メールペットな僕たち (水城大地)
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モモンガの楽しい毎日

タイトルの通りの、【ユグドラシル】の頃のモモンガさんの楽しい毎日の話。




 

モモンガこと、鈴木悟は最近【ユグドラシル】以外に【リアル】で楽しみが出来ていた。

 

いや、正確に言えばこれも【ユグドラシル】の延長なのだと言ってもいいだろう。

簡単に言うなら、ギルメンとのメールのやり取りにあるソフトを導入してから、メールのやり取りが今まで以上に楽しくなったのだ。

そのソフトとは、ヘロヘロさんが百年以上前にあったと言うものを、身内のやり取りのみに限定して現代向けに組み直したメールペットソフトだ。

 

以前、ペットロスでログイン出来なくなったギルメンを見ていて、それならギルメン間でのみ使えるペットソフトはないか探した結果、見付かったのがこのソフトだったのである。

 

これなら、きちんと管理された電脳空間で飼育できるように手筈を組めば、餌のやり忘れや病気、寿命で死なせる心配なく飼えるだろうと言うのが、ヘロヘロの主張であった。

確かに、この方法なら全員が毎日メールのチェックをするこの時代で、餌を与え忘れたりする心配もなければ、病気や寿命も心配する必要はないだろう。

ヘロヘロの主張を、全面的に支持したのはかのペットロスのギルメンを中心にしたメンバーで、彼らの熱意によって他のギルメンからも支持を受けて受け入れられた。

そこから更に打ち合わせした結果、ギルメン全員で自分の作った(協力して作った場合は、話し合いで)それぞれのNPCがそのペットになる事になったのである。

 

ソフトウェアの容量の関係で、全員が二頭身のディフォルメキャラになったのだが。

 

当然、モモンガの手元に来たのは自分がデザインした宝物殿の領域守護者であり、卵頭に軍服のパンドラズ・アクターである。

最初こそ、割り当てられたそれを見て微妙な気持ちになった。

その頃には、自分が作り出したNPCがその場のノリと勢いで自分の理想を詰め込みすぎて、色々な意味でおかしくなっている事に、何と無く気付いていたからだ。

しかし……今は違う。

【ユグドラシル】を起動し、何らかの用事でナザリックの宝物殿に訪れた際に顔を合わせると、一定のコマンドで地雷が発動する事もあって色々と思う所がある相手なのだが、このメールソフトのパンドラズ・アクターは違ったのだ。

ヘロヘロの説明では、性格部分の基本設定はそのままだが、それ以外は赤ん坊と一緒で自分の手で育てて教育していく事が出来るらしい。

一種の育成ゲームとして捉えれば、そこから先は別の楽しみが出来たのである。

 

ナザリックのNPCであるパンドラズ・アクター本体とこのメールペットをリンクさせて、設定以外の部分で何かしらの変化をさせられないかと、何と無くそう考えたのだ。

 

何せ、目の前の相手は二頭身の可愛らしいディフォルメキャラなのだ。

くるりと黒く空いた二つの目と口だけしかない卵顔だが、その感触はもちもちとしていて柔らかそうだし、短い手と足を一生懸命動かし何かしている姿は、どこか微笑ましくて仕方がない。

とても、宝物殿に居るアレと同じ黒歴史だなんて思えなかった。

 

更に、その外見に似合った愛嬌のある仕種を見ていると、ついついほっこりとした気持ちになって、仕事でささくれだった心が癒されてしまうのである。

 

それに、この外見でなら多少の仰々しい言動も可愛らしく映って、許容できない範囲ではない。

もちろん、どう見てもやりすぎの場合はそれとなく叱るのだが、その時は凹んでいる姿がとても【可哀想で可愛いらしい】状態になり、暫く隅に移動したかと思うと身を丸めるように座り込んで、はっきりと見て解る様に落ち込んでいる状態を示すのだ。

しかも、時折こちらの様子を見て【ごめんなさい】と言わんばかりの仕種を繰り返していて。

赦しの言葉を告げつつ、出来るだけ優しく軽く頭を撫でてやれば、パッと嬉しそうな声を上げて立ち上がる様は、小さな子犬を思わせる仕種だった。

 

そんな姿を見たら、本当に小さな子供を相手にしている親のような気分になって、次第に愛着がわいてきたと言うべきだろうか。

 

一先ず、その一連の動きはモモンガの中では【パンドラズ・アクターが見せる可愛い仕種】の不動の第一位なのだが、見る機会は少なかったりする。

何故なら、その一連の動きは叱った時のみ見られるものだからだ。

あれで、パンドラズ・アクターは学習能力が高い。

元々、メールペットと言う育成ソフトだけあって、ちゃんとこちらの意図を学習する機能も付いている。

ある程度まで叱れば、叱った事に関してはちゃんと学習していて、繰り返したりしない素直ないい子だったりするのだ。

だが、それではあの【可哀想で可愛い】姿が見られないので、普段は行動の自由を少しばかり緩めて好きにさせている。

 

そうして、思い出したかのように別の事で羽目を外し過ぎた所で叱る事で、叱られた事に落ち込む姿を存分に楽しんでいる悪い親だった。

 

多分、この事を友人たちに話したら苦笑される可能性は高いだろう。

それ位の自覚は、モモンガにもある。

だが、これも仕方がないと思って欲しい。

【ユグドラシル】では、決まったルーチンでの行動しかしないNPCよりも、このメールペットたちの方が感情豊かに見えるのだ。

こんな風に、自分の言動に対して喜怒哀楽を見せられたら、構い倒したくなるのは当然だろう。

結婚どころか恋人もいない身の上で、子育て経験するのはと思わなくもないが、手持ちの端末に登録してあるのであちこちどこでもメールソフトを立ち上げて使える事も、こうして余計に構う要因だった。

