再び、ポケモンマスターに (てんぞー)
しおりを挟む
アローラ地方
『3……2……1……いぇーい! コガネTV、メインキャスターのイチゴちゃんでーす! なんとなんと、今回は前回のヒントで解った人もいると思いますが、アローラに来ました―――! ハイ! そうです! 今回はアローラ地方から特別配信ですよ―――!』
肩を揺らされ、閉じていた目が開く。欠伸を漏らしながら目をゆっくりと開けた。横から入り込んでくる光に目を細めながら指で軽く目頭を揉む。気づけば機内は少々騒がしくなっているようで盛り上がる様な喧騒が聞こえてくる。まぁ、それなりのメンツが今、この飛行機の中には集まっているのだから、騒がしくない方がおかしいだろう。そう思いながら横に座っている人物へと光を避ける様に視線を向けた。
「ほら、もうそろそろ到着するわよ」
「悪い……ふぁーあ……」
欠伸をもう一度漏らしながら軽く首を回す。銀髪をサイドテールで今日は纏めている彼女は此方の顔を両手でつかむと、軽く気合を入れるように頬を叩いた。それで一気に目が覚めた。今度はありがとう、そう告げて横の窓から外を見た。
『さぁ、今、私はアローラ地方の四島であるメレメレ、アーカラ、ウラウラ、ポニ島の内メインとなるウラウラ島に来ています! え? なんでそんな場所に来ているのか? メインって何がメイン? そんな馬鹿な疑問をしている人はまさか……いませんよね? もしいたとしたら失格ですよ? 人間失格ですよ! 今! この時代を生きる人間として失格です! でーすーが? このイチゴちゃんはとーっても優しいので、そんな人間失格の方々にも解りやすい様に説明しちゃいまーす』
窓の外からは無限に広がる海の姿、そしてそこに浮かぶ四つの島、そこに囲まれた一つの海上施設の姿が見えた。やはりホウエンと比べると一つ一つの島が小さく感じられるが、全部合わせれば同じか……それ以上の大きさはあるか、と感じられる。数百を超えるトレーナーたちが戦う為の決戦の地としては十分だろう。
『全国のトレーナーが待っていた! エリートトレーナーが待っていた! ジムリーダーが待っていた! 四天王が、チャンピオンが、そして
アローラ地方。一番発展し、住みやすく開拓されているアーカラ島へと向かって飛行機は進んでいた。後1時間もしない間にこの飛行機もアローラの大地を踏むだろう。そんな事を考えながら海の方へと視線を下せば、ラプラスの群れが水面を滑る姿が見えた。カントー等では貴種扱いされるラプラスも、アローラ地方の気候が合致してしまった影響か大量繁殖してこちらでは全く珍しさが存在しないらしい。何とも面白い場所だ、とは思わなくもない。
『ポケモンマスター。トレーナーを目指した人間であればその称号を誰だって求める。だけど今まではチャンピオンを倒した相手に渡す名誉称号でした。ですがその名誉称号もついに終わりを迎えます―――そう、このアローラ地方で第一回ワールド・ポケモン・チャンピオンシップが開催されるからです! 今までは強者を示すものだった称号も、ついに世界に一つだけ、唯一、そして頂点に立つトレーナーにのみ与える称号となります。このアローラの地でついに、この世界で一番強いポケモントレーナーが決定します!』
「あ、こら! それは俺のピスタチオだぞ!」
「なによ、さっさと食べないのが悪いんでしょ? ほら、レッドも何も言ってないし」
「こいつは目を開けたまま眠ってるだけだ!」
「逆にそれはそれで恐ろしいわね……」
「れ、レッドさーん、おーい。……あ、本当に寝てる……」
大学のサークルかこれ、とでも言いたくなる騒がしさが後ろの方から聞こえてくる。旅慣れている連中ではあるが、そう言えば基本的に船旅ばかりだったから飛行機の方は経験が薄く、それで盛り上がっているのかもしれない。そう思いつつもう一度首を軽く回し、肩を解してから時間を確かめる。確かに、そろそろアローラに到着する頃だった。
『これから数か月に渡り、このアローラ地方では最強のポケモントレーナーを決める為のバトルが繰り広げられます。しかし数百人を超える規模のこんな大会、しかも一地方を丸ごと使ったルールなんて前代未聞、初めての行いです! おぉっと、一地方を丸ごと使った、という意味が良く解っていませんね? いえいえ、解っている人はいいんですよ。ですが解っていない人は本当に何のためにネットが存在するか解っているんですかぁ? それとも洞窟の中に引きこもって―――おっとぉ、リアルにそういうトレーナーいるからこれ以上はダメですね。それはそれとして、もしかしてアレカントー放送じゃありません? こっちが先にレポート始めているのに横で番組始めているの不敬じゃありませんか?』
しゃー、おらー! という声がするシートに備え付けられたテレビを消し去りながらシートのポケットの中に突っ込んでおいたパスポートなどを確認し、そして最後にもう一度だけ窓の外へと視線を向けた。どこまでも広がる空と海、そしてそこに浮かび上がる数々の島―――この全てが戦いの地になる。
ポケモンマスターの名を返上し、今、多くのポケモントレーナーがアローラ地方へと集っている。
王者の祭典。最強を決する戦場。ポケモンバトル史上最大の宴。それがアローラ地方という今までは潜む様に存在し続けた辺境で巻き起こるのだ。その最低エントリー基準はジムバッジを8つ揃えるという事。つまりは最低限で超・エリートトレーナーと呼べるような実力者ではない限り、参戦する資格もない戦い。
厳しい条件を乗り越えて、それでも数多くのポケモントレーナーが世界中から集まる。最強、その言葉がふさわしいポケモントレーナーが自分であるという事を証明するその為だけに。
ポケモンマスター、その称号の為だけに。だがその称号は人生を乗せるだけの重みがあった。それがポケモントレーナーという生物。ポケモンを戦わせることに人生を狂わされた修羅共。戦い、勝利し、敗北し、その果てにある栄光だけを求め続ける人格破綻者共。
だが忘れられない。考える時の焦りを、戦術が合致した時の爽快感を、蹂躙された時の憎しみを、裏を掻かれた時の驚きを―――その全てが楽しく、どこまでも血液を沸騰させてくれる。戦い、そして勝利する。その為にもてる信頼と力の全てを尽くし、勝利し続ける。その為にやって来た。
最強を決する土地、アローラへ。
「トキワ・オニキスさんとトキワ・エヴァさんですね? 滞在目的は?」
「俺はPWCの出場で―――」
「私はその夫のサポートに」
「PWCの出場ですね……成程。通っていいですよ」
パスポートを受け取りながら入国審査を抜け、その向こう側に抜けた。それに続く様に黒いワンピース姿の彼女がついて来た。銀髪のサイドテールを揺らしながら横についた彼女は呆れた溜息を吐いた。
「シロガネの老害を思い出すわね。顔は笑っているけど目が笑っていない。どこか見下している感じがあるのよね」
「アローラは閉鎖された環境だってククイに言われてたっけ。あんまり余所者には優しくないらしい。まぁ、1年もいりゃあ話は変わるらしいけどな」
「それにしたって空港の人間をどうにかできないのかしら」
「ま、人を選べるほどいる訳じゃないって事さ。ま……それにしてもついに来たな、アローラに」
カントーから飛行機に揺られ数時間、漸くアローラ、アーカラ空港に到着することが出来た。複数の島から構成されるアローラ地方の内、このアーカラ島は数年前から国際化に向けて整備が進まれていた。この空港も数年前まではなかったもので、大量の観光客とトレーナーを迎える為に急激に建設されたもので、おそらくその職員も急いで集めた者ばかりなのだろう。入国審査の動きがどこか鈍く感じる。
「ま、言う必要ないと思うけど気負いすぎないようにね?」
「解ってるさ、それぐらいは」
腕を組んできたエヴァの言葉に苦笑を返す。元々は仮面夫婦だった筈なのに、今ではこうやって普通に夫婦として一緒に居るのだから、実に不思議な関係だと振り返れば思える―――とはいえ、ここに至るまでの道のりが不思議だらけなのだから、こういう夫婦関係の構築もまた一つのやり方なのかもしれないと思えてしまう。
そう思える程度には自分も此方の人間として馴染んで―――生きている。
「あー……長かった」
「エコノミーとかの方を見ろよ、まるで列が進んでないぞ」
「ひぇー……」
「……」
カントーの少年少女―――という年齢では呼べなくなったトレーナー達が同じく入国審査を抜けた。レッド、グリーン、ブルー、そしてイエローの四人組。かつては少年少女とでも表現すべき彼らも、若い大人とでも表現すべき年代に入っている。もう、最初に見た時から何年も経過している彼らは逞しく、或いは可愛らしく、健康に成長し、このアローラの地を此方同様に踏んでいた。そんな四人の姿を見つつ、呆れの溜息を吐く。
「結局……四人分のチケット代出しちまったな……」
「そこらへんは本当にありがとうお・じ・さ・ま」
「今からカイリュー便でカントーへと送り返してやろうかブルー」
一切悪びれる事のないブルーの様子に脅迫を返せば、すみません、すみませんと麦わら帽子を落としそうになりながらイエローが勢いよく頭を下げる。そのイエローの姿を見てあー、と声を零しながら片手で止めてくれ、と止めようとする。それを見てブルーが意地の悪い笑みを浮かべてる。これだからカントー時代の知り合いはやり辛いんだよなぁ、と溜息を吐く。
「イエローとレッドはいいんだよ。俺が文句を言いたいのはそこの青と緑の方だよ」
「おいおい、そんな悲しい事を言うなよオニキス。俺とお前の仲だろう?」
「そうよ、一緒に冒険した仲じゃない」
「お前ら自費でファーストクラス取れるぐらい余裕の財産持ってるだろうが。ガキの気分のまま他人にタカってないで自分の金で経済回せよ……」
「他人の金で旅行するのが楽しいから嫌よ」
やっぱブルーだけは殺さなくてはならない。そう心の中で密かに確信しつつ、レッドがややそわそわとしながら腰のモンスターボールを触ったり手を離したり、と落ち着かない様子を見せている。その姿を見て、無言で数秒間見つめてから、
「……PWCはまだはじまってないからな?」
「……そうか」
残念そうな気配を零しながらボールから指を離すが、数秒後にはトレーナーを求めて周辺に軽く探る様な視線を向けながら再びボールいじりに戻っていた。その姿を見て、軽く溜息を吐くと、肩にエヴァの手が乗せられた。
「性分的に見捨てられないんだから諦めなさい」
「いや……うん、まぁ、そうなんだが……」
ぽんぽん、と肩を叩くエヴァの言葉は認めざるを得なかった。カントー以降の付き合いの連中なら、こう、まだいいのだ。だけどレッドを初めとするカントー出身の連中はまだ未熟だったころの自分を知られている。その事もあってどうにもこの連中には弱かった。元々は経済的に不安で放置してたらいつまでもアローラに到着できなさそうなレッド、そしてアローラまでレッドの応援に行きたいけどそんな経済的余裕が欠片もないイエローの二人だけをアローラへと此方の奢りで連れてくる予定だった。
それがブルーとグリーンにバレ、結局、二人の分のチケットと部屋代まで出させられている。なんというか、もはやその辺の話術、交渉術に関しては脱帽だった。どこから嗅ぎ付けたのか、気づけばハイエナの如くグリーンとブルーが群がっていた。
ただ、まぁ、この連中を見過ごすというのもまた難しい話だ。何となくだけど、心配というか面倒を見たくなってしまう。未だに連中に対する子供であるという認識を捨てられていないのは……此方の方なのだろう。
今は起業して金もあるからタカられる事自体そこまで苦ではないのだから、別にいいのだが。ともあれ、カントー勢の逞しさに笑い声を零しながら荷物をコンベアから下ろし、それを引きずりながらアーカラ空港から出れば、そこには大量のニュースキャスターや新聞記者の姿が見える。一応スケジュールを伏せてアローラへと来たんだけどなぁ、と思いながら空港の外、道路の方にはワゴン車が止まっているのが見える。車の横に立っているアロハシャツに短パン姿の男は、自分が雇っている部下の一人だ。その方向へと向かおうとするとニュースキャスターやら記者やらがマイクを片手に迫ってくる。
「アローラオニキス選手! 此方チャンネルPXですのシズミです。ポケモン協会を通して既にPWCへの参戦の意思を見せているオニキス選手ですが今回の戦略に関しては」
「言うと思ったか馬鹿め。少しは脳味噌を使え」
「レッド選手! ファンです! 結婚してください!」
「ダメ! ダメです! レッドさんも聞いちゃダメー! 下がってくださいー!」
「あ、君、今夜一緒にディナーとかどうだい?」
グリーンだけ逆に一人、食って掛かってナンパしているのをブルーが掴んで引きずっている。鬱陶しいレポーター陣を抜けて車まで近づけば、部下と彼のカイリキーが此方の荷物を取ってそれをワゴンの後部に積み込む。その間にさっさと中に乗り込み、冷房の効いた車内のシートに背を預ける。
「こうやって突撃取材を受ける姿を見ていると改めて有名人だって認識するわよねー、貴方達って」
後部座席に座ったブルーが辟易とした様子で言葉を吐いた。無言で座るレッドの横にすかさずイエローが座り込み、グリーンがそりゃそうだろ、と言葉を吐いた。
「そりゃあそうさ。俺達はポケモン協会調べでワールドランキング20位圏内のトレーナーだしな」
ワールドランキング。つまりトレーナーの世界ランキングになる。ブルー、イエロー、エヴァはポケモントレーナーとしての本業はやっていない為、自分とレッド、そしてグリーンの事になる。それでも世界の中で超トップクラスのトレーナーが纏まって移動しているのだから、メディア側からすればめちゃくちゃ良い餌になるというものだろう。一応スケジュール隠していたんだけどなぁ、と嘆くが、フーディン等のエスパーポケモンを使った《みらいよち》で有名人の足取りを追う、というのは昔からちょくちょく利用されているやり方だ。
まぁ、ポケモンが存在する以上、完璧な隠蔽というのはほぼ不可能なのだから、ここはきっぱり諦めたほうが良い。
「どうも、お待たせしましたボス。それじゃあハノハノリゾートまで車を走らせますね。あちらの方はホテルから敷地内への取材陣の進入禁止がある上にエスパーポケモンによるセキュリティもあるので、一安心ですよ」
「ご苦労。流石一流ホテル、という所か」
「腐っても超高級リゾートホテルだしね。そこらへんはしっかりして貰わないと困るわ」
PWCとか関係なく、完全にリゾートを目的としてやってきたブルーの目が輝いて見える。本当におまえの分だけは金を出さなければ良かった、と今更ながら後悔しつつ、車の窓の外からアローラ・アーカラ島の様子を眺めた。
空港からリゾートへと続く道路は整備されているが、整備されているのは道路だけで、その周りは伸びきった草木によって荒れ放題の姿を晒していた。如何にも開拓途中、という言葉がぴったりな光景だった。とはいえ、その中にもポケモンの姿が見える。猿の様なポケモンが木々の間から此方を眺め、通り過ぎて行く。
「高所得者向けの観光地にアーカラ島はなっているし、このロイヤルアベニューってのにも興味あるのよね。でも高級ブティックは違う島にあるらしいのよねー……」
「あ、私ちょっと興味あります」
「あ、島移動用のクルーザーを期間中は貸切る予定だし、私も一緒に行っていいかしら?」
「イエローちゃんもエヴァさんも大歓迎よ。とりあえずホテルで荷物置いてからどこかに行かない?」
女子たちが早速きゃっきゃ言い始めるので肩身の狭さを感じつつ、サクッと車内の座っている場所を移動し、女子たちが話しやすいように前列を女子、後列を男子で固めた。ポケギアを取り出し、そこから立体スクリーンを投射しつつ、このアーカラ島を確認する事にする。
「このロイヤルアベニューではバトルロイヤルで遊べる施設があるらしいな」
「へぇ、あのゲテモノルールか。……そこそこ人気があるっぽいな?」
「ちょっと興味あるけど……やっぱり本命はポニ島のバトルツリーかなぁ」
「やめろ」
レッドの言葉にグリーンと二人で声をそろえてレッドのバトルツリー行きを阻止する。数年前のサブウェイ失踪事件を思い出す。その手の終わりのないバトル施設、その中にレッドが飛び込むと最低で半年間は出てこなくなるのだ。バトルを終わらせないので。とはいえバトルツリーやバトルロイヤル等、アローラでしか見ない特殊なバトル文化というのはあるらしい。
それに興味がないかといえば嘘になる。とはいえ、今は調整やら経験値を稼ぐ事の方が大事だ。特に経験値稼ぎは一番重要だ。
「アローラに到着したし、ホテルに到着するまで一回ルール部分をおさらいしておくか」
