急募:『世界を救う方法』 (rikka)
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はじまり

要するにこんなオンラインゲーム遊びたいなシリーズ。
DQビルダーズのオンラインシステムには将来性を感じたんですけどね。
あれ利用して街の相互交換とかね。


――2122年 夏 大西洋にて奇形魚が大量に発見される。大規模汚染の可能性をみて環大西洋諸国による海洋調査開始。

 

 

――2123年 5月 太平洋にて同現象が多発。

 

      6月 各地で『青く光る雲』が発生。

        『Unknown Blue Cloud』の頭文字を取って『UBC』と呼称される

 

      8月 『UBC』による降雨地域で人を含めた生物が意識不明になる。

         『UBC』進行予想地域ではパニックが発生。治安が著しく低下。

 

 

――2124年 2月 『UBC』の雨の影響を受けたと思われる生物、変異を開始。

         外見の変化に伴い身体能力及び凶暴性が著しく上昇。

         変異種は『クリーチャー』と呼称。

         各地で排除が計画される。

 

      3月 地下シェルター計画が世界中で進行。

         急ピッチでの建造が進められる。

 

      6月 初の意識不明者の変異発生。

         他のクリーチャーに比べてより強力な変異、凶暴化が確認。

 

      7月 意識不明者の変異体、呼称『オーガ』の大量発生。

         それに伴い都市部混乱。一部機能停止。

 

――2125年 3月 『クリーチャー』のさらなる活性が確認される。

         各国による軍も連携、対処を始めるが数で押され、次々に敗退。

         人類の生存圏は縮小を始める。

 

      12月 軍による大規模攻勢が次々に失敗。

         人類は徐々に地下に隠れ住むようになる。

 

 

 

 

 

      それから一世紀近く。

      今も、人類は戦い続けている。生き続けている。

 

 

 

 

 

 

 さて、この無駄に長い年表モドキがなにかって? とあるMMORPG、そのオープニングムービーの中に出てくるテキストだ。

 

 ほら、こういうゲームの公式サイトとかでよく見るだろう? 無駄に荘厳な音楽と共に、実際のプレイ動画や実際には使われないイラストなどと合わせて流れる奴だ。

 これは、俺がβテストをプレイして、正式サービスが始まり次第一気に課金して本格的にプレイしようと思っていたMMORPGの物だ。

 この文章を最後に見たのはもう三年前になる。オープンβテスト期間が終了し、公式サービスの開始予定が予告されていないかどうかページを見たときだ。

 それから結局、このゲームをプレイすることはなかった。

 つまらなかったから? いいや、違う。

 PC環境がギリギリだったから? 確かに古いパソコンでちょっと危なかったがそれも違う。

 

 言葉にすれば一言。プレイするまでもなく、俺はその世界観を体験しているからだ。

 どういうことか?

 

『緊急、緊急! 地表部ポイントC-3にクリーチャーの襲撃を確認。武装許可証所持者は至急、迎撃に向かえ! 繰り返す!――』

 

 βテストが終わり、ベッドに入って眠り、そして目が覚めたら――俺はあの年表が実際の物になっている世界にいた。

 

 もうこの三年で何度も繰り返した言葉だが――勘弁してくれ。いやマジで。

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 それまで、いわゆるオンラインゲームというものはソーシャルゲームくらいしか手を出していなかった俺があのゲームをやろうと思ったのは、スキル制による自由なキャラメイキング、そしてMMOでは珍しい『基地作成』が可能だった点だ。

 ストーリーのメインはやはり探索にあるが、システムとしては生産スキル持ちが重要になってくる。

 戦闘スキルを駆使して冒険、そして素材を集め、生産スキル持ちが様々なアイテム――回復アイテムや装備、防具はもちろん、防壁やタレット、トラップといった防衛装置や家具、料理、そしてそれらの必須材料等を作り拠点となる街に献上するか、あるいは自分、あるいはギルドの『基地』作りに回すかというシミュレーションゲームのようなプレイも可能な点だった。

 スキル上げがつらいという点は変わらないが、プレイヤースキルが問われる戦闘よりも内職の方で楽しめるしギルドやパーティといったグループでのプレイでもそれなりに貢献できて楽しめるんじゃないか、という考えだった。

 実際、かなり楽しめた。

 βテスト時、ギルドには入らなかった。ソロプレイだ。――チャットの使い方がよく分からず、声をかけるのが怖かったという情けない理由だが……。

 

 各地を回ってギルド所属員の露店や所属居住地に必要な物を納品し、金を稼いで強い装備を露店で買ったり名声ポイントを貯めたりと……まぁ、旅する商人のようなプレイスタイルを続けていた。

 

 もっとも、スキル構成は戦闘よりも生産を優先していたので危険な奥地での活動はできない。

 居住地域間の比較的安全なルートを選び、その途中途中で採掘や採取を行い、少し狩りをして、そして居住地に着いたら生産して露店やNPC店を回るのが日課だった。

 何が言いたいかって?

 

 

 

 

 つまりだ。作ることは得意でも戦うことは苦手なんだよ、俺。

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 その男は、三年前にふらりと現れた。

 ボロ布を縫い合わせて、汚れが目立たないように黒く染めた、この荒廃した時代では珍しくない衣服を身にまとい、拳銃二丁に長距離ライフル一丁、そして自身の技術で旅をする商人――キョウスケという、日系の名前を名乗る男。

 

『緊急、緊急! 地表部ポイントC-3にクリーチャーの襲撃を確認。武装許可証所持者は至急、迎撃に向かってください! 繰り返す!――』

 

「またか……。今日は商品の製造に専念したかったんだけどな」

 

 キョウスケは、かなり使いこまれた自前の拳銃二丁――ボロいともいえるソレの銃身を磨きながら、静かにそう言う。

 

「やっぱりアレか。海に近いとクリーチャー共が活発になるっていうのは本当なのかね」

 

 この街に根を張っている商人の一人――キョウスケとはそれなりに親しいらしい男がそうボヤく。

 キョウスケはそれに、首を振りながら答える。

 

「いや、ポーツマス(ここ)はまだ比較的大人しい方だ。海辺か平地かは関係ない。この間までソールズベリーの居住シェルターにいたが、そこでは3時間に1度襲撃がある日もあったよ。……マジで死ぬかと思った」

「そうか……俺の爺さんの世代だと、あそこは綺麗な街だったらしいが、今はどうだ?」

「大聖堂はまだ残っている。ストーンヘンジも残っているし、エイボン河も……まぁ、ある意味綺麗だ。なんにせよ、オーガの住処になっているロンドンに比べれば十分マシだろうさ」

 

 キョウスケは、軽く肩をすくめて続ける。

 

「あそこは現状、ビッグベン以外に何が残っているか詳しく確認することもできない状況だ」

 

 未だ緊急事態のサイレンは鳴り響いているというのに、キョウスケは全く慌てた様子がない。

 露店を開く商人のための倉庫スペース。今はほとんど人がいないそこで、ゆっくりとマガジンの数を数え、それからキョウスケの名前が刻まれている金庫部屋の大きな扉をチラチラと見ている。売り物から武器か弾薬を持っていくかどうか悩んでいるのだろう。

 

「まぁ、イングランド(この島)はマシな方だろう。この間大陸側から逃げた人間に会ったが、向こうは地獄みたいだ。島国万歳」

「大陸側の人間が? どうやって?」

「……ドーバー海峡を、古いカヤックを修繕して渡ってきていた。ドーバーからフォークストーンに向かう途中で偶然発見してな。急いで保護したよ」

「歴史上もっとも海が危険な時代にカヤックで? 自殺志願者かよ」

 

 1世紀前、あの青い雲が現れて化け物が生まれだしてからそれまで当たり前にいた動物や植物、それに人までもが危険な奴へと変貌していった。

 もちろん魚もそうだ。むしろ、最も影響を受けている存在かもしれない。

 この時代のことを、『神話の時代の再来』と呼ぶ者が出るほどだ

 

「向こう側はそれこそ地獄だったんだろう。喋れる状況じゃなかったから、知り合いの医者の所に預けて……それからまだ会っていない」

 

 自然豊かな場所は、あの青い雲が雨を降らせば瞬く間に危険地帯に早変わり。

 食べる物も少なくなり、水を飲むのにも念入りな検査が必要になる。

 ここも数年前は酷い物だった。雨を避けるためにシェルターに閉じこもる日々。厳選した土と水でどうにか作物を育て、細々と生きるだけの日々。

 それを打ち破ったのが、この日系の商人だった。

 

 

――『防衛装置各種は必要じゃないか? ……あぁ、一応浄水装置と食糧、肥料にガソリンも持っているが……こっちは高くつくぞ?』

 

 

 壊れかけていた浄水装置を修理する部品を探すために外に出ていた探検隊が出会った一人の男。それがキョウスケだ。

 各地をやや大きめの貨物用荷台を付けたジープで回り、生き残っている居住地同士を繋ぐ旅をしていると言ったその男は、僅かな浄化水や食べ物を巡って殺し合いすら起こりかねなかったこの街を、確かに救った。

 

 今までのよりも性能のいい浄水器、修理に必要な銅線や鉄板、時には苗や種などまで運んでくれるその男が来てから、定期的に色んな物を取り扱う商人が来るようになった。

 キョウスケが持ってきた防衛設備のおかげで、ある程度周辺の安全が確保されるようになったからだ。

 そして徐々に物資資材が増え、設備が整うようになってから日々をどうにか生きる生活から、生活圏を増やす生活へと変わってきている。

 

「ここでの商売が終わったら、そちらの方面に行くからそれが再会……っていうか、初対面になるか」

「へぇ……女か?」

「あぁ」

「美人か?」

「あぁ」

「そうか。そうかそうか、ソイツは良いニュースだよ。まったくもって。なぁ?」

 

 あからさまに鼻を伸ばす商人。一方でキョウスケはため息を吐くだけだ。

 

「…………言っておくが、子連れだったぞ?」

「旦那は一緒にいなかったんだろう?」

「……そうだが、お前には会わせない方がよさそうだ」

 

 色々悩んだあげく、結局商売っ気よりも自身と周りの安全を選んだのだろう。

 金庫のカードキーを取り出し、重い扉を開けると中に入り銀色の大きな箱――ボックス・ガンタレットという持ち運びが可能な防衛装置だ。この技術者兼商人がよく作る主力商品。それを数台、そして弾薬類を持ちだし台車に載せていく。

 

「へいへいっ、まぁどちらにせよ俺みたいな銃無しの商人はここから動けねぇからな。いつか写真の一枚でも撮ってきてくれよ。それならいいだろ?」

「……俺も商人だぞ?」

「お前さんは特別さ。孤立した居住シェルターをわざわざ見つけに行く商人なんてお前くらいだ」

「そうかい?」

「そうさ」

 

 台車に丁寧に装置を積んだキョウスケは、さっきまで磨いていた拳銃を腰の左右に下げたホルスターに突っ込み、背中に背負っている銃身の長いライフルを背負い直す。

 

「まぁ、それはともかく――まずは、今日も生き残らないとな」

 

 護衛を雇うことが多い商人の中で、数少ない自力で道を切り開くその商人は、いつものように深いため息を一つ吐くと、装備を載せた重い台車を押してゆっくりと、エレベーターのある方へと向かっていった。

 

「おい! 上が片付いたら一杯行こうぜ!」

 

 後ろからかかる商人の言葉に、キョウスケは背中を向けたまま苦笑を浮かべながら手を振って返し、そのままエレベーターの扉の向こうに消えていった。

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 このゲームの世界――と言っていいのかは分からないが……基本的に人は地下に住んでいる。

 いつ来るか分からない『青い雲』の雨を気にせずに生活するには、それが最適だったのだろう。まぁ、地上に街を築いていたらそれに加えてクリーチャーの襲撃もある。空を飛んでるクリーチャーもよく出るし。あれはやばい。タレット数機程度の弾幕でどうにかなる相手じゃない。大抵すっごい数で群れてるし。

 

 居住地となるシェルターの出入り口。そこを中心に防壁による囲いやある種の迷路、塹壕、そこにタレットやトラップを設置する事でクリーチャーに対する迎撃網を敷く。

 これがゲームの中ならばこれが普通だった。

 NPC達の街である居住地域では、NPCからのクエストを達成したり、一定期間ごとに内容が変化する街の『不足品リスト』のアイテムを採取、あるいは生産して納品することで防衛機構が一定ごとに強化されていくというシステムだった。

 

 俺があのゲームの世界にいると気付いたとき、まず真っ先に大きな居住地を目指した。

 イギリス、及びアイルランドの実際の地形が舞台となっている作品だ。おそらく自分がいる所もそうだろう――というか日本でなければせめてそうであってほしいという願いが届いたのか、英字の看板にゲーム内で見なれた地名を見かけたため、すぐに現在地を把握。

 そこから記憶の中にある一番近い所を目指しておっかなびっくり、見つけた車を頼りに冒険し、辿りついたのは……シェルターの出入り口と僅かな防壁、そして探検隊かつ自警団と思わしき一団のみだった。

 

 

――いや、いくらなんでもショボすぎない?

 

 

 β開始時でも最弱とはいえ防壁とタレット網に囲まれていたシェルター入口を思い出し、思わず頭を抱えたときのことは今でもよく覚えている。

 ちなみに、その大体一ヶ月後に起こったクリーチャーの大軍による大襲撃を経験したときにその感想は正しかったんだと心から思ったときのことも。

 

 一人では生きていけないと判断した俺は、信用を得るために、まずそこの防衛を整えてみせることにした。

 乗っていた車を分解してパーツを用意し、資材を整える。

 自分がベータ時代に習得したスキルがそのまま反映されているのか、解体、そして組み立てに関する部分の知識は、多少の練習が必要だったとはいえ不思議と身に着いていた。

 

 自分がスキルを多く割り振っていたのは、戦闘用に一番金がかからない拳銃系の武器スキルと補助に狙撃スキル、後は基本生産――特に防衛装置作成のスキルを主に磨いていた。

 

 タレットをいくつか実際に組み立ててみせ、それを提供。代わりに資材をいくらか優先的に回してもらい、また組み立てる。

 そういうことを繰り返せば、いやでも技術は身に着く。これは妄想だが、ゲームのシステム補正の恩恵を受けているんじゃないかと思う。

 まぁ、ともかくそういうふうに周辺の要塞化に慣れてくれれば――

 

「おい、聞こえているか?」

『――キョウスケかっ!?』

「あぁ。出来たての『箱』持参だ。そっちから見て右後方にタレット網を設置した。こっちまで逃げてくれれば箱を起こす。大丈夫そうか?」

 

 陣地を構築するのが得意な商人が生まれる訳だ。

 今では最初の街でジープを譲ってもらって、ゲームの知識と地図を頼りに孤立している居住地を繋ぐ旅をしている。

 

『――怪我人がいるんだ! 足を怪我している! それに出血も……今布で止血してるんだが……』

「近くにいるクリーチャーは?」

『今はいねぇが……さっきまでデカウサギ(アルミラージ)共に襲われて……50以上はいた! それなりに数は減らしたと思うんだが……っ』

「分かった、薬品類を持ってそっちの救援に行く。どうにか持ちこたえてくれ」

『すまねぇ、キョウスケ! 恩に着る!』

 

 基本は逃げ姿勢の俺の戦闘スタイルは、強いて言うなら『即席陣地構築』だ。威力は小さいが持ち運び可能な携帯型タレットで簡単な陣地を築いて、仲間の援護――ソロなら足の止まってるところを狙撃で対処する。

 そして、情報が正しければ敵はアルミラージ。青い雲の影響で肉食化、巨大化したウサギだ。

 ゲームの中では攻撃力はそこそこあって、だが防御力が低いことから、これを倒すことで駆けだしと初心者の間に立つ壁として認識されていた。

 この世界ではどこが駆け出しの境界線かは分からないが、少なくとも皮膚が柔らかいという点は同じだ。

 ようするに、軽い弾薬しか使えないこの『箱』でも十分に戦える相手だ。

 

「――と、いうわけだ。ちょっと行ってくる。箱、一つだけ持っていくぞ」

「ちょっとって――相変わらずだなてめぇはよっ! 怪我人に関わるっていう尊い行為はヤスリみてぇにてめぇの命を削るぞ!」

「俺のモットーは地域貢献でな、顧客の要望を無視するのはマズいんだ」

 

 武器を持って外に出てすぐに耳に入った救難通信を辿り、怪我人が大勢いる場所の守りを固めた所だった。

 まだ防壁の類が間に合っていない街だったが、廃墟がちょうどいい具合に防壁代わりになっている。

 侵入口を有刺鉄線である程度固めてタレットを設置、動ける人間は自警団や商人、探検家――とにかく銃を扱える人間総出で守っている。

 

 救援に行く旨を、隣にいた商人仲間――自分と同じように行商をしている珍しい男だ――にそう言うと、男は不機嫌そうにそう言う。大体いつもそうだ。おかげで喧嘩になることが多い。

 

「怪我人連れて戻ってくる。『箱』のスイッチを渡しておくから、敵の姿が見えたら頼む」

 

 ショットガンを構えて周囲を警戒しているコイツにそう言うと、不機嫌な顔を更に歪める。

 

「――てめぇとはつくづく気が合わねぇな! 不愉快だ! 今度奢れ!」

「……ウィスキーでいいか?」

「とびっきりスモーキーな奴でな!」

 

 結局いつも通りの流れだ。酒好きでわがままな奴だが、意外といざというとき助けてくれるのはこういう奴だったりする。それなりに仲が良ければ、という前提があればだが。

 俺が『箱』のスイッチを投げて渡すと、商人仲間――アビーはそれを受け取り、ニヤッと不器用なウィンクをしてくる。似合わねぇ……。

 

(さて、行くか)

 

 別に世界を救おうとは思わない。

 というか、そもそも何をしたら世界が救われるのかさっぱり見当がつかない。

 オープンβでのメインストーリーに関わるクエストやイベントは、最終日のロンドン奪還戦が最後だったし、青い雲――UBCに関しては一切情報が出ていない。さっぱりだ。

 

 結局のところ、俺にできるのはどっかの誰かに手を貸し続けることくらいしかない。

 少なくとも、それくらいしか自分が他者と関われる方法がないことは分かる。

 

 

「面倒だなぁ。生きるのって」

 

 

 

 

 

 



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001:この世界の日常

 そこら中からか細い、だが獰猛さを感じさせる獣の唸り声が響いてくる。

 もはや地上の主と言ってもいい、化け物共の声だ。

 

「くそっ、ウサギ共がまた集まってきやがったか。見つかってはないようだが……おいジョージ、しっかりしろよ」

 

 少し恰幅の良い40くらいの男が、倒れている若い男の足を布で巻いて押さえながら押し殺した声でそう話す。

 

「オーウェルさん、俺を置いていってください」

「馬鹿なこと言うなジョージ。お前さん、確か恋人できたんだろう? こんな所で寝てる場合じゃねぇ。なぁ、そうだろう?」

「オーウェルさん……」

 

 ジョージと呼ばれた若い男は、声を震わせながら口を開く。

 

「ありがとうございます。でも、俺、もう――」

 

 何かに怯えるように口を開くジョージ。

 不安なのだ。そう感じた中年男――オーウェルは、言葉を続けようとするジョージの言葉をさえぎるように声をかけ続ける。

 

「心配するな、絶対助かる。キョウスケが今薬を持ってこっちに来てくれている。なんせ、逃げることはとびきり得意なアイツだ」

「……あの、日系が?」

「あぁ、そうだ。大丈夫。アイツは来ると言ったからには必ず来る。そういう奴だ」

 

 あまりキョウスケを知らないのか、若い男は不安そうに眉を顰める。

 オーウェル自身も、少しだけ不安なのだろう。止血する手に更に力を込めながら言葉を続ける。

 

「なぁ、どんな娘と付き合ってるんだ?」

「え? いや、その……えーと……」

「ほら、思い出せ。帰りを待ってる女がいるんだと思えば、力も湧いてくるだろう」

 

 そうオーウェルが強い口調で言うと、ジョージはどこかバツの悪そうな曖昧な笑みを浮かべる。

 

「いい子なんです。ちょっと気は強いけど……」

「あぁ、悪くないな。女はちょっと気が強いぐらいの方が色々考えなくて済む」

 

 内心、そいつは苦労しそうだと思うがそれをオーウェルは口に出さなかった。

 自分のカミさんも娘も気が強くて、たまに疲れている身として少しジョージの将来を案じてしまったが、自分と違って気は弱いが優しいジョージならば、意外と上手くいくのかもしれない。オーウェルはそう考えた。

 

「顔は小さくて、でもほっそりしててスタイル良くて」

「あぁ、いい女だな。聞いてるだけで分かるぞ。まるで旧時代のモデルみたいだ」

 

 しかし、コイツとは女の趣味が合わないな。

 少しでも安心させるように笑みを浮かべながらオーウェルは内心でそう呟いた。

 女は少しふっくらしているくらいでいいのだ。カミさんはともかく、娘は無駄に痩せていて不安になる。

 こんな時代だ。食えるときにしっかり食える女の方がいい。やれ見栄えだ健康だ気にする奴は生まれる時代を間違えている馬鹿だ。

 娘もしっかり食べる方だが、食った分動きたがる女だ。健康的だと周りは褒めるが、オーウェルからすれば落ちつきのないじゃじゃ馬だ。

 

「目はパッチリしている」

「なるほど確かに、美人の半分はパッチリしているな」

「あぁ……それで、赤毛で」

「悪くない。ウチのカミさんも赤毛だ。娘もな」

「お、あぁ……背は低いがいつも明るくて元気良くて、でも怒るとおっかなくて……」

「はっは、なんだもう喧嘩があったのか。仲がいい証拠じゃねぇか。しかし、赤毛の子か……ピンと来ないな」

 

 赤毛の女なんて、このポーツマスにもかなりいる。

 自警団からシェルター維持のエンジニア、共同食堂の娘達を思い浮かべるが、数が多すぎる。

 自慢の髭を触りながら、オーウェルは続ける。

 ジョージの目から死への達観が消えつつある。ここで会話を打ち切るわけにはいかなかった。

 

「髪型は? どんな髪にしてんだ?」

「えぇと……短くしてます。いつも自分で切ろうとして……止めるのが大変でした」

「ハッハッハ、ウチの娘みたいなやつだな。髪を伸ばすのも切ってもらうのも面倒くさがって、いつも家のナイフで適当に切りやがる。おかげで」

「はっはっは……」

「それで、名前はなんていうんだ?」

「あの……ジゼル……って言います」

「そうか、うちの娘の名前もジゼルだ。奇遇だな、ジョージ! ハッハッハッハ!」

「は、はは……」

 

 声をひそめたまま豪快に笑うという矛盾した行為を、オーウェルは容易くこなしてみせる。

 そして吐き切った空気を肺に補充するために、深く深く息を吸い込み。

 

「ウサギ共ぉぉぉぉぉぉっ! 今すぐ新鮮な肉をくれてやるからこっちに来ぉぉぉぉぉぉぉぉいっ!!!」

「ちょとおぉぉぉぉぉぉぉうっ!!!???」

 

 骨折及び出血など忘れたかのようにジョージはガバッと上半身を跳ね起こしてオーウェルにしがみつく。

 

「何デカい声出してんですか!? 元はウサギですよ! ウ・サ・ギ! あのデカい耳見りゃ耳良さそうってふわっと分かりません!? 本にも書いてることですよあいたたたたぁっ! 足、足が握りつぶされ――!」

「えぇいやかましい! 貴様ジョージ! 俺の娘に手を出しやがったなっ!?」

「出してませんよ! 出す前に別れました!! あ、ちょ、足が――」

「んだと貴様ぁっ! ウチの娘みたいなじゃじゃ馬じゃあ貧弱坊やのお眼鏡にかなわなかったってか!!?」

「ひとっことも言ってないじゃないですかそんなことっ!! 振られたんです! この間!!」

「ほっほーぅ! さすがウチの娘だ! 気の迷いはあっても男を見る目はあるらしい! なんて言われた! なんて言われて振られたんだ! ほれ言ってみろ! ほれぃ! ほれぃ!」

「悪魔かアンタ!!?」

 

 これまでの潜伏モードはいったい何だったのかと言わんばかりの大声で喧嘩を始める二人。

 

「あれだろう! 大方覇気がないとか頼りないとか女々しいとかそんな所だろう! えっ!?」

「なんで正確に分かるんですか!!?」

「馬鹿野郎、アイツの父親だぞ!? アイツの言いそうなことは全部分かるわ! 俺が家で言われていることだからな! これで貴様も俺と同じ汚物を見る目で見られる存在だなざまぁみろ!!」

「アンタそれでいいのか!?」

 

 やはり多少は痛むのだろう。顔をしかめながらジョージは自分で布の上から足を押さえて止血する。

 先ほどまでの生を諦めそうな雰囲気はない。そういう意味ではある意味この会話は成功だったと言える。

 

「あぁ、ちくしょう! えぇそうですよ! 俺みたいな男は話しても面白くないらしいですよ! どうせ一緒になるなら、外を一人で歩き回れるくらい気概のあるやつがいいらしいです!! あの日系みたいな! あの日系みたいな!!」

「――なんだと?」

 

 ピクリ、と頬を引き攣らせたオーウェルがそう問い返した瞬間、何かが空を斬る音が微かに響く。

 咄嗟に音のする方に目を向けたオーウェルとジョージの二人の目に入ったのは、こちらに向かって牙をむいて飛びかかってくるアルミラージ

 

 

 

 

 ――の、頭が吹き飛ぶ瞬間だった。

 

 

 

 

 一拍遅れて鳴り響く轟音。まるでそれに殴られたかのように横に飛んでいく、皮膚がただれたようになっている紅い角の生えた巨大ウサギ――アルミラージ。

 その後ろから、大きさは違うが同じアルミラージ二匹が飛びかかってくる。

 

 だが、その横から人影が飛び出してくる。

 ぶっ放したライフルを、その反動を利用するように背中の大きなホルスターに素早く背負い直し、そして懐から素早く両手それぞれで拳銃を引き抜き、それぞれで二連射する人影。

 その銃から放たれた2×2=4発の弾丸は綺麗にデカいウサギの頭と足を撃ち抜く。

 

 

 

 

「よし、無事だな?!」

 

 大きな声で、だが圧ではなく気遣いを感じさせる声が、先ほどの音――弾丸が空を斬る音を塗り潰すように響く。

 少し違和感のある英語だがハッキリと伝わるソレは、ジョージにはなじみが薄く、だがオーウェルには聞きなれた声だった。

 

「てめぇキョウスケ! よくもノコノコと出てきたな娘に色目使いやがって今すぐその首ねじ切ってやるから覚悟しろおらぁぁぁっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「――えぇ……?」

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 救出に向かったらいきなり罵倒された。まぁ、この短気な自警団のオッサンはいつものことだ。

 一昨日は酒の好みでまた違う若い自警団員と怒鳴り合っていた。

 

「貴様、本当に娘とは何もないんだろうな!?」

 

 しかし今日は一段としつこい。

 

「そもそも娘って誰だ?」

「貴様、俺とアイツが欠片も似てないって言うのか!?」

「少なくともアンタみたいに髭の豊かな赤ら顔の女は見てないな」

 

 痛み止めの分量間違えそうだからちょっと静かにしてくれませんかね。

 ある程度は医者から習ってるけど、精々がなんちゃって看護師なんだから結構怖いんだよ。

 

「足の骨折か。アルミラージにタックルでも喰らったのか?」

「ソイツァ化け物犬(ケーシー)に踏みつけられたんだ。小型の、しかもはぐれだったのが幸いだった」

「それは……本当に運が良かったな」

 

 ケーシー。一言で言えば緑色の犬だ。ただし、その大きさは牛ほどもある。今回は小型だったらしいので個体の殺傷力も低かったのだろう。

 ゲーム内では序盤――開始位置にもよるが、割とすぐに遭遇する。ある程度ゲームに慣れてきて遠出しようとしたプレイヤーを発見次第一斉にタコ殴りにして、対多数戦と防御スキルの大事さを叩きこんでくれる素晴らしいモンスターだった。通称ケーシー先生。

 碌に装備も防具も用意しておらず、拳銃だけで採取ポイント探索に出かけて一瞬でHPを削られたのは今となってはいい思い出だ。買ったばかりの防具の耐久も一瞬でギリギリまで溶かされた。

 

 ドロップもショボイので、一週間もするとサブマシンガンやライフル持ちに蹴散らされた死体がよく消えるまで散らばっていたが、全てが現実となっているこの世界ではかなりの脅威だ。

 なにせ、向こう側から襲ってくるときはどんなに少なくても5匹――酷い時は20匹近くの群れで囲んでくる。

 

「こっちに来るまでにはアルミラージ以外は見ていない。本当にはぐれだったんだろうな」

 

 離れた所では、展開して設置したボックスタレットが『タッタッタッタッタッタッ!!』とセンサーに引っかかった方向目掛けて弾丸をばら撒いている。

 ゲームだと一定時間弾を撃ち続けてくれる、序盤の、特にソロプレイではほぼ必須と言っていい野戦アイテムだった。

 こちらだと継戦能力にこそ難はあるが、弾を補充さえすれば長く使える防衛装置だ。

 

 

「おい、あのタレットはどれくらい持つんだ?」

「撃ちっ放しで3分ほど。本来ならばベルトリンク付けてもっと弾薬をばら撒けるんだが……まぁ、持ち運んできたからな。このままアレを囮にして、その間に後退しよう」

「いいのか?」

 

 何がだ。

 

「あのタレット、ぶっ壊されるぞ」

「そりゃ、囮だからな」

「商品だったんだろう? それに、結構資材使ったんじゃねぇのか。この間も物が足りないって嘆いてたじゃねぇか」

「まぁ、そこは確かに頭が痛いが……俺のモットーは?」

「……そうだな、そうだった」

 

 そもそもタレット一つくらいなら大した損害じゃないし、どちらにせよここの守りを固めるために作ったのだ。十分その役目は果たしている。

 

「おい、ジョージだっけか。足以外に痛む所はないか?」

「あ、あぁ……」

 

 どこかで見た、多分俺より少し年下の自警団員は、痛みをこらえながらそう答える。意識がはっきりしているのは幸いだ。時間が経っているのが不安だが綺麗な水で洗って消毒。そして添え木を当てて布で固定する。

 

「これでよし。残念ながら完全麻酔じゃない、痛みを少し和らげるぐらいしか注射していないが……大丈夫か?」

「大丈夫だ。その……ありがとう、ジャパニーズ」

「気にするなイングリッシュ。今度ウチの店を使ってくれりゃあそれでトントンだ」

 

 ゲームの便利な回復アイテムと違い、傷が瞬く間に回復するわけじゃない。

 となると運ばなくちゃいけないが――

 

「オーウェル、彼を背負って歩けるか?」

「たりめーだ。コイツとは鍛え方が違うんだ。なんなら走ってみせようか?」

「いや、必要ない。仲間の待つ陣地まで、クリーチャーと命をかけた極限の逃走劇――そんなハリウッド展開は要らないだろ」

 

 ライフル置いてくりゃ良かった。ひょっとしたら役に立つかもしれないと思ったけど実際いらなかったな。

 やっぱり基本的に遊撃よりも陣地に引き籠って撃ち漏らしを仕留める方が向いているらしい。

 

「ここはイングランドだ。スマートに行こう」

「ジェームズ=ボンドのようにか?」

「あぁ」

「この前慰問会であのフィルム見たが、……本当に旧世界のスパイってのはあんなんだったのか?」

「……さぁ? 昔の人間に聞いてくれ」

 

 いいじゃんボンド。カッコ良いじゃんボンド。俺毎回映画見に行ってたよ。というかこの世界にあったのかよボンド。ちょっとそのフィルム売ってくれませんかね。

 

「あぁ、そうしよう。できれば女の口説き方についてもご教授願いたいもんだ」

「おい、妻子持ち」

 

 娘さんは知らねーけど奥さんいい人じゃん。アンタと同じく恰幅いいけど、優しいおばちゃんって感じで嫌いじゃねーぞ俺。

 ――あ、

 

「そういや聞きそびれたな」

「あん?」

「娘さんだ。名前は? ひょっとしたら知ってるかもしれない」

「……もし知ってたら首をねじ切ってやる」

 

 オーウェルはジョージをゆっくり、丁寧に背負い、

 

「ジゼルだ。赤毛で、髪は短く切ってる」

「ジゼル……赤毛……」

 

 その条件に合致する知り合いをパパッと脳内でスキャンする。

 というか、すごく聞き覚えはあった。ただ、この人の娘ということで変な先入観があったのかすぐには出てこなかったが、ようやく思い出せた。

 

「あぁ、昨日一緒に行商したいって言ってきた子か」

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

「キョウスケから戻るって通信が入って5分か」

「えぇ……待ち遠しいですか?」

「あぁ、もう一時間は待っている気さえしてくるぜ」

 

 キョウスケからタレットの起動スイッチを預かった商人は、キョウスケが走り去っていった方向をじっと見ながら仲間とそんな会話をしていた。

 

「通信の声、少し焦っていましたね」

 

 彼の話相手をしている女性は、行商をしているキョウスケから品を仕入れている商人だった。

 彼女だけじゃない。キョウスケが比較的安全な道を見つけているとはいえ、他の街まで出向いて商売をする人間などほとんどいない。新しい物や不足している物を手に入れようとなると、車か防衛手段か、あるいは両方を持っている人間は非常に貴重なのだ。

 それが独占意識など一切なく、頼んだ物は可能な限り探す努力をしてくれる奇特な男となれば、繋がりを持っておきたいと思う人間は非常に多い。

 

「あぁ……ひょっとしたら群れに襲われてるかもしれねぇ」

 

 あの男に限ってまさか、とは思う。

 だが、昨日まで共に飯を食っていた人間があっさり消えるのがこの時代だ。

 

「ひょっとしたら、この前刺激しちまったクリーチャーがこっちに来ているかもしれねぇしな」

 

 ここポーツマスは、かつてこの国が大英帝国という看板を背負っていたときの軍港の街だった。

 その名残として、あの『青い雲』が出現しだした頃も、海軍や海兵隊の基地、造船所、そして司令部が残っている。

 

 

――そんなすげぇ所なら、資材や機材……いや武器や弾薬だって大量にあるはずだ! 回収できれば暮らしは一気に良くなる! そうだろう皆!!

 

 

 そう言って若い連中を煽った馬鹿がいた。

 30になったばかりの、それなりに場数を踏んだ自警団員だ。そう、それなりに。だからこそあんな軽率なことを考え、そしてそれに乗る奴らも出てしまったのだろう。

 自警団の団長や市長が止める間もなく、ソイツは賛同した連中を連れて海の方へと進軍し――そのほとんどは帰ってこなかった。

 生き残った奴が言うには、造船所も基地も、そして破壊されていない船にも厄介なクリーチャーが大量に住み着いていたらしい。

 今のところ、アルミラージとケーシー以外の目撃報告は来てないが……。

 

「……おい、あれジャパニーズじゃないか!!?」

 

 そんなとき、身を物陰に隠しながら銃を構えて外の様子を窺っていた自警団の一人が声を上げる。

 それを聞くのと同時に、何人かは素早く『本当かっ!?』とそちらに目を向ける。

 個人的に恩義がある者もいれば、キョウスケのような商人が自分達の生命線だと知っている者もいる。だが、少なくとも彼の身を案じているというのは間違いない。

 

「おい、後ろで何かモゾモゾした塊がおっかけてきてんぞ! ひょっとしなくてもあれ全部アルミラージか!?」

「なにぃっ!?」

 

 自警団の人間が双眼鏡で状況を確認する。

 

「キョウスケとオーウェル……ジョージも無事だ、足やられてるがオーウェルが運んできている!」

「おいアンタ! ちょっと貸してくれ!」

 

 商人は自警団の男から双眼鏡をひったくる。

 自警団の男はなにか言いたそうにするが、すぐに踵を返して三人の援護を指示し始める。

 

「――あんの野郎、やっぱり見つかっちまったか!」

 

 双眼鏡に、自分の眼球を押しこまんばかりに勢い良く押し付ける。

 いた、キョウスケだ。間違いない。

 

「おい、キョウスケ! そのまま真っ直ぐ走ってこい! 自警団の連中がお前さんのタレットと鉄条網で迎撃準備を整えている。まっすぐこっちにくりゃ後ろのモゾっとしたフットボールをストーンヘンジの向こう側までぶっ飛ばしてやる!」

 

 返事をする余裕があるかどうかは分からないが、商人は無線機のスイッチをいれて必死に怒鳴りつけていた。

 一拍置いて、マイク部から『ざざっ』というノイズが走る。そして――

 

『タレットを囮にしようって言っただろう見つからないように行こうって言っただろうスマートに行こうって言っただろう!? なんで大声あげて敵をこっちに呼び寄せた!!? 結局ハリウッド張りの逃走劇になってんじゃねーか! しかもアクションじゃなくてコメディの方の!!』

『やかましいジャパニーズ! 貴様がなんと言おうとジゼルは渡さん!!』

『だから持ってくつもりねーって言ってるだろうが! おいジョージとやら、なにか言ってやれ! ついでにそのままソイツの首を絞めて黙らせてやってくれ!』

『あぁ、もう駄目だ、なんか綺麗な花畑の向こうで誰かが手を振ってる……俺もそっちに』

『ジョーーーーーーーーーーーーゥジっ!? しっかりしろ、あとちょっとで陣地内だから!! あとちょっとだから!!!』

 

「………………」

 

 商人は片手でレシーバーを耳に押し付け、もう片手でレシーバーを耳に当てたままピクリとも動かない。

 レンズによって、三人の様子は距離に関係なくよく把握できる。

 キョウスケは怒鳴りながら手にしたハンドガンを後ろに向けて撃ちまくり、一方で赤ら顔のオーウェルはジョージを背負って走っている。ジョージは真っ青な顔で死にかかっている。

 

「これは……どういうことなんでしょうか?」

 

 女の方は、様子こそ見えていないが無線機から零れた声だけは聞こえたのだろう。

 頬に一筋の冷や汗を流しながらそう尋ねる。

 

 そして、同じく聞こえていたのだろう自警団の面々は『あぁ、あの親バカまたやりやがった』と言うような諦めに近い気配が漂ってくる。

 

「……酒が欲しいな」

「飲まなきゃやってられませんか?」

「いや、瓶口に布詰めて火を付けた物をあの馬鹿の目の前に叩きつけてやりたくてな」

 

 通称モロトフ・カクテル。俗にいう火炎瓶である。

 

「……気持ちは分かりますけど実際にやらないでくださいね? 私、キョウスケに頼んでる物がいくつかあるんですから」

「はっ、アイツに頼みごとをしたことない商人ってのがいたら見てみたいもんだ」

 

 無線機を腰に戻し、双眼鏡を女商人に押し付けてから商人は葉巻――先日キョウスケからポーカーで勝ち取った戦利品の口をナイフで切り落とし、火を付ける。

 それをくわえて空いた手にはスイッチ――自警団が管理しているモノとは別の、キョウスケ自身が仕掛けた『箱』の起動スイッチが握られている。

 

「……あのブロックを越えてから10秒くらいか」

 

 体力馬鹿のオーウェルと、意外と身体を鍛えているキョウスケだ。互いに重い物を持っているとは言え、速度はかなり速い。キョウスケも弾が尽きたのか、走ることに専念しだした。

 

「……8……7……6……」

 

 双眼鏡の必要もなくなってきた。必死に腕を振って走る二人、その背後には目を爛々と輝かせた化け物ウサギの群れ。その牙をむく声すら聞こえてきそうだ。

 

「……3……2……1っ!」

 

 商人がスイッチを押す。

 二人が走ってくる真っ直ぐな道――そこにある廃墟のバルコニーや屋上、そこらに設置されていた『箱』が一斉に開き、中から鳥の頭に似たガンタレット部が展開される。

 

「キョウスケぇっ!!!!」

 

 叫びが届いたのか、キョウスケとオーウェルはさらに速度を上げる。

 

 

――ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱっ!!!