 

それに、メールのやり取りも今まで以上に楽しい。

 

ギルメンにメールを送る時は、二頭身のパンドラズ・アクターが一生懸命に両手でメールの入った封筒を抱えて、目的の相手のメールサーバーまで駆けていくのである。

お出掛けする前に支度をする姿や、「行ってきます!」の挨拶をする姿、そして帰ってきた時に満面の笑みで「ただいま帰りました!」と告げる姿は、今まで家族が居なかったモモンガに……鈴木悟に、小さな家族が出来たように思えるのだ。

お使いから戻って来た所を出迎えるべく、自宅の仮想サーバー内に降りて三頭身になっている【ユグドラシル】の自分のキャラで撫でてやるか、出先で3Dタッチ専用グローブを付けて撫でてやれば、それは嬉しそうに笑う姿が小さな子供の様でとても可愛いと思う。

更に付け加えるなら、仮想サーバー内なら臭いや味覚はないが、その代わりに触覚はそのままであるので、頭や顔を撫でたりハグしたりしていれば、その見た目通りの柔らかさを感じられた。

 

ただし、自分達から彼らに対して出来るのは、あくまでもペットを愛でる意味での額や頬にキスまでらしいが。

 

家族に対して、親愛の情を示すだけの目的なら、ハグまででも十分だと俺は思うのだけれど、一部のギルメンはそれでは足りないと主張したらしい。

性的な意味を持たせそうな場所には、キスをしたり触れたり出来ないのは当然だと思うし、その話を聞いた時には本気で呆れたものだ。

まぁ、自分はパンドラズ・アクターを息子として育てているから、別に関係がない話なのだが。

 

それ以外でも、ギルメンたちからメールが来るのも楽しい。

 

まず、それぞれの手元にいるキャラたちが自分の元まで一生懸命にメールを届けてくれる姿が可愛くて、見ていてとても楽しいのだ。

何というのか、基本の性格設定はそのままに、育成されている部分が持ち主の性格の影響を受けているらしく、どこか似ていて見ていて楽しいし、小さな身体で一生懸命に動く仕種が微笑ましく思えて仕方がない。

ウルベルトさんの所のデミウルゴスは、そつなく自分に挨拶をしてから手紙を渡してくれるし、パンドラズ・アクターが居ればそのまま暫くチェスをしたりして遊んでから帰っていく。

もてなしにと、用意してあるストックからお茶やおやつを渡してやると、はにかんだようや笑みを浮かべながら受け取り、美味しそうに食べていく。

そして、来たときと同じ様に挨拶をしてから帰っていくのだ。

 

もしかしたら、【ナザリック】のデミウルゴスも、自分の意思で動けたらこんな感じなのだろうか?

 

建御雷さんの所のコキュートスの場合は、訪問の挨拶の仕方とかが何となく前に建御雷に見せて貰った【時代劇】に出てくる武士のような雰囲気だった。

もしかしたら、コキュートス用の礼儀作法の学習ソフトとして、建御雷さんが使っているのかもしれない。

その影響なのか、パンドラズ・アクターとの遊びもチェスから剣道の練習に変わるし、訪問時にこちらが提供するものも、昆虫種の影響からなのかお茶とおやつよりも甘い蜜の方を好むので、用意するのは蜂蜜やメープルシロップだったりする。

 

色々と堅苦しい物言いをする事もあるけど、それもコキュートスの個性だと思って楽しんでいる。

 

アウラとマーレの二人(茶釜さんのごり押しで双子揃って茶釜さんのメールペットだ)は、いつも二人揃ってやってきて、とても賑やかだと言っていいだろう。

元気いっぱいのアウラと控えめで大人しいマーレが来るだけで、何となくデミウルゴスやコキュートスが来た時よりも、賑やかな感じになった気がするのだ。

やはり、尋ねてくる人数が一人じゃなく二人だから、その分も賑やかなのだろうか?

二人はモモンガの所に来ると、最初にきちんと挨拶してから自分の仕事であるメールをモモンガに渡してくれるのだが、その後二人してこちらを見上げながら【褒めて?】とキラキラ目を輝かせるので、ついつい二人の頭を撫でてしまうのを止められない。

そうして、モモンガが頭を撫でてやると満足そうな顔をして、パンドラズ・アクターとささやかなお茶会をしてから帰っていく。

 

どうも、【ナザリック】のNPCの二人も子供の外見だからか、ついつい仕種が微笑ましくて仕方がないから甘やかしちゃうんだよな。

 

ペロロンチーノさんの所のシャルティアは、【ナザリック】のNPCとしてのその持ち前の性癖からなのか、必ず最初の挨拶の後にモモンガにハグをして行くのが通例だった。

最初にされた時こそ面食らったものの、彼女なりに親愛の情を示している事が判っているので、モモンガも悪い気はしていない。

それに、抱き付いてきた所をモモンガが頭を撫でてやれば、満面の笑みを浮かべながら満足して離れていくので、モモンガも彼女がメールを運んでくる際の恒例行事として受け入れている。

パンドラズ・アクターとも、まるで自分とペロロンチーノの様に仲が良い。

メールを運ぶ仕事の後、二人で並んでソファに座りながら楽しそうに話をしたり、遊んでいたりする姿はとても微笑ましくて、ついついまた頭を撫でてやりたくなる位だから、このまま仲良くして貰いたいものだ。

 

