岸波忍法帖 (ナイジェッル)
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第01話 『岸波兄妹』

 

 

 そこは―――まごうことなき地獄だった。

 

 周囲の建物を無慈悲に燃やし尽くす業火。それに巻き込まれ焼かれる人々。瓦礫に挟まれ、生きたまま死を待つ住人。泣き叫ぶことしか出来ない幼子。動かなくなった母親に必至に縋る子供。

 断末魔があちらこちらで際限なく聞こえ、人の焼ける異臭が鼻をつく。

 嗚呼、これを地獄と言わずしてなんと言う。

 そんな中、一人の少年は、虚ろな眼にその惨状を焼き付けながら足を動かし続けた。己が生きるために。

 歩いている間、どれほど助けを乞われたか分からない。少なくとも10……いや、50は助けを乞われたか。

 だが少年はソレを無視した。耳を塞ぎ、伸ばされた手を振り払い、歩き続けた。

 自分が生き残るだけでも精一杯。他人の助けに耳を傾けるほどの余裕はない。

 そうやって「助けれたはずの命」を己の命可愛さに見捨て続けた。何度も、何度も、何度でも。

 

 暫くして、少年は業火に炙られる町の外に奇跡的に逃げ出すことに成功した。

 肢体は揃っており、致命的な負傷もない。ただ気力を使い果たし、立っていられる状態ではないだけだ。それ以外はなんら体に問題はなかった。

 

 しかし自身が生き残ったという結果を前にして彼を待っていたのは安堵ではなく、多くの命を見捨てたことにより生き延びた事実に対する罪悪感であった。

 すまないと、ごめんなさいと死者に対して精一杯謝り続ければまだ気持ちは楽になれたかもしれない。しかしその少年はそれだけはしてはならないと分かっていた。

 確かに謝れば自分は楽になる。蟠りも、罪悪感も、全て放り投げたらスッキリするだろう。

 だがそのようなこと、生き残った少年からすれば許されざる罪だ。してはならない悪徳だ。

 故に彼は生き延びたことに対する罪悪感を、一切外に出さずありのままに受け止めた。

 たとえそれが、自身の心を壊す要因であったとしても。

 

 そして少年は………一度、壊れた。

 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 「……はぁ」

 

 夢に魘されて起きる起床というものは清々しい、とは程遠いものである。

 赤銅色の髪を持つ少年は歳不相応な溜息を吐き、怠い身体を起こした。

 六畳一間の部屋には必要最低限の家具が置かれ、壁には手裏剣やらクナイやら火縄銃やらとあらゆる武具が飾られている。とてもじゃないが、一般人を招き入れられる部屋ではない。

 

 「起きろ。おい、白野。朝だぞ」

 

 彼は隣で寝ている人畜無害系少女の肩を揺らす。

 

 涎を垂らして爆睡しているこの少女の名は岸波白野。自分と同じく、あの地獄から生還した生存者である。

 彼女とは地獄から生還した者同士、両親を失った者同士、行き場のない者同士というわけでなんやかんやで共に行動することになった。

 ちなみに記憶を無くし名も無くした無銘同然の自分に『岸波シロウ』という新たな名を与えてくれたのはこの子だ………ほとんど適当につけらた名前ではあるが、まぁ無銘よりかはマシだろう。何よりこの少女は自分にとっても特別な存在だ。どのような名であっても不満はない。

 

 「…………んぅ」

 「今日アカデミーに遅れたら拙いだろう。いいから早く起きなさい」

 

 あの天災の後に救助任務を帯び現れた五大国の一つ、木ノ葉隠れの里の忍者に保護された自分達は不肖ながらもこの里に住まわせてもらっている。

 その代わり、アカデミーと呼ばれる忍者養成学校に通うことを義務付けられているが、住居、生活費など諸々負担してもらっているのでかなりの好待遇だ。

 尤も、下忍になった後は自己負担。任務などで生活費をやりくりすることが決められている。

 

 「うぅ………あと5秒ねらせて……………いや、やっぱ5分」

 「阿呆。そんなことを言っていたらいつまで経ってもお前は起きんだろうが」

 「わきゃ!?」

 

 白野の毛布を無理矢理引っぺがした。

 こうでもしないと本当に起きないのだから仕方がない。

 

 「うぅ~」

 

 彼女は恨めしそうに自分を見るが、知ったことか。

 4年も同じ屋根の下で暮らしていたら効率の良い対処法くらいは心得られる。

 

 「…………シロウ、最近私に対する扱い酷くない?」

 「酷くない。そら、さっさと顔を洗うぞ。歯を磨くことも忘れるな」

 「そんなこと言われなくても分かってます」

 「そうか。それは結構。今日はアカデミーの卒業試験だからな。気張って行けよ」

 「だから分かってるってば!」

 

 私の母親かお前はと突っ込まれるが、せめて父親にしてほしいものだ。できれば執事(バトラー)なども好ましい。

 

 

 ◆

 

 

 アカデミーの卒業試験。今回、これに受かれば下忍となる。

 『白兵戦』『射撃』『身体強化』『解析』『武具製作』は得意であるのだが、基本となる忍術は平均より1ランク下の成績だ。チャクラも多いわけではないので油断は出来ない。

 

 「卒業試験は分身の術にする。呼ばれた者は一人ずつ隣の教室に来るように」

 

 自分達の教師、気さくな性格を持つイルカは試験内容を発表した。

 

 “嗚呼、助かった。まだ基礎の基礎に入る部類の忍術『分身』が試験課題か”

 

 別段得意というわけではないが、何とかなるだろう。問題があるとすれば、

 

 「ナルト。お前大丈夫なのか?」

 

 隣の席で真っ青な顔をしている同級生だろう。

 彼の名はうずまきナルト。周りから何の取り柄もない、アカデミー屈指の落ちこぼれのレッテルを張られている少年だ。

 だが、シロウはそんな彼を気に入っている。なにせ彼は不器用だが諦めの悪い努力馬鹿であるからだ。どれだけ壁にぶち当たろうと、立ち直る根性を持っている。そういった人間は非常に好ましい。友人として。

 

 「だ、だだだ大丈夫だってばよ! お、俺は将来火影になる男だぜぇ!?」

 

 …………とても大丈夫そうには見えないのだが。

 

 「とりあえず落ち着け。リラックスしろ。平常心だ平常心」

 「お、おう………ふう。少し気持ちが楽になった気がする。その、なんだ。サンキューだってばよ、シロウ」

 「どういたしまして」

 「うーし、ここはビシッと決めてサクラちゃんに自慢してやるってばよ!」

 「その意気だ…………さっそく順番が回ってきたな。それじゃあ先に行くぞ、ナルト」

 「応! 絶対、ぜぇぇぇったいに合格しろよ!」

 「当然だ。言われるまでもない」

 

 シロウは席を立ち、試験官の待つ教室に歩いていく。ナルトはその背中が、自信に満ち溢れた堂々としたものだと思い、少しばかり見惚れていた。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 卒業試験が終わり、シロウは無事試験に合格した。

 クラスメイトの皆はわいわいと木ノ葉印の額当てを見せ合い、嬉しがっている。

 シロウはきょろきょろと別クラスの元に行き、岸波白野の姿を探した。

 彼女は合格したのだろうか。極めて心配だ。とても心配だ。自主練では上手くいっていたが、本番でミスをしないとは限らない。うっかりスキルなんてものを発動させていないことを祈るばかりだ。

 

 「シロウ!」

 

 探していたら白野の方から来た。手には額当てが握られている。

 無事、合格してくれたようだ。

 シロウは安心して胸を撫で下ろす。

 

 「よくやったな、白野」

 「心配してた?」

 「………まぁな。結構、心配していたよ」

 

 そうシロウが言うと白野は少し不機嫌そうに頬を膨らました。

 

 「もっと私のことを信用してくれてもいいと思う」

 

 心配していなかったらしていなかったで怒るくせに、よく言えたものだ。

 どちらにせよ不機嫌になることは決定済みなのだから苦笑するしかない。

 女性とはホトホト難儀である。

 

 “そういえば、ナルトの姿が見当たらないな”

 

 親友の姿が見当たらない。もう既に帰ってしまったのだろうか。

 不安が心を燻る。彼はやる時はやる男だが、如何せんドジを踏む頻度が白野とどっこいどっこいだ。へまをして落ちていなければいいが。

 

 「………いや、ナルトのことだ。なんとかしているだろう」

 

 

 ◆

 

 

 下忍になったのはいいが、喜んでばかりではいられない。本日もって里による援助は無くなったのだ。明日からは一忍として独立し、己の力で任務をこなし収入を得ていかなければならない。

 当然、今月のアパートの賃金も自力で払わねば。もう援助に甘えられる立場ではなくなったのだから。

 シロウは己の武器の手入れをしながら、二日後の説明会に備え始めている。明日は証明写真も撮らねばならないし、色々と忙しくなる。

 

 「くぅ……くぅ…………」

 

 白野はすでに寝てしまっているのだが、これは果たしてそれはえらく胆が据わっているのか単に緊張感がないだけなのか判断しかねる。恐らく後者だろうが。

 

 「―――――?」

 

 エミヤは短刀を磨く動作を止める。何やら外がいつも以上に騒がしい。

 酔っ払いが叫んでいるわけでもなし、何か事件でもあったのだろうか。

 

 「上忍?」

 

 建築物を忙しく跳び回る忍の姿に、シロウは明らかに只事ではないことが起きたのだと理解した。上忍達は何かを探しているのか、目を光らせてあちらこちらを鋭い眼つきで睨んでいる。

 シロウは窓を少し開け、チャクラで強化した聴覚で彼らの言葉を可能な限り拾おうと試みた。すると、驚くべき言葉が耳に届いた。

 

 ―――――あの化け狐め。いったい何処に逃げやがった!―――――

 ―――――おい、そっちにいたか!?―――――

 ―――――いや、いない。クソッ、ナルトとあの巻物がセットだなんて笑えない―――――

 ―――――愚痴っている場合か!? とにかく探すんだ! 草の根分けてもな!―――――

 ―――――あの巻物を盗むたぁやってくれたなあの餓鬼!!―――――

 

 「………穏やかな話ではないな」

 

 シロウは前々から大人たちのナルトを見る目が気になっていた。

 彼らは隠しても隠し通せない憎悪の念をもって、ナルトを見ていたのだ。

 随分昔に無礼を承知で火影にこのことについて問うたことがあった。

 しかしあの人は何も答えなかった。答えなかったと言うことは、確実に何かを隠しているという現れに他ならなかった。

 

 〝成程。そういう事情か”

 

 この騒ぎでやっとこの里の大人達が隠していることが分かってきた。

 昔この里を襲ったとされる九尾の妖狐。そして先ほどの上忍がナルトに対して言っていた化け狐という言葉。導かれる答えなど、嫌でも限られてくるというものだ。

 

 “だがナルトが何かしらの巻物を盗んだ、というのは納得できないな。確かにあいつは悪ふざけが大好きな男だが、間違っても皆を不安にさせるようなことをする男ではない。恐らく良からぬ誰かにナルトが利用されているのだろう”

 

 何にせよ、友が窮地に立たされているのなら助けに行かないわけにもいかない。

 シロウは忍具を巻物のなかに収納し、目立たない黒い外套を着用する。

 

 「手間をかけさせるなよ、馬鹿者め」

 

 

 ◆

 

 

 シロウは失礼ながらも初代火影の顔面岩の頭の天辺に足をついた。

 此処からだと、木ノ葉の里全体がよく見える。まぁ、アパートからそれなりの距離があったため、かなり体力を使いはしたが。

 

 「ぜぇ……はぁ………ぜぇ、ゲホッ、ゲホ…………クソ、滅茶苦茶、疲れたぞ……………」

 

 膝をつき、一息つく。

 そしてやっとのことで息を整えられたシロウは、強化した裸眼で里全体をくまなく視る。

 彼の眼光は鷹の目といっても言い過ぎではない。

 

 「捉えたぞ、首謀者(・・・・・・)

 

 4㎞ほど離れた森で、ボロボロのナルトとイルカ、そして武装した中忍のミズキの姿があった。いつも温和な顔をしていたミズキがひどく口元を歪ませ、悪鬼の形相をしている。

 

 〝やはり皮を被っていたか、あの男”

 

 アカデミーで顔を初めて見た時から相当精神が歪んでいるとは思っていたが、まさか生徒を利用するまでの下衆とは思いもしなかった。

 恐らくミズキが言葉巧みにナルトに何かを吹き込み、巻物を強奪させた。そしてイルカはいち早くナルトを発見したのはいいが、ミズキに隙を突かれ負傷させられて今に至る、といったところか。

 まぁこの推測が合っているかどうかなどはどうでもいい。

 要は主犯が誰か。それだけ分かればいい。

 立てれないほどの負傷を負わされたイルカにトドメを刺そうとするミズキ。

 大丈夫だ、今からならまだ間に合う。

 

 懐から巻物を取り出し一気に広げ、親指の先を噛み切って血を出させる。

 その血を封の印に擦りつけ、収納されている武装を現界させた。

 目の前に現れた黒一色に塗られた巨大な弓と捻じれた剣矢をすかさず手に取り、構える。

 狙うはミズキの肩。此処からは四㎞離れているが、問題はない。すでにミズキに己の矢が直撃するビジョンは頭に浮かんでいる。ならば、外すことを疑うことはない。一撃で貫通させる。

 

 「――――――――!」

 

 弦を引き、矢を射出しようとしたその時、ナルトはなんとミズキに拳を叩き込んだ。

 油断していたのか中忍のはずのミズキは見事に吹っ飛ばされる。慢心で足元を掬われるなど、中忍にあるまじき醜態だろうに。

 

 「俺の出番は無かったな」

 

 シロウはそういって肩の力を抜き、弓矢を下ろした。

 キレている。今、ナルトは最高潮にキレている。あの顔は、マジギレだ。

 ああなったナルトはもう手が付けられない。

 彼は両手の中指と人差指を十字に交差させる特殊な印を結んで、何か忍術を発動させようとしている。

 何故だろうな。今のナルトは、術の失敗は絶対にしないと断言できてしまう。

 

 そして、彼ナルトは術を発動させた。

 すると一瞬にして1000体ものナルトがミズキを囲んで出現したのだ。

 しかもその一体一体に実体があり、尚且つ多量。

 その瞬間、ミズキの敗北は決定したようなものだ。

 実体のある分身はミズキをくまなくタコ殴り。如何な中忍と言えどあの戦力差は如何ともしがたい………恐ろしいものだ。アレが、ナルトの盗んだ巻物に記されていた忍術。禁術の力。

 

 「帰るとするか」

 

 結末を見届けたシロウは武装を解除し、巻物内に収納。

 彼は何も無かったかのように元来た道を辿る。

 

 「あの術を視れただけでも出向いた甲斐はあった」

 

 ナルトには何もしてやれなかったが、無駄足ではなかった。

 ナルトの無事と底力を見られただけでも良しとしよう。

 恐らくあの状況は火影に筒抜けだろうし、イルカもいる。

 

 巻物を盗んだうずまきナルトの処遇は、それほどキツいものにはなりはすまい。

 




・感想、評価などお待ちしています!

 …………本当は魔法夫婦リリカルおもちゃ箱か『Fate/contract』のどちらかを完結させた後に投稿したかったのですが、気分転換的な感覚と夜のテンションが合わさり、つい投稿しちゃいました。後悔は無い、と断言できない自分が情けない


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第02話 『第一班 卒業試験』

 卒業試験からはや2日後。木ノ葉の額当てを貰い受けた合格者達は、一つの教室に全員集まっていた。皆が皆、そわそわした状態で顔見知りの友人達と話し合っている。

 そのなかでも異様な雰囲気を醸し出し、対峙をしている者が二名いた――――ナルトとサスケである。

 

 「ねぇシロウ。あれ止めなくていいの?」

 「あの二人のことか?」

 「うん。ナルト君とサスケ君、喧嘩一歩手前だよ」

 

 サスケのテーブルの上に足をつけ、ヤンキー座りをして超至近距離でガンを飛ばしているナルト。何故彼があのようなことをしているのか、シロウは呆れながらもだいたい把握していた。

 

 〝面倒な”

 

 ナルトは前々から春野サクラという女の子にゾッコンである。

 しかし、サクラ本人はナルトではなくうちはサスケに想いを寄せているのだ。

 それはナルトも理解している。故に、突っかからなければ気が済まないのだろう。

 ナルトという男にとって理屈などは二の次三の次。感情が先に出てしまうタイプなのだから。

 

 「騒動を起こすのは勝手だが、場所は選んでほしいものだ」

 

 ここ下忍の説明会は自分達の今後につて極めて重要なことを話される。そんな大切な場所で喧嘩などされてはどんな罰があるか分かったもんじゃない。

 勿論、罰を受けるのはナルトとサスケだ。

 それをみすみす見過ごせるほど、自分は冷淡な男ではない。

 できるだけ穏便にことを収めようと努力はする。結果までは責任は持たないが。

 

 「おい、ナルト。少し落ち着け―――あ」

 

 シロウが二人の仲介に入ろうとしたその時、ナルトの後ろにいた男の肘が彼の背中を押してしまい、結果、ヤンキー座りをしていたナルトはバランスを崩して――――

 

 ぶちゅうぅ………

 

 耳が腐るのではないかという擬音を発して、ナルトとサスケの唇が重なり合った。

 サクラは勿論のこと、サスケ狙いの女の子は全員目が一瞬白目になるほどのショックを受ける。サスケ狙いではない白野も気分を悪くしたように顔を真っ青にしているほどだ………これは酷い。

 

 「「お、おぇぇぇぇぇぇぇ!!」」

 

 当の本人らもそっちの世界の住人ではなく、ノーマルな方の人間だったが故に、先ほどの事故がどれほどの苦渋だったのかよく分かる。

 

 〝流石にこれはエグイな………”

 

 同じ男としてシロウはナルトとサスケに同情を禁じ得ない。

 

 「ふ、二人のファーストキスの相手が………男になっちゃったね」

 

 その教室にいた誰しもが思いながらも、口にすることはなかった爆弾発言を何の躊躇いもなく投下する白野。凍りついていた雰囲気が一変し、乙女たちの殺気が充満する。

 その多大なる殺気の矛先は、ナルト唯一人に集中している。

 

 〝ああ、なるほど”

 

 事故であれ何であれ、サスケのファーストキスを奪われた彼女達からすれば、ナルトは許されざる敵というわけか。罪な男だな、うちはサスケ。そして相も変わらず不運な男だ、うずまきナルト。

 

 「事故だってばよ事故! 本当に、本当に事故なんだってば…………!!」

 

 ボキンボキンと指を鳴らして近寄ってくるサクラに必至に弁解するナルトだが、そんなもの今の彼女に通用するわけがない。どれだけ言い繕うと、サスケのファーストキスを奪った事実に変わりはないのだから。

 

 「………どうしたのシロウ? 仲介に入らないの?」

 「冗談。流石に俺もそこまで命知らずじゃない」

 

 嫉妬心と怒りで我を忘れた女子は恐ろしいものなのだ。下手に割って入ろうものなら被害が此方にまで及ぶ。

 白野は苦笑しながらですよねー、と同意した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「今日からめでたく下忍になった君達だが、その実まだまだ新米だ。本当に大変なのはこれからだということを忘れてはならない」

 

 イルカは怪我をしているのにも関わらず、いつもと変わらない調子で気遣いの言葉を発していく。ナルトがボロ雑巾のようになっていることにツッコまない辺り、やはり慣れているのだろう。流石ナルトの担任だとしみじみ思う。

 

 「えー………これから君達は里から任務が与えられるようになるわけだが、今後は三人一組(スリーマンセル)のチームを作り、各班ごとに一人ずつ上忍の教師が付き、その先生の指導のもと任務をこなしていくようになる」

 

 三人一組か。できれば白野と同じ班でありたいのだが、そんな私情が適用されるわけがない。こればかりは天に祈るしかない。

 

 「第一班は岸波白野、岸波シロウ、メルトリリスだ」

 

 白野とシロウは互いに握りこぶしを当て合う。しかも奇跡的なことに、メルトリリスと同じ班であるのも喜ばしい。何を隠そう彼女はアカデミー時代のころからの友人だ。

 

 「メルト~」

 

 白野はすぐにそのメルトリリスが座っている場所に顔を向ける。そして人懐っこい小動物のような笑顔をもって手を振った。

 長大な黒いコートで身を包んでいるメルトリリスは、まるで妹を見るかのような目をして手を振り返した。彼女は冷静を装っているが、口元が少し緩んでいる。喜んでいるのはメルトリリスも同じなのだろう。

 

 「さぁて、どんどん発表していくぞー」

 

 次々と決まっていく班はどれもこれもバランスの良い構成になっていた。あと個性やインパクトが高い。

 それらの班のなかで一番気になる班と言えば、やはり第七班だ。

 うずまきナルト、春野サクラ、うちはサスケ。

 なかなかどうして、色々と仕出かしそうなメンバーである。

 

 「ちぇっ。なんでこんな奴と一緒な班なんだってばよー」

 

 ナルトは何やら天敵のサスケと一緒の班であることに対して文句を言っているようだが、学年主席と最下位ではチームバランスの都合上、どうしても同じ班になってしまうのは道理だである。

 

 「よし! 班の発表も言い尽くしたことだし、皆には午後に上忍の先生方を紹介するからそれまで解散! 今の内に班の生徒と話でも何でもしておいた方がいいぞー」

 

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 「まさか貴方達と同じ班に入ることになるなんてね」

 「不服か?」

 「言わなくても分かっている癖に言わせようとするなんて、シロウも意地悪になったものだわ―――ええ、私は岸波シロウと岸波白野のいる班に入れてとてもご満悦ってところよ」

 「ああ、俺も長年の友人と同じ班になれたことを嬉しく思う」

 

 指定された教室にてシロウはメルトリリスと握手を交わす。

 彼女は小柄ながら忍術、体術共に高い能力を持ち合わせる優秀な忍だ。なにより他の忍には無い彼女独自の体技などがあり、それを披露する際は誰しもが目を奪われる。

 

 「「ん?」」

 

 瞬く間に二人の鼻を突く匂いが教室に充満した。

 まさかと思い、二人は勢いよく振り返ってある場所に目を向ける。

 そこには――――無言無表情でぱくぱくと激辛麻婆豆腐を食す白野の姿があった。

 ああ、さっきからなにも喋らないと思ってたら腹が減ってたのか。

 

 「あの子は本当に凄いわね。よく激辛麻婆豆腐をあんな清々しい顔で食べれるものだわ。もしかしてアレは貴方の手作りかしら?」

 「断じて違う。アレは白野が自分で調理したものだ。何故か麻婆豆腐だけは作れるんだよ」

 

 見ているだけで胃もたれしそうな紅いラー油。アレ一食で一日分のカロリーを摂取できるのではないかと思うほどだ………よくあんなものを弁当として持ってくることをシロウが許したものだ。

 何かと食に煩い彼ならばもっと健康的な自作弁当を持たせるはずなのだが。

 

 「今日はどうしても麻婆豆腐を食べたい食べたいと連呼するので仕方なく許可したんだ。普段なら絶対に許さんのだが、まぁ、なんだ。ぶっちゃけ根負けした」

 

 ―――驚いた。あの鉄の主婦が根負けしたとな。

 白野の頑固さはよく知っているが、とうとうシロウまでも打ち負かしたか岸波白野。

 麻婆豆腐の執念恐るべし。しかしああもパクパクとご飯を目の前で食べられたら此方も自然と腹が減ってくるもの。

 

 「………私達も昼食取りましょうか。正直、お腹が減ったわ」

 「そうだな………ああ、久方ぶりにアップルパイを作ってみたんだが」

 「有り難く頂戴するわ。貴方の料理は絶品だもの!」

 

 シロウの手作り料理の味を知り、尚且つ味を占めてしまっていたメルトリリスは断るという選択肢を即座に放棄した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 昼食を食べ終えた第一班は、各々の道具の手入れをしながら担任となる上忍の到着を待っていた。

 自分こと岸波白野は基本的な忍具しか持ち合わせていないが、あの二人は特殊を通り越して異常な武器を携帯している。

 シロウは忍具や暗器というか、もはや武具全般を常に巻物内に保管している。巨大手裏剣もあれば、火器などもある。何より自身のチャクラを練り込んだ自作の武具は、上忍をも驚かせるほどの性能を有しているとのこと。

 本人曰く、こと武具製作は得意なのだとか。お前は本当に忍なのかとよくアカデミー時代にツッコみを入れたものだ。

 メルトリリスは特注の鋼の具足を愛用する。アレもアレでかなり異常な代物だ。

 鋼の具足は攻守共に非常に優れており、しかも機動力の上昇効果が半端ではなく、着用時はアカデミー随一のスピードを出すことができる。恐らく下忍レベルを超えているだろう。

 

 今さらながらあの二人と比べると自分がとても地味に見える。というかシロウとメルトリリスが規格外過ぎるのがいけない。これだと自分の立場がないではないか。

 

 “…………あ”

 

 悶々と悩んでいたら、ある重要なことに気が付いた。

 忍者というものは地味でなんぼではないのか。目立つなぞ以ての外。邪道にも等しい。

 ならば何故へこむ必要があるのだろうか。落ち込む必要があるのだろうか。

 悩むだけ馬鹿らしい。忍然としている自分には恥ずべきことなど何一つとしてないというのに。

 

 「ふふっ」

 

 そうさ。その通りだよ岸波白野。地味ってのはいいことだ。忍ぶ者なんだから当然じゃないか。むしろ誇っていい。誇っていいのさ…………!!

 白野はきゅっきゅとクナイを磨きながらにへへと笑う。

 

 「…………」

 「…………」

 

 その異様な光景からシロウとメルトリリスは目を逸らし、ただ無心になって己が武装の調整を行っている白野は彼らの反応に気付くことはなかった。

 

 

 

 ――――教師の上忍が到着する五分前――――

 

 

 

 皆は自分の武器を納め、ちょっとした期待と緊張と不安を胸に教師の到着を待つ。

 何せこれから一年以上自分達の指導を行なってもらう上司なのだ。ぼんくらでないことを切に願うばかりである。

 

 「「―――――――」」

 

 シロウとメルトリリスは近づいてくる気配にピクリと眉を動かした。次第にコツコツと足音も聞こえてくるようにもなった。

 

 「………ふむ」

 「………へぇ」

 

 足音からして男性、それもかなりの筋肉質な長身体躯であると二人は推測する。

 ちなみに白野は全く気付いていない。

 そして静かに教室のドアを開けて入ってきたのは、二人の予想通り、長身体躯の男であった。

 髪は闇夜に透けれるほど黒く、ハイライトの入っていない精気のないような瞳、顔は整っているが何処にでもいるような印象だ。服装が他の上忍とほとんど変わらない基本的な軽装なのも相まって影が薄いようにも見える。

 

 ―――正直に言おう。かなり得体の知れない教師であると。

 一目見れば相手の実力などを測ることのできるシロウとメルトリリスであっても、全く分からないの一言に尽きている。

 彼は教卓まで足を運び、そして自分達を見据えて口を開いた。

 

 「第一班の教師に任命された言峰綺礼だ。宜しく、新米諸君」

 

 若い見た目とは裏腹に、だいぶ特徴のある低い声だ。目を瞑って聞けば40代くらいの男性の声に聞こえる。声色は威圧的なものでもなし……かといって気合が入っているようでもない。

 

 「さっそくだが、自己紹介から始めようか。ちなみに私に関しては特に言うことはない。強いて言うなら麻婆豆腐が好物だ―――では、琥珀色の瞳を持つ君から横に順々と聞いてこう。自分の名は勿論のこと、得意な忍術でも好きな食べ物でも夢でも何でもいいので口にするといい」

 

 指名を受けたシロウは椅子に腰かけたまま三秒ほど間を取って、口を開く。

 

 「岸波シロウ。基本的な忍術は概ねこなせれる。得意なものは、武具の扱いと作成だ」

 「メルトリリス。得意な忍術は水遁系。移動術、格闘戦も得意とするところよ」

 「岸波白野です。得意な忍術は幻術です。あ、食べ物は先生と同じ麻婆豆腐が好きですね」

 

 三人の簡潔な自己紹介を聞いていた綺礼は相変わらずの無表情。しかし、白野の好物を聞いた瞬間、ちょっと眉を動かした。なんというか、雰囲気も少しだけ緩くなった。

 まるで同士を得たかのような、そんな目で白野を見たのだ。自分と同じく麻婆豆腐が好物な白野に好印象を持ったのだろうか。

 

 「………成程、変わり種が二つ。凡庸が一つか。なかなか面白そうな面子だ」

 

 今のところ彼らに対する綺礼の評価はまぁまぁ悪くはない、といったところだろうか。まぁ凡庸というのは間違いなく白野のことだろう。それでも凡庸とは決して悪い表現ではないので、そこまで気にするものでもない。

 

 「自己紹介は済んだ。さっそくだが、明日から任務がある。かなり重要なやつだ」

 

 脅し、ではないな。それくらいは三人とも理解できている。

 

 「内容は、サバイバル演習。相手はこの私(・・・・・・)だ」

 「………最初にしては、随分とタチの悪い任務だな」

 「シロウに同意よ。嫌らしいことこの上ないわ」

 

 上忍相手に演習。それも任務ときた。一種の通過儀礼か何かであるのは間違いない。

 ………なんでだろう。嫌な予感しかしない。

 

 「卒業生30名中、下忍と認められるのはわずか12名。残りのものはアカデミーへ戻される。脱落率66%の超がつく難関試験だ。アカデミーの下忍になる“可能性”を持つ者を選抜する試験とはレベルが違うということを、胆に銘じておけ」

 

 嫌な予感ほどよく的中するものだ。白野は溜息を吐いた。

 

 〝この上げて落とす二段式試験を考えた人は絶対に性格が捻じ曲がっている”

 

 ………

 ……

 …

 

 「それでは明日、楽しみにしている。私を落胆させてくれるなよ」

 

 言うべきことを言った綺礼は仕上げとばかりに三人に集合場所、日時などを細かく書かれているプリントをぱっぱと渡してスピード退室。

 不安を煽るだけ煽ってのこの所業。あの教師も相当性格が捻じれていると見える。

 ここまでされたら一発ぎゃふんと言わせなければ気が済まない。

 シロウは渡されたプリントをくしゃりと握り潰し、席を立つ。

 

 「一応、返事は分かってるけど聞いておく。お前達は今、戦意はあるか?」

 「「あるに決まってる………!」」

 「上等。ならば、やることは唯一つ………一泡吹かせるぞ、あの言峰綺礼に」

 

 ――――この瞬間、間違いなく第一班の心が一つになった。

 

 

 ◆

 

 

 ――――翌日――――

 

 集合場所の『訓練場』に集まった三人全員はやる気に満ちていた。

 試験の場となる此処には身を隠せる森林があり、水の溜まった大池があり、平地もある。戦う場所としてはこの上なく条件がいい。

 

 「ここなら多少、爆薬を用いても被害は少ないか………」

 

 シロウはかさばらない程度に巻物を体中に隠し持っている。

 彼は己の自信作と言える武具が収納されている巻物を『全て』持ち出してきたので本気も本気、超がつくほどマジなのだと分かる。

 外套も場所に合わせて風景に馴染めるよう、迷彩色に変えており戦うことに余念がない。

 

 「さて…と。精一杯 頑張るとしましょう」

 

 メルトリリスはすでに鋼の具足を装着済み。彼女は具足の着用時にはスカート、ズボンも何もはかない。スパッツだけで下半身を覆っている状態だ。

 やはりメルトリリスの具足装備状態は、幼いながらも妖艶な色気を感じさせてならない。

 

 「全力でいきます……!」

 

 そして白野は、シロウ特性の紺色の和服(着物)を着用している。

 地味であり軽装に見えても侮ることなかれ。あの鉄壁の保護者バリバリの男に仕立て上げられた着物の防御力は生半可なものではない。しかも驚くほど軽いのだ。

 

 「やる気は十分、といったところか。ふむ、心構えに関しては問題ないようだ」

 

 上忍の緑ベストを着用せず、黒の長袖Tシャツ、長ズボンと舐めきった軽装で自分達と対峙する言峰綺礼………いいだろう、その不敵な笑みを浮かべている顔を驚きと苦渋の表情で染めてやる。

 

 「ルールの確認をするぞ。私の腰には二つの鈴がある。これを昼までに奪い取ることが課題だ」

 

 綺礼は淡々とした口調で再確認を取っていく。

 

 「鈴を取った者が合格。取れなかった者は失格。つまり、どう足掻いても一人は確実にアカデミーに戻されることになる」

 

 この試験には裏がある。それに白野、シロウ、メルトリリスは感づいていた。

 説明会ではイルカから『三人一組上忍一人』で任務をこなすよう説明を受けていた。なのに何故、一人を必ず欠かすような試験内容にする。明らかに矛盾しているし、これでは仲間割れを起こせと言っているようなものだ。

 恐らく、これは自分の利害に関係なく、チームワークを優先できる者を選抜するための試験なのだろう。それに個人プレイで上忍を相手しようなど無理難題としかいえず、現実的ではない。

 

 「手裏剣やクナイのような武器の使用を許可する。忍術もだ。まぁ、言わずとも分かっていると思うが私を殺す気で来い。でなければ誰一人として合格は出来んぞ」

 

 そのようなこと言われずとも分かっている。たかが新米下忍の自分達が、生半可な意志で上忍から物を奪えるわけがない。やるのならそれ相応の覚悟が必要だ。

 

 「以上でルールの確認は終わりだ。お前達、準備はいいな?」

 

 皆はこくりと頷く。綺礼は死んだ目で自分達を見据える。

 

 「では、始めようか。

 ――――――スタートだ―――――――」

 




 今更ながら男1人、女2人の三人組編成はちょっとバランス悪かったと反省しています。メルトリリスではなく李書文(アサシン)先生にしたら方がバランス良かったかな………?
 まぁ言峰もいることだし、別にいいかと開き直りました。

 メルトリリスの具足は本編のままだと身長190㎝代になってしまうので、色々具足設定を弄らせてもらいました。このSSの具足は本編のアレほど長大ではなく、普通のサイズ。つまり着用しても身長はちょっとしか変わりませんし、190㎝代にはなりません。145cmがせいぜいです。形状は本編のものを通常サイズにした感じ。

 このSSの麻婆神父は心の歪みがない(美しいものを美しいと思える)ため、唯Sっ気の強い人になっています。じゃないと絶対あの人裏切るもしくはラスボスになりますから。
 しかしそのため言峰綺礼という魅力を大幅に削ってしまった感があります。歪みあっての綺礼でしたからね………。


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第03話 『三人一組』

 綺礼が開始を宣言した瞬間、三人の下忍はすぐに森へと身を隠した。

 忍びたる者、基本は気配を隠すべし。白野は下忍にしては上手く隠れた方だ。

 問題は残る2人。岸波シロウとメルトリリスは上手いなんてもんじゃない。既に中忍の域に到達しているレベルの気配遮断能力だ。上忍の自分でも一瞬位置が分からなくなった。

 

 “やはり、悪くないな”

 

 学年主席のうちはサスケは中々の規格外な子供と聞き及んでいたが、なかなかどうして。

 あの二人も存外に負けていない。

 

 〝どう仕掛けてくるか楽しみだ”

 

 とりあえず綺礼は障害物のない平地にただ佇み、彼らの行動を観察する。

 タイムリミットはこうしている間にも刻々と削られていっている。隠れたまま何も行動に移さなければタイムオーバーにより失格になるだけだ。

 故に、待つだけでいい綺礼とは違い、彼らは必ず何らかのアクションを起こさなければならない。

 

 「…………!」

 

 突如、シロウが身を隠していた場所から多数の矢が飛来する。その数見積もって15本。

 連射速度が化け物染みており、さらには弾速も過去経験したことのないスピードだ。

 

 「ほう。これはまた、驚かされる」

 

 そして何より綺礼を驚かせたのはその驚異的な連射速度でも、弾速でもない。

 ――――あの矢は躱せない。

 そう、本能が警告したことだった。

 

 駄目だ。どう足掻いてもアレは躱せない。躱せるイメージが浮かばない。

 飛来する矢をどうにかするには、迎撃するか、防ぐしかない。

 不思議な感覚だ。直撃する自身をイメージできるほど適格な射撃を見るというのは。

 

 〝術を使うか”

 

 まさか、これほど早々に忍術を使う羽目になるとは思わなかった。

 できる人材とは思っていたが、予想の範疇を遥かに超えている。

 まぁだからこそ試し甲斐があるというものだ。

 

 「土遁 土流壁」

 

 印を結び、即座に体内のチャクラを土に変えて口から吐き出した。

 それは瞬時に土の壁を形成し、術者を護る盾と為る。

 基礎的な忍術ではあるが、これを極め、熟練者が扱えば鋼鉄をも上回る強度を発揮する。

 

 ズガン!ガンッ!!ゴガンッッ!!!

 

 まるで砲弾が直撃したかのような衝撃が壁に伝わる。

 それだけではない。矢先が微妙に土流壁を貫通しているのだ。

 

 「威力も大したものだな」

 

 この鋼鉄を超える壁を貫くほどの威力になると、もはや下忍が為していい業ではない。恐らくこの矢にも、チャクラが練り込まれいるのだろう。

 武具使いらしい、実に強力無比な獲物だ。

 

 「―――な」

 

 綺礼は感心した後に、目を見開いた。

 土流壁を貫通してきた矢先をよく見ると、起爆札が貼られていたのだ。

 

 「やってくれる……!」

 

 すぐさま綺礼は土流壁から距離を取った。

 しかし、その直後計15本に貼られていた大量の起爆札は一斉に暴発した。

 その威力たるや大型の爆弾と相違ない。膨大な熱量が込められた爆風は容赦なく綺礼を襲う。

 

 「グゥッ」

 

 チャクラの膜で体を覆い、爆風から身を護る綺礼。

 だが彼の長身は見事なまでに吹っ飛ばされ、湖にまで移動させられた。

 綺礼は空中でなんとか体勢を立て直し、両足にチャクラを集中、固定させて無事水面に着地する。しかし、シロウは彼に息つく暇を与える気はないという風に、攻撃の手を緩めようとしない。

 第二波として通常の手裏剣の何十倍もの大きさを誇る風魔手裏剣影風車が猛烈な回転を発しながら言峰綺礼に迫り来る。

 

 「あまり調子に乗るなよ、岸波シロウ」

 

 風魔手裏剣に起爆札が貼られていないことを目視し、判断した綺礼は無造作に右手を前に出す。そして、あろうことか大気を切り裂き猛進する風魔手裏剣を素手で止めた。それも片腕だけで。それはもはや人間離れした馬鹿らしい握力と腕力、反射神経があるからこそできる芸当だ。

 

 「………ふん」

 

 そしてそのまま風魔手裏剣を握力だけで粉々に粉砕する。

 普通はこのような人外業を見せつけられたら、大概の生徒は戦意を喪失する。あんな人間から、鈴を奪うことなぞ不可能だと。

 されど、生憎彼らは特別負けず嫌いなのだ。例えるのならうずまきナルト並みと言っても過言ではない。

 

 「ほう。飛び道具が効かないと悟り、今度は直接奪いに来たか」

 

 森から勢いよく現れ、此方に接近してくる者は岸波シロウとメルトリリス。岸波白野は未だに森で待機しているようだ。

 しかし、まさか真正面からの特攻とは舐められたものだ。いくら覚悟があろうと自棄になっては意味がない………いや、あの眼は何か企んでいるモノの眼だ。何かしらの策を用意しているのだろう。警戒は怠らない方がいい。

 

 「行くわよ、言峰綺礼!」

 

 先陣を切ったのはメルトリリスだ。まだ下忍だというのに、彼女は水面歩行を難なくこなしている。しかも――――移動速度がかなり速い。

 彼女の具足に取り付けられている大針を駆使して、水面上で綺礼に白兵戦を仕掛けてきた。下忍としては破格の能力だが、所詮どこまでいっても下忍は下忍。対処すること自体はそれほど苦にはならない。

 ひと思いに倒すことは簡単なのだがそれでは試験にならない。

 綺礼は力を抜き、手加減をしながらメルトリリスの脚業を得物を使わず無手で捌いていく。

 そこに、遅れてシロウも白兵戦に参加した。

 彼の両手には陰陽の印が施された奇怪な双剣が握られている。これで遂に二対一の構図となった。

 

 「「ハァ―――――!!」」

 

 双剣を振るうシロウ。脚業を繰り出すメルトリリス。

 彼らはほぼ同時のタイミングで攻撃を行っており、互いの攻撃手段の邪魔になっていない。かなり息の合ったコンビだ。つい最近組んだというわけではなさそうである。

 

 メルトリリスは可憐であり才気を感じさせて止まない軽やかな脚業を繰り出し、シロウは才能が無いながらも無骨で、実直な実戦を重きに置いた剣戟を放っている。

 相反する才能を持つ者がこれほどの連携をこなせるとなるとかなりのものだ。

 尤も、ただそれだけでは自分には届きはしないが。

 

 「やるぞメルト!」

 「分かってるわ!」

 

 いったんシロウが剣戟から身を退き、最初と同じくメルトリリス一人で言峰綺礼の相手をすることとなった。身を退いたシロウはチャクラによって強化された脚で高く上空へ跳び、手に持っていた双剣を綺礼に力強く投擲する。

 メルトリリスはシロウが双剣を投擲した瞬間、巻き込まれぬようタイミングを合わせて離脱した。

 

 「この程度の技………」

 

 狙われた綺礼は飛来する双剣を鍛え抜かれた強靭な脚で蹴り砕く。

 流石は上忍。メルトリリスを遥かに上回る脚業だ。

 しかし、岸波シロウも双剣を投擲しただけで終わる筈がない。

 

 「如何に上忍と言えど―――――この一撃、凌ぎきれるか」

 

 シロウは懐から巻物を取り出し、開封する。

 虚空の空間に現界したのは長大な方天戟。岸波シロウが一から作り上げた作品の1つ。

 この方天戟内部には、大量の爆薬とチャクラが練り込まれている。爆破の威力は初撃に放った矢の約数倍………!!

 チャクラを腕に集中し、ドーピングした腕力を活かして方天戟を全力をもって投擲する。

 普通は模擬戦などで使うものではないが、言峰綺礼ほどの化け物ならば問題はない。

 爆薬が内包された方天戟は綺礼の眼前で眩い光を発し、続けて耳が張り裂けんばかりの轟音が周辺一帯に鳴り響いた。

 その威力たるや――――炸裂弾の如し。

 

 シロウとメルトリリスは湖から地上まで退却し、水飛沫が立ち上るその光景を見届けた。

 

 「…………」

 「…………」

 

 もはや鈴を取るどころか言峰綺礼の命を取ることに力を注いだ二人。シロウの作り出した上位武具も容赦なく使用した。しかし、二人の表情にはまるで余裕がなかった。

 

 ――――土遁 心中斬首の術――――

 

 確かな殺意がシロウ達を襲う。その殺意の出所は――――真下!

 シロウとメルトリリスは同時に地上を蹴り、跳び上がった。その直後、先ほどまで自分達が立っていた地面には二つの手が顔を出していた。あのまま立ちっぱなしだったら地中に引きずり込まれていたに違いない。

 

 「随分と土遁が得意のようだな………!」

 

 シロウはダメ元で起爆札付きのクナイを手が出ている地面に向けて放つ。

 方天戟に比べたら欠伸が出るほど小さな爆発だが、贅沢は言っていられない。ダメージを与えられずともせめて逃れるだけの時間は稼げるだろう。

 ボボンッ、と爆発が起こっている内にシロウとメルトリリスは森へと再度姿を晦ませた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 化け物だな、アレは。

 小手調べに言峰綺礼と一勝負興じ、結果、真正面からでは到底敵わないことが確認できた。少なくとも今のチャクラ量と戦闘経験値ではメルトリリスと組んでも鈴を奪うことは不可能だろう。

 木々へと飛び移りながら、シロウとメルトリリスは白野を待たせていた待機場所へと着地した。

 

 「二人とも大丈夫だったの!?」

 「ああ、なんとかな」

 「………危うく首まで地中に埋め込まれるところだったわね」

 「だが、それなりの収穫を得たから良しとしよう」

 

 心配し、慌てている白野を宥めながらシロウは言峰綺礼の実力を冷静の分析する。

 土遁を多用し、その術の発動スピードも速い。体術はメルトリリスと岸波シロウを遥

かに上回り、此方の打撃は全て捌かれた。

 結局、自分達は奴に一撃も与えられていない。さらには方天戟をも凌げる頑丈さときたものだから死角がない。

 

 「………やはり白野の力が必要だな」

 

 今のシロウとメルトリリスだけではとても太刀打ちできない。白野の力は必要不可欠だ。

 

 「任せてシロウ! 絶対に足手まといにはならないから!」

 

 ふんすと息を立ててやる気を見せる白野。

 ―――――よし。問題ない。

 白野の幻術は折り紙つきだ。それにまだ不完全ではあるが、感知タイプでもある。

 彼女のバックアップが有るか無いかでは戦局がだいぶ違ってくるのだ。

 

 「「「――――――!」」」

 

 馬鹿みたいなスピードで此方に接近してくる物音。そして敵意。間違いない………言峰綺礼は平地で佇むことを止め、自分達のいるこの森林を駆けている。

 

 「………時間はない。作戦を手短に言うぞ」

 

 張りつめる圧迫感を押さえながら、シロウは二人に作戦内容を口にする。

 

 

 

 ◆

 

 

 言峰綺礼が森林に入ってはや十分が経過したが、未だにあの子供達を見つけれないでいる。しかも辺りはトラップだらけ。判断を間違えると火傷では済まされないであろうマジな仕掛けも山ほどある。絶対岸波シロウが仕掛けたトラップだ。

 先ほど実際に手合せして分かった。

 彼は第一班のなかでもかなり戦闘力が高い。というか攻撃手段が異様に多い上に殺傷能力もずば抜けている。下忍にしてあれほど殺人に特化された者は過去の例にも少ないだろう。

 弓の技術は恐らく最高峰。白兵戦能力も無才ながらも高い。特に弓矢に起爆札を貼り、槍に爆薬を詰め、忍者らしからぬ驚異的火力には流石に驚かされた。武具の生成、扱いに長けていると言っただけはある。

 アレにはいくら注視してもし過ぎにはならない。

 

 「……………」

 

 綺礼はぴたりと足を止め、構えを取る。

 確かな殺気が自分を狙い定めている。これは――――

 

 「狙撃か………」

 

 木と木の間から己の首を狙う矢が姿を現した。

 相変わらず起爆札を貼ってあるという特別性だ。

 躱せない上に威力が高いとなるとかなり厄介である。

 だが、同じ技が上忍に通じると思ったら大間違いだ。

 

 「躱せないのなら、撃ち落とすだけのこと」

 

 綺礼は先ほど適当に拾った小石を矢に目掛けて投擲する。

 投擲された小石は強化済みだ。そこいらの砲丸よりも堅いだろう。

 小石と矢は見事に衝突し、空中爆発を生む。

 しかし、その爆発は見るからに妙だった。

 

 “煙幕か”

 

 爆発するも、爆風を発せずもくもくと辺りを覆う白い煙。起爆札に偽装した煙幕札。

 あの矢は撃ち落とされることを想定して射られたものだった。

 

 「無駄なことを………」

 

 綺礼は煙幕に紛れて放たれたメルトリリスの蹴りとシロウの一閃を素手(・・・・・)で受け止めた。鋭い切れ味を持つ大針と刃物を受け止めた手は、傷ついていない。金属と金属が打ちつけ合う音だけが辺りを響かせた。

 

 「なんですって…………!?」

 「土遁による硬質化だと!?」

 

 シロウとメルトリリスは驚きの声を上げる。これほど強固な硬質化は聞いたことも見たことも無かったからだ。

 彼自慢の愛剣の一閃、メルトリリスの具足の一撃。それを受けて尚無傷となると、鉄以上の強度を誇っていることになる。

 

 「フンッ!」

 「「なァ!?」」

 

 陰陽の双剣、莫耶と鋼の右具足の大針が硬化された素手によって木端微塵に砕け散った。

 己の武装にかなりの自信を持っていた二人は衝撃を受ける。

 ――――しかし、それでも彼らの戦意は衰えを知らない。

 

 「まだ……武具は残っている!」

 「私もよ!」

 

 シロウは新たな莫耶を目も止まらぬスピードで取り出し、メルトリリスは残った左具足で蹴りを放つ。

 

 「その粘り強さは評価しよう。しかし、まだまだ――――――」

 

 若い、と口にしようとしたその時………一瞬、言峰綺礼の動きが止まった。

 

 ――――麻婆豆腐お待たせアル~!――――

 

 綺礼の耳に、激辛愛好家御用達の中華料理店『泰山』店主の声が聞こえた。戦闘中に、絶対に聞くことはないワードと声だ。普通の上忍なら、これは白野が仕掛けた戯けた幻聴だと気付くだろう。

 しかし麻婆豆腐に並々ならぬ執念と熱意を持っている綺礼には、どうしても聞き逃せぬ言葉であり、幻聴だろうがなんだろうが関係なく体が反応してしまう力を持っていた。

 事実、彼は一瞬身動きを止めた。シロウとメルトリリスにとってはその一瞬だけでいい。その一瞬があれば問題なく―――――――鈴を奪うことができる。

 

 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 「全員、合格だ。この仕組まれた試験内容の状況下のなかでもなお、自分の利害に関係なくチームワークを優先できた。それもだいぶ前からこの試験の答えに行き届いていたのだから、大したものだよお前達は」

 

 悔しさを一切表すことなく、淡々と言う言峰綺礼。それでも言葉尻には賞賛してくれている辺り、それなりに自分達のことを認めてくれていると判断していいのだろうか。

 

 「明日からは本当の、正真正銘の任務を行っていく………任務中に命を落とす下忍なぞ山ほどいることを決して忘れるな」

 

 その言葉を発する時の彼の眼は決して虚ろなものではなかった。自分の生徒になったのなら、立派な忍者になるまでは死ぬことは許さない。そう黒い双眼が語っていた。

 言峰綺礼。彼は不器用であり、怖い教師ではあるが、決して嫌いな部類の人間ではないと白野は思えた。信用と信頼は、これからゆっくりと築きあげていけばいい。

 

 「では、解散―――と、言いたいところだが」

 

 綺礼はにやりと口元を歪ませ、

 

 「合格祝いに中華料理店泰山に連れて行ってやろう。奢るぞ? じゃんじゃん奢ってやるぞ?」

 「え、本当ですか先生!」

 「もちろんだ。今日の戦果を讃えなければバチがあたる」

 「やった――――!!」

 

 自分こと白野は大喜びだ。知る人ぞ知る泰山の麻婆は絶品である。異論は認めない。それも奢ってくれるというのだから、断らないわけにはいかない。というか断る選択肢自体がない。

 

 「ならば行くぞ」

 「はい! ってほら、二人ともなに苦虫を噛み潰したみたいな顔してるの。はやく行こうよ!」

 「「………………」」

 

 何故か意気消沈しているシロウとメルトリリスをぐいぐいと腕を掴んで引きずっていく白野。彼女は楽しみで楽しみでしょうがないのだろう。激辛好きなのだから当然だ。

 しかし、シロウとメルトリリスはそれほど激辛料理が好きではないし、何より泰山の料理は神経が麻痺するほど辛いと有名だ。そんな場所に激辛愛好家でもない一般人を連れて行こうというのだから、ぶっちゃけ死ねと言っているようなものである。

 

 ――――後にシロウとメルトリリスは、涙を流しながら真っ赤な激辛料理を口にした。

 その姿を言峰綺礼は実に清々しいスマイルで眺めいたと岸波白野は後に語る。

 

 




 やっと更新できた………。


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第04話 『Cランク任務』

 アカデミーを卒業したばかりの下忍に与えられる任務は基本的に安全度が高く、また簡単で優しいものが大半だ。例えば飼い犬や飼い猫を探して保護するとか、何処かで無くしてしまった荷物を確保するとか。

 そして今日も例に漏れずペット捜索任務。しかもとある劇団が手塩を掛けて育てた猿が対象というのだから困ったものだ。また街の中ならともかく、動物の楽園にして庭のような森へと逃げ込まれていているのでさらに手間が掛かる。

 

 「………いい加減、飽きてきたわね。もっと刺激のある任務を受けたいものだわ」

 

 メルトリリスは優雅さに欠ける地味な任務の連続で大いに不満を溜めていた。白野からすればDランク任務でも結構やりがいのあるものだが、普通の下忍より遥かに優れた能力を持つメルトリリスからすれば、こんな任務は戯れにも等しい退屈な作業なのだろう。

 

 「文句を言っていても何かが変わるわけでもなし。無駄口叩いてないでさっさと探すぞ。取り返しがつかなくなる前に捕えたいところだしな」

 「ああ、岸波シロウの言う通りだ。我らがこうしてぐだぐだしている間に、劇団の猿の身に何かあったら目も当てられん」

 

 我らがリーダー岸波シロウと教師の言峰綺礼はそう言って、各々の方角に散開した。彼らのどのような任務に対しても生真面目に取り組む姿勢はまさに社会人の模範のようだ。

 

 「さ、メルト。私達もそろそろ気合を入れてお猿さんを探そう。私はあっちを探してくるから、メルトは逆の方角を探してきて」

 「………はぁ。そうね、文句を言っても始まらない。さっさと終わりにして帰りましょうか」

 

 もう日没まで残り時間が少ない。こんな面倒な任務は一日で終わらせるのに限る。

 メルトリリスは少し気合を入れて、木々へと飛び移りながら目標を探すことにした。

 

 

 ──────30分経過──────

 

 

 『こちら言峰。未だ目標を発見できていない。他は?』

 『俺も同じく。ざっと周囲二㎞を見渡したが、影も形もない』

 『うーん。流石にチャクラを全く発しないお猿さん相手だと私の感知は役立たずだよ』

 『………私も見つけれてないわね。これはちょっと手間が掛かるかもしれないわ』

 

 無線機で連絡を取り合う第一班。しかし、今のところ誰一人として猿を目撃してすらいない状態だ。このままだと日が暮れる。

 そんなことは誰しもがお断りだと心中で呟いていた。動物一匹に一日を潰されてたまるものか。

 

 『………致し方が無い。口寄せを使うか』

 『ほう。それで、アンタはいったい何を呼ぶつもりなんだ?』

 『鼻の利く忍犬三匹だ。移動速度も折り紙つきで猿などすぐに発見できるだろう』

 『『『最初からそれ使えよ!!』』』

 『そう怒るな。私とてここまで長引くとは思わなかったのでな』

 

 まぁ、確かに皆もこれほど手こずるとは予想外だっただろう。たかが猿一匹、いくらこの広大な森に逃げ込んだとしてもこんなに時間を喰わされるとは思いもしなかったのだから。

 

 

──────五分経過──────

 

 

 『発見したぞ』

 

 宣言通り、五分という短い時間内で言峰綺礼は劇団の猿を発見したと報告を寄せてきた。

 この手際の良さ、尚更最初から使っていればと責めたい気持ちが沸々と湧き出てくるが、そこをなんとか我慢してメルトリリスは詳しい情報の提示を願い出る。

 

 『うむ。忍犬からはポイント332から345に向かって一匹の猿が移動していると報告がきている。この位置だと、一番近いのはメルトリリスか』

 『分かったわ。じゃあこの私がサクッと捕まえてきてあげる』

 『油断はするなよ……否、お前の場合は絶対に猿を傷つけるな。加減して無傷で捕縛しろ』

 『はいはい、言われなくとも分かってるわよ』

 

 メルトリリスは無線を切り、目標の元へと疾走する。その速度は実に100㌔オーバー。

 彼女は森のなかを何不自由なく駆け抜けていく。

 

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 「──────見つけた!」

 

 目標はすぐに補足できた。猿にしてはなかなかの速度で移動しているが、所詮は獣。忍獣でも無い限り万に一つとしてこのメルトリリスから逃れることはできない。

 まぁ、やっと劇団などという人間の見世物牢獄から脱獄して自由を満喫している猿を捕縛する……というのは少々気は引けるがこれも任務だ。潔く諦めて、今まで捕縛してきたペットと同じ運命を辿ってもらおう。

 

 「えーと、この状況で最も適した捕縛忍具は──────これね」

 

 ポーチから取り出したのはシロウ印の紐網。メルトリリスはその高い跳躍力をもって猿の頭上まで飛び、その網を猿に向かって投げつけた。

 シロウほど命中精度は良くないが、獣程度に網を被せるよう当てることなど造作もない。

 

 「キっ!?」

 

 投擲は見事に命中。

 猿は網に捕えられ、キーキーと鳴きながらも暴れ続ける。

 

 「ごめんねお猿ちゃん。これも任務だから」

 

 人の言語など猿に理解できるわけがないが、とりあえずメルトリリスは謝罪をする。

 

 「キーッ! キシャーッッ!!」

 「………見事に怒り狂ってるわね。落ち着いてっていうのも無理があるし、ここは手っ取り早くコレに頼りましょう」

 

 劇団に戻されることが嫌なのは十分理解できるが、これ以上無駄に暴れられても困る。それにこのままでは運ぶのも面倒だし、メルトリリスは催眠スプレーを取り出し猿の顔に向けてささっと吹いた。

 

 「──────………」

 

 先ほどまで暴れ回っていた猿は一瞬にして落ち着き、眠りについた。

 なんという効力。いくら獣とはいえたった一吹きで眠りに誘うとは、流石はシロウ印の催眠スプレー。安心と信頼の性能である。

 

 後ほどシロウ達も到着した。そしてこの猿が本当に対象かどうかしっかり検分し、結果、同一の猿であることが確定された。匂い、外見ともに脱走した猿と合致したのだ。

 

 第一班のDランク任務は無事完遂することができた。

 

 

 ◆

 

 

 岸波シロウ、岸波白野、メルトリリスが下忍となり、班を組んではや一週間が過ぎていた。言峰綺礼という胡散臭い教師の性格も慣れてきて、いつの間にやら任務達成も50を超している。そして低ランクながらも数多くの依頼をそつなくこなしてきた第一班の実績は、上層部からもそれなりの評価を受けている。

 だからこそ許可が下りたのだろう………Cランク任務を受けることを。

 

 「やれやれ。まさか本当にCランク任務を受けれることになろうとはな。下忍になったばかりの俺達には、些か早すぎるような気もするのだが」

 「ふふ、どの口が言うのかしらね。シロウならCランク任務なんて十分受けれる実力があるでしょうに………まぁ、大切な大切な娘が心配なのは分かるけど、そろそろ子離れしてもいいんじゃない? あの子は貴方が思っているほど、弱くもなんともないわよ」

 

 下忍になって初めてCランク任務を受けることになり、なんとなく皆で食事を取ろうということになった第一班。飯をご馳走する場所は一楽のラーメン屋でも、焼肉屋でも、ましてや中華料理店泰山でもない。岸波家のアパートだ。

 料理をするのは岸波シロウ唯一人。綺礼と白野は食材の買い出しに行っている。

 つまり今この部屋にいる者はシロウとメルトリリスのみ。

 客人のメルトリリスはヨンデーという図々しいタイトル名の月刊誌を読みながら、錬鉄の主婦シロウと他愛のない話に華を咲かせている。

 

 「子離れも何も、白野が弱いなどとは俺は思っていない。ただ、もう少し経験をだな」

 「そんなこと言ってたらキリが無いでしょ。それにたかがCランク最下位の任務。AやBランクの任務を受けようってわけじゃないんだし、別に大した問題はないわ」

 「………確かに、Cランク任務とは言えど『波の国にある薬草の入手』と難易度は最下位にあたるものだった。あの国には忍者はいない。仮にいたとして、万が一戦闘になったとしても────」

 「即無力化すればいいだけよ。力及ばずともあのコトミネーターがなんとかしてくれるし無問題無問題♪ あまり心配しすぎると白髪になるわよ?」

 「………そういう冗談はやめろ。案外洒落になってないからな」

 

 シロウの苦渋に満ちた言葉にメルトリリスは口元を緩ます。堅物な彼をからかうのは案外面白い。

 

 ………

 ……

 …

 

 

 暫くして白野と綺礼が帰ってきた。二人は寄り道せずにちゃんと頼んでいた食材を仕入れてきた………のはいいんだが何故に豆腐と麻婆の元があるんだ? そんなもの頼んだ覚えはないのだがと引き攣った笑みでシロウは言う。

 

 「「よろしく」」

 

 いったい何がよろしくなのか。この二人、シロウが中華料理苦手なのは重々承知しているだろうに。だがこうして材料まで買ってこられていて、尚且つこれほど期待の詰まった眼差しを向けられたら作らないわけにもいかない。

 ──────良いだろう、上等だ。作ってやろうじゃないか。密かに中華料理の基礎を勉強し直し、陰ながら修行して身につけた腕前を披露するには丁度いい。

 人間とは、日々成長する生き物だということをその身をもって思い知らせてやる。

 

 

 ───調理、開始───

 

    ◆

 

 ───調理、終了───

 

 

 テーブルに盛られた和洋折衷なんでもありの料理の数々。任務の達成率が高いおかげで、金銭に余裕を持ててきていたので豪勢に振舞った。また、唯一苦手だったジャンル『中華料理』もなんなく作り、麻婆豆腐も完璧だ。

 こと料理に関しては、今の岸波シロウに死角はない。どのような料理でも完全に仕上げて魅せる。これが────錬鉄の主婦の力である。

 

 「素晴らしいな岸波。泰山の麻婆ほどではないが、スパイスがよく効いている」

 「嗚呼、まさにGJ!」

 「シロウの料理はやっぱり美味だよねぇ」

 

 皆はシロウが丹精込めて作った料理を頬張っていく。評価は悪くない。むしろ良い。

 やはり調理する者として、食べてくれる人が美味いと言って喜んでくれるのは嬉しいものだ。これは作った者にしか味わえない特権だろう。

 そしてテーブルの上に出されていた料理全てがものの見事に完食され、皆は腹を膨らませた。うむ、実に素晴らしい喰いっぷりであった。シロウは実に満足した顔で食器などを洗っていく。

 

 「馳走になったな、岸波。明日は大門前にて集合だ。くれぐれも遅れぬように。

  ────あと、はたけカカシ率いる第七班と波の国まで同行することになった」

 「………第七班といえば、確かナルトやうちはサスケが所属している班だったな」

 「ああ、そうだ」

 

 あの意外性№1忍者であるうずまきナルトと数ある血族中『千手』と並び最強と称される『うちは一族』の末裔うちはサスケが配属されている第七班。教師は言わずと知れたコピー忍者、写輪眼のはたけカカシが担当しているという。

 同行する班としては、なかなか面白くまた頼りになる。

 

 「彼らはある老人の護衛任務についている。出発時刻もルートも目的地も同じ故に同行することになったが……別に構うまい?」

 「此方としては別に不満もなければ問題もない」

 

 シロウの返答に綺礼は無言で頷き、部屋から出て行った。

 ────なんとなく、本当になんとなくだが………明日は色々と面倒なことが起きる気がする。

 根拠などない、単なる岸波シロウのカンではあるが、幸薄い男の悪い予感なのでけっこう侮れない。そんな胸を曇らせる心のもやもやを洗い流すように、シャカシャカと食器洗いに専念するシロウであった。

 



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第05話 『鬼人 桃地再不斬』

 Cランク任務当日、岸波白野はシロウと共有している自室で気合を入れて、お世辞にも豊満とは言えない胸をさらしで強く巻いていく。そして特殊な布で作られた和服を着て、忍具の詰まったポーチを太ももに巻き、シロウ印の刀を腰に携えれて準備は完了した。

 

 「忍具よし。医療道具よし。電気の消し忘れも無し」

 

 最後に致命的な忘れ物が無いか念入りに確認。

 結果、何も問題はないと強く自負して部屋を出る。

 太陽の光が万遍なく降り注いでいる外では、迷彩柄の外套を羽織っているシロウと黒いロングコートを着用したメルトリリスが白野を待っていた。

 

 「白野。忘れ物してないわよね」

 「電気はちゃんと消してきたか」

 「うん。キッチリ確認したよ」

 

 二人とも、相変わらず歴戦の勇士のような佇まいをしている。素人の自分でさえ、彼らの隙は限りなく少ないと自覚できるほどだ。毎度思うが本当に下忍かコイツ等は。

 そんな何とも言えない思いを心中で吐露し、白野はガチャリと玄関の鍵を閉めた。

 

 「よし、では行くか」

 

 シロウは集合場所である大門に向かって歩を進め始めた。メルトリリスと白野はその小さいながらも、大きく頼もしく見える彼の背中についていく。

 自分を含む、第一班の下忍メンバーは全員里の外での任務は今日で初めてだ。白野は未知なる任務に不安と緊張で胸が一杯である。それなのにシロウもメルトリリスも平常運転。自分とは違い、テンパってもいない自然体だ。まるで自分一人だけが取り残されていっているような感じがして、無性に情けなくなる。

 だが、それでいじける白野ではない。自分も彼らに追いつけるよう、足掻いて努力を重ねればいいと自身を力強く鼓舞する。足手纏い、お荷物になるだけは絶対にお断りだ。

 

 暫くして、大門の前に到着した。そこに第七班と、第七班の護衛対象であろう老人、それに第一班の教師言峰綺礼も同じタイミングで集合した。

 シロウ達は初対面のはたけカカシと橋作りの名人タズナに自己紹介を簡潔に済ませる。

 

 「うっしゃあああああ! んじゃ、しゅっぱぁぁぁぁぁつ!!」

 

 分厚い門の口がゆっくりと開かれ、テンションが軽く高まったナルトは威勢の良い声を上げた。

 

 「ちょっとナルト。何はしゃいでるのよ」

 「だってオレってば一度も里の外でたことねぇーからさぁ!」

 「おいおい先生よォ。本当にこんなガキが護衛で大丈夫なのかぁ!?」

 「はは………上忍の私がついていますから、そう心配はいりませんよ」

 

 第七班は賑やかだなぁ、と白野はのほほんと呑気に思いながら、里を皆と共に出る。

 賑やかなボケとツッコミを繰り返すナルトとサクラ。無言で歩くシロウとサスケ。タズナの愚痴に付き合わされている教師陣営。そしてメルトリリスと他愛のない話をする白野。

 二つの班は不協和音を生じさせることなく、順調に波の国にへと歩を進めていった。

 

 

 ◆

 

 

 「あれがターゲット………チッ、上忍が二人もついていやがるか。少々、厄介だな」

 「どうする兄者?」

 「………雇い主の期待を裏切るわけにはいかん。爺さんの暗殺は予定通り決行する」

 「了解した」

 

 木の枝に身を潜ませる二人の男。彼らは霧隠れの額当てにガスマスクを装備し、黒いコートで身を包んでいる。

 右腕に巨大な籠手を取り付けているのが長男朱鬼。左手に朱鬼同様のタイプの籠手を取り付けているのが次男藍鬼。腕の立つツーマンセル特化型の中忍だ。

 

 「反撃の余地を与えることなく、一息で上忍二名を潰す。でなければこの暗殺は達成されないだろう。分かっているな、弟よ」

 「応よ。奴らさえ殺せば後は青臭い下忍の餓鬼共とターゲットのみ。全ては、初撃で決する」

 

 二人は頷き合い、必殺を誓った。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 上忍二名、下忍六名、ターゲット一名の集団。

 一番危険かつ厄介な上忍は一撃で仕留めなければならない。

 鬼兄弟は彼らと自分達にある実力の差というものを重々理解していた。

 故に、油断なく決死の覚悟で仕留めなければならない。でなければ、ターゲットを殺すどころか逆に返り撃ちに合うだろう。

 鬼兄弟は先回りをし、彼らが通るであろう道の端に人工的に作った水溜りを用意する。

 後は水遁を使い、その水溜りの中に身体を潜ませて奴らが通過するのを待つだけだ。

 

 「今さらながら不安になってきたなぁ。山賊ならともかく、強い忍に襲われたら……」

 「Cランク任務で他里の忍と殺り合うことはない。そう気張らなくても大丈夫だよ、サクラ」

 

 顔をマスクで隠している上忍とサクラという下忍は幸いなことに油断してくれている。

 嗚呼、これほどのチャンスがあるだろうか。

 

 ““───仕留める!!””

 

 覚悟を決めて鬼兄弟は行動に移した。

 水溜りから素早く、かつ気付かれぬよう身を躍らせる。

 背後から朱鬼は銀髪の上忍の後頭部を即座に貫き、藍鬼は黒髪の上忍の心臓を抉り取った。

 

 「まずは」

 「上忍二名───殺」

 「「「な!?」」」

 

 金髪の少年、桜髪と茶髪の少女、ターゲットの老人はいきなりの奇襲に驚愕した顔をする。一般人のタズナはともかく、忍たる者が怖れ動転するとは何事か。

 ────やはりまだ毛も生えていない素人下忍だ。残る三名の下忍の方はそれなりの実力があるようだが、問題はない。一気に畳みかける!

