メールペットな僕たち (水城大地)
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モモンガの楽しい毎日

タイトルの通りの、【ユグドラシル】の頃のモモンガさんの楽しい毎日の話。





モモンガこと、鈴木悟は最近【ユグドラシル】以外に【リアル】で楽しみが出来ていた。

いや、正確に言えばこれも【ユグドラシル】の延長なのだと言ってもいいだろう。
簡単に言うなら、ギルメンとのメールのやり取りにあるソフトを導入してから、メールのやり取りが今まで以上に楽しくなったのだ。
そのソフトとは、ヘロヘロさんが百年以上前にあったと言うものを、身内のやり取りのみに限定して現代向けに組み直したメールペットソフトだ。

以前、ペットロスでログイン出来なくなったギルメンを見ていて、それならギルメン間でのみ使えるペットソフトはないか探した結果、見付かったのがこのソフトだったのである。

これなら、きちんと管理された電脳空間で飼育できるように手筈を組めば、餌のやり忘れや病気、寿命で死なせる心配なく飼えるだろうと言うのが、ヘロヘロの主張であった。
確かに、この方法なら全員が毎日メールのチェックをするこの時代で、餌を与え忘れたりする心配もなければ、病気や寿命も心配する必要はないだろう。
ヘロヘロの主張を、全面的に支持したのはかのペットロスのギルメンを中心にしたメンバーで、彼らの熱意によって他のギルメンからも支持を受けて受け入れられた。
そこから更に打ち合わせした結果、ギルメン全員で自分の作った(協力して作った場合は、話し合いで)それぞれのNPCがそのペットになる事になったのである。

ソフトウェアの容量の関係で、全員が二頭身のディフォルメキャラになったのだが。

当然、モモンガの手元に来たのは自分がデザインした宝物殿の領域守護者であり、卵頭に軍服のパンドラズ・アクターである。
最初こそ、割り当てられたそれを見て微妙な気持ちになった。
その頃には、自分が作り出したNPCがその場のノリと勢いで自分の理想を詰め込みすぎて、色々な意味でおかしくなっている事に、何と無く気付いていたからだ。
しかし……今は違う。
【ユグドラシル】を起動し、何らかの用事でナザリックの宝物殿に訪れた際に顔を合わせると、一定のコマンドで地雷が発動する事もあって色々と思う所がある相手なのだが、このメールソフトのパンドラズ・アクターは違ったのだ。
ヘロヘロの説明では、性格部分の基本設定はそのままだが、それ以外は赤ん坊と一緒で自分の手で育てて教育していく事が出来るらしい。
一種の育成ゲームとして捉えれば、そこから先は別の楽しみが出来たのである。

ナザリックのNPCであるパンドラズ・アクター本体とこのメールペットをリンクさせて、設定以外の部分で何かしらの変化をさせられないかと、何と無くそう考えたのだ。

何せ、目の前の相手は二頭身の可愛らしいディフォルメキャラなのだ。
くるりと黒く空いた二つの目と口だけしかない卵顔だが、その感触はもちもちとしていて柔らかそうだし、短い手と足を一生懸命動かし何かしている姿は、どこか微笑ましくて仕方がない。
とても、宝物殿に居るアレと同じ黒歴史だなんて思えなかった。

更に、その外見に似合った愛嬌のある仕種を見ていると、ついついほっこりとした気持ちになって、仕事でささくれだった心が癒されてしまうのである。

それに、この外見でなら多少の仰々しい言動も可愛らしく映って、許容できない範囲ではない。
もちろん、どう見てもやりすぎの場合はそれとなく叱るのだが、その時は凹んでいる姿がとても【可哀想で可愛いらしい】状態になり、暫く隅に移動したかと思うと身を丸めるように座り込んで、はっきりと見て解る様に落ち込んでいる状態を示すのだ。
しかも、時折こちらの様子を見て【ごめんなさい】と言わんばかりの仕種を繰り返していて。
赦しの言葉を告げつつ、出来るだけ優しく軽く頭を撫でてやれば、パッと嬉しそうな声を上げて立ち上がる様は、小さな子犬を思わせる仕種だった。

そんな姿を見たら、本当に小さな子供を相手にしている親のような気分になって、次第に愛着がわいてきたと言うべきだろうか。

一先ず、その一連の動きはモモンガの中では【パンドラズ・アクターが見せる可愛い仕種】の不動の第一位なのだが、見る機会は少なかったりする。
何故なら、その一連の動きは叱った時のみ見られるものだからだ。
あれで、パンドラズ・アクターは学習能力が高い。
元々、メールペットと言う育成ソフトだけあって、ちゃんとこちらの意図を学習する機能も付いている。
ある程度まで叱れば、叱った事に関してはちゃんと学習していて、繰り返したりしない素直ないい子だったりするのだ。
だが、それではあの【可哀想で可愛い】姿が見られないので、普段は行動の自由を少しばかり緩めて好きにさせている。

そうして、思い出したかのように別の事で羽目を外し過ぎた所で叱る事で、叱られた事に落ち込む姿を存分に楽しんでいる悪い親だった。

多分、この事を友人たちに話したら苦笑される可能性は高いだろう。
それ位の自覚は、モモンガにもある。
だが、これも仕方がないと思って欲しい。
【ユグドラシル】では、決まったルーチンでの行動しかしないNPCよりも、このメールペットたちの方が感情豊かに見えるのだ。
こんな風に、自分の言動に対して喜怒哀楽を見せられたら、構い倒したくなるのは当然だろう。
結婚どころか恋人もいない身の上で、子育て経験するのはと思わなくもないが、手持ちの端末に登録してあるのであちこちどこでもメールソフトを立ち上げて使える事も、こうして余計に構う要因だった。

それに、メールのやり取りも今まで以上に楽しい。

ギルメンにメールを送る時は、二頭身のパンドラズ・アクターが一生懸命に両手でメールの入った封筒を抱えて、目的の相手のメールサーバーまで駆けていくのである。
お出掛けする前に支度をする姿や、「行ってきます!」の挨拶をする姿、そして帰ってきた時に満面の笑みで「ただいま帰りました!」と告げる姿は、今まで家族が居なかったモモンガに……鈴木悟に、小さな家族が出来たように思えるのだ。
お使いから戻って来た所を出迎えるべく、自宅の仮想サーバー内に降りて三頭身になっている【ユグドラシル】の自分のキャラで撫でてやるか、出先で3Dタッチ専用グローブを付けて撫でてやれば、それは嬉しそうに笑う姿が小さな子供の様でとても可愛いと思う。
更に付け加えるなら、仮想サーバー内なら臭いや味覚はないが、その代わりに触覚はそのままであるので、頭や顔を撫でたりハグしたりしていれば、その見た目通りの柔らかさを感じられた。

ただし、自分達から彼らに対して出来るのは、あくまでもペットを愛でる意味での額や頬にキスまでらしいが。

家族に対して、親愛の情を示すだけの目的なら、ハグまででも十分だと俺は思うのだけれど、一部のギルメンはそれでは足りないと主張したらしい。
性的な意味を持たせそうな場所には、キスをしたり触れたり出来ないのは当然だと思うし、その話を聞いた時には本気で呆れたものだ。
まぁ、自分はパンドラズ・アクターを息子として育てているから、別に関係がない話なのだが。

それ以外でも、ギルメンたちからメールが来るのも楽しい。

まず、それぞれの手元にいるキャラたちが自分の元まで一生懸命にメールを届けてくれる姿が可愛くて、見ていてとても楽しいのだ。
何というのか、基本の性格設定はそのままに、育成されている部分が持ち主の性格の影響を受けているらしく、どこか似ていて見ていて楽しいし、小さな身体で一生懸命に動く仕種が微笑ましく思えて仕方がない。
ウルベルトさんの所のデミウルゴスは、そつなく自分に挨拶をしてから手紙を渡してくれるし、パンドラズ・アクターが居ればそのまま暫くチェスをしたりして遊んでから帰っていく。
もてなしにと、用意してあるストックからお茶やおやつを渡してやると、はにかんだようや笑みを浮かべながら受け取り、美味しそうに食べていく。
そして、来たときと同じ様に挨拶をしてから帰っていくのだ。

もしかしたら、【ナザリック】のデミウルゴスも、自分の意思で動けたらこんな感じなのだろうか?

建御雷さんの所のコキュートスの場合は、訪問の挨拶の仕方とかが何となく前に建御雷に見せて貰った【時代劇】に出てくる武士のような雰囲気だった。
もしかしたら、コキュートス用の礼儀作法の学習ソフトとして、建御雷さんが使っているのかもしれない。
その影響なのか、パンドラズ・アクターとの遊びもチェスから剣道の練習に変わるし、訪問時にこちらが提供するものも、昆虫種の影響からなのかお茶とおやつよりも甘い蜜の方を好むので、用意するのは蜂蜜やメープルシロップだったりする。

色々と堅苦しい物言いをする事もあるけど、それもコキュートスの個性だと思って楽しんでいる。

アウラとマーレの二人(茶釜さんのごり押しで双子揃って茶釜さんのメールペットだ)は、いつも二人揃ってやってきて、とても賑やかだと言っていいだろう。
元気いっぱいのアウラと控えめで大人しいマーレが来るだけで、何となくデミウルゴスやコキュートスが来た時よりも、賑やかな感じになった気がするのだ。
やはり、尋ねてくる人数が一人じゃなく二人だから、その分も賑やかなのだろうか?
二人はモモンガの所に来ると、最初にきちんと挨拶してから自分の仕事であるメールをモモンガに渡してくれるのだが、その後二人してこちらを見上げながら【褒めて?】とキラキラ目を輝かせるので、ついつい二人の頭を撫でてしまうのを止められない。
そうして、モモンガが頭を撫でてやると満足そうな顔をして、パンドラズ・アクターとささやかなお茶会をしてから帰っていく。

どうも、【ナザリック】のNPCの二人も子供の外見だからか、ついつい仕種が微笑ましくて仕方がないから甘やかしちゃうんだよな。

ペロロンチーノさんの所のシャルティアは、【ナザリック】のNPCとしてのその持ち前の性癖からなのか、必ず最初の挨拶の後にモモンガにハグをして行くのが通例だった。
最初にされた時こそ面食らったものの、彼女なりに親愛の情を示している事が判っているので、モモンガも悪い気はしていない。
それに、抱き付いてきた所をモモンガが頭を撫でてやれば、満面の笑みを浮かべながら満足して離れていくので、モモンガも彼女がメールを運んでくる際の恒例行事として受け入れている。
パンドラズ・アクターとも、まるで自分とペロロンチーノの様に仲が良い。
メールを運ぶ仕事の後、二人で並んでソファに座りながら楽しそうに話をしたり、遊んでいたりする姿はとても微笑ましくて、ついついまた頭を撫でてやりたくなる位だから、このまま仲良くして貰いたいものだ。

そして……そんな風に割と仲が良いメールペットの中で、唯一と言っていい位に問題行動をしているのが、タブラさんの所のアルベドだった。

彼女は、タブラさんからのメールを届けに来たらモモンガに引っ付いて離れなくなり、いつまでもモモンガの所に居座ろうとするので、追い返すように送り出すのが常なのである。
しかも、モモンガが不在の時にパンドラズ・アクターが居ると、何やら嫌みを言ったり意地の悪い事をしてきたりすらしい。
割と忙しい時期に、仕事の空き時間を見付けてメールサーバーを確認して、彼女が来た証拠として自分宛のタブラさんからのメールがあった場合、パンドラズ・アクターがたまに隅の方で涙目になっていじけているので、ほぼ間違いないと思う。

これに関しては、似たような案件が茶釜さんの所のマーレ相手で発生しているらしい。

なので、ギルメンを円卓の間に集めてお互いにメールペットのアルベドの行動を確認してみたところ、似たような話が幾つも上がってきた。
改めてタブラさんに問い詰めたところ、どうやらNPCとしての彼女の設定が暴走しているのではないかと言うのが、彼の推測である。
それで、改めて彼女の設定を確認してみたら……あの長文設定には参った。
まぁ、最後の【ちなみに、ビッチである】には呆れさせられたのだが。
そして、その設定こそが暴走の原因だろうと全員が思ったのだが……この部分を変える事にタブラさんが猛烈に反対した為、未だに改善の兆しが見えない。

まぁ、これ以外にも色々と問題がある部分はあるが、モモンガにとってはそれでも楽しい毎日を暮らしていた。




こんな感じで、ゆるゆるなギルメンとメールペットになっている守護者を筆頭にしたNPCたちの、のんびりほのぼのな話が浮かんだので書いてみました。
既に、pixivでは幾つか投稿済みなのですが、こちらはあちらから移動する際に加筆修正してあります。


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ペロロンチーノの至福の毎日

毎回視点が変わります。


ペロロンチーノの朝は、他のギルメンに比べて割とゆったりしている。
彼は、あらゆる年代やジャンルのエロゲ好きが高じて、気付けばエロゲ専門のシナリオライターになっていた。
もちろん、そこまで有名シナリオライターになっている訳ではない。
それこそまだ駆け出しの身ではあるのだが、それでもそれを仕事にして食べていける位には稼げている。
相変わらず、姉には仕事に絡んで苦労しているのだが。

そんなペロロンチーノの朝の日課は、端末でメールの立ち上げから始まる。

メールを立ち上げると、そこでは【ユグドラシル】において【己の嫁】と公言して憚らない可愛い可愛いシャルティアが、まだすやすやと眠っている。
なので、ペロロンチーノは彼女が目を覚ますまで見守るのを毎朝の楽しみにしていた。
特に、完全に覚醒する前の寝惚けているシャルティアは、とても可愛いからだ。

ペロロンチーノにとって、今は朝から至福の一時を過ごしている。

彼が、この至福の時間を得られたのは、ギルドメンバーの一人が、飼っていたペットが死んだ事によって、ログインしなくなった事が起因している。
そんな彼の為に、仲間たちが代わりになるようにと電脳空間で飼えるペットのような存在として作り上げたのが、このシャルティアたちメールペットなのだ。
今まで、ログインしてナザリックの第三階層の死蝋玄室まで赴かなければ、彼女に会う事は出来なかった。
だが、このメールペットは違う。
何時でも何処でも、端末などのきちんと必要なものを揃えれば、可愛いシャルティアに逢えるのだ。

ペロロンチーノにとって、これ程幸せな事は無いのだろうか?

朝のゆったりとした時間は、シャルティアの寝起きを待つ為にのんびりと過ごしているものの、ペロロンチーノが起きるのは特に遅い時間帯ではない。
自宅で仕事をするペロロンチーノは、出勤する時間がないのでそれほど早く起きる必要はないのだが、それでもそれなりに早いと言われる時間帯に起きる。
理由は、シャルティアの寝起きの姿を見る為もあるが、他にも理由があった。
わざわざこうして朝一番に起きる理由は、友達であり仲間である【アインズ・ウール・ゴウン】の面々から、ペロロンチーノへのメールが来るのが、この朝の早い出勤前の時間帯か夕方の終業後だからだ。
仕事柄、朝の時間帯は自由なペロロンチーノとは違い、彼らが起きて出勤する時間帯はかなり早い。

だからこそ、そんな彼らから来るメールを出来るだけ起きていて、彼らのメールペットを出迎えたいと思う訳で。

シャルティアも、その頃には目を覚まして身支度を終わらせているので、お出迎えには万全の態勢が出来ていた。
まず、朝一番にやって来るのが多いのは、モモンガさんの所のパンドラズ・アクターだ。
礼儀正しく、軽くノックすると扉を押し開いて軽く頭を下げると、いつものように笑顔で挨拶の言葉をのべる。

「おはようございます、ペロロンチーノ様。
朝早くからお邪魔いたします。
モモンガ様より、昨夜の件のお返事メールをお持ちいたしました。」

ペロロンチーノは、割とメールを夜のログアウト後に出すことが多く、律儀なモモンガさんはその返事を朝一番に返してくれるからだ。
だから、朝一番にメールを持ってくるのはパンドラズ・アクターが多かった。
シャルティアとも仲が良いパンドラズ・アクターは、毎朝のようにモモンガさんからのメールを持ってくると、シャルティアのリクエストがあれば、二重の影(ドッペルゲンガー)のスキルを使ってモモンガさんに姿を変えて見せてくれる。
それを見届けると、シャルティアは嬉しそうにパンドラズ・アクターと並んで座って本を読んだり、お喋りしたりしているのだ。
そんな二人の姿は、とても微笑ましい。
もちろん、変化しない日は遊ばない訳じゃない。
変化しない日は、二人でくるくると楽しそうに歌ったり踊ったりしている。

パンドラズ・アクターの姿の違いで、二人の遊び方が違う理由は教えてくれないが、まあ楽しそうだから構わないだろう。

次にメールを持ってくるのが早いのは、仲が良いウルベルトさんの所のデミウルゴスだろうか?
デミウルゴスも、パンドラズ・アクターと一緒で礼儀正しいと思う。
丁寧に頭を下げながら、訪問の挨拶を皮切りにご機嫌伺いまで、それこそ流れるように述べる姿をウルベルトさんが見たら、【流石は俺のデミウルゴスだ!】と、諸手を上げて喜びそうな気がする。

あの人、メールペットを含めて【デミウルゴス】に関しては、正直言ってかなり親バカだし。

シャルティアは、デミウルゴスがメールをもって来ると、何やら図鑑を片手に持って嬉々として出迎える事が多い。
ペロロンチーノは、そんなものを与えた記憶が無いのだが、いつの間にかシャルティアの所持品として、部屋の中にあった図鑑だ。
一体、どこから入手してきたのか良く判らないものの、それを処分する事は出来ない。
何故なら、それを広げてデミウルゴスと一緒に見ている姿は楽しそうだからだ。

その図鑑が、【世界の拷問大百科】と銘打たれているのは、俺の見間違いだと思いたいけど、間違いじゃないんだろうな……

他にも、何人かメールを持ってくると、朝の受け取り分は終わるので、今度は既に用意しておいた別の相手のメールのお使いを、シャルティアに頼む。
この時間帯にお使いを頼むのは、ホワイトブリムさんとか、死獣天朱雀さんなどの割と時間帯を問わずに忙しい人たち相手だ。
忙しいからこそ、この時間帯にメールを送ると、時間の合間を見てメールを読んで返事をくれるので、わざとこの時間帯にしている。
他にも、メールを出す時間帯を選ぶ人は何人かいるので、それなりに気を付けるのは手間が掛かるが、可愛いシャルティアの為だと思えば気にならなかった。

そう、メールを受取人であるギルメン達に直接渡す事が出来ず、手紙を置いて悲しそうに帰ってくるシャルティアの姿を見るくらいなら、この程度の手間など惜しくないからだ。

端から見て、呆れるくらいに俺はシャルティアを溺愛している自覚は、幾らでもある。
だって、可愛くて堪らない理想の嫁を更に自分の手で育成出来るんだぞ?
何か気になる事があった時に首を傾げる姿も、俺が教えた間違いだらけの郭言葉を使う姿も、俺を慕って顔を見せるとまずギュウギュウと甘えるように抱き着いてくる姿も、全部可愛くて愛しいんだから仕方がないだろ!

可愛いシャルティアには、いつも笑顔で居て欲しいんだから、その為の手間は惜しんじゃ駄目だよな。

夕方の時間帯が近付くと、今度は武御雷さんの所のコキュートスが良くやって来る。
これは、武御雷さんの仕事の終わり時間の都合らしい。
ログイン前に、俺にその日のクエストの協力を頼みたい事がある時に来る場合が多いから、彼の訪れはその前触れとして認識している。

コキュートスとシャルティアは、俺のメールサーバー内に設置した一番広い部屋で簡単な手合わせをしている事が多いから、お互いに手合わせ相手として認識しているんだろう。

意外に、時間帯を問わずに短いメールを持ってくるのは、姉ちゃんの所のアウラとマーレだ。
姉ちゃんの仕事も、それこそ分刻みの場合が多いから、俺に対して罵声に近い内容のショートメールばかり送り付けてくるのは、ストレスを発散しているんだと思う。
なんと言っても、姉ちゃんの仕事は人気商売だし、対人関係のストレスは半端ないのは知ってるから、それ位の事は甘んじて受け入れてる。
もちろん、俺は姉ちゃんに直接それを言うつもりはないし、姉ちゃんの方も俺に何も言ってこない。

こればかりは、姉弟ならではのやり取りだからな。

まぁ、それはさておき。
姉ちゃんと俺の付き合いはそんな感じだから、アウラとマーレとシャルティアも周囲が思うよりも割と仲が良い。
一生懸命、俺の所まで毎日何度も往復させているのは、ちょっとだけかわいそうな気もするけど、頑張って運んでくる二人の姿は可愛いので、つい頭を撫でちゃうのは仕方がないよな。
すると、シャルティアがやきもちを妬いて拗ねちゃうんだけど、これはお仕事頑張っている二人へのご褒美だから諦めて欲しい。

多分、同じことを姉ちゃんもシャルティアにしているだろうし。

どうも、俺が電脳空間に降りて居る前だと、設定を重視して仲が悪い振りをするみたいだ。
でも、実際に仲が悪い訳じゃない。
俺が電脳空間に降りなかったり、シナリオライターの仕事中で忙しかったりして、俺のメールサーバー内で三人だけの状態になると、姉弟みたいに仲良くわちゃわちゃとお茶会をしているんだ。
こっそり、そんな彼女たちの様子を覗いて見ていると、本当に仲が良くて三人とも可愛くて仕方がない。

三人が仲良くしている姿を、姉ちゃんも同じ様にこっそり見てるのかな?

さて……こんな風に仲が良いメールペット達なんだけど、ここで一人問題児が居るんだ。
多分、ギルメン全員のメールペットが何らかの被害を受けているだろう、問題児の名前はアルベドと言う。
彼女は、タブラさんの所のメールペットなんだけど、彼女の元になった【ナザリック】のNPCが創造主であるタブラさんの趣味に凝り固まった設定を文字数限界までの細かな部分まで書き込まれているせいで、色々とそれに振り回されているんだ。
いや、違うか。
彼女が振り回されているのは、タブラさんが設定文の中につけた最後の一文だ。
あの一文のせいで、彼女は周囲の迷惑や注意をものともせず、メールペットの役目としてギルメンたちにメールを届ける度に、届け先のギルメンに自分への愛を求め、こそこそと彼らのメールペットに地味な嫌がらせをして泣かせているらしい。
うちのシャルティアとは、正面切っていつも喧嘩してるけどな。

いつも、俺に抱き着いてくるアルベドを排除しようと頑張るシャルティアは、滅茶苦茶可愛い!

「ペロロンチーノ様に抱き付くなぁ!!」

って、必死に俺からアルベドを引き剥がそうとするシャルティアの姿を見たら、嬉しくて身悶えるね。
ただ、そこから暫くの間続く二人の喧嘩は、正直言っていただけない。
だけど、アルベドが帰った後にまるで「消毒」だと言わんばかりに抱き付いて離れない姿を見たら、あまりシャルティアを叱れないんだよね。
だって、本気で半泣きになりながら離れないんだもん。

姉ちゃんの所のマーレも、彼女の被害に遭っているらしいし……やっぱり、タブラさんにはきちんとアルベドの言動に対して、それ相応の対策を講じて貰わないと駄目かもしれない。

夜になると、【ユグドラシル】にログインして、ギルメンの皆とクエストやら何やら楽しんだ後、【ユグドラシル】で伝え忘れた事を思い出したらメールで送る。
忘れない内に連絡しないと、お互いにうっかり忘れちゃいそうだからね。
そうして、最後のお使いから帰ってきたシャルティアを出迎えてた後、寝間着に着替えた彼女にお休みの挨拶をして、ペロロンチーノは就寝する。
おはようからお休みまで、シャルティアと一緒なんて本当に嬉しくて仕方がないよね。

そんな感じて、ペロロンチーノは至福の毎日を過ごしている。




と言う訳で、第二弾はペロロンチーノさん視点でした。
ペロロンチーノさんは、思い描いた通りに動くシャルティアと過ごせて、文字通り至福の毎日を過ごしているんですよね。
そして、何気に仲が良い非課金同盟の僕たちです。


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ウルベルト・アレイン・オードルと理想の悪魔の穏やかな毎日

この話は、格好良いウルベルトさんはいません。



ウルベルト・アレイン・オードルの毎日は、己が細部にまで拘り手塩に掛けて作り上げた、【理想の悪魔】の端正な声で始まる。

彼の、至福とも言うべき環境が作られた背景には、彼にとって大切な仲間達が関わっていた。
アインズ・ウール・ゴウンの仲間であるギルメンのペットロスから始まった、ナザリックの僕をメールペットにする計画。
その計画に、ウルベルトは最初の段階から賛成し、協力していた一人である。
あまりにも、ウルベルトの賛同が素早かった事に対して、意外に思う者も居た。
だが、ウルベルトからすればむしろもっと早い段階で、この計画が持ち上がればよかったのにと、今でも本気で思っている。

何故なら、このメールペットの積み重ねた経験は、そのままナザリックのNPCにも反映可能な設定だと、ウルベルトは計画を聞いた時点で気付いていたからだ。

もちろん、それは自分達が住む【リアル】の世界の情報がNPC達に伝わる訳ではなく、メールをやり取りする為のサーバー内などの限定空間での経験に関してのみだが、それだけでも別に構わなかった。
ウルベルトなどの、NPCに深い愛情を注ぐ者にとっては、どんな形ででも己の愛するNPCに、【リアルの世界】でも同じ様に愛情を注げて、それが彼らに伝わる可能性があると言うことが、何よりも大切なのだから。
どんなものでも、ちゃんと大切にして愛情を注いでやれば、それに相応しいだけの愛情を返してくれるものだ。

現に、うちのデミウルゴスはその通りだからな。

毎朝の始まりだってそうだ。
そう……ウルベルトの朝は、メールサーバーの中にいるデミウルゴスからの、モーニングコールで始まる。
自分の理想の粋を集めた、文字通り最高傑作とも言うべきデミウルゴスの端正な声で、毎朝緩やかに目覚めを促されるのがどれだけ幸せな事なのか、実感出来ているのは自分だけだろう。
そう思うだけで、ウルベルトはひどく満たされた気持ちになるのだ。

まぁ、当然だろう。
自分にとって自慢の息子に、毎朝丁寧に起こされているようなものなのだから。

******

ウルベルトが、デミウルゴスからのモーニングコールを受ける状況に至るまで、実はそれなりに紆余曲折があった。

デミウルゴスが自分の元へやって来て、ウルベルトが最初に行ったのは、メールペットの彼に対する細かな設定だ。
基本設定として、与えられたメールサーバー内のデミウルゴスの部屋は、真っ先に改装しておく。
育成ソフトの人格は、普通の人間と同じ様に環境に影響されるからな。
自分の理想の結晶とも言うべきデミウルゴスに、粗末な環境で過ごさせたくはない。

可能な限り、使用できる素材をふんだんに使い、デミウルゴスにふさわしいへやをつくりだしたと言う自負がある。

次にしたのは、俺がデミウルゴスと共に暮らすために必要なこと。
元々、このメールペットソフトの機能には、メールが来ていることを知らせる為のコール音が有るのだが、俺は音声設定時にデミウルゴス声を選択した。
【リアル】で、擬似的な意識を持つあいつに呼び掛けられたら、それは幸せな気分になれそうな気がしたからだ。
そして、その俺の選択は間違いじゃなかったらしい。

ウルベルトの元にメールが来る度に、デミウルゴスからの声が聞こえてくると思うだけで、仲間とのメールのやり取りが今まで以上に楽しくなったのだから。

正直言って、こんな幸せな環境を得られた事に関して、仲間たちへの感謝の念が絶えない。
流石に、ここまでの機能を持ったデミウルゴスを【リアル】で再現するのは、幾ら望んだとしてもウルベルト一人では叶えらない案件だっただろう。
なので、それを叶える切っ掛けをくれた仲間に対して、それはもう丁寧にお礼をしたのは、ウルベルトとその仲間との秘密だったりする。

それはさておき。
本来なら、メールペットとしての限られた機能しか持たない筈のデミウルゴスが、どうしてモーニングコールまでしてくれるようになったのかと言うと、そこに至るまでには本当に色々とあったのだ。

主に、ウルベルトの身の危険と言う意味で。

そもそも、この話がギルメン全員に対して伝わる前から、この件に関わり開発チームにテスターとして協力していたウルベルトは、見返りにある事をして貰っていた。
何を頼んだのかと言うと、メールペットとしてデータの吸出しなど、様々なテスト段階から協力する代わりに、デミウルゴスの学習能力をそのフレーバーテキストに合った、高めのものに設定して貰ったのである。
その高い学習能力で、デミウルゴスが興味を持つだろう様々な知識を得られるように。

やはり、デミウルゴスは頭が一番良く在って欲しいからな。

その結果として、デミウルゴスはウルベルトの予想通り、様々な事を学習していってくれたらしい。
メールのやり取りだけではなく、自分が存在している場所に関する知識や、サーバー内からの【リアル】のメールソフトの起動方法まで、その知識は多彩なものだ。
一応、情報の収集先をウルベルトの個人端末の中に登録されたもので済ませていたので、そこまで【リアルに纏わる詳報】は伝わっていない筈だ。
ただし、確実にウルベルトの【リアルの姿】を覚えてしまったようだが、それはそれで問題ないと判断している。
そうして、ある程度の知識を蓄えた所で、デミウルゴスが最初に実践し始めたのは、ウルベルトへのモーニングコールだった。

初め、ウルベルトはそれが偶然だと思っていたのだ。

たまたま、端末の電源を落とし忘れていた為に、メールが届いた事で機能が立ち上がり、デミウルゴスの声がしたのだと。
ウルベルトも、非課金同盟の同士だったペロロンチーノと同じで、ゲームをログアウトした後でメールを送る事が多かったからだ。
だが……そんなウルベルトの考えを、すぐに打ち消す様な一件が、起きたのである。

深夜遅く、ゲームを終えて寝る準備をしていたウルベルトの部屋に、侵入しようとしていた不審者がいたのだが……その存在をメールペットでしかないデミウルゴスが気付き、警告ボイスで報せてくれたのだ。

そのお陰で、ウルベルトは侵入した不審者に襲われる事なく、寝室に備え付けてあった自前の防犯グッズで、きっちり返り討ちにする事が出来たのである。
もっとも、ウルベルトが撃退した不審者はそれなりに場数を踏んでいたらしい。
こちらが自衛手段を持っていると理解した途端、すぐにその場から逃げ出したので、流石に不審者を自分の手で取り押さえるのは出来なかった。
何せ、この末期の世界とも言うべき【リアル】では、デミウルゴスの警告で怪我もなく、盗られたものもない状況では、警察になにか言っても無駄な地域にウルベルトは住んでいる。
運良く、翌日が休みだったウルベルトは、その場で簡単に解除出来ない電子錠をネットで購入し、即配達して貰った。

鍵は、力任せに壊されたのではなく、少しの手間を掛けて開けられたらしい。

やはり、ウルベルトの部屋に侵入した不審者は、この手の行動に手慣れていたようだ。
そこまで確認した所で、注文した電子錠が届いたので、即受け取って取り付ける事にしたのだが……
そこで、またメールソフトのデミウルゴスから、痛烈な警告が発せられた。
わざわざ、デミウルゴスがメールソフト内から警告音を出しているからには、何か言いたい事があるのだろう。
そう考えて、携帯用端末を玄関先まで持ってくると、デミウルゴスはウルベルトの取り付けたばかりの電子錠の動作を、丁寧に確認し始めたのである。

いつの間に、そんなスキルを身に付けたのか、本音を言えばとても気にはなった。

だが、デミウルゴスが俺の役に立ちたいと思って発露した能力なら、それに文句を言うつもりはない。
可愛い一人息子のようなデミウルゴスが、【ウルベルトの為】と考え頑張って色々と学習しているのに、それを根底から否定するつもりなど、ウルベルトには欠片もないからだ。
それよりも、もっと出来る事が増えれば、もっとデミウルゴスとこの【リアル】で一緒に楽しく過ごす事が出来る。
そう考えた途端、ウルベルトは今までのように自重する事を止めた。

より正確に言うなら、色々な事を学習していくデミウルゴスに、自重を促すことを止めたのだ。

様々な事を覚えて、少しでもウルベルトの役に立てると考え、それは嬉しそうにしているデミウルゴスの姿を見たら、自重を促せる訳がないのである。
デミウルゴスの努力は、全部ウルベルトの為なのだ。
そのことを理解していながら、今更【止めろ】なんて言える筈がないだろう。
それこそ、その言葉を告げた途端、心の底からショックを受けて愕然とした後、悄々と青菜に塩を振ったかのように落ち込む姿が、手に取るように想像できてしまうのだ。
そんな、かわいそうなデミウルゴスの姿など、見たくは……無いとは言わないが、かわいそう過ぎるし笑っている顔の方が見たいので、そちらを優先したのである。
聞いた話しでは、モモンガさんはたまにパンドラズ・アクターの落ち込む姿を【かわいそうで可愛い】と見ているらしいが、少し悪趣味と言うか悪い親だと思う。
まぁ、それを凌駕するくらいにパンドラズ・アクターを可愛がっているので、今の時点では何も言ってないけどな。

とにかく、ウルベルトはデミウルゴスが好きに学習出来るように、自重を促すことなくそのまま放置していたのだが……どうやら最近はそのデミウルゴスの行動が、一部のメールペット達に伝達されているらしい。

主にその影響を受けているのは、メールペットの中でも仲の良いパンドラズ・アクターとシャルティアだった。
元々、NPCとして頭の良い設定を受け継いでいるパンドラズ・アクターは、デミウルゴスとやり取りをしていれば、学習していくのは解る。
しかし、設定ではあまり頭が良い方ではないシャルティアが、デミウルゴスの影響を受けるに至ったのは、色々な理由があるのだが……その事を詳しく語るのは、またの機会にするとして。

とにかく、デミウルゴスと一番仲が良いメールペットは、パンドラズ・アクターとシャルティアの二人だろう。

頭がとても良くて、性格は穏やかでモモンガさん似のパンドラズ・アクターとは、頭を使ったゲームをすることが多いらしい。
顔の作りの関係上、表情が読み難いパンドラズ・アクターが相手だと、ポーカーなどの心理戦ゲームが楽しくて仕方がないのだと、いつか話してくれた記憶がある。

たまに、何やら二人でひそひそ話をしている姿も見るが、どんな話をしているのやら。

逆に、脳筋ビルドで頭の良さはそれほどではないが、趣味の面では気が合うシャルティアとは、俺の所に来る度にかなりディープな話題もしているらしい。
先日、ペロロンチーノからシャルティアとデミウルゴスが二人で【世界の拷問大百科】を見てたと泣き付かれたが、その程度で済んでいるなら、そう設定した親として【諦めろ】と言いたい。

なにせ、俺の所に来ている時は、平気でその手の研究や実験の話をしているからな。

本を読んでいる程度なら、本の内容を覗き込んで見なきゃ問題ないだろうが、会話に関しちゃ丸聞こえなんだぞ!
それこそ、その程度で悲鳴を上げてたら、うちでの二人の会話を聞いただけでSAN値をごりごり削られるぞ、ホントに。
と、まぁ……仲はとても良いのだが、放置して良いものか迷う面々もいるが、割穏やかな日々を過ごしている。
デミウルゴス自身は、パンドラズ・アクターとシャルティアの二人以外だと、コキュートスとも仲が良いらしい。
何やら、二人でデミウルゴスの為に気合いを入れて似合うように作ったバー施設で飲んでいる姿が、たまに見られるからな。

どちらかと言うと、大人の友人としての付き合いをしている感じなのだろうか?