良い時間潰しになるだろうと認識しつつ、PWC、つまりポケモン・ワールド・チャンピオンシップに関する基本的な情報を確認する。
PWCに出場できるポケモンは予選時点で8匹まで。出場資格は予選の見直しによってジムバッジを8つ集めた者、という条件になった。形式は予選から本戦・前半、そしてファイナルリーグという形になる。
メインとなる6匹に、サブ枠である2匹まで。無論、最低出場ラインは6匹である為、サブはなしでもいいとなっている。
メインとサブの違いは連続出場に関する制限になる。メインは全試合に出場することが出来る。だがサブのポケモンは
道具、逃亡などに関しては一般的な公式戦ルールとは違いがない。ただこのPWCにおける今までと最も違う部分は、レベル制限の撤廃、そして準伝説とメガ個体に関する扱いだ。
準伝説と呼ばれるポケモン達の使用制限の解禁、そしてメガ個体の複数所持の許可だった。つまりはラティアスやラティオス、ボルトロスや伝説の三鳥などの準伝説級のポケモンの使用制限が解禁されたのだ、メガ進化ポケモンの複数所持と共に。
この最大の理由はアルセウスによる環境制限の解除にある。
つまり
何せ、完全な格下と戦っているようでは
つまりレベル50がレベル10を10000匹倒してもレベルは上がらず、レベルを維持する事が出来ずに
「現在のポケモンバトルを見た感じ……最低限
グリーンが環境を纏めた資料をポケギアで確認しながら呟く。その言葉に頷く。
「今までの大会とかはある程度の公平性を保つ為にレベルを揃える事もあったけど、レベルキャップが解放された今、レベルを上げる能力もまた実力の一つとして認識されている。レベル100に到達したところで今までの環境、育成メインのトレーナーには辛い環境だったし、漸く追い風が来たって感じだな」
「まぁ、育成型とそうじゃない奴で平均10~15レベル差、俺やお前のような奴で20レベルは環境平均に差を付けられるか。お前のエースが確か今―――」
グリーンの言葉にそうだな、と返す。
「サザラが今トップで
撃墜数が一番多いのが理由だ。おそらくメインパーティーの中での撃墜王だ。ホウエン以来、更に強くなっている。天賦だから、というよりは本人自身が戦いという行いその物に対して相性が良いからだろうか。まぁ、自分が保有するメインパーティーのアタッカー、その二枚看板の一人だ。
自分とグリーンは育成能力がズバ抜けて高い―――その為、環境平均よりも遥かに強く、レベルを高く成長させることが出来る。1回のバトルで得られる経験値の量が違う。簡単に言えば常時しあわせのたまごを使っている様な状態だ。実機での話を出すなら、これだけで数値に20~30もの差がつく。
レベルが相手よりも高い、というのはそれだけ打点を高められ、そして耐えられるという事でもある。
そうやって強く育成したポケモンを―――倒してレッドが経験値を引っ攫って行く。
「ぶい」
「ぶいじゃねーよ」
「相変わらずお前の勝率おかしいんだよ」
レベル上げと能力調整の為、PWCに向けて行った自分とグリーンと、そしてレッドの小規模なマッチ。何度か繰り返しながら戦績を収める。その結果、
自分とグリーンが戦績4:6と6:4で5:5を行ったり来たりする結果の中、レッドだけ3:7と超安定して勝率を固定している。
赤帽子、絶対勝利じゃなくなってもその勝率の高さは一向に衰えない。純粋な化け物である。
「ただそこら辺を抜けばほとんど通常の大会とレギュレーション周りは変わらないんだよな」
「まぁ、そこはポケモン協会が徹底して監視しているからな。準伝説が今回通ったのはそれが世界に一匹しか存在しない訳ではないという事が理由なのと、それらを使役できるのもトレーナーの実力……って理由からか」
伝説の使用禁止? 当然の措置である。
ホウエンをみりゃあその理由は良く解る。試合の前に島ごとスタジアムが沈む。
「んで、今公開されているのは予選の形式だけか」
PWC予選は数百を超えるトレーナーを振るい落とす為の試練だ。数百を超えるトレーナーを本戦の百数名まで絞り込むことが目的となっている。その形式は
参加者には毎日メールで対戦相手が送られ、そのトレーナーを相手にアローラ地方内でバトルを行う。完全なフリーフィールドバトルとなっている。動ける場所、そして平坦なフィールドであるスタジアムとは違い、アローラ地方の雄大な自然の中を大いに利用した予選ルールだった。
まぁ、アローラ地方そのもののPRを兼ねている部分はあるのだと思う。とはいえ、フリーフィールドは
まぁ、どちらかというと
「アローラ地方は環境保全の為に、専用に訓練された移動用のポケモンではない限り、ポケモンを使った移動が許可されてない地域ってのが地味にキツイ」
「あー……移動制限があるのか」
「まぁ、これに関しては俺が登録申請しておくから、明日には移動用のリザードンでも借りるか」
自由に《そらをとぶ》が使えないのは地味に辛いところだ。ここにPWCの為に来た人間は全員、嫌でもアローラ文化について学べ、という事なのだろう。面倒だがバトルをするためなら我慢できなくはない。
そうやって、男3人であーでもない、こーでもないとPWCに関する話を続けているうちに、やがてアーカラ島―――アローラ地方最高最高級のリゾートホテル、ハノハノリゾートへと到着する。アーチを抜けて入るリゾートはアローラに存在する他のリゾートやホテル全てを押しのけた最高のクオリティを保有している。
ワゴンが止まり、降りたところでベルボーイ達が荷物を運ぶために待機しており、チェックインを済ます為に他の連中が降りて、ロビーへと向かって行く。自分もその姿を追いかける前に足を止め、運転席にいる部下へと視線を向ける。
「ご苦労。また何かあったらこっちから呼びつけるが、日中だけだからこの後は楽にしておけ」
「了解ですボス。OBC社員一同、アローラ支部でいつでも動けるように待機しているので遠慮なく頼ってください! それでは!」
起業する際、部下の育成や統率のノウハウをサカキから教わったのだが、そのせいかなんか、部下の成長方向が妙な感じがするが、ロケット・コンツェルンでよく見る感じだったし問題ないな、と断言しながらハノハノリゾートから視線を反らし、ここから見えるアローラの大海原を見た。
その向こう側にはポニ島やウラウラ島等が見えた。これからこの全てがバトルの舞台となる。
「……なるぞ」
その呟きに、ベルトのボールから強いポケモン達の意思を感じた。
「再び、ポケモンマスターに……!」
という訳で開始しましたアローラ編。誰が一番強いのかを決めるという戦い。データを作り、用意し、そして戦うのだ……俺が吐血しながらデータを作って! 以下、オニキスに関する今期基本データ。
https://www.evernote.com/shard/s702/sh/e031413e-21af-4047-a2a0-d3675340875f/b6ccd5cbdc9b28da2364448f1539592c
オニキスは能力に関しては成長がほぼ頭打ち、後は経験を重ねて指示を伸ばして行くのみという段階に来ています。つまりピンチに覚醒して逆転! ……みたいな展開はゼロである。確率論が仕事をせずにダイスビッチが股を開いた場合は私の管轄外である。
ともあれ、ルールの細かい部分やバトルの解りやすい表示とかは裏で整理済みなので、ちょくちょく情報公開していけるかと。
今期は手持ちデータが全部完全なデータ化されている上に公開予定なので、読みながら何が起きたのかが解るかなあ、というアレ。まぁ、ポケモンが出たら公開って事で。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
ハウオリシティ
……果たして、トレーナーを目指そうとしてから何年が経過したのだろうか。
詳細な年月は……もう、覚える事を止めた。あの日、此方の世界で一人の男として生きると決めた時点で。この世界に生きるトレーナーとして、最強の道を進もうと決めた時点で。数えるだけの意味を失った。生きる、という事は拾い上げながら同時に失うという事でもある。
人間は、全てを拾える程器用で万能で、全能な生き物ではない。
或いはアルセウスなら―――創造神であれば話は別なのかもしれない。だけどその造物主でさえ自分の創造物を疑ったのだ正しいのか。そうじゃないのか。アルセウス自身でさえ理解できず、それを問うために試練なんてものを用意し、異界の人間をこの世界に呼び寄せた。全能の神でさえ失敗し、死ぬ事もあり得る。その中でなぜ人間が完璧をこなせると思うのだろうか。
だけどそれは別に悪い事じゃない。辛い事もあればどうにもならない事もある。だけどそれに立ち向かう特権が人間にはあるのだ。そしてそれを重ね、足掻きに足掻き続けた先に未来という奴は訪れる。そうやって自分の未来は開かれたのだ。つまり人生とは足掻く事前提である。
「とはいえ、旦那を置いて早々ロイヤルアベニューで買い物とかちょっと納得いかないんだけど」
『まぁ、自立性の高い人物ですからね、奥方は』
「手紙だけ残して女子だけで出かけたってのを残されると流石にショックだ」
もうちょっと旦那の事を気遣ってもいいんじゃないか? とは思わなくもないが、彼女も自分も、お互いに束縛するようなタイプではない。夫婦関係も好きだとか愛しているとか、一々そんな事を言って構築したのではない。そういう軽い言葉は必要ないし、まぁ、お互いがお互いをどう思っているかなんて今更な話なのだが……それでもちょっとだけ、負けた気分になる。まぁ、彼女も彼女で此方の影響を受けてかまだまだ若々しいから行動力に溢れている。悪い訳じゃない。
ともあれ、
「ここがメレメレ島か。名前はなんというか……割とふざけた感じがするな。文化の違いって奴か」
ゲームとしての話をするのならポケットモンスター内の地方は日本や海外をモデルとしている。ここ、メレメレ島、ハウオリシティ・ポートエリアから見るこのアローラ地方というのは、ハワイやグアムという南国のリゾート地を思い出させる土地だった。なんというか、芸能人とかが休みの為に来そうな場所ではある。周りにいるのは現地民か観光客ばかりで、自分もそうだ。
恰好は赤いアロハにクォーターパンツ、そしてサングラスという恰好だ。トレードマークである帽子やコートは今はなし―――流石にいつもの正装を続けるには少々、熱帯すぎる。故に予選が始まるまではこの観光客ルックのままでいるつもりだった。何せ、正装はメディアへの露出も多く、一瞬で身元がバレかねない。護衛の為に黒尾とスティングを連れてきているが、姿は目立つので二人ともボールの中に居て貰っている。
残りの連中に関してはホテル内で解き放って自由にさせている。ただナタクはどうやら護衛にエヴァについて行ったらしい。まぁ、一応肩書はボディガードなのだから当然と言えば当然なのだが。
ともあれ、
「あー……ククイの所はハウオリの外れか」
となると少し歩かなくてはならないな、とマップを確認しながら呟く。まぁ、既にホテルの方からPWCの申し込みは終わらせたのだ。急いでアローラを歩き回る必要もないし、ゆっくりとククイの所へと向かう事にする。あの男と直接会ったのは2年前が最後だが、それ以降はメールやビデオチャットでちょくちょく連絡を取り合っている。
なにせ、自分の知識にはアローラ地方が存在しない。そしてアローラ地方にはリージョンフォルムと呼ばれる環境。地域に適応したポケモン達が存在するのだ。基本的にはカントーで見るポケモンがベースなのだが、アローラ独特の気候が影響し、他の地方では絶対に見ることがないような変化をもたらしている。
個人的に一番面白く、そして可能性を感じたのはアローラリージョンキュウコンだろうか。通称Rキュウコンとでも呼ぶべきそれはカントーの炎単一とは違い、フェアリー・氷の複合タイプと、まったく別方向の進化をしている。
このように、アローラでは独特の進化を遂げたポケモン、文化に影響を受けたポケモンの姿が見えるのだ。しかもどうやらアローラは基本的に
ともあれ、そんなアローラのメレメレ島には生態や技の研究を行っているククイが住んでいる。アローラのポケモンに関してはおそらく彼が一番詳しい。何せ、ククイはずっとアローラに住んで研究しているのだ。同じく、ポケモンの技や生態の分野を研究している身としては非常に気になるし、お互いに情報交換を行う意味でも遠くから連絡を取っていた。
つまり、ククイとは普通に研究者としての友人なのだ。アローラに来たら挨拶しに行くと事前に伝えているし、此方の日程も伝えてある為、訪問しようという魂胆だった。
「それにしても熱いな……」
片手を頭へと持って行きながら燦々と注がれる日差しを前に軽くアロハシャツを揺らして風を自分へと送り込むが、それでも焼け石に水だった―――いや、こっちではブーバーにみずでっぽう、とでも言うべきか。
この暑さから逃れるためにもさっさと日陰の少ないポートエリアから歩いて出て行く。
「それにしても観光客が多いな」
『メレメレ島にも大型リゾートが幾つかありますから』
ポートエリアの出口を目指しながら歩きつつ、周辺へと視線を向ける。そこには自分の様に肌が日に焼けていない他地方出身の観光客たちの姿が多数見え、カメラなどを片手に歩き回っているのが見える。だがその中には一部、腰のベルトにモンスターボールを装着している姿が見える。
まぁ、観光客もトレーナーも、どちらも目的は明らかにPWCだ―――それに対してそこまで興味を持たないのはやはり、アローラ民だけだろう。歩きながら見る姿はどこか、面倒がっているようにも感じる。まぁ、そこに住んでいる人間からすれば大体こういうもんだよな……という気持ちは解らなくもない。
とはいえ、企業の人間の目線からすれば、アローラ地方はあまりにも小さすぎる。リゾート化などの開発が進んでいるがそれは僅かな陸地を消費しての行いだ。やがて、開発に行き詰って外部からの力や資源に頼らなくてはならない時が来るだろう。その時、アローラの人間は排他的な態度を続けるようであれば、
「……いや、休みの時にまで何を考えてるんだか」
軽く頭の中を空っぽにするように考えを忘れて、太陽の光を受けながら歩き続ける。今のこの環境ならカイオーガでさえ歓迎できそうなぐらい熱かった。ポートエリアから出た先には警察署が存在し、メレメレ島に入り込んだ人達を見ている。そこから視線を外して、歩き出せばポートから続く道路に出る。どうやらここら辺は流石に開発されているらしく、見慣れた都会の景色が見えてくる。
「なんだったか……ヒートアイランド現象とかってのを前、やってた気がするなぁ」
日本や東京と比べれば高層建築がないのが幸いか。だけど鉄のパイプやフェンスが太陽の光や熱を反射している様な気がして、地味に暑苦しかった。これなら氷花を連れてくりゃあ良かった、と軽く後悔しつつハウオリシティを歩く。今まで見てきた街の設計としては割と珍しく、町中に小型のポケモン、原生種が暮らす為の少し高い草むらが伸びているのが見えた。足を止めてフェンスの向こう側、草むらの中へと視線を向ければ、黒い姿が走り回っているのが見えた。見た事のあるネズミの姿だが、黒いその体毛は、
「黒いコラッタ……Rコラッタか」
トレーナーに適応した固有種というのは近年、比較的に多く観測され、報告されている。だが地域をベースとして完全な変質したポケモンというのは割と珍しい。ただ新しいポケモンを見た時、見つけた時の喜びは何歳になっても変わらないな、というのを苦笑しながら感じた。
「そう考えるとある意味僥倖だったのかもしれないな」
自分がこの地方に関する知識を持たないというのは―――純粋に、新しいポケモンを楽しみ、そして育成を探すことが出来る。それは悪くない事だった。
車の無遠慮なクラクションを聞きつつ、視線を草むらから外し、歩き出す。田舎だけど普通に車が通っているなぁ―――と思うのはやはり失礼なんだろうか? そんな事を考えながらハウオリシティを進んでいけば、段々とだが高級店がずらりと並ぶ通りが見えてくる。それを横目に眺めつつ、根本的に観光客などを目的とした街になっているな、というのを感じ取る。
まぁ、観光収入がおそらく今のアローラの経済を支えているのだろうから、間違いではないのだが。
と、歩いていると大型モールを見つけた。そこに置いてある看板を見ればどうやら高級ブティックが中にあるらしい。まぁ、今度暇な時にエヴァを連れて―――来なくても勝手に女子たちと一緒に行くだろうと諦めて、その横を通り過ぎて行く。
