ゲーマー夫婦が転生したようです (天狼レイン)
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序章 黎明(はじまり)
ニューゲーム 0+∞=


 かなり前からノゲノラ民と化し、既にゼロを二回は余裕で劇場に駆け込んだ阿呆は、ふと降りた天啓(多分トチ狂ったネタ)を試さずにはいられなかった。

 と、いうことである程度は続けるだろうと思われる小説を書くことにしました、他の作品読んでくださっている方なら分かるであろうーーご存知の阿呆です。
また増やして結局終わらないんだろ底辺作者、と友人にすら五臓六腑に響く対物ライフル撃ち込まれて尚、このザマです。

 今まで書いてきた作品、最後までの流れ全部メモやノートに纏め上げてるのに書けないという致命の病を患っている身ではありますが、こんな天啓降りたらどうしようもねぇじゃん!と友人に暴論で論破するという意味の分からない行為で通しました。

 さて、長い愚痴はさておき。
早速どうぞと言いたいのですが、諸注意申し上げます。

 1.ノゲノラ ゼロこと6巻の二人の末路で納得している方は読まないことをオススメします。
 2.ある意味、御都合主義に近いーーいえ、ハッキリ言い切れば、そのもののような代物てんこ盛りの拙作です。ご注意を。
 3.ノゲノラのキャラって他作品に基本ぶち込むとインフレするけど、是非もないよネ! 調整はするけど、原作作品を尊ぶ方は読まないことをオススメします。たまにある原作キャラがクロスオーバー系にフルボッコにされる形のものが苦手な方etcetc……

 注意事項は以上です。
 それでは、長くなりましたが、どうそ。




 

 

 

 

 

 

 

 かつて——世界に、二つの種族しか存在しなかった頃のお話。

誰にも語られることのない神話。それより更に前のこと。

 

 のちに『人類種(イマニティ)』と呼ばれる獣と、『神霊種(オールドデウス)』と呼ばれる無数の創造主しかいなかった『大戦』より遥か昔の時代。

 少しずつ、自らの存在理由を認識できなくなった『神霊種(かみがみ)』が自分勝手に数を減らしていた、まるで混沌渦巻く厄災。その前兆のような日々が、少しずつ過ぎ去っていく。

 

 また一つ、減っていく仕事仲間社畜。その光景を見ながらも、未だに存在を確立させている他の者達を視界に入れて、とある『神霊種(カミサマ)』は、未だに『神髄』を獲得出来ず概念でしかなかった存在しんゆうに、半ば呆れたように語りかけた。

 

「なあ、どうしてまだこんなに『神霊種(バカ)』がいやがんのか。何とかを創造する神様、何とかかんとかを創造する神様、エトセエトセ。あーメンドクセェ。似たような創造主なんざ必要ねぇだろうに。お前はさ、どう思うんだ? 名無し(ネームレス)

 

 質問してから数十秒。返ってきたのは沈黙だけ。当然だ。()()()()()()()()()()()()()

 それでも何かが伝わっているのか、或いはただの独り言か。言葉を静かに続けた。

 

「……『遊戯の神』か。不便なモンだな。物好きの中の更に物好きな祈る者ヤツが望んで漸く『神髄』を獲得できる、か。脅迫あの手や賄賂この手でどうこうなるようなモンじゃねぇしな。俺なんざ気がつけば願われるようなモンだから逆にうんざりしてんのに」

 

 あらゆる生きている全ては、いずれ死を迎える。特に知力に優れた種族などはその果てに何があるのかを知りたがる。

 だが、単純にそれは怖いという本音を興味という建前で偽っているだけに過ぎないのだ。

 だからこそ————ただ祈り願う。

 

 『輪廻転生』。死んでも生まれ変わる。そんなあるかもわからない、途方も無い願いは存外生きている全てが不思議と望んでしまうものらしい。取り敢えず、()()()()()()()()。死んだ後に()()()()()があってほしい。そんなところだろう。

 

「俺には分かんねぇなぁ。〝次〟が欲しいなんて気持ちは。今だってうんざりしてんだぜ? 今もそうだ。ほら、()()()()()()()

 

 他の奴らと頻度が桁違い過ぎんだよクッソメンドクセェと愚痴り、その『神霊種(カミサマ)』は気怠そうに、近くにやって来たという“何か”に右腕を翳した。

 翳されたそれは仄かに輝いた後、ボッと溶け落ちるようにこの場から消えた。そう、これが与えられた役目。死して魂だけとなった存在を『輪廻転生』の理を用いて、円環の如く繰り返す。

 ひたすらこれだけしかやらない————いや、それしかできない『神霊種カミサマ』が自分なのだと、そこにはいないはずの誰かに愚痴る。そもそも“次”を欲しがる程、未練タラタラな死に様曝した奴を見たことがなかったのも愚痴る理由の一つであったが。

 

「なあ、名無し(ネームレス)。お前、『遊戯の神』なんだよな? だったらよ、一つ頼めるか?」

 

 頼んだところで叶えられる保証はない。そもそも返事すら返せないのだ。勝手に押し付けることだって出来よう。

 だが、一分ほど時間を無駄にして、ゆっくりと口を開いた。まるで心構えが出来るのを少しでも待ったかのように。

 

「俺はさ。ずっと……〝死〟を見てきた。

 だから、誰が死のうが興味なんざ殆ど無い。

 でもさ、そうなると反面見たくもあるんだよ。誰も死なない、全てが遊戯で決まる世界————そうだな、今ここでそれらしい呼び名をつけるとするならば、『盤上の世界(ディスボード)』ってところか。

 俺の為だけってのは都合良すぎるからよ。誰かが本気でそんな馬鹿げた世界望んだ時は——作ってくれねぇか? できることなら俺が自ら“死”を選んで、二度と『神髄』を獲得しようとしなくなる前にさ。お前『神霊種(カミサマ)』だろさっさと働けクソニート! とか言われるぐらい暇な時間過ごしてみたいんだよ」

 

 深い理由があるんだぜ?などと言わんばかりだったが、最初シリアス最後ギャグの竜頭蛇尾擬きへとオチがつく。

 難しく言ってはみたそうだが、要するにダメな奴になってみたいなどと宣う例外中の『神霊種(れいがい)』に、その存在を祈り願った者達が見たらきっと卒倒するだろう。自分達が思っていたのと何か違う、みたいな。

 

 恐らく起こる筈がない希望的観測を愚痴るように告げる物騒な『神霊種(クソニート)希望』。

 だが、そんな理想は誰がどう考えても叶わないだろう。元より『輪廻転生』とは、何かが死に至る度に発動を余儀なくされる理だ。叶うとすれば、全ての生きる者達の魂が全て存在しなくなるくらいのことしかない。当然、他にも方法はある。

 しかし、それは彼の『神髄』不活性化————つまるところ、存在の消滅死を意味していた。

 

 仮に『神髄』を獲得した所で、『遊戯の神』などという恐らく最弱の『神霊種(カミサマ)』が、他の『神霊種(どうぞく)』を下せる筈もないに決まっていた。馬力がそもそも違う。

 もしも————もしも仮に『戦の神』。そんな馬鹿力の塊のような『神霊種バケモノ』が誕生したら、きっと『遊戯の神』どころか全ての『神霊種(むしけら)』に勝ち目はない。

 今こうして次々と数を減らし、確固たる意志持つ者だけが残りつつある現状は、まさにそれを予知するかのようだった。

 じきにロクでもないことが巻き起こる。だから今のうちに消えてなくなろう。そしたら楽になれるからと。

 わざわざ『神髄』を破棄し、自ら眠りにつく概念達。

 きっと自分も遂にはそうなるのだろうと半ば諦めかけていたのに。

 この『とびっきりの馬鹿(カミサマ)』は楽しそうに語っていた。

 

 せっかく落とし所を探していたのに。ああ、そんな面白い話されたら、全く返事ができないことを悔やんじゃうじゃないか。

 『神髄』を獲得・誕生する一瞬が待ち遠しくて、諦めたくなくなっちゃうじゃないか。

 全て、君のせいだ。君が概念でしかない僕を探り当ててしまうから。

 

 概念でしかない筈の『遊戯の神』は、いつかこの馬鹿に他愛もない話をしてみたいと、そっとやりたいことの一つに加えていた。

 

 

 『輪廻転生の神(しゃちく)』から『自宅警備神(クソニート)』へ。

 そうなってみたいと愚痴っていた親友の姿は、『大戦』という愚の骨頂クソゲーを境に見なくなった。

 恐らく、本当に生きとし生けるもの全てを見捨てたんだろう。

 

 は? なんで俺がてめぇらのケツまで拭かなきゃならねぇんだ? 馬鹿じゃねぇの俺を勝手に社畜に仕立て上げといていざ死んだら宜しくだ? 頭が穴だらけの快適構築してるんじゃねぇのか羨ましいな譲ってくれよ。スカスカスポンジ支えて自分がナンバーワンだてめぇら邪魔だからくたばってろってどいつもこいつも全て見下したいが為にドンパチするから尻拭いよろってか? オモシレェ! ああそうか成程な、そこまで宣うなら勝ち残ってみせろやロクデナシ共。コンティニューなんぞできると思うなよ甘ったれ共。一生のゲームオーバー迎えてSAN値直葬されながら消滅直前まで喚いていやがれよ。

 

 そう、嘲笑うように締め括りながら死んだに違いない。彼ならきっとそういうだろう。今頃後悔している奴はもういない。泣いて謝って許してもらえる訳でもないのは彼と話したことがあるなら理解できるだろう。そもそも謝罪する気もない阿呆もいるかもしれない。

 痴愚ばかりの世界にうんざりした死んでみた後悔はしていない。彼がもし遺言を遺して逝ったならと。

 

 だから概念だけの僕は、彼の代わりに見届けよう。その果てに、運良く『神髄』を獲得・誕生できたら『唯一神の座(それ)』を上手く簒奪できるように考えてみるのも悪くない。

 そんなことを考える僕の側に、もし彼がいたならもっと面白いことを考えるに違いない。

 きっと手始めに互いを上手く誘導して潰し合わせたりするかもしれない。そうなってくるとまるでそれこそ『遊戯(ゲーム)』だ。

 彼がもし祈る側なら、僕はきっと————残念そうに、けれど、そう思わせてくれたのはこの出会いがあったからだと言いなおすように。

 僕は虚数の彼方に沈む可能性にかけてみたくなった。

 

 だから————君も戻っておいでよ。今度は僕から伝えたいんだ。

 

 

 

 そう————リクとシュヴィ《あのふたり》が、『遊戯の神(ぼく)』を目覚めさせてくれたその時まで、じっと待ち望み続けた。

 

 

 

 

 

 ———*———*———

 

 

 

 

 今し方、リク・ドーラ()が死んだ。

 

 僕を認識していた二人目であり、僕と勝負し続けていた最初の好敵手。

 恐らく、彼のような存在は今後二度と出会うことはない。

 『神髄』を獲得・誕生したばかりだが、既に僕は彼らの遺志を継いだ『唯一神』。これからは下手に干渉ができない立場だ。元から殆ど干渉出来てなかったのは言うまでもないが、今度はそれよりも干渉できない。きっと眺めるだけの日々が続くだろう。

 まるで、僕を認識していた一人目(かれ)の羨ましがる状態だ。おいそこ譲ってくれこの通りだクソニートになりたいんだよ俺はァッ! なんて言いそうだと、堪えた何かが今にも崩れてしまいそうだった顔から微かに頰を緩ませた。

 

「そういえば、あの理想(ゆめ)叶っちゃったね————ゼーレン」

 

 今は亡き『輪廻転生の神』にして、初めての親友の名を口にする。かつては言えず、今は伝えられず。どうにも彼とは都合が合いにくい。これではやりたいことの一つが叶わない。

 漸くあの絶望的な盤面をリクがひっくり返すどころか、まっさらになった盤面を託してくれたというのに。

 しかし、だからと言って彼らの願いを、今は亡き親友に捧ぐなどと言って放棄するなど言語道断だ。

 それに、僕自身もこんな不毛で無為でくだらない戦争なんて懲り懲りだ。見ていても楽しくないゲームなどゲームではない。

 

「さぁて————ゲームを()()()()