それ以外のメールペット達とは、割と一定の距離感を保ってしまっているらしく、見た感じ仲はよくも悪くもないといったところだろうか?
他の場所だと、色々と問題行動を起こしているらしいアルベドだが、ここではかなりおとなしくしているからな。
やはり、頭が良くて制限されていないデミウルゴスが相手では、同じ土俵にたった状態では自分に勝ち目がないのを理解していて、無理に喧嘩を売らないのだろう。

下手にデミウルゴスを怒らせても、アルベドには何のメリットもないのだから。

そう考えると、同じ様に頭が良い筈のパンドラズ・アクターが被害に遭っている原因は、その性格がモモンガさんに似ているからかもしれない。
モモンガさんは、どちらかと言うと押しに弱いからな。
話に聞いた感じだと、アルベドはかなり肉食系女子だし、パンドラズ・アクターでは押し負けてしまうのだろう。

それにしても……
やはり、うちのデミウルゴスは優秀で格好いいと、最近本気で思う。
こんな優秀な息子と、比較的穏やかな毎日が過ごせる事が、幸せなんだと本当に思うウルベルトだった。



と言うわけで、第三弾はウルベルトさんとデミウルゴスでした。
ある意味、親バカ全開のウルベルト氏が居ます。
デミウルゴスの優秀さを、とにかく自慢したくて仕方がないらしいです(笑)
メールペット組の無課金同盟も、どこに行っても仲良しさんです。

誤字報告ありがとうございます。
修正させていただきました!


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ぶくぶく茶釜と双子のエルフの賑やかな毎日

既に、活動報告で予告していたのですが、今回はこの方の話です。


私、【アインズ・ウール・ゴウン】のぶくぶく茶釜には、ここ数ヵ月の間、毎朝の楽しみにしている事がある。

【リアル】で声優の仕事をしている私は、基本的にそれ程早く朝起きる必要はない。
もちろん、握手会やサイン会などのイベントがある時や、一緒に仕事をする人のスケジュールの都合で、早朝の仕事を指定された場合は別だが、それ以外の時はそれ程早い時間帯に起きる必要はないのだ。
だが、それでも私は遠距離通学の学生と同じ位の時間帯に、毎朝起きるようにしている。
その理由は、実に簡単なものだ。
私にとって、楽しみにしている恒例行事と化した事が、朝の早い時間に発生するようになったからである。
それを、出来る限りこっそりと観察する為には、朝の早起きは欠かせない案件だった。

そう、私が必ず行う朝の日課になった恒例行事の観察は、端末でメールソフトを立ち上げてから開始されるのだから。

慣れた手付きで、素早く操作をしてメールソフトが立ち上がったのを確認すると、そっと私はその中にある仮想空間を覗き込む。
すると、そこでは私にとって可愛くて堪らない双子のエルフの姉弟による、朝の攻防戦が起きているのだ。
これが、私の毎朝の楽しみにしている恒例行事であり、観察の対象と言って良いだろう。

これ以外でも、この二人が繰り広げるやり取りなら、幾ら見ていても飽きないんだけどね。

元々、ちゃきちゃきとした元気のいい姉のアウラと、少し引っ込み思案な男の娘である弟のマーレは、それこそ性格も違えば行動パターンも違う。
それが顕著に表れるのが、この朝の攻防戦だった。
どちらかと言うと、大人しい性格で低血圧と言った感じがする弟のマーレはそれ程朝に強くないのか、それとも本が好きでついつい夜更かしして本を読んでしまう癖でもあるのか、あまり早く朝は起きない。
それでも、朝の七時になればちゃんと起き出してくるのだから、彼らの寝顔を楽しみたい私としてはそのままでも構わないのだが、どうやら朝の六時半には起きる姉のアウラは、それが納得いかないらしかった。
多分、その前に二人の寝顔を見たくて私が起きている事に、彼女は気付いてしまったのだろう。
だからこそ、アウラは必死にマーレの事を早く起こそうとする。
しかし、だ。
マーレは、お仕事が無ければ眠る事が大好きな、引き籠りタイプの男の娘である。
当然、主であるぶくぶく茶釜が【良いよ】と赦している事もあり、無理して起きようとはしない。

その結果、毎朝の様に二人の間で発生するのは、マーレを出来るだけ早く起こそうとするアウラと、そんな姉に逆らってまだ寝ていようとするマーレの攻防戦だった。

私にとって、その二人のやり取りがどうしても可愛らしくて仕方がない。
それこそ、前日の夜の仕事上がりが遅かったとしても、早朝の仕事が入っていたとしても、毎朝欠かさずそれを見ずにはいられない程には、私は双子たちの朝の攻防戦を観察するのを気に入っていた。

そう……私にとって、可愛くて仕方がない双子の姉弟たちは、今では掛け替えのない宝物の様な我が子たちだと言える存在なのだから。

*******

私が、この幸せ可愛らしい一時を得られたのは、ちゃんと理由がある。
【ユグドラシル】で、私が――ぶくぶく茶釜が所属するギルド【アインズ・ウール・ゴウン】のメンバーの一人が、飼っていたペットが死んだ事によってログインしなくなったのだ。
それによって、仲間の中で【ネット空間で安心して世話が出来るペットを、ギルドメンバー全員で飼おう】と言う計画が立ち上がった。
様々な情報を集めて回って、漸く使えそうなものとして見付けた古いソフトが、このメールペットである。
旧式すぎて、今のメール環境に合わなかった代物を、様々な機能を追加して問題なく使えるようにしたのは、ギルメンの中でもシステム担当のメンバーたちだ。
それこそ、彼らが必死に寝る時間を削ってまで努力し結果だと言っていいだろう。

この件に関しては、本当に仲間のソフト開発担当のシステムエンジニアとしてのスキルを持つギルメンと、そのデータ吸出しの為のテスターとなった仲間が、実にいい仕事をしたものだと、ぶくぶく茶釜は思っている。

今まで、ログインしてナザリックの第六階層にある巨大樹まで赴かなければ、この私自身が手掛けたNPCである可愛い双子たちに会う事は出来なかった。
だが、こうしてぶくぶく茶釜のメールペットになった双子たちは違う。
何時でも何処でも……そう、それが例え遠方に仕事に出た際でも、きちんと携帯可能な端末などの必要な道具一式を揃えれば、可愛いアウラとマーレに逢えるのだ。

ぶくぶく茶釜にとって、これ程嬉しい事はなかった。

さて……問題の毎朝の攻防戦は、大概アウラの勝利で終わる。
この兄弟、姉の方が弟よりも強い立場にあると言うのも理由なのだろうが、それ以上にアウラにとって最大の強みとなっているのが、双子の寝室が一緒だと言う事だった。
もし、これがナザリックの巨大樹の中にある彼らの住居なら、部屋はそれぞれ個室が与えられていると言う事もあって、部屋の中に引き籠られたらアウラには分がかなり悪い。
裏を返せば、メールサーバーの彼らの部屋の中には、マーレが引き籠れる場所がベッドの中しかないのだから、絶対的に不利なのはマーレの方なのだろう。
その結果、マーレは七時よりも前にアウラによって叩き起こされると言う状況を、毎朝のように繰り返していた。

まぁ、朝の攻防が終わるまでの二人のやり取りを楽しみにしているので、どちらが勝ってもぶくぶく茶釜にしてみれば構わないのだが。

それはさておき。
可愛い双子が揃って起きたら、まずは美味しい朝食を食べさせて彼女達に今日の服を選んでやるのが、今のぶくぶく茶釜の日課であり楽しみの一つである。
ナザリックの階層守護者である双子たちとは違って、この子達は外にメールのお使いに出す時も、その日の服として選んだままの姿で出歩けるのだ。
この辺りに関しては、メールペットを着飾らせたいと言う女性陣を中心にした仲間の要望によって、選んだ服のデザインを普段の装備に重ねて見せているだけなのらしいのだが、それでも十分可愛く着飾った姿を仲間に見せられるので、ぶくぶく茶釜にはそれに対して特に文句はない。

そんな風に、毎朝彼らが着る服を決めて二人の身支度が出来たら、今度こそアウラとマーレのお仕事開始である。

双子たちの朝一番のお仕事は、ぶくぶく茶釜の友人であるやまいこさんの所から来るメールを受け取る事だ。
教師である彼女は、学校で生徒たちの為に様々な仕事をする必要もあって、ぶくぶく茶釜よりもかなり早い時間に起きる。
そして、朝の支度の合間に手早くぶくぶく茶釜へのメールを書くと、自分のメールペットであるユリに持たせて送ってくるのだ。
ほぼ毎日、とりとめもないメールのやり取りしている事から、これがアウラたちの朝の一番の仕事だった。

何時も、ユリが来る前に彼女の為にお茶の準備をして待っているのだから、アウラたちも彼女がメールと携えて来るのを楽しみにしているのだろう。

他にも、色々なギルド関連の連絡事項があったり、何かのイベントで個人的に協力を頼みたいと前日に話してあったりした時は、モモンガさんからのメールをパンドラズ・アクターがこの時間帯に運んでくる。
モモンガさんは、とてもギルド長としても個人としても律儀だから、こういう連絡が必要な事がある時はスケジュールの確認をして、きちんと翌日に返事をくれるのだ。
ただ、二人ともかなり朝の早い時間帯にメールを送ってくるので、パンドラズ・アクターとユリは鉢合わせをする事が多い。
だが、ぶくぶく茶釜の元にパンドラズ・アクターが来る時は、先程上げたような理由がない限りほぼ一斉送信の場合が多く、長居をせずに急ぎ足で帰っていく事が多かった。

そんな事もあって、アウラとマーレの二人は私の前では、余りパンドラズ・アクターと仲良くしている姿を見せてくれなかったりする。

モモンガさんの話を聞く限り、彼の元ではのんびりとお茶会をしてる姿を見せてくれているらしいから、ちょっとだけ悔しいと思っているのはぶくぶく茶釜だけの秘密だった。
幾らなんでも、そんな事を誰かに言うのは筋違いからね。
それに、パンドラズ・アクターとアウラとマーレの二人が、仲が悪い訳じゃない。

何せ、いつも長居出来ずに帰るお詫びの品として、パンドラズ・アクターはアウラたちへのお菓子を手土産として持参して来てくれているのだから。

もう一人の女子メンバーである、餡ころもっちもちさんの所のエクレアが来るのは、いつもお昼の時間帯だ。
彼女の場合、朝は忙しすぎてメールをしている時間が無い分、お昼のちょっとだけ時間を長く取れる休憩時間に、メールを纏めて確認して返事をする事が多いらしい。
だから、いつも沢山のメールを一度に運ぶ必要があるエクレアも、パンドラズ・アクターと同じように割と滞在時間が短いタイプだ。
エクレアの外見は、見ているだけで可愛らしいイワトビペンギンだから、出来れば一度位は撫で回してみたいと考えているのだけど、どうも警戒されているらしくて今まで一度も実現していない。
ちょっとだけ、それが残念だとぶくぶく茶釜は思っている。

元々、ぶくぶく茶釜が所属しているギルド【アインズ・ウール・ゴウン】は、女性メンバーが三人しかいない。
そう……彼女とやまいこ、そして餡ころもっちもち以外は男性しかいない事もあって、男女比率が極端な構成になっていたりする。
こればかりは、異形種であることと社会人であることがギルドへの加入条件になっているから、仕方がないのかもしれない。

何せ、異形種の外見は余り可愛いと思えるものがないから、一部の種族を除いて自分から進んで異形種を取る女性は少ないのだ。

そんな事もあって、自動的にメールのやり取りをするメンバーは女性中心になってしまいがちなのだが、それでも割と小まめにメールをくれる人がいる。
我がギルドの最大火力を担う、魔法詠唱者であるウルベルトさんだ。
元々、普段の言動の割に細かい気遣いが出来る人なので、何かあると連絡をくれる優しい人だと思う。

その辺りを、本当の意味で正確に理解しているのは、少し前まで【非課金同盟】なんてものまで組んでいた、仲の良いモモンガさんと弟のペロロンチーノだけなのだろうが。

とにかく、そんな理由で彼の所のデミウルゴスもメールを運んでくることは多かった。
デミウルゴスは、とにかく礼儀正しい紳士だと思う。
毎回、こちらの事を気遣いながら丁寧な訪問の挨拶を皮切りにして、ぶくぶく茶釜へのご機嫌伺いからメールを持参した旨まで、それこそ流れるように述べるデミウルゴスの姿は、紳士としか言いようがないのだ。
そんな彼の姿をウルベルトさんが見たら、【流石は俺のデミウルゴスですね!】と、親バカ全開で褒めちぎりそうな気がするのは多分間違いじゃないだろう。

あの人、メールペットだけじゃなく【ナザリック】に居るNPCも含めた、【デミウルゴス】に関する事だけは、正直言ってかなり親バカだと思うから。

デミウルゴスが来ると、マーレが割と自分の方から寄っていって話し掛けている姿を良く見るのは、あの子も一応自分が【男の子】だと言う自覚があるからかもしれない。
やまいこさんから、ウルベルトさんはデミウルゴスのスペックを上げる為に、色々とこのメールペットの開発チームのギルメンたち相手に、事前のデータ吸出しなどに協力していたと言う話を聞いた事がある。
その結果なのか、他のメールペットよりもデミウルゴスはかなりハイスペックらしく、先日もウルベルトさんがそれをみんなに自慢していたから、その話は多分本当なんだろう。
そんなデミウルゴスから、少しでも何か学べる事があるなら、マーレにはぜひとも学んで強くなって欲しい。

少なくても、自分のホームでメールを受け取っているのにも拘らず、メールを持参して来たアルベドに泣かされるなんて状況から、脱却出来るようにはなって欲しい所だ。

そう、ぶくぶく茶釜の所にやって来て困るメールペットの筆頭は、間違いなく問題行動ばかりのアルベドだろう。
もちろん、外観的な事を言っていいのならば、少し前までは恐怖公をメールペットに持つるし☆ふぁーからのメール受け取るのも、ぶくぶく茶釜はとても苦労していたのだ。
どうしても、あの外観が苦手なぶくぶく茶釜としては、本音を言えば例えメールを運ぶためでも、ここに来て欲しくもない。
だが、るし☆ふぁーがそんなメールペットになる様な流れを作ったのは、ある意味ギルメン全員だと言う事もあって、今更文句を言う事なんて出来なかった。

本当に、あのメールペットを決める時のギルメンたちは、自分たちの希望を通す事を優先し過ぎていて、全員どうにかしていたんだと思う。

だから、最初の頃は恐怖公が来る度にぶくぶく茶釜は苦労してメールを受け取っていたのだが、マーレが恐怖公を相手にしてもごく普通に対応出来る事が判明してからは、彼に一切を任せる事で特に問題なく受け取れているので、そこまで困る事はなくなったのだ。
そんなマーレとは対照的に、アウラは恐怖公が来るだけで思わず腰が引けているから、多分自分と同じで恐怖公が苦手なんだろうと思う。
それが判っていて、アウラに恐怖公の相手なんてさせるつもりはなかったが。

とにかく、恐怖公と言う自分が苦手だった相手もマーレが請け負った時点で、ぶくぶく茶釜にとって問題児のメールペットの筆頭は、間違いなくアルベドになっていた。

と言うか、己の主からの仕事でメールを届けるべく人様のメールサーバーに来て、どうしてそこのメールペットを苛められるのか、そこの辺りを詳しく製作者のタブラさんを問い詰めてやりたいのが本音ではある。
あるのだが……タブラさん自身もまた、ある意味アクの強い困った人物だ。
ぶくぶく茶釜が一人で対峙しても、彼自身が持つ様々な知識からくる話題をこちらに振る事で、いつの間にか本題がうやむやのまま煙に巻かれそうな、面倒な人なのである。
なので、今度のギルド会議の議題として今回の一件は挙げてやると、ぶくぶく茶釜は心に決めていたりするのだが。

また、彼女が割とこちらから受け取り側の事を気にする事無く、それこそ一日何度でも頻繁にメールのやり取りしている相手が一人いた。
それは、ぶくぶく茶釜自身の弟であるペロロンチーノである。
あの弟は、エロゲをメインにしたシナリオライターなんて仕事をしていて、普通に会社勤めをしている面々よりも時間の都合が付く方だ。
だから、彼女は時間を気にせず仕事で溜めたストレスを発散する為に、彼に対してショートメールを送り付けるのは、元々昔から当たり前の様にしていた事だったのである。
だが、最近はストレス以外にも理由があって、わざと矢継ぎ早にメールを送ってやることが多い。

わざわざ、ぶくぶく茶釜が彼に対してそんな真似をする理由は、そうすると弟の所に行っていたアウラとマーレが帰ってくるとほぼ同時に、弟のシャルティアも返事を携えて訪ねて来るからだ。

正直、【ユグドラシル】でのシャルティアの設定には、本気で弟のあらゆる性癖が煮詰められていて、その設定を目の当たりにした時はかなりドン引いたものだが、このメールペットのシャルティアは弟だけじゃなく周囲の環境の影響も受けているからか、【ユグドラシル】のシャルティアとは違っているところが多く、とても可愛い。
多分、このメールペットが【本格的な育成ソフト】と言う事も、それなりに影響しているのだろう。
こんな風に、メールをもって色々所に出掛ける事で経験を積めば、シャルティアの雰囲気が変わるのも当たり前なのかもしれない。

何せ、モモンガさんの所のパンドラズ・アクターやウルベルトさんの所のデミウルゴスとも仲が良いと、前に彼らから話を聞いた事があるので、シャルティアはいい意味で成長しているのだろう。

実際に、弟のペロロンチーノが一から育成している筈のメールペットのシャルティアは、確かに可愛く賢く育っているとぶくぶく茶釜でも思うのだ。
だからこそ、彼女と自分の所のアウラとマーレが一緒に仲良くお茶会をしているところを見るのは、実に可愛くて仕方がないと思う。
外見だけなら、三人の中で一番年上なのはシャルティアなのだが、ここはアウラとマーレのホームだと言う事で、アウラが場を仕切っているのも悪くない構図なのだ。

それに、あの子たち三人が集まってお茶会をしている姿を見ると、それこそ女子会をしている少女たちにしか見えないのだから、目の保養にもなっていると言っていいだろう。

多分、弟も私が頻繁にメールを送る意図は何となく気付いているだろうと思うものの、止めるつもりはない。
あちらからも、多分この件に関しては何も言って来ないだろう。
こんな無茶な対応が通じるのも、また家族だからだ。
実際、ぶくぶく茶釜が仕事で感じている対人関係のストレスも凄いし、仕事の内容によってはプレッシャーが半端ない者だって沢山ある。

だからもし、この件で何か言ってくる奴がいたとしたら……【家族として仕事の愚痴を聞いて貰いつつ、同時に癒しとなる可愛いアウラたちのお茶会を楽しんで、何が悪いのか】と言ってやるつもりだった。

まぁ、そんな感じで仕事の合間に上手く時間を作ってメールをやり取りしつつ、ぶくぶく茶釜はこの状況を楽しんでいる。
夜の仕事の上りはその日によって違うものの、自宅に帰宅したらすぐに端末を立ち上げて【ユグドラシル】にログインするのも、ぶくぶく茶釜の日課だった。
もちろん、仕事の都合によってはログインするのが深夜に近い時間帯になる事もあるけど、そういう時は残っていた面々と話だけでもするように心掛けている。

幾ら、ギルメンたちと一緒にクエストが出来ないからと言って、【ユグドラシル】にログインしないままでいるのは勿体ないからだ。

そうやって、時間が合った時はギルメンの皆とクエストやら何やら楽しんだ後、【ユグドラシル】でやまいこさんたちに伝え忘れた事を思い出したらメールで送る。
これは、仕事の状況によっては翌日メールが送れなくて用件を忘れてしまわない為の、ぶくぶく茶釜なりの防止策だった。
そうして、夜の最後の仕事を終えて帰ってきたアウラとマーレを出迎えてた後、二人にお休みの挨拶をして彼らの為に一曲だけ子守唄を歌って聞かせてから、メールソフトを終了して私は就寝する。

そんな風に、賑やかで楽しい毎日をぶくぶく茶釜は過ごしているのだった。




と言う訳で、第四弾はぶくぶく茶釜さん視点でした。
正直、pixiv版に比べて、ここまで長くなるとは思わず……まぁ、メールペットが二人いますからね、茶釜さんの所は。


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ギルド会議


親バカたちによる、定例会議いう名の【ペット自慢】の筈が……


その日は、十日に一度の定例会議だった。

定例会議が、【十日に一度】と言う割と頻繁なペースで行われるのは、ちゃんと理由がある。
自分達、【アインズ・ウール・ゴウン】のギルドメンバーだけの間で使用しているメールペットソフトについて、何か異常や問題がないか定例報告会を兼ねた会議をする事が、このソフト導入時に決まったからだ。
この提案に、誰も反対するものは居なかった。

なんだかんだ言って、彼らは全員自分のメールペットが可愛くて仕方がない親バカだったので、自慢する場が欲しかったのだろう。

何せ、十日に一度開かれるこの定例会議の場では、メールペットの育成状況を報告し合うと言う名目での、各自のメールペット自慢の時間が一人三分設けられているのだ。
普段から、自分たちがどのようにメールペットたちと過ごしているのか、色々と仲間に対して自慢が出来る時間を貰って、ハッスルしない訳がない。
三分以内で話せないと、話が途中でも持ち時間終了でぶった切られる可能性がある事も考えると、その内容をきちんと纏め上げてもれなく自慢できる状態で来るだろう。

どう考えても、会議が終わった後は座談会の様に各グループで別れてメールペットたちの自慢大会の続きを話し合うだろうし、今日はこのまま会議の後に狩りに行くのは無理だろうと、議長役のモモンガは考えていた。
そうして、ギルメン全員が集まって会議が始まったのは、夜の八時。
そこから簡単な挨拶と、特に先にメールペット関連以外での報告する案件の有無を確認し、今回のメインとも言うべきメールペットに関する報告会が始まった。

一応、どれも本人的には押さえ気味だと言うことなのだが、それでもやはり彼らの大半が【自分のメールペットが可愛い】と言う、親バカ発言で終始していたと言っていいだろう。
もちろん、中にはウルベルトさんの所のデミウルゴスのように、学習力が半端なくて本来のメールペットの枠を越えているだろう、報告が本当に必要な特殊な例もあったものの、その殆どが親バカ満載のペット自慢だった。
と言うか、ウルベルトさんは報告の中にも親バカ振りを全開していたので、デミウルゴスの優秀さだけじゃなくウルベルトさんの親バカ振りも再認識されたんだけど。
まぁ、モモンガ自身も似たような話をした自覚はあるので、それ事態は悪い事じゃないとするとして、だ。

その後に、ぶくぶく茶釜さんから議題として出された【メールペットであるアルベドの、訪問先での目に余る行動について】についての内容は、かなり紛糾する事になった。

彼女がその話を切り出した途端、他のメンバーからも出るわ、出るわと言わんばかりの被害報告を見れば、流石に放置するのは拙いだろうと言う話の流れになってきたからである。
まぁ、流石に彼女のホームであるタブラさんの所だけはなく、他のギルメンのホームまで来た時でもやらかしているのが、彼らの怒りを買ったと言うべきだろうか。
しかも、彼女からの被害が出ていない一部のメンバーが、ウルベルトさんの所のデミウルゴスとるし☆ふぁーさんの所の恐怖公、たっちさんの所のセバスなんていう、アルベドが【敵に回すと面倒だ】と判断した者たち以外は全員だったのが、余計に問題だと言えただろう。

「……どう見ても、アルベドはちゃんと自分が勝てると思った相手にしか、問題行動を取っていないようですね。」

この件で、自分は全く被害を受けていないウルベルトさんが、茶釜さんがいつの間にか軽く纏めてきたらしい資料用の画面を指で弾きながら、溜息交じりにそう呟く。
多分、ウルベルトさんはデミウルゴスの事を溺愛しているから、もし今回の報告にあったような被害の内容のうちどれか一つでもデミウルゴスの身に振り掛かる様な状況になったら、間違いなくアルベドの事をメールサーバー内に出入り禁止にしかねないだろう。
もっとも、デミウルゴスの性格ならやられた事を倍にして返しそうな気もしなくもないが、それとは別の話なのである。

「まず、この件について話し合う前に、一つタブラさんに確認する事があります。
ちゃんと、アルベドの世話はしていますか?」

製作に関わったヘロヘロさんが、まずはここから聞くべきだろうと質問を口にする。
何故、そんな質問をするのかと言わんばかりにタブラさんは不思議そうに首を傾げつつ、ヘロヘロさんの質問の内容を考える。
そして、今までの育成状況を思い返せたのか、何度か頷く仕草を見せた。

「もちろん、アルベドにはきちんと食事やおやつは与えていますし、メールペットとしての仕事も与えてますよ。
衣服や住空間も、彼女が生活するのに問題がない程度に整えてあります。
……えぇ、間違いありませんので、なんの問題がないですね。」

タブラさんの口から出たその答えに、半数以上のギルメンが微妙な違和感を覚えて、不審そうな視線をタブラさんに向ける。
モモンガもその一人で、思わずタブラさんに対して胡乱な視線を向けてしまっていた。
いきなり、半数以上から不審な視線を向けられ、流石に気になったのか首をますます傾げるタブラさんに対して、溜め息を吐いたのはウルベルトさんだ。
本気で呆れたような視線を向けつつ、準備されていた比較用の【ナザリックのNPC】の資料の中からアルベドの設定文を引っ張り出し、軽く画面を叩きながら質問を口にした。

「……今の話でとても気になったんですが、タブラさんはちゃんとアルベドを相手にスキンシップは取ってますか?
メールペットは、メールをやり取りしつつペットを育てると言う、育成ソフトでもあります。
ただ単に、メールの配達の仕事を与えつつ食事や住空間と言った環境を整えてやるだけじゃなく、きちんと自分の愛情を注ぎながら、子供を育てる様に躾をして一人前になるまで世話をする必要があります。
ちゃんと、タブラさんはきちんとそれらをアルベドに対してしていますか?
特に、こちらの【ナザリックのNPC】としての資料を見る限り、アルベドはサキュバスで設定に【ただし、ビッチである】なんて文面がついてるんです。
人一倍気を付けて育てないと、仲間ときちんと交流が出来るまともなペットにならないと思うんですが、その辺りまで注意してますか?」

ウルベルトの質問に対して、タブラさんは不思議そうな様子で首を傾げる。
そして、こう宣った。

「え……必要なんですか、それ。
ちゃんと、成人女性として細かいところまで設定してある【ナザリックのNPC】のデータをベースにしてますし、人格構成はきちんとデータによって出来ているんですから、改めて育成とか面倒臭いじゃないですか。
もちろん、アルベドがこちらに甘えてきたら撫ではしてますけど、私の方からは特に触れてやる必要は感じませんでしたし。
あの子が欲しがっているものがあれば、出来る限り与えるようにはしてますし、それで問題ないですよね?」

つらつらと、彼の口から次から次へと溢れ出る内容は、最初の配布時にヘロヘロさんらメールペット作成側がきっちり説明した事を、きちんと聞いていなかったのが丸分かりな言葉ばかり。
そんなタブラさんの返答に、真っ先にブチ切れたのはメイン開発担当だったヘロヘロさんである。
ダンッと、円卓の間にあるラウンドテーブルを勢い良く叩くと、スライムの身体を最大限に膨張させながらタブラさんに向けて怒鳴り付ける。

「タブラさん、あなたは我々が最初にメールペットを渡した時の説明を、ちゃんと聞いてなかったんですか!
【育成ソフトで構築された彼らにとって、《ナザリックのNPC》の設定は、あくまでも種族を構成するのと人格構成の補助的な設定でしかありません。
ある程度は、組み込んだ設定が影響を与えますけど、無垢な小さな子供と一緒で親の育成手腕が問われますので、なのでちゃんと一から育ててください。】って言いましたよね!
それなのに、タブラさんがきちんと愛情をもって接したり、悪い事をした時は叱ったりするなどの育成していないから、アルベドは育児放棄によるスカスカの中身を補うべく、ある程度の影響しか与えない筈の【ナザリックのNPC】の設定が暴走しておかしくなってるんですよ!」

タブラさんの返答に、ヒートアップしていくヘロヘロさんの姿は、この場にいる面々の中にいる被害者達の気持ちを代弁していると言って良いものだった。
正直、タブラさんはペットを飼うのには向いていないタイプだと言っても良いかもしれない。
専用の電脳空間内で、自分が作ったNPCがモデルのメールペットなら、それ相応の愛着を持つだろうと考えていた分、こんな事になるとは予想していなかったのだ。
あの、自分のNPCに対して設定を三行で済ませたたっちさんですら、セバスの事を自分の息子を育てる感覚で色々と世話しているのに、あの設定に拘るタブラさんがこんな事になるなんて予想外過ぎたのである。

「……まぁ、タブラさんが認識違いをしていたせいで、アルベドの育成に完全に失敗したのは分かったけど、今後の対策はどうするんだ?」

その声が上がったのは、武御雷さんだ。
彼のところのコキュートスは、アルベドの行動による大きな被害にこそ遭っていないが、小さな嫌がらせは受けているようだし、それ以上に彼が仲の良い弐式さんの所のナーベラルがかなり大きな被害に遭っているからこそ、その辺りが気になったのだろう。
それに対して、返事をしたのはそれまで黙っていたぷにっと萌えさんだった。

「そうですね……一番手っ取り早いのはアルベド自身を初期化して育て直す事なんでしょうが、既に他のメールペットとの交流をしてしまっている以上、それは難しいですね。
次の手としては、設定の中の【ただし、ビッチである】と言う部分を抹消して、そこから修正を図ると言う方法もありますけど、それに関してはタブラさんが納得してくれなさそうな顔をしていますし。」

つらつらと、案を出しては自分で否定していくぷにっと萌えさんの言葉に、当たり前だと言わんばかりの顔をしているタブラさん。
特に、【ただし、ビッチである】と言う部分を抹消すると言った時の反応は、絶対だめだと言わんばかりのものだったので、多分この辺りは全員で説得しても了承するつもりはないだろう。
しかし、だ。
彼が受け入れないからと言って、このままアルベドの状況を放置という訳にはいかないのは、ぶくぶく茶釜さんなどの被害者たちの様子を見れば、すぐに判った。
正直、モモンガ自身もパンドラズ・アクターが受けた被害を考えれば、それ相応の対策を取って貰いたいのが本音である。

「ぷにっと萌えさんが出す案を全て蹴るなら、タブラさん自身が今からでも全力でアルベドを躾直すしかないでしょうね。
あそこまで自由奔放に育ってしまった以上、かなり修正は厳しいと思いますが。
これも親の……飼い主の責任として、人様に迷惑を掛けなくなるまできっちり面倒見るべきです。」

状況を見守っていたたっちさんが、タブラさんの事を見据えてそう言い切る。
リアルで娘がいる彼から見てみれば、タブラさんの所業は腹が据えかねたのかもしれない。
ある意味、タブラさんがしていたのは育児放棄に近いからね。
それに対して、ニヤリと口元を上げながら笑ったのは、ウルベルトさんだ。

「まぁ、今回はたっちさんが言うのが正論だし、それに関しては特に反論するつもりはありませんね。
たっちさんは、実際にセバスの事を娘と同様にきちんと世話をしているようですから。
ただ……たっちさんが言うように、タブラさんがアルベドを躾直している時間があると良いですね。
メールペットたちは、俺の所のデミウルゴスを筆頭にして、どの子も自分で色々な事を学習していく能力を持っている子たちです。
そんな子たちが、ただアルベドに泣かされたままでいるだけの存在だと思っていると、多分タブラさんを筆頭に俺たち全員仰天させられる状況になる可能性があると、そう思った方が良いですよ?
あの子たちには、【学習能力の限界】と言う制限は付いていないんですから。」

意味深な言葉を告げるウルベルトさんに、誰もが困惑した様子を見せる。
だが、彼はそれ以上の事をこの場では言うつもりはないらしい。
完全に、口を閉ざしてしまったウルベルトさんの様子を見ながら、それは確かにその通りだとモモンガも思う。
ここの所、パンドラズ・アクターの色々な知識を得ようとする意欲は、最初の頃よりも格段に上がっている。
それは、決して悪い事じゃないと思っていたからこそ、モモンガもパンドラズ・アクターがやりたい事をやれるようにと後押ししていた。
けれど、ウルベルトさんの意味深な言葉を聞いたら、もう少しだけきちんとパンドラズ・アクターと向かい合って対話を増やす方が良いような気がしてきたのだ。

アルベドじゃないけど、自分が関与しない所でパンドラズ・アクターが何かをしでかしてからじゃ、それこそ遅いからな。

結局、それからもギルメンたちから幾つもの案が出されたものの、当のタブラさんがそれを受け入れなかったので、【タブラさん自身がアルベドを躾直せるかどうか、しばらく様子を見る】と言う事で今回の話し合いは終了した。
正直言って、ウルベルトさんの言葉じゃないが、あそこまで歪んで育ったアルベドを育て直すのが可能なのか、モモンガから見ても疑問しか残らない内容で様子を見る事に、不満が無いと言えばうそになる。
それでも、ペットの育成方法は飼い主次第と言う主張をされてしまえば、反論出来ないのも事実で。
会議が終わった後、帰り際にウルベルトさんが小さく零した言葉が、モモンガはとても気になった。

「まぁ……こうなったら、確実に嵐が起きるだろうなぁ。」

それは、どうやらモモンガにしか聞こえなかったらしい。
とても気になったので、それを何もせずに放置する事は出来なかった。

『何か知っているなら、ギルド長である俺にだけでも教えてくださいよ、ウルベルトさん。』

まだ、残っていたウルベルトさんに対して、周囲に気付かれない様に伝言で尋ねたのだけれど、ウルベルトさんが教えてくれたのは一つだけ。

『うちのデミウルゴスをアドバイザーにして、色々とアルベドの被害に遭ったメールペットたちが集まって何かやっている事位しか知りませんよ。』

との事だった。
どうやら、ウルベルトさん自身もそこまで詳しい内容は知らないらしい。
だが、【アルベド被害者の会】と言ってもいい感じのメールペットたちが集まり、必死に何かをしている事だけは知っているので、あの発言に至ったそうである。

それを聞いて、モモンガは家に帰ったら早速パンドラズ・アクターと話し合ってみようと、強く心に決めたのだった。




という訳で、タブラさんによるアルベドの育成失敗が判明しました。
普通に考えて、四十一人もいれば【育成系ゲーム】が向いていない人間はいる訳ですよね。
それが、たまたまタブラさんだったと言う。

これにて、手持ちのストックはなくなりました。
現在、この次の話を書いていますが、もう暫くかかる予定です。
活動報告でお尋ねした件は、どなたの希望もなかったので予定通りに勧めようかと思案中です。
それでも、一応ご希望いただく場合の最終期限として、この次の話がアップされるまでは待ちたいと思います。
詳しくは活動報告をご覧ください。


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ヘロヘロの慌ただしい毎日

という訳で、次はこの方で。





ヘロヘロは、つい数ヶ月前までずっと死ぬほど忙しい日々を送っていた。

もちろん、それにはヘロヘロ自身が【リアルの仕事が多忙】と言う以外の理由がある。
その理由は、【アインズ・ウール・ゴウン】の仲間のギルメンの一人が【リアルで飼っていたペットが死んだ】事によるペットロスで、ログインしなくなったことだった。
正直、この末期な世界である【リアル】でペットを飼っている事自体が凄い話なのだが、それはさておき。
こんな風に、ペットが死んだ事でログインして来なくなる位ならば、彼の為に【電脳空間でも飼えるペットを作ろう】と考え、結果として膨大な過去のデータの中から見つけ出したのは、百年以上前に存在していたメールソフトに付属させる事が出来た、ペットの育成ソフトだった。
これなら、まずペットが死ぬ心配はない。

育成ソフトである以上、ペットの成長を促す意味で細かな世話をする必要はあるだろうが、それでも普通に【リアル】で生きているペットを飼うことよりは、余程簡単に育成できるだろう。

そう考えたヘロヘロが、まずこの件に関して相談を持ち掛けたのは、同じギルメンのウルベルトだった。
彼は、【ナザリックの第七階層守護者】であるデミウルゴスを作成した頃から、色々とNPCに対して色々と思い入れが強い部分があった様なので、今回の一件も相談すれば協力を得られそうな気がしたからだ。
元々、ヘロヘロはギルメンの為に作るメールペットのベースは【ナザリックのNPC】のデータを流用するつもりだったので、余計にそう考えたのである。

そして、そのヘロヘロの考えは当たっていた。

彼は、≪デミウルゴスと【リアル】で過ごす為と≫言う事で、色々とヘロヘロに手を貸してくれたのである。
それこそ、ヘロヘロが考えていたよりもウルベルトは色々な意見や要望、そしてその為に必要なデータの入手などまで手伝ってくれたのだ。
最終的には、メールペットの反応を確認する意味でのサンプルデータを取る為に、試作版のメールペットの【デミウルゴス】を彼に渡した上で、試作的にメールのやり取りをする事になった。

それ以外にも、初期の段階で細かな動作確認にも協力して貰っているので、ウルベルトには頭が上がらないと言っていいだろう。

これに関しては、ヘロヘロを中心にした今回の製作チームがほぼ似たような考えだった。
なので、彼へのお礼をどうするかと言う話は、作成に携わったメンバー全員一致ですぐに決まったのだ。
これから、メールペットが本格的に始動するまでの間、試作版から蓄積したデータも反映させる事で、他のメールペットよりも経験値と学習能力を向上させ、名実ともにデミウルゴスを【メールペット一の知恵者】にする事で、話が纏まっている。

なんと言っても、それが一番ウルベルトの喜ぶ事だろうと、誰もがすぐに判ったからだ。

もちろん、ウルベルトの所のデミウルゴスだけでは、メールペット同士のサンプルが取れないので、他の製作メンバーやヘロヘロ自身も、メールペットの試作版を試す事が決まっていた。
参加したメンバーと話し合い、自分なりに色々と考えた上で数多く手がけた自作のNPCの中から、ヘロヘロは自分のメールペットとする相手を選んだ。
彼が、自分のメールペットとして選んだのは、【戦闘メイドプレアデス】のソリュシャンである。
元々ヘロヘロは、彼女を筆頭にナザリックに居る様々NPCたちのAIを担当していた。
【戦闘メイドプレアデス】達は、他のギルメンも製作に関わっているが、彼女だけはヘロヘロが一から設定を請け負ったNPCである。
なんだかんだ言っても、ヘロヘロは彼女に対して愛着が一番強かったのだ。
もちろん、ソリュシャンの事を試作機のデータテストをする間だけのパートナーにするつもりは、ヘロヘロにはない。
本格的にメールペットを導入後も、自分が選ぶメールペットの枠は彼女つもりだし、他人に譲るつもりはなかった。

先に、自分のメールペットになるNPCを選べるのは、制作者側の特権だと言っても良いだろう。

これは、他の製作メンバーも同じ意見なので、完成するまで苦労した分の見返りだと言えば、他のギルメンも反対できない筈だ。
なんと言っても、ヘロヘロ達がここまで自分の時間を費やして作製したからこそ、彼らはメールペットを受け取れるのである。
むしろ、この件に関しては譲るつもりはなかった。

ギルメンに対して、正式にメールペットのソフトが導入されるのは、それから数ヶ月後の話である。

*******

ヘロヘロの朝は、かなり早い。
彼の仕事先である会社が、傍から見てもかなりのブラック企業であり、一日の勤務時間が長いためだ。
一応、それでも【ユグドラシル】にログインして仲間とゲームを楽しむ時間は何とか確保しているが、それでも他のギルメンに比べてヘロヘロの拘束時間は長い。
そんな彼が、自分の自由になる僅かな時間を使ってまで、それ程数が多くないとはいえギルメンたちときちんと定期的にメールをやり取りするのは、自分のメールペットのソリュシャンの為だった。

ちゃんと、彼女にメールを運ぶ仕事を全く与えてあげられないのは、この【メールペット】と言うソフトのメイン制作者として、絶対にやってはいけない事だと考えているからだ。

******

ウルベルトさんや製作メンバーと共に、あらゆる事を協力しながらメールペット関連のデータ調整をしていた頃は、とても大変だった。
だが、その数ヵ月の苦労はギルメンが喜ぶ姿を見た事で、十分報われたと思っている。
それ位、ギルメン達はヘロヘロ達が必死になって完成させたメールペットの事を、本当に喜んでくれたのだ。

だからこそ、ヘロヘロは唯でさえ少ない睡眠時間を削ってまで頑張ったと言うのに、そこまで身を削っていたヘロヘロの苦労を、タブラさんは理解した上でアルベドをあんな状態で放置しているのだろうか?