ハウオリシティはそれなりに広く、ポートから街の端まで歩くのにはそれなりに時間が必要だった。おそらくはバイクでもレンタルしたほうが早いし賢いのだろうが、観光を兼ねた散歩でもあったのでゆっくり端から端まで歩く事に決めていた。
『……楽しまれているようですね?』
「まあな」
ポケットモンスターの個人的な楽しみ方の一つには新しい街を探索する、という部分があると思っている。
「最初に触れたのは赤バージョンだったな」
『……?』
「あの頃は何をしても楽しかったな。草むらを越えてトキワシティに向かって、そこからポケモンリーグゲートへと向かおうとしたら突然バトルを挑まれて……あぁ、最初はトキワの森にビビったりもしたなぁ……んでそれを抜けてニビシティに到着したら全力で走り回ったもんだ」
マップ! マップを見たい! という感じに全力で新しいマップを隅から隅まで探索したものだ。あの頃の感動は忘れられない。そしてあの頃と同じ感動を今、自分はきっと味わっているんだと思う。初めて見た土地、聞いたことのないポケモンの足跡がこの地には存在する。あのころ、マップを開拓し、新しいポケモンを見る事に一喜一憂をしていた時代を思い出す。
こうやって歩いているのはあの頃の気持ちを忘れていないからだろうと思っている。
やっぱり、ポケモンが好きだ。ポケットモンスターという世界が好きだ。そしてこの世界に来られたこと、この世界で一人の人間として生きている事が心の底から嬉しく、誇らしい。
「楽しいな」
歩くだけでここまで楽しいのは久しぶりだった。初心を思い出す、とはこのことかもしれない。そう思っていると肩に軽い接触を感じ、少しだけよろける。肩を軽く払いながら、
「すまないな」
と、声をかけるがその直後、肩を思いっきり掴まれた。無理やり振り替えせられると、肩を一気に押し、距離を開けてから詰め寄ってくる。その姿は口元を髑髏マークのバンダナで隠しており、町のチンピラというイメージを形にしたような姿をしていた。その姿を見ておぉ、もぉ、と心の中で呟いてしまった。どこからどう見てもチンピラだが、
『ボスに喧嘩を売るとは……死に急ぐか……』
スティングの発言が中々物騒だった。というかボールの中から磨き上げられた殺気を感じる。ははーん、お前こいつを殺す気だな? と思いつつ、
「YO、YO、YO、へーいへいへいへい、ちょっと人にぶつかっておいてその態度いひぃぃぃ―――!?」
異能を部分的に解放し、統率されたスティングの殺意を軽く差し向けてやった。途端、言葉を失って子犬の様に体を震わせ始めた。その頭を掴み、サングラスを軽くズラしてからその瞳を覗き込んだ。
「―――小僧、何か言ったか?」
頭を全力で横へと振る姿を見てニコリ、と笑みを浮かべてから頭を解放し、背を向けて再びハウオリシティの外れへと向かって足を進める。背後で人の倒れる音がするが、精神的なダメージだけで済ませた分、結構優しかったと思う。まぁ、自分もだいぶ甘くなったもんだ、とは思わなくもない。
道中、そんなトラブルを迎えながらも段々とハウオリシティの外れへと近づく。
どうやら外れの方にはトレーナーズスクールがあるらしく、その校舎が見えて来た。カントー等では出来ない贅沢に土地を使った大きなプレイグラウンドを持った学校の姿が見えた。
「ヤングースこっちこっちー!」
「負けるなコラッタ!」
「《ばけのかわ》がある分球ミミッキュで安定するけど、それだとテンプレ通りだからやっぱりレッドカード持たせて多重に積んでくる相手に対して素交代で吹き飛ばし、そこをおいうちで狙うスタイルとかロマンあっていいよなぁー……」
……学生たちが楽しく遊んでいるなぁ、と思ったらどこかガチ勢が混ざっていた。ミミッキュ、ククイに教えて貰ったアローラ産のポケモンの一つだ。《ばけのかわ》という恐ろしいほどに強い特性でどんな攻撃であろうと絶対に1回耐えることが出来る、耐久とはなんだったのか……という疑問を生み出しかねないポケモンだ。
しかもつるぎのまいにかげうち、じゃれつくを習得する事から天然のドラゴンキラーでもある。お前の種族ピカチュウじゃなくてドラゴンに殺されたのかよと一言申したくなるスペック。
「オーロラベールを筆頭とした此方で生まれた技は気になるんだよなぁ……」
そこらへん、ククイに見せて貰う予定でもある。天候に条件が付くが、《リフレクター》と《ひかりのかべ》を同時に貼るのと同じ効果がある技というのは非常に強い。あまり自分が使うタイプの技ではないが、それでも気になってくる。
「頭の中、ポケモンだらけだな……」
『トレーナーとしては正しいのでは?』
それはそうなのだが―――こう、一つ一つをポケモンに繋げて考えるのはちょっと、ポケモン馬鹿という感じがして格好悪くないだろうか? いや、それも今更な話か。そこに苦笑しながら学校の前を通り過ぎ、そのまま更にハウオリの外れへと進んで行く。段々と舗装された道路から、踏み固められた道へと変わって行く。完全に島全体が開拓されている訳ではなく、部分的な開拓が進んでいるだけなようだった。
ハウオリの外れに到着すれば、ビーチへと繋がる下り坂が見える。
そこからはメレメレ島近海を目撃することが出来、サメハダーやラプラスなどに騎乗して海の上をスイスイと進むトレーナーや観光客たちの姿が見える。それらのポケモンも、このアローラ地方で専門の訓練を受けた、移動用のポケモン達のように見える。
そんなビーチの手前に、少しだけぼろい掘っ立て小屋が見えた。
「アレがククイ研究所か」
『……あまり言いたくはないのですが、騙されていませんか?』
「一応地上部分は寝泊りする為で、施設としての本質は地下にあるらしいぞ」
まぁ、しかし、確かにビーチ近くの小さな家を見たら本当に研究所なのか? と疑いたくなるのも事実だろう。実際、マサラタウン等で本物の研究施設を目撃している分疑問は強い。
……それともポケモン研究を行っているククイはこんなところへと押し出されているのだろうか?
どちらにしろくだらない考えだ。友人に会いに来たのであれば考える必要もない。軽く段差を飛び降りながら歩いてククイ研究所へと向かう。この下り坂にはそれなりに草むらとポケモンの気配がするが、ボール内の二体の気配が強すぎる影響か、まるで近寄ってくる様子はない為、ゴールドスプレー要らずの状態だった。昔はもうちょい襲われたんだけどなぁ、と懐かしみながら段差を降りて進めば、
あっさりとククイ研究所まで到着してしまった。あまりにあっけないが―――ゲームの様な時代は終わったのだ、これが普通だ。扉の前に立って軽くノックする。木製の扉が向こう側に音を響かす。
「ククイ、いるか? 約束通り遊びに来てやったぞ」
軽く響かせるように声を放つと、向こう側から何かが倒れる音と、衝撃音と、そして吹き飛ぶ様な音が聞こえた。また同時に少女のキャー、という声が聞こえ、続けて、
「あー……オニキスかな? うん、ちょっと待っててくれるかい? 今、見られるのは少し恥ずかしいというか―――」
「良し、入って良さそうだな」
「流石躊躇しないなぁ君は!」
迷う事無くククイ研究所の扉を開けてその向こう側へと抜ければ、外のボロさからは考えづらいほどに整え、清潔にしてある木造の建築があった。どうやら疑似的な二階建ての構造をしており、はしごで登れるようにしてあるのがポイントが高い。それ以外には地下への階段、そして巨大な水槽、休むためのスペースがあるように見えるが―――今、そこにはククイが衝突しており、本棚から落ちた本の山に埋まっていた。
「あ、あわ。あわわ……」
「ウォンウォン!!」
金髪に白い帽子の少女が震えており、子犬のポケモンが本に埋まっているククイに向かって吠えている。その姿を見てからククイへと視線を向け、溜息を吐く。
「何やってんだ……」
「いやぁ、あはは……」
本の山に下敷きにされたまま、ククイが笑った。
「アローラ、オニキス」
「アローラ、ククイ……手伝うか?」
「……うん」
それはどこか抜けた再会だった。
たぶん、次回はバトルで黒尾&スティング公開になるかな。それに伴いデータの種別、纏め方、バトルの表記とか色々と今期で使う部分を表示させるかなぁ、って所で。
リーリエ……なんでカントー行ってまうん……?
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
ククイ研究所~リリィタウン
「それじゃあ改めて久しぶりだね、オニキス。こうやって直接顔を合わせるのはホウエンぶりになるね」
「あぁ、あの時は本当に大変だったな、まぁ、今ではいい想い出だよアレも」
苦笑しながらククイが用意してくれたブレンドコーヒーを手に取る。ソファに座りながら、ククイと、そしてククイが言う助手のリーリエという金髪の少女を見た。ククイはいつも通りだが、リーリエという少女は初めて見る。しかし、ククイが彼女を助手と呼んだ割にはその両手は
この世界、研究者もポケモントレーナーを兼任している。なぜなら研究中にポケモンを育成するし、その面倒を死ぬほど見るからだ。そしてその間に手はどんどん汚れ、傷ついて行く。まともなポケモントレーナーであれば、手が綺麗だなんて事はまずありえない筈なのだ。そうなると間違いなく何らかの事情があるのだろう。雰囲気的に良いところのお嬢様臭さがあるし、家出娘を預かっている、という所だろうか?
ククイも苦労しているものだ。
「な、なんか同情的な視線が気になるけど―――PWCへと向けた調子はどうだい?」
「悪くない。トップエースは180をマーク、レベルが低くても168をマークしてる。漸く自分に一番適した戦術が完成された、って感じだ。たぶん
「あぁ、そこには異論はない。個人的な友人として君の戦いを応援しているしね」
ククイはそういうとニカ、と笑みを浮かべた。浅く焼けた褐色の肌は完全に陽気なアローラの男の姿だった。ククイはどちらかといえば快男児と呼べる部類の男だ。閉鎖的なアローラ社会の中でもそこから飛び出した男だ。たまにこういう滅茶苦茶なのが閉鎖社会では生まれてくるよなぁ、とククイと談笑しているとあの、とリーリエが口を開いた。
「し、失礼します……その、オニキスさん? はどういう方なんですか?」
「ん? 俺か? しがないポケモントレーナーだよ、特に珍しくもない」
「君が珍しくもないポケモントレーナーなら世界の大半から珍しさが消えるよ。リーリエ、彼はね、現在のジョウト地方に君臨しているチャンピオンなんだよ―――つまり一つの地方で最強って言われている上に、世界で十指に入る実力があるって言われているトレーナーなんだ」
「へぇ、そうなんですか……?」
持ち上げ過ぎじゃないか? と思いつつもリーリエの方は寧ろ良く解っていない様子だった。やっぱり、箱入り娘、というかお嬢様っぽさがある。世間に疎いらしい。まぁ、有名人になりたくてなっている訳ではないからちやほやされない分には別にどうでもいいのだが。すかされるのはちょっと悲しみは感じなくもない。ともあれ、
「ククイは出場するのか?」
「いや、僕は流石に今回は遠慮しておくよ。あくまでも研究者だしね。ポケモンバトルは確かに好きだけど……ポケモンマスターを目指す、という程の覚悟は僕にはないよ。だからそれはそちらに任せるとするよ」
まぁ、モチベーションはバトルでは大事な要素の一つだ。それがないというのであればククイに強制させるものではない。ホウエンに居た時にバトルしたときは、結構いい感じだっただけにそのククイの言葉は落胆するには十分なものだった。それを察してかククイはははは、と小さく笑い声を零すと、
「代わりに……って言っちゃうと聞こえが悪いケド、アローラ地方の準伝説級のポケモンの話は知っているかな?」
「あー……確かカプ、だっけ?」
そうだ、とククイがニヤリ、と笑みを浮かべながら人差し指を立てた。
「このアローラ地方は非常に面白い地方でね、伝説のポケモンは存在しないんだ。少なくとも他の地方の様に明確な形として伝説のポケモンが存在するのは確認されていない―――だけど、その代わりにこのアローラ地方には四体のポケモンが、守護者であるカプが存在する。その強さはそれぞれが準伝説級なんだけど、驚く事になんと
「へぇ、確かにそれは面白いな」
伝説種、準伝説種といえばポケモンの存在するこの世界においては秘された存在である。なぜなら彼らには通常のポケモンを遥かに超える強い力が存在するからだ。それをポケモンは誰よりも良く自覚している。だからこそ人前に出現しないのだ。
「カプ・コケコ、カプ・ブルル、カプ・レヒレ、そしてカプ・テテフ。遥か昔から存在する四体のカプはそれぞれの島の守護者として君臨し続けている」
「ゲットしようとする奴はいなかったのか?」
「勿論いたさ。そしてその度にカプも島民もそういう連中を追い返してきたのさ。一種の宗教の様なものだよ、カプに関しては。手出し無用。このアローラ地方におけるタブーの一つだ。おかげでカプも自由にやってるもんだ」
ククイはそう言うと帽子を脱いで頭を掻き、だけどね、と呟く。
「他の地方を歩いて僕は見てきた。そこには伝説や準伝説にまつわる話が出てくるのと同時に、それらに関する失敗の話も出てくる。アローラはそういう話が極端に少ないんだ。カプとアローラの密接な関係はやっぱり、そういう失敗が
まだ、という事はやはり、この大量の観光客とトレーナーが増えた中で、今まで通りの環境を維持するのは難しいと考えているのだろう。実際、難しいだろうとは思う。とはいえ、何もしていないだろうとは思うし、
「ポケモン協会に保全を頼んだろ?」
「あぁ、うん……申し込もうとしたんだけどね……」
歯切れの悪い言葉と共にククイは困った表情を浮かべた。そこでうん、と腕を組みながら頷き、
「……アローラ側に断られちゃった」
「おぉぅ……もぅ……」
恐るべきは田舎の閉鎖社会。まさかそういう行動に出るとは……そう思いつつもククイは説明する。アローラの島民は基本的に閉鎖された社会である為に排他的であり、なるべく自分たちで成そうとするのが基本であると。また同時にカプはアローラの守護者である、守護神でもある。それはアローラ文化の誇りでもあるのだ。その為、それを他人に管理されたくないという反骨心から自警団を組織し、カプが住まう遺跡周辺を警備しているそうだった。
「ちなみにカプ自身はそこらへんまったく興味がなくふらふら飛び回っているよ」
『とことん空回っていますわね』
カプとアローラの関係の道化っぷりが発覚したところで、少しだけ残念なように思えた。伝説種、或いは準伝説は他のポケモンと比べると非常にユニークな能力を持っていたりする。育成家としてはそこらへん、専用技とかに関しても非常に興味のある相手ではあった。こんな閉鎖された環境で育ってきた種なのだから、絶対にカントー等の大きな地方では見られない特殊な種族構築しているんだろうなぁ、というのは見えた。超気になるのは事実だが、流石に強硬突破して見に行くことははないだろう。
「私がこっそり運んでもいいのよ!!」
空間の切れ目から聞こえ覚えのある声がそんな事をささやいてくるので、拳で切れ目を殴って破壊する。リーリエが相変わらず首を傾げているのが可愛いなぁ、と軽く現実逃避しつつ落胆していると、
「……確実にカプに会える訳じゃないけど、カプが祀られるその遺跡に入る便宜を図っても良いかな、とは僕は思っているんだ。一応アローラ最高の権威だしね、僕は」
「本当か!」
「おっと、だけど勿論タダでは、とは行かないよ? 僕らの業界では一つの借りがどれだけ大きなものかを誰よりも君が一番良く理解しているだろう?」
「良し、ホウオウ、ルギア、ギラティナ、イベルタルから好きなのを選べ」
「まて、それは止めるんだ。君は良くても僕が殺される。というか横の空間から今にも出て来そうだけど」
横の空間が砕けて今にも《やぶれたせかい》に通じそうなのを異能で上書きすることで封じ込め、此方へと出てくるのを封じ込める。日常的なやり取りなのでもはや慣れた事だ―――こうでもしなければ風呂の時とか狙って襲ってくるし、情事の時にまで混ざって来ようとするから必須だとも言えるが。
ともあれ、
「僕が欲しいのはそういうのじゃなくて、もっと別の交換条件だよ」
そこでククイは一旦言葉を区切り、
「―――スカル団を知っているかい?」
ククイの言葉にリーリエがスカートの端を少しだけ強く握ったのが見えた。そしてそれと同時に思い出すのは町中でエンカウントしたチンピラだった。そういえば髑髏のマークが印象的なチンピラだったな、と。それを思い出しながらククイへと告げればあぁ、それそれ、と言葉を向けられた。