 

 彼らの部屋であった一角で、元『遊戯の神』現『唯一神』テトは、『輪廻転生の神』ゼーレンの理想(ゆめ)彼ら二人(リクとシュヴィ)が望んだ通り————

 

「みんなで楽しめる、誰も死なない、そんなゲームを用意して、待ってるよ」

 

 この世界に最早、『輪廻転生』は————

 

「もう彼奴らには会えない。そう諦めんのは、少し早すぎるんじゃねぇか? なあ、名無し(ネームレス)————いいや、親友テト」

 

 いつまでもクヨクヨしまいと意識を切り替えようとした刹那、懐かしい声が響いた。

 思わぬ来客。思わぬ復活。思わぬ邂逅。破顔したくなる気持ちに駆られながらも、テトは今の今まで姿を消していた親友に向け笑った。

 

「————おかえり、ゼーレン。君もまだ諦めていなかったんだね」

 

「いや実は殆ど見捨ててたんだぜ? こんな奴ら勝手に自滅してくれるんじゃねぇかって」

 

「相変わらず辛辣だね。でも、君がここにいるってことは————」

 

「————見ていてこのまま見放すには惜しい奴らがいた。お前と同じだよ。まさか二人だけで『神髄』を再獲得させるなんざ予想外だよ、よくもやってくれたな馬鹿野郎(プロゲーマー)

 

 『大戦』という〝愚の骨頂(クソゲー)〟を始めた『神霊種(クソ)』共を見損ない、勝手にやってろとばかりに自ら“死”を選び『神髄(しごと)』を放棄した『輪廻転生の神』は、思わず動かずにはいられないと思わせた彼らに敬意を評した。

 初めてだ。こんなにも惜しいと思ったのは。“次”を求める理由が分からない。かつてそう宣った『神霊種(カミサマ)』は前言撤回だと笑って、テトの前ですら見せたことがなかった子供のように輝く瞳で、彼らの偉業を焼き付けていた。

 

「最高だ。ああ最ッ高だとも! お前らみたいな奴らこそ、“次”を望むに相応しいさ。悔しかったろう? 辛かったろう? 人生酢いも甘いも、などと宣いやがるが、あんな世界じゃ満足できねぇだろ? 安心しろよ。いつか! いつかだ! ()()()()戻《、》()()()()前にとびっきりの報酬をくれてやる。俺の理想ゆめの片棒担いで唯一神(しんゆう)を導いたんだ。チートなんて下らないものは要らねえだろう? それでも、()()()ならきっとハッピーエンドに辿り着けるはすだ!

 さあッ!————楽しんでこいよ、今度こそ最高の人生をッ!」

 

 いつの間に回収しておいたのかは不思議でしかないが、『輪廻転生の神』ゼーレンは、左腕から二つの魂を目の前に並べ、右腕を翳した。

 かつて、見せた心底面倒臭そうにしていた様子ではなく、狂ったような笑顔を浮かべて楽しげに、彼らが今度こそ人生を楽しめるようにと心の底から願って。今までで一番カミサマらしい仕事っぷりを最後に見せつけて。

 

 

 リク・ドーラとシュヴィ・ドーラの魂を『輪廻転生』の理によって、ここではない新たな世界へと旅立たせた。

 

 

 

 願わくば、見てるこっちが砂糖吐きそうなぐらい幸福な人生を過ごせることを、《心》の底から願っている————

 

 

 

 

 

 

 

「ところでだが、もうクソニートになっていいか?」

 

「お願いだから威厳をすぐに捨てないでくれるかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 




 簡単な時代の流れ云々。

 最初の場面:“誰にも語られない神話”に至るまでのお話。圧倒的IF!

 最後の場面:リク死亡→コローネが遺言通りに駒を動かした後まで。



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叫心(つながり) 1×1=


 どうも皆様、こんばんは(投稿時間)。
 前回の同族に対しての愚痴り祭りに引き続き、今回は転生した二人の心境(記憶無し)をお送りします。

 ぶっちゃけた話をすると今回の話、書きにくかった。あんな感じのがすらすら書けるようになったらペース上がりそうです。
 とはいえ、次回は早いと思います。だって暗くないですから。

 さて、それでは本編。手を抜いてはいませんが、感想とか評価あればどうぞ。個人的には評価は感想と共にお願いしたいですね。低評価の理由とか知ってると手直しもできますし


 

 

 

 

 

 

 

 小さい頃、俺はどうしてか自分の身体に感動すら覚えた。

 

 両腕がちゃんとついていることに嬉しさを感じた。

 呼吸が苦しくなくて、空気を吸えることが愛おしく思えた。

 食事が満足に出来ることが当たり前なのに涙が溢れた。

 左眼がちゃんと辺り一帯を映し出して、見たい景色を見せてくれた。

 骨は痛むこともなく、キチンと身体を支えてくれた。

 全身の皮膚が何処からどう見てもマトモで、悪い部分はなかった。

 

 そう、これは誰がどう考えても当たり前であるべきことだ。生まれて障害を抱えてしまい、満足に過ごすことができない。そういう場合は仕方がないことだ。

 だが、俺はそうではないというのに、その当たり前がどうしてか感謝したいくらいに嬉しくて堪らなかった。

 

 本当にどうしてそう思うのかが分からない。

 本当にどうしてそう感じるのかが分からない。

 本当にどうしてそう涙が溢れるのかが分からない。

 どうして、どうしてどうして、どうしてどうしてどうして————

 

 

 

 ————満足しているはずなのに、この『心』は満足していないのだろう。

 

 

 人間が満たされることのない欲望の塊だからか? ————違う。

 人間が満たされることのない生物だからか? ————違う。

 人間が満たされることのない一生しか歩めないからか? ————断じて違う。

 

 大切な家族がいる。————素晴らしいことだ。

 大切な友人がいる。————素晴らしいことだ。

 衣食住、全てに問題はなく元気に生きている。————とても素晴らしいことだ。

 

 だけど、やっぱり何かが足らない。自我を獲得・思考するようになってはや十数年。

 ずっとそれが知りたくて、分かりたくて考え続けてきた。

 

 食事を摂る時も。

 風呂に浸かる時も。

 勉強を取り組む時も。

 恐らく寝ている時も。

 様々な行動を取っている最中にも、ずっと考えてきた。

 

 気がつけば、表面上も内面上もしっかり取り組んでいるように見えてしまう程、様々なことが偽れるようになっていた。

 それが例え、俺にとって大切なことであったとしても。

 

 

 ————俺という人間(プレイヤー)は、ずっとその『違和感(ゲーム)』に(いど)み続けていた。

 

 

 制限時間は寿命が尽きるまで。難易度は当然最高難易度。ナイトメア? ノーホープ? まさしく死にゲー? ハッ生温い。

 そんなものよりもっと難解で複雑で、しかし何処か単純なはず。

 そんなものを常に相手し続けてきた。今まで生きてきた人生の殆どをそれに費やしてきた。馬鹿だと思うだろう? 罵ってくれても構わない。

 だが、それにマトモに受け答えする余裕すらないんだ。

 

 だからこそ、ある日のことだ。

 ふと、そんな違和感など感じるだけ感じて無視し続けても良いんじゃないのかと思い始めた。

 人間だからこそよく行なってしまう手段の一つ。

 そう、『諦める』だ。諦めてしまえば、とても楽だろう。

 今から人生を思いっきり楽しめるんだぜ? これ以上ない答えだ。

 そう思う程に疲れていたのだろう。

 

 考えても見てくれ。ずっと(いど)み続けてきたんだぜ?

 自我を獲得・思考し始めてから十数年。休むことなくずっとだ。

 なのに、答えどころかヒントになりそうなものすら見つかった試しはない。単純に俺の知力じゃ足りないってのも考えられるだろう。

 それでもヒントや関連性、繋がる何かすら見つけられないのは異常だ。

 ハッキリ言ってクソゲーの中でも最高峰の難易度だろう。

 不便なところも無ければ、不自由だと感じたことはない。

 まるで勝ち組のような人生を送っておいて、まだ足りないってのか? 

 烏滸がましいにも程がある。

 何かこれが狂おしい程に欲しいと思った訳でもなく、何かこれが全く手に入らないから憤っている訳でもない。

 

 

 ただ単純に————足りないのだ。

 本当にそれで良いのかと『心』が叫んでいる。

 

 

 だから当然、思考することを放棄しようとした途端、罰が下った。

 自分が自分ではなくなるような恐怖をこれでもかと感じることになったのだ。

 

 ちゃんとついている両腕の存在を満足に認識できない。

 満足にできていた筈の呼吸が満足にできず喘いでいる。

 食事が満足にできていた筈なのに口に入っても吐き出してしまう。

 景色を見せていた筈の左眼が見えている筈なのに満足に見えない。

 骨が異常な程に痛み、満足に支えてくれない。

 悪いところが一つもない筈の全身の皮膚が焼けるように激痛を発している。満足感など有りはしない。

 

 どうしてこんなにも辛いのだろう。

 どうしてこんなにも苦しいのだろう。

 どうしてこんなにも痛いのだろう。

 どうしてこんなにも届かないのだろう。

 どうしてこんなにも————こんなにも()()()のだろう。

 

 五体満足な筈の身体が、突然即効性の高い不治の病にでもかかり、骨の髄まで蝕まれたように痛く苦しく辛い。

 こんなこと、絶対に()()()()()()()()()()()()()

 それに対して『心』が何かを叫んでいる。分からない。知らない。理解できない!

 

 だからと言ってどうしろというのだ。

 耐え続けろと? 想像を絶する病状これに? そんなもの、それこそクソゲーだ。

 仕方がない。こんな病状に耐えられる筈がない。

 だから大人しく、試しに無視しようとした難題をもう一度思考することにした。

 

 すると、どうだろう。

 俺を苦しめていた病状全てが綺麗さっぱり無くなった。

 可笑しな話だ。正直、気が狂ってしまったのかと思った程だ。

 本気で狂死しそうになっていた俺がけろりとしている光景に、父さんは安心し、母さんは気味悪がり、妹と弟は不思議そうにしていた。

 そりゃそうだ。俺だって夢なら醒めて欲しいぐらいだ。

 しかし、そうは言っても難題を思考することを諦めれば、またあれが繰り返されるだろう。

 折角家族が心配してくれているのに、またそうなってしまえば、流石に見ていられないだろう。気味悪がって愛想を尽かすに違いない。

 

 ならば、どうするべきか。答えは既に出ていた。

 二十歳になるまでは難題に(いど)み続けよう。その後はすっぱり諦めてしまおう。

 それぐらいになれば、自立だってできる筈だ。

 後は勝手に狂死しようがあまり迷惑にはならない。

 元からそういう面があったのだと家族が言ってくれれば、それで事は片付く。

 

 だから、あと四年間。その四年間に俺は賭けた。

 何処か二度目の人生に感じる不思議な思いを抱えながら。

 

 

 ————『心』が叫んでいる。

 

 

 足りないものが何か、それを思い出し知りたくて。

 

 国立魔法大学付属第一高校。その入学式、早朝。

 一度別れた運命が、二人をもう一度巡り合わせた。

 

 

 

 

 

 ———*———*———

 

 

 

 

 

 小さい頃、私はどうしてかずっと物足りなかった。

 

 食事が満足に取れない環境だったから? ————違う。

 住む場所が劣悪だったから? ————違う。

 衣服がボロボロで新しいものを買えなかったから? ————違う。

 必要なものを買うことができないほど貧乏だから? ————違う。

 勉学が満足に学べず、交友関係も良くなかったから? ————絶対違う。

 

 物足りないなんて口が裂けても言えないくらい、問題らしい問題のない至って普通の生活を送っていた。それなのに、私は物足りなかった。

 何かが足りない。それも決定的な何か。私を私と認識させる、これがなければ認識できないとまで言い切れる何かが無い。

 

 ずっとそれが何かを求めてきた。知りたいと願っていた。

 だからその正体に迫るものが本当に意外なものだったと分かった時、少し驚いた。

 でもなんだかすごく嬉しかった。消えてない。忘れていないんだって。

 

 

 ————常にそこにあったのは『心』。

 

 