先日のギルド会議を思い出すだけで、ヘロヘロは怒りが込み上げてきてしかたがない。
もちろん、他のギルメンからは随分と心配されたし、この一件で一番協力してくれていたウルベルトさんや他の製作メンバーなどは、メイン製作者のヘロヘロがどれだけ大変だったか理解しているだけに、同じ様に憤慨してくれた。
ウルベルトさんや他のメンバーも、今回のタブラさんの反応には思う所があったんだろう。
そもそも、アルベドをそのままタブラさんの設定通りに育てるのなんて、普通じゃできる訳が無いのだ。

彼が考えている理想を詰め込み、ギャップを盛り込んだあんな女性に育てようとしたら、それこそメールペットのAIの許容量を超えてしまうだろう。

冷静に考えれば、それ位の事など簡単に判りそうな物なのに、彼は自分でアルベドを選んだ。
他にも、タブラさんの作ったNPCはいる。
そう……アルベドの姉であるニグレドだって選べたのに、彼は最も育成が大変なアルベドを選んだのだ。

自分で選んでおきながら、設定通りに育てるのは面倒だからと育成は放棄とか……本当にあり得ないんですけど! 

正直、タブラさんの件を考えるだけで頭が痛くて仕方がない。
この件に関しては、メイン製作者であるヘロヘロにも打てる手は殆どなさそうだから、後はタブラさん自身がどうするか見ているしかないだろう。
と言うか、メールペットの初期化が出来ない以上、根底の設定を変えると言う選択肢を拒否するなら、こればかりはタブラさんが自分で何とかするしかない。
そんな風に、タブラさんのしでかした事を考えてイライラしていると、いつの間にかソリュシャンが心配そうに引っ付いてくる。

そう言えば、今は電脳空間に降りて彼女に癒しを求めている最中だったよ、うん。

多分、ソリュシャンはどうしてヘロヘロが苛立っているのかを理解はしていないだろう。
まだまだ、そこまでの細かな機微を理解出来るまでAIの方が成長していない筈だからだ。
それでも、自分の事を心配しているのか様子を伺ってくるソリュシャンの頭を優しく撫でながら、ヘロヘロは一先ずウルベルトさんへのメールを作成し始めた。

*****

話を元に戻すが、ヘロヘロの【リアル】の仕事は、長時間拘束型だ。
とは言え、常に仕事を詰め込まれて忙殺されているばかりかと言われると、微妙に違う。
一日の仕事の中で、少しゆとりがある時間がどこかで発生するので、それがそのまま彼の休息時間になるのだ。
ただ、その休息時間は仕事の進捗次第と言う事もあり、いつ休みに入れるかは誰にも読めない。
それこそ、ヘロヘロ自身を含めた自分の担当部署ごとに交代で休む為、それこそ休息時間に入れる時間帯は安定していないのだ。
特に、ヘロヘロのようなシステムエンジニア系の部署は、営業職よりも【納期の最終締め切り】と言う名の時間に追われる事も多く、本気で休息時間に入れる時間帯が安定していない。
それでも、一度休憩に入れば三十分ほどは纏めて休めるので、その間にヘロヘロはちゃっちゃと食事を取りつつメールのチェックをする。
朝の出勤前の時間は、とても余裕が無いのでメールの返信を書くどころかチェックすらしていられないからだ。
なので、こうして業務時間内に発生する休憩時間に纏めてチェックして、簡単な返信を作成するとそれをソリュシャンに託して配達して貰う。
主に、ヘロヘロの所にメールを送ってくるのは、メールペットの試作していた頃からの付き合いのウルベルトさんと作成メンバーなので、ざっくりと簡単な返信内容だったとしても向こうも慣れたものなので気にしていない。
むしろ、ヘロヘロの状況を理解しているので、この返信がソリュシャンに仕事を与える為に作られたものだと言う事も理解していくれているのだ。
更に、彼らは今でもメールペットに何か不具合が出た時のことを考えて、色々な対策を取れるようにとヘロヘロと小まめに連絡をくれている。

特に、定例会議でタブラさんの一件が判明してからは、育成がいい加減なアルベドの影響がメールペットに出ないか、それを心配してメールペットのメンタルデータを中心に取ってくれているらしい。

彼女の被害を受けていない、ウルベルトさんの所のデミウルゴスのメンタルデータと、ある程度の被害を受けている彼らのメールペットのメンタルデータの状態を比較するのは、確かに彼女たちの育成状況を図る意味で必要なデータ収集の一つだから、率先して協力して貰えるのはとても助かると言っていいだろう。
まだ、彼ら全体がメールペットとして生まれて数か月しかたっていない。

そんな彼らだからこそ、まだどこか行動に幼い部分が目立つのだ。

アルベドの行動は、その幼さが極端に出たと言っても良いだろう。
本当は、主であるタブラさんに愛されたいけど、ちゃんと自分の事を見てくれないから、他のメールペット達の主に愛されようとしただけ。
それと同時に、自分とは違って主に愛されている他のメールペットへ嫌がらせしたのは、彼らが羨ましかったから。

だから、今ならまだアルベドだって十分取り返しが付く筈なのだ。

それこそまだ幼いからこそ、今からでもタブラさんがアルベドに本当の意味で向き合い、きちんと愛情を注げばまだ育て直しは出来る筈。
ただ、【ナザリックのNPC】のアルベドがとても賢いと設定されているので、彼女の頭の回転もかなり良い事を考えれば、あまり時間は残されていないかもしれないのだが。
にも拘らず、アルベドを放置したままのタブラさんに、ヘロヘロは苛立ちを感じていた。

あれでは、流石にアルベドが可愛そうだと。

ヘロヘロと同じ様な事を、どうやらウルベルトさんも感じていたらしく、頻繁にメールをくれる。
むしろ、ウルベルトさんはアルベドによって虐められている他のメールペット達からの報復の方を心配していた。
どうやら、一部のメールペット達の中では、既に何らかの動きが見えるらしい。
ウルベルトさんがそれを知っているのは、デミウルゴスが一枚噛んでいるからだそうだ。
ただ、この件に関してはあまり詳しくは教えてくれないらしく、ウルベルトさんも手を拱いているらしい。

ソリュシャンなんて、そんな話がある事すら教えてもくれないのだから、教えて貰えるだけまだましじゃないだろうか?

こんな風に、ウルベルトさんとは頻繁にメールをやり取りしているお陰で、ソリュシャンとデミウルゴスはかなり仲が良い。
やっぱり、試作版の頃からの付き合いだから余計に仲が良いのかな?

製作者サイドの視点で見ると、ウルベルトさんの所のデミウルゴスの育成の仕上がり具合は、それこそ文句の付け所がない位完璧だと思う。
もちろん、デミウルゴス自身が試作版から起動している事や、学習能力が半端じゃないと言う事もあるだろうが、それ以上にウルベルトさんの愛情の注ぎ方が半端じゃないと思うのだ。
細かな動作や言動を含め、全てウルベルトさんが設定に書き上げた通りの理想を完全に再現していると言っていい位、デミウルゴスは完成度が高くて自然なんだよ。
仲間思いな部分も強く出ていて、友人としてソリュシャンの事もちゃんと気遣ってくれているし。
普段、仕事が忙しくてソリュシャンの事を構えないヘロヘロの代わりに、ウルベルトさんが色々と心遣いをしてくれているのも知っている。
なので、ヘロヘロは彼ら二人には頭が上がらないと言っていいだろう。

それ以外に、メールペットの中でソリュシャンと仲が良いのは、実はシャルティアだ。

ペロロンチーノさんの所のシャルティアは、【ナザリック】のNPCとしてのシャルティアと違った感じに可愛らしく成長している。
もちろん、彼女自身の中には根底の設定として【ナザリックのNPC】としての部分は残っているらしい。
らしいのだが、それでも沢山の仲間との積極的な交流と彼女自身のメールペットとしての学習能力によって、いい意味で違いが出来てきているらしいのだ。
そんなシャルティアを、ペロロンチーノさんも【これもシャルティアの可能性の一つ】として認識して、滅茶苦茶可愛がっている事も知っているので、彼らの事はヘロヘロとしても安心してみていられる。
何より、ソリュシャンとシャルティアの仲が良いのは、ペロロンチーノさんの気遣いの結果だ。

時間にかなり自由が利く彼は、ヘロヘロに対してメールをくれる際に色々と考えてくれている。

そう、休憩時間が安定していないヘロヘロの事を考え、いつも【時間がある時に連絡ください】と言ってくれている一人だ。
彼曰く、「シャルティアがヘロヘロさんにメールを渡せなくて、残念そうに帰ってくるのは嫌ですから」との事だが、裏を返せばメールを届けに来たシャルティアとソリュシャンが、楽しそうに二人で遊んでいる姿を、ヘロヘロも見れる事になる訳で。
多分、こちらからは頻繁にメールを出せる訳じゃない事も見越して、時間に自由が利く自分の方がヘロヘロに合わせる事を優先してくれているのだろう。

そう言う意味では、本当にソリュシャンの為にも有り難い相手だった。

他に、ヘロヘロが頻繁にメールをやり取りしている相手は、るし☆ふぁーさんだったりする。
ギルメンの半数以上が、恐怖公がメールペットとしてメールを運んでくる事にあまり良い顔をしていないらしいが、ヘロヘロはそこまで彼の事は気にならないし、このメールペットとしての彼とは、ソリュシャンも割と仲が良い。
恐怖公が、るし☆ふぁーさんのメールを持って来てくれるのは、昼前から昼過ぎの合間なのだが……信じられない事に、ヘロヘロの休憩時間に上手くエンカウントする事が多いのだ。

その理由を、少し前にるし☆ふぁーさんに聞いた所、「何となく、この時間だとすぐに返事が来る気がした」と言うものだから、本当に驚くしかないだろう。

そんな感じで、ヘロヘロの元へとメールを送って来るし☆ふぁーさんは凄いし、恐怖公の言動もどれもかなり紳士的で、外見もそんなに気にしない自分やソリュシャンは、上手く付き合っていると言えるだろう。
基本的に、ソリュシャンにはメールペットの仲間に対して偏見を持たない様に、気を付けて躾をしているつもりだからね。
普段は、あんな感じで【悪戯好き】で通っているし☆ふぁーさんだけど、【ユグドラシル】の中ならともかく日常では本当に必要なTPOは踏まえた、気遣いある行動を出来る人だ。
そうじゃなければ、それこそ末期である【リアル】で社会人として生き抜くのは難しいだろうし、そんなるし☆ふぁーさんが育てている恐怖公が紳士だっていう事位、きちんとメールのやり取りをすれば解るんだろうけど、恐怖公のあの外見が邪魔するからな。

ま、るし☆ふぁーさん本人がそれを判っていて、それでも彼を選んだ訳だし、周囲とはともかく彼らの関係はそれなりに上手くいっているのだから、これに関してヘロヘロが口を挟む事じゃないんだろう。

ヘロヘロとしても、ソリュシャンがそれなりに上手く仲良くやっているので、恐怖公の事は嫌いじゃない。
少なくても、日に日に問題行動の多くなるアルベドと比べるなら、ヘロヘロは間違いなく恐怖公の方をとる。
彼の方は、本当に礼儀とかきちんとしているし。

そう……普段から少ない接触しかしない筈なのに、しっかりソリュシャンに対して問題行動を取る彼女よりは。

タブラさんとは、先日のギルド会議の一件まで、ヘロヘロは殆どメールのやり取りをする事もなかったのだ。
けれど、それでも何かの連絡メールを持ってこちらに顔を出したアルベドは、一つだけやらかしてくれたのだ。

それは、ある事をソリュシャンに吹き込んで、彼女を凹ませて泣かしていったのである。

今回の会議の一件で、アルベドの育成に問題があった事が発覚した事で、どうして彼女があんな事をしたのか理由は判った。
むしろ、彼女がそんな状態だったのならば、ソリュシャンにやったことは許せないものの、納得するしかないだろうと思わせる。
ここまでヘロヘロが怒る程、アルベドがソリュシャンに対してやらかしてくれた事はなんなのか。

それは、普段忙しくてヘロヘロがソリュシャンの事を短い時間しか構えない事を指して、『あなたは、ヘロヘロ様に愛されていないの』と言う刷り込みをしようとしてくれたのである。

どうしてアルベドが、そんな事をソリュシャンに対してしたのか、最初の頃はどうしても理由が判らなかった。
だが、今回の一件で彼女の置かれている状況を理解したら、漸く納得がいった。
彼女は、自分以外にも似たような境遇の存在として、ソリュシャンを自分の仲間として引き込みたかったのだろう。

もっとも、ソリュシャンの心を傷付けるだけのやり方は最低で、ヘロヘロを本気で怒らせるだけだったが。

アルベドが、ソリュシャンに対してそんな行動に出た最初の日、他のメールをチェックするべくメールソフトを立ち上げたヘロヘロは、部屋の隅で泣くソリュシャンと、それを慰めているデミウルゴスの姿を見て、最初はデミウルゴスが彼女を泣かせたのかと勘違いしそうになったものだ。
それでも、メールペット同士が喧嘩をする事が普通にあり得ることを、彼らの製作者として判っていたので、ヘロヘロは割と冷静に対応出来た。
だから、ヘロヘロはデミウルゴスまで傷付ける事はなかったが、他のギルメンの所だったら誤解して騒動に発展していたかもしれない。
詳しい話を聞いて、彼が悪くない事を理解したところでデミウルゴスには帰って貰ったのだが、その日の夜に【ユグドラシル】にログインした途端、ウルベルトさんからソリュシャンを心配するショートメールが来たのには、本気で驚いたものだ。
とにかく、ソリュシャンが【愛されていない】などと言う勘違いする事なく安定させる意味で、時間が許す限り彼女の事を構い倒してあげたら、そんな勘違いをする事はなくなった。
と言うか、デミウルゴスの所へと時間がある限り何か弟子入りしに行くと言い出した。

どうも、メールペットたちの中で一番頭が良いデミウルゴスは、色々とペットたちに知恵を貸しているらしい。

詳しい事は聞けなかったけれど、彼女が自分で強くなろうと頑張っているのを反対するつもりはヘロヘロにはない。
と言うか、これがウルベルトさんの言っていた案件かもしれない。
なんだ、ちゃんと話してくれていたじゃないか。

勘違いして、ウルベルトさんに八つ当たりめいた事を考えてたよ。

それはさておき。
こんな風に、ソリュシャンを悩ませる原因になったアルベドの発言だが、ある意味痛い所を突かれたと思う。
どうしても【リアル】の仕事の関係上、ヘロヘロにはソリュシャンの事を余り構ってあげられる時間がないのは、どうする事も出来ない事実だからだ。
なので、メールペットたちがそれぞれ仲間同士で集まる形で仲良くする事は、決して悪い話じゃない。
ギルメン同士で交流が少ない場合、どうしてもやり取りが希薄になるメールペットがいるのは理解しているので、その穴を埋めてくれるのなら好都合だからだ。

例え、懸念すべき案件がメールペットの間で持ち上がっているとしても、こればかりはヘロヘロは自分から干渉するつもりはなかった。

*****

ヘロヘロの帰宅は、基本的に遅い。
と言っても、【他のギルメンと比べたら】と言う時間帯で、今のところは収まっているので、まだ問題がないと考えるべきだろう。
帰宅して最初にするのが、メールソフトの立ち上げと、【ユグドラシル】へのログイン前に簡単な夕食を取る事だ。
メールソフトを立ち上げるのは、仲間からのメール確認という理由あるが、それ以上に少しでもソリュシャンとスキンシップを取りたいからである。
朝の時間帯は、どうしても彼女を構えない分、時間が取れる時にはきちんと彼女との時間を取る様にしていた。
試作時代からの付き合いもあり、アルベドに少し精神的に揺さぶられて不安定だったことはあったものの、ソリュシャンはちゃんとこちらの事を理解して待ってくれている。
そんな所が、ヘロヘロには可愛くて仕方がない。
この時間帯は、基本的に届いたメールチェックはするのものの、ソリュシャンはとのスキンシップの時間だった。
食事を取る必要がある分、電脳空間まで直接下りる時間は短いが、その分も3Dタッチ専用グローブを付けて彼女を撫でたり、その手の上に座らせたりする事でヘロヘロなりにソリュシャンの事を可愛がっている。
インカムを付けて、彼女のお話を聞くのもその時間だ。

短い時間でも、ヘロヘロが自分の言葉に耳を傾けてくれているのが判るのか、ソリュシャンは満足そうに笑っているので、もう次にアルベドに何を言われても心配ないだろう。

その後、ヘロヘロは【ユグドラシル】にログインして仲間とある程度遊んでから戻ってくる。
ある程度までなのは、【ユグドラシル】から戻った後、ヘロヘロはいくつかのメールの配達をソリュシャンに頼んで、彼女が配達に行く時間を利用して簡単なデバッグ作業をする為だ。
暫くして、メールの配達に出ていたソリュシャンが戻って来たのを確認し、【お休み】と告げてから就寝する。
帰宅した時点で、目を通したメールの返事の半数は【ユグドラシル】の中でのショートメールで返事をしてしまう為、彼女が運ぶメールは少ない。
本当は、もっとメールを運ばせてあげるべきなんだろうけど、ヘロヘロの側の時間的許容量が足りないのだ。
メールを作成する時間よりも、ソリュシャンとのスキンシップに充てたかったし、少しでも彼らの改善点を探す時間を確保したかったから。

そうして、ヘロヘロの慌ただしい毎日は過ぎていくのだった。



今回はヘロヘロさんの視点の話になりました。
ギルド会議の流れを汲んでいるので、今までの流れとは違うものになっていると思います。
どうしても、製作者視点での話も書きたかったので、こんな感じになりました。
今までの様に、ヘロヘロさんとソリュシャンのうふふキャッキャの話にならなくてすいません。

それと、誤って投稿予約の時間を間違えてしまい、まだ少し弄る予定の文章を投稿してしまいました。すいません。
一旦投稿を取り消して、修正したものを投稿し直しました。
すぐに気付いたのですが、ご迷惑をおかけしてすいませんでした。


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たっち・みーの幸せに満ち溢れた毎日

今回は、四人あった候補から一番希望があったこの人で。


たっち・みーは、ギルド内にメールペットの案が出た時、反対票を投じた数少ない一人だ。

もちろん、ちゃんと反対した理由がある。
その理由は、たっちには【リアル】ではまだ幼い娘がいる為、メールペットまで世話が出来ないからだ。
世話が難しい事が最初から解っていて、ペットを飼うのはペット虐待だと考えていたからこそ、たっちはとても賛成出来なかったのである。
とは言え、この件に反対したのはたっち以外は二人だけであり、圧倒的多数で賛同意見が寄せられて可決したことから、たっち自身も受け取る事になったメールペットのセバスを前に、酷く困惑したものだ。

今回、全員がメールペットを受け取る事になったのは、メールペットを持っていない者のところにメールペットがメールを届けに行くと、届け先が判らない可能性があるからだ。

もし、きちんと届け先の判別がついたとしても、他の場所ならメールペットとの交流が待っているのに、そこだけポストに配達だと違和感が生まれる可能性もある。
本当にそうなった場合、メールペットたちがどう整合性取るのか予想出来ず、悪い方向に変質する事態が起きると非常に困る訳で。
それらの都合から、メールペットをギルメンに配布するなら全員に強制配布となったのだ。

そんな訳で、自分の手元にやって来てしまったセバスを前に、どうすれば上手く付き合っていけるか困惑していたたっちに、ある意味救いの手を差し伸べたのは、彼の幼い娘本人である。

彼女は、つい最近誕生日を迎えてまだ五歳になったばかりで、何にでも興味を持つ年頃だ。
まだ幼い彼女は、本当に初めて見る者なら何にでも興味を持つ。
例えば、たっちが端末の前で何かをしていたら、そこに近付いてこっそりその様子を覗き込むくらいには、好奇心一杯だ。
丁度、ギルドでヘロヘロからマニュアルと共に配布されたばかりのセバスを前に、一先ず彼の為に最低限の生活環境は作っておこうとしていたたっちの様子を見て、彼女はたっちがいるソファに一生懸命よじ登ると、膝の上に乗り上げながら端末を覗き込む。
そして、端末の中で人形の様なものの部屋を作っている父親の姿に、目をキラキラさせたかと思うと、クルリとその顔を窺い見た。

「パパ、みーちゃんもする!!」

娘の口から発せられた言葉は、彼女の顔を見た時点でたっちが予想した通りで困ってしまった。
幾ら、娘の目から見たら人形遊びをしている様に思えたとしても、これは【アインズ・ウール・ゴウン】の友人たちとメールをやり取りする為の、大切なソフトだ。
流石に、たっちの独断だけでその媒介であり、メールペットであるセバスを娘に触らせていたら、うっかり彼らにメールを出してしまうかもしれない。

小さな子供は、目で見たことなどへの学習能力は高い上に、それこそ何をしでかすか判らないからな。

しかし、ただ口で説明しただけでは娘が引き下がらない事も、今までの育児経験からたっちは理解していた。
このままでは、納得しないこの場で娘は癇癪を起こした挙げ句、何もさせてくれない悔しさから火が点いたように泣き出して、それを聞き付けた妻が駆けつけてくるだろう。
多分、妻はそれまでの経緯やら理由を聞いたら納得はしてくれるだろうが、娘の前で不用意にこんなものを見せた事を後で責められるのは間違いない。

あまり想像したくないが、それこそすぐに己の元に訪れそうな未来を前に、どうするのが一番良いのかたっちは少しだけ考えた後、まず娘と一つの約束をする事にした。

「……それじゃ、パパと一つ約束できるか?
これは、パパと一緒の時しか触っちゃいけない。
パパとパパのお友達の、大切なものだからね。
みーが触れるのは、一日朝一回と夜に一回だけ。
パパがお仕事でいない時は、これに触るのを我慢する代わりに、次の日は我慢した分だけ回数を増やす。
それが、みーがこれを触る為のパパとの約束だ。
どうする?」

そこまで口にした所で、彼女がどう反応するのか返事を待てば、たっちの言葉を理解した娘はパッと顔を上げた。
今まで、駄目だとしか言われないと思っていたのか、たっちの言葉を聞いて勢い良く小さな手を高く挙げると、ぶんぶんと振り回しながら興奮したように頷き、必死に【出来る】と主張する。

「みーちゃん、パパと約束する!
だから、パパと一緒にするの!」

たっちと【何か一緒に出来る】と言う事を喜びながら、嬉しそうな笑顔で元気良く約束することを主張する娘に、たっちはこれはこれで良かったのかもと考える。
今回受け取ったセバスは、外見こそ【ナザリックのNPC】とそっくりそのまま同じ老紳士を二頭身に変えたものなのだが、中身はまだ小さな子供と同じようなものらしいと、受け渡しの際にヘロヘロから説明されていた。
つまり、どんなに外見が老紳士で言動が外見に相応しいものだったとしても、今、こうしてたっちの腕の中にいる娘よりも、セバスの中身は小さな子供と同じだと思うべきなのだろう。
それなら、いっそ娘を姉に据えてその弟としてセバスを当て嵌めた上で、たっちの息子枠で育てるのも有りかもしれない。

何かの話で、子供はペットを飼うか年下の子供の側に居ると、自然と情操教育が出来ると聞いたことがあるし。

「それじゃ、パパと一緒に彼のお部屋に置くものとか、彼の着替えを選んであげようか?
この画面の中にいる、彼の名前はセバス。
みーの弟の様な存在だから、ちゃんと仲良くしてあげてくれるかな?」

娘の顔を見ながらたっちが問えば、にこにこ笑いながら嬉しそうに頷いた。
どうやら、たっちの口にした【セバスは弟の様なもの】と言う言葉を、娘は大層お気に召したらしい。
くりくりと大きな目を、キラキラと嬉しそうな様子で一層輝かせながら、画面の中のセバスの事を見ている。
これなら大丈夫だろうと思いつつ、たっちは娘を自分の膝の上に乗せたまま、メールペットのセバスの為の部屋の設定の続きを始めたのだった。

********

たっち・みーの朝の時間は、ある程度安定しているものの不特定だ。
警察官と言う、交代勤務がある仕事についている事もあり、夜勤などがあれば帰宅できる時間は昼前になる。
とは言え、今のたっちの立場だと夜勤そのものは月に一度程度でしか回ってこないので、家族とのコミュニケーションに問題なければ、【ユグドラシル】を続けるのにも問題はないのだが。
それに、今のたっちには出勤前と家に帰った後に楽しい時間がある。

娘と共に、メールペットのセバスと遊ぶ事だ。

セバスを受け取ったあの日、たっちと約束した事を娘はきちんと守っていて、朝になると自分から起きて「おはよう、パパ!早くセバスと遊びたい!」ってたっちの事を叩き起こす位だった。
妻の話だと、毎日たっちが起きる三十分前には起きているらしいので、本当にセバスと遊びたくて仕方がないのだろう。
そんな娘によって、家にいる日はほぼ毎朝起こされる事にたっちは不満はない。

これもまた、娘との大切なスキンシップだからだ。

娘と共にメールソフトを立ち上げると、既に起床してざっくりと身支度を整えたセバスが出迎えてくれる。
身支度がざっくりとしたものなのは、ちゃんと理由があるので後で説明するとして、だ。
そう言えば、最初に受け取って起動させて以来、セバスが寝ている姿を一度も見た事が無いのだが、ちゃんと彼は眠っているのだろうか?
もし、セバスが娘の為に睡眠時間を削って無理をしていると言うのなら、もう少しこちらも気を使ってやるべきかもしれない。

確かに、セバスはメールペットではあるけれど、娘とたっちにとって大切な家族なのも間違いないのだから。

メールを立ち上げたら、先ずはセバスに朝食の準備をする。
毎日、セバスが食べる朝と晩の食事のメニューを決めるのは、娘の仕事だ。
これに関しては、どうやら妻と相談して前日の夜の時点で既に決めているらしい。
たっちが夜勤がある場合は、前日の昼までに妻と娘がその日の夕食と翌日の朝食のメニューを決めて、忘れずにタイマーでセバスに夕食と朝食が出る様にしている。
そうしないと、夜勤当日の夜の夕食と翌朝の朝食をセバスが食べ損ねてしまうからだ。

なぜ、セバスが食事を食べ損ねると言う事が判るのかと言うと、実際にセバスが来てから初めての夜勤の日にやらかしてしまったミスだからである。

セバスと共に暮らすようになって、初めての夜勤を終えて昼近い時間に漸くメールを開く事が出来たたっちは、部屋の中でかなり顔色が悪い状態で座り込んでいるセバスを発見した。
まさか、電脳空間に居るメールペットなのに病気になってしまったのかと、慌ててヘロヘロから与えられたマニュアルを片手にセバスの状態を確認してみたところ、判明したのは完全な空腹状態にあると言う事だったのである。
改めてメールペットのマニュアルを確認すると、一日最低でも朝と晩の食事とその間におやつを与える様にと言う指示が書いてあった。

もちろん、ギルメンの中には仕事が多忙な面々も多いため、そう言う場合の対応策として自動的に朝食と夕食を提供する方法も書いてあったのだが、今までたっちは娘と朝と夜にセバスの世話をする一環で娘が決めたメニューで食事を与えていた為、その事がすっかり頭から抜け落ちていたのだ。

しかも、その日に限って部屋の棚に「いつでも好きな時に食べたり仲間のメールペットが来た時に上げたりできる様に」と言う名目で、常備しておいた筈のおやつすら無くなっていたらしい。
そんな状態で、たっちが夜勤に入る時間が割と早く前日の夕食も与えそびれてしまった為、完全に空腹で動けなくなってしまっていたのである。
たった一日とは言え、こんな風にセバスの事を飢えさせて弱らせてしまったなど、たっちからすれば娘の事を叱る事が出来ない様なミスだと言っていい。

その一件があって以来、たっちは絶対にセバスの事を飢えさせるせることだけはしないと本気で誓っていた。

何故なら、セバスは元々【ナザリックのNPC】としての設定をあまり組んでいなかったせいなのか、他のメールペットに比べて自己主張する部分が少ないからだ。
だからこそ、今回だってお腹が空いていてもそれをたっちに対して主張しなかったのである。
そんなセバスが相手では、うっかりすると初めての夜勤の時の様に【丸一日食事をさせ忘れる】などと言う一件も発生しかねない。
だからこそ、たっちはセバスの事を【ちゃんと世話をしてやらないといけない大切な息子】と言う認識をするようになっていたのである。

そんな息子同然のセバスを、自分のミスで飢えさせるなんて真似をする最低な父親になど、絶対になりたくなかった。

もちろん、セバスが来てからの変化はそれだけではない。
娘も、セバスの事を弟だと思って世話をし始めた途端、【お姉ちゃん】と言う自覚を持ったからなのか、色々と今まで甘えて出来なかった事を自分で出来るようになっていた。
その一つが、誰かが起こさなくても自分で毎朝起きて、自分一人で着替える事である。
ほんの少し前まで、どれもたっちか妻が手伝わなくては一人で出来なかった娘が、セバスのお姉ちゃんだと言う自覚を持っただけで、自分から進んで何でもするようになったのだ。
子供同士、一緒に育てる事でここまで娘に著しい成長が見られるとは、たっち自身も考えてはいなかった。
それに、セバスにも娘の存在は良い影響を与えている。
あれだけ我慢強く、食事を与え忘れていてもそれを訴える事すらしなかった、自己主張が少なかったあのセバスが、少しずつではあるが自分の我と言うものを出せるようになってきたのだ。

どう考えても、娘が接触する事によってセバスと一緒に成長している証と言っていいだろう。

因みに、娘がどうやってセバスと接触しているのかと言うと、この件に関して娘が【セバスのお世話を一緒にしたい】と言い出した当日に、メールペットのメイン製作者であるヘロヘロさんに相談し、ギルド長のモモンガさんや仲間の許可を得て、特別に娘の自分のサーバー内にだけ娘のアバターを用意して貰ったのだ。
もちろん、娘のアバターはそっくりそのまま娘の外見ではない。
たっちのメールサーバーには、当然だが他のメールペットも訪ねてくる以上、娘の外見も人間から可愛らしくデフォルメされた子犬の耳と尻尾を持つ獣人の少女の姿である。
これは、娘が【犬好き】言う事を聞いたヘロヘロさんが、元になったメールペットソフトのデータから簡単に立ち上げてくれたもので、娘自身にも好評だったアバターだった。

娘はその姿で、たっちは自分の【ユグドラシルのアバターのデフォルメ】で仮想空間に降り、セバスの為に用意した食事を与える。
部屋にある、食事を作る道具にメニューを指定するだけなので、娘一人に任せても出来る簡単な作業だと言っていいだろう。
完成した料理をセバスに与え、彼がゆっくりと食事をしている間、セバスの為に用意した衣装ダンスへと駆け寄り、その中から今日一日身に付ける執事服のベストとネクタイを選ぶののも娘の日課だ。

これが、セバスが【ざっくりとした身支度】しかしない理由だった。

まだ幼いなりに、娘は【弟】のセバスのことを着飾らせたいのか、それとも毎日同じ服を着せたくないのか、似たようなデザインのベストとネクタイが並ぶ中から、少しずつ違う物を選び出してくる。
セバスの服のデザインは、たっちが出来る男の人が着るスーツの中から、特に渋くて格好良い男性に似合うものを選んだので、娘がどんな風に選んで組み合わせても、それほど問題はない。
と言うか、元々たっちは服に関しては妻に任せきりで、あまり自分の服装に拘りはなかったが、セバスの物を選ぶようになってからは、色々と考えるようになっていた。
「参考までに」と、オーダースーツのデザインサンプルを見るうちに、色々とセバスに着せたいスーツがある事に気付いたからである。

そう、若輩者が着るよりもセバスくらいの外見年齢の方が、シックなスーツを着た時に大人の色気が出るのだ。

その事に気付いた途端、たっちは【ユグドラシル】のセバスの部屋のクローゼットの中に、普段ならあり得ないくらい課金して大量のオーダースーツを完成させ収納してしまっていた。
もちろん、それら全てのランクは伝説級である。
基本的には、彼の着ているスーツなどの服装は装備に入るため、最初に設定した執事服で固定なのだが、自分達が設定し直せば彼らの衣装の変更は可能なのだ。

月に一度位なら、【ナザリック】への襲撃がない限り、セバスの衣装を変えても構わないだろう。

それらを用意する為に課金した元手が、例え自分が楽しみにしていた特撮ヒーローのメモリアルボックスの購入資金の半分だったとしても、実際にセバスに用意したスーツを着せてみて似合う姿を見てしまえば、後悔したりはしなかった。
娘に、【ナザリック】のセバスのスーツの着せ替えをした際の映像を見せてやったら、すごく喜んで「同じものをメールペットのセバスにも着せたい!」と言ってくれた事も、後悔したりしていない理由の一つではあるのだが。
そうして、セバスが食事を娘がセバスの衣装を選んでいる間に、たっちはこの電脳空間に来るまでに着ていたメールをチェックし、その日に出す返信メールの準備を済ませていく。

この時間帯に、こちらのサーバーまでメールを持ってくるのはモモンガさんの所のパンドラズ・アクターだ。

彼は、毎日メールを運んでくる訳ではない。
それでも、気遣いが出来る彼はここに娘が下りてきている事を知って以来、来る時は必ず娘の為に小さな花束を持参してくれる。
ここで、持参する手土産にお菓子などの飲食系の品を選択しないのは、娘がここではお菓子を受け取っても食べられないからだ。
時折、持参される花束が小さな花冠になったり、可愛らしいリボンのついたアクセサリーになっていたりするが、何を受け取っても娘は喜ぶので問題はないだろう。
パンドラズ・アクターは、セバスとも何気に仲が良い。
余り時間がない時に顔を出す事が多いからか、パンドラズ・アクターはセバスとも一言二言話をしてから帰っていくのだが、時間がある時は美味しいお茶の葉の種類の事やお茶の淹れ方などを話しているのを知っている。

他に良くメールを持ってくるのは、建御雷さんの所のコキュートスだ。

建御雷さんが、個人的にたっちにPVPを申し込む事が多いのが、その理由だと言っていいだろう。
彼は、武人としてのコンセプトを重視した建御雷さんから【武士道】を学んでいるらしく、ちょっとだけ言動が硬い部分があるのだが、どうやらたっちの娘に対してメロメロに甘いらしい。
公私はきちんと別けるらしく、来訪の挨拶を告げてメールをたっちに手渡すまでは硬い言動を通すのだが、それが終わった途端に娘の前に近付き、【今日も爺は参りましたよ、姫】と傅くのである。
娘が居ない時間帯に来た時は、セバスを相手に武人らしく格好が良い仕種を崩さないのに、娘が居る時間帯だとこんな感じで娘に構ってばかりなので苦笑するしかない。

もしかしたら、コキュートスは時代劇に出てくる【若君等の守役】に憧れているのだろうか?

