあの家を建てた。千歌の家の真隣にね」

 

「ヒントも与えた。わざと台風接近の誤情報を与え、カナトの本当の家から持参した貴重品、衣服、写真を置いたのよ」

 

「それらに違和感を感じることもなく…アイトとして生きるのなら……

実験は大成功。だったのに……それなのに!!」

 

「なんで感付いちゃうかなぁ!?全部、台無しじゃん!!これじゃあ、無駄じゃん!!」

 

なるほど。果南さんがあの夜に『無駄』と言っていた理由が分かった。つまりは、こういうことだったのか。

 

「だから……また、やり直す。最高の……カナトが戻ってくるまで…私たちは何度でも……」

 

朧気(おぼろげ)にそれを聞いてから、僕は視線をずらす。

 

「な…ぁ…善子…」

 

「何よ?」

 

彼女もまた朱塗に顔を染め上げている。

 

「あの…俺…へ…の…気持ちは…嘘…だ…ったのか……?」

 

「いいえ、本物よ。だって──」

 

「──全部カナトだもの」

 

これからも彼女は一滴も残さず、我が血液を貪り尽くすのだろう。冷たくなる肢体と共にぼんやりと思う。もう、痛覚は完全にシャットダウンされていた。

 

「なぁ……鞠莉…」

 

「何?」

 

「一つ…だけ……いいか?」

 

「?」

 

「なんで……俺の名前は……アイトな…んだ?」

 

「簡単よ」

 

Alive(生きている)

Immoral(道徳に反する)

Tacit(暗黙の)

Offspring(子ども)……頭文字を取って?」

 

「A I T O……くっだらねぇ……」

 

その言葉を最期に……僕の命は全て、血液と共に流れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら~!早く行こーよ!」

 

可愛らしい声が聞こえる。ドタドタと音を大きく鳴らしながら、外へ出た。

 

朝日を一身に浴び、目が焼かれるかと思ったが、生気が宿りランランとしている黒瞳は一切曇ることなく、幼なじみ2人と梨子さんに挨拶を告げる。

 

 

 

「おはようございます!千歌さん、曜さん、梨子さん!」

 

 

 

「おはよう!哀刀(あいと)くん!」

 

 

 

満面の笑みと共に。そしてその服に隠れる背後の腰には、誰にも気付かれないように、85と記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて哀刀くんの物語は一段落着きました。
その次もその次もまた別の哀刀くんが物語を担ってくれることを信じて彼は旅立った……わけではありません。

最後まで立ち位置の分からなかった彼ですが、アイトはカナトでカナトはアイト。唯一無二の存在同士です。と言ったら矛盾が生じますが。



と、まぁこんなクソまとまりの無い感じで、アイトくんの活躍に幕を降ろしまする。

次回からは数年前のお話。……晴宮 カナトの物語になります。乞うご期待!!



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晴宮 哀刀(はれみや かなと)──μ's
第1話:朝日射すこの街で


新章です。








紅緋が新緑に移り変わるは秋。きっと和菓子屋では店頭に月見団子が陳列されているに違いない。

丁度、東京駅から出てきた俺はそう思った。

 

田舎から出たかったということもあり、俺は昨年、東京の高校に入学。そこまで頭は良くないので自慢できる程度の所には通ってはいないが、実は満足している。

 

登校時間が莫大ということを除けば、海しかないような地元の内浦に比べ、探せば何でも見つかる首都は最高以外の評価を付けることができない。朝日が射す中、今日も上機嫌に足を前へ出す。

 

周りには通勤する会社員や、俺のように地方から登校して来ている学生。鼻歌混じりに、目まぐるしい交通量の車道にかかる横断歩道の前で信号待ち。

 

すると、後ろから足音。これほどまでの喧騒に負けじと声を張られる。

 

「おはよう、哀刀(かなと)くん!!」

 

よって、俺の鼓膜が張り裂けそうになったことは想像にかたくない。

 

「っ……!?あ、朝から止めろや、凛!」

 

「えっへへへ」

 

橙色の短髪に、健康的な快活オーラを放つ彼女こそが星空 凛。

 

そして、今、名を呼ばれたのがこの俺、晴宮 哀刀。

 

「ん?いつも一緒の花陽たちは?」

 

「かよちんはまだ寝てるらしいにゃ」

 