 

 

 そして、その後ろ――ちょうどウサギの群れの先頭少し後ろ辺りに、上から弾薬の雨が降りしきる。

 

『ぎぃぃぃぃぃぃっ!!!????』

 

 兎の群れは戦闘組とその後ろに分かれ、だがそれでもキョウスケ目がけて襲ってくる。

 だが、

 

「オーウェル! さっさとその赤いラインを越えろ!」

「言われんでも分かってるわ!!!」

 

 既に左右に展開した自警団が援護射撃を始めている。それを指揮している男の叫びにオーウェルは怒鳴り返す。

 そのまま二人は走り、そして倒れ込むように地面にチョークで書かれた赤い線を飛び越え、そして――

 

「展開っ!」

 

 ちょうど、赤い線の上に置かれていたタレットが次々と起動し、更にまっすぐ向かってくるウサギの群れを包むように展開されたタレット網。それが一斉に起動し――

 

 

 

――弾丸と血液の暴雨が、ポーツマスの道で吹き荒れた。

 

 

 

 

 

 

 



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002:キョウスケ

「加勢してくれたようだな。恩に切るよ、キョウスケ」

 

 アルミラージの群れを文字通り壊滅させて、消費した弾薬の補充の目途について頭を抱えていると、このシェルターの行政官からお呼びがかかった。市長がお呼びということだ。うん、知ってた。

 そろそろ旅立つと、先日出発届を出していた。どこに行っても出発するときには大抵呼び止められる。

 次に来るときに持ってきてほしい物の依頼。――たまに催促というか命令になるが。

 あるいは――

 

「加勢せざるをえないようなシステムを作ったのはアンタだろ。銃を持つ旅人は第三ライン以下での防衛戦に参加するってな」

「構わんだろう? なにせ、このシェルターのすぐ外にクリーチャーの巣があれば出ていくのにも一苦労する。それとも、ここに住むかね? 君はエンジニアとしての腕は高い。引く手数多だろう」

「どこに行ってもそれを言われるが、答えはノーだ」

 

 これだ。シェルターへの永住。本当に、これはどこに行っても言われるがダメだろうそれ。

 ただですら食糧足りてなくて、俺たちみたいな行商の人間は自前の食糧でどうにかしなきゃならんのに。

 というか俺たちが違う所の僅かな余剰食糧なんとか交渉して持ってきているのに。

 いや、そもそもこのポーツマス・シェルターは俺が食糧安値で売ってもまだ不足気味のはずだ。

 

「……君の願いというか、目標は知っている。そのために廃墟や戦前の工場、病院、店舗、そしてゴミ処理場等から資材を集め回っていることも」

「…………」

「そのうえで改めて問おう。可能だと思っているのか?」

 

 市長――スーツ姿の痩せたメガネといういかにも役人という男は、気障ったらしくメガネを直して、

 

「ロンドン奪還、などという絵空事が」

 

 と、俺に聞いてくる。

 

「……可能かどうか、というよりやらねばならないと俺は思っている」

 

 オープンβ――にしては期間が長く、実質事前登録者へのサービス期間と言われていたあの2週間。

 その最後のイベントがロンドン奪還作戦という大規模イベントだった。

 テムズ河沿いにある発電施設の奪還から始まり、テムズ河にかかっているいくつもの橋の攻略――あるいは防衛戦、その後ビクトリア駅やキングス・クロス駅、V&A博物館や大英博物館といったいくつもポイントを制圧していくという非常にPCに負担のかかる――もとい、ぎっしり中身の詰まった大規模戦闘だった。

 実際酷かった。自分はキングス・クロス駅制圧に参加していたが敵の数が無限POPじゃないかと思うほど大量に出てきて、しかも途中で駅が崩壊、戦力が実質二分されるという嫌な意味での運営の本気を見た。

 手数を補えるタレットを持ちこんでいた人間は重宝され、チャットで何度『(タレット)よろ』の文字を見たことか。

 

「そっちも分かってるだろう。今のままでは全てが枯渇する。現状、地下プラントだけでは作物の収穫量にも限界がある。そして、シェルターに住む全員はその不安を共有している。先日の造船工場の一件もそれが引き金だろう」

「…………海辺の資材がありそうな地点は、探索計画を立てさせていたところだった」

「だろうな。だが、それで入手した資材も結局は尽きる。それも、思っているよりも恐らく早く」

「…………」

「ここポーツマスだけじゃない。ソールズベリーもブリストルもボーンマウスもブライトンも……そう、全てだ。全ての居住区の命題だ。ただ資材を手に入れればいいというわけじゃない」

「……生存圏の大幅な拡大、か」

「そうだ」

 

 ゲームのときは、居住地域は文字通り聖域だった。何があっても陥落することはない、絶対エリア。だが――残念なことにここでは嫌らしい現実がどこに行ってもついて回る。

 

「……エールズベリーに続いてオックスフォード・シェルターも陥落したよ。有力な食糧生産施設がまた減った」

 

 純粋にシェルターを破られる、拡張作業中に地下を移動するクリーチャーに侵入される。それに――食糧や水を巡っての内乱。

 様々な理由でシェルターを捨てざるを得ない厳しい状況が、この世界では起こり得る。

 

「……キョウスケ、お前の持っている知識と腕をフルで動員しても食糧問題は――」

「現状どうにもならん。俺が身につけているのは基本的に防衛に関する物。発電機や浄水器関連、それに医療も勉強を続けているがそれはあくまで補助だ」

 

 というか、一朝一夕にどうにかなるものではない。今では小麦、そしてゴールデンライスという現実でも物議を醸し出した遺伝子組み換え稲。これら二つが主要作物になっている。

 オックスフォード・シェルターはシェルター内部に小麦、そして数種類の野菜を栽培する地下プラントを持っており、自分はこことイギリス最南西の拠点トゥルーロの(サーモン)・プラントで食糧を仕入れている。

 それがここに来て、もっともデカイ穀物の生産場を失ったのは割と本気でキツい。

 

「ただ、食糧プラントの運営維持に携わっていた連中は今近くのシェルター数か所で保護されている。顔も合わせている。住民の脱出を援護したのは俺だからな。数名ならば紹介できると思うが……」

「お願いできるか?」

「あぁ、俺としてもここが陥ちるのは困る」

 

 現状手詰まり感の強いポーツマスだが、少なくともゲーム中ではここはデカい利点があった。

 それを現実にできるかどうかは怪しいところだが……少なくとも東西の流通路の一つだ。簡単に陥とさせるわけにはいかない。

 

「……お前が言う、ロンドンの地下鉄網を利用した新規生存圏の開拓。正直、奪還はできても守る力に不安が残ると私は考えている」

 

 目の前の男は、ため息を挟んで続ける。

 

「各地に分散している資材、労働力、汚染されていない土壌や作物の苗や種子をまとめて大規模生産に入るべきだというのは分かる。だが、守り切れず失う物が多ければ、それはこのイングランドを巻き込んだ盛大な自殺としか言いようがない」

「…………」

 

 やはりダメか。いや、まぁ分かっていた。実際奪還する戦力もないし、継続的な防衛もそうだ。

 そもそも奪還したいというのもあくまでゲーム知識からくる予測であって確証が取れてるわけではない。

 

(ロンドン地下には生き残りがいるはずなんだ。豊富な装備とプラントが整った特別シェルターで)

 

 ロンドン奪還イベントは、こちら側から攻勢をかけていくつかのポイントを制圧することで、地下に隠れ住んでいた王族、貴族、そしてそれを守る軍人の血筋が内部からも攻撃を開始、クリーチャーの大勢力を挟撃して殲滅するという流れだった。

 

(やっぱり、一度ロンドンに潜入して事実確認を取らなきゃいけないか)

 

 ロンドンのプラントがなかったとしても、分断されつつあるイングランド南東部を蘇らせるためには中心部が必要だった。

 それで練ったのが地下鉄網を計画した簡易シェルター作成計画だったわけだが……。

 

変異した人間(オーガ)変異しかけた人間(ゴブリン)の大軍相手じゃあ一人での潜入は難しいよなぁ)

 

 やっぱり、自分はヒーローにはなれない。それを再確認させられる。

 ゲームのときでも、キャラ設定からいってどう見ても寄生キャラだった。生産系ということを差し置いてもだ。

 たまに――いや、嘘だ。こうしてこの世界の人間として生きて三年になるが、その間常に、自分がこの世界でもっとも傲慢で、かつ卑怯な存在だと常に感じている。

 生き残るために汚いことに手を染めるほどの度胸もなく、死ぬときは死ぬとどこか達観とも諦めともつかない考えをし、そのくせ保身が強く、責任者になるほどの行動もしない。

 そのうえで、元は少しとはいえプレイしたゲームの世界だと、どこか天上人にでもなった物言いや見方をしてしまう。

 

「ロンドンのことは、あくまで俺の理想でしかない。そっちはあまり気にしないでいい。ただ、一人の商人として守りを気にしてほしい個所がある」

「西側……コーンウォール方面か?」

 

 コーンウォール。イングランド最南西の地域。ちょうど半島になってる所と言えば分かるだろうか。

 現実ではいくつかの文化遺産、観光地、サーファーご用達のサーフポイント、そして漁村がある地域だ。

 ゲーム中ではいくつかの拠点候補地、そしてクリーチャーの巣というダンジョンが用意されている地域だった。

 

「コーンウォールの居住シェルターは食糧生産の最後の砦だ。あそこのシェルターが一つでも陥落したら本気で不味い」

 

 ただですら栄養失調で死ぬ人間が多いのだ。酷い所では、その死体すら奪い合いになるレベルで。

 最近ようやく少しずつ安定してきたところだったのだ。これ以上の生産率の低下は許容できない。

 

「……西側、サウサンプトン・シェルターとの連携、連絡を強化しておく。いざという時の加勢も含めてだ。……それでいいか? ロンドン方面の動きが活発ならば、西だけではなく北にも備えたい」

「あぁ、十分すぎるほどだ。無理を言ってすまない」

「いや、ポーツマスとしても食糧では西部には世話になっている」

 

 市長は椅子に座り、静かに、だが深いため息を吐く。

 

「私もこのポーツマスに、いやイングランドに時間がないことは重々承知している。だが、ただ寿命を削るだけだったというような行動を容認するわけにはいかない」

「…………あぁ、分かっている」

 

 結局のところ、どこもここも行動を起こすだけの力がない。人をまとめようにも器がない。そういうことだ。

 現状を再認識できただけでも十分だ。俺を呼びだしたのも勧誘のためとかじゃなく、互いに状況を確認したかったからか。

 

「それじゃ、俺は行くよ。弾薬の補充を考えなきゃいけないし――あぁ、」

「?」

「いや、すまん。一応聞いておこうと思ってな」

 

 踵を返して退室しようと思ったが、先日から聞いておきたかったことを思い出して足を止める。

 

「なんだね?」

「この間の、自警団の若い奴らが造船所の奪還に飛び出していったときのことだ」

 

 若手を引き連れて行った自警団員は、典型的な声がデカい奴だった。

 流通のことも考えず、俺たち行商人に対して持ち物を全部出さない卑怯者だと罵ったり、金庫の中身を接収しようとする奴だった。

 鼻息荒い連中はついていく奴もいたようだが、実際そいつらに囲まれたこともあった。

 外から来た商人、それに完全に内側で過ごす人間とまでトラブルを起こしていたと聞くアイツラは、このシェルターにとっても頭の痛い連中だっただろう。

 

「生き残りから聞いたよ、隙を見て夜に出て行ったって」

 

 隙を見て、ということは……恐らく関係しそうな奴らは監視されていたんだろう。

 それが適当な装備を手にして、監視の目をすり抜けてシェルターの外に出れる? いやいや、開けた奴がいたはずだ。

 

「扉を開けたの、アンタか?」

「……私はこのシェルター全体の管理官であって、扉の管理官ではない。残念ながら、その質問に答えられるほど把握していないな」

 

 眼鏡を外して胸ポケットへとしまい込んだ市長は、どこか挑むような目で俺の目を真っ直ぐ見つめてくる。

 

「他に、何か聞くことはあるかね?」

「――いや、もう十分だ」

 

 あぁ、やっぱり俺、この市長嫌いじゃないけど……苦手だ。

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

「どうしたキョウスケ、その顔は……市長とやり合ったか?」

「ただの鞘当てだ。気にするな……自警団の被害はどうだ?」

 

 市長室から出て、俺は自警団の装備の消耗具合を確認するために自警団の詰め所に来ていた。

 

「あぁ、偵察のために先行していた奴ら五名のうち二名死亡、一名行方不明、一名負傷――ジョージだな。集まっちまったクリーチャーの迎撃に出た奴らも怪我人多数。怪我の酷い奴らは隔離病棟で寝ている」

 

 青い雲。その雨と雨の影響を受けたクリーチャーがどのようにして人体に害を及ぼすか、不明な点はまだ多い。そのため、クリーチャーと接触する外回りと内勤の人間は、いざという時のリスクマネージメントのために住む場所が分けられている。

 戦闘による負傷などで、より深い接触をした者は尚更だ。

 

「一応抗生物質も持ってきているが……偵察隊の残る一名は無事だったのか」

「そりゃ無事さ。クリーチャーに襲われてパニック起こして銃乱射した挙句一目散に逃げ出したんだからな」

「…………」

 

 それはまた……なんともひどいが……。

 

「新入りか?」

「あぁ、13歳だ」

「……無理もない」

「まぁな、だが被害は出ちまってる。死人、怪我人、そしてまぁ……アイツ自身もな」

「落ち込んでるか」

「落ち込まないような奴は仲間じゃねぇよ。隊長にも絞られているだろうが」

 

 ひょっとしたら、自身も似たような経験があったのだろうか。

 右目に眼帯を付けているその自警団は、残された左目でどこか遠くを見ながら囁くように、

 

「今頃、多分死にてぇ気分で一杯だろうさ」

「…………」

「笑えるだろう? でかいミスしちまったガキも、ガキに前線張らせている俺らも」

「俺も似たような道を辿っている。自分が転んだ所で同じように転んだ奴を笑えるハズもない。悔やんでいる奴もだ」

 

 一人で状況を変えてみせると一人でシェルターを救出に行って、逆にシェルターを窮地に追いやってしまった最初の一年の頃を思いだす。あのときも、結局クリーチャーにビビって迂闊な真似を連発してしまった。しかも自分を助けてくれたのは、自分よりもはるかに年下の『兵士』だった。

 今思い返しても情けないと思う。我ながら迂闊すぎる馬鹿をやったものだ。あのシェルターを壊滅させずに済んだのは運が良かった。

 

「……そうか。……あぁ、そうだな」

 

 男は小さく、ありがとうと呟く。

 俺自身なんとなく感じることだが、何かに『許されたい』と思うとき、口がペラペラと廻り出そうとする。

 この眼帯の男――ひたすらに自分の名前を教えない変わった男だが、彼も何かに許されたいのだろうか。

 

「自警団の人員は少ないのか?」

「自分から命を張りたいって奴は少ない。配給権を優先してもらえるって言ってもだ」

 

 男は、今では非常に貴重な酒――小さなスキットボトルを少し呷って唇を湿らせ、それを舌で舐めとる。

 

「それでも、馬鹿はこっちに来るけどな。食いたい奴、飲みたい奴、銃を持ちたい奴、外を見たい奴……それに、守りたい奴」

「アンタはどれなんだ?」

「見りゃ分かんだろ?」

 

 男は、今しがた呷ったスキットボトルを振ってみせる。もはやほとんど残っていない中身が小さくぴちゃんぴちゃんと跳ねる音を響かせた。

 

「だからお前は好きだぜ。このポーツマスに一番酒を持ってきてくれる商人だ。なぁ? ミスター・リカーショップ(酒屋さん)

 

 俺の専門は防衛関連だっていつも言ってんだろうが、このアル中め。

 

「……いい年なんだからさっさと嫁さんもらっとけ。きっとアンタの不摂生も管理してくれるさ」

 

 せめてもの皮肉にそう言うが、眼帯の男はニヤニヤ笑うだけだ。きっと女と酒を選べと言われたら迷わず酒を選ぶんだろう。この野郎、今のご時世で酒がどれだけ貴重なのか分かってんのかね。それを安く回している俺の努力も。

 

 ちくしょう、俺も飲もう。ソールズベリーで仲間からもらった一本がある。

 

「あ、お前それ上物だな!? おい、一口でいいから寄越せ! 寄越してください!」

 

 やらん。

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

「それで、お前はこれからどうするんだ?」

「ん?」

 

 結局少し飲まれたちくしょう。いや、まぁ別にいいんだが。

 一杯やって、ちょっとした口直しにスモークサーモン……赤くない養殖品だが――を二人でこっそり摘まんでいると、男の方から突然切りだされた。

 

「この後ってことか? 弾薬の再確認を終わらせたら、お湯買って体拭いて寝ようかと思ってたが」

「いやぁ、違う違う」

 

 男は不機嫌にも見える顔を激しく横に振って否定する。

 

「お前さん、そろそろポーツマスを出ていくんだろう?」

「……あぁそっちの話か」

 

 確かに、そろそろ出ようとは思っていた。

 とりあえず取引できそうな所とは全部顔を合わせたし、交換用の食糧はほとんど放出した。

 防衛関連の機材がここ数日のドンパチでほぼプラマイ0なのが唯一気がかりだが、資材を多く手に入れたのでまぁいいだろう。

 

「ドーバーに行こうと思っている。あそこにちょっと話したい人がいてね」

「話したい奴?」

「大陸から来た人さ。カヤックでね」

「そんな命知らずがいたのか……」

「追いつめられてだろうけどな」

 

 大陸側がどうなっているか分からないけど、向こう側のクリーチャーの話だけでも情報は欲しい。できることならば、海を渡ったときの詳しい話も。

 

「その途中、遠くからロンドン周りの様子を見ておきたいしな」

「……オーガのなりそこない(ゴブリン)には気をつけろよ。オーガみたく固くも強くもないが、足は速いぞ」

「あぁ、分かってる」

 

 一応ジープにガソリンはフルで入れてあるし整備もしたばかりだ。防衛用のガンタレットも積んである。

 

(とはいえ、一人じゃさすがに限界なのがなぁ……)

 

 最近ではクリーチャーが非常にやっかいだ。急激に強くなったというわけではないが……以前よりも早く気付かれたり、以前よりも多い数で群れることが増えている。

 迎撃するには、タレットだけでは限度がどうしてもある。やはりマンパワーというのは重要なのだ。

 

「俺も護衛を雇うべきかとたまに思うんだが……」

 

 一応、協力を約束してくれる人間はいるが、そいつは戦闘要員ではなく、今は違うシェルターにいる。

 

「まぁ、そんな奇特な奴はいねぇよなぁ……」

 

 なにせ、シェルターに籠っている方が絶対に安全だし長生きできるのだ。

 そのうえ、いつ死んでもおかしくない行商人。中には荒稼ぎをして食糧や弾薬を溜めこんでいる奴もいるが、俺はその対極。可能な限り流通が回るように意識しているから手持ちはいつも最低限。貯蓄……資材でなら一応あるが、それは前から考えている計画が上手くいったときのための物。迂闊に使える物じゃない。

 つまり、いつ行方不明になってもおかしくない人間のために安全なシェルター飛び出して旅しませんか? ということである。控えめに言ってこれに乗る奴は頭がおかしい。

 

「――あぁ、オーウェルの娘が行商したいとか言ってたなぁ……お断りだけど」

「ジゼルが? アイツ何日か前にジョージをボコボコにしてたが……どうしてまた?」

「さぁ? シェルター生活が退屈で、外に憧れてるんじゃないか?」

 

 可愛い娘だとは思ったけど、それをやるとポーツマスの住人と遺恨が残りそうなんでパス。そもそも、欲しいのは同業者でも従業員でもなく、戦闘に長けた人物だ。

 そうなると自警団か、あるいは他の行商人の護衛の誰かを貸してもらうか。

 

「……いないものかね。危険な状況で、生活は安定しないけどついてきてくれるっていう奇特な人間」

「無い物ねだりもいい所だな。そんな奴がいりゃあ、そもそも自警団が声かける」

「だよなぁ」

 

 やっぱり当分の間はタレットで対処するしかないか。当初の予定通り、タレットの性能を上げる所から始めよう。

 

「あぁ、そういやぁ少し前に面白い奴がいたぞ」

「どういう意味での面白い? クリーチャーすら爆笑必至のジョークを持ってる? それとも連中の目を引き付けるとびっきりのマジシャン?」

「安心しろ、お求めの人材の可能性はある」

「何パーセント?」

「40だ」

「……またなんとも言えない数字だな。で、なんだ?」

 

 空になってしまった瓶を懐にしまってそう尋ねると、眼帯の男はニヤリと笑う。

 

「お前さんが来る数日前かな。ウチに商人じゃない外からの客人が来た」

「……商人じゃない?」

「そうだ、しかもとびっきりの美人だ」

「……女かぁ……」

 

 外から来たという時点で思いつくのは、何らかの罪を犯してシェルターを追いだされた人間だ。

 大抵は近くのシェルターを目指して動くが、大体は途中でクリーチャーに食われるか、運が悪ければ青い雲の雨に当たってどこかで倒れて、そしてそのまま変異する。

 

「あぁ、普通なら追い出されたと思うだろう? だが、ソイツは身なりはしっかりしていて、しかも装備も持っている。ハンドガン、クロスボウ、それにライフル。弾薬も持って、アーマーまで身につけている女はこう言うんだ。――私を雇わないかってな」

「…………」

 

 正直な話、普通ならこう思う。要するに娼婦なのだと。

 だが、装備を整えているとなると話は変わる。

 つまりは、この世界に来てからの三年でそんな人間を見たことないが――

 

「私は傭兵だ。その女は、そう言ったのさ」

 

 旅する個人戦力。MMOであるならば十分にあり得る。だが、この世界ではまずそんな選択をする人間はいない。

 

「その女、まだポーツマス……に、いるわけないか。いるなら耳にしているハズだ」

「あぁ、何人かが声を――その、戦力としてよりは女としてだが、声をかけたんだ。だが、結局条件が合わないと断られたそうでな」

「それじゃあ腕は分からずじまいか」

「まぁな。だから本当に強いかどうかは分からねぇ」

 

 どこかを追いだされた後で武器を拾って、戦力になると語りながらその容姿も利用して食糧や水を各地から頂いていくのが目的か?

 いや、それなら女として生きた方が絶対に楽だ。容姿が優れているなら尚更。

 

 ……少し、興味が湧いた。

 

「ソイツ、どこに行くかって言ってた?」

「いんや、誰も知らない。滞在の礼と言って弾薬と資材を置いて、代わりに水をいただいて出ていった。ウチの市長が惜しがってたよ」

「……水だけか?」

「あぁ、そう聞いている」

 

 水を優先するのは正しい。だが少し引っかかった。

 ひょっとしたら、近くで食糧を補充できそうな場所があるのではないか。つまりは、シェルターを。

 

「どうだ、面白い話だったか?」

「あぁ、普段からそれくらい良い話をしてくれりゃ酒を多めに回してもいいんだが」

「良い話ってのは、たまに出るから良い話なんだよ。普段からポンポンそんな話を持ってくる奴信じられるか?」

「……確かに、違いない」

 

 空瓶をバックパックにしまって立ち上がる。真っ直ぐ東に行くつもりだったが、たまには寄り道もいいだろう。

 とりあえずは装備を整えよう。

 話のお礼に、眼帯男の肩をバンバンと叩き、寝酒用に取っておいた酒の小瓶を押しつける。

 明日は早くなりそうだ。やる事をやったら、ベッドに入ろう。

 

 

 

 



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003:Go to the East

『青い雲――UBC、そしてクリーチャーに関しての研究は各国が進めていた。当然だな、文字通り世界の危機だったのだから』

 

 伸ばしっぱなしのボサボサの髪を掻き毟りながら、その女は俺にそう言った。

 

『それで、結局研究成果は?』

 

 互いにとあるシェルターで作られたビールを口にしている。俺が入手してきた物だ。

 真面目な話の時にどうかと思うが、酒がいいと言うので用意してきた。おかげでかなりのタレットを作成して提供することになったが……まぁ、それはいい。

 俺の質問に、女はグラスを呷りながら、しかし顔色はまったく変えず、

 

『今、世界がこうなっている。それが答えさ』

『……なんにも分からなかったってわけか』

『それは正しくない。正確にはほとんど、だな』

 

 女性は、隈ができたどこか病的な目を爛々と輝かせて、手元の紙をめくる。

 なんというか、美人なのだろうにもったいねぇ。

 

『まだUBCが現れて間もない頃、環大西洋国家を主軸としたプロジェクトがあったようでね、英国、EU、米国、カナダ、アイルランド、ブラジル――それに協力した日本と……まぁ、それぞれの国家の空・海軍や宇宙開発機関による『UBC』の調査が行ったようだ。その結果、『UBC』は銅に近い金属片を大量に含み、そして帯電していることが判明している』

『……金属? 雲が?』

『粉末状の物だがね。当然『光る雨』にもそれは含まれているだろう。クリーチャー化にもやはり関係があると思う』

 

 女性は何枚かの分厚い紙――いや、かなり変色している写真を取り出して、見せてくる。ウサギ、ヤギ、イヌ、馬、羊などなどなど。ただし一見皮膚が爛れていたり、明らかに皮膚の色が違っていたり、一部の筋肉や皮膚が盛り上がっていたりする。

 自分たちが戦っているクリーチャ……だが、実際に自分が交戦した物よりも、変異は少ないように見える。

 

『UBC発生当初。つまりは初期段階のクリーチャーだ。彼らもこの一世紀で変異し続けているということだ』

 

 女は続ける。

 

『市街地の探索などで見つけた読める状態の当時の新聞、雑誌、本などの資料を見る限り、間違いなく昔のクリーチャーは弱かった。防壁やタレットなど置いていない、ごく普通の地上の街に住んでいた当時の人類にとってはそれでもかなりの脅威だったし、文献の様子だと襲撃頻度は今以上だったようだがな』

『昔の状況に興味はない。分かってることは?』

『……せっかちだな君は』

 

 無駄に、さぞ美味そうに喉を鳴らしてグラスのビールを飲み干した女は、改めてこちらに向き直る。

 

『おそらくそうした性質を含む金属――いや、物質によって変異したためにその影響を受けているのだろうが……奴らは電気のあるところを好む性質がある。旧時代の発電施設や変電施設、規模の大きい自家発電を持つ病院や軍基地などが優先して襲われたのはそれが原因――ではないかという話だ。今もシェルターが襲われやすい所をみると、あながち間違いでもないかもしれん』

『……だが仮説か』

『仕方あるまい。繰り返すが、今よりもはるかに優秀な武器や兵器、なにより人が大量に溢れていた時代だ。もし、正確に奴らを理解していたのならば、このような歴史にはなっていないさ』

 

 空になったグラスを軽く振ってお代わりを催促する女。

 色々言いたいところではあるが、自分もなんだか飲みたくなってきたのでなけなしの一本の栓を開ける。

 おそらく今後二月ほどは水だけだろうが……。

 

『クリーチャーの身体能力や五感の強化、あるいは低下。その理由もそこら辺にあるかもしれない。生物の体を動かすのは熱、酸素、そして電気信号』

『UBCに含まれているっていう物質がそれに影響を与えている……かもしれないという話か』

『そうだ、ただし全ての生物ではない。例えばだが、もしUBCが微生物などにまで影響を与えているのならば、我々人類はすでに全滅している』

『影響の有無か。その条件に目途は?』

『残念ながら、まだだ』

 

 女は、少々大げさに肩を竦めてみせる。本当に残念と思っているのかどうか、それなりに深く付き合っている俺でなければ判別できないだろう。

 

『それを知るには、直接この手で調べる必要がある。まぁ、私としては望むところなのだが』

『あぁ、それをお願いしたい』

 

 自分がこの女に会っているのはこれが理由だった。

 クリーチャーに触れることは禁忌……あるいは汚れだという風潮の強いこの世界で、タブーに触れてくれそうな人間は自分にとっては貴重だ。――周りから見れば変わり物か厄種だろうが。

 

『……君は、ヒーローになりたいのか?』

『違うといったら嘘になるんだろうな』

 

 駆けだしとは言え商売をやっている人間がこんなことを言うのもなんだが、自分に交渉の才能はない。

 契約をするときに、小難しい言葉で煙に巻く真似もできないし、なにより下手にカッコつけて複雑な契約をしようものなら、後で自身の首を絞めそうな気がする。

 だから俺は思ったままを口にすることにした。

 

『妙なことを言うと思うかもしれないが――ちょっと前まで俺は普通に生きていけると思ってたんだ』

『…………』

 

 何かを言おうと僅かに女は口を開くが、すぐに閉ざした。

 黙っていた方がいいと思ってくれたのだろう。ありがたい。

 

『それが、まぁこんな感じだ。じっとしていてもいつクリーチャーに襲われてもおかしくない。その前に、何か一つ間違いが起これば飢え、あるいは内乱で死ぬだろう』

 

 実際、よくある。シェルターらしき出入り口を見つけたら分厚い何層ものシャッターが喰い破られており、中がクリーチャーの巣になっているシェルター。

 余所者を決して中に入れないシェルター、あるいは、中で全員息絶えていて開けようにも開けられないシェルター。恐らく、何らかの理由で出れなくなって助けを求めようとしたのだろう、出入り口の通信用モニターだけが付いており、アップで白骨化、あるいは腐敗した死体が映ってるなんてこともあった。

 

『そんな世界のまま歳を取るのは嫌だ、と。そう思ったんだ』

『……君や私の代では何もできないかもしれない。というか、その可能性は十分以上にある』

『だろうな』

 

 そんなことは知っている。ゲームのときですら結婚やら次世代というシステムで、キャラが消えることは無かったが歳を取る仕様になっていた。当然、子孫の方が各種パラ上限の限界突破、初期ステータスやスキルなどのボーナスなどのために強くなる。βテスト期間ではそこまでいかなかったが。

 

『だが、そうだな……』

 

 俺が何をしたいのか、正直俺自身が分かっていない。

 ジープのエンジン音を聞いて集まってくるクリーチャーから逃げたり、荷物目当てでシェルターの人間全員から殺されそうになったり……まったく碌な目に遭っていない。

 正直、毎回まともな居住シェルターに勧誘される度に、僅かながら心が揺れている。

 それでも旅を続けているのは……。

 

『多分俺は、何もしなかったと思う選択をしたくないんだ』

『その自己満足のために私を雇うと? このシェルターじゃ魔女扱いされている私を?』

『そうだ』

『……君に悪い噂が付いて回るかもしれんぞ。命を賭けてシェルターを守る自警団ですら、中に住まう住人からは白い目で見られる世の中だ』

『あぁ、そんなことは俺がよく知っている』

 

 なにせ、クリーチャーやUBCの雨に接触する可能性が段違いなのだ。触る必要のない居住地区の人間からすれば病原菌を運んでくる厄介者だと思うのだろう。特に、好き好んで外を回る俺のような人間は。

 ――つまり、今更なのだ。

 

『頼む。俺の自己満足に付き合ってくれ』

 

 俺にできたのは、頭を下げることだけだった。

 つま先をじっと見つめている。

 前の方、頭の方からため息が聞こえる。そして――

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

「うぁ~~~~……」

 

 ポーツマスシェルターを出発して数日。少し多めに食糧を調達して、数日間近くの廃墟を探索していた。

 目的は屋内の家電製品や家具を分解して資材を得ること。もう一つ、例の女傭兵の痕跡を探ることだ。

 

「このマットレスいいな。様子からしてこの部屋はこれまでクリーチャーも入ってなかったみたいだし……持っていくか。枕も」

 

 現代風というより、昔の建造物という感じの宿泊施設。その一室を仮の拠点として活動していた。

 ふかふかのマットレスで惰眠を貪ること、最高なり。

 

 普段ならばジープの中で過ごすのだが、作りが頑丈そうであんまり荒れていない建物などを見つけると、構造次第ではこうしてゆっくり過ごすこともある。

 当然、部屋の周りや出入り口、侵入口にはタレットをいくつか置いている。

 

 別に誰に見られるというわけでもないが、埃を払った鏡を覗きながら寝ぐせに手櫛を入れて直す。

 

「そしてここらも外れか」

 

 以前拾った荒廃前のイングランドのロードマップ、所々に×が書きこまれているそこに、今度はチェックマークを入れていく。

 

(ゲーム中だとポーツマス近くは使えるシェルターいくつかあったはずなんだけど……)

 

 自分が一番好きだった要素。それが拠点作成だ。

 各地に散らばっている拠点ポイント。そのうち二か所――課題クエストをこなせば最大5か所までの拠点やシェルターを自分の手で作れるのだ。

 最初に用意されているのは出入り口、数人分の居住区画、管理室、周辺の囲う鉄条網とタレット数機のみ。

 ここに施設や防衛を足していって、住人を増やしていくのだ。

 武器、防具等各種店、食糧プラントに浄水装置といった基本的な物から拡張を続ければ手に入れた車両の修理から改造まで可能な車庫、自分が入手した不要な物を売ってくれる店など色々ある。

 で、自分が登録していないシェルターポイントに行くと他の人が作ったシェルターに訪れることができるというわけだ。お気に入りとしてそのポイントに登録をすることも可能だった。

 

 自分の自由にできる拠点――特に雨を気にせず、電気なども使えるシェルターを見つけ出す。俺が旅をする中で一番大きい目的はこれだ。

 ゲーム中ではいくつかの条件を満たせばランダムではあるが一定時間ごとに資材を入手できる特殊なプラントも設置できるようになった。

 さすがにリポップという無限再生現象があり得ないこの世界ではそこまで便利な物はないだろうが、拠点があるというのは非常に便利だ。

 問題は、そのシェルター内の設備がゲームと同じようにある程度生きてくれているかだが――

 

(まぁ、自前の研究施設があった方が、アイツもやりやすいだろうしな……)

 

 大体一年前くらい前に、自分が個人的に雇った研究者がいる。

 クリーチャー、ひいてはUBCに関する研究を進めている女だ。

 今のご時世、研究というとより強力かつ効率的に作れるシェルター防壁や作物の改良、生産等が主軸なのだが……。

 

「……さて、さすがにそろそろ移動するか」

 

 探索の間に拾った使えそうな物はかなりの量になる。このまま真っ直ぐ次の目的地まで行っても問題はないだろう。あまり探索に時間を費やしては無駄に食糧を消費してしまう。

 浄化した水があるから当分はどうとでもなるが、あまりに余裕をなくすと街での取引で足元を見られる可能性がある。そうなると非常に面倒だ。

 

 それに、例の女傭兵も次の街目指して移動したと見るべきだろう。それらしい痕跡は見えなかったし、傭兵ならば稼ぎ所にさっさと行くはずだ。

 傭兵――つまりは戦う力を必要とされているのはどこでもそうだが、喉から手が出るほど欲しいという所ならば当然激戦区。

 

「こっから北に行ってオックスフォードから流れてくる連中に対処するか、あるいは……」

 

 俺と同じ東か。

 そうだったのならばいい。俺と行動を共にしてくれるのならば、尚。

 

「とりあえず――」

 

 扉を開けて、廊下に出る。こちらのガンタレットは起動した気配がない。

 人の気配はもちろん、獣の気配もしない。……だが、濃厚な血の臭いだけは立ち込めている。

 階段を下り、裏口に回る。ちょうど守りやすそうな場所に止めたジープへと向かい、

 

「……さっさと行くか」

 

 通りかかっていたのだろう、猿が変異したような――だが、人間の衣類の残骸を身に付けたクリーチャーが、血まみれで辺りに倒れていた。

 その傍にはジープを守り続けていた二台の守りの塔(タレット)が、じっと主人に回収されるのを待っていた。

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「おいどうした、この二日飯食ってないって?」

 

 ポーツマス自警団。主にシェルターに近寄るクリーチャーの排除、資材のための周辺部における廃品回収(スカベンジ)作業などを行うグループだ。ようするに、シェルター運営のための汚れ作業を請け負う集団と言っていい。

 そんな集団が寝泊まりする大部屋、そのベッドの上でピクリとも動かない一人の少年に、眼帯の男が声をかえる。

 少年の顔色は悪く、横になっているその姿は死んでいるかと思ってもおかしくないほどだ。

 

「…………僕は」

「今回が初仕事だったんだってな」

 

 眼帯の男は、少年のベッドに乱暴に腰をかける。

 いきなり力を受けて歪んだマットレスが少年の体を揺する。

 

「ならそんなこともある。……ある意味では大当たりだ。大抵初日でクリーチャーに出くわす奴はいねぇ」

 

 眼帯の男は知っている。キョウスケが流通路確保のために、大通りなどの交通に便利な所はできるだけクリーチャーやその巣を探しだして対処していることを。

 無論、焼け石に水だろう。だが、そのうえでクリーチャーが潜みそうな場所――建造物や路地などを有刺鉄線などを使い封鎖していた。

 それが破られていれば、そこは危険地帯というわけだ。

 

「……殺したんだ。僕が、僕は――」

 

 先日、13になったばかりの少年に寄りそう両親はいない。

 母親は彼を産んだときに命を落とし、自警団だった父親は彼がちょうど12歳から13歳へと変わるその日に命を落とした。

 

「そうだな、お前さんは奴を――ケビンとアルフを死に追いやった。行方不明ということだが、ノブの奴も……多分な」

 

 だから、自警団の仲間は少年の親代わりになると決めていた。だが、死亡率の高い自警団の中で、子持ちはそれほど多くない。……どう接していいのか分からないのだ。

 

 そんな中眼帯の男は、腫れ物に触れるかのように接する仲間と違い、事実を口にした。

 きっと、周りの仲間が聞いたら目を剥いて止めに入るだろうが、少年には必要なことだ。

 それが眼帯の男には分かっていた。

 

「……父さんの仇を討ちたかったんだ」

 

 ボソリと、少年が呟く。

 

「父さん、いつも怪我して帰ってきて。でも、おもちゃを買ってくれて……たまに商人が来たときは魚とかお菓子を買ってくれて……」

 

 キョウスケだ。

 眼帯の男はそう思った。

 稼げる行政側だけではなく、金も資材も碌に持っていない個人とまで取引しようだなんて馬鹿な商人。そんな奴は一人しか知らない。

 

「でも、ゴブリンに喰い殺されたって……顔、残ってなかったんでしょ? 僕、見せてもらえなかったもん」

 

 ゴブリン。どういう存在か未だによく分かってないが、UBCの雨に触れて『オーガ』になる過程だとか、あるいは成りそこないと言われているクリーチャーだ。

 オーガが完全に二足歩行なのに対し、ゴブリンは姿勢を低くした猿のような姿勢で移動し襲いかかってくる。

 力もスピードもオーガとは比べ物にならないほど弱いが数は非常に多い、クリーチャーを相手にする自警団にとって最も警戒しなければならない相手の一つだ。

 

「……だから、自警団に入って……クリーチャーなんて全部やっつけて、父さんみたいに死ぬ人を無くしたかった。なのに……っ!」

 

 啜り泣く声が、狭い部屋に響く。

 眼帯の男は、「そうか」と呟き、そのまましばらくじっとして、

 

「自警団にいると必ずそういう目に遭う。あのときこうしてりゃ、ああしてりゃ。前に出てれば、下がっていれば。そして――死ぬべきは自分だったと思うときが……」

 

 鼻をすする音が響く。少年は答えないが、おそらく聞いてはいるだろう。

 仮に耳に入ってなくても、それでも語ることしか男にはできない。

 大人も子供も関係なく、耳と心を開かせるには共感を得るしかないことを男は知っている。

 

「俺もそうだった。……なんて言っても、だからどうしたって話だが……」

 

 だが、知っているだけでどうすればいいかは分からない。だから、出てくる言葉はどこかで聞いたようなありきたりな物になってしまう。

 

「俺にとって大事な奴だった。守らなくちゃいけない奴だった」

 

 伝えきれない申し訳なさが混じりながら、それでも男は続ける。

 

「ソイツを死なせてしまったとき、死にたい気分になった。俺が前に出てれば、アイツは生きていたんじゃないか。そんなことばかり考えてしまう」

「…………」

「でもな、死んだところでどうしようもねぇ。死んだところで、精々食いぶち一人分が浮くくらいしか『いいこと』が思い浮かばなかった」

 

 ふと、男はキョウスケを思い浮かべた。

 同じように転んだと言っていたあの商人ならば、少年になんと声をかけるのだろう。

 

「だから、もっと守ることにした。ソイツの後にも大勢を死なせたと感じる。その数が増えるたびに、もっと多くを守れるようにと一人死なせれば十人を、二人死なせりゃ二十、三十と……」

「……オジさんは、今は守れてる?」

 

 少年が、鼻をすすり、真っ赤になった目を拭いながらそう聞く。

 

「わからねぇ。ソイツが分かるのは……きっと自分がくたばるその瞬間なんだろうさ」

「……オジさんはいつ死ぬの?」

「さぁな。死ぬときだ。ずっと先か……あるいは明日かもしれないし、明後日かもしれない」

「それまで、ずっと苦しむんだね」

「あぁ、そうだ」

 

 一日生き延びるたびに、背負う物が増える。

 男が唯一、自信を持って真理だと言えることだ。

 

「だが、苦しいだけじゃない。希望もある」

 

 今度は、少年は聞き返さなかった。だが、言葉を待っているのはなんとなく感じていた。

 

「信じることだ。少しでもマシな世界になることを。少しでも良い世界になることを」

「……僕には、信じられないよ」

「今はな。俺も、少し前まではそうだった」

 

 殴り殺し、撃ち殺しても増えるばかりのクリーチャー。一方で日に日に減っていく食糧配給。水は浄水器を通しているとは言え、それが本当に汚染されていない物かどうか怯えて口にする日々。そして倒れていく仲間。それがポーツマスの日常だった。

 

「きっといい日が来る。そう信じさせてくれる奴が現れた」

 

 その街のお偉いさんに媚を売る商人が多い中、まっすぐ意見をぶつける馬鹿がどれほどいるだろうか。

 自警団の後ろから弾幕を張るのではなく、その自警団を助けにクリーチャーの群れの中に飛び込む商人がどれほどいるだろうか。

 奪還、という言葉を掲げて戦力を整え人をまとめようと努力をする男が、どれほどいるだろうか。

 死ぬしかないと自暴自棄になって、クリーチャーの群れの中で喰われかかっていた男を全力で救ってくれる商人が、どれほどいることか。

 

「いつか、お前もきっと出会う。自分の罪を許してくれる奴が、許させてくれる奴が。生きる意味があったと信じさせてくれる奴がきっと現れる」

 

 そっと眼帯を――そのとき失くした左目があった所を触れながら男は立ち上がる。

 

「ほれ、余裕が出てきたら食っとけ。外回りも内側も、人間身体が資本だ」

 

 男は懐から、持ってきていたベイクドビーンズの缶詰を放り投げる。

 

「お前の親父さんの好物だ。温めたソイツをパンと一緒に食うのが好きだった。アイツが……キョウスケが干し肉とかを持ってきたときはそりゃあもう喜んだもんさ」

 

 反応を示さない少年。だが、男は笑って声をかける。

 

「生きろよ坊主。生きて、強くなって、たくさんの人を守れ。それがお前の償いだ」

 

 半分少年に、半分自分にそう言って、男は静かに部屋を出る。

 

 

 

 

 

 

 

 この時代、どこにでもある光景だ。

 

 男が立ち去った後、少年はそっと缶詰を手に取ってなぞる。ラベルなんてない質素な物だ。

 少年は、まだ立ち上がれない。起き上がれない。

 

 



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ウィットフィールド準備編
004:『Key to England』


 ポーツマスを出て海沿いを真っ過ぐ東へ。正直ここらはジープだと、クリーチャーを避けながらでも数時間で次のシェルターに到着できる。

 ポーツマスからブライトン、イーストボーン、ヘイスティングス、フォークストーン。

 正直ここらの街はポーツマスほど活気のあるシェルターではない。だが、ここらは自分をとても重宝してくれるシェルターなのだ。

 

(まぁ、ようするにどこも前線ってことか)

 

 場所はともかく名前はおそらく日本でも多くが知っているだろう街、オックスフォード。

 大学で有名なその街はロンドンの北西に位置する街だ。

 そのオックスフォードを陥落させたクリーチャー達はそのまま周辺を荒らしにかかるだろう。そう思っていたのだが、どうにも予想は外れたようだ。

 

 イングランド南部。イギリス海峡やドーヴァー海峡に面する海岸沿いの街への攻勢が非常に強くなっている。

 ポーツマスはまだまだマシな方だった。あそこの場合、周辺のシェルターの人員が精強だというのもあるだろうが、ロンドンからある程度距離があるというのが大きいだろう。

 

(ちくしょう、ポーツマス(あのクソ眼鏡)の引き籠り政策はあながち間違っちゃいないってのが癪に障るな)

 

 全てがそうというわけではないが、シェルターのほとんどはかろうじて稼働している状態だ。

 UBCの雨に汚染された可能性のある水、生活排水を浄化する浄水装置に食糧生産プラントの環境を整えるための設備各種に肥料、農薬、それらの維持に加えて居住区の膨大なエネルギーを支える発電装置。

 

 一世紀もの間、騙し騙し使い続けているが当然それらは日々摩耗する。それらの修理維持には、これまた当然ながら資材が必要になる。

 それを得るためには外に出ざるを得ない。多種多様なクリーチャーの住処となっている街に潜入し、目ぼしい物を持ちかえり、場合によっては戦闘になる。するとそれは敵を刺激し、引き寄せることにもなってしまう。

 ポーツマスの戦闘経験が少ないのは、周辺のシェルター環境もあって近くで探索したりする機会が他に比べて少ないというのが大きい。まぁ、すぐ近くの臨海区は死ぬほど危険な場所だが――

 

 ともかく、それほどに危険な地上調査を行うのに必要なのが、雨をしのげるしっかりした建物を利用した地上での探索拠点。そしてそれを守るのは各シェルター自警団の精鋭と装備、そして防衛装置。つまり俺の出番というわけだ。

 

(それにしても……さすがに資材も弾薬も尽きてきた)

 

 資材を譲ってもらうために、俺はよく自警団の活動に自主的に参加している。ある意味で傭兵みたいな真似事をしているわけだが、気持ちよく資材や食糧を売ってもらうにはこれが一番だ。

 もっとも、どこもギリギリなわけだ。売ってもらえる食糧も資材もかなり少ない。ギリギリの所で最も必要な物と、どうにかなりそうな物を交換してもらっている。

 そんな中、戦闘が増えている所が弾薬類を多く渡してくれるはずもない。

 今は後ろに積んである分とジープに直接セットしているタレットに装填してある分。そして手持ちの武器の弾だけだ。

 

「……エレノアの奴、こっちの荷物見てねちねち責めてこないだろうな」

 

 自分とほとんど歳が変わらない、だが一つの居住地を治めているおっかない美人の顔を思い浮かべる。

 その顔はどれだけ想像しても2パターンだ。冷たい目でじっと睨んでくるか、怖い笑顔を浮かべてじっと覗きこんでくるか。

 まぁ、つまり――どちらにせよ、俺がエライ目に遭うわけで。

 

「……素通り……したら殺されるな」

 

 だんだんと見えてくる街並み。その向こうにある緑豊かな丘。そこに静かにそびえ立つ古城。――ドーバー城。

 その地下に造られたシェルターこそ、この南西部において最大の拠点である。

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

「久しぶりだなキョウスケ。どこぞでくたばっていないか冷や冷やしていたぞ。なにせいきなり私に子連れの美女を押し付けてさっさとどこかに行くのだからな。とうとうできた子供を女ごと捨てに来たのかと本気で心配したほどだ。前に拾ってきた女を押し付けたときも同じだったな。まったく同じことを何度も繰り返すとは大した男だ。あぁ、よく帰ってきた。本当によくも私の前に顔を出せたものだ。心から歓迎しよう」

 

「どう歓迎しているのか説明してくれ、懇切丁寧に。……ごめんその、できれば拳とか蹴りとかじゃなく口でだ」

「なるほど、では首元に祝福のキスでもしてやろうか」

「歯を剥くな。歯を」

 

 うっすらと冷たい笑みを浮かべる黒い髪を肩辺りで適当に切っているパンツスーツの美人――エレノア。

 5年ほど前に死んだ父親の跡を継いで、このシェルターの代表を務めている女であり、俺の最大のスポンサーでもある。割と良心的なレートで資材や食糧の物々交換に応じてくれるし、大抵のお願いは聞いてくれる。その分働かされるが――

 

「……オックスフォードが落ちたぞ」

 

 市長室ではなく私室へと通された以上、あまり聞かれたくないなんらかの話があるのだろう。

 さっさと本題に入った方が良さそうだ。そう判断した。

 

「もう聞いた。……食糧事情はさらに厳しくなるな」

「これまで以上にコーンウォール方面のシェルターに頼ることになる。少し前になるが、エクセターが予定していたエネルギープラント区画の三分の二を生産プラントに回すことを決めてくれた。土を休ませながらの大豆(ビーンズ)栽培を中心にして……まぁ、どうにかするそうだ。稼働を開始すれば、自警団から部隊を編成して、ソールズベリーまでのシェルターを回るキャラバン隊の編成も考えているとさ。こっち側には俺や知り合いの商人で回していくことになる」

「ありがたい、助かる。こちらも対策を取らなければならんのだが……」

 

 エクセターは南西部の中心と言っていい拠点だ。最南西部のコーンウォールと南海岸地方を結ぶ交通・物流の要所。

 この世界に来たばかりの俺が最初に訪れた拠点でもある。

 

「つっても、オックスフォードが落ちたのは正直痛い。致命傷と言ってもいい。土関連の技術と施設を持っているのはあそこだけだった」

 

 UBCの影響を受けるのは動物だけではない。UBCの雨を大量に含んだ土壌、そこから生える植物はUBCと同じ淡い光を放つようになる。人がそれを食べたという報告は聞かないが、それを食べた動物がクリーチャー化したという話ならば非常によく聞く。

 オックスフォードは、農作物の不要部分――要するに食べない部分を利用して堆肥を作るプラントを持っていた。

 似たようなことは、どこのシェルターもやっているが大規模かつ効率的なそれを持っているのはオックスフォードだけだった。

 それにあそこは、検査して汚染が少ないと分かった土を『浄化』するプラントを持っていた。

 

「綺麗な土も肥料も足りなくなる。ここでも堆肥は作ってはいるが、どうしても限界がある」

「正直、どこもそれで頭を抱えている。お前ならば何かいい考えがないかと思ったが……」

「唯一思いつくのは、今ある資材や機材を総動員してここに同じ施設を作ることだ。避難してきた人間の中にその知識を持つ人間がいればできなくはない。足りないのならばなんとしてでも集めてみせる気概はある。だが――」

「……今度はそれを維持するエネルギーが問題になる、か」

「そうだ。屋外に設置している風力、ソーラー……微力だが、浄水装置を利用した水力。それらでどうにか賄っているのが現状だ」

「あちらを立てればこちらが立たず、か」

 

 これが地上ならばもう少しなんとかなるのだろうが、ここは地下施設。僅かなことにも電力を使う。

 文字通り、エネルギーは食糧に並ぶ――いや、それ以上の生命線と言えるだろう。

 なにせ、エネルギーが枯渇したらまず真っ先に循環している水の浄化が止まってしまう。

 

 エレノアは執務椅子にどさっと腰をかけて、背もたれに体重をかける。

 

「キョウスケ、この話は――」

「緘口令だろ? 分かっている」

「すまん。だが、口にする物が減るかもしれんという話は住民に大きな不安を与える。積み重なれば暴動も起きかねん」

「…………」

「どうした?」

「いや、言おうかどうか少し迷っていたんだが――」

 

 ポーツマスを出て、間のシェルターに立ち寄ったときに知り合いの商人と情報を交換する機会があった。

 主に、オックスフォードが陥落してから後の周辺の様子だ。

 

「オックスフォード近く……コッツウォルズ地方の小さいシェルター同士で争いが起こっている。近寄らない方がいいと知り合いから警告を受けた」

「……っ」

 

 恐らくどこかで予想はしていたのだろう。大きな驚きは見せず、だがエレノアは、強く歯を噛み締めた。

 

「陥落の知らせを受けて集団パニックに陥ったんだろう。発電装置や浄水装置、そのパーツの奪い合いが起こっている」

「……ブリストルは大丈夫か?」

 

 その近くで最も大きなシェルターの名前を彼女は口にする。

 

「そっちには影響がない。警戒は必要だけどそっちまでは行っても大丈夫だと知り合いは言っていたが……実質、クリーチャーの件も含めて北は危険だ」

 

 ゲーム内ではイングランド本島は、その中央部のマンチェスターという街辺りまでは割と自由に移動できた。

 車さえ入手できればある程度の敵は振り切れたし、資材を揃えて車を改造、速度を上げるか武装を取り付ければ危険地帯なんて数えるほどだった。

 

(それが今では、南部の中の南部でしか活動できないとか……)

 

 正直な話、今となっては北の方がどうなっているのか見当もつかない。

 理想でいえば間がクリーチャーやその他の要因で断絶しているだけであって、向こう側も生き延びていると信じたいが……

 

「暴徒になったと言っても人間――いや、生物か。意識してか無意識か、数の多い所を相手にするような自滅に近い行動は避けている」

「嘆かわしいとしか言いようがない。が、我々もそうなりかねないということから目をそらすわけにはいかん……か」

 

 壁に貼られたイングランドの白地図には、現状どうにか行き来が可能、あるいは状況がどうにか分かっている所について色々と書き込まれている。書ききれなくてメモ付箋を貼りつけている所が多数だ。