そして……そんな風に割と仲が良いメールペットの中で、唯一と言っていい位に問題行動をしているのが、タブラさんの所のアルベドだった。

 

彼女は、タブラさんからのメールを届けに来たらモモンガに引っ付いて離れなくなり、いつまでもモモンガの所に居座ろうとするので、追い返すように送り出すのが常なのである。

しかも、モモンガが不在の時にパンドラズ・アクターが居ると、何やら嫌みを言ったり意地の悪い事をしてきたりすらしい。

割と忙しい時期に、仕事の空き時間を見付けてメールサーバーを確認して、彼女が来た証拠として自分宛のタブラさんからのメールがあった場合、パンドラズ・アクターがたまに隅の方で涙目になっていじけているので、ほぼ間違いないと思う。

 

これに関しては、似たような案件が茶釜さんの所のマーレ相手で発生しているらしい。

 

なので、ギルメンを円卓の間に集めてお互いにメールペットのアルベドの行動を確認してみたところ、似たような話が幾つも上がってきた。

改めてタブラさんに問い詰めたところ、どうやらNPCとしての彼女の設定が暴走しているのではないかと言うのが、彼の推測である。

それで、改めて彼女の設定を確認してみたら……あの長文設定には参った。

まぁ、最後の【ちなみに、ビッチである】には呆れさせられたのだが。

そして、その設定こそが暴走の原因だろうと全員が思ったのだが……この部分を変える事にタブラさんが猛烈に反対した為、未だに改善の兆しが見えない。

 

まぁ、これ以外にも色々と問題がある部分はあるが、モモンガにとってはそれでも楽しい毎日を暮らしていた。

 

 




こんな感じで、ゆるゆるなギルメンとメールペットになっている守護者を筆頭にしたNPCたちの、のんびりほのぼのな話が浮かんだので書いてみました。
既に、pixivでは幾つか投稿済みなのですが、こちらはあちらから移動する際に加筆修正してあります。


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ペロロンチーノの至福の毎日

毎回視点が変わります。


ペロロンチーノの朝は、他のギルメンに比べて割とゆったりしている。

彼は、あらゆる年代やジャンルのエロゲ好きが高じて、気付けばエロゲ専門のシナリオライターになっていた。

もちろん、そこまで有名シナリオライターになっている訳ではない。

それこそまだ駆け出しの身ではあるのだが、それでもそれを仕事にして食べていける位には稼げている。

相変わらず、姉には仕事に絡んで苦労しているのだが。

 

そんなペロロンチーノの朝の日課は、端末でメールの立ち上げから始まる。

 

メールを立ち上げると、そこでは【ユグドラシル】において【己の嫁】と公言して憚らない可愛い可愛いシャルティアが、まだすやすやと眠っている。

なので、ペロロンチーノは彼女が目を覚ますまで見守るのを毎朝の楽しみにしていた。

特に、完全に覚醒する前の寝惚けているシャルティアは、とても可愛いからだ。

 

ペロロンチーノにとって、今は朝から至福の一時を過ごしている。

 

彼が、この至福の時間を得られたのは、ギルドメンバーの一人が、飼っていたペットが死んだ事によって、ログインしなくなった事が起因している。

そんな彼の為に、仲間たちが代わりになるようにと電脳空間で飼えるペットのような存在として作り上げたのが、このシャルティアたちメールペットなのだ。

今まで、ログインしてナザリックの第三階層の死蝋玄室まで赴かなければ、彼女に会う事は出来なかった。

だが、このメールペットは違う。

何時でも何処でも、端末などのきちんと必要なものを揃えれば、可愛いシャルティアに逢えるのだ。

 

ペロロンチーノにとって、これ程幸せな事は無いのだろうか?

 

朝のゆったりとした時間は、シャルティアの寝起きを待つ為にのんびりと過ごしているものの、ペロロンチーノが起きるのは特に遅い時間帯ではない。

自宅で仕事をするペロロンチーノは、出勤する時間がないのでそれほど早く起きる必要はないのだが、それでもそれなりに早いと言われる時間帯に起きる。

理由は、シャルティアの寝起きの姿を見る為もあるが、他にも理由があった。

わざわざこうして朝一番に起きる理由は、友達であり仲間である【アインズ・ウール・ゴウン】の面々から、ペロロンチーノへのメールが来るのが、この朝の早い出勤前の時間帯か夕方の終業後だからだ。

仕事柄、朝の時間帯は自由なペロロンチーノとは違い、彼らが起きて出勤する時間帯はかなり早い。

 

だからこそ、そんな彼らから来るメールを出来るだけ起きていて、彼らのメールペットを出迎えたいと思う訳で。

 

シャルティアも、その頃には目を覚まして身支度を終わらせているので、お出迎えには万全の態勢が出来ていた。

まず、朝一番にやって来るのが多いのは、モモンガさんの所のパンドラズ・アクターだ。

礼儀正しく、軽くノックすると扉を押し開いて軽く頭を下げると、いつものように笑顔で挨拶の言葉をのべる。

 

「おはようございます、ペロロンチーノ様。

朝早くからお邪魔いたします。

モモンガ様より、昨夜の件のお返事メールをお持ちいたしました。」

 

ペロロンチーノは、割とメールを夜のログアウト後に出すことが多く、律儀なモモンガさんはその返事を朝一番に返してくれるからだ。

だから、朝一番にメールを持ってくるのはパンドラズ・アクターが多かった。

シャルティアとも仲が良いパンドラズ・アクターは、毎朝のようにモモンガさんからのメールを持ってくると、シャルティアのリクエストがあれば、二重の影(ドッペルゲンガー)のスキルを使ってモモンガさんに姿を変えて見せてくれる。

それを見届けると、シャルティアは嬉しそうにパンドラズ・アクターと並んで座って本を読んだり、お喋りしたりしているのだ。

そんな二人の姿は、とても微笑ましい。

もちろん、変化しない日は遊ばない訳じゃない。

変化しない日は、二人でくるくると楽しそうに歌ったり踊ったりしている。

 

パンドラズ・アクターの姿の違いで、二人の遊び方が違う理由は教えてくれないが、まあ楽しそうだから構わないだろう。

 

次にメールを持ってくるのが早いのは、仲が良いウルベルトさんの所のデミウルゴスだろうか?