 具体的に表現できない何か。

 人間ですらそれが何かを完全に理解し切れていない特殊で特別な独自言語。互いの相互理解を含めた、あらゆる認識など、それこそ具体的には言えない本当に不思議で面白く————とても、暖かい。

 

 さも当然のように存在する『心』。

 しかし、不思議と以前はそれが無かったような気がしていた。

 これこそ可笑しな話だと思う。有るべきものがない。

 それはまるで、私が人間ですら無かったのかもしれないと『心』の何処かで思っているから————いや、そう確信しているからなのかもしれない。

 

 けれど、『心』は()()()()()()()()()()

 その『心』が今もずっと後悔と孤独を叫んでいる。

 ごめんね、ごめんねと。

 何を謝っているのか、それが何なのか分からないとしても。

 いつもそれに手を伸ばし、もう少しで分かりそうなのに、手は届かず、空を掴む。

 

 本当にとても不思議だった。

 物足りないと思うことすら烏滸がましい充実した生活を送り、勉学には困らず、知識は物心ついた頃から覚えてきた。

 特に欲しい知識は好きなだけ覚えて、最早覚えていないものはないと言い切れた。

 私はそれだけ充実し満足している。

 

 それなのに『(わたし)』は満足していない。

 強く後悔と寂しさを胸に満たす。

 早く気がついて欲しい。本当に求めているのはそんなことではない。

 もっと大切なものなんだと訴えかけるように。

 最早矛盾以外の何物でもない。強欲過ぎると罵られもするだろう。

 けれど、真実、そんなつもりは一切なく、自覚していない碌でなしではないと断じて言い切れた。

 

 これらは全ては物心ついた頃からずっと繰り返されている。

 私自身が思考することを覚えてから。分からないからこそ知りたい。

 人間の中でも知識が欲しい者達のように、理解したいから理解する為の知能を欲していた。

 

 恐ろしい話。気がつけば、物心ついて僅か数ヶ月。

 赤子のような言葉ではなく、言語を話すことができた。

 その時の両親の顔はすごく怖がっていたのをよく覚えている。

 後々その理由を知ったからこそ、やってはいけないことだったのかな、と思うようになった。

 

 だから一度そこで歩みを止めた。

 でも、すぐに歩みを始めた。両親のことを心配するよりも、もっと大切なものがあると『心』が強く教えてくれた。

 本当に可笑しな話だと私も思う。

 『心』はあくまでそういうものではない。

 

 それでも、私には『心』がそれだけのものには思えなかった。

 もっと色んなことを、大切なものを教えてもらった気がしている。

 少しずつ、分からなかった答えに手が伸び始めている。

 今では、それが願いであることも。それが誰かはまだわからない。

 

 だけど、そんなことは関係ない。

 他ならぬこの『心』が叫んでいる。決して忘れてはならない大切な人。

 誰よりも愛おしく、ずっとそばにいると約束した————。

 強く想い、強く願い、強く後悔した。

 なんでそばから離れちゃったんだろうと。

 私ではない誰かが、今も泣いている。

 素敵なお嫁さんになれなかったことも。

 お姉ちゃんとの約束を破ってしまったことも。

 

 そして————また独りにしてしまったことも。

 奪わないと決めたその笑顔を奪ってしまっているはずなんだと、強く後悔して。

 

 私はそんなことがあったかもしれないなんて知らない。

 でも、この『心』は間違いないと叫んでいる。

 

 あんな幕引き最期なんて認めたくない。

 どうしても“次”が欲しい。それが我儘なのは、当然分かっている。

 それでも欲しいのだ。私ではない『(わたし)』が繰り返し、強く想う。

 

 しかし、結局のところ、私自身には何故そう思うのかが分からない。

 こんな話、きっと誰が聞こうと正気の沙汰とは思えない。

 とてもじゃないけど、納得も同情も出来はしない。

 

 それに加えて、私自身が自らの存在証明をしようとしなかった。

 例え『心』があって、それがずっとそう願い思い叫んでいても、自分自身がそれを意地でも否定すれば、終わっていた筈だったと思う。

 私は私。私以外の誰でもない。だから貴方は黙っていて。

 そう言うだけでも自分自身の存在証明にはなりえた。

 

 そう、不思議な話をすれば、私は私が本当に私自身なのかすら疑問に思っていた。まるで自己矛盾だ。

 自分が自分ではないと思っている時点で可笑しい壊れているに違いない。

 

 

 なのに————何処か、酷く懐かしい。

 

 

 誰かからお前は壊れていると言われた気がしている。

 でもそんな壊れた私を、ずっとそばにいて欲しいといってくれた人がいた気がしている。

 そして————その壊れた私を、壊れたと言った誰かも認めてくれた気がしている。

 当然〝気がしている〟だらけで証拠も確信もない。

 

 

 それでも、この『心』が正しいと他でもない私自身が叫んでいるから。

 今度こそ、あの日の約束を守ってみせるから。

 今度こそ、そばに居続けてみせる。

 

 

 ————だから、もう二度とその手を離さない。

 

 

 私が誰なのか、それすらも今は悩み続けよう。

 きっとその人に会えば、全てを思い出せると信じているから。

 

 その人が教えてくれたであろう、この『心』が強く望む瞬間を。

 色褪せることのない大切な時間を、今度こそ————

 

 国立魔法大学付属第一高校。その入学式、早朝。

 一度別れた運命が二人をもう一度巡り合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





前半
リク・ドーラ(転生)
前世の記憶無し(違和感を感じている)

後半
シュヴィ・ドーラ(転生)
前世の記憶無し(一部混雑中)

 口調が違ったりするのは、転生後にかつての記憶が戻っていない別人としてだからです。まぁ転生してすぐに出会うのもいいんですが、少し待ちがあった方がいいかなと思った次第です。
 分かりにくくてすみません。ぶっちゃけシュヴィパートは混乱してました。




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第一章 入学(さいかい)
覚醒(めざめ) 1≒1= 【リクパート】


 はい、皆さまお待たせしました。入学式編第一話となります。
一応心理描写云々のため、リクパートとシュヴィパートの二つを用意しようと思いまして、今回はリクパートから。
 なるべくすっと行けるように一話で纏めたため、少し展開早いか?とも思われますが、そこの辺りは感想にて助言いただければと思います。
 それでは、どうぞ。





 

 

 

 

 

 

 まず始めに一つ、日々の日課について質問しよう。

 皆はどういう日課を送っている?

 早起きしてラジオ体操。

 早起きして家族の弁当を作る。

 よく聞く日課の内容だ。良い日課だと思う。

 

 さて、そろそろ質問の意図を答えよう。

 俺の両親、主に父親だが、その彼が実業家及び資産家だ。当然朝が早く、生活の管理は大変だ。

 そこから考えられるのは、仕事に関することや生活を支える執事、或いはメイド、もしかすれば、その両方だろう。

 そうなれば、必然として日々のスケジュールが狂わないように、早めに起こしてくれたりだとか色々なサポートをしてくれることだろう。

 勿論、父親一人だけを起こすためにその手のプロを雇う方よりも、どうせなら家族全員を起こしてもらう方が無難だ。

 ここまでだけ聞けば、自慢話のようにも聞こえるし、そうではない解釈もできる。

 

 だが、俺が質問した意図はそちらではなく、先程僅かに出した仕事に関することの方だ。

 可笑しな話だと思うが、俺は数年前から父親の仕事を少しばかり手伝っている。いや、正確には手伝うことにしたというべきか。

 本当に偶然でしかなかったのだが、偶々父親の仕事内容が事細かく記されていた資料や報告書があった。

 当時の俺は第一にまだ紙の資料や報告書を提出させていたのかと半ば呆れていた。既に二十一世紀末がそこまで迫っている現状でだ。

 だが、それが功を制したというべきか、俺はそこで気になるものを目にした。ある一枚の報告書だ。

 一見、いや、何度眺めても可笑しな点が一つだってあるはずがない程に綿密に記されている報告書は例え誰が見ても問題がない。

 ところが、俺の目にはそれが怪しすぎた。ずっと違和感(ゲーム)(いど)み続けていた副作用か、一目それを見て確信した。

 すぐさま、居間で休んでいた父親の元へと駆け寄り、件の報告書を提示する。流石に俺や妹達に甘い父親でも俺の行動には叱責した。そりゃ当然だろう。例え息子といえど、仕事の報告書を勝手に持ち出すのは問題でしかない。怒るのが当然だ。

 だが、その叱責に怯むことなく、俺は直ちにこの報告書を書いた部下を不信に思い始めた方がいいと警告した。あまりのことに父親は驚き唖然としていた。少し前に異常な様子を見せ苦しんでいた息子だ。その反動か何かで気が触っていても可笑しくないと思うのが当然だ。

 しかし、俺の必死な顔に嘘ではないと思ってくれたのか、父親はそれを聞いて件の部下に不信感を抱くようになった。

 そして————

 

「陸、ありがとう。お陰で社の情報を流していた狼藉者を捕らえることができた。損失は最低限。これで心配の種が無くなった。父親として誇りに思わせてくれ」

 

 後日、尻尾を出した狼藉者を逮捕したと父親は俺に感謝を伝えた。正直な話をすれば驚いた。確かに怪しいとは警告したが、本当にそれを信じていたのかと。よく信じられたものだ。いくら息子とはいえ、仕事に口を出していい道理はない。そう伝える。

 ところが、返ってきたのは思わぬ返事で————

 

「はっは! 息子を信じない父親があるものか。確かに信頼していた部下を不信に思えとは驚いたよ。でも、お前は本気だった。そんなお前を見たのは二度だけでも、その時の必死さをよく知っている。だから信じることができた。重ねてありがとうと言わせてくれ、陸」

 

 思わず笑みが溢れた。初めて必要とされたと思った。いや、必要とされたのは初めてではない。けれど、とても嬉しかった。

 漸く意味を持てたんだと嘘偽りない本心から思えたから。

 

 さて、話を最初に戻そう。

 俺の日課とは仕事に関することだ。それも父親の仕事の報告書含む書類の山を確認し、怪しい箇所がないかを確認するという手伝いだ。

 父親は多忙の身だ。だから仕事も朝早い。書類が怪しくないかの確認は当然朝の僅かな時間にしかない。

 

 そう、つまり————

 

 

 

 

 

「怪しいのはこれとこれ。他は特に問題ないよ、父さん」

 

「いつもありがとうな、陸。朝早くに悪い。今日だって本当はもっと寝ておきたかっただろう?」

 

「いや、いつものことだから慣れたさ。この時間に起きなきゃ、それこそ後が総崩れになるくらいには。

 ところで、まだコーヒー啜ってて大丈夫なのか?」

 

「そうだな。教えてくれてありがとう、陸。それじゃあ準備してくるよ。お前も学校楽しんできなさい」

 

「分かってるよ。少なくとも過ごしにくい生活はしないさ」

 

 書類の束を纏め、それを父————北山潮に手渡し、朝の会話を済ませる。急ぎ足で着替えなどの出社準備に取り掛かる父親に対し、肝心の息子に関しては、飲みかけだったコーヒーを呑気に啜っていた。

 これが北山陸の日課である。当然起きた時刻は日が昇るか昇らないかの瀬戸際だ。

 

「……入学式か。まさか俺が受かるとはな。ギリギリ才能がある程度なんだがなぁ〜」

 

 そう、今日は俺————北山陸の高校生活初日、つまるところ入学式当日だ。人生を決める通過点その一として知られる高校生活。事前の努力が何処の高校かを決め、三年間の高校生活にて後の進路を決める。

 その重要な過程の一つに、陸は直面していた。

 入学先は、かの有名な魔法大学付属第一高校。魔法という非現実じみた代物が技術となった現代にて、それを学ぶことに長けたある意味専門校である。他にも第二高校や第三高校など、同列の付属校はあるのだが、その中でも最も優秀だとされる第一高校に入学することが決まっていた。

 

「〝魔法〟……か。まさかあれが〝魔法〟とはなぁ〜。てっきりあんなもの、ただの技術かなんかだと思ってたんだが……」

 

 自らの右手を興味なさそうに見ながらコーヒーを啜る。別に右手に何か特別なものがある訳ではない。ただ不思議に思うのだ。果たして俺は〝魔法〟なんかを使えるような玉なのかと。