 だがそれらはイングランド島全体の三分の一にも届かない。下半分の更に半分から更に削って……というところだろう。

 

「一手が必要だ」

 

 地図を睨みつけたまま、エレノアがため息と共に呟く。

 

「状況を打破する、そして現在の我々でも可能な一手が……今すぐ必要だ」

 

 んなことわかっとるわ。

 

 反射的にその一言が口に出そうになったが、それもまた反射的に飲み込む。

 責任とはほとんど無縁の俺ですら嘆きたくなるのだ。大勢の命を背負うエレノアが愚痴るのを、止める権利なんてない。

 

「……俺に、できることはあるか?」

 

 またまた反射的に、俺はそんなことを口走っていた。

 正直なところ、いけ好かないポーツマスのクソ眼鏡もそうだが……皆生きている。

 この絶望的な状況でなんとか持ちこたえようと全力――いや、死力を尽くしている。

 だから、なんだかんだで嫌いになれない。

 生きようと、生かしたいと、そう思う。

 それを聞いたエレノアは、「そうか、そうだな――」と苦笑を浮かべながら執務机の引き出しを開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょうどお前にピッタリな仕事を多種多様揃えているのだが……そうだな、お前がそう言ってくれるのならばとびっきりの奴を――」

「よし、お前やっぱり地獄に堕ちろ」

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 このイングランドを旅するのに最も大事なのは『足』だ。

 こいつがなけりゃ旅はもちろん、敵から逃げ回るのにも一苦労する。

 俺みたいに外を回る人間にとって、ある意味水や食料よりも優先して守らなくてはならない物である。

 

「ねぇ分かってる? こんな無茶苦茶な扱いして! バンパーにクリーチャーの血液ついてて洗浄だけでどれだけ時間かかったか……今のご時世、車は貴重なんだからね!? 貨物用の第二車両までベコベコってどういう運転したのさ!?」

「いやもうホントに申し訳ない。悪かった。本当に悪かった。あ、バンパーは補強しておいてくれ。数がそこそこ程度なら突撃戦法が非常に有効だってのがよく分かった」

「アタシの話聞いてた!!?」

 

 所々の汚れが目立つ、オレンジ色のジャンプスーツを着た少女が目くじらを立てて俺に詰め寄る。いやもうホントごめんて、でも便利なんだって車の突撃戦法は。

 エレノアとの話が終わってから、俺はジープを預けていた整備棟に来ていた。

 自警団が使う装備のメンテや改良、改造を行う所だが、俺も特別にここを使わせてもらっている。

 彼女はフェイ。主に車両を担当することが多いメカニックだが、銃火器の改造、改良を行うガンスミスでもある。

 

「いや、でも真面目に頼むわ。道路を走らせているときは大丈夫なんだけど、国立公園とかの危険地帯突っ切る時は本当に必要なんだよ。タレット起動させて弾薬を消費するのもつらいし……」

「言いたいことは分かるけど、それなら危険地帯避けていこうよ。クリーチャーのど真ん中で故障だなんて笑えないよ?」

「どうしても急ぎの仕事が多くてな……。それにガソリンの消費も抑えたい」

「それも分かるけどさぁ……」

 

 私不満です、と顔をしかめるフェイは、先ほどまで作業をしていたのか汗まみれの額をタオルで拭う。

 

「まぁ頼むよ。積み荷のガソリンは代金として渡すから整備頼む。バッテリー周りも念入りにな」

「何? タレット増設するの?」

「あぁ……物騒な美人さんから物騒な仕事を押しつけられてな。今回だけでいい、輸送や足回りより防衛に力を入れてほしい」

「物騒な美人って市長のことだよね。何頼まれたの?」

「俺の本分さ」

「……どこかの女口説いてくるの?」

「ぶん殴るぞお前」

 

 コイツが俺のことをどう思っているかが一発で分かる発言である。

 言うほど手を出した女はいないと思うんだが……。

 

 

 

 

「拠点の製作だ。……ちょっとばっかし危ない場所でな」

 

 

 



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005:The front base

『どちらにせよ、お前に任せるつもりの仕事だった。お前は商人と言っても、その実態は各シェルターの防衛を担う遊撃戦力に近い』

 

 ――言質は取ったぞ。

 そういう感じの笑みを見せるエレノアは、数枚の紙をクリップボードに挟んで手渡してきた。

 

『……これは?』

『ここから車両による行き来が容易い範囲で、かつ資源が眠っていそうな場所をリストアップさせたものだ。この二月の間に自警団に命じて調べさせた』

 

 渡されたのはここいらのロードマップを綺麗に切り取った物だ。

 ドーバー市街はもちろん、シェルターがない隣町、その更に向こう辺りまでの物だ。

 

『ドーバー市街地の安全は確保している。そしてそこらの資源になりそうな物は大体回収を済ませてある』

 

 地図をめくると、シェルターの維持分とは別に使用可能な資材や機材の一覧のリストになっていた。

 同時に弾薬類も種類別に細かく貯蔵量が記されている。

 

『その資源の一部を使って、回収作業(スカベンジ)防衛(ディフェンス)のための地上での活動拠点を、そのリストにチェックされているどこかに設ける。そういう計画だ』

『俺たち商人が合間合間に作っている避難所を大きくしたものか?』

『いや……一時的な物ではなく、人員の駐在を前提にした拠点を予定している』

 

 無茶をいう。

 俺の頭に出たのはその一言のみだった。

 

『食糧なんかはこっちから定期的に運ぶんだろうが……エネルギーは? タレットなんかもバッテリー駆動品じゃすぐに限界が来る』

『出発する第一陣の中にエンジニアを多く同行させる。彼らの話だと太陽光、そして風力発電と蓄電池の設置さえ完了させられれば、なんとかなると言う話だ』

『……以前、俺の仲間の話を聞いた上でか』

『そうだ』

 

 クリーチャーは電力に引き寄せられる。今の所仮説でしかないが、その説明は各シェルターの上には話していた。正確には、信じてくれそうな相手にだけ、だが。

 

 俺の場合、この世界について別方向からの視点があったから恐らく正しいという確信を持てた。

 ゲームでも、詳しい説明があった訳ではないが、エネルギー関連の施設を上げると生産や防衛効率等が向上する一方、襲撃率が上がるように設定されていた。

 といっても全ての施設や設備は、設置すれば拠点に設定されているパラメーターの何かが上昇し、同時に何かが下降するように設定されていた。

 ゲームとしてこの世界に物を作っていた時は、そういうシステムだと深く考えていなかったが……。

 

『どちらにせよ地上における拠点設営は、我々の生存圏拡大のためには必須事項だ』

『それは認める。ただ――』

 

 ロンドン奪還という計画を打ち明け、それに対する協力を約束してくれた女だ。人目がなければ軽口を言い合うくらいには親しい仲だが、同時に尊敬もしている。

 だからこそ、彼女をよく知っているからこそ疑問が沸いてくる。

 

『……焦ってないか?』

 

 以前、ここに来たのはおよそ半年前だ。その時にはこんな計画の話は一切出ていなかった。その時は色々あって、それどころではなかったのかもしれないが。

 大胆な所もあるが基本的には石橋を叩いて渡る彼女だ。

 

『どうしてそう思った』

『なんとなく、お前らしくないと思った』

『……逆にお前はいつもどおりだな。いつも言う事が唐突で、でたらめで、だがたまに核心を突く』

『打率の低い選手がかっ飛ばしたホームランはドラマティックだろう?』

 

 俺がそう言うと、割とツボに入ったのか珍しく大笑いした。

 肺の空気を全て吐きだし、肩で息をするその様子からは先ほどまで感じた疲労は少し薄れている。

 そしてポツポツと呟き出す。

 

『まとめ役だからな。あっちこっちからせっつかれるのさ。配給が少ない、浄化水は本当に安全なのか、防衛は大丈夫なのか、電気が少ない、薬が欲しい、配給を優先してくれ……』

 

 本気でうんざりしていると言った様子でエレノアは呟く。

 

『今回の件もどこかからの突き上げか?』

『……自警団への配給を優先しているが、優先されるほど自警団は仕事を本当にしているのか? とな……』

 

 基本、自警団はどこのシェルターも志願制だ。なにせ、万が一の汚染を恐れて別区画に住む事になるし、何より命懸けだからだ。だからこそ、彼らには食糧――特に水の配給は優先されている事が多い。

 だが、同時にシェルターの内側に住む他の人間からは、彼らの姿が見えなくなってしまう。見えないから分からず、分からないから不信へと辿りつく。

 どこでもある、だが根深い問題だ。

 

『無論、それだけで決めた訳ではない。必要な事であると同時に――』

『分かっている。あまり興奮するな』

 

 実際、地上への進出は遅かれ早かれやらねばならない事だ。だからこういう計画も建てたのだろうが……同時に後ろめたさもあるのだろう。

 実際、アイツの仮説が正しければクリーチャーを寄せかねない。そうでなくても地上での活動だ。それも逃げ込む場所から離れた地で。危険度は当然高い。

 使用可能な資材や弾薬がかなり多いのは、恐らくその後ろめたさが手伝った所もあると見た。

 

 

 ――ある意味渡りに船な話とは言え……ちょっとやっかいだな。

 

 

『依頼の件は了承した。報酬の食糧類や資材類の見積もりは、無事に仕事を終えてから出す』

 

 内心のため息を押し隠して、俺は了承の言葉を返す。

 

『先に報酬の話を詰めておかなくていいのか?』

『信用してるし、信頼してる。それに結果を見てからじゃないとお前も不安だろう』

 

 どこも払いや交換を渋る中で、こことポーツマスはキチンと払ってくれる。

 特にここドーバーには車両や銃火器の整備で非常に世話になっている。ある程度の無茶くらいなら喜んで飛び込むつもりだ。

 俺がそういうと、エレノアは立ち上がり、

 

『期待には応えよう。それと――時間はまだあるな?』

 

 そう言うとエレノアは、こちらの返事を待たずにプライベート部分を隠すカーテンを力強く開いた。

 そして脱いだブレザーを上着掛けに乱暴に掛け、彼女は個人の冷蔵庫から質素な缶を数個取り出す。

 小さな椅子をベッド傍のクロスをかけたテーブルまで引っ張って、エレノアはベッドに腰をかける。

 

黒ビール(ギネス)だ。モドキな上に時間が立っているから味は落ちるが……』

『へぇ……』

 

 仕事の話は終わりとばかりに、シャツの襟元のボタンを外し、スラックスの中に入れていたシャツの端を外に引っ張り出して一息吐いている。

 さて、俺にも美人の誘いを断る理由なんてどこにもない。

 

『いいね、付き合おう』

『――ふっ。そうでなくてはな』

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 防衛の基本は二つ。この二つで全てが決まる。

 (防壁)(タレット)だ。

 この二つをしっかり配置しておけば、少なくとも地上の敵はなんとかなる。

 空飛んでる奴? 出会った時の状況次第ではその時点でジ・エンドだ。

 

「なるほど……トラック整備工場跡をそのまま使うのか」

 

 ドーバーから車で北に少し飛ばした所にある街跡。かつてはウィットフィールドと呼ばれていたその街の外れに、俺たちは向かっている。

 

「あぁ、修理すりゃ使える車両だってあるだろうし、資材にも困らない。キョウスケがこっちに来た次の日には先遣隊を送って『掃除』を済ませてるって話だ」

 

 ジープ――パズルゲームの様に積み上げた機材などで狭くなった荷台部分で共に揺られながら、自分と向かい合っている金髪の男が肩をすくめる。

 二週間前にエレノアから依頼を受けた後、俺は作業エリアでひたすらタレットを組み立てていたのだが、その間この金髪の男は暇つぶしにと毎日俺の元を訪れていた。

 

「それにしても――今までにもお前と動く事はあったが、こうして完全に仕事を一緒にこなす事になるとは思わなかったぜキョウスケ」

「そいつは俺もだ、ジェド。前来た時は世話になったな」

「水がヤバいって噂を聞いて化け物どもの住処を突っ切ってくれたんだ。むしろ誇れよ」

「デマに踊らされただけだったさ」

「それでも……あぁ、それでも嬉しかったんだぜ、キョウスケ」

 

 ジェド。三年前からドーバー自警団に参加しているという男だ。

 三年前から武器を手にしたと言う、ある意味で同期のようなコイツは酒好きと言う事で話が合い、ドーバーに立ち寄った時はよく互いの愚痴を言い合う仲になった。

 

「まぁ、一番意外だったのは、第一陣の中にフェイがいた事なんだが……」

「あら、ご不満?」

 

 荷台や後部座席に詰められたタレットや機材は、準備期間の間に俺が作成したものだ。機材の隙間に身をうずめている俺とジェドを、いつもは俺が座っている運転席を陣取っているフェイがわざとらしい声でそう聞いてくる。

 

「不満じゃないが意外だったんだよ。女を外に出すとは思わなかった」

「ジェド、それって古き良き紳士主義? それとも古臭い男女差別?」

「わかんねーのかフェイ? 男9に女1だと子供は1人ずつだけど、女9と男1なら9人ずつ増やせるだろう? 合理性って奴よ」

「アンタ、バカじゃないの?」

 

 言いたいことは分かるがもっと他に言い方は無かったんだろうか。

 フェイが顔を少し紅くして罵ってくる。

 

「まぁ、間違っているわけじゃない。どうして志願したんだ、フェイ?」

「キョウスケから話を聞いた時点で興味はあったのよ。候補になってる場所に大量のトラックの残骸が放置されている所があるって先遣隊の報告は聞いてたし、離れたトコには車の販売所? みたいなのもあってそこにも車が置かれてるって話まで聞いたら……ねぇ?」

 

 ようするに、今まで見た事ないような大量の車に触れるから――というのが志願理由だったようだ。

 

「この車バカめ……」

 

 俺が言いかけた事を、先にジェドが言ってくれる。

 

「何よー。アタシ達がたくさんの車を使えるようにしているおかげで物流が保たれているのよ?」

「にしたって命掛けるこたねーだろ……」

 

 ジェドのぼやきに内心で同意する。実際、エンジニアとしての腕が確かなフェイなら重宝されるだろうし、実際されている。もっと生き方を選べそうな物だが……。

 

「いつ話を受けたんだ?」

「キョウスケが来た次の日。どこに拠点を設営するかってのは私達が会議で決めたのよ」

「フェイ達?」

「正確には、自警団の幹部。アタシ達エンジニアは、候補地からどこがいいか意見を言うって形ね」

「…………」

 

 ふと、ある可能性を思いつく。

 

「おい、まさか拠点が整備工場跡地になったのってお前がごり押しをした結果じゃ……」

 

 なんとなく、不安になってそう尋ねる。

 するとフェイはあからさまに運転に集中する振りを始めて口笛を吹きだした。

 

「…………」

「…………」

 

 思わず俺とジェドは顔を見合わせる。

 恐らく、互いの思いは一致している。

 

 

――こんの、車バカめ……

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 現場に到着早々、さっそく俺は周辺へのタレット設置作業に勤しんでいる。敷地から少し離れた所に林や草原があり、当然のごとくUBCの影響を受けたそれらは淡い輝きを放っている。具体的にどう人体に有害かは不明だが、少なくともクリーチャーが寄る可能性はある。

 もっともそれは最初から分かっており、今はマスク装備の自警団が焼却作業に入る所だ。

 問題は、その煙や炎がクリーチャーを寄せ付けないかどうかと言うことだ。

 そのためにこうして元々ある鉄柵も利用して鉄条網を張り巡らし、タレットの効果を高くするために鉄骨を組んだちょっとした高台を建ててその上にガンタレットを設置。とりあえずの防衛網で設備を囲っていく。

 

「……分かっちゃいたがやってる事がいつもと変わらねぇ。けど範囲が恐ろしく広い……」

 

 それこそ、少し前のポーツマスでも自警団の警護を引きつれて周辺のタレットの整備に回ったり、新しく設置をしたりしていた。

 違う所と言えば、資材や弾薬が自由に使えるのでタレットの性能も少し上げられている所だろうか。

 タレットはより大きな弾丸に、そして反動に耐えられるようにそれぞれ完全に固定している。

 ポーツマス防衛戦ではアルミラージの群れに一部が突破されてしまったが、今度はそう簡単に破られはしないだろう。囲み終わりさえすれば。

 

(といっても、より強力な個体に来られると厄介か)

 

 例えばポーツマスでも一匹だけ確認された緑の巨大犬、ケーシー。同じく犬の変異だが、身体はケーシーに比べて小さく、群れずに個で動きまわり、だが毛並みが黒色の金属質に変異しており危険度が非常に高いブラック・ドッグ、それにここらでは良く出るゴブリンの群れ等……。

 

(今の所、ある程度の差異はあってもゲームとポップする敵はそれほど変わっていない)

 

 たまに出てくる強力な個体も、遠出したり冒険をした商人や自警団員によるいわゆる『トレイン行為』によってシェルター近くまで来るパターンがほとんどだ。

 場合によっては、そのトレイン行為で本来ならばいない個体の群れが来てしまうことがあるが、頻繁にという訳ではない。

 

(それが正しければ、ここらは……)

 

 ドーバーは開始拠点の一つだった。

 防衛関連の施設や設備、そして防具や車の設計図が手に入りやすい反面、武器設計図やパーツの入手には少々苦労し、付近の採取地点も汚染されていない木材は取れるが鉱物資源が少ないというデメリットがあった。そしてなにより――

 

(たまーに変異種が沸くポイントに近いんだよなぁ……)

 

 変異種。ようするに強力、かつ変わったドロップ品を落とす特別なクリーチャーだ。強さはまちまち。さすがに始めたばかりのキャラで倒せるようなのはいないが、ちょっと装備が整えば倒せる奴もいる。

 ドーバーの近くならば、確か出るのは超巨大ケーシーだったはず。

 

(いくらなんでも、あんなんが出るなら一発で分かるよな)

 

 ただでさえ牛サイズのケーシーが、下手な建造物並に肥大化しているのだ。あれを見落とすのは難しいだろう。

 

『キョウスケ、そっちはどう?』

 

 そんな事を考えていると、無線からフェイの声がした。

 

「とりあえずタレットは手分けしたおかげで設置完了。一応念のためにバッテリー式も用意してるが、完全に防衛網が機能するかどうかはそちらの作業次第だ」

 

 このトラック整備工場は、どうやら食品会社所有の物だったらしい。すぐ隣に巨大な倉庫と加工工場がある。

 俺も真っ先にそっちから作業を始めたが、今フェイ達エンジニアは総出で発電設備の設営を始めている。

 屋上部分に隙間なくソーラーパネルを敷きつめ、そこで発生した電力を溜めるための蓄電池を建物内に設置していく。

 最終的には、そこから電力をもらってタレット網を動かす計画だ。

 

『こっちは取り合えずソーラーパネルの設置は完了したけど、蓄電池の設置には時間がかかりそう。パネルも念のためにフィルターかけてまだ動かしてないし、工程としては30%かな?』

「工場内の設備は使えそうか?」

『うん、基礎部分は無事だし、緊急用の自家発電装置もあったから補助としても使える』

「生産ラインは?」

『動かせるけど動かす理由も物もない、ってとこかな。ラインは生きてるから、生産部分をこちらで作れれば使えそうだけど……それには資材とか食糧が湯水のように使える状況になってようやく――かな』

「……まぁ、そりゃそうか」

 

 ゲーム中での工場設備も、資源を一定量溜めこんでようやく稼働する物だった。しかも作成できる物は質が一定ではない。更に資材を使って設備レベルを上げて、ようやく低品質品が出る確率が少なくなる程度だった。

 

(というか、そんな簡単に生産が復旧できるならとっくに人間サイドは勢い取り戻してるか)

 

 特に、ゲーム上の設定でも現実世界でも鉱物資源に乏しいイングランドだ。

 採取は基本的に拾ったアイテムを分解するか、あるいは採取ポイント――大抵は昔のゴミ処理場とか工場跡地とかスーパーマーケットやコンビニの残骸とか……まぁ、そういう所で色々漁るのがメインだった。それはこっちでも変わらない。

 

『どっちにしろ夜に起動させるのはまずいだろうって自警団の人達と話しててね、作業の進み具合に寄るけど発電装置を起動させるのは明日陽が昇ってからになると思うよ』

「あぁ、だろうな」

 

 ここに到着して、ジェド達自警団による資材の搬入を手伝う中でその話はしていた。

 いざ発電装置を動かすにしても、防壁はもちろん、万が一UBCが目視できる距離に現れ、そして雨が降った時のために内側をしっかりまとめておいた方がいいだろうと。

 

「そっちも頑張れよ。こっちも自警団のチェックもらいながら周辺固めてくる」

 

 念入りに、いつもそうだが今日は特に念入りに見ておいた方がいいだろう。

 

(自衛手段の薄い人間が傍にいるってのがこんなに重いとは思わなかった)

 

 普段ならば隣にいるのは皆銃や鈍器、刃物、それにライオットシールドなどで武装を固めた人間だった。

 だが、今回は今まで武器を手にした事がないエンジニアが多くいる。

 フェイを含めたエンジニア20名。その命を、自分やジェド達自警団が背負う形になる。

 

「……俺も後で見ておくが、そっちの施設も念のためしっかり固めておけよ」

 

 今日だ。今日の夜を超えれば、俺達の勝ちだ。

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

「キョウスケか?」

 

 通信を切ったフェイに、念のための護衛として傍にいるジェドが声をかける。

 

「うん。最低限のタレット設置は大体終わって、これから防衛網に穴がないかどうか、各所を補強しながら見て回るってさ」

 

 リチウムイオン型と呼ばれる、旧時代には一般的だった畜電池。それをシェルター内の研究施設で改良を繰り返し、よりコンパクトに、そして大容量を溜められるようにしたシェルターの非常時を担うセーフティ。

 これを危険な外に持ち出すというのは、普通のシェルターでは考えられないことだ。

 

 何度か扱った事のあるフェイは、手なれた手つきでこれを次々に設置していく。

 

「――なぁ、ジープの中での話の続きなんだけどさ」

「なに、ジェド? またセクハラの続きをするってんなら特殊警棒でぶん殴るからね」

「怖えーこと言うんじゃないよ……ついでに話題もそれじゃねぇ」

 

 割と本気で殴りかかってきそうな雰囲気を感じたジェドは、当初の茶化そうとした計画を取りやめ、さっさと本題を切りだす事にした。

 

「お前、今回の件で志願したの、キョウスケが参加したからか?」

 

 質問と言う形を取っているが、ほとんど確認の色が強かった。

 この女は、あの商人のために命をかけている。

 直感ではあるが、ジェドにはそれが分かった。

 

「んー……まぁ、違うって言うと嘘になるかな」

「あぁ、うん。半分ほどはマジで車いじり回すためだろうってのも分かる。お前車バカだしな」

「うっさいよジェド」

「はいはい。で、どうなんだ」

「……ほら、キョウスケって大きい仕事になればなるほど無茶するじゃない。半年前の時だってさ」

 

 半年前、ドーバーの浄水装置に異常が発生し、飲み水が汚染し全滅寸前になっている――という噂が流れた。

 恐らくだが、数あるシェルターの中では比較的環境が整っているドーバーを妬んだどこかのシェルターの人間がやっかみ半分でそんな噂を流したのかもしれない。

 ただ、通信網がほとんどないこの時代、流通を担う商人による人と物の流れが絶たれる事は孤立を意味している。

 自警団が近くのシェルターに物資の交換を頼みに行ったら、接触すら拒否された。UBCに汚染されていると思われていたからだ。

 エネルギー、浄水、食糧は生きている。だから致命的とは言えないが、だが閉塞感が漂っていた中、たまに来ていたジープが駆け付けた。見なれた車体をボコボコにへこませて、クリーチャーの血で染め上げて、

 

 

――水と食糧、医療物資、それから清潔な布と修理に使えそうな資材、それと予備浄水装置と……とにかく出来るだけの物を持ってきた! ここを開けてくれ!!

 

 

 汚染している、全滅したかもしれないというシェルターにわざわざ訪れる馬鹿はいないと思っていた。

 ただですら非常に少ない商人もこの地域は避けていて、見かける事すらない地域に――馬鹿は来た。

 

「致命的な状況だって聞いて一直線にジープかっ飛ばして来たんだって。クリーチャーの巣の目の前走り抜ける馬鹿ってそうそういないじゃない?」

「レディングから一直線に来たんだってな」

 

 レディングはロンドンのすぐ西にあるシェルターだ。そこから一直線にドーバーに来たと言う事は、あのロンドンの脇を抜けてきた事になる。

 

「キョウスケがドーバーに戻って来てからすぐにアイツの装備見たけど、ライフルも拳銃も摩耗が凄くてさ。それ見ると思うんだよね。……あぁ、また無茶したんだろうなぁって」

「あぁ、だろうな。というか、アイツの無茶は俺も色々聞かされてる」

 

 再び訪れる様になった商人から、キョウスケの話はよく耳にしていた。

 少し前にはポーツマスでアルミラージの群れと戦っていたと、その更に前にはソールズベリー陥落を水際で防いだと、更に前にはダートムーアで大暴れしたと、――とにかく色々話題には事欠かない。

 

「今回は外での長期任務。正直、戦闘になる可能性は高いからさ。そうなった時に、アイツの装備を万全に保てる人間が傍にいた方がいいでしょ」

 

 フェイは、実質キョウスケの専任ガンスミスだ。完全に壊れてしまった物も含めて、今までキョウスケが使ってきた銃は、彼がボーダーを訪れて以降は全て彼女の手が入っている。

 

「そういうジェドだって、キョウスケが出るって言うから志願したんでしょ。バリーのおっちゃんから聞いたよ、アンタ本来だったらシェルターの防衛に回されるハズだったって」

「……隊長、口が早えーよ……」

 

 なんとなく恥ずかしくなったジェドが窓の外へと目を向ける。

 まだ太陽は高く、遮る物の一切ない日光が建物の中に差し込んでくる。

 そう、一切ない。白い雲も、灰色の雲も――青い雲もない。今は。

 

「今日の夜が勝負だな」

 

 クリーチャーは、その大体が力が強く、元よりも巨大化している。そして、その大体が元々もっていた個性を失っている。ある物は嗅覚を、ある物は俊敏性を、ある物は聴覚を。

 

「気付かれなければいいけど……」

「それこそ神頼みだな。十字架は持って来てるか?」

「アタシの十字架(頼みの綱)はこれ」

 

 そういってフェイは、腰のホルスターからそれを引き抜く。

 SIG-P226。かつてドイツで生まれた傑作拳銃。

 

「物騒な十字架だな。キョウスケとお揃いか?」

「片方だけ、だけどね」

 

 改造を施しているキョウスケの物と違いメンテだけをしているそれをホルスターに仕舞い込み、フェイも窓から空を見上げる。

 

「日没までどれくらいかな?」

「まだ結構ある。なんせまだ昼前だ」

「6,7時間くらいか」

 

 工場内に設置されていた自家発電設備をフェイは観察する。

 どういじって、上手く活用するのがいいのか考えているのだろう。

 電気を作るだけでこれだけおっかなびっくりなのだ。この工場跡を拠点といえるレベルに持っていくまで、どれだけ時間がかかるのか……。

 

「やれやれ。今回は、キョウスケの顔を長く見る事になりそうだな」

 

 

 



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006:『人』

 ドーバーシェルターの市長室は、それほど来客が多くない。

 シェルター内の各セクションの意見をまとめた各々の代表者、自警団の団長、副長、自分の秘書と副市長。これくらいだ。商人は基本的に自警団の上や秘書が応対する。キョウスケの様な存在は例外なのだ。

 

「第一陣が出発してから半日ほど……もう到着したころですかね?」

 

 その数少ない来訪者の一人、副市長――トロイという名の男が時計を見ながらエレノアにそう尋ねる。

 

「いや、恐らく既に到着して作業半ばと言った所だろう。キョウスケならここらの安全な道に詳しいし、数日前に自分で偵察に行ったばかりだからその精度は確かなハズ。最短ルートを通っているのならば……おそらく既に作業を始めている頃合いか」

 

 主にシェルター内の各セクションと接する事の多い副市長――トロイに対して、外部との繋がりが多いエレノア。

 互いの事を完全に把握しているというわけではない。しかし知識や情報に偏りがある二人は、時折こうして意見を交わしてそれぞれの現状を把握していた。

 

「しかし、外での活動にしては、あの資材量は少々多すぎだったのでは?」

「それらを失うリスクと秤にかけて、その上で決断した。放置された大量のトラック、工場施設の設備に発電装置。これらを入手すれば、このシェルターの稼働率も更に上げられる。それになにより――隣接する食品加工工場の水関連の機材。」

 

 オックスフォード陥落の知らせを受けて、ロンドンからそう遠くないシェルターの上層部は焦っていた。エレノアもその一人だ。

 

「浄水設備の稼働率を上げなければ、水耕プラントはこれ以上動かせん。ただですら各設備の摩耗、疲弊が見られる今の状況で、もはや手段は選んでいられん」

「……液体肥料は収穫残渣(しゅうかくざんさ)からどうにか作れますが……」

 

 その後に続く言葉も分かっている。

 肥料自体を作るにも、作物を育てるのにも大量の水が要る。

 それに加えて日々の生活、衛生面などにも。シェルター内部の人間全体にそれだけの水を供給できるシステムを構築できるのか、という不安の言葉だ。

 

 万が一の時――例えば地上部が完全にクリーチャーに覆われたりした時には、シェルター内部に籠城するしかない。

 そしてオックスフォードが陥落したという知らせは、エレノア達にその万が一を強く印象付けた。

 

「……そういえば、あの二人も第一陣に参加しているのだったな」

「正確には、そうさせざるを得なかったのですが……」

 

 エレノアが思いだすのは半年前、例の噂の一件にカタが付き、キョウスケがドーバーを発った次の日に突然戻って来た時だ。

 一人で旅をしている男は、なぜか女を二人連れて戻って来た。

 

「外から、それも海を渡った人間となると、内部居住区に入れようにも反対の声が大きく……」

「自警団達の外部居住区でも不安の声は消えず――か」

 

 大陸から小舟で逃げだしてきた母親とその娘。キョウスケが救いだした二人である。

 

「まったく、まさかこっちに連れてくるとは……」

「仕方ないでしょう。フォークストーン・シェルターには断られたそうですし」

 

 元のシェルターでは調理班にいたという二人は、ユーラシアの大陸側での問題のために海を渡って逃げることを覚悟。他にも同じような人間が大勢がいたそうだが、他はそろって海の藻屑――いや、クリーチャーの餌となっている。

 

「今晩にも、キョウスケは向こう側の話を聞くだろうな」

「聞いたところでどうしようもないですし、そもそもあの商人に何かができるとは思えませんが」

「…………前々から聞きたかったのだが……トロイ」

「なんでしょう?」

「キョウスケの事が嫌いなのか?」

「自分の知る中で二番目に嫌いな人物です」

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 守る範囲が広いと、当然ながらその準備に非常に時間がかかる。

 防壁の固定を確認後、改めてタレットの状況を確認。念のためにバッテリーを入れ替えたり弾層を再チェックしたり夜のかがり火の準備とか……まぁ、色々やっているうちに、だんだんと空がオレンジへと変わってきた。夕暮れだ。

 

「まさか、貴方達まで第一陣に参加してたなんて……」

「挨拶が遅れて申し訳ございません。この二週間、本来の仕事に加えてエンジニアとしての訓練も受けてまして……」

「自警団居住区にいたんだってな。この半年はあちこち出回ってたから知らなかったぜ。てっきり内部にいると思ってた」

 

 恐らく20代後半くらいだろう母親――ヒルデという女性に、その娘……10は確実に超えていると見えるヴィルマ。それにジェドと俺の四人で、点けたばかりの焚き木を囲んでいる。

 

「えぇ、市長さんは以前の仕事と同じ糧食班に入れようとしてくれたみたいですけど……やっぱり、私達が外の、それも海を渡って来たために内部の人達が怖がってしまって……」

「……すぐさま意識を回復してるんだから、クリーチャー化はないハズなんだが……」

「それでも、やっぱり万が一が怖いんだと思います」

 

 大西洋は、全ての始まりと言っていい海だ。

 一世紀たった今、どこまで正確に今の世代に話が伝えられているかは分からないが……それでも海が危険だという認識はこの時代に生きる人間の共通認識だろう。

 

 ちなみに俺たちの様に外で生きる人間には、長生きしたければ海も含めて水辺に近寄るなというのが鉄則である。

 それこそ、こちらに真っ直ぐ向かってきていたケーシーの群れが、浅いはずの川辺からわさわさ伸びてきた大量の触手に引き摺りこまれるのをこの目で見れば納得せざるを得ない。

 

 以前、ドーバー陥落の噂が流れた時に容易く信じられたのも、あそこのシェルターが極めて水場に近いと言うのが理由の一つだろう。本当に何があってもおかしくないのだ。

 

「そもそも、どうしてこっち側に逃げようと思ったんだ?」

 

 ゲーム中の舞台は主にイングランド――グレート・ブリテン島だ。アイルランド島や他の島にも行けるようだったが、それにはいくつか条件が必要という事だった。

 廃墟等を探索すれば雑誌や新聞、本やビデオといった資料は出てくるがどれもフレーバー程度の物でしかない。

 それに、現状では他の国との通信手段すら失われているのだ。どうしてかは未だに良く分からないが……。

 

「私は元々、ブルージュというシェルターにいたのですが……突然緊急警報が鳴って、避難するように言われて……」

「シェルターの外にか?」

「はい、メインゲートの方では戦闘が激しくなってて、非戦闘員は予備ゲートからこっそり……それから他のシェルターを頼って皆で移動していたのですが、どこも余裕がなくて……」

 

 そこらの状況は似たり寄ったりだ。こちらでも余裕のあるところは少ない。よっぽどどこも欲しがるような技能を持っているか、必要な物を大量に持っているかしないとゲートを開けてくれない。後者の場合は開けた所で荷物だけ奪われて殺される可能性もある。俺も何度か後ろから撃たれている。

 

「でも、あのクッソ分厚いシェルターを抜けられるか? いや、こっちでもあるっちゃあるけど、大体は単純なミスとか機材のエラーとかで隙間から入ってこられる場合がほとんどだ。思いだすのはつらいだろうけど、どんなクリーチャーだったのか知ってるか?」

 

 今まで彼女達の境遇を気にしてか尋ねていなかった様だが、やはり防衛を担う自警団の一員としてどうしても気になるのだろう。

 

「あの、いえ――」

 

 それに対してヒルダは少し口をもごもごさせ、

 

「私達を襲って来たのはクリーチャーじゃなくて……人間なんです」

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 そもそもシェルターとは、基本的に一時避難の場所として建造された物である。

 

 各国政府や研究機関による調査が行われる中、劇的に状況が悪くなるとは思いつかなかったのか、あるいは思いついていてもどうしようもなかったのか。

 大体のシェルターは、50年も動けば十分と言うレベルの物だった。

 

 それから資材をどうにかやりくりし、どうにかシェルターを生き延びさせながら更に50年。どこも限界が見えている。

 浄水装置による水の循環量の低下、やせ衰えていく作物、発電量の低下、システムエラー、ゲート開閉の不具合等々。

 

 そうした中で、足りない物を他のシェルターから分けてもらおうと考えるのは当然だが、クリーチャーが邪魔で外を歩くのは危険。結局、動きだすのはどこもギリギリになってから。つまり追いつめられてから。

 

「どこもそんな感じだから、交渉一つ上手くいかなくなるんだよなぁ……」

 

 商売を始めたばかりの頃、問答無用で銃弾を喰らった事を思い出す。

 というよりも、ある程度ラインで繋がれた所ならばともかく孤立している所だと撃たれると思って接しないと本当に殺されかねない。俺が初めて撃たれた時は運が良かった。

 

「えぇ。それにどこももう余裕がなくて、陸続きだから住処を失くした難民の数も多くて……」

「その難民が国を名乗って侵略しまくってると……陸のバイキングだな」

「それに対応するため他のシェルターも連携をしようとしているようですが、やはりクリーチャーによって分断されている地域が多く……その、コミュニティだけが乱立して互いに……」

「おぉ、もう……」

 

 とっさに『ヨーロッパ大戦国時代』という全く違和感のない酷い単語が出てきた。

 国家とは名ばかりの地上の武闘派集団に、対抗するために手を結んだ多数の小さい集団。

 厄い臭いしかしない。具体的に言うとコミュニティでの内部争いによる自滅とかコミュニティ拡大のための戦闘とか逆にクリーチャーにやられたりとか。

 

「オーケー、なるほど分かった。敵性存在に人が加わったから、スパイというか埋伏の毒というか……そういう可能性も絵空事じゃなくなってどこもますます受け入れてくれなくなったと」

「いっその事攻めてきた所に降伏するという方法もあったのですが……」

 

 それを女性の、それもまだ若い彼女と娘に選ばせるのは酷だろう。正直、話を聞いて初めて心からあの危険な海に感謝した。もしこんな状況がこっちでも起こってたら旅とか商売どころじゃない。

 一番余裕のあるシェルターに所属してひたすらタレット製造マシーンになっている所だ。

 

「それで一か八かの海峡超えか。いや、ホントによく無事だったなアンタら」

 

 ドーバーはもっとも大陸に近い街でもある。そこの自警団に所属するジェドには他人事ではいられない話題である。なにせ、万が一にもそういった連中がこちら側に来る事になったら、真っ先に戦場になるのはドーバーになる確率が極めて高い。

 

 暗くなりつつある空を見上げる。

 昔に比べて空気も澄み、この時間でも徐々に星が空に煌めきだす。

 

(……今すぐあそこらの星、流れ落ちてくれないかな。即座に願い事唱えるぞ)

 

 内容は無論決まっている。世界が平和になりますように、だ。

 ネタじゃなく、ガチで。

 

 

 ガチで。

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 ヒルデとヴィルマの親子は、作業があると言う事で工場の中へと行ってしまった。

 子持ちとは言え十分若いヒルデはもちろん、まだ幼さが残るヴィルマも自警団メンバーには人気の様だ。女性隊員も当然いたが、やけに機嫌良さそうな若い男性隊員の護衛に囲まれて向こうへと行った。

 

「自警団はどこのシェルターも似たような連中ばっかだな」

「どんな連中だ?」

「大抵、女に振り回されてる」

「あぁ、そりゃ仕方ねぇ」

 

 ちょうど話題の女性が作った食事――薄いトマトソースの中に豆や野菜、僅かな肉を入れて煮込んだシチュー、茹でた卵一個、それに小麦粉と塩だけで作った死ぬほど固いパン(通称ハードタック。あるいは、歯がだるくなる奴)という、ぶっちゃけどこの自警団でも良く見る食事だ。

 一口サイズにするのに歯では足りない固さのパンを温かいスープの中に入れて、スプーンで押さえ付けながらジェドが肩をすくめる。

 

「命をかけてるとどうしても女が必要なんだよ。抱くかどうかは別でな」

「? 抱かない奴もいるのか?」

「あぁ、傍にいるだけでいいのさ」

 

 もういいか? とスプーンでパンを掬い噛みつくジェド。どうやらまだまだ時間が要ったらしい。僅かにへこんだパンが歯にガッチリと張り付いてしまっている。

 しばらく固いパンと舌を使って格闘したジェドは、再びため息を吐いてシチューで少し口直しし、

 

「女がいる所っていうのは基本安全地帯だからな。それが完全な物じゃなくても……基本後方だ。それだけで少しは一息つける。そこにベッドやイスがあれば尚更だけどな」

「……お前の経験か?」

「まぁな」

 

 ジェドは生まれてから三年前まで、内部での仕事に付いていた男だったらしい。畜産プラントを担当していたという話で、酒が入る度にもう二度とチキンは見たくないと言っている。

 

「初めて外に出た時は死ぬほど怖かったよ。あの綺麗なドーバーの海岸を、人魚もどき(マーピープル)共が這い上がってくるんだ」

 

 かつては観光名所でもあった城の地下に設置されたドーバーシェルターは、海に非常に近い場所にある。というか、高所にあるとはいえ割とマジで海の隣と言っていい。

 そのため数あるシェルターの中でも交戦頻度が高く、だからこそ戦術を蓄積してきたシェルターだ。

 

「銃の振動に耐えるのと、引き金を引きっぱなしにするのに必死で……振動がなくなってしばらくしてからやっと弾倉が空って事に気付く位だった」

「……引き金引けて逃げなかっただけで十分すごい事だと俺は思う。俺の初めての時なんざ、車のエンジン全開で自分ごとダイレクトアタックだった。しかもその衝撃で気を失って、運が悪けりゃその場でお陀仏だ」

 

 今でも自信を持って俺は馬鹿だったと言える。近くのシェルターの自警団が助けてくれなければアウトだった。

 

「……なぁ、キョウスケ」

「ん?」

 

 ジェドが、シチューの器の中に卵を落とす。そしてその手元をじっと見ながら、

 

「あのさ、今回の仕事なんだけど……大丈夫かね?」

「外での長期活動が不安か?」

 

 基本的に自警団はシェルターの一番外側の区画、通称外周部を拠点としている。大体ここから出発し、周辺を回ったりちょっと遠出したりするが、基本暗くなる前には電気の通った外周部にまで戻ってくる。

 外に泊ることなんて滅多なことではないはずだ。

 

「まぁな……お前は外にいる事が多いんだろう?」

「あぁ、つっても基本車の中で眠るからゆっくりはできないけどな」

 

 この間のホテルのようにしっかりした建物を見つけた時は中でゆっくりするが、あんまりない。

 建物も侵入口が限られていて、クリーチャーが立ち入った形跡がない所だけだが。

 

「やっぱり、襲われる事は多いか?」

「場所によるな。突発的に妙なのに襲われたりするが頻度は……どうだろう。ここら辺はあんまり来た事ないからな。まぁ、見晴らしは悪くない。それだけでも助かる」

「そっか……」

 

 ジェドは全ての食べ物をシチューの中で一まとめにしたモノを素早く掻き込み、椀を空にした。

 

「うしっ! またちょっと見て回るわ!」

 

 そして立ち上がって軽く伸びをすると、食器やゴミを一まとめにして歩きだす。

 

「ゆっくりしとけよ。実質お前さんの仕事、もう終わってんだからな」

 

 そして愛用のライフルを持って、そそくさとどこかへと行ってしまった。

 

「…………緊張してんのかね」

 

 普段からお調子者キャラを貫いているジェドだが、今日は違う意味で落ち着きがない様に見える。空が暗くなりだしてから特にだ。

 

「お前から見てもそう思うか?」

 

 いきなり話相手がいなくなって、少し気分を落としている所にまた違う声をかけられた。

 

「バリーか?」

「よう。今日は挨拶も出来てなくて悪かったなキョウスケ」

 

 自警団の中でも特に引き締まった体をしている男――ドーバー自警団団長のバリーが、今までジェドが座っていた所にドカッと腰をかける。

 

「いや……むしろこっちから挨拶するべきだった。すまない」

「仕方ねぇさ。そっちも今日は忙しかっただろう。エンジニアの面子から話は聞いているしな」

 

 実際、電力関連の打ち合わせで非常に忙しかった。電力供給の優先順からそれに伴う配線計画、防衛の設備配置、いざという時の脱出路その他諸々の話だ。

 

「団員の様子はどうだ?」

「あぁ、問題ねぇ――と言いたいが、やっぱり少しピリピリしているな。いつもは寝る時に守ってくれる壁も扉もない。普段から節電を奨励しているが、今夜はそれ以上だ。キャンプの灯りだけじゃあ不安なんだろう」

 

 元々トラック置き場になっていた駐車場の広場に、小さなブリキの缶と固形燃料等を使った簡単なキャンプファイヤーが設置されている。その周囲には食事休憩中の団員が集まって暖を取っている。

 

「皆暗がりが怖いのさ。地下に住んでる割にゃあ……いや、地下暮らしだからこそ、か」

「前に知り合いが言っていたな。ゲートをクリーチャーに破られるのと、トラブルで自分たちが生き埋めになるって二つの夢は、シェルター暮らしなら誰もが一度は見る悪夢だと」

「その通りだ。大概どこのシェルターもカウンセラーの家系がいるが……それでも恐怖が消せるわけじゃねぇ」

「ジェドもそんなタイプだったのか?」

「さぁな……」

 

 もう食べ飽きたであろう豆のシチューを美味そうに咀嚼してから、バリーは口を開く。

 

「大抵、軽い気持ちで自警団に入った奴は一週間ほどで中に戻りたがる。もう二度と戻れないって契約を忘れてだ」

「ジェドは?」

「あぁ、奴は……初陣の時の様子を見た時はしばらくは使い物にならんと思ってたが……よくしがみついてるよ」

 

 シチューの具だけを食べ終えてから、歯がだるくなる奴を残ったシチューに浸すバリー。大体の食べ方は皆似たりよったりになるらしい。

 

「だいたい一月ほどは、どうして自警団に入ろうとしたのかメソメソするもんだが……ジェドは任務の最前線に居続けようとした。今じゃウチの主力だ。銃、盾、鈍器、刃物、投げ物――何をやらせてもそつなくこなせるのはアイツ位だ」

「ベタ褒めだな」

「中々にしぶとい奴だからな。しぶとい奴は大好きだ」

 

 浸しているパンが柔らかくなるまでの間の楽しみとして取っていたのだろう茹で卵を齧りながら、バリーは笑って見せる。

 

「お前さんもだぜ、キョウスケ」

「俺も?」

「あぁ、あちこち危険な所に寄り道をしながら周る馬鹿だ。本当によくくたばらないモンだ」

「……そろそろ死ぬんじゃないかとは良く言われるが」

「商人の中にゃあ賭けてる奴もいるな。お前さんがあと何日で行方不明になるかって」

 

 おい、そいつらの名前教えろ。いかに俺がしぶとい男かそいつらの頭に刻み込んでやる。

 

「ん――そろそろ完全に日が沈むな、バリー」

「あぁ、長い夜の始まりだ」

 

 食事休憩を終えたのだろう自警団の面子が、交代で休憩に入る団員と言葉を交わしながら持ち場へと戻っていく。

 そのどちらも、自分の得物を離そうとはしていない。

 

 

 

 

 夜が、来る。

 

 

 

 



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007:ウィットフィールド

 自警団にとって弾薬というのは常に頭を悩ませる不安の種だ。

 今の所蓄えは豊富にあるが、海からの襲撃者――魚人もどき(マーピープル)や翼の生えたクリーチャー達に目を光らせる必要があるドーバーの自警団は、常に弾を節約するよう心がけている。

 そのため、全員が良く使う武器は銃火器ではない。ライオットシールドや警棒、槍等が多かったりする。

 

「ちくしょう微妙に寒いな。さっさと済ませてまた火に当たりてぇよ……」

 