デミウルゴスも、パンドラズ・アクターと一緒で礼儀正しいと思う。

丁寧に頭を下げながら、訪問の挨拶を皮切りにご機嫌伺いまで、それこそ流れるように述べる姿をウルベルトさんが見たら、【流石は俺のデミウルゴスだ!】と、諸手を上げて喜びそうな気がする。

 

あの人、メールペットを含めて【デミウルゴス】に関しては、正直言ってかなり親バカだし。

 

シャルティアは、デミウルゴスがメールをもって来ると、何やら図鑑を片手に持って嬉々として出迎える事が多い。

ペロロンチーノは、そんなものを与えた記憶が無いのだが、いつの間にかシャルティアの所持品として、部屋の中にあった図鑑だ。

一体、どこから入手してきたのか良く判らないものの、それを処分する事は出来ない。

何故なら、それを広げてデミウルゴスと一緒に見ている姿は楽しそうだからだ。

 

その図鑑が、【世界の拷問大百科】と銘打たれているのは、俺の見間違いだと思いたいけど、間違いじゃないんだろうな……

 

他にも、何人かメールを持ってくると、朝の受け取り分は終わるので、今度は既に用意しておいた別の相手のメールのお使いを、シャルティアに頼む。

この時間帯にお使いを頼むのは、ホワイトブリムさんとか、死獣天朱雀さんなどの割と時間帯を問わずに忙しい人たち相手だ。

忙しいからこそ、この時間帯にメールを送ると、時間の合間を見てメールを読んで返事をくれるので、わざとこの時間帯にしている。

他にも、メールを出す時間帯を選ぶ人は何人かいるので、それなりに気を付けるのは手間が掛かるが、可愛いシャルティアの為だと思えば気にならなかった。

 

そう、メールを受取人であるギルメン達に直接渡す事が出来ず、手紙を置いて悲しそうに帰ってくるシャルティアの姿を見るくらいなら、この程度の手間など惜しくないからだ。

 

端から見て、呆れるくらいに俺はシャルティアを溺愛している自覚は、幾らでもある。

だって、可愛くて堪らない理想の嫁を更に自分の手で育成出来るんだぞ?

何か気になる事があった時に首を傾げる姿も、俺が教えた間違いだらけの郭言葉を使う姿も、俺を慕って顔を見せるとまずギュウギュウと甘えるように抱き着いてくる姿も、全部可愛くて愛しいんだから仕方がないだろ!

 

可愛いシャルティアには、いつも笑顔で居て欲しいんだから、その為の手間は惜しんじゃ駄目だよな。

 

夕方の時間帯が近付くと、今度は武御雷さんの所のコキュートスが良くやって来る。

これは、武御雷さんの仕事の終わり時間の都合らしい。

ログイン前に、俺にその日のクエストの協力を頼みたい事がある時に来る場合が多いから、彼の訪れはその前触れとして認識している。

 

コキュートスとシャルティアは、俺のメールサーバー内に設置した一番広い部屋で簡単な手合わせをしている事が多いから、お互いに手合わせ相手として認識しているんだろう。

 

意外に、時間帯を問わずに短いメールを持ってくるのは、姉ちゃんの所のアウラとマーレだ。

姉ちゃんの仕事も、それこそ分刻みの場合が多いから、俺に対して罵声に近い内容のショートメールばかり送り付けてくるのは、ストレスを発散しているんだと思う。

なんと言っても、姉ちゃんの仕事は人気商売だし、対人関係のストレスは半端ないのは知ってるから、それ位の事は甘んじて受け入れてる。

もちろん、俺は姉ちゃんに直接それを言うつもりはないし、姉ちゃんの方も俺に何も言ってこない。

 

こればかりは、姉弟ならではのやり取りだからな。

 

まぁ、それはさておき。

姉ちゃんと俺の付き合いはそんな感じだから、アウラとマーレとシャルティアも周囲が思うよりも割と仲が良い。

一生懸命、俺の所まで毎日何度も往復させているのは、ちょっとだけかわいそうな気もするけど、頑張って運んでくる二人の姿は可愛いので、つい頭を撫でちゃうのは仕方がないよな。

すると、シャルティアがやきもちを妬いて拗ねちゃうんだけど、これはお仕事頑張っている二人へのご褒美だから諦めて欲しい。

 

多分、同じことを姉ちゃんもシャルティアにしているだろうし。

 

どうも、俺が電脳空間に降りて居る前だと、設定を重視して仲が悪い振りをするみたいだ。

でも、実際に仲が悪い訳じゃない。

俺が電脳空間に降りなかったり、シナリオライターの仕事中で忙しかったりして、俺のメールサーバー内で三人だけの状態になると、姉弟みたいに仲良くわちゃわちゃとお茶会をしているんだ。

こっそり、そんな彼女たちの様子を覗いて見ていると、本当に仲が良くて三人とも可愛くて仕方がない。

 

三人が仲良くしている姿を、姉ちゃんも同じ様にこっそり見てるのかな?

