ガールズ&パンツァー ~伝説の機甲旅団~ (タンク)
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番外編
50人突破記念番外編 チヌと4人の生徒たち


私は大洗女子学園戦車道科の卒業生。私は戦車道で、大切なことを学んだ。それは人を思いやるという、何よりも大切なこと・・・・・


大洗女子学園 戦車道科格納庫前

 

「全員お疲れさま~。戦車道の全国大会も近いから、気合い入れてね。それから、アリクイチーム。攻撃のタイミングが早すぎ、あれじゃあ逆転負けしちゃうよ?」

 

「はい!すみません!」

 

「分かっているならよし!それじゃあ今日はここまで!」

 

「「「「「「「お疲れさまでした!!!」」」」」」」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

通学路

 

「はぁー、厳しいね・・・・・戦車道は」

 

「あの戦車扱い難しくない?」

 

「そんなこと無いと思うぞ、あれでも当時は最新の戦車だったんだからな。なぁ美里(みさと)?」

 

「う、うん・・・・・」

 

 私の名前は『美里(みさと)』。今年大洗女子学園戦車道科に入学したばかりの1年生で、砲手(ガンナー)という役割を担っている。後の3人は私と同期で、同じ戦車に乗っている。

 

 私たちが乗っている戦車は、『3式中戦車 チヌ』という戦車で、話を聞いた限りでは日本軍の戦車の中では新しい戦車だって言っていた。(後で調べたら正式採用された中ではだった)

 

 でも実際乗ってみたら、この戦車には()()()()が無かった。それは、主砲を撃つための『トリガー』。調べて分かったことだけど、3式中戦車(この戦車)は野砲という砲を載せているから、撃つときはトリガーではなく拉縄(りゅうじょう)という縄を引くという面倒な設計だった。

 

 この縄を引いて撃つことが何よりも難しく、タイミングが掴めなくて上手く撃てないことが多々あった。

 

「て言うか、あの戦車がディーゼル車なんて聞いてないんだけどー。加速力無さすぎるよー」

 

 彼女は名倉(なくら) (さき)、チヌの操縦を担当している。戦車を操縦することが夢だったそうだけど、加速力が乏しいディーゼルエンジンであるチヌに不満があるらしい。

 

「まぁまぁ、エンジンに文句を言っても仕方ないよ。慣れるしかないと思うけど」

 

 彼女は閑院宮(かんいんのみや)鳳華(ほうか)、チヌの車長だ。しっかりと纏めてくれる『お姉ちゃん』みたいな存在だ。

 

「あの戦車は唯一、アメリカのM4に対抗するために開発されたんだぞ!加速力は無くても、強力な3式7(センチ)半戦車砲(はんせんしゃほう)Ⅱ型(にがた)で対抗出来る!!」

 

 彼女は装填手を担当している(かく) 璃子(りこ)。戦車にとても詳しいので、戦車道科の間では『戦車女子』、略して『戦子(せんこ)』というあだ名で呼ばれている。戦車に関する知識が細かすぎてついていけない時もしばしばだ。

 

「3式・・・・・何とか砲を使えばって言っても、あれめっちゃ面倒でタイミング掴みにくい戦車砲じゃん。上手く当てられるかも分かんないじゃん」

 

「3式7糎半戦車砲Ⅱ型だ!扱いづらいかもしれないが、当たれば強いんだぞ!」

 

「落ち着きなさい戦子。砲の名前を言っても仕方ないでしょ、私たちが敵を倒す中核を担っているのは、美里だからね」

 

「え!?は、はい・・・・・」

 

「もー、ボーッとしないでよー」

 

「そうだぞ!君の射撃で戦況が左右されるかもしれないんだからな!」

 

「うん・・・そうだね」

 

「「「「・・・・・・・・・・」」」」

 

 私は人と話すことが苦手で、会話が続かないことが多い。申し訳なくなってくる・・・・・

 

「・・・・・とにかく、全員今日の反省を活かせるように明日から頑張りましょ。それじゃまた明日」

 

「お疲れでーす」

 

「お疲れさまであります」

 

「お疲れさまでした」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

美里の自室

 

「はぁー・・・・・あの戦車、射撃が難しいよぉー・・・・・」

 

 鞄を頬り投げてベッドに顔を突っ伏す。少しして顔を上げて携帯をいじり、近くに放り投げて仰向けになった。

 

『私たちが敵を倒す中核を担っているのは美里なんだから』

 

「・・・・・こんな私が中核を担っているなんて、そんなわけ無いじゃん・・・中核を担っているのは閑院宮さんでしょ・・・・・?」

 

 私は何でこんなことになったのか、全く分からない。乗員のポジションは入学して最初の2ヶ月間の導入教育で決められるようで、私は今の4人の中で射撃が上手かったらしく、砲手というポジションに付いた。

 

 周りからは「中核を担う存在」と言われているけど、あまり嬉しくない。今までずっと日陰のような存在だったから目立つようなことはしたくなかった。

 本心は通信手(ラジオオペレーター)機銃手(マシンガンナー)の方が望ましかった。でも、選ばれたからにはやるしかない。

 

「はぁ・・・・・もう少し手早く撃てればなぁ・・・チヌ(あの戦車)、撃つために紐を引かないといけないから、せめてトリガーにでも改造してもらえれば・・・・・」

 

 と、携帯でチヌの事を調べていくと、あることに気付いた。

 

「!この方法なら、トリガーに改造出来る!!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 戦車道科 格納庫

 

「お願いします!どうか検討だけでもしてもらえませんか!?」

 

 翌日の早朝、私は整備をしている中島整備主任に改造を依頼しに来た。チヌの事を調べて分かったことなのだが、派生型の製造が検討させていて、砲ごと取り替えられれば基本構造をいじることなくトリガー式に出来るのだ。

 しかし、中島主任は難しそうな顔をしている。

 

「うーん・・・・・分かったわ、取り敢えず角谷科長に話をしてみるから、ちょっと待ってて」

 

「ありがとうございます!よろしくお願いします!」

 

 やった!!と思わず心の中でそう叫んだ。承認されないはずはない、と確信を持っていた。今の砲よりも攻撃力も貫通能力も上、今以上に役に立つから絶対承認してくれる。そう思っていた・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 科長室

 

 昼休み中、私は科長室に呼び出された。そこには角谷科長、小山副科長、河嶋副科長代理と、申し訳なさそうな表情の中島整備主任がいた。

 何を言われるのかと待っていると、中島整備主任が話し始めた。

 

「その・・・・・申し訳ないんだけど、チヌの改造は承認出来ないことになったわ」

 

「え!?な、何でですか!?」

 

 思わず叫んでしまった私に、角谷科長たちが宥めるように話に入ってきた。

 

「あなたがチームの役に立ちたいっていう気持ちは分かるんだけど、その戦車砲を買うための資金がないんだよね。だから、そのままで大会に出てもらった方が助かるんだよねぇ・・・・・」

 

「つまりそう言うことだ。あの戦車は扱いづらいかもしれないが、慣れてもらうしかない」

 

「きっと大丈夫よ。私たちも、初めは右も左も分からない状態から始めたんだから。あなたたちも乗りこなせるようになるよ」

 

「分かりました・・・・・」

 

 私は科長室を出て、格納庫に向かって歩いていった。午後から戦車道の授業があるからだ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 格納庫に向かって歩いていくと、何やら騒がしい声が聞こえてきた。慌てて走っていくと、名倉さんと角さんが言い合いをしているところに、閑院宮さんが止めに入っていた。

 

「無線機がろくに使えないのに指図しないで!第一、あの戦車のエンジンがディーゼルじゃなければもっと早く反応出来るわよ!」

 

「エンジンのせいにする奴に言い返される筋合いはない!自分の腕に過信し過ぎじゃないのか!?」

 

「ち、ちょっと!喧嘩はやめて!これから練習なんだから!」

 

 同じチームとして、3人の喧嘩を止めに行くべきだということは分かっていた、でも私は行けなかった。緊張してその場にすくんでしまったのだ。

 回りにいた生徒たちも止めに入っていたのに、私は・・・・・

 

「おやー?喧嘩かなぁ?」

 

 声がする方を向くと、角谷科長が腕組みをしながら立っていた。その様子を見た3人は喧嘩を止めて慌てて離れる。

 

「・・・・・よーし、授業やろっか!せいれーつ!」

 

 角谷科長は何事も無かったように格納庫の前に立ち、授業の内容を説明し始めた。一旦収集は付いたけど、車内は険悪な空気が流れている。

 閑院宮さんは心配そうな顔をしているが、名倉さんと角さんはさっきの喧嘩のことを引きずっているのか、相変わらず機嫌が悪い。

 

「名倉さん、角さん。いい加減仲直りしてね?」

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

 私は気まずくて話すことが出来なかった。車内は誰1人喋らず、あまりの静けさにエンジンの音しか聞こえてない。もうすぐで訓練場に到着する。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 今日は2輌で1チームを組み、別チームと戦闘するというもので、目的はチームの結束力を高めること。

 

 今の状態でこの訓練をするのは不安しかない。でも・・・・・私までこの空気に飲まれていては射撃に影響するかもしれないので、何とか自分を奮い立たせて集中することにした。

 

 味方役は多砲搭戦車のM3。練習が始まると開始数秒で会敵して戦闘状態になってしまった。相手は4号戦車と3号突撃砲、乗っている乗員は、戦車道に慣れた3年目の先輩たちだけ。

 

 障害物を上手く使って、車体があまりでないように隠れながら攻撃してくる。私たちの方も障害物を盾にして攻撃を防いでいたが、攻防戦では拉致があかないので、突っ込んで戦況を変える作戦を実行することになった。

 

 一緒に突っ込むことになっているので、M3(味方)とタイミングを合わせなければならない。角さんは緊張しているのか、ヘッドホン耳に押し付けながら指示を待っている。

 

 〔突撃!!〕

 

 味方(M3)の指示が耳に入ったのか、角さんが大声でマイクに叫ぶ。

 

「突撃!!」

 

 角さんの声を聞き、構えていた名倉さんがギアを入れ、アクセル全開でクラッチを繋ぐ。あまりに雑だったので車内は大きく揺れ、私は砲手の席から落ちそうになってしまった。

 

「ち、ちょっと!落ち着いて!」

 

 名倉さんは閑院宮さんの指示に耳を貸すことなく、ただひたすら前に向かって突進していく。相手の砲弾が当たる度に、車内は重い金属音が響き渡る。

 

「美里!今よ!!砲撃しなさい!!」

 

「え!?ち、ちょっと待って!」

 

 名倉さんから突然砲撃命令が下り、私は焦りながら拉縄を手に巻き付ける。

 

「こ、こら!勝手に射撃命令を出したらダメよ!」

 

 閑院宮さんの声は私には届かず、頭が真っ白になったまま射撃してしまい、砲弾は目の前にあった木に命中した。その後は、味方のM3と共に、返り討ちにあってやられてしまった・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 練習が終わったあと、各チームごとで反省会をしていたが、M3の車長、飯塚(いいづか)先輩は私たちが取った行動に不満を爆発させるように怒鳴り散らしている。

 

「あんたたちバカじゃないの!?タイミングを合わせて一緒に突撃するって言ったのに、たった1輌で突っ込んで勝手にやられてどうすんのよ!」

 

「・・・・・ごめんなさい、全て私のせいです・・・・・」

 

「全く!あんたたちみたいに足を引っ張る人がいたら困るのよ!もうすぐ全国大会だっていうのに、そんなんじゃ絶対に勝てないわよ!!」

 

 飯塚先輩は私たちの1つ上の2年生、何故か私たち1年生に対して厳しい態度であたってくる。謝った閑院宮さんはすっかり落ち込んでしまい、名倉さんは角さんに掴みかかった。

 

「・・・・・あんたのせいよ。あんたが私をイラつかせるからこんなことに!」

 

「な、それを言ったら君だって無茶な操縦で突っ込んでいったじゃないか!」

 

「突撃って言ったのはあんたでしょうが!」

 

「私は車長の命令で・・

 

「いい加減にしなさい!!」

 

 喧嘩をしていた2人は、角谷科長の怒鳴り声に驚いて固まってしまった。

 

「そんなことで喧嘩してどうするの!?あなたたちはチームでしょ!?チーム同士で争って、何が得られるの!?あなたたちは暫く戦車に乗らないで反省していなさい!!」

 

 あんなに怒鳴る角谷科長は見たことが無く、近くにいた小山副科長も戸惑っている。言い合いの発端になった名倉さんは半泣きでその場を離れていった。

 戦車の搭乗を禁止された私たちは、まるで1ピース欠けたパズルのように、バラバラになってしまった・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 翌日、私たちは格納庫から出されたチヌの前で見学をしていた。勝手に動かされないように燃料は抜かれ、バッテリーの端子は外されている。

 周りの生徒たちは楽しそうに戦車に乗っていたが、私たちは誰1人として喋ることは無く、ただ静かに時間が流れていく。

 

 名倉さんは操縦席でふて寝をし、角さんは教科書を開いて無線機の扱い方を学び直している。閑院宮さんは昨日のことを気にしているのか、ずっと暗いまま。そして私は、目の前で戦車が行き来するところを眺めていた。

 

 練習が終わったあと、私たちは洗車を手伝った。そして荷物を纏めて帰ろうと歩き出した時だった。

 

「あなたたち、ちょっと待ちなさい」

 

 声がする方に顔を向けると、4号戦車の車長兼隊長、3年生の山室(やまむろ)先輩が目の前に立っていた。

 

「・・・・・何かご用ですか?」

 

 閑院宮さんが返事を返すと、山室先輩が笑顔でこう言ってきた。

 

「何か最近トラブってるみたいだから、慰めようと思ってね。一緒に甘いものでも食べに行かない?」

 

 初めは全員断ったが、「私が奢るから」と半強制的に連れられてレストランに入った。席についても、私たちは注文するとき以外は何も話さなかった。

 

「・・・・・ねぇ?飯塚さんが何であんな態度なのか、知ってる?」

 

 山室先輩が質問するように話し掛け、名倉さんが質問に答えた。

 

「私たちが嫌いだからじゃないんですか?いっつも怒鳴ってばかりですし」

 

「フフ。怒鳴られてきたんだからそう思っちゃうのも無理ないか。でも本当は違うの。

 あの子全国大会が終わったら転校しちゃうんだって」

 

「「「「え!?」」」」

 

 山室先輩の口から語られた衝撃的な事実に、ずっと黙っていた私たちは思わず声を上げてしまった。

 

「驚くわよねぇ、私も聞いたときは驚いたわ。しかも転校先の高校、戦車道科が無いんだって。

 寮生活にしたらって言ってみたけど、寮費が払えないから転校するしかないって言ってたわ」

 

「そんな・・・・・本当なんですか?」

 

 閑院宮さんが聞き返すと、山室先輩は真剣な目で答えた。

 

「本当よ。あの子、とっても悔しそうだった。あなたたちに強く当たっちゃうのも、最後の大会で優勝したいって焦っているからじゃないかな?」

 

 山室先輩が言っていることは本当らしい。山室先輩がこういう話をするときは、決まって悲しそうな目をするからだ。

 

「ねぇ?あなたたちは『自分がやっていることが正しい』って思っているかもしれないけど、決してそうじゃない。『全員で1つ』になって、『誰かを助ける』っていう気持ちじゃないといけないわ。

 自分の主義や主張ばかりじゃ、折角のチームも台無しよ?」

 

 山室先輩は私たちの行動を指摘するように話してくれた。そんな自覚は無かったけど、私たちは無意識の内に自分の事だけを考えるようになってしまったのかもしれない。

 

「あなたたち4人は、これから1つになっていかないといけないのよ。喧嘩してむくれたり、落ち込んでる場合じゃない。今はそんなことをよりも大事な事があるんじゃないかな?」

 

 私たちはそれぞれで顔を合わせた。何も言わなかったけど思っていることは同じはず。明日角谷科長に謝って、また練習出来るように説得を試みるのだ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

科長室 早朝

 

 私たち4人は角谷科長に謝るために科長室に来ていた。名倉さんと角さんが1歩前に出て、椅子に座っている角谷科長に頭を下げる。

 

「・・・・・角谷科長、この度は私たちのせいでご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした!」

 

「もう決して喧嘩はしません。ですから、もう一度練習をさせてください!お願いします!!」

 

 2人が頭を下げた時、私と閑院宮さんも一緒に頭を下げて謝った。

 

「私も車長として、このチームを纏められなかった責任があります。ですが私たち4人は、しっかりと反省しました。お願いします、練習をさせてください!」

 

「私もチームの一員として、転校してしまう飯塚先輩のためにも、必ず優勝したいんです。ですからお願いです、もう一度チヌに乗せてください!」

 

「「「「お願いします!!」」」」

 

 頭を下げて、どのくらい時間が経ったのか・・・・・ずっと椅子に座っていた角谷科長が立ち上がり、私たちの目の前に立った。

 

「ようやく分かってくれたみたいね。チームの大切さ、人を思いやる心をね。・・・・・分かったわ。その謝罪に免じて、今回は許してあげる。今日からまた練習に戻りなさい」

 

「「「「はい!ありがとうございます!!」」」」

 

 角谷科長に許してもらった私たちは、泣いて喜んだ。『これがチームなんだ』とようやく分かった瞬間だった。

 それから私たちは1つになれたことで大きなミスも減り、練習試合も負けることは少なくなった。これなら全国大会でも優勝出来る、そう確信していた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

戦車道全国大会会場

 

 〔大洗女子学園フラッグ車、戦闘不能!『福岡アウスロテン高校』の勝利!!〕

 

 ・・・・・私たちは負けた。準々決勝戦で、私たち大洗女子学園は敗退してしまった。優勝はおろか、トップ3にすら入れなかった・・・・・

 試合が終わって全ての後片付けが済んだあと、私たちは飯塚先輩の前に整列した。

 

「・・・・・何よ、私に何か用?」

 

 冷たい目で睨むように見る飯塚先輩に、私たちは静かに頭を下げた。

 

「飯塚先輩。このような結果を残すことになってしまい、申し訳ありませんでした。もうすぐ転校されるというのに、優勝を逃すことになってしまって、本当に・・・・・申し訳ありませんでした」

 

 閑院宮さんが謝罪の言葉を掛ける。私たちはまた怒鳴られると覚悟してた、でも飯塚先輩は怒鳴らなかった。その言葉を聞いた飯塚先輩の目は優しくなっていた。

 

「・・・・・ば、バカ・・・・・謝らなくても・・・・・う・・・う・・・うわぁーん!!」

 

 泣き出してしまった飯塚先輩は私たちに抱きついてきた。その涙は勝てなかったという悔しさ、もう戦車道は出来ないという悲しさ、そして『一緒に戦ってくれてありがとう』という感謝の気持ちが込められた涙だった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 全国大会が終わった後、飯塚先輩は秋田県にある女子高に転校。私たちは転校前にお別れ会をして送り出した。

 飯塚先輩を送り出したあと、私たちには新しい目標が出来た。それは『卒業までに必ず優勝する』。

 

 それから1年後、試合が終わっても私たちは一切気を抜くことなく練習に励んだ。飯塚先輩が転校する時に私たちは『必ず優勝します』と約束して送り出した。

 

 その約束を果たすために、私たちは必死に練習に打ち込んだ。それでも、周りに気を配ることは絶対に忘れなかった。卒業して行った、山室先輩が気付かせてくれた大切なことだから。

 

 2年生になり、2回目の全国大会に出場。しかし、1回戦目で初出場した1年生を庇うように戦ったので、私たちのチヌはすぐにやられてしまい、そこからチームが崩れてしまい、初戦で敗退という苦い結果となった。

 そして3年生になり、私たちにとって最後の戦車道の全国大会を迎えた。この大会でも優勝することは出来なかったが、3位という結果を残すことが出来た。

 

 目標だった『優勝』は出来なかったことは悔しかったけど、トップ3に入れた。秋田県引っ越した飯塚先輩も、『おめでとう』と言ってくれた。わざわざ試合観戦に来てくれたことを知ったときは、とても嬉しかった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 全国大会を終えて私たちは卒業間近になったとき、進路をどうするか悩む時期に入った。大学に進学する人、就職する人、みんなそれぞれだ。

 私はどうしようかとても迷った。大学へ進学するか、それとも就職するか・・・・・1番の悩みの種は、やりたいことが見つからないこと。

 

 やりたいことが見つからないまま時は流れ、あと数ヵ月で卒業と言うとき、やりたいことが見つかった。それは、『大洗女子学園学園艦で、カフェを経営すること』。

 大洗の後輩たちの悩みを聞いて、寄り添ってあげられるカフェにしたい、悩んだ末に見つけ出した結果だった。

 

 大洗を卒業後は専門学校に進学し、『コーヒーソムリエ』と『カフェオーナー経営士』という資格を取得して再び大洗に帰った。

 カフェ経営のために選んだ建物は、少しいりくんだところにあった。経営するには難がありそうだったが、こんな感じで目立たないところなら、みんなの悩みをしっかり聞けると思ったのだ。

 

 初めのうちは苦労したけど少しずつ客足が増えていき、後輩は悩みを打ち明けてくれた。私は悩みを話してくれる後輩たちの相談相手になってあげた。

 人と話すことは苦手だったけど、少しずつ話すことが楽しくなっていた。生徒だけじゃなく戦車道科の教員も通うようになり、『明るくなったね』と言われるようになった。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 それから6年後、私の元に変わったお客さんが来店した。それは、去年から通っている常連さんと一緒に来店された。

 変わった服装をしている男子生徒6人組だった。

 

「川井店長ー、武部でーす」

 

「お?来たね“4号組”。いつものメニュー用意してるよ。あら?新顔?なわけないよね」

 

「新顔ですよ川井店長、今度の戦車道の試合に出るんですよ」

 

「ええ!?戦車道に出るの!?」

 

 私は驚いた。戦車道に男子が出るなんて聞いたこともなかったからだ。まさかと思ったけど、武部ちゃんの言っていたことは本当のようだった。

 おそらく隊長役をしていると思う1人の男子生徒が話してくれた。

 

「まぁ、簡単に言いますと・・・手助け、ですかね?」

 

「手助けねぇ、変わってるね」

 

「そうですかね?」

 

「まぁいいわ、ゆっくりしていって」

 

 私は新顔の男子生徒たちに、オススメの紅茶セットを出してあげた。後に、この『大洗女子学園の危機を救う鍵』になると知るのは、まだ先のこと。

 

 私は『川井(かわい)美里(みさと)』。元大洗女子学園戦車道科、3式中戦車チヌの砲手(ガンナー)をやっていた卒業生です。今はこの大洗学園艦で、小さなカフェの店長をやっています。

 




「今回は、この番外編を読んでくれてありがとう。旭日機甲旅団兼車長、宗谷佳だ。まさか川井店長にこんな過去があったとはなぁ、俺もびっくりだ。おいタンク、何か話があるんだろ?」

「はい!今回も読んで頂きまして、ありがとうございます!50人突破記念番外編はいかがでしたでしょうか?もしよろしければ、感想、評価を宜しくお願いします!」


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本編
第1章 九州からの手紙


登場人物

宗谷 佳(そうやけい)

大洗女子学園戦車道科を危機から救おうと立ち上がった男。4年前まで、※近衛機甲学校(このえきこうがっこう)(以下『近衛』と省略)の生徒だった。
所属していた科目は、『車長戦術科』。戦車車長として指揮を取りつつ、戦術を組むという科目だった。その他にも、『車両整備科』という科目に所属していたこともある。そんな彼は、自分で結成させた旭日機甲旅団(きょくじつきこうりょだん)(以下『旭日』と省略)隊長、兼車長を勤めている。

以下の登場人物も、宗谷と同じく近衛の生徒だった男たちである。

福田 彰(ふくだあきら)

所属していた科目は『車両操縦科』で、そのスキルを活かすために操縦を担当し、旭日副隊長を勤める。
そんな彼は、『偵察科』に所属していた経験があり、隠密行動、索敵などもこなせる。


岩山(いわやま)(しょう)

近衛では、榴弾砲、迫撃砲を使う『重砲科』に所属していた。岩山は射撃担当で、命中率は郡を抜いていたらしく、狙った敵は100%命中させるほどの自信があるようだ。
ただ戦車砲は、榴弾砲と違って威力が落ちているので少し残念がっている。


柳川(やなぎかわ) 勇大(ゆうだい)

岩山と同じ『重砲科』に所属していた。岩山とコンビを組んで活躍し、装填を担当していた。旭日でも主砲装填手を担当、岩山のサポートが出来るように尽力している。


水谷(みずたに)(じん)

簡易基地を造る『施設科』に所属。旭日では射撃が多少出来るということで副砲砲手を担当。戦車に乗ったことはなかったが、37㎜程度の対戦車砲を扱ったことがあるらしい。
しかし本人は、戦車砲の射撃音があまりにも大きいため、小銃か拳銃の方がいいと言っている。


北沢(きたざわ)(ひろし)

近衛では通信機器を取り扱う『通信科』に所属。旭日では通信手と副砲装填手を担当。通信機器の取り扱いは上手いのだが、装填の経験は全くないため、今でも少し時間が掛かるときがある。



『初めまして、私は『旭日機甲旅団』の隊長、宗谷佳と申します。本題といたしましては大洗女子学園戦車道科を危機から救うために力を貸したいと思っています。

 もし必要無いのであれば、お手数ですがこの手紙を送り返してください、宜しくお願い致します。

 

旭日機甲旅団隊長 宗谷 佳』

 

「っていう手紙が送られて来たんだよねぇ、どう思う?」

 

 場所は大洗女子学園、戦車道科科長室。部屋には現大洗女子学園戦車道科科長の角谷杏(かどたにあんず)、副科長の小山柚子(こやまゆず)、副科長代理の河嶋桃(かわしまもも)、そして元4号戦車車長、現戦車道科指導員、4号戦車担当の西住(にしずみ)みほがいた。

 送り主は九州の人間らしい、分かっていることはそれだけだ。そもそも旭日機甲旅団なんて聞いたことがないし、調べたが旭日機甲旅団なんて部隊はなかった。今まで手紙が来たことは何度かあったが、『力を貸したい』といったことが書かれた手紙は初めてだった。

 いくらなんでも突然過ぎるし、怪しさしかない。河嶋は手紙を送り返すことを薦めたが角谷は取りあえず向こうがどう出るかを見ようと言い、手紙を机にしまった。

 

「まあ、手紙の件は後回しにして、西住ちゃん、かほちゃんはどんな感じなの?」

 

 今のみほには1人娘の『かほ』がいた。かほもこの大洗女子学園戦車道科に入学していたのだがどうもギクシャク関係でいたので角谷は心配していたのだ。

 

「心配かけてすみません、でも大丈夫です」

 

「そう、なら良いけど。それからちゃんと話も聞いてあげなよ?この年の女の子は悩みが多いからね」

 

「はい、気をつけます」

 

「頼むよ~~、もうすぐ戦車道の試合もあるし、それから・・・

 

 角谷は何かを言い掛けたが小山が口を挟んだ。

 

「科長、それ以上は言わない方が・・・」

 

「あ、ごめんごめん、何でもない。それじゃあこれでお開きねー、お疲れさーん」

 

 みほには角谷が何を言おうとしたのかは分かっていた。今となっては母校になってしまった大洗女子学園、そんな今の戦車道科を支えているのはみほの娘たちだ。少し無茶なことを押し付ける形になるかもしれないのだが、頑張ってもらわないといけない。

 

「みぽりん、みぽりん!おーい!」

 

 ハッと我に帰ると横には元4号戦車の通信手、武部沙織(たけべさおり)がいた。武部も大洗女子学園の戦車道科の指導員を勤めていた。勿論担当の戦車は4号戦車だ、30年経ってもその明るい性格は変わらない。武部はみほになんで呼び出されたのかを聞いた。みほは九州から謎の手紙が届いたと話した。

 

「ふーん、手紙かぁ。私宛のファンレターだったら良かったのになぁ」

 

「ふふ、変わらないね、その性格」

 

「当たり前じゃない、娘が産まれても私の恋愛は止まらないよ~~」

 

 そんな武部を見ながらみほは戦車道のことを考えていた。これからどうやって戦車道科を引っ張っていこうか、そんなことを考えていた。武部と明日の授業の話をしていたらあっという間に家に着いた。

 

「じゃあねぇ~みぽりん。また明日~」

 

「お休みなさい武部さん、また明日」

 

 今は元いた寮を出て、立派な一軒家に住んでいる。寮からそんなに離れていないので見に行こうと思えばいつでも行ける距離だ、と言っても今いる町の大きさはたかが知れている。何故なら、この町は艦の上にあるのだ。

 通称『学園艦』と呼ばれるこの艦は、戦車道科がある女子学園と一緒に町を艦の上に載せている。理由としては戦車道の試合の会場までの移動を楽にするためなんだという。また作られた目的としては『自立心を養うため』ということなんだという。

 戦車を大量輸送するのも楽だし、町を載せてしまえば艦の上にいるということを忘れさせてくれる。限られた空間の中にずっといるとストレスを感じる人も多い。おそらくストレスを無くすために艦の上に町を造ったと思われる。

 つまり、大洗女子学園に通う生徒たちは艦の上で暮らしているということになる。本土にいるのと差ほど変わらないのだが。みほが家に入るとかほが2階に上がろうとしていた。

 

「・・・お帰り、遅かったね」

 

「ごめんね、ちょっと会議があったから。ご飯作るね」

 

「いらない、適当に作って食べたから」

 

 そう言うと2階に上がり、部屋に入ってしまった。みほは心配だった、何か悩みを抱えているのであれば素直に話してくれれば良いのに、何故か話してくれない。

 みほから聞きに言っても「悩みなんてない」の一点張りでまともに会話をしたこともない。

 中学の時は「お母さんみたいになりたい」、と言っていたのに女子学園に上がって半年も経たない内に今の状態になってしまった。去年の戦車道の試合では1回戦目で戦車道最強の女学園、黒森峰と当たり、接戦の末に敗北してしまった。

 みほは去年の試合のことを引きずっているのではと思ったがかほは「そんなことで落ち込んだりしない」と言い、原因は分からず仕舞いだった。またすぐに試合が始まるという中、こんな調子で大丈夫なのかと心配になるのだった。

 

 

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ーーー

 

 

ーー

 

 

 

 翌日、角谷は九州に向けて手紙を送った。取りあえず様子を見ようと言っていたが一体どうするのかを聞くために手紙を送ったのだ。もうすぐこの学園艦は1週間後に1時間だけ茨城港に停泊する予定なのだ。

 もし乗るのであればこのチャンスしかない、かなり唐突ではあるが仕方がない。申し訳ないと思う一方で、どんな人たちが来るのか楽しみにしていた。

 

 

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 それから2日が経った。場所は九州、大分県別府市。とある荒れ地の入り口の前に、青年が立っていた。彼は旭日の隊長、宗谷佳。元近衛機甲学校の生徒だった。ここは元々近衛機甲学校が建っていた場所だ。

 大きな校舎があり、格納庫が5棟あった。今は全て取り壊され、すっかり荒れ地に変わり果ててしまっていた。ただ今は、行かねばならない場所がある。大洗だ。

 

「なーに1人で黄昏てんだよ」

 

 声を掛けてきたのは旭日の副隊長、福田彰だ。大洗から手紙が届いたことを知らせようと来たのだ。

 

「いっつも暇さえあればここにいるよな。ここ今はただの荒れ地だぜ?」

 

「ああ、今となってはな。だけどここは俺たちにとっては思い出の場所、俺たちの母校があった場所でもあるからな」

 

「そうだな。あ、それよりよ、大洗から手紙が来たぜ。角谷科長から、お前宛にな」

 

「そうか、じゃあ帰ろうか」

 

 2人は15分程歩き、小さな格納庫の前に着いた。ここが旭日機甲旅団の基地(?)なのだ。中に入ると整備道具が整理された状態で置かれており、カバーを被った戦車が1輌置かれていた。

 この戦車は宗谷たちが部品から集めて造った、世界でただ1輌の戦車だ。宗谷たちはこの戦車で大洗と共に戦車道をやっていこうと考えていたのだ。

 

「お?隊長、いつ帰って来たんだ?」

 

 砲塔の中から顔を出したのは主砲砲手の岩山だ、照準器のチェックをするために砲搭の中に入っていたのだ。

 

「たった今さ、それから隊長って呼ばなくていいぞ」

 

「お帰り隊長、※半自動装填装置のチェック、完了だ」

 

「隊長って呼ばなくて良いって言ってんのに・・・・・」

 

 続いて中から手に付いた作動油を拭きながら出てきたのは主砲装填手の柳川だ。カバーを被っているこの戦車は第2次に造られたのだが少し近代的な技術も取り込んでいる、名前は後で教えよう。

 

「・・・・・まぁ良いか。で、例の手紙は?」

 

「こっちにあるぜ隊長」

 

「あと通信機の整備も完了だ、後は載せるだけだぜ」

 

 奥から出てきたのは副砲砲手の水谷と副砲装填手兼通信手北沢だ。2人は通信機を戦車から降ろして整備をしていたのだ。ついでに作動の確認もして完璧な状態に仕上げていた。

 

「手紙はこれだぜ、内容はまだ見てないが」

 

 水谷が手紙を渡した、宗谷が手紙を読む。

 

『あなたの申し出を受けようと思うわ。でもあなたのその気持ちは本気なのか、まずはそれが知りたい。だから、手間が掛かるかもかもしれないけど、返事を返してくれないかな?

 大洗の学園艦に乗るなら5日後の朝8時に茨城港に1時間停泊する予定だから乗るならこれがチャンスだよ?それじゃあ返事待ってるよー。

 

大洗女子学園戦車道科科長 角谷 杏』

 

 手紙を読み終えた宗谷は、福田に戦車の状態を聞いた。戦車本体は組み上がり、最終テストもクリアしている。ただ変速機に少し違和感があるので、少し調整が必要だ。状態にもよるが、あと2日はかかると予想した。

 宗谷は最終調整を2日で済ませるように指示し、これからのことを話した。

 

「大洗からの手紙の内容は、5日後に茨城港に1時間だけ停泊する予定でいるから乗るならこれがチャンスだと送られた。このチャンスを逃したら次に乗れるのがいつになるか分からない。確実に整備を完了させてくれ」

 

「てことは3日後に大洗に行くってこと?」

 

「そうだ、2日で整備を終わらせて3日目に大洗に向けて出発する。それまでに出発準備も済ませておけよ」

 

「「「「「了解!!」」」」」

 

 

 

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ーーー

 

 

ーー

 

 

 

 翌日、場所は変わり大洗女子学園の戦車道科科長室、角谷が小山と河嶋に旭日宛てに手紙を送ったと話していた。河嶋は焦っていた。

 

「なんで得体の知れない部隊に手紙を送り返したんですか!!」

 

「えー、だって悪そうな感じじゃなかったし、それに送ってもらったんだから何か返さないといけないかなーって思ったから」

 

「だからって手紙に『来るなら今しかない』なんて書かなくても!そんなこと書いたら来るに決まってるじゃないですか!!」

 

「・・・・・でもさ、今の私たちは『生徒』じゃなくて『指導員』だよ?今は戦車道科で頑張ってる、私たちの娘に教えるべきことを教えることが急務でしょ?」

 

「う・・・・・確かに、そうかもしれませんが・・・・・」

 

「・・・・・あなたの言うことも分かるよ、桃ちゃん。確かに、得体の知れない部隊だから、不安になるのも分かる。でも、こうしてわざわざ手を貸すって言ってくれているんだよ?私は、絶対に悪い人たちじゃないって信じる。戦車道科を、()()()()()()()()()()って」

 

 角谷が話終えたと同時に、誰かがドアをノックした。そろそろ授業の時間だ、3人は教室に向かっていった。

 

 

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ーーー

 

 

ーー

 

 

 

 それから2日後、夕方になりようやく変速機の最終調整が終わった。違和感が無くなり、軽快に走るようになった。後は大洗に行くまでの経路をどうするかだ。

 戦車ごと行くにはまず別府港から大阪港までフェリーで半日移動しそこからトレーラーに載せて9時間ほど高速に乗って移動する、それが宗谷たちに出来る移動手段だ。

 過去にはどこかの学校がC-5『ギャラクシー』という軍事輸送機を試験的に使って戦車を輸送したという話があったが流石に頼めそうにないので自力で向かおうという結論に至ったのだ。

 まずはフェリーの手続きと戦車を公道に走らせるために申請をしなければならない。公道はまだしも、フェリーに乗せようものなら断られかねない。取りあえず片道分だけでもとダメ元で交渉に行くことにした。交渉に行くのは岩山と柳川、公道の走行の申請は宗谷と福田が行くことになり、水谷と北沢は留守番をすることになった。

 

 

ーー

 

 

 

 そして3時間後、何とか許可をもらい宗谷たちは帰ってきた。1つ条件付きで、公道を走行するときもフェリーに載せる時もカバーを付けたままにしてほしいと言われたのだ。フェリー会社からしたら兵器を取り扱っているなんて思われたくないらしい。

 フェリーに乗るのは明日の18時30分、大阪に着くの翌日の朝7時前後と言ったとこだろうか。そこからのトレーラー移動に関しては、宗谷の知り合いの運送屋が手伝ってくれるらしいのでその辺は心配いらないだろう。

 出発を前日に控え、全員がぼつぼつと準備を進めるなか宗谷の姿が忽然と消えていた。どこに行ったのかは見当がついているので探さないでおこうと誰もが思った。

 

 

ーー

 

 

 

 宗谷は、別府が一望出来る十文字原(じゅうもんじばる)展望台に来ていた。悩み事がある時や考え事をしたい時、1人でぼーっとしたい時は必ずここに来ていた。この景色を見ていると何もかも忘れさせてくれる、宗谷にとって一番のお気に入りの場所だ。

 そして今なぜここにいるのかというとこの景色を見るのはしばらくはないと思い見納めに来たのだ。この展望台から見る夜景はとても綺麗だった。そして運が良いことに晴れていたので国東半島まで見渡せた。出発前に綺麗な夜景が見れたので宗谷は嬉しかった。

 

 

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ーー

 

 

 

 そして翌日の16時、そろそろ出発しなければならないときが来た。持っていく荷物の確認と、戦車の状態をチェックし、予備の部品の確認も済ませた。宗谷が指示を出す。

 

「ついにこの時が来た。我々旭日機甲旅団は、この戦車と共に、大洗へ向かう。今まで戦車道で『男子が出ていた』という事例は無い、非難の声を掛けられることもあるだろう。だが忘れるな、俺達の目的は『大洗女子学園戦車道科を危機から救う』ことだ。それだけは絶対に忘れるな」

 

「分かってるよ隊長、俺達はそのためにここまで来たんだ。今さら目的を見失うわけがないだろ?」

 

「よし、全員搭乗!!」

 

「「「「「了解!!」」」」」

 

 宗谷の指示で全員が一斉に戦車に乗り込む。慣れているだけのことはあり、乗り込むのは早かった。福田が操縦席に座り、エンジンをかける。力強いエンジン音が格納庫中に響き渡る。

 宗谷が扉を開けると中からカバーを被った戦車が1輌出てきた。後ろに荷車を付けて格納庫から出ると、宗谷が扉に鍵をかけた。そして宗谷も乗り込み、別府港に向けて出発した。

 

 

ーー

 

 

 

 戦車は時速30キロ程度の速度でゆっくりと港を目指していく。カバーに穴を空けて操縦席から見えるようにはしているが外から見たら怪しい物が道路を走っているようにしか捉えられない。

 通り過ぎていく車からバシャバシャ写真を撮られている。

 そんな中を掻い潜り、何とか港に着いた。駐車場に一旦止めて、じゃんけんで負けた福田を留守番させて、お土産を買いに店に立ち寄った。選んだのは大分の名産、とり天の味がする煎餅だ。それを4箱買って戦車に戻った。

 フェリーに乗る時間になったので待機するラインに戦車を走らせ、岩山が最後の手続きに行った。そしてフェリーに乗り込み、転輪の間に輪止めをして客室に上がった。ロビーのカウンターで部屋の鍵を受け取り、荷物を部屋に入れて、6人全員で甲板に上がった。

 

『ボォーーー』

 

 低い汽笛が夜空に響いた。宗谷たちを乗せたフェリーはゆっくりと夜の海を進み出す。月の明かりが海を照らしている、その中をフェリーは進んでいく。進み始めて10分後、港はすっかり小さくなってしまっている。

 

「敬礼!」

 

 全員が別府に向けて敬礼をした、夜景が見えなくなるまで。そして中に入り、普段着に着替えた。レスントラで食事を済ませ、風呂に入って部屋に入った。宗谷が明日の予定を説明する。

 

「明日は朝7時に大阪港に着く、そこからトレーラーで茨城港まで移動する。覚悟しろよ、大阪港から茨城港までの移動は9時間かかるからな」

 

「マジかよ~、9時間も高速か~」

 

「たまに休憩入れるから心配すんなよ。それに9時間って言ったけど休憩含めて9時間だからな?さあ、明日に備えて間に早く寝よう。」

 

 

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ーーーー

 

 

ーーー

 

 

ーー

 

 

 

 朝4時、フェリーの中は静まり返っている。福田たちもぐっすりと寝ている。そんな中、宗谷だけ起きていた。片手に缶コーヒを持って窓から外の景色を見ている、うっすらと明るく少し霧がかかっている。

 

「フー・・・今日はいよいよ大洗に向かうか・・・何とか無事に付ければそれで良いがなぁ・・・・・」

 

 宗谷は隊長としての責任を感じていた。4年前に近衛が廃校になり、これから何をしていこうかと考えていた人を集めて旭日機甲旅団を結成した。

 ただこれが正しかったと言えるかは分からない、この4年間ずっとバイトと戦車の組み立てをしてきただけだ。勉学に関しては多少なり高校の内容を勉強してきたがそれで足りるかはまた別問題だ。

 宗谷たちの経緯を説明すると、近衛の中等科に通っていたのだが2年生の時に突然廃校になったのだ。生徒だった宗谷たちは成す術もなく廃校を受け入れざるを得なかった。

 何故大洗に行こうと思ったのかというと、元々無名だった女子学園が、優勝まで上り詰めたという話を聞いて、どういう人たちが大洗女子学園を優勝に導いたのかが気になっていたのだ。

 それだけではなく、宗谷自身は中等科を卒業したら大洗女子学園に行きたいと思っていたのだ。大洗女子学園は宗谷にとっては憧れの女子学園だった。

 中等科で学べることなんて基礎かそこからの応用ぐらいしかない。でも宗谷は2年間で学んだ知識を使って戦車道に出たい、そう思っていた。

 例えダメでも、せめて戦い方だけでも見たかった。元々は自分1人の考えだったのだが、廃校をきっかけに仲間を集めて皆で戦車道に出ようという考えに変わったのだ。

 そして2年前、風の噂で大洗女子学園が危機に立たされているという話を聞いて、中途半端な仕上がりだった戦車を急ピッチで仕上げた。早く大洗女子学園に行けるようにしたい、その一心でここまで来たのだ。

 ただ1つ気がかりなのはこれからやっていくことが正しいのかという所だ。先程も言った通り、戦車道に男子が出たことはない。ましてや6人も出るなんて前代未聞だろう。それでも、宗谷は戦車道に出たかった。ただ出たいというだけではなく、危機から救うために行くのだ。

 

「・・・まあ、先の事ばかり考えていても仕方ねぇか。見据えるのは良いけど、そればかり気にしたところで、どうにもなるものじゃないしな」

 

 そして宗谷は部屋に戻っていった、大阪港まであと2時間半。

 

 

ーー

 

 

 

「ほらほら全員起きて顔洗ってこい」

 

 大阪港まで残り1時間、宗谷が全員をたたき起こした。福田は寝ぼけながら宗谷に言った。

 

「本当に朝が早いな~隊長」

 

「そんなことは良いから、さっさと行ってこい」

 

 顔を洗い終え、軽めに朝食を済ませた宗谷たちは車の格納室に向かった。戦車が乗っている時点で車格納室とは言い難いのだが。

 大阪港に着くとまずは大型のトレーラーから下ろされる、乗用車などは後回しだ。もちろん宗谷たちも待たされている。柳川はため息をついている。

 

「ハァー・・・・・朝早くに起きて、待たされているなんてなぁ、いつ順番が回ってくるんだ?」

 

「まあ、待てよ。すぐに動くさ」

 

 そして10分後、ようやく進み出した。格納室の中を『ガラガラ』と音をたてながらフェリーを降りた。空は晴れている、いい天気だ。

 

「う~ん、やっぱり晴れていると気分が良いなぁ」

 

 そう言う宗谷に男性が1人近づいてきた。

 

「あんたかい?戦車を運んでくれって言ってきたのは」

 

 どうやら運送屋の人らしい、宗谷が挨拶をする。

 

「ええ、本日は宜しくお願いします」

 

「ほー、あれかい?例の戦車は」

 

「はい、自分達で造り上げた物なんです」

 

「へー、そりゃスゲーな。20年運送屋をやってるけど戦車を運んでくれなんて言われたのは始めてだな。よっしゃ、大洗まで行くぞ!」

 

「はい!宜しくお願いします!」

 

 戦車を載せ終わるとトレーラーは出発した。ここからは先が長い。

 

 

ーーー

 

 

ーー

 

 

 

 一方、大洗女子学園には宗谷から以下の手紙が届いていた。

 

 

『返事を返してくれたことに感謝します。そちらの要望に従うため、停泊する時刻に合わせて学園艦に乗らせていただきます。それではよろしくお願いいたします。

 

 

旭日機甲旅団隊長 宗谷 佳』

 

 

 手紙を見ながら角谷はニヤニヤしていた。

 

「ふーん、来る気なんだ。なかなか根性ありそうじゃん。一体どんな物好きなのやら」

 

 角谷は楽しみにしていた。でもこの事は、科長組の3人しか知らないことで、他の指導員たちは何も知らされていない。角谷は一体どうなるのかが気がかりだったが、先の事は考えない事にした。もう決定していることなのだから。

 

 

ーー

 

 

 

 一方、高速にのって5時間経っている宗谷たちは、SA(サービスエリア)で2回目の休憩に入っていた。トレーラーには全員乗れないので4人は戦車のなかで過ごさなければならない。

 当然のことだが乗り心地が言い訳がない、おまけに鉄箱の中なので放熱よりも吸熱の方が勝るのでかなり暑い。さらにカバーも被っているので暑さは倍増している。

 宗谷は熱中症にならないように気をつけるよう言っているがいつなってもおかしくない。とりあえずうちわで対策を取っているが暑いものは暑い。さらに悪いことに今度は渋滞にはまり、1メートル進むのに20分かかる始末に・・・・・

 

 そんな状態だったので大洗に着いた時には夜7時を回っていた。日が落ちて、辺りは街頭と月明かりしかなかった。

 

「えっと~、ここが・・・大洗・・・だよな?」

 

「暗いし、静かだし、何も分からん。」

 

「うーん・・・・・標識には『大洗』って書いてあったし、間違いないんじゃないか?」

 

「て言うかよ、肝心の学園艦ってやつはどこにあるんだよ」

 

「明日ここに停泊するはず、だったよな?」

 

「ああ、そう言ってたぜ」

 

「とりあえず、戦車降ろすぞ!手伝え!」

 

 戦車を降ろすとカバーを取った。回りが暗いのでライトを使わないと足元が見えない。運送屋の運転手が、宗谷たちに一言声を掛けた。

 

「頑張れよあんちゃん、戦車道に出られると良いな!」

 

「どうもありがとうございます!帰りはお気をつけて!」

 

「ありがとうよ!じゃあな!」

 

 そんなこんなで運送屋と別れた・・・が1つ問題が起きた。

 

「なあ隊長、宿どうすんだ・・・?」

 

 福田がそう言ったのはごもっともで、別府を出発する前に宿を予約することを完全に忘れていたので大洗に着いてから探せば良いだろう、と言っておいて現在に至る・・・

 今から探す気力なんてない、となれば答えは1つ。

 

「「「「「「車中泊だな」」」」」」

 

 という訳で全員一致で車中泊に決まった。まずは銭湯で汗を流してコンビニで夕食を買った。食事をしながら宗谷が明日の予定を話す。

 

「よし、少し時間はかかったが何とか予定通りだ。明日は学園艦がこの港に停泊する予定だ、8時に来て1時間停泊する、その間に乗り込むぞ」

 

「寝坊厳禁だな」

 

 予定を一通り説明し終わると、寝袋に入っての就寝となった。戦車の中は狭いのだが、全く気にしていない。しかし、宗谷だけは外に出て、港から見える海を眺めていた。月明かりに照らされる海は、幻想的だった。

 

「場所は違えど、見える海は一緒か・・・・・寝るか、今日は色々ありすぎて疲れたからな」

 

 宗谷も戦車の中に戻り、毛布を被って眠りについた。

 

 

ーーーーー

 

 

ーーーー

 

 

ーーー

 

 

ーー

 

 

 

 ハッと目が覚めると何故か暗い。?、まだ夜なのか?と思ったら何か壁が目の前に・・・?

 

「おい!起きろ!!学園艦が目の前に来てるぞ!!!」

 

 宗谷の声で全員が一斉に目覚めた。慌てて起きた福田たちは目の前にある学園艦に言葉が出なかった。

 

「スゲェ・・・これが学園艦、か・・・」

 

 唖然とする福田たちに宗谷は指示を出す。

 

「と、とりあえず乗り込むぞ。福田、操縦頼む!」

 

「り、了解!」

 

 全員が慌てて戦車に乗り込み、学園艦に乗り込み始めた。宗谷たちの戦車道の戦いが、今始まる!!

 




※解説

近衛機甲学校

宗谷たちが通っていた機甲学校。機甲学校という名前でありながら、榴弾砲の取扱いや整備全般、その他にも偵察や通信機器の取扱いなども学ばせる学校だった。

半自動装填装置

重い砲弾の装填時間の短縮と装填手の負担軽減のために開発されたもので、砲弾を装置に乗せるまでは手動で行い、装填は自動で行うというもの。(あくまでも自分の見解です)
現在では全自動の装填装置が採用されているので4人だった搭乗員も装填手を除く3人に減らされた。




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第2章 憧れの町

前回のあらすじ

大洗女子学園のもとに、一通の手紙が届いた。送り主は『旭日機甲旅団』という名で、九州から届いた手紙だった。誰も聞いたことの無い、謎の部隊から届いた手紙だった。
どう考えても怪しかったが、角谷は出方を見ようと判断し、新しく手紙を送って返事を待つことにした。

そして、旭日機甲旅団隊長、宗谷佳は、角谷からの手紙を受け取り、大洗女子学園学園艦に乗り込むと決心をした。1日半掛けて、茨城県大洗町に着いた一向。

その翌日、宗谷たちの目の前に学園艦が停泊していた。憧れの学園艦で待つものは、歓迎の声か、それとも非難の声か。期待と不安を胸に、彼らは学園艦に乗り込む!



 大洗に朝が来た。港に学園艦が1隻停泊している、その近くに宗谷たちはいた。乗ろうとしているのだがどうやって乗ればいいのか分からず途方にくれていた。福田が辺りを見渡しながら宗谷に言った。

 

「ところで、どうやって乗るんだ?ここまで来て乗る術が無いなんて言うなよ」

 

「何処かにエレベータがあるはずだ。それで戦車の積み降ろしをしているって本で見たことがある」

 

「ん?あれじゃねぇか?」

 

 北沢が指を指す方向に、戦車を乗せるためか、エレベータが設置されていた。

 

「よし、乗り込むぞ。福田、戦車を前に出せ」

 

「勝手に操作していいのか?怒られても知らねぇぞ」

 

「そのときはそのとき、行くぞ」

 

 宗谷がエレベータのボタンを押すと、台座がギシギシと音をたてて下がってきた。まずは戦車を上げるので後ろに繋いでいた荷車を切り離し、台座に戦車を乗せた。

 

「上に着いたらすぐに戦車を進めてくれよ。じゃないとリヤカー乗せられないからな」

 

 ボタンを押すと台座がゆっくりと上に上がっていく。まずは福田、岩山、柳川が上に上がり、着くとすぐに戦車を降ろした。3人は唖然した、さっきまでいた町とほぼ同じ景色が目の前にあったからだ。

 

「うわー、スゲーなぁ。隊長が言ってた通りだぜ」

 

「よく沈まねぇな。確か、人口3万人住んでいるんだよな?」

 

「とりあえず、こっから学校探さねぇといけないのか・・・・・骨が折れるぞ」

 

 そうこうしていると宗谷たちも上がってきた。リヤカーを接続するとゆっくりと進みだした。

 

「なぁ、隊長・・・・・いや宗谷、いいのか?カバー取っちまって」

 

「問題ないだろ。この町は4号戦車もヘッツァーも走ってるんだからさ、俺たちの『5式中戦車 チリ』が走っても何にも気にされないないだろ」

 

5式中戦車 チリ』、大日本帝国陸軍が造った、最後の中戦車である。オートマチック変速機と似た変速機や、半自動装填装置等と言った、斬新な機能を集結させた日本では最先端の戦車だった。

 しかし、造り始めたのは終戦末期のことで、1輌のみしか造られなかった。また、半自動装填装置が不調だったことで制作は難航、終戦までに出来たのは車体と砲身がない砲塔のみだった。

 チリにその後関しては、、海上輸送でメリーランド州アバディーン性能試験場に運んでいる最中に台風に遭い、海に捨ててしまった。また一説では、朝鮮戦争が始まったために鉄不足に陥り、スクラップにされて鉄の塊になってしまったとも言われているので、チリのその後を知るものは誰もいない。

 そんなチリを製作した理由としては、6人全員が乗れる戦車がこれしかなかったこと。それから、大洗女子学園にも引けをとらない戦力になれそうだと思ったのが、このチリなのだ。装甲は協会の基準を満たすため、カーボンで覆って安全性を高め、砲弾も自作ではあるが安全弾にしてある。いきなり試合を持ち込まれたとしても柔軟に対応出来る。

 宗谷は大洗女子学園までの道を聞こうと人に訪ねようとしたが、流石に戦車が近くにある状態で聞くのは怪しまれると考え、チリを隠して1人か2人で聞くという作戦に出た。都合がいいことに、登校時間と重なったので、もしかしたら生徒に道が聞けるかもしれない。

 だが現実はそう上手くいかない。大洗女子学園の生徒らしい子に話し掛けるも怪しまれてしまいそそくさと逃げられてしまう始末だった。こうなれば学園艦に住んでいる人に直接話を聞くしかない。

 宗谷と福田でペアを組み、誰かが通りかかるのを待つことにした。5分ほど待っているとくせっ毛の女性が通り掛かった。宗谷がすかさず話しかける。

 

「すみません、大洗女子学園までの道のりを聞きたいんですが」

 

「大洗女子学園でありますか?それなら2つ目の角を右に曲がって、4つ目の角を左に曲がれば着くことにでありますよ」

 

「ありがとうございます、それでは」

 

 宗谷たちは気づかなかったが今話しかけたのは戦車道科指導員の秋山(あきやま)優香里(ゆかり)だった。ただこれはこれで良かったのかもしれない、もしチリが近くにあったら戦車に関するうんちくが飛び交い、とてもじゃないが道案内どころじゃなかっただろう。

 

 とりあえず教えてもらった通りに2つ目の角を右に曲り、4つ目の角を左に曲がったのだが・・・

 

「えーっと、教えてもらった通りに来たよな・・・?」

 

「そのはずだか・・・おかしいな。道間違えたか?」

 

 何故か着けなかった。教えてもらった通りに進んだのに、学園らしき建物は見えなかった。一方、秋山は大洗女子学園に着いて、指導員室に入ったところだった。席について授業の準備をしているみほに挨拶した。

 

「お早うございます西住殿!今日もいい天気ですね!」

 

「お早うございます秋山さん、今日も張り切って行こうね」

 

「あ、西住殿、実はついさっきここの道のりを聞かれたので教えてあげたんですよ!えーっと2つ目の角を右に曲がって、4つ目の角を左に曲がればすぐだって」

 

 張り切って答える秋山に、西住は苦笑いしながら訂正した。

 

「あの、秋山さん?あなたの家からなら、2つ目の角を右に曲るのは合ってるけど、左に曲がるときは6()()()()()を曲がるんだよ?」

 

「え!?大変!間違えてしまいましたぁー!!」

 

 一方、宗谷たちは道のりを間違って教えられてしまったので、完全に迷っていた。山を走り、町の中を走り、学園艦の中をグルグル回っていた。そして成り行き任せで着いたのは、海が見える展望台だった。岩山が冗談半分で言った。

 

「もしかして、ここが大洗女子学園か?」

 

「「「「「んな訳あるか」」」」」

 

 ひとまず停車してどうするかを考えることにした。

 

「さっき人に聞いた時の道に戻って探し直すか」

 

 宗谷の提案には全員が賛成し、もと来た道に戻ることにした。だが・・・

 

「・・・あれ?なぁ、宗谷、どっから来たんだっけ?」

 

「・・・え?えーっと・・・」

 

 宗谷も福田もどこから来たのかを完全に忘れてしまい、途方にくれた。宗谷は町の中を走ればいずれ着くだろうと完全運任せにすることにした。

 

 

ーー

 

 

 

 その頃、大洗女子学園では、秋山が科長室に呼び出されていた。女学園までの道のりを聞いてきた男2人がいたという話を聞き付け、角谷が呼び出したのだ。角谷が秋山を問い詰める。

 

「秋山ちゃん。西住ちゃんと会話しているとこ聞いたんだけど、今日誰か道案内でもしたの?」

 

 秋山には何故こんな質問をされるのか、その意味が全く分からない。そこで、今日のここまでの行動を思い出してみることにした。朝早くに娘の由香を起こして、学校に先に行かせて、それから・・・・・

 

「ええ、出勤する途中で、男2人組にここまで道のりを聞かれたであります。あれ?でも大分若かったような気が・・・高校生ぐらいだったような・・・・・?」

 

「オッケーオッケー、もう下がっていいよ。授業頑張ってねー」

 

「え?あ、はい」

 

 そう言われて科長室を後にしたが、秋山には何が何だか分からず仕舞いだった。秋山が科長室を出ていったあと、角谷は少し安心した表情を見せた。

 そして今分かっていることは、この学園艦には、いるはずがない()()()()()()()()()()()ということだ。

 

「男子高校生2人、か。もうちょい人数いるかと思ってたけど、まぁ私たちの娘と同い年ぐらいなら良いか」

 

「良くありません!!2人でも1人でも大問題ですよ!!」

 

「まぁまぉ落ち着いてよ。ですけど、道のり聞いたんなら、もう着いていないとおかしいと思いますけど。いくらなんでも遅すぎませんか?」

 

 小山が言うのはごもっともだった。秋山が道案内したのは1時間ぐらい前のことなので、順調に来ていればもう着くはずなのだが、いっこうに来る気配がない。

 

「うーん、迷ってんのかなぁ。まぁ、その内来るでしょ・・

 

 その時、外から『ガラガラ』と戦車が走るような音が響いてきた。今は戦車道の授業はやっていないので戦車が走っていることはないはず。

 

「ん?自動車部の連中が戦車動かしてんの?」

 

「いえ、確か午前中は整備をするから、動かすことは無いって言ってましたけど?」

 

 3人は大慌てで外を見た、上の階にいた生徒たちも先生たちも外を見る。西住の娘のかほ、五十鈴(いすず)の娘の(あい)、秋山の娘の由香(ゆか)も外を見ていた。由香は戦車に興奮している。戦車というのはチリのことだ。

 

「あ!ああーー!!すごーい!せ、戦車が走ってる!!写メ!写メ撮らないとぉ!!」

 

 興奮する由香を横目に、藍はチリを不思議そうに見ている。

 

「あんな戦車見たことがないです。大洗のものでもなさそうですけど」

 

「そんなことはどうでもいいじゃないですか!あれすっごく珍しい戦車なんですよ!!」

 

 女子学園中が大騒ぎになっているのを全く気にせず、チリは校門の前に着いた。福田はほっと胸を撫で下ろしている。

 

「ハァー・・・・・やっと見つけたぞぉ~・・・まさか限られた空間の中で1時間も迷うとはな」

 

「よし、中に入るか。福田、右旋回」

 

「え?入るのか?『関係者以外は立ち入り禁止』ってやつじゃねぇのか?」

 

「その『関係者』になるんだからいいだろ」

 

 福田はチリを女子学園のグランドに乗り入れ、宗谷はチリから降りた。これから偉い人に会うということで近衛の時に着ていた制服を着用していた。

 

「じゃあ科長に会ってくるから、その間お前らはチリを移動させて中で待機していろ 」

 

 

「了解。じゃあ頼むぜ隊長。ここまで来て『ダメです』はごめんだからな。ちゃんと話しつけてくれってことよ」

 

「ばーか、余計な心配すんな。じゃ、行ってく・・・

 

「コラァーーー!!!!」

 

 突然の大声に宗谷たちは固まってしまった。怒鳴ったのは元B1bisの車長、(その)みどり子だ。大洗女子学園の生徒だった時は風紀委員の委員長で、規則には厳しかった。現在は大洗女子学園戦車道科指導員の傍らで、風紀指導長もやっている。

 当然のことながら女子学園に男子が入るなんてあってはならないこと、園はカンカンだ。

 

「あんたたち!ここは女子学園の学園艦よ!おまけに戦車ごと乗り入れるなんてどういうつもりなの!!!」

 

「待ってください、自分達は呼ばれてここまで来たんです。せめて科長に話だけでもさせてください」

 

「話なんてさせるわけがないでしょ!!早く出ていきなさい!!」

 

「港から離れちまったんですから、出ていけって言われたって無理だと思いますけど?」

 

「屁理屈言うんじゃなぁい!!!」

 

「どーしたの?そんな大声だして」

 

 声を掛けてきたのは角谷だ。宗谷には誰か分からなかったが、上の立場にいる人らしいことであることは確信していた。

 

「角谷科長!丁度良かった、こいつが科長に会いたいなんてふざけたことを言っていたんで、追い出そうとしていたとこなんですよ」

 

「ふーん・・・・・」

 

 角谷は戦車を見た、ドイツでもアメリカでもない。砲搭には旭日が描かれていたが日本の物には見えない。興味本意でチリをジーっと見ていると宗谷がポツリと話しかけた。

 

「あの~・・・俺たちの戦車になんか付いてます?」

 

「うん?あ、ごめんごめん。ところで、単刀直入に聞くけど、この手紙送ったの君?」

 

 角谷が手紙を出した。

 

「あっ!これ確か1週間ぐらい前に送った手紙ですよ!」

 

「やっぱり、じゃあ名前教えてくれる?」

 

 宗谷は慌てて手紙をしまい、ビシッと敬礼しながら自己紹介をする。

 

「旭日機甲旅団隊長兼、チリ車長、宗谷佳と申します!!あなたは、戦車道科科長の・・・角谷科長ですか?」

 

「ええ、私が角谷よ。成る程ね、君がこの手紙を・・・」

 

 角谷は納得したようだ。話をしたかったが全校生徒が見ている中で学園の中に入れる訳にはいかないので宗谷に一言言った。

 

「・・・・・とりあえず、一端外に出て。この状態で真正面から堂々と入れる訳にはいかないからさ。その、チリを隠したら裏に回ってきてくれる?」

 

「わ、分かりました」

 

 宗谷はチリに乗り込み、外に出るように指示し、角谷はグランドから生徒たちに授業に戻るように言った。

 

 

ーー

 

 

 

 30分後、宗谷は福田を連れて裏口に来た。福田は何故自分まで呼ばれたのか全く分からない。

 

「何で俺まで来なきゃいけないんだよ。隊長のお前だけで十分だろ」

 

「はじめはそう思ったんだがなぁ、やっぱり副隊長と一緒の方が良いかと思ってな」

 

「何で2人の方が良いって思ったんだよー・・・」

 

 そんなことを言い合っていると、河嶋が呼びに来た。

 

「おい、行くぞ。っていうか横の奴は?」

 

 福田は敬礼し、名前を言った。

 

「旭日機甲旅団副隊長の福田彰です」

 

「副隊長か、まあいい。ついてこい」

 

 2人は言われるがままについていった。そして科長室の前に着くと河嶋が先に入った。宗谷は大きく深呼吸をすると中に入った。

 

「「失礼します」」

 

 科長室に入ると3人が身構えていた。いや、正確に言えば身構えているのは小山と河嶋だけだが。

 

「よく来たねぇ、座って座って」

 

「何故この科長室に招いたんですか、相手は男ですよ」

 

「ま、まあ良いんじゃない桃ちゃん」

 

「桃ちゃん言うな!!」

 

 3人のやり取りを見ながら福田は何だか心配になってきた。

 

「おい宗谷・・・大丈夫なのか・・・?」

 

「心配すんな、これでも戦車道科のトップ3(宗谷の見解)だぞ。」

 

 宗谷はそう言うが福田は心配でならない。ずっと立ちっぱなしというのもあれなのでひとまず座ることにした。2人掛けのソファー2組が正面に向かい合わせで置いてあり、間に机を挟んでいるというどこにでもありそうなスタイルだ。

 宗谷と福田が座り、その向かいのソファーに角谷が1人座り、その両サイドに小山と河嶋が立っている。2人はただならぬ圧迫感を感じている。

 

「どうしたの?そんなに固くなって」

 

 角谷は緊張をほぐそうとしたのだろう、だが宗谷と福田にとっては逆効果になってしまった。より一層緊迫感が増した。しかしこのままでは拉致が明かないので宗谷が話を切り出した。

 

「自分達の目的は手紙に書いてあった通りです。無茶なお願いだとは承知していますが、戦車道に出させて下さい。お願いします」

 

 宗谷の言葉に角谷は少し迷いを見せた。

 

「う~ん、出させてあげたいのは山々だけどさ、君たちも分かっているように、戦車道は女子が出る伝統ある武芸。君たちが出たいのは分かるけど、そんな簡単にはいかないよ?」

 

 角谷が言うことは正論だった。今まで無かったことであると同時に、その伝統を崩しかねないことでもある。そんな簡単にはいかないだろう。

 

「ところで、話は変わるけど君らはどこの生徒なの?その制服の校章を見ても何かピンと来ないんだよね」

 

「自分達は元近衛機甲学校の中等科(中学生のこと)2年です。横の福田も元近衛の中等科2年で、同い年なんです」

 

「!!、近衛!?あの有名な『防衛学校』の!?」

 

 角谷は驚愕しているが河嶋には全く分からない。小山が焦りを見せながら説明する。

 

「えっ!?知らないの!?近衛機甲学校っていうのは全国からのエリートが集まる防衛学校だよ!」

 

 

「でも確か近衛は・・・・・」

 

「・・・・・廃校になりましたよ。4年前に・・・・・」

 

 科長室はしんとなった。3人はそんな過去があったなんて思いもしなかった。福田が口を開く。

 

「近衛が廃校になったときに、自衛隊に入るか普通の中学校に行くかを選択されたんですが、宗谷が引き留めてくれました。『俺と一緒に戦車に乗らないか』って」

 

「でそのあとはどうやって過ごしてきたの?」

 

「6人でバイトをしつつ、チリを組み立てながら過ごしました。もちろん勉学もしましたよ」

 

 ここまで話を聞いていると3人は何か引っ掛かることが・・・・・

 

「ん?今何て言った?」

 

「6人でバイトしてきたことですか?」

 

「いやその後」

 

「じゃあ勉学もしてきたことですか?」

 

「いや行き過ぎ」

 

「チリの組み立てながら過ごしてきたことですか?」

 

「「「それ!!!」」」

 

 思わずハモってしまったがそんなことはどうでもいい、何よりも聞きたいのは、()()()()()()()()ということ。角谷が苦笑いを浮かべながら聞き返す。

 

「あのさ、冗談だよね?戦車を組み立てたって」

 

「本当ですよ、冗談じゃないです。なあ福田」

 

「ええ、6人で地道に組み立てていった戦車ですよ。冗談抜きで」

 

 3人は信じられなかったが福田が携帯の写真を見せたので本当のことではありそうだと信じた。今まで戦車道をやって来たなかで、1から戦車を造ったなんて聞いたこと無かったが角谷が見た限りではしっかり出来ていた。

 だがこれで出られるかどうかはまた別問題だ。角谷は宗谷に改めて何で戦車に出たいのか、その意思を聞くことにした。

 

「今さら聞くけど、何で戦車道に出たいの?」

 

 そう聞かれた宗谷は何の迷いも見せずに一言だけ、こう言った。

 

「この学園に、憧れていたからです」

 

「・・・・・憧れていた?」

 

「自分の中では、この学園に来るというのは1つの目標でした。無名だった学園が、戦車道に出場して、優勝した。自分もそうなりたいと思ったんです。それから、今の目標は・・・いや、目的は、戦車道科を危機から救うことです。今、非常にマズい状態にあるんですよね?」

 

 その言葉を聞いて角谷は思わず動揺してしまった。

 

「ど、どこからその話を聞いたの?」

 

「風の噂で聞きました。『大洗女子学園戦車道科が危機に陥っている』って。もちろん噂は噂ですから100%信じてきたわけではないですよ。違うのであれは違うって言ってくれれば・・

 

「ううん、違くないよ・・・・・」

 

 3人の顔が曇った。その表情を見て、宗谷は察した。「本当なんだ」、と。

 

「参ったなぁ、そこまで噂が広まっているなんて」

 

「科長・・・どうします?」

 

 小山の言葉に角谷は本当のことを言うべきか迷った、まだ戦車道の生徒たちにも話していないことを言わなければならないのか、言うべきか、言わないべきか・・・・・迷っている姿を察したのか、宗谷がポツリと話を切り出す。

 

「言わなくて大丈夫ですよ。そこまでして聞き出そうとはしません。その状態からしたらまだ誰にも話していないようですし」

 

「宗谷、余計なこというな」

 

「あっ、すみません。忘れて下さい」

 

 角谷は何だかホッとした。そうだ、今はこいつらをどうするか、そこが優先だろうと思い直した。2分ぐらいの沈黙のあと、角谷が宗谷たちにこう言った。

 

「ここまで来てもらったばかりで悪いんだけどさ、今は出られるかどうかはここでは決められないから、明日また来てくれない?」

 

「分かりました、では宜しくお願いします」

 

 2人は頭を下げて科長室を出ようとしたとき、河嶋が忠告した。

 

「1つ言っておく、お前らはまだこの学園の生徒じゃない。ましてや男だ、大洗女子学園の生徒との接触は禁止する。分かったな?」

 

「分かりました、気を付けます」

 

 2人は敬礼をすると科長室を出て、人目につかないように裏口からこっそりと出ていった。3人はこれからのことを話し合った。

 

「どうするんですか、受け入れるのはともかく戦車道の試合に出せるかはまた別問題ですよ」

 

「うん。だからさ、今から協会長のところへ行って、話をしてこようと思うんだ。流石に何の断りも無しに出させる訳にはいかないしさ」

 

 今の大洗女学園の学園艦にはヘリポートがあり連絡用にヘリが1機ある。そのヘリで協会まで飛ぶということだ。角谷は早速ヘリに乗り、協会本部まで向かった。

 

 

ーー

 

 

 

 ヘリに乗り30分、協会本部に着いた。今この戦車道の協会長を勤めているのはみほの母の西住しほだ。陸上自衛隊の師範の職務を全うした後に退官、その後戦車道協会長に推薦され、10年近く協会長を勤めている。仕事内容は全国の戦車道科を管理すること。

 そして今は、今までの戦車道の試合の結果を見直していた。去年勝ったのは黒森峰女学園、一昨年はプラウダといった具合で、今となってはどっこいどっこいだが、5年前には黒森峰が15連覇を達成し、準優勝は大洗女子学園、3位にプラウダが入るという結果を残し、その翌年には大洗女子学園が優勝した。

 その時にはみほに対して素直に祝福の言葉を送った。だがそれ以降は大洗女学院が優勝したことはなく、去年は1回戦目に黒森峰対大洗で接戦を制し、優勝した。

 表向きは普段通りだがその一方で大洗のことを心配していた。資料を整理していると役員が部屋に入ってきた。

 

「失礼します。協会長、大洗女子学園の角谷科長が見えていますが、如何なさいますか?」

 

「角谷が?・・・・・分かったわ、通しなさい」

 

 角谷が会長室に入るとまずはお互いに挨拶をする。

 

「ご無沙汰してますしほさ・・・・・じゃなくて協会長」

 

「わざわざ協会長なんて呼ばなくていいのに。気軽に“しほ”と呼びなさい」

 

「いや、流石にそう呼ぶ訳には。立場が立場ですから」

 

「そうね。ところで、一体どうしたの?試合が近い時に来るなんてよっぽどなにかあるような感じだけれど」

 

「はい、実は・・・・・」

 

 角谷は学園艦に元近衛の男子が訪ねて来たこと、そして戦車道に出場したい意思を見せていることを話した。しほは何も言わない。そして角谷にこう質問した。

 

「その・・・元近衛の男子はどんな戦車を持ってきているの?」

 

「確か、チリ・・・って言っていましたね」

 

「チリ・・・あの中戦車を持っているとは、少し驚きね」

 

 角谷はしほの反応を見る限り、興味は示しているようだが出場は認めなさそうと感じた。だがしほは角谷にこう答えた。

 

「分かったわ、今回は特別に出場を認める。そう伝えてあげなさい」

 

「え、いいんですか!?」

 

 角谷が驚くのも無理はない。あの協会長がこんなにあっさりと認めるなんて思いもよらなかったからだ。

 

「何度も言わせないで、出場を認める。今から許可証を作るから少し待っていなさい」

 

 しほは許可証を作成し角谷に渡した。角谷は宗谷に渡すために颯爽と部屋を出ていった。

 

「・・・元近衛か。どういった技術を見せてくれるのか気になるところね」

 

 そしてまた整理をしようとした時、まほがバタバタと入ってきた。みほの姉の西住まほは母校である黒森峰女学園戦車道科、科長を勤め、黒森峰を何度も優勝に導いてきた。だが今は授業中のはず、そんな中で何故飛び込んで来たのかというとさっき角谷とすれ違った時に話の内容を聞いてきたからだ。

 

「お母様!角谷から聞きましたよ、男子を次の戦車道に出場させるなんてどういうおつもりなんですか!?」

 

「落ち着きなさいまほ。私はその男子たちが元近衛であると聞いたからどんな戦い方を見せてくれるのか興味があるだけよ。他校の男子だったら受け入れなかったわ」

 

「でも・・・相手は元近衛かもしれませんが男子ですよ!?それを承知の上で許可証を!?」

 

「そうよ、何もそう慌てることはないわ。元近衛でも、我が西住流にかなう者はいない。実力の差を見せ付けるには打ってつけでしょう」

 

 しほはそう言うと整理を続けた。まほは納得出来なかったが母が決めたことなら反対は出来ない。しほに一言「分かりました」と言い残し、会長室を出ていった。

 

 

ーー

 

 

 

 一方、大洗の学園艦では宗谷と福田が2人で会話をしつつ、チリを目指して歩いていた。

 

「大丈夫なのか、『出られるかは分からないから明日こい』って言われたけれど、何かやっぱ心配だなぁ」

 

「心配すんなよ福田、大洗を廃校から救うためにかなりの手を尽くしてきた人だぜ。心配することは何にも無いって」

 

「だと良いがなぁ」

 

 

 そんな会話をしている最中、学園内は朝に乗り入れてきた戦車と、1人の男子の事で話題になっていた。昼食の時間はもっぱらその話しかない。

 

「ねぇねぇ、あの戦車何だったんだろうね」

 

「うん、すっごい気になる。あの男子もめっちゃ気になるなぁ」

 

「もしかして、戦車道科の新メンバーとか!?」

 

「ありそうー!」

 

 そんな会話を聞きながらかほ、由香、藍の3人も昼食を取っていた。藍は戦車と男子の事が気になっていたが、由香は戦車のうんちくばかり喋っている。

 

「朝来たあの戦車は“5式中戦車チリ”っていう戦車なんですよ!世界でもたった1輌しかなくて、昔アメリカに輸送途中で消えてしまったらしいんですよ!って聞いてます!?」

 

「聞いてますよ由香さん。それより昼食を早く食べないと、昼休みの時間無くなりますよ?」

 

 藍の言葉に渋々昼食を取り始めた。そんな由香を見ながらかほもチリのことを考えていた。一体何のために、そして、何が目的なのか・・・・・

 

「かほさん?かほさん?大丈夫ですか?」

 

「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてた」

 

 かほは慌てて食事を取り直した。すると由香がこんな事を言い出した。

 

「そうだ!授業終わったら武部さんと冷泉さんも誘って探しに行きましょうよ!」

 

「あの戦車を探しに行くんですか?見つかりますかね」

 

「絶体見つけますよ!探しだしてみせます!!」

 

 

ーー

 

 

 

 その頃、宗谷たちは※擬装(ぎそう)したチリの側で昼食を取っていた。コンビニで買ったおにぎりをつまみながら残された4人が宗谷と福田を質問攻めにしていた。

 

「へぇー、科長がねぇ。でなんて?」

 

「明日また来いってさ。今は出場を認めることは出来ないからって」

 

「えー、明日かよ。明日まで待たされて『ごめんダメだった』って言われたら洒落にならねぇぞ」

 

「まあ落ち着けよ、とにかく明日まで待つしかないさ。あの科長だぞ?きっと何とかしてくれるって」

 

 福田が大切なことを思い出した。

 

「あ、そう言えば・・・・・片目眼鏡の人、確か桃ちゃんとか呼ばれてた人から大洗の生徒との接触を禁止するとか言ってたな」

 

「は?ここ大洗女子学園の艦だろ?しかも朝のどたばた騒ぎで俺たちの格好とか見られてるし、どうやって接触しないようにするんだよ」

 

「うーん、とりあえずもう少し楽な格好にするか?」

 

 宗谷がそう言うのは無理はない。宗谷と福田は近衛の制服、後の4人は全員深緑色の実習服(宗谷たちは戦闘服と言っている)を着ている、これでは目立つ。

 宗谷の指示で、私服に着替えた。少なくとも、これなら目立たないだろう。宗谷はとりあえず自由時間と言い、学園艦内を自由に探索しよう、と言って30分後。全員がチリの隠し場所に戻ってきた。

 

「あれ?どしたの?こんなに早く帰ってきて」

 

「あー・・・・・実は住んでる人たちにちらっちら見られてさ、全然ゆっくり出来そうにねぇから帰ってきた」

 

 全員同じ意見で合致したので、探索は少し時間を置いてからにすることになった。

 

 

ーー

 

 

 

 時刻は午後4時、大洗では今日の授業が終わったところだった。というわけで、由香が4号のメンバーを集め、例の戦車を探すことになった。

 メンバーは今の4号戦車搭乗員の5人、かほ、藍、由香、武部の娘、(しおり)冷泉(れいぜい)の娘の七海(なみ)も加わった。由香は早く探したくてうずうずしている。

 

「早く行きましょうよ、ワクワクします」

 

「行くのは良いですけど、あてはあるんですか?」

 

「そうだよ。まずはある程度把握しないと失敗するよ。恋も戦車探しも」

 

「・・・・・恋のことは意味が分からない・・・・・」

 

「とりあえず、空き地とか見に行こうよ。もしかしたらそこにあるかも」

 

 かほたちがチリを探し始めた頃、水谷と岩山が買い出しに出ていた。大洗の生徒と接触しないように、なるべく普通にしていた。

 

「・・・・・ただならぬ緊張感があるんだが・・・」

 

「ま、まぁな。取り敢えず、普通にしとけば問題ないって」

 

 そんなことを言いながらコンビニに着き、とりあえず食べ物を買って戻っていった。その一方で宗谷はぶらぶらと町の中を歩いていた。

 朝は道に迷ったりと大変だったで、町の見物ついでに道の状況を把握しておこうと思ったのだ。

 

「・・・・・本当に普通の町と変わらないなぁ。どうやって浮いてんだろ」

 

 その時、前から女子が5人向かってきた。チリを探しているかほたちだ、近付くと話が聞こえてきた。

 

「はぁ、見つからないですねぇ」

 

「簡単に見つかると思って侮りましたね」

 

 宗谷には何が何だか全く分からなかったが続きを聞いていると。

 

「もう、何処にあるのよ!あの戦車!」

 

「ただの戦車じゃないですよ、あれは『チリ』って言って珍しい戦車何ですよ」

 

「!?」

 

 宗谷は思わず動揺してしまった、無理もない。お互いに知らないはずなのに何故か自分達のチリを探している、何で探しているのか全く分からない。

 

「あのチリを探して、何で持っているのかを聞いて、それから写真を撮って、えーっとあとは~」

 

 話を聞く限りでは見つかったら何か面倒なことになりそうだと感じた。とりあえずこの場は離れた方がよさそうだと思いすれ違った。すると藍が何がを感じた。

 

「?、何だか火薬と鉄の錆が混ざった匂いが・・・・・」

 

 藍は母譲りで鼻が効くのだ。

 

「本当ですか藍さん!?戦車は近そうですね!」

 

「いえ、あの人から匂っているんですよ」

 

「「「「え・・・?」」」」

 

 全員の視線が一斉に宗谷に向けられる。宗谷はその辺に関しては鈍いので全く気付かない。

 

「誰が話しかけるの・・・・・?」

 

「・・・・・私やだ・・・・・」

 

「私もちょっと・・・」

 

「西住殿、お願いします」

 

「え!?私!?」

 

 嫌々ながら引き受けたかほはそっと近付いて話しかける。

 

「あ、あの・・・・・」

 

 何故か呼ばれた、宗谷は思わず振り返る。

 

「はい?」

 

「あの、かなり不躾な質問何ですけど・・・・・もしかして今日の朝、学園を訪ねて来た人ですか?」

 

「いえ、人違いですよ」

 

 そう言うとくるりと向きを変えてその場を颯爽と去っていった。さっぱりとした対応を見せたが宗谷は冷や汗ダラダラだ。しかし、“人違い”と言われても藍の鼻の良さは侮れない。

 どうしてもチリの場所が知りたい由香は尾行しようと言い出し、宗谷の後を着いていくことに。このままついて行けばきっと着けるだろうと思ったのだ。気分はスパイ、何処かの組織のアジトを突き止める、まさにそんな感覚だろう。

 だがこの技術に関しては宗谷の方が上だ、5人が尾行してきていることは分かっていた。

 

「尾行か、まだまだだな」

 

 宗谷は少し本気を出そうと思い、角を曲がった。かほたちが慌てて角を曲がると、宗谷は忽然と消えていた。

 

「うぇ!?さっきまでいたよね!?」

 

「どっ何処いったんですか!?」

 

 宗谷が曲がったこの道は壁しかない、隠れる場所なんて何処にも無いのだ。

 

「ま、まさか幽霊、とか!?」

 

「ゆ、ゆ、ゆ、幽霊なんて、いるわけがない!!」

 

 七海は幽霊が大の苦手なのだ。

 

「と、とりあえず捜索続けよう」

 

 かほの言葉に何とか平常心を取り戻した5人は、再び探索をすることにした。かほたちが見えなくなったタイミングを計らい、壁の向こう側から宗谷が出てきた。どういうことかと言うと、角を曲がると同時に壁を登って隠れたのだ。

 

「幽霊ねぇ・・・まぁ、俺たちは無名だからな。半分幽霊みたいなもんか」

 

 そういうと今度は山を登り、町を見下ろした。見える町並みには、さっきまでいた大洗女子学園や住宅街が見える。その景色を見ながら、宗谷はポツリと呟いた。

 

「大洗戦車道科を救えないと、その代償は計り知れない。この景色を失いかねないことだからな・・・・・」

 

 

ーーーーー

 

 

ーーーー

 

 

ーーー

 

 

ーー

 

 

 

 翌日、朝6時、宗谷は校門の前に立っていた。流石にこの時間帯なら生徒が来ることは無いだろうと思っていたのだ。目的は昨日の話の続きを聞くためだ。

 もしかしたら『ダメだった』と言われるかもしれない。そうなれば全てが無駄になるなぁ、と思う一方で学園艦に乗れただけ良かったか、と思っていた。

 もし駄目であれば素直に諦めて、6人で自衛隊の機甲科にでも入ろうか、とその後のことも考えていた。

 

「お?朝が早いねぇ、隊長くん」

 

 角谷が来た。宗谷は早速、例の出場の件について聞いた。すると角谷は鞄から封筒を出した。

 

「・・・・・これは?」

 

「良いから良いから、出してみて」

 

 封筒から1枚の紙が出てきた。その紙には『出場許可証』と書かれていた。

 

「これは・・・・・」

 

「よかったわね。君たちの出場許可が下りたのよ、早速だけど今日から一緒に練習してもらうから、とりあえず今日の朝9時にここに集合ね」

 

「はい!宜しくお願いします!!」

 

 宗谷は笑顔でチリに向かって走っていく、新たなる戦車道が今、始まる!

 

 




※解説

擬装(ぎそう)
カモフラージュの意味。


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第3章 『旭日機甲旅団であります!!』

〔〕は通信機越しの声、テレビからの声、アナウンスに使っています。

前回のあらすじ

ついに学園艦に乗り込んだ旭日機甲旅団一向。大洗女子学園を見つけるのに苦労したが、どうにか角谷と話をすることが出来た。

伝統ある武芸に対し、男子を参加させるのは戸惑いを見せた角谷は、協会長である西住しほのもとを訪ねた。このことを相談すると、しほは特別に参加を認めてくれた。旭日機甲旅団は、大洗戦車道科のメンバーと対面することになるのだが・・・・・



  場所は大洗学園艦、時刻は朝9時。戦車道科のメンバーがグラウンドに呼ばれ、何が起こるのかを待っていた。生徒も指導員も特に何も知らされていない、何が起こるのかを知っているのは角谷と小山と河嶋だけだ。

 待つこと5分、『ガラガラ』と音を立ててチリが走ってきた!福田は慌てている。

 

「うわー遅刻したぁ!」

 

「誰だよ!ここからなら10分ぐらいで着くって言った奴!!思いっきり迷ってんじゃねぇか!!」

 

「とにかく急げ!!」

 

 チリは全速力でグラウンドを駆け、メンバーの前で急停車した。

 

「下車!」

 

 宗谷の指示で6人がチリを降り、チリの前で整列した。全員唖然とした、突然戦車が来たかと思えば中から深緑色の服を来た男子が6人も出てきたのだから。

 ポカンとしている生徒たちに対し、角谷が前に立って説明する。

 

「えーっと、突然なんだけど、今日から一緒に戦車道をやっていくメンバーだから宜しくねー」

 

 ざわめき始めだした、当たり前だが納得できるはずがない。いきなり男子6人と練習するなんて一体何の冗談なのか、そう思っている彼女たちに対し、角谷は話を続けた。

 

「一応言っとくけど、この6人と一緒に戦車道の試合に出るからね?ちゃんと許可も貰っているから」

 

 より一層ざわめきが増した、練習だけでなく試合にも一緒に出ることになるなんて・・・・・

 ざわめきを見ながら福田は心配そうに宗谷に話しかけた。

 

「・・・大丈夫・・・じゃないよな・・・」

 

「いずれ慣れるよ」

 

 ざわめいている彼女たちを横目に角谷は宗谷たちに自己紹介するように言った。

 

「じゃあさ、こんな状態だけど自己紹介してあげて隊長くん」

 

「はい」

 

 自己紹介しなければ何も始まらない。宗谷は自己紹介をするため、1歩前に出た。

 

「我々は、戦車道に関する経験、知識は全くありません。それでも、引けを取らないように頑張りたいと思っています!旭日機甲旅団隊長兼チリ車長、宗谷佳であります!」

 

 宗谷に続き、福田たちも1歩前に出て自己紹介をする。

 

「同じく副隊長兼操縦担当、福田彰です!」

 

「主砲砲手担当、岩山将であります!」

 

「主砲装填手、柳川勇大」

 

「副砲砲手、水谷仁!」

 

「副砲装填手担当、北沢弘です!」

 

 一通り自己紹介したあと、宗谷は角谷に向けて報告した。

 

「角谷科長!旭日機甲旅団、宗谷佳以下6名、大洗女子学園戦車道科に入隊したことを報告させていただきます!戦車道科の生徒、指導員に向け、敬礼!!」

 

『ビシッ』と敬礼する宗谷たちを前に、指導員も生徒も圧倒されてしまった。角谷は笑いながら宗谷たちに言った。

 

「ちょっと、そんなに固くならなくて良いのに。それから『入隊』じゃなくて、『編入』でしょ?」

 

 そう言う角谷を前に指導を担当しているみほたちは呆然としていた。沙織は華に心配そうに話しかける。

 

「・・・どうなるんだろ、大丈夫かなぁ?」

 

「大丈夫ですよ。悪そうな感じじゃ無さそうですし」

 

「じゃあ、西住隊長。何か一言言ってあげて」

 

 みほがそう言うと、かほは宗谷の前に来てポツリと一言言った。

 

「その・・・よ、宜しくお願いします」

 

「こちらこそ、宜しくな」

 

 宗谷が手を差し出すとかほは握手をしてくれた。そして角谷が指示した。

 

「よし、じゃあ今日の午後から練習しようか」

 

 

ーーーーー

 

 

ーーーー

 

 

ーーー

 

 

ーー

 

 

 

 その日の昼、かほたちは食堂で昼食をとっていた。午後からはあの6人と練習、由香はチリと一緒に練習出来るのが楽しみで仕方がない。

 

「楽しみですねぇ、あのチリと走れるなんて」

 

「うーん、確かに新しい戦車と練習するのは楽しみだけど・・・素性もろくに知らない人たちと上手くいくのかなぁ」

 

 栞が心配するのは無理もない。今まで女子がやってきた戦車道に男子が参戦するのだ。それだけにとどまらず、得体の知れない人たちと一緒に戦車道をやるのは不安でしかない。

 その食堂の片隅で、宗谷たち旭日もひっそりと昼食を取っていた。回りからは「何で男子が?」と言う声が上がっているためか、落ち着いて食べられない。

 

「・・・・・何で食堂(ここ)で飯食うんだよ・・・チリとか格納庫の前とかでいいじゃねぇか・・・・・」

 

「無断で侵入してるわけじゃねぇんだから良いじゃないか。それに、落ち着かねぇのも今だけさ」

 

 宗谷は平気そうにしているが、福田たちは落ち着こうにも落ち着けない。何故平然といられるのか、福田たちは不思議でならなかった。

 

 

ーー

 

 

 

 そして午後、戦車道の練習が始まろうとしているなか、宗谷たちもかほたちと一緒に準備をしている。

 

「いいか?今日は初()()・・・じゃなくて初()()だ。お互いに無茶をしないように注意し、戦車道科のメンバーに付いていく形で練習するぞ。怪我の無いように注意するように。」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 そんな宗谷たちを見ながら栞は宗谷の第一印象を話していた。

 

「はあー、緊張したぁー。でも結構優しそうだったよ、でも私たちの戦車に付いてこれるかなぁ?」

 

「でも乗り慣れている感じはしますよ、もしかしたら砲撃も上手いかもしれませんね。」

 

「・・・負けないぞ・・・」

 

「私たちの戦車道ぶり、見せるであります!」

 

「そうだね、頑張ろう」

 

「「「「「パンツァーフォー!」」」」」

 

 かほたちも掛け声で気合い十分、早速練習を始めることになった。

 

 

ーー

 

 

 

 〔隊列作れ!!〕

 

 通信機越しに河嶋の指示が来た、早速隊列を作り始めるが中々上手くいかないようだ。

 

 〔何してるんだ!早く隊列を作れ!〕

 

 〔まあまあ、そんなに怒らないで。みんなゆっくりでいいからね〕

 

 角谷からそう言われたが早く作ることに必死になり、ますます上手くいかず、焦り始めてしまった。4号戦車に乗っているかほは指示を送ることに必死だった。

 

「亀チームはアリクイチームの後ろに・・・」

 

 〔あちゃーダメだわ、アリクイの後ろにはもうウサギが入ってるよ?〕

 

「え、じ、じゃあ・・・・・」

 

 〔西住さん、レオポンの私たちはどしたら良いかなぁ?〕

 

「え、えっと・・・・・」

 

 あちらこちらからの指示待ちの声に対応出来ずにあたふたしていた。福田はぐちゃぐちゃな隊列を見ながらため息をついている。

 

「あーあ、ポルシェティーガーが外れてら、ああ、ヘッツァーも外れてるぞ。」

 

 岩山が宗谷に提案する。

 

「なあ、宗谷。手を貸してやったらどうだ?」

 

「え、俺が?隊長はあの4号戦車の車長だぞ?」

 

「良いじゃねぇか、このままじゃ先にも進めそうに無いしさ」

 

「分かったよ。北沢、周波数を合わせろ」

 

「了解、すぐにやる」

 

 北沢が周波数を合わせ、宗谷が通信する。

 

「全車に通信、今から指示を送る。西住隊長、隊列作り、俺に任せてくれよ」

 

〔えっ?で、でも・・・〕

 

「心配無用だぜ隊長、やらせてくれよ」

 

 自信がある宗谷に、不本意ではあったがかほは任せてみることにした。

 

「分かりました、お任せします」

 

 〔了解、じゃあちょっと待ってくれ。まずは状況把握したいから〕

 

 栞たちはいきなり任せて大丈夫なのか心配になった。自信はありそうだが失敗しそうな気しかない。

 

「かほちゃん、大丈夫なの?急に任せて。」

 

「失敗したら河嶋指導員にどやされますよ」

 

「大丈夫だよ。慣れていそうだし、どういう隊列を組むのかも参考にしたいし」

 

 宗谷は砲搭から頭を出すと指示を送った。

 

「とりあえず、1から隊列を組み直そう。まずはヘッツァーを前に、右後ろに3突(3号突撃砲)、左後ろにM3、3突の後ろに3式中戦(チヌ)、ポルシェティーガーが3突の後ろに、で89中戦(89式中戦車)はチヌの後ろについて、4号はポルシェティーガーの後ろについて」

 

 宗谷の指示で戦車が一斉に動き出した。宗谷の予想では矢印型の『※パンツァーカイル』になることを考えていた。そして何とか隊列を作ることが出来た。後はこの隊列を崩さないように進むことが出来るかだ。栞は上手く隊列が出来たことに驚いている。

 

「うそでしょ?私たちがこんなにてこずってたのに、あっさりと隊列が出来ちゃったよ」

 

「侮れませんねぇ、思ってた以上に出来る人たちかもしれませんよ」

 

 かほは何でここまで出来るのかが疑問だった、とても素人とは思えない。この矢印型の隊列は実戦向けの型で、黒森峰もよく作る隊列の1つだ。そして何よりも気になったのは隊列の作り方だ、パンツァーカイルは最も実戦的だが、何故中心と前にヘッツァーとM3、3突を配置したのかが謎だった。

 本来なら、一番装甲厚と攻撃力が高い戦車が前に出なければならないのに、装甲厚がやや低めの戦車を配置してしまっては簡単にパンツァーカイルが破られることになる。

 かほがこの謎を考えているなか、チリは隊列の後ろを走行していた、宗谷は「隊列に入れ」と指示を出さない。福田は隊列に入ろうとしたが指示がないので隊列に入れない。

 

「なあ宗谷、そろそろ俺たちも隊列に加わろうぜ」

 

「俺たちは入らない、よく見ろよ。今丁度いい具合で隊列が出来上がってるんだからさ」

 

「うーん、でも・・・・・良いのか?俺たちも参加しようかって言うのに」

 

 一方、本部にいる角谷たちは隊列に入らないチリを見ていた。現在の学園艦の練習場にはカメラ付きのドローンと各ポイントに分けて設置されているカメラがあるので状況を細かく見ることが出来るのだ。カメラの映像を見ながら角谷とみほが2人で話をしていた。

 

「あれー?何で入らないんだろ、入ればいいのに」

 

「もしかしたら遠慮しているんじゃないでしょうか、始めてということもありますし」

 

「あー、なるほどね」

 

 チリは後方についたままで入る気配は全く無い。宗谷は双眼鏡を見ながら隊列により細かい指示をしていた。

 

「M3、やや遅れているぞ。もう少し速度を上げて」

 

 〔は、はい、すみません!〕

 

「謝らなくて大丈夫だから、落ち着け」

 

 〔あの、我々カバチームは如何すれば宜しいか?〕

 

「・・・カバ?」

 

 宗谷は車体に描かれている絵までは把握していないので、探し当てるのに時間がかかった。

 

「あー3突ね、3突はそのままを維持、何もしなくて大丈夫だよ」

 

 〔宗谷くん、私たちはどうしたらいいかな?〕

 

「ん?どれ?」

 

 〔あ、ごめん。アンコウチームだよ、どうしたらいい?〕

 

「アンコウ?4号か・・・そのままを維持で大丈夫だよ。というより、隊長なんだからさ、後は西住隊長の指示に任せるよ」

 

 〔・・・隊長ね・・・・・〕

 

「? どうかしたか?」

 

 〔な、何でもないよ〕

 

「そう?なら良いけど」

 

 〔はいはーい、隊列はそこまでね。15分間の休憩に入るから戻っておいでー〕

 

 角谷からの指示が入り、隊列の練習を止めて本部へ戻っていった。本部に戻るとチリには戦車道のメンバーが近付いて来ていた。話しかけてきたのは元M3車長の澤梓(さわあずさ)の娘であり、現在の車長のあいかだ。

 

「あの、さっきはありがとうございます。私たちのチームは1年生しかいないので、中々慣れなくて」

 

「あー、1年だったのか?道理でと言ったら失礼だけど、慣れてなさそうな感じはあったな」

 

「その、一緒に試合に出るんですよね?これから宜しくお願いしますね」

 

「こちらこそ、宜しくな」

 

 軽く挨拶をしたあと、あいかはM3のメンバーの元に戻った。柳川は宗谷に話しかける。

 

「慕われているってことでいいのか宗谷」

 

「まだまだだろ、たった数時間そこらで慕われるほどにはならないだろ。そんなことより、装填装置のチェックしとけよ。練習中に故障したら洒落にならないぞ」

 

「了解、じゃ後でな」

 

 柳川が砲搭に入り、宗谷が1人になったところを見計らってか、今度はかほが来た。さっきの隊列のことについて聞きに来たのだ。

 

「あの、何であんな隊列を?パンツァーカイルを作るならポルシェティーガーを前に出すほうが良かったんじゃない?」

 

「あー、あれね。あれは、砲搭が回せない砲戦車を前に出したのさ」

 

「砲戦車を?でもM3は砲戦車じゃないけど」

 

「確かにそうだけど、固定砲が付いているだろ?それに、M3もヘッツァーも3突も共通して75ミリ砲を載せているし、防御力はやや劣るかもしれないけれど攻撃力はそこそこあるだろ?だからこの3輌を前に出すようにしたのさ」

 

「そこまで考えてたんだ、私なんてまだまだだね」

 

「そんなことないよ。君だって隊長を勤めてるんだからさ、何も悲観することは・・・

 

「・・・隊長ね・・・私には勤まらないよ、戦車道科に入ったことを後悔してるんだから・・・」

 

 

「は?それってどういう・・・

 

「かほちゃーん、ちょっといい?」

 

 かほは栞に呼ばれて4号に戻っていった。宗谷はなんであんなことを言ったのか、それが気になってしまった。

 

「おい、宗谷。宗谷、宗谷!」

 

 

「うん?何だ?」

 

「何だじゃねぇよ、練習始まるぞ。早くチリに戻ってくれよ、出発出来ないよ」

 

「あー、ごめんごめん、すぐ戻るよ」

 

 福田に呼ばれて宗谷もチリに戻った。その後の砲撃の練習でもかほたちを驚かせることばかりしていた。的を撃ち抜く単純なものだが、走行しながら2500メートル先の的を撃ち抜くなどといった技を披露した。

 岩山は元々榴弾砲を扱うことが専門分野だったので遠距離射撃は得意だった。副砲を担当する水谷もそこそこの腕を見せていた、とは言ってもこんなにガッツリと砲を扱うのは今回が始めてなので慣れないところもあった。

 装填を担当する北沢も素早い装填はまだ無理なので「慣れるまでゆっくりやれ」と宗谷に言われ、素早さより正確に出来るように努力した。

 その一方で4号では藍が砲撃練習をしていたが上手くいかなかった。母の華からの通信で「花を活けるように落ち着いて」、そう言われ落ち着いて撃つと上手く当たった。やはり元々砲手であったこともあるのだろう、母に似て射撃も上手かった。

 もちろん、七海も操縦の腕は高く、母譲りで頭が良いこともあり、今のメンバーの中でいち早く操縦技術を習得した。栞も由香も少し時間はかかったが今となってはお茶の子さいさいだ。かほも悪くはないのだが、一気に指示を求められるとあわあわしてしまうところがあるのだ。

 

 

ーー

 

 

 

 その日の練習が終わった。戦車を格納庫に入れて軽く点検を済ませたのち、角谷の前に集合した。

 

「よーし、じゃ今日の練習はここまでね。また明日も頑張ってねー」

 

「「「「「「「お疲れさまでした!!」」」」」」

 

 練習が終わり、メンバーが次々と帰宅していくなか、宗谷たちは工具箱を持ってチリの方に向かったいた。これから整備をするためだ。整備を始めようとした時、栞が近付いてきた。

 

「何やってんの?」

 

 栞の質問に北沢が答えた。

 

「何って、これから整備するんだが?」

 

「整備は後回しにしてさ、私たちと一緒にお茶でも飲まない?」

 

「え、でもこれからやらないと遅く・・・

 

「おー、行こう行こう。整備は後回しだ、みんな行くぞ」

 

「え!?整備は!?」

 

「後でも出来るだろ。それに、こういう時は参加しないとな」

 

 そう言うと宗谷はついていってしまった。後の5人は迷っていたが結局ついていくことにした。

 お茶しようと言っても学園艦にカフェなんてあるのだろうか?と思っていたらあった。6年ほど前に出来たカフェの名前は『ルノー』、戦車好きの店長が経営しているこじんまりとした店だ。おすすめなのは、店長が淹れる紅茶とチーズケーキ。かほたちにとっては隠れ家のようなもので、よく来ている店なのだ。

 見た目はインテリア風だが、中には戦車のグッズや写真がところ狭しと置かれている。由香はここに来るのが楽しみで仕方がない、まさに子は親に似ると言ったところだろうか。早速中に入っていった。

 

川井(かわい)店長ー、武部でーす」

 

 栞が声をかけるその先にはたった1人でカップを磨く女性がいた。凛としているが優しそうな一面がありそうな感じといったところだろうか。

 

「お、来たね“4号組”。いつものメニューは用意してるよ。」

 

 川井店長はかほたちのことを親しみの意味を込めて“4号組”と呼んでいる。4号戦車に乗るメンバーだからということらしい。だが今日はいつもの5人に加えて変わった6人が混ざっていることに気付いた。

 

「あら?新顔?な訳ないわよね」

 

「新顔ですよ川井店長、今度の戦車道の試合に出るんですよ」

 

「ええ!?戦車道に出るの!?」

 

 川井店長は信じていない。それもそうだ、女子が出る伝統ある武芸に男子が出るなんてあるわけがない。宗谷が事情を説明する。

 

「まあ、簡単に言いますと・・・手助け、ですかね?」

 

「手助けねぇ、変わってるね」

 

「そうですかね?」

 

「まあいいわ、ゆっくりしていって」

 

 宗谷たちは店の中に飾ってある戦車の模型を見た。どこを見てもフランスの戦車しかない。

 

「川井店長、フランスの戦車が好きなんですか?」

 

「大好きだよ、なんかこう・・・ヒヨコ、みたいなとことか?」

 

 宗谷にとっては理解不能だったが、確かにソミュアなんかはヒヨコに見えなくもない、と思ったのはあと30分経ったあとぐらいの話になる。

 そんなことはさておき、宗谷なかほに改めて聞くことにした。『戦車道科に入ったことを後悔している』、と言っていたが冗談だろうと思っていたのだ。宗谷は栞たちがおしゃべりをしている隙をついてこっそりとかほを呼んだ。

 全員にこのことを聞かせるわけにはいかない、それに全員がいるなかでは聞きづらいし、当の本人も言いづらいだろう。2人だけになったところで宗谷は単刀直入に切り込んだ。

 

「・・・西住。さっき言ってたこと、あれ冗談だよな?戦車道科に入ったことを後悔しているなんて」

 

「冗談じゃないよ、本気で後悔しているから。戦車道科に入ったこと」

 

「・・・それは、どういう意味・・・

 

「お話し中ごめんねぇ、紅茶持ってきたわよ」

 

 川井店長が話を遮ってしまい、理由は聞けなかった。ただ宗谷が感じたことはとてもじゃないが後悔しているようには見えなかったということ。

 本当に後悔しているなら、1年のときにとっくに辞めているはずだ。なのに、2年になっても続けているというのは、なにか別の理由があるとしか思えない。

 結局別れるまで理由は分からず仕舞いだった。店を出ると「また明日」と言って別れた。宗谷たちもチリに戻ろうとした時、川井店長が宗谷を呼んだ。

 宗谷はメンバーに「先に戻っててくれ」と言い残すとまた店の中に入った。席にエスコートされ、紅茶を淹れてくれた。

 

「川井店長、さっきはわざと話を反らしましたね?」

 

「話を反らす?まさか」

 

「とぼけてもダメですよ、俺何も頼んでいないのにコーヒーカップを2つ持ってきたでしょ?慌てて話を反らそうしてた証拠ですよ。」

 

「あちゃー、バレた?しかし鋭いね、刑事になれるんじゃない?」

 

「そんなことより、何で話を反らしたんですか?」

 

「まあまあ、ちょっと落ち着いて」

 

 川井店長も席についた。

 

「えーっと、何だったけ?」

 

「西住かほが戦車道科に入ったことを後悔している理由ですよ。」

 

「あーそうそう、その話だったね」

 

 川井店長は紅茶を一口飲んで話をしてくれた。

 

「かほちゃんの戦車嫌いは今に始まったことじゃないの、実は入学して半年も経たないうちにああなったらしいのよ」

 

「入学してから半年で?」

 

「そうらしいわ。ここは科長の角谷さんや、指導員の西住さんも来るのよ。その時に聞いたの、『かほちゃんが戦車が嫌いで困ってる』って」

 

 聞く限りでは、かほは戦車が嫌いらしい。だがそう言われてもじゃあ何故戦車道科に入ったのかということになる。戦車が嫌いなのにわざわざ戦車道科に入るのか?疑問は膨らむ一方だ。

 

「それにね、みほさんとかほちゃんは関係が上手くいっていいらしいの。みほさんいつも気にしているのよ、娘が心配だって来るたびに言ってるの。どうにかしてあげたいけど、家族のことに首を突っ込むわけにはいかないから見守るしか出来ないんだけれど。」

 

 親子の関係は仕方がないと言える。高校生となれば、反抗期の時期なので、関係がギクシャクするのはまだ説明がつく。全く納得出来ないのは戦車嫌いということ、どういう理由で嫌いなのかが分からないので納得出来ない。

 

「納得出来ないかもしれないけど、問い詰めないであげてね。今の女子は問い詰められるの嫌うからさ」

 

 川井店長の忠告は素直に受け入れるしかなさそうだが理由は気になる。店を出て思ったのは自分で理由を探るしかない、と思った。

 ただ問い詰めてもどうしようもならないので、自分で理由を探り、改めて本人に聞くという作戦に出ようと考えたのだ。このままでは、大会で勝ち上がることもままならないだろうと思ったからだった。

 

 

ーーー

 

 

ーー

 

 

 

 格納庫に着くと整備は既に終わっていた。チリの回りには誰もいないので整備を終わらせて寮に帰ったのだろうと思い、宗谷も寮に向かった。

 寮は角谷科長が貸してくれた部屋で、2部屋余っていた。そこで3人ずつで分かれで入寮することにした。部屋に入ると福田と岩山の2人は着替えていて休んでいた。

 

「お、帰ってきたか。さっき呼ばれてたのは何だったんだ?」

 

「ああ、実は西住隊長の話をしていてね」

 

 宗谷は川井店長との会話を話した。2人とも信じる気はさらさらない。

 

「戦車嫌いとは思えないがなぁ。嫌がってるようには見えないし普通そうだけど」

 

「宗谷も信じていないんだろ?『西住隊長の戦車嫌い』」

 

「信じるも何も、それらしい態度を見せないからな。正直、俺もよく分からないよ」

 

「でもさ、隊長なのに指示力無さすぎじゃねぇか?あれじゃあ試合をやっても結果は目に見えるぞ」

 

「まだ慣れていないだけだろ。普通ならま3年とかがやることを2年でいきなりやらされるんだからプレッシャーについていけないだけさ。」

 

「そういうもんかね」

 

「それに、西住隊長は何かを気にしている。誰にも話せない何かを、ね」

 

 

ーーーーー

 

 

ーーーー

 

 

ーーー

 

 

ーー

 

 

 

 翌日の午後、練習が終わってパラパラと帰宅していくメンバーを見ながら、宗谷は小山にあるものを借りていた。

 

「観たら早めに返してね、桃ちゃんにバレたらくどくど言われるからね」

 

「ありがとうございます、ではお借りします」

 

 宗谷が借りたのは去年の戦車道の試合を録画したビデオだ。内容はもちろん大洗対黒森峰、1試合目で黒森峰と接戦を繰り広げた上で大洗は負けてしまった。

 何故このビデオを借りたのかというと、試合がどのように行われるのかを確認するためと、かほの戦車嫌いの理由を探ろうと言うわけだ。

 このビデオは旭日のメンバー全員で見ることにした、そもそもこのビデオを借りる時に言った理由は、「戦車道の試合形式を見たい」。そう言ったからには全員で観なければ意味がない。

 銭湯で汗を流し、夕飯を済ませた後に宗谷はビデオを再生した。皆は黒森峰との試合がどのようなものなのかが気になっている、今も昔も最強を誇る黒森峰は5年前に15連覇を達成している強豪校だ。いずれ当たることはあるので、今のうちにどういった戦いをするのかを把握には丁度良い。

 試合を見始めて30分、状況は大洗側が3輌撃破され、黒森峰側は6輌撃破されている。見る限りではかなりの接戦だ。どちらも退けをとらず、隙あらば攻めて撃破するといった感じだ。

 福田たちは関心しているようだが宗谷は関心している感じはない。宗谷が感じているのはどこかバラバラになっているように感じていた。簡潔にいうと統率感がないということだ。

 そんな試合を見ながら宗谷は4号をずっと目で追っていた。4号の動きは悪くない、1輌ずつ確実に撃破しているので流石は隊長車だと感じるものだ。

 

「スゲー、やっぱ黒森峰は強いなぁ。でも大洗も退けを取らねぇな」

 

 水谷はそう言ったが宗谷はただただ4号の動きを追っていた。そんな中で気になる動きを見つけた、4号だけなのだが水辺を避けた行動をとっているのだ。試合開場に水辺があることは珍しくない、川があるなんて当たり前のことだが水辺を避けているように見えるのだ。

 もし川に入ったとしても、車体全体が水に浸からなければ走ることは出来る。エンジンに水が入ってしまえば壊れてしまうが、車体の1/3が水に浸かっても全く問題はない。何故避けるのか、そう思っていた時に思い当たる話が浮かんできた。この話はまたの機会にしよう。

 そして試合はクライマックスに入り、最後は4号とティーガー1との一騎打ちになった。かなり激しい攻防戦を繰り広げたあと、4号の隙をついてティーガー1が撃破した。

 

 〔大洗女子学園フラッグ車、戦闘不能!よって、黒森峰女学園の勝利!!〕

 

 アナウンスが勝敗を報告した。4号からは黒い煙が上がり、白旗が上がっている。試合時間は2時間37分とかなりの長時間だった。

 

「すごかったな、さすが強豪校ってとこだな」

 

「ティーガー1とかパンターとかばっかしだったけどな」

 

「でもいずれは戦うんだろ?あんなのばっかし来られたらたまったもんじゃねぇぞ」

 

「さあ、もう寝るぞ。明日も朝が早いからな」

 

 全員が寝静まったあと、宗谷だけまたビデオを見返していた。推測を確信にするためだ、ビデオをもう一度見ていると見慣れない戦車が1輌写っていることに気付いた。

 よく見ると軽戦車程の大きさしかない、だが黒森峰でもなければ大洗でもなさそうだが、どっちかのものではあることは間違いない。車体をよく見ると大洗の校章が描かれていた、ということは大洗の戦車なのだがいつからあった戦車なのかは分からない。

 宗谷が知る限りではみほが学生のときにはなかった戦車だ。多分数年ほど前に新しく導入された戦車なのだろうが、どこの国の戦車なのかが分からなかった。軽戦車なだけあって、あまりに小さく写っているので把握しづらいのだ。

 

「うーん、ドイツの戦車かなぁ。※リベットがないし、大きさ的にも日本の戦車ではなさそうだしな」

 

 一通り見たあと宗谷も就寝した。

 

 

ーーーーー

 

 

ーーーー

 

 

ーーー

 

 

ーー

 

 

 

 翌日、旭日のメンバーも戦車道に関係する座学を受けられることになった。学園にいながら何もしないのはさすがにまずいので、かほたちと一緒に座学を受けた。

 勉学は中等科で止まっているとは言え、戦車に関する知識はかなりのものだった。そしてその日の午後も戦車に乗って実戦練習を夕方になるまでやった。練習を終えて集まったとき、角谷科長は明日の予定を話した。

 

「えーっと明日なんだけど、宗谷くんたちの実力を知りたいのと、みんなの成長ぶりをみたいから明日はこの学園だけのメンバーだけでの練習試合するから覚えといてね」

 

『おおー』っと歓声が上がり、宗谷たちはいまいち状況が把握出来ていない。分かったことは明日試合をすると言うこと、いきなりではあったが自分たちの実力を試すには丁度良い。そして宗谷たちは明日の練習試合に向けて整備をするのだった。

 

 




※解説

パンツァーカイル

第二次の際、ドイツ軍がソ連軍の対戦車部隊に対抗するために考案された装甲戦術で、先頭をティーガーなどといった重戦車が担当し、その後ろを4号戦車などの中戦車が担当した。
この陣形の利点としては装甲が薄い戦車を守れると言うことがあげられるが、結果としてはまちまちだったと言われている。


リベット

鉄板の接合方法の1つで旧日本軍戦車などに使われていた。89式中戦車の車体に付いている丸い物がリベットの一部で他にも鉄橋などにも見られる接合方法である。2枚の鉄板を重ねて太い釘の様なものの反対側を変形させることで止める。

ガス溶接よりも強度があり、溶接が出来ないアルミでも使用出来る利点があるが、重量が増えてしまうという欠点がある。



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第4章 旭日機甲旅団の初試合

前回のあらすじ

旭日機甲旅団は、大洗戦車道科のメンバーと対面することになる。しかし、大洗側は不安でしかない。その一方で、宗谷にはある疑問が浮かんでいた。

それは、かほの『戦車道嫌い』だ。 彼女に聞いても、結局何も分からずじまいで終わってしまった。そしてその翌日、角谷から『戦車道の練習試合をする』と告げられる。旭日にとって、初めての試合だった。


 練習試合当日、今日は朝から外で戦車道の授業だ。普段は通常授業を受けてからなので、大抵は午後からなのだ。しかし、今回は練習試合なので、朝から戦車道の授業だ。もうすぐ試合は始まるのだが・・・・・

 

「もう!七海はまだなの!?」

 

 栞は怒っていた、操縦という1番重要な役割を担当している七海がまだ来ていないからだ。母の麻子に似て、貧血で朝にも弱いので遅刻することは珍しいことではない。と言っても麻子は今でも朝に弱い、そんな感じなので毎朝沙織がモーニングコールをしている。

 だが今日は麻子は朝早くに来て準備をしていたので、七海がまだ起きていないだけなのだろう。栞が電話をかけると寝ぼけた声が聞こえてきた。

 

〔・・・もしもし〕

 

「何やってんの!もうすぐ試合始まるよ!早く起きてきてよ!」

 

 〔眠い・・・今日は栞がやって・・・・・〕

 

「出来るわけないでしょ!早く起きてきて!!」

 

〔・・・・・無理・・・・・〕

 

 そんなやりとりを見ていた宗谷が栞の携帯を借りて七海にこう言った。

 

「おーい、早く起きてこいよ」

 

〔栞にも言った・・・無理・・・・・〕

 

「早く起きないと、幽霊が押し入れから出てくるぞ」

 

〔『ガタ!!ガタガタガタ!!!』〕

 

 電話からでも分かる程の慌てている。何があったのかは知らないが幽霊は大嫌いのようだ。

 

〔今起きた・・・すぐ行く・・・・・〕

 

「おう、早くこいよ。早くしないと幽霊ついてくるぞ」

 

〔よ、余計な事を言うな!!〕

 

 プツっと電話が切れ、宗谷は栞に電話を返した。

 

「すぐに来るってさ」

 

「そ、そう。すごいね、あの七海をどうやって起こしたの?」

 

「幽霊が出るって言ったらバタバタと準備を始めたよ」

 

「へぇ、七海が幽霊苦手なの知ってたの?」

 

(あ、ヤッベ・・・まだ互いのことは知らないはずなのに・・・・・)

 

 この間かほたち5人から隠れたときに七海が幽霊に関して苦手そうにしていたのを聞いていたのだ。そしてその事に関しては誰も知らないのだ、この間すれ違った後に隠れて聞いたとは流石に言えない。

 

「女子って幽霊が苦手そうだなぁと思ってさ、言ったらあの状態になったからビンゴだったよ」

 

 何とか誤魔化せた。とりあえずはバレていない、だろうと思う。それから10分後、七海も到着し準備は出来た。いよいよ試合が始まる、宗谷たち旭日にとっては初試合だ。

 基本的なルールは殲滅戦とフラッグ戦の2つに別れる。殲滅戦は相手のチームの戦車を全滅させた方が勝ち、フラッグ戦は相手チームのフラッグ車を倒した方が勝ちというルールだ。今回のルールは殲滅戦なのだが少し内容を変更し、1輌だけ残った戦車が勝ちということにした。

 戦車同士で撃ち合うのだが安全性確保のために『安全弾』を載せている。ただチリの75ミリ砲に合う安全弾が無かったので、仕方なく自作の弾を搭載している。

 整備担当の中嶋は安全であることを証明したが、河嶋は危険だと言い張った。だがこれしかないので角谷は今回だけという条件で使用を許可した。

 完全に貫通するわけではないので安全なのだが自作なので全弾が安全とは限らない。結局、150発あった砲弾のうち、絶対に安全だと証明出来た弾はたったの30発だけだった。

 これではハンデがありすぎると角谷は言ったのだが宗谷はこれぐらいが丁度良いと言って試合をすることにした。

 だが福田たち5人は30発だけというハンデは心配になってきた。本来なら202発(主砲100発、副砲102発計202発)は搭載可能だというのに半分にも満たない数でいけるのか心配なのだ。

 おまけに30発と言っても全体での数なので、正確に言うと主砲、副砲共に15発ずつしかないということなのだ。最終確認をしていると岩山が弾の数を見ながら呆然としていた。

 

「おい宗谷。大丈夫なのかよ、たったの30発なんてさ・・・」

 

「うん?大丈夫だろ?」

 

「大丈夫な訳ねぇだろ、重砲科の時でも通常の半分以下でやれなんて言われたことねぇぞ」

 

「大丈夫だって、相手は8輌だから2発ぐらいで仕留める感じで行けば大丈夫だろ」

 

「2発・・・・・結構キツいぞ」

 

「そこは腕の見せ所だろ、俺も何とか当てられるように頑張って指示するからさ」

 

 そう言われても不安なものは不安だ。射撃には自信があるが、初試合でまさかのハンデを受けるはめになるとは思ってもいなかったことだ。まあ、何とかなるだろうと思い直し、準備を続けるのであった。

 その一方で4号に乗るかほたちも準備を進めていた。かほが確認をしている。

 

「かほちゃん、通信機も照準器もオッケーだよ」

 

「ありがとう武部さん、じゃあ後は試合をするだけだね」

 

「うん、それよりもさ、あの旭日のメンバーと試合するなんて楽しみだよね」

 

「う、うん・・・・・そうだね」

 

「あれ、ノリ悪いね。どうしたの?」

 

「えっ?そんなことないよ」

 

「じゃあ全員集合ー!ルール説明するよー!」

 

 角谷が全員を集め、最終確認をしたのちに激励の言葉を送った。

 

「よーし、じゃあみんな頑張ってね。今回は新メンバーの旭日の6人とチリが加わってるけど、手加減なしでバンバン行ってあげてね」

 

「「「「「「「「はい!!」」」」」」」

 

「よーし、じゃあ行ってこーい!!」

 

 送り出すかのように良い放つ角谷。これは戦車に搭乗してという合図なのだ。宗谷たちは何が起こったのか分からず、出遅れてしまったがすぐにチリに向かった。角谷は通信機を使い、全車に通信をする。

 

「じゃあ全車配置に着いたら試合始めるからねー・・・ん?」

 

 角谷が視線を変えるとチリはまだ出発していなかった。それどころかまだ搭乗していなかった。

 

「鉄帽!」

 

「「「「「よし!」」」」」

 

「戦闘服、戦闘靴!」

 

「「「「「よし!」」」」」

 

 宗谷たちがやっているのは搭乗前の装備確認で、お互いに確認をしているのだ。近衛の時では当たり前のようにやっていたのだ。

 

「装備確認よし!全員搭乗!!」

 

 この指示でようやく戦車に搭乗し始めた。宗谷はまだ乗らずに外から状態を見ている。

 

「燃料、弾薬よし!エンジン始動!!」

 

 燃料、弾薬を確認した福田がエンジンを掛ける。

 

「エンジン始動よし!砲搭旋回!!」

 

「砲搭旋回!旋回異常なし!照準器異常なし!」

 

 岩山が砲搭の旋回状態と照準器を確認し、宗谷に報告をする。その後は水谷と北沢が副砲と通信機の確認をする。

 

「副砲、通信機問題なし・・

 

「早く行けぇーーー!!!!」

 

 河嶋に怒鳴られ宗谷は慌てて搭乗した。

 

「確認終わってないけどこのまま行くぞ!スポット339に急行!」

 

 全速力でチリが走っていく所を見ながら角谷が河嶋に話しかけた。

 

「何も怒鳴らなくてもよかったんじゃないの?」

 

「何やってたんですかあいつら、さっきから『鉄帽よし』とか『戦闘服よし』とか言ってましたけど」

 

「確認とか?というよりそれしかなくない?」

 

「それにしても乗り込むだけに時間かけすぎですよ、ただでさえ時間無いのに確認とかされても困ります。」

 

「まぁまぁ。元近衛だってこともあるんだし、それに確認することは悪いことじゃないんだからさ」

 

ーー

 

 

 4分後、チリがポイントに着いた。角谷が画面で確認し、全車に通信した。

 

 〔よーし全車ポイントに着いたね。今回の試合内容は分かっていると思うけど『殲滅戦』ね。1輌残った戦車が勝ちだから、頑張ってねー〕

 

 角谷からの通信が終わると、河嶋が号令をかけた。

 

 〔戦車道は礼で始まり、礼で終わる。一同、礼!!〕

 

「「「「「「「宜しくお願いします!!」」」」」」」

 

 全員が一斉に礼をする。お互いに相手同士は見えないのだが武道としての嗜みなので、礼をして礼で終わるのは当たり前のことだ。とりあえず宗谷たちも礼をし、試合が始まった。

 全車が一斉に動き出した。宗谷は地図を見ながら地形の把握をしている、この時点ではまだチリは動いていない。

 

「なあ宗谷、そろそろ動こうぜ。このままボーッとしてたら見つかるぞ」

 

「あー、そうだな。じゃあスポット106に移動しよう、そこなら茂みがあるから隠れるはずだから」

 

「了解、スポット106に移動開始!」

 

 チリがゆっくりと動き出した。目標はスポット106、ここから約1キロ前後の距離なのでうまくいけば見つからずに済むはずだ。エンジン音を響かせないようにゆっくりと進んでいく、かなり遅いが見つかってしまうよりはマシだ。

 一方、チリの現在地から5キロ程先にいる大洗のメンバーは、どうやってチリを仕留めるかを検討しているところだった。現在のヘッツァーの車長は角谷の娘の穂香(ほのか)、操縦手は小山の娘の夏子(なつこ)、砲手兼装填手は河嶋の娘の(うめ)だ。ちなみにこの3人が今の大洗女学院の生徒会メンバーなのだ。

 話は戻るが、穂香はチリのデータを見て、弱点を探していた。チリの弱点としては後ろのエンジンルーム、後はどの戦車でもある弱点は履帯だろう。ただその一方でかなりの最新技術を詰め込んでいる、電動モーターで回転する砲搭、半自動装填装置に自動変速機を搭載している。

 動きはかなり素早いだろう、だがあくまでも平地での見解だ。今いる試合開場は山と森、重量が35トンあるチリが森の中を素早く動けるとは思えない。

 考えながら導きだした答えは、機動性が良い89中戦とヘッツァーをチリに近づけて注意を引き、隙をついてポルシェティーガーの88ミリ砲で留めを、という作戦でいこうと思った。上手くいけばこの3輌でいけなくは無いが失敗した場合は返り討ちに遭うだろう。

 その場合も想定してある程度の戦力は残さなければと考え、全車に近くに来るように通信しておいた。だが4号に通信すると意外な答えが返ってきた。

 

 〔すみません、私たちは別行動を取らせてください〕

 

「えっ・・・?別行動すんの?それはちょっと困るかなぁ、せめて纏まって動きたいからさ」

 

 〔お願いします、迷惑はかけませんから〕

 

「分かった、まあ隊長車の担当はあなただからね、私からはどうこう言わないよ。気を付けてね」

 

 通信を終えるとチリを探し始めた。図体はでかいので落ち着いて探せばあっという間に見つかるだろうと思っていた。

 

ーー

 

 

 一方、チリはスポット106に向かっている途中だった。予定のスポットまであと2~3メートルと言ったところだろう、だが油断は出来ない。

 何故ならチリが走っている先の道には戦車が通ったであろう履帯の跡が残っているからだ。つまり、この先に相手がいるかもしれないと警戒しているのだ。

 だが跡は途中で途切れていた、道を外れて茂みに入ったのだろうと思い、そのまま前進した。宗谷は砲搭から上半身を出し、双眼鏡で周りを確認していた。今のところは誰もいない、そう思っていた時。

 

「福田、右旋回」

 

 突然旋回するように指示を出した。

 

「え?相手はいなさそうだぜ?」

 

「左方向に戦車の砲搭が見えた、多分射程外のはずだから撃たれても大丈夫だ。気付いていない様に見せないといけないから、ゆっくり旋回しろ」

 

 宗谷の指示通りに右に旋回し、茂みの中を進んでいった。その後、180度旋回した後にまた道の近くに戻ってきた。相手に見られてはまずいので、茂みで隠れられる程度に前に出て停止し、エンジンを切った。

 宗谷は砲搭の中に入り、主砲の照準器で戦車を見た。こうする方が相手に見られていると思わせなくて済むのからだ。

 

「あー、89中戦だな。砲搭がリベット接合されていたからまさかと思ったけど」

 

「どうするよ、こっからなら主砲でいけるぞ」

 

「相手の出方を待とう、もしかしたら味方に通信してここにいるって伝えているかもしれないからな。慌てさせたら一気に攻められるぜ」

 

 宗谷の読みはどんぴしゃだった。89中戦の車長兼装填手、磯辺汰恵(いそべたえ)(典子(のりこ)の娘)はヘッツァーにチリがいたと通信しているところだった。

 

「角谷さん、スポット106にチリを発見しました。作戦いきますか?」

 

 〔お、見つけた?じゃあそっちに行くからチリから目を離さないでね〕

 

「了解です、万が一の場合はこっちからアタック(攻撃と言っているつもり)かけます!」

 

 〔アタックはちょっと待ってね、すぐ行くから〕

 

 通信を終えると4人で作戦を立て始めた。搭乗員は汰恵に続いて、砲手の佐々木(ささき)あけみ(あけびの娘)、操縦手の河西朱里(かわにしあかり)((しのぶ)の娘)、通信手の近藤美佳(こんどうみか)(妙子(たえこ)の娘)だ。

 砲手のあけみは照準器を覗きながらチリを探していた、チリは茂みに隠れているので見えないのだ。

 

「汰恵さん、チリは近くにいなさそうですよ」

 

「むぅー、ブロック(防御と言っているつもり)に入っているのかもしれないね。キャプテンは待ってろって言ってたけど、見つけるのは良いよね。よーし、探しに行こう!!前進!!」

 

 89中戦のエンジンがかかった、宗谷が砲搭から頭を出して様子を見た。89中戦が真っ直ぐ迫ってきている。

 

「お?89中戦の方が動き出したぞ。バレたかな?」

 

 宗谷は余裕の表情を見せているが福田は慌てている。

 

「え!?エンジン切ってるからすぐに動けないぞ!!」

 

「まあ落ち着けよ、89中戦の砲弾が直撃しても大丈夫だからさ。岩山、照準を89中戦に合わせろ。ただし、目標は車体の下部な」

 

「了解、道に出た瞬間を撃ってやる」

 

 岩山が照準器に目を当てた、照準は89中戦を捉えている。

 

「よーく見えるぜ。柳川、砲弾装填してくれ」

 

「もうやってるよ。」

 

 柳川が半自動装填装置を動かし砲弾を装填している。今のところ、問題は無さそうだ。

 

「装填完了、これスゲー便利だな」

 

「よーし、行くぜー」

 

 岩山が照準器を覗き、トリガーに指を掛ける。その時、89中戦が道に出た!

 

()ーーー!!!」

 

『ズバーン!!』と音が鳴り、89中戦に砲弾が跳ぶ!だが弾は木に当たってしまった。

 

「あっちゃーしくじった」

 

「大丈夫、大丈夫。まだ副砲があるから」

 

 89中戦では突然の砲撃に何が起こったのかが分からず困惑していた。

 

「え?え?何!?何!?何今の!?」

 

「何か来ましたよ!何か来ましたよ!!!」

 

「ど、どうします!?撃ちますか!?逃げますか!?」

 

「そ、それとも通信しますか!?」

 

 89中戦が全く動かない所を見ながら水谷は副砲の照準を合わせる。

 

「何で動かないのか分からないけど、初めての対戦車射撃には丁度良いぜ」

 

『ズバーン!』、副砲が火を噴き、弾は見事に89中戦の車体に命中した。車輌が行動不能になると白旗が上がる仕組みになっている。

 水谷は89中戦から煙ではなく白旗が上がっていることに焦っていた、何かとんでもないことでもやらかしたのかと思っているのだ。

 

「え・・・?白旗?おい白旗が上がったぞ!?何かやらかしたのか!?」

 

「落ち着け、『降参』って意味だよ。何かやったとかじゃねぇから安心しろ」

 

 水谷はほっと胸を撫で下ろした。

 

「ほっとするのは後にしろよ、後ろから追っ手が来るぜ」

 

 耳をすませると後ろから戦車が走行する音がしてきた。宗谷は音で何輌来ているのかを把握している。

 

「1、2・・・6輌か。その内の1輌は電動モーターの音がしているからポルシェティーガーだな」

 

「えー、88ミリが来てるのかよ。あんなの喰らったら終わりだぜ」

 

「とにかく逃げるぞ、エンジン始動!!」

 

 福田がチリのエンジンをかけ、逃亡を開始した。

 

ーー

 

 

 本部では画面を見ながら戦車たちの動きを見ていた。杏はチリの砲撃を見直していた。

 

「狙いは悪くないねぇ、これなら戦車道に出ても問題無さそうだなぁ」

 

 みほもチリの様子を伺っていた、まだ移動と射撃しか見ていないが戦車を操ることに関する能力は十分にあると感じていた。移動経路の選択も良かったし、射撃の腕は満更ではない。

 他の指導員たちもチリの動きには関心していた、始めての試合とは思えない程いい動きをしているからだ。麻子は操縦技術を見ている、木々をすり抜けはかなり上手い。

 木と木をギリギリですり抜けているのだ、車体の大きさを把握していないと木に車体をぶつけてしまったりこすってしまい、速度の低下に繋がる。麻子はついポツリと言った。

 

「上手い・・・」

 

 褒めている麻子を見ながら沙織が話しかける。

 

「麻子が褒めるなんて珍しいね。七海ちゃんのことを褒めたことないのに」

 

「た、たまたまだ」

 

「でも、麻子が褒めるのも分かるかも。結構早いし、ギリギリを攻めるのも上手だよね。」

 

 杏が2人の会話に入った。

 

「でも、逃げてばっかりだね。敵前逃亡って訳じゃないだろうけど、反撃する様子もないし、これじゃあ勝てないね」

 

ーー

 

 

 チリでは何とか逃げることに必死だった、狭い木々をすり抜けながら走行するのは大変だ。だが木が遮蔽物になってくれるはずなので弾が当たることはないだろうと宗谷は思っていた。

 

「福田、もうちょい速度上げれないか?」

 

「無理だ、木が邪魔で速度が上げれない。それより後ろからの砲撃は大丈夫なのか?」

 

「大丈夫、大丈夫。木が盾になってくれるはずだから心配することはな・・・」

 

 宗谷が言いかけた直後にチリが走行している近くの木に弾が当たった!

 

「・・・ん?」

 

「おい、何が大丈夫だって?」

 

「・・・前言撤回!ジグザグ走行で弾を避けながら走れ!!」

 

「とっくにやってる、ここで負けるのはゴメンだぜ。」

 

 チリを射撃しながら追いかけている6輌は少しずつ狙いを定め始めていた。宗谷が思っている以上に射撃の腕はありそうだ。

 穂香は作戦を実行する前に改めて全車に確認を取っている。89中戦がやられてしまったことと、攻撃を仕掛けるには分が悪いので作戦を変更していた。

 

「良い?89中戦(アヒルチーム)がやられたからチリに近付いていくのは私たちとM3(ウサギチーム)ね。頼むよ~。」

 

 〔は、はい!頑張ります!〕

 

「よーし、行くよ!!」

 

 ヘッツァーとM3が速度を上げてチリに近付いていく、宗谷は2輌が迫ってくる所を見ていた。

 

「ヘッツァーとM3が来るぞ、砲撃に警戒」

 

 するとM3が左に旋回し、ヘッツァーが右に旋回した。挟み撃ちにでもしようとしているのかと思っていると前に出てきた、そして速度を落とし始めた。

 

「おいおい、何しようとしてんだ?」

 

 福田が疑問を持っていると宗谷が後ろを見た、ポルシェティーガーが砲を構えている!

 

「福田!左旋回!!!」

 

 宗谷の指示に福田はすぐに反応し、左に旋回した。旋回したと同時にポルシェティーガーから砲撃が!!砲弾は前を走っていた2輌に当たらず木に当たった。梅は思わず叫んだ。

 

 〔何やってんの!!私たちを狙ってどうするんだ!!〕

 

「すみません!急に旋回したので狙えませんでした!」

 

 チリでは何とか砲弾を避けきることが出来たのでほっとしていた。

 

「ひゃーあぶねぇ。ドイツの88ミリは威力抜群だな。」

 

「とにかく、このまま真っ直ぐ突っ走れ!もうすぐ拓けて来るはずだ」

 

 そういうとすぐに森を抜けた。

 

「よし、こっからは俺たちのターンだ。ここまで散々やられたが、これから反撃できるぜ!」

 

 大洗チームの6輌が森から出てきた。穂香は散開して攻撃を仕掛けようと考案し、全車がバラバラになった。宗谷が様子を見ながら作戦を伝える。

 

「大洗チームが散開した、砲弾が少ないから1輌ずつ確実に仕留めろ。福田、まずは3突からいくぞ」

 

「了解。岩山、右側面を攻めるぞ」

 

「オッケー、頼むぜ副隊長」

 

「行くぞ!全速前進!目標、3突!!」

 

 チリがエンジンの轟音を響かせて3突に向かっていく!3突からは砲弾が飛んできたがチリは華麗に避ける。

 

「行くぞ!準備しろ!!」

 

 福田が更にアクセルを踏み込み速度を上げる!そして急ブレーキをかけて車体を横に滑らせる、主砲の照準器が3突の側面を捉える!!

 

「撃ーー!!!」

 

『ズバーン!!』と轟音を立て主砲が火を噴く!ほぼ零距離で3突の側面を撃ち抜いた!チリは車体を1回転させて態勢を立て直した。3突のメンバーは何が起こったのか分からず、呆然としていた。

 

「い、一体何が起こった?」

 

「わ、分からない。迫ってきたかと思ったら、姿が消えた・・・」

 

「攻撃が・・・追い付かなかったぜよ」

 

「奴ら、何者なんだ?」

 

 突然チリが横滑りしたと思えば今度は横から1発で撃ち抜かれたのだ。呆然とするのも無理はない。だがチリは止まらず、速度は一切落とさない。速度を維持しつつ今度はM3に照準を合わせる。

 

「ちょっと!こっちに来るよ!」

 

「撃て!撃てー!」

 

 M3から砲撃が来たが当たらなかった。チリの速度は最高で45キロは出せる、その高速を活かしてM3の真後ろを取り、副砲の零距離射撃でエンジンを撃ち抜こうと言う作戦だ。

 チリは速度を維持しつつM3の背後を取ろうとした、がポルシェティーガーが1発砲撃をしてきたので一旦下がることに。M3のあいかはポルシェティーガーの車長の中嶋美優(なかじまみゆ)(悟子(さとこ)の娘)にお礼の通信をした。

 

「中嶋さん、ありがとうございます。助かりました」

 

〔ドンマイ、ドンマイ。でもまだ終わってないよ〕

 

 チリはM3を後回しにし、先にポルシェティーガーを倒そうと近付いていく。美優はチリに狙いを定めるように指示し、砲撃を開始したが弾は当たらない。

 チリの動きは素早い、ポルシェティーガーの砲弾はかなり重いので装填には一番時間がかかる。宗谷の作戦は的中している、福田はあっさりと後ろに回り込み、主砲の零距離でポルシェティーガーを仕留めた。

 

「よし、あと4輌だ!このままの勢いで行くぞ!」

 

 宗谷は次にB1bisを仕留めるように指示した。パッと見は強そうに見えないが防御力はポルシェティーガーに次ぐ強さだ。先に防御力が強いB1bisを仕留め、次に3式中戦、M3、ヘッツァーの順で仕留めていくという作戦を立てた。

 砲弾数も少ないので確実に倒していくしかない。おまけに副砲では仕留めきれない戦車もあるので無駄には出来ない。

 

「砲弾も減ってきた。B1と3式は主砲で、ヘッツァーとM3は副砲で確実に仕留めろ。失敗は出来ないぞ!」

 

「任せろ隊長!確実に仕留めてやるぜ!」

 

「5秒後にB1の横に着くぞ!主砲射撃用意!!」

 

 福田が指示をし、チリをB1の横に着かせようとしたが周りからの弾幕が厚く、中々撃てない。そこで宗谷は2輌まとめて撃破しようと考えたのだ。

 

「岩山、水谷、1輌ずつじゃこっちが撃破されるリスクが高い。2輌一気に撃破して、数を減らすぞ!」

 

「「了解!!」」

 

「福田!速度を維持、2輌が並走しているところを狙うぞ!」

 

「了解、かなり遠心力がかかるからしっかり掴まってろ!」

 

 チリはアクセル全開で弾幕を避けつつ、戦車が2輌並ぶタイミングを伺う。するとヘッツァーとB1が並走を始めた、福田はすかさず突っ込んでいく!梅は慌てて照準を合わせる。

 

「え!?何!?突っ込んで来ますよ!」

 

「お!やる気だねぇ。いいよ、受けて立つよー!!園、準備は良い?」

 

〔は!?待ってください!まだ心の準備が・・・〕

 

「撃てぇーー!!!」

 

 穂香が叫び、2輌の戦車が砲撃を始めたがチリはお構い無しに突っ込んでくる。

 

「ヤバい、避けろー!!」

 

 穂香はこのままでは何も変わらないと判断し、チリを避けて態勢を取り直そう考え、避けることにした。チリは側面を通りすぎると同時に急旋回して2輌の後ろを捉える。

 

「岩山!水谷!今だーー!!!」

 

 チリから2発の砲弾が撃ち出され、2輌に向かって飛んでいく!弾は見事にエンジンを撃ち抜き、残りは2輌になった。後は3式中戦とM3だ。

 

「よし、残り2輌だ。とにかく落ち着いて撃破していくぞ、まずは3式中戦、最後にM3の順で行くぞ。とりあえず零距離射撃だ!!」

 

 チリは3式中戦にあっさりと近付き、すぐに撃破した。そしてM3に照準を合わせたが・・・

 

「こっち向いたー!!」

 

「どうしよう、どうしよう!!」

 

「と、とりあえず退却ー!!!」

 

 M3から搭乗員が全員逃げ出してしまった。宗谷は何故逃げ出したのか理解が出来なかった。

 

「あれ?どうしたんだ?エンジントラブルか?」

 

「そんな感じは無さそうだったけど、何か逃げ出したって感じだが」

 

「でもこれで終わりか?」

 

 そう思っている宗谷に本部から通信が入る。

 

〔君ら凄いね、でもまだアンコウが残っているから頑張ってね〕

 

「え?あ、忘れてた。おい、捜索始めるぞ」

 

「まだ残ってたのかよ。まあいいや」

 

「まずは、スポット427に行くか。その辺はまだ走ってないから、いるとすれば多分そこだろ」

 

 早速スポット427に動いたが、戦車が走った跡は無く、隅々まで走ったが何も無かった。その後もひたすら4号を探したが見つけられなかった。30分経っても見つけられず、森の中を走り、山道を走って頂上まで登ったが成果は無かった。

 試合終了まで後20分、この残り時間では別のポイントに移動しても、移動だけで終わるだろう。そう思った宗谷は山を下りながら探そうと思い、福田たちにもこのままゆっくり下りながら探すと言い、さっきの素早さとは裏腹に普通に歩く程度の早さで下り始めた。

 宗谷は砲搭から上半身を出し、双眼鏡で周りを見渡している。周りは木と茂みばかりで戦車らしいものはどこにもない。

 このままで終わるのだろうか、そう思っていた。下り始めて5分が経ったが4号らしき影は無く、福田は半分諦めていた。

 

「なあ宗谷、4号何処にもいねぇぞ。リタイアしたとかじゃないのか?」

 

「だとしたらとっくに知らせが来るだろう。今のところ何も変化ないし、上手く隠れているのかもしれない」

 

 その読みは的中だった、チリはとっくに4号の前を通り過ぎていたのだ。かほは出方を伺っていたがチリの後ろが取れれば隠れる必要はない。

 

「前進!!」

 

 指示と同時に4号のエンジンがかかる、宗谷はエンジン音を聞くなり周りを見たが何処なのか分からず、辺りを見渡していると4号が後ろから走って来ている!

 

「やべ!後ろに付かれた!!福田、飛ばせ!!」

 

「え!?後ろ!?くそ、掴まってろ!!」

 

 福田はアクセルを『バン!』と音を立てて踏みつけ、急加速する、4号も負けじと追いかける。山道は狭いうえに下り坂になっている、チリの最高速度は約45キロ、4号は約38キロ、7キロ程差はあるはずだが下り坂では速度の差は広がらない。

 スピードメーターはあっという間に60キロを越えた。それでも差は広がること無く、4号は後ろを捉えている。藍は射撃しようと照準を合わせようとするが車体がガタガタと揺れて照準がぶれ、狙うことが出来ない。

 

「七海さん、揺れが激しくて上手く狙えません。もう少し速度を落とせませんか?」

 

「速度落としたら逃げられる、これでなんとか狙って」

 

「えぇ~、厳しいですよ~」

 

 ただでさえ揺れが激しく、照準器がブレブレの状態なのにこれで射撃するのは困難だ。それでもチャンスは今しかない、チリにとっては逃げ場が無い状態だ。

 素早く動くチリを相手するのは厄介だ、撃破するなら逃げ場が無い今しかない。藍はどうにか狙いを定め、1発射撃してみることにした。

 

「かほさん、1発撃ってみますね」

 

「了解、頑張って」

 

 藍はチリのエンジンに向けて射撃をした。砲弾はチリの砲搭をかすめ、木に当たってしまった。でもこれである程度の感触を掴めることが出来たので次は絶対に当てようと狙いを定め直す。

 宗谷は次の射撃は絶対に当たると確信し、柳川と一緒に※ガンポートから機銃を出して牽制しようと考えた。

 

「柳川、機銃持て!ガンポートから射撃するぞ!」

 

「別に構わないが、これ7.7ミリ機銃だから撃っても何も変わらねぇぞ」

 

「ただの牽制だから車体とかにパラパラと当てりゃいいよ。機銃弾ならいくらでも使えるからな」

 

 藍が狙いを定めた。後は命中させれば良い、そう思っていた矢先、砲搭の横から機銃が2丁出てきた。何をするのかと思っているといきなり機銃弾が4号を目掛けて飛んできた!

 

「きゃっ!かほさん、チリが機銃掃射してます!」

 

「お、落ち着いて。機銃だから心配いらないよ」

 

 柳川は機銃を撃ちながら宗谷に話しかける。

 

「おい宗谷!4号からの砲撃は止まったぞ!もう撃たなくてもいいだろ!?」

 

「まだだ!しばらくこのままで行くぞ!」

 

「マジかよ!これ地味に重いからキツいんだよ!!」

 

「山道を抜けるぞ!」

 

 福田がそう言った時、チリと4号は山道を抜け、広い所へ出た。ここは木がないので射撃には打ってつけだ、地面もガタガタではなくなったので照準も余裕で合わせられる。

 

「母から教わったように、慎重に・・・」

 

 藍はチリに照準を合わせ、射撃を続行する。チリは右へ左へと弾を避けるがいい加減こっちも反撃しなければやられてしまう。宗谷は一瞬だけ180度旋回するように福田に指示を送る。

 

「福田、一瞬だけ180度旋回出来るか?」

 

「出来るけど危険な賭けだぞ、上手くいかなかったら次のチャンスはないぜ」

 

「少しばかり賭けても損はないさ。岩山、何をするかは分かるな?賭けに乗るか?」

 

「いいぜ、その賭け乗ってやる!」

 

「よし、すぐにやるぞ、準備しろ!」

 

 福田は左右に障害物が無いことを確認し、速度を上げる。七海もチリの加速に合わせて追いかける、4号からの射撃は止むことはなく続いている。

 試合終了まで後5分、これで終わるだろうと誰もが思っていた矢先、チリが急ブレーキをかけて車体がぐるんと回り出した!同時に砲口が4号を捉える!!

 

「いっけー!!」

 

 岩山がトリガーを引き、砲弾が飛び出す!狙いは完璧だったが4号はとっさに避けたので右側面の※シュルツェンを飛ばしただけで終わってしまった。チリはそのまま回転し続けて、元の状態で態勢を立て直した。

 

「すまん、しくじった」

 

「仕方ないな、この技成功する確率極端に低いし。失敗しても仕方ないよ」

 

 本部にいる杏はさっきの動きが凄すぎて唖然としていた。1回転する内に射撃をして態勢を立て直すなんてやったことが無い。

 ましてやこの技を実戦した学校もない、ただ逃げているだけと思っていたので、いきなりこんな物を見せられては固まってしまうのも無理はない。

 宗谷は時計を見た。もう時間が無いので、方向転換して4号に2発おみまいしてやろうと考えた。岩山と水谷に射撃の用意をするように指示し、2人は準備に入った。福田が車体を半回転させて正面を4号に向けた。

 

「砲弾よし!照準よし!」

 

「撃てーーー!!」

 

 チリから2発の砲弾が飛んできた。七海は左に旋回して弾を避け、藍が射撃を敢行した。しかしこれも当たらず、チリが4号を捉えたその時だ。

 

 〔そこまで!今回は引き分け!!〕

 

 桃の声が試合会場に響いた、かなり接戦だったが勝敗は決まらなかった。

 

 〔お疲れさん、じゃあ戻っておいでー〕

 

 杏からの通信が入り、チリと4号は本部である学校に戻っていった。福田たちは疲れきっていた。

 

「あー疲れたー、誰か操縦変わってくれよ」

 

「俺は腕が疲れたよ、機銃持ち続けるのは辛いなぁ」

 

「まあ、とにもかくにも全員ご苦労だったな。初試合としては上々だったぞ」

 

「あったりめーだろ、これぐらい余裕だぜ」

 

 4号では4人がチリとの戦いを振り返っていた。

 

「いくらなんでもずるいです。戦車砲じゃなくて機銃で対抗するなんて」

 

「でもさっきの回転射撃は凄かったですよ!私たちでも出来たらなぁ」

 

「無理だろ・・・あんなの出来るほどの腕はないし、危なそうだからやりたくない」

 

「えー、やりましょうよー」

 

「やだよー、あんなことやって横転したら大変じゃん」

 

「でも出来たら格好いいですよー」

 

 かほは4人のやり取りを静かに見ていた。

 

(・・・・・やっぱり、只者じゃなかった。彼らは戦車道に出たことは無いって言ってたけど、戦車同士の戦いには長けてる・・・彼なら、()()()()()に任命しても大丈夫だね)

 

 




※解説


ガンポート
対歩兵用の機銃を出すための穴のこと。チリには砲搭の左右の側面に1つずつ付いている。現在でも自衛隊の車両に使われている。


シュルツェン
ドイツの戦車に見られるもので、通称『追加装甲板』と言われる。4号G型などに施されており、足りない防御力を補うために後付けされたものである。





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第5章 本当の西住かほ

前回のあらすじ

大洗と旭日が対戦!チリは安全弾が少かったため、30発のみで試合に挑むこととなった。砲弾が少ない中で戦うことになったが、引き分けまで持ち込むことが出来た。
試合の結果に不満はない宗谷だったが、この後波乱の展開になるとは、誰も予想していなかった。


 試合が終わった。今回は引き分けとなったが、旭日の実力を十分見せつけられた試合でもあった。たった1輌でここまで奮闘出来るとは思っていなかったので、指導員たちは圧倒されっぱなしだった。ただ、元4号の搭乗員だったみほたちからすれば、昔の自分達を見ているような感じだった。

 当時はみほを除く全員が初心者だった。操縦も、装填も、射撃も初めてだったあの時はみほからのアドバイスを基に手探りで戦車を操っていた。それから試合を通していく内に、みほは自分の戦車道を見つけた。大切な仲間と一緒にやるから戦車道は面白いのだ。

 みほが指導員になったとき、必ず生徒に伝えていたのは『一緒になったチームメイトは絶対大事にすること。』戦車道で勝ち抜くならチームワークは必要不可欠になる、だからこそチームメイトは大事にしてほしいという思いがあるのだ。

 ただ、今のチームは宗谷も感じていたことだが統率感がないのだ。つまり、チームワークが足りていないように感じているのだ。

 今回の試合は、隊長車である4号が1輌での単独行動をしていた、この選択が大きな間違いをしていたのだ。本来なら、1輌だけでの単独行動は隊長車以外の戦車が行うはずだ。偵察などの任に就くなら尚更だ、隊長車が単独行動をすると一気にチームワークが崩れる可能性も十分あり得る。そして、みほの思惑通りになってしまったと言うことだ。

 現在のヘッツァー車長の穂香は、1発勝負で挑む所があるので冷静な判断が出来ないのだ。チリとの勝負の際も、B1bisの判断を待たずに攻撃を仕掛けて返り討ちに遭ったのだ。この性格は去年の試合でも出してしまったことで、連携が一気に崩れて大洗側が窮地に立たされてしまったのだ。この時で一番活躍したのはかほの冷静な判断力だった、この対応をしたからこそ連携は保たれたと言っても過言ではないだろう。

 連携は大洗側が上手だったが攻撃の面では黒森峰が1枚上手だった、大洗側は連携と戦術で挑んだが負けてしまった。みほはいい連携が取れていたから良かったと褒めたが、かほは納得出来た試合では無かったと言った。思えば、チームがバラバラになってしまったのはそれからだろうか。

 あの試合以来、このチームが上手く連携を取れたことはほとんど無い。全車がバラバラに動き、1部だけがまともに連携が取れている感じだ。これでは意味がないのだがどんなに言い聞かせても変わることは無かった。今度ばかりはガツンと言わなければとみほは思っていた。

 一方、チリと4号は学校に戻っている最中だった。激戦を繰り広げたスポット294から学校まではかなり距離があるので時間がかかるのだ。宗谷は退屈しのぎに4号に通信していた。

 

「いやー、今回は引き分けかー。せめて勝敗は決めたかったな」

 

 〔引き分けは良いですけど宗谷さんたちズルいです。機銃を撃ってくるなんて想定外ですよー〕

 

「そう言うなよ、これもある意味戦術だよ」

 

 〔それよりも!あの回転撃ちは凄いですよ!あれ試合でもやれますか!?〕

 

「まあ、出来ないことはないな」

 

 岩山が通信器を手に取った。

 

「なあ、回転撃ちよりも『リボルバーショット』の方が格好よくないか?」

 

 〔なるほど!回転するからリボルバーなんですね!誰だか分かりませんけど冴えてますね!!〕

 

「褒めらてんのか分からないけどサンキューな」

 

「おい、そろそろ着くぜ」

 

 2輌は20分かけて学校へ戻ってきた。宗谷が砲搭から頭を出した。

 

「すみませーん、遅くなりましたー」

 

「遅いぞ!早く戦車を停めて整列だ!」

 

「すみません。福田、格納庫の近くにチリを移動させろ」

 

 チリが格納庫の前に着くとすぐにエンジンを止めた。整列しようと集合場所に近づいていくとみほがかほに話をしていた。宗谷たちでも分かるほどに機嫌が悪そうだ。

 

「かほ、何であなたの戦車が別行動を取ったの?」

 

「それは相手の出方を見るためよ。特に今回は新しい戦車が1輌加わってたから、どれだけの戦力なのかを確かめたかったのよ。」

 

「何で隊長車が別行動を取るの?隊長車は全体に指揮を取らないといけないってずっと言って来たでしょ?」

 

「私の戦車道が気に入らないの?お母さんいつも言ってたよね、『自分にとって納得が出来る戦車道をやってほしい』って、私のどこがいけないのよ!」

 

「『チームワークを守ってほしい』って言ってきたでしょ!チームワークも大事にしないと試合で勝ち抜くなんて無理よ!!」

 

「お母さんは考えが古いのよ!昔はチームワークが大事だったかもしれないけど、今は攻撃をどうするかを考える方が大事なのよ!!チリの戦い方を見たでしょ!?1輌で残るために攻撃をバンバンしてたでしょ!!」

 

 宗谷たちはいきなりのとばっちりに戸惑ってしまった。まさかのここでとばっちりが来るとは思っていなかった。みほは旭日のメンバーは関係がないと言い返し、2人の喧嘩は更にヒートアップしてしまった。

 こうなってしまったら誰にも止められない、杏も止めに入るが全く効果は無い、福田たちはただただ呆然と見ていた。宗谷はため息をつくとチリに向かっていった。呆然としている福田たちに、桃から止めに入れとさらなる追い討ちをかけられ、止めようとするが女性同士の喧嘩はそう簡単に止めることは出来ない。

 

『ズバーン!!!』

 

 喧嘩が止まった、止めたのは福田たちや大洗のメンバーではない。チリの空砲が2人の喧嘩を止めたのだ。これはこれで効果はあったようだ。宗谷がチリから降りて歩いてきた。

 

「・・・・・何で空砲で喧嘩を止めるんだよ」

 

「まぁ、取り敢えずな。でもちゃんと収まっただろ?」

 

「収まったと同時に静まり返っちまったよ」

 

 宗谷はかほの前で止まり、話し掛けた。

 

「考えが古いなんて失礼じゃないか?確かに今も昔も攻撃の方がメインかもしれない。だがな、俺個人の意見としては、チームワークの方が大事だと思うんだが」

 

「あなたに何が分かるのよ!戦車道の試合に出たことなんてないくせに!!」

 

 そう言い残すとかほは走って校舎に行ってしまった。4号のメンバーはかほを追いかけていった、宗谷はため息をついた。

 

「ハァ・・・・・『試合に出たことがないくせに』、か。まあその通りなんだけど」

 

 みほが宗谷に謝った。

 

「ごめんね、宗谷くん。後でちゃんと言い聞かせておくから」

 

「気にしないで下さい。彼女の言うことはごもっともです。言い聞かせるのは、少々お手柔らかに」

 

 岩山たちは宗谷に話しかける女性が誰だか分からなかった。指導員たちの制服には、各戦車に描かれている絵が胸元に描かれている。誰がどの戦車を担当しているのか分かりやすくするためだ。

 みほの胸元にはアンコウが描かれているので4号の担当であることは分かっているが、名前が出てこない。岩山がこっそり福田に聞いた。

 

「なあ福田、あの人誰だったっけ?」

 

「元4号の車長、現4号指導員の西住みほさんだよ」

 

「あ、思い出した。確か黒森峰の副隊長をやってて、大洗に転校した人か。ん?じゃあ何で大洗に転校したんだ?」

 

「さぁな、それは俺も知らないよ」

 

 すっかり静まり返った格納庫前に、杏の声が響く。

 

「えっと、今日の戦車道の授業はここまでね。午後の一般教科、頑張ってね」

 

ーーー

 

ーー

 

 

 今日の授業は終わった、ただ宗谷はなんだかすっきりしなかった。試合はともかく、あの2人のその後が気になって仕方がない。栞たちが追いかけていってどう慰めたのか、気にすることではないのだがこれからこのメンバーでやっていかなければならない。どうしても気になってしまう。

 

『あなたに何が分かるのよ!戦車道の試合に出たことなんてないくせに!!』

 

 頭にはこの言葉が過る、確かにまだ本番に出たことはない。ああいう風に言われても仕方がない。ただそれ以上に気になるのだ。かほはどうして、戦車道を嫌うのか・・・

 

「おい、おい。大丈夫か?しっかりしろ」

 

 はっと我に帰ると目の前に紅茶が入ったティーカップが置かれていた。宗谷は福田と一緒に学校帰りにそのままの足取りでルノーに来ていたのだ。そして紅茶を頼んで・・・それからどうしていたのか記憶にない。

 

「お前頼むだけ頼んでぼーっとしてたんだぞ。もしかして、さっきのこと気にしているのか?」

 

「ああ・・・西住隊長が、どうして戦車道を嫌うのかを考えてた」

 

「他人の心配かよ。まぁ良いか、さっさと飲めよ。冷めるぞ」

 

 カップを手に持ったがどうも飲む気にはなれなかった。かほの事が気になり、授業が終わった後に探したが見つけられず、もしかしたらここに来るかもしれないと思いルノーに来たのだ。

 ルノーに来て30分経ったが来る気配は一向に無い。店の中は紅茶の香りに包まれ、静かだった。あまりに静かだったので福田から話を切り出した。

 

「なぁ、この間ここに来たときにお前と西住隊長だけで席を外したよな?あの時何を聞いたんだ?」

 

「あの時は何で戦車道を嫌がっていたのかを聞こうと思っていたんだよ。でも肝心な事を聞こうとしたら川井店長に止められた」

 

「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでよ。あれは紅茶を差し入れようとしただけだからね」

 

「分かりました、そういうことにしときますよ」

 

「それより、これからどうやっていくつもりだ?親子関係のいざこざに巻き込まれながら、戦車道の練習なんてやってられねぇぞ。しかもあの状態じゃ、勝ち上がるなんて夢のまた夢になるぞ」

 

 福田は今後のことが気にかかっているようだ。福田が言うように、このような状態では勝ち上がることは不可能に近いだろう。宗谷はすっかり冷めてしまったティーカップを手に持ちながら答える。

 

「うーん・・・お前の言うことには一理あるな。今の状態じゃあ勝てないよな・・・まぁ何も難しくないさ、要はあの2人の関係を治してあげれば良いんだよ。周りがどうにも出来ないなら俺たちでどうにかするまでだ」

 

「何も難しくないって・・・・・相当難しいと思うが・・・で?どうするつもりだ?」

 

「まずは、西住っていう人物像を整理しないといけないからな。明日は聞き込みだ」

 

「聞き込みって・・・俺たちは刑事じゃなくて、戦車の搭乗員だぞ」

 

「情報収集は基本だろ?さぁ行くぞ」

 

 宗谷は冷えきってしまった紅茶を一気に飲み干し、店を出た。呆れながらも、福田はついていくことにした。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 翌日の午後、生徒たちは戦車道の練習に励んでいた。あんないざこざがあったので、かほは来ないのではと思っていたが、今日も全員集まった。

 今日も今まで通りに練習をする。隊列を作り、砲撃の練習をして、敵から逃げるために退路を作る練習も行った。そして、一通り練習を終えて休憩している1年生チームに北沢が話しかけに来た。

 

「休憩中に悪いけどちょっと失礼するぜ」

 

 1年生たちはいきなり北沢が来たので和やかな雰囲気が急に緊張感に変わった。あいかがポツリと話しかける。

 

「な、何か用ですか?」

 

「そんなに固くなるなよ、西住隊長の事を聞きたいんだ」

 

「西住先輩ですか?何かやらかしたんですか?」

 

「いや、やらかしたとかじゃなくてどういう人なのかを聞きたいんだよ。何かあんまし良い人っていう感じがないからさ」

 

「西住先輩はいい人ですよ!あの人ほどいい先輩はいませんよ!!」

 

「わ、分かったから落ち着けよ。で、どういう人なんだ?」

 

 あいかたちが知る限りでのかほは、1年生の自分達をよく気遣ってくれる優しい人なんだと言った。入学したての時に戦車に乗ることに手こずっていたところにかほが様子を見に来て、どうやったら良いのかを教えてくれたのだという。

 だが、ただ優しいというだけでなく、練習試合の時も手加減せずに全力でかかってきてくれるのでいい練習相手にもなってくれているのだとか、澤の印象としては優しく、時に全力で練習にも付き合ってくれる気遣いが出来る人、と言った。

 

「へぇー、西住隊長にも以外な一面があるもんだな」

 

「だからそう言ってるじゃないですか。西住先輩はとってもいい人なんですよ」

 

「よく分かったぜ、ありがとよ」

 

 北沢は一通り話を聞くとその場を去っていった。1年生たちの印象としては気遣いが出来る人、という事が分かった。北沢は今聞いたことを全て宗谷に伝えた、この話を聞いて宗谷も驚いている。

 

「気遣いが出来る人か、以外だな。そんな感じはあまりしないけど」

 

「俺もそう思ったけど、1年生の・・・誰かは分からないけど、そいつはとっても『良い人だ』って言い張ったから、間違いではなさそうだ」

 

「そうか、ご苦労だったな」

 

「ところで、後の連中は何処行ったんだ?」

 

「聞き込みに行ってもらってるよ。情報が届くのを待ってるとこさ」

 

 3突のメンバーの聞き込みに行っている岩山は、砲弾の補給の手伝いをさせられていた。話してくれたのは車長の松本美幸(まつもとみゆき)(里子(りこ)の娘)だ。

 

「へぇー、西住隊長って独りよがりなとこがあんの?」

 

「うむ。あまり会話もしないし、思いっきり笑っているところも見たことがない。アンコウの五十鈴殿も、西住殿に関してはあまり会話はしていないと言っていたな」

 

「それってつまり、人付き合いが苦手ってこと?」

 

「そう言うことだな」

 

 人付き合いが苦手だというのは納得が出来た。この間一緒にルノーに行ったときも会話はほとんどしなかったし、笑っているところも今のところ見ていない。岩山は砲弾の補給を済ませるとチリに戻っていった。

 一方、柳川は3式中戦の搭乗員の3人組に話を聞きに来てい 。だが3人は携帯ゲームをしていてあまり会話は成り立っていない。

 

「・・・えーっと、西住隊長がどんな人なのかって言うのを聞きに来たんだけど・・・何でゲームしてんの?」

 

「あ、ごめんなさい。今良いとこなんですよ」

 

 

「援護お願い出来る?ミカンさん」

 

「任せてー!ほい!やったー!!クリアー!!」

 

 柳川には全く分からないがゲームはクリアしたらしいので、とりあえず話を聞くとこにした。

 3式中戦の車長の猫田(ねこた)(ねこにゃーの娘)も里子が言っていたことと同じだった、が柳川からしてみればゲームばかりしているから会話をあまりしていないのでは?と別の疑問が浮かんできた。後の2人も同じ話だったのでチリに戻ろうとした、が猫田が柳川を止めた。

 

「あの、もしよければゲーム友達になりませんか?これ面白いんですよ」

 

「いや、俺は遠慮しとくよ。ゲームなんてあまりやらないし」

 

「えー、やりましょうよ」

 

「お願いしますー、絶対楽しいですよ」

 

 柳川が迫られている最中、水谷はB1bisの車長、園秋子(そのあきこ)(緑子(みどりこ)の娘)に話を聞きに来ていた。だが秋子は中々会話に応じてくれない。

 

「頼むよー、あんたが知っている西住隊長の事を話してくれればそれで良いんだよ」

 

「なんであなたに教えないといけないのよ。それに、私今忙しいんだけど」

 

「磨き終わっている双眼鏡をただ拭いているだけがそんなに忙しいのか?」

 

「うるさいわね!とっととチリとか言う戦車に戻って、練習の準備していなさい!!」

 

「・・・・・ハイハイ、分かったよ」

 

 諦めるしかない。これ以上問い詰めたら何をされるか分からないし、女子を怒らせると怖いと聞いた事がある。昨日のあれがあった後に怒らせる訳にはいかない、怒らせる前に去ろうと思っていたとき、B1から声が聞こえてきた。

 目を向けると女子が1人呼んでいた、B1の操縦担当の後藤優衣(ごとうゆい)(もよ子の娘)だった。何故か秋子から隠れるように言われ、B1の中に入った。ここなら外に声は漏れないからだ。

 

「サンキューな。て言うかあいつ何なんだ?話に応じてくれても良いじゃねぇか」

 

「ごめんね、園さんってお母さんに似て規則に厳しいから」

 

「俺と話するのと規則と何の関係があるんだよ」

 

「うちの学校男子との接触禁止だから、その規則を守ろうとしていると思うよ?」

 

 水谷は納得出来ると思う反面、これから一緒に試合をしようとしているのに男子との接触禁止を守ろうものならまともな意志疎通が出来なくなりそうと思うのだった。

 優衣の見解としては規則を忠実に守る真面目な人だということだった。去年も皆勤で服装の着こなしもよく、成績もそこそこ良い、と言った。

 だが暗い感じがあり、同い年なのだが会話したことはほとんど無いのだという。暗い感じはあまり感じしないが、どうもそうらしい。

 

「・・・で?私たちに何を聞きに来たの?」

 

「えーっと・・・ちょっとしたことなんですけどね・・・・・」

 

 福田はいつも以上に緊張していた。何故なら一番聞き込みにくいイメージがあるヘッツァーの3人に話を聞きに来たのだ。相手は3年生の集団だからなのか、ただ話を聞きに来ただけなのに半端じゃない緊張感を味わっている。梅が疑わしい目で福田を睨む。

 

「何か企んでいるのか?この学園の秘密を探っているなら容赦しないぞ」

 

「待ってくださいよ、学園の秘密なんて知る気は全くないです。俺が聞きたいのは西住隊長の件なんです」

 

「かほちゃんのこと?そんなの知ってどーすんの?」

 

「これから一緒に戦車道をやっていく身ですから、どういう人物像なのかを聞いておこうと思って」

 

「かほさんねぇ・・・あまり感じがいい人ではないよのね」

 

 夏子の見方としては取っ付きにくい感じがあるらしく、入学したてのときはよく会話もしていたのだがかほとっての初めての試合のあと、急に暗くなったというべきか、何故か戦車道の見方が変わったのだという。

 自分から進んでやる、というよりも母であるみほの立場に泥を塗らないためにやっているとしか思えなくなったのだという。西住家には『西住家流戦車道』という流派があるらしく、かほがもし辞めるということになればみほが責任を問われるかもしれない。

 かほは自分のための戦車道をやっているのではなく、流派のためだけに戦車道をやっているという感じがして、疲れきっているように見えるのだという。

 

「『西住家流戦車道』ですか、そんな流派があったとは初耳です。流派を守るために戦車道をやっているんですか?」

 

「そんな感じがするの、西住家流っていう流派があるっていうのはお母さんから聞いたんだけどね。それを聞いてから思うの、流派に泥を塗らないためにやっているんじゃないかって」

 

 流派を守るため、ただそれだけなのだろうか。後で辞めようと思うのなら最初から入らなければ良かったのに、何故わざわざ入ったのか・・・福田は疑問が深まった。だが必要な情報は聞けたのでこれでおいとますることにした。

 

「ありがとうございました。お陰で、貴重な話が聞けましたよ」

 

「ところで、何でこんなこと聞いて回ってんの?もしかして、かほちゃんに惚れてんの?」

 

「まさか、どういう人なのかを聞きたかっただけですよ。」

 

 そう言い残すと福田はチリに戻った。聞き込みに行った5人が全員戻ったところで、宗谷は情報を元に人物像を整理した。

 暗い感じでほとんど人と話さない性格だが、人を気遣うという長所がある、といった感じだろう。宗谷の見解は隊長としての素質はあるのだろうが、少し覚束ない感じだということ。そして、戦車道を嫌っているのには別の理由があるだろうということ。

 福田たちはその別の理由が知りたかった、戦車嫌い以外に理由があるとは思えないのだ。ほかに何かあるとすれば・・・なんだろう?

 

「あ、そうそう、午後は別の戦車に乗るからその点よろしくな」

 

「別の戦車に?それは良いけど、どの戦車に乗るんだ?」

 

「決まってんだろ」

 

ーーー

 

ーー

 

 

 午後の練習を始めるため、メンバーが各戦車に乗り込み、準備を始めた。しかし、4号のメンバーはまだ乗り込んでいなかった。宗谷が4号に乗って同行させてほしいと言ってきたのだ。

 宗谷はかほの活躍を見たいからと言ったが、本当の目的は推測を確信にするためだった。つまり、本人の横にについてより詳しく知ろうと思ったのだ。

 

「私たちについてくるってどういう意味?ていうか、あなたチリの車長なんでしょ?」

 

「チリへの指示はこれを使ってやるから心配いらないよ」

 

 宗谷は肩に掛けているものを見せた、80年代に造られた※ショルダーホンだ。無線機もあったのだが、調子が悪いのでショルダーホンを持ってきたのだ。これなら車外でも通話が出来る。栞はショルダーホンを不思議そうに見た。

 

「へー、これで通話出来るんだ」

 

「頼むよ。許可は貰ってるし、迷惑はかけないからさ」

 

 かほはどうしようか迷ったが、『許可は貰っている』と言われたので同行させることにした。

 

「分かったわ、でも車内は狭いよ」

 

「ああ、俺ならここで良いから」

 

 そう言うと宗谷は4号の車体に乗り、シュルツェンの接合部にフックをかけた。

 

「はっ!?そこに乗るの!?」

 

「おう、ここならわざわざ車内に入らなくても良いし、今からやる練習は対戦車砲撃じゃなくて的当てだし、それに命綱はちゃんと付けとくから心配いらないぜ」

 

「でもそこじゃ危ないですよ、狭くなっても構いませんから車内に入ってくださいよ」

 

「心配どうも、でも俺はここで良いよ。中だとショルダーホンの電波が届かないから、チリに通信できないんだよ。だからここで良いさ」

 

「分かったわ、でも本当に良いの?」

 

「ああ、心配無用だ」

 

「宗谷!出発するぞ!」

 

 福田に呼ばれ、4号のメンバーも乗り込む。全車が一斉に動き練習場に向かっていった。

 

「福田、遅れるなよ。離れすぎたら通信できなくなるぞ」

 

 〔了解。どうだ?戦車の外は〕

 

「思ってた以上に快適だぞ。風が気持ちいいからかな?まぁとにかく、距離置きすぎんなよ。じゃ、また後でな」

 

 通話を切るとかほが砲塔から頭を出して様子を見た。

 

「あの、本当に大丈夫なの?砲撃を始めたらかなりの轟音が出るよ?」

 

「大丈夫大丈夫、耳当てあるから轟音対策も万全だよ」

 

「そう、それなら大丈夫だね。でも、気を付けてね」

 

 何故なのだろう、昨日と全く様子が違うように感じる。あの時の威勢はどこへ行ったのか・・・・・ああいう風に言われたから確実に拒否されると思っていたのにすんなりと受け入れてもらえた。あいかが言っていた『良い先輩』と言うのは、断れない性格だからなのか?