 

 「悪く思うなよ、金髪小僧」

 「う…あ………!?」

 

 朱鬼は乱雑に遺体と化した上忍を放り投げ、一番近くにいた金髪の少年に鋭い鉄爪を向ける。

 自分達の殺気にやられ、怯え震えている彼は恰好の得物でしかない。

 

 「はっ……遅いぜアンタ」

 

 その鉄爪に蹴りを入れて阻んだのは青い忍服を着用している少年だった。

 朱鬼は素直に驚いた。いったいいつの間に、これほどの接近をしていたのか。

 ………恐らく、下忍のなかでもかなりデキる奴だ。末恐ろしい才気を感じられる。

 

 「ふん。餓鬼にしてはやりおるわ!」

 

 舐めていたらやられるのは此方だと即座に理解した朱鬼。

 

 「だが此方も中忍なのでな。負けてはやれん───!」

 

 すぐさま腰に据えられていた斬馬刀を引き抜き、首を切り落としに掛かるが─────

 

 「はいそこまで」

 「ぬぅッ!?」

 

 仕留めたはずの銀髪の上忍によって、両腕を拘束され身動きを封じられた。

 

 「貴様……何故、生きている………!」

 「いやいや、変わり身くらい気付かないと駄目でしょ君」

 「…………ッ」

 

 言い逃れできないほどに無様過ぎる。仕留めたと過信した過去の己を殺したい気分だ。

 朱鬼は必至に抵抗するがまるで歯牙にもかけられない。そして赤子を捻るかのようにあっさりと組み伏せられた。分かってはいたが、中忍と上忍の実力の差が開き過ぎている。しかもこの男、上忍のなかでもかなりの手練れだ。中忍程度の自分では元より勝ち目などなかったか。

 

 「ごあっ!?」

 

 続いて藍鬼も仕留めたと思っていた黒髪の上忍によって虚しく無力化された。

 

 ───もはや暗殺を続行するのは不可能だと、否応無しに決定づけられた瞬間であった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「…………霧隠れの中忍だな、こいつ等は」

 

 シロウは襲ってきた忍の動き、装備、そして霧の額当てを見てそう判断した。

 装備もなかなか上等なモノだ。特に鋼鉄で出来た鉄爪には毒が塗られている。

 

 「流石は中忍。良い装備を持っている」

 

 さりげなく彼らの装備一式を巻物内に保管するシロウ。

 敵から武具を徴収するとは武具使いの鏡と言える。

 人としてはどうかと思うが忍としては正しい在り方だ。

 

 「ナルト。お前、手の甲に掠り傷を受けたな。あまり動くな、毒が回るぞ」

 

 木に括りつけ無力化した襲撃者の武装を全て剥いだ後に解毒剤を探す。

 毒使いは解毒剤もセットで持っているものだ。探せば出てくるだろう。

 幸い、致死性の高いものでないので何とか間に合う。

 

 「俺は……何も、できなかった…………」

 「凹んでいる暇があるなら自身の身を按じろ」

 「………くそっ」

 

 現実を突き付けられ、顔を伏すナルト。

 ライバル視していたサスケに助けられ、しかも自分との実力の差を思い知らされた彼の心情は容易に察することが出来る。いくら気丈なナルトと言えど、かなり堪えるだろう。

 

 「よォ………ケガはねぇかよビビり君」

 「────────ッ!!」

 「こんな時に挑発なんぞするなサスケ。それにナルトも落ち着け。言ったはずだぞ、容易に動けば毒が回ると」

 

 シロウは静止を促し、先ほど発見した解毒剤の瓶をナルトに渡す。

 

 「………さて、ではタズナさん」

 「な、なんじゃい」

 「これはいったいどういうことなのか、説明しただけませんかね」

 

 カカシは腕を組み、タズナに説明を促した。

 

 「この忍二名は貴方を確実に狙っていた。確か我々が受けた依頼内容はギャングや夜盗などから貴方を護ることだけだったはず。忍が関わってくるなんてのは聞いていない」

 「……………」

 「敵が忍だというのなら、間違いなくBランク以上の任務だ。どのような事情があるか知りませんが、依頼で嘘をつかれては困ります。これだと我々の任務外ってことになりますね」

 

 依頼の嘘にBランク以上の任務。しかも下忍以上の忍の襲来。これは新米の下忍が三人も組まれている第七班が受け持つ任務の範疇を軽く超えてしまっている。引き返すことが妥当と言える。

 

 「ん───………こりゃどう考えても荷が重い。任務は………」

 

 中止、そうカカシが言おうとしたその時───ナルトは己のクナイを左手の甲にぶっ刺した。

 

 「「「ナルト!?」」」

 

 いきなりの自傷行為に皆は目を見開く。

 だが、アレは単なる自傷ではないと彼から発する闘気によってすぐに伝わった。

 

 「俺ってば、もう二度と助けられるようなマネはしねぇ。

  怖気づいたり逃げ腰にもならねェ………」

 

 何処までもまっすぐな瞳で、強い意志の籠った声で、彼は啖呵を切る。

 

 「この左手の痛みに誓うってばよ………オッサンは守る。任務続行だ!!!」

 

 それでこそ、うずまきナルトだ。

 曲げぬ意志。挫けぬ根性。火影という大きな大望を抱く少年。

 その在り方は眩しく、純粋で、とても綺麗であった。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 結局、第七班は任務を続行することになった。また依頼人のタズナも自分を付け狙う人間について素直に話してくれた。

 彼の口から出た人物の名は、海運会社の大富豪にして世界有数の大金持ちと有名なガトーという大物だ。裏では数多くのギャングや忍を使い、麻薬や規制品の密売など悪どい商売を生業としている男である。

 一年ほど前に、波の国の利益に目を付けたガトーは瞬く間に海上交通・運搬を牛耳った。全て馬鹿でかい財力と暴力が為せる力技だ。

 島国の富を事実上独占に成功した彼だが、唯一不安な種が残っていた。それが、かねてから建設されている橋の完成である。

 孤島である島国と大陸を紡ぐ橋が完成されては、交通運搬が全てその橋に流れてしまう。海上交通・運搬に大きな打撃が与えられるのは火を見るより明らかだ。

 故に、ガトーは橋建設の最高責任者であるタズナが邪魔なのだ。

 

 「わし等は今自分達が生きるだけでも超精一杯なんじゃ。高額なBランク任務以上を頼めるだけの金なんてとても…………じゃから、依頼をする際にこの事実を隠すしかなっかった」

 

 確かに気の毒な話だ。聞けば大名でさえも貧乏だというのだから、市民であるタズナ達がどれほど苦しい生活を強いられているかは想像に難しくない。

 しかし、どのような事情であれシビアな思考を持つ忍であれば、この任務は危険極まりないロクでもないものとして割り切り、降りるだろう。だが幸いにも第七班は良くも悪くも情に厚い者達ばかりだ。上忍であるカカシも任務の続行を許可した。

 

 「さて、第一班はどうしますか綺礼先生。流石にこのまま我々と共に行動していてはそちらにも被害が及ぶ恐れがあります」

 「それがね、私の生徒が第一班と同伴することを強く希望しているのだ。いやはや、お人好しが多くて困っている」

 「と、いうことは………」

 「このまま第一班と第七班は共に波の国を目指す。不測の事態があればそちらと連携を組み、対処しよう。………分かっていると思うが」

 「貸し一つですね」

 

 カカシの答えに綺礼は満足げに頷いた。

 上忍のなかでもカカシと綺礼はかなりの猛者だ。

 中忍なぞの並みの忍ではこの二人を相手取ることは不可能に近い。

 

 

 ◆

 

 

 現在第一班と第七班は波の国へと渡るための舟に乗り込み、濃い霧に覆われた海を渡っていた。

 十分ほど時間が経つと、完成前の大橋が姿を現した。あれがタズナ達が命がけで建設している波の国最後の希望。その規模たるや、想像した以上のものだった。

 確かにこれほどの橋が完成されては、海上運搬の事業に大きな影響を及ぼすだろう。

 

 「やっと着いたか。しかし、最初の襲撃以来まったく敵は襲ってこなかったな」

 「ええ。なんだが薄気味悪いわね。こう、嵐の前の静けさっていうのかしら」

 

 シロウとメルトリリスは警戒を最大限にまで強くする。

 ここは敵の本丸といっていい。何処から敵が現れるか分かったものではない。

 

 「………ふむ。私達が採取すべき薬草はこの位置の正反対側か」

 

 綺礼は地図を取り出し、薬草のある場所を確認する。

 

 「随分と距離があるな」

 

 流石に歩き詰めの下忍達に構わずこのまま取りに行くのは酷すぎる。

 いや、シロウとメルトリリスは問題ないのだろうが白野は問題ありだ。休息を挟まなければ倒れてしまうだろう。

 

 「どこで休息を取るべきか………」

 「おいアンタ」

 

 綺礼が近場にある宿屋の情報をガイドブックで調べていたところで、タズナが声を掛けてきた。

 

 「どうしました?」

 「寝床ならわしの家を超使え。任務でもないのにここまで警護してくれた礼じゃ」

 「………分かりました。その好意に甘んじるとしましょう」

 

 宿で泊まると金が掛かる。しかし、この老人の家に泊まれるのなら金は掛からない。

 タダほど高いものはない。まぁ、ガトーに命を狙われている人物の家に泊まるのは、少々気が退けるが。

 

 「…………!!」

 

 突如、背後から迫る風切の音が皆の耳が捉えた。そしてようやく、とてつもない大きなモノが自分達の首を狙って飛来していることに気付くことができた。

 

 「全員、伏せろ!!」

 

 サクラと白野は反応に遅れたタズナを無理矢理伏せらせ、残る忍も身体をしゃがませて飛来してきた物体を躱す。

 

 ―――ズガンッ!!

 

 命を狩るために飛来してきた物体は、近くあった木にめり込み勢いを止めた。

 

 「あれ……は………」

 

 シロウはその物体を瞬時に理解する。

 飛来してきたのは、刀だ。しかしそれは刀と言うには、あまりにも大きすぎた。

 大きく、ぶ厚く、重く、そして…………大雑把すぎた。

 

 ――――それは正に、鉄塊だった――――

 

 惚れ惚れする見事な業物だ。華美な装飾なぞ一つもなく、敵を屠ることのみに特化した形状。担い手を選ぶ、非凡の断刀。チャクラを莫大に秘めたその刀からは、職人の魂がはっきりとエミヤには見えていた。

 

 「ほぅ………その眼、この刀の良さが分かっているようだなぁ 小僧」

 

 木に刺さった断刀の柄の上に乗り、現れたのは一人の忍だった。血の匂いが全身から滲み出ているその男は、間違いなく刺客として現れた霧隠れの中忍とは比に為らない重圧を身に纏っている。

 あれほど濃密な血の匂いは、百人殺した程度では付きはしない。恐らく、千人以上もの人間の生き血をその身に浴びてきたに違いない。人というより悪鬼の類だ。

 

 「こいつの名は首切り包丁という。そして俺はその担い手、桃地再不斬。元忍刀七人衆の一人だ。………さっそくだが、その爺さんを大人しく渡してもらうぜェ」

 

 やはり、そうか。あいつがあの抜け忍『桃地再不斬』。他里にまで名を轟かせた生ける伝説を持つ忍の一人。その実力たるや、並みの上忍では歯が立たないほどのモノと聞く。

 手練れの刺客が送られてくるだろうと予想していたが、まさかこれほどの大物がやってこようとは。流石、ガトーカンパニーの社長だ。エゲツナイモノを手駒にしている。

 

 「シロウ! 囲まれてるよ!! 数は………30人!!」

 

 白野は印を結び、周囲を感知して凶報を知らせてくれた。

 それにしても30人とは随分と多い。

 

 「………綺礼先生。周囲の敵はよろしくお願いします」

 「任された」

 「第七班はタズナさんを守れ。卍の陣だ。お前達はこの戦いに加わるな。

 ───それが、ここでのチームワークだ」

 

 カカシは左目を覆っていた額当てをゆっくりとずらした。再不斬は口元を覆う包帯越しでも分かる笑みを浮かばせ、サスケを筆頭にその場にいた多くの忍がざわめき立った。

 

 彼の左目は普通じゃない。紅い網膜に黒い巴が三つその瞳に浮かんでいる。

 アレはうちは一族の一部の人間に現れる特異体質。

 幻・体・忍を全て兼ね備える三大瞳術の一つにして万能の瞳。

 

 「初っ端から写輪眼を使ってくるとは光栄だね」

 「君相手に余裕になんてなれないからな」

 「ハッ、そうかい。そいつは有り難い。

  それでは行かせてもらうぞ………霧隠れの術────…………!」

 

 かなりのチャクラが練り込まれた霧が発生し、とてつもない殺気がぶつかり合う。いつも好かした態度を取るサスケも目に見えて恐れを為している。

 これが、上忍同士の殺し合い。未だに刃も交えていないというのに、これほどの圧迫感を生むとは恐れ入る。

 白野もシロウとメルトがいなければ容易に殺意の渦に飲まれていた。

 

 「カカシには里に帰った際、麻婆を五杯ほど奢ってもらわなくては割に合わんな」

 

 ギチリと拳を握る綺礼は計30名の忍者に狙いを定めていた。

 

 「岸波兄妹とメルトリリスはスリーマンセルを組み、私と共に敵の迎撃に当たれ」

 「「「了解!」」」

 

 白野は腰に携えていた刀を抜き、メルトリリスは鋼鉄の具足を着用、そしてシロウは陰陽の印が刻まれた双剣を手に取った。

 

 「白野は無理せず俺達のサポートに徹してくれ。お前の感知能力と幻術は頼りになる」

 「分かった………!」

 「メルト。此処には大きな湖がある。巧く使えよ」

 「言われるまでもないわね」

 

 ───今此処で、命を賭した死闘の幕が()けた───

 



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第06話 『偽りの決着』

 霧が濃くなり、敵の位置すらままならない森林。そんな中で張りつめるは緊張。押し付けるは殺気。人が死に、モノ言わぬ死体へと成り果てていく忍同士の殺し合いの中で、一人の下忍らしからぬ子供が戦場に躍り出る。

 

 「ふ―――!」

 「ぬぅ!?」

 

 琥珀色の眼球を宿した赤銅髪の少年は霧隠れの中忍クラスと刃を交える。

 少年の持つ陰陽の剣と中忍の持つクナイが接触したと同時に、鉄製のクナイが呆気なく真っ二つにスライスされた。

 

 「なんという鋭さか………!」

 

 中忍はせめぎ合うことすら許されず少年に両断されたクナイを捨て、言葉を吐き捨てる。

 奴が持つ陰陽の印が彫られた双剣。アレの切れ味は生半可なものではない。

 それなりに切れ味が良く、強度も高いはずのクナイがまるでチーズのように切断された。

 あの尋常じゃない鋭さは、チャクラを纏っているか錬られているかしなければ到底不可能。

 

 「下忍と言えど侮れんな」

 

 武具が優秀なだけならさほど脅威ではない。しかし、あの赤銅の髪を持つ少年の動きは中忍とタメを張れる下忍の上位レベル。それに加え高い洞察力と鷹の眼を連想させる優れた視力が非常に厄介だ。桃地再不斬のチャクラが大量に捻じ込まれているはずの霧の中で、此方の動きをよく捉えている。しかも感知タイプのくノ一がいるせいで、より良く自分達の位置を知られてしまっている。まるで霧が役になっていない。

 

 「七人掛かりで殺しに行くぞ!」

 「「「「「「応!!」」」」」」

 

 忍びの世の中にはトンデモナイ餓鬼が山ほどいる。血継限界持ちの人外共がいい例だ。

 ならば、慎重に殺りに行くことに越したことはない。

 

 「左から四人、右から三人、同時に来るよ!!」

 「分かった――――俺から離れるなよ、白野」

 「うん!」

 

 襲い掛かる七名の忍に対応すべく、少年は巻物から二つの球体を取り出した。大きさはざっとサッカーボールと同等のサイズと思われる。そして注目すべき点は唯一つ。その玉に張られた大量の起爆札だ。

 

 「―――ふっ!!」

 

 隙間なく起爆札で覆われた球体を、少年はとんでもない腕力をもってまず右側から攻めてきた中忍達に向けて放り投げた。後に左側にも残りの一つを投球した。

 

 「あれは………拙い!」

 

 中忍の一人である男は近くの極太い木に急いで身を隠す。

 その直後、丸い球体は盛大な音を発てて破裂した。

 爆音が大地を揺るがし、爆炎が人を焼き払い、爆風が霧を吹き飛ばす。しかも球体内部に仕込まれていた大量のクナイが容赦なく焼死を逃れた仲間達に襲い掛かり、息の根を止めていく。

 

 「あの餓鬼、無茶苦茶しやがる!」

 

 たった二個の武具で六人もの仲間を焼死体と惨死体に変えた。それだけあの兵器の威力が凄まじかったのだ。いったいどれほどのクナイを仕込み、起爆札を貼りつけていたのか想像するだけでも恐ろしい。

 

 「――――!」

 

 爆風が止んだ時には既に、赤銅髪の少年と感知タイプのくノ一の姿が消えていた。

 いったい何処に消えた? 何処から襲ってくる?

 どうしようもない不安が胸を締め付ける。まるで心臓を握られているような感覚が中忍を襲う。

 カタカタと情けなく震える手を必死に抑え込み、大木を背にして周囲を警戒する。

 しかし、その行為は全く意味を為さなかった。

 

 ――――ズドンッ

 

 突如として腹に来る強い衝撃。茫然としながら、男は己の脇腹を見る。

 するとそこには、一本の矢が生えていた。それは肉を抉り取るようなエゲツナイ造形をした鉄製の捻じれた矢だ。刺されば抜き取れないよう工夫が施されている。

 

 「な……に………?」

 

 この剣を捩じらせて作ったような剛矢が背中を預けていた大木を貫通し、自分に突き刺さったのだと呆けた頭で理解するのに、数秒ほど時を用いた。

 だが自分はもう『終わり』なのだと悟るまでは、皮肉にもそう時間は掛からなかった。

 

 「………馬鹿な」

 

 それが、その男の最期の言葉だった。

 後に時雨とも言える大量の剛矢が中忍の男を滅多刺しにする。

 大木はまるで壁の役割を果たしておらず、中忍の男と運命を共にした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「遅い、遅いわ。まるで止まって見える………!」

 

 軽装姿のくノ一の動きは、何処までも軽やかで、滑らかで、優雅だった。

 鋼鉄の具足を履き、蜘蛛のように木々へと飛び移る女は次々と中忍を狩っていく。せめて苦しまないようにと一突きで息の根を止めているのが、彼女なりの優しさだろう。

 忍として生きると決めたのなら、人を殺すことは絶対に経験するもの。決して命を軽んじてはいけないが、敵に情けをかけることも極力避けなければならない。無論、殺さないことに越したことはないが、ここで奴らを仕留め切らなければまた襲い掛かってくるだろう。その時にメルトリリスが再度勝利できるとは限らない。

 ならば、今息の根を確実に止めなければならないのは明白だ。それに殺す気で挑まなければ、殺される。敵も忍として襲い、命を賭して命を奪いに来ているのなら奪われても文句は言えない。忍の世界とは、そういうモノなのだ。

 

 〝思っていた以上に、儚いものね”

 

 戦場での人の命の重さはあまりにも軽く、殺されても文句は言えず、いつ誰が死体になってもおかしくはない。そんな過酷極まりない場所で、忍は生き抜いて行かなければならない。

 『忍はあらゆる死を容認しなければならない』

 これはアカデミーで最初に習う、基礎中の基礎の教えである。

 

 「その首、がら空きよ」

 「ぐ――――あ!?」

 

 圧倒的な脚力によって五十mもの間合いを一瞬にして詰め、具足の大針で敵の首を貫く。鮮血が彼女の具足と身体に浴びせられ、それに気に留めることなく次の得物を狙っていく。

 

 「舐めるなよ、女ァ!!」

 

 中忍の一人が紫髪の少女に突貫する。

 彼の持つ刀は恐ろしいほど、呆気なく少女の身体を真っ二つにした。

 ―――いや、いくら何でも呆気なさすぎる。

 あれだけ自分達に損害を与えた女が、何の抵抗もなく斬られるものだろうか。

 そしてこの水を斬ったかのような手応えは――――…………

 

 「水分身………!」

 「正解。ちょっと近くに湖があったからその水を使わせてもらったわ」

 「―――――――」

 

 背後から聞こえる身を溶かしそうな甘ったるい少女の声。

 一秒でも早く振り向き刃を薙ごうとするが、身体がまるで石像になったかのように固くなり、指先一本たりとも動かせない。

 

 「神経毒よ。もう、貴方は逃げられない」

 「………ち。此処までか」

 「ええ、此処までね。何か言い残すことはない?」

 「トドメを刺せ」

 「潔いわね。シロウほどじゃないけど、それなりに良い男よ」

 「ケッ。とんでもねぇマセガキだ………」

 

 

 ――――森林にて、また一人の忍の命が消え去った――――

 

 

 ◆

 

 

 世の中には絶対に関わってはいけない、闘ってはいけないと本能で分かるヤバい人間が存在する。雇われ仲間の鬼人・桃地再不斬然り、血系限界の白然り。あの二人と相対するだけでも脂汗が止まらない圧力が襲い掛かってくる。

 ―――戦ったら殺される。そんな不安が、己の心から無理矢理引きずり出されるのだ。

 

 「どうした。何故かかってこない」

 

 そして今、黒髪の男と相対している十名以上の中忍クラスの忍全員が、その圧力を真正面から受けている。

 

 「「「「…………っ」」」」

 

 数で圧倒的有利に立ち、地形も自分達が好む森林。しかも桃地再不斬が用意した霧によって、元霧隠れの忍には最高とも言える舞台が整えられている。

 体調は実に良好。ステージも何一つとして不満がない。これほどアドバンテージのある戦場は早々ありはしないだろう。

 ………だというのに、あの男に勝てる気が全くしない。そして、逃げれる気もしない。

 

 「そちらが来ないのなら、此方から行くぞ」

 

 男はそう言って、懐から珍妙な道具を取り出した。

 

 “刀身が存在しない柄……だと?”

 

 恐らく西洋の剣の柄と思われるモノを、彼は計六個、己の指と指の間に挟んで装着する。

 紅い十字架を連想させるその剣の柄などを取り出して、彼は一体何をするというのだろうか。

 

 「set」

 

 男が短い詠唱を云い終えると、その刀身不在の柄から粒子状のチャクラが溢れ出し、瞬時に鋭い刃が形成された。紛いモノではない、立派な剣の刀身が現れたのだ。あんな道具、見たことも聞いたこともない。

 

 「な………」

 

 刀身を露わにした六本の西洋剣を上忍の男は勢いよく投擲する。

 的確な投擲は一つも外さず忍六名を刺殺した。大木の裏に隠れていた忍も大木ごと貫かれている――――とんでもない貫通力と命中率だ。

 

 “馬鹿な、この視界が断絶された霧の中で我らの位置を把握しただと!?”

 

 忍全員が心中で叫びを上げる。

 

 「お前達は気配を出し過ぎた。おかげで位置を特定するなぞ容易いものだったぞ」

 

 その心中をまるで聞いたとばかりに答える上忍の男。此方の心を完全に読んでいる。

 彼らの焦りと動揺はピークに達し、ついに殺しに行く覚悟を決めた。

 このまま身を潜めていても刺殺されるのみ。ならば行動に移すほかに選択肢など在りはしない。

 生き残った中忍達は己が武装を握る手に力を入れ、玉砕覚悟で潰しに掛かる。

 

 九名もの男が一瞬で上忍を囲むようにして姿を現した。上忍はとんでもない速度で印を結ぶが、もはや構うものか。術が発動する前に勝負を決めればいいだけのこと………!!

 チャクラによってドーピングされた筋力を持って、最高速度の剣速を叩き出す。

 その凶器が捉えている箇所全てが人体の持つ絶対的急所。命に影響を及ぼす死点。

 ―――何処でもいい。何処か一つでも急所を断てれば、勝機はある。

 その希望に全員は全てを賭けていた。そう、命までも。

 しかし黒髪の男は彼らの微かな希望を無慈悲に打ち砕く。

 

 「そんな…………」

 

 刃が―――通らない。

 あらゆる急所に叩き込まれた剣戟は、男の薄皮一枚も傷つけていないのだ。まるで鋼鉄を打ちつけたような手応え。これが、人が持つ弱小な皮膚の強度であるはずがない。

 肌が切れずとも刃を受けた服の箇所は切り裂かれる。そして、鋼の男の素肌が所々露わになる。

 中忍の一人はその肌を見て気付いた。刃を弾いた肌色が、酷く鉛色に変色しているということに。そして理解した。この異常とも言える肌の強靭さに―――――……………!

 

 「呆けているところで悪いが、攻守交代だ」

 

 ネタに気付いたところでどうしようもない。棒立ちとなっていた男達の顔面に、情け容赦なく黒く変色した拳が叩き込まれる。

 彼らは叫ぶことも許されず、頭蓋を木端微塵にされ、噴き出る血は大地を濡らす。

 

 

 ◆

 

 

 そつなく三十名もの忍を殲滅した第一班は指定の場所に集合した。メルトリリスがえらい返り血塗れなのは気にしないでおこう。気にしたら負けだ。

 

 「カカシと再不斬はまだ殺し合いを続けているな。濃密な殺意の渦が肌で感じられる」

 「これが本当に人の出せる殺意か―――鳥肌が立つな」

 

 濃い霧の先でどれほどの激戦が繰り広げられているか、シロウ達は見ずとも理解できる。

 流石は二つ名持ちの忍と言ったところか。先ほどの中忍共とはまるで格が違い過ぎている。

 

 「コピー忍者のはたけカカシと元忍刀七人衆 桃地再不斬。どちらが実力的に上を行っているか分からんが、あの場には第七班の下忍生徒とタズナさんがいる。少々、再不斬の方に利があるな」

 

 綺礼がそう呟いた丁度その時、先ほどまで立ち込めていた霧が消失し、第七班がいる湖のある場所から巨大な水龍が空を舞い壮絶なぶつかり合いを興じ始めた。

 どちらの水龍にもかなりのチャクラが練り込まれており、繊細なチャクラコントロールが為されている。上忍レベルでなければ扱えない代物だろうと一目で理解できる忍術だ。

 

 「あれは、水龍弾の術………!」

 「知っているのメルト!?」

 「え、ええ。アレはかなり高度な水遁の術よ。私もまだ習得できていないし、現物を見るのも今日が初めて。それに、水龍弾がああも激しくぶつかり競い合っている光景なんてそうそう見れるものじゃない!」

 

 水遁を得意とするメルトは目を輝かせながら二頭の水龍を見る。

 

 「………同じ術のせめぎ合いが起きるなど、あの男のいる戦場では日常茶飯事。どうやら決着はもう間近なようだ」

 

 コピー忍者のはたけカカシ。木ノ葉の白い牙の息子にして、うちはの血統でもないというのに三大瞳術『写輪眼』をその眼に宿す上級上忍。噂では千もの忍術をその身に習得しているという。

 知名度で言えば忍刀七人衆と肩を並べれるほど高い。そして『伝説の三人』の自来也、綱手の次に五代目火影の座に相応しい男として注目されている。

 

 ――――ズガァァァンッ!!

 

 二匹の水龍は互いに絡み合い、爆ぜた。どうやら威力共に互角だったらしい。全くオリジナルと遜色の無いコピー忍術。アレこそカカシがコピー忍者と謳われる所以だ。

 ほどなくして今度は大量のチャクラが含まれた竜巻が一方的に繰り出された。

 

 「今度は水遁 大瀑布………!」

 

 またもや上級レベルの水遁の発動。ついでにメルトリリスの興奮も最高潮に達した。

 もはや忍術と言えるかどうか、あの水遁 大瀑布にはそんな疑問を抱くレベルの大規模な破壊力とド派手さがあった。

 

 「さっきの術、カカシ先生のチャクラで作られてた」

 

 白野の言葉に、綺礼とシロウはどちらに軍配が上がったか判断できた。そして彼らの予想を証明するが如く、鬼人が放っていたドスグロイ殺気がぷつりと消えた。この殺気の消えようは殺意を納めたのではなく、死亡した時に為る特有なものだ。

 はたけカカシの勝利して、桃地再不斬が敗北したということを暗に語っている。

 

 「これより第一班は第七班と合流する」

 

 綺礼の言葉に皆が頷きこの場を去って行った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 無事第一班と合流できた第七班は、そのままタズナの宿へと泊まることとなった。

 写輪眼の使い過ぎでぶっ倒れたカカシによると、霧隠れの死体処理班『追い忍』に再不斬の首に二本ほど千本針を撃ち込まれ、トドメを刺されたという。死体はそのままその追い忍が回収したとのこと。

 身体が疲れ切って戦力にならなくなったカカシだが、一番の脅威である鬼人を仕留められたのでとりあえず一安心………

 

 「カカシともあろう者が抜かったな。あの鬼、まだ生きているぞ」

 

 ―――することはなかった。

 

 「「「「「「……………は?」」」」」」

 

 その場にいた全員が言峰綺礼に勢いよく視線を向ける。

 この男は、先ほどトンデモナイことを口走った。

 

 「………ええ、綺礼先生のおっしゃる通り、桃地再不斬はまだ生きています」

 

 カカシは言葉尻に面目ないと口にする。

 

 「い、いったいどうゆうことだってばよ!?」

 

 ナルトは桃地再不斬が生きている根拠となる説明を上忍二名に催促する。

 この場にいる第一班と第七班の下忍たちも彼らの説明を待っていた。

 綺礼は彼らの疑問に答えるべく、口を再度開く。

 

 「死体処理班とは本来すぐその場で死体を処分するものだ。なのにその追い忍よりも図体がデカい再不斬の死体をわざわざ持ち帰った。

 そら、可笑しな話だろう? 打ち取った証拠は首だけで事足りるし、残りの死体は焼却処分すればいいだけだというのに何故そのような手間の掛かることをする必要がある。それに追い忍が使ったとされる千本針は人体にある細工を行うことができるのだが、それが何か君達には分かるかね?」

 

 千本針。それは元来ツボ医療に扱われる道具である。殺人を目的としていない故に急所に当たらない限り殺傷効果はかなり低く、戦闘で扱う者もかなり少ない。そして人体に在るツボに突き刺せばさまざまな効力が発揮される。その内の一つが、

 

 「「仮死状態…か」」

 

 武具使いの少年とうちはの末裔の声が重なった。

 

 「ほぅ。よく知っているな岸波シロウ、うちはサスケ―――正解だ。千本針で人の持つ特定のツボに突き刺せば、仮死状態にすることが出来る。

 無論、投擲によって首のツボを突くにはかなりの腕前が必要不可欠だが………人の肉体を知り尽くし、様々な修羅場を潜っている死体処理班なら容易なはずだ」

 

 最悪の事態を想定するのも、忍びの鉄則。

 考え過ぎだと思ったとしても、クサいとアタリをつけたのならより警戒し、出遅れないよう準備するのも基本中の基本。

 綺礼の説明が終わり、今度はカカシが口を開いた。

 

 「………仕方ない。第七班(お前達)に、修行を課す! 出来れば第一班の方々にも協力してくれたら有り難いのですが」

 「結局貴様の任務に最後まで付き合わされるハメになるのだな。まぁ、これも私の生徒達に良い経験を積ませる折角の機会だ。此方の任務が終了次第、其方の手伝いでも何でもしてやろう。

 だが覚えておけよ。ここまで此方に手間を掛けさせるのだから、里に帰還したらそれ相応の対価を求めさせてもらう」

 「………分かりました。覚悟しておきますよ」

 

 これから始まるであろう特別修行に喜びが抑えきれず打ち震えるナルト。スカした態度を取りながら内心喜んでいるサスケ。そして、サクラだけがそれに猛反発した。

 

 「ちょ、待ってよ先生! 私達がちょっと修行したところであんな化け物に勝ち目なんてないわ!相手はカカシ先生でも苦戦する相手なのよ!?」

 「サクラ……その苦戦した俺を救ってくれたのはお前達だ。その成長速度は目を見張るものだった。とくにナルトは一番成長している」

 「………!」

 

 カカシの褒め言葉に、ナルトは今までにないほど喜びに満ちた顔をした。

 事実、ナルトは確かに大きく成長しているのだろう。最初はシロウも驚かされた。あの一時間もない少ない時間のなかで、彼は確実に逞しくなっていたのだから。顔つきからしてアカデミーにいた時とは比べものにならないほどだった。

 

 「とは言っても、俺が回復するまでの修行だ。お前達では勝てない相手に違いは無いからな」

 「でも先生! いつあいつが襲ってくるかも分からないのに修行なんて……」

 「その点なら心配ないだろう。いったん仮死状態になった人間が、元通りの体になるにはそれなりの時間が掛かる。そうでしょう、綺礼先生」

 「当然だ。いくら鬼人と言えど、人は人。短く見積もっても恐らく一週間は掛かるだろう」

 「ま、その間の修行ってわけだ! せめてお前達が瞬殺されるのを防ぐためのな」

 

 別に勝たなくてもいい。せめて生き残る術を身につけろ。そう、カカシは言っているのだ。

 

 「面白くなってきたってばよ!」

 「………全然面白くなんかないよ」

 

 燃えに燃えているナルトのやる気に水を差したのは、先ほど入室してきた小さな子供だった。

 その子供の眼は歳不相応なほど諦めに満ちている、そんな色に覆われていた。

 

 「おおイナリ! 何処行ってたんじゃ!!」

 「ちょっと散歩にいってた。………おかえりじいちゃん」

 

 イナリと呼ばれた子供は、タズナの孫だった。

 

 「イナリ、おじいちゃんを護衛してくれた忍者さん達にちゃんとあいさつなさい!」

 

 タズナの娘でありイナリの母親であるツナミは息子に挨拶するよう注意する。だが、イナリはジト目で第七班と第一班を見て、

 

 「母ちゃん……こいつら死ぬよ………」

 「なんだとォ―――! このガキってばよォ―――――!!」

 「ガトーに刃向うなんて馬鹿なひとたちだよ。どうせ勝てやしないのに」

 「このガキィィィィ!!」

 「お、おいナルト! なに子供相手にムキになっている!!」

 

 沸点の低いナルトは顔を真っ赤にして小さな子供に突っかかろうとする。それをシロウは必至にナルトの体を押さえつける。今ナルトを離してしまったら間違いなくあの子供に襲い掛かってしまうだろう。

 

 「いいかおイナリ!よく聞けよ! オレは将来 火影っていう凄い忍者になるスーパーヒーローだ!! ガトーだかショコラだか知らねェが、全然目じゃないっつうの!!」

 「………ふん。ヒーローなんてバカみたい。いるわけないじゃん、そんなの」

 「なにをォォォォォォォ!?」

 「火影になる男がそんなに大人げなくていいのか この戯け!」

 

 シロウがナルトを押さえている間に、イナリはそのまま自室へと戻っていった。

 

 「………すまんのぅ」

 

 流石に見かねたタズナは、孫の無礼に頭を下げた。

 ナルト以外は皆、何かわけありなのだろうと察していたので彼の対応に不満などは無く、所詮は子供の言う言葉。そこまで気にすることはなかった。ナルトも後にイナリの心情に気付き、とりあえず固く握り締めていた拳を納めたのであった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 波の国の最奥にある小さな隠れ家では、仮死状態となり身体が麻痺してしまった桃地再不斬がベットの上で安静を取っていた。そして再不斬のお気に入りの道具にして血系限界の少年 白は無言で彼の看病に当たっていた。

 男と知らねば女と見違う白い肌と美貌を持ったその少年は、椅子に座りながら黙々と紅い林檎の皮を剥いていく。

 彼にとって、桃地再不斬という存在こそ全てであり、生きる目的。

 再不斬が白のことをどう思っていようが関係ない。ただ白は再不斬に尽くす。そう、例え命でさえも容易に捧げられる。

 

 「ハッ、まさかお前までやられて帰ってくるとはなぁ。霧の国の忍はよほどヘボと見える。本当に期待外れの金喰い蟲だな。えぇ? この役立たず共が」

 

 ズカズカと勝手に入室してきた低身長の小太り男、ガトーは見下した視線を彼らに向け、暴言を吐き捨てる。

 はたけカカシという男がどれほどの手練れであったかも知らずによくもまぁ言えたものである。

 

 「鬼兄弟(部下)の尻拭いもできずに何が鬼人じゃ。今から小鬼とでも改めるか?」

 「…………」

 

 人を見下す目線を受け流し、小五月蠅い暴言を無視し続ける再不斬。まるでガトーなぞこの空間に端から存在しないと言わん限りのシカトぶりである。

 その態度にカンが触ったのか、ボディガードの侍二人がガトーの前の出て、得物の刀を持って構えた。鞘から刀身を抜かず、構えている姿を見る限り、恐らく居合いの使い手だろうと白は憶測を立てる。隙の多さからして腕前は達人の域とまでには至っていないようだ。

 

 「まぁ待て」

 

 ガトーは二人の侍を退かせて、てくてくと再不斬のベットまで近づいてきた。

 

 「おいおいそう黙ることはないだろ。少しは何か言ったら………」

 

 そして脂肪の詰まったその短い手で再不斬に触れようとしたその時、白は動いた。

 

 「ギッ!?」

 「汚い手で再不斬さんに触れるな」

 

 白はガトーの腕に握り締め、怒気だけではなく殺気までも含まれた声で忠告する。

 

 「お、お前! 離せ、離せと――――ぐがァ!?」

 

 ガトーの腕は白の握力によってボキリと音を発てて折られた。

 主の危機に二人の侍は居合いを放とうとする。無論、狙うは白の急所。ここまで舐められた対応をされては殺すしかない。いくら戦力といえど、主に刃を剥く危険分子なら尚更生かすことはできない。

 

 「「………!!」」

 

 しかし、殺すことは敵わなかった。

 忍として上位のスピードを誇る白の早業で彼らの背後に回り込み、さらには愛刀までも奪われその刃を首元に宛がわれている。

 

 「止めておいたほうがいいよ。僕は怒っているんだ」

 

 何処までも冷たい、氷のような声で彼は言う。

 まだ敵意を自分達に見せるようであるのなら、その首を落とす。

 微かな躊躇いさえも白は決して起こさないだろう。それこそ草を毟るような感覚で、自分達の命は刈り取られる。指先一本動かせば、自分達は死ぬ。間違いなく、だ。

 この二人は腐っても侍。どれだけ彼が本気なのか理解できてしまう。ガトーもすっかり血の気を失せてしまった。腕を折られた怒りよりも、殺されるかもしれないという恐怖の方が上回ったのだ。そして彼は野太い声で泣き叫ぶように叫んだ。

 

 「い、いいか! 次ヘマするようであればお前達の居場所は無いと思え!! 暫くしたら新しく雇った手練れの忍も到着する!! 居場所どころか命までも取られたくなければ、邪魔者の抹殺に死力を尽くせッ!!!」

 

 なんとも三下の手本のような言葉を言い残してガトー達は去って行った。

 

 「はぁ、本当に騒がしい人達ですね」

 「………まったくだ。危うく殺しそうになった」

 「今は我慢ですよ、再不斬さん。ここで騒ぎを起こせば、また追われる毎日が待っています」

 「………ああ、そうだな」

 

 再不斬は自分が追われている身だと言うことを思い出し、また身体を休めるために静かな眠りについた。白はそのまま彼の傍らに居続け、夜を過ごした。

 

 

 ◆

 

 

 数㎞先も同じ風景が続く長く険しい熱砂漠。人を焼き焦がさんとばかりに照りつける太陽が昇っているなかで、一人の中年の男性は悠然と歩いていた。

 その男は逞しい髭を生やし、髑髏の仮面を被り、中東諸国のターバンを頭に巻いている。何より目を惹くのは腰に巻かれた風の国の額当て。アレは砂隠れの忍という証である。

 

 「やれやれ。波の国とはまた遠い場所にあるものよ」

 

 低い声で一人ごちる男は焦らずゆっくりと自分のペースで目的地へと向かっていく。

 その足取りは何処までも軽く、淀みがなかった。歩けば必ず足跡が出来る筈の砂の上を歩いているのにも関わらず、彼の歩いた道には足跡が“一つも無い”のだ。その異常は決してチャクラを足の底に纏っているからではない、ただ純粋たる体術のみで為している。

 

 波の国で起きている闘争に、また一人の忍が招き寄せられる。その男もまた二つ名持ちの生ける伝説。忍びでありながら他国にまで名を轟かせた最高峰の手練れ。

 

 ―――人は彼を『砂隠れの多重人格者』と呼んだ。

 



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第07話 『道具《にんげん》』

 はたけカカシが第七班の下忍たちに与えた修行内容とは―――ずばり木登りである。

 言葉にすればあまりにも小馬鹿にしているとしか思えないものではあるが、この修行の必要性と重要性はとても高い。それどころか忍として生きるのであれば誰しもが一度は通る修行なのだ。

 言わずもがな、この木登りはただの木登りではない。簡単に言えば、ナルト達は手を使わずに足だけで木に登らなければならない。

 普通の人間ならば絶対に不可能。しかし、忍なら可能なのだ。

 忍が扱う生命力“チャクラ”を適度に足に纏えば、木の表面に蛸の吸盤の如く足の裏をくっ付けることが出来る。そうすれば、後は足腰の力さえあれば天井や壁を自由に己のフィールドとして扱うことができるようになる。

 そして、何よりこの修行で最も培われるのは精密なチャクラ制御と持久力。

 練り上げたチャクラを必要とする分だけ必要な箇所に送る。これは忍術を扱う上で最も肝心なことなのだが、案外今の忍でも結構難しい技術である。

 この木登りにおいて必要とされるチャクラは極めて微量。さらに足の裏は最もチャクラを集めることが困難な部位とされている。

 つまり、この木登りを巧くできるようになれば、理論上あらゆる忍術が体得可能になるとされる。しかも足の裏に集めた微量なチャクラを持続しなければいけないため、自然と持久力も養われていく。まさに至れり尽くせりの修行なのだ。

 

 「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 さっそくナルトは助走をつけ、雄叫びを上げて木登りに挑戦し始めた。

 気合は十分。疲労もなく、体調は万全。勢いもある。しかし――――

 

 ――――ゴンッ!

 

 足に纏うチャクラ量の配分を誤り、バナナの皮を踏んだかのように木から足をツルっと滑らせ、そのまま受け身も取れずに頭を地面に叩きつけた。

 

 「~~~~!?!?」

 

 激しい鈍痛に身を捩らすナルトの悲痛な声が辺りに木霊する。

 

 “その痛み、よく分かるぞナルト”

 

 その様子を家の屋根から一部始終見ていた岸波シロウはうんうんと頷きながら同情する。彼も過去にナルトと全く同じ失敗をした。

 足の裏にチャクラを集めすぎると木の表面から弾かれ、あまりにも少なすぎるとナルトのようにツルッと足を滑らせ頭を地面に打ち付けられる。その失敗を何度繰り返したか分からない。何回か打ち所が悪くて死にかけたこともあった。

 

 「おぉ」

 

 ナルトのように雄叫びは上げず、冷静(クール)に木登りに挑んだサスケとサクラは想像以上の速度で木を駆け上がって行っている。これにはシロウも驚きの声を上げた。まさか一発目からあれほどスムーズにチャクラ制御を行なえるとは。

 サスケは途中で木に弾かれ、失敗したが体勢を立て直して着地できるだけの余裕があった。流石、天才と言ったところだろう。自分では初っ端からあんなに巧くチャクラ制御は出来なかった。

 しかしシロウを最も驚かせたのはサスケではない。春野サクラだ。

 なんせ彼女は一度も失敗することなく、木の天辺近くまで登り切ったのだから。天性と言っても過言ではないチャクラ制御能力である。

 

 「凄いわね。私でも無理よ……一発目であんなに登ることなんて」

 

 シロウと同じく彼らの修行を見ていたメルトリリスは羨ましそうにサクラを見る。彼女もサクラと同様、チャクラ制御にはかなり秀でている。

 友人のシロウと共に幼い頃から死に物狂いで修行をし続け、今では水上歩行をも可能にしたメルトリリスだが、サクラほど最初から巧くは出来なかった。

 

 「はは、お前もうかうかしていたらすぐに追いつかれるぞ?」

 「それは互い様でしょ。あのナルトとサスケの成長速度、並みの比じゃないわ。特にナルトはあの第七班のなかでも群を抜いて成長している。アカデミー時代の落ち零れのレッテルなんて今じゃ詐欺ね」

 

 メルトリリスの言葉にシロウは苦笑する。

 確かにナルトはアカデミー時代にはどうやっても成績が底辺だった。組手でも、テストでも、誰にも勝てやしなかった。それどころかアカデミーに転入してきた自分と会うまでは、真っ当な友人も作れず、孤独を感じ続けていた。

 だが彼は諦めずに努力し続けた。森で特訓をしたり、長ったらしい巻物を幾つも読破したりとそこら辺の生徒よりも頑張っていたのだ。その結果が、今のナルトの成長の高さに結びついているのだろう。

 

 「………あの分だと、限界まで木登りに挑戦する気だな」

 

 ナルトとサスケは互いに負けず嫌いである。恐らくどちらかが倒れるまで今日は修行を止めないだろう。

 

 「これは彼らの頑張りに見合った料理を作らなきゃならないな。腕が鳴るよ、まったく」

 

 朝飯、昼飯の担当はタズナの娘ツナミであり、晩飯の担当はシロウとなっている。彼らが修行の過程でくたくたになった心身を癒すのは栄養と旨味の籠った飯だ。そしてその大切な役割を担っているシロウは奉仕体質バリバリの世話好き男。

 晩飯は大いに期待できる。

 目をキラキラと輝かすシロウを横目で見て、心のなかでガッツポーズをとるメルトリリス。

 

 「だが、その前にするべき仕事がある。メルトも準備しておけ」

 「はいはい」

 

 二人は物静かに姿を消した。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 「くそっ!」

 

 ナルトはもう既に百回以上木登りに挑戦している。だというのに一向に上へと登れない。

 唯でさえデリケートなチャクラ配分が苦手なナルトにとって、この修行は鬼門であった。自分よりも巧くチャクラ制御ができているサスケでさえも、未だに頂上に辿り着けていない。それは如何にこの修行の難易度が高いか暗に語っている。

 しかし、ナルトは決して諦めない。それどころかサスケよりも早くこの修行を完遂させてやるという意気込みも未だに在り続けている。

 だがこのままではいづれサスケが先に修行を終えてしまいそうだ。それだけの差がナルトとサスケにはある。故に、最終手段を使うことにした。それは、

 

 「サクラちゃん―――木登りのコツ……教えてくんない?」

 

 仲間に頼ることである。

 サクラは自分達のなかで最もチャクラ制御が上手く、そしてこの木登り修行を一発でクリアした。ならばチャクラコントロールのコツの一つや二つ、分かっているに違いない。

 問題なのは、そのサクラがナルトにそう正直にコツを教えてくれるかどうかである。今までの経験から、教えてくれない可能性の方が高いのだが………。

 

 「……仕方ないわね。一回しか説明しないからよーく聞きなさい」

 

 彼女はやれやれといった表情でナルトにコツを教えてくれると言った。これにはナルトも喜びを禁じ得ず、目を輝かしながら彼女の助言を容量の少ない脳みそのなかに刻む準備を整わせる。

 

 「いい? チャクラっていうのは精神エネルギーを使うんだから、気を張りすぎちゃったり自棄になったりしちゃ駄目なのよ。絶えず一定量のチャクラを足の裏に集めるようにリラックスして木に集中するの」

 

 サクラの助言は極めて単純だ。そして馬鹿なナルトでも分かりやすかった。

 

 「サンキュー、さくらちゃん!」

 

 ぶっちゃけ彼女の助言は言うは易しで行うは難し、という感じだがナルトにとってはなんら問題はない。好きな人からの助言を無碍にするほど自分は愚かではないし、感覚的には理解した………気がするのだから。

 ナルトは気合を入れ直して再び木に向かっていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 ナルトとサスケが修行に勤しんでいる頃、カカシは綺礼監修のもと地道にリハビリに励み、修行を完遂したサクラはタズナの護衛を任された。そしてシロウ、白野、メルトリリスはと言うと………。

 

 「良い、釣り場だ」

 

 食料確保のため魚が生息する質の良い湖に足を踏み入れていた。

 シロウは少々くせ毛のあった赤銅色の髪をキッチリオールバックにし、本格的な釣り道具一式(手製)を揃え、やる気に満ち溢れた笑みを零す。言葉に表さずとも彼のテンションが段々上がっていっていることに白野とメルトリリスは肌で感じられた。

 

 「悪いけど、私は動物を狩りに行くわね。どうしても生きてる魚の生臭い臭いが駄目なの」

 「………仕方がないな。夕暮れ時までには帰ってこいよ」

 「気をつけてねー」

 

 メルトリリスは森の奥へと進んでいき、白野はシロウと共に釣りをすることになった。

 

 「けっこう面積あるね。この湖」

 「ああ。なんでも波の国のなかで最も広く、深く、そして澄んだ湖だとタズナさんが一押ししてくれた場所だ。事実、この湖は素晴らしい」

 

 昔から釣り好きなシロウはえらく興奮している。というかまるで子供のようにはしゃいでいる始末。いったい何がそんなに楽しいのか白野にはまるで理解できなかった。だけど、シロウが楽しんでいる姿を見れるだけでもこの場にいる価値はあるのだと、彼女は密かに心のなかで呟いた。

 

 「しかし、これだけ広いとなると舟が在った方が良いな」

 

 そう彼は言って、辺りの木をぐるりと見回した。そして質の良さそうな木を二本程度見極める。

 まず近くにあった一本目の木の前にシロウは立って、口寄せした剣でその木を切り倒す。続いて二本目の木も難なく切断した。

 材木を手に入れたシロウは手早く、そして細かく木を切り刻んでいく。

 素人にはよく分からない骨組みが幾つも出来上がり、それを匠さながらな手つきで組み立てていくその様は、忍者としてかけ離れた姿であったと白野は後に語る。

 

 「こんなもんか」

 「すごっ……え、なにこれ」

 「見ての通り舟だが?」

 

 僅かな時間で小舟の完成である。とことん作ることに特化した人間だ。

 

 「でもこれって即席だよね………沈まないよね?」

 「戯け。そこいらに設置されている舟よりか頑丈だ」

 

 確かにこの男が作るモノは、全てにおいて出来の仕上がりが半端ではなかった。料理にしても、剣にしても、弓にしても、岸波シロウが作るモノは皆文句の付けようが無いものばかり。それは長年共に過ごしてきた白野が一番よく知っている。とりあえず即席の木船とはいえ浸水する、という可能性はないだろう。少しあった不安もすぐに解消され、白野は何の恐れも無くその木船に乗った。

 

 「漕ぐのはシロウね」

 「了解した、お嬢さん」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 己が主である桃地再不斬が動けないなか、道具である白は何をするべきか。それは言わずもがな、主の世話である。

 白は動く道具(にんげん)であるが故に、クナイや手裏剣のような動かない道具では為し得れないことを行える。それを再不斬は実感するたびに『お前を拾っておいて良かった』と言うのだ。その言葉を聞くだけで、白の心身は言葉では表すことのできない温もりに包まれる。まさに歪みと言えるだけの忠誠心が白にはあった。

 白の血肉までもが全ては再不斬の所有物。彼の為に戦い、彼の為に生き、彼の為に死ぬ。

 そして今日もいつもと変わらず、彼の為に美味い馳走を持て成す食材を求め森に赴いた。戦闘のみならず家事全般を行なえてこそ再不斬の道具。一つとして隙はない。

 

 「ふぅ………やっぱり此処は良い場所だ」

 

 自分には勿体ないとさえ思える上質な着物を着て、死体処理班の証たる仮面を外し、愛用している日よけの笠をかぶり、自然豊かな新鮮な空気を吸い堪能する。その行為は何時しか白の数少ない楽しみになっていた。

 暫く自然を満喫しながら薬草と野菜を採取していた白だが、彼の目に一匹の獣が捉えられた――――猪である。それも立派な、大物と言えるほどの。

 

 “再不斬さんは猪のお肉が大好きだから、丁度良かったな”

 

 主の食の好みを当然の如く把握している白はあの大猪を仕留めることに決めた。即決である。

 あれほどの大物、さぞかし油が乗っていることだろう。

 白は動物を愛でる優しき少年だが、主の為と思うのであれば簡単に私情を殺すことができる。再不斬に人を殺せと命令されれば一切合切の迷いも無く遂行できるのだから、いくら動物好きとは言っても再不斬の為と思えば猪を殺めることなど造作もない。

 申し訳ない気持ちはある。だが、それだけだ。それ以上の感傷に浸ることなどない。

 懐から取り出すは一本の細長い針。白が愛用する千本針だ。殺傷能力こそ少ないが、動物の持つツボに刺されば一発で麻痺状態に陥れることができる。

 大猪は此方に気付いた様子はない。獣としての感が鈍いのか。それとも自分の気配を消す技能が猪の察知能力を上回っているのか。どちらにしても有り難いことに変わりはない。

 より的確にツボを狙うべく、白は忍び足でさらに大猪へと近づいていく。それが、白の希少極まりない慢心であった。

 

 「プギィィィィ!!」

 “気付かれた………!”

 

 大猪は白を目視するや否や、警戒度全開な奇声を上げ、獣特有の凄まじい脚力を要して此方に突進してくる。大物というだけあってなかなかの馬力だ。牙も立派であり、人体が軟い人間なんぞに直撃すればひとたまりもない。そこいらの猪より何倍も脅威だろう。

 

 “だけど、所詮は畜生(けもの)

 

 気迫、迫力、速度の全てに置いて素晴らしいと言えば素晴らしいのだが、獣故に技術がない。何の捻りも無くただ我武者羅に突っ込んで来ているだけである。これでは躱してください、カウンターをくださいと言っているようなものだ。

 この波の国の村人ならまだしも、忍である白に立ち向かったのがあの大猪の最大のミス。白は手に持っていた千本針を大猪目掛けて放とうとした。しかし――――、

 

 「大物、発見!!」

 「………!」

 

 突如として空中から降ってきた少女のカカト落としが見事に大猪の首をへし折り瞬殺した。

 黒いコートに何故か下半身丸出し+ショートスパッツ。見るからに刺々しい形状をした鋼の具足。そして先ほど見せた驚異的な威力のある蹴り技。どう考えても一般人ではない。そしてあの腰に巻かれた木の葉の文様が刻まれた額当て。

 間違いない。この少女は――――木ノ葉の忍だ。

 

 “しかも相当な手練れ”

 

 自分に気付かれることなく大猪の頭上に跳び、目に止まらぬ早業で大猪を仕留めた。スピードに自信のある自分でも五分五分と言ったところか。それに加えて隙が少ない。

 

 「そこの貴女。危ないところだったわね。何処か怪我はない?」

 

 彼女は此方に振り向いて、心配そうに訪ねてきた。どうやら自分が元霧隠れの忍とは気付いてないようだ。私服で訪れていたのが幸いした。

 そっと気付かれないよう千本針を仕舞い、顔を隠すため笠を深く被り治す。このまま一般人として話を通してこの場を離脱した方が賢明と白は判断したのだ。こんな動きづらい服装に、装備も全く揃えていない状態で交戦するのは些か以上に分が悪い。

 

 「いえ、おかげさまで大丈夫です。危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」

 「そう。それは良かったわ。でも次からは気をつけなさい。その恰好を見るに、野菜を採取しにこの森に来たのでしょうけど、野生の動物もうろちょろしてるから……貴女のような女の子が一人で訪れるのは危険よ」

 「………はい」

 

 僕は女ではなく男なんですけど、と口走りそうになったが思い留まった。この貧相な体格と腰つきから女と間違われても仕方がない。笠を取ったらまんま女顔なので尚更間違われるだろう。だいたいそんなことを言って、これ以上会話を長引かせる必要はない。

 そして白が感づかれないよう素早くこの場から立ち去ろうとした時、

 

 「ちょっと待って」

 

 先ほどの優しい声色と打って変わって氷のような冷たい声で静止を受けた。

 

 「………なんでしょう?」

 「貴女、普通の村人にしては随分と精錬された歩行ね」

 

 彼女が指摘したのは白の歩行だった。

 一般人ならばもっと隙が多く、自然な歩き方をするというのに白の歩行は隙が無く、熟練たる忍のそれであった。その違和感に気付かないほど彼女は愚かではなかった、ということだろう。

 

 「何処の忍、て聞くのは野暮よね」

 「………ええ。そうですね」

 「静かに立ち去ろうとした態度を見るに、ここで私と会ったのは偶然で、貴女が“今”ここで争うつもりが無いことは察せられるんだけど………生憎私は厄介事を先延ばしにする性質は無いの」

 

 つまり、自分達にとって害となる存在は見つけ次第速やかに排除する。そう彼女は言っているのだ。遅かれ早かれいつかは殺し合う境遇にあるのなら、今ここで殺し合ってもなんら問題はない。しかも今ここで戦うことになれば彼女に大きなメリットがある。なにせ白は野菜採取の為に森に訪れたため、武器は最小限しか持参していない状態だ。対して彼女は完全装備と言えるだけの武装を身に纏っている。今戦えばどちらが有利かというのは一目瞭然。

 

 「卑怯と言ってくれても構わないわよ?」

 「とんでもない」

 

 彼女の判断は間違いなく正しい。自分達は忍であり侍などではないのだから、正々堂々戦うこと自体滅多にない。暗殺、策謀、不意打ちをして賞賛を贈られることはあっても避難されることはあり得ないのだ。

 

 “………逃げますか”

 

 今の自分が恰好の鴨であることを自覚し、また戦っても勝てる見込みが少ないことを鑑みれば戦略的撤退は免れない。今のこの状況で逃げることは決して恥じることではない。白にとって最も恥じるべきこととは、再不斬に対して何も為し得ずに死することである。

 白は即座にこの場から全力をもって離脱する。だが彼女とて木偶ではない。逃げようとする敵を放っておくわけがない。

 

 「逃がしはしないわ」

 

 艶めかしい紫の長髪を持つ少女は黒いコートを靡かせながら自分を追跡する。まるで氷の床を颯爽と滑るフィギュアスケート選手のように地面を滑走しているその様は異様の一言に尽きた。あんな走行見たことがない。

 

 “面妖な………されど、可憐でもある”

 

 彼女の動きは何処までも滑らかであり、しなやかであり、水のような型に囚われない柔軟さがあった。

 

 「僕には真似できませんね。貴女の動きは」

 「褒めてくれてありがとう。まぁ、煽てても逃がしはしないけど」

 「それは残念です。しかし、それでも僕は生きなきゃならない。此処では死ねない。此処は僕の死地じゃないんだ」

 

 白は決意に満ちた声でそう言って印を結び、口から大量の霧を噴出した。

 

 「霧隠れの術……桃地再不斬と比べたらスケール小さいわね」

 「あの人には色んな意味で一生敵いませんよ。だけど貴女を撒くにはコレで十分」

 

 再不斬ほど霧もチャクラも濃くは無いけれど、それでも人の視界を遮るほどの効果はある。

 されど、追手は唯の人に在らず。

 

 「あまり私を下表評価しないでほしいわ………!!」

 

 彼女の脚に過剰なチャクラが収束していき、虚空を切り裂くように横一文字に回し蹴りを決めた。その瞬間、剃刀のようなカタチをした刃が現れ立ち込めていた霧が一瞬にして霧散されたのだ。しかも霧を断つだけには飽き足らず、術者の白目掛けてチャクラが内包された真空の刃が牙を向く。

 

 「な………!」

 

 咄嗟に白は真横に跳んで回避した。

 恐ろしいことに、その剃刀型の刃は近くに在った大岩を難なく切断したではないか。もしあと数秒判断に遅れていたら自分の末路はあの大岩と同じであったことだろう。

 

 “衝撃波にチャクラを纏わせ、物理的な殺傷力を付与したのか!?”

 

 流石に白もこれには胆を冷やした。

 

 「やっと、追いついた」

 

 少し息を切らした少女が勝ち誇ったように自分と相対する。先ほどの業の反動のせいか、多少疲れているようだ。だが彼女の脅威性は以前変わらず、追いつかれたのも紛れもない事実。

 ―――しかし、白はそれでも諦めはしなかった。むしろ愉快だと言わんばかりの笑みを浮かべている。

 

 「その笑みは嘲笑、ではないわね。勝機でも得たのかしら?」

 

 白に追いついた少女の本能は危険を察していた。“此処”で奴と戦えば自分も唯では済まないと。

 追い込んだつもりになってはならない。追い込まれたのは―――自分であると。

 

 「ふふ。得物を目の前にして狩りにこないのですか」

 「私は第六感ってものを存外信じる人間なの。今貴女を殺そうとこれ以上近寄ったら………けっこうヤバそうなのよ」

 

 白は表情を変えずに彼女の感の良さに感服する。そしてつくづく油断ならない忍だと再確認した。

 

 「貴女がこれ以上僕を追い仕留めると言うのなら止めはしません。しかしその時は――――」

 

 印を高速で結び、白は決して揺るがぬ双眼で小さき少女を見つめ、宣言する。

 

 「本当に、命はありませんよ」

 

 これは決して脅しではない。そんなことは彼女も分かっている。

 此処一帯は昨日雨が大量に降っていた。そして地中には大量の水分が含まれている。白にとってそれは大きなメリットがあった。彼女と自分の間にある武装数すら凌駕するメリットが。

 ――――戦えば重症を負おうとも絶対に勝つ自信が白にはある。

 

 「…………」

 

 白の並々ならぬ自信と決意。そして彼女自身の直感が危機だと叫んでいるなか、少女は選択しなければならない。

 今ここで死力を尽くし殺しに行くか。

 深追いをせずに引き返すか。

 敵を目の前にして彼女が選択したのは――――――……………。

 

 

 ◆

 

 

 「いやー、大量大量!」

 

 エミヤはほくほくとした顔でクーラーボックスの中身を見る。その箱のなかには大小様々な魚が収められていた。

 釣りの結果など言うまでもない。大収穫である。

 とりあえず11人分の魚を調達できたので、今日はここまでとシロウは打ち切り、狩猟に出たメルトリリスの帰りを待っている。

 

 “………シロウのキャラ崩壊、久々に見たなぁ”

 

 白野は思い返すだけでも笑いが溢れてしまいそうだ。手製の釣竿を誇らしげに扱い、次々と魚を釣り上げていくにつれてテンションを上げていった彼の姿は本当に微笑ましかった。

 

 『フィィィッッシュ!! イィィヤッホォォォーーー!!』

 『見ろ白野!! なかなかの大物だぞぉ!!』

 

 ―――手元にボイス録音機が無かったことが誠に悔やまれる。

 

 「白野」

 「は、はい!?」

 「何か変なこと考えてなかったか?」

 「………カンガエテナイヨー」

 

 シロウは白い目で自分を見る。その眼は“もう少し偽る力を付けとけ”と語っていた。

 

 「それにしてもメルトの奴遅いな。何時まで狩りをやってるんだか」

 「感知してみよっか?」

 

 あのメルトリリスがそこまで狩りに手こずるとは思えない。ガトーカンパニーの存在もあるし、彼女の力を信用しているとはいえ流石に心配になった白野は感知を行なおうかとシロウに提案した。

 しかしシロウは首を横に振った。その必要はないと。

 彼の目にはとんでもない速度で此方に向かってくる物体を捉えていた。

 暫くして、シロウと白野が待機していた湖岸にメルトリリスが到着した。彼女の姿を見るに、怪我をした様子は全くない。しかしメルトリリスの整った顔には影が差していた。

 

 「どうした。狩りに失敗したか?」

 

 一向に口を開く気配がないメルトリリスにシロウが問いを投げた。

 

 「………まさか。ちゃんと大物を仕留めてきたわよ。収納の巻物に保存しているわ」

 「その割には随分と元気がないじゃないか。――――何かあったな」

 「ええ。とっても屈辱的なことがあったわよ」

 

 メルトリリスは忌々しそうに吐き捨てた。彼女は無念と怒りが入り混じった瞳で森の奥を睨み、そして大きな溜息を吐いて先ほど遭遇した女のことを岸波兄弟に説明するのであった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 重い足取りで我がアジトに戻ってきた白は玄関でゆっくりと腰を下ろした。

 もしあの森で昨日(さくじつ)雨が降っていなかったら本格的に拙かった。不幸中の幸いとはよく言ったものである。

 とりあえず、無事生きて帰れた幸運に感謝しよう。自分はまだまだ主の元で動けるのだから。

 

 「………白。戻ったか」

 

 再不斬は白の帰宅に気付き、目を覚ました。

 

 「はい、只今戻りました」

 

 下ろしていた腰を上げ、意識を切り替え、夕食の準備に取り掛かった。あの少女と遭遇してしまったため満足に薬草も野菜も収穫できなかったが、些細な問題だ。少なくとも材料はある。

 数少ない材料を全て使い切り、足りないものは己が腕でカバーできる。

 

 「再不斬さん。今日は雑炊ですからね」

 「あァ? 肉ねぇのかよ」

 「無いですねぇ。市場では肉類が高騰してますし、また今度、新鮮なお肉を取りに行きますよ」

 「だから今は我慢しろ、か?」

 「はい♪ その通りです」

 「………チッ。仕方ねェな」

 

 傍若無人である再不斬とて無い物強請(ねだ)りをするほど子供ではない。渋々白の献立を受け入れた。それに白の作る雑炊はけっこう美味いのでそれほど不満を持つに値しなかった。

 再不斬はベットで横になりながら、キッチンで淡々と調理を進めている白を見て、眉を顰めた。

 

 「なぁ、白よ」

 「はい?」

 「お前……今日何かあったろ?」

 「………どうしてそう思うんですか?」

 「質問を質問で返すんじゃあねぇ。そして、あんまし俺を舐めるな」

 

 やれやれと再不斬は溜息を吐く。

 

 「お前らしくない呼吸の荒さ、汗の量、俺が買ってやった着物に不自然な汚れがついてやがる。何かあったかなんて容易に察せられるんだよ」

 「はは、流石再不斬さん。鋭いですね」

 「阿呆。どんなに愚鈍な奴でも気付くわ。

  ………遭ったんだろう? 木ノ葉の糞共と」

 「ええ、それはもうかなりの強者でした」

 「仕留めたか?」

 「本格的な殺し合いになる前に撤退しましたよ」

 「なんだそりゃ。俺の道具のくせに情けねぇな」

 「返す言葉もございません」

 

 少年は出来たての雑炊を再不斬の元まで持ってきながら苦笑する。再不斬は呆れてはいるが怒ってはいないようだ。

 白という道具の性能は再不斬が一番把握している。そんな道具が撤退を選んだのだからよほど悪条件での遭遇だったのだろう。敵も白が認めた強者と言うのだから、無茶な戦闘を避けた彼の判断は間違ってはいない。

 

 「………怪我、しなくてよかったな」

 「え?」

 「お気に入りの道具が傷つかなくて良かったと言ってんだ。勘違いすんな」

 「ですよねー」

 

 ぶっきら棒に言う再不斬に白は微笑みを浮かべる。

 人間と見られていなくとも、道具として見られていても、こうして彼に大切な存在だと思われているだけでも自分は救われる。

 

 「ほら、再不斬さん。冷めないうちに食べてください」

 「応……っておい。さっさとその雑炊渡せ」

 「………今すっごく熱いですからふぅふぅして食べさせてあげましょうか?」

 「ふざけんな!!」

 「ははは、やだなぁ冗談ですよ、冗談」

 「白―――――!!」

 

 森の奥地で鬼人の怒声と少年の笑い声が広く響き渡った。

 

 




・白は男のくせに可愛さが異常である。


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第08話 『それは誰のために』

 ナルトとサスケは夕食時のその直前まで必死になって木登り修行を続けた。サスケはナルトより先に天辺に辿り着けるように、ナルトはサスケを追い抜けるように。

 無意識だろうが、あの天才と謳われたうちはサスケが劣等生であるはずのうずまきナルトにライバル心を抱いている。それは彼も内心ではナルトという男を認めていることに他ならない。

 彼らの競争意欲は更に高まりを見せ、それは食事時でも変わりなく発揮した。

 次々とシロウの手料理が二人の口の中に放り込まれていき、その美味さに感動しながらも互いに負けじと箸を進めていく。

 その豪快な食べっぷりに料理を作ったシロウは満足気である。食事のマナーなどはなっちゃいないが、一心不乱に食べてくれるということはこの上なく嬉しいものだ。賑やかな食卓も好ましい。

 シロウは全員が飯を食い終えた頃合いを見計らって、メルトリリスが遭遇した忍のことを皆に伝え、特にナルトとサスケには修行中でもなるべく周囲を警戒するよう忠告した。

 

 「…………?」

 

 賑やかだった食卓も落ち着きを取り戻し、静かになったその時だった。家の壁に飾ってあった一つの写真を不思議そうに白野は見つめ、首を傾げる。

 

 「あの、この飾られてる写真はなんでこんなにおかしな破れ方してるの?」

 

 壁に飾られている写真は欠けていた。しかもイナリの頭を優しくも豪快に撫でている、男の上半身だけが意図的に破られていたのだ。明らかに何か意味がある。この手に鈍感な白野、ナルト、サクラを除く全員が感づいた。そして岸波シロウは思い出す。あの笑顔が絶えぬ食卓で、唯一イナリのみが笑わず、ずっとこの写真を見ていたことに。そしてタズナ達は白野の疑問に敏感すぎる反応を示した。

 白野の素朴な問いに不快感をもったのか、イナリは無言で自室へと戻っていった。それを見た母は急いで我が子の後を追ってこの場からいなくなってしまった。何とも言えない気まずい雰囲気が周囲を覆う。

 

 「その上半身が破かれちまっている写真の男は、かつてこの町の英雄と呼ばれた男じゃ」

 

 タズナは遠い目をして写真を見る。

 そして語られたのは今は亡き英雄の話。イナリが心の底から父と呼べる男の話だった。

 男の名をカイザと言い、波の国を襲った幾たびの危機を命がけで解決し、遂には英雄と呼ばれるようになった漁師だった。そして溢れんばかりの『勇気』をこの町の人々に与えた。それはイナリとて例外ではない。彼はカイザに命を助けられ、勇気を与えられ、家族のように大切にされ、実の息子ではないというのに本物の父親の如き愛情を注がれた子供なのだ。

 早くに父親を亡くしたイナリにとって、カイザはまさに父親そのものだった。金には変えられぬ多くのことを教え、与えてくれた存在だった。

 

 「カイザと共に過ごしていたあの頃のイナリは、本当に笑顔の絶えない子供じゃった。勇気も、行動力も、確かにあったんじゃ。じゃが、ガトーが現れて………ある事件を境に、あの子は変わっちまった………」

 

 悲痛に満ちた独白。涙無しにはこれ以上語れないほどの無念がタズナにあった。

 

 「ヤツはあろうことか、カイザを公開処刑したんじゃ。それもテロを起こそうとしたっていう濡れ衣を着せてな」

 「そんな。でも――――なんでそんなことを……………!?」

 

 サクラは理解できないと言って声を荒げた。何の罪もない一般人を処刑するなど許されていいはずがない。だいたい一人の漁師を殺して何のメリットがあるというのか。

 

 「理由なんぞ一つしかありゃしない。カイザはこの町のシンボルであり勇気の象徴。波の国の完全支配を望むガトーにとってソレはこの上なく目障りじゃった。――――じゃから殺した。反抗的なワシ等の戦意を削ぐために、勇気というモノをこの町から摘み腐らせるためにな」

 

 全てを支える自慢の両腕を切断され、十字架に張り付けられ、無残にもカイザは公開処刑にされた。

 効果は言うまでもない。町の人間は恐怖し、反抗的だった者達も静かになった。そして府抜けて行った。おかげで今や波の国は昔とは比べものにならんくらい活気が減り、ガトーの支配にただ怯えるだけの家畜へとなり下がった。

 

 「カイザが死んで以来、あの子は心を閉ざしちまったんじゃ。そしてその写真はイナリが破って、持ち去っていきよった」

 

 憧れであった英雄(ヒーロー)を公開処刑されたのだ。その衝撃は子供の精神にどれだけショックを与えたことか。今ではヒーローを誰よりも信じていた子供が、誰よりもヒーローを否定している。

 語れることは全て語り尽くしたタズナは、再び口を重く閉じた。そしてまたこの空間は静寂に包まれる。だがその静けさも長くは持たなかった。

 

 ―――ガタッ!

 

 先ほどまで黙ってタズナの話を聞いていたナルトは勢いよく椅子から尻を離して立ち上がった。そしてそのまま玄関口へと向かい始める。

 

 「………修行の続きに行くのなら止めておけ。今日はチャクラを練り過ぎている。それ以上動くと危険だ」

 

 シロウは外へ向かおうとするナルトにストップをかける。しかし、ナルトは首を横に振った。

 

 「大丈夫だってばよ。俺ってば、スタミナだけは誰にも負けねぇ自信があるし……それに――――」

 

 家のドアに手を付け、ナルトは皆に振り向かずに心強く、己に誓うように宣言する。

 

 「あいつに証明しなくちゃならねぇ。この世には、ヒーローがいるってことをな!」

 

 そう言ってナルトは修行を再開させるために外へと出て行った。そして彼が修行から家に帰ってきたのは、なんと12時間以上経過した後のことである。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 今日も白は薬草を採取するために森へ出かけていた。しかし、以前のようなヘマはしないように千本針を体中に仕込ませている。着物も動き易い物へと替えた。これで如何なる緊急時でも存分に実力を発揮できる。

 チュンチュンと小鳥たちが鳴き、自分の肩に乗っかるなどもうすっかりここ周辺の鳥に懐かれている。今度来る時は何か餌でも持ってこようか。そんなことを思いながら、再不斬の回復に必要な薬草を摘まんでいく。

 暫くして小さな籠のなかは薬草で一杯になった。これだけあれば十分だろう。

 前回、手練れの忍に遭遇したこともあるので、目的を終えた白は腰を上げてさっさと再不斬の元へ帰ろうとした。しかし、その途中で彼は思いもよらないモノを見つけた。

 

 「………あれは」

 

 白が見つけたのは森の大地の上を大の字で寝ている少年。何やら満足気な表情で爆睡している。小鳥達が少し群がってきているというのに目を覚ます気配もない。

 左手にはクナイが握られており、額には木ノ葉の文様が刻まれた額宛が巻かれている。明らかに木ノ葉の忍である。何より白はこの少年を知っている。確か仮死状態にした再不斬を救出する際に出会ったはずだ。この少年も仮面を被っている自分を見ているはずだが、素顔を晒している今の白を見てもきっと分からないだろう。

 

 「…………」

 

 白は無言で彼の傍まで接近した。

 ―――本当に寝ている。

 空寝をしているわけじゃない。辺りにトラップを張ることもなく、敵を誘っているわけでもなく、純粋にこんなところで爆睡してしまっているのだ。

 さて……この子をどうするべきか。白は真剣に悩んだ。敵としては、このまま息の根を止めてしまうのが最も正しい判断なのだろう。しかし目の前の少年はそれほど害になるほどの手練れというわけでもない。ましてや自分と再不斬の障害になる存在というのも考えづらい。それにまだ幼い、それこそ自分と同じくらいの歳の少年だ。ここで殺してしまうのも後味が悪いと白は思った。

 

 「こんなところで寝ていると風邪をひきますよ」

 

 優しく少年の肩を揺すった。いくら天気が良いといってもこんな場所で大の字で寝るのはいただけない。危険な野生の獣もいるのだから、そのまま放っておくわけにもいかなかった。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 大の字で寝ていた少年の名はうずまきナルト。見た目通り、元気で活発的な男の子だった。初対面の自分を警戒することなく、薬草を取りに来た波の国の住人として認識されている。また彼も例に漏れず白を女性と勘違いしているのだが、まぁそれも慣れたのでいいだろう。去り際にさりげなく教えてあげたら面白い反応をしそうだ。

 

 「そういえば、こんな森のなかで君は朝から何をやってたんですか?」

 「ふっふっふ。一般人には真似できねぇすんげぇ修行だってばよ!」

 「へぇ……修行かぁ。もしかして君って、その額宛からして何処かの忍者なのかな?」

 「え!? そう見える!? そう見えちゃう!?」

 「うん、見える見える」

 「えへへ………ごほん。――――そう! 何を隠そう俺ってば忍なんだってばよ!」

 

 彼の反応一つ一つが可愛らしい子供のようだった。見ていて元気が貰えているような気がする。これほど純粋な目をしている子供もこの国を訪れて以来、久方ぶりだ。

 

 「君ってすごいんだね」

 「へへっ」

 

 照れくさそうに頭を掻くナルト。褒められることにはあまり慣れてなさそうだ。

 そして白は流れのままに聞いた。何故修行などするのか? その問いに対してナルトは予想通りの答えを口にした。強くなりたいからだ(・・・・・・・・・・)、と。

 白はさらに問うた。それは何のために? ナルトは『里一番の忍者になるため』『皆に己の力を証明するため』『あることをある者に証明するため』だと答えた。

 確かに思い切りは良い。ハッキリとした目標も掲げている。しかし、強くなるために最も重要なことを彼は知っているのだろうか?