 

さて……こんな風に仲が良いメールペット達なんだけど、ここで一人問題児が居るんだ。

多分、ギルメン全員のメールペットが何らかの被害を受けているだろう、問題児の名前はアルベドと言う。

彼女は、タブラさんの所のメールペットなんだけど、彼女の元になった【ナザリック】のNPCが創造主であるタブラさんの趣味に凝り固まった設定を文字数限界までの細かな部分まで書き込まれているせいで、色々とそれに振り回されているんだ。

いや、違うか。

彼女が振り回されているのは、タブラさんが設定文の中につけた最後の一文だ。

あの一文のせいで、彼女は周囲の迷惑や注意をものともせず、メールペットの役目としてギルメンたちにメールを届ける度に、届け先のギルメンに自分への愛を求め、こそこそと彼らのメールペットに地味な嫌がらせをして泣かせているらしい。

うちのシャルティアとは、正面切っていつも喧嘩してるけどな。

 

いつも、俺に抱き着いてくるアルベドを排除しようと頑張るシャルティアは、滅茶苦茶可愛い!

 

「ペロロンチーノ様に抱き付くなぁ!!」

 

って、必死に俺からアルベドを引き剥がそうとするシャルティアの姿を見たら、嬉しくて身悶えるね。

ただ、そこから暫くの間続く二人の喧嘩は、正直言っていただけない。

だけど、アルベドが帰った後にまるで「消毒」だと言わんばかりに抱き付いて離れない姿を見たら、あまりシャルティアを叱れないんだよね。

だって、本気で半泣きになりながら離れないんだもん。

 

姉ちゃんの所のマーレも、彼女の被害に遭っているらしいし……やっぱり、タブラさんにはきちんとアルベドの言動に対して、それ相応の対策を講じて貰わないと駄目かもしれない。

 

夜になると、【ユグドラシル】にログインして、ギルメンの皆とクエストやら何やら楽しんだ後、【ユグドラシル】で伝え忘れた事を思い出したらメールで送る。

忘れない内に連絡しないと、お互いにうっかり忘れちゃいそうだからね。

そうして、最後のお使いから帰ってきたシャルティアを出迎えてた後、寝間着に着替えた彼女にお休みの挨拶をして、ペロロンチーノは就寝する。

おはようからお休みまで、シャルティアと一緒なんて本当に嬉しくて仕方がないよね。

 

そんな感じて、ペロロンチーノは至福の毎日を過ごしている。

 

 




と言う訳で、第二弾はペロロンチーノさん視点でした。
ペロロンチーノさんは、思い描いた通りに動くシャルティアと過ごせて、文字通り至福の毎日を過ごしているんですよね。
そして、何気に仲が良い非課金同盟の僕たちです。


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ウルベルト・アレイン・オードルと理想の悪魔の穏やかな毎日

この話は、格好良いウルベルトさんはいません。


 

ウルベルト・アレイン・オードルの毎日は、己が細部にまで拘り手塩に掛けて作り上げた、【理想の悪魔】の端正な声で始まる。

 

彼の、至福とも言うべき環境が作られた背景には、彼にとって大切な仲間達が関わっていた。

アインズ・ウール・ゴウンの仲間であるギルメンのペットロスから始まった、ナザリックの僕をメールペットにする計画。

その計画に、ウルベルトは最初の段階から賛成し、協力していた一人である。

あまりにも、ウルベルトの賛同が素早かった事に対して、意外に思う者も居た。

だが、ウルベルトからすればむしろもっと早い段階で、この計画が持ち上がればよかったのにと、今でも本気で思っている。

 

何故なら、このメールペットの積み重ねた経験は、そのままナザリックのNPCにも反映可能な設定だと、ウルベルトは計画を聞いた時点で気付いていたからだ。

 

もちろん、それは自分達が住む【リアル】の世界の情報がNPC達に伝わる訳ではなく、メールをやり取りする為のサーバー内などの限定空間での経験に関してのみだが、それだけでも別に構わなかった。

ウルベルトなどの、NPCに深い愛情を注ぐ者にとっては、どんな形ででも己の愛するNPCに、【リアルの世界】でも同じ様に愛情を注げて、それが彼らに伝わる可能性があると言うことが、何よりも大切なのだから。

どんなものでも、ちゃんと大切にして愛情を注いでやれば、それに相応しいだけの愛情を返してくれるものだ。

 

現に、うちのデミウルゴスはその通りだからな。

 

毎朝の始まりだってそうだ。

そう……ウルベルトの朝は、メールサーバーの中にいるデミウルゴスからの、モーニングコールで始まる。

自分の理想の粋を集めた、文字通り最高傑作とも言うべきデミウルゴスの端正な声で、毎朝緩やかに目覚めを促されるのがどれだけ幸せな事なのか、実感出来ているのは自分だけだろう。

そう思うだけで、ウルベルトはひどく満たされた気持ちになるのだ。

 

まぁ、当然だろう。

自分にとって自慢の息子に、毎朝丁寧に起こされているようなものなのだから。

 

******

 

ウルベルトが、デミウルゴスからのモーニングコールを受ける状況に至るまで、実はそれなりに紆余曲折があった。

 

デミウルゴスが自分の元へやって来て、ウルベルトが最初に行ったのは、メールペットの彼に対する細かな設定だ。

基本設定として、与えられたメールサーバー内のデミウルゴスの部屋は、真っ先に改装しておく。

育成ソフトの人格は、普通の人間と同じ様に環境に影響されるからな。

自分の理想の結晶とも言うべきデミウルゴスに、粗末な環境で過ごさせたくはない。

 