 こんなことをもしその才能がなかった人々に知られれば、罵倒雑言吐き散らされながら蹴られたりするかもしれない。

 今やこの時代、〝魔法〟を使えるというだけで優等生のようなものなのだから。

 

「さて、そろそろ着替えて準備でもするか。流石に少し早すぎる気もするけどな」

 

 コーヒーを片付けながら時計を横目に確認する。入学式開始まで後四時間ほど。流石に早すぎると思うが、日々の生活習慣のせいか、これぐらいから動かないと後が総崩れしそうなのだ。これでは早起きする意味があるのか無いのかハッキリしない。

 そうは思いながらも、当の本人は自室に戻ると、今日から着ることになる制服を手に取った。極々普通の高校制服とは異なるデザインに、細部までこだわった作りこみ。本当に高校生の制服なのかと思いたくなるようなそれに陸はこの時点から嫌な予感を感じながらも、それを着ていく。

 

「特別必要な荷物は……無いか。あとはCADか」

 

 勉強机兼作業机でもあった上に起きて早々確認作業を行っていた自身のCADを手に取った。数日前から整備し続けていた為、問題はないだろうが、心配の種は少ない方がいい。

 そう思い、CADの起動を試みる。とはいえ、流石に自宅、それも自室とはいえ流石に魔法を放ったりなどそんな危ないことはしない。

 だが、細かい設定などの調整が少しでも問題ないかだけは起動しなければ分からない。メンテナンスに特化したプロは雇ってはいるが、数年前に自分のものは自分の手でやると宣言したところだ。頼る訳にもいかない。何度も確認し、問題ないと判断してCADをしまった。

 

「CADも問題はない。それじゃ、行くか。まだ雫や渡は寝てるだろうし静かにしなきゃな」

 

 軽い手荷物を持ち、静かに自室の扉を閉め、玄関へと向かう。自分の靴を出そうとしゃがんだところで、二人よりも先に起きていたハウスキーパーの黒沢智恵理が靴を先に用意していたことに、いつものことながら苦笑しつつも感謝して玄関を出た。

 

「思ったよりも涼しいな。まぁ途中で暖かくもなるか」

 

 少しばかり薄暗い気もしなくはない空を見て、心なしか少しは高校生活を楽しみにしている自身にこれまた苦笑しながら、陸は第一高校に最も近い第一高校前駅に行くべく、近くの駅へと向かった。

 

 

 

 

 

 ———*———*———

 

 

 

 

 

 入学式開会まで、まだ三時間もある中、陸は既に第一高校へと着いていた。朝が早かったのもあるが、流石に早すぎた気がすると時刻を確認しつつ、もう少し時間を潰してからにするべきだったと反省する。

 校内を軽く見て回っているが、食堂兼カフェテリア兼購買や、来訪者のためのオープンカフェなども混乱を避けるためか運営していない。これではどう足掻こうとも時間を潰すことは無理だろう。

 

「駅前で何か買っておくべきだったかなぁ……いや、どうせ買ってもそんなに変わらなかったか」

 

 陸は不思議なことに現代において、かなり特異な考えを持つ。その一つとして、〝魔法〟という技術が齎す影響力などへの関心がそうだ。戦争の道具としての魔法、技術としての魔法、様々な魔法の用途があるが、酷く現実的に見るせいか幻想的なイメージが浮かばない。

 よく小説などであるロマンチックな展開など、残念ながら信じることもないのだ。そのせいか、駅前にある小説や雑誌を取ったところで、大方現実的なもののページに少し目を向け、その後、いくらか自分で考察した後、興味を失ってしまう。無駄だと思っている訳ではない。

 ただ————

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今を生きている自分達に必要なのは今を上手く生き抜き、確かな明日へ繋げる。ただそれだけだろうと陸は考えている。背伸びして届かせたそれは今に活かせるのか、本当に必要なのかを考えて見ると意外に必要なく、今後にしか使い道がないことが多い。

 そういう面をよく分かってしまっているせいか、陸はかなり冷めていたといえよう。

 どうしてこんな性格になったのかさえ、自分で考える気はなく、未だにあの違和感(ゲーム)に全てを捧げていたのだから。

 

「さて、どうしたもんかなぁ。今から三時間も暇を持て余す訳にもいかないし、校内の探索でもするべきか。……いや、やめておこう。下手すれば面倒事になりかねない。父さん達に迷惑かける訳にもいかない」

 

 目線だけを動かし辺りを見渡すが、やはり静かだ。ここまで出会った生徒は一人としていない。恐らく僅かな人数だけが最終の準備などに取り組んでいたりするのだろう。そこに新入生が紛れ込むのは流石に迷惑でしかない。本当に暇を潰す手段がなくなった。

 

「……流石に困ったな。これじゃあ、やることが一つだって————」

 

 ない、そう言いかけた僅かな瞬間。ゾッと背中に冷たい戦慄が走り————

 

 

 

 

 

 ————なぁ、本当にそれでいいのか? 『意志者(シュピーラー)』リク・ドーラ。

 

 

 

 

 

 聞き覚えのない、しかし、何処か願っていたような気がそこはかとなく感じられて————思いっきり何かが脳を揺さぶった。

 

 呼吸が詰まる。汗が噴き出す。あるはずのない無数の傷や痛みが押し寄せる。熱い痛い苦しい。感じたはずのない全てが、またあの時のように繰り返された。

 

「————ッ!? カッ————ハ!?」

 

 声が出ない。何から何まで吐き出したい衝動にすら駆られる。以前とは比べ物にならない壮絶な苦痛が身体を蹂躙する。

 いや、身体だけで済めば、どれだけ良かったことだろう。苦痛は脳までも蹂躙していた。

 

 手始めに機能全てに何かを訴えるように、大脳小脳脳幹全てが高熱を帯びているかのように痛い熱い辛い苦しい。

それが例え僅か数秒であろうとも、立っていられないほどに苦痛にもがき苦しんだ。どうしてこのタイミングで来たんだと考えることすら許さずに。

 そして、次に蹂躙の対象となったのは————

 

「やめ————ろ。それだ————けは、やめろ…………」

 

 記憶。今まで北山 陸として生きてきた証が蹂躙される。

自我を得た瞬間、初めて蝋燭を消した瞬間、初めての怪我、その他諸々全てに至るまで。フラッシュバックするかのように全てが脳内に浮かび覆っていく。余計な思考が入らないよう、覆われたのか不明だが、今までの記憶が全て浮かび上がり、その後、何も変えることなく、元通りに戻っていった。

 

「————どうい、うこと、だ?」

 

 分からない。そう思考が断言し、身体を蹂躙する苦痛が今も続いているのにそれすら忘れ、呆然と今しがた起きた意味不明の事態に思考をたっぷり使ってーーたった一つだけ覚えのない何かに辿り着いた。

 

「しゅゔぃ……どーら?」

 

 誰かの名前だろうか? どうしてこんな知らない名前が————そう言い切ろうとした瞬間、第二波が記憶を蹂躙した。

 身体を蹂躙していた苦痛と全く同じタイミングで共鳴・協調するように記憶を蹂躙する第二波は、次々と覚えがないはずなのに懐かしい記憶を詰め込んでいく。まるで借りパクされていた物を返されたような不思議な気分を尽く味わいながら。

 

 無数の記憶の情報。

 誰かは知らないが、ずっと俺が挑み続けていた最強のプレイヤー。

 一瞬で奪われた生まれ故郷と育ち故郷。

 全ての重みを背負って歩いた数年間の苦痛。

 それを終わらせるかのように運命を変えた二度目の邂逅。

 『機凱種(エクスマキナ)』にして、後の妻————シュヴィ・ドーラとの生活、もっとも自分が幸福に感じた瞬間の数々。

 そして、胸をもっとも強く裂いた、シュヴィとの死別。

 その果てに、リク・ドーラ()は————

 

「————————」

 

 激痛の暴風雨がピタリと止んだ。蹂躙されていた記憶も身体も痛くない。またあの時と同じ感覚だ。不思議にずっと感じていたあの感覚。

 

 だが、今は以前と全く異なっていた。違和感は最早何処にもない。

 漸く俺は違和感(ゲーム)に勝利できた。長かったと思う。

 それでも、()()()()()()()()()()()は一人じゃ勝てないから。俺達は二人で一人だとあの瞬間に思ったから。

 

 だから————

 

 

 

 

 

「ああ、待ってろ、シュヴィ。必ず俺が迎えにいく。今度は絶対に離さないからな」

 

 

 

 あの時、叶えられなかった本当の願いを今度こそ果たしてみせる。

今度こそは完全勝利を。『引き分け(ステイル・メイト)』で終わらせはしない。“次”を勝つのは俺達だから。

 

 

 

 

 

 さぁ————第二の人生(ゲーム)を始めよう。

 

 悠久の『大戦(クソゲー)』を終わらせた英雄が再び盤上に登った。

 今度こそシュヴィ(たいせつなひと)と共に生きる為に。

 

 

 

 

 




 入学式編第一話
 リクパート。
 題名の『1≒1=』とは、1は1でも1ではない。つまり、北山 陸は北山 陸でも北山 陸ではないということです。
 はい、ぶっちゃけ意味不明です。なので、無茶苦茶噛み砕くと、今の北山 陸は北山 陸でも、元々の北山 陸ではないということです。
 要するに本編最後の北山 陸はリク・ドーラの転生が完全に為されたリク・ドーラが主な北山 陸です。つまるところ、本来のあるべき人格・記憶・経験を取り戻した状態です。
別に前の北山 陸がいなくなったとかではありません。元々彼は繋ぎでしたから(あっさり)。

 さて、次回はシュヴィパートです。頑張ってみますので応援ことお気に入り登録や評価などで助言などをよろしくお願いします。



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覚醒(めざめ) 1≒1= 【シュヴィパート】

 皆様、長らくお待たせしました。サボリ作者の阿呆です。
 漸くシュヴィパートが書き終わりましたので投稿しました。
 これから更新速度を速めていこうと思います。

 それでは、シュヴィパートをどうぞ。




 

 

 

 

 

 

 戦局は刻一刻と変わる。それはいつの時代も変わることのない不変の真実だ。時が進むのを止めないなら、それは必定である。

 そして、それは殺し合いの概念である『戦争』『大戦』『内乱』『紛争』etcetc……兎も角、それには大きく適応される。それらに置いて時間とは尤も大切なものであるのは間違いない。

 

 しかし、今や現代。表面上ではそれらを失った以上、戦局という言葉は果たして何処へ?