 アルミ製の軽めのドラム缶を縦に割り、上の方に覗き穴を付けたり鉄棘を付け足したお手製ライオットシールドを両手で持ち、腰に有刺鉄線を巻き付けた鉄パイプをぶら下げた自警団の二人が軽口を叩き合いながら防壁の内側を見回っている。

 一応それぞれヘッドライト――なければヘルメットに懐中電灯をガムテープで固定して光源を保っているが、その灯りは弱弱しい。

 余りに強い灯りだと、クリーチャーを刺激し、呼び寄せるかもしれないからだ。

 

「だな。……ついでにキョウスケ、なにか美味いもん持ってきてねぇかな」

「出発する前にアイツが配ってたカボチャのパン、美味かったなぁ。あれどこのシェルターの支給だ? 羨ましいぜ」

「あれはキョウスケが自前の小麦粉とかで自分で焼いたんだとよ。カボチャはソールズベリーの支給品らしい」

「マジかよ。さすがジャパニーズ、手先が器用だな。あとソールズベリーが羨ましいぜ。甘いモンなんてこっちにゃほとんどない」

 

 支給品として食べ飽きた豆の料理や固いパン、痩せたドライフルーツ。

 どうしても食べるモノがワンパターンになる地下生活において、行商人が持ちこんでくれる他のシェルターの支給品はひそやかな楽しみなのだ。

 

 乾燥麺やトマトやカボチャのスープ缶、肉のジャーキー、乾燥させていないオレンジやレモンなどなど。

 

 特に、自分達自警団や外回りのエンジニアを相手に交換に応じてくれるキョウスケは度々色んな食物を持ち込んだり、たまに彼自身が料理をしてくれる事もある。自分達の配給でも出来そうな料理ならレシピも添えて。

 

「あいつ、ウチの糧食班になってくれねぇかな」

「無理無理、ヒルデの時を見ろよ。余所者には絶対食糧触らせてくれねぇよ。中に入るのももちろんな」

「ヒルデ、かぁ……」

 

 ヒルデとヴィルマの親子は良くやってくれている。向こう側から見てどうなのかは知らないが、劣悪な環境であるのは間違いない外周部での作業に従事し、元糧食班だった事もあって限られた支給品からそれなりに美味い食事を作ってくれる。

 慣れないエンジニアとしての仕事にも必死に食らいつき、必死にこの環境下で生きようとしている。善良な人間である事も、外側で生きるのに必要なハングリーな心を持っている事も疑いようがない。

 だからこそ、彼は申し訳なかった。

 

「もう普通に起きて生きているんだ。オーガにはならねぇってのは分かっちゃいるんだが――」

 

 先ほど休憩に入った時、あの親子がキョウスケ、そして同じ自警団のジェドの三人と話しているのが見えた。

 その時のヒルデ達親子の、普段よりも少し柔らかくなった表情が、自警団員は忘れられなかった。自分達が彼女を避けているのを自覚しているからだ。

 

「仕方ねぇよ。ただの熱ですら『もしや……』って声が出るような環境だ……」

「あぁ、だが――」

 

 外周部は最前線だ。常に命の危険に晒されている。だからこそ、共に仕事をこなす人間は家族だ。自警団員、エンジニア、それこそただの雑用や事務でさえ、外周部に住む者は家族だ。少なくともこの男はそうであろうとしてきた。

 だから、あの親子が気になってしょうがないのだ。

 

「―-?」

 

 これからはキチンと気にかけてやろう。そう言おうとした男の耳に、微かな音が耳に入る。

 金属と金属が擦れ合うような、そんな音だ。

 もう一人には聞こえなかったが、男の様子から異変を読みとる。

 

 二人の気配が、変わる。

 

 一応持ってきていた拳銃のセーフティを外し、重いドラム缶のシールドを地面に突き立て、腰の有刺鉄線付きの鉄パイプを構える。拳銃はいざという時にだ。

 

 

――き……きぃ…………っ

 

 

「……何の音ですかね?」

「しっ」

 

 今度はもう一人にもはっきり聞こえた。

 思わず出た疑問の声を、男は制する。

 そのまましばらく待つが、今度は音が聞こえない。

 

 男は仲間に顎で次の行動を示す。辺りの防壁の確認だ。もし破られているのならば即座になんらかの方法で塞ぐ必要がある。同時に、内部に入り込んだかもしれないクリーチャーの捜索も。

 

「……気をつけろよ」

「ここで油断する奴は第一陣には入ってねぇよ」

「お前以外な」

「手厳しい」

 

 そうして二人は辺りを警戒しながら、ほぼ闇しか見えない先へと足を進める。

 そして問題の個所はすぐに見つかった。

 

「防壁が微妙にズレてやがる……」

 

 一日で全てを完璧にやるには足りなかったため、全ての個所を完全に溶接出来たわけではない。

 元々あった鉄柵やエンジンの生きていたトラック、レンガブロック等を使って利用して割と頑丈に固めてはいるものの、不十分な個所があったのか。

 

「直せそうか?」

「あぁ、この程度ならな。……この程度のズレなら入り込める奴はいないか? まぁいい。おい、とりあえず手伝え」

「へいへい」

 

 とりあえず防壁のズレを直そうと、同時に防壁を押し込もうと傍に寄って防壁を支えている重石に手をやった時、ふと気付く。何かが落ちている。

 

「これ、タレットのバッテリーじゃねぇか。どうしてこんな所に」

 

 ふと、やや高めの高台を見上げると落下防止の紐で繋がれたタレットのバッテリーカバーがぷらぷらと揺れていた。

 

「何をどうやったらこんな事になるんだ?」

「ズレた拍子にこの高台も押されて、その衝撃で……とか?」

「テープで何重にも巻き付けてたんだぞ?」

「……それもそうか、じゃあ――」

 

 なんでだ? そう尋ねようとした男は口を開かなかった。

 

 

――重く響き渡る轟音と共に、何かに上から押しつぶされ……その口が無くなったから。

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 異変を感じるのは簡単だった。

 明らかに、地面が揺れたからだ。揺れる、という現象についてはかなり敏感である日本人だと言う事もあったが――そもそも、明らかに何かがひしゃげる音を聞いて警戒しない人間はいない。

 

「キョウスケ……」

「……タレットの起動音はしていないが……」

 

 ジェドが、少し青ざめた顔で尋ねてくる。

 ライフルを持つ手も僅かに震えており、額から垂れた冷や汗がフレームを濡らす。

 異変を感じた俺とジェドは、先行偵察を買って出ていた。

 今頃後方では自警団が外の警戒と、念のために内部に第二の防衛網を敷いてくれているだろう。

 

「ジェド、調子でも悪いのか?」

「え?」

「いや……お前らしくない」

 

 ジェドとは、何度かドーバー自警団の作戦で行動を共にした。当然、共に危険な目には何度もあっている。

 彼は自ら危険な所に飛び込む、あるいは志願する癖があった。なんだかんだで危険を背負い、仲間の盾になる、そういう男だ。

 だからこそ仲間内から信頼されるし、俺もジェドの事は好きだ。

 そのジェドが――いつもならば、精々少し引き攣った笑いを浮かべるくらいしか恐怖を周囲に示そうとしない男が、あからさまに緊張している。

 

「まさかと思うが、体調崩したのか? 今日はやけに落ちつきがなかったが……」

「いや、そういう訳じゃないが……」

 

 やはりジェドの歯切れは悪い。なにか引っかかるモノがあるのか、上手く言葉に出来ないのか。両方か。

 

「……なぁ、キョウスケ」

「なんだ?」

「クリーチャーの襲撃、だよな」

「……多分」

 

 それにしては空気がざわめく音が一切しないが……。

 普段のクリーチャー襲撃ならば、連中は大抵群れで来る。そのため、襲撃時は連中の唸り声や鳴き声ですごくざわつくのだが、今はそれを感じない。 

 ジェドもそれがひっかかっているのだろう。

 いや、そうだ。ひっかかっている点ならば俺も一つある。

 

「タレットが起動した様子がないってのはどういうことだろうな」

「……あぁ」

 

 ジェドが頷いて俺の疑問に賛同する。

 

「群れを刺激しないように、センサーが三つ以上同時に反応しなければ撃たないように設定しておいた。中型クラスが1,2匹とかのレベルだったらまず起動しない」

「でも、そんなレベルならさっきのような音はしないだろ」

「――キョウスケ、やっぱりお前戻れ。皆と一緒に防衛網を引いてくれないか?」

 

 ジェドは、微かに声を振るわせてそう言う。

 

「なんでだ?」

「純粋な防衛に関してはお前が一番だからだ」

「俺が戻るとしても……お前は?」

「このまま先行する」

 

 様子は変だが、言う事、取る行動はいつも通りだ。

 キツくて、危険で、恐ろしい所に――ジェドという男は誰よりも先に向かおうとする。

 

「馬鹿野郎、一人で先行した所でどうしようもねぇだろうが」

 

 もし、どちらかが撤退が難しい状況、あるいは死んだ時に、正確に事を伝える役が必要になる。

 こういう場合は最低でもツーマンセル。普通なら3~5人で行くのがマニュアルだ。

 自分とジェドだけで偵察に出たのは、今回はいつもと違って自警団の人数が非常に限られているからだ。

 ウィットフィールド開拓部隊第一陣、エンジニアや糧食班12名に自警団31人。……ついでに商人1人の計44人。これが今ウィットフィールドにいる人数だ。

 

「……俺さ」

「ん?」

 

 ジェドが口を開く。

 

「お前には……いや、お前だけじゃねぇけど……死んでほしくねぇんだ」

「…………」

 

 やはり、僅かに声が震えている。

 

「俺だって死にたいわけじゃない。ただ――なんていうのかな」

 

 少し言葉を探して、俺もジェドに言葉を返す。

 以前どこかの誰かに同じような事を言った覚えがあるが

 

「今こうして銃持って歩きまわっているのも、俺が自分で考えて正しいと……必要だと思う事をしたいだけだ」

「分かってる、分かって――けど」

 

 汗をぬぐったジェドは、いつになく真面目な様子だ。

 

「……お前の事、好きなんだよ」

「俺もお前が好きさ」

「デカい貸しもある」

「……あったっけ?」

「あるさ。とびっきりのな」

 

 話している内に少しは楽になってきたのか、ジェドの声は少し落ちつきを取り戻した。

 結局俺もジェドも足を止めず、問題の場所まで向かっている。

 

「だから、お前には正直あんまりこういう所に巻き込みたくなかったのさ。市長さんはお前を頼りにしているし、こういう仕事を任せたがるけどさ」

 

 周辺にまだ異変は見られない。

 だが、見回りに出ていた二人とは出くわさない。

 

「エレノアは不要な事はしない。俺が必要だと思ったから、今俺はここにいるんだろ」

「どうかね、俺にはお前さんへの依存に見えるがね」

「俺がここにいるのが気に入らないのか?」

「そういう意味ではな。危険事を他に押し付けるなってんだ……何のための自警団なんだか……」

 

 ……正直、非常によろしくない空気だ。最近妙に敵との遭遇が少なかったからか、自分の中の不安がどんどん膨れ上がっているのが分かる。

 ひょっとしたら、ジェドも同じ事を感じているのかもしれない。あるいは、自分の動作や態度に出ていてそれを感じ取ったのか。

 妙に口が回るジェドを見て、そんな事をふと思った。

 

(コイツ、勘もいいやつだからなぁ……。ひょっとしたら敵がヤバイって感じてんのか?)

 

 現在の状況などから、敵の姿を考えていく。

 

(音からして多分デカブツ。ただし群れがいる気配はなし。……どうだ? アイツに当てはまるか?)

 

 外見はケーシーのまま、名前は変わらず、文字色が緑から赤になり、ただ『』で囲まれただけ。ただしデカいクリーチャーを思い出し、吐き出しそうになったため息を飲み込む。

 

(ゲームのままだったら条件は絶対に満たしていない……と思うんだが)

 

 基本的に特殊クリーチャーはそれぞれになんらかのポップ条件があり、オープンβという限られた時間の中でも有志の面々が様々な検証を行い、確定とまでいかなくてもwikiのコメント欄にポップした時の状況やドロップ品の報告を行ってくれていた。

 その検証の中で唯一確定していたのは、ポップ地点に沸いている通常のケーシーを倒しまくる事だった。数は不明で、一度デカブツを倒した場合のリポップ時間もまちまち。

 

(だけどドロップはほとんどゴミだったなぁ……)

 

 懐中電灯の明かりだけでは、どうしても視界に限界がある。

 辺りを照らしてもそれらしき影は今の所見えない。問題の場所に、そろそろ到着する。

 

 ジェドがライフルに取りつけた偵察用ライト(スカウトライト)で周辺を照らしているし、俺も同じように懐中電灯で辺りを調べるが……なにせ使い古しのために光量は心もとない。

 俺の懐中電灯なんて点灯というかたまに点滅している。

 

「――? おい、キョウスケっ……!」

 

 だが、ついにそれを発見した。

 真っ暗な闇の中に、ジェドのライトがラグビーボール状に色彩を浮かび上がらせる。

 コンクリートの黒に近い灰。僅かな雑草の、仄かに青く光る緑。それらを所々覆う土の茶色。

 そして、強烈なまでに鮮やかな――(あか)

 肉片を、臓物を、その周りの地面を覆うように、紅い血液がかかっている。

 

 そこを照らしてまま動かないジェドの変わりに、今度は俺が周辺を探る。

 ついさっきまで点滅していたライトは、こういう時だけ普通に点灯している。

 

「……これは……」

 

 その向こうにあったのは、同じ(あか)。しかし、それは僅かに青い光を放っている。

 そのまま血液の大元を見つけようとライトを奥の方へとやる。

 最初に目に入ったのは、純粋な紅色。

 真っ赤に濡れた、どこかで見たような服、体格、腕、足――だが、その頭は判別出来なかった。

 ちょうど上顎の所から上がぐちゃぐちゃになっている。

 後ろでジェドがえずくのが聞こえる。

 

 その更に奥――彼をそのような状態にした大元を照らす。

 想像した通りだ。

 とてつもなく巨大な体、だらしなく垂れている長い舌、クリーチャーの特徴である微かに青く輝く目。

 ただし、一つだけ想像から外れていた。

 

 

 何かって?

 

 

 その巨体が、全身ズタボロになって、力なく横たわっていた事だ。

 皆で設置し、念入りにチェックした防壁を押しつぶし、巨体そのもので恐らくもう一人を下敷きにして。

 

 同時に、気配を感じる。いや、ひょっとしたら無意識にそれを無視していたのかもしれない。

 気配に気付きたくなかった。見ない事にしていたかった。そうすれば、あるいは生き残れるかもしれなかった。

 だが、好奇心も押さえきれない。落ちれば死ぬと分かっている高さで、下を覗き込みたくなるように。

 

 ジェドと、俺が同時に『ソレ』を照らした。

 僅かに艶を見せる黒っぽい肌。大きな牙とそれを伝う涎。そして――

 

「おい、俺はデカブツは覚悟していたが……おい」

 

 ちょっとした建物くらいの大きさは覚悟していた。

 だが……

 

「誰が恐竜連れてこいっつったよ!!?」

 

 子供の頃、買ってもらった図鑑に描かれていた大きく、そして強そうな肉食恐竜そのものが、空気が爆発したような咆哮を放った。

 

 

 



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008:攻防

 反射的に俺は懐からスイッチを取り出し、思いっきり押し込んでいた。一定範囲のタレットの強制起動させるスイッチ。だが、

 

「ん、お……あれっ?!」

 

 何度押してもタレットが展開される様子がない。おいちょっと――!

 

(そうだ、そもそもなんでタレット起動してないんだ!)

 

 確かに、ちょっと迷い込んだ程度の反応なら起動しない様にセンサーを設定していたが、あのデカブツが二体いたのなら複数体と認識してくれてもおかしくない――というか、認識して今頃弾薬の雨で援護してくれているはずだ。

 

 青く光る眼が、俺とジェドを見下ろしている。蛇に睨まれた蛙の気分っていうのはこういうことか。ちくしょう死ね。

 

「おい、キョウスケ……っ」

 

 二人揃ってジリジリと後ずさりしていると、ジェドが声をかけてきた。

 足元から、固い物でコンクリートを引っ掻く音がする。

 こちらの歩幅に合わせてじりじり近づいてくる、色違いのティラノサウルスみたいなクリーチャーから眼を離さずにゆっくり身をかがめて手を伸ばすと、その固い物が手に触れる。

 

(――っ? これ、バッテリーか?!)

 

 手に取って、ゆっくり体勢を戻しながら手の中で弄ぶ。そうだ、やっぱりバッテリーだ。タレットに差し込んで、カバーの上から二重三重にテープを巻き付けて固定していたハズだ。自警団の面々に確認もしてもらっている。

 

「くそっ。やっぱりか」

 

 ジェドが呟く。

 

「やっぱりこうなっちまうのかっ!」

 

 ふと、今までのジェドの行動を思い出す。

 妙に落ち着きのない様子、いつもより念入りに行う見回り、今の言動……。

 

「ジェド、お前……」

 

 お前がやったのか。という言葉が出そうになる。

 だがそうならば、わざわざ危険な見回り――それもバッテリーを外した危険地域に来ようとはしないだろう。

 

「違う、俺じゃない。俺じゃないんだ」

「んなこと分かっとるわ」

 

 ゲームの中でも見た事ない恐竜型のクリーチャーは、こちらの匂いを嗅いでいるのか鼻をくんくん慣らしながらジリジリ近づいてくる。といっても一足の差が違い過ぎて追いつめられているが。

 

「誰がやった」

「わ、わからねぇ。第一陣の面子には、そんなことする奴はいないと思ってた」

「でも何かあるとも思ってた。なぜだ」

 

 少なくとも、ジェドは何かが起こり得るという確信があった。それは間違いない。

 余り考えたくないが、味方内にこれをやらかした奴がいるのならば、後方――発電設備を整えた工場区画も危険だ。せめて、目的が分からなければ。

 

「……半年前の、妙な噂……あれ、な」

 

 小さく漏れるジェドのささやき声に耳を傾けていると、風を切る音と共に汗臭さとカビ臭さを混ぜたような匂いが降りかかる。デカブツが首を振るのと一緒に、半開きの口から洩れた口臭だ。

 歯ぁ磨けよ、クソ野郎……いや、(オス)(メス)かは知らんけど。

 

「本当はデマなんかじゃないハズだったんだ」

「あ?」

 

 ライフルを構えたまま、デカブツから眼をそらさずにジェドは言う。

 

「本当は俺が、俺があの時――」

 

 ジェドが何かを言おうとしたその時、再び咆哮という空気の爆発が起こる。

 

「――ジェド、話は後だ」

 

 牙を剥いた恐竜モドキが、飛びかかろうとするように体勢を低くし、足に力を込める。

 

「走れっ!!」

 

 俺もジェドも同時に駆けだし、そこらに停められている大量のトラックを盾にするように走り抜ける。

 それから少し遅れて、恐らくは障害物(トラック)がひしゃげる音と、重い足音が近づいてくる。

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「アイツらは役目を果たしていますかね」

 

 シェルターの内部――食糧生産や発電、浄水関係の設備を受け持つ区画。正式には生産区画と言うのだが、誰もが『内部』と呼ぶエリアの中のとある部屋で、男たちが集まっている。もっとも若いので恐らく40くらい、ほとんどは老人と言っていい人間だ。

 

「分からん。ジェドのように、我々の手を離れた可能性もある」

「ジェド。あの裏切り者め!」

「命を賭けた現場にいたのだ、情も沸くだろう。責めるべきではない」

「ハウエル! 奴が行動を遅らせ――いや、何もしなかったせいで事態は噂止まり! おまけにおせっかいな商人が来た所為で何もなかった事になっている! 奴には償いが必要だ!!」

 

 この場にいる面子の中で、もっとも歳の若い男が声を荒げる。

 

「あのおせっかいが余計な事をしたせいで余所者が多く来るようになったんだ。おかげで息子は……っ」

 

 ここらのシェルターは、ロンドンや海辺から流れてくるクリーチャーの群れによって分断されがちだった。外部との行き来はほとんどなく、生活は厳しかったがどうにかやってきていた。

 だが、あの商人が道を作り、各シェルターの連携を促してから全てが変わった。

 食事を始めとするささやかな贅沢、資材の流通、安全圏の拡大。

 

「娘はドラッグに手を出してもうボロボロ! あぁボロボロだ! 息子も! 娘も! 妻も! 俺も! ……家族が!」

 

 ――そして、様々な欲も。

 

「何が生存圏の拡大だ! イングランド復興だ! 英雄気取りのクソッタレ共め! エレノアの小娘も商人共も、それをヘラヘラ受け入れている自警団もクソッタレだ!」

 

 僅かながら生活が豊かになり、自警団の損害、負傷率が減った。いい事だ。

 だが、これまでの閉塞感の中現れた余裕が堕落と腐敗を産み出した。

 ささやかな贅のための資材の横流し、売春など。普通ならば内部の人間は会うことすら出来ない商人と直接取引をするために様々な不正が蔓延した。そして、問題があるのは内側だけではなく商人もそうだ。

 取引のためにちょっとした賄賂として貴重品や土、水等の横流し、若い女ならば身体を要求する商人など序の口だ。

 そして商人は、どれだけ無茶をしても、何度も取引したくなるような物を持ちこむのだ。優しい物で滅多に手に出来ない甘味類、よくあるモノだと怪我や風邪の薬、――最悪なので、もっと酷い薬を。

 

「エレノアの拡張主義なんて俺は認めねぇ」

 

 男は支給されたアルコールを水で割っただけの物を煽る男は、仄かな酔いと怒りで顔を赤くしながらグラスをテーブルに叩きつける。

 

「理想しか見えてねぇデマカセの英雄(ヒーロー)なんてドーバーには必要ねぇ!!」

 

 外から持ち込まれた『薬』により家族が崩壊しかけている男が、鼻息を荒くし、唾を飛ばしながら(いきどお)る。

 

「そうだな……その通りだ」

 

 最も若いその男に対して、逆に最も年老いた男が呟く。

 

 

 

 

「我々に、英雄は必要ない」

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「内部の連中は、拡張主義の市長さんの力を削ぎたいのさ! 特に力を入れてる自警団の!」

「んな事言ってる場合じゃねぇだろうに……!」

 

 金属がひしゃげる音、あるいは金属同士が激突する音、それに何かが破裂したりする音やデカブツ自身の咆哮が後ろから迫りつつあるのを自覚しながら、俺とジェドはひたすら走り続ける。

 タレットは防壁に沿って展開している。ど真ん中を突っ切るような逃げ方をしている今では全く役に立たないが、障害物のない所では容易く追いつかれてしまう。

 

「外を知らねぇんだよ! 俺もそうだった!」

「妨害を頼まれていたのか?!」

「中に戻れるよう取り計らうって条件でな! でも……んな事できねぇ! 外を見て初めて現状がギリッギリのバランスの上にある事を知ったっ!!」

 

 事実そうだ。海から陸へと上がってこれる両性類系のクリーチャーの襲撃はあるし、ロンドンからはぐれオーガやゴブリンの群れが来る事もある。加えてよく見るクリーチャー達の襲撃まである。

 正直ドーバーの状況は本当にギリギリだと思う。正確にはギリギリ『だった』か。

 半年前の水騒動の時、ついでに浄水関連以外の資材を使って海側への防衛設備は一から組み立て直しておいた。

 おかげで周辺シェルターとのルート確保に多くの戦力を割けるようになったとエレノアが寝物語で話していたのを思い出す。

 

 ちょうど同じくらいのタイミングで自分達の真横――およそ50m程の距離に喰いちぎられたコンテナが落下し、甲高い音を立ててひしゃげる。

 

「内部の主流は! 外への拡張を進める市長を追い落として、ドーバーを閉じた共同体にしたいのさ! だから彼女の失点が必要だった!」

「物流は?」

「多分どっかと通じてんだろうさ……っ!」

 

 真っ先に思いついたのは、お隣のフォークストーンだ。あそこは特に排他的なシェルターで、内部との接触方法が一切ない。ドーバーでいう外周部の人間としか話せないし、そういった外周部の人間は基本なんらかの理由で中から追放された人間。士気も低く、言っちゃあなんだが生気を感じないシェルターだ。

 

「それじゃ、半年前のは……?!」

「お前は見た事ねぇだろうが――っと!」

 

 なおも飛んでくるコンテナや車体、その残骸。弾けて飛んできた破片を避け、ジェドは荒い息をしながら、

 

「内部で循環している水が少なくなった時は普通の雨を溜めてる貯水池から引き入れている! 念入りに浄水装置にかけて、鶏とかに飲ませて様子を見てからな!」

「雨……外にあるってことか! 管理は自警団!?」

「エンジニアだ! ソイツを俺が適度に壊してパニックを演出、外部の管理問題にするって話だったんだ!」

 

 ジェドは三年前に自警団に入ったと言っていた。その時から内部は外へ――そしてエレノアへの不信感があったと言う事になる。

 

(くそが! エレノアの奴、そういう事は言っとけってんだ!!)

 

 出発する前に自警団への激励を行っていたエレノア。だが、その直前に顔を合わせた時の疲れた顔を思い出し、叫びだしそうな気持ちを抑える。

 分かる。気持ちも理屈も分かる。

 外を周り続けていると言って接触した俺に内部の不和をあまり知られたくなかった事。

 そのままズルズルと行き、それなりに親しくなっても話すわけにはいかなかった事。

 この前到着した時に聞かされたエレノアの愚痴。

 あの時はてっきり、ちょっと零れた程度のモノだと思っていた。

 だが、実際は違ったのだ。不安、不満、不快、不信。そう言ったモノで内心一杯一杯で、溢れてしまったモノだったのだろう。

 

「くそ……」

「だから、こんなデカい作戦なら何か仕込みがされてるんじゃないかと思ってたんだ。自警団に入った事を後悔して中に戻ろうとする奴は結構いる。第一陣にはそういう連中が入っていなかったから大丈夫だと思ってたんだが……っ」

 

 入っていないんじゃなく、入れなかったんだろう。エレノアが――恐らくバリーも。

 どこかで、そういう事が起こるかもしれない。

 それを言わなかったのは、俺がドーバーの人間じゃないからか……あるいは、それでも危機を招くような事はしないと思っていたのか、それとも信じたかったのか。

 

「どいつもこいつも本っ当に……!」

 

 後ろから、大きく開いたデカブツの口がもうそこまで迫ってきている。

 すぐさま横に跳躍。生臭い牙をギリッギリで回避する。

 

「臭っせぇな! 歯ぁ磨いとけよ! ウチらじゃ衛生管理は義務だぞオイ!」

 

 横ではなく前方に飛び込んでいたジェドが、そう叫びながら持っていたライフルを構えて素早く3発叩きこむ。恐らく口の中を狙ったのだろうが、牙に一発、残りは顔に当たる。

 さすがにノーダメージというわけではない様で、デカブツは顔を引っ込め不快そうに首を振る。

 だが、完全に足を止めてくれる程ではなかったようだ。

 

「キョウスケ!!」

 

 ジェドが叫ぶ。

 身を心配しての絶叫か、銃弾が予想通り効いていない事への思わずの叫びか。

 一瞬判断に迷ったが、ジェドが宙を手のひらで地面に押し付けるような仕草でようやく理解する。

 大量の放置トラック、そのうちの一台の車体下へスライディングの要領で身を隠す。

 先ほどまでの追いかけっこならば、動きが阻害されるために間違いなく下策とされる行動。

 だが、ジェドがそう指示したのはならば――っ

 

「皆、頼むぜ!」

 

――おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!

 

 ジェドが叫ぶと同時に、周囲から歓声にも聞こえる鬨の声が上がる。

 デカブツの咆哮に負けず劣らずの声、そして捲きあがる銃弾や投げ槍の嵐。

 

「この図体のデカいウスノロがぁ!」

 

 その中でも特に野太いバリーの声がする。

 トタンや木材などで作った簡単なバリケードの中から火を付けた火炎瓶を手に持っている。

 

「団長、デカいですけどそいつ結構素早いですぜ?!」

「分かっとるわ! 水を差すんじゃない!」

 

 バリーの言葉に、息を切らしながらジェドが大声でそう返す。

 空気の読めていない発言だ。だが、そこがジェドの良い所だ。

 

「喰らえ、この――ぉっ」

 

 そしてバリー、そした他にも数名が同時に、デカブツ目がけて火炎瓶をぶん投げる

 

 

 

「――ドーバー自警団を舐めるんじゃねぇ!!」

 

 ガラスが割れる音、そしてすぐさま沸き起こる炎が、苦しさからか咆哮を上げるクリーチャーを炎で包み込んだ。

 

 

 

 



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009:THE REX

 硝煙の臭いといくつにも重なり轟音と化した炸裂音が響く。

 それと共に、よだれのような生臭さと異臭も。

 

 原因は分かっている、地響きをさせながら後ろで暴れ回っているデカブツだ。

 

(くそっ! あんだけの火力まとめてくらってちょっとよろめくだけかよ!!)

 

 自警団の連中も、これだけ弾や火炎瓶を消耗するのは初めてだろう。特に、一匹相手にこれだけの量を使うのも、その相手が全く倒れないのも。

 

「キョウスケ!」

 

 ドーバー自警団の切り札でもある使い捨ての無反動砲――既に発射されてただの筒となったそれを捨てたバリーが俺達に叫ぶ。

 

「策はないのか!?」

「んなもんあったらとっくに使っとるわ!!」

 

 そして予想通りの発言にすかさず予定していた言葉を斬り返してやる。

 

「あれか! あんだけカッコよく啖呵切ってこんだけ防備固めてもう品切れか!!?」

「仕方ないだろうがごちゃごちゃ抜かすんじゃねぇ! これでも火力は持ってきた方なんだ! 襲撃の多いドーバーの弾薬庫を空っぽにするわけにゃいかねぇだろうが!!」

「前に卸した重迫撃砲は?! 第二次大戦(セカンド・ウォー)の骨董品だが一応使えるようにはしたはずだぞ! フェイのお墨付きだ!」

「アレも置いて来た!」

「なんでだ!!?」

「海からデカブツが出た時用の切り札だったんだよ!」

 

 以前、恐らくは博物館のような展示施設の廃墟から引っ張り出してきた武装をドーバーに売った事を思い出して尋ねるが、やはりここにはないとの事だ。

 

「普通の銃火器の弾薬は多めにもらって来てたんだが、他は通常の遠征で使う分と変わらねぇ!!」

 

 サブマシンガン――SMGをデカブツに向けて撃ちまくりながらバリーはそう叫ぶ。

 おそらく、弾ももうそれほどないのだろう。

 事実、この一帯で生きていたタレットも一斉攻撃と共に機動していたが、徐々に弾を切らして補充待ちになっているのがいくつか見られる。順々に自警団の人間がマガジンを装填してくれているが……。

 

 デカブツに目を向ける。

 全身を襲う炎や弾丸の雨により、その場で苦しそうに身をよじり、暴れまくっているが……倒れる気配はない。

 

(どうする……どうする……っ)

 

 徒歩で振り切れる相手ではない。それは先ほどの追いかけっこで嫌というほど味わった。

 というより、一度の人員は一斉に車に乗せてヨーイドンといけるわけではない以上撤退はほぼ不可能だ。

 持ちこたえるだけの――あるいは動きを封じ続けるだけの弾薬があるのならば話は別だが、それならそもそも別の方法を取るだろう。

 

「ジェドっ! 使えそうな武器か何か思いつかねぇか!?」

「んなこと言ったってだ――なぁ……っ!!」

 

 そしてこっちは既に弾が切れているジェドが、鉄パイプの先端を削り尖らせ、鋭利に磨き上げた簡単な槍を投槍器に乗せ、思いっきり投げつける。――が、その固い金属のような黒い鱗……いや、羽毛か? に阻まれ、刺さりもしない。

 

「くそっ! 固すぎるぜアイツ!!」

 

 ゲーム中でああいうデカブツを相手にするには、通常火器による弾幕班、攻撃間隔こそ遅く、その弾薬自体貴重だが火力は絶大な砲撃班、離れた所で狙撃等を行いながら蘇生、回復やバフデバフアイテムを設置していく補助班の3つが必要不可欠だった。

 βテストではロンドン奪還戦でしかこのレベルのデカブツと戦う機会は無かったが……。

 

(恐らく基本は変わらない……ハズだ!!)

 

 この世界はどこかであのゲームのルールに沿っている所がある。元々のイギリスを参考にした地点や拠点の位置――は少々違うかもしれないが……クリーチャーのポップ地点や物資や弾薬の見つかりやすい場所。現実のイギリスならばちょっと考えられない弾薬や武器パーツが街中で発見できる所、そしてなにより、クリーチャーの弱点や習性などなどっ!

 

(蘇生方法やバフ係はいないけど! こういうボスクラスに有効な手段はいくつもある!)

 

 足止めしながらの砲撃による火力ゴリ押しは基本中の基本だが、それと同じくらい使われている戦法がある。

 

 ――狙撃だ。

 

(……出来るか、俺に?!)

 

 狙撃手は、火力は砲撃以下、装填時間はライフルの倍というダメージリソースでいえば中々に酷い装備と言われているが、それでも結構な人数が愛用する武器であった。

 スナイパーという響きにロマンを感じる中二病的なアレがあったのも一因だろう。

 だが、それ以上に大きい理由がある。

 狙撃銃の持つ部位破壊効果だ。

 足を撃てば移動速度が。

 口や尻尾、触手などの攻撃に使われる部位を撃てば攻撃力の低下、あるいは攻撃間隔の引き延ばし。

 目を打ち抜けば命中率の低下――付随効果系スキルの高さや武器効果によっては、一定時間事実上の無効化も可能とする。

 

 プレイヤースキルが必要とされるが、最強のデバフ武器。それが狙撃銃なのだ。――無論、ボスによっては一部デバフが無効化される事もあるが。

 ボスクラス討伐戦などでは回復、蘇生役も兼ねて最低でも2~3人は必須と言われるほどである。

 

(さっきジェドがライフル撃っていた時の様子から見て、口を撃っても意味がねぇ。あれの固さは尋常じゃなかったし……!)

 

 一番効果的にデカブツの戦闘力を削るには……目を狙うのが一番かっ!

 

 背中にかけている愛銃――βテスト時に見つかったボルトアクション式ライフルの中では性能と使いやすさのバランスから最優良候補と言われ、自分も装備していた一品。L96A1。

 実際に命をかけているこの世界でも偶然見つけた、ハンドガンで抜けない程固いクリーチャーとの戦闘用に使っていたそれを引き抜く。

 

 先ほどの逃走劇の際も、少しでも時間を稼ごうとコイツを乱射していた。

 比較的すぐに見つかるマガジンも今セットしているのが最後のマガジンとなってしまった。

 逃走で5発。主力と合流してから援護で4発撃った。このマガジンの装弾数は10発。つまり――

 

(残弾は……1発) 

 

 暴れるデカブツの尻尾などで弾き飛ばされるバリケードやトラックの残骸を回避しながらマガジンを装填、身を隠せそうな物影を探すが、あのパワーで突っかかってこられたら身を隠した所ごと持っていかれそうだ。

 

(くそ……っ! 俺に当てられるか!?)

 

 ある程度距離のあるトラック、その荷台部分によじ登りライフルを構え、ほとんど使った事のないスコープに目を当てる。

 狙いは眼球。効きそうな所はそこしかない。鱗……いや、その隙間隙間から生えている産毛の様な物ですら異様な硬度を持っている。

 火力に自信のあるこのライフルの一発が、火花と共に弾かれた時は思わず足を止めそうになった。

 

 スコープ越しに、奴の爬虫類顔がアップになる。その黒い顔は、今なら炎に包まれているため分かりやすい。追われている時など、夜の闇に紛れていた。

 

 いやというほど鼻で味わった奴の生臭い牙が上下左右に揺れるその上、クリーチャー特有の蒼く輝く瞳!

 

 指先が、まるで痙攣するようにピクピクと動いている。

 今か? いやダメだ! と一瞬のうちに何度も逡巡してしまうからだ。

 

(クソッ! クソッ! クソッ! 2秒、いや1秒でいい! さっさと止まってくださいませってんだ!!)

 

 下から上へと流れていく奇妙な悲鳴が聞こえた。恐らく尻尾で誰かがぶっ飛ばされたのだろう。

 いやな汗が止まらない。グリップがぬめる。握り直す。

 

 そして3秒。いや、5秒かもしれない。

 自身の僅かな震えが伝わり揺れるスコープを必死に覗き待っていたその時――眼が、合った。

 

 指が動いた。

 

 今だっ! と思う前に。

 何か言葉が思い浮かぶ前に。口にする前に。

 

 轟音と共に、銃口から7.62mmの弾丸が炸薬の力によって押し出される。

 余りに早すぎる弾丸の軌跡は目に出来ない。成功すればあの蒼い輝きの元が破裂し、失敗すれば先ほど同様火花が散って弾かれる。

 

「ぐあ……っ!!!!」

 

 強い反動により、スコープで目の辺りを強く打つ。

 ほとんど狙撃という行為をしていなかったため、正しい撃ち方を忘れていた。

 

 後ろにのけぞり、目を押さえているキョウスケ。その間、一秒にも満たない極々わずかな間の後、目を開けないキョウスケの耳に入って来たのは――

 

 

 火花と共に何度も耳にした、もっとも聞きたくない音だった。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「向こうはどうなってるの!?」

 

 エンジニアや自警団の寝床でもある工場跡。今は出入り口は全てシャッターを下ろして封鎖し、それがないところは施錠した上で中にあった椅子や机、廃材などで内側から埋めている。

 一応すぐ外には、待機していた自警団の面々がいるが……。

 

「上の窓から双眼鏡で覗いてみたけど……ありゃあ不味い。なんか良く分からんデカい奴を相手に自警団の主力が戦っていらぁ」

「勝てそう?」

「分からねぇ、なんかデカブツは全身ボゥボゥに燃えてやがるが、結構元気っぽいぜ」

 

 フェイの質問に、先ほど上の階に上がっていた若い男のエンジニア――確か水道関係の専門だったか――が早口でそう答える。

 

「……キョウスケ……ジェド……」

 

 銃声や破砕音、そしてクリーチャーの咆哮らしき声ばかりが外に鳴り響いている。

 タレットの音はしないから、恐らくこの周辺にクリーチャーはいないのだろう。実際、窓から外の様子を確認している仲間から、外になにかいるという報告は一切ない。

 

「ねぇ、アタシはクリーチャーにはそんなに詳しくないけど、確か大きくなればなるほど外皮が固くなるんだよね?」

「ん? あぁ……前にジャパニーズと自警団長がそんな話をしてた気がするけど……いや、俺は分かんねぇよ?! そんなに化け物達に興味はなかったし!」

「あ、あの……」

 

 エンジニアの男が大げさに手を振っている時に、一人の女がフェイに躊躇(ためら)いながらも声をかける。

 ユーラシアから海を渡って来た女性、ヒルデだ。

 

「以前、向こう側で自警団の方のお世話をしていた時にお話を聞かせてもらっていたのですが……フェイさんのおっしゃる通り、基本的には大きくなればなるほど外皮が金属の様に固くなっていくそうです」

 

 大陸とこちらでクリーチャーは同じなのだろうかと一瞬フェイは思ったが、頷いて先を促す。

 

「それを、大陸の人達はどうやって倒してたの?」

「基本的には、いつも火力で……その、爆弾とか強そうな銃で……」

「それがない時はどうしてたの?」

「えぇっと……」

 

 ドーバーを出発する際、フェイも運び込む資材や装備機材のリストには何度も目を通している。

 まだ実際に、今キョウスケ達が戦っているクリーチャーをこの目で見たわけではないが、かなり大きな個体らしいと言う事は分かる。

 ヒルデが言う様に、敵の外皮がこれまでキョウスケやバリー達が戦った事がない程の固い個体であるならば、今の彼らの装備では恐らく貫けない。

 

「一個体だけでしたら、落とし穴を掘って重い鉄球か何かを上から落としたり……それか……」

「それか?」

 

 ヒルデは、上手く言葉が出てこないのか口を手で覆いながら、

 

「あの、大きな矢を使っていました。パイプ状の、大きくて……それで大きな弓で発射する…………」

 

 

 

「あの、分かります?」

 

 

 

 自身なさ気なまま、首をかしげるヒルデ。

 だが、それを聞いてフェイの目に光が灯る。

 

 

 

 

 

「手の空いてるエンジニア! 手を貸して!!」

 

 

 

 

 

 

 



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010:Woman with the Rifle. Man with the Turret.

「はぁ……っ……はぁっ!」

 

 完全な闇に覆われたとある建物の中を、一人の女が走っている。

 その背中に負われているのは、使いこまれてボロボロにくたびれているライフルだ。

 女は息を切らしながら階段を駆け上がり、屋上へと続くドアを蹴破る。

 このあたりに、小型クリーチャーはほとんどいない事を、女は良く知っていた。故に、音を立てる事に躊躇いは無い。

 いや、今はそれより――

 

「くそっ! なんだあの化け物は!」

 

 いつもどおり、稼いで頂いてきた弾薬や資材で本拠地周りを補強していた時に、それは現れた。

 どこに隠れていたのか知らないが、ここらの低い建築物程度の大きさは持っていた巨大なケーシー。

 

 少し前まで、女はその巨大ケーシーと交戦していた。とりあえず、とどめを刺すつもりは無かった。

 まずは負傷させて逃がし、その隠れていた住処を暴くのが彼女の目的だった。

 なにせ、大きさはケタ違いとはいえ見た目はケーシー。群れる事で知られているクリーチャーだ。

 確かにこの辺りはケーシーの群れがいくつもあり、彼女がそれを駆逐していた。

 拠点のすぐそばがクリーチャーだらけだなんて、この時代では当たり前だが、その状況を好んで受け入れる馬鹿はいない。

 

 だから少々やっかいでも、周辺の掃除になるのならばと女は戦っていた。

 そしてその戦いはすぐに終わった。

 

 ちょうど自分の拠点の方から猛烈な勢いで襲いかかって来た、更に巨大な脅威によって。

 

「くそっ! せめて私一人ならともかく……っ!」

 

 元々ここは土地の平らな立地だ。旧時代の住居や店舗の廃墟によって視界は遮られているが、ちょっと高い場所に登れば大体見渡せる。――本来ならその前に、『昼間なら』という言葉がつくのだが、今回にいたってはその必要がなかった。

 

 

 これまで見た事のない小さなキャンプファイヤーの光、そして響く銃声と轟音によって彩られたステージが眼前に広がっている。

 そして――燃え盛る奴と、奴を相手に戦っている人間達の姿も。

 

「なぜ、ここに人が来ているんだ!!」

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「キョウスケ! さすがにもう限界だぞ!」

 

 バリーに言われなくても分かっている。

 まだ稼働しているタレットはわずか数機。たった今、さらに一台が静かになった。

 痛む右目を押さえながら立ちあがって周囲を確認するが、生きているのか死んでいるのか分からない倒れた仲間が多くいる。

 

(くそが! いい加減一度くらい逃げ出してくれてもいいだろうが!!)

 

 せめて今夜を乗り切れれば、明日からは電力をある程度自由に使えるようになる。

 弾薬の問題はあるが、防衛線を縮小して弾薬を一度纏めればなんとかなるだろう。――今夜さえ乗り切れれば。

 

「ジェド! 投げ物はあるか?!」

「そこに落ちてる投げ斧(ハチェット)数本、手持ちの火炎瓶(モロトフ)二本、手榴弾(パイナップル)一個、あとはパイプ削った投げ槍の山だ!!」

 

 銃弾だけでは中々倒れないクリーチャー……例えばそれこそケーシーなどに対してもっとも有効とされているのは、燃やす事。そしてもう一つが出血させることだ。

 出血といっても、ちょっと怪我をさせた程度では意味がない。

 常にドバドバ血を流し続ける程深く傷を付けるか、あるいは注射針のように中が空洞の矢の側面に穴を開けた物などを打ち込み、常に出血している状態にするかだ。

 前者に使うのが投げ斧(ハチェット)など、後者に使うのが投げ槍なのだが……。

 

「くそったれめ! あんだけ燃やしてんのに元気いっぱいとかどんだけ腕白なんだよ!」

「ジェド、槍は刺さってるか?!」

「見りゃ分かんだろ! 片っぱしから弾かれてんよ!!」

 

 完全に弾が切れたのだろうライフルをそこらに放り投げ、手の皮が剥げながらも必死に投槍器で尖らせ、鋭くした鉄パイプの投げ槍を投げ続けているジェド。

 

(くそっ……まじでどうする!)