可能な限り、使用できる素材をふんだんに使い、デミウルゴスにふさわしいへやをつくりだしたと言う自負がある。

 

次にしたのは、俺がデミウルゴスと共に暮らすために必要なこと。

元々、このメールペットソフトの機能には、メールが来ていることを知らせる為のコール音が有るのだが、俺は音声設定時にデミウルゴス声を選択した。

【リアル】で、擬似的な意識を持つあいつに呼び掛けられたら、それは幸せな気分になれそうな気がしたからだ。

そして、その俺の選択は間違いじゃなかったらしい。

 

ウルベルトの元にメールが来る度に、デミウルゴスからの声が聞こえてくると思うだけで、仲間とのメールのやり取りが今まで以上に楽しくなったのだから。

 

正直言って、こんな幸せな環境を得られた事に関して、仲間たちへの感謝の念が絶えない。

流石に、ここまでの機能を持ったデミウルゴスを【リアル】で再現するのは、幾ら望んだとしてもウルベルト一人では叶えらない案件だっただろう。

なので、それを叶える切っ掛けをくれた仲間に対して、それはもう丁寧にお礼をしたのは、ウルベルトとその仲間との秘密だったりする。

 

それはさておき。

本来なら、メールペットとしての限られた機能しか持たない筈のデミウルゴスが、どうしてモーニングコールまでしてくれるようになったのかと言うと、そこに至るまでには本当に色々とあったのだ。

 

主に、ウルベルトの身の危険と言う意味で。

 

そもそも、この話がギルメン全員に対して伝わる前から、この件に関わり開発チームにテスターとして協力していたウルベルトは、見返りにある事をして貰っていた。

何を頼んだのかと言うと、メールペットとしてデータの吸出しなど、様々なテスト段階から協力する代わりに、デミウルゴスの学習能力をそのフレーバーテキストに合った、高めのものに設定して貰ったのである。

その高い学習能力で、デミウルゴスが興味を持つだろう様々な知識を得られるように。

 

やはり、デミウルゴスは頭が一番良く在って欲しいからな。

 

その結果として、デミウルゴスはウルベルトの予想通り、様々な事を学習していってくれたらしい。

メールのやり取りだけではなく、自分が存在している場所に関する知識や、サーバー内からの【リアル】のメールソフトの起動方法まで、その知識は多彩なものだ。

一応、情報の収集先をウルベルトの個人端末の中に登録されたもので済ませていたので、そこまで【リアルに纏わる詳報】は伝わっていない筈だ。

ただし、確実にウルベルトの【リアルの姿】を覚えてしまったようだが、それはそれで問題ないと判断している。

そうして、ある程度の知識を蓄えた所で、デミウルゴスが最初に実践し始めたのは、ウルベルトへのモーニングコールだった。

 

初め、ウルベルトはそれが偶然だと思っていたのだ。

 

たまたま、端末の電源を落とし忘れていた為に、メールが届いた事で機能が立ち上がり、デミウルゴスの声がしたのだと。

ウルベルトも、非課金同盟の同士だったペロロンチーノと同じで、ゲームをログアウトした後でメールを送る事が多かったからだ。

だが……そんなウルベルトの考えを、すぐに打ち消す様な一件が、起きたのである。

 

深夜遅く、ゲームを終えて寝る準備をしていたウルベルトの部屋に、侵入しようとしていた不審者がいたのだが……その存在をメールペットでしかないデミウルゴスが気付き、警告ボイスで報せてくれたのだ。

 

そのお陰で、ウルベルトは侵入した不審者に襲われる事なく、寝室に備え付けてあった自前の防犯グッズで、きっちり返り討ちにする事が出来たのである。

もっとも、ウルベルトが撃退した不審者はそれなりに場数を踏んでいたらしい。

こちらが自衛手段を持っていると理解した途端、すぐにその場から逃げ出したので、流石に不審者を自分の手で取り押さえるのは出来なかった。

何せ、この末期の世界とも言うべき【リアル】では、デミウルゴスの警告で怪我もなく、盗られたものもない状況では、警察になにか言っても無駄な地域にウルベルトは住んでいる。

運良く、翌日が休みだったウルベルトは、その場で簡単に解除出来ない電子錠をネットで購入し、即配達して貰った。

 

鍵は、力任せに壊されたのではなく、少しの手間を掛けて開けられたらしい。

 

やはり、ウルベルトの部屋に侵入した不審者は、この手の行動に手慣れていたようだ。

そこまで確認した所で、注文した電子錠が届いたので、即受け取って取り付ける事にしたのだが……

そこで、またメールソフトのデミウルゴスから、痛烈な警告が発せられた。

わざわざ、デミウルゴスがメールソフト内から警告音を出しているからには、何か言いたい事があるのだろう。

そう考えて、携帯用端末を玄関先まで持ってくると、デミウルゴスはウルベルトの取り付けたばかりの電子錠の動作を、丁寧に確認し始めたのである。

 

いつの間に、そんなスキルを身に付けたのか、本音を言えばとても気にはなった。

 

だが、デミウルゴスが俺の役に立ちたいと思って発露した能力なら、それに文句を言うつもりはない。

可愛い一人息子のようなデミウルゴスが、【ウルベルトの為】と考え頑張って色々と学習しているのに、それを根底から否定するつもりなど、ウルベルトには欠片もないからだ。

それよりも、もっと出来る事が増えれば、もっとデミウルゴスとこの【リアル】で一緒に楽しく過ごす事が出来る。

そう考えた途端、ウルベルトは今までのように自重する事を止めた。

 