 練習場に着き、早速砲撃の練習が始まった。内容は各車10発ずつ撃ち、的を撃ち抜く。10発撃ったら交代し、また別の戦車が練習をする。

 やることは単純なのだが各車ごとに砲の大きさは違うことと、個人差があるので全車の命中率が100%とは限らないのだ。宗谷が見る限りでも10発中10発当てられた車両は無かった。

 双眼鏡で的の距離を目測しているとかほが別の戦車に通信している声が聞こえてきた。耳を澄ませると撃つ時のコツを教えているようだった。初めての練習で隊列の作り方はいまいちだったが、個人で説明するなら出来るようだ。

 宗谷も車外通信しながら指示を送り、チリも砲撃をする。やはり中とは違い外の方が音がでかい、おまけに別の戦車も撃ち始めたので中々指示は伝わらない。

 そんな中で砲撃練習を終えると、本部の杏から全車に向けての通信がきた。

 

 〔みんなご苦労さん、と言いたいところなんだけど、今から『潜水渡渉(せんすいとしょう)』の練習するから、渡渉練習場まで来てね〕

 

 潜水渡渉とは河を潜って渡ることで、重量級の戦車が橋を渡れない時に行う技法である。旧式の戦車はマフラーから水が入らないようにするためにシュノーケルを取り付けなければならないのだが、2メートルにも満たない深さなのでシュノーケルは不要だ。

 練習場は戦車が入れる幅に水が入ったプールがあった。なるべく波を立てずに素早く渡る事が望ましい、波を立てると発見されてしまうし、エンジンに入ってしまい止まってしまう可能性も出てくる。つまり、『焦らず素早く渡れ』という事だ。

 早速練習を開始すると、結構上手く渡れる戦車ばかりだった。ただ渡るだけだからそんなに難しくはない。4号の番が回ってきた、だがかほは指示を出さない。

 

「どうしたんだ?順番回ってきたぜ」

 

「う、うん。ち、ちょっと待って」

 

 かほは深呼吸すると前を見た、目の前には水が波紋をたてている。大丈夫、難しいことじゃないんだから・・・

 

「ぜ、前進!」

 

 4号がゆっくりと前進し、プールに入っていく。後はこのまま渡っていくだけだ。かほは緊張しているのか手が震えている。

 

「て、停止!!」

 

 いきなり止まれと言われたので七海はブレーキを踏んで止まった。エンジントラブルでもないのにいきなり止まったので宗谷は何が起きたのか分からない。

 

「どした?トラブルか?」

 

「いや・・・エンジンは問題ない・・・」

 

「車内も浸水したとかはないですよ」

 

「トラブル無し?一体何があったんだ?」

 

「ご、ごめん、前進して。大丈夫だから」

 

「おい、汗だくだけど大丈夫か?」

 

「大丈夫、本当にごめんね」

 

 チリから覗いている福田たちも急に止まったので心配になっていた。すぐに動き出したが、また止まるんじゃないかと思っていた。

 

〔おい宗谷、何があった?〕

 

「あー、大丈夫だ。エンジンも問題無いし、浸水も無いってさ」

 

〔あ、そう・・・なら良いけど〕

 

 宗谷はこの時点で、かほが戦車道を懸念している理由がある程度分かっていた。どういう事かというと、かほには直接的な関係は無いが全ての理由は過去にあるという事だ。

 その後、チリも練習を終えて今日の練習は終了した。全車が格納庫に入り、宗谷はチリの整備をするように指示をして何かを書いていた。福田が覗いてみるとかほに対して手紙だった。

 

「何だよ、整備の記録じゃなくて手紙か。しかも西住隊長宛じゃねぇか」

 

「あったり前だろ、これから理由を聞き出すんだから招待状ぐらい書かないと失礼だろ?」

 

「招待状ほど大袈裟な物じゃないだろ?ていうか、お前も携帯持てよ」

 

 宗谷は携帯を持っていないのだ。情報社会と言われている世の中で携帯を持っていないのは不便極まりない。それなのに、「今は必要ない」と言うのだ。

 

「まあ、携帯はその内な。じゃあ書き終わったから行ってくるぜ」

 

ーー

 

 

 宗谷が出発した頃、かほは自分の部屋でチリのデータを見ていた。昨日の試合の後、どういう性能を持つ戦車なのかが気になりずっと調べていたのだ。

 日本の戦車を保有している知波単(ちはたん)学園でもチリという戦車は見たことがない。というのも、日本の中戦車は3式中戦で終わっているのだろうと思っていたので、まだその次があったとは思っていなかった。

 一通り見た後、別のファイルを開いた。中身は過去の戦車道の試合結果を纏めたもので、みほが現役だったころのデータまであった。データの中には動画も入れて試合の流れを見れるようにしていた。みほが黒森峰の時の動画も入れてある。

 かほはその動画を初めて見たとき、戦車道に対して恐怖の感情が芽生えたのだ。何故なら・・・・・

 

「かほー、宗谷くんがあなたを呼んでるわよー」

 

 宗谷くんが?一体何のようなの、こんな時間に。そんな疑問を持ちながら外に出ると宗谷が手を降っていた。

 

「よ、寝てた?」

 

「寝てないよ。何か用?」

 

「これを渡しに来たんだ、出来ればみほ指導員にはバレないようにしてくれよ。バレたらこれ渡した意味が無くなっちまうからさ。」

 

 ポケットから手紙を出した、かほは受け取ってくれた。

 

「バレたら意味が無くなるってどういう意味なの?」

 

「まあ、読んでみてくれよ。詳しいことはそれに書いてあるから、じゃまた明日」

 

 詳しく聞くことは出来なかったが手紙を読めば分かるだろう。みほには何も言わずに部屋に入り、手紙を開いた。

 

『西住隊長へ

 

 あなたと一度、きちんと話してみたいと思ってこの手紙を書かせてもらったよ。明日、19時に学園のグラウンドに来てくれ。話をしたくないなら来なくても構わないよ。

 

 

旭日機甲 宗谷佳

 

 手紙を読む限りでは話をしたいだけらしい。それだけならわざわざ時間指定しなくても良かったのに、何で?頭の中は疑問しか浮かばない。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 翌日の午後、戦車道の練習を始めるために準備をしている宗谷に、かほが話しかけた。

 

「昨日の手紙、あれどういう意味なの?」

 

「そのまんまさ、ただ話がしたいだけなんだよ」

 

 何か怪しい、本当にただ話がしたいだけなの?それなら今ここですればいいのに。

 

「じゃ、今夜待ってるぜ」

 

 宗谷はチリに乗り込んでしまった。どうしよう、行くべきか行かないべきか、かほは迷った。

 

 

ーーー

 

 

ーー

 

 

 

 時間は18時43分、指定された時間に間に合わせるなら今から出ないと間に合わない。かほは迷ったが行くことにした、この間思わず怒鳴ってしまったこと、まだ謝っていなかったし。

 かほ自身は宗谷に謝るつもりでいた。昨日も今日も謝るタイミングが中々見つからなかったので、ちゃんと謝らなければと思っていた。

 

「かほ?何処へ行くの?」

 

「ちょっとコンビニに行ってくる。すぐに帰る」

 

 みほには適当に理由を付けた。これから宗谷に会うなんて言えるわけがない、何か勘違いされたら困るからだ。かほは家を出ると真っ直ぐ女学院に向かって歩いて行った。

 夜道は月の灯りと街灯が照らしてくれる、今日の空はよく晴れている。かほはどうやって謝ろうかずっと考えていた。『あの時はごめんね。』、それだけでいいかな。そんな事を考えていたらもう女学院の校門の前に着いていた。

 グラウンドを見渡すと宗谷が1人で立っていた、何故か実習服のままだ。かほはそっと近付いて話しかけた。

 

「宗谷くん、来たよ」

 

「お、来てくれたか。いやー、来てくれなかったらどうしようか思ったよ。何にせよ他のメンバーには話しづらい事だからね。」

 

「話しづらい事って?」

 

「そうだなぁ、君の戦車道に対する・・・思い、かな?」

 

 まず最初に、何故戦車道を嫌うのかをもう一度聞き直してみた。返ってきた答えは前と一緒だった、入ったことに後悔している、ただそれだけだ。

 

「うーん、それは前にも聞いたんだよなー。もうちょっと詳しく教えてくれないか?」

 

「・・・楽しくないのよ。毎日ただ戦車に乗って指示を出すだけだから・・・。こんな思いをするんだったら茶道とか、華道とか別の科目にしていれば良かったと思っているのよ」

 

「なるほどねぇ、楽しくない・・・か。でも毎日同じことしかやらないからっていう理由なら茶道でも華道でも一緒じゃないか?」

 

「毎日戦車に乗るだけよりかはずっと楽しいと思うわ。限られた狭い空間の中にいるよりはマシよ」

 

「成る程ねぇ、確かにそうかもしれないな」

 

「・・・これで分かったでしょ?私が戦車道を辞めたいと思っている理由。納得出来たでしょ?」

 

「いいや、全く」

 

 宗谷は納得していなかった。ちゃんとした理由を聞いたのにも関わらず。

 

「あなたちゃんと聞いてた!?理由は今言った通りよ!」

 

「本当の理由はそこじゃないだろ?もし、今言った通りなら1年生のうちにとっくに辞めて、別の科目に入っていただろ?」

 

 かほは黙ってしまった、言葉が見つからないのだろうか。沈黙が30秒続いた後、宗谷が話を切り出す。

 

「本当の事を話してくれよ。いつまでも隠し事されても先に進めないんだが」

 

「・・・もう話すことなんてないわ。そろそろ帰るね、遅くなるとお母さん心配するから」

 

 かほが帰ろうとしたその時、宗谷が思いきって確信した事を伝えた。

 

「38年前の黒森峰対プラウダの決勝戦。これが原因なんじゃないのか?」

 

 かほの足が止まった。

 

「そ、それが何なの?38年前の事なんて・・・。」

 

「違うか?俺の見解としては38年前の事が関係しているとしか思えないんだよ」

 

「何でそう言えるの?そんな昔の事なんて関係ないよ?」

 

「そうなのか?俺は試合中に黒森峰の戦車が大雨の中で河に落下した事が大きく関係あるんじゃないかと思っていたんだけどなぁ」

 

ーーーーー

 

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ーーー

 

ーー

 

 

 38年前の決勝戦、黒森峰にとっては10連覇が掛かっていた大事な試合であった。当時、1年生だったみほが黒森峰の副隊長を勤めて、フラッグ車の車長を勤めていたあの時、大雨が降っていた。

 その時、みほの前を走っていた戦車が砲撃を受けて河に落ちたのだ。戦車が濁流に呑まれてしまったところに、みほが助けるために河に飛び込んだのだ。フラッグ車の車長としての任を捨ててまで助けに行ったのだ。

 それが仇になってしまい、フラッグ車は隙を突かれて撃破され、黒森峰の10連覇は叶わなかった。しほはその行動を認めることはなく、みほは黒森峰を去った。そして戦車道が無かった大洗に転校したのだ。

 

 

ーーーーー

 

 

ーーーー

 

 

ーーー

 

 

ーー

 

 

 

「それが何なのよ、それとこれとはまた別じゃない」

 

「俺はそう思えない。去年の試合の行動も、今日の渡渉練習の時にいきなり止まったのも、この話がないと辻褄が合わないんだよ。君の母さんの過去が、今の試合に影響してるんだろ?いい加減本当のことを話してくれよ」

 

「・・・・・ばか・・・そこまで言われたらもう隠せないじゃない」

 

 かほはようやく本当の事を話す気になれたようだ。ここまで問い詰められたら隠す必要は無いと思ったのだろうか 。

 

「何で本当の事を言わなかったんだ?正直に言っていればあんないざこざを起こさなくても済んだのに」

 

「・・・河に戦車が落ちたって記事を見て、私もそうなるんじゃないかって怖くなったの・・・だけど、お母さんの過去が原因で、戦車道をする事が怖くなったなんて、言えなかった・・・・・」

 

「俺だったら、正直に話すね、隠し事とかしたところで何の解決にもならないし。話すだけで解決するんならそっちを選択する」

 

 かほはまた黙ってしまった。顔には不安な気持ちが出ている。

 

「話しても解決出来るか分からないよ。この1年間ずっと喧嘩ばかりしていたんだよ?まともに話なんて出来ないよ」

 

「先の事ばかり考えないで、今自分がどうするべきかを考えろよ。このままじゃいつまで経っても解決しないぜ」

 

「分かってる、分かってるけど・・・・・」

 

 宗谷は少し間をおいた。そしてかほにこう言った。

 

「・・・・・あのな、原因が分かっているなら素直に言えよ。それが原因で、試合に影響が出てるのは明らかなんだ。さっさと解決させて、先に進もうぜ?」

 

 宗谷は少し言い過ぎたかと思ったが、かほには響いたようだ。そして決心した。

 

「宗谷くん、今からで悪いけど一緒に来てくれる?お母さんに本当の事を話そうと思うの」

 

「良いぜ、じゃあ行こうか・・・・・と言いたいけどその必要はなさそうだ」

 

「え?何で?」

 

「何でって言われても、行かなくてもここで出来るからだよ」

 

 かほには全く意味が分からなかった、ここで出来ると言われても当の本人はいないはずなのに。

 

「ですよね?西住指導員」

 

 宗谷が茂みに向かって声をかけると、みほが出てきた。心配でついてきたのだ。

 

「お、お母さん!?いつからそこにいたの!?」

 

「多分最初っから全部だと思うぜ。俺が戦車道の思いを聞こうとした時に茂みから音してたしな」

 

「わ、分かってて話をしていたの!?」

 

「おう、だって『ここにお母さんがいるぞ』って言ったら振り出しに戻ると思ったからな。まぁ、やり方ちょっとは汚かったけど」

 

「宗谷くん、かほと2人で話をさせてくれる?」

 

 そう言われた宗谷は何も言わずにかほから離れた。かほはあまりの唐突さに言葉が出ない。

 

「お、お母さん・・・その・・・私・・

 

 みほは答えを聞く前に、かほを静かに抱いた。

 

「ごめんね、かほ。私が気付かなかったせいで辛い思いさせたね・・・・・」

 

「・・・そんなことないよ・・・私もお母さんの気持ちを知らないで、喧嘩ばかりで・・・」

 

 かほは気付かずに涙を流していた、涙を拭いて泣かないようにしている。そんなかほに宗谷はぽつりと言った。

 

「泣いても良いじゃねぇか。今ここには、俺たち3人しかいないんだからさ」

 

 かほはどうしたら良いか分からなかったが、母の温もりがかほを素直にさせたようだ。ただ涙を流していただけなのにいつの間にか泣いていた。ようやく素直になったかほに安心したのか、みほも涙を流した。

 かほ越しに宗谷を見ると帰ろうとしている感じだった。折角親子の関係が治ったなのに邪魔は出来ないと、そう言っているようだった。

 宗谷はみほと目が合うと静かに敬礼をしてその場を去っていった。お礼が言いたかったのにこうなるだろうと分かっていたかのように颯爽と行ってしまった。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 翌日の午後、戦車道の練習の時間になったとき、かほは明るくメンバーに話しかけていた。突然の変化に誰もが戸惑ってしまったが、かほは全く気にしていない。穂香が急に変わったかほに話しかける。

 

「かほちゃんどうしたの?何か吹っ切れた感じだね」

 

「はい。私、悩むことをやめたんです。先の事ばかり考えないで、今何をすれば良いのかを考えることにしたんです」

 

「成る程、そういうこと・・・ね」

 

 かほの変化に指導員たちも驚いていた、一体何があったのかが凄く気になった。沙織がみほに問い詰める。

 

「ねぇみぽりん、昨日何かあったの?」

 

「何もないよ?吹っ切れたって言ってたけどね」

 

 疑問に思っているのは福田たちも同じだった。宗谷は昨日21時前に帰ってきたのだが、良い話が出来たように見えなかったのだ。

 福田は何を話したのかを聞いたのだが、「誰もがするありきたりな話だったよ」としか言われなかった。宗谷自身はたいしたことではないと思っていたからだ。

 宗谷はそう思っていても、みほは感謝していた。自分でも治せなかった親子関係を治してくれたのだから。

 

(これで良い。親子関係は、常に温くないといけないからな)

 

 




※解説


ショルダーホン
現代でいう携帯電話のこと。当時は持ち運びが出来る電話として作られたが一般向けではなく、サラリーマンなどが使う仕事用としてだった。



あとがき

今回も読んでいただきありがとうございます。今回は少し長いように感じましたがいかがだったでしょうか。感想、評価をお待ちしています。


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第6章 夜間整備作戦

前回のあらすじ

宗谷はかほの『戦車道嫌い』の真意を探るため、福田たちに情報収集をさせた。

情報を整理した結果、人付き合いは少し苦手な感じだと言うことが分かったが、それが理由では無かった。かほが川や水辺を避けていることから、38年前の黒森峰とプラウダの決勝戦が原因だと断定する。

かほにその話をした結果、宗谷が断定した結果は正しかった。その話を聞いていたみほは、気づけなかったことをかほに謝り、かほは素直に話せなかったことを謝った。宗谷は親子関係が直せたことにホッとしたのだった。


 時刻は朝の4時、眠る町の片隅でM3が走っていた。操縦しているのは1年の阪口梨恵(さかぐち りえ)(桂利奈(かりな)の娘)では無く、宗谷だった。

 1人で戦車に乗り、射撃の練習場に向かっていた。何故こんなことをしているのかというと、話は1週間ほど前に遡る。

 

 

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 もうすぐ親善試合(練習試合)が始まろうしている最中、整備主任者の悟子は頭を悩ませていた。大洗が使用している戦車は毎日整備をしているのだが、整備では対応出来なくなってきたのだ。

 劣化してしまった物は交換するしかないのだが、大洗の戦車で唯一交換出来ているのは、エンジンオイルか潤滑油ぐらいで、サスペンションなどといった車体の部品は交換したくても出来ないのだ。

 学園の資金が戦車の整備に回らないので、最低限出来る事しかやっていない。そのため、壊れてしまった部品は応急措置でどうにか動かしている状態だったので、『動きが悪い』、『作動に遅れが生じる』と言った不具合はよくあることだった。

 そしてこの日も、不具合が出た戦車の対応に追われてくたびれていた。ポルシェティーガーのエンジンから火が吹き、更には3式の砲搭が回らなくなるというトラブルが発生。練習は一時中止となった。

 部品交換がしたい。しかし、交換しなければならない部品をリストアップした結果、合計金額は数百万を越えることが判明した。どうにかしようにも、どうにも出来なかった。

 

 

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 その頃、格納庫では宗谷が火を吹いて止まってしまったポルシェティーガーのエンジンルームを覗いていた。中は真っ黒焦げになり、消火剤がまだ残っている。

 見ている箇所は、応急措置を施された箇所と足回りだ。入り口で見張っている福田は早く見終わってほしいと思ってハラハラしていた。

 

「おい、早くしてくれよ。これが見られたら計画は水の泡だぞ」

 

「そう焦るなよ、故障箇所は細かく見て調べるのが一番だからな」

 

「故障箇所って言ってもエンジンルームの中だけだろ?」

 

「いいや、今回はかなり大掛かりだぜ」

 

 そういうとポルシェティーガーから離れ、メモ帳に何かを書いていた。

 

 

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 その日の夜、パソコンで部品の値段を調べていた。横には置かれたメモ帳には、大洗の全ての戦車の交換部品が書かれている。福田はメモ帳を覗き込んでため息をついた。

 

「・・・・・ハァ、交換部品多いなぁ。これ全部買ったらかなりの額になるぞ」

 

陸丸(りくまる)じいさんが残してくれた財産で何とかするさ。そこは心配すんな」

 

 宗谷には尊敬するおじいちゃんがいた。元陸上自衛官の機甲科で、中隊長を勤めていた。そのおじいちゃんが残してくれた財産を部品代に使おうと考えていたのだ。

 

「本当に良いのか?別の使い道もあるのに?」

 

「陸丸じいさんは『誰かのために使ってくれ』って言ってたからさ。これで良いんだよ」

 

「まあそれで良いなら良いけどさ、どこで買うんだ?」

 

「俺の知り合いが部品屋をやってるから、その人から買うつもりさ」

 

 

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 翌日、宗谷は部品屋に連絡を取っていた。

 

「はい、明日の18時に・・・はい、宜しくお願いします」

 

「どうだった?」

 

「来るのは明日の18時にしてもらったよ」

 

「遅いな、何でそんな時間にしたんだ?」

 

「見られないようにしたかったからさ。ちょっと遅い時間にしてもらったんだよ」

 

 

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 そして翌日の夜、学園艦のヘリポートに大型のヘリが1機着陸した。荷物の数は多く、運び終えるまでに、1時間掛かった。

 

「親善試合まで時間がない。俺たちは今日からここに泊まり込みで、分解整備、部品交換をするぞ」

 

「それにしてもさ、多くないか?交換リストには1個ぐらいしかなかったぞ?」

 

「表向きじゃ何が悪いのかなんて分からなかったから、作業中に別の交換部品が出たらすぐに手が打てるようにしてるだけさ」

 

 全部交換するわけではないらしいが、終わるのかは別問題な気がしてきた。宗谷は夜のうちに、作業を済ませることを計画していた。

 かなりハードだがこの6人は整備技術を学んできたことと、チリを造り上げたこともあるので終わらせる自信はあった。

 

「効率良く作業を進めたいから、時間が掛かりそうなやつから片付けていくぞ」

 

「となると・・・」

 

 全員が一斉にポルシェティーガーを見た。ポルシェティーガーは変わった機構が施されている戦車で、エンジンで発電して電動モーターで走るという”ガス・エレクトリック方式“を採用している。現在でいうハイブリッド車だ。

 火を吹いた理由はエンジン加熱が原因で、このトラブルは試作された時からの悩みの種だった。本来なら動かなくなるのだが悟子たちの技術力で、なんとか動かすことが出来るようになったのだ。

 ポルシェティーガーは先進的な機構を備えているが、簡単に火が出るという欠点を持つ。それだけに止まらず、エンジンの出力不足による充電不足にも陥るという問題もあった。ただモーターを変えるだけでは二の舞になってしまう。

 

「で?どうすんだ?モーター変えるだけで済むほど簡単じゃないだろ?」

 

「モーターと発電機を換えて、エンジンをちょっと改良する。発電不足になったら話にならないからな」

 

 宗谷が交換するモーターと発電機を見せた。やはり戦車用となるとかなり大きい。交換するだけなら簡単だが、その後の調整はかなり時間が掛かるだろう。だが朝までに間に合わなかったら搭乗員に迷惑がかかる。考えていても仕方がないので、早速作業を始めた。

 

 まずは車体をジャッキアップさせ、砲搭を外した。ここで車体の担当、砲搭の担当、エンジンの担当に分かれ、各自で分解整備を行う。車体担当は水谷と北川、砲搭担当は岩山と柳川、エンジン担当は宗谷と福田だ。

 福田は早速モーターの状態を確認し、どうやって取り外すか検討した。

 

「このままガポッて外れるかな?」

 

「モーターに繋がっている車軸を取ればいけるだろ。上手く収まれば良いけどなぁ」

 

 大きさはちゃんと収まりそうなのでこのまま作業を続けた。古くなったモーターを外し、新しいモーターに変え、発電機も新しい物に変えた。そしてエンジンの状態を確認することにした。

 2基あるV10エンジンは、改良の前に修理が必要そうだ。エンジンを車体から出して2人で分かれてオーバーホールを始めた。

 砲搭担当の岩山と柳川は照準器のオーバーホールをしていた。照準器本体は交換しなくても大丈夫だったので分解して部品の清掃をして戻そうとしているのだ。

 

「レンズが汚れ放題だ、こんな状態で撃ってたなんてなぁ。まぁでも、これで試合に勝てるようになってくれれば本望だな」

 

「それ整備班側が言うことだぞ」

 

 そんな事を言い合いながら照準器のオーバーホールを終えた。岩山が照準器を覗き込んだ。

 

「うん、これなら大丈夫だろ。前よりも見やすくなったぜ」

 

「じゃあ次は砲搭の旋回部を見るか」

 

 車体担当の水谷と北川はサスペンションの交換をしていた。すっかりへたっていたので交換するには丁度良い時期だった。水谷は大きく息をはいた。

 

「はー、転輪重てぇ。これ組み直すの時間かかるぜ」

 

「それにしても、サスペンション本体は傷だらけだなぁ。こんな状態ずっと走ってたんだなぁ・・・」

 

「おい、さっさとバネ換えるぞ。まだ片側しか終わっていないんだから」

 

 

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 作業を開始して4時間、ここまでで終わった作業はサスペンションと転輪の交換、砲搭の全般整備、そして電動モーターと発電機の交換だ。

 エンジンのオーバーホールは終わり、単体での始動確認をしたあと出力向上のために少し手を加えた。少なくとも発電不足で走れなくなるというトラブルは避けられそうだ。

 全ての作業が完了した時には朝の4時を回っていた。作業が完了したあとは、部品を隠さなければならない。隠した場所は、部室がある建物の裏だ。福田の報告によれば、この場所には滅多に人は来ないらしい。

 指導員たちが来るまであと4時間、今からテストをしなければならないが、福田たちはくたびれていた。ぶっつけ本番で走らせたらどうなるか分からない、だが今からテストの判断をまともに出来そうな気がしない。そんな状態を見かねて宗谷が1人でテストをすると言い出した。

 

「本気か?操縦ならともかく、装填と射撃はどうすんだよ」

 

「実戦じゃないんだから1人でなんとかするさ。射撃も装填も出来るから心配いらないよ」

 

「でも、本当に大丈夫なのか?」

 

「大丈夫だよ、それよりしっかり休んでろ。4時間しかないけど」

 

 宗谷はポルシェティーガーに乗り込むとエンジンをかけて出発した。夜明け前の町に電動モーターの音が響く、エンジン音が対して出ないので轟音は気にする必要はない。

 

「・・・音は戦車らしくないな。でもこんな時には丁度良いよな」

 

 射撃の練習場に着くとテストを始めた。このテストで重要なのは射撃の反動で砲が壊れないこと、照準器がきちんと見れること、そしてちゃんと当てられるとこだ。

 装填し、的に照準を合わせる。ここまでは問題ない、あとは射撃して問題がなければテストはクリアだ。的に向けて1発射撃をする。

 

『ドーン!』

 

 火薬を控えめにしているので音はかなり小さく、

的に弾は届かなかったが満載の状態であれば確実に命中する、そう思った。

 その後の走行テストも問題なく終わった。高負荷を掛けなければ、エンジンが火を吹くことはないだろう。2時間ほどでテストは終わり、格納庫に戻ってきた。そして履帯に付いた泥を落として宗谷も仮眠を取った。

 

 

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 練習の時間になると格納庫から戦車が一斉に出てきた、福田たちはその後のテストがどうなったのかが気になっていたのだが宗谷は『見たらわかる、絶対に大丈夫だから』の一点張りだったので詳しく聞いていないのだ。

 福田たちがハラハラしながらポルシェティーガーを見ている。美優は車長なのであまり感じなかったが操縦を担当している土屋(つちや)ハル(ツチヤの娘)は加速の瞬間に違和感がないことに気づいた。

 

「お?ねぇ中嶋さん、今日調子良くない?」

 

「え?そう?いつも通りな気がするけど」

 

「ううん、いつもと違うよ。今日すっごく調子が良いよ!」

 

 ハルが急加速をした、今までなら火を吹いていたのだが今回は全く火が出なかった。美優は驚いている。

 

「え!?なんで、なんで!?火が出ないよ!?」

 

「だから言ったじゃない、今日すっごく調子が良いだよ!」

 

 ポルシェティーガーは流れるように走っている、全く問題はなさそうだったので福田たちはやっと安心出来た。

 

「あ~~、良かった~~。火吹いたらどうしようかと思ったよ」

 

「だから大丈夫だって言ったろ?」

 

「そう言われてもさ、初めていじった戦車だから、心配で仕方なかったんだよ」

 

 その日、ポルシェティーガーは1日中快調だった。悟子は一体何が起こっているのか不思議でしかなかった。昨日まですぐに火を吹いて止まっていたのに今日は見違えるようになっている。

 急に調子が良くなるなんて普通はない、悟子はそう思いポルシェティーガーのエンジンルームを覗いた。特に変わった様子もないし、焦げた後はいまだに残っている。部品も全く変わっていない。悟子は不思議そうにしていた。

 

 

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 そして、時刻は夜の8時。指導員が全員帰ったことを確認した後、宗谷たちは工具箱を持ってこっそりと格納庫に入っていく。今日作業する戦車はM3と3式中戦だ。

 

 M3は、特に異常があるとは聞いていないが3式中戦は砲搭の動きが悪いと聞いていたので作業のメインは3式中戦の砲搭の修理だろう。今日は2輌同時に作業をして時間短縮を図るつもりでいるので、3人ずつで分かれる。3式中戦の担当は宗谷、岩山、柳川、M3は福田、水谷、北川に分かれて作業を開始した。

 まず、3式中戦は砲搭を外して旋回部にあるターレットリング確認してみた。グリスがほぼ無い状態で、焼き付いてしまった後が残っている。こればかりはターレットリングを交換するしかないため、新しい物に入れ替え、グリスアップを施した。

 宗谷は変速機のオーバーホールを済ませ、作動を確認した後に元通りに組つけ直した。砲搭の旋回にも異常ないことが確認できたので、後はエンジンだけだ。

 

 M3に関しては変速機の作動の遅れ、砲搭の仰角が上手く調整出来ないことだった。砲身を外し、潤滑系統を清掃し、グリスアップを施す。装置本体には何も問題がないため、これで様子見するしかない。

 そして、昨日と同じ時間で作業は終わった。2輌を同時に作業してほぼ同じタイミングで終われた。と言っても悟子たちの整備の腕が良かったからあまり作業をしなくて済んだのだ。早速テストに行こうとしている宗谷に、福田が声をかけた。

 

「今日は俺も一緒に行くぜ。流石に2輌同時にテストは無理だろ?」

 

「そうだな、じゃあ一緒に行くか」

 

 そして宗谷がM3に乗り、福田が3式中戦に乗り込み、射撃練習場に向かっていった。ここで話は一番最初に戻るが、今までの流れはこんな感じだ。

 昨日と違ってエンジン音が響くのでなるべく音は絞っている、だが出てくる人は全くいなかった。常に戦車が走っているから慣れたのだろうか。射撃のテストを終えて軽く走行テストをしたあと、すぐに戻り履帯に付いた泥を落とした。泥を落としながら福田は宗谷に話しかける。

 

「思ったんだけどさ、何でこそこそとやらないといけないんだよ。整備担当の指導員に、一言言えば良かったんじゃなかったのか?流石にダメとは言わねぇだろ?」

 

「どうだろうなぁ。俺たちが仮の生徒じゃなければ、任せてくれたかもな」

 

 宗谷たちは大洗のメンバーに加わることは出来たが、正式な生徒ではなく『仮生徒』として入っている。試験を受けて入学したわけではないので、あくまで仮なのだ。

 宗谷は、立場上こんな大掛かりなことを任せてくれるはずがない、そう思ってこの作業を計画したのだ。このまま気付かれることがなければ作戦は成功だ。ただ福田は、少し心配になっていた。ま「無断で整備をしていた」と言ったら、何て言われるか・・・宗谷が不安そうにしている福田を励ます。

 

「大丈夫だって、心配することは何もないよ。戦車分解して部品盗んでいるとかじゃないんだからさ」

 

 宗谷は励ましたつもりだが福田はより一層不安になった。整備が残っている戦車は後3輌、無事に終わるのだろうか、そう思った。

 

 

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 戦車道の時間になり、戦車が一斉に射撃練習場に向かっていく。M3はギアチェンジする度に違和感があったのだが、今回は全くない。

 

「あれ?調子が良くなってる!」

 

 M3のメンバーは梨恵がギアチェンジしにくいと嘆いていたことを知っていたのでまさかと思っていた。

 

「そんな訳ないじゃん、急に調子良くなるなんてそんな都合の良い話なんてないよ」

 

「本当なんだって!いつもと全然違うんだよ!」

 

 操縦をしないメンバーからしてみたら良くなったなんて言われても今一実感がない。しかし、射撃をする時に仰角調整時に違和感が全くなかった。梨恵が言った通り今日は調子が良かった。

 実感していたのは3式中戦の3人も同じだった。いつも砲搭を回すのに苦労していたのにすんなりと回った。なにか新しい部品を付けたわけではないのだがそんな感じがしてならなかった。

 

「砲搭が回しやすくなってる、やってみてよ」

 

「本当だ!スムーズに動いてる!」

 

 

「確かに動きが良いね」

 

 3式中戦がずーっと砲搭をぐるぐる回していたところを見ていた宗谷は、ニッと笑っていた。岩山がやや引き気味に話しかけた。

 

「なに笑ってんだよ、3式中戦になんか面白いものでも付いてたか?」

 

「あ、いや、すまん、すまん。砲搭の調子が良いって言ってたからついな」

 

 笑っている宗谷を見て福田たちもつい貰い笑いをしてしまった。そしてチリも射撃の練習をやって今日の練習は終わった。今日整備する戦車はヘッツァーと3突だ。

 

 

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 その日の夜、学園の会議室で中島を含める4人の整備担当のメンバーが集まって話し合いをしていた。内容は今まで戦車の調子が急に良くなっていることだった。当然なことだが自然に調子が良くなるなんて事はない、絶対に誰かが修理、整備をしていることは間違いない。

 だがこの4人には思い当たる節がない。一瞬美優たちがやっているのではと思ったが、勝手に整備をしているとは思えない。整備は出来るが、3日間で一気に5輌整備出来るほどの腕はないし、仮に交換部品を買おうと思っても高すぎて手が届かないはず。

 帳簿を見る限り、大きな資金が動いたという情報はなかった。だからこそ疑問は深まっていく。

 

「どうしてなんだろうなぁ、誰がやってくれているんだろ?て言うか本当に皆じゃないんだよね?」

 

「違うよー、ただでさえこんなに厳しい状態なのに部品交換なんて出来ないよ」

 

「そうだよねぇ・・・やっぱ気のせいなのかなぁ。実はエンジンルーム覗いてみたりしたけど部品が交換されたような感じじゃないんだよね」

 

「じゃあやっぱり気のせいだよ。生き物じゃないんだから勝手に直ったりしないよ」

 

 結局、答えは出ずに会議は終わった。もう夜も遅いので帰ることにした。4人は格納庫の前を通りすぎた、特に変わったことはなかった。4人が学園を出ていった後、格納庫の扉の前に立っていた北川が合図を送った。

 

「大丈夫だ、もう誰もいないぜ」

 

「ふぅ、こんな状態で整備するなんて危なすぎだぜ。絶対にバレると思った」

 

「終わり良ければすべて良しさ、ほらさっさと片付けるぞ」

 

 3突とヘッツァーは分解状態だった。こんな状態で入られたらごまかしようがない。作業はヘッツァーの履帯の交換、エンジンのオーバーホール、そして照準器のオーバーホール。3突も同じ感じで作業する。

 照準器はオーバーホールだけで済んだが、エンジンはオーバーホールと同時に換えなければならない部品がちらほらあった。そして※シリンダーブロックは煤だらけだったので、研磨して鏡面仕上げをして煤の付着を抑えることにした。

 履帯は標準のものを付け直し、古いものは処分ではなく予備として取っておくことにした。まだ使える感じだったので応急措置の時には役立てるはずだ。

 今日の作業も順調に進み、終わったのは朝の4時だった。そして昨日と同じように宗谷と福田のペアで行こうとしていると後の4人も一緒に行くと言い出した。

 

「行くのは良いけど休まなくて良いのか?特に今日の作業は重整備ばっかしだったから」

 

「確かに疲れているけど、だからって肝心なテストを2人だけに任せて寝るわけにはいかないって思ってさ。それに人数は多い方が楽だろ?」

 

「寝不足になっても知らねぇぞ」

 

「もう3日前から寝不足だよ」

 

 それぞれ戦車に搭乗した後、エンジンを掛けて格納庫を出発していった。テストは今まで通りに実行し、無事に終了した。エンジンの吹け上がりがとても良くなったので高速走行でも申し分ないほど威力が発揮出来るはずだ。テストはすぐに終わり、格納庫に戻って履帯の泥を落としてすぐに仮眠を取った。ただ1人、宗谷を除いて。

 

 

ーー

 

 

 

 宗谷はコンビニに行き、コーヒーを買っていた。目覚ましというわけではなく、なんとなくコーヒーが飲みたくなったのだ。宗谷はコーヒーを買うと海が見える展望台のベンチに座って一息ついていた。海は暗く、波の音が小さく聞こえている。まさに漆黒の闇と言える光景を、宗谷はただただぼーっと眺めていた。

 この一言には宗谷の本当の目的が隠されていた。表向きは大洗女子学園のメンバーと一緒に戦車道を勝ち抜くために来たと言っているがあくまでも試合に出るための口実にすぎない。

 

(今の大洗戦車道科は、危機的状況に立たされている・・・勝ち上がらないと、今まで築き上げてきたものを失うことになるんだ。あの時の俺たちのように、な・・・・・)

 

 ハッと我に返ると、朝日が上っていた。

 

「・・・・・しまった、仮眠取りそびれた・・・・・」

 

 宗谷は格納庫へ戻っていった、日の光を浴びながら。そしてまたコーヒーを買った、今度は目覚ましのために。

 

 

ーーー

 

 

ーー

 

 

 

「あれ?今日調子良いね。気のせいかな?」

 

「気のせいじゃないかも、エンジンが良い音出してるし」

 

「照準器も綺麗です」

 

 ヘッツァーの3人は異変に気付いていた。エンジンの調子が急に良くなっているのだ。気のせいかと思っていたが気のせいではない。

 異変に気付いているのは3突のメンバーも同じだった。昨日までの調子とは一変している。

 

「何故だ・・・?調子が良いぞ」

 

「うむ、昨日と全く違うな。身をもって感じているぞ」

 

 宗谷はヘッツァーと3突を見て・・・いや、寝ていた。

 

「おい!起きろ、宗谷!指示くれよ!」

 

「ん?・・・・・あ、悪い。結局寝てないんだよ」

 

「寝てねぇのかよ、大丈夫なのか?」

 

「大丈夫、大丈夫。じゃあ・・・後退」

 

「今から隊列作るんだから前進だよ。本当に大丈夫なのか?」

 

 少し寝ぼけている宗谷を心配しつつも、練習はきっちりと終えた。

 

 

ーー

 

 

 

 生徒が帰っていくなか、戦車道の指導員全員が集まって会議をしていた。内容は戦車の調子が急に良くなっていったこと。

 最初はポルシェティーガーのみで、その後M3、3式中戦と続いて、今日はヘッツァーと3突が直っていた。この流れでいけば、後は残っているB1bisと89中戦、そして4号だろう。誰もが気になっているのは、誰が、いつやっているのかということ。

 誰がやっているのかと言われても、戦車の整備が出来るのは悟子たち元自動車部のメンバーとその娘たちだけ。それに交換部品が山ほどあるのに、部品代には手が届かない。そして、いくらなんでも数日で5輌を完璧に直せる訳がない。と、ここまでの情報を整理し、浮かんできたのは・・・

 

「旭日のメンバーしかいないんじゃない?」

 

 杏がそう言った。大半はまさかと思ったがそれしか当てはまるものはない、それに杏が近衛のことを調べたときに『1年の時に戦車の全般整備を学ばせていた』ということが書かれていたそうだ。

 ここまでくればもう旭日しかない、部品のことはともかく、次はいつやっているのかという疑問が出てくる。さすがに昼間から出来るはずがないので、時間帯は・・・

 

 

ーー

 

 

 

 すっかり暗くなったグラウンドの真ん中にみほと悟子、そして優香里がいた。あとのメンバーは残業がある、用事があると言われ、集まれたのはこの3人だけだった。

 とは言っても泥棒を捕まえるためではないのでこの少人数で良かった。格納庫の前に着くと、優香里が心配そうに話しかける。

 

「大丈夫でしょうか・・・もし泥棒だったら対処出来ませんよ・・・」

 

「大丈夫だって、泥棒対策にスパナ持ってきたから」

 

「意味あるんですか!?」

 

「じゃあ、行くよ」

 

 みほが扉の取っ手に手をかけた、そして一気に扉を開けた!

 

『ガラガラガラ!』

 

 扉を開けて中を見ると戦車が3輌分解状態になっていた!宗谷たちは突然の出来事に一瞬固まり、状況がようやく判断出来たらしく慌てだした。

 

「え・・・?え!?は!?なんで!?なんでバレた!?」

 

「ああああの、これは、えっとそのいろいろな事情があって、えっと・・・」

 

 みほはなにも言わずに下に転がっている部品を見た。そして悟子に見せた。

 

「悟子さん。これ、古くなった部品だよね?」

 

 みほに渡され、悟子は部品をじっと見た。

 

「・・・・・確かに古くなった部品だね」

 

「宗谷殿、どうしてこんな時間に修理をやっていたでありますか?」

 

「・・・・・すみません・・・全てお話します」

 

 宗谷はこの作戦の意図を包み隠さず全て説明した。今まで戦車の調子が急に良くなっていったことは全部自分達の仕業であったこと、部品代は全部自分で出したこと、そして整備が終わった戦車はきっちりテストをして問題がなかったこと。

 

「君たち凄いね、夜の内に不具合を全部直すなんて」

 

「恐れ入ります、でも中島整備主任には負けますよ」

 

「でもなんでこんな時間に頑張っていたの?言ってくれたら私たちも力を貸したのに」

 

「・・・私たち仮生徒ですから、こんな重整備を任せてくれるとは思わなかったんです。でも、この作戦は良くなかったですね・・・」

 

 すっかりしょげてしまった宗谷をみほがやさしい言葉で慰めた。

 

「確かに、黙ってやったことは良くないよね。でもあなたたちはやると決めたことをきちんとやってくれていたからね。感謝しているよ、ありがとう」

 

 急にお礼を言われて宗谷は思わず戸惑ってしまった。

 

「そんな、勿体ないお言葉ですよ」

 

「じゃあ、そろそろ私たちは帰るよ。これ以上作業の邪魔したら悪いからね」

 

「宗谷殿、頑張って下さいね。でもちゃんと休んでくださいよ」

 

「じゃあ、作業頑張ってね。ちゃんと動けるようにしてよ?」

 

 3人は格納庫を出ていった、宗谷たちはなにも音沙汰が無かったことが信じられず呆然としていた。絶対に大目玉を喰らうことになると思っていたので状況判断が追い付いていない。

 

「・・・えーっと、『頑張ってね』って言われたよな?」

 

「ああ、そう言われたと思うぞ・・・」

 

 

「・・・よし、作業を再開するぞ。西住指導員から『ちゃんと動けるように直してね』って言われたからには絶対に間に合わせるぞ」

 

 宗谷の一言で作業は再開した。今日は3輌の戦車を2人1組で整備していた、対したトラブルがないので全分解だけは1輌ずつ全員で行い、部品の交換後の組み付けなどは2人ずつで行う作戦でやっていた。みほたちは宗谷たちのことを話ながら帰路に着いていた。

 

「なんか、私が思っていたのと違ったよ。まさか戦車のことを考えて整備していてくれていたなんて。それに、折角お爺さんが残してくれた財産を部品代に使ってまでやってくれたなんてね」

 

「宗谷殿も、私と同じような戦車バカでありますかね?」

 

「きっとそうだよ、私たち以上にね」

 

「でもさ、戦車バカだけどちょっと頼れるかもね。なんだかんだで全車直してるしさ」

 

 

ーーー

 

 

ーー

 

 

 

 翌日、戦車道の練習時間。杏が今後の予定を説明していた。

 

「もうすぐ親善試合が始まるから、練習も実戦に近いものにしていくから頑張ってね」

 

 もうすぐ親善試合が始まるという知らせだった。どの学校と試合をするのかまでは教えられなかったが、練習も今までとは違ってかなり本格的になってくるだろうと、誰もが思った。

 

「よーし、じゃあ行ってこーい」

 

 杏の合図で全員が一斉に戦車に搭乗し始める、今までとなにも変わらない風景だ、戦車に乗り込むまでは。かほが乗り込むと栞たちがどこかいつもと違うところに気付いていた。

 

「ねぇかほちゃん、通信中にノイズが無いの気のせいかな?」

 

「え?あ、そういえば」

 

「照準器も綺麗ですし、仰角調整も楽に出来るようなってますよ」

 

「・・・エンジンのかかりも悪くない、吹けも良いぞ・・・」

 

「※尾栓(びせん)の動きも良くなっています、装填しやすくなっているであります」

 

 4号にもいろいろと不具合箇所はあったのだが全部直っていた。4号だけでなく、89中戦とB1bisも同じだった。エンジンの調子が良くなっていたり、砲搭旋回が容易になったなどの部分が多々あった。

 かほにはこの謎に見当がある程度ついていたが確証が無く、断定までに至っていなかった。かほほみほに通信で聞いた。

 

「ねぇお母さん、戦車の調子が良くなっていったの、もしかして・・

 

 〔かほ、多分あなたが思っていることは私が思っている事と一緒かもしれないけど、内緒だからね〕

 

 その一言でかほは確信した、やっぱり旭日のみんながやってくれたんだ、と。かほはそのままチリに通信を繋げた。

 

「ねぇ、宗谷くん。聞こえる?」

 

 〔んー・・・?聞こえるぞー・・・。どうしたぁ・・・?〕

 

 寝ぼけている宗谷の声が聞こえてきた、そしてかほはまわりに聞こえないように一言言った。

 

「そんなに寝不足なのは、私たちの戦車を直してくれたんでしょ?ありがとう」

 

 〔・・・気のせいだろ?それに俺たちが寝不足なのと、戦車の整備は全く関係ないぜ?じゃあ指示出さないといけないから通信切るぜ〕

 

 宗谷ほ通信を切り、かほはクスッと笑っていた。

 

「フフ、宗谷くんも嘘つくの下手だね。誰も()()()()()()って言っていないのに」

 

 そんな調子で宗谷たちはまた練習場へ向かっていくのだった。

 

 

ーー

 

 

 

 その間に杏は親善試合の相手に電話をしていた。

 

 〔いやー、親善試合をOKしてくれてありがとね〕

 

「構いませんわ。私たちの生徒たちの練習の成果を見たかったので、丁度良かったです」

 

 〔分かっているとは思うけど、手加減無しで頼むわよ?あの子たちのためにならないからね〕

 

「分かっていますわ、こちらも本気で行くように言い聞かせておきますから」

 

 〔じゃあ1週間後ね、宜しくね〕

 

「こちらこそ、宜しくお願い致しますわ」

 

 杏が電話を切ると、相手は紅茶をゆっくりと飲み出した。

 

ダージリンさん、今のお相手は大洗の角谷さんですか?」

 

「あら、察しが良いのね。オレンジペコさん」

 

「もうすぐ親善試合が始まるんですもの、お相手さんも把握しておかないと失礼でしょ?」

 

 場所は(セント)グロリアーナ女学院の学園艦。元生徒だったダージリンとオレンジペコは2人でお茶をしていた。

 いや、正確に言えば休憩中の合間にお茶を飲んでいる、と言った感じだろうか。この2人も大学に進学したあとに教員免許を取得してここに戻ってきたのだ。勿論、後任を育てるために。

 

「それに、今回の親善試合はいつもと違うものになるかもしれませんよ」

 

「どういうことです?」

 

「今大洗に新しい戦車とメンバーが入ったって噂になっているんです。まぁ、デマかも知れませんけどね」

 

「でも新しいメンバーがどんな人たちなのかは気になりますね」

 

「そうですわね。でも、手加減は一切致しませんわよ」

 

 

 ダージリンは紅茶を一口飲み、オレンジペコと一緒に授業に戻っていった。




※解説


シリンダブロック

エンジンなどの内燃機関の主要部分にあたる部品のこと。ピストンと一緒に燃焼室を形成している。


尾栓

戦車砲の最後部に付いている部品のこと。砲弾装填のためにはこの尾栓を開けて装填する。


今回も読んで頂きありがとうございます。次回は聖グロリアーナとの親善試合です。感想、評価、お待ちしています。



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第7章 大洗VS聖グロリアーナ 親善試合

前回のあらすじ

次々と不良車が出てしまう大洗の戦車たち。整備、修理をしようにも資金がないため、悟子は頭を抱えていた。そんな状況の中、宗谷は自分の祖父が残した財産を使って、戦車の分解整備を実行する。
内緒で進めるつもりでいたが、最後の整備をしているときにみほにバレてしまう。怒られるかと思われたが、みほは感謝の言葉を伝えた。無事に整備は終わり、万全の状態になった戦車たちには、聖グロリアーナ女学院の親善試合が待っていた。


 親善試合の3日前。練習の内容は今までと一変して、実戦に近いものをやっていた。走行しながら的を撃ち抜いたり、上手くカモフラージュして敵の目をごまかしたりといった練習をしていた。

 試合が近いので、練習もあれもこれもと詰め込んでやっているので試合前は帰りが遅い。そして今日も練習が終わった頃には午後5時になっていた。

 

「よーしよし、みんな頑張ってるね。それと、試合の相手はこの間も言った通り、聖グロリアーナ女学院とやるからね。去年は4位だったからそこそこ強豪であることは察してね」

 

 聖グロリアーナ女学院はイギリスの戦車を保有している。聖グロリアーナの代表の戦車といえばチャーチルMkⅦマチルダだろう。

 戦車はともかく、聖グロリアーナは侮り難い強敵には違いない。過去にはプラウダと準決勝で当たり接戦を繰り広げたという話があるので油断は出来ない。

 

 さらに、今回はみほたちと激戦を繰り広げたダージリンの娘が参戦すると言われているので緊張感は寄り一層増す。そんなかほたちとは裏腹に宗谷たちは初めての対校試合に心が踊っていた。

 この間の練習試合も楽しかったのたが、やっぱり対校試合となればより一層楽しみになる。そんな調子だったので旭日のメンバーは練習にかなり力を入れていた。だが、杏は旭日のメンバーにこう言った。

 

「あ、それと旭日は今回メンバーに加えていないから今回は見学ね」

 

「え!?マジで!?」

 

「マジだよ水谷くん。君たちの実力は充分分かっているけど、経験が全く無いからね。今の状態で試合に出ても、あまり活躍出来そうに無いからね」

 

「・・・分かりました。しっかり見学して、基本を覚えます」

 

 宗谷は納得したように言ったが、本心は試合に出る気満々でいたので少し残念がっていた。

 

「じゃあ今日はここまでね、お疲れさーん」

 

 解散したあと、宗谷たちがチリの整備をするために格納庫に入っていった。水谷はため息をついている。

 

「はぁー、俺たちは見学かー・・・」

 

「まぁ『経験がものを言う』っていうからな。俺たちはまだ本戦やったことねぇし」

 

「とにかく、整備するぞ。本戦には出られるんだからそれに向けての整備だと思えば良いだろう?」

 

「まだ本戦まで時間あるぜ」

 

 そんなことを言いながらも整備を始めた。あと少しで終わりそうな時、かほがひょっこりと顔を出した。

 

「あの、宗谷くん。ちょっといい?」

 

「え?良いけど、またみんなでお茶か?」

 

「いや、あの・・・えっと・・・2人でお茶、とかダメかな・・・?」

 

 かほは頬を赤らめながらそう言った。宗谷はきっとこの間のことだろうと思って一緒に行くことにした。

 

「分かった、もうすぐ終わるからちょっと待っててくれ」

 

「宗谷、流石に女子待たせるなんてしたら失礼だろ?あとは俺たちに任せてお茶してこいよ」

 

 福田たちはなぜかニヤニヤしている、宗谷には全く訳が分からないが、そう言われてみれば確かに失礼かもしれいと思い、整備道具をしまって行くことにした。

 

「じゃあ行ってくるから、整備終わったら帰って良いからな」

 

「おう、頑張れよー」

 

 そんな一言で送り出され、宗谷はかほと2人でルノーに向かった。福田たちは宗谷とかほをこっそりと見た。

 

「・・・いやー、宗谷のやつもやるなぁ。告られるとかじゃね?」

 

「そこまではまだ早いって。でもさ、この間2人でなんか話したらしいしな。もしかして宗谷から告ったとかかもな」

 

 福田たちはそんな話をしながら整備を続け、明日の練習に備えて予習を始めた。

 

ーー

 

 

 一方、ルノーでは宗谷とかほが向かい合わせで席についていた。何も話さないかほに、宗谷から話し掛けた。

 

「なぁ、今度の親善試合の相手の聖グロリアーナ女学院ってそんなに強いのか?」

 

「え!?う、うん。お母さんも言ってたけど、2回試合して勝っていないって言ってたよ。それに数年前に3位になってるし、去年もベスト4に入ってたし」

 

「うーん、やっぱし侮れねぇかぁ。本戦じゃベスト4入りの女学院には確実に当たるなぁ」

 

「で、でも、宗谷くんたちがいてくれたら心強かったかな。出れなくて残念だったね」

 

「仕方ないよ、技術はあっても経験ないとどうにもならないからな」

 

 そんな2人の会話に割り込むように川井店長がいつものセットを持ってきた。

 

「お話し中失礼するよ~、いつもの紅茶セットね。それと、親善試合まであと3日だね。練習はどんな感じ?」

 

「試合が近いというだけあって練習もかなり本格的になっていますよ」

 

「やっぱり?この時期は練習も遅くまでやるからねぇ。私の時も大変だったなぁ」

 

「・・・『私の時も』?てことは川井店長もかつては大洗の生徒だったんですか?」

 

「あれ?宗谷くん知らなかった?私もかつては大洗戦車道科の生徒だったんだよ」

 

 宗谷は驚いていた、ただの戦車好きかと思っていたら元大洗の生徒、となれば宗谷にとっては先輩にあたる人物になる。

 

「何年前に卒業されたんですか?」

 

「確か・・・6年前だったかな。その時は確か4位になったんだ。でね、卒業したは良いけどなんか、この学園艦を離れたくないなぁって思って、この喫茶店を創ったんだ」

 

 宗谷にはその気持ちが分かる気がした、辛いことや嬉しいことが詰まっている場所はそんな簡単には離れられないものだ。

 

「そんなことより、宗谷くんたちも親善試合に出るんでしょ?」

 

「あー・・・それなんですけど、今回は見学って言われたんで出れないです」

 

「え?そうなの?あーそりゃ残念だったね」

 

「経験不足だからって言われたんで、そこは否めないことですから」

 

 そんな会話をしていたらもう暗くなっていた。店を出てかほが帰ろうとしているところを宗谷が呼び止めた。

 

「西住、家まで送るぜ」

 

「ありがとう。でも大丈夫だよ、ここから家までそんなに遠くないし」

 

「変なやつとかいないだろうけどさ、心配だからな。ほら行くぞ」

 

 宗谷が答えを貰う前に歩き出してしまったのでかほは続くような感じでついていった。夜の町はとても静かだ、普段は人で賑わう場所も暗くなれば静かになる。

 そして月の明かりが道を照らしている。宗谷はこんな時が一番好きだった、暗いからこそ見える景色があるからだ。

 

「宗谷くん、もしかして夜の方が好きなの?」

 

「なんでそう思うんだ?」

 

「だって、ずっと空ばかり見ているんだもん」

 

「あー、つい見ちまうんだよ。昼間も好きだけど、どちらかと言えば夜かな。星空とか夜景が見れるからな」

 

「分かるかも、夜景綺麗だもんね」

 

 かほは星空を見た、星は静かに輝いている。

 

「そういや、2人の関係が治ったときもこんな星空だったな。あれからどうなったんだ?」

 

「あれ以来すっかり良くなったよ、宗谷くんのおかげでね」

 

「俺のおかげ?冗談よせよ、俺は何にもしてねぇぜ」

 

「ううん、そんなことないよ。宗谷くんがいなかったら、私とお母さんの関係はずっとぎすぎすしたままだったかもしれなかったし」

 

 かほはそう言っていたが、宗谷自身は何かしたというような達成感は全くない。最終的に『こうしたい、こうなりたい』と決めたのはかほ自身だから、つまり自分はただアドバイスしただけと思っているからだった。

 

「それじゃあ、送ってくれてありがとう」

 

「・・・へ?あ、もう着いたのか」

 

 気がついたらもう着いていた、会話しながら歩いていたら時間はあっという間に過ぎるものだ。

 

 

「じゃあ気を付けて帰ってね 。おやすみ」

 

「おう、じゃあな」

 

 その一言で2人は別れた。宗谷はかほから言われたことを思い返していた。

 

「『俺のおかげ』か、まぁそうならそうなんだろうけど、関係が良くなっているんならそれで良いか」

 

 そんなことを思いながら寮へ帰っていった、親善試合まであと2日。

 

ーー

 

 

 親善試合当日、学園艦は大洗町の港に停泊した。その真横には聖グロリアーナ女学院の学園艦も停泊している、艦から降りるときに横の学園艦を覗いてみるとかなり大きかった。

 

 圧倒されているかほたちの後ろを宗谷たちもチリに乗って付いてきていた。試合には出ないのだが、折角だからついでにチリと一緒にということだった。

 かほたちが大洗町に戻ってきたのは約2ヶ月ぶりなので、ゆっくりと町を見たいところだが、今回の目的は試合なので町の見学は後回しだ。その一方で、杏とみほは数年ぶりにダージリンと再会していた。

 

「お久しぶりです、角谷さん」

 

「あの時と全く変わらないねぇ、あれからどんな感じ?」

 

「指導員として何とかやっていますわ。フフ、まさかお互いに指導員として再開するなんて思ってもいなかったことですわね」

 

「それより、今回は親善試合の申し立てを受け入れてくれたことには感謝するよ。こっちも全力でいくと思うから成長を見てやって」

 

「ええ、私たちの後任もあれからさらに腕を上げましたわ。こちらも全力でいきますよ」

 

 軽く挨拶を終えて別れるとき、ダージリンが思い出したかのように聞いてきた。

 

「あ、そういえば・・・あなたの学園に、新しいメンバーが加わったと聞いていますが」

 

「え?誰からそれを?」

 

「それは言えませんが、ちょっと小耳に挟んだので気になっていたんです」

 

「えーっと、今回は見学にさせているよ。まだ経験が無いから雰囲気だけでも掴んで貰うためにあえてね」

 

「そうですか、どんな戦車で、どんなメンバーなのか、是非お目にかかりたかったのですけど、仕方ありませんね」

 

 杏には誰がこの事を教えたのか何となく予測出来ていた。この事を知っているのは大洗のメンバー、そして協会長のしほだけだ。

 

 流石にしほが情報を流したとは思えない、となれば直近の誰かだ。まほは知っていてもそんなことはしないはず、だとしたら・・・

 

「杏さん、そろそろ行きますよ」

 

「う、うん。じゃあ行こうか」

 

 戦車は全てスタート地点に並んだ、あとは試合の開始を待つだけ。かほたちが待っていると聖グロリアーナの現隊長、ルフナ(ダージリンの娘)が歩いてきた。聖グロの制服を着こなす姿は、若い頃のダージリンを連想させた。

 

「今日は宜しくお願い致しますわ。あなたたちのようにあの黒森峰と接戦を繰り広げた女子学園と試合が出来ることを、楽しみにしていましたから」

 

 ダージリンの性格を受け継いでいるのだろうか、とても礼儀正しい。

 

「こちらこそ、宜しくお願いします」

 

 かほが手を差し出した、ルフナは快く握手を受け入れてくれた。

 

「・・・でも手加減は致しませんわ。私は中途半端が嫌いなので」

 

 かほは急にゾッとした、何故かルフナの笑顔が怖かった。挨拶は終わり、お互いに戦車に乗り込んだ。

 

ーー

 

 

 一方、宗谷たちはチリと一緒に山の上にいた。宗谷は状況把握がしやすいように通信機を持って木の上に登っていた。今回のステージは高低差が多い荒野と、大洗町を舞台にした市街地だ。

 市街地は見えるが、荒野は全く見えない。という事で、ある手を打つことにしたのだ。

 

〔おーい宗谷、傍受機の準備出来たぜー〕

 

「バカ、傍受機って言うな。受信機だよ、受信機」

 

 宗谷が用意したのは、94式1号無線機。総重量1・5トン、通信距離500キロの大型無線機だ。リヤカーの上に載せ、チリで引っ張ってきたのだ。

 

〔あのな、大洗チームの電波しか受信出来ないからって言っても結論傍受と一緒だぜ〕

 

「まぁ、そう言うなよ。この会話聞いて作戦立てて裏をかくってわけじゃないんだからさ。」

 

 そうこうしていると試合開始を知らせるアナウンスが響いた。

 

 〔それでは、これより大洗女子学園と聖グロリアーナ女学院の親善試合を開始する!〕

 

「お、試合始まるっぽいぞ。受信機のスイッチ入れとけよ」

 

〔ほいほい、じゃあONにしとくぞ〕

 

 試合が始まり、戦車がお互いに一斉に動き始めた。傍受機には・・・いや受信機にはかほの指示が受信されている。

 

〔荒野で聖グロリアーナの隊列を探します、回りを警戒してください〕

 

 宗谷はバインダーに挟んだ紙にメモを取っていた。紙にはステージの簡略図が描かれており、各スポットの番号が振られている。

 ちなみに今かほたちが向かっているのは荒野なので、隅にあるポイント67に印を打っている。宗谷は受信した情報を基にお互いの出方を見ようと思っているのだ。

 スタートしたのが何処なのかは分からないが、今の段階では大洗チームが荒野に向かっているということだけしか分からない。聖グロリアーナがここからどう出るかで戦況は大きく変わるだろうと宗谷は思っていた。

 

ーー

 

 

 一方で4号に乗っているかほは、作戦を決行しようと考えていた。相手が何輌なのかは分からないが、10輌までが限度なのでそれ以上参戦はしていないはずだ。

 

 ここで決行しようと考えている作戦は、安全圏かの長距離射撃で隊長車を撃破するというものだった。

 まずは囮を隊列の前に出して、動きを変えてポルシェティーガーの射程範囲に引き付ける。

 そして聖グロリアーナの隊列の後ろを取り、追い詰めたあと、ポルシェティーガーの遠距離射撃で隊長車を撃破。そして指揮系統を失った残りの車輌を撃破する、という寸法だ。

 

 ポルシェティーガーは機動力に劣るので、高低差を利用して狙いを定められやすくしている。と言っても射撃距離を1500メートルにしなければ確実に当てることは出来ない。

 そこで囮を隊列に送り、動きを変えてポルシェティーガーの射程範囲に入れようとしているのだ。

 

「まずは私たちアンコウチームが囮になって聖グロリアーナの隊列に向かいます。後の車輌は隠れて、隊列の後ろについてなるべく追い込んでください」

 

〔オッケー任せて!〕

 

〔頑張ります!〕

 

「それでは、『戦車スナイプ作戦』、開始します!」

 

 かほはこの荒野で決着をつけようと考えていたのだが、流石に一筋縄ではいかないと思い、次の手を考え始めた。

 

 宗谷はよくできた作戦だと思っていた。ただスナイプするのはかなり難しい、高い命中精度が求められる。

 

「スナイプ作戦ねぇ、確かに安全圏から隊長車を仕留めるならそれが1番かもな」

 

〔あ、いました!聖グロリアーナの隊列です!〕

 

 聞こえてきたのは藍の声だ、別の戦車同士の会話しか受信出来ないはずなのだが。

 

「あれ?車内通話の電波拾ってんのか?中々精度良いなこの受信機」

 

〔それじゃあ、予定通りに作戦を決行しよう。五十鈴さん、隊列に向けて1発撃って〕

 

〔はい・・・目標を捉えました!いきます!〕

 

〔『ドーン!!!』〕

 

〔隊列が動きを変えました、皆さん準備してください!〕

 

 どうやら作戦は上手くいっているようだ。ここで隊列の動きを変えて、なんとか挟み撃ち出来れば作戦はほぼ成功したのも同然だろう。

 だが油断は出来ない、相手は過去に4位になった女学院だ。もしかしたら次の手を打っているかもしれない、宗谷はそう思った。

 その読みは的中していた、ルフナはダージリンからどういう戦い方をしてきたのかを聞いていたので、今目の前で走っている4号は囮だというのは分かりきっていた。

 

「全車、回りを警戒しなさい。横から砲撃が来るかもしれないから怠らないように」

 

 ルフナの言葉に全車の乗員は警戒を始める、この勘が外れたことはない。そして思っていた通り、後ろから大洗の追っ手が現れ、追い詰めたかのように攻撃をしてくる。砲手のリゼ(オレンジペコの娘)は追っ手に手を出さないことに疑問を持っていた。

 

「ルフナさん、何故追っ手に止めを指さないんですか」

 

「あえて作戦に乗せられたフリをして、相手が全車揃ったところを一網打尽にするんですわ。あとで『十字軍』のアールグレイ(ローズヒップの娘)さんに連絡しなければいけませんね」

 

 大洗チームは作戦を逆手に取られているとは知らずにノリノリで聖グロリアーナの隊列を追撃していた。ベスト4を相手にここまで追い詰めているとなればテンションも上がるのは無理もない。

 

〔よっしゃー!計画通り!!〕

 

〔このまま追い詰めてベスト4に勝ちましょう!〕

 

〔勝利は目の前だ!〕

 

 受信機にはこんな会話が入ってくる。宗谷もかなり上手くいっている感じではあると思ってはいたが、1つ疑問なのは相手は何故反撃しないのかということだ。

 普通なら囮など無視して反撃するはず、でないと辻褄が合わない。去年ベスト4の女学院がこんなにあっさりと負けを認めるのだろうか?

 

「・・・上手く行き過ぎてるな。妙だぞ」

 

〔あ?何か言ったか?〕

 

 通信機の電源を切り忘れたのか、福田に今の独り言が筒抜けになっていた。だがそんなことはお構いなしに逆に質問を返した。

 

「なぁ、福田。敵に後ろ取られたらどう対処する?」

 

〔? そりゃ、砲塔を真後ろに旋回させて応戦するか、急ブレーキ掛けて、相手が避けて前に出たところを仕留めるか、それしか無いと思うけど?〕

 

(・・・・・そうだよな。囮で動いているならともかく、挟まれている状態なら反撃してるはずだよな)

 

〔おい、何かあったのか?〕

 

「ちょっと気になることがあっただけさ」

 

 宗谷が考えていたことはかほも同じだった。あまりに話が上手すぎる、だが折角攻められているんだからここは作戦を変更せずに予定通りに実行することにした。

 そしてポルシェティーガーの射程範囲に入った、あとは何とかスナイプ出来れば成功だ。M3が空に向けて1発砲撃した、ポルシェティーガーに作戦実行を伝える合図だ。しかしポルシェティーガーからのスナイプは無い。

 

「おいレオポン(ポルシェティーガー)!何やってる!作戦実行だぞ!!」

 

 梅がポルシェティーガーに通信したが何故かすぐに返事が返ってこなかった。しかし、返事が返ってこなかった方がまだ良かったかもしれない・・・

 

〔・・・ごめんなさい、やられました・・・〕

 

 美優から来た通信は既にやられたという内容だった。

 

「は!?やられた!?」

 

 〔気が付いたら後ろに別の戦車が回り込んでて対処出来ませんでした・・・多分そっちにも向かっています!警戒してください!〕

 

 その通信の直後、別の方向から戦車が全速力で駆ける音が響いてきた。前を走っている隊列の戦車の音ではない!

 

「全車警戒しろ!別に戦車がいるぞ!」

 

 梅が通信したがもう遅い、回りは既に聖グロリアーナの手に堕ちていた。

 

「全車隊列を崩して下さい!纏まっていたら一気に叩かれます!」

 

 かほが慌てて指示を出す、今の状況では隊列を崩してバラバラに動くしかない。今出来ることはそれしかない、もう前の隊列を追っている場合ではないのだ。

 勿論宗谷もこの状況になっていることを把握していた、やはりベスト4が考えていることは想像していた以上だった。

 

「・・・やっぱりこうなったかぁ、でも別に戦車なんてあったっけか?」

 

〔う、動きが速すぎます!ついていけません!〕

 

〔回り込まれましたぁー!!助けてぇー!!〕

 

〔落ち着いて、全車威嚇射撃をしながら後退してください!〕

 

 どうやら一旦下がるらしい、『攻撃がメインだ』と言っていたかほだが、ただ攻撃をするだけでは相手の思うつぼなので、下がるという判断は正しい。

 試合会場の観戦席では大型モニターで試合を観戦していた。みほたち指導員は試合の流れを見ていたが、今は完全に相手の流れに乗せられてしまっている。杏がみほに話しかけた。

 

「あ~あ、逆手に取られたかぁ。どんな作戦考えたのか分かんないけど隊長車の4号を囮に使ったっていうのは昔と一緒だねぇ」

 

「あの時は隊長車ではなかったですよ。それより、相手の流れに乗せられましたね。かほたちはどうやって切り抜けますかね」

 

「う~ん、この感じじゃ市街地に移動するんじゃない?穂香も私たちの試合を何度も見てたし、参考程度に動きそうだしさ」

 

 杏はそう予測したが市街地に移動する気配は無く、何とかここで数を減らそうとマチルダに攻撃を仕掛けて1輌撃破した。

 ダージリンはこの様子をずっと見ていたが、大洗側には特にこれといって目を見張るような戦いは無かった。

 

「・・・1輌やられましたか、まぁあれだけの混戦になってしまっては仕方ありませんね」

 

 オレンジペコも一緒に試合を見ていた、特に気になっているのは通称『十字軍』と呼ばれている戦車隊の動きだった。

 

「やっぱり十字軍の動きは素早いですね。ローズヒップさんはどんな教え方をされていたのでしょうかね。」

 

「さあ、私はあまり十字軍の練習は見に行かないのでなんとも」

 

 試合はダージリンが言った通り、混戦状態に陥っていた。お互いに照準が合わず、砲弾が飛び交っている。かほはこれでは拉致が明かないと思い、市街地へ移動することにした。

 

「全車、市街地に移動しましょう!」

 

〔分かりました!〕

 

〔今はブロックが関の山ですね・・・〕

 

「行きます!続いて下さい!」

 

 大洗チームは4号に続いて攻撃をしつつ退却していく、絶好の攻撃チャンスなのに、ルフナは『攻撃せよ』とは言わなかった。アールグレイは攻撃をしないことに納得がいかない。

 

〔ちょっと、何で攻撃しないのよ!〕

 

「背を向けている相手に攻撃を仕掛けるなんて、そんな卑怯なことはしませんわ。それより、市街地に先回りしょう」

 

〔全く、呆れて何も言えないわ〕

 

 アールグレイは十字軍を市街地に急行させた。

 

ーー

 

 

 受信機には市街地へ向かうというという情報が入っていた。双眼鏡で覗く限りではまだ大洗チームは市街地に入っていなかった。

 

〔おい宗谷、何か進展あったか?〕

 

「進展どころか追い詰められてる感じしかしねぇよ。まぁ、土壇場で1輌撃破したっぽいけど」

 

〔んなことより暇だ、ただ山んなかでボーッとすんのは暇で暇でしょうがねぇよ〕

 

「少し我慢しろよ、俺だって暇だよ・・・ん?大洗が市街地に入ったな」

 

 音がする方向を双眼鏡で覗くと市街地に入ってバラバラに動いていた。各自で攻撃せよということなのだろうか、隊長車である4号も1輌だけで動いている。

 市街地は狭い道が多いので個人で動く方が効率が良いのだ。4号たちが市街地でバラけた時、先回りすると言っていた聖グロリアーナは2分ほど遅れて到着した。

 

 土地に慣れていなかったのか、到着が遅れたというべきか、しかしその考えは180°一変した。砲撃音がやたらと響いているがチャーチルやマチルダの砲撃音ではなく、89中戦や3突などの大洗側からの攻撃だった。

 受信機の電源は切ったので話の内容は分からないが急に状況が一変していることは明らかだった。

 宗谷も必死で戦車を追うが見る方向と違うところから砲撃音が聞こえてきているので何が何だか全く分からない。

 

「10時の方向か?いや6時から?何処だ?何処にいるんだ?」

 

 双眼鏡をキョロキョロさせているだけで戦車1輌を探すのに苦労していた、ようやく見つけられたのはM3だがよく見ると裏路地の角から射撃していた。そして攻撃が来るとすぐに下がり、遮蔽物を盾にして後退していた。

 宗谷はようやく答えが見つかった。

 

「成る程そういうことか、地元だから何処の道を通れば何処に出るのかが分かっているんだ。裏路地を通って敵の裏を突いているってとこか」

 

 その答えは正解だった。かほが立てた次の作戦は地元である大洗町の裏道を使って裏を突き、殲滅するというもので、まさに地元をよく知っているからこそ出来る戦術だ。

 ルフナは突然の反撃に何が起こったのか状況が把握出来ていなかった、やられた車輌は今だに無いがやられるのも時間の問題だろう。そう思っていた矢先、別の戦車から通信が入ってきた。マチルダ3号車からだ。

 

〔ルフナさん・・・申し訳ありません。やられました〕

 

「・・・仕方ありません、ご苦労様でした」

 

 静かに通信機を切るルフナを見ているリゼはいつもと違う雰囲気を感じていた。まさかここまで追い詰めらるとは思っていなかったから当然だろう、そう思っていたのだが・・・

 

「・・・フ、フフフ・・・」

 

「あの、ルフナさん・・・?」

 

「ここまでやられるとは・・・少し甘く見ていましたね。でも・・・もうこんな失態は致しませんわ」

 

 車内は突然寒くなった、ずっとそばにいたリゼでさえも今までに感じたことのない恐怖感に襲われた。

 

「・・・全車、作戦を変更します。裏路地らしき道を中心に探索して、見つけたら囮で釣り上げなさい」

 

〔〔〔〔は、はいぃ!!!〕〕〕〕

 

 キレている、ほかの戦車の乗員でも分かる程にキレている。

 

「・・・皆さん?どうかなさいました?」

 

〔あんたキレてんの?大洗にナメれているからって〕

 

「キレていませんわ、少し本気を見せないといけないと思っただけですわ」

 

 そう言われたもののアールグレイからしてみればキレているとしか思えない。女子の裏の顔というものは怖いものだ。

 ただここで気になるのは『囮で釣り上げる』という言葉だ。ルフナが考えた作戦なのだが、やることは至って単純だ。

 

 89中戦が単独で動いていると目の前にマチルダが止まっていた。これはチャンスだと思い、マチルダに近づいていった。

 

「よっしゃー!チャンスチャンス!」

 

「アタック、アタック!」

 

 マチルダに近づいて行くと角から姿を消したので加速して追い掛けようとした。

 

『ドーン!!』

 

 突然砲撃音が響き、気が付くとやられていた。

 

「・・・え、うそ。後ろ!?」

 

 汰恵が慌てて後ろを見ると別のマチルダが砲を構えていた。『囮で釣り上げる』というのはこのことで、敵の目の前に囮を配置して反対側に別の味方を配置する。

  そして敵が近付いたら離れ、敵が囮の方向に向いた瞬間『ドン』と言うわけだ。

 

 市街地では有効な作戦ではあるが黒森峰やプラウダには全く効かなかった。本気で行くと言ってはいたがあまりに単純過ぎる、しかし敵を減らすことを先決に考えたのなら当然だろう。そしてかほにはやられたと言う報告が入ってきていた。

 

〔ごめーん、アヒルチームやられたー〕

 

〔カモチーム(B1bis)もやられました、すみません〕

 

「分かりました。ご苦労様です」

 

 かほは次の一手を考えていた。その時、M3のあいかから救援を求める通信が入った。

 

〔誰か助けて下さい!敵に追いかけられて振り切れません!〕

 

「ウサギさんチーム?今何処にいるの?」

 

〔今大通りを走って裏道に入ります!〕

 

「分かった、すぐに行くから持ち堪えて!」

 

 かほはM3の救援のため、まずは大通りに繋がる裏道を走るように指示した。その途中でM3と合流した!4号の姿が目に入ったので安心したのか、あいかは思わず砲塔から上半身を出した。

 

「西住さーん!」

 

「もう大丈夫だよ、このまま裏道を走り続けて!」

 

 M3を先頭に4号も続いていく、かほは裏道で振り切ろうと考えていたが逆に追い詰められていることに気付き、大通りに向かうように作戦を変更した。速度はこっちがやや有利なので直線で振り切ろうとしたのだ。

 何とか大通りに出て直線で振り切ろうとした矢先、別方向からの攻撃が来たのでM3と4号は思わず止まってしまった。かほは次の攻撃が来ると思ったが何故かこなかった。

 

 チャーチルを見るとルフナが険しい目で見ていた、かほが砲塔から上半身を出すとルフナが話し掛けた。

 

「・・・正直、ここまでやられるとは思っていませんでしたわ。こんな言葉を知っています?イギリス人は、恋と戦争は、手段を選ばない」

 

 チャーチルとマチルダが砲を向ける、かほは逃げるように言ったがM3はエンストしてしまい中々エンジンがかからない。

 あいかが逃げてと言ったがかほは見捨てる訳にはいかない。ルフナが『撃て』と言おうとしたその時だ。

 

 突然地鳴りがしてきた。ルフナが一番最初に気付き、その後にかほが気付いた。この地鳴りからすると中戦車ほどだ、かほは3式中戦かと思ったが近くには大洗側の戦車はいない。お互いに試合そっちのけで回りを見始めた、ルフナがアールグレイに通信する。

 

「アールグレイさん、ほかに戦車が通りませんでした?」

 

 〔ほかに?いないわ・・・あ!何か戦車が通っていったわ!そっちに行ってるわよ!〕

 

 地鳴りが大きくなっていく、近づいてきた。2人が角に視線を変えるとチリがドリフトで角を曲がって走ってきた!

 ルフナは突然謎の戦車が出てきたので驚いたが、それ以上に驚いたのはかほだった。

 

「なっ!?」

 

「ち、チリ!?何で!?」

 

 チリが全速で走っている、宗谷が状況を判断して指示を出す。

 

「チャーチル、マチルダに威嚇射撃!!」

 

「どうなっても知らねぇからな!!」

 

 岩山はほぼやけくそでトリガーを引き、2輌の間を狙って1発射撃をする。砲弾は2輌の間の地面に当たった。

 そしてチリはドリフトしつつ4号とM3をかばうように停車した。そして宗谷がチリから出て、砲塔の上に乗った。

 

「あ、あなた!何者ですか!?」

 

「旭日機甲旅団隊長兼チリ車長、宗谷佳だ!」

 

 




今回も読んでいただきありがとうございます。次回も楽しみにしていて下さい。感想、評価、お待ちしています。


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第8章 決着、アンコウ踊り、そして茶会

前回のあらすじ

大洗と聖グロリアーナの親善試合が始まった。始めは大洗側の方が流れが良かったが、少しずつ押し込まれ始めていた。
市街地に移動し、何とか反撃に転ずる事が出来たが、隊長であるルフナに追い込まれてしまう。絶体絶命の危機に陥ったとき、チリが現れた!


「・・・チリ、と宗谷くんたちだよね・・・?みほちゃん」

 

「え、ええ・・・・・」

 

 杏たちは呆然としていた、何故かチリが試合に出て、射撃までしている。観戦席も少しざわつき始めていた、こんな戦車が大洗にあっただろうか?一体何が起こっているのか、疑問は積もる一方だ。

 

ーー

 

 

 旭日機甲が無断出場をしてかほたちと合流する30分前、宗谷は木の上から試合の流れを見ていた。双眼鏡に写る景色は大洗の町、そしてけたたましく音を立てながら走る戦車だった。

 受信機の電源を切ったので会話は聞き取れないが動きだけでどうなっているのかは把握出来ていた。ただ細かいことは分からないし、ころころ変わる動きを100%把握出来る訳がない。

 ずっと見ていると89中戦がやられているところが見えた、宗谷はこの時点で流れがまた聖グロリアーナ側に向くと思ったのだ。そしてその読みは的中してしまい、大洗はどんどん追い詰められていったのだ。

 宗谷はこのまま見ているのが辛くなってきた、そして4号とM3が追いかけられているところを見たとき、ついに決断した!

 

「福田!燃料と弾薬を確認しろ!」

 

〔は?何で?〕

 

「出場する!急げ!」

 

〔し、出場!?お前正気か!?〕

 

「正気も正気!行くぞ!!」

 

 宗谷が木から降りてチリに乗り込んだ、福田は燃料と弾薬の確認を終わらせ、操縦席に座っていた。

 

「おい宗谷、準備は出来たけど許可無しで出場するなんてマジで言ってんのか!?」

 

「マジに決まってんだろ!これ以上黙って見てられるか!!」

 

 練習試合なのに宗谷は熱くなってしまい、結局出場するしかなくなった。そして、4号とM3に合流して現在に至る。

 突然の出来事にかほたちも言葉が出ない、しかし無断で出場してきたのは流石にまずい。どう言おうか迷っているかほを差し置き、ルフナが宗谷に質問を返す。

 

「・・・旭日機甲旅団?聞いたことのない名前ですが」

 

「だろうな、俺たちは無名のチームだし、知らないのも無理ないな」

 

「まぁ、良いでしょう。でも、私たちは負けませんわ」

 

「それはどうだろうな。もしかしたら、俺たちが勝つかもしれないぜ?全員、鉄帽着装!!」

 

 旭日のメンバーが一斉にヘルメットを付ける、そのヘルメットはヘッドホン型のインカムと一体型の物で宗谷たちが近衛の時から愛用してきたものだ。栞がヘルメット見て言った。

 

「ちょっと!私たちとの試合の時にはしてなかったじゃない!」

 

〔そう言うなよ、調整しなけりゃいけなかったから装備すんのが遅れたんだよ。〕

 

 宗谷もヘルメットを着装し、準備万端だ。

 

「よっしゃー!!行くぜ!!」

 

「行くぜじゃないよ!早く下がって!」

 

 かほが思っていたのは指導員たちも一緒だった、杏は慌ててダージリンに謝る。

 

「ご、ごめん!一旦試合を中断して・・

 

「あれが、新しいメンバーと戦車ですか?」

 

 ダージリンは少し驚いた表情でモニターを見ていた。

 

「へ?う、うん、そうだけど・・・?」

 

「男子が入っているとは少し驚きですけど試合を中断するなんて勿体無いですわ、このまま続行してください。どんな戦術を見せてくれるのか、楽しみですわ」

 

 怒るどころか興味津々だった。杏は少し呆然としてしまった。そしてルフナは、今の状況を不利と察し、アールグレイに応援を要請する。

 

「アールグレイさん、今あなたが見た戦車がここにいます。すぐに来てください」

 

〔分かったわ、30秒で合流する〕

 

 宗谷はルフナが通信している様子をじっと見ていた。そして通信が終わったタイミングで話し掛ける。

 

「何だ?援軍でも呼んだのか?」

 

「フフ、そんな軽口を叩けるのも今のうちですわ」

 

 ルフナがそう言ったとき、後ろから別の戦車が5輌走って来た。あれが十字軍の正体だ。宗谷が双眼鏡で覗く。

 

「何だあれ?・・・・・あー、『巡航戦車 クルセイダー』か」

 

「クル()()()()?美味そうな名前だな」

 

「バカ、クル()()()()だ。『十字軍』の事だ」

 

 クルセイダーとは、前型の『カビナンター』の改良版の巡航戦車だ。『巡航戦車』というのはイギリス独自の戦車の区分で、高い機動力を兼ね備えている。その機動力を活かして敵戦車を追撃、敵前突破をすることを主任務としていた。

 巡航戦車の名の通り、クルセイダーもカビナンターもかなりの高速であった、最高で約43キロ出せるが変速機やエンジンの冷却が欠点だ。宗谷は中に入りかほに通信する。

 

「西住、ここは任せろ。攻撃するからその内に下がれ」

 

「え、このまま試合するの!?」

 

「当たり前だろ?このまま行くぜ!撃てーー!!」

 

 岩山と水谷が同時にトリガーを引く。チリから2発の轟音が響き、主砲弾はクルセイダーへ、副砲弾がチャーチルとマチルダに向けて飛ぶ!当たりはしないものの牽制にはなる。M3のエンジンがかかり、4号と一緒に後退していく。チリも射撃をしつつ全力で下がっていく。

 

「福田!そのまま後退!岩山、水谷は射撃を続行!当てなくていいからそのまま撃ち続けろ!柳川、北川は装填に遅れを取らないようにしろよ!」

 

 クルセイダーが後退しているチリを追撃しにきた。流石に後退するだけでは持ち堪えるのは厳しくなってきたので、宗谷が新たに指示を出す。

 

「福田!180°旋回!攻撃を中止して逃げるぞ!」

 

「追撃されるぞ!まぁ良いか・・・」

 

 隙を付き、180°旋回してアクセル全開でクルセイダーを振り切ろうとする。

 

「大物が逃げるよ!全車全速で追いかけろ!」

 

 アールグレイも負けじとチリを追う、差は広がらず縮まらずで大通りをただ走っているだけだった。

 アールグレイは先回りさせようと考え、後続の2輌を裏道を使って先回りするように伝えた。すぐに2輌は裏道を使って次にチリが通るであろう場所に着いた。

 そしてチリが近づいてきたタイミングを計らい、2輌は立ち往生をしようと前に出た。福田は慌ててブレーキをかけたが宗谷は正反対の指示を出した。

 

「福田!速度をなるべく落とすな!」

 

「無茶言うな!目の前に戦車止まってんだぞ!」

 

「左に脇道があるからそこに入れ!無理なら速度落としても良いが」

 

「クッソ!やってやらぁー!!」

 

 福田はアクセルペダルを思いっきり踏み込み、操縦レバーを旋回する方向へ倒す。履帯が凄まじい音を立て、火花を散らす。ほぼ強引に旋回し、どうにか脇道に入った。後ろからついてきたアールグレイたちは、流石に付いていけず、一旦停止した。

 

「くそ、中々やるじゃない。全車、そのまま日本戦車を追いかけるよ!」

 

 チリは脇道を抜けてまた大通りに出た。クルセイダーが来ている様子はない、何とか振り切れたようだ。少し余裕が出来たので、宗谷はここからどうするかを考えることにした。これ以上単独で動くのは無理だと思い、他の味方と行動することにした。

 通信回線を開き、繋がったのはヘッツァーだった。穂香の声が宗谷の耳に聞こえてくる。

 

〔お、誰かと思えば旭日の宗谷くんじゃん。あんた後で大目玉食らうよ?〕

 

「分かってること何だから言わないでくださいよ。それより、今何処にいます?」

 

〔えっとねぇ、今スポット39にカバチームといるよ。合流する?〕

 

「出来ればしたいですね、単独行動よりかは安心出来ますから」

 

「そうだねぇ、こっちも合流出来れば良いけどそう簡単にいけるかなぁ」

 

〔上手くいきますよ、何とかして見つからないようにすれば・・・ゲッ!すみません!後でスポット67に3突と来て止まってて下さい!〕

 

 慌てた様子で通信が切れた、何となく想像出来るがここはあえて何も聞かずに言われた通りにしようと思い、3突の美幸に動くことを伝えて一緒にスポット67へ向かった。

 着いてしばらく待っていると、目の前をチリとクルセイダーが全速で通り抜けていった。

 

「あっちゃー、やっぱ追われてたかぁ」

 

「どうします?加勢しますか?」

 

「ここはちょっと待って、宗谷くんから何か指示あるまで待とうか。」

 

 追われているチリはクルセイダーからの射撃を受けながらも逃げ切ろうと必死になっていた。しかし振り切ろうとしてもすぐに追い付かれるので差は広がらない。

 観戦席ではダージリンがチリの動きだけをずっと追っていた。逃げているだけで何も変化がないし、攻撃をするような感じもしない。何か作戦でもあるのだろうか?

 

「ダージリンさん?さっきからずっとあの戦車しか追っていませんが、何か気になるところでも?」

 

「さっきから逃げてばかりですもの、何か策でもあるのかと思いまして」

 

「策、ですか?とてもそんな感じはしませんが」

 

 宗谷は何処で攻撃を仕掛けるかを考えていた、このままでは拉致が明かないので、あの技で決めることにした。

 

「福田、『リボルバーショット』だ」

 

「あれやるのか?ていうかあの回転撃ち『リボルバーショット』で決定かよ」

 

「今は名前とかいいから早くやるぞ、岩山もあれから練習して腕上げたんだから。」

 

「分かったよ。岩山、行くぞ!!」

 

「おう!ドンと来い!」

 

 福田が思いっきりブレーキを踏み込んで車体をぐるりと回る!岩山がトリガーを引いて射撃をし、1輌撃破に成功した!火花を散らしながら回り、素早い操作ですぐに元に戻った。

 

「よっしゃー!成功!!」

 

「ていうかあいつらも諦め悪いなぁ、まだ来るぞ」

 

 アールグレイは突然の出来事に処理が追い付いていない。戦車が1回転して射撃するなんて今までに経験したことがない。クルセイダーの乗員たちも焦りを見せている。

 

「アールグレイさん・・・あの戦車の乗員たち・・・私たち以上にエリートなのでは・・・?」

 

「い、今のはたまたま成功したのよ!エリートだとかそんなの気にしないで、撃破するわよ!!」

 

 観戦席では『おおー』っと歓声が上がっていた、今まで見たことが無い技なので驚くのは尚更だ。オレンジペコはただただ驚いている。

 

「す、凄い!1回転する内に射撃をするなんて!」

 

「面白い戦い方をしますわね、ルフナに教えたいですわ」

 

 そしてチリでは、ようやく一段落付いたので宗谷が穂香に連絡を取る。

 

「角谷さん、今何処にいます?」

 

〔さっきからずーっとカバチームと一緒にスポット67で待機してるよ。いつ指示をくれるのかな?〕

 

「あ、ごめんなさい。今からスポット67に行きますから準備してください!」

 

「オッケー、待ってるよ」

 

 穂香は挟み撃ちする作戦だと思い、美幸にもそう伝えた。そして、チリの音が聞こえてきた。

 

〔角谷さん!行きます!〕

 

「オッケー、任せて~」

 

 チリとクルセイダーが目の前を通り過ぎたところを狙ってクルセイダーの後ろを取った!美幸が叫ぶ!

 

「角谷殿!後ろを取りました!」

 

「よっしゃー!撃て撃てぇー!!」

 

 アールグレイはいきなり後ろを取られたので、慌てて指示を出した。

 

「うそ!隊列を崩して!早く!!」

 

 隊列を崩し始めた時にはすでに遅し、固まりで動いているので狙いやすいのであっという間に4輌撃破した。チリは急ブレーキをかけて停車した。福田は大きく息を吐いた。

 

「はぁー・・・逃げ回るのも楽じゃねぇなぁ。ていうかクルセイダー早すぎだろ、全然振り切れなかったぞ」

 

「まあまあ、そのクルセイダーは角谷さん達が撃破してくれたんだから良しとしようぜ」

 

 止まっているチリに梅が近づいてきた、かなり怒っている。

 

「お前ら!!無断出場するなんて良い度胸だな!!無断出場するなんて規則違反もいいとこ!早く下がれ!!」

 

「そう言われましても規則に『途中参加は認めない』って書いてませんし、何の音沙汰も無いんでこのまま決着つけますよ。」

 

「あんたね!」

 

「おーい、取り込み中悪いけど3式中戦がやられたって報告入ってるぞー」

 

 北川が報告する。今は試合中だ、これ以上ここで時間を潰している場合ではない。怒っていた梅も冷静になった。

 

「・・・とりあえず、今はお互いに試合に集中しないといけないな」

 

「そのようですね」

 

「やられたら承知しないからな!」

 

 走ってヘッツァーに戻っていく梅に対して宗谷は敬礼していた。そしてチリに乗り込んで4号と合流するように指示を出した!

 

ーー

 

 

 かほはどうやって撃破するかを考えていた。今はマチルダからの攻撃が激しさを増してきているので、マチルダの撃破を優先するべきだと考えていた。

 宗谷に助けられた後、M3と一緒に安全圏まで動いたあと、別行動に切り替えて戦車を探すことにした。走っている最中にマチルダ1輌を撃破して残りは後2輌、しかしこの2輌を探すのに時間をとってしまい、その内に3式中戦が撃破された。

 

 そして相手を見つけたのは良いのだが相手は間髪を入れる間もなく攻撃をされて反撃する間がない状態だった。由香は不安そうにしている。

 

 

「西住殿、どうしましょう。このままではこちらが不利であります」

 

「うーん、回り込みとかしたいけど裏道は全部把握されているみたいだから、真正面から勝負しようって思ってるよ」

 

「・・・応援、呼んだ方が良くないか・・・?」

 

「そうですね、宗谷くんを呼んで一緒に戦う方が良いと思いますよ」

 

「でも折角の練習試合なんだから、宗谷くんの力なしで決めようよー」

 

 意見はバラバラだ。応援を呼ぶ派と自分たちで何とかする派で分かれている。七海と藍が言うように応援を呼んだ方が確実だ、でも栞の意見も捨てがたい。

 折角の練習試合を誰かに任せっきりというのも釈然としない、かほは判断に迷ったが出した答えは。

 

「私たちだけで撃破しよう、応援を呼んでも時間がかかるからここで決めよう!」

 

 導き出した答えは『自分たちで対処する』。そうは言ったものの本当は応援が欲しかった。でも宗谷に任せっきりというのも悪い気がしていた。そう思っていた時、宗谷から通信が入った。

 

〔西住!今何処だ!?〕

 

「え、えーっと、スポット29にいるけど?」

 

〔よし、分かった。今そっちに行くから持ち堪えてくれ!〕

 

「そ、それなんだけど、私たちだけで何とかするから大丈夫だよ。じゃあ、後でね」

 

 かほは通信を切った、そして電源も落とし、受信出来ないようにした。

 

「あ!?おい!おい!くそ、電源切りやがった!福田、スポット29に急げ!」

 

 チリが今いる場所はスポット25、差ほど離れていないので急げばすぐに着ける。チリは全速力でスポット29へ急行した。

 一方、4号はマチルダの攻撃を回避しつつ、角を曲がった。そして180°ぐるりと旋回し、マチルダが角から出てきたタイミングで射撃をして撃破した。

 そして残りは隊長車であるチャーチル1輌のみ、態勢を立て直す間に角から出てくることは分かっていたのでまた別の方法で撃破しようと考え、角から距離を置いて指示を出す。

 

「七海さん、チャーチルが角から出てきたら全速で加速して、横滑りで後ろ取ること出来る?」

 

「・・・つまり、ドリフトをしろということか・・・?」

 

「うん、かなり練習してたから大丈夫かなって思っているんだけど、ダメかな?」

 

「・・・大丈夫、何とかやってみる・・・。藍、ちゃんと撃てよ・・・」

 

「はい、頑張ります!」

 

 チャーチルが角を曲がって真正面を4号に向けた、作戦を実行するチャンスだ!

 

「前進!!」

 

 かほの掛け声で4号がチャーチルに向かって前進する、加速は上手く行っている。後は急ブレーキをかけて車体を滑らせるだけ、難しいことではない。

 誰もがそう思っていたが、七海はかなり緊張していた。操縦レバーを握る手は震え、額には汗が滲んでいた。

 

「行くぞ!」

 

 七海は声を上げて急ブレーキをかけた、しかしブレーキと同時に操縦レバーを倒しすぎて車体はスピンしてしまった!4号は履帯から火花を散らしながらスピンし続け、壁に激突して横倒しになってしまった!

 駆け付けた宗谷たちはこの現状に慌てた、戦車が横倒しになるなんて滅多にないことだ。宗谷は通信機を繋いでかほに呼び掛ける。

 

「西住!大丈夫か!?応答しろ!」

 

 4号からの応答はない、通信機が壊れたのか全く繋がらない。

 

「応答がない、試合を中断して救助作戦に移行する!準備しろ!」

 

 宗谷は目の前いる敵を無視し、試合を後回しにして救助を優先する言い出した。

 

「救助作戦に移行するって、敵はどうすんだよ!」

 

「チャーチルは後回しだ!今は救助に専念しろ!」

 

 宗谷はチリから下りてチャーチルの横を通り4号に駆け寄っていった。チリもチャーチルのことを完全に無視して4号に近づく、ルフナは突然無視されたことに納得がいかない。

 

「構いませんわ、あの戦車に向けて攻撃しなさい!」

 

 チャーチルから攻撃が来るがお構い無しだ。全く戦意が感じられない。試合は後回しだと言っているような感じで、反撃する感じもない。チリは4号を守るために『弁慶の立ち往生』と言わんばかりに攻撃を受け流していた。

 

ーー

 

 

 観戦席では桃が苛立っていた、目の前に敵がいるというのに救助をしているのだから無理もない。

 

「なにやっているんだ!さっさと止めを刺せ!!」

 

「何で救助やってんだろ?救護班ならすぐに来るのに」

 

 観戦席は混乱していた、試合中でしかも目の前に相手がいるのに救助をしている。納得がいかない人たちが多いが、みほだけは昔の自分を見ているようだった。

 決勝戦のあの日、仲間が戦車ごと濁流に飲まれて危険な状態だったあの時。試合なんて関係なしに飛び込んだ、仲間を助けたいという一心で。

 

「おい!新しい戦車が動いたぞ!」

 

 観客の1人が指を指しながら叫んだ、ずっと攻撃を受け続けたチリは、先にチャーチルを仕留めないと救助が困難になると判断したのか、砲塔を180°旋回させていた。

 

「これ以上攻撃来たらエンジン撃ち抜かれるから先に仕留めるぞ!」

 

「分かった、ターレットリング付近を狙え!そこなら確実だ!」

 

 宗谷は砲塔のハッチを開けて乗員の安否を確認する。

 

「全員無事か!?」

 

 宗谷の声に、かほが反応して顔を上げる。顔には炭が線を描いていた。怪我は無さそうだ。

 

「そ、宗谷くん・・・?ありがとう、大丈夫だよ。」

 

 乗員の安否が確認出来たあと、岩山がチャーチルを仕留めて試合は終わった。アナウンスが会場に響く。

 

〔聖グロリアーナ女学院、全車走行不能!よって、大洗女学院の勝利!〕

 

 観戦席は歓喜に包まれたが救助はまだ終わっていない、宗谷は福田にも声をかけて乗員を4号から出していた。

 

「戦闘室の3人は助け出せた。福田、そっちは?」

 

無線手(ラジオオペレーター)救出、後は操縦手(ドライバー)だけだ」

 

 そう言うと操縦席のハッチを開けて七海に声をかけた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「・・・う・・・くっ・・・」

 

「何か言ってくれよ、えーっと確か・・・冷泉・・・だったっけ?」

 

「・・・私が、私がしっかり操縦していれば・・・」

 

 七海は泣いていた、操縦に失敗してしまったのだからかなり落ち込んでいた。

 

「おいおい、泣くのは後回しにしてくれよ。今は脱出してくれないと困るんだよ」

 

 福田は七海を引っ張り出し、全員脱出が出来た。4号の側面にフックを引っ掛けてチリで引っ張り、何とか元の状態に戻せた。シュルツェンは完全に潰れて自走が困難な状態だったので牽引することにした。

 牽引の準備をしている最中に、宗谷が何故こんな状態になってしまったのかを聞いた。かほはことの発端を全て話した。

 

「なんでわざわざ危険な方を選んだんだ?誰でも良いから応援を呼べば良かったんじゃ?」

 

「応援を呼んでも間に合わないって思って、だったら私たちだけでも何とかしようって思っちゃって」

 

「それなら応援を呼んで『間に合わない』って思うんじゃなくて、『応援が来るまで引き付けよう』っていう別の考えにすれば良かったじゃないか」

 

「そ、そうだね・・・ごめん」

 

「あ、いや。こっちこそ、ちょっと言い過ぎた」

 

 宗谷は少し慌てた、落ち込ませるつもりはなかったのだ。

 

「おーい、準備出来たぞー」

 

「わ、分かった。じゃあ、4号に乗ってくれ。俺たちが牽引するから」

 

 全員が搭乗したところを確認した後、チリは4号を牽引しながら出発した。

 かほはすっかり落ち込んでいる、宗谷はどうやって励まそうか考えた。

 

「な、なあ西住。さっきはごめん、その・・・あれだよ『失敗は成功のもと』って言うだろ?だからさ、えーっと、そんなに気にしなくても良いぜ?」

 

「・・・お前何が言いたいんだ?」

 

 柳川につっこまれてしまい、宗谷自身も何が言いたかったのか分からなくなってしまった。でもかほは励まそうとしてくれた意志は伝わったようだ。

 

「フフ、ありがとう。『失敗は成功のもと』、だよね?」

 

「そ、そうそう。『失敗は成功のもと』だよ。」

 

 励ませたようなので少し安心した、そして会場まで後少しという距離で福田が違和感を感じた。

 

「・・・なぁ宗谷、虫の知らせを感じているのは俺だけ・・・か?」

 

「え?虫の知らせ・・・?あ!!」

 

 忘れていた、完全に忘れていた。無断で出場していたことを・・・

 

ーー

 

 

「バッカたれぇー!!!」

 

 会場中に桃の怒鳴り声が響く。それもそうだ、無断出場で試合に参加したのだから。とは言っても相手のダージリンも合意のもとでやったので苦情はなかったが桃はかなり怒っていた。宗谷は全力で頭を下げている。

 

「ほんっとうに申し訳ありません!!黙って見ていられなくなって気付いたら試合に参加してしまっていましたぁ!!」

 

「全く、今回は相手のダージリンさんがそのまま続けてくれって言ってくれたから良かったものの、本来は途中退場だったからな!」

 

「はい!以後気を付けます!」

 

 桃の説教が終わった後、今度は杏が宗谷に質問をする。

 

「試合には勝ったから結果オーライって感じだけどさ、目の前に敵がいたのに救助に移行したのは何でなのかな?」

 

 怒ってはいなさそうだが口調はかなり不機嫌気味だ。宗谷は何の迷いも見せずに答えた。

 

「確かに敵は目の前にいました。しかし状況判断上、救助作戦に移行したほうが良いと思い、あえて実行しました」

 

「状況判断上ねぇ。だけどさ、試合中に救助してたら撃破された可能性もあったんだよ?それを承知でやったの?」

 

「その可能性があったとしても、仲間が危機に陥っている時は救助を優先します」

 

 杏はため息をついた、そしてやや強めに言った。

 

「あのね、何かあったら救護班が出るし、相手も救助中だからって言って手を緩めてはくれない!本戦じゃこんな事は通用しないんだよ!」

 

 みほは宗谷が怒られているところをずっと見ていた。指導員としてではなく、過去の自分と照らし合わせていた。

 自分にもこんな事があった。仲間を助けて、そのせいで試合に負けた。母のしほには凄く怒られた、そして自分の戦車道を見失ってこの大洗女子学園に来た。当時は戦車道が無かった、この大洗女子学園に・・・・・

 

「お言葉ですが、救助作戦に移行した考えは間違っていなかったと思っています!」

 

「なっ、確かに助けたかったっていう気持ちは分かるけど、本戦じゃこんな事は絶対に通用しないって言ってるの!」

 

「確かに、通用しないかもしれません!ですが、今までの試合を見てきて、私は戦車道でもっとも重要なのは、『大切な仲間と共に勝ち抜くことだ』と学びました!仲間を思い、助け合いながら戦うことだと!」

 

 その一言で、杏たちは大切なことを思い出した。そうだ、戦車道で学んだのは戦車の技術だけじゃない、仲間と共に勝ち抜いて試合で勝つ。

 今までずっと一緒に頑張ってきた。辛かったことも、嬉しかったことも、仲間と共に共用して乗り越えてきた。そして、今も・・・・・

 

「・・・・・ですが、今回の無断出場の件でかなり迷惑をかけてしまったことは反省しています。それから、生意気な事を言ってしまいました・・・申し訳ありません」

 

 宗谷は深々と頭を下げた、みほは前に出た。

 

「宗谷くん、君が救助してくれたことは間違っていないよ。仲間を大切にする気持ちは私も良く分かるから」

 

「・・・え?いや、あの・・・・・」

 

 ポカンとしている宗谷に、杏が罰を与えることにした。

 

「まぁ、試合には勝ったから救助の件は大目に見てあげるよ。ただし、無断出場の件は、あれで償ってもらうからね?」

 

「・・・あれって何です?」

 

「えっとねぇ、じゃあ『アンコウ踊り』でもやって貰おうかなぁ?」

 

「・・・アンコウ踊り?」

 

 宗谷は罰としてアンコウ踊りを踊ることになった、かつてみほたち元4号搭乗員たちも、試合に負けたということで踊ったことがある。かなり恥ずかしい過去なので、みほは顔が赤くなった。

 宗谷はどんな踊りなのが聞きたかったがどの指導員に聞いても誰も答えてくれなかった。というわけで宗谷はかほたちに聞くことにした。

 

「「「「「アンコウ踊り!!?」」」」」

 

 何故か驚かれた、ただの盆踊り的な踊りかと思っていたのに。

 

「ああ、無断出場の罰としてって杏科長にそう言われたんだけど、どんな踊りなの?」

 

「え、えーっと・・・その・・・。」

 

「?、何だよ、はっきり言ってくれよ」

 

 

 答えを求める宗谷に福田が苦笑いを浮かべながら話しかける。

 

「あー、宗谷・・・これ踊るの相当キツいと思うぞ?」

 

 福田が携帯でアンコウ踊りの動画を見せた。ピンク色の服を来て頭にアンコウの絵を付けて踊っている、旭日のメンバーは呆然としていた。

 

「・・・これを踊るのか・・・お前・・・。」

 

「・・・ピンクの服は、勘弁してくれると良いな」

 

 宗谷は全然平気そうにしている。

 

「何で平気そうにしてんだ!」

 

「え?だってそこまで変じゃないだろ?」

 

「・・・・・そう思うならそうなんだろうな・・・・・」

 

 宗谷はどこか感覚がズレている。そのため、福田は何を言っても無駄だと悟ってしまい、諦めてしまった。

 

「宗谷くん?準備は出来てるかなぁ?」

 

 杏がニヤニヤしながら近づいてきた、手には頭に付けるためのアンコウの絵があった。福田たちは杏の笑顔が悪魔の笑顔に見えた。

 

「ピンクの服探したんだけど無かったからさ、これだけ頭に付けて踊ってね。っと、じゃあ、ほかに踊りたい人、手上げて!」

 

 ノリノリだ、何故か杏科長はノリノリだ。そして誰も手を上げない。

 

「じゃあ宗谷くんだけだね?」

 

「待ってください!俺も踊ります!!」

 

 福田が名乗りを上げた、副隊長としての責任もあるということで一緒に踊ると言い出した。宗谷はキョトンとしている。

 

「踊るは良いけど、良いのか?さっきキツそうだって言ってたのに?」

 

「確かにキツいかもしれないけど、隊長だけに罪を被って貰う訳にはいかねぇ!!」

 

ーー

 

 

 そして、2人のアンコウ踊りが始まった。

 

「・・・ああ、何なんだろうな・・・この光景・・・」

 

 岩山がボソッと言った、ステージの上で深緑色の服を着て、頭にアンコウをくっつけて踊っている。

 宗谷は少しまともに踊っていたが福田は手先があっちこっちに動いている、踊っているのかそうじゃないのか全く分からないが、必死さは伝わってくる。

 

「・・・本当に何なんだろうな・・・、自衛官の幹部官的な格好しているヤロウが2人でアンコウ踊り踊っているって・・・」

 

「これぞまさに・・・一罰百戒ってやつか?」

 

「大袈裟だよ、そんな見せしめほどのことじゃないだろ」

 

 それから約10分後、アンコウ踊りが終わった。福田は疲れきっている。

 

「お疲れだったなぁ、福田」

 

「・・・ああ・・・本当に疲れた・・・」

 

 福田はこんな状態だというのに宗谷は全然堪えていなかった。

 

「いやー、楽しかったな。たまには踊るのも悪くないな」

 

「何でお前は平気なんだよ、あんな踊りしたのに」

 

「何でって言われてもなぁ、まぁ罰は罰だし仕方なくないか?」

 

 感覚がズレているだけなのか、それともこう言う性格なのか、福田には分からなくなってしまった。

 

「お疲れさーん、宗谷くんちょっといいかな?」

 

 杏が宗谷を呼びに来た、また踊るのかと思っていたが違ったようだ。

 

「聖グロのダージリンが呼んでるよ、話がしたいんだって」

 

「ダージリンさん・・・って誰です?」

 

「聖グロの指導員で、私と同じ科長だね」

 

 杏と同じ科長だと言われてもいまいち察しが出来ないので、とりあえずついていくことにした。

 そして、会場から少し離れた場所に着いた。小さなテーブルが1つ、そして椅子が3つ並んでいた。椅子にはルフナが座っていた。

 

「あれ?さっきの、チャーチルに乗ってた」

 

「ルフナです。それからあなたを呼んだのは私の母ですわ。あなたと私たちでお茶会をしたいって」

 

「・・・え?」

 

「あ、言い忘れてたけど、このルフナちゃんのお母さんがダージリンだから。じゃ、後はごゆっくり~」

 

 手を降りながら去っていく杏、そして焦る宗谷。杏を含めての3人かと思っていたのに、まさかの隊長と科長の親子コンビという気まずい空気の中でのお茶会になるとは・・・

 

「いらっしゃいましたか、待っていましたよ」

 

 慌てて後ろに振り替えるとダージリンが立っていた。宗谷は慌てて敬礼した。

 

「そんなに固くならなくても良いんですよ?えっと、お名前はなんて言いましたっけ?」

 

「旭日機甲旅団隊長兼、チリ車長、宗谷佳です」

 

「ああ、あなたが。申し遅れましたわ、私はダージリンと申しますわ」

 

 ダージリンは笑顔でエスコートしてくれた。

 

「宗谷さん、どうぞ席についてください。聞きたいことがたくさんありますから」

 

 ヤベー・・・絶対にさっきの試合の件だ、と思いつつ宗谷も席についた。

 緊張している宗谷の前にカップが置かれ、オレンジペコが紅茶を注いでくれた。ダージリンとルフナは淹れたての紅茶を飲んで一息つく。

 出された物はきちんと飲まないと失礼だと思い、宗谷も慌てて口に含む。砂糖を入れ忘れ、少し冷さなかったので、熱い上に苦かった・・・何も言わない宗谷に、ダージリンが話し掛ける。

 

「宗谷さんに、聞きたいことがあります」

 

 来た、無断出場の件を問い詰められる・・・宗谷の勘はそう語っていた。

 

「まず、どの学校のご出身なのか、それから何故戦車道に出ようと思ったのか、その経緯を教えてもらえませんか?」

 

「・・・え、それだけ・・・ですか?」

 

「『それだけ』というのは?」

 

「いや、てっきり無断出場のことかと思っていましたから・・・・・」

 

「ああ、さっきの試合はしっかりと観戦させて貰いましたわ。面白い戦法を使うんですね」

 

 ホッとした、今までの緊張が一気にほどけた。だが、それも束の間だった・・・・・

 

「ただ、ルフナは快く思っていないようですけどね。」

 

 宗谷は『グフッ』と思いっきりむせた。落ち着いたあとでそーっとルフナを見ると、ジーっと見られていた。

 

「えっと、怒って・・・いるよな」

 

「別に怒ってなんていませんわ。ですが、さっきの威嚇射撃は忘れませんわ」

 

 宗谷はゾッとした。女子の裏の顔というよりも、ルフナの裏の顔の方が怖いということが良く分かった瞬間だった。

 苦笑いを浮かべながら紅茶を飲み、宗谷から話を切り出した。

 

「あー、何でしたっけ?ああそうだ、出身校でしたっけ?自分は出身は近衛です、出身と言えるかどうか分かりませんけど・・・・・」

 

「近衛・・・もしかして廃校になってしまった近衛機甲学校?」

 

「ええ、その通りです」

 

 ダージリンは驚いていた。まさかあのエリート学校からの生徒だったとは思っていなかった。

 

「まさか、本当に?」

 

「本当ですよ、旭日のメンバー全員が元近衛です」

 

「では、ここに来た目的は?」

 

「・・・それは、今までずっと大洗と試合してきたあなたなら分かると思いますよ」

 

 ダージリンには分からなかった、確かに今までずっと試合してきた。だがそれだけでは全く分からない。

 

「・・・何か、ヒントは無いのですか?」

 

「そうですね・・・ヒントになるかは分かりませんが、『もう1つの西住流』があったから・・・ですかね」

 

「『もう1つの西住流』?ですか・・・分かりにくいヒントですね」

 

「いずれ分かりますよ、今は分からなくてもその内に。では、そろそろ戻らないといけないので失礼します。お茶、美味しかったです」

 

 そう言うと宗谷は敬礼をしてその場を去っていった、ダージリンとルフナは宗谷をじっと見ていた。

 

「中々面白い方でしたわね。今度また会うまでに答えは考えておきましょうか」

 

「・・・私は良い方とは思えません。試合中にも関わらずに救助に専念して、相手を無視するなんて失礼ですわ」

 

「フフフ、そうですね。では、そろそろ行きましょうか、学園艦も出港しますしね」

 

 宗谷は静かに出港していく聖グロリアーナの学園艦を見送っていた。敬礼している宗谷に福田が声をかける。

 

「宗谷、お前何聞かれたんだ?」

 

「何聞かれたって言われてもなぁ、どこの出身校なのかって聞かれただけだよ」

 

 そう言うとその場を去った、福田は絶対に他に何か聞かれただろうと思いながらあとを追いかけていった。

 その後、杏は学園艦の出港まで時間があるのでゆっくり町を見てきて良いよと言い、メンバーはそれぞれバラバラに町を見てくることにした。

 宗谷たちも町を見学することにして、各自で動くことにした

 宗谷が1人でブラブラしているとかほたちにばったりと遭遇した。栞が声をかけた。

 

「あ、宗谷くんじゃん。1人で回ってんの?」

 

「ああ、そうだけど」

 

「だったらさ、私たちの買い物に付き合ってよ。買いたいもの多くてさー」

 

「買い物に付き合うのは良いけど、荷物は自分で・・

 

「じゃ、決まりね!早く行こう!」

 

 宗谷の答えを待たずに栞は先に行ってしまった、慌ててついていくかほたちに宗谷も一緒についていった。

 その景色を着物を来た女性が見ていた。

 

「・・・あら?あれは、藍かしら?」




今回も読んでくださり、ありがとうございます。感想、評価、お待ちしています。

今回の章で出てきた『ヘッドホン型インカム付きヘルメット』は宗谷たちがずっと使ってきた物なのですが、当時の近衛ではは喉に付ける『咽頭マイク』と選べるようになっていたようです。

ちなみにかほたちが使っているのは咽頭マイクなのですが、宗谷がインカムを選んだのは「喉元に付けると違和感があるから」と言うことだそうです。

福田たちも宗谷と同じヘルメットを使っていますが、旭日のメンバーになるまでは宗谷以外全員咽頭マイクを使っていたということです。



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第9章 答え無き問い 『伝統とは何なのか?』

前回のあらすじ

勝手に試合に参加した旭日機甲旅団。大洗を危機から逆転させ、勝利を納めることが出来た。
無断参加したことを怒鳴られた宗谷。しかし、これはまだ序の口だった。


 試合が終わり、かほたちは久しぶりの陸での買い物を楽しんでいた。その一方で、宗谷は荷物持ちをやらされてくたびれている。

 

「おーい、まだ買うのかよー」

 

「もう終わるよ、そろそろ休憩しようか。宗谷くんも疲れてるしさ」

 

 そして、レストランに入って席についた。宗谷はやっと休憩が出来たので大きく息を吐いた。

 

「っはぁー、疲れたぁ。みんな買うもの多すぎるだろー。特に服とかこんなに買ってどうすんだよ」

 

「宗谷くんには分からないかもね。年頃の女子はお洒落しないといけないんだから」

 

 飲み物を注文して待っていると、宗谷がさっきの試合の話を持ちかける。

 

「そういえば俺たちが合流するまでに試合はどうだったんだ?」

 

 宗谷は会話を全部聞いているとは言わなかった、()()だったとはいえ、流石に言えるわけがない。町に移動してきた時は受信機を切っていたので、荒野の時の話を聞くふりをしたのだ。

 

「大変だったよー、って言いたいとこだけど、宗谷くん私たちの会話全部聞いてたでしょ?」

 

 栞がいきなり痛いところを突いてきた、宗谷は誤魔化したが今度は通じなかった。

 

「私たちの通信機には『傍受警戒(ぼうじゅけいかい)システム』っていう機能が入っているから、傍受してたことはお見通しだからね?」

 

『傍受警戒システム』とは、過去に大洗女子学園とサンダース附属高校との試合の際、無線傍受されていたということがあった。

 そこで対応策として、万が一傍受されていた場合に警報がなるシステムが付いている通信機を備え付けることを義務付けられたのだ。

 

 そのため、武部はずーっと傍受されていたことを知っていたのだ。仮にも聖グロが傍受していたら、作戦は全て筒抜けになっていたはず。

 それなのに全くバレている様子がなかったことと、チリがかほたちのいる位置に正確に来れたことで、傍受していた相手が宗谷だと分かったのだ。

 

「え!?武部さん、それ本当なんですか!?」

 

「うん、でも町に来たとき辺りからプツって切れたけどね。いやー、宗谷くんも人が悪いねぇ。女子の会話を全部盗み聞きするなんて」

 

 そこまで言われたらもう誤魔化せないが、宗谷は誤解を解くために慌てて話を続ける。

 

「確かに聞いてはいたけど、勘違いするなよ?()()じゃなくて()()だからな」

 

「どっちも一緒だよ、全部聞いてたんでしょ?」

 

「ま、まぁ。戦況把握のために・・・・・」

 

「宗谷殿ー、ひどいであります。プライバシーの侵害でありますよ」

 

「プライバシーのことは全く聞いてないから安心しろよ」

 

 そう言ったものの、ジーッと睨まれた。さっきルフナにも睨まれたというのに・・・

 

「でも、助けに来てくれたのは嬉しかったよ。ありがとう、宗谷くん」

 

 かほは優しかった、さっき少し落ち込ませてしまったことが気掛かりだったので安心した。

 

「じゃあ罰として、ここは宗谷くんのおごりね!」

 

「は!?マジかよ!」

 

「嫌なら河島副指導員に言っちゃうよ~?」

 

 脅しだ、脅しだがここは乗らなければ後でヤバいことになることは予測出来た。

 さっき怒られたばっかりだというのにさらに逆鱗に触れさせるわけにはいかない。結局宗谷が全額払ったのだった。

 

「ったく、お前らも人が悪いぜ」

 

「私たちの会話聞く方がよっぽど悪いよ~」

 

 そんなことを言い合いながら店を出ると、やや白髪混じりで、白地に花柄の着物を来た女性が立っていた。顔立ちが誰かに似ている。

 

「藍、久しぶりね。帰ってきていたの?」

 

「お婆様、お久しぶりです」

 

 話しかけて来た女性は華の母であり、藍にとっては祖母に当たる百合(ゆり)だった。当時、華が戦車道科に入ることを嫌がっていたが、華道で新境地を見せたことで戦車道の履修を承知してくれた。

 百合はちょっとした用があって試合を見ていなかったので、宗谷たち旭日の男子6人が試合に参加しているとは聞いていなかった。

 

 華からも戦車道科に男子が入ったということも聞いていなかった。つまり、百合にとっては初対面であると同時に、新事実を知らされることになったのだった。

 百合と藍はさっきの試合のことを話していた。宗谷はかほにこっそりと話しかける。

 

「お婆様ってことは、藍のおばあちゃんってことか?」

 

「うん、百合さんって言うの。華道の家系で、『五十鈴流』っていう流派家元なんだって」

 

 2人は会話を終わらせ、かほたちの方を向いた。

 

「皆さんも、お疲れでしたね。とてもいい試合だったと聞きましたわ」

 

「いえ、攻められてばっかりでしたから。でも藍さんの射撃には色々と助けられましたよ」

 

 かほは謙虚にそう言った。すると百合の視線は宗谷に向く。

 

「あら?この方は?」

 

 宗谷は慌てて荷物を置いて敬礼しながら自己紹介をした。

 

「大洗女子学園戦車道科、旭日機甲旅団隊長の宗谷佳であります」

 

「大洗女子学園戦車道科?フフフ、面白いことを言いますね」

 

 百合は笑っていた。男子が女子学園にいるはずがない、冗談だと思ったのだ。

 

「いや、本当ですって。仮生徒ですけど」

 

 宗谷は頑なに本当の事を告げる。そして、百合の表情が変わった。驚いているのか、怒っているのか分からない、『無表情』というものだった。

 

「・・・藍、本当なの?」

 

「は、はい、お婆様。彼も戦車道科の一員です」

 

「・・・そう・・・藍、華を家まで呼んでもらって良いかしら?話がしたいの」

 

「わ、分かりました、お婆様」

 

 百合は家の方へ歩いて行った、6人は何があったのか分からなかった。そして宗谷は、なんだか嫌な予感がしていた。

 

 

ーー

 

 

 

 百合に呼ばれた華は、実家に向かって歩いていた。その途中で人力車を引いている男性に呼び止められた。五十鈴家の奉公人を勤めている新三郎(しんざぶろう)だ。今は結婚しているが、今でも奉公人として五十鈴家に使えている。

 

「お嬢、お久し振りです。帰ってきていたのですか」

 

「新三郎、久しぶりですね。それと、お嬢はやめてください、恥ずかしいです」

 

「実家に向かうところですか?」

 

「ええ、お母様に呼ばれて。藍が何かしたのかしら」

 

「藍お嬢は何かやらかすようなことはしないと思いますが、とにかく行きましょう。お乗りください」

 

 華は人力車に乗り、実家へ向かった。思い当たる節は無い、あの時は戦車道科の履修を許してはくれなかったが藍の時は喜んでいた。

 といっても、内心は華道の履修を望んでいたようで少し残念そうにもしていた。今になって戦車道の履修をやめさせなさいとでも言われるのか、華は心配だった。

 家に着くとみほが家の前に立っていた。華が呼ばれたことを聞き付けて待っていたのだ。みほも藍が華道の履修を咎められると思い、仲介役をしてあげようと思ってきたのだ。

 

「呼ばれたことを聞いてきたの。どういう話なのか聞いてる?」

 

「いいえ、何も聞いていませんわ。藍からも来るようにとしか」

 

「そう、やっぱり藍さんのことかな?」

 

「だとしても、何とかして説得しますわ。藍も戦車道の履修を頑張っているというのに、今さら別の科目を履修させるわけにはいきません」

 

 そういうと2人は家の中へ入っていった。その様子をかほたち6人組が見ていた。藍は不安そうにしている。

 

「お婆様がお母様を呼ぶなんて・・・まさか!戦車道の履修を止められるとか!」

 

 慌てる藍を栞が宥める。

 

「だ、大丈夫だよ。初めは百合さんも賛成だったんでしょ?」

 

「初めはそうでしたけど、元々華道の履修を望んでいたので、華道の履修にしてほしいって言われるかもしれません」

 

 会話を聞いていた宗谷はある提案を持ちかけた。

 

「だったら直接聞けば良いじゃんか。五十鈴、ちょっと家に上がっても良いか?」

 

「構いませんけど、何をする気なんです?」

 

 

ーー

 

 

 

 そして、6人は話し合いがされているであろう部屋の前に来た。

 

「こんなの絶対にバレるって!やめようよ!」

 

「バカ、静かにしろ。そんなことしてたらすぐバレるぞ」

 

 かほが何とか落ち着かせて、耳を澄ませる。襖越しから華の声が聞こえてきた。

 

「あの、お母様?私、呼ばれるようなことをしたつもりはないと思うのですけど」

 

 百合は静かに目をつぶっていた。緊迫感の中、みほが話を切り出した。

 

「どうして華さんを呼んだんですか?まさか、藍さんに戦車道の履修を辞めさせる訳ではないですよね?」

 

「・・・華を呼んだのは藍のことではないわ。大洗女子学園に男子がいると聞いたの。どういうことなのかしら?何故、女子学園に男子がいるの?」

 

 外で聞いてた宗谷は冷静さを失いかけた。五十鈴家が絡んでくるほどの大事(おおごと)になるとは・・・

 

「お母様、宗谷くんに会ったんですか?」

 

「ええ、4号戦車の乗員たちと一緒に歩いているところを見かけたわ。女子学園に男子がいるなんて、ふしだらにもほどがあります」

 

 百合は宗谷のことを嫌っているようだ。みほは何とか宗谷たちをフォローしようとする。

 

「でも、宗谷くんたちは悪い人たちじゃありません、とてもいい人ですよ」

 

「宗谷くん()()?まだ他にもいるの!?」

 

 みほは口を滑らせてしまった。百合からしてみれば、宗谷以外にも男子がいるなんて信じられないこと。みほはが今さら訂正しても遅いと思い、ありのまま伝えることにした。

 

「そ、そうです。宗谷くんを含めて6人います」

 

「そんなに・・・華、どうしてすぐに伝えなかったの!」

 

 百合は余計に怒り始めてしまった。華はおそるおそる答える。

 

「それは、私たちも伝えられたのはあまりに突然だったので伝える時間が無かったんです」

 

「だとしても、それほど大事ならすぐに伝えるべきでしょう!?男子たちと一緒に授業を受けるなんて、今すぐに学園長に電話します!」

 

「お母様!この件は学園長も把握していますし、彼らも戦車道科の一員として試合に出ることが決まっています!」

 

 外でこの言い争いを聞いている6人は複雑な気持ちだった。藍の履修の件では無かったものの、旭日の今後の事には大きく関わることだ。

 藍は一言言いたかったが、今の百合にどんな言葉をかければ良いのか分からず困惑していた。しばらくしてみほが何とか宥め、お互いに落ち着いた。

 

「百合さん、驚くのは分かりますが彼らは立派な戦車道科の一員です。近衛が廃校になってしまって、行く場所を失っても、戦車に乗りたいという想いで大洗に来ているんです」

 

「理想だけで語るなら簡単です。彼らは戦車道という伝統ある武芸を汚しに来ているのも同然、行く場所を失ったからここに来たなんて、いい迷惑だと思わないんですか?」

 

 2人は何も言えなかった。百合が言っていることは間違っていない、むしろ受け入れたこっちが間違っているのかもしれない。しかし、今の彼らは大切な戦車道の生徒だ。追い出すなんて出来ない。

 部屋の外で話を聞いていた宗谷は、思い詰めた気持ちでいた。『手助け』のつもりで来たのに、『伝統を汚しに来た』と思われていたことがショックだった。だが、そう思われても仕方ない、元々女子しか出られない武芸なのだから。

 

「宗谷くん、大丈夫?」

 

 かほが心配そうに話しかけた、宗谷はため息をついた。

 

「まぁ、仕方ないな。だけど、言われっぱなしでここを離れるわけにもいかないな」

 

 そう言うと立ち上がり、部屋の扉をノックする。

 

「どうぞ」

 

 百合の声が聞こえてきた、大きく深呼吸をして扉を開けた。みほは慌てた。

 

「そ、宗谷くん!?いつからそこにいたの!?」

 

「すみません、最初から全部聞いてました。藍さんに誘われて来たんですけど、ここを通ったら話が聞こえてきたので、つい」

 

「藍に誘われて来て、たまたまここを通り掛かった時に聞いた」。こう言えば、藍には音沙汰なしで済むと思ったのだ。

 みほと華は言葉が見つからなかった。こんなことを最初から聞いていたと言われたら、なんて言ったら良いか分からない。

 

「・・・みほさん、華、ちょっと席を外してくれないかしら。2人で話がしたいの」

 

 そう言われ、2人は部屋を出た。部屋の中は宗谷と百合の2人だけだ。外に出た2人はかほたちも聞いていたことを知って驚いていた。

 

「あなたたちも最初から全部聞いてたの!?」

 

 かほは呟くように答えた。

 

「う、うん。全部聞いてたよ」

 

「ごめんなさいお母様、戦車道の履修をやめろって言われるんじゃないかと思って」

 

「だとしても、盗み聞きは良くないでしょ」

 

 みほに叱られ、しょぼんとなる5人。そしてかほがみほに宗谷のことを問う。

 

「宗谷くんどうなるの?百合さん相当怒ってたみたいだけど」

 

「それは分からないわ。後で分かると思うから、今は退くわよ」

 

 華とみほが5人を連れ出し始めた頃、宗谷と百合は無言無表情で向かい合っていた。どちらも何も言わず、息を殺しているのかと思うほどに静かだった。

 このままでは時間だけが過ぎていくだけだ、学園艦の出航に間に合わなくなるので宗谷から話始めた。

 

「先程、『伝統を汚しに来た』って言ってましたよね?あれってどういう意味なんです?」

 

「そのままの意味です。戦車道は伝統ある武芸であることは分かっているでしょう?」

 

「ええ、勿論です」

 

「元々女子しか出られない武芸なのに、行く場所が無いというだけで大洗女子学園に来るなんて、どういうつもりなんです?」

 

 強めの口調が宗谷を攻める。だがそれにも動じず、宗谷は質問に答える。

 

「西住指導員が言ったことには、少し語弊があります。()()()()()()()()()()ではないんです。確かに失いましたけど、その後の進路はここじゃなくてもありました」

 

「じゃあどうして大洗に来たんです?他にも進路があったにも関わらず、大洗を選んだんですか?」

 

 厳しめの口調で百合が聞き返す。宗谷は少し間を置いて答えた。

 

「大洗女子学園戦車道科のメンバーと一緒に勝ち抜くため、そして、守り抜くためです」

 

 本当は『もう1つの西住流があったから』と言いたかったが、そう言っても納得されないだろうと思ってあえて言わなかった。

 

「・・・守り抜くため?どういう意味です?」

 

「今の大洗は、誰かが手を差し伸べなければならない状態にあるんです。その状態から救わなければならない、私はそのために居るんです」

 

 大洗がそんな状態だと聞いたことはない。百合は怪しんでいたが、宗谷は構わず話を続ける。

 

「話は変わりますが、伝統に対する思い入れが強いあなたにとって、伝統ってどんなものなんですか?」

 

 唐突に全く関係ない話を振る宗谷、百合は顔をしかめた。

 

「いきなり何なんです?」

 

「正直、私は伝統というものは良く分からない物ですから、伝統をそこまで思うあなたなら答えられるのではと思いまして」

 

「それは・・・えっと・・・」

 

 百合は答えられなかった。『伝統』を深く考えたことは無かった。この五十鈴家に生まれた時から伝統というものは当たり前のようにあり、ずっと付きまとってきた。

 守らなければならない、後世へ伝えなければならないという使命を背負いながら生きてきた。それなのに、いざという時になって、『伝統とは何なのか』と聞かれても答えが見つからなかった。

 

「・・・私にとっての伝統なんて分かりません。でもこれだけは言えます、伝統は伝えられてきたことを守りながら後世に伝えるものだと」

 

 自分にとっての伝統何て分からない。でもこの答えは、間違っていないはず。ありのままを伝えて受け継いでいく、自分もその通りにしてきたのだから。

 

「では、私からも質問します。あなたは、伝統をどう思っているんです?」

 

 百合が同じ質問を返す、すると宗谷はこう答えた。

 

「私もあなたと同じ考えです。ですが、してきた通りにするだけでは、決して守っては行けない。だから、変えられるところを変えて、本質は守り、伝えていくものだと、思っています」

 

「それが、あなたの思う伝統・・・ですか?」

 

「はい。納得して貰えないでしょうが、それが私が思う伝統です」

 

 宗谷の目は真剣だった。華が戦車道の履修を認めてほしいと言ったときと同じ目だ。百合はその目を静かに見ていた。

 

「あの、そろそろ学園艦に戻らないと間に合わなくなりますよ」

 

 華が宗谷を呼びに来た、まだ解決していないがタイムリミットだ。

 

「分かりました。では百合さん、お元気で」

 

 そう言い残すと部屋を出て、五十鈴家を後にした。そして学園艦を繋ぐ連絡艦に乗っているとき、かほが宗谷に聞いた。

 

「宗谷くん、あれからどうなったの?」

 

「結局解決しなかったよ、まぁ伝統を背負っている人なら簡単に認めてくれるはずはないんだけどさ」

 

 宗谷は笑っていたが、内心は残念な気持ちでいた。『伝統を汚しに来た』という言葉は心に刺さった、そう思う人もいることは何となく分かっていたはずなのに、言われるとどうしても気にしてしまう。

 町に戻ると福田が話しかけた。

 

「おい、宗谷。聞いたぜ、大変だったな」

 

「え?そうでもねぇよ」

 

「あ、あの!」

 

 あいかが宗谷を呼び止めた。後ろには1年生組6人も立っていた。

 

「ん?どうした?」

 

「今日の試合、助けてくれてありがとうございました!」

 

「「「「「ありがとうございました!」」」」」

 

 いきなりお礼を言われて宗谷は困惑してしまった。助けには行ったがお礼を言われるほどのことをしたとは思っていなかったからだ。

 

「え?え?いや、あの・・・わざわざお礼なんて言わなくても良いのに、俺たちは当然のことをしただ」

 

「それでも、助けに来てくれたことはすごく嬉しかったです!」

 

「お礼ぐらい言わせてください!宗谷先輩!」

 

「駆けつけてくれた時、凄く安心したんですよ!」

 

 あまりに迫られるので、宗谷はどう言えば言いか分からずあたふたする一方だ。福田は笑っていた。

 

「ハハハ、良かったな、宗谷。お前も少しは慕われるようになったってことだろ?先輩何て言われちゃって、羨ましいぜ」

 

「それは嬉しいというか、何というかだけどな」

 

 そんな様子をみほと梓が懐かしそうに見ていた。初めての試合の時、M3のメンバーは全員砲撃の恐怖に耐えられずに逃げ出してしまったことがあった。

 試合の後に全員でみほに謝った、『逃げ出してすみませんでした』、そう言った。

 

「懐かしいね、梓さん。37年前もこんなことあったよね?」

 

「はい、聖グロの攻撃に怯えて逃げちゃって、みんなで謝りにきましたよ。みほさん怒ることなく許してくれましたよね」

 

「初めての試合だったから、怯えちゃっても仕方なかったと思うよ。それにみんな頑張ってたし、怒るところなんて無かったもん」

 

 みほはそう言って笑っていたが、黒森峰だったら戦車道科を辞めさせられていたに違いないだろうと思っていた。試合に『敗北』の2文字を残すのは許されないところなのだから。

 

ーー

 

 

 五十鈴家では百合が1人で縁側に座り、夜空を見ていた。そして宗谷に言われたことを思い返していた。

 

『変えられるところを変え、本質を守り伝えていくものだと思います』

 

(・・・・・宗谷さんが言っていることが正しいはずないのに・・・何なんでしょう、この気持ちは・・・それにあの目は、あの時の華に良く似ていた。戦車道の履修を認めて欲しいって言ってた、あの時の目に・・・)

 

「百合様、お茶が入りましたが」

 

「ありがとう新三郎、そこに置いておいて」

 

 新三郎がお茶を置いてその場を離れようとしたとき、百合が宗谷に言われた質問をしてみた。

 

「新三郎、伝統ってあなたにとってはどんなものなの?」

 

「伝統ですか?えっと・・・」

 

 新三郎も答えられなかった。伝統がどういうものなのかというのは答えられるが、()()()()()()()()()()()()と聞かれると、答えは見つからなかった。

 

「すみません、分からないです」

 

 新三郎は頭を掻きながら答えた。

 

「そうよね、やっぱりこの質問の答えは分からないものね」

 

 百合は笑った、そんな百合に新三郎が気になっていたことを聞いた。

 

「あの、さっき来ていた・・・名前は分からないんですけど、あの男子と何を話したんですか?」

 

「何故大洗女子学園に来たのかを聞いたの。そしたら、彼は『戦車道科を守り抜くために来た』って言ったわ。その後に今あなたに聞いた質問を聞かれたの、『あなたにとって、伝統って何なんですか』って」

 

「それで、百合様はなんて答えられたんです?」

 

 答えはすぐに帰ってこなかった、新三郎は聞いてはいけないことを聞いてしまったかと思ったが答えは返ってきた。

 

「私も答えられなかったわ。正直分からなかった、伝統と常に一緒だったから自分にとってなんて考えたこともなかった」

 

「そうですか。と言うより、この質問に答えなんてあるんですかね?」

 

「いろんな答えがありすぎてこれという答えは無いと思うわ。人によって考えは違うもの」

 

 百合は夜空を見上げながら微笑みを浮かべた、空は無数の星が輝いていた。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

「よーし、じゃあ行ってこーい!」

 

 あの試合から2日後、格納庫前にまたこの声が響く。ようやく故障車の修理が完了した。戦車道科履修生が各戦車に搭乗し、練習場へ向かっていく。宗谷たち旭日のメンバーも一緒だ。

 

「よーし、2日ぶりの練習だ!全員しっかりと勘を戻せよ!」

 

 宗谷は張り切っていた。2日前に言われたことを全く気にした様子はない、福田は少しホッとしている。そして笑顔で話しかけた。

 

「2日ぶりの練習って、試合が終わった後も俺たちは自主練ばっかしてたじゃねぇか」

 

「意気込みだよ!さぁ頑張るぞ!」

 

 乗り込む前も今も、宗谷はこんな感じだった。福田たちはいつもよりも元気だなぁと思っていたが、かほは空元気を出しているのではないかと心配していた。

 この2日、お互いにずっと座学を受けていた。その都度宗谷を見ると何処か思い詰めているような感じが伝わっていた。話し掛ける度に「大丈夫だよ」と笑い飛ばしていたが、いつもと少し違う感じだと思うのだった。

 

ーー

 

 

 練習が終わり、旭日のメンバーがチリの整備をしている最中、またかほが宗谷を呼びに来た。今度は真剣な顔をしていた。

 

「宗谷くん、ちょっといい?」

 

 かほに呼ばれて宗谷は振り向いた。

 

「うん?ああ、ちょっと待っててくれ、すぐ行く」

 

 福田たちに整備を任せ、宗谷とかほは女子学園を後にした。宗谷は黙ってかほに付いていくと、海が見える展望台に着いた。

 

「何だ?今度は2人でゆっくりと景色でも見ようってことか?」

 

 冗談半分で聞いてきた宗谷に、かほは真剣な声で聞き返す。

 

「宗谷くん、あの日以来ずっと変だよ。今までと違ってテンション高いし、話し掛けても上の空じゃん」

 

「・・・・・そうか?」

 

「もしかして、百合さんに言われたことを気にしているの?」

 

 宗谷は一瞬戸惑いを見せたがすぐ笑顔を見せた。

 

「まさか、気のせいだよ」

 

「嘘つかないで!あなたがすごく落ち込んでいるのは分かっているのよ。だから、本当のことを話して!」

 

 宗谷は問い詰められ、何も言えなかった。10秒程の沈黙のあと、宗谷はため息をついた。

 

「五十鈴の婆ちゃんに言われたことが忘れられなくてな。『伝統を汚しに来ているんだ』って、守るためにいるつもりなんだがな・・・・・」

 

 宗谷は前屈みで柵にもたれ掛かった。声は落ち込んでいたが、かほにはいつもの宗谷に見えた。

 

「話は、それだけか?じゃあ俺は帰るぞ」

 

 宗谷はその場から去ろうとした。だがかほは呼び止めるように話し掛ける。

 

「そんなことない。宗谷くんは、間違ったことはしていないよ!正しいのかは分からない。でも、私は間違っていないと思う!」

 

 かほは真剣に訴えた。その姿を見て、宗谷はフッと鼻で笑った。

 

「なっ、何か可笑しい?」

 

「いや、君もそんな真剣な目をするんだなって思ってさ。それに、何か吹っ切れたよ。ありがとな」

 

 笑顔を見せる宗谷に、かほは安心した。

 

「なぁ、今からルノー行くか?」

 

「いいね、じゃあ宗谷くんのおごりね!」

 

「またかよ、まぁ良いか。じゃあ行こうか」

 

 2人はルノーに向かって歩き始めた。戦車道の全国試合まで、後2週間。

 

 

 




いかがだったでしょうか。当たり前にあるものがいざ自分にとってはどうなのかと聞かれると中々答えが見つからないものだと思います。
宗谷が言っていたことも一理あるかもしれませんが、答えはと言われても見つからないかも知れません。

感想、評価お待ちしています。


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第10章 波乱の開会式

前回のあらすじ

華の母である百合は、『大洗女子学園に男子がいる』ということを聞かされる。百合は『伝統ある武芸を汚しに来ている、すぐに追い出せ』とみほと華に強く言い放った。

その言葉を聞いた宗谷は、誤解を解こうと思い、百合と2人きりで話をしたが、誤解を解くことは出来なかった。戦車道をするに辺り、多少の不安要素はあるが、宗谷はその不安を振り払って開会式に向かっていった。


 聖グロとの練習試合から1週間後、大洗女子学園戦車道科のメンバーは、全国大会の開会式の会場に来ていた。宗谷たち旭日のメンバーも一緒だ。

 ただ男子が参加するなんてことは今までなかったのでかなり目立つ。周りからチラチラと見られていたが宗谷は全く気にしていなかった。それどころか開会式の壮大さに感激していた。

 

「いやー、スゲーなぁ。流石全国大会の会場ってだけあるな」

 

 何も気にしていない宗谷に対して、福田はそんなことを思えるほどの余裕はなかった。周りの視線がかなり痛いのだ。

 

「なぁ宗谷、俺たちかなり浮いてるよな・・・」

 

「そんなの分かりきったことだろ?今更気にしても仕方ないって」

 

「そりゃそうだけどさぁ・・・・・俺たち参加しなくて良かったのにわざわざ鮫のいる海に飛び込むような真似しなくても・・・・・」

 

 男子がいるというだけで批判の声を買われることは分かりきっていたことなのに、わざわざ参加することを選んだのだ。何かあるのではないかと勘づいていた。

 

「武道の嗜みとして、開会式に参加せずに本戦にしかでないなんて失礼千万だろ?」

 

 いや、武道としての失礼がないようにしたかっただけだった。みほは無理に参加しなくてもいいよと言ったのだが、『自分達も参加します』の一点張りだったので、仕方なく参加させたのだった。

 福田はかなり気にしていたが、他の5人は楽しそうに会場を回っていた。岩山は売店でグッズを買い、柳川は会場を回りながら写真を撮り、水谷は北川と一緒に散策していた。

 楽しそうにしている姿をみほたちは嬉しそうに見ていた。懐かしい景色と新しい景色が目に写る。

 

「私たちも、37年前の今頃はこんな風に会場を歩いていたのかな?」

 

「そうかもね、でも今は宗谷くんたちがいるから何か昔と違う感じがするなぁ」

 

「あら、西住さん」

 

 声をかけてきたのはダージリンだった。まさか会場で会うことになるとは驚きだ。

 

「ダージリンさん、また会いましたね」

 

「2、3ヶ月ぶりに会うみたいな言い方ですね」

 

『フフッ』と笑うダージリン、その間に入るように宗谷が挨拶する。

 

「ダージリンさん、お久しぶりです」

 

「まだ1週間程しか経っていませんわ。それより、あなたの理由の意味をずっと考えていたのだけれど、結局分からなかったわ」

 

「見つからないのは仕方ないと思いますよ。こんな名言を知っています?『判断材料が無いのに推論するのは禁物だ』」

 

「シャーロック・ホームズの言葉ですわね。確かに判断材料はありませんし、これと言って確信付けられるものもありませんしね。いずれ分かりますわね」

 

 そう言い残すとその場を去っていった。ダージリンはこの1週間ずっと考えていた。

 

『ここに来たのは、もう1つの西住流があったからです』

 

 宗谷が言い残した『もう1つの西住流』とは、一体何なのだろうか?西住流と言えば『撃てば必中、守りは固く進む姿に乱れなし。鉄の掟、鋼の心』と聞いたことがある。

 射撃も防御も動きも全てに無駄を見せまいとする感じだが、この流派で15連覇を達成したと言っても過言ではない。名の通り、射撃は百発百中で防御力が高いドイツの戦車を使っている。そして隊列も乱れることがない。

 西住流の後取りになったまほはこの流派を守り続けていたが、みほは正反対の行動を見せてまほに勝った。だがもう37年も前のことだし、みほ自身で新しい流派を作ったと言うことも聞いたことがない。だとしたら宗谷自身の解釈で言ったのかもしれない、そう思ったのだった。

 

〔まもなく、戦車道全国大会の開会式を始めます。出場校はの代表者は、対戦相手のくじ引きを行いますので集合してください〕

 

 開会式が始まる、ダージリンは聖グロのメンバーと合流するために中に入っていった。

 

ーー

 

 

 会場の中はざわめきあっていた。どこの学校と試合をするのか、どの戦術でいくか、そんな声が飛び交っている。

 ステージには協会長のしほ、黒森峰戦車道科科長を勤めるまほ、そして副科長を勤める逸見(いつみ)エリカが机越しに座っていた。宗谷たちは席がなかったので立っていた。福田がため息をつく。

 

「ハァー・・・席がないっておかしくねぇか・・・?」

 

「足腰鍛えると思えば何てこたぁねぇよ」

 

「まぁ・・・そう思えば良いか・・・」

 

 岩山の笑顔を見て、福田は気にしなくなった。始まりを待っていると、ステージに進行役の女性が立ち、開会を宣言した。

 

 〔それでは、これより戦車道全国大会の開会を宣言します!〕

 

 会場が一気に歓喜に包まれる。慣れないメンバーは一瞬ビクッとなる、宗谷たちも一緒だった。そしてトーナメント決定のために各校の代表者たちが会場の真ん中に集合する。

 トーナメントの決定方式は、公平的にくじ引きで決まる。公平という一方で、1回戦目からいきなり強豪校と当たる可能性がある。栞は不安そうにかほがくじを引くところを見ていた。

 

「う~、緊張する~。去年1回戦目で黒森峰と当たったから今年こそは別の学校と当たりたいよ~」

 

 栞の一言に福田も一気に緊張感が増した。

 

「そうなると最悪だな・・・・・」

 

 そして、かほがくじを引いた。出てきた数字は8番、幸いにも1回戦目は黒森峰ではなく、決勝まで当たることもなかった。さらに運が良いことに、シード下に入ったので2回試合をしたら決勝戦に上がれる。

 大洗のメンバー全員がホッとしていたが、誰よりもホッとしたのは杏たち科長3人組だった。杏は小さくガッツポーズをしている。

 

「よーしよし、これで1回戦は何とかなるかな?」

 

 苦笑いを浮かべる柚子。

 

「去年はいきなり黒森峰と当たって絶望感しかありませんでしたからね」

 

 冷や汗を滲ませる桃。

 

「1回戦突破だけじゃダメですよ。ここで勝ち上がってくれなきゃ困ります」

 

 そうだ、決勝まで勝ち上がり優勝してもらわないとならない。大洗は窮地に追い込まれている、優勝してくれなければ抜け出せなくなる。

 

〔それでは、西住協会長よりお言葉を頂きます。西住協会長、宜しくお願いします〕

 

 進行役がしほにマイクを渡した。しほがステージの真ん中に立つ。

 

〔今年も戦車道全国大会の季節が来ました、あなたたちの成長には目を見張るものが多いと感じています。新しく戦車道を始める1年生もいれば、そして再びこの舞台にたつ2、3年生もいます。常に勝つことを先に見据え、試合に挑んでもらいたいと思っています。以上です〕

 

 会場が拍手に包まれる、みほから見れば何処か遠い存在に見えた。北沢が宗谷に話しかける。

 

「目を見張るものが多いってさ、こりゃ勝ち上がるの辛いなぁー・・・あれ?」

 

 横にいたはずの宗谷がいつの間にか消えていた、さっきまでいたはずなのに。

 

「おい、宗谷何処行った?」

 

 コソッと柳川に聞いたがいついなくなったか気付いていなかった。メンバー全員も同じで、何処に行ったのか誰も知らなかった。

 会場を見渡しても宗谷らしき影はない、そんな状態で式は終わりを迎えようとしていた。進行役が終わりを告げようとしたとき、逸見がマイクを取った。

 

〔突然ですが、皆さんは近衛機甲学校という防衛学校を知っていますか?〕

 

 静かだった会場がざわつき始めた、初めて聞いた人もいれば名前だけ知っている人もいる。だが今何故、この話をするのか誰にも分からなかった。しほとまほも顔を見合わせたが心当たりがない。

 

〔何故こんな話をするのか、疑問に持っている人が大半だと思います。理由は簡単です、今ここにその元近衛だった男子たちがいるからです、ライトを当てて!〕

 

 カッとライトが大洗側に当てられた、だが目標は大洗ではなく5人しかいない旭日のメンバーだった。みほたちはこんなことになるなんて当然知らなかった。勿論、残った福田たちも同じだ。手で光を遮りながら岩山が福田に話しかけた。

 

「なぁ、この開会式って新人はこんな風に見せびらかせられるなんてあったっけ?」

 

「あるわけねぇだろ、それだったら今頃1年生がこんな風にされているだろ」

 

 立って参加していたのでより一層目立つ、会場中は男子がいることを知り騒ぎ始めた。そんな状態の中、逸見は旭日のメンバーに呼び掛けた。

 

〔あなたたちの隊長と話がしたいの!今すぐここに来るように言いなさい!〕

 

 そう言われてもいない人を呼ぶことは出来ない、福田はステージにいる逸見に向かって大きな声で叫んだ。

 

「俺たちの隊長はどっかに行っちまってますよー!ここにいる連中に聞いても誰も知らないって言ってまーす!」

 

〔携帯とかで呼びなさい!今すぐに話がしたいの!〕

 

 逸見はそう言うが携帯を持っていないのにどうやって呼べば良いのだろうか?ただただ焦りしか出ないし、宗谷は戻ってこない。とりあえず探しに行こうとしたとき、宗谷が戻ってきた!福田は焦り気味で問い詰める。

 

「お前!何処行ってたんだよ!」

 

「トイレ探してたんだよ、全くなくてさ。で?これどういう状況だよ」

 

 状況判断が全く出来ない。トイレに行って帰ってきたら何故かライトアップされている、福田はステージ前に行くように言った。

 

「呼ばれてるぞ、早くステージ前に行けよ!」

 

「呼ばれてる?何で?」

 

「良いからさっさと行け!」

 

 早く行くように促し、宗谷は慌ててステージ前に来た。目の前にはしほとまほと逸見、回りには他校の戦車道科の生徒が見ている。

 会場中ざわめきが増した、深緑の服を着た男子が立っている。何故男子がいるのか、そんな声が飛び交う。見渡している宗谷に、逸見が質問をする。

 

「あなたが元近衛の男子ね、名前は?」

 

 ありきたりな質問にビシッと敬礼をしながら答える。

 

「旭日機甲旅団隊長兼チリ車長、宗谷佳であります!」

 

 自己紹介する宗谷を差し置き、まほが逸見に聞いた。

 

「逸見、これはどういうつもりだ?」

 

「見せしめですよ、男子がいるべき場所ではないことを教えるための」

 

 まほは納得がいかないが、しほはいい機会だと解釈していた。どういう人物なのかを見るのには丁度良い、しほがマイクを手に取った。

 

「あなたが、大洗女子学園に来た男子生徒?」

 

 しほの一言で会場がシーンとなった、声が嫌と言うほど響くが宗谷は声を張り上げて答える。

 

「そうです」

 

 声が会場の隅まで響く、それでも気にしていない。ただ質問に答えているだけなのだから。

 

「まず1つ、何故大洗を選んだの?」

 

「何故・・・ですか。強豪校に興味が無かったからと言うべきですかね?それに、黒森峰に入学させてくれなんて言ったところで受け入れてはくれないでしょう?」

 

 理由をはっきりと述べた。福田たちは余計なことを言わないか心配しながら様子を伺っていた。気づけば公開処刑でも見ているような雰囲気に包まれていた。

 

「確かに、男子を黒森峰に入れるなんて考えた事がないけど、理由はそれだけ?」

 

「もう1つあります。ここを選んだきっかけと言うべきですかね」

 

「何?はっきり言いなさい」

 

 大きく深呼吸をして、5秒ぐらい間を開けて答えた。

 

「『もう1つの西住流』があったからです」

 

 会場がまたざわめき始めた。西住流といえばあの西住流だ、もう1つの西住流なんて存在するのだろうか?当然しほもまほもそんなものは知らない。

 

「もう1つの西住流?何か勘違いしているようだけど、西住流は1つだけよ?」

 

「そうでしょうか?では聞きますが、37年前に西住みほ指導員が黒森峰に勝った時に見せた戦術は、西()()()()()()()と言うんですか?」

 

 まほはハッとした。37年前にみほとの一騎打ちの時に見た戦術は西住流と少し違ってはいたが、100%そうではなかったとも言い切れない。

 見た目は少し変わっていたが、流派として芯を貫いていたように感じた。まほはそう思ったがしほは違った。

 

「・・・そうよ、あんなものは西住流ではないわ」

 

 冷たくあしらわれた。その一言は、西住流に反することをしていると言っているようなものだった。

 

「『あんなもの』、ですか・・・ずいぶん冷たいですね。自分の娘が新しい戦術を作ったというのに」

 

「所詮その場しのぎで作ったものに過ぎないわ。あなたは、本当の西住流を知らない」

 

「確かに、その通りです。ですが、()()()西住流は、聞く限りではとても冷たくて、固いように感じますがね?」

 

 宗谷の指摘に逸見が反応する。

 

「失礼だぞ!あの素晴らしい流派をコケにする気か!」

 

「落ち着け逸見、まだ話は終わっていない」

 

 まほが宥め、逸見は大人しく指示に従った。そして次にまほが聞いた。

 

「冷たくて、固い感じたと言ったわね、どういう意味かしら?」

 

「西住流は、『撃てば必中、守りは固く進む姿に乱れなし。鉄の掟、鋼の心』、でしたっけ?」

 

「・・・それが何か?」

 

「西住流は素晴らしい流派だと思います。しかし、自分には鉄のように冷たく、そして固い規則に縛られている、そう感じたんです」

 

 鉄のように冷たく、固い規則に縛られている。あくまでも宗谷の見解だがまほには何故か響いた。

 

「では、今のが私が思う西住流であるなら、『もう1つの西住流』とは何なのかしら?」

 

 厳しい口調でしほが聞き返す、宗谷は真っ直ぐにしほの目を見ながら答える。

 

「西住流の言葉を借りるなら、『自由な発想、奇術で挑みチームワークで切り抜ける。自由な掟、楽しむ心』、それがもう1つの西住流ですかね?」

 

 ニッと笑う宗谷、そしてみほは何処か嬉しかった。特に気にしたことは無かったが、そういう風に捉えてくれた人がいたということが何よりも嬉しかった。ただしほは納得がいかないようだ。

 

「試合に『楽しむ心』、何て必要ないわ。そんなものは邪魔になるだけよ」

 

「時にはそんな心も必要だと思いますが、あなたがそう言うならそうなんでしょうね」

 

 岩山たちはハラハラしながら見ていた。呼ばれていたから行かせたのだが、協会長相手に遠慮無しに自分の考えを語っている。柳川が心配そうに福田に話しかける。

 

「おい、そろそろ止めないとヤバいんじゃねぇか?」

 

 福田は半分諦めているというべきなのか、平然と会話を見ていた。

 

「呼んだのはあっちだからなぁ、それに宗谷が目上に対してもあんな感じだってことは前々から知ってただろ?」

 

「だからってこれ以上続けたら協会長組敵に回すことになるぞ」

 

「大洗女(ここ)子学園に来た時点でもう敵に回ってたよ」

 

 福田は静かに笑っていた。『笑っている場合じゃないだろ』と心の中でツッこんだのは言うまでもない。

 そしてステージ前はいつの間にか沈黙していた。宗谷としほはただ静かに目を合わせている。あまりの静かさに堪えかねたのか、まほが口を開いた。

 

「あなた自身は、それがもう1つの西住流だと捉えているのか?」

 

「私から言わなくても、家族であるあなたならすぐに気づけたと思いますが。西住指導員と決勝戦で戦ったあなたなら、西住まほ科長」

 

 宗谷の目線がまほに変わる。急に視線が変わり、まほは一瞬戸惑いを見せた。

 

「・・・私も、お母様と同意見だ。『もう1つの西住流』何てものは、無い」

 

 まほはそう答えたが、本心はみほの見せた戦い方に魅了されたところがあった。認めたかったが、しほの圧が掛かったこともあるので素直に認められなかった。

 誰にも見えない位置で、強く握りこぶしを作った。そして宗谷の視線がしほに戻る。

 

「あ、今更ですけど試合の出場許可を出してくれたことは感謝しています」

 

「勘違いしないで。あなたたち元近衛の実力が見たかっただけ、情に負けて許可を出したわけではないわ」

 

「そうですか、じゃあ俺たちはそれなりに覚悟を見せないといけませんね」

 

 そう言うと、休めの姿勢を取り、しほに向かって大声で叫んだ。

 

「大洗の平和は、この1戦にあり!我々旭日は、如何なる時も、大洗と共に戦い抜く!そして、『大洗伝統護衛の任』を成功させることを、今ここで宣言する!!」

 

 覚悟を見せた宗谷に対し、『おおー』っと静かに歓声が上がる。その姿を見て、福田たちも覚悟を見せる。

 

「旭日機甲旅団副隊長、福田彰以下5名!宗谷隊長に付いて参ります!一同、敬礼!!」

 

 旭日の5人が一斉にビシッと敬礼をする。覚悟を決めた言うべきか、表情は真剣だった。それに対し、宗谷も敬礼を返し会場は一気に湧いた。そして、しほは宗谷にこう言った。

 

「・・・伝統護衛、と言ったわね。大洗女子学園を最後まで守れるのかしら?」

 

「目的は、必ず達成させる!それが我が旭日機甲の誇りであり、使命であります!我が旭日に二言はない!」

 

 そう言い残すと宗谷はその場を後にした。会場は困惑と歓声が交差していた、杏は冷や汗をかいた。

 

「ヒェー、やってくれるねぇ。協会長相手にも容赦ないね」

 

 そう言う杏に福田が笑いながら言った。

 

「すみません、うちの隊長はあんな感じですから。でもあんな破天荒だからこそ、この旅団を引っ張っていけているんでしょうけど」

 

 こうして、開会式は幕を閉じた。参加した生徒たちは旭日がどういった戦術を見せるのか、どんな人たちの集まりなのかを噂していた。

 分かっていることは、『謎に包まれている旭日機甲旅団6人は、協会長の前で覚悟を見せた』、ということだけだ。今後この旅団が大洗女子学園と勝ち上がって来るのかは、また別の話である。

 

ーー

 

 

 会場は生徒全員が出ていったのでがら空きになった。静かになったステージの上に、杏と逸見が立っていた。杏が逸見に問いただしている真っ最中だ。

 

「あなたでしょ?聖グロに私たちの情報を流したのは」

 

「ええ、その通りです 」

 

 逸見は誤魔化さず、素直に答えた。変に誤魔化されるよりかはマシだが、杏は怒った。

 

「何でこんなことをしたの!」

 

「ここは男子が来るべき所じゃないっていう見せつけです。『ここはあなたたちがいるべき場所じゃない』って思わせるために。ですが、協会長が話始めたので、そのまま流れに任せただけです」

 

 逸見は全く罪を感じていないらしい。むしろやりきったという感じしか伝わってこない。せせら笑いを浮かべる逸見に怒りを覚えた。

 

「言っておくけど、()()()()()()にこれ以上手出ししたら許さないからね」

 

「もう何もする気はありません。これ以上深入りしたらこっちが巻き添え喰らいそうですからね。勝ち上がれるといいですね」

 

 そう言い残すと逸見は去っていった。始めは男子がいるべき場所ではないと思っていた自分がいた、でも今は彼らも大洗女学院戦車道科の生徒として見ていたのでバカにされた気分で余計に腹が立った。

 

「見ていなさい、私たちの生徒は必ず決勝戦まで上り詰めて優勝にこぎ着けるんだから」

 

 杏は厳しい目で、見えなくなるまで逸見を睨み続けた。

 

ーー

 

 

 開会式が終わり、4号組と宗谷を除く旭日のメンバーは、学園艦出港まで4時間ほど時間が余っていたので近くの喫茶店で休憩していた。

 その喫茶店は過去にみほたちも来たことがある場所で、注文した品が『ドラゴンワゴン』という戦車運搬車の模型で運ばれるという変わった店だった。

 

「「「「ハァー・・・」」」」

 

 岩山と柳川、そして水谷と北川は大きくため息をついた。4人全員で共通しているのは『宗谷が協会長相手に喧嘩を売った』ということ。

 協会長相手に『宣戦布告』を突き付けたようなものだ。ため息も付きたくなる、岩山はテーブルに突っ伏していた。

 

「やってくれたぜ・・・あの野郎・・・・・」

 

 柳川は携帯のゲームをやりながら冗談混じりに言った。

 

「俺たちの味方何て、いねぇんじゃねぇか?」

 

 鼻で笑いながら水谷が返答する。

 

「フ、俺たちの味方なんて元々いないだろ、一番最悪なのは協会長を完全に敵に回したことだけだよ」

 

 肘を付ながら北川もその返答に続いてポツリと呟く。

 

「協会長・・・絶対に俺たちのことマークするだろうなぁ・・・」

 

 完全に落ち込んでいる4人に、福田が励ましの声をかけた。

 

「やっちまったものはしょうがねぇよ。後は俺たちがどれ程の実力を見せつけるかだよ、マークされていても俺たちは俺たちの道を進めば良いだろ?」

 

 突っ伏していた岩山が顔を上げた。

 

「言うだけなら簡単だけどな・・・」

 

 福田の励ましは届かず仕舞いで終わってしまった。どう言ったら言いか迷っていると、かほが戸惑いを見せながら言った。

 

「でも、お婆ちゃ・・・じゃなくて協会長にマークされているんなら期待されているって捉えても良いんじゃないかな?」

 

 その一言が落ち込んでいた4人の心に響いた。北川がニッと笑った。

 

「期待されている・・・か、まぁ悪くねぇな」

 

 暗い雰囲気が少しだけ明るくなった。落ち込んでいる場合じゃない、今は前に進むことだけを考えれば良い、誰もがそう思った。そして、宗谷が旭日結成の時に言ったことを思い出した。

 

『ここにいるのは俺が見込んだ戦車好きのばかりの集まりだ。みんな聞いていると思うが俺たち旭日機甲旅団は戦車が完成しだい大洗女子学園に向かい、戦車道という武芸に出場する。

 きっと反響の声は来る、でもこれだけは忘れないでほしい。俺たちは反響の声を貰いに行くんじゃなく、戦車道に出場するために行くんだ』

 

 そう言われ、その後に『続けられる自信がない奴は今の内に去ってくれ』と言われたが、誰も欠けることなく現在に至っている。戦車が好きだったから続けられた、そしてこの開会式はほんの通過点に過ぎないのだ。これしきのことで落ち込んでいる場合ではないのだ。

 

「そうだよな、俺たちも宗谷に期待されてここにいるんだ。今さら諦められねぇよな」

 

「ここで諦めたら旭日の名が廃る、あいつもそう思ってるよな」

 

「しゃぁねぇ、あいつに付いていくって決めたのは俺たち自身だからな。やるっきゃねぇよ」

 

 口々に言い合い、お互いに士気を高めていった。元に戻ってくれたので福田はホッとした。そしてかほは笑顔でその様子を見ていた、今の旭日のように自分達も頑張らなければと思ったのだった。

 

「協会長があんたたちみたいな男集団に期待なんてするわけないでしょう?」

 

 声がする方向に向くと2人の女学院生が立っていた。黒地の制服を着用し、帽子を被っていた。水谷が質問を返す。

 

「厳しいご指摘には感謝するけど、あんたら何者だ?」

 

「あんたたちに名乗る必要なんて無いし、ていうかこの制服見たら1発で分かるでしょ?」

 

 バカにされているみたいで少しイラッと来たが、その苛立ちもかほの一言ですぐに消えた。

 

「・・・従姉ちゃん」

 

「「「「従姉ちゃん!!??」」」」

 

 岩山たちが一斉に叫ぶ、それなのに福田は冷静だった。かなり驚愕的な事実であると思うのだが。

 

「・・・従姉ちゃんなんて呼ばないで、()()()とはあくまで()()()()()、同じ血筋を引いているとは思っていない」

 

 そう言われかほは落ち込んでしまった、名前はまだ分かっていないがかほの従姉ということは間違い無さそうだ。

 

「おいおい、いくらなんでもそりゃねぇだろ。西住流戦車道の後取り、現黒森峰女学院戦車道科隊長、『西住夏海(なつみ)』、それと副隊長の『逸見マリカ』か?」

 

 話し掛けて来たのはまほの娘の夏海、そしてエリカの娘のマリカだった。名前を言い当てられて夏海自身も少し驚いていたがそれ以上に驚いたのは岩山たちと4号組だった。

 名前を知っていた理由はよくテレビに映っていたことと、雑誌でもよく取り上げられていたから嫌でも覚えられたという。マリカが辺りを見ながら聞いてきた。

 

「まぁ、名前のことは良いとしてあいつ・・・宗谷佳ははどこよ?」

 

 2人は宗谷に話がしたかったらしい。夏海は辺り見渡し、いないと分かりすぐにその場を去ろうとした。しかし福田が止めた。

 

「ちょっと待てよ、あんた従姉なんだろ?いくらなんでも『あんた』だとか『同じ血筋を引いているとは思っていない』なんてあんまりじゃねぇか」

 

 夏海に質問をしたつもりなのだがマリカが答えた。

 

「こんな元無名校にいる人間が同じ西住流を受け継いでいるわけないじゃない。もし()()()西住流なら、去年私たちに対してあんな無様な負け方をするわけがないじゃない」

 

「黙ってろ副隊長、俺は隊長に聞いてんだ」

 

 福田はマリカを無視し、夏海を問い詰める。

 

「・・・マリカの言う通りよ。西住流を受け継いだ人間ならせめて引き分けに持ち込めたはず。それなのに、かほは無様に負けた、お婆様の前でね」

 

「随分と厳しい意見だな、て言うか引き分けに持ち込むなんて簡単にいくかよ」

 

「あんた無敵の西住流を受け継いでいる西住隊長に対して失礼な態度ね」

 

 福田は鼻で笑った。それどころか笑いを堪えているみたいだ。

 

「あんた!何が可笑しいのよ!」

 

「バッカだなぁ、『無敵』なんてあるわけないだろ。そんなものあったら誰も苦労しねぇよ」

 

 何か言い返してやりたかったがなにも言えなかった。ここで口喧嘩していても仕方がない。

 

「行くぞマリカ、目当ての奴はいない」

 

「じゃあいるっていうんなら帰らなくても良いよな?」

 

 いつの間にか宗谷が来ていた。笑顔で夏海とマリカの前に立っている。 柳川が携帯を閉じながら宗谷に問いかける。

 

「やっときたか、またトイレか?」

 

「河嶋副指導員に怒鳴られてた。で、その後にここに来たら珍しい客がいたもんでさ、どのタイミングで会話に入るか迷ってたとこだ」

 

 頭を掻いている宗谷に夏海がジッと睨みながら聞いた。

 

「あなたが・・・宗谷佳?」

 

「そうだ。名前知られてんならとか紹介しなくても良いよな?」

 

 宗谷は敬礼をした、夏海も同じように敬礼を返した。礼儀作法は厳しく仕付けられて来たので出来て当然のことだ。

 

「それにしても、黒森峰の隊長、副隊長が俺たちに何かようでもあるのか?」

 

「あるからここにいるのよ!ここはあんたたちのいるべき場所じゃないって言いに来たのよ!」

 

 エリカが言いたかったことを娘であるマリカが代わりに言ってしまった。親と子は考えることも一緒と言うことなのだろうか。

 

「いるべき場所じゃないって言われても、最終的に出場認めてくれたのは協会長だぞ?文句ならそっちに言ってくれねぇか?」

 

「あんたたちがここに来なければ済んだことよ!聞いた限りでは、自分たちの学校が廃校になったから大洗に来ているみたいじゃない!何か企んでるんでしょ!」

 

 指を差しながら怒鳴り散らすマリカ。それでも宗谷は全然怯んでいない。全部聞き流しているような素振りを見せている。

 

「まぁ、でも。あんたら無名の部隊には無名校がお似合いよね、私たちの黒森峰に来なくて良かったわ」

 

「ちょっと!無名校だなんて酷くない!?」

 

「そうであります!37年前に、私たちの母が黒森峰に勝利してるであります。無名校だなんて言わせないでありますよ!」

 

 栞と優里が反論する、マリカは鼻で笑った。

 

「少なくとも、今も無名校と言わざるを得ないと思うけど?去年1回戦目で負けたくせに」

 

 何も言い返せなかった。去年の1回戦負けは事実、つつかれると痛いところだが否めない。夏海が呼び掛けた。

 

「行くぞマリカ、集合に遅れる」

 

 2人は店を出ようとしたとき、宗谷がポツリと言った。

 

「・・・・・そこまで自信があるんなら、この大洗に勝てるんだよな?」

 

 夏海の足がピタッと止まった。

 

「・・・()()()()じゃない、()()()()()。絶対に手は抜かない」

 

 そして、店を出ていった。かなりバカにされたが、そんなことは誰も気にしていなかった。ただかほは、昔と違う夏海を見て寂しい気持ちになっていた。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 戦車道本戦まで後5日、大洗では戦車道履修が練習を終えて格納庫前に集合していた。内容は1回戦目の相手の件だった。

 

「えーっと、分かってると思うんだけど1回戦目は私たちと一緒に試合した『サンダース大学付属高校』だから、気を抜かないようにね」

 

 サンダース大学付属高校はアメリカの戦車を主に保有していて、どの高校よりもお金持ちであることでも有名であり、試合の時に傍受機を使って勝とうとしたことでも有名である。

 

 多く保有しているのはシャーマンで、優香里がスパイで侵入したときはA6があったが試合で参戦したことはない。ここ数年はベスト3、4を行ったり来たりしているようだ、ちなみに去年はベスト4で終わったらしい。今は卒業生である『ケイ』が指導員を勤めていると聞いている。

 

「今年のサンダースは結構手強いよ~、優勝狙っているから旭日も勝つのは難しいかもね」

 

 今年は新戦車を実験的に導入する予定でいると噂で聞いた、あくまでも噂なのだが。解散した後、宗谷は全員を集めた。

 

「いよいよ本戦だ、相手はベスト4だから気が抜けない試合になるぞ。協会長と西住夏海を驚かすほどの試合を見せてやるぞ!」

 

「「「「「おー!」」」」」




いかがだったでしょうか?
次回からは本戦編に突入していきます!感想、評価お待ちしています。


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第11章 大洗VSサンダース ロケット・アタッカー

前回のあらすじ

戦車道全国大会の開会式が行われた。旭日の6人も開会式に参加したが、逸見の思惑により、全国の目に晒されることになる。
そして宗谷は逸見に呼び出され、しほと面と向かって話をすることになる。
戦車道科の生徒たちの前で色々と聞かれたが、特に気にする素振りを見せずに全ての質問に答えた宗谷。最後には宣戦布告を突き付けてステージを後にした。
そして大洗は、第1回戦のサンダース戦が迫っていた。


 現在は試合中、流れはあまり良いとは言えない、やや追い詰められぎみだった。

 

「よし、セット完了だ。後はここのボタン1つで『ドン』だぜ」

 

 水谷がポルシェティーガーにある仕掛けをしていた。一発逆転を狙う最終兵器だと言っていたが、見た目はかなり簡素だった。

 

「こんなもので逆転なんて狙えるの?」

 

 栞は不安そうに見ている。見た目はただの筒だ、筒に付属の部品がくっついているだけで、大きさも戦車砲弾を一回り程度大きくしたぐらいだ。それにかほたちにはどう言うものなのか全く知らされていない。

 

「狙えるさ。パッと見はそう見えないかもだけどさ、これでも立派な武器だぜ?」

 

「・・・心配だけど、信じるしかなさそうね」

 

「信じろって、絶対に大丈夫だからさ」

 

 そう言うとポルシェティーガーに乗り込んだ。美幸たちは使い慣れてはいないので、砲手担当の星野優希(ほしのゆき)(ホシノの娘)と一時交代して扱うことにしたのだ。宗谷が言うには、ちょっと危険な物らしい。そして、優希もチリに乗り込み、準備万端のようだ。かほも4号に乗り込み、準備を終わらせた。

 

「かほ殿、大丈夫でしょうか・・・」

 

 由香が心配そうにしている、かほは何とか元気付けよとした。

 

「大丈夫だよ、それよりポルシェティーガー(レオポンチーム)にくっつけたもの、何なのか聞こうか」

 

 そう言うと通信機を手に取り、宗谷に向けて通信した。

 

「宗谷くん、あの筒何なの?」

 

 〔あれか?あれは『※4式20(センチ)噴進砲(ふんしんほう)』、簡易式の()()()()()だ〕

 

「ろ、ロケット砲!?そんなの使って良いの!?」

 

「仕方ねぇだろ、あんな厄介者に出てこられたらこれしか打つ手ないぜ?」

 

「う・・・そうだけど・・・」

 

「とにかく細かいことは後回しだ。行くぜ!」

 

 

ーー

 

 

 

 試合開始2時間前、大洗女子学園の学園艦は試合会場に着いて戦車を降ろしていた。第1回戦はサンダース大学付属高校、主としてシャーマンが出てくると予想している段階だった。

 唯一の謎は新戦車の導入、一体どんな戦車が入ったのかは誰も知らない。百歩譲ってイスラエルの『※スーパーシャーマン』ではないだろうと考えているが、お金持ち学校なので何を仕掛けて来るかわからない。ましてや過去に傍受機を飛ばしていたのだから尚更心配になる。

 だが、当時隊長を勤めていたケイは『試合はフェアなプレイで行くものだ』と言っていた。自分の考えを曲げようとする感じではなかったので今になってもフェアプレイで行こうと考えているはずだろう。

 みほたちが観戦席に座ると、隣の人が呼び掛けてきた。

 

「あ!みほ!久しぶりね!」

 

 呼び掛けてきたのはケイだった、やっぱり昔とあまり変わっていなかった。

 

「ケイさん、久しぶり」

 

「見てたよ~?大洗に来た男子、えっと宗谷くんだったっけ?」

 

 協会長に対して宣戦布告を突きつけたのだ、その場にいた全員が見いていたので宗谷はかなりの有名人になっているようだ。悪い意味で・・・

 みほは苦笑いを浮かべた。

 

「え、えっと・・・その、まぁあれだけのことしたら・・・ね。」

 

「中々の強者だよねー、あの協会長に対してあの態度を見せたからねぇ」

 

 笑顔で容赦なしに攻めてくる、これには他の指導員も苦笑いを浮かべるしかない。杏がケイに聞いた。

 

「そ、それより、新戦車ってどんなやつなの?噂でしか聞いてなかったから気になってたんだよねー」

 

 取り合えず宗谷の件は後回しにして少しでも有力な情報を聞き出そうとした。

 

「どんなやつなのって言われてもねぇ、シャーマンにちょっと改造しただけよ?」

 

 シャーマンに改造をしただけ、思い浮かぶのはファイヤフライか回収車であるM32ぐらいしかない、あとはクロコダイルだろうか?

 

「今回はかなり変わった戦車が出てくるから楽しみにしててねー」

 

 ケイは笑顔だ、その笑顔は相変わらずだ。

 

「ケイ、敵に塩を送る真似をして良いのか?」

 

 慌てて反対側を見るとまほとしほが座っていた。今は黒森峰も試合中もはずなのだが?

 

「お姉ちゃん?そっちの試合は?」

 

 みほが恐る恐るまほに聞いた。

 

「・・・もう終わった、まだつめは甘いが我が西住流を継ぐものとしては良い試合だった。自分なりの戦い方を見つけて、自ら実戦に移しているしな」

 

「・・・自分なりの戦い方って、コンピューターに頼って戦う『電子戦』のこと?」

 

『電子戦』、それは『電子機器予測戦法』の省略語のことである。相手のデータをタブレット端末のソフトに打ち込み、相手が次の手をどうやって来るかを予測する戦法のことだ。

 

 10年前辺りから大学選抜チームが取り入れ、その当時は地図などを簡単に見れるようにするための策だったのだが、そのうちに予測するソフトが出たことから一気に進歩していった。

 今は一部の高校で使用されているところが多い。その一部は黒森峰を始めとしたベスト4の高校が主とし、実績はかなりのものなのだという。『戦車道の隊長を勤める者は必ずタブレットを携帯するとこ』など新しいルールが出たこともあったが、タブレット所持をしていない高校には不利だということで廃止された。

 

 戦車本体が変わっていくことはなかったが、戦い方は日々進歩している。これが時代の流れというものなのだろうか、少し寂しい。

 その一方で電子機器に頼らず、己の力で戦うと言う高校も少なくない。その1つが大洗なのだ。電子機器に負けてしまう点もあるが、機械に言われた通りに動くだけでは成長が見込めないということもあり、大洗女子学園では、電子機器系を一切使用していない・・・携帯は別として。

 

「お姉ちゃん、思わないの?電子機器ばかりでつまらなくなったって」

 

 みほは電子機器を使うのは悪いことではないと思っているが、その一方でつまらなさを感じていた。主流になっているものを取り入れる、当たり前のことかもしれない。

 

 だが頼る物が出来てしまえば、自分で考えることが出来なくなり、最悪の場合、チームとして勝ち上がれなくなるのでは?とみほは感じていた。隊長はタブレットを見て、その通りに指示を出せば良い。仲間がどう言っても「この通りに従え」で終わるのだろう。

 

「寂しくはない、新しい戦い方を見せるのは悪いことではないからな。『老兵は消え去るのみ』だ」

 

「お姉ちゃん・・・」

 

「みほ、まほ、そろそろ試合始まるよ」

 

 ケイが2人の会話を止めた、徐々に険悪な空気になってきたのでそろそろ止めようと思ったのだろう。2人は目の前のモニターに視線を変えた。

 

 〔それでは、大洗女子学園とサンダース大学付属高校の試合を開始する〕

 

 音楽と共にアナウンスが試合開始を告げる。隊長を担っているかほと、サンダースの現隊長であり、ケイの娘であるリンが向かい合っていた。かほは笑顔で挨拶をする。

 

「よろしく」

 

 リンも笑顔で返した。

 

「こちらこそ、良い試合にしようね!」

 

 2人が挨拶をしている最中、宗谷たちもぼつぼつと準備を進めていた。燃料、弾薬、砲搭の旋回状態、そして・・・

 

「おい宗谷、これって嫌がらせに入らないのか・・・?」

 

 福田がポツリと呟いた、今宗谷たちがいるのは観戦席の目の前だった。男子が出場するという事例は今までなかったので、()()()ということで両高校の待機位置の中心に当たる観戦席の前からスタートするとこになったのだ。

 会場にいた人は知っているが、初見の人たちは謎に包まれているに違いない。おまけに仮生徒と言うことで砲搭に大洗の校章もないため、迷って参加しているんじゃないかと言い出す人もいた。

 とは言っても許可は出ているので何のためらいも無く試合に出れる、宗谷は気にせず着々と準備を進めた。

 

「まぁこれを嫌がらせと捉えるか、『知られるチャンス』と捉えるかはお前次第だけどな」

 

「知られるチャンスって、あれだけ悪目立ちしたんだから嫌と言うほどに知られてるよ」

 

 準備を済ませ、宗谷たちは一旦チリの前に並んだ。

 

 〔それでは、隊長は各校に戻ってください〕

 

 モニターを見る限りでは挨拶を終えて戻っている様子しか分からない。そろそろ試合が始まると直感し、装備の確認に入った。

 チリの前では『鉄帽よし』、『戦闘服よし』、という声が響く。桃は『早く乗れ』とツッこみたかったが流石に恥ずかしかいので黙って見ていた。

 ケイは宗谷たちの動きに感心していた。今までどこの学校を見ても搭乗前に装備の確認をしているのは見たことは無かった。そして、審査員がスターターピストルを鳴らした。

 

 〔試合、開始!〕

 

 合図と同時に戦車が一斉に動き出す。チリも装備確認を終らせ、動き出す。

 

「西住、現在の位置を知らせてくれ」

 

 まず確認したのはお互いの位置関係、連携を取る上では重要項目の1つだ。試合の初っぱなに聞くことはまず無いが、今は離れているので位置関係を把握するのは重要だと思ったのだ。

 

「え?えっと、今はスポット3にいるよ。」

 

 〔じゃあ15分後にスポット16で合流しよう。通信終了〕

 

 敵に傍受される場合もあるので会話もなるべく素早く済ませる、近衛時代の癖だ。下手したらモールス信号で会話してしまうかもしれなかったのでまだマシな方だ。

 

「あ、ちょっと・・・もう、すぐに切らないでよ~」

 

 かほは頬を膨らませた、一方的に掛けてきて切ってしまったのだから当然だろう。ただ気になるのは15分後に合流すると言ったことだ、15分後()()()()ならまだ分かるが断言するように言ったのだ。15分後に合流出来るのだろうか、かほはそう思った。

 そして15分後、かほは驚いていた。宗谷が言った通り、15分後にスポット16で合流したのだ。宗谷は二ッと笑っていた。

 

「よーし、合流出来たな。後は4号の護衛をする形で行動を共にするぞ」

 

 チリは4号の後ろに付き、ゆっくりと進んでいった。他の戦車はチームでバラバラに動き、見つけたら報告、その近くにいるチームが集合、撃破といった形で仕留めていこうと考えていた。

 チーム編成はチリと4号(チーム1)89式中戦と3突(チーム2)ポルシェティーガーと3式中戦(チーム3)M3とヘッツァーとB1(チーム4)で編成していた。

 

 チーム1は平地のスポット16、チーム2は少し離れたスポット39、チーム3はスポット26、チーム4は森林地帯のスポット56にいた。森林なら障害物が山ほどあるので身を隠す時にも引き離す時にも使える。だが反対に、上手く隠れる場所も少なくないため、待ち伏せ攻撃を仕掛けられる可能性もある。

 そして、チーム4は周囲に十分警戒しながら進んでいた。

 

「うーん、開始から30分経ったけど静かだねぇ」

 

 穂香が呟く、確かに静かすぎる。今までなら戦闘になっていてもおかしくなかった、嵐の前の静けさとはまさにこの事か。

 

「相手がビビッて出てこないだけですよ、今年は余裕ですね」

 

 梅はそう言って笑ったが、他の乗員は笑えなかった。去年のベスト4が攻めないなんて考えられない、サンダースの去年の試合のビデオを見たが開始早々からすぐ攻めていた。

 去年に限ったことでは無く、今までもそうだった。試合開始と同時に攻め、攻めて、攻めて、攻めまくるといった試合展開を見せていた。今年に入っていきなり守りに入る試合展開を見せるだろうか?

 

「かほちゃん、そっちはどう?」

 

 穂香は真剣な声でかほに通信した。

 

 〔こっちも静かです、いまだに相手チームが見つけられません。〕

 

「そう、気を付けてね。何か今年は妙に静かだから何か企んでいるのかも」

 

ーー

 

 

「リンさん、準備完了です」

 

 サンダースは新しい戦車のセッティングをしている最中だったようだ、攻めに来なかったのはこの作業をしていたからだろう。

 

「オッケー、偵察隊(リカルセンツチーム)からスポット56にいるって情報ゲットしたから、照準を合わせ次第撃ち込みなさい。」

 

「ラジャー!」

 

ーー

 

 

 宗谷もこの静かさには怪しさを感じていた。攻めがない、いや無さすぎる。

 

「・・・水谷、お前耳が良かったよな?」

 

「まぁ、そこそこってとこだけど、それがどうかしたか?」

 

「暫くヘルメットを訓練用(インカム無し)に変えて、頭を外に出しておけ。戦車の音がしてもだが、それ以外の音がしたらすぐに報せろ」

 

 水谷は言われた通りしたが、理由は分からない。と言うより、()()()()()()なんてするのだろうか?

 

「なぁ・・・チリと4号の音以外何もしないんだが?」

 

「無駄口叩かずに黙って聞いてろ、任務に集中出来なくなるぞ」

 

 宗谷もヘルメット変えて耳を澄ませていた。響くのはエンジン音と風の囁く音だけ、怪しい音は何1つしない。

 

ーー

 

 

 チーム4は緊張感が解れつつあった。特に何もないので少し緊張感を解いても良いだろうと思っていた矢先だった。

 

『ヒュルルル・・・』

 

 何かが墜ちてくる音が耳に入ってきた。穂香は空を見た、すると弾が数十発チーム4を目掛けて墜ちて来た!

 

「ヤバッ!全車、森から出るよ!」

 

 穂香が慌てて指示を出したのも束の間、チーム4の回りに次から次へと弾が弾着し、地面が揺れ、砂埃が立ち込めて来た。

 数十発来た内、3/4は木に当たったか、外れて地面に当たり、1/4は砲搭や車体に命中した。幸いにもエンジンがやられることは無く、全車は無事に森を抜けた。これで一安心・・・と思っていた。

 

「か、角谷先輩!目の前からシャーマンが来てます!」

 

 あいかが報告したがもう手遅れだ、狙い通りと言わんばかりにシャーマンがチーム4を襲う。森に戻った方が無難だが、さっきの攻撃の後に戻るのはやられに行くようなものだ。

 また来る可能性も零とは言えない、穂香はそのまま前進して、反撃するように指示を出した。

 

ーー

 

 

〔こちらB1(カモチーム)、シャーマンと交戦中!増援に来て!〕

 

 秋子から全車に向けて通信が入った、今チーム4に最も近いのはチーム1、3だった。かほはすぐ駆け付けるように返信し、チリと共にスポット56へ急行した。

 急行している最中、宗谷は水谷に異変が無かったか改めて聞くことにした。

 

「水谷、何か聞こえたか?」

 

「うーん、カモから通信が来る3分前か?『ドシュ、ドシュ』って言う音がしたな。例えるならー・・・えっと・・・多連装ミサイルを発射したような・・・」

 

「冗談よせよ水谷、ミサイルを搭載した戦車なんて聞いたこと無いぞ」

 

 北沢は笑ったが宗谷は一理あると考えていた。発射音までは聞こえなかったが、水谷が聞いた音が確かなら侮れない。

 色々と考えている内にスポット56に着いた。シャーマンは4輌、パッと見は森に追い込もうとしている感じだった。チリと4号はシャーマンの後ろを取ったも同然、75ミリ砲のダブルパンチでシャーマンを撃退した・・・とは言い難かった。

 

「何だ?随分と呆気ねぇな」

 

 岩山が照準機を覗きながらそう言った。特に反撃もすること無くシャーマンは去っていったのだ、岩山が言うように、呆気なかった。

 

「助かったよ、ありがとう」

 

 穂香がお礼を言った。そして宗谷から質問が来た。

 

「一体何があったんです?」

 

「それが・・・よく分からないんです」

 

 あいかが事の発端を全て話した。穂香の指示があった直後に弾が数十発飛んで来た後に退却、そして退却中にシャーマンと交戦した。

 ここで気になるのは数十発飛んで来た弾だ。この試合で出場可能な戦車の数は10輌まで、数十発と言うことは少なくとも20発以上弾が来たことは間違いない。だがこれでは計算が合わない。

 

「おいおい、数十発一気に弾を飛ばせる戦車なんてないぞ。見間違いとかじゃないのか?」

 

「本当です!見間違いじゃないですよ!!」

 

 あいかは必死に訴えている、あまりに必死だったので信じるしかなさそうだった。かほはあいかを宥めた。

 

「分かったから、落ち着いて」

 

 あいかは宥めて貰って安心したようだったが、手先は震えていた。かなりの恐怖だったに違い無かっただろう。

 

「まぁ、目星は付いてる。多分『T34』だろ」

 

 宗谷の一言でチーム全体がざわついた。かほは宗谷に違うことを伝えた。

 

「T34って、その戦車を導入してるのは『プラウダ』だよ?」

 

 T34は旧ソ連(現ロシア)が造った戦車だ。低い車高に高い攻撃力を備え、『T34ショック』の引き金にもなった。

 だが、そのT34を装備しているのはプラウダ女学院だ。いくらなんでもそんなことはあり得ない。

 

「いや、そっちじゃなくて・・・・・」

 

 〔誰か!救援に来てくれ!!空からの攻撃と、シャーマンから攻撃を受けている!〕

 

 通信の相手は3突の美幸だった。()()()()()()、そして()()()()()()()()()()、あいかが言っていたことと状況は似ている。穂香が今いる場所を聞くと、スポット62にいると言った、スポット62もスポット56(ここ)と同じように()()()()()()()()だ。ここまで偶然が重なるものだろうか?

 かほたちには疑問が残るが、今は援護に向かうことが最優先だ。チーム1、4はスポット62に急行した。

 

ーー

 

 

 一方、観戦席はざわついていた。モニターに写っていたのはシャーマンだが、少しかけ離れていた。砲搭の上に、見慣れない物が取り付けられていたのだ。

 

「ケイ、あんたも卑怯な手を使うようになったのね」

 

 杏が睨み付けるようにケイを見た。

 

「ソーリーね・・・本当は使いたく無かったんだけど・・・・・」

 

ケイはしょぼんと顔を下に向けていた。

 

「まぁ、良いわ。あの子達なら、きっと打開策を見つけられるでしょ」

 

ーー

 

 

 宗谷たちはスポット62に着いたが、すでにシャーマンはいなかった。チーム3が駆け付けて撃退したらしいのだが、聞いた限りではチーム1が駆け付けた時とほとんど一緒だった。

 森の方に追い込まれるように攻撃を仕掛けられ、そこに駆け付けたチーム3からの攻撃から逃げるようにその場を後にしたという。美幸に話を聞くとあいかが言っていたことと全く同じだった。その会話に割って入るように宗谷が話しかけた。

 

「やっぱな、『T34』だよ。言っとくけど、ソ連のT34じゃないからな?」

 

「ソ連のT34じゃないなら、何なの?」

 

「『T34カリオペ』だよ。ロケット砲の発射菅を備えたシャーマンのことだ」

 

 T34カリオペ、それはアメリカが造った戦車搭載型の多連装ロケット砲のことで、主としてシャーマンに搭載され、小数ながら戦線に導入された。

 ただ、発射角度を変えるために砲身と一体で動く仕組みなので主砲の発射が出来ないことが欠点だったが、戦線で改良されて主砲発射が可能になったものもあったと言われている。

 

「ロケット砲!?そんなの卑怯だよ!」

 

 栞の一言に同感したメンバーが大半だったが、一応戦車には変わり無いことと、第2次の際に設計、戦線に導入されているので、反則ではない。

 それにロケット砲と言えど、カーボン弾を使用していることは間違いなさそうだ。砲弾が装甲板を貫通しなかったことが唯一の証拠だ。

 それに無断で出場させているわけでは無く、きちんと協会からの許可が下りているからこそここにいるわけなのだから咎めることも出来ない。

 こうなれば徹底抗戦するしかないのだが、あれだけの数のロケット砲弾に対抗出来る戦車が無い。かほたちは途方にくれた。

 

「ハァ・・・()()しかないか。」

 

 宗谷はチリに入り、鉄で出来た筒を取り出してきた。同じものが3本もあった。

 

「それ、何なんだ?」

 

 梅が不思議そうに見た、宗谷は自慢気に答えた。

 

「一発逆転を狙う物さ」

 

ーーー

 

ーー

 

 

 と言うところで話は冒頭に戻る。噴進砲はポルシェティーガーの後部に3門設置している。まず1つ、ポルシェティーガーに設置したのは射撃の関係上、砲搭が前に出ている方が良いと言うこと。

 そしてもう1つ、3門も設置したのは万が一不発した場合の予備として余分に設置したのだ。

 発射方式は配線を伸ばして発射ボタンを車内に引き込んでいる。砲は一定の角度で固定されているので、角度の調整は出来ない。なので照準を合わせるなら砲弾の弾道を読み、車体ごと動かさなければならない。

 

 水谷が優希と交代したのは、不発した場合に間違った対処をして暴発してしまう可能性があるため、扱い方を良く知っていないと危険だからと、宗谷が指示を出したのだ。

 やむを得ないのだが、水谷は女子に囲まれている中で気まずさを感じていた。お互いに詳しく知らないもの同士で、本来なら出場出来ない男子がいて良いものか、水谷はそう感じていた。

 

「えっとさ、水谷って言ったっけ?」

 

「え?ああ・・・そうだけど・・・」

 

 突然話しかけられ水谷はどう対応したら良いか分からなくなってしまった。

 

「気にしなくて良いよ?初めは驚いたけどさ、今は君も立派な戦車道科の一員なんだから」

 

「そうだよ。お互い敵同士じゃないんだしさ」

 

「ちゃんと撃ってよ?あんたの腕に掛かっているんだから」

 

 優しい言葉をかけて貰って水谷は笑顔になった。まさかこんな風に思ってくれていたとは思ってもいなかった。

 

「おう!任せとけ!」

 

〔水谷、聞こえるか?作戦を実行する、スタンバイしろ〕

 

 作戦は囮を森に送り、ミサイルが森に弾着する前に撃墜、そして次弾が来る前にカリオペを撃破する、という作戦だ。だがその作戦には1つ盲点がある、そのカリオペの場所が分からないのだ。

 ミサイルの撃墜は何とかなるかもしれないが肝心の元を見つけないと作戦は無意味に終わってしまう。一体何処にいるのか、まずはそこからだ。

 

「チーム4、スポット39に行って下さい」

 

 宗谷がチーム4に指示を出した、また断言するように。

 

「宗谷くん、本当にそのスポットにいるの?」

 

 穂香は半信半疑だったが、宗谷は自信満々で答えた。

 

「絶対にそこにいます。ロケット砲を撃つのに匹敵する場所はあそこしかありません」

 

「分かったわ、取り合えず行くだけ行ってみるよ」

 

 チーム4はスポット39に向かうため、隊列から離れた。この作戦で囮を勤めるチームは1で、チーム2は見張りのシャーマンを探して撃破することになった。

 そしてこの作戦の主であるポルシェティーガーを率いているチーム2は、砲弾の撃墜がしやすいスポットを選ぶために別行動をすることにした。

 

ーー

 

 

 そしてチーム1は森に入り、ミサイルが飛んでくるのを待った。チーム2はシャーマン探しに苦戦し、チーム3は撃墜可能なスポットについた。そしてチーム4は真っ直ぐスポット39に向かっていた。

 水谷は射撃音が聞こえるように砲搭の搭乗口から頭を出して様子を見ていた。ポルシェティーガーの後ろに3式中戦が付き、万全の体制を整えた。

 水谷は双眼鏡で辺りを見渡した、砲弾が来る気配は無い。

 

ーー

 

 

 観戦席ではどっちも動きを見せないので暇そうにしていた。大洗は各スポットに展開し、サンダースはカリオペの攻撃以外では特に目立った動きを見せていない。何か動きがないと見ている方は暇でしょうがない。

 

「はぁ~、暇だねぇ」

 

 杏がため息をつきながら呟いた。

 

「仕方ないですよ。でも何か作戦があるんじゃないですか?」

 

 みほが笑いながら言った。その一方でどんな作戦を立てたのかが気になっていた。もし自分だったら、照準を合わせさせないためにジグザグに走らせて、目標に対して距離を詰めて撃破する。

 もし護衛役がいたら先にそっちを撃破して、その後にカリオペを、と考えていた。

 だがこの作戦はカリオペの位置をある程度把握しなければ返り討ちに遭ってしまう。たとえ第1波を避けたとしても、捜索に時間を掛けすぎればすぐに第2波が襲ってくる。

 

「大洗は散開している、各戦車でそれぞれの役目を果たそうとしているんじゃないのか?」

 

 みほの考えを読んだかのようにまほが話しかけた。

 

「そうかもね」

 

「森に行った2輌は囮だろう、そしてポルシェティーガーはロケット砲弾の撃墜。何を考えているのかは知らないが、それなりの策はあるんだろう」

 

「・・・そうだね」

 

 西住姉妹の会話は何処か素っ気ない。今もそうだが、こんな時はいつもこうだった。

 

「それより・・・今年はまだ()()()()を見ていないが?」

 

「その戦車に乗っていた子達は()()()()、腕は良かったんだけど」

 

「・・・戦いから逃げた者に腕の良し悪し何て無いだろう。違うか?」

 

「そうかもしれないけど、私は惜しい生徒を無くしたって思ってる。彼女たちは、戦車道を続けるべきだった」

 

 みほは自分の気持ちを伝えられるようになっていた。昔は引っ込み思案で、自分の気持ちを伝えることが出来なかったのに。

 

「・・・そうか・・・」

 

 一言そう返すと、試合観戦を再開した。

 

ーー

 

 

 カリオペの乗員らは早く射撃がしたくてウズウズしていた、リンからは「撃て(ファイアー)」の指示が無いので撃つことが出来ない。車長はリンに射撃の許可を求めた。

 

 

「リンさーん、次撃ちましょうよ~。もう待ちくたびれましたよ~」

 

「そうねー・・・装填が完了したら、スポット56に撃って。そこに例の新型戦車がいるらしいから、大物を仕留めるチャンスだよ!」

 

「ラジャー!」

 

 カリオペはもう既に装填が完了していたので、すぐに射撃の態勢に入った。砲弾の発射菅が、宗谷たちがいるスポット56の方を向く。

 

「射撃態勢オッケーです!」

 

 砲手が準備完了を伝えた。後は射撃をすれば良い、何も難しくはない。

 

「よーし、ファイアー!!」

 

 車長の指示でトリガーが引かれ、60発の砲弾がスポット56に向かって飛んでいく!

 

「ん・・・?来たか」

 

 水谷が双眼鏡でスポット39の方角を見るとミサイルが飛んでいた。すぐに通信機を手に取り、チーム1に伝える。

 

「宗谷、聞こえるか?砲弾がそっちに向かってるぞ!」

 

〔了解、じゃあ作戦実行といこうか。頼むぞ〕

 

「了解、任せとけ」

 

 水谷は望遠鏡でミサイルの軌道を見た。真っ直ぐに飛翔し、徐々に高度下げている。発射ボタンを手に取り、タイミングを計る。

 

「噴進砲撃つぞ!でかい音するから耳塞いどけ!」

 

 美優たちポルシェティーガーの乗員は耳を塞いだ。水谷はカウントダウンを始め、「発射!」の掛け声でボタンを押した!・・・しかし。

 

「・・・ん?撃ったの?」

 

 美優が確認したが、ロケット砲弾は発射されていなかった。

 

「クソッ!不発だ!次行くぞ!」

 

 今度はカウントダウン無しでボタンを押したがまたも不発、これで残すのは後1発。

 

「宗谷、噴進砲が2発とも不発だ!全弾撃墜は厳しくなってきた!」

 

〔分かった。とにかく、全弾撃墜は出来なくとも、半分以下まで数を減らしてくれ。森から脱出するハメになったら向こうの思うつぼだ!〕

 

「了解!何とか持ちこたえてくれよ!」

 

 弾道が変わったので、ポルシェティーガーを少し前に出すように指示した。これで撃墜に失敗すれば敗北にグッと近づいてしまう。

 

「頼むぜ、最後の1発だ!発射ぁー!!」

 




※解説



4式20糎噴進砲
大日本帝国陸軍が造ったロケット砲。簡素な造りではあるが、威力は絶大であったため、本土決戦に使用される予定だった。

スーパーシャーマン
イスラエルが中古で買い取り、105ミリライフル砲に改造したシャーマンのこと。名前もM4からM50に改名されている。1950年代から80年代まで使用された。


あとがき


今回も読んでいただきありがとうございました。宗谷が用意したロケット砲が2発とも不発、作戦は成功するのでしょうか?