 

 狙撃には失敗した。やはりというか、あの小さなポイントを激しく動き回る中で当てるのは無理だった。

 狙撃がそれほど得意ではない自分ならば尚更だ。

 

「バリー! まだ動ける奴はどれくらいだ!!?」

 

 こちらの動きを見て、それが最善手だと思ったのか、バリーもデカブツの顔めがけて銃を撃ち続けているが、暴れまくっているため眼球には当たらず、牽制止まりだ。

 

「周りにいるのは10とちょっとだ! 後は分からねぇ!!」

「最悪もいいところだなクソッタレ!!」

 

 唯一の救いがあるとすれば、もっとも守らなければならない工場跡に異変が見られない事だ。

 もし襲撃があったら即座にそれを知らせるように信号弾は持たせている。

 それに向こう側からタレットや自警団の銃撃音は聞こえてこない。

 多分、大丈夫だ。

 また変なトラブルが入っていない限り。

 

「しょうがねぇ……っ!」

 

 色々考えてみたが、どうやってもコイツを倒すだけの策が思いつかない。

 工場跡に配備している連中を呼んで畳み掛ける事も考えたが、例えそれで上手くいったとしてもこれ以上の弾薬消費は拙い。最低限の防衛力すらない拠点とか拠点じゃない。ただの餌場だ。奴らに対しての。

 不幸中の幸いは、ここら一帯のクリーチャーがかなり減っているという事だ。

 

「おいバリー、ジェド!」

「なんだジャパニーズ!!」

 

 策が見つかったのかという期待を声に滲ませるバリーに、頷いて見せる。

 

「一旦攻撃止めて、動ける連中全員で怪我人回収して体勢を立て直せ! ジェドは投げ物よこせ! 投げ斧(ハチェット)もだ!!」

「何する気だ!?」

「いいから!」

 

 問答する時間は――多少はあるだろうが、やれば間違いなく反対される。

 バリーはともかく、ジェドは。

 

「くっそ……ほらよ!」

「サンキュー!」

 

 ジェドが、自分の使う道具をまとめている袋に落ちていた投げ斧(ハチェット)を突っ込んで、その袋を掴んだ手を伸ばす。

 

「いいか、俺が合図するまで攻撃すんなよ?!」

 

 袋を受け取り、紐を肩にかける。右手には銃が握られている。そして左手には――愛用しているジープの鍵が握られている。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 夜間は拠点に籠り、戦闘は絶対に避ける。

 かつて住んでいたシェルターを捨てて、一人で旅してきていた女の生き残るためのルールだった。

 

(くそ……これじゃあ狙撃なんて不可能か)

 

 以前、ロンドン近くのシェルターの自警団が持っていた暗視スコープの様なものがあれば話は別だが、女はそこまで良い装備は持っていない。

 当然だ。こんな時代、少しでも安全を確保できる物はどこだって身近に置いておきたい物だ。

 女の持っている銃は、廃墟を探して見つけたパーツや廃材をどうにかこうにかして作りだした自作品だった。

 弾道も安定しなかったガラクタの寄せ集めに等しい銃を何度も補修し、補強し、改良し――そして女はここまで生きてきた。

 

「壁の向こう側でも奴が暴れ回っているのは分かるが……くそっ」

 

 これまで、大きくても中型までしか女は相手にした事がなかった。

 正確には、見かけなかった。

 ここいらはそういうのしか生息していないのだろうと女は考え、そして余裕の許す限り駆逐していった。

 それなりに自分はやれている方だと、そう思っていた。

 分厚い壁の向こうに定住する訳ではなく、危険な外を主な活動拠点にして――そこらの自警団よりも自分は優秀だろうと。おそらく思っていた。

 

(慢心か。我ながら愚かしい……)

 

 先日ナイフで適当に切った髪を掻き毟る。かなり短くしようとしてためらい、やや長めに切ったのは自分が女を捨て切れていない証拠だろう。

 今、予想外の事態に対して冷静に対処できない自分自身に対しての怒りと情けなさがふつふつと沸いてくる。

 今になって。今になってだ。

 

 何かを、変えられると信じていた。いや、信じている。

 狭いコミュニティでまとまり、次代への希望が見出せない世間を。

 常に張り詰めている各地の暮らしを。

 

 そうだ、今も信じている。

 だが――

 

「さて、まずはどうしたものか……」

 

 幸い、女は気持ちを切り替える事が出来る女だった。

 焦りを完全に消し去ることは出来ないが、それに折れず打開策を捻りだそうとしている。

 

(あの中に加勢したところで効果は薄い。何か強力な武器があれば話は別だが手持ちはライフルだけだ)

 

 武装として、火炎びん(モロトフ)やなんらかの爆発物を常に持ち歩くのが女の常だったが、数日前に行った駆逐作業で消耗しており、さらに残った物は巨大ケーシーとの戦闘で予備も含めて使い果たしていた。

 

(そうなると有効な攻撃方法が、もっとも脆い所を抜くことしかない)

 

 中型種でも度々現れる、金属に近い体毛や皮膚による『装甲』が分厚い個体。

 そういった種を倒すには、その『装甲』に覆われていない所、あるいは薄い所を抜くのがセオリーだ。

 

(……鼻腔、眼球、性器……あるいは衝撃頼りで脳や心臓を狙う……いや、あれだけ弾をもらって倒れないと言う事はそっちの方はダメか)

 

 闇の中とはいえ、自分がはっきりと見たところでは皮膚も体毛も全てがクリーチャーの特徴である金属化をしていた。防御力は並大抵ではあるまい。

 あそこに残っているトラックが生きていて、そして動き回るあのデカブツにカミカゼ・アタックを慣行できればあるいは大ダメージを与えられるかもしれないが、女は自殺志願者ではない。

 

(どちらにせよ、ここからでは何もできんか。もう少し高所を確保しなければ……)

 

 ライフルを背負い、辺りを見回す。

 その時、異変が起こる。

 戦闘の音が止んだのだ。

 銃声も、罵声も、火炎瓶(モロトフ)等が弾ける音も。

 

 ただ獣の咆哮と、物体が破砕する音が響くだけ――ではない。

 

 わずか、ほんのわずかだが、ギギィ……という重い金属を動かす音がした。

 

 あまり見えないと分かっていても、反射的にライフルのスコープに目を当て、音のした方に向ける。

 場所はすぐに分かった。

 同じ高さに等間隔に並ぶ二つのライトが、闇を斬る。

 

(車両、ジープか?)

 

 廃材などで作られたバリケード。その中のゲートとなっている部分を開いて、一台の車が外側へと出てきた。

 

(重要な人員、資源を逃がすのか……)

 

 陥落しかかったシェルター等の拠点では良くあることだ。

 技術や知識を持つ人間、ついでに発言力のある人間を先にこっそり逃がす。

 そういった人物なら、他のシェルターに何かを提供することで入れてもらえる事はあり得る。

 まぁ、酷い時はそのまま自分達が食糧にされる可能性もまた十分にあるのだが……

 

 ともあれ、そういう事態となればあそこが陥落するのも時間の問題かもしれない。

 

(……残った人員の脱出支援に向かうのが得策か。この辺りでわざわざ外に拠点を作ろうとするシェルターとなると……ドーバーか)

 

 脱出支援となると、あのデカブツを一時的にでもあそこから引き剥がす必要がある。

 万が一、あの脱出しようとしているジープの方にデカブツが食いついたらどうするべきだろう。

 ドーバーへの最短ルートと、道中にある建物や障害物を計算し始める女の思考に、ノイズが走る。

 

(――いや待て。攻撃が止んだ?)

 

 もしこっそり逃げるのならば、そもそも攻撃が鳴りっぱなしのはずだ。

 そもそも、あのゲートの位置ならば迎撃していた自警団の面々に見られていてもおかしくない。

 咄嗟に良く見えもしないスコープの倍率を上げようと弄りだしたその時――

 

 

 

―― 甲高いクラクションの音が耳に入った。

 

 

 

 何をするつもりかなど明白だった。

 

 

 

「馬鹿な――」

 

 

 

 もし、あそこにいる人間を逃がすならばと女が考えていた事だからだ。――ただし、一瞬だけ。

 

 

 

「たった一台でヤツを引き付けるつもりか!!」

 

 

 

 まるで威嚇するようなエンジンと排気の音をかき消すように、ひと際強烈な咆哮が響く。

 

 そして、それに答えるような罵声も。

 

 

「――はっはぁっ! いいぜデカブツ! こっちに来いよ!!」

 

 

 何度もアクセルを軽く踏みエンジン音を鳴り響かせながら、窓を開けてドライバーの男が叫ぶ。

 

 そのジープを目がけて、今この場にいる唯一にして最大の脅威が、未だ所々が燃えているその巨体を加速させ、バリケードを吹き飛ばして突進していく。

 

 

 

 

「遊んでやるぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 



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011:『死ねない!』

 UBCの影響を受けた地域は、その場に生える植物全てに影響を及ぼす。

 地面に生えている背の高い雑草からコケに近い物まで、その全てが淡い蒼の輝きに覆われている。

 

 そこに割って入る異音の数々――その出元が二つ。

 

「こんのワンコロ……じゃない、なんつーんだこの……デカブツはぁっ!!」

 

 エンジンとスキールの音を、そして積んだガンタレットの速射音を響かせながら、俺はアクセルを踏み込み相棒を急かす。

 

 

――グゥアァァァァァァァッ!!!!

 

 

 背後から、もはや聞き慣れた咆哮と共に、巨大な何かが空を斬る音がする。

 とっさにハンドルを切り右に大きく回避すると、先ほどまで愛車がいた所に、どうやったらそう動かせるのか鋭く太いデカブツの尾が突き刺さる。

 

(くそが! どういう生き物だありゃあっ!? さっきまであんな動きしてなかっただろうが!!)

 

 バランスを崩しそうになる車体をなんとか戻しながら、ミラーで敵の姿を確認する。

 毛深い真っ黒な、昔図鑑で見たティラノサウルスに黒い羽毛を無理矢理付けたような外見。

 後ろのガンタレットの放つ弾丸の雨を喰らい、その身体に火花を散らせながらも迫ってくるその姿はこれまで見たどんな敵よりも恐怖を頭の中に無理矢理塗り込んでくる。

 

「いい加減に……よろめくぐらいしやがれクソッタレ!!!」

 

 投げ物は一通りジェドから預かっている。その中で確実に有効なのは火炎瓶(モロトフ)二本のみ。

 それを二本とも放り投げる。運転をしながらの投擲では狙いもへったくそもないが、構わない。目的は――地面の一帯。

 

 轟音と共に、草木の蒼い輝きが、炎の(あか)と混じり独特の、どこか毒々しい光へと変わっていく。

 

(炎の中をひたすら走りまわらせるしかねぇっ!)

 

 残った策はこれしかなかった。

 明日、電力の復旧とバリケードの再構築が終わってから燃やしつくす予定だった蒼い草むら。

 使える炎が限られている今、この広い一帯そのものを燃料としてデカブツに少しでもダメージを入れる。

 

 UBCの影響を受け、変異しつつあるといっても植物は植物。地に根を張り、根から雨や水を吸い上げ、水をその身に蓄えている。

 そう易々と燃え上がってはくれない。

 けど確かに、徐々に、紅は広がる。広がってくれなきゃ困る。

 

「くそったれが、弾ももうほとんど空なんだぞ! 空! 空ってのは……つまり空っぽなんだよぉ!!」

 

 なにか叫ぶ。叫んでいないと、今にもガソリンが続く限りドーバーや近くのシェルターの方向に真っ直ぐ車を飛ばしたい衝動に、身体も頭も乗っ取られそうだ。

 

 バックミラーやサイドミラーでデカブツの位置を確認しながら、傾けているガソリンタンクを確認する。

 中身はトクットクッと不定期な音を立てながら地面に撒かれている。

 

(クッソ! この程度の広さが限界かっ?!)

 

 燃えにくい生の雑草が多いここらを火の海にするには、念のために多めに確保していたガソリンを使うしかない。が、必要量は当然ない。

 元々苦し紛れの策だ。

 ちょっとでも戦えるポジションを確保できれば十分。

 

 車も、垂れ流しているガソリンもだいぶ少ない。タレットも有効打にはならない。というかこっちもすぐに弾が切れる。

 

「根競べしかねぇとか……ほんと最悪だぜ……っ!」

 

 こっちは基本根性無しだというのにだ。

 再び巨体が勢いを増して迫ってくる。その速度――残念な事にジープよりも上だ。

 

 どうにか火の上を歩かせようと旋回していたのか仇となった。今から加速した所で……っ。

 

(決戦かっ!)

 

 片手でドアに手をかけながら、残る片手でハンドルを切る。

 最後の大打撃のチャンス。というか最後の有効打。

 それは、真正面から可能な限り加速させたジープをぶつける事だ。

 

「これで、足止めにすらならなかったら――ホント泣くぜ!」

 

 アクセルを抜きながらハンドルを切り、奴と向き合う。いや、向き合おうとした――その時、

 

 

 

―― 何発もの銃声が響いた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 蒼と紅の入り混じる、どこか幻想的な光景がスコープの向こうに広がっている。

 その中を走り回る小さな荷台付きのジープと、それを追い回している燃え盛る巨体も。

 

(熱で少しでもダメージを与える魂胆か。それに、足を止める事も含めて)

 

 単騎での囮といい、どうやらあのジープのドライバーは中々愉快な思考をする人間らしい。

 

「……いいな、彼」

 

 思わず、口が緩む。

 

(嫌いじゃない。ああいう馬鹿は、嫌いじゃない)

 

 そう思った時、気が付いたら女は引き金を引き絞っていた。ダメージが通るかどうかではない。

 少しでも奴の足を止められるのならば。少しでも足を遅める事ができるのならば。

 

 

 ――少しでも、あの男が生きる確率が上がるのならば。

 

 

 女は、大きく息を吸い込む。

 あのデカブツがこちらに向かってくる可能性もある。いつでも逃げられる様に、立ち回れるように気合いを入れるため。

 

 そして、伝えるために。

 

 

「――死ぬな!!」

 

 届くかどうか分からない、たった一言を叫ぶために。

 

 そして女は再び――銃を構える。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「いいかジェド! まずは態勢を整えるんだ!」

「アイツを犠牲にしてか!?」

「まずはだ!」

 

 怪我人の搬送、鉄柵の再固定、まだ使えるタレットや鉄条網の回収。そして防衛ラインの後退、再構築。

 それが今、自警団が最優先で行っている事だ。

 外から聞こえる全ての音を無視して。

 

「外の他のクリーチャーの群れが起きるかもしれねぇ! 一人じゃ無茶だ!」

「そん時に壁がなきゃあ工場の方まで一気に突破されんだぞ! あのデカブツはもちろん、ウサギの群れですら突破されかねない!!」

 

 一人で、鉄パイプの投げ槍と投槍器だけを持って外に出ようとするジョッシュの胸倉を、同じ自警団の一人がつかみあげる。

 

「ここでジャパニーズ一人助けようとすればこっちが全滅だ! ただでさえこっち側の三分の一が死んだか死にかかってんだぞ! 工場側と合流して防御整えねぇと今度こそ全滅だ!」

「ここでアイツ失えば、例え生き延びてもここが孤立する事になるぞ!」

「あぁ?! ドーバー側の支給があんだろうが! それに、食糧と水だけなら十分持ってきている!」

「それは――っ!」

 

 ジェドは口ごもる。

 もし、あの女市長がそのまま市長を続けてくれるのならば大丈夫だろう。だが、もしドーバーで大きな政変が起これば、あるいはここは切り捨てられる可能性が出てくる。

 ただ、その可能性をこの場であり得るものだと考えているのはジェドだけだ。

 

「馬鹿野郎! 揉めてる場合か!」

 

 そこに、後退の指揮を執っていたバリーの罵声が飛んでくる。

 

「一秒でも早く態勢立て直せ! 今の状況で応援に駆け付けたところでどうしようもねぇ!」

「団長! でも……でもっ!」

 

 なおも食ってかかるジェドを、バリーは手で制する。

 

「あのデカブツとやり合うには、せめて弾と壁がないとどうしようもねぇ。トラックに囲まれても少し動きを抑えるので精いっぱいだったんだ……今のままじゃ無駄に犠牲を増やしちまう」

 

 さすがにバリーには逆らえない。だが、それでも何か言いたいのかジェドは手を震えさせている。

 バリーも――ずっと自警団の仲間の顔を見続けてきたバリーがそれに気付かない訳がない。

 

「キョウスケの奴を助けたいなら、早く工場の守りかためて嬢ちゃん手伝ってやりな」

 

 だから、バリーはジェドに伝える。

 

「え……嬢ちゃんって……」

「技術者集めて使えるトラック一台を急ピッチで何か改造していやがる」

「フェイか!!」

 

 今このウィットフィールドに来ている技術者で、車両関連の知識を持っているのは一人しかいない。

 

「わかったらさっさと仕事しろ! そこのお前もだ! もう一度攻勢かけるには弾薬も火炎瓶(モロトフ)も揃えなきゃなんねぇ! 残ってるガソリンタンクの確認してこい!」

 

 ついさっきまでジェドの胸倉をつかみあげていた自警団員は、慌てて「はいっ!」とバリーに了承の返事を返すと、踵を返して作業へと戻っていった。

 

「団長――」

「おめぇもだジェド。頭冷やせ」

「……うっす」

 

 キョウスケに袋ごと荷物を渡したおかげでなんだか物足りない肩を回すジェドに、バリーは言う。

 

「今回の騒ぎ、なんか裏があるのは俺も気付いていた。あの市長さんが、人員の選抜に念を押していたからな」

「団長、今回の件は――」

「言うな。俺たちの中に裏切り者はいねぇ」

 

 バリーは、不細工な手巻きの煙草を二本取り出し、一本取る様にジェドに勧める。

 

「今ここにいる奴らは、共に生きる仲間だ。明日を一緒に迎える奴らだ。それを守るために飛び出した馬鹿だってそうだ」

 

 戸惑いながら煙草を受け取り、口にくわえるジェド。

 バリーは近くの火を着けたままのドラム缶ストーブの炎で小さな木片の先に火を灯し、その煙草の先端に軽く刺して火を着ける。

 

「さっさと工場に行って嬢ちゃん手伝ってやんな」

 

 そして自分の煙草に火を着けながら、自警団のボスは言う。

 

「あの馬鹿商人助けられんのは、友人(ダチ)のお前らだけだろうさ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ば……馬鹿かーーー!!! どこのどいつか知んねーけどおっま……馬鹿かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 俺は、思わず全力で叫んでいた。

 まさか外に人がいると思わなった。しかもこのどう見てもヤバい状況に割り込んでくるとびっきりの馬鹿野郎がいるとは。

 

 効くかどうかの問題じゃなく、意識を俺に向け続ける意味で拳銃をひたすら撃ち続ける。

 叩き割ったウィンドウから腕だけ出して拳銃をパンパン撃つ姿はどう見ても古い三流映画かカートゥーンのテンプレ悪党だ。マシンガンも持っていないのではそれ以上に滑稽な姿かもしれない。

 

 デカブツは、やはりある程度は炎が効くのか、燃え広がる草むらの中を真っ直ぐ突っ切ろうとはせず、僅かにだが迂回して向かってきている。

 くわえて違う所からの銃撃。ダメージは碌に入ってなさそうだが、頭部に集中しての攻撃はさすがに気付くのか、目標を自分と遠くの狙撃者のどちらにするか迷っているようにも見える。

 

(どこから攻撃されてんのかコイツ気付いていないっぽいのだけが救いっちゃ救いだが……っ)

 

 完全に一人で戦うつもりだった。

 そもそも、現状の火力じゃどう足掻いても装甲を抜けない以上、逃げてくれるまで時間を稼ぐか、追い返せるだけの用意が出来るまで時間を稼ぐか……とにかく時間稼ぎしか出来る事がない。

 

 元はトラック整備工場。しっかりと密封されたガソリン入りと思われるドラム缶を大量に発見したという報告は聞いていた。

 どう考えても劣化しているため車には使用できないが、引火剤としては十分使えるだろうとフェイは言っていた。

 火が使えるのならば、準備さえ整えば戦う方法はまだまだある。

 

 だから今、そう今だ。今さえ乗り切れば……よかったのに!

 

「ここにきて他の奴の命背負ってる余裕なんてねぇんだぞくそったれ!」

 

 今弾撃ちこんでいる奴の腕は立つ。それは分かる。

 どの方向から撃っているのかはなんとなく分かるが、まったく位置が掴めない。

 

(とはいえ、俺が死んだらデカブツは多分そっちに行く! クソが!)

 

 元々死ぬつもりはない。

 だが、ここに来てなにがなんでも(・・・・・・・)死ねなくなった。

 

「こっち味方は狙撃手一名、残弾不明。位置不明。年も性別も不明と来たもんだ! 美人ならいいな! なぁ美人であってくれ!!」

 

 いやもうホントにそれくらいのせめてそれくらい役得なんとやってられねーよちくしょう。

 仕事終わったらエレノアが溜めこんでたビールも根こそぎ強奪しよう。いやもうホント――

 

「ホントクソッタレな世界だなぁ! クソがっ!!」

 

 

 

 



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012:全てを賭して

 その老人は、ずっとシェルターの中で生きてきた。

 作物を育て、作物を刈り取り、種を育て、苗を育て、そしてまた。

 

 収穫したモノや種をわずかながら使い、改良に挑戦しながら……このシェルターを――小さな国を支えてきた。

 同じ位の年齢の人間は、全員同じ事を考えているだろう。

 祖父の代から延々受け継いできた仕事であり、役割だ。

 

(さて、上手くいっているかどうか。化け物共、いや……天に裁きを任せよう)

 

 老人は、自室の棚を飾る物に目を通す。

 自分が子供だった頃、自分が学校に通いだした頃、農作業を手伝い始めた頃、研究員として認められた頃、恋をした頃、妻を持った頃、息子を持った頃、孫を持った頃――

 様々な自分と、共にいる誰かを移した写真の数々が、手作りの不格好なスタンドに飾られた写真の数々に収められて飾られていた。

 

 その内の一つを、老人は手に取る。

 自分のよく知る男が――自警団に入った時の写真を。

 

「……認められん」

 

 蘇るのは、苦い記憶の残滓。

 

「自警団など――」

 

 それは、深い憎悪の記憶でもあった。

 

「認めるものか……っ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

――なるほど、やはり馬鹿な男だ。

 

 女はスコープ越しに全てを見ながら、そんな事を思っていた。

 男が運転するジープは、恐らく突撃しようとしているのだろう動きを変えると同時に、自分のいる方向とちょうど真逆の方向へとハンドルを切った。

 デカブツめがけて、ハンドガンを連射しながら、だ。

 

(少しでも、私の方にコイツが向かうのを避けるため、か)

 

 バカだ。本当にバカだ。

 外でこうして戦う人間なんて、半分死んでるようなものだ。死なないための策は個々で用意し、失敗すれば肉の塊になる。

 その事にどうこう思う必要はない。所詮個人で選んだ生き方だからだ。むしろ、他人の生き方に引き摺られる奴は死んでしまう。

 それが世界のルールだ。

 だというのに。

 

「――くそっ、こっちを向け……っ」

 

 小賢しい馬鹿ならたくさん見てきた。

 だが、ああいう馬鹿を――恐らく、とてつもなく希少な大馬鹿を、死なせるわけにはいかない。

 

(奴の顔、いや、目を抜く。それしかない!)

 

 先ほど狙撃した時、牽制の数発とは別に二発、チャンスが来た時に眼球を狙い、そして命中させていた。

 そう、少なくとも軌道上では命中しているのだ。眼球を弾丸が抉るその直前までは。

 

(異常なまでに硬質化した、もはや鎧と言っていいあの黒い皮膚。それが目の周りでは線維化していて、まつ毛のような役割を果たしているのだろう……)

 

 驚くほどに固いが、少なくとも皮膚部よりかは可能性がある。

 

「こっちだ……っ」

 

 あの固い繊維を抜くには何発必要なのか分からない。

 切り札は、懐に残している予備の弾薬ケースの中身。出来るだけ質の良い物を選別して残している弾薬だ。

 今使っている弾薬を含めた全弾を全て叩き込む。牽制も含め、一発の無駄弾も許されない。

 

 だから――

 

 

 

 

 

「さっさとこっちを見ろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「くそだらぁっ! せめて一発くらいは弾抜けてくれてもいいんじゃない!?」

 

 タレットは完全に沈黙した。いまじゃあただの重石(おもし)だ。

 さっさとガソリンが尽きるまでまっすぐ工場を背に走り抜けるつもりだったが、今も狙撃は続いている。

 むしろ、弾を撃つ間隔がさっきから狭まっている。

 ここで距離を取れば、狙撃の主の元にやつがいく。

 

(なんだ? あいつ、どうするつもりだ? 狙撃でも生半可な弾で抜けるようなヤツじゃねぇぞコイツは!?)

 

 狙撃手という存在は、この世界では少ない。というか、ほとんど見たことない。

 ゲーム中では、腕とスキル構成さえ揃っていれば最高クラスの火力を出せる対ネームド戦の要だったが、この世界では基本的に狙い澄まされた一発よりも数だ。

 大量に、しかも勢いを持って迫ってくるクリーチャーの数に対抗するには、こちらも手数で勝負するしかない。

 ようするに、せめて狙撃手自体も数を揃えないと非常に扱いづらいのだ。

 これまで色んな戦う人間を見てきたが、狙撃銃を好む人間はただ一人。そいつも多種多様な銃を使い分ける男だった。

 

(狙いとしてはてめぇの方向にこいつを向かせたいんだろうが……っ!)

 

 正直、その余裕がない。

 俺のせいでもあるが、炎に巻かれてどっちを向くか予想がつかず、しかもこちらが攻撃を止めたらたまに工場の方に向かいそうな素振りを見せる時もある。

 狙撃手の方に顔を向ける事もあるけどそれは少しの間だけ、俺が狙撃方向に車の先を向けた時だけだ。

 あの狙撃手に策があるんならそれに乗るべきだ。だが現状ではそれに乗る手段がない。

 具体的にどこにいるかわからないというのもあるし、なによりコイツの爪と尻尾を避けるので今はもう精一杯だ。

 

(コイツ、短時間で攻撃方法変わってるしよぉっ!!)

 

 尻尾は先ほど自在に動くようになった。

 それが今では、尻尾の先には爪の様な物が付き、心なしか足は太くなり、その代わりに胴体が僅かに細くなって僅かながら機敏になっている。

 

「だからよぉ! どういう生き物なんだてめぇぇぇぇっ!!」

 

 こんなんゲームの時でも数で囲んでぶん殴るくらいしか思いつかねぇ!

 火力だ。

 とにかく火力が足りない。

 

(こいつぁ、自警団が工場周り固め直してもダメだ)

 

 唯一思いつく手としては例の見つけた燃料を思いっきりぶっかけてひたすら燃やしつくす位だが、それは動き回る炎の塊を野に放つのと同意だ。奴が死ぬまでに、どれだけ被害が出るか想像もできねぇ。

 

(どうする……どうする……っ!)

 

 車を使ったダイレクトアタックは、あくまで足止め程度になればいいという考えだった。

 ダイナマイトでも積んでいるのならまだしも、現状どう足掻いても倒すには――いや、深手には成りえない。

 

 ゲームならば、死ねた。

 死んでリスポーンしてアイテム回収して弾丸バラ巻くか殴ってまた死ぬマラソンという手段もある。

 いや、そもそも回復系のスキルを持った人間は大勢いた。誰かがボスを引っ張って、その間に蘇生するのが普通だ。

 それが出来れば、どんだけいいか……っ!

 

「残る手段は――っ!」

 

 残った武器は数少ない。

 その中で一つだけ、めちゃくちゃ危険だが――あるいは思った手段がある。

 それを、使う時が来た。

 

 袋の中からその武器を手で探り、そして握りしめ――

 

 

 

 次の瞬間、これまで耳にしたのとは違う破砕音と共に、デカブツの体が軽く横に流れた。

 更にもう一発。今度はハッキリと見えた。

 

 整備工場の北口、再度封鎖されたはずの門が開き、一台のトラックが外に出ていた。

 荷台部分のコンテナが外され、何か――ドデカいボウガンが設置された。

 

 そのデカいボウガンについたハンドルを使い照準を合わせている男

 そして、トラックの運転席についている女。

 

 どちらもよく見知った顔だった。

 

「ジェド!? フェイまで!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「フェェェェェェイっ! なぁにが切り札だてっめ、槍弾けたぞこらぁぁっ!!」

「しょうがないでしょ本体も槍も急造品なんだから! ダメージはしっかり入ったんでしょ!?」

「ちょっとよろめいただけじゃねーかっ!! どうすんだこれ? どうすんだこれ!?」

 

 フェイが工場の機材を駆使して仕立てたのは、巨大ボウガン――いや、攻城弩(バリスタ)だ。

 

「いいからさっさと次を装填! さすがにアイツこっちに来るでしょ!」

「だったらもっと速度出せ! すぐ追いつかれるだろうが!」

「こんな重たい車ですぐに加速できる訳ないでしょうが! 小回り利く訳ないでしょうが! だから撃てって言ってんの!」

「ほとんど固定砲台じゃねーか! それならもういっそ俺一人で良かっただろうが! なんでお前まで来ちゃったの!」

「うっさい! 撃て!」

 

 矢は工場施設のパイプ状の機材部分や建材を引っぺがし、それを斜めに切って無理やり槍にした物だ。

 突き刺されば、矢がストローのようにデカブツの血液を外へと流す役割を果たし、行動不能に持っていけるというのがフェイの算段だった。

 

 そして今、三度装填された一撃が発射され――その巨体の黒い鎧に直撃し、派手な火花を散らして爆散する。

 

「矢の威力を最大限に高めるようにバリスタ本体の方を調整したけど、矢の方の強度を計算にいれてなかった。うっかりしてたわね」

「てっめ……っ」

「ごめん! 一生の不覚だったわ!」

「お前なに!? 実はゾンビーかなにかだったりする!? お前の人生何度目!?」

 

 叫びながらも、ジェドの手は止まらない。

 当然、初めて扱う装備だ。

 これまで多種多様な兵装を、死に物狂いで扱ってきたジェドだからこその手際だ。

 

 すぐさま装填を終えると同時に、ジェドは叫ぶ。「撃つぞ!」と。すなわち、衝撃に備えろという、運転席でハンドルを握っている女への警告だった。

 

 そして、轟音が続く。

 

 撃つ。当たる。よろめく。撃つ。当たる。よろめく。撃つ。当たる。よろめく。

 

 ただ、繰り返されるだけだ。

 確実に巨体はこっちに向かってくる。

 キョウスケが後ろから追いかけて、必死な――あるいは泣きそうな顔で――撃ち続けている。

 

「畜生が……っ」

 

 今まで、ジェドに死の恐怖を与えてきたのは数だ。

 足音の数、うごめく気配の数、苦痛に呻く仲間の声の数、仲間の死体の数、敵の瞳の光の数。

 

「畜生がぁっ!」

 

 だが、今ジェドに強烈な死の気配を与えるのは――ただの『1』だ。

 

「こいつがラストなんだぞクソッタレっ!!」

 

 そして、残る切り札も。

 

「ジェド!」

 

 フェイが、車を完全に止める。狙いを正確につけさせるつもりだと、ジェドは理解した。

 真っ直ぐ、向かってくる巨体。

 

(こいつの弱点がどこかわからねえが、生き物だって言うんなら――っ!)

 

 真っ直ぐ、ジェドは狙いを定める。

 気を抜けば力が抜け、今にも震えだしそうな指を、手を、意志の力でねじ伏せて、

 

「頼む!!」

 

 どこの、誰に向けてか分からない祈りの言葉と共に、最後の一矢が発射される。

 生物共通の弱点――頭部目がけて放たれた太い矢は、その長い顔のど真ん中にぶち当たり――

 

 

 そして――

 

 

 見なれた火花が、舞い散った。

 

 フェイが、ハンドルに握りこぶしを叩きつける。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 突如現れた改造トラック。その貨物部分に備え付けられた武装の攻撃。

 その結果を全て、女はスコープを通して見た。

 

(剥げた……っ!)

 

 これまで黒い塊としか見えなかった巨体、その頭部に放たれた最後の一撃によって、赤黒い肉がついに露わになった。

 ちょうど、眼球の周辺が。

 

(頼む、こっちを向け……っ)

 

 目に入ったのは、攻撃を受けた衝撃で一瞬こっちを向いた瞬間だった。

 もう一度、もう一度――

 

(こっちを向いてくれ!)

 

 女には分かっていた。

 きっと、あそこにいるあの二人の男女――砲手を務める男も、ドライバーを務める女も、おそらくは自分と同じ気持ちなのだろうと。

 

 今、クリーチャーの後ろに縋りつくようにアクセルを踏み込み、拳銃を無我夢中に撃ちまくっている大馬鹿を死なせたくないと。死なせるわけにはいかないと。

 

 なにせ、今までに見た事ない程の馬鹿男なのだ。

 

 

――うおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!

 

 

 アクセルを更に踏み込み、雄たけびを上げながら車ごとデカブツクリーチャーに突撃するほどの馬鹿だ。

 

 恐らくガソリンと火も仕込んでいたのだろう。

 激突した瞬間、凄まじい轟音と共に炎が舞い上がる。

 

 直前に。ドライバーらしき人影が脱出したような気がするが、そこではない。

 あの改造トラックの方へ向いていた頭が、激突したジープの方を向いた。

 

 つまり――その直線状にあるこちらに。

 

(待っていた)

 

 世界の全てが、遅くなる。

 顔に当たる風、引き金に当たる冷たさ、鼻下に感じる自らの呼吸――それどころか、眼球が僅かずつ乾いていく感覚すら感じる気がする。

 

(待っていたぞ――)

 

 男が突撃を選択した時点で、弾を入れ替えていた。

 普段使っている手作りの弾から、なるだけ質の良い弾へ。

 

「その顔をっ!」

 

 引き金を引き絞る。

 

 聞き慣れた発砲音が右から左へと振動と共に響く。

 

(当たる!)

 

 その振動を感じた時、すでに女は確信していた。

 銃身から、回転しながら放たれる弾丸。

 

(――手ごたえ……あり)

 

 これまで、幾度も狙撃をこなしてきた。

 足止めの罠をしかけ、おびき出し――そして一匹一匹始末してきた。

 その経験則が、そしてスコープに映る光景が答えだ。

 

「――だというのに!」

 

 これまでと違い、明らかに苦しみの咆哮をあげてのたうちまわっている。

 そう、のたうちまわっている。

 

「まだ倒れないのかお前は!」

 

 更に撃つ。今度は残ったもう片方の目を撃ち抜く。

 これで視界は完全に潰した。おそらくもはや何も見えていまい。

 いや、それどころか普通ならばもう死んでいるはずだ。なのに――

 

「倒れろ……っ」

 

 更に一発。

 剥がれた皮膚の部分を目がけて撃つ。

 間違いなく、弾は当たっている。

 舞い散るのは火花ではなく、血しぶき。

 間違いなく、弾丸はクリーチャーの頭部を撃ち抜いている。だというのに――

 

「倒れろ!!」

 

 撃つ。撃つ。何度も撃つ。

 間違いなく当たっている。

 皮膚を、目を、肉を――いや、恐らくは脳すらえぐっているはずなのに、

 

「倒れてくれと言っているだろうがっ!!」

 

 まだ、その巨体は咆哮を発し、暴れている。

 

「なんなんだコイツは!!」

 

 あのバリスタは、これまででもっとも強烈な一撃だったはずだ。

 だから奴はそっちに向かった。

 そして今、もっとも傷を与えた存在がここにいる。

 

 光を失ったはずの双眸が、まるで覗き込むようにまっすぐ――目があった。

 まだ弾はある。

 ただ真っ直ぐ走ってくるのであれば、どれだけの速度が出るのが、ここにたどり着くまでにどれだけの猶予が残っているか。

 

 そして、その間に何発頭に打ち込めるか。

 

 その計算をしながら女は弾を込め、構え直す。そしてスコープの先に――見つけた。 

 

「お――」

 

 車ごと激突し、脱出したはずの男が見えた。

 地べたではない。転がっているわけではない。

 

 唯一にして最大の脅威の体にしがみついている――バカの姿を。

 

「お前はそこで何をしているんだ!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(チャァァッンス!)

 

 ジェドとフェイの用意したあのバリスタで、あの馬鹿みたいに固い装甲の一部が剥がれた。

 しかも御あつらえ向きに頭部と来た。

 

 どうにか飛び移るチャンスがないかと待っていたら、絶好の足止めが来た。

 あの狙撃手、とんでもない腕前だ。綺麗に眼球ぶち抜くとは思わなかった。

 

 おかげで、ようやく奴にデカいダメージが入った。

 大きくよろめき、動きが止まった瞬間に奴の体に飛び乗り、しがみついた。

 

(暴れ回るとはいえ、ちっと遅ぇ!)

 

 やはり狙撃によるダメージがデカイのか……いや、その前からだ。

 装甲が抜けなかったとはいえ、バリスタの攻撃は無駄じゃなかった。わずかだか、身体の動きが鈍い。

 右足を前に動かすとき、わずかだが減速する。

 

 そのタイミングを利用しながら、ジリジリと近づく。

 さすがにしがみついてりゃ気付く。すぐさま爪生えた尻尾の一撃が飛んできたが、とっさに避けたおかげで、逆に自身の体に尻尾がぶっ刺さる。

 

――足が、止まった。

 

「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 つまり、今度はこっちが足を動かす番というわけだ。

 バランスの悪い背を一気に駆け抜ける。

 

「今度こそ――っ!」

 

 手にしているのは、残っている投げ物の中の一つ。――手投げ斧(ハチェット)

 ジェドから受け取った最後のソレを右手に握りしめる。

 

 暴れ回る首元に足をかけ、一気に跳躍する。

 狙うのは――むき出しになったどたま。

 

「喰らいやがれぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 そこ目掛けて、左手で抜いた拳銃の残弾を全て叩き込む。

 これまでほとんど見る事の出来なかった血液が飛び散り、むき出しになった肉めがけて斧を振り下ろす。

 

 ほとんど金属の塊にしか見えない姿からは想像できなかった肉を抉り、血が零れる音がようやく聞けた。

 

「くそがぁぁぁっ!!」

 

 苦痛に悶えるデカブツが、最後の悪あがきを見せる。

 拳銃を投げ捨て、深く突き刺さった斧の柄を両手で掴む。

 

 

――ごあああああああああぁぁぁあぁあぁぁぁっ!!

 

 

 怒りか苦悶か分からない咆哮と共に、俺を振り落とそうと暴れ回るデカブツ。

 落ちたら間違いなく死ぬ。ただ死ぬ。ようするに犬死にだ。

 

「ふん――っごおおおぉぉぉぉおっっ!」

 

 渾身の力を腕に込める。懸垂の要領で、むき出しの傷へと身体を近づける。

 

「頼むから、不発でしたなんてオチはやめてくれよ……っ」

 

 そして残った最後の武器。

 やはりジェドから預かった最後の武器。

 手榴弾を片手に握りしめ、傷口の中にめり込ませる。

 

 砂利の多い泥に手を突っ込んだような感触を我慢して、奥の奥まで手を突っ込む。そして手探りでピンを探り、指をひっかける。

 

「これが最後の頼みだ!」

 

 同時に、デカい衝撃が俺とデカブツを襲った。

 トラック――フェイだ。フェイが最後の手段として体当たりを敢行したのだ。

 

(人に車は大切にしろって言っておいて……)

 

 大きく巨体が傾く。

 地面が近くなる。

 それと同時に、ピンを抜き、宙に身を預ける。

 

「あばよ」

 

 最後の最後に、目があった――気がする。

 

 そして、炸裂音と共にその顔が痙攣したように上を向き――

 

 

 

――ついに、巨体はゆっくりと……倒れ伏した。

 

 

 

 

――これまでの咆哮とは違う、どこか悲しげな鳴き声を漏らして。

 

 

 

 

 

 



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013:夜明けは遠い

「ったく、トラックの山が一晩で残骸の山に早変わりか。クソッタレ」

「資材としては使えるんだからまだマシだろうさ。ほら、さっさと片付け終わらせるぞ。早く片付けて雨避けの屋根拡張するんだから」

 

 死闘を乗り越えたウィットフィールド拠点では、昨夜の後片付けに入っていた。

 動ける自警団員の三分の二は防壁や内部の片付けと修復。残る人員は外の北側――昨夜の決戦場となった草地の焼却作業に入っている。あの巨大クリーチャーの死体ごと、だ。

 

「キョウスケがいてくれて助かったぜ。おかげで壁はほとんど無傷だ」

「ジェドも、な。フェイとアイツがいなかったら詰んでいたってキョウスケ言ってたぜ」

 

 ドーバー自警団にとっておなじみの商人と、自警団一のお調子者の顔を思い浮かべる。

 

「そういやキョウスケの姿見ねぇけど、大丈夫か? 昨日帰って来た時には腕へし折ってたけど」

「あぁ、一度隊長と一緒にドーバーに戻るらしいぜ」

「ドーバー? 療養か?」

「いんや、市長への報告らしい」

 

 隊長のバリーは負傷らしい負傷はしていないが、キョウスケの方は折れた腕はもちろん足も痛めていた。

 布で片手を吊りながら、ジェドに肩を借りながら戻って来たキョウスケの痛々しい姿を自警団員は思い出していた。

 ドーバーに戻るには、実質車が必須だ。しかしキョウスケがあの様子ではまず運転は無理。――それどころか、もしクリーチャーと遭遇した時に迎撃する事すら難しいだろう。

 

「……たった二人で大丈夫か?」

 

 二人だけなら、当然片方が運転する事になる。迎撃するには怪我人のキョウスケだけでは少々危ういのではなにかと、男は危惧する。

 

「あぁ、それなら大丈夫さ」

 

 それに対して、もう片方の男は作業用の軍手を外して汗を拭いながら答えた。

 

「二人じゃなく、三人だからさ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 仮にも一大シェルターの自警団トップを運転手にしてよかったのだろうかと、今更ながらちょっと後悔というか申し訳ない感情がジワジワ出てきた。

 

「おや、何か考え事かい?」

 

 後部座席から声がかかる。あの狙撃手だ。

 既にドーバーに到着し、共に留守番というわけだ。今は入口――というかドーバー城の外に止めた車の中で、コイツと二人でバリーを待っている。

 

「お偉いさんをパシった申し訳なさに、俺のガラスのハートがしくしく痛むのさ」

 

 バリーは今、内部に入っている。先にエレノアに報告するという話だが……。

 

「一人で命をかけて囮役を買って出た上に、無茶苦茶なやり方でクリーチャーにトドメを刺したヒーローの言葉とは思えないね」

「んな大層なモンじゃねーよ。あの後地面に叩きつけられて死にかかってたしな」

 

 回収に来たジェドと、あの後すぐに痛み止めを持ってきてくれたこの女にはホント感謝の心しかない。

 二人、それにフェイの誰か一人でも欠けていたらあのデカブツを倒すのは不可能だった。

 

「というか、お前本当に名前ないのかよ。呼びづらくて仕方ないんだが……」

「事実、名前はない。ただの傭兵さ」

 

 そしてこの女、名前を聞いたらまさかの『好きなように呼べ』発言である。詳しく聞いたらそもそも名前がないとの事。

 やめてよ、それホント止めてよ。過去とか気になるけど色々深読みしてしまって何も聞けねーじゃん。

 聞いたら俺悪者になる可能性八割余裕超えじゃん。

 

「なんなら、君が名前を付けたらいい」

「俺が名付け親になんのか?」

「あぁ。パパと呼んであげるさ」

「うるせー」

 

 腕へし折った激痛で朦朧としていた時に駆け寄って来たこの女を見た時、猫みたいな女が来たと咄嗟に思ったのだが――どうやら俺の直感は正しかったようだ。

 どうにもコイツはとらえどころがない。

 

「ま、君が私のパパになるかはひとまず置いておいてだ」

「ん?」

「君がここに来る必要があったのかい?」

 

 そして猫同様、ここぞという時に懐に入る術は心得ている。

 厳しいこの状況で、わざわざ護衛を引き受けてくれるのは正直ありがたい。高評価待ったなしだ。

 

「まぁ、こことはそこそこ顔なじみでね。確認したい事もあったからエレノア――ここの市長と話をしておきたかったのさ」

「顔なじみ……ね」

 

 俺がそう言うと、女は視線に言いたい事を乗せてくる。

 

「あぁ、分かってる分かってる。俺の知ってるドーバーの空気とは随分違う……」

 

 ドーバー・シェルターの入り口にして象徴でもあるドーバー城。

 所々に防水シートがかけられているその城を見上げながら――正確には見上げる振りをしながら辺りの様子をうかがう。

 

(いつもなら、もう誰か声をかけてきておかしくないんだが)

 

 これまで様々なシェルターに寄って来たが、ドーバーはその中でもっとも居心地の良いシェルターだった。――少なくとも、自分が関わる範囲では、だが。

 ジープで近くまで寄れば見回りか見張りの自警団員が声をかけてくれ、外来用のゲート……人によっては車両整備場への直通ルートまで案内してくれる。

 そして自警団の休憩所まで通されると、大体スープか白湯(さゆ)を振舞ってくれたものだ。

 

 それが、今では城門の辺りからチラチラと見てくるだけだ。

 それにどういう訳か、見覚えのない顔もチラホラ見える。

 

「なぁ」

「なんだい? 良い名前を思いついてくれたのかい?」

「そんなポンポン思いつくかよ」

 

 手持無沙汰なのだろう。後部座席で自警団が書きこんでいたこの辺りの地図に目を通している女は、こちらが話かけると少し嬉しそうにする。

 

「お前、これまで一人で旅してきたんだろう」

「む、そうだが……君も変わらないんじゃないのかい?」

「それでも、俺とは違う生き方してきたんだろう? だから、聞いてみたかった」

「ふむ?」

 

 女が、目線で続きを促す。

 

「この世界――どうやったら救われると思う? 何をすれば、救えると思う?」

「…………」

「世界を救う方法はどこにある?」

 

「……残念ながら、私もその答えは持ち合わせていないよ」

 

 そして、目を通していた地図を隣のシートに置き、使い古したライフルを撫でながらつぶやくようにボソリと言う。

 

「私も、それを探し続けているのかもしれない」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ」

 

 自警団のトップであるバリーでも、この部屋に入る事はほとんどない。

 基本的には書類か施設内通信でやり取りは済んでいたからだ。

 

「なぁ、おい……」

 

 だが、それでもバリーは知っている。良く知っている。

 この部屋の主は、このシェルターの中でも最も偉そうな女である事を。

 

「なんでおめぇさんがそこに座ってやがる!」

 

 断じて、この優男などでない事を。

 バリーという男はよく知っていた。

 

「そういうことですよ。バリー前自警団長」

「てめぇ――あの嬢ちゃんをどこにやった!」

「ご安心を。ただの自室で今頃荷物の整理をしているでしょう」

 

 自らが前団長と呼ばれた事ではない。

 この部屋に本当の主がいないことに思わず男――副市長だった男に掴みかかろうとした腕を、バリーは必死にこらえる。

 

「今回の件で、自警団は優秀な人員を多く失いました。彼らは二度と内部区画に入れはしませんが、家族はいる。そんな彼らが、息子や夫、父が一度に殉死したと知ったのです。計画を立てた市長が責任を負うのは当然の事」

「……おい、待て」

 

 内部の人間を焚きつけやがったのか。

 バリーは最初そう叫びそうになったのだが、すぐに現れた疑問が出そうになった言葉を引っ張る。

 

「なんで……知っていやがる」

 

 バリーの、言葉足りずの質問に男は答えない。

 まるで、全てお見通しだと言わんばかりに黙ったままだ。

 

「……ジェドとキョウスケの奴が言ってた。誰かが、防衛設備に手を加えた痕跡があったと」

「らしいですね」

「てめぇの差し金か?」

 

 バリーの睨みに、男は答えない。

 ただ静かに、机の上で手を組んでいる。

 

 

 拳が――握り込まれる。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「……市長、本当に行かれるのですか?」

「市長はもうお前だろう。トロイ」

 

 市長室には、一人の男と一人の女がいる。

 先ほどまでいた男は、もう出て行ったあとだ。

 

「いいえ――市長の器じゃあ、なかったようです」

 

 トロイはどこか安堵したような、だが悲しそうな声でそう呟く。

 

「殴って……もらえませんでした」

 

 男の――バリーの拳は、トロイには届かなかった。

 当たる直前でその拳は、その前の机へと叩き込まれた。

 

 座っていた席から離れたトロイは、わずかにめり込んだ部分をそっと撫でる。

 

「責が自分にあるのは間違いないと言うのに」

 

 そして、震える拳を握りしめて――

 

「殴ってくれませんでした」

 

 男は、立ち尽くしていた。

 

「まったく。いきなり私を監禁した男の目でないな」

「申し訳ありませんでした」

 

 男は、大罪を犯した。

 自分が、正しいと思う道を守るために。

 

「……そんな目をする奴を殴れるような男ではないさ」

 