 ————簡単だ。上記に置ける殺し合いの戦局を失っても、娯楽の戦局を筆頭に未だ存在する。難しく言えば、戦いの概念は決して終わらないということだ。舞台が変わり、範囲が狭まり、可能とする手段が減っただけに過ぎない。

 世間的に認知される娯楽の戦局と言えば『将棋』『囲碁』『オセロ』或いは『リバーシ』。名称様々なものはこの辺りで括るとして、数多く細かく区分すればキリがない。ジャンルさえ変えれば、他にはスポーツにだって存在する。

 

 時間はとても大事だ。これは決して間違いない。

 だからこそ、戦局に置いて時間を制御する者は真に勝者へと勝ち昇る。

 次の一手を指すまでの待ち時間(インターバル)。相手は何も考えずにいるだろうか。

 否、そんなことは決して有り得ない。少しでも時間をかけ過ぎず、的確に、戦局を我が物とするための一手を探し————指す。

 

 

 

 全ては————この勝利のために。

 

 

 

 そういう意味では、目の前で戦局を弄ぶように左右する少女は異常だった。

 

 

 

 

 

 ———*———*———

 

 

 

 

 

「……ま、参り、ました……」

 

 漸く日が昇った、朝早い時刻。

 ある一室で『チェス』の公式戦が行われていた。対戦相手は『チェス』に置いて無敗とすら謳われる最強の指し手。敗北など有り得ないとすら評された稀代の天才の姿があった。試合をすれば必ず勝つ。最早『チェス』で賭け事をする者などいない程の指し手は————今しがた、その経歴に拭うことの叶わない初めての敗北を刻んだ。

 後に放送されることにはなるだろうが、これは大反響どころではない。

 お家が何かしたんだろうと世間は口々に根も葉もない噂を立てるだろうが、これは紛れもなく指し手自身が理解していた。

 

 

 ————彼女は化け物だ、と。

 

 

 指し手が目にしたのは予想を超えた異端の光景だ。そもそも『チェス』とは『将棋』と違い、討ち取った駒を扱うことはできない。他にも動きが複雑な駒が多数あり、慣れるまでに時間がかかる代物である。

 その反面で、勝利を得る快感は相応のものであり、『チェス』は世間的にも有名だ。故に好敵手(ライバル)は無数にあると考えてもいい。

 そういう相手を何度か指し手は(まみ)えたことがある。自分とは違った技能を持つ者にだって会ったことがある。

 

 だが、今回だけは異常すぎたのだ。

 

 攻守逆転が激しい『チェス』どころか、『将棋』などにも指してもいい時間は設定されており、尽きてしまえば強制的に敗北する。その意味で時間を使いすぎないよう気をつけながら最善手を探して指していくのが暗黙のルールだ。それは誰しもが平等な隙であり、突き続ければ勝利を得ることも出来よう。指し手はそれも視野に入れて指していたはずなのに————

 

 ————何故、この少女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……お疲れ様……強かった、よ? ……わたし、も……少し悩まされた……すごく懐かしい、くらい……」

 

 そう、自分を下した少女は感想を述べた。

 本来ならこんな言葉、何かしらの反応を取らざるを得ないものだ。

 しかし、今は最早、その言葉は耳に入っても理解し切れない。

 例えこの瞬間、散々なほどに煽られたとしても決して怒ることもなければ、反論することもないだろう。今はただ受けた衝撃が強すぎて麻痺してしまっているような感覚にすら等しい。

 返事の一つも出来なくなってしまった指し手に、少女は心配そうに見た後、部屋に飾ってある大きな時計を確認する。

 

「……そろそろお暇しなきゃ……ごめんね、出来ればもう一局しておきたかった、けど……できそうにないから」

 

 本当にこの少女は何を言っているんだ? もう一局? そんなもの与えられても勝てるはずがないだろう?

 指し時間の制限時間は意味を成さず、駒を指す動きは常に最善手。即座に戦局を我が物とし、抵抗を赤子の手を捻るように鎮圧する。

 本来ならば、『引き分け(ステイル・メイト)』に持ち込むことが容易い方である先行を取った時点で最悪それが叶ったはずだ。

 

 だが、それすら許されず完敗した。先行で完敗させられた相手に後攻で勝てるだろうか。もしくは『引き分け(ステイル・メイト)』に持ち込めるだろうか。答えは簡単だ————不可能だ。勝てるはずがなかった。たった一局で指し手の『心』は折れていた。今度これまでと同じように『チェス』を出来るかどうかと言われれば、即座に頷くことはできないだろう。

 

 そうして、呆然としている指し手を部屋に残して、少女はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様で御座いました、お嬢様。如何でしたか、あの者は?」

 

「……悪く、ないよ? ……十分、強かった……でも、まだ及ばない……かな」

 

 『チェス』を終えた少女————四葉(よつば)黒亜(くろあ)は、部屋の外で控えさせていた老執事を連れて玄関へと向かう。こんな朝早い時間ではあるが、今日は入学式がある。今後の人生に大きく関わる高校生活の始まりなのだ。老執事に預けておいた手荷物を受け取りながら、先程の一局の感想を述べる。確かに強かった、それは間違いない。

 

 しかし、()()()()()()()()()()()()』との一局に比べれば決して及ばなかった。

 

「いつか巡り会えると良いですね、その者と」

 

「……うん」

 

 無表情が通常に等しい黒亜の頰が微かに朱に染まる。その様子に本人は気がついていないだろう。そばで彼女の成長を()()()見守ってきた老執事からすれば、嬉しくもあり、少し寂しくもある変化だが、彼女の成長は喜ばしいものに違いない。彼女は今後恐らく生まれた家のせいで束縛される。人並みの幸せを手にすることはないかもしれない。だからこそ、生きる目的の一つはあれば、少しは前向きに生きられるかもしれない。

 

 尤も————

 

「(私の命は貴女に捧げたもの。老い先短い我が身ですが、貴女の幸せのためになら惜しくはありません)」

 

 黒亜に救われた老執事にとっては彼女の幸せを奪う者は決して許さぬ覚悟があった。それが例え、かの『四葉』であったとしても————

 

 玄関の扉を開き、黒亜は用意された靴を丁寧に履く。履き心地が悪くないか、違和感などが無いかをしっかり確認する。大丈夫だと判断できると忘れ物がないかを最後に確認して、老執事の方へと向き直る。

 

「それでは行ってらっしゃいませ、お嬢様」

 

「……ん、行って……きます」

 

 いつもありがとうという気持ちを抱いて、黒亜は入学する魔法大学附属第一高校へと向かった。

 

 

 

 

 

 ———*———*———

 

 

 

 

 

 それから数時間後。

 最寄りの駅から電車に揺られ、第一高校前駅に到着。校門を通り、校内へと足を進めていた。本来の登校時間より早いせいか、殆ど人はいない。

 例え、そこにいたとしても入学式を円滑に進めるための関係者だけだろう。黒亜がこんなに早く登校したのもそれが理由だ。何せ彼女は()()()()()という全てにおいて、第一高校の歴史上類を見ない異常事態を招いて()()()()したのだから。そんな点数を取った本人は如何せんやり過ぎたような心境だったが、無かったことにしてほしいなどと頼む訳にも行かないため、大人しく首席らしく行動することにした。

 

「……関係者、入り口は………あっち、かな」

 

 やけに人が行き交う場所からしてそうなのだろうと思いながら、念のために学生服の生徒がいないか見渡し、そこが集合場所である講堂に間違いないと判断すると、時計を確認する。どうやら少し早く来すぎたらしく、集合時間まで三十分はあった。流石に今すぐ行く訳にもいかず、大人しく講堂付近で待つことにした。

 

 講堂の周囲に何か無いかと黒亜は歩き回る。微かに行き交う関係者が疑問を浮かべながらすれ違っていくが、真新しい光景を見ている彼女は気がつかない。知的好奇心が擽られる新しい環境に『心』が踊っているのかもしれない。暫くはやりたいこと、やっていないことは尽きないだろう。

 だが、それもいつまで保つか————

 

「………………」

 

 退屈という訳ではない。

 日々に飽いている訳ではない。

 物足りない訳ではない。

 ただ、強い()()()がそこにあるだけだった。

 

 誰かが足りない。

 誰かがそこにいたはずだ。

 分かっている。分かっているが、しかし————()()()()()()()()()()()

 

 思い出したい。

 声を聞きたい。

 手を握りたい。

 そばにいたい。

 笑っていたい。

 泣いていたい。

 喜び会いたい。

 

 なのに、なのになのに、なのになのになのに————分からないのだ。

 せめて、名前だけでも思い出せれば————と、そう願う。

 

 何度も何度も何度も————そう願って早十年は過ぎただろうか。未だに思い出せないが、ただ一つだけ分かることがあった。

 

 彼のことを思い出そうとする度に『心』が暖かくなる。非物質的な概念である『心』をそう表現するのは可笑しいことだが、本当にそう思えるほどに嬉しくもあり、悲しくもあり、寂しくもある。もう一度と願う自分がいて、それは本当に自分なのか分からない。私は矛盾そのものだ。そう思わずにはいられないほどに————

 

 近くにあったベンチにそっと腰を下ろし、黒亜は講堂を視界に収める。これから入学式、それも首席挨拶があるというのに、彼女の『心』は一向に喜びもしない。名誉を前に喜び一つ見せないのは、絶対的な自信だろうか————否、違う。そういう訳ではないと断言する。

 

 だが、一方で前提条件を果たしていないのに、答えが出る訳がないだろうと言うかのような、その感覚は間違いなく彼女を苦しめていた。ただ、思い出したいと、声を聞きたいと、そばにいたいと、その強い願いこそが彼女の渇望とも断言できるほどに。

 

 あとどれくらい、これが続くのだろうか。もしかしたら、この人生が終わるまでかもしれない————嫌だ。嫌だ嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ! 絶対にそれだけは嫌だと『心』が叫ぶ。繰り返し、繰り返し。いつも以上に、過剰なまでに反応する。それはまるで何か似たようなものと()()()()()()かのような————

 

 

 

 

 

 ————お待ちどうさまってな。覚醒(めざめ)の時だ、『遺志体(プライヤー)』シュヴィ・ドーラ。

 

 

 

 

 

 聞き覚えのない、しかしずっと待っていた合図が脳内に響き、音声認証よろしく開かずの扉が今開く。直後、彼女を襲ったのは耐え難いほどの、脳を揺さぶる激痛だ。

 

 呼吸が詰まる。汗が噴き出す。全身が焼け落ちるような激痛と、身体が千切れたような気味の悪い感覚が押し寄せる。熱い痛い苦しい。

 

「————ぁ……ぁぁっ!? ぅっ……ぁあ!」

 

 声が出ない。何から何まで吐き出したい衝動にすら駆られる。感じたことのない————いや、確実に何処かで感じた感覚全てが全身を蹂躙する。嗅覚味覚触覚聴覚痛覚、様々な方面から襲い来る防ぐことのできない激痛の群れ。右腕の感覚が突然消滅し、消えた根元辺りにあたるのかは定かではないが、そこから異常な激痛が走る。

 続いて、心臓のある辺りだろうか。そこを中心に穿たれたような激痛が走り、必然的にその周りにある臓器全ても同じ痛みに襲われた。どう考えても致命傷にすら思える辺りばかりが激痛に見舞われ、思考の何処かで有り得ないと断ずるが、本当に有り得ないことなのかと『心』が告げた。

 それから少しして、謎の症状は次なる目標へと、ただ突き進む。

 

「……き、おく……?」

 

 今まで四葉黒亜として生きてきた証。しかし、それは本当に私なのだろうかとも思っていた記憶。それが次の標的だと分かった。

 だが、例え、彼女自身はその記憶が消えてしまったとしても苦しむだろうか。老執事のことは惜しく思うが、他はどうだろう? 答えは簡単だった————()()()()()()()()、と。

 

 結果、何が起こったのか。消えても構わないとすら思った記憶は、これでもかと弄られるような感覚に襲われたが、何一つとして消えはしなかった。ただ、一つだけ異物のようなものがあると即座に感じ、声にして取り出した。

 

「りく……どー、ら……?」

 

 誰かの名前だろうか、そう考えかけた思考が直後、漸く気がついた。名前、そう名前だ。微かに残る全身の痛みを忘れて、懸命に何度も浮かんでいた謎の記憶に浮かぶ彼の姿に、欠けていた歯車を嵌め込むようにその名前を————!