「スカル団はね、今アローラを騒がせるギャングみたいなものさ。とはいえ、やっている事は町中のチンピラや不良と変わらないよ。徒党を組んで少しだけ悪い方向に青春を過ごしているだけさ。ぶっちゃけ、カントーとかジョウトでは普通にいるタイプのチンピラだよ」
思い出すのはサイクリングロードに出現する暴走族の姿だ。楽しかったカントー時代。一度、ボスに言われてサイクリングロードの暴走族を絞めてみろ、と言われたので暴走族連中のモヒカンを燃やしてサイクリングロードを疾走させたことを思い出す。あの頃はほんとやんちゃしていたなぁ、と。それはともあれ、
「それがなんか問題なのか?」
「まぁ、こっちだとな。あんまり法律に触れる様な事をしている連中ではないんだよ。ちょっとばかし迷惑になるような事はしているけどね。だけどスカル団はいわばアローラの負の象徴なんだ」
その言葉に首を傾げる。チンピラが、と。ちょいワルな感じで青春しているならぶっちゃけ、アクア団やマグマ団の様な迷惑さはないし、ギンガ団の様な失敗すれば次元大崩壊しそうな事もないし、どっかのカエンジシヘッドみたいな獄殺兵器を持ち出している訳じゃないし、非常に平和じゃないかと思う。
「いや……アローラにはちょっとした悪習があってね、その結果スカル団は駆け込み先みたいなものなんだ。まぁ、言ってしまえば失敗した人間の逃げ先なんだ。僕も別段それを悪いとは思わない。成功の裏には常に失敗が存在する。それを認めるからこそ社会は成立する訳だけど」
「あぁ、成程。なんとなく見えて来たわ。アローラにおける悪役なのか」
「そうなんだ。狭い島だからね。昔から島巡りって文化があって、それに失敗した人間を蔑む風潮があるんだ。そしてスカル団はその失敗した人間の集まりなんだ。たった一回の失敗で……とは思わなくもないんだけどね。僕も島の人間で既婚者だ。何か表だって口にすると……」
暮らしにくくなる、と。まぁ、それはなんとなく解った。そしてククイもそれなりに気にしている事だと。そしてそれにおそらく横のリーリエが関わっているのも。ソファに座るケツの位置を軽く調整しつつそれで、と呟く。
「どうすりゃあいいんだ」
「明確に解決できるとは僕も思っていない。だけどスカル団の子たちは本来、そこまで悪い子たちじゃないんだよ。トップのグズマに関しても僕の個人的な知り合い―――いや、友人だ。そして彼の事は良く解っているつもりだ。別につぶせ、とかどうにかしろ、みたいな事を頼みたい訳じゃないんだ」
「目にかけておいてくれ、って事か。別に丸ごと吸収して
「流石に確実に会える訳でもないのにそれを頼むのは傲慢という奴さ、何より、スカル団と島巡りに関連する悪習の類は外部の人間ではなく、僕たちアローラの人間で向き合うべき問題なんだ」
「了承した。ま、やり過ぎない様に注意するさ」
それを聞いたククイはどこか満足そうな表情を浮かべてからちょっと待っていてくれ、と言葉を置いた。立ち上がると下の研究室へと走って行き、リーリエと共にここに残された。おっと、割とまともそうな娘と二人きりにさせられてしまった。アクの強いのを相手にするのは得意なのだがこう、明らかに普通なのは寧ろ苦手だ。
変な連中とばかり付き合ってきた人生が憎い。
ともかく、待っている間は暇なので、黙っている必要もない。
「大丈夫か?」
「え、あ、は、はい」
「……」
物凄くテンパっている、というよりは警戒されている。一応今はアロハ姿、と威圧感のない服装なのにここまで怯えられると落ち込みたくなってくる。そこまで……そこまで怖くないよな? ジョウトではかっこよい系のチャンピオンとして人気なのだが、一応。チビっ子たちが真似をして帽子とコート姿をするぐらいには。
そんな心の傷と戦っていると、リーリエがあの、とおずおずとした様子で声をかけて来た。
「その……オニキスさんは、ポケモンバトルの凄い方、なんですよね? ごめんなさい、私正直ポケモンバトルの事は疎くて」
「あぁ、気にするな。価値観は人それぞれだから。それよりなんだ。お兄さんが何でも答えちゃるが―――あぁ、そうだ、俺に惚れるなよ? 一応既婚者だからな」
後ストーカー多数。そう付け加えるが、リーリエには意味が通じない模様。ここまでくると逆に今までどれだけ大切に育てられてきたのだろうか、とは思わなくもないが、リーリエが口を開いた。
「その……オニキスさんにとってポケモンとは何ですか?」
「現実」
リーリエの質問は前、コガネテレビでインタビューを受けた時に向けられた質問だった。だからその時と全く同じ返答をリーリエに返す。自分にとってポケモンは一言で例えるのなら現実という言葉に尽きる。それにリーリエは可愛らしく首を傾げた。
「現実、ですか?」
「あぁ。どれだけ否定してもポケモンは俺達と共にいる。一緒に生きているんだ。命を、意思を、形を、魂を持って。だからこそ俺達は何よりもポケモンと向き合わなければならない。それが現実と向き合うという事だからだ。つまりそれは生きる、という事でもあるんだ」
「え、えーと……?」
「……ははは、ちょっと難しいか。まぁ、これは俺の人生観だからな。簡単に言えばポケモンは生きています。彼、彼女たちは生物です。私と同じ命を持っています。だから接する時は常に本気で向き合いましょう、という事だ」
「あ、成程」
まぁ、元々ポケモンが現実ではない世界から来てしまったのだ―――だからこそ誰よりもそれを深く胸に刻んでいるつもりなのだ。ここは現実で、現実からは逃げられない。そして逃げもしない。
誰よりも、自分がそう決めた。
だからこそアルセウスの帰るかどうかの言葉を蹴り飛ばしたのだ。
俺はオニキス。
トキワ・オニキス。トキワの森のオニキスで、ジョウト・チャンピオンのオニキス。
この世界で生きている、エヴァという妻を持った一人の男だ。ハチャメチャで辛い事もあって逃げ出したくなることもあった。だけど俺は生きているし、それに付き合ってくれた黒尾は―――ポケモン達も生きている。それを見ないふりをする事なんて出来ない。だからこそ、忘れてはいけない。
「生きる、というのは存外難しい事だ。死なないだけなら簡単だ。だけど目的をもって生きるという事はその為に動く必要がある。金を稼ぐ必要がある。目的を見据え続ける必要がある……真面目であればあるほど、現実は重くのしかかってくるものだ。だけど、だからこそ生きるってのは楽しい物さ」
……その言葉の意味を今のリーリエは理解できないだろう。
だけどいつか、大人に成る前に解ってくれたら、それはとっても素敵なものだと思う。
「ククイの奴もやるもんだ」
ククイ研究所を出た所で手にしていたのはククイが発行してくれた手形だった。そこにはマハロ山道への登頂許可が書かれており、これを入り口であるリリィタウンで見せれば通して貰えるだろう、とククイが用意してくれたものだった。他の場所、遺跡への侵入許可に関しては後日発行してくれるとして、今回は前払いでこれを用意してくれた。何ともまぁ、気前のよい事だった。
『ご機嫌ですね?』
「まぁな」
ボールの中から聞こえてくる黒尾の声に機嫌よく答えながらククイ研究所から坂道を上って行き、ハウオリシティの外れからアローラ1番道路を抜けて、リリィタウンの方角へと向かって行く。
此方の方は整備、整頓されているハウオリシティとは全く違う様子を見せていた。
ハウオリシティがメレメレ島における観光客向けの都市である様に、此方の方はそうではない人達―――つまりは島民の為の場所だった。リリィタウンはメレメレ島における普通の生活を送る島民の村になっているらしい。
この一番道路もある程度は整備されてはいるが、明確に道が引かれている訳ではなく、木製のフェンスによって道を区切った後は道路を平たく押しつぶしてそのまま、という田舎の道を思い出させるつくりになっている。そこを走り回っているのは観光客や島外からやって来たトレーナーの姿ではなく、褐色肌が目立つ少年少女たち、つまりは島民たちの姿だった。
此方は大人たちとは違い、不躾な視線を向けてくることはなく、此方がリリィタウンへと向かって歩いていると手を振って挨拶をしてくる気持ちよさを持っていた。それに軽く手を振り返しながら歩いてリリィタウンへと向かって行く。
「ま、やっぱガキは元気に走り回っているのが一番だよな」
どことなく閉鎖的になっているのは子供たちではなく、その上の世代からか、と草むらの中へと飛び込む子供の姿を見ながら呟く。
「見つけたぞゴンベ! 今日こそ捕まえてやる―――この鉈でな!」
やっぱアローラのガキ頭おかしいわ。鉈を持った少年がゴンベと鬼ごっこしながらそのまま段差を飛び降りて行く姿をしばし見つめてから、日が暮れる前にさっさとリリィタウンへと向かってしまおうと足を速める。
ぶっちゃけ、リリィタウンとハウオリシティはそう遠くはなかった。
地図で確認した距離は徒歩で一時間ほど、飛行できるポケモンがいればかなり時間を短縮できるだろうが、ライド出来るポケモンを今回は借りてきていない為、普通に一時間歩いてリリィタウンへと向かった。
幸い、勝負を挑んでくるトレーナーはいないし、野生のポケモンもボールの中から漂わす別次元の強さに警戒して、近づこうとすらしない。後はトレーナーの目につかない様に堂々と移動するだけなので問題なくリリィタウンへと到着した。
ハウオリシティが完全に近代化された都市だったのに対して、リリィタウンは本当に最低限の発展しか行っていない近代集落だった。木造建築をベースに空いた土地にぽつぽつと建築物を立て、中央に舞台の様なものを置いた場所だった。社会学者だったらこれを見てアローラ文化だ! なんて喜んだりするのだろうか? 自分からするとただの村としてしか見えないのが悲しいものだ。
まぁ、さっさと抜けてしまおう、とリリィタウンへと入る。此方の方もあからさまな余所者に対して攻撃的な態度を取る事は―――なかった。
寧ろ町中や、施設で働いているアローラ民の方がそういう態度は露骨だったような気がする。
そういえば昔の、地球での話を思い出す。
クー・クラックス・クラン、つまりは白人至上主義者の話だ。連中は人種差別思想を持った集団の中でも結構活動的なグループなのだが、面白い事にこの連中、自分のホームであるアメリカではなく、日本などの国に乗り込んで自分たちの思想を主張して活動したのだ。本当に面白い話だと思った。そして同時に本当に興味のある奴こそ意欲的で噛みついてくるのだというのも理解していた。
そうすれば
故にどうでも良いと思う連中ばかりがあとに残る。
めんどくさい話だ。ま、今は関係のない話だ。バトルの邪魔さえされなければ基本的に田舎民の心情とかどうでもいい話でしかない。そして今回、そういうのを解決する必要はないのだ。ククイの頼まれごとはあるが、自分ひとりで解決できる様な問題ではないから、ちょくちょく様子を見てればいいだけだ。
と、そんな考え事をしている間にリリィタウンの奥へと到着した。
そこにはマハロ山道への入り口があり、それを登頂した先に戦の遺跡と呼ばれる遺跡が存在するとククイは言っていた。戦の遺跡はメレメレ島の守護神カプ・コケコの家のような場所であり、ほとんどの間留守にしているが定期的に立ち寄って身を休める場所になっている。その一番奥に祭壇が存在し、カプに認められた存在であれば、それぞれの遺跡の祭壇でカプと会い、戦うことが出来るらしい。
が、
「おいおい、兄ちゃん。この先は立ち入り禁止だ」
当然ながら褐色肌の若い青年がマハロ山道の入り口に立っており、道を封鎖していた。その言葉に対してサングラスを頭にかけながら苦笑を零す。
「たぶん俺の方が年上だ。それよりもククイからマハロ山道登頂の許可をもらっている。確認してくれ」
ククイから受け取ったばかりの許可証を取り出して道を塞ぐ青年に見せると、それを受け取った青年が確認してから確かに本物だ、と呟くが、
「……いや、悪いけど諦めてくれ。今、ここを通す事は出来ない」
「どうしてもか?」
「あぁ……いや、別段アンタが悪いって訳じゃないんだ。ククイ博士が許可を出すって事は信頼できるって事なんだろうけどな、それはそれとして、別の理由でここを通す事は出来ないんだ」
それはどういう事なんだ、と質問をすれば、青年が答えた。
「最近、カプ・コケコが地味に気が立っているんだ」
青年は少しだけ困ったような様子で頬を掻いた。
「カプ・コケコはメレメレ島の守護神って話は知っているか? いや、まぁ、遺跡に向かう以上は知っているか。そのカプ・コケコは実は四つの守護神の内最も好戦的で戦う事を好んでいる守護神なんだ。ほら、最近外から強いトレーナーがいっぱい来ているだろう? その事もあって興奮しているみたいなんだ……」
「あー……確かにテンションの高い準伝級は災害の様なものか」
「あぁ、そうなんだ。普段は勝手に飛び出してバトルをしてストレスを発散しているんだけど、この状況でカプ・コケコも問題を起こさない様に自制しているみたいなんだ。だけど本来はバトル好きの性格だし、それを無理やり自分で抑え込んでいる物だから酷く気が立っているんだ。戦の遺跡に向かったらおそらく一切躊躇しない全力の殺し合いになる」
「それで注意喚起、という事か」
「あぁ、だから悪いな。ここは通せないんだ」
申し訳なさそうに言う青年に気にする必要はないと告げながら、じゃあ、と言葉を続けた。
「俺がコケコのガス抜きに付き合おう」
「え? いや? いやいやいやいや、ダメダメ、ダメだって! そんなの自殺するようなもんだって! 猶更行かせられないよ! カプ・コケコは純粋な勝負能力で言えばこの4島の守護神で一番強いんだから!」
青年が慌てるように此方を心配し、諭す様に言ってくるのに小さく笑い声が零れる。物凄い新鮮なリアクションだっただけに、違和感さえ覚えてしまうが……まあ、辺境で、しかもいつもとは違う服装なのだからバレないのも仕方がない。これがポケモン協会や身内が相手であれば、
『えぇ、まぁ、無言でボールの一つでも手渡されるでしょうね……』
つまりちゃんとゲットしてこいよ? というアレである。お前らも大概神経図太いな。とはいえ、カプ・コケコがいる状態が確定なら自分としてもぜひエンカウントしておきたいところだ。故にここは押しとおりたいところだ。
「安心してくれ。俺もPWCに参戦予定のトレーナーだ。実力ならポケモン協会のお墨付きだ」
「ポケモン協会のお墨付きと言われてもなぁ、こっちじゃリーグとジムがないからあんまり馴染みがないし……良し、こうしよう」
青年はそう言って手を叩いた。
「俺とアンタでポケモンバトルをしよう。その勝負で一人でもアンタの方に瀕死のポケモンが出たら、その時点で終了。大人しく帰ってくれ。だけど今連れているその二体のポケモンで俺の六匹を倒すことが出来たら戦の遺跡への通行を俺が許可するよ。どうだ?」
青年の提示したその条件にニヤリ、と笑みを浮かべた。
「乗った」
一も二もなくその言葉に飛びついた。寧ろバトル脳としてはその条件が一番都合が良かった。普通に言葉や、或いは金で言いくるめても良かったのだろうが、アローラ地方のポケモンバトルというものを見るのにはちょうど良い所だった。アローラ特有のポケモン、そしてZワザ。これからのバトルに備えてそれらを一度経験しておくのは悪い事ではなかった。故に深い笑みを浮かべ―――バトルの準備に入った。
https://www.evernote.com/shard/s702/sh/9df3ccd6-87e7-419c-b13a-343ffcd31538/dc0a89e36f9ceb101dbb5dd5e549c9e6
【技幅】x6なので習得しているワザから6個選んで装備。特性が複数ある場合は一つ選択して装備という形。
以上、今回使用する黒尾とスティングのデータ。称号(一定以上の活躍による獲得)、体質、性質、天賦か否か、固有枠、個人枠、育成枠などに能力は分けられている。ポテンシャルが多ければ多いほど能力はたくさんつくけど制限があって、それを超える事はレギュレーションで違反という事で。
>『黒爪の愛人』 称号枠
>『固有種』 性質・体質枠
>『黒爪九尾の手管』 個人枠
>『キリングオーダー1st』 育成枠
>『黒爪の王冠』 育成枠2
>『魂の契約』 特殊枠
>《命枯れ果てる彼岸の地》 専用枠
とまぁ、解りやすくデータを解説するならこのような感じで。こうやってしっかりと区分しておくと非常にバトル転がしやすいので(ダイスを片手に)。
それはそれとして、碑文つかさ氏がまたまたポケマス絵を描いてくれたぞ! オニキス&二期終盤でだす予定だった蟲の天賦スティングの絵、まだ見てない人はピクシブかツイッターでチェックしよう!