 

 「………ナルト君は強くなりたいと思っている。ならそれは誰の為にですか? それとも自分の為にですか?」

 「………………へ?」

 

 白の質問の意味が伝わっていないのか、ナルトは頭上に?マークを浮かべる。白は少しだけクスっと笑った。

 

 「君には、大切な人はいますか?」

 

 ナルトはどう答えていいか分からないらしい。難しい顔をしたまま黙り込んでしまった。白もなぜ自分がこんなことを言い始めているのか不思議に思った。だが教えておきたかった。何故だか知らないけれど、この少年には本当の強さというものを知っておいてほしいと白は思ったのだ。例えそれが敵に塩をふる行為であったとしても。障害になる可能性を高めてしまう行為であったとしても。

 

 「ナルト君。人は、大切な何かを守りたいと思ったとき、本当に強くなれる(・・・・・・)ものなんです」

 

 果たしてこの言葉をナルトはどう受け止めるのだろうか。

 彼は一瞬だけ呆けた顔をするが、すぐに意味を理解したのか笑顔になって答えた。

 

 「―――うん! それはオレもよく分かってるってばよ!」

 

 ナルトの言葉に嘘偽りはない。この場凌ぎで答えたのではない。彼はちゃんと理解している。それに白は内心で良かったと呟き、もと来た道へと歩き出した。

 

 「君は強くなる……また何処かで会いましょう」

 「おう!」

 「あ。それと、ぼくは女の子じゃなくて男の子ですよ」

 「―――――はぁ!?」

 

 あまりにも予想通りな驚きっぷりに苦笑しながらも、白はこの場を去って行った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「………面白いほど上手くことが運んだな」

 

 シロウの手に握られているのは第一班の採取対象であった秘薬の元になる薬草である。第一班はガトーカンパニーの支配下にある波の国に生息している薬草の採取には時間、ないし手間が掛かると予測していた。しかし、思いのほか妨害などはなく、スムーズに任務を遂行できた。

 

 「まぁ、なんにせよ此方の任務は完了だ。後は第七班の厄介ごとを片付けるのみか」

 

 もう既にはたけカカシの体調は万全となっており、ナルトとサスケの修行もあと少しで達成する兆しを見せている。そして今日までガトーカンパニーからの急襲もなかった。だが、油断できる状況ではないことには依然として変わりない。メルトリリスの報告にあった手練れの忍は勿論のこと、生死不明の再不斬の件もある。気を抜くことは禁物だ。

 シロウは手に入れた薬草をポーチのなかへと収め、外庭に出て、自作の武具の手入れを始めた。収納式の巻物の本数は全て合わせて10本。武具総数しめて100。弾丸、爆薬、トラップ一式、医療忍具も一通り揃えている。これだけあれば、一介の雑魚程度なら問題なく対処できる。使い方次第では手練れを相手にしても微かな勝機は掴めるだろう。

 手始めにシロウは一挺の回転式拳銃を解体する。この拳銃もまたシロウの手製である。視覚しにくい黒一色に染められ、装飾たるものは一切施されていない。とことん実用性重視に拘っている。シロウは解体した回転式拳銃の部品一つ一つを丁寧に点検し、精密機器にも劣らぬスピードで組み立て直す。他の銃器も同じように解体しては細部を点検し、正確に組み立て直していく。

 多種多様な銃器を点検し終えたら次は弾丸だ。この螺旋状に造形された弾丸は、シロウの自信作の一つと言える。微弱ながらもチャクラを付与させ、貫通力を強化した代物だ。実戦では使われていないが、実験では大岩を貫通するという結果を出している。他にも散弾、徹甲弾、焼夷弾なども製作しているものの人間相手に使用したことはない。というか危険すぎて無暗矢鱈(むやみやたら)に使用できるものではないのだ。

 弾丸のチェックも終えたら刀、剣、斧、槍、手裏剣、クナイ、ワイヤー、弓矢、盾、地雷と片っ端から手に取り点検する。武具使いであるシロウは当然のことながら獲物の扱い次第で戦闘力に大きな影響を及ぼす。故に戦闘の要となる武具に不具合などあったらシャレにならない。命を落とす要因にもなりかねないのだがら笑えない。

 武具を主力として扱うということはチャクラの節約にも繋がり、スタミナの温存にも貢献できる。だが起爆札やら弓矢やらの消耗品だと費用も馬鹿にならない。しかし岸波シロウは例外中の例外である。彼の扱う武具は全て自作品。故にコストも低く収まっている。まぁ、一から武具を製作する時間と労力はそれなりに掛かってしまうのだが。

 

 ―――――ピンッ。

 

 予め周囲に仕掛けていたワイヤートラップに誰かが引っ掛かる手応えを感じた。危険極まりない武具の手入れをする際は、全神経を手先に集中させる必要があるため、どうしても周囲の警戒が疎かになってしまう。故に手入れ中はトラップを辺りに張り巡らせることによって身を守っている。尤も、タズナやイナリなどの一般人もいるので安全性などを考慮しているトラップである。

 

 「………シロウ。早く降ろして」

 

 トラップに掛かった間抜けな人間を見たシロウは苦笑を禁じ得なかった。

 

 「修行不足だな。周囲をよく見ていないからそういう目に遭う」

 「いいからさっさと降ろしてよこの皮肉屋! というか見るな変態!!」

 

 シロウのトラップに掛かったのは岸波白野だった。か細い右足には縄が繋がれており、呆れるほど見事に逆さ吊りにされている。しかも着物を着ているので(おくみ)が重力に従い(たもと)まで下りてきてしまっている。あれでは下着が丸見えだ。一端(いっぱし)の女子である白野は顔を赤くしてどうにか脱出しようと必死にもがいてはいるが、一向に抜け出せない。

 

 「まったく、手間の掛かる娘だよ」

 

 見かねたシロウは丁度手入れ中だった一本の日本刀を縄に向かって軽く投擲した。チャクラが練り込まれた刀は白野を捕えていた縄を難なく切断する。

 

 「えぇぇぇ―――――!?」

 

 空中に白野をぶら下げていた縄を切ったのだから、彼女は当然、重力に従い落下する。高さはざっと50m程度。普通の下忍なら落下中に体制を立て直して着地できるのだが、残念なことに下着を見られて羞恥心で一杯の今の白野にはそんなことはできない。

 彼女の落下地点まで移動したシロウは腕を広げて白野をキャッチする。

 驚愕、怒り、羞恥などの感情を心のなかで渦巻かせる少女はどのような表情をしていいか分からず、ただこれだけは理解できた。

 

 「白野。お前、少し重くな――――」

 「ふんっ!」

 

 ――――こいつは殴るべきだと。

 

 気づいたら手が出ていた。柔らかい手で繰り出したとは思えぬ重き拳は、吸い寄せられるようにシロウの顎へと向かう。彼の両腕は白野を抱きかかえているため防御することは叶わず、不意打ちである一撃はえらく綺麗に顎にヒット。幼い頃から大切なモノを護る為に鍛えてきたはずの男が脆くも崩れ去る瞬間であった。

 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 数分して岸波シロウは意識を取り戻した。どうやら顎をやられたおかげで脳を揺らされたらしい。軽い脳震盪を起こしたのだ。まさか白野にKOさせられる日が来るとは思わなんだ。

 呆けた頭でそんなことを思いながら、シロウは白野の膝枕に頭を預ける。彼女は気絶したシロウを木の陰まで移動させて、自分が起きるまでずっと待ってくれていた。起きてから最初に言われた言葉が『謝らないから。自業自得だから』という辺り、本当に頑固で男勝りな少女である。

 暫く横になっていたら意識がハッキリしてきたので、ゆっくりと体を起こす。

 

 「はぁ………酷い目にあったものだ」

 「それはこっちの台詞」

 

 白野はジト目でシロウを睨む。あの逆さ吊りがよほど屈辱的だったのだろう。だが、トラップに引っ掛かったお前も悪い、とは思ったが口にすることはしなかった。もう終わったことだ。これ以上引っ張ることでもない。

 シロウは武具を出しっぱなしにしていたことを思い出し、さっさと収納式の巻物に点検し終えた凶器をしまっていく。また全ての武具を点検したのだが、何一つとして不具合はなかった。

 

 「白野。お前の刀も点検するからちょっと見せてみろ」

 

 丁度良かったと言わんばかりにシロウは言う。白野はこくりと頷いて巻物内から刀を取り出した。

 かつてシロウが白野のために作ったこの刀は、一際強い護りの加護が施されている。切れ味も無論良いのだが、何より自動防御プログラムが非常に優れている。なにせ担い手の腕の力量に関係なく、敵意のある者に対処するよう最も最適な動きを所有者に行わせる力があるのだ。まさに岸波シロウの過保護を具現化させたような刀である。また当然の如く貴重な貴金属、術符などが惜しげもなく取り入れられているため売ればかなりの値段になる。流石に桃地再不斬の首切り包丁には性能的に劣ってはいるが、それでも並大抵の武具では比べものにならにほど価値がある。

 ちなみにこの刀は防御にしか自動的に回れないため、攻撃に転じる際は白野の腕前が直に反映する。つまり剣術がてんでダメな白野はこの刀を防御にしか扱えない。だが身を護るのならこの上ない武具なのでシロウは無問題としている。

 

 「………よし。異状はないな」

 

 刃毀れもなければ加護が弱っているわけでもない。ちゃんと手入れは怠っていないようだ。

 

 「ほんと、シロウは忍より鍛冶屋の方が性に合ってるよね」

 「………否定できないから辛いもんだ」

 

 孤児であったシロウと白野は木ノ葉隠れの里に保護してもらい、生活費も援助してもらった。その対価にアカデミーに入学し、将来里のため民のために忍として生きることを義務付けられた。それはシロウにとっては都合の良い対価だった。

 あの災害で見殺しにしてしまった人々の分まで自分は頑張らなければならない。この命は岸波シロウ一人だけのものではないのだ。ならば忍として生き、里の人々のために貢献できるのなら喜んで受け入れよう。

 

 “だが、白野まで忍の道を歩むことになったことは些か以上に不満が残る”

 

 地獄と化した村で自分以外、たった一人だけ生存していた一人の少女。岸波白野は多くの命を裏切った己が命を賭して守らなければならない存在だ。できるのなら彼女だけは平穏に暮らしてほしかった。しかし、この世は残酷にできている。

 岸波白野には忍としての素質があり、忍としても稀有な能力『感知能力』を兼ね備えていた。そんな彼女を上層部が見逃すはずがなく、シロウと同じく死が付き纏う忍の職を選ばざる負えなくなった。それが無念でならない。今ではもう決定したことなのだから仕方がないと諦め、せめてこの世界でも生きていけるよう育てることに力を入れている。

 

 「………シロウ? さっきから黙ったままで、すっごく難しそうな顔してるよ?」

 「あ、ああ。少し考え事をしていた」

 「ふ~ん………新しい彼女さんについて?」

 「違う。だいたいあの子は単なるバイト友達だと何度言ったら分かってもらえるんだ」

 「どうだか」

 

 最初のころはあれほど尊敬してくれていたというのに、今ではすっかり尊敬もヘッタくれもないただの女誑しという目で見られている。うすうす感づいていたが………まさかこれが娘の反抗期というやつか。

 

 「そう睨むな。釣りをしたらそんなこと(・・・・・・・・・・)はすぐにどうでもよくなるぞ?」

 

 シロウは白野に機嫌を直してもらおうと釣竿を渡して釣りに誘う。丁度今日も食材をタダで頂くためにあの大池に行かなければならなかった。白野にもまた手伝ってもらいたいと思っていたし、夢中になって釣りに没頭すればある程度、嫌な思いなどすぐに解消されるだろう。

 

 「そんなことって………ううん、そうだよね。そんなことだよね!」

 

 しかしどういうわけか、白野は何やら先ほどより怒っているような………いや間違いなく怒ってる。凄く怒ってるよこの娘。まさか地雷を踏んだとでもいうのか。いったいどこでそんなヘマをやらかしたというのか。

 結局シロウはこの後 滅茶苦茶いびられながら釣りをした。恐らく歩んできた人生のなかで最も過酷な釣りであったと、後にメルトリリスにげんなりとした様子で語った。

 

 

 ◆

 

 

 「………やっと回復したか」

 

 ベットの上で長い間、殺意をずっと(くすぶ)らせていた桃地再不斬は隠しきれない歓喜を笑みを浮かべる。

 一度仮死状態を体験し、一週間身体の麻痺が続いた。満足に肉体を動かすこともできず、戦うこともできず、ただ無念と憎悪で心を焦がし続けていた。だがそんなクソッタレでつまらない毎日も今日で終わりだ。

 握力は戻り、チャクラも安定している。これならカカシにリベンジできる。ヤツを殺せる。もう遅れはとらない。再び会いまみえたその時、確実にその心臓を停止させてみせよう。

 

 「白! 今日の飯はちゃんと肉があるんだろうなァ!?」

 「もちろんですよ。なんていったって再不斬さんの復活祝いですから」

 

 晩飯の調理を行っている白は嬉しそうに答えた。

 

 「よォしよし。明日は楽しい楽しい殺し合いだ。そしてその前の晩に喰う飯は美味いと相場は決まっている」

 

 肉体は完全回復した。後は活力を養え、寝っぱなしで鈍っている戦闘感を取り戻すのみ。そのための肩慣らし相手も幸運なことに白以外に存在する。無論、そこいらの雑魚ではない。二つ名持ちの忍をガトーが新しい駒として呼び寄せたのだ。

 

 「今晩は軽く手合せしてもらうぜ? ハサンさんよ」

 「いやはや、まさか彼の鬼人と刃を交えれるとは恐縮の至り」

 

 リビングの床に正座して佇んでいる髑髏の仮面をかぶった一人の男は、逞しい髭を弄りながら干乾びた声で笑う。彼は砂隠れの上級上忍。砂隠れの多重人格者の二つ名を持つ忍ハサン・サッバーハである。

 

 「じゃが、そう慌てなさんな再不斬殿。まず馳走を頂いてからでも遅くはありますまい」

 「………チッ」

 「ほっほっほ。随分と昂ぶっておられますな」

 「当然だ。この一週間、俺は殺し合いも暗殺もできていない。鬼人である俺が、だ。もうやりたくてやりたくて堪んねぇんだよ」

 「その勢いで儂を殺さんでおくれよ」

 「安心しろ。相当の雑魚じゃねぇかぎり肩慣らしで殺しはしねぇよ」

 

 目をギラつかせる再不斬。その姿を目視した者が一般人であるのなら、容易に意識を失ってしまうほどの威圧感があった。

 

 「………念のために今ここでもう一度言っとくが、カカシとタズナは俺の獲物だ。手ぇ出したら協力者であっても容赦はしねぇ」

 「無論、承知しとるよ。儂の役割はあくまでお前さんのサポート。お前さんの意思を尊重する。なので、儂の相手は他の忍。重々理解しておりますよ」

 

 再不斬はハサンの言葉に満足したように頷く。

 カカシは勿論、抹殺対象であるタズナも自分の獲物。決して誰にも譲る気はない。他里の忍なら尚更である。

 明日でカカシとの決着をつけ、タズナを殺し、ガトーの駒を辞める。そしてまた新たな主を見つけ、与して金を稼ぐ。なに、いつも通りだ。

 

 「しかし、お互い苦労しますな」

 「あ?」

 「里を裏切り、追い忍に追われ、あのような(ガトー)に与しなきゃならん現状。お前さんはどう思う?」

 「………プライドなぞとうに捨てたが、あまり良い気分じゃあねぇな。だが水影に報復するためにゃあ金がいる。どうしてもだ」

 「ほほっ。確かに五大国の長の命となると資金も力も生半可なものじゃ届きはすまい。流石は鬼人。野望も大きなことだ」

 「そういう手前はなぜガトーに与している」

 「儂か? 儂は………彼奴(ガトー)が三代目風影の行方を存ずるとのたまったからよ」

 

 ―――三代目風影。確か砂隠れ最強の忍と名高い男だったか。随分昔に行方を晦まし、里が大きく揺らいだと聞く。

 

 「あの方が行方を晦まされた時、里総出で捜索したのだが」

 「見つからなかった」

 「うむ。そして時が経ち、遂に上層部は捜索を打ち切った。生死も分からぬというのにだ。儂は異を唱えたが、時間の無駄だと切り捨ておったわ。あれほど里に尽力しておられたお方を見捨てた彼奴(きゃつ)らが儂はどうしても許せなかった」

 「だから今は里を抜け、単独で三代目を探していると?」

 「左様。風の国の民を愛し、里を護り続けてきた三代目が忽然と姿を消したことに儂は未だに納得できずにいる。きっと何処かで生きておられるはず。そして、行方を晦ましたことに何か理由があったに違いない」

 「死んだという可能性があるんじゃねぇか?」

 「仮にも三代目は歴代風影最強のお人。何の証拠も残さず殺されるなど、ありえぬ」

 

 生きてるか死んでいるかも分からない人間を捜索するために里を抜けた、か。よほどハサンは三代目風影に厚い忠誠を誓っていると見える。桃地再不斬には到底理解できないものであった。

 

 「で、ガトーが三代目の行方を知っているとお前に持ちかけ、遠路遥々(えんろはるばる)波の国に訪れたというわけか」

 「闇社会の重鎮として知られている大物が存じていると口にしているのだ。外道とはいえ、与しないわけにもいかなんだ。報酬も金ではなく三代目についての情報だけで良いとガトー殿に申している」

 

 重要かつ貴重な情報は金にも勝る価値があるということだろう。

 確かにこれほどの男がガトーの力になるのも頷ける。

 

 「ふん。まぁその三代目の為にせいぜい頑張れや。だけどな、明日お前が相手する忍もかなりの手練れだ。なんせうちの可愛い部下共30名が全滅させられたんだからな。手がかりを前にして死なないよう全力を尽くすことだ」

 「鬼人の御忠告、この胸にしかと刻んでおこう」

 「再不斬さん。ハサンさん。ご飯できましたよー」

 「遅いぞ白!」

 「そう声を荒げなさんな再不斬殿。それに白殿、儂の分まで用意しれくれるとはかたじけない」

 「いえいえ。ハサンさんは大切なお客様ですから当然のことですよ」

 「………そうか。では、有り難く頂こう」

 

 各々確固たる目的があり、そのために生きている。前へと進むためには明日の任務を完遂させなければならない。

 又の日の戦に備えて血生臭い抜け忍達は共に飯を食したのだった。

 

 

 




 四次ハサンの外見はアニメFate/zeroのED(一期)で描かれた生前姿です。性格、言葉遣いなどは全て捏造。

 ぶっちゃけテンポが悪いので、出来れば次回の09話で波の国編は終わらせたいところ。出来なくても10話で確実に終わらせたいですね。


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第09話 『ザバーニーヤ』

・この09話で波の国編を仕上げたかったのですが、思っていた以上に文字数が多くなってしまい、波の国編完結にまでは至れませんでした。

・波の国編は10話で締めたいと思います。


 このタズナ抹殺任務さえ遂行すればもうガトーに従わなくて済む。任務完了後あの男から契約通り大量の報酬を払ってもらい、また桃地再不斬と共に息を潜めながらの逃亡生活に戻ることとなるだろう。

 白にとって、逃亡生活はそれほど苦ではない。主たる再不斬が傍にいるのならどれだけの苦難があろうと苦痛になんてなりはしないのだから。

 

 「さぁて、まずは邪魔者の排除からだ」

 

 再不斬は冷徹無比な(まなこ)を巨大橋の建設に精を出しているタズナの部下達に向ける。

 既に再不斬と白はターゲットのタズナが働く仕事場に到着していた。まだタズナは訪れていないようだが、じきに現れるだろう。用心棒の木ノ葉隠れの忍も連れて。

 彼らが現れる前に戦場と化すこの現場を綺麗にしなければならない。また、再不斬の言う邪魔者の排除とは橋で働く者を『皆殺し』にするという意味である。

 

 「待ってください 再不斬さん。そんな雑用は僕がしますよ」

 

 一般市民をあまり傷つけたくない白は自ら掃討を申し出た。彼の手には凶器など一切持っていない。素手で彼らを無力化する気なのだろう。

 

 「無血制圧か。相変わらず欠伸が出るほど甘いな………まぁいい、好きにしろ」

 「はい」

 

 再不斬も惨殺にそこまで拘りがあるわけではない。無力な人間を相手に力を振るったところで何の達成感も満足感も得られないからだ。

 了解を得た白は素早くタズナの部下達を鎮圧していく。そして数分も満たない内に制圧が完了した。流石に手際がいい。己の道具として実に誇らしいものである。

 

 「奴らの墓標の準備は整った。では最後の仕上げといくか、白」

 

 この橋に近づいてくる多数の気配に満面の笑みを浮けべて再不斬は言う。それに暗部の仮面を被っている白はただ無言で頷いた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「な、何事じゃコレは…………!!」

 

 第七班と第一班(寝坊したナルトを除く)に護衛されて橋へと着いたタズナは辺りの惨状を見て絶句する。今までガトーの圧制を悉く凌いできた自慢の仲間達が、橋の上で力なく倒れ伏しているではないか。

 

 「………落ち着け。気絶させられているだけだ」

 

 綺礼は近くに倒れていた作業員の一人、二人を診て命に別状がないことを確認する。どうやら手刀を用いて一瞬のうちに意識を刈り取られたようだ。争った形跡も無し。抵抗することも敵わなかったのだろう。

 これが敵襲だということは全員がすぐに理解できた。彼らは即座に離脱を試みようとしたが、チャクラが練られた濃い霧がそれを阻む。

 

 「このチャクラは………あの鬼人、やっぱり生きていたか」

 

 禍々しいとさえ言えるチャクラにこれほどの大規模な霧隠れの術。誰が術者なのかは容易に断定できる。カカシは溜息を吐いてクナイを取り出した。

 

 「第一班、第七班 各員戦闘準備!」

 

 カカシの号令で素早くタズナを護るように第一班と第七班は円の陣を取った。

 

 『久しぶりだなカカシ』

 

 何処からともなく桃地再不斬の声が聞こえてくる。相手が喋っているにも関わらず居場所の特定ができない。

 

 『しっかし、まだそんな餓鬼共を連れ回しているのか』

 

 微かに震えている白野とサスケに狂人の視線が飛ぶ。サスケは先ほどから俯いていて顔が見えず、白野は見るからに顔が青くなっていた。

 

 『可愛そうに………震えているじゃないか』

 

 その言葉を最後に、橋の上にできていた水溜りから10体もの再不斬の水分身が現れた。分身と言えどあの再不斬の姿をした実体のある敵だ。今までのサスケなら戦意を喪失し、為す術もなく殺されていただろう。そう、今までのサスケ(・・・・・・・・)ならば。

 

 「この震えは――――武者震いだよ」

 

 クナイを片手に再不斬の水分身を一蹴するサスケ。スピード、反射速度 共にこれまでのサスケとは比にならない。一週間程度の月日でかなりの成長を遂げていた。

 

 「ほぅ、これはまた随分と早い成長速度だな。水分身を見切るとはやるじゃないか」

 

 霧の奥から現れた桃地再不斬は素直にサスケの成長に驚き、賞賛する。そして再不斬の隣に立っている仮面を被っている少年もサスケを興味深そうに見ていた。

 

 「好敵手(ライバル)出現ってところだな………白よ」

 「そうみたいですね」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 カカシと綺礼の憶測通り、あの仮面を被っている少年は再不斬の仲間だった。追い忍と名乗っていたというのに堂々と再不斬の隣に立っているのが何よりの証拠。

 

 「………また会いましたね」

 

 彼はメルトリリスを見て懐かしそうに呟く。

 

 「その声、あの時の忍は貴方だったのね。まさか男だったなんて驚きだわ」

 「よく言われます」

 「―――ふふ」

 

 メルトリリスは彼の思わぬ正体に笑みが零れる。

 

 「もう逃げはしないわ。確実に貴方を仕留めてみせる」

 

 いつぞやの屈辱を拭うべく闘志を燃やすメルトリリス。しかし、サスケがそれを阻んだ。

 

 「まて。奴の相手はこの俺がする」

 「はぁ!?」

 「仮面野郎め………下手な芝居しやがって。俺はあんなスカした野郎が大嫌いなんだ」

 

 この時、うちはサスケという男を知る者達はサクラ以外『お前が言うな』と心のなかで突っ込みを入れた。

 

 「きゃー! サスケくんかっこいいいい!!」

 「ちょっと待ちなさい! 先約は私――――」

 

 目を輝かしているサクラを押しのけ異論を挟もうとしたメルトリリスは、硬直して息を呑んだ。首筋に刃が迫る音。先ほどまでまるで気づかなかった異質な存在感。そして明確な殺気。

 

 “あ――――死んだわ私”

 

 呆気なく背後を取られた自分に嫌気を差しながら、メルトリリスは冷静に迫り来る自分の死を受け入れてしまった。未熟すぎる。自分としたことが、こんなことで大きな隙を作るなんて。

 

 「メルトリリス!」

 「メルト!!」

 

 綺礼とシロウは咄嗟にメルトリリスの背後に迫っていた者に勢いよく蹴りを入れる。

 

 「―――ぬぅ」

 

 危機一髪、暗殺者はメルトリリスを仕留める前に二人の強烈な蹴りによって胴体を貫かれた。

 

 「この手応え………砂分身か」

 

 人にしてはあまりにもモロ過ぎる。そしてこの蹴りが入った時に感じた感触は砂。ならば風隠れに伝わる砂分身と判断して妥当というもの。

 綺礼の予想は正しかった。いとも容易く胴体を貫かれた者は物言わぬ砂となって消失した。

 

 「………失態だわ」

 

 メルトリリスは意識を切り替えた。口惜しいが、今は私怨に執着している場合ではない。仮面の男の命は諦め、目の前の脅威に全力で警戒しなければ己の命を刈られかねない。

 

 「いや惜しい惜しい。あと少しだったのだが」

 

 濁った霧にぽつりと浮かび上がる人の影。露出の少ない中東諸国の装束に浅黒い肌が目立つ傷だらけの手。髑髏の仮面を被っているため表情が読めない大柄の男だ。

 歴戦の猛者と一目で分かる身のこなし。枯れた声から発せられるのは静かなる殺意。気を抜けば首を持っていかれるビジョンが容易にできてしまう。

 

 「その純白の仮面………貴様、砂隠れ特殊暗殺部隊“ザバーニーヤ”の者だな?」

 

 独特な匠が施されている髑髏を見た綺礼は確信を持って問うた。

 

 「ほっほっほ。ここは左様……と答えたいところだが、残念。儂は“元”ザバーニーヤの忍よ。これでも一時期だけ(おさ)を務めておりました。名をハサン・サッバーハと言う。二つ名は砂隠れの多重人格者」

 

 ハサンの名乗りを聞いて苦虫を噛み潰したような顔をする言峰綺礼。また相手がどれだけ拙い相手か理解したシロウは武具が大量に内包されている巻物を強く握り締める。

 

 「………ザバーニーヤは人間のカタチを逸脱した者達ばかりが集められている。奇怪性だけに限れば他里の暗部など足元にも及ばないと言われるくらいだ」

 「人間のカタチを逸脱した者達………どういう意味なの先生?」

 「その言葉通りの意味だ、岸波白野。奴らは狂気に塗れた肉体改造の末に手に入れられる歪んだ禁術を扱う忍だ。ザバーニーヤに所属している者など、もはや一人たりとて人間と同じカラダの仕組みなどしていない。長となればソレも群を抜いているだろう」

 「これはまた酷い言われようだ。まぁ、全て事実なのだから否定はできぬがな」

 

 カタカタと笑う髑髏は薄気味悪いことこの上ない。

 アレは相手にしたくないと本能的に警告が発せられる。

 

 「………カカシ。そちらの鬼人と仮面の少年は第七班に任せる。私達はアレをやる」

 「了解しました、綺礼先生。第一班の健闘を祈ります」

 

 第七班は鬼人 桃地再不斬と仮面の少年。

 第一班は多重人格者 ハサン・サッバーハを相手することとなった。

 

 「岸波白野。お前は春野サクラと共にタズナさんの護衛を任せる」

 

 感知タイプの白野と基礎がしっかりしているサクラの二人をタズナの護衛に綺礼は任せた。

 二人はこくりと頷き、タズナの傍に待機する。

 

 「―――準備はできましたかな?」

 

 笑う髑髏はゆっくりと、流れるように近づいてくる。

 

 ダンッ………!!

 

 シロウ、メルトリリス、綺礼は合図も無く同時に動いた。しかし髑髏の男は依然として落ち着きを払っている。よほど己の力に自信があるのだろう。

 

 「先手を撃つ」

 

 巻物内から一丁の回転式拳銃を取り出したシロウは即座に引き金を引いた。

 ズガン、ズガンッと重くけたたましく鳴り響く銃声。発射された弾丸は計六発。音速の速度で獲物を殺さんと直進する。

 しかし、それを何の問題もなさそうにクナイで迎撃する髑髏の男。弾丸目掛けてクナイを投擲するその正確さもさることながら、投げるまでの動きも流石の一言に尽きる。

 

 「ほー、その年でこれほどまでに異様な射撃が行えようとはな。まるで“かわせぬ”と錯覚すら覚えさせる恐ろしき正確さよ」

 「………余裕綽々で対処された後に言われても嬉しくはないのだがね」

 「そう言うな若いの。相手が悪かっただけのことよ」

 「余裕ぶってんじゃないわよ………ハサン・サッバーハ!」

 「おお?」

 

 ハサンの眼前まで近づいたメルトリリスは鋼鉄の具足が取り付けられている脚で首を狙う。

 しかし――――

 

 「小さいお譲ちゃんはまだまだ発展途上と言ったところか。腕は悪くないが、所詮 下忍になったばかりの青二才」

 「ッぁ!?」

 

 軽く蹴りをいなされ、頭を鷲掴みにされる。

小さな体躯は軽々と持ち上げられ、捕まえられたメルトリリスは必死にもがく。

 

 「メルト!」

 「だから言ったであろう? 相手が悪かった…と。いくら腕が立とうが下忍程度で儂の相手が務まるわけがない。そう、儂の相手が務まるのは、上忍くらいでなくてはな」

 

 ハサンはそう言うや否や、密かに背後を取っていた綺礼に向かってメルトリリスを放り投げた。

 

 「貴様………!」

 

 飛んでくるメルトリリスを回避するわけにもいかず、綺礼は小さな体をキャッチするが―――大きな隙を生むのは明白。

 

 「名も知らぬ上忍よ。お主がどれほどこの下忍達の力を信頼していたかは知らぬが、ちと儂のいる戦場に出すには早すぎたようじゃの」

 

 メルトリリスを抱きかかえているため、両手が使えず無防備になった綺礼の前に立つハサン。手には黒光りしたナイフが握られている。

 

 「すまぬが、まず敵チームの頭を叩かせてもらう」

 

 ハサンは己のクナイを情け容赦なく綺礼の首筋に突き刺した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 白は千本針を手にして黒髪の少年サスケの前まで一瞬で距離を詰めた。普通の下忍ならば反応すらできないスピードだが、

 

 「チィッ!」

 

 なんと彼は反応できたばかりかクナイを持って白の千本針を止めて見せた。再不斬の水分身を対処した手際といい、自分の速度に反応したことといい、敵ながら見事と思わざるおえない。

 

 「君のような未来ある子供を殺したくはない。大人しく引き下ってくれませんか?」

 「誰が引き下がるか、仮面野郎………!」

 「………ふぅ。退かぬというのなら、致し方ありませんね」

 

 主の障害になるのならば排除する。いつも通りに………冷徹になろう。

 

 「僕は、二つの先手を用意しています」

 「………二つの先手だと?」

 「一つ目は再不斬の水分身によって辺りにまかれた多くの水。そして二つ目に僕が君の片手をふさいでいること」

 

 チャクラを満遍なく周囲の水に与えた白は、彼だけにしかできない術を披露する。

 

 「秘術―――」

 

 なんと白は片手(かたて)だけで印を結び始めたのだ。

 

 「片手で“印”を結ぶだと!?」

 

 予想外の攻撃手段にサスケは驚愕を露にする。しかし、驚くにはまだ早い。

 

 ―――ダダンッ!

 

 印を結び終えた白は素早く片足で地面を二度足踏みする。これにより周囲の水は氷と化し、己の武具の一つと為る。

 氷は千本針にカタチを変え、宙に浮かび上がり、サスケを囲むよう展開される。

 

 「千殺水翔」

 

 氷の千本針は白の詠唱に反応して勢いよくサスケに飛来する。千殺水翔とは多くの忍を抹殺してきた秘術の一つ。これはかわせる忍は稀である。ましてや下忍の少年がどうにかできるものではない。

 

 「…………な!?」

 

 しかし、その千殺水翔はサスケを仕留めることができなかった。彼は千殺水翔よりも早く、あの場を離脱してみせたのだ。そればかりか手裏剣を3発投擲され、暫し呆然としていた白は急ぎ回避する。

 

 「意外とトロイんだな………アンタ」

 “後ろを取られた………!?”

 

 いつの間に背後を取っていたのか、サスケはクナイを持って攻撃態勢に移っていた。

 

 “くぅっ!”

 

 一撃目の打撃は捌き、二撃目の搦め手によるクナイの投擲もかわしたが、三撃目の蹴りには対処しきれなかった。

 顔面に蹴りが直撃し、後方に吹っ飛ばされる白。なんとか空中で体勢を立て直して地面に着地するが、あまりにも想定外すぎるサスケの戦闘力に動揺を禁じえなかった。間違いなく彼は下忍の範疇を越えている。

 

 「………白。分かるな。このままでは返り討ちに遭うぞ?」

 

 笑い声を堪える様に言う再不斬。遊びはここまでだ、本気で殺しに行けと言っているのだろう。確かに力を抑えたままで彼を相手にしても返り討ちに遭うだけだ。

 

 「分かりました。本気で行きます」

 

 まさかあの術を下忍相手に使うとは思いもしなかった。そしてアレを出した時、これまで相対してきた忍は確実に殺してきている。

 

 「秘術――――魔鏡氷晶」

 

 千殺水翔よりも早く形成されるは宙に浮く無数の氷鏡。サスケを360度完璧に包囲し、囲むこの世界にあるたった一つだけの鳥篭。これを発動したからには彼は逃げられない。囚われたからには――――死、あるのみだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「………ほぅ」

 

 ハサンは物珍しそうに綺礼を見た。ハサンのナイフは確実に綺礼の首を捉えたものの、刃は彼の皮膚すらも傷付けられなかった。まるで鋼鉄以上の金属にナイフを突き刺したような手応え。どれほど鍛えられようが人の皮膚は刃には勝てぬという常識を覆す硬さだ。またナイフを受けた箇所のみ、人の肌とは思えぬほど黒くなっている。このような摩訶不思議な現象を起こすのは忍術しかない。そしてハサンは綺礼が使った術の正体を知っている。

 

 「その術は土遁 土矛(どむ)か。いやはや久しいなぁ、これほどの硬度を持つ土矛(どむ)の使い手はあの長寿の抜け忍以来よ」

 

 ハサンは一旦距離を取り、さぁどう攻略するべきかと頭を捻る。

 土矛(どむ)とは土遁系の忍術のなかでも最高位の強度を誇る。無論、硬化させた肉体の部分は動けなくなるという弱点などあるが、土遁の天敵となる雷遁の術でなければあの防御を突破するのは難しい。

 

 「その様子から察するに、貴様………雷の性質変化を持ち合わせていないな?」

 

 気絶してしまったメルトリリスをそっと床に置き、綺礼はハサンの欠点を指摘した。

 

 「…………むぅ」

 「沈黙もまた答えだ。どうやら貴様と私は相性が良いらしい」

 

 鋼鉄以上の強度を誇る綺礼に対して決定打となる攻撃手段がハサンにはなく、体術のレベルも綺礼が勝っている。そもそもハサンは暗殺を主にする忍である。そこいらの上忍ならまだしも、カカシと肩を並べる実力を持つ綺礼相手だと少々分が悪い。

 

 「一対一ならば、お主が有利だったのは間違いない。しかし、この場には足手纏いの枷が二つある。ならばこの戦場では儂の方が有利な立場にあるということに変わりはない」

 「足手纏いの枷か。さて、なんのことだか私には理解できないな」

 「ぬかせ上忍。そこで伸びているお嬢さんと、先ほどの少年に決まって………な!?」

 

 ハサンは回転式拳銃を連射してきた下忍に指をさそうとしたが、その下忍の姿が忽然と消えていた。いったいいつの間に………!?

 

 「ハサン・サッバーハ。貴様は一つ思い違いをしている。

  ――――あの子共は、決して貴様が言うほど弱い忍ではない」

 

 綺礼がそう言い終えた直後、ハサンの足元にある橋の床から二つの手が勢いよく姿を現した。そしてガッチリとハサンの両足を捕らえた。

 

 「ぬゥッ!?」

 「なにせ私が教師を勤めているのだ。戦力として使えないわけがないだろう?」

 「この術は………心中斬首!」

 「ご名答。岸波シロウは私と同じ土の性質変化を持っていた。そこで私の持つ土遁系の術を多く叩き込んでおいたのだ」

 

 ハサンはシロウの手によって橋の裏柄まで体を引きづり込まれ、波の国の海に放り投げられた。

 

 「ぬ、ぬかった…………!」

 

 いくらハサンと言えど、空を飛ぶ忍術など持ち合わせていない。それこそ岩隠れの忍でなければ不可能だ。重力に従い大人しくこのまま落下せざるおえない。

 

 「ぬ………あれは」

 

 己の落下ポイントは橋の下。つまり波の国の海。忍ならばチャクラを足裏に纏い、着地すれば事なきを得るのだが、今回ばかりはそうもいかないらしい。

 

 「あの少年め。なかなかやりおる。まったく粋な真似をしてくれるものよ」

 

 落下ポイントとなる場所には大量の起爆札が用意されていた。これらはもしもの時の為にシロウが予め仕掛けていたものだ。

 きちんと建設中の橋に爆破時の影響を与えたりしないよう計算された爆薬量。されど人間を爆殺するには十分足りる。

 

 ―――起爆大葬―――

 

 尋常ではない爆炎と爆風がハサン・サッバーハを飲み込んだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 大橋の下から鳴り響く爆音が白の耳にも届いた。どうやらハサンと第一班の戦闘は苛烈を極めているようだ。対して白とサスケの戦いはどこまでも静かだ。強いて言えば、サスケの悲痛な叫び声と千本針で肉を裂く音だけはよく周囲に響いている。

 彼の教師であるカカシは再不斬と殺し合っているため、教え子を助けに来ることさえもできない。もうこの少年に逃げ道はない。

 

 「君は僕の本当のスピードにはついていけない。絶対にね」

 

 自分だけがこの魔鏡氷晶の鏡に入ることができ、自分だけを写す。そして光の反射を利用した移動術は忍の移動速度を遥かに凌駕する。この秘術はたとえコピー忍者で知られるはたけカカシであろうと真似することはできない一子相伝の業なのだ。

 

 「くそっ、落ち着け。どんな忍術にも欠点はあるはずだ………」

 

 サスケは必死になって頭を回転させている。どうすればこの術を破れるのか? どうすれば脱出できるのか? この術の仕掛けはなんなのか?

 圧倒的な力の差を思い知らされても未だに彼の戦意は衰えず、起死回生の機会を狙っている。

 諦めの悪い子供は嫌いではない。むしろ好ましいとさえ思う。ここで殺し合うことになってしまったことが非常に惜しまれるくらいだ。

 

 「………む」

 

 外から飛来する二本のクナイ。それらは真っ直ぐ自分のいる鏡に向かってきている。どうやらタズナを護衛していた忍二人がサスケを助けようと投げつけてきたようだ。白は何の脅威もないという風に下半身だけ鏡から出し、その二本のクナイを受け止めた。

 

 「ッ…………!?」

 

 しかし、クナイが投擲された別の方向から白の仮面に手裏剣が直撃した。そのまま彼は氷の鏡から抜け落ち地に手をつく。

 ――――いったい何者だ、と白は手裏剣が投げられた方向を見る。そして、投擲者の正体を知って白は絶句した。

 

 「うずまきナルト! ただいま見参!!」

 

 ドロンと大きな煙を出して現れたのはあの金髪の少年うずまきナルトだった。

 自分に手裏剣を当て、仮面を傷つけたことには評価できるのだが、なんとまぁ派手な登場の仕方だ。

 

 「オレが来たからにはもう大丈夫だってばよ! 大体物語の主人公はこういう登場をしてあっという間に敵をやっつけるのだァ!!」

 

 この殺気が満ち合われている戦場のなかでナルトは元気溌剌(げんきはつらつ)とした態度を取っている。

 彼の肝はかなり据わっているのか。それとも単に天然気質なだけだからなのだろうか。どちらにしてもある意味大物である。

 

 「………ふふ。本当に見てて楽しい子だ」

 

 白はナルトを見て誰にも悟られぬよう小さく微笑んだ。

 

 「よ、助けにきたぞサスケ!」

 「なぁ!? おま、このうすらトンカチ!! なんで自分から敵の術中に嵌っちまってる俺のところに来るんだ!? 忍ならもう少し慎重に動け!!」

 「なんだとぉ!? 助けにきてやったのになんだってばよその言い草は!!」

 

 派手に登場したナルトは外からこの魔鏡氷晶を破壊しようとせず、なんと魔鏡氷晶のなかに自分から入ってきてしまった。これには白も苦笑い。サスケは本気で怒っているが、無理もないことだろう。

 

 「……………」

 

 彼も戦場に現れてしまったのなら仕方がない。心苦しいが彼も排除しなければいけないだろう。

 また白は氷の鏡のなかへと入り、攻撃態勢を整える。

 

 「上等だよ。この鏡が氷で出来てるってんなら、火遁で溶かしてやる…………!」

 

 氷は火に弱い。確かにその考えは正しく、また魔鏡氷晶の対処としては決して間違っていない。火に当てられれば氷は溶けて水と為る。しかし白の魔鏡氷晶は唯の氷にあらず。天才的な能力を有する血継限界の少年が一から作り上げている秘術に、下忍程度の輩が扱う火遁如きに破られるはずがない。

 事実、サスケの火遁業火球の術は白の魔鏡氷晶を破れなかった。一枚足りとも破壊できていない。

 

 「まだまだ火力が足りません」

 「クソッ………!」

 

 苛立ちを露にするサスケだが、決して恥じることはない。

 

 「その年でそれほどの火遁を扱えるとは大したものです。あと数年、修行をこなしていればあるいは………僕の魔鏡氷晶を破れるほどの火力を手に入れていたかもしれませんね」

 

 そう、サスケはまさしく天才だ。成長速度も、スピードも、扱う術も才に満ちている。だがその才能も完全に開花する前に摘まなければならない。何故なら自分達は戦場で遭い、殺し合いを行っているのだから。

 キラッ、と鏡が反射する光が微かに起こる。その瞬間、サスケとナルトは千本針の攻撃を受け膝をつく。

 

 「ぐ………あ……」

 「チクショウ、この鏡をどうにかすればいいんだろう!? それなら、全部まとめてぶっ壊せばいいだけだってばよ!!」

 

 敵の脅威性を理解したナルトは独特な印を結び、大量の分身体を召喚した。見たところ唯の分身ではなく、質量の持った分身だろう。恐らく再不斬の水分身と同じ、オリジナルと比べて戦闘力が劣っているものの、列記とした物理的攻撃量がある。

 

 「「「「「「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!!」」」」」」

 

 ナルトと同じ顔、同じ体格をした分身体は周りの魔鏡氷晶に向かって突撃した。たかだか分身体の攻撃如きでこの鏡が破られることは絶対にありえないが、見過ごすことも出来ない。

 

 「遅い、遅すぎます」

 「「ぐァッ!?」」

 

 千本針を用いて向かってきた分身体を一体残らず殲滅する。また分身体の対処だけに留まらず、片手間でナルトとサスケにまでダメージを与えた。

 

 「ま、だだ。オレは………ぜってぇに諦めねぇぞ」

 

 ナルトは震える膝に喝を入れて立ち上がる。この絶望的な状況下で、未だ諦めない図太い精神力がその目に宿っていた。

 

 「こんなところでくたばってられるか。オレには、叶えなきゃなんねぇ夢があるってのに!」

 「……………」

 

 白は思い出す。この子はこんなことで諦める子供ではなかったことを。またナルトの『夢』の大きさも知っている。だが、自分とて曲げられぬ思いがある。夢がある。

 

 「…………僕にとって、忍になりきることは難しい。出来るのなら君達を殺したくないし………君達に僕を殺させたくも無い」

 

 透き通った声で語る白。彼の言葉に偽りはなく、忍にあるまじき優しさがあった。

 

 「けれど、君達が向かってくるのなら――――僕は己の刃で心を殺し、忍になりきる」

 

 白は忍の苦悩をよく知っている。だからこそ、これほどまでに強いのだ。彼をここまで強者足らしめているのは、決して血継限界だけではない。天性の才能だけではない。忍になりきれる、屈強な精神力があってことそ。

 

 「この橋はそれぞれの夢へと繋がる戦いの場所。僕は僕の夢の為に、君達は君達の夢の為に命を賭して殺し合っている」

 

 千本針を構えて、白は高らかに公言する。

 

 「恨まないで下さい。僕は大切な人を護りたい……その人の為に働きたい、その人の為に戦い、その人の夢を叶えたい。ソレが僕の夢」

 

 感情の籠もった言葉だった。ナルトも、サスケも、殺意をぶつけ合い死闘を繰り広げていたカカシと再不斬も白の発言に耳を自然と傾けていた。

 

 「そのためなら僕は忍になりきる。貴方達を殺します」

 

 純粋な殺意。白の優しい心を捻じ伏せる強い精神力が溢れ出る。

 ナルトとサスケは笑みを零した。自分達の相手にとって不足なし。そう、暗に語っている笑みだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 シロウ達は砂隠れの忍と、サスケ達は仮面の少年と、カカシは鬼人と戦闘を行っている。そのなかで白野とサクラはタズナの護衛を任され、気を抜かず周りを警戒していた。敵は三人だけとは限らない。万が一、まだ他に戦力を敵が隠し持っていた時、対処できるのはこの少女二人のみだ。

 

 “霧が濃すぎる………チャクラも練られ過ぎていて感知が全く役に立たない”

 

 以前なら霧隠れの術中でも感知できていたのだが、今回ばかりはそうもいかない。再不斬が発動した霧隠れの術の密度が前より数段上がっている。鬼人が本気を出したと言うことだろう。ならば半人前の白野の感知など受けつけるわけがない。

 

 「はは………ほんと、怖いな」

 

 気を抜けば場に充満している殺意の渦に意識を飲み込まれかねない。

 自分はいつもシロウに護られていた。どんな時も、必ず彼は隣にいてくれた。だが、それはあくまで里のなかでの話である。今は命の奪い合いが行われている任務の真っ最中。シロウも命掛けで戦っている。ずっと自分の隣になどいられるはずがない。

 怖い。確かに怖い。それは事実だ。嘘偽り無く、この殺し合いが恐ろしくて小さい体を震えさせている。だが、逃げはしない。逃げることだけはしない。自分が護衛しているのは一個の命だ。護るべき人間だ。タズナは波の国を救おうとしている立派な人で、彼が建設しているこの橋はこの国の希望であり勇気そのもの。それを見捨てて逃げを選ぶなど、誰よりも自分が許さない。

 

 「………護ってみせる」

 「ハッ、小娘が。ならばしてみせろ」

 

 背後から聞こえた鈍重な声。突然現れた鬼の殺意。

 

 「そんな――――!?」

 

 再不斬はカカシとの戦闘を一時的に離脱して、タズナを消しに現れた。

 サクラも白野と同じで彼が声を出すまで気づいていなかった。対処しようにも動くのが遅すぎる。このままではタズナがあの首切り包丁によって殺害されてしまう。

 既に再不斬は刀を振り下ろす動作を始めていた。二秒も掛からぬ内にあの刃はタズナを断つだろう。白野は反射的にタズナの盾になるよう首切り包丁の前に出た。

 

 「ほぅ、身を呈してタズナを護ろうとするか。その意気や良し………!」

 

 白野の行動を褒める再不斬だが、だからといって斬撃の手を緩めるわけがない。首切り包丁の重量×人間離れした鬼人の腕力が生み出す人外の一撃。とても白野が対処できるものではなかった。そう、白野ならば――――。

 

 ギィィンッ!

 

 再不斬の首切り包丁が振り下ろされた。しかし、辺りに響いたのは白野という少女の肉を断つ音ではない。鉄と鉄が打ち合う音だった。

 

 「な………」

 

 必殺を約束された一撃を少女は細い刀で防いだのだ。これに再不斬は目を見開く。

 再不斬は云わずと知れた歴戦の猛者。相手がどれほどの実力を持っているのかは一目でだいたい理解できる。そしてこの少女は紛れも無い雑魚である。膨大なチャクラも無ければ、身体能力が高いわけでもない。あの一撃を防ぐ技量も持ち合わせていないというのに。

 すぐさま再不斬は自分の一撃を防げた原因を探る。そしてすぐに理解した。先ほどの一撃を防げた原因を。

 

 “………なるほど、あの刀が防いだのか”

 

 白野が手にしている外見上何の変哲も無い刀。しかしその実その刀に付随しているのは一級の呪い。所有者を必ず護るという概念がこびり付いている魔刀だ。

 再不斬の一撃を防いだのは白野ではない。あの刀だ。白野に最も適した動きを自動的に行わせ、防がせた。どこの人間が鍛えた刀かは知らないが、見事は業物よ。

 

 「だが二度目は無いぞ!!」

 

 どれほど優れた魔刀であっても、この首切り包丁を上回る業物ではない。忍刀七人衆が代々受け継いできた刀と誰とも知らぬ輩が造った刀とでは格が大きく違いすぎている。それにもう白野はあの刀を動かすことはできない。全力で振るった斬撃を唯の少女が完全に防ぎきれるはずもなく、柄を握る手が先ほどの斬撃による衝撃によってズタズタになっていた。刀の刃も欠け、ヒビが入っている。仮に再不斬の斬撃を受け止めれたとしても、刀身が持たない。

 無慈悲に振るわれる二撃目の斬撃。白野は尚も諦めずズタボロな両手で刀を握り締める。健気なものだと再不斬は思う。下忍風情がよく己の前に出たと関心する。だが――――無意味だ。

 

 「ふんっ!!」

 

 全体重が乗せられた二撃目が、白野を襲った。

 ――――ブシュッ。

 今度こそ人肉が断たれた音がした。いつ聞いても悪くない音である。だがそれは女子の肉を斬った音ではない。よく鍛えられた男の肉を切った音だ。

 

 「ふ―――餓鬼を救おうとする一心で、頭に血が上りすぎたようだな」

 「ぐぅ………あ」

 

 白野に首切り包丁が届く前にカカシが割って入った。おかげで白野に凶刃が届くことはなかったが、カカシの胴体に一文字の切り傷が刻まれた。

 

 「か……カシ、先生」

 「………大丈夫だ…白野。なんとか致命傷を避けれた」

 「すぐに治療をしないと!」

 「サクラ、あの男が目の前にいるんだ。応急処置もさせてくれないよ」

 

 平然と話すカカシだが、明らかに弱ってきている。

 

 「クク………次で決着をつけようぜ、カカシ」

 

 また霧のなかへと姿を消した再不斬。

 カカシは望むところだと呟き、再不斬を追う為に前へ出る。

 

 「………白野。サクラ。引き続きタズナさんの護衛を」

 

 カカシの命令に素直に頷く彼女らだが、最初より少しばかり自信がなさそうだった。

 

 「自信を持て。お前達は、よくやってくれてるよ。もしタズナさんを守る忍がいてくれなかったら、俺はこれほど自由に戦えていない」

 

 白野も、サクラも、決して無力ではないとカカシは言う。

 

 「なにより白野。お前はさっき再不斬の凶刃からタズナさんを守った。それは事実であり、この上なく素晴らしい成果だ。後からシロウ君に胸を張って報告してあげなさい」

 「………はい!」

 

 元気な返事を聞いて少し笑顔になったカカシはすぐに気を引き締め直し、再不斬が待つ霧の奥へと踏み入った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 計364枚の起爆札を惜し気もなく使った岸波シロウの対集団用トラップ。本来の威力ならば爆風の影響によってこの未完成の橋に致命的なダメージを与えてしまうので、今回はそれなりに威力を軽減した仕様となっている。だが言わずもがな、普通の起爆札一枚で人を殺せる殺傷力を持つ。いくら橋を配慮して威力を抑えたといっても、364枚の起爆札の威力は生半可なものではない。人がモロに喰らえば五臓六腑(ごぞうろっぷ)を撒き散らすどころの話ではなくなる。

 

 「まさに木端微塵ってとこよね………これ」

 

 死体を確認するために海へと降りたメルトリリスは口元を引き攣らせる。海に漂う大量の血。小指から耳まで人の部位が細々と散らばっている。

 

 「爆殺は成功したようだな」

 

 この惨状を作り出した少年も海の海面に着地し、疑いようのない手応えに満足………していなかった。彼は未だに警戒を解かず、解せないという顔をして周囲を見渡している。

 

 「…………この程度で二つ名を有する忍が殺れるものだろうか」

 「なに言ってるのよ。疑うもなにも、この死体の残骸を見れば分かるでしょう」

 

 メルトリリスは呆れながらに言う。

 確かに、この死体の残骸は本物だ。千切れた耳も、バラバラになった指も、内臓も全てハサンのもの。生死の疑問など持つべくもない。

 

 「…………メルトリリス。警戒を弱めるな。むしろ強めろ。奴の脅威は去ってなどいない」

 「は? 言峰までどうしたの?」

 「もう忘れたのか? 奴は元ザバーニーヤ所属の忍。異形の禁術に手を染めし異端の人ならざる者だ。人の持つ常識など当てはまらない」

 「だからって粉々になった奴がどうやって私達に危害を加えようっていうの。そのザバーニーヤがどれだけ奇怪な連中かは知らないけど、生物なら死んだらそこで………」

 

 メルトリリスは呆れたように言葉を紡ごうとしたその時、

 

 「終わり、ではないのだよお嬢さん」

 

 ナニモノかがそれを遮った。

 

 「………うそでしょ」

 

 メルトリリスの言葉を遮ったのは、爆殺されたはずのハサン・サッバーハだった。彼はまったくの無傷で三人の前に姿を現した。まるで当然という風に。

 

 「………本当に奇怪な奴だな。ここに散らばっている肉片は本物だというのに、貴様は無傷で俺達の前に姿を現した。いったいどんな禁術を使ったのやら、皆目検討もつかんな」

 

 予想していたとはいえ、やはり手応えを感じていたシロウが一番驚いていた。

 

 「少年。君は良い忍となるだろう。まさか、不意を突かれたとはいえ一回殺されようとは思わなんだ」

 「死んだ、というのは間違いないようだな。ならば命のストックでもあるのか?」

 「己の禁術のタネを自ら答えては忍失格だろうよ。だが儂もなかなかお喋りなニンゲンなのでね。興が乗っている時は歯止めが効かん」

 

 心なしか活き活きとしている仮面の男。彼は近くにあった肉片を拾い上げ、自分達に見せ付ける。

 

 「儂の使った禁術は人格分裂の術。己の内にある数多の人格の内一人をこの世に呼び寄せ、本来儂が負うべきダメージを全てその人格に肩代わりさせた。そしてこの肉片は正真正銘儂の血肉。身体を分裂させたものなのだから当然よ」

 

 影分身でも、水分身でもない、分裂の術。この術を扱う忍は岩隠れにも存在したが、今の時代ではもうハサンしか扱う者はいなくなった。

 

 「儂のなかにある人格分だけ変わり身は用意できる。そして、時間が経てば失った人格もじきに復活する。故にそう簡単には殺されはしない」

 「………厄介だな。だが肉体を分裂させるなど、術者に何らかのデメリットが生じるはずだ」

 「少年は鋭い………お主の指摘通り、無論デメリットはあるぞ。それは分裂すればするだけ本体の身体能力も落ちていくというもの。時間が経てば回復するが、それなりの日数を必要とする……まぁ、そのようなものは些細な問題でしかないがな」

 「………なに?」

 「身体能力が落ちるのならば、直接的な戦闘を避ければいいだけのこと。お主達の相手は、別の人格とこの子達が引き受けようぞ」

 

 ハサンが懐から取り出したモノは五つの巻物だった。

 

 「儂以外の人格はなにぶん芸が達者な輩ばかりでの。格闘が得意な者もいれば、射撃を得意とする者もいる。そしてそのなかで最も使える人格が、傀儡の使いに長けている者だ」

 

 取り出した巻物を天高く放り投げ、ハサンは素早く印を結ぶ。

 ボボボボボン、と連続して巻物から飛び出してきたのは五体の傀儡。シロウの目はソレらがかなり完成度の高い、それこそ一級品の代物だと瞬時に判断した。

 

 「傀儡:五騎演舞。儂の………否、(・・・・)の傀儡捌きについてこれるかな?」

 

 




・白の主人公度が上がっていく、上がっていきますよー。


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第10話 『本当の決着』

・もう波の国編は名台詞が多すぎて扱うのに大変苦労しました。下手すればコピペになってしまうので、所々台詞を変えたり、大幅カットしたりと疲労マッハっす。



 ナルトとサスケに無慈悲と言えるほど降り注ぐ、極細の刃。

 殺傷力の低い千本針を一本や二本、人体に刺したところでこれといった戦果は挙げられない。

 しかし、それにも限度というものがある。いかに千本針と言えど、急所に刺されば致命傷になるし、一定以上刺さりすぎれば無論―――死ぬ。

 

 “よく動く………”

 

 開戦から今に至るまで、白が千本針を投擲した回数は数百にもなり、その多くを確かに直撃させている。だが急所にだけは一刺しも与えられていない。

 それほどまでに、彼らは粘っていた。特にサスケの動きは目を見張るものがある。

 運動機能、状況判断能力、集中力。

 その全てが限界に近いはず。だというのに、ここまで粘れているのは彼の才気ゆえか。

 

 “ですが、此処までです”

 

 どれほど動けようと、どれだけ回避しようと、彼の敗北は覆らない。

 サスケにはこの状況を打破できるだけの力が無く、彼の隣で膝をついているナルトも同じく打つ手が無い。所詮、持ち堪えているだけでしかないのだ。

 そしてその抵抗ももうじき終わる。否……終わらせる。

 これ以上、彼らを傷つけたくは無い。苦痛を味あわせたくも無い。恐怖も与えたく無い。

 安らかに眠らせる。せめて、死んでいくという感覚を与えることなく。

 

 “―――行きます!”

 

 投擲ばかりでは致命傷は望めない。ならば直接手を下すまで。

 今の白の速さは上忍をも凌ぐ。このスピード、例えサスケが万全な状態であったとしても反応することは叶わない。

 

 「う、おぉぉぉぉ!!」

 “な!?”

 

 しかし、白の思惑は大きく外れた。

 サスケは全力で横に跳んだのだ。それにより白の攻撃は空振りに終わった。

 必殺を確信していた一撃を、見切った上で、避けた。

 

 “なんだ、あの異常な反射神経は………!”

 

 白は氷鏡のなかでサスケの顔を凝視した。そして、気づいたのだ。彼の瞳が変化していることに。黒から赤に、変色していることに。

 

 “写輪眼………!!”

 

 血を連想させる純粋な赤眼に黒巴の文様。

 輪廻眼、百眼と並ぶ三大瞳術が一つ、写輪眼の特徴と完全に一致している。

 ―――彼はあのうちは一族の生き残りだ。

 つまり、自分と同じ血継限界者。あの異常な反射神経、状況判断能力もその血によるものだったか。

 

 “半端ながらも、この戦いの最中で覚醒した……なんて子だ”

 

 圧倒的有利に立っていた白だが、それはもう過去の産物となった。

 まだ不安定な覚醒とはいえ曲がりにも写輪眼と相対しているのだ。こちらの動きを完全に見切られるのは時間の問題。これ以上彼に時間を与えるのはあまりにも拙い。それはつまり、もう形振り構っていられなくなったということだ。

 例え気が乗らなくとも、勝つためなら常に最上の手段を選ばなくてはならない。形勢が逆転される前に、確実なる一手を打つ。それが戦闘者の常識というもの。

 

 「これでカタをつけます!!」

 

 未だに立ち上がれないナルトを狙う。

 気の毒だが、彼にはサスケを誘き寄せる餌となって貰う。

 

 「な―――っくそ!!」

 

 予測通り、計画通り、思惑通り、サスケは奔った。

 ナルトを庇うために、白の前に立ち塞がる。

 手にはクナイも、手裏剣も、撒きビシすらもなく、全くの無手。最高速度に達し接近する白をどうにかする術など持ち合わせていない。

 

 ―――ナルト君は、良い友を持った―――

 

 眩しくも尊く思えるサスケの行動に『敬意』を。

 彼のような男と友に為れたナルトに『尊敬』を。

 そして、卑しい手段で相手を打倒しようとする自分には『侮蔑』を。

 

 『さようなら』

 

 白の千本針は、確実にサスケを捉えていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ソレは、一つの乱れもない美しい舞いであった。

 ハサンの十指から伸びる蒼糸に紡がれし五体の傀儡。

 シロウの目には、その一体いったいの傀儡がまるで生きているかのように見えた。

 傀儡の姿は限りなく人間に近い造形であり、実に生々しく、おぞましい。されどその傀儡にシロウは心中で感銘を受けていた。

 自分とて武具使いだ。傀儡を所持し操ることなど造作も無い。だが彼ほど巧みに操ることなんてできない。傀儡に関してもそうだ。アレほどの上物、人と見分けのつかぬほどリアルな傀儡人形を製作することなど、できはしない。

 外見だけでなく、殺人に特化させた機能美も溜息が出るほど美しい。どのような目的で作られたものでも、限りある性能を極限にまで伸ばされた作は至高の芸術と言える。それを手足の如く扱える仕手もまた然り。

 

 最上の仕手に、最高の傀儡。

 

 改めて、二つ名を持つ忍の出鱈目さを痛感する。

 

 「私としても、子を殺めるのは心を痛める。だが任務であるというのなら、迷いはしない。その儚い命、私達の利益のために消させてもらおう」

 

 傀儡を扱い始めてから、ハサンの様子が一変した。最初との印象が、雰囲気が、口調が違い過ぎている。まるで別人を相手しているような錯覚にさえ陥ってしまう。

 これが、多重人格。一つの器に複数の人格を兼ね備える者。世にも稀な多くの才能を一つの肉体に収める者。

 

 カタカタカタ

 カタカタカタ

 

 からくり特有の軽い音を撒き散らしながら迫る傀儡人形。糸によって宙に吊るされ、まるで空を縦横無尽に駆ける姿は恐ろしいの一言に尽きた。

 

 “あれが、本物の傀儡使いの力量………まさか五体もの傀儡を同時に運用できるとは、出鱈目にもほどがある”

 

 本来、傀儡使いが同時に操れる人形の数は三体が限度。だがその常識も、やはり並の忍くらいにしか通用しない。腕の立つ忍にそのような常識は一切通用しないのだ。

 信じ難い話だが、指一本につき一体の傀儡を操れる化け物までも世には存在するとまで噂されている。五体同時運用程度、熟練の傀儡使いにとっては当然の業なのだろう。

 

 五体の傀儡のうち三体は綺礼に。

 残りの二体はシロウとメルトリリスに向かう。

 

 「ふん、こんなブリキの玩具に!!」

 

 鋭利な蹴り業を見舞おうとするメルトリリス。

 普通の人間であれば反応すら許されない回し蹴り。

 その軌道はブレることなく傀儡の首へと誘われる。

 

 ―――くいっ。

 

 ハサンのほんの小さな指の動作は、傀儡に命を注ぎ込んでいるチャクラ糸を確実に伝わっていく。

 本来直撃するはずのメルトリリスの一撃は、人間では再現不可能な傀儡特有の回避運動によって回避される。

 彼女の蹴りが傀儡の首を捉える直前、傀儡は予備動作なく90度を超える角度で腰を弓なりに曲げてみせたのだ。

 生身の人間ならば脊髄が割れるであろう行為を、傀儡は何の問題もなく行える。それは作り物の身体だからこそ行える業であり、人間には到底真似できない、傀儡だけの回避運動。

 

 「チィッ!」

 

 渾身の一撃を回避されたことに苛立ちを覚えるメルトリリスだが、彼女とて忍の端くれ。どのような仕掛けが仕組まれているか分からない傀儡相手に、そう長く接近し続けるような愚行は犯さない。

 傀儡人形の恐ろしさは、その身体の隅々までに隠されているであろう暗器と毒だ。

 何処に何が仕込まれていてもおかしくない悪質なビックリ箱を突き回るというのは、自殺行為に他ならない。

 

 「逃がすとお思いかな、可愛いお譲ちゃん」

 

 ハサンがそう言った瞬間、傀儡の両腕が勢い良く伸びた。

 ―――否、飛んだ。

 そしてメルトリリスの両足を掴み、横転させる。

 横転した場所が地面だったのなら、まだ殴打程度で済んでいた。だが今彼らが戦っているのは橋の下。つまりは海の上である。チャクラが付与された両足があったからこそ、水面の上に立てていたのだから、その足が封じられ横転させられれば、海の中へと沈むのは道理である。

 

 「ごぼ、が―――」

 

 このままでは溺死する。

 まずいまずいまずいまずい………!!