感想、評価、お待ちしています。




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第12章 戦略と戦略が飛び交う戦場(フィールド)

前回のあらすじ

大洗女学院VSサンダース附属高校の本戦で、かほたちを苦戦に追い込んだT34カリオペ。そのカリオペ撃破作戦のため、4式20糎噴進砲を撃とうとするが2発が不発!頼みの綱である最後の1発を撃つことが出来るのか!?


「発射ぁー!!」

 

 水谷が噴進砲の発射ボタンを押した!しかし、頼みの綱である最後の1発も不発になってしまった。全弾不発になってしまうとは思っていなかったので、美優は思わず怒鳴ってしまった。

 

「ちょっと! 3発全部不発ってどういうことよ!」

 

「しょうがねぇだろ! テスト無しのぶっつけ本番で使ってんだから!」

 

 まさか使うことになるとは思っていなかったので、テストをせずに持ってきたため全弾不発と言うに結果になってしまった。

 お互いに感情的になり、怒鳴りあってしまったがこんなことをしている場合ではない、砲弾の着弾まであと1分半。水谷は外に出て噴進砲に手をかけた。

 

「何やってんの!?」

 

「弾に導火線を付けて、直接火をつけて飛ばす!」

 

 スイッチで火がつかなかったので、砲弾の後ろに導火線を取り付け、直接火つけて撃つという作戦に出たのだ。

 

「そんなことして暴発したりしないの!?」

 

「とにかく今は1発でも撃つ方が優先だ、暴発しないようにするから心配すんな!」

 

「・・・・・分かった。そう言ったからには絶対成功させなさいよ!」

 

「任せとけ!」

 

 砲弾がスポット56に到達するまで後1分、少々強引なやり方ではあったが何とか導火線の取り付けた。そして火をつけ、発射態勢に入った。

 

「全員耳を塞げ!」

 

 水谷の声が響き、全員が一斉に耳を塞いだ。

 

『ドシュ!!!』

 

 ロケット砲弾が撃ち出された!円弧を描きながら、カリオペから撃ち出された砲弾の先頭に向かい、

 

『ドォーン!!!』

 

 と轟音を立て、先頭から後方まで全ての砲弾が撃墜された。水谷はガッツポーズを決めていた。

 

「ぃよっしゃぁー!!」

 

「やったぁー!」

 

 思わず美優まで感激してしまった。スポット56の空には、黒い煙が残っていた。

 

ーー

 

 

 観戦席は歓声に包まれていた。目には目をと言ったところだろう、いやロケットにはロケットと言うべきか。

 

「いやー、かなり大胆なことやったね。私たちなら絶対に思い付かなかったと思うよね?みほちゃん」

 

 杏がみほに話を振る、みほは呆然としていたのですぐに返答出来なかった。

 

「え?ええ、そうですね・・・・・・」

 

 あまりの凄さに言葉を失ったのか、かなり薄い返答しかしなかった。カリオペの乗員も、その護衛に付いてるシャーマンの乗員もそっちの方に集中してしまっていた。

 

「嘘でしょ・・・・・?あいつらロケット砲なんて持ってたっけ?」

 

「き、きっと主砲で撃ち落としたんだよ・・・そ、そうでしょ?」

 

 あまりに突然過ぎて何が何だか分からない、これにはリンも想定外のことだった。ロケット砲を持っているなんてことは聞いたことがない。

 リンが理由を模索しているとカリオペの車長から指示待ちの通信が来た。

 

〔り、リンさん・・・・・ど、どうしましょう・・・・・?〕

 

 どうしようと言われても、やることはただ1つ。大洗に勝つために戦わないといけない。リンは改めてカリオペに指示を出した。

 

「次弾の装填が完了したら、リカルセンツチームからの報告を待って。情報が来たら射撃をして」

 

 カリオペはロケット砲を備えているとは言えど、戦車砲よりも遠くの景色が見える照準機を備えているわけではない。元は普通の戦車で、その上にロケット砲の発射菅を載せただけなので、照準機もそのままなのだ。わざわざ偵察のためのチームを編成したのはそのためだ。

 カリオペの車長は指示に従うことにした。今出来ることは指示を待つだけだ。ただでさえ目立つ形をしているのだから、下手に動くと標的(ターゲット)になってしまう。車長はリンに返答した。

 

「ラジャー、では情報が来るまで・・・・・うわ!!撃て撃てぇー!!!」

 

 リンの耳には取り乱した声が入ってきた。 嫌な予感しかしない。

 

「ちょっと?大丈夫?」

 

〔ご、ごめんなさいリンさん・・・・・後ろを取られてしまいました・・・・・〕

 

 通信機越しから弱々しい声が聞こえてきた。言われずとも理解出来た、()()()()()()()()のだと。カリオペにロケット砲を撃たせてその弾を撃墜し、注意を反らそうという宗谷の作戦だった。見事に引っ掛かってしまった。今にも泣きそうな声がリンの耳に入ってくる。

 

〔いつの間にか後ろにいて、対応が遅れまして・・・・・〕

 

「良いよ、良いよ。しょうがないことだし、その内回収車が来るから大人しく待っててね」

 

 リンは優しい言葉をかけた一方で、ホッとしている気持ちもあった。やられてくれて良かった、と。

 

ーー

 

 

 穂香が誇らしげに、チリに撃破完了の報告をしていた。

 

「もっしもーし、宗谷くん?君が言ってた通り、スポット39にいたよ」

 

「そうですか、ご苦労さまでした」

 

 宗谷からの返答は、そこにいて当然だと言ってるように呆気なかった。返答のことはともかく、相手の最強戦力を破ったのだ。これでほぼ互角の勝負が出来るはずだ。

 かほはすぐにスポット39から離れるように指示した。場所は崖の側なので、追っ手が来たときに退避出来なくなる可能性があるからだ。チーム4はスポット39から離れ、別のチームと合流することにした。

 そしてスポット56にいるチーム1も離れることにした。カリオペはスポット56(ここ)を狙って攻撃を仕掛けてきたのだから、モタモタしていたらあっという間に攻め込まれること間違い無しだ。早速その場を後にしようとしたとき、後ろから聞き慣れない音が聞こえてきた。宗谷とかほが砲搭から頭を出すとシャーマンが4輌迫っていた。来るだろうと思っていたら案の定だった。

 

「西住、ここは俺たちが食い止めるから先に行け!」

 

 宗谷はフラッグ車護衛のために先に前に出るように言った。前から来るのでは?と思うが、お互いに出場可能な数は10輌までで、相手チームはカリオペと護衛についていたシャーマンを撃破されて残りは8輌。

 他の戦車を探さなければならないのに今いる数以上出すことは出来ないのだ。かほもそれくらいのことは理解していたので、何のためらいもなく前に出て走った。

 チリは車体前方をシャーマン側に向けて、バック走行で4号の後を追いかける。宗谷は砲搭から頭を出して後ろを確認し、福田はその指示に従いながら操縦レバーを操作する。後方確認が不可能なので、見てくれるだけで安心できる。

 

 だが副砲では少し揉め事が起きていた。水谷はポルシェティーガーにいるため、代わりに北沢が勤め、優希が装填を担当していたのだが・・・・・優希は装填の経験が全くない。

 装填をしたことが無いので優希はただアワアワしているしか出来ず、撃ちたい時に撃てないというあってはならない事態が発生しているだ。北沢がトリガーを引いても砲弾が出ない。

 

「装填したことが無いってマジで言ってんのか?」

 

「だって~、私砲手だから仕方ないじゃーん」

 

(装填したことがないなんて・・・冗談だろ?ん?いや待てよ、確か砲手だって言ってたな。俺と交代すれば解決じゃね?)

 

「宗谷!星野と交代して良いか?」

 

 北沢が提案したが砲手と言えど、副砲は旋回出来ない固定式だ。使えるか心配だったが前に向かって撃つだけだから大丈夫だろうと考え、許可した。

 

「分かった。交代は良いけど、しっかりサポートしてやれよ?」

 

「了解。よし星野!交代だ」

 

 北沢は装填手の位置につき、優希は砲手の席についた。88ミリ砲と37ミリ砲では威力等に大きな差があるが、経験したことがあるものなら出来なくは無いはずだ。優希は照準機を覗き、狙いを定める。狙いは定められたが初めて使う(もの)なので1回試射(ししゃ)をすると告げた。

 試射とは簡単に訳すと試し撃ちのことで、戦車砲の正確な値を知る時に行う射撃のことを指す。同じ戦車砲とは言えど、88ミリなら届く範囲の感覚で撃つと届かず、無駄弾で終わってしまうのだ。優希は迫ってくるシャーマンに向けて1発撃った。

 

 弾はシャーマンの1メートル手前に墜ちた、優希は仰角を付けてもう一度撃つことにした。ちなみに『仰角』とは砲身を上向きすることを意味する。砲弾はきつめのカーブを描き、シャーマンに命中した。しかし、37ミリでは装甲を貫通させることは出来なかった。優希は悔しがっている。

 

「もう!せっかく命中させたのに!」

 

 悔しがる優希を北沢が宥める。

 

「おいおい、そんなに怒るなよ」

 

「だって!命中したのに倒せないなんてある!?」

 

「しょうがないだろ、この砲は37ミリだぞ?」

 

「岩山!星野さん!砲撃中止だ!発煙筒を投げるから、その隙に逃げるぞ!」

 

 このままでは弾を撃ち尽くしてしまう、そう思ったのだ。ここは森の中、発煙筒を投げらればきっと止まると考えたのだ。木々がある状態で煙の中を走れば絶対に木にぶつかる、そんなリスクを侵してまで追い掛けてくるとは考えられない。

 支給されている発煙筒を片手に、ガンポートから2本投げた。すぐ煙が立ち込め、追っ手のシャーマンの前は真っ白になってしまった。操縦手は慌てた。

 

「くっ!発煙筒(スモークキャンドル)か!すぐに煙をはらって!」

 

 無駄弾になってしまうが、砲弾を1発目の前に向けて撃った。だが晴れなかった。そう簡単には来させまいと発煙筒をそこらじゅうにばら蒔いたのだ、そう簡単には晴れない。シャーマンの車長は、リンに逃がしてしまったと報告をした。

 

 〔リンさん、申し訳ありません。発煙筒を大量に焚かれてしまって、取り逃がしてしまいました〕

 

「あっちゃ~。まぁ仕方ないね、取り合えず私たちはスポット98にいるからそこで合流しましょ」

 

(数も少ない、今は纏まって動く方が良さそうね。それにしても、発煙筒を森の中で投げるなんて考えたわね)

 

ーー

 

 

 チーム1スポット56を離れ、別に森があるスポット43で全チームと合流した。優希と水谷はお互いに元の戦車に戻った。最悪の脅威は無くなった、あとは今まで通りに戦えば良い。

 ここまでの試合の流れを整理すると、カリオペに続き護衛についていたシャーマンを1輌撃破。しかしここまでで相手チームのフラッグ車は見つけられていない、という状況だ。

 

 見つけられていないということは仲間と一緒に行動している可能性がある、となれば相手の隊列を見つけなければならない。

 ただでさえカリオペ撃破作戦に時間を費やしてしまったというのに、これ以上時間を使うほどの余裕はない。またバラけて動くとすれば、極端な話だと8対2で挑むような形になってしまう。

 

 かほは纏まって動くべきか否かと迷っていた。纏まれば万が一にも対応出来るが、それでは見つけるまでに時間がかかる。だがさっきの4チームでは対応出来なくなる可能性がある。

 2チーム編成ならという意見も出たが、1チームで動くのと差ほど変わらない。中々意見が纏まらないところを見かねたのか、宗谷がポツリと呟いた。

 

「じゃあ、まだ俺たちが行っていないスポットに行くっていうのは?」

 

 行っていないスポット?そんなのあったっけ?かほはそう思いつつ、地図を広げた。

 

 これまで行ったスポットは、今いるスポット43、56、69、大きく分けるとその3つだ。あとは通りすぎた場所を除けば全て網羅しているはず・・・・・いや、あった。まだ1ヶ所だけ、手を付けていなかったスポットが。

 

「でも、ここにいるって言う確証はないよ?」

 

 かほは地図を見ながら宗谷に言った。確かに大洗(こっち)は手を付けていないが、サンダース(相手)がいるかは分からない。宗谷の言った作戦をするなら賭けるような形になる。だが宗谷は平気そうにしている。

 

「まぁ、確証は無いけどさ。賭けるってのも、案外楽しいと思うぜ?」

 

「賭ける!?正気か!?」

 

 梅が思わず反応した。賭けは危険なものだと思っていたからだ。

 

「正気も正気、それに俺たちが行っていないんならいる可能性も無きにしも非ずだ。ローラー作戦で行くよりも手っ取り早いと思うぞ」

 

 シラミ潰しに探すよりは良いかも知れないが、違った場合を考えると・・・・・

 

「取り合えず、さっさと動こうぜ。他を探すんなら俺たちだけで例のスポットに行くから」

 

 宗谷はそう言い残すとチリに乗り込み、さっさと行ってしまった。かほたちはどうしようかと迷ったが、結局ついていくことにした。初めての練習試合で4号の隠れ場所を見つけたので、宗谷の勘も少しは当てになりそうだったから。

 

ーー

 

 

 一方、サンダースは一度全車集合して大洗を迎え撃つ作戦を練っていた。残る戦車はあと8輌、その内の1輌は改良型であるシャーマン・ファイアフライ。

 第2次の時には火力による後方支援を担当をするとこが主だったシャーマン・ファイアフライは、みほたちが試合したときにも苦戦に強いれたほどだ。

 

 そこで考えた作戦は、ファイアフライによる遠距離射撃(アウトレイジ)をするというものだ。遠距離射撃とは、相手の射程外から攻撃を仕掛ける攻撃方法のことで、当時戦艦大和(やまと)が得意としていた。

 

 ちなみに、カリオペがしていた戦法も遠距離射撃の1つだ。リンは早速作戦を実行しようとしたとき、偵察隊からの報告が入った。

 かほたち率いる大洗チームが近づいて来たというものだった。サンダースのメンバーは慌てたが、リンは冷静だった。そして、新しい指示を出した。

 

ーー

 

 

 大洗チームはサンダースがいる場所に近づいていた、リンが考えた作戦に掛かっているとも知らずに。目指している場所はスポット12、眺めが広々としている開豁地(かいかつち)があり、すこし高低差がある場所だ。

 宗谷たちが今いる場所は近くのスポット13、右横に緩やかな坂があるところ走っていた。栞がぼやいた。

 

「本当にここにいるのー?」

 

 栞は半分諦めているみたいだ。一応ついてきたものの、絶対と言う保証は無い。

 

「そうぼやかなくても、宗谷くんのことだからきっと何かあるんじゃないかな?」

 

 かほはそう言ったが、もしかしたら別のスポットにいるんじゃないのかという考えが(よぎ)っていた。正直、100%信用出来てはいなかった。ここまでついてきてなんだが、数輌戦車を連れて別行動を取ろうと思った。

 

「宗谷くん、私たち・・

 

「全車、砲撃に警戒せよ」

 

 宗谷の声が、通信機を通して全車に通達された。『砲撃に警戒せよ』と。そう言われたが砲撃音なんて聞こえていなかった。空耳だろう、そう思っていたとき、

 

『ドォーン!』

 

 と音を立てて隊列の近くに着弾した。突然のことに隊列が止まり、乱れ始めたが宗谷が何とかまとめた。

 

「落ち着け、相手も隊列(俺たち)の位置は把握しきれてないさ」

 

 大方把握出来ているものの、何処にどの戦車がいるのかまでは分からないだろう。と思っていたが、着弾した場所は隊列の近くだった。

 あと数センチずれていたらその場を走っていた3式中戦に当たっていたかもしれない。宗谷は疑問を持った。

 

(まさか、ここの位置を把握して撃ったのか?いや、相手は俺たちがここを通ることを知らなかったはずだ。ん?いや待てよ・・・・・この戦術というか、この感じ何処かであったような・・・・・はっ!そうか!!)

 

「全車!横を警戒しろ!『機動班』が来るぞ!!」

 

 機動班という聞き慣れない言葉が出たので、一瞬戸惑った。その言葉の後に横から待ち構えていたと言わんばかりにシャーマンが現れた。宗谷が言っていた機動班と言う言葉はさておき、今は対応しなければならない。

 奇襲攻撃をされたものの、ようやく戦車道らしい試合展開になったという感じだ。さっきリンが立てた作戦の完成型と言えるだろうか、バシバシと攻撃をしている。

 

 遠距離射撃に加え、近距離の機動攻撃をするのだからやられるほうはたまらない。何とか反撃はするものの、横から攻められたのだから対応が遅れたことに加え、固定砲が主力武器であるヘッツァーや3突は車体ごと動かさなければならない。

 かほは砲戦車を護るために前に出るように指示したが、チリがさらにその前に出た。かほは慌てた。

 

「ちょっと!前に出ないでよ!」

 

「西住隊長の4号は()()()()()だろ?ここでやられたら水の泡になっちまうよ」

 

 宗谷は4号(かほ)を頑なに守ろうとしていた。頼んだつもりはないのだが。チリの前に出てと指示を出そうとしたとき、穂香から通信が入った。

 

「かほちゃーん、ここはあたしたちに任せて宗谷くんと一緒に相手のフラッグ車撃破に行ってよー」

 

 今のところ持ちそうなので、フラッグ車撃破をかほに任せようという策に出たのだ。ここにはいないので、ファイアフライと一緒にいることは間違いなさそうだ。かほはスポット12に向かうように指示し、宗谷も4号を護衛する形でついていった。

 スポット13はかなり接戦になっていた。砲弾が飛び交い、砂埃が辺りに立ち込める。2、3年生は去年の黒森峰戦の教訓があるため、何とか対応出来ている状態だが、1年生組のM3は反撃にてこずっていた。

 

 また、機動力が低いポルシェティーガーも苦戦していた。撃ち抜かれないだけマシだったが、四方八方から攻撃されている。そうこうしているうちに、89中戦(アヒルチーム)がやられてしまった。

 装甲厚も攻撃力も、シャーマンと比べたら差がありすぎる。攻撃はしていたものの、撃ち抜くことが出来ず、最後は囲まれてやられた。

 

 そして次にポルシェティーガー(レオポンチーム)がやられた、後ろに回り込まれエンジン部を撃ち抜かれてしまった。次々と味方がやられていくので穂香も少し焦りを見せていた。

 撃とうとすれば撃たれ、逃げようとすれば退路を塞がれる。サンダースのチームワークは完璧と言わざるを得ない。

 

『確かに今も昔も攻撃の方がメインかもしれないが、それよりも重要なのはチームワークなんだぜ』

 

 宗谷がかほに言った言葉の通りになったと、穂香は身をもって感じていた。でも、今からでも遅くはないと思い、通信機を手に取った。

 

「全車、良く聞いて!これから指示を出すから、あなたたちも敵が何処にいるのかをみんなに報告して!『チームワーク』で切り抜けるよ!」

 

 穂香の口からチームワークと言う言葉が出たのは初めてだった。でも、驚いている場合ではない。今この戦況を切り抜けるにはチームワークしかないのだから。

 

「「「「「分かりました!!」」」」」

 

 全車から力強い声が返ってきた。早速実戦に移さなければならない。

 

「よーし、まずは展開しようか!固まっていると狙われ易くなっちゃうからね!」

 

 追い詰められて固まってしまっていたので、まずは展開することから始めた。展開したら敵がどの位置にいるのか、攻撃する体勢なのか、逃げる体勢なのかを車長がある程度把握し、攻撃に移る。

 ただ1輌で攻撃するのではなく、近くにいる味方に通信し、一緒に攻撃をするという戦法を取り始めた。サンダース側は突然の反撃に手間取りだした。さっきまでバラバラだった大洗チームが、急に1つになったのだ。

 

ーー

 

 

 一方、スポット12へ向かっているかほたちは、宗谷にさっき言っていた機動班というのは一体何のことなのかを聞いていた。

機動班と言うのは、アメリカ陸軍の歩兵隊の基本戦術に出てくるもので、トーチカと言う防御陣地を制圧するときに用いられる戦術のことだ。トーチカはロシア語で、日本語では特火点と訳され、シェルターの一種に分類されている。

 

 ちなみにアメリカ陸軍のトーチカ制圧方法としては、まずトーチカの前に狙撃班を置き、攻撃を仕掛ける。その隙に別のルートで機動班と言う歩兵を向かわせ、制圧するというものだ。

 

 さっきの状態で例えるならファイアフライは狙撃班、シャーマンは機動班に区別出来る。「機動班が来るぞ!!」と叫んだのは基本戦術を思い出したので、つい歩兵用語で言ってしまったのだ。

 

 そんな話をしていたらスポット12に着いていた。ここからは用心しなければならない。あのシャーマン・ファイアフライがいる場所なのだから、気が付いたらやられていたでは洒落にならない。2輌はなるべく音を立てずに慎重に捜し始めた。

 

 見晴らしが良いだけあって隠れる場所が何処にも無い。辺りを少し見渡しているとすぐに発見出来た。ファイアフライの砲身は真っ直ぐに空に向いていた。

 いつでも攻撃出来る体制を整えていると言っているように見えた。宗谷はどの作戦で行くか、かほに相談することにした。

 

「西住、どうする?さっきやられたみたいに、奇襲攻撃仕掛けるか?」

 

「それだと逃げられるかもしれないよ、もう少し動きを見ようよ」

 

 かほはなるべく慎重にいきたいらしい。厄介なファイアフライもいる、ここは慌てずに行こうと言う策だろう。宗谷にその策に従うことにしようと思ったが、穂香からの通信で状況が変わった。

 

「ごめーん、全滅しちゃったわ。でも2輌まで数減らしたから、あとは任せたよー」

 

 減らしたと言われても2輌は仕留め損ねたと言うことだ。その2輌はもうすぐそこまで来ている可能性は十分考えられる。と思っていたらファイアフライの砲搭が回りだした。

 かほたちを捜し始めたようだ。流石に慎重に行くなんて悠長なことを言っている場合ではない、宗谷はかほに作戦を変更することを伝えた。

 

「西住、ここは一気に突撃しよう!4号(そっち)はフラッグ車を、チリ(俺たち)はファイアフライを叩く!」

 

 かなり無鉄砲な作戦だが、今はこれしか無さそうなので実行に移すことを決断した。

 

「分かった!行くよ!」

 

「よっしゃぁー!戦車前進(パンツァー・フォー)!!」

 

 2輌の戦車が轟音を立てながらフラッグ車に近づく!4号は真っ直ぐにフラッグ車の方に向かい、チリはファイアフライに攻撃を仕掛ける。ここまでは予定通りだ、あとはファイアフライの邪魔をして、4号がフラッグ車を撃破すれば作戦成功だ。

 

 だが、そう易々とは勝たせてくれないようだ。宗谷がガンポートから覗くとさっきの2輌のシャーマンが射撃しながら迫っていた。

 

「西住!もう時間が無い、一気に決めろ!」

 

 宗谷の一気に決めろと言う言葉をヒントに、かほは距離を詰めるようにしようと考えた。

 

「冷泉さん、フラッグ車と距離を詰めて!五十鈴さんはそれに合わせて射撃をして!」

 

「・・・・・分かった・・・・・」

 

「任せてください!」

 

 4号は真っ直ぐフラッグ車に向かい、チリはファイアフライに向かっていく。岩山は照準器でファイアフライの弱点(ウィークポイント)を狙う。チリからの先制攻撃がファイアフライに当たったが、1発撃破とはいかなかった。

 

 4号は先に攻撃を受け、すかさず反撃に移した。反撃に移れただけマシと言うべきだろうか、追っ手から猛攻が激しく照準がブレる。

 

 フラッグ車は逃げようと動き始めた、このままでは逃げられる!かほは追いかけてと言うが、チリはファイアフライの撃破に手間取り、後ろからは追っ手の猛攻、フラッグ車の撃破以前の問題が多すぎる。

 かほは次の手を考え始めたが、そんなことを考えている余裕はなさそうだ。ハッと気付くと、300メートル程離れていた。

 

 今すぐ追わないと、追い付けなくなる。すぐに追いかけようとするが、敵からの砲撃が止まない。宗谷は岩山にフラッグ車を狙えと言った。

 

「岩山!弱点(ウィークポイント)を撃ち抜け!」

 

「任せろ!」

 

 ファイアフライとの戦闘を止め、狙いをフラッグ車に変えた。狙いを定めると同時に、すぐにトリガーを引いた!逃げるフラッグ車に1発の砲弾が飛び、撃ち抜いたのはエンジンではなく、履帯だった。

『ガキィーン』と金属音を立て、履帯が切れた。履帯が切れた戦車は進むことは出来ない。そこにすかさず4号の1発がエンジンを撃ち抜いた。エンジンから黒い煙りが上がった。

 

〔サンダース附属高校フラッグ車、走行不能!よって、大洗女学院の勝利!〕

 

 審判が勝敗を決め、観戦席は歓声に包まれた。杏たち指導員もホッとしていた。まずは、第1回戦目は突破だ。

 

ーー

 

 

 やられた戦車の回収も終わったあと、大洗戦車道生は杏の前に集合していた。杏は笑顔で試合の感想を伝えた。

 

「みんなお疲れさん、良い試合だったよ。困難な状態に陥っても、冷静な判断が出来たのは上出来だけど、もうちょっとチームワークを大事にしてね」

 

「「「「「「「「はい!ありがとうございました!」」」」」」」

 

 解散したあと、大半の生徒は学園艦に戻っていった。宗谷たちもチリに乗って学園艦に乗ろうとしていた。そこにリンが近づいてきた。「少し話がしたい」、そう言われた。

 チリから降りて、リンに着いて行くとかほもいた。一体何を言われるのかと思っていたら、謝られた。

 

「まず、かほさんには謝らないとって思ってさ。カリオペ(あんなもの)出して、ソーリーね」

 

 リンは頭を下げた。

 

「そんな、わざわざ謝らなくても良かったのに」

 

「本当は使いたくなかったんだけど、ママがどうしても使ってって言ったから逆らえなくて」

 

 リンの落ち込みようを見る限りでは本当に使いたくなかったという感じが伝わってくる。『試合はフェアプレイでいく』というところは母のケイに似ている。宗谷はフッと笑った。

 

「まぁ、(うえ)からの命令じゃ仕方ねぇわな。用はそれだけか?」

 

「ううん、あと1つだけ聞きたいことがあるの。どうしてロケット(キャロン)を持ち込めたのかを知りたくて」

 

「そんなことか、何ら難しい事じゃないさ」

 

 宗谷はこう説明した。サンダースが主力として使っている戦車はシャーマンで、新戦車の情報が来たのは試合が始まる2週間前のこと。常日頃シャーマンを使っている学校が、いきなり右も左も分からない戦車を2週間足らずで完璧に扱えるようになるとは思えない。

 

 そこから考え出したのは、シャーマンを改造した戦車、ファイアフライ以外の戦車だろうと推測した。そして浮かんできたのが、カリオペだったのだ。

 万が一、カリオペだったときの場合だった時の対処法として噴進砲を持ってきた、というわけだ。リンは理由を聞いて納得したようだ。

 

「なるほど~・・・・・て言うか聞いたら『ああそう言うことか』ってなるわね」

 

「でも、サンダース(君たち)からの情報が無かったらロケット砲を準備すること出来なかったし、カリオペじゃなかったら俺の思い違いで終わってたしな。誉められるものじゃないさ」

 

 宗谷はニッと笑った。そして桃に呼ばれ、学園艦への帰路に着くことにした。だがリンはまだ伝えなければならないことがあったらしく、宗谷とかほを呼び止めた。

 

「あの、角谷科長に伝えて。私のママは、()()()()()使()()()()()()()()()()()って」

 

 リンは少し落ち込み気味に頼んだ、かほが聞き返す。

 

「どういう意味なの?」

 

「・・・・・強要されたみたいなの、協会からの指示だった見たいで、『こんなのフェアじゃない』って嘆いてた」

 

 協会からの指示、となると会長であるしほからの指示なのか?男子がいるからと言って、ここまでするものだろうか。でも、男子が大洗にいることを知っていて協会勤務の人と言えばしほぐらいしかいない。

 疑問は残るが杏には誤解を解いてもらわなくてはならない。かほは「分かった、任せて」と言い、3人は別れた。

 

ーー

 

 

 場所は変わり、みほの実家ではまほがしほに試合の結果を伝えていた。

 

「試合は大洗の勝利で終わりました。旭日の試合は初めて見ましたが、他校とは差ほど変わりなかったです」

 

「・・・・・そう、少しは知的な試合を見せてくれるかと思ったけど、その程度というわけね」

 

 今回の大洗、サンダースの試合はしほが思っていた展開とは程遠いようだ。そして、まほは今回の試合で特に気になったことを聞いた。サンダースのカリオペ出場の件だ。

 

「それと、カリオペの出場を許可したのはお母様ですか?」

 

「・・・ええ、でもある人の頼みで仕方なくね」

 

『ある人』、と言われるとかつて一緒に戦火を交えた『島田(しまだ)流』の島田愛里寿(ありす)ぐらいしか思いつかない。まさかと思いつつ、聞き直した。

 

「・・・・・まさか、島田さんじゃないですよね?」

 

「ええ、島田さんじゃないわ。それにあの人はまだ旭日のことなんて知らないはずよ」

 

 まほは納得したと同時に、一体誰がサンダースにカリオペの使用を強要させたのかが気がかりだった。

 強要をさせたのは、確かに協会に関係している人物だ。その人物は近衛が廃校になるずっと前から旭日のメンバーを知っていた。いや、正確に言えばメンバー全員ではなく、2人だけなのだが。

 大洗女子学園、1回戦目突破。次の試合は2週間後にプラウダと2回戦目を繰り広げることになる。




今回も読んでいただきありがとうございました。

ちなみに余談になりますが、作中に出てきた『試射』という言葉は防衛庁が使う言葉だそうです。
防衛庁や自衛隊で使われる言葉には面白いものがたくさんあるので、よかったら調べてみてください。


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第13章 2人の操縦手

前回のあらすじ

ロケット砲を搭載したシャーマン、『カリオペ』の猛攻を受けながらも、何とか勝利する事が出来た大洗女子学園。
試合が終わった翌日も、練習に励む生徒たち。しかし、準決勝戦を迎える前に、1つ解決しなければならない問題があることは誰も気付いていなかった。


 俺の名前は福田彰、旭日機甲旅団の副隊長兼チリの操縦を担当している。近衛時代の時は戦車、装甲車の操縦技術を学ぶ操縦科に所属していた。

 まぁそう言っても、入学して夏休みに入るまでの前期の間は偵察技術を学ぶ偵察科に所属して、後期から操縦科に転属という形でやってきたんだけど、2年生に上がって3ヶ月もしない内に廃校になっちまった。

 で、今何故大洗女子学園(ここ)にいるのかと言うと、宗谷(こいつ)と戦車道っていう武芸に出るのも楽しそうだなぁと思ってついてきた。

 戦車道に関しては、基本的な知識と歴史は知っていた。宗谷(こいつ)が旭日機甲旅団を創った時に、「戦車道に出るために準備するぞ」って言い出した時は「正気か?」って思ったよ。

 細かいルールは知らなかったけど、『男子が出たことがある』なんて聞いたこと無かったから、前代未聞の挑戦だろ思ったけど、戦車に乗ってドンパチするって言うのは近衛のときほとんど無かったから魅力は感じていた。

 

 初めての試合のときも、ここまでするのかって思ったほどだ。100%実戦というわけではないのだけれど、俺は楽しんでいる。

 

 今何をしているかって?今は訓れ・・・・・じゃなくて練習中だ。内容は泥濘(ぬかるみ)からの脱出。スタックした時に適切な対処が出来るようにするための練習をしている。戦車は履帯(キャタピラ)を備え、どんな悪路でも走行出来る造りだ。

 簡単に言えば、履帯という道を作りながら走っているというわけだが、何10トンという重量を分散させることは出来るが100%消すことは出来ない。

 

そういう訳だから抜け出せなくなるほどの泥濘にはまったら、別の戦車から手伝ってもらうしか方法はない。そうならないために、自力で脱出出来るようにするというのがこの練習の目的らしい。

 脱出方法は履帯の下に岩か木の板等といったグリップ出来るものを敷く。あとは外にいる人が岩や板を敷きながら指示を出し、ゆっくりと操作して脱出する。

 一気にアクセルを吹かすと下に敷いた物が飛んでいってしまうため、また元の状態に逆戻りしてしまう。

 

 そのため、脱出するときは外からの指示と、落ち着いて動かすことが出来る平常心が大事になってくる。ようは『焦らず進め』ということ。

 今は順番待ちをしている。3ローテ目で、チリ(俺たち)の前にポルシェティーガーと3式中戦が先行してやったが、やっぱりポルシェティーガーは脱出に半端ない時間を使ってたな。

 最大重量59トン、焦らずに進んでもどんどん沈んでいく。最終的には自力で脱出したけど。特に驚いたのは、3式中戦もすぐに脱出したということかな。

 

 乗員は携帯ゲームばかりしている奴しかいないのに、手こずる素振りを見せることなくすんなりと脱出したからな。人は見かけによらないというのはまさにこのことだな。

 

 で、M3の番で練習している最中だ。ああじゃない、こうじゃないと言っている。そして外にいる指示役は泥だらけになって、履帯はスリップしている。指示もまともに通っていないみたいで、車体は左右に揺れている。

 あー、このままじゃ・・・・・と思っていたら完全にはまった。こうなったら自力脱出が出来ない。で、チリ(俺たち)の出番となる。

 

「はぁー・・・・・チリ!脱出の手伝いをしてあげろ!」

 

 桃副指導長がチリ(俺たち)に指示を出す。言われた通り、脱出の手伝いをするために準備を始める。ワイヤーを引っ掛けて引っ張るだけだから、救助するのは簡単だ。何故俺たちがしなければいけないのかっていうのは、救助をすることに慣れていることと、エンジンの馬力が高いからというそれだけの理由。

 エンジン出力だけで言えばポルシェティーガーの方が高いが、モーターで走るため高負荷をかけ続けると火を吹いて走行不能になってしまうから牽引が出来ない。

 

 消去法でポルシェティーガー以外の戦車で見たときにチリが一番出力が高かったから選ばれたというわけだ。選ばれたのは良いが、全く嬉しくない。

 

 宗谷がワイヤーをかけて、合図を出す。これでM3(こいつ)助けるの3回目なんだよなぁ・・・・・でも、今はそんなことを気にしてはいない。それ以上に気にかかっている奴がいる。4号の操縦手(ドライバー)を担当している冷泉七海だ。

 

 ここ最近、いやサンダース戦の前・・・・・ん?いや待てよ、聖グロ戦の後辺りからか?様子がおかしくなったのは。一応念のために言っておく、恋人関係になりたいからという訳ではないからな?それだけは絶対に揺るがないぞ。

 

 とりあえずそんなことは良いとして、様子がおかしい。大事な事だからあえて2回言った。心ここにあらずって感じで練習に身が入っていないように見える。

 操縦手の勘ってやつかな?角谷科長が言うところによると、様子が変らしい。いつもならすぐに脱出するらしいけど、今回は時間がかかっているって呟いている。俺も何処と無く違和感を感じている、こんなとこでミスするか?って。あ、はまった。

 

「よーし、福田。救助(レスキュー)開始だ」

 

 宗谷の指示で俺はチリを4号の前に出す、西住隊長が申し訳なさそうな顔してるなぁ。で、助け出したは良いけど、こんなにミスしてんのみるのは初めてだな。おっと、次は俺たちか。

 うーん、宗谷は右に30度って言ってるけど50度ぐらい動いても大丈夫そうだな。まだ履帯はグリップしてるし、っていう感じで操縦手は車長の指示だけではなく自分の考えで戦車を動かすことが出来る。

 基本は車長からの指示が絶対だが、場合によっては俺の判断が良かったってこともたまにはある。

 

 お、いい感じじゃん。で、宗谷はここから30度左って言ったからその通りに従って・・・・・冷泉の落ち込んだ顔が俺の視線に入ってきた。一体どうしちまったんだろうか。ん?何か宗谷が叫んでいるよう・・・・・やべ!ボーッとしてたら60度回ってた!!って慌ててもこりゃ手遅れだな。スマンな宗谷。

 

「福田ぁー・・・・・しっかりしてくれよー」

 

「悪い、悪い。でもまだ何とかなるだろ、何とか自力で脱出するから心配すんなよ」

 

 その後、何とか自力で脱出出来た。まぁ、近衛の時は出来て当たり前だったから、何てことはない。操縦科の時は「自力で脱出出来るようになれ」って耳にタコが出来るほど言われてきたからなぁ。

 

 練習が終わった後は全員で洗車をする、そこら中泥だらけにしたから中々綺麗にならねぇな。他の連中も一緒に洗車しているけど、やっぱり苦労してんな。洗車が終わった後は整備をして、明日の予定を聞いて今日の練習は終わる。

 でも俺たちはまだ帰らない、何故かって?その日の練習のフィードバックをするためだ。お互いのミスしたところ、気付いたところを言い合って問題解決に努めるのが目的だ。

 

 今日の内容は、やっぱり俺がミスったことだな。原因は冷泉(あいつ)を見てて考え事してたなんて言えるわけがない。当然、ただ考え事をしてたと言っておいた。やべー・・・・・宗谷がめっちゃ怪しんでる。

 

「お前が考え事をするなんて珍しいな」

 

「俺だって考え事の1つや2つはするって」

 

 うーん、ここで「冷泉の様子がおかしいんだけど」って言うべきだろうか?まぁ、こいつらの事だし多分言っても大丈夫だろう。話題がこれだけっていうのも何かアレだし。

 

「なぁ、ここ最近冷泉の様子がおかしいなぁって思うんだけどさ。お前らは何か感じないか?」

 

 言っちまった、言っちまったけど、俺1人で抱え込むよりかマシか。うーん・・・・・話振っておいてあれだけど全っ然ピンと来てねぇ感じじゃん。やっぱ俺にしか分からねぇってことかなぁ。ん?宗谷(あいつ)は少し違うな。思い当たる節でもあるのか?

 

「冷泉さんの様子が変わってたのは気になっていたんだが、福田(お前)はいつから気づいてたんだ?」

 

「え?いつから・・・か。あまりはっきりとはしないが、確か聖グロとの試合の後からだと思うけど、お前も気にかかってたのか?」

 

「西住から相談受けててたんだよ。様子が変だけど、どうやって接したら良いかって」

 

 なんだ、西住隊長から聞いてただけか。まぁ、一番近い存在だからな、気づかない方が変か。

 

「そうか、聖グロとの試合後からか・・・・・原因は分からないけど、その辺りからか。よし福田、報告はお前から西住隊長にしておいてくれ」

 

「え!?何で俺なんだよ!?そこは車長の宗谷(お前)の役目だろ!?」

 

「俺経由するよりかはお前から直接言った方が説得力あるだろ?」

 

「説得力上の問題かよ!」

 

 マジで俺がすんの!?確かに説得力はあるかもだが!車長で俺よりか人望ある宗谷がしたほうが絶対に良いと俺は思う!

 

「良いじゃん、俺も福田(お前)の方が良いと思うけど」

 

 岩山ぁー・・・・・

 

「確かに、経由するよりかはな」

 

 柳川ぁー・・・・・

 

「一言言うだけじゃねぇか、何も難しくねぇぞ?」

 

 水谷ぃー・・・・・

 

「ガンバ、福田」

 

 北沢!ガンバって何だガンバって!俺は他人と話すことが苦手って訳ではないんだぞ?て言うか俺に味方はいねぇのか!まぁ良い、言い出したのは俺だからな。言い出したことにはきちんと責任(?)は取る!

 

「分かったよ、俺から報告しとく」

 

「よろしくな」

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 ・・・・・そして、今日を迎えて俺は報告に来た。ただそれだけだ、ただそれだけなのに、何で武部(あいつ)は俺を怪しそうに見るんだ!!いけね、余計なことを考え無いようにしないと。

あくまでも俺は西住隊長に報告に来たんだ。うん、そうだ。ためらいを見せたら余計に怪しまれる、普通に接しれば良い。

 

「宗谷に頼まれて報告に来た、冷泉の件でだ」

 

「分かったわ、ちょっと来て」

 

 西住隊長は冷泉に聞かれないよう、格納庫の裏に連れてきた。武部はあいっかわらず怪しんでいたんだが、ほっておこう。今は報告が優先だ。

 

「宗谷が西住隊長から聞いた。冷泉の様子がいつもと違うってな」

 

「うん、私も同じことしてたから分かるんだ。隠し事しているんだってこと」

 

 え?隠し事?隊長隠し事してたの?マジで?いや、取り敢えず、そこは置いておこう。西住隊長も俺と同じタイミングで異変を感じていたらしい、でも原因は分からないって言ってる。俺はもう予測出来てるんだけど、ここはあえて言わないでおこう。

 

「俺が異変感じたのは・・・・・聖グロとの試合のあと辺りからだったっけか。そっから何となくだけど、動きが違うように感じてきたんだよな。西住隊長は、何か思い当たる節ないのか?」

 

「私には分からないんだ。車長なのに、情けないよね」

 

 おいおい、何で西住隊長(あんた)が落ち込むんだよ。何も悪いことしてないのに。

 

「車長だからって、気に病むことはねぇと思うけど。冷泉(あいつ)初めて会ったときからあんな感じだったし、上の立場だからってあんたが落ち込んでたら士気に影響してくるぞ」

 

「・・・・・そうだよね。ありがとう福田くん、冷泉さんとは一度面と向かって話してみるよ」

 

 こう思ったら失礼かもしれないが、そうしてくれ。俺は冷泉(あいつ)を励ませる自信が全くないからな。

 よし、報告は終わった。俺は戻るぞ、武部にこれ以上睨まれるのはごめんだからな。さぁ、さっさと戻るか。

 

 ん?冷泉か・・・・・相変わらず暗いな。でも、初めて合った時よりも暗い。どうしよう、声掛けとくか?でもそれだと武部になに言われるか分からねぇしなぁ。

 

「さっきからずーっと七海ちゃん見てるけど、何か用があるんなら呼ぼうか?」

 

 うぉ!!噂をすれば武部が!

 

「い、いや。何もない」

 

 本当はあるっちゃあるんだけど、呼んだところで何話したら良いか分かんないから今はいいや。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 今日の練習は射撃だ。止まった状態での射撃、走りながら射撃する走行間射撃、そして遠距離射撃(アウトレイジ)、今回は操縦手の腕がどうとかは全く関係ない。射撃に関しては砲手(ガンナー)装填手(ローダー)の連携が物を言うからな。

 練習の内容はただ的に向かって1発ずつ『ドン』とするだけだ。ただし、リボルバーショットをするときは、操縦手()とも連携を取らなければならない。その点を踏まえれば、走行間射撃の方がまだ楽だ。

 

 砲弾は、トリガーを引いて弾が発射されるまで少しラグが出るから、目標に対して少し修正をしないといけない。

 走行間射撃なら修正が効かせやすいが、リボルバーショットは後ろにいる戦車()を見えない状態で撃ち抜かなくてはならないから修正が効かない時がほとんどだ。

 

 そして俺はその後に進行方向に向けて態勢を立て直さなければいけない。一番厄介なのはそこだ、1回転させるは良いがミスったらスピンしまくって障害物に当たるか、周りにいる友軍を巻き込む可能性が非常に高い。

 めっちゃ危険なんだけど、後ろを取られた後に砲搭旋回させてたら間に合わないからリボルバーショット(この方法)が案外手っ取り早かったりする。

 

 それに追ってる敵がいきなり真正面向かれたら誰でもビビるだろ?それで対応が出来ずにやられた、ということになるから絶対に当たらないという訳ではない。でも初めてのリボルバーショットは避けられたけどな・・・・・

 

 この練習するときは絶対真似したいって言ってくる奴がいる。「そう簡単に出来るはずがないだろ」と常々思っているがな。それにこの技はおすすめしない、回転させるから履帯に負担掛かるから切れやすくなる。

 

 危険な上に自分の戦車を自爆させかねないからな。だから教えてほしいと言われても、よっぽど操縦の腕に自信がある奴以外には教えるつもりは全く無い。

 リボルバーショットを教えて自爆したとか言われたら嫌だからな。でも冷泉(あいつ)ならすぐにマスターしそうだけど。

 

ーー

 

 

 整備が終わり、片付けも済んだ。さっさと帰ろう、そう思っていた。うん?4号から声がしてんな。誰かいるのか?この格納庫にはもう誰もいないと思ってたんだが。と、何のためらいもなく操縦席を覗いた。冷泉が座ってた、まぁ思ってた通りだったけど。

 

「な、何でここにいる!!」

 

 何かめっちゃ焦ってんな。こっそりと練習したかった感が半端なしに伝わってくる。よっぽど恥ずかしいのか分かんねぇけど、すっげぇ顔赤ぇな。

 

「何でって言われても、そんだけ声出してたら誰にも聞こえるって。残って練習すんなんて、結構真面目だな」

 

「ほ、ほっとけ!!」

 

 あー、帰っちまった。練習の邪魔したみたいで罪悪感が残ったんだが、まぁ良いか。別に誰かに話そうって気はないし、俺もさっさと帰るか。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 ・・・・・今日はやたらと冷泉(あいつ)に睨まれてる気がする。あいつってあれか?ずっと根にもつタイプか?まぁ、俺にも責任はあるから反論出来ないし、後で謝っとくか。

 で、今日の練習は後ろを取られたときの対処と言われたけど、「森の中で鬼ごっこをする」って言われてもさっぱり意味が分からない。

 

 宗谷が聞いてきたけど、内容は1対1で攻撃をする役と逃げる役に分かれてやるらしい。

 攻撃する役は通常の弾を使わず、当たると色が付く『カラー弾』という特殊弾を使うと聞いた。聞くだけだと防犯グッズの『カラーボール』と似たような感じだな。

 逃げる役はこのカラー弾に当たらないように逃げ、600メートルの距離を無事に逃げ切れたらクリアということらしい。

 

 ちなみに攻撃する役はただ色を付けるのではなく、エンジン部や弱点に命中させるように撃たないといけないらしい。で、指導員がこれは確実にやられたと判断した場合はその場で終了して次のチームに交代する。

 宗谷は理解したみたいだけど、俺は説明されるよりも実戦した方が理解しやすい。

 

 練習場は説明された通り森だった。いや、森というより林というべきだろうか。木々の幅は、パッと見戦車がギリ2輌通れるかぐらいだけど、ここ走るのかよ。俺が一番苦手な地形なんですけど、まぁ練習なら仕方ねぇな。

 

 俺たちと組むのは4号か、しかも俺たちが逃げる役、絶対に逃げ切ってやる。苦手ではあるが、それを克服すると思えば何てこと無い。

 先行して89中戦と3突がやっているところを見たが、どっかの強盗集団を戦車で追い掛けているようにしか見えないのは気のせいか?カラーボール擬きを投げ(撃ち)ながらカーチェイスをしている、みたいな感じにしか見えない。

 て言うかこんなことを常日頃やってんのか、結構面白いじゃん。よーし、順番回ってくるまで動きを見て学習すっか。

 

ーー

 

 

 

 うーん・・・・・順番が回ってきたは良いんだが、いざ目の前にすると結構狭そうだな。チリ(こいつ)の幅って確か3メートルぐらいだったよな。行けるのか?これ・・・・・でも、同じぐらいのポルシェティーガーが通れてたんだから、大丈夫か。

 

 

「福田、操縦に関してはお前に任せる。思いっきり突っ走れ!」

 

 

 宗谷、緊張を解そうとしてくれる計らいはすっげぇ嬉しいんだけど・・・・・俺にはプレッシャーになるから出来れば何も言わないでくれた方が非常に気が楽なんだけど。ん?待てよ、「お前に任せる」ってことは・・・・・最初っから俺の自己判断で行けと!?ヤバイ、冷や汗が・・・・・

 

 

〔練習始め!!〕

 

 

 桃さんの声がスピーカーを通して響く、俺はアクセル全開で4号から全力で逃げる。えっと、確か4号(あっち)の砲手は・・・・・えーっと、五十鈴(ごじゅうすず)だっけ?

 いや、そんな変な名前じゃなかったような・・・・・まぁ良いか、後で聞き直そう。それに今はそんな事考えている場合じゃない、結構ヤバい。

 

 思ってる以上に車体を木に擦って車速が落ちてる。このままじゃ確実に当てられる、五十鈴(あいつ)の射撃の腕もかなり高いんだ。

 もたついてたら1発で当てられる、急ブレーキしてフェイントかけるか?でもそれだとこっちも車速落ちるから今の状況じゃ出来ねぇな。

 

 くっそ、こんなとこ走り慣れてねぇからムズい!カラー弾が木に当たって七色に染まっていってる、チリにも少しずつ色がついていってんだろうなぁ。うん?宗谷か?

 

「福田!4号が迫ってる!木を盾にしながらジグザグに走れ!俺もなるべく指示を出す!」

 

「了解!」

 

 やっぱしそう来ないとなぁ。後ろ見えねぇし、それが良いよな。でも、宗谷(あいつ)が自由に操縦させてくれたからコツが掴めて来たぜ!

 俺が木に擦っていたのは曲がるタイミングが少し早かっただけだ、2秒位置いて曲がれば上手く行くはず!また木がある、宗谷が右に曲がれって言ったから、さっきの反省点を踏まえて。よし!上手く行った!

 

 あと200メートル、100メートル・・・・・50メートル!よし!逃げ切った!あーー、キツかったー。苦手分野をやると頭使うから結構疲れる。

 

 リボルバーショットばっかりやらないで、たまにはこの練習もしないとなぁ。それにしても、五十鈴(ごじゅうすず)の射撃が的確過ぎる、避けるだけで手一杯だった。あえてもう一度言う、キツかった。

 

 追われる立場がこんなに辛いものかと改めて実感した。だけどこれからも手を緩めるつもりはない、『情けは人のためにならず』だ。次は手こずらずに突破してやる。

 

ーー

 

 

 学校が終わって今は放課後。フィードバックも終わったから、そろそろ帰ろうかというところだ。あ、練習の休憩中に五十鈴(あいつ)に名前を聞いてみたけど、『ごじゅうすず』じゃなくて、『いすず』だった。

『ごじゅうすず』なんて言わなくて良かった。

 て言うか『ごじゅうすず』なんて名前の人いるわけがないよな。だけど、どう読んだら分からない名字の人とかたまにいるしな。

 

 それにしても、冷泉はやっぱり凄い。あの後チーム編成を変えて、練習しているところを見たけど、正確に無駄の無い動きをしてたなぁ。それも、放課後残って練習している賜物だろうな。

 ちなみに、今は格納庫の外にいる。何でかって言うと、冷泉(あいつ)を待っている。不審者から守ってやろう的なことじゃなくて、昨日のことを謝ろうと思っているだけだ。

 

 わざとじゃないんだけど、覗いたことを謝った方が良いかなぁと思っただけだ。練習の邪魔しちまったし。お、出てきた。

 

「おい冷泉、ちょっと良いか?」

 

「・・・・・何だ?」

 

 呼び止めただけなのに、めっちゃ怪しい奴を見る顔しているんだけど・・・・・俺ってそんなに怪しい奴に見えるか?

 

「昨日のこと、謝ろうと思ってさ。練習の邪魔して悪かったな」

 

「・・・・・そんなこと?別に気にしてないから良いよ」

 

あー良かった。このまま恨まれたままだとどうしようかと思った・・・・・

 

「じゃあ・・・・・帰る」

 

「あ、ああ。呼び止めて悪かったな」

 

 ・・・・・何かあっさりだな。こんなもんか・・・・・ん?今一瞬不安そうな顔したような。・・・・・気のせいか。

 

ーー

 

 

 俺は寮に帰ったあとも気になっていた、冷泉(あいつ)が一瞬不安そうな顔したことが気にかかって仕方ない。やっぱ()()を気にしてんだろうかな、俺にもよくあったから気持ちは理解できる。

 

「福田!福田!聞いてんのか?」

 

 は!いっけね、次のプラウダ高校との試合をどうやっていくか話し合ってたんだった!

 

「あ、ああ。えっと、雪が・・・・・何だったっけ?」

 

「雪とか一言も言ってねぇよ。お前大丈夫か?」

 

 あれ?雪に気をつけながら戦闘するとか言ってなかったっけ?俺の聞き間違い?

 

「T34にどう対抗するかの話をしてたんだよ。確かに雪にも気を付けないといけないが」

 

 あー、そうだ、あの車高が低いT34の対抗策を話し合ってたんだった。聞き間違い以前の問題じゃねぇかよ。

 話し合いが終わって就寝になったが、どうも眠れない。明日、聞いてみるか・・・・・

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 昨日聞いてみるかと思いつつ就寝したわけだが、聞きにいくタイミングが見つからない。

 

 今日は午前中座学で、午後から練習という予定だったのだが、座学の合間にある休憩中に聞こうにも分からないところを聞きに来た人の対応に追われてて聞きに行けなかった。

 そして昼飯は西住隊長らと一緒に食ってるから誘い出そうにも武部(あいつ)がいるから「一緒についていく」なんて言いかねなかったから呼び出せなかった。

 

 で、午後の練習は走行間射撃の練習でずっと西住隊長と話し込んでて呼び出せない!はぁ、どうすりゃ良いんだよー・・・・・

 しかも今日は全戦車が整備する日だとかで生徒は残れないらしいしから、放課後になってもすぐに帰っちまうだろうなぁ・・・・・宗谷がやったみたいに、手紙出してみるかなぁ・・・・・

 

ーー

 

 

 授業が終わり、チリの整備も終わった。さっさと寮に帰って、手紙でも書くかなぁ・・・・・ん?格納庫の前に誰かいるな。冷泉じゃん。

 

「1人で何やってんだ?」

 

 気付いたら声をかけてた、何か悩んでそうだったから。

 

「・・・・・ほっといて」

 

「そうはいかねぇんだよ。ここ最近調子がおかしそうだし、悩んでいそうだし」

 

 どう言ったらいいか分かんねぇって顔してんな。とりあえず、話続けるか。

 

「聖グロとの試合で何をしようとしたのか知らねぇけど、思いっきり車体転覆させたよな?その失敗を気にしてんじゃないのか?」

 

 ちょっと動揺してんな、こりゃビンゴだな。

 

「・・・・・あのとき、西住から『横滑りで後ろに回り込め』って言われて失敗したんだ。それでーー」

 

「自信を無くした・・・・・と?」

 

 何も言わずに小さく頷いた、やっぱビンゴか。俺も一時期は自分の操縦技術に悲観したこともあったっけか。

 

「自信無くしてクヨクヨするよりも解決策見つけろよ、立場上は副隊長としての任も背負ってんだぞ」

 

 ・・・・・何も言わなくなっちまった。親の関係が上手くいってないってやつか?だとしたら・・・・・はぁ、俺がやるしかねぇのか。

 幸いにも、チリは俺たちが整備してっから格納庫に残ってるし、万が一何か言われても「練習のためです」って言えば済むだろ。

 

「ついてこい。お前の問題、解決させてやるよ」

 

 俺は冷泉を副砲室に座らせた。操縦席に一番近いって言うのと、指示通しやすいってだけ。北沢(あいつ)がいねぇから無線機が使えなくて、車内通話出来ないんだよ。

 エンジンをかけて、グランドにチリを出す。今日はここ最近は雨が降らなかったから、思いっきりいけるな。

 

「何をするんだ?」

 

「今から戦車ドリフトするから、どうしたら良いのかを身体と頭に叩き込んでもらう、それだけだ」

 

「は!?い、いい!降ろせ!!」

 

 焦ってんなぁ、トラウマにでもなったのか?

 

「『やってみせ、言って聞かせてさせてみて、ほめてやらねば人は動かじ』って言葉知らねぇか?やってみせるからしっかり見てろ!」

 

 今のは山元(やまもと)五十六(いそろく)の格言だ。まぁ、そんなことは良い。ちなみに俺は、こういった難しいことをするときは何も考えないようにしている。考えすぎると頭パンクするからな。急ブレーキかけて、操縦レバーを倒しすぎないように操作する。

 

 車がドリフトするときは急ブレーキかけて、進行方向と逆にハンドルを切るって聞いたことがあるから、その技をレバーでやっている感じだな。ほら、上手くいった。冷泉が呆然としてるし、見てたよな?

 

「・・・・・お母さんの動きに似ている」

 

 似ている?そんなわけないだろ。

 

「気のせいだろ。俺はお前の母さんの動きなんて見たこと無いぞ?」

 

「そうなのか?とても似ているが」

 

 ・・・確か俺の記憶が正しければ、数年前の大洗女子学園が試合していたときの4号戦車の動きを参考にはしたけど、操縦してたの冷泉指導員じゃないよな?うん、だって試合中だったし。

 

「もう一回やってみせてくれ、それで覚えるから」

 

「良いぜ、100%理解するまで何回もやってやるよ」

 

と、俺は意気込んだが、これがマズかったと後で後悔することになる・・・・・

 

ーー

 

 

 気がつけば時間は夜の8時を回っていた。あいつ理解すんのは早かったけど、「もう一回」「もう一回」って言われるがままにやっていたら3時間も経っていた・・・・・

 

俺も俺だけど、冷泉(あいつ)限度ってモノを知らねぇのか?チリの操縦をさせるわけにはいかなかったから俺が操縦したんだが、あいつにもさせるべきだったかなぁ・・・・・

 で、今はコンビニの前で待たされている。もう帰りたいってのに何やってんだ?あ、出てきた。

 

「これ、やる」

 

 ・・・・・あ、飲み物か。ていうかそうならそうと言ってくれりゃよかったのに。

 

「ああ、サンキューな。もう遅いし、送るぜ」

 

 こんな時間まで付き合わされたけど、何だかんだ楽しかったな。あ、そうだ。どうやったら操縦上手くなるのか、聞いてみるか。

 

「なぁ、お前の操縦技術結構高いと思ってんだけどさ、どうやったら上手くなるのかコツ教えてくれよ」

 

「コツなんて無い。むしろ私の方が、お前に聞きたいことが山ほどある」

 

 へぇー、俺に聞きたいことが・・・・・は!?また聞き間違えたか!?

 

「冗談だろ?俺なんかに聞きたいことなんて」

 

「本当だ。リボルバーショットとかいう技をするときにやるあの回転、私には真似出来ない」

 

 やり方さえ分かれば簡単だと思うんだが・・・・・ましてやリボルバーショットなんて真似するもんじゃねぇぞ?

 

「・・・・・あ、そう。でも、俺たちはお前とは1年遅れで戦車道に出てんだぜ?トータル的に言えば負けてるよ」

 

「そんなことはない、私たちこそお前たちから学ばなければならないことは山ほどある。お前らが元近衛だからってわけではないぞ」

 

 誉められたのかどうかは分からんが、取りあえずはそう言うことにしておこう。これで冷泉の問題は解決か、西住隊長もホッとするだろ。

 

 俺は冷泉を家まで送り届けたあと、そのまま真っ直ぐ寮に向かって帰った。次はプラウダ高校と試合か・・・・・次も勝たねぇといけねぇんだよな。大洗女子学園を守らないといけない、俺たちと同じ目に逢わせないために・・・・・

 




今回も読んでいただき、ありがとうございました。
視点固定で話を書くのは初めてでしたが、いかがだったでしょうか?

ちなみに、あの後福田が寮に帰ったあとに宗谷から「何やってたんだ?」と聞かれた時、「チリに乗って練習してた」と答えたそうです。「2人で練習してた」と言うのが恥ずかしいからとかで、1人で練習してたように言ったらしいです。



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第14章 大洗VSプラウダ 雪原で伝えられた真実

前回のあらすじ

福田は4号の操縦手、冷泉七海のことが気にかかっていた。聖グロ戦の後から様子がおかしい七海に対して、何とか励まそうとする福田。
たどり着いた真実は、戦車の横滑りに失敗してしまったことで、操縦手としての自信を無くしてしまったことだった。七海を何とかして励まし、不安要素を消し去ることに成功した。
そして迎えた準決勝で、かほたちは衝撃的な事実を知ることとなる・・・・・



 プラウダ高校との準決勝戦の3日前、大洗女学院は試合前の最終調整に入っていた。最終調整と言っても、エンジンの冷却水や、エンジンオイルを寒冷地用に変えるだけなのだけで、今以上の改良は出来ないのだ。

 

  宗谷たちは戦闘服を真っ白な寒冷地仕様に変えると言った対策を取ることにした。色はそれっぽくないが、これでも迷彩服の1つに分類されると宗谷は言った。だが、戦車道で迷彩服はあまり役には立たない気もするのだが。

 

  去年準優勝で終わったプラウダ高校、黒森峰には隊列の弱点を突かれて大敗してしまったとか。

 そして今年は『電子戦』に挑戦するとかで、攻略がかなり難しい相手になると予測されている。

 

  そこで1つ問題があった。かほたちは電子戦法で立ち回る相手と交戦したことがあるため、どのように立ち回れば良いのかはある程度は分かる。しかし今年入った1年生のあいかたちや、宗谷たちは対処の仕方を知らない。

 

 更に悪いことに宗谷たち旭日の6人組は電子戦という戦法があることを今初めて知ったのだ。

 

 対処法を知らない以前の問題だったが、宗谷は「相手が電子の力で立ち回るのなら、俺たちは電子で予測出来ない立ち回りをしてみせる」と啖呵を切った。

  サンダース戦でロケット砲を出してカリオペを撃破したこともあったので、杏は任せてみることにした。何だかんだあっても、勝利に導くのだから。

 

ーー

 

 

  そして試合当日、試合会場に近づくにつれて寒くなってきた。プラウダ戦は雪原での試合だと聞いていたが、まさか雪が降っているとは想定外だった。手が悴むような寒さと、白い雪が学園艦を包んだ。

  薄暗くなった時に試合会場に着き、戦車を降ろして準備を進めてた。その最中に、懐かしい人が近づいてきた。プラウダ高校の現指導長のカチューシャだ。37年経った今でも、背の低さは全く変わっていない。

 

「久しぶりね、ミホーシャ。今年も私たちのプラウダの勝利で飾らせて貰うわ」

 

  強気なのは相変わらずだった。みほは苦笑いを浮かべながら電子戦のことを聞いた。

 

「それより、今年は電子戦に挑戦させるって聞きましたけど、本当なんですか?」

 

「本当よ、私は嫌だったけど」

 

『私は嫌だった』、と言うとカチューシャの考えでは無かったということなのか?みほは聞き直した。

 

「それって、どういう意味なんです?」

 

  みほの質問にカチューシャはため息をつき、つまらなそうな顔で答えた。

 

「娘が言い出したのよ、『私も電子戦が出来れば絶対優勝出来るから』って。実力でいけば良いのに、流行りに乗りたいって聞かないんだもの。結局承知したけど、あなたも思わない?つまらなくなったって」

 

  自分自身もそう思っていたので、カチューシャの意見には同意出来た。どんな試合でもそうだが、チームワークは欠かせない要素だ。そのチームワークを機械に任せて戦うなんて面白味がなくて当然だろう。

 電子の力に任せるのも1つの戦法かもしれないが、チームプレイとは程遠いように思える。

 

「戦法に楽しいもつまらないもないだろう?結論、勝利すれば良いのだから」

 

 会話に割り込んできたのはまほだった。黒森峰が準優勝戦を終えたので、決勝で当たる高校がどちらになるのかを見届けに来たのだろうか。

 その後ろにはしほと夏海も一緒にいた。夏海が試合以外で会場に来ることは滅多にないことなのでみほは驚いていた。

 

「夏海ちゃん、試合以外で会場に来るなんて珍しいね」

 

「お久しぶりです、みほさん。旭日が順調に勝ち上がって来たようなので、どんな戦い方をするのか見ようかと思って来ました」

 

 相変わらず固い。みほ()()()()ならまだしも、『さん』付けで呼ばれると他人の子供に会っているような感じになる。最後におばさんと呼んだのは、中学に上がる前だっただろうか。

 話は戻るが、夏海自身が『〇〇の試合を見に来た』と言うことは今まで全く無かった。わざわざ試合を見に来たとなると、かなりの脅威になると確信したからだろう、敵ながら見事な選択だ。

 

ーー

 

 

  一方、大洗チームはスタート地点に移動しているところだった。気温はマイナス6℃という寒さで、エンジンや駆動系に異常が発生しないか心配していた。

  スタート地点に到着した後も、かなりの寒さに凍えそうになっていた。 雪も降っている状態で試合をしなければならないのが一番辛い、暑さならどうにか出来るが、寒さはどうにも出来ない。

 ちなみに、極寒の地で戦ったソ連兵は、戦車の中で焚き火をしながら暖を取ったと言われている。エアコンが無い戦車ならではの手法だが、気を付けないと戦闘する前に自爆していたかもしれない。

  スタート位置について準備を進めていくなか、かほはチリの後ろにカバーを被ったそりが繋がれていることに気づいた。

  大きさは子供が乗る用より10倍ぐらい大きく、カバーはそりの下ギリギリまで被さっている。もの凄く気になる、かほは宗谷に尋ねた。

 

「ねぇ、宗谷くん。これ何なの?」

 

「一発逆転を狙うモノだよ」

 

  自慢げに答える宗谷にかほは呆れながら聞き返した。

 

「また?今度は何なの?」

 

「それはいざって時までのお楽しみさ。一応言っとくけど、ロケット砲とかじゃないから心配無用だぞ?」

 

  ロケット砲じゃないにしても、とんでもないものだったら困るんだけど、と心の中でかほはそう言った。

 

「ん?おい、誰か来たぞ」

 

  岩山が指を指した、その方向から見知らぬ2人が歩いて来た。歩いてきたのはプラウダ高校の現隊長であり、カチューシャの娘のサティと、副隊長であり、ノンナの娘であるルリエーだ。

  旭日の全員は2人の背の差に驚いていた。サティは小学5年生ぐらいの背丈しかなく、ルリエーはその2倍ほどの高さだった。

 カチューシャとノンナもお互いにかなり背丈の差はあったが、娘まで背丈に差が出るとは少々驚きだ。ポカンとしている宗谷たちに、背の低いサティがビシッと指を指した。

 

「去年1回戦で負けたチームが、私たちと戦えることを光栄に思うが良いわ!今年も私たちプラウダが決勝に勝ち上がるんだから!」

 

  強きな面は母であるカチューシャに瓜二つだ。宗谷がサティの前にしゃがんだ。

 

「悪いけど、今年は大洗が決勝戦に上がるからあまり強きにならない方が良いぜ」

 

  ムッとしているサティを差し置き、宗谷はルリエーに手を差し出した。

 

「それじゃ、お互いに頑張ろうぜ」

 

「・・・・・あの、握手なら私とではなく、サティ様とした方が宜しいかと」

 

「へ?あんた隊長じゃないの?」

 

  不思議そうにしている宗谷にかほが慌てて説明した。

 

「宗谷くん!隊長はあっちのサティさんで、こっちは副隊長のルリエーさんだよ!」

 

「は!?あんた副隊長なのか!?」

 

  驚く宗谷にルリエーは静かにうなずいた、そしてサティは怒っている。

 

「あんたね!人を見た目で判断しないでよ!隊長はわ・た・し!!」

 

 詰め寄るサティに宗谷はまだ信じられないという顔をしていた。

 

「マジか・・・・・こんなにちっちぇのに隊長とはたくましいねとしか言えねぇな」

 

「ちっちゃいからってバカにしないでよね!今年は私たちも電子戦法を取り入れるんだから、あんたたちなんてギタギタに出来るんだから!」

 

 何処かの悪者が言いそうなセリフに宗谷は苦笑いを浮かべた。そして、ルリエーが腕時計を見ながらサティに伝えた。

 

「サティ様、そろそろ戻りますよ」

 

「分かったわ。覚悟しなさい!私が編成した重戦車隊でボッコボコにするんだから!!」

 

 何やら気になる捨て台詞を言い残してサティとルリエーは戻っていった。()()()()とは、一体何の事なのだろうか。ソ連の重戦車と言えば、ドイツ軍で『巨人(ギガント)』と呼ばれ、恐れられたカーベータンこと、KV2ぐらいしか思い付かない。

 他に重戦車と呼べる戦車はソ連には無かった記憶がある。何を企んでいるのかは気になるが、準備を進めるために作業に戻った。

 

ーー

 

 

 〔それでは、これより大洗女子学園とプラウダ高校の準優勝戦を始める!〕

 

  雪が降る空にアナウンスの声が響く、いよいよ準優勝戦の始まりだ。全車エンジンをかけ、試合開始の合図を待つ。10秒後に信号弾が空高く上がり、『パーン!』と鳴った。

 

〔試合、開始!!〕

 

  一斉に戦車の隊列が動き出す。大洗は、廻りに警戒しながら進み、見つけたら撃破する。撃破した後はすぐにその場を離れ、次の標的(ターゲット)を捜す。撃破出来なかった場合は深追いせずに次にいくという作戦に出ることにした。

  廻り警戒するというのは、雪で視界が悪いため、見つける前に見つけられて撃破されるという最悪なパターンを避けるため。

  そして深追いをしないのは、狙った標的が囮だという場合を想定してのことで、過去にみほたちが初めて交戦したときに深追いをしたばっかりに敵の思うつぼにはまったという教訓からなっている。

  作戦としては申し分ないという感じではあるが、今年は電子戦を取り入れたプラウダ高校。どんな試合展開になるのかは予想が出来ない。宗谷は初めての雪原の戦闘に心を踊らせていた。

 

ーー

 

 

  試合開始から20分後、状況は最初と何も変わっていない。進む道は何のへんてつもない雪原が続いているだけで、プラウダの戦車はおろか履帯の跡すら見つかっていない。

 

  地図を見ても市街地が一部あるぐらいで、あとは平地しかなかった。お互いに視認しやすいため、戦闘は膠着(こうちゃく)状態になるとかほは予想していた。

  それから2~3分後、岩山が照準器をボーッと覗いていると、異変に気付いたのか福田に停止するように言い出した。

 

「福田、一旦停止してくれ」

 

「何で?別に何もねぇぞ」

 

  福田はそう返したが、宗谷は岩山の指示に従うように言い出した。

 

「福田、ここは一旦止まろう。岩山(こいつ)の勘は結構当たるから、何かあるのかもしれない」

 

 福田はうかない様子だったが、岩山の勘は信じられるのか言われた通りに停車した。普段は全く当たらないのに、こういった時の勘はよく当たるのだ。

 宗谷が隊列を止め、岩山に改めて聞き直すことにした。周りを見る限りでは特に変わった様子は無い、敵戦車らしき音もしないのに、隊列を止めたのは理由があるはずだ。

 

「岩山、何か見えるのか?」

 

  岩山は宗谷の質問に、照準器を覗きながら答えた。

 

「だってさ、目の前の地面おかしくねぇか?そこだけ妙に盛り上がってるじゃねぇか」

 

  宗谷が砲塔から頭を出して見てみたが、違いは全く分からない。首を傾げる宗谷に、岩山が提案を持ちかけた。

 

「1発地面に向けて撃ってみるよ、それで何も無かったら何も無しってことになるからさ」

 

「分かった、1発だけだぞ。何発も撃つと敵にバレるからな」

 

  宗谷はそう言うと通信機を手に取り、全車に「少し待って欲しい」と連絡を入れた。宗谷もこのまま進んだらダメだろうという勘が働いていたので、岩山の勘を信じてみることにしたのだ。

  砲弾が装填され、照準を合わせる。的が無い場所に撃ち込むなんて無駄なことなのだが、時にとんでもないモノが出てくることもある。岩山は自分の予測地点に向けてトリガーを引いた。

 

『ズバーン!!』

 

  弾が地面に当たり、雪が巻き上がった。それから10秒ほど待ったが、何も起きなかった。岩山の勘は外れてしまったようだ。

 

「あっちゃ~、外れたかぁ。すまねぇな、宗谷」

 

  頭を掻きながら謝る岩山に、宗谷は笑って返した。

 

「仕方ねぇよ、誰しも100%全て上手くいくわけが無いからな。みんなすまねぇ、何もなかったみたいだ」

 

 

  宗谷の一言で緊張が解けた。取り越し苦労だったようなので、早速前進しようとしたその時、前から弾が2発飛んできた!それと同時に雪の中から2輌の戦車が姿を現した!

  雪の中に隠れてチャンスを伺っていたのだろう、しかしバレたと思って攻撃される前に出てきたようだ。出てきた戦車はSU-85という対ティーガー用の※駆逐戦車だ。前面装甲が厚いので正面からの撃破は無理だ、別方向から攻撃して弱点を探すしかない。

 

 急な戦闘にも、かほは冷静に指示を出した。散開して攻撃すると言い、大洗チームは隊列を崩して攻撃を仕掛け始めた。ヘッツァーと同じで砲塔旋回機能が無いため、横か後ろなら攻撃も届かない。

 SU-85の乗員は攻撃をしようとするが、機動力の差が歴然のため、車体を旋回させてからでは攻撃が届かないのだ。乗員は慌てながらサティに通信し、助けを呼ぼうとした。

 

「サティ隊長~!作戦Aは失敗です~!助けてください!」

 

「あんたらバカなの!?こんな簡単な作戦でしくじるなんて!まぁ良いわ、すぐに行くから持ち堪えなさい!」

 

  しかし、その通信の30秒後に1輌撃破されてしまった。履帯を撃ち抜かれて行動不能に陥り、ポルシェティーガーの一撃でエンジンを撃ち抜かれてしまった。

  残った1輌は隙を突かれて逃げた。全車撃破とはいかなかったが、大型の駆逐戦車を撃破出来ただけマシだろう。そしてすぐにその場を離れた、1輌逃がしてしまったので追っ手がすぐに来ると予想したのだ。

  そして予想は的中した。サティが搭乗するT-34と、例の『重戦車隊』が大洗チームの現在位置に迫っていた。サティは持ち込んだタブレットで予測を立て始めていた、初めて使っているわりには大分(だいぶ)扱えているようだ。

 

  扱い方は至ってシンプルで、相手の現在位置と使用している戦車の種類を入力すれば5種類ほど戦術が表示される。その内の1つを選んで、他の戦車に指示を出せば終わりだ、何にも難しくはない。そしてサティは、作戦Bとして全車に新しい作戦を伝えた。

  作戦Bもシンプルだ、ただ的に向けて遠距離射撃(アウトレイジ)を仕掛けるだけなのだから。

 

ーー

 

 

 大洗チームは市街地に近づきつつあった。視界は若干悪いのだが、建物が見えてきたのである程度視認出来ていた。

 かほは市街地を避けようと思っていた。雪が積もっていなかったら隠れて攻撃をするために使うつもりだったが、慣れない雪での戦闘のため、狭い市街地は極力避けようという策だ。

 市街地のエリアはそう大きくは無いため、遠回りにはなるが迂回しようとしていた。ここまま何も起こらないことを祈っていたが、そう上手くはいかない。

 

「みんな!重戦車隊が来たぞ!!」

 

 宗谷の声が全車に伝わり、全員が一斉に後ろを向いた。サティが言っていた重戦車隊が迫っていた、ただ重戦車というよりは重()()()()隊と言うべきだろう。

 

 戦車は対ティーガー用に設計されたSU-85やSU-100などの駆逐戦車しかない。だが85ミリ砲(SU-85)と100ミリ砲(SU-100)の脅威がかほたちを襲おうとしていた。

 

「あいつら遠距離射撃(アウトレイジ)をするつもりだぞ!市街地に逃げ込んだ方が良い!!」

 

 宗谷は相手の攻撃を避けるために建物を盾にしようという策でいこうと提案したが、かほは37年前の二の舞になりたくなかったため、宗谷の意見と反対の指示を出した。

 

「いや、市街地には敵戦車が潜んでいる可能性が高いからこのまま迂回した方が良いよ!全車、相手の攻撃を避けつつ迂回して、一旦態勢を立て直してください!それから反撃に移ります!」

 

 結局他の戦車はかほの指示に従い、迂回する方を選んだ。市街地に敵がいるかもという考えを持つ方が多かったので、多数決で決まってしまった。

 

 宗谷は迂回ルートを選んだのは危険ではないかという考えていたが、結局はいつもの成り行き任せでついていくことにした。全体を纏める隊長は宗谷ではなくかほなのだから。

 

 後ろからの攻撃が猛威を奮い、弾着する度に雪が高く舞い上がった。命中する可能性が高かったが、速度の方は大洗チームの方が有利に立ったので引き離すことが出来た。このまま逃げ切れば、そう考えていた矢先、今度は横から攻撃が来た!

 かほが弾が飛んできた方向を見ると、重戦車のIS-2が身構えているではないか!サティが先の先まで読んだことが身を持って感じた。これが電子戦法の力という事なのだろうか。

 

「今度こそ市街地に逃げ込むぞ!IS-2の砲手はかなり手慣れてる、真っ向勝負は不利だ!」

 

 流石にかほもこれは不利だと思い、宗谷の指示に従うことにした。市街地に逃げ込む大洗チームをIS-2は容赦なしに攻撃してくる、どうにか市街地に逃げ込めたが攻撃は止まない。

 そして、全車立て籠れそうな建物を発見し、攻撃回避のため、一斉に中に入っていった。チリを最後に全車入れたが、建物の回りに次々と弾着して地面が揺れた。

 

 成す術もなく、どうしようか考えていたとき、攻撃が止んだ。これ以上は無駄だと察したのか、急に静かになった。何が起こるのかと待っていたらサティの声が聞こえてきた。

 

「大洗女子学園!立て籠るつもりならそれでも良いけど、時間切れになりそうになったら今度こそ全滅させるから覚悟しなさい!!全滅したくないなら最後まで足掻くが良いわ!!」

 

 かなり上から目線で言われてしまったが、今まさにその状況に置かれてしまったので、足掻かなければ勝てそうにない。結局二の舞になってしまったので、かほは落ち込んでしまった。

 全員が呆然としているとき、宗谷がチリから降りて呼び掛けた。

 

「おーい、これからどうするか話し合おうぜ。ボーッとするよりかマシだろ?」

 

 かほたちは宗谷の呼び掛けに応えるかのように、空いたスペースに集まった。全員暗い表情をしているが、宗谷は笑っていた。

 

「おいおい、そんな顔すんなよ。こんなことで落ち込んでたら決勝戦で勝てなくなるぞ」

 

「だ、誰が決勝戦で負けるか!!私たちを甘く見るな!!」

 

 励ましのつもりで言ったのだが、梅に怒りを売ってしまうことになるとは・・・・・

 

「わ、分かってるって。今はどうするか考えようぜ?」

 

ーー

 

 

 一方、プラウダチームは次の作戦の準備を進めていた。作戦Cは、立て籠っている建物から戦車が出てきたら即撃破するという、またもシンプルな作戦に出ることにしたようだ。

 他にも良さげな作戦はあるのだが、あまり面倒なことはしたくないというサティのわがままで却下された。そしてルリエーは、何故時間を置いて攻撃を仕掛けるのかが分からなかった。

 相手の場所は分かっているのだから、一網打尽に出来るはず。それなのに相手に余裕を持たせるなんて、こっちからしたら何もプラスにならない。ルリエーは通信機でサティに聞いた。

 

「サティ様、あいつらに時間を与えて宜しいのですか?」

 

 ルリエーの質問にサティは自信気に答えた。

 

「分かってないわね、これも作戦の1つなのよ?この寒さであいつらからしたら危機的状況、戦意を削るにはもってこいじゃない。この調子で時間ギリギリまで待って、戦意ゼロの状態でボッコボコにするのよ!」

 

「・・・・・成る程、相手の心理を突こうという訳ですか。流石です」

 

「フッフッフ、そうでしょう?あなたもこれくらいは考えられるようにならないとね。さぁ、あいつらがどう出るか見物ね」

 

ーー

 

 

 大洗チームはどのような作戦で行くかを模索していたが、どの作戦にも共通してある欠点があった。それは、相手の位置が分からないということだ。建物が密集している中で動けば、待ち伏せされてやられてしまうという最悪なパターンは避けられない。

 ある程度位置の把握出来れば良いのだが、降雪がより一層激しくなってきたので、徒歩で行くのは危険だ。だが戦車でいくとエンジン音が響くので任務終了前に撃破されてしまう可能性が高い。

 他に作戦を考えなければならないのだが、どうやって偵察をするかが全く思い付かなかった。それを見かねてか、宗谷が動き出した。

 

「今は()()を使うしかないようだ。福田、カバー外すぞ」

 

「え・・・・・使うのか?噴進砲よりも使っちゃダメそうなんだけど・・・・・」

 

 福田は乗り気ではなかったが、宗谷はチリの後ろに繋げていたソリのカバーを外し始めた。そして、カバーの中に隠れていたモノが姿を現した。1発逆転を狙うモノに、かほたちは驚愕していた。

 

「な、何これ!()()()()()じゃない!!」

 

 秋子が指を指す先には、ワイヤーでソリに固定されている大型のサイドカーがあった。一発逆転を狙うモノがまさかサイドカーだったとは驚きだ、宗谷がカバーを畳ながら説明した。

 

「こいつは※『97(きゅうなな)側車(そくしゃ)付自動2輪車、陸王(りくおう)』っていうんだ。近衛の偵察科で使われていた、1000㏄級の大型サイドカーだ!」

 

 福田が乗り気でなかったことに納得出来る。砲でなければ戦車でもなく、()()()()()なのだから。梅が宗谷に詰め寄った。

 

「お前バカなのか!!こんなもの使えるはずがないだろ!!」

 

「今は陸王(こいつ)を使うしか方法がありませんよ。徒歩で行ったら遭難してしまう可能性はあるし、戦車ではすぐにバレる。となれば答えは1つでしょ?」

 

 腕を組む宗谷に、今度はかほが真剣な顔で詰め寄ってきた。

「大丈夫じゃないよ!これ使ったことがバレたらどうするのよ!」

 

 珍しく怒鳴るかほに、宗谷は冷静に答えた。

 

「ルールには『バイクの使用を禁ずる』って無い。何かあっても旭日(俺たち)の責任だ」

 

「だけど、流石に使えないよ。サイドカーなんて」

 

「戦車じゃないからって懸念することはないだろ、戦車以上の攻撃力があるわけじゃないんだ。機動力はあるけどな」

 

 宗谷は笑っているが、かほたちは笑えなかった。その表情を読んでか、宗谷は提案をした。

 

「俺はこの状況を打破出来るのは陸王(こいつ)しか無いと思っているけど、どうしても使いたくないんなら、俺も使わせないが、どうする?西住」

 

 いきなり決定権を振られ、かほは戸惑いを見せた。

 

「え?な、何で私に聞くの?」

 

「このチームの主導権を握っているのは俺じゃないからな、ここは隊長である西住に決めてもらうってわけさ。時間はあまりないけど、返答を待つぜ」

 

 宗谷はチリにもたれ掛かり、入り口に視線を向けた。そしてかほは、どうするか考え始めた。

 偵察にサイドカーの組み合わせは良いのだが、戦車道で使うべきか否か、迷うところだ。当然のことながら、今までサイドカーはおろか、バイクを使った学校も見たことがない。

 本当は使いたくない、使いたくないが他に作戦は無い。かほは迷いに迷った末、ついに結論を出した。

 

「・・・・・その陸王を使って偵察作戦を実行しよう、それしか方法は無いから」

 

 かほの結論にざわついたが、穂香もかほと同じ考えだった。

 

「やっぱそれしかないよね、私もそれしか無いって思ってただったんだ」

 

「ちょっ、正気ですか!?」

 

 驚く梅に穂香はこう返した。

 

「絶望的までとはいかないけど、この状況を打破出来るんならやむを得ないと思うよ。それに・・

 

「答えが出たんなら、さっさと動きましょう。プラウダの方も何かしら動くのを待ってるでしょ?」

 

 穂香が何か言いかけたが、宗谷が遮った。宗谷の目を見ると、『今は言うべきタイミングじゃない』と言っているように見えた。

 

「あー、ごめん、ごめん。陸王の使用を生徒会長の私が許可する、すぐに出撃して」

 

「了解!陸王出撃準備にかかれ!2分以内に出撃させるぞ!」

 

 宗谷の指示で旭日が一斉に動き始めた。岩山は燃料の残量を確認し、柳川が側車に付いている機銃の弾の残量を確認した。

 ここで1つ疑問なのは、誰が陸王を操縦するのかということだ。流石に大洗チームの誰かにやらせるはずがないので、旭日の誰かになるだろう。かほは宗谷が操縦するのかと思いつつ、聞いてみた。

 

「ねぇ、この陸王、誰が操縦するの?」

 

「あー、俺でも出来るっちゃ出来るんだけどさ、ここは元偵察科だった、あいつに任せることにした」

 

「あーあ、結局俺の出番ってことか」

 

 チリの陰からライダースーツに着替えた福田が出てきた。ヘルメットもチリの操縦用とはまた違ったものを着用していたが、インカム付きであることだけは変わってなかった。

 元偵察科所属だった福田なら陸王の操縦なんてお茶の子さいさいだろう。

 

「で?任務の内容は?」

 

「敵戦車の位置と数を調べて欲しい、出来れば相手の作戦内容も聞いてくれたら助かるけど」

 

 宗谷の冗談にため息をつきながら、福田も1つ頼み事をした。

 

「そんなこと出来るかよ・・・・・それより、敵の懐に入るから偵察要員として1人連れていきたいんだけど」

 

「そうか、基本的には2人で動いてたもんな。岩山、福田のサポートに・・

 

「ま、待て!私が行く」

 

 福田の偵察任務のサポーターに、七海が出ると名乗りを挙げた。これには宗谷も驚きを隠せない。

 

「え?冷泉が行くのか?・・・うーん、どうする福田?」

 

「行きたいんなら別に構わねぇよ。七海(こいつ)以外とこういうこと得意かもしれねぇし、どうします?西住隊長」

 

「この調子じゃ暫く動けそうにないから大丈夫だよ。だけど、気を付けてね」

 

 かほから許可を貰ったところで、福田が予備のライダースーツとヘルメットを七海に渡した。ヘルメットはともかく、格好は制服でも良かったのだ。ライダースーツを渡したのは、形は見た目からということらしい。

 陸王は燃料、弾薬を満タンに補給し、暖機運転をさせてエンジンを暖めていた。

 福田が陸王に乗り、スロットルを吹かした、吹かす度にエンジンが力強い音を響かせる。陸王に乗るのは2~3年ぶりで、ここ最近はずっとチリに乗っていたこともあるので、少しずつ勘を取り戻していた。

 

 その最中に七海も準備が整い、陸王の側車に乗り込んだ。乗り心地を試していると、福田が毛布を渡した。

 

「・・・・・何だ、これ?」

 

「戦車の中と違って風と雪を遮ってくれるものないからな、無いよりマシだろ?」

 

 七海はいらないと思ったが、結局寒さに勝てず使うことにした。七海が毛布にくるまり、暖機が終わったところで出撃準備完了となった。

 敵が表口で構えていると読み、出撃は裏口からすることにした。陸王がゆっくりと前に進み、出口に構え、福田が最終確認を始めた。

 地図とメモ出来る紙、機銃弾数、小型の通信機、偵察要員、そして陸王(相棒)。全ての確認を済ませ、ヘルメットに付けていたゴーグルを付けた。

 

「準備完了!出撃する!!」

 

 福田がスロットルを吹かし、インカムの電源を入れた。そして、タイヤを空回りさせて、ロケットスタートで飛び出していった!通信機には福田の声が聞こえてきた。

 

「旭日ライダー偵察隊(リカルセンツチーム)、出撃!!」

 

 宗谷がロケットスタートで出た煙をはらいながら、通信機を福田のインカムに繋げた。

 

「ここでロケットスタートするな!!バレるだろ!!」

 

 〔悪りぃ、悪りぃ。昔の癖が出ちまった、でも大丈夫だ、相手にはバレてねぇよ。取り合えず、俺の予測地点まで行って様子見てみる〕

 

「分かった、気を付けろよ」

 

 偵察隊は出撃した、後は情報を待つだけだ。宗谷はまたチリに寄り掛かった。

 

ーー

 

 

 勢いよく出撃した陸王は、予測地点から遠回りで走行していた。福田の予想では、敵戦車は掘っ立て小屋を盾にするような形で、チリたちが立てこもっている建物に砲を向けているのではないか、と思っていた。

 何かを盾にするのも1つの戦術だ、それだけで攻撃がしづらくなるのだから、絶対にそうしているに違いないと確信していた。

 雪は陸王をに向けて吹雪き、陸王の走行跡を消していった。福田が七海に大丈夫どうかを聞いた。

 

「冷泉、大丈夫か?」

 

「大丈夫だ、私のことは良いから前向いとけ」

 

 やれやれと思いつつも操縦に集中し、予測地点に着いた。福田と七海は陸王から降り、建物の陰に隠れながら偵察するポイントを探し始めた。

 

ーー

 

 

 情報を待っている大洗チームは、防寒対策を取りながら作戦を立てていた。市街地を出た後、どのように立ち回るか、編成はどうするかなどを。

 宗谷は見張りをかって出て、チリに持たれていた。

 

「勝てるのかな・・・・・私たち・・・・・」

 

 あいかが不安そうにポツリと呟いた。初試合の1年生たちからしてみれば、本戦でここまで追い詰められた状況に置かれては堪えるものだろう。

 

「勝てるかじゃない!勝たないといけないんだ!!」

 

 梅があいかに怒鳴った、急に怒鳴り出したので全員驚いた。その梅を穂香が宥めた。

 

「落ち着きなよ、勝たないといけないのはごもっともだけどね・・・・・」

 

 あの明るい穂香が、こんなに暗い表情を見せたことがあっただろうか。2年間一緒だったかほたちはこんな表情を見たことはなかった、そして真剣な目でかほたちを見た。

 

「みんな、今から言うことは冗談抜きで本当の事だから、よく聞いて。この試合で優勝出来なかったら、大洗女子学園戦車道科は・・

 

()()()()。そうですよね?」

 

 穂香の声を遮るように宗谷が付け足した。その一言で、驚きが沈黙に変わった。かほが宗谷に聞き直した。

 

「宗谷くん・・・・・今の、どういう事なの・・・・・?」

 

 宗谷は視線を変えず、かほの質問に答えた。

 

「言った通りさ、この試合で優勝出来なかったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 宗谷から伝えられた信じられない真実に、かほたちは何も言えなかった。そんなかほたちの間を、静かに風が通り抜けた・・・・・

 




※解説

駆逐戦車

対戦車用に開発された戦車の1つで、ドイツでは『ヤークトパンツァー』と呼ばれていた。


97式側車付き自動2輪車『陸王』

旧日本軍がハーレーをモデルにして開発したサイドカーで、主として偵察や輸送任務に従事していた。制式化は1937年のことで、終戦まで活躍していた。
その一方で悪路走行に特化しており、側車の車輪に動力を伝えて走る、2輪駆動方式(通称2WD)機能も兼ね備え、バックギアを付けて後退走行も可能にしていた。




今回も読んで頂き、ありがとうございました。

突然伝えられた戦車道科廃科の危機、そして学園艦廃艦の危機。この真実にかほたちはどうやっていくのでしょうか?

感想、評価、お待ちしています。


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第15章 信頼を失った旭日

前回のあらすじ

プラウダの猛攻から逃れるために建物に立て籠ったかほたちは、宗谷から衝撃的な真実を聞かされた。『戦車道で優勝出来なければ、戦車道科は廃科。そして、学園艦も廃艦処分になる』と。
この絶望的な状況を、かほたち大洗女子学園はどうやって打破するのだろうか?


 みほたち大洗女子学園の指導員たちは、プラウダ高校との試合を見届けていた。

 今現在はどちらも動くことなく、膠着状態だった。大洗は動こうにも動けず、プラウダは大洗が出てくるのをただただじっと待っている。37年前と全く同じ状況を見届けながら、杏がポツリと呟いた。

 

「・・・・・穂香は、()()()を伝えたのかな?」

 

 その一言に、指導員全員が反応した。優勝出来なければ、戦車道科は無くなり、学園艦も廃艦処分となるのだ。

 37年前は杏が『優勝出来なければ大洗女子学園は廃校になる』と伝え、その時も全員動揺していた。初めての本戦で、優勝出来なければ廃校になると聞かされたが、みほたちは『ここまで来たからには、絶対に優勝する』という一心で危機的状況を打破したのだ。

 もっと早くに伝えるべきだったかもしれないと思った時もあったが、いつ言えば良いかと考えていたら時間が過ぎてしまい、今に至っている。

 結局、プラウダ戦の前日に生徒会3人だけ集めて、廃科かになるという真実を伝えたのだ。流石に動揺を隠しきれてはいなかったが、穂香は「全員が何か言ってきても、全員が納得出来るように説得する」と言った。

 みほたちはモニターに映る、静かな建物を静かに見つめていた。

 

ーー

 

 

 立て籠っている大洗チームは、宗谷からの衝撃的な真実に、何も言えない状況にいた。だが、一番驚いていたのは生徒会の3人だった。

 この事は誰にも話していないし、穂香たち自身も聞かされたのがプラウダ戦の前日だったので、宗谷が知っているはずがないのだ。穂香が宗谷に聞いた。

 

「・・・・・宗谷くん、その事を何処で知ったの?」

 

 宗谷はかほたちの方を向いた。

 

「旭日機甲旅団を結成した2年後に、大洗女子学園戦車道科が無くなるかもしれないって聞いたんです。あくまでも風の噂だったので、信じるつもりは全く無かったんですけど」

 

「じゃあ何で学園艦が廃艦になるって事実も知っていたの!?風の噂だとしても、そこまで情報は流れていなかったはずよ!」

 

 怒鳴る穂香に宗谷は冷静な声で答えた。

 

「戦車道科が無くなれば、大洗女子学園は()()()()()の部類に入り、学園自体は本土に移される。そうなれば戦車を輸送する義務が無くなるから、学園艦は要らなくなるってことです。それ以外に答えはありません」

 

 宗谷が言ったことは全て当たっていた。穂香はこれ以上何も問い詰められなかった。

 

「・・・・・じゃあ、試合前に私たちに伝えなかったのは何でなの?」

 

 今度はかほから質問が飛んできた。宗谷は真っ直ぐにかほの目を見た。

 

「逆に聞くけど、『優勝出来なかったら廃科、そして学園艦も廃艦になる』っていうプレッシャーを抱えながらここまで来れたか?」

 

 宗谷からの質問に、かほは何も答えられなかった。『そんなことはない』と言い返したかったが、そう答えられるほどの自信は無かった。宗谷は話を続けた。

 

「西住指導員たちは、みんなにプレッシャーにならないようにここまで隠してきた。やり方はともかく、これは仕方の無いことだとは思わないか?」

 

「だとしても、今この状況で、そんな追い詰められるようなこと言われても、私たちのためにはなったとは思わないよ、思えないよ!」

 

 怒るかほに、宗谷は何も言えなかった。宥める言葉が見つからなかったのだ。栞たちがかほを宥め、静かになったところに穂香の声が響いた。

 

「・・・・・旭日のメンバー全員はこの事を知っていたの?」

 

 穂香の一言に、宗谷を除くメンバー全員が静かにうなずいた。そして、柳川が口を開く。

 

「言うべきだろうって思った時もありました。だけど、プレッシャーに負けて、試合に影響が出たら、全てが水の泡になったかもしれないんですよ?だから、あえて言わなかったのは間違っていなかったと思います」

 

 柳川の答えに同感した人もいたが、それ以上にショックが大きい人の方が多かった。そして、旭日に対する信頼を無くした人も多かった。かほもその1人だ。

 

「宗谷くん、あなたがしたことは間違っていなかったかもしれないけど、私は正しいことだとは思わない」

 

 かほが睨むように宗谷を見た。宗谷はその表情を静かに見つめた。

 

ーー

 

 

 一方、偵察に出た福田と七海は建物に隠れながら着々と情報を集めていた。ある程度集めた情報を整理すると、次の事が分かった。

 

 1、フラッグ車はいない、おそらく別の位置で待機している

 

 2、立て籠っている建物に向けて、SU-85、100が2輌ずつ入り口に向けて構えている

 

 3、別の位置にKV-2、IS-2が砲を向けている

 

 ということだ。

 

 この状況を打破するには、建物の後ろから出て、攻撃を避けつつ市街地を脱出するか、向こうが折れて別の位置に移動するまで待つかのどちらかだ。

 どっちにしても正面突破は難しいので、この2つのどちらかに絞るしかないだろう。必要な情報は取れたので、さっさとずらかることにした、敵の懐に長居は無用だ。

 2人は陸王に乗り込んで、その場を去っていった。だが、ことはそう上手くいかない。陸王が去った直後に、SU-100の乗員がその跡を見つけたのだ。戦車にしては聞き覚えの無い音がしたので見に来たら、明らかに戦車の物ではない跡が残っていた。

 大洗女子学園が何か仕掛けて来たと察し、サティに報告するために慌てて自分の搭乗している戦車に戻っていった。

 

ーー

 

 

 陸王に乗っている2人は、さっきと同じように遠回りで戻っていた。福田はためらい無しに飛ばしていたが、七海は心配していた。

 遠回りしているとは言えど、物音1つしない状態の中をサイドカーで爆走しているのだ。バレている可能性が非常に高い、そう思っていたが福田はお構い無しだ。七海はインカムを通して福田に話しかけた。

 

「福田、もう少しゆっくり走らないか?」

 

 七海はバレることを心配しているのだが、福田は全く別のことを心配しているようだ。

 

「どーせプラウダ(向こう)にはバレてんだ、ゆっくり走ってたら追い付かれちまうよ。ここはさっさとずらかるのが一番さ」

 

 福田は更にスロットルを吹かした、力強いエンジン音が市街地に響く。もう少しで着くというタイミングで、小屋の陰からT-34が姿を現した!

 

「・・・・・ここまで来たか、掴まってろ!」

 

 陸王が雪を巻き上げながら旋回し、逃走を図る。福田は追撃を警戒したが、あっという間に引き離した。加速力と最高速度に関しては陸王の方が長けているので、すぐに見えなくなってしまった。

 ルートを変更して戻ろうとしたが、その先にはまた別のT-34が道を塞いで待ち構えていた。慌ててバックギアにギアチェンジしてバック走行で道を戻り、立て直して引き離した。

 

ーー

 

 

 観戦席の観戦者たちは、陸王の登場に戸惑いを見せていた。何故サイドカーが?と。流石に指導員たちもこれには驚きを隠せない。

 何も動きが無いと思っていたらサイドカーで爆走していたのだから。夏海は驚くこと無く、モニターに視線を向け、まほにこう言った。

 

「変わった戦い方をする連中ですね、戦車に足りないものを他のもので補っているように見えます」

 

 夏海の言葉に、まほはこう返した。

 

「・・・・・確かに、あんなものを出して試合に出るなんて他の学校では考えられない戦法だな」

 

 2人はそう言ったが、桃は納得出来ていなさそうだ。桃が杏に一言言った。

 

「・・・・・試合が終わったらきっちりと叱っておきます」

 

 桃はそう言ったが杏は抑えるように促した。

 

「まぁまぁ、ルールには反していないわけだからほどほどにしてあげなよ。見た目からしても現代物じゃなさそうだし」

 

 杏は興味津々で陸王を見つめた。戦車道でサイドカー、違和感がある一方で、新しい戦術を見せられている気がした。

 

ーー

 

 

 立てこもっている大洗チームは誰も何も言わず、シンとしていた。宗谷は相変わらず真っ直ぐに外の方に視線を向け、岩山たちはチリの点検をし、急な出撃に備えていた。

 頼みの綱である陸王からの通信はまだ無く、梅は苛立っていた。

 

「おい宗谷!陸王からの通信は無いのか!?」

 

「まだありません。というより、今は交信すらままならない状態ですね」

 

 外からは陸王のエンジン音とT-34と思われるエンジン音が響き渡っていた。聞く限りだとどちらも攻撃することなく、走り回っているだけのようだ。するとあいかがM3に乗り込んだ。

 

「助けに行きましょうよ!サイドカーと戦車だなんて、絶対に不利ですか!」

 

 その一言に全員が動き出したが、宗谷が止めた。

 

「やめとけ!こっちが動いたら陸王(あいつら)の逃走の邪魔になる!!大人しく待っとけ!!」

 

「宗谷先輩!福田先輩の操縦技術が高いのは知ってますけど、もしやられたらどうするんですか!?」

 

「やられたりしねぇよ。あいつはピンチになればなるほど、とんでもないことをやってのけるんだから」

 

ーー

 

 

「だぁぁーーー、ちくしょう!!全然引き離せねぇじゃねぇか!!」

 

 陸王はひたすら逃げていた、そして逃げる先々で逃走経路を塞がれ、引き離したと思ったらすぐに追い付かれる始末だった。

 ただ、サイドカーだと手加減しているのか全然攻撃をしてこない、それだけが不幸中の幸いだった。福田は右に左にハンドルを回し引き離そうと必死になっていた。

 そして角を右に曲がり、次の角を曲がろうとした時、目の前にT-34が前に来て道を塞いだ。後ろにも回り込まれたので、今度は止まった。そして目の前のT-34からサティが頭を出して、陸王を見た。

 

「サイドカーを使うなんていい度胸してるわね」

 

 睨むサティに福田はニッと笑いながら言い返した。

 

「ルールには『バイクの使用禁止』なんて無いからな、これぐらいのハンデがねぇとやってられねぇよ」

 

「・・・・・今すぐにその生意気な口を叩けないようにしてあげるわ」

 

 サティがそう言うとT-34がじわりじわりと迫ってきた。七海が動揺し、車載機銃に手をかけたが福田が止めた。

 

「落ち着け。こんなことでビビってたら、旭日の名が廃るぜ」

 

 福田がエンジンを吹かし、サティたちを煽った。迫るT-34に動揺することなくひたすら煽り続けた。

 

「冷泉、しっかり掴まってろ」

 

 そう言うとロケットスタートで飛び出し、脇の道に入り込んだ。陸王がギリギリ通れる道なので、T-34は入れない。

 

「なっ!?ルフナ!そっちにサイドカーが行ったわ!食い止めなさい!!」

 

「分かりました、一旦持ち場を離れます」

 

 IS-2に搭乗しているルフナが動き出した。

 

ーー

 

 

 何とか危機から脱した陸王は軽快に飛ばしていた。これ以上追いかけられるのはごめんなので、早く帰り着くために最短距離を走っていた。

 もうバレているのでわざわざ遠回りする必要も無くなったのだ、今は早く報告する方が先だ。

 

「・・・・・福田、もうロケットスタートは勘弁してくれ。身が持たない・・・・・」

 

 七海が疲れきった声で福田に訴えた。

 

「ロケットスタートぐらい対した事ねぇって、リボルバーショットするよりかよっぽど気が楽だぜ」

 

 確かにそうかもしれないけど、リボルバーショットと比べられても違いは全く分からないんだが・・・・・と七海は心の中で思った。

 後少しで到着する、そう思った矢先いきなり戦車砲の爆音が響いてきた!福田は急ブレーキをかけ、着弾を警戒した。しかし、何も無かった。どうやら音だけしかしない『空砲弾(くうほうだん)』だったようだが、どこから聞こえてきたのだろうか?

 

 回りを見渡すと、進行方向にIS-2が構えていた。まさに弁慶の立ち往生と言ったところだろう、七海は福田に別ルートを選択した方が良いと言ったが、福田は真っ直ぐ突っ切ると言い出した。

 

「な、何で突っ切るんだ!」

 

「後ろから追っ手が迫ってる、ここは突っ切った方が良い」

 

 福田の言う通り、後ろからは戦車のエンジン音が迫っていた。だが突っ切ると言われてもIS-2は小屋の間に往生して、陸王が通り抜けられるほどの隙間はない。

 側車無しなら通り抜けられるが、この状態では通り抜けることは不可能だ。七海はどうやって切り抜けるのか考えていると、福田が前を見ながら七海に言った。

 

「冷泉、ちょっと()()けど大丈夫か?

 

『浮く』とは一体どういう事なのか?七海が答えを聞く前に、福田はスロットル全開でIS-2に急接近し始めた!

 

「お、おい!まだ何も聞いてないぞ!!」

 

「言った通りだよ!落とされないように掴まってろ!!」

 

 突然の急接近にルフナは戸惑いを見せること無く、砲を真っ直ぐ陸王に向けた。血迷ったかと思った直後、福田は左のグリップを思いっきり引き、陸王が右に大きく傾き側車が宙に浮いた!

 そして側車の車輪がIS-2の装甲を掴み、陸王はそのままIS-2の横を通り抜けた!

 

「あばよIS-2!次はお前を飛び越えてやるぜー!!」

 

 福田はそう言い残し、再び帰路に着いた。ルフナは遠くなっていく陸王を見つめ、通信機を手に持ち、サティに連絡を取った。

 

「サティ様、すみません。突破されてしまいました」

 

〔突破されたぁー!?あいつらぁ、絶対に許さないわよー!!!〕

 

ーー

 

 

 IS-2を突破し、無事に帰り着くことが出来た。陸王を停め、スーツに付いた雪を払いながら福田は報告をした。

 

「旭日ライダー偵察隊(リカルセンツチーム)!ただいま無事に帰還いたしましたぁー・・・・・?」

 

 あまりの静けさに思わず抜けた声を出してしまった。戦車の陰から宗谷が出迎えた。

 

「何だその間抜けな声は、ちゃんと報告しろ」

 

「いや、それ以前に何だよこの状況・・・・・静かすぎるだろ。喧嘩でもしたのか?」

 

「・・・・・みたいなことはしたな」

 

 理解出来ていない福田に、かほの冷たい視線が刺る。

 

「宗谷くんから聞いたよ。戦車道科が無くなることを、旭日のメンバー全員が知っていたって・・・・・」

 

 かほの一言に福田と七海は驚きを隠せなかった、帰って来て早々に信じがたいことを言われたのだから。だが福田には心当たりがあったので、慌てて宗谷に聞いた。

 

「話したのか?今言ったこと」

 

 慌てる福田に、宗谷は言い訳することなくすんなりと答えた。

 

「ああ、全部な」

 

「全部なって、じゃあ西住隊長の視線が冷てぇのは何でだよ?」

 

「・・・・・悪いな福田、旭日(俺たち)は完全に信頼を失っちまったみたいだ」

 

 静かな笑みを浮かべる宗谷に、福田は何も言い返さなかった。こうなってしまうことは分かりきっていたから。

 2人はかほたちに聞こえない位置に動き、お互いに現状を報告しあった。大洗チームの現状を聞いた福田は、これからどうするのかを聞いた。

 大洗が旭日に対する信頼は完全に無い。そして1年生のあいかを始め、ショックを受けている人も多く、戦意を失った人も多い。

 こんな状態でプラウダと戦っても結果はたかが知れている。何とか戦意を取り戻してほしいが、旭日のメンバーが励ましたところで効果は無いだろう。策は無いだろうと思ったが、まだ最終手段が残っていた。

 

「福田、『ド号作戦』で行くぞ」

 

「あの作戦で行くのか?とてもじゃねぇけど正当な考えとは思えねぇが」

 

「今はこれしかねぇよ。それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()作戦だろ?」

 

 笑う宗谷に福田はため息をつき、小さくうなずいた。作戦決行に合意したということだ。

 

「あー、そうだ。さっきチリに乗ってた時にエンジンの調子がおかしかったんだよなぁ、ちょっとかけて見てみるかぁ」

 

 わざとらしくチリに乗り込み、エンジンをかけた。この一言が、旭日のメンバー全員が『ド号作戦』が決行されたことを知らせる合図なのだ。

 いきなりエンジンをかけられ、かほは困った表情を見せた。このエンジン音がプラウダに聞こえ、動き出すと判断されるかもしれないと思ったのだ。

 

「ちょっと、勝手にエンジンかけないでよ。向こうに聞こえたらどうするの」

 

 焦るかほに宗谷は落ち着いた表情を見せながら宥めた。

 

「大丈夫だって、流石にあいつらには聞こえちゃいねぇよ」

 

 かほは怪しんだ、さっき一緒に走行してた時にはチリから変な音は聞こえていなかった。それなのに点検を理由にエンジンをかけるなんて、何か企んでいるに違いないと思ったのだ。

 宗谷に問いただそうと思い、近づいたその時だ。サティの声が市街地に響いた。

 

「大洗女子学園!!これ以上は拉致が開かないからこっちから攻撃を仕掛けさせてもらうわよ!!」

 

 サティからの宣戦布告に宗谷が聞き返した。

 

「どういうつもりだ!」

 

「市街地外からの総攻撃で、あんたたちを誘き出すのよ!出てきた瞬間を撃ち抜いてくれるわ!!楽しみにしてなさい!!」

 

 サティの声が聞こえなくなったと同時に、今度は戦車が動き出す音が聞こえてきた。サティが言ったことが本当なら、急いで市街地を脱出しなければならない。

 だがこれが罠だという可能性もある、わざわざ自分たちが作った作戦をこんなに堂々と告げるものだろうか?動こうとする人もちらほらといたが、かほは止めた。

 

「もしかしたら敵の罠かも知れません、ここはあえて待ちましょう」

 

 かほの指示に優香子は戸惑いを見せながら聞き返した。

 

「でも西住殿、もし本当だったらどうするんでありますか?」

 

「サティさんは敵に塩を送る真似をする人じゃないからきっと罠だと思うよ。ひとまず待とうよ」

 

 慎重派のかほに全員が賛成し、様子を見ることになった。宗谷はうんともすんとも言わず、じっと外を見ていた。

 

ーー

 

 

 サティ率いるプラウダチームは、市街地を出てそれぞれの配置についていた。サティが言ったとおり、総攻撃に入ろうとしているのだ。

 準備を進めていくなか、ルフナが通信機を通して現状の報告をした。

 

「サティ様、大洗女子学園に動きはありません。もしかしたらデマだと思っているのかも知れません」

 

「あらそう、残念ねぇ。折角忠告してあげたっていうのに、でも楽になったわ!さぁ、全車一斉射撃よ!大洗女学院(あいつら)を誘き出しなさい!!」

 

 サティの指示でSU-85をはじめ、10輌の駆逐戦車が一斉射撃を始めた!そして放たれた砲弾は、立て籠っている建物の周辺に次々と着弾し、地面が大きく揺れた。

 かほたちは一斉に戦車の中に入り、脱出のタイミングを図ろうとしたが、敵からの攻撃は間髪を入れること無く続き、タイミングが見つからない。

 かほがチリを見たとき、宗谷が何かを持って歩いてきた。そしてかほに差し出した。

 

「西住、受けとれ」

 

 冷静な宗谷に、かほは戸惑いながら受け取った。渡された物は、拳銃とホルスターだった。

 

「何なのよ、これ!」

 

「そんな慌てるほどの物じゃねぇよ。こいつは『※10年式(じゅうねんしき)信号拳銃(しんごうけんじゅう)』、ただ信号弾が出るだけだからトリガーを引かなかったら大丈夫さ」

 

 いきなり信号拳銃を渡されても一体何をしろと言うのか、そう思っていると宗谷の声が響いた。

 

「全員聞け!これより旭日機甲旅団は、敵の陣営を崩しに向かう!終わるまでここで待機していろ!崩せたらこっちから信号弾を打ち上げる、確認したらそっちからも打ち上げてくれ!」

 

 宗谷が信号拳銃を渡した理由は分かったが、()()()()()()()ということは、チリ1輌だけで向かうということだ!

 チリに乗り込もうとしている宗谷を、かほが慌てて止めに入った。

 

「ちょっ、ちょっと!たった1輌で残り14輌も相手する気!?無茶だよ!!」

 

 宗谷は立ち止まり、かほの方を向いた。

 

「1輌じゃねぇよ、陸王も一緒さ。結構久し振りだけど、チリ(こいつ)は俺が操縦する!」

 

「だとしても、あなたたちだけじゃ勝てないよ!チームで動かないと・・

 

「この状況でチームとしては動けねぇよ。一緒に来たとしても、足手まといになるのがオチだ」

 

 宗谷の冷たい一言に、かほは激怒した。

 

「足手まといって何よ!!私たちじゃ邪魔っていうことなの!?」

 

 かほの問いに宗谷は何も答えること無く、チリの方に向かっていった。

 

「答えてよ!!」

 

 怒鳴るかほに宗谷は静かに振り向き、こう言った。

 

「西住、()()()()()

 

『信じてる』、宗谷はそう言うと敬礼をし、チリに乗り込んだ。かほにはもう怒りは無かった。宗谷がヘルメットを着用し、インカムの電源を入れた。

 

「これより、独立戦闘作戦・ド号作戦を開始する!総員戦闘に備えろ!!」

 

「「「「「了解!!」」」」」

 

 先行して陸王が飛び出し、チリはその後に続くように出撃していった。かほは宗谷が何故あんなことを言ったのかが分からず、止めること無く呆然としていた。

 

「何やってんだ!さっさと行くぞ!!」

 

 梅が呼んだが、かほはこう返した。

 

「今は・・・・・少し待ちましょう。宗谷くんが私たちを置いていったのにも、きっと理由があるんですよ・・・・・」

 

ーー

 

 

 サティは市街地に向けて攻撃をし続けさせていたが、そろそろ弾数にも限度が来そうだったので攻撃を止めさせた。

 雪が舞い上がり、少しずつ晴れてきた。建物が見え始めていたその時、市街地から砲弾が飛んできた!その砲弾はT-34に当ったが、撃破とはならなかった。サティが砲搭から頭を出して外の様子を見た。

 

「ようやく姿見せに来たわね・・・・・は!?」

 

 サティは目の前の光景に目を奪われた。そこには大洗の戦車の姿は無く、チリと陸王しかいなかったのだ。これにはプラウダの全員が驚いた。

 重戦車ばかりの隊列に、たった1輌の戦車とサイドカーで挑もうとは夢にも思わなかったことだろう。差は歴然だったが、サティは容赦無しに攻めようと言い出した。

 

「良い?元はエリート学校の生徒だったかも知れないけど、所詮は初心者よ!私たちの実力を見せつけてやりなさい!!」

 

 チリに乗っている宗谷は、攻撃をどうするかを模索していた。チリの操縦は福田に及ばないが、攻撃を避けるぐらいなら自信はある。

 独立戦闘作戦、通称『ド号作戦』はその名の通り独立して戦闘を行う作戦で、単独行動が出来る今しか出来ない作戦だった。そんな中、宗谷は全員に謝った。

 

「・・・・・みんなすまねぇな。本当はもっと穏便に済ませるつもりだったんだけど、ああするしかなかったんだ」

 

 後悔している宗谷に、福田は励ました。

 

「今さら何言ってんだよ、俺たちはそんなこと百も千も承知で挑んでんだ。気にすることは何もねぇって」

 

 そう言われ、少し気が楽になった。そして、全員に指示を出した。

 

「これよりプラウダとの戦闘を開始する!先制奇襲開始!!」

 

 チリと陸王がプラウダの隊列に攻撃しながら接近していく、前代未聞の戦闘が始まった!

 

ーー

 

 

 置いていかれてしまった大洗チームのメンバーは、宗谷の態度に怒っていた。『足手まといになる』と言われたのだから、当然といえば当然かもしれない。

 

 ただかほだけは、あんな風に言ったことに何か理由があるのではないかと思っていた。『チームで動くことが大事だ』と言い続けてきたのだ、きっと何かあるに違いない、と。

 

「宗谷先輩、酷すぎます・・・・・足手まといになるなんて・・・・・」

 

 あいかが悲しげな声を響かせた。かほの次に信頼していたので、裏切られたような気持ちだった。

 

「試合が終わったらとっちめてやる!そうしましょう、角谷会長!!」

 

 梅の考えに賛成する人が大多数で、流石の穂香でも宥めるのはキツくなってきた。そんな時、かほも一緒に宥めに入ってきた。

 

「みんな落ち着いてよ!宗谷くんも考えがあってこんなことをさせたんだよ!」

 

「じゃあその考えって何なんだ!足手まといになるなんて捨て台詞を残したあいつの考えって・・

 

 梅が言い返そうとしたとき、4号の通信機が電波を受信した。発信元はチリの通信機からだった。全員が4号の前に集まり、通信に耳を傾けた。聞こえてきたのは北沢の声だった。

 

〔ザ・・・・・ザザ・・・・・宗谷には内緒だぜ、お互いに勘違いされたままはごめんだからな〕

 

 その後に電波が切り替わり、宗谷たちが奮闘している声がかほたちに聞こえてきた。

 

〔宗谷!応援を呼ぼうぜ!これ以上重戦車だらけの中で暴れるのは危険だ!〕

 

〔まだ呼ばねぇ!あんな風に言っちまったからには責任ってもんがある!!それに、西住たちは絶対に来る!踏ん張れ!!〕

 

 さっき言っていたことと正反対のことを言っている、かほたちは何が何だか分からなくなっていた。

 

〔俺は、俺は西住たちを信じる!どんな危機に陥ったとしても、絶対に立ち直って来るはずだ!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!その事に気づければ、きっと・・・・・プツ・・・・・〕

 

 通信が途中で切れてしまった、だが宗谷が何故あんなことを言ったのかが分かった気がした。『足手まといになる』と言ったのは、本心では無かったのだ。

 宗谷なりに、戦意を取り戻して欲しかったのだろう。ああ言う風に言えば、悔しさから戦意に変えてくれるんじゃないか、と。そしてもう1つ重要なことを思い出した、『廃科は、まだ止められる』。

 

「・・・・・一番信頼していなかったのは、私たちだったようだね・・・・・」

 

 穂香がポツリと呟いた。宗谷にも問題はあったが、自分自身で気づけなかったことに、かほも後悔した。

 

「今すぐに行きましょう!これ以上1輌だけで戦わせるわけにはいきませんよ!」

 

 藍が先導するように言い、4号に乗り込んだ。それにつられ、全員が一斉に乗り込んだが、またかほが止めた。

 

「慌てないで!宗谷くんたちの足を引っ張らないように、こっちもちゃんと準備しないと!」

 

ーー

 

 

 一方、前代未聞の戦いに挑んだ宗谷たちは、窮地に立たされていた。宗谷は慣れない操縦に苦戦し、福田は雪の中、そして重戦車の中を陸王で爆走していた。

 陸王の攻撃は片手で機銃を持って撃ちまくり、相手を混乱させることだけを主に戦っていた。そしてチリは装填完了と同時に射撃し、攻撃をと切らせないようにしていた。

 しかし、その攻撃にもそろそろ限界が来ていた。IS-2からの一撃がチリの砲搭側面に当たり、火花を散らしながら弾き飛ばされた。履帯がグリブップ性能を失い、木に激突して止まった。

 福田が慌てて近寄った。かなり激しくぶつかったのでチリの状態を心配したが、特に問題は無さそうだった。IS-2の砲弾の跡が痛々しく残っていた。

 

「宗谷、大丈夫か!?」

 

「大丈夫に決まってんだろ!ここで諦めてたまるかぁ!!」

 

 何とか立て直せたが、もうこれ以上は持ちと耐えられそうにない。ここまでで戦況は何1つ変わっていないうえに、チリのダメージはかなりでかい。

 この数分間奮闘出来たのが奇跡だろう。観戦席に座っている夏海も、チリの奮闘に感心していた。宗谷たちが次の攻撃に備えたその時、後ろからの攻撃がプラウダに飛んだ!

 福田が振り向くとその先にはかほ率いる大洗女学院がプラウダの方を向いていた。

 

「宗谷!援軍だぞ!」

 

 福田が弾む声で宗谷に言った。宗谷はホッと胸を撫で下ろした。4号がチリの隣に来た時、インカムを4号の通信機に繋げた。

 

「遅ぇぞ西住、待ちくたびれちまったよ」

 

「しょうがないでしょ?でも、信じてくれてありがとう」

 

「・・・・・礼を言われるほどのことじゃねぇよ。だけど、さっきの言動には謝るよ。すまなかったな」

 

「謝らなくて良いよ。本心じゃなかったんでしょ?分かってたんだから」

 

 本当は分かってなかったんじゃ、と宗谷は思ったがあえて言わなかった。

 

「あ、そう・・・・・まぁとにかく、反撃開始だ!」

 

ーー

 

 

 観戦席では、大洗の反撃に歓声を上げていた。ようやくお互いに燃えてきたと言ったところだろう、かなり激しい攻防を見せ始めていた。

 その姿を見ている大洗の指導員一同は、かほたちの成長を感じていた。攻めも守りも完璧で、言うとこ無しだ。一時期はチームとして動けるのか心配だったが、旭日が来てから一気に変わった。

 そう考えれば、宗谷たち旭日の6人はある意味救世主なのかもしれない。

 

「試合が終わったら、あの子たちに謝らないとね」

 

 杏の言葉に指導員全員がうなずいた。やむを得ない事情だったとは言え、隠し事をしていたことは謝らないといけない。

 そう思う一方で、試合にも無事に勝利してほしいという思いもあった。みほは手をグッと握りしめ、勝利してくれることを願った。

 

ーー

 

 

 戦闘中の大洗チームはプラウダの猛攻に反撃が追い付いていなかった。10輌の駆逐戦車のうち、5輌ずつ射撃をして、残りの5輌は装填に時間を使い、攻撃をと切らせないようにしていた。

 おまけにT-34の近距離射撃に加え、IS-2の正確な射撃が来るのだ。かなり奮闘してくれたが、ポルシェティーガーに続き、89中戦が撃破されてしまった。

 かほは真っ向勝負が不利になると感じ、また市街地に逃げ込むことにした。一旦下がり、作戦を練り直そうとしたのだ。

 

「後ろからの攻撃に警戒しながら後退してください!一旦市街地に逃げ込みます!」

 

「後ろは俺と福田に任せろ!急いで下がれ!!」

 

 旭日がプラウダに攻撃をしながら後退し、かほたちはその隙を付き、一斉市街地に入っていった。全車が入ったところを確認し、宗谷も攻撃を中止させ、市街地に駆け込むことにした。

 

「福田、プラウダの注意を引け。俺たちも市街地に入る!」

 

「任せとけ!絶対にやられるなよ!」

 

 福田はプラウダの隊列に突っ込んでいき、チリは全速力で市街地に下がっていった。サティはすぐに追いかけるように指示を出したが、陸王が邪魔をするのですぐには追いかけられなかった。

 

ーー

 

 

 市街地に逃げ込んだは良いものの、ここからどうするかが悩みどころだ。時間的にもそろそろ決着をつけなければならないのだが、攻撃力に関しては圧倒的な差があるため、真正面からは到底勝ち目はない。

 おまけにフラッグ車の位置も把握出来ていないため、闇雲に攻撃を仕掛けても仕方がない。作戦を考えていた矢先、福田から通信が入った。

 

「フラッグ車はKV-2の後ろに隠れている」、と。

 

 丁度良いタイミングで嬉しい情報が来たので、かほは早速作戦を考え始めた。真正面からは不利だ、せめて相手の注意が引ければ・・・・・と思った時、腰に付けたホルスターが目に止まった。そして、チリに通信を繋げた。

 

「宗谷くん、1つ作戦を思い付いたんだけど、手伝ってくれる?」

 

「良いぜ。で、どういう作戦だ?」

 

ーー

 

 

 プラウダの隊列が市街地に迫り始めていた。陸王は限界がきたためと、宗谷から作戦実行に移ると聞いたため、一旦離れることにした。

 かほが砲搭の上に立ち、信号拳銃を空に構えた。信号弾で相手の気を引こうというわけだ。トリガーを引き、赤い信号弾が空に打ち上がった!

 

『パーン!』

 

 信号弾が爆発し、プラウダの乗員が一斉に信号弾の方を向いた。一瞬止まったところをチリと4号が一斉にKV-2に向かって突進した!

 作戦は相手の気を引き、一気に距離を詰めようということだ。その作戦は成功した。穂香たちは建物の陰からから援護射撃をし、攻撃対称をチリと4号から離そうとしている。

 攻撃をもろともせずに突っ込んでいく2輌を見たサティは、KV-2にに向かっていると勘づき、一斉にフラッグ車の守りを固めた!

 

「ッ!宗谷くん!作戦は中止よ!守りが固すぎるから攻撃は無理だよ!」

 

「まだ大丈夫だ!後ろががら空きに違いねぇから、一気に攻め込んでやれ!!」

 

 宗谷はそう言ったが、速度的には後ろに回り込む前にやられるか撃破出来なくなる可能性がある。かほは無理だと言ったが宗谷は攻撃態勢を崩すなと言った

 そしてチリが後ろに回り、砲を4号に向けた。かほは何をするのかと思っていると、宗谷から通信が入った。

 

「今から4号(おまえら)を撃ち出す!衝撃に備えろ!」

 

「撃ち出すって、何をするつもり!?」

 

「過去に西住指導員がやったことと同じだ!行くぞ!!」

 

 宗谷は4号とほぼゼロ距離を保ち、柳川に空砲弾を装填するように言った。空砲弾が装填完了し、宗谷は岩山に言った。

 

「岩山!思いっきり撃ち出してやれ!」

 

「雪の上だからな、思いっきり吹っ飛んでも知らねぇぞ!」

 

 照準を4号に合わせ、トリガーを引いた!

 

『ズバーン!!』

 

 と戦車砲が轟音を響かせ、4号を撃ち出した!撃ち出された4号はスリップしながらプラウダチームの横をすり抜け、七海は車体を大きくカーブさせた。そして、藍がフラッグ車の後ろを捉えた!

 

「撃てぇー!!!」

 

 かほが叫び、藍が狙いを定めトリガーを引いた!

 

『ドーン!!!』

 

 戦車砲の音が宗谷たちの耳に入った。宗谷はチリを止め、何がどうなったのかと把握しようとした。

 

〔プラウダ高校フラッグ車、戦闘不能!よって、大洗女学院の勝利!!〕

 

 アナウンスが勝敗を伝えた。観戦席からは歓声が上がり、みほは思わず涙を流した。そして宗谷は操縦レバーから手を離し、席にもたれ掛かった。

 

ーー

 

 

 撃破された戦車の回収も終わり、かほたちは杏率いる指導員たちの前に集合していた。杏が申し訳なさそうな声で話し始めた。

 

「えっと・・・・・もう聞いちゃってるよね、この試合で優勝出来なかったら、戦車道科は・・・・・無くなるんだよね。今まで隠してきたことは、本当に申し訳ないって思ってた。本当に、ご免なさい」

 

 杏に続き、指導員全員が頭を下げた。かほが杏の前に出た。

 

「もう良いですよ。突然聞かされたときは驚きましたけど、ここまで来たんですから絶対に優勝して、廃科から救って見せます!」

 

 かほの言葉に、杏は涙を流した。もっと早く言うべきだったと後悔する反面、こんな風に言ってくれたことが何より嬉しかった。

 ここまで来たら、もう後戻りは出来ないとかほたちも覚悟したのだろう。宗谷はその姿を何も言わず、静かに見届けた。

 宗谷がチリに戻ろうとしていると、向こうからサティとルリエーが歩いてくる姿が見えた。サティが宗谷の前に止まった。

 

「あんたと西住に話があるの、ついてきなさい」

 

ーー

 

 

 サティに呼ばれた2人は、何故呼ばれたのか検討がつかなかった。一体何を言われるのかと思っているとサティが話始めた。

 

「まず、宗谷(あんた)の行動について聞きたいんだけど、援軍が来る前に私たちのフラッグ車を撃破するチャンスはいくらでもあったのに撃破しなかったのは何でなの?」

 

 その問いはかほも聞きたかったことだった。サンダース戦の時も、フラッグ車の履帯を破壊して行動不能に陥れたが、そんなことをしなくても1発で撃ち抜けば良かったのだ。宗谷はその問いにこう答えた。

 

旭日(俺たち)の任務はあくまでも大洗女学院を守り抜くこと、だからフラッグ車を撃破して勝利するって言うのは、俺たちの任務じゃないのさ」

 

 その答えにサティは少し呆れた表情を見せた。そして今度は西住の方を向き、手を差し出した。

 

「あんたには完敗だったわ。それと、良い仲間を持ったわね。決勝戦も勝ちなさいよ」

 

 まさか激励の言葉を貰うとは思っていなかったので、かほは一瞬戸惑ったが、握手はきっちりと受け入れた。その姿を夏海がじっと見ていた。そしてこう思いながら去っていった。

 

(・・・・・決勝まで上がったか、旭日。奮闘には関心するが、我が西住流には勝てないと言うことを教えてやる。覚悟していろ)

 

 宗谷とかほは夏海に気づくことなく、サティと分かれた。そしてこの後、陸王を使ったことを桃にキツく説教されたのだった。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 そしてプラウダ戦の3日後、宗谷は科長室で杏に提案を持ちかけていた。チリを黒森峰戦に向けに改造する、と。




※解説

10年式信号拳銃

旧日本軍が使用していた信号拳銃で、数キロ離れた部隊とのコミュニケーション用として使用されていた。色は赤、緑、黄、黒、白の5種類で、飛距離は約50メートル。
目視出来る距離は昼間で約8キロ、夜間で25キロと言われている。



今回も読んでいただき、ありがとうございました。

プラウダ戦にも勝利したかほたちは、戦車道を廃科から救うために前に向いて進んでいくようです。
そして宗谷はチリを改造すると提案したようですが、一体どんな改造を施すのでしょうか?


感想、評価、お待ちしています。


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第16章 チリから『チリ改』へ

前回のあらすじ

プラウダとの準決勝戦で、かほたちは衝撃的な事実を聞かされた。大洗女子学園戦車道科は、大会で優勝出来なければ廃科になるというのだ。
この事実を隠されていたかほたちは、宗谷たちに対する信頼を1度は失った。しかし、全てはかほたちのためだと知り、なんとしても勝利すると誓った。旭日と共に。

準決勝戦も無事に勝利した大洗に、宗谷はある提案を持ち掛けていた。それは、『チリの改造計画』だった。


「チリって今以上の改造って出来るの?」

 

 場所は科長室、宗谷が杏にチリを改造すると提案をしているところだった。ただ、杏は改造出来るのかが気になっていた。

 半自動装填装置に続いて、自動変速機、そして電動モーターで回転する砲搭、この三拍子が揃っていながら更なる改造が出来るのか、と。宗谷はチリの改造箇所を書いた紙を差し出した。

 

「改造するのは大きく分けて2箇所です。主砲を88ミリ砲にして、エンジンをガソリンからディーゼルに換装します。そして、新機構に対応出来るように、走行装置、装填装置を少し改良して完成です」

 

 宗谷から聞かされた改造箇所を聞きながら、杏は聞き返した。

 

「うーん、確かにそうだけど・・・・・私の記憶の中じゃ88ミリ砲を搭載した日本戦車は無かった気がするんだけど?分かってるとは思うけど、換装するんだったら1945年以内に計画段階までいっていなかったら出来ないよ?」

 

 杏が言うように、旧日本戦車のほとんどは47ミリ砲か75ミリ砲を搭載したものばかりで、88ミリ砲を搭載した戦車は無い。杏はそう思っていた。

 

「チリに関しては、88ミリ砲を換装を巡って《/b》88ミリ砲論争《/b》があったって言われてます。協会からの基準は通るはずですから、許可していただけませんか?」

 

 杏は考え込んだ。計画段階までは行ってはいるらしいので、試合には出せないことはないだろう。しかし、実戦で充分に活躍出来るかはまた別問題だ。そんなことを30分間考えた末、結論を出した。

 

「・・・・・分かったわ、許可するよ。ただし、この高射砲が見つからなかったら換装はエンジンだけだからね?」

 

「ありがとうございます!失礼します!」

 

 そう言い残し、宗谷は科長室を後にした。そして、福田たちに許可がおりたことを伝えた。88ミリ砲の換装が認められたので岩山はテンションが上がっていた。

 

「マジか!?俺たちも88ミリ砲が使えるのか!」

 

 75ミリ砲に満足出来ていなかった岩山からしたら、夢にも思わなかったことだろう。福田が宥める。

 

「落ち着け岩山、許可は下りたけど肝心の88ミリ砲は無いだろ。で?どうやって手に入れるんだよ、その99式8糎高射砲ってやつ」

 

「この間4号戦車の部品を買ったところから、買うつもりさ。それと、88砲弾に対応出来るように半自動装填装置も改良しないといけないから、やるべきことは山ほどあるぞ」

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 それから2日後、授業が終わった宗谷たちのもとに88ミリ砲が届いた。台座に固定するための部品が付いていて、元高射砲だという名残りがあった。

 ここから戦車砲に向けた改良を施し、搭載出来るようにしなければならない。宗谷たちは早速取りかかった。まずは搭載するに先立ち、テストをしなければならない。

 テスト内容は、正確に砲弾の発射が出来ることと、正確に当てることが出来ること。早速射撃練習場まで砲を運んでいった。

 練習場に着くと、砲を発射時の反動を吸収する『駐退機(ちゅうたいき)』にセットし、砲弾を装填した。

 

「射撃テストを実施する!目標、前方2キロ!射撃用意!」

 

 宗谷の指示で岩山が的に照準を合わせ報告した。その報告に合わせ、宗谷が双眼鏡で確認した。本来なら照準合わせの2段確認はしないのだが、安全のため、やむを得ないのだ。

 今回は安全弾は無かったため、仕方なく実弾でテストをする。万が一外れたら災害になりかねない。そのため、第2者に目標に対して照準が外れていないかを確認してもらうのだ。

 宗谷が確認し、安全であることを証明出来たので射撃テストを実施した。「撃て!」の指示で岩山がトリガーを引く。

 

『ズドーン!!』

 

 75ミリ砲よりも重い音が響いた。反動が大きかったからか、弾は的に対して2~3ミリずれて命中した。射撃も装填にも問題は無かったので、搭載しても大丈夫そうだ。

 格納庫に戻ると砲にカバーを被せ、その日は終了となった。これから搭載出来るように改良するのだ。エンジンは明日届くそうなので、砲の換装と並行して行うことにした。

 

ーーーーー

 

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ーーー

 

ーー

 

 

 翌日、宗谷たちはかほたちが練習している間に砲の換装を行うことになり、早速取りかかっていた。75ミリ砲と駐退機を外し、半自動装填装置の改良に入った。

 75ミリ砲弾と88ミリ砲弾は重量と大きさが全く違うため、装填装置を改良しないと正常に作動しない可能性があるためだ。

 砲搭から外さない状態で装填装置を改良し、砲も搭載可能な状態まで改良出来た。そして、残った75ミリ砲は処分せずにそのままにしておくことになった。後で役に立つからと。

 

 そして、例のディーゼルエンジンも届き、エンジンの換装も終えた。搭載したエンジンは、4式中戦車に使用されていた『4式ディーゼル』と言う物で、過給機(ターボ)付きのV12気筒エンジンだ。

 ターボ無しで400馬力、ターボ有りで500馬力発揮したと言われ、このエンジン自体はチリの派生型に搭載する予定のエンジンだったと言われている。

 

 駐退機と半自動装填装置の改良も済み、砲の搭載作業に入った。クレーンで吊り上げながら砲を砲搭に少しずつ近づけ、正確にはまるように慎重に作業を進める。そして砲身を取り付けることに成功した。

 気がつけばもう夜の7時を過ぎていた。かほたちは邪魔にならないようにという配慮からか、何も言わずに帰ったようだ。

 換装作業は無事に終わったので、今日はここまでで一旦区切りをつけた。片付けを終えた後、宗谷が全員集合させ、明日の予定を話した。

 

「明日はエンジンの耐久テストと走行テスト、そして、射撃テストを実施する。無事に終わることを祈るけど、88ミリ砲は初めて使うから、特に注意するように」

 

 作業は無事に終わったが、テストでどうなるかは分からない。そのため、警戒は怠るなと注意を促し、今日は終了となった。

 

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ーーー

 

ーー

 

 

 翌日、チリは悟子率いる整備班に見守られながら、テストをしていた。走行、エンジンの耐久に関しては特に問題は無く、このままなら無事に終われそうな雰囲気だった。

 残すは射撃テストをするため、チリは射撃練習場まで移動し、早速射撃態勢に入った。柳川が砲弾を装填し、岩山が照準を合わせる。

 

「照準、射撃用意よし!目標確認よし!」

 

 岩山が報告し、宗谷が指示をする。

 

「撃てぇーー!!!」

 

 指示に従い、トリガーを引く!

 

『ズドーン!!ガギィーン!!!』

 

 射撃音と同時に鈍い金属音が悟子たちの耳に入った。大丈夫かと心配していると、搭乗ハッチとガンポートが開き、煙が出てきたではないか!

 宗谷たちが咳き込みながら出てきた、テストは失敗してしまったらしい。整備班が慌てて駆け寄った。

 

「ちょっと!大丈夫!?」

 

 幸いにも怪我人は出なかったようだが、チリの砲身は上を向いたまま止まっている。咳が落ち着いた岩山が説明した。

 

「射撃と同時に砲身が思いっきり後ろに下がってきて、ゲホッ、その後に煙が充満したんです」

 

 岩山の証言を元に整備班が確認したところ、駐退機が完全に壊れてしまっていた。上手く反動を吸収しきれなかったのだろう。

 本来なら砲身だけを下げて反動を吸収するのだが、砲身を下げきれなかったのか、途中で止まっていた。

 整備班が確認した結果、砲自体には問題無いが駐退機が完全にやられているということが分かった。悟子が呆然としている宗谷に点検の結果を伝える。

 

「宗谷くん?点検したんだけどね、駐退機が完全に壊れたから交換を進めるけど、どうする?」

 

「・・・・・分かりました、点検ありがとうございました」

 

 宗谷は砲搭から煙を上げるチリを見た。隊長として大切な仲間と、チリ(相棒)を危険な目に合わせてしまったことには責任を感じていた。

 注意していたものの、まさかここまで酷いことになるとは想定外だった。88ミリ砲はかなり厄介は代物だと思った瞬間だった。

 

ーー

 

 

 その後自走で格納庫まで戻り、再び砲身を外した。宗谷が1人で残り、壊れてしまった駐退機を確認していると、かほが飛び込んできた。

 

「宗谷くん!大丈夫!?」

 

 宗谷はいきなり飛び込んできたかほに驚いて固まってしまった。少しばかり沈黙があり、宗谷が口を開いた。

 

「うん、俺たちは全員無事だが・・・・・」

 

「ハァ~~~、良かったぁ~~~・・・・・大怪我してたらどうしようって思ってたんだぁ」

 

 よっぽど安心したのか、かほはヘナヘナと腰を下ろした。宗谷が慌てて駆け寄る。

 

「え?え?おいおい、大丈夫か?」

 

「うん・・・・・良かったぁ~~~」

 

「悪かったな、移動してすぐに砲身の取り外し作業に移ったから報告が遅れたんだよ。ごめんな、めっちゃ心配させたみたいだし」

 

 ここまで心配されていたとは思っていなかったので、宗谷は思わず謝った。

 

「宗谷くんが謝らなくても良いのに。それより、チリはどうなの?」

 

 かほがチリの砲搭の中に入り、駐退機に手を掛けた。その様子を見ながら、宗谷が質問に答えた。

 

「駐退機がぶっ壊れたから、一からやり直しさ。早いとこ原因を見つけないといけないって段階だよ」

 

 かほはその答えを聞き、砲搭から降りた。

 

「早く出来ると良いね」

 

 かほはそう言うと早々と立ち去ろうとしていた。そのかほに、宗谷からの質問が飛んできた。

 

「なぁ、チリはお前に何を語りかけたんだ?」

 

 かほの足取りが止まり、宗谷の方を向いた。

 

「何も語りかけたりしてないよ。エスパーじゃないんだから」

 

「そうなのか?チリに手を掛けてたから、チリ(こいつ)の声でも聞いてんのかと思ったよ」

 

「フフ、そんな分けないじゃん」

 

 かほはそう言うと帰っていった。宗谷はチリの方を向き、ポツリと独り言をこぼした。

 

「・・・・・今日はすまなかった。テストだったとは言え、ここまで酷いことになることも想定するべきだったな」

 

 そう言うと荷物をまとめ、宗谷も帰った。明日はどの部品が悪かったを探し、改善点を見つけるところから始めなければならないだろう。

 

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ーーー

 

ーー

 

 

 翌日の午後、宗谷たちは戦車道の時間を利用し、壊れた駐退機を取り外して全分解で原因を探していた。ここで駐退機について軽く説明しよう。

 駐退機は砲身のみを下げて反動を吸収し、照準などの部品に悪影響が出ないようにするのが役目だ。

 また、下がった砲身を元の位置に戻す『複座機(ふくざき)』という部品と一緒になっているものが主流で、それらは『駐退複座機(ちゅうたいふくざき)』言われる。

 

 4号を始めとした戦車はこの駐退複座機が使用されているため、複座機に関しても合わせて説明しようと思う。

 駐退機は作動油(グリセリンなど)が入っているシリンダー、それに内蔵されているピストンとロッドで構成されている。

 作動時は射撃と同時に砲身を乗せている『砲架(ほうか)』という部品がロッドを介してピストンを引く。

 ピストンは作動油を圧縮しながら引かれるが、シリンダーに設けられている『漏孔(ろうこう)』という細い穴から逃げるため、流動抵抗で砲身はゆっくりと下がる。

 複座機は下がりきった砲身を元の位置に戻すのが役目で見た目は駐退機と変わらない。

 構成部品は圧力タンクであり、不活性ガスが入っているシリンダーと、何も繋がっていない浮動ピストンの2つで、駐退機側の漏孔から逃げてきた作動油を貯えておく働きをする。

 作動時は、作動油で浮動ピストンが押され、その反対側にある不活性ガスを圧縮する。圧縮されたガスは高温高圧になり、ピストンを押し戻しながら作動油を漏孔から駐退機側のシリンダーに戻していく

 戻された作動油はロッドを介して緩やかに砲架を元の位置に戻す。以上が駐退機と複座機の構成、及び作動になる。

 

 話を戻すが、全分解しながら原因を探っていると柳川が問題の部品を見つけたようだ。

 宗谷たちに示したのはシリンダーで、別の位置に穴が空いていた。作動油が上手く漏孔を通らなかったことが原因のようで、漏孔を少し大きめにして対策を取ることにした。

 そして新しいシリンダーを取り付けたところで、今日の作業は終了となった。明日は2回目のテストから始まることになるのだった。

 

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ーーー

 

ーー

 

 

 そして翌日、整備班と杏に見守られながら2回目のテストを行っていた。前回の反省を生かし、ガンポート、ハッチは全開にし、砲搭には宗谷だけを残して、後の5人は外にで見張り役を務めるとこになった。

 これならまた失敗したとしても、被害は最小限に留めることが出来る。2回も危険な目に合わせるわけにはいかないという宗谷の判断だ。

 砲弾を装填し、照準を合わせる。車長という役を担う身なのだが、操縦、砲の取扱い、装填、通信機の取扱いに関しては最小限知識は持っている。上に立つ者、知識無しでは務まらないということだろう。

 

「これより第2回射撃テストを開始する!総員、半径200メートル以内から退避せよ!!」

 

 福田たちは宗谷の指示通りにチリから離れた。これも宗谷の考えで、被害を食い止めるためだが、福田たちは申し訳ない気持ちでいた。

 確かに危険なことではあるが、宗谷1人だけにして見物という形になって良いものだろうか。本心としては宗谷と一緒にテストに参加したかったのだが、「危険だからダメだ」と言われ、参加させてもらえなかったのだ。

 そして、福田が退避完了の指示を出し、宗谷はトリガーを引いた!

 

『ズドーン!!』

 

 轟音が練習場に響く、今回は怪しい音はしなかった。今度こそ成功したか、と誰もが思ったが、宗谷は浮かない顔をしていた。慌てて駆け寄った福田たちに、指を指しながらこう言った。

 

「ちくしょう、今度は複座機がイカれやがった」

 

 岩山が砲搭に入って確認してみると、砲身は下がりきったままで元の位置に戻っていなかった。

 後でシリンダーを確認してみたものの、特にこれと言って以上は見られなかった。

 戻る途中で詰まってしまったかという意見が出たが、組み付けるときにはホコリに十分注意していたため、詰まるというとこはない。となると、別の部品に問題が出てしまったということだろう。

 どう討論しても結果はまた失敗で終わってしまった。唯一幸いなことと言えば、砲自体に問題が無いということと怪我人が出なかったことだろうか。

 点検をしている宗谷たちのもとに、杏が近寄ってきた。

 

「また失敗したみたいだけど、原因は分かった?」

 

 優しい声で聞いてきた杏に、宗谷は浮かない顔で答えた。

 

「複座機を全分解して、点検してみないどうとも言えませんけど、すぐに分かると思います」

 

「そっか、何か困ったことあったらいつでも相談してよ?抱え込まれても困るからね」

 

 そう言い残すと、杏は校舎に戻っていった。宗谷は2度も失敗したことを悔やんでいた。

 

ーー

 

 

 授業が終わり、戦車は全て格納庫に入って休んでいる。その片隅で、宗谷はチリの複座機を点検していた。宗谷が注目していたのは、圧縮圧力が上手く上がっていたかということ。

 前途であったように、複座機は高圧になったガスの力で元の位置に戻そうとする。つまり、圧縮圧力が低ければ高圧にはならないため、戻すための力が足りなかったということになる。

 圧力が上がらない原因として考えられるのは、シリンダーに穴が空いていて漏れてしまったということだろうか、だがシリンダーに穴は空いていなかった。原因は他にありそうだが、思い付く節がない。

 これ以上考えても何も思い浮かびそうにないので、帰ることにした。軽く整理をして、荷物をまとめて格納庫を出ると、かほが待っていた。もう6時を回っているというのに。

 

「西住、まだ帰ってなかったのか?」

 

「一緒にルノーに寄らない?疲れてそうに見えたから、リフレッシュしようよ」

 

 何かと思えばお茶の誘いだった。遅くはなるが、折角の誘いを断るわけにもいかず、ついていった。

 

ーー

 

 

 ルノーに入り、席につくと川井店長が興味津々でチリの改造の件を聞いてきた。

 

「ねぇねぇ、チリを改造してるって聞いたけど、どうなの?」

 

「失敗ばかりしてますよ。1発目で駐退機が壊れて、今回は複座機、改良点はごまんとありそうです」

 

「そっかぁー、やっぱ大変だね。かほちゃんが言ってた通りだわ」

 

 川井店長の一言を聞き、宗谷は思わずかほの方を向いた。かほは恥ずかしそうに顔を赤らめている。

 

「だって、テストで思いっきり失敗したなんて言われたから、すっごく心配したんだよ?それで、川井店長に話して・・・・・」

 

 慌てて言い訳をするかほを、宗谷は静かな笑みで見届けた。ここまで心配してくれる人がいる、それだけで嬉しかった。

 紅茶を飲みながら、宗谷はポツリとかほに聞いた。わざわざこんな時間帯になるまで待っていたのだ、誘ったのにも何か理由があるだろうと思ったのだ。

 

「なぁ、西住。何か聞きたいことでもあったのか?」

 

「え?ただ一緒にお茶がしたかっただけだよ」

 

 そう返され、宗谷はポカンとしてしまった。そんな宗谷に、かほは本当の目的を伝えた。

 

「お茶がしたかったっていうのもあるだけど、チリの改造はいつ出来るのかなって思って誘ったの。どれぐらい掛かりそう?」

 

「う~ん、原因がすぐに分かれば2~3日ぐらいには完成するかもしれない。少し時間が掛かったら1週間後だな」

 

 そう言われ、かほは少し残念そうな表情を見せた。宗谷が聞き返す。

 

「何でそんな顔するんだ?西住が落ち込むことないだろ?」

 

「落ち込んでいるんじゃないよ。宗谷くんたちがいないから、決勝戦に向けた本格的な練習が出来ないなぁって思ったの」

 

 宗谷はハッとした。チームとして動くのだから、1チームいないだけでも戦況は大きく変わることがある。それなのに改造に時間をかけすぎてしまっていた、宗谷は思わずため息をついた。

 

「はぁー・・・・・早く練習に戻らないといけないってのに、改造に時間を使いすぎてたな」

 

 落ち込む宗谷に、かほが慌てて慰めた。

 

「ご、ごめん。そんなつもりで言ったんじゃなくて、他の皆がチリのことを待っているんだよ。改造が始まって、3日も練習に出れてないでしょ?そんな感じで、皆調子が出ないみたいだから」

 

 その一言を聞き、宗谷はフッと笑った。

 

「調子が出ない、か・・・・・だったら早いとこ改造終わらせて、復帰しないとな。待ってる奴らがいるから、いつまでもぐずぐずしちゃいられねぇな」

 

 かほは宗谷の笑顔にホッとしていた。改造期間に入り、どこか思い詰めた顔ばかりしていたので、少しでも元気付ければという思いでルノーに誘ったのだ。

 かほは宗谷の屈託の無い笑顔をひそかに見つめた。それから30分間、2人はゆっくりとお茶を飲み、「また明日」と言って別れた。

 

ーー

 

 

 宗谷が寮に帰宅し、部屋に入ると福田たち5人が図面を広げて話し合っていた。図面を覗くと、チリの駐退機の設計図だった。岩山が宗谷に気付き、今の現状を伝えた。

 

「あ、お帰り。中々帰ってこなかったから、俺たちなりに原因探ってたんだよ」

 

「悪いな、西住とお茶に行ってたから遅くなった。それより、原因は分かったか?」

 

 宗谷が座ると同時に福田が近寄り、図面に指を指しながら説明した。

 

「俺たちは中に入ってるグリセリンが沸騰して、『エアの噛み込み』が起こったんじゃないかって睨んでんだ」

 

 エアの噛み込みとは、液体が入っている配管に気泡が発生してしまうことを意味する。吸湿性がある液体に起こりやすい現象で、湿気を吸って沸点が下がり、外からの熱で沸騰してしまうことが大きな原因だ。

 エアの噛み込みが発生すると、油圧が気泡を潰してしまう方にかかってしまうため、100%伝えることが出来なる。

 つまり、浮動ピストンに掛からないといけない油圧が噛み込んでしまった気泡を潰す方に掛かり、圧縮圧力が上がらなかったことが原因ではないのかと福田は推測していたのだ。それには宗谷も納得がいったらしい。

 

「・・・・・なるほど、漏孔を通るときに摩擦熱が発生するから、その熱で沸騰してエアが噛み込んだなら説明がつくな」

 

 考え込む宗谷に、福田がある物を差し出した。

 

「それと、これ。シリンダーに入ってたグリセリンだ、かなり変色してるだろ?」

 

 宗谷が手に取り、粘度(ねんど)と匂いを確かめた。匂いに違和感は無いが、粘度は少し落ちている。グリセリンは吸湿性があるため、経年劣化で沸点が下がったと考えられた。

 そこで、グリセリンでは無く耐熱性、耐吸湿性に優れた『シリコンオイル』に入れ換え、漏孔の大きさも一から考え直すことになった。

 宗谷が設計図を書き直していると、福田が話し掛けに来た。かなり深刻そうな顔をしている。

 

「なぁ、宗谷。今度のテストは俺たちも参加させてくれよ。お前の配慮は分からなくはないけど、チリは俺たちの手で組み立てたんだ。だから、俺たちだけ傍観するだけなんて嫌なんだ。頼むよ」

 

 福田の訴えに、宗谷は思わず昔のことを思い出した。宗谷がチリの設計、車体の製作を担当し、福田は走行装置製作、岩山と柳川が主砲搭、装填装置の製作、水谷と北沢が副砲、通信機の製作を担っていた。

 製作、そしてテストや改良もろもろ合わせて3年の時間を費やし、チリを完成させた。その間、誰1人欠けることはなかった。

 今思えばテストの時は危険なことだらけだったが、1人だけでやるということは一切なかった。失敗しても全員で笑い飛ばして、考え込む何てしたことがない。

 福田が言うように、全員で造り上げた物のテストを誰かに任せるほど詰まらないものは無いだろう。宗谷は手を止め、福田の方を向いて笑いながら言った。

 

「そうだな、俺たちで造ったものだから全員でテストしないと意味無いしな。明日は全員でやるぞ、怪我しないよう、注意するように言っておけ」

 

 その答えを聞き、福田は喜んだ。宗谷はその姿を見ながら設計の続きに入った。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 翌日、宗谷たちは朝から駐退機の修復作業に入っていた。早く作業を終わらせ、早く練習に戻るために。宗谷の設計図を元に福田が新しいシリンダーを製作し、砲架に取り付けた。

 予定通り、シリンダー内にはシリコンオイルを充填させ、漏孔も少し大きめに製作した。理論上では成功するはずだが、本番になるとどうなるかは分からない。

 緊張感が漂うなか、旭日はチリと共に練習場に着いた。練習場には悟子たち率いる整備班、そして杏が待っていた。

 テストの内容は2キロほど先の的を狙い、撃ち抜くというもの。今までなら撃ち抜くことは出来ていたが、連続して射撃が出来る状態ではなかった。今回のテストが成功することだけを一心不乱に願いつつ、柳川が砲弾を装填する。

 装填完了と同時に岩山が的に照準を合わせ、トリガーに指をかけた。そして、宗谷がインカムを通して指示を送った。

 

「これより第3回射撃テストを実施する!充分に警戒し、怪我の無いように注意せよ!!岩山、目標確認が出来たら撃て!」

 

「了解、すぐに撃つぞ!」

 

 岩山はトリガーを握り直し、照準器を通して的を再確認する。そして、トリガーを思いっきり引く!

 

『ズドーン!!!』

 

 88ミリの爆音が響き渡り、弾は的に命中した!そしてチリの砲身は元の位置にゆっくりと戻った。宗谷は岩山に問題が無かったかを聞いた。

 

「岩山、大丈夫だったか?」

 

 宗谷の問いに、岩山はニッと笑いながら答えた。

 

「問題なし!砲身もちゃんと元の位置に戻ったから、大成功だぜ!!」

 

 その一言にチリの中は歓声に包まれた。宗谷はホッと胸を撫で下ろし、チリから下りて報告するために杏に近寄った。

 

「テストは成功しました。これで黒森峰と対抗に戦えます」

 

「本当!?やったじゃん!!あ、そうだ。渡さなきゃいけないものがあったんだ」

 

 そう言うと悟子から何かを受け取り、宗谷に手渡した。それは、大洗女子学園の校章が描かれたステッカーだった。

 

「角谷科長、これは・・・・・」

 

 驚く宗谷に杏は笑みを浮かべながら説明した。

 

「渡すのが遅れちゃってごめんね、あなたたちが本当に信用出来るかどうかを見極めてからにしようって思ってたんだ。黒森峰戦の前日辺りに渡そうって思ってたけど、そこまで待つ必要は無くなったからね」

 

 その笑みを見た宗谷は静かに一礼をした後、チリの車体に登った。砲搭に付いていたゴミを払い、ステッカーを張り付けた。ステッカーは日の光に照らされ、輝いている。

 福田たちも下りてステッカーを見つめた。ようやく認められた、そんな気がしていた。その様子を見ながら杏が近寄った。

 

「これで、君たちの改造は終わりかな?」

 

 その一言に反応するように宗谷が振り向いた。

 

「いえ、まだ終わってません。今度は俺たちが変わる番です。完成テストは終わっているんで最終調整だけですから昼までには出来ます」

 

「じゃあ昼休み後にお披露目だね?」

 

「はい!」

 

ーー

 

 

 昼休みが終わり、生徒、指導員が格納庫前に集まり、新しくなったチリを見ようと待っていた。すると、格納庫の扉が開き、力強いエンジン音と共にチリが出てきた。

 その姿を見て少し歓声が上がった。チリが止まると「下車!」の指示を受けて乗員が全員下りてきた。下りてきた宗谷たちの姿にかほたちは驚いていた。

 いつもの戦闘服の上に加えて黒色のベスト、その胸元には近衛機甲学校の校章が光り、ヘルメットは元の物よりインカムが少し口元に近づいていて、黒色に変わっていた。

 そして肘と膝にプロテクターを着用している。その見た目からは、特殊部隊のように見えた。

 

「宗谷くん、何その格好・・・・・」

 

 呆然としているかほに、宗谷が説明する。

 

「これは近衛で厳しい試験に合格した者だけに着用を許される装備さ。旧日本軍で唯一存在した特殊部隊、『※S特攻部隊』から名前を取って名付けられたギア、『S特ギア』だ!」

 

 その一言に格納庫前は大きな歓声に包まれた。宗谷が言った通り、チリと一緒に変わったのだ。まさかここまで変わるとは想定外だったが。かほが近づき、宗谷に祝福の言葉を送った。

 

「宗谷くん、良かったね。このチリなら、黒森峰と互角に戦えるよ」

 

「ありがとう西住、だけどこいつはもうチリじゃない。『チリ改』だ」

 

 その一言にかほは小さくうなずいた。そしてお披露目の時間は終わり、チリ改と旭日のメンバーは数日ぶりの練習に向かっていった。

 その後の練習では、特に問題はなく無事に終わった。S特ギアの調子も良く、いつでも実戦で活躍出来ることが証明出来た。

 チリから取った75ミリ砲は、3式中戦に換装され『長砲身型』と名前を改められた。チリの改造に合わせ、3式中戦の改造も終わった。

 これなら黒森峰と少しは対等に戦えるだろう。黒森峰との決勝戦まで、残り2週間。

 




※解説

S特攻部隊

呉鎮守府第101特別陸戦隊』という海軍の特殊部隊の1つで、潜水艦を使用する隠密行動をすることが主任務だった。

部隊名として、指揮官の名字から取って『山岡(やまおか)部隊』と呼ばれていた。また、潜水艦を使用することから、『submarine(潜水艦)』の頭文字から取って『S特攻部隊』(略してS特)とも呼ばれていた。


今回も読んでいただきありがとうございました。

黒森峰との決戦が近づいてきました。これから活躍していくチリ改に期待してください!

感想、評価お待ちしています。



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第17章 忘れ去られた偵察戦車

前回のあらすじ

決勝戦の備えとして、チリの改造に取り掛かった宗谷たち。中々上手くいかなかったが、無事に改造は終了した。
準備は出来た。しかし大洗には、宗谷たちもまだ知らない戦車が眠っていた。


 チリ改への改造が終わった。チリ改に対応するためS特ギアを着用することになり、3式中戦はチリ改に付いていた75ミリ砲に換装され、長砲身型に名前を改められた。

 黒森峰対策としては万全のはずだったが、宗谷はまだ万全とは言い切れていなかった。今日も杏に提案を持ち掛けに行ったのだが、断られてしまっていた。

 宗谷は授業終わった後、格納庫に置いてある陸王を見ながら考え事をしていた。ジーっと陸王を見ながら。

 

「宗谷くん、宗谷くん?」

 

 ハッと気が付くとかほが横にいた。ずっと考え事をしていたのでいつ来たのか全く分からなかった。驚いている宗谷にかほの質問が飛んできた。

 

「さっきから何してたの?ずっと陸王を見てたけど」

 

「あーっと、その・・・・・『千里眼』が増やせればなぁって思ってたんだよ」

 

 かほは意味が分からず首を傾げた。その姿を見ながら宗谷は笑った。

 

「そんなに難しく考えるなよ、偵察戦車のことを言ったんだよ」

 

 かほはその一言に納得したようだ。偵察戦車は陸王と同じように、部隊が先の見通せないところまで行き、情報を集めるのが主任務。その偵察戦車を千里眼と例えたのだろう。だが、偵察隊を増やそうとしているのは何故なのだろうか?

 

「でも、偵察戦車を増やしてどうするの?偵察だけなら陸王だけでも良いんじゃない?」

 

「偵察だけならな、だけど陸王はサイドカーだ。目の前に敵が出てきたら反撃が出来ないし、流れ弾に当たったら身が危ないだろ?」

 

 宗谷は攻撃力と防御力の無さを気にしているようだ。戦車の大群の中をサイドカーで突っ切るほど危険なものはない。偵察戦車なら多少の反撃は出来るし、直撃で無ければ防御することも出来るはず。

 機動力だけで戦場を乗りきるのはかなり厳しい。そこで偵察戦車を増やし、安全に偵察が出来るようにしたいと考えていたのだ。もちろん陸王の安全対策は万全にしているのだが。

 先程杏に偵察戦車を増やせないかと提案を持ち掛けていたのだが、注文しても戦車が間に合わないことと、肝心の乗員がいないということで承認してもらえなかったのだ。

 宗谷が陸王の前にいたのは、どう改造したら安全性が上がるかと考えていたからだという。

 

「安全性を上げようと模索してたけど、流石にこれ以上はな。角谷科長にも許可貰えなかったしさ」

 

 宗谷はほぼ諦めていたようだが、かほはニッと笑っている。

 

「ねぇ、今から時間空いてる?」

 

「空いてるけど、何で?」

 

「宗谷くんでもびっくりするものがあるんだけど、見に来ない?」

 

『びっくりするもの』、そう言われるがままにかほについていったが、着いた場所はかほの家だった。だがかほは家に入らず、横にあったガレージに向かっていった。

 車が2台入るぐらいの大きさで、簡単な整備が出来るような感じだった。パッと見だと1年経っていないかぐらいだ。不思議そうにしている宗谷を差し置き、かほはガレージのシャッターを上げた。かほいわく、家族なら誰でも開けられるように合鍵を作っているのだとか。

 シャッターがゆっくりと上がり、外の光りが薄暗いガレージの中に差し込む。その光りの先に、宗谷が見たことのない戦車が姿を表した。

 

「へぇー、こいつは珍しいな。2号戦車L型じゃねぇか」

 

 2号戦車L型、通称ルクス(山猫の意)と呼ばれていたこの戦車は、2号戦車の改良発展型の偵察戦車だ。全てが真新しくなってしまい、元が2号戦車だとは思えない形になっている。

 最高速度、ならびに武装に関しては、7,92ミリ機銃から20ミリ砲に、そして最高速度は40キロから60キロへと、元の2号戦車より強化されている。

 1942年に試作車が完成し、その1年後に量産が始まった。しかし、ルクスよりも機動力が高い8輪装甲車プーマが量産され始めたことがきっかけで、100輌ほどで生産は打ち切られてしまった。

 生産数は少ないが、2号戦車の発展型としては一番多かったと言われている。 宗谷はすっかりルクスに見いっていたが、1つ疑問が浮かんでいた。砲塔には大洗の校章が描かれているのに、学園の格納庫では無く、ここにあるのは何故なのか?

 

「ところで、何でここにあるんだ?まだ充分に使えそうなのに」

 

 宗谷の質問にかほはルクスに近寄りながら答えた。

 

「このルクスはね、お母さんが預かってきたの。()()()()()()()()()()()

 

 かほが言うには、戦車道の1回戦が終わった1週間後にその乗員は辞めてしまったのだと言う。詳しい理由は分からないのだが、『諸事情で辞めることになった』とだけ聞かされたのだという。

 そして何故ここにあるのかというと、乗員が戻ってくる可能性が皆無のため、協会側から廃車にするように言われたらしいのだが、みほは戻ってくる可能性も否定は出来ないと言い、ルクスの廃車を食い止めようとしていた。

 しかし、使わない戦車を置いておいてもただの鉄の塊。あげくの果てに、学園長からも廃車命令が出てしまい、どうしようも無くなったときに思い付いたのが、『()()()()自分の私物』にするということだった。

 学園の物ではなく、指導員の私物にすれば廃車にする必要は無い。ただし、必要経費は全てみほの負担となってしまった。しかし、杏を始めとした戦車道指導員のメンバーが手伝ってくれたことでどうにかここまでこれたといったところだろう。

 

 それから1年間、悟子たち整備班がたまにオーバーホールをしたり、エンジンを掛けたりしていつでも走れる状態を保ってくれていた。しかし、乗員が戻ってくることは無かった。

 かほからそう聞かされた宗谷は、ルクスが可哀想に見えてきた。誰にも乗られることもなく、戦場に赴くこともなくただただ埃を被ってガレージに閉じ籠っている。宗谷はルクスの乗員に会って、話がしてみたいと思った。

 

 辞めた理由が『諸事情で』というのは説明不足にも程がある。何か別の理由があるのではと思ったのだ。

 

「なぁ、西住。元2号の乗員だった人の名前は覚えてるか?」

 

 

「え?えーっと、確か・・

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 翌日、宗谷は元ルクスの乗員に会いに行くため、普通科の教室を目指して学園内をうろついていた。乗員の名前は『黒江(くろえ)琴羽(ことは)』と『琴音(ことね)』というらしい。

 双子の姉妹で、車長兼砲手を担当した姉の琴羽と、操縦兼通信手を担当した妹の琴音が2人でコンビを組んで偵察任務を担っていたという。特に琴羽の情報収集には助けられた面が多かったとかほは言っていた。

 黒森峰との試合でも簡単に敵の懐に入っていくという、くノ一と言えるほどの行動力を誇っていた。それなら、この間見たビデオにもチラッとしか写っていなかったのも納得がいく。

 

 宗谷は一体どんな人物なのかをずっと考えていた。双子で同じ科目だったのだ、よっぽど仲が良いに違いない。そう思う一方で、どうして辞めてしまったのかという疑問も膨らんでいた。

 かほが戦車道科を拒んでいたのは、母であるみほの過去を見たことで、恐怖心が先立っていたからだった。その2人が辞めた理由は未だに分からない。その一方で立てていた仮説は、家庭の事情が大きいのでは?と考えていた。

 実弾を撃ち合いながら試合をするなんて、危険度が高い事をさせたくないという理由で、親から()()()()()()()のではないかと。

 そうでなければ、本当に自分自身の意思で辞めたとしか言いようがない。そして、普通科の教室にたどり着き、早速引き戸を開けた。

 

「ちょっと失礼するぜ」

 

 宗谷の声が教室に響き、普通科の生徒が『キャーキャー』と歓声を上げ出した。かなり騒がしくなったが、宗谷は声を張り上げて黒江姉妹がいるか聞いた。

 

「あのー!ここに元戦車道科の黒江琴羽さんか琴音さんはいるか!?」

 

 宗谷の声を聞き、近くにいた生徒が近寄ってきた。

 

「妹の琴音さんならいるよ。呼んでくるね」

 

 そう言い、早速呼びに行ってくれた。宗谷が教室の外で待っていると、1人の生徒が出てきた。少しおずおずとしていて、控えめそうな雰囲気だった。宗谷が改めて名前を聞く。

 

「えっと、君がルクスの乗員だった黒江琴音さん?」

 

 宗谷の質問に、ゆっくりとうなずきながら答えた。

 

「は、はい・・・・・そうです・・・・・。あの、どんなご用ですか?」

 

「今は君だけしかいないみたいだから、お姉さんと一緒に放課後屋上に来てくれないかな?用事があるなら断って良いからさ」

 

 琴音から話を聞いても良かったのだが、姉である琴羽と一緒に聞いた方が良いだろうと思い、2人を誘うことを選んだのだ。琴音はこくこくとうなずいた。

 

「わ、分かりました、伝えておきます・・・・・」

 

 琴音はそっと教室に戻っていった。何となく想像していた通りだった・・・・・いや、想像以上に大人しい。人付き合いが苦手と言うべきか、男子と話すことが苦手なそうな反応をしていた。

 そんな状態を見て、人付き合いが上手くいかず、環境に馴染めずに辞める道を選んだのではないかと新に推測を立てた。あくまでも可能性としての話なのだが、(ゼロ)とも言えない。宗谷はそんなことを考えながら戦車道の授業に戻った。

 

ーー

 

 

 そして放課後、宗谷は整備を早めに切り上げて屋上に来ていた。待ち始めて約17分、来る気配は全く無い。空を見上げ、雲の流れをボーっと見ていた。あと少ししたら帰ろうかと思っていた時、後ろから2人の女子の声がしてきた。

 

「何で私が行かなきゃいけないのよ、もう関係は無いって言うのに」

 

「そんなこと言わないでよ、話がしたいってわざわざ来てくれたんだから」

 

 そんな声がする方向に視線を変えると、さっき話をした琴音に続いてもう1人女子生徒がいた。不満そうな顔をして、宗谷をじっと見ている。

 この女子生徒が、琴音の姉である琴羽だ。琴羽は小さくため息をついた後、宗谷に質問を吹っ掛けた。

 

「私たちを呼んだのはあんた?確か、旭日なんちゃらとかいう隊長でしょ?」

 

「そこまで知ってるとはありがてぇな。改めて紹介するけど、旭日機甲旅団隊長兼、チリ車長の宗谷佳だ」

 

 ビシッと敬礼する宗谷に、琴羽は一息つく間を入れずに質問を続けた。

 

「で?私たちを呼んだのは何でなの?私これでも忙しいからちゃっちゃと済ませて」

 

 妹の琴音とは正反対で、気が強そうな性格だ。2人の女子校生の顔は瓜二つだった。あまりに似ていたので呆然としてしまったが、早く帰りたそうにしているので前置きなしで話を振った。

 

「じゃあ単刀直入に、戦車道科に戻ってこないか?」

 

 琴羽は悩んだ様子を見せること無くすぐ質問に答えた。

 

「お断りよ。戦車道とはもう縁を切ったの、私たちには関係ないわ」

 

 戦車道に対して、縁はないと言い切られてしまった。だが諦めずに説得を続ける。

 

「そんなこと言わずに頼むよ、君たちが戻って来れれば、本当に助かるんだ」

 

「あんたたちにはサイドカーがあるでしょ。私たちが乗ってたあんな旧式戦車よりはマシよ」

 

 琴羽はそう言い残すとさっさと行ってしまった。一緒にいた琴音もその後を追うように慌てて去っていった。宗谷はフウっと息を吐いた。

 

ーー

 

 

 寮に帰った宗谷は、福田と岩山に今日のことを話していた。()()()()()()()()()()、と。

 

「嘘ついてる?その・・・・・黒江琴羽さんが?」

 

 疑問を持っている岩山に、仰向けに寝転がっている宗谷が答えた。

 

「ああ。縁を切ったって言い切ったくせに、陸王を使っていたことを知ってた。本当に縁を切ってたら試合のことなんて眼中に無いだろ?」

 

 宗谷はそう言うが、試合の状況に関しては全国的に放送される。その時にたまたま知ったのでは?と2人は疑問を抱いた。宗谷は体を起こし、福田の方を向いた。

 

「福田、明日は西住の家に行くから、お前も付き合え」

 

「え?俺も!?」

 

 福田も誘われたものの、何で一緒に行かなければならないのかが分からなかった。理由を聞いたものの、明日になれば分かると言われただけだった。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 そして翌日の放課後、宗谷と福田はかほの家を訪ねた。かほがガレージの扉を開け、宗谷はルクスに近寄って操縦席のハッチを開けた。

 

「福田、操縦席につけ。軽く一回りするぞ」

 

 宗谷はルクスを走らせてあげようと思い、福田を連れてきたのだ。だが福田は唐突に操縦をやることになり戸惑った。

 

「・・・・・俺ドイツの戦車なんて操縦したこと無いぞ」

 

「昔は装甲車操縦してたんだろ?戦車を操縦するんじゃなくて、装甲車を操縦すると思えば良いのさ」

 

 宗谷がルクスに乗り込み、鍵を福田に投げ渡した。福田は浮かない顔をしていたが、内心はとても楽しみにしていた。外国の戦車に乗ったことが無かったため、どんな構造なのかがずっと気になっていた。

 外国でも日本でも構造は似たようなものだ、操縦出来ないことはないだろう。福田が操縦席に座り、エンジンを始動しようと鍵を捻った、が・・・

 

『キュンキュンキュン・・・・・』

 

「・・・・・あれ?掛からないぞ?」

 

 何度もキーを捻ったがエンジンは掛からなかった。常に整備をしてきたと聞いたので掛からないはずはない。やり直し続けている福田を見かね、宗谷が操縦席に座った。

 

「エンジンが掛からないなんてあるわけ無いだろ?掛け方が悪いんだろ・・・・・」

 

 と言いつつ鍵を捻ったが、宗谷でもエンジンは掛からなかった。

 

「あれ?本当に掛からないな」

 

 燃料計を見たが満タンになっている。何故掛からないのか模索していると、かほが近寄ってきた。

 

「その・・・・・今さら言うのもあれなんだけど、()()()()()()()()()()の。戦車道の試合が始まったあとぐらいから」

 

「動かなくなった?」

 

「うん。中島さんたちがちゃんと見てくれているんだけど、全然ダメなの」

 

 かほはそう言っていたが、宗谷は掛け方にコツがあるのではと思い、また明日琴音に聞いてみることにした。

 

ーーーーー

 

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ーー

 

 

 翌日、宗谷は琴音にエンジンを掛けるコツを聞きに行った。しかし、特にコツらしいことは何1つ無かった。やっぱりエンジントラブルだろうか、そう思い直した。

 そしてまたかほの家を訪れ、点検させてほしいとせがんだ。そんなことはしなくて良いと言われたのだが、どうしても気になっていたこともあるため、しつこく頼み続け、かほに『うん』と言わせたのだった。

 福田たちには遅くなるとだけ伝え、1人で点検を始めた。黙々と分解していき、燃料系統、電気系統を確認したものの、異常は見られなかった。詰まりも無ければ配線の切れ1つ無いのだ。それでもエンジンが掛からないのは不思議で仕方なかった。

 

 分解した箇所を元通りに戻し、再度始動を試みたが、エンジンは掛からなかった。そこで思いついたことは、外では無く、中に異常があるのではと思った。

 確証は無いが、他に思い付く節はない。今日はここで引き上げ、また明日本格的なオーバーホールを実施することにしたのだった。

 

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ーーー

 

ーー

 

 

 翌日の夕方、今度は水谷と北沢を引き連れてルクスのオーバーホールを学園の格納庫で実施していた。みほには事前に断っておいたので、何のためらい無しにオーバーホールが出来る。

 ただ水谷と北沢はオーバーホールの経験がほぼ無いため、宗谷の指示のもと、手探りでオーバーホールをしていた。エンジンを下ろし、プラグや配線等を外し、ピストンをシリンダーから取り出した。

 そして1つ1つじっくりと点検していったが、結局問題は無かった。これだけ点検しても異常は無いのにエンジンは掛からない。一体どういうことなのだろうか?

 

「なぁ、これ本当にエンジントラブルなのか?」

 

 水谷に指摘され、宗谷もただ単にエンジントラブルだとは言い切れなくなった。部品に異常は無い、それなのに掛からない。そしてまた組み直した後、もう一度掛けてみようとしたが掛からなかった。

 燃料もバッテリーも最良の物にして再度試してみたが結果は同じ、宗谷はすっかり頭を抱えてしまった。

 

「何だか、エンジン掛けられるのを嫌がっているみたいだな」

 

 北沢の一言に、宗谷はある結論を見いだした。『ルクスが、あの2人を待っているんだ』、と。宗谷がそうポツリと呟いたが、2人は全く信じる気は無いらしい。

 

「おいおい、ルクス(こいつ)黒江姉妹(乗員)を待っているなんてあるかよ」

 

「そんなおとぎ話みてぇなこと、信じられないよ」

 

 2人はそう言うが、宗谷は1つの考えとしては捨てがたいものだろうと思っていた。『物にも心はある』、と。

 

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ーーー

 

ーー

 

 

 翌日の昼、宗谷はまた琴羽を説得しに向かっていた。相変わらず断られ続けていた。

 

「何っ回も言うけど、私は戦車道科に戻る気は無いの!!」

 

「そんなこと言って、本当は戻りたいんだろ?戦車道科に」

 

 その一言に一瞬動揺したが、すぐに平常心を取り戻した。

 

「どんなに説得しても私は戻る気は無いの!!もう来ないで!!!」

 

 琴羽はそう捨て台詞を残して去っていった。

 

「あっちゃ~、嫌われちまったみたいだなぁ」

 

 頭を掻きながら早足で去っていく琴羽を見つめた。

 

「そこにいるんだろ?琴音さん」

 

 ポツリと呟いた後、廊下の角から琴音が出てきた。話がしたかったので呼んでいたのだ。

 

「ごめんなさい、お姉ちゃんがあんな風な対応しちゃって」

 

「いや、気にすることはねぇよ。あ、それより戦車道科に戻らない?」

 

 戦車道科に誘うことだけは忘れていなかった。だが、丁重に断られた。

 

「あ、あの・・・・・お姉ちゃんが戻らないなら私も戻る気は、無いです」

 

「やっぱり?じゃあ姉さんを説得するしかねぇか」

 

 冗談ぽく言う宗谷に、琴音は苦笑いだった。その後に、宗谷が質問をする。

 

「なぁ、何であんなに頑なに断るのか教えてくれよ。君は妹だから、何か知ってるだろ?」

 

 そう聞かれ、琴音は答えるかどうするか迷う素振りを見せたが、聞いたことを内緒にすることを約束した後に答えてくれた。

 

「実はあの時、お姉ちゃんが報告をするときにミスをしてしまったんです。もしかしたら、それを気にして戻りたくないって言っているんじゃないかと」

 

 その理由を聞き、宗谷は少し呆れた表情を見せた。確かにミスをしてしまえば誰でも気にするものだが、それだけであそこまで拒否するとなると呆れて物も言えない。その表情を読み取ったのか、琴音は慌てて訂正した。

 

「その、戦車の位置を読み間違えたとかじゃないんです。報告の仕方に問題があって・・・・・」

 

「報告の仕方に問題があったってどういう意味なんだ?普通に通信機を通して話せば問題ないだろ?」

 

 イマイチ理解出来ていない宗谷に、琴音は携帯を出して、録音していた音を宗谷に聞かせた。声は無く、『トトトー、トトトー』と言った音しかしなかった。流石の琴音でさえも分からないらしいが、宗谷は何処かで聞いたことがあるような音だった。

 琴音の携帯の音を録音したのち、一先ずここで退散ということにした。ルクスのことが気になっていたこともあるので早足で帰っていった。

 

ーー

 

 

 寮に帰宅し、就寝前にもう一度例の音を聞いていた。どっかで聞いた音だなぁと何度も思いながら聞いていたが、全く思い出せなかった。

 

「さっきからヘッドホン付けて何やってんだ?」

 

 福田が覗き込むように声をかけてきた。

 

「ああ、琴音さんの携帯に録音されてた音を聞いてたんだよ」

 

 そう言うと福田にも音を聞かせた。そしてすぐに音の正体を突き止めた。

 

「これ『※モールス信号』じゃねぇか。今どき使う奴とかいるんだな」

 

「モールス信号・・・・・?あ!そうか!近衛の時に覚えさせられたんだ!」

 

 今さらになってようやく思い出せた。近衛時代の1年生の時に覚えさせられたのだ。通信はモールス信号で行うことが絶対条件だと言われていたから。

 しかし、この信号を使ってしまったことがミスの原因とはどういうことなのかと思ったが、この信号を読み取ったことで全て解決した。

 どうやら敵戦車の位置把握のために送ったもののようだ。そして、その信号を訳したものがこれだ。

 

『サンジノホウコウ、ジュウセンシャセッキン』

 

 つまり、報告をこのモールス信号を介してしていたことで混乱が起きたのではと宗谷は睨んだ。この信号を知らない人からしたら理解出来ないのも当然だろう。

 確証は無かったが、それしか思い当たる節はない。明日はまた聞き込みから始めなければならないだろう。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 翌日、かほから聞いてみると、モールス信号が理解出来ずに混乱が起きかけたらしいのだが、モールス信号を使ったのは1回だけらしい。

 たった1回使っただけでミスしたと思ってはいないだろう、かほのように別の理由があるのではと宗谷は思っていた。

 

 そして問題のルクスに関しては、いまだにエンジンは掛からないままだ。30年以上戦車の整備を担当してきた悟子たちでさえも動かせないのだ、宗谷の言っていたことがただのおとぎ話とは思えなくなってきた。

 宗谷が言うように、『物にも心はある』ということだろう。だとしたら、ルクスはこのまま一生動くこと無く生涯を終えることになってしまう。琴羽のように、ルクスも頑固者なのだろう。

 だがそうこうしていたら廃車にされてしまうかもしれない。協会側から言われていたのだから、そう言った最悪の結果になってしまうことも可能性の1つと考えるのが自然だろう。

 しかし黒江姉妹は戻る気はないと言っている、どうしたら良いのだろうか?悩んだ末、1つ作戦が浮かんだ。

 

ーー

 

 

 そして放課後、また琴羽の説得に向かっていた。相変わらず断られている。

 

「しつっこいわね!これ以上は関わらないで!!戻らないって決めたんだから!!!」

 

「あーそう。まぁ、戻ってくる、こないは個人の自由だけどさ、このままだと君たちの相棒、廃車になるかもな」

 

 宗谷は諦めたように言い残すと、そそくさと去った。聞き捨てならない一言を残して。

 

(な、何よ。ルクス(あの戦車)がどうなろうと知ったことじゃないわ、知ったこと・・・・・)

 

 琴羽には聞き捨てられなかった。戦車道科とはもう縁を切った、そのつもりだった。そのつもりなのに、この寂しい気持ちは何なのだろうか。

 

『君たちの相棒、廃車になるかもな』

 

 この一言が心に引っ掛かる。どうなっても関係無いはずなのに・・・・・

 そして授業が終わり、帰宅しようと校門から出ようとした。しかし気がつくと、格納庫の方に向かって走っていた。廃車にしてほしくない!その一心で。

 慌てて格納庫に駆け込み、回りを見渡した。しかし、ルクスの姿は何処にも無かった。宗谷が言ったように、廃車になってしまったのか・・・・・琴羽は膝から崩れ、うなだれてしまった。

 その直後、琴音も慌てて駆け込んできた。宗谷から同じ事を言われ、居ても立ってもいられなくなったのだ。息を切らせながら、回りを見渡した。

 

「お姉ちゃん?あの2号戦車は?」

 

「・・・・・無かったわ、きっと廃車になったのよ・・・・・」

 

「そ、そんな・・・・・」

 

 琴音も同じように膝から崩れ、涙を流した。縁は確かに切れていたかもしれない、だが戦車との絆はそう簡単に切れるものではなかったのだろう。

 泣く琴音に、琴羽は悔しそうに握りこぶしを作った。もうルクスはいない、そう思いながら。

 

「やーっぱし来たか、そうだろうと思っていたけど」

 

 声がする方向に視線を変えると、宗谷が入り口に立っていた。何故かニッと笑っている。

 

「何が可笑しいのよ・・・・・フン、戦車道に戻らなかった結果だって笑うんでしょ?私たちの戦車は、廃車になったって」

 

「おいおい、『()()()()()()()()』とは言ったけど、『()()()()()()()』とは一言も言ってねぇぞ?」

 

 その一言に、2人は宗谷に駆け寄った。

 

「じゃあ、私たちの戦車は何処にあるのよ!!」

 

 迫る琴羽に、宗谷は何も言わずに指を指した。その方向を向くと、日の光で埃が目立っているルクスが停まっていた。動かないのでチリ改を使って牽引してきたのだ。その光景を見て安心したのか、琴音はヘナヘナと座り込んでしまった。

 

「な?言ったろ?廃車になるかもなって言ったけど、廃車にはなって無かっただろ?」

 

 笑っている宗谷に、琴羽が怒りをあらわにしながら思いっきり掴みかかった。

 

「どういうことよ!!私たちを騙したの!?」

 

 宗谷は激怒する琴羽の手を払い、冷静に事の発端を説明した。

 

「落ち着けよ、俺は()()()んじゃなくて、()()()のさ。本当に縁が切れたのかってな」

 

 もし、本当に縁を切ったのなら戦車が廃車になってもどうとも思わないだろうと思って立てた作戦なのだ。駆け付けてきたということは、まだ戦車道に対しての未練が残っていると言うことになる。宗谷の説明を聞き、琴羽はより一層怒ってしまった。

 

「ふざけないで!!こんなことで私たちが戦車道科に戻るとでも思った!?もう帰るわ!!」

 

 琴羽は琴音の腕を掴み、早足で去ろうとした。

 

ルクス(こいつ)はお前たちが帰ってくるのを待っているんだぞ。それでも戻る気は無いって言い張るのか?」

 

 その一言に足が止まった。

 

「待っているなんて、そんなハチ公みたいな事あるわけ無いじゃない」

 

 琴羽は信じていない様子だったので、これが証拠だと言わんばかりに鍵を回した。案の定、エンジンは掛からない。

 

「それが何よ、ただのエンジントラブルでしょ?」

 

「いいや、ただのエンジントラブルじゃないんだよ。いくらオーバーホールしても、最良の燃料を使っても動かないんだよ。今は黒江姉妹(君たち)じゃなきゃ嫌だって聞かねぇんだよ」

 

「はっ・・・・・そんなこと、信じれるわけ無いじゃない」

 

 琴羽は振り向く事無く歩き出した、宗谷は引き留めるように言った。

 

「このまま別れを告げずに去っちまったら、こいつは一生悲しむぞ。それに、君もいつかはきっと後悔するぜ」

 

 宗谷はそう言ったが、琴羽は振り向かず、何も言わずに琴音を連れて去っていった。その様子を見ている宗谷に、ルクスの陰に隠れていた福田が姿を現した。

 

「あーあ、結局失敗じゃねぇか。何でそこまでして説得するだよ、もう戻ってこないだろ?」

 

「・・・・・あの時の西住と同じ目をしているんだよ。本心を伝えられない、悲しそうな目をな」

 

 宗谷がルクスを見ると、何処か寂しそうに見えた。福田が言うように、もう戻ってくることはないかもしれない。だが宗谷は絶対に戻ってくると。

 

(あ、そう言えば。何で辞めたのか、その理由を聞きそびれちまったなぁ・・・・・)

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 そして、決勝戦まで残り1週間。大洗にはいつもと変わらない朝日が昇っていた。宗谷たちはいつものように学園に向かったが、校門前まで来ると何故か騒がしくなっていた。

 早足で近づくと、1輌の戦車とその上に女子生徒が1人乗っていた。戦車は学園の物じゃないし、生徒も見たことがない。

 

「大洗女子学園!親善試合を挑みに来たわ!さぁ、我が『アンツィオ高校』と勝負しなさい!!」

 

 いきなり親善試合を申し込んできた。どうやら別の高校で、試合をしに来たようだ。宗谷たちは戸惑いを隠せなかった。

 

 

 




※解説

モールス信号

(トン)』と『(ツー)』の2種類の音を組み合わせて暗号化した信号のこと。

ちなみに『ハーメルン』をモールス信号に変えると、『ー・・・()・ーー・ー()(長音)ー・・・ー()ー・ーー・()・ー・ー・()』となる。


今回も読んでいただきありがとうございました。


戦車道科に戻る気は無い黒江姉妹、そんな時にアンツィオ高校からの唐突な親善試合の申し込み。

取り残されてしまったルクスの運命はどうなってしまうのでしょうか?