「意外と朝弱ェンだな。そういうのはてっきりお前の方かと」

 

「結構ヒドい!?」

 

ガクリと崩れ落ちる猫娘はさておき、グリーンに点灯した信号機を視認し、渡る。

 

「ちょ、ちょっとーっ!」

 

「はぁ……てかよ。俺ら、そんな親しかったっけ?確かに俺は穂乃果ん家で唯一のバイトだけど…そんなに接点無ェじゃんよ」

 

「だからこそ、こうして一緒に登校して親睦を深めようと!」

 

「店で会うだけで充分だっての」

 

というか俺と親交を深めて、何か得することでもあんのか?と、聞きたくなる。

 

歩みを重ねていくと、大通りから離れて、少しばかり静かな所に出た。そろそろ俺の高校が見えてくるはずだ。

 

「んじゃ、そろそろこの辺で、また」

 

追随してくる彼女に振り返り、別れの挨拶を述べる。目の前に校門が迫ってきたので、片手を挙げて、校内に消えようとしたが、挙手した手腕を背後から掴まれた。

 

「な、何?」

 

「ねぇ?一応、確認なんだけど…哀刀くんって好きな人はいるの?」

 

「なんだよ、それ。んなの、いないよ」

 

「ほ、ホント!?」

 

「ちょっ…!?本当だから、腕を振るなっ!!もげるっつーの!!」

 

関節が断末魔を上げ、神経を通じて骨が軋む音を幻聴させた。誰が来ても一目瞭然な喜色を顔中に咲かせる、凛。

いつもの猫語も忘れ、ただただ歓喜。そんな可憐な少女に周囲の同校の生徒は興味津々な視線を向ける。──クラスメイトには怨嗟を込められた。

 

今更ながらに羞恥に包まれ、頬を紅潮させながら、現在絶賛シェイク中の我が腕を彼女の乱暴な拘束から解き放つ。

 

「はぁ……はぁ……──じゃ、じゃあな」

 

「行ってらっしゃい!」と可愛らしい声。これ以上周囲の男子のヘイトを貯めるようなことをしないでいただきたい。そう切実に思う。

 

大きなため息をついて、視線を持ち上げる。先程より、上昇している朝日を睨んでから、俺は今日も学校生活に臨んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

──放課後。

 

明らかに明瞭な原因により、身体中に青あざを作りまくった俺は傾く夕日を一身に浴び、帰路に着こうとしていた。周りで中指を立てながら通りすぎていくクラスメイトに暴言を吐いてから、勢いよく足を前に踏み出す。

 

歩道には学生がわんさかと湧き、取るに足らない会話を交わしている。

なんてしょうもない話をしているのだ…と、呆れたくもなるが、俺もよくそういう系統の話をするので口出しできない。

 

空想に耽りながら、ぼんやりとしていると周囲に人影。

 

「晴宮くん!一緒に帰ろー!」

 

「え、あの…その……」

 

「いいじゃん!ほら、早く!」

 

「ちょっと!私の晴宮くんよ!?」「私のよ!」

 

はっきりと明言しよう。俺はモテる。

 

ボッコボコに殴ってくれていい。なんなら二度と口が開かないくらいにしてくれてもいい。けれど、言わせてくれ。俺はモテる。

 

だからこそ男子からは嫌われてはいないものの、憎まれている。

 

何度も何度も声をかけてくる女子たちにアタフタしていると、大通りに出た。

シめた!と思い、その場を駆け出す。

 

「ゴメーン!また、今度にでも!!」

 

「え~!?」といった抗議の声が上がるが、柄にもなく女子に対して頑是ない俺は、彼女らから距離を離すよう疾駆。

 

逃避している内に、ある高校が眼前に広がる。音乃木坂だ。

 

荒々しく気炎を吐き、息を整える。乱れた髪を整え、周りを歩く女子高生の流れに逆らい、学内を覗く。

 

やはり、驚くべきはその膨大な敷地か。広大なグラウンドや別棟で部活に励む女子たちを見ている俺は、場所取りに困らないんだろうなと、羨望。

 

勝手な一瞬の見学を終え、場違い過ぎる俺はその場を退散しようと踵を返したのだが、流麗な声に呼び止められた。

 

「哀刀ではありませんか、こんな所で何をしているのです?」

 