 

 「苦しいだろうが、このままおとなしく溺死して………ぬぅ」

 

 ハサンは最後まで言葉を発することはなかった。なにせ、一人の少年により忌々しくも妨害され、メルトリリスを仕留め損ねたのだから。

 赤銅の髪を持つ少年は、メルトリリスの足を拘束していた傀儡の両腕を陰陽の双剣で絶ち、すぐさまメルトリリスを抱えて後方に後退した。

 

 「今回お前は何度死にかければ気が済むんだ」

 「………返す、言葉が無いわね」

 「海水を全身に浸からせたんだ。少しは頭の熱が冷えただろう?」

 「………はい」

 

 もはや恥じる他無い。またシロウの言葉に一言足りとて反論できず、また反論できない自分が酷く情けないことこの上ない。

 

 「傀儡をできるだけ避け、本体を叩きに行くぞ」

 「―――了解」

 

 傀儡は言うまでも無く厄介な代物だ。ならば、わざわざそんなモノを相手にする必要などない。ソレを操る術者を直接叩けば全て終わる。

 言峰は三体の傀儡を相手取っているため、本体に近づくのは困難。一番厄介な人間と把握されているが故に、執拗に狙われている。しかもどのような仕掛けがあるか分からない傀儡相手にそう易々と攻勢に転じられずにいた。

 ならばまだ舐められている自分達の方が、本体の元へと辿りつきやすい。下忍と侮られている今なら。

 

 シロウとメルトリリスは水面を蹴り、ハサンの元へと向かう。

 しかし、そんな考えは甘いとしか言いようが無かった。

 

 「………ふん。貴様らをただの下忍などとはもはや思うまい。私達の人格の一つを潰してくれたのだ。ならばそれ相応の対応は取らせてもらう」

 

 片手の指を器用に動かし、即座に傀儡二体を迫り来る下忍達の迎撃に向かわせる

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 「………鬱陶しいガラクタだ」

 

 綺礼を取り囲む三体の傀儡。カラクリの身体のあちらこちらから刃が出現しており、その一つ一つの凶器に毒が塗られていた。

 硬化する忍術を持つ綺礼であっても、肉体全てを硬化することはできない。少なからず生身の肌を晒していまう。そこを突かれれば、致命傷だ。

 攻勢に転じようにもこの傀儡三体はハサン自作の一品。どのような仕掛けがあるかも分からないなか、無闇に突っ込むわけにもいかない。なにより仕手のハサンの巧みな傀儡操作は一線を駕すものがある。否が応でも防戦に徹するしかなかった。

 

 “凡庸な傀儡使いならば、ここまで面倒ではなかったものを………”

 

 いくら心のなかで愚痴っていても仕方が無い。そう自覚しているのだが、愚痴らずにはいられなかった。

 

 「…………仕方が無い」

 

 攻めにくいとは言っても、このままではジリ貧だ。無闇にチャクラを消費してばかりではこちらが不利になるばかり。対してハサンは指を動かすだけという簡単な仕事だ。持久戦など、やったところで勝率を薄めるだけである。

 

 “―――仕掛けるか”

 

 シロウとメルトリリスに視線を向ける。彼らは綺礼の視線に気づき、決めに出るのだと理解し相槌を打った。

 

 「ふん………!」

 

 綺礼は水面に拳を叩きつけ、巨大な水柱を発生させた。その水流に巻き込まれないよう、ハサンは一度三体の傀儡を己の下へと後退させる。

 

 「む。奴らも距離を取ったか」

 

 水柱が収まることろには、ハサンを狙っていたシロウとメルトリリスは後方に退いていた。綺礼もだ。

 そこでやっと先ほどの水柱は仕切り直しをするために発生させたのだとハサンは理解した。

 

 「口寄せ―――金剛螺旋」

 

 シロウは一本の捩じれた槍を巻物から取り出し、そしてその槍を―――綺礼に渡した。

 

 ―――ドクンっ。

 

 言われもない恐怖を、ハサンは抱いた。

 武具の危険性は疑いようも無く高い。そしてその武具が、言峰綺礼に手渡されたという事実。

 戦闘者としての感が拙いと告げている。

 

 「くっ、間に合うか………!」

 

 暢気に相手の出方を見ている場合ではない。

 ―――仕掛けなければ。

 冷静な思考は未だに欠けてないものの、焦燥感は確実にあった。

 そして彼は過ちをすでに犯していた。

 ―――判断を下すまで、時間を取り過ぎたのだ。その時間が例え秒単位であっても、戦闘をしている最中では致命的なものとなる。

 綺礼は金剛螺旋を受け取った瞬間、すぐにすべき行動を取っていた。

 彼は槍を投擲するフォームを取り、狙いはまっすぐハサンに向けられている。

 

 「もう少し、判断が早ければ未然に防げただろうに」

 

 綺礼は淡々と事実を言い放ち、その螺旋状の槍をハサン目掛けて投擲した。

 

 強靭な筋力から生まれる力強い投擲は、金剛螺旋の性能を極限までに引き出し尽くす。

 捩じれた槍まるで空間を抉り取るかのようなエゲツ無き回転を生み、水面の水は凶暴な風圧により荒れ狂う。音速とさして変わらぬ速度で爆進する槍を防げる者は、例え二つ名を持つ忍であろうと容易ではない。

 されど、この程度の危機で挫折できるものなら、世に名を知らしめることなど出来はしなかった。どのような困難も凌いでこれたからこそ、あらゆる忍から一目置かれる傑物となれた。ならば、そこまで至った忍が、この逆境を乗り越えられない道理は無い。

 

 「舐めるなァァァァァ!!」

 

 傀儡とは、万能の忍具である。

 仕込み次第ではあらゆる状況に対して臨機応変に対応できるが故に、忍が持つ忍具のなかで最も汎用性が高いと言える。

 暗器は勿論のこと、重火器などの火力が高い兵器まで搭載できる。

 ならば―――盾を仕込むことくらいは造作も無い。

 

 名の無い五体の傀儡は主を護るために爆進する金剛螺旋の射線上に立つ。

 並みの傀儡であれば、いくら束になろうと意味など為さず塵となるだろう。盾の役割すら果たせず粉微塵になるのが関の山。

 しかし、ハサンの傀儡は違う。そのような役立たずには絶対に為りはしない。

 

 ガシャ、ガシャ、ガシャ、と音を立てて傀儡は人型の形から主を護る最も効率の良い形態に移行する。そして五体の傀儡は一つの大きな亀の甲羅のような巨大な盾として形を変えた。その変形速度は尋常でなく、なんと金剛螺旋が着弾するよりか先に変形を終えた。まさに神業と言えるだけの業だが、果たしてその盾であの天災染みた一撃を防げるのか?―――否、防げるかではない。絶対に防げるのだ。そうハサンは笑った。それほどまでに、己の才を全力で注いだ傀儡を信頼していた。

 

 金剛螺旋―――護りの陣を敷いた傀儡に着弾。

 

 その瞬間、傀儡を操るハサンの指に強烈な負荷が押し寄せた。

 閃光が視界を覆い、爆音が耳を壊そうと躍起になっている。

 嗚呼、遥か永い人生のなかで、これほどの力を真っ向から受け止めたのは初めての体験だ。

 

 ニィ、と仮面の下の口は大きく歪んだ。

 

 「悪くない……悪くないぞ!!」

 

 久しく感じた生と死の境界線。

 生きるのも、死するのも、己が力量次第。

 これほどの緊張はいくら味わっても飽きぬもの。

 

 「っ、ァァァァ!!」

 

 老いたこの身とて、まだ果てるわけにはいかない。

 やり遂げなければ為らない目的があるうちは、冥府へと世話になるのはまだ先のこと。

 チャクラ糸が繋がっている指に力が入る。

 押されそうになる力の波を捻じ伏せるために喝を入れる。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 「ぐ………ふぅ、ふ」

 

 ハサンは―――生きていた。

 あの一撃を見事防ぎ切り、この世に留まり続けていた。

 多大な達成感が身を震わせるが、生憎とその歓喜に甘んじられるほど、今は緩い状況ではない。

 自慢の傀儡三体が粉々に大破。残る二体も少破という大損害を被った。対する敵は未だに無傷。三対一という絶望的な戦力差。言わずもがな、現在ハサンは圧倒的に不利な状況に立たされていた。

 もはや自分以外の人格に奴らを相手取れる者は存在しない。つまり唯一やつらと同等に戦える今のハサンが死ねば、完全敗北となるのは必定。

 

 「…………ふ」

 

 撤退、するべきなのだろう。

 これ以上の戦闘は危険極まりない。それに戦闘を続行したところで、勝率は恐ろしく低い。

 分裂の術を行えば、身体能力は落ちるものの、逃げ足の才を持つ人格に任せれば逃げきれる。奴らも自分を執拗に殺しにこようとは思えない。

 

 “……馬鹿な子供でも分かる最悪な状況だが―――逃げはしない”

 

 誰がどう見ても撤退を選ぶであろう戦況のなかで、それでもハサンは逃げることなく戦うことを選択した。

 何故なら、ここで退いたらガトーに三代目風影の情報を聞き出すことができなくなるからだ。

 あのような外道に(こうべ)を垂れ、力になっていたのは己にとっての僅かな希望を逃さぬため。全ては三代目風影の行方を知るためだ。ここで退いては唯の徒労になるばかりか、稀有な希望を無為に失うことになる。それだけは、避けなければならなかった。

 

 「まだだ、まだやれる。私は、まだ戦える………!!」

 

 己が目的を果たす為なら、このような逆境に屈することはあってはならない。

 藁にも縋る気概で、目的を達成しなければならないのだから。

 

 

 

 “まだ戦うつもりか………あの男”

 

 絶望的な状況であるのにも関わらず、まるで闘志が衰えずに立ち上がってみせたハサンを見てシロウはつくづく厄介な忍と相対したものだと痛感する。

 彼ようなタイプには、危機的状況など全く意味を成さず、更にはより強くなるという人間だ。優勢だからといって、楽観視できる相手ではない。

 また彼はシロウの心にもう一つ、大きな衝撃を与えた。

 

 ―――金剛螺旋を防ぎ切られた―――

 

 金剛螺旋とは貫通性に特化させた、シロウの創り出した武具の一つ。

 素材は勿論のこと、構造のあらゆる部位に工夫を凝らし、精魂籠めて製作した傑作。

 それを受け止められた。それも、言峰綺礼という人外が投擲したにも関わらず。

 自身の傑作は、ハサンの傀儡に敗北したのだ。

 

 “里に帰ったら……武具一式を見直し、改善させなければな”

 

 やはり未熟相応の今の力量では、上忍の強者を相手取るのは程遠い。そう直に感じることができた。

 まだまだこれから研鑽を積んでいかなければ、大切な者を護り通すことなど夢のまた夢。多くの人間の命を救うこともままならない。里に帰還した後に、修行の錬度も更に上げなければならないという思いに駈られる。

 

 「手負いの獣ほど、危険なものはない。抜かるなよ」

 

 綺礼の忠告を聞き更に身を引き締める。

 不退転の覚悟を決めた忍ほど何をやらかすかまるで予測ができないものだ。

 

 「さぁ、続きと行こうか………」

 

 ハサンは生き残った二体の傀儡に10本のチャクラ糸を全て通した。これにより五に分散されていた集中力、操作性が絞られ、より効率的に傀儡を操れるようになった。

 シロウらも武具、脚、拳を構える。

 

 そして両者共に決着をつけようと動こうとした瞬間―――この戦場に突如として馬鹿でかいチャクラの塊が現れた。

 

 「「「「「……………!?」」」」」

 

 対峙していた忍達は皆その異常に気付き、動きを止めた。

 

 “なんだ………この禍々しいチャクラは”

 

 シロウは初めて感じるドスグロイチャクラに総毛を逆立ちにさせた。まるで全ての悪意がまるまる一つに収束し、ミックスされたような途方も無い塊。そして人が持ちえぬ膨大なチャクラ。

 

 かなり、ヤバイ。

 

 このような力は人智の域を逸脱している。そしてこの力の発信地が誰かというのも粗方予想ができていた。

 

 「ナルト………!!」

 

 自分達と同じく難敵と死闘を繰り広げているであろう友の名をシロウは口にした。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 敵から殺意を受けることは忍として当たり前のことだ。否、忍だけではなく闘争を行う者ならば当然のこと。

 殺しの経験を多く積んでいる者ならば、強い殺意を当てられたくらいでは動揺することなどまずない。身体が、心が、嫌と言うほど慣れているからだ。

 

 白も無論、強い殺意を当てられた程度では動じない。氷のような冷たい心には何も響かない。ただ機械のように冷静に対処するプロなのだ。

 

 しかし―――人外の殺意であれば話は別だ。

 

 人の枠をはみ出た化け物の殺意は、人間のそれを大きく上回る。まるで質が違う。

 事実、白の足は小刻みに震えて止まない。

 

 『これが、ナルト君………!?』

 

 全身を針で刺され、倒れ伏したサスケをナルトが直視した瞬間、戦場の空気が異常なモノへと変質した。

 ナルトの身体から漏れ出すチャクラは目視できるほど濃厚であり、純度が桁外れ。何より禍々しさが常軌を逸している。

 優しき少年の眼光は獣のそれとなり、視線だけで人を殺せるのではないかというほど鋭利な鋭さがあった。

 

 “彼も血継限界を持つ人間……ではないね”

 

 あのような変異、いくら異形な存在である血継限界者でもあり得ない。

 もっと更なる高位に属する存在だ、うずまきナルトという男は。

 まぁ何であれ―――常人ではないというのは確かである。

 

 “開けてはならない扉を開けてしまった気分だ”

 

 何重にも、厳重に封印されていたモノを自分は解放してしまった。中身は、最悪な災厄の化身とでも言えようか。

 ならばこの始末、自分が責任を持って果たさなければならないだろう。あれが完全に開放されれば、己の主君の命に関わる。それだけは許されない。

 

 “見たところ、まだ完全に覚醒はしていないらしい。今ならまだ、間に合う!”

 

 あの得体の知れない力の底を図ることはできないが、それでも今の彼の状態が不完全な状態だというのは理解できる。

 完全に力が開放された後ではもう手遅れだ。どうしようもない、勝ち目の無い絶望しか残っていない。だからこそ、未だに力を解放しきれていない今だけは希望がある。まだ勝算自体は残されている。

 

 間髪入れずに白は跳んだ。氷鏡から外界に跳ぶ時の速度は並みの忍では捉えられない。写輪眼を持ってしても、動きを慣れるまでは自分に一切の手出しができないほどの速度。

 いくら化け物染みたチャクラを放出させていようが、この氷鏡の檻を形成しているこの一時は白が有利であることに変わりは無い。

 

 ――――そう、変わりは無いはずだった。

 

 「おせぇ………」

 「――――っ!?」

 

 白の一撃はナルトを捉えるどころか、完全に攻撃のタイミングを見切られ、回避させられると同時に腕を捕まえられた。

 

 “これは、危険だ………!”

 

 なんとか脱出を図ろうとするが、人外としか思えぬ握力に右腕が囚われ、身動きが取れない。反抗しようにも、ナルトの身体から溢れる狂気染みたチャクラに気圧され、身が竦んで力が出ない。

 

 「ガァッッッ!!」

 

 咆哮一喝、ナルトの全体重が乗った拳が白の顔面を直撃した。

 痛みなど感じない。感じる暇すらない一撃だった。

 鉄より頑丈にできているはずの仮面は、たったの拳一つで粉砕され、白の身体は宙を舞う。

 

 なんて慢心。なんて愚か。不完全な状態だから勝てる? いったい何を勘違いしていたのだろうか、自分は。

 例え不完全な状態であっても、自分を打ち倒す程度、今のナルトに掛かれば造作も無かったのだ。自身の力を過信するのも大概にしろ、と白は己を深く恥じる。

 

 “再不斬さん………ごめん……なさい”

 

 そして最愛の主君に心から詫びる。

 自分は彼から頂いた命をここで無駄にしてしまう。彼の夢を見届けることも叶わない。道具としても、自分は分不相応だった。

 白は自身の存在意義を失い、残るのは無念のみ。

 もはや氷鏡も先ほどの一撃により全て破壊された。敗北はより確定的なものとなったのだ。

 

 「ウォォォォォォ!!!」

 

 死が具現化された獣は白を追撃する。

 もはや、逃げられない。尤も、逃げれようとも逃げる気などさらさらないが。

 ―――ここで潔く散る。

 再不斬の期待に応えられない道具に、生きていく価値などない。誰よりも白が理解していることだ。

 

 「――――」

 

 ナルトは白の眼前で拳を振り上げる。今の彼の力なら、単なる拳一つは人を死に至らしめるには十分な性能を有している。あの拳が直撃した瞬間、己は死ぬだろう。

 

 「じ………っ」

 

 拳が顔面に直撃する一歩手前で、ナルトの拳は停止した。所謂寸止めというやつだ。

 はて、一体どうしたというのだろうか。

 白は助かったというのにも関わらず、他人事のようにナルトを心配する。

 

 「貴方の大切な友人を殺した僕を、貴方は情けをかけるのですか?」

 「――――!」

 

 挑発紛いの言葉に、ナルトは白を殴った。しかし、もはや人を殺せるだけの力を有していない、重くも無い軽い拳だった。

 先ほどまで感じた威圧感もいつの間にか消え失せ、ナルトも理性を取り戻していた。

 

 「なんで………なんであんたがッ!!!」

 

 怒りと困惑が混ぜられた声色で叫ぶナルト。

 

 “ああ、そういうことか”

 

 素顔を隠していた仮面は粉砕された。それはつまり、自身の顔を曝け出したということ。

 白を知っているナルトは仮面の少年の正体に衝撃を受け、殺意が少しばかり薄まったのだろう。

 まったく、数分話した程度の間柄だというのに、情が入るとは。やはり彼は優しい。優しすぎる。あのような凶暴な力を所有するには、あまりにも似合わないと思えるほどに。

 

 「再不斬さんにとって弱い忍は必要ない。君は僕の存在理由を奪ってしまった。だから………情けなどかけず、殺してください」

 

 ここで生かされても、再不斬の為に生きれぬ人生など唯の苦痛でしかない。

 生きる目的も、持つべき夢も、誰からも必要とされない人生に、何の意味があろうか。

 

 「なんで、なんであんな奴の為に………あいつは悪人から金貰って悪いことしている奴じゃねぇか!! お前の大切な人ってぇのはあいつ一人だけなのかよ!!」

 

 心底納得のいかないと怒声を上げるナルト。

 ―――どうせ自分は死ぬのだ。少しばかり、話をしてもいいだろう。

 

 「ずっと昔になら、大切な人は二人いました………僕の、両親です」

 「…………」

 「両親は優しい人達だった。本当に、幸せだった」

 

 人の温もりとは、あれほどまでに穏やかなものだと感じだのは後にも先にも両親が生きていた時だけだ。

 

 「………でも、僕が物心がついた頃に、ある出来事が起きた」

 「出来事………?」

 「―――父が母を殺し、僕も殺そうとしたんです。そしてその殺されそうになった時に、僕は反射的に反抗し、父を逆に殺した。殺してしまった………」

 「…………!!」

 

 今でも覚えている。狂気の孕んだ父を、己が手で殺したあの感触を。

 愛し育んできてくれた大切な存在を、この手で断ったあの瞬間を。

 

 「家族を壊した原因はただひとつ。この、呪われた血です」

 

 口から漏れ出す己の血液を見て、白は嘲笑した。

 

 「絶え間ない争いを経験した霧の国では、特殊な(能力)を持つ『血継限界者』は忌み嫌われてきました。

 そしてその特異な能力を保有しているが故に、様々な争いで利用され………挙句には国に災いを齎す穢れた血族と恐れられたのです」

 

 それほどまでに、血継限界者の力は強大だった。その血を持って生まれただけで、一つの殺人兵器として数えられるほどの力を有するのだ。

 多大な力を有していたからこそ、戦を行う者はそれを重宝し、平和を望む民は争いの兵器である血継限界者を憎んだ。

 

 「僕の母は、血族の人間でした。そしてそれを父に知られ―――全てが狂った」

 

 血が特殊だからという理由だけで、仲睦まじかった家庭は終わりを告げた。そして父を殺し、生き残ってしまった自分は、その時心の底からこう思った。

 

 「あの出来事を経て、自分はこの世に必要とされない存在だと思わざるを得なかった」

 「………っ」

 

 ナルトは一際顔を険しくさせた。

 そう、彼も自分と同じだ。

 ナルトもまた、この世に必要とされてないと心の底から思った人間の一人なのだ。

 

 「だけどそんな僕を………再不斬さんは拾ってくれた。誰もが忌み嫌う血族であることを知った上で、必要としてくれた」

 

 それが例え一人の人間としてではなく、道具として、力だけが目当てだったとしても、白は確かに救われたのだ。

 

 自分のような存在を求めてくれたという事実だけで、白は今日この日まで生きてこれた。

 

 「嬉しかった………!」

 

 白は涙する。

 人から必要とされることが、堪らなく嬉しかったのだ。

 

 そして、再び彼はナルトの目を見て、こう言った。

 

 「さぁ……お話はこれまでです。ナルトくん………僕を、殺してください」

 

 完全に敗北し、彼の求める強き道具として成りきれなかった自分に存在する価値などない。否―――あってはならないのだ。

 

 「………ちくしょう」

 

 ナルトはポーチからクナイを取り出し、覚悟を決めた。

 先ほどのように訳の分からぬ力に振り回され、暴れ、ただ殺そうとした彼とは違う。確かな意識を持つなかで、白という人物を知り、そして殺すと決めたのだ。

 

 「君は、どうか自分の夢を掴み取って下さい。

 とても言えた義理ではありませんが………あの世で応援しています」

 「あいつ………お前が殺したサスケにも夢があったんだ。

 ………お前とは、他と場所で出会えてたら友達になれたかもな」

 「………ありがとう」

 

 もはや語り合うことは何も無い。

 今ここで、白の人生は終える。

 

 ナルトは駆ける。白の心臓に、鋭利なクナイを突き刺し絶命させるために。

 

 “すみません、再不斬さん………僕は、貴方の望んだ道具には為れなかった”

 

 最期に今日まで自分を必要としてくれた人への感謝を心のなかで静かに告げる。

 まだ彼の元で働きたかったが、その資格を潰えた今の自分では分不相応。

 

 ――――ゾクッ。

 

 “っ!?”

 

 背後から伝わる不安感が白を包んだ。

 根拠はない。根拠はないが―――再不斬の身に危険が差し迫っている。

 

 パシィッ!!!

 

 白は反射的にナルトの腕を押さえた。

 つい先ほどまでは本当に大人しく死ぬつもりであったが、そうもいかなくなったのだ。

 彼の勇気と決意を無碍にしたことに罪悪感が残るが、今はそれどころかではない。

 

 「お前………!?」

 「ごめんなさい、ナルト君! 僕はまだ死ねません!!!」

 

 あれほど殺せと願い込んでおいて、なんという手のひら返し。さぞかし彼を失望させただろう。

 

 しかし、それでも………!!

 

 すぐさま白は印を結び、最後の力を振り絞ってチャクラを練り上げる。

 白の隣にあった水溜りから一つの氷鏡を出現させる。そしてもう一つを、再不斬がいるであろう方角に出現させた。

 これで移動時間は大幅に短縮できる。あちらで何が起こっているか知らないが、これで主君の命を救えるだろう。

 そう確信した上で、白は氷鏡のなかへと潜った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「お前の未来は死だ」

 

 コピー忍者と鬼人の勝負はほぼ決していた。

 

 「く………ぉ」

 

 再不斬の肢体には数匹もの忍犬が喰らいつき、身動きを封じている。長く太い牙は人肉を切り裂き、肉体の奥の奥まで食い込んでいるため、如何に再不斬と言えど即座に脱出することは困難。

 

 “俺としたことが………!!”

 

 たかが忍犬如きに身体の自由を奪われるとはなんたる様だ。元忍刀七人衆にあるまじき失態。しかし、いくら悔やんでも事態は好転しない。どうにかしてこの犬共を振りほどかなければ、己に明日などないのだ。

 しかし解決策が浮かばない。首切り包丁は振れず、印も結べない今の状態では抵抗する術がない。

 

 「再不斬……お前は昔 水影を暗殺しようとクーデターを企て、霧の国を一時期混乱に陥れた。しかし水影の暗殺は失敗に終わり、数名の部下と共に逃走。

 そして今、お前がガトーのような男に組みしているのは水影に対する報復のため………そうだろう?」

 「ふん………だからなんだ?」

 「お前は、危険すぎる」

 

 カカシは印を結び、とっておきの術を披露する。ソレは多くの修羅場を潜り抜け、戦闘を経験してきた再不斬であっても、見たこともない代物だった。

 

 「これが俺の持つ唯一のオリジナル―――雷切だ」

 

 高密度なチャクラがカカシの右手に集まり、眩い電光を放つ。

 あれが他人の術を写し取ってきたコピー忍者の持つ唯一の『オリジナル』

 カカシにしか持ち得ない、カカシが編み出した、カカシだけの術。

 

 「くそったれが…………!!!」

 

 あんなものをモロに喰らえば確実に死ぬ。

 

 鬼人と謳われた己の人生はここまでなのか? 長年の野望も達成できずにこのような辺境の土地で死に絶えるのか?

 ―――そのようなこと、あっていいわけがない。

 自分は生きる。己が死ぬ未来など認めない。例えどのような、危機的状況であってもだ。

 

 「さらばだ………鬼人よ」

 

 カカシは(いかずち)を右手に宿し悪鬼にトドメを刺すために駆ける。

 もはや身動きも取れぬ再不斬は処刑執行を待つ唯の罪人に過ぎない。

 しかし彼は目を背けなかった。常にカカシを見据えていた。その目は、『殺せるものなら殺してみろ』と尚も反抗的な色を宿していた。

 流石、鬼人と恐れられるだけはある。絶命的な状況に陥っても、ここまでかと諦めることを良しとせず、死する間際でも抗うことを止めはしない。その屈強な意思にだけは敬意を称し、カカシは凶器と化した右手を振るう。

 

 ―――ドシュッ。

 

 心臓を抉り取る異質な音が重く響き渡る。

 バチバチと雷が人肉を切り裂き、焼き焦がす異臭が辺りを充満させる。

 

 「………ばかな」

 

 確かに、カカシは人ひとりを確実に絶命させる致命傷を与えた。もはや助からぬ一撃を与えたのだ。しかしそれは、再不斬にではない。カカシと再不斬の間に割り込んできた―――白にだ。

 

 「ご………ふ………」

 

 笑っていた。

 胸と口から大量の血を吐きながらも、白は笑っていた。

 まるでこの瞬間こそが自分が生きてきた理由であるかのように、満足のいった目をしていた。そして、白は尚も己が主に貢献しようとする。

 

 がし………!!

 

 今にも死に掛けている身体を無理矢理動かし、自分の胸を貫いているカカシの腕を白は両腕で握り締めた。そう、これから行われるであろう再不斬の斬撃をかわせぬように。

 

 「見事だ白………俺は、つくづく良い拾いものをしたもんだ!」

 「再不斬……!!」

 

 口寄せの際に用いた巻物がいつの間にか千本針によって貫かれ、そのに伴い忍犬達が消え、拘束が解かれて自由になった再不斬は白ごとカカシを両断すべく首切り包丁を振るう。

 首切り包丁ほどの名刀であれば、白諸共カカシを屠ることなどわけはない。

 しかし、カカシも歴戦の猛者。度重なるイレギュラーな事態に気を動転させることなく、的確に回避行動を行った。

 間一髪、なんとかカカシは首切り包丁の間合いから逃れることができた。

 

 「ふ……惜しいな。白が死んで動けるようになったか」

 

 そう、カカシの動きを封じていた白はすでに事切れいていた。故に回避行動がギリギリ間に合ったのだ。もし白があと数秒、意識を保ち生きていたのなら、間違いなくカカシは斬られていただろう。

 

 「あの野郎………!!!」

 

 白の最期を目撃し、そして彼が命がけで守った再不斬の理不尽な言動にナルトは怒りが込み上げていた。

 あれだけ尽くして、あれだけ好かれて、あれだけ尊敬してくれていた少年を唯の道具としか見ていない再不斬に怒りを覚えるのは当然だ。

 

 「手を出すな、ナルト。こいつは俺の戦いだ」

 

 無論、怒っていたのはナルトだけではない。カカシも怒っていたのだ。

 仲間を道具として扱うことに嫌悪感を抱く彼もまた、再不斬の言動に腹を立てていた。

 

 「ナルト―! 無事だったのね―!!」

 

 サクラは傷だらけのナルトを見て安堵し、大声で声をかけた。しかしナルトの表情は冴えなかった。それどころか、暗い影がさしていた。

 それに違和感と、ある種の危機感を抱いたサクラはすぐにあることを問うた。

 

 「ナルト……サスケ君は? サスケ君は、どうしたの!?」

 「…………ッ」

 

 唇を噛み締め、顔を伏せるナルトを見たサクラは最悪の事態を悟ってしまった。忍になった者として、いつかは訪れるであろう結末が、サスケの身に起きてしまったのだと。

 

 「サクラ………」

 

 ぷるぷると震えるサクラの手を、白野は強く握った。

 

 「行こう………サスケ君のところへ」

 「ワシも一緒に行く。そうすれば、先生の言いつけを破ったことにはならんじゃろ」

 

 白野とタズナは今にも駆け出しそうなサクラの心情を理解し、共にサスケの元へと向かうことを提案した。

 

 「…………うん」

 

 サクラは駆けた。

 不安に塗れた顔を伏せ、無駄だと分かっているけども、それでも彼の無事を祈りながら、サスケの元へと向かった。

 

 「…………」

 

 先ほどまでナルトとサスケが戦っていた場所に辿りついたサクラは、力なく膝を折った。

 彼女が見たのは生気のない片思い人であり、水のように冷たくなったサスケの姿だった。いつも仏頂面していた顔は、穏やかな表情になり、静かに眠りについている。

 

 「「…………」」

 

 白野も、タズナも、かける言葉が見つからなかった。あまりにも悲劇的なこの光景を目にして、容易に発する言葉など持ち合わせてはいなかったのだ。

 

 「忍は………」

 

 虚ろな目をしたサクラは、掠れた声で、あることを呟いた。

 

 「どのような状況においても感情を表に出すべからず………」

 

 その言葉は、白野も知っていた。

 それは忍者学校のテストにも出された忍が持つべき基礎たる心得の一つ。

 

 「任務を第一とし……何事にも、涙を見せぬ心を持つ………べし」

 

 紡がれる言葉に反し、サクラの虚ろな目から溢れ出る大量の涙。

 その姿を見たタズナは忍という者はなんと辛い生き物よと思い、白野はただただその光景を無力ながらも見守ることしかできなかった。

 

 

 「くそ………どうしてだ。なぜ、奴の動きについていけない………!!」

 

 再不斬は理解できなかった。

 先ほどから、自分は押されに押されている。

 己とカカシの戦闘力はそれほど差は無いはず。それは間違いない。また共に重症を負っている身。ハンデも糞も無いフェアな状態での戦闘のはずなのだ。それなのに、これほど一方的にあしらわれるとは一体どういうことだ。

 

 「ッラァァァァァ!!」

 

 どれだけ斬撃を振るおうと、悉く対処されカウンターを見舞われる。どれだけ動こうと、先回りされ、先手を打たれる。動きも見切られ、対処され、迎撃される。

 

 “俺のなかで、何かが狂ったのか!?”

 

 調子がまったく出ない。

 極限な命の張り合いだというのに、血がこれっぽっちも疼かない。

 

 “この失速感はなんだ? この虚無感は、心に大きな穴が空いたような虚しさはなんなのだ!?”

 

 理解できないが故に戸惑いは大きい。

 これまで自分は本能のままに生きてきた。自身の心に忠実に生きてきた。

 どんな時もそうだ。気に喰わない相手は皆殺しにしてきたし、気に入った者は皆配下にしてきた。己の心の赴くまま気の向くまま動いていた。そんな自分が、自身の心情に気付けないなど、ありえるはずがない!!

 

 「いいや、お前は気付いていない」

 

 再不斬の心を読み取ったように、カカシは言った。そしてその目は酷く哀れみに満ちていた。

 

 「この、糞がぁぁぁぁぁ!!!」

 

 技も型もへったくれもない無様な横薙ぎ。もはや中忍でも避けられるそれを、カカシは余裕を持って回避し、そのついでに彼の両腕をクナイで切り刻んだ。その結果、再不斬の人外染みた握力、腕力共に使い物にならなくなった。

 

 「これで印も、首切り包丁も扱えないな」

 「………ふん」

 

 だからなんだと言うのだ。まだだ、まだ武器はある。

 両腕が使えないのなら脚がある。口がある。身体のあらゆるモノを利用すればいくらでも戦える。

 

 「おぅおぅ、こいつはぁまた派手にやられてくれちゃって」

 

 再度カカシに向かおうと再不斬が身構えたその時、耳障りな声が耳に入った。

 

 「………ガトー」

 

 声がした方向を見てみると、そこには大量の部下を引き連れニヤニヤ笑っている雇い主の姿があった。どうにもただ殺し合いを見物しにきたという感じではない。

 

 「まさか、貴様は」

 「ククッ。察することだけは良いみたいだな。ああ、そうだ。お前はここでそいつら諸共死んでもらう」

 「裏切ったか」

 「元から裏切る腹だったんだよ。私はお前になんぞ、一銭たりとも金を払うつもりなど無かった」

 

 ガトーは悪びれも無く言ってのける。

 

 「正規の忍を雇うとやたら金が掛かる上に裏切ると少々厄介だ。だからこそ、後々処理しやすいお前やハサンのような非正規の忍を雇ったのだ。

 他流忍者同士が殺し合い、弱まったところで圧倒的数の暴力で共々亡き者にする。そら、金の掛からない素晴らしい作戦だろう?」

 

 なるほど、流石は裏の世界の重鎮。闇で生きた世界有数の社長なだけはある。考えることは外道のそれであり、まったく無駄が無い。

 

 「ま、唯一このパーフェクトな作戦にミスがあったというのなら、お前だ桃地再不斬。まったく、何が霧隠れの鬼人だ。あれだけの金を請求しといて、その結果がこの様じゃあねぇ。私から言わせりゃ、お前なんてただの弱っちい子鬼ちゃんだな」

 「きひひ、今のお前なら俺らでもぶち殺せるぜぇぇぇぇ!!」

 「俺達も名が売れるってもんだ」

 「てめぇの首切り包丁は高値で売ってやんよぉ!」

 

 世に名を知らしめた鬼人の首を取れる一世一代のチャンスにガトーの部下達は歓喜の声を上げる。

 

 “ハサンの奴も、同じ状況に陥っているだろうな”

 

 自分と同じく非正規の忍であるハサンの方にもガトーの部下が放たれているに違いない。ガトーの言う、三代目風影の行方というのもデマだろう。

 

 “まぁ、忍の世の中ってのはこんなもんだ”

 

 利用し利用されるのが世の常だ。怒るだけ馬鹿馬鹿しい。

 

 「カカシ……すまないな。闘いはここまでだ。

 タズナの命を狙う理由がなくなった以上、お前と闘う理由も無くなった」

 「ああ………そうだな」

 

 ここから互いの敵はガトーとその軍勢である。

 二人は先ほどまで当て合っていた殺意を消した。

 

 「………そういえば、こいつにはカリがあったな」

 

 ガトーは白の死体を見るや否や、テクテクと白に近づいていき―――

 

 「この餓鬼には腕が折れるほど強く握られていてねぇ。いやぁ、痛かった痛かった。その仕返しをどうやってしてやろうかと夜な夜な考えてたっつうのに、死んじまうたぁなぁ。おいおい、そりゃねぇよ―――ッと!!」

 

 白の顔面を思いっきり蹴飛ばした。

 

 「て、てめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 その所業にナルトは怒声を上げて突撃しようとする。

 

 「待てナルト。あの敵の数を見ろ。迂闊に動くのは危険だ」

 

 しかしそれをカカシは止めた。今突っ込んだところで、あれほどの規模になる人数を相手取るのは無謀だ。リンチされるのがオチというもの。

 

 「おい眉なし! おめぇも何か言えよ仲間だったんだろうが!!」

 「黙れ小僧。白はもう死んだんだ……あれは白ではなく、ただの死体だ」

 「それでも、あんなことをされて何もおもわねぇのかよ!? ずっと一緒だったんだろ!?」

 「………ガトーが俺を利用したように…俺も白を利用していただけだ。それに俺達忍は唯の道具でしかない。また俺はあいつの血を欲しただけであって、あいつ自身を欲していたわけではない」

 「本気で言ってんのか、それ」

 「無論だ」

 「お前…………!!」

 「よせナルト! こいつと争う必要はもう無い。それに―――」

 「うるせぇ!! 俺の敵はまだこの眉無しだ!!」

 

 カカシの静止を無視し、ガトーとその部下達にも目もくれず、ナルトは再不斬だけを睨んだ。例え闘う理由があろうとなかろうと、関係はない。ナルトにとっての敵が再不斬であることに変わりは無い。

 

 「あいつは、あいつは本当にお前のことが好きだったんだぞ! あんなに大好きだったんだぞ!!」

 

 再不斬は黙れとは言わず、ただ静かにナルトの罵声を聞く。

 

 「ほんとに、本当にお前はなんとも思わねぇのかよ!!」

 

 再不斬は応えない。

 

 「あいつはお前のために命を捨てたんだぞ!?」

 

 再不斬は答えない。

 

 「自分の夢も見れねぇで、道具として死ぬなんて…そんなの辛すぎるってばよォ………!!」

 

 涙ぐみながらも全てを訴えたナルト。

 そして再不斬は―――

 

 「小僧。もう、いい。それ以上は………何も……言うな」

 

 涙を流していた。鬼人と恐れられ、人ではないと言われていた男が、温もりに満ちた涙を流していた。

 

 “ああ、なるほど。ククッ、道理で調子が出ねぇわけだ。白が死んで、その事実に俺は悲しみ、戸惑っていたのか”

 

 何故今の自分がカカシに手も足も出なかったのか。何故あれほどの虚しさを感じていたのか。

 全ては、白という存在を失ったからだ。大切にしていたモノが、この世から消えてしまったからだ。

 

 「白は、俺だけじゃない。お前らの為にも心を痛めながら闘った。今の俺には、分かる」

 

 ならばその大切な存在を、無下に脚蹴りした奴はどこのどいつだ。鬼が持つ唯一の宝を、汚したのはどこの阿呆だ。

 

 「あいつは優しすぎた」

 

 ガトーは過ちを犯した。奴は、やってはいけないことをした。してはならないことをした。

 裏切ったのは別に構わない。忍の世界ではよくあることだ。しかし、だ。白の亡骸を痛めつけたことだけは許すことができない。許して良いわけが無い。

 ギチリギチリと再不斬は口を覆わせていた布を噛み千切り、報復を決意した。

 

 「小僧―――クナイを貸せ」

 「あ……うん」

 

 彼の決心を察したナルトはポーチの中からクナイを取り出し、再不斬に向かって軽く投げた。

 宙を舞うクナイを、再不斬は口でキャッチする。この時、再不斬は明日に生きることを捨てた。あれほど固執していた水影の復讐も今ではもうどうでもいい。

 

 ―――今はただ、あの腐れ外道の首を撥ねたい―――

 

 再不斬は爆発的な勢いを持って駆けた。

 

 「ひぃ!?」

 

 殺意を向けて接近してくる再不斬に情けない声を上げて臆し、ガトーはすぐに己の兵隊の奥へと逃げ込んだ。

 

 「お前ら、あいつを殺せ。殺し尽くせ!!!」

 「「「「オォ!!!」」」」

 

 いくら粋がろうが所詮は両腕の使えない重症を追った忍者一人。

 百人以上の武装集団を相手に勝機などあるはずがない。

 ガトーはほくそ笑む。

 しかし彼は失念していた。奴は唯の忍ではない。霧隠れの里から生まれた悪鬼なのだということを。

 

 「そんな………!?」

 

 強大な殺意が迫ってくる。

 立ち塞がる武装兵達をたった口に銜えたクナイ1本で圧倒し、着実に己の命を狩りにきている。

 

 「きひ、くはははッ!!」

 

 そしてついに―――再不斬はガトーの元へと辿りついた。

 すでに死に体。生きているのが不思議なくらいの傷を受けているにも関わらず、その脅威たるやそこいらの忍を優に上回っていた。

 

 ――――ザクッ

 

 わき腹に、クナイが突き刺された。しかしまだ致命傷とはいえない。この程度なら、まだ軽症と言えるだろう。

 

 「グゥッ……そんな…に、仲間の元へ逝きたいのなら、一人で逝け!!!」

 「………は、生憎だが…俺は白のところには逝けねぇ。俺は、お前と一緒に、地獄に逝くんだからなぁ!!」

 

 突き刺さったクナイを口で引き抜き、身体を反転させて、今度は首を狙う。

 

 「楽しみにしておけ!! 俺がお前の言う子鬼ちゃんかどうかは、地獄に着いた時にたっぷりと確かめさせてやるからよォ!!!」

 

 ―――斬ッ!―――

 

 ガトーの頭は胴体から離れ、宙を舞い、地面に落ちる。

 その瞬間を再不斬は目に焼きつけ、不敵な笑みを漏らしながら、倒れ伏した。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ―――痛い。なんか身体中が痛いぞ。まるでハリネズミにされた気分だ。なんでこんなに身体が痛むんだ? いったい俺の身に何が起きたってんだ。

 

 ………ああ、思い出した。あの仮面野郎からナルトをかばって、滅多刺しにされたんだ。だが分からない。なんで俺は痛がっている。死んだのなら、痛覚など感じないはずだ。まさか死んだ後でも生前の痛みがそのままというわけはないだろう。

 

 ならば答えは一つだ。俺は――――まだ、生きている!

 

 「ぐ……がは、」

 

 サスケは息を吹き返した。仮死状態という稀な体験をして、目覚めもまた最悪と言える。

 ずっと自身の身体の上でぴーぴー泣き喚いていたサクラも目をぱちくりさせて、自分を見ていた。まるで幽霊を見ているかのようなアホ面だ。

 

 「あ、あああ。サスケ君が、生き返った―――!!」

 

 生き返ったも何も、最初からサスケは死んでいなかったのだが。

 

 「煩い……あと重い………」

 「ご、ごめん」

 「………ナルトは…あいつは無事か? 仮面野郎もどうした」

 

 かばってまで助けたのだ。ナルトには死なれていては困るし、あの仮面の少年もどうにかしなければならない。

 ともかく、このまま寝続けていていいわけがない。ゆっくりとサスケは立ち上がろうとする。しかし、それをサクラは必死になって止めに掛かった。仮にも体中を針で滅多刺しにされているのだから、無闇に動くのは危険だと言って。

 そしてサクラの口からはナルトの無事と仮面の少年の死亡を聞かされた。

 ナルトは今でもピンピンしており、仮面の少年は再不斬を庇い死んだ。ナルトが生きているのはいい。しかし、仮面の少年が戦死したのはどうにもやるせなかった。

 自分は、結局あの少年に手も足も出ず完敗し、二度と再戦することも叶わない。所謂勝ち逃げをされたのだ。それに、奴にはどうしても言わなければならないことがあった。

 

 “………とんだお人好しだったな、あの仮面野郎も”

 

 わざと致命傷を避けて、仮死状態にした。それはつまり、サスケを殺さず生かしたということ。

 自分自身を道具だ何だと言っておいて、結局奴も人としての部分を殺しきれなかった、優しすぎた人間だったということだ。

 

 「ナルト―! サスケ君は無事よ! ちゃんと生きてるわぁ!!」

 

 煩い。そんな大声で叫ぶな、と文句を言いつけてやりたかったが、生憎と喉に針が何本も突き刺さっているため容易には声を出すことができなかった。

 

 「さ、サスケェ…………」

 「…………ふん」

 

 ナルトはサスケの姿を見るや否や、情けない面をして喜んでいる。このまま無視してやるつもりでいたが、とりあえず手だけは振っておいた。少しだけ、気恥ずかしいが。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 全ての元凶であったガトーも死に絶え、全てが終えたかに思えた。しかし、彼の残した厄介なモノは未だに息をしている。そう、ガトー直属の部下達だ。

 

 「おいおいせっかくの金づるを殺してくれるたぁやってくれたな………」

 「お前らは生かしては帰さんぜぇ!!」

 「皆殺しだくそったれが!! ついでに街も襲って金目のものは全て頂く!!!」

 

 彼らが恐れいていた鬼人が無様に倒れ伏して、士気も回復してきた武装集団。

 ナルトでもあれほどの数は相手にすることなどできない。サスケも重症を負っている。サクラは論外で、唯一彼らを殲滅できるカカシも再不斬との戦闘で大量のチャクラを消費しておりかなり拙い状態だ。

 

 「「「「ブッ殺す…………!!!」」」」

 

 武装集団は凶器を掲げ走り出す。もはや逃げる暇すらない。

 あれほどの苦難を乗り越えたというのに、こんな奴らに殺されるなど悪い冗談もいいとこだ。

 

 「けけ、一番乗りは貰ったぁぁぁ!!」

 

 鎌を持った男は白野に飛び掛った。

 再不斬に両腕を痛めつけられ、刀も折れかけている今の白野にもはや抵抗する術はない。

 何より彼女の背後にはタズナは勿論、重症を負ったサスケとサクラもいる。逃げるタイミングが例えあったとしても、白野は逃げないだろう。仲間を置いて逃げることなど、彼女は絶対にしないのだから。

 

 ただ白野は敵を見据える。

 男の血に飢えた目も、振り下ろされる凶器も、今の白野には全く恐ろしいとは感じなかった。

 何故なら―――この世で最も頼もしい、錬鉄の守護者がそこにいたから。

 

 「俺の家族に手を出すな………!」

 

 白野と鎌を持った男の間に滑り込むように赤銅色の髪を持つ少年が割り込み、すぐさま賊の顔面に拳を叩き込んだ。その腕には、鉄製のガントレットが装着されており、賊の顎の骨を粉微塵にするには十分な威力を秘めていた。

 

 「失せろ、賊が」

 

 チャクラも付与され、爆発的な威力を生んだ拳による一撃。それをモロに受けた男は叫び声も挙げれず、吹っ飛ばされ、橋から海へと落とされた。

 

 「ナイスタイミング」

 「狙ったわけじゃない………お前、腕をやられたのか」

 「ふふん。名誉の負傷ってやつだよ」

 「………そうか。ま、大事が無くて良かった」

 

 シロウは軽く白野の頭を撫でる。

 その手から伝わる温もりは心地よく、またよく頑張ったと労いの思いも籠められていた。

 

 “ナルトの暴走も無事治まったようだな。まったく、心臓に悪い”

 

 ちらりとナルトの様子を見たシロウは深く安堵する。

 もし、彼があのまま暴れようものなら、白野や周りの者に甚大な被害が被っていただろう。もしそうなれば、シロウは最悪ナルトを■すつもりでいた。

 故に最悪な事態にならなかったことを天に感謝するばかりだ。

 

 暫くして第一班のメンバーが全員橋の上に集まり、タズナと第七班を護るように賊の前に立ち塞がった。

 

 「ガトーめ。三代目風影の行方を知るというのがデマで、しかも最初から裏切る腹積もりだったとはつくづく見下げ果てた輩だった。せめてあの世でたっぷり絞られていればいいが」

 

 第一班だけではない。砂隠れの多重人格者のハサンまでもが到着し、彼らの加勢となっている。

 

 「て、てめぇら……なんで生きていやがる。俺達の仲間が始末しているはずじゃあ」

 「あの程度で私達が始末できると思ったら大間違いよ。本当に私達を全滅させたいというのなら、あと三倍の戦力は持ってきなさい」

 

 大量の返り血を浴びた露出の高い服を着ている少女は不敵に笑う。

 シロウ達とハサンとの戦闘に割り込み、襲ってきた連中の大半はメルトリリスの餌食となった。

 彼女は波の国に来てからというもの全く良いとこ無しだったため、すこぶる機嫌が悪く、そんななかに大量の戦闘集団が現れればどうなるか………答えは彼女の血塗れ具合が全てを物語っている。

 

 「く、くそっ。怯むな! ここで退いたら名折れだぞ!?」

 

 それでも攻撃の意志を止めない辺り、腐りきっても戦闘者か。

 だが次のイレギュラーな事態を目にして、とうとう彼らの心も完璧に折れる。

 

 突如天から降り注がれる数多の弓矢。500もの凶器は賊の足元一歩手前で突き刺さった。これ以上、島に近づこうものなら次は当てるという意志が強く籠められている。

 

 矢を放ったのは波の国の住人達だ。全員、今までガトーの圧力に我慢してきたが、一人の若き英雄によって奮起し立ち上がった。

 

 「へへ、ヒーローってもんは最後に登場するもんだからね」

 

 波の国の住民の前線に立っていた小さな英雄。それは、かつて英雄を否定していた少年だった。

 ナルトの熱くまっすぐな言葉が彼を変えた。そしてイナリの決意は住民を立ち上がらせた。これは一つのミラクルである。

 

 「「「「「さぁ………どうする?」」」」」

 

 戦力の差はものの見事に逆転した。

 数でも質でも劣っているガトーの部下に勝機は無い。

 戦ったところで全滅させられるのは自分達だ。

 ならばするべきことは一つ。

 

 「「「「「逃げる!!!!」」」」」

 

 ガトーの部下達は橋の下に待機させていたガトーの大船に乗り込み、全力で戦線を離脱していった。もう二度と、彼らはこの国に戻ってくることはないだろう。戻ってきたところで、波の国の住民の手厚い歓迎(迎撃)が待っているのだから。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 がやがや騒がしかった音が止んだ。

 全て、片付いたのだろう。

 未だに息をしている再不斬はやれやれだと息をついた。

 自分の人生もあと数分で片がつく。だが、その前にどうしても、どうしてもしておきたいことがあった。

 

 ―――ザッ。

 

 倒れ伏す再不斬の前に、二人の忍が訪れた。

 カカシとハサンである。

 

 「すまねぇ……最期に、お前らに頼みがある」

 「………なんだ」

 「………できる限りのことは尽くそう」

 「あいつの……白の、顔が………見てぇんだ…………」

 「………ああ、分かった」

 「………承知」

 

 二人は再不斬の肩を担いで、ゆっくりと、白の亡骸まで連れて行く。

 その途中で、雪が降り始めた。

 再不斬にはそれが………白の涙なのだと感じた。

 

 「悪いなぁ………カカシ…ハサン」

 

 白の死体の傍に横にされた再不斬は、短い人生のなかでもそうそう言ったことのない礼を口にした。人に感謝するなど柄ではないが、それでもやはり、最期の願いを叶えてくれた人間には心の底から感謝する。

 

 “嗚呼―――こいつの傍にずっといたんだ”

 

 雪のように白い頬を、汚れきった手で触る。

 

 “せめて……最後までお前の傍で…………”

 

 鬼人が手に入れた宝物は、どのようなモノよりも価値がある。

 失って初めて気付いた。気付くのが、遅すぎた。

 そんな愚かな自分を………許してくれ。

 

 「……できるなら………俺もお前のところに…逝きてぇなぁ…………俺も……」

 

 鬼人は静かに、そして安らかに、その壮絶な生涯に幕を閉じた。

 

 

 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 ガトーが死んで、二週間もの時が経った。

 橋の建設を拒む全ての原因が無くなったことにより、建設速度は全盛期並みにまで戻ったことで完成が予定より早く済んだ。

 第一班や第七班だけでなく、ハサンまでもが建設の助力になってくれたのも橋完成を早めてくれた要因の一つだろう。

 

 これから波の国は不景気を脱するどころか、更なる高みへと上り詰める。そう確信が持てるほど、住民たちの活気が高く、大橋の存在は効果的だった。

 

 そして完成された橋の名は橋建設最高責任者であるタズナが決めた。

 

 

 ―――ナルト大橋―――

 

 

 決して崩れることのない、不屈の意志が籠められた名だ。

 そしていつか世界中にその名が響き渡る超有名な橋になるよう、強い願いが籠められている。

 

 

 

 




・シロウ達の影が薄いね。波の国編では白たちが主人公みたいなもんだったから仕方ないね(開き直り


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第11話 『岸波錬鉄場』

 カン……カン……カン………!

 

 リズム良く響く無骨な音。

 熱気が籠る鉄臭い鍛冶場で、黄色く変色した鉄を打ち続ける少年の姿があった。

 鍛冶場は真夏などとは比べ物にならないほど熱い。数分そこにいるだけで汗が滝のように流れ出る。事実、赤銅髪の少年の身体は汗で濡れていた。

 

 “………凄いな。僅かな欠片だけでコレか。流石、伝説の忍刀の一つ……首切り包丁”

 

 赤銅髪の少年、岸波シロウが打っている鉄は唯の鉄ではない。あの鬼人が所持していた首切り包丁の破片が含まれている鉄である。

 シロウはあの橋の上で首切り包丁の破片を発見。新たな武器の開発を思案していたこともあり、利用価値があると見て密かに回収していた。

 チャクラが深く練り込まれている首切り包丁はかの忍刀の一振り。欠片とはいえ、その刀に込められた執念は色褪せない。

 

 “とんでもない狂気が滲み出ている……いったいどれほどの思いがアレに注がれていたことか”

 

 その鉄には多大なチャクラが含まれていた。しかも抑えようのない鍛冶師の執念までも鉄から溢れ出ている。まさに魔道具と言っても差し支えない。

 人の身でこれほどの業物を作れるとしたら、それはもはや神域に達した刀鍛冶に他ならない。

 己も刀鍛冶の技術を持つ者として、敬意と、畏怖を持って、この鉄を打とうと心に誓う。

 

 「………ッ」

 

 とはいえ、気を抜いたら意識をあっという間に持っていかれそうだ。

 何百年と人を斬り殺してきた逸品だけあって、鍛冶師の執念のみならず、斬り殺された人々の怨念までも鉄に深く染み付いている。

 代々継承されてきた首切り包丁。いったい幾人の人肉を切り裂いてきたのか想像することも躊躇われる。

 

 「ここからが正念場だ………」

 

 懐から己の血が入った小瓶を取り出す。

 

 首切り包丁には、遥か古からある特殊な力が内包されていると噂されている。

 それは、人間の血を啜り、刃毀れを無にするというもの。

 まさに不変の忍刀。折れようが、砕けようが、血を与える限り刀としての機能を失わない世界で唯一つだけの刀。

 それを―――――複製する。

 

 “さて、どうなるか”

 

 シロウは分不相応な行いをしようとしていると承知しながらも、手を止めようとはしなかった。元より恐れるものなどない。力を手に入れることに、躊躇いは起こさない。

 

 ――――ポトっ。

 

 一滴の血が呪われた鉄に付着する。

 ズグッ、ズググと不気味な音を立て、息を吹き返した獣のように動き始めた鉄の塊。そして何よりも明確な変化―――馬鹿げたチャクラの奔流が起こった。

 

 「たった一滴でこれか………!?」

 

 予想を遥かに超える反応だ。

 今度はまるで鉄が手負いの猛獣のように蠢き、暴れ狂う。

 人智を超えた現象が、今目の前で起こっている。

 

 「臆するものか。例え億もの妄執が相手だとしても!」

 

 もはや後には引けない………否、元より引くつもりなどさらさらない。

 

 シロウは暴れ回る鉄に愛用の槌を打ち付ける。

 

 ―――力強く、されど繊細に―――

 

 こうして鉄と鍛冶師の激闘が始まった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「さぁ野郎共ォ! 今日も青春フルパワーで行くぞォォォォォ!!」

 「オォォォォォォ!!」

 

 世にも奇妙な全身タイツの上忍は老いを感じさせない熱さを放出させ、その上忍と同じ服装をしている熱血系男子も色々と燃え上がっている。

 

 明らかに色物。圧倒的暑苦しさ。

 

 「逆立ちしながら森林1000週するぞォォォォ!!」

 「オォォォォォ!!」

 

 木ノ葉が誇る森林訓練所が炎上してしまいそうなほど彼らは燃えていた。

 

 「俺は断る」

 「私も勘弁」

 

 そして彼らと同じ班でありながらも、まったく色物でもなく暑苦しくさも無い、至って普通の常識人二名は冷ややかな目をもってその無茶振りを拒絶した。

 

 「何故だネジ! テンテン!! こんな天気の良い朝は修行に限るだろうが!!」

 「そうですよ! 皆でやりましょうよ逆立ち走り森林1000週!!」

 「修行を行う、という一点のみならば賛成ではある。だが、そんな馬鹿げた修行を行うくらいなら自室で瞑想をしていた方がまだマシだ」

 「以下同文。それに今日は休日でしょ。私は用事があるなかで「緊急集合」なんて言われたから来てあげたってのに………この理由はないわぁ」

 

 熱血上忍マイト・ガイ率いる第三班は今日も平常運転である。

 

 「ぬぅ……せっかく特☆別修行に誘ったと言うのにノリの悪い」

 「何とでも言え。俺は帰るぞ」

 「私も用事があるからそっちに行くわ。修行、頑張ってね~」

 

 第三班きっての実力を有する少年 日向ネジはクールに去り、くの一のなかでは最高峰の暗器使いであるテンテンも己の用事を済ませに行った。

 森林訓練所に残ったのはマイト・ガイとロック・リーのみである。しかしだからと言って彼らの熱が収まるかと言えば、否だ。

 

 「えぇい、仕方が無い。俺達だけで修行をするぞリー!」

 「はいっ! ガイ先生!!」

 

 二人は逆立ちしながらガチで森林1000週を決行した。

 ………本物の馬鹿共である。そしてその馬鹿げた修行をこなせるだけの力があるのだから、とんでもない化け物とも言える。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 暗器使いにとって、忍具とは何よりも大切なものであり、拘りを持たなければならないものだ。

 忍具の性能が暗器使いの戦闘能力に直結すると言っても過言ではない。勿論、その忍具を扱う忍自身の力量も高くなければならないが。

 

 テンテンは己自身を下忍くの一最高の暗器使いだと自負している。またその自負が単なる思い上がりだと他人から罵られないほどの実力を実際に有していた。

 

 そしてその暗器使いとして大きなプライドを持つ彼女がそこいらの武器屋で己の生死を左右する忍具を購入するわけもなく、個人的に目をつけたとある人物(・・・・・)に忍具の製作を常に依頼している。

 

 「相変わらず寂しいところよねぇ……ここは」

 

 テンテンが訪れた場所は木ノ葉隠れの里の最南端。

 里を護る大壁以外、ほとんど何もない場所にぽつんと小さな小屋が建っていた。

 

 『岸波錬鉄場』

 

 申し訳程度に立てられている木彫り看板。しかし無駄に秀逸な出来故によく目立つ。

 ここ岸波錬鉄場は昔馴染みの男が経営している武器屋のようなものだ。

 可能な限りのあらゆる注文に応え、そして依頼者の期待を超える作品を製作する。

 下忍から上忍まで武具に拘りのある者達から幅広く重宝されていることで有名だ。尤も、武具など多用せず持ち前の体術と忍術を主にする忍からの知名度は皆無と言っていい。

 

 「シロウー。頼んでいた忍具一式取りに着たわよー」

 

 依頼していた忍具を受け取りにきたテンテンは、友人の家に入るかのような気軽さで岸波錬鉄場に入室する。

 室内は想像以上に熱かった。先ほどまで何かしらの武具を製作していたのだろうか。そう思いながら、友の姿を探す。

 

 「………ちょ、シロウ!?」

 

 テンテンは友人を発見した。

 見つけたのはいい。問題なのは、その友人が床に倒れ伏してることだ。

 

 「大丈夫!? って、なんでこんなに傷だらけなのよ!」

 

 切り傷だらけの服からトクトクと溢れ出している血の量が本格的にヤバイ。

 急いでテンテンは応急処置を行った。

 

 このままでは、岸波シロウが死にかねない………!!

 

 

 

 ◆

 

 

 

 岸波シロウが目覚めた時は、そこは鍛冶場ではなかった。

 狭い部屋に敷き詰められた大量の忍具。生活感溢れすぎて掃除したくなりそうな汚い部屋。そして今自分が寝ているこの妙に硬いベット。何やら知っている部屋だが、今一思い出せない。

 

 「ここは………」

 「私の家」

 「………テンテン」

 

 見覚えのある白い忍服に団子頭が視界に入った。

 ああ、自分を助けてくれたのは彼女だったか。

 

 「まったく心配かけさせてくれて……ここまで連れてくるの大変だったんだから」

 「……すまん。………ここは、テンテンの自室か?」

 「そうよ。アンタも何度か来たことあるでしょ」

 「………思い出した。だいぶ忍具が散らかっていて酷い印象が」

 「殴ってほしいの?」

 「すまん」

 「あとお礼は……?」

 「今回注文されてた忍具は全て無料で………」

 「ふふ、当然ね」

 

 事実、あのまま放置されていたら命の危険があった。

 忍具の料金をただにするくらいは軽いものだ。

 

 「ま、意識が戻ってくれてよかったわ。アンタがいないと私の忍具の質が落ちちゃうもの」

 

 テンテンは売店で買ってきた林檎を宙に投げ、軽く小刀を振るう。

 スパパッと空中で分解された林檎はそのままテンテンが用意していた皿の上に収まった。

 

 「どうよ」

 「お見事」

 

 ドヤ顔をかますテンテンにシロウは苦笑しながらも褒めた。

 

 「それじゃ頂きます」

 「お前が食うのか!」

 「冗談よ。はい」

 「…………」

 

 大いに癪だが、腹が減っているのは確かだ。

 あははと大笑いするテンテンを無視して切られた林檎の一切れを口にする。

 

 「………うまい」

 「良い林檎だからね」

 「高かったろう。後から林檎に支払った金を」

 「人の善意にそんなことしたら無粋よ。シロウもされたら嫌でしょ」

 「………うむ」

 

 そう言われたら引き下がるしかない。

 シロウは感謝して林檎を頂いた。

 

 「それで、なんであんなことになってたの? 明らかに異常だったんだけど」

 「………大雑把に言えば武具の作製途中でああなった」

 「いったいどんな魔具を作ろうとしたのよ……まったく」

 

 テンテンはやれやれと溜息を吐く。

 まったく岸波シロウともあろう者が情けない、とでも言う風に。

 シロウは返す言葉が見つからず、沈黙する。そして何気なく今の時刻を確認するために自前の懐中時計を見てみると―――19時をとうに過ぎていた。

 

 「………なぁっ!?」

 「うわ、びっくりした。急にどうしたのよ。大声出して」

 「こんなところで寝ている場合じゃない! 早く帰らなければ!」

 「ちょっ、落ち着いてよ。そんな身体で無理に動いたら」

 

 テンテンの静止を振りほどくように動いた結果、とてつもない激痛がシロウを襲った。

 そう、岸波シロウは数時間前に重症を負った身である。全身を薬で塗りたくって、さらには包帯グルグル巻きにまでしなければならないほどだ。無理に動こうとすれば当然身体に響く。

 

 「ッ痛………」

 「ほら言わんこっちゃない」

 「早く…帰らなければ……白野が俺を………晩御飯を待っているんだ」

 「………あー、なるほど」

 

 何故これほど家に帰宅することに必死なのか納得がいった。

 この男、実はテンテンやネジと同期で最初のアカデミー試験の際「一つ下の白野が心配だから残る」と言ってわざと落ちるほどの親馬鹿なのだ。

 だがまぁせっかく拾った命を捨てられても困る。

 

 「仕方ないなぁ。私が送ってあげようかねぇ」

 「………恩に着る」

 「そう思うのなら何かサービスしないさいよ」

 「料理、振舞おうか?」

 「………それでチャラにしてあげる」

 

 ここから岸波家からそう遠くは無い。シロウを運ぶだけで手作り料理にありつけるのならお釣りが来る。

 さっそくテンテンはシロウを抱えて岸波家まで駆けるのであった。

 

 ちなみに女の子におんぶされる男の姿は実に情けないものだと、シロウは後に少し落ち込みながらナルトに話したそうな。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 岸波家の家のドアを開けたその先には―――鬼がいた。

 シロウは(白野)にジト目で睨まれ、無言の威圧を浴びせられる。

 

 「………正座」

 「ちょっと待ってくれ白野。落ち着いて―――」

 「正座!!!」

 

 怒声が部屋中を駆け巡る。

 本気で怒っている白野はシロウであっても止められない。

 シロウはこれ以上の抵抗は無意味だと悟り、痛く冷たい玄関で正座した。

 

 「もし、テンテンさんが見つけてくれていなかったどうなっていたか、分かってる?」

 「………死んでいました」

 「そう、死んでたの。この事の重大さ、理解している?」

 「………はい」

 「私に黙っていったい何をしようとしていたのかは知らない。でも、あんまり無茶しないでよ。たった一人の家族がいつの間にか死んでいました、なんて悪趣味な凶報 死んでも御免なんだから」

 「…………」

 「はいはい白野ちゃん、そこまでにしてあげなよ。シロウも反省しているんだし」

 「テンテンさん………でも」

 「それより早くご飯にしない? 私お腹減っちゃって」

 「………そうですね」

 

 白野とテンテンはスタスタとリビングに向かっていった。

 玄関に一人取り残されたシロウは「これも身の程を弁えない無茶をしたツケか……」と呟いて、情けなく項垂れた。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 「疲れた………」

 

 怪我人の身でありながら白野の機嫌を何とか丹精籠めて作った食事で直し、テンテンの分まで余分に調理したシロウはぐったりと草臥れていた。

 鉄に殺されかけ、テンテンに迷惑をかけ、白野に心配をかけた。今日は踏んだり蹴ったりな1日だ。

 

 「ねぇねぇ」

 「………なんだ、テンテン」

 「シロウ達の班は中忍試験どうするの?」

 「中忍試験……ああ、受けるぞ」

 

 中忍試験。

 基礎を学び、基本を固めた下忍が新たな段階に上るための試験。中忍となるための試練。

 忍となったならば避けては通れぬ道である。

 

 担任の言峰綺礼の推薦から中忍試験を受ける権利を有した第一班は、それに向けての準備に取り掛かっている真っ最中だ。メルトリリスは素直に次なるステップに上れるチャンスを手にしたことで狂喜乱舞し、修行に精を出している。白野も着々と己の長所『感知能力』のコントロールに力を入れていた。

 

 「そう……つまり私達はライバルってことだね」

 「なるほど。お前達第三班も今年の中忍試験を受けるのか」

 「当然。こっちはこの日のために一年力を蓄えてきたんだから」

 「ふん。ならそれほどの忍に好敵手(ライバル)と見定められた俺達も捨てたもんじゃいな」

 「言ってなさい。もし試験中、あんたと当たるようなことがあったら完膚無きまでに叩き潰してあげる」

 「それは楽しみだ」

 

 ふふふ、はははと二人は笑顔で笑い合う。しかしそれは決して仄々としたものではなく、何やら敵意と負けん気が混ざり合った混沌なものである。

 そんな様子を眺めながら白野は「私、眼中にされてないのかな………」と呟き、寂しそうに茶を啜るのであった。

 



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第12話 『忍の筆記試験』

 岸波白野は―――限りなく弱い。

 それは誰よりも、白野自身が良く理解している。

 筋力も、耐久力も、脚も、チャクラすらも他より劣っているくノ一。

 シロウとメルトリリスのいる班に入れられたのは、それほど能力が無かったからだ。

 あの二人はアカデミーのなかでも化け物染みて優秀だった。まぁうちはサスケほど全ての分野で優秀……であったわけではないが特定の科目ならば他の追随を許しはしなかった。

 彼らの強さと自分の弱さが釣り合い、バランスが保てるからこそ同じ班に入れた。アカデミーの中で最も優秀であったサスケと、アカデミーの中で最も成績が悪かったナルトが同じ班となった理由と全くの同じである。

 

 自分の弱さ故に親しかった者と同じ班になれた……この上ない皮肉な結果だ。

 

 しかし、それでも……そんな自分にも、確かな長所がある。

 それが『幻術』と『感知能力』だ。

 特に感知能力は誰しもが得れる、というわけではない。先天的な才能がなければ会得できない貴重なもの。

 シロウと同じくあらゆる才が絶望的な白野が持ちえる数少ない才能(ぶき)

 敵の場所を知れるというのは地味ではあるが味方の支援に最も役立てるモノの一つ。

 

 ―――忍界で生きていくのなら限りなく有用なアドバンテージだ。無論、この力は中忍試験で必ず必要となる。

 

 避けて通れぬ狭き門は下手すれば命を落とす。足を引っ張れば仲間の命まで危険に晒す。

 せめて自分の長所を、武器と為り得る確かなモノを可能な限り伸ばすことが、今の白野にできる精一杯こと。

 そして自分が感知できる有効範囲はざっと500m未満。それ以上感知しようとすると酷い頭痛がする。しかしこれが岸波白野の限界というわけではない。今はただ感知能力を扱いきれていないだけで、本来ならばもっと感知できる範囲を広くできるはず。

 確証があるわけではない。根拠があるわけでもない。ただ自分の力はまだ伸びると只管信じて修行を行わなければ上達など見込めないことだけは理解している。

 故に信じるのだ。自分の可能性を。自身の成長を。

 

 「………ふぅ」

 

 毎日森林訓練所で7時間ほど座禅を組み、感知能力の範囲を広げようと努力し続けてきた白野。

 日々の鍛錬の成果か、感知有効範囲が500mほど向上した。これだけ範囲が広がれば、まぁ上出来と言ったところだろうか。

 

 “ここ近辺だけでも感じたことのない多くの忍のチャクラを感じた……いよいよ中忍試験開始も間際まで来てるって感じがするなぁ”

 

 同盟国の砂隠れの里は勿論、近隣の小国などの優秀な忍がこの木ノ葉の里で中忍試験を受ける。

 他里の者と合同で中忍試験を行うのは同盟国同士の友好を深め、互いの忍のレベルを競い合うためだ。故に中忍試験を受ける忍は自里の顔にも為りうる。どの同盟国、隣国も選りすぐりの兵を選び、この木ノ葉隠れの里に送り込んでいることは明白だろう。一筋縄ではいかない猛者ばかりというのは容易に予想ができる。

 

 「今日はもう帰ろう」

 

 明日は中忍試験当日である。流石に本番前なのだから、これ以上身体と精神に負担のかかる修行は控えるべきだ。大事な時に体調を崩したら笑えたものではない。丁度夕暮れ時でもある。帰宅するタイミングとしては、申し分ないだろう。

 

 「…………」

 

 見慣れた帰宅路で見慣れない多くの忍とすれ違う。

 砂隠れ、草隠れ、滝隠れ、後は小国の珍しい額宛がよく目についた。

 誰も彼もが中忍なるに相応しいという自負があり、合格するに足りる実力があると見ていい。

 そしてどの忍よりも目がいったのが――団子屋で寛いでいる砂隠れの三人組だ。

 

 「お、ここの団子美味いじゃん。もう一つ頼もうかな」

 「カンクロウ……お前ちょっと食べすぎじゃないか? 太るぞ」

 「そういう考えは無粋じゃんよ。何かを食べる際にいちいち太ること考えてたら美味いもんも美味くなくなっちまう」

 「確かにそうだが」

 「それに、この里の飯を食えるのはこの中忍試験期間中が最後(・・・・・)だ。今の内に存分に楽しんでなきゃ損ってもんじゃん」

 「………ああ、そうだったな」

 「煩いぞカンクロウ、テマリ。いちいち騒がず黙って喰え」

 

 美人な女性と黒子のような格好をした青年。そして大きな瓢箪を背負っている赤毛の少年。

 あの人達は―――強い。

 特に赤毛の少年からは濃い血の臭いがする。すれ違った忍達とは比べるのもおこがましいと思えるほどの何かを感じ取れた。そして、近づいてはいけない。そんな危険な香りも強烈にする。これは一種の防衛本能だろうか。

 

 「さっきから、視線が鬱陶しいな」

 「――――ッ」

 

 気付かれた。いや、それよりもあの酷く冷たい目は人を見る目じゃない。まるで塵を見る目だ。自分とそう歳の変わらないような子供がしていい目ではない。

 逃げたい衝動に駆られるが、足が地面に縫い付けられたように動かない。

 

 殺される

 

 否応無く、そう思った。

 軽く捻るように。蟻を踏み潰すように。

 

 「白野」

 

 そんな極限状態のなか、聞き覚えのある、心から温まる声を耳にした。

 そして先ほどまで圧迫していたプレッシャーが嘘のように消えたのだ。

 

 「し……シロウ」

 「買い物の帰りだったんだが、今回は珍しく運が良かった」

 

 白野の前に立ち、赤毛の少年と視線を交差させる赤銅髪の少年。

 

 「「……………」」

 

 どちらも無言。両者武器を一切手にしようとしない。

 白野も、カンクロウと言われた青年もテマリと言われた女性も冷や汗を搔きながら二人の動向を見守っている。

 

 「身内が君に何か失礼なことでも?」

 

 やんわりとした……されど、内にナイフが隠されているかのような声色でシロウは問うた。

 赤髪の少年はまるで値踏みをしているとさえ思えるほどシロウを凝視し、微かに唇を歪めた。その笑みは「少しは骨のありそうな奴だ」とでも言う風に。

 

 「………いや、少し特異な視線を感じたのだが…気のせいだったようだ。

  そこの君。要らぬ殺意を当てた。脅かしてすまなかったな」

 

 そう言って彼は団子屋に三人分の団子代を払い、風のように消えた。

 

 「ちょ、オイ我愛羅!!」

 「まったくもー………!」

 

 置いてかれた二人はすぐさま赤髪の少年の後を追った。

 そして彼らの気配が完全に消え、張り詰めていた空気が一気に解けた。

 

 「………あれが下忍だと? 悪い冗談にもほどがある」

 

 シロウの頬から一滴の汗が流れ落ちる。

 引き攣った口からは、一種の焦燥感が感じられた。

 先ほどの少年は、岸波シロウにとっても脅威として映ったのだろう。

 ―――当然だ。

 対峙しただけで解るあの威圧感を真正面から受け止めて、単なる下忍と思える方がどうかしている。

 

 ………かく言う自分も無様に尻餅をつき、腰を抜かしている状態ではあるのだが。

 

 「まぁ何はともあれ、白野が無事で良かった」

 

 シロウに心の底から安堵する顔を向け手を差し伸べられたとき、白野は不覚にも目頭が熱くなってしまった。

 

 やはり―――自分はまだまだ未熟者だ。

 

 

 

 ◆―――試験当日―――◆

 

 

 

 木ノ葉、砂、雨、草、滝、音。

 

 あらゆる国、里のトップクラスの能力を有する下忍が集う中忍試験。生半可な覚悟で受ければ脱落は免れない。いや、たとえ覚悟があるからと言ってどうにかなるほど甘くもない。

 

 中忍試験会場の一室では、多くの忍がピリピリとした空気を放出させている。

 誰も彼もが下忍のなかでは手練の部類に入る。自分達より何年も身を鍛えてきた(つわもの)共だ。

 そんな中で岸波シロウ、岸波白野、メルトリリスの三人は下手に目立たぬよう試験開始の時を待っていた。

 所詮自分達は今年が受験初めてのルーキー集団だ。変に注目を集めて鴨にされるのだけは避けなければならない。

 

 「―――気持ちのいい緊張感ね。嫌いじゃないわ」

 

 メルトリリスは涼しげな笑みを浮かべる。

 彼女は必要以上に緊張しているわけでも、自惚れているわけでもない。ただ純粋にこの大きな試練に挑めるという熱い高揚感だけが心を占めている。

 そしてシロウと白野は密かにこの中忍試験で先手を打とうとしていた。

 

 「白野。この場にいる受験者のチャクラ……覚えれそうか」

 「うん。皆独特なチャクラ系統だから何とか。あともうちょっとで、全部覚えられる」

 「よし」

 

 白野は既に感知能力を使い、この場に集まっている受験者のチャクラの暗記を行っていた。

 中忍試験はもう始まっているようなものだ。小さな布石を敷いていても損にはならない。

 

 「相変わらず手が早いですね。シロウさん」

 「……リー」

 

 テンテンと同じくかつての同期、ロック・リーが話しかけてきた。

 全身緑タイツでオカッパ&滅茶苦茶濃い眉毛とネタキャラとしか思えない容姿をしている彼だが、その実 自分の知りうる限り最も努力してきた素晴らしい下忍だ。

 正直に言えば、岸波シロウが尊敬している忍の一人である。

 

 “また一段と強くなっている”

 

 ここ数日任務で忙しかったこともあり、久しぶりにリーと会ったシロウ。

 故に分かりやすかった。今のリーが、どれほど強くなっているのかを。

 

 「まさか貴方と同じ時期に中忍試験を受けれるとは思いもしませんでした。今は敵同士ですがお互いにベストを尽くしましょう」

 「ああ、そうさせてもらう。でなければ即座に脱落させられるだろうしな」

 

 ロック・リーはまさに強敵だ。

 下忍において彼を凌ぐ体術の使い手など、シロウの知る限り日向ネジくらいしかいない。

 何よりもその類稀無い強靭な精神力は高い戦闘力よりも警戒するに値するものだ。もしこの中忍試験でぶつかることがあれば、全身全霊で挑まなければ一%の勝ち目もないと断言できる。

 

 「君はネジと同じで僕が倒したいと思う忍の一人です。できれば、この試験中に相対できることを願います」

 「この俺も随分と買い被られたものだ。あの木ノ葉の下忍最強の男と同等に見られるとは」

 「そんなことはありません。シロウさんも、僕が知りうる下忍のなかでは最上位に入る強さを持つ忍です。昔から僕と同じくらい鍛錬を積み重ねてきたじゃありませんか」

 「よしてくれ。錬度でリーと比べられても自分の修行不足に痛感するだけだ。努力をして君を越え得る下忍はいない」

 

 そう、リーの努力の密度は他と比べれるものではない。

 彼の錬度は木ノ葉一。自分如きと比べること自体おこがましいのだ。

 

 「自身への評価の低さも変わらずのようですね。貴方は誰よりも自分に厳しい。それでこそ僕の認めた好敵手の一人です……!」

 「おいリー。熱くなりすぎだ」

 

 目を輝かせ始めたリーにネジが止めにかかった。

 この中忍試験で迂闊に目立つことは極力避けたい。それは第三班も同じだった。

 

 「す、すみません。少しクールダウンしてきます」

 

 つい熱が入ってしまったリーは素直に反省してテンテンのいるところまで戻っていった。

 やはり彼はただの熱血青春男ではない。冷静な思考力、判断力も持ち合わせている。

 

 「……………」

 「……………」

 

 シロウとネジの視線が交差した。

 

 「………とうとう武具に留まらず自身の肉体にまで細工を施したか。呆れた奴だよ、お前は」

 

 彼はシロウの身体を見てそう呟いた。

 流石は全てを見通す白眼といったところか。三大瞳術の一角を担うことだけはある。

 日向ネジを前にすれば、まる裸にされるのも同然。とっておきをまるで隠し通せないとは。

 

 「少し、此方にも事情があってね。うっかり自身の身体に異物を入れ込んでしまった。だが嬉しい誤算というものもある。多少の力は得られたからな」

 「………お前がどれだけ強くなったところで、俺には勝てん」

 「確かに俺はお前と比べて地力では劣っているが、それを補う(すべ)はいくらでもある」

 「努力か………才能の差はその程度のものでは覆らない」

 「そんなことを言っていられるのも今のうちだ……リーも、俺も、昔とは違う」

 「ハッ。くだら――――」

 

 ネジは嘲笑してシロウの言を切り捨てようとしたが、

 

 「俺の名はうずまきナルトだ!! お前らにゃあ負けねーぞ!! 分かったかぁー!!!」

 

 馬鹿正直で、耳鳴りがするほどの大声がそれを阻んだ。

 ネジは軽く眉間に皺を寄せる。

 いったいアレはなんだ。常識がないにもほどがある。この下忍の枠組みのなかのエリート中のエリートが集まり、緊張を醸し出している最中で、あのような注目を引くような行動を起こすとは。

 

 「………今年のルーキーは、威勢だけは良いようだ」

 「ふふ……あいつは何処にいてもぶれないな。

  ネジ。お前も気を付けておけよ。アレは、下手したらジョーカーに成りうる忍だ」

 「なに………?」

 

 不可解なことを言うシロウにネジは本気で訝しがる。

 あれの何処に警戒するに値するものがあるのか。

 身のこなしもなってない。隙だからけで、愚かな行動を起こし、皆を敵に回すどころか仲間にさえ迷惑をかけるような輩だぞ。警戒するのなら同班のうちはサスケだろうに。

 

 「そのうち分かるさ。あのナルトの厄介さが」

 「随分と買っているんだな。あれを」

 「ああ。何せあいつは強い。色んな意味でな………甘く見ていたら間違いなく足元を掬われる」

 「…………ふん」

 

 ネジは最後まで理解できんとばかりに顔を顰めたまま、仲間の元まで戻っていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 暫くして中忍試験官数十名が到着した。

 顔に数多の傷が刻み込まれている試験官が、今回の中忍選抜第一の試験を担当する森乃イビキ。かなりの強面で試験官に相応しい重圧を放っている。

 

 「おらザワつくんじゃねぇ。説明ができんだろうが愚図共」

 

 強面に似合ったドスの聞いた声だ。

 あれだけザワザワしていた会場が一瞬にして沈黙した。

 

 「………ふむ。では全員座席番号の札を受け取り、その番号通りの席につけ。そのあと筆記試験の用紙を配る」

 

 第一の試練はペーパーテスト。知力を図る試験。

 と、いうことはイビキの背後に控えている大量の忍達はカンニングを見張る為の監視員ということか。それにしても人数が多い。この教室を囲めるほどの人数だ。

 

 “まるでカンニングすることを前提としているようだな”

 

 いくら厳しい問題を出すとはいえ、この人数は少し異常だ。何か裏があるのか。それとも、単に厳重なだけなのか。

 

 「この第一の試験には大切なルールってもんが幾つかある。一文字足りとて見落とすなよ」

 

 イビキはスラスラと黒板にこの第一の試験に関するルールを記述していく。

 

 ①各自に10点ずつ持ち点が与えられる。筆記試験は全部で10問各1点で減点式となっている。

 ②この筆記試験はチーム戦である。受験申し込みを受けた三人一組の合計点で合否を下す。

 ③カンニング及びそれに準ずる行為を行ったとこの場にいる監視員に見なされた者は、その行為一回につき持ち点から2点減点される。

 

 “………カンニング行為が2点減点されるだけで済まされるのか?”