 女――エレノアは、いつも通りのスーツ姿だ。だが、その手には見なれない鞄があった。

 

「市長……本当に、ウィットフィールドに?」

 

 頑なに自分の事を市長と呼び続ける男に対して、エレノアは苦笑を見せる。

 

「このまま私がいたのでは本当にクーデターが起こりかねん。先日は何らかの薬を混ぜた水が届いたしな」

 

 肩をすくめながらそう言うエレノアは、そっと椅子を引く。

 先ほどまでそこに座っていた男を、もう一度座らせるために。

 だが、男は立ったままだ。

 決して、その席に座ろうとはしない。

 

「お前が、拡張を続けようとする向こう見ずな市長を追い出した。そんな感じの噂を流しておけ」

「しかし……っ!」

「お前も、覚悟はしていたのだろう?」

 

 なおも詰め寄るトロイを、エレノアは手で制する。

 

「まさか、ほとぼりが冷めるまで私を隠せるだなんて思ってなかっただろう?」

「……っ!」

 

 トロイは、歯を食いしばる。

 それが答えだった。

 策など、なかった。

 全ては時間稼ぎだった。

 

「私が上に立つだけで、このシェルターがまとまると――」

「まとめるんだ。お前が」

 

 頑固な男だ、と苦笑を続ける女は手を振りながら――部屋の出口へと足を運ぶ。

 女は笑ったまま、トロイに背を向けたまま、言葉を続ける。

 

「ドーバーを……このシェルターを、頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉が、閉まる。

 

 それを見届けたトロイは、椅子ではなく机に腰を預ける。

 

「何か悟った様な目で、容易く身を削って、理不尽すらニヤニヤヘラヘラ笑って流す」

 

 トロイの脳裏に浮かぶのは、今しがた出て行った女と、その女のお気に入りの商人――このドーバーの危機に駆け付けた商人の姿。

 

 すっと、息を吸い込む。

 

 

「――だから嫌いなんだよ! アンタも!! キョウスケも!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「おっせぇなバリーの奴……」

 

 相も変わらず誰も来ない。寄ってこない。

 ドイツもコイツもチラチラチラチラ覗くだけだ。なんだろうこの……なんだろう。

 この微妙過ぎる空気がすっごいイライラする。来るならさっさとこっちに来い。スープもシチューも白湯もいらねーから。

 

「内部でゴタゴタが起こっている、と見るべきだろうね」

「だなぁ……この空気じゃ」

 

 バリーの奴もそうだけど、エレノア大丈夫か? 互いに打算ありきだったとはいえ、何度か夜を共にした仲だ。無事ならいいが……

 

「どうしたんだい? 拳銃の残弾をチェックしたりして」

「いや、万が一の時は上にいる人間人質にとって中にカチコミかけようと思って」

「どういう事態を想定しているんだ君は……」

 

 えぇい、やかましい。言いたい事は分かるが、絶対に死なせたくない奴が二人以上いるんだよ。万が一に備えるのは当然だろう。

 

「長い事――って言えるのか微妙なとこだが……商人やってると色々なトラブルを見てしまってな」

「このドーバーにも同じような物を感じたと?」

「そんな所だ」

 

 具体的に言うと内部分裂とかクーデターだ。

 正直、シェルターが滅ぶ理由の一番の原因だ。

 内部抗争のおかげで通常業務に隙が出来て、結果クリーチャーにやられるというパターン。

 今まで、死体だらけのシェルターの中に残された資料や日誌等でよく見てきた。

 

「なんでだろうな」

 

 これまでずっと、考えていた事でもある。

 

「生きたいという意志は皆一緒のハズだ。その結果、意見に食い違いが出るのも分かる」

 

 外に出るべきだという俺やエレノアのような人間と、内部に留まるべきだという人間に別れるように。

 

「だけど、それが殺し合いに発展するまでになってしまうのは……なんでなんだろうな」

 

 いや、ある意味では分かる。

 内部の人間が、自分の育てた食糧を外に出したくなくなるのは分かる。

 外部の人間が、命をかけているのに色々出し渋られる事に不満を持つのも分かる。

 

 だが、それが本当の殺し合いに至るまでの経緯が、どうしても理解できない。

 

「知恵があるからだろう」

「つまり?」

「先の事を考えられるから――あるいは、考えてしまうから不安が生まれ、不安が不満を生み、不満が敵意に変わるのだろう」

 

 女の言葉は、納得できる物だ。

 だが、それは解決策を思いつく言葉ではなかった。

 

「……ホント、どこにあるんだろうな」

「世界を救う方法かい?」

「そんなところさ」

 

 正直、ずっと探し続けている。

 βテストの時の知識も含め色々と考えているが、クリーチャーへの対抗手段はおろか人と人の問題すら解決できそうにない。

 この世界は、俺にいったい何度無力感を叩きつければ気が済むんだろうか。

 

「私は一つ、希望を見つけたけどね」

 

 その一方で、女はどこか自信に満ちた顔でそう言う。

 

「希望?」

「そうさ」

 

 女は、相も変わらず猫を思わせる笑みを浮かべてこっちの顔を覗いてくる。

 

「誰かを守るために最善を尽くそうとする行動力。その最善のために自分を切り捨てられる自己犠牲の心、人を惹きつける人徳……」

「なんの話してんだ?」

「希望の話さ」

「あん?」

 

 

「――希望(ヒーロー)は……ここにいるかもしれないって話さ」

 

 

 

 

 



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014:道中

「お前、もう動いて大丈夫なのかよ?」

「そっちこそ。腕、痛めてるって聞いたよ?」

「おう、どっかの誰かさんが無茶な運転で俺を振り落としてくれたおかげでな」

 

 ジト目でにらみながらそう言うジェドに対して、フェイは小さく『……あっ』と声を漏らすと、そっぽを向いて口笛を吹くという古典的なリアクションを取る。

 

「……お前、まさかあん時……っていうか今の今まで後ろに俺が乗っていた事忘れ――」

「まぁまぁ! まぁまぁまぁ! アタシもアンタもキョウスケも生き残ったんだからいいんじゃない! 終わりよければすべてよし!」

 

 地面に叩きつけられたジェドはもちろん、トラックでの体当たりを敢行したフェイも頭を打ち、加えて割れたフロントガラスの破片による細かい傷がついた顔にも湿布が張りつけられている。

 

「それで、遺体の回収は?」

 

 わざとらしいフェイの話題転換に、ジェドは小さく「この野郎……」と呟きながらも乗った。

 

「あらかた……。ほとんどはトラック置き場で殉死したし、偵察に出てた二名の遺体も回収した。全員、な」

「それじゃあ……」

「あぁ、抜けだした奴はいねぇ」

 

 ジェドがクシャクシャの手巻き煙草を口にくわえ、火を点ける。

 

「工作した人間は、まだここにいる?」

「……それはそれで解せねぇな」

 

 吸い慣れたというべきか、吸い飽きたというべきか。

 不味そうに煙を吸い込むジェドは、それを勢いよく吐きだす。

 

「あの騒動は間違いなく逃げ出すチャンスだった」

「この辺りにクリーチャーは少ない。元々、昨日までに自警団が念入りにここら辺は掃除していたしね」

「あぁ、だから夜でも逃げだせたハズだ」

 

 このまま犯人がいたのでは、この施設に根を張ろうにもその根を疑わなくてはならない。

 

「隊長はどうするつもりだと思う?」

 

 自警団の長であり、今回の計画の現場責任者であるバリー。そして彼にもっとも近いのは、実質この開拓部隊第一陣の副長を務めるジェドだ。

 

「聞いちゃいないが……多分、隠すつもりだと思う」

「……やっぱり?」

 

 ジェドの推測は、フェイの想定の通りだった。

 下手に結束を乱す事は、そのままコミュニティの崩壊へと繋がる。

 特に、こんな四方を危険に囲まれているような地ではなおさらだ。

 

「工作をしやがった奴が戻っていないって事は、戻れなかったと取るべきだろう」

「迎えが来るはずだったのに来なかった、とか?」

「あり得る話だな。あるいは、俺たちの後に来る第二陣と交代で戻る事になっているのか……どちらにせよ、これ以上の工作は文字通り自分の首を締める」

「それすら思いつかずに強行したら?」

「さすがにそんな馬鹿はいないと思うが……」

 

 ジェドは、腰に下げた拳銃をポンポンと叩く。

 

「そん時は、コイツの出番さ。――残念ながらな」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、お前がこっちに来る事になったか」

 

 しばらく車の中でバリーを待っていたら、見なれたスーツの女が共に歩いて来た。エレノアだ。

 

「まぁ、な」

「……実質、ウィットフィールドは切り捨てられたって訳か」

「ああ。物資の提供はトロイに一任している。まぁ、大丈夫だろう」

 

 エレノアは、俺たちが乗って来た車。それの後ろに取りつけられた輸送用の簡易トレーラーに目をやる。

 

「あぁ、トロイが手配してくれたみてーだな。多少だが弾薬類と食糧、水。向こうに運びこんでいる分とも合わせれば、そこそこの量になるだろう」

 

 俺の言葉に、バリーはやはりと言いたげにため息を吐く。

 

「……だが、勘の良い奴はすぐに気付くだろうぜ? 自分達はドーバーに捨てられたって」

「そうだ。だから私が行く」

 

 思わずバリーに目を向けると、深いため息を吐く。

 

「……殺される可能性がある……って言ってもダメか」

「失敗したトップが責を取るのは当たり前だろう」

 

 目を見りゃ分かる。こういう目をした時は何を言っても聞きゃしないんだ。

 ハッキリとそう言いきられたコイツの言葉に、バリーは首を振って肩をすくめる。

 言いたい事は分かる。

 

――この嬢ちゃんなんとかしてくれキョウスケ!

 

 こんな感じだ。

 

「大体の流れは想像がつく。お前が出て行く事も、お前の邪魔してきた連中の思い通りだぞ」

「つまり、誰も見捨てないだろうと信頼されているわけだろう? ならば、応えるしかあるまい」

 

「……というわけだバリー。今更問答なんて無駄さ」

「もうちょっと粘れねぇのかお前さん!?」

 

 無理だって。絶対無理だって。地味に過ごした時間長い女だからよく分かるんだって。つーかお前もそれ分かってるから俺に投げたんだろうが。

 

「なるほど。ドーバーを治める人物はユニークな女性だと聞いていたが……」

 

 トレーラーの空いたスペースの上にシートを広げ、先ほどまで銃の分解整備を行っていた女がボソリと呟く。お前いつの間に後ろに忍び寄っていやがった。

 

「ん? 君は……見ない顔だが……」

 

 早速車に乗り込もうとしたエレノアが、首をかしげてスナイパーにそう尋ねる。

 まぁ、当然だろう。コイツ、マジでドーバーの人間全員の顔を覚えているからな。

 急に知らない顔が生えてきたらそりゃ疑問に思うだろう。

 

「あぁ、彼の物になろうかどうか悩んでいるただの女だ。気にしなくていい」

 

 

――……お前なに言っちゃってんの? 初耳なんだけど?

 

 

 俺を見ながらクソふざけたセリフを抜かしやがったスナイパーに向けて、咄嗟にそう言おうとする俺。

 だが、口から出るのは言葉ではなく、

 

「あだだだだだだだだだだだだっ! ちょ、まっ、エレノあだだだだだだだっ!!」

 

 エレノアの右手によって鼻に指を突っ込まれ、そのまま持ちあげられて苦痛に呻く俺の苦悶の声だけだ。

 

「キョウスケ……貴様の女癖の悪さは知っているが、まさか仕事の最中(さなか)に口説いていたのか? 命の危機の最中で口説いていた訳か? ん?」

「ちげーよ馬っ鹿! おっま馬っ鹿! ここに来てそんな感想か馬っ鹿!」

 

 笑顔とは最大の威嚇だという話を元の世界でクラスメートとしていた事があったが、今ならよく分かる。

 というか殺気を込めて鼻フックしてくるって今更ながらコイツどういう女だよ。

 

 押し殺したようにクックッと笑う狙撃女の声が、無性に腹立たしかった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「なるほど、君は傭兵なのか」

「ああ、といってもどこにでも雇われる訳ではない」

 

 鼻フックからの関節技(サブミッション)というコンボを乗り越え、今度はバリーではなくエレノアが運転する車の中で、俺達は今後を話し合っていた。

 

「地上奪還。あるいはその助けになる目的を持つ作戦にのみ力を貸す。それが私の信条だ」

「……ポーツマスで活動をしなかったのはそれが理由か?」

 

 以前向こうで話を聞いた時、特別に話は聞かなかった。恐らくほとんど活動はしなかったのだろうと思って聞いてみたら予想通りだ。

 

「あそこの場合、そもそも戦闘になるような事態が少なかったというのがあるがね。基本的に探索区域にいるクリーチャーはアルミラージのみだし、よっぽど深入りしなければそこまで危険ではない」

「……ちょっと前に大攻勢があったばかりだけどな」

 

 もっとも話を聞く限りは、例の少年団員のうかつな発砲で余計な数を集めてしまったというのが真相のようだったが。

 恐らく、そこら辺は誤魔化しているのだろう。その少年団員のために。

 あの眼帯の男――スナイパーの女のように、なぜか誰にも名前を教えない男の姿を思い出す。

 

「まぁいい。これからどうするつもりだ?」

「どういう意味だ、キョウスケ」

 

 前の座席は女性陣、そして後ろは男性陣で固まっている。

 トレーラーを引っ張っているので安定性に気をつけ、なるだけまともな道を選びながらゆっくりとエレノアは車を走らせている。

 

「ドーバー側も一応は支援を続けるだろうが、多分量は最低限。トロイがなにかしくじったら打ち切りもあり得るぜ」

 

 トロイが物理的に排除される可能性も含めてだ。

 

「あぁ。だから一刻も早く、ウィットフィールド拠点を完全な形に近づけなければならない」

「……自給できる体制にって意味か? だが――」

 

 水はまだどうにかなる。青いアンチクショウが空に浮かんでなければ雨水は使えるし、多少リスクはあるとはいえ、他にも水を綺麗にする方法はある。

 一番の問題は作物だ。それを育てる土だ。

 まず汚染されていない土を見つけるのが大変なのだ。

 外は基本的に、どこもかしこも青い雲の雨に晒されている。完全な室内の土などがあれば話は別だが、大抵はどこかからかあの雨がしみ込んできているものだ。

 

 外から土を入れる場合は植物の種を植えて隔離した場所で育て、その芽が青く光るかどうかで調べるのだが……基本的に9割外れだ。

 結局、作物残渣などを腐らせて肥料として土にばら撒いていく事くらいしか現状ではできない。

 

「可能性があるとしたら、デカいショッピングセンターとかか。あそこら辺なら、昔の園芸用の土なんかが残っているかもしれない」

 

 実際、何度か発見した事がある。なにげに価値の高い商品で、一袋運ぶだけでかなりの食糧との交換を向こうから提案されたりする。

 寒期の燃料並に重視されるのだ。

 

「……キョウスケ」

「ん?」

「ウィットフィールドを拠点にするつもりはないか?」

 

 ……正直、言われるだろうと思っていた言葉だ。

 ただ、切り出されるのは向こうに着いて――もっと言うのならば、ウィットフィールドにいる人間の動きを見据えてからだと思っていた。

 

「ウィットフィールド拠点は、これから必ず必要になる。人が、人類がグレートブリテン島を取り戻す第一歩としてだ」

「絶望に駆られて、お前を殺そうとしてもか?」

 

 その場合はコイツをかっ攫うか、死を偽装して俺の旅に連れていくつもりだ。

 

「あぁ、もちろんだ」

「……早く生活圏を広げ、新しい生活基盤を確立させないと人同士の戦争が起こる。そう考えているんだろう?」

 

 そう聞くが、エレノアはハンドルを握ったまま答えない。

 ただ、その口元は苦々しく歪んでいた。

 

「比較的安定しているドーバーですら政争が起こったんだ。他の追いつめられているシェルターなら、物資や資源をめぐって他のシェルターを襲おうとしてもおかしくない。……ひょっとして、他のシェルターの一部はもう準備を始めているかもな」

 

 エレノアではなく、隣のバリーの身体がピクリと僅かに震える。

 隊長に任命されてからも現場で動いているバリーだ。ひょっとしたら、すでにそういう雰囲気を掴んでいるのかもしれない。

 

(……バーハム辺り……かな)

 

 ここらで雰囲気が異質なシェルターとなると、ここから北西のカンタベリーに向かう途中の小さなシェルターを思いつく。

 親しい友人も何人かいるのだが、それ以上に排他的な雰囲気が強いシェルターという事で思いつくのはそこだった。

 

「キョウスケ」

 

 ハンドルを握ったまま、エレノアは口を開く。

 

「なんだ?」

「ウィットフィールドに根を張れとは言わん。ただ、これから私……あるいはバリーは……どちらかがウィットフィールド拠点を中心に活動する。それはそのまま、地上での生き方の模索になるだろう」

 

 横目でバリーを見ると、小さく、まるで渋々とでもいうように頷いていた。

 

(この頑固おやじ、エレノアとの根競べに敗北しやがったな)

 

「それはきっと、後に続く人間達への道しるべとなる。だから――キョウスケ」

 

 風化によってか、あるいはクリーチャーによってか崩壊した建物等の残骸の山。それを避けるようにハンドルを切りながら、エレノアは俺に懇願するのだ。

 

「何があってもウィットフィールドを……見捨てないでくれ」

 

 何があっても――つまりは、自分に何が起ころうが、という意味だろう。

 

 

 

「……わかってるよ、エレノア」

 

 

 

 そんなつもり、さらさらねぇよ。

 

 

 



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015:『Union Jack』

 内部汚染を防ぐため、土足厳禁となっているパワープラント兼居住区域となっている旧食糧加工工場跡地。

 その一階の大規模作業スペースでは、フェイ主導の元で先日の戦闘で活躍したバリスタの量産を行っていた。手っ取り早い防衛力の増強と言う事で、再編された防衛ラインに沿っていくつか設置しようという話だ。

 

 さすがに動きの速い小型の個体では当てるのに苦労するだろうが、ケーシーなどの中型個体にはそれなりに効果があるのではないかと見られている。

 あのデカブツクラスが出てきても、砲台と槍の数が共に揃っていれば、それなりに効果があるだろうと見られている。

 

「お、嬢ちゃんも作業の手伝いか?」

「うん……。これしか出来る事がないから」

 

 ユーラシア大陸から海峡を渡り逃れてきた親子、ヒルデとヴィルマ。

 その二人――特に娘のヴィルマは、あの一夜はやはり怖かったのか当初はひどく怯えていたが、今では多少持ち直したようで、こうして精力的に自警団やエンジニアの活動に手を貸してくれている。

 

 そんなヴィルマに声をかけたのはジェドだ。

 ヴィルマが行っているのは、不必要かつ一定以上の長さのパイプを、バリスタの槍に加工するために切断する個所に赤インクで目印を付けるという仕事だ。最初に渡されていた切断済みのパイプを重ねて、次々に塗料でビッと線を引いていく。

 

 かなり長時間やっているのだろう、中々に手際は良かった。

 

「助かるよ、嬢ちゃん。コイツの数が揃っていれば、あのデカブツがまた来ても、もうちょい楽に倒せる」

 

 このバリスタの量産は、そもそもジェドの案だった。どこから襲われても、2台以上のバリスタでの攻撃が可能になればあのデカブツでもどうにかなると考えたのだ。

 一撃の重さによる足止め効果はジェド自身がよく知っているし、あの最後の攻撃で頑丈な皮膚を剥がしたという実績もあった。

 

「ジェド。キョウスケは戻ってこないの?」

「なんだ、ヴィルマはキョウスケのファンか?」

 

 ヴィルマは、ドーバーに来た時から笑った事がない。いつも無表情で、笑うのは母親と二人きりの時だけ。

 誰かが傍に来ると、途端にその笑みを引っ込めてしまう娘だ。

 それはこのウィットフィールドに来てからも変わらない。

 

 だからこそジェドは、彼女が誰かに興味を持つのならばそれは良い事だと思った。

 

 ニッコリ笑って問いかけるジェドに、だがヴィルマは首を横に振って否定する。

 

「そういうんじゃない。ただ、気になって……」

「……そっか」

 

 ジェドはヴィルマの頭に手を乗せようとして、躊躇い、そして引っ込めた。

 まだ、ヴィルマとの距離感が掴めていないのだ。

 

「多分、そろそろ帰ってくる頃だと思うぜ?」

「そろそろ?」

「あぁ、そろそろさ」

「じゃあ、その後は?」

 

 ヴィルマの問いにジェドは少し戸惑い、「その後?」と聞き返す。

 ヴィルマは頷き、「うん、その後」と再び問う。

 

「ウィットフィールドに戻ってから、そのままここにいるかどうかって言う話か?」

「……うん」

 

 少々曖昧に頷くヴィルマ。

 ジェドは顎を撫でながら、そうだなぁ……と考え込み、

 

「長居はするかも……いや、それはねぇな。多分、すぐにでも違う所に行くと思うぜ」

 

 キョウスケが動けるようになってから、フェイに会って頼んだ事。それは新しい車の手配と、あのバリスタの設計図だ。

 

「多分、今回使ったあのバリスタの設計図を余所にバラまくつもりだ。どこにかはわからねーが……多分。それに……」

「それに?」

「……アイツを必要とする所はたくさんある」

 

 正直な話、ジェドはキョウスケにいて欲しかった。

 ただですら防衛戦力が一気に減った今、戦うエンジニアとも言えるキョウスケの存在は喉から手が出るほど欲しかった。

 戦力として、ウィットフィールドはキョウスケという男を必要としている。

 だが同時に、キョウスケという商人もこの地は必要としていた。

 

「アイツが色んな所を回って物資をかき集める。そしてその物資を、もっとも必要としている所に持っていく。そしてまた使える物を回収してどこかへ……それを繰り返して」

「繰り返して?」

「ここに必要な物を持って――戻ってきてくれるのさ」

 

 外から、エンジン音と共に歓声が響く。

 商人達が、帰って来たのだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「市長!? どうして市長まで!?」

 

 隊長であるバリー、護衛の名無しスナイパー、そして俺の三人を出迎えようとしたのだろう面々は、予期せぬ4人目の登場に面喰っている。

 

(まぁ、そりゃそうだよなぁ)

 

 こっそりと、いつでも拳銃を抜けるように用意をしながら、そっと俺はエレノアの隣に立つ。

 よく知っている人間だから。そんな事(殺し)をするような奴らじゃないから。

 そんな先入観はこの世界に来て真っ先にクズカゴに放り投げている。

 

 どれだけ知っている人間でも、どれだけ清廉な人物でも、追いつめられれば己を守ろうとするのだ。肉体を。そして精神を。

 グラス一杯にも満たない水や、もう痛んでいるだろう昔の缶詰一つ等を巡っての争いを何度も見てきている。

 それが生存に関する事となればどうなるだろうか。

 正直、エレノアの首だか遺体を手土産にドーバーに降ろうとする人間がいてもおかしくないと俺は考えている。

 狙撃女もそうだろう。車の運転席にいるのがその証拠だ。いつでもエンジンをかけられるようにしている。

 仮に、この女がエレノアの事を見捨てようとも、狂気というものは伝染するものだ。

 特に外見が整っている女ならば、それに巻き込まれる可能性は十分ある。

 

(最悪、可能な限りを連れて強行突破か)

 

 トレーラーに積んであった食糧や水、物資は真っ先に降ろしてある。

 その気になれば、ただでさえ少ない女を乗せて逃げるのは不可能ではない。

 不可能ではないというだけで、それが成功する確率に関してはあえて考えないようにしているが……。

 もし、狂気の被害に合いそうな人間がいた場合は無理やりにでも引っ張って逃げ出す用意は出来ている。

 

「亡くなった兵士達への哀悼の意を示しに……そして、大事な話をするためにここにきた」

 

 できることならば、後ろに下がったまま話をしてもらいたいのだが、この女は人の話を聞きやしない。

 そんなこと、ここまでの付き合いでよく分かっている。

 

(……どこのシェルターも、どうしてトップっていうのはこうも面倒な人間ばかりなんだ)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「諸君には何度頭を下げても足りない程だ。よく、命をかけてこの地を守ってくれた」

 

 自警団が、そしてエンジニアが広場に集まっている。

 

「強大な敵に対し、一歩も引かなかった自警団諸君に。そして恐怖心を押さえ、混乱を起こさず持ち場を守ったエンジニア諸君には、心から感謝をしている。……だからこそ、この報告をしなければならない事が心苦しい」

 

 その視線の中、エレノアは――『かつて』ドーバーを率いていた女は、真っ直ぐ立っている。

 

「私は、もうドーバーを治める女ではなくなった」

 

 ざわめきは、思ったよりも少ない。

 

 ひょっとしたら、皆どこかで分かっていたのかもしれない。

 

 もう、あのドーバーの安全な壁には帰れないと。

 

「つい先日。ドーバーシェルター生産管理部による私の解任要求が出された。各理事によるサインもされていた……」

 

 エレノアの言葉に、数名が歯を食いしばる。

 その数名は、意外な事に自警団ではなくエンジニアだ。

 

(そういや。外で動くエンジニアって確か……)

 

 以前、フェイから聞いたことがある。

 外で働くエンジニアは、その大体が幼い頃に親を失くした存在だと。

 

(……親か、あるいは子供か……あれか。親戚の子みたいな可愛がられ方してたのかね。エレノアの奴)

 

 通りで、たまにえらい目で見られるわけだ。

 今になってようやく、納得できた気がする。

 

「この拠点は、見捨てられた」

 

 ここにきて、やはりざわめきが少し大きくなる。

 懐の拳銃――フルに弾丸を込めたマガジンをセットした物を握りしめる。

 

「現状、現ドーバー市長のトロイが物資の補給手配をしてくれている。そちらに関しては問題はないだろう。だが、それが安定するかといえば……断言はできん」

 

 ざわめきは続いている。

 当たり前だ。

 口にする物が安定しない。これほど人を不安にさせる事もないだろう。

 

「だから、私はここに来た。少しでも、ここを安定させるために。少しでも、皆の力になるようにだ」

 

 思えば、大勢の前でこうして話すなんて、シェルターにいたころではまず無かった事だ。

 だというのに、エレノアは臆することなく堂々としている。

 

 素直に、格好良く――綺麗だと思った。

 

「私は、もう帰らない」

 

 帰れない、ではない。

 帰ろうと思えば、エレノアは帰れる。

 政治に無頓着な俺の素人考えだが、エレノア自身の利用価値は高いと思う。

 

 父親から受け継いだ他シェルターの重鎮との人脈だけでもかなりのものだ。

 これからドーバーの政治がどういう風に動くか分からないが、内部の言うとおりに外に対しての顔として生きるのならば、エレノアには居場所がある。

 

「ここに骨を埋める。諸君らと共にこの地に住み、この地を広げ、この地を守るために残る命を使う」

 

 だが、そんな檻のような居場所を良しとする女じゃないのは今更である。

 

「諸君らが切り捨てられた最大の理由は、ほかならぬ私の政争での敗北が原因だ。その責を、取りに来た」

 

 エレノアが、一歩踏み出す。

 見ようによっては威圧を与える一歩だが。その実際の意味は、好きにしろというメッセージだ。

 

「戦ってくれるか。共に」

 

 一斉に、物音がする。

 完全にではない。

 あるいは釣られた人間もいるかもしれない。

 

 だが、この場にいる誰もが――自らが認めた指導者に向けて、敬礼を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふむ、やはりこうなったか」

 

 気が付いたら、狙撃女が後ろに立っていた。手には大きな布を折り畳んだ物を持っている。

 

「お前、最初からこうなると?」

「覚えておくといい。女は男以上に目線には敏感だ」

 

 そういって女は、ほらっと俺にその布の塊を渡してきた。

 

「……これ、俺の仕事か?」

「君の仕事さ」

「誰が決めたんだ?」

「私が決めた」

 

 女は、布を手渡し空いた手を、羽織っているボロいコートのポケットに突っ込む。

 

「彼らと同じように、私がそう決めたのさ」

「……そうかい」

 

 その布の使い方は知っている。こちらに来て――いや、向こうでも使う事などまず無かったが……。

 旧加工工場の入り口。その壁で、かつ濡れそうにない所に、それを広げて張りつける。

 

 ――この地が、偉大なる国(グレート・ブリテン)であることを示す大切な旗(ユニオン・ジャック) を。

 

 

 

「……ありがとう、諸君。そして、ならば――」

 

 

 再び、地上に掲げられたそれをみて、エレノアは満足したかのように小さく頷き――そして、宣言する。

 

 

 

「奪還しよう! 全てを!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長いREX編は今回で終了。次回より、ウィットフィールドを発展させるためのキョウスケの動きになりますね。


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アシュフォード解放戦
016:近くて遠い地にて――


「お爺ちゃん、最近忙しそうね。お仕事、多いの?」

 

 孫娘の言葉に、老人は本当に申し訳なさそうに「すまない」と孫娘へ言葉を返す。

 事実、老人は忙しかった。新しい防衛計画の組み立てに生産物の配布計画の見直し。それを通すために祭り上げた新しい市長との折衝や、他セクションへの根回し等で、眠れない日々が続いている。

 

「本当にすまないね、サリー。もうちょっとしたら、またゆっくりした毎日に戻れるから……それまで我慢しておくれ?」

 

 いつもならば夕食の時間は孫から色んな話を聞くのが老人の楽しみだったが……これでは憩いにならないと、老人は頭を振って気持ちを切り替える。

 

「今日は、学校で何を勉強したんだい?」

「今日はフィールドトリップだったの。農場区画の見学でね? トニーのパパとママが作業を教えてくれたの!」

 

 遊べる場所が少ない子供達にとって、居住区画じゃない場所は新鮮だったのだろう。

 特に、滅多に目にすることのない多くの植物が生えている農場区画は。

 

「そうかいそうかい。サリーが食べてるパンやスコーン、サラダのほとんどはあそこで作られているんだ。ご飯を作るのも大変だろう?」

「うん!」

 

 味の薄いスープを、サリーは美味しそうに啜っている。

 それだけで、老人は満足だった。

 

「でも、来週のフィールドトリップは中止になっちゃった……外を見れるチャンスだったのに」

 

 ローストされたチキンを口に運ぼうと、フォークを皿へと伸ばしていた老人の手が止まる。

 

「……外に出たいのかい? サリー」

「うん!!」

 

 老人の問いに、少女は強く頷く。

 

「私、死んじゃったパパみたいに外で働きたい! そうしたら、このシェルターを守れるんでしょ?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

――防水シートこっちにもくれ!

 

 

――ちょっと待って! 穴が空いてないかチェック中よ!

 

 

――おい! 防壁固めるから木材ちょっと使いたいんだが!?

 

 

――整備工場と加工工場を繋ぐ通路は屋根をもっと広めに作れ! 後で壁も作るんだ! 狭いと移動するときに混むぞ!

 

 

 ウィットフィールドでは、あちらこちらで大きな声が響いている。

 活気に溢れている、とも言える。

 

「キョウスケ、皆の様子はどうだ?」

 

 このウィットフィールド拠点でもっとも高い位置。現在、主に居住スペースとなっている元整備工場の屋上から拠点の様子を確認するエレノアが、俺に尋ねる。

 

「どうもこうも……お前が全部直接自分の目で見てるじゃねぇか」

「どうこう言った所で私は上から彼らを押さえつける立場だ。口にはしづらい事もあるだろう」

 

 肩をすくめてそう言うエレノアは、少し肌寒い風を気持ちよさそうに浴びている。

 エアコンや扇風機(ファン)の風しか知らないエレノアにとっては、これもまた新鮮なのだろう。

 

「そうだな……。作業の方は順調だ。元々の計画自体は変わっていないからな……少々遅れ気味な所は確かにあるが、それでもよくやっているほうだ」

 

 事前に敷地内のマップと建物のスケッチや測定等のデータで念入りに組んだ工程だ。加えて、見積もりよりも多めに用意した資材のおかげで、雨風を防げない場所が出るという最悪の事態にはならないだろう。

 

「そうか……青い雲が出なかったのは運が良かった」

「普通の雨も降ってねぇけどな。おかげで水の消費は抑えられねぇ」

「浄水装置の方はどうだ?」

「一応は稼働してる。排水の再利用も上手くいっているが……」

 

 水はそのままだと腐る。以前何かの倉庫から発見した浄水剤をドラム3缶分くらいはここに置いているが、それも使えばすぐになくなるだろう。

 なにより、この手のやり方には清潔な布も必要とする。

 シェルター内部でも大事だった布だ。外ではなおさら難しいだろう。

 

「エレノア、そろそろ俺は出るよ」

「……そうか」

 

 弾薬と食糧、水といった行商に不可欠な物は、報酬という事で多めにもらった。

 連れが増えたが、問題ないレベルだ。

 

「すまない。結局、報酬は大したものはやれなかった」

「気にすることはないさ。車新調してもらった上に、拳銃も新しくカスタムしてくれてんだ」

「車も拳銃も、私の部下を守るために失ったのだろうが……」

 

 まぁ、それは確かにその通りだ。

 拳銃は最後の戦闘で紛失。恐らく今頃草燃やした時の灰の下だろう。

 車に関しては言わずもがな。

 秘儀、ヒットエンドラン戦法によって大破だ。

 

「それに、かなりの資材や薬をここに提供してくれた。正直、防衛線の件も合わせても……どれだけ報酬を払えばいいか分からない」

 

 貸し借りについて、かなり気を使うエレノアだ。おそらくは本当に可能な限りの食糧と水、弾薬を出してくれたのだろう。

 

「いいってことよ。元々、こういう拠点が出来た時のために溜めこんでいた物資類だ。それでも気に病むってんならツケにしておくさ」

「ツケか。もう一度お前がここに戻って来た時に、払えばいいのか?」

「いいや、払い先はウィットフィールド(この拠点)さ」

 

 

 

 

「ツケておくさ。――未来に」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ツケておくさ。未来に」

「…………」

「ツケておくさ。未来に」

「…………」

「ツケておくさ。未来に」

「なんなんだテメーはぶっ飛ばされてーのか!!?」

 

 エレノアに手を振って別れてから、新しく出来た車の様子を見に行こうと階段を下りている時に、いつの間に後ろにいた狙撃女は耳元でボソボソ無駄に色っぽい声でリピートしやがる死ね。

 

「いやなに。中々に印象的なシーンだったので、君の脳内に少しでも強く残ればと思ってだね」

 

 よしわかった。お前とは一度とことんまでやりあわにゃならんっつーことがよくわかった。

 てめぇ、旅の間覚悟しておけよ。

 

「まぁ、場も程良く温まった所だ。今後の予定を聞こうじゃないか」

「……むしろ、俺からも聞きたかったんだけどさ」

「何をだい?」

「今、ある程度物資が余ってそうな所ってどこがあるかな?」

 

 これまでは、少しでも陥落しそうな可能性の高い所の噂を集め、事前の情報から必要そうな物を集めて回るという事をしていた。

 だが、これから先はそれだけではない。

 このウィットフィールドという地上の拠点を維持するために、色々と物資をかき集める必要がある。

 具体的にいうと、このウィットフィールドが自給自足を可能とし、かつ他の様々な資源を活用できるレベルになるように育てる必要がある。

 

(――なんていうのは気負いすぎ。いや、軽く考えすぎか……)

 

 とりあえず、この拠点にはエレノアがいる。

 この拠点にいる連中から認められたアイツならば、この拠点も当分は問題はないはずだ。

 

「なるほど……食糧等の必需品に不安があり、かつ資材関連を持て余しているシェルターということだね?」

「ああ」

「ふむ。ここから行ける場所となれば……アシュフォードはどうだ?」

「口説いた女の子がそこの市長の娘だったんでぶっ殺されかけた。パス1」

「何をやっているんだ君は……」

 

 いや、いつも差し入れにオムレツとマッシュポテト入ったランチボックスくれる可愛い子だったからつい……。

 反省も後悔もしていない。知り合いの行商人にあそこの事は頼んでおいたし、まぁ大丈夫だろう。

 

「やれやれ、他には……そうだな、その先のクロウリーの方はどうだ?」

「……え、あそこシェルターあったの?」

 

 クロウリー。ロンドンの真南40~50キロに位置する街。ゲーム中では、たしかにいくつか拠点候補地こそあったが、アイテム関連は鋼材の採取ポイント数か所しかない……いわゆる美味しくない場所だった。

 当然ながら、NPCがいるような大規模シェルターはなかった――ハズだ。

 

「なんだ、知らなかったのか? ……まぁ、そんなに大きいシェルターではないから知らないのも無理はないか」

「お前は付き合いが?」

「いや、私もない。ただ、アシュフォード・シェルターの防衛戦闘に参加した際に話は聞いていた。どうにかやっていけているシェルターがある、と」

「……詳しい内情は分からず、か」

 

 とはいえ、自分の知らないシェルターというのは気になる。ただ、万が一危機的な状況だった場合、こちらの食糧や物資目当てに襲撃される可能性もある。

 

「保留1って所だな」

「となると、残る場所は余りないぞ? 大きいシェルターというだけならば、北のカンタベリーがあるが……」

「あそこは食糧も資材もそこそこあるけど、外に出すのを渋るからなぁ……それに……」

「ドーバーの政争組と繋がっているかもしれないと?」

「有力候補。あそことフォークストーンは、ドーバーに再三援助を求めてたからな。……それほど物資に困っていないのに」

 

 どういう流れかはしらないが、あそこはドーバーを嫌っていた。おそらく先代――エレノアの親父さんの時代のいざこざだとは思うが……。

 

「まぁ、適当に廻っていくのもありだろう。この拠点の宣伝も必要だ」

「人、来るかね?」

「燃料だけは豊富にあると伝えれば結構来ると思うがね?」

「あー……そういやそうだったな」

 

 そんな事を言いながら、ようやく目的地――現在俺の車両を作っている作業区域へと到着する。

 いるのは3人。車両の改造、整備を行っていたジャンプスーツ姿のフェイ。その手伝いをしていたヒルデ。そして――珍しく何かを叫んでいるヴィルマ。

 

「だから! 私もキョウスケと一緒に外に行く! 行かなきゃダメなの!」

 

 

 

 

――あん?

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 恐らくは、かつての偉大なる医者の名から取ったのだろう大きな病院――今では当然ながら廃病院だが――の出入り口は、いくつもも鉄や木の板で塞がれていた。窓までだ

 

 唯一、塞がっていない小さな玄関口は、その周辺をいくつもの柵や鉄網、そして槍のように尖らせた木材を組み合わせた障害物――拒馬と呼ばれる物で囲われている。

 明らかに、人の手が入っている。

 

 その小さな玄関口が、キィっと音を立てて開く。

 中から出てくるのは、赤毛の若い男だ。

 シャツにスラックス姿のその男は、頭を掻き毟りながら辺りを見回す。

 

「今日も静かだねぇ。いや、いいことだ」

「よくねーよ。クリーチャーもいねぇけど他の人間もいねぇって事だろうが」

 

 赤毛の男は、腰にリボルバー拳銃を差したままふらふらっと外に出たのに対して、その後ろから出てきた黒髪の男は、ライフルを手に慎重に辺りを警戒しながら外に出る。

 

 黒髪にサングラスをかけているが、顔立ちも格好も赤毛の男とよく似ている。

 

「まぁ、そうだけどさぁ……ほら」

「ほら?」

「悪くないじゃん? 火薬の臭いがしない朝ってさぁ」

「……まぁ。まぁね」

 

 黒髪のほうは障害物の隙間隙間を埋めるように設置されているガンタレットを見て、赤毛と同じように頭を掻く。

 

「オットーさん! 上から見てどう!?」

 

 赤毛が、高い建物の上――屋上に向けて声を張り上げる。

 すると、屋上かた垂れ流されていた頑丈そうなワイヤーを伝って、一人の男がするするっと降りてきた。

 

 オットーと呼ばれたその男、やはり格好は似ているが、こちらは顔が似ていない。

 どこか精強そうな雰囲気の二人に比べて、こちらはどこかやさしそうだ。

 

「全然。ウサギもブタもイヌも姿無し。鳥も大丈夫っぽいね」

 

 上から下りてきた男は、背中にスコープ付きのライフルを背負っていた。

 どれもよく整備されており、また使い込まれている。

 

「今のまま食糧使えば……二月ほどは持つって感じだけど」

「持つだけともいうな」

「んじゃあ、ここで救援待つのも、あと半月位が妥当かな?」

 

 二人の会話に、赤毛の男はどこか呑気そうな口調でそう言うと、近くの階段に腰を下ろす。

 

「それまでに誰か来るかなぁ……キョウスケとか。キョウスケとか。あとキョウスケとかさぁ」

「なんで一人しか候補がいないんだよ」

 

 

 



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017:次の目的地はアシュフォード

「今までの車両だとどうしても燃料の不安があったから、今回はソーラーパネルを使ったんだ」

 

 作業場にて、どうせすぐに汚れる車を丁寧に磨きながら、フェイは新しい俺の愛車の説明を続けている。

 

「電気か……馬力というかパワーというか、そういうのは大丈夫なのか?」

「一応荷台にタレットや重石をギリギリまで積んでテスト走行は終わらせている。これまで使ってたジープと変わらずに使えると思うよ。武装はアンタのタレット以外に、小さくしたバリスタも積み込んでる」

 

 一応はガソリンでも動くように調整されているのだろう。荷台の中にはそれなりの量のガソリンが積まれている。

 そこに、今回報酬としてもらった食糧や水、それに燃料としてのオイルや布もすでに積み込まれている。

 

「まぁ、当然充電とかで足を止める必要が出てくるけどそれより問題は……あの子、どうするの?」

「……どう、したもんかね」

 

 突然俺に同行したいと言いだしたヴィルマ。

 俺はてっきり母親のヒルデが止めてくれるかと思ったが、そのヒルデが意外にも『出来る事ならば好きにさせて欲しい』と言いだしたのだ。

 

「どこに行っても変わらない。それならってことみたいだけど……」

「……大陸に比べりゃよっぽど安全なのかもな、この島は」

 

 急遽フェイが仕上げたバリスタも、向こう側では結構使われていたようだ。

 正直、考え付きもしなかった。

 ゲームの中では、トラップは銃弾、火炎、電撃の三つで、浴びせる物しかなく、それ以外のトラップは全て木槍を組んだスパイクや鉄条網といった物こそ作ったりしていたが、こういうものは思いつかなかった。

 どうにも、もうこっちで大分過ごすというのに――あるいはこれまでが通用していたからか――意識がβテスト時に引っ張られているようだ。

 創意工夫が生きるための最大の武器と言うのは向こうもこっちも変わらないハズなのだが……。

 

「確かに、ね。それに、今やここはある意味で陸の孤島。頼みの綱はキョウスケと、キョウスケのパイプ頼り。……そうか。そう考えると、確かにキョウスケの傍の方が安全なのかもしれないね」

 

 フェイは自嘲めいた笑みを浮かべて、車を磨く布の動きを止める。

 

「キョウスケ、正直な話……ここ、どうかな?」

「拠点って意味か? ……俺は大丈夫だと考えているけどなぁ」

 

 確かに食糧や水と言った消費物が限られているというのは多大なストレスだろうが。それはある意味でシェルターと変わらない。

 自分の想定を超える物資の数。人員の士気、モラルの高さ。

 なにより、こういう時にリーダーシップを発揮するエレノアとバリーの両名が揃ってここにいる。

 

「俺次第って所だな。どっちかというと」

 

 俺がいかに余所から食糧や水、物資を持ってこれるか。

 そして、ここがその間に交換材料になりそうな物資等を周辺からかき集められるか。

 

(出来る事ならば、まずはここで農作業を可能とする必要があるんだけど……)

 

「とりあえず、オックスフォードの散らばった人員何名か――あぁ、もちろん最小限だ。だが、ここに連れてくる必要があると思っている」

 

 土に関してのノウハウを持っている奴らが少しでもいれば、ここの発展の力になるだろう。

 幸い、一番重要な浄水に関しては既に稼働できるレベルに装置が揃っている。

 

「……ヴィルマは連れて行こうと思う」

「やっぱり?」

 

 正直悩んだがヒルデからも頼まれ、しかも本人が意志を見せている。

 強いて言うならパニックに陥る事が一番怖いが、正直海を渡ってきて、しかも先日のあの襲撃を耐えている。

 ある程度は恐怖への耐性もあると思う。

 

 万が一でも、荷台コンテナの中で耐えてさえくれれば十分だ。

 まぁ、そもそも危険なルートは可能な限り避けるつもりだ。

 そうそうやっかいな事にはならないと思うし、何があってもヴィルマを守るつもりだが……。

 

「外を知る人間が一人でも多くいる事は、ウィットフィールドにとっていい事だと思う」

「ついでに、外で知られている人間がウィットフィールドにいることも?」

「あぁ」

 

 これから先、シェルターとの繋がりは今まで以上に大事になるだろう。

 そのためには、少しでも外との繋がりをもつ人間を増やすべきだろう。

 

「こういっちゃなんだが、ウィットフィールドから人手を減らすわけには行かないしな」

「それで残っている子供を使うって?」

「……ひでぇ事言ってるってのは自覚してるつもりだけどな。利用できるものは利用させてもらうさ」

 

 先ほどから、ここから見える開きっぱなしの扉の影に、見覚えのある髪がチラっと見えている。

 恐らくフェイは気が付いていないだろうが……。

 

(これで俺にビビって「やっぱ止める」とか言ってくれればいいんだが……)

 

 どうにも、あの眼は引っかかる。

 外になにかあるのか、あるいは内になにかあるのか。

 

(……今度の行商、退屈だけはしなさそうだ……悪い意味で)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 作業用も兼ねたナイフ、拳銃、ショットガン、クロスボウ、かつての警察が使っていたのだろうボディアーマー――そして狙撃用のライフル。

 ほとんどが弾切れになってしまったためにただの荷物になってしまったそれを、未使用の作業テーブルの上で女は整備していた。

 その様をずっと眺めていると、女はため息を吐いて、

 

「やれやれ、他にすることはないのかい? パパ」

「誰がパパだクラァ。そもそも、まだお前の名前思いついていないんだぞ」

「おや、考えてくれていたのかい?」

「呼び名がないとやりづらいだろ?」

 

 肩をすくめて俺がそう言うと、女も真似たように肩をすくめる。

 ちくしょうやっぱコイツとはケリをつけなければ。

 

「ここらの掃除をしていた時に、弾の類はかなり使いきってしまってね。クロスボウの矢はある程度回収できたんだが……せめて、使える物は万全にしておかなければね」

「……そっか」

 

 確かに、ポーツマスにいた頃はかなり武装をしていたと聞いていた。

 ポーツマスからこちらに来るまで、そしてあの夜の戦闘で大部分を消耗しきってしまったのだろう。

 

「一応、お前には礼を言っておこうと思ってな」

 