より正確に言うなら、色々な事を学習していくデミウルゴスに、自重を促すことを止めたのだ。

 

様々な事を覚えて、少しでもウルベルトの役に立てると考え、それは嬉しそうにしているデミウルゴスの姿を見たら、自重を促せる訳がないのである。

デミウルゴスの努力は、全部ウルベルトの為なのだ。

そのことを理解していながら、今更【止めろ】なんて言える筈がないだろう。

それこそ、その言葉を告げた途端、心の底からショックを受けて愕然とした後、悄々と青菜に塩を振ったかのように落ち込む姿が、手に取るように想像できてしまうのだ。

そんな、かわいそうなデミウルゴスの姿など、見たくは……無いとは言わないが、かわいそう過ぎるし笑っている顔の方が見たいので、そちらを優先したのである。

聞いた話しでは、モモンガさんはたまにパンドラズ・アクターの落ち込む姿を【かわいそうで可愛い】と見ているらしいが、少し悪趣味と言うか悪い親だと思う。

まぁ、それを凌駕するくらいにパンドラズ・アクターを可愛がっているので、今の時点では何も言ってないけどな。

 

とにかく、ウルベルトはデミウルゴスが好きに学習出来るように、自重を促すことなくそのまま放置していたのだが……どうやら最近はそのデミウルゴスの行動が、一部のメールペット達に伝達されているらしい。

 

主にその影響を受けているのは、メールペットの中でも仲の良いパンドラズ・アクターとシャルティアだった。

元々、NPCとして頭の良い設定を受け継いでいるパンドラズ・アクターは、デミウルゴスとやり取りをしていれば、学習していくのは解る。

しかし、設定ではあまり頭が良い方ではないシャルティアが、デミウルゴスの影響を受けるに至ったのは、色々な理由があるのだが……その事を詳しく語るのは、またの機会にするとして。

 

とにかく、デミウルゴスと一番仲が良いメールペットは、パンドラズ・アクターとシャルティアの二人だろう。

 

頭がとても良くて、性格は穏やかでモモンガさん似のパンドラズ・アクターとは、頭を使ったゲームをすることが多いらしい。

顔の作りの関係上、表情が読み難いパンドラズ・アクターが相手だと、ポーカーなどの心理戦ゲームが楽しくて仕方がないのだと、いつか話してくれた記憶がある。

 

たまに、何やら二人でひそひそ話をしている姿も見るが、どんな話をしているのやら。

 

逆に、脳筋ビルドで頭の良さはそれほどではないが、趣味の面では気が合うシャルティアとは、俺の所に来る度にかなりディープな話題もしているらしい。

先日、ペロロンチーノからシャルティアとデミウルゴスが二人で【世界の拷問大百科】を見てたと泣き付かれたが、その程度で済んでいるなら、そう設定した親として【諦めろ】と言いたい。

 

なにせ、俺の所に来ている時は、平気でその手の研究や実験の話をしているからな。

 

本を読んでいる程度なら、本の内容を覗き込んで見なきゃ問題ないだろうが、会話に関しちゃ丸聞こえなんだぞ!

それこそ、その程度で悲鳴を上げてたら、うちでの二人の会話を聞いただけでSAN値をごりごり削られるぞ、ホントに。

と、まぁ……仲はとても良いのだが、放置して良いものか迷う面々もいるが、割穏やかな日々を過ごしている。

デミウルゴス自身は、パンドラズ・アクターとシャルティアの二人以外だと、コキュートスとも仲が良いらしい。

何やら、二人でデミウルゴスの為に気合いを入れて似合うように作ったバー施設で飲んでいる姿が、たまに見られるからな。

 

どちらかと言うと、大人の友人としての付き合いをしている感じなのだろうか?

 

それ以外のメールペット達とは、割と一定の距離感を保ってしまっているらしく、見た感じ仲はよくも悪くもないといったところだろうか?

他の場所だと、色々と問題行動を起こしているらしいアルベドだが、ここではかなりおとなしくしているからな。

やはり、頭が良くて制限されていないデミウルゴスが相手では、同じ土俵にたった状態では自分に勝ち目がないのを理解していて、無理に喧嘩を売らないのだろう。

 

下手にデミウルゴスを怒らせても、アルベドには何のメリットもないのだから。

 

そう考えると、同じ様に頭が良い筈のパンドラズ・アクターが被害に遭っている原因は、その性格がモモンガさんに似ているからかもしれない。

モモンガさんは、どちらかと言うと押しに弱いからな。

話に聞いた感じだと、アルベドはかなり肉食系女子だし、パンドラズ・アクターでは押し負けてしまうのだろう。

 

それにしても……

やはり、うちのデミウルゴスは優秀で格好いいと、最近本気で思う。

こんな優秀な息子と、比較的穏やかな毎日が過ごせる事が、幸せなんだと本当に思うウルベルトだった。




と言うわけで、第三弾はウルベルトさんとデミウルゴスでした。
ある意味、親バカ全開のウルベルト氏が居ます。
デミウルゴスの優秀さを、とにかく自慢したくて仕方がないらしいです(笑)
メールペット組の無課金同盟も、どこに行っても仲良しさんです。

誤字報告ありがとうございます。
修正させていただきました!