だとしたら、建御雷さんが学習用に見せている時代劇に毒され過ぎている気がしなくもないのだが、本人が満足しているならそれはそれで問題ないと思うべきだろう。
それに、たっちの娘を前にすると彼女の事を優先する傾向にあるとは言っても、コキュートスとセバスは別に仲が悪い訳ではない。
どちらかと言うと、二人が揃っていると武術関連の話題で盛り上がるらしく、たまに異種格闘技として手合わせをしているのを見たこともある。

まぁ、娘のいる前では絶対に戦わないのは、一度手合わせを始めた所で【喧嘩しちゃダメ!】と、泣かれたからだろうけどね。

彼ら以外に、メールを持参してたっちの元に頻繁に顔を出すのは、事情を知らないと信じられないかもしれないが、実はウルベルトさんの所のデミウルゴスである。
どちらかと言うと、たっちと仲が悪いウルベルトさんから頻繁にメールが来るのは、ちゃんと理由がある。
それは、今こうしてたっちと一緒に電脳空間に降りてきている、たっちの娘のためだった。

なぜ、ここでウルベルトさんの所のデミウルゴスが絡む事になるのかと言うと、彼らの所の育成状況に深く関わりがあると言えばいいのだろうか?

*****

事の発端とも言うべき、たっちがメールペットを受け取った初日に相談した娘の件に関して、ヘロヘロさんからウルベルトさんに話が最初に行ったらしい。
たっちがヘロヘロさんに相談した当日、【ユグドラシル】にログインした途端、彼に捕まったのだ。
普段なら、滅多に自分からたっちに関わってこないウルベルトさんが、真剣な顔をして【話がある】と切り出したら、流石に聞かない訳にはいかない。

別室に移動したら、そこには既にヘロヘロさんを筆頭にしたメールペットの作成チームとモモンガさんが勢揃いしていて、たっちがヘロヘロに相談した事の真意を聞いてきたのだ。

彼らを前に、ここが分岐点だとすぐに察したたっちは、迷う事無く自分の本音を口にした。
娘とセバスの存在が、相互作用で上手く成長出来るようにするためにも、娘もセバスと触れ合えるべきだと。
外見はともかく、中身はまだ小さな子供と変わらないセバスと娘を関わらせる事で、セバスは娘を通して様々なことを学ぶだろうし、娘もセバスの世話をする事で成長を促せる。
たっちは、そんな二人を見守りつつ彼らの親として、より良い方向に導いていきたいのだと告げれば、「そういう理由なら、たっちさんの電脳空間限定と言う条件付きで許可を出しても問題ないでしょう」と言う意見が大半を占める形になり、賛同を得られそうな状況になったのだ。
その中で、一人ウルベルトさんだけかなり渋い顔をしていたのだが、たっちと視線が合うと一つだけ確認をして来た。

「……それは、セバスの事を娘に押し付けて、自分は世話をしないと言う事じゃないんだな?」

その問いに、ウルベルトさんがどうしてあんな渋い顔をしていたのか、彼が考えているだろう危惧も含めてたっちにもすぐに解った。
彼は、自分のメールペットであるデミウルゴスを溺愛している分、セバスがたっちに大切にされないのではないか、それだけを気にしていたのである。
ウルベルトさんが、たっちに対してそんな危惧を懐いたのは、【ナザリック】でのセバスの設定の少なさが原因になっているのだろう。
【ユグドラシル】のセバスに対して、たっちが深く設定を組まないなどあまり思い入れを持っている様には見えない分、メールペットのセバスもそんな感じで娘に任せてしまうつもりなのか、彼なりに警戒したのだ。

だが、そんな彼の懸念も無用のものだ。

「心配要りませんよ、ウルベルトさん。
確かに、娘はセバスの姉の立場としてか関わらせますが、私は彼らの親として二人に接するつもりです。
その為にも、電脳空間に降りられ娘とセバスを接せられる、娘のアバターが欲しいんですよ。
私としても、娘と息子が直接触れ合って戯れている姿を、存分に堪能したいですし。」

嘘偽りなく、真っ直ぐ自分の気持ちを伝えたら、漸く安心したのかウルベルトさんも娘の件に賛成してくれた。
更に、急遽作成される事になった娘のアバターの動作チェックまで申し出てくれた上、定期的にデミウルゴスにメールを持たせて、【異常がないか】わざわざ様子を見に来るようになったのである。
ギルメンが持つメールペットの中で、一番成長が著しいデミウルゴスは、娘のアバターの状況データを収集する事まで出来るらしく、それを元にウルベルトさんは動作チェックをしてくれているらしい。
これに関しては、素直に頭を下げるしかない案件だ。

たっちと娘が、安全にセバスと過ごせる環境を作る手伝いをしてくれている訳だからね。

ウルベルトさんのメールの内容は、どれもデミウルゴスに関する自慢が中心だが、確かにその成長ぶりは目を見張るものが多いので、色々とセバスの育成の参考にさせて貰っていたりする。
なにせ、メールを持参するデミウルゴスの動きは本当に自然で、メールペットと知っていなければ普通に【プレイヤー】だと勘違いしていただろう。
それほどまでに、デミウルゴスの完成度は高いのだ。
しかし、そんなデミウルゴスとセバスはあまり仲が良くない。
別に、そんな設定をした訳ではないのだが、お互いにどこか素っ気ないのである。
とは言え、娘の前では喧嘩をする様子も嫌味を言い合う様子もないので、今は様子見の段階なのだが……本当にそんな行動を二人がする理由が良く判らない。

もしかしたら、ウルベルトさんとの微妙な関係を彼らが引き継いでしまったのだろうか?

だとしたら、出来ればそれを打開しておきたいところだ。
全ての人と仲良く出来るとは、たっちだって本気で思っていないが、娘の前でこの状態のまま放置するのは、教育上良くないからである。
これに関しては、今度ウルベルトさんに提案してみるとしようか。
あの人自身、お互いに主義主張が対立する事は多いが、こんなに娘の事を気に掛けてくれているのだから、悪い人じゃない事は判っているし、今回の一件でもう少し歩み寄りたいとたっちも思う様になってきているのだから。

******

朝の穏やかな時間が過ぎると、職場に急いで向かう。
いつも、朝は娘とセバスとゆっくり過ごすために、家を出る時間が少し遅めになっているからだ。
電脳空間を出る前に、セバスにメールの配達を指示しておくのを忘れない。
これだけは、娘ではなくたっちにしか指示できない事だからである。
昼は、それこそ事件が起きなければ普通に休憩時間があるので、その時に昼間に来たメールのチェックをしつつセバスと個人的なスキンシップをとる。
とは言っても、そこまでやることが浮かばない事もあり、メールの返信を書きながら自分が好きな昔の特撮ヒーロー物の映像を一緒に見ることが多かった。
元々、たっちは仕事柄休憩時間が安定していない。
その為なのか、メールペットになってから昼間にメールが来ることは少ないのだ。

お陰で、たっちはセバスと共にのんびりと特撮ヒーロー鑑賞に勤しめるのだが。

セバスと二人で、のんびり特撮ヒーロー画像鑑賞をしながら、お互いに思い思いの意見を交わす時間は、たっちにとって至福の一時だと言っていいだろう。
どうやら、セバスも特撮ヒーロー動画は嫌いではないらしく、内容に合わせて普段の冷静沈着な素振りとは違った色々な表情を見せてくれるので、そんな時間も楽しくて仕方がない。
ヒーローの危機に、手を握り締めてそわそわしたり、ヒーローが勝利したシーンで小さくガッツポーズを決めたりしているセバスの姿は、こんな時しか見れないだろう。
流石に娘相手では、この手の趣味を理解して貰うのは難しいからだ。
もちろん、セバスに仕事をさせない訳じゃない。
朝のうちに書けなかったメールの返信も作成し、休憩時間が終わる前にセバスに託して配達に出て貰うようにしている。

夜、たっちが仕事が終えて家に帰ると玄関で待ち構えているのは、小学校に上がる為にちょっとしたお勉強を済ませた娘である。
最初の約束で、たっちが七時までに帰ってきた時は一緒に電脳空間に行ける事になっている為、夜の帰りが遅いと本当にそわそわしながら玄関で待っているらしい。
妻からその話を聞いた時は、思わず娘の可愛さに笑みが止まらなかったものだ。
既に、夕食を済ませている娘と一日の出来事を話しながら夕食を手早く取ると、一緒に電脳空間に降りる。
そこでは、受け取ったメールの返信を整理しながらセバスが待っているので、たっちはそれを読みながら娘がセバスに夕食を出す様子を見守るのもまた日課だった。
今度は、セバスに娘が今日一日あった事を話しているのを眺めつつ、夕方から沢山舞い込んできたメールの返信などを纏めて送信準備する。

娘の夜の最後の日課は、メールを配達に出るセバスを見送る事だからだ。

その為にも、短い時間である程度の返事を作ってしまう必要がある。
もっとも、セバスを見送り娘と共に一旦【リアル】に戻った後、【ユグドラシル】にログインする予定なので、イベント参加などのお誘いに関してはその場で返事する事にしている為、そこまで多くの返信は必要ない。
ただ、娘がセバスをメール配達の仕事に送り出すのを楽しみにしている事もあり、一日一通は必ず夕方にメールを出せるようにしているのである。

この辺りは、娘の事を知っている仲間たちが協力してくれているので、今まで一度も夕方にメールを出す相手が居なかった事はない。

娘とセバスが、揃って仲良くしている姿を見るのは、たっちにとって本当に至福の時間なのだ。
特に、最近ひらがなを書けるようになった娘が、メールを届ける仕事に出掛けたセバスに手紙を一生懸命書いている姿などを見ていると、微笑ましいやら羨ましいやら何とも言えない気持ちになる。
何せ、夜の時間に電脳空間へ来る事が出来た時は、絶対セバス宛の手紙を書き残しているのだから、たっちが思わずそんな気持ちになるのも仕方がないだろう。

夜の帰りが遅いと、娘からたっち宛に一生懸命書いたと思われる手紙が妻に託されているので、別に不満がある訳ではないのだが、この辺りは微妙な親心だと思って欲しい。

さて、夜にこうして電脳空間にたっちは娘と一緒に降りる訳だが、その話が決まった時に交わした妻との約束で、夜の七時半までが娘がセバスと遊べる時間になっている。
なので、時間が来る少し前にセバスにメールの配達を頼み娘と共にそれを送り出すようにしていた。
そうしないと、娘がセバスを見送れないからだ。
彼が「行ってまいります」と出掛けた後、一緒に電脳空間を出て娘を寝かしつけるまでが、今のたっちの夜の習慣の一つになっている。
最初の頃は、電脳空間に降りた事による興奮からなかなか寝てくれなかった娘だが、最近はセバスと遊んだら寝る時間だと言う生活習慣のリズムが出来たらしく、大人しく寝てくれるようになった。
これも、セバスがうちに来て出来た良い習慣なのかもしれない。

少しずつ、でも確実に娘とセバスが成長していく様を見られる事を、たっちはとても幸せに感じていた。

娘を寝かしつけたら、ここからがたっちのお楽しみの時間だ。
【ユグドラシル】にログインして、仲間たちとの楽しい冒険や会話をする時間を過ごすのはとても楽しい。
普段、【リアル】で思うようにできない事をしているのだから、余計にそう思うのだろう。
【アインズ・ウール・ゴウン】のメンバーは、それぞれ個性的な集団とも言えるから、彼らの意見を上手く取り纏めて舵を取っているモモンガさんは、本当に凄いと言うしかない。

やはり、【クラン】から【ギルド】に代わる時、モモンガさんの事をギルド長に押して良かったと、たっちは本気で思っていた。

そんなモモンガさんを筆頭に、色々と【ユグドラシル】での冒険や仲間とすごす時間を一頻り楽しんだ後、ログアウトしたらたっちはもう一度メールサーバーを立ち上げる。
寝る前に、電脳空間に降りて配達から戻って来たセバスに、「いつもご苦労様」と声を掛けて労う為だ。
流石に、セバスの外見が老紳士と言う事もあって、【労う】と言っても抱き締めたり頭を撫でたりはしない。
だが、軽く肩を叩いて労いの意味でお茶を淹れてやることにしている。
本人は、たっちにお茶を淹れて貰うことそのものを恐縮しているようだが、これ位しかセバスにしてやれる事はないので諦めて貰うしかないだろう。
そうして、セバスに仕事終わりの一杯のお茶を与えて少し話をした後、たっちは電脳空間から出て娘の寝顔を確認してから妻と一緒に眠りにつく。

そうして、たっち・みーにとって幸せに満ち溢れた毎日は過ぎていくのだった。



どちらかと言うと、たっちさんとセバスと言うよりは、たっちさんと娘とセバスの話ですね。
でも、彼の話を書くと決めた時に、絶対に娘とセバスは絡ませたかったので。
それと、作中に出てきたたっちさんのセバスのスーツへの課金額は、往年の某特撮ヒーロー物のスペシャルコレクションセット(最古のものから現在に至るまでの作品全話収録及び最新作も収録+レプリカ変身セット付)の半額分です。
アマゾンで確認したんですけど、某特撮ヒーロー物って、ボックスセットは一つ数万しました……なので、それを全部集めた奴は幾らになるのだろう……
版権切れてても、レプリカの変身セットが……うん。


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るし☆ふぁーの愉快な毎日

今回も、予告通りこの人で。
ただ、今までの話とは微妙に毛色が違うかも。


るし☆ふぁーは、【アインズ・ウール・ゴウン】一番の問題児である。

これは、他のギルメン全員からの共通認識であり、本人もそれを否定しない。
事実、彼は自分が様々な意味で問題行動が多い問題児だと、はっきりと自覚しているからだ。
とは言え、本当に全く常識がないかと問われれば、違うと否定するだろう。
一応、必要ならばTPOを理解して行動できるタイプなのだ。

ただし、彼がそれを発揮するのは基本的に【リアル】での会社勤め中だけと言うだけで。

あの、地獄のような世界で生きていく為にはどうしても必要だと理解しているからこそ、【リアル】ではきちんと常識的な行動もするのだが、その反動からか【ユグドラシル】ではるし☆ふぁー自身も自分が色々とやらかしている自覚はある。
自覚がありながら、それでも結局自分の思うままに振る舞うのは、全部モモンガを筆頭にギルメンに対して甘えているからだった。
そんな彼だからこそ、ギルメン全員に【メールペットを配布する】事になったのを知った時、それは本気で喜んだのだ。

自分が思っているよりも、ギルメンとの間にあるだろう微妙な隙間を、共通のメールペットソフトを使う事で埋められるような気がして。

******

そして、自分たちのメールペットを選ぶ日が来た。
正式な引き渡しの前に、【ナザリックのNPC】の中から自分がペットにする相手を選ぶのは、メールペット用のソフトに選んだNPCのデータを落とし込む必要があるかららしい。
そんなヘロヘロの説明を聞きつつ、るし☆ふぁーは自分の端末に表示されているNPCのデータを、興味深げに眺めていたのだ。
流石に、全NPCが対象じゃないらしいとリストを眺めつつ、そこにあった一人のNPCの名前に気付いて、思わず二度見する。

だが、るし☆ふぁーの見間違いじゃないらしく、何度見ても名前はそこに燦然と輝いていて。

本気で、彼をメールペットとして選択できるのか、るし☆ふぁーが一応気を使って【伝言】でヘロヘロに問おうとした時である。
それまで、メールペットとして使用可能なNPCとして表示されたデータを眺めていた面々の口から、飛び出ただろう嘲る様な言葉を聞いて、頭が真っ白になったのは。

【流石に、恐怖公はあり得ないですよね】
【あれを選ぶ変人はいないでしょう】
【幾ら、ナザリックの防衛に役に立つと言っても、ねぇ……】
【と言うか、何でメールペットの候補に入ってるのさ】
【ヘロヘロさんが、うっかり抜き忘れたんでしょ】
【それよりも、俺はルプスレギナが良いんですけど!】
【ちょっと待てよ、ルプスレギナは俺も狙ってたんだぞ!】
【ねぇ、それよりも私の所はアウラとマーレを二人ともメールペットにしてもいいよね、双子なんだし!】
【それは、流石にずるくないですか!】
【なに、あんたたちは双子を引き離すなんて非道な事いう訳?】

けらけらと笑いながら、そう言い合うギルメンたち。
最初に口にした言葉など、既に頭が無いように自分たちの希望を通そうとして言い争う様子を見ながら、我に返ったるし☆ふぁーは、怒りに身を震わせていた。

『……なんだよ、それ。
俺が、丹精込めて作った【恐怖公】に対して【メールペットとして無し】って、なんだよ!
そりゃ、【黒棺】に居る全部の眷属まで全部込みだっていうなら、流石にその主張も判るけどさ。
メールペットになるなら、あの見た目のリアルさも消えて、少しは印象変わるだろ!
と言うか、今言ったの全員恐怖公が駄目な奴らだよね……
ふざけるな……フザケルナ、ふざけるな!!
良いよ、俺が作った恐怖公をそんな風に言うなら、俺だって考えがある!』

これが、自分の悪戯に対して何か言われているのなら、多分さらりと受け流すことが出来ただろう。
普段の素行を考えたら、色々と言われても仕方がない事は判っているし、実際に悪戯する度に罵声も飛んできている。
でも、【恐怖公】は違う。
彼の役割は、【ナザリック】を襲撃してくる【プレイヤー】に対して、二度とそんな気が起こらない様に精神的なダメージを与える存在だ。
その為に、るし☆ふぁーは細かな部分まで造形に拘って作り上げた自慢の存在である。
だからこそ、もう迷ったりはしなかった。

「ヘロヘロさん、俺、もう決めたから。
俺のメールペットだけど、これでお願い。
誰が反対しても、絶対に変更するつもりないからね。」

そう言いながら、自分のメールペットとして【恐怖公】を選択した事を希望画面に表示する事で伝えると、ヘロヘロさんはにっこりと笑顔を浮かべて了承してくれた。
どうやら、彼も他のギルメンの言い様に怒りを覚えてくれていたらしい。
他人様が作ったNPCを、あからさまに論う言動が癇に障ったのだろうか。

「あー……良いんじゃないですかね。
ただ、一部の仲間からはかなり嫌がられると思いますけど、るし☆ふぁーさんはそれでも良いの?
と言っても、どうしてるし☆ふぁーさんがその選択をしたのか、俺にもその理由が良く判りますから、別に止めませんけどねー」

小声で返答しつつ、クスクスと笑うヘロヘロさんの様子に、どうやら自分の推測が当たっていたと察したるし☆ふぁーは、心の中だけで口の端を上げた。
この【ユグドラシル】では、自分の感情に合わせてキャラクターの表情を変える事は出来ない。
代わりに、感情を示すアイコンがあるのだが、今回は目立つ事もあって出さなかったのである。
るし☆ふぁーたちがそんなやり取りをしている横から、ひょいっと顔を覗かせたのはウルベルトさんだ。
ヘロヘロさんが、珍しく嬉々としてるし☆ふぁーの選択を支持している事に気付いて、確認しに来たのだろう。
メールペット登録用の画面を覗き込んで、ウルベルトさんは一瞬間を置いた後身体を屈ませて周囲に見えない様にニヤリと笑うアイコンを出す。
どうやら、彼もヘロヘロさんと同じでこちらの意図を理解してくれたらしい。

「あー……なるほど。
普段なら、止めに入るところなんですけどね。
今回ばかりは、るし☆ふぁーさんの気持ちも分かりますし、私も止めだてしたりしませんよ。」

そう言ってくれたのは、以前デミウルゴスをお披露目した際に、ギルメンから散々【裏切りそう】とか【ヤクザの若頭】とか言われた事を思い出したからだろう。
だから、今回も自分の作ったNPCを、あんな風に貶されたら普通に怒り心頭になって当然だと、ウルベルトさんもるし☆ふぁーがどうしてこんな選択をしたのか、その理由を判ってくれたらしい。
どうやら、るし☆ふぁーに聞こえるように恐怖公の事を色々言って否定していた面々は、自分の発言を忘れたかのように自分専用のメールペットを選ぶ事に夢中で、自分たちが口にした言葉が彼を怒らせる可能性がある事すら考えていないようだ。
まぁ、それにきちんと気づけていたら、るし☆ふぁーに対してそれなりのフォローをしていただろう。
もしも、【るし☆ふぁー関連なら、どんな扱いをしても大丈夫】とか考えていたなら、絶対に甘い考えだと笑うしかない所だ。

さくさくと、慣れた手付きでメールペットの登録作業を済ませた所で、ヘロヘロさんが今までとは打って変わった大きな声でるし☆ふぁーに対して作業完了を告げる。

「はい、登録出来ましたよ、るし☆ふぁーさん。
あなたのメールペットは、正式に【恐怖公】で確定しました。
これで、もうメールペットの変更は出来ませんけど、問題ないですね?」

わざと、周囲に聞こえる様な声でるし☆ふぁーに問い掛けたのは、珍しくギルメンの無責任な発言に怒りを覚えたヘロヘロさんからの意趣返しだろう。
恐怖公のAI設定は、そう言えばヘロヘロさんが受け持っていた。
そこで、るし☆ふぁーが持つ色々な拘りとかを知っているからこそ、ギルメンが半分以上反対する事を承知で恐怖公をメールペット候補の中に入れてくれたのだろう。
だからこそ、るし☆ふぁーが自分の意思でメールペットを選択する前にそれを【あり得ない】と否定したギルメンに対して、怒りを覚えてくれたのだ。

「OK、OK、問題ないよ。
確か、メールペットは二頭身にディフォルメされるって話だけど、俺の恐怖公には必要ないよね?
だってあれ、二頭身と変わらないし。」

スッと、ヘロヘロさんの手元の画面を確認するように覗き込み、問題ないと了承を伝える。
更に、にっこりと笑うアイコンを出しながら確認するように問うるし☆ふぁーの言葉に、その場は阿鼻叫喚に包まれたのだった。

********

るし☆ふぁーの朝は、割と早い。
ギルメンの中で比較した場合、本当に早朝と言えない時間に出社している社畜組が存在して居るから、実際にはそこまで早いとは言えないけれど、それでもギルメンの中ではまだ早い方に数えられるだろう。
その分、帰宅時間は予定変更がない限り割と早めの方ではあるので、時間的には就業時間のバランスがまだとれている会社だと考えて良いのかもしれないが。
そんなるし☆ふぁーが、朝一番にする事はメールソフトの立ち上げと、今日の予定の確認だ。

彼の仕事は、インテリアデザイナーである。

るし☆ふぁーは、これでも大卒の学歴を持つ富裕層の出身だ。
ただし、愛人に入れ上げた父親によって母親共々打ち捨てられたに等しい立場なので、富裕層出身の割にそれ程裕福ではない。
一応、大卒の学歴と家名のお陰で就職先には困らなかったが、大学卒業と共に実家からの経済援助も打ち切られ、明確に『家を継げない』と言う事は知られている為に、ギリギリアーコロジーに住んでいる程度の立場でしかないからだ。
ギルメンたちは、彼の普段の言動から貧困層出身の年下の青年だと思いがちなのだが、実際の年齢はモモンガよりも一つ年上だったりする。
この事実を知れば、ギルメンたちは本気で腰を抜かしかねないだろう。

もちろん、るし☆ふぁーにはそれを告げるつもりはないのだが。

それはさておき。
きちんと専門知識を得るために大学を出て、インテリアデザイナーとして必要な技術を身に着けているとは言っても、まだそれこそ働き始めて数年の駆け出し扱いと言う事もあって、顧客の希望では幾らでも仕事のスケジュールは変わる。
だからこそ、毎朝のスケジュール確認は必須事項だ。

最近、そんな彼の一日のスケジュールを管理しているのは、実は恐怖公だったりする。

今の恐怖公は、ウルベルトさんの所のデミウルゴスに匹敵するほど、とても優秀だ。
その結果、いつの間にかるし☆ふぁーのスケジュール管理までしてしまっているのだけれど、これは本人が自発的に始めた事なので好きにさせている。
むしろ、初めの何も知らなかったあの恐怖公が、今ではここまでできるようになった事の方が、るし☆ふぁーには感慨深かった。

*****

あの日、ギルメンの反対を押し切って自分のメールペットに恐怖公を据えたるし☆ふぁーが、まず最初にしたのはウルベルトさんの所のデミウルゴス並みに、恐怖公を一流の気品あふれる紳士として育て上げる為のスケジュールを組む事だった。
どうして、最初に恐怖公を【一流の紳士】に育てる事を目指したのかと言えば、彼の設定が【貴族マナーにも精通した温厚な気品あふれた紳士】だったからだ。

その設定を踏まえて、恐怖公に相応しいと思える育成計画を考えるなら、きちんとした知識を与えてそれにふさわしい人格になる様に育てるべきだろう。

あの時、周囲の大半はるし☆ふぁーが恐怖公を自分のメールペットに選んだ理由を【自分たちの発言に対する嫌がらせ】だと取ったようだが、それは違う。
元々、るし☆ふぁーは恐怖公が候補に入っていた時点で、ヘロヘロさん相手に【本当に大丈夫なのか】と確認しようとするくらいには、彼を選ぶかどうかかなり迷っていた状態だったのだ。
もちろん、本当に自分が恐怖公をメールペットに選ぶなら、きちんと彼の事を苦手とするギルメンの心情を考えた上で、ディフォルメでそこそこ可愛らしい外見にする予定だったのに、あんな風に言われてブチ切れて【あの発言になった】だけなのである。
だから、実際にメールペットに登録する時の恐怖公の外見は、それなりに【リアルさ】を省いて【可愛い】とは言えなくても【そこそこ見られる】外見にディフォルメになった。

それだって、周囲から説得されて渋々と言う態を取ったのは、その時点でまだ怒っていたからである。

別に、色々と好き勝手に言ってくれた彼らへの当て付けではなくても、候補に入っていただろう自分は恐怖公をメールペットに選んでいた自覚がるし☆ふぁーにはあるので、彼らの文句は全部スルーする事が出来た。
もしかしたら、彼らの対応次第では別のNPCを選んでいた可能性もあったのだ。
けれど、あの時の恐怖公に対するギルメンの発言は、地味にるし☆ふぁーの心の中にあった古傷を刺激して、どうしても譲れなくなったのである。

だからこそ、るし☆ふぁーは恐怖公の事を言動や行動では誰にも文句が付けられない、立派な紳士として育て上げると、そう決めたのだから。

******

また、話が脱線したので戻すとして、だ。
るし☆ふぁーは、実はとても低血圧で朝は弱い。
それでも、一応なんとか自力で目を覚ましてメールサーバーを立ち上げるのだが、起きてから三十分程はどこかぼんやりとしている。
そんなるし☆ふぁーの為に、立ち上がったメールサーバーから色々と電脳機器に干渉して最適な空間を作るのが、恐怖公が行う最近の日課らしい。
まだ、るし☆ふぁーの手元に着た頃は普通のメールペットだった恐怖公が、いつの間にかそこまで出来るように進化したのは、もちろん理由がある。

多分、るし☆ふぁーが今まで学んだ大卒までの多彩な知識と、ウルベルトさんからデミウルゴスのサンプルテスト育成記録を譲り受けて参考にした事が、彼をここまで成長させた要因になっているのだろう。

その結果、世話をする筈の飼い主側が、逆にメールペットに世話をされていたらおかしいだろうと言われそうだが、既にウルベルトさんの所のデミウルゴスと言う実例が居るので、この状況を知られても誰にも文句を言わせるつもりなど、るし☆ふぁーにはない。
恐怖公の行動が、結果的にギルメンのうちの誰かに迷惑を掛けているなら、多少の自重はするように注意したかもしれないが、彼が手を掛けるのはあくまでもるし☆ふぁーの身の回りの事だけ。
この方が便利である以上、誰からも文句を言われる筋合いはないだろう。
それに、せっかく恐怖公が自分からやりたいと主張した事を無理に止める必要性を、るし☆ふぁーは一かけらも感じなかった。

だって、それは恐怖公からの自我の発露を押さえつけるのに等しいのだから。

そんな考えの元、恐怖公が動きやすいようにメールサーバーを立ち上げた後、朝の寝起きの三十分は彼の好きにさせているるし☆ふぁーは、しゃっきりと目を覚ました所で前日に着ていたメールのチェックをする。
とは言っても、彼の所にくるメールの数は少ない。
ギルメンの半数以上が、元々【ユグドラシル】の恐怖公の事を生理的に受け付けない事もあって、多少外見をディフォルメされた程度ではその苦手意識を軽減できないのも、一つの原因なのだろう。

るし☆ふぁーが、恐怖公を選んだ時の阿鼻叫喚を考えれば、そうなる事なんて最初から予想で来ていたので、そこまで気にはならない。

もし、これでギルドに関わる重要案件に関して、るし☆ふぁーに対して何の連絡も来ないと言うのなら、流石にそれ相応の対応をするつもりだった。
だけど、恐怖公が平気なメンバーからの必要な情報関連のメール連絡についてはフォローを受けているし、ギルド長であるモモンガさんからもきちんと連絡が来るので、そこまで気にはしていなかったりする。

そう、モモンガさんはるし☆ふぁーが恐怖公を選んだ事を咎めたりしなかった一人だ。

あの時、普段なら【ギルメンの苦手な相手を選ぶのは悪戯が過ぎますよ】と、別のメールペットを選べないか仲裁に入っただろうモモンガさんが、今回ばかりは口を挟まなかった。
それどころか、伝言で『今回ばかりは、るし☆ふぁーさんのお怒りももっともですし、もう少し同じギルドのNPCを知るべきです』と背中を押してくれたので、今回の一件でるし☆ふぁーは自分の意思を貫き通す事が出来たとも言えるだろう。
元々、モモンガは恐怖公をそこまで苦手だとは思っていないメンバーの一人だ。
流石に、【黒棺】の中にあれだけ恐怖公の眷属が集まっている様子は駄目らしいが、恐怖公だけを前にするなら特に問題ないらしい。
そんなモモンガさんの気質を継いでいるからか、彼の所のパンドラズ・アクターもごく普通にるし☆ふぁー宛のメールを片手に、恐怖公の元を訪れてくれる。
むしろ、来訪する度に恐怖公とお茶を飲みながら様々な芸術関連の意見交換する様子が見られるので、それなりに仲が良い方なのだろう。

出来れば、るし☆ふぁー自身もモモンガさんともこんな風に仲良くなりたいと思う。
そう、本気で思っているのだが、つい【ユグドラシル】だとからかい甲斐があるモモンガさんを弄ってしまい、怒らせてしまいがちだった。

それこそ、色々と今まで悪戯をし過ぎたせいで、何もするつもりがなくてもそっと近寄るだけで結構警戒されているし、少し反省するべきかもしれない。
一応、こっちの方がモモンガさんよりも年上なんだし、歩み寄る姿勢を見せるべきだろう。
出来れば、いつか恐怖公とパンドラズ・アクターの様に、趣味の事で話をできるようになりたいからね。

パンドラズ・アクター以外に、ここを頻繁にメール持参で訪れてくれるのは、ウルベルトさんの所のデミウルゴスと建御雷さんの所のコキュートス、ヘロヘロさんの所のソリュシャン、そしてたっちさんの所のセバスだ。
この四人は、元々恐怖公の事を苦手としていない面々であり、その気質が受け継がれているらしいメールペットの彼らも、同じ様に恐怖公を苦手とは思っていないらしい。

デミウルゴスとは、メールを運んでくる度に良く何か意見を交わしている姿を見るけど、何を話しているのかは教えてくれない。
二人とも、るし☆ふぁーの存在に気付くとにっこり笑って煙に巻く為、詳しい話を聞いた事は一度もない。
でも、仲が悪くないのは良い事だ。
るし☆ふぁー自身も、ウルベルトさんとは【世界征服】を主張する仲間として仲が良いし。

出来れば、もっと色々な意味で仲良くなりたいと思う仲間の一人だし、ウルベルトさんとはこれをきっかけにもう少し歩み寄りたいよね、うん。

コキュートスは、同じ昆虫種の仲間と言う事もあって、かなり仲が良いようだ。
元々、コキュートスは真面目な性格みたいだし、恐怖公とは気が合う部分も多いんだろう。
彼の主である建御雷さんも、ちょっとだけ戦闘狂が強過ぎる部分を除けば、結構その場のノリも良くて付き合いの良い人だ。
どうも、建御雷さんの教育が使っている時代劇のDVDの影響なのか、コキュートスは【侍】を目指している感じだし、恐怖公と並んでいるとお公家様と護衛の侍のやり取りに見えるのは気のせいじゃないだろう。
この辺りは、建御雷さんからコキュートスの育成関連情報が書かれているメールを、割と定期的に貰っている影響だと思わなくもない。

別に、二人とも楽しそうに過ごしているみたいだから、好きにすればいいんだけどね。

たっちさんの所のセバスは、最初の頃の【鋼の執事】の雰囲気から少しずつ柔らかいものになっているみたいで、話が分かるから割と好きだ。
ただ、たっちさんの所にはこちらから余りメールを送らないようにしているんだけどね。
と言うか、彼に対して返信なり何らかの連絡なりでメールを送る必要がある時は、絶対に昼の時間帯限定にしていたりする。
他の時間帯に彼の所へメールを送らないのは、彼の娘ちゃんのためだ。
流石に、小さな子供に恐怖公の姿を見せるのはどうかと、るし☆ふぁー自身も思うからである。