という訳で次回、2:6でvs青年。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
リリィタウン
「もう一回確認するけどそっち2、こっち6だけど本当にいいんだよな?」
「あぁ、だけど確認するけどそれ以外のレギュレーションに関してはPWCのものと一緒だと認識していいんだな?」
「あぁ。もちものは一つまで。道具禁止トレーナーへの攻撃はなしの標準公式ルールだ」
「なら問題はない」
ルール無用な方が得意なのだが、それを口に出す必要はないだろう。ともあれ、正々堂々としたルールで戦うのなら何も文句はない。リリィタウン中央の舞台、リリィタウンでバトルを行う為のグラウンドで両端に着きながらボールを手にして、バトル前の設定を行う。今回使えるポケモンは二体、
先発枠の黒尾、そしてアタッカー枠のスティングだけだ。
とはいえ、一番自分に適応しているポケモン二体という事もあり、ぶっちゃけ、素人相手の勝負ならそこまで心配しなくても良いレベルの戦力だ。何よりレベルは両方とも170を超えている環境トップクラスのレベルだ。相手がPWCに参戦しない一般トレーナー枠であるのならば、この二体だけで十分に封殺可能だ。というかしなくてはならない。
ここで一度、黒尾とスティングの手持ちとしての能力を纏めよう。
まずは黒尾。此方は先発で場に出る事でカウンターを溜め、そして相手の動きを止める事に役割を置いている。《きつねだまし》を使ったタスキ潰しはタイプが悪なのでゴーストタイプ等で無効化することが出来ない。『黒爪九尾の手管』には変化技を+1する能力が―――つまりはいたずらごころ互換がある為、相手が高火力技持っているポケモンである場合、それを察して《おにび》や《ダークホール》を撒くことが出来る。また、《みちづれ》を相手よりも早く出す事が出来るというのが非常に優秀だ。
《じょうおうのいげん》を特性として装備した状態で《みちづれ》を選べば、相手が攻撃技のみを繰り出す状況に限定した場合、確実に一体落とせる心強さがある。また、元がキュウコンなのでCの種族値が悪くない。固有種への進化と適応進化を経てC値は成長している。その為、タイプ一致である《だいもんじ》や《あくのはどう》を使った攻撃も行える。
《ダークホール》で相手を眠らせてからの《あくのはどう》で相手に眠り状態を引き継がせて連続で落とす―――が、ここに《おいうち》を持たせるとハメが成立してしまうのでレギュレーションとして習得を許可されていない。故に黒尾の構成は相手の出鼻を挫く、という一点にある。《のろい》、《みちづれ》、《おにび》、どれが決まっても相手が困るのは確実だし、《きつねだまし》でのタスキ潰しも出来る。また相手を状態異常にしてからバトンタッチをすれば後続のポケモンに対して任意能力を+2させた状態で戦闘が出来る。
一度で役割を終わらせない事を考えるなら特性は《やみのころも》、相手に対するハメ運用であれば《じょうおうのいげん》、そして相手がハメを駆使するタイプのパーティーなら《マジックガード》といったところだろう。
そんな黒尾に対してスティングの性能は終盤に繰り出すアタッカー、という形が一番適切だろう。専用の特性である《ふくしゅうしん》は瀕死の味方の数だけ急所率を上昇させるものであり、最後の一人として繰り出して運用すれば『殺刃蜂の殺し手』と合わせ驚異の急所率+7、確定急所となる。何よりも《ねこだまし》や《エアスラッシュ》、《でんじは》を利用したまひるみ戦法が通じない称号効果、そして蟲タイプとしての頂点に立った証である『統制者:蟲』の効果で、ほぼどんなタイプ相手でも強気に出ることが出来る。
それに何よりも
故に終盤アタッカーだ。最後の最後で速度と火力の勝負となる中で、大量のカウンターが溜まった状態、その中で相手のまもるやみきり、無効化能力を全て貫通して絶対に殺す。
気をつけなくてはならないのは黒尾もスティングも
一部のポケモンには攻撃技以外では瀕死にならない、なんていう効果を持ったポケモンも存在する。だがスティングも黒尾もそういうタイプのポケモンではない。その為、相手が徹底した《みちづれ》戦術を取った場合、問答無用で敗北する可能性があるという点だ。
それを踏まえて今回の選出を調整する。
名前:黒尾
特性:やみのころも
持物:たべのこし
技:《きつねだまし》《だいもんじ》《あくのはどう》
《まもる》《バトンタッチ》《ダークホール》
名前:スティング
特性:てきおうりょく
持物:いのちのたま
技:《くびをおとす》《みきり》《とどめばり》
《とんぼがえり》《ドリルライナー》《どくどく》
選出はこの通りにするとする。相手のトレーナーを見た感じ、一流のトレーナーが持つような覇気が見えない。ポケモンを育てていたとしてもおそらくは100レベル前後だろうと大体予測がつく。その場合、彼我のレベル差は70を超える。これは実数値における70以上の差になる。とはいえ、《いたみわけ》や《ステルスロック》などの固定ダメージベースの戦術構築の話をするとこのレベル差はあまり気にならなくなってくる為、油断はしない。
そういう意味でも黒尾とたべのこしの相性は良い。全てのタイプを半減して受ける事のできる《やみのころも》、そして一定間隔で回復し続ける事が出来るたべのこし。格下相手であると回復量だけで詰みに近い状況になる。
それに対して球持ちのスティングは素直な構成だ。殺される前に殺すという実にシンプルなスタイル。元々はメガスピアーであり、メガスピアーである以上はメガストーンを必要とした。だがメガスピアーをベースとした固有進化を行った結果、スティングからはメガストーンを装備する必要性が消えた。メガスピアーというA種族値の暴力から更に火力を上げることが出来るもちものを持たせられるのだ。
徹底してぶち殺す事だけを考えた構成だと言って良い。
先発は黒尾、そして次に繋げてスティング。サイクル戦はあまりやらなくなった、というよりは居座り型の方が相性が良いのがホウエンで発覚した。とはいえ、シドなしの黒尾オンリーがカウンターを稼げる要員なのだ、必然的に《とんぼがえり》で黒尾を場に2回出す必要があるだろう。そうしなければスティングのスキルが半分腐る。この状況でスティングのカウント8へと到達するには最低限で2回黒尾を場に出し、その上で4体倒す必要がある。
「……ま、こんな所だろう。一応勝負を始める前に保険を入れておくか」
ポケットの中から携帯端末を取り出し、それを一つの番号へと繋げる。電話が繋がるまで待つのに必要な時間はそう長くはなく、
『はい、もしもし此方親愛なる隣人ナイトさん。今愛しのエーフィーちゃん口説いてるからあとにして欲しいんだが』
「またアタックしてるのかお前は……それよりもひらひらフリルの似合うナイトちゃん、今暇している手持ちがいたらメレメレ島へと送ってくれないか? たぶん準伝と一回当たる事に―――」
電話の向こう側から大地を砕くような轟音が響き、少しだけ耳から離してから音が過ぎ去るのを待ち、耳を寄せた。
『サザラがそっちに向かったぞ。あいつがいりゃあ大体大丈夫だろう、スティングはそっちに居るし。ウチの二枚看板がいるなら準伝が相手でもお釣りが出るだろ?』
「おう、ありがとうな」
とりあえずこれで準備は完了だ。端末をポケットの中へと叩き込んで、黒尾が入ったボールを片手に、舞台の反対側にいる青年へと視線を向けた。青年も此方へと視線を返し、
「準備は終わったか?」
「あぁ、問題なくな。待たせたな。……それではバトルをしようか」
手を頭の方へと持って行こうとして、帽子を被っていないのを思い出した。アレがないと格好つかないな……そう思いながらボールを軽く手の中で転がし、息を吐いた。既に準備は整っている。ゆっくりと世界を、この舞台をスタジアムとして異能が飲み込んで行く。その感覚に相対する青年が動きを止めた。
「あ、えーと……」
「アローラにだって異能はあるだろう?場を支配しているだけだから気にするな。それよりもそっちの準備は出来ているんだろうな」
「うん? あ、あぁ……出来てるさ!」
最後の言葉は気合を入れる為か少し大きい声で放たれた。それに笑みを浮かべて迎える。そう、状況が何であれ、俺がチャンピオンである限り、どんな場所でバトルをしようが
故に、
耳元でピピピピ、という声が聞こえてきたが、横目を向ければ空間の切れ目が見えた。バトルの時にまで遊んでるんじゃねぇ、と軽く心の中で叱りながら掌の上にのせているモンスターボールを正面へと向けた。内側からモンスターボールがはじけ、黒い炎と共に舞台の上に黒い人影が出現する。
それは黒い着物に包まれており、足元のスリットからは白い生足が、胸元は零れそうで―――頭には黒い狐の耳が、着物の下からは九本の尻尾が見える。舞台に立つのと同時に、遠巻きに眺めている全ての人の呼吸を魅了する様に奪い、一瞬でバトルに釘付けにした。
「見るだけは自由ですが、懸想は許されませんよ? 身も心もこの人の物ですから」
「どうした、呆けて。バトルするんだろう?」
「あ、あ、あぁ……そうだったな! 行け! ガオガエン!」
青年がモンスターボールを投げ込み、閃光と共に新たな姿が舞台の上に出現した。それは黒と赤のライオンの様な、プロレスラーの様な恰好をしたポケモンだった。アローラの中でも珍しい御三家と呼ばれる、初心者トレーナー向けのポケモン。ククイの持っている資料で確認した事がある。タイプは悪・炎、見事に此方とタイプが被った形となってくる。
見て解る脳筋タイプのポケモンだ。鈍足が比較的にアローラでは多く、突出したポケモンが高速アタッカー……だったか、それを思い出しながら名を呼ぶ。
「黒尾」
「えぇ、解っておりますとも」
「避けろガオガエン!」
「ぐる―――」
だが遅い。ガオガエンの行動よりも先に黒尾が《ダークホール》を放ち、命中する。ダークホールの命中が50なんて事実は存在しない。そして命中80であれば此方の統率力で100ぐらいまでは引き上げられる。故に命中率は100。変化技の優先度が+1される事もあってガオガエンの行動前に《ダークホール》が成功し、踏み出そうとしたガオガエンがそのまま倒れて眠る。
「最低限の舞台は整えました―――」
相手が状態異常になった事をキーに黒尾のSが+2される。そしてそのまま片手を持ち上げるとポン、と煙と共にバトンが出現する。
「―――後はお任せしますよ?」
「シフトバック―――蹂躙しろスティング」
バトンを上へと黒尾が放り投げ、ボールの中へと戻っていった。それと入れ替わるように、次のボールがその内側から弾け飛んだ。そこから出現する姿は一瞬で舞台に到達し、斬撃と共にバトンを真っ二つに切り裂いて上昇された能力を黒尾から引き継いだ。
一瞬で到達した姿は漆黒の色の肌をしていた。スピアー特有の黄色は黄金色に変質して髪と服装の各種に見られ、黄金色の装飾を除けば肌、ホットパンツ、インナー、ジャケットの全部位が黒く染まっている。
ただ、その残された片目が爛々と赤く輝いていた。その片手には黒と赤、天賦のオノノクスを材料に作られたハルバードを再加工して作られたデスサイスを握っている。その動作も体の動かし方も凄まじく慣れているものがあり、
「……」
無言でフィールドに立ち、殺気で場を制した。静かな緊張が場と観戦者たちを包み、言葉を奪った。だがそれと同時にバトルは再開する。
「起きろガオガエン!」
「止めだ」
指示を繰り出す瞬間には既に手が振り抜かれていた。足のホルダーに装着されているダートを使った投擲―――《とどめばり》が突き刺さる。一瞬だけ舞台の上でびくり、と跳ねるとそのまま瀕死になって動きを停止した。《いのちのたま》と《てきおうりょく》による火力向上にAにひたすら特化した種族値、
それを無防備に食らえばこうなるのも当然の結末だった。
「……」
大きくバックステップを取りながらスティングが下がり、距離を開けた。目の前に着地しながら決戦場にカウンターをまた一つ乗せる。
「兄さん強いとは思っていたが、こりゃあ舐めたら一瞬で飲まれるな」
青年はボールの中へとガオガエンを戻しながら笑った。その仕草に帽子に手を伸ばそうとして―――あぁ、そういやぁ今被ってないな、と本日二度目の失態を演じる。アレがないと落ち着かないけどトレードマークでもあるから、被っていると都市部では正体バレるんだよなぁ、と。そう言い訳をしている間に青年がポケモンを繰り出す。
「《とどめばり》……ということは虫か! 虫には炎、頼んだぞファイアロー!」
「交通事故するだけの簡単なお仕事」
変な事を言いながらボールから飛び出したファイアローが空へと舞い上がりながら大きく旋回する。原種でありながら人の言葉を話す中々に奇特な奴は少々気になる部類ではあるが、その視線はしっかりとスティングを狙っている。強い訳ではないが、悪いトレーナーではないようだ。
ポケモンにやる気が見えるのがその証拠だ。とはいえ、
「スティング」
「それではボスの前に立つ資格はない」
大きく旋回したファイアローが一瞬で姿を喪失させるほどに加速し、超低空飛行から一直線にスティングに衝突した。炎を纏った空の一撃は弱点タイプであるなら問答無用で葬り去るだけの破壊力を持っているが、
それを受けたスティングは
「……落ちろ」
無感情にスティングがデスサイスを振り下ろし、ファイアローの首のある位置を振り抜いた。直後、その姿が強制的にボールの中へと叩き戻された。瀕死になった事の証明だった。
振り抜いたサイスを一回転させながら握り直し、スティングが再び構え直した。そこには達成感らしき色は一切存在しない―――ただただ純粋に、己の役割を果たしたという事に対する誇りのみが存在していた。そして
故に騒がない、揺るがない、焦らない―――慢心しない。
存在する能力全てでただ役割を果たす。だからこそ終盤用のアタッカーとして、一切ペースを崩さずに役割を果たせる二枚看板として相応しい。
「次だ、チャレンジャー。遠慮なく挑戦してこい」
無言でスティングが次のポケモンを催促する様に腰のボールを睨んだ。それを見て青年が言葉と動きに詰まり、手の動きを完全に停止させた。そのまま数秒間、一切の動きが青年から無くなり、
「……だ、ダメだ、勝てない。降参する」
降参を示す様に青年がボールを持ったまま両手を持ち上げた。そのまま数秒間経過し、公式戦でも記述されている降参のムーブメントが終わり、戦闘が終了する。決戦場を解除しながらふぅ、と息を吐いた所で、
「賢明だな」
スティングがぼそり、と言葉を残して振り返り、ボールの中へと戻った。スティングの入ったボールをボールベルトに装着しながらサングラスを帽子代わりに弄って、反対側の青年へと視線を向けた。
「おい、大丈夫か?」
その言葉に青年が一瞬だけビクリ、と体を震わせた。
「あぁ……なんというか……俺も島巡りを終わらせてポニ島まで行った事があるから腕前には自信があったんだけどな。だけどなんというか……ポケモンバトルに対する意気込みというか、勝利への執着というか……うん、それが別格の様に感じたよ。ちょっと、こっちが申し訳なく感じるぐらいには」
「恥じ入る必要はない。ポケモンバトルは楽しむもんだ。エンジョイ勢とガチ勢でもそれぞれ楽しみ方が別なだけで上下はない。ただ俺はその中でも頂点を目指している一人ってだけさ」
舞台を横切って、手を前に出す。それを見た青年は躊躇するが、
「降参するのも時には必要だ。ポケモンも生きているし、強すぎる相手との戦いは心に傷を作ったり、普通の回復では治療できない怪我の原因にもなる。そういうのを考えて降参したんだろう? なら英断だ。自分の選択に胸を張って手を取ると良い」
その言葉に青年は一瞬躊躇しながら此方の手を取った。そしてありがとう、と言葉を告げて来た。
「……だけどちょっと、説教臭くない?」
「馬鹿野郎、俺は30だ。お前よりも年上だと言っただろう」
「えっ」