 

 シロウは思いのほか甘いルールに内心驚いていた。

 普通なら、カンニングという行為が発覚すれば即座に失格にされて然るべきだ。知力を図るペーパーテストなら尚のこと。第一に、あの監査官がそこまで罰に甘いと違和感が半端ではない。

 

 「無様なカンニングを行った者は自滅すると心得ておけ。

  お前達は仮にも部隊長格となる中忍を目指す者………忍なら、立派な忍らしくすることだ」

 

 忍らしく(・・・・・)か。

 これで先ほどまでモヤモヤしていた違和感が無くなった。

 つまりこれはカンニング公認のペーパーテスト。

 忍らしく己が技量で数多の監視員に認められるほど立派に他の答えを引き抜く情報収集戦。

 一部の察しの良い忍達もこの試験の本質を見抜き成程と頷いている。

 

 “メルト……よし。白野も………よし、感づいているな”

 

 試験が開始される前にシロウは己の班に目線で合図した。

 シロウの視線に彼女達は頷きで返したことから、この試験の本質を見抜けていると見ていい。

 

 「そして最後のルール。それはこの試験終了時までに持ち点を全て失った者、及び正解数が0であった班の者は―――同班の二名共に道連れ失格とする」

 

 え、エゲツないことを言う。

 この試験の仕組みを理解できていない者達からすれば、精神を急激に圧迫されるような脅しルールだ。生半可な者は試験を開始する前から心を折られかねない。

 

 「以上でルールの説明は終わりだ。それでは―――開始!」

 

 ババッ、と受験者達は一斉に裏に伏せられていたプリントを捲った。

 この試験の本質が例え情報収集戦だとしても、わざわざ最初からそのような危険な橋を渡る必要はない。理解できない問題だけをカンニング……すれ…………ば……………。

 

 “い、一問も分からん”

 

 予想していたとはいえ、想像以上の難問だ。自分とて勉学に励んできた者だが、それでもこのテスト問題を解ける気がしない。

 これでカンニングは絶対に仕掛けなればならない状況に追い込まれた。まぁもともと追い込まれるよう仕組まれた試験なのだから当然と言えば当然なのだが。

 

 “白野やメルトにこの状況を打破……つまりは情報を収集(カンニング)する技術はない。ということは俺が突破口を開かなければならないということか”

 

 この大量の監視員の目を欺きカンニングすることは不可能に近い。情報収集能力に秀でている者ならそうでもないのだろうが岸波シロウには不可能だ。

 故に、監視員に認められる……それこそあのイビキが言っていたように忍びらしい立派なカンニングをするしかない。

 幸いにも、手段がないということはないのだ。何せ自分は武具使い。想像の限り物を思い描き、創り、扱う者。あらゆる状況に適応した道具を所持する忍だ。戦場の鍵と言っても過言ではない情報を収集する道具を持ち合わせていないわけがない。

 シロウは最小限の動作で懐から蜘蛛の造形をした小型傀儡を取り出した。

 音が出にくい工夫を施された数多の脚。小型カメラが内臓した複眼。景色と同化するようコーティングされた体。まさに隠密用の傀儡である。

 すぐにその傀儡蜘蛛に極細のチャクラ糸を張り付ける。波の国で出会ったあの多重人格者ほど巧くは操れないが、忍相応には操れる。

 

 “カンニング公認で情報収集能力が試されているということは、この受験者達のなかにアタリがいるはずだ”

 

 下忍に紛れているであろう中忍、上忍を見つけ出し、正確な答えを得なければならない。

 他の下忍と比べて落ち着きがあり、かつ筆が滑らかに動いている者。佇まいがエリートのそれであるということ。これらの条件に該当する受験者を探し出す。

 

 “見つけた”

 

 アタリを探し出すこと自体にはそれほど苦労はしなかった。

 数は五人。その中で自分の席に近い人間は…一人。十分チャクラ糸が届く範囲である。

 また監視員の一人がじろりと自分を見つめている。無様なカンニングを行えば減点するという意思が目から伝わってくる。

 しかしこの程度のプレッシャー、波の国で再不斬と遭遇した時と比べれば欠伸が出るレベルだ。何も心配することはない。自信を持って、目的を遂行して魅せればいいだけのこと。

 

 シロウは指先を器用に、細かく、怪しまれないように動かしていく。指先のチャクラ糸はその動きに連動して傀儡蜘蛛に命を吹き込む。

 傀儡師の思い通りに動く人形は忠実に行動を起こすものだ。

 まず他の受験生に気付かれないようターゲットの元まで傀儡蜘蛛を移動させる。

 

 “………良し”

 

 無事ターゲットの元まで傀儡を送り込むことに成功した。

 ここまで来れば後は簡単だ。受験生に悟られぬよう、用紙に記された文字を傀儡蜘蛛に仕込まれた小型カメラに映せばいいだけ。

 一通りカンニングが終えたらすぐに傀儡蜘蛛を自分の手元まで呼び寄せる。そして傀儡蜘蛛の目に触れ、先ほど映した映像を脳内に投影する。その投影された映像を淀みなく汲み取り、自身のテストに丸写し。

 試験開始から45分以上経過しなければ掲示されない最終問題を除き、残り9問は難なく答えることができた。

 

 “後はあの二人にもカンニングペーパーを渡すのみだ”

 

 手早く答えの詰まった傀儡蜘蛛を白野の所まで送り込む。そのまま白野が書き終わるまで待ち、書き終わったと頷く仕草をした瞬間に今度はメルトリリスの元まで傀儡蜘蛛を行かす。

 先ほどから自分を見ていた監視員は満足気に頷いており、どうやら情けないカンニング方法とは判断されなかったらしい。

 自分の班全員が無事書き終えたことを確認したら傀儡蜘蛛を帰還させた。

 

 “これで残る問題は最後の一問。あと少しで試験から45分経過するな”

 

 準備は万全を期している。

 どのような問題がこようとも、アタリにこの傀儡蜘蛛を放てばいいだけのこと。何の問題もありはしない。

 

 “ナルトは………あぁ”

 

 他人の心配ができるほど余裕ができたシロウは友人の席に目を向けた。

 しかしその友人は、ものの見事に頭を抱え撃沈していた。

 サスケとサクラはこの試験の本質を見抜け、各々対策を取り答えを書き進んでいるのに比べてナルトだけは理解することができずに手を止めている。

 今回ばかりは助けになってやることのできないシロウは、ただ彼の粘りを信じるしかなかった。

 

 「おら、45番は三回ミスった。同班の連中も此処から退出しろ」

 「ぐっ………」

 「54番」

 「32番も出て行け」

 

 次々と落ちていく受験者達。一人が落ちれば同じチームの者まで落とされる。あれだけ教室に敷き詰められていた受験者達が今ではほんの数十名。あちらこちらで空席が目立ってきた。

 今この教室に残っているのは、この試験の本質を見抜き巧く情報収集を行えた者、独力で答えを書き続けた者、何の行動も移さずただ頭を悩ましている者のみ。

 もはや誰も彼もが精神的圧迫を受け続けている状態だ。今にも心が折れそうな者も何人かいる。しかし、それでもあの試験官イビキは手を抜こうとしない。徹底的に軟弱者、未熟者を炙り出すことに全力を掛ける。

 

 「残り15分。試験開始から45分経過した。これから第10問目を出題する」

 

 イビキの言葉に皆が腕を止めて耳を澄ました。

 さぁ、これが最後の山場だ。

 

 「―――が、その前に重大なルールを追加させてもらう」

 「「「「!?」」」」

 

 此処に来て、新たなルールだと。

 正直嫌な予感しかしない。

 

 「いいか、これは絶望的なルールだ。心して聞け」

 

 そんなことは分かりきっている。

 この重大な山場で発表されるルールだ。

 甘いモノであるはずがない。

 

 「まずお前らにはこの10問目の問題を―――『受ける』か『受けない』かを選択してもらう」

 

 静まり返っていた教室が瞬く間にざわめき出した。

 

 「う……受けないを選択したら、どうなるんだ?」

 

 見覚えのある砂隠れの金髪女性はイビキに問うた。

 その問いに対してイビキは酷く―――残忍な顔をしてこう答えた。

 

 「無論、受けないを選択した者はその時点で持ち点はゼロになる。つまり失格になるということだ。同班者も道連れ失格になりこの場から消えてもらう」

 「な―――」

 「ふ、ふざけるな! そんなの受けるに決まってるじゃないか!!」

 「そうだそうだ!!」

 「まぁ落ち着け。ルールの説明はまだ終わっていない」

 

 ただただイビキは歪な笑みを浮かべたまま説明を続ける。まるで困惑する受験者達を見て愉しんでいるかのように。

 

 「受ける、と選んだ場合……もし、その問題を正解できなかった時は…………その者の中忍試験の受験資格を永久的に剥奪させてもらう!!」

 「「「「は、はぁぁぁぁぁぁぁ!!??」」」」

 

 なんだ、何なんだそのルールは!?

 この教室に集う受験者達のほぼ全員が同じ気持ちとなった。

 そのような理不尽が、許されていいものなのか? 出鱈目にもほどがある!

 

 「お前たちは運が悪かったんだよ。前回、前々回の試験官ならばこのようなルールは決して提示しなかっただろうさ。だがな、今回の中忍試験第一関門の責任者は俺だ。俺が試験官だ。俺がルールなんだ。文句は言わせねぇぜ? 雛共」

 

 これには流石にシロウも焦りを禁じえない。

 なんという精神的拷問だ。

 あの男は受験者達の心を………徹底的に嬲りにきている。

 

 「だがまぁこんな俺でもそれなりの配慮はしてやったんだ。なんせ逃げ道を作ってやったんだからなぁ」

 

 ああ、確かにそうだ。

 この最終問題を受けて正解を答えられなかったなら永久的に中忍への道は閉ざされる。しかし、受けなかった場合は何のことはない。また次回の中忍試験で中忍を目指せばいいのだ。今ここで正しい答えを書ける自信がない、巧くカンニングが出来ないという者は別の試験官が担当する中忍試験を受ければいいだけのこと。

 

 ―――なんて甘い誘惑だ。

 

 さりとて受けないを選べば残りの仲間も道連れ失格となる。

 自分は無理だと思っていても、他の仲間はその最終問題を答えるだけの能力があるかもしれない。そんな中で、自分の保身を選び仲間を失格に陥れるという可能性。罪悪感は半端なものではないだろう。

 

 「それでは決めてもらうか。最終問題を受けないと決めた者は手を挙げろ。その者と同班の者も道連れ失格とする」

 

 何度目かの静寂がこの教室に訪れた。

 皆は頬に汗を垂らし、悩み、苦しんでいる。

 一部の下忍は顔色も変えずに最終問題を待つ猛者もいるが、そんな人間はほんの一握りだ。

 シロウも含め、ほぼ全員が苦悩の顔を晒している。

 

 「お、俺は下りる! すまねぇ、ゲンサイ、コテツ!!」

 「123番失格。同班の43番、55番も道連れ失格だ」

 「俺も!」

 「私も受けない!」

 

 一人が耐え切れず辞退したことにより、先ほどまで我慢していた忍達も次々と手を挙げていった。

 第一班は―――今のところ誰一人として手を挙げていない。

 無論、平気なわけがない。全員が等しく悩み、苦しんでいる。しかし、困難を目の前にして目を反らし、次回があるからと言って逃げていいわけがない。そのような考えは、第一班のメンバー全員が嫌うことである。

 負けず嫌いであり、頑固者。そんな忍の集まりが―――第一班だ。ここまできて辞退を選ぶわけがない。

 

 “――――っ!?”

 

 鋼鉄の決意を固めたシロウだが、思わぬ光景を目にしたことにより彼は呆けたように口を開けた。

 ―――うずまきナルトがゆっくりと手を挙げたのだ。あの誰よりも負けず嫌いで、このような大きな正念場で逃げることを良しとしない、あのナルトがだ。

 

 「な………」

 

 ………な?

 

 「なめんじゃねぇぞコラァァァ!!」

 

 怒声一喝。

 ナルトは挙げていた手を思い切り振り下ろし、机に強く叩きつけた。

 

 「俺は逃げねーぞ! 受けてやる!! もし一生下忍になったって、意地でも火影になってやるからいいってばよ!!!」

 

 彼の宣言に受験生は茫然とし、監視員達は啖呵を切るダークホースに目を釘付けにされた。

 

 「………もう一度聞く。これは人生を賭けた選択だ。止めるのなら今のうちだぞ」

 「自分の言葉は曲げねぇ。それが………俺の忍道だ!」

 

 イビキの最終忠告に、ナルトは胸を張ってそう返した。

 

 “空気が変わったな”

 

 先ほどまであれだけザワついていた者達が静かになった。それどころか誰一人として手を挙げようとする素振りすら見せない。受験者達の曇っていた顔も、今では覚悟を決めた兵の面構えとなっている。

 ―――そう、これだ。

 ナルトという男は、これだから侮れない。

 

 「………ふ」

 

 不安が消し飛んだ皆の顔を見るなり、イビキは小さく笑った。

 それはこれまでの嘲笑とした笑みとは明らかに違う、何かを認めた男の笑みだった。

 

 「良い決意だ。では……ここに残った全員に申し渡そう」

 

 皆が唾を飲み込み人生を賭けた最終問題を待つ。

 そして―――

 

 「―――第一の試験合格だ!!」

 

 思いもよらぬ吉報が贈られた。

 

 

 ◆

 

 

 

 「な、それはいったいどういうこと!? 10問目の問題は!?」

 

 メルトリリスが声を荒げてイビキに問うた。

 それもそうだ。こちらは人生を賭けて覚悟した上で最終問題を受けると決意した。それなのに、問題も提示されず全員合格と言われては戸惑うのも無理はない。

 

 「そんなものは最初からないさ。まぁ強いて言えば先ほどの二択が10問目みたいなもんだ」

 「「「「!?」」」」

 「そう急くな急くな。ちゃんと一から説明していこう。

  まず9問目までの問題は君達の情報収集能力を試すためのものだということは解っていたな?」

 

 ナルト以外の下忍達はこくりと頷いた。

 

 「9問目までは下忍には解けない高度な問題を取り入れていた。そして三人一組での合計による合否判定。仲間の足を引っ張ってしまう、問題が分からない、の二つの重圧が君達の肩に圧し掛かっただろう」

 

 そう、この問題は下忍には解けない。しかしこのままでは仲間の足を引っ張ってしまう。ならばどうすればいいか。忍としてどういう行動に移るべきなのか。

 

 「カンニングを行わなければ道はない。先には進めない。ならばするしかない。カンニングをな。

  皆の予想通り―――これはカンニング公認の試験だったというわけだ」

 「は…ハハハハハ! やっぱりな! バレバレだってーの! こんなの気づかない方がおかしいってばよ!」

 

 ―――こいつ気づいてなかったな―――

 

 他里の忍達の心が一つになった瞬間であった。

 

 「では、この試験で最も重要な本題について説明しよう。最終問題についてだ」

 

 ナルトの虚言を無視してイビキは話を進める。

 

 「10問目は『受けるか』『受けないか』の選択。言うまでもなく、苦痛の強いられる二択だった。

  『受けない』と選んだ者は班員共々失格。かといって『受ける』を選択し、問題に答えれなかった者は中忍になる権利を永久的に剥奪される。実にリスキーで、不誠実極まりない問題だ」

 

 どちらに転んでも分が悪い。

 まさに人生を賭けた選択と言っても過言ではなかった。

 

 「君達が仮に中忍だったとしよう。任務内容は秘密文書の奪取。敵方の情報は一切ない。敵の人数は不明。能力も不明。実力差がとてつもなく開いているかもしれないし、敵が張り巡らした罠という可能性も捨て難い。

 さぁ……『受けるか』『受けないか』

 命が惜しいから……仲間を危険に晒したくないから………危険な任務を避けて通れるか?

 答えは―――NOだ! どんな危険な賭けであっても避けて通れない、降りることのできない任務は山ほどある。

 ここ一番で仲間に勇気を示し、苦境を突破していく能力。これが中忍という部隊長に求められる資質だ」

 

 イビキの言葉に熱が籠っていく。

 

 「いざという時に自分の運命を賭けられない者。来年があるさという不確定な未来に心を揺るがせ、チャンスを諦める者。そんな密度の薄い決意しか持たない愚図に中忍に為る資格はない!! と、俺は考えている。

 故に―――この場で『受ける』と選んだ君達は難関な10問目の正解者だと言っていい。その勇気があれば、これから出会うであろう困難にも立ち向かっていけるだろうさ。

 入口は突破した。中忍試験選抜最初の試験は終了だ。君達の健闘を祈る………!」

 

 説明から激励に変わり、皆の顔にも自信に満ち足りたものとなった。

 しかし此処から先は本当に命がけの試練が始まる。

 何せ今残っている忍達は一人余すことなく手練れ揃い。決意も固く、生半可な意志を持ち合わせていない強者共だ。殺し合いになることはまず間違いない。気を引き締めなければ殺される。

 

 「さて……もうそろそろ、第二の中忍選抜試験の責任者が来るはずなんだが………」

 

 イビキが懐中時計で時間を確認しようとしたその時、

 

 ――――ガッシャアァァァァァァンッ!!――――

 

 何かがド派手に窓ガラスをぶち破って教室内に侵入してきた。

 

 「「「「な、なんだァ!?」」」」

 

 突然の出来事に皆が身構える。

 

 「アンタ達喜んでる場合じゃないわよ! 私は第二試験官みたらしアンコ! 次行くわよ次ィ!!

 さぁ私についてらっしゃい!!!」

 「「「「「…………………」」」」」

 

 いきなり現れてからのこの発言。

 先ほどまでの良い雰囲気が台無しであり、何より空気が読めていない。

 

 「………空気読め」

 

 イビキは眉間に皺を寄せて皆の心の言葉を代弁した。

 しかし彼女はそんな言葉など気に留めず、受験生の人数を見てあからさまに顔を顰めた。

 

 「かなり残ってるわね。イビキ……アンタもしかして手ぇ抜いた?」

 「俺がそんな甘いことをするものか。ただ今回は―――思いのほか優秀な奴が多かっただけだ」

 「ふん。まぁいいわ。どうせ私の試験で半分以下になるもの」

 

 あの第二の試験官はなかなか良い性格をしているな。

 破天荒な登場といい、先ほどの発言といい、今まで出会ってきた上忍とはまるでタイプが違う。

 ただハッタリを言う類の者ではないことだけは分かった。

 

 “半分以下か………次の試験は予想通り苛烈を極めそうだ”

 

 シロウ達は次なるステージに進出する。

 第二の試練を受けて無事では済まされないことはもう確実である。

 しかし彼らは退かない。逃げない。臆さない。

 そのような軟弱者は、この第一の試練を合格した忍のなかには一人としていないのだから。




NARUTO下忍の少数ほどは実力だけなら中忍レベルを軽く超えてそう(小並感


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第13話 『サバイバル試験:Ⅰ』

 第一の試験の潜り抜けた下忍達を待っていたのはサバイバル演習試験である。

 舞台となるのは第44演習所。別名『死の森』と呼ばれる直径10㎞もの広大な森林。

 其処は果てしなく巨大な木々が生い茂り、獰猛な獣、猛毒も持つ害虫などが多く生息している木ノ葉屈指の危険地帯。一般市民が立ち入ろうものなら一日と持たずにあの世に召され、未熟な忍もまた同じ道を辿る。

 故に『死』の森。下忍が中忍へと昇格するための試練としてはこれ以上にない舞台であるのだ。

 

 ―――また各国の参加チームには各々天・地の巻物のどちらかが配布された。

 配布された天地の巻物は言わば合格に必須である鍵の役割を担っている。

 だが天と地の両方の巻物を揃えなければ完全な鍵としての役割は果たせない。

 つまり、奪い合えというのだ。

 天の巻物を得ているチームは地の巻物を得ているチームから。地の巻物を得ているチームは天の巻物を得ているチームからその巻物を奪取し揃えなければ鍵は完成しない。

 例え無事に第二の試練の中央の塔(ゴール)に辿りつけたとしても、その完成された鍵が無ければ次の試験を受ける資格が認められないのだ。

 

 制限時間は5日間。

 その間、下忍達は自給自足かつ命を賭けたサバイバルを生き抜き、敵チームから巻物を奪い、そして目的地まで辿りつかなければならない。

 己の仲間(チーム)以外は全員敵。例え敵チームを殺害しようが不問とされ、第一の試練を潜り抜けた猛者ばかり故に打倒もし難い。

 

 第一の試練とは比べ物にならないほどハードルが上がったことは誰しもが理解できた。

 みたらしアンコが自信満々に合格者を半分以下にできると豪語したのも頷ける。

 

 「さて班長。私達はこれからどう行動すべきなのかしら」

 

 メルトリリスは第一班の班長、岸波シロウに今後の方針を問う。

 第二の試練が開始されているなか、彼らはただただ中央の塔に向かって進んでいるだけだ。

 それに不満を持ったメルトリリスはもっと活発的に活動したいと催促しているのだろう。

 

 「………ゴールである中央の塔に進みながら敵チームの探索を行う。日が沈みだしたら拠点を抑え、休息を取る。翌日にまた中央の塔に進みながら敵の探索。これを繰り返していく」

 「なんだか地味ね」

 「忍なのだからそれで良いんだ。皆目的とする場所は同じ。欲している物も共通している。であれば、焦る必要はない。何もしなくとも敵からやってくるだろうさ」

 「………手加減はするべきかしら?」

 「するべきではないのは分かりきっているだろう。第一の試練を通過した者達が皆強者揃いというのは周知の事実。格下どころか格上ばかりだ。相対すれば手を抜く余裕すらない」

 

 メルトリリスは了解と頷く。

 敵チームと当たれば手心を加える暇すらない。そんな甘い考えを持っては敗北しか訪れない。

 例え格下が相手だろうと命を賭して向かってくる以上は何を仕出かすか分からず、また負けないにしても痛手を負わされる可能性も少なくはない。

 ならば堅実に、確実に仕留めた方が良いに決まっている。

 

 「………シロウ。もし、もしあの砂隠れの人達に遭遇したらどうすればいいと思う?」

 「無論、逃げる」

 「は!? ちょっとシロウそれ本気で言っているの!?」

 

 白野の問いに即座に答えたシロウ。

 しかしメルトリリスは納得がいかないとばかりに声を荒げる。

 それは彼女が誰よりもシロウという男の強さをよく知っているからだ。

 

 ―――何故そんなに努力をするの?

 かつてのメルトリリスはそんなことを幼少の頃にシロウに問うたことがった。

 それに彼は幼い妹を護る為に力をつけるのだと言った。今のまま無力でいては決して護れぬからこそ力をつけるのだと言った。

 ただ他の者より先に行きたいのではない。優れていたいわけでもない。

 岸波白野という小さな少女を護る為だけにシロウは血の滲むような努力を築いてきた。

 彼はそんな男であるが故に、強い。かつての修行仲間であったメルトリリスが認める程。

 だからこそ岸波シロウの実力を買っていたメルトリリスはそんな彼の言葉が許せなかった。

 だが彼は悔しがる素振りもせずに言う。

 

 「砂の忍……あの我愛羅という少年は危険だ。真っ向からぶつかればお互い唯ではすまないだろう………何にしてもまだ先が見えない第二の試練でやり合うべき相手ではない」

 

 シロウは我愛羅と戦ったわけではない。ただ一度彼の圧迫感(プレッシャー)をその身に浴びただけだ。

 だがそれだけで彼は理解できた。アレはもはや下忍の範疇ではない。中忍という域でもない。上忍すら上回るであろう底知れぬ実力。人としての本能が警報を鳴らすほどの存在なのだ。

 

 「今、優先すべきなのは強敵と戦うことではない。第三の試練を迎えるまでどれだけ力を温存できるかどうかだ。例えこの試練を乗り越えたとしても瀕死ではまるで意味がない。それでは最後まで戦い抜くことは不可能だからだ」

 

 忘れてはならない。この第二の試験は決して最終試練ではないことを。

 まだこの試験の後に続くであろう試練もまた過酷を極めることは予想できる。

 それを五体満足の状態で、力を温存できている状態で迎えることこそ重要なのだ。

 我愛羅にしても強敵であることは認めよう。自分より遥か格上であることも。

 されど、だからといって負けるつもりもない。己が持ちうる策を全て出してでも活路は開ける。

 ただ今は戦うべき相手ではない。勝算があるにしても今ぶつかるべき敵ではないだけの話。

 

 「………分かったな? 先を見据えるのなら、奴との戦闘は極力避けて然るべきというわけだ」

 「なるほど。言い訳っぽいけど一理あるわね」

 「まぁ正直に言えばアレと戦わないのならそれに越したことはないんだがな」

 

 戦えば満身創痍になるのは必定。交戦後、手足が全て揃っていたら幸運と思っても良い。

 あれほどの化け物に好き好んで戦う輩は勇猛でも勇敢でも何でもない。

 それはもはやただの阿呆か、それとも腕によほど自信があるのか。或いは哀れな自殺志願者だ。

 

 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 第二の試験が開始されて初めて太陽が落ちた。

 森林の間から差し込んでいた太陽の光は完全に止み、代わりの満月の光が差し込んだ。

 周囲は暗く、夜目に長けているシロウもこれ以上動き回ることは得策ではないと判断。

 川岸で一夜を過ごすことを白野とメルトリリスに提案した。

 

 「明日に備えて休むべき……確かにその通りね。今日は此処までにしましょうか」

 「私も賛成……お腹が減って仕方がないよ」

 「満場一致か。よし、では早速寝床を出して飯にしよう」

 「「寝床を出す?」」

 

 シロウの不思議な言葉に二人は首を傾げる。

 それに彼はニヤリと笑った。

 

 「ああ。こうして……な!」

 

 彼が懐から出したのは巻物だ。

 いつも彼は武具類全般を巻物内に保管していることは知っている。

 だがこのタイミングで出すとなると………まさかあの巻物には武器ではなく。

 

 「………うそ」

 「………うわ」

 

 シロウによって口寄せが行われ、ボボンと煙を焚かせて現れたのは立派な丸太でのみ作られた小屋だった。誰がどう見ても木造建築物にしか見えなかった。

 いや二人はてっきりテントが現れるのかと想像していたのだが、遥か斜め上を行っていた。

 というか誰が巻物内から小屋が飛び出すなど予想できようか。もうお前の巻物はどこぞの四次元ポケットか何かと突っ込みたくなるレベルである。

 

 「「……………」」

 

 口が開いたまま塞がらない白野とメルトリリスを見るや否やシロウは勝ち誇った顔をする。

 どうだね君達……とでもいう風に。

 実際度胆を抜かれたのだから何も言い返せないことが悔しいと思う二人ではあった。

 

 「いやなに。中忍試験内は恐らくサバイバルもあるだろうと予想はしていたのでね。そんな時のために急ごしらえではあるが作っておいた。無論キッチンも備えている。耐震もバッチリだ。これぞまさに理想の………ってあれ?」

 

 自信満々のドヤ顔で解説していた彼を他所に白野らはもう木造建築物のなかに入室していた。

 

 「やれやれだ。少しは話を聞いてくれてもいいだろうに」

 

 急ピッチで作ったわりにはかなりの完成度だった故に長々しく説明したかったシロウは少し残念と思いながらも、二人の後に続いてそのマイホームのなかに入っていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 「小屋を用意しよった………」

 「………なんて、常識外れな」

 「………いいなぁアレ」

 

 シロウ一行を密かに尾行していた三人の下忍達は各々独特なリアクションをして目に映った出来事を受け入れていた。

 木ノ葉の忍は平和ボケした連中故に鴨に成り得る。

 彼らの担当の上忍からはそう学んでいた。学んでいたのだが……果たして実際にそうなのだろうか。今自分達が狙っている忍は鴨ではなく別のナニかにしか思えない。

 しかし、実際彼らが寝床を出すまでに自分達の存在を感づかれていなかったことから手練れではないのかも……という淡い希望もある。何より敵を補足しておいて撤退するなど草隠れの忍としての誇りが泣くだろう。

 

 「どうする。起爆札を使用して一網打尽にするか」

 「いや、奴らは巻物を持ってるんだ。爆風で獲物が粉微塵になっては意味がない」

 「なら―――建物内に潜入した後に殺るべきと?」

 「そうなるな」

 「ではいつ攻める」

 「奴らは一人を見張りにつかせて眠りにつくだろう。数時間ごとに見張り役を交代しながらな」

 

 要は見張り役となる人間を音も立てず、悟られずに暗殺する。

 後に就寝している二人を始末し、巻物を頂く。

 できるのならあの小屋も戦利品として頂戴してこれからの拠点とする。

 

 「見張り役はあの男ではなく女……くのいちが担っている時に襲撃する」

 「分かった」

 「まぁ無難だわな」

 

 リーダー格の男の作戦に残る男二人も頷いた。

 非力な女が見張りについているところを狙う。おおよそ良識のある人間が考えることではない。

 だがそれで良いのだ。

 忍とは闇に生きる者。賛美されるべき者でもなく、堂々と称えられる者でもない。

 任務を成功させるために効率を重視する。人としての道徳は殴り棄て、道具のように徹する。

 それが忍としての在り方である。

 

 ………

 ……

 …

 

 

 数時間後、明々と点いていた小屋の光は消え、代わりに一人の男が小屋から出てきた。

 赤銅色の髪を持つ少年。恐らく彼が一番最初の見張り役。

 まだ手を出すべきではない。くのいちが見張り役を担うまで機会を待つ。

 そもそも奴は立派な木造建築物を巻物から出すようなとんでも野郎である。

 そんな訳の分からない人間を相手にしたくは―――

 

 「さて、この死の森とやらに生息する魚は美味かな?」

 「「「…………!?」」」

 

 鼻歌交じりに奴はなんと釣り道具を巻物内から取り出し、釣りをし始めたのだ。

 見張りをやるついでに明日の食糧調達を行っているのだろう。

 しかし何なんだあのサバイバル生活にもってこいな装備の数々。リールもロッドも全て高性能なものばかりじゃないか。つかジャケットまで持参してやがる。

 まさにプロ顔負けのフル装備。そしてキャップをかぶってニヤニヤと釣りをしている男は本当に忍なのかと突っ込みたくなる。

 

 「………もうアイツでいいんじゃね? 忍というより釣り師か何かだぞアレ」

 「確かにくのいちよりもなんか弱そうではある。得体は知れないけど」

 「いやまて。もう少し様子を見るんだ」

 

 リーダー格の男は油断せずに彼を観察する。

 

 「――――む!」

 

 少年は手応えを感じたのか目の色を変えた。

 よく見れば釣竿が大きく曲がっている。アレは魚が餌に喰らいついている証拠。

 だがあの曲り方は何だというのだ。普通の魚が引っ張ってもあれほど竿が曲がることはない。

 大物は大物。特大ビックサイズと見た。

 だがそんな獲物を前にして彼の隙は一つとして伺えない。

 釣りを楽しみ、それでいて見張りの役目はきちっとこなしているとでもいうのか。

 

 「ククッ、俺がヒットした獲物を逃がすとでも思ったか? 必ずフィッシュしてやる!」

 

 大物が喰らいついたことにテンションがおかしな方向に暴走する少年。

 だが口だけでもないようだ。大口を叩くだけの力量が確かに彼にはあった。

 

 「ふはははは…………!!」

 

 竿を引っ張る力が弱くなった一瞬を見逃さずに彼はリールを回しに回した。

 ただ力任せでやっているのではない。ちゃんと緩急もつけている。しかも絶妙なタイミングで。

 やはり奴はプロなのか―――釣りの。

 魚もまた粘る。少年を川に引き込まんとばかりに強く竿を引っ張るその力は正しく大物。

 

 ……

 …

 

 数分後、長く続いた死闘の末に勝利したのは―――少年だった。

 釣り師としての卓越した技術。さらに高性能な装備まで纏っていた彼が相手ではさしもの巨大魚も分が悪かったのだ。

 

 「ほぉ、これはなかなか………」

 

 小さな子供程の図体を誇る魚を見た少年は満足気に頷く。

 ピチピチと未だに跳ねている魚も活きがいい。

 

 「さて……新鮮味が失われないうちに保管をするか」

 

 また巻物を取り出し、釣りたての巨大魚を封印した。

 何でもかんでも巻物内に保管しているのかあの男。

 確かに持ち運びに便利ではあるが、ここまで積極的に活用している下忍は初めて見た。

 

 そして彼はまた更なる獲物を求めて釣りを再開した。相変わらずつけ入る隙すら出していない。

 何故あれだけ釣りに熱中しているのに隙が全く表れないのだと心底呆れ返る。

 だがいつかは釣りに没頭しすぎて隙の一つや二つは晒すだろうと観察していたが、結局三時間にも渡って彼は隙無しの状態で釣りをやり続けたのだ。

 

 「………時間がきたな」

 

 少年は懐中時計を見るや否や、小屋のなかへと戻っていった。

 これはまさか―――遂にこの時がきたのか。待ちに待っていたこの瞬間が。

 

 「ふぁぁ。もうちょっと寝たかったなぁ………」

 

 欠伸をしながら小屋から出てきたのは紫の長髪を持つ少女。

 肉体はまだ発達していない未熟なもので、身長も並みの子供より小柄だ。

 見るからに貧弱。見るからにネギを背負った鴨。

 三人で取り押さえて息の根を止めることも容易いように思える。

 しかも隙が多い。これで決定した。

 彼女を―――仕留める。

 

 「行くぞ………!」

 「「了解」」

 

 木の陰でずっと様子見に徹していたが此処までだ。

 三人は息を潜めて彼女に近づく。

 一人は川の水中から。一人は背後から。一人は地中から。

 四方八方からの一斉鎮圧。音など立てずに即殺を狙う。

 後は小屋のなかで寝ている者達の寝首を掻っ切れば全て上手くいくのだ。

 

 「ほんと、眠いわねぇ」

 

 敵は未だに油断している。まるでなっちゃいない。

 こんな女を見張り役にしたあの男の無能さがよく分かるというものだ。

 

 「でも……ま、多少の暇潰しができる相手が来てくれただけでも良しとしましょうか」

 

 三人の背筋に何か冷たいモノが通過した。

 今、彼女は何と言った? 暇潰し? 来てくれた?

 いったい何を言っている。彼女の前には何もない。

 なら彼女の独り言はただの妄言とでも?

 いや、それはない。それはないと分かっている。

 

 「手加減はするな……と言われているの。でも見た感じ貴方達は本当にお馬鹿な集団のようだから、できるだけ殺さないよう努力はするわ」

 

 気付いてる。彼女は自分達の存在に気付いた上で話しかけている。

 そして彼女が先ほどまで晒していたはずの隙が一切なくなった。

 ああ、どうやらネギを背負った鴨というのは彼女ではなく自分達のことだったようだ。

 まんまと甘い蜜に誘き寄せられたのだ。無知な蟲と同じように。

 なんという間抜け。なんという阿呆な失態。

 敵の実力も見極められず、死地に誘い込まれようとは………。

 

 「神にでも仏にでも拝みなさい。数分後の自分達がこの世に留まっていられるように」

 

 笑顔を振り撒く少女は確かに美しかった。美声も実に心地良い。

 彼女の視線はまるで少女とは思えぬほど妖艶で、身も心も蕩けそうな甘い蜜。

 息をすることすら忘れそうなほど……魅力的であると思えた。

 

 しかしその実、彼女の甘い視線は氷のような冷たさが内包していた。笑顔には棘もあった。

 彼女は決して触れてはならない毒の華。美味であろうと食してはならない禁断の果実。

 愚かな男達はそれも知らずに触れてしまった。食してしまった。

 無知だから仕方がない。愚かだから許される。鈍感だから何も起こらない。

 そんなことは―――無論、許されない。

 

 

 ◆

 

 

 

 複数人の断末魔が小屋の外から聞こえる。怪談の材料にでも出来そうな不協和音だ。

 恐ろしい…とシロウと白野は思った。

 何せ彼女はずっと自分達をつけている敵をどう『調理』するか嬉々として考え込んでいたのだから。それも純粋無垢な顔をして……だ。

 

 「こ、殺さないよね……きっと」

 「ああ……あいつも無用な殺生は好まんだろうからな………たぶん」

 「そこは断言しようよ」

 「ならお前は断言できるのか?」

 「できない」

 

 そらな、とシロウは言った。

 メルトリリスは過度な戦闘狂であり、強い刺激にも飢えている。

 そんな飢えに飢えた肉食動物に哀れにも挑んだ敵チームは実に運が無い。

 

 「………()まないね。断末魔」

 「………本当に長いな。断末魔」

 

 野太い叫び声がよく響く。この声で他の敵方が集まってこないか心配になるレベルだ。

 

 「―――あ」

 「止んだ……か」

 

 随分と不快な音が鳴っていたものだが、それも先ほどで完全に途絶えた。

 代わりに不気味な静けさが二人の空間を漂う。

 しかし、その静寂も長くは続かなかった。

 

 ギィィ……と小屋の扉が開く不気味な音。

 シロウと白野はそんな音が聞こえた玄関口を見る。

 

 「ふぅ、楽しかった!」

 

 そこには満面の笑みを浮かべて帰ってきたメルトリリスの姿があった。

 見たところ怪我はしておらず、ストレスも一切感じられない堂々とした在りようだ。

 それにしてもなんとも愛くるしい笑顔をしているのだろう。いつもの妖艶さが消え失せている。

 ――――頭から足まで血塗れでなかったらもっと和めたのだが。

 

 「殺したのか?」

 「まさか。誰も好き好んで殺したりはしないわよ。でも、必要最低限 痛めつけはしたわ。決して第三の試験に受けれないように」

 「そうか……手当は?」

 「したわ。流石にあのまま放置してたら出血多量で死んじゃうもの。まぁリーダー格が思いのほか楽しませてくれたからそれ相応の感謝の意も込めてね」

 

 流石、第一の試験を通過した猛者だけはある。この戦闘狂を楽しませるほど奮闘したとは。

 

 「それよりも、はいこれ戦利品」

 

 メルトリリスがテーブルの上にドンと置いたのは『天』と書かれた巻物だ。返り血つきの。

 ちなみに自分達が持っているのは地の巻物。幸運にもたった一回の戦闘で鍵は完成したのだ。

 これでわざわざ敵を探索して戦う必要はない。このまま中央の塔に向かうだけとなった。

 

 「よし。俺達にしては実に運がいい………まぁ、これからのことを話すにしてもまずは」

 「まずは?」

 「その返り血落としてきてからだ、メルト」

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 服を脱ぎ、血を川の水で洗い落してきたメルトリリスは予備の服をきて小屋へと戻ってきた。

 外見は確かにまともに為りはしたが、流石に血の匂いまでは消し切れていない。

 こればかりは試験後に何とかしてもらうしないだろう。

 とりあえず三人は小屋の床に座り込み、今後の方針を改めて話し合うことにした。

 

 「メルトのおかげで天の書が手に入った。これで俺達は完成した鍵を手に入れたというわけだ」

 「まさか初戦の相手が地の方じゃなくて本命の天を持っていたのは本当にラッキーだったわ」

 「ダブってたらまた敵を待ち構えるか、奪いに行くかしなくちゃいけなかったもんね………」

 「まぁ何にせよこれ以上敵と相対する必要はなくなった。ならば残る目的はただ一つ」

 「「中央の塔への到達」」

 「その通り。被害をできるだけ抑えてゴールにひた走る。ただそれだけだ」

 

 敵チームの探索が思慮に入らないようになったおかげで、よりスムーズに中央の塔へ向かうことができるようになった。これは何にも勝るアドバンテージだ。しかもわざわざ危険な敵チームを探すこともないため、被害をできるだけ抑えることもできる。

 故に今自分達が為すべきことは被害を最小限に抑えながら最短のルートでゴールに向かうこと。

 

 「みたらしアンコが俺達下忍に配布してくれた地図が正しいのであれば、このルートをひたすら進めば制限時間内までには十分間に合う」

 

 シロウは配布された地図を広げて、赤いマーカーを取り出し、キュッキュと自分達のいる地点と目標位置までのルートを書き込んだ。

 

 「もし敵と遭遇しても極力戦闘は避けろ。天地の巻物がある以上戦う理由がないからな」

 「しつこく追ってきたらどうするの?」

 「全力で叩く。できるなら第三の試験を受けれんようにするほど痛めつける。メルトが先ほど行ったようにな………合格者は少なければ少ないほどいい」

 「ふふ、なんとかなりそうね。これだと余裕じゃないかしら」

 「油断はできない。周りからすれば天・地の両方の巻物を持っているチームは恰好の獲物だ。知られれば全力で奪いに来るだろう。また中央の塔近くで待ち伏せをしている輩もいるかもしれん」

 「上等じゃない。全員纏めて締め上げるだけだわ」

 

 自信家のメルトリリスだけあって実に頼もしい言葉だ。

 白野はそんな強気なことは言えない。自分が弱い人間だと理解しているからだ。

 戦力として期待されていない白野は若干情けない気持ちになりながらも、気分転換に感知の術を使う。今の白野にはこれくらいしか担えるべき仕事がない。しかし同時に誇れる役割でもある。

 仲間の危険をいち早く察知し、それを皆に伝えることができる。

 それは何よりも重要なことで、心強いものだと教えてくれたのは他でもないシロウだ。

 なら、せめて今はこの一㎞未満は安全なのだと二人に安心………して?

 

 〝な、そんな!?”

 

 先ほどまで何の反応もなかったはずの小屋周囲から三つのチャクラ反応が感知された。

 ―――囲まれている。

 あり得ない。先ほどまで何も感じなかった。メルトやシロウでさえ気配を感じ取れていない。

 ならば気のせいか………いや、そんなわけがない。そんなはずがないだろう。

 しっかりしろ岸波白野。現実逃避はどんなものよりも意味がないものだ。

 

 「シロウ、メルト!!」

 

 白野は細かい説明を省いて声と目線だけで二人に緊急時だと伝える。

 

 「「…………!!」」

 

 白野が自分達に伝えたいことをすぐに理解した二人は即座に動く。

 シロウはこの小屋を破棄することを躊躇うことなく決断。

 メルトリリスは己の主武装たる鋼の具足を着用。

 既に白野は持つべき物を身につけている。

 

 「全速を持ってこの場を離脱する!」

 「「了解!」」

 

 三人は勢いよく小屋から躍り出た。その刹那―――暴力的な爆炎が小屋を覆う。

 あの火力は並みの火遁ではない。鉄すら溶かし、地面を抉って余りある。

 もはや下忍の範疇を超えている術だ。

 

 「ギリギリだったな………!」

 

 あと一歩でも行動を起こすのが遅かったら丸焼きになっていただろう。

 危機一髪とはまさにこのこと。しかし安心してはいられない。

 建物を丸ごと滅却する火力もさることながら、此処まで近くに接近していたというのにシロウやメルトリリスに存在を悟られず、白野の感知にも容易に引っ掛かることはなかった。

 もはや、敵がかなりの手練れだということは決定的に明らかである。

 

 「誰だか知らないけど何考えているのかしら!? 巻物があるのに火遁なんて………!」

 「…………いや、もしかしたら奴らはもう既に天地の巻物を得ているのかもしれない。だからこそ火遁での奇襲を実行した」

 「なら、どうして私達を狙ってきたの? 天地の巻物を揃えているなら攻撃を仕掛けてくる必要もないんじゃ」

 

 三人は敵の顔を見ることもせずに逃走を選択。

 まずは戦闘は極力避けるよう努力するという方針に従う。

 川岸から離れ、木々の間をすり抜けながら全力で駆ける。

 

 「第三の試験で戦うかもしれない人間を、此処で積極的に仕留めるつもりなのかもしれんな」

 「………なるほど。自分達の障害になり得るチームはさっさと潰したいってわけね」

 「その標的が私達……ってことなの?」

 「そうなるな。全く、迷惑かつ厄介な輩だ………」

 

 シロウは文句を垂らしながら地雷式起爆札に簡易ワイヤートラップを移動しながらばら撒いていく。

 

 「せめてもの時間稼ぎに………なるわけないか」

 

 設置しては一分以内に破壊されていくトラップ。

 これではただただ貴重な装備を溝に捨てているだけだ。

 やはりその場しのぎの即席の罠では足止めすらままならない。

 相手も相手で自分達を逃がそうなどとは微塵も思ってはいない。

 それにしても移動速度が自分達の比ではないのだ。このままでは遅かれ早かれ追いつかれる。

 もはや諦めるしかない――――逃げるという選択は。

 

 「これは、徹底抗戦といかなければならないようだ」

 

 敵と自分達の脚の差は歴然。メルトリリスだけならまだしも、白野とシロウの移動速度では時期に追いつかれるのは目に見えている。

 極力戦闘は避けたかったが、こうなれば徹底的に敵を叩き、第三の試験でぶつからないようにするしかない。いずれは中忍昇格を賭けて戦うしかもしれない相手なのだ。此方もそれ相応の対応に打って出るべきだろう。

 

 「二人とも……逃げるのは止めだ。ここらで敵を全力で迎え撃つ」

 「………わかった」

 「了解。さっきの忍とはまるでレベルが違うようだから楽しみだわ。正直に言うとね」

 

 決断してからの彼らの行動は素早かった。

 逃げるために用いていた脚を完全に止め、木の枝に足をつけて敵を待つ。

 既に出迎える覚悟はできている。後は敵の姿を目視するだけだ。

 

 迎撃の構えに出た三人を見るや否や、彼らを追っていたチームは面白いとばかりに姿を現す。

 目線が交差するようにシロウ達と同じ高さにある木の枝に彼らは同じくして立ち止まった。

 

 「……逃げるのは止めて迎撃に回ったか。良い心掛けだな」

 

 一人は蒼い民族衣装を着こなす少年。フードを深くかぶり、顔の半分を覆い隠している。腰につけているモノは砂隠れの額当てであり、同盟国の忍であることが分かる。

 そのフードによりよく見えない目元からは焔のように紅い瞳だけが見え、ちらりと覗かせる八重歯は活発的な印象を三人与えた。

 手に持っているのは独特な形をした杖だ。またそれには多大なチャクラが貯蔵されているとシロウは見抜き、一種の魔道具として最大級の警戒を敷いた。どう考えてもアレは下忍が持つべき代物ではない。上忍でさえあのような優れた獲物を持つものは稀である。

 

 「………ふむ。男一人、女子(おなご)二人とはまた珍しいチームがあったものだ」

 

 美丈夫と言えるであろう美しく整った顔を持つ少年は物珍しげにシロウ達を見る。

 瞳の下に泣き黒子。たれ目ではあるが意志の強い眼。唯の優男ではないのはよく分かる。

 左手に黄色い1.5m程度の黄色の短槍。右手には2m程度の赤い長槍が握られており、両方の槍には禍々しいまでの封術符が貼られていた。おかげでどれほどのチャクラを内包しているかシロウでさえも読み取れない。

 彼はフード男が来ている民族衣装と同じような紋様を施されている深緑のあるボディスーツに身を包み、使い古された外套を羽織っている。

 一見ロック・リーやマイト・ガイのような軽装タイツを彷彿させるが、両腕や肩など所々に鎧の一部であろう金属が施されており、熱血師弟が愛用するアレとは全く異なるタイプのようだ。またイケメンが着用していることにより格好の良さも決して損なっていないどころかよく似合っている。

 

 「なぁバゼット。本当にこいつらを此処で消しかけるつもりかよ。今回は軽く手合せをするぐらいにして、第三の試験まで取ってこうぜ? ここで潰すにゃ勿体ない気がするんだが………」

 「馬鹿を言わないでください、セタンタ。遅かれ早かれ壁に成り得る存在は即座に叩く。それが一番なんです。捕捉した以上は徹底的に潰す以外の選択肢はあり得ません」

 

 固い物言いでセタンタと呼ばれたフード男の言葉を切り、ふんすと息巻くのは短髪の少女。

 両手には黒い手袋。両腕には籠手が装着されていて清々しいまでの拳上等なスタイル。

 考え方も男らしく、整った顔をしているというのに女としての色香が全く感じられない。

 こういう輩ほど女とみて侮っては痛い目を見るとシロウは確信している。

 服装は男二人と比べて民族的な衣装を着ておらず、極めて普通の……男装をしている。

 機能性を重視し、かつ脆い肌をあまり晒していない服装を見るにやはり性格がモロに反映していることがよく分かる。しかもあのスーツのような戦闘服、どうみても特別性の素材で出来ている。武具から戦闘服にまでかけて詳しいシロウは衝撃に強い素材を使われていることまでは理解できた。また彼女は赤黒いコートも羽織っているがアレは対忍具用にコーティングされた一品だろう。

 

 「勿体ないねぇ……ま、アンタらには運が無かったと思って諦めてもらうしかねぇか」

 

 そう言ってフード男は爽快に笑った。笑ってはいるが―――紅い眼はまったく笑っていない。

 アレは獲物を見る者の眼光だ。知的にこそ振る舞ってはいるが、隠しても隠し切れない本性が見える。

 

 「………まぁ何だ。このままお互い名乗らずおっぱじめるのも味気ない。ここはひとつ自己紹介といこうじゃねぇか。忍に礼儀っつうのもおかしな話だがな」

 「ハッ、礼儀か。奇襲を仕掛けた人間がよく言えたものだ」

 「そう揚げ足取るなって。アレでお陀仏になりゃテメェらはその程度だったと思ったまでさ」

 

 なるほど。つまり先ほどの奇襲は一種の値踏みと言ったところか。随分と荒っぽいものだ。

 

 「………後悔するんだな。俺達に目をつけたことを」

 「ふん。俺はただアンタが口だけじゃないことを期待するだけだね」

 

 琥珀色の瞳と朱色の瞳の視線が交差する。

 敵意と殺意が入り乱れる。

 

 「岸波シロウ……お前を負かす男の名だ。よく覚えておけ」

 「セタンタだ。俺の名をその脳髄にしっかりと刻んでやるよ」

 

 男二人はガンを飛ばしながら名を言い合った。

 各々の(おさ)が名を名乗るのなら班員も黙ったまま始めるわけにもいかない。

 

 「私の名はバゼット。今から貴方達を全力で排除します」

 「岸波白野……全力で防衛します」

 

 バゼットは拳をギチリと握り締め、白野は帯刀を引き抜き構えを取る。

 

 「メルトリリスよ。甘く溶かしてあげる、色男さん」

 「ディルムッドだ。女子(おなご)とはいえ、忍である以上は容赦せん」

 

 両足に武具を有するメルトリリス、両手に武器を持つディルムッドは静かに闘志を燃焼する。

 

 天・地の両方の巻物を手に入れ、もはや中央の塔へ向かえば第二の試験を突破できるはずの二組の班。そのゴールを前にして、彼らは刃を交えることとなった。

 その勝敗は誰にも予想できない。されど、始まった以上は終わりがある。

 数分後、どちらの班が生き残るのか。それとも共倒れとなるのか。或いは別の結果が残るのか。

 

 太陽は徐々に姿を現し始めている。

 夜の闇が払われ、太陽の光が森を照らしたその瞬間―――火ぶたは切って落とされた。

 

 

 




・やっと兄貴を出すことができた。でも必中の槍は簡便な! あれは物語が破綻する上に扱い難いので。
 まぁだからこそ主武装が杖っぽいキャスター兄貴を選択したんですけどね。
 とにかく今はゲイボルクは封印していてくださいとしか言えんですわ………。


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第14話 『サバイバル試験:Ⅱ』

 太陽が顔を出し、その光が森を照らした刹那を交戦の合図として岸波シロウは動いた。

 彼は黒い外套の懐から巻物を出すや否や、大量の起爆札のみで形成された爆弾を取り出し、それを何の躊躇いもなく砂隠れの三名に向けて放り投げる。無論、殺傷力は極めて高い優れものだ。直撃すれば死ぬだろうし、余波ですらモロに喰らえば重症を負う。

 

 「初っ端から物騒なモン出してきやがる」

 

 セタンタは空中に文字らしきモノを指で刻み込んで何もない虚空から大量の水を召喚した。

 起爆札の塊である爆弾は爆破させられる前に水を被せられ不発に終わり、唯の塵に成り下がる。

 度胆を抜かれて焦るどころか何処までも冷静な対処だ。他の二人もセタンタが爆発物を対処すると理解していて一歩も動かなかった。それどころか身動ぎ一つしていない。

 なるほどセタンタに対するあの二人の信用、信頼はかなりのモノと見て良いだろう。

 だが……それらよりも気になることが一つある。

 

 〝印を結ばずに術を行使する忍がいるとはな”

 

 忍術であれば両手を用いて印を結ぶことは大原則である。それは下忍であろうが上忍であろうが変わることは無い。しかしセタンタは印を結ぶどころか指先を動かしただけ。ただそれだけで術を発動させた。まるで術の発動速度が段違いな上に、無駄な動きもなければ隙も無い。しかもそれなりの規模の水遁を行使してきたというのだから驚かされる。

 砂隠れの一族に伝わる秘伝忍術か、或いは特異体質の類いなのだろうがどちらにしても厄介なことに変わりはない。

 

 「先攻は譲ってやったんだ。今度は俺から行かせてもらうぞ」

 

 術だけが速いわけではない。術者であるセタンタ本人さえも、常軌を逸して素早かった。

 シロウの視界から彼が消え、姿を見失った瞬間―――既に彼は自分の懐に潜り込んでいたのだ。

 この速度、下手をしたらロック・リーとタメを張れるレベルと言える。

 

 「オラよッ!!」

 「が―――!?」

 

 繰り出された杖による刺突をモロに喰らったシロウは後方に吹っ飛ばされる。

 術、脚、技の全てにおいて出鱈目じみた速度(スピード)だ。初見では彼の動きに対処することはできない。

 しかし初見さえ済ませれば二度目からは懐に潜られるなどという不覚を取ることは無いだろう。伊達に速度自慢のメルトリリスと同班というわけではないのだ。常識外れな速度には慣れている。

 

 〝それでも厄介な敵には変わりないが―――!”

 

 シロウは杖で吹っ飛ばされた勢いを近くの木の枝にしがみ付いたことで止め、追撃を仕掛けてくるセタンタに起爆クナイを三つほど投擲した。

 

 「しゃらくせぇ……!」

 

 無論、その程度の迎撃など彼にとっては脅威になり得ない。

 セタンタは容易く杖でクナイを弾き、起爆札の爆破は彼と全く関係のない場所で起こった。

 そして神速と言えるほどの速度で次々と繰り出される棒術の前にエミヤは紙一重で回避しながら後退していく。

 

 〝チッ――このままでは白野達から距離を放されるばかりだ”

 

 セタンタの猛追に後退していくうちに白野達のいる場所からだいぶ離れてしまった。

 あのディルムッド、バゼットと名乗った忍もかなりの強者。メルトリリスは心配ないにしても白野がついていけるレベルではない。しかし自分がセタンタを即座に倒して合流できるかといえば答えはNOだ。目の前の男が容易に倒せる輩ではないことはもはや決定的に明らか。

 

 ―――ここは白野の力を信じるべきか……否、信じなければならない局面にある。

 

 いつまでも彼女を信じずに過保護な目で見るというのは岸波白野自身に対する侮辱だ。

 思い出せ。あの最初に受けたCランク任務のことを。

 あの鬼人の一撃から逃げずに立ち向かい、タズナという一つの命を護り抜いたと彼女は自慢げに語っていた。いくらシロウが与えた刀があったからといっても、相手は元忍刀七人衆の百地再不斬だ。あれを相手に逃げ出さず刀を向けたことはかなりのものと言える。

 もう認めるべきなのだ。彼女は間違いなく成長している。強くなっていると。

 ならば今は岸波白野の力を信じて目の前にいる敵に専念することこそが真の信頼と言えるのではないのか。彼女は第一班のお荷物でもなければ足手纏いでもない。れっきとした班員であり仲間と思うのであれば尚のこと。

 

 「………む」

 

 セタンタは突然シロウの動きに雑念が消え去ったのを感じた。

 そう思わざるを得ないほど動きにキレが増し、眼光は先ほどにはなかった鋭さが宿っていた。

 遂にやる気を出してくれるのかとセタンタの心中は喜びに満ちる。

 

 「俺の期待を裏切ってくれるなよ、岸波シロウ」

 「その期待を悉く凌駕して魅せよう……猟犬!」

 「はは、抜かしたな手前ェ!!」

 

 突貫してくるシロウにセタンタは歓迎の意を込めて空中に文字を刻む。すると何もない虚空からは建築物をまるまる飲み込むであろう業火が現れシロウに襲い掛かった。

 しかしシロウも阿呆ではない。セタンタが常識外れな術を瞬時に用意できるということは既に承知済み。無論それ相応の対応策は打っている。でなければ正面からやり合おうなどとは考えない。

 彼は蒼色の巻物を取り出しては即座に開帳した。

 

 「なっ!?」

 

 なんとシロウが開帳した巻物の中から大量の水が勢いよく溢れ出てきたではないか。

 その量たるやセタンタの焔を鎮火するに事足りるほど。これには彼も驚きを禁じ得ない。

 紅き焔と無色水はぶつかり合い、どちらかの一方が鬩ぎ勝つわけでもなく相殺される。

 シロウとセタンタは術の相殺が決まり、水も焔も消え去ったのを合図に己が敵に向かって一振りの短剣と歪んだ杖を振るった。

 白の短剣(干将)の刃と歪んだ杖の先端が接触した瞬間、強烈な衝撃波が周囲に行き渡る。

 セタンタが深く被っていたフードは剣戟から発生する烈風で脱げ、その素顔が露わになった。

 蒼い髪に紅い双眼。そして顔全体が整っているもののイケメンというより男前の印象が残る。

 

 「フードで隠すには勿体ない素顔だな」

 「うるせぇ余計な世話だ。ありゃただの雰囲気作りだよ、雰囲気作り」

 「獣が賢人の真似事か。ご苦労なことだ」

 「随分と煽ってくれるじゃねぇか。ああ、見え透いた挑発にしても気に食わん」

 

 セタンタは八重歯を剝き出しにしてその獰猛な殺意を隠そうともせずに発露させる。

 

 「………それにしても小屋、爆弾、その次は水ときたもんだ。テメェの巻物は何でもありか?」

 「ありとあらゆる状況を想定しているからな。しかし、この程度で驚かれては身が持たんぞ」

 「―――そうかい」

 

 ニヒルな笑みを浮かべる少年にセタンタは引き攣った笑みを作る。

 なるほどコイツは相当面倒くさそうな男だ。

 常に真っ直ぐ、単純に物事を捉えてきたセタンタとでは根本的に相性が悪すぎる。

 正直に言えば彼の性格はとても好きにはなれない。だが実力は本物だと確信した。

 

 〝………コイツ。随分と腹の据わった技を魅せてくれんじゃねぇか”

 

 こうして剣戟を打ち合っている間にも岸波シロウの底知れなさが分かってくる。

 己の隙をわざと晒し、攻撃を誘導し、迎撃するという聞いたことも見たこともないこの異常な剣技。よほどの度量と自信がなければまず行える技術があろうとも容易にはできまい。何せわざと隙を晒すのだ。一歩間違えればそのまま致命傷に成り得る危険極まりない綱渡り。

 それをこの男は難なくこなしている。大道芸というわけでもなく、実戦で行っている。それはもはや常人の思考で出来るようなことではない。

 

 「テメェ自身は気に入らねぇが、その卓越した技術と根性は気に入った」

 

 期待を悉く凌駕して魅せようと大口を叩くだけはあるようだ。その言葉を裏打ちさせるだけの力が岸波シロウにはある。

 

 「いいぜ……認めてやるよ。貴様が赤枝の忍にとって、何ら不足のねぇ難敵だとなァ!」

 

 セタンタは赤枝と呼ばれる一族の出身である。

 赤枝の一族とは代々印を結ばず、ルーンと呼ばれる文字を刻むことで術を為す門外不出の秘伝術式を扱う砂隠れ最大規模の名家。

 そのなかでもセタンタは突出した才能を持ち、一族始まって以来の逸材と謳われている。

 その最たる所以が何もない虚空にルーン文字を刻むことが出来るというもの。

 本来紙など質量のある媒体に文字を刻んで初めて術を為せる御業を、セタンタという男は一切持ち要らずに行使する。

 またそれだけに飽き足らず、五大元素全ての性質変化から彼の師が編み出した独自のルーン文字すら我が物としている。しかしだからといってエリート特有の慢心は無く、奢りもない。その陽気な性格から慕う者も多く、白兵戦能力にかけてはディルムッドとバゼットを上回る実力を有する。

 ――――これぞまさに神童と言うに相応しい忍である。

 

 「それは恐悦至極、とでも言っておこうか………!」

 

 対する岸波シロウは何処までも凡才極まったような男だ。

 秘伝忍術などを授かる特殊な名家出身でもなければ特異体質も持ち合わせていない。チャクラが一際多いわけではなく、忍術も他より優秀というわけではない。生まれた時から持ち得る才能と言えば物造りの才と秀でた射撃の腕程度。

 彼はただ災害に遭った村から生き延びた数少ない生存者に過ぎないのだ。

 基礎的なポテンシャルはまさに下忍の見本のような男である。

 だがそれを覆す為に彼は努力を厭わなかった。

 忍アカデミーで習うことのないチャクラコントロールを誰よりも先に取り組み、ロック・リーに及ばないにしてもそれに準ずる練度を積み重ねてきた。チャクラが少ないのであればソレを補うために必要な武具の製作に尽力し、数々の兵器を編み出しては己の力として蓄える。自分に足りないモノは常に外部から取り寄せ力に換える。

 そうした足掻きにも似た努力を怠らずに行ってきた凡夫の少年だ。

 

 多くを持って生まれた人間であるセタンタ。

 多くを持たず生まれた人間である岸波シロウ。

 

 凡才と非才が己の勝利を賭してぶつかり合い、その勢いは烈火をも上回り劫火すら凌駕する。

 次第に剣戟のみならず爆薬やら爆風やらが入り乱れ、周囲に被害が撒き散らされる始末。

 それでいて互いにまだ本気ではない。まだ七割もの実力しか披露していないのにも関わらず何処までも白熱していた。ここまで来れば二人が本気を出して潰し合うのも時間の問題である。そうなれば―――此処一帯は確実に焦土へと成り果てるだろう。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 シロウとセタンタが派手かつ広範囲にその戦闘音を響かせているなか、輝かしい顔を持つ少年と上半身を大きく露出させている妖艶な少女は黙々と二丁の魔槍と二足の鋼鉄具足を激しく鬩ぎ合いぶつけ合う。また、ただ相手の様子見に″今”はそこまで熱くなる必要はないとドライな感情をもって敵を分析し合っている。

 それでも鉄と鉄が接触する瞬間に発生する衝撃波は地面の落葉を一つ残らず吹き飛ばすほどのもの。互いに力をセーブしてこれなのだから本領を発揮した時はさぞ爽快な激音を周囲に轟かせることだろう。

 

 「色男にしてはちゃんと鍛えているじゃない」

 

 メルトリリスは彼の鍛え上げられた両腕から生み出される剣戟に舌を巻いた。

 槍一つの重量は刀剣と比べるべくもないほど重い。それをこうまで片手、しかも両手を用いて短長の槍を別々で扱っているとなると生半可な筋力ではない。

 

 「忍なのだから当然だ」

 

 しかしディルムッドは誇ることもなく粛々とメルトリリスの言葉を受け止める。なんともイケメンらしい謙虚な物言い。さぞモテるのだろうと思いながらも彼女は決して靡かない。

 

 「もう少し誇ってもいいのよ? 結構いないんだなから、顔と実力が見合ってる人間なんて」

 「セタンタ殿と比べれば自分など誇るには値しない」

 

 ディルムッドは同じ班の人間にかなりの敬意を払っている。あのセタンタという男はこれほどの忍にここまで敬われるほどの人間性と実力を有しているということか。

 

 「貴方はあの男のことを随分と尊敬しているのね」

 「―――あの方は俺の憧れだからな」

 「あら、もしかしてホモなのかしら」

 「断じて違う」

 「少しは動じなさいよ」

 「そのような戯言に動揺するほど落ちぶれてはいない」

 

 淡々と返事を返しているディルムッドだが、その槍捌きが鈍ることはまるでない。

 メルトリリスは悪くない敵だと上から目線でディルムットを評価する。

 

 〝さて、最も警戒すべきはやはりあの嫌な気配を纏っている二丁の槍ね”

 

 上から目線で評価しても決して相手を侮らないのがメルトリリスだ。油断して負けたなどという失態を犯すような娘でもない。故に冷静な心を持って静かに敵の出方を伺う。またそれはディルムッドも同じだった。

 

 “………飽きた”

 “………飽きたな”

 

 しかしメルトリリスもディルムッドも互いに様子見をして全力を出さずにいるこの状況には飽き飽きしていた。これほどの相手を前にこのまま本気を出さないで生温く戦い続けるというのも失礼であり、何よりもう十分相手の動きは観察したと思える。これ以上観察していても相手が本気ではないのだから現状を維持することにはあまり意味がない。ここからは本気で打ち合わなければ敵の真の実力とやらは測れないのだと奇しくも両名共に確信した。

 

 ―――確信したのであれば実行あるのみ。

 

 そして先にギアを上げたのはディルムッドだった。

 彼はメルトリリスとの剣戟を一旦区切り、距離を取った。全ては全力で行かせてもらうための仕切り直し。槍に施された封を解除するための間。

 

 「それでは、討ち取らせてもらうぞメルトリリス」

 

 ディルムッドの宣言と共に封を解かれる黄色の短槍に赤色の長槍。

 この威圧感―――あの槍には呪詛の類が盛り込まれているとメルトリリスはすぐに分かった。これも魔具を多く取り扱うシロウが身近にいたおかげだなと少し感謝する。

 しかしどのような呪詛までかは専門家であるシロウのように判断することはできない。それでも魔具という代物は総じて碌でもない呪いが憑いているものだ。アレの矛先に掠りでもしたら何が起こるか分かったものではない。

 

 〝ここは試しに………”

 

 メルトリリスがちらりと目を向けたのはディルムッドの真後ろにある水溜り。あのセタンタがシロウの爆弾を無力化する際に使った水遁の跡だ。

 

 “水量は十分。これならイケる”

 

 アレを利用して先手を取り、自分が新しく習得した術を披露するとしよう。

 

 「それが虚仮威しじゃないかどうか確かめてあげるわ」

 

 そう言って彼女は素早く印を結び始めた。

 術の発動速度はあのセタンタに遠く及ばないが、それでも印結びは下忍のなかでも上位に食い込めるほどの速度を有するメルトリリス。

 彼女は波の国帰還後から今日に至るまである一つの術の習得に尽力した。その難易度は最上位にあり、下忍が扱えるようなものではない。何せ現にそれを習得している忍は殆ど上忍クラス。つい数か月前までアカデミーで過ごしていた忍が必死に修練したところで得れるわけがない。

 そう、普通の下忍ならそうだろう。しかしメルトリリスは天性の才能を持つ少女。幼き頃よりシロウと共に厳しい修行に身を置き続けた『努力する天才』。そこらの一般常識など水で流すことができる。

 

 「水遁、水龍弾の術………!!」

 

 満を持して水溜りから現れたのは水の龍。流石に百地再不斬やはたけカカシほどのスケールではないにしても、十分実践で通用するレベルの水遁だ。

 

 「成程、セタンタ殿が残した水を利用したのか………上手く周囲のモノを利用したな」

 「いつまでそうスカした態度を取っていられるかしらッ!」

 

 水龍は彼を視認するや否や、天高く飛び上がり、ディルムッド目がけて突貫する。まだ未発達とはいえその怒涛の勢いたるやメルトリリスの走行にも匹敵するほど。また、例え一撃目を回避したところで水龍は獲物を喰らうまで何度でも襲い掛かる。その自慢の槍捌きで切り刻んだところで水がある限り幾らでも蘇り続けるのだ。

 どうしても完全に無力化したいのなら水龍を構成する水分を残らず蒸発させるか、それとも術者本人を潰すしかない。無論後者を選んだ方が手っ取り早いのだが……さて、ディルムッドならどう対処する?