礼儀作法に関して、セバスが恐怖公と色々と話をしているのは、その小さな娘ちゃんの為のような気がするから、恐怖公で役に立つなら幾らでも聞いて欲しいと思うよ、うん。

ヘロヘロさんの所のソリュシャンは、ここにメール運んで来る女性型のメールペットの中で、数少ない友好的な存在だと言っていいだろう。
一応、源次郎さんの所のエントマも恐怖公に対してそこまで酷い対応じゃないけど、彼女の場合はどこか捕食者的な視点が混じっているような気がして、恐怖公の方が苦手そうなんだよね。
んで、だ。
見た目の影響もあって、恐怖公と上手くやってくれる女性タイプのメールペットはそうそう居ないから、彼女の存在はすごく嬉しい。
きちんと公平に接してくれているだけだろうけど、それでもるし☆ふぁーの元へ主のメールを持ってきておきながら、まともに届けず逃げるように帰っていく事が多い女性タイプのメールペットに比べれば、凄く態度が良いと言っていいだろう。
と言うより、一応メールの配達が自分たちの仕事だと言うのに、まともにこちらに手紙を手渡す事無く、ドアの隙間から投げ込むようにメールを置いていく行動は、流石に躾がなっていないと思う。

これで、恐怖公の部屋が【ナザリックの黒棺】の様に、眷属で溢れて居る状態だと言うなら納得するけど、ここに居るのは恐怖公だけなんだからな。

恐怖公が苦手なら、るし☆ふぁーが居る時に直接手渡すか、それとも部屋の中に設置してある文箱の中に入れていけばいいだけなのに、部屋の中を確認する事もなく中に投げ捨てていく姿を度々見付けているので、これは十分メールペット用の定例会議の議題に上げて良いものだいだろう。
こちらだって、ちゃんと譲歩して色々と対処可能なようにしているんだ。
仕事放棄に近い行動をするなんて、このままギルメンたちが自分のメールペットたちに常識の範疇内の行動の必要性の躾が出来ないなら、こちらにだって考えがある。

うん、【ユグドラシル】にあるメールペットの躾が出来ていないギルメンの部屋に、恐怖公の眷属を送り込んであげるとしようかな。

もちろん、これに関しては単純に【るし☆ふぁーからの悪戯】だと思われたら困るし、ちゃんと会議の際に改善要求とその期限を切った上で、改善がこのまま出来ないならそうしますって事前勧告をしておくべきだろう。
多分、こちらの行動の意図を勘違いされたまま実行しても、恐怖公に対して更に苦手意識を持たれて嫌われるだけだし。
幾ら恐怖公が寛大な性格をしているからと言っても、あんな態度を取り続けられたら傷付くんだからな。

そう思っていたのは、最初の二か月だけだ。

どうして、るし☆ふぁーの考えが変わったのかと言うと、理由は実に簡単な話だ。
恐怖公よりも、メールペットの間で問題行動ばかり起こして嫌われる存在が出来た事から、微妙にだけど彼らの態度が変わってきたからである。
そう、【メールペット最大の問題児アルベド】の出現によって、メールペットたちの中でも色々と本当に迷惑な行動がどういう事なのか、だんだん理解出来るようになってきたのだ。

【人の振り見て、我が振り直せ】

その言葉通り、アルベドがメールを運んで来る度に傍若無人な振る舞いを受けた彼らは、彼女の行動に腹を立てつつ、ふと気付いたのだろう。
滅多にメールを配達する事はないものの、自分達もるし☆ふぁー宛にメールを配達する際に、傍から見れば顔を顰められる行動を取っていたのだ、と。
今までの行動を思い返してみれば、恐怖公は礼儀正しく自分達にも主にも嫌がる行動をした事は一度もない。
むしろ、彼らの態度を見て苦手意識を持たれている事をすぐに察すると、メールを届けるとすぐに暇乞いをして帰るのが当たり前になっていた。
他のメールペットの様に、きちんと彼の事を遇していないのは自分たちの側なのに、それを気にする様子も見せない紳士ぶりをいつも発揮してくれていて。

そんな風に反省したのか、今までるし☆ふぁーの所にメールを投げ込む行動をしていたメールペットたちが、何とか文箱にメールを配達するようになり、自分から少しずつ恐怖公に歩み寄ろうと言う態度が見え始めたので、こちらも矛を収める事にしたのである。

それにしても……と、現状を前にしてるし☆ふぁーはうっそりと嗤う。

メールペットを決める際、アルベドの飼い主のタブラさんも恐怖公の事を全面否定した一人だ。
そう、彼はあの時【あれを選ぶ変人はいないでしょう】と言って退けた張本人である。
るし☆ふぁーが恐怖公を選んだ後も、【せっかく自分の理想の存在をメールペットに出来るのに、恐怖公を選ぶなんてるし☆ふぁーさんは変人ですねぇ】と、まるでるし☆ふぁーがおかしいと言わんばかりに追撃の言葉をくれた事は、今も忘れていない。

だが、実際にこうしてふたを開けて見れば、まともに自分のメールペットを育てられなかったのは、るし☆ふぁーではなくタブラ自身だった。

それも仕方がないと、るし☆ふぁーはひとりごちる。
実は、アルベドをタブラさんがメールペットとして選んだ時点で、まともに育てられないだろうとるし☆ふぁーは踏んでいたのだ。
そもそも、あの設定厨のタブラさんがあらゆる設定を盛り込んで作り上げた、彼の【究極の理想のNPC】とも言うべきアルベドを、育成系ソフトであるメールペットで設定通りになるように気を配りながら成長させるなんて、それこそ狂気の沙汰でしかない。
と言うより、タブラさんは【交流型育成系ソフト】の意味を、きちんと理解していないだろう。
多分、自分一人だけしか関わる事なく育成するタイプなら、かなり細かい手順を踏んだ上で何とか育てられたかもしれないが、これは人と関わる交流型だ。
むしろ、周囲の影響を受ける事も踏まえたら、先ず選んではいけないNPCだっただろう。
それを察していながら、るし☆ふぁーはあえて忠告しなかった。

あんな無茶な理想の存在を、本気で育てられると思うなら育てて見れば?

ちょっとだけ、そんな暗い思いがあったのは確かだ。
そして、予想通りの結果になった事を会議の報告で聞きながら、こっそりと嗤う。
多分、自分が【何を間違えたのか】と言う事を理解していないタブラさんでは、アルベドの事を躾し直す事は出来ないだろう。
そんな風に考えつつ、るし☆ふぁーは恐怖公にメールの配達を頼む。

「さて、今日はペロロンチーノさんの所にメールを持って行ってみようか?」

今夜の予定では、ペロロンチーノさんの欲しがっているアイテムを狩りに行くと言う話を、朝のモモンガさんからのメールで知っている。
それなら、事前に参加する事を希望するメールを送るのは当然の話だから、メールを送る事を迷ったりはしない。

多分、るし☆ふぁーからのメールを持った恐怖公の突然の来訪を受けて、ビクビクしているだろうシャルティアとペロロンチーノさんの姿を思浮かべつつ、るし☆ふぁーの愉快な毎日は過ぎていくのだった。




るし☆ふぁーさんは、こんな感じです。
別に、ギルメンに対する悪戯心とかじゃなく、真面目に恐怖公を選ぶつもりだったところに茶々入れされて、結構機嫌を損ねてますよ、うん。



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武人建御雷と、武士見習いの試行錯誤の毎日

今回の話は、この人になります。
この話もまた、ちょっとだけ今までとは毛色が違うかも。


武人建御雷は、周囲が思う以上に割とマイペースな戦闘狂である。

とは言え、【リアル】では周囲に対して自身の戦闘狂の一面を見せている訳じゃない。
むしろ、【リアル】での彼の仕事は真逆と言うべき会計事務所の会計士という、バリバリの事務職勤務なので、普段出来ない事を【ユグドラシル】で解消している、典型的なタイプだった。

彼自身、「もし、生まれる時代が選べたなら戦国時代に生まれたかった」と本気で思っているのを知っているのは、このギルドの中でも特に仲が良い弐式炎雷くらいだろうか。

いや、実際にはこのギルドの中にもう一人だけその話をした人物が居たりするのだが、その相手はそこまで気に留めていない様なので建御雷本人も忘れがちだったりする。
そんな彼だからこそ、ギルド【アインズ・ウール・ゴウン】として、未探索ダンジョンを初見一発攻略なんて無茶な挑戦をするのに真っ先に賛成する事も出来たのだ。
実は、初見攻略が終わった当日の夜、「あの意見で、話の流れが変わりました。ありがとうございます。」と改めてモモンガさんからお礼のメールを貰っていたりする。

本人的には、思い切り無茶だと思える様な冒険をしてみたかっただけなのだが。

そうして、見事に初見攻略を果たした【ナザリック地下墳墓】を拠点にした際、建御雷にも階層守護者となるNPCの設計を任される事になった。
彼が作るNPCが請け負う階層は、雪と氷で閉ざされた構成になると言う第五階層。
その話を聞いて、建御雷がすぐに決めたNPCのコンセプトは【武人】だった。
当然、雪と氷に閉ざされた第五階層を請け負うのだから、そのNPCが持つ属性は氷系のものが良いだろう。
出来れば、常時発動型スキル(パッシブスキル)で、歩くだけで床を凍らせるとか出来ると格好が良いかもしれない。
そんな風に、自分の中にある理想の形を思う存分に詰め込んで出来上がったコキュートスを前に、悦に入ったのは弐式炎雷と二人だけの秘密である。
そうして、少しずつナザリックの中が完成して言った頃、ギルメンの一人が急にログインしなくなった。

理由を聞いたら、なんでも飼っていたペットが死んでしまったショックで、とてもログイン出来る心境ではないらしい。

本人にとって、そのペットは家族同然の存在だったらしいから、これもまた仕方がないかもしれないと思いつつ、建御雷は小さく溜め息を吐いた。
正直言えば、あの世界でペットを飼えるだけの財力を持っている時点で、他のギルメンよりもかなり恵まれていると思う。
件のギルメンに、その自覚があるのかについては横に置くとして、このままログインしない状況を続けるのは良くない。
今はまだ、内容が内容だけにギルドの面々は同情的だが、それも長くは続かないだろう。
そこから、アインズ・ウール・ゴウンが分裂する切っ掛けにならないか、それだけが建御雷にとって気掛かりだった。

折角、今のギルドはモモンガさんがギルド長になった事で上手くいっているのに、そんな理由でギルドがコケたりしたら、本気で泣くに泣けない所だ。

何と言っても、クラン時代にあったあの大きな亀裂が原因で、既に一人【ユグドラシル】そのものを引退する事態になっている。
それを考えれば、今回の一件だって本当なら悠長に構えていられる案件じゃない。
とは言え、現時点でそれを肌で感じて理解しているのは、多分ごく僅かしかいないだろう。
例えば、件のギルメンがログインしなくなってすぐに何らかの対策が取れないか考えた上で、【電脳空間でペットを飼えないか】と思い立ち、情報収集に動いたヘロヘロさんなどだ。

一応、件のギルメンは一週間程で復帰してきたが、飼っていたペットを思わせるモンスターの姿を見ると、瞬間的に手が止まって攻撃を受けそうになっているので、別の意味で拙いかもしれない。
一応、本人も「このままではいけない」と言う事は判っているらしく、出来るだけ自分が狩りに参加する前に狩場に居るモンスターを確認して、大丈夫そうならそのまま参加する様にしている様だった。
多分誰もが、まだ彼が本調子ではない事など気付いていて、色々と気を回している。
流石に、微妙な空気が流れそうになった時だった。

ヘロヘロさん達が、様々なテストを終えたメールペットの事をギルメンたちに伝えたのは。

どういう存在なのか、ヘロヘロさんが代表して概要を話すうちに、ギルメン全員が浮足立ちかけていた。
彼らにしてみれば、自分が作ったナザリックの中にある思い入れのあるNPCをそのまま自分のメールペットとして飼えるのだと言う話なのだから、それも仕方がない事なのだろう。
その際、うっかりるし☆ふぁーさんを怒らせる発言をした奴らが何人かいた為に、彼のメールペットが恐怖公になると言う事態が発生して阿鼻叫喚を引き起こしていたが、それは自業自得だと建御雷は一切口を挟んでいない。
建御雷は、彼らの様に特に恐怖公が苦手と言う事もないから、本人の自由意思が優先されるべきだと考えたと言う理由もあるし、何より彼らの方が喧嘩を先に売ったのだ
今回に限り、るし☆ふぁーさんには何の非もなかったので、口を挟む気にもならなかっただけとも言うが。

とにかく、メールペットは全員配布される事になり、建御雷の手元にもメールペットが引き渡される事になった。

このメールペットの開発の為に、ギルメンの中にはウルベルトさんの様にそこまでプログラムとかに詳しくないにも関わらず、いつの間にかヘロヘロさん達に協力していた人もいたらしい。
もっとも、ウルベルトさんに関して言えば、以前から何らかの形でデミウルゴスを【リアル】に再現出来ないか考えているらしい話を聞いていたので、今回の話は文字通り渡りに船だったのだろう。
それこそ、その為に必要な事だとヘロヘロさんに言われたら、何でも事は手伝った筈だ。

こういう事は、自分で無理に推し進めるよりも専門家に任せた方が、間違いなく話が早く進むからな。

そんな訳で、建御雷の所に来たコキュートスを前に、どう彼の教育をしたものかと色々と悩む。
建御雷としては、コキュートスの事を【ナザリックNPC】として作り上げた様に、出来るだけ自分が思い描く様な武士か侍の様に育て上げたいと思うのだが、どちらかと言うと戦う事だけしか考えない猪武者に近い自分が、本当にそんな風に彼の事を育てられるか迷う所が多いからだ。
特に、コキュートスはこれからメールペットとして他のギルメンの元を訪れるのだから、向かった先での挨拶などそれ相応の礼儀作法を身に着けていないと流石に拙いだろう。
その事で、後からコキュートスが恥を掻いたり仲間内で困ったりするのは嫌だった。

では、何か自分の希望に沿う丁度良い資料が無いか探して、それを参考にしながらコキュートスを育てればいいのではないだろうか?

そう考えた建御雷が選んだ資料は、自分が暇な時間がある時に割と好んで見る時代劇のデータだった。
基本的には、それを参考に武士のあり方をレクチャーしつつ、コキュートスの性格に合わせて微調整しながら育てればいいだろう。
ただし、時代劇に出てくる内容によっては、実際には色々と脚色され過ぎている部分もあるらしいので、ちょっとだけ注意が必要だろうが。

下手に、時代劇の話の展開を盛り上げる為に脚色を盛り過ぎただろう、完全に間違っている情報を教え込んで、後で正しい情報を前に指摘される様な事態になったら、それこそ建御雷にとってもコキュートスにとっても黒歴史になりかねない。

その為にも、正確な戦国から江戸時代の武士の文化等に関する話は、大学教授だと言う死獣天朱雀さん辺りに聞いてみるつもりだった。
彼なら、建御雷の為に割と簡単な講義と言う形で教えてくれるか、それとも関連するデータ資料のアドレスを渡してくれそうだ。
確か……以前、ギルド内で何人かのギルメンと一緒に雑談した際、彼自身が教えている専門分野ではないものの、それなりに詳しいと言う事を前に聞いた事があるからな。
この際、頼れるものは全部頼るべきだろう。

どうしても、この手の本格的な専門知識が欲しいと思った場合、建御雷だけでは探すのが大変だからだ。

もちろん、自分の時間に余裕があればゆっくり探す事が出来ると言う奴もいるだろうが、残念ながら仕事柄そんな余裕がるなら、建御雷は【ユグドラシル】にログインする方を選ぶだろう。
別に、コキュートスの為に割く時間が惜しいと言っている訳じゃない。
現在進行形で、ナザリックはギルドホームとして罠系のギミックを追加している状況だし、当然だがNPCたちの装備や武器だって色々と追加している最中だ。
だったら、建御雷は少しでも狩りに行く回数を増やして、コキュートス為に武器を作ってやりたい。
種族的な問題で、コキュートスは装備を身に着ける事が出来ないのだから、その分も他のNPCより余計に良い武器を持たせてやりたかった。

つい、現時点でのギルメンの大半の意識が、自分の手元に来たメールペットの方に向いている気がするが、最終的にはメールペットとNPCのデータを完全にリンク出来ないか、運営から文句が来ないレベルで試していく予定なのだから、こっちを放置するのもおかしいだろう。

ある程度リンク出来たら、このデータを元にして運営と交渉して追加システム化をするか、無理ならギルド内だけの運用の許可を取る予定だと、ヘロヘロさんは笑って言っていた。
その際は、運営と交渉にする際のバックアップとして、たっちさんが奥さん側の実家の協力を得られる様に、話を付けてくると言う。
自分の実家よりも、たっちさんの娘を出来れば跡継ぎに欲しがっている奥さんの実家の方が、色々と娘さんから話を通し易いらしい。
まぁ、このメールペットの存在が色々と娘さんの成長に繋がるなら、いい影響を与える存在として奥さんの実家側としても文句がないのだろう。

たっちさんの娘と言えば、コキュートスの奴が彼女の事を【姫】と呼んでいるらしい。
これは、これは自分がコキュートスの教育用として見せている、様々な時代劇の影響だろう。
どうやら、建御雷たちギルメンを自分が仕えるべき主と認識しているので、その娘さんは【主君の姫】と言う考えになるらしい。

色々と自分なりの調整の為に、かなり遅れていた初めてコキュートスを使いに出す相手として、丁度【ギルド内PVP】の打ち合わせをする予定だった事を思い出した建御雷が、そのままたっちさんにメールを届けさせたその日の夜、予定通りの時間に落ち合ったたっちさんからその話を聞かされ、ちょっとだけ何とも言えない気持ちになったのも、今では笑い話の一つだったりする。

それはさておき。
建御雷の朝は、それなりに早い時間から始まる。
一応、それなりに早い時間に起きる程度で済んでいる理由は、俺が勤める会計事務所の最大顧客が、基本的に夜の営業がメインな為、営業後に休んでいる可能性が高い朝の早い時間帯にこちらが出向くのを嫌うからだ。
まぁ、それだけで大体どんな場所か大体の人間が察するだろうが、簡単に言ってしまえば娼館である。
時代劇風に言うなら、岡場所や花街と言う表現もされていた【新吉原】と言えば分かり易いかもしれない。

建御雷の会計事務所は、その新吉原一帯の経理の一切を任されている。

そんな相手の都合もあり、建御雷の朝は多分モモンガさんやヘロヘロさんに比べれば、確実に遅いだろう時間に始まる。
実際、建御雷が朝起きてメールソフトを立ち上げてみると、既にモモンガさんの所のパンドラズ・アクターがメールを持参してきていて、コキュートスと話をしているなんて事も結構あったりする。
因みに、コキュートスとパンドラズ・アクターだが、まぁそれ程仲は悪くない感じだ。
どちらかと言うと、元になったナザリックのNPCが生産系がメインで構成されている関連からかもしれないが、パンドラズ・アクターはモモンガさん譲りの穏やかな性格だと言う事も、上手く俺のコキュートスと仲良く出来る要因かもしれない。
モモンガさん自身に聞いた話だと、割とあちらでは二人で手合わせなどをしているらしいが、こちらでは沢山ある武器を前に武器談義をしている事も多かったりする。

多分、メール配達中はコキュートスに武器を一つしか持たせていない事も、この場で武器談議に興じる要因の一つになっているのかもしれない。

パンドラズ・アクターと同じ位の確率で、朝起きたら既にメールを届けに来ている場合が多いのが、ウルベルトさんの所のデミウルゴスだろうか?
これに関しては、ウルベルトさんの仕事の状況次第で起きる時間が変わるらしいから、実際はデミウルゴスが早朝に来る回数が少ない月もあるけどな。
とにかく、デミウルゴスは割と早朝に来る事が多いが、夕方のログイン前に来る事も多い。
これもまた、ウルベルトさんの仕事の都合だから仕方がないが。

コキュートスとデミウルゴスは、性格やら構成やら考えると真逆の様な存在だと思っていたが、建御雷が考えていたよりも割と仲が良い。

違いすぎる立ち位置が、逆に上手く填まったからこそ上手くいっている関係かもしれないし、建御雷とウルベルトさんの関係を引き継いでいるのかも知れなかった。
彼とは、素材狩りの為に良く組む仲間でもあるし、割と話していると気が合う相手でもある。
建御雷の前では、デミウルゴスとコキュートスは色々と本を片手に話し合っている姿が多い。
ウルベルトさんの所では、一緒に備え付けのバーカウンターで飲んでいる姿を見られるらしいから、ちょっとどんな様子なのか気になる所だ。

そんな、コキュートスがそんな風に寛いでいる姿を、建御雷も余り見た事がないからだ。

もちろん、ここがコキュートスの自宅と言う事もあって、全く建御雷の前で隙がない訳じゃない。
自分理想の武士になる為に、まだまだコキュートス自身も学ぶ事も多いからか、気を張っている部分も多いのかもしれないとは思う。
だが……出来れば、建御雷もコキュートスと差し向かいで酒を飲めるなら飲みたい所だ。

コキュートスは、建御雷にとって大切な一人息子の様な存在に近くにっているのだから。

まぁ……そんな感じで、多少ウルベルトさんに……と言うか、デミウルゴスに対して多少の羨ましさを感じつつ、デミウルゴスと仲良くしているのは良い事だと、建御雷はのんびりと見ていたりする。
他に、コキュートスと仲が良いのは……そうだなぁ、るし☆ふぁーさんの所の恐怖公だろうか?
るし☆ふぁーさんは、ギルドの中では色々とやらかしていて【ギルド一の問題児】として扱われている。

これに関しては、自分も悪戯の対象になった事があるので建御雷も承知しているが、個人的にコキュートスと恐怖公を介してメールをやり取りする様になってから知ったのは、実際はもっと思慮深い所がある相手だと言う事だ。

それは、恐怖公の育成具合を見れば良く理解出来るだろう。
これでも、新吉原などと言う場所に仕事の都合で関わる関係上、それ相応の人を見る目を持たざるを得ない建御雷の目から見て、恐怖公はそこらへんに居る富裕層の似非紳士共よりも、余程人格者の紳士だと思える程だ。
それはつまり、【ユグドラシル】でのNPC設定を忠実に守る様な紳士としての教育を、るし☆ふぁーさんが恐怖公に施したと言う事になる。
礼儀作法だけでなく、この短期間でその人格にまで紳士としてきっちり仕上げて育て上げてくる時点で、るし☆ふぁーさん自身も確実に富裕層出身だと考えて良い。

とすれば、もしかしなくてもギルメンの中では割と年上の方に当たるんじゃないだろうか?

【アインズ・ウール・ゴウン】は、初期メンバーが全員社会人だった事もあり、後続加入メンバーにも二つの原則が付いた。
一つは、異形種である事。
これに関しては、見るまでも無く異形種ギルドである以上、所属するなら異形種と言う括りになった。
二つ目が、社会人である事。
こっちは、他のギルメンが社会人としての経済力をもって重課金している事から、まだ自分自身の経済力がない学生は遠慮して貰っているのである。
そう考えると、後続メンバーの一人であるるし☆ふぁーさんが富裕層出身で最高学歴となる大学まで通っていた場合、就職した後に加入した事も考慮して年齢は現時点で最低でも二十三歳以上と言う事になる。
だとしたら、悪戯などをしている事が少々幼稚な行動の様な気もするが、もしかしたらゲーム内でギルメンに対して悪戯をする事で、スキンシップ取ろうとして失敗していたのかもしれない。

悪戯は、人の気を引く為の一つの手段だからな。

るし☆ふぁーさんの性格や【リアル】に関して、多分これで合っているだろうと言う推測はこんな所だが、もちろん本人に確認するつもりもなければ他人に言うつもりもない。
流石に、るし☆ふぁーさん本人が言わないで黙っている事を、推測だけで建御雷がギルメンに対して話していい案件だとは思っていないからだ。
こうして、割と小まめにメールのやり取りをする様になってから、建御雷もるし☆ふぁーさんの性格が本当はどんな感じなのか理解したので、メールのやり取りすらまともにしていないギルメンは気付けないだろう。

コキュートスも、建御雷と同じ様な印象をるし☆ふぁーさんに感じているらしく、割とメールを届けに行くのを楽しみにしている気がする。

弐式さん……あー、本当は弐式やんと言いたい所だが、なんか微妙な気がしたんで弐式さんでいいわ。
で、弐式さんの所のナーベラルも定期的にメールを持参してくれる。
見た感じ、俺達二人と同じ様に彼らも気が合うのか、二人だけにしておくと割とナーベラルもコキュートスも羽目を外して滅多に見れない表情とかを見せてくれるので、基本的にナーベラルがメールを持ってきている時は、電脳空間に姿を見せない様にしていた。

いや、うん……流石に、もしコキュートスがナーベラルの事をそう言う意味で気に入っていたとしたら、お邪魔になっちまうからな。

そう言えば、一人だけうちに来る度にコキュートスを【裸族】とからかっていく嬢ちゃんがいた。
茶釜さんの所のアウラだ。
正直、メールの配達で顔を合わせた際の軽口の合間に出てくる程度ではあるが、コキュートスの種族的なものなのでどうする事も出来ない案件である。
一応、一緒にメールを持ってきているマーレが諫めようとしてくれているし、本当に邪気の無い軽いじゃれ合い程度で言われる事がある程度だが、彼女たちが帰った後で地味に本人が傷付いているのが判るから、出来れば辞めてやって欲しい所だ。

本当に、アウラはそう言うからかいの語彙をどこで覚えてきたのやら。

この辺りは、今度の定例会議の後にでも茶釜さんに相談してみるとしよう。
人様の所のメールペットを、こちらの考えだけで勝手に叱ってしまうのは拙いだろうし、親に当たる茶釜さんから言われた方が、自分が悪かった点などを反省するだろうし、何よりアウラ本人も納得出来ると思うからだ。
多分、アウラ本人は気軽な軽口程度の認識だろうから、俺が叱るよりも茶釜さんに叱られたらかえって重く受け止めてしまうかもしれないが、この辺りは要反省案件として我慢して貰うとしよう。

メールが良く来るメンバーは、今挙げた面々が殆どかな?

後は、冒頭で挙げたたっちさんの所のセバスくらいだ。
どちらかと言うと、セバスもメールを運んでくる事は少ない気がする。
うちのコキュートスは使いに出すけど、「返事はログインでいないのでは無ければ、当日顔を合わせた時で構わない」とメールに書いているからだろう。
大概がたっちさんへのPVPの申し込みメールだから、そこまで返事を急ぐ必要が無いものばかりだからだ。
他の連中からもメールは来る事は来るが、そこまでの頻度ではない。
だから、建御雷は知らなかった。

今、それぞれの自分以外のギルメンや、コキュートス以外のメールペット間で問題になっているあるメールペットの事を。

いつもの様に、メールペットの育成自慢で始まった定例会議は、全員の発表が終わるのを待っていた茶釜さんの発言によって、その問題のメールペットであるアルベドの主であるタブラさんに対する非難の声が相次いでいた。
正直、今回の一件は一切知らない状況だった事もあり、建御雷にはそれに関してどう口を挟んで良いのかいまいちよく判らない。
これが、何かのクエストなどの攻略に関する話し合いとかなら、多少事情が分からなかったとしても幾らでも口を挟んだだろう。
だが、実際に一度も経験していなければ、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う事を口にする方が、別の意味で余計な騒動に発展しそうな気がしたから、口を挟めないのだ。
そう……実は、タブラさんと建御雷の間では、今まで一切のメールのやり取りがなされていない。
何故なら、ほぼ毎日の様にこの二人は【リアル】で顔を合わせている為、わざわざメールのやり取りをする必要が無いのだ。

だから、彼らが問題だと言うアルベドの行動の被害に、建御雷やコキュートスが遭う筈がないのである。

当然の話だが、タブラさんとのメールのやり取りが無ければ、アルベドが建御雷の元を訪ねてくる事も無いので、暴走しているだろう彼女による被害に遭う事もなく、完全な蚊帳の外に置かれていたと言っていい。
そんな状況下で、建御雷に何が言えると言うのだろう。
本音を言えば、タブラさん側の様々な事情を知る身として、ある程度まで彼の事を庇った後できっちりと弁明させてやりたい。
だが、それをするにはどうしてもタブラさん側の【リアル】事情やら、自分たちがお互いに顔見知りである事やらを説明する必要がある。

流石に、それをタブラさんが許すとは、建御雷にはとても思えなかった。

だからこそ、建御雷はその場で沈黙を守るしか出来なかったのだ。
今回の一件は、最終的に【タブラさん自身がアルベドを躾直せるかどうか、しばらく様子を見る】と言う事で、なんか話が落ち着いた。
と言うか、それ以外にタブラさんが受け入れなかったのである。
まぁ、ギルメンたちが思っている以上に、タブラさんはある一部分で頑なな所があるからな。
ギルメンたちは、「タブラさんの拘りゆえの反応」だと考えてくれている様だが、実際はそれだけが問題じゃない。
全部事情を知るが故に、建御雷は大きく溜め息を吐くしか出来なかった。

「一先ず、明日会った時にきっちり説教は確定だとして……俺に、タブラさんに今回のアルベドの一件がどんな風に問題があったのか、理解させられるのか?
あの、下手に頭が良すぎて語彙が豊富な分、周囲から見て時々本来の話から一周回って全く別の論点で話している事が多い、あのタブラさんを?
……あー……流石に、俺には荷が重い気がするなぁ……」

思わず、深々と溜め息を吐きながらそう呟いてしまった建御雷は悪くない筈だ。
だが、ここでタブラさんに対して建御雷が手を差し伸べなければ、彼は自分のどこが悪いのか理解するまで相当の時間が必要になるのは間違いない。
しかし、この状況下ではそこまでギルメンたちは待ってくれないだろう。

と言うよりも、多分メールペットたちが待ってくれない。

そう建御雷が考えたのは、ウルベルトさんがあの会議が終わった後に小さく漏らした言葉を、彼もまた耳にしていたからである。
もちろん、それだけですぐにメールペットたちが「何かしでかしそうだ」と、そう考えた訳じゃない。
あの後、タブラさんの説教をきちんとする為には今回の騒動を改めて理解しておく必要があるだろうと考え、それぞれ纏めて提出された被害報告を読んでいるうちに、直感的に感じたのだ。

これは、ギルメンたちが思っている以上に、メールペットたちの方が煮詰まっているんじゃないか、と。

むしろそう考えた方が、ウルベルトさんの言葉にも納得がいく。
とは言え、この件は今の時点ではまだギルメンたちの耳に入れない方が良い気がした。
彼らは、総じて親バカならぬメールペット馬鹿の傾向にあるので、多分建御雷がこの事を彼らに対して話しても「うちの子に限って」と言った感じで否定するだけだろう。
そう言えば、あの時ギルド長であるモモンガさんも、建御雷と同じ様にウルベルトさんが漏らした言葉が聞こえていたらしい。
彼の言葉が聞こえた直後、とても驚いた様子だったから多分間違いないだろう。
彼の性格なら、あの場でウルベルトさんに伝言を速攻で尋ねるか、それとも帰宅後にメールを送るどちらかの手段で、事の真相を問い質しているんじゃないだろうか?

あれで、慎重だけど必要だと判断した時には大胆な選択も出来るモモンガさんだし、こんな揉め事の気配を察知してそれを放置しておくとは、あの人の性格から考えてもとても思えないからな。

そんなモモンガさんの質問に、ウルベルトさんがどこまで答えてくれるは判らないが、あの人もあれで細かい所に気を配れる人だから、それなりに答えてくれるだろう。
ウルベルトさんも、ギルド内に余計な火種を抱えるのは嫌な筈だ。
今回、デミウルゴスが被害に遭って居ないという事だし、他のギルメンよりは少しだけ精神的に余裕を持って対応してくれそうな気もする。

どちらにせよ、建御雷には自分に今出来る事をする以外、選択肢はないのだが。

溜め息を吐きながら、建雷御はコキュートスが待つメールサーバーに降りると、毎晩寝る前にしている習慣をこなす事にする。
それは、コキュートスがその日に見た時代劇の感想を話し合う事だった。
色々と忙しい仕事の都合上、余り時間を取って構ってやれない分、夜に纏めて話をする事で少しでもコミュニケーションを取る様にしている。
好きなものの事なら、普段は余り喋らないコキュートスの口も饒舌になると、そう判断したからだ。
そして、それは間違いじゃなかった。
一日の出来事も含めて、コキュートスは様々な事を話してくれる。
そんなコキュートスを前に、まだまだ彼との生活は試行錯誤な日々だなと、ひとりごちるのだった。



という訳で、長らくお待たせいたしました。
建御雷さんの話になります。

建御雷さんだけは、本気でアルベドの件は蚊帳の外でした。
もし、この件を事前に察知していたらもっと話は変わっていたと言う。
そして、タブラさんに関して色々と実情を知っている人物でもあります。

皆さん、この二人がどんな関係なのかとか、建御雷さんから見たタブラさんがリアルでどんな立ち位置に居る人なのか、読みたいですか?
pixivでもお尋ねしているのですが、読みたいかどうかご意見を活動報告の方にいただけると助かります。


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弐式炎雷と不器用なメイドとの多くの失敗と小さな成功を繰り返す毎日

メールペットシリーズ、今回はこの方のお話になります。


弐式炎雷の朝は、かなり早い。
大手企業の地方支社の一般事務職である事もあり、仕事的な面では始発出勤組であるギルメンよりもゆっくりで構わないのだが、それでも早く起きているのにはそれなりの理由がある。
ヘロヘロの手によって、アインズ・ウール・ゴウンのギルメン全員に配布される事になり、彼の家にやって来た可愛い娘の様なメールペットが、色々と自分の仲間たちの噂を聞き付けては自分でも実行しようとした結果、色々と困った失敗をやらかしてくれているからだ。

そう……弐式炎雷が、自分のメールペットとしてNPCの中から選んだのは、自分が作った戦闘メイドプレアデスの一人であるナーベラルである。

彼女なら、弐式炎雷が自分で色々と組み上げたNPCだから、メールペットとして自分と上手くやっていけるとそう思っていたのだ。
他の仲間たちも、基本的に自分が作ったNPCをメールペットにしてた事も、彼女を選んだ理由の一つだったのだが……実際に受け取って彼女の事を育成し始めてから、弐式炎雷は思わぬ問題に気付かされる羽目になった。
もし機会があるなら、他の仲間たちの所では同じ様な状況になっていないのか、出来れば聞いてみたいと思う様な彼女の問題点。

それは、ナザリックのNPCとしての意識が影響しているのか、それとも仲間の一部が色々と主の世話をしている事を知ってしまったからなのか、ナーベラルが弐式炎雷に対して彼に仕えるメイドとして色々とリアルの世界に干渉しようとしては失敗し、結果的に予想外の被害を出している事だった。

もちろん、最初からナーベラルはそんな行動をしていた訳じゃない。
最初の頃は、ナザリックにいるNPCの【ナーベラル・ガンマ】のデータをダウンロードされただけの、ごく当たり前のメールペットとして弐式炎雷が頼んだメールの配達を中心に、普通に過ごしてくれていたのだ。
そんな彼女に変化が起きたのは、お互いにメールのやり取りをする事で他のメールペットとの交流するうちに、デミウルゴスや恐怖公といった、主のお世話をするタイプのメールペットがいる事を知った頃だろうか?