深海を想起させる長髪に、琥珀色の双眸(そうぼう)。眉目秀麗で、どこからともなく高潔な雰囲気が彼女を包む。──園田 海未だ。

 

「あ、あぁ。海未、お前か」

 

「はい。で、何を?」

 

「見学」

 

「は、はぁ…」

 

正直に答えたというのに、困り顔をされた。

 

少しズレたカバンを掛け直したところで、彼女が制服でなく、これからスポーツをするかのようなラフな格好をしていることを視認。

 

「ん?練習?」

 

「あ、そうです。哀刀も一緒にどうですか?」

 

「俺が?ねーよ。そもそも、俺は帰宅部だから体力付ける必要はないし。てか、他校の帰宅部を練習に誘うってのもどうかと思うし」

 

「まぁ、それについてはどうでもいいとして──「おいコラ」──ないよりマシですよ?体力」

 

「…まぁ、それはそうだけど」

 

「ということで、どうですか?」

 

「正直、他校の部活動に参加するってんのがイマイチ訳分かんないけど…じゃあ、お願いします」

 

「よろこんで!」

 

先程、女子には頑是ないと言ったが、海未たちは別だ。なんというか、上手く言い表せないのだが、とにかく喋りやすい。

 

温風に髪をなびかせ、俺は海未と共に皆を待つ。一緒に運動するといっても、他校の敷地内に入ってしまうほど馬鹿ではない。

 

他愛のない話を指で数える程度交わし、前方を見据えた時、横から海未の声。

 

「哀刀」

 

「ん?」

 

「臭いです」

 

吹き出してしまった。慌てて彼女から距離を取り、自分の襟袖を嗅ぐ。確かに人一倍汗はかくが、そんなに強烈だったのか。今度から気をつけなくては。

 

「ご、ごめん」

 

「いえいえ、別に仕方の無いことですし」

 

澄ました顔で言われるこちらの身にもなってほしい。女子に言われたくないことベスト3を言われた俺は、心の中で膝を地に着け、絶望する。

 

途端に流れ出した気不味い空気に、愛想笑いを貼り付け、胸中で「早く来てくれ、皆」と叫喚する。

 

それが通じたのかは分からないが、可愛らしい声で交わされる会話の応酬が背後に迫る。

 

パッと振り返ると、そこには輝かしい笑顔の少女たち。その中の猫娘が俺の存在を視認した途端、全力疾走した。

 

そのまま飛びついて来そうなほどの爆走力だったので──実際に飛びついて来た──喜色を浮かべつつトップスピードである彼女の猪突を地面すれすれのイナバウアーで(かわ)す。

 

柔軟には自信が皆無なので、腰辺りがバキバキと奇怪な音を立て、激痛が走ったが、寸前まで死ぬところだったことを考えると、この心臓の動悸(どうき)にも納得がいく。

 

まるでギャグ漫画のように目を見開き、はぁはぁと息を荒立てながら、凛に一喝。

 

「危ねェんだよ!!殺す気か!?」

 

「抱きつこうと思って!」

 

「限度があるわ!しかも、抱きつこうとするな!!」

 

見た目通り積極的な元気ハツラツ少女の考えてることはよく分からない。

 

「あれっ?哀刀くん、どうしたの?」

 

「あ、穂乃果。いや実は────

 

 

 

 

 

 

 

しっかりと閉まった靴紐を揺らし、落ち着いたペースで足を交互に前へと出す。

 

中学の頃にしていたバスケのように無酸素運動ではないので、早々に息が上がるということはない。だが、長距離走は不慣れなので、逆にヘビィかもしれない。

 

一年以上のブランクがあるものの、周囲の女子たちを追い抜き、運動神経お化けの猫娘の後ろにくっつく。ってか、アイツ速すぎる。

 

──けれど、こうやって付いていけるのも今のうちかもなっ……!