 

 「確かに厄介な術だ。そしてこのような高等忍術を扱う貴様もまた侮れない。だがしかし、チャクラのみで形為すモノは全てこの破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)が無に還す」

 

 彼は不敵な笑みを浮かべ、迫りくる水龍に向けて紅い長槍を差し向ける。

 

 「………!」

 

 紅い槍の矛先が水龍に触れた瞬間、術は解け単なる水に成り下がった。

 斬ることもなく、蒸発させることもなくただ『触れた』だけで無力化されたのだ。

 自信を持って形成した術をいとも容易く打ち破られたメルトリリスは驚きはしたものの取り乱さずに冷静に分析をする。ここで冷静さを失い狼狽するなど三流以下のすることだと理解しているが故に。

 

 〝アレが紅槍の能力(呪い)ね。とんだ忍殺しの魔具だわ”

 

 目の前で起きた現象とディルムッドが口にした言葉をまるまる鵜呑みするのなら、あの槍はチャクラで形成した術全般を悉く無効化する呪詛を孕んでいるということになる。なるほど直前まで厳重に封印していただけのことはあるとメルトリリスは冷や汗を掻いた。

 

 「破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)の力は思い知ったな。次は、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)の番だ」

 「イケメン紳士なら優しく説明してくれないかしら……その黄色い短槍の能力を」

 「それはできない。なにより貴様がその身を持って実感してくれれば説明する手間も省ける」

 「イケメン紳士という言葉には何のツッコミもないのね」

 「言われ慣れているからな」

 「胸も張らずに淡々と言える辺り、流石としか言えないわ………」

 

 メルトリリスは呆れながらも警戒は最大限に引き上げる。

 紅槍の呪詛は確かに厄介だが体術主体である彼女にとってはそこまでの脅威にはならない。ただ純粋に近接戦闘で勝利すればいいだけのことだ。

 しかしあの短槍の能力は未だに未知数。より注意を払って対処する必要がある。

 

 「要はあの先端に当たらなければいいってことね。スリルがあって俄然面白くなってきたわ……さて色男さん。本気になった私の速度について来られるかしら」

 「本気になったのは貴様だけでないことを忘れてもらっては困るな。むしろ追い抜かれぬよう気合を入れることだ。でなければその自信、命取りになるぞ」

 「上……等ッ!!」

 

 両雄本気の激突。

 一手一手の剣戟速度は先ほどまでとは比べ物にならないほど底上げされている。更には繰り出される一撃の重さも段違いに上げられ、刃の軌道はよりしなやかさを増す。

 しかしどちらも勝るとも劣らない鬼神の如き猛撃により攻防は拮抗。ほぼ実力は五分五分。

 メルトリリスの具足とディルムッドの槍が激しい速度で接触する瞬間に起こる衝撃波は様子見の時とはまるで質が違っていた。本気で相手を殺す気概とより鮮麗された良質な闘気が内包されている。しかしどちらも劣っておらず、勝ってもいない極限の綱引き状態。恐らくほんの僅かでも力、技が緩んだ方は一気に畳み掛けられると言えるほどの接戦だ。

 

 過激さと滑らかさが合わさった技がウリのメルトリリス。長槍と短槍を巧みに操り翻弄しながら攻め立てるディルムッド。手数、技術共に互角であるが故に両名共に決め手に欠けていた。

 実力、技量、度量が拮抗しているのなら長期戦、持久戦になるのは避けられない。

 

 〝しかし、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)が少しでも彼女に当たれば形勢は俺に流れる”

 

 メルトリリスとディルムッドの力量差が殆ど変わらないのであれば、残る問題は獲物(武器)の性能。なればこと一騎打ちで真価を発揮する必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)という魔具を所有しているディルムッドが有利。

 長き持久戦によりメルトリリスの技の冴えが鈍くなった瞬間、この必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)を叩き込む。例え傷が浅くてもいい。致命傷を与えられずともいい。要は『傷』を負わせたという結果さえ残れば申し分ないのだから。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 メルトリリスと少し離れた場所で白野もまた己の敵と対峙していた。

 彼らはチームワークを用いて戦うというより、個々で己の戦果を挙げることを好む強者の集まりのようだ。現に彼らは己が敵と見定めた相手との一騎打ちに拘り、第一班のメンバーを散り散りにして一対一の空間を形成した。

 チーム戦も彼らほどの力量なら十分以上の戦果を挙げれるだろうに、敢えてタイマンを望むその姿勢。彼ら全員が忍らしからぬ正々堂々とした戦いを好む兵なのか。それとも己の獲物と見定めた者は誰にも邪魔されずに打倒したいという戦士に近い性質を持っているのか……或いは両方か。

 

 「貴方は運が悪い」

 

 凛とした男装を着こなすバゼットは白野を見つめて突然そんなことを言い放った。

 

 「私は班の中で最も弱い。しかし、戦闘に関しては………最も容赦がないと自負している」

 

 拳を強く握り締め、白野を獲物と定めたその冷酷な眼からは本気だと語り掛けている。

 彼女から発せられる下忍とは思えぬ多大な闘気。戦う前から理解できる遥か格上の相手。強敵と言えるだけの忍。

 

 「だから……何?」

 

 ―――しかし、あの再不斬ほどの圧力(プレッシャー)ではない。脅威でもない。

 波の国で真正面から受けた鬼人の殺意と比べれば彼女の闘気など恐れるに値しない。

 そう、もう自分は弱い忍ではない。弱小な己など波の国に捨ててきたのだから。

 

 「………そうですか。どうやら貴方は投降する意志がないようですね」

 「期待するだけ無駄ですよ。私、負けず嫌いですから」

 

 白野はシロウから授かった刀の切っ先を向ける。

 それにバゼットは少しだけ笑みを零した。まるで白野の勇敢な姿勢に満足したように。

 

 「どうやら敵と見るに値する根性は最低限持っているようですね。安心しました」

 

 彼女は忍具が入れられた小箱から黒い手袋を取り出し、両手に着用する。

 それはバゼットが相手を得難き敵として認め、全力で排除すると決めた意志の現れ。白野という少女を本気を出して戦う価値のある者と認めた証拠。

 

 「それでは―――行きますよ」

 

 バゼットは自慢の脚から生まれる加速力を持って白野との間合いを詰める。

 

 「フッ―――!」

 

 白野の目の前まで迫ったバゼットは即座に目にも止まらぬストレートを放つ。

 純粋に、搦め手も何も要しない真っ直ぐなパンチ故に極めればそれ相応の一撃になる。更にバゼットは赤枝の一族でもあるので腕、足、腰等に直接ルーンの術式を刻んでいるため拳の威力は段違いに昇華される。

 普通の者であれば反応すらできない。一発で顔面を陥没させられ、再起不能になる。またそんな技を女の子に躊躇いなく放つ辺り、本気で容赦がないバゼットである。

 

 「………!」

 

 反応する素振りすら見せなかった白野はバゼットのストレートを刀で弾いた。

 強化のルーンにより鋼鉄より硬化されているはずの手袋に少々傷が出来たことにも驚きだが、何よりあの不可解な対処の仕方だ。

 バゼットの拳速にも反応できず、動きすら捉えてなかった少女が自慢のストレートを苦も無く弾く。これを不可解と言わずして何という。

 

 “何か種がありますね”

 

 ストレートを弾かれたと言えど、まだ攻撃は終わっていない。バゼットは腰を使わず、腕による瞬発力のみで放つジャブを繰り返し放ち続ける。威力こそストレートより劣っているが、その代わり拳の出の速さはストレートの何倍も早い……が、これも刀で弾かれ悉く対処される。一つ一つ丁寧に、機械の如く精密さを持ってバゼットの拳を迎撃するのだ。

 

 “………なるほど”

 

 ジャブを放っていくうちに白野の力の要因を理解することができた。

 バゼットは再確認の為に、リズムを取りながらジャブを放った後に強烈なストレートを見舞う。

 またこれを当たり前のように弾かれた。しかし対処したのは彼女ではなく―――、

 

 「刀が自動的に防衛しているというわけですか」

 

 白野の腕がまるで別の生き物のように動いている。彼女が持つ刀が此方の攻撃を予め予測し、その攻撃自体に刃を当て相殺するように働きかけている。

 恐らくディルムッドの槍と同じ『呪詛』が内包された武具。持ち主を護るという強い“呪い”。

 一体どれほどの刀匠が打ち鍛えた刀かは知らないが―――良い獲物だ。

 外敵からの脅威にのみ反応し、反撃、自らの攻撃には何一つとして機能しない。ただ純粋に持ち主に“無事であってほしい”という呪い(ねがい)が感じ取れる。

 

 「………その刀は、親しい者が貴方に与えたものですか」

 

 バゼットは軽快なステップを踏みながら白野に問うた。

 このような無意味な問いはバゼットらしからぬモノだが、つい聞いてみたくなったのだ。

 

 「―――自慢の義兄が作ってくれた刀です」

 

 白野は誇りある顔でそう答えた。情愛、信愛、その他諸々の感情が入り混じったような表情で。

 表情の変化が乏しい少女と思っていたが、成程 年相応の女の子のようだ。

 

 「そうですか………道理で」

 

 よほどその義兄は彼女の身を按じ、そして愛しているのだろう。でなければそれほど強い願いが込められた武具を与えるはずがない。

 

 「あの……それが、何か?」

 「………いいえ、何でもありませんよ」

 「?」

 「余計な質問をしてしまいましたね。失礼しました……では、再開といきましょう」

 

 バゼットは緩ませていた拳を再度力強く握り締める。

 彼女の義兄には申し訳ないが今からこの娘を血祭りに上げなければらない。無駄な抵抗をせずに投降してくれれば痛い目を合わさずに済むのだが、彼女は間違ってもそのような行動は起こさないだろう。

 

 「ふん………!!」

 

 ルーンの術式により強化された握力でバゼットは近くにあった木を掴み、それを引っこ抜く。またそれだけに飽き足らず、その多大な質量を誇る木を勢いよく白野の元までぶん投げた。

 その刀があらゆる打撃を悉く弾くのであれば、弾ききれない質量、衝撃を与えてやればいいだけのこと。如何に呪いと言えど高速で迫る丸太までは対処できまい。

 

 「ちょ、本当に人間!?」

 

 とんでもない速度で飛んでくる木を白野は間一髪真横に跳んで避ける。しかし防御ではなく回避を選択したその行動により魔刀の限界が見えた。やはりこの物量の対処には限界があるとみて間違いない。ならば―――

 

 「このまま畳み掛ける!」

 

 周りには大量の木々が存在する。材料(だんがん)に困ることは無い。

 そう、周囲にあるモノ全てがバゼットの武器。相手を屠る凶器に成り得る。

 彼女は次々と木々を片手で掴んでは引っこ抜き、白野に向けて全力で投球していく。

 

 「くッ………!」

 

 白野は棒立ちなどという愚行は起こさずひたすら走った。

 時速100㎞なんて優に超えている速度で襲い掛かる大量の木々。一撃一撃が必死。掠っても致命傷に成りかねない圧倒的な暴力。脚を止めようものならそれは死に直結しかねない。刀で受けようとしても耐え切れない。

 

 “本当に容赦がない!”

 

 まるで怯まない、止まない木々の暴風雨。此方が対処できないことをいいことに手当たり次第に投げまくってくる。いくらチャクラにより筋力が強化できるからといっても限度というものがあるだろうに。

 恐らくチャクラによる強化だけではなく、元から彼女の筋力自体が並みの忍よりも発達しているのだろう。肉体構造が男性より劣っている女性のはずなのに、ここまでの馬鹿力を発揮するなど化け物じみている。

 

 「よく避ける。しかし、(のが)しはしません!!」

 

 勢いは弱まるどころか次第に激しさを増していく。バゼットは木々どころか砲弾並みの大きさを持つ石から大人一人分の巨大な岩まで投げてきた。自然のありとあらゆるモノが白野一人に牙を向く。そして恐るべき筋力の次に驚くべきはその命中精度。あんな出鱈目なモノばかり投げているにも関わらず必ず肢体の直撃コースに凶器が向かってきている。白兵戦のみならず投擲の腕もかなりのものだ。

 白野は迫りくる凶器に目を背けず、タイミングを見計らって回避行動を続ける。

 直撃こそ許していないが、どれもこれも紙一重で避けているようなものだ。このままでは遅かれ早かれ潰される。なにより避けてばかりでは活路は見出せない。

 いつも自分は受けに回ってきた。自ら攻撃することを躊躇い、臆し、実行しようとはしなかった。その甘さ故、その非力さ故に。しかしもう自分はアカデミー生徒でもなければ一般市民でもない。木ノ葉の下忍であり中忍試験に挑む者。今までのように敵を傷つけることを避けていては前には進めない。

 

 “仕掛ける………!”

 

 まずはあの自分を付け狙う厄介な目を封じる必要がある。その為に白野は太腿に巻いていたポーチからシロウ特性白煙玉を取り出し、それを地面に叩き付ける。

 シロウが一から生成した特性の白煙玉故に一瞬にしてこの周囲は煙によって包まれた。

 

 「煙幕……しかし、姿が見えなくとも」

 

 白野は煙幕に乗じて気配を消した。けれども完全に気配を遮断したわけではない。

 バゼットほどの忍なら微かに漏れている白野の気配くらいは感じ取れる。

 どれだけ殺気、闘気を隠そうとしても隠し切れない未熟さが白野にはあるのだ。

 

 “背後からですね”

 

 白い煙幕により視界が全く役に立たない場所に立たされているバゼット。

 しかし白野が自分の背後からにじり寄ってくることだけは分かる。気配がそう伝えている。

 あくまでバゼットは彼女に気付いていない振りをして、限界まで誘き寄せる。

 

 一歩、二歩、三歩と確実にバゼットに近寄ってくる白野の気配。

 バゼットは静かに息を整え、拳を小さく唸らせる。

 一撃だ。一撃で、急所を突く。例え刀でガードされようとも構わない。その刀諸共粉砕する。

 迎撃の態勢は万全だ。後は白野がバゼットの間合いに入りさえすれば、勝負を決することができる。

 

 “―――今ですッ!”

 

 白野の気配が拳の間合いに入った瞬間、即座に体を後方に向け、最高速度の拳を叩き込んだ。

 

 「うッ……ァ………!」

 

 少女の呻き声が静かに森に響く。

 その瞬間、自然の風によって周囲を包んでいた白い煙幕が緩やかに流され、バゼットと白野の二人の姿が露わになった。

 白野の鳩尾には深くバゼットの拳が捩じり込まれており、彼女の口からは血が流れ出している。

 決まった……と、仮に他の者がいたらそう呟くだろう。

 急所である鳩尾を綺麗に捉えたバゼットの拳を見たら誰だろうとそう確信する。

 しかし、バゼット本人は勝利の余韻に浸ることもなく、また仕留めたと確信してもいなかった。

 今彼女の心中に占めているものは―――驚愕唯一つ。

 

 「貴女は、わざと………!!」

 

 本来なら自動的に防御に回るはずの刀は白野自ら封じ込めていた。そしてバゼットの拳に伝わるこの感触は肉体を打ち抜いたものではなく―――鉄を殴った感触。それもただの鉄ではない。チャクラが通された、鉄以上の強度を誇る強化された鉄だった。

 

 「相打ち覚悟でッ!!」

 

 如何に特殊な鉄を仕込んでいたとしても、拳の衝撃まで防ぎ切ることはできない。少なからずとも内臓にダメージは入る。それを承知で彼女はバゼットの一撃をわざと受けた。

 

 「ハ…アァ―――ッ!!」

 「…………!!」

 

 白野はバゼットが離脱する前に刀を全身全霊を込めて振るった。

 剣速は並み。下忍相応で目を見張るほどのものではない。バゼットなら幾らでも対処できる一撃だった。

 

 「―――不覚、でした」

 

 それでもバゼットの肉体には斜め一文字の斬撃が深く刻まれた。

 本来なら躱すことも、防御することもできた一撃……しかし、それは白野も理解していたのだ。

 いくら彼女が強く、早く刀を振るったところでバゼットには当たらない。並みの域を出ない。ならば『当たる』ようにするための策は打っていて当然だ。

 

 「この私に、金縛りを掛けるとは………」

 

 バゼットは白野から離れようとした瞬間、彼女によって金縛りを掛けられた。

 距離さえ置いていれば掛かることはなかった金縛りだが、あれだけ接近していれば一秒程度は掛かり、動きを封じられてしまう。度胆を抜かれた後だったのでレジストも間に合わなかった。

 彼女の力を魔具の刀だけだと早計な判断を下したバゼットの油断がこの結果を招いた。最も注意を払うべきは、自分の身も厭わぬ彼女の強い行動力だったのだ。

 

 「………くッ」

 

 バゼットは一旦白野から距離を取ったものの、傷が深いために膝をついてしまった。

 拙い、流石に拙い。このまま畳み掛けられたらバゼットと言えど致命傷は避けられない。

 この第二の試験は班全員でクリアしなければならない、一人として脱落は許されないものだ。例えセタンタとディルムッドが天地の巻物を持って中央の塔に辿りついたとしても、バゼットが欠けている状態では第三の試練に挑戦する権利は与えられない。

 

 「惨めな…ものですね」

 

 自分から彼女らに仕掛けようと提案しておいてこの様だ。

 少しでも危険は排除すべきだという行き過ぎた欲に駆られ、返り討ちにあっては世話はない。

 本来なら例え不利な状況であっても戦い続けるべきなのだろう。赤枝の一族の誇りをもって貪欲に勝利を掴むために挑み続けるべきなのだろう。

 しかし、これが三人一組で勝ち残らなければならないルールに縛られているためこれ以上 後先考えずに突っ走るわけにもいかない。誇りよりも先を見据えた結果を取らなければならない。

 

 「………申し訳ありません」

 

 赤枝の一族の誇りに、目の前の好敵手 岸波白野に対して謝罪を口にしてバゼットはこの場を立ち去った。

 

 「――――」

 

 白野は撤退するバゼットの後ろ姿を見送り、安堵の溜息を吐き―――力なく倒れ伏した。先ほどバゼットに見舞われた一撃は服に仕込んでおいた鉄により威力を緩和された。緩和していたのにも関わらず、立っていられないほどの強烈なダメージを受けたのだ。

 しかしそれでもバゼットを後退させた。遥か格上の相手に一泡吹かせたのだ。それだけでも、上等な戦果だと言える。

 

 「褒めて……くれる………かな」

 

 土に顔を埋もれさせて、意識が朦朧としていくなかで白野は小さく呟いた。

 これでシロウの自分を見る目を変えてくるだろうか。一人の忍として、認めてくれるだろうか。

 彼女はそんな淡い気持ちを吐露しながら静かに意識を手放した。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 「………引き際かねぇ」

 

 セタンタは発動間際の術式を霧散させ、殺気を収めた。

 あのバゼットが敗走したことを使い魔の栗鼠が自分に伝えたのだ。よもや彼女が不覚を取るとは、岸波シロウの他のメンバーもつくづく侮れない。

 

 「手前とはこのまま心行くまで死合いたいが……やはり楽しみは後に取っておくことにした」

 「………ふん。ここまで仕出かしておいて逃げられると思っているのか?」

 

 シロウとセタンタの周囲一面は焦土一歩手前と言えるほど荒れ果てていた。そして二人とも肉体の所々に切り傷やら痣やらが出来ており、チャクラも忍具も多少消耗している。

 これほどまでの激戦を繰り広げ、損害を出しておいて唯で撤退することに納得できるほどシロウも優しくはない。しかしセタンタの意志は変わらなかった。

 

 「まぁ実に御尤もなことなんだが、それでも俺は退かせてもらう。無論、追ってくるのは構わんが………その時は決死の覚悟を抱いて来い」

 

 セタンタはそう言い残してこの場から姿を消した。しかしシロウは彼を追うことはしなかった。

 ―――否、追うことが出来なかった。

 分かっているのだ。あのセタンタは自分よりも遥かに脚が早く、本気で撤退されては追いすがることもできないことくらいは。例え追ったところで追いつくことなど出来ず、最悪の場合罠という可能性もある。何より今は白野とメルトリリスの安否確認が最優先とシロウは判断したのだった。

 

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 白野とメルトリリスは無事生きていた。多大な疲労こそあれど命に別状もなく、五体満足で済んでいる……が、白野は未だに目を覚ましていない。急所の鳩尾に強烈な衝撃を与えられたせいで気絶しているのだ。

 彼女の手に握られていた刀には大量の血が付着していた。どうやら対峙していたバゼットに一太刀入れたようで、あのセタンタが戦いを中断して撤退したのもそれが理由だろう。

 

 「よく頑張ったな……白野」

 

 シロウは白野の頭を撫でて小さく呟いた。

 

 「メルトもよく無事でいてくれた。何処か負傷している所はないのか? あるのならすぐに手当てをするが………」

 「私は大丈夫。掠り傷すら受けていないわ。相手に与えることもできなかったけど」

 「そうか……しかし疲労は癒え切っていないだろう」

 「ええ。流石に強がりを言えるほどの余裕はないわね」

 「なら今はこの場で体を休ませるとするか」

 「異論はないわ。白野の手当てもしなくちゃならないし」

 

 砂の忍により多少の損害を負わされたシロウ達は取り合えず樹木の根本で休息を取る。

 まだ試験終了まで時間に余裕があり、天地の書も揃っているので焦る必要はない。

 

 「此処で休息を取るからにはトラップを仕掛ける必要があるな」

 「それなら私も手伝うわよ」

 「いや、大丈夫だ。メルトは白野の鳩尾にコレを塗っていてくれ」

 

 シロウはメルトリリスに薬草を磨り潰して作った簡易的な薬を渡した。

 それにメルトは了解と頷き、シロウも辺りにトラップを張るための作業に取り掛かるために一時的にこの場から離れた。

 

 ………

 ……

 …

 

 

 今の自分達は弱り切ってこそいないがそれなりの疲労を抱えている班だ。しかも天地の書を揃えてこの試験に王手をかけている。他のチームからすれば格好の獲物。一度退いたセタンタ達も再度襲ってこない保証もない。この死の森に生息する危険な生物の脅威もある。しっかりトラップは仕掛けておかなければそのまま致命傷にも成りかねない。

 

 “………よし、これくらいでいいだろう”

 

 休息の場の周囲に自分が納得できるだけの罠を仕掛けたと判断したシロウは一人頷いた。

 360°一つとして手抜きのない完璧な防衛線だ。大型の獣から忍まで対処できる。

 

 「そろそろ戻るか」

 

 シロウの肉体も珍しく休息を欲しがっている。

 納得のできるトラップ群を作れたのなら早急に戻り、腰を下ろしたいと思っていた。

 流石にセタンタとの戦闘はシロウと言えど堪えるものだったのだ。もしあの男が退かずにあのまま戦っていたら、果たしてどちらに軍配が上がるかまるで未知数だった。勝てたとしても無傷では済まず、深い傷跡を残されることは必至だったと言えよう。

 本当に久しぶりだ。あのロック・リーや日向ネジと同レベルの人間を相手をしたのは。

 

 “やはりこの中忍試験は一筋縄では―――ん?”

 

 白野とメルトリリスの元に戻る途中、風に乗って漂ってくる血の臭いをエミヤの嗅覚は捉えた。

 流石に無視できないほどの臭いだったのでエミヤは急遽臭いのする方向に足を向けた。

 

 「これは………」

 

 現場に着いた先で三つの砂山を発見した。

 人一人ほどの大きさのある三つの砂山は所々が赤黒く滲み、強烈な血の臭いを放っている。

 シロウは何の躊躇いもなくその山になっている砂を掘り返した。

 するとやはりというべきか。砂山の数と同じ、三体の無残な死体が姿を現したのだ。

 身に付けている額当てからこの死体は雨隠れの忍だと分かった。

 

 “圧死しているな……いったいどれほどの力で圧迫されたらこんな状態に”

 

 死体の損壊具合は今まで見たことが無いほど悲惨だった。

 筋肉、内臓どころか骨すら完膚なきまでへしゃげて原型を留めておらず、何故か頭部だけは綺麗に残っていた。しかし、その死体達の顔はどれも絶望と恐怖によって引き攣り、歪んでいた。

 

 「(むご)いことをする」

 

 ひと思いに殺すのではなく、恐怖を刻み込んだ上で惨殺する。とてもまともな思考を持った人間の為す所業ではない。せめて頭を潰して楽に息の根を止めればいいものを、わざわざ頭部だけ残して肉体を徹底的に破壊するなど殺した忍はさぞ根性が捩じり曲がっていることだろう。

 

 「弱ければ死に様も選べない…か」

 

 忍の世界とは過酷なものだと改めて思いながらもシロウは遺体を埋めることにした。

 散り様はお世辞にも良かったとは言えないのだろうが、せめて死体の処理くらいはまともであってもいいだろう。それが死体の名も知らぬ、他人でしかないシロウに出来る唯一の手向けである。

 

 “………砂を武器にするとはな。珍しい忍もいたものだ”

 

 周囲には大量の毒針が散乱し、死体の武器だったのだろう仕込み傘も幾つか落ちていた。

 しかし一点の箇所のみ毒針が一つも落ちていない。しかもそこには代わりとばかりに大量の砂があった。その砂には微量なチャクラの残滓が残されており、死体を覆っていた砂もまたチャクラの残滓があった。

 チャクラを砂に纏わせ、防御にも攻撃にも扱えるだろうその万能性。彼らを殺害した者はさぞ強力な忍なのだろうが、この過激な殺人思考はとても褒められたものではない。

 

 シロウは彼らの遺体を埋め終えたらすぐにその場を離れた。さりげなく仕込み傘を一つ回収している辺り、流石は武具使い。他国の忍の装備回収は決して怠らなかった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 シロウ達の拠点とは数㎞離れた場所でセタンタ達もまた休息を取っていた。

 セタンタは持ち前の知識と技術を駆使して負傷したバゼットの手当てにあたり、ディルムッドも無傷ながらも木の枝の上で横になって疲労の回復に専念している。

 損害はやはり此方の方が上回っており、バゼットの負傷は想像以上に大きかった。

 

 「しっかし、随分と派手にやられたもんだなぁバゼット」

 

 肩から胸部、腹部まで一直線にバッサリと斬られた痛々しい肉体にセタンタは溜息を吐いた。

 彼はチャクラで流れ出る血を完全に止血を為した後に、ルーン術式で簡易的な細胞の活性化を施し、麻酔を投与して傷口を塞ぐために治療針を縫っていく。

 

 「…………っ」

 

 無論、治療の為にバゼットは上半身を裸にしなければならないので羞恥に頬を染めている。右の乳房までも斬られているので胸すらまともに隠すことが出来ない。セタンタの前ということもあり、恥ずかしさはより高まる。何より一番張り切っていた自身が返り討ちに遭い、こうしてセタンタの手を煩わせている状況に情けなく感じて仕方がなかった。

 

 「ま、命まで取られないで良かったじゃねぇか。返り討ちに遭おうが生きていればリベンジもできる。気合入れてこの中忍試験中に負けた分を取り返せばいい」

 「うう……笑ってください。今は励まされるより笑われた方が此方としても有り難いです……」

 「そう卑屈になるなって。というかモジモジ動くな手元が狂うだろうが……こんな風に」

 「ひゃッ!? ちょ、セタンタ何処を触ってるんですか!?」

 「あ? 何処ってちく―――」

 「治療中にそういうセクハラは止めてください!!」

 

 顔をトマトの如く赤らめて叫ぶバゼットにセタンタは八重歯を見せながら大きく笑う。

 本来ならこの場でセタンタにジャブを叩き込んでストレートを見舞っていたが、重症を負っているバゼットはそれすらできなかった。

 これも無様に敗北した己への罰だとバゼットは自分に言い聞かせる。言い聞かせなければこの場で舌を噛み切って死んでしまいかねない。

 

 「まぁちゃんと傷跡は残らないようにしてやるから安心しろ」

 「………いえ。傷跡は残しても構いません」

 「なに?」

 「この傷は不覚を取った自分への戒めとして残しておこうと思うんです」

 

 女ではなく忍としてこの世を生き抜こうと決心をしたバゼットに外見の傷跡の有無など拘る必要はない。また不覚を取った戒めとしても傷跡は残しておきたいと彼女は言う。

 それにセタンタは難しい顔をして悩み、暫くして分かったと頷いた。

 

 「お前がそう言うのなら無理強いはしねぇさ」

 

 セタンタは傷を針を縫い終えたら包帯を取り出し、彼女の傷口に巻いた。

 更に彼の師であるスカサハが考案した治癒用のルーン術式を仕上げとして包帯に刻み込んだ。

 これで治療は完了である。

 

 「よし、終わったぞ」

 「ありがとうございます、セタンタ」

 

 バゼットはセタンタに頭を下げてさらしを胸に巻き、予備のスーツを着込んだ。

 

 「ではすぐにでも出発しましょう」

 「慌てるな慌てるな。取り合えず今は体を休めることに専念するべきだろうが」

 「ですが………!」

 「時間はまだある。それに今動き回ったら傷が開いちまうぞ」

 

 先ほどの治療で傷口を塞いだばかりのバゼットはまだ動き回るには早すぎる。せめて一日程度は安静にしていなければせっかく閉じた傷口が開き、治りが遅くなってしまう。

 バゼットも頭ではそれくらい理解しており、反論しようにもできなかった。

 

 「ほれ、睡眠薬だ。どうせ寝ようにも傷口が疼いて寝れんだろ。それでも飲んで暫くの間 熟睡してろ。見張りは俺に任せておけばいいから」

 「………つくづく、迷惑をかけます」

 

 セタンタに手渡された瓶から粒上の薬を取り出して口のなかに放り込むバゼット。

 本当に自分が情けなくて涙が出る。ここまで班の足を引っ張ってしまった己の不甲斐なさに頭にくる。何が何でもこの遅れは取り戻さなければと心中で誓いつつ、バゼットは強い睡魔に意識を傾けた。

 

 「やれやれ」

 

 涙を流しながら寝たバゼットにセタンタは頭を掻いた。

 責任感が一際強く、また己のミスを誰よりも許さない彼女にとって今回の失態はかなり堪えたのだろう。実際ここまで重症を負ったのも珍しく、ましてや返り討ちに遭うなど滅多になかったのでショックもそれ相応に大きい。

 しかし、終わったことをウジウジと悩み続ける女でもないのだ。眠りから覚めたらいつもの調子を取り戻してくれるだろう。

 

 「よっこらしょっと」

 

 セタンタは己のコートを彼女にかけ、近くにあった大岩に深く腰をかけた。

 

 「あの班は……文句なしの得難い敵だ。お前もそう思うだろう、ディルムッド」

 

 先ほどまで無言で横になっていたディルムッドにセタンタは静かに問いかける。

 

 「………ええ、彼らは間違いなく強敵です。非の打ちどころがないほどに」

 

 ディルムッドはゆっくりと横にしていた体を起こして立ち上がった。

 メルトリリスとの戦闘で蓄積していた疲労は大方回復したようだ。彼は軽い身のこなしで横になっていた木の枝から飛び降り、セタンタの元まで足を運んだ。

 

 「あのメルトリリスは赤薔薇と黄薔薇の封を解いてなお討ち損じた。それどころか先の戦闘で黄薔薇を一撃たりとも受けなかった。全て凌がれた……腕の立つ良い忍でした。故に討ち取り甲斐があります」

 

 強敵と出会えたことを嬉々として語るディルムッド。

 セタンタも彼の高揚感が痛いほど分かる。分かってしまう。

 

 「こいつァ中忍試験もいよいよもって面白くなってきやがった」

 

 セタンタは燻る闘志を抑えきれずに獰猛な笑みを浮かべる。彼の目は岸波シロウの首のみを見定めていた。

 もはやこの中忍試験は通過する過程にこそ価値があり、彼との決着をつけることこそが一番の目的にさえ成りかけている。岸波シロウと是が非でも雌雄を決したいとセタンタは思っている。それほどの好敵手として彼はこの男に認められたのだ。

 

 「奴らが参加している今回の中忍試験に臨むことができたことを幸運に思うべきだな」

 「幸薄い自分達には勿体ないくらいですね」

 「ハハッ、違ぇねぇな。それなら俺達の希少な運を使って得たかもしれないこの出会い、存分に味わうとするか。楽しまねぇと損するぜ」

 「―――そうですね。楽しむとしましょう。ええ、思う存分に」

 

 何かと不運に恵まれていたセタンタ達にとって強敵との出会いは僥倖以外のなにものでもない。

 故に思う存分楽しむのだ。この狭き門たる中忍試験を。己の全力を吐き出し、命を賭して。

 そして勝ち取って魅せる―――勝利と言う名のなにものにも変え難い戦果を。

 二人の忍はまた彼らと相見えるその瞬間を夢を見て各々の好敵手に思いを馳せたのだった。

 

 

 

 




・スカサハ師匠はFate/Grand Orderに参加しないのかな。それともstrange FakeでA氏の手持ちサーヴァントの一騎として出演する方が先なのか。
 今回第一班のライバルポジに落ち着きそうなセタンタ班の教師として出演予定だから是非ともその前に絵姿を拝見したいですね。


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第15話 『サバイバル試験:Ⅲ』

・岸波シロウはエミヤというより無銘を元にしています



 第一班はセタンタ率いる砂の忍との戦闘において受けた傷を一日かけてゆっくり癒していた。

 試験終了までの残り時間は約24時間。今休んでいる樹木の根元(ポイント)から中央の塔までの距離は五kmを切っている。天と地の書は既に手中にあることもあって、ある程度のゆとりを持てていた。

 今 メルトリリスとシロウは食材の確保に出て行っている。白野は一人でお留守番だ。このトラップで敷き詰められた拠点であれば、そう易々と敵は侵入してこれないだろうが油断はするな……とシロウに言いつけられて。

 白野はバゼットに殴りつけられた腹部をおもむろにさする。

 全く痛みはない、とまでは言わないがかなり鈍痛が引いていた。一日中塗りつけていたシロウの薬草がよく効いている証拠だ。これなら今後の戦闘にさほど支障はきたさないだろうと安心しながら、消えかけていた焚き火に新しい薪を放り投げた。

 

 鳥の囀り、木々の葉擦れ、心地の良い風の息吹。死の森と名称付けられた場所は確かに危険な場所でこそあるが、町中では決して体験できない自然の香りを白野は気に入っていた。こうして腰を落ち着かせ、まったりとしていると確かに疲れが落ちていっているのだと実感できるのだから。

 そして二人の帰りを待つことしか仕事がない白野は焚き火を眺めながらふと己の過去を振り返る。何故自分は此処にいて、何故 中忍を目指しているのか再確認するために。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 岸波白野はある日、ある村で、ある大きな災害に巻き込まれたらしい。

 その災害は原因こそ不明だが、一つの村を丸ごと地獄に変えたというのだ。

 生存者は殆どおらず、生き残ったのはたった二人の小さな子供のみだった。

 

 ……実のところ、生存者の白野本人は当時の災害のことをよく覚えていない。気がつけば木ノ葉の病室にいたのだ。そして更に厄介なことに、その災害時の記憶どころかその前の記憶……自分が生きてきた証とも言える岸波白野が過ごしてきた幼少の頃の記憶も綺麗さっぱり無くなっていた。

 辛うじて覚えていたのは最低限持ち得ていた常識くらいだ。自分の名前は幸い着ていた服に『岸波白野』と書かれていたため理解できた……が、分かったのはそれだけ。名前以外のことはまったく分からなかった。知ることもできなかった。親も、友も、知人も、全て―――記憶から、現実から消え去っていたのだから。

 

 生きていても誰も自分のことを知らない、自分自身でさえ己のことを知らないという強い孤独が彼女を支配した。ただそれが幼かった白野には悲しくて、辛くて、寂しくて、何も出来ずに縮こまっていた。

 

 ………だけど、もう一人の生存者である少年は違ったのだ。

 

 彼は自分と同じく記憶喪失だった。自分の名も分からず、親の顔も覚えていないという。

 しかしあの災害当時の記憶はあった……と、いうより刻み込んでいたと言った方が正しいのか。

 

 建築物を巻き込み燃え盛る業火。

 火に炙られ異臭を放つ死体。

 生きたままジワジワと嬲り死んでいく人々の悲鳴。

 

 それらの地獄を彼は全てその目に焼きつけ、耳に掘り込みながら歩き、歩き、歩いたそうだ。

 何も知らない白野と違い、彼は意識を保ちながらその煉獄を小さな我が身で経験し生き延びた。

 彼は最後まで生きることを諦めず、自らの力で生き残ったのだ。それは立派なことじゃないのかと白野はその少年に言った。少なくとも何も無い白野から見れば眩しいとさえ感じた。誇れるものではないかと思った。

 しかし彼は子供とは思えないほど、穏やかな口調でそんなことはないと言ったのだ。

 

 生きて歩く少年に対して必死に助けを求める声があった。目の前で死に掛けていた人がいた。

 自分に対して何度も手を伸ばし、声を上げ、我武者羅に生き残ろうとしていた人間を少年は振り払った。一人だけではない。何十人もの人々をだ。

 ただ自分が少しでも生き残る可能性を広げるために彼らを見捨てた。見殺しにした。

 そんな男の何が立派なのか。誇れるものなど何処にあるのかと………虚ろな瞳をした少年は自嘲気味に語った。その声色は限りない後悔と大きな自責の念で塗り固められていた。

 

 その少年は岸波白野と同じ生存者であるにも関わらず、とても歪で危うい精神状態を形成していた。

 

 ――――サバイバーズギルト――――

 

 災害で多くの人命が失われた後、生還者が抱く罪悪感や責任感といった強迫観念。

 そのサバイバーズギルトに強く彼は囚われていた。

 

 それに、白野は無意識の内に彼をこのまま放っておくことはできないと強く思った。

 いつか彼は、その自責の念に……脅迫概念に少年が食い尽くされる日が来る。

 子供の白野にはそんな難しいことは分からなかったのだろうけど、本能的に察することができたのだろう。自分と同じ生存者が破滅の道を辿ろうとしているのだと。

 

 彼を助けたいというこの気持ちは―――きっと白野自身の単なる我侭だ。唯一無二の同じ生存者を救いたいという押し付けがましいエゴだ。勝手な仲間意識だ。とてもそれが正しいとは思わない。もしかしたら彼の『可能性』を摘み取ってしまうだけの愚考かもしれない。ここで自分が何もしなければ、彼は多くの偉業を成し遂げる器になっていたのかもしれない。

 

 それでも自分は―――彼を見過ごせないと思ってしまった。

 

 苦しんで苦しんで苦しんで苦しみ抜いて生き残ったというのに、助けたくても生きる為に見捨てるしかなかった人々のことを思い続け、死んでしまった彼らの為に、彼らの代わりに生きていくなんてあまりにも報われない。認めたくないと思ったのだ。

 彼らの死を無駄にしまいと懸命に生きていくのならまだいい。けど、彼らの『代わり』に生き続け、彼らの為し得なかったことを『代行』し続けるなど間違っている。そこに少年個人の幸福はなく、あるのはただただ冷たい責務のみ。それは人間の生き方と言えるのか……否、言えるわけがない。

 

 ―――――気づけば、自分は彼を抱きしめていた。

 

 彼を助けたい、救いたいというお節介な気持ちが爆発した末の行動だったのだろう。

 彼に対して何を言うべきか、何をすべきかも定まらず、本能のままに辿り着いた答え(行為)。自分を大切にしてくれ、そんな重い十字架を背負わないでくれとひたすら強く思い、少年を抱き締めた。

 とはいえ彼からしたら迷惑で押し付けがましい行為以外のなにものでもなかったはずだ。それでも知ったこっちゃない、構わないと白野は強く思った。ただ必死に、この思いを込めて強く抱き締めた。涙ながらに、ひたすら、力強く、想いを籠めて―――。

 

 

 

 ………それからのことは、よく覚えていない。

 

 

 

 医師曰く、数時間ほど白野はわんわんと泣いて少年の体から離れなかったらしい。肝心の少年は一向に離れない少女に困った顔をしていたが、その出来事から少年は多く微笑むようになった。あの地獄から生還して、今まで心の底から笑うことをしなかった少年がだ。

 

 そして暫くして、彼は自身がサバイバーズギルトであることを自覚した。

 

 そのため強い脅迫概念は一時的に薄らいだというが、それでも死んでいった人達に代わって何かを為したい……という根本的なものは変わらなかった。

 ああ、それは仕方が無いのだと白野も思った。彼の精神に刻まれた刻印はそう簡単に消せるものではないし、変えられるような軽いものでもないと理解していたから。

 

 それでも自身の症状を自覚しただけでも大きな前進だと思ったのだ。いつか彼が自分自身の幸福を感じられるよう、これから少しずつ変わっていけるよう努力すればいいと前向きに考えた。

 そして白野と少年は同じ親がいない者同士、生還者同士、行き場のない者同士というわけで共に行動することになった。白野は少年を放っておけないという感情がアリアリだったが。

 

 また二人が共に生きていくと決まった際に、名を無くした少年には岸波の苗字とシロウという名を与えられた。

 岸波は白野と義兄妹になったため。名のシロウは……ほぼ適当だ。強いて言えば覚えやすく、ゴロが良かった。名づけ親は岸波白野である。

 いや、今となっては白野も反省している。少年があまりにも自身の名前に無頓着だったが故に、調子に乗って適当に仕上げてしまったのだ。

 本来 銘には特別な意味を籠められて然るべきというのに、子供であった白野にはその大切さを知らなかった。若さ故の過ちというものだが……少年…シロウは「白野が決めたのならどんな名前であっても構わないよ、俺は」などと素っ気無い口調で言い放ったのだ。コイツは将来とんでもない無自覚女たらしになる可能性があるのだと心中で愕然としたものである。

 

 そして共に記憶を失い、居場所も失っていた新しい兄妹はそのまま木ノ葉の里に保護され続け、今に至る。

 忍者養成学校に入学し、立派な忍になることが木ノ葉から言い渡された保護の条件だが………それは自分達からしても都合の良い話だった。

 生き場を与えてくれた国に対して恩返しができる。いつかは上忍になり、多くの任務をこなし、恩に報いるだけの利益を木ノ葉に与え………その後は、まだ考えていない。

 

 「ま、何をするにしてもこの中忍試験に合格しなくちゃね」

 

 白野は苦笑しながらまた新しい薪を火に放り込む。

 自分はシロウのように地獄を味わうことは無かった。それどころか何も覚えていない。だけどあの災害を経て、生き残ったというのは紛れもない事実。なれば死んでいった人々の分まで、人生を謳歌して前に進んで生きていかなければならないと思った。

 別に脅迫概念というほどの強い強制力はない。使命感も皆無だ。

 ―――ただ、そう思っているから、そうしたいだけ。

 その為にはまず忍として立派になり、後腐れなくこの国に恩を返さなければ何も始まらない。だから自分は此処にいて、過酷な中忍試験を受けているのだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 暫くしてシロウとメルトリリスは二人揃って帰ってきた。彼らは当然のように獣の肉から山菜まで一通り手に入れてきており、本人達も実に満足そうである。

 二人曰く、この死の森に生息する獣も山菜も品質が良く、またすぐに確保できるので苦労はしなかったとのこと。更に先日シロウが夜釣りをして釣った魚も巻物内に保存しているため材料にも料理の種類にも困らないというのだから贅沢な話だ。これは今日の夕食は豪華なものになりそうである。というかシロウとメルトリリスのサバイバル能力が高すぎて死の森のなかにいるというのに全く不自由さが感じられない。

 

 「さて、では調理の開始といこうか」

 

 制限時間に余裕はあれど有限であることには変わりはない。さっそくシロウは自慢の料理器具一式を巻物内から取り出し調理を始めた。

 彼が使うまな板は厳選された樹木から選び抜かれた高品質な素材で出来ており、包丁に至っては一から全て手製であり切れ味は言わずもがな。まるでチャクラを通した刀の如き鋭利さと軽すぎず重すぎずという絶妙な質量を誇っている。道具本来の優れた性能と、岸波シロウの神経質というまで行き届いた調整管理の良さがなければこれほどの業物は生まれない。

 扱い方を誤らない限り彼ら(道具)は決してシロウを裏切らない。そしてシロウもまた道具の期待に応え、性能を十全に出し尽くせるよう全力をかける。

 その結果、生臭さの原因と言える魚の鱗は一枚残さず削ぎ落とされていき、獣などの内臓も二秒も経たずに取り出され、山菜も悉く刻まれていく。

 その一連の作業はまさに美しいと言えるほど鮮麗されている。見慣れているはずの白野とメルトリリスでさえ、幾度も目を奪われる始末。

 新鮮な食材、最高の道具、優れた調理師の要素が全て噛み合った時、初めて芸術と言わしめるほどの料理がこの世に生まれることができるのだ。そしてその完成に至るまでの過程でさえ美が宿される。

 

 「「おおぅ………」」

 

 一時間にも満たない時間で、満漢全席の如き料理が白野とメルトリリスの眼前に姿を現した。

 シンプルなものから、複雑なものまでより取り見取り。いくらお代わりしても問題ないと言わんばかりのその量と質に二人はただただ圧倒された。

 

 「今までで一番気合入ってるんじゃないの、これ………」

 「せっかく食糧に恵まれているのだ。精をつけられるよう振る舞うのは当然だろう?」

 

 メルトリリスは呆れ顔を作って平静を装っているが、その口元から垂れる涎とキラキラと輝かせている瞳から期待値Maxというのがまる分かりだ。いくらクールぶってもこの食事を前にしたら無力に等しいのである。かくいう白野もごくりと固唾を飲んでいる。

 

 シロウはそんな二人の反応を嬉しそうに眺める。やはり料理を作った者として、出した品物に期待の眼差しを向けられるというのは気分が良いものなのだろう。

 そして彼は木の枝で作った即席の割り箸と皿を二人に渡し、己の席についた。

 

 「それではお待ちかねの食事タイムだ」

 

 その言葉に反応した白野とメルトリリスはささっと両手を合わせた。

 さすが、シロウが纏めている班だけあって礼儀作法はどのような時でも忘れない。

 そんな二人にシロウは満足した笑みを浮かべる。

 

 「それでは―――」

 「「「いただきます!!」」」

 

 三人は自分たちの血肉の糧となる獣、魚、山菜に対して感謝と敬意を払ってその料理の数々を口にした。

 

 「―――ふむ、上出来だ。過去最高の出来やもしれん」

 

 他人に対しても、自分に対しても厳しいシロウがそこまで自分の料理に賛辞を贈るとなると、その味たるやまさに『本物』であることは間違いない。

 

 そして他の二人というと、

 

 「「ふぉぉぉぉ!?」」

 

 淑女とは思えぬ奇怪な声を上げていた。

 

 白野ならまだしもあのメルトリリスまで感情を制御できていないのだ。よほどその舌に旨味、コクが抉り込んでいるのだろう。

 

 「「!!…………!?」」

 

 彼女達は料理を一口食べるごとに面白いリアクションを起こし、奇声を上げそうになる。

 傍から見れば下手な世辞。オーバーリアクションと受け取られても仕方がないほどの反応の濃さ。

 

 “………面白い”

 

 シロウは口に出さず心のなかでそう呟いた。

 美人、とまでは言わないが可愛らしい女子(おなご)達が面白おかしい顔をしながら箸を進めている。本来ならば注意しているところなのだが、それを聞いてくれるほど余裕も無さそうなので放置一択。というか自分の作った料理がこれほど絶賛?されていることに嬉しく思った。

 シロウは彼女達のリアクションを眺めながら飯を平らげていく。

 恐らくこの死の森を抜けるのは今日中で済む。しかし、これが中忍試験である以上一筋縄ではいかないのはもはや明白。ならば今のうちに精気を養っておかなければならない。できるだけベストコンディションに近づけるように。

 

 

 シロウ手製の料理は一時間もかからず完食された。食事の途中、白野とメルトリリスで残り少なくなった肉の取り合いになるなどして小さな内紛もあったものの、シロウ(食神)の怒りにより被害は最小限に留まった。

 ともあれ楽しい楽しいディナータイムは瞬く間に過ぎ去っていった。精気を養え、肉体を休ませたのなら次にすべきことは唯一つ。この第二の試験を通過することのみである。

 

 体調が大方回復した第一班は急がず、焦らず、中央の塔へ近づけば近づくだけ警戒を強めながら前へと進んでいく。本来ならば木々の枝を道代わりとしてより迅速に移動したいところなのだが、そのような迂闊な行動は間違ってもできない。何故なら中央の塔に通ずるあらゆる箇所に契約獣ないし監視の忍具が大量に設置されているからだ。しかもそのどれもこれもが実に巧く隠している。

 

 十中八九、中央の塔付近で待ち伏せしている輩がいる。

 

 天と地の書を持ったチームをゴール前で待ち伏せして打倒する。

 実に卑しく、傲慢で、卑怯。

 されど忍としてそれは当然の戦略。勝ち残ることが全てであるこのサバイバルにおいても、忍が生きる過酷な世界においても、正々堂々、正攻法などというものは存在しない。

 

 「………さて、どうするか」

 

 シロウは歩かせ続けていた足を止める。

 監視の中を掻い潜り、ある程度中央の塔に近づけた第一班ではあるが、流石に此処から一km以内を気づかれずに進むことができない。待ち伏せを行っているチームはよほど気合が入っているようだ。まるで蟲一匹たりとて見逃さない監視範囲。あのシロウでさえも舌を巻くレベルである。

 

 「まったくもってメンドクサイわね。さっさと強行突破しちゃいましょうよ。待ち伏せをして甘い蜜だけ頂こうなんて軟弱者に後れを取る私達でもないんだから」

 「それは慢心というものだ。少なくとも此処まで見事な監視能力がある忍が単なる雑魚であるはずがない。ここは慎重に行動して然るべきだろう」

 「でもこれ以上隠れて進んでも間違いなく見つかるんでしょ?」

 「…………」

 

 敵は獲物を仕留める準備を確実に整えている。このまま進めば手厚い歓迎が待っていることはもはや確定済み。しかし、だからと言って受身に徹した状態で進まないわけにもいかず、敵に気取られずに中央の塔へと到達することは不可能に等しい。

 

 シロウは敵の監視に穴はないかより注意深く見渡し、その結果どのルートも完璧に押さえられていることを再確認した。

 ………やはりメルトリリスの言う通り、強行突破以外に道は無いようだ。白野も覚悟を決めたようで、シロウの指示を待っている。

 

 「………分かった。もう隠密に回るのはここまでだ」

 「それじゃあ」

 「ああ、全霊を持って目の前の道を走り抜ける。メルトの好きな―――強行突破だ」

 「そうこなくっちゃ面白くないわ」

 

 シロウと白野は全然面白くないと思いながらも脚部にチャクラを練り上げ、集中させる。自分達が持ち得る最大の移動速度で駆けるために。

 無駄な戦闘は極力避けたい。ゴールが目の前にあるのなら尚更だ。

 被害を最小限に、かつスピーディーに終わらせる。ただそれだけを頭に叩き込んで第一班は敵のテリトリーに足を踏み入れた。

 

 ………

 ……

 …

 

 

 「………どうやら、先客がいたようだ」

 

 あらゆるトラップ、不意の襲撃、幻術、その全てに最大限の警戒を強いて中央の塔へと向かっていた第一班が発見したのは気絶し倒れ伏している三人の忍。額当てからして草隠れの忍だろうことは分かる。恐らくこの三人が至るところに監視の目を置いて待ち伏せしていた者達なのだろう。彼らの陣地と思われる場所には監視忍具の配置位置がこと細かに記されている地図が見つかった。

 

 「争った後は無し……か」

 

 現場が全く荒れていない。戦うことも、抵抗することもできずに打倒されたと見るべきか。そして倒れている忍達の手には手入れ中だったと思われるクナイ、トラップの部品などが握られていた。つまり彼らは武具の手入れ中に不意を突かれた……敵はあの監視網に一つも引っかからずにこの草隠れの忍達の背後を取ったのだ。

 それにメルトリリスは信じられないと言って溜息を吐いた。

 

 「それじゃあ何? この草隠れの忍達を倒した奴らは私達でさえ諦めたあの監視の目を潜り抜けたってこと? まったく気付かれず、悟られずに?」

 「そうとしか考えようがないな。忍の技量において、彼らを倒した者達は俺達より遥か格上だ」

 

 中央の塔(ゴール)はほぼ目の前だ。しかし、白野はその道のりが先ほどより遠く感じた。

 先に進めば進むほどライバル達の練度が高まり、より厳しい競争が行われいく。その過程が嫌でも分かってしまう。

 

 「まぁ無駄な戦闘を避けれただけ良しとするしかない。先を急ごう」

 

 シロウは何時までも留まっている場合じゃないと意識を切り替えて再び足を走らせた。そんな彼の後に二人の少女は了解と頷いて追行する。

 第三の試練にどれだけの猛者が集おうが、自分達の為すべきことに変わりはない。ただ勝って、勝って、勝ち進めばいい。たとえこの先に格上の忍だけが待ち構えていたとしても、死力を尽くすだけなのだから。

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 暫くして第一班は無事ゴールである中央の塔へ到着することができた。流石にもう建物内までくれば他の忍に妨害されることもないだろうと三人は安堵して一息つく。

 しかし、肝心の試験官の姿が何処にも見えない。てっきり天と地の書を試験官に渡したら第二の試験通過が認められるとばかり思っていた白野は目を点にした。

 

 「あの、どうすればいいの……これ」

 「本当にね。天地の書を受け取る人がいなくちゃ先に進めないんだけど……シロウ?」

 「………二人とも、アレを見てみろ」

 

 シロウの指差す方向に目を向ければそこには壁があり、大きな壁紙が飾られていた。またそれには文が刻まれており、三代目火影の名が記されている。

 

 「“天”無くば智を識り機に備なえ“地”無くば野を駆け利を求めん

  天地双書を開かば危道は正道に帰す これ則ち“ ”の極意…導く者なり」

 「……どういうこと?」

 「その問いは、これからこの巻物の中身が教えてくれるだろうよ」

 

 白野の疑問にシロウはそう答え、天と地の巻物を開いて空中に放り投げた。

 巻物の中身に刻まれた文様は口寄せの術式。空間転移術の一種にして、岸波シロウがよく好んで扱う忍術である。

 空中に放り投げられた巻物はボフンと音を立てて煙が吹き出て、あるモノが召喚された。それは道具でもなく、契約獣でもない―――木ノ葉の忍だった。

 目の下に包帯が巻かれており、目つきがやや鋭い。このチャクラに、この風貌。白野は身に覚えがある。確か第一の筆記試験の時にもいた試験官の一人。

 

 「伝令役はがねコテツ此処に参上……っておお。なんだシロスケじゃねぇか」

 

 はがねコテツと名乗った忍はシロウを見るや否や驚きの声を上げる。

 それに対してシロウは軽くお辞儀した。

 

 「第一の試験以来ですね、コテツさん」

 「オウ。しっかしまさかお前の班の伝令を頼まれるとはな。奇遇なこともあるもんだ」

 「ええ。俺も貴方が出てくるとは思っていませんでしたよ」

 「その口ぶりからして口寄せの中身が俺達忍だってこと感づいていたな? カーッ、察しが良すぎるのも考え物だ。まったく可愛げがねぇ」

 「別に可愛げなんてほしいとは思っていません」

 

 シロウとコテツは顔を合わせるや否や、ワイワイと談笑をし始めた。

 どうやら二人は中忍試験前からの知り合いというか、親しい仲だったようである。

 

 「そういえば白野、メルトリリスはコテツさんと直接話すのは初めてだったな。この人はよく『岸波錬鉄所』の武具を買い取ってくれるお得意さんだ」

 

 それを聞いた白野は「あー、この人がテンテンさんと同じくらい忍具を買ってくれてる人かー」と言って頷いた。たまに岸波家の料理が豪勢になるのは、彼のような忍が大量に忍具を買い取ってくれて収入が安定した時などに限られている。そう考えれば白野にとっても実に有り難い人と言える。

 

 「初めまして、妹の岸波白野です。義兄がお世話になっています」

 「ああ、此方こそ君の兄に世話になっているよ。よろしくな、白野ちゃん」

 

 なんともフレンドリーな雰囲気を出す人だ。こういう人は嫌いじゃない。

 

 「まぁ飯の一つや二つ、奢ってやりたいところだがまだ中忍試験の途中だしな。とりあえず、伝令役としての仕事を全うしようか」

 「そうしてください」

 

 冷ややかなシロウの催促にコテツは少し落ち込みながらも、一旦咳払いをして一介の試験官としての顔になる。

 

 「―――君達三人は全員、文句無しにこの第二の試験を突破した。おめでとう」

 

 その言葉を聞いた三人は揃って安堵の溜息を吐いた。そして白野は遂に緊張の糸が切れ、ペタンと尻を地面についてしまった。

 尻をついた白野をコテツはまだまだ鍛錬が足りないぞと苦笑して言い、また咳払いをして下忍達を見つめ直す。本来の伝令の内容はこれから語られるようだ。

 

 「また火影様からお前達中忍を目指す下忍に送る伝令(メッセージ)がある。心して聞くように」

 「それはあの壁紙についてのことじゃないのか、コテツさん」

 「………お前という奴は本当に鋭いのな」

 

 シロウの指摘に苦虫を噛み潰したような顔をするコテツ。俺が何の為に呼び出されたか分からんぞと小言を漏らしながらも彼は伝令役としての任務を全うするために説明を始める。

 

 「この壁紙に記されている内容は三代目火影様がお前達に送る“中忍”の心得だ」

 「心得?」

 「ああ、心得だ。この文章で言う“天”というのは人の頭を指し、“地”は肉体を指す」

 

 コテツはまだ理解できていない白野に対して丁寧に、教師然とした声色で続きを語る。

 

 “天”無くば智を識り機に備なえ(様々な理を学び任務に備え)“地”無くば野を駆け利を求めん(日々の鍛錬を忘れるべからず)

 天地双書を開かば危道は正道に帰す(天地両方を兼ね備えれば覇道にも為り得る)

 

 「つまりどのような危険な任務であったとしても、この天と地を兼ね備えれば安全な正道に化ける可能性があるというわけだ」

 「……あの抜けた文字は? これ則ち“ ”の極意ってとこ」

 「ククッ、案外せっかちなもんだなシロスケの妹さんは」

 「ご、ごめんなさい」

 「いやいやシロスケと違って可愛げがあって結構だ。此方も説明のし甲斐があるというもの」

 「いいから早く続きを言ったらどうですコテツさん」

 「シロスケがせっかちでも可愛げなんてもんはないなぁ」

 

 コテツはそう言って地面に落ちていた天と地の書を拾い上げる。

 彼を呼び寄せた口寄せの術式には“人”と刻まれていた。

 

 「コレが、空白を埋める文字だ。“人”の極意とは忍の心得。導く者なりってのは今お前達が目指している中忍という意味を持つ」

 「導く者……それが、中忍」

 「そうだ。中忍になるということは一部隊を任せられる部隊長になるということ。部下を持ち、指示を下し、指揮下全ての調律を行い、チームを導く責任と義務がある」

 

 下忍とは背負うモノが比べ物にならないほど重くなるとコテツは言っている。それを理解した上で、この先を目指さなければ中忍になぞ為れるわけもない。

 

 「故に知識の重要性、体力の必要性、責任に対する意識の強さを深く肝に銘じておくんだ。なにせソレらを確認するための第二の試練(サバイバル)だったからな。くれぐれもこの中忍心得を忘れることのないように………以上が、俺が火影様から承った伝令だ」

 

 コテツを介して送られた三代目火影のメッセージを三人の下忍は厳粛に受け止めた。

 そしてまだ見ぬ好敵手達もまた、火影の伝令を聞き中忍になる決意を強くしていることだろう。

 この先、第三の試験が激戦であることは決定的に明らか。されどこの足は決して止めない。怯みもない。ここまで来たからには最後まで進み通す。

 

 「三人とも、イイ面構えだ。その確固たる心意気を冷ますことなく次の試験に挑んでくれ………だがまぁ、まだ試験終了まで24時間ほど時間がある。取り合えず各々控え室を用意しているから、そこで鋭気を養っているといい」

 「………分かりました。ところでコテツさん」

 「ん?」

 「今、この中央の塔へ辿りつき、第二の試験を通過した班は何組いるんですか?」

 

 シロウの素朴な疑問に、コテツは苦笑いしてこう答えた。

 

 「驚くなよ? なんと、今の時点で既に七組を超えている」

 「――――それは」

 「本当だ。正直言って、試験官側も驚かされている。いつもなら精々三組から四組くらいしか辿り着けない第二の試験を、今年は大きく上回る数の班が辿り着いた。もしかしたらまだ二班ほど通過するかもしれない」

 「優秀な人材揃い、曲者ばかりというわけですか」

 「ああ。前年度の中忍試験なら、お前らほどの熟練度を持つ下忍であれば余裕で中忍になれていただろうが……今年のはそうもいかないだろうよ」

 

 控え室まで案内しながらコテツは笑う。

 それに三人は人事だと思って、とゲンナリして肩を落とした。

 

 「だがま、お前達なら無事勝ち抜けるだろうさ」

 「簡単に言ってくれますね」

 「俺はお前を……いや、第一班を高く評価しているからな。贔屓目無しで」

 「いくらべた褒めても忍具は安く売りませんよ。他の班の情報を教えてくれるというのなら考えないでもないですけど」

 

 シロウの軽い冗句にコテツは唇を引き攣らせた。それどころか顔色を悪くしている。

 

 「ば、馬鹿言うな。中立かつ試験官である俺がそんなこと出来るか。もしそんなことが火影様にばれたら説教どころの話じゃ済まされねぇ。下手したら首が飛ぶ」

 「冗談なんですからそこまで怯えなくてもいいじゃないですか」

 「こちとらお前が手段を選ばん男というのはよく知ってるんだよ」

 「それは心外だ」

 「どの口が言うのか………」

 

 この時ばかりは白野もメルトリリスもコテツの心情を理解できてしまった。

 シロウはありとあらゆる手段を用いて勝利を捥ぎ取っていく男である。たとえそれらの手段が正道から外れたものであってもお構いなし。そんな忍から交渉紛いの冗談を吹っ掛けられたら嫌でも警戒してしまうものだ。

 

 「……着いたぞ。此処が、お前達の控え室だ」

 

 コテツによって案内された個室はそれなりの面積があった。これなら三人の人間が一日寛ぐには丁度いい広さだろう。しかしベットも、キッチンも無いのでそれほど設備が整っているわけではない。まぁただ休息を取るだけの場所なのであって宿屋ではないのだから当然というべきか。

 

 「制限時間が来るまで此処にずっといろ…とは言わない。便所も外だし、室内を散歩するくらいは許されている。ただ―――他班との戦闘は絶対にしてはならない。小競り合いであったとしてもだ。もしソレを班員一人でも犯せばメンバー諸共失格になる。気をつけとけよ」

 「分かりました。此方としても、そんな情けない理由で脱落するわけにもいきませんので」

 「それなら結構。では、俺がお前達にしてやれる仕事は此処までだ。第一班の活躍、楽しみにしているからな」

 

 そう言い残してコテツはシロウ達の前から姿を消した。

 

 「なんだか私達、凄い期待されてるね」

 「ああ。これは程好いプレッシャーになる」

 「ねぇ、早く部屋に入らない? 休めるのならできるだけ多く休みたいのだけど」

 「そうだな。二人は先に休息を取っていてくれ」

 「「シロウは?」」

 「用を足しに行くだけだ。トイレは室内に設備されてないとコテツさんが言っていただろう」

 

 シロウの言葉に二人は納得してドアを開け、室内に入っていった。

 それを見届けたシロウは迷わずトイレのある右の通路ではなく―――真逆の左の通路を歩み始めた。そして若干呆れた表情をして、その通路の曲がり角に足を踏み入れた。

 

 「………やはり貴様か」

 

 曲がり角の先には、死の森で一度刃を交えた砂の下忍 セタンタが腕を組んで佇んでいた。

 彼はシロウだけに殺気を送り、この場所まで呼び寄せたのである。

 しかしセタンタはシロウが来るや否や、殺気を止めて「よう」と暢気な挨拶をしてきた。

 

 「随分と遅い到着じゃねーか。一度俺達を退かせた奴らだってのに情けねぇ」

 「俺を呼んだのはその下らん自慢を口にするためか。それとも前回の続きを此処でするつもりか? 此処での争いごとはご法度だと聞いているはずだが?」

 「まぁまて。そう警戒を強めてくれるな。俺とて禁戒を破るつもりは毛頭ねぇよ。んなつまらんことで脱落したくねーしな」

 

 セタンタはあくまでシロウのみを此処に呼ぶためだけに限定的な殺気を放っただけであって、戦うつもりは一つとしてないと言う。証拠に獲物となる杖も、道具も、この場に持ち合わせていない全くの手ぶらだ。そもそも禁戒を破る行為自体がセタンタにとっては鬼門なので行えるはずもない。

 

 「なら、いったい何の要件で俺を呼んだ」

 「やれやれ とんだせっかち野郎だ。試験官にも言われなかったか? 妹さんと違ってお前のせっかちは可愛くないってよ」

 「………貴様、あの場にいたのか」

 「おうよ。ちょいと隠れて様子を見てた」

 「…………」

 

 自分にも、白野にも、メルトリリスにも、試験官のコテツにさえも悟られずに一部始終視られていた。聞かれていた。本当に油断も隙も無い男だとシロウは心の底からそう思う。

 

 「さて……そんじゃご希望通り、さっさと本題に入るとするかね

  ―――手前、第三の試験の前に予選ってやつがあるのを知ってるか?」

 

 セタンタの問いにシロウは首を軽く横に振った。

 なら説明してやるとばかりに彼は喋り始めた。

 

 「予選つっても毎年それがあるってわけじゃねぇ。第二の試験を通過した班が想定数を超えた時だけ行われる、言わば差っ引きだ。試験官曰く、この予選が行われるのは五年ぶりなんだとよ」

 

 中忍試験が順調に進んでいれば行われない処置。それが第三の試験前に行われる予選というもの。あまりにも第一、第二の試験合格者が多く、第三試験で不都合があるために用意された篩い。これにより試練から生き残った猛者の中からより強者を選定されることになる。

 

 「流石にその予選の内容までは聞けなかったが、恐らく合格者の半数近くを削られると見て間違いねぇだろうな。第三の試験はよほど人数を減らさなければならない理由があるようだ」

 「………何故そんなことを俺に教える」

 「白々しいな。俺がなんでこのことをお前に教えたのか。俺がお前に何が言いたいのか。察しの良い岸波シロウならもうとっくに分かっているだろう?」

 

 苦笑しながらシロウの瞳を覗き込むように見るセタンタ。その紅い瞳に岸波シロウは自分の心の中を読まれたような錯覚を覚えた。

 

 「くれぐれも、俺と決着をつけるその時まで(ふる)いには落とされるな……か?」

 

 溜息を吐きながらシロウはそう答えた。それに彼はただただ満足気に頷く。

 

 「せっかく目をかけてやった奴がよりにもよって第三試験の前の予選如きで落ちられては興醒めだからな。こうして釘を刺しにきたってわけだ」

 「ただそれを伝える為だけに呼んだのか。律儀なことだ」

 「俺はこの中忍試験を心行くまで楽しみたいんでね」

 「………戦闘狂の考えることは理解できん」

 

 付き合ってられないと言ってシロウはセタンタに背を向け、己の控え室に戻るために歩き始めた。しかしあのシロウが敵を目の前にして背後を見せる辺り、ちゃっかり彼もセタンタという男を信用していた。

 

 「―――ふむ」

 

 そしてシロウは何かを思いついたのか、ふと帰路の足を止めて後ろを振り返る。

 

 「理由はどうであれ、予選についての情報を提供してくれたことには感謝する。万が一 貴様がその篩いに落とされた時は、慰めの言葉を一つくらいは送ってやろう」

 

 憎たらしい皮肉の効いた台詞にセタンタは「やはりお前のその捻くれた性格だけは好きになれん」と呆れながらも笑い、伝えたいことを伝え、聞くべきことを聞いた彼はその場から消え失せた。そして彼が去るのを見届けたシロウは何度目か分からない溜息を吐く。

 

 「………この先に何が待ち受けていようとも、俺は最後まで勝ち残る為に最善を尽くす。貴様に釘を刺されるまでもない」

 

 シロウは誰もいなくなった廊下で、好敵手に憂慮されたことに対して心外だと小さく呟き、白野達が待つ控え室へ悠々と戻るのであった。




・まさか、Grand Orderでスカサハ師匠のお姿がこうも早く目にすることができようとは……ありがたやぁ、ありがたやぁ
 まぁ未だにあのランサーがスカサハだと確定したわけではありませんが、ゲイボルクらしき紅い槍に全身タイツを見る限りほぼ確実とみて間違いない! というかこれで違ってたら涙で湖ができますね

・取り敢えず一刻も早くランサーの正体を確かめるためにもGrand Orderをプレイしたいです……(切実)


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第16話 『第三試験予選:Ⅰ』

・今回はセタンタメインです。GOでは今でも兄貴を愛用しているので頭も上がりませんね。矢避けの加護便利すぎて変な笑いが出そうです。


 セタンタは独自に編み出した感知のルーンから発せられる知らせに口元を緩ませていた。

 本来なら岸波白野のように先天的な才能がなければ扱えない感知能力だが、ルーンという秘伝忍術を全て習得、ないし編み出しているセタンタからすれば感知を行うなど造作もない。この万能性こそ赤枝に伝わるルーンの強み。その他の一族を出し抜く長所の一つ。

 

 「本当に今期の中忍試験はどうなってやがるんだか」

 

 次から次へと強敵、難敵がこの中央の塔へと集まってくる。

 死の森と怖れられ、昨年ではほんの僅かな班しか残らなかったこの試験だが、今年はその二倍もの班が生き残る結果となった。

 監視官も驚かずにはいられない、前代未聞の突破数だ。

 無論、それだけ多くの班が生き残ったとなれば差っ引きも行われる。

 第三試験に向かうチケットを賭けて競う予選。それがどんな内容であれ、これだけの第二試験通過者を半分以上に減らすための措置が行われることはもう約束されている。

 此処に集った者達は皆あの試練を乗り越えてきた忍達だ。誰も彼もが中忍になる素質を持つ。

 そしてその兵共の中から、更に厳選された忍が勝ち残っていく。

 

 「このような時に、何をニヤついているのですか貴方は」

 

 多くの強者と会い見えるこの機会に、セタンタはフード越しからもよく分かるほど大きな笑みを浮かべていた。浮かべずにはいられないほど、これから先行われるであろう予選に期待を寄せていた。

 今まで砂隠れの下忍において、セタンタとタメを張れるのは我愛羅くらいだった。それが、今ではどうだ。岸波シロウを筆頭に数多くの強者共が己を倒す可能性を秘めた牙を研いでいる。こんな状況を愉しまないでいつ愉しむというのか。

 

 「セタンタ殿が浮かれてしまうのも致し方のないこと。これほど練度の高い下忍が集う中忍試験など、過去に例が無いからな。かくいう俺も、予選が楽しみで愉しみでしょうがない」

 「ディルムッド……貴方まで」

 

 ディルムッドは愛槍の手入れをしながらも、その眼光は実に嬉々としている。まるでご馳走にありつけている獣のようだ。いつもの甘いマスクなど見る影もない。

 男二人してこれからの難関をまるで褒美であるかのように受け取っている。なんという戦闘狂気質だろうか。無駄な激戦は控えたいバゼットには分からない心境である。

 

 「私としては、なるべく手の内を晒さずに第三の試験に望みたいのですが………」

 「ま、確かにそれが一番ベストなんだがよ。ただそれを叶わせてくれるほど、敵さんも甘くはねぇと思うぜ?」

 「そんなことは言われるまでもない。もし、全力を出さざるを得ない状況に陥れば、その時は迷いなく手の内を晒します。その場合 勝ち残ったとしても第三試験で対策を取られる危険性はありますが、その時はその時。敵の策ごと粉砕してみせましょう」

 

 先を見据えるくのいちにしては脳筋としか思えない発言だが、これも彼女の持ち味だ。

 慎重でこそあるが、いざとなったら大胆な行動力を持って目の前の壁を打ち砕く。

 その戦闘力はこの班のなかでは最も低いものの、戦闘時における冷静さと相手の度肝を抜く豪胆さは時にセタンタとディルムッドを上回る戦果を叩き出すことがある。

 彼女のその潜在能力は、紛れもない本物だ。セタンタ達の前で公言する以上、彼女は必ず成し遂げてみせるだろう。

 

 「貴方も、あまり浮かれ過ぎないようにしてください。私達の本来の任務(・・・・・)は中忍試験とはまた別にある。こうして純粋に楽しめるのは、今だけかもしれませんよ」

 

 バゼットの言う、セタンタを含む砂の忍に銘じられた本来の任務とは砂隠れのこれからの有り様を決めかねない重要なものだ。ランクで言うならば特A級……Sランクと言っても過言ではない。