今思い返してみれば、自分と同じメールペットの彼らに主のお世話が出来るなら、自分にも出来る筈だと思い込んでしまったのだと思われる。

デミウルゴスは、サンプリングデータを取る為に最初期から活動しているメールペットの【始まりの三体】の一体であり、データ容量が他のメールペットとは違っているので、そもそも比較対象にはならない。
ウルベルトさんによるバックアップの元、あらゆる面での知識の収集に余念がないデミウルゴスは、既にメールペットの枠を超えている気もするが、それはそれとして。
正直言って、彼はギルメンが持つほぼ全てのメールペットの【祖】に当たる様な存在なのだ。

他のメールペットより、出来る事が多いのは当然である。

同じ様な理由で、【ナザリック】ではナーベラルの姉妹であるソリュシャンも、主のお世話が出来るメールペットとして挙げていいだろう。
彼女も、【始まりの三体】として最初期から存在している上、現在進行形でヘロヘロさんの公私共に手伝いをしている万能系メイドなのだが、姉妹の彼女に出来るなら自分にも出来るのではないかと、余計にナーベラルが思い込んでしまった可能性もある。
正直、彼女もまたナーベラルとは根底のスペックが既に違っているので、比較対象にしていい存在ではない。

その辺りを、ナーベラルがちゃんと理解出来ていたら、ここまで暴走していなかっただろうが。

主のお世話系メールペットとして、最後に名前が挙がるだろう恐怖公は、あのるし☆ふぁーさんが本気でそれはもう綿密な育成プログラムを最初の段階で組み上げて一気に紳士まで育て上げた、これまた別格のメールペットだ。
これに関しては、メールペットを決める彼を怒らせる様な真似をしたギルメンたちに対して、本気で見返す為に情熱を注いだ結果なので、別格と考えるべき存在だろう。
彼もまた、ウルベルトさんと同様に恐怖公の為に様々な知識を与える事に余念がないし、それに対してきっちりと期待に応えている恐怖公の努力を考えれば、彼と比較する方が間違っていると言っていい。

そもそも、ギルメン達はメールペットに対して癒しを求めてふわふわに育てているんだから、普通のメールペット達がそんな事が出来る様になるまでには、それこそ長い時間を掛けて様々な事を学習して出来る様になっていくという、段階を踏む必要がある案件なのだ。

どうやら、ナーベラルにはその辺りが良く判っていないらしい。
他の、大半のメールペットたちが普通に主との交流を楽しんでいる中で、彼らの様な【お世話系メールペット】の存在はある意味特殊ケースだというのに、自分にも出来る筈だと思い込んでしまったのは、弐式炎雷側にも実は問題があった。
彼女が、自分には向いていない方向で動き始めたばかりの頃、どうしてそう言う行動をしているのか、その理由を深く考えもせずに手放しに何かを手伝おうとする行為そのものを誉めてしまったのが悪かったのだろう。

ここでもう少しだけ、ナーベラルに対して弐式炎雷が彼らの様な特殊ケースとの違いを言うべきだった。

更に不味かったのが、その少し前に弐式炎雷側にうっかりミスを起こして予想外の状況になり、その結果としてナーベラルに妙なやる気を持たせてしまった事だろう。
そう、弐式炎雷がついうっかりと言った感じのミスを引き起こした為に、ナーベラルが自分に向いていない方向で努力をしようと本気で頑張り始めてしまったのだ。
もちろん、後で弐式炎雷もその事に気付いて何とか彼女の考えを修正しようとしたのだが、どうしても無理だという前に泣かれてしまって、どうする事もない状況を作り出してしまった切っ掛けの一件。

それは、【ナーベラルによる、弐式炎雷のリアルの職場の同僚への罵倒事件】である。

その日、弐式炎雷は前日の夜にギルメンと赴いた狩りに時間が掛かり過ぎて、睡眠時間がかなり少なく寝不足の状態だった。
普段なら、自分のリアルの職場でメールを立ち上げている際はもっと周囲に注意しているのだが、この日ばかりは前日夜更かしによる寝不足が祟り、かなり注意散漫だったのだ。
そう……こっそりと近付いてきた職場の同僚の存在に気付かず、うっかりそいつに端末を覗き込まれるのを許してしまう位には。
更に、端末の中のメール受信画面にいるのがメイドだと知ったそいつが、普段から隙が無い弐式炎雷への不意打ちに成功した事に調子に乗って、覗き込んだままナーベラルに声を掛けるのを、彼は阻止出来なかったのである。
運が悪い事に、その男が声を掛けたタイミングがメールを立ち上げたばかりで。弐式炎雷がナーベラルに声を掛ける前だった上、急に声を掛けられた事に驚いた弐式炎雷が操作ミスをして、自分たちがいるリアルの画像とナーベラルの視点を繋いでしまったのだ。
ナーベラルからすれば、主との交流をする楽しみの時間だったのに、いきなり知らない男の声が掛けられたかと思うと、大きな画面が現れて人間の男が覗き込む様に自分の姿を見ていたのである。

こんな状況になって、トラブルが発生しない筈がない。

彼女は、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーとナザリックのNPCの仲間以外、全ての存在を下等な存在と認識しているらしい。
と言うか、元になったナザリック側のナーベラルの設定が、異形種ギルドである事から人間種に対してそう言うものの見方しているのを、二式遠雷自身がすっかり忘れていた。
自分がノリノリで、色々な昆虫図鑑か虫の名前などの罵倒の言葉を仕込んでおいたのに、だ。

その結果、彼女は弐式炎雷の職場の同僚である【人間】に対して、しっかりと暴言を吐いてくれたのである。

今にして思えば、あの時のナーベラルの反応は突然知らない人間種の顔が大画面で表示された事で、ひどく驚いたのだろうと言う事は、弐式炎雷にも想像が付く。
今まで、ずっと人間の姿など見た事もなかったという点を考えれば、彼女の過剰とも言える反応も仕方がない事だっただろう。
それも含めて、全部、弐式炎雷側がもう少し周囲を注意してからメールを開いていれば、防げた案件でもある。

元を糺せば、勝手に人が起動しているメール画面を覗き込んだ、その同僚の方が余程マナー違反なのだが……ナーベラルが暴言を吐いてしまったのは間違いないので、彼に対してのフォローはちゃんとした。

この男に対してフォローせず、放置しておいて余計な事を周囲に広められる方が、後で状況が掴めない事に発展しそうで色々と困る気がするからだ。
特に、口の軽いこの男に対してナーベラルの事は「【ユグドラシル】のギルド仲間が動作テストとして送って来た拠点用のNPCデータ」だと言う事にしてある。
事実、彼女はナザリックの中で稼働しているNPCなのは間違いないし、AIの担当はヘロヘロさんだから全くの嘘でもない。
それに、こいつも弐式炎雷がユグドラシルをプレイしているのは知っているので、「メールを開いて最初に見た相手に対してあの言葉を言う様に設定してあったんだろう」と言えば、納得してくれた様だった。
拠点用NPCは、設定したルーチンワークでしか動かないから、そいつからナーベラルが見えない様に画面を一時的に落とす動作をしながら「かなり悪戯好きの仲間がいるので、多分そいつからのちょっとした悪戯だ」と笑って説明したのだ。
どうやら、そいつも割とくだらない悪戯を仕掛けてくる奴だったので、弐式炎雷が前に「酷い悪戯好きなギルドの仲間がいる」と話した事もあり、それであっさり納得してくれて助かったとも思う。

ここで、この同僚から下手にしつこく聞かれたら、面倒な事になっていたと思うからだ。

状況的に、この場に留まっていてもメールサーバーを立ち上げるのは難しいと判断した弐式炎雷は、上手くその同僚や周囲に対して誤魔化しつつ端末を片手に急ぎ足で移動すると、人がいない休憩室を選んでするりと身を滑り込ませ、素早くメールサーバーを立ち上げ直す。
急いで立ち上げた先に待っていたのは、いきなり幾つもの不幸な出来事が重なった為に、主である弐式炎雷に嫌われたのではないかと、涙目になっているナーベラルが部屋の隅で蹲っている姿だった。

弐式炎雷が、せっかく初めて昼間の時間にメールを立ち上げてくれたのに、待ち構えていたのはナーベラルが知らない下等な人間の顔で、しかもすぐに弐式炎雷側から端末を閉じられてしまったと言う事実は、酷く彼女を傷つけたのだろう。

どう見ても、【捨てられた子犬】の様な雰囲気を漂わせていて、このまま彼女の事を放置出来る様な状態ではなかった。
慌てて必死に宥めたのだが、ナーベラルはまだ何処かグズグズと鼻を鳴らしている。
そんな彼女の様子を窺いながら、弐式炎雷が出来るだけゆっくりと話を聞くと、やはり知らない下等な人間の姿に驚いて、パニックになってしまっていたらしい。
彼女なりに、その原因である人間の男を追い払おうとした結果、あんな反応になったそうだ。
そんな彼女の話を聞いて、弐式炎雷は人目を気にせず端末を操作した自分が悪かったのだろうと、心の中で反省する。
少なくても、ナーベラルのミスではない。

例え……彼女自身の言動に、かなりの問題があったとしても。

頭を優しく撫でてやりながら、気付かれない様にそっとナーベラルの様子を見ると、漸く落ち着いたのか与えたホットミルクをちびちびと飲んでいる。
だが、これは弐式炎雷が怒っていない事実に安心しただけで、やはり自分が実際に引き起こしてしまったトラブルがどんな問題を生むのか、その辺りをナーベラルはまだ理解出来ないのだろう。
先程も考えたのだが、そもそもこの事態を引き起こす原因を作ったのは、周囲を気にせず外でメール端末を無造作に開いた弐式炎雷自身だ。
職場でメールを開くなら、もう少し周囲を注意しつつ行動しないと駄目だと言う事を忘れていたなど、自分に色々と問題があったのは理解している。

今回の一件は、本当に外で端末をチェックする際の大きな失敗だった。

その一件があってから、ナーベラルは色々と仲間に話を聞いて回ったらしい。
彼らから、自分たちがどんな感じで過ごしているのかという話を聞いた事で、リアルの世界の事情をある程度中途半端な形で把握したナーベラルは、今回の自分の行動が割と大きな失敗だったという事を知ってしまったのである。
それによって、リアルでの弐式炎雷の立場が悪くなったのではないかと不安になり、せめて自分が弐式炎雷の為に出来る事をしようと、色々とやり始めたのが彼女の行動が始まった発端である。
もちろん、彼女が自分の意思で行動する事に関しては、別に弐式炎雷としても大きく反対するつもりはない。
むしろ、ナーベラル自身の成長の証として、心から喜びたいと思う部分はあるのだ。

ただ、人には向き不向きというものがあると言う事を、彼女にもきちんと理解して欲しいとは思うが。

******

リアルの話に傾き過ぎたので、ひとまず話は元に戻すとしよう。

ナーベラルの行動に関して、本音を言えば別に無理をしなくてもなどと色々と思う所があるものの、弐式炎雷本人的には本来の彼女の役目であるメールペットのメール配達に関して言えば、特に問題がある訳ではないので、多少の事までは構わないと思っていた。
少し前にあった会議で議題になった、タブラさんの所のアルベドの様な問題行動はしていないし、それなりに仲の良い仲間もいるのを知っている。
特に、建御雷さん(と言うと、なんか気分が変だから次からは建やんにする)の所のコキュートスとは、かなり仲良くやっているのを知っているので、それならそれで良いとも思っていた。
どうやら、人間関係などはどちらかと言うと親と似た関係を構築している様だ。
子供は親に似るというより、メールの配達回数が多い事に起因しているのだろう。
とにかく、二人でいるとまるでユグドラシルの中でプレイする際の自分たちの様なやり取りもしているのを、何度も見た事があった。

性別は違っても、こんな風に息が合う相手がいるのは、彼らにとっても悪い事ではないと弐式炎雷は思っている。

そうそう、先程ちょっとだけ話に出たタブラさんだが、彼にもちょっとした変化が起きたらしい。
アルベド自身が、出先で取る行動にはそれほど変化がない気もするものの、そんな彼女の代わりをするかの様に、彼の所にメールを配達に行くと、メールペットたちに対してフォロー的な行動をする様になったらしいのだ。
具体的に挙げるなら、ナーベラルがメールを届けに行った際は、今までおやつをくれる程度の相手しかしなかった彼が、メールを受け取った後軽く頭を撫でてくれたり、「いつもメールをありがとう」と一言だけではあるものの、声を掛けてくれたりする様になったと聞いている。
まだまだ、他のギルメンに比べるとメールペットに対してのスキンシップが少ない方ではあるが、それでも以前と比べればかなりの変化だと思える部分だった。

あ、でも……アルベドにもちょっとだけ変化はあったかな。

今までは、とにかくメールを持ってきたらそこのギルメンに引っ付いて離れようとしなかったし、ナーベラルに対して弐式炎雷が目を離した隙にとにかく苛める様な行動をしていた上、中々弐式炎雷のサーバーに居付いて帰ろうとはしなかった。
だけど、最近はギルメンに引っ付くのは変わらないものの、まるで得物を狙った肉食獣の気配じゃなくなったし、ナーベラルに対して何か言っているけどそこまで酷いものじゃない様だ。
だって、いつもアルベドに色々と言われて涙目になっていた筈のナーベラルが、彼女の言葉を聞いても涙目にならなくなっているからな。
そして……今までの様にいつまでも居付いて帰ろうとしないんじゃなく、ある程度の時間になったら自分から素直にタブラさんの所に帰る様になった。

ただし、帰り際に弐式炎雷に対して投げキッスをしていく様にはなったけど。

こうやって考えて見ると、今までのアルベドに比べたらかなりましな行動になった気もするけど、やっぱりまだまだ駄目な行動の域を出てはいないかもしれない。
それでも、次第に改善されていくのならもう少し弐式炎雷としては見守っても良いと、そう考えている。
今回のアルベドの騒動を、実は全く知らなかった(タブラさんとは仕事先で直接会う事から、メールのやり取りをしてなかったらしい)建やんから、二人きりの時に頭を下げられて頼まれたからだ。

タブラさん側にも色々と理由があって、今までメールペットを育てると言う事が良く判っていなかったらしい。

リアルでの知り合いな分、その事情を知っている建やんがフォローに入るから、「もう少しだけ長い目で見てやって欲しい」と彼に頭を下げられたら、弐式炎雷に断る事なんて出来なかった。
それに弐式炎雷も、タブラさんの今回の対応を危なっかしく思っていた一人だ。
彼が、これから少しでも変わる手伝いが出来るなら、喜んで引き受けるつもりはある。

彼も、大切なギルドの仲間なのだから。

そうそう、ナーベラルの親しいメールペットだが、普段からコキュートス以外で特に仲が良い相手の名前を挙げるなら、実は恐怖公だったりする。
彼の主であるるし☆ふぁーさんとの付き合いは、建やんから色々と個人的に付き合ってみたら印象が違っていたと言われて、試しにメールでやり取りを始めたのがきっかけだ。
確かに、るし☆ふぁーさんは色々とギルド内では問題児だったけど、個人的に色々と話を聞くのはとても話題が豊富で思っていたよりも楽しい。
そしてそれは、彼のメールペットである恐怖公にも同じ事が言えると言っていいだろう。
今は、とにかく何でも学びたいと考えているナーベラルにとって、恐怖公は様々な事を教えてくれる丁度良い教師役に近い存在だった様だ。
何より、彼が弐式炎雷の所にメールを運んで来て滞在している間は、アルベドがメールを持参してきたとしても長居する事はないから、色々な意味で助かってもいる。

そう言う訳で、ナーベラルも彼に対しての対応は師を仰ぐ様なそんな感じだと言っていいだろう。

同じ様な存在が、ウルベルトさんの所のデミウルゴスだ。
彼は、元々メールペットでのやり取りが開始された辺りから、ヘロヘロさん達と手分けして他のギルメン達の間で何か問題が起きていないか色々とチェックしてくれているらしく、ナーベラルとデミウルゴスともそれなりに交流があるらしい。
とは言っても、ウルベルトさん本人からはそこまで頻繁にメールが来る訳じゃないから、メールを持ってデミウルゴスが顔を出した時は、割とすごい長話をしている事が多い位だろうか。
デミウルゴスも、同じメールペットの仲間としてかなり面倒見が良い所を発揮しているので、ナーベラルが頑張っている事に対して協力を惜しむつもりないらしい。

弐式炎雷としては、ナーベラルが上手く付き合っていけると安心出来る人物の一人なので、こんな風に付き合いが出来て良かったと思っている。

他にも、モモンガさんの所のパンドラズ・アクターとは、割と仲良くやっていると思う。
仲間に対する気遣いは、彼の主であるモモンガさん譲りらしく、彼もまたナーベラルの相談相手の一人の様だ。
同じ二重の影と言う種族も、パンドラズ・アクターへの相談し易さに繋がっているなら、良かったと思っている。
モモンガさんとも、パンドラズ・アクターとも上手くやっていけるなら、悪くないと弐式炎雷は思っているのだから。

彼ら以外で、ナーベラルと仲が良いのは、意外かもしれないがシャルティアだったりする。

これに関しては、完全に弐式炎雷自身とペロロンチーノさんの繋がりから出来た縁だと言っていい。
やはり、頻繁にメールのやり取りをする事で顔を合わせていれば、特にナザリック側のNPC同士で仲が悪いと設定されていない限り、自然と仲良くなるものなのだろう。
特に、メールペットとしてのシャルティアは、ナザリックにいる彼女とは違って色々と性格が修正されているから、ナーベラルでも付き合い易くなっている事も、仲良くなれた理由だった。
なんでも、シャルティアとはデミウルゴスへの弟子入り仲間なのだそうだ。

一応、完全な脳筋からは脱出したらしいのだが、元々おバカな系統のシャルティアと、不器用でドジッ子の片鱗を見せるナーベラルの組み合わせは、何処か危険な気がするのは気のせいだろうか?

ナーベラルに関して、弐式炎雷が一つだけ可哀想な事をしているとすれば、ナザリックの設定では姉妹となっている他のメールペットのプレアデスの面々たちと、余り仲良くさせてあげられない所だろう。
普段から、長女のユリの主であるやまいこさんを筆頭に、弐式炎雷自身が彼らの主と余りメールなやり取りをしない事が原因だった。
本当は、彼女達が全員で集まってお茶会をしている所を見たい気もするが、今のメールのやり取りをしている状況では、少し難しいかもしれない。
この辺りは、誰もが似た様な考え方をしていたとしても、誰の所から最初にプレアデスの集まりをするのか、そこで揉めそうな気がするのだ。
出来れば、自分の所で最初のお茶会をしたいと思うが、「長女であるやまいこさんのユリの所から」と言われてしまえば、以外に反論し難いし。

まぁ、そんな話も出ていない時点では、考えるだけ無駄な気もするし、根回しをするだけの時間があると思うべきなのかもしれない。

弐式炎雷自身にも、メールペットを受け取った後に一つだけ変化があった。
職場で先程語った一件があった後、基本的には昼間のメールチェックはしなくなった事だ。
正確に言うなら、勝手にメールを覗き込んでナーベラルに勝手に話し掛ける様な、そんな人物の前ではメールを開かなくなったと言うべきだろう。

ああいうトラブルは、一回だけで十分だからだ。

それに、現時点でもナーベラルの行動に対してのフォローは割と大変なのに、これ以上ナーベラルとリアルの職場の人間を接触させて変なやる気を持たれたら、それこそ変な空回りをした上でとんでもない言動をされてしまう事態になりかねない。
もし、今度そんな事態に陥ってしまったら、それこそ会社の人間関係に罅を入れてしまうだろう。

色々な意味で、余り昼間の休憩時間にメールを開いて確認するのは躊躇われる状況だった。

では、弐式炎雷がいつメールをチェックしているのかと言えば、朝の時間帯以外だと仕事が終わった直後だったりする。
大企業の支社勤務で、割と残業をしなくても済む事務職勤務の立場を最大限に利用し、他のギルメンよりも早く帰宅出来る方だと自負する弐式炎雷は、仕事が終わるとほぼ直帰してメールにチェックに入る事にしていた。
その方が、短い時間ではフォローしきれない可能性もあるナーベラルと、ゆっくりとコミュニケーションを取りながら、きっちりギルメンからのメールのチェックが出来るからだ。
色々と、「弐式炎雷の為に、自分に出来る事が無いか」と行動したがるナーベラルだが、まだまだ問題が多い彼女にデミウルゴスや恐怖公の様な真似はさせられない。
少なくても、仕事のスケジュール管理なんて油断したら職場の人間と接触する可能性がある事なんて、とても任せられないと言っていいだろう。

とは言え、弐式炎雷自身としては彼女のやる気を完全に潰すつもりもないので、試験的にナザリックの仲間との約束をした時のスケジュール管理を任せてみているのだが。

今の時点では、相手がギルメンと言う事もあってメールのやり取りの段階でのダブルブッキングはさせていないので、このまま彼女にも任せられる事が増えると、弐式炎雷的にも嬉しいと思う。
そう思うのだが……流石に、まだ朝の目覚まし役までは頼めなかった。
彼女の中で、弐式炎雷が人に使われる立場で仕事に行くと言う事が納得出来ていない以上、一度声を掛けて弐式炎雷が起きなければ、そのまま起こさずに済ませてしまいそうな気がして怖いからだ。
下手をすれば、仕事を首になる様な状況を自分から招くなんて真似は流石に出来ないので、今の所は彼女から【朝、起こす役目を是非私に任せていただけませんか】と言う懇願も却下している。

もう少し……そう、もう少しだけ彼女が色々な意味で成長してくれたら、休みの日の目覚まし役から任せていきたいとは思っているが。

一通り、メールチェックとナーベラルとスキンシップを取った後、弐式炎雷は【ユグドラシル】にログインする。
それ位の時間が、丁度仲間が集まる時間帯になるからだ。
ログインした先で、待ち合わせをした仲間と予定通り冒険に出るのが殆どだが、時にはギルドで仕切ったクエスト等になる事もある。

こればかりは、毎回突発的に発生する事もあるので、ナーベラルのスケジュール管理外でも仕方がない案件だったりするが。

そうして、ユグドラシルで一頻り仲間と一緒に遊んだ後、弐式炎雷は仲間と別れてログアウトする。
ログアウトすると、メールのチェックも特にないのですぐに就寝する時間になるのだが、寝る前にナーベラルと少しだけ話す事にしていた。
この時間帯に話した方が、ナーベラルと一緒に一日の反省会が出来るからだ。
これもまた、彼女の成長の為に欠かせない事だと考えて、必ず忘れない様に弐式炎雷は行っている。

そうして、弐式炎雷と不器用なメイドの失敗と少しの成功の毎日は過ぎてくのだった。



という訳で、弐式炎雷さんとナーベラルのお話でした。
因みに、この話はギルド会議の一件から十日後位の視点です。
タブラさん側に変化が起きたのは、そう言う理由です。
建御雷さんの協力で、タブラさんはいくつかの定型文をナザリックの自分の声に変換してメールペットたちにショートメッセージとして使用しています。
メールサーバー内でのボイスチェンジャーは、現在丁度良いのが無いかヘロヘロさんに相談して探して貰って居ます。
諸事情で、普段からゲーム内でもボイスチェンジャーを使用していて、このままメールサーバー内でも使用できるソフトが無いと、メールペットたちと喋れない事を一緒に伝えた上で、です。
今回の話は、弐式炎雷さんしてんなので、この辺りの事情を掛けなかったので補足説明させていただきました。


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騒動の発端 ~ アルベドのちょっとした悪戯心 ~

彼女は、あくまでも悪戯のつもりだったのだ……





その日、アルベドは普段とは違って朝の割と早めの時間に、一通のメールを配達する事になった。
普段なら、こんな時間帯にメールを届けに行くなんて事など、彼女は殆ど無い。
アルベドの主であり、父であるタブラ・スマラグディナは、朝の時間帯にメールサーバーを立ち上げた場合、そのままアルベドの事を軽く構うだけで、それ以外は特にメールの配達を頼む事はなく今日の予定を簡単に告げると、そのまま帰って行く。

だから、滅多に無いメールの配達を頼まれた事で、ちょっとだけアルベドの心は浮き立っていた。

アルベドだって、メールペットだ。
父であるタブラから、こんな風にメールの配達を頼まれるのは嬉しくて仕方がない。
これは、メールペットにとって一番大切な仕事なのだから、当然の話だろう。
どこか楽しげな気持ちで歩きながら目指すのは、デミウルゴスの主であるウルベルトの元。

余り、普段から頻繁にメールの配達に向かう先ではないのに、こんな風に朝の時間帯にメールを配達すると言う事は、割と急ぎの案件なのかもしれない。

そんな事を考えつつ、スタスタとそれ程通い慣れてはいなくてもきちんと覚えている道筋を辿った彼女は、デミウルゴスが住んでいるウルベルトのメールサーバーへと辿り着いた。
ふと、電脳空間特有の視界の端に何か黒く蠢く様なものを見た気がしたが、デミウルゴスが支配しているメールサーバーの中には近付く事は出来ないのだろう。
アルベドは特に気にも留めていないが、彼のサーバーに張られているセキュリティシステムのギリギリを蠢くそれは、どこかアルベドの様子を窺っている様だ。
もしかしたら、この分厚いセキュリティシステムを越える為に利用出来ると、そう考えたのかもしれない。
結局、何も出来ないままスルリと影の中に姿を消したのを確認して、アルベドはメールペット間のパスで中へと入って行く。
その後を、アルベドが見た黒く蠢いていたもの追う様に影から出現して続こうとしたのだが、やはりデミウルゴスが張り巡らせているセキュリティシステムによって弾かれていた。

もちろん、アルベドはそんな事など特に気にしてもいなかったのだが。

ここまで来れば、後の道程は僅かしか残っていない。
サクサクと進んで行く事で、デミウルゴスの家の前に辿り着いたアルベドは、訪問時の決まり通り玄関のドアをノックした。
リズミカルに、それでいて急ぎ過ぎない様に気を付けながら、玄関のドアをノックする回数は三回。
これもまた、ギルメン達の話し合いによってメールペット全員がそうする事に決まった、マナーの一つだ。

コン、コン、コンッ

普段、こうしてマナー通りに三回ノックをすれば、デミウルゴス本人が居れば彼が出迎えてくれるし、ウルベルトが居る時は彼から入室の許可が下りる。
返事が無い事を考えると、二人とも不在だと思っていいだろう。
元々、ウルベルトは通勤時間の関係上、それなりに朝早い時間帯に仕事に行くらしいので、彼が居ないのは当然の事だ。
デミウルゴスは、ウルベルトから頼まれた朝のメール配達へと向かったのだろう。
そんな事を考えながら、アルベドは決められた通りの手順で玄関のドアを開け、部屋の中へと入って行く。

すると、やはり部屋の中には人の気配が感じられず、二人とも不在だった。
 
こう言う時は、持参したメールを入れておく場所が決まっている。
部屋の主のメールペットと、その主であるギルメン達の両方が不在の際は、不在時専用のメールボックスが指定された場所に置いてあるので、その中に入れておけば後でログインした際に読んで貰える事になっていた。
アルベドも、慣れた手付きでメールボックスの中にタブラのメールを入れると、帰宅する為にクルリと踵を返し。
そこで、ふと足を止めた。

普段、幾ら傍若無人に振る舞うアルベドでも、デミウルゴスに対して直接何かをしようと言う気は、中々起きない。

彼には、アルベドが何かをしようと考えたとしても、あの通りどこにもそんな隙が無いからだ。
これは、ウルベルトに対しても同じ事が言えた。
正直、下手に彼に対して抱き着いてアピールするのは、デミウルゴスに喧嘩を売るのと同意語だとアルベドは認識している。
それなら、デミウルゴスが不在の時を狙えばと言うかもしれないが、彼女がこうして彼に元にメールを届けに来る際には、彼はほぼ確実にこの部屋に居るのだ。
時折、アルベドも諦めきれずにどこか付け入る隙がないか、ウルベルトの様子を窺う事もあるのだが、その度にデミウルゴスが肝が冷える笑みを浮かべている為、そんな彼の前でウルベルトに対しても何かをする程、彼女も馬鹿ではなかった。
だが……今は、この場には誰も居ない。

それこそ、彼女にとって格好のチャンスだと言っていいのではないだろうか?

もちろん彼女には、デミウルゴスの事を他のメールペットの様に、酷く苛めたりするつもりはない。
下手にそんな真似をすれば、確実に倍になって返ってくる事が解っているからだ。
ただ、ちょっとだけデミウルゴスに対して可愛いレベルの悪戯をして、彼に困り顔をさせてみたかっただけなのである。
実際には、困った顔をしている彼の様子を自分の目で直接見る事が出来なくても構わない。
ただ、その状況を想像するだけで楽しかった。

だから、こんな風に偶然が重なって巡ってきた、この最大のチャンスを見逃す事は出来なかったのである。

ぐるりと部屋の中を見渡すと、彼が良く座っている質の良い素材をふんだんに使った執務机があり、そこに丁度悪戯するのに良さそうな物を発見した。
アルベドが見付けたのは、デミウルゴスが色々な事を管理しているだろう小さな端末。
そこのデータの順番を一つ入れ替えるだけで、彼女の悪戯は完成である。
多分、並んでいるデータの順番を入れ替えると言う程度の悪戯なら、それ程デミウルゴスにも迷惑を掛ける心配はない筈だ。
ちょっとだけ、データの並びが違う事に彼が戸惑う程度で済むだろうと考え、サクサクと端末を立ち上げてその中のデータの並び順を変えていく。

もしかしたら、データを並び替えている最中にほんの一瞬だけ小さなセキュリティホールが発生するかもしれないが、これだけ強固で分厚いセキュリティシステムがあるなら、すぐにフォローしてそれも消えてなくなる筈。

仮に、アルベドの行動で小さなセキュリティホールが発生したとしても、それが発生したままずっと存在し続けるのなら問題だが、すぐに消えてしまうなら大丈夫。
そもそも、ここは幾重にもセキュリティに護られた場所にある。
復活したセキュリティシステムが、万が一ウィルスが入って来ていてもすぐに焼いてしまうだろうと高を括ると、彼女は何食わぬ顔をして端末を落とし、そのまま元通りに場所に置いて部屋から立ち去って行く。

部屋の外に出る為にドアを開けた時、床と扉のほんの僅かな隙間から何か小さな黒く蠢くものが、スルリと中へ忍び込んだ事にも気付かずに。

無事、父のお使いを済ませたアルベドは、きちんと手順通りにデミウルゴスの部屋の鍵を掛けてから、楽しげな様子で岐路へとついた。
今回は、父のお使いとしてウルベルトへのメールの配達だけではなく、初めてデミウルゴスを困らせる為の悪戯が成功したのだ。
その事実が、アルベドの心を高揚させていているのだろう。
一種の背徳感が、自分のした事に対する達成感と混ざり合い、罪悪感すら打ち消していた。
もちろん、後から彼に今回の事で色々と苦情を言われるだろう。
そんな事など、最初から承知の上で実行したのだ。

今回の一件が、ウルベルトから父に伝わったら、もしかしたらもっと自分の事をちゃんと見ていなければいけないと、一緒に居る時間を増やしてくれるかもしれない。

そんな事を考えつつ、デミウルゴスのメールサーバーから外へ出る為の道程を歩いているが、帰り道も行きと一緒でどこにも異常を感じる事はない。
むしろ、きっちりと重なり合って強固さを誇るデミウルゴスのセキュリティシステムの壁を肌で感じて、かえって安心出来る程だった。
これなら、あの程度ではセキュリティホールが発生する事もなかったのだろう。
やはり、問題はなかったのだと考えつつ、デミウルゴスのメールサーバーを抜けた所で、一気に自分の住むサーバーへと飛んだアルベドは知らない。

彼女がした悪戯によって、実際には一瞬だけセキュリティホールを作り出していた事を。

あの黒く蠢くものが、実はウルベルトのデータを盗む為に送り込まれたハッキング用のシステムであり、その侵入を許した事でデミウルゴスではなく彼の主であるウルベルトに対して、とんでもない結果を現在進行形で生み出している事を。
そして、それらの事実が結果的にあれだけ自分が怒らせてはいけないと考えていた、デミウルゴスを本気で怒らせてしまう事を。
デミウルゴスの逆鱗に触れた結果、ギルメン達がそれこそ全員で慌てふためく様な騒動になるまで、事態にまで発展する事を。

そして……アルベド自身に、今まで彼女が他のメールペット達にしてきた行いに対する、それこそ痛烈な報いが訪れる事を、彼女は知らない。





という訳で、今回は短いですけど彼女が前回の回顧録で語っていた、自分自身がやらかしてしまった事について。
この時点では、彼女は自分がした事を些細な悪戯としか認識していません。
自分がした事が、こんな風に特大の二次被害を引き起こす要因になるとは、欠片も思っていないんですよ。
本人的には、無邪気な悪戯程度の認識です。


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メールペットの秘密の日記 パンドラズ・アクターの場合

ここの所、何となくこのシリーズもシリアスだったので、思わず書いた馬鹿話です。
この話には、親馬鹿しかいません。

今回の話は、最後のパート以外はpixiv版と全く一緒です。


【 親バカ三人組は、秘密の日記に手を出した 】

その日、仕事が終わってから急いでログインすると、円卓の間で一人自分の席に座ったまま、何かをこそこそと解析しているモモンガと言う、とても珍しい姿をペロロンチーノは目撃する事になった。
普段なら、誰かがログインしてきたらすぐに気付いて挨拶する人なのに、今日は全く気付く様子が無い。
本当に珍しい姿に、「どうしたんだろうか?」と首を傾げていると、そこに聞こえてきたのはウルベルトがログインして来た事を告げるログインメッセージ。
すぐに、円卓の間に馴染み深い山羊の悪魔が姿を見せたので、ペロロンチーノは迷わず彼の元へと駆け寄った。

「ウルベルトさん、ウルベルトさん。
実はですね、今、とても珍しい状況なんです!
あの、誰がログインしてもすぐに気付くモモンガさんが、俺がログインしてきたのにも気付かず、何かのプログラムを弄っているんです。
ついでに言うと、ウルベルトさんが今ログインしてきた事にも、モモンガさんは全く気付いていませんよ。
ほら、あの通り!」

スッと、ペロロンチーノが身体を横にずらして、ウルベルトから自分が遮っていた形になっていたモモンガの姿を見せる。
そこには、彼の言う通り何かに集中しているモモンガの姿があった。
自分たちギルメンのログインにも気付かないなんて、確かにモモンガにしてはとても珍しい状況だろう。
一体、そんなに夢中になって何をしているのか、ペロロンチーノだけではなくウルベルトも非常に気になった。

やはり、こういう時は本人に直接聞いた方が、話が早いだろう。

スッと視線を交わし合い、お互いにその結論に至ったのを察した時点で、迷う事無くモモンガへと歩み寄った。
そっと、彼が逃げられない様にと両脇を陣取りながら、二人で同時にモモンガの肩を軽く叩きながら声を掛ける。

「こんばんは!
一体、何をそんなに夢中になっているんですか、モモンガさん。」

「ばんわー、モモンガさん。
そうそう、俺たちがログインしてきたのに気付かないなんて、本当に珍しいですよね?」

肩をいきなり叩かれた事で、ビクッと震えるモモンガの事を気にする事なく、それこそタイミングを合わせたかの様に交互にそう声を掛ければ、漸く二人の存在に気付いたモモンガが驚いた様に顔を跳ね上げた。
それと同時に、慌てて手元にあったそれを消そうとしたのだが……それよりも早くウルベルトが手元を覗き込み、少しだけ眉を潜める。

「えーっと、【秘密の日記 パンドラズ・アクター】って……もしかして、これはメールペットたちが時々部屋の隅で何か書いているあれですか?
普段、これだけは主である俺たちが聞いても、いつも【内緒です!】って見せてくれないヤツですよね?
もしかしなくても、パンドラに内緒でこっそりデータをコピーして持ってきちゃったんですか!」

同じ様に、モモンガの手元を覗き込んでいたペロロンチーノが、ビックリした様に口に出して問い掛ければ、スッとバツが悪そうに視線を逸らす。
一応、メールペットにもプライバシーがあるだろうと、ペロロンチーノから言外に指摘された事で、元々善良な性格のモモンガは良心が咎めているのだろう。
とは言え、つい自分のメールペットがどんな日記を書いているのか、主として気にならないかと問われれば、ここに居る二人だって素直に「気にならない訳がない」と答えるのは間違いなかった。

「あー……もう、ほぼロック解除は出来ているみたいですし、モモンガさんが【パンドラが書く日記を読んでみたい】と思った気持ちは俺も良く判りますからね。
今回限りと言う事で、ちょっとだけ中身を読んでみませんか?
ただし、私たち三人以外には誰にもバレない様にする為にも、実際にこの日記を読むのはモモンガさんの部屋に三人で移動してからですけど。
もちろん、ペロロンチーノさんが嫌だというのなら、無理強いはしません。
ただし、この件は他言無用でお願いしますね?
こういう事に、特にうるさい人が騒ぐと後が面倒ですから。」

サクサクッと、日記を読む事を同意する意見を口にすると、ペロロンチーノに「共犯になるならない関係なしに他言無用」と告げながら、まだこの状況について行けないでいるモモンガを誘導して部屋へ移動しようとするウルベルト。
このまま何も言わなければ、二人だけでモモンガの部屋に移動して日記を見ると言う行動から、自分は仲間外れにされてしまうのだろうとペロロンチーノは直に察した。
そんな事は、【無課金同盟】を組む位に仲が良い三人組の一人として、とても認められる訳がない。
こういう悪い事も、一緒に三人で楽しむという状況がペロロンチーノは大好きなのだ。

「もー……判りましたよ、ウルベルトさん。
俺だって、本音を言えばどんな事を書いているのかとても気になってますし、そもそも二人だけで楽しん俺だけ仲間外れにしようなんて狡いじゃないですか!
こうなったら、最後まで付き合うに決まってるでしょ。
という訳で、早く移動しましょうか。
他のギルメンが来たら、それこそ面倒ですもんね。」

それこそ、掌を返す様に自分の意見をサクッと変えると、ペロロンチーノはモモンガとウルベルトの背中を押して先を急いだ。
彼の言う通り、急いで移動しないと他のギルメンから何をしているのか、問い質されてしまうだろう。
流石に、自分たちが一応後ろ暗い事をしている自覚がある為、三人揃ってモモンガの部屋へと指輪の力で転移して行く。
誰も付いて来ていない事を確認し、モモンガが自分の部屋に入室禁止のブロックを掛けて転移出来なくした所で、モモンガはそそくさと先程しまったデータを呼び出し始めた。
そんな彼の背後で、手元を覗き込みやすい場所を陣取ったウルベルトとペロロンチーノ。
モモンガの手際よい作業の下、メールペットのパンドラズ・アクターの日記が解析されて表示されていくのだった。


*******


【 ○月×日  はじめてごしゅじんさまにあいました! 】


わたしは、めーるぺっとのぱんどらす・あくたーといいます。
きょうから、ごしゅじんさまのももんがさまのもとにやってきました。
これから、たくさんのことをおぼえて、ももんがさまのおやくにたつためにがんばりたいです。
ももんがさまは、とてもやさしいです。
わたしのために、たくさんのものをよういしてくれます。
ぴかぴかのぶーつにかっこういいふく、かっこういいぼうしにかっこういいこーと。
ぜんぶ、ももんがさまがわたしのためによういしてくれたものです。
ももんがさまのところにこれて、わたしはとても、しあわせものです!
きょうは、まだいろいろとおぼえることがおおいので、めーるのはいたつにはいけないそうです。
はやく、ももんがさまのおやくにたてるようになりたいです。
まっていてくださいね、ももんがさま!