感想、評価お待ちしています。


余談になりますが、章で出てきた『サンジノホウコウ、ジュウセンシャセッキン』をモールス信号にすると、

ー・ー・ー()・ー・ー・()ーー・ー・・・()・・ーー()ー・・()・・ー()ーーーー()・・ー()ーー・ー・・・()ー・・ーー()・・ー()・ーーー・()・ー・ー・()ーー・ー・()・ーー()・ー・ー・()・ーー・()ー・ー・・()・ー・ー・()

となります。


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第18章 大洗VSアンツィオ 絆を取り戻せ!

前回のあらすじ

偵察戦車を増やそうと考えている宗谷に、かほは忘れ去られた偵察戦車『ルクス』を見せた。
乗員がいなくなってしまったために、廃車寸前になっていたのだ。しかし、ルクスは重大な欠点を抱えていた。ところが、その原因は乗員である黒江姉妹たちに戻って来て欲しいと願っているからだった。
宗谷は黒江姉妹に説得を試みるが、結局失敗に終わってしまう。その翌日、突然大洗にアンツィオ高校の生徒が練習試合を持ち掛けてきた。


『こいつは君たちが帰ってくるのを待っているんだぞ。それでも戻る気は無いって言い張るのか?』

 

 琴羽の心にはこの言葉が心の中をずっと横切っていた。そんな時に思い出すのは、1年前に辞表を出しにいった時のことだった。

 

ーーーーー

 

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ーーー

 

ーー

 

 

 1年前、『戦車道科を辞めたい』と思ったのは1回戦目が終わった3日目のことだった。あの時は2人揃って転籍届けを出しに行き、普通科への転籍をお願いした。杏は何故辞めたいのか、その理由を聞き出していた。

 

「えっと、戦車道科を辞めて普通科に転籍したいって事だけど・・・・・どうして辞めたいって思ったのかその理由を聞かせてくれない?」

 

「・・・・・私たちは西住さんたちのように立ち回ることなんて出来ないので、迷惑を掛けてしまうのがオチです。だから、これ以上迷惑を掛けないためにも、辞めさせていただきます」

 

「つまり・・・・・実力の差を感じて辞めたいと思った、と言うこと?」

 

 杏からの一言に琴羽は静かにうなずいた。琴音は「姉が辞めるなら自分も」とついていく形で転籍を頼んだ。しかし、杏は「実力に差なんて無いよ」と言い、転籍はしないことを進めたが、琴羽の意思は固かった。

 ずっと頑なに転籍したいと言い続ける琴羽に、杏は辞めたいと思ったきっかけを聞いてみた。

 

「・・・・・穂香から話は聞いたよ。報告に、モールス信号を使ったらしいけど、まさかそれだけで辞めたいって思った訳じゃないよね?」

 

「モールス信号を使ったのは事実ですが、それとこれと話は別です。さっきも言ったように、迷惑を掛ける前にここを去るだけです」

 

 琴羽は同じことを言い続けていたが、誰も迷惑だなんて思っていなかった。モールス信号を使われて混乱は起きかけたが、かほの冷静な判断でどうにか持ち直せた。

 そしてその後の試合でも、ルクスと一緒に大洗チームに貢献していた。試合には負けてしまったが、チームとしては良い動きをしていたのではと杏は思っていた。

 そんな時に辞められては、チームとして成り立たなくなる可能性もあった。だからこそ、転籍はしない方向で考えて欲しかったのだが、説得は無駄に終わってしまった。

 

 杏は残念そうにしていたが、琴羽は後悔すらしていない様子だった。今は元戦車道科の指導員たちの娘が戦車道科を引っ張っている。自分達がいなくても戦車道科はやっていける、そう思っていた。

 それから半年もしないうちに、戦車道科が廃科になるかもと聞かされた。琴音は戻ることを進めたものの、琴羽は絶対に戻らないと拒否し続けていた。辞めてしまった科目に、もう居場所はないと思っていたから。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 そして1年後、普通科の生徒として馴染めていた時に旭日機甲旅団が戦車道科に加わったことを知った。かなりのエリート揃いだと言われていたので、絶対に戻らないという意思はより一層固くなっていった。

 そんな時に宗谷が現れ、戦車道科に戻らないかと誘ってきたのだ。当然戻る気など無かったが、試合の時に乗っていたルクスが戻ってくると信じているんだと聞かされ、意思は揺らいだ。

 

 そして次の日から、戦車道に戻るか否かを迷うようになっていた。ルクスが廃車になるかもと聞かされて、ほっとけなかったのは事実だ。ただ今さら戻ったところで戦車道科の生徒たちは受け入れてくれるのだろうか。

 そんなことを考えていたら、戻ろうという意思も少しずつ薄くなっていった。

 

ーー

 

 

 そして大洗女子学園はいつもと変わらない朝、とは言いがたい状況に置かれていた。突然現れたアンツィオ高校の生徒に、翻弄されっぱなしだった。

 イタリアの戦車を主に保有しているアンツィオ高校は、1回戦目の聖グロ戦で惨敗してしまったと聞いている。そんな学校が、何故決勝戦前の大洗女学院に来たのか、さっぱり分からない。

 

 勝負を挑みに来たのは、『アンチョビ』こと安斎(あんざい)千代美(ちよみ)の娘の千代子(ちよこ)。母に頼み込んで、試合を持ち掛けたのだ。アンツィオ高校で特に目立つのは『CV33』だろうか。

 その他にも、今千代子の踏み台にされているP-40重戦車と、セモヴェンテM41と言った自走砲を配備している。みほとの試合の時にも、この3種類の戦車が使われた。

 そして科長室では、アンチョビと杏が話し合いをしている最中だった。アンチョビは相変わらず強きだ。

 

「37年前は負けたけど、今度こそは勝つわよ!・・・・・娘がね」

 

「フフ、あんたも変わらないねー、チョビ子。でも良いタイミングで来たと思うよ?丁度チリの改造が終わったとこだから旭日機甲旅団(彼らに)とっては良い練習相手になると思うけど」

 

「フン、今のアンツィオ高校を甘く見て貰っては困るな。もうあの頃とは違うことを証明して見せるぞ」

 

 自信に満ち溢れていると言わんばかりに胸を張るアンチョビに、杏は何かあるのではと思った。

 

「へぇー、新しい戦車でも導入したの?」

 

「フフフ、もうあの頃のアンツィオ高校ではないのだ!新戦車を5輌程調達して、攻撃体制は万全!もう1回戦目で苦汁をすすることも無くなる!」

 

「って言うわりには聖グロにボコボコにされたって聞いたけど?」

 

 杏が痛いところをついてきた。折角新戦車を導入したのに1回戦敗退とはかなり情けない結果だと思ったのだろう。

 

「し、新戦車を導入したのは1回戦が終わったあとだ!ま、まだ本試合では使っていないんだ!」

 

 図星なのかと言わんばかりに動揺している。まぁ本当なのかは定かでは無いので、これ以上の追求はしないことにしよう。と2人は話を戻し、どういった試合形式にするか話し合った。

 決勝戦を控えているということもあるので、お互いにボロボロになるまでは戦わせないという方針で『フラッグ戦』で勝敗を決めることになった。

 アンツィオ側の出場戦車は、P-40、セモヴェンテM41、そしてCV33、と言った主で使っている物ばかりだった。

 新しい戦車も気になるところだが、一先ず纏まったので、早速試合を始めることになった。

 

ーー

 

 

 一旦集められた大洗チームは、杏から、フラッグ戦であることを伝えられ、試合の準備に取りかかった。宗谷たちはテストを兼ねて、『S特ギア』を着装している。

 そして、チリ改を格納庫から出すとき、宗谷の目に悲しげな姿をしているルクスが視界に入った。昨日の説得は失敗、琴羽の戦車道に対する思いは遠ざかってしまったように思える。だが、宗谷は信じていた。必ず戻ってくると。

 

「諦めろ、どうせ帰って来ねぇよ」

 

 福田がインカムを通して宗谷に通信してきた。福田も昨日の現場に居合わせていたので、状況は良くないと察していた。戦車道に対して、あれほど拒否していたのだ、戻ってこないと考えるのが自然だろう。

 杏にも説得に失敗してしまったことを報告したときも、「ああ、やっぱり?」とこうなることを予測しているかのような返事をしていた。

 

 そしてもう一言、「これ以上説得しなくて良いよ。戻ってくるかも分からないし、戻ってきてまたすぐに辞められても困るから」と。

 どういった理由であれ、一度辞めたことは事実。またすぐに辞めるのではないかと思っていたのだろう。しかし、宗谷は「あれは本心ではありません、説得は続けるつもりです」と答え、諦めの素振りを全く見せなかった。

 

 福田は呆れていたが、宗谷は真剣だった。諦めないというより、『諦めきれない』と言った方が良いだろうか。かほの時のように、上手く説得出来れば帰ってくると信じていたから。

 しかし、今は試合に集中しなければならない。試合が終わったら、また説得に行こう、そう思っていた。

 

ーー

 

 

 試合は、アンツィオ高校の学園艦で行うことになった。黒森峰の備えとして、慣れてしまった場所でするより慣れない場所でした方が良いだろうと判断したのだ。戦場(フィールド)は山岳地帯、重量級の戦車ではかなり辛いところだ。

 山岳地帯は高低差が激しいため、加速がかなり難しい。だが相手の攻撃力はそれほど無いため、後ろに付かれても多少の攻撃なら受け流す事ぐらい容易いだろう。

 

 かほが立てた作戦は他の戦車を無視し、フラッグ車を追い詰めて撃破するというもの。CV33はかなり素早い動きをするため、そう言った戦車を相手にしていたら時間の無駄になる。

 と言った点を踏まえて、なるべく速攻で勝負を決めようということらしい。慎重派だったかほが思い付きそうな作戦とは思えなかったが、こう言った作戦にも挑戦したいという意思だった。

 その一方で、アンツィオチームは士気を高めている最中だった。作戦は試合前からずっと考えていたらしいので、確認は必要ないらしい。またP-40を踏み台にして、千代子がメンバーに激励の言葉を送っている。

 

「良いか!?我がアンツィオ高校は、聖グロに1回戦敗退という失態を犯してしまった!だがしかし!新たに導入したのだ!もう負けることはないぞ!」

 

 この一言でチームの士気はヒートアップした。全員で揃って、『統師(ドゥーチェ)』と連呼していた。チームの結束は高そうだ。

 試合開始2分前、チリ改の中ではS特ギアのインカムのチェックをしていた。以前のものよりもマイクの位置が口元に少し近づいているので、声は拾いやすくなっているはずだ。

 

 チェックが終わり、試合開始を待っている最中、通信を介して作戦の確認をしていた。そんな時でも、宗谷だけは黒江姉妹をどうやって説得するかを考えていた。

 

〔宗谷!聞いているのか!〕

 

 桃の怒鳴り声が耳に入ってくる。宗谷は慌ててを返事する。

 

「えぇ、はい!聞いてました!」

 

〔全く!ボーッとするんじゃない!相手は手強いんだ!集中しろ!!〕

 

 インカムの電源を一旦切り、小さくため息をついた後にまた入れ直した。

 

(だめだなぁ、黒江姉妹の事ばかり考えてても仕方ないのに。だけど、絶対に戻ってこないって思いたくもない。

 あいつらが一緒に過ごした時間は短かったかもしれないけど、絆はきっと強いものに違いないはずだ。きっとあるさ、そう簡単には切れない、絆がな)

 

〔それでは!これより、大洗女学院と、アンツィオ高校の親善試合を開始します!一同、礼!!〕

 

 みほの声が会場に響く。一斉に礼を交わし、試合の準備は出来た。そして、空高く信号弾が打ち上げられた。

 

〔試合、開始!!〕

 

 号令とともに戦車が一斉に動き出す。セモヴェンテやCV33はあっという間に加速し、いち速く山岳地帯に潜り込んでいった。

 大洗チームは、山岳地帯に着くまでは行動を共にし、山岳地帯に入りしだい解散することにしていた。ただし、4号(フラッグ車)に関しては護衛として3突がついていくとこになった。全戦車の通信機には、かほの声が入っていた。

 

「みなさん、アンツィオ高校との試合は初めてですが、決して怯まないでください。私たちの結束力を見せつけましょう!!」

 

〔〔〔〔〔〔〔〔おーー!!!〕〕〕〕〕〕〕〕

 

ーー

 

 

 大洗女子学園の校舎では、普段通りに授業が進められていた。朝の朝礼で、戦車道科が試合をしているということは聞かされていたので、回りはどういった状況なのかが気になっていた。

 授業中にひそひそ話が聞こえている中、琴羽は黙々と授業に打ち込んでいた。気になった時もあったが、今は関係ないと自分に言い聞かせ、授業に集中していた。

 

ーー

 

 

 試合が始まり、13分が経過した。まだお互いに目立つ動きは見せていない。解散した大洗チームは、各自でマップの確認をし、どういった動きをするか考案していた。初めての相手、初めての戦場で、かなり緊張していた。

 その一方で、89中戦(アヒルチーム)は坂を登っていた。単独行動はかなり久しぶりなので、緊張している乗員もいた。そんな中でも汰恵は勝つ気満々で試合に挑んでいた。

 

 今は坂を登っているだけだが、頂上まで行ったら下って敵を探そうと考えていた。油断大敵と言わんばかりに汰恵は双眼鏡を使って回りを見渡していた。

 今のところは何もないが、機動力が高いCV33に対しては勝てる自信があった。89中戦も負けず劣らずの機動力を誇っているはずだ。その点を踏まえれば・・・・・

 

「あ!後ろにつかれたわ!飛ばして!」

 

 汰恵が声を上げた、後ろについたのは噂をしてたCV33だ。高速で接近しているので、一先ず待避することにした。堂々と立ち向かっても勝てそうだが、今はフラッグ車を見つけることが先決だ。

 今は敵を倒すよりは逃げた方が良い、そう考えていたので戦いは極力控えた。相手は機関銃しか装備していないので、多少攻撃を喰らっても耐えられるはずだ。

 早速攻撃を仕掛けてきたが、豆でも当たっているのかと感じるぐらいの感覚だ。このままなら逃げ切れる、汰恵はそう確信していた。

 

「汰恵ちゃん!ちょっと跳ねるよ!」

 

 朱里が叫ぶと同時に2輌の戦車が跳ねる。そして、着地と同時に砂ぼこりが立つ。まるでラリーカーのレースを見ているような光景が広がっていた。

 始めは登っていたが、今は方向転換して平地を走っていた。機銃の弾が装甲板に当たっていたが汰恵はお構いなしだ。だがこれ以上追いかけられるのは時間の無駄だと判断し、砲塔を180°旋回させて1発攻撃を入れた。

 攻撃はCV33の下部に当たり、その反動でひっくり返ってしまった。撃破(?)出来たので車内は喜びに包まれていたが、そこからほんの数メートルしか走っていないところで、

 

『ドーン!!』

 

 という轟音とともに、89中戦は横倒しになってしまったではないか!あまりに突然すぎる出来事に、4人は理解が追い付かなかった。汰恵が外を見ると、撃破した犯人が目の前にいた。

 それはセモヴェンテM41でもなく、P-40でもなかった。アンチョビが先程から豪語していた、新戦車だ。その戦車は、撃破を確認したのか、さっさと去っていった。

 そして、その報告が千代子に入ると大喜びしていた。新戦車の初試合としてはいい走り出しだと思ったのだろう。37年前だったら89式中戦を撃破するなんて不可能に近かっただろう。

 そして4号には89中戦から撃破されたと報告が入っていた。撃破されたのは仕方がないが、かほはその報告に疑問を持った。

 

「・・・・・威力が違った?」

 

〔そうなの、ただのセモヴェンテとは思えないわ。だってひっくり返っちゃったんだもん。まぁ、それは置いておいて、1発目でリタイアしちゃったけど、後は任せたよ~〕

 

「分かりました、回収車が来るまでそこで待機しててね」

 

 通信を切り、かほは少し考え込んだ。

 

(威力が違うってことは、P-40?でもP-40は見つかっていないよね。だけどセモヴェンテM41の砲撃でひっくり返ったりするかな?だとしたら、例の新戦車!?)

 

〔おい、西住。通信が1分近く無いもんだからやられたのかと思ったけど、大丈夫そうだな?〕

 

 外を見るとチリ改が横についていた。かほはチリ改を見て、1つ頼み事を思い付いた。

 

「宗谷くん、陸王を出せない?新戦車がどんなものなのかが知りたいの、偵察はM3(ウサギさんチーム)に任せるから」

 

「分かった。福田、操縦を代われ。旭日ライダー偵察隊(リカルセンツチーム)、出撃だ!」

 

「了ー解」

 

 ライダースーツは無かったので、そのまま陸王の隠し場所に直行していった。そしてチリ改は再び単独行動に戻っていった。

 

ーー

 

「フッフッフッ、新戦車の調子は良さそうだな。このまま大洗女子学園を追い詰めてやれ!」

 

 千代子はすっかり流れに乗っている、そして次の作戦に入ろうとしていた。

 

「あんたたち、『マカロニ作戦2』の準備は出来てんの!?」

 

〔バッチリです、予定の場所に設置完了ですよー〕

 

 マカロニ作戦は過去にアンチョビが考案した作戦だった。張りぼてを使って位置をごまかそうとしようとしたが、数を置き間違えたことが原因でバレてしまった。

 しかし、今回はあの時とは少し違うようで、張りぼてに少し細工を施しているようだ。

 

「我がアンツィオ高校は、絶対に負けんぞー!!待っていろよ、大洗女子学園!!」

 

ーー

 

 

 陸王に乗り込んだ福田は、チリ改がいるから少し離れた位置を爆走していた。もうエンジン音がどうとかは全く気にしていない。

 街道の脇道から入り込み、木々の間をすり抜けるように走っていると、突然目の前に敵戦車4輌の姿が見えた!福田は慌てて急ブレーキを掛ける。

 

「うぉっ!と、危ねぇー。見つかるとこだった」

 

〔どうした福田、トラブルか?〕

 

 宗谷から通信が入った、慌てた声が聞こえていたらしい。インカムのマイクを近づけて答える。

 

「あー、悪い。トラブルじゃないんだけどさ、スポット9の交差点に敵戦4だ」

 

 宗谷はその報告を聞き、それが()()なのか疑問に思った。

 

〔おい福田、それは()()か分からないから、1発弾撃ってみろ。狙撃銃持ってるだろ?〕

 

「あー、確か『マカロニ作戦』とか言ってたやつか。待ってろ、確かめてみる」

 

 そういうと早速狙撃銃を取り出し、スコープを取り付けた。狙いを定め、トリガーを引く。弾は『パスッ』という音と共に、的に向かっていく。

 

『カァーン』

 

 的に当たると共に、金属音が響く。福田は慌てて銃をしまった。

 

「ヤベ!本物じゃん!」

 

 追い付かれる前にスロットル全開で逃走を図ると同時に、チリ改に向けて通信をする。

 

「宗谷、すまねぇ。スポット9にいる戦車は本物だ、金属音がしたから間違いねぇ」

 

〔了解、直ちにその場を離れろ。追い付かれそうなら応援を呼べ、無駄な戦闘はするなよ〕

 

「あー、心配すんな。言われなくてもそんなことぁしねぇよ・・・・・」

 

 言いかけた瞬間、後ろにCV33が3輌も迫っているではないか!

 

「あ!?さっきのか!?悪い、通信切るぞ!」

 

 逃走を図る陸王に、容赦なしに機銃弾が襲う。逃げ道に弾が当たり、土が跳ねる。速度の差はそこまで無いため、全く引き離せていない。

 福田はどうやって振り切るかを考えたが、今のところ振り切る確率はほぼ零だった。

 

ーー

 

 

 一方、普通科は休憩時間中だった。生徒は携帯で試合経過を見ていた。琴羽は無視し続ける、そのつもりだった。それなのに、気になってしまう、どうしてなのか。

 

「あ!フラッグ車がピンチっぽい!」

 

 その一言にクラスがざわついた。琴羽は動揺している、フラッグ車が、ピンチ・・・・・

 

 そして気が付くと教室を出て、琴音がいる教室に向かっていた。教室に着くと、大声で琴音を呼んだ。いきなり来たので戸惑っていた。

 

「ちょっ、お姉ちゃんどうしたの?」

 

「琴音、行くよ!」

 

 琴音の手を引き、走り出した。ルクスがいる、格納に向かって。そしてルクスのもとにたどり着くと、すぐさまエンジンを掛けようと鍵を捻ろうとした、その時だ。

 

「あらら~?誰かと思えば黒江姉妹じゃない。こんなとこで何やってんのかな?」

 

 声の主は杏だった。何故ここにいるのかは分からなかったが、今はそれどころではないのだ。琴羽が近より、頭を下げて頼んだ。

 

「お願いします!今日だけで構わないので、戦車道科に戻してください!!」

 

 琴羽は、試合に途中参加させてほしいと頼んだ。科長である杏に認めてもらえば、参加は可能だ。ただし、認めてくれるかはまた別問題だ。

 頭を下げ続ける琴羽に対して、杏の一言が刺さる。

 

「あなたたちは一度辞めているんだよ?それなのに、また戻りたいなんて、そんな都合の言い話は無いよ?」

 

「・・・・・あの時は、私の才能の無さに悲観していたんです。周りは小学校の頃から始めている人たちばかりで、ついていけてないって思っていたんです。だから、辞めようって思ったのかも知れません」

 

 杏は今、琴羽の本当の意思を聞いた。偽りの無い、真実の意思を。静かに見つめる杏に、琴羽は泣きそうになりながら説得を試みた。

 

「だけど、宗谷さんに言われて気付けたんです。私たちには、2号戦車っていう相棒がいたことに。このまま何もしないで卒業したら、きっと後悔するって。だからせめて、2号戦車の最後の花舞台として出場させてください!お願いします!!」

 

 深々と頭を下げる琴羽に続き、琴音も頭を下げた。杏はその様子を見て、小さく息を吐いた。

 

「・・・・・途中参加は、今回だけだからね?」

 

 冷静な声と共に、琴羽はまた頭を下げた。認められるとは思っていなかったので、感謝していた。

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

「それは良いから、早く行きなさい。試合が終わるわよ」

 

 2人はルクスに乗り込み、出撃準備に入った。照準器、砲を確認し、エンジン始動を試みる。しかし、『キュンキュン』という音がするだけで、始動出来ない。

 琴音は焦り、何度も掛け直した。その様子を見て、琴羽は心の中で叫んでいた。何も言わずに立ち去ってしまったこと、そして今までずっと放置していたことに対して。

 

(お願い!動いてよ!!あなたを置き去りにしたことは謝るから!今大洗チームがピンチなの!!ちゃんと、ちゃんと謝るから・・・!!)

 

 一方、4号と3突のチームは、新戦車に苦戦を強いられていた。新戦車は『セモヴェンテM41M』という、自走砲だった。従来のタイプなら戦闘室はむき出しなのだが、安全性考慮のために壁を増設している。

 武装は90ミリ砲が1門のみだが、その90ミリがかほたちを困らせていた。山岳地帯でも長射程を活かした戦い方をしていたと言われ、ドイツにも供与された。

 

 先程89中戦が飛ばされたのも、この90ミリ砲がほぼ零距離で炸裂したことが原因だ。さらにこのM41Mが4輌もいるのだ、対応がかなり難しいのも無理はない。

 そして今は、見えない敵の攻撃を受けながら反撃をしていた。相手は恐らく高台の上から撃ち下ろす形で攻撃していると思われる。距離を取られた上に、見えない位置からの攻撃、これでは遠距離射撃(アウトレイジ)での対応も出来ない。

 

 相手の位置が分かれば難しいことはない、だが偵察に出たM3はセモヴェンテに追われ対応中、そして陸王はいまだに振り切れていなかった。慣れない山岳地帯で逃げるのは苦労しているらしい。

 つまり、今この状況で偵察の任に付いている戦車は1輌もない、ということになる。2輌の戦車は最大仰角で撃ち上げ、敵の位置を把握しようとしていたが、それだけで位置を知るのはかなり難儀だ。

 さらに悪いことに、砲撃音が響いていたので逆に位置が知られてしまっていた。そこにM41が迫っていた。あと少しで射程圏内に入られるところだったその時だ!

 

〔4号!4時の方向から敵戦車接近中!直ちに待避せよ!!〕

 

 突然入ってきた通信、その主が誰なのかは分からないがすぐ言われた通りに動き、事なきを得た。そして、すぐにその場を離れた。ここに敵戦車がいたとなれば、情報は伝わっているに違いない。

 M41は逃げる2輌を追いかけようとするが、別方向から攻撃が来ていたので下手に動けない。木々の間をすり抜けるような攻撃に、待避するしかなかった。

 

「一体何なの!?何処からの攻撃なのよ!」

 

 車長が辺りを見渡したが、結局それらしいものは何1つ見つからなかった。今のは、何だったのだろうか?

 

ーー

 

 

 場所は変わり、スポット17。そこでは陸王とCV33のカーチェイス(?)が行われている真っ最中だった。陸王の武装は前方固定なので後ろへの攻撃が不可能な状態だった。

 

「くっそー!振り切れねぇ!誰か手を貸してくれーー!!」

 

 思わず叫んだ福田のもとに、助け船が現れた!それはチリ改ではなく、4号でもなく、ルクスだった。

 

「は?え!?な、何でルクス(こいつ)がここにいるんだ!?」

 

 混乱する福田に、ルクスからの通信が入る。

 

〔ここは私たちが食い止める、あなたは早くフラッグ車のもとに急いで!〕

 

「わ、分かった!頼むぞ!」

 

 福田には、黒江姉妹が乗っていることにすぐに気づいた。そしてチリ改に、ルクスが参加していることを伝える。宗谷はフッと笑った。「やっぱり帰ってきたか」、そう言っているかのように。

 琴羽は久しぶりの攻撃に苦戦気味だったが、少しずつ勘を取り戻していた。CV33は砲搭が旋回出来ないため、小回りが効くルクスが有利だ。琴音も操縦手としての勘を取り戻し、あの時と同じように操縦していた。

 

「お姉ちゃん!敵の後ろを取るよ!!」

 

「オッケー、そのまま行っちゃって!!」

 

 車内は弾んだ声が響き渡っている、あの時とは比べ物にならないほどに生き生きとしていた。戦車道の楽しさを思い出しているかのように。

 装填から射撃までを担当する琴羽、そして操縦と通信を担当する琴音の息はぴったりだった。CV33の乗員は、この素早さに付いていくのに精一杯で、攻撃をする暇すらない。

 

 それでもどうにか反撃を続け、ルクスを窮地に追い込もうとする。しかし、ルクスは全く怯まなかった。攻撃力の差はかなりあるものの、機動力の差は差ほどない。

 琴羽は一気に畳み掛けようと、トリガーを引く!

 

ーー

 

 

「何だと!?新手が参加している!?」

 

 千代子には、ルクスが突然現れたという報告が入っていた。どうしているのか理由は分からないが、今はフラッグ車(自分の戦車)が見つからないことが前提だ。

 暫く茂みの中で待機していたが、そろそろ動く頃合いだろうと見切った。ルクスの情報収集力の高さは聞いていたので、見つかる前にここを去ろうということだ。

 

 しかし、その判断は間違いだったようだ。去ろうとするP-40に向けて砲弾がかすった。偶然にも目の前に4号がいたのだ。1発目は外してしまったが、今度はそうはいかない。

 その横から今度は3突の攻撃がP-40に向かって攻撃を仕掛ける。しかし木に弾が当たってしまい、命中とはならなかった。逃げるP-40、そして後を追う2輌の戦車。

 お互いに木々の間をすり抜けながら攻防を繰り広げていた。車体が右に左に揺れ、照準がブレる。流石の五十鈴でも狙うのは厳しそうだ。五十鈴がうなり声を上げている。

 

「う~~、全然狙いが定まりません。この揺れどうにか出来ませんか?」

 

 そんなことを言われても木々の間を通り抜けているのだから出来るわけがない。撃ってみるものの、やはり当たりはしない。

 そこにチリ改も加わり、88ミリ砲がP-40に襲いかかる!他の戦車は対応に追われて駆け付けられそうに無いので、この3輌が勝負を決めなければならない。

 そのまま追いかけ続け、P-40が旋回した先には、さっき福田が見つけた4輌の戦車が待ち構えているではないか!

 

「ッ!全車減速!!」

 

「いや、このまま突っ込め!!」

 

 宗谷は反対の指示を出した!目の前に戦車がいるというのに、突っ込むなんてもっての他だ!4号、3突は減速したが、チリ改はそのまま進み、副砲を1発斉射した!

 そして副砲弾は、敵戦車に命中したが、その戦車は『ガィーン!!』と音を立てて横倒しになってしまった。福田が見つけた戦車は、本物ではなく精巧に作られた張りぼてだったのだ。

 

 また戦車の位置を誤魔化そうとしたのだろう、しかし引っ掛かったのはサイドカーに乗っていた福田だけ。ちなみに宗谷がどうして見分けられたのかというと、接近しているのにも関わらず、反撃の様子が全く見られなかったからだという。

 そして張りぼては木工製だったのに対し、今回は金属製で出来ている。狙撃銃で撃ったので判別出来なかったのだ。そして千代子は、セットした生徒に話をしている最中だった。

 

「私たちの逃げ道に置くなってあれほど言っただろう!お陰で敵にバレたぞ!!」

 

〔すんませーん、まさかそこが逃走ルートだとは思って無かったんです〕

 

「まぁ、良いわ。とにかくすぐに応援に来て!敵に追いかけ回されているの!」

 

〔了解です!すぐに駆け付けますよ!〕

 

 通信を受け取ったM41Mが救援に向かう!しかし、救援は間に合わなさそうだ。逃走を続けるP-40の目の前に、ルクスが現れた!

 先程のCV33は既に撃破していた。ギリギリの勝負だったが、見事に制したのだ。目の前に立ち塞がり、何をするのかと思っているとP-40に突進して動きを止めた!

 

「西住!早く!!」

 

 琴羽の声がかほに伝わる。そして、『撃て!!』の一言でP-40のエンジンルームに向けて砲弾が炸裂する!『バガァーン!!』と轟音を立て、フラッグ車を撃破した!

 

〔アンツィオ高校フラッグ車、走行不能!よって、大洗女子学園の勝利!!〕

 

 会場は歓声に包まれ、親善試合は幕を閉じた。

 

ーー

 

 

 撃破された戦車の回収も終わり、後はそれぞれの学園艦に戻るだけになった。かほたちは無事に勝利出来たことを喜んでいた。そんなところに、千代子が手を叩きながら歩いてきた。

 

「いやー、完敗だったよ。さすが、黒森峰とほぼ互角の戦い方をしただけあるね。この勢いで、決勝戦も勝ってよ」

 

 千代子から激励の言葉を貰い、かほは「絶対に勝ちます!」と元気に答えた。そこへ今度は千代美がやって来た。聞く限りだと、試合の終わりには必ずやる恒例行事らしい。

 

 会場に戻ると、屋台が出回り、大量の椅子と机が並べられていた。試合に関わった生徒、スタッフに対しての感謝の気持ちとして、毎回やっていることらしい。そして、楽しい宴が始まった。

 アンツィオ高校の生徒が振る舞うイタリア料理を食べながら、笑い声を響かせる。旭日の6人も、この宴を楽しんでいた。

 しかし、黒江姉妹はここにはいなかった。2人はルクスのもとに、別れの言葉を告げに行ったのだ。

 

ーー

 

 

 2人は傷だらけになってしまったルクスの前に立ち、1人ずつ別れの言葉を送った。まずは、琴羽から。

 

「あの時とは何も言わずに置き去りにしちゃってごめんね。あなたが廃車にならなくて、本当に良かったと思ってるよ。だけど、角谷科長との約束なの・・・・・私たちはこれでお別れよ」

 

「きっと、すぐに良い乗員が見つかるよ。私たちよりも、ずっと良い乗員がね」

 

「それじゃあ、もう拗ねたりしないでね。さようなら、行くよ、琴音」

 

『さようなら』、この言葉が悲しく響く。そして2人は、学園艦に戻るために歩き出した。

 

「何処に行くんだ?折角試合に参加出来たって言うのに、また出ていくつもりか?」

 

 目の前に宗谷が立っていた。琴羽は、何処かすっきりとした表情で答えた。

 

「もう良いのよ、私たちの戦車道は終わったわ。それに、ちゃんと別れるって言ったから、もう大丈夫よ」

 

「だったら、何故君は泣いているんだ?」

 

 宗谷に指摘されるまでは気がつかなかったが、琴羽は涙を流していた。泣くつもりなんてなかった、それなのに、何故涙が溢れるのか・・・・・

 

「さっきの試合で、戦車道の楽しさを思い出せたんじゃないのか?仲間と一緒に戦って、勝利する。その楽しさを思い出せたんじゃないのか?」

 

「・・・・・そうよ。あなたが言ったこと、全部当たってる・・・・・。だけど・・・・・だけど私たちはもう戦車道科には戻れない、角谷科長には今回だけっていう約束だから・・・・・」

 

 ポロポロと涙を流す琴羽、そして慰める琴音に、宗谷は何も言うことは無かった。

 

「・・・・・今こんな気持ちになるんなら、辞めなければ良かった・・・・・」

 

「じゃあ戦車道科に戻ってくる?」

 

 声の主は杏だった。さっきは「参加は今回はだけ」と言っていたのに、「戻ってくる?」とはどういう事なのか?

 

「だ、だけど・・・・・参加は今回だけだって・・・・・それに、あの時に転籍届けを出して、受理したはずじゃ・・・・・」

 

「私は()()()()()()()()()って言ったのよ?それと、辞表はとっくに捨てたわ。いずれ帰ってくるかもって思ってたからね」

 

 その一言に、琴羽はヘナヘナと腰を落とした。そして、杏の陰からかほが出てきた。

 

「あなたたちが情報をくれたから私たちは撃破されなくて済んだんだよ?それに、次の試合相手は黒森峰だから、情報収集が得意なあなたたちが戻ってくれたら本当に助かるんだけど」

 

「・・・・・こんな私で良いの?一度辞めた、この私で・・・・・」

 

「戻ってくるって言う意思があるなら、辞めたとかは関係ないよ。だって、あなたたちは最初から今まで、戦車道科の一員でしょ?」

 

 かほが手を差し出した。琴羽はその手を取り、また涙を流した。待っていたのは、ルクスだけではなかった。戻ってくることを願っていたのは、かほも同じだった。

 

「あなたたちの担任には私から話を付けとくから、戦車道科に戻っておいで」

 

 琴羽はこくこくとうなずいた。もう戻らないなんて言わない、もう辞めるなんて言わない。最後の最後まで、戦車道科の生徒としてやっていくことを固く誓った。もちろん、琴音も。

 会場に戻る琴羽たちを見ながら、杏がポケットの中から受け取った辞表を出した。まだ手の中にあったのだが、もうこれは必要ない。半分に破り、ゴミ箱の中にこっそりと捨てたのだった。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 翌日、格納庫前で新入生の歓迎を行っていた。いや、新入と言えるのだろうか。

 

「今日からまた、戦車道科に戻って戦車道をやります!よろしくお願いします!」

 

「操縦手として、恥じない行動を取らせていただきます!」

 

 張り切った声と共に拍手が響く。そして練習に入る前に、福田が宗谷に話をしていた。

 

「忘れてたよ、お前には人を見る力があるってことをな。旭日を結成するときも、何だかんだありながら、呼び込んだやつ全員来たからな」

 

「そう言うことさ。さぁ、練習に行くぞ!次は黒森峰だ!!」

 

・・・・・

 

 場所は変わり、西住邸。しほとまほ、そして夏海が居間で話をしている。

 

「夏海、あなたは唯一真の西住流を受け継いだ者、相手が何であろうと絶対に手を抜かないように」

 

「はい、お婆様。相手が男であっても、元近衛であったとしても、絶対に手は抜きません。無論、決勝は我が手の物にして見せます」

 

真の西住流』で挑む夏海、そして『もう1つの西住流』で挑もうとするかほ。6日後に、再び2つの流派が激突することとなるのだった。




今回も読んでいただき、ありがとうございました。

次回からは黒森峰戦に突入します。『真の西住流』、『もう1つの西住流』、勝つのはどっちなのでしょうか?


感想、評価お待ちしています。



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第19章 大洗VS黒森峰 旭日の新たなる切り札

前回のあらすじ

突如現れたアンツィオ高校は、決勝戦前の大洗女子学園に練習試合を持ちかけてきた。新戦車であるセモヴェンテM41の攻撃に苦戦を強いられる。
戦車道科に戻ることを拒んだ琴羽は、戻る気すらなかったにも関わらず、一時的に戦車道科に戻ることを決断する。押されていた大洗も、急遽戻ってきた琴羽たちの協力によって反撃に成功する。試合で無事に勝つことが出来た大洗に、杏ほ琴羽と琴音に戦車道科への復帰を認める。
そして今、『真の西住流』と『もう1つの西住流』がぶつかり合おうとしていた。



〔それでは、これより黒森峰女学院と、大洗女子学園の決勝戦を開始します!〕

 

 場所は決勝戦の試合会場、かほと夏が向かい合っていた。初めて戦った時と同じように・・・・・とは言えなかった。かほの横には、S特ギアを着装している宗谷が立っている。

 黒森峰のメンバーを前に、特殊部隊員擬きが立っているというシュールな光景だった。そんな2人を前に、夏海が話し出す。

 

「・・・・・アンツィオとの試合で、かなり変わったようだな。だが、『もう1つの西住流』なんて物は無いことを証明して見せる」

 

「そ、そんなことない!私がもう1つの西住流があることを証明して見せる!」

 

 言い返すかほ、キッと睨むように見返す夏海。そしてその間に割って入る宗谷。

 

「無いなんて事はないだろ?ここに後継者がいるじゃねぇか」

 

「所詮は付け焼き刃だ。お婆様が言っていたように、西住流は1つだ」

 

 そう言い残すと夏海は自分のチームに戻っていった。宗谷は鼻で笑っている。

 

「フン、どっちが付け焼き刃か、思い知らせてやるよ。行くぞ」

 

 宗谷とかほの2人も自分のチームに戻り、準備を始めた。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 試合の前日、対黒森峰戦に向けた実戦練習を行っていた。相手は88ミリ砲が主力のティーガー1など、ドイツの戦車を主に保有しているので、これとほぼ同じ砲を持つチリ改とポルシェティーガーによる退避練習を主にやっていた。

 ただ退避するだけではなく、近づいて近距離射撃で撃退する動きの習得などといった練習を積んでいた。特に岩山の射撃に関してはいい練習になっただろう。

 

 S特ギアのインカムに変わったことで、声が拾いやすくなっただけではなく、射撃時に発生するノイズの低減も出来ているため、以前よりも指示は通りやすくなった。

 そして正確で無駄の無い射撃、これがかほたちにとってかなりネックだった。岩山は動きを先読みし、遠距離でも容赦なしにバンバン当てていた。当てていたと言っても、ただ色が付くだけのカラー弾なので、当たったとしても損害は無い。

 良い動きをしていたのはルクスだった。機動力が高いのと、琴音の操縦技術が劣っていなかったので、岩山が当てるのに苦労している姿が見れた。

 そしてチリ改も練習をしたが、エンジンをディーゼルに換装したことで以前よりも加速力、立ち上がりが若干遅くなったこともあり、福田は苦戦していた。

 エンジン換装だけで苦労するとは思っていなかっただろう。ただその変わりに馬力と頑丈さは上がったので、後は慣れるしかないだろう。

 練習が終わった頃にはインクが大量に付き、落とすのが大変だった。洗車が終わったあと、杏が激励の言葉を贈った。

 

「去年負けちゃったけど、今のあなたたちなら絶対に勝てるよ。今までの経験を活かして、存分に戦ってきなさい!」

 

 そして解散した後、宗谷たちはこっそりと格納庫に残って何やら怪しいことをしていた。黒森峰戦に向けて、こっそりと製作していた物らしい。そして、この新たなるマシンに乗るのは、水谷と北沢だ。

 水谷の得意分野であるマシンだ、取り扱い方は知っている。しかし、乗っていたのが4年前の事なので少しうろ覚えの所もあったため、操作の仕方を思い出すだけで手一杯だった。

 

「ハァー、こりゃ本番でどうなるかってとこだなぁ。ただでさえ思い出すだけでいっぱいいっぱいだってのに、これじゃあ試合で役に立てそうにねぇよ」

 

「そんなに悲観すんなよ。万が一乗れなくても、使うか分からないからさ」

 

「だけどさぁ、これ使えんのかよ・・・・・攻撃力は無いにしても、こいつは・・・

 

「そう言った場面にならない限りは、極力使わないつもりでいるぜ。あくまでも、これは最後の切り札だ」

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 そして現在、かほは試合展開を予測していた。去年はかなりの接戦だったが、今年はどうなることか。これまでの試合展開を調べると、夏海が愛用している予測プログラムがバージョンアップし、「動きを100%読んでいるかのような攻撃が来た」と言っていた。

 様々な攻撃方法は考えてきたが、勝利するには臨機応変に対応しなければならないだろう。そして、忘れてはならないのは、これで優勝出来なければ戦車道科がなくなってしまうということ。

 母であるみほと同じ状況に置かれてしまったが、そんなことは言っていられない。今までみほたちが守って来た物だ、見捨てるなんて出来ない。

 ここで絶対に優勝して、廃科を食い止めないといけない。自分で立てたマニュアルを読み直していると、宗谷から通信が入ってきた。

 

〔西住、まずは纏まって動くんだよな?〕

 

 どうやら試合の動きの確認のために通信してきたらしい。

 

「うん、そうするつもりだけど、黒江さんたちは別行動で偵察に出てもらうよ。位置の把握は大事だから」

 

〔よし、内容はこれで良いな。相手が何だろうと関係ねぇ、一気に勝負を付けようぜ!〕

 

 張り切る宗谷、しかしかほは不安気味だった。試合に勝たなければならないという緊張感(プレッシャー)、そして夏海に勝てるのかという不安。接戦だったとは言え、反撃するだけで必死だった。

 考えることは、今の実力が通用するのかということだけ。『撃てば必中、守りは固く、進む姿に乱れなし。鉄の掟、鋼の心』、それが、本当の西住流・・・・・

 

〔『自由な発想、奇術で挑みチームワークで切り抜ける。自由な掟、楽しむ心』だぜ、西住。この流派に偽者なんてねぇ、ただぶつかり合うだけだ。ただ、俺たちは事情があるけどな〕

 

 どうやら聞こえていたらしい。安心した反面、恥ずかしさで顔が一気に赤くなった。チリ改では各装備の最終確認を行っている。アンツィオ戦では駐退機に問題はなかったが、その問題点を逆に利用しようと仕掛けをしていた。

 

「うーん、これが上手くいけば良いんだがなぁ」

 

 岩山が例の仕掛けを眺めながらぼやいた。新マシンと同じように、これも最後の切り札なのだ。一歩使い方を誤れば、自爆しかねない。それでも取り込んだのは、4号(西住たち)を護り抜くためだった。

 腕に自信はある、でもこれだけでは護り抜けないと思う自分がいた。かほと同じように、宗谷も珍しく緊張していた。

 

『最後の最後まで護り抜く!旭日に二言は無い!!』

 

 と、しほの目の前で言い切ったのだ。ここまで来て負けるわけにはいかない、負けられないのだ。大洗に同じ運命を辿らせないためにも、勝たなければならないのだ。

 場所は変わり、観戦席。大洗の指導員、全員が見守っていた。本当なら自分達がどうにかしなければならないのに、娘たちに押し付ける形で戦車道をやらせていることが申し訳なかった。

 

「隣、失礼しますよ?」

 

 ほのかに香る紅茶の香りと共に、ダージリンがみほの横に座った。手にはティーカップを持ち、注がれている紅茶はまだ暖かそうに湯気を揺らしている。

 

「ダージリンさん?あなたの仕事は?」

 

「有給を取りましたわ。あなたの娘さんの決勝戦、どのような内容になるのか気になったんです。それと旭日のメンバーがどんな試合展開を見せるのか、期待してますわ」

 

 ニッコリと笑顔を見せるダージリン、その間に今度はケイが割り込んできた。

 

「ハロー、西住!応援に来たわよー!」

 

 明るい声と共にダージリンの横に座るケイ、応援のためにわざわざ有給を取ってきてくれたらしい。

 

「お、ダージリンも一緒だったのね?あなたも応援に?」

 

「ええ、37年前と同じような光景が見れますからね」

 

「何よー。ミホーシャだけじゃないのー?」

 

 不満そうな声を上げたのはカチューシャだ、隣にノンナも立っている。

 

「私が一番乗りする予定だったのにー」

 

「カチューシャ様が時間を間違えていなければ、一番乗りだったかもしれませんね」

 

 痛い指摘をするノンナ、そして少し顔を赤らめるカチューシャ。

 

「ッ!そ、そう言うことは言わなくて良いの!座るわよ!」

 

 みほの横に座るカチューシャ、そして4人の話題は旭日の活躍についてと、かほたち率いる大洗チームが、今度こそ勝つのかということだった。

 

「旭日はかなり腕を上げたと思いますよ?ルフナとの対決の時よりも動きが良くなりましたからね」

 

「私はニューマシンが出ると思うなぁ。リンとの試合の時にはロケット砲が出てきて、プラウダの時にはサイドカーでしょ?きっと何か新しい物出すって」

 

 とケイは言うが、あれだけ桃に怒られたのだ。正直もう来ることはないだろうとみほは思っていた。

 

「あんな物を出すなんて卑怯にも程があるわ!サイドカーと戦車じゃ圧倒的に機動力が違うでしょ!?」

 

「それでも、カチューシャ様は、珍しく試合を止めませんでしたね」

 

「う・・・・・ち、ちょっと気になっただけよ!次に何か変なもの出したら絶対に止めるわ!!」

 

 ノンナはクスッと笑っていた。本当は、物凄く興味津々で見ていたということを知っていたから。

 

「あー、西住!やっと見つけたわ!今度こそちゃんと応援に来たわよ!娘のね・・・・・」

 

 バタバタと駆け込んできたのはアンチョビだ。走っきたのか、息が上がっていた。37年前は寝坊してしまい、起きた頃には試合が終わっていたという事があった。『()()()()』と言っていたのはそういうこと。

 さっきまでもこの4人で盛り上がっていたので、5人に増えたことで会話が弾んでいる。

 

「あの時は西住家同士の直接対決を見れなかったからな!今度こそしっかりと目に焼き付けてやるぞ!」

 

 アンチョビは旭日よりも夏海とかほの試合展開の方が気になっているようだ。去年の試合の時は出張だったで見ることは叶わなかったのだ。目の前に置かれているモニターを見ながらカチューシャが話始める。

 

「去年の試合もかなり凄かったわよ。お互いに隙を見せないし、攻めと防御のバランスが取れていたしね」

 

「ええ、まさに接戦というやつですね。どちらも譲らず下がらずでしたからね」

 

 こんな感じで、口々に試合のことを話す5人。37年前時と同じような試合が目の前で広がっていたのだ。興奮するもの当然だろう。

 

「あれが接戦だとは言い切れないと私は思うがな」

 

 声がする方向に視線を変えるとまほとしほが座っていた。これで、戦車道の主要メンバーは全員揃った。

 

「勝つのは夏海だ。大洗(そっち)がどんなに大変な状況なのかは知っているが、黒森峰(こっち)は絶対に勝利しなければならない。手加減はしないだろう」

 

「去年は負けてたけど、今年は私たち大洗女子学院の勝利で終わらせて貰うよ。かほは、きっと勝つ」

 

宗谷(あいつ)が言っていた、『もう1つの西住流』では黒森峰には勝てん。西住流は、1つだ」

 

 しほは密かに行われた口喧嘩を聞き流し、じっと目の前のモニターを直視していた。大洗チームが、試合開始を待っている姿が映る。そして、信号弾が打ち上がり、『パーン!』と大きく音を立てる。

 

〔試合、開始!!〕

 

 合図と共に両校の戦車が一斉に動き出す、最終試合の始まりだ。ルクスが隊列を離れ、森の中に消える。琴羽から通信が入った。

 

〔私たちはこれから隊列を離れ、そちらに向けた情報共有の任に付きます。もう同じ失敗は繰り返さないから、心配しないで。検討を祈ります!〕

 

 通信が切れ、かほたちは戦闘体勢に入る。敵からの攻撃を避けるため、まずは森の中に入る。ここまでは予定通りだ、ここから黒森峰がどう動くかが気になるところだが・・・・・

 

〔全車!敵戦車が森に入って来たわ!!攻撃に警戒せよ!〕

 

 琴羽の声と共に情報が伝わる。予定より大分早い、ここまで来ていると言うことは、アップデートされた電子戦の力は侮れない。そしてかほは、予定の行動を変更して、別の方法で対策を取ることにした。

 

「敵が近づいてきたら、発煙筒を投げてください!ここで足止めをして、森を抜けます!」

 

 木が密集気味の森なので、発煙筒を使えば敵を混乱に陥れることが出来るなのだ。サンダース戦でも森の中で大量の発煙筒をばら蒔いて足止めに成功しているので、効くかは分からないが、試す価値はある。と思っていると宗谷から助言が来た。

 

「西住、風向きがやや東よりだ。俺たちがいるのは南東よりだから、南側に寄らないとこっちが迷うぞ」

 

「分かったわ、全車西南よりに転進。転進したらエンジンを切って待機してください!」

 

 かほの指示通りに動き、木の裏に隠れて様子を見ることになった。それから20秒と経たない内に黒森峰が近づいてきた。数は12輌、フラッグ車であるティーガー1を始め、ティーガー2、そして4号突撃砲『ラング』が3輌、そして残りはパンターこと5号戦車が7輌だ。

 残りの戦車が何処にいるかは定かでは無いが、今は目の前にいる戦車に集中する方が先決だろう。かほたちが発煙筒を投げようとするなか、夏海はソフトで敵の動きを探っていた。

 大洗チームまで残り3メートル弱と行ったところで、突然停止するように命じた。マリカは通信を通して夏海に質問をする。

 

「隊長?何故止まるんです?」

 

「・・・・・私たちの戦車とは別の排ガスの匂いがしている。この匂いは・・・・・ディーゼル車だ」

 

 黒森峰にはディーゼル車はない。つまり、近くに敵がいるということになる。嗅覚がここまで優れていることはかほも知らない。さらに悪いことに、丁度風上にかほたちが待機しているので場所まで特定されてしまった!

 

「目標、10時の方向。撃ち方始め!!」

 

 黒森峰の攻撃がかほたちを襲う!砲弾は木に当たり、破片が飛び散る。かほたちが反撃に出るが、時すでに遅し、既に囲まれていた!もう発煙筒を投げても意味はない。

 

「終わりだ・・・・・ん?」

 

 夏海が何処か違和感を感じた。ルクス以外はここに集まっているはず、それなのに・・・・・この違和感は何なのだろうか?

 

「隊長!何を迷っているんですか!早く止めを刺しましょうよ!」

 

 マリカが痺れを切らして通信してきた。目の前に標的はいる、あとは撃つだけだ。夏海が指示を出そうとしたとき、突然『パパパパーン!!』と破裂音が響いた!その音で味方も敵も一瞬固まった。

 そしてその隙を狙っていたかのように、マシンガンを持った宗谷たちが現れた!

 

「旭日は戦車だけじゃないってことを見せてやる!行くぞ野郎ども!!」

 

 宗谷、柳川、水谷、北沢の4人が散開し、マシンガンを射ちながら戦車の間をすり抜けながら走っている!戦車の中では何が起こっているのか分からない。夏海はようやく違和感の原因が分かった、チリ改がいつの間にか消えていたのだ。

 どの隙を狙ったのかは知らないが、今はフラッグ車を撃破する方が先だ。ティーガー1の砲手が、4号に狙いを付ける。しかし周りの戦車が応戦し、上手く狙いが定まらない。

 おまけに歩兵と化した宗谷たちがためらいなく戦車の上に乗ったりして攻撃を妨害するのだ。撃つどころの話ではない。

 

「隊長、妨害工作が激しすぎます!新たな作戦指示を!」

 

 指示を出そうにも今までにない事例なので、夏海も少し困惑気味だった。歩兵対戦車の対処法なんて知るはずがない、と思っていると、パンターの1輌から白旗が上がった!チリ改が動き始めたのだ!インカムを通して、宗谷が通信している。

 

「福田!突破口を形成!形成と同時に西住たちを囲いから解放する!」

 

〔任せろ!すぐに形成してやる!〕

 

 チリ改が撃破したパンターに近づき、ワイヤーを接続する。そして轟音を立てながら思いっきり引っ張る!何も抵抗が出来ないパンターが退かされ、突破口が作られる。

 その隙を縫ってかほたちが脱出した!夏海が妨害しようとするが、宗谷たちがばら蒔いた発煙筒で周りが見えなくなってしまった。煙が晴れた頃には、もう既にいなかった。

 

「何ボケーっとしてんの!!さっさと捜しにいきなさい!!」

 

 マリカの指示で一斉に捜索に分かれていった。夏海はタブレットを触り、新たなる作戦を練り直していた。

 

ーー

 

 

「はぁーーー・・・・・歩兵役なんて勘弁してくれよー・・・・・」

 

 柳川が大きく息を吐いている、マシンガンを持たされて走り回るのは堪えたようだ。ちなみに持っていたのは100式機関短銃、チリ改の搭載性を考慮して選んだサブマシンガンだ。

 そしてもう1つ、何故チリ改が後ろを取れた理由は、敵の砲撃音と同時にエンジンを始動と同時に一気に回り込み、一時エンジンを切って待機し、緊急的に編成した歩兵隊を所定の位置に付かせたのだ。

 先程の破裂音の元は爆竹で、敵を混乱に陥れるには持ってこいのことだった。

 

 現在は黒森峰がいた位置から離れ、次の作戦を考えていた。ルクスからの情報だと、敵は散開しているらしく、纏まって動くのは危険だろうと言われた。相手の編成は2~3輌で1チームらしく、1輌だけでの行動は危険だろうと思われた。

 しかしかほは、纏まると発見されたときの損害が大きくなるといい、1輌ずつで行動しようと提案した。確かに損害のリスクは減らすことが出来るかもしれないが、相手は2~3輌、たった1輌で対抗するなんて不可能に近い。

 見つかれば75ミリ砲と88ミリ砲に袋叩きにされてしまう。それでもかほは単独行動を取ると言い続け、宗谷と意見が合わず言い合いになっていた。

 

「ダメだ、危険すぎる。たった今囲まれたばっかだろ?」

 

「大丈夫だよ!だっ、だって宗谷くんたちのと初試合の時だって上手く隠れられたし!」

 

「そん時はそん時だろ、毎回毎回そう上手く行くわけない」

 

 福田たちはこのやり取りをボーッと眺めていた、こんなことをしている場合では無いような気がするのだが・・・・・その状況を見かねて、北沢が間に入った。

 

「単独行動させても良いんじゃねぇのか?宗谷(お前)に決定権は無いんだからさ」

 

 北沢が言っていることが正しいかったからか、宗谷は何も言えなかった。宗谷に出来ることは、助言と護ることだけだ。

 

「・・・・・分かった。ただし、何かあったらすぐに連絡しろ。負けてからじゃ遅いからな」

 

「分かったわ。それじゃあ、スポット187(市街地)で合流しましょう。解散してください!」

 

 各車で走行ルートを決め、それぞれで発進し出した時、宗谷は1輌だけで去っていく4号を見ていた。その様子を見てか、福田が話し掛ける。

 

「本当に良いのかよ。フラッグ車1輌だけで単独行動だなんてさ」

 

「・・・・・良い訳ないだろ、正直不安でしかないよ」

 

「だったら、何でもっと説得を・・・

 

「だから福田、()()に出てくれ。良いか?あくまでも()()だ、()()()じゃないからな?それと、何かあったら直ちに報告することを忘れるな。陸王の装備じゃ敵わないからな」

 

 かなり遠回しではあったが、宗谷は福田に見張らせることにした。かほも昔より成長しているだろう、しかしそれと平行するように夏海も成長しているのだ。音沙汰なしで突破させてはくれないだろう。

 福田は張り切って陸王のもとに走って行き、すぐに4号の後を追いかけていった。チリ改は、遠回しに4号の軌跡を追いながら走行していた。

 それから2分後、4号は川沿いの道を走っていた。その後を陸王が追い掛けていく、()()として。

 

「おいおいおい、大丈夫かよ川沿いなんて」

 

 福田が追い掛けようとスロットルを吹かそうとしたときだ!4号の後をパンターが追い掛けていった!福田はインカムの電源を入れ、チリ改に向けて通信する!

 

「宗谷!緊急事態だ!黒森峰(やつら)の戦車が4号を追い掛けていったぞ!場所はスポット60、川沿いの道だ!」

 

〔何!?分かった!今すぐに向かう!見張りを続行しろ!〕

 

 もう『偵察』ではなく『見張り』に変わっていた。しかしそんなことはどうでも良い、今は4号の見張りを続行する方が先だ。スロットルを吹かし、川沿いの道に入っていった。

 

ーー

 

 

 一方、4号は緊張感に包まれていた。言い出したのはかほだが、既に後悔していた。しかし、後悔する暇は無さそうだ。

 

『バァーン!!』

 

 と音を立て、近くに立っていた木に命中して破片が飛ぶ。さっきのパンターだ!かほは待避すると言い、七海は加速する!パンターからの猛攻が4号を容赦なく襲う、さらに目の前には別の敵が待ち構えていた!

 別方向に逃げようにもパンターが回り込み、逃げ道が無い!後ろは川だ、下がろうにも下がれない。そんな危機的状況にも関わらず、パンターはじわりじわりと距離を詰めてくる。4号の車体が少しずつ崖に寄っていく、何も出来ないことを良いことに、追い詰めていく。

 

「に、西住殿!緊急事態です!」

 

「このままじゃ墜ちちゃうよぉーー!!」

 

「西住さん!指示を!!」

 

 焦る5人、無慈悲に迫るパンター、そして揺れだす車体、みほたちもその絶望的な状況に手に汗を握っている。車体が半分近く崖から出てしまったその時だ!パンターに向かって数発の機銃弾が当たった。見ると、陸王が急速で接近しているではないか!

 片手に機銃を握る福田、表情は不安そうだが止まろうとはしていない。後で何か問い詰められたら、「偵察に出ていたらたまたま遭遇した」と言えば済むだろう。パンターの砲手は陸王を捉え、攻撃態勢に入っていた。

 

「サイドカーでこのパンターに挑もうなんて、自殺行為も良いとこね」

 

 1発だけ脅しのつもりで射撃したが、陸王は怯まない。機銃で反撃し、パンターに近づいていく。

 

「くっそー、全っ然効かねぇ、って言ったって効くわけがねぇよな、ただの機銃だし・・・・・」

 

 片手に握る機銃をチラッと見て、パンターから離れようとしたとき、パンターの1輌が陸王を追い掛けだした!しかも牽制のためか、機銃を撃ちながら。

 

「え?嘘ぉーー!!」

 

 陸王は攻撃を回避しながらパンターと共に森の中に消えていった、残ったパンターはそのまま4号の前に立ち塞る。手も足も出せない4号、援軍を呼ぼうにも通信が繋がらない。

 

 絶望的だった、これで終わるのかと誰もが思ったその時だ!

 

〔西住!今肉眼でお前たちを捉えたぞ!!〕

 

 宗谷だ!チリ改と共に援軍に来た!アクセル全開でパンターに近付いていく!パンターの車長が標的を変えようとする。

 

「チッ、もう少しだったのに!まぁ良いわ、大物がやられに来たんだから!さぁ、我が黒森峰の力を見せつけてやりなさい!」

 

 砲搭がチリ改を睨む、そして『ドーン!!』と音を立てて砲弾がチリ改の車体に当たり大きく揺れる!態勢を立て直しつつ、急速接近していく!

 

パンター(やつ)を退かすぞ!衝撃に備えろ!!」

 

 宗谷から『衝撃に備えろ』と言われるときは、突進するときだけだ!!車内は一斉に対衝撃姿勢を取り始める。砲身保護のため、砲搭を後ろに回し、岩山と柳川は安全姿勢を取る。

 宗谷は更にアクセルを踏み込み、速度を上げながらパンターに突っ込んだ!『ガァーン!』と打撃音が響き、火花が散る。パンターの履帯が地面を削りながら横にずれ、チリ改が横に付く!

 

「岩山ぁーー!!撃てぇーー!!!」

 

 岩山が指示に合わせてトリガーを引き、パンターを一撃で撃破した!流石は88ミリ、パンター1輌を撃破するのは容易いようだ。岩山は興奮しっぱなしだ。

 

「やったぜ!見たか黒森峰!これが俺たちの新戦力だ!」

 

「そんなことは良いから、4号を助けるぞ」

 

 宗谷が操縦席から降りて4号に近より、砲搭のハッチを開けた。由香は涙目で、藍は手が震えていた。かほは息が上がったらしく、呼吸を整えていた。

 

「だから1輌だけで動くのは危ないって言ったろ。たまたま近くにいたから対処出来たけど、マジで危ないところだったんだからな。何で単独行動にこだわったのかは知らねぇけど」

 

「だ、だって・・・・・宗谷くんたちに頼りっぱなしだったから、私たちだけで対処しようって、思ってたの・・・・・」

 

「頼りっぱなしって事はなかったぞ?西住は西住らしく戦ってきたじゃねぇか。まぁ、今は、とっととここを離れた方が良いな。動くなよ?崖が崩れかかってるかもしれないから」

 

 宗谷は砲搭から降りると崖の状態を見た。ヒビが入り、崩れかかっていた。動き始めると崩れる可能性があったので、4号の変速ギアをN(ニュートラル)に入れて、チリ改で引っ張ることにした。

 早速4号のフックにワイヤーを取り付け、チリ改と繋いだ。そして岩山の操縦でゆっくりと牽引を始めた。宗谷は4号の車体に乗り、岩山に指示を送っていた。しかし、宗谷たちは気付いていなかった。七海がエンジンの始動がいつでも出来る状態を作っていたことに。

 

 ワイヤーが張り、4号の車体が軋み音を上げる。車体が安全圏に入り出したものの、緊張感が漂っている。岩山がアクセルを少し強めに踏み込み、『ガクン』と車体が揺れた。

 七海にはその揺れで墜ちると思い込み、エンジンを始動させてギアを1速に入れ、アクセルを吹かして前進し始めた!

 

「うわ!冷泉!!止せ!!」

 

 あまりの緊張に耐えきれなかったのか、その声は届いていない。同時に、一気に崖が崩れて4号が川に堕ち掛ける!岩山がとっさにアクセル全開にしたことで落下は防げたが、4号の自重で徐々に川に引き込まれていく。

 

「宗谷!何があった!?おい!応答しろ!」

 

 岩山の声は宗谷のインカムに届いていた、しかし答えられる状況に無かった。車体が急に斜めになり、とっさに片手で掴まってどうにか耐えていた。真下は川が流れ、川底が見えないほど深そうだった。

 どうにか両手で車体を掴み、体全体を車体に戻せた。息を荒げてインカムの電源を入れる。

 

「大丈夫だ!ちょっと斜めっただけさ」

 

「斜めった所じゃねぇだろ!落下の前触れってやつとかじゃないのか!?」

 

 エンジン全開で引き上げようとするが、リアエンジンの4号は後ろが重いこともあり、履帯が地面を捉えられずにスリップしている。

 その時、パンターに追い回されていた陸王がようやく帰ってきた。福田はまさかの状況に驚いていた。

 

「はぁーー!!??何じゃこの状況ーー!!」

 

 叫んでいる福田に、4号の車体にしがみつく宗谷が声を張り上げる。

 

「福田!水谷と北沢をスポット64に運べ!アレを使うぞ!!」

 

「は!?お前正気か!?テスト無しのぶっつけ本番で使えると思ってんのか!?」

 

「ここで使わないと、4号は落下する!こんなとこで終わらないためにも、早く連れていくんだ!急げ!!」

 

 珍しく怒鳴る宗谷に、福田は従うしか無かった。他に方法は無いのだから。

 

「分かった!水谷!北沢!早く来い!!」

 

 戦闘室から2人が慌てて出てきて、陸王に乗り込んだ。乗り込みを確認すると陸王は全速力でスポット64に急行した!

 スポット64に着くと、2人は取り付けていたカバーを取り外し始めた。

 

「早く来いよ!あの様子だと、10分も持たないぞ!」

 

「分かってるって、すぐに駆け付けるさ!」

 

 陸王はその場を去り、チリ改のもとに戻っていった。カバーを取り外すとすぐに乗り込み、出撃準備を始めた。後席から北沢の不安そうな声が聞こえてくる。

 

「本当に大丈夫なのか?結局テスト無しで行くことになったけどさ」

 

「今はそんなこと言ってられるか!検査じゃ問題は無かったんだから大丈夫であることを信じるしかないだろ!エンジン始動!」

 

 水谷がエンジンを掛けた頃、観戦席では焦り声が響いていた。4号が落下ギリギリの状態で、チリ改が砂ぼこりを巻き上げながらも懸命に引っ張っていた。

 そんな緊迫感の中、しほにある連絡が入っていた。『戦車以外の何かが発進しようとしている』、と。モニターから映る映像は、チリ改の救命現場から木々が生い茂る森に変わった。

 木葉が風で揺れる木々の間から排ガスらしき煙が上がっていた。それから20秒程度経った時、『戦車以外の何か』が姿を現した。

 それを見た観客たちは困惑の声を上げていた、それはヘリコプターの原型にあたる、『オートジャイロ』だったのだ。

 

「『旭日航空(スカイ)偵察隊(リカルセンツチーム)、※カ号観測機』、発進(テイクオフ)!」

 

 ホバリングで上がってきたのは旭日機甲旅団の最後の切り札であるカ号観測機だった。使うつもりは無かったのだが、救援のために緊急発進(スクランブル)したのだ。

 機体の横には、旭日のマークと『旭日機甲偵察隊』という文字が書かれていたので、みほたちには宗谷が準備していたものだとすぐに分かった。

 

「高度230メートル、水平飛行に移る!」

 

 水谷が操縦桿を倒し、カ号は真っ直ぐ救援現場に向かった。しかし、宗谷たちはこの救援作業に、究極の選択を迫られることを知らなかった。

 

 

 




※解説

カ号観測機

旧日本軍陸軍が開発した対潜哨戒、弾着観測を行うために開発されたオートジャイロのこと。対潜は対潜水艦のことを指し、海軍の『あきつ丸』に搭載される予定だった。

ちなみにカ号の名前の由来は『回転翼機』の『カイテン』の頭文字からとって『カ号』という名前が付けられた。後に『オートジャイロ』の頭文字から取って、『オ号観測機』と名前を改められた。

滑走距離は約30~50メートルだが、向かい風があれば数メートルの滑走で離陸が可能だったと言われている。


いかがだったでしょうか。決勝戦で起きたピンチ、そしてピンチヒッターとして現れたカ号観測機、4号の運命はどうなるのでしょうか?

感想、評価、お待ちしています。







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第20章 奇術で挑む突破作戦

前回のあらすじ

ついに始まった黒森峰戦、森林での妨害工作をしようにも戦車の位置がバレてしまったことで戦況は黒森峰が有利に!

しかし歩兵と化した宗谷たちの活躍により生還、ここでかほは各車単独行動に移るという指示を出す。単独行動になり、4号が川沿いの道を走行中にパンターに遭遇。追い詰められ回避不能に!
絶体絶命という危機にチリ改が参上!パンターを撃破し、危機は脱した・・・・・と思ったが束の間、崖からの救助作戦中に七海が4号を動かしたことにより状況は悪化してしまう!
そんな4号落下の危機に現れたのは、旭日の最後の切り札、カ号観測機だった!


「な、何よアレ!!オートジャイロじゃない!!」

 

 カチューシャが指を指すモニターには旭日の切り札、カ号が写っていた。空を悠々と飛行しているカ号は、4号の救助現場に急行している最中だった。ケイは自分の予想が的中したからか、喜んでいた。

 

「ほら、言った通りでしょ!?彼らのニューマシンよ!」

 

「これはまた・・・・・珍しい代物ですわね。日本軍にヘリなんて無いと思ってましたから」

 

 不思議そうに見つめるダージリン、そして少し落ち着いた様子でカチューシャが話す。

 

「どっちにせよ、あれで危機的状況をひっくり返せるの?人、1人吊り上げるだけで一杯一杯な感じじゃない」

 

「『見掛けによらない』という言葉があるでしょう、 カチューシャさん。旭日(彼ら)の事です、きっと奇跡を起こしますよ」

 

『奇跡を起こす』、みほにはその言葉がグッときていた。今までの試合でも、どんな危機に陥ったとしても旭日の6人は想像のつかないことをやりのけ、勝利に貢献してきた。

 様々な奇術で挑み続け、敵味方を混乱させることも度々してきて、桃に怒鳴られることも少なくなかったが、それでも奇術で挑まなかった試合は数少ないだろう。そして、今も。

 

「あのような小型オートジャイロで、24トンもある4号は引き揚げきれない。物理的に考えて、4号と一緒に落下していくぞ」

 

 まほは既に不可能だと思っているらしい。小型が大型を持ち揚げるのは確かに不可能かもしれないが、みほはこう言い返した。

 

「物理的に言えばそうかもしれないけど、理論だけじゃ分からない事だってあるよ。旭日(彼ら)が、それを証明してくれる」

 

 みほたちがいる席から少し離れた席では、ルフナとリゼがティーカップを片手に持って試合観戦をしていた。モニターに映るカ号を見て、リゼは驚きを隠せない。

 

「すっ、凄い。宗谷佳の差し金でしょうか?」

 

「大方そんなところでしょう、こんなことを思い付くのは宗谷(彼以外)いませんわ」

 

 飽きれ気味に紅茶を啜るルフナだが、隠れたところで旭日の試合は度々観戦していた。何だかんだ言いながら気になっていたのだろう。

 リゼはその度に付き合わされていたが、初めての戦車道でここまで勝ち上がる新米もそうそういないと思ったのか、旭日の動きを研究し、自分の物にしようと色々と考えていた。

 ただ、試合観戦に来ていたのはルフナ、リゼの聖グロペアだけではなかった。サンダースのリン、プラウダのサティ、ルリエーペア、アンツィオの千代子も一緒だった。

 観戦席で見れば良かったのに、折角だから集まって観戦しようと言うことになったのだとか。リンと千代子は盛り上がり、サティ、ルフナの2人は呆れていた。

 リゼは興味津々でモニターに目をやり、ルリエーは興味なさげな感じだった。呆れ声でサティがポツリと呟く。

 

「あいつらもバカよねぇ、後で協会側から咎められても何にも言い返せないわよ」

 

 興味津々でモニターを見るリン。

 

「でもさ、凄いと思わない?旭日のメンバーがオートジャイロを出そうっていうイメージが出来るなんて」

 

 戦車道のあるべき姿を問いかける千代子。

 

「もはやイメージ所の話じゃない、あいつらは本当に戦車道がどういうものなのか分かってんのか?」

 

 ルフナは紅茶をゆっくりと呑みながらモニターに目を向けた。

 

「サイドカーを出した時点で、戦車道らしさも欠片もありませんでしたよ。彼がイメージしている戦車道と、私たちがイメージしている戦車道は少しズレていますから」

 

 口々に批判を募らせる3人だったが、宗谷との試合を通して自分達には足りないものがあることに気付いていた。チームワークとしての結束力だ。

 別に結束力が無いという訳ではない、同期、先輩、後輩みんな仲はいいし、連携も十分に取れている。それでも、旭日の連携の良さに勝てたとは思っていなかった。

 飛行中のカ号は、全速力で救助現場に向かっていた。北沢が懸念していたトラブルが起きることは無く、問題無しで飛行していた。後少しで救助現場に着く、水谷と北沢は、どういった対処をすべきかお互いに話し合っていた。

 

「先に乗員を救助した方が良いだろ?その方が重量の軽減が出来て、やり易くなると思うけど」

 

「いや、もう時間がない。乗員を助け出す前に4号が落下する可能性が高い、ウインチ使って後部(リア)側から引っ張り上げた方が良い」

 

 2人の意見が交差していると、救助現場が見えてきた。あれから少しも動いた感じは無く、苦戦している様子が伺えた。北沢が無線を通して宗谷に通信を試みる。

 

「宗谷、聞こえるか?今チリ改と4号の真上に着いたぞ!」

 

〔やっと来たか!もう落下寸前だぞ!〕

 

 4号は自車の履帯でどうにか地面を捉えているもの、状況はかなり悪化していた。チリ改下の地面はもう削れ過ぎて掘削機状態、七海は車体が斜めったときに頭をぶつけたらしく、気絶していた。

 先に戻った福田がチリ改と大木を鎖で繋ぎ止め、これ以上下がらないように対策を取っていたが、木からは「ミシミシ」と不吉な音が聞こえ始めている。

 乗員を救出してほしかったところだが、怯えて動けそうにないのでこのまま作業を行うしか無さそうだ。

 

「宗谷、今からワイヤーを降ろす!そのワイヤーと4号を繋いでくれ、何とか引き揚げる!」

 

 水谷が左手側に付けられているレバーを引くと、カ号からワイヤーが降ろされた。宗谷がワイヤーの先に付けられているフックを4号と繋ぐ。

 

「接続完了!引き揚げろ!!」

 

 指示に合わせてスロットルを全開位置まで開く。機体がホバリングで上に上がり、ワイヤーが張り詰める。ワイヤー自体は重量級でも耐えられるが、心配なのはカ号のフレームだ。

 元の設計上では60キロの爆弾(乗員2名に対し、爆装時は1名のみ)を1発しか搭載しない構造なので、24トンも重量がある4号を引き揚げるのは至難の事だ。

 

 設計を多少変更してはいるものの耐えられるかはまた別問題だ。だがそんなことを気にすること無く、カ号は上に上に上がろうとしている。エンジンから唸り音が聞こえ、プロペラが高速で回り、フレームが「ギシギシ」と音を立てる。

 カ号は全力を出していたが、4号はびくともしない。そこで、垂直ではなく前に進むように引こうと考えた。進行方向に進めば早く引き揚げれるのではと思ったのだ。

 

 ホバリングをやめ、進行方向に操縦桿を倒す。機体が前に進み出すが、状況は変わらない。そこでまた、新たなる問題が発生していた。エンジンが上手く冷却出来ず、異音が発生していたのだ。

 異音が出始めていたのはカ号だけではなく、チリ改も同じだ。お互いに空冷式のエンジンで、かれこれ13分近くこの状態でいる、走行風すらまともに当たらないので、エンジンが異音を出してもおかしくない状態なのだ。

 水谷はいち早く異常に気付き、シリンダーの温度を表示する『筒温(とうおん)計』と、エンジンオイルの温度を表示する『油温(ゆおん)計』を見た。表示温度を見ると、既に限界温度を超えていた!

 水谷は危険を感じ、エンジン出力を若干落とした。これで冷却出来るわけがないのだが、自爆しないためには仕方がない。すると異変に気付いた宗谷から通信が来る。

 

「水谷どうした!?エンジン出力が落ちてるぞ!」

 

「油温計と筒温計が限界超えたんだよ!オーバーヒートする可能性が上がったから少し出力を落としたんだ!」

 

「何!?くっそ!爆発しない程度に出力を上げろ!」

 

 車体はさらに後ろに下がり、チリ改と大木を繋ぐ鎖が「ギシギシ」と音を鳴らす。

 宗谷は何か出来ないか模索していたが、何も出来ずにいた。チリ改とカ号のエンジンからは異音が響き、今にもオーバーヒートしそうな状態だった。もう手立てはない、そう思った時、天気が宗谷たちに味方をした!

 

「雨だ!雨が降りだしたぞ!」

 

 北沢が空を指差していると、ポツリポツリと雨が降ってきた!雨水はエンジンを濡らし、少しずつ冷やしていった。そのお陰でオーバーヒートを気にすることは無くなった。

 

「こんな時に雨が降るなんて・・・」

 

 水谷が信じられないという顔で空を見ていた。それは観戦席に座っているみほたちも同じだった、ダージリンが言ったように、奇跡を起こしたのだ。

 エンジンは十分冷却出来た。しかし、ここで新たに問題が発生した。

 

「ヤバい、雨で地面が濡れたからスリップしてる!」

 

 チリ改が走る地面が泥濘に近い状態になり、履帯が地面を捉えられずスリップしているのだ。どうにか地面を掴もうにも、そこらじゅう泥だらけで捉えられないのだ。

 この報告が宗谷の耳に入り、柳川に履帯の下に石や枝を敷き詰めるように指示を送った。これで少しは捉えやすくなるはずだ。

 

 柳川はそこらでかき集めた石や枝を敷き詰めたが、チリ改は前に進むことが出来ない。岩山が操縦に慣れていないこともあるのか、焦ってしまっていた。福田と交代させた方が良いのだが、今は時間がない。

 福田も陸王とチリ改を繋ぎ、牽引しようとするがタイヤはスピンする一方で進む気配すらない。さらに、川が増水し、濁流に変わっていた。万が一落ちてしまったら助かる保証は無い。

 引き揚げるために必死になる戦車とオートジャイロ、宗谷でもどうしたらいいのかわ分からずにいた。

 

 〔かなり苦戦しているようだな〕

 

 突然謎の通信が入ってきた、声は何処かで聞いたことがあったような?宗谷がインカムを通して通信を返す。

 

「誰だ!こんな時に通信暇なんてない!」

 

 〔『誰だ』とは失礼だな、まぁ、いい。戦車道協会長の西住だ〕

 

 通信の相手はしほだった。この状況になってから5分後ぐらいの時に、通信機を持ってこさせていたのだ。こんな時に通信してくるとはどういうつもりなのか?

 

「何の用ですか!?」

 

〔そんなに慌てることはない、1つ提案をしようと思っただけだ〕

 

 この通信は旭日のメンバー全員に聞こえていた。福田は怪しさを覚えた。

 

(提案?このタイミングで?旭日(俺たち)を懸念してると思っていたが・・・・・)

 

 〔その状態では拉致が開かないだろうから、戦車回収車を出して手助けでもと思っただけだ〕

 

『手助け』、その言葉がしほの口から出るとは誰も予測出来なかっただろう。横で聞いていたみほとまほは驚いていた。

 

「手助けですか、それは有難い・・・・・と言いたいところですけど、何か条件があるんでしょ?」

 

 〔察しが言いな、その通りだ。何も難しくはない、お前たちが()()退()()すれば済むことだ〕

 

「「「「「「途中退場!!??」」」」」」

 

 旭日のメンバーは唐突過ぎる一言に思わず叫んでしまった。4号を助ける条件が、()()()()()退()()だとは思いもしなかった。宗谷がしほに言い返す。

 

「ここまで来たっていうのに、途中退場だなんて言語道断だ!」

 

 〔意地だけでは乗り越えられないこともある。この状態が続こうものなら、あと3分と持たないだろう。4号と共に心中するか、それとも4号を生き残らせるために自らを犠牲にするか、好きな方を選べ〕

 

 どっちにしても、旭日が犠牲になることに変わり無い。しほの言葉が宗谷たちに刺っていた、『共に心中』するか、『自らを犠牲にして途中退場』するか・・・

 

「宗谷!どうすんだ!このままだとマジでヤバいぞ!!」

 

「んなことは分かってる!!だが、途中退場なんて絶対にしない!任務は、果たさなければならないんだ!!」

 

 宗谷はそう言うが、しほの言うように意地だけで乗り越えるのは無理だ。どうにかして流れを変えなければ、心中してしまう可能性が非常に高い。

 宗谷がどうしようか考えていた時、ある1つの言葉が浮かんだ。

 

『4号を生き残らせるために自らを犠牲にするか』

 

(『生き残らせるために()()()()()()()()』・・・・・なら、俺はこれを犠牲にする!!)

 

「チリ改!カ号!そのまましっかり牽引してろ!!」

 

 宗谷がそう言うと、操縦席に座っていた七海を引っ張りだし、砲搭の中に入れた。七海を預けると急いで操縦席に座り、エンジンを始動した!北沢が音を聞き、宗谷に通信をする。

 

「何やってんだ!?そんなことしたら落下する危険性が高まるぞ!」

 

 北沢の声を無視し、4号は少しずつ前進を始めた!あまりに突然過ぎて何が何だか分からない。観戦席に座っている観客たちも、4号が動き出したことに驚いていた。

 救助しようとしている車両を動かそうという発想に行き着くとは誰も思わなかったことだ。かほは宗谷に怒鳴るように叫ぶ。

 

「ちょっと!やめて宗谷くん!!落ちちゃうよ!!」

 

「今は4()()()()()()()()()()()()しか方法はないんだ!後部(リア)が重くて沈んでいってるから、少しずつでも動かさないと拉致が開かない!とにかく今は、これしかない!!」

 

 さらにアクセルを踏み込み、車体が『ガゴン』と揺れる。履帯は滑り、エンジンは唸り、車内は悲鳴が響く。操縦レバーを握る手は震え、手汗で滲んだ。

 履帯がグリップするところを探りながら操作を続け、少しずつ動き出した!

 

「あと少しだ!踏ん張れ!チリ改!カ号!!」

 

「分かってるって!全力で行くぜ!」

 

「くっそぉー!!行くぞおらぁー!!」

 

 岩山がアクセルを吹かし、水谷はスロットルレバーを全開位置まで押し込んだ。2輌の戦車と、1機のオートジャイロの音がこだまし、4号が進み始める!

 

「行っけぇーー!!4号ぉーー!!!」

 

 宗谷がアクセル全開にし、クラッチを繋いで動力を伝える!その勢いで、4号が崖っぷちから飛び上がった!

 

『ガゴォーン!!』

 

 鈍い金属音を立て、4号は止まった。崖からの救出に成功したのだ!

 

「やった!やったぞぉーー!!!」

 

 思わずガッツポーズを決める福田、あとの4人も歓声を上げていた。宗谷は、操縦レバーから手を離し、背もたれに寄り掛かった。

 

「っはぁーー・・・・・危なかった・・・」

 

「宗谷くん・・・・・」

 

 くたびれている宗谷に、かほの泣きそうな声が聞こえてきた。かほを見てみると、既に涙目だった。

 

「怖かったか?もう大丈夫だ」

 

 かほはその言葉に安心したのか、泣き出してしまった。かなり緊張していたのだろう。

 

「おいおい、泣くのはそこまでにしとけよ。黒森峰に勝利するまでは、嬉し涙として取っておけ」

 

 宗谷は操縦席から降り、繋いでいたワイヤーを外し始めた。その様子は観戦席のモニターに映し出されている、しほはその映像をじっと見ていた。

 

「『奇術で挑み、チームワークで切り抜ける』、宗谷()はそう言ってましたね」

 

 その横でまほがポツリと呟いた。救出でオートジャイロを使う『奇術』、誰1人無駄な動きをしない『チームワーク』、宗谷が言っていた通りに事は進んでいるように思えたのだろう。

 

「まさか救出出来るとは思わなかったけど、夏海が作る『防衛ライン』はそう簡単には突破出来ないでしょう。彼らもそこで足止めよ」

 

ーー

 

 

 かほたちがようやく落ち着いたみたいなので、ぼつぼつ動くことにした。目覚めた七海は落ち込んでいたが、かほたちが励ましたので、試合は続行出来そうだ。

 

 ちなみに通信機が繋がらなかった理由は、栞の操作ミスによるヒューマンエラーによるものだった。動き始めようとしたとき、先行したはずのチームが戻ってきた。通信機に穂香の声が入る。

 

「ごめーん、西住ちゃーん。『防衛ライン』作ったみたいで突破出来なかったよー」

 

『防衛ライン』、去年の試合の時も市街地に移動するときにこれに当たり、一気に4輌ほどやられてしまったという苦い経験がある。二の舞にさせまいと撤退させたのは良い判断だった。

 

(夏海お姉ちゃんの防衛ラインは簡単に突破出来ない。だけど・・・・・突破しないと市街地には行けない、どうしよう・・・・・)

 

 黒森峰の配置は市街地に向かう道を完全に塞いでいる状態で、何処に動いても狙われてしまう始末らしい。相手の戦車のデータ、そしてその戦車に乗る乗員のデータを利用して動きを先読みし、撃破する。それが夏海の電子戦なのだ。

 天才的な頭脳を持つ夏海、そして狂うことのない電子の力。この2つが合わさり、100%外すことの無い最強チームが出来ている。

 やみくもに動いたとしても、正確かつ無慈悲な攻撃が襲ってくる、しかし何か対策を立てようにも時間がない。意見が飛び交う中、宗谷がある提案を持ち掛けた。

 

「ようはその防衛ラインとかいうのを突破すれば良いんだろ?」

 

「簡単に言うけど、突破するのは難しいんだよ?バラバラで動いたとしても、すぐにカバーが入るから1輌突破出来たら良い方だよ」

 

「1輌じゃなくて、全車で一気に突破するんだ。よし!『A7V式突撃作戦』実行だ!」

 

 何だか聞いたことの無い作戦名が出てきた。『A7V』はドイツ初の突撃戦車のことだが、その名前を組み合わせた作戦を考えていたようだ。

 唯一理解出来るとこと言えば、作戦名に『突撃』と入っているのだから突撃することは間違いない。ただ『A7V』という単語が入っていることが気になる。と思っていると宗谷が指示を出し始めた。どうやら隊列を作るらしい。

 

 指示に従いながら戦車を動かしたが、出来た隊列は練習の時に作ったものと全く変わらない。変わったことは、チリ改が混ざったことと、4号が丁度真ん中に来たことだろうか。

 先頭にヘッツァー、その右後ろに3突、左後ろにチリ改。3突の後ろにM3、チリ改の後ろに89中戦。M3の後ろにポルシェティーガー、89中戦の後ろにB1。そして、ポルシェティーガーとB1の間を取るように3式中戦が入り、ヘッツァーの真後ろに4号を配置した。

 真上から見ると、菱型になっているという謎の編成が出来た。こんな編成で、どうやって突破しようというのだろうか。考え混むかほたちに、宗谷から説明が始まった。

 

「この編成で例の防衛ラインを突破する。つまり、どんなことが起こったとしても編成は崩してはならない。全ての戦車の最高速度はバラバラだから、ワイヤーで全戦車を繋げる。それから・・・

 

ーー

 

 

 市街地に唯一抜けられる道を黒森峰が塞いでいた。夏海の予想では、突破はほぼ不可能だろうと確信していた。去年と編成は差ほど変わらないが、大丈夫だろうと思ったようだ。

 キーボードを「カタカタ」叩きながら、次の作戦、またその次を考えていた。考えているのは夏海ただ1人、車内はキーボードを叩く音しか聞こえず、会話は全く無い。何処と無く寂しい気がする。

 

 〔西住隊長!敵戦車の音が聞こえて来ました!接近している模様です!〕

 

「分かった。全車、戦闘に備え!敵が来たら予定通りに攻撃を開始しろ!」

 

 夏海の指示で一斉に所定の位置に付いた。各方面に対応出来るように、車体と砲塔の位置は各車でバラバラにしている。準備が整った時、戦車のエンジン音が響いてきた。

 

(来たか・・・・・どう足掻こうと、無駄であることを教えて・・・・・!?)

 

 夏海はまさかの光景に一瞬戸惑った。相手は拡散すること無く、また避けること無く、猪突猛進のごとく防衛ラインの真ん中を全速力で駆けていく!宗谷がチリ改の操縦席から指示を送っていた。

 

「全車、ヘッツァーの最大速度に合わせ!作戦通り、各方面に向け、牽制攻撃を開始せよ!撃ち方始め!!」

 

 正面はヘッツァー、3突、M3の副砲、チリ改の副砲が対応し、右方面はチリ改の主砲、89中戦、が対応。左方面はM3の主砲、ポルシェティーガーが対応し、後方はB1が護っていた。

 陸王が機銃を撃ちながら先行し、空からカ号が進路を指示しながら飛行している。特に狙いは定めていない、牽制になればそれで良い。今はひたすら市街地に向かうだけなのだから!

 

「あいつら、この状況で市街地に抜ける気!?」

 

「全車撃ち方始め!」

 

 一斉攻撃が始まった。陸王は危険を察し、隊列から離れた。黒森峰の攻撃が大洗の隊列目掛けて飛んでくるが、お構いなしに進んでいく。

 

(別々で動かず、纏まって一直線に進み、敵の懐を突破する。これが、A7V式突撃作戦)

 

 黒森峰の方は今までなかった事態にあたふたしていた。バラバラに動く的には有効だが、纏まって動く敵には不利だということを思い知らされていた。

 塞ごうとすれば別に穴が空くので、そこを突いて逃げていくのだ。しかし黒森峰も逃がしまいと隊列めがけて攻撃してくる。しかし、その攻撃も空しく、敵を逃す結果となった。

 

「攻撃中止だ、隊列を崩せ。それから市街地に向かう、急げ!」

 

 夏海は冷静だった。これだけ混乱していた中で、正確で落ち着いた判断が出来ている。相手がどう出ようとも、深追いはせず、まずは自分のチームをどうにかすることが先決だと思っているからだろう。

 大洗チームは防衛ラインを突破し、市街地に向かっていった。今回の要因は、味方の位置を把握しきれていなかったマリカの判断ミスだ。隊列を組み直している最中も、悔しそうに隊列を睨んでいた。

 

ーー

 

 

〔こちらルクス、敵はさっきの位置から少し動いた程度よ。余裕を持って市街地に向かえる、私たちはもう少し相手を見張ってから市街地に向かうわ〕

 

「分かったわ、引き続き偵察をよろしくね」

 

 琴羽からの情報を聞いたときには市街地の入り口にまで差し掛かっていた。ワイヤーを外す時間が無かったので、そのままで走行していた。

 市街地に辿り着くとワイヤーを外し、自由に行動出来るようにした。ルクスからの新しい情報によると、敵戦車が市街地に到着するのは5分後だろういうことだった。それだけ時間があれば対策を立てるには充分だ。

 

「後方!敵戦車が2輌接近しています!」

 

 優香子が後ろを指差しながら叫んだ。最初から市街地(ここ)にいたらしい。

 

「あれは・・・・・マウスです!超重戦車のマウスと・・・・・ティーガー2・・・・・ですか?」

 

 1輌はマウスであると識別出来た、もう1輌はティーガー2らしい。しかし、双眼鏡を覗く宗谷には、それが()()()()()2()()()()()ということが分かっていた。

 

「全車回避!!あれはティーガー2じゃなくて・・・・・」

 

 迫る2輌の戦車から砲撃が始まった。その攻撃で、近くにいたB1がいとも簡単に吹っ飛ばされてしまった!

 

「え!?え!?何これ!?こんなのあり!?」

 

 突然吹っ飛ばされてしまったB1を見る栞、宗谷は双眼鏡を片手に叫んだ!

 

「あれはティーガー2じゃない!あれはもう1つの重戦車、150ミリ砲を装備しているE-100だ!!」

 

 

 




今回も読んでいただき、ありがとうございました。

諦めない宗谷たちの意思が、奇跡を起こしたのかも知れませんね。

ちなみに、宗谷が名付けた作戦『A7V式突撃作戦』。この作戦に何故A7Vの名前が入っているのかというと、隊列を作った見た目がA7Vに類似していたから、だそうです。


さて、市街地に着いたまでは良かったものの、新たなる敵、マウスとE-100が大洗チームに牙を剥く!果たして、大洗チームの運命やいかに!?


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第21章 迫る超重戦車!

前回のあらすじ

落下の危機にさらされてしまった4号!しかし、旭日の新たなる切り札、カ号観測機との連携によって救出成功となる。

夏海が作った防衛ラインを突破し、市街地に無事に到着出来た。しかし、市街地には、100トンを超える超重戦車が2輌待ち構えていた!


 E-100に吹っ飛ばされてしまったB1は、煙を出しながら横転していた。かほが焦り声で通信を試みる。

 

「カモさんチーム!大丈夫ですか!?応答してください!!」

 

〔・・・・・・・・・・大丈夫よ!全員無事!やられちゃって申し訳ないけど、あとは任せたわよ!〕

 

〔頑張ってください、西住隊長!〕

 

〔絶対に勝てるって信じてます!!〕

 

 ちゃんと3人の声は聞けた。大丈夫そうで安心したが、残る戦車はあと10輌になってしまった。

 

「全車撤退!真っ向勝負で敵う相手じゃない!!」

 

 宗谷が撤退命令を出し、かほたちはバラバラになって建物の影に隠れる。恐ろしい威力を誇るE-100は、獲物を探す巨人のようにゆっくりと走っていた。

 

 車長である足立(あだち)は睨むように辺りを見渡している。そしてこの報告は、現在市街地に向けて進軍中の夏海たちに届いていた。

 

〔西住隊長、大洗は市街地に展開しましたが、少なくとも我々の敵ではありません。見つけ次第攻撃します〕

 

「分かった。だが、甘く見るな。相手は我々の防衛ラインを強行突破した連中だ。何を仕掛けてくるか分からない。それと、先攻したパンターが橋の上でトラブルを起こしたから、到着が10分ほど遅れる」

 

〔了解。敵に関しては十分気を付けます〕

 

 通信を終え、夏海はタブレットの画面に目を向けた。防衛ラインを突破されることは想定外だったが、市街地に超重戦車を残してきたことは正解だったようだ。

 雨が降ったことで泥道になってしまった箇所もあるので、100トン級の戦車が走れば泥に嵌まって、脱出どころではなかっただろう。観戦席にいるみほは、まほにE-100が参加していることを問い詰めていた。

 

「超重戦車を2輌用意するなんて、そうとう無茶したんだね・・・・・そこまでして旭日を潰したいの?」

 

「人聞きの悪いことを言うな。()()()()では無い、()()()()()()に用意させたんだ。()()()()()()()()()()()には調度いいだろう?」

 

「設計途中だったE-100を、たった2週間で完成させたって聞いたよ。旭日を潰すために急がせたんでしょ?それに・・・・・勝つために手段を選ばないことが、戦車道のいろはなの?」

 

 しほは2人の言い合いをスルーしながら、試合の状況を確認している。現在の状況は、夏海を含む隊列が市街地に進行し、先に着いた大洗チームが超重戦車ツインズに苦戦を強いられている。

 エンジン部を守るためか、マウスとE-100は後部同士をワイヤーで繋げ、2輌で1輌と言った形で走っていた。足立は『トランペッター戦法』と言っているが、トランペッターというのはドイツの装甲列車のことを指す。

 

 何よりも厄介なのはE-100だ。装甲厚はマウスより若干薄いが、車体前面だけで200ミリの装甲に続き、150ミリという大火力を誇る砲を持っている。

 少しばかり距離がある中でB1をひっくり返したのだ、威力はかなりあることは確かだ。至近距離で喰らったら大破どころではない。

 さらに厄介なのは、40キロ近く速度を出せるという点だ。総重量144トンもある超重戦車が、40キロという速度を出せるというほど厄介なことはない。

 そして今は、大洗からの必死の抵抗を受け流しながら攻撃を仕掛けようとしていた。大洗チームの火力では前面装甲を撃ち抜くのは不可能だ。岩山は悔しそうにレバーを叩く。

 

「クッソ、撃ち抜けねぇ!前面装甲が硬すぎてチリ改主砲じゃ無理だ!」

 

 星野は頭を掻きながら唸り声を上げていた。

 

「う~、ポルシェティーガーでもダメだねぇ、同じドイツの戦車だっていうのに・・・・・」

 

 かほはどうにか撃破できるようにと指示を送る。

 

「主砲と車体の間を狙ってください!そこを捉えれば撃破できるはずです!」

 

 かほそういうが、砲搭と車体の間を狙うのはかなりの技量がいる。とてもじゃないがそんなことは出来そうにない、下手に撃つより別の対策を立てた方が良さそうだ。大洗は一旦攻撃を中止し、再び散った。足立は少しイラついているようだ。

 

「ちょこまかとぉー・・・・・だけど、E-100(この戦車)には勝てない。西住隊長たちが到着するまであと10分足らず、私たちと西住隊長で袋叩きにしてやる!」

 

ーー

 

 

 大洗チームは各車バラバラで展開し、影から超重戦車を見ていた。堂々と走る2輌の戦車をどうやって撃破するか。側面装甲も厚く、履帯保護のために付いているスカートだけでも50ミリ以上ある。

 側面からでも撃ち抜けるか怪しいところだ。影から穂香がE-100を見ている。

 

「うは~、ヤバイねぇ。あんなのどうやって倒すの?」

 

 梅は砲弾を抱えながら悔しそうに唸っている。

 

「卑怯にも程があります。マウスだけでも倒すのに苦労してたのに、2輌も超重戦車に来られるなんて・・・・・」

 

 操縦席に座っている夏子も同じ気持ちのようだ。

 

「全くですよ~、さっきの隊列が迫るって言うのにぃ~~」

 

 そこが1つの大きな問題だった。防衛ラインは突破出来たが、突破してもう12分が経過していた。本隊がいつ到着してもおかしくない状況に置かれている、なるべく早く対処しなければならない。

 

「黒江ちゃん?そっちはどう?」

 

〔市街地にかなり接近していますけど、何かトラブってるみたいなんで、到着まであと10分程度掛かりそうです〕

 

「分かったわ、ありがとう」

 

 残り10分、せめてどっちか1輌を潰すだけでもマシになると思う。そこで、かほにこう聞いた。

 

「西住ちゃん?多分同じこと考えてたと思うんだけど・・・・・」

 

「敵戦力を分散・・・・・させますか?」

 

「やっぱそれしか無いよね、誰かにワイヤー切ってもらおうか?」

 

「近くに誰かいないか聞いてみましょう。下手に動くと餌食になっちゃいますから」

 

 2人の意見は合致したので、あとはワイヤーを切ってもらうだけだ。通信してみた結果、近くにいたのはM3だった。頼んでみると、あいかはOKと言ってくれた。しかし、他の乗員はワイヤーを切ることを嫌がり、中々攻撃に移せずにいた。

 

「嫌だよ!!カモさんチームを軽々と吹っ飛ばした戦車相手に撃ちたくないよー!!」

 

「何言ってんのよ!西住先輩からの命令よ!命令には絶対服従なんだから!」

 

「だって砲撃音で居場所バレたら私たちが標的にされるんだよ!?怖すぎて狙えないよぉーー!!」

 

「だったら機銃使えば良いじゃない!!おりゃぁー!!」

 

 あいかが足下にある機銃発射ボタンを踏み、戦車同士を繋いでいるワイヤーに向けて弾をばら蒔く。『タタタタタタタタ』と言う音がし出したので、足立がハッチから頭を出して見てみた。

 見たときには既にワイヤーが切られていた。しかし、足立は慌てることなくマウスの車長、三浦(みうら)に通信する。

 

「ワイヤー切られたけど、あんたらだけで行けるよね?」

 

「当たり前でしょ?むしろこうなった方が都合良いわ」

 

「作戦は、分かってるよね」

 

「ええ、『プランB』でしょ?さっさとやりましょ」

 

 どうやら、『プランB』という別の作戦を考えていたらしい。普通の戦車でも出来る簡単なものだが、超重戦車コンビになるとまた違ってくる作戦なのだ。

 M3はワイヤーを切った後にすぐ移動し、市街地内をうろついていた。慌てて逃げてきたので、敵が来ていないか心配していたが、鈍重な戦車から逃げるのは容易いことだ。すぐに見えなくなったので、あいかは少し安心していた。

 

「ほらー、大丈夫だったでしょ?どんなに強い火力持ってたって、M3(私たち)に追い付くなんて・・・・・」

 

『ドォーーン!!!』

 

『グワァーーン!!』

 

 凄まじい轟音と共に、目の前の道に穴が開いた!あいかが後ろを向くと、マウスがゆっくりと接近していた。狭い道を走って来るさまは、壁が迫っているようなものだ。

 

「うわ!さっきのマウス!?逃げるよ!全速前進!!」

 

ーー

 

 

 一方、建物に身を潜め、福田、水谷、北沢を待っているチリ改には、かほから2輌を接続していたワイヤーを切り離したと報告が入っていた。宗谷はその報告を聞くなり驚いていた。

 

「何だって!?ワイヤーを切った!?」

 

「戦力を分散させられればって思ったんだけど、ダメだった?」

 

「E-100の性能分かってんのか!?チリ改(俺たちの戦車)と同等の速度性能を持っているんだぞ!?」

 

「だけど、加速力は圧倒的に低いでしょ?そこを付ければ・・・・・」

 

〔こちらウサギチーム!マウスに追いかけられています!!応援お願いします!!〕

 

 早速救援要請が入ってきたが、かほは落ち着いた様子で通信を返す。

 

「落ち着いて、相手は188トンの超重戦車。M3がギリギリ通れる道を選んで進んでみて、そうすれば引き離せるはずよ」

 

「分かりました!言われた通りにしてみます!」

 

「何かあったらすぐに連絡して、助けに行くから」

 

 かほは的確な指示だと思ったが、どうもすっきりしない。厄介者(超重戦車)が2輌、そしてマウスがM3を追い掛ける、どうも怪しい。

 

(もし私があっち側だったら、追い掛ける役はE-100に任せるかな?チリ改とほぼ同じ速度が出せるんだから・・・・・でも、それだと細い路地に逃げられなら取り逃がすことになっちゃうし・・・・・待って、まさか!!)

 

「ウサギチーム!今何処にいる!?」

 

 慌てて通信機を手に取り、M3に通信をするかほ。何故こんなに慌てるのか、栞たちは不思議そうにしている。

 

「今ですか?今はマウスから逃げて、スポット197の裏路地に入ってますよ?どうかしました?」

 

「今すぐにそこから離れて!!罠があるかもしれない!!」

 

 かほは脱出を促したが、時既に遅し。路地の出口に砲を向けたE-100が先回りしている!!

 

「全速後退!逃げるよ!!」

 

 あいかは後退の指示を出したが、後ろはマウスによって阻まれた!M3の脱出は不可能になってしまった!プランBとはこのことで、重戦車同士で挟み撃ちにするという簡単な作戦だ。マウスで追い、マウスからの情報を元にE-100が先回りして挟み撃ちにする。

 つまり、追い掛ける役は早くても遅くてもどっちでも良かったのだ。結論を言えば、追い込めれば良い。ただそれだけだ。そしてこの作戦にはまってしまったM3は、脱出方法が見つからず、道を行ったり来たりしていた。

 対応策が見つからないM3に、足立は無慈悲にも攻撃するように言い出した。

 

「情報によれば、相手は1年生しか乗っていないらしわ。私たちの恐ろしさ、十分に味あわせてやりなさい!撃ち方始め!!」

 

 マウスとE-100がM3を襲いにかかる!砲弾が飛んでくるが、M3を撃破するまでには至っていない。足立はわざと外し、じわりじわりと倒しに掛かっているのだ。

 非常に無駄なことだが、相手に恐怖を与えつつ撃破する、これが足立の戦い方なのだ。黒森峰(自分たち)との実力の差を見せつけるためにやっているらしいのだが、やっていることは卑怯としか言い様がない。M3の乗員は、すっかり怯えてしまっていた。

 

「うわぁーーん!どうしょうー!!脱出出来ないよぉー!!」

 

「誰か助けに来てぇーー!!」

 

 そんな中でも、あいかだけは必死に抵抗しようと指示を出していた。

 

「助けを求めても来れないよ!今は私たちだけで出来ることをしないと!主砲は後ろを!副砲は前を攻撃して!」

 

 乗員はあいかの指示通りに前と後ろに別れて攻撃を開始した。『出来ること』は、これしかないのだ。M3からの抵抗は、E-100とマウスからしてみたらへこみにすらならない程度だ。

 それでも諦めずに攻撃を続けた。何処かに突破口はあると信じて。

 

「フン、無駄弾を撃ちまくるだけになるとはね。そろそろ飽きてきたから、撃破しようかしら?」

 

 E-100の砲身がM3に向く。それでもM3は、抵抗を止めなかった。

 

「撃て撃て撃てぇー!!撃って撃って撃ちまくれぇーー!!」

 

 半泣き状態で指示を出すあいか、それでもE-100は無慈悲に砲を向ける。

 

「そんな砲で撃ち抜けるわけがないじゃない。撃ち方用意!!う・・・

 

『撃て』と言いかけた時、E-100は後ろから攻撃された。足立が頭を出すと、4号が砲を構えていた。

 

「あら?わざわざフラッグ車から来るとはね。まぁいいわ、あんな中戦車より倒す価値はあるからね。180°旋回!フラッグ車を撃破するよ!!」

 

 突然動き出したE-100に、三浦は慌てた。撃破すると言っておきながら、何もせずに動き出したのだから。

 

「ちょ、ちょっと!何やってんのよ!M3(こいつ)はどうするのよ!」

 

マウス(あんたたち)に任せるわ。今はフラッグ車(こいつ)を撃破するほうが先よ!」

 

 勝手に動き出してしまったE-100を呆れた目で見ながら、マウスも動き出した。M3に狙いを定めたが、突破口は形成された!攻撃される前にどうにか脱出出来た!

 

「よ、良かったぁ・・・・・西住先輩が助けてくれたから・・・・・あ!助けにいかなきゃ!!」

 

 助かったが今度はかほたちがピンチに陥ってしまった!助けにいこうとしたとき、穂香から通信が入った。

 

〔何とか脱出出来たみたいだね。無事で何より〕

 

「角谷先輩!そんなこと言っている場合じゃないですよ!西住先輩が!」

 

〔まぁまぁ、慌てない慌てない。西住ちゃんもこう言ったことは予測してのことだから、きっと大丈夫だよ。それと、あのバカでかい戦車を倒す作戦があるからしっかり聞いて〕

 

ーー

 

 

 2~3分前、かほはM3が窮地に立たされることを察していたが、E-100たちを倒す方法が見つからなかった。どうにかして倒さなければ、後々で窮地に立たされるのは大洗(こちら)側になってくる。

 どうにかしなければ、そう思えば思うほど分からなくなっていった。悩むかほに、宗谷からの通信が入る。

 

「ヤベーなぁ、こりゃ。俺たちの火力じゃ太刀打ち出来ないなぁ」

 

「そんなの分かりきったことでしょ?だけど、私達でどうにかしないと。お母さんたちがやったあの戦法を使う?」

 

「効かないだろ、きっと対策済みだよ」

 

 みほたちはマウス撃破の際、ヘッツァーで足止めをしたあと、マウスの砲搭を90°旋回させた直後に89中戦が車体に上がり、無防備となったエンジン部を撃ち抜いて撃破したのだ。

 だが、同じ手が何度も通用するような相手ではない。何か別の方法を考えなければどうしょうもない。

 

「迫撃砲とかあればなぁ。そうすりゃ山形の曲線描いてエンジン部を上から撃ち下ろせるのに」

 

「そんなこと出来ないよ。動き続ける戦車相手に撃ち下ろすなんて、そんな簡単には・・・・・」

 

 返信しかけた時、さっき救助されたときのことを思い出した。さっきはカ号からワイヤーを下ろしてもらい、引き揚げて助けられた。ワイヤー・・・・・引き揚げる・・・・・張る・・・・・

 

「・・・・・そうだ!これならいけるかも!」

 

「うん?どうかしたのか?」

 

「宗谷くんたちに助けてもらったから、1つ作戦が思い付いたの!」

 

 宗谷にはさっぱりだった。確かに救助はしたが、そこから一体どんな作戦を思い付いたの言うのか。

 

「みなさん、今から言うことをよく聞いてください。私たちの連携が物を言う作戦になります」

 

「ええい、もう何でも良い!早くその作戦を伝えろ!!」

 

 焦っているのか梅は普段以上にピリピリしていた。

 

「ではまず、囚われの身となっているM3を救出します。4号(私たち)が囮になって、E-100を路地の出口から引き離します。それから・・・

 

ーー

 

 

 と言った感じ作戦を立て、今4号はE-100の囮として引き付けていた。砲撃が来る度に凄まじい衝撃で地面が揺れた。かほは朝子に指示を送っている。

 

「冷泉さん、E-100が動き出したよ!相手は遅いように見えて早いらしいから、旋回は素早くね」

 

「・・・・・コーナーで差を付けるなら、任せろ」

 

 朝子は角を曲がるとき、減速することなく強引に曲がっていった。曲がる度に『ガガガガ』っと地面が削れるかのような音が響く。

 振り切るために無理な操縦をしているのだが、E-100の操縦手もかなりの腕を持っているようだ。狭い角を素早く曲がり、差をつけないように追いかけている。そして正確な射撃が襲ってくるので、何とかして振り切らなければ1発で撃破されてしまう。

 ジグザグに走ったり、フェイントで急ブレーキを掛けたりしたが全く効果はない。動きを読まれているようだった。

 

「西住・・・・・次は?」

 

「ちょっと待って、えっと・・・・・」

 

 朝子は次の指示を待ったが、試せるものは全て試してしまったため、かほは焦っていた。今はとりあえず逃げるしかない、150ミリの驚異を間近で感じながら逃げるのは恐怖だった。

 反撃に転じてみたものの、やはり攻撃は通用しない。E-100は弾を弾き返しながら4号に迫っていく!

 

「フッフッフ、最後の悪あがきってやつかしら?無駄なことを」

 

 足立は嘲笑うように4号を見ていた。あと少しで追い付くと思ったその時、4号が通りすぎた角からM3が現れたのだ!

 

「澤さん!?何やってるの!?」

 

「西住先輩に頼りっぱなしだったから、今度は私たちが何とかする番です!」

 

 M3はE-100の前に立ちはだかったあと、突進していった!車体がぶつかり合い、火花が散った。

 

「澤さん!戻って!あなたたちじゃ太刀打ち出来ないよ!」

 

「大丈夫ですよ!私たちは、『重戦車キラー』の娘何ですから!」

 

 M3は突進しながら砲撃しているが、砲弾と車体は弾かれている。諦めずに攻撃を続けるM3、その必死の抵抗も簡単に受け流されている。しかし、E-100は背が高いので、攻撃しようにも懐に入られて攻撃出来ずにいた。

 そして今の6人は、さっきの時とは打って変わり、好戦的な姿勢を見せていた。足立は砲弾が弾かれる音を聞いてイライラし始めていた。

 

「何をしているの!!急制動掛けて一気に吹っ飛ばしなさい!!」

 

「は、はい!」

 

 足立の指示で急制動を掛け、M3とE-100の間に隙間が出来た。そのタイミングを逃すことなく、E-100の150ミリ砲が火を吹いた!

 

『ズドォーン!!!』

 

『ドォーン!!』

 

 2輌同時に射撃し、煙が晴れた時にはM3が白旗を上げていた。かほが通信を試みる。

 

「ウサギチーム!大丈夫!?」

 

〔大丈夫でーす!やられましたけど、全員無事ですよー!〕

 

 あいかの元気そうな声が聞けた。かほは安心出来た反面、申し訳なさで気持ちが少し沈んだ。助けてくれたのに、まさか犠牲になるとは・・・・・

 

〔西住!!何やっているんだ!!作戦決行中だぞ!!〕

 

 梅が呼んでいる。かほは通信機を握り、M3に通信した。

 

「澤さん、ごめんね。それと、ありがとう」

 

 そう言い残すと4号と共にその場を去った。あいかはその言葉を聞いて、泣きそうになっていた。

 

「『ありがとう』だなんて、お礼言われるほどのことはしていないのに・・・・・」

 

 そしてE-100は4号に向けて照準を合わせようとしていたが、問題が発生していた。

 

「何してんのよ!さっさと撃ちなさい!!」

 

「無理です!砲搭が旋回出来ません!」

 

「何がどうなってんのよ!まさかさっきの砲撃で旋回装置壊れたとか言うんじゃないでしょうね!!」

 

 足立がハッチから頭を出して見てみると、砲搭と車体の間に不発弾が挟まっていた。M3の旋回砲搭である37ミリ砲弾が見事に挟まっているのだ。

 

「クソッ!まぁ良いわ!砲搭が旋回出来なくても射撃は出来る、さっさと行くわよ!」

 

 E-100が動き出した頃、大洗チームはマウスに攻撃しながら後退していた。これでも作戦は決行しているのだが・・・・・

 

「おい、偵察員!準備は出来ているのか!?」

 

 梅は福田に向けて通信していた。福田は陸王を待機させてきたあと、ようやくチリ改に戻れたと言うのにいきなり出撃命令が出されて単独行動中だったのだ。

 

「偵察員って呼ぶな!それと準備は進めてる!今すぐに決行しても問題無しだ!」

 

 福田は建物の陰に立ち、ワイヤーを持っていた。『今回の作戦には欠かせないものだから』と言われ、カ号に付いていた物を持ってきたのだ。福田はワイヤー片手にぶつぶつ不満を溢していた。

 

「ったくよぉ・・・・・やっと隠し場所見つけてチリ改に戻ってこれたってのに・・・・・帰って早々出撃指令出される羽目になるたぁなぁ・・・・・」

 

 そんなことを言っていると戦車の砲撃音と同時にマウスが『ゴゴゴゴゴ』と音を立てながら走ってきた。福田はマウスを見て、ワイヤーを準備した。

 目の前を3突とヘッツァーが通り過ぎ、マウスがゆっくりと福田の前を通り過ぎていく。マウスの後ろが見えた時、福田はこっそりと乗り込み、ワイヤーを取り付けた。

 

「これ上手く行くのか・・・・・?成功する確立0%に近いと思うんだが・・・・・まぁ良いさ、きっと上手くいくだろ」

 

 大洗チームはマウスに攻撃を仕掛けながら後退している、パッと見ではただ逃げているようにしか見えない。これでも作戦の内なのだが。

 

「一体いつまで逃げれば良いんだ!こんなことしていて本当に撃破なんて出来るのか!!」

 

 装填しながら愚痴を溢す梅、それでも穂香は落ち着いた態度を見せている。

 

「こりゃダメかもねぇ、貫通出来ない装甲撃ち続けても無意味だしねぇ」

 

「負けそうになるかも知れないってときにそんなこと言わないでください!!」

 

 梅の鋭い突っ込みを流しながら、3突の美幸も穂香と同じ思いでいた。

 

「確かに・・・・・このままでは何も進展が無いままで終わってしまうぞ。西住殿は一体何を考えているのだ?」

 

ーー

 

 

 4号がE-100の囮となって動き始めた頃、ヘッツァーと3突はマウスの囮になっていた。かほからは、『これが作戦だから』とだけ言われて。

 

「西住殿、これが作戦になるのか?正直私にはこの作戦の意図が理解出来ていないんだが?」

 

「予定ルートの先に福田くんが待機しているはずですから、そこまで誘導してください。今は、これしか出来ませんから」

 

「それは良いが、いつまで逃げれば良い?我々もそう長くは持たんぞ」

 

「福田くんが待機している場所から建物をぐるっと1周してください。そうすれば相手の動きは封じ込めるはずです」

 

「・・・・・分かった、今はあなたを信じよう」

 

ーー

 

 

 と言った会話をしてから4分が経過し、建物をぐるっと1周したが、何が変わると言うのか。流石にこれ以上は対処のしようがない。

 

「もうダメだ!戦況を支えきれない!逃げるぞ!!」

 

 梅がそう言った直後、突然「ガクン!」と音を立て、マウスの動きが止まった!美幸は驚いている。

 

「!? 何だ!?急に動きが止まったぞ?」

 

 そう言う視線の先には、マウスの後ろからワイヤーが1本キラリと光った。ワイヤーを取り付け、ぐるりと1周させたことでワイヤーが張り、動きを止めることが出来たのだ。

 初歩的ではあるが、ただ動きを止めるだけなら十分な作戦だ。

 

「早くワイヤーを切り離して!主砲で撃ち切れるはずよ!!」

 

 三浦はそう言い、主砲を旋回させ始めた。ワイヤーを切ろうとしたとき、目標が変わった。距離を取った位置に、4号が待機していたのだ!藍が真剣な表情で照準器を覗いている。

 

「仰角最大、目標捕捉!射撃用意完了です!」

 

「藍さん、あなたのタイミングで撃って。私は、あなたに任せるから!」

 

「はい!」

 

 藍は射撃時の弾道、着弾予測を立て、若干修正したのち、トリガーを引いた!砲弾は円弧を描き、マウスのエンジン部を目掛けて飛んでいく!

 

『ガイーン!!』

 

 当たったかと思ったが、砲弾は車体を掠めただけで、撃破には至らなかった。惜しいところに当たったので、もう1発撃てれば撃破出来るはずだ。しかし、マウスは隙を与えまいと砲撃を開始した。

 

 攻撃に邪魔され、4号は2発目を撃てずに逃げ惑うしか出来なかった。

 

「このままだと、マズいぞ・・・・・一旦撤退した方がいい」

 

「それは出来ないよ。今ここで仕留めないと、私たちが不利になってくる。藍さん、次は撃てる?」

 

「ごめんなさい。攻撃される度に地面が揺れて、照準器がブレますから狙いが定まりません!」

 

 マウスの攻撃をどうにかして封じなければ、反撃出来ない。

 

「じゃあ、こうしたら良いんじゃないかな?」

 

「攻撃できないようにすれば、こっちのもんですよ!」

 

 と言う声と共に、89中戦の汰恵がマウスの砲身にワイヤーを引っ掛け、3式中戦が反対方向に引っ張り始めた!

 

「え!?猫田さん!?」

 

「用は攻撃が出来なければ良いんでしょ?だったら砲搭を回せば良いじゃないですか?元々デカいんですからワイヤー引っ掛けるのも楽でしたし」

 

「行くよ、行くよ、行っちゃうよー!グーンと引っ張るよー!」

 

 ももがーの娘であり、現操縦手を担当しているミカンはノリノリで操縦レバーを引いていた。3式中戦が強引に引っ張り、砲搭は少しずつ回り始めた。電動と内燃機関の戦いを見せられることになるとは。

 かほは少し呆然としていたが、砲搭が別方向に動いたので攻撃は止んだ。これなら十分狙える!藍が照準を修正している間も3式中戦は引っ張り続けている。

 

「ゴーゴー!引け引けぇー!!」

 

 ミカンは加減せずにグイグイ引っ張っている。その横で89中戦も攻撃し、4号から気を逸らそうとしてくれている。マウスは反対方向に砲搭を回しているものの、砲搭は回るどころかモーターが加熱していた。

 エンジンとモーターをどう比べても、圧倒的にエンジンの方が馬力が高いに決まっている。おまけにそこそこの出力を誇る3式中戦に引っ張られているのだ、そう簡単には回せない。砲手は手動で回そうともしていたが、全く効果はない。

 強引に回そうとしているので旋回部からは『ギギギギギ』と軋み音を立てている。藍はその瞬間を逃さなかった!

 

「かほさん!撃ちます!!」

 

「撃て!!」

 

 かほの声と同時にトリガーを引き、轟音と共に砲弾が撃ち出される!砲弾はさっきと同じように円弧を描き、エンジン目掛けて飛んでいく!

 

『ズドーン!!』

 

 凄まじい音と共に、煙を上げてマウスは撃破された!この状況を見ていたみほたちは歓声を上げていた。かなり追い詰められた状況に置かれ、チームプレーで切り抜けられた。

 しかし、安心したのも束の間、今度はE-100が高速で接近していた!4号たちはすぐに離れられたが、3式中戦だけはワイヤーが引っ掛かり脱出出来ずにいた!ミカンはアクセルを踏みながら焦っていた。

 

「ちょっ!マズい!マズいって!!脱出出来ない!!」

 

「焦らないで、反対に引っ張ればイケるかもよ?」

 

 猫田は落ち着いていたが、ワイヤーは砲身の根元に近い位置で引っ掛かっているので、反対方向に引っ張っても対して変わらない。3式中戦が脱出に手間取っている時でも、E-100は容赦なしに迫る。

 

「マウスが撃破されたけど、私たちで全車吹っ飛ばすわよ!!先ずは動けずにいるそこの中戦車からね!!」

 

 3式中戦は反撃に転じてみたものの、砲弾は弾かれてしまう始末。あと少しで接触する!となったとき、チリ改が飛び出してきた!

 

「見つけたぞあんりゃろー!!一気に懐に入って吹っ飛ばしてやる!!」

 

 どうやら福田は機嫌が悪いらしい。アクセル全開で、何のためらい無しに突っ込んで行く!岩山たちは焦っていた。

 

「おい福田!落ち着け!怒るのは分かるが冷静に判断しろ!」

 

 操縦席に顔を近づけながら叫ぶ柳川。

 

「攻撃通用しない相手に突撃しても何も解決しねぇって!!頼むから落ち着けぇー!!!」

 

 前と横を交互に見る水谷。

 

「無理、無理、無理、無理だって!!マジで無理だから止まってくれーー!!」

 

 頭を抱える北沢。

 

「まだ死にたかねぇー!!」

 

 4人は焦っていたが、宗谷は何も言わなかった。反対することなく、岩山に指示を出していた。

 

「岩山、やつの()()を狙え」

 

「弱点!?何処にあるんだよ!補助タンクも無いし、※防楯(ぼうじゅん)と車体の間を狙うのは結構ムズいんだぞ!」

 

「難しく考えるなよ。やつは‘爆弾’抱えてんじゃねぇか」

 

 ‘爆弾’と言われ、マウスに目を向けたときにM3の砲弾が刺さっていることに気づいた。確かに‘爆弾’を抱えているようだ。

 

「なるほどな、これなら1発逆転狙えるぜ!!」

 

 岩山が照準を合わせ、砲撃準備を進める。E-100が攻撃してくるが、チリ改は速度を落とさない。福田は一気に詰めようと更に速度を上げる!

 射程圏内に入り、射撃態勢に入ったとき、E-100がほぼ至近距離で砲撃してきた!とっさに避けたので砲弾は砲搭を掠めただけで済んだが、掠めた砲弾は真っ直ぐに3式中戦に向かって飛んでいった!

 

「ヤベ!!3式!避けろぉーーー!!!」

 

 福田が叫んだが3式中戦にはどうすることも出来ず、エンジン部に直撃弾を喰らってしまい、撃破されてしまった。

 

「クソっ!仕方ねぇ、岩山!仇を討つぞ!!」

 

「了解!何か違う気がするけど、撃てぇー!!!」

 

 岩山がトリガーを引き、砲撃が真っ直ぐ‘爆弾’に向かっていく!そして見事に命中し、「ドォーン!!」と爆音を立て、白旗を上げた。M3のあいか率いる2代目重戦車キラーが爪痕を残してくれた。

 その後、チリ改がゆっくりと3式中戦に近づいた。エンジンからは黒い煙が上がり、白旗が風に吹かれていた。その姿を見て、福田は申し訳無さで言葉が見つからなかった。

 避けただけとは言え、チリ改の砲搭を掠めたときに弾道が変わってしまったのだ。福田は通信機を通して謝った。

 

「すまん3式・・・・・俺の避け方が悪かったばかりに・・・・・」

 

「気にしないで、私たちは大丈夫だから。やられたけど、楽しかった。後は任せるよ」

 

「そうそう!明るくね!勝てるように応援するから!」

 

「ファイトだよ!優勝して帰ってきてよ!」

 

 3人に励まされた時、ルクスから通信が入る。

 

「全車聞こえる?黒森峰が市街地に侵入したわ!あなたたちが今いる方向に向かってる!」

 

 マウスとE-100を撃破することに夢中になってしまい、夏海たち率いる本隊のことをすっかり忘れてしまっていた。

 そして本隊には、超重戦車が2輌ともやられたという報告が入っていた。

 

 

「あんたら揃いも揃ってやられましたってどういうことよ!!何やったらそんな情けない結果を出すの!!」

 

 

 感情的になっているマリカに、夏海は冷静に話す。

 

 

「落ち着けマリカ。まだ敗北と決まったわけではない。数は我々の方が優勢だ、そこまで焦る必要はない」

 

 

 夏海は余裕そうにしていた。そして、ティーガー1だけ、別行動を取り始めた。その様子をルクスがじっと見ていた。

 

 その一方で、かほたちは建物の中に隠れ、ルクスからの情報を待っていた。残った戦車は4号、ヘッツァー、3突、ポルシェティーガー、89中戦、ルクス、そしてチリ改の7輌。

 

 黒森峰側はまだ10数輌残っている。数は不利だが、まだ勝機はある、とかほは思っていた。その勝機を逃さないために、作戦を立て直しているところだった。その間に、ルクスから新しい情報が入ってきた。

 

「皆聞こえる?ティーガー1が別行動を取り始めたわ。この方向からすると、スポット364に向かっていると推測出来る。そこまで行く道は1本道で、その先に広場があるわ。もしかしたら、西住さんと決着を付けるんじゃないかしら」

 

 みほとまほの一騎討ちの時も広場で戦っていた。その時とほぼ同じ状況が行われようとしているわけだ。

 

「1本道なら1輌だけで動くのは危険を伴うな、誰かが一緒に付いていった方が良いだろ?」

 

 宗谷は「自分達が」ではなく、「誰かが」と言い、自ら護衛には付かない姿勢を見せた。

 

「じゃあ宗谷くんたちが適任でしょ?わざわざ『誰かが』なんてはぐらかさなくても良いじゃない」

 

 穂香の言葉に全員が賛成した。しかし、宗谷は納得がいかないらしい。

 

「俺たちじゃなくてもポルシェティーガーだとか、ヘッツァーとかでも護衛は出来るでしょ?我々に一任しなくても」

 

「あなたたちだからこそ任せるのよ。護衛任務の技術に関してはあなたたちの方が上でしょ?」

 

「まぁ、確かにそうですけど・・・・・」

 

 あまり乗り気ではない宗谷。そこでかほは、宗谷に隊長として命令を下した。

 

「宗谷くん、隊長の私が命令します。4号(私たち)の護衛に付きなさい」

 

 流石の宗谷もこれには服従するしかない。渋々了承することにした。

 

「分かったよ、俺たちが護衛に付く」

 

「それじゃあ、あとのメンバーは他の敵を足止めしてください。それでは、パンツァーフォー!!」

 

「「「「「「「おーー!!!」」」」」」」

 

 




※解説


防楯(ぼうじゅん)

砲を保護するために付いている盾を指す。砲身の根元に付いており、攻撃から守るために備えられている。
この防楯に関しては銃身の先につける盾、兵が使用する手持ちの盾の盾に関しても同様の言葉を使う。


今回も読んで頂き、ありがとうございました。今回の章は、読者の方からのご提案を意識しつつ執筆してみましたが、いかがでしたでしょうか?
ご提案をしてくださった読者の方には、感謝しております。今後も意識しつつ、執筆していきたいと思います。

感想、評価、お待ちしています。



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第22章 倒れて行く戦士たち チリ改の危機!

前回のあらすじ

市街地到着した大洗チーム。そこには超重戦車が2輌待ち構えていた!超重戦車に苦戦し、B1と3式中戦、M3がやられたが、超重戦車の撃破には成功した。

そして何故か別行動を取っている、黒森峰フラッグ車、ティーガー1撃破のため、チリ改と4号は目的地に向かっているところだった。



 作戦を立て直し、それぞれの行動に移った大洗チーム。4号はチリ改と行動を共にし、他の戦車はそれぞれで交戦することとなった。

 4号とチリ改は、スポット364に向けて進軍していた。かほがポツリと質問を投げ掛ける。

 

「ねぇ、宗谷くん。さっき護衛付いてって言ったとき、不満そうにしてたけど、護衛の任務嫌になった?」

 

「そう言う訳じゃないんだ。護衛に付けることは有り難いことさ。ただこれほどの大役を担うのが俺たちで良いのかって話さ」

 

「何だ、そんなこと?良いに決まってるじゃない。それに、あなただから私は護衛に選んだんだよ?だから、自分達で良いのかなんて思わないでよ」

 

「・・・・・良く分からないんだが、そういうことなら快く引き受けるよ」

 

ーー

 

 

 一方、別行動を取っているヘッツァーは、壁沿いに身を潜め、隊列が通りすぎるまで待機していた。ルクスから「敵は5輌で2チーム、6輌で2チームの3チームに分かれて動いている」と情報が入り、その1つのチームに奇襲を仕掛けようということだ。

 パンターが3輌、重駆逐戦車エレファントが1輌、という編成らしい。ただ、奇襲を仕掛けると言っても、隙をついて後ろに回り込むというだけで、上手く付けれたとしても撃破出来ずに終わってしまう可能性が高かった。

 それでも最悪足止めが出来ればそれでいい。目的はフラッグ車を撃破する、ただそれだけだ。穂香が照準器を見ながら呟く。

 

「来たねぇ、みんな準備は良い?」

 

「い、行くしか無いですもんね。準備は出来てますよ、ただ心の準備が・・・・・」

 

「ええい、そんなこと言っている場合じゃないだろ!今はこうするしかないんだ!とにかく今は、行くしかないだろ!」

 

「よーし、隊列が私たちの目の前を通り過ぎたら一気に前に出てね」

 

 ヘッツァーの目の前を隊列が通り過ぎていく。柚子の手は震えていたが、深く深呼吸をして落ち着きを取り戻した。

 

「どう?落ち着いた?」

 

「はい!大丈夫です!」

 

「よーし、突撃ぃー!!」

 

 柚子がアクセル全開でヘッツァーを前に出し、攻撃を開始する。黒森峰側は突然現れた敵に反撃するが、軽快に動くヘッツァーを追うだけで手こずっていた。

 

「梅ちゃん!次!」

 

「梅ちゃんじゃありません!!」

 

 隊列の周りを走り、次から次へと砲弾を撃ち出す。砲撃から装填までスムーズに進めているので攻撃がほぼ途切れることなく続いていた。

 それに加えて柚子の素早い切り返し、撃破には至らないものの、引き付けておくには十分な動きをしている。これで時間が稼げる、穂香はそう思っていた。

 

ーー

 

 

 一方 スポット364を目指す2輌は、何もない静けさの中、市街地を走っていた。エンジン音を響かせ、堂々と道を走る2輌を止めるものはいない。

 この状況にかほは怪しさを感じていた。ここまで堂々とした状態で市街地を走れるなんて普通では考えられないことだ。隠れているのか、それともただ気づけていないだけなのか。

 だが、この2つ選択肢があるなかで、『気づけていない』はあり得ないと思っていた。相手は大洗側の数は把握しているはず、だとしたらすぐに追っ手が・・・・・

 

「西住、風に排ガスの臭いが混じってる。何かが近づいている可能性がある、警戒した方が良いぞ」

 

「宗谷さん?何を言っているんですか?私たちが走っているんだから排ガスの臭いがしても当たり前なんじゃないですか?」

 

「気のせいかもしれないんだけどさ、ガソリンエンジンの排ガスの臭いが濃い気がするんだよなぁ。今走っているガソリン車は4号(そっち)だけだろ?」

 

 藍は全く気にならなかった。排ガスの臭いが濃いと言われても、大馬力エンジンを載せているので普通のことではないのかと思っていたからだ。

 しかしかほは、宗谷の警告に耳を傾けていた。ただの思い過ごしになるかもしれないが、警戒することに越したことはない。と思っていた。

 

「来たぞ!6時の方向!ティーガー2とパンターが2輌だ!!」

 

 真後ろからは戦車3輌が接近していた!2輌は振り切るためにアクセル全開で進み始めた。逃げ始めたと察してきたのか、後ろの3輌が攻撃を仕掛けてきた。

 砲弾が地面に当たり、破片が飛んでくる。それでもひたすら逃げることだけに集中した。今すべきことはここで交戦することではなく、敵のフラッグ車を倒すこと、ただそれだけだ。

 

「冷泉!今から発煙筒を投げる!その隙にこの先角を曲がれ!」

 

「・・・・・何故宗谷(お前)が指示する?まぁ良いか、分かった」

 

 宗谷がガンポートを開け、発煙筒を投げ付ける。煙が上がり、辺りが真っ白になった。ティーガー2が砲撃で煙を払うと、既にいなかった。

 

「チッ、小癪な真似を・・・・・まぁ良いわ。こうなることは予測済みよ」

 

 宗谷たちは、どうにか振り切れたので少し安心していた。ただ目的地からは少し遠ざかってしまったので、近道が出来るルートを選択しているところだった。福田がジーっと地図を睨んでいる。

 

「えーっと、ここを行って、それから・・・・・クソッ、これも駄目か。これじゃ逆戻りするだけだ」

 

 優香子も頭を掻きながら地図を眺めている。

 

「うーん、どの道を使っても絶対に敵と鉢合わせになる可能性が高いでありますね。壁をぶち抜いて近道するしかないでありますよ?」

 

「だったら壁ぶち抜くか?」

 

 岩山の冗談にかほは焦りながら答える。

 

「だ、駄目だよ!そんなことしたら敵に位置を知らせることになる!」

 

「ハハっ、冗談だよ、冗談。だけど、これだったら壁ぶち抜いた方が早そうだな。何たって、どの道使っても遠回り気味だし、安全に行けそうにないし」

 

 岩山も優香子と同じ意見のようだが、宗谷は別の意見を持ち出した。

 

「近道探すよりも、どうやってスポット364(この場所)まで行くかだろ?安全に行くんだったらもう1輌戦車がいた方が良い。『遊軍(ゆうぐん)』はいるか?」

 

 水谷は首をかしげた。

 

「? 『友軍』ならいるぞ?」

 

「そっちの『友軍』じゃなくて戦略的に何もしていない状態にいる方の『遊軍』だよ」

 

『遊軍』とは、特定の任務に付かず待機している部隊のことを指す。つまり、暇している部隊、ということ。

 

「とりあえず通信してみよう。近くにいるかも」

 

 北沢が通信機の周波数を調整し、別の戦車に通信を試みる。まずは3突から。

 

「今現在戦闘中だ!これはまさに、※ヒュルゲンの森の戦いか?」

 

「いやそこは※嘉数(かかず)の戦いだろ?」

 

「違う※クルクスの戦いだ!」

 

「・・・・・いや、※モスクワの戦いぜよ」

 

「「「それだ!!」」」

 

 北沢は何を言っているのか分からなかったが、応援は呼べないと言うことだけは分かった。

 

「つまり、無理ってことだな。戦闘頑張ってくれ」

 

 そう言い残し、別の周波数に合わせて89中戦に通信する。

 

「ごめーん、今無理だよ。敵に奇襲仕掛けようと思ってるからさ」

 

 そして次にポルシェティーガー。

 

「今エンジントラブル起こしたから進軍出来ないなぁ。中々動かないから10分ぐらい掛かるよ?」

 

 そしてヘッツァー、ルクスに通信してみたが、反応が無かった。ヘッツァーは戦闘中で、ルクスは偵察行動中の時は基本通信機を切っているので通信が来ていることに気付けない。応援は呼べそうにない。

 

「なぁ宗谷、こりゃ無理だぜ。どの戦車も応援来れねぇって言ってるぞ」

 

「しゃぁねぇ、自力で行くしか方法無いな。取り合えず動こう」

 

 ここでボーッとしていても仕方ないので、少し危険かも知れないが目的地に動くことになった。各車エンジンを始動させ、走り出そうとした時、後ろから敵戦車が現れた!

 

「ヤバイ!!全速前進!!突っ走れ!!」

 

 宗谷が指示を出し、4号 チリ改が全速力で走り出した時に砲弾が地面に当たる。今は目的地に行くより、振り切る方が先だ。

 エンジン音をバリバリに響かせながら走り、チリ改が反撃をしながら振り切ろうと試みる。追って来ているのはパンター3輌、40キロ近く速度が出せるので簡単に追い付かれてしまう。

 

「速度を上げろ!追い付かれる!」

 

 宗谷が速度を上げるように指示を出す。

 

「・・・・・無理だ。これが限界」

 

 4号の最高速度は約38キロ、パンターは約44キロと、速度はパンターの方が速い。チリ改だけなら振り切ることは可能だったかも知れないが、前に4号を走らせているので簡単に追い付かれてしまう。

 

「なら強引に上げるしかねぇな!福田!4号を押せ!」

 

「無茶ぶりにも程があるって、まぁやるけどさ」

 

 アクセルを更に吹かし、4号に近付いていく。履帯同士がぶつかり、火花が散った!

 

「これ以上近づくのは危険だ!履帯が接触しちまう!」

 

「だったら攻撃中止!砲塔を元の位置に戻して、砲身を車体に当てろ!それなら多少距離を稼げる!」

 

 すぐに砲塔を戻して砲身を下向きにし、車体に当てる。当たったことを確認した後、アクセル全開で4号を押し始める。

 

「よっしゃぁ!ターボディーゼルの底力、見せてやる!!」

 

 チリ改が少しずつ加速し、徐々に引き離していく。※ブースト計は最大圧力を指している。

 

「福田、あまり加速させ過ぎるな。4号を押す分負荷が掛かっているから、下手するとターボが飛ぶぞ」

 

「分かってるって、ちゃんとブースト計確認した上で加速させてんだからな!」

 

 更にアクセルを踏み、加速させていく。しかし、ただ真っ直ぐ走るだけでは攻撃を避けることは出来ない。その状況を変えるため、かほが福田に通信する。

 

「福田くん、私たちが2つ目の角を曲がるから相手に気づかれない程度に速度を落として。それから、例の『リボルバーショット』を決めて」

 

「曲がるは良いが、この速度じゃ急制動でも掛けないと安全に曲がれないぞ。いくら幅があるからって言ったって・・・・・」

 

「理論ばかり言っても何も解決しないよ!とにかく言われた通りにして!!」

 

(言うようになったな。いろいろあって吹っ切れたか?・・・・・取り合えず西住(あいつ)の指示に従うか)

 

「分かった。そっちの判断に任せるよ。岩山、久々にやるが、行けるか?」

 

「任せとけって、絶対に決めてやる!」

 

 チリ改が少しずつ減速していき、4号もそれに合わせて速度を落としていった。それでも速度は34キロ、かなり無茶なことをしなければならない状態にいる。

 

「冷泉さん、ちょっと無茶な頼みかも知れないんだけど、聞いてくれる?」

 

「・・・・・『横滑りで曲がれ』、か?」

 

 七海はかほが何を言い出すかを予測していたかのように聞き返してきた。

 

「うん。この速度で普通に旋回したら横転する可能性があるから、横滑りで切り抜けて欲しいんだけど」

 

 その頼みを聞いて七海は緊張してきた。1度目で横転させてしまった記憶が蘇ってきたのだ。初見だったとは言え、横転させた上に乗員を危機に晒してしまったことは忘れられない。

 福田からレクチャーを受けたが、不安要素が消えたとは言い難い。あれから横滑りなんてしていない。する機会が無かったと言うこともあるが、トラウマが残っていて出来る自信がない。

 

「良いか冷泉、自分が曲がりたい方向に操縦レバーを操作しろ。後はブレーキングとアクセルワークだけでどうにかなる」

 

 福田が七海に声を掛ける。その言葉に安心したのか、緊張感がスーっと消えていったような気がした。

 

「分かった・・・・・ありがとう」

 

 旋回まであと10秒、七海は横滑りに備える。操縦レバーをグッと握り、距離を目測で捉える。

 

「行くぞ!!」

 

 と声を上げ、一瞬急制動を掛けてレバーを操作し、車体を横に滑らせる!「ガガガガガ」っと火花を散らしながら、車体は角を曲がっていく。

 そのタイミングに合わせ、チリ改は車体をぐるんと1回転させ、照準器が目標を捉える!

 

「行っけぇーー!!リボルバぁーショットぉーー!!」

 

 岩山の掛け声と共に真後ろに付いていたパンター目掛けて砲弾が飛んでいく!砲弾はパンターの砲塔と車体の間に当たり、1発で撃破できた。

 そのお陰で、後ろに付いていたパンター2輌が足止めを喰らう羽目になり、多少時間が稼げた。チリ改は砲塔を戻し、すぐ4号に追い付いた。

 

「上手く行ったな西住。これなら、暫くは追われることは無いぜ」

 

「うん。冷泉さんが上手く切り抜けてくれたからね」

 

「たまたま上手く行っただけだ」

 

 かほに褒められ、七海は少し頬を赤らめた。そして幸いなことに、目的地からはそんなに離れていない。少し走ればすぐに着ける。宗谷たちは先を急いだ。

 

ーー

 

 

 一方、交戦中だった3突は、敵の増援が現れたことで一気に不利になってしまったので、一旦下がって様子見をしていた。

 猛攻を受けながら反撃し、撃破出来たのは随伴していた3号戦車のみ、美幸は悔しそうにパンター5輌が通り過ぎていくところを見ていた。

 

「参ったことになってきた、この調子だと西住殿たちのもとに敵戦車が向かっていくことになるぞ」

 

 美幸は次の手を考えたが、今の状況で次の手が通用する感じが無い。せめてもう1輌居てくれれば、と思う自分がいた。考え込む美幸に、装填担当の鈴木(すずき)(らん)(貴子(たかこ)の娘)が心配そうに話しかける。

 

「※ハインツ(美幸のあだ名)、これからどうするつもりだ?このままでは」

 

「分かってるよ※ブイヨン(蘭のあだ名)、だが我々だけではあの隊列を撃破できない。近くに味方が居れば良いのだが・・・・・」

 

 美幸はそう言うが、砲手担当の杉山カヨ子(清美(きよみ)の娘)と、操縦担当の野上武美(たけみ)(武子(たけこ)の娘)はこう返した。

 

「私たちに味方の増援なんて皆無に等しい。最後の1輌になったとしても、我々だけでどうにか切り抜けなくては」

 

「たとえ1輌だけでも、何か出来ることがあるはずぜよ」

 

 2人の言っていることは間違ってはいない。だがたった1輌で何が出来るのか、そう思ったとき、1つ名案が浮かんだ。

 

「・・・・・そうだ!これなら隊列(やつら)の動きを止められるぞ!」

 

 急に大声を出す美幸、一体どんな作戦を思い付いたというのか。

 

「隊列が逃げ道の無い一本道に入ったところを狙う!※加尾(かお)(武美のあだ名)!急いで回り込むぞ!!」

 

 回り込んでどうしようというのだろうか、取り合えず言われるがままに先回りした。隊列は狭い路地に入り、文字通り逃げ道の無い一本道に入っていった。

 路地は戦車2輌がギリギリで通れるかと言った幅しかなく、道の途中には角も何もない。隊列が道を出ようとしたその時だ!

 

『ドォーン!』

 

 と砲撃音が響き、先頭を走っていたパンターの履帯が外れた!乗員が慌てて前を見ると、3突が砲を構えている姿がチラッと見えた。死角に隠れていたようだ。

 隊列はすぐに下がろうと後退し始めたが、3突が阻止した。素早く回り込み、最後尾を走っていたパンターの履帯も破壊、残った3輌は味方に閉じ込められてしまった。思っていたより上手くいったので美幸は喜んでいた。

 

「よし、これなら暫く動けないだろ。ブイヨン、加尾、※与一(よいち)(カヨ子のあだ名)、よくやってくれた。ありがとう」

 

「私たちは言われた通りに動いただけだ。礼を言われるほどのことじゃない」

 

「ブイヨンの言う通りだ、水くさいこと言わなくても良いぞ」

 

「そんなことより、早く動くぜよ。すぐに敵の増援が来るぜよ」

 

 武美がシフトレバーを動かし、走り出そうとしたその時!

 

『ズドォーン!!!』

 

 と轟音が響き、3突は後ろから半回転し、横転してしまった!その後ろには、マリカ率いるティーガー2が砲を構えていた。履帯が切れ、白旗を靡かせる3突を眺めながら、閉じ込められた友軍に通信する。かなり機嫌が悪いようだ。

 

「あんたら何をどうしたらそんな間抜けな状態に陥るわけ!?まぁ良いわ、救援隊が来るまでそのままじっとしてなさい!私たちがチリ改(あの戦車)を吹っ飛ばしてくるわ!」

 

ーー

 

〔すまない西住殿、我々カバチームもやられた。ただ戦車2輌撃破して、3輌を閉じ込めることは出来たから、暫くは安心だ。あとは、任せた〕

 

「分かりました、救援隊が来るまで待機しててください」

 

 これで残った戦車はあと5輌、相手は残り約14輌、圧倒的に不利だ。だが、フラッグ車を撃破してしまえばあとはこっちのものだ。今は目的地である、スポット364を目指すだけだ。

 チリ改と4号の2輌は、周囲に警戒しながら進んでいく。安全に行けるルートは、無い。

 

「後方6時!敵戦車5輌!パンター 3!エレファント!ティーガー2!」

 

 マリカが率いる戦車隊が迫っている!2輌は速度を上げ、振り切ろうとする。その2輌をパンターが追い掛けていく!

 

「冷泉さん、敵の流れ弾が飛んでくる可能性があるからジグザグに走行して」

 

 かほの指示でジグザグ走行に切り替え、逃走を図る。宗谷は一撃必勝を考え、リボルバーショットを決められるか福田に聞いていた。

 

「福田、もう一度リボルバーショットを決められるか?」

 

「これ以上は履帯が切れるから無理だ!通常戦で持ち堪えるしかない!岩山!砲搭回せ!!」

 

「言われずとも回すよ、いい加減反撃してぇとこだしな」

 

 チリ改の砲搭が後ろに向き、反撃を開始する。チリ改の攻撃はかわされ、更なる猛攻が2輌を襲う。パンター3輌が同時に攻撃し、反撃の隙すら与えない。

 当たりはしないものの、近くに着弾する度に地面が揺れる。チリ改の砲身には、砲を安定させる『ジャイロスタビライザー』という部品が付いているので、照準さえ合えば当てられないことはない。

 

 しかし、砲弾を避けるため、右に左に揺れているので落ち着いて射撃が出来ない。岩山は揺れる車内の中で、当てようとはせず、()()()()という気持ちでトリガーを引いていた。

 当てるのが不可能なら、反撃のために撃ってた方が良い、と思っていたが、新たに問題が発生した。

 

「ヤバいぞ。主砲砲弾携行数が半分切った、あと49発だ」

 

 柳川が砲弾を確認したところ、既に半分を切っていた。これ以上砲弾の無駄は出来ない。

 

「砲撃中止!敵の攻撃を避けつつ、4号を護衛する!砲搭戻せ!!」

 

 砲弾を節約するため、一旦攻撃を中止し、逃げることに専念する対策をとった。しかし相手からしてみたら反撃が無いということは好都合でしかない。

 反撃しないことを良いことに、容赦ない攻撃が2輌を襲う。砲撃が車体、砲搭に当たり、かなり危うい状態に陥っている。

 角を急旋回で曲がったり、発煙筒を投げたりしたがほぼ効果は無い。宗谷が機銃で応戦するが、猪突猛進のごとく迫るパンターを止めることは出来ない。岩山たちは必死に車体を掴みながら叫んでいる。

 

「本格的にヤバいことになってきたぞ!どうする!?」

 

「どうするもなにも、携行弾数減ってんだから反撃どころじゃねぇ!て言うか副砲弾大量に残ってるだろ!?」

 

「残ってるけど前方固定式何だから何も出来ないんだが!相手が前に来てくれたら助かるんだがな!」

 

「そうだ!福田!副砲(こっち)を向こう側に向けろよ!そうすりゃ反撃出来るだろ!?」

 

「全速力で後退しろってか!?そんなの危険すぎて出来るか!!」

 

 ギャーギャーと騒ぐ車内。宗谷は呆れた表情で聞き流していたが、北沢の一言にピンと来ていた。

 

「福田、車体180°旋回。副砲を相手側に向けて、反撃するぞ」

 

「はぁ!?今言っただろ!危険だって!おまけに後ろ見れねぇんだぞ!どうやって避けろって言うんだよ!」

 

「俺が後ろを見るから指示に従って旋回すればいい。護るためだ!急げ!」

 

「・・・・・あぁー、もう!!どうにでもなれ!!」

 

 福田はやけくそで車体を半回転させ、副砲をパンター側に向ける!アクセル全開で後退させるのは恐怖でしかないが、宗谷が外に出て見張っている。今は任せるしかない。

 

「っしゃぁー!!岩山ばかりに良い格好させねぇぞオラぁー!!」

 

 出番が少なかったからか、水谷は張り切って砲撃している。37ミリ砲とは言えど、弱点に当たればかなり痛い。それにここ最近は水谷自身も射撃の調子が良く、以前よりは狙いが付けられるようになっていた。

 今は履帯を狙い、1発逆転を狙っているが上手く当たらない。攻撃が来る度に大きく揺れ、上手く砲撃が当たらない。

 

「なぁ福田、ちょっと揺れ抑えられねぇか?上手く狙えないからさ」

 

「そんなの出来るか!」

 

「お前ら何コントやってんだ?」

 

 北沢の静かな突っ込み、その静かさとは裏腹に砲撃音が響き渡っている。前が戦車の方を向いているので相手の砲弾の弾道を読むのは楽だが、逃げるには分が悪い。宗谷が指示を送っているにしても怖いものは怖い。

 

「宗谷くん!3つ目の角を曲がるよ!」

 

「了解!福田聞いてたか?」

 

「いや待て 待て 待て!この状態で曲がんの!?」

 

「そこは心配すんな。何もそこまでして曲がれとは言わねぇよ。水谷、最後の射撃だ!8秒以内で決めろ!」

 

「そんな無茶なぁ・・・・・照準さえまともに合ってねぇってのに・・・・・」

 

 独り言を溢し、照準をどうにか合わせる。

 

「水谷!旋回するぞ!」

 

 福田の掛け声と共に車体が回り始め、水谷は適当なタイミングでトリガーを引いた。そして後ろを走っていたエレファントの左の履帯に命中した!

 エレファントは操縦不能になり、壁に激突した後に横転してしまった。撃破と同時に車体が前を向く。水谷は初めて撃破出来たので喜んでいる。

 

「やったぜ!見たか!?1輌吹っ飛ばしたぞ!」

 

 北沢が水谷をどうにか落ち着かせ、4号とチリ改は角を曲がる。道は戦車が2輌通れるかどうか微妙な幅で、抜けるまでに時間が掛かりそうな感じだった。

 避けようにも幅が狭すぎてあまり動けそうにない。そして砲弾の命中率が少しずつ上がり、チリ改の車体、砲搭に当たり始めていたので、宗谷は嫌な予感がしていた。そして、その嫌な予感が適中することになる。

 

『ガキィーン!!』

 

 と金属音が聞こえてきたかと思うと、突然車体が不安定になりだした!

 

「福田!どうした!?車体が安定していないぞ!」

 

「最悪だ!!履帯外されて、操縦不能だ!!」

 

 福田が慌てて操縦レバーを動かすが、思う方向に進んでいかない!外されたのは右の履帯で、右方向にずれ始めていた。どうにか車体を安定させようとするが、流石に限界に来ていた。

 

「福田!前を右に向けて横に停車しろ!岩山!車体旋回と同時に、砲搭を右方向90°旋回!砲身を敵戦車に向けろ!!」

 

 左の操縦レバーを前に倒し、右方向に旋回する。砲搭が90°旋回し、火花を散らしながら横向きに停車した。チリ改の停車と同時に、パンターも止まってしまった。

 

「何やってんのよ!さっさと進みなさい!」

 

「無理です!あの中戦車が道を塞いでしまっています!先に行けません!」

 

 横向きに停車し、主砲がパンターに抵抗する。宗谷が咳き込みながら乗員の無事を確認する。

 

「ゲホゲホッ 全員無事か!?」

 

「無事な訳あるか!履帯外されて行動不能だぞ!」

 

 行動不能の時に怖いのは、止めを刺されること。主砲弾の残りも少ないので、せめてもの対抗策として機銃で応戦することになった。

 

「水谷!北沢!機銃を持って車外に出ろ!岩山と柳川はなるべく砲弾を節約しながら敵戦車を撃て!俺も車外に出る!福田はエンジン、駆動系に異常がないか確認しろ!」

 

 宗谷も一緒にチリ改を降り、機銃でパンターに対抗する。しかし、対抗すると言ってもこれではただの消耗戦に過ぎない。応戦しているところに、かほが4号から降りて駆け寄ってきた。

 

「宗谷くん!大丈夫!?」

 

「西住!?何やってんだ!早く行け!今の狙いは4号何だぞ!」

 

「だからって置いていけないよ!私たちにも何かさせて!」

 

 かほの後ろを見ると4号は後退しながら帰ってきた。応戦しながらチリ改を護ろうとしているが、宗谷は早く行ってほしいという焦りが出ていた。

 

「頼むから行ってくれよ!俺たちだけでどうにか出来るから!今ここで4号やられたら、取り返しの付かないことになるんだぞ!」

 

「大丈夫だよ!私たちだって役に立てるから!」

 

 観戦席ではみほたちがこの状況を見ていた。宗谷とかほが何やら言い合っているところも映っている。

 

「何やってるよ。早く逃げて・・・・・お願いだから・・・・・!」

 

 みほも宗谷と同じ気持ちらしい。チリ改を挟んで敵戦車が攻撃している、4号が撃破されるのも時間の問題だ。

 

「何でそんなに俺たちを助けようとする!?俺たちは大丈夫だ!すぐに履帯をはめ直して追い付けるから!」

 

「そんなこと言ったって、このまま置いていって止めを刺されたらどうするの!?」

 

(クソッ このままじゃ拉致が開かねぇ・・・・・仕方ない、やりたかねぇけど、強行手段に出るしかない・・・・・)

 

 宗谷は一旦深呼吸すると、かほの胸ぐらを思いっきり掴んで叫んだ!

 

「良いか西住!!これは命令だ!!今すぐに4号に戻って、敵フラッグ車撃破に向かえ!!何度も言わせるな、俺たちは大丈夫だ!!チリ改は部品の1つが壊れただけで、まだやられたと決まった訳じゃない!!」

 

 本当はやりたくなかった。怯えさせればすぐに動いてくれるだろうという浅はかな考えだ。相手の胸ぐらを掴んで叫ぶなんて、アホらしくなってきた。

 

「痛いよ、離して宗谷くん。それが()()()()()()ことぐらい分かってるよ。前にも同じ手を使ったじゃない」

 

 かほは怯えることも無く、怒ることも無く、静かな笑みを浮かべている。全てを見抜いていたらしく同じ手は通じなかった。宗谷は静かに手を離した。

 

「宗谷くんたちはいつも私たちばかり気にかけて、自分達のことはいつも後回しになってたじゃん。だから私たちにも、協力させてよ!!」

 

(・・・・・あーあ、こりゃ完全にダメだなこりゃ。何言ってもテコでも動きゃしねぇじゃねぇか・・・・・しょうがねぇ、シークレットミッション発動と行くか)

 

「・・・・・分かったよ。じゃあ少し手伝って貰おうか?」

 

 何故か諦めた様子で承諾してしまった。機銃を持っている水谷と北沢は驚いていた。

 

「は!?お前嘘だろ!?この状況で!?」

 

「早くここから引き離した方が良いって!」

 

「しょうがねぇだろ?手伝いたいって聞かねぇんだから、ちょっとここ見てくれるか?転輪が曲がってねぇか見てくれよ」

 

 そう言うと、宗谷は足元にあった石を蹴り、操縦席付近に当てた。福田がそれに反応し、顔を出した。そして宗谷の手元を見て、シークレットミッション発動を察知し、こっそりと操縦席から降りて、4号の方へ向かっていった。

 4号の上に音を立てずに上がると、操縦席の方へ進んでいく。

 

(はぁ~・・・・・偵察科で習った、『隠密行動』がここで役立つとはなぁ)

 

 操縦席のハッチを音を立てずに開けると、うとうとしている七海がいた。

 

(悪く思うなよ、これも作戦の内なんだ)

 

 福田は『バシン!』と首の急所を叩き、七海を気絶させてしまった!操縦席から引き揚げると、砲搭の方へ進み、ハッチを『バーン!』と蹴りあげた!

 

「ふ、福田殿!?何やってるでありますか!?」

 

「おーい!気絶してるぞ!ちょっと看病してやんな!」

 

 質問に答える隙も無く、七海を砲搭の中に入れた。そしてハッチを閉め、操縦席の方に向かって走り、座ったかと思えばエンジンを始動させたではないか!

 

「ちょっと!何やってるの!?冷泉は!?」

 

「気絶中だ!」

 

 福田は計器類、操縦レバーを確認すると宗谷に向けて通信した。

 

〔宗谷!4号の()()()()()()に成功した!いつでもいけるぜ!〕

 

 その声はかほにも聞こえていた。ハイジャックしたと言われて一瞬手が止まった。

 

「宗谷くん・・・・・?どういう・・

 

「行くぞ西住!!」

 

 かほが言い終わる前に近づき、お姫様だっこで抱え上げて4号に向かって走っていく!

 

「福田ぁーー!!!前進だぁーー!!!」

 

「了解!!行くぞぉー!!」

 

 4号を操縦する福田。五十鈴たちからしてみればあまりに突然すぎて何が何だか分からない。宗谷は4号に近づくと、片足を踏ん張らせてかほを4号の上に放り投げた!

 かほは慌てて着地し、すぐに宗谷の方を向いた。片足で踏ん張った反動からか、転けていた。斜めになってしまったヘルメットを直しながら、顔を上げている。

 

「宗谷くん!!何で!?何でなの!?」

 

 宗谷に向かって叫ぶかほ、そして福田が声を掛ける。

 

「西住!車内に入れ!振り落とされるぞ!」

 

 福田にそう言われ、危険を感じて大人しく車内に入った。福田はかほが入ったことを確認すると全速力で飛ばし、チリ改から引き離した。

 4号が見えなくなると、宗谷は息を切らしながら立ち上がった。

 

「頼んだぞ福田。西住たちを、そして4号を・・・・・安全圏まで導いてくれ!」




※解説


ヒュルゲンの森の戦い

第2次世界大戦時、オランダ、ドイツの国境にあるヒュルゲンの森で行われた戦闘。アメリカとドイツが対峙し、ドイツ軍の戦闘では最も長かったと言われている。


嘉数の戦い

沖縄で行われた戦闘。嘉数高台を狙ってくる米軍相手に、丘の斜面を利用して反撃してくる日本軍に対し、『死の罠』、『忌々しい丘』と言われた。


クルクスの戦い

ソ連、ドイツの間で行われた戦闘。ソ連の都市、クルクスを巡って行われた史上最大の戦車戦と言われ、ドイツでは『ツィタデレ(城塞)作戦』と言われた。


モスクワの戦い

ソ連、ドイツの間で行われた戦闘。ソ連の近郊、モスクワを巡って行われた防衛戦で、ドイツは『バルバロッサ作戦』と言われた。


ブースト計

ターボ車に付けられ、過給圧を表示する計器のこと。


ハインツ

ドイツ陸軍の上級大将であり、電撃戦の生みの親、『ハインツ・ヴィルヘルム・グデーリアン』のこと。


ブイヨン

騎士道を体現する偉大なる人物として、『9偉人』の中の1人である、『ゴドフロワ・ド・ブイヨン』のこと。第一次十字軍に従軍し、後に伝説となった人物である。


加尾

坂元龍馬の初恋の相手である、平井加尾のこと。


与一

弓の立つ武将で知られる、那須与一のこと。平家物語で、扇を射ぬく話が有名である。


今回も読んで頂き、ありがとうございました。履帯を外され、行動不能となってしまったチリ改。そして、従姉妹同士の夏海とかほの一騎討ち。

果たして、どうなっていくのでしょうか?


感想、評価お待ちしています。


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第23章 かほと夏海の直接対決!

前回のあらすじ

チリ改は追っ手により、履帯を外されてしまい、行動不能になってしまう。かほが手伝おうとするが、宗谷は福田と協力して4号ごとかほたちを逃がす。
逃がす選択を選んだ宗谷、かほたちはあまりに強引すぎるやり方に、納得がいかなかった。



 ハイジャックに成功し、どうにか難を逃れた4号。車内は誰1人として何も言わず、エンジン音しか聞こえてこない。暫く走り、スポット364に少し近い、スポット367の、狭い路地で停車した。

 

「こっからなら後は自力で行けるだろ?早く戻って、履帯をはめ直さないといけないから戻るぞ」

 

 エンジンを切った後、操縦席を降りた福田に七海が声を掛けた。

 

「待て」

 

「何だよ?早く戻ら・・

 

『パァーン!!』、七海が福田にビンタを1発食らわせた。かほたちは慌てて七海に駆け寄り、止めに入ったが、七海は掴みかかった。かなり怒っているようだ。

 

「どうして!?どうして無理矢理引き離した!?私たちはチームで動いているんだぞ!誰かが危機に陥っているなら助けるのは当たり前のはず!それなのに・・

 

「1つ聞こうか。角を曲がったあとに、パンターが()()()()()()()ことに気づいていたか?」

 

 福田の指摘に何も言い返せなかった。『()()()()()()()』、つまり、回り込まれる可能性があったということだ。

 

「あの状態なら猫の手を借りたいところだ。だけどよ、俺たちを助けようとしてフラッグ車(自分たち)がやられたら元も子も無いだろ?あいつだって、本当は手を貸してほしいって思ってるさ。だけどあえてそうせず、お前らを逃がしたんだ」

 

「・・・・・何で?冷泉さんが言うように、私たちはチームで動いているんでしょ?だったら、手助けするのは当たり前じゃない」

 

 あまり納得がいっていないかほ、叩かれて頬が赤くなっている福田が真剣な声で答える。

 

「冷泉が言うことにも、西住が言うことにも一理ある。だがな、やられたら困るって時になっても、助けようとするのは違うぞ」

 

「どうして?宗谷くんは『犠牲の上で勝利するべきじゃない』って言ってたじゃない!」

 

「確かにそう言ったさ。だけど、あいつが言った『犠牲の上で勝利するべきじゃない』って言葉はな、仲間を犠牲にしないって言う意味も入ってるけど、それ以前に『自分自身も犠牲にならないようにする』って意味も込められてんだぜ?」

 

『自分自身も犠牲にならないようにする』、そう言われてみれば、親善試合のときも攻撃は受けていたものの、最終的にはやられないために、敵戦車を撃破してから救助していた。

 

 そう言われれば、何故こうまでして逃がしたのか、納得がいく。

 

「やれやれ、あいつがこの作戦を立てといて正解だったな」

 

「は!?ずっと前から計画してたの!?」

 

 栞の指摘に、福田は「うん」と一言返した。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 決勝戦3日前の夕暮れ、宗谷と福田が試合をどう運ぶか話し合っていた時。宗谷から急に話題を変えてきたのだ。

 

「なぁ福田。万が一、チリ改が走行不能に陥ったら、お前が4号を安全圏まで誘導してやってくれ」

 

「何言ってんだ?チリ改(俺たち)と4号が一緒に行動すること前提で話してんのか?そんなことしなくても自分で動くだろ?」

 

「西住のことだ、俺たちを護衛の任に付かせて、何かあったら絶対に助けるって言ってくる。何言っても絶対に動かねぇよ。そこでだ、操縦手であるお前に頼むんだよ」

 

「はぁ・・・・・で?どうすんだ?」

 

「まずは合図を決めなきゃな。西住たちに気付かれない合図を。それから・・

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

「全てあいつの計画通りだったってことよ。だけど掴みかかることに関しては俺も知らなかった。あいつのことだ、シークレットミッション(この作戦)をしなくても済むようにしたかったのかもな」

 

 全ての真相を聞かされたかほは、宗谷の気持ちを汲み取れなかったことを後悔した。無理をせず、大人しく動けば良かったのだ。

 

「私、隊長失格だね・・・・・宗谷くんよりも状況判断が甘かったし」

 

「いや、救助しようとした判断は間違いじゃない。ただ状況的にマズかっただけさ。あいつも、お前の気持ちを分かっているはずだぜ?」

 

 福田に優しい言葉を掛けられ、かほは少し気が楽になった気がした。そして、福田がポケットから何かを取り出してかほに近づける。それは、拳銃とホルスターだった。

 

「ちょっ、何これ?」

 

「あいつが愛用してる、南部(なんぶ)14(じゅうよ)年式拳銃さ。腰に2つホルスター付けてるの見たことねぇか?」

 

 そう言われてみれば、宗谷は出撃前に必ずホルスターを2つ付けていた。いや、そんなことは良い、何故その銃を手渡したのかが分からない。

 

「どういうつもり?これで従姉ちゃんに対抗しろってこと?」

 

「そうじゃねぇよ。あいつがこの銃を1つ預けるときは、預けたやつに対してのお守り代わりさ。だからその銃は弾を抜いてある」

 

 そう言って弾が入っている弾倉(だんそう)(マガジンのこと)を外して見せた。確かに弾はない。

 

「あいつはこう言ってた、『この2丁は、離れた者同士を引き付けてくれる』って。俺も渡されて、無事に合流出来た。こいつには、何か不思議な力があるみたいなんだよな。ほら」

 

 銃を寄せる福田、かほは少し抵抗があったが、宗谷の思いが込められた銃を受け取った。そして、腰にホルスターを付け、銃をしまった。

 

「それじゃあ、俺の役目はここまでだ。あとは俺たちが合流するまで、フラッグ車と一騎討ちしてくれ」

 

 そう言い残すと、走ってチリ改の元に戻っていった、と思ったら一瞬立ち止まり、大声を上げた。

 

「冷ぜーい!気絶させた詫びは後でするからなぁー!頑張れよぉー!!」

 

 それだけを言うと、走って行ってしまった。七海は思わず顔を赤くした。

 

「この試合が終わったら・・・・・あいつぶん殴ってやる」

 

「どぉどぉ、あとで高いスイーツでも奢ってもらったら?」

 

 栞がどうにか宥め、かほが4号に乗り込む。

 

「エンジン始動!スポット364に向けて、前進!!」

 

ーー

 

 

 一方、履帯を外され、消耗戦をしている旭日。主砲弾は残り31発、流石にこれ以上応戦するのはキツくなっていた。もうやられるのか、と思ったとき、突然攻撃が止んだ。

 夏海から新たに指示が出されたのだが、マリカは納得が出来ずに反論している。

 

「何でチリ改を撃破してはならないのですか!?目の前にいて行動不能、撃破するチャンスだって言うのに!」

 

「言っただろう?動けない敵を撃破するだけ時間の無駄だと。それに、いまだに撃破できていないということは、苦戦しているということだ。苦戦するほどの敵に費やすほどの時間はない。それに、履帯をはめ直すだけで30分以上掛かる。すぐに動くはずがない」

 

「くっ・・・・・分かりました、今すぐ動きます。攻撃中止!移動するよ!」

 

 目の前の敵を逃がすのは惜しいが、命令ならば仕方がない。流石のマリカも大人しく引いた。敵が引いていったところを見て、水谷と北沢は「ガシャッ」と音を立てながら機銃を下ろした。

 

「っはぁ・・・・・やっと下がったかぁ・・・・・」

 

「これ以上消耗戦はごめんだぜ・・・・・どれだけ俺たちを動かせば気が済むんだよ・・・・・で?次はどうする宗谷」

 

「履帯をはめ直すに決まってるだろ。急がないと、西住たちに遅れを取る」

 

「それは良いけどよ、どうやって外れた履帯をここまで持ってくるんだよ。あれだけで何100キロとあるんだぞ」

 

 いくらなんでも人力では厳しい。ただでさえ数メートル離れていると言うのに、どうやって持ってくれば良いのだろうか。

 

「・・・・・ワイヤーあるか?」

 

 宗谷が何か閃いたようだ。起動輪にワイヤーを絡ませ、もう一方を離れた位置にある履帯に付けた。エンジンを始動させ、操縦レバーを倒す。ワイヤーは起動輪に巻き付き、履帯が引っ張られてチリ改のもとに帰ってきた。

 

 不幸中の幸いか、履帯は踏まれておらず、これならはめ直しても問題は無さそうだ。

 

「よし、早速作業に入るぞ。そういえば、福田はまだか?」

 

「まだみたいだぜ。撃破されたって言われてねぇから大丈夫だろ」

 

 宗谷は4号を連れて脱出した福田を心配していた。いや、福田もそうだが何よりも気がかりなのは4号だ。通信するほどの余裕は無いため、状況は全く分からない。今は無事であってほしいと願うしかない。

 

ーー

 

 

 観戦席では、チリ改の復元作業に取り掛かっている姿が映っていた。みほたちはその様子を心配そうに見ていた。履帯をはめ直す作業は、ベテランでも最短で25分ぐらいは掛かると言われいる。

 それも道具が揃っていればのことで、まともなもの1つ無い状態でやって、25分では終わらない。せめて決着が付くまでには動かせるようになってほしいものだが、そこまでいけるかどうかは宗谷たちの腕次第だ。

 

「旭日の快進撃もここまでってとこかしら?でも、初戦でこんなに活躍出来ているのは凄いわね」

 

 珍しく褒めるカチューシャに続いて、ダージリンも褒めるようにポツリと一言溢した。

 

「彼らは私たちとは180°違う戦い方で来てましたけど、私でもそこまで考えることは無いでしょうね。カチューシャさんが言うように、彼らは凄いと思いますよ」

 

 みほには2人の会話が全く聞こえていなかった。心の中で、チリ改の復帰を願っていたからだ。

 

(お願い宗谷くん。今の大洗には、あなたたちの協力が必要なの。急いで!)

 

ーー

 

 

 一方4号は、スポット364に向けて快調に飛ばしていた。その中で、かほは夏海にどう対抗しようか考えていた。

 去年の1回戦で一騎討ちになったときは、全ての動きを読まれていた感じで、全く歯が立たなかった。そして何よりも怖いのは、去年のデータと今年の決勝戦までのデータを合わせ、更に上の対抗策を考えている可能性があるということ。

 夏海は相手の癖、動き方などの観察が得意で、それが電子戦に活きている。去年よりも対抗が難しくなるとかほは考えていた。

 そして、気が付くとスポット364に着いていた。目の前にはティーガー1がフラッグを棚引かせて止まっていた。夏海が砲搭のハッチから上半身を出して、ジッと4号を見ていた。かほが頭を出すと、夏海が話し掛ける。

 

「ここまで来れたか。正直、お前がここに来れる確率は50%と低かったのだが、運が味方しているようだな」

 

「運なんかじゃない。私は、みんなの力でここまで来れた。宗谷くんが言ってた、『もう1つの西住流』があったから。だから・・・・・だから夏海従姉ちゃんには、この『もう1つの西住流』で勝つ!」

 

「『もう1つの西住流』何て物はない。お前はあいつの言葉に騙されているだけだ。私が証明してやる」

 

 そう言うと砲搭の中に入っていった。この行動を取るときは、戦闘を開始する時、とかほは察した。癖なのか、かほと1対1になると必ず何か一言言ってから戦闘に入るのだ。

 

 小学生のときから、そうだった。今までは「私が勝つ!」、「絶対に負けない!」といった他愛もない会話を交わしていた。それなのに、中学生に上がった頃から態度が変わったしまった。『西住流』を引き継ぐ者として、厳しくされてきたのだろう。

 一言交わすときも、「お前の戦いは西住流に対してほど遠い」などと言った、冷たい言葉を掛けられた記憶しかない。中学生だった頃のかほは思った、『西住流が、従姉ちゃんを変えたんだ』、と。

 

 去年の試合の時も、今までと同じように言葉を交わしあった。夏海からは、「お前の戦い方は甘すぎる。それでは私たちには勝てない」と言われ、その通りになった。かほは、「私は甘いのだろうか」と悲観し、当時はみほの過去のことが脳裏を過っていたこともあり、戦車道に身が入らなかった。

 それから1年、宗谷や新しい仲間と共に成長し、今こうして夏海の前にいる。今は、どんな状況であれ、負ける気がしない。

 

「前進!!」

 

 かほの指示で4号が走り出す。同時にティーガー1も動きだし、互いに砲を向ける!

 

「撃て!!」

 

「撃て!!」

 

 同時に射撃し、砲弾が砲搭をかすっていく。2輌の戦車は互いに回りながら砲撃していた。かほはこの狭い場所で決着を付けるのは不利だと判断し、一旦引くことを考えた。左前の道に逃げれば少し時間が稼げる。

 

「冷泉さん!左前の道に入って!」

 

 冷泉はすぐに進路を変え、逃げる態勢を取ったが、突然目の前に着弾した!冷泉は慌ててブレーキを掛け、次の攻撃を避けるためにすぐに動き始める。

 

 しかし、ティーガー1がすぐに進路を塞ぎ、攻撃に移った!4号のシュルツェンが弾き飛ばされ、「ガシャン!」と音を立てて地面を転がった。夏海はタブレットをいじりながら、ポツリとぼやいた。

 

「いつもの癖だ。不利だと思うといつも逃げる態勢を取る。そして、目の前の道に入ろうとする。そんな状態だから、お前は甘いんだ」

 

ーー

 

 

 旭日は履帯のはめ直しに苦戦していた。焦りと緊張のせいか、上手く作業が進まない。ジャッキを使って車体を上げるまでは良かったが、履帯をはめる段階で止まっていた。

 重いので、付けようとしても誘導輪まで上げられない。あの手この手を使ってやろうとしてみるが、全く上手くいかない。宗谷が滝のように流れる汗を拭っていると、福田が帰ってきた。

 

「福田!西住たちはどうなった!?」

 

「心配すんなよ、ちゃんと送り届けた。今ごろ一騎討ちでもしてるだろ」

 

「そうか。なら急がないと!」

 

 そう言うと履帯を持ち上げようと手を掛けるが、履帯は上がらない。その光景を見ていた福田が指を指しながらこう言った。

 

「起動輪と履帯をワイヤーで繋いで、誘導輪側から引っ張ったらどうだ?そうすれば勝手に履帯が上がって、上手く行けば簡単にはめられるだろ?」

 

 岩山が手をポンと叩きながら納得した表情を見せた。

 

「そうか!何で気づかなかったんだ!じゃあ早くワイヤーを繋ぐぞ!」

 

 急いでワイヤーを繋ぎ直し、片方を起動輪に繋ぐ。引き上げ作業を開始したとき、宗谷は遠くを見つめた。見つめる先は、かほと夏海が対決しているスポット364だ。この状況で言えたことではないが、心配だった。

 

「おい宗谷!そっち持ってくれ!」

 

 水谷に呼ばれ、慌てて駆け寄っていった。チリ改が行動不能に陥り、20分が経とうとしていた。

 

ーー

 

 

「に、西住殿・・・・・全然・・・・・敵わないであります」

 

「いくら攻撃しても、簡単に防がれてしまいます。何か別の対策を立てないと」

 

「もう!強すぎる!全然隙を見せないし、攻撃正確すぎるし!」

 

「今は逃げた方が、身のためだと思うぞ・・・・・西住」

 

 かなり激しい戦闘で、4号はボロボロになっていた。撤退に失敗したあと、接近戦に持ち込んで撃破しようと考えていたが、接近はおろか攻撃すらままならず、攻撃を受けすぎてシュルツェンが砲搭右後部の一部しか残っていない。

 かほはもうどうすれば良いのか、分からなくなっていた。どう攻撃しても、相手は怯まない。どう避けても、正確に射撃をしてくる。手は震え、額には冷や汗が流れている。

 

(・・・・・どうしたら良いの?夏海従姉ちゃんにどうやって対抗したら良いの?)

 

 震える手は、左に付けているホルスターに向かって伸びた。左手は福田から渡された南部14年を握った。銃は少し傷があるが、綺麗に磨かれて光っている。かほは両手で握りしめ、目をつぶった。

 

(宗谷くん・・・・・!私、どうしたら良いの?それにこの拳銃は、離れた者同士を引き付けてくれるんじゃなかったの!?一体何をしているの!?早く来て!!)

 

 その時、『カサッ』と何かが足元に落ちた。拾ってみると、ただの紙切れだった。恐らくホルスターの中に入っていた物だろう。広げてみると、文字が書かれていた。どうやら、ただの紙切れというわけでは無さそうだ。

 

『これを見ていると言うことは、恐らく危機的状況に陥っていると思う。この紙には、定かではないが、今のティーガー1の弱点を書いている。やつの弱点は・・

 

「・・・・・五十鈴さん!相手の砲搭の周りを狙って撃って!!」

 

 五十鈴はかほの指示に戸惑った。砲身辺りならまだしも、()()を狙えと言い出した。装甲が厚いので周りを狙ってもほぼ無意味だ。それなのに周りを撃つように指示をする。

 もちろんかほも無意味であることは察していた。しかし、宗谷からのメッセージを頼りに、相手の弱点を探ろうと思ったのだ。

 

 ・・やつの弱点は、恐らく砲搭だ。砲搭だけは守ろうとする素振りを見せている。何処かは分からないが、撃ち続けていれば弱点を見つけられるかもしれない』

 

『撃ち続ければ』、そう書かれていたが、無駄撃ちだけは避けたい。かほはなるべく的を絞って探してみようと考えた。

 

 左右前面部、中心部、後部の3つに分けて撃ってと藍に指示し、かほ自身は頭を出して音を聞くことにした。何か異常があるなら当たったときの音が変わっているのでは?と睨んだのだ。

 ティーガー1の周りを走りながら、藍が言われた通りに射撃する。局所的な攻撃に夏海はついに諦めたかと思ったが、砲搭を狙い撃ちしてきたことに違和感を感じた。

 

(何故砲搭を狙う?4号の火力では貫通出来るはずがない。いや待て・・・・・まさか・・・・・気づいているのか!?)

 

「車体旋回!『例の場所』を狙わせるな!!」

 

 ティーガー1が突然旋回を始める。宗谷の狙いは当たっていたようだ。かほはティーガー1の旋回方向を見て、左側を守っているように見えた。そこで、左側を集中的に狙らわせようとした。

 

「冷泉さん!相手の左側に急接近して!五十鈴さんは左側に着いたら撃ちまくって!!」

 

 狙いは定まった。あとは弱点を見つけるだけだ!4号は素早く回り込み、砲搭に向かって砲弾を撃ちまくった!

 

『ガイン!ガイン!』

 

 金属音だけしかしない。変わった音1つ無く、弾は弾かれていく。いや、何処かにあるはずだ。諦めず撃ち続けさせたが、何も変わったことはない。撃っていると、ティーガー1の砲搭が旋回し始めた。

 かほは一旦引き、また別の方から撃ってみようと試みたが、警戒しているのか中々そうはいかせてくれない。逃げようとする4号に、ティーガー1の1発がかほたちを襲った!

 

「ガァーン!!」と打撃音が響き、4号は一瞬スピンし、壁にギリギリぶつからずに停車した。車体後部に命中し、大きくへこんだがエンジンは無事だった。だが夏海の警戒が強まり、車体を真正面に向けている。もう同じ手は通用しない。

 

(場所は分かった・・・・・けど、どうしよう・・・・・あれだけ警戒されたら、私たちだけじゃ太刀打ち出来ない。応援を呼びたいけど、今は来れない・・・・・残り砲弾数はあと、43発・・・・・)

 

ーー

 

 

「よし繋げたぞ!福田!回せ!!」

 

 履帯をはめ直し、試験的に動かしてみた。空回りさせて問題が無いか試してみたのだ。高速で回してみたが、特に問題は無かった。

 

「大丈夫だ!これなら何とか走れる!だけど応急処置だから、無茶は出来ねぇぞ」

 

「十分だ、最悪走れればいい。とにかく今は、西住たちのもとに向かっていくしかない!急ぐぞ!搭乗開始!」

 

 すぐにジャッキを外し、一斉にチリ改に乗り込んだ。エンジン音を響かせ、車体を真っ直ぐに立て直す。

 

「よぉーし。福田、目的地は分かってるな?」

 

「ああ、スポット364だろ?て言うかそこしかねぇしな」

 

「やっとこの88ミリ砲をぶっぱなせるってこったな」

 

「だけど砲弾はあと31発しかねぇぞ。こっから移動するだけでどれだけ敵にぶち当たるか」

 

「そんときは俺たちが何とかするさ。副砲(こっち)の方がまだ砲弾残ってるからな」

 

「何とかするは良いけど無駄撃ちすんなよ?副砲弾まで無くなったら機銃で応戦するしかなくなるぞ」

 

「大丈夫だって。余裕はあるけど、無駄撃ちはしねぇよ」

 

「よし行くぞ!俺たちの戦車道は、まだ終わっていないんだ!全速前進!目標地点、スポット364!!」

 

 福田がアクセルを全開に踏み込み、マフラーから一瞬アフターファイヤーが出る。エンジン回転速度は最大に上がっている。

 

「よっしゃ行くぞぉー!!しっかり掴まってろ!!」

 

 最大速度で走るチリ改、隠れるなんてことはしない。今はかほたちの応援に向かうため、余計な戦闘は一切しない気でいた。しかし、敵にはその情報がすでに出回っていた。

 

ーー

 

 

 一方、観戦席は盛り上がっていた。チリ改が全速力で走る姿が映っているからだ。宗谷たちはベテラン並の35分で履帯をはめ直したのだ。まほもこの早さには驚きを隠せない。

 

「早い。私たちでも40分は掛かったと言うのに、35分でやりきるとは」

 

 まほはそう言うが、しほは鼻で笑っていた。

 

「ふん。最短ではめ直せたとはからと言って、勝利と決まった訳じゃない。ここからどうやって逆転するのか、そこが重要だ」

 

ーー

 

 

 

 一方、『チリ改が高速で移動している』という情報がマリカに届いていた。乗員は意見具志を試みる。

 

「マリカ副隊長、ここは西住隊長の指示を仰いだ方が良いと思います。我々の考えが通用する相手とは思えません」

 

「大丈夫よ。私たちだけで何とかなるわ。それに、西住隊長は戦闘中に返信してこないじゃない。ここでチリ改(やつ)を倒せば、黒森峰の実力を思い知らせられる。行くわよ!全車続いて!!」

 

 マリカを先頭にチリ改撃破作戦を決行することとなった。しかし、他の乗員はこれで良いのだろうかと不安になっていた。今まで夏海から指示を受けた上で動いていたのに、自己判断で動くのは如何なものかと感じていた。

 それでも、隊長の夏海が指示を出せないときは副隊長であるマリカが指示を出すことになっている。そして作戦決行のため、バラバラになった。

 

ーー

 

 

 スポット364に向かうチリ改。最短で向かいたいため、近道を走っていた。あと6分程度で着くところで、目の前に敵が現れた!すぐに避けたが、その次の角を曲がったときまた敵がいた。

 応戦せずに逃げているが、福田は敵の出方が気になっていた。

 

「なぁ宗谷。なんか嫌な予感がしてんだが」

 

「包囲しようとしてんだろ。最後はティーガー2でとどめ刺そうって言ったとこだろ」

 

「まじかよ。どうする?今なら別ルートを選択する余地はあるぜ?」

 

「・・・・・いや、ここはやつらの作戦を利用しよう。上手くいけば一層出来るはずだ。北沢、残った味方向けて一斉通信だ。周波数を合わせろ」

 

 北沢が周波数を合わせ、テストがてら通信を試みてみる。

 

「こちらチリ改。大洗チーム、応答せよ。応答せよ」

 

〔お?その声は北沢くんかな?良かったぁ、そっちはまだ無事なんだね?〕

 

「角谷さんですか!?良かった!全然通信繋がらなかったから心配してたんですよ!」

 

 〔アハハ、ごめんね。何せ敵の攻撃が凄いのなんので、戦闘に集中してたから全然気づかなかったんだよ〕

 

「謝らなくて良いですよ。声が聞けただけで十分です。あ、宗谷に変わりますね」

 

 北沢が宗谷に通信機を渡す。宗谷も声が聞けたことに喜んでいた。

 

「角谷さん?無事だと聞いて安心しましたよ。で、早速で悪いんですけど、あと何輌残ってます?」

 

「えーっと。私たちと、レオポン(ポルシェティーガー)でしょ?あとは、ルクスと4号だから後5輌だよ。でも西住ちゃんと黒江さんとは連絡取れないから、3輌だけだね」

 

「じゃあ俺たちも抜けますから2輌ですね」

 

「てことは、宗谷くんたちは西住ちゃんの応援に行くんだね?それで、私たちに何をしてほしいの?」

 

「今スポット359を走行しています。今考えてる作戦は、恐らく361で決行できると思いますので、残ったポルシェティーガーと一緒に待機してください」

 

「作戦ねぇ・・・・・今の私たちに出来る?もうこのヘッツァーはボロボロだよ?」

 

「大丈夫です。相手の作戦の裏を付くつもりなので、砲弾が残っていれば問題ありません。では、『逆包囲作戦』、決行します!」

 

 穂香は早速美優に通信し、宗谷から言われたことを伝え、スポット361に向かっていく。一体何をしろというのか。

 

ーー

 

 

 敵を避けつつ、スポット361に着いた宗谷たち。相変わらず敵に進路を妨害されている。そして、宗谷が考えた作戦は穂香と美優に伝わり、準備万端の状態で待機している。

 

 避けるに避けて、狭い路地に逃げ込んだ。そしてその先では、宗谷が予測してた通りティーガー2が構えていた。

 

「あー・・・・・これマジで突破すんのか?」

 

「道は1つ、この道しかないんだ!前進!!」

 

 さらに速度を上げてティーガー2に接近する。マリカは早く撃破するよう指示を出すが、命中しない。チリ改からも砲弾が飛ぶが、ティーガー2の横の壁に当たってばかりで、肝心の本体に全く当たっていない。

 

「やつもまともに狙えなくなってるみたいね、今がチャンスよ!至近距離で吹っ飛ばしなさい!」

 

 照準がチリ改の砲搭に合わさり、砲手がトリガーに指を掛ける。トリガーを引こうとしたその時だ!チリ改が突然右に避け、壁を破壊しながらティーガー2に迫ってくる!