その言葉に青年が今度こそ固まったが、その姿に苦笑を零した。まぁ、
そう考えると、やっぱりアローラは辺境だな、と思える。
それはともあれ、
「これで納得してくれたか?」
「あぁ……俺なんかが邪魔出来る様な人じゃなかったな。ただ本当に気を付けてくれ。カプ・コケコは強く、そして好戦的だ。満足する為にひたすらバトルし続ける気配だからな、今は。一応バラすとタイプは電気・フェアリーだ。AとSが非常に高く、自分のいる場を強制的にエレキフィールドで上書きしてくる」
「成程、情報感謝する」
フェアリー混じりなら異界でエレキフィールドを飲み込んで、その上でスティングで攻撃すれば弱点を抜けそうだな、と考える。フェアリータイプに相性の良い二人を連れている状態でよかった。後はサザラがこちらに到着できるかどうかだが―――まぁ、期待せずに待っておくとしよう。
準伝程度、今更怖くもない。
第一PWCは準伝の使用解禁が行われている。比較的に個体数が多いと言われているボルトロス達や伝説の三鳥、そしてラティオスとラティアスはPWC中に何度も見かけるだろう。
この程度突破できずにポケモンマスターは名乗る事は出来ない。
まぁ、いい経験にはなる。
「軽く遺跡観光と洒落込もうか」
許可は得た。次の目的地はマハロ山道から、戦の遺跡だ。
という訳で最初の戦闘はサレンダーにより終了。臆病に見えるけど、ポケモンを大切にするのであれば、当然の考えでもある。なおスティングさんはちゃんと手加減してくれました。
▽怪我……ポケモンセンターなどの治療では治せないダメージ。過去にはスティングが発症して選手生命を絶たれた、とされていた。強すぎる相手とのバトル等で発生する時もある。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
戦の遺跡
「やれやれ、確かにこれは人が入れないのも納得だな」
リリィタウンを抜けてマハロ山道へと到着する。そこでは既にカプ・コケコの物と思わしき強い戦意と闘気が感じられた。マハロ山道の奥にある戦の遺跡、その中から溢れ出す様にカプ・コケコの濃厚な気配を感じていた。ただそれは完全にコントロールされており、此方へと挑発する様に向けられていた。我慢していたところに極上の料理が用意された、という所だろう。
「誘ってるな、こいつめ」
『下品』
ボール内からスティングの静かな一言が聞こえた。その言葉に苦笑しながらマハロ山道を歩き始める。カプ・コケコの住まう遺跡、戦の遺跡へと通じるこのマハロ山道の整備具合は
特に今回はトレッキング用の恰好ではないのが更に影響している。何時ものバトル用のブーツではなく、特注品ではあるが普通のシューズを履いているのが原因だ。ここまでちゃんと整備されていない所を歩くのだったら、最初から何時ものコート姿で来りゃあ良かったな、と軽く後悔する。
とはいえ、ここで足を止める予定はない。物事には機というものが存在する。カプ・コケコに関してはそれが今だろう。此処で準備を整える為に戻った所で、またカプ・コケコに会えるとは思えない。そういう天運の巡りだと思っている。
陳腐だが……運命論の様なものだ。故に文句を言わずにマハロ山道を歩いて行く。
そこに当然ながら人の気配はなく、ポケモンの気配もない。対策のない準伝説級のポケモンとは災害レベルであり、本来は軍隊を派遣するレベルだ。今ではアルセウスのレベルキャップ解放により準伝説の脅威度は大きく減ったが、それでも自然と100レベルを超えることが出来るレベルキャップの高かった準伝説はポケモンからしても恐ろしい。
故にこれまでの闘気と戦意を放っていれば、それから逃げるのも当然だ。アローラの環境ではレベル100を超える野生のポケモンは珍しく、ポニ島の一部でのみ目撃されるらしい。だがそれをしても準伝説には届かないだろう。
アローラのバトル文化も主要地方の様な徹底したバトル環境ではない。アローラにおけるバトル文化は島巡りと呼ばれる風習によるものであり、四つの島を巡る事で、一番レベルの高いポケモンが出現するラインまでトレーナーを育成するところまではある。つまりこれはトレーナー対トレーナーではなく、トレーナー対ポケモンという環境にどこまでも特化した風習なのだ。
Zワザも解りやすい。トレーナーであれば戦闘前に相手の構成や編成を見ればZワザをガードしたり無効化したり、外させたりする事はそこまでは難しくはない。Zワザは確かに威力は強いが、ポケモンは種族等でサブウェポンなどの傾向は読みやすく、Zワザは誰に何を使わせればよいのか、というのは解りやすい部分がある。故に対トレーナー戦におけるZワザの価値はそこまで高くはない。
だが野生のポケモンは違う。そこに読みの要素は薄く、殺るか殺られるか、それだけしかない。そしてその環境を考えるとZワザという大技を叩き込めるのは非常に重要だったりする。その為、アローラの全体的な環境はシンプルだ。
鈍足アタッカー。これに尽きる。一部アローラのポケモンはSが高かったりするのだが、これは一部の例外でその大半は鈍足になっている。つまり耐えて殴る。それが最も基本的なスタイルとして刻まれているのだ。だがそれ以上の成長はしていない。ポニ島にあるバトルツリーでは独自のバトル環境が構築されているらしいが、アローラ全体におけるバトル環境は停滞している。トレーナー対トレーナーの考えがメジャーではないからだ。
そしてその結果、発展しない。
ポケモンのレベル上げも基本的にはトレーナー対トレーナーによる結果のものであるからして、トレーナー同士でのバトルが発生しないとレベル100を超える事がないのだ。
そうもなれば、準伝説が環境を完全に支配してしまうのも頷ける。
「やれやれ―――と言いたいけど、実際は助かっているから文句なんて言えないか」
こうでもなきゃ堂々とカプと戦える機会なんてなかっただろう。そう思うとアローラの環境のがばがばさには感謝しても良いかもしれない。そんなくだらない事を考えながら誘われる様にマハロ山道を進んで行く。整備が最低限の道ではあるが、昔から旅慣れているのだ。チャンピオンとして、ポケモントレーナーとしてなるべくポケモンの行うトレーニング内容について行くのはモチベーションと連帯感の為に重要な事だから体力はつけている、筋力もある。
流石に山道を登る程度で疲れる程軟な鍛え方はしていない。
山道を進んで行けば段々と高くなって行く足場。ところどころ崩れている道を進んで行けば吊り橋を見つけそれを渡って行く。意外としっかりとしたつくりに管理だけはちゃんとされているんだな、と感心しながら渡って行く。
マハロ山道を登り始めてからしばらく、漸く戦の遺跡を見つける。その入り口はトライバル、とでも表現するものだった。山の中腹、そこをくりぬいたような入り口が岩によって補強され、逆三角の様なアイコンを入り口に塗りながらガードもなく、そこに存在していた。流石に無造作―――だと思いたかったが、そういえば普段はこの中にはいないという言葉を思い出す。だが中から感じる力はまず間違いなく準伝説ポケモンの濃密な気配だった。
「黒尾、スティング」
『はい』
『ここに』
「……井の中のニョロトノに大海というものを知らせてやろうか」
この程度の威圧であればまだかわいいぐらい―――アルセウスの方が遥かに酷かったな、と人生最悪の圧迫面接を思い出しながらいつもと変わらないペースで足を進ませ、戦の遺跡へと踏み入れた。短い通路を抜けて出た戦の遺跡は驚くほどに明るかった。外へと通じる窓がある訳でも、人工的な照明が持ち込まれている訳でもなかった。ただ、何らかの発光現象を起こす物によって戦の遺跡は明るかった。
戦の遺跡自体は結構古い建築の様だが、所々補修や修復、手入れの類が行われている痕跡が見受けられる。どうやら島民の愛着を集めている場所らしい。ただ奥へと続く道は一本道で、迷う必要もなく、片手で黒尾の入ったボールを何時でも転がせるように握っておく。
「私の力必要?」
「抜かせ。準伝程度にお前らの力を借りるもんかよ」
耳元で囁かれた言葉に笑いながら返答を返せば、声が小さな笑い声と共に消えた。悪戯小僧の様な連中の事だ、どうせダメだと言っても勝手に出てくるときは出てくるだろうが、その時に対処すればよいと思いながら奥へと進んで行く。
山をくり抜いてその内部に作ったような石造りの遺跡を。
中へと向かって進めば進むほど奥からの威圧感が強くなってくる。それには戦意のほかにも歓喜とも呼べる感情が混ざっているのを感じる。本当にタダのやんちゃ坊主かもしれないな、これ。そんな事を考えればあっさりと最奥に到達する。
そこは祭壇が置いてあった。綺麗に磨かれ、整理され、そして清潔に保たれたカプ・コケコをたたえる為の祭壇だった。その前にはどこかトライバルな感じを持つ、浮かび上がる両腕が半分となった仮面のポケモンだった。どこか人の面影を持つポケモンはしかし、その形状からして原種と判断できる姿をしている。
「マッテイタ」
「お前がカプ・コケコか……落ち着きのないガキめ。相手をしてやる」
言葉と共に異能が戦の遺跡全体に浸透し、そして飲み込んだ。この場が決戦場でありスタジアムとして認識される。そこに歓喜の感情を表すかのようにカプ・コケコが全身から雷を放出し始めながら迎え撃つ。
「いつも通りやるぞ黒尾」
「はい、あなた」
「ユク……ゾ……!」
フィールドに黒尾が降りたつのと同時にカプ・コケコから放出される雷が地面へと降り立ち、そのまま遺跡全体を覆う様に走った。感電する程ではないがピリっと刺激する程度の電撃は呼び水でしかない。本命を放った時にそれを強化させるための電撃の下準備、《エレキフィールド》だ。それを登場と共に発動させる能力、《エレキメイカー》。島の守護神カプたちが保有する環境形成能力。
「タイプ一致に《エレキフィールド》で技の倍率がヤバいな。とはいえ、対処法はいくらでもある」
一瞬で遺跡を埋め尽くした《エレキフィールド》に対抗する為、指をスナップさせた。それに反応して黒尾が手を掲げた。それに反応し、世界が変質を始める。《エレキフィールド》によって電撃に灯された世界は一瞬で黒く消沈した。
闇の中、赤の色が黒尾の足元に生まれる。
それは花―――彼岸花。一輪の彼岸花が生まれ、そしてそれを中心に一瞬で広がった。無限の暗夜を埋め尽くす様に、照らす様に光を灯した彼岸花が広がる。それは生まれるのと同時に闇の中に隠れていた無数の鳥居の姿を見つけ出し、闇の中にその姿を見せ始める。展開された異界は《エレキフィールド》を一瞬で塗り潰して展開された。
フィールド系列の能力で最上位に来るのが異界の存在だ。環境そのものを塗り替えるそれは天候、そして《エレキフィールド》を初めとする設置する環境効果を解除する……《ステルスロック》などを解除する事は出来ないが。それでも環境支配系最上位能力である事に変わりはない。黒尾の習得した異界発生能力は専用枠を消費している。
その名は《命枯れ果てる彼岸の地》。シンプルに場に出ている味方の攻撃にドレイン能力を付与する、という内容になっている―――超攻撃的アタッカーのいるこのパーティーだとこれが凄まじい回復リソースとなる。
終盤に残して怒涛の逆転をするか。それとも序盤で使ってペースを完全に握るか。どちらにしろ、環境を完全支配できるという点ではかなりの強い専用になる。
「カウント2、何時も通り刻んでいくぞ」
登場時の処理が終了したところで一瞬でカプ・コケコが動き出した。高速アタッカーの名に負けず一瞬で先制を奪って黒尾へと接近しようとする。だがそれよりも早く、速度関係をコントロールする優先度の役割によって黒尾が先に行動を行えた。放つ技は《トリックルーム》。速度を反転させる空間が生み出され、カプ・コケコの動きが一瞬で鈍足へと変化する。だがその直後、電撃を身に纏ったカプ・コケコの姿が黒尾へと衝突した。《ワイルドボルト》によって黒尾が吹き飛ぶが、吹き飛びながら空中で体勢を整えて横に着地した。どんな攻撃であっても、奥義級でもなければ《やみのころも》で大体1回は耐えられる。
「1stオーダー」
静かに指示を下す。前へと飛び出した黒尾が手を振るえばそれに従う様に漆黒の殺意が刃となってカプ・コケコに絡みついた。そしてそのまま、カプ・コケコのAを2段階、カウンターを全消費して下げた。
「そして、これで完了です」
優先度により再び先手を奪って黒尾が今度は《ひかりのかべ》を張る。そこに加速された雷撃を纏ったカプ・コケコが衝突し、黒尾を吹き飛ばしながら瀕死に追い込んだ。Aを2段階下げてもやはりキュウコンベースでは体力が持たない。
「良くやった、戻れ」
ボールの中へと黒尾へと戻しながらスティングの入ったボールを手に取る。異界が展開され続ける時間は
「蹂躙するには十分すぎるな―――スティング」
掌に乗せたボールが内側から開かれた。彼岸花を散らしながらその花弁を巻き上げてスティングが登場する。デスサイスを片手に、片手を大地に着けるような形で立ったスティングの視線と殺意がカプ・コケコを確実に捉えた。その登場にカプ・コケコが全身から雷を放出する。
「……」
言葉を発さず、ただ殺すという意思を込めてスティングが睨み、カプ・コケコが睨み返す刹那、言葉も音もなく、動作もなくスティングに指示を繰り出した。それに反応し一瞬でスティングの姿とカプ・コケコの姿が加速して消失した。トリックルームの影響を受けてしかし、速度を上回ったのは―――カプ・コケコだった。
先手を取ったカプ・コケコが《ブレイブバード》で加速しながらスティングへと衝突した―――タイプ不一致ではあるが強力な弱点技はスティングの体力を容赦なく奪って行く。既に何度も《ワイルドボルト》や《ブレイブバード》を放っているが、それで体力が削れている所は見えない―――反動消去持ちだろうか。どちらにしろ、
「今の一撃で倒せなかったお前の負けだ」
弾き飛ばされたスティングの姿が残像と共に消え去り、《ブレイブバード》を放った直後の硬直したカプ・コケコの背後に分身して出現した。背面、両側から鏡映しの様にデスサイスを振り上げたスティングが異界の闇を纏い、花弁を散らしながら一瞬で振り抜いた。
二発の《くびをおとす》が同時にカプ・コケコに叩き込まれた。《てきおうりょく》によって倍加された上にひたすらAで殴り殺す事だけを目的とした種族値、そして有利タイプによる判定とタイプ一致による威力がダメージのインフレを発生させ、与えたダメージで一瞬でスティングを異界効果によって完全回復させる。
「煩い」
一言でバッサリと切り捨てながらスティングが着地し、此方の前へと来るように立った。油断なく武器を構えたまま正面、カプ・コケコへと視線を向けた。準伝説ポケモンは伝説程特別なポケモンではなく、普通に戦術がハマれば十分に倒せる相手だ。事前にタイプと能力傾向を聞けて良かった、と思いながら彼岸花の中に倒れたカプ・コケコを見て思った。
普段ならここでゲットするのだが―――流石に、他所の土地の守り神に手を出して国際問題を起こしたくはない。
とはいえ、
「……今ので満足してくれれば良かったんだがな」
溜息を吐く様に呟きながら正面を見れば、カプ・コケコが再び浮かび上がりながら先程よりも更に強く電撃を放つ。時間切れの影響から異界と《ひかりのかべ》が解除され、元の戦の遺跡へと場所が戻った。電撃を放つカプ・コケコが一瞬で戦の遺跡を最初よりも強い《エレキフィールド》で覆い尽くしながら、
……伝説御用達の能力で能力低下の類と強化効果を剥がしてきた。準伝説級ではあるが、長年からの役割で技能的には伝説に片足突っ込んでいる……という所だろうか? まぁ、どちらにしろ、瀕死からの復活や『伝説の波動』は準伝上位や伝説がデフォルトで保有するチートスキルだ。
「……」