******


【 ○月○日  少しだけ、学習しました! 】


今日は、モモンガ様から辞書をもらいました。
少しだけ、言葉が聞き取りにくいそうです。
辞書を受け取ったら、頭の中に知識がたくさん入ってきました。
それからお話ししたら、モモンガ様は「少し賢くなったな」と頭をなででくださいました。
モモンガ様がなでて下さった所から、ぽかぽかと胸があたたかくなってふわふわとした気持ちになりました。
それが何か分からず不思議に思っていると、モモンガ様からどうしたのか尋ねられました。
なので、全部正直にお話ししたら、「それは、パンドラが嬉しいと感じているんだ」と教えて下さいました。
これが「嬉しい」という気持ちなのですね。
そんな風に思える様な私は、やはり幸せ者なんだと思います。



【 ○月○日 二回目 初めてお友達に会いました! 】


今日は、嬉しい事が一杯です!
モモンガ様と一緒に色んな事を学んでいたら、初めてお友達がメールを持って訪ねて来ました。
お友達の名前は、デミウルゴスと言います。
彼は、モモンガ様のお友達のウルベルト様の所のメールペットなんだそうです。
私たちメールペットの中でも、一番頭が良いのだとモモンガ様が教えて下さいました。
どうして、一番頭が良いのか聞いてみたら、彼が一番長く動いているメールペットだからだそうです。
私たちメールペットは、彼を中心に数体のサンプリング試作体のデータを元に生まれたそうです。
確かに、それなら頭が一番いいのは納得ですね!
まだ、私はメールのお届け先の道を覚えていないので、今日はデミウルゴスにお返事も運んでもらう事になりました。
早く、私もメールをお届けできる様になりたいです!
初めて会ったデミウルゴスは、とても礼儀が正しい格好いい人でした。
私も、彼の様に格好良くなれるでしょうか?


******

 
【 ○月△日 初めてお出かけです! 】


今日は、メールペットとしての初めてのお出かけです。
昨日の夜寝ているうちに、モモンガ様がメールのお届け先の地図をダウンロードして下さったので、これでもう大丈夫だと言われました。
ようやく、モモンガ様のお役に立てる日がやって来て、とても嬉しいです!
今日、メールをお届けする先は、昨日来て下さったデミウルゴスのご主人様のウルベルト様の所と、もう一人モモンガ様のご親友のペロロンチーノ様の所です。
そこには、シャルティアという可愛い女性のメールペットがいるそうなので、会うのがとても楽しみです!
デミウルゴスの様に、私と仲良くしてくれるでしょうか?
とてもわくわくして仕方がありません!
モモンガ様から、沢山の注意事項を教えて貰いました。
ちゃんと、失敗しない様にペロロンチーノ様に挨拶出来るでしょうか?
いいえ、モモンガ様の為にも頑張らなくては!

では、行ってきます!


【 ○月△日 シャルティア嬢は、とっても可愛らしいですね。 】


初めて、お出かけ先で日記を書いてます。
初めてのお使いでお訪ねした、モモンガ様の大切な親友であられるペロロンチーノ様は、とても気さくな良い方です。
とても緊張しましたが、モモンガ様に教えられた通りちゃんとドアを三回叩いてから「お邪魔いたします!」ってご挨拶出来ました!
詳しくは良く判らないのですが、モモンガ様がおっしゃられるには「初めて訪ねる場所だから正式には四回ノックだけど、これから何度も親しく訪ねて行く相手だから、三回の方が相応しい」のだそうです。
ペロロンチーノ様も、ちゃんとご挨拶したら褒めて下さったので、モモンガ様のおっしゃる事は間違いではないのでしょう。
初めてお会いしたシャルティア嬢は、とても可愛らしい方でした。
ちょっとだけ、私たちとは違う話し方をする方ですが、ペロロンチーノ様が自慢の娘とおっしゃるだけあると思います。
ペロロンチーノ様からいただいた、美味しいお菓子を一緒に食べました。
今度は、彼女がメールを持ってきて下さるとの事ですので、お返しに美味しいお菓子とお茶を用意したいと思います。
今から、ペロロンチーノ様からのメールを持って帰りますからね、モモンガ様!


*******


【 親バカ三人組は、可愛いパンドラにノックアウト気味だ 】


三人の目から見て、この日記は少しずつ確実にパンドラズ・アクターの成長する様子が良く判るものだった。
色々な事を覚える事が、とても嬉しいと全力で訴えているのが良く判る。
その中でも、「モモンガの為に」とパンドラズ・アクターなりに色々と考えている姿が、とても微笑ましい。
モモンガ本人など、すっかり親バカ全開で可愛い息子の書いた日記に、メロメロになっているのが良く判った。
だが、そんな風になるモモンガの気持ちも、彼らにはとても良く判るのだ。

自分の為にと、デミウルゴスやシャルティアが頑張って成長しているのを、誰よりも喜んでい居るのはウルベルトでありペロロンチーノなのだから。

とは言え、三人が見た日記はまだ最初の数ページだけ。
この先にあるのは、パンドラズ・アクターがデミウルゴスやシャルティアと仲良くしているだけではない。
多分、他のメールペットとの交流も沢山書かれているだろう。

一体、どんな風にパンドラズ・アクターは彼らと付き合い、どんな風に過ごしているのだろうか?

本音を言えば、パンドラズ・アクターだけではなくデミウルゴスやシャルティアが自分達以外の仲間の所でどんな風に過ごしているのか、とても気になって仕方がない。
だが、今、この場で日記を読んで確認出来るのはパンドラズ・アクターだけ。
ならば、先ずはまだ沢山残っているパンドラズ・アクターの日記を、三人は読み進める事にしたのだった。



という訳で、非課金同盟ならぬ親バカ三人組でお届けしました。


確か、昔本当にあった本家本元のメールペットソフトにもこれに似た機能があったという朧げな記憶があったので、そのまま使わせて貰いました。
もしかしたら、違うかもしれませんが。

この話は、書こうと思えばまだまだネタは沢山ありますが、一先ずここまで書いたら満足したのでここまでで一旦終了です。



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番外編 武人建御雷の過去と、タブラ・スマラグディナとの出会い

漸く、編集が終わりました。
建御雷さんとタブラさんの過去に纏わる話になります。


ギルト会議があった翌日、武人建御雷は昨夜考えていた通りの行動をする事にした。

いつもより、少しだけ職場である会計事務所へ早く出勤すると、テキパキと仕事の準備を進めていく。
大体、朝の仕事は前日に昼見世以降に回収して来た、それぞれの廓が抱えている遊女たちから上がってくる各自の売り上げデータを帳簿への計上するのが、建御雷たちの主な仕事だ。
ある程度慣れていれば、サクサクと帳簿である会計ソフトの入力を進めていく事が可能なので、それ程時間を掛けずに終わらせられる作業だ。
それが済むと、次の仕事が待っている。
事務所から、自分たちがそれぞれ受け持つ廓に直接赴いて、遊女たちと話をして簡単な台帳を付けながら昨夜の売り上げを回収し、その金額と客が居た時間などの帳簿を付ける為の必要事項の確認などを行っていくのだ。
基本的に、夜見世の彼女たちは明け方の六時ごろまで客が居る事が多く、それぞれの客が家路についてから漸く眠る事が出来ると言う過酷さの為、余り早くに訪れると話を彼女達から聞き出すまで待たされて無駄な時間を使う事になる。
だからこそ、建御雷の出勤時間はそれなりに早い程度で済んでいた。
今回、それを承知でサクサク作業を進めているのは、もちろん理由がある。

あの場所に、自分があって話さなければいけない相手がいるからだ。

幸い、建御雷の会社はきちんとノルマさえ熟していれば、自分の仕事の時間配分に関して上司から特に何か言われる事はない。
これは、帳簿を付ける相手が自分達よりも上の顧客を持つ事が多い遊女の為、下手に機嫌を損ねて変な方向に話を持って行かれたりしたら、こちらも向こうも後で困る事になる事が判っているからだ。
それが判っているからこそ、遊女たち相手の集金と台帳の聞き取り作業に関しては、ある程度まではゆとりを持たせた仕事になっていたからである。
本来なら、ある意味一般人よりも立場が強い彼女たちにそんな真似など出来る筈がないのだが、以前かなり上の富裕層の顧客を持っていた遊女に集金に向かった一人の新人会計士の態度が余りに横柄で無理難題を言っていた事があったらしい。
余りにも、身を売って稼いでいる彼女たちを見下す所業が多く、我慢が出来なかった彼が受け持っていた遊女がそれを自分の顧客相手に訴えた結果、自分が中流層出身だった事から驕っていたその会計士は問答無用で首になり、会計事務所はあわや倒産の憂き目を見る羽目になった。
偶々、会計事務所の跡取り息子の今の社長がそれなりに上の方の富裕層の友人に相談した事で、何とか持ち直す事が出来たらしいが、その時の社長である彼の父はそのまま息子に社長の座を譲る事になったらしい。

その後、集金に赴く際の暗黙のルールとして「遊女たちへの対応は、それなりに気を遣う事」と言う内容が加えられたのは、言うまでもない話だった。

今回、建御雷はそれを逆に利用して仕事の空き時間作り出し、そっくりそのままそれを相手から話を聞く時間に充てる事にしたのだ。
自分が担当する廓は、夜見世を受け持った遊女たちが起き抜けてくるのは大半が十一時前頃であり、その前の時間に廓に赴いたとしても、廓の中で既に起きているだろう一部を除いて集金する事も話を聞いて台帳を付ける事も出来ない。
これは、夜の蝶として生きる遊女たちの中ではごく当たり前の生活リズムだった。
それよりも早い時間に起きているのは、遊女たちやお客の為に料理を用意する料理人だったり、廓をきれいに掃除して回る掃除夫だったり、とにかく廓の細々とした雑用を受け持つ者たちだ。
それ以外にも、数こそ夜見世よりも三分の一と少ないものの、夜に客を取らず昼間の客専門の昼見世の遊女たちも起きている。
昼間の客専門の彼らは、大体朝の七時には起きて食事や朝稽古などを行い、夜見世組の遊女たちが起き抜けてくる前に会計士からの集金を受ける決まりになっていた。
そうしないと、数が多い夜見世組の集金と帳簿付けが終わる前に夜見世の時間になってしまう為、客を取る処ではなくなってしまうらしい。
出来るだけ、建御雷達のような会計士が遅い時間までいるのも、廓の営業には差し障りがある事も多く、店側からも夕方の十六時までには廓から出るように言われていたりする。
建御雷が受け持つ廓には、昼見世専属の遊女は全部で五人。
普段から、彼女たちの予定は大体把握しているし、昼前よりも早めに出向いたとしても文句は言われない。
サクサクと、全員から集金と話を聞いて台帳さえつけてしまえば、昼過ぎの夜見世組の集金時間が来るまでは空きの時間になるのだ。

今回の一件で、とにかく話を付けなければいけない相手がいる以上、建御雷が仕事は先送りで進めてしまいたいと思っても仕方がないだろう。

何より、建御雷が用のある相手はこの廓の中にいるのだ。
仕事は仕事としてサクサク進める事で、余裕が出来た残りの時間を相手と話す時間に充てる予定の下、建御雷は自分の仕事を進めていた。
多分……この廓に居るだろう相手も、昨日の今日と言う事もある為、それ相応に警戒している可能性はかなり高いが、そんな事など最初から承知している。
とにかく、今回の一件について建御雷が判断を下す為にも、本人の口からも事情を聴かなくては話が進まない。
そう思いつつ、建御雷はサクサクと廓の遊女たちから話を聞いては台帳を書き留め、集金を済ませていった。

最後の部屋を前に、建御雷は大きく息を吐くと軽く三回ノックをしてから声を掛ける。

「邪魔するぞ、白雪。
昨日の台帳と集金に来た。」

慣れた手付きでドアを開ければ、そこに居たのはまだ十代半ばを超えたばかりの、線の細い印象を受ける一人の少女。
白銀の艶やかな輝きを放つ美しい髪と、トロリと蕩ける様に蜂蜜色に潤んだ瞳は、とても魅惑的に見えるだろうし、そっと目を伏せる嫋やかなその仕種は、それこそこの廓に通う者たちを魅了してやまないだろう。
だが、そんな彼女の仕種に惑わされる程、浅い付き合いをしているつもりはない。
いつもの様に、サクサクドアを閉めて部屋の中に進みながら、建御雷はスッと声を潜めると目を細めてその少女を真っすぐに見る。
その視線を、真っ向から受け止める少女に向けて、建御雷は遠慮する事なくもう一つの用件を口にした。

「……それと、だ。
昨夜のギルド会議のアルベドの一件、改めて詳しく話して貰おうじゃないか?
なぁ……タブラさんよ。」

どこか凄む様に問えば、どこか困った様子で視線を彷徨わせる少女__タブラ・スマラグディナが居たのだった。

*****

武人建御雷の【リアル】の名前は、建原武(たてはらたけし)と言う。

彼の実家は、貧困層に片足を突っ込んでいるもののギリギリ中流層で留まっている程度の経済力しかなくて、それこそ何かの拍子に貧困層に落ちてもおかしくない状況だった。
家族は、両親以外にも下に妹が二人居る。
共働きで、働けるだけ働いてもそんなギリギリな経済力だった事から、子供を三人育てるのは元々難しい話だったのだろう。
両親の口から、三人の子供を誰一人欠けさせさせる事無く育てる為には、どうしてもそれぞれを小学校まで通わせるのが精一杯だと言われたのが、彼が小学四年生の頃の話だ。
確かに、両親の言いたい事は納得出来る話だった。
もし、このまま自分一人だけが上の学校を出たとしても、無学の妹たちの一生を面倒見れるだけの稼ぎが得られるかと問われると微妙だと言っていいだろう。
それなら、建御雷だけが中学校に通うのではなく、最初から三人とも最終学歴を小卒で就職先を探した方が、余程生活の糧を得られるのは間違いない。
そう、自分なりに答えを出した建御雷が進学を諦めるのは、割と早かった。

それに……建御雷が妹たちの人生まで背負ってやれる程、この世界は優しくない。

元々、彼は自分の家族を大切にするタイプだった事もあり、三人とも確実に小学校まで出られるだけでも貧困層に人間たちよりは十分裕福な生活だと、さっくりと自分の将来から進学と言う選択肢を消した後、それでも手に職を付けるべきだろうと建御雷が色々と考えるまで、それ程時間は掛からなかった。
小学校の授業を受ける中で、特に自分が得意な分野を子供なりに模索していた結果、計算関連に強い事に気付いたのは小学五年生の頃。
自宅で、【高校中退】と言う割とこの時代では高学歴でありながら、どこかお人好しな性格のせいで貧乏くじを引く事が多い父が、必死に睨めっこしていたのは会計ソフトだった。
もちろん、仕事を持ち帰ってきた訳ではない。

営業職だった父親が、いつもの様にお人好しさに付け入られた結果、いきなり庶務会計へと部署を異動になった事によって、今まで使った事もない会計ソフトの基礎を学ぶべく、ネットから適当な家計用の会計ソフトを拾い上げ、それで練習の様なモノをしていたのだ。

父親が、慣れない会計ソフトを相手に四苦八苦しながら操作する傍らで、その様子を興味深げに見ていた建御雷は、やがてすぐにその操作方法などを学習してしまった。
元々、彼の父親が自分で準備した会計用ソフトが、割と簡単な部類だった事もその要因の一つだろう。
建御雷自身、幾らなんでも実際に会社で使うソフトはここまで簡単なものである筈がないと考えた後、自分なりにもう少し深く勉強する事にした。
その為に、母親に頼んで別のソフトを端末にダウンロードして貰った上で、学校から帰った後に自分で一か月分の家計の帳簿を付けつつ収支計算をしてみたのである。

すると、父親が使っていた物よりも複雑なものだったにも拘らず、たった三日で使いこなしてしまったのだ。

その事から、自分の職業適性を会計関連だと位置付けた建御雷は、小学校の卒業の目途が立つと同時に、会計職としての就職活動に入った。
もちろん、最終学歴が小卒の身でしかない建御雷が、そんなに簡単に会計関連の仕事を見付けられる筈がない。
この手の仕事は、中学や高校を卒業した様な高学歴のものが優先的に雇われる事が多く、このままでは本当に安月給の適当な工場勤務しか勤務先が無いと、焦り始めた頃である。

父親の数少ない友人が、建御雷に今の仕事を紹介してくれたのは。

正直、最初はかなり胡散臭い話だと思っていた。
示された給料は、どう考えても小卒の給料にしては高額だったし、仕事の時間も割と一般的な仕事に比べて拘束が短い。
仕事の内容も、それぞれ担当として請け負う場所の集金とその帳簿管理、きちんと会計別の月間収支報告を纏める事といった事務的な作業がメイン、それなりに数字に強ければそこまで難しいとは言えなかった。
どちらかというと、これだけ割が良い仕事は自分たち小卒よりも、中卒以上の人間が進んで就職していく内容の気がする。
それなのに、実際に父親の友人だという人物が話を持って来たのは、小卒の建御雷だ。

どうして、彼はここまで割のいい仕事を自分に紹介してくれたのだろうか?

余りの胡散臭さに、最初は本当にこの話を受けても構わないのか、本気で迷ったのだが……他に会計職として就職出来そうな当てもない。
むしろ、出来るだけ自分の能力を生かせるだろう会計職を探していたせいで、少しでも割のいい仕事はもう残っていない状況になってしまっている。
その為、紹介された先にとにかく面接を受けるべく赴いた建御雷は、すぐに自分にまで話が来たのか、その理由に納得した。

何故なら、その会計事務所を経営していた社長が、どう見ても堅気には思えなかったからだ。

堅気じゃない人間が経営している、真っ当な会社でないなら……この集金と帳簿管理と言うのもまともな仕事の内容ではないのだろう。
だからこそ、例え建御雷の様なまともに仕事が出来るかどうか判らない子供でも、一先ず計算だけ出来れば問題ないと、最初から使い潰す方向で雇い入れるつもりなんじゃないだろうか?
そう思い付いた途端、出来ればこの話を無かった事にしたかった。
もしかしたら、面接で「流石に使えない」と思って貰えないかと考えていたのだが、とんとん拍子で建御雷がこの会社に就職する方向で話が纏まっていく。

余りの話の早さに、建御雷は父親の友人に上手く嵌められたんじゃないかと、本気で不安だったのだが……それは全部杞憂だった。

それこそ、真っ当な仕事をしていない様な顔をしているこの社長だが、実はとても真面目で仕事が出来るやり手の社長だったのだ。
ただ、この強面過ぎる顔のせいで自分から紹介を受けて面接を受けに来るのだが、彼が最終面接する度に就職希望だった筈の高学歴の相手から恐れられて、そのまま就職してもまともに仕事にならず速攻で辞めていくなんて事が相次いでいた。
武御雷に話が回ってきたのは、「学歴よりもまずは戦力になりそうな人間が欲しい」という、社長からの最重要希望だったのだそうだ。

だから、建御雷はまだ小学校を卒業したばかりなのに、面接に際に普通に大人でも恐怖に強張る社長の顔を見ても泣き出す事もなく、それどころかきちんと自分の希望やら自分に出来る能力を示せた事などが気に入られ、即採用になったのである。

実際、建御雷に対する仕事の内容のレクチャーはきちんとした先輩が付いたし、仕事の内容を正式に採用になった事で詳しく聞いてみれば、それ相応の紹介があった相手でないと採用しない理由も納得出来た。
何故なら、彼が就職した会計事務所が扱う電子マネーの集金先と言うのが、【新吉原】と呼ばれる富裕層が金を出し合って作った花街だったのだから。

__【新吉原】……それは、富裕層の一部の男たちの夢の結晶。

この街は、男女問わず遊女たちが己の身体を売る場所であり、様々な芸の技を磨いてそれを売る場所でもある。
嘗て、江戸時代の花街の様に【胡蝶の夢】を見れる様にと贅を極めた、富裕層が自分たちの様々な欲を満たす為にこの時代に作り出した場所。
そこに住む遊女たちは、贅を尽くした装束一式を身に纏い様々な知識と芸の技を用いて、己の客となった相手をあらゆる意味で楽しませていた。
だが、煌びやかな衣装などを用意する費用は全て彼女たち自身に借金として重くのしかかり、彼らの収入は全て廓の経営者に握られていて、殆ど自由になるものはない。
彼らに対して、馴染みとなった客から個人的に与えられた小遣い以外、一切の金銭は与えられる事はないものの、細々とした仕事の為の必要経費は全て廓が持つ事になっていた。

富裕層の人間たちが満足する様に、それこそ様々な知識と芸を身に着ける為に必要なものは、この世界では一般的な電脳空間に入る為の端末などを首に付ける為の手術代はもちろん、見習である禿になった時点から最初の一年は全ての芸事や知識の習得に必要なものの購入費など、学習費用として全て廓側が払ってくれるのだ。

そこで、どこまで自分の芸の技や知識を身に着けるかで、その後の自分の将来が決まると言っていいだろう。
この世界では、何を学ぶにしてもその費用は半端ではないのだ。
もし、最初の一年で自分が何に秀でているのか判断出来ないと、それこそ例え美人だったとしても下級遊女としてランクが落ちていくし、逆にそこで自分の適性を見付けてそちらを磨く事が出来れば、多少の顔の作りが悪くても上級遊女として扱われるしかない。

この新吉原では、見た目だけでなく芸や話術で客を楽しませられなければ、一流の遊女にはなれないのだ。

それこそ、男にとって【胡蝶の夢】の様な場所であり……遊女たちにとっては、自分たちが生きていく為に鎬を削る場所。
建御雷の職場である会計事務所は、そんな花街全ての経理の一切を任されていたのである。

実は、建御雷が採用されたもう一つの理由も、この場所で仕事するのに丁度良いと言う理由があった。

それこそ、まだ小学校を卒業したばかりの子供の建御雷なら、ここの裏側を最初から見せながら仕事を覚えさせれば、下手にこの辺り一帯の廓の女性に手を出そうとはしないだろう。
この花街で生きるのが、どれだけ過酷な事なのかまだ子供のうちからその裏側を知ってしまえば、馬鹿な真似をする危険性を嫌でも学ぶ事になるからだ。
それと同時に、集金と台帳の伺いに来るのが子供と言っていい年頃なら、見世に出ている遊女たちはその子の事を可愛がる可能性があると考えたのである。
実際、社長を含めた会計事務所の先輩たちの考えは当たっていた。
彼女たちの大半が、下に弟や妹が居て生活苦を何とかする為に売られてきている。

だからこそ、そんな弟を思わせる建御雷の存在は、彼女たちの良い慰めになっていたのだ。

そんな感じで、何とかこの仕事に馴染んで来た建御雷が、当時禿だったとある一人の少女にあったのはそれから半年後。
他の遊女と同じ様に、幼い頃に売られてきた彼女に与えられた源氏名は【高尾】。
彼女は、数年後には建御雷が受け持つ廓どころか【花街一の太夫】と呼ばれる高尾太夫であり……白雪___タブラ・スマラグディナの実の母親だった。

******

正直に言おう。
建御雷にとって、タブラの母である高尾大夫は淡い初恋の相手だった。
もちろん、最初から手が届かない相手だと言う事は判っていたし、会社の社長に廓の様々な知識も勉強させられていたから、無理に彼女を連れ出そうなんて事は考えた事はない。
遊女の足抜けへの与えられる罰は、この【リアル】でもかなり重い。
それ以前に、数年掛けてこのアーコロジーの端にある廓での生活に慣れてしまった彼女たちが、外の貧困層の街で暮らせるはずが無いのだ。

彼女たちの人工肺は、例え最上級品のガスマスクを付けていたとしても、外の環境に耐えられる程の耐性が与えられていないのだから。

決して、年季が明ける以外の方法でこの場から逃げられない事を理解しているからこそ、彼女たちはこの【新吉原】から逃げ出すよりもここでの生活をより良くする方を考えている。
その手段はそれぞれだが、意外と遊女同士がお互いにいがみ合う事は少ない。
お互いに上手く協力し合った方が、最終的には全体の生活環境の向上に繋がる事を、様々な経験で理解しているからだ。
むしろ、自分一人だけ飛び抜けて良い環境を得ようと考える方が、逆に他の遊女を敵に回す事が多く廓の中で爪弾きにされる為、かえって苦しい思いをする事が多いらしい。

もちろん、遊女としての客に対する手練手管や芸の道で上達するもの大切な事だが、彼女たちの中で一番必要とされるのは仲間を思いやれるだけの人格者であるかと言う事らしい。

それはさておき。
高尾太夫とは、仕事の関係もあって割と仲が良い方だった。
お互い、年の頃も近いと言うのも気安さに繋がったのだとは思う。
建御雷自身、彼女の為に自分が出来る事など殆どないのは判り切っていた。
だから、せめて彼女があらゆる芸を磨いて自分らしくいられるだけの立場にはいて欲しいと、彼女が段々と階位を上げていく度にお祝いをしてあげていた記憶もある。

だから……そんな風に自分に出来る限り大切にしていた筈の彼女が、たった一人の富裕層の気紛れによって半年もの間【居続け】と言う扱いを受け、無理矢理妊娠させられていた事を知った時は、無性に悔しかった。

こんな事になるなら、彼女はもっと下の……太夫まで上り詰めるんじゃなくその下の更に下の位である【格子】で居れば良かったのだ。
そうすれば、あんな男の目に留まる事もなかっただろうし、もう産むしかない状況になるまで【居続け】を悪用される事もなかっただろう。
全部、彼女がアーコロジーの中で知らない者が居ない位に、有名になってしまったから引き起こされた事態だ。
あの男は、本来なら禁止されていた【遊女との間に子供を作る】と言う行為を、「実際に実行したらどうなるのか、新吉原一有名な高尾太夫で実験してみただけだ」と笑っていったらしい。

その話を郭の楼主から聞いた途端、建御雷は怒りで目の前が真っ赤に染まった記憶がある。

だが、建御雷以上に彼の勤め先の会計事務所の社長がブチ切れていたらしく、富裕層でもかなり上の地位に居た社長の手によって、結果的にその男は自分の一族全てを巻き込み、路頭に迷う事になったそうだ。
これは、随分後で知ったのだが……諸事情によって自分の血を引く子供を持つ事が出来ないらしい社長は、真面目一辺倒で働く建御雷の事を殊の外気に入っていたらしい。
いずれ時期が来たら、正式に自分の養子に迎え入れた後、丁度年季が明けるだろう高尾太夫と所帯を持たせる計画を立てる位には。

だが、その話もあの馬鹿男によって高尾太夫が無理矢理妊娠させられた挙句、堕胎出来る時期を過ぎていて産むしかない状況にされた事で、難しくなった。

もちろん、社長が建御雷の事を養子に迎え入れる話が、と言う訳ではない。
難しくなったのは、建御雷と高尾太夫の二人を正式に夫婦として所帯を持たせる事が、だ。
彼女がこのまま子供を産めば、何れその子供の存在が別の意味で問題になるだろうと、社長は考えていたらしい。
まぁ、社長の手によって一族全てを路頭に迷わせた男の血を引く訳だから、彼女と一緒に建御雷がその子を引き取る事は出来ないだろう。

万が一、ある程度年数を重ねた後もそいつが生き残っていた場合、その事をネタに金を強請ろうとする可能性が出てくるからだ。

もっとも、この世界は一旦路頭に迷う様な状態になったら、そこから生き残るのはかなり難しいだろう。
社長が、そんな生易しい事をするとはとても思えない。
ひとまず、問題の男とその一族との片を付けた後、社長から改めて養子の話を持ち掛けられた建御雷は、色々と考えた上でその話はしばらく待って貰う事になった。
まだ、この時の社長は四十前の働き盛り。
それこそ、まだ十五年は十分現役で通用するので、すぐに跡取りが必要な訳じゃない。
それに、跡取りとして建御雷が彼の家に養子に入ったとしても、彼が貧困層出身であり小卒でしかない事を取引先が知ったら、現在の様な経営を続けていけないかもしれないと、そう考えたのだ。

色々な事を、社長と長い時間を掛けて話し合った結果、武御雷はこのまま仕事をしながら通信制の学校に通い、高校卒業資格をはじめとした様々な資格を取る事になった。

きちんと必要な単位を取得し試験に受かれば、正式に高校までの卒業資格を与えられる、特殊な通信教育。
これは、富裕層の中でも闘病中の子供などが利用するものらしく、それこそ目が飛び出る様な高額な学費が必要だった。
普通なら、建御雷ではとても支払えない学費は、社長が全額負担する事になっている。
流石に、この話が来た時点でどう言うものなのか調べた事あり、必要経費がどれだけ高額なのか知っていた建御雷は、最初は余りに申し訳なくて断ったのだ。

だが、社長から笑いながら言われたのは、こんな言葉。

「どうせ、何れはお前がうちに養子に来るなら、跡継ぎとして必要な教育費は全部必要経費みたいなもんだ。
勉強って奴は、若いうちに身に着けておいた方が、年を取ってからよりも短い時間で学べるからな。
まだお前は若いんだし、今からなら十分仕事しつつ資格が取れるだろうよ。
今の時代、こんなチャンスなんてそう簡単には来ないもんだと思って、素直に受けりゃいいんだよ。
元々、お前はうちの遠縁にあたる事がこの間のDNA鑑定でも正式に判明したし、俺との養子縁組自体には問題ないんだからな。
なぁに、取り引き先がこの事に関してなんか言ってきたら、【人様の家庭の事情に口を挟むな!】って、はっきり言ってやればいいんだよ。」

流石、例え武御雷が貧困層出身だとしても、自分が「使える人材」だと見込んだら、迷う事無く自分の直属の会計事務所で雇うだけの度量がるお人だと思う。
そんな風に、はっきりと押し切られてしまえば、武御雷に断れる訳がない。
社長に勧められるまま、通信教育で高校卒業資格を取るべく学習し始めて半年後、高尾太夫は一人の女の子を無事に出産した。

それが、後のタブラ・スマラグディナとの初めての出会いである。

高尾太夫の出産は、割と難産だったらしい。
元々、この界隈には産婦人科の病院はあるものの、そちらはほぼ遊女たちの堕胎専門に近い状態で、まともな出産など十数年振りだったのだ。
色々と、準備不足で片手落ちな部分も多かったのも、難産の要因の一つになったそうだ。
それでも、何とか母子ともに無事に出産が済み、この一件を知る者たちがホッと一息ついた所で、廓の楼主によって別の騒動が引き起こされた。

生まれたばかりの赤ん坊を、高尾太夫から強引に取り上げた上で、適当な所に金を与えて処分しようとしたのである。

楼主からすれば、郭で一番の稼ぎ頭である高尾太夫が腹の中に赤ん坊がいたせいで、半年も客を取れない状態から漸く解放されたのだ。
とにかく、早く高尾太夫を元の状態に戻す事で、少しでも早く彼女が見世で客を取る事で稼ぎを取り戻して欲しいと、欲を出したのだろう。
今回の騒動で、建御雷の社長が話を付けた際に、高尾太夫が働けない期間の賠償金はしっかりと受け取っているのに、彼女の美貌と人気が完全に衰える前に稼ぎたいと言う欲が、この行動になったのである。

しかし、それに対する強烈なしっぺ返しが、廓の楼主には待っていた。

最初こそ、彼の思惑通りに話は進んでいたのだ。
借金の減額を餌に、高尾太夫付きの禿を使って彼女が寝入った所を狙って、赤ん坊を連れ出す事は出来たらしい。
だが……周囲の不穏な気配を感じ取ってしまったのだろう。
禿が部屋を出るまで、しっかり眠っていた筈の赤ん坊が目を覚まし、母のぬくもりを求めて泣き出したのである。
その声を耳にした途端、眠っていた筈の高尾太夫はすぐさま目を覚ましたかと思うと、自分の手元に居ない事に気が付いて。

自分の大切な赤ん坊が、誰かに連れ出された事を理解した瞬間、高尾太夫は狂乱状態に陥ったのである。

そこから先の、彼女の行動はとても素早かった。
元々、頂き物の菓子類を切り分けるべく自分の部屋にあった果物ナイフ掴むと、赤ん坊の事を指示しただろう楼主の部屋へ押し入り、「私の赤ちゃんを返せぇ!!」と叫びながら楼主の事を執拗に追い回し始めたのである。
彼女の狂乱状態は、赤ん坊の処分を命じられていた若衆の一人が、その状況に気付いて慌てて赤ん坊を彼女の元へ連れて行くまで続いていて、彼が赤ん坊と共に駆け付けた時は、あわや楼主を刺し殺す直前だった。

流石に、今まで従順あった高尾太夫の変わり様に、楼主は頭を抱えたらしい。

つい、欲の深さからこんな行動をしてしまったが、既に高尾太夫が子供を産んでいる事はこの新吉原に関わる者なら客の間ですら周知の事実なのだ。
無理に元の高尾太夫の人気を取り戻そうと、邪魔な子供をこうして排除してなかった事にしようとする方が、こうして子供を奪われた怒りから暴走して彼女の本来の美しさを損ない、逆に客が減ってしまうだろう。
それに気付いた時点で、楼主は一つの契約を高尾太夫に持ち掛けた。