 

「ヤバイ!マジでヤバイって!!こんな突破方法ありか!?」

 

「もうすぐティーガー2に接触するぞ!衝撃に備え!!」

 

 チリ改の履帯がティーガー2の車体を掴み、片輪走行状態で強行突破した!通りすぎるとすぐに立て直し、全速力で逃げた。

 

「あいつら!追いかけるわよ!全車続いて!」

 

〔逸見副隊長!敵です!敵に後ろを取られて対処が・・・・・うわ!後ろ・・・・・〕

 

〔包囲されました!スポット361を脱出するルートは全て塞がっています!!〕

 

 他の乗員から「包囲された」という情報が入り始めた。マリカには何がどうなっているのかさっぱり分からない。

 

 ちょうどその頃、敵の包囲に成功した穂香と美優は、敵の殲滅に掛かっていた。逃げ場を失えばこっちのものだ。

 

「宗谷くん?作戦はほぼ成功って感じだよ。全車ではないだろうけど、大半がこのスポット361に掛かったよ」

 

「ありがとうございます。全車撃破までいかなくても大丈夫です。最低でも足止めが出来れば、敵のフラッグ車の撃破までの時間が稼げます」

 

「名前通り、『逆包囲』だね。これなら楽に敵を倒せるよ。さぁ行って!ここは私たちに任せて!」

 

 ヘッツァーとポルシェティーガーの2輌による攻撃で、少しずつ戦力を削っていく。その隙にチリ改がスポット364に向かっていく。

 

「宗谷くん!そっちに箱形のやつが1輌行ったよ!」

 

 美優から情報が届き、目の前にラングの名称で知られる『4号駆逐戦車』が現れた!福田がブレーキを掛けるが速度は落ちない!

 

「福田くん!そのまま前進して!」

 

 穂香の声がしたかと思うと、ラングから白旗が上がった!そして、その横にヘッツァーが付いた。

 

「あー・・・・・角谷会長?まさか・・・・・?」

 

「そのまさかだよ!飛び越えて!!」

 

「えぇー!!踏み台にして飛べって言うんですか!?」

 

「戻る時間は無い!仕方ない、このまま飛び越えるぞ!」

 

「いや待て 待て!35トンの巨体が飛べんのかよ!」

 

「空砲弾1発後ろに撃てば行けるさ!それにこの速度を維持すれば、行けるはずだ!そのまま飛ばせぇー!!」

 

 チリ改は速度を維持しながらヘッツァーに迫る!砲搭を旋回させ、履帯が車体を捉える!

 

「その勢いに乗って、飛び越えるぞ!!撃てぇ!!」

 




※解説

南部14年式拳銃

武器開発者である、南部麒次郎(きじろう)が設計した日本初のオートマチック拳銃である、『南部式大型自動拳銃』の派生型。28万丁製造され、後に警察にも配備された。


今回も読んでいただき、ありがとうございました。

何とか復活出来たチリ改、かほたちと無事に合流出来るのか!?

感想、評価、お待ちしています。




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第24章 ティーガー1の弱点

前回のあらすじ

宗谷が気掛かりだったかほだが、宗谷の意思を聞かされ、夏海と直接対決をすることを選ぶ。しかし、夏海の実力は想像以上で、対抗するだけで手一杯だった。
どう動いたら良いのかが完全に分からなくなってしまったかほに、宗谷からのメッセージがあることに気付く。

メッセージの内容は、『ティーガー1の砲搭に弱点がある』、と言うものだった。そのメッセージを頼りに、弱点を見つけようとする。

その一方で、どうにか履帯をはめ直し、自走出来るようになるまで回復した。4号と合流するため、全速力で走るチリ改。しかし黒森峰が妨害し、道を塞がれてしまう!

その時、ヘッツァーが道を塞いだ戦車を倒し、自らを踏み台にして飛び越えろと言われる。本当はしたくないことだが、宗谷はその選択肢を選んだ!


「行っけぇーー!!!」

 

 岩山がトリガーを引き、空砲弾を放つ!その勢いに乗り、「ズガァーン!!!」と凄まじい轟音と共に、チリ改が飛んだ!勢いづいてしまったからか、2メートルほど浮いてしまった。

 

 そしてヘッツァーはあまりの衝撃で前が潰れてしまい、戦闘不能になってしまった。それでも穂香は笑っていた。

 

「アハハー、凄い衝撃だったねぇ。耐えれるかなって思ったけど、そんなことなかったね」

 

「当たり前です!35トンの重量が一気に前に掛かったんですから!」

 

「でも、これで良かったんですよね。もう燃料も切れかけで、砲弾も撃ち尽くしちゃいましたからね」

 

 燃料計はE(空っぽ)に近い数値を指し、砲弾庫に砲弾は1発も残っていなかった。

 

「まぁ仕方ないよ。さっきの戦闘で、かなり使っちゃったからね。それに、宗谷くんたちなら、絶対に大丈夫でしょ?」

 

「・・・・・そうですね」

 

「癪ですけど、任せるしかありませんからね」

 

 穂香はハッチを開けてチリ改を見た。まだ宙に浮き、着陸しようとしていた。

 

「着陸するぞ!衝撃に備え!!」

 

「喋るな!舌噛むぞ!」

 

 福田はレバーをグッと握り、「ズドォーン!!」と凄まじい衝撃が車内を襲う。さらに車体が不安定になり、右に左に揺れ、履帯から火花が出ている。

 

「おい福田!しっかり操縦してくれ!これじゃ酔うぞ!」

 

「黙ってろ!俺だって必死なんだよ!!」

 

 急ブレーキを掛けると履帯がロックして、スリップしてしまう危険性が上がるため、ギアを落として速度を落とそうとしていた。操縦レバーを素早く動かし、態勢を立て直す。

 

「よし!これで大丈夫だ!このまま行くぞ!」

 

 速度を上げ、目的地に向けて前進する。その後ろで、穂香が微笑みを浮かべながら敬礼していた。そして宗谷も、砲搭の中で静かに敬礼していた。

 

(すみません、角谷さん。あなたの犠牲、無駄にはしません!)

 

 一方、ポルシェティーガーは敵の猛攻に反撃するだけで手一杯な状態にいた。建物の陰から射撃しているが、精度があまり良くない。1輌1輌撃破しているものの、数は減らない。

 

「こりゃ困ったね。どうすれば良いと思う?」

 

「とりあえず、一旦引くって言うのは?」

 

「それか場所変えて撃つ?」

 

「回り込むって手もあるよね」

 

 全員バラバラの意見を出しあった。美優はそのバラバラの意見を纏めて、1つ作戦を考え付いた。

 

「うーん、一旦下がって、回り込んで攻撃しよう!場所を変えれば精度も上がるかもしれないし」

 

 攻撃が当たらないように少しずつ下がり、建物の陰に隠れる。相手の砲弾が壁を削り、瓦礫と埃が辺りに充満してきた。マリカは一旦砲撃を中止し、逃げたチリ改を追い掛けようとする。

 一旦後退し、陰から様子を見ていた美優は、相手が向かっている方向がスポット364であると察した。このままだと4号とチリ改が総攻撃を受けることになる。回り込もうとするが、既にパンターが3輌向かってしまった!

 

「マズい!このままじゃ西住さんたちが!」

 

〔大丈夫よ!私たちが食い止めるから、急いで!〕

 

 通信の相手は琴羽だ。ずっと音信不通だったルクスから、数時間ぶりの通信だった。

 

「黒江さん!?食い止めるって、出来るの!?」

 

「大丈夫、作戦ならもう立ててる!早くスポット363に来て!」

 

 チリ改はスポット364に向かう道を飛ばしていた。今はスポット363の市街地を走り、スポット364に向かう道であるビル型の建物の前に来ていた。

 

「よっしゃ!ここまで来ればこっちのもんだ!行くぜ!」

 

 と意気込みを見せる福田。しかし阻止しようと追っ手が現れた!

 

「うわ!来たぞ!!」

 

「待て!このままこの道をそのままにしていたら、追っ手はそのままの勢いでスポット364に来るぞ!砲搭旋回!足止めだ!!」

 

 砲搭を回し、反撃に転ずるが上手く当たらない。焦る宗谷たちに、ルクスが来た!チリ改の目の前で停車し、砲を敵に向けている。

 

「宗谷くん!行って!!ここは私たちが!」

 

「黒江か!?何やってんだ!その戦車で反撃は無理だぞ!」

 

「分かってるわよ!だけどそんなこと言っていられないでしょ!?あなたが早く支援に行かないと、このチームは勝てない!行って!!」

 

 琴羽の気迫に何も言い返せなかった。これ以上犠牲は出したくない、だがここで葛藤していればいるほど、勝利への道は遠退く。

 

「分かった!足止めは任せたぞ!出せ!!」

 

 加速するチリ改は建物の中に入っていく。その確認が終わると、ルクスは砲搭を回転させ、壁を壊して道を塞いだ!突然の崩落にチリ改が停車する。

 

「な!?おい!どういうつもりだ!」

 

「足止めよ!これで時間が稼げる!止まらないで!早く行って!!」

 

 塞いだ道は唯一スポット364に繋がる道、確かに時間は稼げるがこれではルクスの逃げ場が無い。宗谷はまだ少し埃が舞っている瓦礫の山を呆然と見ていた。

 

「宗谷、急ごう。気持ちは分かるが、今は・・・」

 

「分かってる・・・・・行くぞ!」

 

 悔いが残るが、作ってくれたチャンスを無駄にしないためにも行くしかない。琴羽は照準器を覗きながらホッとしていた。

 

「・・・・・これでよし。ずっと索敵しかしてなかった私たちにはお似合いね」

 

「そんなことないよ。索敵だけでも十分役に立ってたよ。ただ戦闘する機会が少なかっただけ。それに、今からでも役に立てるはずだよ!」

 

「そうよね。それじゃあ、行こうか!」

 

 琴音がアクセル全開でパンター3輌に突進していく。ぶつかる寸前で左に避け、後ろを取った!透かさず攻撃を加えるが、ルクスの主砲でパンターの装甲は貫通できなかった。

 

「琴音!パンターの真後ろに付けて!至近距離で仕留めるよ!」

 

 琴音が言われた通りに後ろに付ける。ほぼ零距離で1発喰らわせた!砲搭と車体の間に命中し、エンジンから火が吹く!

 

「こんな軽戦車にやられてどうすんのよ!37号!挟み撃ちにするわよ!」

 

 2輌で挟み撃ちにしようとするが、機動性が高いルクスを捉えるだけで精一杯だ。琴音が追い付かれないように素早く切り替えすが、ついに捕まってしまった。ルクスを壁に押し付け、もう1輌で止めを刺そうとしているのだ!

 

「くっ!お姉ちゃん!マズいよ!」

 

「何とかして逃げるのよ!このままだと回り込まれて撃破される!」

 

 アクセル全開で抜け出そうとするが、履帯は空回りする一方だ。立ち往生してしまっているルクスに、もう1輌のパンターが迫り、後ろを取る。

 

「よく頑張ったほうだと褒めてあげるわ。撃ち方用意!」

 

 ルクスのエンジンを主砲が狙う!琴音が思わず目をつぶった、その時!

 

「ドォーン!!」

 

 と轟音が響いたかと思うと、後ろにいたパンターが撃破されていた。ポルシェティーガーが追い付いたのだ!

 

「あと1輌、頼むよ~。撃て!」

 

 ポルシェティーガーの射撃でパンターが2輌撃破され、ルクスは窮地を脱した。

 

「中島さん、ありがとうございます。助かりました」

 

「大丈夫そうで何より。それより、作戦ってこの道を塞いで、敵を通さないようにしようってこと?」

 

「今私たちに出来ることは、これしかありませんから。それに、あなたのお母さんだってこの道を守って敵を通さないようにしていたんですよ?私たちにも出来ますよ!」

 

「よぉーし、やってやろうか!」

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 今から1週間前のこと、まほと整備担当者が話していたころに遡る。黒森峰と聖グロとの準決勝戦の時にティーガー1に問題が発生してしまったのだ。

 敵戦車からの攻撃が砲搭の弾薬庫付近に当たり、4ミリ程度の亀裂が入ってしまったのだ。攻撃を受け続けてしまったことによる金属疲労かと思われ、すぐ修理に掛かった。

 しかし、亀裂が進行しないために溶接しただけで、防御力とは完全に回復したとは言えない状況にあった。

 

「ティーガー1の防御力は完全とは言えません。修理はしましたが、この状態では88ミリ砲が耐えられるか微妙なところです。新しい装甲板が届くまでは出場は見合わせたほうが宜しいかと思いますが」

 

「もう手遅れだ。協会にはティーガー1をフラッグ車にする書類を送った。まぁ、大丈夫だろう。88ミリ砲を装備している戦車は、ポルシェティーガーしかないはず。夏海のことだ、4号と一騎討ちするつもりだろうから、心配することはない」

 

「ですが、万が一バレたら敗北確定ですよ?」

 

かほ(あの娘)がそう簡単に気付けるとは思えん、そこは心配しなくても良い。ただ、夏海には警告しないといけないな」

 

 その時まではチリが88ミリ砲に換装し、『チリ改』になっていたことを知らなかった。完全な思い込みで、まほは油断していた。

 そして夏海にティーガー1に問題があることを伝えたが、全く動じていなかった。それどころか、むしろハンデになると言い出した。

 

「やつらと対等に戦うには、手加減になります。むりろ防御の練習するには最適です」

 

「そうか。だが油断はするな。相手は私に勝ったみほの娘だからな。あまり無茶はするな」

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 そして現在。まほは4号の攻撃の仕方に不安を覚えた。弱点である砲搭を集中して狙っているため、バレる可能性が高いことを察したのだ。

 心配だったが、夏海が上手く防御しているので少し安心していた。だが、まだ不安要素は消えてはいない。

 

ーー

 

 

〔西住隊長!そっちに例の日本戦車が向かっています!それから、友軍はほぼ壊滅状態で、あと6輌だけです。それと、申し訳ないことなんですが・・・・・そちらに向かう道が塞がれて、援護に行けません!でも、すぐ向かいます!何とか耐えてください!〕

 

「・・・・・分かった。あとはそっちに任せる」

 

 マリカからの通信を聞き、夏海は頭を外に出した。その様子をボロボロになってしまった4号とともに、かほたちが見ていた。

 

「夏海さんは何をしているんでしょう?頭をそとに出したりして」

 

 かほはその姿を見て、同じことをしだした。

 

「西住殿?何故そんなことを?」

 

「シーッ。夏海従姉ちゃんがあんなふうにするときは、戦車が迫っているのか確かめるために、音を聞いているんだよ」

 

 その時、戦車が走ってくる音が聞こえてきた!チリ改が向かっているのだ!かほは一瞬喜んだが、それどころではなくなった。

 

「武部さん!早く宗谷くんに通信して!このままだとチリ改が撃破されちゃう!!」

 

 今かほたちがいる場所は、建物で囲まれた広場のようなところにいた。そしてその広場に入る入り口は1つしかない。このままでは待ち伏せ攻撃をされる可能性があるのだ!慌てて通信機に手を掛けるが、通信は繋がらない。

 

「どどどどどうしよう!繋がらないよう!!」

 

「お願い!早く繋げて!宗谷くんたちが!!」

 

 焦るかほたち、そして夏海は砲搭を入り口に向けるよう指示を出す。ティーガー1の砲口が、入り口を捉える。

 

(残念だったな。待ち伏せされたとしても、悪く思うな・・・・・ん?)

 

 夏海は聞こえてくる音に違和感を感じた。音がこだましているように聞こえてくるのだ。例えるなら、トンネルの中にいるときのような音。しかし、この辺りにトンネルは無い。

 

(何故だ?何故こだましている?建物は密集しているが、こだまするほどではないはずだが・・・・・待て・・・・・まさか!?)

 

「砲搭190°旋回!急げ!!」

 

「へ!?何でですか!?」

 

「やつはあそこから来ない!やつは・・

 

 その時!「ドゴォーン!!!」と音を立て、チリ改が壁を壊して現れた!!

 

「いたぞ!岩山!撃てぇーーー!!!」

 

 福田が急ブレーキを掛けて車体を回し、岩山が1発喰らわせる!そしてそのままの勢いで4号の前で停車した。かほが舞い上がった砂ぼこりを払っていると、目の前に誰かがしゃがんでいた。砂埃だらけになっている宗谷だ。

 

「よう西住。調子はどうだ?」

 

 ニッと笑っている宗谷。その顔を見てかほは思わず涙を流した。

 

「宗谷くん・・・・・良かった・・・・・来なかったらどうしようって・・・・・」

 

 宗谷はその顔を見て、笑いながら頭を撫でる。

 

「泣くんじゃねぇよ。そんな顔は似合わねぇぞ?」

 

「だって・・・・・だって、ずっと心配してたんだから!無理矢理引き離されて、通信すら無かったんだよ!?」

 

「あー・・・・・それは悪かったよ。そこまで心配してくれたとはな・・・・・だけど、もう大丈夫だ。チリ改はちゃんと走れるし、何よりこうして合流出来たじゃないか。頼むから泣くなよ」

 

「な、泣いてない!」

 

 夏海はその会話を聞き流し、宗谷に質問を投げ掛ける。

 

「何故だ!?何故私が待ち伏せするとこが分かった!?」

 

 宗谷は服に付いた砂埃を払いながら自慢げに答える。

 

「簡単なことだ。助けにいくために突っ込んでいく、でも入り口は1つ、そして待ち伏せされる可能性が高い。じゃあどうするか?建物突っ切って裏をかくしかねぇだろ?それに建物ぶっ壊しても協会が保証するしな」

 

「そのおかげで、チリ改傷だらけだけどな」

 

「そんなことはいいんだよ。傷は後で塗り直せる。だがな、今ここで勝利を手にしないと、塗り直せない傷を残すことになる」

 

 宗谷はじっとティーガー1を見た。『砲搭に弱点がある』とメッセージを送ったが、確証はない。()()()()()()()()()()()()()というだけで、本当にそこが弱点なのかと言われると、自信はない。

 

 だが今はその確証を信じるしかない。宗谷はくるりと向きを変え、かほに手を伸ばした。

 

「かほ、銃を寄越せ。ここは、俺たちに任せろ」

 

「へ・・・・・?い、今なんて・・・・・?」

 

 突然下の名前で呼ばれて思わず聞き返す。

 

「だから、ここは俺たちに任せろって言ったんだよ。お前らは一旦下がって、態勢を立て直せ」

 

「いや、あの・・・・・そうじゃなくて、何で下の名前で呼んだの?」

 

「だって『西住』が2人もいるんだから下の名前で呼ばないとややこしいことになるだろ。まぁそんなことは良いから、早く銃を返してくれ」

 

 かほはホルスターに付けた銃に手を掛けたが、すぐに遠ざけてしまい、渡さなかった。

 

「? 何やってんだ?早く寄越してくれよ」

 

「・・・・・お願い。せめて試合が終わるまでは、私に預けてくれない?」

 

「は?何で?お前が持ってても何の得もねぇぞ」

 

「この銃は、離れたもの同士を引き付けてくれるんでしょ?私はもう宗谷くんと離れたくない、またこうして合流したいから!」

 

 かほの訴えに「ダメ」とは言えなかった。そして頭を掻きながら大きく息を吐いた。

 

「ハァー・・・・・分かったよ、お前が持ってていい。ただし、試合が終わったら返してもらうからな?」

 

「あ、ありがとう」

 

『パァッ』顔が明るくなるかほ。そして宗谷は立ち上がり、ティーガー1の方を向いてビシッと指を指した。

 

「西住夏海!お前に何が足りないのか、俺たちが教えてやるぜ!!」

 

 突然の宣戦布告に、夏海は理解出来なかった。『何が足りないのかを教える』、足りないものとは何のか?

 

「お前から学ぶものはない。むしろお前が学ぶべきだ。戦車道(この場)に、お前たちは似合わないと言うこと」

 

「似合わなくったって良いさ。そんなことより、あんたは何か大切なことを忘れている。ずっと前に、おいてけぼりになっちまってるのさ」

 

 そう言うと、こっそりとインカムのスイッチを入れ、かほに向けて小声で通信をする。

 

「かほ、今から銃を撃つ。その発砲を合図にして、冷泉に逃げ出すように言え。俺たちが弱点を探すから、その間に態勢を整えろ」

 

「・・・・・分かったわ。後は頼むよ」

 

「よし、戦闘再開だぜ!!」

 

 南部を構え『パァーン!』と銃声が響く。

 

「前進!!」

 

 七海はかほからの指示で回避行動を取る。しかし阻止しようとティーガー1から砲撃され、先に進めない。

 

「福田!岩山!4号を護るぞ!前進しつつ反撃しろ!」

 

 チリ改が4号の横に付き、攻撃を受けながら反撃する。しかし宗谷はまだ外にいる。

 

「おい宗谷!早く車内に入れ!お前も吹き飛ばされるぞ!」

 

「やつの弱点を見つけるためにはここにいねぇとダメなんだよ。心配してくれるのは嬉しいけど、俺は大丈夫だ」

 

「ったく、吹き飛ばされても知らねぇからな!」

 

 チリ改が方向を変え、真っ直ぐティーガー1に突っ込んでいく!かほは一瞬振り向いたが、今は逃げることが最優先だ。今度は止まることなく、前を見続けた。

 

 チリ改は真っ直ぐティーガー1に突撃し、「ガァーン!!」と音を立て、車体同士が当たって火花が散る。岩山と水谷が超至近距離で照準を合わせる!

 

「よっしゃぁー!行くぜ水谷!」

 

「おう!こいつの相手はするのは、」

 

「「俺たちだ!!」」

 

 同時にトリガーを引き、「バァーン!!」という轟音が響く。少し後ろにずれるティーガー1、夏海は次の対抗策を打とうとタブレットに手を掛ける。

 すぐに策は出たが、手を打つ前にチリ改は次の策を打っていた。

 

「宗谷、準備出来たぞ。全くよぉ、ジャイロスタビライザー付いてるから出来ることだぜ」

 

「分かってる。それより、しっかり確認しろよ。安全設計にはしてるけど、いざとなるとどうなるか分からないからな。福田、『ム号攻撃作戦』開始だ!」

 

「了解!振り落とされるなよ!」

 

 アクセル全開でティーガー1の回りを走り始める!そして空かさず照準を合わせる。

 

「さぁーって、どれ程の衝撃が来るかなぁ」

 

 岩山がトリガーを引くと、「バァーン!!!」と凄まじい音が響き、「ガァーン!!」という金属音が響く。夏海は疑問が浮かんだ。さっきよりも攻撃力が上がっているような感じがしたのだ。

 

(おかしい。何故攻撃力が上がった?砲弾を変えているのか?いや、装甲は貫通していないから、それはない。いや、待て・・・・・砲弾の速度が上がっている?それにこの射撃時の音は、正常とは言えない。砲が故障しているように思えるが・・・・・)

 

 そう思い、射撃時の様子をじっとみた。そして、その違和感の正体に気付いた。射撃時には反動で砲身が下がるはず。それなのに、砲身は下がっていない。

 

(・・・・・まさか、本当に故障しているのか?いや、だとしたら普通に攻撃なんてしないはず。何故だ?)

 

 夏見が疑問を抱えているなか、チリ改の砲搭の中は射撃の度にビリビリと痺れていた。

 ジャイロスタビライザーが付いているため、砲搭は安定しているが、通信機は射撃の衝撃耐えられず、一瞬電源が落ちる。主砲に付いている岩山と柳川は例の仕掛けを見ながらぼやいていた。

 

「うへぇー、凄ぇ衝撃だなぁ。こりゃ通信機の電源も落ちるわけだぜ。というより、あっちの西住は気付いてるかな?」

 

「さぁな。だけど、違和感は感じてるだろうよ。だけどさ、あいつも何でこんなことを思い付いたんだろうな?砲撃テストの失敗から、『簡易駐退固定器(かんいちゅうたいこていき)』を思い付くとはな」

 

 宗谷が考案、設計した『簡易駐退固定器』。思い付いたきっかけは、88ミリ砲換装後の射撃テストの時だった。射撃の衝撃に耐えられずに壊れてしまったが、その直後の砲弾の速度は設計の時よりも速かった。

 

 その時にこう思った。『駐退器を人為的に固定することが出来れば、ティーガー1の強固な装甲に対抗出来るのではないか?』と。無反動砲とほぼ同じ原理で射撃をしているため、『無反動砲』の頭文字を取って、『ム号攻撃作戦』と名付けたのだ。

 

 固定器に掛かる反動は砲搭に逃げるように設計しているが、これもテスト無しのぶっつけ本番で使っているため、全ての反動が砲搭に逃げ切れていなかった。

 

 ここまで5発撃ったが、固定器もそろそろ限界に来ていた。部品の一部が曲がり始めたのだ。

 

「宗谷、固定器が限界に来そうだ。解除した方がいい」

 

「分かった。固定器解除!通常攻撃に移行する!ただし、やつの問題点を探し出すまでは1発も撃つな!砲搭、進行方向そのまま!全速前進!!」

 

 宗谷が南部を構え、砲搭目掛けて発砲する!弾は砲搭に当たる度に「カン カン」と音を立てて弾かれるだけ。そんなことをしてる間にもチリ改は攻撃を受ける。

 

「宗谷!そろそろ反撃させてくれよ!このままだとこっちの身が危ねぇ!」

 

「もうちょいで見つかる!少し耐えてくれ!」

 

「これ以上は無理だ!やつがエンジンを狙ってる!折角走れるようになったのに、これじゃ二の舞になっちまうよ!」

 

 宗谷は集中し、まだ撃っていてないであろう箇所を狙って撃った。その弾は砲搭に当たったときに「カィーン」と違う音が聞こえた!

 

「緊急停止!!同時に3センチ後退、目標砲搭後方部!恐らく弾薬庫の方だ!撃て!!」

 

 火花を散らして停止した後、岩山が空かさず攻撃する。しかし、弾は「ガイン!」と音を立てて弾き、異変無かった。

 

「おい!本当に合ってんのか!?」

 

「場所は合ってるはずだ!少し位置をずらして攻撃してみてくれ!絶対に合ってる!!」

 

 宗谷は必死に説得している。その必死さに、岩山は反論しようがなかった。微妙に位置を変えて撃ってみたが、それでも結果は変わらず。

 

 そこで、砲搭をじっと見てみることにした。もしかしたら何か違うところがある、そう思った。

 

(うーん・・・・・分からん。何処にも異常はない。あれ?何で側面に溶接の跡があるんだ?)

 

 岩山は側面に溶接された跡が残っていることに気付いた。上手く塗装を施しているが、微妙に歪みがある。

 

(溶接された跡って言うか、溶接して削った感じか。待てよ、そう言うことか!)

 

「宗谷!耳塞げ!」

 

「は?何て!?」

 

 宗谷の質問を返す暇も無く、すぐに射撃をした!弾は目標に真っ直ぐ向かって飛び、「バカァーン!!」と聞いたことの無い音と共に、装甲に大きな亀裂が入った。

 

「よっしゃー!!大成功だ!弾薬庫に穴開けてやったぜ!!」

 

 弾薬庫から黒い煙が上がっている。岩山はさらに追い討ちを掛けようと亀裂を狙う。しかし、宗谷はそれを止めた。

 

「やめろ岩山。これ以上追い詰める必要は無い、せめて動けないようにする程度にしてやれ」

 

「何でだ!?やつを倒して、勝利するチャンスだぜ!?」

 

「俺たちの目的はフラッグ車を守ることだ。撃破するのは俺たちの目的とは大外れだ。そうだろう?」

 

 岩山はトリガーに一瞬指を掛けたが、すぐに離した。

 

「ハァ、分かったよ。お前の言う通りだ、俺たちの目的じゃない」

 

「分かればそれで良い。福田!場所を変えるぞ!」

 

ーー

 

 

 観戦席はざわめいている。あの強固な装甲に亀裂が入るとは思いもよらない事態だった。みほも今までに無い事態に驚いていた。

 だが1番驚いていたのはまほだった。場所を特定され、ティーガー1に大ダメージを与えることになるとは。そしてその弱点を見つけたのはかほではなく、宗谷だった。想定外であることが多すぎて混乱していた。みほは頭を抱えるまほを見て、ポツリと話し掛ける。

 

「お姉ちゃんは宗谷くんを甘く見すぎていたみたいだね。彼ほど推理力があるからこそ、分かったことだと思うよ」

 

「何だと?前から知っていたと言うのか?」

 

「知ってたっていうよりは、感じてたって言う方が正しいかな?決勝戦前の試合を見て、違和感を感じてたみたいだったよ」

 

 まほは完全に見誤ってしまった。目を光らせるべき相手は、かほではなく宗谷だったのだ。夏海もまほと同じことを考えていた。完全にノーマークだった相手に、ここまでやられることになるとは想定外。

 そしてチリ改は亀裂が入ってしまった箇所を狙うこと無く別の箇所しか撃たない。その行為に夏海は嘗められている気がしていた。

 

「弱点を見つけたぐらいで調子に乗るな!!!撃て!!」

 

 夏海の指示と共に、ティーガー1の一撃がチリ改に命中する!一瞬バランスを崩したが、何とか立て直して無事に停車した。そのチリ改に向けて、夏海が叫んだ。

 

「お前、一体何の真似だ!!大ダメージを与える一撃をしておきながら、何故止めを刺さない!?そこまで惨めに見えたか!?」

 

 宗谷には何故夏海が怒っているのか意味が分からなかった。何か誤解していると思い、訂正するつもりで話し出した。

 

「別に惨めに見えたからじゃねぇよ。俺は自分自身の任務を優先しただけだ」

 

「自分の、任務だと?」

 

「俺たちの任務は()()()()()()()()()()()()()こと。()()()()()()()()()()()のは俺たちの任務じゃないのさ。お前さっき言ったよな?『この場に俺たちは似合わない』って。その通りさ、俺たちには、フラッグ車を撃破して、勝利するのは似合わねえってことさ」

 

 そう言った直後、4号がチリ改の横についた。

 

「宗谷くん、大丈夫?」

 

「ああ。よっしゃ、行くぜ!」

 

「その状態で、か?」

 

 何故か状態を伺う夏海。宗谷はすぐに理解出来なかった。

 

「それってどういう・・

 

「宗谷、マズい事態だ。エンジンの調子が悪くなった」

 

「・・・・・え?」

 

 慌ててタコメーターを見ると、※エンジン回転数が上がったり下がったりし、アイドリングが安定していない。エンジンが不調を来している証拠だ。

 さらに悪いことに、岩山たちからも良くない報告が入ってきた。

 

「こっちもだ。電動モーターがイカれて、旋回出来ない」

 

「照準器が割れた!距離がまともに測れないぞ!」

 

 重要な機能がやられてしまった。さっきの1発でここまで不調を来すことになるとは予想外のことだった。宗谷は言葉が出なかった。

 

「・・・・・嘘だろ・・・・・?至近距離の1発で、ここまでやられるものか?」

 

「そうとう酷使した使い方してきたからなぁ。1撃喰らっただけで不調が出てもおかしくない状態だったんだ。無理ねぇよ」

 

 かほはチリ改の異常な振動に気づいていた。しかし、かほだけでなく、藍たちもだ。どう見ても正常とは思えない。

 

「宗谷くん?大丈夫なの?」

 

「・・・・・大丈夫、とは言えねぇな。これじゃあまともに戦えそうにない」

 

 すっかり戦意を失ってしまった宗谷に、夏海の冷たい視線が刺さる。

 

「自分の事を後回しにし、他人を守ろうとする。そこがお前の弱さだ。これで分かっただろう、お前たちに戦車道は似合わないと」

 

 夏海の言葉に、宗谷は真剣な顔で言い返した。

 

「・・・・・その言葉、そっくりそのまま返すぜ。お前は、俺たちに勝てねぇ。意地でも『西住流』にこだわる、そこがお前の弱さだ」

 

「何だと?」

 

「言ったはずだ。『お前に何が足りないのか、俺たちがを教える』って。もう気づいているんじゃないかと思ったけど、その様子だとまだ気づけていないみてぇだな」

 

 宗谷はヘルメットを被り直し、砲搭の上に立った。

 

「大洗と共に勝つまでは、俺たちは終わらねぇ!終わらせねぇ!最後の最後まで、かほたちを護る!!」

 

「わ、私も!宗谷くんたちと一緒に、『もう1つの西住流』で、この試合に勝つ!」

 

 戦意を取り戻し、最後の宣戦布告を告げる宗谷とかほ、その姿を見て睨む夏海。そして勝利を願うみほたちと穂香たち。もう、引き下がることは出来ない。

 

 次回、決着!!

 




※解説

エンジンのアイドル(空転 遊びという意味)回転数が上がったり下がったりすることを『ハンチング(乱調)』という。

起きる原因は様々だが、エンジンが空気を吸う量を調整するスロットルにカーボンなどのごみが付着することで、空気の流れが安定しないことが主な原因である。

ちなみにチリ改の場合はディーゼルエンジンで、スロットルは無いため、主な原因としては燃料の噴射を調整する『ガバナ』という部品に問題があるときに起こる。


今回も読んでいただき、ありがとうございました。

ハンチングの説明はいかがだったでしょうか?ディーゼルに関しては簡潔な説明なので、詳しく知りたい方は、いつでも質問してください。

感想、評価お待ちしています。


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第25章 背負う者、背負わされる者

お待たせいたしました。更新が遅くなってしまいまして、誠に申し訳ありません。もう少し更新が早くなるように頑張りたいと思います。

前回のあらすじ

犠牲を払いつつも、何とか4号と合流出来たチリ改。しかし、ティーガー1の攻撃により、チリ改は不具合が発生してしまう。
そんな状態にも関わらず、果敢に挑もうとする宗谷。この状態を、どう切り抜けるのだろうか。



 私は、産まれたときから西住流と共に生きてきた。そしてその流派に従ってきた。それが正しいと思っていたから。そのお陰で、今の私がある。母にも負けず劣らずになるまでになれた。

 だから、『もう1つの西住流』なんて認めたくなかった。母も、祖母も同じ気持ちだったはず。だからこそ、この試合では負けられないのだ。もとい、この黒森峰にいる限り、『敗北』の2文字は許されない。

 ただ、この試合で優勝出来なければ、大洗の戦車道科が無くなることは知っていた。でも私だって負けられない。宗谷(よそ者)が勝手に名付けた流派なんかに、負けるわけにはいかない。

 それなのに・・・・・私は今、攻められている。何故だ?完璧な戦術で挑んでいるはずなのに、何故攻められている?何故、何故、何故 ・・・・・

 

ーーー

 

ーー

 

 

 観戦席では、やられてしまった大洗のメンバーが心配そうに見守っていた。残る戦車はチリ改と4号だけ。

 ルクスとポルシェティーガーの2輌は、迫る敵戦車12輌と戦っていた。唯一スポット364に繋がる道、1輌も通すわけにはいかない。

 ルクスは、相手が予測出来ない動きで翻弄している。急旋回、急停止、至近距離での攻撃などで、相手を混乱させ、ポルシェティーガーは混乱しているところを目掛けて砲撃を敢行していた。

 

 ここまでで撃破したのは7輌。しかし、まだ5輌残っている。マリカが搭乗しているティーガー2も残っていた。しかし、敵は1番の強敵である、ポルシェティーガーを撃破しようとしない。理由は簡単、その後ろには、唯一スポット364に繋がる道があるからだ。

 ここで立ち往生されてしまえば、スポット364で交戦中の夏海の応援に行けなくなる。どうにかして退かしたいところだが、ルクスの邪魔に続き、ポルシェティーガーの正確な攻撃で近づくことはままならない。

 

 みほたち指導員たちは、勝利してくれることを願っていた。今までの試合展開を見ていても、4号は攻められていた。反撃出来ていただけでも良しと見るべきだろうか。チリ改でさえも手こずっていた。

 そして悪いことに、チリ改には多数の不具合が発生していた。エンジン、砲搭旋回装置、そして副砲の照準器。照準器に関しては、レンズにヒビが入ってしまっただけで、見れないわけでは無いが、距離が測れないためほぼ目測で撃つしか出来ない。

 

 砲の取り扱いにようやく慣れてきた水谷からしてみれば、頼みの綱が無くなってしまったのも同然。正確に狙らうのは至難の事だ。

 旋回装置に関しては、電動モーターが故障し、動かそうとしても反応がない。手動でも動かせるが、ただでさえ重い砲搭を補助無しで動かすのは困難だ。

 と言った状況なのにも関わらず、宗谷は今現在の状態を改めて確認していた。

 

「福田、エンジンの状態はどうだ?」

 

「あぁ・・・・・アイドルは安定していないけど、動いているってことは、壊れていないってことだ。まだ走れると思う」

 

「岩山、電動モータがイカれて、旋回出来ないって言ったな。手動でどれぐらい動かせる?」

 

「10°、良くても20°だ。いや、回せねぇかもしれねぇ。固定砲として捉えてくれた方がありがたいね」

 

「水谷、照準器はもう使えねぇか?」

 

「ヒビが入っちまってるけど、見れないことはない。ただ、肝心の目盛りがズレまくってるから、正確な距離は測れない。至近距離で行けるかってとこだな」

 

「・・・・・」

 

 宗谷は顎に手を掛け、考え込んだ。エンジンは問題ないだろう。福田が言うように、()()()()()と言うことは()()()()()()ということ。少なくとも、動けなくなるという最悪の事態は避けられるだろう。

 主砲に関しては砲撃が出来ない訳ではないが、砲搭の旋回はもう出来ないと感じていた。突撃砲と同じように戦うしかない。

 

 副砲は攻撃するときの要となる照準器が壊れているが、至近距離での攻撃に持っていければまともに戦えるはず。

 ティーガー1と戦うには若干の不足があるが、対したことは無いだろう。問題があるとすれば、4号を守れるのかということだ。攻撃の要となる物は壊されてしまい、まともに戦うことは出来ない。

 この状態で、4号は守れるか分からない。今までしたことがない戦い方を強いられるため、()()より()()()()側に付くことになりかねない。宗谷はどの戦術で守りながら戦うか、頭の中はそれだけで一杯だった。

 

〔宗谷くん。私たちをどうやって守ろうか考えているんでしょ?〕

 

 かほが全てを見越したような通信をしてきた。宗谷はちょっと驚いた。

 

「え?何で分かった?」

 

「分かるよ。宗谷くんは自分のことは後回しにしてるもん。()()()()()()()()よりも、()()()()()()()()()()()()って言う考えが先に来るでしょ?」

 

「う・・・・・まぁ、確かにそうだが・・・・・」

 

「宗谷くん、もう守ろうとするんじゃなくて、一緒に戦おう?宗谷くんの気持ちは有り難いけど、今の状態で私たちを守れるとは思えない。もう自分で戦えるから、心配しないで」

 

 かほは共に戦おうと提案してきた。流石の宗谷も、これには了承するしかないと思った。

 

「・・・・・そうだな。お互いに気遣いながら戦えば良いよな。俺たちのチームワークを見せてやろうぜ!」

 

 福田たちも、かほたちも、同じ気持ちだった。フラッグ車を落とせば、戦車道科は無くならなくて済む。そしてチリ改と4号が動き始める。

 

(来たか・・・・・だが心配することはない。奴等の動きは至って単純だ。どんな攻撃をしてこようと、私に敵うはずがない)

 

 夏海は自分の腕に自信を持っていた。今までもそうして勝ってきた。過去にもかほと戦って勝っている、何も心配することはない。

 電子戦のソフトを開き、戦車のデータ、相手のデータを打ち込み、次の動きを予想する。助言を借りること無く、正確なデータを出してくれる。そこに西住流のを加えれば、誰も対抗出来ない戦術が出来る。

 夏海が電子戦というものがあることを知ったのは、中学に上がった頃だった。最適な戦術を組もうとしても、意見が中々噛み合わず、「これが最適だ」と思っていた戦術をやってみたら通用しなかったということも多々あった。

 

 そんなときに、「大学の戦車道のチームが新しい戦術を導入している」と聞いた。その戦術が、電子戦だった。誰でも正確な戦術が組めると言う魅力に惹かれ、パソコンの扱いには慣れていたこともあり、導入してみると想像していた以上に使えた。

 少し慣れてきたあたりから、西住流の戦い方と照らし併せ始め、誰もが想像の域を越えるほどの電子戦を確立していった。

 ただその反面、通信する以外で戦いの最中に人と会話することは無くなっていった。誰かが意見を述べて、そこから戦術を組み立てるということが無くなっていったと言うべきか。

 

 誰かの意見がなくても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。電子戦と出会ってから、勝率は上がり、今となっては無敵と言えるほどのチームを作り上げた。

 間違っているとは思わなかった。しほもまほも、何も言わなかったから。これが1番正しいと確信していたから。西住流を、守るために。

 データを打ち込み、新しい戦術が表示される。そして他の乗員にその内容を伝える。あとはその通りに動けば良い・・・・・はずだった。

 

(・・・・・何故だ?何故攻められている?このデータに狂いはないはず。乗員も、正確に動いてくれているはずなのに・・・・・)

 

 ソフトが予想したデータは、きちんと伝えている。一字一句、間違いなく。「相手は恐らく散開する。チリ改はまともに戦えないはずだから、先にチリ改を倒し、4号に対しては接近戦を仕掛けて仕留める」、と。

 まずはチリ改を狙わせたが、エンジンが壊れ掛けているとは思えない速力を発揮し、砲手は戸惑っていた。そしてその後ろをつつくように、4号から攻撃される。

 

「くっ・・・・・西住隊長!相手が早すぎます!それに後ろから攻撃を受けています、4号を狙った方が!」

 

「4号に目標を変更しても無駄だ。すぐにチリ改のカバーが入る。牽制でも良い、チリ改に攻撃を続行しろ!」

 

 夏海はとにかくチリ改を狙わせていた。4号とチリ改を比較したとき、同じ88ミリ砲を装備しているチリ改が特に厄介だと判断したのだ。

 貫通能力は500メートルの距離で120ミリの鋼板が貫通出来るらしいのだが、どのような砲弾を使い、どのような防御鋼板だったのかが不明なため、ティーガー1の装甲板が貫通出来るのかは分からない。

 それでも厄介なのは変わりない。先にチリ改を倒すのは間違いではないだろう。4号の貫通能力ではティーガー1の装甲は貫通出来ないはず。4号が抵抗しているが、案の定貫通出来ていない。

 

 しかし、夏海はその攻撃の仕方に違和感を感じていた。弱点である弾薬庫を狙うこと無く、回りを狙っていた。フラッグ車に弱点があるのは千載一遇のチャンスのはず、それなのにとどめを刺そうとしない。

 かほも宗谷と同じ考えを持っているのだろう。しかし、夏海は情けを掛けられるのは嫌いだ。

 

「目標変更だ!4号を狙え!一撃で仕留めろ!!」

 

「しかし、4号は真後ろです。砲搭旋回には時間が!」

 

「なら砲搭を旋回させながら車体ごと回せ!その方が早い!」

 

 突然の作戦変更に戸惑いながらも、指示に従う。しかし、その変更が仇となった。

 

「宗谷くん!今よ!!」

 

 かほの合図が宗谷に伝えられ、チリ改が車体を90°ほど回して砲をティーガー1に向ける。照準器を覗く岩山は笑っていた。

 

「へへ、上手く引っ掛かったな」

 

「『従姉妹同士の情報』も、案外役に立つもんだな。撃ち方始め!!」

 

 2門の砲口がティーガー1目掛けて砲弾を撃ち込む。距離はそこまで離れていないため、照準器が壊れている副砲でも当てることはできる。

 車体ごと砲搭を回してくれたお陰で、履帯も一緒に狙うことが出来る。攻撃目標を変えたのは間違いだったようだ。

 かほから届いた、『従姉妹同士の情報』というのは、「夏海は情けを掛けられるのが一番嫌い。先に情けを掛ける方を撃破しようとする」と教えられ、かほが弱点を外す攻撃をしたのだ。

 

(くそっ、こんな単純な策略に掛かるとは。だが、まだ挽回出来る)

 

「旋回中止!10時の方向に逃げるぞ!」

 

 これ以上攻撃を受け続けるわけにはいかないので、一旦退避して別の方向から攻撃することにした。旋回をやめ、すぐに動き出そうとする。

 

「おっと、そうはいかねぇぞ!福田!27°旋回!1発ぶちかましてやるぜ!」

 

「了解、外すなよ?」

 

 車体を旋回させ、ティーガー1を捉える。幸いにも敵の砲口はこっちを向いていないため、落ち着いて狙い撃つことが出来る。重量もチリ改の方が軽い、瞬発力はこっちの方が上だ。すぐに旋回出来た。

 

「よし、旋回出来たぞ!ぶちかましてやれ!!」

 

 主砲弾の数も少ない。「ぶちかます」とは言ったが、無駄弾は控えなくてはならない。

 

「岩山さん!私も一緒に撃ちます!どこを狙うか指示を下さい!」

 

 五十鈴が岩山に協力してくれるようだ。砲弾の数が残り十数発しかなかったので少しホッとした。

 

「サンキュー!じゃあ一緒に砲搭下部を狙ってくれないか?弾薬庫じゃなくて、ターレットリングをな」

 

「はい!」

 

 2輌同時に攻撃され、ティーガー1は成す術が無い。乗員は焦り、新しい指示を待っていた。

 

「西住隊長!どうしましょう!?」

 

「隊長!次の指示を!」

 

「攻められています!このままではやられます!」

 

「隊長!指示を!! 」

 

「指示を」、夏海はその言葉にどう反応すれば良いのか分からなかった。こんなに攻められ、乗員から質問攻めにされたのは、何年ぶりなのだろうか・・・・・夏海にはもうどうしたら良いのか、分からない。

 

「何故だ!!何故私たちが攻められるんだ!!!」

 

 気がつけば、ハッチから頭を出して叫んでいた。その光景に、宗谷たちは何が起こったのか、頭の整理が追い付かなかった。岩山がトリガーに指を掛ける。

 

「何かよく分からんが、チャンスだぜ。どうする?今なら1発で仕留められる」

 

「いや、ここは最後まで聞こう」

 

 宗谷は攻撃を中止させた。今は攻撃をするべき時では無いと察したのだ。

 

「私は正しい道に沿ってきた!それなのに、どうして私たちが攻められる!?何故だ!!」

 

 宗谷は黙って夏海の言い分を聞いていた。夏海がこんなに取り乱すことは、よっぽどのことだろうと思ったのだ。

 

「お前に分かるか!?代々続いてきた流派を背負う者の気持ちが!!後から勝手にやって来て、戦車道のいろはも分からないお前に!!」

 

「そんなことは・・

 

「かほ、言わせてやれ」

 

 かほが言い返そうとしたが、宗谷はそれを止めた。

 

「でも、これじゃ言われっぱなしだよ」

 

「良いんだ。色々と溜まってたんだろう。言わせるだけ言わせてやろう」

 

 宗谷は黙って聞いた。真剣な目で、真っ直ぐに夏海を見た。

 

「何が、何がもう1つ西住流だ!そんなもの、ただの幻に過ぎない!お前が勝手に名付けたものだ!私が背負っているものが、本物の西住流だ!」

 

「流派を背負う気持ちだ?そんなの分かるわけが無いだろ!分かりたくても、分かれねぇよ!!俺には背負う流派なんて無いからな!!」

 

 黙って聞いていた宗谷が言い返した。流石の夏海も、これには黙ってしまった。

 

「あんたが背負っている流派にどうこう言うつもりは無い。だがな、その『()()()西住流』が、戦いでどう役に立つ?『鉄の掟』?『鋼の心』?それが戦いで、どう役に立つ!?」

 

「黙れ!!お前なんかに分かるものか!!私が背負う西住流が、どれだけ重要なのか!!流派を背負うことが、どれ程責任があることなのかを!!」

 

「流派は後継者がいて、それなりの実力があれば守っていける!だがな!今の大洗女子学院戦車道科は、どれだけ実力がある奴がいても、何人後継者がいても、上が必要ないと判断してしまえば、それで途絶える!お前に分かるか!?大切な居場所を失う者の気持ち、居場所を失い掛けてる者の気持ちが!」

 

 福田たちはその言葉を聞き、改めて自分達が何を失ってしまったのかを思い出した。そこにいた誰もが、自分達よりも実力があった。だが、実力者がいくらいても、居場所は守れなかった。

 宗谷が言ったように、()()()()と判断されてしまえばそれまでだ。宗谷たちの居場所だった、近衛機甲学校は、もう無い。

 

「でも、あんたの言うことには一理ある。俺たちは戦車道のいろはもまだ全部は分からないし、『もう1つの西住流』は幻なのかもしれない。だがな、誰になんと言われようと、俺たちの目的はただ1つだ。大洗戦車道科を廃科の危機から救うこと、それだけだ」

 

「目的は危機から救うこと」。そう言われ、夏海は宗谷が何故ここまで手を差し伸べるのか、その理由が知りたかった。

 

〔宗谷くん!西住さん!聞こえる!?何とか黒江さんたちと足止めしようと思ったけどダメだったよ。そっちに副隊長の戦車が行ったから、気を付けて!〕

 

 美優からの通信だった。副隊長の戦車が行った、ということはティーガー2が向かってきているということだ。夏海には、マリカから通信が入っていた。

 

〔西住隊長!ようやく抜け出せました!ですが、残ったのは私だけです。少し待っていてください!すぐに行きます!!〕

 

 苦戦の末、残った黒森峰の戦車はティーガー2 1輌だけとなってしまった。しかし、ティーガー2だけでもかなりの脅威だ。早く決着を付けなければ、逆転されかねない。

 

「かほ、もう時間が無い。ここは一気に決着を付けよう」

 

「一気には良いけど、どうするの?」

 

「もう主砲弾が切れた、あとは副砲弾が15発だけだ。射撃じゃ戦えない。チリ改で押さえるから、その隙に決めろ」

 

「・・・・・分かった。かなり無謀かもしれないけど、それでいこう!」

 

「よっしゃあ!これで決めて、良い景色を見ようぜ!」

 

 チリ改が急加速し、ティーガー1に激突した。車体同士があたり、火花が散った。そしてそのまま壁に押し付け、車体を横に動かした。

 

「かほ!今だ!!」

 

「了解!そのまま踏み止まって!」

 

 4号が最適なポジションを選び、ティーガー1を狙う。狙いが定まり、五十鈴はトリガーに指を掛ける。撃つ直前、照準器越しにティーガー2が見えた!

 

「西住さん!ティーガー2が!!」

 

「構わず撃って!早く!!」

 

『ドォーン!!!』・・・・・砲撃音が響いたあと、静かになった。砲撃の衝撃で煙が上がり、少しずつ晴れてきた。晴れてきたその先は、ティーガー1の砲搭の上に、白旗が上がっていた。

 

「に・・・・・西住さん。か、勝ったんですか・・・・・?」

 

「わ、分からない・・・」

 

〔黒森峰女学院、全車戦闘不能!よって、大洗女子学園の勝利!!!〕

 

 このアナウンスのあと、会場は歓声が響き渡った。沙織がみほの手を取り、涙を流した。

 

「みぽりん!やったよ!あの子達が勝ったよ!!」

 

 みほは呆然としていた。勝てたことに喜びを感じるには、もう少し時間が掛かりそうだ。かほも同じだった。『勝った』と言う認識が、まだ無かった。

 

「かほちゃーん!!勝ったよ!!私たちが勝ったよ!!」

 

「勝っ・・・・・た、勝ったんだよ・・・・・ね?」

 

 ようやく理解出来てきたかほに、宗谷が通信してきた。

 

「そうだよ。俺たちが勝ったんだ。まさか、最後は水谷の気転に救われるとはな」

 

「へへ、まさか当たるとは思わなかったぜ」

 

「さぁ、帰ろう。みんなが待ってる。遅れると、また河嶋さんに怒られるからな」

 

ーーー

 

ーー

 

 

 試合が終わり、辺りは夕日に包まれた。会場では、みほたちが宗谷たちの帰りを待っていた。

 

「あ!来たよ!」

 

 沙織が指を指す先に、チリ改と4号がゆっくりと帰ってきた。チリ改の車体の上では、宗谷たちが手を振っていた。停車したあと、宗谷がサッと敬礼をしながら状況報告をした。

 

「遅くなりました。旭日機甲チリ改、ならびに大洗4号、帰還しました」

 

「うん。お疲れさまだったね。みんな・・・・・よくやってくれたね」

 

 感動のあまり、みほはまた涙を流した。始めは勝ち上がることすら絶望的だったというのに、ここまで来てくれたことには感謝の言葉もない。

 

 そしてかほは、戦車道のメンバーにもみくちゃにされていた。宗谷は笑いながらその光景を見た。その時、黒森峰の生徒が突然目の前に現れた。福田が指を指しながら質問をした。

 

「あれ?その制服、あんた黒森峰の生徒か?」

 

「西住隊長が、宗谷佳さんと西住かほさんを呼んでいます。話がしたいと」

 

 夏海から話があるとはどういうことなのだろうか。また何か言われるのかと思いながら、黒森峰の陣地に足を踏み入れた。

 見たところによると、撃破された戦車の回収が終わり、帰る準備を進めているようだった。その中で、夏海はただ戦車を見つめているように見えた。

 

「西住隊長、連れてきました」

 

「・・・ありがとう。準備の手伝いに回ってくれ」

 

 夏海は3人で話がしたかったらしい。少し間を置いて、夏海が振り返りざまに話始めた。

 

「・・・・・まず、宗谷佳、お前に聞きたい。どうして見ず知らずの他人のために、あそこまで戦えた?」

 

 今回の試合で、夏海自身が1番疑問に思ったことだ。見ず知らずの他人のために、どうしてそこまで尽力出来たのか、そこが気になったのだ。

 

「どうしてって言われてもなぁ。別にこれといって理由は無いぞ?」

 

「理由が無いはずが無いだろ?何か理由があったから、そこまで戦えた、違うか?」

 

「うーん・・・・・強いて言うなら、同じ目に合わせたくなかったから、かな?俺たちの近衛は、守れたはずなのに守れずに廃校になった。そんなときに大洗も同じ状態にあったから、同じ目に合わせたくなかった、それだけだ」

 

 これで納得してくれるのだろうか。宗谷自身、そんなことを考えたことはなかった。確かなことは、『()()()()()()()()()()()()()』と言うことだけ、それ以外理由はない。

 

「・・・フッ・・・それだけ、か」

 

「何だよ、バカにしてんのか?」

 

「いや、そうじゃない。そんな簡単なことに気づけなかった私が可笑しかっただけだ・・・・・」

 

 夏海は優しい目付きで黒森峰の生徒を見つめた。そして少しうつむきながら話を続けた。

 

「宗谷、お前の言う通りだった、私は大切なことをおいてけぼりにしていた。ただ流派を守るためだけに必死になりすぎて、回りが見えなくなっていたんだ。隊長として、本当に情けないな、私は」

 

「そんなこと無いよ」

 

 慰めの声を掛けたのはかほだった。こんなふうに話すのは久しぶりなので、どう話したら良いのか分からないが、何とか慰めようとした。

 

「私はあまり西住流を意識したこと無かったから、偉そうなことは言えないけど、従姉ちゃんは誰よりも頑張っていたよ。流派を守ろうと頑張った従姉ちゃんを責める人はいないよ」

 

「そうだな、誰も批難出来ないだろうよ。あとは、あんたがこれからどうしていくかだ」

 

「私が?」

 

「回りが見えていなかったんだろ?まさかこれからも回りが見えないままでやっていくつもりじゃないだろうな?」

 

 夏海はハッとし、また生徒を見た。確かに、回りが見えていなかったということには気付いた。宗谷が言いたいことも分かる。だが、今さら変われるのだろうか?

 

「・・・・・宗谷・・・・・私は、変われるのか?この6年間、ずっと回りが見えていなかったのに、今さら変われるのか・・・・・?」

 

「・・・・・さぁな。そればっかしは、あんた自身がどうしていくか、だろ?」

 

 ここからは夏海の問題、夏海が変わらないといけないのだ。

 

「全員集まってくれ。話がある」

 

 夏海が全員を呼び寄せた。準備の途中だったが、全員集まった。このあと反省会でもするのだろうと、大半の生徒はそう思った。

 

「みんな、今まですまなかった」

 

 突然頭を下げて謝る夏海に生徒たちはざわついた。謝られる理由がないのに、どうして謝るのか分からなかった。

 

「に、西住隊長?なんで謝るんです?私たち、謝ってもらうことなんて何も・・・・・」

 

「いや、私は謝らなくてはならない。私はこの3年間、チームを意識して試合をしたことが無かった。みんなの意見を聞かずに、電子の力に頼ってばかりで、この戦車道で必要なものを完全に見失っていた。

 今さらこんなことを頼むのも恥ずかしいのだが、もう一度だけ・・・・・私と、『本来あるべき姿の戦車道』をやってくれないか?頼む、この通りだ」

 

 夏海はまた頭を下げた。夏海が言う、『本来あるべき姿の戦車道』、それは電子の力に頼らず、人が持つ力だけで戦い、勝利するという意味だ。今までほとんど1人で戦ってきたようなものだった。

 

 だから、高校卒業まではこの戦い方でやっていきたい、という意思だった。

 

「西住隊長、頭を上げてください。私たちは、隊長がそうしてほしいと言うのなら、喜んで従います。あなたの実力のおかげで、私たちは強くなったんですから」

 

「異論はありません。意見を集めながら戦うなんて、楽しそうじゃないですか」

 

 夏海の意思は伝わったようだ。反論する生徒は誰もいなかった。

 

「ありがとう・・・・・みんな。本当に・・・・・」

 

 夏海は涙を流した。宗谷はかほに、目で「帰ろう」と言い、その場を去ろうとした。もう話すことも無いだろうと思ったからだ。

 

「それじゃあ、夏海従姉ちゃ・・・・・じゃなくて夏海さん。私たちは戻りますね」

 

「待て、かほ。もう『さん』付けなんてしなくて良い。『夏海従姉ちゃん』で構わない。それから、敬語も良い。私たちは、『従姉妹』どうしなんだから」

 

 夏海は久しぶりに見せる微笑みと共に、手を差し出した。かほはその手を取り、握手を交わした。そこには、流派なんてものはなかった。ただ2人の友情だけがそこにあった。

 

「おーい!!そろそろ表彰式やるから集まれって言ってるぞぉー!!」

 

 福田が呼びに来た。そろそろ戻らなければならない。

 

「じゃあ行くか、みんな待ってるだろうし」

 

「うん。それじゃあ、またね。夏海、従姉ちゃん」

 

 別れを告げ、2人は歩きだした。すると、夏海が宗谷を呼び止めた。

 

「宗谷」

 

「うん?なんだ?」

 

「こんな私に、大切なことを思い出させてくれてありがとう。お前の強さがよく分かったよ」

 

「・・・勘違いすんな。俺は何もしてないし、強くなんて無い。あんたが大切なことに気付けた。ただそれだけだ」

 

 そう言うと、また歩きだした。マリカが夏海に話しかける。

 

「あいつ、自分で成し遂げたことに気付いていないんですかね?」

 

「・・・・・いや、そんなことはないだろう。あいつは、対したことをしたと思っていないんだろう。困っているやつがいたら、助けることは当たり前だと思っているんだろう」

 

ーー

 

 

〔それでは、表彰式を行います。大洗女子学院の生徒は、優勝旗を受け取りに来てください〕

 

 代表のかほが、優勝旗を受け取った。旗は少し重かったが、優勝出来た喜びと比べたら対したことはない。会場には拍手の音が響き、かほは優勝旗を掲げた。

 夕日に包まれる生徒たち、そして掲げられた優勝旗、かは昔の自分を見ているようだった。かほが宗谷を見ると、ヘルメットを脱いでいた。

 

「全員、整列!!気をつけ!休め!」

 

 そして福田たちを整列させた。かほたちは突然の出来事に何が起こったのか分からなかった。

 

「宗谷くん?何をしてるの?」

 

 宗谷は質問に答えず、2、3歩前に出て気を付けの姿勢を取った。

 

「まず1つ、みんなには礼を言いたい。俺たちと一緒に戦ってくれてありがとう。みんなには感謝しかない。本当に、ありがとう」

 

 サッと頭を下げたあと、宗谷は観戦席に座っているみほたちの方を向いた。

 

「指導員一同!我々、旭日機甲旅団、宗谷佳以下6名は、大洗女子学園、護衛の任を終了したことを報告させて頂きます!!」

 

 報告が終わると、またかほたちの方を向き、気を付けの姿勢を取った。

 

「一同!!大洗女子学園の生徒一同に向けて!そして、我々を戦車道科の一員として、指導してくれた指導員一同に向けて、感謝を込めて!敬礼!!」

 

 これは今の宗谷たちに出来る、最高のお礼だった。本当なら、出場すら出来るはずが無かったのに、こうして戦えたことにずっとお礼の言いたかったのだ。かほはその姿を見て、フッと笑った。

 

「宗谷くん、感謝しないといけないのは私たちだよ。あなたたちのおかげで、私たちの戦車道科を守れた。ありがとう。一同、礼!!」

 

「「「「「「「「ありがとうございました!!!」」」」」」」」

 

 今度はかほたちが一斉にお辞儀をし、みほたちが拍手を送った。これに、宗谷たちは感動のあまり目が潤んでいた。お礼を言われるようなことはしていないと言っていた宗谷だが、言われることには悪い気がしなかった。

 こうして、大洗女子学園戦車道科の運命を掛けた大会は終わった。これで暫くは安泰だろう、旭日と大洗の絆を深めることも出来た。しかし、かほたちは知らなかった。この喜びも、束の間だと言うことを・・・・・

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 大会が終わった翌日。戦車道の授業が始まる前、かほたちは格納の前に集められていた。何故か旭日のメンバーだけ、かほたちの前に並んでいた。深刻そうな顔で。

 

「宗谷くんから大事な報告があるから、全員しっかりと聞くように」

 

 いつも以上に真剣な杏、そして軽く頭を下げて宗谷が報告する。その報告は、かほたちにしてみれば、衝撃的なものだった。

 

「・・・・・我々、旭日機甲旅団は、1週間後にこの大洗を去ることになりました」

 

 




今回も読んで頂き、ありがとうございました。

突如「大洗を去る」と宣言した宗谷。一体どうなってしまうのでしょう?

感想、評価、お待ちしています。


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第26章 絆

前回のあらすじ

黒森峰との接戦の末、勝利することが出来た大洗女子学園。しかし、その喜びは束の間だった。宗谷から「1週間後に大洗を出ていくことになった」と報告を受ける。
宗谷たちは、後1週間で大洗を去ることになるのだった。


 時刻は朝9時。格納庫の前では、戦車道科のメンバーが集められていた。ちょっとした連絡事項を伝えるだけならすぐに終わっていたが、今日はまだ終わっていない。

 

 何故なら、宗谷から大事な報告を受けているからだった。1週間後に大洗を去る、と。

 

「・・・・・宗谷くん・・・・・今の、本当なの?」

 

 かほの一言に宗谷は軽くうなずき、ポケットから紙を一枚取りだし、かほに渡した。その紙には、『旭日機甲旅団 退去指示』と書かれていた。

 

「決勝戦が始まる3日前にそれが届いたんだ。『試合の勝敗に関係無く、終わったら即刻退去するように』ってな。すぐに帰るのも嫌だったから、1週間引き延ばしてもらったんだ。まぁ、仕方ないよな。俺たち()()()だし」

 

 宗谷たちはあとから入ってきたとは言えど、正式に大洗の生徒と決まってた訳ではない。あくまでも『仮の生徒』なのだ。

 

「・・・・・という訳だから、最後の1週間を無駄なく過ごすように。それから、あなたたちも旭日から得られるものは確実に得るようにすること。それじゃあ授業を始めようか」

 

 杏はそう言ったが、本当は退去させる気は無かった。しかし、文部省から出された条件を聞かされ、退去させるしかなくなってしまったのだ。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 決勝戦前日、宗谷は1人で科長室に来ていた。そして、例の書類を見せたが、杏にはどうして退去させなければならないのか理解出来なかった。

 

「『退去指示』?どうして?」

 

「文部省からしてみれば、女子校に男子がいるということ事態おかしな話なんでしょう。『風紀をこれ以上乱す訳にはいかない、本当なら即刻退去してほしいものだ』って言ってましたよ」

 

「宗谷くんたちがいるから風紀まで乱れるなんて、そんなことないよ。私が話を付ける」

 

 そう言いながら受話器に手を掛けたが、宗谷が止めた。

 

「やめた方が良いです。『退去を拒むなら、戦車道科の廃科の手続きを進める』って言ってましたから、やるだけ無駄です」

 

「え!?そんなこと言ってたの!?それじゃ脅しじゃない!」

 

「いえ、向こうが言うことも分かります。俺たちは正式な手続きを踏んでいませんし、元々こっちが勝手に来て入れて貰っている身です。いずれは去らなければならないとは薄々感じていました」

 

 宗谷自身、大洗を去ることに異論は無い。他のメンバーにも話を付けているから、何も問題は無いと言っている。ここまで言われたら、杏が引き留めることは出来ない。

 

「・・・・・それで良いんだね?その選択で、後悔しないの?」

 

「まぁ、仕方ないですよ。撤廃出来たとしても、俺たちのせいで廃科になったら全てが水の泡ですから」

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 文部省からそんな話があったと言うことはあえて伏せた。いずれは、こうなる運命だと思っていたからだ。

 授業が終わったあと、4号のメンバーは穂香と一緒にルノーに来ていた。もうすぐ出ていかなければならない旭日のために、何か出来ることがないか話し合うために集まっている。しかし、既に決定しているため、今回はどうすることも出来ない。

 戦車道科を救った旭日は、かほたちからしてみれば英雄だ。それなのに、出て行かなければならない。そんな運命に立たされている旭日に、どう接したら良いのかも分からなかった。

 

「いくらなんでも、酷すぎるであります。女子で無くても、充分通用してたであります」

 

「確かにそうだけど、問題はそこじゃないよ。そもそも、戦車道は伝統ある()()()()()。つまり男子である彼らは、本来出てはいけないはずなのよ」

 

「ですが、彼らは私たちの戦車道科を救ってくれました。それなのに、恩を仇で返すような真似をしろと言うんですか?」

 

「そうだよ!旭日には、大きな貸しがあるんだよ!そうでしょ!?」

 

「・・・・・確かに、そうだ。私たち自身も、学んだことは多い。彼ら自身も、まだ戦車道をやりたいと思っていると思うぞ」

 

 次々と抗議の声が上がる中、かほはボーッとティーカップを眺めていた。もうすぐ旭日と別れることになる。旭日と・・・・・

 

「かほちゃん!聞いてる!?」

 

「え!?う、うん・・・」

 

「ちょっと落ち着いて、みんなの気持ちは分かる。だけど、宗谷くんたちは私たちのために出ていくって言っているんだよ。お母さんがぼやいてた、『何で強制退去されないといけないんだ』って。それから、退去しないなら、廃科の撤廃は無しにするって言ってたって」

 

 穂香は全て知っていた。杏は酒が入ると独り言を溢すように秘密を喋ってしまう癖があるため、折角秘密にしていたのに無駄になってしまった。

 

「そんな!半分脅しじゃない!」

 

「だったら尚更見過ごせません!」

 

「同感であります!!」

 

 余計に騒がしくなってしまい、穂香は手が付けられなくなった。しかし、かほは全く動じず落ち着いていた。

 

「みんな、ここは宗谷くんたちをどんな風に送り出すかを考えた方が良いんじゃないかな?」

 

「かほちゃん!私たちを助けてくれた旭日を見捨てろって言うの!?」

 

「そうじゃないよ。私たちの戦車道科の運命が分からなかった時に、『退去しないなら、廃科の手続きを進める』って言われたんだよ?それに、優勝してもしなくても、結果は同じだったはず」

 

「ッ!確かにそうかもしれないけど、それで良いの!?宗谷くんたちが無慈悲に追い出されるって言うのに!」

 

「私だって、こんな形で別れるなんて嫌だよ。だけど、私は笑って送り出す。宗谷くんたちに、悲しい顔は見せたくないから」

 

 かほ自身、別れるのは辛いと思っている。だが、宗谷たちが退去することは決まっている。もう何も出来ないのだ。だからこそ、泣きたくなっても、笑顔で送り出そうと決めたのだ。

 

「・・・・・そうだね。言い合っていても、何も変わらない。笑顔で別れよう、ね?」

 

 穂香は宥めるように、笑顔でかほたちを見た。別れることに反対だった栞たちも、納得したようだ。『笑顔で送り出す』、今出来ることは、これしかないのだ。

 

ーー

 

 

 一方寮では、ぼつぼつと出発準備が進められていた。もう使わないであろう物は段ボールに詰め込み、少しずつ部屋が広くなっていた。福田と岩山は荷物を詰めながら愚痴を溢している。

 

「あーぁ、折角戦車道に参加出来たって言うのに、誰かさんの命令で出ていかないといけねぇのか・・・・・」

 

「全くだな。俺はもっと戦車道をやりたかったぜ。それなのによぉ・・・・・」

 

「ほらほら、愚痴ばっか言ってねぇで、さっさと纏めるぞ」

 

 宗谷は愚痴1つ言わず、黙々と作業を進めていた。その姿を見た福田が、ぽつりと話をふっかけた。

 

「なぁ、平気そうにしてるけど・・・・・お前は寂しくねぇのか?杏科長は俺たちを認めてくれたんだ。それなのに・・

 

「手を動かせ福田。今日中にはここら辺の荷物纏めるぞ」

 

 話を打ちきり、無言で荷物を纏めていく。福田はそんな宗谷を見て、本当は寂しいのだろうと感じた。「戦車道に参加しよう」と言い出したのは宗谷なのだ。出場を認められ、戦車道に参加出来た時は、誰よりも嬉しかったはず。

 近衛が廃校になってからの4年間は、戦車道に出るため、準備に明け暮れていた。戦車道のルールを学び、チリの作製を6人でこなしながら過ごした。その甲斐あってか、大洗戦車道科に編入することが出来、戦車道にも参加出来た。

 そして無事に勝利し、大洗女子学院戦車道優勝、並びに廃科撤廃という結果を残せた。

 

 それでも、今まで築き上げてきた伝統を崩したこと、そして、女子校に男子がいるということは世間的から見れば理解されがたいこと。目的を達成してしまった旭日には、もうここにいる必要がなくなったのだ。

 一方、柳川、水谷、北沢の3人も、部屋を片付けているところだった。近衛の時に使っていた教科書、レポートを持ってきていたのだが、あまり役に立てなかった。ただ、その頃が懐かしく、ついつい思い出に浸ってしまうことが多かった。

 

「お?見ろよ。チリの設計図が出てきたぜ。こんなの持ってきてたのか」

 

 紙を靡かせる北沢、水谷も一緒に懐かしそうに眺めた。柳川はため息を付き、作業を続けるように促す。

 

「お前ら、懐かしいのは分かるがさっさと終わらせないと寝れねぇぞ」

 

「分かってるよ、すぐに掛かる。・・・・・1つ思ったんだけどよ。大分に戻ったら、旭日はどうなるんだ?」

 

 水谷が答えに困る疑問を口に出した。柳川と北沢はすぐに答えが出なかった。

 

「そりゃぁ・・・・・えっと・・・・・」

 

()()・・・・・なのか?」

 

『解散』、唯一考えられる結論だ。旭日機甲旅団はほぼ無名に近い。大分に戻ったとしても、待遇などあるはずがない。

 

 しかし元近衛の生徒なので、自衛隊に入る場合は希望の部隊に入れるといった形で優遇される。ただ、自衛隊に入隊するときは、自分の地元に近いところか、自分が行きたいある部隊がある駐屯地に行くことになるだろう。

 やりたいこともそれぞれだ、いつまでも一緒というわけにはいかない。

 

「まぁ、それが妥当だよな。でもさ、ずっと出たかった戦車道に参加出来たんだ。思い残すことは何もねぇよ」

 

 北沢が言うように、思い残すことは無い。戦車道に出て、大洗戦車道科を救えた。だが、これで別れたら、もう2度と会えなくなる可能性もある。

 

 思い残すことことはないと思う反面で、本当にこれで良いのだろうかという疑問も浮かんでいた。大洗を発つまで、あと6日。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 翌日、午後の戦車道の授業が始まろうとしていた。授業と言っても、この6日間だけは自主練習ということになった。

 どんな練習でも、質疑応答でも何でも良いからと。旭日は修理が終わったチリ改の試験をするため、適当に走り回ってみようということになった。乗り込もうとしたとき、あいかが話し掛けてきた。

 

「あの、北沢さん。ちょっと良いですか?」

 

「え?俺?」

 

「はい!通信機の取り扱いについて詳しく知りたいので!早く!」

 

 あいかはそう言うと、手を取ってM3のもとに引っ張って行った。

 

「・・・あれ?なぁ、M3の車長ってあんなだったっけ?」

 

 あいかが自分から来ることは無かったので、岩山は少し驚いていた。

 

「あぁ、何でだろうな」

 

 宗谷にも何故なのかは分からなかった。しかし、北沢に限らず、福田も、岩山も、柳川も、水谷も呼ばれて行ってしまった。

 福田は七海と藍に呼ばれ、リボルバーショットのコツを教えに、岩山は射撃にあまり自信がない梅に、コーチとして呼ばれていった。

 柳川は装填を担当している優香子たちに呼ばれ、水谷は機銃の扱い方を教えに、3突の蘭のもとにいってしまった。

 

(うーん・・・今になってこの質問の嵐か。それに、俺たちが出ていく前に限って自由行動同然に自主練習。待てよ・・・もしかして、指導員たちの計らいか?)

 

「宗谷くん。ちょっと良い?」

 

 みほが宗谷を呼び出した。ちょっとした疑問が浮かんでいたので、それを聞きだすには良い機会だと思い、大人しく付いていった。

 付いていった先は、格納庫の中だった。中にはカバーを被ったカ号が置かれている。

 

「何かご用でしょうか」

 

 宗谷の声が響き、みほが振り返る。

 

「まず、大洗戦車道科を救ってくれてありがとう。それから、あなたたちを大洗から追い出さないといけなくなっちゃってごめんなさい。なんとかしてあげたかったんだけど、文部省も頑固だから聞き入れてもらえないの」

 

「気にしないで下さい。それに残れたとしても、いつまでも居られません、いつかは去らなければならないんです。俺たちは、そのタイミングが少し早いだけです」

 

 そう言い、福田たちの方を向いた。和気あいあいとしていて、楽しそうな様子が伺えた。

 

「西住指導員。今回の自主練習は、あなたたちの計らいでしょう?俺たちと西住隊長たちとの、()()()()()()()()()()()()としているんですよね?」

 

「確かにそれもあるけど、あそこまで絡んでくるとは思ってなかったよ。かほたちも、別れを惜しんでいるんじゃないかな?」

 

『別れを惜しんでいる』。そう言われてみれば、そんな気がする。ここに居られたのはたった数ヶ月、その数ヶ月は戦車道科を救うためだけに集中していたこともあり、互いに交流を深めることはならない状態だった。

 

 だからこそだろう。この数日間のうちに、出来ることをやって、互いに思い残すことなく別れる、それが今のかほたちに出来ることなのだ。

 その数日間は、とても充実していた。福田たちも、残り少ない日数の中で、少しでも教えられることは教えようと一生懸命だった。

 残り2日になったときには、ほとんどが旭日から技術を習得していた。まだ完璧とは言わないが、以前と比べたらだいぶ良くなった。福田たちも、これなら大丈夫だろうと思うようになった。あとは、習ったことに沿って成長していければそれで良い。

 

 出発の前日には宗谷たちのお別れ会が開かれ、とても賑わった良い会になった。

 寮の片付けもほとんど終わり、あとはリヤカーに積み込んで出発するだけになった。一段落ついたとき、宗谷が福田をルノーに呼び出した。かほたちに知られないようにしたいから、気づかれないようにと言われ。

 

 ルノーに入ると、宗谷は川井店長がいるカウンターから離れた席に座っていた。軽く挨拶したあと、席に付いてコーヒーを頼み、宗谷に話し掛けた。

 

「なぁ、大事な用ってなんだよ。しかも西住隊長たちに気づかれないようにこいってさ、そんなに大事な話なのか?」

 

「・・・誰にも気付かれてないよな?」

 

 宗谷はいつも以上に慎重だった。福田が呆れた顔で用件を聞き出そうとする。

 

「だから大丈夫だって。さっさと用件を言えよ」

 

「良いか?今からモールス信号で用件を伝える。ちゃんと解読して、他の連中にしっかりと伝えてくれ」

 

 そう言うとテーブルの上を指で叩いたり、シュっと擦ったりしながら信号を伝え始めた。その信号が以下のものだ。

 

 ー・ー・・、ーー、・・・ー、ーー・ー・・・、・ーー・、ー・・・、ーー・ーー、 ー・ー・ー、・・・・・、ーー・ー・・・、ー・ー・、 ーー・ー・、ー・・ーー、・ーー・、ー・・・・・ーー・、・ーー・、ーーー・ー、ー・ーー・

 

 福田は信号を全て聞き、解読を始めた。

 

「えーっと・・・・・やっぱりこの『計画』は、実行するのか?」

 

「良いか?絶対に知られるなよ。それから、確実に伝えろ」

 

「伝えるのは良いけど、変える気はないのか?」

 

「変える気はない、この通りにいく。西住たちに何時に出るか聞かれたら、8時30分に出発すると伝えろ」

 

 そう言い残すと店を出ていってしまった。福田は軽くため息を付くと、コーヒーを啜った。

 

ーー

 

 

 寮に戻ると、岩山たちが出発準備を整えて待っていた。福田を見て岩山が手を振った。

 

「お、帰ってきたな。どうだ?これでいつでも出発出来るぜ」

 

「ああ、ご苦労だったな。みんな、今から言うことを良く聞いてくれ。大事な話なんだ」

 

 福田は岩山たちに宗谷からの計画を伝えた。全て聞いた岩山たちは驚くことなく、『ああ、やっぱりか』という反応だった。

 

「はぁ、当初の計画通りってか?」

 

「妥当だと思うぜ。宗谷(あいつ)は目立つ行動を取らないって言ってたからな」

 

「そうだけど、本当に良いのか?俺はやるべきじゃないと思うが」

 

「言ってただろ。『俺たちはあくまでも後方支援担当で、目立たないように行動する』って。だから、これで良いのさ」

 

『計画』。それは、大洗に行く前に伝えられていた。しかし、宗谷もこの『計画』は一時保留ということにして、今に至るまでその言葉を口にしてこなかった。

 

 そして今になり、改めてこの『計画』を実行に移すという判断に至った。これが正しいかは分からない。分かっているとは、この『計画』を実行する、それだけだ。

 

 一方、宗谷は1人で海を見ていた。缶コーヒーを片手に、ボーッと眺めていた。月明かりが海を照らし、艦が波を作りながら航行している。

 もうすぐこの景色を見ることもなくなるため、見納めに町を巡っていたのだ。

 

(この景色見れるのも、これが最後か。全く、俺もバカだなぁ。前線に出ないようにしようって決めてたのに、結局最後の最後まで前に出て戦っちまったよ。まぁでも、それはそれで楽しかったけどな)

 

 景色を目に焼きつけ、空缶を捨てて寮に戻っていった。明日は、遂に大洗を発つ日だ。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 翌日の早朝、時刻は朝の4時53分。福田たちは女子学院のグラウンドに集合していた。朝日はまだ昇り始めたばかりで、回りは少し薄暗い。チリ改にリヤカーが繋がれ、いつでも出発出来る状態にいた。

 岩山がうつらうつらしていると、宗谷が歩いてきた。北沢が肩をバシッと叩き、岩山を起こす。

 

「・・・全員いるか?」

 

「とっくに揃ってるよ。て言うかお前は何やってたんだ?隊長が遅刻だなんてだらしねぇぞ」

 

「悪いな。西住宛に、手紙を渡しに行ってたからな」

 

 宗谷は校舎の前に立ち、福田たちはその後ろに並んだ。

 

「全員、これまで世話になった校舎に向けて、敬礼」

 

 静かに敬礼をする6人。この時の彼らは、何を思ったのだろう。思い出や今後の進路、旭日の未来など、色々なことを考えているに違いない。

 そのあとすぐに格納庫に入り、各車に乗り込んでいった。長居は無用、すぐに立ち去ろうと言うことだろう。宗谷がチリ改の操縦席に座り、福田が陸王に股がった。

 

「各車、エンジン始動。暖機は無しだ」

 

 指示に従い、チリ改、陸王がエンジンを始動する。カ号は大洗の連絡機として使ってもらおうということで、置いていくことになった。持って帰れたとしても置き場が無いので、こうして使ってもらった方が良い。

 格納庫から出ると、福田が扉を閉めた。そして再び乗り込み、ゆっくりと進み始める。エンジン音がいつも以上に響く。ああ、これでさよならか。そう思った時、福田が突然ブレーキを掛けて止まった。

 

「福田?何かあったのか・・・・・」

 

 宗谷が頭を出すと、校門のあたりに人が5人立っていた。それは、4号の搭乗員である、かほたちだった。何故だ?この情報は、知られていないはずなのに。

 

「・・・・・西住、何で?」

 

「川井店長が教えてくれたの。『宗谷くんたちが朝5時に、ここを出ていく』って」

 

 モールス信号で伝えたのに、完全にバレていた。まさか川井店長が信号を解読出来るとは想定外だった。この状態になってしまっては、隠すことは出来ない。現に今、こっそりと出ていこうとしていたのだから。

 

「宗谷くん、ちょっと良いかな?」

 

 かほが呼び出し、宗谷はチリ改から降りてかほの前に立った。

 

「その・・・怒ってる、よな?でも早く大洗から出ていこうとって訳じゃなくて・・・えっと・・・・・」

 

 苦しい言い訳をする宗谷に対し、かほは何も言わずにジーっと見つめていた。その目は、怒っていそうでもなく、悲しいそうでもない。その目を見た宗谷は、1つ結論を見いだした。『言い訳せず、素直に謝ろう』、と。

 

「西住・・・すまなかった。ただの我が儘かもしれないけど、俺は笑顔を見たままで別れたか・・・・・」

 

 かほは宗谷に抱きついた。

 

「・・・・・西住?」

 

「良かった・・・見送りに間に合って・・・」

 

 かほは全く怒っていなかった。それどころか、泣いていた。

 

「宗谷くんのことだもん。最初来たときと同じように、ひっそりと去ろうとしたんでしょ?」

 

「・・・全部、分かってたんだな。やっぱり、お前に秘密は長続きしねぇな」

 

 かほの肩を持ち、すっと引き離す。

 

「俺たちは、本来ここに居たらいけない存在だ。だからみんなに見送られて去るわけにはいかなかったんだ」

 

「世間はそう見るかもしれないけど、誰が何と言おうと、旭日は『戦車道科を救った英雄』。それが私たちにとって、真実だよ」

 

『英雄』、宗谷たちからすれば、勿体ない言葉だった。宗谷は首を横に振った。

 

「止してくれよ。俺たちは『英雄』何かじゃない、ただの『部外者』さ。それに、戦車道科を救えたのは、みんはの思いがあってこその結果。俺たちはただ手助けをしただけに過ぎない」

 

「そんなことないよ。宗谷くんはそう思ってるかもしれないけど、みんなは部外者だなんて思ってないから。さぁ行こう、みんな待ってるから」

 

「・・・みんな?」

 

ーー

 

 

 学園艦を繋ぐエレベーターの入り口に着くと、戦車道科の生徒が総出で待っていた。既に情報は回っていたようだ。まだ朝の5時を過ぎたばかりだというのに、全員集まっていた。

 誰1人として眠そうな素振りを見せず、笑顔で手を振っていた。まずエレベーターに水谷と柳川、そして陸王、リヤカーを載せて下ろした。その間に、かほが話しかけた。

 

「宗谷くん。申し訳ないんだけど、この学園艦は荷物の積み降ろしために停泊してるから、私たちは降りられないの。だから、ここで本当にお別れになる」

 

「分かった、ありがとう。それから、こっそりと出ていこうとしてすまなかった」

 

「良いよ。でも、もうしないでね」

 

 そしてエレベーターが上がってきた。チリ改を載せると、かほたちの方を向いた。岩山がボタンを押し、『ガゴン』と音を立てて下がっていった。宗谷とかほが別れの言葉を交わす。

 

「さよなら、宗谷くん!元気でね!!」

 

「おう!そっちもな!!またいつか会おうぜ!」

 

 エレベーターが下がりきると、2人が待っていた。そして、チリ改を載せるために呼んだトレーラーもいた。これからフェリー乗り場がある大阪まで向かうのだ。

 

 荷台にチリ改を載せ、固定出来たことを確認する。その間、宗谷は福田たちに顔が見えないように振る舞っていた。その姿を見て、福田が宗谷に話し掛けた。

 

「お前、泣いてんのか?」

 

「・・・・・そんな訳ないだろ。早く乗り込め、出発するぞ」

 

 宗谷はそう言うと、トレーラーに乗り込んでしまった。出港まであまり時間がないため、福田たちもすぐに乗り込み、出発した。メンバーたちは、流れる大洗の景色を静かに眺めた。

 

 それから数時間後、フェリー出港までに間に合った。フェリーに乗るのも、これで最後になるだろう。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 別府に着いたのは翌日の朝6時。宗谷たちは真っ直ぐ基地に帰った。数ヶ月ぶりに扉を開けると、うっすらと埃が積もっていた。

 

「あーぁ、こりゃまずは掃除からだな」

 

 福田がそう言うと、箒を手に取った。それに続き、岩山たちも掃除を始めた。

 

ーー

 

 

 その日の夜、宗谷たちはこれからの進路を話し合っていた。今日で、旭日機甲旅団は解散するのだ。6人で円を作り、その真ん中にお菓子を置いている。

 

「福田はどこに行くんだ?」

 

「そうだなぁ。俺は『北熊本駐屯地』の第8偵察隊に入るかなぁ。岩山と柳川は湯布院(ゆふいん)だったな」

 

「ああ。俺は榴弾砲(りゅうだんほう)を扱いたいから、『湯布院駐屯地』の※野戦特科(やせんとっか)がある西部方面隊特科隊に入りてぇな。柳川はどうすんだ?」

 

「俺か?野戦特科でも良いけど、やっぱ高射特科に入る。福岡にある飯塚(いいづか)駐屯地を目指す。水谷は?」

 

「俺は『高遊原(たかゆうばる)分屯地』にある、第3対戦車ヘリコプター隊に入るつもりだ。地元は宮崎だけど、すぐ熊本に行く。北沢は、救護班に行くんだっけ?」

 

「おう。俺は衛生科がある『健軍(けんぐん)駐屯地』に行くぜ。地元は佐伯だけど、熊本に行くことになるだろうな。宗谷は・・・やっぱ玖珠(くす)駐屯地か?」

 

「ああ、機甲科があるところに行くよ。陸丸じいちゃんも戦車に乗ってたからな、俺もその意思を継ぐつもりだ」

 

 6人全員は、それぞれの道に進むようだ。宗谷は機甲科、福田は偵察科、岩山は野戦特科、柳川は高射特科、水谷はヘリコプター隊、北沢は衛生科。

 初めは全員で機甲科に入ろうかと考えていた宗谷だったが、それぞれでやりたいことがあるのなら止める権利はない。ここまで頑張ってきたのだ、きっとどこに行っても大丈夫なはずだ。

 

「そういやよ、チリ改はどうすんだ?」

 

 岩山がチリ改の今後を聞いてきた。今まで一緒に戦ってきたチリ改、流石に解体するわけにはいかない。だが、使われなければ意味がない。

 

「そうだな。持って帰ってきちまったけど、大洗に寄贈してもいいかもな。というより、そっちの方がいいだろ」

 

 宗谷はチリ改を大洗に寄贈するつもりのようだ。確かにそっちの方が良いだろう。使われるかどうかは分からないが、みほたちなら絶対大事にしてくれるはずだ。その日の夜は、互いの健闘を祈り、賑やかな夜になった。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 翌日の朝6時。福田たち5人が、チリ改の前に立っていた。宗谷は早朝のランニングに出ていていなかった。

 

「よし、行くか」

 

 福田の一言に、岩山たちがチリ改に別れを告げながら外に出た。宗谷がいない間に、それぞれの故郷に帰るのだ。

 

「良いのか?こんな形でさよならなんて」

 

 柳川は少し疑問に思っていたようだが、福田は首を縦に振った。

 

「これで良いのさ。置き手紙も置いてきたし、宗谷もこの方が良いって思ってるさ。行くぞ、奴が帰ってきてからじゃ気まずいからな」

 

 そう言うと、駅に向かって歩き出した。岩山たちも福田に続き、振り向かずに歩き始めた。その時、宗谷がこっそりと陰から現れた。こうするだろうと、予想していたのだろう。

 

(ありがとう、みんなも元気でな)

 

ーーー

 

 

〔4番乗り場の列車は、7時14分発。普通列車・・・〕

 

 別府駅に着くと、ホームに上がり、 電車が来るのを待つ。これから大分駅乗車し、それぞれ別の路線で帰るのだ。この時間帯は通勤や通学で使う人が多いためか、ホームはかなり混んでいた。

 

 すぐに電車がホームに入り、人の流れに乗りながら電車に乗り込んだ。それから15分程度で大分駅に着いた。ここで、この5人もついにお別れだ。

 

「それじゃあ、ここまでだな。俺は豊肥(ほうひ)線、岩山と柳川は久大(きゅうだい)線、水谷と北沢は日豊(にっぽう)線だな」

 

「ああ、ついにお別れか。寂しくなるな」

 

「まぁ、今のところ全員九州に留まれそうだし、教育期間中だったら会えるだろ」

 

「いつでもって訳じゃないけどな。それにみんな遠いんだぜ?そう簡単には会えなくないか?」

 

「そんなことないだろ。まあ簡単とはいかないけど」

 

 そんなことを言い合っていると、それぞれ出発の時間が迫ってきた。特急券を買い、別れ際に声を掛け合ったあと、それぞれのホームに向かっていった。

 

 こうして、旭日機甲旅団は解散となった。昨日は今後のことを話し合っていたものの、本心は『まだ戦車道を続けたい』と思っていた。宗谷、福田、岩山、柳川、水谷、北沢全員が同じ気持ちだった。

 

 しかしその思いは届かず、解散という形になってしまった。もう再結成することも、ないのだろう・・・・・

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 旭日機甲旅団解散から1週間後。朝5時30分にもかかわらず、機甲旅団基地を訪ねる者たちがいた。

 

「宗谷佳!いますか!?黒森峰の者です!西住協会長の使いで来ました!いるなら開けてください!」




※解説

野戦特科

自走式の榴弾砲を使って、後方火力支援を担当する部隊のこと。ちなみに高射特科は、対空ミサイルなどで基地周辺の防空を担当する部隊のこと。


今回も読んで頂き、ありがとうございました。

遂に解散してしまった旭日機甲旅団。これからどうなっていくのでしょう。次回、最終章です。

ちなみに、宗谷が福田に送ったモールス信号は、あえて字幕無しで書いています。気になった人は、是非解読してみてください。

感想、評価お待ちしています。


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最終章 進む道

前回のあらすじ

大洗女子学園戦車道科を、廃科の危機から救うことが出来た旭日機甲旅団。しかしその代償として、大洗を去らなければならなくなった。
別府に着いたその翌日、旭日機甲旅団は解散となった。その翌日、旭日機甲旅団を訪ねる者たちがいた。この出会いが、旭日の運命を左右することになる。


「宗谷佳!いますか!?いるなら開けてください!黒森峰の者です!」

 

 時刻は朝5時30分、場所は別府。今いる場所は旭日機甲旅団の基地として使っているガレージの前。こんな朝早くに訪ねて来たのも気になるが、それよりも疑問なのは何故『黒森峰から使いが来たのか』と言うことだろう。

 黒森峰とは一戦交えただけで、それ以降は何もしていない。何で訪ねてきたのか、その理由が分からない。訪ねてきた内の1人は、かつて黒森峰戦車道科の生徒だった、赤星(あかぼし)小梅(こうめ)だ。

 

 3号戦車に搭乗し、河に落ちてしまったところをみほに救ってもらったことがある。卒業後は大学に進学し、教員免許を取得。その後黒森峰に戻り、今は指導員として勤めている。

 そして今、何故ここにいるのかというと、「宗谷を呼んでこい」としほに頼まれたからだった。情報がほとんど無い中で、旭日の基地を見つけるのはとても苦労した。その情報が、『未成年の男子6人組』、『戦車に乗っている』、『旧日本軍のような格好をしている』、『少し古びたガレージに住んでいる』といった、あまりに大雑把な情報しかなかった。

 挙げ句の果てに、基地の場所があまりに入り組んだところにあったため、別府に着いてからここを見つけるまで30分近く掛かった。ようやく見つけられたが、いくら扉を叩いても全く反応が無い。赤星の他に3人同行していたが、本当にここいるのかと疑問に思い始めていた。

 

「赤星さん、本当にここ何ですか?とても戦車があるような雰囲気に見えませんけど」

 

「これだけ呼んでも反応無いってことは、もう出ていったんじゃ・・・」

 

「生活反応もありませんし、人がいる気配もありませんよ。帰りましょうよ」

 

「ここまで来て何の収穫も無しに帰れないわ。何としてでも連れていかないといけないんだから」

 

「そこの住人、今はいないよ」

 

 声を掛けてきたのは隣の住人だった。ガレージのドアを叩く音を聞いて出てきたのだ。「いない」と言うことは・・・まさか

 

「ここの住人は、もう出ていったということですか?」

 

「いや、そうじゃなくて、今はランニングに出ているんだよ。1回だけこの時間帯で会ったことがあってね、その時に聞いたんだ」

 

「ど、どこに行ったか分かりますか!?」

 

 住人は駆け寄る赤星に戸惑いながら、どこに行ったのか教えてくれた。

 

「確か、『十文字原展望台に行く』って言ってたよ。国道に出て、看板に沿っていけば直ぐに着くよ。距離は6キロぐらいだから、ここから15分ぐらいかな?」

 

「ありがとうございます!!乗り込んで!出発よ!!」

 

 慌ただしく車に戻り、大急ぎで十文字原展望台を目指していった。その様子を見た住人は、「忙しい人たちだなぁ」と思ったのだった。

 

ーー

 

 

 十文字原展望台では、宗谷が1人で朝日を見ていた。その横には、陸王が停まっている。

 

「ったく。福田のやつ、陸王持っていけば良かったのに。時間があったら届けに行くか。陸王(お前)も、俺よりあいつの方が良いだろ?・・・・・さてと、帰るか。いい加減次の道を見つけないとな」

 

 そう言うと陸王に乗り込み、出発しようとエンジンを掛けた。動き出そうとしたその時、赤星たちが乗った車が飛び込んできた。

 

「ドイツ軍の『キューベルワーゲン』か。えらい古いやつがきたな」

 

 珍しそうに眺めていると、中から赤星がバタバタと降りてきた。その服装を見て、『黒森峰の指導員』だと1発で分かった。

 

「あなた・・・宗谷佳?」

 

「ええ、そうですけど?」

 

「やっと見つけた!あなたを探していたのよ!急いで準備して!協会長があなたを呼んでいるの!」

 

「・・・・・は?」

 

(『呼んでいる』?何で?)

 

「ボーッとしている時間は無いのよ!9()()()()に熊本に行かないといけないんだから!」

 

「は!?9時!?早く言ってくださいよ!!」

 

 慌てて陸王に乗り、アクセル全開で下り坂を下っていった。赤星たちもその後ろを付いていく。基地に戻ると、どたばたと制服に着替えて、再び陸王に乗り、今度は赤星たちの後ろを付いていった。

 時間にはあまり余裕が無いと思い、高速を使って飛ばした。その間、キューベルワーゲンの中は後ろを付いてくる宗谷のことを話していた。

 

「・・・大会の時に見てましたけど、あんな感じでしたっけ?」

 

「うーん・・・何か、あの時のような迫力が無いと言うか、全てをやりきったって感じがします」

 

「何で協会長は彼を呼んだんでしょうね。まさか、黒森峰に入れるとか言うんじゃないですよね?」

 

「そんなわけ無いでしょ。でも、何で呼んだのかは・・・分からないけど」

 

 宗谷も同じ気持ちだった。どうして協会長が呼ぶのか、全く検討がつかない。呼ばれる筋合いは全くない。

 

(何で今さらになって協会長が俺を呼ぶんだ?しかも熊本まで来いなんて・・・大洗戦車道科は救えたし、旭日は解散した。もう何もすることはないと思うんだが・・・・・)

 

 疑問はどんどん膨らんでいく。しほは一体何を考えているのか、何をさせようとしているのか。

 

ーー

 

 

 西住邸に着いたのは8時40分だった。朝が早かったということもあってか、高速は思っていた以上に空いていた。そして、宗谷が朝食を食べそびれたことに気づいたのは、席に案内されて約2分後のことだった。

 

「しまった・・・朝飯食うの忘れた・・・・・腹鳴らないと良いけど・・・」

 

 そんな心配をしていると、まほが入ってきた。おにぎりが2つ乗った皿と、お茶が入った湯呑みを持っている。

 

「朝飯、まだだろ?食べろ」

 

 そう言うと宗谷の前に置き、その向かいに座った。

 

「・・・・・あの、西住指導員・・・じゃなくて、科長。俺は何で呼ばれたんですか?」

 

「私にも分からない。お母様は、お前を呼んでこいとしか言わなかったからな」

 

(・・・・・『呼んでこい』って、一体何を言われるんだ?俺・・・)

 

 それから10分後、しほが襖を開けて入ってきた。宗谷を見ると、一言声を掛けた。

 

「大会以来だな。あれからどうしていた?」

 

「どうしてたって言われましても・・・・・新しい道を探していたとしか言えませんね」

 

「新しい道、か。まだ見つかっていないのか?」

 

「そう簡単にはいかないということですね」

 

「まぁ、そんな話は置いておいて、お前にはこれを見てもらいたい」

 

 しほはそういうと、1枚の紙を手渡した。その紙を見ると、宗谷には信じられないことが書いてあった。

 

「!? 協会長・・・・・これは?」

 

「見ての通りだ。お前には、その通りに従ってもらうぞ」

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

『なぁ!それ2号戦車だよな!乗ってもいいか!?』

 

『うん!君の名前は?』

 

『俺?俺は・・・

 

『ピピピ、ピピピ、ピピピ・・・・・』

 

「・・・・・夢・・・?」

 

 場所はかほの部屋。時刻は朝6時、目覚まし時計の音と共に目が覚めたところだった。

 

(またこの夢・・・・・宗谷くんが出ていってからほぼ毎日この夢を見てる気がする。確か私が6歳のときに熊本の実家に行った時だよね。従姉ちゃんと戦車に乗っていたときに同い年ぐらいの少年に声を掛けられて・・・・・名前、何だったっけ?)

 

 ここ最近、何故か実家に行った時の夢を見る。そして夢に出てくる少年は、『熊本に旅行で来た』と言っていた。名前を聞いて、一緒に戦車に乗って遊んだ。

 その時に名前を聞いたはずなのだが、戦車に詳しい少年だったとしか覚えていない。11年も前のことだ、忘れていても仕方がない。

 

(・・・思い出せない。確か大分から来たって言ってて、すぐに帰っちゃったんだっけ・・・今どうしてるんだろ、元気にしてるのかな?)

 

 そんなことを考えながら朝食を済ませ、学園に向かって歩いていった。その途中で藍と出会い、一緒に向かっていった。

 

「今日は1日戦車道の授業だけですね。旭日はどんな動きを・・

 

「五十鈴さん、宗谷くんたちはもういないんだよ?」

 

「え・・・?あ、そうでしたね」

 

 旭日が去ってから2週間ほど経っていた。いなくなってからこのチームにはぽっかりと穴が開いている気がしていた。今まで共に戦ってきた大洗にとって旭日がいなくなってしまったことは、大きな損失だった。

 

 旭日が大洗に残していったカ号は使われる用がなく、この2週間は全く飛んでいない。それでも中嶋悟子たちの整備のお陰で、いつでも飛べる状態を保っている。そして返し忘れた南部14年拳銃は、かほ自身が大切に保管していた。

 

 毎日磨き、戦車道の授業のときはホルスターを腰に付けて肌身離さず持っている。返し忘れたことに気づいたのは宗谷たちが出発して4時間経ったときだった。

 

 格納庫に戦車を取りに行くときかほは必ずチリ改が停まっていた場所を眺める。チリ改が停まっていた場所には、エンジンオイル、塗料が入っている缶や、戦車の予備部品が置かれている。

 

 かほには、宗谷たちが搭乗前の確認をしている姿がうっすらと見えていた。

 

『鉄帽!』

 

『よし!』

 

『戦闘服、戦闘靴!』

 

『よし・・・

 

 かほは、旭日のメンバーがまだ大洗の何処かに居て、戦車道の練習をしているのではないかと思っていたが、そう思う一方で、「もう宗谷たちはいない」と言い聞かせる自分がいた。

 

 何故なら、「いない人のことを考えていても、先には進めない」と思っているからだ。「宗谷がいたら」、「旭日がいたら」ということを考えないようにしながら過ごしてきた。さっきの会話の時に「宗谷くんたちはもういない」と言ったのはそう言うことだった。

 忘れようと必死になっているかほ、その姿を見ている栞たちは心配していた。無理に忘れようとしているためか、ボーッとしたりするときが多くなったり、ちょっとしたミスが増えたりしていた。

 かほは「大丈夫」と言っているが、誰が見ても無理をしているようにしか見えなかった。そしてその日の帰り道、栞たちがかほの事を話していた。

 

「あの、最近の西住さん、無理をしているように見えませんか?」

 

「そうでありますね。何だか練習に身が入って無いように見えるであります」

 

「惚れてたんじゃないの?宗谷くんが出ていくって言った時、すごくショック受けてたし」

 

「それは、無いと思う・・・・・惚れてたように見えないし」

 

 とあまり関係ない話もしていたが、誰もがかほを心配していた。かほは大洗戦車道科隊長であり、大切な友達だ。何とか励ませないものかと考えていたが、どうやって励ませば良いのか分からなかった。

 

ーーー

 

ーー

 

 

 一方、熊本に帰った福田は、実家の部屋で次の道を探していた。実家に帰り付いてから3日間を休暇として過ごし、それ以降の11日間ずっと次の道を探していた。

 そして昨日、隊員募集試験を受けた。熊本駐屯地で試験を受け、結果を待っているところだった。憧れていたところに行けるのは嬉しいことだが、これで本当に良かったのか疑問に思い始めていた。

 

「手応えはあったし、自衛隊に入れるだろうけど・・・何か、違うような気がするなぁ。まぁ良いか。これが俺の進む道なら、従うしかねぇよな」

 

 その時、電話が掛かってきた。通話相手は公衆電話からだった。

 

「・・・・・あれ?公衆電話から?誰だ?」

 

 公衆電話から電話が掛かってくるのは始めてだったため、少し怪しさを感じたが、とりあえず出てみることにした。

 

「もしもし?宗谷か!?どうした?・・・・・は?どういう意味だよ?・・・・・え!?・・・

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 それから4日経ち、かほは旭日のことを忘れ掛けていた。今まで起こっていたミスも減り、ボーッとすることも少なくなっていた。少し安心したが寂しそうな雰囲気だけは変わっていなかった。杏がその姿を見て、みほに話し掛けた。

 

「かほちゃん、今日も寂しそうな感じだね」

 

「本人は大丈夫だって言ってますから、きっと大丈夫ですよ。宗谷くんがあの子の抱えていた問題を解決してから隠し事しなくなりましたから」

 

「そうだと良いけど・・・・・寂しい思いをしてるのは、彼女だけじゃないからね。私たちも、他のみんなも、同じ気持ちよ」

 

 杏が練習風景を眺めた。陸の男たちの声は無く、陸の女たちの声しかしない。これが当たり前のはずなのに、何だか物足りない。『男子は戦車道に出ない』、これが戦車道のあるべき姿だ。

 そう言い聞かせていたが杏は罪悪感を感じていた。指導員として『生徒を守る』という1つの義務を果たせなかったからだ。例え『仮生徒』であったとしても、大洗の生徒に変わりなかったはずなのに。

 自分達の古巣を守ることは出来た。しかしその代償として、旭日を強制退去させることになってしまった。古巣を危機から救ってくれた武士(もののふ)たちを追い出すことになったことは非常に残念なことだった。

 呼び戻せるものなら呼び戻したい。しかし、旭日はもう解散してしている。もう、帰ってこない・・・・・

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 それから1ヶ月が過ぎた。夏が終わりを迎え、秋が始まろうとしていた。かほたちはいつも通り、戦車道の練習に励んでいた。次の大会も近づいているため、欠かすことは出来ない。

 メンバーも欠けることなく、毎日の練習を楽しんでいた。宗谷たちから連絡はなく、かほたちも旭日のことを忘れ掛けていた。一旦休憩して、また練習を再開しようとしたとき、杏の携帯が鳴った。

 

「ケイから?」

 

 相手はサンダースのケイだった。電話に出るとテンションが高い声が聞こえてきた。

 

「もしもし?急にどうしたの?」

 

〔ハロー!元気!?あなたたちに、嬉しいお届けものよ!〕

 

『嬉しいお届けもの』、珍しい部品でも持ってきたのだろうか?と思っていたら、上空にギャラクシーが現れた。

 

〔ほら、着いたよ!〕

 

〔え!?ほんとですか!?おいお前ら、見ろよ!着いたぞ!〕

 

〔お!マジだ!学園が見えるぜ!〕

 

〔何にも変わってねぇけど〕

 

〔たった1ヶ月離れてたぐらいで騒ぐんじゃねぇよ〕

 

〔何だよ!良いじゃねぇか!俺たちは帰ってきたんだぜ!〕

 

〔そうだぜ!喜ばねぇと損だぜ!損!〕

 

 その声の主は、戦車道のメンバーなら誰もが一度は聞いたことがある声だった。そう、1ヶ月前に引き上げていった、あの陸の男たちの声だ。

 

「・・・・・宗谷くん?福田くんに、岩山くん・・・それから、柳川くんに、水谷くんと、北沢くん・・・・・?」

 

 かほが一筋の涙を流した。もう帰ってこないと思っていた、あの陸の男たちが帰ってきたのだ。ギャラクシーの貨物室は、台に固定されているチリ改と陸王が乗っていた。

 

「宗谷キャプテン!もうすぐ降ろすからスタンバイして!」

 

「了解!よしお前ら、準備しろ!」

 

 宗谷たちはコックピットから貨物室に載せているチリ改に乗り込んだ。乗り込むと同時に貨物室の扉が開き、薄暗い貨物室の中に光が差し込んできた。

 

「よーし!いっくよー!レッツゴー!!」

 

 ケイがボタンを押すと、チリ改を固定していた台のロックが解除された。台がレールの上を滑り、貨物室からチリ改と陸王が降ろされた。

 

 火花を上げながら着陸し、宗谷たちはすぐに顔を出した。そのチリ改の着陸地点に、かほたちが駆け寄ってきた。

 

 〔確かに届けたからね!グッバーイ!〕

 

 ギャラクシーは去っていってしまった。宗谷たちはギャラクシーに向かって手を振り、チリ改から下りた。

 かほには理解出来なかった。文部省から退去しろと言われていたのに、何で戻ってきたのか?

 

「宗谷くん・・・どうして?」

 

「俺にも分からないんだよ。どういう風の吹き回しか、協会長の命令で戻ることになったんだ」

 

「協会長の、命令?」

 

「あぁ、今でも分からないんだけどな」

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

「協会長・・・・・これは?」

 

「見ての通りよ。あなたにはその通りに従ってもらうわよ」

 

「どういう事ですか?『旭日機甲旅団宗谷佳以下6名は、大洗女子学園に戻って戦車道科を卒業しろ』って。文部省から退去命令が出ましたし、旭日機甲旅団は解散しました」

 

「文部省にはもう話を通してるわ。それに機甲旅団は解散してまだ1週間も経っていないでしょ?すぐに再結成出来ると思うけど?」

 

 また戦車道が出来るなんて、信じられないことだった。しほ相手にあれだけ歯向かったのだ、普通ならあり得ないことだ。

 

「どうして、戦車道科に戻してくれたんですか?」

 

「あなたたちには私が思っている以上に才能がある。あなたが考えることは奇想天外で見ていて面白いわ。これからも私の想像を超えるような戦い方を見せてほしいのよ」

 

「分かりました・・・・・ありがとうございます」

 

 宗谷は頭を下げ、ポロポロと涙を落とした。また戦車道が出来る、大洗に戻れる。いろんな思いが込み上げていた。

 

「あなたたちは大洗に戻る前に、黒森峰で戦車道の基礎基本をしっかりと学んでもらうわ。まほが指導してくれるからしっかりと学びなさい」

 

「はい!」

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

「って言うことがあったんだよ。地元に戻った福田たちを呼び戻して、黒森峰で1ヶ月間戦車道を学んでいたんだ。で、サンダースのケイさんから送ってあげるって言われたから乗せてもらったってことさ」

 

「びっくりしたぜ。急に電話が掛かってきたかと思ったら、『旭日を再結成する』って言い出したからな。自衛隊入隊を断るのは気まずかったけど」

 

「まぁ、という訳で、俺たちはまたここで戦車道が出来ることになったんだ。卒業まで、この大洗女子学園でお世話になる。これからも宜しくな、西住」

 

 宗谷がかほに向かってスッと手を差し出した。しかし、かほはその手を取らず、宗谷に抱きつき泣いた。

 

「に、西住?」

 

「もう一生会えないって思ってた・・・・・もう一生、一緒に戦車道は出来ないって思ってた・・・・・お帰りなさい、宗谷くん」

 

「ただいま。これからも宜しく、西住」

 

「いい雰囲気になってるとこ悪いんだけどよ、俺たちの寝床元に戻そうぜ?それから、カ号の様子も見ないといけないしさ」

 

 福田の一言で、2人は慌てて離れた。

 

「あ、ああ!そうだな!悪い西住、また後でな!」

 

「う、うん。後でね」

 

ーー

 

 

 その日の夕方、みほがしほに電話をしていた。旭日を戻してくれたことに、お礼を言おうと思ったのだ。

 

「お母さん、旭日を戻してくれてありがとう。お陰でチームが1つになったよ」

 

「そう、それはなによりよ。だけどこれだけは忘れないで。あなたは大洗の生徒だけじゃなく、旭日(彼ら)も指導していく義務がある。今度は私も力を貸すから、追い出さないといけないことにはならないようにするわ」

 

「分かった、ありがとう。それじゃ」

 

 しほは電話を切ると、窓の外を見た。もう日が沈み、綺麗な夕日が目に写った。

 

「あの子は大きな事を成し遂げた。『大洗女子学園戦車道科を救った、男子だけの機甲旅団がいた』と語り継がれていくのね」

 

 しほが言うように、旭日機甲旅団は大きな伝説を残した。男子だけで戦車道に参加し、優勝した。しほが言うように、この事はずっと語り継がれていくだろう。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

「気をつけ!!休め!!」

 

 翌日の昼、旭日機甲旅団のメンバーが格納庫の前に集合していた。戦闘服を着て、各装備品を身につけていた。

 

「本日より、また大洗女子学園で戦車道が出来ることになった。西住隊長たちに迷惑が掛からないようにすること!それから、俺たちの任務は終わった。あとは卒業まで、戦車道を楽しもう!」

 

「「「「「了解!!」」」」」

 

 今まで、戦車道を楽しむ余裕はなかった。だからこそ、これからは何も気にせず、楽しもうという宗谷の思いだった。その時、かほが宗谷たちに声を掛けた。戦車道の授業の始まりだ。

 

「宗谷くん!そろそろ行くよ!」

 

「おう!よし、行くぜー!!」

 

「「「「「「パンツァー、フォー!!!」」」」」」

 

 旭日機甲旅団は、今日も戦車道に奮起する!仲間と共に、相棒たちと共に!

 

 

 

 

 

 

「フフフ・・・・・やっと見つけた。まさかあんな所にいたなんてね。この私から逃げ切れたって思ってるのかしら?フフ、あなたは()()()()()()()()()()()のよ。絶対に、私の学校に引き抜いてあげるわ。宗谷佳♪」

 

 

 

 

 

 

 

 ガールズ&パンツァー ~伝説の機甲旅団~

 

 

 完

 

 




最後まで読んで頂きありがとうございました。ガールズ&パンツァー~伝説の機甲旅団~は一旦完結とさせていただきます。
新章は改めて投稿させていただきます。それでは、これからもガールズ&パンツァー~伝説の機甲旅団~を宜しくお願い致します!


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宗谷佳 奪還作戦!!編
mission1 平穏が崩れるとき


あらすじ

廃科の危機に立たされていた大洗女子学園戦車道科を救うため、立ち上がった陸の男たちがいた。その男たちは、かつて存在していた学校、『近衛機甲学校』の生徒たちだった。
彼らは『5式中戦車チリ』を使用し、大洗女子学園と共に勝利へと導いた。1度は解散となったが、再び再結成され、正式に大洗女子学園戦車道科の生徒となった。
正式に生徒となり、平穏に戦車道と向き合う宗谷たち。しかし平穏になった大洗に、暗い影が墜ちようとしていた・・・


 場所は大洗町にある、森の中。現在、大洗女子学園戦車道科の練習試合が行われているところだった。対戦内容は、旭日機甲旅団と大洗女子学園の殲滅戦。

 そして今回は、大洗女子学園だけでなく、もう1つの高校も合同チームとして参加している。宗谷が先行した偵察隊に通信を試みていた。

 

偵察隊(リカルセンツチーム)、状況は?」

 

〔こちら陸王(ライダー)。スポット224にいるが、敵は見えない〕

 

〔こちらカ号(スカイ)、上空よりスポット254から273を飛行中。木ばっかりだから、敵を見つけるのは困難だな〕

 

 陸王、カ号から報告を受け、地図を眺める。現在潜伏している場所は、木々が生い茂るスポット261。今は茂みに裏に隠れて様子を見ているところだ。

 福田たちにはその付近で、敵戦車が潜伏していないか調査してもらうために行かせている。現在チリ改に残っているのは、宗谷、岩山、柳川、北沢の4人で、宗谷が車長兼操縦を担当している。

 

 宗谷はバインダーに挟んでいる地図に、ペンで赤丸印を付ける。連絡を受けたスポットに、敵戦車がいなかったことを分かりやすくするためだ。すると、別の戦車から連絡が入ってきた。

 

〔宗谷!!こんなの聞いてねぇぞ!!!〕

 

 通信が入るなり怒鳴り声が響く。通信相手は、宗谷たちと同じ、元近衛機甲学校の生徒だった男からだ。

 

「何だよ赤坂(あかさか)、いきなり怒鳴るなよ」

 

〔あいつら実弾でバカバカ撃ってくるぞ!!殺す気か!?〕

 

「最初に言ったろ。撃ってる砲弾は『安全弾』で、戦車に当たっても乗ってる乗員には問題ないって」

 

〔問題ないにしてもだ!容赦無さすぎだろ!今の俺たちはただの()()()()だぞ!〕

 

 宗谷は頭を手に置き、やれやれと思いながら頭を振る。

 

「あのなぁ、俺は事前に聞いたぞ?()()()()()()()()()()のに大丈夫かって」

 

〔あー、確かに言ってたぜ。それなのにマガジンのやつ、ろくに話聞かねぇで承諾しやがってよ〕

 

 赤坂以外の呆れた声が聞こえてきた。実は赤坂以外に、あと3人いるのだ。しかし、赤坂が言うように、今はただの寄せ集め、その上、誰も戦車に乗ったことがないのだ。

 

〔余計なこと言うな!それから昔のニックネームで呼ぶんじゃない!ガトリング!!〕

 

〔お前もニックネーム使ってんじゃねぇか〕

 

〔敵襲!!〕

 

『ドォーン!!!』

 

 爆発した音が聞こえてきた。通信機越しでも分かるほど、近くで爆発したようだ。

 

「おい、大丈夫か?」

 

〔・・・・・・・・・・あのやろぉー!!!ぜってぇー倒してやらぁー!!!〕

 

〔あー、こっちは大丈夫だ。至近弾が近くで爆発した、あとマガジンがキレた〕

 

「・・・それ、大丈夫なのか?」

 

「宗谷!4時の方向から敵戦車多数!」

 

 ガンポートから外を見ていた岩山から報告を受け、操縦席のハッチを開けて外の様子を見る。接近しているのは4号、ヘッツァー、ポルシェティーガーの3輌だ。

 

「ドイツ組か・・・仕方ない、総員戦闘に備えろ!スカウトチームはそのまま偵察を続行!赤坂たちは・・・そっちに任せる!」

 

〔〔了解!〕〕

 

〔おう!コテンパンにしてやらぁ!!!〕

 

〔落ち着けよコマンダー・・・コテンパンなんてカッコ悪ぃぞ〕

 

「行動開始!!!」

 

 止めていたエンジンを再始動し、敵の目を気にせずに走り出す。急加速したため、かほたちに存在を知られる結果になってしまったが、そんなことは気にしていられない。

 

「かほさん!チリ改です!」

 

 照準器を覗いていた藍がかほに向かって叫ぶ。かほは頭を外に出してチリ改を確認する。

 

「亀さん、レオポンさん!チリ改を追い掛けます!亀さんが先回りしてください!」

 

「オッケー!」

 

 ヘッツァーが別行動を取り、チリ改の前に出ようとする。そしてかほは別の戦車に連絡を取る。

 

「みなさん!今回旭日側で参加している98式軽戦車以外に、別動隊がいると思われます!陸だけじゃなく、空も警戒してください!」

 

「何で別動隊がいるって思うの?」

 

 栞には別動隊がいると思えないようだ。それだけでなく、『陸、空を警戒しろ』というのはどういうことなのだろうか?

 

「チリ改の動きがいつもと違うように見えるの。福田くんなら急旋回したり、急ブレーキを掛けたりするけど、今は一切そんな動きが全く無い。つまり、今チリ改を操縦しているのは宗谷くん。福田くんは陸王の操縦をしているはず、それに空からプロペラの音がずっと聞こえているから、カ号も一緒に飛んでいるってことだよ!」

 

 かほの推理は当たっていた。宗谷はその事に気づくことなく、逃げるためにアクセル全開で走っていた。岩山と柳川は、ガンポートから戦車が来ていないか見張っている。操縦席からの視界は悪いため、今はこの2人が唯一の『目』となっているのだ。

 

「宗谷!ヘッツァーが右についた!」

 

 柳川が叫び、宗谷が頭を出して外を見る。木々の間をすり抜けながら、何とか前に出ようとしている。

 

「岩山、ヘッツァーが前に出た瞬間を仕留められるか?」

 

「やってみるぜ!」

 

 岩山は張り切って砲撃手の席に座り、照準器を覗く。

 

「柳!弾込めろ!」

 

「略すな!!」

 

 揺れる車内の中で砲弾を弾薬庫から取り出し、よろけながら装填する。

 

「装填完了!」

 

「よっしゃ!あとは撃ち抜くだけだ!」

 

 岩山は撃つ気満々だが、ヘッツァーは一向に前に出てこない。砲搭を旋回させようにも木の間隔が狭いので、旋回させたら砲身が木に当たる。

 

「宗谷!ヘッツァー(あいつ)全然前に出ないぞ!」

 

「そうだな。攻撃は後回しだ!左に避けるぞ!」

 

 ヘッツァーと逆方向に向かって操縦レバーを倒し、急旋回気味で左に曲がっていく。ヘッツァーはすぐに曲がれず、ポルシェティーガーと4号だけで追跡することになった。

 

 

ーー

 

 

 

 偵察に出ている福田は、何も考えずに走っていた。偵察が目的なのだが、敵が全くいないために暇だったのだ。

 

(ハァー、そのまま偵察を続行しろって言われたけど・・・敵がいないんじゃあなぁ・・・・・)

 

 福田は陸王を停め、休憩することにした。エンジンを切り、草の上に寝転ぶ。木の間から見える空は蒼く、心地よい風が福田を通り抜ける。

 

「・・・大洗女子学園の正式な生徒になって3ヶ月、か。何も気にすることなく戦車道が出来ているのは嬉しいことだが・・・・・何か、嫌な予感がするな・・・このまま静かに行くとは思えない」

 

 と独り言を呟いていると、別の日本戦車が現れた!戦車は97式中戦車、その戦車の砲搭には大洗ではない、別の校章が描かれていた。

 その学校は、『知波単学園』。数ある女子学園の中で、唯一日本軍の戦車を保有しているところだ。ボケッとしていた福田は慌てて起き上がる。

 

「うわヤッベ!」

 

 バタバタと陸王に乗り、急いでエンジンを掛ける。その姿を見たのは、知波単の隊長、『西(にし)太鳳(たお)』(西(にし)絹代(きぬよ)の娘)だ。

 

「お!敵がいたぞ!」

 

「隊長!ここは突撃ですよ!相手は騎兵(きへい)、チャンスであります!」

 

「そうだな!よし!突撃だ!」

 

 サイドカー相手に突撃していく知波単。福田は戦車6輌に追われる羽目になってしまった。

 

「嘘だろおい!!攻撃力が無いからって言っても圧倒的に俺が不利だろぉー!!!」

 

 

ーー

 

 

 

「おー、中々面白い展開になってるねぇ」

 

 場所は変わって観戦席。干し芋を頬張る杏率いる大洗の指導員たちと、知波単学園現科長の絹代が試合を見ていた。38年経っても、大和撫子の風貌はそのままだ。黒髪の長髪をなびかせ、凛とした佇まいは相変わらずだった。

 

「杏科長、本日は私たちの申し出を受け入れてくれたことに感謝する。太鳳たちにとっては、良い練習試合になる」

 

「まぁ、試合が終わってから暇になっちゃってたからね。でも、そっちから誘ってくれたことは私も感謝してるよ。干し芋食べる?」

 

 杏が干し芋を薦めていると、桃がため息を付きながら話しかける。

 

「角谷科長・・・?どうして男子を4人受け入れたんですか?」

 

「うん?赤坂君たちのこと?何でって言われてもねぇ、宗谷君から頼まれたからとしか」

 

「今回だけと言っても、彼らも男子ですよ!?宗谷たちの時もそうですけど、何でそんなにあっさりと引き受けるんですか!!」

 

 桃は男子が増えたことに納得がいかないらしい。そもそも、女子学園に男子がいると言うことに抵抗があるのだろう。

 

「彼らも戦車道に出たいって意志があったからね。それに、宗谷くんたちには()()()()()があることを忘れちゃダメだよ」

 

「う・・・・・」

 

 大きな貸し。そう言われた桃は、何も言い返せなかった。2ヶ月程前、杏の元に一通の手紙が届き、それから3週間もしなかった時に宗谷たちが現れた。

 その時の宗谷は、戦車道科が危機に陥っていることを察していたため、『戦車道科を危機から救うために、戦車道に出させてほしい。見返りは求めない』と杏に頼み込んだ。杏自身も、宗谷たちは信用し難い存在だった。

 

 しかし、戦車道に出場した旭日機甲旅団はかつて戦車道に出場していたみほたちを驚かせるような活躍を見せた。ただ、()()()にも関わらず、ロケット砲、サイドカー、挙げ句のはてにオートジャイロを出すという始末には頭を悩ませた。

 それでも最後は4号と共に、チリ改で勝利を飾った。戦車道で優勝した大洗は、戦車道科の廃科を撤廃。旭日も1度は解散となったが、会長であるしほの計らいで再結成し、大洗女子学園の編入を認められた。

 

 色々あったが、今はこうして戦車道が出来ている。「かほ率いる大洗戦車道科の生徒たちの頑張りがあってこその結果だ」という人もいるが、杏は旭日の存在が1番大きかったと思っている。誰よりも、旭日に感謝していた。

 

 

ーー

 

 

 

 98式軽戦は、迫りくる敵戦車に苦戦していた。主砲は37ミリ、同じ日本の戦車なら対応出来る。しかし、迫っているのは3号突撃砲、B1、M3と言った装甲が厚い戦車ばかり。三方向から攻めてくる戦車たちに苦戦を強いらていた。

 車内はとても慌ただしかった。

 

「マガジン!4時に敵だぞ!」

 

「チッ、ガトリング!砲搭を4時の方向にブン回せ!メディック!弾込めろ!」

 

「メディックって呼ぶな!俺には龍っていう名前があるんだ!!」

 

 メディックが装填を済ませ、ガトリングがトリガーを引いて砲弾を撃ち出す。砲弾は3号に当たるが、空しく弾かれてしまった。

 このままでは不利だ。

 

ドライバー!6時の方向に転進!別の奴等と合流するぞ!」

 

「イエッサー、掴まってろ」

 

 ドライバーは冷静に操縦レバーを操作し、すぐに転進した。大洗組は98式軽戦を追うが、上手く隙を突いて走るので追い付けない。98式軽戦は隙間を潜り抜けて逃走を計る。

 B1の秋子がM3に乗っているあいかに、向かって叫んだ。

 

「あいかさん!そっちに逃げたわ!」

 

「え?あ!撃て撃て!」

 

 反応が遅れ、迎撃が間に合わなかった。98式軽戦は、エンジン音を響かせて逃げていく。

 

「追うぞ!やつらはまだ近くにいる!必ず仕留めるぞ!」

 

 3突の美幸が指揮を取り、3突が先陣を切って追いかけていく。M3とB1も、迎撃するために98式軽戦の後を追っていく。装填を担当しているメディックは、外を見て慌てた。

 

「うわぁ・・・マガジン、ヤベーぞ。あいつらピラニア並みに諦めが悪ぃ」

 

「そこはスッポンだろ?まぁどっちでもいいが、あいつらは戦車道の全国大会に出て優勝してる学校だ。それに敵は俺たちだけ、全滅したら終わる試合だから、俺たちは格好の的ってとこだな」

 

「冗談じゃねぇぞおい。散々撃ってきたくせにまだ来るのか?」

 

「合流出来ればこっちのもんだ。ドライバー!飛ばせ!」

 

 

ーー

 

 

 

 チリ改は後ろからの攻撃を避けながら市街地の前に来ていた。砲搭を後ろに向けて応戦しているが、1対3はさすがにキツイ。

 あと少しで市街地に入ると言うところで、横から陸王が飛び出してきた!

 

「うわ!福田か!?何でここにいるんだ!?」

 

「悪りぃ!偵察しくじった!市街地に行けば合流出来ると思ってな!」

 

〔福田!お前もか!?〕

 

 今度は空からカ号が現れ、水谷が笑いながら通信してきた。

 

「偵察しようにも敵がいねぇから合流しようと思ってこっちに来た。マズかったか?」

 

「バカ!只でさえ目立つんだから気を付けないと敵が・・

 

〔98式軽戦合流!!〕

 

 そして最後に98式軽戦が合流し、後ろから敵がぞろぞろと進軍していた。カ号は別だが、チリ改も陸王も98式軽戦も追われていたので敵が勢揃いするという最悪の事態に陥ってしまった。

 

「・・・・・あー!!しょうがねぇ!!市街地に入ったら再び散開!福田と水谷はチリ改に戻れ!コマンダー・マガジン!こっちのメンバーが全員集まるまで敵を引き留めていてくれ!」

 

「は!?お前この戦車の性能分かってんのか!!この戦車砲じゃ軽戦車すら倒せないんだぞ!」

 

「陽動作戦だよ!頼むぞ!」

 

 宗谷は赤坂の答えを待たず、市街地に侵入と同時にすぐに離れた。陸王とカ号もチリ改に続いていってしまった。

 

「あ!おい!ちょ・・・くそっ!仕方ない!ガトリング、敵の隊列に向かって攻撃しろ!こっちに寄せるぞ!」

 

 ガトリングは言われた通り、敵の隊列に向かって攻撃する。砲弾は先頭を走っていた3突に命中した。

 

「西住!敵がいた!例の軽戦車だ!」

 

 美幸からの報告を受け、かほが頭を出して外を見る。98式軽戦が攻撃しながら後退していた。その様子を見たかほは、罠である可能性も視野に入れて、隊列を分けることにした。

 

「かばさんチームとうさぎさんチームで98式を追ってください。私たちはチリ改を探します」

 

 かほの指示で隊列が分かれ、98式軽戦は2輌の戦車に攻撃されながら逃走しようとする。赤坂が宗谷に状況報告をする。

 

「宗谷!戦車2輌が俺たちの方に来た!ドイツの砲戦車とアメリカの多砲塔戦車だ!」

 

「名前覚えろよ。分かった、こっちもすぐに集める。暫く持ち堪えてくれ」

 

 宗谷はエンジンを止め、福田と水谷の合流を待った。周りを警戒していると、すぐに2人が走ってきた。

 

「悪いな!こうもあっさりとバレる何て思わなくてさ」

 

「良いから早く乗れ!敵に見つかるぞ!」

 

 2人はバタバタと車内に入り、福田がエンジンを再起動させる。

 

「全搭乗員、搭乗完了!!」

 

 福田が準備完了を伝え、宗谷が改めて指示を出す。

 

「よし!まずは赤坂たちと合流する!全速前進!!」

 

 福田がエンジンを再始動させ、建物の影から飛び出す。北沢が通信機を操作し、98式と交信する。

 

「コマンダー・マガジン、そっちの現在位置を知りたい。状況報せ!」

 

〔今はスポット224のエリアCだ!!早く来てくれ!これ以上は持ちこたえられない!!」

 

 この報告のやり方は、スポットの何処にいるのかを明確にするために1つのスポットを3から4のブロックに分け、エリア○とすることにしたのだ。報告を受けると、すぐに宗谷に報せる。

 

「宗谷!あいつらはエリアCにいるそうだ!」

 

「了解。福田!エリアAを抜けてCに行くぞ!このエリアを抜けた方が早い!」

 

「早いかもしれないが隠れる場所が無さすぎる。障害物が無い代わりに、敵に見つかったら猛攻撃を受けるぞ!」

 

「速度はこっちの方が有利だ。攻撃されても反撃せずにエリアを抜ける!」

 

「分かったよ!だけど安全は保証しねぇからな!!」

 

 アクセルを全開にし、徐々に速度が上がっていく。車内はエンジンの轟音が響き、各自が戦闘態勢を取っている。

 エリアAに侵入すると、先に来ていた大洗合同チームから攻撃を受けた。近くで砲弾が爆発し、35トンもある巨体は大きく揺れた。ヘッツァーの穂香ははしゃいでいた。

 

「来た来たぁー!!ようやく姿見せたね!撃ちまくれー!!」

 

 砲口が全てチリ改に向き、チリ改は砲弾の嵐の中を全速力で進んでいく。反撃したいところだが反撃はしない、ここで弾を使えば後々の戦いで影響してくるからだ。

 全く反撃しないチリ改に対して、知波単の生徒たちは太鳳に接近戦に変えるために突っ込んで行くことを提案した。

 

「隊長!ここは突貫であります!いくら防御が出来ると言っても、接近戦に持ち込めれば勝ち目はあります!」

 

 知波単は「突貫で戦う」ことが伝統的な戦い方で、性能面で圧倒的に差があっても突っ込んで接近戦に持ち込むのだ。だがこの戦い方は、全車で一気に突っ込んで行くため、すぐに全滅してしまうという最悪の結果を招くことが非常に多い。そのため、太鳳は少し迷いを見せた。

 

「だが、流石に接近はしない方が良いと思うが・・・」

 

「いえ!ここは突貫ですよ!!行きましょう!!」

 

 と、太鳳の判断を待たずに2輌突っ込んで行ってしまった。よりによって、チリ改の目の前に出て突っ込んで行く!

 

「宗谷!戦車2輌、真正面だ!」

 

「そのまま突っ込め!弾き飛ばして先に進む!」

 

 突っ込んで行く2輌の戦車には目もくれず、互いに向かい合わせで衝突した!突っ込んできた97式中戦は、チリ改の突進に負けて転がってしまった。

 福田は転がっていった戦車を見て呆れた。

 

「あいつらも考えねぇなぁ・・・こんなデカ物が突っ込んたら負けるぐらい分かるだろ」

 

「前見ろ福田。今はやつらと合流するのが先だ」

 

「宗谷、マガジンから通信だ」

 

 北沢が着信を知らせ、宗谷がインカムの周波数を変えた。

 

「赤坂どうした?」

 

「どうしたじゃねぇよ!いつ合流出来るんだ!!こっちは反撃がまともに出来てない状態なんだぞ!」

 

 正確に言えば、『反撃はしているが全く効いていない』と言った方が良いだろう。武装は37ミリ戦車砲、外国産の戦車には全く歯が立たない武装だ。

 ガトリングが何度も当てているが、装甲が貫通出来ずに弾かれる始末、結局持ち前の速さで逃げることしか出来なかった。

 

「今エリアAを抜ける!もう少し踏ん張れ!」

 

「くっそ!4()()()()同じ事しても良いんだったら戦車吹っ飛ばすことぐらい簡単だってのに!」

 

「分かったから落ち着けって。じゃ頼むぞ」

 

 宗谷から通信を切られ、ハッチを開けて外を見た。3突とM3が攻撃しながら迫っている。流石にこれ以上持ち堪えるのは難しいだろう、そこでそばにあった機関銃に目を向けた。

 

「ドライバー!チリ改(5式改)とはあと少しで合流出来る!敵の攻撃を避けながら進め!ガトリング!砲塔を旋回!弾かれても良いから攻撃を続行しろ!」

 

「それは良いが、お前はどうする気だ?コマンダー」

 

「俺はこの機銃を使って奴等を驚かせてやる。乗員は殺らないから心配すんな。よし、行くグエ!!」

 

 勢いよく飛び出そうとする赤坂をガトリングが服を引っ張って止めた。何をしに行くかは分かっていたからだ。赤坂はその反動で後ろによろけた。

 

「やめとけバカ!死ぬぞ!」

 

「ゲホッ、お前服引っ張んなよ」

 

「マガジン!チリ改(味方)だ!!」

 

 ドライバーが叫んだ。チリ改がようやく来たのだ。

 

「赤坂!98式を退けろ!」

 

 岩山が指示し、赤坂が左に避けるように指示を出す。98式軽戦が避けて射線が開き、岩山がタイミングを合わせてトリガーを引く!『ドォーン!!』と砲撃音が車内に響き、放たれた砲弾は3突に命中した!

 3突は転がり、車体側面から白旗が上がった。続けてM3も、とは行かず、上手く避けて後ろから迫っている味方と合流した。チリ改と98式軽戦は横並びで停まり、その周りを大洗合同チームが逃げ道を塞いだ。後ろは壁、逃げ道はない。

 

「おーい宗谷、これ詰んだってやつじゃねぇか?」

 

 赤坂の質問に、宗谷は冷静に返した。

 

「ああ、詰んだな」

 

「詰んだなじゃねぇだろ!!!どうすんだ!!!」

 

 戦車は残り13輌、1輌ずつ片付けても間に合わない。1輌撃破して逃げ道を造ったところで敵の追撃が来ることは目に見えている。かほたちからしてみれば、絶好のチャンスだ。それなのに、かほは攻撃を指示しない。

 

「西住殿?何故撃たないのですか?」

 

 太鳳が何故攻撃しないのか尋ねる。かほは少し間を置いて答える。

 

「宗谷くんのことだから、後ろの壁が崩れるのを狙っていると思うの。逃げ道は後ろしかないからね。このまま待っていたらその内前に出るはず、そしたら私たちが一斉攻撃で仕留める」

 

 かほの予想は当たっていた。壁を後ろにして停まったのは逃げ道を造ってもらうため、しかしかほに考えを読まれてしまっているため逃げ道が出来ない。

 壁は分厚いため、少し加速しないと壊すことは出来ない。宗谷がどうするか考えていると、赤坂が提案してきた。

 

「おい、逃げ道を造る方法を見つけたんだが、実行しても良いか?」

 

「何だ?突っ込んで行くとかじゃねぇだろうな」

 

「すこーし前に出た方が良いかも知れねぇな」

 

 そう言われ、2輌は少し前に出た。赤坂がハッチを開けて何かを壁に向かって放り投げる。すると、『バァーン!!!』と激しい爆発と共に、壁が崩れ始めた!

 

「赤坂!お前手榴弾投げたな!!」

 

「投げたけど敵には当たってねぇし、火薬は抑えているから大丈夫だ!さぁ行くぞ!そのまま後ろに下がれ!!!」

 

 赤坂が指示を出し、98式軽戦が先に下がっていった。チリ改も98式軽戦に続いて下がっていく。かほはすぐに追い掛けるように言ったが、宗谷が発煙筒を投げて視界を塞いだため、どの方向に逃げたのか分からなくなってしまった。

 かほは再び散開するよう指示し、各自で探すことになった。逃げ切れた宗谷たちは、まだスポット224を出ていなかった。エリアCから離れ、近くのエリアDに動いていた。

 

 エリアDは建物が多く、隠れる場所が多い。そのため、待ち伏せされる危険性も高い。現在は戦車が2輌ほど入れる大きなガレージの中にいた。新しい作戦を立てるためだが、時間は掛けられない。

 案として上がっているのは、建物を盾として相手の出方を見て攻撃する。待ち伏せをする、囮を使って一気に全滅させるなど、色々と案は出る。しかし、中々まとまらない。

 

 却下された案は、手榴弾を使って敵を混乱させるという危険極まりない案だった。ちなみに提案したのは、赤坂である。案をまとめ、宗谷が改めて作戦を指示した。

 

「よし、良いか?まずは建物に隠れて、敵を待ち伏せする。それで仕留められなかった分は、98式軽戦を囮にして敵の後ろを取る陽動作戦に転じる。後ろが取れれば俺たちが攻撃して、敵を殲滅させる。あまり時間がないから、このエリアで勝負を付ける!」

 

「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」

 

 指示を受けた乗員たちは火器の最終チェックを済ませ、戦車は予定の配置に付かせる。場所はエリアDに入る入り口の1つ、他の入り口よりは広いため隊列が一斉に攻められる場所はここしかない。

 車体をなるべく出さないように砲を向け、待機すること2分。ガラガラ音が聞こえてきた。砲手がトリガーに指を掛け、射撃に備える。建物の陰から戦車が見えてきた。ヘッツァー、3突、ポルシェティーガーの3輌が先頭を走り、その後ろを他の戦車が付いてきているようだ。

 

「宗谷、発砲許可を!」

 

 岩山が許可を求めたが、宗谷は了承しない。ジッと迫る戦車を見ている。

 

「宗谷、まだか!?」

 

 岩山は焦り、許可を促す。98式軽戦に乗っている、ガトリングも同じだった。

 

宗谷(キャプテン)!このまま前進させたら気づかれる!早く撃たせてくれ!」

 

「落ち着け、もう少し引き付ける。あと少し・・・・・」

 

 戦車がどんどん近付いてくる、もうあと数メートルも無い。かほが頭を出したとき、潜伏している2輌の戦車に気づいた!

 

「見つけた!撃て!!」

 

「今だ!!全砲門を開け!!」

 

 全車が一斉に射撃を始め、狭い通路は一気に戦場と化した。砲弾は壁、地面に当たり、砂埃や破片が飛び散った。ガトリングが思わず愚痴を溢す。

 

「くそ!だからもっと早くしろと言ったんだ!!このままだと押し込まれるぞ!!」

 

 愚痴を溢すガトリングに対して、赤坂は冷静に機関銃を構えた。

 

「あいつにはきっと何か考えがあるんだ!このまま撃ち続けろ!」

 

 赤坂はハッチを開けて掃射を行い、戦車砲からは砲弾が次々と撃ち出される。壁が少しずつ崩れ始めたとき、98式軽戦が放った砲弾が3突の装甲板に当たったときに弾道が変わり、壁に命中した。

 すると壁が崩れ始め、近くにいた戦車が瓦礫に巻き込まれてしまった。敵戦車が5輌巻き込まれ、残りは8輌。少しずつではあるが、大洗合同チームが追い込まれ始めていた。

 塞いだ道を見た宗谷は、すぐに指示を送る。今度は陽動作戦だ!

 

「後退だ!この道が塞がれたとなると、次はバラバラになってこのエリアに進入してくる!ここだとすぐに回り込まれるぞ!」

 

 赤坂もガトリングたちに指示を出す。

 

「イエッサー!聞いたな野郎共!今すぐに下がって、プランBに移行するぞ!!」

 

「お前が指示出すな!指令を出すのは俺の仕事だぞ!」

 

 宗谷と赤坂の言い合いに呆れながらチリ改を動かす福田。残る敵戦車は、後8輌!

 

 

・・・・・

 

 場所は大洗の街が見える丘の上、1人の女子高生が立っていた。茶髪の長髪を靡かせ、仁王立ちで大洗を見下ろしていた。

 

「・・・・・いたいた。あの『孤独なエース』がこんな吹き溜まりにいるなんてね、早いとこ引き抜いてあげないと・・・あなたは、私のものよ。待っててね、宗谷佳♪」

 




新章はいかがでしたでしょうか。宗谷を引き抜こうとする女子高生、一体何者なのでしょうか?

感想、評価お待ちしています


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mission2 孤独なエース

前回のあらすじ

旭日機甲旅団と大洗合同チームとの練習試合が行われた。旭日は同じ元近衛の赤坂と以下4人と共に試合に望んでいた。
平和的な試合に、女子高生が大洗の試合を見ていた。その女子高生が、波乱を呼ぶとは誰も知らなかった。


「全車!建物の陰に警戒してください!さっきのように待ち伏せされている可能性が高いです、不用意に飛び出したりしないようにしてください!」

 

 かほは待ち伏せによる攻撃を避けるため、不用意に飛び出さないように指示した。さっきは奇襲を仕掛けるためではなかったが、流石に2度も同じ手は使わないだろう。

 

〔了解しました!なるべく出ないようにしま!?〔ドォーン!!〕〕

 

「!どうしました!?」

 

〔・・・・・やられました!でも、近くにはいません!〕

 

 やられたのは知波単学園の戦車だった。近くにいないとなると、遠距離攻撃の可能性が高い。

 

(まさか、狙撃!?でも岩山くんほどの腕なら、可能なはず)

 

 チリ改の88ミリ砲なら1キロ先からの攻撃でも有効だ。しかし、狙撃したのはチリ改ではなかった。

 

「あ、あの・・・砲撃を聞く限りだと、チリ改の99式8糎高射砲ではないと思います。おそらく、37ミリ砲です」

 

 優香子は射撃音を聞いて、チリ改ではないと見切ったのだ。その事を聞き、栞は驚愕していた。

 

「嘘でしょ!?赤坂くんたちの戦車砲じゃ、遠くから狙撃するなんて不可能だよ!」

 

「いや、不可能じゃないよ。遠くじゃなくて、近くなら」

 

 そう。37ミリ砲といった短い砲だと、距離が離れれば離れるほど威力は落ちる。外国戦車を撃ち抜くとなれば尚更だ。しかし、距離が短ければ撃ち抜くことは可能となる。

 つまり、今いる場所に潜伏しているということとなるが、()()()()いない。

 

「でもかほちゃん。相手は近くにいないって」

 

「私たちの目に見えないだけだよ。例えば・・・」

 

 かほはハッチを開けて頭を外に出した。回りは建物に囲まれている。栞たちもガンポートを開けて外を見たが、当然近くに敵はいない。

 

「あそこ!!」

 

 かほが急に指を指しながら叫んだ。そこは建物の窓しかない。栞たちは指を指す方向を見るが、戦車がいる気配はない。しかし窓越しに良く見ると、98式軽戦が砲を構えていた!

 

「っ!!いた!!藍ちゃん!!撃って撃って!!」

 

 藍が言われるがままに砲を構え、他の戦車も同じように構え始める。外を見ていたメディックが双眼鏡でその様子を見ていた。

 

「やべ!おいマガジン!!奴ら感づいたぞ!!」

 

 メディックが報告した直後、残った戦車たちからの猛攻撃にさらされた。壁越しということもあり、 直撃は避けられそうだがこのままでは危険だ。

 

「動いた方が良くないか!?相手が悪すぎる!」

 

「動いたところで敵の猛攻にさらされることに変わりはない!とにかく待て!」

 

 98式軽戦はかろうじて反撃していたが、これ以上は持ち堪えるのは難しい。赤坂は通信機を手に取った。

 

「宗谷!チャンスだ!!全滅させてやれ!!」

 

 赤坂の指示と同時に、チリ改が建物の陰から飛び出してきた!

 

「了解コマンダー・マガジン!これなら楽に全滅させられるぜ!!」

 

 車体前部を正面に向けて、主砲、副砲が火を吹き始めた!かほたちが気づいたときには既に遅かった。かほが後ろを向いたときには既に3輌も撃破されていた。

 

「! 全車撤退!このままだと全滅してしまいます!」

 

 4号とM3は何とか逃げられたが、他の戦車は全滅してしまった。赤坂たちは陽動作戦が成功したので盛り上がっていた。

 

「イェーイ!やったぜぇー!!」

 

「上手くいったな!」

 

「すげぇぞ俺たち!」

 

「このまま勝利も勝ち取ろ・・

 

『ドォーン!!』

 

 車内が一瞬で静まり返り、赤坂が頭を出して後ろを見た。いつの間にか、ルクスが背後に回っていたのだ。

 

「くっそ!後ろを取られた!」

 

 砲塔に上がる白旗を見て悔しがる赤坂は、宗谷にやられてしまったことを報告した。

 

「宗谷すまない、やられちまった・・・あとは頼んだ!」

 

「了解、ご苦労だったな。回収車が来るまでそこで待機していろ」

 

「了解した。交信終了!」

 

 通信を切ったとき、宗谷は倒した戦車の数を数え、残りの数を割り出した。残った戦車は4号、M3、ルクスの3輌だ。始めの時と比べれば大分戦いやすくなったので、一気に畳み掛けようと考えた。残り時間があとわずかだからだ。

 

ーー

 

 

「おー!やるねぇ宗谷くんたち!」

 

 干し芋を口にしながらはしゃぐ杏、その横でみほはチリ改の動きをジッと見ていた。初めは、大洗チームの戦車14輌、元近衛チームは戦車2輌、サイドカー1台、オートジャイロ1機だった。

 近衛チームからすれば、圧倒的に不利な状態からスタートしたにも関わらず、今はほぼ互角となった。いや、それ以上かもしれない。何がともかく、大洗チームはピンチに陥ったということになる。ここからどうなっていくのか、そこが見ものだろう。

 

「西住かほはあの程度の腕しかないのですから、宗谷佳が有利に立つのは目に見えていましたよ」

 

 いつの間にかみほの隣に女子高生が座っていた。それは、先程丘の上に立っていた女子高生だった。みほはその制服を見て驚きの表情を見せた。

 

「・・・! あなたのようなエリートが、何故ここに?」

 

「流石、伝説のチームを率いた隊長ですね。私のことなど、知ってて当然ということですね。今回ここに来たのは、宗谷佳の試合を観に来たんですよ。()()()()()()()()()に」

 

 みほは彼女の言葉に疑問を持った。将来の我が校のためとは、どういうことなのか?

 

「あなた、何を言っているの?何で宗谷くんが、あなたの学校のためになるの?」

 

「今は知らなくても良いです、いずれ分かることです。では聞きますね、そろそろ試合も終わりそうですから」

 

 その女子高生は、ニッと笑ってその場を去っていった。何か企んでいる、みほはそう感じた。

 

ーー

 

 

「敵はあと1輌です!でも相手はあの旭日の宗谷くん、警戒を怠らないで下さい!」

 

「は、はい!」

 

「任せて!チリ改なんて目じゃないわ!」

 

 意気込む車長たち、あとはチリ改1輌だけだ。かほはあえて分かれず、纏まって行動することにした。バラバラで動くより安全だろうと考えたのだ。

 しかし、宗谷たちからしてみれば大チャンスだ。探すより手間が省けるからだ。

 

「4号を捉えた。この位置なら撃ち抜けるぞ?」

 

 岩山が照準器越しに4号を見る、4号は2輌の後ろで真ん中を走行している。先にM3とルクスを倒しても良いが、それだと逃げられてしまう可能性がある。

 そこで、後ろを走る4号を倒して後ろを塞ぐ。そうすれば前に出るしか無くなるため、追い掛けなくても処理が出来るという寸法だ。宗谷はガンポートから位置を見る。

 

「・・・左に6度修正、砲身仰角+2度。目標、4号」

 

 宗谷は岩山に情報を送り、岩山が修正をかける。砲口は4号を捉えている。

 

「射撃用意!」

 

 岩山がトリガーに指を掛け、合図を待つ。その一方、M3のあいかがチリ改が潜伏していることに気づいた!狙いは、4号だ!!

 

「左旋回!西住先輩を守るよ!」

 

「撃て!!」

 

 チリ改が砲弾を撃ち出したと同時に、M3は4号の前に出た!岩山が「何!?」と叫んだとき、M3に砲弾が命中してしまった。M3は黒い煙と白旗を上げて停車した。

 

「澤さん!!大丈夫ですか!?」

 

 かほが心配そうに声を掛け、あいかが返事を返した。全員無事のようだ。

 

「すみません、やられました!でも全員無事です!」

 

「そう、良かった。もうすぐ回収車が来るから、暫く待ってね」

 

「西住さん!相手はそこの建物の中にいるわ!」

 

 琴羽がチリ改に気づいた。ルクスの砲口がチリ改を捉えたが、副砲の砲が1歩早かった。反撃しようとするルクスを撃ち抜いた!

 

「クッ・・・ゴメン西住さん。私たちもやられたわ・・・・・」

 

 琴羽の悔しそうな声が通信機越しに聞こえてきた。ここまで生き残ったのだ、最後まで戦いたかったに違いない。

 

「ここまでありがとう琴羽さん。最後まで頑張るね!」

 

 再び1対1の戦いに持ち込んだ宗谷たち、あの時を思い出す。初めて戦ったあの時を。

 

「今度は決着付けたいな」

 

 と笑う福田。前回はタイムアップで決着が付けられなかった試合だった、今度こそは決着を付けると意気込む。

 

「行くぞ!ここで勝負を仕掛ける!!」

 

 残り1輌だけ、わざわざ隠れて攻撃する必要もなくなったのだ。チリ改は大通りに飛び出し、4号の前に立ちはだかる!突如現れたチリ改に対して、素早い判断で避ける七海。4号はチリ改を避けて停止した。

 互いの車長が頭を出して、顔を見た。

 

「よお西住」

 

「こんにちは、宗谷くん」

 

 挨拶を交わす宗谷とかほ、互いに真っ直ぐに目を見ていた。

 

「宗谷くん、分かってるよね?」

 

「ああ、この間の決着をつける、だろ?」

 

「分かっているんなら良いよ、勝つのは私たちだけど」

 

「いいや、勝つのは俺たちだ。行くぞ野郎共!」

 

「「前進!!」」

 

ーー

 

 

 観戦席では、98式軽戦に乗っていた赤坂たちが戻ってきたところだった。顔は煤が付いて黒くなっていた。

 

「お?見ろよ。隊長同士の一騎討ちだぞ」

 

 赤坂がモニターに向かって指を指した。4号とチリ改が接近戦を繰り広げている様子が映し出されていた。ガトリングとメディックの2人は歓声を上げて、ドライバーは冷静に見ていた。

 赤坂はこういった戦い方もあるのかと思いながら見ていた。別の方を向いたとき、さっきみほと話をしていた女子高生が立っていた。赤坂はその制服に付いているバッジに目が止まった。

 

(あの紋章、どっかで見たことが・・・・・)

 

「おいマガジン!宗谷が勝負決めそうだぞ!」

 

 ガトリングに呼ばれ、一瞬視線を反らして再び見ると、もういなかった。どこかに行ってしまったのだろうか。

 

(俺の記憶が確かなら・・・あれは東京機甲大学校のものだよな・・・・・いや、そんなことないか。制服が違ったもんな。でもまて、仮にもそうだとしたら、何故この試合を見に来るんだ?・・・・・まさか、あいつか?)

 

ーー

 

 

 試合は終盤を迎えていた。2輌の戦車は互いに砲弾を撃ち合いながら戦っていた。4号のシュルツェンは右半分と左前を破壊され、チリ改は装甲に攻撃を受けすぎて傷だらけになり、副砲は破壊されていた。

 4号の砲弾は残り21発、チリ改は残り13発。旭日の方が最初から味方の数が少なかったことので、通常より砲弾を消費しすぎた。ここからどうやって決着まで持っていくかが勝負の要となるだろう。

 

 だが、今はそんなことを考えている余裕はない。試合時間もあまり残っていない。砲弾は底を尽き掛け、燃料も全速であと15分程度。この状態の中で、どう戦えと言うのだろうか。しかし、試合の残り時間もあとわずか、となれば多少無理をしてもまだ勝機はある。もう何も考えず、突っ込むようにして戦うようが良いかもしれない。

 

「福田、一気に距離詰めろ。畳み掛けるぞ!」

 

「了解!」

 

 アクセル全開で突っ込んでいくチリ改、4号はその動きを読み、素早く避ける。そして態勢を立て直す段階を狙って攻撃を仕掛ける!

 4号が放った砲弾は、真っ直ぐチリ改の砲搭に向かって飛んでいった。しかし、岩山が避けるために砲搭を回したので直撃とはならなかった。そして態勢を立て直したチリ改が再び突進を試みる!

 

「砲弾装填を急いで!早く!」

 

 かほが装填を急かし、優香子がバタバタと装填する。しかし、装填が完了したとき、チリ改は既に目の前に来ていた!

 

「射撃用意!!」

 

 岩山がトリガーに指を掛ける!勝負は決まった!と誰もが確信した!

 

〔そこまで!!今回の試合は引き分け!!〕

 

「何!?」

 

 アナウンスが勝敗を知らせ、福田が急ブレーキを掛けて4号と横並びになるように停車した。互いの距離はあと数ミリだった。

 

「くっそ~・・・まーた引き分けかよ・・・・・」

 

 悔しそうに唸る水谷に対して、北沢は笑っていた。

 

「まぁ良いんじゃねぇの?まだ決着をつける時じゃないのさ」

 

 宗谷はヘルメットを脱いで頭を掻いた。決着はお預けのようだ。

 

ーー

 

 

 チリ改と4号が一緒に戻ったとき、98式軽戦に乗っていたガトリングとメディックが出迎えた。

 

「よぉ!すごかったな!」

 

「やっぱお前はすげーぜ宗谷!!」

 

 宗谷が囲まれているとき、赤坂がさっきの事を話すためにこっそりと福田を呼び出した。話を聞いた福田は驚いた。

 

「何?本当か?」

 

「制服は違っていたが、胸元に付けていたバッジは()()()()()()()だった。()()()()()()()()()()()()かもしれない、気を付けろ」

 

「・・・・・分かった。この事は話してないだろうな?」

 

「話せる分けないだろ。この事は秘密だ。良いな?」

 

「おーい!!食事会するって言ってるぞぉー!!」

 

 メディックが2人を呼びに来た。赤坂が返事を返し、2人で歩いて向かった。だが、この『秘密』が守られることは無い。

 

ーー

 

 

 食事会が済み、赤坂たちを見送った。そして学園艦に戻る大洗の生徒たち。試合のことや、帰って何をするかを話し合っていた。宗谷たちは試合の結果の話をしていた。

 港まであと少しで着くとき、宗谷の足が止まった。柳川が声を掛けた。

 

「宗谷?どうした?」

 

「・・・・・先に行っててくれ。後で合流する」

 

 そう言うと逃げるようにその場を去っていった。呼び止めたが宗谷は応じず、大洗の町に戻ってしまった。宗谷の行動は理解出来なかったが、「後で合流するなら」と気に止めなかった。

 そして再び歩きだしたとき、見たことの無い制服を着た女子高生が3人立っていた。北沢が珍しそうに見ていると、福田がこう言った。

 

「目を合わせるな。真っ直ぐ前だけを見ろ」

 

「え?何で?」

 

「良いから言うとおりにしろ」

 

 被っていたヘルメットを深く被り、見られたくないかのように顔をうつむかせた。女子高生を通り過ぎる時、チラッと声が聞こえた。

 

「いそうにないですね」

 

「そうね。エースはこの中にいると思ったのだけど。あのドライバーもね」

 

 通り過ぎたとき、岩山が福田に尋ねた。

 

「エースって言ってたけど、何のことだ?」

 

「気にするな、関係ない話だ」

 

 話を遮る福田に不信感を抱いたが、気にするなと言われたので何も聞き返さないことにした。港と学園艦を繋ぐボートに乗り込んだが、福田は宗谷を待つと言って港に残った。かほも心配になり、福田と一緒に港に残った。

 それから2~3時間ほどたった。最終便が出るまであと数分というタイミングで宗谷が走ってきた。息を切らせながら謝った。

 

「悪いな。急用があってさ」

 

「良いから早く乗るぞ。みんな待ってる」

 

 ボートに乗って出発したとき、かほが宗谷に尋ねた。急用とは何なのか知りたかったのだ。

 

「宗谷くん。急用って何だったの?」

 

「え?ああ忘れ物してさ。銃のホルスターを会場に置きっぱなしにしてたんだよ。見つかったから良かったけどさ」

 

「そう、それなら良いの」

 

 納得したように返事を返すかほだったが、本当は何か隠していると感づいていた。一緒に歩いていたときには銃は持っていた。つまり、ホルスターを忘れたという口実は嘘ということになる。

 何か隠していると察したが、あえて聞かないことにした。あの時の自分のように、知られたくないことがあるのだろうと思ったからだ。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 翌日の放課後、大洗では全員で戦車の修理をしていた。整備に慣れていない生徒たちは、手伝うという形で修理に協力していた。

 しかし、宗谷だけいなかった。授業が終わったと同時に忽然と姿を消したのだ。全員で協力しあうときにサボるなんて絶対になかったしないはずなのだ。

 

「あいつがサボるなんて珍しいよな」

 

 レンチを持って部品を外す岩山、真面目な宗谷がいないことに疑問を持っていたからだ。しかし、福田はその話に全く触れようとしなかった。

 

「集中しろ岩山。あとで皿洗いでもさせればいいだろ」

 

「だけどさ、あいつこの間の練習試合の後からおかしいじゃねぇか。全然落ちつきねぇし、変に回りを警戒してるし、どうかしてるぞ」

 

「集中しろ、それから宗谷の事は気にするな。良いな」

 

 話を完全に遮断した福田に少しムッとしたが、後で宗谷に問いただせば良いかと考え直した。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 翌日の登校中、岩山は問い詰めることを諦めていた。昨日問い詰めるだけ問い詰めたが全然口を割らず、岩山の方が折れて聞き出すことをやめたのだ。途中でかほたち4号組と合流し、一緒に学園に向かって歩いていった。

 校門の前に着いたとき、怒鳴り声が聞こえてきた。園の娘である秋子の声だった。

 

「あ・の・ね!!学園の許可証が無いと入れないの!!何の報告なしに来てもダメなの!!」

 

「そんなものなくても入れるわ。学園長にこのバッジを見せればね」

 

「バッジ見せるだけで入れるわけないでしょうが!!」

 

 どうやら別の学校との生徒と揉めているらしい。他校の生徒が学校艦の学園に入るときは事前に許可を取り、学園艦乗艦許可証と、入校許可証という2種類の許可証が必用になる。

 しかしその生徒は許可証を持っていないのだ。それどころか、バッジを見せれば入れると言うのだ。

 

「何言ってんだあいつ、バッジ見せれば入れるとか言ってるぞ」

 

 呆れる柳川、しかし宗谷と福田はそのバッジに見覚えがあった。桜の紋章の真ん中に、戦車が描かれている金色のバッジだ。まだ()()()()()()()()()()()()()のことだ。1度や2度ではない、何度も何度も見てきた、そのバッジを。

 

「いい加減にしろ!お前は俺が目当てだろう!?種島(たねじま) 優依(ゆい)!」

 

 宗谷が声を上げて近寄っていった。その生徒は宗谷の声に反応し、笑顔を見せた。

 

「やっと見つけたわ、宗谷佳。いえ、『孤独なエース』と呼ぶべきかしら?」

 

 周りがざわつき始めた。突如現れた種島という女子高生、そして彼女は宗谷の事を『孤独なエース』と呼んだ。岩山たちは何の事を言っているのか全然分からなかった。そんなあだ名があるなんて聞いたことがなかった。

 しかし、1人だけ知っていた。福田彰だ。

 

「何のようだ、宗谷は5年前に縁を切ったはずだぞ」

 

「福田、お前知ってんのか!?」

 

「黙ってろ岩山、後で話す」

 

「あら?あなたはあの時の新米ドライバーじゃない。5年前よりは成長したのかしら?」

 

 小馬鹿にするように話す種島、しかし福田は何も言い返さなかった。

 

「あなたが言う通りよ宗谷佳、今日ここに来たのは()()()()()()()()()()。って、言わなくても分かるわよね?」

 

「ああ、5年前もそう言ってたな。だが俺ははっきり断ったはずだぞ、お前の東京機甲大学校には入らないってな」

 

「フフ、懐かしい名前ね。今は『東京パンツァーカレッジ』に改名されたわ」

 

 その名前を聞いたとき、優香子は震え上がった。

 

「え!?えええ!?東京パンツァーカレッジって、指折りのエリートが集まる専門学校じゃありませんか!!し、しかも種島優依って、その東京パンツァーカレッジの隊長じゃありませんか!!」

 

 東京パンツァーカレッジ、優香子が言うように、指折りのエリートたちが集う超が付くほどの有名な専門学校だ。専属の中学、高校があり、早い者は中学からこの専門学校に入っている。

 高校から入ることも可能だが、超難関な入学試験をクリアしなければならない。それだけ厳しいのだ。3年前に改名され、制服も一新されたが、胸元に付けるバッジは変わらなかった。そして種島優依は、その学校の隊長なのだ。詳しいことは分かっていないが、凄腕のエリートであると聞いている。

 

「な、何でそんなエリートがここに?」

 

 藍が尋ねると、種島は鼻で笑って答えた。

 

「あなたたちには宗谷の価値が分からないでしょうね。彼はこんな吹きだまりにいるほどのレベルじゃないのよ?パンツァーカレッジに必要な存在なの。ね?孤独なエースさん」

 

「・・・俺の事をとやかく言うのは構わないが、西住たちや大洗を馬鹿にするのは許さないぞ」

 

 馬鹿にされたことに頭に来たのか、宗谷は種島を睨んだ。

 

「まぁまぁ、怒らせるために来たわけじゃないから穏便にね?でも忘れないでね?このバッジにどれだけの価値があるのかを、ね?」

 

 そう言うと種島は去っていった。宗谷はため息を付き、かほたちに謝った。

 

「騒がせて悪かったな。でももう大丈夫だ」

 

 そう言うと、学園の中に入っていった。入っていくとき、宗谷は確信していた。あの種島優依と戦わなければならないと。




今回も読んで頂きありがとうございました。

突如現れた種島と名乗る女子高生、そして孤独なエースと呼ばれる宗谷。宗谷と同じく当事者である福田、全ての謎は5年前にある!?

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mission3 エースたちの過去

前回のあらすじ

大洗合同チームと旭日合同チームの練習試合が行われ、結果は引き分けで終わった。
試合が終わった時、宗谷は会いたくない人物と遭遇することになる。名前は『種島優衣』、過去に宗谷を自分の学校に招こうとしたのだ。
そして種島は、宗谷のことを『孤独なエース』と呼んだ。その呼び名は誰も知らなかった。福田を除いて。


 種島優依、東京パンツァーカレッジ(旧名東京機甲大学校)の隊長を勤めている女子高生であり、種島流戦車道の後取りだ。

 種島流戦車道の流儀は、如何なる犠牲を払っても勝利し、勝利のためなら戦車、戦闘員は最高峰のものを揃える。聞くだけだとチームワークの欠片も無さそうな流派だが、この流派で多くの勝利を手にしてきたことは間違いない。

 

 東京パンツァーカレッジはまさにその象徴と言えるだろう。15年前に戦車道専門学校、東京機甲大学校として開校し、戦車道の専門学校ととして数多くの優秀生を輩出してきた。それから5年後、専属の中学、高校が開校し、戦車道の大会にも度々参加してきた。

 

 しかし、種島が入学して1年後、学校は変わっていった。何を思ったのか、種島の親である種島小百合(さゆり)が「この程度の実力では勝ち上がることは出来ない」と言い出したのだ。

 まず始めに、攻撃力、防御力に欠ける戦車を排除し、ドイツ、ソ連、アメリカ、イギリスの4ヵ国に限定。4ヵ国に限定したと言っても残したのは重戦車ばかりで、3号戦車などの中戦車は排除されていった。

 

 それだけではなく、実力が乏しい生徒は戦車の整備員にして、成績が優秀な生徒だけを乗員として残した。300人いた生徒の内、200名が整備員に、残り100人が乗員に区分けされた。そして200名の整備員の内、54名が辞めた。

 

 小百合は、戦車道の世界大会に出場した経験がある実力者で、立場はしほと同じだ。優衣本人も、過去に世界大会に何度も出場している。そのため、他の学校の生徒からしてみれば、優衣に誘われることは名誉あることだ。

 しかし宗谷と福田は全く動じていなかった。何故なら5年前に1度だけ、種島と会ったことがあるからだ。

 

ーー

 

 

 種島がここを訪ねて5日が経った。戦車道科のメンバーは、宗谷と種島に何があったのか気になっていたが、この状態では聞くことは出来ない。

 宗谷からも話そうとしないため、謎は謎のままで終わるのだろうと思っていた。

 場所は変わり、展望台で福田が海を見ていた。学園艦が作る波の音が響き、吹き抜ける風が潮の香りを運ぶ。

 

「あら、ここにいましたか」

 

 声がする方に振り向くと、聖グロのルフナが立っていた。福田は何故ここにいるのか理由を尋ねる。

 

「・・・・・何であんたがここにいるんだよ。ここは大洗の学園艦だぞ」

 

「あんたとは随分失礼ですね。まぁ良いでしょう、それにちゃんと乗艦許可証は取ってますから、心配しないでください」

 

「心配はしてねぇ」

 

 ルフナは福田の隣に座った。福田は何故来たのか聞き出そうとする。

 

「で?わざわざ遠いところから一体何のようだ?」

 

「ここに、種島優依さんが来たそうですね。しかも、あなたと宗谷さんのことを知っていたと聞きましたから、親しい仲なのかと思いまして」

 

「冗談言うな。あんなやつと親しくなりたくねぇし、親しくするなんてこっちから願い下げだ」

 

 福田は種島のことなどお構いなしに罵倒する。ルフナはあまり良い関係を築いているようではなさそうだと察した。

 

「種島さんのことに対して随分な言い様ですね。何かあったのですか?」

 

「過去の話だ。あんたには関係無い」

 

「関係無いとは言わせません。互いに戦車道をする身として、知る権利はあります」

 

「どこにそんな権利があるんだよ」

 

 どうしても関係を知りたいルフナに対して、福田は全く話す気がない。だがあまりのしつこさに負け、条件付きで話すことを約束した。

 

「話すのは良いが、1つ条件がある。今までの試合で戦った学園の隊長を全員集めろ。勿論、練習試合で一緒になった隊長もだ。期限は1週間だ」

 

「・・・・・意地悪な条件ですね」

 

「当然だろ?他の学園の奴等だって、俺たちと種島の関係を知りたがっている。それなのにあんただけ特別扱いするわけにはいかない、だから俺たちが戦った学園の隊長たちだけに話そうと思ったのさ」

 

 妥当な条件だが、隊長を集めるのは難しそうだ。断るかと思ったが、ルフナはその条件を受け入れることにした。

 

「良いでしょう、隊長を全員集めてきますわ。あなたもこの事は忘れないで下さいよ?」

 

「忘れるもんか、約束は絶対に守る」

 

 そう言われ、ルフナは軽く頭を下げて去っていった。その姿を見た福田は、ため息を付きながら頭を掻いた。

 

「ったく、そんなあっさりと話す分けねぇだろ。まぁこの条件を受け入れるって言っても無理だろうな。相手の連絡先知ってても、1週間以内に集れるとは思えねぇし、向こうが諦めるだろ」

 

 そう呟くと福田は寮に向かって歩いていった。その時に、ふっと昔の事を思い出した。宗谷と初めて出会った、あの時の事を・・・・・

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 それから1週間後の放課後、旭日のメンバーたちはチリ改の手入れをしていた。履帯に付いた泥を落とし、油を注して照準器を磨いていた。操縦席の窓を拭いている福田に、宗谷が呼び掛る。

 

「福田、西住がお前を呼んでいたぞ。『ルノー』で待ってるってさ」

 

「俺を?何かの間違いだろ?呼ばれるようなことした覚えねぇぞ?」

 

「お前忘れっぽいからなぁ、何か約束でもしてたんじゃないのか?とにかく、整備が終わったらルノーに行けよ」

 

 そう言われたが、福田には全く覚えがない。しかし1週間前に何か約束したようなことはぼんやりと覚えていたが、かほに呼ばれるような覚えはない。

 覚えは無いが、呼ばれているなら行くべきだろうと思い、作業が終わった後すぐにルノーに足を運んだ。

 

(気のせいかなぁ・・・・・何か忘れてる気がするんだよなぁ。えーっと、何だったっけ??)