 

そんなことを思う哀刀の幾人分か後ろでは、落ち着き一糸も息を乱れさせぬ海未が独りごちる。

 

「本当に臭いですね。哀刀──

 

 

「──貴方にまとわりつく雌豚らしき匂いが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

走り終え、玉のような汗を吹き出す俺は、タオルでそれらを拭っていた。

粘つく唾液を道端にペッと吐き、絢瀬先輩から叱責を受ける。俺はそれについて謝罪。

 

すっかりと薄暗くなっているこの街はもう夜のネオン街へと変貌を遂げ始めている。

 

「今日は突然参加させていただきありがとうございますっ!」

 

腰を折り、感謝を告げる。とは言っても勧誘されたのはこちらだが。

 

「いやいや」

 

条件反射のように手を振る、穂乃果。一度、部室に戻った彼女らは制服に身を包んでいた。

 

運動後で、少し上気した彼女らは汗のせいかは分からないが、いつもより色香が増した気がした。

良くないなと思いつつそれを見てしまう俺も、やはり高校男子。

 

けれど、見過ぎは禁物だ。そろそろおいとまするとしようか。

 

「んじゃあ、俺はこの辺で。穂乃果、また明日店で」

 

「あ、そっか。今日は哀刀くん定休日なんだ」

 

「おう」

 

「そっか……なんだか、残念だなー…」

 

「な、なんでだよ。明日放課後会えんじゃん」

 

「私たちはクラブ終わってからだけどね!」

 

「いつもそうだから、分かってるってば……じゃ、じゃあ。今度こそバイバイ」

 

「そうだね!私たちも解散しよっか。それじゃあ、また明日ねー!」

 

手を大きく挙げて左右に振る穂乃果に呼応するかのように、皆は自然と手を振り返す。これが彼女の持つ求心力が成せる技なのだろうか。ま、今から長時間かけて帰宅する俺にとっては取るに足らないことだが。

 

巨大な欠伸をして、背筋を伸ばしたつもりで俺は帰臥(きが)する。はずだったのだが……

 

「海未?」

 

「はい」

 

「な、何?俺になんか用?」

 

「いえ、大したことではないのですが、少し聞きたいことがありまして」

 

「俺に?まぁ、答えられる範疇(はんちゅう)の質問で頼む」

 

「分かりました。では率直に聞きます。貴方は好きな人がいますか?」

 

「それ凛にも聞かれたな……いや、いないよ」

 

「なるほど…では、何故女の香りがするのですか?」

 

「え、俺から?」

 

「無論です」

 

「それ…多分アレだと思う。いや俺さ、いつも帰る時に女子によく絡まれるんだよな。そん時に匂いが移った?って感じかな」

 

「へぇ……なるほど」

 

「おい。んなの聞いて何する気なんだよ」

 

「いえ、特に何も」

 

「……そうか。それじゃあな」

 

「はい」

 

小さく可愛らしく手を振る海未に微笑みかけ、帰路に着く。

 

妖しげに双眸を光らせる彼女についぞ気付くことなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第2話:ことうみ同盟

文系選択者の俺は朝の通学路で日本史の参考書を熟読していた。

 

「やっぱ『〇〇文化』っていう系統は覚えなきゃいけない単語が多いんだよな。今度の模試までに間に合えばいいけど」

 

朝日が刺す首都の車道にかかる横断歩道で、その問題量の多さに悶々とする。はぁ、と特大のため息をつき、ライムグリーンに信号機が点灯したので、いざ渡らんとしたが、俺を呼び止める流麗な声。

 

「海未」

 

「おはようございます」

 

「こんなに朝早く…もしかして、部活とか?」

 

「えぇ。弓道部の朝練で」

 

「大変なんだな、お前も」

 

「哀刀こそ。毎日早朝登校お疲れ様です」

 

「はは…あんがと。ま、慣れればどうってことないんだが」

 

海未に呼び止められたということもあり、黄緑色の電光は真紅色に変貌を遂げていた。途端に爆発的に行き交う車両の数々。自然の物ではない排気ガスに満ちた風が鼻腔を刺し、鼻を曲げる。

 

参考書をカバンにしまい、代わりに取り出したタオルで鼻を塞ぐ。

 

「いくら1年経とうとも…この、臭いには適応できそうにねぇな…」

 

「ま、まぁ…地元の私でも思わず咳き込んでしまうほど、排気ガスが多く発生しますから」

 

苦笑いの海色少女に呼応するかのように、俺も苦笑。

 

「あ、信号変わりますよ」

 

「ん?お、そうっぽいな」

 

今度こそはと思い、隣にいる彼女と渡る。

 

「そういえば今日は穂乃果の家でバイトの日でしたよね?」

 

「おう、そうだよ。今日も放課後勤務しなきゃなー」

 

「頑張り屋さんなんですね」

 