「子供の養育をこの廓の中で認める代わりに、今高尾太夫が背負っている借金の額を子供と二人分に増額し、年季が明ける期間を延ばす事。
そして、いずれある程度の年の頃まで娘が育ったら、高尾太夫が払いきれなかったその娘の分の借金は自分が禿から遊女へとなる事で返済させる事。」

普通なら、これだけの要求を前にしたら即答を迷う案件にも拘らず、高尾太夫はそれをあっさり受けた。
楼主が予想した通り、彼女にとってそれだけ子供の存在を手放す事の方が、耐えられなかったのだ。
娘の借金の分は、自分がもっと頑張って稼いでしまえばいいと、割と簡単に考えていたのかもしれない。

だから、普通ならどう考えても無茶な条件を、彼女はあっさりと飲んだのだ。

丁度、その一件が起きた際に廓の中でいつも通りに仕事をしていた建御雷も、彼女の子供を探し求める悲痛な声や楼主に迫る恐ろしい声を耳にしている。
あれを聞いてしまえば、子供と引き離せば彼女の心が確実に壊れる事など、誰にでも簡単に察知する事が出来てしまうだろう。
そんな配慮もあって、高尾太夫は無事に娘を育てる権利を得た。

ただ、この約定に建御雷が一つだけ憂慮すべき点があるとすれば、楼主が本当に高尾太夫一人だけの稼ぎで返せるだけの金額で、本当に娘の養育費を済ませてくれるのか、と言う点だった。

その建御雷が抱いた予想は、やはり外れていなかった。
廓の楼主は、それこそ高尾太夫の娘の教育や身に着ける服や装飾品、食事に至るまで最上級のものを与える事で高尾太夫が負う負債額を着実に増やしていったのである。
直接学校には通わせられなくても、建御雷が受けている様な通信教育制度を利用して最大限の知識を湯水の様に与え、その費用を丸々高尾太夫への負債に加えていく。
しかも、廓に属する者として娘はこの場に留まる事を許されている為に、楼主の教育方針に高尾太夫は母親として口を挟む権利すらない状況で。

結果、高尾太夫は年季が明ける前に病に倒れて帰らぬ人になった。

彼女の娘である、白雪が正式に禿になった五歳の時の話だ。
その時点で、後二年後には高尾太夫の年季が明ける予定になっていたのだが、楼主に負わされた白雪の分の借金が六割ほど残っている状況だったので、どちらにせよ白雪が自分で借金を返すべく禿から遊女になるしかない事がほぼ確定した事も、高尾太夫が病気と闘う気力を失わせたのかもしれない。
とにかく、高尾太夫という大きな庇護者が居なくなった白雪は、このままだと楼主の言い様に扱われる運命だった筈だったのだ。

建御雷が、それまで養子の話を待って貰っていた社長に頭を下げて正式に養子縁組し、その彼の後継者として正式に彼女の……白雪の後見人に立つまでは。

そう、建御雷と白雪__タブラ・スマラグディナとは、花魁白雪太夫と彼女の後見人の建原猛と言う関係であり、二人の感覚的には父親と娘と言うのが一番近い感覚なのだろう。
本来なら、白雪の借金も全部肩代わりして楼主に支払い、自分の手元に引き取りたいのが建御雷の本音だったが、流石にそこまでは自分の義理の父親になったばかりの社長が許さなかった。
理由は、もちろん幾つかある。
建御雷が、幾ら赤ん坊の頃からの付き合いだとしても、白雪一人に対してそこまでしてしまうと、逆に廓の楼主と上手く付き合って来ていた会計事務所との関係に罅を入れてしまう可能性があったと言うのが一つ。
廓の楼主に、白雪が負わされていた負債額が流石に高額過ぎて、養子に入ったばかりの建御雷に使わせるには問題がある金額だったと言うのが一つ。
廓の遊女たちが、流石に白雪一人にそんな依怙贔屓的な行動をしたら、建御雷に対する信用を失う可能性があり、そうすると彼女たち相手の仕事に差し障りが出る事が一つ。

それらを鑑みて、白雪の為に建御雷に許される最大限の行動が、後見人に立つ事だったのである。

因みに、建御雷が社長の養子に入り後継者に正式になった事で、彼の生活が以前のものと変わったかと言うと……実は何の変化もなかったりする。
元々、社長自らが人手不足から廓の一つに集金を行う状況だったから事もあり、今まで通り普通に受け持ちの廓に顔を出して集金と台帳を付ける日々は変わらない。
収入も、社長の後継者に正式になった事でそれなりに増えたものの、その分住居を今まで住んでいた場所からアーコロジー内に強制的に転居させられたので、その家賃支払いに相殺されて殆ど手元に入る額は変わっていなかった事から、生活レベルはそれほど変わっていなかったりする。
服装に関しては、仕事柄それなりのものを就職した時点で着る事を義務付けられていたので、ちょっとだけ衣装のランクが上がった程度の変化しかなかったのだ。

因みに、これらは全て【ユグドラシル】が正式にサービス開始する七年も前に起きた話だった。

*******

現在、建御雷の目の前でしょんぼりと萎れているのは、この廓の中でも三番人気であり、先日昼見世専属の格子太夫になったばかりの白雪太夫こと、タブラ・スマラグディナだ。
彼女自身、昨日の会議の時点でこうなる事はある程度予想が付いていたのだろう。
己の仕事として、建御雷が集金と台帳付けをするのはもちろんだが、父親代わりの後見人として毎日様子を見に来てくれている彼が、昨日の一件を受けて顔を出さない筈がないのだ。
一先ず、仕事を済ませてしまった方がゆっくり話せるだろうと、サクサク聞き取り台帳を付け終えた所で、建御雷は大きく息を吐いた。
その途端、こちらの様子をビクビクとした様子で伺っていたらしいタブラの方が小さく跳ねる。

「……んで?
昨日の一件について、俺が事情を全く知らなかったのは、どういう塩梅から来てるんだ?」

ギロリと睨みながら問えば、流石にこちらが怒っている事を含めて色々と拙いと判断したからなのか、おどおどと視線を彷徨わせる。
手元にあった、客がいない時の手慰みとして編み掛けになっているマフラーの毛糸玉を弄りつつ、ぼそぼそとタブラが口を開いたのは、それから暫く待った後だった。

「……だって…とと様がこんなに怒る様な、大事になるなんて思いもしなかったもの。
アルベドの設定は、ナザリックの者を流用している時点でしっかりしてあるから大丈夫だと思っていたのよ。
メールペットのお世話だって、ちゃんと楼主が禿時代の私にしていた様にしたつもりだったから、それで私なりに出来ていたと思っていたもの。
私、ちゃんと立派な格子太夫にまで成れたもの。
アルベドへの扱いだって、あれで正しかった筈だと思うわ。
それに、ゲームの中ならボイスチェンジを使えるから問題ないけど、メールサーバーの中にはボイスチェンジ機能が付いていないでしょう?
だから、自分のメールペットのアルベドはもちろんだけど、他のメールペットの子たちにも声を掛ける訳にはいかないから、余り相手をする事も出来なかったのよね……」

自分が、実は女性だと言う事を伏せている関係上、自分の地声を聞かせる訳にはいかないと考えていた事を告げるタブラに、建御雷は大きく溜息を吐くしかない。
確かに、彼女の主張はある意味正しいだろう。
彼女の立場を考えれば、ネットゲームで性別やら年齢やらを伏せるのは、必要不可欠な事だったのだ。

こんな風に、メールペットを育てながら交流する事になるのは、元々想定外なのである。

更に、彼女の育った環境がこんな特殊な場所だった事も、その考えを増長させる要因だと言っていい。
タブラの母である高尾太夫は、娘と一緒に居る為に抱え込んだ借金の返済に追われ、実際には余り母親としてタブラに関わる事が殆ど出来ないまま亡くなっている。
その分、彼女の事を小さな頃からあらゆる意味で最上級の禿になるべく教育していたのは、この廓の楼主と高尾太夫の仲間の遊女たちだったのだ。
彼の、高尾太夫への嫌がらせも含んだ教育方針によって、物心つく前から遊女としてはあらゆる点で最高の教育を受けられたと言っていいだろうが、その分親子の情はかなり薄く育てられてしまっている。

それが、今回の一件に影響したのは、まず間違いなかった。

《……まだ、この子は十五になったばかりだからなぁ……
普通の家庭に育っていたのならまだしも、この特殊環境で育ったのもしっかり影響しているだろうし。
頭が良くて、男を手玉に取る手練手管には長けてても、育成系のゲームやメールペットの場合、そう言う部分はほとんど役に立たないから、こんな感じになっちまったと思うべきか……
元々、親子の情には疎い部分も強かったし……まぁ、これも仕方がねぇよな。》

ガシガシッと、自分の頭を掻き毟りながら、武御雷は小さく嘆息する。
彼の目の前には、自分がした事を余り良く理解していないらしいタブラが、本当に不思議そうに首を傾げていて。
どう見ても、色違いの幼いアルベドの様な容姿をしたタブラを前に、どう言えば自分の対応が不味かった事を理解し納得して貰えるのか、建御雷はただただ頭を悩ませる事になったのだった。




という訳で、建御雷さんの過去とタブラさんとどんな関係なのかと言う答えになります。
そう、建御雷さんとタブラさんの関係は、父親代わりの後見人と格子太夫と言う(笑)
二人の年の差は、十八歳差で本当に親と子位離れていたりするのですよ、えぇ。


ははははは!
本当にすいません!
タブラさんに関して、盛大な捏造部分と女体化が発生してしまいました。
最後まで、どうするか迷っていた設定なんですが……年齢と生まれた環境は性別がどっちでも変わらない事は確定していたので、だったら素直に女体化して貰いました、はい。

タブラさんの年齢ですが、ユグドラシル開始時十一歳と三か月、メールペットを受け取った頃はまだ十五歳と十か月でした。
振出新造として、白雪(タブラさん)が正式に水揚げ(遊女デビュー)する事になったのは、十三歳の時だったりします。


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アルベドの回顧録

嵐が起きる前に、未来の彼女から見たこの頃の回顧録を。


ねぇ、そこのあなた。
私の話を、少しだけ聞いてくれないかしら?
これは、本当に愚かだった頃の、私の昔話よ。

そうね……愛に飢えていた、小さな娘の愚かな話とでも言えばいいのかしら。

興味を持ってくれた?
それなら、そこに座って聞いて欲しいわ。
少しばかり、長いお話になるもの。
だからお願いするわ。
私の前の席に、是非座って下さらないかしら?

******

私の名前は、アルベド。
タブラ・スマラグディナ様のメールペットで、娘の様な存在よ。
そして、賢いと言われながら実は愚かで我儘だった女でもあるわ。

一体、どうしてそんな事を言うのかって?

それは、とても簡単な話なの。
私はね……そう、一年前に自らの手で引き起こした騒動まで、お父様は私の事など本当の意味では殆ど見てくれてはいない、愛されていない娘のだと、ずっと思っていた愚かな女なのよ。
どうして私が、そんな風に思っていたのか気になるのかしら?

私だって、最初からそんな風に思っていた訳ではないのよ。

初めてお父様の所に来た頃は、ちゃんと大切にされていると、本当に思っていたわ。
だって、お父様は色々な事を私に学ばせて下さったもの。
どれも全部、私の事を考えて様々な内容を学ばせて下さっていると、与えられるものを全てこなしながらずっと思っていたわ。
その証拠に、当時の私が与えられた課題をきちんとこなせば頭を撫でて下さったし、お父様の元へ来てから食べるものや身の回りのもので、不自由した事は一度もないもの。

だけど、ただそれだけだった。

最初の頃は、それでも十分満たされていたから良かったのよ。
そうね……自分の置かれている状況が、本当に余り良く判っていなかったからかしら。
だから、どんな事でもお父様が「出来る様になれ」と望まれたのなら、全部やり遂げて見せたわ。
綺麗なお花の活け方はもちろん、刺繍や縫物などの手芸一般だって得意になったし、掃除だって洗濯だって全部綺麗にこなして見せた。

それこそ、普通の家庭にいる主婦と呼ばれる女性たちよりも家事一般は得意なんじゃないかしら?

だけど、お父様は学ぶべく与えられたそれらを私が全てこなせる様になると、余り構って下さらなくなった。
これに関して、後からお父様自身から聞いたお話だと、時期的にお父様のお仕事が忙しくなる頃と重なってしまって、余り私の事を構う事が出来なかったそうなの。
実際に、【ユグドラシル】にも余りログインする事が出来なかったそうだから、本当に忙しかったのでしょうね。
でも、当時の私はそんなお父様の事情を知らなかったから、とても寂しかった。
丁度その頃、他のメールペット達ともメールの配達で交流する様になって、そこで初めて私が受けていたのは単純な教育だけだと言う事も知ってしまったのも悪かったのでしょうね。
何故なら、私はお父様から他のメールペット達の主の様な、深い愛情を示す行動をされた事は、本当の意味では一度もなかった事を知ってしまったのですもの。
今にして思えば、色々と悪いタイミングが重なり過ぎただけだったのだけど……私は目の前の事実だけしか知らなかったから、悪い方に受け取ってしまったわ。

私は、本当はお父様から愛されていないんじゃないか、と。

自分へのお父様の態度など、幾つもの状況を並べていく事で他のメールペットの主との対応の差に気付いてしまえば、するすると自分が愛されていないのだと言う事も理解出来てしまったの。
だって、お父様は一度も私の名前を呼んで下さらなかったもの。
メールを届けに行った先で、お父様のお友達である主たちに愛されているメールペットの姿を目にしたら、もう我慢なんて出来なかった。

私だって、ちゃんとお父様に愛されたい。
誰よりもお父様に大切にされたい。
その腕に抱き締められる事で、暖かな主の……お父様の愛情を全身で感じたい。
優しい声で、私の名前をちゃんと呼んで欲しい。

私が、そう心の底から望んでしまっても仕方がない話だと思うの。

これは、ヘロヘロ様の言なのだけど……
【メールペットは、主からの愛で生きている存在ですから、主の愛が無ければ寂しくて心が死んでしまうんですよ?】
とおっしゃっていたわ。

あの頃の私も、多分それと同じだったのね。
お父様の愛が得られないと思って、寂しくて心が死んでしまいそうだったの。
だけど、お父様はそれに答えてくれるつもりが無いのだと、私はお父様の事情を何も知らなかったからそう思ってしまったのよ。

お父様自身から、私は愛される事はない。

そう思うと、胸が苦しくて潰れてしまいそうに辛かったわ。
でも、何を言っても否定出来ないだけの状況が目の前にあったから、それが本当だと思い込んでしまっていたの。
私が望む様に、お父様から愛情を注がれる事はない。
だから、いつまでも心が満たされる事はないのだと、あの頃の私は本気でそう思っていたわ。
えぇ……そうよ。
本気でそう思っていたからこそ、私は他の人に……父のお友達であると言う、他のメールペットの主達に対して、目が向いてしまったのでしょうね。

あの子たちと同じ様に、私も誰かにちゃんと受け入れて欲しいの。
お願い、誰か私の事を愛してくれないかしら?
私も、他の皆の様に愛される事で満たされたいの。

この頃の私は、気付いた時にはそれしか考えられなくなっていたわ。

そうね……当時の私は、まだとても心が幼かったのだと思うのよ。
当たり前と言えば、当たり前よね?
この世界に生まれてから、まだそれほど時間も経っていない頃の話なのだから、当然の話だわ。
だから、どうしても本当に愛されているのだと実感出来る様な愛情に満たされたくて、周囲の迷惑なんて考えられなかったのよ。

むしろ、あの頃の私にはそんな事を考える余裕なんて、どこにもなかったの。

考えてもみて?
当時の私は、自分に対して本来なら絶対的な愛情を注いでくれる筈のお父様から、愛されていないと思ってしまっていたのよ?
幾ら、私自身がナザリックのNPCのデータを継承していると言っても、自我が芽生えたばかりの頃だと言っていい時期だったもの。
そうね……多分、寂しさでどこか心が壊れかけていたのかもしれないわ。

だから、少しずつ周囲から自分が拒まれている事にも、私は気付く事なんて出来なかったの。

今にして思えば、あの頃の私は本当にどうしようもない我儘な子供だったのね。
お父様は、お父様なりに愛情を注ごうとして下さっていたのに、それに全く気付けなくて、自分の事を【親に愛されない哀れなお姫様】だとすら思っていたのかもしれない。
愛されていない事を免罪符に、自分がどれだけ我儘な行動をしているのか理解していなかったし、それが自分の立場を悪くしているなんて欠片も気付いていなかったわ。
主たちの中には、私に対して心配したからこその苦言を呈して下さった方もいらっしゃったのに、当時の私の耳は素通りだった。

私が欲しかったのは、自分に対して明確な愛情を示す優しい言葉だから。

そんなある日、お父様の行動が今までとは少し変わったのよ。
何でも、私の事で他の主の方々から色々と注意される事があって、お父様自身も私に対する自分の行動を振り返って下さったそうなの。
自分で振り返ってみて、流石にこれは駄目だろうと思い直して下さったお父様は、とても反省して私の事を構う時間を何とか作り出す方法を、それこそ沢山考えてくれたわ。
どんな理由であれ、私の事をお父様が構ってくれるという事実の方が、私にはとても嬉しかったわ。

この事が、お父様にとって後でどんなに大変な事になるのか、私は判っていなかったから。

それから、少しずつお父様と一緒に色々として過ごせる時間が増えていったわ。
この頃のお父様が、どれだけ無理を重ねて私の為に時間を割いて下さっていたのか、全く理解しないで浮かれていたの。
だって、漸く愛されているのだと少しずつ実感出来るようになってきたんですもの。
子供だった私が、浮かれてしまったとしても仕方が無いわよね。
その頃は、まだどこかぎこちない部分もあったし、直接声を掛けていただくのは少なかったけれど、それでも十分愛されている事は伝わって来たのよ。

お話が余り出来ない代わりに、お父様は私に沢山のお手紙は下さったから。

色々な理由があって、お父様はここではお話し出来る環境が整っていなかったそうなの。
その状況を知った、お父様のお友達の一人が他のお友達に相談して下さったから、もう少ししたらちゃんとお話し出来る様になるとお手紙で教えていただいた時は、本当に嬉しかった。
ただ……お父様のお友達のメールを持ってくる他のメールペット達にも、お父様が少しだけ優しく接する様になったのを見て、なんとなく言い様のない気持ちになったのだけど、それでも私の事を一番多く構ってくれている事だけは判ったから、不満は感じても我慢は出来たわ。

お父様に愛されている事の方が、私にはとても大切だったもの。

でも……そこで私はふと思い付いてしまったのよ。
ここまで大きな変化を齎した理由は、一体何だったのかと言う事に。
今、こうして当時の事を思い返してみると、本当にとても愚かな考えだったのだけど、あの頃に私にはそんな風にはとても思えなかったわ。

だって……それ位、私にとって劇的な変化だったのだもの。

それまで、私には手に入れられないのだと諦めかけていたお父様の愛情が、突然与えられる様になったのよ?
どうしてそうなったのか、私がその理由を考えてしまってもおかしくないわよね?
そうして、沢山の状況を重ね合わせながら色々と考えて出した結論が、正しい答えの様で実際は大きく間違っていた事に、あの頃の私には気付けなかった。
だからこそ、私はあんな風に考えてしまったの。

『 もしかして、お父様が変わったのは……私が悪い子だったから? 』……と。

むしろ、あの状況ではそう考えた方が納得出来てしまったのも駄目だったのね。
それと同時に、もっと良くない方向に思考を巡らせてしまったのも、まだ幼過ぎて自分の行動を本当の意味で理解していなかったからだと思うわ。
頭の中では、ちょっとだけ……そう、本当にちょっとだけ罪悪感を覚えていたけれど、でもそれだけだった。
むしろ、私の中ではこんな事を考える方が強かったのよ。

だとしたら……もっと私が悪い子になってみんなの事を困らせる様になれば、お父様は私の事をもっと構って下さる様になるのかしら?
悪い子になった私が、ちゃんとみんなと仲良く出来る様にと色々と考えて、私の事をもっとちゃんと見てくれる様になるのかしら?
私の事を、もっとちゃんと愛してくれるのかしら?

そんな風に、頭の中で思い付いてしまったら、もう止まらなかったわ。

だって、私は他の誰よりもお父様からの愛が欲しかったんですもの。
その為に必要な事なら……少しでも、お父様が私の事を見てくれるというのなら、周囲にとってどんなに嫌な思いをさせる事でも、私はそれこそ平気で出来た。

そう……出来てしまったの。

自分の取っている行動が、他のメールペットから嫌われる事だと言う事も、頭の端では判っていたわ。
でも、ただそれだけ。
判っているのと、本当の意味で理解しているのとは違っていたの。
だけど……あの頃の私は、そんな事にも気付けなかった。

だって……悪い子になって、みんなに迷惑を掛ける事をしていなければ、お父様は私の事を見てくれないと思い込んでいたから。

そんな私の身勝手な思い込みが、後でとんでもない騒動を引き起こす引き金をしてしまったの。
今でも、あの時の自分がしていた行動を思い返すと、とても愚か過ぎて頭を抱えてしまうし、本当に我儘な子供だったと思うわ。

だって……今までは絶対に敵に回すのは面倒だからと手を出さなかった、デミウルゴスへのちょっとした悪戯に近い嫌がらせをしてしまったのだもの。

それが原因で、デミウルゴスの主であるウルベルト様に対して、色々な意味で迷惑を掛けてしまう事になるなんて、欠片も思っていなかったの。
だからこそ、私は大胆な行動が出来たのね。
それも、ウルベルト様がメールサーバーにいらっしゃっていない上、デミウルゴスがメールの配達で不在だったのを見て、咄嗟に思い付いた行動だったのよ。
その結果が、どうなるかなんて当時の私は欠片も考えてもいなかったわ。
自分の行動が、確実にデミウルゴスの逆鱗に触れる行為だと、そんな事も私は予想していなかったの。

彼の逆鱗に触れる事が、どういう意味を持つのか当時の私には判っていなかったからこそ、出来た事なんだと今でも思うわ。



という訳で、今の時点から約一年後のアルベドの回顧録です。
こんな感じで、自分の悪かった所を振り返れるくらいには成長するアルベドですけど、その前に大きな波乱が起きます。
原因は、彼女自身。
切っ掛けとなる被害者は、デミウルゴスの筈が実はウルベルトさんと言う、笑えない話です。

さて……デミウルゴスの逆鱗に触れたという彼女は、一体何をしでかしたと思いますか?


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最新話 ギルド会議 2 ~騒動の始まり~

メールペットの続きになります。
今回も、ちょっとだけ短めです。
内容的には、ウルベルトさんがかなり不幸な目に合ってます。
ご了承くださいません。


その日……ウルベルトさんは、ユグドラシルに中々ログインして来る様子が無かった。

いつもなら、十日に一度のギルド会議の日は、必ず早い時間帯にログインして会議の準備を色々している人だった事もあり、その違和感がギルメンたち全員に広がっていて、どこか何とも言い難い嫌な予感が漂っている。
あれで、普段からギルドの中でも【魔法職最強】としてなまじ存在感がある人だから、他のギルメンが全員揃っている状況で居ない事も、この何とも言えない違和感の原因なのだろう。
その為なのか、どうも空気がピリピリしている事を肌で感じ取ったモモンガは、ギルド長として対応するべきなのかと、色々と考えていた時である。

漸く、待ち人たるウルベルトさんがログインしてきたのは。

ログインが終了し、円卓の前に姿を見せたウルベルトさんは自分の席に座ると、無言のままぐったりとした様子でその場に突っ伏した。
普段の彼から考えると、ログインして来たらきちんと挨拶をする人だし、こんな風にあっさりとギルメンの前で弱っている所を見せるなんて、到底あり得ない姿だと言っていいだろう。
一体、どうしたものかとモモンガが考えた瞬間、ゆらりと身体を起こしたウルベルトさんは、ギルメン達への挨拶をするのを忘れたまま、かなり強張った声でこう口にした。

「すいません……俺は、どうやら皆さんと一緒に居られるのは今日までみたいです。
先程、強制的に会社を首になってしまったので、もう【ユグドラシル】を続ける経済的な余裕は、全くなくなってしまいました……」

それだけ言うと、また力なく机の上に突っ伏すウルベルトさんの様子は、もう燃え尽きた様な印象が強い。
昨日まで、そんな素振りも見せずに色々と頑張っていたのを知っているだけに、どうしてそんな事になったのかモモンガには信じられなかった。
似た様な事を、ウルベルトさんの隣に座るペロロンチーノさんも考えたのだろう。
心配する様な声音で、そっとウルベルトさんに声を掛ける。

「一体、どうしてそんな事になるんですか?
確か、〖 少しだけですけど役が付くかもしれない 〗って言いながら、先日まで色々と頑張ってたよね?」

今の、色々と弱り切っているだろう彼にそれを聞くのは、かなりデリケートな部分でもあるので色々と躊躇う気持ちが大きい。
確かに大きいのだが、どうしてそんな事態に彼が陥ったのか、その事実関係を実際に聞かなければ状況を判断する事も出来ないので、話を切り出したペロロンチーノさんに対して内心拍手を送る。
こんな風に、彼が話を切り出してくれた事によって、ウルベルトさんもただ自分が【首になったから、ユグドラシルを続けられない】と言う事だけを端的に伝えていた事に気付いたのだろう。
少しだけ迷う素振りを見せた後、どちらにせよこの場から去る身だと腹を括ったのか、ゆっくりと口を開いた。

「……実は、今日提出の社内コンペの書類があったんです。
ペロロンチーノさんが、先程言った様にその結果次第でほんの少し役が付く可能性がありました。
それの制作には、朱雀さんとかに教えて貰った資料を集めたりとか、デミウルゴスに色々と手伝って貰ったりして完成したものだったんです。
てすが、出社してそれを上司に提出したら、一時間後にそれを精査した工場長から呼び出され、既に俺が提出したものと丸々同じ内容のものが別の社員から三十分前に提出された後だというんです。
後から提出した俺の作成した書類は、そいつのデータを盗んで作成されたものだと勝手に決め付けられて、工場長から首を言い渡されました。
〖 これだけ綿密な書類を、小卒のお前には作成出来る筈がない。
全く同じ内容の書類を提出している、中卒の彼のデータをどうやってか盗んでそれを丸々コピーしだんだろう。
うちの工場に、そんな泥棒の真似をする人間は要らない、貴様は首だ! 〗って。
俺の話は一切聞いてくれないまま、社員が工場に入る為のパスを取り上げられて工場の外へ叩き出されてしまいました。
追い出される際に、工場長の〖お前の私物は全てこちらで処分しておく〗という声も聞こえましたし、もうどうする事も出来なくて……
間違いなく、そいつが俺のデータを盗んだと言えるだけの確証もあるのに、俺の話を聞く気はないと言わんばかりに一切の連絡が繋がらなくて、もう本当に八方塞がりなんです。」

そこまで口にした所で、がっくりと肩を落としているウルベルトさんは、本当に今までの様に自信に溢れた姿しか知らないモモンガにすれば、可哀想な程に萎れていると言っていい。
どう考えても、工場長の対応は普通ではあり得ない様な代物だと思う。
だが、ウルベルトさんがどういう交友関係を持っていて、どんな風に問題の書類を作り上げたのか、プライベートに関わる事もあって、彼らは知らないのだ。
それなら、貧困層出身で学歴も小卒のウルベルトさんでは、中卒の社員より劣るのが当たり前だし同じ内容の書類が出されたのだとしたら、ウルベルトさんがその社員のデータを盗んだのだと、そう思われてしまっている可能性の方が高い。
だから、実際には相手の方がウルベルトさんからデータを盗んで提出した物を信用し、彼の方が冤罪を掛けられてしまったのだろう。

ざわざわと、ギルメン達からも色々な声が上がる中、一つだけあり得ない事に気付いたのはヘロヘロさんだった。

「……ちょっと待って下さい。
確か、ウルベルトさんの電脳サーバーは、デミウルゴスが幾重にも積み重ねたセキュリティシステムの防御壁が護りを固めてる筈ですよね?
前に一度、デミウルゴス本人から〖 ウィルス対策について、ご教授願えますか? 〗って質問を受けて、簡単にだけどそれに関して講義した事あるし、かなりかっちりした代物が構築されている筈だから、そう簡単にウィルスに侵入を許す筈がないと思うんだけど。」

「データを取られた事自体が、あり得ない」と、そうデミウルゴスのセキュリティシステムの強固さを知るヘロヘロさんの言葉に対して、がっくりとしたままウルベルトさんは首を振る。
その様子を見れば、そのあり得ない事が起きたのは間違いなかった。
ヘロヘロさんも、それを察したのだろう。
驚いた様に席から立ち上がると、ウルベルトさんの方へと駆け寄った。

「ゆっくりで良いですから、状況を整理する為にも話して下さい、ウルベルトさん。
この話は、ウルベルトさん達だけの問題じゃなくなっている可能性があります。
私たちギルメンの中で、一番強固なセキュリティシステムを持っているのは、私の所かウルベルトさんの所なのは、皆さんだってご存知でしょう?
今回の一件が、ウルベルトさんだけを付け狙ったウィルスだったとしても、その影響が他のメールペット達にまで出ないと、断言出来るだけのものがありません。
これは、【メールペットソフト】を使用している私たち共有の問題なんです。」

ヘロヘロさんの言った言葉を聞いて、一気に場の空気がウルベルトさんに対して険悪な物へと変わっていく。
確かに、自分たちの可愛いメールペットに影響が出る可能性があると言われたら、黙っていられないのは判る。
だが、あくまでもウルベルトさんは被害者でしかないのに、このままだとまるでウルベルトさんが悪いという感じになってしまうのではないだろうか?
そんな風に、どう考えても非があるとは思えないウルベルトさんとギルメン達が争うなんて言う状況など、とてもモモンガには耐えられなかった。

「ちょっと皆さん、落ち着いて下さい。
どう考えても、悪いのはそのウィルスを仕掛けてまでウルベルトさんのデータを盗んだ相手であって、ウルベルトさん本人じゃないですよね?
そんな風に、皆さんが〖 まるでウルベルトさんが悪い 〗という反応をするのは、どうかと思います。
まず、最初に私たちがウルベルトさんに確認する事があるとすれば、データを盗まれたと判明した時点で、どういう対応をしたかと言う事でしょう?
ここに、こうしてウルベルトさんが来ていると言う事は、既にきちんとウィルスチェック等が済んで安全の確認が済んでいるからじゃないかと、私は思うんです。
……違いますか?」

周囲を落ち着かせる様に、モモンガは周囲に対してギルド長として発言しつつ、最後にウルベルトさんに対して問う様な声を掛ける。
それを聞いて、自分たちがいつの間にか被害者であるウルベルトさんを責める様な雰囲気を醸し出していた事に気付いたギルメン達は、ちょっとだけバツが悪そうな様子で視線を逸らした。
確かに、モモンガの言う通りだと、その場にいる全員が思ったからである。
微妙だった空気が変わった事と、モモンガが掛けた言葉で少し気が落ち着いたのか、こちらの問いに同意する様にウルベルトさんは頷いた。
彼が同意を示した事で、今の時点ではきちんとウィルスへの対策済みだと判明し、場の空気も少しだけ落ち着きを見せる。
それによって、更に場が落ち着いた事で自分も落ち着いたのか、ゆっくりとウルベルトさんが口を開いた。

「……すいません、色々と重なり過ぎてテンパってました。
まずは、ウィルスに関してはモモンガさんがおっしゃった様に、既に対処済みです。
工場から叩き出されてすぐ……それこそデータを盗まれたと考えた時点で、手持ちの端末からデミウルゴスに連絡を取り、俺のサーバー内全部をチェックして貰いましたし、俺自身も自宅に戻った後で出来る限りの処置を取りましたから、まず問題ないでしょう。
元々、俺の電脳空間に侵入したウィルスは、一番新しく登録してある大容量のデータを盗んだら、証拠隠滅の為に消滅するタイプだったと、最初に電脳空間をチェックしたデミウルゴスからも報告が上がっています。
なので、皆さんのメールペット達にも影響は出ません。
それに関しては、間違いないと断言出来ます。
実は、俺とデミウルゴスでそれぞれ三回目のウィルスチェックが済んでほぼ安全が確保出来た所で、丁度るし☆ふぁーさんのメールを運んで来てくれていた恐怖公が、ちょっとした裏技で再度チェックしてくれまして。
それで、一切のウィルスが検索される事はなく安全だと確定してますし、心配ないでしょう。
……出来れば、私のサーバーの中でアレが展開される様は見たくなかったですけど、今回ばかりは背に腹は代えられないので諦めて受け入れました。
あくまでも、恐怖公は好意から申し出てくれた訳ですし、ね……」

最初の方は普通に話していたのに、恐怖公が来た事を話し始めた辺りから、どこか声が虚ろになるウルベルトさんに対して、それは楽しそうな笑みを浮かべたるし☆ふぁーさん。
その二人の様子を見ているだけで、どう考えても嫌な予感しかしないのだが、一応何があったのか確認しておくべきだろう。
大きく深呼吸した後、モモンガはあまりその辺りを詳しく話したがらないウルベルトさんではなく、恐怖公の主であるるし☆ふぁーさんに視線を向けた。

「……どう考えても、ウルベルトさんが精神的に更に消耗している気がするんですけど、恐怖公に一体何を仕込んでいたんですか?」

何となく、この問いに対してるし☆ふぁーさんが口にする答えは予想出来てしまうし、出来ればそれが事実ではあって欲しくはないと思うものの、きちんと彼からどんな事なのか確認しておかないと、後々問題になりそうな案件だとモモンガは思う。
だからこそ、こうしてあまり聞きたくない事を尋ねたのだが、それに対して楽しそうに笑っていたるし☆ふぁーさんは、仕方がないなぁと言わんばかりに口を開いた。

「えー……その状況なら、恐怖公がウルベルトさんの所でしたのは、多分【眷属召喚】かな?
どうせなら、ナザリックのNPCの能力の再現に近い事がメールペットにも出来ないかと思って、試しにウィルスチェック用の【恐怖公の眷属】を作ってみたんだ。
何もない状態なら、ごく普通の恐怖公の眷属で済むんだけど、もしウィルスと思われる様な存在を半径五十センチ以内に感知したら、その場で点滅する様にしておいたんだよね。
その能力を使って、恐怖公がウィルスチェックして大丈夫だったら、まず今のウルベルトさんの所でのウィルス感染とかは心配しなくて大丈夫だと思うよ?」

ニコニコと、笑いながら説明するるし☆ふぁーさんに、恐怖公が苦手なギルメン達から一気に血の気が引く。
想像するのも嫌だが、実際にそれを体験させられたウルベルトさんが居る以上、本当に恐怖公が持つ能力なのだろう。
そう理解した瞬間、またぐったりと机に突っ伏したウルベルトさん以外のギルメン達は、そんな能力を恐怖公に付けたるし☆ふぁーさんに対して思い切りドン引いていた。

どう考えても、ウィルスチェックと言う名を借りた、ナザリックの第二階層にある【黒棺】の再現である。

流石に、どんな名目を付けていても、それはない。
恐怖公単独なら、それほど気にせず平気に相手が出来るモモンガでも、【黒棺】だけは用もなく自分から行ってみようとは思わない。
それを、自分の電脳空間で再現されたりなんてしたら、暫く電脳空間に降りる際にそれを思い出してしまいそうな位には、立派な恐怖体験なんじゃないだろうか?
状況的に、今回ばかりは仕方がなかったと言う事が判っていても、自分の電脳空間内全域で【黒棺】の再現を展開されると言う状況を、実際に体験してしまっただろうウルベルトさんに対して、一気にギルメン達から同情的な空気が湧いていた。




という訳で、メールペットの続きになります。

ですが、今後の話の展開的な理由で、一旦ここで切らせていただきます。
ウルベルトさんは、このまま不幸になる予定ではないので、ご安心ください。
それだと、このシリーズの最終目標である〖モモンガさんにとって円満な世界〗にはならないので。



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