 

 そんなことを考えながらルノーに着くと、扉を開けて中に入った。

 

「こんちはー、おーい隊長。俺を呼んだって聞いた・・・・・」

 

 福田は言葉を失った。目の前には、各校の隊長が座っていた。黒森峰の西住夏海と逸見マリカ、プラウダのサティとルリエー、サンダースのケイ、アンツィオの安斎千代子、知波単の西太鳳、そして大洗の西住かほだ。

 

(あれ?隊長が揃ってるぞ?・・・いやまて、なーんか思い出してきたぞ・・・・・)

 

「福田さん?何しているんです?早く話を聞かせてもらえませんか?こちらの約束は果たしました、今度はそちらの約束を果たす番ですよ?」

 

 ルフナに言われ、ようやく思い出した。『今まで戦った学園の隊長を、1週間以内に集める』ことを条件にしていたことを。

 

(忘れてたぁー。そうだった・・・・・話すんだったなぁ、俺たちの過去を・・・仕方ねぇ、約束は約束だ)

 

 福田は川井店長に、「彼女たちのリクエストを聞いて何か出してあげてください」と言い、席についた。テーブルに肘をつき、何から話そうか悩んだ。そして川井店長が全員分の紅茶を持ってきたとき、ようやく口を開いた。

 

「えーっと、まずこっちから1つ聞きたいんだが、何で副隊長までいるんだ?俺は『隊長を集めろ』って言ったんだが」

 

「あら、『副隊長は連れてこないで』とは言いませんでしたよ?それに彼女たちも知りたいようですから、構いませんよね?」

 

「・・・・・そうか、まぁ良いよ。さて、何から話そうか。じゃあまずは・・・何故宗谷があんな風に呼ばれたのから話すか」

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 5年前、まだ近衛機甲学校が廃校になる前のことだ。宗谷は両親を早くに亡くし、祖父である陸丸に育てられた。その頃から、戦車に乗りたいという意思があり、近衛機甲学校に入学することを目標にして頑張っていた。

 

 そして小学校卒業後、近衛機甲学校に入学することが出来た。しかし入学式が終わったその2日後、陸丸が72歳でこの世を去った。近衛は全寮制であり、自衛隊のように食事や寝床などは提供してくれるため、衣食住に不自由は無い。その変わりに宗谷は帰る場所を失った。

 

 その時から宗谷は1人で行動することが多くなり、チームで組んでやることでも1人でこなすようになった。周りからは良く思われていなかったが、個人の成績はいつもトップだった。その時に付けられたあだ名が『孤独なエース』だった。陰口で言われていたが、宗谷は全く気にしていなかった。

 

 それから月日がたち、近衛は夏休みが終わって後期の授業に入り2ヶ月が経った。福田が操縦科に移り、戦車の操縦に慣れたとき、突然教官に呼び出された。

 

 怒られるのかと思いながら教官室に入ると、部屋には教官以外に宗谷と他の科目の生徒がいた。車長戦術科の宗谷、操縦科の福田、重砲科の八神(やがみ)、通信科の佐藤(さとう)の4人だ。

 八神と佐藤は、この時だけ宗谷と一緒になった生徒で、この2人は廃校になったときに普通の中学に転校した。

 

 全て戦車の一部分に関係する科目だけが集められ、何を言われるのかと思っていると、教官からこう言われた。

 

「お前たち4人は、我々から見て最高峰の生徒たちだ。何故お前たちを集めたのかというと、これから2週間後に東京機甲大学校と、戦車道の練習試合行う。お前たちはその選抜メンバーとして出場してもらう」

 

 急に戦車道をすることになり、福田たちは困惑したが、宗谷は普段通りだった。

 

「あ、あの・・・・・戦車道って何です?新しい武芸ですか?」

 

 佐藤が教官に尋ねる。男子からしてみれば、戦車道という言葉すら聞いたことがないのも無理ないだろう。

 

「女子の嗜みとして、代々引き継がれてきた伝統ある武芸だ。戦車に乗って戦うらしい。本来男子は出ないんだが、向こうの生徒が手合わせしたいと言ってきたらしい。本来の規則とはことなるが、1対1で勝負したいと言っているそうだ」

 

 事の発端を説明され、3人は急にプレッシャーを掛けられたが、宗谷は「それは楽しそうですね」と答えた。そして教官から、宗谷を中心に試合まで訓練を積むことを命じられた。

 宗谷が車長、福田が操縦手、八神が砲手、佐藤が通信手兼装填手を担当するということで話は終わり、明日から訓練に励めと任を受けた。

 

 翌日、宗谷たち選抜メンバーは授業に参加せず戦車道に向けての訓練漬けの生活になった。向こうの指示で、互いに戦車を3輌用意して試合で使う戦車を隊長が選び、試合をするというのだ。

 

 近衛側が用意した戦車は、1式中戦車98式軽戦車89式中戦車の3輌だ。戦車道に向けて、装甲をカーボンで覆い、砲弾は安全弾にするための改造を施している。

 しかし相手の戦車はドイツのティーガー1、アメリカのジェネラル・パーシング、ソ連のISー3の3輌の内どれかだと聞かされ、福田は敗北が確定したと確信した。どの戦車でも、1発直撃を受けたら勝負は決まる。

 

 せめて3式中戦車や1式砲戦車といった防御に強い戦車を貸してもらいたいと教官に頼み込んだが、『1式中戦車以上の戦車は、試合までに改造が間に合わない』と言われ、貸し出しを許可されなかった。

 

 そして宗谷たちは2週間厳しい訓練を積み、3輌の戦車と共に東京へ向かった。その内の1輌は、89式中戦車を3式中戦車に入れ換えられた。ギリギリで改造が終わり、貸し出しを許可されたのだ。これで対等に戦える、と誰もが思った。

 

 学校に着くと、向こうの学園長が出迎えてくれた。学園長同士の挨拶を流し、宗谷たちは学校の中へと入っていく。そこでは、様々な戦車が走り回り、砲弾を撃ち合っていた。宗谷以外の3人は見たことない光景に呆然としていた。

 そこへ、生徒が2、3人歩いてきた。まだ入学して半年経ったばかりの種島と、この学校の生徒だった。

 

「あら?誰かと思ったら近衛の生徒じゃない。見なさい、戦車道の素人たちが揃っているわよ」

 

 初対面にも関わらず、近衛を罵倒する種島。3人は頭に来たが、宗谷が止めた。「何故止めるんだ」と尋ねる福田に、宗谷はこう答えた。

 

「奴の言葉に流されるな。やつが言うとおり、素人であることは事実だが、戦車の技術なら俺たちの方が上だ。実力勝負ならこっちに分がある」

 

 その言葉に種島はピクッと反応する。

 

「あんた、私に勝つ自信があるって言うんだ?」

 

「少なくとも、他人の実力を知らないのに勝った気でいる奴に負ける気はしないな」

 

 その言葉を聞いて引き笑いを見せる種島、バカにされているようでカチンときたのだろう。

 

「あんたみたいに生意気な奴には負けないわ。弱い戦車しか持たない学校にはね」

 

「戦車の強さは乗っている乗員によって決まる。砲が小さくても、装甲が薄くても、速度が遅くても、乗員の腕が良ければ小物でも大物になれる」

 

「それは面白いわね。なら見せてもらおうかしら?あんたたちの腕を」

 

 それから5分後、試合の開始時間になり宗谷たちは広場に集まった。広場には近衛の選抜メンバーと3輌の戦車、そして東京の選抜メンバーと3輌の戦車がいた。

 福田たちはその戦車を見て言葉が出なかった。相手の戦車はドイツのヤークトティーガー、イギリスのセンチュリオン、アメリカの ジェネラル・パーシングだ。

 

 1輌は事前に聞いていたのと同じだったが、あとの2輌を見て完全に倒す気でいると察した。唯一対抗出来るのは3式中戦車(チヌ)だけだ、福田たちは宗谷がチヌを選んでくれることを祈った。

 

 種島が真っ先に選んだ戦車は、ヤークトティーガー。そして宗谷が選んだ戦車は、1式中戦車(チヘ)だ、相手が重戦車に対してこっちは中戦車、勝てる予感がしない。佐藤は「勝てない」と感じて頭を抱えた。

 

「アハハハ!あんた正気!?こっちはヤークトティーガーなのに、そっちはチヘなんて、笑いが止まらないわ!」

 

「正気だ。俺はこの戦車でお前に勝つ」

 

 大笑いしている種島に対して、宗谷は真剣だった。互いに戦車に乗り込む時、福田が詰め寄った。

 

「お前マジでこの戦車で戦うのか!?98式軽戦よりはマシだが、相手はあのヤークトティーガーだぞ!勝ち目がない!」

 

 八神と佐藤も同じ意見だった。「勝てるわけがない」、「1発で負ける」と言ったが、宗谷は落ち着かせた。

 

「落ち着け。さっきも言ったが、戦車の強さは乗っている乗員で決まる。良いか?自分の腕を信じるんだ、俺も」

 

 そう言うとチヘに乗り込み、残された福田たちは呆然と突っ立っていた。これには教官たちも驚きを隠せない、チヌの改造が間に合ったので使用を許可したと言うのに、よりによってチヘを選ぶとは想定外だった。

 そこに種島小百合が姿を見せた、娘の試合を観に来たのだろう。その様子を見て、小百合も驚いていた。「これでは勝敗がすぐに分かる」と小百合は呟いた。

 

 試合が始まると、ヤークトティーガーからの容赦ない攻撃がチヘを襲い始めた。チヘからも反撃するが、正面装甲が厚いヤークトティーガーには歯が立たない。

 戦場は防御に使えそうな木や岩が全くない開豁地(かいかつち)、距離を取っても敵には丸見えだ。

 

「隊長!この状態じゃ反撃出来ない!」

 

 八神からそう言われ、宗谷は外を見て土埃が上がっているところを見て福田に指示を送る。

 

「福田!ジグザグに走って土埃を上げろ!!戦車が隠れるように思いっきりやれ!」

 

 指示通りチヘを走らせ、回りは土埃で見えなくなった。種島は土埃が上がっているところに撃ち込めと指示し、砲弾が土埃を払っていく。

 種島が頭を出して回りを見渡すと、チヘは横に回っていたヤークトティーガーは砲搭が無い砲戦車型、敵を攻撃するには車体ごと旋回させなければならない。「早く回せ」と種島は急かしたが、重量級の戦車はそう簡単に回らない。

 チヘが横から攻撃するが、47ミリ砲では側面装甲は貫通出来ない。そこで宗谷は、1発逆転を狙うため新たに指示を出す。

 

「福田!このまま後退してやつと距離を取れ!指示したらすぐに戦車を止めろ!八神!砲身仰角を最大にして合図したら撃て!!」

 

 何の意味があるのか疑問に思ったが、指示に従い距離を取る。ヤークトティーガーが小さく見えるところまで距離を取ったとき、宗谷が新たに指示を出す。

 

「停止!!主砲発射用意!目標ヤークトティーガー!方位224、仰角最大!!撃てぇ!!!」

 

 合図を受け、トリガーを引くと迫撃砲のように砲弾が空高く撃ち出された。見ていた校長と教官は「無駄なことをした」と思ったが、この方法が勝敗を左右することになる。

 ヤークトティーガーは車体を旋回させてチヘに砲を向けている。この砲なら、少し離れていてもチヘを撃ち抜くことは可能だ。種島はにんまりと笑っていた。

 

「これで終わりよ近衛!射撃用意!目標チヘ!撃て

 

『ドォーン!!!』

 

「・・・・・え?」

 

 種島は一瞬何が起こったのか分からず、ハッチを開けて後ろを見た。エンジン部から黒い煙が上がり、『やられた』と報せる白い旗が棚引いていた。何故エンジンに弾が直撃したのか、どこから砲弾が来たのか分からなかった。

 福田たちも何で勝ったのか分からずにいた。指示に通りに戦車を動かし、射撃しただけだ。沈黙していたとき福田が閃いたかのように声を上げた。

 

「! そうか!!曲射弾道(きょくしゃだんどう)か!!」

 

 福田の言葉に八神と佐藤は納得した。宗谷が狙っていたのは車体の後ろにあるエンジン部、しかしチヘの47ミリ砲では近距離で撃っても装甲貫通は出来ない。

 それなら車体の上にある吸気口を狙えばいい、しかし至近距離では上を狙うことは出来ない。そこで、砲身仰角を最大にして砲弾が山形に飛ぶようにしたのだ。このように砲弾が飛ぶことを、『曲射弾道』という。

 

 先程の砲弾は空へ向かって跳び、ある程度飛ぶと少しずつ下へ落ちていく。その時、ヤークトティーガーは砲を撃つために車体を旋回させていた。

 旋回が終わった時、砲弾はエンジンを捉えていたのだ。車体上部は狙われることを想定していないために装甲は薄い、47ミリ砲でも撃ち抜くことは出来る。

 

 そして種島が射撃に気づかなかったのは、チヘがヤークトティーガーから離れたことが大きく関係している。

 エンジンが大きい分、音も大きくなる。そして47ミリ砲の射撃音はヤークトティーガーのV12エンジンより音は小さいため、種島の耳には届かなかった。宗谷は全て計算した上で指示を出していた、これには教官たちも頭が上がらない。

 

 

 ヤークトティーガーの回収が終わり、各校互いに向き合うように整列していた。

 

「弱い戦車しか持たない学校には負けないんじゃなかったのか?」

 

 宗谷が痛いところをついてくる、種島は何も反論出来ない。

 

「言ったはずだ。戦車の強さは、乗っている乗員によって決まると」

 

「・・・あんたはこういう戦い方をするためにチヘを選んだ、ということね?」

 

「そうさ。この作戦を成功させるには機動力があるチヘを選ぶしかなかった。そしてお前は負けたんだ、ヤークトティーガーよりも弱い戦車にな」

 

 勝った相手に攻める宗谷、福田は相手に同情したが、宗谷がバカにされた分言い返してくれたので少しスッキリしていた。

 

「お前には()()()()()()が多すぎる。その足りないものが分からない限り、俺たちには勝てない。どんな戦術でも、『種島流』を駆使してもな」

 

 そう言い残すと歩き始め、福田たちはサッと敬礼して宗谷の後を追った。種島は右手をグッと握りしめた。

 

 

 それから1週間後、再び種島が近衛を訪れ、宗谷に「東京機甲大学校に来てほしい」と勧誘してきたのだ。しかし、「そんなところには行かない、俺には行くべき場所がある」と言って勧誘を断った。この時から、大洗に行くつもりだったようだ。

 

 種島は1週間に1回は必ず勧誘に来て、宗谷はその度に断ってきた。そして近衛が廃校になり、勧誘されることはなくなった。

 いや、なくなったというわけではなく、宗谷の居場所が分からなくなったから勧誘出来なかったというべきだろう。近衛が廃校となった時、宗谷が旭日機甲旅団を結成して大洗へ行くために準備を始めたのだ。

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

・・・・・と、ここまでが俺の知っている宗谷の過去だ。これ以上は知らねぇから、細かいことは奴に聞いてくれ」

 

 福田は1時間に渡って過去のことを話してくれた。話を聞いていた隊長たちには、驚きと疑問が残っていた。『東京パンツァーカレッジと、近衛が試合をした』ということ話しは聞いたことがない。

 

「種島が近衛(お前たち)と試合をした?本当なのか?」

 

 夏海が福田に問いかける、口からの出任せではないのかと感じたのだ。

 

「本当のことさ。こっちの西住隊長に聞いてみな、種島が来たとき居たからな」

 

 福田がかほに話を振る。聞いてみろと言われてもと思ったが、種島が福田に対する態度を思い出した。

 

「福田くんが言っていることは、多分本当だよ。種島さんは、福田くんのことを『あの時のドライバー』って言った。本当に赤の他人ならそんな風に呼ばないよ」

 

「多分じゃなくて本当なんだよ。宗谷も同じ事言うと思うぜ?」

 

「ああ、同じ事を言うよ」

 

 後ろから声がしたので慌てて振り返ると宗谷が腕組みをして立っていた。

 

「そ、宗谷!?何でここに!?」

 

 いるはずがない本人が目の前にいるので福田は驚きながら宗谷には尋ねた。宗谷はフッと笑って答えた。

 

「何か怪しいと思って後つけていったら・・・全く、何の断り無しに自分だけ話すなんてつれねぇぞ」

 

 そう言うと宗谷も席につき、紅茶を頼んだ。そして自分の口から過去を語った。

 

「福田が言っていたことは全部本当さ。俺たちは種島と試合をして勝った、でやつから来ないかと誘われている・・・今もな」

 

「宗谷くん。種島さんは、諦めないと思うよ。きっとまた来る」

 

 心配そうにしているかほに、宗谷は顔を上げた。

 

「・・・また来るさ。今度は()()()()()ためにな」

 

 その言葉に一同はざわついた。あの種島と、再び試合をするというのだ。

 

「宗谷・・・それ、マジで言ってんのか?」

 

「向こうが持ち掛けてきたんだ。俺はこの試合で決着を付けるつもりさ。負けたら俺が東京パンツァーカレッジに、こっちが勝ったら戦車を10輌くれるそうだ。くだらない条件だが、俺はこの試合で決着を付ける。絶対にだ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 場所は変わり、種島家。優衣と小百合がテーブルを挟み、向い合わせで座っていた。

 

「優衣、今度は負けないでしょうね?」

 

 厳しい声で尋ねる小百合に、優衣は自信気に答える。

 

「絶対に勝つわ。今はチリ改に乗って指揮を執ってるけど、私の敵じゃないわ。5年前は負けたけど、今回は負けない。そして、宗谷佳をこの学校に入れてやるんだから」

 

 5年前の決着を付ける宗谷。絶対に勝利し、宗谷を東京パンツァーカレッジに引き抜きたい種島。互いに負けられない戦いが、始まろうとしていた。




知らされた宗谷の過去、そして始まる新たなる戦い。新たなる戦車道が今、始まる。

今回も読んで頂き、ありがとうございました。

感想、評価お待ちしています。


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mission4 新たな戦い、新たなる仲間たち

前回のあらすじ

種島が大洗を訪ねて5日後、福田のもとに聖グロのルフナが宗谷と種島の過去を知るために訪ねてきた。話す気になれなかった福田だったが、条件を受け入れてくれるなら話しても良いと約束した。
そして1週間後、ルフナはその条件を受け入れ福田は約束した通りに過去を話した。宗谷と種島は1度だけ戦い、宗谷が勝利したというのだ。
以来ずっと宗谷に付きまとい、自分の学校に引き抜こうとしているのだ。そして今、種島が再び宗谷に戦いを挑もうとしていた。



 宗谷は種島から試合を持ち掛けられた。本当は相手をしたくないが、このままでは卒業するまでずっと付きまとってくると感じ、杏にこの事を伝え、試合の許可をお願いした。

 杏が向こうの学園長と話をして、試合の許可が求めた。試合をするに辺り、種島から独自のルールで試合をすると言われた。

 

1、試合形式は殲滅戦

 

2、戦車の数は50対50で行う

 

3、旭日機甲旅団は、他校と合同チームを組んでも良い

 

4、使用する戦車は1945年までに設計、製造が完了しているもの。(合同チームはサイドカー等の戦車以外の車輌を使用することを許可する。ただし、使用する場合はサイドカーであっても戦車1輌と同じとする)

 

5、特殊な形状をしている戦車を使用する場合は、3輌まで出場可能とする(カリオペ等)

 

6、隊長は宗谷佳がすること

 

 以上のルールを伝えられた宗谷は、種島にハンデとして1つ条件を付けるよう頼んだ。東京パンツァーカレッジは基本的に重戦車や、新機構を取り入れている戦車ばかりであるため、1つぐらいの条件は承知してもらいたいと言ったのだ。

 

 その条件を聞いた種島は躊躇い無しに承諾した。承諾してくれたのは良いのだが、ここまであっさりとしていると怪しさを感じる。だが承諾してくれたのなら、こちらも躊躇いなく呼べる。早速、ある人物に話をするため公衆電話に手を掛けた。

 

「・・・もしもし?赤坂か?」

 

〔宗谷か?お前携帯ぐらい持っとけよ。公衆電話じゃ不便だろ?〕

 

「福田にも同じ事を言われた」と笑いながら返す宗谷、電話の相手はこの間の試合で一緒に戦った赤坂だ。試合が終わったあと地元である鹿児島に戻り、今まで通りの生活をしていた。

 

「お前、種島に会ったんだろ?」

 

「ああ、5年前と同じように勧誘された。で、お前に頼みがあるんだ」

 

「急に話題変えんなよ・・・で?頼みって何だ?」

 

「お前が近衛の時に率いていたチームの力を借りたいんだ」

 

「俺のチームの力を?」

 

 赤坂は近衛の時に30人近くいた規模の大きいチームの隊長をしていた。そのチームなら、種島が率いる東京チームに対抗出来ると考えたのだ。

 

「力を貸すのは良いが、集まるか分かんねぇぞ?全員バラバラになったし、連絡取れない奴もいるし。ていうかよ、また戦車に乗らないといけないのか?」

 

「いや、今回は戦車に乗らなくて良い。近衛の時にやっていたようにやってくれ。全員集めなくても良いから、集まれるだけ集めてくれ。使う車輌はそっちに任せる」

 

 赤坂はすぐに返事を返せなかった。4年のブランクがある上に、人数もどれだけ集まれるかも分からない。そんな状態で容易に「分かった」とは言えないのだ。10秒程の沈黙の後、ようやく返事が返って来た。

 

「・・・・・あの時のメンバーなら多分大丈夫だ。他にも声を掛けておくが、集まれるかは保証しないぞ?」

 

「ありがとう。集まれるなら助かる、よろしくな」

 

 受話器を戻し、寮に向かって歩き始める。吹き抜ける風は心地良かったが、気分はスッキリしない。明日は大洗の生徒たちに、嬉しくない報告をしなければならないからだ。

 

ーー

 

 

 翌日、練習が終わった後、格納庫の前に戦車科の生徒が集合していた。杏から「試合に関係する報告を宗谷くんからしてもらう」と伝えられ、宗谷が指揮台の上に立ち、腕を後ろに組んで話し始める。

 

「1ヶ月後に東京パンツァーカレッジと試合をすることになった。今回は他校と、この間一緒に戦った元近衛組と合同チームを結成して試合に挑む。向こうの隊長はあの種島優衣だが、恐れることはない、自信を持って試合に挑んでもらいたい」

 

 その言葉を聞いた生徒たちには不安の声が上げた。その様子を見ていた福田が、指揮台の上に立った。

 

「何も気にすることはない!俺と宗谷は1度戦って勝ったんだ!みんなだって対等に戦えるさ!」

 

 福田は励ますために声を上げたが、その声が不安の心を動かすことは出来なかった。

 

「あなたたちは精鋭だったから勝てたんでしょ?私はあの種島流と対等に戦える自信が無いよ・・・」

 

 夏子の手は震えていた。夏子だけではなく、あいかたち1年生組も同じだった。この時福田は、他の女子高生にとって、種島がとても恐ろしい存在だと知った。

 宗谷と視線を合わせると、宗谷が軽く頷いた。「励ましてくれてありがとう」、そう言っているように感じた。

 

「・・・・・今回の試合では、黒森峰、プラウダ、聖グロ、アンツィオ、知波単とチームを組む。それから、陸王、カ号も出場させるから、互いの連携が取れるよう訓練すること。以上、解散」

 

 宗谷は指揮台から下りると、振り向かずに格納庫の中へ入っていった。福田はその様子を静かに見つめ、かほたちは荷物を纏めて帰宅していった。

 岩山たち4人も荷物を纏め、帰宅するために歩きだした。

 

「・・・・・勝てると思うか?この戦い」

 

 岩山が話を振り、柳川が頭を掻きながら答える。

 

「分かんねぇ。戦ったことのない相手だし、どの戦車で来るかも分からない。それに、西住隊長たちがあんなんじゃぁ勝利もおぼつかねぇよ」

 

「そこは大丈夫だよ。あいつらのことだから、きっといつも通りになるよ」

 

 口ではそう言う岩山だったが、内心はどうなるのか気掛かりでならなかった。「きっと大丈夫」、とは言うが、本当に大丈夫なのかが問題だ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 西住邸 居間

 

「夏海、あなたはあの種島と一戦交えることになったけど、勝てる自信はあるの?」

 

 まほは夏海のことを気掛かりに思い、夏海に問いかけていた。夏海は肩を後ろに引き、手をグッと握りしめた。

 

「・・・・・正直に言うと、勝てる自信はありません。ですが、私はあの宗谷に救われました。足を引っ張るようなことになったとしても、諦めるつもりはありません」

 

 夏海は覚悟を決めていた。相手が誰であろうと、決して退くことはしない。どんな結果になったとしても、諦めない意思を見せた。

 

「それなら、きっと大丈夫よ。足を引っ張らないように頑張りなさい」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 サンダース カフェテリア

 

「サー・・・我々が相手出来るのでしょうか?あの種島に」

 

 2人しかいない食堂は、ちょっとした声でもよく響く。サンダース2番手であるジェシーは、リンに不安の声をぶつけた。

 

「分かんないね。でも、私たちがしっかりしないと勝利(ヴィクトリー)出来ないでしょ?」

 

「そうですね!頑張ります!!」

 

「そうそう!そのいきだよ!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 プラウダ 応接室

 

「サティー様、宗谷と一緒にチームを組むと聞いていますが」

 

「ええ、あいつが大洗からいなくなったら、張り合いがなくなっちゃうからね」

 

「サティー様も宗谷がいなくなるのは寂しいんですね」

 

「っ!そ、そんなわけ無いでしょ!?あ、あんなやついなくなっても寂しくなんてないわ!」

 

 顔を赤くするサティー、その姿を見てルリエーは微笑みを見せた。

 

「紅茶淹れましょうか?」

 

「あ、アイスでね!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 アンツィオ 戦車格納庫前

 

「良いかみんな!相手が何であっても、我々が屈することは無いぞ!!」

 

 P-40の上で堂々と演説を披露する千代子だが、振り上げる拳は小刻みに震えていた。

 

「・・・安斎さん、怖いんですね?」

 

「そ、そんな事は無い!た、種島だろうが西住だろうが、こここ怖いものはない!!」

 

 声が震えていますよ、と心の中で思ったのは言うまでもない。だが、強引に押しきろうとするので直接言うことは出来なかった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 知波単 校門

 

「西隊長、私あの宗谷と言う男と戦うのは不安なのですが・・・大丈夫何でしょうか?」

 

「はっきり言わせていただきますが、私は信用出来ません。何を考え付くか分からない男です、サイドカーやオートジャイロを出すような者ですよ?」

 

 知波単の生徒たちは、宗谷のことを信用出来ずにいた。今まで一緒に戦ったことも無い、そしてこの間の試合では敵同士だった。信用しろと言われても出来るはずがない。

 

「君たちが言うことには一理ある、私にもあの男は信用して良いのか分からない。だが1つだけ、はっきり言えることがある。あの男は・・・種島より、仲間と言うものを大事にしている。いや、私以上かもしれないな」

 

 信用出来るかは分からいと言う太鳳だが、内心は信頼出来ると思っていた。今まで試合を見てきたが、自らを犠牲にしながら仲間を守ってきた。その活躍を見てきたからこそ、信用出来ると思ったのだ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 聖グロリアーナ 中庭

 

「ルフナ様、どの編成で出場するのか、決めているんですか?」

 

 リゼが紅茶を嗜むルフナに質問していた。ルフナは紅茶を一口飲むと、カップをソーサーの上においた。

 

「ええ。普段通りの編成で、と言いたいところなのですが、今回は新しい戦車を導入しようかと思っています。批判の声はありますが、この戦いに勝つには致し方ありません」

 

「新しい戦車、ですか・・・どんな戦車なんです?」

 

「それは見てからのお楽しみです。今言ってしまったら楽しみが無くなってしまうでしょ?」

 

 ルフナはクスリと笑い、また紅茶を口に含んだ。リゼは「そうですね」と返事をして、カップを口につけた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 鹿児島

 

「・・・・・そうなんだ。この日に来れないか?頼むよ・・・そうか、分かった。ありがとう」

 

 赤坂は手当たり次第連絡を取っていた。しかし、その努力は結果を出すことが出来ず、今の段階で呼び込めたのはたった2人だけ、流石にこれだけではチームとして成り立たない。

 

「・・・・・はぁ・・・仕方ねぇ、また別の奴に掛けてみるか」

 

 赤坂は再び携帯に番号を打ち込む。その途中で、手が止まった。正直に言うと、半分諦めていた。集まらないんじゃないのか、そんな考えが頭の中を過る。

 

「あーやめだやめだ!そんな事考えてる場合じゃねぇ!さっさと電話掛けるか!」

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 1か月後、宗谷たちは東京にある会場に来ていた。会場には約2万人の観客が集まり、過去最大の盛り上がりを見せていた。報道陣も、「ここまでの盛り上がりを見せているのは初めてだ」と興奮気味に話している。

 そんなことは無視しながら、宗谷たちは止まること無く歩いていく。他の学校の生徒たちも集まっているだろうと思い、早足で向かっていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 試合会場に入り、回りを見渡す。見渡す景色は戦車で埋め尽くされていた。設置されているテントを見つけ、宗谷とかほが中に入っていく。中には各校の隊長たちが座っていた、その内の3人はやや不機嫌そうな顔で座っていた。

 

「遅いぞ。何をしていた」

 

「あんたたちが遅いから待ちぼうけ食ったわ」

 

「折角淹れた紅茶が冷めます」

 

「でも来てくれて良かったわ。さぁsit(座って)sit(座って)

 

「久しぶりだな、パスタ食べないか?」

 

「宗谷殿、西住殿。また会う日を楽しみにしていました」

 

 次から次へと話し出す隊長たちに戸惑いながら、席につく。座るとすぐに地図を広げた。試合会場は想像以上に広く、別のエリアに向かうだけでも時間が掛かりそうだ。

 

「それで?まずは何処から制圧するつもり?」

 

 偉そうな声で地図を指で叩くにサティーに続き、今度はルフナが質問する。

 

「1つ疑問なのですが・・・何故私たちの戦車の出場数が4()7()輌なんです?陸王とカ号を出場させると聞いていたので4()8()輌ではないのですか?」

 

「ああ、戦車の数に関してはだな・・・俺が呼んだ仲間が使うって言うからさ、その車輌を含めて47輌なんだ。そろそろ来ると思う・・・

 

 その時、外から聞きなれないエンジン音と生徒たちの困惑した声と聞きなれない男たちの声が聞こえてきた。

 

「イェーイ!!ひっさしぶりの実戦だぜ!!」

 

「おお!スゲェ!主力戦車が勢揃いじゃねぇか!テンション上がるな!!」

 

「落ち着けバカ!大人しく座ってろ!!」

 

「可愛い生徒たちばっかじゃん!最高だな!」

 

 テントの中にいた隊長たちが外に出ると、トレーラーを牽引して走るハーフトラックが目に入った。荷台にはヘルメットを被り、小銃や機関銃を持った男たちが子供のようにはしゃいでいる。

 

「・・・・・あれは何だ?」

 

 夏海が呆れた声で宗谷に聞く。宗谷は頭を掻きながら苦笑いで答える。

 

「えーっと・・・俺が呼んだ仲間だ。あんなんでも優秀なチームだったんだぜ?」

 

 宗谷はそう言ったが、誰が見ても優秀そうには見えない。 ハーフトラックはテントの前に止まり、荷台に乗った男たちがバタバタと降りる。

 

「下車だ下車!さっさと降りろ!」

 

「イテ!蹴るなよ!」

 

「慌てるな落ちるぞ!」

 

 かほはその光景を見て言葉を失った。ゴーグルとヘッドセット付きのヘルメットを被り、緑色の戦闘服を着用し、黒く光る戦闘靴を履いている。体にはH型サスペンダーに、弾薬ポーチを5、6個程付け、手には小銃や機関銃を持っている。その内の1人が1歩前に出て、ビシッと敬礼をする。

 

「報告!元近衛機甲学校機甲歩兵科特殊戦闘隊 第11班、赤坂以下11名!集合完了!!」

 

 その報告を聞き、宗谷は敬礼をしてかほが赤坂に質問する。赤坂はこの間、戦車に乗っていたのに、何故この様な格好をしているのか分からなかったからだ。

 

「赤坂さん、何でそんな格好を?それに、機甲歩兵科って?」

 

「俺たちは元々戦車の乗員じゃないのさ。本来は歩兵、近衛ではP(パンツァー)S(セーフティー)A(アーミー)って言うチームだったんだ」

 

 聞きなれない言葉だらけで頭にはハテナしかない。その様子を見て、横に立っていた男が割り込んで説明する。

 

「あーつまりだな。俺たちは戦車の搭乗員じゃなくて、戦車に随伴する歩兵なんだよ。ここにいる連中全員が機甲歩兵科っていう科目の生徒だったんだ」

 

 説明されてようやく理解出来た。つまり、()()()()()()()()()()()()()、ということだ。

 

「歩兵!?冗談じゃないわ!こんなやつら役に立たないわよ!」

 

 サティーが赤坂たちに指を指す。赤坂はムッとした表情を見せ、説明した男が割って入る。

 

「そんな事はねぇぞ!俺たちは戦車を護衛するために訓練を積んできた精鋭だぜ?それに、この内の7人は『レンジャー』だぞ!」

 

「良いからお前は黙ってろ、余計なことは言うな」

 

 赤坂がゴンと頭をこずき、宗谷が赤坂に手を差し出した。

 

「ありがとう。おかげで勝てそうだ」

 

「大変だったんだからな?1つ貸しだ」

 

「それより、この部隊のメンバーに挨拶しなくて良いのか?」

 

「え?すんの?」

 

 宗谷は無言で頷き、赤坂は照れ臭そうに頭を掻いた。

 

「・・・・・全たーい!回れー右!」

 

 指示に従い、一列に並んだ男たちが一斉に振り向く。その姿は圧巻としか言えない。そして赤坂が一方前に出る。

 

「本日、宗谷隊長の指揮下に入った!旭日機甲歩兵団隊長、元特殊戦闘隊 第11班班長、赤坂(のぼる)!ニックネームは、コマンダー・マガジン!」

 

「同じく副隊長兼、装甲戦闘車輌操縦員、酒田(さかた)(ばん)。ニックネーム、キャプテン・ドライバー

 

「同じく、元重火器戦闘員!(たつ)淳司(じゅんじ)!ニックネームはガトリングだ!」

 

「同じく、元歩兵救護員!青山(あおやま)(りゅう)!ニックネームはメディック。だけどメディックって呼ぶなよ」

 

「同じく元水中奇襲戦闘員、灘河(なだかわ)(まもる)!ニックネームは、ボンベだ」

 

「お、同じく元狙撃員!と、遠井(とおい)(すばる)!ニックネームはす す すスコープであります!」

 

「同じく元突撃戦闘員、田所(たどころ)(つよし)ニックネームは、ラハティ

 

「同じく元突撃戦闘員、水原(みずはら)(ひかる)!ニックネームはウッドペッカー!」

 

「同じく元噴進砲戦闘員、牧野(まきの)(ただし)ニックネームは、ロケット!」

 

「以上!11名・・・ん?」

 

 赤坂は自分を含めて頭数をもう1度数え直した。宗谷に報告した人数は11人、しかし今自己紹介をした人数は赤坂を含めて9人。2人足りないことに気づいたのは、数を2度3度と数え直してからだった。

 

「・・・誰がいない?」

 

 赤坂が歩兵団のメンバーに訪ねると、ガトリングこと竜が回りを見ながら答えた。

 

ARの2人がいないぞ?」

 

「何!?あの()()()()()の2人がいないのか!?・・・・・まぁ良い、後で合流出来るだろ」

 

「良いのか?」

 

 宗谷が心配そうに声をかけた。

 

「大丈夫だろ。あいつらのことだし」

 

「本当に良いのかよ・・・分かった、じゃあ作戦を立てるから来てくれて」

 

 赤坂は酒田と一緒にテントの入り、他の学校の隊長達と一緒に。机に広げられた地図には、それぞれのエリアの番号と、スポットの番号が割り振られていた。エリアは大まかに分けて3種類ある、森林、市街地、そして何もない開轄地だ。

 

 だがそれだけではない、市街地と開轄地のエリアの間には、小高い山があり、森林のエリアには崖と川がある。今まで以上に充実したエリアばかり、流石は戦車道の専門学校だ。

 

「私たちの戦車は47輌、そして向こうは50輌だ。数はこちらの方が少ないが、その分は戦車以外の車輌で補える」

 

 と夏海は言ったが、サティーは赤坂と酒田を見てため息を付く。

 

「補える?歩兵で?しかも彼らが乗っているのはハーフトラックよ。1発でも攻撃が当たったらおしまいじゃない」

 

「あれは※ホハって言うんだ。あのハーフトラックにもちゃんと名前があるんだよ」

 

「名前はどうだって良いのよ。言っとくけど、私はあんたたちと行動するのはお断りよ」

 

「ケッ、こっちだってお前と一緒に行動すんのはお断りだっての」

 

 宗谷は赤坂とサティーの言い合いに耳を貸さず、作戦を立てようと考え込んでいた。

 宗谷は出場する戦車のリストを見た。

 

 大洗

 4号、ヘッツァー、ポルシェティーガー、3号突撃砲、M3、3式中戦車、B1、89式中戦車、ルクス、チリ改

 

 

 黒森峰

 ティーガー1、ティーガー2、ヤークトティーガー2輌、パンター6輌、シュトルムティーガー

 

 

 聖グロリアーナ

 チャーチルMKIV、クルセイダー2輌、重戦車トータス

 

 

 プラウダ

 T34 4輌、T34/85、IS-2、SU-85、SU-100、KV2

 

 

 サンダース

 M4シャーマン6輌、シャーマンファイヤフライ、T34カリオペ

 

 アンツィオ

 CV33、セモヴェンテM41

 

 知波単

 97式中戦車、95式軽戦車2輌

 

計47輌

 

 この内重戦車が8輌、シュトルムティーガー、トータスなど新たに導入した重戦車が2輌。そして中戦車、軽戦車を合わせて35輌。そしてその他の車輌が3輌だ。リストをじっと眺め、戦車の編成を伝える。

 

「よし、編成はこうする。チームを3つに分けて、1チームを重戦車だけで固める。旭日機甲歩兵団は重戦車チームに加わってくれ」

 

「ハァ!?私は嫌よ!こんなやつらとチームなんて組みたくないわ!」

 

 チーム編成を聞かされてサティーが反発した、重戦車チームに含まれているKV-2に搭乗するので、嫌でも歩兵団と一緒になる。赤坂はサティーに呆れていた。

 

「決めるのは隊長だぞ。我が儘言うんじゃねぇ」

 

「うるさいわね!あんたみたいに生意気やつと一緒のチームなんて嫌よ!」

 

「ハッ、見た目だけじゃなくて頭の中も子供か?」

 

「な!何ですって!?」

 

 サティーが殴り掛かろうとして、ルリエーが慌てて押さえた。サティーは押さえつけられながら、赤坂を罵倒する。

 

「歩兵なんて必要無いわ!この戦車道で必要なのは戦車よ!戦車!あんたみたいにただ突っ込むことしか出来ないやつなんて、いらないのよ!!」

 

「サティー様、それくらいにしてあげてください。彼らも一緒に戦う仲間なんですよ?」

 

 ルリエーに慰められ、サティーはフンと鼻で返事をしてプイッと顔を壁の方に向けた。

 

「1つ疑問なのですが、何故歩兵がいるのでありますか?こう言っては失礼ですが、本当に必要なのですか?」

 

 太鳳もサティーと同じ意見のようだ。確かに、この戦車道に必要とは思えない。

 そう言われた赤坂は、懐かしそうにヘルメットに描かれた近衛の校章を見た。校章は掠れ、赤と白だけではなく、下地の灰色や草の緑色も混じっている。ボロボロのなったその校章は、厳しい訓練を積んできたと、物語っている。

 

「・・・お前らは歩兵なんて必要無いと思っているかも知れないが、お前らが思う以上に歩兵は必要な存在になる」

 

「どういう事なの?」

 

 かほが赤坂に質問し、赤坂は胸元に付けていた色褪せている金色のバッジを机の上に置いた。2丁の小銃が、斜め左前を向いている戦車の前でクロスしている変わったデザインのバッジだ。

 

「俺たちはただの歩兵じゃない。戦車の護衛が主な任務だが、必要なら戦車の撃破も敢行するチームだ。全員がそれぞれどの役割を果たすのか言ってただろ?」

 

 そう言われ、さっきの自己紹介の時を思い返した。言われて気づいたが、重火器戦闘員や歩兵救護員、噴進砲戦闘員など、それぞれで役割が違っていたことは確かだが・・・

 

「だから?戦車に勝てるって言うわけ?」

 

 黙っていたサティーが再び赤坂に顔を向ける。

 

「あと2人来てくれれば、戦車が50輌だろうが100輌だろうがまとめて相手出来るぜ。このバッジに誓ってな」

 

 赤坂は腕を組んで肩を後ろに引き、ニヤリと笑った。それなりに自信があるようだ。

 

「・・・・・話が大分それたけど・・・作戦を伝えるぞ?」

 

 言い合いになっていたので中々話せなかったが、ようやく作戦を伝えられそうでホッとした宗谷だった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

・・・と、最初の作戦はこれでいく。質問は?」

 

 宗谷から作戦が伝えられたが、全員の顔は曇っていた。3チームで別れ、それぞれで市街地に向かい、到着と同時に歩兵と戦車を各配置に展開させ、敵を討つという。1つ問題点を挙げるとすれば、全車が目的地に着けるかどうかだ。

 

「1つ聞くが、全滅する可能性は無いのか?」

 

 赤坂の質問に、宗谷はこう答えた。

 

「全滅はあり得ない。ここにいる生徒は優秀なやつばかりだ、返り討ちにしてくれるさ」

 

 その言葉を聞かされ、かほたちは少し緊張が解れた。宗谷は仲間を信じている。

 

「・・・まぁ、お前がそう言うんなら優秀な連中なんだろうな。心配した俺がバカだったよ」

 

「よし!行くぞみんな!」

 

「「「「「「「「「「パンツァー、フォー!!!」」」」」」」」」

 

「・・・・・パンツァー・・・おー・・・」

 

 突然の掛け声に付いていけなかった赤坂だった。

 




※解説

ホハ

1式半装軌装甲兵車(いちしきはんそうきそうこうへいしゃ)のことで、日本で造られたのハーフトラックである。乗員約3名で12名の兵員、または2tの貨物を運ぶことが出来る。
戦後は改造され、ゴミ収集車として戦後の復興に役立てられた。


「今回も最後まで読んでくれてありがとよ!コマンダー・マガジンこと、赤坂だ!いよいよあの種島と戦うことになるが、俺たちは絶対に勝つぞ!感想、評価待ってるぜ!」


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mission5 仕組まれた戦場

前回のあらすじ

宗谷の呼び掛けで集まった戦車道の優秀生たち。しかし、戦車は何故か47輌と言われた。48輌では?と疑問を持つ各校の隊長たちのもとに、宗谷とチームを組んだ赤坂が別のチームを率いて現れた。
彼は1式半装軌装甲兵車ホハ、そして近衛の歩兵科だった生徒9名と戦車道に挑むと告げた。宗谷は新しい仲間たちと共に、戦いに挑む!



 試合開始時間まで残り3分。合同チームの陣営は準備が整い、試合開始の合図を待っている。

 初めの作戦で伝えられた通り、47輌の戦車を3チームで分け、それぞれのチームを○○小隊として呼ぶことした。

 

 旭日小隊

 

 チリ改(隊長車)、M3中戦車、89式中戦車、パンター3輌、97式中戦車2輌、シャーマン3輌、シャーマンファイヤフライ、チャーチルMKIV、クルセイダー、T34/84、T34 2輌

 

 アンコウ小隊

 

 4号戦車(隊長車)、B1bis、ヘッツァー、3式中戦車、パンター3輌、CV33、M41、セモヴェンテ、クルセイダー、95式中戦車、シャーマン3輌、T34 2輌

 

 ヘビー小隊

 

 ティーガー1(隊長車)、ティーガー2、ヤークトティーガー2輌、KV-2、SU-85、SU-100、ポルシェティーガー、シュトルムティーガー、T34カリオペ、1式半装軌装甲兵車ホハ

 

 ルクスは偵察任務に就かせるため、この3つの小隊には入っていない。宗谷が戦車全体に通信し、激励の言葉を送った。

 

「全車に告ぐ、合同チーム隊長の宗谷佳だ。これより、東京パンツァーカレッジと殲滅戦を開始する。君たちにとって、種島はとても恐ろしい存在だと言うことは分かっている。だが、何も恐れるな!見かけだけに捕らわれず、自分の腕を信じて試合に望んで欲しい。以上だ」

 

 通信機を切ると、宗谷は深呼吸をしてハッチを開けて外を見渡した。後ろには、自分のために集まってくれた戦車達がその時を今か今かと待っている。絶対に、勝たなければならないと、そう決意した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 東京パンツァーカレッジ 陣営

 

「種島隊長、全車出撃準備完了しました」

 

「分かったわ。ところで、()()の用意は出来ているんでしょうね?」

 

「準備は出来ています・・・でも、本当に良いんですか?」

 

「私が良いと言ったら良いのよ。この試合は私が計画したんだから。()()()()()()()にね?」

 

 種島の目は獲物を見つめる虎のようだった。どんなことをしても、宗谷を手に入れたいのだろう。

 

〔まもなく、試合開始時間になります!出場選手は準備を済ませて待機してください!〕

 

 アナウンスの声が陣営側に響く。種島は待機するよう指示を出し、自分が搭乗するヤークトティーガーに乗り込んだ。5年前に乗っていた、あの時のヤークトティーガーだった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 観客席

 

 大画面で写し出されている映像には、互いの陣営で出場準備を済ませた戦車達が開始の指示を待っていた。

 見守るために駆け付けてくれたのは、代表として西住みほとまほ、そして角谷杏。そしてその横には協会長である西住しほがいた。この4人の間にはただならぬ緊張感が漂っている。経験が長いしほでさえも、種島家との試合は緊張するものなのだろうか。

 

「お隣、失礼しますよ?西住さん?」

 

「・・・種島小百合・・・」

 

 横に来たのは優衣の母である種島小百合。黒髪の長髪を靡かせる凛としたその立ち姿は、現代を生きる大和撫子を連想させた。みほがその姿に見とれていると、しほは厳しい口調で小百合に話しかける。

 

「あなたが何を企んでいるのか、そこが気になるところだわ」

 

「あら、企むなんて、そんなことはしないわ。優衣はどう出るかは分からないけど」

 

 小百合の態度に少し苛立ちを見せるしほに、杏が間に入って宥める。

 

「落ち着いてください協会長。苛立つのは分かりますけど、ここは穏便に・・・」

 

「・・・・・分かっているわ・・・!」

 

 込み上げる怒りを何とか抑え、視線を前に向けるしほ。杏は少しホッとして、みほにこっそりと尋ねる。

 

「・・・ねぇ、何でこの2人何かあったの?」

 

「実は・・・幼なじみらしくて、学生の時は一緒に試合をしたこともあるそうなんですけど・・・・・種島さんが()()()()()使()()()勝ったそうなんです・・・どんな手を使ったのかまでは聞いてないですけど」

 

「え?それってマズくない?」

 

「ええ、お母さんは訴えたそうですけど、証拠が無いから分からないって言われて、相手にされなかったそうなんです」

 

 「だからこんなに関係が悪いのか」と杏は納得した。種島流に関してはあまり良くない噂を耳にしたことがある。どう言った手を使ったのか気になるところだが、試合の方も気になって仕方なかった。

 

 相手はあの種島流を引き継いだ種島優衣、それに対抗するのは合同チームと新たに加わった歩兵が9名、今までにない組み合わせだ。早く試合が始まらないかワクワクしたいた。

 

〔それでは!これより大洗合同チームと、東京パンツァーカレッジの殲滅戦を開始します!〕

 

 アナウンスの声が試合開始の合図を伝え、すぐに信号弾が高く上がり、「パーン!」と破裂音が会場に響き渡る。

 

〔試合、開始!!〕

 

 戦車が一斉に動き出す。総勢97輌の戦車が土埃上げ、轟音を上げながら走り始める。観客席は一気に盛り上がりを見せ、歓声や興奮の声が飛び交った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 大洗陣営

 

 試合が始まり、各自でチームを組始めた時、宗谷から通信が入った。

 

「全車予定のチームを組んで各自で散開、それぞれで市街地に向かうぞ。3つあるチームの内、1つは敵と会うことになると思うが、冷静に対処するように。以上だ」

 

 指示を送るとすぐに地図を広げる。宗谷が指揮する旭日小隊は、開轄地エリアから山を越えて市街地へ。かほが率いるアンコウ小隊は森のエリア側に寄りながら進み、ヘビー小隊は森を抜けて行くことになった。

 市街地に行く前に、黒江姉妹が搭乗するルクスが状況確認のために先行して偵察に向かうことになっている。敵に発見されないように森林のエリアから市街地へ向かっていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 森林エリア 市街地前

 

 先行したルクスが市街地前に着くまでに時間は掛からなかった。早速琴羽が双眼鏡で市街地の様子を見る。

 敵は市街地から出撃する予定だったので、そろそろ市街地を抜けて森林エリアの方に向かってくるはず。しかし、敵が来る気配はない。

 

「・・・琴音、敵見える?」

 

「見えないよ。市街地から来る様子は全く・・

 

 その時!真横から砲弾が飛び出し、車体を掠めていった!琴羽が視線を変えると、M26が5輌、こちら側に向かって進軍していた!

 

「な、何で!?あり得ないわ!どうして向こうから来るの!?」

 

 琴羽は混乱していた。ここに来るまで敵には見つかっていない、それなのに敵は正面ではなく真横から来ていた。敵が待っていたようにしか思えなかった。

 

「お姉ちゃん!ここは一旦退却しよう!今はこっちが不利だよ!」

 

 退却を促され、歯ぎしりをする琴羽。しかしバレた今は何も出来ない。出来るとすれば味方にこの状況を伝えることだけだ。

 

「くっ・・・仕方ないわね。退却よ!森の中に逃げ込んで!」

 

「分かったわ!掴まって!」

 

 敵からの猛攻から逃げ切るため、一旦逃げることを選んだ。20ミリ砲しかないルクスにM26と真っ向勝負を挑むのは厳しい。ここは障害物がある場所に逃げた方が無難だ。

 森に侵入し、何とか敵の追撃から逃れると、すぐに通信機のスイッチを入れる。

 

「全車に通信!こっちの動きが読まれていたわ!もしかしたら他のチームにも影響するかもしれない、警戒して!」

 

 琴羽からの通信を受信した宗谷は、優衣が何か企んでいると感じて全車に改めて警戒を呼び掛ける。

 

「全車に通信、もしかしたら向こうも偵察を出している可能性がある。回りに警戒しながら・・

 

「敵戦車!正面だ!!」

 

 福田が話を遮りながら叫び、宗谷がハッチを開けて正面を見る。M26が5輌、SU-152が2輌接近していた!

 

「全車戦闘態勢!装甲が薄い戦車は後方に、他の戦車は前に出て応戦しろ!」

 

 敵は先に高所を取っているため、宗谷たちの方がやや不利な状態に置かれている。それでも退却はせず、チリ改を先頭に果敢に前に出る。

 

「宗谷先輩!ここは援軍に来て貰った方が良いと思います!私たちだけでは攻略出来ませんよ!」

 

 宗谷に助言をしたのはM3のあいかだ。まだやられた戦車はいないが、この状態でこちらに勝ち目はない。幸いなことに、近くにかほが率いるチーム2がいるので、助けを呼べばすぐに来てくれるはずだ。

 

「やむを得ない、北沢!アンコウ小隊に応援を要請しろ!」

 

「了解!市街地に行くことだけに夢中になってないと良いがな!」

 

 砲撃の音が響き渡り、地面が揺れる。その中で何とか通信機のスイッチを入れる。

 

「アンコウ小隊!聞こえるか!?こちら旭日小隊!応援を要請する!」

 

〔こちらアンコウ小隊!応援にはいけないわ!こっちも交戦中よ!〕

 

「何だって!?」

 

 沙織から報告を受け、北沢は冗談を言っているように思えた。()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ、偶然にしては出来すぎている。

 

「それマジなのか!?敵は何輌だ!?」

 

「数えてないけど敵が来ているのは確かよ!まだ損害はないけど応援にいくのは無理!そっちで何とかして!」

 

 声と共に砲撃音が聞こえている、沙織が言っていることは冗談ではない。

 

「宗谷!アンコウ小隊は無理だ!ヘビー小隊は呼ぶには遠すぎるし、もう俺たちだけで何とかするしかない!」

 

「仕方ない・・・何とかして1輌でも多く撃破しろ!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ヘビー小隊 森林エリア

 

 重々しい音を立てながら走る重戦車たち、今のところ敵とは出会っていない。夏海には攻撃されていると報告が入っていたが、今の場所から移動しても間に合わないと判断し、真っ直ぐに市街地に向かっていた。

 機甲歩兵団のメンバーたちはホハの荷台で暇そうにしている。銃の手入れ、各装備品の作動確認など、やるべきことは全て済ませてしまったからだ。

 

「あーあ・・・暇だなぁ。森の中ってだけあって眠くなっちまうよ」

 

 大きなあくびをする灘河(ボンベ)に続き、遠井(スコープ)も眠そうに狙撃銃を構えている。

 

「本当、全然敵が来ないね。でも、こう言うときこそ警戒しないと」

 

「スコープの言うとおりだ」

 

 自分の拳銃を分解している赤坂が口を挟んだ。

 

「だけどよ、こっちに来ないってことは、敵は全部向こうに集中しているってことだろ?来るとは思えないが」

 

「その油断が命取りになる。相手は軍隊じゃないが、ちゃんと警戒しとけ」

 

 赤坂が注意したが、この歩兵団には何処か緊張感がない。回りは戦っていると言うのに、こっちは暇を潰す始末。

 戦闘を走るティーガー1に搭乗している夏海は、地図を照らし合わせながら前を見ている。敵が全く来ないことに疑問を抱いていたが、今は前に向かって進むだけだ。

 地図を見ながら指揮を取っていたが、問題が起きた。

 

「!隊長!目の前に崖が!」

 

 操縦手がブレーキを踏んで戦車を停め、後ろを付いてきていた戦車の流れも止まってしまった。赤坂(マガジン)が異変に気づき、夏海に通信をするためにヘッドセットのスイッチを入れた。

 

「何が起きたんだ?おいドイツ重戦車第1号(ティーガー1)、どうした?隊列が止まったぞ」

 

「その呼び名やめろ、目の前に崖があるんだ。いや、崖じゃなくて溝と言うべきだろうな。戦車じゃ越えられない」

 

「溝だぁ?地図にはそんなの載っていないぞ」

 

「信じられないならこっちに来い、見た方が早いだろ?」

 

 夏海にそう言われ、ホハを降りて小走りで先頭に向かっていく。先頭に着き、回りを見渡した。確かに言っていた通り、目の前には大きな溝がある。だが改めて見直してみたが、地図には載っていなかった。

 

「・・・確かにあんたの言った通りだが、何で地図に載ってない場所がある?変だと思わないか?」

 

「この程度の崖は載せないんだろう。細かいところまで載せていたらキリが無いからからな」

 

()()()()?ざっと見て深さ3メートル弱、距離は5キロ以上あるぞ。それなのに、お前らにはこの程度って言えんのか?」

 

 赤坂(マガジン)に指摘され、夏海自信も何故載っていないのか疑問に思い始めた。ここまで来る間にもちょっとした崖や溝はあったが、地図にはちゃんと記載されていた。

 しかし、目の前にある溝だけは載っていない。更に付け加えるなら、このルートで行けば市街地までは最短で着ける。載せ忘れただけとは思えない。

 

「一旦引き返した方が良いんじゃないか?この状態で敵に見つかったら袋叩きにされるぞ」

 

「そうだな・・・一旦戻って、宗谷たちにこの状況を報告しよう。どっちかの小隊に合流出来たら一緒に行動しよう。急いで下がるぞ!」

 

 夏海が指示を出したが、KV-2に乗っているサティーが割り込んできた。

 

「下がってどうすんのよ。このまま溝に沿って移動すれば良いじゃない、どっかに橋ぐらいは掛かっているでしょ?」

 

「橋があるという保証はない。このまま行っても無駄足になるだけだ」

 

「行ってみないと分かんないでしょ?偵察隊を出せば済むじゃない」

 

「ここにあるのは重戦車ばかりだ。とても偵察には向かない」

 

 隊長同士の言い合いが始まり、他の乗員たちは動けずただ黙って眺めることしか出来なかった。側に居た赤坂は、アホらしいと感じてホハに戻って行ってしまった。

 その頃、荷台の1番後ろに座っていた水原(ウッドペッカー)が何かに気づいて双眼鏡を手に取って回りを見渡していた。勘違いかと思っていたが、その()()に気づいてヘッドセットのスイッチを入れて叫んだ。

 

「緊急事態!緊急事態!敵重戦車数輌接近!戦闘に備えろ!」

 

 その声を聞いて歩いていた赤坂(マガジン)が走って後方に戻った。目を凝らして見ると、戦車が11輌接近していた。

 

「ドイツ重戦車第1号!識別は出来ないがデケェ戦車がこっちに接近しているぞ!」

 

「分かっている!全車戦闘態勢!木を盾にして反撃しろ!」

 

 木が密集していた訳ではないが、図体が大きい重戦車にとっては狭い中で旋回しなければならないので反撃に時間が掛かる。サティーは舌打ちしている。

 

「チッ!何であいつらが先手を取ってんのよ!早く旋回しなさい!」

 

「そんな事言われましても・・・・・」

 

 ホハは味方の陰に隠れ、赤坂(マガジン)たちが反撃の準備をしていた。遠井(スコープ)が弾を込めながら赤坂に話し掛ける。

 

「コマンダー!こんな状態で、作戦通りに行くと思う!?」

 

「何もかも作戦通りに行くことなんてことはない。とにかく今は、目の前の敵に集中することだ!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 市街地

 

「種島隊長、先行した友軍が攻撃を開始しました。敵の方が不利な状態にあるそうです」

 

「・・・・・クックック、この戦術は見破れない。宗谷の悔しそうな顔が見えるわ。アーッハッハッハ!!」

 

 勝利を確信したかのように高笑いをする種島に対して、他の乗員は呆れていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 そして、試合開始の早々絶望の淵に立たされた合同チーム。種島の策略を見破れるのか!?




「えー・・・今回も読んでくれてありがとよ。機甲歩兵団副隊長のキャプテン・ドライバーだ。何故か動きを読まれて危機に陥ってるが、あの射撃バカがなんとかするだろ」

「おい!射撃バカってなんだ!」

「お、マガジンか。じゃあ撃ちまくり野郎に改名するか?」

「しねぇよ!もうちょいまともなあだ名にしろよ!」

「マガジンがこう言ってるが、今回はここで終わるそうだ。次回も読んでくれ」


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mission6 先読みのカラクリ

前回のあらすじ

始まった殲滅戦、合同チームは3チームで分かれて市街地を目指すために進軍を開始。
しかし、敵はチーム別に分かれた合同チームの先を読んで攻撃してきた。全チームがほぼ同じタイミングで攻撃され、メンバーたちは混乱に陥った。
種島は先読みのカラクリを駆使し、宗谷たちを追い詰めるのだが・・・



 開豁地エリア 丘

 

 旭日小隊は重戦車7輌と会敵。相手は丘の上を先に陣取っていたため、反撃もままならない状態にいた。

 宗谷は装甲が薄い戦車を後方に下げ、火力、防御力に長けた戦車を前に出して反撃の機会を伺っていた。敵は7輌だけと思っていた以上に少なかったが、重戦車だけで構成されているため、少数でも手強い。

 

 森林エリアに近い位置で戦闘中のアンコウ小隊も同じ状況に置かれていた。敵は少数、しかし重戦車しかいないため反撃はままならない。こちら側は軽、中戦車クラスだけ、正面装甲を貫通するのは不可能だ。

 

「隊長!これ以上持ち堪えられません!」

 

「こちら97式43号機!砲弾が被弾してエンジン不調であります!」

 

「重戦車接近!迎撃しきれないぞ!」

 

 宗谷は対応策の検討に追われていた。下がろうとすれば先を見越して撃たれるため、退却さえもまともに出来ない状態だった。

 

「損傷した戦車は後方に!後の戦車も反撃しながら後退しろ!距離を取れば当てることは難しくなるはずだ!急げ!」

 

 このまま進んでも全滅するだけ、今は何とか逃げることが最優先だ。しかし、知波単の生徒は不調でも突撃しようと前に出ようとしている。

 

「隊長!ここは突貫であります!敵を前にして逃げることは許されません!」

 

「そうであります!突貫すれば戦況が変わるかも知れません!」

 

「今は逃げる!突貫しても戦況は悪化するだけだ!退却すれば新しい戦術が組める!何とか生き残れば、敗北を遠ざけることも出来るんだ!」

 

「ですが!ここで野放しには出来ません!!」

 

 と意気込んで、97式中戦車が1輌だけで突撃していった!

 

「あのバカ!宗谷!行くぞ!」

 

 福田がアクセル全開で97中戦を追ったが、加速力で差があるため追い付けない。宗谷がガンポートから外を見ると、M26が97中戦に砲を向けていた!宗谷が思いっきり叫んだ!

 

「知波単!戻れ!!狙われてるぞ!!」

 

 目の前の敵に集中しているためか、その声は届かない。97中戦に向けて砲弾が放たれた!

 

『ガァーン!!!』

 

 砲弾は見事に命中してしまった。97中戦ではなく、聖グロのクルセイダーに。クルセイダーは直撃で食らった衝撃で、坂を転がり落ちていった。

 坂の麓で止まったとき、車体は横転した状態になり、装甲は土にまみれ、エンジンからは黒い煙が空に向かって伸びていく。そして車体の下部から白旗が上がった。97中戦の乗員は呆然とその光景を見ていた・・・

 

「これで無意味だと言うことが分かっただろ!早く退却するぞ!!」

 

 チリ改が97中戦の後ろに付いて、他の戦車と共に森林エリアに向かっていった。その時に、ルリエーが仲間の安否を確かめるために通信を繋げる。

 

「大丈夫ですか!?怪我は!?」

 

 〔・・・・・大丈夫です・・・フフ、慣れないことはするものじゃありませんね〕

 

「・・・ご苦労様でした。すぐに回収車が来ると思いますので、待っていてくださいね」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 アンコウ小隊 森林エリア付近

 

 西住は戦闘中の中で、打開策を考えていた。敵はM26が5輌、IS-3が3輌、真正面から叩くことは出来ないため、側面か後方に回り込んで叩ければと思っていたが、向こうはこちら側の動きを読んでいるからか、向かう先に砲弾を撃ち込んでくる。

 穂香がタイミングを見計らって通信をして来た。

 

「西住ちゃん、どうする?」

 

「そうですね・・・ちょっと考えさせてください」

 

 かほは回りを見渡し、状況を分析する。敵は高所を取って撃ち下ろすように攻撃し、こちら側は反撃もままならない状態にある。近くには森林エリアがあり、木々が生い茂っている。そこで、1つ作戦を思い付いた。

 

「後ろに下がらせたCV33と95式軽戦車、そしてヘッツァーを敵の背後に付かせて、混乱したところを狙って反撃します!敵に見つからないように、木々の中を突っ切っていってください!」

 

「オッケー!」

 

「了解であります!!」

 

「わ、分かった!やってみる!」

 

 バラバラになっていたアンコウ小隊は一塊になって移動する戦車が見えないように対策を取り、まとまったところで3輌は森の中を抜けて敵の背後に向かっていった。

 読まれることを警戒したが、この時は敵に見つかることなく背後に付けた。

 

「よし!撃て撃てぇー!!」

 

 穂香の指示で攻撃を開始する軽戦車隊、攻撃するまでの間で敵はこっちに気付くことはなかった。

 

「なっ!?いつの間に!?砲を後ろに向けて反撃しなさい!!」

 

「何で後ろに付けたんでしょうか!?向こうの動きは全て把握していたのに!」

 

「良いから反撃しなさい!!」

 

 軽戦車とは言えど侮れない。3輌のM26が砲搭を動かしながら車体を旋回させ始め、攻撃が少し緩んだ。かほが狙っていた、絶好のタイミングだ!

 

「今だ!!砲撃に注意しながら突撃!!敵の懐に入り込んで一気に叩きます!!」

 

 かほの指示で一気に突撃していくアンコウ小隊、パンツァーカレッジ側は急な突撃に対応が遅れてしまった。

 砲弾の重量が重いこともあり、素早い連射攻撃はほぼ不可能、当たらなければ強力な砲も無意味と化す。

 

「敵の懐に入ったよ!」

 

「履帯、機動輪を壊して!!」

 

 4号は孤立していたM26の1輌に突っ込み、至近弾で機動力を破壊して行動不能に陥れた。

 

「戦車が1輌行動不能になりました!!」

 

「! 別の戦車隊が接近しています!!」

 

 宗谷が率いている旭日小隊が、アンコウ小隊の戦闘している地点に来たのだ。数にかなりの大差が出たため、パンツァーカレッジ側が不利な状態になった。

 

「クッ・・・・・退却するわよ!」

 

 いくら重戦車であっても数では不利、一旦退却するしかない。残ったパンツァーカレッジの戦車は素早く逃げていった。

 

「ったく、こう言うときの退却は早いな」

 

 退却していく戦車を見て皮肉を口にする福田。幸いなことにアンコウ小隊は全車無事だった。宗谷が4号に駆け寄った。

 

「大丈夫か?」

 

「うん・・・ねぇ、相手は何で私たちの場所を知れたんだろう?」

 

 かほが疑問を口にする。旭日小隊、アンコウ小隊の2つの小隊が戦闘状態になったのがほぼ同じタイミングだった。

 それだけでなく、敵は進路を塞ぐように立ちはだかった。何故ここまで細かくこちらの状況が把握出来たのかと、大きな疑問が残る。福田が操縦席から降りて、宗谷に近づいた。

 

「宗谷。この試合、裏があるんじゃないか?」

 

「・・・・・ああ、だけど今はその裏も分からない、下手な詮索はしない方がいい」

 

「宗谷!ヘビー小隊のコマンダー・マガジンから入電!追い詰められて行動が制限されているそうだ!場所は森林エリアのスポット219だ!」

 

「! 分かった!全車ヘビー小隊を援護しに行くぞ!」

 

 旭日小隊とアンコウ小隊の2つの小隊がヘビー小隊の戦闘中のスポット219に急行する!

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「西住隊長!敵は遮蔽物に隠れてやり過ごしています!このままではこちらの砲弾が持ちません!」

 

「どうすんのよ!このままじゃ拉致があかないわ!」

 

「分かっている!今考えているから待て!!」

 

 冷静沈着な夏海でさえも、思わず怒鳴ってしまうほど戦況は良くない。戦車の陰に隠れている赤坂たちも、反撃するタイミングが見つからず、ただ銃を構えることしか出来ずにいた。

 

「マガジン!行こうぜ!このままボケッとしていてもなにも起きない!」

 

 水原(ウッドペッカー)に急かされたが、赤坂(マガジン)は隊長として下手に指示を出せない。しかし、ただ黙って見て見ぬふりをする訳にもいかない。

 少し迷ったが覚悟を決めて仲間を集め、全員に問いかける。

 

「お前ら、フォーメーションは覚えているか?」

 

「ああ覚えてるよ。フォーメーションAとかGって俺たちなりに決めたあれな」

 

「よし、今からフォーメーションAを実行するぞ。スコープ、行けるな?」

 

「も、もちろん!」

 

「行くぞ!まずは3人ずつで別れて散開する!ドライバー、ガトリング、ロケットは残って援護してくれ!」

 

 赤坂(マガジン)の指示で早速3人でチームを作った。赤坂(マガジン)遠井(スコープ)青山(メディック)の3人と、灘河(ボンベ)田所(ラハティ)水原(ウッドペッカー)の3人で分かれ、味方の戦車の陰に付いて赤坂(マガジン)が夏海に通信する。

 

「西住隊長!今から俺たちの作戦を実行する!援護してくれ!」

 

「作戦!?ちょっと待て!まだ準備が!」

 

「待ってられるかよ!行くぞ!目を塞げ!!」

 

 赤坂(マガジン)が敵戦車の方に向かって何かを投げた。その何かを遠井(スコープ)が狙って撃ち抜く!撃ち抜くと、凄まじい光が辺りを包んだ。

 赤坂(マガジン)が投げたのは、爆発すると目が眩むほどの光を放つ閃光弾。手榴弾と同じ要領で、一定時間経過すると爆発する仕組みなのだが、爆発を待つより狙撃して目を眩ます方が手っ取り早いと考えたのだ。

 

「今だ行け!!突っ込めぇー!!!」

 

 閃光弾の影響で攻撃が止んだところを狙って、彼らは戦車を狙ってひたすら機銃を撃ちながら突っ込む、閃光弾で少し目を眩ましてしまった夏海たちは、その光景を唖然と見ていた。

 

「何をボケェーっとしてんだ!反撃開始だぁー!!!」

 

 ホハに残った(ガトリング)が声を上げ、搭載されている92式重機関銃使って掃射を敢行している。夏海たちもハッと我に帰って、攻撃を再開した。

 木の陰に隠れていた赤坂(マガジン)たちはチーム別で行動し、敵戦車の撃破を狙っていた。

 

「マガジン、どうやって撃破するんだよ。俺たちの機関銃じゃ装甲を貫通させることすら出来ないぞ」

 

 青山(メディック)に指摘され、赤坂(マガジン)は敵戦車の配置を確認してみた。味方同士で纏まらず、1輌ずつで孤立している、一気に攻め込まれたときに全滅しないようにするためだろう。一石二鳥は狙えそうに無いが、1輌でも敵を減らせれば上出来だろう。

 

「ボンベ!ラハティ!ウッドペッカー!敵の正面から攻撃して注意をそらしてくれ!俺たちはその隙に懐に入って敵を吹っ飛ばす!」

 

 と歩兵団が単独で戦闘中の最中、夏海も敵の位置を見切った上で反撃を命じた!

 

「真正面のM26を叩く!我々のシュトルムティーガーの臼砲を使って木を退かしたあとに総攻撃だ!」

 

 命令を聞いたシュトルムティーガーは、真正面にそびえ立つ大木をに狙いを付ける。射撃時に『ドシュ!!!』とジェットエンジンが作動したような音が響き、ロケット砲弾が大木に命中し、『メキメキ』と音を立てて倒れ、その後ろに隠れていた戦車が丸見えになった。

 

「敵が見えたぞ!撃て!!」

 

 盾としていたものが無くなり、丸見えになった戦車1輌に総攻撃を仕掛ける夏海たち。最新のM26も、10輌近くにおよぶ戦車からの砲撃には耐えられなかった。

 歩兵団は、作戦通りに囮を出して敵の注意をそらし、その隙に赤坂(マガジン)がターレットリングに手榴弾を置き、爆発させて戦車を撃破した。これにはさすがのパンツァーカレッジ側も驚きを隠せない。

 

「た、隊長!戦車が2輌やられました!」

 

「種島隊長は歩兵なんて敵じゃないって言ってましたよね!?」

 

 パンツァーカレッジの生徒たちは歩兵が出るということは事前から聞いていたが、まさか戦車が撃破されるとは思っていなかった。

 

「隊長!後方から援軍が!」

 

 旭日小隊とアンコウ小隊が戦闘中のスポットに到着し、パンツァーカレッジは完全に挟まれてしまった。

 

「た、退却よ!!急ぎなさい!!」

 

 パンツァーカレッジは先程と同じようにあっさりと退却していった。ずっと居すわられるよりはマシだが、どうも張り合いがない。

 

「みんな!無事か!?」

 

 宗谷が夏海たちのもとに駆け寄り、赤坂(マガジン)がヘルメットを脱ぎながら近寄ってきた。

 

「ったく、冗談じゃねぇ。散々だ」

 

「宗谷、隊長たちだけで話をしよう。何かがおかしい」

 

 夏海からの提案で再び各校の隊長たちが集まり、会合が始まった。

 

「・・・全員分かってると思うが、敵は我々の動きを完全に読んでいる。それだけじゃない・・・3チームに分かれたにも関わらず、全チームが同じタイミングで戦闘になった。これは偶然か?」

 

 夏海の話に疑問を持つ隊長たちに、赤坂(マガジン)が指を指しながら話を付け加える。

 

「しかも地図にない地形がある。この地図を寄越したのは向こうだよな?あいつら、絶対に何か企んでるぞ」

 

 そう言われ、かほが状況を整理する。

 

「3チームが同じタイミングで攻撃されて、地図に載っていない地形がある・・・確かにこれはおかしいよ。宗谷くん、一旦試合を中断して本部に話した方が良いよ」

 

「そうしたのは山々なんだが・・・連絡する手段が無い。携帯は試合前に回収されたし、戦車の通信機で本部に連絡なんて出来ないぞ」

 

 本部に連絡をすることは出来ない。となればこのまま試合をするしかないのだが、赤坂(マガジン)は納得がいかない。

 

「このまま続行するのか?先読みのカラクリを見つけないとさ、とても試合なんて出来ないぜ?」

 

「そのカラクリも暴き出すさ。今は何とかして敵の数を減らさないとな」

 

 と言うことで、再び作戦を立て直すことになった。先程は軽、中戦車と、重戦車に分けてチームを作ったのだが、軽、中戦車が重戦車相手に苦戦を強いられたので、今度は学園別に分けて市街地を目指すことにした。

 

 チーム数は2チームで構成し、チーム名は組んだ学園に関係するものから取って名付けることにした。大洗、アンツィオ、知波単、プラウダ、旭日でチームアンコウ吹雪丸

 残りは黒森峰、聖グロ、サンダースでチーム星十字として構成、旭日機甲歩兵団はチーム星十字に付いて共に行動する。

 

 チームアンコウ吹雪丸は森林エリアを通り、チーム星十字は開豁地エリアにある丘の麓を通って、再び市街地を目指すことになった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 分かれたチーム星十字は森から抜けて坂の麓を走っていた、重戦車が山を越えることは厳しいからだ。狙撃手である遠井(スコープ)は、先頭を走るティーガー1の車体に乗り、双眼鏡を使って周りを警戒していた。

 

 赤坂(マガジン)たちもそれぞれ戦車の車体に乗り、銃を構えながら周囲を見渡している。視界が狭い戦車にとって、歩兵の目はとても役立つ。

 

「・・・ん?西住隊長、あれは何です?」

 

 遠井(スコープ)が夏海を呼び出し、指を指しながら質問する。

 

「あれはこの試合を中継している『ドローン』だ。心配するな、敵の物ではない」

 

 夏海はそう言ったが、遠井(スコープ)はあのドローンが付いてきているように思えて仕方がなかった。

 

「敵襲!!坂の上にいるぞ!!」

 

 田所(ラハティ)の叫び声が戦車隊に響き渡り、全員が一斉に坂の上に視線を変えた。今度はM26が12輌だけで、他の戦車は見当たらない。

 またしても、敵に先手を取られてしまった。

 

「砲撃開始だ!1輌も近づけるな!!」

 

「カリオペ!ミサイル射撃用意よ!ファイヤー!!」

 

 再び丘の上を陣取っているパンツァーカレッジに対して攻撃をするチーム星十字。撃ち降ろすように攻撃するM26、90ミリ砲が容赦なくチーム星十字を襲う。

 

 歩兵団も近づいて攻撃しようと試みたが、砲撃に加えて機銃掃射をしてくるので近づくことは出来ず、装備品の機銃でチマチマと反撃するしか出来ない。という状況にも関わらず、狙撃手の遠井(スコープ)は別の方向をじっと見ていた。

 

「スコープ!!なにやってるんだ!狙撃銃で反撃しろ!」

 

「ああ、今するよ。俺たちを盗撮しているあのドローンをね!!」

 

 遠井(スコープ)は戦車ではなく、中継用に飛ばしてあるドローンのプロペラ部分を狙撃して落としてしまった。その様子を見ていた赤坂(マガジン)が慌てて駆け寄った。

 

「お前何てことしてんだ!!協会が飛ばしている物だぞ!!」

 

「違うよ。これは協会が飛ばしている物じゃない」

 

 墜落して飛ぶ事が出来なくなったドローンを拾い上げた遠井(スコープ)は、赤坂(マガジン)にスッと差し出して機体に指を指す。

 

「見て、この機体には『東京(T)パンツァー(P)カレッジ(K)』頭文字が書かれている。協会の物なら、こんなもの書かないでしょ?」

 

「確かにそうかもしいが、それだけじゃこれが敵のものと断定は出来ないぞ?」

 

「そうさ、だからこの文字が見えていても撃ち落とさなかった。でも、このドローンの動きを見て確信したんだ。ただ中継するだけなら、高度を高めにして飛ぶ必要は無いって!」

 

 と、遠井(スコープ)は空に向かって指を指す。その先には、別のドローンが2機飛行していた。1機は上空30メートル程なのに対して、もう1機はその上を飛んでいる。

 

「成る程。ドローンなら気付かれにくいし、手っ取り早く情報を手に入れられると言うわけか・・・ふざけやがって」

 

 そう言うと、赤坂(マガジン)も自分の装備品である南部14年拳銃でもう1機のドローンを撃ち落とした。

 

「西住隊長!連中はドローンを使って俺たちの位置を把握してやがる!すぐにチームアンコウ吹雪丸に通信を!」

 

 遠井(スコープ)が偽中継ドローン気付いてくれたので、チームアンコウ吹雪丸も警戒し、偽中継ドローンを全機撃墜することに成功した。

 全機撃墜したからか、敵からの攻撃が急に無くなって静かになった・・・・・嵐の前の静けさか、それとも何かさくを練っているのか・・・・・まだ油断は出来ない。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 市街地エリア

 

「隊長、敵が我々のドローンを全機落としたようです。映像が入ってきません」

 

「・・・・・そう。宗谷ならこれくらい気付ける言うことね・・・エージェントに連絡して、ミッションSを実行よ」




「こ、今回も読んで頂いて感謝しております!そ、狙撃手のスコープであります!え、えーっと・・・・・」

「お前他人と話すんの苦手なんだから無理すんなよ」

「そうそう、ここは俺たち突撃ダブルスに任せろって」

「ラハティ、ウッドペッカー・・・・・って、何でここに!?」

「そんな事は良いだろ。あ、作者のタンクから話があるそうだぜ」

「今回も読んで頂きありがとうございました!作者のタンクであります!今回で、お気に入りが50人になりました!本当にありがとうございます!!50人突破記念の小説を考案して投稿したいと思います!」

「おい、この話投稿する前に50人行ってたよな?何で今さら報告してんだ?」

「・・・・・じ、次回も読んでくださーい!!」


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mission7 エージェント

先読みをされ進軍を防がれる合同チーム。『先読みのカラクリ』を探っていると、歩兵団の狙撃手スコープがこちらを見張るように飛ぶ『ドローン』を見つける。
これが相手の物であると確信し、ドローンを全機撃墜する。敵の目を完全に潰したと思っていた宗谷たちだが、種島は新たに『エージェント』と呼ぶ刺客を送り込んでいた・・・・・



 ドローン撃墜後、宗谷たちは休憩を取っていた。敵が来ない今しか、こうしてゆっくりと休憩を取ることは出来ないだろう。

 そんな中でも、宗谷は地図を確認してどの進路で進軍するか考え、福田たちはエンジンに損傷を受けた97式中戦車の修理を行っていた。休憩を促されたが、宗谷たちはこうしている方が落ち着くらしい。

 

「宗谷くん、どう?」

 

 かはが覗き混むように話し掛けてきた。

 

「うーん。色々考えているんだけどさ、これだっていうのが思い付かくて苦戦しているよ」

 

「・・・お姉ちゃんたちも休憩しているそうだけど、大丈夫かなぁ」

 

「大丈夫だよ。向こうには頼りになる連中がいるんだ、心配することはないさ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 森林エリア付近

 

 夏海の指示で一旦休憩をしている中で、水原(ウッドペッカー)が黒森峰の生徒と話をしていた。

 

・・・と言うわけさ。バラバラのように思えるかもしれないけど、ちゃんと意味あるんだぜ?」

 

「へぇー、みんなマガジンとかボンベとか呼びあってるのそう言うことなんだ」

 

「そうさ。俺は重機関銃が好きだから、92式重機関銃の呼び名から取って『ウッドペッカー(英語でキツツキの意)』、隊長の赤坂はすぐに弾を撃ち尽くして新しい弾倉を使うから『マガジン』っていうニックネームなのさ」

 

 どうやらニックネームの由来を話しているようだ。水原(ウッドペッカー)の話では、名前を呼ぶよりニックネームで呼んだ方が親近感が湧くだろうという赤坂(マガジン)の配慮なんだとか。

 

 酒田は車輌操縦担当という理由で『キャプテン・ドライバー』、竜は大型の武器の中で『ガトリング』が好みなので、そのまま名前を取って『ガトリング』。

 青山は負傷者の手当てをするのでメディック、遠井に関しては『スナイパー』という意見があったが、「そこまでの腕はないから」ということで、狙撃のメインアイテムの『スコープ』。

 

 田所は拳銃に詳しく、外国の拳銃が好きだったのでフィンランドの拳銃、『ラハティ』という名前を取った。灘河は水中からの奇襲を得意にしていたので、水中で使う『ボンベ』をニックネームにした。

 

 ちなみに赤坂(マガジン)酒田(ドライバー)が『コマンダー』、『キャプテン』とニックネームに付けている理由は、青山(メディック)からの提案でこの2人が隊長、副隊長と分かりやすくするためにそう呼ぶことにしたのだ。

 

「赤坂、ちょっと良いか?」

 

 夏海が赤坂(マガジン)、ルリエーを呼び出し、ティーガー1の前に連れてきた。進路の確認をするためだろう。

 

「ここからだと市街地まで20分程で着ける。宗谷たちの方も、このまま順調に行ければ15分ぐらいだと言っていた」

 

「順調に行けるとは思えねぇな・・・ドローンは全機落としたが、あの連中の事だ。次は何を仕掛けてくるか分かんねぇぞ」

 

「確かに、ドローンを使って私たちを監視していたなんて想定外の事です。彼女たちは、私たちが思っている以上にフェアな戦いをする気は無さそうですね」

 

「・・・そうだな。全滅を避けるために分かれているが、集まって動いた方が良いかも知れないな。後でかほに相談して、合流するか聞いてみよう。チームの出発は15分後だ、他の乗員に伝えてくれ」

 

 3人がこの事を話している時、ティーガー1の陰から誰かが話を聞いていた。話を聞き終わると、誰にも見えないところまで行ってしまった。

 その後、夏海はかほに連絡を取り、30分後に合流するように伝えた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 市街地エリア

 

 優衣が搭乗しているヤークトティーガーは、スタート地点からほとんど動いておらず、ただ指示をするだけの司令塔になっていた。

 先行していった友軍からの報告を受けて優衣に報告し、優衣が作戦を立てて乗員が返信するという作業の繰り返しで、乗員は『いつになったら動くのだろう』と考えていた。

 

「隊長、『エージェント』から連絡です。内容は・・・

 

「・・・・・そう、まぁ良いわ。少しは休息の時間を与えて上げないとね」

 

「あの・・・我々はいつまでこうしているつもりですか?」

 

「その時になったらこっちも動くわよ、それまではここで司令塔としておくわ。どうせあいつらは市街地エリア(ここには)来れない、心配すること無いわ」

 

 自分の作戦によっぽどの自信があるのか、動こうとしない。乗員同士では、ヤークトティーガーは燃費が悪く、搭載している弾もそこまで多いという訳ではないので、燃料と弾薬の節約を狙っているのでは?と見解を示す乗員もいたが、自分がただ楽して勝ちたいだけだろうと言う乗員もいた。

 

 ここまで見て分かるように、優衣は誰にも支持されていない。だが、戦車の乗員としているためには、隊長である優衣に従うしかない。なので、逆らおうとする生徒はいない。

 意見具申をする生徒も時にいるが、その意見が通るのはほぼ無い。優衣は自分が立てる作戦が全てであるがゆえに、誰の意見にも耳を貸さない。例えそれが、上級生であったとしても。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 森林エリア付近 丘

 

 チーム星十字は丘の麓を進軍し、夏海がかほに連絡して途中で合流することになっていた。赤坂(マガジン)たちは先程と同様に、各戦車の上に乗って周りを見渡していた。

 

「戦車接近!左前方!」

 

 赤坂(マガジン)が声を上げて指を指すと、その先からチームアンコウ吹雪丸が現れ、合流してきた。宗谷が夏海に通信を入れる。

 

「チーム星十字、損害は?」

 

「今のところ損害はない。急に攻撃が来なくなったから、何もなくここまで来れたぞ」

 

「そうか・・・・・実はこっちもなんだ。奴の事だから絶対に物量作戦で来ると思ったんだが、今回はやけに冷静のみたいだ」

 

「・・・・・そう言えば、試合が始まって2時間近く経っているが、敵の隊長車に会っていないぞ」

 

「恐らく、どこか安全なところに留まって指示を出しているんだろ。市街地にいる可能性が高い」

 

「それで、これからどうする?」

 

「そうだな・・・ルクスに市街地の状況を探らせてみよう。まだ近くにいるはずだから、先行して状況を把握しよう」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 市街地エリア前

 

 ルクスはまだ市街地前にいた。1度は追い返されたが、そう簡単には引き下がらずに留まって、新しい指示を待っていたのだ。そのタイミングで宗谷から通信を受け取り、指示を受けていた。

 

「市街地の様子を探るの?」

 

〔ああ、戦車が何輌いるか、隊長車がいるかを確認してもらいたいんだ。出来るか?〕

 

「・・・分かったわ。市街地に侵入する」

 

〔ありがとう。何かあったらすぐに連絡してくれ〕

 

 やってみるとは言ったものの、無事に偵察を終えられる保証はない。何があるか分からない中で市街地に入るのは危険だと分かっていたが、激戦地で戦っている宗谷たちのためにも情報を持ち帰らなければならない。

 琴羽は大きく深呼吸した後、琴音に指示を出す。

 

「市街地に向けて前進。角待ちに注意しながら進んで」

 

 琴音はエンジン音を極力響かせないために、ゆっくりと進んでいった。市街地はかなり広く、大きな建物が幾つも建っている。壁はボロボロで、今にも崩れ落ちそうな感じだ。

 

「お姉ちゃん、凄いところだね」

 

「ええ・・・かなり厳しい練習をしているようね」

 

 琴羽はハッチから頭を出し、手持ちのデジタルカメラで回りの風景を撮り始めた。口頭で伝えるより、こうして証拠として写真を撮っておいた方が伝えやすく、確実だからだ。

 種島率いる残りの戦車たちは、スタート地点であるこの市街地エリアに留まっていると宗谷は予想していたので、琴羽たちも警戒を怠ることなく風景を写真に収めていく。

 

「ねぇお姉ちゃん。敵全然いないね」

 

「・・・・・そうね、何故かしら・・・琴音、市街地の中央に向かって、そこならいるかも」

 

 こちら側が市街地に着いていないのに散開している可能性は低いと考え、集まりやすい中央にいると考えた。

 中央付近に到着して見渡してみると、思った通り残った戦車が集合していた。そこには隊長車であるヤークトティーガーと、見たことの無い戦車が多数待機していた。

 

「何あれ・・・アメリカのT28に・・・T29・・・多砲搭戦車も何輌かいるわ」

 

「お、お姉ちゃん・・・!あれ・・・戦車・・・なの?」

 

 琴音が恐ろしい物でも見たかのように言葉を失っている。琴羽には一瞬分からなかったが、()()は間違いなく戦車だった。

 

「あれは・・・・・一体何?」

 

 呆然としているところに、見張りで動いていたと思われる敵戦車が後ろから攻撃してきた!M26だ!

 

「マズい!逃げて!!」

 

 琴羽が気付いて指示を出したが、相手は既に砲を向けて待機していた。急いで中央から離れようとしたが、至近弾を喰らってしまい、車体は大きく飛び上がって中央に飛び出してしまった。

 この時打ち所が悪く、琴音は気を失ってしまった。琴羽も同じように打ち所が悪く、薄れていく意識の中で種島と思われる声を聞いた。

 

「やれやれ・・・軽戦車がこんなところに来たらダメでしょう?バカねぇ。隠密行動のつもりで来たんでしょうけど、『エージェント』から情報があったからバレバレよ?」

 

「どうします?この戦車に留めを刺しますか?」

 

「このままで良いわ。気絶しているみたいだし、目覚めた頃には試合が終わっているわ」

 

 留めを刺す気は無いようだが、このままでは味方が大きな損害を被ることは避けられなくなる。何とかして通信機に手を掛けようと、琴羽が必死に手を伸ばす。

 

(早く・・・・・この事を伝え・・・ない・・・と・・・・・恐ろしい戦車がいることを・・・・・)

 

 琴羽が何とかして手を伸ばしたが、虚しくもその思いは届かなかず、気を失った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 合同チーム 森林エリア付近

 

「ルクス、応答せよ!黒江琴羽、応答せよ!偵察班、どうした!?応答せよ!!」

 

 北沢がルクスに呼び掛けていたが、応答が全く無い。呼び掛け続けていると、宗谷が状況を聞きに来た。

 

「応答無いのか?」

 

「ああ、全く応答が無い。通信機が故障でもしてんのかなぁ?」

 

 琴羽から応答が無いことに疑問を持ったが、時間的にも動かなければならないので、再び隊長たちで集まって作戦を立て始めた。

 

「市街地に入れる入り口は大きく分けて3つだ。中央が大きく開いているから、そこから一気に入って応戦する」

 

「待って、黒江さんたちから情報無いんでしょ?情報無しで突っ込むのは危ないと思う。陸王で市街地に行って、様子を見てきた方が良いんじゃない?」

 

 かほが陸王による偵察を提案したが、宗谷はその提案を却下した。

 

「それは出来ない。ここからだと陸王を隠しているところから大分離れているから時間が掛かる。近くまで行って、歩兵団から偵察班を編成して行った方が良いだろ」

 

 かほは情報が無い中で向かうのはリスクが高いのではと感じたが、今は偵察が出来る戦車もいないので、今は宗谷が立てた作戦に従うしかないと判断し、了承した。

 会議が終わったあと、宗谷たちはすぐに各車に乗り込み、敵隊長車がいると思われる市街地エリアに向かっていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 市街地エリア前

 

 出発してから約15分、全く会敵することなくここまで来れた。何故攻撃が無いのか、チームの間で大きな疑問となっていた。宗谷が双眼鏡で周りを見渡してみる。

 

「・・・前方敵影無し、右にも左にも・・・・・いないな」

 

 周囲の確認を終えると、全車に指示を送る。

 

「前方、左右に敵影無しを確認したが、建物の陰に戦車が待ち構えている可能性が高い。コマンダーマガジン、偵察班を向かわせてくれ」

 

「了解。俺とガトリングで行く、少し待ってろ」

 

 赤坂(マガジン)(ガトリング)11年式軽機関銃を持って、市街地に近づいていく。

 

「なぁマガジン、俺たちが入ったと同時に撃たれる何てことない・・・よな?」

 

「何心配してんだ。そんなことあるわけな・・

 

「「「あ・・・・・」」」

 

 目の前に敵がいた赤坂(マガジン)(ガトリング)、相手の方も突然の出来事に固まっている。

 

「撃てぇー!!!」

 

「逃げろぉー!!!」

 

「何がそんなことあるわけねぇだぁー!!!」

 

 (ガトリング)が発煙筒を投げて煙を上げると、走って宗谷たちの方へ戻っていくと、真後ろから敵の戦車が飛び出してきた!

 

「ヤベェ!完全にバレてるぞ!!」

 

「宗谷!急いで逃げろ!!この入り口は固められてる!!」

 

 赤坂(マガジン)が逃げるように促したが、敵は既に宗谷たちを捉えて攻撃していた。

 その攻撃で後ろにいた戦車に命中し、履帯が破壊されて退路を塞いでいた。

 

「くそ!全車戦闘体勢!目の前にいる戦車に攻撃しながら後退だ!」

 

 宗谷が迎撃を指示し、赤坂も歩兵団に指示を出す。

 

「全員武器を持って外に出て応戦だ!ロケットは※ロタ砲で戦車を撃破しろ!ドライバーはホハでやられた戦車の移動!退路を作れ!!」

 

 静かだった市街地前はたった数秒で戦場と化し、砲弾が放たれる轟音が響き渡った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 観客席

 

 試合を見ていたみほは、今までの試合の流れで妙に感じていることがあった。それは、パンツァーカレッジの読みが高確率で成功していること。

 数分前、合同チームが3つのチームで分かれて進軍していた時、パンツァーカレッジも同様に3つのチームで分けて迎え撃った。普通なら1チームのみか、多くても2チームぐらいで攻めるだろう。

 

 しかし、パンツァーカレッジは3チームで分けた。これがただの偶然ならともかく、みほは事前に優衣の戦い方を見ていたので偶然とは思えなかった。

 そして今、市街地前で待ち伏せをして見事奇襲に成功、宗谷たちが市街地前に着く15分前に待ち構えていたのだ。それも、戦車を全て1つの入り口に固め、万全の体勢で構えていた。

 

「お姉ちゃん。この試合、どこかおかしいよね?」

 

 みほは隣に座っているまほに、問いかけるように話しかけた。

 

「ええ、私も思っていたわ。この試合、最初から何かがおかしい。宗谷があそこまで苦戦を強いられることになるなんて・・・・・」

 

 その会話を聞いていた小百合が、割り込むように話に入ってきた。

 

「あら、宗谷さんのことを随分買い被っているのですね。そんなに信用出来る人間なのですか?」

 

「少なくとも、お前よりは信用出来る人間よ。卑怯な手を使うお前よりは、ね」

 

 と話をしていると、受付をしている黒森峰の教員がしほに話し掛けてきた。

 

「協会長、試合のご観戦中大変申し訳ないのですが・・・受付まで来て頂いても宜しいですか?」

 

「どうしたの?何か問題?」

 

「それが・・・『試合に参加する元近衛の生徒だ』と言っている男子が2名来たんですけど、出場名簿に名前が無いんです。その事を伝えたら、『じゃあ協会長に話をするから呼べ』、と・・・・・どうされますか?」

 

「・・・・・分かった、行くわ」

 

 男子に関連する問題にはもううんざりだと思いながら、しほは教員と一緒に受付に向かった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 会場 受付

 

「俺たちの名前が名簿に無いってどういうことだよ。あいつ絶対名前入れるの忘れただろ」

 

「名前が無いとかいう以前の問題だ!お前が地図を間違えなければ今頃試合に参加してた!」

 

「だから悪かったって言ってるだろ?いい加減機嫌治せよ」

 

「ったく!どうしてお前はそんなに能天気なんだ!俺たちは・・

 

「お、協会長っぽい人来たぞ」

 

 2人が言い合っているところにしほが不機嫌そうな顔で近寄ってきた。

 

「お前たちか?私を呼べと言ったのは?」

 

「ん?あんたが協会長?」

 

「おい!失礼だろうが!」

 

「・・・・・お前たち、本当に元近衛の生徒か?」

 

「え?そうですけど?」

 

 しほは2人の姿を見て疑問に思った。目の前の2人の男子は迷彩服を着用し、背には大型のバックパック、弾薬ポーチを10個付けたサスペンダーを身に付け、オリーブグリーン色のヘルメットを身に付けている。

 パッと見は自衛隊の隊員に似た格好をしている、元近衛の生徒の見た目は旧日本軍に似ているので、本当に元近衛なのと疑ってしまう。

 

「あの、俺たちが元近衛の生徒じゃないって思ってるかもしれないんですけど、本当に元近衛の生徒ですよ?」

 

「無理ないよなぁ。だって俺たち元『PSC』だし、この格好じゃ陸自に思われても仕方ねぇさ」

 

「『PSC』?それは何?」

 

 元『PSC』と名乗る2人組、彼らの正体は?そして追い詰められている宗谷たち、彼らの運命は!?

 

 




※解説

ロタ砲

旧日本軍が設計、製作したロケットランチャー、試製4式7糎噴進砲のことである。
ドイツのパンツァーシュレックの設計図を基に製作されたが製造が難航し、部隊への配備は終戦間際だった。またこの砲は、ボルト3本と蝶ナット1つを外して分解することが可能で、専用の背負い具で持ち運ぶことが出来た。

ちなみに『ロタ砲』とはこの砲の秘匿(ひとく)名称のことで、噴進弾の秘匿名称である『ろ弾』と、旧日本軍が製作した対戦車用の成形炸薬弾の秘匿名称である『(ゆう)弾』の頭文字を合わた名称である。


「今回も読んでくれてありがとう!元突撃班、ウッドペッカーこと、水原だ!」

「同じく元突撃班、ニックネーム、ラハティの田所だ。敵の目は全部潰したと思ったんだが、まだ何かあるみたいだ」

「でも、俺たちに掛かれば何てこたぁない!それより、会場の受付に自衛隊員に似た男子が2人いるみたいだけど、まさかあいつらか?」

「・・・・・あー、あいつらか。後で合流出来るだろ」

「そうだな。あ、あと50人突破記念だが、番外編を投稿する予定だそうだ。内容は『ある人』の学生時代を描いている、投稿前に報告するそうだぜ」

「それじゃあ今回はここまでだ。もしよければ、感想、評価を宜しくな」


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mission8 友達だから

前回のあらすじ

2チームで別れていた合同チームは、戦力を固めるために再び集まって行動することになる。
一方で、種島は『エージェント』と呼ぶ人物から連絡を取り、情報を得て作戦を立てていた。

そして市街地エリア前に着いた宗谷たちは侵入を試みたが、待ち伏せに合い失敗。静かだった市街地エリア前は、激戦区へと変貌する。

その試合を観戦していたしほに、『試合に参加するために来た男子生徒』が2人訪ねてきた。彼らも元近衛だそうだが、その見た目はまるで自衛隊なような格好をしている。

しほから疑いの目を掛けられる2人は、『元PSCだ』と名乗る。その『PSC』とは、言ったい何なのだろうか?



市街地エリア

 

「敵が正面から来ます!迎撃しきれる数じゃありません」

 

「ロケット!ロタ砲はまだか!?」

 

「今組み立ててるから待ってろ!」

 

「不器用の癖に何で先に組み立てていねぇんだお前は!」

 

「ごちゃごちゃ言ってないで前出て戦ってください!」

 

「無茶言うな!」

 

 市街地前は激しい戦闘となっていた。敵は完璧に宗谷の考えを読み、待ち伏せしていたのだ。

 戦闘に備えていたものの、今まで敵が来なかったので油断していたので対応が間に合わず、味方が次々と損傷していく。

 

「ちきしょう!ジャイロスタビライザー損傷、砲が安定しなくなるぞ!」

 

「変速機がやられました!走行不能です!」

 

「宗谷!俺たちもだが損傷を受けた戦車が増えてるぞ!このままじゃ全滅だ!」

 

「くそっ!損傷した戦車は後方に下がれ!動けない戦車は他の戦車と協力して、何とかして動かせ!」

 

 激しい砲撃で辺りには凄まじい轟音が響き渡り、歩兵団員が走り回っている。

 赤坂たちは戦車の陰に隠れて反撃する機会を狙っていたが、先程のように接近することが出来ず、戦車の陰に隠れながら機銃を撃つことしか出来ない状態にいた。

 牧野(ロケット)は砲撃で揺れる中でバタバタとロタ砲を組み上げ、砲弾を装填して構える。

 

「ロタ砲組み立て完了!試射をしていないから多少の誤差があるかもしれないが、何とかして当ててやる!!目標!敵戦車!発射ぁー!!!」

 

 放たれた砲弾は敵戦車に向かって飛ばず、入り口に建っている建物に当たってしまった。

 

「お前どこ狙ってんだ!」

 

「久しぶりなんだから仕方ねぇだろ!」

 

 しくじったと思われたが、放たれたロケット弾が当たった建物が崩れ始め、近くにいた敵が2輌ほど巻き込まれ、攻撃が少しだけ弱まった。

 

「宗谷さん!今なら撤退出来ます!」

 

 ルフナの意見に、宗谷は撤退指示を出した。

 

「・・・・・よし!発煙筒を焚いて全車撤退だ!ティーガー1、ポルシェティーガー!俺たちと一緒に味方の撤退を援護!歩兵団も攻撃を中止して撤退、ホハの搭乗が間に合わなかった者は※戦車跨乗(タンクデサント)で退却!急げ!!」

 

 撤退命令が出され、敵の攻撃から逃れるために撤退し始める。

 赤坂が発煙筒を放り投げ、歩兵団員たちはホハに乗り込み、少し距離が離れていた者は近くにいる戦車に飛び込むように乗り込んでいく。

 乗り込むと砲搭のハッチを叩いて『乗った』と合図を送り、その合図を受けるとすぐにその場を離れた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

森林エリア

 

 何とか全車撤退に成功した合同チームは、旭日のメンバーと歩兵団員、ポルシェティーガーの乗員たちが中心となって修理をしていた。

 壊れたスタビライザーの修理をしている宗谷に、状況把握のために動いていた赤坂が声をかけた。

 

「宗谷、損傷報告(ダメージレポート)だ」

 

「おう、ご苦労。で?状況は?」

 

「あんな激戦だったのに、1輌も失わなかったことが不幸中の幸いだ。しかし、損傷がひどいやつはエンジン不調と変速機の故障。そしてお前のチリ改を含めて7輌も損傷している。この状態じゃ暫く動けないぞ」

 

「・・・・・そうか、厳しい状況だな」

 

「ああ、早く修理が出来れば・・誰だ!?」

 

 赤坂が突然叫怒鳴りながらチリ改の後ろに向かって走っていく。その先には、怒鳴り声を聞いて足がすくんでしまっている黒森峰の生徒が立っていた。

 

「あ・・・・・ご、ごめんなさい・・・・・ちょっと通り掛かっただけで・・・・・」

 

 彼女はヘルメットとゴーグルを付けていたが、その声はとても怯えている。赤坂(マガジン)は驚いた表情で謝った。

 

「え?あ、そうなのか。いやこっちこそ驚かせてすまなかった」

 

「まったく、神経質になりすぎだぞ赤坂。悪かったな、こいつエージェントがいるのかと思ったみたいだ」

 

「い、いえ。こちらこそすみませんでした。私、黒森峰1年の(ひがし)真理(まり)です。ではまた後で」

 

 自分の名前を告げると、足立はその場を去っていった。その姿を赤坂(マガジン)は不思議そうな目で見ていた。

 

「ん?どうした赤坂?」

 

「いや・・・・・戦車に乗ってないのに、ゴーグルつけっぱはしだなぁと思ってさ」

 

「外し忘れてるだけだろ、そんな気にすることじゃないよ」

 

「宗谷くん、赤坂さん、お姉ちゃんが呼んでる」

 

 かほが宗谷と赤坂(マガジン)を呼び、修理を任せて夏海の元へ向かった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

会場内

 

「ほー。全国大会だと聞いていたけど、すげぇ盛り上がりだな」

 

「おい、俺たちは遊びに来たんじゃねぇんだぞ。さっさと試合に参加しないと」

 

 受付にいた2人の男子は、しほの許可を得て会場内に入っていた。彼らは試合に参加するために、試合会場を探していた。

 しかし、かなり広い会場なので、どこから試合をしているところへ入るのか分からず、途方にくれていた。

 

「あらら、また迷っちまった。どうする(はやし)、地図でも貰おうか?」

 

羽田(はだ)、お前はもう余計なことするな・・・・・またあんなことになったら面倒だからな・・・・・」

 

「えー、もう大丈夫だって」

 

「お前の『大丈夫』は大丈夫じゃねぇんだよ・・・・・」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

森林エリア

 

 森林エリアに逃げ込んだ宗谷たちは、損傷した戦車の修理を急いでいた。ここまでで修理が出来たのはチリ改を含めて3輌。

 変速機が故障した戦車、エンジン不調の戦車を優先して修理を進めていたが、中々進まず手こずっていた。

 

 その最中、宗谷たちは隊長同士で作戦を練り直していた。さっきの作戦が失敗したため、かなり慎重に話し合っている。

 

「・・・・・彼女たちは、想像していた以上に手強そうですわね」

 

「本当よねぇ、私たちの作戦(オペレーション)がどれだけ完璧(パーフェクト)でも、ここまで潰されてはねぇ」

 

「て言うか、宗谷(あんた)の作戦が無謀過ぎたのよ。陸王で偵察に行かせれば良かったんじゃないの?」

 

 サティーは宗谷の立てた作戦に不満があったようだが、宗谷は何か別の考え事をしていた。

 

「ちょっと!聞いてんの!?」

 

「え?ああごめんごめん、考え事してた」

 

「宗谷、何か引っ掛かることでもあるのか?」

 

 夏海が質問し、宗谷は小声で答えた。

 

「あまり大きい声では言えないんだが、もしかしたら相手(パンツァーカレッジ)に情報を教えているやつがいるかもしれない」

 

「え?それってつまり・・・・・私たちの中に、エージェントがいるってこと?」

 

「まだ確信は無い、あくまでも可能性の話だ」

 

「それは無いと思うけど?仮にエージェントがいるとして、どうやって連絡を取るのよ?」

 

 サティーにそう言われた隊長たちは、宗谷の考えは無いと思っていたが、赤坂(マガジン)はその考えに一言付け加えた。

 

()()とは言いきれないだろ、あの連中ならやりなかねないさ。誰かに()()()()()()潜入している可能性だってある、警戒しておいて損はない」

 

 赤坂(マガジン)も宗谷のエージェント説を提唱しているが、誰も信用しようとしない。

 あの種島でも、流石にエージェントを送り込むということはしないだろう。その様子を見ていた宗谷が、ある提案を持ちかけた。

 

「まぁ、この状態で議論していても仕方ない。偵察隊を出して、市街地の様子を探らせよう」

 

「この状況で?ルクスからの報告もまだ無いのに?」

 

「ルクスから返信がこないのにも、何か理由があるんだ。ルクスほど機動力は無いが、ここは走行音が低いポルシェティーガーに偵察に行かせよう。マガジン、歩兵団員の中から2名選抜して、一緒に行かせてくれないか?」

 

「分かった、ラハティとウッドペッカーを向かわせよう。あの2人なら、いざと言うとき頼りになる」

 

 と言うことで話は纏まり、ポルシェティーガーと田所(ラハティ)水原(ウッドペッカー)の2人が偵察に出発した。この後、宗谷はこっそりと福田に声を掛けた。

 

「福田、1つ頼みたいことがあるんだが・・・・・」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

市街地エリア前

 

 ポルシェティーガーと2人の歩兵団員は、先程激戦を繰り広げた市街地エリアの前に着き、様子を見ていた。

 激戦を繰り広げた場所は、先程の激戦とは裏腹に静まり返っている。

 

「・・・・・何も、無いな」

 

 双眼鏡で周囲を見渡す田所(ラハティ)、美優たちポルシェティーガーの乗員たちも一緒に見渡した。

 

「ほんっと、さっきとは大違いね。あれだけの激戦だったのに、今は静かね。とりあえず、市街地に入りましょうか」

 

 そう言って前進しようとすると、1発の砲弾がポルシェティーガーの砲塔を掠めた!

 

「ゲッ!まただ!」

 

 水原(ウッドペッカー)が慌てて銃を構える先には、待ってましたと言わんばかりに敵戦車が5輌も接近していた!

 

「くそ!おいHV(ハイブリッド)戦車!2時の方向に砲撃しながら後退するぞ!」

 

「逃げるの!?まだ市街地がどうなってるのかすら分からないのに!?」

 

「こっちの方が圧倒的に不利だ!とにかく退却だ!急げ!」

 

 田所(ラハティ)水原(ウッドペッカー)が反撃のために機銃掃射を敢行、ポルシェティーガーは砲撃しながら後退していく。

 市街地から離れていくと敵の砲撃は止んでしまった、深追いはしないようだ。

 結局何も情報は得られなかったが、また近付いていっても返り討ちに合うのが目に見えているので、そのまま宗谷たちの元へ戻っていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

森林エリア

 

 偵察隊が戻った頃には、戦車の修理が殆ど完了していた。戻ってきた音を聞いて、隊長たちが期待を寄せてきたが、「情報は持ち帰れなかった」と告げるとがっくりと肩を落とした。宗谷はその反対で喜んでいる。

 

「そうか、よくやってくれた」

 

「宗谷くん?何で喜ぶの?」

 

「こうなることは予想していたんだ、今別動隊が市街地に向かっているよ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

市街地エリア

 

「おいおい、さっきとはえらい違いだな。また待ち伏せでもされてるかと思っていたんだが・・・・・」

 

 福田は市街地エリアの偵察に来ていた。「陸王を使ってこっそり行ってほしい」と、宗谷に頼まれたのだ。

 待ち伏せを警戒して裏道から侵入したのだが、待ち伏せはおろか、戦車の影も形もない。

 市街地エリア内の移動は、敵に悟られないように徒歩で移動し、角待ちに注意しながら進んでいく。

 

「地図で見ていても広かったが、ここ本当に『市街地』って言うのか?模擬の『操車場』に模擬の『戦車製造工場』、一体何を想定して造ってんだよ」

 

 そんなことを呟きながらエリア内を偵察する福田、ルクスはまだ見つからない。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

森林エリア

 

「・・・・・え?福田くんが偵察に行ってるの?」

 

「ち、ちょっと!聞いてないわよ!何で私たちに話さないで行かせてんのよ!」

 

 隊長たちにはこの事は一切知らされていなかったので、反論の声が上がっていたが、夏海は福田が戻って来ないことを疑問に思っていた。

 

「待て、じゃあ福田は市街地エリアに侵入しているのか?それなのに、待ち伏せに合ったという報告は受けていないぞ」

 

「そりゃそうさ、俺と福田しかこの作戦は知らないんだから。思った通りだ、このチームの中に情報を流している奴がいる」

 

「その通りだ。エージェントは、おそらく()だ」

 

 赤坂(マガジン)が宗谷に報告をしに来た。頼まれた訳ではないのだが、宗谷の『エージェント説』を立証するために動いていたのだ。

 

「ショックを受けるかもしれないが、これは現実だ。ちゃんと受け止めてくれよ。ついてこい」

 

 赤坂(マガジン)がそう言うと先頭に立って歩き始め、かほたちもその後に続いていった。

 少し歩くと、赤坂(マガジン)はとある戦車の前で止まった。その戦車は、黒森峰のパンターだった。

 

「・・・・・マガジン、これはどう言うことだ?」

 

 黒森峰の隊長である夏海は、赤坂(マガジン)がパンターの前に止まったことに納得出来なかったのか、怒りを見せながら質問する。

 

「さっき言ったろ?エージェントは()だって」

 

 目の前に隊長たちが集まり出したので、回りにいた生徒たちが寄って来はじめた。

 その声を聞いて、このパンターの車長が中から出てきた。生徒の殆どが集まっていたので困惑していた。

 

「に、西住隊長?こ、これは一体・・・・・?」

 

郷茨(さとばら)・・・・・お前なのか?お前が・・・・・あいつらに情報を!」

 

 夏海はパンターの車長、郷茨に詰め寄ったが、赤坂(マガジン)は操縦席に向かって指を指した。

 

「ちげーよ、郷茨(こいつ)じゃねぇ。操縦手(ドライバー)に用がある!出てこい!」

 

 赤坂(マガジン)が空に届くような大声を上げると、操縦席から操縦員(ドライバー)が出てきた。先程宗谷と赤坂(マガジン)と会った東真理だった。

 

「あ、あの・・・・・何か?」

 

「・・・・・こいつだ。こいつがエージェントだ!」

 

「ええ!?ど、どういうこと何ですか!?」

 

 東には身に覚えの無いことだった。突然エージェント容疑を掛けられ、東には周囲の疑いの眼差しが刺さる。

 

「お前が俺達の情報を売っていたんだろ!」

 

「し、知らない!私はそんなことしないわ!」

 

 赤坂(マガジン)はひたすら東を責め立て、周囲には困惑の空気が漂い始めた。

 周囲の目は完全にこの2人に向いている、その隙をついてか1人こっそりと抜け出してパンターの中に入り、無線機に手を掛けた。

 

「おーっと、重要な証拠を消そうなんざぁそうはいかねぇぞ。エージェントさん」

 

 パンターの中を覗き込む宗谷、その目線の先にはこのパンターの車長である郷茨がいた。

 

「おいマガジン、()()()()()()()()()を見つけた。演技はそこまでにしろよ」

 

「へへ、最高だったろ?東、協力感謝するぜ」

 

「そ、宗谷くん・・・・・一体何がどうなってるの?」

 

 かほが混乱気味に聞くと、パンターから引きずり出した郷茨を押さえながら答えた。

 

「全てはエージェント説を立証するためさ。どうやって情報を送っていたのかまでは分かっていたんだけど、肝心のスパイ本人が分からない。で、違う人に疑い掛ければどさくさに紛れて証拠を消そうとするだろうと思ってね」

 

 押さえられた郷茨は、エージェント容疑を掛けられたことに反論し始めた。

 

「わ、私がエージェント!?バカ言わないで!」

 

「ほぉー、じゃあ何でこっそり無線機に手を掛けた?」

 

 赤坂(マガジン)の質問に対して、郷茨は何も答えようとない。黙り続ける郷茨を見かね、宗谷が話し始めた。

 

 郷茨が乗っているパンターは、試合開始直前になって「無線機の調子が悪い」という問題が発生したため、応急処置での対応を検討したが、試合中に無線機が故障したら連絡手段が無くなる。

 

 そこで、このパンターを『指揮戦車型』に現地改造することになった。

 指揮戦車改造キットを協会側が用意してくれたため、無線機、通信用アンテナの増設作業を施し、緊急的に改造したのだ。

 

 何故このような大掛かりなことをしたのか、それは郷茨が仲間に連絡するための手段を取るためだ。

 

 無線手(ラジオオペレーター)がいるので、車長の独断で無線機を使うことは出来ない。

 そこで別の無線機を増設することで、『車長専用の無線機』を造り上げたのだ。

 

「ふん、何を言ってるの?車長専用の無線機だなんて・・・・・何でそんなものが必要になるの?それに、無線機の調子が悪くなったのは事実よ?」

 

 宗谷たちの推理を聞いて、反論する郷茨。無線機の調子が悪かったのは事実であり、修理するための部品が無かったのでやむ無く指揮戦車型に改造した。

 ここまでの経緯を辿っても、怪しい点は無い。

 

「そうだな、確かに無線機の不調は事実だ。電波が繋がりずらいって言っていたな。原因はアンテナ線の接続不良、調べてみたら配線傷が入っていたよ。人為的に付けた傷がな」

 

「じ、人為的?ナイフでも使って付けたっていうの?」

 

「あれ?何で『ナイフで付けた傷』って知っているんだ?俺は()()()()()()()()()()()()としか言ってないぞ?」

 

 しまった、という顔をする郷茨。自ら口を滑らせたことで、『自分で自分を追い詰める』結果になってしまった。

 

「さて・・・・・正体を明かして貰おうか。お前、()()()()()()()()だろ?こんな暑苦しいの被ってないで、脱いだらどうだ?」

 

 赤坂(マガジン)は郷茨の頭に手を掛け、その黒髪の長髪を抜くように掴み取った。その姿を見た夏海は言葉を失った。

 

「っ!?あ、あなたは・・・・・誰!?」

 

 顔立ちは『郷茨』だが、髪の長さは先程と違って短く、茶髪に近い色をしている。

 

「あなた、もしかして・・・・・さっちゃん!?佐武(さたけ)(まこと)さんでしょ!?」

 

 その名を呼んだのは1年生の東だった。

 

「・・・・・あんた、東真理ね。フフ、こんな形で再開するなんて・・・・・」

 

 東は佐武の親友で、小学生の時から仲良くしていたそうだ。中学に上がるときに別れ、互いに合うことは無くなっていたが、時々連絡は取り合っていたそうだ。

 東にとっては久々の再会だったが、喜びよりもショックの方が大きかった。

 

「そんな・・・・・どうして!?どうしてこんなことを!」

 

 東に詰め寄られた佐武は、鼻で笑って答えた。

 

「フフッ・・・・・頼まれたのよ。『お前は黒森峰の郷茨っていう生徒に似ているから、潜り込んで作戦や編成を私たちに情報を送るエージェントになれ』って」

 

「何で?あなたはそんなことをする人じゃなかったのに!」

 

「戦車塔乗員に戻るためよ!ここで活躍すれば、また私は整備員から塔乗員に戻れる!だから引き受けたのよ!」

 

 佐武は全ての事実を話した。彼女は種島に半分脅された状態でこのミッションを強いられていたのだ。

 

「宗谷佳、あんたのせいよ・・・・・あんたが種島隊長に勝ったからこんなことになったのよ!!こいつが勝たなければ、私はまだ戦車の塔乗員でいられた!」

 

「さ、さっちゃん!何てこと言うの!」

 

「うるさいうるさいうるさい!あんたたちに私の気持ちなんか分からないわよ!私の・・・気持ちなんか・・・・・」

 

 思っていたことを全て吐き出し、何も言わなくなってしまった。

 しかし佐武の顔には、今までの悔しさがこもった涙が浮かんでいる。

 

「東、あなたは良いよね。私と違って、戦車に乗れるから・・・・・」

 

 嫌みを溢す佐武の前に立ち、東がそっと抱き締めた。突然抱き締められた佐武は、思わず目を見開いた。

 

「な、あんた何を!?」

 

「ごめんなさい。私、あなたの辛さに気付けなかった。私がもっと親身になっていれば・・・・・」

 

「・・・・・ほんと、あんた昔から他人のことばかり気遣うよね。そんなことされたら、泣いちゃうじゃない・・・・・バカぁ・・・・・」

 

 想像以上に辛かったのだろう。佐武は東に抱きつき、子供のように泣きわめいた。

 エージェントとして侵入し、情報を教えていたのは許せないことだが、命令されて仕方なく実行せざるを得なかった。

 とても責める気にはなれない。佐武の話では、郷茨本人は控室で眠っているそうだ。

 

「ところで・・・・・さっき無線機に何かしていたようだが、何をしたんだ?」

 

 宗谷が尋ねると、佐武は半泣きで答えた。

 

「隊長の命令で・・・・・もしバレたら、緊急シグナルを送れって・・・・・合図を聞いたら向かうって」

 

「何!?待てよ・・・・・緊急シグナルが発信されたのは数分前、もうそこまで来ている可能性が高いぞ!!全員戦闘体勢だ!」

 

 赤坂(マガジン)が声を上げると、集まっていた生徒たちが一斉に戦車に戻り、武器を構え始める。

 しかし、例のパンター指揮戦車には誰も戻らなかった。肝心の車長が敵のエージェントだったのだ。指示する人がいなければ、戦車を動かせない。

 

「そうだ。佐武(こいつ)に指揮を任せたらどうだ?」

 

 その様子を見かねてか、宗谷はとんでもない提案をしてきた。確かに車長はいないので、この佐武なら代わりは勤まるかもしれないが、さっきまで情報を教えていた人が信用出来るはずがない。

 

「大丈夫、この人は私が見張るわ。だって、私の友達だから」

 

 佐武に関して反論する声はあったが、必死に説得する東に負けて、渋々了承した。

 

「敵襲!!」

 

 岩山が指を指しながら声をあげる。その先にはM26、SU-152以外に、ヤークトティーガーがいた。

 宗谷にはそのヤークトティーガーに見覚えがあった。かつて戦火を交えた、種島が塔乗しているヤークトティーガーだ。

 

「チッもう来たか・・・・・全車反撃せずに撤退しろ!とにかく奥に逃げるんだ!」

 

 木々が生い茂る中で動くので、砲弾が命中する確率は少し下がるはず。あえて反撃はせず、逃げに徹するのだ。

 攻撃しているパンツァーカレッジの生徒は、潜入している佐武のことを種島に訪ねていた。

 

「種島隊長、潜入したエージェントはどうしますか?」

 

「ほっときなさい。この私に緊急シグナルを送ったということは、『もう私は用済みです』って言ったのと同じ、所詮はただの整備員ね。さぁ攻めなさい!ここで叩き潰すのよ!!」

 

 パンツァーカレッジは合同チームを包囲するように進軍し、少しずつ崖下に追い詰めていく。

 崖下に追い詰められた合同チームを完全に包囲し、逃げ場を無くした。

 

「しまった!全車その場で反撃!」

 

 宗谷が敵の策略に気付き反撃の指示を出したが、既に手遅れだった。完全に包囲され、敵から一方的に攻撃される始末。このままでは全滅してしまう、誰もがそう確信した。

 

森林エリア 崖上

 

「あらら・・・・・やっとここまで来れたっていうのに、これでしまいか?」

 

「バカ!苦労して来たのにこんなことで帰れるか!」

 

「・・・・・だよなぁ。さぁて、行くか。ゲヴェア

 

「ああ。さっさと片付けるぞ、ラントミーネ

 

「よっしゃ!元P(パンツァー)S(セーフティー)C(コマンドー)戦車撃滅隊(タンクデストロイヤーズ)、出撃といきますか!」

 




※解説

戦車跨乗(タンクデサント)

戦車を援護する歩兵を車体に乗せて行動すること。
主に旧ソ連軍と旧日本軍が行っていたが、歩兵の死傷率が極めて高いため現在では行われていない。
ちなみに戦車跨乗(タンクデサント)はロシア語で、戦車に跨がる(跨乗(こじょう))という意味である。

「今回も読んでくれてありがとう、歩兵団のボンベだ。おいメディック、早く挨拶しろよ」

「メディックって呼ぶな!でも読んでくれた読者さんには感謝するぜ。崖上にいる2人って・・・・・やっと来たのかあいつら」

「全くだな、何で遅れたんだか。まぁとにかく、次回も読んでくれよ!」

「感想、評価も待ってるぞ、宜しく頼むぜ」


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mission9 特殊部隊(コマンドー)は遅れてやってくる

前回のあらすじ

市街地エリアへ進軍しようとした宗谷たちは、敵の待ち伏せに会い、進軍は失敗に終わってしまう。
幸い損害は出なかったが、合同チームの情報は筒抜けになっているので、宗谷はこのチームの中に『エージェント』が潜んでいると考えた。

赤坂(マガジン)と協力して捜索した結果、パンター指揮戦車型の車長、郷茨と入れ替わっていた『佐武誠』がエージェントだと突き止める。
エージェントを発見出来たが、佐武が味方に救援要請をしたので、合同チームの位置が知られることになってしまう。

案の定発見されてしまい、崖下に追い詰められた合同チーム。その合同チームに、頼れる味方が合流しようとしていた!



市街地エリア

 

「ルクスのやつ・・・・・何処で道草食ってんだ。それに、敵の姿も見えねぇしなぁ」

 

 たった1人で市街地に潜入している福田は、心細くやりながらもルクスの捜索をしていた。

 

〔福田聞こえるか!こちら北沢!応答してくれ!!〕

 

 突然北沢から通信が入ったので、思わず「わっ!」と驚いた声を上げてしまった。周りを確認した後、建物の影に隠れて通信機のスイッチを入れて応答する。

 

「なんだ北沢!いきなり怒鳴るんじゃねぇよ!」

 

〔緊急事態だ!敵に包囲されて身動きが取れない!福田からも攻撃して、敵の目を反らしてくれないか!?〕

 

「出来ることならそうしたいが、今は無理だ。まだ戦車の影すら見ていなし・・・・・あ!あれは!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

森林エリア 崖下

 

「おい!福田!くそ!通信切られたぞ!」

 

「仕方ない!福田は捜索に専念させよう!俺たちは目の前の敵に集中だ!」

 

 崖下に追い詰められた合同チームは、敵からの集中攻撃を受けて満足に反撃出来ない状態にいた。

 後ろは岩肌が露出した壁、種島率いるパンツァーカレッジは、追い詰めた合同チームを逃がさないために包囲網を敷いていた。

 

 パンター指揮戦車型の車長代理を勤めることになった佐武はやむ無く攻撃指示を出していた。

 

〔エージェント佐武、聞こえますか?〕

 

 その通信は、パンツァーカレッジの塔乗員からだった。とても心細かったので、佐武はすぐに応答する。

 

「こちらエージェント佐武!応答してください!」

 

〔種島隊長から通告です。『あなたは戻らなくて良い、情報も要らない』、以上です〕

 

 通信を聞いた佐武は膝から崩れ落ち、両手で頭を支え、虚ろな目で床を見た。

 

「もう!何モタモタしてんの!さっさと全滅させなさい!」

 

 種島は合同チームが中々やられないことに苛立っていた。

 宗谷は『パンツァーカイル』に似た防御陣形を敷き、敵の攻撃をかろうじて防いでいた。

 しかし、その防御陣形にも必ず限界は来る。火力はパンツァーカレッジ側の方が上、合同チームは徐々に押し込まれていく。

 

 合同チームの隊長たちは、全滅を覚悟したその瞬間、『ガイン!』と金属同士が当たる音が崖下の戦場に響いた。

 

「何だ?今の」

 

 その音に気付いた宗谷は周りを見渡す。正面を向くと、M26の履帯が切られていた。

 そのM26は木の陰に隠れていて、とても履帯に当てられる状態ではなかった。どうして当たったのか、宗谷には分からない。

 

「おいおい!こんな簡単に履帯切られるとはな!『東京パンツァーカレッジ』なんて洒落た名前してるくせに、大したことねぇな!」

 

「黙ってろ!こっちは遅刻してきたんだぞ!」

 

 その声の主は、崖上に立っている2人の男だった。迷彩服を身に付け、変わったライフル銃を持っている。

 

「あとは俺たちに任せな!」

 

 崖上にいた迷彩服の男たちは、ロープを垂らして垂直降下(ラペリング)で素早く下りる。降下が完了すると、2人は合同チームの前に立った。

 

「ゲヴェア!1発ドォーンと頼むぜ!」

 

「ったく、てめぇは気楽だな!」

 

 ゲヴェアが持っているライフルから飛び出した銃弾はターレットリングに命中し、たった1発で白旗を上げさせた。

 

「さっすが!お前と※パンツァービュクセ39は最強コンビだな!よっしゃ!次は俺の番だ!」

 

「おい待て!勝手にフォーメーションを乱すな!」

 

「フォーメーション何て覚えてねぇよ!行っくぜー!!」

 

 張り切って走り出したラントミーネは、軽い身のこなしで敵戦車に飛び乗り、吸着地雷をエンジン部に置いて撃破していく。

 1輌撃破したらすぐ次に、この動きに無駄がないのであっという間に2輌片付けてしまった。

 

「種島隊長!これ以上戦闘すればこちらの損害が大きくなります!撤退命令を!」

 

 この短時間で、吸着地雷による撃破2輌、そして再装填が完了したゲヴェアからの攻撃で2輌撃破された。

 これ以外損害を出す前に撤退した方が良い。指示を要求された種島は、悔しそうに歯ぎしりをする。

 

「撤退よ!さっさと撤退しなさい!!」

 

 種島の声には苛立ちが感じられたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。パンツァーカレッジは素早く撤退していった。

 

「おうどうした!?それで終わりか!?」

 

「煽るなラントミーネ!深追いは無用だ!」

 

「ちぇっあと少しで全滅させたってのに・・・・・それより見たか!?※99式破甲(はこう)爆雷(ばくらい)で2輌撃破したぜ!」

 

 かほたちは呆然とその光景を見ていた。突然現れた2人の男子が入っただけで、手こずっていた敵を撤退させた。一体何者なのだろうか?

 

「ラントミーネ!ゲヴェア!てめぇら一体何をしていたんだ!!」

 

 大声で迫っていくのは歩兵団隊長の赤坂(マガジン)だ。その姿を見て、ラントミーネは懐かしそうに声を掛ける。

 

「マガジン!久しぶりだな!近衛が廃校になって以来だから、4年ぶりか!?」

 

「再会を喜ぶ前に説明しろ!なんで遅れたんだ!」

 

 迫る赤坂(マガジン)に、軽くため息をつきながらゲヴェアが説明する。

 

「こいつが『東京』と『京都』の地図を間違えたんだよ。そのせいで遅れたんだ」

 

「なんで『東京』と『京都』を間違えるんだ!お前らそれでも元エリートチームか!?」

 

「まぁまぁ落ち着けよ。俺達が遅れてきたお陰で奇襲が成功して、敵を撤退させたんだぜ?ここは良しと思うところだろ?」

 

 ラントミーネが怒鳴る赤坂(マガジン)を宥める。彼が言うように、先程の奇襲攻撃がなければ全滅していたか可能性は高い。彼が言うよに、ここは良しと思うべきかもしれない。

 

「・・・・・まぁ良い、さっさと自己紹介しろ。みんな困惑してるからな」

 

 説教することを諦めた赤坂(マガジン)は、ラントミーネとゲヴェアに自己紹介をするように言った。2人は宗谷たちの前に立ち、ビシッと敬礼をして自己紹介を始める。

 

「始めまして!!元近衛機甲学校特殊歩兵科対戦車戦闘班爆雷攻撃員羽田(はだ)進介(しんすけ)!ニックネームはラントミーネだ!」

 

「同じく元対戦車狙撃員(はやし)隼田(しゅんた)!ニックネームはゲヴェア!」

 

「我ら戦車撃滅隊(タンクデストロイヤーズ)、ラントミーネ、ゲヴェア2名は、宗谷隊長の指揮下に入りまーす!」

 

「お前な!挨拶ぐらいちゃんとしろ!」

 

 遅刻してきたことに対しての反省の色が全く見られない羽田(ラントミーネ)、その2人を見て赤坂(マガジン)が捕捉の説明をする。

 

「こいつらは名前の通り、特殊任務をメインに習ってきた連中だ。まぁ・・・・・こんな奴等だが少しは役立てると思う」

 

「『こんな奴等か』!そう言われても仕方ねぇよな!遅刻してこの様じゃ!アーッハッハッハ!」

 

 大声で笑う羽田(ラントミーネ)に対して、赤坂(マガジン)は呆れているが、かほはクスッと笑った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

市街地エリア

 

 宗谷たちが羽田(ラントミーネ)(ゲヴェア)と出会う数分前、市街地エリアを偵察しに来ていた福田が探していたものを見つけたところだった。

 

「・・・・・あ、あれは!?ルクスか!?」

 

 ずっと探していたルクスが目の前で横転している、福田は黒江姉妹の安否を確かめるために走って駆け寄っていく。

 ハッチを開けて覗き込むと、琴羽が気絶していた。慌てて抱えると、起こすために体を揺する。

 

「おい!大丈夫か!?しっかりしろ!」

 

 呼び掛けていると、琴羽はゆっくりと目を開けた。声がする方向を探すように目を動かし、小さな声で話し掛ける。

 

「ふ・・・・・福田?な、何でここに?わ、私・・・・・みんなに報告をしないと・・・・・」

 

「動くな、報告は後で俺がする。取り敢えず安全なところまで移動しよう、復元は俺がするから休んでろ」

 

 そう言うと、琴羽に待っているように言い残して止めていた陸王を取りに行った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

森林エリア

 

 崖下から移動中の宗谷たちのもとに、福田から「ルクスと搭乗員を無事発見した」と連絡があった。

 その報告を聞けた宗谷はホッと胸を撫で下ろしたが、偵察の報告には1つ疑問点があった。

 

 報告によると、『ヤークトティーガーを含める重戦車が固まっており、『T28』『T29』と名称不明の重戦車が数輌。その中に『()()()()()()()()()()()()()()()がいた』というのだ。

 

 俗に言う『超重戦車』ことなのだろうが、『あり得ないほどの大きさ』という大袈裟な表現が気になる。

 かつて戦った『マウス』や『E-100』でもあり得ないほどの大きさだった。

 

 福田は「さっきまで気を失っていたから、記憶が混乱しているかもしれない」と言っていたが、とてもそうには思えなかった。

 あの種島のことだ、とんでもないものを用意しているのだろう。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

観客席

 

 戦車撃滅隊(タンクデストロイヤーズ)の2人が活躍したところを見ていた観客席は盛り上がっていた。

 羽田(ラントミーネ)が見せた軽い身のこなし、そして(ゲヴェア)が見せた正確な狙撃での撃破。これには小百合でも驚きを隠せない。横で見ていたまほが、しほに話し掛ける。

 

「お母様、彼らは一体何者なんですか?」

 

「さっき受付まで呼び出した2人よ。彼らも元近衛の生徒だそうだけど」

 

「彼らはP(パンツァー)S(セーフティー)C(コマンドー)。近衛でたった数十人しかいなかった精鋭たちですわ」

 

 小百合が割り込むように話し掛ける。何故かは分からないが、近衛の事情については詳しいようだ。

 

「聞いたことがあります。近衛機甲には、元陸自の『レンジャー隊員』から訓練を受けている生徒がいるって」

 

 そう答えたのは杏だった。聞けば、数年ほど前にとある特集番組で近衛を取り上げた番組を見たとき、『特殊歩兵科』という科目があると言うことを知ったのだ。

 

「あの精鋭隊員たちは公にされていませんが、私は当時の校長に聞いて知ったんです」

 

()()()()()()んじゃ無いのかしら?あなたならやりかねない」

 

「流石にそんなことはしませんわ。そんなことは・・・・・ね」

 

 小百合の言葉に少々気になる点はあったが、みほたちはすぐモニターの方に目を向けた。

 何がどうであれ、合同チームには頼もしい味方が付いた、それだけだ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

森林エリア

 

 敵を撤退させることが出来た合同チームは、市街地エリアに攻めいる作戦を練り直していた。

 その中に、さっき合流してきた戦車撃滅隊(タンクデストロイヤーズ)の2人も混ざっている。これまでの戦況把握のために話を聞きに来たのだ。

 

「成る程、あいつらはフェアな戦いをする気はないということか」

 

「ドローンにエージェントを使うなんて卑怯すぎるだろ。戦車乗りの風上にも置けねぇ奴等だ」

 

 2人は今までの戦闘状況を聞き、(ゲヴェア)はパンツァーカレッジの戦略を批難している。

 正々堂々と勝負を挑んでいる側からしてみれば、『卑怯』と罵られても仕方ないだろう。

 

「良いんじゃねぇの?やらせるだけやらせれば。その状況下で逆転出来れば、あいつらの鼻を明かせるってもんだろ?」

 

 羽田(ラントミーネ)は勝つ気でいるようだ。その言葉に、隊長たちは勇気付けられた。

 

「じゃあ作戦を立て直そう。市街地エリアに突入する作戦を」

 

 そう言って新しい作戦を話し合い始めたが、意見は中々纏まらない。

 市街地に侵入するルートは大きく分けて3つ。その内の1つは完全に潰されたので、他のルートからの侵入を図った方が安全だろう。

 

 しかしその2つのルートはおろか、市街地エリアの全てが敵の手にある。接近が出来るかも怪しい、一体どうすべきか・・・・・

 

「ねぇ?市街地には福田とルクスって言う偵察戦車が侵入しているんでしょ?だったらあいつらに『囮役』をやってもらうべきじゃないかしら。そうすれば防衛戦力は削がれて、侵入が楽になると思うけど?」

 

 提案を持ち掛けたのはサティーだった。サティーに言われるまで忘れていたが、市街地には福田とルクスが侵入している。攻撃しなくとも、敵を引き付けることは可能だろう。

 

「福田に連絡してみよう、ルクスを見つけたって言っていたからな」

 

 宗谷の判断で、福田に連絡を取ることになった。発見した報告から数十分経っているので、確認も兼ねて通信機のスイッチを入れる。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

市街地エリア

 

 福田は通信を終えた後、陸王を使ってルクスを起こし、安全なところに移動させて2人の手当てをしていた。

 横転した車内の中にいたので、擦り傷などの負傷を負っていたのだ。手当てが終わったとき、通信にから宗谷の声が聞こえてきたので応答する。

 

「ルクスを使った囮作戦?」

 

「ああ、敵を引き付けている間に一気に侵入するんだ。出来そうか?」

 

「ルクスが潜入してることはバレてる、追撃して来る可能性は低いと思うが。それに、黒江たちがまだ回復してないから操縦させるのは難しいぞ」

 

「うーん、確かにそうだな。だけどそっちにはもう戦車を送れない」

 

「なら、パンターでも使ったらどう?市街地エリア内にある模擬の戦車工場の中に動く奴があると思うわ」

 

 そう提案してきたのは、パンツァーカレッジの佐武だった。

 

「佐武さん?な、何で?」

 

 かほが聞くと、佐武は目を反らしながら答えた。

 

「・・・・・私は味方に裏切られ、あなたたちの善意も裏切った。だからこれは・・・・・私なりの罪滅ぼしよ」

 

「嘘よ!絶対罠を仕掛けてるわ!」

 

 サティーは佐武の言うことを信じようとせず、頑なに否定している。

 福田はあまり乗り気ではなかったが、一応大丈夫かどうかは尋ねた。

 

「確かに模擬の戦車工場はあったが、本当に大丈夫なのか?」

 

「種島隊長は『本物の戦場に似せた』練習場にするために、戦車道で使わなくなった戦車をそのまま放置してるの。中にはまだ動く戦車もあるはずよ」

 

「いつ壊れるか分からない戦車に乗れって言うのか?作戦の途中でダメになる可能性が高いじゃねぇか」

 

 福田が言うことはごもっともなことで、放置されていた状態で動かすと壊れる可能性が高い。

 作戦実行には、かなり高いリスクが付くことになる。

 

「・・・・・よし!その作戦で行こう!」

 

「な、何!?お前正気か!?」

 

 何をも思ったのか、宗谷はその情報を信じた。まさかの返答に、福田は驚きを隠せない。

 

「おい!本気でその情報を信じるのか!?そいつは俺たちの情報を横流ししていたんだぞ!」

 

「今回の行為は種島からやらされていたんだ。佐武が全て悪い訳じゃない」

 

「う・・・・・し、しかしなぁ・・・・・」

 

「福田、これはチャンスなんだ。こっちから戦車を送らなくてもいいし、敵を混乱させることも出来る。この手は使えるぞ!」

 

「・・・・・あぁ分かった、分かったよ!行ってやるよ!」

 

 福田は少しやけくそ気味に通信を切り、通り掛かった戦車工場に向かって走り出した。

 工場の前に着くと、周囲の確認を済ませて中に入っていく。中に入って辺りを見渡すと、軽、中型クラスの戦車が大量に置かれていた。

 

「な、何だこりゃ。戦車だらけじゃねぇか・・・・・」

 

 思わず言葉を失った福田は、使えそうな戦車を探し始めた。しかし、中に入っている戦車は半分解状態になっていたり、完全に分解されている戦車が大半を締めていた。

 

「くそぉー!戦車はあったが使えそうな奴が1輌もねぇじゃねぇか!本当にあんのかよ!」

 

 文句を言いながら探していると、完全な状態で置かれている戦車を見つけた。

 使えそうな戦車は3輌ほど、その中から選ばなければならない。しかし、どの戦車も敵を引き寄せる役にするには少し足りないような感じだ。

 

「これで引き付けられるか?4号戦車D型、3号突撃砲、それからヤークトパンター、か・・・・・うん?」

 

 福田が視線を変えると、1輌だけカバーを被った戦車がいた。気になったので、近寄ってカバーを取る。

 

「・・・・・これなら、行けるかも」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

市街地エリア前

 

 数分後、宗谷たちは福田から入電を受け、『市街地エリア突入作戦』を実行することになった。

 実行の際には互いに合図を送ることになっているので、宗谷が指示を出す。

 

「福田、市街地エリアの前に来た。予定通り、作戦を実行してくれ」

 

〔了解〕

 

 福田は奪った戦車を操縦し、敵戦車隊の後ろに回り込んだ。そしてこちらの方を向かせるために機銃を撃ち込む。

 敵戦車の乗員が気付き、後ろを見て慌てた。

 

「大洗の4号H型!?何で市街地(ここ)に!?」

 

 パンツァーカレッジ側は混乱していた。目の前にいるはずがない4号がいたのだ。

 4号は機銃掃射だけをしてすぐその場を離れていく。見ていた生徒たちは情報を共有し、その戦車を追い掛ける。

 

「みんな!敵を引き付けたぞ!今のうちに侵入しろ!!」

 

 福田が合図を送り、市街地エリアの入り口で待機していた宗谷たちが一斉に侵入していく。

 

「全車全速前進!!強行突破だ!!」

 

 敵が囮に引き付けられたお陰で、反撃に会うこと無い。そして福田は作戦が上手く行ったのでガッツポーズを決めていた。

 放置されていた戦車なのに、敵は血相を変えて追い掛けてくる。ここまで上手くいくとは思ってもいなかった。

 

「ぃよっしゃぁ!あいつら見事に騙されたぜ!あとは入り口からなるべく遠ざけて・・・・・」

 

 その瞬間!エンジンから爆発したような音が車内に響き渡った!

 

「ちぃ、エンジンオイルが漏れていたか・・・・・仕方ねぇ、やれるところまで・・・・・」

 

 そう言っていると、追撃してきた敵の砲弾がエンジン部に命中し、行動不能になってしまい、囮作戦はあっけなく終わってしまった。

 その戦車に近付いたパンツァーカレッジの生徒たちは目を見開いた。それは、4号に似せた3号戦車だったのだ。

 

「こ、これは・・・・・※3号戦車M型!?しかも塗装は似せているだけで雑に塗られている・・・・・まさか!?」

 

 操縦席で会話を聞いていた福田は笑っていた。カバーを被っていた3号M型は4号H型に似ていたので、側にあった塗料を雑に塗って擬装したのだ。

 

「へへ、ここまで食い付くとはな。よし、俺の役目はここまでだ」

 

 敵の目に引っ掛からないようにこっそりと抜けていく。そしてパンツァーカレッジの生徒たちは、ここまで来て囮作戦だとようやく気づいたのだ。

 

「今すぐに入り口に向かいなさい!奴等が侵入してくるわ!!」

 

 追っ手が離れていくところを見ていた福田は、3号の無線機を使って警戒を呼び掛ける。

 

「みんな!奴等が入り口に向かって進軍していった!早く市街地に入れ!」

 

「分かった!あと少しで突入は完了する!」

 

 敵の迎撃が無かったので、ここまではスムーズに進軍していた。敵の迎撃に警戒している歩兵団には、別の戦車が接近してくる音が耳に入ってきた。

 

「敵が近いぞ!早く侵入しろ!」

 

 赤坂(マガジン)が声を上げ、敵の接近を知らせる。あと数分は持つだろうと考えていたが、敵の進軍は想像以上に早く、もう目と鼻の先まで接近している。

 

「マズい・・・・・敵が接近している!歩兵団は援護しながら退却だ!急げ!!」

 

 歩兵団は敵の姿が見えたので、安全を考えて撤退命令を出した。歩兵の撤退が終わったとき、敵の迎撃隊が味方に向けて攻撃を始めた。

 このまま行けば、全車の侵入が完了しようとしていた。しかし、後ろを走っていたM3が至近弾に驚いて停車してしまった!

 

「に、逃げなきゃ・・・・・退却して!退却!!戦車がいない方に!!」

 

 極度に緊張していたM3の乗員たちは、市街地ではなく森林エリアの方へ逆戻りしていった。

 その後ろを走っていたパンターは、逆戻りしていくM3を追い掛けていく。

 市街地エリアへの侵入に成功した合同チームは点呼を取る。その点呼の時、新たな問題が発生した。かほが息を切らせながら宗谷に報告する。

 

「宗谷くん!味方が足りないよ!!」

 

「何!?誰がいない!?」

 

「ウサギさんチームのM3と、黒森峰のパンターが・・・・・」

 

 その話を聞いていた夏海がパンターの車番を確認する。

 

「そのパンターは・・・・・佐武が乗っている指揮戦車型だ」

 

 突如本隊とはぐれ、森林エリアに戻ってしまったM3とパンター指揮戦車、彼女たちは無事に合流することは出来るのだろうか?

 




※解説

パンツァービュクセ39

ドイツ軍が使用していた対戦車ライフルである。有効射程は約300メートルで25ミリの装甲(角度0°)が貫通可能。

99式破甲爆雷

旧日本軍が使用していた吸着地雷。爆雷の形が亀に似ていたので『亀の子』と呼ばれることもある。
貫通能力は1個で約20ミリ、重ねれば約40ミリまで貫通可能だった。(ちなみにドイツの吸着地雷は、1個で装甲厚約140ミリまで貫通可能)

3号戦車M型

3号戦車の派生型で、徒渉能力を高めてある。吸気口に水密ハッチを付け、マフラーにも防水ハッチを付けるなどの改造を施している。
また中には、砲搭の左右と後部、車体の左右にシュルツェン(追加装甲板)を付けたものもいた(福田使用車)。


「今回もご愛読感謝するぜ!!戦車撃滅隊(タンクデストロイヤーズ)のラントミーネだ!」

「ったく・・・・・宗谷隊長たちへの挨拶もこうやって真面目にやってくれればな・・・・・」

「ゲヴェアか。いやー、あの時は緊張してたからさぁ」

「何処が緊張していたんだか」

「それより、森林エリアに戻っていっちまった戦車はどうなるんだろうな」

「さぁな、自分達で戻ってくるんじゃねぇのか」

「そう言うもんかなぁ。ま、いっか!次回も読んでくれよ!!」


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小休憩!

物語もいよいよ後半!ということで、ここまでのあらすじと新キャラクター、新チームの紹介をするため、ここで一旦休憩であります!



ここまでのあらすじ

 

 大洗の危機を救った旭日機甲旅団は、正式に大洗女子学園の生徒に認められ、大洗で戦車道をしながら過ごしていた。

 

 その平和な学園に、招かざる人物が訪ねてきた。その人物は『種島優衣』。超が付くほど有名な戦車道の専門学校、『東京パンツァーカレッジ』の隊長をやっている優秀生だ。

 

 

 種島は宗谷に、「自分の学校に来て欲しい」と勧誘してくるが、宗谷は「5年前にも言ったがそっちの学校には行かない」と勧誘を断る。

 頑なに断る宗谷に、種島は条件付きで試合を持ち掛けた。種島が勝てば宗谷を東京パンツァーカレッジに、宗谷が勝てば戦車を10輌もらうというものだった。

 

 宗谷はくだらない条件だと言ったが、今回で全て終わらせるためにその試合を受けることに。

 試合をするためには戦車が足りないので、黒森峰、プラウダ、聖グロニアーナ、アンツィオ、知波単に協力してもらうことなった。

 

 

 試合の条件を受け入れた宗谷だったが、種島にハンデを要求した。東京パンツァーカレッジは重戦車ばかりなので、戦車の天敵である「歩兵を参加させたい」と要求した。

 種島が何を思ったのか分からないが、その要求をすんなりと飲んだ。

 

 試合当日、作戦を立てるときに「市街地に侵入する」ことを第1の目的とし、試合に挑むことになった。

 しかし試合が始まると、種島の差し金によるドローンやエージェントを使われて苦戦を強いられる。

 

 序盤から劣勢に立たされる中、どうにか目標にしていた市街地前に到着出来た。そして市街地に侵入するとき、再び問題が起きる。

 

 

 M3が敵の砲撃から逃れるためにルートを変更し、森林エリアに戻ってしまったのだ。その様子を見ていたパンター指揮戦車型も一緒に森林エリアの方へ向かい、本隊とはぐれてしまうという事態に。

 市街地で戦闘をする前に、彼女たちを捜索することが急務となった。

 

 

新キャラクター紹介

 

種島(たねじま)優衣(ゆい)

 東京パンツァーカレッジの隊長であり、『種島流戦車道』を受け継いでいる女子高生。

宗谷と1度戦車道の試合をしたときに負けてから、東京パンツァーカレッジに引き込もうと勧誘している。

 

種島(たねじま)小百合(さゆり)

 優衣の母であり、戦車道協会の役員を勤めている。学生時代にしほと試合をしたことがあるらしいが、しほは「卑怯な手を使われた」と言っている。小百合は否定しているが、真意は分からない。

 

赤坂(あかさか)(のぼる)

 旭日機甲歩兵団の隊長を勤めている元近衛の生徒。新しく編成した歩兵団には少し手を焼いている。ニックネームは『コマンダー・マガジン』。

 

酒田(さかた)(ばん)

 旭日機甲歩兵団の副隊長兼ホハの操縦を担当。性格は冷静沈着で、どんな状況に置かれても常に冷静でいる。

 ニックネームは『キャプテン・ドライバー』。

 

(たつ)淳司(じゅんじ)

 重火器を使って後方から支援をする戦闘員。味方の士気を上げるためか、大声を出して戦闘に挑んでいる。

 ニックネームは『ガトリング』。

 

青山(あおやま)(りゅう)

 味方の救護、手当てを行う救護員。ニックネームを呼ばれることを嫌っていて、名前以外で呼ぶと「ニックネームで呼ぶな」と言い返す。ニックネームは『メディック』。

 

灘川(なだかわ)(まもる)

 水中に潜み、偵察や奇襲攻撃を仕掛けたりする戦闘員。主に水中で動いていたからか、陸戦が少し苦手。

 ニックネームは『ボンベ』。

 

田所(たどころ)(つよし)

 機関銃などの武器を使い、最前線で戦う突撃戦闘員。少しネガティブ思考なところがある。

 ニックネームは『ラハティ』。

 

水原(みずはら)(ひかる)

 役割は田所(ラハティ)と同じ突撃戦闘員。田所(ラハティ)とは反対でポジティブな性格で、コンビを組んで共に戦っている。

 ニックネームは『ウッドペッカー』。

 

遠井(とおい)(すばる)

 人前で喋ることが苦手な狙撃手。しかし戦場ではしっかりと活躍してくれるので、いざというときは頼れる。

 ニックネームは『スコープ』。

 

牧野(まきの)(ただし)

 旧日本軍で使用していたロケット砲を駆使して戦車と戦う。少し不器用なところがあり、使用している『ロタ砲』の組み立てに手こずったりしている。

 ニックネームは『ロケット』。

 

羽田(はだ)進介(しんすけ)

 元特殊歩兵科の生徒。旧日本軍の吸着地雷、『99式破甲爆雷』を使って敵戦車を撃破する。

 ニックネームは『ラントミーネ(ドイツ語で地雷という意味)』。

 

(はやし)隼田(しゅんた)

 羽田(ラントミーネ)と同じ科目の生徒で、訓練の時はいつもコンビを組んでいた。対戦車ライフル、『パンツァービュクセ39』を使って戦車を撃破する。

 ニックネームは『ゲヴェア(ドイツ製小銃の総称)』。

 

 

 

新学園 新チーム紹介

 

東京パンツァーカレッジ

 

 種島が通っている、エリートが集う戦車道の専門学校。過去には各国の軽戦車から重戦車まで揃えていたが、現在は種島小百合の指示で、限られた国の重戦車のみになっている。

 

近衛機甲学校機甲歩兵科

 通称『P(パンツァー)S(セーフティー)S(ソルジャー)』。歩兵の基本戦術である『山岳戦』、『水中戦』、『※対戦車戦闘』という訓練を行っていた。

 

特殊戦闘隊

 通称『P(パンツァー)S(セーフティー)R(レンジャー)』と呼ばれ、試験を受けて合格した機甲歩兵科の生徒に付与される資格のようなもの。

 試験は強制では無かったので、試験を受けずに卒業する生徒もいた。

 PSRになった生徒は月に2回は、『※後方撹乱』、『※潜入作戦』の訓練を行っていた。

 

特殊歩兵科

 通称『P(パンツァー)S(セーフティー)C(コマンドー)』、特殊部隊が実戦する作戦の技術を習得する科目であり、羽田(ラントミーネ)(ゲヴェア)が履修していた。

 廃校前は『P(パンツァー)S(セーフティー)A(アドバンス)R(レンジャー)』と呼ばれていたが、『PSR』と誤認されることが多かったので、『PSC』に改名された(PSAR、ARとも呼ばれていた)。

 訓練内容は、『※空挺作戦』、『破壊工作』、『戦闘捜索救難活動(コンバット・サーチ&レスキュー)』、『※対戦車特殊攻撃』の4項目である。

 

 前者で説明した『特殊戦闘隊』と『特殊歩兵科』は類似しているところがあるが、厳密に言えば別である。

 

 

※解説

 

対戦車戦闘

 近衛が独自に考案した訓練である。敵戦車の撃破、進路妨害、友軍の護衛の技術を習得するために行われていた。

 

対戦車特殊戦闘

 この訓練も近衛独自のもので、対戦車ライフルや吸着地雷を使って敵戦車を撃破する訓練をしていた。

 使用する対戦車ライフルなどの火器類は旧ドイツ軍の物が主流で、旧日本軍の物は少なかった(旧日本軍の対戦車ライフルはかなり大型だったからと言われている)。

 

 以下は特殊部隊に下される指令(一例)

 

後方撹乱

 敵陣深くに入り込み、敵を混乱させること。

 

潜入作戦

 敵の懐に忍び込み、情報を収集する作戦。

 

空挺作戦

 パラシュートで降下し、秘密裏に敵地へ潜入する作戦。特殊部隊員には必須の技術である。

 

破壊工作

 敵陣へ潜入し、軍の基地、鉄道施設や橋などの交通網などの重要な施設を攻撃、破壊をすること。

 

戦闘捜索救難活動(コンバット・サーチ&レスキュー)

 味方が敵地に取り残され、救出する際に敵と戦闘をすることを前提に行われる特殊部隊による救難活動のこと。『コンバット・レスキュー』と呼ばれることもある。




あとがき
説明を上手く纏めようとしたので、ちょっと言葉が変かもしれませんが、如何でしたでしょうか。
次回作は執筆中ですので、更新まで暫しお待ち下さい!それではご愛読ありがとうございました!
感想、評価も宜しくお願いします!


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missionTEN 緊急指令(エマージェンシー)戦闘捜索救難活動(コンバット・サーチ&レスキュー)を実行せよ!

新年明けましておめでとうございます!

前回のあらすじは、前章の『小休憩!』で紹介しましたので、今回はそのまま本編にいきます!ではどうぞ!!


森林エリア

 

「西住先輩!応答してください!先輩!応答してください!」

 

 森林エリアに逃げ込んだM3とパンターは、茂みの中に隠れていた。

 今はM3の車長、澤あいかが通信を試みていたが、逃走しているにアンテナを破壊されたので、全く連絡が取れない状態にいた

 

「いくら呼び掛けても無駄よ。お互いにアンテナ壊されたんだから」

 

 佐武は半分諦めているようだった、パンターもアンテナを破壊されているようで、通信半径が極端に狭まってしまったのだ。いくら呼び掛けても、相手の受信機に電波は届かない。

 

「無駄じゃないわ!もしかしたら繋がるかもしれないじゃない!」

 

 あいかは希望を捨てまいと、必死に呼び掛けている。その様子を見ていた佐武は、遠くを見つめながら溜め息を付いた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

市街地エリア

 

 市街地エリアに無事侵入出来た本隊は、倉庫の中に身を潜めてはぐれてしまったM3、パンターに通信を試みて10分経過していたが、一向に返信が来ない状態だった。

 そこで少人数の捜索隊を編成して、森林エリアに戻って彼女らを捜索する作戦を実行することになっていた。

 

 しかし、今以上に戦車を減らして戦力を削ぐ訳にはいかないので、赤坂(マガジン)に「捜索任務の経験がある生徒はいないか」と尋ねると、2人いると言う。

 早速呼んで貰ったのだが、連れてきたのは羽田(ラントミーネ)(ゲヴェア)だった。

 

「マガジン殿?この2人しかいないのか?」

 

 太鳳が彼らを見て心配そうに赤坂(マガジン)に尋ねた。太鳳だけではない、ルリエーもサティーも本当に大丈夫なのかと言う目で見ている。

 

「訓練を受けているのはこいつらしかいない。でもPSCの対抗訓練では1位2位を争う成績を残している、任務はきちんと済ませるさ」

 

 赤坂(マガジン)はそう言ったが、大半は心配そうにしている。その目を見て察したのか、羽田(ラントミーネ)がこう言った。

 

「俺たちじゃ心配になるよな、無理もねぇさ。行くぞゲヴェア」

 

 羽田(ラントミーネ)がそう言うと、(ゲヴェア)と共に歩き始めた。

 

「ま、待ってください!」

 

 戻ろうとする2人をかほが呼び止める。呼び止められた2人はその場で止まり、目線だけをかほに向けた。

 

「あなたたちなら、必ず連れ戻せるんですよね?」

 

 かほがそう訪ねると、(ゲヴェア)が自信なさげに答えた。

 

「悪いが、保証は出来ないぞ。成績はそこそこだったが、実戦経験はない。無事に連れて帰れるかどうか」

 

「それでも構いません。あのM3には、私の大切な仲間が乗っているんです!お願いします!」

 

 かほが突然頭を下げたので、羽田(ラントミーネ)が「頭を上げてくれよ」と言いながら駆け寄った。その様子を見ていた夏海が、2人にこう言った。

 

「私からもお願いしたい。せめてどっちかだけでも、連れて帰ってくれ」

 

 かほが必死に頼む姿を見たからか、この2人に捜索を任せることにしたようだ。その姿を見て、宗谷が赤坂(マガジン)に訪ねる。

 

「って言ってるけどどうする?コマンダー・マガジン」

 

 かほと夏海が頼んでいる姿を見た赤坂(マガジン)は、PSCの方を向いて命令を下す。

 

「ラントミーネ!ゲヴェア!今すぐに出発して、M3とパンターを探せ!1輌だけでも生き残っていたら必ず連れ戻すんだ!」

 

「「サー!イエッサー!!!」」

 

 命令を受けた2人は、大急ぎで救難物資をバックパックに纏めていく。準備が整うと、バックパックを背負って入り口の前に立った。

 羽田(ラントミーネ)が、不安そうにしているかほに、明るい声でこう言った。

 

「大洗の西住隊長!安心しな!俺たちが迷子になった子猫ちゃんたちを必ず連れ戻すぜ!」

 

「バカ!カッコつけてねぇで行くぞ!」

 

 (ゲヴェア)が急かすと、羽田(ラントミーネ)は少し笑いながらついていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

森林エリア

 

「先輩、応答してください・・・・・せんぱい・・・・・」

 

 あいかは応答がないことに心細くなってきたのか、今にも泣き出しそうだった。

 そばにいた佐武が見かねて、あいかに話し掛ける。

 

「ねぇ、周波数教えて。パンターの通信機の方が大きいから、アンテナが無くても何とか繋がるかもしれないわ」

 

 さっきまで否定的だった佐武の提案に、あいかは目を丸くした。ずっと否定的だった佐武が、繋がるか分からないのに呼び掛けてみようと言ったのだ。

 確かにパンター指揮戦車型の通信機の方が大きいが、それで繋がるかは分からない。

 

「・・・・・繋がるかな」

 

「分からないけど、信じよう」

 

 そう言って通信機の電源を入れると、宗谷たちに向けて呼び掛けを始めた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

市街地エリア

 

 PSCの2人が出発した数分後、4号の無線機が信号を受信した。そばにいた武部が受信したことを伝える。

 

「みんな!通信機が信号を受信したよ!」

 

 報告を聞いた宗谷たちが4号の周りに集まると、武部が通信機の感度を調節しながら呼び掛ける。

 

「澤ちゃん!?こちら4号!応答して!」

 

〔こち・・・・・たー指揮せん・・・・・たけ・・・とうして!〕

 

 通信感度があまり良くないのか、通信機からは途切れ途切れで聞こえてくる。何とか通信を繋ぐために細かく調節していく。

 

〔こちら・・・・・き戦車型しゃ・・・・・佐武!応答し・・・・・〕

 

 武部が上手く調節しているので、少しずつではあるが通信がはっきりと聞こえるようになってきた。相手はパンターの佐武だ。

 

「佐武さん!?何があったの!?応答して!」

 

〔敵のしゅ・・・・・ってアンテナを・・・・・れたの。今・・・・・通じて・・・・・〕

 

 電波の調子があまり良くないので聞き取りづらかったが、武部は増援を向かわせたことを佐武に伝えた。

 

「佐武さん!そっちにラントミーネさんとゲヴェアさんを向かわせたの!彼らと一緒に戻ってきて!」

 

〔了か・・・・・っちからも合図を・・・・・き襲!敵襲よ!早く・・・・・(ザ・・・・・・・・・・)〕

 

 今いるところから離れてしまったのか、通信は完全に繋がらなくなってしまった。武部が何度も呼び掛けたが、佐武の声が聞こえてくることは無かった。

 後はPSCの2人が見つけてくれることを祈るしかない。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

森林エリア

 

 PSCの2人は、森林エリアに入ってM3とパンターがいると予想される地点に向かっていた。

 茂みの中を進んでいる中、羽田(ラントミーネ)が話し掛ける。

 

「なぁ、何で茂みの中を通るんだよ?」

 

「戦車がいる可能性が低いからだ。これだけ背の高い雑草だらけじゃ、地面がぬかるんでいても気付きにくいだろ?」

 

「あー、確かにそんなこと聞いたな。でもさ、これだけ木が生い茂っているんだから、普通に歩いていても気付れないんじゃね?」

 

「リスクは極力最低限に止める、そう教わっただろ」

 

「まぁそうだけどさ・・・・・やべ!」

 

 羽田(ラントミーネ)が突然(ゲヴェア)の頭を掴んで地面に伏せた。(ゲヴェア)は顔に付いた泥を落としながら問い詰める。

 

「お前!急に何するん・・・・・」

 

「しっ!戦車だ」

 

 そう言われて正面を見ると、そこには戦車の影があった。エンジン音すら聞こえなかったので、敵を待ち伏せているのかもしれない。

 

「い、良いかラントミーネ。1(ワン)2(ツー)3(スリー)で一気に距離を詰めるぞ」

 

 手順を確認すると小銃を構え、一気に前に出る!が、その戦車を見た羽田(ラントミーネ)は拍子抜けした。

 

「・・・・・あれ?何か思ってた以上にちっちぇな」

 

 良く見てみるとかなり旧式の軽戦車で、ハッチを開けて乗員の有無を確認したが、車内は無人だった。

 

「ハァー・・・・・こいつは敵じゃねぇ、味方でもないけどな」

 

「どういうことだ?敵でも味方でも無いなら、こいつは何なんだよ」

 

「これは※試製中戦車チニっていう旧日本軍の試作車だ。こいつは戦車の出撃名簿に載ってなかった」

 

「じゃあ・・・・・こいつはここに放置されてるってことか」

 

 車内を確認してみると、放置されているとは思えないほど綺麗で、動かしても支障は無いように思えた。

 操縦席の方に視線を変えると、今から約4年前の日付、そして『東京パンツァーカレッジ』の学校名と、元乗員の物か定かではないが名前が3つ書かれている。

 こうして名前を残すほど、大事にしてきた戦車なのだろう。

 

「無駄な時間を使ったな。行くぞラントミーネ」

 

 (ゲヴェア)が呼んだが、羽田(ラントミーネ)は離れようとしない。

 

「おい、何ボーッと突っ立ってんだ」

 

「ゲヴェア、こいつに乗っていこうぜ!」

 

「はぁ!?何言ってんだ!いつから放置されてるか分からない戦車だぞ!」

 

「車内もエンジンも放置されてた割には綺麗だし、燃料もオイルもまだ残ってる!こいつはまだ使えるさ!」

 

「俺たちの任務は戦闘捜索救難活動(コンバット・サーチ&レスキュー)で、旧式戦車を探しに来たんじゃない!」

 

「だけど、万が一敵戦車と会敵したときには戦力になれる!使わない手はないぜ!」

 

 羽田(ラントミーネ)があまりに必死なので、反対していた(ゲヴェア)が折れ、「エンジンが始動出来れば乗っていこう」と言ってくれた。

 羽田(ラントミーネ)が操縦席からクランクハンドルを取り出し、エンジンが掛かるまで勢い良くハンドルを回し続ける。

 

『ガコガコガコガコ・・・・・ドン!ドッドッド』

 

「やった!動いた!こいつはまだ動くぞ!」

 

 森の中で眠っていたチニが数年ぶりに目覚め、エンジンを高らかに響かせる。久しぶりの出撃に喜んでいるようだ。

 

「乗れゲヴェア!出撃だぜ!」

 

 羽田(ラントミーネ)が操縦席、(ゲヴェア)が戦闘室に入る。搭乗を確認すると、アクセル全開で茂みの中を走っていく。

 暫くの間放置されていたとは思えないほど、チニは軽快に走った。

 

「ほらな!言った通りだろ!?でも戦車道に出場する戦車って、エンジンスターター付けてなかったっけか?」

 

「そんなことは良いから全速力で行くぞ!飛ばせ!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 敵の襲撃にあったM3とパンターは、更に遠い所まで退避していた。逃げるときはパンターが自ら盾となってM3を守りながら動いたので、車体は目も当てられないほどボロボロになっている。

 

「佐武さん、大丈夫なんですか?」

 

「あんたが心配するほど被害は甚大じゃないわ。他人より自分の心配したらどうなの?」

 

 心配させまいと思ってか、大したことはないと答える佐武だが、今のパンターはこれ以上の戦闘は不可能に近い状態だった。

 転輪は外れ、正面装甲は凹み、砲塔は右に35°程傾いたままで止まっている。ターレットリングが故障して旋回出来なくなったのだ。

 

 このパンターはもう戦うことは出来ない、その事はここにいる生徒全員が分かっていた。しかし佐武はそれでも守るために動こうとしている。

 罪滅ぼしのためか、それとも佐武の中にある良心がそうさせているのかは分からない。そうこうしていると、佐武が新たに指示を出した。

 

「行くわよ。M3は私たちの後ろについて、その方が安全よ」

 

「待って、今度は私たちが前に出る。もうあなたのパンターは戦えないでしょ?」

 

 佐武の意見に待ったを掛けるあいか、今度はこっちが守る番だと言い張った。

 

「ダメよ。M3は正面装甲が薄いから、パーシングの攻撃受けたら1発でやられるわ」

 

「それを言ったらあなたのパンターもかなり危ない状態じゃない!今度は私たちが守る!」

 

「パンターはまだ戦えるわ!あと数発ぐらいならなんとか・・・」

 

「っ!敵襲!正面から来るわ!」

 

 M3の操縦手、坂口梨恵が指を指す先には、先程から追っていたM26がこちらに向かって迫ってくる!慌てて戦車に乗り込んで迎撃体制を取るが、今度はM3が前に出た。

 

「澤さん!何やってるの!?早く後ろに隠れて!」

 

「嫌!今度は私たちが守る番!だって私たちは・・・・・『重戦車キラー』の娘よ!!」

 

 迫る敵に向かって攻撃するM3、しかし敵はその攻撃を跳ね返しながら接近してくる。

 敵の砲身がM3に向いたその瞬間!横槍を入れるように砲弾が履帯を切断した!

 

〔あっぶねぇー、間に合ったな!〕

 

〔おい!大丈夫か!?〕

 

 M3の通信機が電波を捉えた。近くに味方がいる、そう思いあいかが外を見ると、少し離れた位置に戦車が見えた。羽田(ラントミーネ)(ゲヴェア)が搭乗しているチニが到着したのだ!

 

「ゲヴェア!あいつらに接近するから至近距離で撃ち抜いてくれ!」

 

「ちょっと待て!チニ(この戦車)は装甲がめちゃくちゃ薄いから、命中したら穴が開くだけじゃすまえねぇぞ!」

 

「大丈夫だ!戦車道に出場する戦車は頑丈なカーボン装甲で覆われてるから大丈夫さ!使ってる燃料も軽油だから、引火の可能性も低い!一気に距離を詰めて、吹っ飛ばしてやれ!!」

 

 チニがアクセル全開で敵に向かって突っ込んでいく!しかし、敵がチニの接近に気付き、撃ち出された90ミリ砲弾が装甲板を掠めて車内は大きく揺れた。

 

「うへ~、軽戦車が大口径砲喰らうとえらいことになるな。ゲヴェア!射撃用意・・

 

「おい、()()()()()()()()()で覆われてるんだよな?こいつはどう説明するつもりだ?」

 

「は?何言って・・・・・えぇ!?」

 

 振り返って確認すると、(ゲヴェア)が指を指している装甲板に、穴が空いていた

 いくら軽戦車でも、頑丈なカーボン装甲で覆われているはずなので、穴が空くことはあり得ない。チニで戦闘するどころではなくなった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

観客席

 

 観客たちは映像を見て騒然となっていた。戦車道協会が『絶対安全』と提唱している戦車に穴が空いているのだ。その戦車を見ていた小百合がポツリと呟く。

 

「あら・・・・・あの戦車がまだいたなんて」

 

「種島!あなた知っているの!?」

 

「あのチニは、東京パンツァーカレッジの創立記念品として作った物ですわ。戦車道に出場することを想定していないので、中身は()()()()()()()()()ですのよ?」

 

「な!?すぐ試合を中断させて!」

 

「そんなことしなくても、彼らチニを捨てて脱出すると思いますわ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

森林エリア

 

 チニを操縦している羽田(ラントミーネ)は、戦車道向けに作られていないと気付いていた。しかし、その戦車を捨てようとはしない。

 

「ラントミーネ!この戦車から降りるぞ!このまま乗ってたら危険だ!」

 

「いや、俺はこいつで最後まで戦う!こいつは待っていたんだよ!人目のつかない森の中で、一緒に戦ってくれる仲間をな!だから、俺はこいつに花を持たせてやるんだ!」

 

 羽田(ラントミーネ)は真剣だった。せめて1輌だけでも撃破したいという意地だろうか、絶対に降りようとはしない。

 説得された(ゲヴェア)は、危険だと分かっていながら、その意地に最後まで付き合うことにした。

 

「・・・・・分かった!良いか!?敵の真後ろに付けろ!零距離射撃でM26(あいつ)のエンジン吹っ飛ばしてやる!!」

 

「オッケー任せろ!履帯切ったやつならすぐ付けるぞ!」

 

 チニは敵の間をすり抜けるように目標まで突っ込む。その間、M3とパンターが援護射撃で敵の注意を引いた。

 

 あと少しで後ろを取れそうだったが、エンジンに直撃弾を食らって火が上がった!軽油ではなく、エンジンオイルに火が付いたのだ!

 (ゲヴェア)はこれ以上の戦闘続行は不可能と判断し、羽田(ラントミーネ)に脱出をするように警告する。

 

「脱出するぞ!これ以上は本気(マジ)で危険だ!!おい聞いてんのか!?」

 

「聞いてるよ!こいつが爆発したらマズいから、あの川に突っ込ませるまで操縦するぜ!」

 

 爆発を避けるために大急ぎで川に向かっていく。その間にも火が回り始め、砲塔は熱を帯びて熱くなり始めていた。

 

「アチチ!は、早くしろ!このままだといつ弾薬庫に引火してもおかしくないぞ!!」

 

「あと少しだ!あと30秒で川だ!」

 

 敵も攻撃することを忘れ、黒い煙を上げながら川に向かっていくチニを見ている。

 あと10秒程で川に入りそうになった時、羽田(ラントミーネ)がチニにお礼を言った。

 

「粗っぽい使い方して悪かったな。修理されたら、また会おうぜ!」

 

「急げ!脱出だ!!」

 

 車体が水に浸かり始めた時、2人は荷物を両手に抱えてチニから飛び出した!

 

『ズドォーン!!!!』

 

 車体の半分以上が水に使っていたが、弾薬庫が熱せられたせいで大爆発を起こした。

 あいかたちの目線は川の中で燃えるチニに向き、彼らの姿を見るために回りを見渡したが、彼らの姿を確認することは出来ない。

 

「あ!あれ!」

 

 佐武が何かを見つけて指を指すと、川の中から2人の頭が見えた。無事に脱出出来たようだ。

 

「ブハッ!あっぶねぇ、まさかあんなに爆発するなんて」

 

「あれだけ熱せられていたんだから当然だろ!ほら行くぞ!」

 

 川から上がると、戦闘中の味方のもとに走っていく。向かっている最中に手榴弾型の発煙筒を投げて敵の視界を遮り、羽田(ラントミーネ)が敵に攻撃を、(ゲヴェア)が味方の安否を確認にいった。

 (ゲヴェア)がM3のハッチを開けて声をかける。

 

「おい!お前らがはぐれた戦車搭乗員か!?救援に来たぞ!」

 

「ふぇ・・・?き、救援に・・・・・うわぁーーーん!!!」

 

「え!?な、何だよ泣くなよ!!」

 

 今までの緊張が解れたからか、あいかたちは泣き出してしまい、(ゲヴェア)は突然泣かれたので焦っている。

 

「ゲヴェア!持ってきた破甲爆雷足りないから攻撃は中止だ!撃破は出来てないが、足止めは何とかなったから下がるぞ!!」

 

 味方と合流した羽田(ラントミーネ)はパンターの方へ安否確認に向かった。

 

「おい!助けに来たぞ!!」

 

「私たちは大丈夫よ。それよりM3を連れて帰って、私たちは帰れそうにないから」

 

「何言ってんだ!まだ諦めるのは早い・・・・・」

 

 羽田(ラントミーネ)は「諦めるな」と言いたかったが、パンターの損傷の酷さを見て、連れて帰るのは難しいと感じた。

 

「ここは私が食い止めるから、あなたたちは市街地に戻って戦いなさい」

 

「そ、そんな!一緒に戻ろうよ!」

 

「もう無理よ。履帯切られて、エンジンも満足に回らないし。でも足止めは出来る。さぁ行って!!せめてあなただけでも本隊に合流して戦って!!」

 

 敵の足止めをかって出た佐武に対して、あいかは「自ら盾となって戦ってくれた佐武を置いていくなんて出来ない、私も残る」と言い張った。

 しかし救援に来た2人が持ってきた武器は、必要最小限の物しかない。残っている戦車だけで対抗しても、焼け石に水だろう。

 

 赤坂(マガジン)からは「()()()()でも生き残っていたら連れて帰れ」と任を受けている。

 本心は2輌一緒にと言いたいが、今は自走出来るM3しか救出出来ない。2人は抵抗するあいかを強引にM3に乗せた。

 

「待ってください!パンターも・・・佐武さんも一緒に!!」

 

「残念だがパンターは連れていけねぇ!俺たちは1輌だけでも連れて帰れって言われてるんだ!早く逃げるぞ!」

 

 (ゲヴェア)が早く逃げるように促し、2人が乗り込んだことを確認すると、パンターを残してその場を離れた。

 少し離れた位置で停車してパンターを見ると、敵に囲まれながらも必死に抵抗していた。しかし砲塔旋回が出来ない戦車は、敵からしてみれば格好の的。

 

 数発撃っても命中せず、エンジンに直撃弾を受けてあっけなく撃破されてしまった。

 その一部始終を見ていたあいかは、自分の無力さに悲観したのか、鼻をすすりながら泣き出した。その様子を見た(ゲヴェア)があいかに詰め寄る。

 

「何泣いてんだ!撃破されただけだろうが!」

 

 いきなり怒鳴られたあいかは、涙声で上手く答えられない。

 

「だ、だって・・・・・私のせいで、佐武さんが・・・・・」

 

「だからっていちいち泣くな!お前車長だろ!?車長がメソメソしてたら士気が下がるだろうが!そんな調子じゃ、無事に合流出来ても満足に戦えねぇぞ!!」

 

「おいおい・・・・・そんくらいにしてやれよ、相手は女子高生だぞ」

 

 羽田(ラントミーネ)に止められ、流石の(ゲヴェア)も「言いすぎたか」と感じたようで申し訳なさそうな表情をしていたが、あいかはグッと涙を堪えて泣き止み、「市街地に向かって」と指示を出した。

 少々気まずい雰囲気の中、彼らを乗せたM3は静かに森の中を走っていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

市街地エリア

 

 PSCによる戦闘捜索救難活動(コンバット・サーチ&レスキュー)が開始されて1時間半経とうとしていた。

 彼らから連絡が無いので、焦りと苛立ち、緊張感が漂っている。もう全滅しているかもしれない、誰もがそう思い始めていた矢先だった。

 

「戦車1輌接近!!」

 

 見張りとして立っていた遠井(スコープ)が接近を知らせると、焦りと苛立ちが無くなって一気に緊迫した空気が流れ出し、宗谷たちは迎撃体制を整えた。

 その直後、1輌の戦車が倉庫に入ってきた。捜索していたM3だ!

 

「澤さん!!無事だったの!?」

 

 かほがあいかに駆け寄っていった時、宗谷がPSCの2人に報告を聞くために近寄った。

 

「ご苦労だったな。それで・・・・・パンターは」

 

「それが・・・自走出来ないほど損傷していたから、足止めするって言って・・・・・」

 

「佐武は良い車長だった。敵のスパイだったことが本当に残念だ」

 

 2人は連れて帰れなかったことを悔やんでいたが、すぐに気持ちを入れ換えて次の作戦を聞いた。

 歩兵団員で周囲を偵察し、敵の有無を確認したのちに市街地に展開して戦闘するという。

 

 歩兵団のメンバーが装備を整え、偵察に出ようとしていた時だ。突然地鳴りが響きだし、目の前が急に暗くなった。

 何が起こったのかと思い、外を見ると壁が日の光を遮っている。それは、『あり得ないほどの大きさの戦車』だった。

 

「そ、宗谷くん・・・・・あれって、まさか・・・・・」

 

「そのまさかだ。あれは陸上戦艦ラーテ・・・・・計画された戦車の中で史上最大の超重戦車だ・・・・・!」

 




※解説

試製中戦車チニ

89式中戦車の代替えとして計画された中戦車。試案が纏まらず、第一案はチハ車、第二案はチニ車としてそれぞれ試作された。

結果は第一案のチハ車が採用され、後に97式中戦車と命名される。ちなみにチニ車は採用されることなく、計画も放棄された。

東京パンツァーカレッジが所有していたチニ車は、昭和11年に描かれた設計図をもとに製作されたので、試合に出るために必要とされている安全性は皆無であった。

余談

戦車兵が進行方向に泥濘がある場合、通っても大丈夫かどうかを確かめる方法がある。
人を背負って泥濘に立って沈むか確認する、こうやって少しでも沈んだら通れないと判断される。


旧日本軍の戦車がディーゼル車の理由

日本では軽油の方が安価なので燃料費が安く済むこと、引火点が高いのでタンクに当たっても火災が発生しにくい、馬力が高いという利点がある。
現在の自衛隊車両でも、大半がディーゼルエンジン搭載の車両を締めている。ちなみにガソリンの引火点は約-43度、軽油は約60度である。
ガソリンは極寒の地でも揮発するので、軽油を使うエンジンの方が安全なのが分かる。


「今回もご愛読ありがとうございます!作者のタンクです!突如宗谷たちの前に姿を見せた陸上戦艦!彼らの運命はどうなるのでしょうか!?感想、評価宜しくお願いします!」


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mission11 陸上戦艦を撃沈せよ!

前回のあらすじ

市街地に侵入出来た合同チームだが、M3とパンターが本隊とはぐれてしまった。
通信が全く繋がらないので、赤坂(マガジン)が元PSCの2人に捜索を命じる。

森林エリアを捜索し、M3とパンターを発見したが、パンターは自走が出来ない程損傷していたので、やむ無くM3だけを連れて帰る。

漸く揃ったと思っていた矢先、とんでもない超重戦車が合同チームの前に現れた。それは『陸上戦艦』と呼ばれた、ラーテだった!


観客席

 

 試合を見ている観客は、突然現れた超重戦車に言葉を失っていた。画面に写し出される『陸上戦艦』見ていたみほが、小百合に詰め寄った。

 

「・・・・・酷すぎます!彼女たちは普通の戦車で戦っているのに、あんな重戦車を出すなんて!!」

 

「あら?戦車道に出場する戦車は、『1945年8月15日までに製作、試作、設計計画されたもの』とされていますわ。あの戦車は1945年に設計されたものですよ?」

 

「でも※ラーテを使わせるなんて!こんなの勝ち目無いじゃないですか!!」

 

「落ち着きなさいみほ。彼らには何てこと無いわ、きっと良い解決策を見つける」

 

 しほが宥めると、みほは大人しく席に座った。その間にも、ラーテは市街地内を蹂躙していた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

市街地エリア

 

 合同チームは目の前から迫る『ラーテ』に劣勢を強いられていた。

 

 ロケット臼砲を装備しているシュトルムティーガー、ロケットランチャーを搭載しているカリオペでも全く歯が立たず、ラーテは止まること無く進軍を続けている。

 

 大口径砲を持つ重戦車が束になって掛かっても、その装甲に傷を入れることすら出来ない。そこでかほが別の作戦を考案し、進行させていた。

 

「マガジンさん!作戦は実行出来そうですか!?」

 

「ラントミーネとゲヴェアがロケット砲担いで行ったよ!!」

 

 ラントミーネとゲヴェアはビルの屋上に来ていた。ここからロケット砲を撃ち込んでエンジンを損傷させるのだ。

 ゲヴェアが噴進砲を構え、エンジン部と思われる場所に向けて撃ち込んだ!

 

 砲弾はエンジン部に命中したが、ラーテは何事も無かったかのように走り続けている。

 

「クソッ!こちらゲヴェア!噴進砲効果無し!!繰り返す!噴進砲効果無し!!」

 

 (ゲヴェア)の報告の後、ラーテの2連装砲塔が動き出し、攻撃している宗谷たちの方を狙った!

 

「ヤバい!奴がみんなを狙っているぞ!!早く逃げろ!!」

 

 羽田(ラントミーネ)が警告したが、主砲は目の前の敵を狙っている。その瞬間!凄まじい爆音と衝撃波が、宗谷たちを襲う!

 放たれた砲弾は、近くにいた重戦車を数輌吹き飛ばし、衝撃波で建物の壁に大きなヒビを入れた。

 

「うへぇー・・・・・すげぇ衝撃。おい!大丈夫か!?」

 

 羽田(ラントミーネ)の通信を聞いたかほからの報告は、惨憺たるものだった。

 

 黒森峰の重戦車4輌戦闘不能、近くにいた味方にも通信機破損や、照準装置故障などの被害が出ている。

 たった2発だけでかなりの痛手を負ったので、ルリエーが撤退することを提案した。

 

「一旦退却しましょう!こんなに損害が出ている以上、別の作戦を練り直した方が良いですわ!」

 

「それに賛成!逃げるわよ!!戦略的退却!!」

 

 穂香もその提案に賛成し、その指示で全車が一斉に撤退していった。

 かほが双眼鏡を使ってラーテを見張ったが、今度は波止場に係留されている艦のように動かなくなった。

 

「こちらアンコウかほ。ラーテはスポット554に停車、動く気配は無いわ」

 

 無線連絡で情報を送ったが、無線の故障も相まって情報が届いたのは全体の半数弱。無線機が故障しているところは、近くにいる味方から情報を得ることになった。

 

ラーテ 戦闘室

 

「フッフッフ、この戦車は最強ね。あいつらの砲弾じゃかすり傷もつかない、私たちの圧勝よ」

 

 ラーテの車長『加藤(かとう)』はもう勝った気でいる。ここまで数十発砲弾を受けたが傷1つ無い、慢心するのも無理無いだろう。

 その横で、副車長の『巌原(かんはら)』は少々物足りない表情をしている。

 

「はぁ・・・・・あなたは勝利がほぼ確定したような戦いで良いの?私はとってもつまらないけど」

 

「良いに決まってるじゃない。敗けるよりはよっぽどマシだわ」

 

「・・・・・あっそ。それより、いつ動くの?十分だと思うけど」

 

「まだ冷やしておくわ、肝心なときに故障したら困るからね。それに、奇襲攻撃されても撃破なんて出来ないわ」

 

4号戦車 戦闘室

 

「やっぱり変かなぁ。でも、いやぁ・・・・・」

 

 作戦を練り直している間、装填手の秋山由香はずっと独り言を喋っていた。横で見ていた藍が肩を叩きながら話し掛ける。

 

「あの、さっきからずっと独り言が聞こえてきてますよ?」

 

「あ・・・・・す、すみません。気になっていることがあって、つい・・・・・」

 

「気になること、ですか?」

 

 由香はラーテが動かないことが気になるらしい。敵を見失ったのな見つけるために動くはず、それなのにあのラーテは止まっている。由香にはその行動が理解出来ない。

 

「あのラーテ、何か秘密があるんじゃないかと思います。それも、私たちの想定を越えるほど何かを」

 

「私たちの想定を越えるほど、ですか。でも、例えば?」

 

コンピューターを搭載している、とか?」

 

 操縦席に座っていた冷泉朝子が、2人の会話に割り込むように話し始めた。

 

「コンピューター・・・・・でありますか?いや、流石にそれは無いと思いますけど」

 

「ずっと止まっているのは熱を帯びたコンピューターを冷やすため。それから、今までの戦車道では規格外の2連装砲が私たちを狙って、射撃するまで約数十秒、人間業とは思えないと思うけど」

 

 朝子の考えには、由香の疑問を晴らす要素が揃っていたが、コンピューターが搭載されているとは思えない。かほにもその話をしてみたが、彼女もその考えには否定的だった。

 

「冷泉さんの言うことにも一理あるかもしれないけど、そんなことは無いと思うけど?」

 

「西住、あなたも疑問に思っているんじゃない?何かおかしいって」

 

「そ、それは・・・・・」

 

 かほ自身もラーテの動きは気になっていたが、どんなに考えても何故素早く動けるのかが分からなかった。

 

 朝子が言うように、『コンピューターが搭載されている』と言う話も全くあり得ないとは言えない。

 ここで考えていても仕方ないので、かほは夏海にその話をした。

 

「コンピューターが?まさか」

 

「私も断言は出来ないけど、もしかしたら搭載されているかもしれないじゃない。全然動かないのも納得がいく」

 

「考えが飛躍しすぎだ。きっと何かしらトラブルが発生しているんだろ」

 

 案の定否定されたが、そう決めつける前に確認はしてみた方が良いだろうと思い、今度は近くにいた赤坂(マガジン)に相談してみることにした。

 

「ラーテにコンピューター?あるわけ無いだろ。相手は※第3.5世代のM(メイン)B(バトル)T(タンク)じゃ無いんだぞ」

 

「分かってるけど、人間技とは思えないから確認してほしいの。もし搭載されていたら、戦況をひっくり返せるかもしれない。だからお願い!」

 

 かほがあまりに真剣なので、赤坂(マガジン)は少し考え込み、行く変わりに1つ提案を出した。

 

「分かった、行くよ。ただ、1つ頼みがある。戦車の構造に詳しい奴を1人貸してくれ。俺達じゃ不安だからな」

 

「えぇ、詳しい人って言われても・・・・・あ!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

チリ改 戦闘室

 

「何だって!?歩兵団をラーテの中に潜入させた!?」

 

 宗谷の耳に入った報告は、あまりに衝撃的なものだった。宗谷でも実行に移すか悩む作戦を、かほは実行してしまったのだ。

 

「何でそんなリスクが高い作戦を実行させたんだ!相手に見つかったりしたら、それこそ一貫の終わりだぞ!」

 

「分かってる。でもこれは、歩兵団(彼ら)にしか出来ないことだよ?どっちに転んでも、成果を上げてくれるはず」

 

赤坂(あいつ)は戦車の構造にそこまで詳しくない!特に1度も見たことない奴が相手じゃ尚更だ!」

 

「そこは抜かりないよ。『戦車博士』も一緒に連れていってるから」

 

ホハ 荷台

 

 赤坂(マガジン)たちを乗せたホハは、作戦通りにことを運んでいた。その最中、かほから寄越してもらった『戦車博士』と一緒に作戦を再確認していた。

 

・・・で、コンピューターの存在を確認したら、『野外無線機』で連絡を取る。分かったか?えーっと・・・・・」

 

「秋山由香であります。いい加減覚えてくださいよ~」

 

「あー悪い悪い。秋山だな。今回の作戦は、お前の知識が鍵になる。頼むぞ」

 

「了解であります!!」

 

 再確認が終わったと同時にラーテの後ろに着き、歩兵団員は一斉に車内から降りる。酒田(ドライバー)には周囲の見張りと、脱出のために待機するように指示した。

 

「おぉー・・・・・こ、これが・・・・・ラーテ」

 

 ラーテを間近で見た由香は、その存在感に圧倒されてしまっている。遠井(スコープ)がポカンとしている由香を引っ張り、入り口を探し始めた。

 

 車体下部に中に潜り込んでみると、緊急脱出用のハッチがあったので、赤坂(マガジン)を先頭に突入していった。

 突入した場所は機関室のようで、辺りを見渡したが人影が全く無い。

 

「おかしいですね。ラーテは20名から40名程で運用される計画でした。それなのに人影が見当たらないのは不自然であります」

 

 由香の一言に、赤坂(マガジン)たちはやはりコンピューターで制御されていると確信した。

 そう思っていた瞬間、地震のような振動と共に、辺りの音が聞こえなくなるほどの轟音が響き渡る!

 

〔聞こえるか!?ラーテがまた動き出した!早くケリつけないと、今度は全滅するぞ!!〕

 

 ホハでの中で待機していた酒田(ドライバー)からの緊急入電が入る。

 

 どうなっているのか全く分からないが、この戦車は動き出したということは車内でも分かる。早くコンピューターを見つけなければならないが、何処にあるのか検討がつかない。

 

「恐らくですけど、これだけ大きい車体ですからコンピューターも大型の物にしないと制御しきれません!となると、この機関室の何処かに搭載されていると思います!」

 

「その考えには賛成だ!よしお前ら!この辺りを徹底的に探せ!見つけたらすぐ報告しろ!」

 

 作戦を伝えられた歩兵団員は、コンピューターを見つけるために機関室内に散った!

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

4号 戦闘室

 

「どうしょう!また動きだしたよー!!」

 

 由香の代わりに装填手をやっている栞が慌て始め、かほがラーテの動きを確認する。

 ラーテは建物を破壊しながら進軍し、友軍を追い回すように走っている。その姿を見ていた藍がポツリと呟いた。

 

「それにしても・・・・・何て大きさなんでしょう。『戦艦大和』が陸を蹂躙しているみたいです」

 

 その呟きをかほの耳に入り、ラーテの動きを止める作戦を思い付いた!

 

「それだよ!ありがとう藍さん!」

 

 藍に感謝の言葉を掛けると、味方に思い付いた作戦を伝える。

 

「皆さん!聞いてください!ラーテを止める作戦を思い付きました!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ラーテ 戦闘室

 

 再び動き始めて5分程経ったが、敵が全く見当たらないので加藤は少し苛ついていた。

 さっさと倒して終わりにしたい、そう思っていた時、戦車道をしているときには聞き慣れない音が聞こえてきた。

 

「何この音・・・・・まさか、ヘリ?」

 

 外を確認してみると、ラーテの上を『カ号』が飛行していた。どういうつもりなのか、ラーテの周りを旋回しながら飛んでいる。

 

「・・・・・何なの?追い払ってやろうかしら」

 

「止めときなさい。あんな小さなオートジャイロじゃ、攻撃されても害は無いわ」

 

 巌原は相手にしないように言い聞かせたが、しつこく飛び回るカ号が鬱陶しくなってきたようで、加藤は巌原の言葉に耳を貸さず、カ号を追い掛け始めた。

 

「こちらカ号!こっちに食いついた!今から予定されたスポットに向かう!」

 

 カ号を操縦する水谷は()()()()()()()()()()、作戦を実行するために予定されたスポットに向かって移動を始めた。

 その最中に攻撃されないかヒヤヒヤしていたが、ラーテは攻撃すること無くカ号の後を追った。巌原は何か企んでいると察して加藤に尋ねる。

 

「あなた、何を企んでるの?」

 

「決まってるでしょ?カ号(あいつ)に案内してもらうのよ。あれは観測機よ、ついていけば敵の懐に潜り込める」

 

 ラーテを引き付けながら飛行するカ号は予定のスポットに到着すると、かほたちに合図を送る。

 

「今だ!今までやられた分ぶっぱなしてやれ!!」

 

 水谷の合図を聞いたかほたちは、ラーテに向かって一斉射撃を敢行し始めた。

 突然の攻撃に少し動揺した加藤だが、相手の戦車砲では攻撃が全く聞かないので、落ち着いて対処しようとするが、敵の配置を見た巌原はその攻撃に違和感を感じている。

 

「ねぇ、これおかしくない?何で敵は()()()()()()()()の?」

 

「さぁ?気にしなくても良いんじゃないの?さぁ行くわよ!ここで一気に・・

 

 その瞬間、車体が大きく左に傾き始めた!流石の加藤も突然の異常事態に慌て始めた。その時、巌原が何故こうなったのかを理解し、加藤に説明した。

 

「大和よ!『不沈艦』と言われた※戦艦大和が沈没した原因からヒントを見つけたのよ!」

 

「どう言うこと!?」

 

「大和は同じ箇所を集中的に攻撃されたことで撃沈した、相手もそれと同じ事をしている!この車体が傾いているということは、足回りがやられているわ!」

 

 巌原の読みは当たっていた。かほの作戦とはラーテの側面に集中攻撃をして、足回りを破壊することだ。

 

 ラーテの車体は、片方3本ずつの履帯で総重量千トンもある車体を支えている。その1本でも破壊されれば、重量を支えきれず履帯の少ない方から傾くので、このままでは横転してしまう。

 

「そう言うことね。でも、傾いてくれたお陰で狙いやすくなったわ!!」

 

 加藤は車体が傾いているにも関わらず、2連装砲でかほたちを狙った!

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ラーテ 機関室

 

「皆さん!ありました!!コンピューターです!!」

 

 大型のディーゼルエンジンが動く機関室に、由香の叫び声が響き渡る。

 指を指す先には、旧世代の戦車には全く似合わない、箱形の電子部品が動いていた。

 

「・・・・・成る程、これだけデカいやつを搭載するなら、機関室の方が良いと言うわけか」

 

 赤坂(マガジン)はそう言うと、野外無線機でかほたちに「コンピューターを見つけた、これから破壊する」と伝え、持っていた拳銃でコンピューターを撃ち抜いた。

 銃弾を撃ち込まれたコンピューターは小さな火花を散らし、主砲は射撃寸前で停止した。

 

「何で!?今度は全システムが停止したわよ!?」

 

「・・・・・バレたのね。この戦車の秘密が」

 

「まさか、侵入されてたっていうの?」

 

「そうとしか考えられない。こんな図体してるのに、乗員はたった2人、この状態で出撃すること事態、馬鹿げた話だった。でも、これで良かったのよ。この戦車は、私たちには早すぎた」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ラーテを戦闘不能にさせることが出来た歩兵団は、ホハに乗って集合地点に向かっていた。由香は慣れない作戦行動に疲れたようで、少しぐったりとしている。

 そんな由香に、赤坂(マガジン)が労いの言葉を掛けた。

 

「ご苦労だった。お前の知識と観察眼のお陰だよ」

 

「いえ、私の知識が役立てられたなら幸いであります」

 

 赤坂(マガジン)が手を差し出すと、由香はその手を取って握手を交わした。

 握手を終えた時、宗谷たちが集合しているスポットに到着し、赤坂(マガジン)が『陸上戦艦の撃沈を確認!』と報告した。ラーテの驚異は去ったので、あとは通常攻撃でも何とかなるだろう。

 

 少し休憩してから出発しようと言った矢先に、周囲を見張っていた水原(ウッドペッカー)が叫んだ!

 

「敵戦車1輌目視で確認!ヤークトティーガーだ!敵の隊長車が目の前にいるぞ!!」

 

 宗谷たちはまさかと思いながら確認すると、確かに目の前にはヤークトティーガーが停車していた。

 ヤークトティーガーは、宗谷たちが気づいたと感づいたようで、すぐに走り出した。

 

「あ!奴が逃げるぞ!早く撃破しようぜ!」

 

 (ガトリング)に煽られるように言われ、他の生徒たちも『敵の隊長車を撃破出来る』という絶好のチャンスを逃がさないために、隊長の指示を聞かず、ホハを先頭に追い掛け始めた。

 

「ちょっと待って!ヤークトティーガーだけで私たちの前に来るのはおかしい!慎重にいかないと!!」

 

 かほは警告したが、他の生徒はその警告に耳を貸さず、ヤークトティーガーを追い掛けていった。「何か裏がある」ことは分かっていたが、このまま放置するわけにはいかないので、隊長車たちも後に続いた。

 

 ヤークトティーガーは敵の攻撃を受けながら逃げ続け、最後はKV-2の一撃を受けて白旗を上げたが、逃げたルートがあまりにも変だった。

 機動力は目も当てられないほど悪いのに、自ら追い込まれるルートを選んで進んだ。

 

 周りは戦車よりも背が高い建物が建ち並ぶ行き止まり、抜け道は幾つもあるがヤークトティーガーは通れない。ここに逃げてきたと言うことは・・・・・

 

「一体何やってんだお前ら!!そこは行き止まりだ!!しかも後ろから敵が接近しているぞ!!」

 

 空から見ていた水谷が敵の接近を知らせた。宗谷たちはすぐ逃げるために、来た道を引き換えそうと動き出した、その時だ!

 

『パパパパパン!!!』

 

 突如破裂音と白い煙が辺りを包み込み、周りが見えなくなってしまった!更に動けずにいるところに、敵の待ち伏せ攻撃が合同チームを襲う!

 

 突然起きた非常事態に、味方はほぼパニック状態に陥ってしまい、辺りを闇雲に砲撃し始めた。

 聞こえてくる砲撃が味方のなのか敵のなのか判別が出来ないので、かほは『砲撃を止めて』と叫んだが、パニック状態に陥っているので指示が全く通らなかった。

 

 このままでは戦況が悪化していくので、宗谷が空を旋回しているカ号に新たに指令を出す。

 

「水谷!!カ号を俺たちの真上につけて降下してくれ!!この煙を吹き飛ばすんだ!!」

 

「そうしたいが、煙がさっきの位置から広がっているせいで宗谷たちの現在位置が分からない!車載機銃を撃って知らせてくれ!!」

 

 宗谷は要望に答えるため、ガンポートから機銃を出して撃ち始めたが、砲撃の音が建物を通じてこだましているので空にいる水谷には全く聞こえない。

 水谷も機銃掃射の音を待っている余裕はないと判断し、高度を高めにして予想される辺りを飛び回った。

 

 煙の中にいる宗谷たちは、『見えない敵』からの攻撃に苦戦していた。こちら側からの攻撃は手応えがないのに、相手は容赦なくそして正確に攻撃してくる。

 合同チームは手応えの無い攻撃に焦り、見えない敵からの攻撃に恐怖を感じていた時、宗谷たちを探していたカ号が煙をはらった。

 

 漸く辺りが見えるようになったので見回してみると、各校の隊長車以外の戦車はほぼ全滅していた。隊長車以外で生き残っていたのは、M3、ポルシェティーガー、IS-3、ルクス、トータスの5輌だけだった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

観客席

 

 観客席は、今まで起きたことがない異例の事態に騒然としていた。

 煙が辺りを覆ったので、事故でも起きたのかと言う声も上がっていたが、そう言った放送は一切無い。全てを見ていたしほが、ポツリと呟いた。

 

「・・・・・あの時と同じだわ。私が種島と初めて試合したときに・・・・・」




※解説

ラーテ

ドイツが考案していた1000t級の超重戦車。全長35メートル、全幅14メートル、高さ11メートル、装甲は最大で350ミリ。

主砲には『戦艦シャルンホルスト』の砲塔をラーテ用に改造したものを載せている。制式化すれば、歴代最大の戦車となっていた。

開発されなかった理由は、『戦地まで運ぶ手段が無い』、『重量1000トンという重さに、道路が耐えられない』。

『橋が渡れない』、『膨大な開発費が必要になる(敗戦色が濃くなっているなかで、超重戦車を造る余裕が無かった)』といった問題があったので、計画段階で終わった。


ラーテの導入は今回が初めてで、東京パンツァーカレッジが使用したものは殆どがコンピューター制御されていた。

本来は乗員40名が必要になるのに対し、コンピューター制御のお陰でたった2名だけで操作が出来た。乗員が行う操作は、操縦と射撃だけだった。


観測手(スポッター)
狙撃手(スナイパー)が撃った弾の着弾点を監視し、照準修正指示を出す役を担う。
また、観測手(スポッター)狙撃手(スナイパー)を兼ねているので、目標が姿を現すまで何時間も待たなければならないときには交代したりする。


MBT
主力戦車(MAIN(メイン)BATTLE(バトル)TANK(タンク))の事で、1945年から世代が確立した。

第1世代
避弾を考慮している『丸形の鋳造砲塔』を採用し、『ジャイロ式砲身安定装置』により走行中の射撃が可能になった。
センチュリオン、61式戦車など

第2世代
砲塔を丸形から『亀甲型鋳造砲塔』に変更し、『アクティブ投光器』による暗視装置を搭載して夜戦能力を得た。
M60パットン、レオパルト1など

第2.5世代
歴代で初めて複合装甲を採用、第3世代MBTより安価で製造が出来る。
レオパルト1A1、74式戦車など(74式は複合装甲ではない)

第3世代
ドイツ製の『ラインメタル社製 120ミリL44滑腔砲(かっこうほう)』を装備。これに加えて、一部の車輌を除いて『レーザー測遠機』を装備、そして破損時に交換が可能出来る『爆発反応装甲』を採用している。
M1エイブラムス、90式戦車など

第3.5世代
第3世代MBTをアップグレートしたものと、新規開発されたものに分けられる。複合装甲より強力な『モジュール装甲』装備、情報を共有可能な『車間情報システム(C4I化)』を搭載している。

改修によるアップグレート
既存の戦車を改修して延命を図っている。主砲、装甲、エンジン、光学機器、電気機器の改良を行っている。この改修により、重量が3トン~10トン増加した。
M1A2エイブラムス、チャレンジャー2など

新規開発
戦車技術の獲得、現用戦車の陳腐化、改修による能力向上の困難などの理由で新造された。

日本の10式戦車この世代に該当し、この時点で90式戦車は制式化から約20年、74式戦車は制式化から約36年経過していた。

74式は射撃管制装置の近代化、照準用暗視装置を搭載し、90式のようなサイドスカートを装備した『74式戦車改』への改修を検討されていた。
しかし改修は4輌のみで終わり、800輌以上配備された74式は、10式戦車と『16式機動戦闘車』の配備に伴って、年40輌ずつ退役している。

新規開発
10式戦車、メルカバMK4など

戦艦大和が沈没した原因
戦艦武蔵と戦ったアメリカ海軍は、中々沈まないので苦戦した経験を活かし、一点に攻撃を集中させて転覆させて撃沈することを狙っていた。


「今回もご愛読ありがとうございます!4号戦車通信手の武部です!」

「同じく砲手の五十鈴です。まさか一気に仲間が減るなんて・・・・・一体どうなるんでしょうか」

「大丈夫だよ!私たちが諦めなければ勝てるって!」

「・・・・・そうですね。諦めないように頑張りましょう!」

「読者のみなさん!感想と評価、宜しくお願いします!では、また次回!」


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mission12 戦車狩りの天明 エースの東甲

前回のあらすじ

はぐれてしまったM3と無事に合流出来た宗谷達の前に、「信じられないほどの大きさの戦車」が姿を見せた。

それは陸上戦艦「ラーテ」、計画された戦車の中では史実上世界一大きさと攻撃力を誇る戦車だ。始めは陸上戦艦の猛攻に苦戦したが、西住かほが思い付いた作戦でラーテの撃破に成功する。

ラーテを撃破した後の合同チームの目の前に、敵の隊長車であるヤークトティーガーが現れた。合同チームは全車でヤークトティーガーを追いかけ、行き止まりに追い込んで撃破に成功する。

行き止まりから動こうとしたとき、謎の破裂音と共に煙が戦車の周りに蔓延して視界を遮った!辺りが全く見えない状態にも関わらず敵からの攻撃が合同チームを襲った!