 持ってきていたティーポッドから、カップに中身を注いで女に差しだす。

 中身は今では酒以上に珍しい紅茶だ。

 

「礼?」

 

 カップを受け取りながら、女は首をかしげる。

 

「お前が隠れ住んでいたシェルターの機材を全部こっちに提供してくれたことだ」

 

 今頃自警団が、コイツが今まで隠れていた小さい家庭用シェルターから浄水装置から発電機、それから家具に至るまで運び出している頃だろう。

 

「あぁ、気にしなくていいさ。私も正式にここの一員になったんだ。私物以外で使える物を共有するのは当然だろう?」

 

 女は何を当たり前の事をと言ってのけるが、それが出来ないのが人間だ。

 それが本当に皆普通に出来ていたのならば、大陸だってもっと安全だっただろう。

 

「それで、これからの予定は決まったかい?」

「とりあえず、アシュフォード方面に向かおうと思う」

「……市長の娘さんを口説いた?」

「うん、娘さんを口説いた」

「自殺なら一人でやってくれ」

「いやいやいや、そういう訳じゃなくてだな」

 

 湯気が立つ紅茶のカップに口を付けてそういう女の言葉を、俺は手を振って否定する。

 

「以前その話をした時は、パス1を使ったと思うんだが?」

「あくまでアシュフォード方面って話だ。で、まぁ様子をみて……出来る事ならばお前さんが連中との交渉をやってくれないかとね」

「……出来なくはないが……」

「ぶっちゃけ顔合わせだけでいい。ウィットフィールドの存在を知る人間が増えればそれでいい」

「なるほど」

 

 女は整備を終えたクロスボウを折り畳んで布でくるむと脇へとどけて、テーブルの上にイギリスの白地図を広げて、インクと木片を削ったペンを取り出す。

 

「私達の拠点がここで……アシュフォードはここ、と」

 

 ここ、ウィットフィールドの大体の地点に印を付ける。アシュフォードの位置は既に書きこまれていた。

 ここから場所で言えば真西に位置する場所だ。

 

「一直線とは行かないか。この場所からならば……一度ドーバーまで戻って道沿いに行けば結構安全に行けるハズだ」

「あぁ、私も以前にあの近くをの地形を調べてみたが、ガレキ等は少なく、土砂や倒木で塞がれているという事もなかった。問題があるとすればクリーチャーだが……」

「車があるなら大丈夫だろう。それに、ここらは以前に俺たち(商人)が作った避難所もいくつかある。行商人がアシュフォードに行く以上、一定レベルには保たれているはずだ」

 

 なるだけ頑丈な建物等に、雨対策の防水シートや屋根の補強、それに周辺を鉄条網などで固く囲った簡易拠点。

 基本的に対処できない数のクリーチャーに追われた場合はここに逃げ込んで迎撃するか、中に置いてある発煙筒などで近くのシェルターに救援を求めるかのどちらかだ。

 

「例のヴィルマという子も連れていくのだろう? 彼女もアシュフォードシェルターの人間と会わせるのかい?」

「さて……どうしようかねぇ」

 

 他の人間に会わせておくのも悪くはない。

 アシュフォードはいざこざがあったとはいえ、善良な人間の多いシェルターだった。

 だが、仮にも交渉に子供を連れていくのが吉と出るか凶と出るか……。

 

「とりあえずは、作業を覚えさせようと思っている。あそこには一か所ドデカイ病院があってね。実は、ここと同じような拠点を作るならいいと思ってた場所なんだ」

「ほう? その病院、放置したままかい?」

「いや、一応避難所として機能しているはず。いくつかに別れている建物棟の一部はかなり強化されているし、多分アシュフォードの自警団が強化しているだろう」

 

 女が、興味深いと言わんばかりに息を漏らすと、ペンにインクを付けて白地図に『避難所アリ』と書きこむ。

 

「つまり、そこの防備の補修や強化作業を手伝わせると?」

「そのつもりだ。意外と避難所は商人が使うし、顔見知りと出会う可能性もある」

「なるほど……」

 

 女は紅茶を飲み干し、満足げに小さく息を吐く。

 

「ちなみに、その病院は具体的にどこに?」

「アシュフォードシェルターのある中心部から南東にある奴さ。多分、近くまで行ったのならば見た事あるはずさ。名前は――えぇと……」

 

 

 

 

 

「――ウィリアム=ハーベイ病院……だったかな」

 

 

 

 

 



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018:To 『Ashford』 and from 『Ashford』

 タイヤがデコボコな地面を踏みつけていく雑音が、うっすらと蒼く輝く草むらに響く。

 通りかかる度、定期的に草むらに火を放つのは自警団や行商人の義務であった。

 クリーチャーを寄せない様に。――あるいは、忌々しい蒼い光を少しでも減らすように。

 

「……なんか、今までと運転の心地が違い過ぎて気持ち悪い」

「だが、これまでにくらべて燃料の心配は減ったのだろう?」

「いや、まぁそうなんだけどさ」

 

 座り慣れない運転席に腰を沈め、なんとなくぼやいた俺の独り言に、普段ではあり得ない返ってくる言葉がある。

 隣に腰かけている釣り目の美女が、外を眺めながらちょくちょく白地図に何かを書きこんでいる。

 良く酔わない物だと感心してしまう。

 そしてその膝の上には、一人の少女が身体を預けて熟睡している。

 完全に足を止めている夜に、外にいるという環境が不安で眠れていなかったのだろう。

 

「それにしても……クリーチャーが増えたな」

「ああ」

 

 加えて、クリーチャーとの戦闘が幾度もあったのでその影響もあるだろう。

 もっとも、最初はコンテナの中に隠れていたのが今では荷台の上のタレットと共にバリスタを撃つようになった。

 ある意味で、クリーチャーに対する耐性が出来たのは良かった――と、言えるのだろうか。

 

「オックスフォードから流れてきたのかな? それともロンドン?」

「オークもゴブリンも見ていない。恐らくカンタベリーからだ」

 

 先日までいたドーバーの北。ウィットフィールドの更に向こう側にある居住シェルター。

 ここはある意味で最前線と言っていい場所でもある。

 海にも近いカンタベリーは、そこからさらに北上するとクリーチャーの巣だらけという凄まじい環境なのだ。

 

巨大リス(ナッツクラッカー)化け兎(アルミラージ)頑丈な犬(ブラックドッグ)……ある意味で自然が豊富だ」

「本当にある意味だな。やっぱり人間はなんだかんだでコンクリートの方が馴染んでる」

「屋内でクリーチャーに遭遇したいかい?」

「……考えただけでゾッとする。だから掃除は大切なのさ」

 

 先ほどからハンドルを動かす必要はない。ドーバーを超え、フォークストーンを超えてからはただ真っ直ぐ走らせるだけだ。

 

「とりあえず、もうすぐここらで一番デカい避難所に着く。そこの破損度合いを見てここらの様子を判断しよう。天気の晴れている内に出来るだけバッテリーを溜めておきたい」

 

 この近くの避難所は、一種のスーパーマーケットだった所だ。

 色んな店舗、そしてガソリンスタンドが残っており、離れた所には園芸ストアがある。

 

(土や肥料、まだ残っていればいいが……)

 

 行商人は当然お宝があれば回収しにいくが、一度に持っていける物には当然限界がある。

 それに、一度手に入ったからともう一度行ったら、クリーチャーの群れの住処になっていたというのもよくある話だ。

 

「ついでに、避難所の修繕か」

「あぁ……急ぐ必要はあるが、あんまりかっ飛ばして肝心な時に電気も燃料もありませんってパターンだけは避けたい。車で一番きついのは燃料だからな」

 

 とはいえ、障害物の少ないルートだ。

 この調子では、明日にはアシュフォードに到着するだろう。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 元は大きなスーパーマーケット――いや、ショッピングモールなだけあって、侵入口はいくつもある。

 それらを板などで塞いで入れる場所を限定し、逃げ込みやすく立てこもりやすいようにしているのが避難所の特徴だ。

 

「キョウスケ……」

 

 車の中で寝ていたヴィルマが、道中立ち寄った街中で発見した白骨死体から剥ぎ取った服から埃を落とす作業の手を止めて俺に声をかけてくる。

 

「なんだ、眠くなったのか?」

 

 ……できれば話題も一緒に振ってくれ。

 内心でそう思いながら適当に話を振ると、ヴィルマは首を横に振って、

 

「ううん。ほとんど人がいない避難所っていう所が初めてだから……」

「大陸には無かったのか?」

「上の拠点は、人がたくさんいるところばっかりだったから」

「地上にも人が住んでいたのか?」

 

 何気にそれが気になっていた。

 大陸側では、安定した地上での生活が可能だったのだろうか。

 あるいは、自分が予想していなかった手段があるのかもしれない。

 

 そう思って聞いてみるが、少女の反応は(かんば)しくない。

 

「よく分かんない。皆、一つの大きな建物に閉じこもってたから」

「ん、そっか……」

 

 やはり、詳しくは知らないようだ。

 まぁ、無理もない。

 話を聞くかぎり、元いたシェルターを出た後は逃亡生活だったのだ。

 あるいはヒルデの方に聞いても、そう答えは変わらなかったかもしれない。

 

「ねぇ、キョウスケ」

「なんだ?」

「キョウスケはなんで旅をしてるの?」

 

 どこかのシェルターで2,3日くらい過ごしてる間に5人くらいが聞いてくる質問だ。

 その度に答えに困っているのだが、今日は特に答えづらい。

 なんというか、子供に納得させられるような答えが出せる気がしない。

 子供特有の『なんで? どうして?』攻撃に耐えられるほど自分の精神のHPは高くないのだ。作っていたキャラ的にも。

 

「なんでなんだろうなぁ……」

「キョウスケなら、どこのシェルターにも居れるよね? 強いし、料理出来るし、機械だって弄れるし車も運転できるし……顔は普通だけど」

 

 ぶっとばされてーのかこのクソガキ。

 

「……向こうにいた時に、キョウスケみたいな人が欲しかった」

 

 思わず顳顬(こめかみ)をひくつかせた俺だが、その一言に良く分からないが躊躇ってしまった。

 返事をする事、相槌を打つ事――あるいは、呼吸の音を聞かれる事すら……良く分からないが躊躇った。

 

「俺からも聞くが……どうして、ウィットフィールドを出た?」

 

 なにか上手い言葉が出るわけではない。

 俺の口にそんなスキルはないし、そんなものを付けられる位口に経験値を稼がせてもいない。

 どうにか出たのは、しょうもない問い返しだけだった。

 

「…………」

 

 それに、少女は答えない。

 いや、ついさっきまでの俺みたいに躊躇っているのかもしれない。

 

(碌にしゃべらなかったクソ親父の気持ち、今は……今は、少しだけ……)

 

 こういう時に何を話せばいいのか分からない。

 元の俺の居場所にいた、どこか異物感を覚えていた男が……一人になって急に近くなった――気がした。

 

(勝手な感傷か……)

 

 何も言わず、俯いたままのヴィルマの背に毛布をかける。すると、何も言わないままヴィルマは傍に寄ってくる。

 言いたい事を察しろという事なのか、聞くなという事なのか……あるいは、自分でも自分の表現したい気持ちが分からないのか。

 

「なぁ、ヴィルマ。俺も上手く言えないが……俺が外を周る理由は、結局の所やりたい事が外にあったってだけなんだと思う」

 

 以前にもした会話――今頃ソールズベリーにいる『魔女』とのやりとりを思い出しながら、口を開く。

 たどたどしいため説得力に欠けているだろう。あるいは、どこか嘘臭いかもしれない。

 ただ、何か声をかけて欲しいのだけはなんとなく分かった。――一番に求めている事は分からないが。

 

「俺は、俺なりに自由に生きている。今ウィットフィールドにいる奴も、多かれ少なかれ似たりよったりだと思う」

「……皆も?」

「あぁ。多分、エレノアも」

 

 ふと、ウィットフィールドのあの工場――あの屋上で話した時の事を思い出す。

 ただの、なんてことない冷たいだけの風を気持ち良さそうに受けていた女の顔を。

 

「……それに、まぁ、よくよく考えたら……」

 

 思いだす。

 嬉々として車の残骸を(いじ)るフェイ。

 仕事の合間合間に有志を募って『使える物(お宝)』探しの探検に行くジェド。

 いつか美味い物を食うために使えそうな土、蒼の光が見当たらない土地を探すバリー。

 

 

「好きな事の一つも追い掛けられないのなら、きっと皆ここまで必死に生きて伸びていないさ」

「じゃあ、キョウスケの好きな事は? 旅? 商売?」

「俺の好きな事……そうだな」

 

 それは、決まっている。

 自分の居場所。テリトリーとも言うそれを、自分の好きなように構築していく事だ。

 それを分かりやすく言うと……なんだろう?

 

「部屋の模様替え……みたいなものだ。多分」

「??」

 

 小さく首をかしげるヴィルマ。

 その様子が、今までの彼女に比べて少しだけ表情を取り戻したように見えた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「そもそもさぁ、薬にもやっぱり身体に入れていい期限ってあると思うけどそれってどんくらいなの?」

 

 恐らく、100年前にここが放棄された時はかなり慌ただしかったのだろう。

 瓶や注射器などが大量に残っているままの棚や保管庫を探りながら――いや、荒らしながら赤毛の男がそうぼやく。

 

「薬については良く知らんけど……多分、1,2年くらいじゃない?」

「え、そんな物なの!?」

「いや、専門家じゃないから知らんけど……」

 

 赤毛の男に答えるのは黒髪の男だ。

 同じように、しかしこちらは瓶のラベルではなく古い書類や本をパラパラ読み漁っている。

 

「兄貴の読んでる本とかになんか書いてないの?」

「いやぁ……俺もなんか役に立つ事書いてるかと思ってたんだけどこっちはさっぱり」

 

 兄貴と呼ばれた男がパラパラッと読み進めていたファイルは、100年以上前の物だったようだ。

 

「薬品の名前かなぁ? 何々をどこどこに移したとか、誰々先生がどこどこに行ったとか……なんかそういう記録だけだなぁ」

 

 価値がないと判断し、兄はファイルを適当なテーブルの上に乱暴に放り投げる。

 

「オットーさんの方こそ大丈夫かね。一人で町の方に行くって言ってたけど」

「一応フレアガンは持っていってるし、銃も出来るだけ強力なの持っていってるから大丈夫じゃない? あの人、逃げたり隠れたりするのは上手いし」

 

 この病院に隠れているもう一人の男の事を兄は心配するが、それに対して赤毛の方はあまり心配している様子は見せない。

 

「できれば缶詰とか見つけてくれないかな。汚れててもいいから水も」

 

 棚に並ぶファイルや本の山に、兄はうんざりだとばかりにため息を吐く。

 

「まぁ、ここは一応避難所の一部だからなぁ。行商人連中や自警団が調べつくしてるんだよ」

「ここにあるのはその残り物か。あぁ、ちくしょう。ここにいて困らないのは紙と容器だけって訳か」

 

 紙なんて現状、火種くらいにしか使えない。

 兄の方は頭をバリバリと掻き毟る。

 

「あー。でもオットーさん、まずは本屋とか図書館っぽい施設を調べるって言ってたよ」

「役に立つ本とかそうそう残っていないと思うんだけどなぁ……」

 

 カラン、と後ろでビーカーか何かが転がる音がする。

 兄の方は腰のライフルに、赤毛の弟は腰のリボルバーに手をかけて後ろを確認する。

 

「……あぁ、エマさんか」

 

 そして音の発生源を確認して、二人ともそっとそれを下に降ろす。

 後ろから現れたのは、綺麗な女だった。

 一見、どこかキツさを感じさせる鋭い目を持つ彼女は、

 

「二人とも、驚かせてごめんなさい」

 

 頭こそ下げないが、心から申し訳なさそうにそう謝罪する。

 

「あぁ、いやいいさ。足の方は大丈夫か?」

「えぇ。逃げ出す時にちょっと挫いただけだから……あの、シェルターの方は?」

 

 ここにいる3人。今探索に出ているオットーも含めて、全員アシュフォード・シェルターに住んでいた人間であった。

 

「朝の7時、正午、夜の7時くらいに発光信号だけは確認している。微妙に時間がずれているから多分手動で……中は無事のようだ」

「そう……。父さん達が生きているのならば、まだ……」

 

 エマと呼ばれた女は、安堵の息を漏らす。

 

「三人ともごめんなさい。さっさと私を連れて逃げろと言われていたのに我儘に付き合わせて……」

「いやいや、親父さんには世話になっているんだ。あの人を放置してシェルターを逃げ出すわけにはいかないよ」

 

 赤毛の方は、近くの窓を開ける。

 ここからは見えないが、アシュフォード・シェルターの入り口がある方向の窓を。

 

 今、化け物たちに地上を囲まれているであろう場所を。

 

「それに、このまま他のシェルターに逃げ込んでも受け入れてもらえるかどうかは怪しいし、そもそも他のシェルターまで徒歩で行くなんて自殺行為だからね」

 

 兄の方が、『馬鹿、うかつに開けるなっ』と赤毛の頭を軽くはたいて叱りながら窓を閉めさせてそう口にする。

 

「シェルターを解放するにも、こっから逃げ出すにも――俺達に必要なのは足だ」

「そうだねぇ」

 

 軽くはたかれた頭を自分でちょいちょい撫でながら、赤毛は呟く。

 

「足を持ってて……他のシェルターに口利きできるか、腕貸してくれる馬鹿が要るよねぇ」

 

 

 

 



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019:救援

 アシュフォードシェルターは、この世で一番安全な場所だ。

 少なくとも、そこに住んでいた人間はそう思っていた。

 

「上の様子はどうだ?」

「市長……」

 

 屋内だというのにソフト帽を被っている男は、不安そうに屋内の入口付近の監視モニターを見ていた。

 

「ケーシーの群れに、徐々に他のクリーチャーも集まりだしているようです」

 

 本来ならば、このシェルターの防衛隊のキャンプが――そして彼らの生活の一部が映っているハズのモニターには、牛程の大きさに肥大化した緑の皮膚をもつ犬達がうろつくおぞましい映像が流れている。

 カメラの向きを動かすと、ちらほらと緑色の巨大犬以外にも、ねじれた角の様な物が生えた兎に巨大なリス、大きな鳥などが映り込む。

 皆共通して青く輝く瞳を持った――人類の敵である。

 

「……娘は?」

「ちょうど、外に出ていたあの三人組が連れだしてくれたらしいです」

 

 自分の娘が男三人の手の内にあると聞いて眉をひそめる市長だが、その三人を信じる他はなかった。

 

「あの兄弟達を信じなければならないとは……」

 

 三人は、アシュフォードシェルターきっての問題児だった。

 正確には、その中の二人――シーナとルカというイタリア系の兄弟が。

 兄のシーナは手先が器用で、機械の修理や作製から木材を削っての日用品の作製までなんでも作れる男だ。

 だが、工作好きな上に車両の運転好きが過ぎており、いつも地上で暴れ回っている。

 

 弟のルカも似たようなものだ。

 手先が器用なのは兄そっくりだが、こちらは銃火器が専門。加えて射撃の名手だ。

 

 それだけならば良かったのだが、この男は自分のいじった銃を試したくて、やはり地上でクリーチャー相手に必要以上に大暴れをするときた。

 いつも危険地帯に兄の運転する車で突っ込んで、散々クリーチャーの巣を荒らし回って帰るという暴挙を行う二人は、悩みの種であるのと同時に、有用な資材を大量に持ち帰ってくれる救いの手でもあった。

 ――だからこそ、性質が悪いという話なのだが。

 

「あの。市長……兄弟よりもオットーの方がヤバいんじゃあ……」

 

 言おうかどうか迷った素振りで、もう一人男――内部の警備班班長を務める男がそう言う。

 

「あぁ、大丈夫だ。アイツは女と見りゃ誰彼かまわず口説くが……結局ヘタれる」

 

 残る一人――兄弟に比べると少しは大人しいが、(トラップ)と女を愛していると公言する変わり者の男に対して随分とひどい事をいう市長に、男は「そういえばそうだった」と肩を竦めて答える。

 

「言うとおりに近くのシェルターに逃げてくれていればいいんだが……」

 

 恐らく、そうはなっていないだろうと市長は思う。

 あの三人組の性格もそうだが、同時に自分の娘の性格も、あの三人に負けず劣らずの男勝り――いや、やんちゃだった事を思い出す。

 

(母親がいない事もあって、あの娘との時間を取れなかった俺が悪かったのか……)

 

 気が付いたら防衛隊の面々と仲良くなり、農作業や機織りよりも銃や罠をいじる事が好きになっていた。

 おまけにあの商人なんぞに惚れる始末だ。

 おそらく、一応の安全圏まで逃れて、ここを奪還する算段を三人組と一緒に立てているのだろう。

 

 ……せめて、あの三人だけではなく、日系のアイツが来てくれれば……

 

(……人柄は認める。認めるが……)

 

 間違いなく、この時代になくてはならない人間だろう。

 あの男がいるから、どうにかなっているシェルターも多くあるだろう。

 

 分かっている。分かってはいるのだ。

 

 あの男が来なくなったこのシェルターも、あの男の口利きで元のあの男の役割を担ってくれる商人がいるから秩序を保っている。商人達と、防衛隊と……あの三人組とで。

 

 保っていた。先日まで。

 

「内部が落ち着いているのは幸いか……」

 

 弾薬の不足もあって三馬鹿が大人しくなっておよそ一年。

 あの日系の商人が来なくなって半年と少し。

 

 その間、徐々にクリーチャーが増えつつあるのは知っていた。

 そのために、可能な限りの資材を罠大好き男のオットーに渡していた。

 だが――数の前には無力だった。

 

 仕掛けられた罠にかかった死体の上を渡り、残っていた弾薬の雨を押し切り、犬共に地上部は蹂躙された。

 そして自分は、市長としてではなく、とっさに父親として動いてしまった。

 親しい防衛隊の面々に囮を頼み、一人娘だけを逃がすためだけに動いてしまった。

 

(どれだけ甚振(いたぶ)られても文句は言えん。だと言うのに……)

 

 市民も、娘がいない事には気が付いている。

 つまり、薄々ながら察しているだろう。

 自分が、このシェルターを預かる者としての最善を行わなかった事に。

 だというのに……

 

「今使える武装の整備は?」

「進めています。どうにか外から運び込んだ弾薬も合わせて」

 

 信じてくれる者がいる。

 外部に出る事が不可能になり、内部で資源を得る手段も限られているという絶望的な状況の中。

 自分が、間違いなくリーダーとして失格でありながら――それでも信じてくれる者がいる。

 

「……ここにいる人間は、私を信じて着いて来てくれている」

「……はい」

 

 市長の言葉に、男は頷く。

 彼自身が、市長を信じているからだ。

 

「ならば、現状をなんとかして打破せねばな。……なんとしても」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「偵察ご苦労さん。様子はどうだった?」

 

 赤毛の男――ルカの問いかけにオットーは軽く肩をすくめる。

 

「どうもねー。他の所からも来てるみたい。周辺の草むらとかじゃなくて、北の方からわんさかと」

「マジでか」

 

 病院だった廃墟を利用した避難拠点。

 その中の一室で三人の男と一人の女が地図を見ながら話し合っている。

 

「アシュフォードの町の北の方に昔のゴルフ場あったでしょ? 前にルカ君がウサギ(アルミラージ)の角にホールインワン決めてやるってクラブ振りまわしてたボールかっ飛ばしてた所」

「……お前そんな事やってたの?」

 

 弟の蛮行に、兄のシーナは彼をジト目で睨む。

 

「面白そうだったんでつい」

 

 対してルカは、舌を出して謝るという男がやっても可愛くもなんともないイラッとくる謝罪をして周りのヘイトを溜める。

 

「で、その近くの道路――前にシーナが何匹クリーチャー轢けるか、ヒャッハー! って車かっとばしてたあのやや広い道路の周りね」

「……兄貴そんな事やってたの?」

 

 兄の蛮行に、弟のルカは彼をジト目で睨む。

 

「面白そうだったんでつい」

「貴方達、やってる事が変わらないじゃない」

 

 イラつく舌の出し方をしている二人に蔑みの目を向けて、この場で唯一の女――アシュフォードシェルター市長の一人娘、エマはため息を吐く。

 

「ともかく、その二か所が離れていても分かるくらい青い光がモゾモゾ蠢いてたから……」

「そこが巣になってるのね」

 

 クリーチャーの生態は相変わらず分からない。

 草木の豊富な所に、アリのように地面に穴を掘って巣を作る事もあれば、建物の中を住処にしているものもいる。

 唯一共通しているのは、その巣が分かりしだいすぐに破壊しないと、周りの群れていないクリーチャーが寄ってくると言う事だ。

 

「シェルター入口の周りもかなり集まりだしてるし、早めに対処しないと不味い感じだったわ」

 

 つまり、アシュフォードの地下に困っている人間を救うには、北側のクリーチャーを刺激しないように――あるいは、ある程度耐えられる防衛ラインを設置した上でシェルター周りの敵を排除するしかない。

 

「救援信号を放っても、周りのシェルターからは応援どころは返事の信号弾も無し……気付かなかったのかしら?」

「あるいは……気付いていても知らんぷりを決め込むつもりなのかもな」

 

 ルカの言葉に、エマを顔をしかめて俯く。

 正直な所、ここにいる誰もが思いつき――そしてもっとも可能性の高い事だった。

 

「10年前とかなら違ったんだろうけどな。どこも余裕がない。余裕を失くせば失くすほど……まぁ、そういう事になるさ」

 

 個人で探索を(おこな)って資材をかき集めてくる商人も、今ではどんどん減っている。

 道中で倒れたのか、あるいはどこかのシェルターに所属するようになったのか、あるいはたらふく溜めこんだ資材をちまちまシェルターに放出しながらどこかに隠れ住んでいるのか。

 

「とりあえず、行動を開始しよう。出来るだけ資材を集めて、北からもし群れが来てもある程度は耐えられるバリケードを構築しよう」

「でも、それだと少し守る範囲が広くならない?」

 

 アシュフォードシェルターは、旧アシュフォードの街のほぼ中心。

 アシュフォード駅近くの列車倉庫部に作られた施設だ。

 つまり、侵入がしやすい。

 イコール、どこからでも入ってこられる。

 

「少し上の住宅地の方には、偵察から帰ってくるついでに罠をしかけまくってきた」

「……それで帰ってくるのが遅かったのね?」

 

 このオットーという男は本当に罠が好きな男だ。

 商人が外で見つけてきた狩猟用のベアトラップなどを見つければ迷わず食糧と交換し、嬉々として兄弟と共に危険な場所へと向かうのだ。

 

 本人曰く、罠の傍でいつ敵がかかるか待っている時間が何より好きという話だ。

 

「とりあえず、プラスチックなんかと廃材を利用してすり抜けられそうな所や家の出入り口をある程度潰してきた」

 

 プラスチックやガラスの破片というのも、使いようによっては武器になる。

 オットーは加工しにくい枯れ木等を少しだけ削り、それらを接着剤などで塗りつけた槍の様な物をバリケードとして多用していた。

 クリーチャーが無理に進もうとすれば肌を傷つけ、破壊されてもその足を絡め取る罠へとなるのだ。

 

「あとは広い道路さえ塞げればいいんだけど、さすがにそれは俺一人じゃ無理だったわ」

 

 民家などの封鎖は以前から行っていた。

 使えそうな物を全て運び出し、その後はクリーチャーが住みつかないように封鎖するという、防衛隊の仕事だ。

 

 だが、当然ながら移動するのに大事な道路は、逆に通りやすいようにとある程度の整備を続けている。

 

「資材を使うのは時間的にも量的にも無理だろうねぇ。地上に散らばっている廃車を転がして来れないかな」

「ありだが、それだけじゃそう持たねぇぞ、多分。せめて補強しねぇと」

 

 地図を指差しながら、それぞれが思った事を口にしていく。

 オットーとシーナ――恐らく防衛準備の要になるだろう二人がそれを次々に地図に書き込んでいく。

 

 そんな時、ルカが顔をピクリと上げた。

 

「どうした、ルカ?」

「……音、しなかった?」

 

 エマとシーナの顔に、緊張が走る。

 

「どうだろう? クリーチャーだったらそもそもここに近づく前に仕掛けた鳴子(なるこ)に引っかかってガラガラ言うはずだけど……」

「だよねぇ……」

 

 ルカは、護身用に持っているリボルバーではなく、整備されたボルトアクションライフルを持って窓に近づく。

 偵察用にと、彼自身が調整したスコープ付きの狙撃仕様だ。

 

 丈夫な木の板で塞がれてこそいるが、銃撃用の小さな隙間はある。

 そこからライフルを突き出し、スコープで辺りを探る。

 

 クリーチャーではない。

 そう確信しているのか、弾は込めないまま。

 

 そして――

 

「兄貴」

「なにか見つけた?」

「おう」

 

 スコープを通してルカの目に映ったのは、二つの光の玉。

 クリーチャーの青ではない。

 人が作った物の象徴である、温かい光だ。

 

「最高の救援が来たよ」

 

 初めて見るタイプの車だが、その灯りに照らされた顔は見覚えがある。

 ここでは珍しいアジア系の顔立ちの商人。

 

 三人も、そしてエマも良く知っているだろう顔が、運転席に見えた。

 

 

「――商人のお出ましだ」

 

 



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020:合流

「そろそろっすかね」

「あん?」

 

 防衛のさらなる強化のため、ウィットフィールド自警団は全力で作業に当たっていた。

 とはいえ、日が落ちた今では遠出は危険すぎる。

 今はランタンや懐中電灯、スカウトライトのわずかな光量を頼りに周囲の警戒に入っている。

 どれだけ掃除しようと、湧く時には一気に湧く。

 

「キョウスケの奴っすよ」

 

 その中で、迎撃装置関連の計画やチェックといった、ほぼ責任者となっていたジェドは、色々書き込まれた周辺地図を睨みながらそうボヤく。

 

「アシュフォードの方に行くって言ってましたよね?」

「あぁ。多分、道中の避難所施設を直しながら物資回収していくだろうから……そうだな、今頃は多分着いてるだろう」

 

 銃ではなくハンマーや糸のこ、釘箱を手にしたバリーが、それらを一度台の上に置いて、指を折って何かを数える。

 

「確か、アシュフォードへの道中は避難所が結構設けられていたな。五つだか六つだか」

「えぇ……昔の農作地はそのままUBCで汚染されたまま荒れ放題になって危険っすからね。キョウスケみてぇな行商人が、昔のマーケットなんかを改装してます」

 

 昔のマーケットや、大型の専門店等がまばらに点在しているのがかつての街と街の間の特徴だ。

 かなり広い建物に、かつての駐車場というある程度整備された土地。

 そういった所をキョウスケ達商人は修理し、緊急時の避難場所として活用していた。

 

「大丈夫かねぇ。あそことアイツ揉めたんだろう?」

「揉めたっていうか……あそこの市長にデンプシー喰らってからジャイアントスイング咬まされたって聞いてますが」

「――何やったんだアイツは」

「なんでも、市長の娘を口説いたとか口説かなかったとか」

「……ウチの市長さんといい、アイツ元気だな。……色んな意味で」

 

 二人同時に、ため息を吐く。

 

「そういや、あそこには問題児もいたっけなぁ」

「問題児っすか?」

「あぁ……なんでも――」

 

 

 

 

 

「――前に、キョウスケと一緒に派手に大暴れしたとかなんとか」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「まさか、お前達がこの病院に来てたなんてな」

 

 アシュフォードエリアの外れ、かつてはイギリスでも有数の大病院の廃墟。

 避難場所というよりは、ここの自警団――いや、防衛隊だったか――によりエリア外周部の偵察の際の拠点というのが正しいここは、その分防備はそこらの避難所よりもしっかりしていた。

 

「驚いたのはこっちよぉ。まさか、キョウスケがまたこっちにくるとは思わなかった」

 

 ルカ。

 アシュフォードの中で、防衛隊でもないのに好きで外周部に住んでいる三人組の一人。

 そして、俺の友人でもある。

 銃の整備やカスタムに関してはフェイよりも上。扱いも、精密さだけならばジェドよりも上だ。

 

「エマも久しぶりだ。まさか、お前までこっちに逃げているとは……」

「うん、いや、それはいいんだけど……」

 

 そしてエマ。いつも立ち寄る時に差し入れしてくれた娘。

 市長の娘とは知らなかったけど……。

 

「ねぇ、キョウスケ」

「ん?」

「そっちの人……誰?」

 

 さっきからずっと、同行者である二人――の、うちスナイパーの方ばかり見ている。

 とりあえずエマ、お前は金属バットから手を離せ。

 意識はしていないんだろうが、さっきからコツコツコツコツ床を鳴らしてクリーチャーとは違う恐怖を感じる。

 

「あぁ、こいつは――」

「彼と共に旅をしている者だ。名前は、まだない」

「名前がない?」

 

 やはり、不審だと思ったのだろうか。

 エマが、女に詰め寄る。

 

「安心してくれ、彼が私の名付け親になってくれるそうだ」

 

 そしてこのタイミングでこっちに話題を振るんじゃない。

 泣きそうな顔で睨まれるんだから振るんじゃない。

 

「……キョウスケ!」

「なんだ」

「私にも! 私にも名前をつけて!」

「お前は何を言っているんだ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「とりあえずね、状況を一から説明するとね?」

 

 この場の最年長ということで、オットーさんが場を仕切る。

 

「元々の始まりは一週間くらい前……かな? この辺りのクリーチャーの間引きにひと段落ついた時だったんだけど」

 

 オットーさんは、普段自分がトラップの設置計画等で使用している地図を広げる。

 

「北側――正確には北東、および北西から大量のケーシーが押し寄せてきたのが切っ掛けだったのよ」

「……犬共か」

 

 ケーシー。

 緑の皮膚を持つ、通常の牛ほど大きさを持つ群れる犬。

 

 ここ最近では、あのデカブツに殺されたデカいヤツ以外には実物は見ていない。

 強いて言うならポーツマスで、あの若い自警団員を負傷させたのがはぐれてきたケーシーって言う話だったか。

 

「そ、俺も結構罠とか仕掛けて防衛ラインは強化してたんだけど、数が凄過ぎてあっさり北のライン抜かれちゃってさ」

「俺と兄貴で撥ねまくったり燃やしまくったり撃ちまくったりしたから結構数は減らせたんだけど……」

 

 阿鼻叫喚(あびきょうかん)という慣用句を思い出した。

 もう二年も前になるか。

 こいつらと初めて会った時だ。

 シーナが小型トラックの荷台に機関銃固定したテクニカルで『ひゃっはー!』と群れに突撃し、その荷台でルカが『ひゃっはー!』と弾と火炎瓶をばら撒いていた。

 

(多分、新入りだった少年兵が敵じゃなくてコイツラ見て泣いてたな……)

 

 今思い出しても酷い光景だ。

 

 そしておそらく、あの時とそう変わらない状況が繰り返されたのだろう。

 周りの防衛隊のメンツの複雑な表情が目に浮かぶようだ。

 

「犠牲者はそんなに出てなかった……と、思う。ただ、外の様子を見に来ていたエマとその護衛が、迂回してバリケード突破してきた連中に襲われてな」

 

 失敗した、という顔でそう言うシーナ。

 それに対してオットーは肩を竦める。

 

「まぁ、エマちゃん助けるには間に合ったんだけど、そのまま護衛部隊の撤退を援護してたら、そのうちに合流が不可能になったんよ」

「ガソリンも切れちゃってねぇ……俺たち三人でエマを守りながらどうにかここまで歩いて来たのよ」

 

 ガソリンもっと積んでおけばよかったと苦々しく呟くシーナ。

 

「使えるガソリン自体少なかったんだし、仕方ないわよ」

 

 エマがそう言うが、まだ納得がいかないようだ。

 そも、シーナという男はフェイとは違う方向で車に対してのプライドが高い。

 運転技術もそうだが、用意が足りていなかったというのが悔しくて悔しくてたまらないのだろう。

 

「いやぁ……ガソリン切れたのも、あの状況でどうにか群れ引き連れて粘ったのが原因だし? 兄貴は良く頑張ったと思うけどねぇ?」

 

 慰めなのか煽りなのか、他の人間には分からないルカの口調だが、どうやら兄の方は慰めだと受け取ったらしい。後ろ頭を掻き毟ってため息を吐いた。

 もし煽りと受け取っていたのなら、ルカの横っ面に拳がめり込んでいる。

 

「ふむ。となると、シェルターの開口部を取り囲むようにケーシーの群れが住みついてしまった訳か」

「そう。しかも数えてると眠くなりそうな勢いで」

 

 スナイパー――今はそう呼んでいる女が確認の質問をすると、オットーが頷く。

 

「それに、死体の処理が出来なかったから他の個体もドンドン集まってきている。北の何箇所か――ようするに、連中と交戦した所は大体そうだ」

 

 三角形を描くように伸びた街並み。

 その頂点の辺りから下へと、所々が赤ペンで丸をつけられていく。

 

「三人には話したけど、北のゴルフ場周りがデカい溜まり場になっている。で、俺たちのシェルター入口とそこを結ぶ直線の部分に、チラホラとケーシーとかそれ以外のはぐれがいる状態」

「……はぐれ共が面倒だな」

 

 女の言葉に、クリーチャーと戦い慣れている面々が頷く。

 

「一応罠は仕掛けてきた……といっても時間かけられないし即席だから、足止めとか近づかれた時の探知とかそういう方向にしか役に立たないと思うけどさ」

 

 改めて地図を見る。

 完全に排除するにはもちろん、一度シェルター内部の人間と合流するにせよ、ケーシーの数を減らさなければどうしようもない。

 

 シェルター出入り口は駅の近く。

 ケーシーはその巨体から、建物内部に入ることはないため、拓けた場所に集まることが多い。

 

「武器は?」

「見ての通り、ライフルにショットガン、拳銃、護身用の近接武器……後は火炎瓶くらいか」

 

 それぞれが手にしている武器とその予備のみ、という事だ。

 

「そういうキョウスケこそ、手持ちに何かいい感じのない?」

「武器はともかく、新しい兵装関連はほとんどドーバーやウィットフィールドに放出してきた……。新しい物と言えば……」

 

 部屋の隅では、ヴィルマが設計図を見ながら例のバリスタの小型版を組み立てている。

 ウィットフィールドと違い、機材の類がほとんどないので材料集めに四苦八苦しているようだが……。

 そこは、何気に出発までの間に量産作業を手伝っていた身。

 フェイにも色々と教え込まれたのだろう、手近にある使えそうな物をヤスリやナイフなどで整えながら、小型バリスタを組み立てている。

 

「あれくらい、か」

「キョウスケの車に乗ってた奴と同じのかぁ。効果はどうなの?」

 

 基本的に火薬大好き弾大好きなルカが、首をかしげる。

 

「あれよりデカい奴の話だけど……前に、めちゃくちゃデカくて滅茶苦茶固いクリーチャーの外皮を引き剥がすくらいの威力は出た」

「なにそれ超面白そう。なんで俺を呼んでくれなかったの?」

 

 無茶言うな。

 

「ほとんど遭遇戦だったんだ。狙っていたわけじゃない」

「じゃあ、なんで俺はそこにいなかったの?」

 

 知るか。

 

「そん時は、かなりでかいパーツをトラックのトレーラー部分に重しと一緒に設置してな」

「なにそれ超面白そう。なんで俺を呼ばなかったん?」

 

 今度は兄の方か。

 

「呼んで間に合う距離なら呼んでたさ」

 

 マジで。

 この兄弟が装備込みであの戦場にいればどれだけ心強かったことか。

 

「くそぅ! なんで俺は東に偵察に出てなかったんだ!」

「……お前らホント言ってる事もやることも同じだな」

 

 心強くはあるが、同時に強く不安にもさせる兄弟である。

 

「ともかく、道中で馬の変異体(ケルピー)みたいなそこそこデカい連中にぶっ放してみたけど、一発で倒せる。しかも派手な炸裂音もない」

「代わりに装填に時間がかかるのが弱点ってとこ……かなぁ? 後、足が速い奴」

 

 ルカは作業しているヴィルマの傍に近寄り、その機工を一瞥してすぐに弱点を見抜く。

 ヴィルマは、見知らぬ人間が近寄ったためか身を固くしながらも手を止めない。

 黙ったまま作業を続けるその姿に、ルカは「まいったなぁ……」と苦笑して肩を竦める。

 ひょっとしたら、子供に警戒されたことにわずかながらもショックを受けたのかもしれない。

 

「まぁ、キョウスケが来たって事で予想はしていたけど、やっぱり防衛向けの装備だけなのね。俺好みだけどさ」

 

 とりあえず今俺が持っている武装の一覧をオットーさんに渡すと、さもありなんとしきりに頷いている。

 何気にこの人は、俺は一番の上客だった人なのだ。

 アシュフォードに行けなくなってからも、他の行商人に渡した手紙などを介して俺に色々と注文をしてくれる人でもある。

 

「このままのペースで増えれば一週間もしないうちにこの街は完全な巣になっちまう。その前に中の人間拾い上げるなり連中駆逐する必要がある」

 

 シーナがもう一度状況を確認する。

 

「となると、どちらにせよまずはシェルター周辺、そして駅の周りの連中を追っ払う必要が出てくるわけだ」

「その時点でちょっと無理ゲーだよねぇ。さっきも話してたけど、守るにも耐えるにもちょっと向かないんだよねぇ」

 

 これがもっと大きな駅ならばともかく、アシュフォード駅は――上手く説明できないが普通の駅だ。

 防壁と呼べるほど厚い壁や障害物もなく、そして見通しも中途半端に悪いため身を隠すにも索敵にも微妙に向かないときている。

 

「あのさぁ、俺ちょっと思ったんだけどさ」

 

 地図の道路上に描かれた線。――シーナが考えた廃車等を使った簡易防衛ラインの計画に目を通していると、オットーが声を上げる。

 

「守るのに向かないなら、いっそのこと思い切って攻撃に利用しない? 駅」

 

 

 



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021:準備、進行中

「確か、市長はアシュフォードの方達の交流があったんですよね?」

 

 ウィットフィールド拠点の昼時。

 哨戒に出ている一部自警団、そして増設やメンテなどの作業に出ているエンジニア。

 現在作業している、おおよそ三分の一の人員はここにいない。

 それ以外の人員は、ちょうど昼食を取っていた。

 

 今は屋内の床を一度剥がして、地面の汚染具合を調べる作業――ようするに、農作業が可能な土を少しでも探していたヒルデは、防護服を着ていたためか汗まみれになっていた。

 衣類が汗を吸いこみ、肌に張り付いている。

 

「あぁ。アシュフォードとは先代の時代から色々と繋がりがあってな。あの周辺には荒れ地が多く、クリーチャーの群れが住みつくことがあってな。それらを焼き払うために、周辺のシェルターとの共同作戦は多かった」

「今はどうなんです?」

「ふむ……キョウスケのような商人が来たおかげで、道中の整備は進んでいるが……同時に交流を商人が受け持つ事も増えて、直接会ったのは……二年も前になるか」

「あー、なんか聞いたことあります。大変な目に遭ったとかなんとか」

 

 いつものジャンプスーツのまま――だが恐らくは身体を拭いて来たのか、微妙に身綺麗なフェイが、ランチトレーに乗っているベイクドビーンズとマッシュポテトをスプーンで混ぜながら会話に割って入る。

 

「道中、住処を焼き払われて散らばっていたクリーチャーの一団に襲撃されてな……自警団の面々には多大な負担をかけることになった」

「バリー隊長が言ってましたよ。なんか変な奴らとキョウスケが意気投合してたって」

「……彼らか」

 

 変な奴ら、と聞いてエレノアの頭にすぐさま思い浮かんだのは、とある三人組。

 窮地に陥った自分達の元に、どこの自警団や防衛隊よりも早く加勢に来た三人組。

 

「どんな人なんです? キョウスケは向こうと揉めてたらしいからちょっと聞き出しにくくて……」

「どんな人、か。そうだな……」

 

 

――ヒャッハー! やっと改造したコイツの威力が試せる! 今回の車体テーマは突撃仕様だぜぇぇぇっ!!!

 

 

「……頭の中が世紀末な男と」

 

 

――ヒャッハー! 整備終わったトミーの出番が来たぞ! 巻くど巻くど! 弾巻くどぉぉぉぉっ!!!!

 

 

「……頭の中が世紀末な男と」

 

 

――ヒャッハー! ヘイ、ブラザーズ! あそこに立ててる木の棒の辺りに敵誘いこんでくれ! まとめて地獄の入り口に叩きこんでやるぜぇぇぇっ!