 

 ————カチリ。

 

 確かな音が鳴ったような、そんな錯覚。しかし、それは錯覚ではないと次の瞬間には体感する。開かれた開かずの扉に相応しい、知らないはずで()()()()()記憶。それらが次々と黒亜の記憶に詰め込まれていく。耐え難い異物のようで異物ではないそれらを受け止めるように収めていき、一つ一つを思い出していく。

 

 無数の記憶の情報。『心』が何よりも発していた思い出。

 最弱の存在であった『人間』にして、後の夫————リク・ドーラの故郷を壊滅させてしまった過去。

 再び出会った運命の日————初めて『チェス』を交わしたこと。

 かけがえのない存在となった、リクとの生活。

 機械が人間に論破される貴重すぎる瞬間や、知らないことを知った経験。

 そして何よりも————この大切な『心』を貰った。『感情』を、『願い』を、『叶えたい夢』を、全てを貰った。

 決して忘れたくない、記憶。作られてから出会うまでの長い時間など比べる価値もないほどに、少ししかないその日々の方が大切に思えるほど、何よりも価値があったと確信できる。

 

 ただ一つ問題があるとすれば、それは最期の瞬間だろうか。何故あそこで手を離してしまったのだろうか。ずっとそばにいると約束すらしていたのに。涙が溢れる。こちらで生まれて、初めての涙。両親が死んだ時にすら出なかった、一筋の涙。

 静かに流して、それから思考は『機凱種(前世)』に匹敵する速度で駆け巡る。自分が死んだ後、リクは目的を果たせたのかと。彼は『唯一神』となったのかと。それを知るべく、かつての同胞達にだけ通じる暗号回線を使おうとして————気がついた。

 

 

 ————今の自分は果たして何なのかと。

 

 導き出された答えは『人間』。リクと同じ種族。『機凱種(エクスマキナ)』では決してない。つまり、暗号回線など使えるはずもなく————自分が四葉黒亜でもあるが、それ以上にシュヴィ・ドーラだと自覚して、今の行動に対する失敗を悟る。

 

「シュヴィ……いきなり、ミスした」

 

 かつては一度として吐かなかった溜息を吐いて、頭を抱え込む。気がつくと、全身を襲っていた激痛の暴風雨は静まっていた。蹂躙されていた身体も記憶にも異常はない。忘れていた全てを取り戻したが故に、気分は最高だとも言える————いや、訂正。少し落ち込んでいる。開幕失敗したのもあるが、それ以上にこんなポンコツが妻でいいのかと今更自分の評価を下げつつ、もしかするとリクが物好きかもしれないと少しだけ考えてしまう。そもそも『機凱種(エクスマキナ)』と結婚した時点で物好きとは考えても言わないが。

 

「……周囲、探索」

 

 入学早々に校内で魔法を行使したのは恐らく第一高校初めての記録になるだろうが、なるべく悟られないように薄く周囲を確認する。魔法力の波動が周囲に広がり、近くにいる生徒や職員、その他を解明していく。名前まではわからないが、リクと似た反応だけでも————と考えた直後、()()()()()()()もので引っかかった。『精霊反応』————とは違っているが、しかし異常なほどに全く同じだ。

 黒亜は————シュヴィはすぐさま前世の自身の『精霊反応』と今の自身の『魔法力』を比較した。————誤差無し。これが何を示すか、口にする必要すら無かった。

 

「リクが……そこに、いる…………」

 

 何かの偶然かもしれない。ひょっとしたら夢でも見ているのかもしれないとすら思える。しかし、事実だと思考と『心』は伝える。すぐそこにいるのなら、声をかけよう。抱きついて、泣いて、謝って、そして笑いたい。一歩を踏み出せば、このまま勢いよく飛び出せる。あとは彼の元に————

 

 直後、シュヴィを嘲笑うように、上級生らしい生徒がこちらに向かってきており、呼んでいるように見えた。急いで時間を確認すると、どうやら入学式のリハーサル時間までもう余裕がない。会っている時間がないのだ。

 

「………………」

 

 リクかリハーサルか。本来なら考えるまでもない。しかし、今は以前とは違う。面倒なものが自身の名前にくっついている。四葉黒亜として生きてきた記憶がそう告げる。どうにかするためには布石がどうしても必要だ。だから今は————

 

「リク……あとで、迎えに……いく、ね?」

 

 目の前で大好物をお預けされた子供よろしく不機嫌となったシュヴィは、他の人には誤魔化しつつも、不機嫌だと分かるぐらいほどに魔法力を洩らしながら、講堂の中へと入ることにした。

 

 シュヴィは一度負けた(しんだ)。一緒にいるということはリクにも何か遭ったに違いない。もしかしたら勝てなかったかもしれない。

 

  ————でも、()()()()()()()()()

 

 今度は必ず勝つ。

 シュヴィがリクのそばでずっと一緒に居続ける。もう二度と約束は破らない。

 

 

 

 

 

 さぁ————第二の人生(ゲーム)、始め……よう。

 

 悠久の『大戦』を終わらせた男の原動力だった少女が、()()()盤上に登った。

 今度こそ|リク(たいせつなひと)と共に生きる為に。

 

 

 

 

 

 




 入学式編第二話。
 シュヴィパート。
 題名や記憶などに関してはリクパートを参照。
 ここで聡明な読者の方々は気がついていると思いますが、リクとシュヴィで、記憶を取り戻す際の反応が違います。
 これはシュヴィが『天撃』を受けて死んだ時と、リクが『精霊回廊』の本流に呑まれて死んだのと区別しているからです。よくよく考えてみれば、『精霊回廊』ってチート神アルトシュはさておき、『神霊種』を余裕で超えてるんですよね。つまり、その本流を受ければ————っというわけです。決して、ジブリールの『天撃』が弱いとか言ってません。あれも十分ぶっ壊れです。テメェのせいでこちとら威力設定困ったんだぞゴルァッ!(逆ギレ)
 ————とまぁ、そんな解説はこれにて終わり。

 次回はなるべく早くしたいと思っています。それでは!

 p.s.
 時間指定するの忘れて一時間投稿遅れましたゴメンナサイ。



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既視(さいかい) 1+1=

 無茶苦茶お待たせしました、皆さま!
 一年以上失踪した作者が帰ってきました。別作品も半年以上サボったのでいい加減更新をば、と。
 このどうしようもない作者をお許しください。ノゲノラ ゼロのMADや原作に当たる第6巻を読み直して漸く再開するモチベとインスピが回復致しました。また長い間失踪しないよう細心の注意を払いながら執筆していこうと思います。
 それに当たり、まずリハビリとして、旧第五話の修正・文章追加を行いました。旧第五話はツイッターでも告知した通り削除しましたが、一応バックアップもあるので、要望があれば定期報告のページに黒歴史として掲載するつもりです。
 それでは、この物語が良きものとして完結に至るように願って—————



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空が————蒼い。

 あの世界の空は、いつも赤く染まっていた。

 結局二人で青い空を見ることも叶わなかったというのに、この世界ではさも当然のように広がっている。

 この時点で、どれほどこの世界が比べるまでもなく平和なのかがよく分かる。

 向こうでは、ロクでもないカミサマ達がドンパチやりあった末に焼かれた大地の灰燼が天を塞ぎ、精霊回廊に衝突し光を放って赤く染めたというのだから、前提として規模が違いすぎていた。

 

「——————」

 

 特別、これという言葉は出なかった。

 空が蒼くて綺麗だ、などという感想は考えすらしない。

 そもそも、あの世界が異常すぎたのだろう。

 空からは致死の猛毒が火山灰のように降り注ぎ、猛烈な寒波がほぼ常に到来する。

 『霊骸』と呼ばれる猛毒は、素肌に触れるだけで皮膚を焼き、目に入るだけで光を奪う。挙句、口にするだけで内臓を焼くのだから、それが降り注いでいないだけで楽園とすら感じられるぐらいだ。

 前世と今世のギャップがあり過ぎた。

 明確に〝死んだ〟という実感があるせいか、今の状況は理解し難い。

 果たして、蘇ったと考えるべきか、生まれ変わったというべきかすら判断しかねる。

 やはり、こういうことはシュヴィと一緒に考えるべきなのだと、北山陸は——()()()()()()()()()()()()()は思考する。

 それと同時に——猛烈な孤独感を味わった。

 

「シュヴィ……………」

 

 会いたい。逢いたい。再会し(あい)たい。

 その声が聞きたい。その笑顔を見たい。その身体を抱き締めたい。

 どうしようもなく勝てない俺を支え続けて欲しい。

 もう一度、もう一度、もう一度————!

 

 強欲で、矮小で、有り触れた(おも)いが、胸の内に〝寂しさ〟となって渦巻いた。

 

 シュヴィほどではないが、理屈や道理で冷静にモノを考えるリクでも不思議なことだが、どういう訳かこの場所——国立魔法大学付属第一高校校内にて、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 前世において、最も最弱の種族に過ぎなかった自分が、何故〝魔法(こんなもの)〟を使えるのかということにも驚かされたが、それ以上にこればかりは驚愕する他ない。

 

 この世界に大きな精霊反応を感応する霊針盤は無い。

 それどころか、精霊回廊自体が無いという。

 見つかっていない可能性も考えられたが、確実におかしい点が一つあった。

 それは人間という種族だ。

 あの世界とこの世界における人間に外見、内面に違いはない。

 大きな違いがあるとすれば〝魔法〟が使える者と使えない者が存在するという点だ。

 

 あの世界において、人間は体内に魔法の源である精霊回廊に接続する回路を持たない。当然使うことも、感知することもできない。

 いくら五感が優れていようとも、ここのように人がたくさんいる中で、シュヴィ一人を感じ取るのは不可能だ。

 視認している訳ではない。

 聞こえている訳でもない。

 触れている訳でもない。

 この時点で、彼女がここにいると確信するのは()()()()()()()()

 

 加えて——この世界では、精霊回廊とは別に、魔法を使う術がある。

 それも全く異なる方法だ。

 この世界の現状から考えるに、いくつか推測は立つ。

 その中からめぼしいものを取り挙げる。

 

 一つ目は『大戦』の後、人間が全く異なる技術を開発し、それを以て他種族を壊滅させた可能性。

 ————有り得なくはない。

 けれど、最期に見た『神霊種(かれ)』がその行為を赦すだろうか。

 

 二つ目は『神霊種(かれ)』が全てを造り替えた場合だ。

 勿論、不可能ではない。『星杯(スーニアスター)』には、それだけの力があってもおかしくない。

 あれは種の創造を行えるレベルの魔法を行使できる存在をたった一人に限定する為の概念装置だ。

 出現条件からしても、精霊回廊と密接に繋がっている。

 ————しかし、やはり、妙な違和感がある。

 

 三つ目はこの世界はあの世界とは全く異なる別の世界だということ。

 ————正直、かなり頭のおかしな考えだ。

 とはいえ、一理ある。リク自身が異端とも言えたせいか、完全に否定し切れなかった。ことの全てを『ゲーム』と断じる彼だからこそ。

 

 いくら考えても、やはり一人では限界があった。

 それを思考する間にも、リクの身体は近くに感じるシュヴィの存在に吸い寄せられるように動いていた。

 向かう先は、講堂。あの世界よりも身長が低く感じるせいか、或いは先程の痛みが負担になっていたのか。

 重い身体をシュヴィに会いたい一心で動かすだけしか出来なかった。

 

 そうして一歩を踏み出す。早鐘を打つ心臓を押さえ、焦りと共に。

 そこで——脳裏に覚えのない声が響いた。

 

『まあ待てよ、リク・ドーラ。慌てても良いことは起こらないぜ?』

 

 誰とも知れない声だ。リクが知る者の声ではない。

 けれど、不思議と親しい仲の者を想起させる声だった。

 それでも警戒は解かない。何かの罠ではないかと思考したからだ。

 

『おいおい、警戒しなさんなって。少なくともお前の味方だよ』

 

「……誰だ、テメェ」

 

 小さな声で問いつつ周囲を警戒し、人目につかない位置に移動する。

 幸い何者かは何か大事を起こすことはなく、静かに移動を待った。

 そうして、誰にも気にせずやっと話せると思ったのか口を開く。

 

『初めましてだな、リク・ドーラ。俺の名はゼーレン。お前に解りやすく説明するなら——そうだな、輪廻転生の神ってところか』

 

 苦笑混じりにそう告げる声がする。

 どうにも胡散臭い。最初にリクが思ったのはそれだった。

 輪廻転生の神? なんだそれ。馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 突然何を言い出すのや……ら……?

 

 そこで思考が加速する。

 今コイツはなんと言った? 輪廻転生の神?

 魂を意味する名前を持つ存在だと? 思い当たることがあった。

 そういえば、かつてシュヴィに聞いたことがある。

 

 あの『大戦』最初期に消滅した『神霊種』に、輪廻転生の理を司る存在があったこと。それはたった一柱しか存在しなかったという。

 あの地獄をさらに混沌に染め上げ、ある意味では救った存在。

 死という最期を以て、地獄に再び生まれ落ちる災難を阻止した者。

 そのカミサマがコイツだと仮定したら——疑問がほぼ解決する。

 

 まず一つ目は、どうして俺とシュヴィがこうして生きていること。

 確実にリクはあの時に死んだと確信している。シュヴィもそうだ。

 彼女はあの時死んだのだ。歪んだ指輪だけを残して死んでしまった。

 だというのに、彼女の存在を間近に感じることができる。

 死んだ存在が再び命を手にし、心臓の鼓動を感じられる。

 何よりも失った身体機能が元通りということは、本来あり得ない。

 俺は敗者だ。『星杯(スーニアスター)』を手に出来なかった敗北者だ。

 敗れ去った者にこんな奇跡を与えられるのはひとつだけだ。

 

 もうひとつは、全く見知らぬ世界にいるということ。

 これもまた普通のことではない。夢でも見ているような気分だ。

 けれど、この世界で生きてきた記憶がある。これは間違いではない。

 となれば、この世界は夢ではない。紛れもなく現実なのだ。

 だとすれば、あの世界からこの世界に生まれ直したことになる。

 そんなことが出来るのもひとつだけしかない。

 

 胡散臭いことに変わりはないが、この2つで疑問は解消可能だ。

 今完全に信用するのは危険すぎるが、一先ず理解するしかない。

 今こうして語りかけてくる存在は、特別な力を持ってきるのだと。

 

「……で、自称輪廻転生のカミサマは俺に何の用だ」

 

『自称ってお前……まあいいか。ちょっと冷静じゃなかったから声をかけただけだ。感情的になったところで心が不安定になるだけだぜ?