戦闘が終わると、隊長車以外ほぼ全滅していた。その光景を見ていたしほは、過去のことを思い出していた。


「・・・・・あの時と同じだわ。私が初めて種島と試合をしたときに・・・・・」

 

 画面に写し出された異常事態を目の当たりにしたしほがポツリと呟き、過去の事を思い出していた。種島小百合と初めて試合をした時の事を・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

熊本市 戦車道試合会場

 

「宜しくお願いします。天明女子学園戦車道科3年生、隊長の西住しほです」

 

「こちらこそ宜しくお願いします。東京機甲大学校3年生、隊長の種島小百合です」

 

 互いに挨拶を交わす西住しほと種島小百合。この日はしほが在学している天明(てんめい)女子学園と小百合が在学している東京機甲大学校の親善試合が行われていた。

 

『撃てば必中、守りは固く進む姿に乱れなし。鉄の掟、鋼の心』の西住流、『如何なる犠牲を払っても勝利し、勝利のためなら戦車、戦闘員は最高峰のものを揃える』の種島流、この試合を見に来た観客は過去最多である1万人を越えていた。

 

 しほが在学している天明は生徒数200名であり、戦車道を初めて履修科目にした学園だ。保有している戦車は210輛と戦車道を履修科目にしている学園の中では2番目に多い。

 

 主な戦車はイギリス製が多く、世界初の戦車であるMK.I戦車雄型だけで100輛あった。戦車道を履修科目にした当初から試合では連戦連勝と一切負けたことがなく、「戦車狩りの天明」と他校の生徒から恐れられていた。

 

 小百合が在学している東京機甲大学校は生徒数267名であり、全国で唯一の戦車道専門学校だ。

 創立した学園の中ではまだ新しかったのでその名はあまり知られていなかった。

 

 戦車の保有数は300輛と学園の中では1番多く、イギリスのMK.I戦車が150輛、ドイツのA7V突撃戦車が100輛、LKII軽戦車が25輛、残りは日本や旧ソ連の戦車が占めている。

 

 開校して半年後の初試合で勝利してから連勝し続けているらしく、小百合を初めとする在校生は優秀生ばかりだったので、地元では「エースの東甲」と呼ばれているそうだ。

 

 試合形式は主流となっている殲滅戦、制限時間は5時間、舞台は市街地、天明も東甲も得意としている舞台だ。出撃出来る戦車は1920年までに採用されたものだけに限られている。

 

 天明が出撃させる戦車はイギリスのMK.I戦車雄型5輛、MK.V戦車雄型4輛、隊長車のMK.VIII戦車1輛の計9輛。東甲が出撃させる戦車はドイツのA7V突撃戦車5輛、内1輛を隊長車としているLKII軽戦車5輛の計9輛だ。

 

 天明陣は試合開始前の戦車の最終点検をしていた。他校では搭乗員とは別に整備員と呼ばれている生徒が点検をするのだが、天明はしほの指示で最終点検はその戦車に乗る搭乗員がすると決めていた。

 

「自分で乗る戦車は他人の目に任せず自分の目で見て判断する」、それがしほの口癖だった。しほが油まみれになりながらエンジンを点検していると、天明3年の副隊長姫戸(ひめど)桃樺(ももか)がしほを呼んだ。

 

「西住さん、東甲の種島隊長が呼んでるわよ。改めて挨拶がしたいって言ってる」

 

「種島さんが?分かったわ、今行くからちょっと待ってもらって」

 

「分かったわ、そう伝えておく」

 

 姫戸は言われた事を種島に伝えに行き、しほは手に付いた油を拭き取ってから小百合のもとへ早足で向かった。

 

 姫戸に言われたところに着くと、小百合と東甲の副隊長が辺りを見渡しながら待っていた。しほが小百合を呼んだ。

 

「種島隊長、お待たせしました。姫戸から改めて挨拶がしたいと伺っていますが」

 

 呼ばれた種島が振り向き、笑顔でしほの手を取った。

 

「ええ、お互いに今年で最後の戦車道ですから良い試合をしたいと思いまして」

 

 しほと小百合は3年生だ、この試合が終われば戦車道科を後輩に譲り、新しい進路に向けて勉学に励むのだ。挨拶が済むとしほが小百合に気になっていた事を聞いた。

 

「ところで、何故私達天明女子学園に試合を申し込んだんですか?東京にも戦車道を履修科目にしている学園はあるのに、何故熊本まで足を運んだんです?」

 

「簡単な話ですよ。最後の戦車道になりますから、戦車狩りの天明の実力を体感したいと思いまして」

 

 どうやら戦車狩りの天明の噂は東京まで広まっているらしい。わざわざ遠いところから足を運んで貰ったのだから相手に失礼の無いような試合にしよう、としほは気持ちを引き締めた。

 

 試合開始5分前になったので軽く頭を下げて自分の戦車に戻った。別れる時、しほは小百合が不適な笑みを浮かべていたことに気付かなかった。

 

 しほが戻ると戦車の点検は全て完了したようで、エンジンの暖機運転をしていた。しほが搭乗するMK.VIIIの操縦手2年の天草(あまくさ)(かえで)が迎えた。

 

「隊長、戦車の点検は完了しました。火器類、駆動系に異常はありません」

 

「ご苦労様、宜しく頼むわ」

 

 しほが労いの言葉をかけたが、天草は浮かない顔をしている。しほが心配して天草に話掛ける。

 

「天草、どうしたの?具合でも悪いの?」

 

「いえ・・・・・東甲の噂が気になっていただけです」

 

「東甲の噂?」

 

「東京にいる親友から聞いた話なんですけど、東甲と試合をした学園の生徒が次々と戦車道科を辞めているらしいんです。

 

 どういうことなのって聞いたら、東甲にトラウマを植え付けられて戦車道が出来なくなったって言うんです。

 

 わざわざ熊本まで足を運んだのは私達天明の実力を知りたいんじゃなくて、東京には戦車道の試合が出来る学園が残っていないからじゃないかって」

 

 天草が言うように、最近は「高校の戦車道科の生徒が激減している」とニュースになっていた。

 一気に50人も辞めてしまった学園もあり、全国的に問題になっていた。

 

 教師のパワハラや授業に大きな問題があったのではないかと憶測が飛び交っていたが、戦車道協会が調査しても授業には特に大きな問題はなく、教師のパワハラがあったという事実も無かったと発表している。

 

 調査で分かっていることは、辞めた生徒には「戦車道に対して大きな恐怖を感じている」という共通点があるだけで、何故なのかは教師にも戦車道協会にも分からなかった。

 

 しほは全く気にしていなかったが、もし天草が言っていることが本当なら今まで以上に警戒しなければならない。

 

 しかしあくまでもただの噂なので、天草には「噂に流されないで集中しなさい」と軽く注意したあと戦車に乗り込んだ。

 

 乗り込んで数秒後、試合開始のホイッスルが会場全体に響き渡った。しほは無線連絡で前進せよ!と大声で叫んだ。

 

 戦車に関しては少し改良が加えられているがMK.Iの操縦性の悪さはあまり改善されていなかった。当時の構造をほぼそのまま再現しているので、操縦だけで4人も必要になる。

 

 1人はプライマリー・ギアボックス前進2段後進1段を操作する操縦手(ドライバー)車長(コマンダー)が兼任するブレーキ操作を行うブレーキ手(ブレークスマン)

 

 左右別々になっているセカンダリー・ギアボックス(変速2段)の操作を行う変速手(ギアーズ・マン)でMK.Iを動かすのだ。

 

 このギア操作がとても難しく、操縦手が前進2段までギアを入れた後は変速手の操作に委ねることになるので、連携が上手く取れないとエンストが発生しエンジンを再始動しなければならない。

 

 当時のMK.Iには車内無線と言った気の効いたものは無く、エンジンが発する轟音と、射撃した後に発生する煙のせいで視界が奪われるという劣悪な環境下で連携を取らなければならなかったが、天明のMK.Iは車内無線通話を採用して連携を取りやすくしている。

 

 しかしMK.Iに乗って参加している1年生はギアチェンジのしづらさに慣れておらず、先に行ってしまう先輩たちに付いていくだけで精一杯だった。

 

 市街地では有利になるポジションを敵より先に陣取っておかなければならないので移動に時間を掛けたくない、しほは1年生に「周囲に警戒しながら後に続いて、私達は先に行くから」と言い残し、1年生が搭乗しているMK.Iを置いて先に進んで行った。

 

 

 20分後、天明側が予定していたポジションを押さえ、敵に対して待ち伏せ攻撃をするためにエンジンを止めて待機していた。

 そこへ遅れてきた1年生が合流し、予定していたポジションを押さえてエンジンを止めた。

 

 しほが搭乗しているMK.VIIIは後方を監視するため、味方が向けている位置と逆方向に車体を向けて停車している。

 エンジン再始動には時間が掛かるが、こうすれば敵に気付かれること無く奇襲攻撃が出来る。

 

 この位置は事前に東甲の試合を見て、どんな感じで進行してくるのかを予測した所だ。これまでもこの戦法で勝利してきたこと、そして今まで一度も失敗したことがなかったので、しほはこの作戦は絶対成功するという自信があった。

 

 

 ポジションを押さえて30分が経ったが、敵は一向に姿を見せなかった。

 敵の進行具合からしてもうこのルート通っているはず、しかし戦車のエンジン音はおろか影すら見えない。

 

 しほはあと10分待っても敵が現れなかったらポジションを変更しようと考えていた、その時天草が叫んだ!

 

「隊長!戦車のエンジン音です!敵が接近しています!」

 

 その報告を聞いたしほは味方に戦闘に備えろ!と指示を出し、指示を受けた味方は主砲に砲弾を装填し砲を正面に向けた。

 エンジンは始動させない、ここまで来て敵に気付かれてしまっては作戦は失敗に終わってしまうからだ。

 

 全ての準備が整った、後は奇襲を仕掛けるだけ。しかし、しほはここでおかしなことに気付いた。

 

 MK.VIIIは他の味方と反対方向に車体を向けている、にも関わらず最初に気付いたのは操縦手の天草だ。天草が最初に気付くことはあり得ない、つまり敵は今・・・・・

 

「エンジンを再始動して!ここから移動するわよ!」

 

 しほは突然エンジン再始動を指示した、味方は突然の作戦変更に戸惑いを隠せない。

 

「西住隊長!?本当に始動して良いんですか!?」

 

「良いから指示に従いなさい!!敵は()()()()()()()から来るわ!!」

 

 しほがそう叫んだ直後敵のA7VがMK.VIIIの目の前に姿を見せた!まだエンジンの再始動は出来ていない!そこでしほは主砲で反撃することにした。

 

「射撃用意!目標A7V!撃て!!」

 

 砲手は無我夢中で主砲の拉縄(りゅうじょう)を引いた!放たれた砲弾はA7Vの車体中央部に命中し、動きが止まった。

 

 エンジン部に当たったようで車体上部から白旗が上がった。同時にエンジンが再始動したのですぐにその場を離れた。

 

 ここまでしてしまった以上、敵の増援が来る前にここを離れた方が良い。天明陣は別のポジションを取るために移動を始めた。移動の最中に天草がしほに質問を投げ掛けた。

 

「敵はどうして私達の位置を知ったんでしょうか?あのポジションなら敵に気付かれるはずがないのに」

 

「黙って操縦して、別の作戦を考えているの」

 

「あ、すみません」

 

 しほは少し苛ついていた、完璧だったはずの作戦が失敗したことが納得出来なかったのだ。

 東甲に天明の動きは知らないはずなのに全く警戒していなかった後方から回り込んできたのだ。

 

 しほが立てた作戦に漏れは無かったはずだったが、遅れてきたMK.Iが見つかって後を付けられたという可能性があるので、今度は移動中に敵に見つからないようにするために纏まって行動し、周囲の警戒を徹底することにした。

 

 その最中、しほはA7Vが1輌だけで動いていたという事を頭に入れて作戦を練り直していた。

 

 移動を始めて10分後、新しい作戦を思い付いた。敵が移動しながらこちらの動きを探っているのなら、こっちも同じように動いて敵を探すという作戦だ。

 

 さっきのA7Vの動きを見て、敵は独立して行動していると考えられるので、移動中に遭遇した場合はその場で反撃して撃破する。

 

 そうすれば別に行動している敵に位置を知られても問題なく行動出来る。しほは「各個撃破作戦」と命名し、後方に警戒しながら前に進むように指示した。

 

 この作戦は当たりだったようで、敵が後方から来ることが無くなり正面から突っ込んできた1輌のLKIIを見事撃破することに成功した。

 これなら勝てるとしほは確信し、他の生徒の敵を撃破したことで士気も上がり始めたので、このまま天明が勝利すると誰もが確信していた。

 

 新しい作戦を実行してから3時間が経過したが戦況には全く変化が無く、ただ市街地の中をぐるぐると回っているだけで敵に遭遇することもなく、回り込まれることもなく、待ち伏せすらなかった。

 

 しほも代わり映えしない景色にもいい加減飽き始めていた。時間も残り僅かになってきたので、また待ち伏せでもして敵を撃破しようかと考えていた。

 

「隊長!1年生が搭乗しているMK.I86号車から敵の隊長車のLKIIが目の前を走行していると報告がありました!」

 

 天草から報告を聞いたしほは思わず大声で叫んだ。

 

「確かなの!?」

 

「はい!間違いないそうです!隊長車が掲げる青い旗も確認していると言っています!」

 

 全く戦況に変化が無かった中で、天明に絶好のチャンスが巡ってきた。ここで隊長車を叩けば指揮系統は混乱し、敵を一気に殲滅することが出来る。しほは興奮気味に新しい指示を出した。

 

「作戦を変更するわ!全車であの隊長車を追いなさい!絶対に逃がさないで!」

 

 天明は目の前にいる敵の隊長車を撃破するために全速力で後を追った。

 LKIIは天明の攻撃を避けながら逃げ続けていたが、攻撃が当たる度に少しずつ速度を落とし始めた。追跡を始めて10分後、LKIIが突然停車した。

 

 目の前は行き止まりだったので何か罠があるのかと周りを警戒したが、敵がいるような気配は全く無かったので目の前で停車してくるLKIIを撃破した。

 

 試合も後半に差し掛かった段階で隊長車を撃破出来たのは非常に大きい戦果だ、ここから一気に敵を殲滅出来ると慢心していた。

 

 しほが下がって敵を殲滅するぞ!と士気を上げるように大声で叫び、天明の生徒はおぉー!と元気良く返事を返した。

 

 敵を探すため、動き出そうとしたその時!パパパパ!と何かが破裂したような音が響き渡り、その直後に発生した白い煙が蔓延し、しほたちの視界を奪った。

 

 突然起きた異常事態に天明はパニック状態に陥った。しほのヘッドホンからはパニックになっている味方の声が聞こえてくる。

 

「煙のせいで周りが見えません!現在位置の特定不能です!!」

 

「何なのよこれ!みんな何処にいるの!?」

 

「怖いよぉ!!隊長ぉ!どうすればいいんですかぁ!!」

 

 何の前触れも無く突然視界が奪われることがこれほどまで恐怖感を煽ることになるとは思いもよらなかった、流石のしほでも身震いしてしまうほどだ。

 

 しかし隊長として冷静でいなければならないというプライドが恐怖心を押さえ込み、パニック状態になっている味方を鎮めるために声を上げた。

 

「落ち着きなさい!!全車周囲に警戒しながら後退して!ここは行き止まり、後ろに下がれば脱出出来るわ!」

 

 この異常事態に全く動じていないようにも感じられるが、しほも一杯一杯だった。

 視界が遮られる恐怖から目を背けるには皆を落ち着かせることをする、しほはその事しか考えられなかったが、その効果はあったようだ。

 

 パニックになっていた味方は冷静さを取り戻し、慎重に戦車を動かした。

 この状態では敵からの攻撃はないだろうと西住は考えていた。今は煙のせいで視界が遮られている状態、プロの戦車乗りでも旧式戦車で正確に狙い撃つのは困難だ。

 

 あと少しで脱出出来る、何事も無く順調に進んだのでほっと胸を撫で下ろした。しかし脱出直前になって敵からの砲撃を受け、MK.I86号車が履帯を切られて擱座してしまった!突然の攻撃に1年生は再びパニック状態に陥ってしまった!

 

「て、敵襲!!近くに敵がぁ!!!」

 

 パニックになっている声を聞いた他の乗員も「敵が出口を塞いでいる」、「敵がすぐそばに来ている」と思い込んでしまい辺りを闇雲に撃ち始めた。

 

 しほが落ち着かせようと声を上げるが、パニック状態の味方にその声は届かない。しほは旋回して出口付近を射撃してと指示したが、何処が出口なのか全く分からない。

 

 旋回中に砲弾が車体側面に命中したので砲手は目の前に敵がいると思い、砲を正面に向けて撃ち込んだ!射撃後にドーン!と大きな爆発音が聞こえたので敵を倒したと砲手は感じた。

 

 その直後、撃った方向からお返しと言わんばかりの攻撃がMK.VIIIを襲い、その内の1発がエンジン部に命中して擱座してしまった。

 

 MK.VIIIが白旗を上げると、アナウンスが「天明女子学園全車戦闘不能!よって東京機甲大学校の勝利!」と、「戦車狩りの天明」の敗北を放送した。

 

 しほはその放送が信じられず、戦車から降りて辺りを見渡した。視界を遮っていた煙は消えていて、擱座した味方の戦車だけが「敗北」を報せる白旗を上げていた。

 

 その光景を見たしほはへたへたとその場に崩れ落ち、空から追い討ちをかけるように雨が降りだした。

 

 

 天明の戦車が回収されていくなか、しほはその場から離れようとしなかった。傘もささず雨に打たれ続け、まるで服を着たまま川を泳いできたような格好になっていた。その姿を見かねて、副隊長の姫戸が傘をさして慰めるように声をかけた。

 

「西住さん。悔しいのは分かるけど、そろそろ行こうよ。皆心配してるよ」

 

 声をかけられたしほは何も言わずに立ち上がり、姫戸が持ってきた傘を受け取って小さな声で「ありがとう」と言って傘をさした。名残惜しそうに辺りを見渡してその場を去ろうとした時、姫戸が地面を指差しながらしゃがんだ。

 

「あれ?何だろう、これ」

 

 姫戸が指を指す所には直径50センチ弱の穴があり、小さな破片が散らばっている。姫戸は「何か爆発した跡かな?」と不思議そうに眺めていたが、しほはその跡を見ると突然叫んだ。

 

「姫戸!その破片を回収して!」

 

「え!?回収してどうするの!?」

 

「良いから出来る限り回収して!回収したら協会役員に見せるの!」

 

 雨が降る中、しほと姫戸はたった数センチしかない破片を回収していった。ある程度集めるとしほは姫戸と共に役員控え室に向かい、戦車道協会の女性役員に「話があります」と言って呼び止めた。役員はしほから破片を見せられ、首を傾げた。

 

「あの、これは何なの?わざわざ拾ってきたゴミを見せるために呼び止めたんじゃないわよね?」

 

「良く聞いて下さい。これはあくまでも私の推測ですが・・・・・これは()()()()()じゃないかと思っています」

 

 そばにいた姫戸は思わず「え!?」と大声で驚いた声を出してしまった。戦車道で戦車以外の兵器の使用は禁止となっている、もしこれが本当に地雷なら東甲は重大な規則違反を犯していると言うことになる。

 

 しほは破片を指差して必死に「これは地雷の破片です!」と訴えたが、役員は全く信じようとしない。

 

「あのねぇ、いくらなんでもこれが地雷の破片だっていうのは無理があると思わない?どこを見てこれが地雷の破片だって言い切れるの?」

 

「この破片は爆発で空いたと思われる穴から見つけたんです!どう考えても地雷か、それに近い爆弾によるものです!だから調べて下さい!お願いします!」

 

 しほは東甲の不正を暴きたかった。負けたことはショックだが、天明の敗北が相手の不正行為によるものなら納得出来るはずがない。

 

 何より戦車道の試合には出来るはずがない跡まで残っていたのだ、しっかり調べて白黒付けて貰いたかった、しかし役員の答えは同じだった。

 

「これは地雷の破片だって断定出来ないわ。この悪天候じゃ爆発した跡も残っていないだろうし、調べようがないわ」

 

「せめてこの破片だけでも調べて下さい!お願いしま・・・・・」

 

「いい加減にして!そうまでして敗北を認めないつもり!?この破片も地雷の物かすら怪しいし、地雷なんて仕掛けるわけないでしょ!!」

 

 役員はしほを怒鳴り付けると早足で控え室を出ていってしまった。

 敗北を認めたくなかったわけではない、ただ白黒付けたかっただけなのに・・・・・そう考えると抑えていた感情が高ぶって涙が溢れ、足元にぽつりぽつりと落ちていった。

 結局東甲の不正を暴けぬまま、最後の戦車道の試合は幕を閉じた。

 

 試合を終えてから1週間後、気持ちが晴れない西住にさらに追い討ちを掛ける出来事が起きた。

 

 天明戦車道科の1、2年生30人が戦車道科を去ったのだ、その中には西住と東甲の試合に参加した生徒も含まれている。

 

 辞めた原因は、想定外過ぎる異常事態を体感したり目の当たりにしたことで戦車道に対して大きな恐怖感を抱いてしまったからだという、天草が言っていた東甲の噂は本当だった。

 

 30人も辞めてしまったがこれからの試合に大きな影響はないらしいが、引退する3年生にはショックなことだった。

 中には3年生の説得で思い止まった生徒もいたが、30人も辞めてしまったことは大きな痛手だった。

 

 西住はもう引退した身なので余計な口出しをしないようにしようと考えていたが、本音はあの試合から目を背けたかったのだ。

 天明に入学して初めて味わった敗北、視界を奪われた恐怖、思い出したくないことばかりだった。

 

 その思い出から逃げ出したかったしほは、天明女子学園卒業後陸上自衛隊の機甲科に入隊。自衛隊なら改めて0から戦車のいろはを学べると思ったのだ。

 

 しほが卒業して5年後、「天明女子学園」は「黒森峰女子学園」に改名し、保有する戦車もイギリス製からドイツ製に変更、制服も全て一新され天明女子学園は事実上廃校となった。

 それから十数年後、西住まほとみほが黒森峰戦車道科に入学することになる。2人はこの黒森峰が、母であるしほが通っていた天明女子学園だったことは知らない。

 




「今回も最後まで読んで頂きありがとうございます!4号戦車装填手の秋山優香子であります!」

「同じく、操縦手の冷泉朝子だ。それにしても・・・・・あのしほさんにそんな過去があったとは、驚きね」

「本当ですねぇ。あ!て言うかそれどころじゃないですよぉ!一気に味方減っちゃったんですよ!これから私達どうなっちゃうんですかぁ!」

「私は何とかなると思うけど・・・・・あ、読者の皆さん、感想と評価宜しくお願いします。ではまた次回」


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mission13 異常事態の正体

前回のあらすじ

試合を観戦していたしほは、小百合と初めて試合をした時のことを思い出していた。
高校生活最後の戦車道の試合になるので「悔いの残らない良い試合にしよう」と意気込んでいたが、結果は味方全滅でしほが敗北してしまう。

が、敗北の要因は爆発と煙で視界を奪われたことで混戦になってしまったからだった。しほは試合中に起きたこの異常事態に納得出来ず、協会役員に直訴しに行ったが受け入れて貰えなかった。

当時のしほと同じ状況に立たされた合同チームは、どうなってしまうのか?


市街地エリア 模擬戦車工場

 

 現在、合同チームは福田が3号戦車H型を引っ張り出した模擬の戦車工場に逃げ込み、じわじわと迫る恐怖に怯えていた。

 

 残った戦車は大洗の4号戦車、ポルシェティーガー、ルクス、チリ改、M3、黒森峰のティーガー1、プラウダのKV-2、IS-3、聖グロのトータス、サンダースのM4シャーマン、知波単の95式軽戦車、アンツィオのセモヴェンテM41。

 車輌は兵員輸送車のホハ、サイドカーの陸王、オートジャイロのカ号だ。

 

 聖グロにはあとMKIVがあったが、トータスの乗員がこれ以上の戦闘続行を辞退したので、サティーらが乗り換えて使用することにしたのだ。

 そして周囲警戒のため黒江琴羽と琴音、遠井(スコープ)に偵察に行かせて情報を待っていた。

 

 その間に宗谷は誰にも話さず姿を消していた。一気に味方が減り、いつ負けてもおかしくない危機的状況に耐えられなくなったのだろうか。最後に見かけた水谷の話だと、ヘルメットを深く被って憔悴した顔で歩いていたそうだ。

 

 歩兵団員は自分の武器を磨いたり点検したりしていたが、意気消沈しているかほたちが気掛かりだった。

 彼女たちはこの戦車工場に逃げ込んでからずっとこの調子で、深憂に堪えない状態だった。

 

 チリ改の乗員と歩兵団員が彼女達の気持ちを案じて話しかけたりしてみたが、返事を返してくれない。

 その様子を見ていた赤坂(マガジン)は、この状態から立ち直らせるには「そっとしておいた方がいい」と顧慮し、男子組には周囲の警戒、戦車と武器の点検をするように命じた。

 宗谷がいない今、指揮権は赤坂(マガジン)に委ねられている。何気なく外を見ると黒い雲が空を覆い、滝のような豪雨が降り始めた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

市街地エリア

 

 一方ルクスは周囲の偵察を済ませた後、別件で頼まれた任務を遂行するため、豪雨が降る中快速に飛ばしていた。

 行き先は合同チームがほぼ全滅してしまった行き止まりだ。

 赤坂(マガジン)から「あの異常事態には大きな疑問がある、さっきの場所に戻って何か残っていないか見てこい」と遠井(スコープ)に命令したのだ。

 

 命令を受けた遠井(スコープ)は「何か残っていないか」という大雑把な情報だけで何を見つければ良いのかと、それだけを考えていた。

 暫くして、漸く目的地に到着した。やられた味方の戦車全て回収されて何も残っていない。

 遠井(スコープ)がハッチを開けて周囲を軽く見渡す。空から降ってくる大粒の雨がルクスの車体に叩きつけ、地面は人が歩くには良好とは言えないほどぬかるんでいる。

 

「うわ・・・・・酷い天気、ついてないなぁ」

 

 陰鬱な気持ちで空を見つめる遠井(スコープ)に、琴音が雨に打たれながら急かした。

 

「そんな事は良いから早く済ませてよ。敵が戻って来るかも知れないんだから」

 

「ったく、この大雨で濡れるのは僕何ですけど・・・・・」

 

 遠井(スコープ)は嫌々ルクスから降りると辺りを踏査していった。

 スコップを使って怪しい所を掘ったり、周りを一周したりしたがめぼしいものは見つからない。

 

 出てくるのは戦車のものと思われる破片だけ、「こんな所に何も残っていないだろう」、そう思いながら地面を蹴っていると突然足に何かが引っ掛かった。

 

 しゃがんで見ると土に埋もれていたので、スコップで軽く掘り起こしてみた。

 出てきたのは鉄製で丸型、直径は約50センチ、中心部には怪しげな突起物が付いている人工物だった。目を凝らして見たことで瞬時に理解した、これは地雷だ!

 

「うわぁ!!じ、地雷!?」

 

 目の前に現れた地雷に驚いて転倒してまい、泥だらけになってしまった。

 動転しながら周りを見ると、自然に出来たものとは思えない穴が幾つもあり、側には小さな破片が散らばっている。

 

 この地雷が原因であることは明白だった。遠井(スコープ)は地雷を目の当たりにして慄然し、少しずつ後ずさりしながら距離を離していったが、その足は途中で止まった。

「この地雷を処理して持ち帰れば、相手の不正を暴ける」、そう思ったのだ。狙撃が彼の主任務だが、まだ近衛に在学していた時に地雷仕組みと処理のやり方を教わったことがある。

 

 持ち合わせの道具では心もとないが、いつ敵が来てもおかしくない状況で議論をしている暇はない。

 早足でルクスに戻ると、持ってきた道具を手に取った。無言で行動する遠井(スコープ)に琴音が何をするのか聞き出そうとする。

 

「ね、ねぇ?突然道具を持ち出して何するの?」

 

「今から地雷の信管除去作業を始めます。危険ですから作業が終わるまでここから動かないでください」

 

「じ、地雷!?何ふざけたこと言ってるの!?」

 

「ふざけていません、とにかくここから一歩も動かないで」

 

 琴羽が不安になって止めに入ったが遠井(スコープ)は聞く耳を持たず、早足で地雷が埋まっている所へ戻っていった。

 

 地雷の目の前に着くと、持ってきた道具を広げて深く深呼吸をした。今目の前にあるのは対戦車地雷、古典的なものであれば信管に一定の圧力が掛かることで起爆する感圧起爆(かんあつきばく)方式

 

 この方式であればちょっとした衝撃では起爆しないが、中には信管が複数付いていたり、少し傾けるだけで起爆するものもあるので注意が必要だ。

 

 信管の頭は6角のボルトで造られているようなので、この部分を外せば起爆しなくなる・・・・・と、頭では分かっているが手が震えたまま動かない。

「信管を動かした瞬間爆発したら」、「上手く除去出来なかったら」と、最悪の結果ばかり考えてしまう。しかしここまで来て引き下がる訳にはいかない。

 最悪な結果を考えないようにするために、信管に工具のレンチを掛けた!

 

 きちんと信管に工具が掛かっているか確認すると、震動で起爆しないように少しずつ力を入れて回していく。

 レンチを握る手には汗が滲み、緊張で小刻みに震えている。

 少し回したら一旦止めて、また少しだけ回す、時間が掛かるが一番安全な方法だ。漸く1周回したが、信管は1ミリも浮いていない。もう1周すれば浮くかもしれない、そう考えて再び回し始めた。

 

 2周目が終了したがさっきと全く変化は無い。2周させて変化がないとなると、ネジがなめて抜けなくなっているかもしれない。

 もしそうなっていたら工具で外すことは出来ない・・・・・思わず「くそっ」と言いながらレンチを地面に叩きつけた。

 

 見るからに怪しいものは目の前にあるのに持って帰れない、そう思うと悔しくてたまらない。

 

「くそっ何で・・・・・証拠は目の前にあるのに・・・・・ん?」

 

 その時、「工具で外せないなら手で回してどんな感じなのか感覚を掴んでみよう」と名案が浮かんだ。

 

 一定の圧力が掛からなければ起爆しない、それなら信管に直接触れても問題無いはず。

 そう思って信管にそっと手を掛けて半時計周りに回した、しかし手応えがない。もしやと思い、そっと上に引き上げてみると何の引っ掛かりも無くすぽっと抜けてしまった。

 

「あ、あれ・・・・・?抜けちゃった」

 

 見た目はちゃんとした地雷なのに、肝心の信管がこんなに簡単に抜けてしまうという想定外の事態に声が出なかった。

 信管本体にも地雷にもネジは切られておらず、見た目道理()()()()()()()だけだった。

 

 それが分かると今まで張り詰めていた緊張の糸がきれ、大きなため息が出た。その様子を見ていた琴羽が駆け寄って声をかけた。

 

「ね、ねぇ?除去出来たの?」

 

「・・・・・出来ました・・・・・ほら」

 

 どっと押し寄せてくる疲労感を感じながら琴羽に信管を見せると、地面から地雷を持ち上げた。

 簡易的な見た目に反してそこそこの重さがある。その地雷を見た琴羽は、目の前にある地雷を不思議そうに眺めた。

 

「これが対戦車地雷?何でこんなに物がここに?」

 

「分からないから、このまま持ち帰ってラントミーネに見て貰いましょう。地雷の事ならあいつの方が詳しいですから」

 

 地雷を持ってルクスに戻ろうとしたその時、戦車が発する爆音が響き渡った。

 

 音の発信源は今いる行き止まりの向こう側から聞こえている、耳を済ませて聞いていると爆音が鳴り止んだ。

 囲んでいる建物には人が通れる隙間が開いていたので、遠井(スコープ)が琴羽に地雷を預けて「ここで待って」と言いつけて様子を見に行った。

 

 隙間を通り抜けると、その先にはアメリカの試作重戦車T29が停車し、周りに傘を持った乗員と思わしき影が見える。会話をしているようなので耳を傾けた。

 

「はぁ、何で重戦車で偵察しないといけないの?普通軽戦車か中戦車がすることでしょ?」

 

「仕方ないでしょ、今は重戦車しかないんだから」

 

 どうやらこちらと同様に偵察をしているらしい。辺りを見渡すと「ここも異常無し」と言って戦車に戻っていった。

 

「それにしても相手が気の毒だわ。種島隊長の作戦のせいで友軍が一気に減らされたんだもの。

 一時休戦にしてあげる何て言ってたけど、この休戦が終わったら私達の重戦車隊にボコボコにされるのよね。隊長車はあの()()()()()()()()()し、何も出来ずに終わるわよ」

 

「相手に同情なんて無用よ。そんな事より早く次のエリアに向かわないと時間無くなるわよ」

 

「同情なんてって言うけど同情するわよ。だって私達にとって()()()()()()()()仕掛けてんだから」

 

 彼女たちの会話を聞いていた遠井(スコープ)は、種島はこちら側が不利になるような戦いをしていたと確信した。

 T29がいなくなったこと確認するとルクスに向かって走り出した。この重要な情報を早く届けなければならないからだ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

観客席

 

 観客らは突然降り始めた大雨を凌ぐため、敷いていたシートを被って観戦したり、屋根がある場所に避難して雨を凌いでいた。

 雨は降らないという予報だったからか傘を持っていない人の方が多く、今の状態だとは大きな動きは無いだろうと思ったのだろう、数分足らずで観客席はほぼ空になった。

 

 観客はほとんどいなくなったが、みほ、杏、まほ、しほ、小百合の5人は傘をさして席に座っていた。試合が急転することもあり得るため、なるべく席から離れないようにしているのだ。

 

「種島と初めて試合をした時にも・・・・・あんな煙が上がっていた・・・・・」

 

 モニターを見ていたしほが思い出したかのように呟いた。あの時、納得出来なかった試合と同じ光景、忘れようとしても忘れられなかった光景・・・・・しほは爪が手のひらに刺さるぐらいに強くこぶしを握りしめながらまほに言った。

 

「まほ、みほと角谷さんを連れてここから離れてくれないかしら。種島と2人きりで話がしたいの」

 

「え?急にどうしたんです・・・・・」

 

「何度も言わせないで!!良いから連れてい来なさい!!」

 

 しほはまほに対してものすごい剣幕で怒鳴り散らし、側にいたみほと杏は今までに見たことがないしほに愕然としていた。

 

 ただ事ではないと察したまほは、言われた通りみほと杏を連れて席から離れた。周りに人がいなくなったところを見計らって、しほが話始めた。

 

「種島・・・・・あなた覚えているかしら、私と初めて試合をしたときのことを」

 

「なんです?藪から棒に。覚えていますよ、()()()()でしたね」

 

「良い試合でした・・・・・?私にとっては思い出したくないほど酷い試合だった!忘れたくても忘れられないくらいに・・・・・」

 

「あら、それはお気の毒に。でも、今さらになって何故その話を?」

 

「私はずっと疑念を持ってたのよ。突然起きた謎の爆発、やられた場所に残っていた破片、視界が殆ど無い中での正確な射撃・・・・・どう考えても納得出来ないことばかりだった。

 当時の協会役員には相手されなかったけど、ずっと調べてきたわ。

 あの時のことを調べれば調べるほど懐疑は確信に変わっていった、あなたが何か仕組んだことは明確なのよ!」

 

 小百合はしほの問い詰めにも全く動じていなかった。10秒ほど無言が続いたあと、小百合が大きな溜め息を付いて話始めた。

 

「何か勘違いしているみたいですけど、私が仕組んだという証拠があるんですか?それに私自身当時のことは良く覚えていないんですよ。変な言いがかりは止めてくださいよ」

 

 何も覚えていないと否認されたが、小百合の言うことにも一理ある。小百合が仕掛けたと言う証拠は残っていないのだ。

 あの時かき集めた破片は、高校卒業と同時に処分してしまったので何も残っていない。

 そう考えるとこれ以上何も言えなかった。しほはこの怒りを何処にぶつければ良いのか分からず、ずっと握りしめていたこぶしをベンチに叩きつけた。

 

 そしてその様子をみほ、まほ、杏は見ていた。しほの様子が今までと違っていたこともあり、喧嘩になってしまうのではと危惧していたのだ。

 会話を聞いていた3人は、この気まずい空気をどうやってやり過ごすか、考えさせられることになってしまった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

模擬戦車工場

 

 あれからかなりの時間が経った。意気消沈していたかほたちは漸く立ち直れたようで、少しずつ会話の声が聞こえてくるようになった。

 その様子を見た男子組はほっと胸を撫で下ろした。後は偵察に出ているルクスとが無事に戻ってくることを祈るだけだ。その時、外を見張っていた(ガトリング)が叫んだ。

 

「車両接近!正面!!」

 

 歩兵団員が武器を片手に入り口に集まって外を確認したが視界が悪く、識別が出来ない。

 迫ってきた車両は進路を変え、裏側へ回っていった。姿が確認出来なくなってエンジン音だけが響いていたがその音はピタリと止み、今度はシャッターを叩く音が聞こえてきた。

 

「僕だよ、スコープだ」

 

 遠井(スコープ)だと名乗る声を聞いた赤坂(マガジン)が返答する。

 

「合言葉を言え」

 

「あ、合言葉?そんなの良いから開けてよ」

 

「良いから言え、まさか忘れたなんて言うんじゃないだろうな?」

 

「分かった言うよ。えーっと、『戦闘隊十一班の十一は、武士の士』」

 

「よし今開ける。ドライバー、上げろ」

 

 酒田(ドライバー)にシャッター開閉用のボタンを押すとギシギシと軋みながら上に上がり始める。半分まで上げるとシャッターを止め、ルクスを中に誘導しながらシャッターを下ろした。

 

 遠井(スコープ)が着替えている間、赤坂(マガジン)が琴羽と琴音に現状を聴取した。

 

 敵の方も偵察しているようで、目立った動きはしていないこと。そして偵察していたT29の乗員が「隊長車が『レーヴェ』という戦車に変わった」ということ。

 

 報告を聴取した赤坂(マガジン)は聞き慣れない名前に首を傾げた。種島は重戦車に対して強いこだわりを持っているので、試作車か計画段階で終わった戦車の可能性が高い。

 

 その会話を聞いていた秋山優香子が兢々とした表情で「レーヴェ」について答えた。

 

「『レーヴェ』はティーガー2の後継車両になるはずだった重戦車です。

 試作番号『VK7001』、制式採用されれば『VII(7)号戦車』という名前で量産される予定でした。

 重量72トン、避弾経始に優れている丸みを帯びた砲塔に70口径10.5㎝戦車砲一門搭載、エンジンは出力700馬力を誇るマイバッハ製HL230水冷式V12気筒ガソリンエンジン、最大速度は約30㎞、装甲は正面100㎜、側面でも80㎜あります。

 ヤークトティーガーよりも厄介な戦車です」

 

 これまでの流れから重戦車であることは察していたが、優香子の説明を聞いて勝算は消えたような気がした。

 少々補足させてもらうと、優香子が話した性能は設計を担当した『クルップ社』が最終設計案として提出したもので、この案に以外にもエンジンを中央に、砲塔を後ろに配置するという案もあった。

 最終設計案ではエンジンを後方に配置して砲塔は中央に配置することになっていた。

 しかしライバルである『ポルシェ社』がレーヴェよりも性能を上回るVIII(8)号戦車マウス』の案を出したことと、敗戦色が濃くなり始めた状況で無駄に重戦車を作らない方が良いという判断から後者の『マウス』の試作を優先させることになり、レーヴェは試作車が完成する前に没案となってしまった。

 

 周りが絶望感に支配され始めた時、着替え終わった遠井(スコープ)がルクスから例の物を見せた。

 それを見たかほたちはこの試合で最も驚怖することになる。そう、先程解除した対戦車地雷だ。その地雷を見た栞が怖気づきながら尋ねた。

 

「ね、ねぇ・・・・・もしかしてそれって地雷!?」

 

「ええ、でも信管は除去していますから起爆しません。これは混戦になってしまったあの行き止まりで見つけたんです。

 近くに穴が幾つも空いていて、小さな破片が散らばっていた。つまり、この地雷が混乱を引き起こした原因だと思ったので持って帰ってきたんです」

 

 説明を終えると、赤坂(マガジン)地雷をそっと渡した。何かの拍子に爆発する可能性があるからだ。地雷を受け取った赤坂(マガジン)は「やっぱりか」と溜め息をつきながら呟くと、ラントミーネに解析を頼んだ。

 

 解析を頼まれた羽田(ラントミーネ)は除去した信管と一緒に地雷を分解し、隅々まで精査していった。

 5分後、羽田(ラントミーネ)は呆然としながら分解した地雷を見つめた。(ゲヴェア)が肩を叩いて何があったのか尋ねる。

 

「おい、どうなんだ?」

 

「確かにこれは対戦車地雷・・・・・と言いたい所だが、地雷とは思えない代物だな」

 

 分解した地雷を「地雷とは思えない」と批評すると、各部分を指差ししながら説明を始めた。

 

「まず火薬の量だ。このサイズだと約2㎏~9㎏ほど火薬が詰め込まれているはずだが、この地雷はせいぜい1㎏弱しか入ってない。

 この程度じゃ戦車の破壊は困難だろうな。次に信管、スコープが除去してくれた信管は感圧方式、ここまでは普通の地雷と変わらないが、この信管にはネジが切られていない。

 これだと簡単に抜けちまうからわざわざ除去しなくても起爆しなくなる可能性がある。

 

 最後にこの黒い粉だ。これは黒色火薬(こくしょくかやく)って言って、木炭、硫黄、硝酸カリウムの3つの成分で出来ている、14世紀中期から銃や大砲の装薬で使われていたんだ。『無煙火薬』が出来てからは普及しなくなったけどな。

 

 この火薬は取り扱いを誤れば自分の身が危うくなる。火、静電気、摩擦、衝撃には敏感で、着火したら()()()が出る、この煙を吸ったら中毒症状が出るから取り扱いには要注意だ。

 しかもたった3つの成分で出来ているから作成も難しくない。最後に吸湿性が高い、一度水を吸ったら使えなくなるんだ。

 乾かせばまた使えるけど、この火薬は湿気てる。湿気対策が全く出来ていない証拠だ」

 

 元近衛の男子組は地雷の構造、用途が理解出来るので「地雷とは思えない」と批評することには納得出来た。

 かほたち女子組には理解が追い付かず首を傾げてばかりだが、「地雷としては役に立たない」ということは理解した。羽田(ラントミーネ)は説明を続ける。

 

「以上の点を踏まえると、これは『地雷の見た目をした煙玉』だ。用途としては爆轟と煙で混乱させるためだと推察出来る。

 地雷は爆発すれば破片だけになるし、日本で地雷の製造は禁止されているから『地雷を仕掛けるなんてあり得ない』という概念も相まってこの地雷の存在は闇の中に葬ることが出来るわけだ。

 起爆しなかったのは誤算だったみたいだがな。何か質問は?」

 

 全ての説明が終わると同時に、(ゲヴェア)が4号戦車の装甲を思いっきり殴って怒りに声を震わせた。

 

「くそったれ!あいつらは正々堂々と戦う気ねぇのか!!」

 

 相手の不正行為に対して激しく義憤を感じている(ゲヴェア)牧野(ロケット)が慌てて宥める。

 

「おい!怒りたくなる気持ちは分かるが落ち着け!」

 

「落ち着けだと!?こんなことされて落ち着いていられるか!ラントミーネ!地雷寄越せ!本部に直訴しに行って、相手の不正を暴いてやる!」

 

「それは無理だと思うぞ。学校の頭文字か校章、これを作ったメーカーのロゴでもあれば不正として訴えることが出来たかもしれないが、この地雷にはそんなものがないからしらを切られるだけだ。

 下手したらこっちが名誉棄損で訴えられるぞ」

 

「じゃあどうすれば良いんだよ!味方は半分以下まで減って、相手は重戦車だけ!このままじゃ負けるぞ!!」

 

 激怒している(ゲヴェア)に対して、羽田(ラントミーネ)は冷静に話を続けた。

 

「頭冷やせよ。まだ負けたと決まった訳じゃない、逆転出来るチャンスはいくらでもあるだろ?こっちは歩兵に軽戦車に中戦車も残されている。

 この利点を最大限に発揮すれば重戦車なんて目じゃない。西住みほ教官もさまざまな戦術組んで戦ってきた、教官たちに出来て俺達に出来ない筈はない!今こそ一致団結して戦うべきだ!宗谷のためにも!」

 

「有り難うラントミーネ、その気持ちだけで十分だ」

 

 後ろから声がしたので振り向くと、ずっと姿を消していた宗谷がずぶ濡れになって立っていた。ずっと宗谷のことを案じていたかほが駆け寄った。

 

「宗谷くん!何処に行ってたの!?急に居なくなったから心配していたんだよ!!」

 

 宗谷は悲憤のあまり涙を流すかほを宥めると、皆の前で突然頭を下げた。

 

「隊長として全員に謝らなければならない。俺が過去に決着をつけなれなかったせいで、危険な目に合わせてしまった。

 今から離脱したい人は離脱しても構わない、チリ改だけになっても良い。本当に申し訳ない・・・・・」

 

 頭を下げて謝罪する宗谷、すると福田がポンと肩を叩いた。

 

「宗谷、それは愚問だぜ。ここまで来たのに離脱なんてしないさ、最後の最後まで戦うぜ。そうだろう、みんな!!」

 

 問いかけるように声を上げると、その声は倍になって帰ってきた。誰一人として「離脱する」とは言わななかった。

 

「みんな・・・・・有り難う、本当に有り難う・・・・・」

 

 周りの優しさに思わず涙が込み上げてくる。涕涙で頬を濡らす宗谷を宥めると、張り切って作戦を立て始めた。

 まだ勝算は残されている、そう信じて。

 




「今回も最後まで読んでくれて有り難う!チリ改副砲砲手の水谷だ!」

「それと、同じく副砲装填手の北沢です!それにしても今回はとんでもない物が出てきたなぁ」

「まったくだ。まさか地雷が出てくるとは夢にも思わなかったぜ」

「これから俺達どうなっていくんだろう、なんかお先真っ暗になってきだしたよ・・・・・」

「何言ってんだ!ここから俺達のペースに持っていかないといけないんだぜ!不安になっている場合じゃないぜ!」

「そ、そうだね。勝利のためにも頑張らないと!最後に感想、評価を宜しくお願いします!ではまた次回!」




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mission14 5個小隊、出撃せよ!

前回のあらすじ

合同チームを混乱に陥れた原因を探る為、歩兵団の狙撃手の遠井(スコープ)と偵察戦車ルクスが探索のために出撃し、現場で対戦車地雷を発見してしまう。

地雷を解析した羽田(ラントミーネ)は、この地雷の破壊能力はほぼ皆無で爆発して煙を発生させるものだと説明した。
相手の不正行為を報告しようと考えた者もいたが、羽田(ラントミーネ)は宗谷のために今は試合に勝つことを優先すべきだと主張する。

合同チームは反撃の作戦を立てようとしていた。



市街地エリア

 

『優衣、なぜ負けたの?しかも相手は戦車道の素人に負けるなんて』

 

『まさか曲射弾道を利用してエンジンを攻撃するなんて思わなかった!それさえなければ私が勝ってた!』

 

『この後に及んで負け惜しみは止めなさい!あなたは私が引き取った子なのよ!

 いずれはこの種島流を引き継いで貰わなければならない。負けは許されないのよ、分かったわね』

 

『はい・・・・・ごめんなさい・・・・・

 

「種島隊長、種島隊長?」

 

 車長の席に座っている優衣は砲手に起こされた。囮として使ったヤークトティーガーがやられた後、このレーヴェに乗り替えて休憩していた。その間に眠ってしまったようだ。

 

「大丈夫ですか?大分うなされていたみたいですけど」

 

「・・・・・大丈夫よ。余計な心配しないで」

 

 大丈夫とは言ったが、思い出したくなかったことを夢で見たので寝覚めは最悪だった。

 夢に出てきたのは、宗谷と初めて試合をした5年前のことだ。戦車道の長い歴史の中で、男子が戦車道に出場するという初の試みでもあった。

 優衣の頭の中には、その時の記憶が鮮明に残っている。

 

 

 5年前、宗谷率いる近衛選抜チームと試合をしたあとのことだった。

 相手の戦車は1式中戦車チヘ、対して優衣のチームは重駆逐戦車ヤークトティーガーで出場した。

 初めは優勢だったが、宗谷が曲射弾道を使った攻撃を実施したことでエンジン部を破壊、ヤークトティーガーはたった1発の攻撃で白旗を挙げた。

 

 絶対勝てると自信を持っていた優衣は、予想外の攻撃でやられたことに納得出来なかった。

 小百合も予想していなかったが、「種島流に敗北は許されない」と優衣を一喝した。

 

 その試合のあと、優衣は「絶対に負けない戦車道をする」という理由で、小百合に学園の改革を手伝って貰うことにした。

 小百合はその考えに賛成し、協会役員の立場を利用して学園を変えていった。もう2度と、敗北を味あわないために。

 

 学園改革を思い立ってから、宗谷を引き抜こうと考えた。何をさせようとしていたのかというと、戦術の指導を任せようとしていたのだ。

 試合をした1週間後、優衣は近衛を訪ねて宗谷を勧誘をした。

 

「お願い!あなたの戦術があれば、私たちは1つ上のレベルに進化出来るの!」

 

 試合をした時とは正反対の態度で勧誘をする優衣に、宗谷は軽く溜め息をついてはっきりと断った。

 

「悪いがお断りだ。俺は近衛の中等科を卒業したら志望している学園に行きたいんでね」

 

「私が通っている学園はあなたが志望する学園よりずっと良い。戦車は良いものを揃えてるし、優秀な生徒ばかりよ」

 

「・・・・・お前、あの時俺が言った言葉を全く理解していないようだな。

 お前には足りないものがあるって言ったはずだぞ」

 

「私に足りないものなんてない!最強の戦車に無敵の流派、これ以上何が必要なの!?」

 

 優衣が問い詰めたが、宗谷は呆れた表情を見せて背を向けた。

 

「今のお前に答えを言っても無駄だ。

 俺はとある学園が見せた逆転劇を見て自分に足りないものに気付いた。

 お前もその逆転劇を見れば、その何かに気づくんじゃないか」

 

 溜め息まじりにそう言い残すと、背を向けたまま手を振って宿舎の方に歩いていった。

 優衣は「絶対に引き抜いてやる」と呟き、その場を後にした。

 

 それからというもの、1週間に1回は必ず宗谷を訪ねては勧誘をしたが宗谷の答えは変わらなかった。

 

 半年後、東京機甲大学校は『東京パンツァーカレッジ』という名前に改名し、改革後は負け知らずの無敵の学園となった。

 対して近衛機甲学校は、生徒数減少と防衛学校削減という理由から廃校になり、優衣は宗谷の居場所が分からなくなってしまった。

 

 そして4年後、宗谷が新しいチームを結成して大洗女子学園と戦車道に出場したことを知り、漸く居場所を突き止めることが出来た。

 その時は優衣も戦車道の大会に出場していたので再会するのに時間が掛かったが、居場所を特定出来たのは大きな進展だった。

 

 

 そして今、東京パンツァーカレッジは優位な状況で試合を進めてきた。

 しかしその状況を進められたのも、スポーツマンシップの風上にもおけないほど卑怯な手を使ってきたからだ。

 今回の試合で歩兵の出場を認めたのも、こうした手を使えば勝てると確信していたからだ。

 

 優衣が目を擦りながら砲手に現状を聴衆する。

 

「それで?敵の様子はどうなの?」

 

「今のところは動きありません。偵察に出ているT29からは敵を発見したという報告はありません」

 

「そう・・・・・そのまま偵察を続けて。敵を発見したらすぐに報告するように伝えて」

 

 種島はそう言い付けると、気分転換のために外の空気を吸おうと思ってハッチを開けた。が、外はあいにくの雨模様だったので余計に気分が悪くなった。

 

 

 

市街地エリア 模擬戦車工場

 

 合同チームは各戦車の車長らを集めて作戦を練り直していた。

 相手は重戦車しか残っていない、更に隊長車は試作重戦車の『レーヴェ』に変わっている。

この戦車に関しては、ヤークトティーガーよりも厄介な戦車だと秋山優香子は話している。

 

 今のところ重戦車はT26しか見ていないが、このレーヴェ意外にも未確認の戦車がまだ残っている可能性は十分考えられる。

 作戦を立てる上では少々材料不足気味なので臨機応変に対応することが求められる。

 

「さて、どうやって攻めるか・・・・・」

 

 宗谷は地図を拡げてそう呟いた。敵の戦力が不明な今、どのように立ち回るかが悩みの種だった。

 悩んでいる宗谷に、西住かほが提案を持ちかけた。

 

「宗谷くん。考えたんだけど、敵陣の奥深くにラントミーネさんとゲヴェアさんを送りこむのはどうかな?

 戦車で行くより目立たないし、詳細な情報が簡単に手に入ると思うんだけど」

 

 ラントミーネとゲヴェアは特殊訓練を受けている、敵陣の偵察は容易に行えるはず。宗谷はその案を承認することにした。

 

「よし、それでいこう。敵陣までの輸送はカ号にさせよう」

 

 これで敵の大まかな戦力は把握出来るはず、後は味方の立ち回りだ。宗谷は突然紙きれを出して何かを書き始めた。

 書き終わると、紙きれを見せながら説明をする。

 

「味方の動きだけど、残りの戦車と歩兵団員を混合させた小隊を組んだ。

 歩兵を組ませたのは敵戦車の早期発見のためだ。

 それと偵察専用の部隊もあるから確認してくれ」

 

 車長らはその紙きれを見て、宗谷が命名した小隊名と共に行動する歩兵の名前を確認した。

 

 

 アンコウ・タイガー小隊 

 戦車 ティーガー1・4号戦車 

 歩兵 青山(あおやま)(りゅう)(メディック)・(たつ)淳司(じゅんじ)(ガトリング)

 

 

 アメリカ・ヒノマル小隊 

 戦車 M3中戦車・M4中戦車シャーマン・95式軽戦車ハ号 

 歩兵 牧野(まきの)(ただし)(ロケット)・遠井(とおい)(すばる)(スコープ)

 

 

 パスタ・キャット小隊 

 戦車 セモヴェンテM41・2号戦車ルクス 

 歩兵 灘河(なだかわ)(まもる)(ボンベ)

 

 

 シベリア小隊 

 戦車 KV-2・IS-3 

 歩兵 赤坂(あかさか)(のぼる)(コマンダー・マガジン)

 

 

 エレキ・シェル小隊 

 戦車 ポルシェティーガー・重駆逐戦車トータス 

 歩兵 田所(たどころ)(つよし)(ラハティ)・水原(みずはら)(ひかる)(ウッドペッカー)

 

 

 航空偵察 P(パンツァー)S(セーフティ)C(コマンドー)羽田(はだ)進介(しんすけ)(ラントミーネ)、(はやし)隼田(しゅんた)(ゲヴェア)輸送 

 カ号観測機・操縦 水谷仁

 

 

 周囲警戒・偵察 

 97式側車付自動2輪車『陸王』・操縦 福田彰 

 

 

 1式半装軌装甲兵車ホハ・操縦士酒田伴(キャプテン・ドライバー)・5式中戦車チリ改 別行動

 

 

「ねぇ、ホハとチリ改だけ『別行動』って書いてあるんだけど?」

 

 かほが1番最後に書かれている『ホハ、チリ改別行動』と書かれていることを尋ねると、宗谷はこう答えた。

 

「あぁ、それに関して何だけど、偵察の為に福田と水谷が離れてチリ改の能力を発揮出来なくなるからホハの護衛をしながら行動することにしたんだ。

 

 だから少しの間は後方支援という形になるけど、宜しく頼む。じゃあ各小隊ごとに分かれて作戦を立ててくれ。出撃は30分後だ、解散!」

 

 車長らは一緒に組む歩兵団員を呼んで作戦を立て始めた。

 

アンコウ・タイガー小隊

 

 かほは一緒に組む(ガトリング)青山(メディック)を呼び、作戦を説明した。(ガトリング)はやる気十分だ。

 

「面白そうじゃねぇか!思いっきり暴れてやろうぜ!」

 

「落ち着け脳筋バカ。それで、どういう作戦で行くんだ?」

 

 青山(メディック)が尋ねると、かほは市街地の地図を拡げてエリアを5つに分け、A、B、C、D、Eとアルファベットで印を付けた。

 その記号にアルファ(A)ブラボー(B)チャーリー(C)デルタ(D)エンド(E)と名前を付けた。

 

 地図上ではアルファ(A)は南、ブラボー(B)は南西、チャーリー(C)は南東、デルタ(D)西北、エンド(E)は北を指している。

 

「私たちが今いる場所はこのブラボー(B)、敵は市街地の出口にあたるエンド(E)にいると推測してる。

 恐らくカ号が動き始めると敵も動き始めて、エリアの中央になるチャーリー(C)で会敵すると思うわ。

 

 重戦車相手に正面からだと不利になるからアルファ(A)を経由してチャーリー(C)に向かう。

 遠回りになるかもしれないけど、敵と正面で戦うのは避けたいの。上手く行けば側面を取れるはずよ」

 

 かほは敵と正面で戦うことを避ける為、敢えて遠回りをして重戦車でも弱い側面を取ろうという作戦だ。夏海もその作戦に賛成した。

 

「確かにこの作戦ならこっちが不利になることはないだろう。2人も了解したか?」

 

「分かった。その作戦で行こう」

 

「そうと決まれば、出撃準備に掛からないとな!」

 

 (ガトリング)青山(メディック)もその作戦に同意し、出撃準備に取り掛かった。

 

 

アメリカ・ヒノマル小隊

 

 この小隊は澤あいかを小隊長として作戦を立てていた。あいかにはこの小隊を組む前からとある作戦を考えていたという。

 作戦を聞いた西太鳳とリンは驚愕し、思わず聞き返した。

 

「あの・・・・・あいか殿?私の聞き間違いならM()3()()()()()()()と聞こえたんだが?」

 

「ま、まさかよね?そんなクレイジーなことするなんて」

 

「いえ、本気です!このステージの建物は軽、中戦車程の重量なら耐えられるように設計されています。

 そこでビルのような建物を占拠して、屋上からM3を吊り下げます。こうすれば敵重戦車の真上から攻撃出来ます!」

 

 あいかは本気だった。この小隊の戦車では重戦車の厚い正面装甲を破ることは不可能。

 そこで小口径砲でも撃ち抜ける上面装甲を真上から撃ち抜くと言うのだ。作戦を聞いた牧野(ロケット)はあいかに質問する。

 

「ところで、なんでM3なんだ?

 M3の重量は27tだぞ、吊るすなら重量が軽いハ号の方が良いと思うが」

 

「それも考えました。でもここはM3の方が適任だと思ったんです。

 主砲が外れてしまっても、M3には副砲が付いているので確実に仕留められます」

 

 理にかなった答えだが、戦車を吊るすという作戦には現実味がない。

 そしてもう1つ問題がある。どうやって敵を誘き寄せるかだ。

 この作戦を遂行する時点で、上限の3輌に到達している。歩兵で誘き寄せるのは難しいだろう。

 仮に誘き寄せたとしても、ハ号の馬力でM3の重量を支えるのは不可能だ。

 

 別の小隊に応援を頼むべきかと頭を悩ませていると、遠井(スコープ)が大声で呼んだ。

 

「おーい!ここに使えそうな車両があるぞー!」

 

 彼の声は中戦車が2段に積み重なっている裏側から聞こえている。声がする方に向かうと、手を振って呼び掛けている。

 指を指しているところには埃で汚れている大型の車体に、ドイツ戦車には標準の千鳥形転輪を装備している。

 砲搭にあたる部分にはクレーンのアームとフックが付いている。

 

 この車両はベルゲティーガーという戦車回収車で、ティーガー1の車体を改造したものだ。

 車体、砲搭はそのままにして砲身だけを取り外し、砲搭上面にウインチを取り付けている。

 

 しかしこの車両に関する正確な記録は残っていないので、戦車回収車ではなく地雷処理車ではという説もあるという。

 あいかはこのベルゲティーガーを見て心を弾ませた。

 

「これなら作戦遂行に持ってこいですよスコープさん!」

 

「でしょ?それに戦車の備品も大量に残ってるから、ワイヤーも少し多めに持っていこう」

 

 遠井(スコープ)がベルゲティーガーを見つけてくれたお陰で2つの問題が一気に解決出来た。

 敵を引き付ける囮役はハ号が担当することになったが、護衛として牧野(ロケット)もついていくことにした。

 

 

パスタ・キャット小隊

 

 軽戦車のみで構成されたパスタ・キャット小隊。対戦車戦闘は圧倒的に不利なので偵察役で動くという話になっていた。

 M41、ルクス共に機銃しか備えていないので、この役の方が適任だろう。

 黒江琴羽が地図をペンでなぞりながらルートを確認している。

 

「敵は移動時間を短縮するために、エリアの中心を通ってくると思う。

 私たちは市街地を外回りに走るわ。敵と正面でばったりとあったら勝ち目ないからね」

 

 安斎千代子が地図の中心地点を指しながら言った。

 

「私としては、中心地点を張っている方がいいと思うぞ。

 偵察役として動くなら多少のリスクは背負わないと」

 

「でも相手は重戦車よ?下手したら全滅しちゃうわ」

 

「私も全滅するリスクより安全な方を取ります。軽戦車でも貴重な戦力ですから」

 

 琴羽、琴音は全滅することを懸念している。機動力はトップクラスでも戦車砲に当たってしまったらあっさりとやられてしまう。

 しかし、千代子の言い分も否定出来ない。敵の進行ルートを避けていては偵察の意味がないからだ。

 

 すると、3人が言い合っている所を横目で見ていた灘河(ボンベ)がペンで地図に一本の線を引いた。線は道の上ではなく建物の上に引かれている。

 

「建物の中や路地裏を通れば良いんじゃないか?重戦車には無理でも、軽戦車なら通れる」

 

「つまり、道なき道を進むってこと?」

 

 琴羽が尋ねると灘河(ボンベ)は「建物壊しても協会が補償するんだろ?」と聞き返してきた。

 琴羽は「うん」と一言返し、灘河(ボンベ)は説明を続ける。

 

「このあたりは倉庫が多いから、軽戦車が通るには充分な幅がある。

 もし見つかってもすぐに引っ込めば、追跡を諦めるだろ」

 

 灘河(ボンベ)が立てた作戦に3人は「なるほど」と納得した表情を見せた。

 

「よし、これで決定ね。ルートは大通りを避けて裏道を進もう」

 

 琴羽が改めてルートを選択し、パスタ・キャット小隊の作戦も決まった。

 もし見つかってしまった場合は、近くにいる別の小隊と合流して行動することにした。

 

シベリア小隊

 

 プラウダ高校と赤坂(マガジン)で編成されているシベリア小隊。

 サティと赤坂(マガジン)がどう言った動きをするかで揉めていた。サティは否定されることが嫌いなので、自分の意見を絶対に曲げようとはしない。

 対して赤坂(マガジン)はサティが立てる作戦には抜けているところがあると指摘し、この作戦は実行すべきではないと反対していた。

 

 サティは敵より速く中央部を占拠して待ち伏せし、姿を見せた敵を一網打尽にするというものだった。

 上手く行けば敵を殲滅出来ると豪語しているが、赤坂(マガジン)は「機動力に優れた戦車もいるから安易に中央部を占拠するのは止めた方が良い」と慎重な意見を出した。

 

 サティはその意見に腹を立て、この作戦の方が良いと言い張って意見を聞こうとしない。

 

「絶対にこの作戦の方が良いわ!中央を抑えれば敵の進行を遅らせるじゃない!」

 

「情報が無いのに中央を占拠するのは止めた方が良い。

 敵を殲滅する前にこの小隊が殲滅されるぞ」

 

「あなたは戦車道のいろはを知らないでしょう!?余計な口出しはしないで!!」

 

 目を吊り上げながら大声を上げるサティに、赤坂(マガジン)はチッと舌打ちをして背を向けた。

 

「ああ分かった、お前の好きにしろ。俺も勝手にさせてもらうぜ」

 

 サティの態度に限界がきたのか、足を踏み鳴らしながら小隊から離れていった。

 ルフナが横目でサティに尋ねる。

 

「サティ様、良いんですか?戦車道の素人とは言っても彼自身も貴重な戦力何ですよ?」

 

「ほっときなさい、一緒にいても邪魔なだけよ。出発するわよ、乗り込みなさい」

 

 サティは地面を蹴ってKVー2に乗り込んだ。

 ルフナも指示に従ってISー3に乗り込んだが、本当にこれで良いのだろうかと不安そうにしていた。

 

 

エレキ・シェル小隊

 

 奇抜な発想で生まれた重戦車のポルシェティーガー、敵陣地を縦横無尽に突破するために生まれた重戦車トータス。

 見た目も中身も変わった戦車同士が揃っている小隊も作戦を考えて・・・・・

 

「あったぞ。頼まれたドイツ戦車の消火装置」

 

「お!あったのね!よーし取り付けようか!!」

 

 いや、何かしらの作業をしているようだ。中島美幸が「ポルシェティーガーに必要な改造をする」と言い出し、水原(ラハティ)に「消火装置を探してほしい」と頼んだのだ。

 見た目だけを便りに探し回り、20分かけて漸く見つけることが出来た。

 田所(ラハティ)は美優に一体何をするつもりなのか尋ねる。

 

「なぁ、消火装置を増設して一体どうするんだ?」

 

「これはね、モーター部に取り付けるんだよ。私のお母さんが取り付けた加速装置を長く使うためにね」

 

 美優はニッと笑うと、操縦席に案内した。操縦席の左右に操縦レバーが2本、足元にはアクセルペダルとブレーキペダルが付いている。

 クラッチペダルが無い以外は普通の戦車と特に変わりはない。

 

「これだよ!これ!このレバーに付いてるボタン!」

 

 美優が左側のレバー付いている、『M・B』と書かれているボタンに指を指した。田所(ラハティ)がじっとボタンを見つめた。

 

「何だこれ?M、B?」

 

「それは『モーター・ブースト』っていうの!お母さんたちが学生だった時に使っていたものを改造したのよ。

 このボタンを押せばモーターがフル回転して、重戦車とは思えないくらいの加速力を出せるの!

 でも一度使えばエンジン、モーターが一気に加熱して爆発しちゃうんだよね。」

 

「成る程。用途は理解出来たが、どのくらい加速出来るんだ?」

 

「お母さんのアドバイスを受けながら手を加えてるけど、連続運転は5~6秒が限界。

 でも!この消火装置を付けて強制的に冷却すれば30秒の連続運転が可能になるの!!」

 

 美優は頬を赤くしながら少し興奮気味に説明を終えると、田所(ラハティ)と共にエンジンの改造を始めた。

 

 一方水原(ウッドペッカー)はルフナと共に作戦を・・・・・

 

「あの、作戦を立てないんですか?」

 

「ウッドペッカーさん、どうぞ召し上がってください。

 紅茶は精神を落ち着かせる効果があるんですよ」

 

「いや折角淹れて貰ったから頂きますけど、作戦は?」

 

「大丈夫ですよ。時間はまだあります」

 

 ルフナは余裕な表情でダージリン・ティーを口に運んだ。

 水原(ウッドペッカー)もほんのりと暖かい紅茶を口に運ぶ。芳醇な香りが口に中で広がり、初めての紅茶を「美味しい」と感じた。

 先に飲み干したルフナが地図を広げた。

 

「さて、どう立ち回りましょうか。トータスは機動力がかなり低いですけど、防御力はドイツの重戦車並みにあります。

 ですから後方支援に徹する動きをした方が良さそうですね」

 

 ルフナはトータスの性能を理解しているようだ。敵の陣地を突破するために生まれた戦車は、強力な武装に加えて機動力は致命的に低い。

 前線に出ても返り討ちに合うことが手に取るように分かる。

 

「いえ、ここはポルシェティーガーと一緒に前線を張りましょう」

 

 水谷(ウッドペッカー)が反対の意見を具申した。この意見にルフナは目を丸くした。

 

「何故です?この戦車は機動力が低いんですよ?」

 

「この戦車を擬装するんですよ。このエリアに散乱している木箱を使って、荷物を置いているように見せるんです。

 敵は油断して何の疑いを持たずに素通りするはず、その隙をつくんですよ」

 

 水谷(ウッドペッカー)は自分なりに考えた作戦を話した。その作戦を聞いたルフナは思わず微笑を浮かべた。

 

「あの、俺変なこと言いました?」

 

「いいえ。良い作戦だと思いますよ。

 機嫌を悪くされたのなら謝りますわ。近衛の生徒ってお堅い考えを持っているのかと思っていましたから」

 

 ギスギスしていたシベリア小隊とは違って和やかな空気が流れている。

 少し緊張していた水谷(ウッドペッカー)も笑顔になった。

 

 

 20分後。各小隊ごとで作戦が決定し、慌ただしく出撃準備が進められていた。その最中、宗谷が全小隊に向けて激励の言葉を送った。

 

「全小隊に次ぐ。隊長の宗谷佳だ。まずみんなには、こんなくだらない試合に巻き込んでしまったことに対して、改めて謝罪する。

 自分の指揮が劣っていたせいで、戦車は僅か12輌に減らされてしまった。だが、敗北が決定したとは思わないでほしい。

 諦めなければ、希望は残されていると思ってもらいたい。ここから逆転することだって不可能じゃない!

 この絶望的な状況を変えて見せようじゃないか!みんな!全力で戦ってくれ!以上だ」

 

 宗谷から激励の言葉を受け取った各小隊はその言葉に励まされ、絶対に諦めないと心に誓った。

 それから少しして、各小隊の出撃準備が整った。各車一斉にエンジンを始動させ、轟音を立てながら出撃していった。

 宗谷は先行で出撃していく5個小隊に敬礼をして見送った。

 

 

 市街地エリア上空を、PSC2名をウインチで吊り下げながら輸送するカ号が飛行している。(ゲヴェア)が水谷に向かって叫んだ。

 

「こんな輸送方法ありかよ!!俺たちはUFOキャッチャーの景品か!!」

 

「カ号には2人しか乗れないんだ!少しの間我慢してくれ!」

 

 まるでスパイ映画で敵のアジトから脱出しているような感覚に、羽田(ラントミーネ)は高笑いしている。

 

「ハッハッハッ!良いじゃねぇか!こんな体験滅多に出来ねぇぞ、ゲヴェア!!」

 

「こんな身の危険を感じる体験ならお断りだー!!!」

 




「今回も読んでくれてありがとう。歩兵団のキャプテン・ドライバーこと酒田伴だ。
次回はいよいよ反撃していくぜ。それにしてもマガジンのやつどうするつもりなんだろ・・・・・
感想、評価を待ってるぜ」


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mission15 発見!アメリカ試作(エクスペリメント)戦車(タンク)

前回のあらすじ

偵察で得た情報を元に作戦を立てた合同チーム。

まずはより詳しい戦力の情報を得るため、PSCの羽田(ラントミーネ)(ゲヴェア)が敵陣偵察を行うことになる。

宗谷はこの作戦行動中に敵がバラバラで動くであろうと予想し、合同チームの戦車を5個小隊に分けて行動する作戦を立案。
分けられた小隊は戦車2輌、歩兵2名体制で分けられ、それぞれで作戦を立てた後随時出撃していった。
この他にも航空偵察、PSCの輸送を担当するカ号、周囲の偵察を行う陸王が出撃した。

まずは敵の戦力を知るために羽田(ラントミーネ)(ゲヴェア)がカ号と共に敵陣があると思われる北のエリアに向かっていた。


市街地エリア

 

 現在、カ号はPSC2人を吊り下げて上空300メートルを飛行している。

 目標地点は西住かほが割り振った5つのエリアの内、エリアD(デルタ)に向かっていた。

 敵が陣取っているエリアE(エンド)に降りるのは見つかってしまうリスクが高いので、近くのD(デルタ)で2人を降ろすことになっていた。

 

「2人共聞こえるか!?後1分で目標地点に着くぞ!降下準備に掛かってくれ!」

 

 水谷の呼び掛けに(ゲヴェア)が質問を返す。

 

「降下準備って言ったってどうやって降りるんだよ!フックで吊るされてるんだぞ!」

 

「そのフックはこっちの操作で外す事が出来るんだ!目標地点でホバリングするからその間にロックを解錠する!」

 

「そりゃ良い!ラペリング降下よりも楽そうだな!」

 

 (ゲヴェア)が皮肉そうに答えると、再び水谷が呼び掛ける。

 

「見えた!12時の方向のレンガ造りの建物だ!あの屋上で降ろすぞ!!」

 

「了解!!」

 

「よっしゃぁ行くぜぇ!」

 

 目標地点に到着するとすぐに機首を上に上げてホバリングの態勢を取った。

 

「行くぞ!フック切り離し!」

 

 操縦席横に付いているボタンを押すと、2人を吊るしているフックのロックが解かれる。

 吊るされていた2人は無事着陸し、腕を降って水谷に知らせる。知らせを確認した水谷は手でグッジョブと返してすぐにその場を離れた。

 

 2人は一階まで降りると、(ゲヴェア)が地図を広げて現在位置を確認する。

 

「今俺たちがいるのは西北エリアだ。この先に敵が潜んでいる可能性が高い」

 

「じゃあこの辺りを重点的に張るか。よし出発だ!」

 

 2人は角を警戒しながら少しずつ敵陣に近づいていく。

 地図を確認すると、例のE(エンド)エリアまであと少しのところまで着いた。

 

「この先だな。警戒して進むぞ」

 

 (ゲヴェア)が慎重に進むように促し、気付かれないようにEエリアに侵入した。

 

「うわ、荒れてんな」

 

 羽田(ラントミーネ)が率直な感想を述べる。

 エリアの端にあるのでE(エンド)と名付けたのだが、その名前の通り景色は目も当てられないほど荒れている。

 

 建物の壁は砲弾が当たった跡が多く残っていて道は雑草だらけ、背の高い建物が多いせいか昼間にも関わらず薄暗い。

 さらに悪いことに、敵陣の手掛かりになりそうなものは1つも見つからない。

 唯一見つかったのは履帯跡の一部ぐらいで、敵陣への道標にはなりそうもない。

 

「おいおいどうするよ。車長(コマンダー)西住の読みが外れた可能性高いぜ」

 

「そんなことはないと思うが。ルクスの偵察でも敵陣を発見出来なかったし、探索してない所はここしかないぞ」

 

「そうは言っても敵の影も形も無いんじゃどうしようもない。

 履帯の跡でも残っていればと思ったけどその跡すら見つからないんじゃお手上げだぜ」

 

「まぁそうだが・・・・・ん?」

 

 突然(ゲヴェア)がしゃがんだ。視線の先には、雑草に隠れるように履帯の跡が残っていた。

 

「この履帯跡、おかしくないか?」

 

「どこが?」

 

「だって変だろ。戦車が通った跡なら、道に沿って残るはずだ。なのにこの跡は道に対して真横に残ってる」

 

「あぁー、確かにこいつは変だな。ということは・・・・・」

 

 履帯跡を辿ると、建物の間を通り抜けるように残っている。跡の先には重戦車でも通れる大きさの扉と工場のような建物があった。

 2人は顔を合わせると側にあった非常階段を使って屋根の上に上がった。穴から覗いて見ると、敵の戦車群が待機していた。

 乗員らしい人影がぽつぽつと見える。

 

「ははぁ、こんなところに隠れていたか」

 

「よし偵察開始だ」

 

 (ゲヴェア)が双眼鏡を取り出して戦車を確認し、羽田(ラントミーネ)が戦車の種類を聞いてメモしていく。

 

「南側にアメリカ重戦車の『M26』、西と東側に『スーパーパーシング』の『T26E1ー1』と『T26E4』。

 北側に『T29』、『T30』、『T34』だな。後は・・・・・お、『T32』がいた。見えるのはアメリカ戦車だけだ」

 

 ではここで、(ゲヴェア)が発見した戦車の解説をしよう。

 

 

 アメリカの第2次世界大戦最後の戦車、『M26パーシング』。

 ティーガーを撃破するために設計された重戦車(1946年に中戦車に区分けされた)である。

 

 全長8.65m、車体長6.33m、全幅3.51m、全高2.78m、重量41.9t、主砲50口径90㎜砲を搭載、最高速度約40キロ。

 

 この戦車はエンジン、トランスミッションを一体化させた『パワーパック式』を採用している。

 M26や後に製造されるアメリカ戦車共通の装備となった。

 

 M26はM4の後継車として試作され、原型となる『T26』が1943年5月に完成。

 その後派生型として、90mm砲を搭載した『T25E1』、装甲を強化した『T26E1』が試作された。

 

 

 翌年の5月までにT25E1が30輌、T26E1が10輌製造されたが様々な理由から配備はかなり遅れていた。

 その理由の1つとして「ティーガーと会敵する確率は低いから90mm砲はいらない」、「M4の76mm砲でも充分だ」と軍関係者が反対していたからだった。

 

 しかしとある実験で、76㎜砲では『パンターの正面装甲すら貫通させることは不可能』という結果が提示され、76mm砲の貫通力不足は明らかになった。

 また前線で戦う戦車兵からは、配備されたM4が全体の損耗率32%と高い数値が出ていたので「より強力な戦車を配備してほしい」と懇願していた。

 

 

 1944年12月、『バルジの戦い』でアメリカ軍兵士が『ティーガー恐怖症』を発症してしまったことで防衛に失敗。

 これを受けて90mm砲を搭載したT26E3の配備が進められることになった。

 

 

 1945年1月、完成した『T26E3』20輌が第3機甲師団に配備。同年4月に制式化され、『M26パーシング』と命名。

 1945年8月までに1436輌が製造され、310輌がヨーロッパ方面に配備されたがそれでも軍全体の2/3にしか満たなかった。

 

 

 M26は制式採用された『T26E3』の他にも様々な型が試作され、制式採用された戦車もいる。

 その内の1つは、『22.5口径105mm』の榴弾砲を搭載した『T26E2』という名称で試作され、後に『M45突撃戦車』として制式採用された。

 

 この他にも、試作車『T26E1』の主砲を長砲身『90㎜砲T15』に換装した型が試作された。

 それが『T26E1ー1スーパーパーシング(以下E1ー1)』である。

 元々長砲身砲を搭載出来る設計では無かったため、砲身を安定させるための平衡器が砲塔前面に剥き出しで付けられている。

 

 

 このE1ー1で成果を得た後、T26E3の改造して『70口径90㎜砲T15E2』を搭載。

 油圧式の平衡器を砲塔内部に納めた『T26E4スーパーパーシング(以下E4)』が25輌試作された。

 

 更に正面装甲、砲塔前面、防盾の装甲を強化した突撃戦車型の『T26E5パーシングジャンボ(以下E5ジャンボ)』。

 この強化で重量が51tに増大したので履帯幅5インチのアダプタを標準装備している。

 

 このような経緯で製造されたM26だが、終戦間際ということもあって戦果は偶然遭遇したパンター、ティーガー1、4号戦車を撃破とあまり芳しくなかった。

 

 他にも試作されたE1ー1が配備され、現地にてボイラー用鋼板と遺棄されていたパンターの装甲板を切り出して取り付けた装甲強化型が重戦車(形式不明)を1輌撃破したという記録が残っている。

 (ゲヴェア)が視認したE1ー1は、その装甲強化型である。

 

 

 また、試作されたT26の派生型の重戦車が試作された。

 それが『T29』、『T30』、『T32』、『T34』だ。(T31は砲弾運搬車として試作)

 

 最初に設計されたのは『T29』。T26E3の車体を延長させて設計が進められた。

 

 全長11.57メートル、車体長7.62メートル、全幅3.81メートル、全高3.226メートル、重量64.2t、最高速度32キロ、武装『105㎜砲T5E2』。

 

 T29と同時期に製作されたのが『T30』だ。スペックはT29とほぼ同じだが、『155㎜砲T7』を搭載出来るように砲塔を改造した派生型である。

 そして最後に試作されたのが『T34』、120㎜砲を搭載した重戦車である。T34は先に試作されたT29、T30の車体を改造して試作された。

 

 この3輌とは別系統で、E5ジャンボの車体を使って試作されたのが『T32』である。

 E4に搭載されている主砲、E5の強化された装甲と車体、E2に搭載されたエンジン、トランスミッションと、これまでのT26シリーズを1つに纏めたような戦車になった。

 

 この試作された4輌は実戦に参加する前に終戦となったので計画は中止となり、配備もされなかった。

 しかしT34で培ったノウハウが重戦車『M103ファイティングモンスター』に活かされることになる。

 

 と暫くして、羽田(ラントミーネ)は戦車のメモを取ったあと、中を覗いた。

 

「・・・・・『T34』っと。特殊歩兵科で習った事が役立ったな」

 

「あの時は戦車の特性を理解する為に試作車から量産車まで全部覚えさせられたからな。

 お陰で頭の中にしっかり残ったぜ。お?あれは・・・・・」

 

 少し視線を変えると、南側に巨大な黒色の重戦車が見えた。

 前面は傾斜装甲を取り入れた車体、足回りはドイツ戦車特有の千鳥型転輪、前側に取り付けられている丸形の砲塔。

 羽田(ラントミーネ)(ゲヴェア)の肩を叩く。

 

「おい。あれってまさか・・・・・装填手(ローダー)の秋山が言っていたレーヴェじゃないか?」

 

「かもな。ドイツ語で『ライオン』って意味らしいが、あれじゃバイソンだろ」

 

「ははっ確かにな」

 

「通信機を起動させろ。味方に報告だ」

 

「おう、ちょっと待って・・・・・あれ?」

 

 羽田(ラントミーネ)が持ってきた通信機を起動させようとしたが、電源が入らない。

 電源レバーを何度も上げ下げしてみたが全く反応しない。

 

「何やってんだ、早くしろ」

 

「緊急事態だ・・・・・通信機が故障しやがった」

 

「はぁ!?故障!?」

 

 (ゲヴェア)の驚愕した声が建物全体に響き渡り、羽田(ラントミーネ)が慌てて口を押さえた。

 

「ば、静かにしろ。見つかっちまうだろ」

 

 2人は少し動きを止めたあと、そーっと下を確認した。乗員の動きが少し慌ただしくなったがすぐに収まった。

 何とか見つからずに済んだのでホッと胸を撫で下ろして、落ち着いたところで(ゲヴェア)が聞き返す。

 

「おい、電源が入らないってどういうことだ」

 

「電子部品がイカれたかもしれない。全部バラしてみないと分からないぞ」

 

「そんな時間はない。すぐに報告しないと手遅れになる」

 

「そう言われても・・・・・あ、そうだ。良いこと思い付いたぜ」

 

 にっと笑う羽田(ラントミーネ)に嫌な予感がしたが、取り敢えず作戦を聞いてみることにした。

 

 

 3分後、2人は屋根からロープを垂らしてT34の砲塔の上に降りた。音を立てないよう慎重に進み、少し離れているT26E1ー1に向かった。

 目標の戦車に到達すると、羽田(ラントミーネ)通信手(ラジオオペレーター)の席に座り、(ゲヴェア)が周囲を見張る。

 

「早くしろよ、いつバレるか分からないんだぞ」

 

「分かってるよ」

 

「それにしてもお前の作戦はいっつも危険と隣り合わせだな」

 

「しょうがないだろ。他に通信機無いんだから」

 

 通信機の電源を入れ、周波数を調整して呼び掛ける。

 

「こちら偵察班ラントミーネ、応答してくれ。こちら偵察班ラントミーネ、誰か応答してくれ」

 

 呼び掛けて数秒後、ヘッドホンから味方の声が聞こえてきた。

 

 〔こちら陸王福田、どうした?緊急事態か?〕

 

「福田か?今何処にいる?」

 

 〔西北(デルタ)エリアを走行中だ。あと少しで北(エンド)エリアに侵入するところだが〕

 

「そ、そうか。福田、お前に頼みたいことがあるんだ」

 

 福田は羽田(ラントミーネ)の切羽詰まった声を聞いて、何かトラブルに見舞われていると察した。

 身を案じて状況を聞き出す。

 

 〔おい、何かあったのか?〕

 

「持って来た通信機が故障しちまってさ、今敵戦車の通信機を使って交信してるんだ」

 

 〔敵戦車の通信機!?戦車を乗っ取ったのか!?〕

 

「そんな事してねぇよ。とにかく今は時間が無いんだ。良いか、今から言う情報を味方に報告してくれ」

 

 戦車の前で見張りをしている(ゲヴェア)は、見つからないかと不安になっていた。

 早く通信を終わらせてほしいと思っていたその時、遠くから女子の声が聞こえてきた。

 

「ラントミーネ、急げ!乗員が戻ってきた!」

 

「うおっマジか。福田頼むぞ!」

 

 通信機を切ると通信手の席から飛び出し、出口に向かって走り出した。

 

「連絡ついたのか!?」

 

「バッチリだ!福田に連絡して味方に報告するように頼んだ!」

 

「なら良かった!早く脱出するぞ!」

 

 2人は出口に向かって一直線に走った。あと少しで扉に手を掛けようとした、その時!

 

「あらあら、逃げられるとでも思ったのかしら?」

 

 出口に種島優衣と生徒が前に立ち塞がった。

 まさかの事態に羽田(ラントミーネ)は目を見開いた。

 

「うそぉー!何でバレたんだ!?」

 

「『持ってきた通信機が壊れから敵戦車の通信機を使う』・・・・・悪くない作戦だと思うわ。

 でも残念だったわね、あなたの通信は全部筒抜けよ。レーヴェの通信機が正体不明の電波を受信したから確認したの。

 そしたらあなたの声が聞こえてきた、ラントミーネくん」

 

「あっちゃー、まさか電波を受信してたとは想定外だったな」

 

「ったく!だから嫌だったんだ!どうすんだよ!」

 

 (ゲヴェア)が突然怒鳴り始め、羽田(ラントミーネ)も負けじと反論する。

 

「何だよ急に!お前だってこの作戦に乗ったじゃねぇか!」

 

「勘違いすんなよ、俺は仕方なくついてきただけだ!お前の作戦は無鉄砲過ぎるんだよ!」

 

「何ぃ!?そう言うお前は慎重過ぎるんだよ!時にはこうして大胆に動いた方が良いときもあるだろうが!」

 

「慎重過ぎて何が悪い!」

 

「無鉄砲で何が悪いんだよ!」

 

 2人は優衣たちが見ている前で喧嘩を始めてしまった、彼女たちはその光景を呆然と眺める事しか出来ない。

 見ていると掴み掛かるほどにヒートアップしてきたので、優衣が止めるように指示を出した。

 

「はぁ、さっさと止めさせて。もういい加減にしてほしいわ」

 

 指示に従って止めに入ろうとしたとき、羽田(ラントミーネ)が突然「あっ!!」と何かに驚いたように大声で叫んだ。

 その視線は腰元に向いている。

 

「ゲヴェアお前、やりやがったな!?」

 

「何だよ。俺が何かしたのか?」

 

「あーぁ・・・・・こいつはエライことになるぜ」

 

 と不適な笑みを浮かべながら右手を上げた。その右手にはピンが抜けている手榴弾が握られている!

 

「手榴弾よ!!逃げて!!」

 

 生徒たちの悲鳴が建物内に響き渡る。羽田(ラントミーネ)が手榴弾を離す。右手から離れた手榴弾は床に落ちると、一帯を包み込むように激しい閃光が走る!

 閃光が消えたので辺りを見渡すと、2人の姿は消えていて出口が開いていた。

 

「奴らは外に逃げた!行くわよ!」

 

 1人の女子生徒が周りの生徒数人を率いて外に出ていき、残った生徒はそれぞれの持ち場に戻った。

 すると、近くの木箱の陰から羽田(ラントミーネ)が笑いを堪えながら頭を出して辺りを見回した。

 

「くっくっくっ見たかゲヴェア、あいつらの驚きよう。俺たちの演技にまんまと引っ掛かってくれたぜ」

 

「あぁ、手榴弾を間近で爆発させる分けねぇだろってんだ」

 

 2人は倉庫から脱出せず、物陰に隠れて様子を伺っていた。そのまま逃げても確認出来ていない別動隊に発見される可能性を考え、敢えてその場に留まったのだ。

 作戦は上手くいったようで、「これぞまさに『灯台もと暗し』だな」と笑う羽田(ラントミーネ)に、(ゲヴェア)は次の作戦を聞き出す。

 

「で?これからどうするつもりだ」

 

「そうだなぁ、このままトンズラするのが良いだろうな。隙を見て動くか」

 

 そう言って耳を澄ませると、生徒が優衣に伝言を伝えていた。

 

「種島隊長、偵察に出ている『T29』2号車から通信です。『敵、動きあり。散開して行動中』」

 

 その伝言を聞いた優衣はにやっと笑い、戦闘準備に取り掛かるよう指示を出す。

 

「遂に動き出したわね。全員戦闘準備掛かりなさい!エンジンは各車の確認が取れ次第、一斉に始動させるわ!!」

 

 優衣の指示を聞いて、蜘蛛の子を散らすように一斉に動き始めた。羽田(ラントミーネ)たちがその様子を見ていると、1輌だけ乗員が全く乗らない戦車が見えた。

 それは先程通信機を拝借したT26E1ー1、どうやら先程出ていったのはその戦車の乗員だったようだ。

 

『お前戦車乗っ取ったのか!?』

 

 羽田(ラントミーネ)の頭の中に福田から言われた言葉が過った。と同時に、脱出作戦を思い付いた。

 

「ゲヴェア、あの戦車に向かうぞ」

 

 と、指を指す先には無人のT26E1ー1が見える。(ゲヴェア)はその提案に訝った。

 

「お前・・・・・今度は何する気だ?」

 

「良いから動くぞ」

 

 2人は周囲を警戒しながら再びT26E1ー1に戻ると、羽田(ラントミーネ)が「こいつに乗れ」と言い出した。

 

「まさかと思うが、この戦車を奪うつもりじゃないだろうな」

 

「当たりだ」

 

「当たりだじゃねえよ!正気か!?」

 

「こいつを奪えば脱出に役立つし、戦力の増強にもなるぜ?どっちにしろ救援は望めそうに無いからな」

 

 この説得に(ゲヴェア)は頭を抱えた。戦車道で戦車を奪う何て聞いたことがない、しかし他に脱出する手段は見当たらない・・・・・

 頭の中で考えを巡らせ、決断した。

 

「・・・・・乗るぞ!早くしろ!!」

 

 もうこれしかないと悟った(ゲヴェア)は砲手席に、羽田(ラントミーネ)は操縦席に座った。

 車内無線機のヘッドセットを付けると、確認がてら通信回路を開く。

 

「お前アメリカの戦車操縦出来るよな!」

 

「あったりめぇよ!どんな戦車でも年代が同じなら構造も大体同じ!操縦ぐらい余裕だぜ!」

 

 羽田(ラントミーネ)がエンジンキーを回して始動させる。後部に搭載されている大馬力エンジンが力強く回りだす。

 他の戦車に乗っている乗員が指示を受けずにエンジンを始動したT26E1ー1の方に視線が向いた。

 

 〔スーパーパーシングE1!何をやってるの!?まだエンジンを始動の指示はしてないわよ!〕

 

 ヘッドセットから何も知らない優衣の声が聞こえてきたので、羽田(ラントミーネ)が返答する。

 

「悪いな!この試作車は俺たちPSCが借りるぜ!」

 

 〔ちょっあんた誰よ!?〕

 

「さっき名前を言い当てられたラントミーネだよ!」

 

 羽田(ラントミーネ)が返答している間に(ゲヴェア)が警戒のために外を確認していると、「私たちの戦車のエンジンが動いてる!?」と驚愕している声が聞こえてきた。

 後ろに振り帰ると、さっき出ていった生徒たちが戻っていた!

 

「ヤバい!ラントミーネ!早く出せ!乗員が戻ってきたぞ!!」

 

「お、やっと帰ってきたか!でも一足遅かったな!掴まれ!全速後退!!」

 

 バックギアに入れてアクセル全開で巨体が全速で後退しながら壁に向かって突進し、凄まじい轟音を立てて壁を破壊してしまった!

 倉庫から脱出すると、戦車とは思えない見事なクイックターンを見せて車体正面を反対側に向ける。

 

「それじゃ借りるぜ!あんたらも色々とやったんだからこれでお会い子だ!」

 

 と羽田(ラントミーネ)がいうと、エンジンを響かせながらその場を離れていった。

 この一部始終に愕然としていると、優衣が怒鳴り声を上げた。

 

「何ボケッとしてるの!『突撃機甲班』に連絡してあいつらを追って!!」

 

 

 何とか脱出する手段を手に入れた羽田(ラントミーネ)たちは、E(エンド)エリアの脱出のために動いていた。

 

「はっはっはっ!上手くいったな!」

 

「ラントミーネ!壁破壊して脱出するやつがあるか!この騒ぎ聞き付けて敵が寄ってくるかもしれないだろうが!」

 

「しょうがないだろ。目の前敵だらけだったんだから。不可抗力ってやつだよ」

 

「ったく、まぁいい。俺は味方に状況を報告する、このままこのエリアを出ていくぞ」

 

 と言うと、(ゲヴェア)は通信機の電源を入れて味方に向けて一斉通信で呼び掛け始めた。

 その時!目の前に別動隊と思われる敵戦車が姿を現した!

 

「うわっ!!ゲヴェア!前方に敵だ!」

 

 羽田(ラントミーネ)の怒鳴り声を聞き、キュウポラのハッチを開けて前方を凝視する。

 見えたのは黒色に塗装されたM26と思われる戦車が数輌、しかし砲塔の防盾を確認してすぐに回避行動を指示した。

 

「ラントミーネ!左に避けろ!あの戦車相手に真っ向勝負は不利だ!」

 

 (ゲヴェア)の指示に従い、E1は左に向けて急旋回して攻撃を避けた。

 羽田(ラントミーネ)は敵を振り切ったことを確認すると、先程見えた戦車を聞き出した。

 

「さっきのは何だったんだ?見た目は『M26』に見えたが」

 

「今のはT26E5だ。かなり厄介な敵だぜ」

 

「E5・・・・・ジャンボか、確かに正面は不利かも知れない、な!?」

 

 羽田(ラントミーネ)が何かに驚き、急ブレーキを掛けて停車させた。目の前には先程振り切ったT26E5が道を塞いでいる。更に後ろも塞がれてしまった。

 T26E1ー1(スーパーパーシング)が停車しているのは脇道が無い一本道。前も後ろも塞がれ、文字通り八方塞がりだ。

 

「マズいなぁ、どうするよ?」

 

「どうするったって・・・・・前も後ろも塞がれてたらどうしようもないだろ」

 

 羽田(ラントミーネ)たちが戸惑っていると通信機からE5の乗員からと思われる声が聞こえてきた。

 

 〔PSCラントミーネ!その戦車を返しなさい!あなたたちは、我々『突撃機甲班(ダッシュ・タンク・ユニット)』が包囲している!

 応じない場合は強行手段に出るわよ!〕

 

 彼女からの警告を聞いた2人は顔を合わせた。「強行手段に出る」と言う事は、この戦車を撃破することも視野に入れていると捉えることが出来る。

 折角ここまで来たと言うのに、諦める訳にはいかない。しかし前も後ろも塞がれている状態では応戦しても無駄だろう。

 

 と色々と考えを巡らせている羽田(ラントミーネ)が、先程の通信の内容を思い出した。

 

『あなたたちは、我々突撃機甲班(ダッシュ・タンク・ユニット)が包囲している!』

 

「・・・・・ゲヴェア、作戦を思い付いたんだが、聞くか?」

 

「いや良い。お前のことだ、突撃して突破口を作るんだろ?」

 

「ほとんど正解。ただ突撃するだけじゃ、後ろからの攻撃に対応出来ないだろ?そこでちょっと無茶な挙動するけど」

 

「それは聞かない方が良さそうだな・・・・・やるならさっさとやれ!」

 

「へへ、後悔するなよ!」

 

 羽田(ラントミーネ)はアクセルペダルを思いっきり踏むと、正面に向かって真っ直ぐ突進していく!

 

 〔ち、ちょっと!止まりなさい!止まらないと撃つわよ!!〕

 

 突撃機甲班(ダッシュ・タンク・ユニット)の生徒が最後の警告をしたが、羽田(ラントミーネ)はその警告を無視して突撃していく!

 

「ゲヴェア!砲塔を180度旋回させろ!」

 

「お前マジで何考えてんだ!」

 

「良いから言う通りにしろ!敵の砲弾を避けるにはこれしか無いんだよ!」

 

 (ゲヴェア)は言われるがままに砲塔を旋回させると、突然車体が大きく振れ始めた!

 何をしているのかを聞く暇を与えないように車体が回転し始めたのだ!

 

 旋回させたと同時に、E5の砲弾がE1ー1に向かって撃ち出される!

 車体が半回転したタイミングで前から撃たれた砲弾は砲塔に、後ろから撃たれた砲弾は空気抵抗と重みで弾道がやや下向きになり、車体上部に当たったが貫通することなく弾いた。

 車体はもう一度回転して正面を向けて全速で突っ込み、前を塞いでいたE5を勢いで弾き飛ばした!

 

「よっしゃぁ!突破ぁ!!」

 

 と羽田(ラントミーネ)はガッツポーズを決めた。砲塔に乗っていた(ゲヴェア)は狭い砲塔内で振り回されて伸びてしまっていた。

 

 〔ラントミーネ!聞こえるか?こちら福田、応答してくれ!〕

 

 ヘッドセットから羽田(ラントミーネ)を呼ぶ声が聞こえてきた。

 たまたま近くを通り掛かった福田からの交信だった。心配して連絡してくれたのだ。

 

「おう福田か!今俺たちは敵の戦車を奪・・・・・じゃなくて、ちょっと借りて逃走してるところだ!」

 

 〔敵の戦車!?お前ら揃いも揃って強盗の真似事でもしてきたのか?〕

 

「詳しい話は後だ。それより近くにいるなら誘導してくれ。この荒れたエリアからさっさと脱出したいからさ」

 

 その後、羽田(ラントミーネ)たちは偵察に出ていた福田と無事に合流し、E1ー1は陸王と共にエンド(E)エリアを脱出した。

 

 

 優衣は格納庫でイライラしながら報告を待っていた。戦車を奪われたことと、こんな単純な策に引っ掛かってしまった自分が情けなく感じ、焦燥感にかられていたのだ。

 

「種島隊長・・・・・突撃機甲班(ダッシュ・タンク・ユニット)から報告が」

 

 レーヴェの通信手が優衣におそるおそる話し掛ける、優衣は視線を変えずに応答する。

 

「報告して」

 

「その、非常に申上げにくいんですが・・・・・包囲網を突破されたそうです」

 

 通信手の報告を聞いた他の生徒たちは激しい悪寒を感じた。敵歩兵に戦力を知られただけでなく、貴重な戦力を奪われた。

 更にその戦力を取り返せなかったとなると、激昂して何をするか分からない。

 誰も話すこと無く時間だけが過ぎた。時計の秒針が一周した時、優衣が突然笑い始めた。

 

「ふ、フフフ、面白いじゃない・・・・・ここまでコケにされたのは宗谷との一件以来かしら。久しぶりね、この感覚・・・・・」

 

 生徒たちは独り言を呟く優衣があまりにも不気味だったので、誰も話し掛けることが出来ずただだた傍観していた。

 どうすべきか悩んでいると、優衣が振り替えって指示を出した。

 

「出撃よ。あいつらを徹底的に叩き潰す」

 

 そう言った優衣の表情は感じ取れず、その目には光がなかった・・・・・

 




「今回も読んでくれてありがとう!PSCのラントミーネだ!
ゲヴェアはどうしたのかって?あいつはまだ気絶してるから今回は俺だけだ。
奪・・・・・借りたT26E1ー1はこの後も俺たちの戦力になってくれると思うぜ!

感想、評価を宜しくな!」


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mission16 スカイアクション・タンク!

前回のあらすじ

北に位置するE(エンド)エリアへ偵察に向かった羽田(ラントミーネ)(ゲヴェア)
2人は未知のエリアで、戦場で活躍すチャンスを得られなかったアメリカの重戦車、T26E1-1、T26E4、T29、T30、T32、T34。
そしてドイツの重戦車であり、新たな隊長車として君臨しているレーヴェを発見する。

情報を伝えようとしたが持参した通信機の故障が発生したため、戦車の通信機で連絡を取った。
上手く行ったかに思われたが、その通信は全て敵に筒抜けになっていたらしく、脱出する直前でその行く手を阻まれてしまう。

味方の救援が望めない危機的状況の中、羽田(ラントミーネ)が「敵戦車を奪って逃走する」という作戦を思い付き実行。彼らは脱出に成功した。

彼らが脱出作戦を決行していた時、別のエリアでアメリカ・ヒノマル小隊が作戦を実行しようとしていた。


 場所はD(デルタ)エリアにある背の高いビルの屋上。

 アメリカ・ヒノマル小隊が作戦を実行している最中であった。作戦遂行中、想定外のことが起こったことでM3の乗員たちはパニック気味になっている。

 

「どうしよう!このままじゃ袋叩きにされちゃうよぉ!」

 

「落ち着け!今は状況を整理することが先だ!」

 

 牧野(ロケット)が何とか落ち着かせる為にパニックになっているあいかたちを宥め、遠井(スコープ)が双眼鏡で周囲の確認をする。

 何故このような危機的状況に陥ってしまったのか、彼らはそう考える事しか出来なかった・・・・・

 

 

 30分前、アメリカ・ヒノマル小隊の3輌と格納庫で見つけたベルゲティーガーは会敵出来そうな場所を探していた。

 小隊はB(ブラボー)エリアから出発し、D(デルタ)エリアに差し掛かろうとしているところだった。

 

 M4が先行して進み、その後ろをM3とベルゲティーガーがが続いていく。

 会敵すること無く順調に進んでいると、あいかが無線連絡を入れた。

 

「皆さん聞いてください、福田さんから報告です。『PSCが戦車を発見。

 アメリカのT26E1ー1、T26E4、T29、T30、T32、T34、ドイツのレーヴェ、だそうです」

 

 あいかの報告が終わると、M4車長のリンが戦車の補足説明をした。

 

「アメリカの試作戦車(エクスペリメント・タンク)が多いネ。特にT29以降の戦車は注意が必用ヨ。

 私たちの戦車が真っ向勝負したら・・・・・すぐENDネ」

 

 リンの説明を聞いたM3のあいかたちは震え上がった。

 誇張しているようにも感じるが、元々対ティーガーを目標にして造らているので装甲が薄い戦車は簡単に撃破されてしまう。

 

 それでもハ号の西太鳳たちは全く動じていない。それどころか「見つけたら突貫だ!」と意気込んでいるのですぐにやられてしまわないか心配だ。

 

「お、あそこなら作戦実行出来そうだぞ」

 

 ベルゲティーガーの操縦をしていた牧野(ロケット)が目の前のビルを指差した。

 高さは約50m、壁は弾痕とひび割れだらけで今にも崩れそうな見た目で、交差点の角に建っている。

 待ち伏せ攻撃するにはうってつけの立地だ。

 

「よし、エレベーターを確認してみよう。電気が通っていれば良いけど」

 

 遠井(スコープ)が建物を確認する為に中に入った。コンクリート造りだからか、中は冷気が漂っている。

 周囲を見渡すと、目の前に古びた貨物用エレベーターが見えた。戦車が載せられそうな大型の篭、それを囲うように小さな柵が立てられている。

 そばにあった操作盤を触ってみたが反応はない、電気は通っていないようだ。

 

 遠井(スコープ)は辺りを見渡して電源がないと分かると、外に出てブレーカーか配電盤がないか探しに出た。

 

 

 残ったあいかたちは戦車から下車し、建物を見上げた。

 この戦場に建っている建物は重量200tまで耐えられる設計らしいが、その見た目からはとても耐えられそうにないと感じた。

 

 一方外に出た遠井(スコープ)は、外付けされている配電盤を見つけた。レバーを上げて電源を入れると電気が通り始めたようで、中の電球がぼんやりと光始めた。

 これでエレベーターが動くことが出来るはずだ。

 

「皆聞こえる?配電盤を操作して電源を入れたよ。予定通りに実行出来そうだ」

 

 遠井(スコープ)が無線で連絡すると、牧野(ロケット)が誘導して錆びだらけのエレベーターの篭にM3を載せた。

 M3を載せた篭はギシギシと不安を駆り立てる音を立てている。

 

「ねぇ、この篭崩れたりしないよね」

 

 不安そうにしているあいかに牧野(ロケット)はこう返した。

 

「どうなってるか分からないから暴れたりするなよ。上がり始めた瞬間に壊れるかもしれないからな」

 

「ちょっと!何でそう不安になることを言うんですか!」

 

「暴れるなって。上げるぞ」

 

 牧野(ロケット)が操作盤を操作すると、篭は軋みながら上に上がっていく。

 上に着くと、M3はそっと篭から降りて外に出た。屋上は雨が降った後だからか、まだ少し濡れている。

 

 次にM4が上がり、最後にベルゲティーガーが篭に載った。ここで牧野(ロケット)遠井(スコープ)は分かれて作戦を実行することになる。

 

「しっかりサポートしろよスコープ。お前が回収車操作するんだからな」

 

「分かってる。ロケットも気を付けろよ」

 

 ベルゲティーガーを載せた篭はギシギシと音を立てながら上がっていく。

 篭が上がっていくところを見届けた牧野(ロケット)はハ号と共に配置に着いた。

 

 屋上に着くと遠井(スコープ)がベルゲティーガーを慎重に操縦し、ギリギリまで外側に寄せた。

 ベルゲティーガーを停車させ、M3をしっかり繋ぎ止めた。M4とM3の接続を確認すると、遠井(スコープ)がベルゲティーガーに乗り込んであいかに通信する。

 

「澤車長、準備出来たけど本当に良いのか?今更だけど、かなり危険だよ」

 

「良いんです。私たちにはもうこれしか無いんですから」

 

 遠井(スコープ)はこの作戦の危険性を心配して作戦変更を提案したが、あいかはそのまま作戦を実行すると覚悟を決めている。

 覚悟を決めている彼女に、もう何も言うことはない。

 

「分かった。それじゃあ、行くよ」

 

 ベルゲティーガーのクレーンアームが少しずつ上に向かって上がり始め、M3の後部がゆっくりと上がる。

 十分な高さまで上げ、M3を壁に沿って少しずつ下ろして建物の中心まで下げるとウインチをロックして車体を安定させた。

 

 その頃、囮役で待機しているハ号と牧野(ロケット)遠井(スコープ)の連絡を受けて角で待ち伏せしていた。

 M3が吊り下げられている所を横目に大通りを見張る。ハ号の太鳳はどんな戦車が来るのか少しワクワクしている。

 

「よーし、敵が来たら私たちの突貫魂を見せてやる!」

 

「それは良いが、突撃して自滅だけは勘弁してくれよ」

 

「ロケット殿!私たちがただ突撃するだけと思っているのか!?」

 

「そんな気がしてならないが、うん?」

 

 戦車が走っている音が聞こえてくる。

 音がする方向から2輌の戦車が接近している所が見えた。すぐにハ号の車体を叩いて太鳳を呼ぶ。

 

「見えたぞ。あれは・・・・・重戦車と駆逐戦車か。

 よし作戦実行と行くか、西車長」

 

「おう!突貫してあいつらの不意を突くぞ!」

 

「突貫するなって言っただろ。砲撃で誘き寄せるんだよ」

 

 牧野(ロケット)の突っ込みに少々残念そうな顔をする太鳳。

 敵に小銃を向ける牧野(ロケット)と砲口を向けるハ号は威嚇射撃を敢行した。

 2輌の戦車は攻撃してきた牧野(ロケット)たちに気付いたようだ。

 

 

 気付いた2輌の戦車はかなり遅い速度で迫ってくる。太鳳が屋上で待機している遠井(スコープ)たちに連絡をした。

 

「スコープ殿!敵が来ましたよ!」

 

「了解。準備する」

 

 遠井(スコープ)は双眼鏡で通りを確認した。重戦車と駆逐戦車がゆっくりと接近している所が見えたが、戦車の名前までは分からない。

 そこでM4車長のリンを呼んで確認してもらった。

 

「Oh、あれは重戦車(ヘヴィタンク)のT28とT29ネ」

 

「重戦車?片方は駆逐戦車じゃないの?」

 

「あの砲塔がない戦車がT28。あれでも重戦車として造られたのネ。でも区分けが変わって『駆逐戦車(タンクデストロイヤー) T95』になったのネ。

 あの戦車(タンク)装甲(アーマー)が固いから、この作戦(ミッション)はgoodネ」

 

 そんな会話をしていると、大通りを進んでいた敵戦車が角を曲がり始めた。

 様子を見ていた遠井(スコープ)があいかに通信して様子を知らせる。

 

「澤車長!敵が角を曲がってきた!後十数秒で目標地点に来る!準備してくれ!」

 

〔・・・・・〕

 

「・・・・・あれ?澤車長?聞こえる?」

 

〔ハッハイ・・・・・ダイジョウブデス〕

 

「大丈夫?何か片言だけど」

 

〔大丈夫です!ここここのまま作戦を実行しましょう!〕

 

 あいかはかなり緊張している。遠井(スコープ)はこのまま実行して本当に大丈夫か心配だった。

 中止すべきかと思ったが敵は真下に来ている。ここまできたら中止は出来ない。

 

 一方、M3の車内はとてつもない緊張感が漂っている。トリガーを握る砲手の手は震え、とても撃てそうになかった。

 しかし、折角のチャンスをここで逃すわけにはいかない。あいかは何とか勇気を出してもらうために声をあげる。

 

「しっかりしてよ!ここで逃すわけにはいかないからね!」

 

 その声に対して、乗員は「はい!」と大きな声で返事を返した。すると後方を走っていたT29がM3の真下に来た!

 

「撃てぇ!!」

 

 あいかの号令と共に引き金が引かれ、T29のエンジン部に向けて砲弾が撃ち出される!

 砲弾は見事エンジン部に命中し、燃料タンクに当たったのか火災が発生した。このチャンスを逃さないためにもう1発撃ち込んで完全に破壊した。

 火災の煙が立ち込めるなか、砲塔上面から白旗が上がった。撃破成功だ!

 

 M3の車内から歓声が上がり、空かさずT28を狙う。しかしT28は狙いづらくする為に煙幕を展開してしまった。

 あいかは下にいるハ号と牧野(ロケット)に通信し、目印を付けて欲しいと頼んだ。

 

「西さん!ロケットさん!下にいる戦車に目印を付けてください!色が付いている煙幕とかで!」

 

〔分かった!我々ハ号に任せろ!〕

 

〔おい!俺を忘れるな!〕

 

 下で待機していた牧野(ロケット)とハ号は、白い煙で覆われた道を慎重に進み始めたが、周囲の景色さえ見えない状況で進むのは困難だった。

 このまま進んでいくのは危険と判断した牧野(ロケット)は、上にいる攻撃隊に意見具申をした。

 

「この煙幕を何とかしないと進むのは危険だ!カ号を呼んでくれ!ローターの風を使って煙幕をはらうんだ!」

 

〔ロケット!こちらカ号!今行くぞ!〕

 

 偶然近くを飛んでいたカ号がこの状況を聞いていたようで、牧野(ロケット)の通信を受けて駆けつけてくれた。

 煙幕を展開していると聞いていたのですぐに場所が分かった。

 

〔今真上に着いた!これからホバリングを実施する!強風に警戒されたし!〕

 

「良いぞ!やってくれ!」

 

 牧野(ロケット)の合図を受け取った水谷はカ号の機首を仰角15度に調整し、スロットルを全開の位置に動かした。

 カ号が起こす強風が地面に向けて吹き荒れ、砂ぼこりがハ号と牧野(ロケット)を直撃する。それと同時に煙幕が晴れ、隠れていたT28が視認出来た!

 

「敵戦車視認!撃てぇ!」

 

 あいかはローターの音に負けない程に声を張り上げ、その声に答えるように砲弾が撃ち込まれる。

 2発の内1発は車体上部に、1発はエンジン部に命中し火災が発生したが完全に撃破は出来なかったらしく、消火装置を使用して鎮火してしまった。

 一部始終を見ていた太鳳は、牧野(ロケット)と共に撃破しようと考えた。

 

「ロケット殿!ここは我々の出番だ!一気に詰めて撃破しよう!」

 

「ちょっと待て!ここは相手の出方を待った方が」

 

 牧野(ロケット)が止めに入ったが、気がついた時ハ号は既に突貫していた。

 攻撃隊に「援護してくれ」と牧野(ロケット)が言いかけたその時!『バァーン!!』という音が響き、突撃していたハ号がひっくり返されてしまった!

 

「早く弾込めて攻撃してくれ!俺はハ号の方に行く!」

 

 攻撃隊に連絡した牧野(ロケット)はハ号に駆け寄り、砲塔のハッチを開けて中にいる乗員に声を掛ける。

 

「おい!大丈夫か!?」

 

「う、うぅ」

 

 中にいる乗員は全員気絶している。いくら呼び掛けても応答がないし、運び出す時間も残されていない。

 武器は38式歩兵銃と発煙筒だけ、もう上にいる攻撃隊に頼るしか生き残る道は残されていない!

 

「M3!早く撃ってくれ!このままだとマジでヤバい!」

 

〔ちょっと待ってください!まだ装填出来ていないんです!砲弾が・・・・・重くて!〕

 

 M3は砲弾の再装填に苦戦していた。砲塔内の弾薬庫が弾切れになってしまったので、取り出しづらい車体下部の弾薬庫から取り出そうとしていた。

 しかし、現在のM3は前方を下に向けて釣り下がっている。この状況で動くだけでも一苦労なのに、数十㎏はある砲弾を取り出さなくてはならないのだ。

 

 弾薬庫から引っ張り出せても重力が垂直に掛かるので、装填するだけで今までより倍の重労働になる。

 

「分かった!なるべく早くしてくれ!こっちも何とかして時間を稼ぐ!」

 

 そう言うと発煙筒をT28に投げつけ、相手の視界を奪った。煙幕を晴らしたカ号は、風が届かない程に高度を上げて機銃掃射で応戦する。

 煙と機銃掃射の影響かT28の攻撃は全て外れ、何とかM3の装填完了まで時間を稼ぐことが出来た。

 

「装填完了!撃て!」

 

 M3の砲弾は真っ直ぐエンジン部に向かって飛んでいった。命中と同時に再び火災が発生したが、今度は消火器を使い果たしてしまったようで火災が鎮火することはなく、エンジンの爆発で行動不能となった。

 

「やった!撃破したぞ!よくやった!」

 

 遠井(スコープ)が喜びのあまり声を上げたが、M3の車内は精神的疲労で戦果を喜べる状態ではなかった。

 撃破を確認したカ号は周囲偵察の任務に戻り、牧野(ロケット)はハ号の中で気絶している太鳳たちを起こした。

 

 敵が接近していないか目視で確認した後、釣り下げているM3の引き上げ作業に取り掛かった。下にいる牧野(ロケット)と太鳳は横倒しになっているハ号を起こし、損傷箇所が無いか点検した。

 

 M3の引き上げがあと少しで終わろうとしていた、その時だ!攻撃隊が陣取った建物に強い衝撃が起こった!この衝撃でM3は大きく揺れたが、それ以外で特に影響はなかった。

 ベルゲティーガーを操作していた遠井(スコープ)は、すぐに安否確認を行った。

 

「何だ今のは!?澤車長!そっちは大丈夫!?」

 

〔はい。かなり揺れましたけどこっちは大丈夫です!〕

 

「ロケット!そっちは!?」

 

「スコープ!早くM3を引き上げてその建物から降りた方が良いぞ!壁に大穴が空いてる!」

 

 牧野(ロケット)の言葉に、攻撃隊は血の気が引いていった。遠井(スコープ)が見てみると、M3の真下の壁に直径2メートル弱の穴が空き、少しずつ崩れ落ち始めている。

 

 このままでは崩れ落ちる!そう察した遠井(スコープ)は引き上げを再開し、M4のリンがエレベーターの方に向かった!

 遠井(ロケット)は手伝いをしに屋上へ走っていく。その途中でリンから更に悪い情報を聞かされた。

 

「ソルジャー・ロケット!緊急事態(エマージェンシー)ヨ!エレベーターが動かないネ!」

 

「何!?取り敢えずそっちに行くから待ってろ!」

 

 階段を駆け上って屋上に着いた時にはM3の引き上げは完了していたが、頼みの綱であるエレベーターが使えないので脱出が出来ない。

 そこで建物が崩れ落ちる前に、ベルゲティーガーのウインチを使って1輌ずつ下ろしていこうという話になった。

 

 降下準備に入り始めた時、下にいるハ号から悪い知らせが伝えられた。

 

「みんな!非常にマズい事になったぞ!敵の重戦車が下を占領してしまった!」

 

 その連絡を聞いた牧野(ロケット)たちが下を確認すると、E5ジャンボ数輌が出口を塞いでいた。

 今降下したら反撃にあって終わってしまう。しかしいつまでもこのビルに立て籠っていられない。

 

 そうこうしていると壁から鈍い音が聞こえてきた。このビルもいつ崩れるか分からない。

 

「どうしよう!このままじゃ袋叩きにされちゃうよぉ!」

 

「落ち着け!今は状況を整理する方が先だ!スコープ!双眼鏡で周囲の確認をしろ!多分相手は大口径砲を持つ自走砲だ!遠距離射撃(アウトレンジ)でこっちを狙っている可能性大だ!」

 

 牧野(ロケット)の指示を聞いた遠井(スコープ)は双眼鏡片手に敵がこのビルを狙えそうな場所を確認してみると、砲口をこちら側に向けている戦車が見えた。

 

 車体は黒を基調とした赤のファイヤーパターンで塗装され、戦闘室は車体後部で固定されている。車体の左右には履帯の半分を覆うサイドスカートが装備され、思わず2度見してしまいそうな大口径砲が睨んでいる。

 

「前方1時の方向!距離・・・・・約2500m!」

 

 その報告を受けて牧野(ロケット)も双眼鏡で確認をした。

 

「あれは、ドイツの戦車か?」

 

「多分。もしかしたら試作車かもしれない」

 

「マジかよ!あんなデカブツがいるなんて聞いてねぇぞ!」

 

 2人が正体不明の戦車に関しては話し合っていると、ビルの壁が鈍い音を立てて崩れた。

 こうして床に足を付けていられるのも時間の問題だ。

 

 再び自走砲がいる方向を見るとこちら側に砲口を向けている!反撃しようにも離れすぎているので、M3やシャーマンの主砲では貫通はおろか弾が届くかも怪しい。

 

 しかし何もしないまま攻撃される訳にはいかないので、持ってきたロタ砲を使って応戦しようと考えた。牧野(ロケット)がロタ砲を構え、自走砲に向けて1発撃ち込んだ!

 

 放たれたロケット弾は自走砲に向かって真っ直ぐ飛翔し、車体上部に当たった。

 ロケット弾が命中する数秒前に自走砲が苦し紛れに砲撃したが、砲弾はベルゲティーガーのアームを破壊して奥のビルに命中し、壁に大穴を空けた。

 

 距離が離れているのに大穴を空ける程の威力だ、次の攻撃が来たら一貫の終わり。

 

 ベルゲティーガーのアームも破壊されてしまったので、安全に下に降りられる手段は無くなってしまった。

 エレベーターはビルに命中した砲弾のせいで電線が切られてしまったので復旧は不可能、何か別の方法を検討しなければならない。

 

「どうしよう。このままじゃビルは崩壊するし、下にも降りなれない・・・・・」

 

 遠井(スコープ)はこの絶望的状況にがっくりと肩を落としたが、あいかは隣のビルに視線を向けている。

 するとM3の通信機のスイッチを入れ、ハ号の太鳳に指示を出した。

 

「西さん!その隣に建っているビルに、エレベーターがないか確認してください!」

 

〔隣のビル?分かった!少し待ってくれ!〕

 

 太鳳は言われた通りに隣のビルに向かった。入り口は敵が固めている場所と反対側にあったので見つかること無く向かうことが出来た。中には攻撃隊がいるビルに設置されているものと同じ大きさのエレベーターが設置されている。

 

 太鳳は「このビルにもエレベーターはある」と報告し、何をするつもりなのか質問したが、澤は「ありがとうございます。西さんは敵に見つからないように隠れてください」と言うと、すぐに次の指示を出した。

 

 次は「ベルゲティーガーをひっくり返して下さい」と、どういう意図があるのか分からない指示を出した。「何故そんなことをするのか」と聞かれても「言うとおりにして」としか返事をしてくれない。

 

 M3とM4を使って何とかベルゲティーガーをひっくり返すと、今度は「エンジンを掛けて、キャタピラを外側に向けて全開で回して」と言い出した。その先は太鳳が偵察に行ってくれたビルの屋上が見える。

 

 ここまで来て漸く指示の意図が理解出来た。ひっくり返したベルゲティーガーを使って加速し、隣のビルに移ると言うわけだ。

 

 

 意図を理解した牧野(ロケット)は「流石に無理だろ」と懸念したが、あいかは「この作戦しかないんです!」と何としてでも実行する姿勢を見せた。

 距離を目測で測ってみたところ、ビルとビルの間は約1.5m、高さは約50mとほぼ同じぐらい。ジャンプ台となっているベルゲティーガーの履帯は約70kmと高速で回っている。

 

 可能な限り助走を付けて突っ込めば届くだろう。後は恐怖に打ち勝つ勇気だ。

 M4の乗員は大丈夫そうだが、M3の乗員はかなり怯えているので中々先に進めない。

 

「ヤダヤダ!絶対イヤだよ!」

 

「そんなこと言ってもしょうがないじゃない!もうこれしか方法無いんだから!」

 

「失敗したらどうするのよ!成功する保証なんて無いじゃない!」

 

 と中々話が進まないので、牧野(ロケット)が代わりに操縦すると言い出した。怯えたままでは失敗するリスクが高いからだ。

 漸く話が進んだので牧野(ロケット)が操縦するM3が射出位置に付いた。

 遠井(スコープ)が自走砲の狙いを反らすために発煙筒を数個転がしてM4に乗り込み、準備は整った。

 

「よし・・・・・行くぞ。しっかり掴まってろよ」

 

 意を決してアクセル全開でベルゲティーガーに突っ込み、その後ろをM4が付いていく!

 速度はどんどん上がり、遂にブレーキを掛けてやり直す事が出来なくなる速度に達した。M3の車内は恐怖のあまり悲鳴が飛び交う阿鼻叫喚と言わんばかりの状態になっているが、気にせず先に進む!

 

 そして遂に!履帯同士が接触し、急加速で屋上から飛び上がった!M4の飛翔と同時に自走砲による砲撃で、大爆発が起きてビルが崩れていった。

 

 その様子を見ていた観客たちには、ハリウッド映画のアクションシーンを見ているように感じた。

 

 飛び上がったM3とM4の車内は驚くほど静かだった。戦車が宙に舞っている、この状況を完全に理解することに少し時間が掛かっているのだ。

 

「ロケットさん!着地しますよ!」

 

 あいかの声で我に返った牧野(ロケット)は真っ直ぐ前を見て着地に備える。

 着地の衝撃が車内に伝わると同時に、ブレーキペダルを全開で踏み込んで速度を落とす。

 

 履帯と屋上の床が擦れる鋭い音を立てながら車体は2回転して縁のギリギリで停車した。その位置からあと少しずれていたらM3は落下していたかもしれない。

 

 M4は着地する前からブレーキを掛けていたからか、屋上の中心辺りで停車することが出来たようだ。

 

 何とか気持ちを落ち着かせた牧野(ロケット)は、静かにM3を操縦して縁から離れさせた。「戦車が飛んで着陸した」、この事実を受け止めて切れず、数秒の間意識が完全に飛んでいた。

 

「ろ・・・・・ロケット、さん」

 

 声が聞こえたので振り返ると、目に涙を浮かべながら小刻みに震えているあいかたちの姿があった。

 

「・・・・・澤車長の作戦は当たったらしい、よかったな」

 

 何て言えば良いのか分からなかったので作戦の成功を祝うと、今まで張りつめていた緊張の糸が切れたのか、一斉に泣き出してしまった。

 牧野(ロケット)は少し戸惑ってしまったが、「落ち着くまで俺が操縦するから」と声を掛けた。

 

 そしてふらつく足でM4の乗員の安否の確認に向かった。車体を叩くと、中から遠井(スコープ)が顔を出した。

 

「ロケット・・・・・俺たち、すごいことをやったんだよな。戦車で空を飛んだんだ!飛んだんだよ!」

 

「分かったから落ち着け。M4の乗員は大丈夫か?」

 

「あぁ、何とか無事だ」

 

「よし、すぐにここを離れよう。そしたら少し休憩だ・・・・・流石に空を飛ぶのはやりすぎた」

 

 2輌の戦車はエレベーターで下に降りると、待機していたハ号と合流した。

 太鳳は「今までの戦車道の試合で一番ハラハラしたけど、かっこよかったぞ」と笑っていた。

 

 




「今回も愛読してくれて感謝する!知波単学園の西太鳳だ。それにしても今回の作戦は、無謀だったんじゃないか?澤車長殿」

「し、仕方ないじゃないですか!あの状況で思い付いた作戦があれしか無かったんですから!」

「コマンダー・澤の作戦(ミッション)は最高に面白かったネ!またやろ!」

「もうやりません!ただでさえ怖かったんですから!!」

「あー、えっと・・・・・2人の言い争いが終息しそうにないから今回はここまでだ。次回もまた読んでくれ!感想、評価の宜しく!」


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mission17 それが俺の任務

前回のあらすじ

敵重戦車を撃破するため、大胆な作戦を立案したアメリカ・ヒノマル小隊。その内容はクレーンアームを付けているベルゲ・ティーガーを使ってM3を吊り下げて攻撃するという大胆なものだった。
標的は重戦車『T28』と『T29』。どちらも正面装甲は桁違いに硬いので、どんな重戦車でも薄い車体上部を撃ち抜いて撃破しようというのだ。
様々なトラブルに見舞われたが、敵戦車2輌という戦果を上げた。

しかし脱出時、遠距離射撃(アウト・レンジ)でビルを狙撃され、脱出が困難な状況に立たされた。その戦車はE100の車体を流用している重駆逐戦車だった。
アメリカ・ヒノマル小隊はその戦車を詳しく調べることは出来ないまま、崩れるビルからジャンプで脱出。作戦は無事に成功したのだった。



 シベリア小隊はエリアBを出発し、何事もなく順調に進んで行た。当初の予定どおり、敵の進行を抑えるために市街地エリアの中央、エリアCに向かって北進していた。今のところは敵戦車の見ていない。

 

「ほらね!言った通りでしょ?赤坂(あいつ)は心配しすぎなのよ」

 

 とサティは安堵していた。しかしルリエーは赤坂(マガジン)が「情報が無いのに中央を占拠するのは危険だ」と言っていたことが脳裏を過っていた。

 作戦会議の時、PSC2名をエリアEに送り込んで戦力を把握するために強行偵察を実行するという事になっていたが、その偵察で全体の何%を確認出来るかが非常に曖昧だ。

 

 先行してルクスが偵察に出ていたが、それでも確認出来たのはアメリカの重戦車T29だけ。

 相手は試作の段階で没案となった戦車が大多数を締めている。出来れば半分以上の戦力が把握出来れば、そう考えていると、

 

「ルリエー車長、偵察班の陸王から報告が来ました」

 

 通信手(ラジオオペレーター)がヘッドセットの片方を耳から離しながら、難しい顔をしているルリエーを呼んだ。

 

「敵の戦力が分かったのかしら?それで?」

 

「見つけたのは7輌、アメリカのT26EーE1、T26E4・・

 

 通信手が報告された戦車の名前を読み上げる。見つけたのはアメリカの試作重戦車T26シリーズが6輌、そしてドイツのレーヴェだと聞いて、やはり全ての戦力の把握は出来なかったかと感じた。

 こちら側が撃破してきた戦車は片手で数えきれる程だ。PSCが見つけてくれたのはほんの一部に過ぎない。「詳細な情報が来ていないか」と通信手(ラジオオペレーター)に尋ねてみたが、いいえと返すように首を横に振った。

 

 相手はアメリカとドイツだけではない。旧ソ連とイギリスの戦車も持っていると聞いている。それも日の目を見ることが出来なかった試作戦車ばかり。性能、武力、防御力の全てが未知の領域だ。これまでの経験は全くと言って良いほど通用しないだろう。

 

「ルリエー、みんな疲れているからそろそろ休憩しましょう。」

 

「え、あ・・・・・すみません、もう1度良いですか?」

 

 サティの指示を聞きそびれてしまったので、慌てて聞き返した。サティは「ちゃんと聞きなさいよ」と少し面倒そうに返事を返し、「休憩するわよ」と溜め息混じりに言った。

 

 ビルの陰に戦車を停車させてエンジンを切った。旧ソ連の戦車はクラッチが固いので変速だけでも重労働だ。

 暫く休憩すると言われたISー2の操縦手(ドライバー)は席に座ったまま目を瞑り、砲手(ガンナー)装填手(ローダー)はリストを片手に残弾数の確認をしていた。大口径砲を搭載している戦車は搭載出来る量が少ないので、こうして時間がある時に確認しているのだ。

 通信手(ラジオオペレーター)は席を離れず、ヘッドセットを耳に押し当てながら味方の通信を聞き逃さないように真剣な表情で通信機を操作している。

 

 サティとルリエーは作戦の再確認のために地図を拡げて話し合っていた。現時点で目標の中央エリアまで後数百メートルの位置まで進んでいる。今のところは敵の姿は見ていないので、このまま行けば作戦通り事を運ぶことが出来るだろう。

 

「このままなら、予定通り中央を占拠して待ち伏せが出来るわね。敵に今までやれた分ここでやり返してやるわ」

 

 とサティは意気込んでいる。一方的に攻められてばかりだったので鬱憤が溜まっているのだろう。その一方で、ルフナは頭の中でここまでの状況を整理し、手に顎を乗せて黙考していた。

 当初の目的は敵の進行を遅らせることだったが、今のサティは敵を殲滅することだけを考えている。その作戦でも活躍出来るとは思うが、敵の戦力が分からない状態エリアCを占拠した場合、真っ向勝負を挑むことになる。

 

 現在確認出来ているのはアメリカ、ドイツ、ソ連の重戦車と駆逐戦車が数種類。まだ視認出来ていない無い戦車もいるはず。

 もしかしたら視認していない戦車と戦闘することになるかもしれない。そう思ったルリエーは、サティに意見具申を試みた。

 

「サティ隊長、意見具申しても宜しいでしょうか?」

 

「意見具申?何か良い案でも思い付いたの?まぁ良いわ。聞かせて」

 

「ありがとうございます。早速ですが、今私たちの手元にある情報はPSCが発見した数種類の重戦車と、敵が動き出したという警告です。コマンダー・マガジンが言ったように、このまま中央を占拠するのは危険だと思います」

 

『コマンダー・マガジン』という言葉を聞いたサティの顔から笑顔が消えた。聞きたくない言葉だったのか、眉を寄せて睨むようにルリエーを見上げた。

 

「・・・・・それで?」

 

「ここは別行動しているコマンダー・マガジンを呼び戻して、一緒に行動すべきだと思います。彼が言うように、この状態で中央の占拠は避けるべきです。もし呼び戻したくないのなら、何か別の作戦を立案すべきかと」

 

 ルリエーは遠回し気味に「この作戦は実行すべきではない」と反対した。出発前の時はPSCが強行偵察である程度は戦況把握が出来るはず、そう思っていたが実際は恐らく全体の半分に満たない程度しか把握が出来ていない。戦闘が始まったとなれば、相手も中央付近を進軍してくる事は予想出来る。

 その相手がこのKVー2、ISー2を遥かに上回る性能を誇った戦車である可能性は非常に高い。

 こちらが中央を占拠する前に歩兵である赤坂(マガジン)に進軍先の偵察をしてもらう、そう考えていた。説明を最後まで聞いたサティは、怒りの籠った低い声で言った。

 

「つまり?私の作戦が気に入らない、と言うことかしら?」

 

「そう言う訳では・・・」

 

「だったらあいつの名前を出さないで!歩兵1人に何が出来ると言うのよ!」

 

「前路の偵察や敵の撹乱等で力を発揮すると思います。それに敵戦車の撃破にも貢献しています」

 

「それは何人かの班で行動していたからでしょ!1人じゃ何も出来やしないわ!」

 

 ルリエーは何とか認めて貰おうと説得を試みてみたが、戦闘前のいざこざがあったからかサティは断固拒否している。怒声が聞こえてきたので、中にいた乗員が何かあったのかと思い飛び出してきた。

 

「あの、何かあったのですか?」

 

「何でもないわ!休憩は終わり!出発するわよ!」

 

 苛立ちながら戦車に乗り込むサティの姿を見た乗員は、「揉めたんですか」と尋ねるようにルリエーを見た。普段から揉める事は無かったので、乗員たちは目を丸くしていた。

 

「・・・・・聞こえたでしょ。出発よ」

 

 指示を出したルリエーは普段通りに振る舞っていたが、乗員は互いに目を合わせながら大丈夫なのだろかと心配していた。いつも通りにの試合ならこんな風に揉めることはない、だが今回はいつもと違うのだ。

 初めは戦車で決着を付けるつもりでいたが、試合が進むに連れてこれまで通りの戦い方では勝利することは難しい。だから宗谷は『歩兵』とともに戦う新しい戦術を考えたのだろう。

 

 こうして生き残ったからには、何としてでも勝利に流れを持っていきたい。そうするためには歩兵という武器が必要になる。しかしサティは拒否し、赤坂(マガジン)は好きにすると言い残して隊を離れてしまった。

 呼び戻しても素直に参加してくれるかどうか。心配要素はかなり多いが、今はサティが立案した作戦を実行するしか無いだろう。

 

 2輌の戦車は気まずい雰囲気の中、予定通りエリアCに向かった。その間、サティは自分が立案した作戦に反対されたことにまだ苛立っていた。

 今まで自分が立案して来た作戦は、大洗との一戦以外で失敗したことはない。今回の作戦も絶対成功すると確信を持っていた。今まで作戦を反対された事がなかったので余計に腹が立ったのだ。

 

 出発して10分後、目標地点であるエリアCに到着した。立地はビルが円を作るようにそびえ立ち、中心には枯れた噴水が佇んでいる。

 相手の不意を付くには噴水より後方で構えた方がより効果的だろうと考え、ビルの陰に戦車を隠して待ち構える事にした。勿論エンジンは停止している。

 

「ルリエー車長、先程はサティ隊長と何があったんですか?」

 

 ISー2の装填手(ローダー)がずっと気になっていた事を尋ねた。ルフナは少し間を置いて、

 

「何もないわ。そんな事をより今は作戦実行中よ。ちゃんと構えて」

 

 と注意した。そう言われたものの、どうしても気になったので、今度は言い合いの原因になりそうな言葉で揺さぶりを掛けてみようと考えた。

 

「もしかして、コマンダー・マガジンの件ですか?」

 

「・・・・・」

 

「サティ隊長はコマンダー・マガジンを毛嫌いしています。でも彼の助けが無いと勝つことは出来ない。それで言い合いになったんですよね?」

 

「・・・・・」

 

 確信を付かれてどう答えれば良いか分からないのか、ずっと俯いている。

 

「こんな話をしてすみません。でも気になっちゃうんです。幼い頃からずっと一緒で、喧嘩をしたことがないって聞いていましたから」

 

 そう言われたルリエーは軽く溜め息を吐いた。幼い頃からの付き合いで、一度も喧嘩をしたことが無いのは事実だ。

 作戦の立案を全部サティに任せていたので、自分から意見を具申することなんて無かったのでトラブルも起きなかった。彼女の作戦は危険な場面もあったが殆ど失敗しなかった。

 

 サティはこう言った経験、知識は豊富なので、今回の作戦も自信とプライドを持っている。だから余計な口出しをされたことに腹を立てたのだろう。ルリエーも作戦実行に反対する気は無かった。

 

 しかし今回の試合は今までの経験が全く通用しない。規則完全無視の攻撃、名前を初めての聞く重戦車の登場。このような想像も付かない事態に遭遇し、相手が正々堂々と勝負する気は全く無いという事が分かったのだ。

 こちらも歩兵という変わり種で勝負するしか無い、その事を伝えたかったのだ。ルリエーは顔を上げて通信手(ラジオオペレーター)に、

 

「KVー2のサティ隊長に繋いで、話がしたいの」

 

 と頼んだ。今からでも遅くない、ちゃんと話し合えば分かって貰えるはず。そんな期待を胸に、ヘッドセットを頭に付けた。

 

「緊急通信!KVー2の操縦手(ドライバー)が敵の戦車を発見!前から接近しているらしいです!」

 

 通信手(ラジオオペレーター)が緊迫した声で乗員に伝達する。前から接近していると聞いたので、ルリエーはどんな戦車が来たのかを確認するために頭を出した。

 

 見えた。オリーブドラブの独特な緑色で車体を塗っている。どちらも車体、砲塔の形状はKVー1に酷似していて見分けが付かない。しかし良く目を凝らしてみると、車体の大きさに違いあること、そして砲塔上部に副武装の機銃の有無で判別出来た。ルリエーはすぐサティに通信した。

 

「サティ隊長、まさかあれって」

 

「えぇ、そのまさかかも。KVー3KVー4ね」

 

『KVー3』、『KVー4』。この2輌はKVー2の次に計画された重戦車である。どちらもKV系列だが、特に大きな違いは無く車体の形状はほぼKVー1に似ている。

 KVー3はKVー1の車体の装甲、エンジンを強化した『Tー150』と、車体を延長して107㎜砲を搭載した『Tー220』が試作された。砲塔の形状もKVー1と殆ど変わっていない。今目の前にいるのは火力強化型である後者の『Tー220』であると推測した。

 

 そして、このKVー3を上回る性能を目指して計画されたのがKVー4である。

 武装は長砲身の107mm砲で、重量100トン越えの超重戦車として計画された。史実では計画だけで試作されなかったと言われていたが、とある資料に『車体までは試作した』と言う記述が残されているという。

 どちらも計画のみで終了したので実戦配備はされなかった。もし実戦に出ていたら、ドイツのティーガーでも太刀打ち出来なかっただろう。

 

 車体の形状はKVー1に似ているが、正面装甲はかなり強化されている。どちらも長砲身107㎜砲なので正面で撃ち合うのは無理があるだろう、そう感じたサティはルリエーに指示した。

 

「良い?あいつらは私たちの存在に気付いていないはず。ここは待ち伏せよ」

 

「は、はい」

 

 ずっとソ連の戦車に乗ってきたので、とても厄介な相手だと認識するのに時間は掛からなかった。相手はまだ気付いていない、誰もがそう思っていた。

 相手の出方を待っていたが、2輌の戦車は噴水の手前で止まった。エンジントラブルだろうか、そう考えていると轟音を立てて壁に大穴が空いた!近くにいたISー2に瓦礫が降り注ぐ。

 

 車内は瓦礫が装甲に当っている重い音と、混乱する乗員の声が響き渡った。その直後、今度はKVー2付近の壁が爆発した!その時に直感で分かった、「完全に読まれている」。

 

 今まではドローンやスパイによる妨害工作をされてきたが今回は違う。こちらの動きを読んでいたのだ!距離を置いて攻撃しているのは、反撃された時のダメージを極力少なくするため。107mmの長砲身ならある程度距離を離しても問題無い火力だ。

 事実、厚さ約30㎜はあるコンクリートの壁を撃ち破ったのだ。このままではやられしまうのも時間の問題、サティは1つの賭けに出ることにした。

 

「ルリエー!私たちのKVー2が先行するから続きなさい!正面装甲で相手の砲弾を弾きながら前進して、至近距離で砲弾を叩き込むのよ!」

 

 サティは自車の重装甲を活かして距離を縮めようと考えた。KVー2はその重装甲を活かし、『ティーガーの88㎜砲弾を貫通させること無く弾いた』という記録が残っている。だが今回は107mm、弾けるか分からない。

 

「いえ!ここは私たちが前に出ます!こちらの方が正面装甲は傾斜していますから弾きやすいはずです!」

 

 ルリエーはまたしてもサティの作戦に待ったを掛けた。ISー2の装甲は約100mm、しかし装甲は傾斜しているので実際は100mm以上の装甲があるはず。理論上でいえばISー2の方が跳弾する確率が非常に高い。しかしサティは、

 

「今更作戦変更なんて出来ないわ!このまま行くわよ!」

 

 と全く耳を貸さなかった。中央は一番戦車が集まりやすいポイント、そして既に敵に居場所を悟られているので、もたもたしていたら挟み撃ち(クロス・ファイヤー)を仕掛けられてしまう可能性が高いと思ったのだろう。

 

 ルリエーが再度呼び掛けてみたが、その時既にKVー2は動き出していた。もう行くしかない、ルリエーは操縦手(ドライバー)に「前進」と指示を出した。

 敵の攻撃を待つ必要はない。先行したKVー2は躊躇すること無く前進し、その後ろをISー2が続く。敵は装填中なのか、全く攻撃する気配はない。それどころか距離を離すように後退している。サティは「これはチャンスだ」と思ったのか、兎に角前進するようにとしか言わない。その単純な行動が敵に大きなチャンスを与えてしまった。

 

 後少し、後少しで追い付ける。サティはそれだけを考え、周りを見ていなかった。視線の先に見えるのはKVー4だけ。超重戦車を一方的に叩くのは悪い判断ではない。しかし忘れてはいけない、もう1輌いることを。

 途中まで順調に進んでいたKVー2が、KVー3攻撃を食らってしまった。107mm砲をまともに食らったのでKVー2の車内はかなり揺れたが、エンジンに支障無し。このまま前進、とサティは指示したが、進まない。エンジンの唸る音が木霊するだけで、1mmも動かない。

 

「ちょっと何やってんの!早く前進して!」

 

 サティは操縦手(ドライバー)を急かしたが、操縦手(ドライバー)は血の気が引いた顔でこう言った。

 

「しゃ、車長・・・・・今の攻撃で、履帯を切断せれました」

 

 そう、KVー4はあくまで囮役。後ろから続いていたISー2もKVー3は完全にノーマークだった。KVー4の後ろにいたか、既に撤退したと思い込んでしまったからだった。KVー2は噴水の右側、その手前で左側の履帯を切られて立ち往生になってしまった。

 

「すぐに履帯の修理を始めて!後は車体を傾けて!敵の攻撃をなるべく弾くのよ!」

 

 サティはそう言ったが、今外に出るのは危険だ。前にはKVー4、横にはKVー3、まさに挟み撃ち(クロス・ファイヤー)を狙った構図になっている。まだ動けるISー2がKVー3を叩くことが理想的だが、履帯を切られて動けないKVー2を完全に無視することは出来ない。

 応援を呼びたいが今呼んでも間に合わない。ルリエーはサティにこう告げた。

 

「サティ隊長。ここは私たちが盾になります、その間に履帯の修理をしてください!」

 

「何言ってるの!そんなのダメよ!」

 

「今は・・・・・これしか無いんです!」

 

 ISー2はKVー2の左側に停車し、正面からの攻撃に対しての防御姿勢を取った。敵はISー2の方が厄介だと判断したのか、KVー2そっちのけで攻撃を始めた。

 ISー2の車体に107mm砲弾が集中的に撃ち込まれる。が、敵は1発で仕留めようとしない。何発も撃ち込んで、なぶり殺しにするつもりのようだ。

 

「ルリエー!早く下がりなさい!ISー2も限界よ!」

 

 サティは涙声で後退指示を出した。これ以上味方が傷ついていくところを見るのは耐えられなかった。少し間を置いて、焦りを感じさせないルリエーの声が聞こえてきた。

 

「サティ隊長。あなたが立てる作戦は、どれも目を見張るものがありました。あなたは、何がなんでも生き残らなければならない人です」

 

 サティはその一言を、死を悟った時に聞く遺言と同様の物と捉えた。ここまでかなりの犠牲を出してしまった、もうこれ以上犠牲を出したくはない。

 

「バカ言ってんじゃないわよ!私は良いから・・・・・早く下がりなさい!」

 

 この一言はルリエーの耳には入っていなかった。ヘッドセットを外したのだ。ISー2の車内は驚く程静かで、穏やかな空気が流れたいた。これで良かったのだ。役に立てないままやられるよりは良い。このまま撃破されるのを待つだけか、そう思っていると、前から重い発砲音が響いた。

 

「おいおい。ちょっと目を離している間にエライ事になってんな」

 

 現状を見てやっぱりかと思わせる呆れている声に、サティたちは驚いた。隊を離れた赤坂(マガジン)だ。サティから必要無いを言われたので、もう来ないと誰もが思っていた。

 

「こ、コマンダー・マガジン?どうして・・・・・」

 

 サティは驚きを隠せない様子で尋ねると、赤坂(マガジン)はふんと鼻を鳴らした。

 

「勘違いすんなよ。俺はただ自分の任務を果たしに来ただけだ」

 

 KVー4の後ろに、主砲から煙を出している戦車が見えた。恐らく赤坂(マガジン)が操縦している戦車だろう。しかしそれは戦車と言って良いものなのか疑問になる見た目をしていた。

 

 車体は駆逐戦車のヤークトパンターで、ティーガーの88㎜砲を車体上部に2門、そして左右の車体側面に1門ずつの計4門を増設している。

 それは規格外な自走砲、アメリカのM50オントスを連想させる見た目をしていた。

 オントスは無反動砲だったので反動を吸収する駐退機が無くても問題無いが、今ヤークトパンターに搭載されている88㎜砲は無反動砲ではない。

 駐退機がないと反動を吸収しきれないので、撃つ度に強い反動を受けてしまうので弾道はかなりぶれてしまう。確実に当てるにはなるべく至近距離で撃つしかない。

 

 赤坂(マガジン)はアクセルを煽りながら周囲を確認した。噴水の近くで4輌の戦車が団子状態で固まっている。敵味方共に重戦車なので、回り込んで攻撃する方法が理想だろう。

 

「コマンダー・マガジン!一緒に挟撃しましょう!」

 

 ルリエーは共に戦おうと言ったが、赤坂(マガジン)は返事をしない。

 

「コマンダー・マガジン!応答してください!一緒に戦いましょう!」

 

「今更一緒に戦うなんて出来るか」

 

「そんなことを言ってる場合じゃないでしょ!?」

 

「兎に角俺は俺のやり方でやる。邪魔すんな」

 

 赤坂(マガジン)は回り込むためにアクセル全開で走らせた。噴水に対して反時計回りで走らせ、狙いをKVー3に定めて突っ込む。砲には1発しか装填されていないので絶対に外せない。

 車内に付けた照準器で車体後部に狙いを定めて、増設した88㎜で撃ち込んだ。しかし狙いは外れ、砲搭側面を掠めて飛んで行ってしまった。その攻撃で敵の標的がヤークトパンターに向いた。味方の2輌はまともに戦うことは出来ないと思ったのだろう。

 KVー3が追いかけ、KVー4が狙撃という形で撃破を狙っている。そのお陰でKVー3の後方が無防備になった。ルリエーがサティに言った。

 

「隊長!私たちがKVー3を追撃しますから、KVー4を攻撃して下さい!敵の戦力が割かれた今なら可能なはずです!」

 

「ちょ、指示するのは私よ!・・・・・まぁ良いわ!その作戦で決定!」

 

 漸く作戦が実行出来そうだとルリエーは嬉しくなった。ISー2は砲塔だけを旋回させ、偏差射撃でKVー3の履帯を撃ち抜いた。動けなくなったところでヤークトパンターがエンジンとミッションを撃ち抜いた。しかし2発撃ってしまったので残り1発。再装填も出来ないので外すことは出来ない。

 

「誰か手を貸して!KVー4が逃げるわよ!」

 

 サティが叫んだ。KVー3がやられたところを見て退却している。

 

「私たちが食い止めます!」

 

 ルフナがそう言うと、ISー2が逃げるKVー4に対して正面から潜り込むように突っ込み、噴水の前まで押し込んだ。押し込んでいく度に車体がギシギシと音を立てた。

 

「早く!今のうちです!」

 

 ルリエーの合図でヤークトパンターが最後の1発をエンジンに向けて撃ち込んだ。しかし火災だけで撃破にはならなかった。燃料タンクを撃ち抜いただけのようだが、かなりのダメージを与えたはずだ。

 KVー4の動きが鈍くなった。これなら履帯を切られてしまったKVー2でも狙えるはず。サティが叫ぶ。

 

「砲塔を全開で回して!車体下部を撃ち抜くわよ!」

 

 砲手(ガンナー)装填手(ローダー)が協力し、とてつもなく重い旋回ハンドルを回す。息を切らしながらハンドルを回し、狙いを定めた。

 

「撃てぇ!!」

 

 砲手(ガンナー)叫び声と同時にトリガーが引かれ、KVー4に直撃弾を食らわせた。火の手が上がっていたのでどこを狙えば良いのかが分かっていたので、1発で撃破することが出来た。

 敵の撃破を確認したサティとルリエー、そして乗員たちは大きな溜め息を吐いた。ギリギリの戦いの緊張感から解放され、心臓はまだバクバクしている。ISー2の乗員が外に出てKVー2に駆け寄り、切れた履帯の具合を見てみた。

 

 砲弾が掠めた時に切れたようで、幸い機動輪、転輪と言った走行装置の損傷は軽度なものだった。しかし履帯の板が1枚足りず、繋げ直すことが出来なくなった。

 途方にくれていると、魔改造ヤークトパンターがKVー2の前で停車し、赤坂(マガジン)が操縦席から降りて後ろに回った。

 

「ちょっと、何やってんの?」

 

 サティが呼び掛けたが赤坂(マガジン)は相変わらず無言を貫き通している。何をしているのか見ていると、手に鉄製の板を持って歩いてきた。

 

「俺たちが隠れていた工場に放置されていたKVー1の履帯だ。同じ系列の戦車なんだから使えるだろ」

 

 そう言って履帯を足元に置くと、乗員が履帯を繋ぎ直した。作業しているところを横目に、赤坂(マガジン)はヤークトパンターを壊してしまった。

 ルリエーに訪ねられると「燃料が切れて動けなくなったから、敵に持っていかれないようにしている」と答えた。鹵獲されないためだろうか。

 作業を終えると、車内から自分の荷物を持って出てきた。その時左手にズキッと痛みが走った。見てみると手袋ごと掌を切ってしまっていた。荷物をから包帯を出して巻き付けて結ぼうとしたが、片手が塞がっているので上手くいかない。「あーくそっ」と愚痴を漏らしていると、

 

「ちょっと、貸しなさいよ」

 

 と言いながらサティが近寄ってきた。赤坂(マガジン)は疑わしい目でサティを見た。

 

「何だよ急に」

 

「別に、困ってそうだから手伝ってあげようと思っただけよ」

 

 少し無言の空気が流れ、赤坂(マガジン)はそっぽを向きながら手を差し出した。

 

「・・・・・痛くすんなよ」

 

「子供みたいなこと言わないで。消毒は?」

 

「してねぇよ。めんどくさいし」

 

「しなきゃダメでしょ。消毒液は?」

 

「鞄の中。赤十字のマークが付いてるポーチの中だ」

 

 赤坂(マガジン)が指を指す鞄の中を漁り、赤十字マークが描かれているポーチを引っ張り出した。

 

「用意がいいのね」

 

「基本装備だ」

 

 サティは消毒液を傷口に付け、ガーゼを付けて包帯を巻いてほどけないようしっかりと結んだ。

 

「はい。これで良いわよ」

 

 赤坂(マガジン)は巻かれた包帯を見て、手を開いたり閉じたりを繰り返し、ほどけないか確かめた。そしてボソッと「ありがとよ」と言って荷物を纏めて歩き出した。

 

「待って。どこに行くの?」

 

 サティは赤坂(マガジン)を呼び止めた。赤坂(マガジン)はその場で止まり、振り返らず答えた。

 

「何処に行こうが俺の自由だろ。どっかで戦闘している小隊と合流するさ」

 

「ねぇ、その・・・・・今更だけど私たちと一緒に戦わない?」

 

「あ?何だよ今更。役に立たないんだろ?」

 

「初めはそう思ってたわ。でもこれまでの戦いを通じてやっと分かったの。歩兵も役に立つんだって。あなたたちをバカにしてきたことは謝るわ。だから、一緒に戦って。お願い」

 

 サティが深々と頭を下げた。ルリエーと乗員たちはこの光景に目を見開いた。サティが頭を下げてお願いするところを見たのは初めての事だった。

 赤坂(マガジン)は頭を下げるサティを見て、大きな溜め息を吐いてKVー2の車体の上に乗った。

 

「何ボケッとしてんだ。さっさと行くぞ」

 

 と赤坂(マガジン)が言うと、サティも「出発よ!」と声を上げた。KVー2の履帯は無事に修理出来たので走り出しは良好だ。ルリエーがKVー2の車体に座っている赤坂(マガジン)に通信した。

 

「コマンダー・マガジン。さっきはありがとうございました」

 

「何の事だ?」

 

「さっきの戦闘です。ずっと私たちのことを見ていてくれたんですよね。そうじゃなければあんなに早く到着出来ないですし、改造したヤークトパンターで来たのも、履帯の替えを持っていたのもこうなると予想していたからですよね?」

 

「・・・・・そんな訳ないだろ、たまたまだよ。」

 

「でも本当に助かりましたよ。あなたが来てくれなかったらどうなっていたか」

 

「礼を言われる筋合いはねぇ。ヤークトパンターを改造したのは反撃する手段を増やすため、そして履帯は装甲強化のために付けただけだ。

 さっきも言ったが、俺は与えられた任務を遂行しただけだ。『敵戦車を撃破し、味方を守る』、それが俺の任務だ。・・・・・お喋りは終わりだ。そろそろ前に出て見張らないと」

 

 赤坂(マガジン)は通信を切ると、小銃を手に持って前に出た。サティとルリエーはこの戦闘で、大事なことを学べた気がした。

 




「今回も最後まで読んでくれたことに感謝するわ。プラウダ高校のサティよ」

「そして副隊長のルリエーです。サティ隊長、今回は流石に危なかったのでは無いですか?」

「そ、そんな事無いわよ?履帯さえ切られなければ何とか・・・・・」

「ったく。下手な突撃するからだ。もっとよく考えてだな」

「ま、マガジン!?あんたに言われなくても分かってるわよ!」

「だったらもう少し慎重に立ち回れよ!」

「余計なお世話よ!」

「あぁ、また言い合いが始まってしまいました。でも『喧嘩するほど仲が良い』って言いますもんね」

「「仲良くない(わよ)!!」」

「フフ。では最後に感想、評価を宜しくお願いします」


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mission18 遅れはチャンス!?

前回のあらすじ

出発前の作戦会議で喧嘩をしてしまい、別行動を取っていたコマンダー・マガジンとシベリア小隊。サティは作戦通り、市街地エリアの中心部であるエリアCに進軍する。
そこで彼女たちは旧ソ連軍が計画していた重戦車、『KV-3』と『KV-4』と戦闘をすることになった。その戦闘中、KV-2の履帯が切断されたり、IS-2が集中砲火を受けるなど想定外の事が立て続けに起こり、シベリア小隊は全滅するかに思われた。
しかし、その戦闘に割り込むようにマガジンが自らの手で改造したヤークトパンターで現れたことで状況は一変。3輌の戦車で敵を完全撃破することに成功した。喧嘩していたマガジンとサティは無事仲直り(?)し、行動を共にしたのだった。



 身を潜めていた模擬工場から出発したエレキ・シェル小隊は、時速20㎞以下で進軍していた。進めた距離は模擬工場が目と鼻の先に見える程度だった。

 原因は聖グロリアーナ女学院が持ってきた新重突撃砲トータスにあった。

 

 第2次世界大戦時、イギリス陸軍は「敵は強固な防衛陣地を形成して迎え撃ってくる」と予想し、その防衛陣地を突破出来る重突撃砲を計画した。

『AT』という呼称で、『AT1』~『AT18』までの計画案として提出することになり、数字が上がっていく程大きくなり強力になっていった。

 最終的には『AT16』までの設計案を提出し、その設計案を基に25輌のモックアップを制作。この25輌のモックアップを元に直接工場生産という形になった。

 

 トータスの性能は、全長10m、全幅3.9m、全高3m、重量79t、最高速度約19km、武装オードナンスQF32ポンド(94mm)砲1門、装甲厚228mmである。

 コンセプトは『敵の防衛陣地を蹂躙し、兵の戦力を分散させる』というものだった。そのため、ATシリーズは全て機動力より防御力を重視した構造となっている。

 

 本車は『敵の防衛陣地を破壊する』といった専門の任務を担うために造られたので、イギリスの特殊機甲部隊『第79装甲師団』に配備する予定であった。

 

 しかし開発中に終戦となってしまったので、生産数は25輌から6輌に減らされ、配備もされなかった。その内の1輌がドイツで輸送試験を実施し、武装、操向装置の安定性が証明されたが、全高3mという高さと、79tという重量はどうしようもなく、「輸送手段に大きな課題がある」という結論に至った。

 またこの戦車に搭載されている『メリット・ブラウン操向変速装置』は逆回転機構を備えているので、前進と同じ速度(19km)で後退することが出来た。

 

 主武装であるオードナンスQF32ポンド砲は、高射砲を戦車砲用に改造したもので、火力はドイツにもひけを取らないものだった。射撃試験では、約1000ヤード(940メートル)離れていたパンターを撃破した記録が残っている。

 現在は6輌ある内の1輌がレストアされ、ボービントン戦車博物館に保管されている。

 

 

「・・・・・どうするんだ?散々時間を使って進軍出来たのはここまでだぞ」

 

 エレキ・シェル小隊の歩兵、田所(ラハティ)は皮肉混じりにそう呟いた。当初の目標はエリアCの中心地点まで潜り込む予定だったが、今からその予定地点に向かっても手遅れになる。

 ポルシェティーガーの車長、中嶋美優も予定より大分遅れていることに不安になっていた。

 

「うーん、これは困ったねぇ。まぁ仕方ないか、このトータス(カメちゃん)は早く動くために造られた訳じゃないし」

 

「そうだとしてもだ、これからどうする?予定の半分も進んでいないんだぞ」

 

 予定通りにいかない事に焦りを感じているのか、田所(ラハティ)は少し苛立っている。そんな田所(ラハティ)水原(ウッド・ペッカー)が宥める。

 

「落ち着けよラハティ。どっちにせよ俺たちの作戦は待ち伏せなんだ。予定通りいかなくても支障は無いよ。さっきの情報では敵が動き始めたって言ってたから、油断した敵がこの道を通るかも」

 

 水原(ウッド・ペッカー)は道を指差した。境界線に当たる道は2車線で、戦車が1輌通れる程度の広さがある。ルフナが思い付いたようんび頷く。

 

「成る程。この道にトータスを停めて、油断して出てきた敵を撃ち抜く・・・という事ですか。敵の方もこんな堂々と道の真ん中で佇んでいるなんて思っていない。この作戦でいけるかもしれませんね」

 

 説明を聞いていた美優と田所(ラハティ)もその作戦で了承した。進軍は出来なかったが、仮に前線に出れたとしてもこの鈍足では対して活躍することは出来なかったかもしれない。

 進軍は予定よりかなり遅れているが、この遅れは逆に状況を好転させるかもしれない、彼らはそう考えることにした。

 

 奇襲を仕掛けるにはその場所に上手く同化しなければならないので、トータスは側に置かれていた木箱の破片や、落ちていた枝や枯れ葉を使って擬装を始めた。

 そして田所(ラハティ)は周囲警戒を兼ねて偵察に出ていった。擬装をしている時、美優が水原(ウッド・ペッカー)に話し掛けた。

 

「ねぇ。田所、さんだっけ?いつからの付き合いなの?」

 

「ラハティの事ですか?あいつとは近衛の時からの付き合いですよ。機甲歩兵科でペアだったんです」

 

「そうなんだ。じゃあペアを組んだときからずっと一緒?」

 

「えぇ。あいつとは地元が同じだったんですぐ馴染みましたよ」

 

「ちょっと。手が止まっていますよ」

 

 ルフナから注意され、2人は平謝りをして作業を再開した。側に落ちていた板でトータスの全体を隠し、鉄鋼の棒をクロスで組んだものを前に置いてバリケードを作った。

 トータスの後ろにポルシェティーガーを停車させ、トータスの装填中に援護射撃をする構図を作った。こうすれば前にも後ろにも攻撃が可能というだけでなく、互いに互いを守ることも出来る。美優が手に付いた埃を叩きながら言った。

 

「よし。これなら何とかなるかな。後は田所の偵察次第だね」

 

 そんな噂をしていると、田所(ラハティ)が慌ただしく走ってきた。

 

「ウッド・ペッカーの予想通りだ。敵が来る!迎撃の準備だ!」

 

 その一言で場の空気に緊張が走った。歩兵の田所(ラハティ)水原(ウッド・ペッカー)はトータスの後ろに隠れ、美優はポルシェティーガーに乗り込んで頭を外に出して様子を見た。

 その直後、聞きなれないエンジン音と、履帯が地面を蹴りながら進んでいる音が聞こえてきた。

 

 構えていると、角からT26E5ジャンボ3輌が姿を現した。しかし3輌の戦車は特に確認を取ることなく真っ直ぐ近付いてくる。敵小隊(エレキ・シェル)がこの道にいるということに全く警戒していないということだろう。

 待っていると敵がバリケードの手前で停車した。敵戦車の車長と思われる人の上半身が見えた。「こんなとことにバリケード何てあったっけ?」と言う会話が聞こえてきたので、気付かれていないようだ。

 

 ルフナが「攻撃用意」と指示を出すと、全員が攻撃体制に入り、「攻撃開始!」と指示を聞くとトータスがE5ジャンボに零距離で撃ち込んだ。

 トータスの正面にいたE5ジャンボを一撃で撃破した所を確認すると田所(ラハティ)水原(ウッド・ペッカー)がバリケードを越えて残った敵に向かって突っ込んだ。2人は手榴弾を履帯と転輪の間に押し込んで爆破して動きを止めた。

 動けなくなったE5ジャンボを確認したポルシェティーガーが1輌、そしてトータスがもう1輌を完全撃破して戦闘は終わった。田所(ラハティ)が敵戦車の白旗を確認して言った。

 

「撃破完了だ。さっさと移動しよう。敵が来るぞ」

 

 田所(ラハティ)水原(ウッド・ペッカー)が擬装用に取り付けた鉄屑をトータスからどかして、それぞれの車体に乗って移動を開始した。

 

 戦闘区域から離脱したエレキ・シェル小隊は当初の目標であったエリアCまで進軍し、倉庫のような建物の中で少し休むことになった。

 歩兵の2人はいつでも銃が撃てるように弾薬の確認と手入れをしていた。田所(ラハティ)は弾倉を確認して溜め息を吐いた。

 

「ハァ・・・くそっ無駄に撃ちすぎたな」

 

 田所(ラハティ)水原(ウッド・ペッカー)の手元に残っている弾倉の数は2人分を合わせて後3つ。残りの弾数は残り僅かだった。

 予備の弾倉は全てホハに乗せたままで、別れるときになるべく多く弾倉を持ってきたつもりだったのだが、思っている以上に弾薬を消費してしまったのだ。

 出来ることならホハに弾薬を運んで貰いたいところなのだが、このエリアCは敵と遭遇する確率が非常に高い。こんなところにホハを呼ぶことは出来ない。水原(ウッド・ペッカー)も心配そうに言った。

 

「弱ったなぁ。このままじゃ戦闘中に弾切れ起こしちゃうよ。別の小隊に連絡して弾薬分けて貰おうか?」

 

「そんなこと出来るわけねぇだろ。節約して戦うしかない」

 

「皆!パスタ・キャット小隊から緊急連絡よ!」

 

 美優が大声で全員に呼び掛けた。その声を聞いて乗員たちが一斉にポルシェティーガーの前に集まった。美優が報告内容を伝える。

 

「内容はこうよ。『敵重駆逐戦車を発見、近くにいる小隊に救援を要請する』、だって」

 

 その内容を聞いてルフナが質問する。

 

「その重駆逐戦車、形式は分かるのでしょうか?」

 

「形式は分からないけど、『何かに似てる』って琴羽さんは言ってた」

 

「その『何か』、とは?」

 

「一度見たことある戦車に似ているらしいんだけど、その詳しい情報を聞き終わる前に通信が切れちゃったの」

 

「切れた・・・追われているのですか?」

 

「分かんない。でもかなり切羽詰まってた感じだったわ」

 

 2人の会話を聞いていた田所(ラハティ)が割り込んで提案をしてきた。

 

「じゃあこの倉庫まで誘導しよう。詳しいことはその時に聞けば良い」

 

「そうね。通信機が故障していなければ良いけど」

 

 美優は周波数を暗号化した誘導信号に切り替えて発信し、パスタ・キャット小隊をこの場所へ誘導を開始した。

 

 誘導を開始して10分後、パスタ・キャット小隊が無事に合流した。パスタ・キャット小隊の黒江琴羽が出て来てお礼を言った。

 

「誘導有り難う。電波送信機が壊れて連絡取れなかったの」

 

「気にしないで。それより重駆逐戦車がいたって聞いたけど」

 

「えぇ・・・あれは駆逐戦車って呼んで良いのかわからない・・・ラーテ並みの怪物よ・・・」

 

『怪物』、そう表現した琴羽の手は震えていた。何があったのか、容易に想像出来る。恐怖のあまり話せない琴羽に変わって、安斎千代子が変わりに説明した。

 

「私たちはエリアC、Dと偵察をしていたんだ。その・・・例の駆逐戦車を見つけたのはエリアDだった。報告をしようとした時に発見されたみたいで1発撃たれて・・・正直かなり危なかった」

 

 千代子の話が終わると、今度は灘河(ボンベ)が例の駆逐戦車の特徴を話す。

 

「俺たちが見た奴は大型の車体で、足回りは千鳥型転輪だった。車体の左右にはサイドスカートがあって、固定型の戦闘室と恐らく15~18センチぐらいの大口径砲を搭載してた。そいつの1発だけでこのこの2輌の軽戦車がひっくり返されるかと思ったぜ」

 

 その説明を聞いたエレキ・シェル小隊のメンバーには疑問が幾つも浮かんだ。聞く限りドイツの戦車であるということは分かる。しかしそれ以外の情報は初めて聞く物ばかりだった。

 そもそも大型の車体に15~18センチの主砲を搭載したドイツの駆逐など聞いたことがない。ポルシェティーガーの操縦手(ドライバー)、土屋ハルは灘河(ボンベ)に聞いた。

 

「その情報って本当に正しいものなの?私たちはある程度戦車の種類は知ってるけど、そんな情報に該当しそうな戦車は聞いたこと無いよ」

 

「そうは言っても本当なんだ。俺たちは確かに見た」

 

 灘河(ボンベ)の真剣な表情を見て、『ハッタリではない』と感じた。しかしその情報は信憑性に欠ける所がある。信じたいが、もっと詳しい情報が欲しい、そう思っていると美優が大声を上げて通信機を指差した。

 

「そうだ!他の小隊に連絡して、目撃していないか聞いてみようよ!えっと・・・その歩兵さんがいう情報に一致するものがあるかも!」

 

 美優が思い付いた閃きは曖昧な情報の信憑性を上げるには打ってつけのアイデアだった。メンバーは早速各車の通信機を使って別の小隊に連絡をしてみた。すると、セモヴェンテM41の通信手(ラジオオペレーター)が呼んだ。

 

「皆さん!ありましたよ、目撃情報!」

 

 その声を聞いてメンバーがM41の前に集まり、通信手(ラジオオペレーター)が無線をスピーカーに切り換えて全員に聞こえるようにした。

 

「どうぞ話してください。どういう感じだったか」

 

 通信手(ラジオオペレーター)が合図を伝えると、スピーカーからノイズ混じりに声が聞こえてきた。

 

「えーっと・・・こちらアメリカ・ヒノマル小隊の歩兵、スコープです。ボンベたちが見たっていう戦車は俺たちも見たよ。ただ遠目だったし、こっちの作戦中に攻撃されたから細かい情報は無いけど」

 

「構いません。こちらも確認がしたいだけなので」

 

「・・・分かった。まず目に入ったのは真っ黒に塗装された大型の車体だ。その側面にファイヤーパターンが描かれてた。戦闘室は後ろよりで、足回りは千鳥型転輪、サイドスカートが付いてた。それと大口径砲を搭載していた。数キロ離れていたのにコンクリートの壁を破壊出来る程の高火力だ」

 

「数キロは離れていた」と言う割には灘河(ボンベ)よりも詳しい情報が聞けた。遠くの物を見るのは見慣れているということか、流石狙撃手と言った所だろう。

 

「俺が知ってるのはこれで全部だ。戦うときは注意した方が良い」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

 と言って通信手が電源を切ると、メンバーは顔を見合わせた。灘河(ボンベ)の言う通り、『大型の車体』に『大口径砲』を搭載した駆逐戦車という情報は正しかった。

 しかし琴羽が言っていた「何かに似ている」という情報は分からず仕舞いだった。ドイツの駆逐戦車は既存の戦車を改造している物が殆ど。つまり『何かの戦車に似ている』ということは確かな事だった。

 

「なぁ。思ったんだが、車体が大型で、戦闘室が後ろよりになってて、サイドスカートを付けた大口径のドイツの駆逐何ていたか?」

 

 田所(ラハティ)の疑問に益々謎が深まった。サイドスカートを付けているのはヤークトティーガーだが、戦闘室が後ろよりになっているのはフェルディナントだ。しかしどちらも大口径と言う程の主砲は搭載していないし、かといってそこまで大型という程でもない。

 

「あ!あ!あぁー!!思い出した!!思い出したよ!あれだよ!Eー100!きっとそれだよ!!」

 

 そう叫んだのはポルシェティーガーの砲手(ガンナー)、鈴木菊だ。何故か『E-100』というワードが出てきたので美優は思わず聞き返した。

 

「菊、いくらなんでもEー100ってことはないでしょ。あれは駆逐じゃなくて重戦だよ?」

 

「それがあるんだよ!Eー100の駆逐設計案が!私全国大会が終わった後にEー100の事を調べたんだ。そしたらあったんだよ!固定戦闘室にして、17㎝砲を搭載する案が!」

 

 Eー100は設計段階で15㎝砲にするか、17㎝砲にするかと言う案があった。前者は回転砲塔、後者は固定式戦闘室にするという計画だったのだ。

 遠井(スコープ)は「数キロ離れていたのにコンクリートの壁を破壊した」と言っていた。そんな高火力を叩き出せるのは17㎝砲しかないと納得出来るが、もしそうならどうやって対処するか慎重に検討しなければならない。

 

「弱りましたね・・・そんな高火力相手にどうやって対抗すべきか・・・」

 

 ルフナが言うように、そんな高火力を持つ戦車相手にどうやって立ち向かうかが一番の問題だ。軽戦車がいるので機動戦を仕掛けるにしても、相手は数キロ離れていても当ててくる優秀な腕を持つ砲手(ガンナー)がいる。

 近付いて叩く前に遠距離射撃(アウトレンジ)で撃破されてしまう恐れがある。すっかり頭を抱えていると、誰かがぽつりと言った。

 

「盾があれば、近付けると思うけどなぁ」

 

『盾があれば』、その言葉を聞いたルフナが何か閃いた。

 

「そうだ!良い作戦を思い付きました!」

 

 作戦を立てて出発した2個小隊は、敵重駆逐戦車がいるエリアDまで進軍した。そして少し小高い丘に、『ヤークトE-100』と名付けた例の戦車がいた。

 その黒い大型の車体が発する独特のオーラが出ている。情報通り、後ろよりの戦闘室に大口径の主砲、改めて見るととてつもない圧迫感を感じた。

 

「では行きますよ。付いてきてください!」

 

 ルフナの掛け声と共に、2個小隊はゆっくりと前進した。突撃砲のトータスを先頭に、残りの戦車がその後ろを付いていく。文字通りトータスが盾役となっているのだ。

 

「本当に大丈夫何だろうな!?相手は17㎝砲だぞ!」

 

 田所(ラハティ)の問い掛けにルフナは自信気に答えた。

 

「大丈夫です!このトータスの装甲なら弾き返せます!」

 

 そんな事を言っていると、トータスに向かって砲弾が撃ち込まれた!後ろにいた戦車たちにその威力を見せつけるように衝撃波が伝わった。その衝撃で一瞬通信が切れたが、すぐに復活した。

 

「・・・・・皆さん!トータスは何とか耐えました!前進してください!」

 

 ルフナの指示を聞いた灘河(ボンベ)が声を上げて攻撃を指示した。

 

「よーし展開だ!一気に距離を詰めて敵を叩くぞ!」

 

 指示に合わせて後ろに控えていた軽戦車隊が歩兵を乗せて前進する。近付くと歩兵が展開し、敵を翻弄するために機銃を撃ち始めた。田所(ラハティ)水原(ウッド・ペッカー)は機銃弾を分けて貰ったので遠慮無く攻撃することが出来る。

 軽戦車2輌も上手く展開して攻撃しているが、手応えはあまり感じない。更に敵が動きが鈍いトータスを狙い始めた!

 

「まずい!トータスがやられるぞ!」

 

 水原(ウッド・ペッカー)の声を聞いた琴羽が歩兵に指示をする。

 

「機銃掃射を止めて!敵の目を潰すわ!」

 

 全速力で迫るルクスから琴羽が上半身を乗り出し、手には何かを持っている。目の前まで来ると手に持っている物を投げ付けると、白い煙が立ち上った。

 発煙筒が上手く車体の上に乗ったようだ。そのタイミングで駆逐が射撃したが、砲弾はトータスの側面を掠めて飛んでいった。

 

「このまま接近して仕留めましょう!中嶋さんお願いします!」

 

「オッケー!いっくよぉ!」

 

 ポルシェティーガーは例の加速装置、M(モーター)B(ブースト)を使って一気に加速して距離を詰めた。まさかの急加速に敵も驚いているだろう。

 ほぼモーターの強制加速で走っているので戦車とは思えない音が響いている。そしてエンジンからは強制的にエンジン、モーターを冷却しているので湯気が上がりながら走っているという異常な光景だった。美優はこの連続運転が出来る間に後ろに回り込むように指示していた。

 

「良い!?今の内に後ろに回り込むよ!あいつは後方の装甲が薄いはずだから、後ろから攻撃すれば・・

 

 後ろに回り込むことを予想していたのか、ヤークトEー100は高速で迫っていたポルシェティーガーを至近距離で吹き飛ばした!

 進んでいた方向と少しずれる形で停車している。幸いひっくり返ることは無かったが、動く気配がない。水原(ウッド・ペッカー)が心配して安否確認をした。

 

「みんな!大丈夫か!?」

 

 遠井(スコープ)の呼び掛けに美優が答えた。

 

「・・・・・私たちは大丈夫!」

 

「大丈夫じゃない!今の衝撃でモーターの回路がやられたわ!」

 

 ハルがレバーを動かしながら叫んだ。至近距離で衝撃を受けた影響か、操縦レバーを前後に動かしても応答しないのだ。

 動けないと察したのか、ヤークトEー100がポルシェティーガーに砲身を向けた!

 

「マズい!奴がポルシェを狙ってる!敵の目標をこっちに向けるぞ!」

 

 田所(ラハティ)の指示に合わせて歩兵と軽戦車の機銃掃射で注意を反らそうとしたが、

 ヤークトE-100はポルシェティーガーから目を離そうとしない。機銃しか撃ってこないので撃破されるはずがないと思っているのだろう。

 今残っている武器は機銃しかないので撃破は愚か傷を入れることすら出来ない。

 ポルシェティーガーは助けられないと誰もが思ったその時、ヤークトE-100の履帯が切断され、砲口の向きが変わってしまった。田所(ラハティ)たちは何が起こったのか分からず、攻撃が止まってしまった。

 

「皆さん何をしているんですか!今がチャンスですよ!」

 

 振り返るといつの間にかトータスが回り込んでいて履帯に向かって1発撃ち込んだようだ。ルフナの声を聞いて我に返った千代子が声を上げた。

 

「そ、そうだ!今がチャンスだ!今の内に相手の履帯を切るんだ!」

 

 その指示を聞いた田所(ラハティ)たちが一斉に集中砲火を浴びせてもう片方の履帯を切断し、相手の動きを完全に封じた。同時にポルシェティーガーの回路の修理が完了し、再び動くことが出来るようになった。美優が攻撃指示を出す。

 

「よーし!やられた分きっちりやり返すわよ!」

 

 ポルシェティーガーはヤークトE-100の真横まで前進し、横に付いて至近距離でエンジン部を撃ち抜き、火災を発生させたが完全撃破とはならなかった。

 まだ攻撃するつもりだったらしいが、最後はトータスが車体下部を撃ち抜いてエンジンを完全に破壊。白旗を掲げて完全撃破となった。

 

「やったぁー!ドイツの怪物を倒したぞ!」

 

 水原(ウッド・ペッカー)は両手を掲げて歓喜の声を上げた。厄介な大口径砲を持つ戦車を倒せたのは大きい、喜びたくなるのも分かる。すると、別の小隊からポルシェティーガーに通信が入った。アンコウ・タイガー小隊の歩兵、青山(メディック)からだ。

 

「おい!今すぐエリアCの倉庫に来てくれ!全員だ!」

 

 何故か慌てている青山(メディック)に、美優が答えた。

 

「エリアCの倉庫?何かあったの?」

 

「あいつ・・・えっと種子島か!?あいつに関係しているものだ!」

 

『種島に関係しているもの』とは一体何なのか想像出来ないが、何かとんでもないものに違いないと感じた一行は、すぐに行くと返事を返し、エリアCに向かった。

 




「今回も最後まで読んでくれてありがとう!ポルシェティーガーの中嶋美優と、」

「トータスのルフナです。今回は厳しい戦いになりましたね」

「本当にね。でもトータスの正面装甲で17㎝砲を弾き返したのは凄かったね!」

「ギリギリの賭けでしたけどね。でもその後のラハティさんたちの活躍のお陰で、私たちは全滅せずに済んだんですよ」

「確かにそれもそうね。それにしてもメディックが見つけた物って一体何なんだろ」

「それは次回の時に分かりますよ。最後に、感想、評価を宜しくお願いします。ではまた次回」




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mission19 敵陣の激戦!