「そう…なのかねぇ?俺としては普通だと思うんだけど」

 

「いえいえ。貴方は立派な目標がある故に穂乃果の家でバイトしているのでしょう?ただただお小遣い目当てでバイトをする一般の高校生より幾分もマシです」

 

「そう言ってくれて嬉しいぜ、素直にな」

 

ニパッと笑いかける俺の背には陽光がかかり、まるでこの嬉しさを天も分かちあってくれているかのように思えた。

 

そして見えてくるは、我が学校の正門。

隣にいる海色少女に別れを告げ、俺は今日も学校生活に臨む──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──昼休み。

 

屋上にて晴れ渡る蒼穹を見上げ、指で四角形のレンズを作る。

中庭へ行こうかと思ったのだが、先程の授業が長引いたせいで場所取りに遅れを取ってしまったのだ。

 

故に俺は今、数人の学友と共に食事のマナーをガン無視した、仰向けに寝ながら弁当を食らうという行為をしている。

 

「つーかよぉ、晴宮」

 

「ん?」

 

「今日は気分が良いんだよなー!俺たち!」

 

「へー。どしたんよ」

 

「っ……モテるヤツは自覚なしと来たか……死ねよ」

 

「辛辣かよ。んで?何か良いことでもあったのか?」

 

「ほら。昼休みだってのにぃ?お前の周りに女子がいない!!いつもは猫の糞にたかるハエみたいに集結するっつーのに!今日はいないんだよ!!」

 

「だからか……いやさ?俺もそれは思ってたんだ。いつもなら、こういう休み時間に自由なんてものは存在しないはずなんだけど…今日はやたらとゆっくりできるなー。って」

 

「なんだよ…やっぱりモテるヤツの意識はそんな感じか?」

 

「だからっ!」

 

「ん?」

 

「俺はこうやって、お前らとゆっくりのほほんと昼休みを送れるっつー事実に大満足なの!」

 

「晴宮……」

 

「わ、分かったらさっさと飯食えや…」

 

「1つ言いたいことがある」

 

「……なんだよ」

 

「男のツンデレはキメェぞ?」

 

「ぶち殺すぞテメェ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──傾く陽光は橙色に煌めく。

 

歩く道中で、肩をシバきながら通り過ぎていく学友たちに大声で怒声を上げてから、周りを確認。

 

確かに彼らが昼休みに言っていた通りで、周囲に女子の存在は発見出来なかった。

 

「こうしてたかられないと…逆に違和感が生じるな」

 

夕日を一身に浴びながら独りごちる。

 

いくつか角を曲がり、小道に入る。そのまま大通りへ抜け出し、今度は閑静な住宅街へ。そこに俺の目当ての店があった。

 

丁度、家の前でシャワーを用い、水を散布する穂乃果の妹と遭遇。

 

「よっす」

 

「あ、哀刀さん。こんにちは」

 

「あれ?雪穂ちゃんのみ?」

 

「ううん。中でお父さん待ってるよ?」

 

「そっか。んじゃ、水撒きよろしくっ」

 

「はいはーい……って…なんだか都合良く扱われてない!?」

 

「あはは。そんなこと無ェって」

 

愉快に笑う俺は、店内に入店。入った途端に視界に入るケースの内部に陳列されている和菓子の数々は穂乃果の親父さんの渾身の力作。

 

洗練された技術で作成された逸品の数々は一種の芸術品。至高の品々は今日も輝きを増すばかりだ。

 

そして俺はそそくさと厨房へ。

そこにいたのは当然、『師匠』

 

ちなみに、この『師匠』という呼称、冗談抜きだ。

実は俺、将来の夢はパティシエなのだ。それにあたって和菓子の知識も積んでおきたいと思い、その末にここに辿り着いたというわけだ。

 

知名度はさほど高くはないのだが、そこの商品を口にした時、自分の中での和菓子の常識が変わった。

舌触り、味。それぞれが非の打ち所が無く、庶民的な饅頭でさえも、高級和菓子のように思えてしまった。

 

そして俺はその作り手である、彼の腕に惚れ込み弟子入り。ここで働く理由も彼に全て話し……受け入れられた。

 

以来、俺は彼の一番弟子。寡黙な師匠に今日はどのような技術を伝授してもらえるのだろうかと考えると、興奮が止まらない。

そして、味見のことを考えるとヨダレが止まらない。

 

「……」

 

「あっ、は、はいっ!着替えてきますっ!!」

 

熱い視線を送っていた俺に気づいたのか、目だけで『着替えろ』と指図される。もちろん、俺は一目散に厨房を出て、いつも通り和室を借りる。

 

そこで用意されている、いかにも和菓子屋さんという感じの真っ白な服を着用するのだ。

 

カチャカチャと音を立てながらベルトを解き、パンツを露わにした。

そして、そのまま用意されている白のズボンに手を伸ばしたとき、違和感を覚えた。

 

──誰かに見られてる?