 ちょっと腰を据えてよーく考えてみろよ。

 俺は輪廻転生のカミサマなんだぜ? じゃあ確認を取れば良いじゃねえか——シュヴィ・ドーラもお前が転生させたのか、ってな』

 

「……ああ、それもそうだな。で、実際どうなんだ?」

 

『お前と同じで俺が転生させた。そこに嘘偽りはない。

 記憶の方だが——』

 

 頼むよ、お願いだ。

 かつてリクはとあるカミサマに願った。

 〝俺達(こころ)〟に何か意味があったと言ってくれ、と。

 それを今こうしてまた祈ることになろうとしている。

 そして、その祈りは——

 

 

 

『お前がかつての自分を取り戻したように、彼女も同様だ。

 良かったな、リク・ドーラ。シュヴィ・ドーラも全部覚えてる』

 

 

 

 その言葉に泣きたくなった。心から安心してしまった。

 ああ、また一緒にいられるのか。離してしまった手を繋ぐことができるのかと。

 もう一度——今度はシュヴィとふたりで、生きることができるんだと安堵した。

 目尻に涙が溜まって景色が滲む。ここに移動していてよかった。流石に恥ずかしい。

 入学式早々、涙を流しているなんて有名になりたくないからだ。原因は神様だが。

 それでも、嬉しくて仕方がなかった。安心したからか気が抜ける。

 

「はぁ〜よかったぁぁぁぁぁッ!! これで俺のこと覚えてないとか言われたら思わず死にたくなるところだったじゃねえか! 心臓に悪い間の取り方してんじゃねえよカミサマ!」

 

『安心するや否や物騒なこと言うのやめろや。せっかく転生させたのにテトに申しわけが立たなくなるだろうが』

 

「元はといえばテメェのせいだろうが! いやもうこの際気にしねえことにするわ。はぁぁぁぁよかったぁぁぁぁぁッ!」

 

 思わずガッツポーズを取るほどリクは喜ぶ。

 大声出してひとりで歓喜する姿は、変人そのものである。

 しかし、今そんなことを気にしている暇などないが故に。

 リク・ドーラはひたすらに歓喜に打ち震えた。

 

『とまあ、このままだとSAN値ピンチになりそうな英雄様を安心させてやることにした訳だ。感謝の言葉ひとつくらい出してもいいんだぜ?』

 

「あー、うん、まあ。感謝してるよカミサマ。

 で、テトっていうのはあいつのことか?」

 

『感謝が雑じゃねえかなぁ……いやいいか。

 お察しの通りだ。お前達の諍いは無駄じゃなかったよ』

 

「なら、俺はもう大丈夫だ。

 あとはシュヴィ迎えに行って、人生を楽しんでくるよ」

 

 久しぶりにリクは微笑む。

 ああ、やっと北山陸としての人生が始まったのだ。

 これからシュヴィを迎えに行って漸く始められる。

 あの時終わってしまったゲーム(じんせい)の続きを。新しいゲーム(じんせい)と共に。

 

『おう、存分に楽しんで来い。そんでいつかこっち戻って来い。

 そん時はゲームで全てを決められる最ッ高の世界が待ってるぜ?』

 

 その言葉を最後に、カミサマ——ゼーレンの気配が消える。

 恐らくあのカミサマの元に戻ったのだろう。今頃どうしているのか。

 存外ニート生活を謳歌しているのかもしれないと、不思議と思う。

 清々しいほどの笑顔を浮かべているに違いない。リクはそう考えた。

 

「さあて。さっさと行かないとな。

 時間はどうなってる……あっ」

 

 時刻を確認すると、かなりの時間が経過していた。

 現在リクが置かれている状態に対する長考と、ゼーレンとの会話は思った以上だったらしい。

 

「流石に遅刻はまずいな。さっさと行かねえと」

 

 そうしてリク・ドーラ——北山陸は急ぎ向かったのだ。

 

 

 

 

 

 ―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 リクが辿り着いた頃には、既に入学式は始まっていた。席はほぼ埋まってしまっていて、今更手前に座るというのは返って目立つだろう。

 そう判断するや否や、彼は座ることなく最後列の席よりも後ろ、最早出入り口に等しい場所で壁に背を預けた。

 ここまで移動して、そこでふと彼は自分の身体に目を向けた。

 

 齢16の肉体はやはり、というか当然と言うべきか。

 身長は縮んでいるし、体格は平均的。生きるためにあの手この手と動き続けていた頃と比べれば、貧弱と考えても間違いではない。

 反面、見た目はどうやら以前と変わらないようだった。日本人——というらしい、自身の人種とは普通は似つかない白髪だ。

 一刻ほど前の北山陸であった頃の自分の記憶を探ってみるが、白髪は物心ついた頃からのようだった。

 どういう訳か病気やアルビノ………でもないらしい。

 

 それはそれとして

 

「(シュヴィの気配はこの中だな。どっかに座ってると思うんだが、何処にいるんだ?)」

 

 間違いなく、この場所にシュヴィの存在を感じた。

 だが、当然のように人が多すぎる。

 ここからでは、後ろ姿どころか後頭部しか見えない。

 一番奥にある演台にこそ照明が当てられているが、やはりそこ以外の照明は暗転している。

 これでは、後ろから探すことは不可能に近い。

 しかし、それでもリクは焦ったりしない。

 シュヴィは覚えている。その事実さえあれば、心は前へ進めるから。

 視野を広く持ち、まずは長く綺麗な黒髪らしきものを探していく。

 その上で小さな身長の少女から順番に探す。まずはそこからだった。

 

「(……ん? あれは……)」

 

 ふいに目に入った人物へ視線を集中させる。見覚えのある後頭部。

 間違いない、あれは——

 

「(北山雫、俺の妹じゃねえか。そういや、俺にも妹が——って。

 いやいや、今はシュヴィが第一だろ。目的を間違えるなリク)」

 

 自分に言い聞かせながら視線を外す。

 嗚呼、それでもここでの実の妹——雫が『一科生』としてここに入学していることは兄として喜ばしくあった。リク・ドーラとしても同様。

 義姉はいたが、実妹はいなかった。だからこそ、不思議な気持ちだ。

 なるほど、これが実妹を持つ兄としての感慨かと興味深く感じて——

 

「(さあて。シュヴィは何処に座ってるのかねっと。

 出来れば早々に見つけておきたいところなんだが……)」

 

 確認再開。シュヴィらしき人物を探し出す為に意識を集中させる。

 あの列にシュヴィはいない。あの列にもシュヴィはいなかった。

 『一科生』と『二科生』に分かれている為か、お蔭で探しやすい。

 優秀なシュヴィが『二科生』だとは考えづらかったからだ。

 

 そうして、探し続けること十数分。

 登壇していく関係者などの話など聞きもせずに探し続けた。

 しかし、一向にそれらしい姿は見つからないまま。

 見落とした可能性を考慮したが、シュヴィを間違える理由がない。

 そこだけは間違いないと断言できた。なにせ俺は夫なのだからと。

 

「(なかなか見つからないな……まさか姿見が違うのか……?)」

 

 そういえば前世のシュヴィは機凱種(エクスマキナ)だったなと姿を思い起こす。

 転生させたとあのカミサマは言った。となると人間の可能性は高い。

 なにせ機械仕掛けの人型など注目しか集めないからだ。

 そんな初歩的なミスをわざわざ犯すとは到底思えなかった。

 上手く誤魔化している可能性もないが、流石にそれは甘いだろう。

 

「(だぁーもう! 先に容姿を確認しておけよリク! 初手やらかしはあっちで何度かやらかしただろうが!)」

 

 頭を抱えたくなるような思いを何とか抑え込む。

 流石に後ろの席とはいえ、暴れている者の存在は迷惑極まる。

 注目も集めるし、後々が面倒なのは重々承知していた。

 が、それはそれ。見つけられないモヤモヤはなかなか晴れない。

 どうしたものかと悩みに悩んでいると

 

「(……ん? 次は首席の入学挨拶か)」

 

 そういえばそっちは確認できていなかった。

 そう思い、視線をそちらへ向けて——リクは数秒思考を停止させた。

 

 

 

 新たに登壇した人物は、誰しもが驚愕するに値する人物だった。

 齢は十六の少女。この時点では、変な点などない。

 

 けれど、最も異質さを感じさせたのはそこではなくその容姿だった。

 艶やかな黒い長髪に、少しばかり大きいディスクのような髪飾り。

 透き通るような真っ赤な瞳は、明らかに日本人とは異なるが、彼女の姓が日本人であることを断言している。

 

 とはいえ、ここまででもおかしな点など一つもない。瞳に関してもカラーコンタクトという一世代前近くに生まれたモノがある。

 他にもいくつか理由として当て嵌まる事象があり、何らおかしくない。

 そう、何らおかしくないのだ。

 ただ一つ、()()()()()()()()()()()()と《、》()()()()()()()()()—————

 

 ここに入学する以上、年齢は十六歳以上だというのは確定している。

 それは間違いないことであり、疑う必要のないことだ。

 

 しかし、そこに立つということは、入学生全員の中で最も優れた人物であることが条件である。

 つまるところ、彼女は誰よりも優秀であるということ。

 数少ない名門の出である子息子女をも組み敷くように、最優たる少女がそこに立っている。

 見た目の幼さに驚く一同だったが、直前に耳にしたアナウンスによって、それは次第に薄れていく。

 

 何故なら彼女が、かの『四葉』だから—————。

 出来ることなら、あまり近づきたくない存在の一つである一門。

 そこの子女であることは、その姓から読み取れる。

 果たして、お家が圧力をかけたからそこに立っているのか、それとも実力か。

 一同が抱く考えは半々に分かれた。中には妬み嫉みもあるだろう。

 人間が抱く感情としては当然だが、あまりにもそれは愚かだった。

 そこに立つ少女が纏う気迫、覇気というものが、段違いであることを数多くの人が感じ取れないからだ。

 反面、一握りではあるが、それを感じ取る者達がいた。

 彼らは一同に理解する。恐らく、彼女は遥か高みに到達していると。

 

 そうして、思考する間に、壇上に立った少女が呼吸を整えていた。

 緊張しているのか? ——否、それは自己暗示だった。

 生憎、少女の言葉はたどたどしいものだ。

 新入生代表として立っていて何だが、答辞にはあまり向いていない。

 そもそも、一人称がアナウンスで挙げられた名前ですらないのだから、その異質さは極まっているだろう。

 入学早々にそんな様を見せるのは、不都合。

 そう断じた少女は、かつて愛しき夫がやっていたように、一刻ほど前の自分を演じることにした。

 自らがシュヴィ・ドーラであると思い出す前の、四葉黒亜として————

 

 同時に———大きな期待も込めていた。

 それは、彼ならきっと分かってくれるという信頼であった。

 少女もまた、この場の何処かに彼が存在することを感じ取っていた。だからこそ、拒むことなくこの場に立ったのだ。

 

 そうして———有り触れた答辞が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「————————」

 