スティングもこうなる事を理解していたのか、一切油断する事無くカプ・コケコが倒れてからずっと構えていた。此方の意思を感じ取っていつでも飛び出る準備は完了している。とはいえ、この状態に突入した準伝説をスティング一体で抑え込むのも少し難しいという話だ。スティングの運用は決戦カウンターか、瀕死の仲間を並べる事前提だからだ。そこから圧倒的なSとAで相手をひたすら居座って殴り殺すのがスティングのスタイルだ。
流石に専用を切った状態で蘇生されると辛い。
辛いが、
「―――俺を怒らせたな、準伝の分際で」
横へ手を伸ばした。後ろへと掌を向ける様に伸ばされた手はその直後、バシ、という音と共に縮小化された二つのモンスターボールを手にしていた。良いタイミングだ、と思いながらも中身のあるボールと、中身のないボール、その両方を見極めた。
「セットバック―――」
ボールを軽く上へと投げながらスティングをボールの中へと戻し、落ちてくるころには手元の整理を終わらせる。そしてそのまま、カプ・コケコへと向かってボールの中身を放った。
「2ndオーダー……メルト」
ボールの中からポケモンが繰り出される。その巨体は空間そのものを圧迫するような巨体を保有しており、出現するだけで凄まじい威圧感を持っていた。カウンターを消費しながら出現した種族最高サイズを誇るヌメルゴンのメルトはオーダーを受けて殺意を身に纏って鎧とした。
直後、出現したメルトとカプ・コケコの一撃が衝突する。スティングを潰すつもりで放たれた《ブレイブバード》はメルトの体力を大きく残しながらカプ・コケコに《ぬめぬめ》で速度を奪い、反動で戻ってくる。その姿をボールで迎えながら、掌でボールを転がし、二つのボールをベルトへ、
そして空になっているボールを前へ突き出した。
「―――殺せサザラ」
「任せなさい」
背後から頭上を飛び越えて一つの姿が出現する。それと同時にトリガーを引いた。条件は実にシンプル。『伝説の波動』などと言うクソ戯けたものを俺の前で使った事だ。
「フルカウント。3rdオーダー」
場に出たサザラのAがぐーんと上昇し、同時にタブーに触れたカプ・コケコを虐殺すべく統制者の牙が剥かれた。伝説の波動を食い殺しながら突入したフルカウンターモードでサザラの能力が限界強化される。片手にキングシールド、もう片手にギルガルドを握った魔王竜と称されるサザンドラの暴力が解き放たれる。
伝説、或いは準伝説の権能を剥ぎ取られたカプ・コケコがどんな反応をする前に。サザラが前に飛び出した。そこに専用が乗る。
あらゆる特性、スキル、技、異能を無視した《殺しの一太刀》が《やみのつるぎ》によって放たれる。ダークタイプを纏った剣は一瞬でカプ・コケコへと叩き込まれながらその姿を遺跡の石畳へと叩きつけ、押し潰す様に爆裂させた。
そしてバウンドして起き上がった姿をそのままサザラが全力で蹴り飛ばした。カプ・コケコの姿が抵抗も出来ずに壁へと衝突し、半ば陥没する様に埋まった。サザラに適応する様に両手長剣サイズへと成長したギルガルドを一回転させてから石畳へと突き刺し、サザラがカプ・コケコを見た。
「っさ、準伝説なんだからこの程度じゃないんでしょ!? もっとあるでしょ、不屈の闘志とか! 絶対の権限や権能が! もっと、もっと強くかかってきなさいよ、この程度だなんて言わないで私を楽しませてよ、さぁ、さぁ、さあ―――!」
サザラの声に反応する様にカプ・コケコが体を引き剥がした。『伝説の波動』はそのまま殺したままにすればサザラとカプ・コケコならひたすら殴り合えるな、と確信したところでサザラとカプ・コケコの第二ラウンドが開始する。
この様子だとどちらも気絶するまで戦い続けるだろうが―――両者、いいガス抜きになるだろう。
やれやれ、と思いつつも成果があるだけに笑みは隠せなかった。
ちなみにメルトとはメルト自身を満足させるだけの食事量、そして縁のあるヌメルゴンの群れの安全を守るという事を対価に契約していたりする。メルト自身種族最大サイズなので非常に大食いで、普通のトレーナーが維持しようとすると食費だけで破産する。
そしてみんな大好き暴力担当サザラ。
https://www.evernote.com/shard/s702/sh/2ab3ac07-1057-4435-ab9b-78bbe59e030b/e19ffdc8eef95c6b2ddb437999e6ceb1
メルトは受けて居座る事も視野に入れてある。だがやはり恐ろしいのはサザラ。干渉も防御もしらん死ね! と言って殴り殺すタイプ。エースアタッカーとはまさに彼女の事よ。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
戦の遺跡~リリィタウン
「1:1の勝負でこの私が敗北する訳ないじゃない」
床に倒れたカプ・コケコの上に座りながら疲れた様子でサザラがそう断言した。疲れてはいるが―――ちょうど良い疲れ、という奴だ。ここ最近、PWCへと向けたトレーニングの中でテンションは上がって行くものの、見慣れたメンツ相手のスパーリングばかりでややフラストレーションが溜まっているのは見えていた。今回、カプ・コケコの相手はサザラに溜まっていたフラストレーションを吐き出す為の良い機会だったとも言える。
最近レッドのピカ相手に負け続きだったし、明確に自分が強い、という事を認識させる事に対しても悪くはなかった。なおサザラとピカの勝負は純粋にピカが化け物なだけなのだ。基本的に種族値が高いポケモンが強いポケモンバトルと言う環境の中で、格上を殺す事に凄まじく特化しているレッドのピカは、まさにサザラメタと呼べる存在になっている。
いや、大半のエースアタッカーはピカを相手にすることが難しいだろう。ポケモンを強くするために進化させるのは基本的な事で、強いポケモン程種族値が高い。その中で本来のピカチュウの種族値をキープしたまま、ただひたすらに上の連中と戦う事を求めた。その極限がレッドのピカだ。
そりゃあ究極的に種族値の暴力で殴り合う事に特化したサザラでは勝てない。致命的に相性が悪いのだ。そしてレッドに対する勝率の低さはこれが原因だ。終盤に入ってから残されたアタッカーの衝突、エースとエースとの衝突でピカによって先に此方の二枚看板の片方を落とされてしまうのだ。これに対して勝利できるのはスティングだ。元々がメガスピアーである彼女はその能力の9割をAとSのみにぶち込んでいる。ぶっちゃけ、何らかのサポートでもない限りか、野戦でもなければ一発食らえば即座に死ぬってレベルで耐久力が存在しない。
だがSではピカを上回っている。総合的なトータルではどっこいなのだ。だからピカを相手にまともに殴り合える。だけどその事を考えると序盤で運用するアタッカーがもう一枠必要になるので、アタッカー3、4枠というスタイルをレッド戦では重要視する様になる。ピカ一人を警戒する為に全体の構成を考えなくてはならないのだ。
つくづくあのピカチュウは反則だと思う。それはともかく、
「これで遊びは終わりだ、コケコ。お前も十分に満足しただろう? もしこれでも満足できないならアーカラのハノハノリゾートに遊びに来い。暇なときにならこっちで相手をしてやる」
「ツカマエナイ……ノカ」
起き上がって此方に近寄ってくるサザラの頭を軽く撫で、顎の下を軽く撫でるように掻いてからボールの中へと戻す。それを腰のボールベルトへとセットしながら、カプ・コケコに背を向けて歩き出す。
「悪いな―――今更準伝なだけのポケモンに興味はないんだ。俺と自然に合わせられ、その上で理解して共に歩む輩にしか興味はねぇのさ。じゃあな。お前のデータは有効活用させて貰うぜ」
怒りの前歯互換の自然の怒りやエレキメイカー等の能力はこれからも転用することが出来そうな能力だ。黒尾にだって此方のアローラにしか存在しない《じょうおうのいげん》を既に体得している。此方の地方にはまだまだ見ぬ面白い能力や、育成に転用できそうなものがありそうだ。そんな事を考えながら戦の遺跡の外へと出た所で、
褐色、老の巨漢を見た。此方が戦の遺跡から出てくるのを見て、男は頭を軽く下げた。
「本来であれば島キングであるこの私がやる筈のお役目でしたが……役目を押し付けてしまったようで、まことに申し訳ないですぞ」
「いや、気にするな。島キング……ってのは島の統括者だろう? となると今の時期、内輪の事ばかりじゃなくて色々と忙しい筈だ。ポケモン協会から人員は出ていてもそれで土着の問題のあれこれはどうにかなるもんでもないしな……ハラ」
島キング・ハラはそう言われると困ったように苦笑を零し、腹を軽く叩いた。
「そうですなぁ……そう言われると助かりますなぁ……カプ・コケコをゲットしないでくれましたし」
「あぁ、うん。それはね……」
本当なら割とゲットしたい所ではある。カプ・コケコにはあんなことを言ったが、ゲットして育成して調べるのが一番いいし、物凄くやりたい。未知のポケモンの育成なんて面白いに決まっているではないか。しかも鈍足なアローラ環境の中でも最速クラスの高速アタッカー。鈍足なアローラの中で先に殺すために進化したのだろうか? そんな事を調べる為にも是非ゲットして調べたかった。だけど無理なのだ。
来る前にポケモン協会にマジでゲットするなよ、と脅迫されたので。あいつら人を伝説ハンターか何かと思ってやがる。俺だって好きで伝説のポケモンとは―――まぁ、合っている部分はある。それは確かに認めるし、自分から捕まえに行っているのも事実だ。どうしよう、言い訳する余地が消えた。それならそれでいいわな、と納得する。まぁ、それに今の時期、余計なポケモンを育成するだけの余裕もないか、と思い直す。
「俺のベストメンバーは既に決まっているからな。今更ぽっと出の準伝や伝説には興味はない。サブ落ちした連中もまだやる気を見せている。
「ほっほっほ、流石にチャンピオンの言う言葉は違いますなぁ」
そう言ってハラは笑ってからそれでは、と言葉を置いた。
「今回のお礼にアローラ式の家庭料理を昼食にご馳走しようかと思いましてな」
「それは是非とも」
ただの昼食だけで終わらないんだろうな、と確信しつつハラと並んでマハロ山道を降りて行く。悲しい事だが大人になると純粋な好意で食事に呼ばれる回数は本当に少なくなってくるのが解る。そういうのを気にしなくて済むのはプライベートの友人ばかり。初対面、仕事先の相手と食事をするときは大体商談だったり相談だったり、何らかの話を詰めてくる事だ。
故に食事を断る事はしない―――めんどくさいが、これも仕事と割り切る。
社会での処世術を何時の間にか覚えて使う様な大人に成ってしまった、と思わなくもない。果たしてボスも昔はこんな風に会話をしたり、食事して商談をしたりしていたのだろうか? 気になる話ではある為、何時か聞き出そう。そんな事を考えながらマハロ山道から島キングであるハラの家へと向かう。
「あら、キングと言う割には普通の家なのね」
そう言ってボールの外に出ていたサザラに軽く呆れる。マハロ山道を降りてリリィタウンに入った所に島キング・ハラの家はあるらしく、古いアローラ式の、風通しの良い木造の家だった。大きさはそれなり、と言えるレベルではあるが普通と呼ぶようなレベルの家だ。特に何か、豪華という訳でもない。勝手にボールの内側から飛び出してきたサザラは飛び出た所でハラの家をそう評価した。自分もそう考えて口に出さなかったのにあっさりと言った事をハラは笑い飛ばした。
「まぁ、島キングではあっても、地主でもなんでもありませんからな! そういうのが気になるのであればキャプテンのイリマを求めると良いですぞ。……それにしても自由なポケモンですなぁ」
「ウチは性格に関しては自由主義でな。……モンスターボールも開閉スイッチの破壊対策に内側から開けるように特注品をシルフカンパニーに作って貰っている。だから完全にこいつらを縛れている訳じゃないんだ。それで迷惑をかけたら済まない」
「いえ、お気になさらず―――寧ろその自由な性質こそアローラに合うでありましょう! となるとポケモンの分も用意したほうがよろしいでしょうな」
「わぁい!」
「少しは申し訳なく思え馬鹿」
そんな言葉を投げてもなんのその、カプ・コケコとタイマン出来たのがそれほどまでに楽しかったのか、上機嫌という様子で鼻歌を口ずさみながらついて来た。
なお、ボール破壊用の対策はガチである。やっている人は少ないのだが、それでも時折暗殺者とかの相手をしたりする場合があるので、それ対策に常に自分のモンスターボールは内側からも開けられる様にしてある特注品に揃えているのだ。これならボールを奪われた場合、開閉ボタンを破壊された場合でも自由にポケモンを繰り出す事が出来る様になる。
割と切実な理由から生まれたモンスターボールなのだ。
それはそれとして、ハラの家の中へと進み、奥方に挨拶をしてからは椅子に座り、アローラ料理のロコモコを待っている間、今のアローラや環境の話を進める事となった。その間、話を聞いているだけではどうにも暇らしく、サザラが外へと飛び出してギルガルドを素振りし始めていた。相変わらず戦う事しか脳味噌ねぇなアイツ。そんな事を考えながらが話を、そして視線をハラへと戻した。
「……ウチの馬鹿が本当に失礼した」
「いやいや、何度も言いますがポケモンと人が共に身近に生きる事が、それがアローラの生き方。縛るのでも縛られるのでもなく、共に生きながらそれを統べる。流石音に聞こえしカントー王者と納得するばかりで」
「余り持ち上げないでくれ、褒められ慣れてるから」
「はっはっは、その返しは初めてですなぁ! まぁ、近頃は観光客の流入などでややアローラの生き方というのも変わりつつありますがな……」
「懸念するところか」
その言葉にハラはどうでしょうなぁ、と難しそうに呟いた。
「伝統や伝えられてきた価値観は確かに大事でしょう。それが今のアローラを作っているのでしょうから。ですがそれだけで生き残れるほど現実は甘くないのも確かですなぁー……。アローラは今発展の時代を迎えておりますな? このまま続けば生活圏がポケモンの領域までに広がり、共に暮らせずぶつかるときが来ますな」
「そうなってくると必然的にアローラの外へと人を出す必要が出てくる……だけど今のアローラの閉鎖的な環境ではそれも難しい、か」
「そうですな。私はこのアローラが好きです。なるべくなら変わらないでいて欲しい気持ちもありますが、それでも時とは残酷なものでアローラは現代に適応する形で変わって行くしかありませんからなぁ……時のポケモンが何とかしてくれないもんでしょうかなぁ」
「あのセレビィでもそんなに器用じゃないさ……まぁ、出来るとしたらアルセウスだが、アレもそこまで博愛精神で溢れている存在じゃない」
【聞こえていますか―――オニキスよ―――私は創造神です―――私は今貴方の脳内に語り掛けています―――】
帰ってくれアルセウス。妙な電波を送らずに帰ってくれ。軽く頭を片手で抑えると、ハラがどうしたのか、と聞いてくるが何でもないとしか答える事が出来なかった。誰が創造神から毒電波を傍受していたと言えるのだろうか。というかアルセウスもアルセウスで何故こんな真似を。いや、考えるだけ無駄だ。創造神の考えなんて高尚過ぎて人類に理解できるわけがない。……理解できないという事にしておいて欲しい。
ニートしているのが暇だから話しかけたとかいう理由であってほしくない。ともあれ、
「となると今回のPWC開催はアローラとしても渡りに船だった、か」
「ですな。とはいえ、古い因習に支配されたアローラ、未だにPWCの開催に関しては否定的な部分は多いですぞ」
「デモや抗議が未だに届いている話は聞く―――島キングやクイーンではそこはどうにか出来ないのか?」
その言葉にハラは頭を横に振った。
「島キングの称号はあくまでも
「面倒な場所だ」
「理解していても、私達ではどうしようもない部分があるとしか言えませんな。スカル団も、このアローラが向き合わなくてはいけない問題の一つ。因習、風習、伝統もまた一つ。だけどそれに向き合う機会がなければアローラは進む事さえもできないでしょうな」