 

食い入るような視線を感じ、怖気が走る。じんわりと背筋に汗。泳ぐ視線は部屋中を探る証。

 

特に変なものは無かった。

 

ドラマやアニメの見すぎで、こういう被視感を覚えるときには必ず監視カメラのようなものが仕掛けられていると思ったのだが──無い。安堵が満ちる。

 

はぁ、とため息をつき、やっとの思いで着替える。首や肩を回し、強ばった筋肉をほぐした。

 

少し開いた襖から入る心地の良い隙間風を味わってから、俺はついに部屋を出ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ただいまー!!」

 

威勢の良い…と、言ったらかなり失礼の部類に値するが、これ以上に綺麗に当てはまる言い方は無い。そんな声が玄関にて響き、鼻の頭を理由あって粉で白くしてしまった俺が出向く。

 

「よっす」

 

「哀刀くん!いらっしゃい!」

 

にこやかな穂乃果と後ろに控える8人に片手を軽く挙げて応じ、再び厨房へ戻る。短時間で蓄積された疲労を持つ故に、これが彼女らに対する最大の挨拶だった。

 

厨房へ戻った瞬間、作業は再開。水ですすいだ手を垂らし、次の戦いに挑む──

 

 

 

 

 

 

 

「──ねぇ、雪穂?」

 

「んー?何、お姉ちゃん」

 

「穂乃果がいない間にさ?……変なことしてないよね?」

 

「私にとって変なことはしてないよ」

 

「そう……なら、いいんだけどね?ちょっと、忠告しておこうと思って」

 

「忠告?」

 

「うん」

 

 

 

「あんまり彼に近づかないでよね…汚いのが移っちゃうから……」

 

 

 

 

 

 

 

空の色が橙色と紫色のグラデーションに映える頃、俺は学ランに着替え店を出た。

周りには俺が出るまで穂乃果と談笑してたのであろう少女たちも同伴だ。

 

「哀刀」

 

「ん、海未か。どしたよ」

 

「今日もお疲れ様でした」

 

「いやいや。将来のことを考えるとあれくらいの作業で音なんか上げてられねぇから」

 

「ふふっ、貴方って人は…」

 

若干汗臭い高校男子と対照的に、花のような香りを醸し出す海未と言葉を交わす。

 

「ちょっと~!なんでアンタばっかソイツと喋ってんのよ!」

 

「矢澤…先輩?」

 

「ほら、どいたどいた。ふふっ、何か世間話みたいなのするわよっ」

 

「って、言われましても…ネタなんか無いですよ?」

 

「いいのいいの!なんなら、にこから話を振ってあげる!」

 

「は、はぁ……」

 

突然の乱入者に戸惑うばかりの俺。自然と離れていった海未との先程の会話を名残惜しく感じる暇もなく、これまた俺とは対象的な先輩との会話が始まった。

 

 

 

 

 

「──っ…!!」

 

「海未ちゃん」

 

「……ことり」

 

「にこちゃんが邪魔してきたんだね?」

 

「ええ……ええ!そうですとも」

 

「そっかぁ……目障りだね…」

 

「せっかく消したのに……これでは意味が無いじゃないですか…!」

「安心して、海未ちゃん」

 

「ことり?」

 

「他にも策はあるよ?だからね……絶対に彼を……」

 

「「私たち2人だけのものに…」」

 

 

 

 

 

 

 

 

──すっかりと日も落ち、ただただ悪戯に暗黒が広がる。耳に心地良い波音を聞きながら、俺はやっと自宅へと辿り着いた。午後11時だった。

 

「ただいま」と形の上での言葉を発するが、もちろん返事は期待していない。そのまま光が漏れるリビングへと足を運ぶ……も予想外の出来事が起こった。

 