 声が出なかった。びっくりするほどその姿見は一緒だった。

 精緻で緻密な造りをしていた機械の身体ではないが、その容姿は最早一種の最上級の造形品にも思えた。

 遠目からでも明らかなその酷似具合は、記憶の中にある彼女と何一つおかしな点はない。生き写しにすら感じるほどだ。それだけではない。

 感じ取っていたシュヴィの存在は、間違いなくあの登壇者から発せられていた。間違いない、彼女はシュヴィ・ドーラ————俺の妻だ。

 あまりの美しさに、リクは息を呑んだ。そして、笑みを零す。

 

「(——ああ、流石だなシュヴィ。やっぱりお前はすごいよ)」

 

 新入生の頂点、主席合格。既に優秀な魔法師という立場。

 魔法の才能を持つ者の中で、より優れた才覚を既に発揮している。

 シュヴィはもうその領域に入っているのだと、自慢したくなった。

 

「(前にも言ったが、バカな俺には出来すぎた嫁だなぁほんと)」

 

 愛する妻の晴れ姿にリクは嬉しくて仕方がなかった。

 ずっと惚れているが、改めて褒め直したと言っても過言ではない。

 シュヴィはやっぱりすごいなと。俺も負けていられないなと。

 答辞を耳にしながらリクは強く思った。

 

 

 

 

 

「……きっと、わたしが……首席だと、言うことに……納得が、できな、い人がいると……思う。だから、みんなに……わたしの、魔法……見せ、る」

 

 

 

 

 

 それからのことだ。

 壇上に上がった黒髪の少女———四葉黒亜が、粗方の答辞を終えた後、突如としてそんなことを言い始めた。

 誰もが驚愕し、瞠目する。無論、それはリクも同様。

 ついには舞台裏にまで広がった動揺が、控えていた生徒会や風紀委員にまで広がりながらも、そこは一番冷静たれと対応に追われ始める。

 果たして使わせてもいいのか、いけないのか。

 その疑問は当然あった。本来ならば前者が取られることだろう。

 例え壇上に上がった者がそこで恥を掻いても、勝手に『魔法』を使ったのだから止められて然るべきだと胸を張って言えることだろう。

 しかし、彼女はあの『四葉』の者だった。

 一番敵に回したくない存在、その中でもこうして実、力、で、首席を取ってみせた優秀を体現した少女を邪魔していいはずもないと、風紀委員の一同は無意識にメリットとデメリットを天秤に掛けてしまう。

 その結果、致命的な隙が生まれ、その間に彼女の『魔法』は完璧に、完全に、何処の誰が見ても失敗の一欠片などありもしない程に発動した。

 

「『典開(レーゼン)』———()()()()()()()()』———」

 

 とても穏やかな、優しい声がハッキリと紡がれた。

 同時に講堂の天井より少し下の辺りに、とてつもなく大きな半透明の遊戯盤が形を成して現れ、それを中心に無数の駒が姿を見せる。

 それは『王』であったり、『王妃』であったり、『騎士』であったり———つまるところは、四葉の才女が呟いた『チェス』という言葉の通りのものが完成する。

 それに関する計三十二の駒が恐ろしいまでの細かさを伴って再現され、辺り一面に広がった遊戯盤の上に一つ一つ並べられていった。

 講堂に集う者達全てに見えるようチェス盤は反転し、そこからは互いの駒が最善手を出し合い、互いの数を減らしていく。

 最後に残ったのは、片方の『王』とたった一つの『歩兵』で———そして、それはゆっくりと縮小を始め、ミニチュアサイズにまで小さくなる頃には彼女の左の手のひらに収まっていた。

 転がすように『王』と『歩兵』がその位置を変えながら、最後に———

 

「———————、——」

 

 明らかに日本語とは違う、全く別の言語を言霊に乗せて———講堂の天井へと飛んでいき、弾けた。

 何らかの文字がそこに残り、ゆっくりと溶けるように消えていく。

 本来ならばこの場の誰もがその言葉を理解することはないだろう。

 そもそも聞いたことがないのだから読み取ることもできまい。

 全てはこの後生まれる賞賛と喝采の嵐の中に何でもないこととして溶けて消えていくだけ。

 

 

 

 だが、この場にこの世界でたった一人だけ。その言葉が何なのか、何を伝えたかったのか、理解できる者がいた。

 

 そのたった一人は目を見開いた。口はぽかーんと開いてしまい、言葉など出やしない。目を何度も瞬きさせながら、今の現状を理解せんと脳をフル回転させるばかり。

 それからゆっくりと、困惑しながらも、それでも———それが自分に向けられたものだと理解して、思わず苦笑が洩れた。額に手をやる。

 相変わらず、ほとんどシュヴィの方が何事も上手だなと小さく呟く。

 シュヴィは今こう伝えてきたのだ——「屋上で待ってて、リク」と。

 待ち合わせ場所の指定すらこの場でやってみせたのだ。

 これには流石に俺も度肝を抜かれたなと、リクは楽しげに笑った。

 当然、男としてこれ以上このまま頼ってばかりではいられない。

 流石にこの場で返事する方法はない。あまりに目立ちすぎるからだ。

 そうなると、リクが出来ることはただひとつ。

 

「(先に場を整えて待っておこう。その方がシュヴィも困らないはずだ)」

 

 今から出来る、為すべきことを纏め上げる。

 最低限ここで過ごす為に必要なIDカードの作成だけ済ませるべく、なるべく早くに列へと並ぶこと。それが済み次第、屋上へと向かう。

 恐らく屋上にはまだ鍵が掛かっているだろうが——

 

「(その程度のことなら問題ないな)」

 

 使える魔法の()()()にその手の小細工に長けたものがある。

 CADはここに来る前にしっかりと調整してある。不具合はない。

 使い勝手も良く反応も微弱極まることは我ながら断言できるものだ。

 直接発動を確認されなければ誰からも咎められることはないだろう。

 考えを巡らせ終えると答辞も既に終了し、シュヴィは壇上にいない。

 今頃何か言われてそうだなぁと思うものの、如何にも合理的な理由で正面から捻じ伏せて責任を誤魔化すことだろう。

 そうして、入学式が終わると、リクは早々に飛び出し、早めに列へ並んで個人認証を済ませてIDカードを作成する。

 クラスの確認を本来ならするべきだが、今は全く気にならなかった。

 早くシュヴィに会いたいという気持ちがあったからだ。

 既に叩き込んでおいた地図を頼りに、無人の校内を駆け回り、階段を駆け上がり、屋上への扉を見つけ出す。

 ドアに手をかけるが、当然の如くロックが掛けられている。

 

「やっぱりか。まーそれでも関係ないな」

 

 軽くロックに触れる。すると、頑丈そうなロックは容易く外れる。

 予めCADを起動しておいたのもあるが、その速さは圧倒的だった。

 

 個別情報体事象干渉魔法——魔法名『細工』

 あまりにも地味な名前だが、その力は意外にも絶大だ。

 例えば、こちらへ拳銃が向けられ発砲されようとしている。

 それをこの魔法を起動中に視認すると、物体へ即座に干渉開始。

 発砲する頃には既に干渉が完了しており、任意の結果を生む。

 この場合で言えば、その銃を意図的にジャムらせることが可能。

 そういった小手先の技を可能にするのが、この魔法の強みであった。

 

 相手が振るダイスを勝手にすり替え、意のままに操ってきたかつての自分のやり方がまさか魔法として使えるなどリクは思いもしなかった。

 とはいえ、こうして好き放題できるのはかなりありがたい話である。

 早々にロックを突破すると、リクはドアを開けて外へと出ていく。

 屋上からの景色はなかなかに良いもので、待ち合わせにはぴったりであった。以前から訪れていたのだろう。流石はシュヴィだと感心する。

 

「さて、あとはシュヴィが来るまで待つとするか」

 

 ちょうど良さそうな場所に腰を下ろし、のんびりと青空でも眺める。

 本当にこの世界の空は蒼いんだなと常々思いながら、ふいに思った。

 俺は一体シュヴィが来るまでどれくらいこの空を眺めているのかと。

 

「……やっぱなんかこの世界のことを知る為に本でも買っとけばよかったか……」

 

 散々今は必要ないものだと思っていたが、その報いが訪れたようだ。

 思い出す前の自分の記憶である程度の違いは理解しているが、やはりそれはそれ。その時までのリクが何処まで解っているかは別問題だ。

 この世界は向こうと違い、人類が地上を跋扈している。

 その為、国がどうだとかの国際情勢だとかが存在する訳で。

 北山陸が父親に頼りにされて実業への関心があれど、そこまでは別世界のことだと思っていてもおかしくはなかった。実際大雑把である。

 

「暫くは知識の詰め込み作業だな……知らないことが多すぎる」

 

 はぁ……と大きめに溜息を吐いて空を仰ぐ。結局争いは何処も共通。

 化け物同士の大戦が、人間同士のものへと代替されるだけである。

 向こうほど理不尽すぎる奪われ方をしないだけ圧倒的にマシだが。

 それでも無警告に全てが消し炭となる目には流石に遭わないだろう。

 

「コロンたち元気にしてっかなぁ……」

 

 ふいにひとり遺してしまった姉のことを、仲間たちを思い出す。

 幽霊たちの中で恐らく死んだのは俺とシュヴィの2人だろう。

 結果的にそうなったが、元々は全員が生き残るよう練り上げた。

 シュヴィを喪い、さらには自身も死んでしまったが、リクとしては少なくともきっと生きていると信じたいところであったのだ。

 

「まー大丈夫だろ——姉さんなら」

 

 だってそうだろう? 彼女なら仲間たちを任せられると信じた。

 人類の未来を安心して任せたのだから信じてやるのが弟なのだ。

 そう、姉不孝者の弟なりに信じる。大丈夫だ、姉さんならと。

 

 その時だった。

 突如としてリクの見上げていた空が僅かにブレた。

 目の錯覚だろうかと目の周りを擦る——が、直後視界が暗くなる。

 突然空に何かが現れ、何かがリク目掛けて落ちてきたのだ。

 

「…………は?」

 

 あまりにも非現実的な光景を目の前にし、リクは下敷きとなった。

 まさかこんなことで死んだのかと瞬間的に頭が真っ白になる。

 悪い、シュヴィ。それとカミサマ。また死んじまった。

 そう土下座で済まない謝罪と後悔を胸にしたところで——

 それがとても柔らかなものであると、皮膚感覚が知覚したのだ。

 

「もがっ!?」

 

 柔らかい何かの下敷きとなったリクは強かに頭を打つ。

 じんわりと嫌な鈍痛が走る後頭部。本来なら苦い顔をするだろう。

 しかし、今はそれを上回るものがあるせいか気にはならなかった。

 兎にも角にもそれが何なのか、リクは理解しようとして目を開ける。

 すると、そこにはまず白い制服と緑色の羽織が映る。学生だろうか。

 いやそれでも、突然出現するようなことがあるのだろうかと考え——

 

「(……まさか)」

 

 脳裏に過ぎったものは向こうで何度か見た現象と伝聞。

 空間を破壊して無理やり飛ぶ荒技と、目的地へと飛ぶ匠の技。

 突然任意の場所に出現するなど、そんな神技くらいだけだろう。

 となれば、そんなことができる者が誰かなど答えは必然で。

 

「……おまたせ……リクぅ……」

 

 今にも泣きそうな声で名前を呼んでくれる、聞き慣れた声。

 ずっと聞きたかった懐かしい声が、降りかかるようにやってくる。

 その声に、リクもまた泣きたくなった。体をゆっくり起こす。

 それから無意識にそっと抱き締め、その温もりを感じ取る。

 心臓が動いている、その生身の体を抱き寄せて。

 視界がとうとう馬乗りになってる、涙の浮かんだ彼女の顔を捉えた。

 

「——ああ」

 

 声が震える。視界が涙で歪む。それでも誰か間違えたりはしない。

 喉が変な音を奏でそうだと思いながらも、必死に言葉にして笑う。

 

 

 

 

 

「……おかえり、シュヴィ」

 

「……うんっ……ただ、いま……リク……」

 

 

 

 

 

 一度の死を経て生まれ直した幽霊夫婦が、再び巡りあう。

 これは、ハッピーエンドに至る最高の物語——

 

 

 

 

 

 

 




 前半 旧第五話に僅かに文章追加、文章改訂。
 後半 文章の大多数を修正・改訂。展開変更、シュヴィ、リクの主な魔法の効果を一部開示。




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