 それにディルムッドは視線を少し落とした。あまり、気が乗らない内容であるが故に。

 しかしセタンタは特に気負いを感じないような雰囲気で「へいへい」と軽い返事を返す。

 

 「とても関心できた任務内容じゃないが、上が腹をくくって決断したことなら文句は言わねぇさ。忍と為った以上、国の為に働かないとな」

 「………しかしセタンタ殿。このようなこと、許されるのでしょうか。正規の段取りを取るなら兎も角、これは木ノ葉に対する明らかな約定違反では」

 「そりゃあな……だが、俺達は所詮国の一道具にすぎん。道具の心中がどうであれ、国の方針には従わなきゃならないもんだ。それにまだこの任務が決行されるか決まったわけじゃない」

 「この話を持ちかけてきた音側がしくじるようなことがあれば………我らの任務は任務ではなくなる」

 「そうだ。だがま、今のところ音側は順調にコマを進ませている。決行される可能性の方が高いだろう。まだ覚悟が決まっていないのなら、さっさと決めとけよディルムッド。その上で、この中忍試験を存分に楽しめ。心残りをしないようにな」

 「………はッ」

 

 セタンタは与えられる任務がどのような内容であれ忠実に従う。勿論、心境では納得しかねるものもあるが、それでも任務は絶対だ。不満はあれど放棄することはない。

 風影の意志は砂隠れの総意。誉れなき忍に唯一誇りがあるとするならば、それは国に尽くし、任務を果たすことのみだ。

 

 ―――ジリジリジリ、ジリジリジリッ!!―――

 

 第二の試験終了を知らせる煩いアラームが部屋中に響き渡る。

 

 「………会場に移動するか」

 

 第二の試験が開始され、今日で丁度5日が経過した。

 タイムリミットだ。

 今、このアラームが鳴るまで中央の塔へ辿りつけなかった忍は例え無事だろうが失格となる。

 セタンタの感知だと此処に辿りつけた班は9組。総人数27名。

 

 “多いな、やはり”

 

 みたらしアンコの宣言通り半分以上削られた……が、それでもまだ多い。

 確かにこれならば予選による差っ引きが行われるのも仕方がない。

 セタンタ達は会場の入り口の前に立ち、その一枚隔たれた扉の向こうから感じる程よい圧力を肌身に感じる。

 悪くない緊張感だ。

 セタンタは嬉々としてその扉の取っ手を握りしめ、力強く開き、会場に足を踏み入れた。

 先に集まっていた者達は皆揃えて入室してきたセタンタを注目する。

 多くの難敵に警戒の籠った視線を向けられてなお、彼の表情は自信に満ちている。『どのような忍が相手だろうと負けるつもりはない』とその眼は堂々と語っていた。

 皆は班ごとに一列に並んで待機していたのでセタンタ達も彼らに習い一列に並んだ。

 隣の班は、同郷の砂隠れの忍。砂漠の我愛羅、扇のテマリ、傀儡使いのカンクロウと風影の子達のみで編成されたエリートチーム。下忍でありながらもこの木ノ葉を陥れる為に選ばれた精鋭部隊と言っても差支えない。

 

 「よう。相変わらずの無傷っぷりだな、最凶」

 

 セタンタが話しかけた我愛羅は自他共に認める砂隠れ最凶の忍だ。

 絶対防御と謳われる砂の防衛忍術、人並み外れた莫大なチャクラ、そして冷徹無比な思考能力。どれを取っても文句無し。上忍をも優に上回る実力を持つ猛者だ。無論、殺し自体に何の躊躇いもなければ慈悲もない。

 故に彼は並みのことでは傷つかない。傷ついたことがない。あの死の森を通過したというのに、傷一つ負っていないことがなによりもの証拠。

 そしてこの我愛羅こそ、砂隠れの切り札にして極秘任務の要。セタンタ率いる班は、彼の護衛も含まれている。

 

 「………ふん」

 

 我愛羅は同志のセタンタに何の興味も示さず、無視をした。

 可愛げがないのも相変わらずか。

 常に剣呑な雰囲気を纏う最凶にやれやれとセタンタは苦笑する。

 互いに決闘決着つかずの間柄だというのにこの冷たさよ。いくら話しかけても碌に相手にしてくれない。まだ仲間だとも認識されていないのだろう。

 彼の出生、そして里の待遇は極めて特殊。友人になろうとしても、彼自身がそれを拒む。

 我愛羅にとって、兄弟もチームも等しく同価値。ただの小煩い存在でしかない。

 強大な力を宿す忍にしては、その背中はあまりにも寂し過ぎた。

 

 暫くして27名、9組の班がこの会場に集合した。

 いやここまで多くの忍が一同に揃うとなると、流石に圧巻と言わざるを得ない。

 過去例のない、8組以上の下忍が死の森を通過し、こうして列を形成している。

 

 “多くの班が木ノ葉隠れか。流石は隠れ里一番の大国。優秀な人材を多く輩出する”

 

 日向を筆頭に高名な一族が名を連ねる木ノ葉隠れの忍の質は他の隠れ里と比べても群を抜いている。砂隠れも我愛羅のような忍を生み出すなどして対抗しようとしているが、風の大名の強引な軍縮に伴い年々差をつけられているのが現状だ。

 

 “自国が焦るのも無理ねぇな、こりゃあ”

 

 だからこそ、砂隠れは音隠れと手を結んだ。

 このまま国力に差が広がり続ければ最悪、木ノ葉に対抗しり得る手段を失いかねない。

 それを風影と砂隠れ上層部は危惧し、その最悪の道筋を回避する為に、同盟国である木ノ葉を裏切る下準備に取り掛かっている。

 同盟の条約も口約束のようなものだ。不義理でこそあるが、今の砂隠れに手段を選んでいられるほどの余裕もない。

 

 “砂隠れが焦っているところに、音隠れがあの計画を持ち出してきた。タイミングとしてはまさに絶妙。ちょいとキナ臭いと思わんでもないが……”

 

 喉元に異物が引っかかるような違和感を感じながらもセタンタは静かに予選の説明を待つ。

 末端でしかない自分がいくら勘ぐったところでどうこうなるわけでもない。今は目の前の試練に全力を尽くすことだけを頭に入れておけばいいと自分を無理矢理納得させた。

 

 「えー、それでは今から第三の試験について説明する。全員、静かにするよーに!」

 

 みたらしアンコの力強い声に先ほどまでざわついていた者達が静まり返る。

 既に各々の班の担任上忍全員が到着している。その中には当然、己の師であるスカサハの姿もあった。

 彼女からは無様な闘いはするなよ、と念押しするような威圧感が自分にだけ放たれている。

 セタンタは己がスカサハに特別気に入られていることは分かっていた。大きな期待を持たれていることも理解している。

 ああ、師の名に恥じぬ戦いをして魅せよう。

 降りかかるスカサハのプレッシャーをセタンタは後ずさることなく受け入れる。

 これから何が起ころうと、誰と戦おうと、赤枝の忍に敗走は許されないのだから。

 

 静まり返った下忍達にアンコは満足そうに頷き、ある忍をこの場に呼んだ。

 その忍はどの班の担当上忍でもなく、みたらしアンコと同じく特別上忍に位置する忍だ。

 

 「皆さん、始めまして。此度 審判役を仰せつかった月光ハヤテです。よろしくお願いします」

 

 月光ハヤテと名乗った男の顔は、正直言ってかなり顔色が悪い。というか体調がすこぶる悪そうだ。しかしあんな身でも上忍を張れるのだから、実力は高いのだろう。

 

 「ゴホッゴホ……いきなりですが、皆さんには第三の試験の前にやってもらいたいことがあります………ゴホッ」

 

 いや本当に大丈夫かこの男。

 セタンタのみならず多くの下忍が目の前の特別上忍に不安を持った。

 しかしハヤテは下忍達の不信な目を理解していながらも無視して説明を進める。

 

 「……それは本選の出場権を賭けた第三の試験予選です」

 

 その言葉によって先ほどまで静まり返っていた空気が爆発的にざわつき始めた。

 

 「皆さんの不満も理解できます。実際、予選というのは基本行わないものなのです。ですが数年に一度、行わざるを得ない事態になることがあるんですよ……ゴホッ」

 

 それに多くの下忍が早急に説明を求めた。

 

 「単純な話です。第一、第二の試験を経て生き残った合格者が多すぎ(・・・・)た。そのため中忍試験規定にのっとり予選を行い、第三試験の進出者を減らす必要があるのです」

 

 優秀な人材が多い時だけに起きる稀な処置。

 予選を行われること自体は名誉であり誇れるものであるのだが、命を削って戦っている参加者からすれば面倒事でしかない。唯でさえ死の森で多くの体力を削がれた中で、更に余分な戦いを強いられているということなのだから有難みを感じるなんて在り得ない。

 

 「ゴホッ……次の第三試験では多くのゲストが招かれます。試合を見に来られるのは一般人だけではありません。各国の大名、影を背負う忍頭、貴族豪族など著名な方々も含まれるのです。

 なので人数が多すぎてダラダラ試合をするというのは極力避けたい。その為の苦肉の対処とも言えるでしょう」

 

 中忍試験とは、ただ中忍を選抜する為だけにあるものではない。

 同盟国間の戦争の縮図と例えられるほど重要性を持つ。

 第三の試験で招待される者達は言わば忍に仕事の依頼をされる大切な顧客だ。

 彼らは中忍試験を通してその国の忍の錬度を見極める。ただ遊びで見に来るわけじゃない。

 多忙な身である大名達のことを考えれば、この人数でそのまま第三の試験を行うわけにはいかない。少しでも時間を短縮させる為に、適度な試合時間を確保する為にもある程度篩いをかけられるのも致し方のないことだ。

 

 「えー、というわけで……ゴホン。体調の優れない方、これまでの説明で止めたくなった方は今すぐ申し上げてください。これからすぐに予選が始まりますので」

 

 いくら下忍が困惑しようと関係ない。試験は粛々と進められていく。時間は待ってはくれないというやつだ。

 予め予選の存在を知っていたセタンタは既に心の準備ができている。問題はない。

 他の忍達も腹を括らなければ落ちかねないと理解したのか、顔つきが困惑から決意あるものに変わっていく。流石は此処まで辿りついた精鋭。いい感情の切り替えようだ。分かってはいたが、これは一筋縄ではいかないなとセタンタが感じたその時だった。

 

 「あの―――………僕はやめときます」

 

 一人の少年が気弱そうな声を出して、予選の参戦を辞退した。

 

 「木ノ葉の薬師カブトくんですね。ゴホッ、ゴホ。分かりました。では、下がっていいですよ」

 

 彼は自分達に背を向け退場する。

 ここまで辿りついたというのに随分とあっさり引き下がるものだ。まるで中忍試験自体にはさほど執着がないのではないかと思えるほどに。

 

 「他に退場者はいませんか? ここからは個人戦になりますので自分自身の判断で手をあげてください。第一の試験のように一人が辞退すると班メンバーも諸共失格……なんてことにはなりませんので」

 

 しかし、薬師カブト以外の棄権者はこれ以上現れなかった。

 皆が闘志に燃え、不安も消え失せ、今か今かと予選の内容を待っている。

 その心構えにハヤテも口元を緩ませて頷いた。

 

 「……分かりました。もうこれ以上待っても退場者は出てきませんね。では、これより予選を始めたいと思います。

  これからの予選は一対一の個人戦。つまり実戦形式の対戦とさせてもらいます。カブト君が退場してちょうど26名になったので合計13回戦を行い、その勝者が第三の試験に進出できます」

 

 一対一の決闘。

 セタンタからすれば望むところというものだ。

 

 「ゴホッゴホ………ルールは一切ありません。どちらか一方が倒れるか死ぬか…負けを認めるまで戦ってもらいます。死にたくなければ早めに降参してください。また、審判である私が勝負がはっきりついたと判断したときは止めに入る場合もあります。そしてこれから君達の命運を握るのが―――あの電光掲示板です」

 

 ハヤテは皆に会場の壁に設置されている巨大な電光掲示板に注目するよう指示した。

 

 「あの電光掲示板に、一回戦ごとに対戦者の名前を二名ずつ表示します。

  では、さっそくですが記念すべき第一回戦目の対戦者の名前を映してもらいましょう」

 

 多くの下忍が食い入るように電光掲示板を見る。

 固唾を飲み込む音も聞こえた。

 まずは初戦。この予選の戦いの幕を切るのは―――。

 

 

 【ウチハ・サスケVSアカドウ・ヨロイ】

 

 

 映し出された二名の名は、初戦を飾るには申し分のないものだった。

 両名共に木ノ葉隠れの忍。しかも一方はあのうちは一族の生き残りにして今年の№1ルーキーと噂に高いうちはサスケ。一度は彼の戦闘を生で観察したいと思っていたところだ。

 

 「では、掲示板に名を出された二名は前に」

 

 サスケとヨロイは静かに自分達の班の列から抜け、前に出た。

 ヨロイという男は何処までも自信に溢れている様子だが、注目されているうちはサスケは些か覇気に欠けていた。決してやる気が無いというわけではないが、見るからに疲弊している。

 

 「第一回戦対戦者は赤道ヨロイ、うちはサスケに決定。両名―――異存は、ありませんね?」

 

 ハヤテの問いに二人は頷く。

 

 「えー、では対戦者を除く上の方へと移動してください」

 

 彼らの戦いの邪魔にならないよう、サスケとヨロイ以外の人間は指定された観戦席に移動する。

 椅子も何もない簡易的な観戦席は対戦者の戦いを上から一部始終 観察することができる。

 

 「うちは一族を生で見るのも初めてだが……さて」

 

 写輪眼という特殊かつ優れた目を持ち、驚異的なバトルセンスを有する忍を多く排出してきた伝統ある一族。あの千手一族と唯一対等に渡り合えたとされる、実質的に最優秀と言えるほどの血統を誇っていると言えるだろう。

 しかしとある事件にて、うちは一族はほぼ壊滅状態になった。その希少な生き残りが、うちはサスケ。注目株となり得るには十分過ぎる要素を持っている。

 

 「………あれが噂の№1ルーキー」

 

 バゼットも注意深くサスケを観察していた。

 

 「うちは一族の数少ない生き残り……写輪眼はもう会得しているのでしょうか」

 「仮にも死の森を抜けてきた下忍だからな。持っている可能性は、極めて高いだろうよ」

 「……そうですね。できれば、この試合で披露してくれると今後の参考になるのですが」

 

 セタンタは内心でそれは叶わないだろうと静かに思った。

 

 “うちはサスケのチャクラが不安定すぎる”

 

 ルーン魔術の透視は白眼ほど細かくチャクラを視ることは出来ないが、ある程度のチャクラの流れくらいは掴むことができる。

 

 “首辺りに異常な異物(チャクラ)が打ち込まれているな。それも、神経を犯すなんてレベルのもんじゃねぇ。ありゃ命に関わりかねない呪いとみた”

 

 どういった経緯であんな呪いを貰ったかは知らんが、アレだと動くのも辛いだろうに。

 ろくな封印もされていない呪いを背負いながら、ここまで勝ち抜いた猛者共と相対するのは自殺行為に他ならない。それはサスケ自身も理解しているはずだ。

 それでも辞退をしなかった。それだけあの下忍はこの中忍試験に全霊を賭けているということ。

 ただのエリート思考な忍ではないらしい。無理を通して戦いを挑む奴は、無謀でこそあるが根性はある。そういった類の馬鹿は嫌いじゃない。

 

 「……ごほッ、ごほ………そろそろ良いですね」

 

 皆が観戦席に移動したことを確認したハヤテはゴホンっと咳払いをして、手を挙げる。

 

 「それでは―――始めてください」

 

 その挙げられた手は合図と共に振り下ろされた。

 

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 

 初戦の試合は、うちはサスケの勝利で終わった。

 とはいえ圧倒的優勢をもって勝利した……わけではない。誰が見ても辛い勝利だった。

 それもそのはず。彼はチャクラを練ることすらできないほど弱っていた。毒で体の多くを蝕まれていた状態とさえ言える。

 そんな状態で、体術一本のみで勝利を拾ったのだ。

 あれがうちはの血の力なのか。それともうちはサスケという男の根性が結果を結んだのか。

 ―――あるいはその両方か。

 何にせよ、あの初戦は見事なものだった。

 

 そして勝者のサスケは観戦席に上がることなく担当の上忍と共に姿を消した。

 恐らく、あの悪趣味な呪いの緩和に赴いたのだろう。

 次に彼の姿を見る時は、第三の試験の場とみて間違いない。

 

 本命の写輪眼こそ拝見できなかったが、それ以上のものを見れたのでセタンタも概ね満足できた。

 

 それからも予選は次々と開始された。

 蟲を操る者、女の戦いを魅せる者、影を操る者、己の忍道を貫く者。

 初戦だけではない。一試合、一試合の全てが素晴らしいの一言に尽きた。

 圧倒的な力で圧勝する者もいれば、知恵を働かして策に嵌める者もいる。あのナルトという忍は木ノ葉のアカデミーで最も成績が悪かったらしいが、この予選で巧みな戦術を用いて勝利したことにより皆に一目置かれるようになった。

 まさに千差万別。これまでの試合で一度たりとて同じような戦いはなく、つまらない戦いも無い。

 世界は広い。そう思わざるを得なかった。

 それと同時に、己の血も騒ぎ立て始めた。

 

 これだけの名勝負、拙戦を魅せられれば誰だって熱くなるというもの。

 ここで血が疼かなければ男ではない。

 まだか。俺の戦いは、まだなのか。

 セタンタはウズウズしながら次の試合を掲示される電光掲示板を見つめ続け、そして遂に―――その時がやってきた。

 

 【セタンタVSディルムッド】

 

 最も、対戦相手は未知の相手ではなく、幾度も剣戟を合わせた友ではあったが。

 まさか身内との対戦になるとは思わなかったが、まぁこういうこともあるだろうとセタンタは納得した。もう予選からは個人戦なのだから班員同士が当たることも決して不思議なことじゃない。

 そしてチラリとディルムッドの顔を覗いてみると案の定、殺る気に満ち溢れた表情をしていた。もう覚悟、気合は十分ですと此方にまで伝わってくる。

 

 「どうしてこんな組み合わせに……」

 

 同班のバゼットは頭を抱えた。

 極秘任務が控えている以上、どちらかが棄権し、第三の試験に進んだ方が周囲に手の内を晒さずに済む。無駄な潰し合いは望むものではない。

 しかしセタンタも、ディルムッドも、此処で自ら進んで棄権できるほど出来た男達ではない。何よりそんな中途半端なことは、我らが担当上忍スカサハが許さない。

 

 「では、指名された二人は降りてきてください」

 

 二人は何の躊躇いもなく、観戦席から舞台へと移動した。

 バゼットはもうどうにでもなれ、と思考を放棄する。

 あそこまで火の着いた二人が勝ちをわざと譲るなんて有り得ないのだから。

 

 「まさか、セタンタ殿と中忍試験で雌雄を決することができようとは……感無量です」

 

 既にディルムッドは愛用する二丁の魔槍の封を切っている。

 魔槍に蓄積された呪いがじわじわと矢先の空気を侵食する。

 最初から全力で行く姿勢。その闘志は清清しいまでの殺気に変わる。

 

 「愉しませてくれよ、ディル。俺は本気で行くぜ?」

 

 フードを下ろし、素顔を曝け出すと同時に獣の如き獰猛な表情を見せるセタンタ。

 

 「本気どころか、セタンタという男の全力も引き出させてみせます。

  その偽りの武装(・・・・・)戦闘スタイル(・・・・・)を見事 剥がしてご覧に入れましょう」

 「あの洟垂れが立派なこと言うようになったじゃねぇか」

 「伊達に、貴方の背中を追っていたわけではありません」

 

 嬉しいねぇ……とセタンタは日々成長していく男の姿に笑みを浮かべざるを得なかった。

 

 「ゴホッ…ごほ………両名ともに、準備は整いましたね」

 「―――ああ」

 「………はい」

 「それでは、始めて下さい」

 

 ハヤテによって試合のゴングは鳴らされた。

 ディルムッドはその開始の合図がとても心地よいものと感じてならなかった。

 いつかは越える。超えてみせると見つめ、憧れていた男が目の前にいる。

 模擬戦などの生易しい戦闘訓練ではない。正真正銘の真剣勝負。

 どちらかが倒れるまで終わらない、第三の試験を賭けた実戦形式。

 

 「俺は、今まで追っていた貴方の背中を今日此処で……超えてみせる」

 「まだまだ超えさせねぇさ。こっちにも、赤枝の忍としての意地があるからな」

 

 砂隠れの鬼才と天才は互いに笑う。

 笑い、笑って、笑い合って――――全力で駆けた。

 




・次回もセタンタメインで話が進みます。
 スカサハは未だに実装されていないのでまともな描写が書けないです………年内には実装されますように(切実な願い)


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第17話 『第三試験予選:Ⅱ』

・半年以上停滞してすまない……本当にすまない


 使い古された木ノ葉の競技会場で、魅惑の黒子を持つ美丈夫は獣の如き咆哮を轟かせる。

 四肢に力を。心に潤いを。繰り出されるは二槍から織り成す刺突の嵐。

 一突き一突きに殺意を込め、致命傷足らしめる威力を引き出す。

 岩石だろうと、鋼鉄だろうと悉く貫いてみせるだろう。

 ――――だが、眼前の男、セタンタに焦燥の色はない。

 むしろ余裕が滲み出ている。歓喜していると言ってもいい獰猛な面構えだ。

 彼は焔を先端に灯した異形の杖をまるで槍のように操り、ディルムッドの猛攻をあしらっていく。まるで舞踊。されど中身は熟練された戦場の舞。

 槍術において、ディルムッドは確かに天才だ。努力も人一倍重ねてきた。

 しかしセタンタは常にディルムッドの先にいる。己が一歩前進するごとに、彼は三歩も四歩も前を征く。

 その底知れなさに、セタンタの才能に、彼の鍛錬に、ディルムッドは憧れた。

 セタンタを追い抜く。超えてゆく。

 それは心の底から渇望していたことだ。彼と出会った時から胸に抱いていた思いだ。

 そして今、こうして本気で、譲れない勝利を賭けて挑めている。

 模擬戦などでも、演習などでもない、本番だ。この瞬間、この戦いはなんと甘味なことだろう。

 

 「そぅらッ!」

 「ッ!」

 

 セタンタは剣戟を交わしている合間に、なんと足で地面にルーンを刻んでいた。

 地面に描かれたルーンにセタンタは思いっきり踏みつける。

 するとその地面に描かれたルーンの術式から大量の炎が溢れ出したではないか。

 術者には害はなく、敵対する者のみを焼き払う特殊な炎だ。

 これにはディルムッドは後退するしかなかった。無論、その行動を読めないほどセタンタは甘くない。

 

 「退いたな? ルーンを多用する今の俺(・・・・)から、距離を取るということは―――」

 

 彼は杖をコンクリートでできた会場の床に突き刺し、両手を用いて目にも止まらぬ速さでルーン術式を組み上げていく。

 

 「こういうことだ」

 

 術式が終えた。

 その瞬間、セタンタの背後の空間に巨大な亀裂が入り、何かがその中で蠢いているのが分かる。

 観客席にいるセタンタの師、スカサハは「阿呆が。こんな狭い場所で、そんなものを出す奴があるか」とぼやいて頭を押さえているのが見える。

 対してディルムッドはなんだ、この術はと警戒心を上昇させる。今までこのようなルーン、見せてもらったことがない。

 

 「我が術は炎の檻、茨の如き緑の巨人」

 

 空気が揺らぐ。

 ディルムッドはあまりの威圧感に身震いが―――否、武者震いが体を震えさせる。

 

 「因果応報、人事の厄を清める社」

 

 手加減無し。

 ああ、これが、これこそが、己が求めていた死合である。

 今のセタンタは、ディルムッドを殺す気できている。

 

 「倒壊するは木々の巨人!善悪問わず土に還りなァッ!!」

 

 裂けた空間から巨大な右腕が現れ、なんの躊躇いもなくディルムット目掛けて拳を放った。

 なんという圧倒的質量。なんという迫力。なんという驚異!!

 巨人と言うに相応しい剛腕は、ただひたすらディルムッドを歓喜させた。

 

 「ハハッ、ハハハハハ!!流石はセタンタ殿だ!!常識外にも程がある!!!」

 

 知らなかった。知らなかった。知らなかった。

 こんな大規模な術を、いったいいつの間に習得していたというのだ。

 まさか、隠してたのか?それともつい最近会得した?

 なんにしても、驚嘆せずにはいられない。笑わずにはいられない。

 これが今己が超えようとしている男だ。なんという高見だ。

 この胸の高まりよう、もはや押さえつけることはできない。押さえつけていいものではない。

 際限なく溢れるこの至福の高揚感を、力に変えずしてなんとする。

 

 「ふっ―――ッ」

 

 チャクラを下半身に集中。そして、爆発的に開放。迫ってくる剛腕を神がかったタイミングで回避する。

 そしてディルムッドを捕らえきれなかった巨人の拳は背後の壁を盛大に破壊し、粉塵を撒き散らして停止した。

 威力は確かに脅威だが、スピードはさして速くない。これなら幾らでも回避できる。

 何より、この場所では木々の巨人の本領は発揮されないだろう。完全体を見せるには場所が悪すぎる。

 

 「そりゃ避けられるだろうな……ま、それも分かりきっていたことだ」

 

 セタンタもバカではない。この場所でこんな術は有効的ではないのはわかっている。

 ならどうして出したのか。

 そんなもの、決まっている。次の仕掛けの前座の為に呼び出したのだ。

 

 「今回呼び出した木々の巨人の右腕は特別でな。こういう使い方もできる」

 

 活動を停止したと思われた巨人の手は瞬く間に弾け飛び、代わりとばかりに無数の人形が生成された。サイズとしては、成人男性と同じくらいだろうか。数は30程度。それなりの量だ。

 

 「可愛いもんだろ。木々の巨人ならぬ、木々の小人ってところだ」

 「………セタンタ殿。まさか、この人並みの人形群で俺をどうにかするおつもりで?」

 「はっはっは。たまにはこういう小賢しいこともしても悪かないだろう?

  だが気をつけろよディルムッド。そいつらは、砂分身よりちょいとばかし性能がいいぞ」

 「―――――ッ!!」

 

 その瞬間、木々の小人達が一切の乱れもなく同時に飛びかかってきた。

 

 

 ◆

 

 

 あいつら本気で殺り合ってるじゃん………

 目の前で繰り広げられる激闘にカンクロウは呆れ顔を隠し切れないでいた。

 セタンタも、ディルムッドも、自分達と同じ極秘任務を受けてこの里にきた。無論、中忍試験など二の次三の次でしかない。

 できるだけ多くの砂隠れの忍が最終試験まで残り、我愛羅の補佐、暴走の抑制を務める。

 特にセタンタはあの暴走状態の我愛羅をどうにかできる数少ない人材。

 ならば同班同士が止むおえず戦闘を強要された場合、ディルムッドが棄権してセタンタを次のステージに送り込むのが定石というものだ。

 ここまで生き残った下忍は言うまでもなく難敵だ。故に持っている忍術、体術などはできるかぎり披露するべきではない。次の戦いまでに対策を打たれるということなど出来るだけ避けるべきこと。

 それは彼らとて重々承知していることだろうに。

 なのにこの殺気、惜しむことなく術を次々と披露していく姿勢。どれを取っても任務よりも戦闘欲を優先しているのは明らか。これだからあの班は戦闘民族の集まりだなどと言われるのだ。

 

 「………里の存亡が関わってるってのに、こんな時でも昂ぶりを抑えられないのかねぇ」

 

 呆れてものも言えない。理解しがたい勇猛さだ。

 あの二人は忍というより戦士に近い。英雄の器でもあるのだろうが、この任務では不安な要素になり得る。

 

 「どうするカンクロウ。このままでは、そのうちセタンタが本気を出しかねんぞ」

 

 テマリも分かっている。あのセタンタがこの任務において我愛羅の次に重要な要であると。

 

 「どうしようもないじゃん。今の俺達が出張ることなんてできやしねぇし、止めることもできねぇ」

 

 試験は始まってしまっている。今更棄権を促したところで意味はない。むしろ怪しまれる愚行に過ぎない。手が出せないのだ、どうしても。

 

 「手の内を晒すなんて控えてほしかったが……こうなっちまったもんは仕方ない。さっさと決着をつけてもらうことを祈るしかないじゃん」

 「あー、もう!なんであいつらはああも血の気が多いんだ!!」

 「今更じゃんよ………お」

 

 カンクロウが目を離しているうちにディルムッドが小人の一体に力強く壁に叩きつけられた。

 轟音が鳴り響くほどの衝撃だ。壁にもめり込んでいる。あれは相当キツイ一撃だろう。

 本来なら、あの一撃でたいていの人間は参るものだ。背中をやられては如何に屈強な戦士と言えども立ち上がるのは困難。

 

 「………まぁ、大丈夫だろうなぁ」

 

 もっとも、ディルムッドは普通ではない。

 卓越したチャクラコントロールを駆使して背中にチャクラの膜を集中されていた。

 あれならば、完全とは言わずともそれなりの防御力を発揮するだろう。

 

 「相変わらず芸が細かいじゃん」

 

 器用で実戦的なチャクラの使い方だ。

 考え、想像し、訓練で行えたとしても、実戦であれほど苦も無くやってのけるのだからディルムッドも下忍の領域ではない。

 

 「木々の小人ってふざけた人形の戦闘力が高いな。俺の傀儡ほどじゃあないがね」

 「変なところで意地を張るな。正当な評価としては、どんな感じなんだ」

 「まぁ……砂分身より高度な実体分身だ。個々の力こそ、砂分身を凌駕しているがたかがしれている。だが、それを補って余りある連携の数々……ありゃ厄介じゃん。傀儡以上にな」

 

 動きに乱れがない。陣形に歪みもない。更に木々の人形ゆえに呼吸の有無も存在しない。

 疲れがないのなら延々と動き続けられる。その術者のチャクラが尽きるまで。

 そしてセタンタは下忍のなかでも上位クラスのチャクラ貯蔵量を有する。少なくとも、この一戦でチャクラの底が尽きることはないだろう。

 

 「ディルムッドが小人の相手をしている間、セタンタは自由に動けるじゃん。ということは、ある程度時間がかかる強力な術も用意できるってことだ……ここからは一方的な戦いになるかもな」

 

 ディルムッドの二槍は確かに強力な魔具だ。

 一度穿てば長期間傷が残り続ける黄槍。チャクラの鎧を貫通する赤槍。

 どちらも白兵戦特化。防御をすり抜け、致命傷を与える恐るべき獲物。

 更にその厄介な武器を操るのはディルムッド・オディナ。

 砂隠れの下忍のなかでも間違いなく猛者と言える忍。まともに戦えば無事では済まない

 しかし今回ばかりは相手が悪すぎる。というか相性が悪い。

 ディルムッドは今も多勢に無勢な物量で攻め立てられる。おまけに距離を取ったセタンタは次々と強力な火炎忍術を放ち追い打ちを仕掛けている。

 カンクロウの予想通り、一方的な戦いになってきた。まるでディルムッドが攻勢に転じることができず、攻撃を浴びるばかりだ。

 かろうじて致命傷を避けているが、いったいいつまで持つか分からない。

 

 「状況は絶望的だ。勝ち目なんてありゃしない。なのに、どうして、あの男(ディルムッド)は―――」

 

 あんな満面の笑みで戦い続けているんだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 木々の小人が休む間もなく襲い掛かる。

 一撃一撃がハンマーで殴られたかのような威力を持ち、その俊敏性も極めて高い。

 我が赤槍で穿っても、機能が停止することなく動き続ける。これはもはや呪いの域。恐らく燃やしたところで止まりはしないだろう。

 ―――そういえば、聞いたことがある。

 かつて木ノ葉を創立させた初代火影は木遁という秘術を扱い、忍の神として崇められた。

 その忍の神は、遥か昔に風隠れの里と和平を結んだ。その同盟の証として、幾つもの貴重な忍具を豪快に献上したという。

 初代火影の持つ忍具というだけあって殆どが強力無比な代物。こんなものを躊躇いもなく譲渡する器の広さに大名達は呆れながらも感服したと言い伝えられている。

 その忍具は代々続く砂隠れの一族に渡った。しかし強力すぎる故に扱いきれる者はおらず、封印され、実際に戦場で活躍することはなかったと。

 木々の巨人。木々の小人。

 もはや初代火影の木遁忍術であることは決定的に明らかだ。

 恐らく赤枝の一族にも初代火影の忍具が手渡されていたのだろう。そしてその一体があの木々の巨人。今まで扱いきれるものが存在せず、埃を被っていた魔具を、あの男が呼び覚ましたのか。

 

 「なんにせよ―――!」

 

 この崖っぷちの高揚感を前にしたら、木々の巨人、小人がなんであろうが些事である。

 仮にアレが初代火影、忍びの神が創造した忍具だとしたらどうだというのだ。

 

 「より一層、越え甲斐が増した!!!」

 

 既に己の肉体は火傷に切り傷で血塗れている。上空からは今もルーンによって生み出された焔の塊が落ちてくる。火の塊が雨の如く振り続けるとは悪い冗談だ。

 セタンタの狙いは分かっている。

 このまま試合会場を焔で満たし、体力と逃げ場を徐々に殺していくという算段だ。時間を掛ければ掛けるほどディルムッドの敗北がより明確なものとなる。

 もはや予断は許されない。退路がないのなら突き進むまでのこと。この過酷な状況に、笑え、笑え―――笑って挑め!!

 

 「一気に駆け上がらせてもらう!」

 

 赤の長槍を眼前に迫る木々の小人に全力で突き刺し、引き抜かず、そのまま懐から取り出したワイヤーで括り付け、身動きを封じる。

 黄の短槍も同じような工程を踏み、何体かの人形を封殺する。

 多少敵の数を減らしたといえば減らしたが、これでディルムッドの持つ獲物は無くなった。まったくの無手だ。

 まだ木々の小人とセタンタが残っている状況でこの選択は自殺行為。

 だが、決してヤケを起こしたわけではない。

 二つの槍を惜しみもなく手放したのは、新たな武器をこの手で掴む為。断じて自殺行為なのではない。ヤケを起こしたわけでもないのだ。

 

 「ここからは、いつものディルムッドではないことを約束しますよ。セタンタ殿」

 

 巻物を取り出し、現界させるは紅き剣に黄きとした剣。

 セタンタ相手に対人の武器では勝機無し。故に解こう。我が真の奥の手を。

 二振りの剣の名は大いなる激情(モラルタ)小なる激情(ベカルタ)

 二槍を操る者から、二刀の剣を操る者に。

 対人を相手取る型から、大衆を相手取る型に。

 もはや数では押されない。今から最短距離でセタンタの元に辿り着く。

 

 「ハッ、ディルめ。いつの間に双剣使いなんぞになりやがった」

 

 最高の剣を手にしたディルムッドは次々と木々の小人を斬り倒していく。

 幾ら借り物とはいえ、あの初代火影柱間がかつて使役した忍術にここまで食い下がるか。

 それにディルムッドが剣を使う姿は初めて見る。あれがアイツの奥の手。班員にすら黙っていた切り札とみていいだろう。

 獲物もただの剣ではなさそうだ。一撃でも食らえば何が起こるか分からん。ここは慎重に……知的に対処する。

 

 「ansuz(アンサズ)

 

 焔のルーン、全種解放。

 今持つ最大の焔。最高の火力。対人には過ぎた秘術の一つ。

 無論、発動するには時間が掛かるが、その為の足止め(木々の小人)だ。

 本来このような大技を用いた際に起きる大きな隙をカバーする為だけにアレを持ちだしてきたのだから。

 

 「灰は灰に、塵は塵に、土は土に」

 

 膨れ上がるは火の魂。

 チャクラを注ぎ込めば注ぎ込むだけルーンは応えてくれる。

 膨張する火の玉を制御し、更に肥大化、更に膨大に。

 試験官のハヤテはこの異常な術に急いで観客を護る為結界を張った。

 そう、この技は少しばかり派手すぎる。周りに気遣いができるほど細かな調整ができない。

 というか周りの被害を考えずに威力だけを求めたのが、コレなわけだが。

 

 「ディル。この場で死にたくなければ超えていけ………!!」

 

 育ち切ったチャクラの焔をセタンタは何の躊躇いもなくディルムッドに放った。

 まともに喰らえば間違いなく死ぬ。焼死体どころか消し炭になるだろう。

 ―――生きたければ対処する他に道はない。

 対するディルムッドはその火の玉に臆することなく見据えてきた。

 

 「大いなる激情は更なる躍進を」

 

 紅き剣はディルムッドの血を吸い脈動する。

 

 「我が微々たる個に過ぎた力をッ」

 

 激情が入り混じった血を捧げることによりこの剣は真価を発揮する。

 ディルムッドの肉体が歪な音を立てているのは、血の対価を承認した大いなる激情が力を与えている証明。例えるならドーピングにも似た効果が所有者に齎される。

 

 「行くぞ―――大いなる激情(モラルタ)

 

 契約が成立した。

 今この場において、意図的にディルムッドは自身の限界を凌駕する―――!

 

 なんの躊躇いもなく火の大玉に向かって跳躍したディルムッド。

 その勢いたるや弾丸の如く。空中で曲がることも減速することもなく、ただまっすぐに直進する。

 観客席にいる忍達はどよめき出す。

 当然だ。あれだけの大火力を持つ火炎忍術に対して特攻するなど無謀もいいとこ。あらゆる防御手段を用いて守りに徹した方がまだ生存率は上がるだろうに。

 あれでは自ら死地に赴く蛮行だ。

 しかし―――類いまれない力を持つ者は、蛮行を貫いた末に、活路を見出す。

 

 「ぬゥオオォォォォォオオオオオオオオァアアッッ!!!」

 

 気合いの入った雄叫びの元、ディルムッドは紅き剣を全身全霊で振るう。

 まだ少年とは思えぬほどの筋肉が唸りを上げ、繰り出されるは過去最高の一太刀。

 太陽に勝るとも劣らない光と熱を発する焔の大玉を切り伏せるには十分だった。

 真っ二つに割られたセタンタの火遁はそのまま失墜するが、ディルムッドの勢いは止まらない。むしろ加速してそのままセタンタの元まで突き進む。

 狙うべきはセタンタのみ。端から術を切り伏せるだけで終わろうなどとは思わない。

 何よりこの双剣は槍と比べて燃費が悪い。今こうして持っているだけでもチャクラを吸われ続けている。チャクラも比較的多くないディルムッドにとっては、まさに奥の手。短期決戦専用の魔具。ちんたらしている時間はない。

 しかし彼の元へと行かせまいと残っていた木々の小人が彼の前に立ち塞がる。

 

 「邪魔だ、木人形」

 

 勢いを殺すことなく、通り抜けざまに粉微塵に斬って捨てた。

 流石にあそこまで損壊率が高ければ簡単には再起はできまい。

 もはやセタンタを護る障害は存在しないだろう。

 で、あれば―――

 

 「御覚悟を!」

 

 ディルムッドは王手をかけるが如く、その大いなる激情(モラルタ)を尊敬する男に向かって縦一文字に振り下ろした。

 しかしセタンタとてこのまま勢いに乗ったディルムッドに一太刀浴びせられるわけにはいかない。

 木人形に頼らずとも、この身には原初のルーンが備わっている。

 モラルタの一撃はルーンによって強化された杖によって防ぎ、致命傷を回避した――かに思えた。

 

 ディルムッドにとってモラルタを防がれるのは想定済みだったようだ。

 彼はモラルタが防がれたと見るや否や、左手で握られていた小なる激情(ベカルタ)の柄部分をセタンタの胸に添えるように静かに当てた。

 ディルムッドが小なる激情(ベカルタ)の刃でセタンタを斬り伏せなかったのは、決して情けをかけたわけではない。そもそもそんな余裕、あるはずがない。

 ならば理由は単純明快。小なる激情(ベカルタ)は……刀身ではなく柄にこそ真価が発揮される魔具であるが故に。

 

 「俺のチャクラ量はそんなに多くない。だから貯めていたのです。この柄に」

 

 物心がついた時から暇があればずっと貯めていたチャクラ。どんなにチャクラ量が少なくとも、日々貯蓄していけば山となる。

 そしてその貯めに貯めたチャクラを、一瞬で、最大出力で放出する。

 ただのチャクラ放出は質量の暴力によってあらゆるものを粉砕する凶器へと昇華される。

 この間合い、このタイミング、もはやセタンタは逃げられまい。今こそ彼から勝利を捥ぎ取る時だ

 

 「文字通り、俺の、全てを、ぶつけます」

 

 憧れた仲間に送る、これがディルムッドの全力全開。

 

 「――――小なる激情(ベカルタ)――――」

 

 ディルムッドが魔具を開放した瞬間、試験会場内は―――爆音に包まれた。

 

 




・五章でチラっと出演したセイバーディルムッド。色々夢が膨らみます
 そしてスカサハ、オルタニキピックアップで盛大に爆死し続けた我、ケルト英雄に嫌われてるのかもしれない……


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第18話 『第三試験予選:Ⅲ』

 ディルムッドが放ったソレは、この数年間貯め続けたチャクラを凝縮し、開放する奥の手。

 個人が持てるチャクラ量などたかが知れている。それこそ特殊な人間でない限り、皆常識の範囲内のチャクラしか持つことはできない。

 なれば、その限られたチャクラを日々貯蓄し、高めていけばいいだけのことだとディルムッドは考えた。全ては確実なる一撃の為に、格上に打ち勝つ為にと。

 まさに格上殺し(ジャイアント キリング)。その人間の拳よりも小さき剣の柄に長年溜め込まれたチャクラは、ただただ歓喜を得たかのように外へと飛び出し、巨大な爆発を生み出した。

 如何にセタンタと言えど、これほどのチャクラの暴発を受けて耐えられるはずはない。なにせ口寄せの上位魔獣をも確実に殺せる一撃だ。仮にチャクラで体を鎧のように覆ったとしても、その護りごと打ち砕くには十分すぎる……はずだった。

 

 「……ディル。これは、俺か我愛羅でもなかったから死んでたぞ」

 

 健在だ。あの爆発をその身に受けてなお、セタンタという人間はディルムッドの前に立っていた。爆発で出来た巨大なクレーターの中心に、立ち続けていた。

 

 「セタンタ殿……その姿、その力は……いったい」

 「ん? ああ、コレか。そうか……お前に見せるのは、初めてだったな、この姿は」

 

 今ディルムッドの眼前にいるセタンタは、これまで見たことのない異形の姿になっていた。

 肉体の節々に紅き文様が浮き出て、膝からは強靭な牙が生えている。何より尻尾には異形なりし尻尾が露わとなっていた。ディルムッドの知らない、未知なる力を、今セタンタは発露しているのだと理解できた。

 

 「一騎打ちの場でアイツの力は借りたくなかったが、なるほど。これは無意識に頼らざるを得ないほど、追い詰められたってことか……成長したな。ディルムッド」

 「それが、貴方の本来の姿ですか」

 「いや、違う。むしろ一番遠い姿と言えるだろうが、まぁ、あれだ。奥の手の一つとでも言っておこうか」

 「………奥の手の、一つ」

 「どうする。まだ、続けるか?」

 

 今の異形たる姿は奥の手の一つ。それはつまり、まだ別種の力を隠していることに他ならない。

 対してディルムッドは満身創痍だ。長年溜め込んできたチャクラを出し切り、奥の手も全て晒した。自身の肉体のうちにあるチャクラ量もあと僅かと言ってもいい。

 それに比べてセタンタは今も余力を残している。奥の手も全て晒していない。なにより今相対しているセタンタの圧力、チャクラはこれまでの比ではないと理解できる。勝ち目など、あるはずがないと本能が警告をしている。

 だが、それでも……手足は、まだ動く。まだ、戦える。最後まで惨めでも足掻いて、セタンタの力を少しでもこの目に焼き付けたい。まだ負けるなんてことも、決まったわけでもない。動ける限り、意識がある限り食らいつけと己の心の奥底から叫んでいる。

 

 「これ如何なる時も勝利に、結果に、貪欲であれ……砂隠れの忍であるのなら!!」

 

 なけなしのチャクラを全て肉体強化に費やし、ディルムッドは二振りの剣をセタンタに振りかざす。

 

 「よく言った。で、あれば―――」

 

 異形なりし尻尾が(しな)る。その動きは鞭に似ていた。

 鞭の先端は空気の壁を打ち破る音を発し、音速に到達するという。

 セタンタの尻尾もまた、その鞭のように尻尾の先端が音速を突破。今のディルムッドに避けられるわけもなく、脇腹を捉えられ、ガードをすることもできずに直撃した。

 壁にまで吹き飛ばされ、めり込むディルムッド。もはや意識を保ててはいまい。

 

 「容赦なく、心置きなく、叩き潰せる。再戦を心待ちにしているぞ、ディル」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 怪物だ。アレこそが、我愛羅に匹敵する怪物であるとカンクロウは確信した。

 セタンタ……後に、クーフーリン(光の御子)と名を改めるであろう男の肉体の内には、魔蟲と魔獣を飼っている。どちらも尾獣と謳われた伝説の怪物に劣るものの、一つだけかの尾獣に勝っているものがある。

 それは、成長を続けるというものだ。セタンタの中にいるあの二体は、無限に成長し続ける。チャクラを喰い続ける。肥大化が止まらない。

 最初は野生の獣と同じくらいの力しかなかったアレらは、長い年月を掛けて少しずつその存在を昇華してきた。尾獣に届くのも、そう時間は掛からないだろう。

 それを二体、セタンタは腹の中に飼っている。飼い慣らしている。

 本来なら一体だけでも制御は困難だろう代物を、セタンタは二つも受け止めているという事実。その精神力たるや、言葉にすることも躊躇われるものだ。

 

 「アイツ……晒しちまったじゃんよ、奥の手の一つを」

 

 しかし、ソレもこの場で多くの忍に見せてしまった。その力の一端を他里に見せてしまったのだ。できるだけ手の内は隠し通しておくものであろうになんということだ。

 セタンタの中に住む魔は風影や重役、そしてカンクロウを含む風影の子供にしか知り得ない機密だったというのに。チームであろう同班の人間、ディルムッドとバゼットすらも知り得ていない力だろうに。

 

 「秘中の秘をこうも簡単に……あの戦バカッ!」

 

 眉間に皺を寄せて本気で憤るテマリ。

 いや、こればかりは憤って当然だ。その肩に乗せられた重みを知るのであれば。

 一人の身勝手な行いは任務に支障をきたす。その愚行を行った者が重要な役割を担うのであればなお深く、大きくなるものだ。

 セタンタは、暴走した我愛羅を止める能力を持っているのなら。

 

 「………ふん、下らん。奴は僅かな力の発露を魅せただけだ。この程度、任務に影響を与えるほどのものではない」

 

 我愛羅は知っている。今この場であの力を見せたところで、対策を練られたところで、セタンタは真っ向から捩じ伏せる男であることを。

 それにあのディルムッドの一撃。アレは流石に、力を隠したまま受けきれる代物ではなかった。力をセーブしたが為に、大きな負傷を追えば本末転倒。

 

 「奴の判断に誤りはない……誤りはないが、あの姿を見せられたら流石に腹が疼くな(・・・・)

 

 今はまだ尾獣以下とはいえ、セタンタは仮にも怪物を飼う人間。似た境遇を持つ我愛羅としても、その禍々しい力を見れば多少なりとも感じ入るものがある。

 尤も、セタンタの持つ魔獣、魔蟲とでは、里中に恐れられた禁忌の化け狸と比べられぬ。業の深さも、人々が向ける恐れも、血塗られた歴史も。

 肉体の所有権を奪うか奪われるか。我愛羅がこの人生において、化け狸と常に肉体の所有権争いを続けてきた。眠れば体を乗っ取られ、暴走し、なれば一睡の猶予も許されない。

 対するセタンタは呑気にその飼っている怪物と和解を成し遂げた。それがどれだけ、どれだけ憎たらしいと思ったことか。安易に御せる程度の怪物なれば、何の苦労もあるまいに。

 

 「我愛羅!」

 「分かっている。俺は、至って冷静だ」

 

 カンクロウはそう言い放つ我愛羅に、正直言って安心できなかった。

 今、我愛羅は酷く残酷な笑みを浮かべている。どう見てもセタンタの魔に当てられている。一尾の本能が、あの魔蟲を喰いたがっているのだ。

 

 ”こんな状態の我愛羅と戦えば……相手に、未来はないじゃん”

 

 無意識にカンクロウは我愛羅の対戦相手を心配する。いや、憐れむと言った方が正しいか。

 敵に情けをかけるなど忍にあるまじき行い。だが、これまで我愛羅に歯向かってきた人間の末路を見続けてきた実兄だからこそ、そんな思いも芽生えてくる。それほど無残な死を迎えるのだ、我愛羅の前に立ち塞がる者は。

 

 「………ふ。この世の中は、全く慈悲と言うものがないな」

 

 兄の心情を汲み取ってか、我愛羅は更に笑みを濃くした。

 

 「次は、どうやら俺の番らしい」

 「………!!」

 

 大きくモニターに映し出された『ガアラVSロック・リー』の文字。

 これは一種の死刑宣告と言える。ロック・リーという男に対しての。

 

 「待て、我愛羅。これは模擬戦じゃん。各里の上忍も見ている」

 「だからなんだ。魅せつければいい。砂隠れの力を。俺の力を」

 「まだその時じゃねーだろ! 程々にしておけって言ってんだ俺は!」

 「知らん。それともカンクロウ……お前がロック・リーとやらの男の代わりに俺の前に立つか?」

 「ッテメェ……!」

 「ちょっとそこまでにしなよ、カンクロウも我愛羅も!」

 

 テマリが我愛羅の胸倉をつかもうとするカンクロウを諫め、その間、我愛羅は我関せずと言った顔で試験会場へと向かった。これ以上の会話は時間の無駄であると言う風に。

 

 「カンクロウ。お前は少し熱くなりすぎだ。我愛羅に歯向かえば、兄弟だろうと殺されるよ。その気になれば、虫のようにね」

 

 敵も味方も、そこらの虫も等しく同価値。それが我愛羅の価値観だ。それが、砂隠れの里で、人柱力に選ばれてしまった弟の歪みの在り方だ。

 長い年月を掛けて形成されたあの殻は、非力な自分達では崩すことはできない。その無力さを、誰よりも理解しているのは長女のテマリである。

 

 「今は、あの子の好きなようにさせるしかない」

 「………クソッタレが」

 

 我愛羅が悪いわけではない。全ては我愛羅をあのように育ててしまった、砂隠れの責任だ。我愛羅とは、人柱力とは、風隠れの里の業と言えるのだから。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「………ッぐぅ……痛」

 

 意識を取り戻したディルムッドを最初に出迎えていたのは、全身をくまなく覆う痛みだった。

 その激痛で、先ほどまで意識を失っていたが故の微睡が一瞬で覚醒した。これは目覚めざるを得ない、そんな痛みだ。

 

 「ここは……控え室?」

 

 どうやら自分はあの戦いの後に、すぐさま控え室に運び込まれたようだ。体の節々には大量の医薬品が沁み込まれたシップなどが大量に貼られている。

 血肉を熱く燃やし、激闘を繰り広げた戦場は過ぎ去った。まるで夢のような時間を体験することができたと、ディルムッドは負けたながらに満足した笑みを浮かべる。

 

 「おう、おはようさん」

 「セタンタ殿……」

 

 気を失っていたディルムッドの傍にいたのは、先ほどまでに試合を興じていたセタンタだった。

 彼は控え室に設置された試験会場モニターを食い入るように見ていた。

 ディルムッドは体を起こし、ふらふらとした足取りながらも、セタンタの横に立った。今セタンタが見ている試合が如何様なものなのか、痛みよりも好奇心の方が勝っているのだ。

 

 「もう立てれるほどに回復したか。タフだな、お前は」

 「セタンタ殿ほどではありませんよ……ところで、この試合は」

 

 ディルムッドは自らの敗北を引きずらず、自然と立ち直っていた。

 あれほどの力の差を見せつけられて尚、ディルムッドは折れていなかった。

 その事実にセタンタは嬉しく思う。

 

 「ああ。我愛羅と木ノ葉の忍との試合だ」

 

 砂隠れの奥の手。この木ノ葉隠れに対する切り札。現風影の息子にして人ならざる超常の力を持つ、砂の我愛羅。その脅威は里の誰もが知る者。

 彼と戦闘になれば、まず無事では済まない。これまで我愛羅との闘いを経て生き残った者は数少なく、多くは惨死の道を逝く。

 

 「そんな、馬鹿な」

 

 だからこそ、ディルムッドは目を見開いたのだ。今、あの我愛羅が追い込まれている、この驚愕無比な映像を見たが故に。

 

 「こいつァとんだダークホースだ。本当に下忍か、アレは?」

 

 セタンタも苦笑いをして我愛羅の対戦相手たるロック・リーを評価する。

 ロック・リーは忍術を一つも使わず、超人的な身体能力のみで我愛羅を圧倒していたのだ。視認など許さぬと言わんばかりの高速移動からの、音速を超えた連撃の数々。

 

 「なんという高速体術。砂の完全防御が追い付いていない……あらゆる攻撃を遮断する、砂の壁が、ロック・リーの動きに反応できていない……!」

 「信じられるか? 奴は己が力のみであの我愛羅を翻弄している。人柱力に対して、体術一筋であそこまで出来る人間がいようなんてな。いやはや、忍の世界ってのは広い」

 

 努力も極めればあれほどの力を身につけることができるのか。一体彼はどれだけの鍛錬をその身に課してきたというのか。もはや狂人の域だ。下忍の域を極限まで極めていると言っても過言ではない。

 

 「なんという……素晴らしい忍だ、彼は!!」

 「感動するのは分かるが、お前はどっちの味方だどっちの」

 「ッ! す、すみません。つい、興奮して……」

 「興奮しすぎて傷を開かんようにな。それよりも、そろそろ決着がつくぞ」

 

 ロック・リーの動きは人の動きに非ず。その脚力も人間の限界を超えている。

 なれば、当然それらの動きを長時間持続できるはずもなし。今の彼は肉体に多大な負荷が掛かっているのは明白だ。

 体力が尽きれば我愛羅に嬲り殺しにされるまで。命運を決めるのは早期決着であるか否か。ロック・リーが尽きる前に、我愛羅を下すほかに道はない。

 ロック・リーは最後の力を振り絞り、我愛羅に大技――裏蓮花なる木ノ葉の奥義を使用した。あの莫大な膂力とチャクラからなる連撃からの、拳と蹴りにチャクラを集約された強烈な一撃を見舞ったのだ。

 

 「これは、流石にあの我愛羅であっても……」

 

 砂の完全防御は破られ、まともに叩き込まれた窮極の体術。如何に我愛羅とて、ここまでされては立ち上がることはできないだろう。

 そう、ディルムッドは言うが、セタンタは首を横に振った。

 

 「我愛羅の勝ちだな……倒しきれなかったか」

 

 我愛羅はあの技を受けてなお、意識が残っている。

 地に伏せ、立てないレベルまで追い詰められたものの、意識がある。

 ただそれだけでいいのだ。肉体の損傷が幾らあろうと、チャクラが尽きていなければ、砂を操るだけの意識が残っていれば―――我愛羅は攻撃する術を行使できる。

 全力を出し切り、身動きの取れぬロック・リーにじりじりと這い寄るは砂の魔の手。数々の忍をあの世へと送った死神の馬車。

 アレに捕まれば、どうなるか。それは砂隠れの忍であれば皆が知っている。

 

 「チっ………右手、右足を潰された。もう地力では逃げられん」

 「(むご)い……」

 

 逃げ切ることができずに、ロック・リーの肉体の一部が砂によって握り潰された。あれは間違いなく骨諸共、粉々に砕け散っただろう。

 その痛みたるや、想像を絶するものだ。普通なら気絶してもいい、拷問にも勝る苦痛だろう。

 そしてトドメとばかりにロック・リーに迫る追撃の砂を―――彼の上忍が割って入り、それを阻止した。

 勝負はついていなかったが、これによりルール違反と見なされ、ロック・リーの敗北は決定された。しかし誰があの上忍を責められようか。

 

 「正しい判断だ。あのまま続けていたら、殺されていただろうからな」

 「………俺の立場で、このようなことを口にするのは間違っているのでしょうが……正直に言って、安堵しています。彼があの場で命を落とさなかったことを」

 「ああ。今は、それでいい。敵であれ、あれほどの忍をむざむざ嬲り殺されるのは、面白くもなんともねぇってもんだ」

 

 ロック・リーは敵国ながらも賞賛せざるを得ない男だ。あのような場所で果てる末路は似合わない。

 

 「あの男は最後まで戦った。まさかあの我愛羅をここまで追い詰める忍がいようとは……ディルムッド。この里を落とすのは、想像以上に容易ではないかもしれん」

 「その割には、笑みを零していますが?」

 「ハッ、当然。俄然 落とし甲斐があるってもんだ。まぁあんまりこの任務には気は乗らなかったが、従うしかない身の上であれば、少しでも楽しんだもん勝ちよ」

 「違いない」

 

 この中忍試験を受けてからというもの、木ノ葉の里の高い地力は常に感じさせられる。全面的に練度も高く、優秀な人材揃い。里国一の大国と言わしめるだけのことはある。

 

 「お前の意識も戻った。俺は試験会場に戻る。やはりモニター越しで鑑賞するより、この目で直接見る方が性に合っている」

 「でしたら俺も……!」

 「駄目だ。今は体を休ませとけ。俺の一撃はそう生易しいものではなかったはずだが?」

 「…………はい。了解、しました」

 「分かればよし」

 

 ディルムッドもこの任務において重要な我愛羅のサポーターの一人。負傷を負ったのなら少しでも回復するよう専念して然るべき。

 自身の立場を思い出したディルムッドは、しぶしぶセタンタの言葉に従った。敗者なれば、なおのこと口答えするなどできないのだから。

 

 

 

 ◆

 

 

 既に幾度となく鮮烈な戦いが起こり、舞台となるフィールドは徐々に痛み始めている。

 全て下忍である忍達が遺した爪痕。戦いの痕跡。

 これが選ばれし忍の力なのかと、岸波白野は痛烈に己の未熟さを噛み締める。

 セタンタの未知なる力も、我愛羅の凶悪無比な砂も、ロック・リーの極まった体術も、どれもこれもが各々他人に譲ることのできない唯一無二の武器。

 真似できるものなど何一つもなく、参考になるほど生易しいものでもない。

 

 「これが、中忍試験の中間地点」

 

 戦いに敗れ、敗者となった忍とて全員弱くはなかった。誰も彼もが白野を上回る猛者だった。

 ただどのような強者であろうと、それを超える圧倒的な力の前では捻じ伏せられる。それが現実であり、今自分が挑むべき壁なのだと再認識させられる。

 

 「ふふ、なーに固まってるの白野」

 「メルト……」

 「シャキっとしなさい、貴女らしくない。こんな試練、霧隠れで経験した修羅場と比べればどうってことないじゃない」

 

 メルトリリスは自信が揺らぎ始めている白野を察して、力強く言葉を投げかけてくれた。

 その言霊は、自身の実力を肯定すると同時に、かつての試練を思い出させてくれる頼もしい助言でもあった。

 あの生死の境目に立たされた戦と比べ、何を臆する。何が劣るというのか、と。

 

 「……ありがとう、メルト」

 「そう、その顔よ。貴女は常に堂々とした顔がよく似合う」

 

 白野の目に灯った闘志に満足し、まるで姉のような笑顔を晒すメルトリリス。

 そしてその瞬間、次の対戦相手が決定した。メルトリリスの出番である。

 

 「次は私の出番のようね。相手は……あら」

 

 メルトリリスの対戦相手は、あの死の森で白野と一戦交えたバゼットいうくのいちだった。

 

 「あらら。白野の獲物を横取りする形になっちゃったか。ま、私も再戦を楽しみにしていたディルムッドが敗退しちゃったし、これも運命。仕方ないことね」

 「メルト、彼女は―――」

 

 白野は一度バゼットと戦い、その戦闘スタイルをその目、その身で体験している。

 少しでもその情報を授けようと口を開くが……メルトリリスの細くて白い、綺麗な指を下唇に当てられ、言葉を中断させられた。

 

 「助言は結構よ。私的には無粋ってこと」

 「白野からのせっかくの助言。聞いておけばある程度の対策も取れるだろう。本当に聞かなくていいのか?」

 

 白野が持つ情報の貴重性、重要性を説くシロウにも、メルトリリスは呆れたように首を振った。

 

 「もう、何度も言わせないで。無粋と言ってるでしょ」

 「まったくお前という奴は。こんな時でも戦に愉悦を求めるか」

 「そりゃ求めるわよ。私はね、戦いが好きなの。この身に流れる血が命削り合う相手と交じり合い、溶け合い、熱くなる。そんな一刻が堪らなく好きなのよ」

 「戦闘狂め。ああ、いいだろう、好きに暴れてこい。いつも通りにな」

 「言われずともそのつもりよ。見ていなさい、私の戦闘ってものをその目に刻んであげる」

 

 メルトリリスは絶対の自信を持って荒れたステージに足を踏み入れた。

 忍としてのセンスも高く、あらゆる分野においても秀才と言えるメルトリリスは高飛車だが、その実力は本物だ。

 メルトリリス本人が助力を必要とせず、生粋な実力勝負を所望するならそれに応えた方が彼女の為ではあるのだろう。例えそれが慢心であると言われようとも、傲慢であると思われようとも曲げはしない、彼女の譲れないプライドなのだ。

 

 「待たせたわね」

 

 メルトリリスは先に舞台で待っていたバゼットの正面に立った。

 彼女はディルムッドに勝るとも劣ろない、凛々しい貌つきをした女だ。

 こういった真っ直ぐな瞳を持つ女性は大抵、芯が固い。肉体も、心もだ。

 

 「………話は聞いていました」

 「あら、盗み聞きが得意なのかしら?」

 「忍とは元来そういうものであるはずです」

 

 バゼットはメルトリリスの煽りをばっさりと切り伏せる。

 忍とは諜報のプロでなければならない。

 あらゆる情報を聞き出し、持ち帰り、里の利益とする忍の本懐。

 盗み聞きを得意ちするのは当然のこと。何も恥ずかしがるものではなく、むしろ胸を張って誇れるものである。

 

 「あー、そう言えばそうだったわね」

 「貴方には大層な誇りがあるようですが、それと同時に忍としての自覚がない。まるで自分が崇高な騎士か何かと勘違いされているのでは?」

 「ふふん。だいぶ強く突っかかってくるけど、そこまでカンに触ったのかしら。触ったのよね。でなければそこまでムキにはならないもの」

 「ええ、私は大変貴女が気に食わない。高い実力を持ちながらその傲慢。見ていて好めるような類ではないのは、確かです」

 「なるほど、なるほど。お堅い貴女とではソリが合わないのも道理ね……なら、口で説教するだけじゃなく、その実力で持って分からせてはどう?」

 

 笑顔で問うメルトリリスだが、その額は若干ながら血管が浮き出ている。

 彼女にとって他人からの説教は好ましいものではないのだ。それも初対面にこの言われよう。

 これで黙っていられるほどメルトリリスは大人ではなく、堪え性もない

 

 「無論、そのつもりです。少々……いえ、多く痛い目を見るのは覚悟してください」

 「その大口、敗北させた後が楽しみね。いいわ、貴女自身は気に入らないけど、そのビックマウスな態度を屈服させた時は最高の玩具に変わりそうよ。ああ、ゾクゾクしてきたわ」

 「まるで獲物を舌なめずりする獣。下卑た笑みを隠そうともしない。その性根、我が拳を持って叩き直しましょう………!」

 「やれるものならやってみなさい。逆に貴女の性根は真っ直ぐすぎてつまらない。私が程よく捻じ曲げ、イイ女にしてあげる。ええ、本当に、慈悲深い私に感謝なさい!!」

 

 女と女。

 互いに相手が気に食わない。いけ好かない。

 それらの猛々しい感情が彼女達を高く、高く、天を貫く勢いで闘志を燃焼させていた。

 試合の合図は既に下され、止める者もいない。もはや檻から解き放たれた二匹の獣だ。

 なればただあるのは前進のみ。ただ為すべきは相手の粛正のみ。

 拳と蹴り。相反する女達の想いが籠った重い一撃は、試験会場を大きく響かせた。




・明けましておめでとうございます!
 年明け更新、なんとか間に合った……そして新年早々、女の戦い、始まります

・追記
 今回チラ見せしたクリード・コインヘンはセタンタの飼う魔蟲です
 元ネタ的には海獣ではありますが、オリジナルで蟲に変更
 魔獣の方も来たるべき舞台で出しますので、御容赦ください


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第19話 『第三試験予選:Ⅳ』

 メルトリリスは、幼い頃から卓越した身体能力を有していた。少なくとも、木ノ葉隠れのアカデミーのくノ一達では誰も彼女の疾走には追い付けなかった。目で捉えることさえも至難の業だったほどだ。

 

 そう、だからこそ、ある意味あの頃のメルトリリスは慢心していたのかもしれない。生まれながらの才能を自他ともに認められ、誰からも賞賛を受けていたあの黄金期を。

 

 アカデミー屈指の神童、日向ネジも言っていた。「生まれ持っての才能が全てである」と。

 うちはサスケという少年も、うちは一族という血統が織り成す多才さを魅せつけていた。

 そして自分もその一人であるのだと、強いプライドを持っていた。それが一つのアイデンティティでさえもあった。

 

 

 ―――それを、一人の凡人が打ち壊すまでは―――

 

 

 初めて彼とアカデミーで出会った時、一目で分かった。

 その男は凡人であると。才能がないのだと。

 

 実際、メルトリリスの直感は当たっていた。彼の持つ僅かな才能と言ったら武器を作るだの弓だのと、鍛冶師や狩人のような的外れなもの。忍として重要なチャクラ量はそう多くなく、チャクラコントロールも目に見えて愚鈍極まりなかった。忍術も可もなく不可もなく平均的なもの。全くもって優雅ではない。

 さらに日向ネジと同期だったらしいが、何を思ってか留年する始末。初歩の初歩たるアカデミーで留年を選ぶような醜態には嫌悪感すら覚えた……そのくせ、努力の数だけは一人前だった。

 

 それを惨めだと、悪あがきだとあの頃のメルトリリスは嘲笑していた。

 

 

 彼とはアカデミーの授業で模擬戦をしたことがある。その度に当然の如く打ち負かした。負ける要素など、一つもなかったのだから。

 それでも彼は折れなかった。自分より小さな少女に負けて、留年して、笑われて、馬鹿にされても。それでも彼は平気な顔をしていたのだ。それが一際気に食わなかった。

 

 『貴方、ダメね。憎たらしい程……悔しくはないの!?』

 

 模擬戦の後、ついにメルトリリスはそう口走った。

 だって、あまりにも彼に対して苛立ったから。

 自分ならここまで負けたらアカデミーに来ようとは思わない。才能の無さを自覚して、忍とは別の道を歩む。こんな恥を晒して平静な顔は保てない。自分のプライドに賭けてだ。

 しかし彼―――岸波シロウは怒るでもなく、悲しむでもなく、何をそんなに荒げているのかと不思議そうな顔でこう言った。

 

 『敗北は無論、悔しいとも』

 『なら―――』

 『だが、いつかは追い抜くさ。そこで負け分を清算する』

 

 な、なにを根拠にそんな厚かましいことを吐けるのか。才能無い身で己惚れるのも大概にしろとメルトリリスはらしくないように食ってかかった。

 

 『何をそこまで生き急ぐ? 確かに才能ある者と比べれば成長の幅は狭いが、まだまだ時間は多くある。それに……いちいちこの程度(・・・・・・)で挫折してはキリがない』

 

 多くの挫折と絶望を経験した彼はメルトリリスとの勝敗なんて歯牙にもかけていなかった。

 悔しくもあろう、無力感に苛まれることもあろう。だがそんなこと、彼にとっては一度や二度ではない。それを積み重ねて、それを経験して、それでもなお、歩みを止めない。止めるわけにはいかない。小石に躓いた程度で、歩くことを止める者は、それはとんだ根性無しだと言わんばかりに。

 

 『―――ハッ。それを能天気な開き直りというのよ』

 『好きなだけ言え。罵詈雑言など、結果で洗い流せることを教えてやる』

 

 夢物語を語るだけなら簡単だ。言うだけならば誰でも言える。

 この男も、そんな情けない人間の一人だと思っていた。口だけ達者な負け犬だと。

 しかし―――どうして自分はこのような男に此処まで執着しているのか。所詮は有象無象の凡人の一人。気にかけるほど容姿がいいわけでもない。なのに何故。

 自問自答が繰り返され、そして答えが出るまでは、そう長く時間は掛からなかった。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 

 『ッ………!?』

 

 ある日、久しぶりにシロウと模擬戦を交えた時にメルトリリスは驚愕した。

 強く――なっている。前に戦った時よりも、確実に、目に見えて。

 チャクラが増えたわけではない。忍術が増えたわけでもない。ただ扱う武具が増え、戦術や戦略の幅が増えただけだ。その外部的な強化が、メルトリリスの目にはハッキリと脅威として映った。

 

 それでもなんとか勝ちを拾えた。負けはしなかった。しかしメルトリリスはそんな勝利に全く喜べもしなければ満足もしなかった。あるのは危機感や焦燥……あの圧倒できていた凡人が、今や紙一重の激戦を繰り広げられるほどまでに実力の差が縮まっている事実。

 

 そしてようやく分かった。自分が何故、岸波シロウに注視していたのか。どうして足元にも及ばぬ格下に食ってかかったのか。

 心の何処かで、恐怖していたのだ。彼が自分に追いすがるほどの実力を身につけることに。あの折れない精神力と、挫折を乗り越えて突き進む成長に。

 

 だがメルトリリスとて努力をしてきた。才能に溺れず、自分を磨いていた。

 それでもなお、岸波シロウは追いすがる。それはつまり、自分の修行量を大きく超える練度を日々積み重ねているからに他ならない。自分では想像できない訓練をその身に与えているのだと理解した。

 

 

 彼はゆっくりと……しかし着実に実力の差を埋めていき、そして遂に成し遂げた。

 

 

 

 

 『はは……どう、だ。口だけの男では……なかった…だろう?』

 

 もはや幾度目か分からない戦いの末、ついにメルトリリスは岸波シロウに敗北した。

 互いに精根使い果たし、満身創痍の拙戦だったが、確かに負けたのだ。

 石ころと侮り、凡人だと笑い、これまで勝っていた相手に負けた。その事実が、メルトリリスを襲う……しかし、不思議と受け入れられた。この敗北を、静かに認めている自分がいたのだ。

 

 『……どうして……貴方は………そんなに強くなれるの?』

 

 大地に大の字で倒れ込んでいるメルトリリスは、空を眺めながらそんなことを聞いた。

 その言葉は、悔しさもなければ、罵倒もない。純粋な気持ちが込められていた。

 

 『……弱いままでは、いられないだけさ。強くならなければ何も護れない』

 『守りたい人でもいるの……?』

 『ああ。唯一無二の家族を……妹をこの手で守る。その為の力だ』

 

 即答されたその言葉を聞いて、腑に落ちた。

 誰かを守る為に強くなる。なるほど、確かにそれは人の道理だ。

 納得したと同時に、それは敬意や憧れに変化した。

 我ながら心変わりが早いと呆れながらも、彼の在り方には確かな熱があった。

 誰かの為に強くなる。これも、言葉にするだけなら容易な類いの綺麗言だ。

 だが、岸波シロウは実際にやってみせた。凡人の身でありながら、今もこうして強くなっている。

 

 ここまでされたら認めるしかないだろう。彼が、言葉だけの男ではないのだと。

 

 『負ける…というのも、案外悪くないかも』

 『なんだ。今頃、気づいたのか』

 『仕方ないじゃない。そんな機会、なかったもの……貴方が初めてだわ、シロウ』

 

 強くなる理由に才能の有無はそこまで問題ではない。

 あるべきは強くなるという鋼の心。そして血の滲む鍛錬。

 負けてようやく認めることができた。自分が如何に、胡坐をかいていたか。

 そしてこの敗北。常勝の結果とは違う、また別の余韻があった。

 

 『でもあまり調子に乗らないで。勝ち逃げなんて、許さないんだから』

 『100戦中99敗1勝の身に勝ち逃げも何もないと思うのだが……いいだろう。こちらも折角追い抜いたんだ。早々に追い抜かれないよう、気をつけるとしよう』

 

 そうだ。この頃から、メルトリリスという少女は変わったのだ。

 負けたくない。勝ちたい。そう必死でそう思える相手と出会えた。

 肩を並べる好敵手(ライバル)。己の全てを出しても勝てるか否かの相手。

 気づけば修行を共にするようになり、彼の妹とも交流を持った。

 あれほど嫌っていた相手と、いつの間にやら仲良しこよしときた。

 だが、そんな関係になってもメルトリリスは忘れてはいない。彼への執着を。

 いつまでも強くなる彼を見返し、また追い抜き返す。

 認め、認められるているからこそ、彼が見ている場所で、決して情けない姿は魅せられない。

 

 岸波シロウ。貴方が負かせた女の価値―――その目に焼き付けてあげる。

 

 

 ◆

 

 

 第三試験参加の切符を賭けたメルトリリスとバゼットの戦闘は苛烈を極めた。

 メルトリリスが高速体術を得意とするなら、バゼットはスピードもパワーも纏まったオールラウンダー。その手足から繰り広げられる一撃一撃が重く、そして速い。

 小細工は弄しないタイプなのか、今のところ搦め手などは使ってきていない。もしくはまだ使う時ではないと温存している可能性もある。

 なにせ相手は生粋の忍だ。正々堂々の打ち合いが全てなわけがない。警戒するに越したことはないだろう。

 

 「その華奢な体でよく動く。無駄な肉を削ぎ落としているが故の機動力ですか」

 

 バゼットの拳はまさに一撃必殺。まともに喰らえば唯では済まない。

 そして彼女の言う通り、メルトリリスは華奢なのだ。高速移動に必要な最低限の個所しか鍛えてはいない。無駄に筋肉をつけると、その分可動域が狭まると踏んだからこそ。

 

 更に、驚くほど衣服に防御を割いていない。鎖帷子を体に身につけるわけでもなければ、露出狂の如く下半身を晒してさえいる。年頃の少女が下半身を隠す衣装がスパッツ一枚だけというのはあまりにも不健全。

 しかし、これがメルトリリスの唯の趣味ではないとバゼットも感づいている。あの衣装は少しでも効率よく動き回れるようにするための処置と見た。

 護りもある程度重視しているバゼットのスーツとは、真逆の方向性だ。

 

 まさに捨て身の在り方とでも言うべきか。護りを捨て、攻撃に全てを賭す。

 それを勇敢と取るか、蛮勇と取るかは人によるだろう。

 

 ―――バゼットは軽快なステップを踏みながらも、メルトリリスを勇敢と評価した。

 

 確かに彼女とは気が合わないが、その独特な鍛え方は彼女の生き様を表している。

 攻撃なんぞ当たらなければいい。なるほど、確かにその通りだ。どのような打撃も、斬撃も、要は当たらなければ意味を為さない。

 とはいえ、それを実戦で貫き通すことは難しい。どのような強者であれ、生きている限り、無傷で勝利し通すことなどできはしない。それを理解していながら、その戦法と肉体訓練を課しているメルトリリスの決意も窺い知れるというもの。

 

 「なら貴女は私と逆ね。その体型で、いったいどこまで筋肉を敷き詰めているのかしらッ」

 

 バゼットの踏み込みはステージを抉るほど重い。一足、一足が地面を砕き、途方もない殺傷力を嫌というほど知らしめている。

 単純に筋肉の密度が段違いなのだ。その膂力、脚力から織り成すエネルギーに対してこのステージが耐えられていない。そんなものを、もし人間が受ければどうなるか。想像するだけでも恐ろしい。

 

 「力は頼りになりますよ」

 

 軽いジャブによる小手調べを続けていたバゼットの動きが変化した。

 あの軽快なステップは、より豪快に、素早く、鋭敏に。

 様子見は止めて、本格的に潰しにきたのだ。

 そして攻めの手段も変えてきた。

 バゼットは一気に間合いを詰めて、メルトリリスの肉体を素手で掴もうとする。

 

 「――――貴女!!」

 

 メルトリリスは全力で彼女から距離を取った。

 鉄の具足にチャクラを流し込み、地面を滑走するメルトリリス独自の走法。

 その華麗にも、優雅にも取れる美しい奇跡を描く後退とは裏腹に、彼女の顔には余裕がなかった。

 

 「絞め技……いえ、間接技を狙ったわね。打撃系総合格闘家(ストライカー)じみた戦い方をすると思えば、まさか組み技(グラップリング)まで嗜んでいたなんて」

 「何をそこまで驚くことがあるのです。忍たるもの、己が使えるであろう技術は、全て扱えるようにする。当然のことじゃありませんか」

 「節操がないとも言うわよ」

 「打撃も、組み技も、責任を持って会得し伸ばしてきました。貴女だって、私の組み技に脅威を感じたから引いたのでしょう? 生半可な技なら、むしろ付け入る好機だと思うはずです」

 

 バゼットの言う通り、メルトリリスはバゼットの組み技を警戒して後退した。

 タイミングも、組み入る決断力も、どれを取っても一流と感じたからこそ。

 まさかあの年で打撃、組み技をここまで練り上げた下忍がいようとは思うまい。

 

 ”捕まればアウトね、これは”

 

 あの馬鹿力で組み技、絞め技を受けようものなら逆転の可能性も無く潰される。

 きっとここから彼女は打撃系総合格闘家(ストライカー)の技術、組み技系総合格闘家(グラップラー)の技術を入れ混ぜて攻めてくるだろう。厄介さが、更にもう一段階上がったとメルトリリスは内心で溜息をついた。

 

 「癪だわ。防戦一方なんて……私の趣味じゃないの」

 

 恐らくバゼットは体力も高い。持久戦となれば、確実に彼方が有利になる。

 対してメルトリリスは見ての通り、持久力が一般の下忍よりやや劣る。

 あまりに警戒を強くしてチンタラやっていたら、それだけバゼットにチャンスを与えかねない。

 ここはいつも通り、スマートかつ爽快に決着をつけるべきだ。泥仕合なんてこのメルトリリスの肌に合わない。

 

 「此方も、ギアを上げていくしかないようね」

 

 そう言って彼女が取り出したのは―――二つの小さな巻物だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「あれは………メルトリリスめ、この場でアレを披露するのか」

 

 メルトリリスが出した二つの巻物を見て、一番に反応を見せたのは岸波シロウだった。

 

 「あの巻物が何か知っているの?」

 

 義妹は不思議そうな顔をして義兄に尋ねる。

 白野とてメルトリリスと組んでだいぶ時間が経ったが、それでもあの巻物は見たことがない。何より彼女は軽装を好み、忍具をあまり持ち込まないことで知られている。

 だからメルトリリスが巻物を取り出した、というだけでも驚きだというのに。

 

 「アレは、メルトがこの中忍試験の為に用意した奥の手の一つだ」

 

 その口ぶりからして、どうやらシロウもあの巻物に一枚噛んでいるようだった。

 

 「良く見ておけ……白野すら知らない、彼女(メルトリリス)の本領を今から見ることができるぞ」

 

 

 

 ◆

 

 

 メルトリリスはこの予選で本気を出すことを選んだか。

 バゼットは冷静に彼女の持つ巻物を注視する。

 あくまでこの模擬戦は、第三試験に上がる為の篩いでしかない。

 それは彼女も分かっているはずだ。それでも秘中の秘を、この時使おうと決断を下した。

 つまり――メルトリリスはバゼットをそれだけの忍であると認めたからに他ならない。

 

 「貴女の本気、受けて立ちましょう」

 

 認められたのなら、その期待に応えるまで。

 そして敵の秘策ごと、完膚なきまでに打ち砕く。

 それがバゼットの考え得る最上の勝利だ。

 

 「私の全力、その目に刻み込むわ。光栄に思いなさい」

 

 メルトリリスがそう宣言した時、二つの巻物の封が解かれた。

 一つの巻物からは、大量の水が溢れ出た。とはいえ、バゼットに直接危害を加えるほどのものではなく、このステージを水で覆うことを目的としたものだ。

 

 ”なるほど。あの巻物はまずこの場を自分の有利な環境に整える為のもの”

 

 一度彼女と矛を交えたディルムッドから、予めメルトリリスは水遁が得意であると聞いていた。

 ならば、この水たまりを形成した意図は簡単に読める。

 水上でこそメルトリリスは自身の能力を発揮できる類いの忍、ということなのだろう。

 あの面妖な具足によって、水面を疾走することで機動力を向上させる。小細工とも取れる奥の手だ。

 

 そして残るもう一つの巻物をメルトリリスは開帳した。

 

 その巻物から飛び出してきたモノは長大な二丁の槍。

 いや、否だ―――アレは――――具足?