扉を開けた瞬間、下腹部に衝撃。けれども、痛くはなく、衝撃を与えた主を見下ろした。

 

「って……曜!?」

 

もう夜も遅いというのに、その眠そうな目を擦りながら精一杯ニコッと笑う彼女は……一応、幼なじみである渡辺 曜その人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第3話:ロリッ娘がいるけど愛さえあれば関係ないよね!?(白目)

執筆者のIQが溶けた。そう思ってください。多分けもフレのせいです。




カレーをパクパクというよりバクバク食べる曜を尻目に俺は母親に問いただす。

 

「か、母さん。なんで曜が?つーか夜食を食わせんな」

 

「いやー。渡辺さんから今晩預かって欲しいって頼まれちゃってー」

 

「気楽だなぁ……。なぁ、曜」

 

「ん?ぬぁに?」

 

「食べ物を口に含んだまま喋んな。……一人で暇じゃなかったか?」

 

「大丈夫だよ!哀刀のお母さんがハガキを大量に書いてたところを見てたから!」

 

「ハガキ?って、おいババァ!またジャ〇ーズに俺の写真添付させたハガキ送ろうとしてんのか!?黒歴史になるからそれはやめろって言ってんだろォが!!!」

 

「よ、曜ちゃんが目の前にいるんだからもう少し大人しく……!」

 

「あははは」

 

「ほら見ろあの天使の微笑みを!アレはどう見ても俺が母親に向けての嫌がらせをすることを許諾してくれてんだろ!?」

 

「そんな強引な!このロリコン!あ……このこともハガキに書いとこ。えーと……長所はロリコンっと」

 

「長所、ロリコンって何!?ンなこと書いて出してみろよ!事務所じゃなくって刑務所に届くからねそのハガキ!」

 

──っと、母親と漫才している場合じゃなかった。

 

「ゴメンな、曜。もしかして待っててくれた系か?」

 

「よーそろー!」

 

「ヨーソローじゃ分からんわ。ま、そういうことにしとくか。……母さん曜寝かせるぞ?」

 

「あ、その子お風呂入ってないわよ?私は入ったけど」

 

「入らせてやれよ!!とんだ放任主義だな、母さん!」

 

「哀刀入らせてあげなさいよ」

 

「哀刀!お願い!」

 

「ぬぐぅぉぉぉ!ンな目で見るな!マジでロリコンになりそうだから!」

 

「……短所はロリコンと」

 

「確かに短所かもしれんが、とにかく記入すんな!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ハァ」

 

昨夜の一件から、疲労を蓄積させた俺は机に突っ伏していた。現在は昼休み。頭の中では曜という天使と、ハガキという悪魔が降り混ざって極上のハーモニー……も糞も生み出さなかった。

 

「どーしたよ晴宮」

 

「眠い。辛い。死にたい、母親に物申したい」

 

「まさかまたジュ〇ン?」

 

「ジャ〇ーズだ馬鹿。絶対黒歴史確定しそうだからやめてくれっつってんのに、あの母親は……」

 

「ま、同情するぜ」

 

「お前も……似たようなことが?」

 

「演歌歌手デビューイベントに応募されたことあるぜ──」

 

「また想像の斜め上を行きやがるなテメェは!どういう思いでお前は俺に同情してんの!?しかもお前音痴じゃん!よくも言えたな!」

 

「──その経験があるっていうことをジャ〇ーズの応募ハガキに書かれたんだ」

 

「あ、そっち!?ってかどっちにしろ音痴じゃん!挙句の果てにはお前ブサイクじゃねーか!」

 

「なら俺は舞祭組に参加できるな!」

 

「無理だよ!てか、お前もう黙れ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕日が映える空を見物している俺。今日はバイトもないので、放課後にも関わらず、友人らと屋上に寝そべり怠惰に過ごしていた。

 

「今日も平穏だな、晴宮」

 

「女子?」

 

思わず聞き返すと、肯首する彼ら。別に殺気旺盛で語ってくるのではなく、ただそのことを問うただけのような様子であった。

 

──だが、確かに。

 

「逆に俺は違和感すら覚えるぜ。晴宮の周りに女子がたむろしてないなんてよ」

 

「昨日も言ったけど、俺はお前らといる方が──」

 

「──ハイハイ、ホモの意見ありがとです。ご馳走様」

 