「そう考えるとやはりPWCみたいな大規模の交流は必要だったのかもしれないなアローラ地方には」
PWCを通して世界各国からトレーナーが来るという事はそれだけアローラが注目されることである。そしてそれと同時に、アローラが世界を知るきっかけでもあるのだ。つまりアローラだけではなく、その外側にも世界があるという事をこの狭い環境は知る様になるだろう。このPWCアローラ計画、
一番最初に賛同したのは島キング・ハラとククイだったらしい。
面倒な地方である。そう思っていると鼻に肉汁と混ざったデミグラスソースの匂いが付く。食欲を刺激されながら視線を逸らせば、ライスの上に乗せられたハンバーグと目玉焼き、そしてその上からかけられたデミグラスの姿が見えた。
「はっはっは、暗い話は一旦これまでにしましょうか、お互い色々と立場や相談したい事もありましょうが、ここはひとつ、カプ・コケコの件に関するというお礼で一つ楽しんで食べてくださ―――」
「うっは、良い匂い! んー、この肉厚のハンバーグと滴る肉汁の様子、実にグッド! 食べていいわよね? いいのよね!?」
『はしたない……』
『アレがエースだと思うと憂鬱だな』
庭から飛び込んできたまだまだ子供らしいリアクションのサザラに苦笑しつつも、ハラの好意を受け取る事にする。スプーンで黄身を割って、ソースとハンバーグと混ぜながらライスと共に掬い上げて口の中へと運んだ。
「うむ、美味い」
「我が家自慢の一品ですからな。ささ、酒はどうですかな?」
「いや、流石に昼間からは―――」
「いやいやいや、遠慮する必要はありませんぞ!」
ハラの押しの強さに、田舎のおじさんの優しさを垣間見つつ、その日は夜までたっぷりハラと愚痴をこぼし合いながら飲みつつ過ごす事となった。
―――無論、帰還したのは明け方。
エヴァにたっぷりと叱られるハメとなった。
アローラの事情のあれこれとコケコを殴り倒す遊び。
まだ開幕までちょくちょく時間あるので登場人物を紹介したりするフェイズ。アローラも引きこもりばかりではなく外に目を向けようとする人々は確かにいるのだ。ただしがらみから明言できないだけで。
それはそれとして、一部キャラの口調が難しいわポケモン。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
ポケモンスクール
「やれやれ、困ったものだ」
呟きながら
バトルの時以外はこのアローラでこれは着られない。
後で社員に通気性を良くして涼しく着れるようにして貰おうと決める。それはそれとして、横に視線を向ければ、褐色に肌が焼けた、オーキド・ユキナリに非常に似ている姿の老体がいるのが見える。日焼けしたオーキド博士―――に見えるが、違う。なんでもオーキド・ユキナリ博士のいとこで、ナリヤ・オーキド校長というらしい。
つまりここ、メレメレ島にあるポケモンスクールの校長になる。今回、こうやって態々ポケモンスクールで講習を開くのはせっかく高名なトレーナーが何人か来ているのだから、その一人に講習会でも開いてほしいというナリヤの嘆願をポケモン協会が受け、俺にその要請を送ったという事にある。
ロハで。
当然キレた。
通知が来たその日にヤベルタル、ツクヨミ、カグツチ、ワダツミを連れてポケモン協会総本部に殴りこんできた。人をただの社畜だと思いあがっていた新しい議員を一週間ほど時間感覚の狂ったやぶれたせかいに叩き込んで説得を完了させ、ちゃんと協会側からギャラが発生する様に話を通して今に至る。そもそも俺の放つ言葉、知識は一流トレーナーにとっては金に出来ないほどの価値があるものなのだから、ロハで喋らせようとするのはただの屑である。
毎年、俺にポケモンを育成させる為だけに数千万、場合によっては億単位を積み上げようとする人間が存在する。育成家としてトップクラス、年間育成数が設定されている為プレミアが上がっている上に、同じレベルのグリーンは商売用にポケモンの育成を行わない。だから必然的に数年先まで予約が入っていたりする。
それをロハで披露させようとしやがった。エリートだとかなんだとか知らないが、このオニキスを舐める奴は誰一人として許しはしない。それだけの簡単な話ではある―――まぁ、ちゃんとやぶれたせかいから引き上げてやったのだが。
ともあれ、
「やれやれ、バカンスのつもりだったんだがな」
「いや、これは実に済まない事ですが―――」
「いや、オーキド校長を責めている訳じゃないんだ。それに協会の方にも今度仕事ぶち込むようだったら《はんぶっしつのおうぎ》と《はかいのおうぎ》を叩きこんでやるって実演してやったからな。少なくともまたホウエン並みのカオスにならない限りは連絡してこないだろう」
全く、と呟きながら片手で帽子を押さえる。確かに協会に対して協力的なスタンスを見せているが、何時から犬で尻尾を振っていると勘違いしたのだろうか、あの頭でっかち共は。意趣返しに不利なレギュレーションを制定するようならもっかい《おうぎ》をぶち込んでやる、と呟きながら息を吐き、
「すまない、醜態を見せた」
「いやいや、チャンピオンも人の子という事ですな。さ、今からユキナリの話で盛り上がるのも良さそうですが……それよりもきっと、ポケモンの話をしている方が楽しいでしょう」
「違いない……それでは講堂をしばし借りるぞ」
やれやれ、と呟きながら帽子を片手で抑えながら歩く。冷房が効いているこの講堂内なら暑さを気にせずにいられるし、まぁ、悪くない。そう考えながら横の小部屋を出て、講堂奥のステージへと上がって行く。
最初に感じていたのはざわめきだった。人の気配。楽しむような声、音、動き。それが広い講堂内を埋め尽くしていた。講堂内に社員の気配を感じる……この雑多な人ごみの中で明確に気配を主張するとは大した奴だ、査定を考えてやる。くだらない事を考えつつ、壇上へと向かって上がって行く。
一歩一歩、最初は人の声に足音が消えて行く。だが階段を一歩登って行くごとに注意をする必要などない。勝手に言葉は閉ざされて行く。黙って、見つめ、そして集中して視線を向けられる。足音が広い講堂内、他の音に遮られる事もなく響いて行く。
ステージの上、そこに設置された台の後ろに立つ頃には全ての音が喪失していた。それを確認し、全体を見渡した―――ちらほらと知っている顔がある。偵察に来たか? いや、ただ単純に勉強しに来たのだろう。だからさて、と声を零す。
「
身じろぎを感じる。
「俺が
そこで一回言葉を区切り、
「……代わりに趣味で半年に一度、タマムシの大学で講習会を開いている。今回の話を聞いてそれでもまだ俺の罵倒に耐えられるって頭のおかしい奴は来い、話の相手をしてやるが―――さて」
言葉を区切る。そして講堂内を見る。何人か呼吸を止めている奴がいるけど大丈夫? 死なない? まぁ、その時は頑張ってアルセウスにでも祈ってくれ。そう思いながらさて、と再び言葉を置いて、言葉を続ける。
「ポケットモンスター」
この言葉は―――魔法だ。任天堂が生み出した、何て事を口にする事は絶対に出来ないけど。それをこの世界の人間は絶対に理解できないけど。こうやってこの世界の人間として、任天堂がこの偉大なる世界を生んだ事に対して心の底から敬意と感謝を送っている。
「テレビのクソ共は俺にインタビューするたびにポケットモンスターはなんですか、と聞いてくる。改めて思う、クソみてぇな質問だな、と。そもそも貴様、それを一言で説明する気か? 出来るとでも思っているのか? そこにいて、一緒に育って、戦って、殺し合って、愛し合って―――そしてそこに常にある我らの隣人。それをどうやって説明すれば良い。言葉になんざ出来る訳がない」
だけど、そう、
「俺達には
ボールベルトからモンスターボールを抜き、それを片手で開けた。ボール内の閃光と共に横に黒尾が出現した。一瞬で視界が彼女に奪われ、講堂内全体が魅了される様に視線を奪われた。
「そう、俺達はポケモントレーナーだ。百の言葉で飾るよりこいつで一回ぶつかる方が万倍伝わる。故に俺達トレーナーにとってバトルとは一つのコミュニケーションツールだ。バトル脳なんて馬鹿にする連中もいるだろう。だけどそういう犬には勝手に吠えさせろ。俺達はジャンキーだ。麻薬中毒者の様にもっと、もっと良質のバトルを求めるそういう亡者だ。薬をキメてるのと何ら変わりはない……ただしこっちは合法だけどな?」
それと共に小さな笑い声を浮かべるが―――それは社員やら知り合い、一流と呼べる範囲のトレーナーばかりであり、それ以外の連中に関しては笑うどころか顔を青くしている。ん? どうしたのだろうか?
「突き抜けている一握りにとっては笑い話ですが、そうではない層には」
そう言えばディレクターに前、お前がテレビに出ると賛否両論で大変だって言われてた気がする。まぁ、ここら辺の主義主張は切り上げるかと決めて、さて、と言葉を置く事にする。
「愛人からNGが入ったから話題を変えよう、おそらくは一番注目し、気になっているPWCアローラの話だ。まぁ、俺もあまり手札の話はしたくはないから基本的な事から、少し裏を知っている人間として面白い話を幾つか、な?」
「あ、ちょ、オニキスさんそれは―――うっ」
協会側スタッフが止めに入ろうとするのを立ち上がる前に社員が当身で気絶させたのが見えた。やはりうちの社員は有能だなぁ……と、手際のよい社員の姿を見送りつつそうだな、と言葉を置く。
「PWCアローラの事情を説明しよう。ポケモン協会は表向きにはこれがアローラの発展を目指すための交流であり、外界へと繋げる為にアローラで開催すると言っているが……これは実は間違いではない」
だがそれだけでもない、と言葉を置く。
「アローラが閉鎖的な社会を構築している事は
それはなぜかと言えば、
「究極的にアローラの環境は居座ってZワザを放つ事に特化している。これは威力が大きく、命中さえすれば一撃で大抵のポケモンを落とす事は出来るだろう。だけどその代わりにアローラは全体的に鈍足アタッカーで環境が固まってきている。耐えつつ殴る、というスタイルは本土でも良く見かけるものだが、ここまで突き抜けて環境全体が重いのも珍しいだろう。まぁ、威力200の奥義級が技能拡張されて放たれてくると思うと確かに脅威ではあるが―――それだけだ」
そう、アローラの環境はそれだけ、という言葉で終わってしまう。
「アローラは基本的にZワザでイニシアチブを取得し、そこから押し切って圧殺するというスタイルがメインになっている。逆に言えばそこさえどうにかしてしまえば良い、と言う環境でもあるのが難点だ。根本的にトレーナーと戦う事を想定していない事をベースに環境が構築されているせいか、トレーナーに対する対策や認識が甘い部分がある。一流のトレーナーともなれば干渉遮断によるダメージの拒否、或いは継戦を目的としたコストパフォーマンスの良いダメージ半減でも受け用のポケモンに積ませてそれでしのぐ事が出来るだろう」
少なくとも、大技一撃でバトルが崩壊するようなことは
「なら何故アローラでPWCを開こうとしたのか? これは金の話が一部絡む。元々観光リゾート地としての価値が高かったアローラは年々、人口の増加によって人と自然のバランスが崩れつつある。だからそれを一気に整える、と言う意味でもポケモン協会は口を出してきた。この際、大きなイベントで人を流入させる事で明確にポケモンと人の生活域を分けようという試みだ」
無論、これはアローラの方針とは真っ向からぶつかる所でもある。
「
それは簡単に、
「信じられるか否か、という事だ。島民が、そしてこの地方の準伝が変化等に。刺激に対して。これ以降の島の変化に対して本当に耐えられるのか? 悪い方向へと変化しないと信じられるか否か、と言う事だ」
まぁ、これがポケモン協会の話ではある。
「だがこれは
そう、事情なんざ知った事ではない。
「俺達トレーナーの目的は戦う事であり、そして俺こそがポケモンマスターに相応しい、と言う事を認めさせる事だけだ―――自分以外の有象無象すべてに。そしてそれだけで良い。それ以外の事情はクソだ。忘れろ。気にするな。そんな事実があったと知って吐き捨てろ、関係ないと。俺たちの本分は戦う事であり、それ以外はどうでもいいことだ。理解した上で吐き捨てて突き抜けろ、それが
そこで再びさて、と言葉を置いた。いい感じに講堂内も温まってきたところだ、真面目な話に入る。
「アローラの現状のレギュレーションはメイン6にサブ2のトータル8の編成になっている。メインとサブの違いは分かっているな? メインは全試合に出場でき、サブは連続で出場する事が出来ない。その為サブはバトルの回数がメインと比べて少ない。これが原因でレベルが遅れがちになるのだが―――」
講堂内でメモっている学生やトレーナーの姿を見て、メモをする時間を与えながら話を続ける。
「予選と序盤戦が終わったところで
故に、と言葉を置く。
「このPWCでは育成の重要性が非常に高い。個人的な予選の足切りラインは最低で130、平均で140から150レベルだと俺は見ている。俺の様に育成に特化したトレーナーであればこのラインは難しくはないラインだ。だが異能型等のトレーナーにとっては難しいだろう。だから専業ブリーダーを雇い、レベリングをする事を非常に勧める。またそれとは別に、手札を晒しても良い相手と交流試合を通す事でなるべくレベルを上げておく事もお勧めする」
それとはまた別に、
「今回のアローラPWCではサブ枠のレベルも最終的な結果に大きく響く事が予想される。メインだけではなくサブの方にも気を使い、メインと遜色のないレベルを維持するのであれば
まぁ、そんな間抜けが参戦しているとは思いたくない。
「ただここで俺は育成が一番重要な要素である、なんて寝言は言わない。指示能力がなければ普通にポケモンを強く育てても裏をかかれて敗北する。統率能力がなければポケモンに言う事を聞かせられなく、高個体値のポケモンを使役する事が出来ない。異能がなければ一方的な能力ハメで敗北する事だってある」
重要なのはどの素質を持っている、と言う事ではない。
「重要なのは
才能も素質も、その全てを自分はどうにかしてきた。天は恵まないのだから、自分からどうにかするしかない。闘争本能だけで体を引きずり、挫折しながらも前に進んできた。
「一度の挫折で膝を折るのならそこで死ね。ここから先は一度や二度ではなく、百を超える挫折を味わっても体を前に引きずって進んできたバトルの亡者が集って来ている場所だ。そしてポケモントレーナーの頂点とはそういう生き物だ。そして俺もそうだ―――だから笑顔で、なぁなぁで済ませるバトルなんざ俺には伝える事は出来ない。俺が貴様らに教えられるのは辛く、厳しく、血反吐を吐きながら涙を流して、それでも掴む勝利の栄光の話だけだ―――興味のない奴は去れ、それでも残るというのなら話を続けてやる」
どうだ? と言葉を放った中、誰も講堂から出て行く気配がない。ならばよろしい、と笑みを浮かべる。意外とここにきているアローラの連中は中々骨があるのかもしれない。だとしたら将来、立派なトレーナーに育ってくれる。その期待を込めて自分のペース、気力を抑える事もせず、
午後まで講習は続いた。その間に帰る者、眠る者は一切いなかった。
終わった後に晴れやかな気持ちになりつつも、仕事だった事を思い出すとやはり協会への怒りが沸き上がってくる。今度また報復してやる事を誓いつつまたアローラでの一日が終わった。
と言う訳でアローラとポケモン協会、そしてPWCに関するお話とお外向けのオニキス。身内に対してはお茶目だったり態度が軽くなるけど、外向けは完全に悪役というかボスというか、そういう方向性で固まってる。
社員曰く、そこがチャームポイントだとか。OBCは常に新入社員を募集中だ!! 暇でしょうがない伝説種、就職先が見つからない準伝、首になって放浪中のジムリーダーの貴方、オニキス社長の下で充実した社員生活を送りませんか?
目次 感想へのリンク しおりを挟む