前回のあらすじ

機動力が低いトータスに速度を合わせて動いていたからか、予定よりかなり遅れていたエレキ・シェル小隊。しかしその遅れを利用して敵に攻撃出来るのではと考え、残骸を使ってトータスに擬装を施して道の真ん中に停めて敵を迎え撃った。
敵を撃破する事に成功した小隊は、偵察行動に出ていたパスタ・キャット小隊から救援要請を受け取って合流。黒江琴羽たちから『大型の重駆逐戦車を見つけた』と報告を受ける。半信半疑の田所(ラハティ)たちは他の小隊から目撃情報を集めてその戦車の予想を立てた。
相手はE-100の車体を流用した駆逐戦車で主砲は17㎝と推測し、どう対処すべきか検討し、『ヤークトE-100』と命名して作戦を開始する。
初めにトータスがヤークトE-100の攻撃を受けた後に軽戦車と歩兵を展開させ、相手の動きを翻弄する。その間にポルシェティーガーが例の加速装置『M(モーター)B(ブースト)』を使って急速接近して攻撃をして撃破、という流れだった。
作戦実行中に想定外のトラブルに見回れたりしたが、見事なチームプレーでヤークトE-100の完全撃破を達成することが出来た。そして今、アンコウ・タイガー小隊が敵を迎え撃つ作戦を実行しようとしていた。



 現在、アンコウ・タイガー小隊はエリアCとDの境界線付近にいた。この境界線で敵を迎え撃つ作戦だ。Ⅳ号戦車とティーガーⅠは角で敵が来るのを待っていた。相手は厄介な戦車ばかりなので、こうして奇襲を仕掛けるようにしなければ勝ち目はないのだ。

 

・・敵戦車接近、距離50・・・いや45メートルだ。M26が3輌、警戒されたし」

 

 アンコウ・タイガー小隊の歩兵、青山(メディック)が敵の接近を知らせた。報告を聞いたⅣ号戦車の通信手(ラジオ・オペレーター)の武部栞が応答した。

 

「・・・M26ね。了解」

 

 武部はヘッドセットの片方を離して西住かほに報告する。

 

「今メディックから報告で、敵戦車が接近してるって。形式はM26って言ってた」

 

 報告を聞いた装填手(ローダー)の秋山由香は、ソワソワした目付きで呟くように言った。

 

「M26は厄介であります。ティーガーと戦うために造られた戦車でありますから、走・攻・守が高いスペックで構成されています。真っ向勝負は不利であります」

 

 不安そうにしている秋山に対して、かほはとても落ち着いていた。いや、今いるⅣ号戦車の乗員の中で1番落ち着いているかもしれない。

 

「西住さん。何故あなたはそんなに落ち着いているんですか?怖く無いんですか?」

 

 砲手(ガンナー)の五十鈴藍はかほにそう聞いた。何故そこまで平常心を保っていられるのか不思議に思ったのだろう。かほは顔を向けずに答えた。

 

「五十鈴さん・・・私だって本当は怖いよ。さっきあんな目に遭ったんだから・・・でも、今はやるしかないんだよ」

 

 五十鈴はこんなに真剣なかほを見たことはなかった。その目の奥に、微かな闘士の炎が見えたように感じた。

 

「かほ、敵戦車の音が聞こえてきたぞ」

 

 ティーガーⅠの車長、西住夏海がかほに連絡してきた。同時に戦車が走る音が聞こえ、角から報告で聞いたM26が確認出来た。

 

「攻撃用意!」

 

 かほが指示を出し、砲手(ガンナー)が敵に狙いを定める。狙う場所は車体下部だ。

 

「撃て!」

 

 攻撃指示を確認した砲手(ガンナー)が攻撃を開始する。撃った弾は下部ではなく上部に当たってしまったので弾かれてしまい、五十鈴は焦った。

 

「弾かれました!次弾装填中に攻撃を受けます!」

 

 報告を受けたかほは冷泉に回避行動を指示する。

 

「急速後退して攻撃を避けます!冷泉さん!」

 

「急速後退・・・了解」

 

 冷泉朝子の素早い行動でⅣ号は攻撃を回避出来たが、ティーガーⅠは回避出来ず被弾してしまった。しかし被弾したと言っても砲弾は掠めただけのようだ。かほが心配して確認したが、夏海は「大丈夫だ」と返答した。

 特に異常は見られないようなので、夏海は「このまま戦闘を続行する」と言った。しかし砲弾の再装填中に敵が一気に距離を詰めたので、2輌は接近戦を強いられることになってしまった。本来なら慌ててもおかしくないところだが、かほは平常心を保っている。

 

「メディックさん!ガトリングさん!支援攻撃をお願いします!」

 

「俺はメディックじゃねぇ!」

 

「任せろ!俺たちで敵を蹴散らしてやるぜ!」

 

 別れて行動していた青山(メディック)(ガトリング)が銃を構えて後ろから攻撃する体制を取った。青山(メディック)は38式歩兵銃を、(ガトリング)は肩掛けが出来るようにベルトを付ける改良した92式重機関銃を持って攻撃を開始する。

 しかし2人の武器では手応えがなく、撃った弾は装甲を貫通することなく弾かれていく。

 

「くそったれ!貫通どころか傷すら入れられねぇぞ!」

 

 青山(メディック)が弾かれていく弾を見てそう言うと、(ガトリング)がニヤリと笑いながら何かを取り出した。

 

「おい・・・まさかそれって」

 

 愕然としている青山(メディック)をよそに、(ガトリング)は作戦を説明する。その手には99式破甲爆雷が握られていた。

 

「良いか?敵は味方の方に気が向いている!接近してこの吸着地雷をあいつらの後部に取り付けて爆破するぞ!」

 

「『爆破するぞ』じゃねぇよ!なんでお前が吸着地雷を持ってんだ!」

 

「ラントミーネから3発貰ったんだよ!軽くレクチャーしてもらったから扱いは大丈夫!行くぞ!」

 

 (ガトリング)たちは攻撃しているM26に向かって駆け寄り、車体の後部の側面や後部に取り付けた。後は爆破するだけ・・・のはずが何故か、(ガトリング)は爆発の手順を実行しない。それどころか「あれ?えっと・・・」と不安を煽るような小言を呟いている。

 

「何やってんだ早くしろ!」

 

 青山(メディック)が早く爆破するように急かしたが、(ガトリング)は冷や汗をかきながら言った。

 

「メディック・・・こいつどうやって爆破するんだっけ?」

 

「はぁ!?俺が知るわけねぇだろ!レクチャーしてもらったんじゃねぇのかよ!」

 

「いやそうなんだけど・・・完全にド忘れした」

 

「ド忘れしたじゃねぇだろ!!マジでどうすんだお前!!て言うか爆雷ならピンがあるだろ!それ探せば良いんじゃないのか!?」

 

「いや、今から探すと時間が無くなる・・・こうなったら銃使って起爆するしかねぇな!離れろ!爆破するぞ!」

 

「地雷処理か!でも仕方ねぇ。下がるぞ!」

 

 2人は爆破しても安全な位置まで距離を取り、(ガトリング)の機銃掃射で地雷を爆破して戦車2輌の撃破に成功。

 そして最後の1輌を撃破するために機銃を撃ったが地雷を付けた位置が左側面だったので少し車体を傾けただけで狙えなくなってしまった。

 (ガトリング)たちには見えなくなったが、かほたちにはその地雷を確認することが出来たので、藍がその地雷を狙い撃って爆破し、撃破に成功した。撃破を確認すると2人は急いで戦車に乗った。青山(メディック)はⅣ号に、(ガトリング)はティーガーⅠに乗り込み、(ガトリング)が合図する。

 

「よし乗ったぞ!早く出せ!」

 

 銃で装甲を叩いて合図すると、その場所から急いで撤退した。その移動中、武部が味方の小隊の連絡を受けた。

 

「かほちゃん、他の小隊から通信が入ったよ。えっと、アメリカ・ヒノマル小隊がT28とT29を撃破。シベリア小隊がKV-3とKV-4を撃破、それと私たちが3輌撃破したからこれで通算7輌撃破ってことになるのかな」

 

 報告を聞いたかほはリストに戦車の名前と撃破数を記録し、武部に質問した。

 

「宗谷くんたちから何か連絡は?」

 

「宗谷くんからは全く。陸王の福田くんはPSCのラントミーネくんが奪った・・・『改造パーシング』?っていう戦車と一緒に行動、カ号の水谷くんと北沢くんからも特に新しい情報は入っていないね」

 

「分かったわ。それじゃあ安全圏まで待避できたら休憩しよう。ガトリングさんたちも疲れているだろうし、少し休ませないと」

 

 かほは次の行動を夏海に知らせ、無線連絡で青山(メディック)(ガトリング)にもそう知らせた。その直後だった。

 

「おい、ちょっと止まれ」

 

 青山(メディック)が何かを察したのか戦車を止めた。(ガトリング)が話し掛ける。

 

「メディック?どうした、何かあったか?」

 

「メディックって呼ぶな。この先に戦車の気配がするんだ」

 

 現在の位置は先程の境界線からDエリアに侵入し、少し進んだ辺りの2車線道路、青山(メディック)が指を指す方向は交差点の角の辺りだ。「排気ガスの臭いがする」と青山(メディック)は言った。

 まさかとは思ったが、さっき撃破したM26の乗員が味方に連絡してその情報を便りに先回りしている可能性もある。

 念のために2人は戦車から降りて前路哨戒と称して偵察をすることにした。銃を構えて慎重に進んでいき、角の辺りに着くと鏡を使って待ち伏せしていないか確認してみた。しかし何もいなかった。

 

「あ?何もいない・・・?」

 

 青山(メディック)は何もいなかったことに不信感を持ったのか、敵がいないということに納得が出来ていない。対して(ガトリング)は何とも思っていない。

 

「どうした?何も無いんならさっさと戻ろうぜ」

 

「何も無いのが問題なんだよ。さっきまでここにいた筈だ。見ろ」

 

 青山(メディック)の視線の先には、そこまで戦車が居たと示すように履帯の跡が残っていた。跡は4本、つまり戦車2輌分という事になる。辺りを詳しく調べている時、青山(メディック)がポツリと呟いた。

 

「・・・待てよ。この先の道はどうなってる?」

 

「この先?この道を通って右に曲がれば、今Ⅳ号戦車たちがいる場所に繋がって・・・まさか!?」

 

 2人は事の重大さに気付き、慌てて味方の所へ戻った。(ガトリング)がインカムのマイクに向かって叫んだ。

 

「おい!後ろだ!後ろに敵がいるぞ!!」

 

 敵がいると聞いたかほはすぐに後ろを確認した。2人の予想通り、敵戦車が背後を取って攻撃を仕掛けようとしている!かほは敵の存在を確認すると攻撃を指示した。

 

「秋山さん砲弾を装填して!五十鈴さんは装填を確認次第攻撃!冷泉さんは車体前方を敵の方に向けて!早く!」

 

 車体前部を前に向けるのはエンジン部を撃たせないためで、冷泉はかほの指示が終わる前に車体の旋回を始めていた。その間に敵が攻撃してきたが、対応が遅れたのか初弾を外した。

 車体旋回が終わると五十鈴は隙を作る事なく砲弾を撃ち込んだ。砲弾は車体に当たらず、やや右に反れて履帯を切断した。

 

「外しました!秋山さん再装填を!」

 

「待ってください!砲塔内の弾が切れました!車体下部の弾薬庫から引っ張り出します!」

 

「急いで下さい!攻撃が来ます!!」

 

 そう聞いて秋山は急いで引っ張り出そうとしたが車体下部の弾薬庫はかなりいりくんでいるので中々引っ張り出せない。武部も協力してくれているが上手くいかない。漸く砲弾を引っ張り出した時には、敵戦車がⅣ号に狙いを定めていた!

 待ってましたと言わんばかりに狙う敵戦車の攻撃をティーガーⅠがⅣ号の前に出て防いだ!

 

「お姉ちゃん!大丈夫なの!?」

 

「大丈夫だ!虎の名前も伊達じゃないという事を見せてやる!」

 

 ティーガーⅠが先行して敵戦車に向けて攻撃を始め、Ⅳ号がその後ろをついていく。ティーガーⅠの正面装甲に砲弾が何発も命中したがお構いなしに突っ込んでいく。車体ごと突っ込ませて相手の動きを封じるのだ。

 車体を突っ込ませると金属同士で接触した事で火花が散り、もくろみ通り相手の動きは止まった。しかし相手の方がパワーがあるのか、ティーガーⅠが少しずつ押され始めていた。

 

「早く!相手の動きを封じている間にとどめをさせ!」

 

 夏海の声を聞いたかほは回り込んで車体側面を叩くように指示し、青山(メディック)(ガトリング)は敵の気を引くために機銃掃射を慣行した。

 五十鈴の正確な射撃で側面装甲を撃ち抜いてエンジンを破壊して1輌撃破し、もう1輌は(ガトリング)のが投げた手榴弾が履帯を切断し、ティーガーⅠが動けなくなったところを攻撃して撃破、ギリギリの勝利だった。

 

「チッこのエリアにどんだけ敵いるんだよ」

 

 青山(メディック)が舌打ちをして辺りを見渡した。一体何処から見られているのか、そればかりが気になってしまう。辺りを見渡していると、かほの呼号が聞こえた。

 

「メディックさん、ガトリングさん、移動しましょう。乗ってください」

 

「俺はメディックじゃ・・・いや何でもねぇ」

 

「今度こそ何処かで休めれば良いがなぁ」

 

 そんな事を言いながら2人は戦車に乗り込んだ。今度は青山(メディック)がティーガーⅠに、(ガトリング)がⅣ号に乗り込んで出発した。その間、夏海が砲塔に座っている青山(メディック)に嘆願した。

 

「メディック。何処か隠れられる場所を見つけたらで良いんだが、ドライバーが腕を打ってしまったみたいだから、診てくれないか?」

 

 夏海の頼みごとに青山(メディック)は、疲れきっているのか大きな溜め息を吐いて何も言わずに手でグッドと見せた。

 一方Ⅳ号の方はかほが機関銃の手入れをしている(ガトリング)に声を掛けていた。

 

「ガトリングさん。大丈夫ですか?重たそうな銃を持って走り回っていましたから」

 

「え?あぁ大丈夫だ。頭は悪いけど体力には自信あるんだ。俺より仲間の心配した方が良いぜ」

 

 余裕そうに振る舞っていたが、実際はかなり疲れている筈だ。かほは2人の体力を心配し、近くに建っているビルの陰で15分間停車するように指示した。

 陰に隠れてエンジンを切った後、青山(メディック)は腕を打ったと言うティーガーⅠの操縦手(ドライバー)を診た。「問題は無いがあまり無茶をするな」と言い、湿布と包帯を取り出して手当てをした。

 (ガトリング)は自分の武器である機関銃を軽く分解して油を挿した。分解整備(オーバーホール)をする時間は無いので、こうするしかない。そしてこの小隊でも大きな問題に直面していた。弾が無いのだ。(ガトリング)青山(メディック)と一緒に弾数の確認をした。

 

「あっちゃぁー・・・戦車相手に撃ち過ぎたかぁ」

 

 頭を掻きながら呟く(ガトリング)に続き、青山(メディック)も深く息を吐いて言った。

 

「こっちもだ。もう互いに弾倉(マガジン)残ってねぇし、ホハに弾薬持ってきて貰わねぇとどうしようもねぇぞ」

 

 2人がそんな会話をしている時、戦車の状態を確認しているかほのもとに夏海が近付いてきた。次の作戦をどうするか話し合うためだろう。

 

「かほ。もう私たちだけで戦い続けるのは無理だ、このエリアDは想像していた以上に敵がいる。メディックとガトリングは疲弊しているし、戦車もボロボロだ。一旦安全圏まで下がろう」

 

 夏海は現在の状況を整理してかほに警告した。かほ自身もこのエリアでの戦闘は不利だという事は察していた。しかし戦闘を続行すれば敵の足止めをし、他の小隊への負担を減らすことが出来る。

 

「いや、ここは出来る限り粘ってみようよ。敵の出方は甘いし、私たちだけでも何とかなるかも」

 

「粘るも何も、これ以上は危険だ。早くこのエリアから脱出して、他の小隊と合流したほうが良いだろう。歩兵の2人にもこれ以上負担は掛けられない」

 

 夏海はかほの意見に否定的だった。足止めをすれば味方にとって利益になるかもしれない。しかしそれは一時的なものであって、こちらがやられれば味方にとって数的不利な状況に立たされることは言うまでもない。

 かほは今どうすべきか、それを考えるだけで頭が一杯だった。合同チームは今も数的不利な状況に立たされているからか、余裕を持てなくなっていた。

 

「かほちゃん。ここは夏海さんの意見を聞こうよ。負担を掛けたくないのは分かるけど、私たちがここでやられたら皆に迷惑を掛けちゃう。宗谷くんだったら、きっと同じことを言うはずだよ」

 

 武部がかほにそう言った。余裕がないと心配してくれたのか、優しく宥めてくれた。かほは深く深呼吸をして言った。

 

「分かったわ。武部さん、別の小隊に合流するようにと伝えて。集まって作戦を立てよう」

 

 宥めて貰ったからか、かほの余裕が戻りつつあった。その時(ガトリング)の疾呼が聞こえてきた。

 

「長居しすぎた!敵が来るぞ!急げ!」

 

 耳を澄ませると戦車が走ってくる音が聞こえてくる。かほと夏海がすぐ動くように急かしたが間に合わなかった。戦車の音はすぐそこまで迫っている。青山(メディック)(ガトリング)は銃を構えて辺りを警戒した。

 

「くそっ何処から来る」

 

「前か後ろしかねぇだろ。上から飛んで来るとでも?」

 

「戦闘機じゃねぇんだからあり得ねぇだろ」

 

 2人は冗談を言い合っているが、敵が見えず音だけするときが一番恐怖を感じる。見えている方がまだマシだ。音はどんどん大きく、そして近付いている。

 

「後ろよ!!」

 

 かほが外にいる2人にも聞こえるぐらいの声量で呼号した。かほの予想通り、敵戦車1輌が後方から回り込む形で味方を狙っている!歩兵2人が機銃掃射で対抗する!

 

「ちっきしょぉ!来るなら来やがれ!!」

 

「近衛歩兵科をなめんじゃねぇぞぉ!弾切れても絶対に逃げねぇからなぁ!!」

 

 敵は歩兵2人の機銃の雨を受けながら真っ直ぐ前進してくる。敵は装填が終わっていないのか撃ってくる気配がない。五十鈴がスコープを覗きながら車体下部を狙い、「ファイヤー!」の掛け声で攻撃した。撃破とはならなかったが、砲弾が左の履帯を切断したことで車体を大きくずらした。これで退却する時間を稼げた、かほは通信機を使って2人に戻るように指示した。

 

「メディックさん!ガトリングさん!戻って下さい!退却します!」

 

「分かった!発煙筒を投げとく!ガトリング、攻撃中止!撃つと居場所がバレるぞ!!」

 

 青山(メディック)は胸ポケットにしまっていた発煙筒を3つ取り出し、ピンを抜いて敵戦車の前で転がした。煙幕を確認すると、小隊は全速力で退却した。しかしビルの陰から出たその時!目の前に重戦車が目の前で立ちはだかっていた!

 黒に塗装された車体、千鳥型転輪の足回り、そして丸みを帯びた砲塔。その姿を見た秋山が指を指しながら悲鳴を上げた。

 

「あ!あぁー!!レーヴェです!これがⅦ号戦車レーヴェです!!」

 

 秋山が恐れていた重戦車、レーヴェ。ドイツ語で『ライオン』という意味を持つ。まともに戦って勝つ見込みはない、かほはすぐに後退するように言ったが後ろは別の戦車が道を塞でしまい、前進も後退も出来なくなった。文字通り八方塞がりである。

 

「くそっどうするⅣ号の西住隊長!強引に突破するか!?」

 

 銃を構えて指示を待つ青山(メディック)に、かほは「待って」としか言えなかった。敵に囲まれてしまうという最悪の状況、どう考えても突破は不可能である。歯ぎしりをするかほに、何処からか通信を受けた武部が驚愕した表情で伝えた。

 

「か、かほちゃん。種島が・・・種島隊長が話をしたいから出てこいって」

 

「種島さんが?何で」

 

「分かんない。でも止めた方がいいよ!何するか分かんないんだから!」

 

 武部は種島の誘いに乗らないように警告した。今までも無茶苦茶な戦術で攻めてきたのだ。ただ話がしたいのか、それとも何か企んでいるのか・・・思い付くことはただ1つ、良からぬことを企んでいるに違いないということだけ。武部だけでなく、Ⅳ号の乗員全員が止めた。しかしかほは、

 

「武部さん、皆をお願い。私行ってくる」

 

「行くって何で!?止めた方が良いって!」

 

「武部さんは私が話している間に救援信号を発信して。五十鈴さんといつでも攻撃出来るように構えて。秋山さんは砲弾を車体下部の弾薬庫から砲塔内に移して、冷泉さんは砲塔にいる2人から外の状況を聞いて、逃走経路の確認を。出来る限り時間を稼ぐから」

 

 かほはそう言うとキュウポラのハッチを上げて外に出た。戦車から降りるとレーヴェの前まで歩いた。銃を構えていた(ガトリング)は驚愕していた。

 

「西住隊長!?何で出てるんだ!早く戻れ!」

 

「ガトリングさん、下がっていて下さい。私は種島隊長と話がしたいんです」

 

「話がしたいって・・・一体何を話すんだよ」

 

「分からない。でも話がしたいんです。後方で構えていて下さい、会話に集中出来ませんから」

 

「・・・分かった。ヤバいと思ったらすぐに戻れよ」

 

 (ガトリング)は言われた通り、後方まで下がって様子を伺った。歩兵がいなくなった事を確認したのか、レーヴェのキュウポラのハッチが開き、種島優衣が姿を見せた。

 種島は不適な笑みを浮かべつつ、レーヴェから降りてかほの前に来た。

 

「一体何の話がしたいんですか?」

 

 かほの方から質問を投げ掛けた。すると種島は後ろで控えているⅣ号戦車とティーガーⅠを見ながらこう言った。

 

「もうあなたたちの戦車はボロボロね。これ以上戦っても無意味という物じゃない?今ここで降伏すれば、あなたたちの戦車を撃破しないで上げるけど?」

 

 何を言うのかと思えば、降伏宣言を求めてきた。勿論降伏するつもりなどないが、一言で断ると話は一瞬で終わってしまう。かほは別の話をして時間を稼ごうと試みた。

 

「その前に質問させて下さい。あなたは何故宗谷くんを引き抜こうとするんです?」

 

 かほの質問に種島は首を傾げた。

 

「質問の意図が分からないんだけど?」

 

「宗谷くんはあなたの誘いを拒否しています。なのにどうしてしつこく付きまとうんです?迷惑がっているじゃないですか」

 

「あいつが私の誘いを断る理由が分からないのよねぇ。良い戦車を揃えてるし、設備も乗員も充実してるのよ。大洗と違ってね」

 

 ここまでさらっと自己中心的な答えを言われると、寧ろ清々しさを感じる。表面的には東京パンツァーカレッジの方が上かも知れない。しかし宗谷が求めているのは、そんな誰もが良いと思うような事ではないとかほは分かっていた。

 

「宗谷くんは設備や戦車が良ければ良いなんて思ってません。彼は仲間という存在を第一に考えてるんですよ」

 

『仲間という存在』、戦車道以外でも必要になってくる要素だ。戦車に乗っている以上、決して外すことの出来ない重要な要素であるとかほは認識していた。「宗谷も同じことを言った筈」と思っていたが、種島の心には全く響いていなかった。

 

「仲間なんて意識する必要無いわ。私の言う通りに動いてくれればそれで良いのよ。そんなことより、さっさと決めて貰えないかしら?私待たされるのは嫌いなの」

 

 やや強めに回答を求めた種島に対し、かほは睨むような鋭い目付きで答えた。

 

「宗谷くんがあなたを嫌う理由が分かった気がする・・・あなたみたいな人に、屈したりしない!」

 

「そう。折角生き残らせてあげようと思ったのに。残念だわ」

 

 種島はそう答えると、颯爽とレーヴェに戻った。「戦闘が始まる」と察したかほも、急いでⅣ号に乗り込んだ。乗り込んでいる時、(ガトリング)が興味津々な顔で話し掛けた。

 

「お相手かなりご立腹のようだが、何て言ったんだ?」

 

「えっと、その・・・『あなたなんて大嫌い』って言ってやりました!」

 

 スッキリとした笑顔で質問に答えたかほに、(ガトリング)は高笑いした。

 

「ハハハ!そりゃ良いや!俺たちの心の中で思っていた事をそのまま言ってやったか!傑作だね!」

 

「笑ってる場合じゃねぇだろ!その一言で俺たちが生き残れる可能性がゼロになっちまったよ!」

 

 青山(メディック)の言う通り、時間を稼ぐどころか相手に喧嘩を売ってしまったのだ。敵は血に餓えた猛獣のように獲物を仕留めるまで追い掛けてくるだろう。

 そんなことを考えていると、前後を塞いでいた敵戦車の主砲が味方の戦車に狙いを定めた。歩兵の機銃ではどうしようも出来ない。援護も得られそうにない、そう思った時、プロペラが風を切りながら回る音が空から響いて来た。青山(メディック)が「上を見ろ!」と空に向かって指を指した。

 ビルの陰からオートジャイロのカ号が姿を見せた。パイロットを担当している水谷から通信が入る。

 

「武部から救援要請を受け取ったんだ!間に合ったみたいだな!後は俺たちに任せろ!福田!ラントミーネ!行け!」

 

 今度は角の陰から陸王とT26E1-1スーパーパーシングが飛び出してきた!

 陸王がサイドカーに取り付けた機関銃で攻撃し、スーパーパーシングが退路を塞いでいた敵戦車に向かって突っ込んでいく!かほが咽頭マイクに手を当てながら喊声を上げた。

 

「皆さん!合流した小隊の皆さんと共にこの場を乗り切ります!反撃を開始します!!」

 

 




「今回も愛読感謝するぜ!歩兵のガトリングと、」

「青山だ。て言うかおい、俺が前回報告した内容はどうなってんんだよ」

「あーそれに関しては次回に持ち越しだとよ。思っていたよりも話が長くなって収まらないってさ」

「なんじゃそりゃ・・・」

「本当だよな。俺たちも最後の挨拶に出れなかったしな」

「人数多すぎるのはマズいかなって思ったらしいが」

「内容気になるよな。なぁメディック、教えてくれよ」

「おいおい・・・何でラハティにボンベにウッドペッカーがいるんだよ。て言うか俺はメディックじゃねぇ!」

「いい加減メディックって呼ばれるぐらい慣れろよ。次回はいよいよこのシリーズが20話目になるな。最後まで頑張るぜ!感想と評価、良ければお気に入り登録も宜しく!」

「「「次回も宜しくな!」」」

「あぁ・・・早く帰って休もう・・・」


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MISSIONtwenty 何故種島は勝利に固執するのか

前回のあらすじ

エリアDで戦闘をするアンコウ・タイガー小隊は、歩兵役の青山(メディック)(ガトリング)と共に順調に敵を撃破していった。
敵の動きに翻弄されながらも何とか生き残って来たが、歩兵2名の疲労はピークに達し、銃弾も底を付く一歩寸前だった。しかし敵は待ってくれず、アンコウ・タイガー小隊を徐々に追い詰めていった。
撤退を開始した小隊は、隊長車のレーヴェと遭遇した。退路を塞ぐレーヴェから降りてきた種島優衣は、「これ以上の戦闘は無意味というものでは?今なら逃がしても良い」とかほに提案をした。しかしかほは「あなたみたいな人に絶対負けない」と言い返して交渉決裂となった。
現時点の状況では勝利の道筋はほぼ無いに等しい状況下だったが、救援要請を受け取ったカ号とE1ー1と陸王が合流。アンコウ・タイガー小隊、反撃の時!


 現在、アンコウ・タイガー小隊がいる場所はエリアDの中央。小隊は合流したPSCと陸王、カ号と共同して敵の隊長車レーヴェに攻撃を仕掛けていた。E1ー1はレーヴェに向かって突進していく。

 

「ゲヴェア!レーヴェに向かって突っ込むぞ!射撃宜しく!」

 

「ちょっと待て!装填手無しで戦ってんだぞ!」

 

 羽田(ラントミーネ)がレーヴェを狙ったのは、後方で構えているM26はティーガーⅠだけでも何とかなるが、Ⅳ号ではレーヴェに対抗する事は不可能だと判断したからだ。

 しかし本来5人で動かすところをたった2人で動かしているので、互いに大きな負担が掛かっていた。羽田(ラントミーネ)は攻撃を指示していたが装填が間に合わないと判断し、レーヴェに突進攻撃を仕掛けた。

 

「ゲヴェア!捕まれ!!」

 

「結局突進かよぉー!!」

 

 (ゲヴェア)は頭を下げ、しっかりと掴まって衝撃に備えた。Ⅳ号を避け、猪突猛進の如くレーヴェに対して真正面に突っ込んだ。その衝撃でE1-1は主砲の俯仰角を調整するギアが故障し、角度が+3度の辺りで止まっている。

 その甲斐あってか、レーヴェの主砲の位置を無理やり変えたので味方のⅣ号を砲撃から守ることが出来る。レーヴェは主砲が固定されたのでこの束縛を振り切ろうとしてきたので、羽田(ラントミーネ)の攻撃指示を出した。

 

「ゲヴェア!早く攻撃しろ!今なら主砲を潰せる!」

 

「無茶言うな!距離が近すぎる!」

 

 E1ー1の主砲はレーヴェの砲塔に砲身を引っ掛かっているので、撃っても砲弾は別の方向に飛んでいってしまう。しかし距離を離せば砲塔の束縛を解くことになり、相手に攻撃のチャンスを与えてしまう事になる。

 羽田(ラントミーネ)は少し考え、外で戦闘している青山(メディック)(ガトリング)に呼び掛けた。

 

「メディック!ガトリング!こっちに来い!戦車の操縦を手伝ってくれ!」

 

「分かった!あとメディックって呼ぶな!!」

 

「今そっちに行く!」

 

 2人は機銃掃射を中止し、駆け足で近付いて急いで砲塔に入りこんだ。砲塔内に侵入したことを確認すると、羽田(ラントミーネ)が2人に指示を出した。

 

「メディック!俺代わりに操縦を頼む!ガトリングは装填だ!装填の方法はゲヴェアに教えてもらえ!俺はあいつを何とかする!」

 

 羽田(ラントミーネ)青山(メディック)が操縦席に座った事を確認すると、装備を持って外に飛び出していった。

 

 

 一方レーヴェの車内は想定外の突進攻撃に困惑していた。砲撃ではなく車体ごと突っ込ませるという、まさに自滅とも受け取れる無謀な攻撃だった。

 

「何やってるの!早く振り切って!振り切ったらⅣ号戦車に照準を合わせるのよ!」

 

 レーヴェの車長である種島は真正面に突っ込んだE1-1を振り切るように指示していたが下がれば近付き、進めば下がるという付かず離れずの動きで翻弄されていた。

 機動力は重戦車というだけあってかなり低く、走・攻・守のバランスに優れている相手では味方の援護無しに振り切ることは不可能であった。

 攻撃をしようにも砲口はやや斜めに傾き、E1ー1の砲塔の真横にあるので距離を離さなければ当てることが出来ないのだ。痺れを切らした種島は操縦手(ドライバー)に怒鳴り付けるように指示した。

 

「いつまで遊んでるの!E1-1(あいつ)は重量が軽い上にエンジンの馬力(パワー)も低いのよ!レーヴェの馬力で押しきりなさい!!」

 

 操縦手(ドライバー)は言われるがままに突進し、その大馬力で押し込んだ。E1ー1はアクセル全開で押し返そうとしていたが馬力では勝てず、履帯を空回りさせていた。

 

 レーヴェが少しずつ押し始め、操縦席に座っている青山(メディック)はアクセル全開で対抗していた。エンジンは唸り声を上げ、履帯は今にも切れそうな音が響いている。

 Ⅳ号とティーガーⅠは後ろを塞いでいたM26を攻撃して退路を確保し、福田は合流した陸王と共に周囲の警戒をしていた。この戦闘中に別の第三者からの横槍が入ることは避けなければならないからだ。

 

「近付いてる。この辺りで戦闘している味方はいないし・・・そろそろ移動しないとヤバイな。全車に緊急連絡!敵が接近してる!直ちに戦闘を中止、離脱するぞ!」

 

 連絡を受けたかほと夏海は「直ぐに離脱する」と応答し、離脱態勢に入った。E1ー1はレーヴェを押さえたまま、(ゲヴェア)が「今のうちに離脱しろ」と言い、かほたちの撤退を援護した。

 一方羽田(ラントミーネ)はレーヴェの後方に回り込み、履帯とエンジン部に吸着地雷を仕掛けて爆破する準備をしていた。

 

「聞こえるか?今レーヴェに仕掛けた爆雷を作動させる!メディック、脱出の用意をしておけ!」

 

 羽田(ラントミーネ)はE指示を出すと、仕掛けた爆雷のピンを抜こうとした、その時!レーヴェが咆哮を上げて砲弾を撃ち出した!

 撃ち出された砲弾はE1ー1の砲塔を掠め、ティーガーⅠの右側の履帯を切断されたので車体が大きく右に傾いた。この緊急事態に車内は軽いパニック状態に陥った。

 

「履帯切断!走行不能です!」

 

「このままでは撃破されます!どうしますか!?」

 

「敵戦車、味方を押しながら接近しています!」

 

「砲塔を旋回して応戦しましょう!」

 

「車長!指示を!!」

 

 これまで味わってきた恐怖を思い出しているのか、車内は夏海に意見を求める声で溢れた。そんな乗員たちに対し夏海は、

 

「落ち着くんだ!!まだやられた訳じゃない!しっかりしろ!」

 

 と怒号を上げた。その怒号でパニック状態だった車内は鎮静化した。夏海自身まだ混乱していたが、今は落ち着いた対応をすべきだと思っていた。

 

「まだ稼働する履帯で旋回して、車体正面を敵戦車に向けて!我々でアンコウたちの撤退を援護する!」

 

 夏海の指示通り、ティーガーⅠはまだ稼働する左側の履帯で旋回し、車体正面をレーヴェに向けて攻撃態勢を整えた。

 

「かほ。我々が盾になる!その間にラントミーネたちと撤退しろ!」

 

「そんな!まだ戦えるのに!」

 

「分かってる!だがⅣ号ではティーガーⅠを引くことは出来ないだろう・・・気にするな!早く逃げるんだ!」

 

 夏海は自ら犠牲になることも視野に入れていた。かほたちの助けになればそれでいい、そう考えていた。どのみちティーガーⅠを牽引して撤退することは出来ないのだ。

 

「出来ないかは分からないじゃない!私は諦めないよ!」

 

 かほは夏海の指示に従わず、Ⅳ号をティーガーⅠの後ろに付けさせて車体側面に搭載していた牽引用のワイヤーを手に取った。

 そしてシャックルで戦車同士を接続して車内に戻った。

 

「冷泉さん!前進してください!」

 

「了解・・・前進する」

 

 冷泉はアクセルペダルを目一杯踏み込んで前進を開始した。ワイヤーが張り詰め、今にも切れそうになる。今まで牽引したことの無い重量に、Ⅳ号が悲鳴を上げた。

 

「・・・このままだとエンジンか履帯が壊れる。そうなると離脱どころじゃなくなるぞ」

 

 冷泉は外から聞こえるⅣ号の声を聞いてかほに警告を促した。エンジンが急速に加熱し、履帯はスリップして地面を削ってしまっている。

 Ⅳ号の馬力ではティーガーⅠを牽引することが不可能であることは分かっていたが一緒に退却したいのだ。このまま放置して逃げるなんて出来るわけがない。

 

「待ってろ!今俺たちもそっちに行く!」

 

 青山(メディック)がかほたちにそう言うと、レーヴェから離れてⅣ号の元へ後進を始めた。そのタイミングで羽田(ラントミーネ)が仕掛けていた吸着地雷が爆発し、履帯切断、誘導輪破壊、エンジンの火災が発生した。

 少しの間だけエンジンから黒い煙が上がっていたが直ぐに消火されてしまった。羽田(ラントミーネ)はレーヴェの前で煙幕を張り、これでもかと言わんばかりに大量の発煙筒をばら蒔いて徹底的に視界を奪った。撤退をするなら今しかない、(ゲヴェア)が声を上げた。

 

「今のうちに脱出だ!Ⅳ号とワイヤーで接続!2輌で掛かれば牽引出来るはずだ!」

 

 

 

 種島は煙幕で視界が遮られたことに焦りは無い。爆破で動けなくなったが、敵の位置はある程度把握している。ハッチを開けて頭を外に出し、砲手(ガンナー)に指示した。

 

「砲塔を動かさないで、あいつらはまだ同じ場所にいるはずよ」

 

 煙幕で1メートル先も見えない状態だが、聞こえて来る音を便りに敵の位置を探った。

 

「撃てぇ!!」

 

 種島の射撃指示を受け取り、砲手(ガンナー)は予測された方向に撃ち込んだ!着弾したのか、白い煙と一緒に黒い煙が上がっているところが見えた。撃破したかに思われたが、通信手(ラジオオペレーター)の報告に耳を疑った。

 

「種島隊長。援軍が私たちの攻撃を受けて撃破されたと報告が・・・」

 

「はぁ!?何言ってるの!そんなわけないでしょ!」

 

「本当です。やられた味方の位置はレーヴェの砲口の向きに対して直線上にいます」

 

 煙幕が少しだけ晴れたときに見えた光景は、味方のM26が煙と白旗を上げて止まっていた。予測に関しては絶対の自身を持っていた種島には信じられない光景だった。

 

 

 

「・・・どうだ?敵は撃ったか?」

 

「あぁ。味方の戦車を俺たちと思って撃ったみたいだ」

 

 羽田(ラントミーネ)と福田は様子を伺いながら呟きあった。3輌の戦車は煙幕に紛れて目の前にあったビルの中に潜入したのだ。E1ー1とⅣ号の2輌で何とかティーガーⅠを移動させる事が出来たのだ。丁度移動を開始したタイミングで敵の増援がレーヴェの斜線に出て相討ちとなってしまったのだ。

 レーヴェは味方に牽引されてその場を離れていったが、まだ敵がいる可能性を考慮して暫くこの場所で留まることにした。

 

 留まること約10分。敵が見えなくなったのでエリアCまで撤退することにした。何処か隠れらる場所が無いか探索していると、エリアBで使っていた模擬戦車工場のような建物を発見した。

 室内はとても広く、大量の段ボールが山積みされている。修理に使えそうな道具が無いか見渡したが、山積みされた段ボール以外は何も無い。

 道具は無かったが戦車を隠すには充分な広さだったので、この中に入ることにした。

 ティーガーⅠの壊れた転輪と外して予備の転輪につけ直し、外れた履帯は予備の履帯を組み合わせてはめ直した。

 その間暇をもて余していた青山(メディック)は、段ボールに何が入っているのか気になったのか開けて中を覗いた。

 

「・・・何だこれ」

 

 中には古雑誌が大量に詰め込まれていて、冊子には『マガジンtank(タンク)girl(ガール)』と書かれた可愛らしい文字に、ヘルメットを被っている女子高生のイラストが描かれている。

 

「何やってんだメディック・・・ん?お前、そう言う趣味だったのか」

 

 ニヤニヤしながら覗き込んできた(ガトリング)にムスっとした顔で雑誌を押し付けた。

 

「んなわけねぇだろ。段ボール開けたら出てきたんだ。数年前の古雑誌だよ」

 

 (ガトリング)の顔に雑誌を押し付けていると、その雑誌を見た秋山は目を丸くして言った。

 

「おぉ!これは戦車道の雑誌じゃないですか!」

 

「戦車道の雑誌?」

 

「知らないんですか?戦車道が始まった時から連載している有名な雑誌ですよ」

 

 秋山は珍しそうに雑誌を眺めていたが、今日初めて戦車道を始めた青山(メディック)たちにとってはただの古雑誌でしかない。書店で表紙だけを見たような記憶があるぐらいだ。

 開いてみると、女子高生と戦車が一緒に写っている写真が大きく掲載され、十数行に渡って文章が書かれている。普通の雑誌と大差ないものだった。

 こんな古雑誌が大量に保管されているということは、資料庫のような場所で破棄するにも費用が掛かるのでここに押し込んでいるのだろう。

 秋山は奥に汚れが酷い段ボールを見つけた。より古いものが入っているのではないかと気になり、埃を払いながら中を覗いた。

 

「こ、これは・・・皆さん!ちょっと来てください!」

 

 秋山が突然大声を上げた。何かとんでもないものでも見つけたのだろうか。呼ばれてかほが駆け寄った。

 

「秋山さん?どうしたの」

 

「に、西住殿!この表紙に写っている人を見てください!」

 

 かほは渡された雑誌を受け取り、秋山が指を指す場所を見た。その場所を見たかほは目を見開いた。

 

「え、えぇ!?お婆ちゃん!?」

 

 表紙に写っていたのはかほと夏海の祖母である、若き頃のしほだ。その表紙には『西住流と種島流の一騎討ち!』と大きく書かれた見出しに、しほと種島小百合が向き合うように編集された写真が載っている。

 読んでみるとしほの母校である天明女子学院と、小百合の母校の東京機甲大学校の試合の様子が写し出されていた。最後のページには満面の笑みの小百合と、『種島流の逆転勝利!西住流、まさかの敗北!』という文章が大きく掲載されていた。

 

「お婆ちゃんも種島流と試合していたなんて・・・信じられない」

 

 かほは驚きのあまり目の前の情報に疑念を抱いていたが、実際にあったことだ。そしてしほが負けてしまったということも、紛れもない事実だ。

 

「おい。この雑誌にも種島のことが載ってるぜ」

 

 (ガトリング)は別の段ボールから雑誌を引っ張り出してかほたちに見せた。

 別の箱の中を開けて覗いてみると、種島のことは載っていなかったが、東京機甲に関連する記事が載っている雑誌ばかりだった。福田は呆れた顔で雑誌を眺めた。

 

「何じゃこりゃ・・・この学校に関連している記事ばっかりだな」

 

 その雑誌を見ていた羽田(ラントミーネ)は、ハッとした表情で青山(メディック)に言った。

 

「メディック!他の小隊を呼んで、この雑誌の山を調べ尽くすぞ!あいつが勝利にこだわる理由が分かるかも知れねぇ!」

 

「分かった!後メディックって呼ぶな!」

 

 青山(メディック)は戦車の通信機を使って別の小隊に連絡を取り、かほたちは羽田(ラントミーネ)に言われるがままに山積みされた段ボールを片っ端から開けて雑誌を引っ張り出した。

 内容は東京機甲か種島流に関連しているものが殆どで発行された時期はバラバラ、残りの1割は他校に関連する記事が書かれている。

 東京機甲大学校が連戦連勝という快挙を成し遂げている様子が記載されていたが大会での試合は無く、練習試合のようなものだった。

 しかしその連戦連勝の強運も、闇に葬ってきた卑劣な戦いの上に成り立っている。

 そしてもう1つ共通しているところがあった。どの雑誌にも必ず『試合中に正体不明の爆発と白い煙が上がった』という文章が記載されているのだ。『爆発』に『白い煙』、ついさっき合同チームが体験したことと全く同じことが過去にも起きていたのだ。

 

「うわっこれマジかよ!?皆!これ見てくれ!」

 

 (ガトリング)が雑誌を広げて近寄ってきた。その雑誌は約57年前に発刊されたもので、見出しには『大洗女子学園と東京機甲大学校の試合で不正行為!大洗が試合会場で地雷を仕掛けた!?』と、大洗側が不正行為を働いたという信じられないことが記載されていた。

 

「え!?えぇ!?大洗が・・・地雷を仕掛けたってどういうこと!?」

 

 武部はその記事を見て思わず大声を上げた。大洗の不正行為など信じられる筈がない。それはかほたちも同じだ。

 記事の続きを読み進めてみると、『発見された地雷に大洗のイニシャルである『O(オー)』が記載されていた』、『地雷の破片に大洗の校章の一部と思われる箇所が見つかった』と、証拠を見つけたにしては不十分過ぎる内容だった。

 掲載されている写真に載っている地雷は、遠井(スコープ)が発見した物と全く同じ。

 そして大洗の校章入りの破片と記載されている写真には、大洗の校章の右下の部分に似ている絵が描かれいる。しかしそれが本物なのか確信に迫った文章は一切記載されていない。

 つまり『確証は無いが、疑い深い物が出てきたから大洗が怪しいと見ている』と言うことになる。

 その雑誌を眺めていた青山(メディック)は、顎を手に乗せて考え込んだ。

 

「・・・57年前。確か大洗って20年間戦車道が廃止されてたよな。57年前・・・20年・・・もしかしたら!!」

 

 突然叫んだかと思ったら大慌ててで雑誌の山を漁り始めた。かほたちには一体何が起こっているのか分からなかった。

 暫く雑誌の山を漁っていた青山(メディック)は、「あった!!」と大音声を上げて飛び出した。その手にはやや古い雑誌が握られている。

 拡げられた雑誌には、『大洗女子学園の不正!戦車道協会は大洗に対し、無期限の戦車道活動の休止処分を言い渡す』と記載されている。『無期限』・・・戦車道の活動再開は未定、何ヵ月経っても何年経っても再開出来るか分からない。

 そして大洗は東京機甲との試合で、たったあれだけの証拠だけで不正行為を働いたとして戦車道の活動停止となってしまったのだ。

 大洗の学生であるかほたちにとって信じがたい事だった。さっき体験したことを踏まえると、仕掛けたのは東京機甲だろう。

 しかし当時の技術ではより詳しい精査が出来なかった事が災いし、このようなことになったのだろう。その時後ろから誰かの声が聞こえた。

 

「大洗が無期限の戦車道活動停止になって20年、どういうわけか知らないが復活を果たせた・・・という訳か」

 

 振り返って見ると、連絡を受けて合流した他の小隊たちがいた。ポツリと呟いた赤坂(マガジン)が雑誌を手に取ってじっと眺めた。

 その話を聞いていた小隊メンバーたちの間では種島に対する罵声が響き渡った。彼女たちの会話を横目に、五十鈴が足元に落ちているノートの束を見つけた。

 

「これは、なんでしょう?」

 

 拾い上げたノートは汚れが酷く、表紙のデザインもかなり古い。埃を払って開いて見ると、シャーペンで書いた文章が羅列している。

 

「あら、これは・・・日記帳?」

 

 五十鈴はそう言うと、その日記を読み始めた。

 

『◯月△日。今日から東京機甲大学校で戦車道をすることになった。ずっと憧れていた学校に入学出来たんだ。頑張ろう』

 

『◯月×日。種島流という流派の跡取りという子が同期になった。人当たりも良いし、上手くやって行けそうだ』

 

『◯月□日。今日初めて戦車に乗った。操作はとても難しく、戸惑ってばかりだったけど種島さんが丁寧に教えてくれた。思った通り、とてもいい人だった』

 

『×月△日。初めての練習試合。私は種島さんとペアを組んで試合に望んだ。何とか最後まで生き残れたけど、最後の最後で逆転負けしてしまった。でも種島さんは気にしないでと言って慰めてくれた』

 

「・・・慰めてくれたって、これマジか?」

 

「しかも丁寧に教えてくれたって・・・」

 

 福田と(ゲヴェア)はその文章に疑いの目を向けていた。これまでの言動、行動からは想像も付かないことが書かれているのだから。五十鈴は日記を読み進める。

 

『△月◯日。今日の種島さんは、何かに悩んでいるように見えた。もしかしたら流派の件で親から何か言われたのかも知れない』

 

『△月□日。何だか種島さんの様子が変わっていった。仲間云々より、どう勝利するかという事ばかり気にするようになった。味方がやられても、結果的に勝利すれば何でも良いという感じだ』

 

『□月▽日。今日は初めての他校との対抗試合。結果は私たちの敗北。種島さんは先輩たちから『種島流っていう流派の家系なのに何で負けたの?』と責め立てられていた。家系なんて関係ないと思うけど』

 

『□月×日。種島さんが突然先輩たちに、他校と練習試合をしたいと言い出した。何か策でもあるのだろうか?』

 

『□月□日。他校との試合中、種島さんはフラッグ車を囮にして敵を誘いだそうという作戦を立案した。当然先輩たちから反対されたけど、種島さんはそのまま押し通して作戦を実行した。

 作戦実行中、見えない場所から突然爆発と白い煙が上がった。異常事態が発生したのかと心配になったが、何の音沙汰無しに試合は進んだ。結果は私たちの勝利だった』

 

『□月△日。私たちは3年生になった。隊長は勿論種島さん。種島さんは新入生たちに、『どんな犠牲を払ってでも勝利をもぎ取りなさい』と言っていた。戦車道って、そう言うものなのだろうか』

 

『▽月◯日。私は東京機甲大学校を卒業した。種島さんは有名な大学に進学するのだという。私も大学に進学して、卒業した暁には戦車道協会の役員になるつもりだ』

 

『◯×月◯日。私は大学を卒業して協会役員になった。そこで私は種島さんと再会した。種島さんも覚えてくれていたみたいで、少し驚いた顔をしていた』

 

『◯×月△日。種島さんに今どんなことをしているのか聞いてみた。何でも、協会役員と東京機甲大学校の学園長を兼任しているのだという。『私たちの母校を無敵の学園にする』と意気込んでいる』

 

『◯△月◯日。東京機甲大学校が他校と対抗試合をすると聞いたので見学に行った。試合の最中、謎の爆発と白い煙が上がった。

 あの時と同じ光景・・・私は万が一備えて試合を中断しようとしたが、種島さんに止められて試合はそのまま進んでしまった。結果は東京機甲大学校の勝利だった』

 

『◯△月×日。種島さんに何故試合中断を止めたのか迫ったが、種島さんは『特に問題無かったから続行した』と言った。

 あの光景を見て問題ない筈がないと言ったが、種島さんは『問題なんて無かった』の一点張り。何か隠しているような、そんな気がした』

 

『◯△月□日。私は試合会場でとんでもないものを発見してしまった。地雷だ。誰でも造れそうな簡易的な構造、種島さんが隠していたのはきっとこれの事なのだろう。明日この地雷を見せて聞き出したいと思う』

 

『◯△月▽日。種島さんはこの地雷の存在を認めた。私は協会にこの事を報告すると言ったが、種島さんに脅されて何も言えなかった・・・』

 

『◯▽月◯日。今日は大洗と練習試合。その試合でもあの時の地雷が使われたようだ。しかし調査した協会側は、何を勘違いしたのか大洗が仕掛けたと結論付けた。

 私は真実を知っていたが、種島さんに何をされるのか考えると怖くなって言い出せなかった。私は何て弱い人間なのだろうか』

 

『◯▽月×日。大洗の処分が決定した。『無期限の戦車道活動停止』だ。全く関係無い大洗が濡れ衣を着せられてしまった。

 何で関係ない大洗が罪を背負わなければならないのだろうか・・・私がしっかり言えていれば・・・でも後悔しても仕方ない。私はすぐにでも大洗が活動再会出来るように計らうつもりだ』

 

『◯□月□日。漸く上の人間が処分を取り下げると言った。私はすぐ大洗に確認を取ったが、学園艦の維持費確保のために戦車を全て売ってしまったと言われた。

 もっと早く意見が通せれば・・・しかし後悔しても意味がない。もう大洗が戦車道の活動を再会することは、無いのだから・・・』

 

「・・・これで全部です」

 

 五十鈴は日記帳を閉じながら言った。この日記を書いていた人は、種島にとって良き友人だったのだろう。

 その種島自身も、辛い思いをしてきたのだ。種島流に『敗北』の2文字は許されず、常に流派を気にしながら生きてきたのだろう。そして娘の優依も同じように育てたことで、勝利に貪欲になったかもしれない。

 どんな卑怯な手を使っても、仲間が犠牲になっても結果的に勝利してしまえば良いのだ。

 しかしどういう事情があったとしても危険な行為、卑怯な行為をしてもやむ無しとして見るのは擁護出来ない。こう言った行為が闇に葬られているのも、恐らく協会役員に根回ししているのだろう。

 この問題は根本的に改善しなければならない。しかしこれまで『勝利』に固執してきた種島流を根本的に変えることなど出来るのだろうか。

 

「勝たなきゃダメってなんなのよぉ・・・こっちも今回の一見に関しては絶対負けられないし」

 

 武部はどうすれば良いのか分からず項垂れてしまった。こちらが勝てば、種島は再び宗谷を引き込もうとするだろう。

 しかしこちらが負ければ宗谷は行きたくない学校に行かなければならない。どちらに転んでも互いに良いことはない・・・

 

「・・・私たちって、何のために戦ってるの?」

 

 武部は肩を落としてそう呟いた。『何のために戦うのか』、その問いには、誰も答えられなかった。




「今回も読んでくれてありがとう!Ⅳ号の通信手、武部栞と」

「砲手の五十鈴藍です。今回は種島さんがどうして勝利に拘るのかをしれた章でしたね」

「うん。種島さんにはとても辛い過去があったんだね。でもこのままで良いわけがないよ。私たちで何とかしよう!」

「ええ。絶対に負けません!次回も宜しくお願いします!感想、評価お待ちしています。」


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mission21 すれ違っていた想い

前回のあらすじ

レーヴェと遭遇したアンコウ・タイガー小隊は、救援信号を受け取ったPSCの2名が操縦するスーパーパーシングE1ー1と、福田が操縦する陸王と共に現状を打破する。
戦闘の最中、ティーガーⅠが履帯を損傷したので、休息を兼ねてエリアCの倉庫に身を隠した。修理をしている間、大量の古雑誌があったので、暇潰しがてら開いてみた。そこでとんでもない事実を目にする。
今から57年前、大洗と東京機甲大学校の試合で大洗が地雷を使用したという濡れ衣を着せられ、無期限の戦車道活動を禁止されていた・・・


「・・・私たちは、何のために戦ってるの?」

 

 項垂れている武部栞に西住かほたちは答えれば良いのか分からなかった。言葉を詰まらせていると、赤坂(マガジン)が言った。

 

「何のためにって、宗谷を引き込むことを諦めさせるためだろ。そのために俺たちはここまで来たんじゃないのか?」

 

「・・・そうだよ。そうだけど、私たちがこの試合で知ったことは大洗が濡れ衣を着せられて悪者にされたって事実だけだよ!種島はこんな汚い手を使っていたんだよ!」

 

 種島にされたことに腹を立てているのか、珍しく怒りを露にしている。Ⅳ号の乗員が宥めたがそれでも収まらない。

 

「落ち着けよ。あいつがしたことは許されない事だが57年前だぞ。俺たちでどうこう出来ることじゃない」

 

「でもあいつは地雷使って私たちを危険な目にあわせたんだよ!57年前と同じ方法で!」

 

 室内に声が隅々まで響き渡り、木霊した。赤坂(マガジン)はこれ以上何とも言えない。

 

「確かに・・・俺たちって、何の為に戦っているんだろうな」

 

 その疑問を口にしたのは灘河(ボンベ)だった。彼は今まで見せて来なかった真剣な表情で話した。

 

「俺たちが戦う理由はマガジンが言った通りだ。そして大洗のみんなはその信じがたい事実を知った・・・笑い話にもならねぇよ。それと今更だが、何で俺たち元歩兵をチームに加えた?戦車1輌と同じに頭数にするなら、戦車の方が良かったんじゃないか?」

 

「そんなこと無いですよ。あなたたちには色々と助けられました」

 

 かほは歩兵科の参加を擁護するように宥めたが、歩兵たちは灘河(ボンベ)の意見に賛同している。戦車の方が良かったんじゃないのか?、戦車の比にもならないし、と自分達の存在を否定する発言をし始めた。

 

「やめろバカ!ここまで来たのに戦意を削ぐような発言をするな!」

 

 赤坂(マガジン)灘河(ボンベ)の意見を一蹴するように声を上げたが、その意見に一理あることは確かだ。宗谷は『重戦車のハンデ』として組んでいるが、歩兵を選んだ理由はまだ分かっていない。

 チーム内で疑問の声が出始めた時、外を監視していた黒江琴羽が叫んだ。

 

「車輌接近!戦闘体勢!!」

 

 呼号を聞いた歩兵たちは出口付近に集合し、かほたちは戦車に乗り込んだ。赤坂(マガジン)が状況を聞き出そうと話し掛ける。

 

「戦車の種類は?何処にいる?」

 

「分からないよ。エンジン音しか聞こえて来ないし」

 

 赤坂(マガジン)は耳を澄ませて聞こえてくる音を聞いた。ガラガラと唸る音がしている。ガソリン車はこのような独特な音はしないし、重戦車を動かす大馬力エンジンの割に音はそこまで大きくない。

 

「・・・ディーゼルの音だな。相手にディーゼル車残ってたか?」

 

「残っていなかったと思うけど・・・もしかして、チリ改とホハが来たのかな」

 

 そう言った直後、その音の正体が姿を表した。チリ改と行動している筈のホハが1台だけで現れた。2人はその光景を見て思わず声を上げた。

 

「え!?ホハだけ!?」

 

「ドライバー!何でお前だけなんだ!?」

 

 2人がホハに駆け寄ると、酒田(ドライバー)が顔を出して荷台に指を差しながら言った。

 

「弾の補給に来たんだ。中に入れてくれ」

 

「え、あぁ・・・いやその前に、宗谷はどうした!?」

 

「それは後で説明するから中に入れてくれよ。ここで棒立ちはまずいだろ」

 

 弾薬の補給で合流したというので、赤坂(マガジン)は取り敢えずホハを誘導した。酒田(ドライバー)はエンジンを止めると荷台に移り、弾薬箱を下ろして配る準備を始めた。

 

「・・・何かあったのか?」

 

 微妙な空気を感じ取ったのだろう。そう聞かれた赤坂(マガジン)はどう答えれば良いのか迷ったが、この倉庫の中で起きた出来事を全て話した。

 過去に種島流と西住流が試合をしたこと。種島は勝利に固執するあまり、卑怯で危険なことに手を出したこと。遠井(スコープ)が発見した地雷が使用され続けていたこと。そして大洗がその地雷を使用したと濡れ衣を着せられ、20年間戦車道活動が禁止されていたことを。

 

「俺がいない間に色々あったということか」

 

「あぁ・・・色々と、な」

 

 2人が会話をしていると、秋山優香子がその間に入って質問を投げ掛ける。

 

「ドライバーさん。今まで何処にいたんですか?全然連絡がなかったので心配してたんですよ」

 

「こっちもこっちで色々あったんだよ」

 

 

 20分前。チリ改とホハは各エリアを跨ぐように走り回っていた。敵の目を欺くためかと考えていたが、宗谷は向かう場所を決めていたらしく、小隊が到着した場所はエリアEの境界線だった。

 何故ここに来たのか、酒田(ドライバー)がそう考えているとと、柳川が味方の通信を聞いて報告をする。

 

「宗谷。偵察に向かったPSCのラントミーネから敵の戦車を奪って逃走中って連絡があったぞ」

 

「戦車を奪った?何やってんだあいつら・・・で、他には?」

 

「敵戦車を何輌か見つけたらしい。その中にレーヴェもいたってさ」

 

 報告を聞いていた酒田(ドライバー)は何故ここまで来たのか分かった気がした。宗谷は敵隊長車のレーヴェを狙っているのだと。小隊はエリアEに侵入し、PSCが敵を発見した建物に向かって前進を始めた。

 

 侵入して5分後、敵を発見したと報告があった建物の前に着いた。宗谷が下車して、大穴が空いている壁から侵入して中を覗いた。室内に戦車は残っておらず、静まりかえっている。

 

「くそっ。もう行っちまったか」

 

 舌打ちをしている宗谷を横目に、岩山が壁に空いた大穴を見ながら喫驚している。

 

「うわぁ、何だこの穴。戦車が突っ込んだのか。それに敵は・・・いないみたいだな」

 

「PSCのラントミーネが戦車奪ったって言ってたから、それを追い掛けていった可能性があるな」

 

「じゃあこのエリアから出ていったかもしれないぜ。どうする?」

 

「勿論追尾する。連中の機動力は低いし、今から追い掛ければエリアDで追い付けるだろ」

 

 2人は周囲を軽く見渡した後、早足でチリ改に戻り、敵戦車の物と思われる履帯跡を辿って追跡を始めた。追跡中の最中、チリ改の後ろを付いていく酒田(ドライバー)は、宗谷がレーヴェに拘る理由を考えていた。

 今回の試合は戦車を全て撃破した方が勝利する『殲滅戦』、現状を考慮すれば敵の数を減らしていった方が良い筈だ。隊長車の撃破が無意味という訳ではないが、その1輌に拘ったところで敵の数は減らない。

 

「ドライバー、周囲の警戒を怠るな。連中はどんな手を使って来るか分からないからな。それとレーヴェを見つけたらすぐに報告してくれ。今はレーヴェが最優先だ」

 

「なぁ、他の戦車は狙わないのか?」

 

「他の戦車は後回しだ」

 

 他の敵はどうするのかと聞いてみたが、考えは変わらないようだ。もし別の敵が現れたらどう対応するつもりなのだろうか。

 現在のチリ改は操縦手の福田、副砲砲手の水谷、副砲装填手兼通信手の北沢が別の任務に付いているので、残っているのは車長の宗谷、主砲砲手の岩山、装填手の柳川である。

 人員配置は宗谷が車長兼操縦手、岩山が主砲の砲手兼装填手、柳川は副砲砲手兼装填手、そして通信手も兼任している。

 この状態では満足に戦闘出来ないことは目に見えていたが、主砲には半自動装填装置が付いているので1人でも何とかなる。また副砲も37㎜と小口径なので1人で装填してからの攻撃も可能だ。

 問題なのは操縦で手一杯となっている車長である。本来車長は砲手か装填手を兼任する事が多いのだが、岩山と柳川は車両の操縦が出来ないので宗谷が兼任している。

 操縦席からの視界は非常に狭く、死角に入られたら対応出来なくなるので周囲の警戒を重要視している。エリアEから離脱する寸前、チリ改の目の前を砲弾が通過した。

 

「敵の攻撃だ!近くにいるぞ!」

 

 宗谷はチリ改を近くの壁に寄せて停車させ、頭を出して周囲の音に耳を傾けた。岩山と柳川は砲手席で攻撃準備に入り、酒田(ドライバー)は念のために少し距離を置いて様子を伺う。

 敵の姿が見えない以上、居場所を悟られる事だけは避けなければならない。息を潜めて待機していると突然壁が崩壊し、瓦礫がチリ改に降り掛った。主砲手席に座っている岩山がガンポート越しに外を見る。

 

「あいつら居場所を探るために壁をぶち抜きやがった!丸見えだぞ!」

 

「いやチャンスだ!岩山、砲塔を回して壁をぶち抜け!まだ近くにいる筈だ!」

 

 宗谷の指示を受けて岩山は直ぐに砲塔を旋回させ、試射を兼ねて予想地点に撃ち込んだ。壁越し撃ったが敵戦車の履帯を切断に成功し、身動き出来ない所に1発撃ち込んで撃破することが出来た。

 

「撃破したのは何だ!?レーヴェか!?」

 

 何を撃破したのか食い気味に尋ねられた岩山は少し戸惑いながら黒い煙が上がっている方を見て答えた。

 

「いや、レーヴェじゃない。あれはM26だ」

 

「・・・そうか。ご苦労だったな」

 

 敵を撃破したと言うのに、少し残念そうな声を出した。どういう訳か分からないが、今は隊長車を撃破したいらしい。

 

「隊長。あいつらにエリアDに行くことを悟られた可能性が高いから、一旦引き返して暫く隠れよう」

 

 酒田(ドライバー)の提案に宗谷は応じて撃破した敵に見えないようにエリアEに引き返し、廃墟と化したビルの中に入ってほとぼりが覚めるまで身を隠すことにした。

 宗谷はエンジンを止めて下車すると、深呼吸をしたあと地面に座り込んでしまった。1人で操縦して指示も出していたので疲れているのだろう。

 

「隊長、ちょっと良いか?」

 

 座り込んでいる宗谷に酒田(ドライバー)が話し掛けた。

 

「あぁ、何だ?」

 

「ずっと気になってたんだが、何故敵の隊長車に拘る?この試合は相手の戦車を全滅させた方が勝利だと聞いてる。それなら他の敵でも良いじゃないか」

 

「いや、レーヴェじゃなきゃダメなんだ。他の戦車が大量に押し寄せて来たとしても、俺はレーヴェを狙う」

 

 敵隊長車だけを狙うと言う言葉に、酒田(ドライバー)は焦りのようなものを感じた。その時にふと思ったのは、レーヴェじゃなきゃダメと言うのは隊長車だからではなく、種島優衣が乗っているからではないのかと。今度は自分の推理を交えて話し掛ける。

 

「あくまで俺の推測何だが、狙っている理由はレーヴェだからじゃなくて、種島が乗っているから早めに倒したいのか?」

 

 色々考えてみたがこの推理が1番しっくり来る。それ以外で思い付く答えはない。そう言われた宗谷は拳を握りしめ、険しい顔つきになった。推理は間違っていないらしい。

 

「やっぱりそうか。出発する時からレーヴェを探すぞ何て言うから、まさかと思ってたけど」

 

 何で種島に拘るんだと質問すると、宗谷は深い溜め息を吐いて話し始めた。

 

「あいつを逃せば逃すほど、西住たちが追い詰められていく。体力的に、そして精神的にな。だから早めに倒しておきたいんだ」

 

「早めに倒しておきたい気持ちは分かるが、今は隊長車よりも他の敵を掃討して数を減らした方が得策じゃないのか?」

 

「・・・ドライバーの言う通りだ。現状を打破するには敵を撃破していく方が良いんだがな。本当はこんな状況になる前殲滅するつもりだったんだが」

 

「分かってたのか。あいつがこうすることを」

 

 酒田(ドライバー)の質問に、宗谷はこくっと頷く。

 

「この試合の前に、パンツァーカレッジの試合を見返していたときだった。始めの内は敵味方ともに激しい攻防戦を繰り広げていたんだが、途中からパンツァーカレッジ側が優勢になっていったんだ。どの試合を見ても全く同じ流れになったから、何か裏があると思って調べたんだ」

 

 そう言われた酒田(ドライバー)は、ここまでの経緯を思い出してみた。

 市街地エリアでラーテを撃破した後、こっちの様子を伺っている隊長車だったヤークトティーガーがいた。気付かれたと察したのか直ぐに逃走を始め、本隊はそれを追い掛けた。

 ここで1つの疑問が脳裏を過った。何故隊長車が敵の目の前に出てきたのかと言うことだ。隊長車は全体の指揮を取らなければならないにも関わらず、護衛無しの1輌のだけで現れた。

 そして誘い込むように行き止まりで止まり、撃破された。このままなら勝てると誰もが思っていたその時、仕掛けられていた煙幕展開用の地雷が作動、白い煙が辺りを包み込んで視界が遮られる事態になった。

 その状態で敵の攻撃が本隊を襲い、大混乱状態となって味方は壊滅。そこでもう1つ疑問が思い浮かんだ。

 互いに視界が遮られているのに、何故正確に攻撃が出来たのか。行き止まりに入った時、他に敵戦車はいなかった。仮にヤークトティーガーが位置を教えたとしても、視認範囲がほぼ零の状態では多かれ少なかれ誤差が出る筈だ。

 

「どの試合を見ても必ず囮が存在して、煙幕が展開される。そして晴れた後味方は全滅・・・それも全国大会のような大規模な大会じゃなく、練習試合のような小規模な試合の時だけな」

 

「でも煙幕なんて珍しくないだろ。射撃の正確さには驚いたが」

 

「あいつらは射撃をしていない。いや、1発だけ撃っているが正確か」

 

 1発だけ撃っている、その言葉を理解する事は出来なかった。敵は本隊の全滅を狙っている筈なのに、1発しか撃っていないと言うことはあり得ない。味方を殲滅すると言わんばかりの弾幕が飛び交っていたのだから。

 

「・・・俺の聞き間違いじゃなければ『1発だけ』と聞こえたんだが?」

 

「あの時の猛攻は敵の猛攻と錯覚した味方の誤射だ。行き止まりは背が高い建物が囲って、音が反響しやすい状態だった。小口径砲でも場合によっては大口径砲の音に聞こえる・・・しかも煙幕で視界が遮られた状況だったんだ。敵か味方かなんて区別する余裕なんて無かっただろ」

 

 その説明を聞いて酒田(ドライバー)は納得した。あの時は味方の乗員がパニック状態に陥っていたので統率を取ることは出来なかった。

 そして背が高い建物に囲まれていたので、自然の風や砲撃で煙幕をはらうのは困難だった。

 

「市街地でこの作戦を実行していたから警戒していたんだが・・・隊長車として出場していたヤークトティーガーが目の前に出て来たかと思ったら、最初から隊長車と思わせる為の囮だったなんてな」

 

「こんな状態になった理由が分かっていたんなら、何でみんなに言わなかった」

 

「・・・味方の誤射で壊滅寸前に追い込まれた何て言えると思うか?あの状況なら仕方ないと言われるかもしれない。でも自分で自分の首を締めたことは事実・・・俺の判断ミスだ」

 

 そう言うと視線を落として大きな溜め息を吐いた。隊長として判断を誤ってしまった事を悔やんでいるようだった。

 

「で?わざわざ小隊ごとに区分けして、俺たちはレーヴェを捜索していた、と言うことか」

 

「あいつは俺を狙ってくると思って、こっちが別行動をすればレーヴェだけでも食い付くと考えたんだ。そうすれば西住たちに迷惑を掛けなくて済む」

 

「迷惑・・・か」

 

 宗谷の言葉に酒田(ドライバー)は少し納得したような返事を返した。

 

「で?レーヴェを見つけた後はどうするつもりなんだ」

 

「俺たちで対処するつもりだ。主砲は使えるし、上手く後ろに回り込めば何とかなる」

 

「レーヴェに護衛が付いていたら?」

 

「他は無視する。レーヴェを完全に撃破した後に対処する。その時にやられたら・・・後は西住たちに任せることしか出来ないが」

 

「お前バカか?隊長が先にやられたら誰が指揮を取るんだ」

 

「みんな各校の隊長ばかりだから大丈夫だ」

 

 上手くやれるさ、そう言っている表情は微笑んでいるように見えるが、不安そうにも見えた。レーヴェを倒せなかったら、そんな事を思っているのだろう。

 

「何で迷惑だと思うんだ?」

 

「俺は自分の過去に決着を付けられなかった。そのせいで西住たちを巻き込んで、他の生徒たちにトラウマを植え付けた・・・これ以上迷惑は掛けられない、だったら俺たちで何とかするしかないだろ」

 

「でも何でホハ(こいつ)と一緒に行動してんだ。この車両はろくな武装が無いし、装甲厚も無いんだぞ」

 

「みんなをこれ以上巻き込まない為だ。相討ちになったとしても、被害は戦車1輌だけで済む。もし敵と遭遇したら、お前は逃げてくれ。俺たちの事は気にしなくて良い」

 

 自分が犠牲になるかもしれないにも関わらず、ホハを逃がそうとする宗谷に、酒田(ドライバー)は大きく息を吐いたかと思ったら、突然胸ぐらを掴んだ。

 

「お前が良くても、西住たちや俺たち歩兵には良くねぇよ!お前は皆に迷惑を掛けていると思ってるかもしれないが、俺たち歩兵団はそんな事を考えたことも無い!」

 

「おいおい!一体何の騒ぎだ?」

 

 怒鳴り声を聞き付けて岩山と柳川が飛び出して来た。見てみると宗谷の胸ぐらを掴んでいるので止めに入る。

 

「何やってんだ!宗谷が気にくわない事でも言ったのかよ!」

 

「気にくわないのは態度だ!何で俺たちを頼らない?隊長だからって何でも出来る訳がねぇだろ!1人で解決しようとすんな!俺たちを頼れよ!!」

 

 静かだった空間の隅々まで怒鳴り声が響き渡る。暫く息を荒くしながら掴んでいたが、ゆっくりと手を離した。宗谷は怒鳴られた事に驚いたのか、目を見開いている。

 

「掴みかかったのは悪いけど、ドライバーの言うとおりだぜ。初めて会った時からそうだったけど、1人で解決しようとしてばっかりじゃないか。お前はいつも大丈夫だって笑ってるけど、今回ばかりは大丈夫とは言えないだろ」

 

 岩山が言った。その言葉を聞いた宗谷は、目に涙を溜めながら目線を上に向けて言った。

 

「岩山の言うとおりかもしれない、いや、その通りだ。みんなをこれ以上巻き込みたくなかったから離れたんだがな・・・」

 

「気にすることはない。今からでも頼れば良い。誰も迷惑何て思っていないさ。本当にそう思ってたら、誰もここまで付いてこないよ」

 

 柳川が宥める。確かにその通りかもしれない。迷惑だと心の中で思っていたのなら、始めから試合に参加するなど言う筈がない。この試合に参加している誰もが、宗谷のためにと集まってくれたのだ。

 

「行こう。みんなが待ってる」

 

 宗谷は立ち上がってチリ改の操縦席に座り、岩山たちも持ち場についた。チリ改とホハのエンジンが唸りを上げて、ゆっくりと進んでいく。この時、宗谷の心の中に焦りというものは無くなっていた。

 

 

「とまぁ、こんなとこかな。俺たちの小隊であったことと言えば」

 

 弾薬箱を開けて弾倉を確認しながら酒田(ドライバー)は言った。これまでの行動を改めて聞いた赤坂(マガジン)は外を指差して言った。

 

「宗谷が変わったって言ってたけど、結局単独行動してんじゃねぇか」

 

「この場所がばれないようにするために囮役を引き受けてくれただけだ。敵と遭遇したら逃げるって言ってた」

 

 そうか、と赤坂(マガジン)は少しほっとした。

 

「待てよ。そっちの問題が解決出来ても、こっちの問題は解決出来てねぇぞ」

 

 灘河(ボンベ)がかほたちの方を向きながら言った。これまであり得ない事をしながら勝利を手にしてきた。それだけでなく、57年前に大洗に罪をきせて、時の流れという闇に葬ったのだ。年月が経ってるといっても、決して許されることではない。

 ここには向こうが仕掛けた地雷と、恐らく種島小百合の友人だったと思われる人物の直筆の日記がある。この2つを使って訴えることも出来るだろう。

 

「気持ちは分かるが、それは俺たちが決める事じゃない。大洗の連中がどうするか、そこは任せるしかないだろ。俺たちは部外者なんだから」

 

 赤坂(マガジン)はニッと笑い、弾薬箱から弾倉を取り出して補給を始めた。かほたちが心配だったが、戦闘続行のためには弾薬を補給しなければならない。かほたちを横目に、弾薬ポーチに弾倉を入れていった。

 大洗のメンバーは種島に対してどうするべきか悩んでいた。大洗にに無実の罪を着せた事は事実だが、それは種島優衣本人がしたことではない。57年前の事を今更掘り返しても無意味だということは分かっている。しかしここで何かしら手を打たなければ、優衣は勝利に拘り続けるだろう。

 

「私たちは・・・一体どうすれば良いんでしょうか」

 

 五十鈴藍はかほたちに聞いた。どうすれば良いのか、その問いに答えがあるのか・・・と頭を悩ませていると、かほは自分が指揮を取るⅣ号に向かって歩き始めた。

 

「かほさん?」

 

 藍が呼び止めると、かほはその足を止めて視線を藍たちの方に向けた。

 

「みんな。私たちも準備しないと。今は戦うしかないよ。どうするかは・・・後で考えよう」

 

 かほの態度を見て、今はそうするしかないよねと言い合い、それぞれの持ち場についた。

 Ⅳ号の操縦席に座った冷泉朝子は、隣で唸っている栞の方を見て言った。

 

「まだ怒っているのか?」

 

「当たり前じゃない。何であんな事が平然と出来るわけ?勝ちたいなら自分の実力で勝てば良いのに」

 

 まだ収まらない怒りに声を震わせながら、何でかほちゃんは平然としていられるの、と呟く。

 

「西住だって心の中では怒っている。でも私情を挟んだら今後の戦闘に支障が出るかもしれない・・・だから落ち着いている、いやそうでもしないと上手く指揮が取れないんだろ」

 

「分かったような口聞かないでよ。こんな状態で落ち着いていられる方がおかしいんだから」

 

 冷泉は大きく溜め息を吐いた。

 

 

 東京パンツァーカレッジの陣営は、切られてしまったレーヴェの履帯の修理を行っていた。車体の半分をジャッキで上げて、外れてしまった履帯に予備の履帯を繋げ終わった。後は履帯の端と起動輪を繋いで引き上げるだけだ。

 

「種島隊長。後数分で履帯の修理が完了します」

 

 レーヴェの操縦手(ドライバー)が修理の進行状況を報告する。報告を受けた種島は、分かったわと一言だけ返事を返した。その視線はこの市街地エリアを指している地図で、これまで味方が戦闘をしたやられた場所に印が付けてある。

その印にはどの戦車と遭遇したのか、歩兵は何人だったのかまでを正確に記録している。

 

 スポット335・歩兵2名と遭遇。スーパーパーシングE1ー1が強奪される。包囲網を敷くも突破された。

 

 スポット332・M3、M4、ハ号、歩兵2名と戦闘。T28、T29撃破。

 

 スポット333・KVー2、ISー2、改造されたヤークトパンターと戦闘。KVー3、KV-4撃破。

 

 スポット333・トータス、ポルシェティーガー、歩兵2名と戦闘。T26E5パーシングジャンボ3輌撃破。

 

 スポット334・トータス、ポルシェティーガー、セモヴェンテM41、Ⅱ号戦車ルクス、歩兵3名と戦闘。ヤークトEー100撃破。

 

 スポット334・Ⅳ号戦車、ティーガーⅠ、スーパーパーシングE1ー1、カ号観測機、歩兵2名と戦闘。M26、6輌撃破、1輌相討ち、レーヴェ履帯、エンジン損傷。

 

 スポット335・チリ改、ホハと戦闘。M26撃破。

 

 改めて確認をしてみて分かった事は、味方の撃破された数が想定以上という事だった。敵が分散して動いていると報告を受けていたので、完全殲滅は時間の問題だろうとたかを括っていた。

 しかし想定外の反撃にあったことで15輌を損失し、1輌は相討ちとという信じがたい状態に陥っている。最強の重戦車と最高の乗員を揃えたというのに、ここまで追い詰められた理由が分からない。敵の数を一気に減らし、敵の戦意やプライドをズタズタにしてやった筈なのに。

 ・・・いや、まだ何とかなる。こっちにはまだ敵の戦力を大きく上回る重戦車が残っている。歩兵が11人いるが、いずれ自分の武器である機銃弾は底を尽く。自分の武器が無くなれば、何にも出来ない。

 

「みんな。集まって頂戴」

 

 優衣が声を掛けて、メンバーをレーヴェの前に集めた。全員が揃った事を確認すると、メンバーに視線を合わせるように話し始めた。

 

「良い?もう戦力の分散何てしない。この纏まった戦力で敵を一気に殲滅するわよ。どんな手を使ってでも、あいつらを殲滅するの。1輌も逃さないで」

 

 説明を終えると、メンバーはビシッと敬礼をして答えた。表向きは了承したように見えるが、心の中では本当に殲滅出来るのかと疑問を抱いていた。

 軽戦車、中戦車、駆逐戦車よりも重戦車の方が火力、防御力の面で優れていることは明らかだったが、僅か数十分の間に味方が15輌も撃破されるという状況に陥っている。殲滅されるのは自分達ではないのか、そんな考えが脳裏を過る。

 準備を進めていると、レーヴェの履帯修理が終わった。種島は15分後に出発すると言った。




「今回の最後までの御愛読に感謝致します。作者のタンクです。まず最新話の更新が大幅に遅れてしまったことをお詫び致します。色々忙しかったので執筆が進みませんでした。次回はなるべく早く更新出来るように致します。今後も宜しくお願い致します」


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mission22 進軍を食い止めろ!

前回のあらすじ

合同チームが潜んでいるエリアCの倉庫に、ホハがたった1台だけで出現し、ホハの操縦手である酒田(ドライバー)がこれまでの経緯を話した。
宗谷はかほたちにこれ以上迷惑を掛けたくないという思いから、たった1輌で敵隊長であるレーヴェを狙っていた。例え相討ちになったとしても仕留めるつもりだと話した。
話を聞いた酒田(ドライバー)は、宗谷に「仲間を頼れ!」と叱責されて考えを改めた。
種島の一件は解決出来ていないという意見があったが、かほは「今は戦闘を優先すべき」、と全員に言い聞かせた。


 エリアD、倉庫。

 東京パンツァーカレッジの生徒たちは、各車それぞれの修復作業をしていた。その間、室内は言葉では言い表せない緊張感が漂っていた。

 その源は種島だった。敵からの猛反撃を受けたことで15輌撃破、1輌相討ちという大損害を被ったからだ。それだけでなく味方のT26E1ー1が奪われるという事態が発生し、種島の苛立ちは頂点に達していたが、今はじっと地図を見ながら反撃する手段を黙考している。

 これまでの試合は、敵を追い詰めてからの殲滅はとても簡単だったのに・・・この試合は何かが違う。いや、今は運が付いてないだけ。こちら側が優勢なのだから、数や火力、装甲に物を言わせて殲滅すれば良い。まだ勝機はあるのだ。

 

「種島隊長。よろしいですか?」

 

 レーヴェの操縦手、風見が種島に敬礼をしながら話し掛けた。

 東京パンツァーカレッジの2年生で、高い操縦技術を買われて隊長車の操縦手という立場にいる。

 種島が立案する作戦には納得しかねる場面もあったが、勝利のためならそれもやむ無しなのだろうと納得している。

 顔には飛び散ったオイルが付着して真っ黒になっているが気にしていない。この作業で汚れてしまうことをいちいち気にしている暇はないのだ。種島は視線を地図から離さずに返事を返した。

 

「ええ。何か用かしら」

 

「レーヴェの修理が終わりそうなので報告に。後10分程で移動が出来ます」

 

「そう。終わったら教えて頂戴。指示を出すから」

 

「分かりました」

 

 風見はそう答えると、修理中のレーヴェに戻った。これ以上報告することもないし、早く作業を終えてしまいたかったのだ。

 レーヴェは敵の歩兵が仕掛けた吸着地雷の攻撃を受けてエンジンと履帯が損傷していた。

 エンジンは燃料タンクの破損でガソリンが漏れて引火。すぐに消火したが機関室は丸焦げになっている。

 そして右の誘導輪、履帯を破損。地雷の影響を受けたからか転輪も損傷していた。

 履帯は『履板(りばん)』という板をピンで何十枚も繋げて1本の履帯を形成している。その内の1枚が無くなるだけで、履帯として役に立たなくなるのだ。

 修理内容は破損した履板を予備の物に交換してまた嵌め直す、やることは至って単純なのだが、何トンもある履帯をのはかなりの重労働だ。

 種島に報告した段階で、エンジンの応急修理、履板、転輪の交換を終えて、履帯を繋げれば修理完了だ。やり方は起動輪と履帯の端をワイヤーで接続し、起動輪を回して引き上げるのだ。戦時中のドイツ軍では短時間で終えられるように、反復訓練が実施されたという。

 

「何か・・・種島隊長様子がおかしいよね。今までの冷静さが欠けている気がする」

 

 レーヴェの砲手、阿南は種島の方を見ながら装填手兼通信手の水無月に話し掛けた。

 阿南は風見と同じ2年生で、種島から誘われて隊長車の砲手をしている。種島が立てる作戦には納得いかない部分が多く、いつも不満を抱えている。が、余計なことを言って整備員に降格となるのだけは御免なので、何も言わず命令に従っている。

 装填手の水無月は阿南の親友で、風見、阿南と同じ2年生だ。装填手と通信手を兼任することに不満は無く、与えられた任務を黙ってこなしている。種島の立てる作戦に興味はなく、何か詮索をしようという気にもならない。余計な事をして面倒事を増やしたくないからだ。

 

「うん・・・て言うかさ、私たちがここまで追い詰められたのって始めてじゃない?」

 

 水無月が言うように、乗員同士で「ここまで追い詰められたのは始めてじゃないか」という言葉がちらほら見られた。今日まで、数えきれない程試合を経験してきたが、他校の試合のようにギリギリの駆け引きをするような事は一度もなかった。

 いつも損害は戦車2輌程度で、敵を見つけて完全に殲滅するのに1時間も掛からなかった。それなのに、この試合は始まって既に3時間が経過し、味方の損害は半分近くに達している。種島が焦るのも無理ないのかもしれない、そんなことを言い合った。

 

「でもさ。種島隊長、対戦相手の宗谷って人に負けているんだよね?」

 

「そうそう。ヤークトティーガーで出撃したのに、1式中戦車チヘに負けたって聞いた。信じられないよね」

 

「あなたたち。話し込んでないで作業を進めるわよ」

 

 風見が報告から戻ってきた。叱責された2人は渋々作業に戻る。風見は操縦席に座ると、キーを捻ってエンジンを再始動させた。

 丸焦げから自走出来る状態まで復元するのには骨が折れたが、その甲斐あってかエンジンは問題なく回っている。アイドル回転が安定しないハンチング現象も起きなかった。

 外で待機していた阿南と水無月は、風見の合図を確認すると履帯の端と起動輪をワイヤーで接続して風見に合図を送る。風見は慎重に操縦レバーを操作して履帯を引き上げる。

 状況報告は阿南がしている。履帯は独特な金属同士が擦れる音を放ちながら、ワイヤーに引っ張られていく。

 履帯の端が誘導輪に乗り、そのまま転輪の上を転がっていく。そして起動輪上部の歯は履帯を捉えたところで止めて、起動輪に巻き付いたワイヤーを外す。後は履帯の端通しをピンで繋げるだけだ。少し手こずったが履帯修理は無事に完了した。2人揃って深呼吸をしていると、風見が出てきて労った。

 

「お疲れ様。少し休んでいて良いわよ。種島隊長に報告してくるから」

 

 種島の方に向かおうとする風見に、阿南がポツリと言った。

 

「ねぇ。この試合勝てると思う?」

 

 風見の足が止まり、体の半分を阿南に向ける。

 

「何が言いたいの?まさか負けるとでも?」

 

 目を細めて睨むように阿南を見た。風見は「隊長としての地位に立つ人間には敬意をはらえ」と両親から厳しく育てられている。その為、隊長である種島の陰口を聞くのはとても嫌がるし、負けそうになるという言葉も耳に入れたくない。

 冷静さを保っているように見えるものの、声には怒りが込められているように感じた阿南は、直ぐに言葉を付け加えた。

 

「そんな気がしてるってだけよ」

 

「取り越し苦労よ。くだらないこと言ってないで、配置に付きなさい」

 

 風見は阿南の意見を一蹴し、その場を離れて種島のもとに向かって歩き始めた。阿南は軽く息を吐いて、静かに見送った。

 

 

 合同チームが隠れているエリアCの倉庫は敵チームとの最終決戦に備えて、戦闘準備に取り掛かっている。

 先程まで静まり帰っていたとは思えない程騒がしくなり、怒号があちらこちらから響きわたる。種島の過去の一件など気にしている場合などない。

 赤坂たち歩兵は、弾薬箱から弾倉を取り出して手持ちの銃や、着ているベストに付いている弾薬ポーチに入れていく。弾切れを起こす訳にはいかないので詰められるだけ詰めていく。

 かほたちは自分たちが搭乗する戦車の点検を実施している。エンジン、履帯、通信機器類、照準器、弾薬の数を確認し、作動させて問題が起きないか、戦闘に支障が出ないかを細かくチェックしていく。

 準備を進めている最中、作戦会議を開く為にそれぞれの車長、隊長が召集を掛けられた。

 Ⅳ号戦車車長、西住かほ。ティーガーⅠ車長、西住夏海。トータス車長、ルフナ。M4シャーマン車長、リン。KVー2車長、サティ。セモヴェンテM41車長、安斎千代子。97式中戦車車長、西太鳳。ポルシェティーガー車長、中島美優。M3中戦車車長、澤あずさ。Ⅱ号戦車ルクス車長、黒江琴羽。旭日機甲歩兵団隊長、コマンダー・マガジンこと赤坂登だ。

 またこの召集にP(パンツァー)S(セーフティ)C(コマンドー)のラントミーネこと羽田進介とゲヴェアこと林隼田も参加していた。

 元々特殊な作戦を実行するための訓練を受けていたので、作戦立案のヒントを得ようと思った赤坂(マガジン)が呼んだのだ。

 ここに来るために買った地図の文字を見誤り、試合開始に遅れてしまうというトラブルがあったが、遅刻してきたという事実が気にならなくなる程の活躍をして見せた。

 彼女たちの真ん中には錆びてボロボロになっているスチール製の机が置かれ、その上にこの市街地の全体図が描かれた地図を広げている。作戦を立てる前に各車の損害状況、残りの弾薬携行数を確認する。

 

「まずⅣ号ですけど、特に大きな損害はありません。残りの弾数が28発なので、今後の戦闘に大きく影響しそうです」

 

 少し不安そうにかほが言う。

 

「ティーガーⅠは履帯が破損したが修理は終わっている。だが正面装甲に直撃弾を受けすぎたから、あまり無茶は出来ない。残りの弾数は34発だ」

 

 怪訝な顔つきで夏海が答える。

 

「トータスは17センチの直撃弾を受けましたが、装甲には異常無さそうです。走行装置も特に問題はないと聞いています。弾数は後37発です」

 

 ティーカップを片手にルフナが言う。

 

「私たちも問題なしネ!戦闘準備はオッケーヨ。砲弾は残り25発ネ」

 

 リンが陽気に言った。

 

「KVー2も履帯切られたけど特に問題ないわ。だけど同伴しているISー2が攻撃を受けすぎたから、心配なところはそれだけね。あとは弾数だけど、残り14発よ」

 

 少し申し訳なさそうな顔でサティが答えた。

 

「セモヴェンテM41も特に問題ない。弾数も200発ぐらいは残っている」

 

 腕組みをしながら安斎が答える。

 

「我々も大丈夫。突貫でも問題なく行けるぞ。弾数は36発だ」

 

 西が威勢よく答える。

 

「私たちも特に問題ないかなぁ。あ、17センチの至近弾食らって回路イカれてるから、修理完了まで少し時間掛かるかも。弾数はー・・・18発ね」

 

 ポルシェティーガーを指差しながら中島が答える。

 

「私たちは戦車でジャンプしましたけど、戦闘に支障ありません。弾数は主砲が12発、副砲が20発です」

 

 澤が少し緊張気味に言う。

 

「ルクスは通信機器類に支障が出てますから、現在修理中です。修理完了まであと5分ぐらいで終わると思いますけど・・・弾数は後300発です」

 

 琴羽が小さな溜め息を吐く。

 

「ドライバーの報告ではホハに特に異常は無いとさ。残りの弾数の正確な数は割り出せないが・・・敵を殲滅する分は残ってる筈だ」

 

 赤坂(マガジン)が弾倉を見ながら答えた。

 全ての報告が終わると、全員が地図に視線を向けた。レーヴェと遭遇し、戦闘状態になったエリアDの南西付近に赤丸で印を付けてある。

 そして履帯を切られて救援されて動けそうな範囲を半径約2~5キロの範囲で絞り混んだ。レーヴェはかなりの重量である上に、救援車を呼んだところで長距離を動けるとは思えないからだ。

 

「正確な位置が分からない以上、迂闊な行動は出来ないな。特にこの範囲に敵の隊長車がいるとなると、警備は厳重にしている筈だ」

 

 夏海は赤丸を指でなぞりながら言った。

 

「出来ることなら、偵察は戦車で行って貰えると助かる。あいつらの体力は限界に近い。敵を見つけて、そこから引き返す間に見つかったら元も子もないからな」

 

 赤坂(マガジン)の視線が歩兵団の方に向く。準備を終えた者から他の戦車の手伝いをしていた。

 体力の限界が近いようには見えなかったが、何かした後に背伸びをしたり、深く深呼吸をしている。その様子を見たかほたちはその通りだなと納得した。

 ここで問題になるのは、偵察戦車をどのように動かすかだ。見つからないようにするというのが大前提だが、敵の様子を探れなければ偵察は意味を成さない。

 

「安斎、黒江。あなたたちが偵察任務を遂行してたけど、どんな感じだったのか教えて貰って良いか?」

 

 夏海が尋ねると、安斎が地図の道筋を指差しながら説明を始めた。

 

「私たちは建物から建物へ移るよう動いたんだ。敵が通りそうな道を全部見たんだけど、これがほぼ全部外れでさ。やっと見つけられたのはヤークトEー100だけで・・・これでも善戦したつもりだけど」

 

「エンジン音聞かれたら一発アウトですし、見張れなかったら意味が無いで困っているんです。敵に見つかる心配がない偵察用の道があれば、こっちも何とかなると思うんですけど」

 

 琴羽は地図の大通りを指差した。市街地エリアの中心点に当たるエリアCの噴水を基に、枝分かれしながら成長した大木が何本も伸びたように道が続いている。

 大体は重戦車が2輌並んでも余裕で走れるか、1輌なら走れる程の道幅だった。その大通りを避けるように細道が続いている。

 

「何だか・・・この細道だけを見るとクモの巣みたいですね」

 

 澤が細道を目で辿りながら言った。細道だけを見ると、市街地エリア全体を覆い尽くすかのように延びている。大通りに対して、細道の方が距離が長そうに見えた。

 その例えを聞いた安斎が「それだ!」と叫び、右手で拳を作って左手の掌に落とす。何か閃いたようだ。

 

「この細道を利用すれば良いんだ。いくら重戦車と言っても、細道に入ってしまえば軽戦車に追い付ける筈がない」

 

 細道を指で辿りながら興奮している。安斎の言うとおり、細道に入り込んでしまっては重戦車と言えど追い付けはしない。

 見る限りかなりいりくんでいるので敵に発見される可能性も低そうだ。

 

「成る程!じゃあこの細道は、『クモの巣の道(スパイダーロード)』ネ!」

 

 リンが細道に名前を付ける。安易なネーミングだったが、その場にいた全員が納得した。

 

「よし。偵察の問題は解決だな。後は敵戦車の迎撃の方法だが・・・歩兵の対戦車兵器はまだ残ってるか?」

 

 夏海が赤坂(マガジン)たちの方を見る。

 

「対戦車兵器を持ってるのは吸着地雷を持ってるラントミーネと、対戦車ライフルを持ってるゲヴェアと、ロタ砲を持ってるロケットだけだな」

 

 赤坂(マガジン)羽田(ラントミーネ)に視線を向ける。

 

「確認してみないと何とも言えないが、思ってる以上に残ってないかもしれねぇなぁ。10発あるかどうかってとこかなぁ」

 

 腕組みをしながら羽田(ラントミーネ)が答える。

 

「こっちはそこまで撃たなかったから、残弾は結構残ってるぜ。約30発前後だ。ロケットのロタ砲は残り7発って言ってたな。1発無駄にしたって肩落としてたけど」

 

 顎を手に乗せて(ゲヴェア)が言う。対戦車兵器の残りはあまりに少なかった。この報告を聞いたかほたちはガックリと肩を落としたが、このチームには頼れる戦車がまだ残っている。

 

「あ、そう言えばもっと頼れる奴があったな。俺たちが奪・・・借りてきた()()が」

 

 羽田(ラントミーネ)が咄嗟に訂正して、1輌の戦車を指差した。そこには敵から奪った『T26E1ー1・スーパーパーシング』が停車している。T26E1の主砲を長砲身砲に変更し、現地改造で砲塔の防盾と車体正面に増加装甲を取り付けている。

 機動力はそこそこで火力、防御力のバランスも取れている。敵の重戦車群とも戦闘出来る筈だ。

 

「残弾は41発で目立つ問題も無いし、前線に出ても問題ないと思うぜ」

 

 (ゲヴェア)がE1ー1の状態を報告する。レーヴェの動きを封じるためにかなりの無茶をしたが、履帯もエンジンも問題ないようだ。

 

「それなら歩兵を何人か選抜して、戦車の搭乗員とするのはどうでしょうか。携行弾数が一番多く残ってますし、ティーガーⅠやKVー2と一緒に戦った方が良いと思いますよ」

 

 かほがE1ー1を見て言った。現時点に置いて、走・攻・守のバランスが取れて弾数が多く残っているのはE1ー1だけだ。かほの考えを聞いて、赤坂(マガジン)が「乗員はこっちで選ぼう」と言って了承した。

 その後も議論は続き、作戦の内容が決定した。

 まずセモヴェンテM41とルクスはクモの巣の道で偵察を実施し、敵戦車の行動を見張ってもらう。

 そして重戦車を先頭にエリアAまで退却し、そこで敵を迎え撃つという事になった。待ち伏せ、ということになるが、これはあくまで敵をそう思わせる為の罠だ。重戦車、突撃砲トータスで前線を張り、敵に感づかれないように中戦車で後方に回り込んで殲滅する。この一連の流れを戦車の動きとした。

 そして歩兵11人の内、4人がE1ー1の乗員に振り分けられた。

 赤坂(マガジン)車長(コマンダー)通信手(ラジオ・オペレーター)を兼任、灘河(ボンベ)操縦手(ドライバー)遠井(スコープ)砲手(ガンナー)(ガトリング)装填手(ローダー)という位置付けになった。

 残った7人の内、羽田(ラントミーネ)(ゲヴェア)牧野(ロケット)の3人は対戦車兵器による戦闘を実施する事になった。

 チリ改の操縦手である福田は偵察用サイドカー陸王での偵察任務を終了し、宗谷たちが待っているチリ改の方へ向かった。その間に敵に発見されないよう、エリアC、B、Aの3つのエリアを跨いで走行して合流しようと試みていた。

 作戦と人員配置が決まったので、かほたちは早速作戦を実行することにした。と、その前に赤坂(マガジン)が宗谷に作戦の概要を説明するために通信を入れた。

 

 

 チリ改。

 宗谷、岩山、柳川の3人は、チリ改の側で大通りを見張っていた。現在の位置はエリアBとCの境界線付近で、コンクリート造りの建物の1階で外を眺めている。

 

「あーぁ。暇だなぁ。なぁ・・・そろそろ動いても良いんじゃないか?」

 

 岩山は大欠伸をしながら背を伸ばす。ここの見張りを始めて15分。敵の動きは全く無かった。

 見張りを始める前に「レーヴェに傷を入れた」と報告があったが、どの程度の傷を入れたのかは把握していない。

 小隊別に分けた後は殆ど会敵せず、敵の損害がどれ程なのかも把握しきれていなかった。

 

「宗谷隊長、聞こえるか。こちらコマンダー・マガジン、応答しろ」

 

 通信機から赤坂(マガジン)の声が響く。宗谷が2人に「そのまま見張りを実行してくれ」と言い付けると、チリ改の車内に入って通信機に繋がっているインカムを頭に付ける。

 

「こちら宗谷。どうした。敵と遭遇したか?」

 

「いや。作戦を立てて実行するから報告をと思ってな」

 

 赤坂(マガジン)は立案した作戦内容と、今後の動きを全て説明した。宗谷はうん、うんと頷きながら返事をする。

 

「分かった。カ号で航空偵察をしている水原と北沢が合流したらすぐにいく」

 

「了解。揃ったらまた連絡してくれ」

 

 通信機の電源を落とすと、岩山が手招きしながら宗谷を呼んだ。瞬時に理解した、敵がいると。岩山の横に来ると双眼鏡で見渡した。

 

「何処だ?」

 

「距離約50メートル。正面だ」

 

 岩山が指を指す。指している方向に双眼鏡を向けると、戦車の影が見えた。ズームアップして見てみると、M26パーシングが2輌確認出来た。

 

「どうする。攻撃するか?」

 

「いや。西住たちに無線連絡で敵を発見したと打電してくれ。カ号には、合流ポイントを変更をすると言ってくれ」

 

 岩山は「了解」と言って敬礼すると、チリ改に乗り込んで通信機のスイッチを入れた。

 宗谷は外の状況を見渡して安全を確認すると、操縦席に座ってエンジンを掛ける。勘づかれない程度にエンジンを吹かしながらビルを後にした。

 

 

 ルクスとセモヴェンテM41は作戦通りにクモの巣の道を通って偵察任務についた。

 ルクスは西側を、セモヴェンテM41は東側の索敵をしていた。地図が示していた通り、道はかなりいりくんでいるだけでなく、軽戦車でもギリギリ通れる程度の狭さだった。

 ルクスはエリアCから遠回りにDに侵入し、大通りを見張れる位置を確保してエンジンを止めた。

 セモヴェンテM41はエリアCからBに侵入。大通りを見張れる場所を確保することは難しいと判断し、走りながら偵察を実行することにした。

 西側を見張っている琴羽はルクスから下車し、双眼鏡を使って周囲の見渡していた。見張りを始めて5分が経過していたが、とても静かだった。何処からか風に乗って、鳥の鳴き声が聞こえてくる。試合中だと言うことを忘れてしまいそうな程だ。

 

「お姉ちゃん。どう」

 

 妹の黒江琴音が尋ねてきた。

 

「琴音。通信機の側にいてって言ったでしょ」

 

「だけどずっと座ってたら疲れちゃうんだもん。少しぐらい良いでしょ?」

 

 屈託のない笑顔を見せられた琴羽はこれ以上咎める気になれず、好きにすればと言って視線を戻した。

 

「静かだね。敵はどう動くかな」

 

 琴音が背伸びをしながら言った。

 

「さあね。半分ぐらい減らしたし、戦力纏めて突撃してくるかも」

 

「そんなことするかなぁ。でも何するか分からないし、あり得るかも」

 

「こっちのルートを通過すればの話だけど。もしかしたら安斎さんの方に行っている可能性もある訳だし・・・ん?」

 

 琴羽が異変に気付いた。近付いている、戦車だ。重戦車が走っている。双眼鏡で音がする方向を見ると、その姿が確認出来た。

 T26E5パーシング・ジャンボが先頭と走り、その後ろをT26E4スーパー・パーシング、M26パーシング、T30、T34、レーヴェ、KVー4姿が確認出来た。琴羽が数を数えていく。

 

「1、2、3、7・・・27輌!?琴音、本隊の現在位置は?」

 

「えっと。エリアCの倉庫を出たあとは南下しながらエリアAまで後退するって言ってたけど、進軍スピードはかなり遅いって言ってたから・・・」

 

 ここかな、と言って広げた地図の一点を指差した。その場所は出発点であるエリアCの倉庫と、エリアBの境界線の中間点にあたる場所だった。

 作戦会議中に、トータスの最高速度に合わせて進軍するという話を聞いていた。トータスと行動を共にしたので、かなりの鈍重であることは知っている。このままでは敵に追い付かれてしまう。

 

「すぐに知らせなきゃ。通信機のスイッチを入れて」

 

 琴羽の指示に琴音は「分かった」と言って車内に飛び込んだ。通信機の電源を入れて、周波数を合わせる。その間に琴羽はインカムを頭に付けて準備が整うのを待った。

 

 

 エリアC。

 琴音の予想通り、本隊は出発した倉庫と境界線の中間点に着いたところだった。

 偵察隊からの報告も無く、順調に進軍していたが、琴羽からの情報で状況は一変した。

 

「本隊応答して!こちらルクス、琴羽!」

 

「琴羽さん。どうしたの、何かあった?」

 

 琴羽の通信にはかほが応答した。ただならぬ気迫を感じて何か起こったんだ、と悟った。

 

「敵の進軍を確認したわ。まっすぐそっちに向かってる。迎撃体勢を取った方が良いかもしれない」

 

 報告を聞いたかほは、敵の進軍速度を聞き出して迎撃体勢を取るべきか否かの判断を迫られたが、考える暇等無かった。迎撃するしかない。

 かほはチーム全体に連絡し、「予定より大分早いですが、チームの戦力を纏めて迎撃します」と伝えた。

 大通りを進軍する可能性を考慮し、交差点を陣取って重戦車を角に配置した。左側にE1ー1、KVー2。右側にティーガーⅠ、ポルシェティーガーである。

 交差点の中心にはトータスが配置され、敵の進軍を止める役割を担うことになった。トータスは近くに放置されていた鉄屑を正面に積み上げて擬装した。

 残りの中戦車郡はトータスの後ろで待機している。重戦車たちが前線を張っている間に裏へ回り込む、その準備をしていた。

 歩兵団のもそれぞれで戦闘準備を始めていた。残された酒田伴(キャプテン・ドライバー)青山龍(メディック)田所剛(ラハティ)水原輝(ウッド・ペッカー)の歩兵4人は2人ずつに分かれて近くに建っていた5階建てのビルに侵入。

 右側の3階に酒田(ドライバー)青山(メディック)。左側の3階に田所(ラハティ)水原(ウッド・ペッカー)という配置になった。

 対戦車兵器を持っている羽田(ラントミーネ)(ゲヴェア)牧野(ロケット)の3人も行動を開始していた。

 彼らは敵の進軍を逆手に取ろうと考え、本隊が砲を向けている交差点から60メートル程離れているT時路に向かい、壁のように建っていた11階建てのビルに侵入し、6階まで上がった。そこからロタ砲と、対戦車ライフルのパンツァービュクセ39で敵の背面を攻撃するという作戦だ。

 吸着地雷を使って戦闘をする羽田(ラントミーネ)は、遠距離狙撃をする2人の為の観測手(スポッター)という立ち位置で参加した。改めて確認したところ、主力武器である『99式破甲爆雷』の残弾は12発だったので、無駄にしない為に観測手という役を引き受けたのだ。

 陣取っている大通りに抜け道は無い。上手くいけば前と後ろで挟み撃ちする事が出来るので、敵の進軍を大幅に遅らせることが出来るはずだ。

 

「来るかねぇ。敵は」

 

 双眼鏡を覗きながら羽田(ラントミーネ)が呟く。

 

「来ないことはないだろ。ここはエリアBに抜ける唯一の大通りだ。ルクスの報告だと戦力を纏めているって言ってたからな・・・その気なら強引にでも突破するだろ」

 

 (ゲヴェア)はトリガーに指を掛けていつでも撃てる用意をしている。

 牧野はロタ砲の組み立てを終えて、照準器越しに大通りを見る。数本の細い棒が、照準器としての形を作っているだけの簡素な物だが、無いよりはマシだ。

 

「お?・・・来たか」

 

 羽田(ラントミーネ)がボソッと言った。戦車の音が近付いている。距離約100メートルの地点だ。持ってきた通信機の電源を入れると、待ち伏せしている本隊に連絡をいれた。

 

「こちらラントミーネ。南西側から敵戦車が接近中。ルクスからの報告通り、敵は戦力を纏めているみたいだ」

 

 双眼鏡を目に当てて戦車郡を見る。

 

「先頭をパーシングE5が走ってる。数は約・・・6、いや12輌。その後ろをM26が約10輌。後にT30とT34、レーヴェが続いている。後はー・・・旧ソ連軍のKVー4が3輌」

 

 報告を受けた本隊に緊張が走った。背後から迫るプレッシャーの波に呑まれそうになる。予想していたものの、いざとなるとどうしようもなく不安になってくる。

 

 それは東京パンツァーカレッジも同じだった。主力が強固な重戦車であっても、敵が何処に潜んでいるか分からないのだ。後ろを取られると対処のしようが無い。

 27輌全ての戦車が大通りの一本道に入り込んだとき、先頭を走っているパーシングE5の車長が異変に気付いた。

 

「うん?あれは・・・」

 

 道の中心に何かある。目を凝らして見てみると、鉄の塊がポツンと置かれている。

 それは擬装を施したトータスなのだが、遠目だとただの鉄の塊にしか見えない。このまま前進すればトータスの餌食になる。擬装は完璧だと思っていたが、前進していた敵軍はその場で停車した。パーシングE5車長が停車するように指示を出したのだ。

 

「車長。何で止まるんですか?あれはただの鉄屑ですよ?」

 

 操縦手が車長に質問をする。

 

「そう見えてるだけかもしれない。エリアCに侵入した突撃隊が待ち伏せ攻撃を受けたのよ。もしかしたらあれも・・・」

 

 囮かもしれない、車長はそう言って鉄屑を指差した。

「そんなことあるかけないじゃないですか」と、操縦手は言いたかったが、これまでの作戦や戦闘方法を思い返してみると、十分あり得ると考えて喉元まで来ていた言葉を飲み込んだ。

 車長は真意を確かめる為、E5隊による試射を試みることにした。ただの鉄屑なら、砲弾を2、3発受けるだけで吹き飛んでしまうはず。安全に進軍するためにはやむ無しと考えたのだ。

 

「種島隊長。あの鉄屑に試射を実施します。宜しいですか?」

 

「あんな鉄屑に向けて撃ち込むつもりと言うことは、相応の理由があるんでしょうね」

 

 種島は少し強めの口調で聞き返した。車長はこれまでの経緯と、試射をする理由を簡潔に伝えた。あくまで可能性の話なので、確率は五分五分と言ったところだろう。

 

「まあ良いわ。撃って見て何も無ければさっさと移動するわよ」

 

 あれこれ考えるのが面倒なのか、深く考えること無くあっさり承認した。

 車長は「ありがとうございます」と言って返信すると、E5隊に砲の照準を鉄屑に向けるように言った。その指揮に合わせ、トータスが擬装している鉄屑に向けられた。

 

 

「ルフナ車長。想定外の事態になりそうです」

 

 照準器を覗いているトータスの砲手が引き笑いを浮かべながら言った。擬装は完璧の筈だが、同じ方法で待ち構えてしまったので悟られてしまったようだ。

 

「同じ轍はニ度も踏まない・・・ですか。やむを得ません。攻撃開始!」

 

 ルフナが叫ぶ。同時に静寂を切り裂くような轟音と共に砲弾が撃ち出され、正面で構えていたE5に直撃した。撃破とはならなかったが、行動不能に陥れることに成功した。

 

「攻撃されました!敵です!」

 

 レーヴェの砲手である阿南が叫んだ。鉄の塊が一変し、突撃戦車へとその姿を変えた。種島は口角を上げてニヤッと笑みを浮かべた。

 

「攻撃開始!あの突撃戦車を破壊しなさい!」

 

 種島の怒号を聞いたE5隊が一気に突撃していく。餌に飢えた猛獣のように、一気に距離を詰める。

 

「ヤベッ擬装がバレたか。ゲヴェア頼むぞ」

 

 双眼鏡で動きを見ていた羽田(ラントミーネ)は、距離と敵の動きを知らせる。

 まずは敵の動きを封じる必要がある。(ゲヴェア)は先頭を走っているE5の履帯に銃口を向けた。

 トリガーに指を掛けて、大きく息を吐く。正確な狙撃をするためには、自分自身を冷静にしなければならない。僅かなコンマのズレが、命中率を大きく下げる要因になる可能性があるからだ。

 (ゲヴェア)は狙撃に関して高い腕を持っていたが、自分自身の心を無にすることが誰よりも得意だった。ライフルのトリガーを引ききった音が聞こえない限り、自身の心は標的に向いている。

 カチッ、トリガーの引ききる音が耳に入る。ライフルから飛び出した銃弾は、高所からの落下エネルギーを受けながら加速し、1番前を走っていたE5の右の履帯に命中した。

 履帯を切られたE5は大きく右に振れた。急旋回に耐えられず、車体は土埃を上げながら横転した。突然の横転に反応が間に合わなかった後続は次々と衝突していった。

 この大混乱に便乗して、隠れていた重戦車が一斉に攻撃を開始する。トータスを中心に扇型のような体勢で敵を迎え撃つ。玉突き事故が発生し、隠れていた戦車からの総攻撃を受けたが、種島は慌てていなかった。戦力は未だこちらが有利なことは変わり無い。敵戦力を一気に壊滅させればいい。

 

「敵が迫ってくるぞ!このままじゃ押しきられる!」

 

 赤坂(マガジン)が叫ぶ。

 

「何としてでも押さえるのよ!絶対に通さないで!」

 

 サティの呼号が響く。

 残弾の残りが少ない今、兎に角敵の数を減らしていく以外に方法は無い。しかし敵は強固な装甲を持つ重戦車、正面の貫通は不可能に近かった。

 戦闘に有利な位置を陣取っている歩兵3人は、敵戦車に対して有効な手段が与えられない状況に置かれていた。

 パンツァービュクセ39は対戦車ライフルとして申し分ない性能ではあったが、思っている以上に敵に有効なダメージを与えることは出来なかった。

 牧野(ロケット)の所有武器であるロタ砲は、1発辺りの攻撃力は高いが精度が悪く、距離が離れていればいる程標的に対して大きく反れてしまう可能性がある。残弾が残っていない今無駄撃ちは出来ない。

 (ゲヴェア)は狙撃でエンジン部を撃ち抜こうと画策していたが、距離があるからか有効なダメージを与えられなかった。「履帯切りは上手く言ったのに・・・」と舌打ちをしている。

 占拠していたビルにいる歩兵4人も機銃掃射による攻撃をしていたがこれも空振りだった。もっとも弱い上部からなら貫通出来ると考えていたのだが、彼らはその甘さを痛感していた。

 そんな猛攻をもろともせず、種島率いる戦車郡はその足を止めない。数でも劣勢の合同チームは徐々に押され始めていた。中戦車郡が裏に回り込む作戦だったが、この状況では戦線の維持だけで手一杯だった。

 

「西住さん!これ以上は持ちません!撤退しましょう!」

 

 M3の澤が涙声で叫んだ。

 

「今は出来ない!これ以上押しきられない為にも、何とか持たせないと・・・」

 

 西住の言葉が途切れた。後ろで謎の爆発があったのだ。どうやら攻撃を受けたらしい。

 

「みんな。待たせてすまなかったな」

 

 合同チーム全車の通信機に、謝罪の声が聞こえた。




「今回も最後まで愛読ありがとうございます。Ⅱ号戦車ルクス車長の黒江琴羽と、」
「黒江琴音です。やっと敵とまともに戦えそうね」
「まともに戦えるのかしらねぇ。何するのか分からない連中だし」
「何かして来ても絶対大丈夫だよ。あの人もやっと合流してくれたんだし」
「そうね。ラストスパート、頑張ろうか!」



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mission23 突入!最終決戦

前回のあらすじ

レーヴェの応急修理を終えた種島率いる東京パンツァーカレッジは敵の完全殲滅を目指して戦力を纏め、敵が潜んでいると思われるエリアCに向かって進軍を開始した。
同じ頃。合同チームは敵を迎え撃つためにエリアAに進軍していたが、進軍が想像以上に遅れ、漸くエリアBの境界線と、出発点の中間に着いたところだった。ここで迎え撃つしかないと察したかほは、全員に待ち伏せ攻撃の用意をするように指示。
待ち伏せを開始して数分後、敵の戦車郡が姿を見せた。トータスの先手攻撃により、戦闘が始まった。敵は機動力の高いM26を先頭に進軍し、徐々に合同チームを押し込み始めた。前線の崩壊が始まりだした時、後方で待機していたKV-4が爆発した。何事かと混乱していた時、合同チームの通信機から久しぶりに聞く声が聞こえた。


 後方からの爆発に、敵味方共に困惑していた。あれは戦車砲で撃たれた時にしか発生しない音だ。爆発したのは重戦車のKV-4、鈍足故に後方を張っていた戦車だ。

 

「みんな。待たせてすまなかったな」

 

 かほたちの通信機から久しぶりに聞く声がした。宗谷の声だ。

 

「作戦は聞いてる。後方にいる敵はこっちで対処する。前線維持を頼むぞ!」

 

 チリ改は本隊が形成している防御網の反対側にチリ改を回し、後部を晒している敵戦車の攻撃を始めた。

 

「目標敵戦車M26パーシング!主砲でエンジンを、副砲は足を止めるために履帯を狙え!攻撃始め!」

 

 呼号が車内に響き渡る。指示通り、岩山が88㎜の主砲でエンジンを、水原が37㎜の副砲で履帯を狙って攻撃を開始した。

 

「隊長!敵中戦車が後方に回り込んでいます!」

 

 レーヴェの装填手、水無月が叫ぶ。

 

「分かってるわよ!さっさとあの中戦車を吹っ飛ばして!M26かE5で叩いて!」

 

 種島の怒号が車内に響き渡る。

 機動力が高い戦車をチリ改の迎撃に回し、残りの重戦車で前線突破を目指した。後方を張っているKVー4は機動力が劣悪で、旋回速度も遅い。そこですぐに動けるパーシングを回したのだ。しかし、この判断が作戦遂行を大きく狂わせることになる。

 迎撃に向かった3輌のM26と2輌のE5が、チリ改の目の前で履帯を切られたのだ。前を走っていた2輌の内、1輌はチリ改の副砲によるものだったが、もう1輌はビルで狙っている(ゲヴェア)が撃ち抜いた。敵に対して有利な位置を取れる11階建てのビルに潜んでいたのだ。

 この影響で後ろからついてきていた3輌が完全に足止めとなり、行動不能になってしまったのだ。

 攻撃された2輌は履帯を切られたが、砲塔を旋回させれば攻撃出来るし、もう片方の履帯は生きている。車体を少し斜めに傾けて、簡単に貫通出来ないように対策を取る。しかし彼女たちは上に狙撃手(スナイパー)が何処から狙っているのか分かっていなかった。

 

「チリ改の攻撃には対処出来ているようだが、こっちからは『どうぞ撃ってください』って言ってるようなもんだぜ」

 

 (ゲヴェア)はスコープを覗きながらほくそ笑んだ。上から見ると、チリ改は左側に待機し、履帯を切られた2輌も正面を左側に向いている。

 この状態だと(ゲヴェア)から見てエンジン部が丸見えで、これなら撃ち抜けると踏んだのだ。距離が近くなったので、牧野(ロケット)のロタ砲でも何とか当てられそうな距離になった。観測手(スポッター)をしていた羽田(ラントミーネ)が2人に報告する。

 

「距離約42メートル。南東より微風。上手く当ててくれよ」

 

 羽田(ラントミーネ)はニッと笑った。(ゲヴェア)は大きく息を吐いて心を落ち着つかせ、牧野(ロケット)はロタ砲を肩に担いで照準越しにエンジン部を狙った。当たってくれよ、と心の中で願った。直進性が悪い弾なので命中率は低い。照準を合わせても当たるか分からない。

 (ゲヴェア)の射撃に合わせ、牧野(ロケット)もロタ砲のトリガーを引く。ロケット弾はライフルと違って弾速は早くなく、轟音を立てて飛翔していく。

 先に着弾したライフル弾が置くにいたM26のエンジンを破壊し、撃破。ロタ砲のロケット弾も遅れてE5に着弾し、エンジンを吹き飛ばした。後方の爆発を見て敵は上から攻撃していると分かった。

 

「敵は上よ!煙幕を張って対策を!」

 

 チリ改の迎撃に回っていたE5車長、宇田が見上げながら叫ぶ。ロタ砲のロケット弾のせいで気づかれてしまったようだ。

 生き残った3輌は煙幕を発生させ、チリ改と歩兵3人からは完全に見えなくなった。

 

「煙幕焚きやがった」と(ゲヴェア)が舌打ちをする。

 上からだと捕捉が出来なくなり、この狙撃ポイントはもう使えないと判断した3人は、場所を変更するために装備を抱えて動き出した。

 チリ改からも敵の状況を把握することは出来ず、何処から敵が出てくるのか予想出来ない。

 

「気を付けろ・・・ご丁寧に正面から出てくるとは思えない」

 

 宗谷がキュウポラから上半身を出して外の様子を見た。岩山と水谷は照準器から目を離さないようにしている。

 音で聞き分けようと考えたが、大通りで戦闘している砲撃の音や走行音のせいで聞き取れない。

 

「クソッ何処からだ・・・何処から来る」

 

 雲のように留まる煙幕を睨んでいると、3輌の重戦車が飛び出してきた。M26が2輌、E5が輌だ。岩山の咄嗟の射撃でM26の履帯切りに成功したが、E5はチリ改の正面に、もう1輌のM26は側面に回り込んできた。

 

「岩山、砲塔を旋回!照準が合い次第撃て!北沢は正面だ!貫通出来なくても良いから兎に角撃ち込め!」

 

「旋回間に合わねぇぞ!」

 

 岩山が叫ぶ。全開で砲塔を旋回していたが戦車の移動速度には勝てない。このままでは後方に回り込まれる、と覚悟した時、突然エンジンが撃ち抜かれて白旗を掲げた。辺りを見渡すと、(ゲヴェア)がライフルを構えている姿が見えた。視線が合うと、「ありがとう。助かった」という意味を込めて手を振った。

 

「とどめを指すぞ!副砲で履帯を切ってその隙に側面に回り込み、主砲で攻撃、撃破せよ!」

 

 宗谷の怒号が響く。

 指示通りに副砲で右の履帯を切り、確認した福田はすぐに側面に回り込み、すかさず主砲でエンジンを撃ち抜く。黒い煙と炎が上がり、白旗が砲塔の上に掲げられた。

 履帯を切ったもう1輌は、羽田(ラントミーネ)が99式破甲爆雷を使って撃破していた。この3人の到着が少しでも遅れていたらと撃破されていただろう。

 

「ラントミーネ、ゲヴェア。助かったよ」

 

 宗谷が2人に感謝を伝える。

 

「どうってことねぇよ!」

 

「急いで戻らないと!本隊の前線が支えきれなくなるぞ!」

 

 (ゲヴェア)がライフルをしまいながら言った。

 チリ改が3輌の戦車を相手にしている間、戦線は種島側が有利に進んでいた。猛烈な弾幕を受けていたが、自慢の重装甲で砲弾を弾き返し、少しずつだが詰め始めていた。撤退も視野に入れなければ、とかほは考えていた。

 今はこの一本道に押さえ込んでいるが、いつまで持つか分からない。戦線が崩壊した後の撤退は手遅れになる。

 

「みなさん。行って下さい。ここは私たちが何とかします」

 

 そう言ったのは盾役を引き受けたトータスの車長、ルフナだった。ルフナの提案にかほは反対した。

 

「何言ってるんですか!そんなこと出来ません!」

 

「この戦車は鈍足ですし、今更逃げ切れるとは思っていません。私たちがここを離れたらみなさんが集中砲火を受けます」

 

「ですけど・・・」だからと言って置いていくなんて出来ません。そう言い掛けた時、夏海が割り込んで言った。

 

「ここはルフナに任せよう!全車撤退だ!急げ!!」

 

「撤退!?トータス(こいつ)はどうすんだ!本当に置いていくつもりか!?」

 

 赤坂(マガジン)の問い掛けに、夏海は「任せる」と一言しか言わなかった。本心ではない。本当はやりたくない。だが今撤退しなければ全滅してしまう可能性がある。赤坂(マガジン)はそれ以上何も聞かなかった。

 

「歩兵団全員ホハに搭乗しろ!撤退準備急げ!ラントミーネ、ゲヴェア、ロケットの3人はチリ改に戦車跨乗(タンク・デサント)で撤退!モタモタすんな!」

 

 一本道に建っているビルで戦闘をしていた酒田(ドライバー)青山(メディック)田所(ラハティ)水原(ウッド・ペッカー)の4人は機銃掃射を中止し、階段を掛け下りた。ビルの中を通り抜けて、隠していたホハに搭乗。

 羽田(ラントミーネ)(ゲヴェア)牧野(ロケット)の3人はチリ改の車体に乗り込み、搭乗を確認したら宗谷は撤退命令を下した。

 戦線を維持していた戦車郡は、先に中戦車を撤退させて最後に重戦車郡を撤退させる手筈となった。中戦車のⅣ号で戦闘をしているかほたちも撤退を余儀なくされた。

 

「・・・撤退は出来ましたか?」

 

 ルフナはティーカップを片手に装填手に聞いた。絶望的な状況にも関わらず、車内は穏やかな雰囲気だった。諦めた訳ではない。こういう時こそ冷静でいなければならないと思っているだけだ。

 

「はい。全車撤退しました」

 

 装填手が弾を持つ手の指先は震えていた。武者震いなのか、敵の総攻撃に怖じ気づいているのだろう。

 

「落ち着いてください。足止めを引き受けたからには、最後までその使命を果たさなければなりません。行きますよ!」

 

 ルフナは張りきって声を上げる。

 今のトータスは、まさに『弁慶の立ち往生』。その重装甲は、敵の攻撃を無効にしていく。17cm砲の直撃弾を耐えただけあって、その装甲は侮れない。

 

「側面に回りなさい。正面だとあいつは撃破出来ないわよ!」

 

 種島が舌打ちをする。トータスの重装甲はよく知っている。この学校にも導入して重装甲を活かして敵を叩こうという構想を思い描いていた。

 そんな時にトータスの姿を見たのだ。ティーガーⅠの88㎜砲を弾き返し、高火力で返り討ちにする。まさに理想の戦車だと惚れ掛けたが、最高速度が僅か19㎞という点が悩みの種だった。

『重装甲で敵の陣地を突破する』をコンセプトに設計されているので、機動力の向上など全く視野に入っていない。この機動力では味方に随伴出来ないし、かえって邪魔になる。そう考えて導入をやめたのだ。

 そんなトータスが今、種島たちに牙を剥いている。絶対ここは通さない。そんな気迫が伝わっているような気がした。

 

 

 トータスを置いて戦線を離脱した本隊は中戦車、重戦車、チリ改、ホハとバラバラになって目標地点のエリアAを目指した。

 その途中でチームは合流し、偵察に出ていたセモヴェンテM41と、ルクスも合流した。敵は戦力を纏めているので、偵察をする必要が無くなったのだ。

 エリアAは西洋づくりの建造物が多く、道は大小様々な石で示されている。建物の損傷は少なく、実物大の模型が佇んでいるような雰囲気だった。本隊は建物の陰に身を潜め、次の作戦を立てようとした時、ルフナから通信が入った。通信機がやられたのか、会話は途切れ途切れだったが、会話に支障は無かった。

 

「みな・・・ん。エリ・・・Aにはつけ・・ましたか」

 

『みなさん。エリアAには着けましたか』、そう聞いたのだ。かほが「はい」と一言で返事を返すと、

 

「よか・・・す。こちらは・・・を2輌たおし・・・した。後は・・・みます」

 

『良かったです。こちらは敵を2輌倒しました。後は宜しくお願いします』、その言葉を伝え終わると、通信は切れてしまった。置き去りにしてしまったことへの罪悪感は残るが、先にやられてしまった味方のためにも、負けられない。

 

「みんな。集まってくれ」

 

 宗谷が召集を掛けた。今度は隊長だけではなく全員を。宗谷は集めたメンバーたちの顔を見ると、軽く息を吐いて話し始めた。

 

「味方の戦力は僅かだ。弾薬も残り僅か、短期決戦で決着をつけるつもりだ。みんな、最後まで頼むぞ」

 

 どうやって敵を叩くのか、宗谷はその点を詳しく指示しなかった。それぞれに任せる、と言ったところだろう。

 

「宗谷くん。レーヴェは、敵の隊長車はどうするの?」

 

 かほが質問をする。何故そんな質問をしたのかと一瞬考えたが、すぐに答えを出した。

 

「一緒に叩く。敵は戦力を纏めているし、こっちも戦力を纏めている方が良いだろ」

 

「提案があるんだけど、良いかな?」

 

 かほは宗谷に『提案』と言って話を始めた。

 

「私たちと宗谷くんたちでチームを作って、レーヴェを孤立させて叩きたいと思ってるんだけど」

 

「レーヴェを孤立させる?どうやって」

 

「種島さんは宗谷くんのチリ改を集中的に狙ってくる。こう言ったら悪いけど、チリ改を囮にして引き寄せる。決着をつける場所は・・・このエリアAよ」

 

 かほはそう言って現在位置であるエリアAを指差した。入口は西側にある1つだけで他には見当たらない。出口はその反対側で、これも1つしかない。

 建物の中を通ればエリアBに抜けることは出来そうだが、高さは低く、幅も狭いので重戦車が通ることは不可能だ。

 

「レーヴェだけをエリアAに誘い込むのか・・・難しい作戦だな」

 

 宗谷は顎を手に乗せて目を細めた。

 今の敵戦車隊は戦力を纏めて、機動力が高いM26シリーズを先頭に、レーヴェ、KVー4を後方に組んで進軍している。レーヴェだけを本隊から外すにはこの立ち位置を逆にしなければならない。

 

「問題なのはこの立ち位置をどうやって逆にするかだ。エリアAに他の戦車が入ったら作戦は失敗だ」

 

 夏海が地図を睨む。

 入り口は戦車が2輌程通れる程幅が広いので、ここで足止めに失敗したらチリ改とⅣ号の戦闘で不利になる可能性がある。

 どうやって敵の流れを変えるか話し合ったが、良い答えは見つからなかった。

 後方から攻撃して敵の動きを変えるという案が出たが、エリアBでの戦闘中、チリ改が敵本隊の後ろから攻撃したが、種島は咄嗟に前線を張っていた中戦車を迎撃に回したので、この作戦を実行してもレーヴェだけを本隊から外すことは出来ないだろう。

 

「・・・エリアAじゃなくてBで決着をつけよう」

 

 宗谷が呟くように言った。

 

「連中はレーヴェを最後尾にしてエリアAに進軍している。レーヴェがAに入る前に入り口を塞いでしまえば逃げることは出来ない」

 

 エリアAの入り口は1つだけで、他のエリアに抜ける道からは離れている。流石の種島でも他のエリアに逃げるということはしないだろう。

 

「そっちの案の方が確実だな。残りの戦車の処理はこっちで何とかする。思う存分やってこい」

 

 赤坂(マガジン)がグッと親指を立てる。他のメンバーたちもその作戦で了承した。

 作戦概要を纏めると、まずエリアAにレーヴェ以外の敵戦車を収容する。そしてレーヴェ1輌のみになったところで、入り口を爆破し、レーヴェを孤立させる。後はエリアBで待機しているチリ改とⅣ号による攻撃で撃破する。残りの敵戦車は夏海を中心として迎撃に移る。

 

「よし。実行といこうか。西住、宜しく頼む」

 

 宗谷はかほに右手を差し出した。かほはその手を握り返し、「こちらこそ」とニコッと笑った。

 赤坂(マガジン)ら歩兵団員はその様子をニヤニヤしながら見ていた。お似合いだねぇと冷やかしているように見えた。

 

 

 宗谷たちが作戦を実行しようとしていたその頃。

 種島率いる東京パンツァーカレッジの戦車隊は、エリアBの中心部に来ていた。トータスとの戦闘でT26E5が2輌失われたが、戦況に支障はないと種島は考えていた。味方の残りは21輌に対して、敵はトータスを失って残り11輌。数も火力も勝っている。下手な動きをしなければ勝てる。

 

「隊長。このエリアにも敵はいなさそうです。このままスポット561に進軍しますか?」

 

 レーヴェ操縦手の風見が訪ねる。スポット561は、かほが区分けした際に名付けたエリアAの事だ。

 

「ええ。止まらずに進んで。見つけたら集中砲火よ。いい加減決着を付けたいからね」

 

 残り少ない敵を倒したにも関わらず、種島は浮かない表情だった。決着を急いでいるのも、全滅を危惧しているからだろうと、横で見ていたレーヴェ砲手の阿南は感じていた。

 この市街地エリアに来てから味方が急激に減っていき、エリアCトータスとの戦闘でも、チリ改に後ろを取られてKVー4、M26が2輌、E5が1輌撃破されるという損失を被っている。これ以上減るような事は極力避けたいところだが、敵の反撃が想像以上という事もあり、このまま殲滅されるのではないかと思っていた。

 

「隊長。もうすぐでスポット561です。M26隊が先に侵入していきます」

 

 風見がハッチを開けて外を見た。M26が次々とエリアに侵入していく。エリアレーヴェだけを残してエリアAに侵入して5分程索敵してみたが敵の姿は無く、とても静かだった。

 安全を確認して、M26の乗員がレーヴェに向かって青い旗を振った。『安全を確認した』という合図だ。

 

「敵はいなさそうですね。行きましょう」

 

 風見が合図を確認してレーヴェ前進させた。

 

 レーヴェが前進を始めた時、歩兵団の狙撃手遠井(スコープ)が狙いを定めていた。狙っている所はエリアAの入り口に掛かっているアーチ、ここに遠井(スコープ)が見つけた地雷から抜き取った火薬が仕掛けてある。

 火薬の種類は黒色火薬と呼ばれるもので、比較的簡単に作れるものだ。爆発力が高く、衝撃に弱く、そして可燃性が高い。爆発すると白い煙が上がるのが特徴で、昔の大砲の炸薬に使われていた。その一方で吸湿性が高く、湿気を吸ってしまうと火がつかなくなる。乾燥させればまた使うことが出来る。

 その黒色火薬を導火線を引くように仕掛け、その先端を狙っている。本来なら観測手(スポッター)と一緒に行動するのだが、遠井(スコープ)は他人が傍にいると集中出来なくなるので、1人で任務をこなしている。

 

「距離30メートル。風速、北北西より微風。狙撃に支障無し・・・」

 

 何かを狙っている時は標的の距離、風速等を呟いている。頭の中で考えるよりも、口に出して言った方が分かりやすいと本人は思っていた。

 トリガーに指を掛けてタイミングを計る。レーヴェが入り口に迫っていく。

 

「目標到達まで、5、4、3、2、1」

 

 カチッ。トリガーを引ききる音が聞こえ、撃ち出された銃弾が目標に向かって飛んでいく。火薬の先端に当たると衝撃で火薬に火が着き、爆発と共に轟音を立てて壁が崩壊していく。爆発時に発生した白い煙と埃が立ち込め、ものの数秒で瓦礫が道を塞いでしまった。

 先にエリアAに侵入した戦車搭乗員たちは、突然の出来事に一瞬固まってしまい、状況を理解するまでに少し時間が掛かった。

 

「種島隊長!大丈夫ですか!?」

 

 エリアAに侵入したM26の車長が問い掛けた。種島はハッチを開けて舌打ちをする。

 

「あいつら・・・私たちを孤立させるつもりだったのね。爆破して道を塞ぐなんて。こっちは問題無いわ。恐らく敵はそっちに集中している。あなたたちは先に戦闘をして。こっちは何とかして行けるようにするわ」

 

 車長は分かりましたと返事少し不安気味に返事をすると通信を切った。

 行けるようにするとは言ったが、レーヴェより高く積み上げられた瓦礫の山をどうやって片付けるか、まずはそこを考えなければならない。乗り越えようと考えたが、塹壕と違って崩れやすく、足場が崩れてひっくり返ってしまう恐れがあった。そのため、瓦礫は撤去してから先に進もうと考えていた。

 

「阿南。砲撃で瓦礫を吹っ飛ばして」

 

「え・・・敵に気づかれませんか?」

 

 砲撃で瓦礫を吹き飛ばす事には気が進まない様子だ。音で敵に気付かれないかという心配よりも、こんなことで無駄弾を使いたくないと言っているようにも見えた。

 

「どうせ敵には私たちがこのエリアに来ることは悟られてるし、気にすることはないわ」

 

 種島はレーヴェから降りると、道を塞いでいる瓦礫の山の前に立った。高さは約4~5メートル弱。ビルの横の壁が破壊されている。この瓦礫を撤去した瞬間にビルが崩れないか心配だったが、壁だけを破壊しているので撤去しても問題なさそうだ。

 

「隊長。これは敵の意図的なものなのでは?」

 

 操縦手の風見横に立って口を挟んだ。

 

「意図的なもの?」

 

 そんな訳ないだろうと言っているように種島がオウム返しで聞き返す。

 

「私たちを孤立させて、残りの味方を殲滅しようとしているような、そんな気がするんです」

 

「仮にそうだとしたら、相手は自分で自分の首を絞めているようなものよ。時間を見たの?」

 

 種島が左腕に巻いている腕時計を指差した。敵車両を殲滅した方が勝利する試合形式ではあるが、制限時間は設けられている。試合強制終了まであと1時間半。他の戦車を殲滅した後にレーヴェの迎撃に掛かるのは理想的ではない。味方の殲滅が終わる頃には試合が終わってしまう。種島が自分の首を絞めるようなものと言った事も納得出来る。

 

「ここに来るまで敵に遭遇しなかったし、連中は向こうのエリアに集中してるわよ」

 

「そ、そうですね。じゃあこの瓦礫を撤去して先に進みましょう」

 

 種島の言い分に納得した風見は操縦席に戻ろうとした時、何処からかエンジン音が響いた。音を辿ると、レーヴェが向いている反対方向から聞こえてくる。身構えていると、レーヴェの真後ろにチリ改が姿を表した。

 

「隊長!敵です!」

 

 風見が思わず叫ぶ。その声を聞いて、車内で待機していた阿南が砲塔を旋回させて攻撃体勢を取る。

 

「待ちなさい。相手は攻撃する気は無さそうよ」

 

 種島が止める。何故止めるのかと風見に聞かれると、相手は砲塔をこちら側に向けていないし、こっちの砲塔が敵を捉えていると言うのに攻撃体勢を取ろうとしない、と答えた。

 

「・・・私たちが孤立したか確認に来たのかしら。まぁ良いわ。転進180度!あの中戦車を追うわよ!」

 

 種島の呼号が響く。

 レーヴェが旋回を始めた所を見た福田が焦り始める。

 

「おいおい。どうすんだ?相手はこっちに気付いたぜ」

 

「ギリギリまで粘るんだ。向こうに俺たちの居場所を知らせておかないと意味がないからな」

 

 焦る福田を宗谷が宥め、ハッチを開けて外を見た。レーヴェが砲塔の正面を向けて接近してくる。宗谷は北沢に西住たちに通信を繋げてくれと指示し、インカムのマイクを口元に向けた。

 

「西住、聞こえるか?こっちは作戦通りにレーヴェを引っ掻けた。そっちの準備は出来てるか?」

 

「準備は出来てるよ。後は宗谷くんたちが合流するのを待つだけだよ」

 

 明るい声でかほが応答する。宗谷は分かった、じゃあまた後でと返信して通信を切った。レーヴェとの距離を確認すると、後5メートルまで迫っていた。

 

「よし・・・こっちもぼちぼち移動するか。福田、頼むぞ」

 

「へいへい。なんでそんなに落ち着いていられるんだか・・・」

 

 少し呆れた声で福田が呟くと、チリ改を転進させてレーヴェと付かず離れずの距離を保ちながら予定のポイントへ走らせた。

 

 

 レーヴェと離れ離れになってしまったM26隊は、敵の残党を探していた。指揮は種島に任せっきりだったので、こう言った時にどうすれば良いのかと戸惑いながら戦車を走らせていた。

 敵がこのエリアにいることは確かだ。まだ新しい履帯の跡がいくつも残っているし、これ以上逃げるとも思えない。絶対にここにいると確信していた。

 エリアAはかほが分けた5つのエリアの中で1番広い。敵が何処に隠れているのか把握しづらいので警戒を強めていた。

 

「敵は何処なの・・・よりによってこのエリアに逃げ込むなんて・・・最悪」

 

 悪態をついているのは種島の代わりに指揮を取っている冴木(さえき)佳奈(かな)だ。東京パンツァーカレッジの3年生で、副隊長を務めている。乗っている車両は重戦車KVー4。3輌の中の1輌は冴木の同期が車長を務めていたので、仇を取ろうと躍起になっていた。

 

「良い?連中はこれ以上逃げも隠れもしないはずよ。残り時間も少ないんだし、一気に勝負を仕掛けに来るかもしれないから、絶対に気を抜かないで」

 

 冴木が激を飛ばす。今まで試合をしてきた相手とは違う。歩兵が一緒だからそう感じている訳ではなかった。感じたことのない気迫、そんなものを感じるのだ。

 

 

 入り口を塞いでレーヴェの通り道を寸断した後、残された戦車郡をルクス車長の黒江琴羽が見張っていた。敵はレーヴェと別れた後も隊列を崩すこと無く進軍していた。重戦車KVー4を先頭に、M26が後ろに続いている。琴羽が通信機の電源を入れる。

 

「敵は隊列をそのままにして進軍してるわ。迎撃体勢を取った方が良いかも」

 

 琴羽が警告する。

 

「分かった。ルクスもこっちに合流してくれ。味方は多い方が良い」

 

 応答したのは隊長代理を務めている西住夏海だ。

 敵の残りは20輌。弾薬の残りも少ないので長期戦には持っていきたくない。なるべく短期決戦で済ませたいと考えていた。

 

「さて。やりますか、隊長」

 

 赤坂(マガジン)がティーガーⅠの側に近寄った。

 

「マガジン。そっちは良いのか」

 

「こうでもしてないと落ち着かないんだよ。あいつらと一緒にいると疲れるからな」

 

「気持ちは分かる」

 

 夏海が笑う。笑い事じゃないんだが、と赤坂(マガジン)が溜め息を吐いた。

 

「あいつらとは長いのか」

 

 夏海が質問する。

 

「ああ。近衛の機甲歩兵科で初めて組んだメンバーがあいつらだったんだ。教官に纏め役として隊長になれって言われたからなったんだ。4年前に廃校が決定して歩兵科も解散。二度と組むことはないと思っていたんだが、またこうして組むことになるとは思っても見なかったぜ」

 

 赤坂(マガジン)が歩兵団の方を向いた。武器の手入れをしたり、手伝いをしたり、ふざけあったり、思わず笑ってしまった。

 

「宗谷に呼ばれて召集したんだが、俺を含めてみんな普通の学生になってたよ。また歩兵として活躍する日が来るとは思ってもみなかったがな」

 

 と言って苦笑する。その2人の会話に田所(ラハティ)が割り込むように報告に来た。

 

「残党軍が来たぜ。後2分ぐらいで到着する」

 

 報告を受けた夏海が叫ぶ。

 

「みんな!殲滅作戦を実行するぞ!各自戦闘体勢!」

 

 その声を聞いた乗員と歩兵が迎撃準備を始める。乗員は戦車の最終点検を、歩兵は弾倉を一度外して弾薬を確認したあとすぐつけ直した。

 最終点検が済んだ直後、重々しいエンジン音が聞こえてきた。敵の重戦車がすぐそこに来ていると言っている。その場にいる全員が気を引き締める。

 

 冴木は獲物を探す狼のような目付きで周囲を睨んでいた。正面、右、左、後方の順番で見渡し、最後に上を見上げる。エリアCでの戦闘で歩兵による狙撃で味方の動きが制限された事を受けて他の乗員にも警戒を厳とせよと言い聞かせていた。

 聞こえてくるのは味方の戦車が走る音だけ。それだけなのに、言葉では言い表せない嫌な予感が頭の中で渦巻いていた。敵を見つけたら撃破すれば良い。殲滅すれば良い。何も難しいことではない。冴木はそう自分に言い聞かせていた。

 冴木が搭乗しているKVー4が右に曲がろうとした時、バキンと鈍い音が響いたと思ったら車体が大きく左に傾いた。履帯を切断されたのだ。

 

「敵襲!警戒せよ!」

 

 冴木が叫ぶ。戦車砲の音は聞こえなかった。恐らく対戦車ライフル、履帯ぐらいなら切ることは十分出来る筈。

 KVー4は交差点の手前で大きく左に傾いたが、後続が通り抜けるには十分なスペースが残されている。辺りを確認した後続のM26車長が異状なしと報告すると、冴木はハッチから身を乗り出して前を指差した。先に進めと合図しているのだ。ハッチから上半身を乗り出している味方は拳に親指を立てて、了解、と合図を送った。

 壁と戦車に注意しながら先に進んでいく。交差点の中間地点に到達した瞬間、突然エンジンが爆発し、出火した。消火装置を作動させたが鎮火が間に合わず、砲塔の天板の上に白旗を掲げた。

 

「何・・・?何処から?」

 

 冴木は言葉を失った。戦車砲の音は聞こえなかった。しかし、それはあり得ないことだ。敵に有効なダメージを与えられる戦車砲の有効射程距離は最低でも800メートル、最高でも1.5kmだ。遠距離であっても市街地エリアで、限界まで距離を離したとしても精々1km弱、砲撃の轟音が聞こえてくるはずだ。対戦車ライフルを使ったとしても、距離を離してしまうとその分貫通力が落ちる。側面であっても貫通出来るか怪しいところだ。撃破されたM26の乗員は、訳が分からず混乱していた。

 




「今回もご愛読有難うございます。チリ改砲手の岩山と」

「装填手の柳川です」

「大分遅れを取ったな。でもやっと活躍できるからいいけどな」

「まぁな。それにもうすぐ決着がつくぜ。今度こそ、これで終わりに出来れば良いんだがな」

「大丈夫だ!俺たちが勝つぜ!最後に、感想、評価を宜しくお願いします!最後まで宜しくお願いします!」


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mission24 激戦の果てに

前回のあらすじ

エリアCで戦闘状態になった合同チームは、チリ改との合流で一時的にだが戦況をひっくり返すことに成功する。
しかし敵の進軍の勢いを止めることは出来なかった。そこでルフナが囮となって残るといい、味方の撤退を援護した。
エリアBまで撤退することが出来た合同チームは、敵の隊長車のレーヴェを撃破する作戦を立てる。
チリ改とⅣ号でレーヴェを、残された合同チームの戦車で敵を殲滅すると言うものだった。作戦通りに事を運ぶ合同チーム、勝負の行方は!?



「・・・上手くいった」

 

 遠井(スコープ)はそう呟きながら大きく息を吐いた。その視線の先には隊長代理を務めている冴木佳奈が搭乗しているKVー4が見える。右の履帯を切断されて大きく右に傾いていた。構えている銃は(ゲヴェア)から借りたパンツァービュクセ39だ。普段から使っている99式狙撃銃では履帯切断は難しいと感じた(ゲヴェア)が借してくれたのだ。

 

「こちらスコープ。先頭を走行していた重戦車を狙撃。狙撃時に大きく左に傾いて戦車が1輌通れる隙間が出来てる」

 

 遠井(スコープ)が別の位置で構えている羽田(ラントミーネ)(ゲヴェア)に報告する。応答したのは観測手(スポッター)をしている羽田(ラントミーネ)だ。

 

「分かったそこを通り過ぎようとしたところをゲヴェアが狙撃する。スコープはその場から撤退して味方と合流しろ」

 

「了解」

 

 手短に報告を済ませると、銃を担いでその場から離れた。同じ場所で狙撃を続けると敵に居場所を知らせる事になるからだ。

 

 遠井(スコープ)が撤退を始めた時、M26がKV-4の間をすり抜けて先に進もうとしていた。そのM26を、パンツァービュクセ39よりも一回り大柄な銃がその姿を捉えている。

 T26E1ー1の砲塔上面に固定する形で乗せて、片膝をついた状態で銃を構えている。

 

「こんなのがまだ残ってたとは驚きだぜ。いつから準備してたんだ。この日本製対戦車小銃」

 

 操縦席で双眼鏡を覗いている羽田(ラントミーネ)が話し掛ける。試合に合流した段階では持っていなかったからだ。

 

「ちゃんとした名前で呼べっての。重量があるから試合の前日に積んどいてくれってドライバーに頼んだんだ」

 

「成る程ねぇ。こいつ軽量化したとは言っても30㎏前後はあるもんな」

 

 (ゲヴェア)が持ってきたこの小銃は『97式自動砲』と呼ばれるもので、旧日本軍では対戦車小銃に区分されていた。20㎜の銃弾を7発発射可能で、距離350メートルで30㎜。700メートルで20㎜の装甲を貫通出来た。反動が大きかったので、正確な射撃が難しかった。重量が59㎏もあり、10人の兵士で運んだという逸話もある。

 今回(ゲヴェア)が使用している物は、各部位を改良した物で、重量30㎏前後、貫通力は350メートルで40㎜、700メートルで30㎜の装甲を貫通可能とされている。反動の軽減は出来ず、精度は劣悪なままだった。最低でも履帯は切断したい。(ゲヴェア)は自動砲を構えながら大きく息を吐く。双眼鏡を覗いている羽田(ラントミーネ)が呟く。

 

「頼むぜ。お前が外したら作戦はパーだからな」

 

「黙ってろ。集中出来ねぇだろうが」

 

 スコープを右目で覗きながら舌打ちをする。敵が見えた。側面だ。右手の人差し指でトリガーを絞る。ギリギリまで絞り、その場で止める。スコープのクロス・ヘアがM26を捉えた。あと少し。中心よりやや手前でトリガーを引く。パンツァービュクセ39よりも強い衝撃が肩に伝わる。自動砲を撃つ度に肩が外れてしまいそうな思いをしている。肩に残る痛みを感じながらも、そのままスコープを覗き続ける。標的に命中した。エンジン部から黒煙を上げて、砲塔の天板に白旗を掲げた。

 

「お!1発で仕留めたぜ!流石だな」

 

「落ち着けバカ。見つかるだろうが」

 

 子供のようにはしゃぐ羽田(ラントミーネ)を宥めている(ゲヴェア)も、心の中でガッツポーズを決めていた。訓練では100発程撃って半分命中すれば上出来だった。まぐれなのか、狙い通りだったのかは分からないが、兎に角1輌撃破に成功したので急いでその場から撤退することにした。

 

「こちらゲヴェア。足止めと撃破に成功。今からそっちに加勢に行く」

 

 (ゲヴェア)が報告を終えて、車体をバンバンと叩いて合図を送る。羽田(ラントミーネ)がE1ー1のエンジンを絞りながら、そっとその場を離れた。

 

 

 冴木佳奈は混乱していた。戦車砲の砲撃音は一切無かったのに、目の前で味方が撃破されてしまった。歩兵による攻撃か?それとも聞こえなかっただけ?思考が頭の中を駆け巡っている。

 

「冴木副隊長。どうします?」

 

 側で座っている砲手が尋ねる。今は作戦行動中だ。このまま部隊を動かさなければ敵に見つかる。

 

「私たちは履帯の修理を。他は敵を見つけ次第各個撃破していきなさい」

 

 冴木の命令を受けて、後方で待機していた戦車郡が一斉に動き始めた。残り19輌。まだ大丈夫だ。今からでも巻き返しは出来る。敵の早期発見のために10輌の班と9輌の班に分けてエリアに散った。

 

 

 その様子を黒江琴羽がビルの上から見ていた。ルクスは近くにいない。歩兵の真似をすれば上手く行くだろうと考えて、徒歩でここまで来たのだ。側には歩兵の灘川(ボンベ)がいる。通信機を担いで琴羽と見張っていたのだ。

 

「お前も変わってんな。戦車から降りて偵察に来るなんてよ」

 

「この場所に戦車で来たらバレちゃうでしょ。それより早く連絡しないと」

 

 琴羽が通信機の電源を入れてヘッド・セットを頭に着けて話始める。

 

「こちら偵察班。敵が動き始めたわ。半分ずつで分かれて探すみたい」

 

「了解。急いで戻ってこい。合流ポイントはエリアAのβ(ベータ)だ」

 

 西住夏海が応答する。このエリアも市街地と同様に、3つの呼び方に分けている。エリアAのβは西側に位置している。

 

「分かりました。すぐに行きます」

 

 夏海との通信を終えると、今度はルクスの中で待機している琴音に迎えに来てほしいと連絡を入れた。

 

 

 エリアAのβ。敵が動き始めたと報告を受けた夏海たちも迎撃準備を始めていた。今度は待ち伏せではなく、歩兵と連携して少しずつ撃破していく事にした。最初で最後の全力を戦闘をする。その覚悟があるのだ。

 

「敵が近いかも。音がしてるよ」

 

 ポルシェティーガーの車長、中嶋美優が囁くように言った。近付いている。ルクスの走行音しては重い音が響いている。

 

「全車、戦闘態勢だ!ここで敵を殲滅するぞ!」

 

 夏海が激を飛ばした直後、敵が姿を見せた。角を曲がってこちらに接近してくる。

 

「先手必勝だ!ロケット!」

 

 赤坂(マガジン)が叫ぶ。敵が来るまで構えていた牧野(ロケット)による先制攻撃がE5ジャンボに命中し、撃破に成功した。

 

「全車突撃!敵を殲滅するぞ!」

 

 夏海が叫ぶと同時に、敵に向かって突撃していく。敵は奇襲攻撃を受けたからか反応が遅れているらしい。戦力の差を一気に埋めるチャンスだ!

 

「1輌ずつ確実に仕留めろ!1発も無駄にするな!!」

 

 乱戦状態になってしまったので夏海の命令は届かなかったが、その想いは誰もが感じていた。残りの弾数も少ない。確実に当てていく。

 知波単の西佳代子と、サンダースのリンは2輌で協力して動いている。互いに重戦車と戦うには戦力不足。その不足分を連携攻撃で補おうと言うのだ。

 

「リン殿!我々は正面に回って敵を引き付ける!その間に側面に回り込んで仕留めてくれ!」

 

「オッケー!任せて!」

 

 西が指揮を取る97式中戦車が標的であるM26に向かって突進していく。主砲の狙いは97式中戦車に向いている。速度は落とさない。敵の狙いを定めにくくするためだ。

 

「隊長!このままなら行けば突貫出来ます!やりましょう!」

 

 操縦手が目を輝かせている。他の乗員たちも同様に目を輝かせ、突貫しましょうと訴えている。

 

「いや。突貫はしない!今はその時じゃない!兎に角生き残らないと!」

 

 90㎜の砲弾が砲塔の側面を掠めていった。砲撃音が聞こえてきたので咄嗟に避けたのだ。乗員たちも西の言うとおりにしようと考えを改めた。

 M4シャーマンを指揮するリンも、速度を維持したまま前進しろと言っている。側面に回り込んでいる最中に囮役の97式中戦車に砲撃したので、今は装填中のはずだ。

 

「チャンス!今のうちに側面に回り込んでファイヤーよ!」

 

「「「「イエッサー!!」」」」

 

 車内は舞い上がっている。これまで逃げてばかりだったので、攻められる戦いが出来る事が嬉しいのだ。

 

「目標捉えました!」

 

 砲手が叫ぶ。

 

「ファイヤー!!」

 

 リンの指示に合わせるようにトリガーを引き、エンジン部に直撃させた。

 

「ナイス!よしこのまま次のターゲットを探すわ」

 

 突然車体がひっくり返された。撃破したM26の死角に別の敵が残っていたのだ。車体は横倒しになり、エンジン部から黒煙を上げている。

 

「隊長!味方のM4が!」

 

 砲手が指を指して叫んだ。

 

「リン殿!大丈夫ですか!?」

 

 西が安否を確認する。通信機からリンの明るい声が聞こえてきた。

 

「アハハ。やっちゃった。・・・後は任せるね」

 

「・・・分かった。任せろ!」

 

 西は通信を切ると、乗員たちに新たに命令を出した。

 

「一撃離脱戦法で敵を減らすぞ!敵がのけ反る程に接近して撃ち抜け!」

 

 西の命令を受けた乗員は声を張り上げて返事をすると、すぐに作戦を実行した。

 最高速度で敵の正面に突っ込んでいく。目の前に砲弾が着弾し、瓦礫が宙高く舞い上がる。少しだけ車体が浮き上がる。履帯が地面を捕まえて、グンと加速する。迫る敵戦車をギリギリで回避し、主砲で側面を一撃!爆発と同時に、ブワッと黒い煙が立ち込める。

 

「良いぞ!その調子だ!」

 

 西が奮闘している最中、重戦車たちも必死の抵抗を続けていた。1輌、また1輌と数を減らしていくが、終わりが全く見えない。その後ろで身を隠しながら攻撃している歩兵団も同じ気持ちだった。弾数も残り僅かなのに、終わりが見えない戦いに苦戦していた。

 

「マガジン!前に出られるか?」

 

 夏海が問い掛ける。

 

「この状況でか!?抵抗するだけで手一杯だよ!」

 

 悪態をつきながらも、反撃の手は緩めない。その直後だった。側で攻撃していたKVー2のエンジンから火の手が上がり、庇おうとして前進したISー2も猛攻撃を受けて撃破されてしまった。

 

「早く消火しなさい!この隙をついて距離を詰めて来るわよ!」

 

 撃破されてしまったISー2が盾となり、敵の攻撃を緩めていた。この間に何とかしなければと焦る。

 

「俺たちが前に出る!歩兵団は後に続け!」

 

 そう叫んだのはE1ー1を操縦している羽田(ラントミーネ)だった。E1ー1をKVー2の正面に回し、そのまま前進していった。正面装甲を増強しているので、M26の砲弾なら弾き返す事が出来た。

 その後ろを歩兵団員が続いていく。夏海たちもE1ー1で敵の射線を遮りながら攻撃を加えた。

 

 

 エリアB。

 レーヴェを孤立させることに成功した宗谷一行は、レーヴェを引き付けながら、かほと話し合って決めた合流ポイントに向かっていた。

 ポイントはエリアBとCの境界線。かほ一行はそこで待ち構えている。距離は約3㎞。攻撃を回避しながら高速で向かわなければならない。

 

「おい!予定の合流ポイントまでどれくらいだ!」

 

 素早いギア操作と回避行動を繰り返していたからか、福田には余裕が無くなっていた。集中力の糸が今にも切れそうな状態だ。

 

「後5分ちょいだ。そこまで何とか逃げ切れるか?」

 

 今は戦闘中だという事を忘れているような雰囲気で質問をする宗谷。この状況を理解していないのではないかと疑いたくなる言動に思わずため息が出る。

 

「ハァ。無理だ・・・って言いたいところだけど、やるしかないんだろ!?」

 

 福田の問い掛けに宗谷は頼むと一言だけ返した。

 レーヴェを孤立させようと言う作戦を立てたのはかほだった。宗谷は敵味方共に戦力を分散させないで殲滅しようとしていた。残り時間が少ないので短期決戦でけりを付けようという考えだった。

 そう伝えた時、かほが意見具申と称して待ったを掛けた。

 かほは隊長車であるレーヴェを孤立させ、チリ改、Ⅳ号戦車の2輌で決着を付けようと提案。宗谷はその考えに乗った。隊長車が抜ければ指揮系統は崩れると読んだのだ。

 種島は誰の意見も認めなかったと聞いている。副隊長がいたとしても、やられてしまえば指揮を取る人間がいなくなる。隊長無しで、どこまで戦えるのか。

 

「宗谷!現在戦闘中のティーガーⅠの西住から通信!」

 

 宗谷は軽く頷いてヘッド・セットを耳に押し当てた。

 

「西住だ。統率が取れてないのか、急に戦い方が雑になった。1輌の戦車に集中砲火を加えて、撃破したら次の敵に集中砲火と言った状態だ」

 

 やはりそうか。統率を取る人間がいなくなると、対応に遅れが出ている。

 

「分かった。こっちはあと少しで予定の合流ポイントに着く。ささっとレーヴェを撃破してそっちの手助けに行くから待っててくれ」

 

 通信を切って外を確認すると、かほが用意した合流ポイントの目印が見えた。下手な絵で描かれたアンコウの目がこっちを見ている。

 

「ポイントが見えたぞ!ここから先は反撃をする番だぞ!気を抜くな!」

 

 宗谷が激を飛ばす。合流ポイントに選んだのは建物が無い開けた場所で、重戦車と決着を付けるには最適とかほが考えたのだ。

 

「西住。何とかレーヴェを連れてきたぞ。それと・・・一体何をするんだ?」

 

 宗谷の問い掛けにかほはこう答えた。

 

「今は私の作戦を実行して。詳しい事は後で話すから」

 

 一体何を考えているのか。納得できない所はあるが、今はその指示通りに動くべきだと思い直した。

 

 

 Ⅳ号はビルの影に隠れてレーヴェが通り過ぎるのを待っていた。囮役のチリ改が通り過ぎた後、レーヴェが通り過ぎる筈。そのタイミングで攻撃し、足止めをするという作戦だ。

 

「西住殿・・・いよいよですね」

 

 額に汗を滲ませ、やや引き笑いで秋山が言った。

 

「ここで決着を付けるよ。もうこれ以上試合を長引かせる訳にはいかないからね」

 

 かほは落ち着いている雰囲気だったが、秋山と同じように額に汗を滲ませている。ティーガーⅠと行動している最中にレーヴェと遭遇した時、その迫力に押されそうになった。真正面から突っ込んで勝てる相手ではない。

 

「西住さん。来ます!」

 

 照準器を覗いている五十鈴が声を上げた。はっと我に帰ったかほは、射撃用意、と強めの口調で言った。チリ改が通り過ぎた後でこちらが射撃をする。ここからはタイミングが重要になる。

 エンジン音が近付いてくる。2輌。チリ改とレーヴェだ。五十鈴がトリガーを握り直す。車内は気が遠くなりそうな静寂が支配している。チリ改が通り過ぎた。次はレーヴェ・・・ここで決める!五十鈴がトリガーを掛ける指に力を込める。見えた!レーヴェが・・・砲口を向けている!

 

「冷泉さん!」

 

 かほが回避せよと指示を出した。レーヴェの砲口から発砲炎が見え、目の前が真っ白になった。

 

 

「何だ?誤射か?」

 

 宗谷が砲撃音を聞いて後ろを向いた。ここに来るまでこちらに向けて攻撃していたのに、突然関係無い方向に撃ち込んだ。進行方向に対して真横に撃ち込んでいる。Ⅳ号の現在位置までは把握していなかったが・・・まさか?

 

「宗谷!あれ、Ⅳ号のシュルツェンじゃないのか!?」

 

 柳川が砲撃で舞い上がった砂埃の一点を指し示した。1枚の鉄板が転がっている。目を凝らして見てみると、大洗の校章が描かれていた。

 

「北沢!Ⅳ号に通信を繋げろ!」

 

 最悪の事態かもしれない。さっきのレーヴェの攻撃は誤射ではなく、その場に隠れていたⅣ号を狙ったのだ。

 

「西住!応答しろ!」

 

 Ⅳ号と通信販は繋がっている筈。だが応答は無い。聞こえてくるのはブラウン管テレビの砂嵐のようなザーっと言う音だけだ。

 

「嘘だろ・・・西住!応答しろ!Ⅳ号戦車!現状を報告しろ!!」

 

 宗谷の問い掛けを無視しているような砂嵐は止まなかった。

 

 

 エリアAで戦闘中の夏海たちは、敵の数を11輌まで減らした所だった。歩兵と戦車の連携で、漸く終わりが見えて来た。

 だがこちら側の戦力もかなり削られてしまった。残っているのはティーガーⅠ。KVー2。ルクス。ポルシェ・ティーガー。E1ー1の5輌だ。歩兵団の装備の弾薬に限界が近付いていた。

 西が指揮を取る97式中戦車による一撃離脱戦法と、それに翻弄された敵に対して有効な攻撃を与える事が出来たが、97式中戦車はその途中で撃破された。最後まで勇敢な戦いをしてくれた。

 セモヴェンテM41は敵に接近して攻撃を仕掛けようとしたところを狙い撃ちされ、有効な攻撃を与えることが出来ないまま撃破されてしまった。

 M3はM26の側面に回って攻撃を仕掛けようとしたところ、別の敵に囲まれてあっけなく撃破された。

 KVー2は乗員たちによる必死の修理作業の甲斐あって何とか自走出来る段階にまでこぎ着けた。今の状況なら巻き返しは十分可能だ。

 

「みんな。いけるか?」

 

 夏海が問い掛ける。それぞれ大丈夫と返事を返す。

 

「よし。一気に畳み掛けるぞ!」

 

 突撃!そう言い掛けた瞬間、後ろからの砲撃でルクスが1メートル程飛ばされた。後ろを見ると、遠井(スコープ)が履帯を切ったKVー4が砲口を向けている。

 

「スコープ!さっき仕留めたんじゃ無かったのか!?」

 

 (ガトリング)が怒鳴る。

 

「こっちは指示通りに履帯を切っただけだよ!現状の武器じゃ装甲貫通出来ないだろうからって言われたから」

 

 遠井(スコープ)は声を震わせながら答えた。そう指示を出したのは夏海だ。重戦車ともなれば履帯の修理には時間が掛かるはず。今目の前にいるM26を全て片付けてから取り掛かろうとしていたのだ。

 

「今はそんな事を言い合ってる場合じゃないでしょ!私たちが相手をするから、あんたたちはM26を片付けて!」

 

 そう言ったのはサティだった。自慢の152㎜の榴弾砲で一撃必殺を狙うつもりだろうか。

 

「任せる!後のものは私に続け!」

 

 KVー2が後ろに回り、残りは目の前にいるM26の掃討に回った。

 1発ずつ確実に当てていくが、弾かれたりするので中々数が減らない。KVー4の撃破に回ったKVー2も苦戦していた。同じKV系列の戦車なので弱点を知っているつもりだったが、想像以上に装甲が厚かった。2発当てたが有効なダメージを与えることが出来ない。

 互いに苦戦しながらも何とか6輌まで減らすことが出来た。KVー2はKVー4のエンジン部を攻撃したが撃破には至らなかった。

 

「おいギガント野郎!こっちは何とかなりそうだからそっちに加勢に行くぜ!」

 

 羽田(ラントミーネ)がサティにそう言った。サティは「結構よ!」と返事をしたが、その時には既に向かっていた。

 

「結構って言ったでしょ!ここは私たちで何とかするから!」

 

 サティが怒声を浴びせたが、羽田(ラントミーネ)はお構いなしだ。

 

「何とか出来そうにないから加勢するんだよ。文句言わずに一緒にやろうぜ」

 

 羽田(ラントミーネ)はKVー4の後ろに回り込むために時速40㎞弱のスピードで接近させた。貫通力の高い主砲と言っても、正面装甲が簡単に貫通出来る程ではないと判断したからだ。

 

「行くぞゲヴェア!1発デカイ花火上げてやれ!」

 

 (ゲヴェア)羽田(ラントミーネ)の言葉を無視しながら照準器越しにKVー4を捉えている。トリガーを指に掛けて、大きく息を吐く。射線が通った。トリガー掛ける指に力を込める。引ききろうとした瞬間、KVー4の砲口がこっちを向いていることに気付いた。

 

「ラントミーネ!避けろ!!狙われているぞ!!」

 

 (ゲヴェア)が叫んだが既に遅かった。気付いた時には車内に大きな衝撃が走った。直撃弾を食らったのだ。その勢いのまま車体は傾き、横倒しになってしまった。

 

「だから良いって言ったのに。仇を取るわよ!車体後部を狙って、今度こそエンジンを吹き飛ばして!」

 

 サティが砲手に命令を下す。さっきは上手く行かなかったが、次こそは、必ず。

 照準器がKVー4のエンジン部を捉えた。もう外しはしない。

 

「撃てぇー!!!」

 

 叫び声とほぼ同時に榴弾が火を吹いた。E1ー1から脱出した2人が凄まじい轟音と爆風に煽られる。

「撃ったな」煙たい表情で羽田(ラントミーネ)が言った。

 煙のせいでどうなったかまでは分からない。徐々に煙が晴れてくる。降伏を意味する白旗が見えてきた。撃破したか。そう思った。

 

「おい・・・嘘だろ」

 

 (ゲヴェア)が絶望のどん底にでも突き落とされたような声で呟く。白旗を掲げていたのは、KVー2だった。

 KVー2が撃つギリギリのタイミングでKVー4も射撃をしたのだ。KVー4の弾がKVー2に命中し、車体を大きくずらして射線を変えてしまったのだ。もう対向出来る手段は残っていない。

 

「ゲヴェア!さっきの対戦車ライフルは!?」

 

「横転した時にぶっ壊れちまったよ!!」

 

 KVー4がじわりじわりと近づいてくる。このまま蹂躙されていくと絶望しかけたその時。KVー4のエンジンが突然爆発し、白旗を上げた。誰も攻撃はしていなかったので、一瞬何が起きたのか分からなかった。

 

「これなら文句無いだろ。ちゃんと撃破したからね」

 

 ふんと鼻を鳴らしながら遠井(スコープ)が言った。KVー4の注意がそれている間にビルに入り込み、狙撃ポイントを見つけて射撃したのだ。

 

「みんな。よくやってくれた・・・残ったのは私だけみたいだな」

 

 夏海が荒い息づかいで感謝を伝えた。味方はティーガーⅠを残して全滅。歩兵団の武器も弾薬が底をついてしまった。

 

「私はこれから宗谷たちの援護に行く。みんなは回収車が来るまで待機だ」

 

 全員が素直に従うことにした。弾薬も戦車も無くなってしまった以上、何も出来ない。後は見守るだけだ。

 ティーガーⅠが反転し、エリアBへ向かっていく。その様子を眺めていると、赤坂(マガジン)が異変に気付いた。

 

「ティーガーⅠ!後ろのM26がまだ生きてるぞ!!」

 

 夏海がその方向に視線を向けた時には、既に砲口を向けていた。白旗を掲げているとばかり思い込んでいたのだ。砲塔を旋回させるが間に合わない。

 結局間に合わず、エンジンに直撃弾を食らって撃破されてしまった。その時、凄まじい轟音と共に1発の砲弾が飛翔し、最後のM26を撃破した。

 赤坂(マガジン)たちが視線を一点に集中させた。その先には、砲口からうっすらと煙を吐いているロタ砲を構えている牧野(ロケット)の姿があった。

 

「わりぃ。最後の切り札のつもりで1発残していたんだが・・・たった今使いきった」

 

 ロタ砲を下ろしながら大きく息を吐いた。赤坂(マガジン)牧野(ロケット)の右肩に片手を置いて労った。

 

「いや、よくやったよ。1輌でも逃したら戦況が変わっていたかもしれないからな」

 

 夏海がそばに近寄って来た。その表情はとても暗く、今にも泣き出しそうな状況だ。

 

「みんな・・・すまない。私が不甲斐ないばっかりに・・・」

 

 深々と頭を下げる夏海に、サティが溜め息を吐きながら言った。

 

「あんたのせいじゃないわ。見落としていた事は私たちにも責任がある。落ち込む必要はないわ」

 

 赤坂(マガジン)が目を見開いている。慰めたりするんだな、という目で見ている。

 

「でもこれで、残ったのはチリ改とⅣ号だけになったんですね」

 

 琴羽の言葉に、乗員たちは顔を曇らせた。敵を殲滅し、援護に向かうつもりだったのに、完全に孤立させてしまう形になってしまった。

 

「あいつらなら大丈夫だろ」

 

 口を開いたのは(ゲヴェア)だ。

 

「俺には戦車道のせの字も分からないし、あいつらがどんな奴なのかも分からない。だけど・・・あいつらなら、なんか大丈夫な気がするんだよな」

 

 その言葉に、乗員たちは頷いた。根拠の無い事だが、何故か大丈夫だろうと感じている。彼らは危機的状況に何度も逢ってきたが、そんな中でも上手く切り抜けてきた。今回も、きっと上手く切り抜けるだろう。

 回収車が到着し、やられた戦車の回収作業を始めた。乗員たちは歩兵団が持ってきたホハの荷台と、トレーラーに分けて乗り込み、その場から撤退した。

 荷台から大通りを見る彼らの目には、エンジンからうっすらと灯る火を出しながら横たわる戦車が映っていた。それはまるで、戦争映画を見ている様な光景だった。

 




次回、最終回!


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FINALmission 大切なこと

前回のあらすじ
最終決戦も終盤に差し掛かり、敵戦車を次々と撃破していった合同チーム。しかし敵チームと相討ちする結果となってしまい、歩兵団の方も弾薬を使い果たしてしまった。
残されたチリ改とⅣ号の2輌は、レーヴェを撃破するために連携攻撃を計画していたが、Ⅳ号がレーヴェに撃たれたらしく通信が繋がらない。嫌な予感がした宗谷は、Ⅳ号に交信を試みる。


「西住!西住!応答しろ!Ⅳ号戦車!誰か応答してくれ!」

 

 チリ改を追っていたのに、関係ない場所を砲撃したレーヴェ。その時は誤射かとばかり思っていた。しかし、地面に転がっているシュルツェンを見て、嫌な予感がしたのだ。

 ずっと呼び掛けているが、Ⅳ号からの応答は全く無かった。聞こえてくるのはザーッという砂嵐のような音だけだ。

 

「宗谷!そろそろ反撃しないとヤバイ!これ以上は持ちこたえられないぞ!」

 

 砲手席に座っている岩山が呼び掛ける。Ⅳ号の応答を待っている間、レーヴェからの攻撃を避け続けていたがこれ以上は限界だ。宗谷は呼び掛けをやめて、新たに命令を下した。

 

「・・・接近戦で対処する!まずは機動力で敵を翻弄するぞ!」

 

「分かった。車体振り回すから酔うなよ!」

 

 福田がジグザグ走行を始める。正面装甲の貫通は出来ない。後ろに回り込んで装甲が薄い箇所を攻撃する以外に方法はないだろう。この動きに付いて来れないのか、レーヴェは中々攻撃を仕掛けない。

 

「福田!このまま前進だ!岩山!」

 

「おう!これまでやられた分、きっちりとやり返して・・

 

 岩山が言い終わる瞬間、車体が大きく振動した。レーヴェはどのタイミングで攻撃するのか見計らっていたようだ。同時にエンジンの出力が下がり始め、止まってしまった。

 

「福田!どうした!?」

 

「エンストだよ!今の攻撃で完全にイカれた!」

 

 福田がエンジンキーを何度も捻るが、クランキングするだけでエンジンは掛からない。宗谷がハッチを開けてエンジン部を見る。火は出ていないが、僅かに軽油の匂いがする。

 

(まずい・・・燃料系統か。パイプに穴が空いて、そこから漏れてんのか)

 

 宗谷の予想は当たっていた。破片がパイプを掠め、僅かだが漏れ始めている。ガソリンと比べて爆発的な引火の可能性は低いが、もう1発食らったら高確率で引火する。

 更に砲塔の旋回装置が故障し、レーヴェに対して反対方向に砲身が向いてしまっている。動けないだけではなく、反撃も出来ない。

 

「宗谷!レーヴェが近付いて来てるぞ!!」

 

 岩山が旋回ハンドルを引きながら叫ぶ。何とか動かそうとしているが、ハンドルは最初から固定されていたかのように動かない。

 チリ改に問題が起き、動けないことを知っているのか焦らしながら少しづつ近付いてくる。

 

(エンジンは燃料系統がやられている。動こうにもエンジンが掛からないんじゃどうしようもない・・・ここまでか)

 

 宗谷は目を瞑った。福田たちの呼ぶ声が少しずつ遠ざかっていく・・・かほたちと過ごしてきた楽しかった思い出が、走馬灯のように浮かんでくる。「みんな、ごめん」ボソッと呟いたとき、ヘッドセットから声が聞こえた。

 

「まだ諦めるのは早いと思うよ。宗谷くん」

 

 突然呼び掛けられ、ハッと我に返った。今の声は・・・と考えていると、レーヴェのエンジンに直撃弾が当たった。撃ったのは、Ⅳ号だった。左側の車体側面のシュルツェンを飛ばされているが、まだ動けそうな状態だ。

 

「西住!無事だったのか!?」

 

「冷泉さんが咄嗟に避けてくれたから被害は軽微だったよ。でも通信機が故障しちゃって、さっき応急措置が済んだとこ」

 

 連絡が取れなかったかほと漸く通信が繋がったことに安堵したのか、肺の中の酸素が全部出てしまいそうなほど深い溜め息を吐いた。

 

「ここは任せて、宗谷くんたちは応急措置をして。後でみんなに謝ることがないようにしてよ」

 

 スピーカーの奥からクスッと笑う声が聞こえた気がした。もしかして、聞こえていた・・・?そう思った直後、急に体が熱くなった。

 

「宗谷!レーヴェが下がっていくぞ!」

 

 岩山が指を指す。Ⅳ号の攻撃を鬱陶しく感じたのか、狙いをⅣ号に変えた。1㎜も動けない戦車を相手にする暇はないということだろうか。何がともあれ、これはチャンスだ。

 

「岩山は旋回装置の応急措置!北沢は俺と来い!エンジンの応急措置だ!」

 

「旋回装置はもうイカれてる!修理不能だ!」

 

 岩山がターレットリングに指を指して怒鳴る。車体と砲塔の間に破片が入り込み、装置を完全に破壊してしまったのだ。

 

「砲身の俯仰角は調整出来るか?」

 

「それも無理だ。ー6度の辺りで止まってやがる」

 

 岩山が舌打ちをした。駆逐戦車と同じ運用をしようにも、砲塔が正面に対して大きくそれている。操縦手と砲手の息を合わせようにも非常に難しい状態だ。

 

「分かった。取り敢えずエンジンの応急措置を優先する。射撃は・・・何か手を考えよう」

 

 

 狙いをこっちに向けたは良いものの、どうやってレーヴェを追い詰めようかと、かほは頭の中で考えを巡らせていた。

 五十鈴藍が牽制射撃を何発か撃ってみたが、攻撃は全然聞いていないようだ。

 

「西住さん。どうしましょう。正面の貫通は不可能です」

 

 少し慌てた様子で藍が言う。それはかほも同じだった。分かってはいたが、過去に一戦交えたマウスに比べればまだマシな方だ。何処かに弱点は無いかと隅々まで車体を見た。

 

「藍さん。履帯を撃って。とにかく動きを止めないと」

 

「分かりました」

 

 藍の顔がより一層真剣になる。

 止まったままだと確実に狙い撃ちされるので、走りながら撃つ走行間射撃で仕留めるつもりだ。車体が揺れる中で標的をに狙うのは難しい。

 そこで一度試し撃ちをし、標的に対して砲弾がどこへ飛んで行くのかを見て、2発目で確実に当てる。自走砲の射撃でよく用いられる手法だ。

 藍は試し撃ちをして弾道を見た。砲弾は目標に対してやや左側に着弾。次は少し左側に修正してもう一度撃った。次は右の履帯を掠めて着弾。焦りがあるのか上手く当たらない。その様子を見ていたかほが囁いた。

 

「藍さん。花を生けるように、だよ」

 

 かほの囁きに藍は少しだけ気持ちが楽になった気がした。

 花を生けるように、母の華からいつも言われていた言葉だ。どうやったら射撃が上手くなるのかと聞いたとき、「花を生けるようにするのよ」と微笑みながら言われたことを思い出した。

 藍はかほに頷くと、深呼吸をして再び照準器を覗いた。トリガーに指を掛けて、そっと引く。命中だ。レーヴェは右の履帯を切断さ肩をポンと叩き、ニコッと笑った。

 

「かほちゃん!レーヴェが砲身をこっちに向けてるよぉ!」

 

 通信手の武部栞が叫ぶ。同時にかほたちが大きな衝撃に襲われ、そのまま1回転した。エンストを起こし、エンジンを動かそうとかけ直そうとするが、掛からない。朝子の顔が青ざめていく。

 

「マズい・・・こっちもだ」

 

 何度もクランキングするが、エンジンは動かない。チリ改と同じ状況に陥ったのかもしれない。

 

「マズいです!相手の攻撃をまともに受けたら撃破されてしまいますよ!!」

 

 優香子が藍の肩を持って揺らす。さっきは避けられたが、今度は避けられない。レーヴェの砲口がこちらを捉えた。このままでは撃破されてしまう。

 レーヴェの砲口がⅣ号を捉えた。撃たれる、かほはそう覚悟した。砲口から砲弾が撃ち出されるその時だ。レーヴェの車体が大きく揺れ、砲弾はⅣ号の砲塔をギリギリで掠めて着弾した。

 

「ありがとう西住。応急措置が済んだ」

 

 宗谷の声が通信機を通して聞こえてきた。レーヴェの後方でチリ改が突っ込んでいる。体当たりで砲口の向きを変えたようだ。

 

「宗谷くん!大丈夫だったの!?」

 

「燃料パイプに穴が空いてたけど何とかなった。そっちは動けるか?」

 

「無理だ。動くには動くが・・・出力が上がらない。これじゃすぐにエンストする」

 

 朝子がアクセルを吹かしながら答えた。

 エンジンの再始動には成功したが、Ⅳ号も燃料系統をやられたのかアクセルを吹かしても回転数が上がらない。

 

「こっちから押すから待ってろ。福田!!」

 

「Ⅳ号の後ろに回る!」

 

 福田が応答すると、すぐにⅣ号の後ろにチリ改を回し、思い切りアクセルを吹かして押し出した。その後ろでレーヴェの砲撃が車体を掠めた。宗谷は「このままⅣ号を安全圏まで退避させる」と言ったが、かほはこう尋ねた。

 

「待って。そっちは砲塔の旋回装置が故障しているんでしょ?どうやって戦うつもり?」

 

「車体を左に向け続ければ何とかなるし、副砲がまだ生きてる」

 

「何とかなるわけないじゃない。副砲は前に固定されているし、主砲は下に向いているんでしょ?」

 

 かほの意見に宗谷は何も答えられなかった。砲身が水平になっていない以上、ギリギリまで接近しなければ当てることは出来ない。上手く接近出来たとしても、弱点に命中させられるかも怪しい。

 

「こっちはエンジンがダメだけど、主砲は使える。福田さん、私の指示に合わせて戦車を操作して下さい」

 

「二人羽織かよ・・・どうする宗谷」

 

「二人羽織、か。それで行こう!福田、頼むぞ!」

 

 宗谷はその作戦に乗り、福田は「まじでやるのかよ!」と突っ込みを入れた。無理そうな気もしたが、今はそうするしかない。かほからの指示に合わせて操縦を始めた。押す形になっているので前が見えない事に不安を抱えながらも、何とか指示通りに戦車を動かす。

 レーヴェは履帯を切られて動きが制限されている。仕留めるなら、今しかない。2輌はレーヴェの右を通って後ろに回り込んでⅣ号の一撃で仕留めようという作戦だ。

 

「おいおい!レーヴェの砲口がこっち向いてるぞ!」

 

 岩山がガンポートから外を見ていた。履帯は切れているがエンジンはまだ生きている。エンジンの動力を砲塔の旋回に回しているのだろう。宗谷はレーヴェの砲口に追い付かれると警戒し、福田を急かす。

 

「福田、もっと飛ばせ!」

 

「無理だ!これ以上出力を上げたら、修理をした箇所から燃料が漏れるぞ!」

 

「少しの間持てば良い!このままだと砲口に追い付かれるぞ!」

 

 福田は舌打ちをしながら更に深くアクセルペダルを踏み込んだ。エンジンが嫌な唸り声を上げ、少し焦げ臭い臭いがしてきた。今はもってくれと祈ることしか出来ない。

 あと少しでⅣ号の砲口がエンジンを捉えられる。藍がトリガーに指を掛け、優香子が砲弾を装填する。普段とは少し状況が違うのでタイミングが掴みにくい。

 

「藍さん。お願いします」

 

 優香子が神に祈るように頼み込む。この一撃を外せば、次は無い。藍は深く息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。周りの音が遠ざかり、自分の鼓動が聞こえてくる。レーヴェの砲口がチリ改を捉える。

 

「水谷!副砲の空砲でⅣ号を撃ち出せ!!」

 

 宗谷の怒鳴り声が響いた直後、レーヴェの砲口から砲弾が撃ち出された!砲弾が当たる直前にⅣ号が撃ち出され、加速する!

 

「頼むぞ!」

 

 宗谷が全てを託した直後、チリ改がエンジンから火の手が上がった。攻撃をかわすことが出来たが、漏れ出した燃料が引火したのだ。ここから先はかほたちに全てを託すしかない。

 Ⅳ号の車内は撃ち出された衝撃で大きく揺れたが藍は標的を捉え、トリガーを引いて砲弾を撃ち出した!

 レーヴェの燃料タンクが誘爆して大爆発を起こし、砲塔の天板に白旗を掲げた。

 

〔東京パンツァーカレッジチーム、全車戦闘不能!よって、合同チームの勝利!!〕

 

 アナウンスが興奮気味に勝敗を伝える。観客が一斉に立ち上がり、歓声を上げた。

 かほたちはⅣ号から降りてチリ改に駆け寄った。火災は鎮火しているが、エンジンはやられてしまったらしい。宗谷はチリ改から下車し、かほに向かって頭を下げた。

 

「ありがとう」

 

「宗谷くんのためじゃないよ。勝つためにやっただけだから」

 

 かほはそう言って手を差し出し、宗谷はその手を握り返した。色々あったが、より一層絆が深まったような気がした。

 

「何で・・・あんなに優勢だったのに」

 

 声がする方を見ると、優衣がレーヴェから降りて寄り掛かっていた。絶望の谷に突き落とされたような目で俯いている。そんな優衣に、かほは近付いて話し掛けた。

 

「あなたは強かったよ」

 

「励ましてるつもり?余計なお世話よ。さっさと消えて」

 

 優衣はかほに背を向けた。表情は見えないが、肩を小刻みに震わせている。

 

「強い戦車を使っても、優秀な乗員を揃えても、あなたは勝てなかった。宗谷くんはその答えを知っている。あなたも、今ならその答えが分かるんじゃないの?」

 

 優衣は背を向けたまま何も言わなかった。その直後に戦車回収班が到着し、互いにその場を離れた。

 

 

 会場。

 宗谷と福田が故障してしまったチリ改の前に立っていた。砲塔は傾いたままで、車体は傷だらけになっている。機関室は完全に丸焦げになってしまった。学園に帰ってエンジンを乗せ換えないとならないだろう。

 他の車両も傷やへこみ、焦げだらけだった。どの車両も、激しい戦闘をしてきたと物語っている。

 

「本気で言ってんのか」

 

 福田が叫びそうになりながら聞き返した。

 宗谷は今回の試合で起きた不祥事を全て水に流すというのだ。本来なら協会に報告し、対応してもらうのが筋というものだろう。

 

「それにお前、『戦車10輌貰う』っていう約束も破棄するんだろ。あれだけ酷いことされたのにお咎め無しなんて、誰も納得しないぞ」

 

「・・・これ以上の事をするつもりは無い。種島は負けた。それだけでも充分過ぎるほどの罰だ。俺たちが勝ったら勧誘を止めるっていう約束だけ守ってくれれば良い」

 

「お前なぁ・・・最初からこうするつもりだったなら、何で試合を引き受けたんだ」

 

「あいつに分からせるべきだと思ってな。戦車道では何が大事なのかをな」

 

 宗谷は福田を残してその場を立ち去った。福田は何だかはぐらかされたような気分だった。

 

 

 あの試合から1週間が過ぎた。宗谷たちは戦車道の授業に励んでいる。

 あの後宗谷は参加してくれた生徒たちに種島の一件は水に流すと伝えた。「宗谷がそれで良いなら」と納得した生徒と、納得しない生徒と半々だったが、他校の隊長たちの計らいもあって、最終的には全員が納得した。

 参加した歩兵団11名はそれぞれの地元に帰り、いつもの生活に戻っていった。隊長を勤めた赤坂は「久しぶりに楽しめた」と笑っていた。

 

 授業が終わり、いつも通り戦車の整備をしていると、優香子が雑誌を片手に持って飛び込んできた。

 

「皆さん!大変です!種島さんが隊長を辞めたそうですよ!」

 

 その報告を聞いて、整備をしていた生徒が一斉に優香子の周りに集まり、持っていた雑誌を覗いた。

 最初の文には大きめのフォントで『東京パンツァーカレッジの種島優衣、隊長を辞める!?』と記載されていた。周りが驚いている中、宗谷は整備を続けていた。側にかほが近寄って話し掛ける。

 

「種島さん。隊長辞めちゃったんだね」

 

「・・・そうらしいな。でも、戦車道を辞めた訳じゃないんだ。種島流を絶やさないためにも続けるさ」

 

「そうね。彼女は凄かった。でもあんな事をしてまで勝利しようとしたのは、残念だったけど」

 

 かほが軽く溜め息を吐いた。宗谷は特に気にすることはなく、黙々と作業を続けた。

 

 

「戦車道を辞める?本気で言ってるのか?」

 

 会場に戻り、戦車の回収が終わった後の事だった。宗谷は優衣に呼び出され、戦車道を辞めると告白されたのだ。

 

「私はこの試合に全てを掛けてきたのよ。負けたら戦車道を辞める覚悟もあった。この試合で危険な事に手を出して、私は負けた・・・もう戦車道を続ける資格なんて無いのよ」

 

「何で俺にそんな事を告白をする?自分が抜けるから埋め合わせをして欲しいとか言うつもりか?」

 

「まさか。そんなつもりは無いわ。話はそれだけよ」

 

 優衣は宗谷に背を向けて歩き始めた。そんな優衣に、宗谷は声を掛けた。

 

「続けろよ。戦車道」

 

 優衣の足が止まった。かほの時と同じように背を向けたままだ。

 

「戦車は1人で動かせない。車長、操縦手、砲手、装填手、通信手・・・この5人で戦車を動かすんだ。俺が特に重要だと感じているのは、乗員同士でどれだけ連携が取れるか、互いを信頼出来るかだ。戦車に乗る時だけじゃない。どんな場面でも大事な事だろ?お前も、その事に気付いている筈だ。それでも続けるか、辞めるかは自由にすれば良い」

 

 話し終わると優衣と反対の方向を向いて歩き出した。自分の陣営に戻り、大事な話があると言って福田を呼び出した。

 

 

 

(あの様子じゃ辞めるかと思ったけど、続けるか。次に試合をする時は、正々堂々とやろうぜ。種島)

 

 宗谷は整備の手を止めて上を見上げた。雲1つ無い、青く澄みきった空が広がっていた。

 

ガールズ&パンツァー~伝説の機甲旅団~

宗谷佳 奪還作戦!!編




あとがき
かなり時間が掛かってしまいましたが、無事に完結させることが出来ました。最後まで読んで下さった読者様には、心から感謝致します。本当に有り難う御座いました。
伝説の機甲旅団は完結となりましたが、これからも小説を執筆していこうと思います。これからも宜しくお願いします。


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