「なぁ、処すよ?師匠から伝授された黄金の小指で鼻の穴貫くよ?」

 

「小指かよ!つーか、鼻の穴って地味なとこだなオイ!鼻血出るくらいだわ!むしろ心が痛くなるわ!」

 

「あー、晴宮に〇〇。話してる途中悪いんだけどさ、ホラ」

 

「「ん?」」

 

眼鏡を装着している友人に促され俺は立ち上がり、鉄柵に手をかけ身を乗り出し、眼下を見渡す。すると、校門には見覚えのある夕日にも負けない真紅がなびいていた。

 

「……真姫?」

 

「うっわー……あの子可愛い…」

 

「お前その眼鏡実は双眼鏡だろ。普通見えねぇよ」

 

俺は軽くツッコミを入れてから、地面に放置してあったカバンを肩にかけた。

 

「んじゃ、また明日」

 

「ンだよ。他校のヤツにまで手ェ出しやがって」

 

「そんなんじゃねぇよ。俺、最近ロリコン気味だから安心しろ」

 

「……今、サラッとヤベェ発言しなかったか晴宮!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──よっす」

 

「あら、哀刀。偶然ね」

 

「偶然?校門で待ってたのに?」

 

「……偶然よ」

 

どうやら真っ赤なお姫様は意地でもそういうことにしたいらしい。けれど、本当にただ俺の学校を覗きこんでいただけかもしれない。俺が音乃木坂にてやったように。

 

ま、ノってやるか。

 

「で?」

 

「で……って?」

 

「いや。せっかく会ったんだから何かしないのかな、と」

 

「うぇっ!?な、何もしないわよ!」

 

「なんで動揺してんの?あー……カフェでも行く?」

 

「だ、だからただ偶然ここに寄っただけなの!い、行かないわよ!」

 

「あ、そう。んじゃバイバイ」

 

「え、待っ……!」

 

「どっちだよ」

 

「い、行きなさいよ!」

 

「真姫」

 

「な、何?」

 

「お前って案外情緒不安て──あべしっ!!?」

 

──痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

哀刀と去った後の真姫は肩で息をしながら、その背中を見てニヤリと笑った。

 

「海未から盗み聞いた話。本当だったのね」

 

「確かに前から感じていた雌豚の臭いはほぼ無いわ」

 

「でも……まだ少し……ある」

 

「ふふ……見てなさい哀刀。その臭いを取り除いて、私色に染めてあげる。そして海未、ことり。貴女たちの思い通りにはいかさせないわ。誰を敵に回そうとしているか後悔させてあげるんだから」

 

 

 

──嵐が訪れる。しかし、それは台風のように大袈裟なものではなく、木枯らしのように小規模のものでもない。

 

それは狡猾に自分のリズムで獲物を狙う。可愛げで危なげな少女の恋の嵐。

 

それをある者はCutie Pantherと呼ぶのかもしれない……──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、目つむってー」

 

「んっ!」

 

「はい、綺麗綺麗」

 

「そう!?ふふふー!」

 

「あぁ!曜ちゃんズルイー!」

 

「ハイハイ、千歌もおいで」

 

「わーい!」

 

母親曰く──

 

なんか高海さんのところも預かってだって!なんでも千歌ちゃんがウチにお泊まりしたいって聞かなかったらしいのよ。それから、渡辺さんところは延長で今日もよろしく、だって~。

 

ありがとう神様。お陰で天使が目の前に2人も降臨しなさっておる。互いに体をタオルで洗い合う様は正しく天国がここに顕現したかのようであり、神秘的だ。

 

……魔性のロリコンって言われても仕方の無いこと言ってんぞ俺。

 

「あ~、見てみて曜ちゃん」

 

「何~?千歌ちゃん」

 

「哀刀くんのお股からお髭が……」

 

「なっ!!?ソレは駄目!絶対!オイ!引っ張んな!やめろ!色んな人に怒られるから!ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!痛い痛い痛い!血ィ!血が!」

 

「出てないよ?」

 

「誇張して言っただけだロリッ娘!早くその手を離せ!草刈りの時期じゃないだろ今は!」

 

「じゃあ稲刈り」

 

「鬼畜かおまえら!!あがぁぁぁ!!ロリは嫌いだぁぁぁぁ!!!──」

 

──虚しい。ただその一言だけで締めくくれる、そんな1日であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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