 

 バゼットの予測は当たっていた。

 槍ほどの長さを持つソレの正体は、メルトリリス専用の具足であった。

 メルトリリスは今まで扱っていた具足を脱ぎ捨て、その新たな具足に瞬時に履き替えた。

 あの小柄で小さかった少女は、今やその身長たるや190cmを優に超える。

 バゼットがメルトリリスを見下ろしていたのに、今度は見下ろされる立場となったのだ。

 

 「こけおどし……では無さそうですね。しかしまた、面妖な武具を使う」

 

 如何に特異な代物を出してこようと、バゼットは油断などしない。侮りもしない。

 第二試験、死の森で岸波白野に深手を負わされたあの時に、そんな余分なものは殴り捨てた。

 険しい顔つきで睨むバゼットだが、次の瞬間、その鉄面皮が崩れ落ちることになる。

 

 「どうもスパッツのままだと、気分が乗らないのよね……っと」

 

 びりびりびり。

 彼女は自分で自分のスパッツを、何の躊躇いもなく、公衆の面前で――破いた。

 

 「――――なぁッ!!??」

 

 メルトリリスは、ただでさえ露出の激しい下半身の防御を脱ぎ捨て、その肉体を晒したのだ。

 いや、いやいや、女性の秘所は何やら銀の前張りみたいなもので隠しているが、それでもギリギリの、ギリギリだ。隠している方が厭らしく見えるレベルでギリギリだ。

 

 「「「「「おおおおおおおおおおおお!?!?!」」」」」

 

 外野の男共が一気に熱狂した。

 先ほどまで静かに観戦していたというのにだ。

 

 「あ、あああ貴女何を、何をして………!?」

 「何って、見て分からない? 動きやすくなる為に、脱いだのよ。このスパッツ、締め付けが地味に強くて」

 「いえ、だからって、貴女、そんな、」

 「はぁ……まったくどいつもこいつもお子ちゃまね。この程度で騒めくなんて」

 

 どう考えてもそういう問題ではないだろう。

 

 「な、なんて淫らな! 如何に効率を考えたとしても、これは行き過ぎている!!」

 「悪かったわね。これがベストな状態なんだから仕方ないでしょ。大事なところはちゃんとコレ(前張り)で隠してるし。見えてないし。セーフよセーフ」

 「どう見てもアウトですッ!!!」

 

 スパッツまでは良かったが、ここまで来ると、もはや機能云々以前の問題だ。

 羞恥心が無いどころの話ではない。

 

 「安心なさい。これはどこぞの武器屋が作った特製の前張り。生半可なことでは破壊もできないし、うっかり外れることもないから」

 

 メルトリリスがさらっとそんなことを言い、観戦席から咳き込んで咽ている少年と、怒号を鳴り響かせる少女の声が聞こえたような気がした。

 あまりの行動に呆気を取られるバゼットだが、次第に呼吸を整え、荒れた精神も整わせた。

 

 ”相手のペースに乗せられるな。これはあくまで動揺も含めた揺さぶりのはず……男ならまだしも、女の私にはそこまでの効果はな―――”

 

 そう言い聞かせるバゼットの前で、忽然とメルトリリスが消えた。

 激しい水飛沫の軌跡だけが残り、メルトリリスは見たこともない速度でステージ上を疾走する。

 不意打ちのつもりで動いたのだろうが、此方も既に迎撃の態勢は取っている。

 

 しかし、それでもこの速さは―――尋常ではない。

 

 あのスピードに慣れないうちは、肉眼では追えない。水上を加速、更に何段階もギアを上げて速度を上げるメルトリリス。先ほどの痴女めいた行いも、あながち無価値なものではなかったようだ。

 

 「行くわよ」

 

 闘志の籠った言霊がバゼットの耳に届く。

 

 「ふぅぅぅぅ………」

 

 メルトリリスの声に、バゼットはただ、拳を構えて応える。

 そして、その一瞬。刹那の出来事だった。

 ―――バゼットの眼前に、巨大な鉄の脚が現れた。

 

 「ハァッ!!!」

 

 迫る鋼鉄の具足を、バゼットは受け止めることをせずに、拳で受け流した。

 ガイィンッ! と、鈍く重い音を響かせながらその旋風脚はいなされる。

 もはや反射神経で対応したに等しい。それでもバゼットの業は冴え渡っている。

 しかし、だからといって余裕の表情を浮かべられるほど、彼女も楽観視はできないでいた。

 

 ”なんという蹴りだ。それにこの常軌を逸した機動力……我愛羅を追い詰めた、あの木ノ葉の下忍と勝るとも劣らない”

 

 眼では捉えきれず、かといって直感と反射神経だけ頼っていては、いつか必ずボロが出る。

 そう思案しているうちにも、一撃、また一撃と四方八方から蹴りの応酬が続く。

 息をつく暇も与えないつもりか。そしてこの苛烈さ、後のことは考えずに全体力を用いている。

 

 「土遁、籠城壁!」

 

 バゼットは素早く印を結び、口から泥を吐き、即席の円形シェルターを形成する。

 何をするにしても時間稼ぎが必要だ。あの猛攻に対していつまで持つか分からないが、この土遁であれば、そうすぐには破られまい。

 今のうちに打開策を取る。もはや此方も出し惜しみができる立場ではない。

 実力が拮抗し、相手が全身全霊で挑んでくれば、此方もそれ相応の迎撃を行わなければ討ち取られる。全力も出せずに敗北することほど、惨めなものはないのだ。

 

 「視、動、脚―――是、敵穿つ赤枝の矛為り」

 

 バゼットはグローブを装着させた拳を合わせ、動体視力のルーンを展開する。

 あのセタンタが持つ原初ほどの力はないが、それでも上級に位置する強化倍加の術だ。

 元々強靭な肉体を持つバゼットに、この強化術が施された場合、その上昇値は乗算される。

 視力向上、脚力、膂力の一時的な底上げ。相手が短期決戦を望むというのなら、応えようとも。

 

 そして、バゼットの術式が終えた丁度その時―――籠城壁が崩れ落ちた。

 

 やはり長くは持たなかったと思いながらも、役目は全うしてくれた。

 ここからバゼットも反撃に出る。

 強化された脚で大地を蹴り上げ、水面を高速滑走するメルトリリスの元に全力で駆けた。

 

 バゼットの走法は、彼女(メルトリリス)ほどの白鳥の如き優雅さは無い。ただ体中の筋肉をバネのように伸ばし、収縮し、それを繰り返し、獣のような柔軟性のある機動力を体現する。あまりにも泥臭く、堅実じみた動き。

 

 だが、それでいい。それがいい。

 

 華やかさなど要らぬ。優雅さなど要らぬ。他を魅了する、美しさなど必要ない。

 必要なのは結果に直結する無駄のない動きのみ。それが例え、つまらないものであったとしても、遊びがないとしても、構わない。全ては実戦で役立てばいい。それでこそ価値があるのだから。

 

 「オォォォォォォッ!!」

 

 バゼットは咆哮し、メルトリリスの速度に喰らい付く。

 

 メルトリリスの具足は確かに脅威だ。

 細く、長い刺々しい針にあの人外じみた蹴りのリーチ。

 あのような獲物、普通であれば扱いきれず、大きな隙を生むだろうにその予兆すら見せない。まこと天晴れと言うほかないだろう。

 

 しかし、そのリーチの長さは長所になれば短所にもなる。

 要は槍と同じだ。懐に入り込めば、そのまま畳みかけることができる。

 

 「ハッ、貴女も十分速いじゃない!!」

 

 無論、バゼットの狙いはメルトリリスも理解している。

 巨大な鋼鉄の具足という特殊な武器を扱うのなら、その欠点まで熟知しているだろう。

 メルトリリスは笑みを浮かべてバゼットを迎え撃つ。

 

 秀麗極めるメルトリリスの脚撃。

 無骨無比なるバゼットの拳撃。

 鋼の槍と化した蹴りを、鋼の拳で撃ち払う。

 

 その攻防からは火花が絶え間なく散りばめられる。

 対極する業と力。観客の皆が、固唾を呑んでその応酬を刮目する。

 この予選で見事勝者となり、第三試験に臨むであろう者は特に注目していた。

 どちらも中忍になってもおかしくない手練れ。そして、次の戦いの場で雌雄を決することになるであろう相手だ。一挙一動を分析するが如く頭に叩き込んでいる。

 

 「うおォッ!!」

 「ッ!」

 

 不意にバゼットの勢いが増し、互角だったパワーバランスが傾き始めた。

 徐々に押され始めたメルトリリスは唇を歪ませる。

 バゼットが回避を考えずに突き進んできたのだ。

 メルトリリスの蹴りが彼女の紺色のスーツを破き、裂き、鮮血を彩る。

 それでもお構いなしに前進してくる。

 もはや無傷で一撃を与えられないと踏んだバゼットは、覚悟を決めて、決着を決めにきていた。

 

 「人ひとりを仕留めるのに、大仰な攻撃手段などいらない」

 

 バゼットは体中から吹き出る血を気にも留めない。

 頑丈さが取り柄である彼女にとって、致命傷以外は掠り傷と同義。もはやダメージなど眼中にない。今彼女の心を占めているのは、ただ敵の打倒のみ。

 

 「速く、深く、確実に―――」

 

 忍術は隙が多い。印を結ばねば発動できないからだ。

 両手が塞がり、時間も僅かながらに必要とする。

 そして派手だ。隠密には向かぬ物も多く、広範囲に被害が及ぶ。

 戦争ならまだしも、人間一人を潰すのに、そのような手間は不要。

 バゼットが求めるのは、シンプルで効率の良い結果。相手を仕留めるという事実だけを渇望する。そこに過程の良し悪しは意味を為さない。

 

 「その心臓を抉り取るッ!!」

 

 バゼットは渾身の力を振り絞り、己が手刀を目の前の少女に向けて突き放つ。

 もはや直撃すれば命をも取る危険な一刺し。心の臓を文字通り貫く魔槍。

 されどバゼットに迷いはない。相手は殺す覚悟で挑み、此方も殺す覚悟で相対している。

 なればこそ、敬意を払い、殺意の蓋を開け、その命を狙おうとも。

 手加減できる相手ではないと理解しているが故に。

 

 ”取った―――!!”

 

 バゼットは確信した。

 今のメルトリリスの態勢、間合いでは我が手刀突きを避けられはしない。

 その心臓を刳り貫くタイミングとしてはベストそのもの。

 

 そして響き渡るは肉を絶つ生々しい音。

 

 メルトリリスの肉体からは液体が溢れ、地面を彩る。

 バゼットの拳は幼き少女の胸を貫いている。

 勝負はついた。そう、バゼットは―――思いたかった。

 しかしそれを否定するものがあった。

 

 「この手応えは………!!」

 

 バゼットの拳から伝わる違和感。

 本来あるべきメルトリリスの心臓がなく、まるで水を裂いたかのような感触。

 人肉を絶った手応えではない。よく見ると、地面に付着した液体も鮮血ではなく、透明無色の(……)だった。

 

 「水分身ッ!」

 

 影分身と同じ系統の実体を持つ分身。

 己がメルトリリスと思い、貫いた者は偽物だった。

 

 「まったく、本気で殺しに来たわね……私が水分身で本当に良かった」

 

 心臓部分を穿たれた水分身はケラケラと笑う。

 ―――なんて持続力だ。水分身と言えど、この一撃を喰らってまだ消えずに形を保っている。

 そしてその水分身はあろうことか、そのままバゼットの肉体に抱き着いた。逃げられないように、身動きが取れないようにガッチリとホールドする。

 

 「く……おのれ!」

 「ふふ。いくらあなたの馬鹿力でも振りほどけないでしょ。なんたって私は特別性の水分身。この体には豊潤なチャクラが練り込まれているんですもの」

 

 身体を極限まで密着させ、バゼットの耳まで口を柄付け甘ったるい蜜のような声色で話す水分身(メルトリリス)。わざわざ身動きの取れないバゼットに対して丁寧に説明してくる辺り、オリジナルと似てイイ性格をしている。

 

 しかし解せない。先ほどまでバゼットが激闘を演じていた者が偽物(フェイク)だった?

 たかが、たかが水分身如きに自分は互角だったのか。見抜けもしなかったのか。

 なんたる無様。これではまるで滑稽な道化師(ピエロ)だ。

 

 「ふふ、そう深刻な顔をしなくてもいいのよ?」

 

 背後から聞こえる声に振り向けば、そこには堂々と得意げな顔をして仁王立ちしているもう一人のメルトリリスがいた。

 嫌でも分かる。アレが本体だということが。

 今まで何処に隠れていたかは知らないが、こうして姿を現したということは、動けぬ己にトドメを刺しに来たからだろう。そしてバゼットには抗う術がない。文字通り、雁字搦めに身体が拘束されているのだから。

 

 「その分身は本当に特別性。私の限界までチャクラを注ぎ込んで、戦闘力もオリジナルの私と遜色ないほどに仕立て上げたもの。だから水分身如きに、と己を卑下する必要なんてない……と、一応言っておくわね」

 「馬鹿な。そのような精密なモノを作ればチャクラなど……」

 「ええ、その通り。その通りよ。おかげで私のチャクラ量はゼロ。全部その分身に与えてしまって、空っぽの状態。もう分身一体も作れはしないし、高速移動もできない」

 

 メルトリリスとて、これは一か八かの賭けだった。

 もし水分身が拮抗することもなく、大きな隙を与えることもできずに敗北していたら、オリジナルのメルトリリスが残ったところで打開策などないのだ。

 全てのチャクラを注ぎ、いわば絞りカスのメルトリリスがのうのうと残ったところで何の意味もない。

 

 「貴女の渾身の一撃を放たせるまで騙し、粘り、追い込み、そして受ける。それがその水分身の役目。最高級の囮にして、最大の切り札だった」

 「ほんと、分身使いが粗いのよねオリジナル。もっと褒めなさいな」

 「……ちょっと本気で作り込んだせいか、無駄なところまでリアルなのがたまに傷ってところかしら」

 

 生意気なことを言う己の分身に溜息をつくメルトリリス。

 

 「まぁ何にしても、貴女は強いもの。次の試験に支障が出ないよう勝つには、多少リスキーなことをする必要があった。本当に無事騙し通せて良かったわ」

 

 そう、この戦いは所詮 通過点に過ぎない。

 第三の試験に向けて行われる篩い落とし。本命ではないのだ。

 だからこそ、如何に損傷を軽微にして、次の試練に赴くべきか最善を尽くさなければならない。

 

 「一つ……聞いていいですか」

 「なに?」

 

 もはや逆転のチャンスはない。メルトリリスの全チャクラが内包されたこの水分身の拘束を解くことができないバゼットは、チャクラが全く残っていないメルトリリスにすら何の抵抗もできない。手裏剣一つ投げられても、回避することはできないだろう。

 

 負けを認めよう。認めたうえで、疑問を晴らしたい。

 

 「一体いつの間に、水分身と入れ替わっていたのですか。私との戦闘の最中に、そのような暇はなかったはずです」

 

 バゼットとメルトリリスの肉弾戦に小細工を弄する隙などなかった。

 しかしどこかで入れ替わったのもまた事実。

 いったい何処のタイミングで入れ替わったのか、バゼットは聞きたかった。

 

 「何を言ってるの。あったじゃない、貴女が私を見なかった、僅かな時間が」

 

 メルトリリスはステージに転がっているあるモノを指差した。

 それを見たバゼットは、あまりの不手際に情けなくなって笑いたくなった。

 メルトリリスが指差した先にあったもの。それは、バゼットが用意した籠城壁。その残骸だ。

 

 「土遁で貴女の攻撃を一時的に免れたあの時に……ああ、確かに籠城壁のなかにいた際は貴女を見ていなかった。見れなかった」

 「そう。おかげで私は堂々と水分身を作り、入れ替わることができたというわけ」

 「……なんという失態だ」

 

 誰でもない、バゼット自身が招いたのだ。この敗北は。

 しかしあの時間稼ぎがなければ、メルトリリスの動きに対応する術がなかったのもまた事実。

 必要であるからこそ、籠城壁を用いた。その判断に誤りなどない。

 結局、使わざるを得ない状況に追い込まれた己が未熟さが祟ったということだ。

 

 「私の―――負けです」

 

 策に嵌められ、身体を拘束され、起死回生の手段もない。

 これ以上、明確な結果はないだろう。

 バゼットは素直にメルトリリスを讃え、潔く、棄権を宣言した。




・バゼットVSメルトリリス、決着!
 補足:メルトリリスが後半に出した長大な具足は、CCCでお馴染みのあの脚です

 それにしてもFGOのCCCイベ良かったですね! メルトリリスまじヒロインでした
 え? そのメルトちゃんはちゃんと手に入れたかって?
 ええ、物の見事に爆死しましたよ(白目)


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第20話 『第三試験予選:Ⅴ』

大変おまたせしましたぁ!


 この中忍試験は、正直言ってレベルが高い。

 『死の森』を通過する者が過去最多人数。

 繰り広げられる忍術戦も過去最高と言っても過言ではない。

 まさしく玉の年。才溢れる者が集う、喜ばしい年だ。

 そして篩い落としと知られる一対一の試合の内容もまた、濃厚な結果を色濃く残す。

 間違いなく、この忍達は金の卵だ。それは断言できる。

 しかし世の中は、非情な現実で出来ている。

 如何に「忍としての質」が同レベルでも、相性によっては圧勝もすれば完敗もするほど大きな差を生む。

 

 それが、まさに『テマリ』VS『テンテン』の試合だろう。

 

 テンテンは決して弱くは無かった。実力も下忍のなかでも選りすぐりではあったのだろう。しかし、あまりにも相手との相性が悪かったのだ。なにせ敵は風遁を得意とする『風影の娘』であったのだから。

 暗器を飛ばすことが主な攻撃手段であったテンテンの猛襲は、全て風の壁により叩き落された。それどころか、風に暗器を載せられ、そのまま倍返し。風遁の風斬りに暗器による物理凶器の波はそのままテンテンを飲み込んだ。

 一方的だったのだ。あまりにも、凄惨無比な、試合であった。

 

 「………っ」

 

 白野は一人、病室に運ばれた彼女の隣に座り込んでいた。

 テンテンとは、友だった。大切な、友達だったのだ。

 彼女とはこの中忍試験で合格を競い合うと誓い合った仲だ。無論、途中でどちらかが敗退し、志半ばで倒れるだろうことも理解していたつもりでいた。しかしその覚悟も、あの試合を見た後に、大きく揺らいだ。

 

 友の悲鳴が響いた。

 友の悲痛な表情が滲み出ていた。

 友の無念がそこにあった。

 

 しかし、自分は何もしてあげられなかった。助けることもできず、その戦いが終わるまで、ずっと視ているしかできなかった……いや、違う。自分は、あろうことか、目を背けていた。最後まで彼女の戦う姿を見据えることをせず、目を閉じた。その行いこそ、友として恥ずべき行為だと知らずに。

 

 「……うっ……は……く、の?」

 「テンテン!? よかった、意識が………!!」

 

 テンテンは、ゆっくりと目を開け、かすれる声で自分の名を呼んだ。

 そして、

 

 「な…んで、貴女は……ここ…に……いる…の」

 

 彼女は、この場にいるべきではないと、意識が覚醒してすぐに告げたのだ。

 

 「私は……」

 

 なんでこんなところにいる。

 ああ、テンテンの言う通りだ。

 まだ戦いを控えている白野は、本来ここにいるべき人間ではない。

 でも、行かずにはいられなかった。自分でも良くわからない。ただ、私は―――

 

 「もう……す、ぐ……でばん…でしょ………はやく、いきな…さい」

 「でも、」

 「……あな…た、がいても……傷は、癒えないし……うれしく、ない…から……」

 

 彼女は笑顔を見せず、同じ忍として、彼女を言葉で突き放す。

 

 「……やくそく、まもれなくて、ごめん…ね」

 

 この試験で拳を交えると約束した。

 しかしそれももはや叶わない。

 

 「こんかいは、わたしの……し…けんは……こ…こ、まで」

 

 声を振り絞る。

 

 「く…やしい。くや……し…い……け…ど……まだ……らい、ねん……が、ある……から」

 

 彼女の心は折れていなかった。

 折れているどころか、その悔しさをバネにしようとしている。

 

 「だ……か…ら、こ…と……し…は…ゆず…って……あげる」

 「………テンテン」

 「かち…なさ…い、はく…の。わ…たし……は…こ、こまで……だけ…ど、あ……なた…は……ま……だ……チャン…スが…あるん…だ、から」

 

 テンテンはまた意識が途切れそうになる頭を、無理矢理維持する。

 まだ、白野には伝えなければならないことがある。

 

 「がんば…って…………ここ…まで……脱落した……わたしたち…の、分、まで」

 

 そう言い終えると、彼女はゆっくりと目を閉じて眠りについた。テンテンの言葉を最後まで傾聴していた白野は、もはや彼女に声を出して送る言葉は無粋と言わんばかりに、扉まで無言で歩き出す。

 

 その瞳は、今日まで積み重ねてきた経験を糧に踏み出す、女の眼光が宿されていた。

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 

 

 既にこの中忍試験の選抜試合は終盤に差し掛かっていた。残る忍は二人。もはや掲示板で発表されるのを待つまでもない。

 この最終試合が開始されるまで、多くの下忍達がこのステージで己が術を放ち、鍛え上げた肉体から繰り出される打撃を打ち込んだ。もはや最初から整地されていた会場など見る影すらない惨状。

 そんな会場の中、一人の少年が舞台の中央で対戦相手を静かに待っていた。

 淡い朱色の髪は錆びた鉄を思わせ、琥珀色の瞳は鉱物の無機質さを感じさせる。

 

 「(………あの野郎)」

 

 砂隠れの忍、セタンタは眉をひそめた。彼が注目したのは、シロウの装備だ。これまで彼は長い外套を羽織り、多目的に配慮した複数の巻物で戦う暗器使いとしての面が強かった。どのような場面でも巻物からそれに応じた獲物を即座に取り出し、対応する万能型。その男が今着用しているのは、これまでのものとは異質の装束。

 上半身は鍛え上げられた肉体のみ。謂わば裸で、裏地が鮮やかな花々で刺繍されている純白の羽織を肩にかけているだけだ。下半身は武将が履くような鎧の袴を着用しており、腰辺りに一つだけ巻物を括りつけている。

 明らかに今までと比べて装備の数が少ない。動きやすくするにしても、これまで様々な巻物を使い分けてきた男が、たったそれだけの装備で立っている。まさか奥の手を隠したままこの予選を這い上がり、余力を残すつもりなのか?

 否、否だ。セタンタはそこまであの男が慢心するとは考えづらいと踏んだ。

 

 「(……あの巻物は、奴の奥の手の一つか)」

 

 流石にあの巻物が岸波シロウの持つ、秘中の秘に当たる代物ではないだろう。

 しかし、奥の手に準ずるに相応しい何かであるのは間違いない。あの巻物から溢れ出している圧気に対して、セタンタの中で飼っている怪物が多少なりとも興味を引いているからだ。そして何より、セタンタの野生の鼻が告げている。あの巻物の中身から、僅かに血の匂いが漏れ出していることを。

 

 「お前がそんな物騒なものまで持ち出さにゃならないほど厄介な相手か。それとも単に、ここまで勝ち抜いた相手への礼儀か。どれ、見届けてやろうじゃねぇか」

 

 セタンタは見届けると決めた。いずれ長きに渡る因縁の相手となるであろう、男の力を。

 

 

 

 そして、時は来た。

 

 エミヤは自分の前に現れた少女を見る。自分の対戦相手を静かに見下ろす。

 電光掲示板に示された『岸波シロウ』VS『岸波ハクノ』。同じチームでの潰し合いなど珍しくもない。事実、先ほどセタンタとディルムッドが互いに忍道を競い合い、結果を示した。ならば、それが自分達のチームにも回ってこないなんて道理もない。運が悪ければ、こうなる。既に三人一組で勝ち上がる過程など過ぎ去っている。ここからは個人の力量を判断する篩い落としなのだから。

 

 「オレがこの装束を持ってお前と相対している。この意味、分かるな。白野」

 「うん」

 「オレは、メルトほど甘くはない。棄権するのなら今のうちだぞ?」

 「シロウの方こそ私を甘く見ないで。負けて恥を掻きたくなかったら棄権してもいいんだよ?」

 「――――そうか。なら、示してみろ。お前の成長を」

 「いつまでも上から目線。そういうとこ、嫌い」

 

 はははははとシロウは笑う。だが内心傷ついていることを観戦しているメルトリリスは気づいてニヤリと笑った。そういうことろだぞシロウ。溺愛するが如く育てた義妹の辛辣な言葉に弱すぎる。

 だが、そういう小さな精神的ダメージも試合では結果を左右する要素になりかねない。

 

 「ごほ、ごほッ……すみません。では、改めて。準備はいいですね?」

 「「はい」」

 「それでは中忍試験、最後の一組。最終予選試合………始めッ!!」

 

 試験官ハヤテの合図と共に、真っ先に動いたのは白野だった。彼女は愛刀を抜き、全力でシロウの懐に滑り込むように入り込む。無論、闇雲に突貫したわけではない。彼に『巻物を手にするアクションを起こさせてはいけない』のだ。

 暗器使いの主戦力である巻物。その巻物の中には多くの暗器が内包されている。であれば、その巻物を開けさせる前に攻撃を加えることこそセオリー。白野は息つく暇もなく刀をシロウめがけて振るう。

 

 「ふむ。暗器使いの鉄則はよく理解している。テンテンと関わっているだけはある―――が」

 「!?」

 「素の身体能力でお前がオレに勝るとでも思ったのか」

 

 シロウは刀を持つ白野の手首を即座に握り、彼女の勢いを利用してそのまま壁目掛けて放り投げた。柔術だ。彼は、暗器使いである以前に熟練した白兵戦のプロ。当然だ。強力な暗器。多彩な暗器を使うのならば、その資本となる肉体を鍛え上げなければ到底使いこなすことなど不可能。武器頼りだけならば、武器に振り回されるだけの木偶にすぎない。

 

 「言ったろう? オレは、メルトのように甘くはないと」

 

 そう言って彼は巻物に手を伸ばした。投げ飛ばされ、距離を置かれた白野にそれを妨害する手立ては。

 

 「シロウこそ、私を甘く見るなって言ったでしょ!」

 

 投げ飛ばされながらも、白野はすぐさまポーチに手を突っ込み、クナイをシロウに向かって投擲する。シロウはそのクナイを難なく掴む。だが、その手間のせいで巻物を手にする過程にロスが生じた。そのロスを逃さぬよう、地面に着地した白野はすぐさまシロウの元まで全力で駆ける。

 こうまでガッツいてこられたら、馬鹿でも白野の考えは分かる。要は、シロウが本気を出す前に潰すつもりなのだ。虎の子の暗器を使われる前に勝負を付けようとしている。自分より技量が上な相手ならば、確かにその考えは間違っていない。

 

 「全力を受け止めるのではなく、全力を出す前に決着をつける。なるほど、確かに忍らしい、正しい選択だ」

 

 正々堂々とした果し合い。全力を尽くしたぶつかり合い。それはあくまで武士や戦士の領分。影に生き、目標を達成することこそ本懐である忍には縁遠いもの。白野の選択はまさしく忍然としたもの。あの何事にも愚直で真っ直ぐな妹がこうも搦め手を持ってくるとは、成長したものだと実感する。

 

 「いいだろう。つき合ってやる!」

 

 思考、戦略ともに忍らしさを持っている。それは結構。なら、残る課題はその考えを貫き通せる実力があるか否かだ。高い理想、高い戦術を用いたならば、それを遂行できる技術が無ければ所詮は思い描いただけの机上の空論にすぎない。

 

 「おおおおおおおおおおおお!!」

 

 白野は叫ぶ。不敵な笑みを浮かべられるほど、平静な面を保てるほど、今の彼女にそんな余裕はない。元から、一対一の戦いのおいて余裕が持てる瞬間なんてこれまで一度たりともなかった。

 だからこそ、気合いを入れる。喝を入れる。決して自暴自棄にならず、それでいて己の熱を体に宿らせるのだ。

 白野が振るう剣閃を、シロウは手にしたクナイで悉く受け流す。所詮は素人の太刀筋。セタンタの連撃を凌ぎ切ったシロウから見れば児戯にも等しいだろう。

 チャンバラ。そう揶揄されても仕方がない応酬だが、流石にここまで勝ち上がった下忍だけあって、皆は気づいていた。その違和感を。

 

 「チグハグじゃんよ、あの娘の太刀筋」

 

 カンクロウはそう呟いた。それにテマリも同意するように頷く。

 そう、チグハグなのだ。あの岸波白野という少女の剣戟は。

 攻撃こそ素人のそれ。ただ力任せに振るってるようにしか見えないが、防御はどうだ。シロウの鋭い剣戟を見事に捌き切っているではないか。

 

 「攻めは素人、受けは手練れ。そんなバカげた偏りなんて普通は生まれない。攻撃が巧い奴は、ある程度防御にも長けている。防御が巧い奴は、攻め手の思考を汲めることから自然とそっちにも技術が向上していくもんじゃんよ」

 「ああ。だからこそ、あのチグハグ加減はよく目立つ。そしてそのカラクリも」

 

 テマリが見つめるもの。それは岸波白野が持つ刀。

 

 「間違いなく、あの刀が岸波白野の命綱だ。あの刀が自動的に防御を行い、その流れに岸波白野が沿って行動しているだけじゃん」

 

 攻撃には作用しないようだが、こと防衛においては完璧と言えるほどの能力を発揮している。どれだけ死角を突こうが、あの刀は自動的にそれを察知して防御する。攻防一体と言えるほど立派なものではないが、堅牢と言えるだけのものが備わっている。

 

 「なるほどな。あのバゼットがあんなド素人に後れを取ったと聞いたときにゃあ何かあるとは思っていたが、セタンタめ。この情報を俺達に伝えてなかったじゃんよ。クソが、後から文句言ってやる」

 「よしなよ。どうせ深く聞かなかったお前らが悪いとか言ってのらりくらりと躱されるだけだ。労力を無駄に使うだけだって分からないのかい」

 「くそ、これだから口の達者なやつは嫌いだ」

 「それよりアンタも気を逸らすんじゃない。まだ戦いは始まったばかりなんだから」

 「はいよ。もしかしたら、この先でかち合うことになるかもしれねぇからな」

 

 岸波白野の防衛能力の高さは分かった。ならば、あの防御をどうシロウが突破するのか、見極めなければならない。あの男は自分達の障害になり得る忍であるならば。

 

 

 

 

 このままでは攻め手に欠けるか。シロウは何撃か白野に打ち込んでそう思い至った。

 白野が振るうあの刀は、何を隠そう岸波シロウが作り、そして白野に授けたものだ。その特性もシロウが一番理解している。

 

 「(少々、過保護が過ぎたかもしれんな)」

 

 己の作った武器に攻めあぐねていては世話はない。それはそれとして自分の武器の性能に満更ではない感想を抱きそうになる。

 

 「後は、お前の腕前が上達すればなお良いんだが」

 

 シロウは肩にかけていた純白の羽織を手にして白野の刀の刀身に絡め込んだ。その瞬間、即座にチャクラを羽織に通して硬質化させる。

 

 「この羽織はチャクラの通しが良い特別性だ。簡単には解けんし、斬ることもままならん。そして、この刀は敵の攻撃自体には自動で切り払うようになっているが、こうして拘束された後の対処法は今のところ為されていない」

 

 そのままシロウは白野から刀を力づくで奪い取り、放り投げた。

 

 「これでお前の命綱は呆気なく絶たれたな」

 

 そう、あまりにも呆気ない。シロウは組み手で拘束するべく白野に手を伸ばした。

 今の彼女に命綱はない。素手による白兵戦能力においてもシロウに勝てるわけもない。だからこそ、その一瞬だけ、シロウは勝利を確信したのだ。

 『人間、勝ったと思ったその瞬間が一番脆い』

 他の誰でもない、シロウが言っていた言葉。その教訓を、今、そのままお返ししてやろう。

 

 「――――」

 

 シロウの動きが、ぴたりと止まった。

 白野の身体に手をかけた瞬間、まるで時間が止まったように、彼は静止したのだ。

 場外の人間はどよめいた。まさかこの期に及んで情けをかけたのか? と。

 否、そうではない。ここまで勝ち残った一部の人間はその可能性を除外した。

 

 「幻術か」

 

 観戦していたセタンタはこの事態の原因をすぐに看破した。あの視点が定まらない、瞳。口を開けて閉じない呆けたようなシロウの顔を見ればすぐ分かる。アレは幻術にかかった者特有の症状だ。

 

 「身体に術式を刻み、それに触れた瞬間発動する仕組みだな」

 

 印を結ばずに発動するものなら、それは設置型の術式に限られる。ある一定のアクション、ないし触れた時に発動するもの。であれば、岸波白野の幻術が発動する工程は一つ。岸波シロウが岸波白野の身体に触れた、あの瞬間だ。その時に予め用意されていた術式が発動したと考えるのが妥当だ。

 決して侮っていたわけではないだろう。しかし、それでもなお、シロウの心のどこかには油断があったのだ。あの娘がここまでの策を弄するわけがないと。今まで長く共にいた存在だからこそ、護ってきた存在だからこそ、今までの敵とは違う心の隙を生んだ。

 

 「はぁ、はぁ……かかっ…た?」

 

 当の術を発動させた本人は上手くいった事態に逆に驚いていた。ここまで上手く行くとは思わなかったのだろう。

 

 「おちつけ、落ち着け白野。まず、このまま―――」

 「どうするつもりだ?」

 「!?」

 

 白野はその声に条件反射ぎみに後退した。

 バカな、聞こえるはずがないと。しかし現実は常に眼球を通して映し出される。

 そう、先ほどまで幻術にかかっていたはずの、岸波シロウが動き出したのだ。それも何食わぬ顔で。

 

 「どうして、幻術にかかったんじゃ!」

 「ああ。確かにかかった。しかし、その幻術をかけた際の対処策をオレが講じていないとでも?」

 

 シロウは知っていた。白野が幻術タイプの忍であることを。

 シロウは知っていた。白野が生半可な覚悟で自分の前に立っていないことを。

 シロウは知っていた。白野が自分に幻術をかけるだけの力があることを。

 

 ならば、シロウが対処する為に一定の策を備えるのは当然だ。

 

 「良いアイデアだ。自分の肉体に術式を組み込み、相手が触った瞬間に起動する。それならば、確かに最悪の状況からの逆転も期待できる……が、やはり血は繋がらずとも兄妹だな。考えは同じということか」

 

 考えは同じ。そこから導き出される答えは一つしかない。

 

 「………自分の身体に、解呪の術を!」

 「ご名答。だが、それも万全ではない。解呪には数秒間時間がかかる」

 「っ!」

 「気づいたか。あのままお前が呆けずに、時間を無駄にすることなく畳み掛ければ、オレの負けだった」

 

 策が上手く嵌めらせたのはいいものの、その後の行動に移すのが遅かった。

 たったそれだけ。

 数秒間の遅れ。それだけの為に、あの貴重で、最大のチャンスをおじゃんにした。

 

 「後悔先に立たず、だな。そしてそこからの機転、取り返すための行動も遅い!!」

 

 シロウはすかさず巻物を手に取り、封を切った。

 

 「あっ!」

 「相手が全力になる前に倒す。その戦い方も、ここまでだ」

 

 巻物から飛び出してきたもの。それは一振りの刀だった。美しい日本刀。されどその刀身は赤く、まるで血のように紅く。

 

 「既に身を護る刀もなく。頼りであった幻術もなく。敵が全力を出す前に倒すというやり方も今や通じず」

 

 その日本刀の切っ先を、シロウはゆらりと白野に向ける。

 

 「さぁ、今度は何をする。何を魅せてくれる。それとも降参するか? 白野」

 

 白野の頬に汗が伝う。

 もはや彼女に手などない。ここから逆転に持ち込める手立てなど、あるはずもない。

 だが、それでも白野の行動は一つに限られていた。

 

 「喰らいついてやる」

 

 白野は駆けた。

 勝利など元より遠かったこの試合。

 最悪の状況から、崖っぷちになっただけの違いだ。

 みっともなく足掻いてやろうじゃないか。見苦しくても牙を見せてやろうじゃないか。

 ああ、そうだ。

 自分は負ける為にこの場に立っているのではない。先に進む為に。あの男に認めてもらう為に。何より、自分が変わる為に、今こうして中忍試験に挑んでいる。降参など、するものか。辞退など、してたまるものか。

 

 白野は決意を籠めて大地を踏み込みながら突貫する。もはや万策尽きているのは誰が見ても明らかだった。それでもシロウは笑わなかった。無様だと、見苦しいと、思いはしなかった。むしろよくここまで成長したものだと改めて身に沁みている。挑んでくる白野のその目には諦めの二文字などなかったのだから。

 だからこそ、此方もそれ相応の想いで応えなければならない。それが義兄として。否、一人の敵としての礼儀なのだから。

 

 シロウは静かに紅く染まった日本刀を構えた。

 この刀は人斬り包丁から新生させたもの。切れ味は言うに及ばず。その異能も受け継がれている。その力の一端を、今から魅せよう。

 

 岸波白野と岸波シロウ。同じ班にして、家族と言える間柄。その垣根を越えて、男は容赦なくその娘を蹂躙した。嬲るのではなく、ただ挑む敵を粉砕するが如き威容を持って。圧倒的な力を持って。ただ、ただ、敗北という名の現実を残酷にも刻み付けた。

 

 

 

 之にて、本日行われた第三試験予選の終了を告げたのだった。

 



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第21話 『折り返し地点:Ⅰ』

 激戦を極めた第三試験予選は、無事閉幕となった。幸いにも死者は0人。命に関わる重症を負った者は少なからずいるが、ともかく、未来ある少年少女の命が散らずに済んだ。それだけでも良しと思うしかない。それほどのレベルで競い合った予選だったのだから。

 で、あれば。残るは『本選』唯一つとなるのだが、主催者である三代目火影はすぐに次の試練に挑むことを許可しなかった。無論、それには理由がある。

 

 「一ヶ月の休息期間、か」

 

 第三試験予選を見事走破したシロウは自宅にて消耗した武器を把握、補充の作業に取り掛かっていた。

 この一ヶ月の猶予は、云わば【準備期間】である。

 第三試験予選では多くのライバルが注目しているなかで行われた。そこで秘伝忍術を露呈してしまった者もいれば、圧倒的な実力差を感じた者もいる。そして、少なからず負傷した者も。

 この一ヶ月はそんな者達の為に用意された貴重な時間だ。負った傷を癒すのもよし、他者の対策を練るのもよし、圧倒的な実力差を少しでも埋める為に動くのもよし。中には何もせず、ただ静かに時が過ぎるのを待つ強者もいるだろう。ならば岸波シロウもただ時が過ぎるのをただ待てるだけの強者か? 答えは否である。

 岸波シロウはそこまで強くは無い。少なくとも、才能やチャクラといった基礎たるものが他の第三試験予選を潜り抜けた者達と比べれば圧倒的に劣っている。

 凡人は常に何か策を講じ続けなければならない。天才と言われる人種は一つの努力で10の成果を叩き出す。ならば凡人と言われる人種は10の努力で10の成果を維持するしか喰らいつく方法などない。

 最も、全ての分野で平凡かと言われればそれも違う。岸波シロウには岸波シロウにしかない強みは確かにある。それが、この多岐に渡る武器の数々に他ならない。

 

 「……今のままでは、どこまで通用するか分かったものでもないな」

 

 しかしその唯一の取り柄もまた心許なくなってきたのが今の現状である。

 

 今の武器であの我愛羅の絶対防御を突破できるか?

 今の武器であのクーフーリンの奥の手に対抗できるか?

 今の武器であのサスケの写輪眼に対応できるか?

 

 自問自答を繰り返し、出た答えが「厳しい」とシビアなもの。彼らは正しく規格外といって相応しい。生半な装備で挑んだところで決め手に欠けるのが関の山。

 これまでは使い慣れてきた武装で戦ってきたが、ここからはより厳選したもので挑まなければならないだろう。それこそ出し惜しみなどしている余裕などない。全てを曝け出すつもりで戦わなければ、恐らく負ける。

 

 「(しかし、どうしたものか……誰も彼もが特殊すぎる)」

 

 確かにこれまでシロウが作ってきた忍具は多種多様、あらゆる戦場に対応できる為に最適化されたものだ。劣悪な条件化でも最高の戦果を得るという基本骨子を元に製作されている。しかし、今後当たる可能性のある奴らはシロウの想定を大きく超えてきている。

 希少極まる写輪眼持ちを想定した装備は作ってないし、あそこまで強力な砂のオートガードを突破できる武装も極僅か。このまま一ヶ月の時を無闇に消費するのは愚作中の愚作。

 

 ―――作るしかない。今から、一つでも多くの武具を。

 

 結局岸波シロウにできることなどそれしかない。チャクラが並みであるのならば、武技の才能が並みであるのならば、それをフォローするだけのものが必要なのだ。

 後、切り札足りえる刀は未だに未完成の領域。白野との実践で使った際、それを改めて感じさせられた。まだあの大刀首切り包丁の高みまでは程遠い。無論、たかが下忍が数日だけの月日を用いて作った忍具がすぐにあの大作に追いつけるかと思えるほど落ちぶれてはいない。だが、半歩でも近づくことができる。でなければ、前へなど進めない。

 そして残るもう一つの未完成。それが―――この肉体の内に流れる首切り包丁の欠片。

 

 「………喰われているのか(・・・・・・・・)

 

 己の手先を見る。そこには肌色が褐色に変色した指先があった。まるでアザのように広がっている。まるで文様が侵食しているような、不気味で不自然な痕。

 

 「(コントロールできていると思っていたが、想定が甘かった)」

 

 中忍試験が始まる前。あの波の国から戻り、収穫した首切り包丁の欠片を打ち直していた時。シロウは確かに死にかけた。文字通り、死にかけたのだ。その理由が、まさにコレである。

 首切り包丁の欠片は意思を持つが如く、脈動した。鉄分を求め、只管暴れた。それをシロウは暴れ馬を乗りこなすように槌を打ち続け、刀へと変貌させていった。その最中、首切り包丁の欠片の一部がシロウの傷口から肉体へ侵入したのだ。

 首切り包丁のそれは容赦なくシロウの内部を犯した。内側から刀を突き刺す激痛に見舞われた。そして、これまで切り殺されてきた人々の想念が脳を焼いた。それでもシロウは人ではないかのように槌を振るい続け、肉体の異常も根性で捻じ伏せた。まぁ出血多量で最後には倒れ伏したのだが、あれはテンテンが様子を見にきてくれなかったら死んでいただろう。

 しかし、嬉しい誤算があった。首切り包丁の欠片を体内に侵入され犯された我が身。されども、次第に肉体と同化したソレは岸波シロウに新たな力を与えた。まさに偶然の産物。狙って自己改造を施したわけではないが、結果として今、己の肉体には首切り包丁が宿っている。

 最も、あくまで奇跡が重なって起きた力だ。すぐに御しきれるほど世の中は甘くは無い。その証明とばかりに、今も首切り包丁の欠片は己のうちで肥大を重ね、こうして肉体に変化を及ぼし続けている。それは何かに変わろうとしている予兆か。それとも何者にもなれずに喰われ続けている疾患か。どちらにしても、一刻も早くこの変化に対応しなければ―――命に関わるのは明白だ。

 

 「この力を制御し、新たな武装も作る。一ヶ月、長いようで短いが……やらなければ、終わるだけだ」

 

 決心がつけば、後は動くだけ。難しいことではない、これまで通りにやればいい。

 だが、その前にしなくてはならないことがあるようだ。

 ドタドタと自分の部屋まで走ってくる騒々しい足音が一つ。もはや聞きなれた音だ。

 そしてその足音は自分の部屋の前で止まった。その一秒後、扉が盛大に開かれた。

 現れたのは顔や腕、体の至るところに包帯が巻かれ、シップを貼り付けている我が義妹。

 数時間前に自分がコテンパンに叩きのめした痛々しい姿がそこにあった。しかしその白野はそんな怪我など気にする素振りもなく、来るや否や大声で宣言した。

 

 「私を倒した憎き岸波シロウ! 合格祈願にご飯食べに行くよ!!」

 

 コテンパンにした為に数日は口一つ聞いてくれないと思っていたが、そこまで心配されるほどヤワな妹でもなかったようだ。

 

 「……ああ、いくか」

 

 一年と経たずに受けたこの中忍試験。今でこそ思う。受けてよかったと。おかげで、己に足りないものも、白野の成長も、各国の強者の武具も、見ることができた。

 そして改めて感じた。今のままでは、岸波白野を守り切れないと。どれだけ息巻いたとて所詮は下忍。この未熟な身では大切なもの一つとて絶対に護れるほどの力はない。しかし中忍になれば、より激務を任されよう。多くの困難が持ち受けているだろう。その機会こそ、何物にも勝る鍛錬となる。

 だから、その時。運命の刻。白野の命が摘まれるであろう運命の時がもし来ようものならば、せめてこの身を差し出し、生き残らせる程度までには力をつけなければならない。それが岸波シロウができる、数少ない役目ならば。

 

 「(この力は、その刻の為に)」

 

 静かに、シロウの浅黒い肌は色を濃くし、彼の体内に住まう血は嬉々として脈動し、熱を発した。

 まるで、主の成長に化け物が手を叩いて歓喜するように。



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第22話 『折り返し地点:Ⅱ』

 お待たせしました!


 三代目火影から与えられた一か月の猶予。

 修行に励む者、他者の術への対応を急ぐ者、装備を揃える者と忍によって動きは異なる。

 その中でもこの男、セタンタは修業をするわけでも準備を整えるわけでもなく、ゆらりゆらりと木ノ葉隠れの里を漫遊していた。

 

 「おっちゃん、木ノ葉印の団子一つくれ」

 「あいよ!」

 

 木ノ葉で一番うまいと噂の団子屋に立ち寄り、三色団子を購入。そのまま歩き食い。

 これぞ漫遊……尤も漫遊というのはあくまで表面上の話で、実際は戦場となるであろう木ノ葉の里の立地を歩いて確認しているので決してさぼっているわけではない。そう、さぼってはいない。バゼットに見つかったらそう言うと決めている。

 

 「(やっぱりこの里は豊かだねぇ)」

 

 セタンタは団子の串を咥えながらそう思った。

 自分達が生まれ育った砂隠れの里は一面が岩と砂で覆い尽くされている。それこそ、水源一つダメになれば大騒ぎになるほどの資源に乏しき劣悪な環境。

 雨もロクに降らず、かといって日照りは容易に喉を焼く。どれを取っても豊かさにおいてこの里に勝っているものはない。

 

 「(忍の質も、言わずもがなか)」

 

 そこら辺を闊歩する中忍、上忍の面子も豪華なものだ。

 体術のみで他里までその名を轟かせたマイト・ガイ、千の術を収めし写輪眼のはたけカカシを筆頭に秋道一族、奈良一族、油目一族、その他諸々の名家揃いの英雄豪傑。

 この里の断崖絶壁に掘られた歴代火影の面々も一人残すことなく最強と言われた忍達。

 なるほど、五大国最大の忍びの里と謳われるだけのものがある。

 

 「(その里を落とすとなれば、上役も生中な覚悟ではないだろう)」

 

 音隠れと手を組み、中忍試験という合同の催し物に扮して行われる木の葉崩し。

 成功しても、失敗しても、後世には少なからず卑怯者のそしりは免れない。

 それでも行うと決めたからにはそれ相応の覚悟と計画性がなければ務まらない。

 そのうちの一つが肉体の内に化物を飼う砂隠れの奥の手であり、今は下忍の我愛羅。

 砂隠れが強気である理由が下忍の子供なのだから、我が里ながら情けない。

 後は音隠れの支援。ここが、セタンタは引っ掛かっていた。

 あのできて間もない里ができた時から、砂隠れは妙な動きを取るようになった。

 否、里ではなく―――里の長が、だ。

 果たして風影はこのような作戦を率先して行うような御仁だったか。

 冷徹であり、リアリストであると知られている男ではあるものの、戦争を好んで行う好戦的な男ではなかった。どちらかというと、政財からゆっくりと地盤固めを務め、他国と渡り合うタイプであったはず。

 

 「…………」

 

 何度目か分からない自里への言い知れぬ薄気味悪さ。

 セタンタも下忍の端くれだ。特別な力を持っていたとしても、自らの立場は弁えている。

 忍は、里の命令こそが至上。そこに尽力することはあれど、疑うことなどあり得ない。

 自由奔放として見られがちなセタンタだが、里への忠義は本物であると自負している。

 だからこそ、この違和感が拭えない。

 里が自分達に託した使命は、果たして本当に里の意思なのかと。

 そんな思考が堂々巡りしていたセタンタに、聞きなれぬ声が耳に飛び込んできた。

 

 「あ、あぶない!!」

 「あん?」

 

 セタンタは声がした方向、真横に首を向けるとクナイがすぐ目の前まで迫っていた。

 クナイを投げておいて殺気も感じられなかった。これを意図的にできればさぞ腕の立つ手練れだろう。

 彼は呆れながらもクナイの刃先を指と指の間で挟んでキャッチする。

 

 「なんだこりゃ、玩具か?」

 

 そのクナイは自身の知るものよりも柔らかく、重さもない。

 フニフニと刃先を触っていたセタンタに一人の小さな子供が近づいてきた。

 その子供は他里の人間であるセタンタを警戒と申し訳なさが入り混じった目で見ていた。

 

 「おう、こりゃお前の獲物かい?」

 「う、うん」

 「俺を狙った?」

 「ううん」

 

 セタンタはぶっきら棒な言い方だが声質はできるだけ相手を怖がらせないように問い、それに子供は首を振りながら答えた。

 まだ年が二桁にも言ってない小さな童だ。近くに公園もある。なるほどとセタンタは頷いた。

 

 「ごめんなさい……!」

 「気にすんな。こんなクナイじゃ誰も傷つかねぇさ」

 「でも!」

 「カー、真面目だねぇ。俺なんかよりだいぶ良い子だよ、坊主」

 

 自分もこんな時期があっただろうか。

 いや無かったな。

 

 「しかし良い腕だ。手が滑ったとはいえちゃんとまっすぐ飛んできやがった。筋はいい」

 「え………?」

 「こんなもん投げてんだ。将来の夢はこの里の忍だろ?」

 「うん!」

 「なら将来有望だ」

 

 セタンタは腰を下げて子供と同じ目線に合わせ、にっかりと笑った。

 それにつられて終始申し訳なさそうだった子供も笑みを浮かべてくれた。

 そう、それでいい。子供は迷惑をかけてなんぼの生き物。この程度の些事で顔を曇らせておくには勿体ないというものだ。

 

 「お兄ちゃんは、外の里のひと?」

 「ああ、砂隠れの忍さ」

 「すげー! おれ、この里以外の忍者って初めてみた!!」

 「おうおうそりゃ良かった」

 

 物珍しい存在に出逢えて若干興奮気味に目を光らせる。

 

 「砂がくれってさ! 火影様みたいな人いるの!?」

 「いるぜ。風影っていうんだけどな」

 「おお~! じゃあお兄ちゃんもその風影様を目指してるの?」

 「……そうだなぁ。忍ならば、頂点目指すもんだが……まぁ、目指していると言えば目指していると言えばいいのかねぇ」

 

 正直、風影を目指している気などない。

 ただ戦いが好きだったから。この力を存分に扱いたいから。

 その理由で一番適していた職が忍だったに過ぎない。

 おかげで大切な人間が多くいる里を護れる力にもなり、今はそれだけで満ち足りている。

 

 「おれも火影をめざしてるんだ!」

 「そりゃいい心がけだ。しかしなんでその火影を目指す?」

 「大好きなみんなを守りたいから!!」

 「…………」

 

 真っ直ぐな瞳がセタンタを射抜く。

 だが、その瞳の先にいる男は今先ほどこの子供が言った「大好きな皆」を傷つける存在だ。

 木ノ葉の里と同盟国でありながら、それを裏切り、多くの人間を犠牲にして国盗りをしようとしている、そんな人間だ。

 

 「……そうか。お前の夢、立派なもんだよ。親御さんも誇らしいと思ってるさ」

 

 セタンタは腰を上げ、子供の頭を優しく撫でた。

 

 「またな、坊主。練習するのは良いが、周囲には気をつけてな」

 「ありがとう、外のお兄ちゃん! またね!」

 

 

 

 

 …………

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 「感傷にでも浸るか? セタンタよ」

 

 昼から夜に時間は経ち、セタンタが借りる宿の一室で女は問う。

 その女は砂隠れの上忍にしてセタンタ、バゼット、ディルムッドの上官。

 この木ノ葉崩しにも参加するであろう女傑。名をスカサハ。

 深紫の髪を靡かせ、体のラインが良く見える全身タイツを違和感なく着こなすその女は、姿こそ妖艶無比。

 されどもセタンタは知っている。

 この女は、あの我愛羅と勝るとも劣らない人格破綻者であることを。

 

 「ハッ、見てたのかよ師匠」

 「私に隠し事など出来る筈もない」

 「別に隠しているつもりなんか無かったんだがな。ただガキと喋っただけだろうが」

 「この里の、な」

 「あの程度の関わりで俺の刃が鈍るとでも言いたいのか」

 「どうだかな……少なからず、思うことはあるのだろう?」

 「下らねぇ。まぁ、アンタを斬るよりかはスッキリしないだろうよ」

 「ほう、言うようになったではないか」

 

 スカサハは歪に笑みを浮かべた。

 あの子供の純粋な笑みと比べて此方はだいぶ毒々しい。

 

 「なぁ師匠……いや、スカサハ。アンタは今回の命令、どう思う?」

 「どう思うとは?」

 「違和感は感じねぇのかって話だよ。風影と死線を潜り抜けてきた伝説の忍なんだろ?」

 「……ふむ。強いて言えば、らしくないと言ったところか。あの男は確かに裏で動くことにも長けていたが、同盟国を裏切るほどのリスクは選択しなかった」

 「だろうな。俺は成長を続ける木ノ葉隠れに危機感を抱き、この中忍試験を利用して喰われる前に喰う……表面上では、それが木ノ葉崩しの理由だと教えられている。それは今の砂隠れの現状を見れば一見納得の理由だが、些か道理に欠けている」

 「まるで誰かに唆さえたか。もしくは、誘導されているかのような違和感を覚えているのだな。セタンタよ」

 「しらばっくれているアンタだって分かっているはずだ。今回の任務は裏に何かがある。俺達に知らされていない、致命的な欠落が存在するってことを」

 

 里の命令は絶対だ。

 里の為に命を尽くすのが忍だ。

 されども、その命令自体が何者かの陰謀が絡むとすれば、それは―――。

 

 「仮にそうだとしても、我々は一介の忍に過ぎない。だから今もこうして此処にいる」

 「……スカサハ。アンタは、大きな殺し合いを望んでいるな?」

 

 スカサハの言うことは御尤もだ。セタンタも幾度となくそう思ったいた。

 しかしスカサハの言うそれは、大義から来るものではない。

 『どうでもいい』のだろう。

 この命令が本物であれ、偽物であれ、殺し合える機会が巡ってきている。

 それに嬉々として受け入れているにすぎない。

 ならば葛藤もなかろうよ。正しさなど求めていない。初めからないのだから。

 

 「この里の忍と死合えるのならば、僥倖だとは考えておる」

 「はぁ……師匠よ。いつかアンタの心臓は俺が穿ってやるよ。異常者め」

 「楽しみに待ってるよ、バカ弟子」

 

 広くも狭くもない宿屋の一室で一触即発の空気になりかねない二人の忍。

 師弟関係であるものの、その関係は健全とも言えなかった。

 

 「……む?」

 「……あ?」

 

 セタンタとスカサハは互いに懐から札を取り出した。

 その札には守鶴と刻まれており、小刻みに札そのものが震えていた。

 

 「セタンタ。おぬしの出番のようだな」

 「くそったれ。あのバカ、まだ本選も始まっちゃいないっつうのに」

 「私はここで酒盛りをしている」

 「いや行かないのかよ! てかここ俺の部屋なんですけど! するなら自分の部屋でやれ!」

 「つれないことを言うな。ほら、早くいかんと手遅れになるぞ」

 「この……!!」

 

 自由奔放なセタンタではあるが、このスカサハには負ける。

 急ぎ事態の収拾に行かなければ木ノ葉崩しの作戦が頓挫するどころの話ではなくなると言うのに、呑気に酒盛りなど。

 それも弟子が借りている一室でだ。

 

 「ったく……!」

 

 もはや抗議するのも馬鹿らしくなったセタンタは窓から飛び降り、我愛羅がいるであろう場所まで駆けた。

 セタンタとスカサハが持っていた札は我愛羅の封印の強弱を知ることができる。

 尾獣の封印が危うくなった時、その札は危険を知らせる為に激しく振動する仕組みだ。

 恐らく、あのロック・リーとの戦いで枷が外れかけていたのだろう。どんな拍子で封印が完全に解けるか分からない不発弾のようなものだ。彼の事情を知るものとして、これほど心臓に悪いアラームはない。

 そして彼を止める役目を担っているのが、他でもないセタンタである。

 

 目には目を。刃には刃を。

 獣には、獣を宛がうのが相応しい。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 五月蠅い、ゴミだった。

 音隠れの忍。名は―――なんだったか。

 覚えるのも億劫なほど、弱かった忍だ。

 静かに日の出を待っていただけの俺に、奴は現れた。

 自らの力量すら測れぬ愚者は、ちっぽけな腕の武器を掲げて、俺を殺そうとした。

 そう、殺そうとしたのだ。俺を。俺をだ。

 どの里へ行っても俺という存在を殺そうとする輩は後を絶たない。

 憎い。苛立ち。鬱陶しい。

 意味を為さぬことを為そうとして、その臓物をぶちまけることしかできない雑魚。

 ただ、俺は生きているだけなのに。

 生きているだけが罪。

 父も、友も、信じていた者ほど俺を殺そうとして。

 信じていない者も俺を殺そうとする。

 理由など知らぬ。

 大義名分もあろう。名を上げたいという阿呆もいよう。

 それでも俺にとっては、等しくゴミであることに変わりはなかった。

 血を分けた兄弟ですら、俺を恐怖する。

 

 もう、いっそのこと―――全てを塵にするか?

 

 そう思っていた矢先に、あの男は現れた。

 

 「セタンタ………」

 

 魔獣を従える者。海獣を従える者。

 同じ化物を腹の内に飼う忍が、木ノ葉の廃墟にて音隠れの忍を殺したばかりの俺の前に現れた。

 

 「派手にやったな。その死体は……確か音隠れの下忍ドス・キヌタか」

 「俺を殺そうとした」

 「そりゃまたなんでだ?」

 「………知らん」

 

 誰かがどうとかと呟いていた気もするが、今となってはどうでもいい。

 何を理由に襲ってきたかは知らんが、殺しに来たのなら殺し返す。

 そして奴は死んで、俺が生きている。それだけの話だ。

 

 「オーケー。取り合えず、無事でなによりだ」

 「思ってもいないことを口にするな。殺すぞ」

 「俺達は仲間だろうが」

 「仲間? 仲間だと? クク、ハハハハハハ!!」

 

 実に白々しい。

 何を言うかと思えば、仲間?

 俺から一番縁遠い言の葉だ。

 

 「お前はただ自分の役割を全うにしきただけだろう? セタンタァ」

 「役割を全うしにきたのと仲間であるのは矛盾せんだろうが。というか分かってるなら今すぐその腕を引っ込めろ。チャクラが漏れてんぞ」

 

 俺の腕は、幾重もの砂が集合し、一つの異形な腕に成り果てていた。

 そう、世にも恐ろしい尾獣の一体である狸の腕だ。

 このまま本能のままに赴けば、すぐにでもその化物がこの腸の中から姿を顕わすだろう。

 

 「嫌だと言ったら、どうする?」

 「お前を止めるのが俺の役目だ」

 「殺すか? お前も、俺を殺そうとするのか?」

 「止めると言ったはずだ。殺すとは言ってねぇだろうが」

 

 セタンタはフードを脱ぎ捨て、杖すらも捨てた。

 それは降参の意味なのか。

 否、そんなものではない。

 これは臨戦態勢。忍としてではなく、獣の戦いを想定したもの。

 

 「頼むから、今日は引いてくれ。俺とお前がここでやり合ったらどうなるか……分からないお前でもないだろ」

 「………疼くんだよ」

 「あ?」

 「一人じゃあ、足りない。もっと殺せと。殺させろと。俺の怪物が訴えている」

 「チッ、守鶴が余計な真似を」

 「お前はどうなんだ? お前の獣は、殺せと言わないのか」

 「言わねぇよ。いや、昔はバカみたいに言ってたがな」

 

 ならば、分かり合えないだろう。

 連日連夜、殺意の誘いが絶え間なく押し寄せる俺の苦しみ、俺の憎悪は決して。

 

 「お前には、分からない」

 

 馬鹿らしくなった。

 こんな男に何を知ってほしいというのか。

 所詮は、獣と仲良くしているだけの腑抜けでしかない。

 俺は異形の腕を解いた。ここで暴れずとも、いずれ暴れられる。

 この広大な里を、一思いに。

 それが我愛羅の存在理由。唯一生きていていい理由に他ならない。

 

 「もし、また俺の邪魔をするのなら―――今度こそ殺すぞ。セタンタ」

 「おうよ。かかってこいや。俺は殺されてやんねぇからよ」

 「………ふん」

 

 俺は、お前が嫌いだ。いつかは白黒をつける。

 俺は、お前を超えているのだと。

 殺そうと思えばいつでも殺せるのだと。

 それを分からせてやろう。いつの日か。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 静かに去っていった我愛羅を見送ったセタンタは、一息ついた。

 危なかった。危機一髪と言ったところだ。

 あのまま放置していたら九割九分、この里の上忍に感づかれていただろう。

 

 「性格最悪の上司に、里最大の問題児。こんなんで本当に大丈夫なんだろうな……」

 

 前途多難とはまさにこのこと。

 信じきれない上層部もそうだが、現場もかなりの不安定さが拭えない。

 己にこのようなストレスは似合わない。帰って風呂でも浴びてサッパリするか。

 そう思い、帰路を辿る。

 

 「………ありゃあ」

 

 木ノ葉の里の屋根を飛び越えながら進んでいたセタンタの目にふと入ったのは、民家の庭で一生懸命クナイを投げている少年の姿。昼間に出会ったあの子供だ。

 良い子は寝ていて然るべき時間だろうに、こっそり起きて庭で練習をしているのだろう。

 玩具のクナイを庭に生えている木にぶつけては拾い、ぶつけては拾いを繰り返している。

 健気なものだ。まだアカデミーにも入っていないだろうに、あの年であそこまでの努力を行える。あれも一種の才能だ。努力を重ねることができる、誰にでもあり、それでいて稀有な才能だ。

 いつかは大物になるのかもしれない。あの苦労が報われる日があれば、是非とも自分も見てみたい。

 

 「バカか、俺は」

 

 忘れるな。

 この平穏を壊すのは、砂隠れの里の忍。つまりは自分だ。

 あの子供も今回の任務で犠牲になる可能性は大いになる。

 仮に生き残ったとしても、まず間違いなく不幸になる。

 それを、肝に銘じなければならない。

 今も努力を続ける子供の未来を想うなど、そんな資格はセタンタには端から無いのだ。

 

 「………そん時が来たら、恨むだけ恨めよ」

 

 セタンタがあの少年に向けられる言葉は、それだけだ。それだけでなければならない。

 忍は刃。忍は道具。下手な感傷は決して持ち込むまい。

 

 今の砂隠れがどうなっているかは、スカサハの言う通り重要ではない。

 

 忍は、与えられた任務をこなす。

 セタンタは意識を切り替え、闇夜に消えていった。

 

 

 



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