 

 

「……頭の中が世紀末な男の三人組がいてな」

「市長、それ本当に大丈夫なんですか? アタシ、アシュフォードってもっとまともなシェルターだって聞いていたんですけど……」

 

 あからさまにドン引きするフェイに、頬を引き攣らせるヒルデ。

 特にヒルデは、了承したとはいえ娘の行き先でもある。

 

「安心しろ。少々飛んでいる所はあるが、人格的にはむしろ信頼の置ける男達だ。キョウスケも強く信頼していた」

「えぇーーーー」

 

 安心させようとして言ったはずの言葉は、どうやら逆効果だったようだ。

 

「キョウスケですよ? アタシがどれっだけ車は大切に扱えって言っても結局は突撃殺法に頼るキョウスケですよ?」

「物資を預かる身として、気持ちは分かるが許してやれ……アレもそこは理解している。だが、やはり生き残るためには、何かを犠牲にせねばならない時もある」

「でも、車に乗っているんですよ? 燃料だって困らない程度には持っているハズなのに」

 

 フェイは、やはりキョウスケの行動に――とくに、戦闘が本職という訳でもないのに、頻繁に交戦を選択することに納得がいかない様子だった。

 

「アイツだって、逃げる時には逃げるさ。だが、完全に振り切れなかった場合、その逃げた先にいる誰かが危険な目に合う」

「……死んだら、意味ないじゃないですか」

 

 ぶすっ、とそう言うフェイは、いつもよりも幼く見えた。

 その横顔に、なぜかヒルデは神妙な顔で小さく頷く。

 

「そうだな、確かにそうだが……」

 

 確かに、そう言いたくなる時はあった。

 だが――

 

「きっと、そうやって誰かの危機を見逃す事を始めた時から、アイツはアイツじゃなくなっていくのだろう。……きっとな」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 現時点で重要なのは、北側に対する対処だ。

 本格的な戦闘を始めた際に、北から傾れ込むだろう敵をどうやって足止めするか。

 オットーの作戦は、一か八かの賭けにはなるが悪くはない。

 が、結局の所最大の問題は手が出せる所にいない大量の敵の存在だった。

 

 手は出せない。戦力を二分するわけにはいかない。

 だが、何もせず放置しておけば、銃声や咆哮に気付いた群れがこっちに来るだろう。

 そうなれば酷い混戦になる。とても対処はしきれないだろう。

 

「シーナ、車の方はどうだ?」

 

 俺たちは、北への対策として防壁や罠を仕掛けに来ていた。

 今は二手に分かれ、シーナと共に現在、防壁の材料集め。とある建物の地下駐車場に、そのまま壁に使えそうな車を運びやすくしに来ている。

 

「大丈夫。ここらの車は、いつでも運べるようにチマチマ俺が手を入れていたんだよ。分解するにしても、一度持ち帰らないと悪いからな」

 

 上ではオットーがエマと共に罠を仕掛け、そしてルカの指揮でスナイパーとヴィルマは防壁補強を行っているハズだ。

 先ほどから転がせるようにした車を、ヴィルマがハンドルを握って残り二人で押して外に出している。

 効率化を考えてエンジンを動かす事も考えたのだが、うかつに音を立てるべきではないし、それに燃料も節約したいということで今回はなしだ。

 

「お前のことだ、もう全部バラすかコレクション入りしてると思ってたよ」

「他にイジりたいモンが山ほどあんのよ、あのシェルターの格納区画には」

「だから、なんとしても取り戻したい?」

「そゆ事」

 

 だろうな、と思った。

 先ほど、シーナ達が逃走に使ったという車を見たが、運搬などにも使われるジープだった。

 シーナお気に入りの、『ミニ』に似た赤い車じゃない。

 なんでも、排気量を増やしてどうとか馬力がどうとか言っていたが……正直、整備レベルの知識しかない自分にはさっぱりだ。

 

「それよりも……あの小さい子は大丈夫なのか?」

「――ヴィルマか」

「あぁ、あの子だいぶ参ってるように見えたぜ。ついでにお前さんも」

「ついでか」

「ついでだ」

 

 世紀末トリオ+エマと合流してから、4人がヴィルマに構おうとしているのは傍目に分かっていた。

 特に、世紀末トリオは。

 

「――正直、ずっと悩みっぱなしだ」

「ヴィルマちゃんの方が? それともキョウスケが?」

「両方。……いや、多分俺の方だ」

 

 情けない話だと思う。

 ウィットフィールド出発の前日まで色々考えて、連れて来るべきだと確かに感じた。

 理由は分からないが、ヴィルマはあの場所から逃げ出したがっていた。

 どこか不安だとか、そういう理由でないのだろう。

 それにしてはやけにあの子は――怯えていた。ウィットフィールドに。

 

「――悩まない奴はいねぇよ。子供の扱いなんて、シェルターの中ですらどうしていいかわかんねぇ事だらけなんだ」

 

 具体的に胸の内を言葉にしようと悩んでいると、シーナがそれを遮った。

 シーナは、工具箱からまた違う工具を取り出し、車の下へともぐってなにやら(いじ)り続けている。

 

「俺は子供持ったわけじゃねぇし、それどころか親の顔も知らねぇけど、ガキの面倒くささは……一応分かるつもりだ」

「そうか……ルカの面倒見てたの、お前だったらしいな」

「正確には、俺とオッティだ」

 

 あんまり人前では出さないオットーさんの愛称を口にしながら、兄貴(ビッグ・ブラザー)はそう呟く。

 

「いや、そもそも面倒見てたっていうのも怪しい。世話しているつもりはあったけど、多分知らねぇ所で……気付かねえ所で色んな人に見てもらってたんだろう。俺自身」

 

 一息ついて、シーナは言葉を続ける。

 

「その時にはさ、兄なんだからこうして当然、こうしなくて当然なんだってずっと思ってたけど……後になってその見当はずれの無様さに気付くのよ」

「後悔する事……多い?」

「もちろんよ」

 

 シーナは、正確な歳は聞いたことないが、二十後半位だろう。親は知らない。

 以前、顔すら覚えていないと言っていた事からなにかあったんだろうと思い、そのままずっと何も聞かないままだった。

 

「その時からずっと思うのは……後悔してんのは、中途半端はダメってことよ」

 

 工具箱へと手を伸ばす、シーナの腕だけが見えている。

 ただ、工具を取ろうとしたのではなく、言葉を選ぶ内になんとなく手持無沙汰になったのだろうか。

 とくに工具を取る訳ではなく、箱の中身を片手だけでソロソロと探っている。

 

「どうでもいい時に偉そうに口出してると、いざって時に言葉と態度に迷う。どうでもいい時に話さないでいると、いざって時にそもそも話すことすらできない。……一番近い相手のハズなのに、他人のオッティや友人の方が近く感じる」

 

 それ色々と駄目じゃないか。――なんて、言えない。

 どうしろっていうんだ。――とも、言えない。言えるはずがない。

 

「……あぁ、分かる」

 

 よく、分かる。

 正直、今のヴィルマとの間がそんな感じだ。

 預かるって覚悟はしていたつもりで連れだし、そして出来るだけ接しかけているのだがそれがどうにも空回りして……でも、なぜか俺の傍から離れない。だからただ、隣に置いている。

 

「そうやって中途半端なままだと、気が付いたらどっちも自分の殻に閉じこもっちまう。ヴィルマちゃんも、お前も。そいつぁ健全じゃねぇよ」

 

 だから、気をつけろ。

 そう締めくくるシーナは口を閉ざし、カチャカチャと何かを弄る音だけがする。

 

「シーナ」

「ん?」

「……ありがとう。心配してくれて」

 

 礼を言う。

 しばらくこっちに来てこそいなかったが、俺が立ち寄るポーツマスに毎回三人で書いた手紙が届いていた。

 ポーツマスに立ち寄ってすぐの俺の仕事を、手紙を読んでその返事を書く事だった。

 後で知ったことだが、三人とも俺の事を心配してくれていたらしい。

 手紙も、三人が最初はバラバラに書こうとしていたのを一枚のちょっと長い寄せ書きみたいにまとめたとか。

 

「何急にしおらしくなってんのキモいんだけどー」

「――てめぇ」

 

 だから、日頃の感謝を一言に込めたのだがあっさり粉砕されてしまった。

 この気持ちと震える拳、どうしてくれよう。

 

「んなことよりキョウスケ、布」

「……あぁ、ほらよ」

 

 そして、どこかこちらの内心を見透かしたような楽しげな声でそういうシーナ――車体の下から出ている腕に向けて、俺は布を丸めて叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「なに、キョウスケってば地上に住もうとしてんの? ロンドンの話といい相変わらず難儀な道を選ぶねぇ」

 

 ルカ達の仕事は防壁の補強。

 動かせるようになった車をルカとスナイパーで押し出し、ヴィルマがハンドルを回して操作する。

 今は動かせる作業済みの車が少なくなってきたため、一度間を置いて板やコンクリートブロックなどで車を重しにした壁を設置する作業に移っている。

 ケーシーは身体がデカいため、突進力はあるが跳躍することはない。よって、高い壁は必要ないというのは楽ではあった。

 

「あぁ、どうやら話を聞く限り、元々そういう構想はあったようだね。ルカ君は、彼からなにか聞いていなかったのかい?」

「さぁねぇ。ロンドンを一度偵察してみたいっていう話を聞いてたかなぁ」

「偵察?」

「うん、それ聞いて兄貴が大張りきりで車整備しててさぁ。ま、その車も今は地面の下だけど」

 

 車自体が易々と動かないように車輪止めをし、小型のクリーチャーが潜り込んでこないように車体下にブロックを敷きつめて行く作業をしながら、ルカとスナイパーは情報を交換し合っていた。

 ヴィルマも、その近くで集めてきた煉瓦を台車に乗せて運んでくるオットーの後ろを付いて来る。

 

「それでオットーさん、これ本当に上手くいくの?」

「壁だけだったらまず上手くいかないだろうけど、罠仕掛けてここらに連中の死骸の山を作る。後々面倒にはなっちゃうけど、当面は他の奴らはその死体を食ってるだろうから……まぁ、時間は稼げる」

「食い終ったら?」

「罠は何重にも張り巡らせてるから、死体がそう簡単になくなるとは思わないよ。敵の主力は硬くないケーシーだし」

 

 ルカは戦闘――つまりはクリーチャーに関してのプロである。

 交戦したことがある個体の習性などはあらかた把握しており、それらを記録した物をキョウスケのような商人を通じて外に発信している。

 シーナのドライビングに同行することによって調べ上げた、現状での巣のありかなどを示した地図もセットだ。

 三人組が、ある程度とはいえ紙を自由に使えるのはこれが大きかった。

 

「ヴィルマちゃんは大丈夫? 疲れたら素直に言っていいよ?」

 

 この中で最も体力のあるルカは率先して働いていた。

 というのも、この中では男ではルカとオットーだけ。

 傭兵だというスナイパーの女はともかく、エマは力仕事には慣れていないし、小さいヴィルマも当然長時間の作業は無理だ。

 

「うん……大丈夫」

 

 だが、ヴィルマはひたすら、働き続けている。

 まだ比較的真新しかった子供用の小さな軍手が汗でぐっしょりと湿り、土埃で手の平部分が汚れて行きながらも、必死にガレキやコンクリートブロックを敷きつめていく。

 

「……ヴィルマちゃん」

 

 ルカは苦笑したまま、ため息を吐く――いや、吐こうとして止めた。

 そういう小さい動作が、意外と人を傷つける事を知っているからだ。

 とくに、心を許していない相手からされれば。

 

(難しい。あっちもこっちもマジで難しいよキョウスケ)

 

 キョウスケが、意味なく人と深く関わるような真似をする男じゃない事をルカは良く知っていた。

 もしキョウスケがそういう人間であるのならば、今頃とっくにロンドン奪還などという夢物語等捨てて、どこかのシェルターに所属していたハズだ。

 それを知っているからこそ、ルカは疑問だった。

 

(早くこっち来てオットーさんか俺と交代してくれぇ……)

 

 そして、心の底からそう願うのだった。

 

 



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022:開戦前夜

「生き残って内部に撤退した防衛団の人員が把握している通りなら、そろそろシェルター内部の食糧が一度半月分を切る」

 

 今やこのアシュフォードでの活動の最前線拠点となっている病院で、ヴィルマまで含めた俺たち全員が一室に集まっている。

 病院への侵入口全てにタレットを仕掛けた今だからこそ出来ることだ。

 

「半月……およそ15日。不安が重くのしかかる頃だな」

 

 深刻な顔で状況を整理シーナに同意の言葉を返すと、いつもは能天気そうなルカも真面目な顔でなにやら指折り数え、

 

「確か……次の農耕プラントの収穫日は大体一ヶ月後だよ」

「量は?」

「かなり。遺伝子組み換え(GMO)のポテトとオニオン、トマト……まぁ、畜産プラントの家畜絞めればもうちょい持つだろうけど」

 

 一度深いため息を吐くルカに、エマが軽く頷いてから口を開く。

 

「多分、父さんは地上部の奪還を計画していると思うわ。そのための士気の向上……っていうか維持のために――」

「戦意高揚で食糧倉庫を解放した可能性が高い、と?」

 

 スナイパーの言葉にエマが頷く。

 

「……一週間。いや、もしそうならすぐにも内部の人間が打って出てもおかしくないか」

 

 スナイパーは頷きながらも難しい顔で眉をひそめる。

 最初はなぜかギスギスしていた二人だが、この数日死地における活動を共にしたおかげか随分と打ち解けたようだ。

 

「というか、なぜ食糧が足りないんだ? ギリギリというのなら分かるが……」

 

 スナイパーの再びの質問に、今度はオットーが答える。

 

「防衛団用の食糧がある程度地上に上がっていた状態で、かつ生き残った自警団が中に入ったからだよぉ」

「地上に? 内部で確保していなかったのか?」

「ちょうど遠征を計画していた所だったんだよ。それも広域かつ長期にだから、一度食糧上に上げて、部隊編成と一緒に分配する予定だったってわけ」

 

「ついでに言うなら、ちょいと足が付きそうな食糧もあったから保存が効くように調理とか加工中だった奴。その下処理を任されてたのが俺と兄貴」

 

 オットーの言葉に補足を入れるルカは、会議に参加しているというより会議をBGMにしながら、銃の手入れをしている。

 

「おい愚弟(ぐてい)、北側の壁はどんな感じだ?」

「誰が愚弟(ぐてい)愚兄(ぐけい)

 

 凸凹(デコボコ)兄弟は互い軽口を叩き合う。

 

「直線ルートは完全に封鎖。その他の所も、車とかトラック使った防壁を補強してトラップ一式仕掛けている。全部この間の打ち合わせ通りだよ」

 

 銃器パーツの掃除を終えて、組み立て終えたルカは立ち上がり、アシュフォードの地図に線をピッと引く。

 随分と適当だが、防衛ラインを示したものだ。

 

「トラップは一番確実なトゲ(ニードル)火炎びん(モロトフ)絡めたトラップをわんさか仕込んできた。引っかかって死んだ奴を食おうとして近づけば更にドンってなるようにね。正直に言おう、自信作だ」

 

 その説明にオットーが補足を追加する。

 

「ただし、これはあくまでも時間稼ぎ。そして俺たちの第一の課題は、その稼いだ時間の間でのアシュフォードシェルター上のケーシー共の排除。これが最低条件」

 

 かつての列車置き場となっているそこは、遮蔽物も少ない守りにくい場所だ。

 シェルターを建造した当時は、おそらく光る雨への対策だけで、クリーチャーへの対策というのは考えられていなかったのだろう。

 設計された順番や時期で、シェルター内部の環境が随分と変わってしまうのはよくあることだ。

 そこから内部の人間は最適化のために動く訳だが……。

 

「あの市長の事だ。シェルターの放棄なんて手はまず打たねぇ」

 

 娘馬鹿ではあるし、たまにそれでカッとなって良く分からん事をやらかす親父さんだが、市民に対しての責任感は人一番あるのは俺がよく知っている。

 いや、それ以上にエマやシーナ達が一番知っているだろう。

 自分と家族だけならば他のシェルターに逃げ込む事も出来るだろうが、多くの市民の安全を保証する事はまず不可能

 

「その場合、内部の人間に取れる作戦は?」

 

 やれるとしたら――

 

「決まってる、全力で上を奪還し、速やかに防壁を築き直す。これしかない」

 

 シーナは、地図でシェルターの位置を示す×印の所からピッと、その隣の○印まで線を引く。

 ○印。もう一つの巣となるつつある、アシュフォード駅だ。

 

「まずは俺達で駅を攻撃。内部の数減らしながら、そのままシェルターの上でたむろしてる奴らを引っ張りだす」

「戦闘は駅構内で?」

「理想を言えば、外から弾バラ巻きまくって駅の中に閉じ込めておきたいけど……まぁ、これは理想の話」

 

 テーブルの上には、どこから持ち出したのか昔のアシュフォード駅の写真がバラバラと散らばっている。

 スナイパーはそれらの資料に目を通し、

 

「駅構内の一部を破壊する事で障害物として利用できないか? ガレキも積み重なれば障害物になる」

 

 と提案する。

 

「悪くはないが、手段はどうする? 爆発物はステーションでの戦闘の締めに使いたいんだが」

 

 悪くないといいながら眉をひそめてそう聞くシーナに、スナイパーは続けて

 

「例のバリスタを使おうと思う」

「? ヴィルマちゃんが組み上げてる?」

「つい先ほどパーツの方は可能な限り仕上げた、やや大型タイプの物だ。さすがに先日の巨大クリーチャー戦で使ったものほどの威力は無いが、ちょっとした壁や床程度ならば容易く崩せる。狙う個所とタイミングさえ気を付ければ――」

「なるほど~。落し物系のトラップとしても使えるし、そのまま障害物としても使えるかも」

「極端な話、ケーシーみたいな外皮が薄くて柔らかいクリーチャーなら、ちょっとしたガラスの小雨(こさめ)を降らせるだけでも結構効果あるだろう?」

 

 トラップ、あるいは地形の活用に関してはある意味で専門家のオットーが、スナイパーの意見に同意した事で、シーナも考える気になったのか、地図を前にしばし考え込む。

 

「わかった。当初の予定通り、駅の東側から攻撃を仕掛ける。シェルターは西側にある訳だから、当然連中がこっちに来るとなれば、駅の中やその周りを通ろうとするだ」

「さらに迂回する可能性は?」

「無きにしも非ず。ただし、そこには横転してる列車の残骸などで入り組んでいるし、キョウスケ達が来る前にオットーさん主導でちまちま壁とか罠、穴を仕掛けてるから抜けてくるのはかなり難しいハズだ」

 

 地図には次々とそれぞれが気になった事やその対策がペンで書きこまれていく。

 結果、主に戦闘に関わる俺、スナイパー、そしてアシュフォードが誇る脳内世紀末三凶の手はインクで真っ赤に染まっている。

 

「オットーさんとアンタの話の中で、ガラスを降らせるって案は正直悪くないと思う。倒せるとは思わないけど足止めには最適だ」

「床までぶち抜ければ落下物によるダメージもかなり入ると思う。問題はどこに配備するかだが……」

 

 どうやらシーナも乗り気になったようだ。地図と写真を照らし合わせて色々と考えている。

 

「おいスナイパー、俺が運転するから後で一度偵察に出るぞ。ついでに駅の外壁などの状況ももう一度チェックしておいた方がいい」

「あぁ、了解――」

「待てキョウスケ。運転なら俺がする……いや、させてくれ! あれ、お前が前に話してたフェイって子のフルカスタムなんだろ!?」

 

 こんな時でも車の話題に絶対食いつくシーナは……なんというか本当にいつも通りだ。

 前に俺がいた世界(現実)でもそうだったが、車大好き人間の思考はたまに理解できない。

 

「あぁ、スナイパーさえよければいいよ。それより、一番の問題はシェルター内の人間がタイミングを合わせてくれるかどうかだが……」

「多分だけど、上層を探る監視カメラが生きていると思うから大丈夫じゃない?」

 

 唯一、三凶の中でそれほど話に関わらずに銃の整備をしていたルカは、綺麗なままの手で地図上の×印をトントンッと指でノックする。

 

「あの市長(おっさん)元々優秀な防衛隊員だったって話だし、タイミングを損なうような凡ミスはしないだろぉ」

「……もういつでも打って出る用意は出来てるってか?」

 

 やはりのんきそうに言うルカに尋ねると、肩をすくめて見せられた。

 

 ……どっちだ!? 『YES』なのか『NO』なのかどっちだ。いや、この場合は『多分』か?

 

「なんにせよ、急いだ方がいいと思うよぉ」

 

 いつの間にか、再び銃の整備を始めていたルカは鼻歌交じりにそう言うのだ。

 

「あのおっさん、せっかちだからさぁ」

 

 全員の目が、そのおっさん(市長)を良く知る人間に――つまりは娘のエマの方へと向く。

 

「え、あ、えっと……」

 

 急に注目されて恥ずかしいのか、エマは自分の傍にいたヴィルマをなぜかチラチラと見ながら、

 

「う、うん。さっき言ったとおり、多分今頃防衛団の人達を集めて……最後の晩餐を始めていると思う」

「……そうか」

 

 ならば、タイムリミットは――

 

 

 

 

 

 

「各自、それぞれの最後の準備を始めよう――明朝、作戦を始める」

 

 異議は、なかった。

 

 



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023:オメーラの頭世紀末だから!

大変遅れて申し訳ございません!


 クリーチャーの生態について、分かっている事は少ない。

 例えば、普段食べている物、巣での生活の様子、行動習性などなど。

 

 分かっている事といえば、種類を問わず光る雨に汚染された生物の死体があればそれを喰らう事。

 そして、寝るという行動を知っているかどうかはともかく、巣を持つ個体は夜にはその周辺に集まる事。

 

 かつては海の下を走る列車も止まる、ある意味で大陸と繋がっていたこの駅は今、緑色の皮膚を持つ巨大な犬達の住処となっている。

 ケーシー。

 今のロンドンにおいて、化けウサギ(アルミラージ)と同じく高い頻度で出くわす危険クリーチャーである。

 平均して牛程の大きさにまで肥大した巨体から繰り出される体当たりは、それだけでちょっとした柵程度ならあっさり破壊してしまう程だ。

 しかも、大抵かなりの数で群れているのでなおさら性質が悪い。

 そんな化け物の住処。アシュフォード国際駅のその端にて

 

 

 

 

 

――銃声と轟音がなり響く。

 

 

 

 

 

 

「ひゃっはーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 俺の持ちモノの中でも切り札といっていい武器。フェイが、数少ない手榴弾を有効に活用できるようにと自作してくれたグレネードランチャー。

 

「キョウスケお前このやろー! こんな良い武器あんなら最初っから言えよこのやろーー!!!」

 

 それが今乱射愛好家(ルカ)の手によってある意味有効活用されている。――ある意味。

 

「お前に教えたら準備してる間に強奪して巣を荒らし回るのが目に見えてんだよ馬鹿野郎!」

「ていうかアンタ弾考えて撃ちなさいよ! まだお代わり来るんだから!」

 

 行動を共にしているのはルカとエマの二人だ。

 シーナが逃走に使っていた車の方をこちらに、そしてシーナとスナイパーを主軸とした残る別働隊に俺のジープを使わせ、二手に分かれて活動している。

 なんでジープが向こう側にあるか? フェイとは違う方向に車馬鹿なシーナが、イギリス人らしからぬ土下座をして頼みこんできたからだ。

 

 

――俺が今持ってるガソリン全部お前の好きにしていいから! 一回だけでいいから!

 

 

(……テンション上がり過ぎて特攻とかやらかしてねぇだろうな……?)

 

 ヴィルマやスナイパーが向こうにいて、なお無茶をするようなタイプではない……ないのはよく知っているのだが。

 

「いいよ! このグレランすごくいいよ! 射程も軽さも文句なしだしリボルバーみたいな変わった形状が尚更グッド!! コイツを作った人はサイコーだぁっ!!!」

 

 こちらに向かってくるケーシーの群れ。それに向かって、前回の報酬としてそれなりにもらっていたグレネードを惜しみもなく放ちまくっているルカ。

 高笑いしながら爆音を次々にあげて行く様は、かつて自分が読んでいた漫画の悪役まんまである。

 だが、その狂ったような笑い声がピタリと止まる。

 

「……キョウスケ」

 

 一転して真面目な顔になったルカは、ランチャーに次弾を装填してからまた構え、だがすぐさま発砲せずに俺の方に顔を向け、

 

「どうした? ……まさかもう後続の連中が――」

「飽きた。そっちのバリスタ使わせてくんない?」

 

 お前本気でぶん殴るぞ。

 

 思わずそんな感じの言葉が口から飛び出そうとしたその時には、腰の入ったエマの右フックがルカの頬に突き刺さっていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 アシュフォード国際駅の南側。

 倒れた列車の残骸などでちょっとした迷路のようになっているそこは、今はどこもかしこも緑色の犬が所狭しと走り回っている。

 そのうちの一か所にて、先頭を走る一匹が獲物を視界にとらえる。

 大分色あせているスーツを着込んだ男が、無防備な背を向けてゆったりと歩いている。

 

 餌だ。

 

 そう思ったのだろう犬は、群れを引き連れ飛びかかろうとする。

 横倒しになっている列車に体をこすりつけながら、犬は足場の悪さなど気にも留めず猛然と走りつづける。

 後ろに続く群れも同じだ。

 徐々に道が先細くなり、ぎゅうぎゅう詰めになりつつも足を止めようとしない。

 いや、正確にはもう止まれなかった。

 

 後ろから次々と大軍が互いを押し合うように詰め寄り、個体の力ではどうにもならない程の力がそれぞれに加わっていた。

 中には引っかかったのか、すでに足が折れて倒れ込み、他の個体に踏みつぶされるものもいた。

 

 全体的に綺麗な三角形を描きながら、それでも先頭はどうにか男の背へと肉薄する。

 

 男は、やはりゆっくりと薄く笑みを浮かべ、そしてゆっくりと右手をあげる

 

 それを合図に、破砕音の連打が辺りを空気を振るわせる。

 

 銃弾によって割れたガラスの破片が散らばり、光るシャワーがクリーチャー達の頭上に降り注ぐ。

 破片の大小に関わらず、鋭い刃となったそれらは次々にケーシー達の皮膚を斬り裂く。

 そして地面に散らばったそれらは、更に彼らの脚に傷を負わせていく。

 

 脚を痛め、体勢を崩した個体が倒れ込む。それに気付かない――あるいは気に留めない後続はそれらを踏みつけ、乗り越えようとする。

 だが、足元はしっかりとした地面ではなく、血で濡れて滑りやすく、しかもガラスの刃がそこかしこに散らばっている。

 当然脚を取られて、同じように倒れ込む。少し前に倒れ込んだ連中の肉と血の中に。

 それをさらに乗り越えようとして、また脚を取られ――

 

 ただですら体の大きいクリーチャーなのだ、踏みつぶされて立ち上がれない程の傷を負ったり、あるいはそのまま肉の塊となった連中が徐々に山となっていく。

 

 その山は、徐々に設けられていた柵やバリケードに徐々に近づき、そして――ついに乗り越える者が出ていく。

 

 

――ぐぅ……うぅぅぅぅぅぅっ……

 

 

 正確には、押し出されたと言うべきだろうか。

 ガラスの刃で体のあちことに傷を作り、後ろ脚も怪我をしているのか片方を引き摺りながら、その個体は真っ直ぐ男を見据える。

 辺りに充満する血の臭いに()てられたのか、あるいはガラスや仲間の爪等で傷つけられた怒りか。

 囲いを突破したケーシーは、背を向けたままの男に向けてうなり声を上げる。

 

 対して男――オットーは、ニヤリと笑みを浮かべ――

 

 

「シーナ君! シィィィィィナくぅぅぅぅん!! お助けぇぇぇぇぇっ!!!」

「アホかぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 そのままものすごい勢いでダッシュした。

 全力でダッシュしながら全力でシーナの名前を叫びながら全力で泣いていた。

 

「だっからお前後方で俺らと一緒に待機してろって言ったじゃん! 餌は他に用意するって言ったじゃん!」

「うるへー! いいかぁ、お前!? 目の前に落とし穴を用意して、しかも引っかかりそうな奴らがわんさかいるとするだろ!?」

 

 キョウスケがここまで使って来たジープを運転し、泣きながら全力疾走するオットーの横を並走させる。

 後ろから、先ほどの個体と同じように()り出されたケーシーが、よろめきながらも十分なスピードで迫ってきている。

 それに対して牽制をしているのが、荷台に乗っているスナイパーとヴィルマの二人だ。

 銃弾は温存しておくべきだと考えたのか、ヴィルマは小型のバリスタで、スナイパーは即席のアーチェリーで次々のケーシーを倒していく。

 

「そんなん落ちる所みたいじゃん! 無様な顔して穴の中へとフェードアウトする瞬間を目と脳に焼き付けたいじゃん! つまりそういうことなんだよ!」

「ヴィルマちゃんちょっと目ぇ閉じてくれ! 横でちょろちょろしてる奴これからミンチにすっから!」

 

 割と本気でオットーを轢き殺そうとハンドルをきるシーナだが、当のオットーは「いやぁぁぁぁぁっ!」と泣き叫びながらもちゃっかり車の扉を開けて助手席へと移り込んだ。

 そして車のバックミラーで背後を確認し、

 

「いい感じに皆同じルート通ってんな。元々の列車がいい感じに倒れていたから思いついた策だけど」

「お前罠担当ならもっと仕掛けてこいよ。囮として歩いている間にも色々できただろうが」

「無茶言うなよ。資材も時間もそんなにない時にそんなチマチマした作業ができるかってんだ。そもそも最悪四方八方囲まれることも覚悟してたって言うのにさ」

 

 スナイパーが放つ矢が的確にケーシーの眉間に突き刺さっていくのに対して、ヴィルマのバリスタはおおよその所を狙って放っている。

 命中しない所で、それなりに巨大な矢が、凄まじい勢いで発射されるのだ。

 敵に命中すれば貫いた体が浮き上がり進軍を妨害し、外れて地面に当たってもガレキや小石が弾け飛び、妨害の要となる。

 元々は対大型クリーチャーとの戦闘のための急造兵器。それのダウンサイズ版であるコレは、ないよりマシだろうという考えで設置されたのだが、予想以上の働きを見せている。

 

「さて、問題はこの騒ぎでシェルターの上でお休み中の奴らが起きてくれるかどうかだが……」

「その前に俺たちが持つかどうかだがな!!」

 

 スナイパーの呟きに、速度を上げ始めたシーナが怒鳴り返す。

 まだ、戦闘は始まったばかりだ。



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024:トレイン

「市長! 急に奴ら、いなくなりました!」

 

 モニターで上層の監視を続けていた職員からの報告が入ったのは時刻が深夜に差しかかった頃だった。

 

「なんだと!? 全部か!?」

「はい!」

 

 担当している職員を押しのけるように市長はモニターを覗き込む。

 つい先ほどまで、一つのカメラが移している所に、薄気味悪い犬共が最低でも5匹は映っていた。どこのカメラでもだ。

 それが今ではガランとしている。

 犬共が食い荒らした食糧やその排泄物などで汚れているが、少し前まで見ていた光景が帰って来た。

 

「奴らはどこへ!」

「さ、さぁっ!!?」

 

 市長の迫力に押され気味の職員が、声を震わせながら応える。

 その弱気な態度が気に障ったのか、市長は小さく舌打ちをしながらモニターを次々に切り替える。

 

 いない。いない。いない。

 散々自分達の頭の上でふんぞり返っていた連中がどこにもいない。一匹も。

 

(餌を取りに行った……わけではない。なにせ食い物は十分にある)

 

 自分達にとって貴重な食糧だったのだぞ! と内心歯噛みしながら、行き先の痕跡がないか確認する。

 ただ単にカメラの視界外に隠れているだけという可能性は十分にある。

 一見知性など皆無な化け物だが、ただ強いだけの化け物ならば人類はここまで追い込まれていない。

 時に、高い知性を見せる存在が一種の『作戦』を持って人類を襲う事があるのを何度も見てきた。

 シェルターとは文字通り、最後の希望だ。

 本当の意味でここが陥落する事だけは、避けなくてはならない。

 

「外部の音声は拾えないのか?」

 

 映像だけでは判別が出来ない。

 かなり注意深く観察しても、とりあえず怪しい所は見当たらないが……。

 

「申し訳ありません。監視カメラの改修は、パーツ不足もあって進んでおらず……」

 

 分かっている。分かっていた。

 そもそもそれよりも他の計画を優先させたのは市長自身なのだ。

 にも関わらず、ひょっとしたら進んでいるのではないだろうかとしょうもない楽観に逃げ込もうとした自分の情けなさに顔を歪ませながら、市長は頭を働かせる。

 

 決断するために。

 

 万が一を考えてもうしばし様子を見るか。あるいは――

 

 打って出るか。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 緑、緑、緑、緑、緑、緑、緑、緑。

 かつて俺がいた日本では、緑色は目に優しい。目が疲れた時は緑を見ろという迷信のような物が流れていた。

 では、緑を見過ぎて目が疲れた場合は何色をみれば癒されるのだろうか?

 

「ちょっとキョウスケ! ちゃんと車を走らせてよ追いつかれちゃう!」

「いいぞキョウスケ! もうちょっと速度落としてもいいぞ! 的がちょうどいい距離でドタマ狙いやすい!」

「お前ら運転手に物申す時はせめて意見を統一してから口を開いてくれ!」

 

 二手に分かれて敵を誘い出すのは大前提。

 駅を一度空っぽにした上で、シェルターの真上に残っている奴らもおびき寄せて、一つのデカい群隊とする。

 

(……ゲームの時ならば、結構ありふれた狩り方なんだけどな)

 

 俺のような陣地構築型のプレイヤーが二人以上いる時に良くやる手だ。

 ぐるぐる周回できる――あるいはしやすい場所まで敵の群れをおびき寄せて、その後は即席フェンスや障害物設置で相手の動きを制限し、トラップやタレット、銃撃で敵を削り取っていくというトレイン殺法。

 

 まぁ、絶対に敵が追いつけないという前提に加えてガソリンがしっかり確保出来ている事。そしてなにより、大量のMOBやその死体、未回収のドロップ品等の読み込みに耐えうるPCスペックがあればこその荒業である。

 場合によっては、トレインされてるMOBの後ろを回収役が集めて回る事もあったっけか。

 

「ルカ、向こう側に渡した爆発物は間違いなく着火するんだろうな!?」

「当たり前だ! 銃と火薬扱わせたらアシュフォードで一番だぞコノヤロー! おめぇこそ油ちゃんと撒いたんだろうな!?」

「当たり前だ!」

 

 

 作戦は単純、シェルター上層の群れまで含めてトレイン。

 その後は路線の上を走って駅構内へと侵入。そのタイミングで――駅を燃やす。

 

 そして、壊すのだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「それで、オットーだったか。駅の外壁はどうだった?」

「あぁ、大丈夫。キョウスケの想定通り」

 

 荷台で牽制を続けながらスナイパーが問いかけた事に、助手席のオットーは力強く頷く。

 

「そもそも、キョウスケもあの駅の事はよく知ってたからな」

「あぁ……そういやアイツと初めて会った時って、ここでの戦いだったな」

 

 ルカとシーナ、オットー。そしてエマ。

 4人が出会った切っ掛けは、今と同じくシェルター近くにクリーチャーの群れが巣食ったために起きた戦闘だった。

 

「あー、そうだ、アイツ前も駅を壊す事提案してたな……」

 

 ハンドルを握り、飛ばし過ぎないようにアクセルに載せた足の力を適当に抜きながらシーナは舌打ちする。

 

「あん時にはもう、脆そうな所なんかは調べていた訳か」

 

 この近くの草原地帯を焼き払っていた時に現れたクリーチャーの群れ。

 そいつらからなんとか逃げた自警団が、この駅に立てこもって撃退した戦い。

 その戦いの時に、逃げる自警団を横から援護しに現れたのが、向こう側にいる商人だった。

 

「では、火が廻れば一気に崩れ落ちそうか?」

 

 無言で金属製の矢をバリスタに仕込みながら、ヴィルマはチラチラとこちらの様子をうかがっている。

 

「上手い事支柱をふっ飛ばせればな。逆に言えば、そこがズレない限りは……多分落ちない」

「私の腕次第でタイミングを調整できると言う事か……」

 

 アーチェリーで敵を迎撃するスナイパーの足元には、爆薬をくくりつけた矢が数本置かれていた。

 キョウスケとルカから託されたモノを、スナイパーが自分の使いやすいように形を整えた物だ。

 

「それにしても、ただでさえ群れる事の多いケーシーがこれだけ揃うと……なんというか壮観だな」

 

 大体10~20匹程の群れで構成されるケーシーが、その何倍もの数で集まっている。

 もはやそれ自体がとてつもなく巨大な一個の生き物に見えてきた。

 

「見てるだけで胃もたれしそうだなチクショウ。オットーさん、どうする? 一度グレネードかなにかで足を止める?」

 

 本来ならばそんな必要はないのだが、シーナはバックミラーにちらちらと映る、荷台のヴィルマの顔色を警戒していた。

 

(クソッ! どうするのが正解だったんだちくしょう!)

 

 一人であの廃病院に残すのも論外。最低でも一人は付いていなければならないが、かといって戦力を削るのもまた論外。

 となると、二組に別れたどちら側が小さいヴィルマを引き受けるかと言う話になるわけで――

 

 それに、立候補したのがシーナだった。

 

(例のウィットフィールドに関わっている人間よりも、出来るだけ関わりの薄い人間といた方がストレスは薄れると思っていたが……やっぱり敵が多すぎらぁっ!)

 

 情がないわけではない。だが、どちらかといえば合理的な理由でシーナは手を上げていた。

 いざって時にパニックにならない様に――つまりは一番それぞれの人員が高いパフォーマンスを発揮できるように組み上げていた。

 一緒に旅してきた、同じ女性のスナイパーをフォローに。

 そして、もっとも万が一の時間稼ぎに適したオットーを。

 

「ミス・スナイパー! ヴィルマちゃんは大丈夫かい!?」

「問題ない! まったく、下手な自警団よりもよっぽど肝が据わっているよ!」

 

 バックミラーで見える範囲では、手が震えているとはいえ冷静にやや重い矢をセットして、バリスタを発射している。

 だが、これまで通り表情にそれほど動きが見られない。

 それがかえってシーナを不安にさせていた。

 

(頼むからなんにも起こってくれるなよ……。後――!)

 

 シーナは声には出さず、祈っていた。

 それはもう心から祈りながら、ハンドルを握りしめていた。

 

(さっさと地面の下から這い上がってきやがれあんの馬鹿どもがぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!)

 

 

 



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025:増援はまだか!

 ヴィルマが今も時折思い出すのは、あの海を渡る前の日々――大陸での日々だった。

 ありとあらゆるものが不足していたため、布を濡らして体を拭く事すらままならない。

 垢と埃でパリパリする肌を揉みほぐしながら、毎日ひたすらたくさんの大人たちと、なるだけ安全そうな建物を探して歩き続けた毎日。

 

 車など無い。いや、使えそうな物があるにはあるのだが、植物が光る雨に汚染されている地上では、燃料になり得るものは水と同じ位貴重なもの。時期によっては、それがなければ死ぬのだ。

 

 ボロボロの建物や古い家具を壊して、どうにか燃やせるモノを探すのはいつもの事だったが、当然かなり危険な仕事だった。

 熱を出したり、体調を崩しただけで置いていかれるのも当然だった。例の雨に『感染』したと思われる人間は次々に置いていかれた。

 ……いや、多分殺されたのだろう。

 あるいは……自分からそう頼んだのかもしれない。

 何度か、わざわざ『毒』を売りに来る人がいると聞いた事がある。

 

 シェルターが駄目になって外に逃げ出してから、母親のヒルダに『外の物に直接触ってはいけない』と言われない日はなかった。

 熱が出たり倒れたりしたら取り返しがつかないから、と。

 

 子供心に、無茶を言うなと思っていた。

 今にも空腹で倒れそうなのに。

 今にも、汚染されているかもしれない地面でもいいから横になりたいのに。

 

 だからこそ……。そうだ、だからこそ、海を渡って辿りついたこの島国は、自分には理想郷に見えた。

 自分達が病原菌の様な扱いをされているのは知っていた。だけど、それで追い出される事はなかった。

 安全な地面の下にはいけなかったけど、キチンとした屋根と壁に囲まれた場所で、ちゃんとしたベッドで寝る事が出来た。

 何も食べずに過ごす日が無くなった。

 水が飲めなくて、麦の粒をしゃぶって唾液を出して喉の渇きを誤魔化す日は遠くなった。

 

 

 

 ――お母さんが、グループの偉そうな人とこっそりどこかに行く事も無くなった。

 

 

 

 ――だから……だから……っ

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 あのデカブツの時同様、見通しの悪い時間にこんな戦闘を仕掛けるなんて馬鹿の極みだと、我ながら思う。

 特に、襲われたのではなく自分達から襲いかかっているのだ。

 もっとも、その暗闇も徐々に晴れてきているが――

 

「シーナ! 燃料は大丈夫か!?」

 

 闇夜に浮かぶヘッドライトの灯り。

 一度は別れたシーナ達の車――いやそもそも俺の車なのだが――との合流に成功した。

 

 徐々に朝日が辺りを照らしだしつつあるアシュフォードの中で、朝霧に照らすヘッドライトの光はなんとも言えず幻想的だった。

 

 その後ろに追いすがる、とんでもなく厄介な緑色の塊を引き連れてさえいなければ。

 

「……シーナ……ちょっと速度を変えないで」

「OK、ヴィルマちゃん!」

 

 俺の車の荷台で、いつものように固定バリスタの傍にいるヴィルマは、相も変わらず表情を変えずに、お手製の照準器を覗き込んで狙いを定めている。

 発射口の上に針金で作った丸に、その中心を示すようになるだけ頑丈な組み紐の輪をくくりつけて十字を付けただけの代物なのだが、意外に才能があったのかヴィルマはあまり無駄撃ちをしない。

 

「…………ここ?」

 

 ボソリと、ヴィルマが疑問形で呟くのと同時に引き金が引かれ、空を斬る音と共に金属の矢が放たれる。

 放たれた矢は、先ほどからグルグルとその周囲を回っている駅の二階、その外壁を撃ち抜き、更にガラスとコンクリートの破片の雨を降らせる。

 

 元々年月と共に風化し、脆くなった建物だ。

 先ほどから何度もこうして外壁やガラスを利用した落下物アタックをかましているが、ヴィルマとスナイパーの間が絶妙なために的確に、そして適度にケーシー達の足を躊躇わせている。

 

「…………矢がもうあんまりない」

 

 現状、十分な数のケーシーを引き連れ、ちまちまと数を減らしてはいる。

 作戦通り、シェルターの入口にいた奴らもこっちに来ているようだ。

 

「キョウスケ!」

「なんだぁ!?」

 

 シーナの運転に合わせて並走していると、そのシーナがキレ気味で怒鳴ってくる。

 

「あの姉ちゃんはホントに大丈夫なんだろうな!?」

「そっちよりもオットーの方を気にしろよ! 結構うっかりな所あるぞあの人!」

 

 シーナの運転する――つまりは自分のジープの作りは簡単だ。

 まず普通のジープ部分があり、荷台部分には装甲板で作った壁と扉――今は開かれている――があり、その更に後ろに貨物やタレット等を乗せる追加荷台を引っ張っている。

 

 その荷台に今乗っているのヴィルマだけで、先ほどまで乗っていた二人の姿は消えていた。

 

「――ったく……アイツら犬の癖に鼻が効かないって……マジなのか愚弟!」

「マジだよ愚兄!」

「信じられねーよ!」

「じゃあわざわざ聞くなよ!」

 

 一方、こちらの後部席から身を乗り出してライフルで応戦している二人組の内、男の方がシーナに向かって叫び返す。

 

「カスタムした銃の試し撃ちも兼ねて化け物共の習性の研究はずっと前からやって来たんだ! 俺を信じろってば!」

 

 何をやってんだお前と突っ込みたいが、それらのメモを各シェルターにて大量の水やパーツ、資材と引き換えにしてきた身なので強くは言えない。

 

(こいつ、ソールズベリーにいる『魔女(アイツ)』に会わせたら意気投合しそうだな……)

 

 あの手この手でクリーチャーを調べている『魔女』とは調査、研究の方向性がかなり違うが……。

 

「なにはともあれ、二人に期待するしかないか……っ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「……気配はなし。やはり、これだけ広くても屋内にはいない、か」

「追ってくる時とかはともかく、平常時は大抵外にいるのがケーシーだからねぇ」

 

 朝日がうっすらと差し込みつつある駅構内。そこに、一組の男女がこっそりと潜入していた。

 

「もっと資材――というか機材があればな、スイッチ一つで起爆できる仕掛けもセットできたんだろうが……」

「ねー。それねー。そんなんあるなら俺もバンバン使ってバンバン連中を吹っ飛ばしていきたい所なんだけど……」

 

 片やクールビューティ、片やほぼテロリストという異色のコンビは灯りを付けずに素早く、そして物音もほとんど立てずに移動する。

 

 駅を吹き飛ばす作戦として、弓を使った爆薬を使用するというのも作戦の一つだったが、それはどちらかというと補助。

 的確に崩壊させるには、この建造物を支える重要な支柱を確実に破壊する必要があった。

 二人は、そのための仕込みをしている所だった。

 

「それにしても、車から飛び降りる羽目になるとは……私の雇い主も、あの運転手も無茶な作戦を提案してくる……」

「しょーがないって。駅に忍び込むにはどんだけ忍び足でも周りのケーシーが邪魔で、かといってこの近くじゃ隠れる場所が少ないし、引きつけて駅を完全に空っぽにする囮は必要だった」

「飛び降りるタイミング一つ間違えれば私達が大怪我するか、あるいは奴らに見つかって踏みつぶされて餌になる所だったがな……」

 

 無論、キョウスケとシーナは目潰しをしてくれていた。

 貴重な火炎瓶を投げつけて足を止めると共に目をくらませ、ハンドルを切ってケーシーの視界から外れた所で僅かに減速。その間に二人は飛び降り、そのまま駅構内へと姿を隠したのだ。

 

「ま、ま、そこはもういいじゃん。とにもかくも爆発物設置して、線路を辿って来るだろうキョウスケ達を援護出来る用意をしないと」

 

 こちらが合図を出せば、あの二台の車は線路を辿ってこの駅構内を爆走する。後ろに緑色の脅威を引き連れて。

 そのタイミングで屋根を落とし、更にそれを燃やす事で可能な限りの数を殺す。

 そこまでが既定路線だ。

 問題は――

 

「仮にタイミングを成功させたとして、問題はどれだけの数が生き残るか……」

「そして、それを殺し切れるだけの兵力が揃うかだけど……」

 

 先ほどから二人とも音には警戒している。

 基本的に屋内にはあまり入らないケーシーだが、万が一がある。

 加えてキョウスケ、シーナが今どこらを走っているのかを、エンジン音とその後ろに続いて鳴り響く足音で判断するしかない。

 

「どうだい? 君達のお家の玄関の様子は?」

「気配なし。まぁ、今の段階で出てこられても助かるから別にいいけど……」

 

 オットーは眉に軽く皺を寄せながら、支柱に爆発物をくくりつけていく。

 

「シェルターから兵隊たちが来てくれないとこっちも動きようがないんだよなぁ……北の即席防壁も不安だし」

 

 今の所、遠くの方から先日設置したタレットが起動したような気配はない。獣の遠吠えやうなり声もしない所をみると、予想に反してまだ連中はこっちの騒ぎに気付いていないのだろう。

 だが、それも時間の問題だ。日が高くなればなるほど、ケーシーという個体は動きが活発になるらしい。ルカの調べによると。

 

「ふむ……」

 

 そんなオットーの言葉に、周辺に油を撒いていたスナイパーはタンクを振りまわす手を止めてしばし考え込み。

 

「オットー、君はシェルター出入り口付近の、監視カメラの位置は把握しているかい?」

「んん? あぁ、電子機器関連のメンテとか修理やってたの俺だから」

「そうか……なら」

 

 スナイパーは、ボロボロのマントを開いて見せる。

 マントの内側には、彼女が縫い繕った簡単な物入れがいくつかあり、その中には二丁の小さな銃が収まっていた。

 戦闘に扱うようなそれよりも小さく、銃口も大きいそれに、オットーはニヤリと顔をゆがめる。

 

「キョウスケ達への合図用以外に持ってたんなら教えてちょうだいよ」

「打ち合わせでは必要ないだろうという話だったからな」

 

 そのうちの一丁をスナイパーから手渡されたオットーは、中身が込められているかを確認して再びニヤリと笑う。

 

「ちょっと席外すよ」

「パーティーには遅れないでくれよ?」

「あぁ、大丈夫」

 

 

 

 

 

 

「――ちゃんとゲストを呼んでくる」

 

 

 

 



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