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ぶくぶく茶釜と双子のエルフの賑やかな毎日

既に、活動報告で予告していたのですが、今回はこの方の話です。


私、【アインズ・ウール・ゴウン】のぶくぶく茶釜には、ここ数ヵ月の間、毎朝の楽しみにしている事がある。

 

【リアル】で声優の仕事をしている私は、基本的にそれ程早く朝起きる必要はない。

もちろん、握手会やサイン会などのイベントがある時や、一緒に仕事をする人のスケジュールの都合で、早朝の仕事を指定された場合は別だが、それ以外の時はそれ程早い時間帯に起きる必要はないのだ。

だが、それでも私は遠距離通学の学生と同じ位の時間帯に、毎朝起きるようにしている。

その理由は、実に簡単なものだ。

私にとって、楽しみにしている恒例行事と化した事が、朝の早い時間に発生するようになったからである。

それを、出来る限りこっそりと観察する為には、朝の早起きは欠かせない案件だった。

 

そう、私が必ず行う朝の日課になった恒例行事の観察は、端末でメールソフトを立ち上げてから開始されるのだから。

 

慣れた手付きで、素早く操作をしてメールソフトが立ち上がったのを確認すると、そっと私はその中にある仮想空間を覗き込む。

すると、そこでは私にとって可愛くて堪らない双子のエルフの姉弟による、朝の攻防戦が起きているのだ。

これが、私の毎朝の楽しみにしている恒例行事であり、観察の対象と言って良いだろう。

 

これ以外でも、この二人が繰り広げるやり取りなら、幾ら見ていても飽きないんだけどね。

 

元々、ちゃきちゃきとした元気のいい姉のアウラと、少し引っ込み思案な男の娘である弟のマーレは、それこそ性格も違えば行動パターンも違う。

それが顕著に表れるのが、この朝の攻防戦だった。

どちらかと言うと、大人しい性格で低血圧と言った感じがする弟のマーレはそれ程朝に強くないのか、それとも本が好きでついつい夜更かしして本を読んでしまう癖でもあるのか、あまり早く朝は起きない。

それでも、朝の七時になればちゃんと起き出してくるのだから、彼らの寝顔を楽しみたい私としてはそのままでも構わないのだが、どうやら朝の六時半には起きる姉のアウラは、それが納得いかないらしかった。

多分、その前に二人の寝顔を見たくて私が起きている事に、彼女は気付いてしまったのだろう。

だからこそ、アウラは必死にマーレの事を早く起こそうとする。

しかし、だ。

マーレは、お仕事が無ければ眠る事が大好きな、引き籠りタイプの男の娘である。

当然、主であるぶくぶく茶釜が【良いよ】と赦している事もあり、無理して起きようとはしない。

 

その結果、毎朝の様に二人の間で発生するのは、マーレを出来るだけ早く起こそうとするアウラと、そんな姉に逆らってまだ寝ていようとするマーレの攻防戦だった。

 

私にとって、その二人のやり取りがどうしても可愛らしくて仕方がない。

それこそ、前日の夜の仕事上がりが遅かったとしても、早朝の仕事が入っていたとしても、毎朝欠かさずそれを見ずにはいられない程には、私は双子たちの朝の攻防戦を観察するのを気に入っていた。

 

そう……私にとって、可愛くて仕方がない双子の姉弟たちは、今では掛け替えのない宝物の様な我が子たちだと言える存在なのだから。

 

*******

 

私が、この幸せ可愛らしい一時を得られたのは、ちゃんと理由がある。

【ユグドラシル】で、私が――ぶくぶく茶釜が所属するギルド【アインズ・ウール・ゴウン】のメンバーの一人が、飼っていたペットが死んだ事によってログインしなくなったのだ。

それによって、仲間の中で【ネット空間で安心して世話が出来るペットを、ギルドメンバー全員で飼おう】と言う計画が立ち上がった。

様々な情報を集めて回って、漸く使えそうなものとして見付けた古いソフトが、このメールペットである。

旧式すぎて、今のメール環境に合わなかった代物を、様々な機能を追加して問題なく使えるようにしたのは、ギルメンの中でもシステム担当のメンバーたちだ。

それこそ、彼らが必死に寝る時間を削ってまで努力し結果だと言っていいだろう。

 

この件に関しては、本当に仲間のソフト開発担当のシステムエンジニアとしてのスキルを持つギルメンと、そのデータ吸出しの為のテスターとなった仲間が、実にいい仕事をしたものだと、ぶくぶく茶釜は思っている。

 

今まで、ログインしてナザリックの第六階層にある巨大樹まで赴かなければ、この私自身が手掛けたNPCである可愛い双子たちに会う事は出来なかった。

だが、こうしてぶくぶく茶釜のメールペットになった双子たちは違う。

何時でも何処でも……そう、それが例え遠方に仕事に出た際でも、きちんと携帯可能な端末などの必要な道具一式を揃えれば、可愛いアウラとマーレに逢えるのだ。

 

ぶくぶく茶釜にとって、これ程嬉しい事はなかった。

 

さて……問題の毎朝の攻防戦は、大概アウラの勝利で終わる。

この兄弟、姉の方が弟よりも強い立場にあると言うのも理由なのだろうが、それ以上にアウラにとって最大の強みとなっているのが、双子の寝室が一緒だと言う事だった。

もし、これがナザリックの巨大樹の中にある彼らの住居なら、部屋はそれぞれ個室が与えられていると言う事もあって、部屋の中に引き籠られたらアウラには分がかなり悪い。

裏を返せば、メールサーバーの彼らの部屋の中には、マーレが引き籠れる場所がベッドの中しかないのだから、絶対的に不利なのはマーレの方なのだろう。

その結果、マーレは七時よりも前にアウラによって叩き起こされると言う状況を、毎朝のように繰り返していた。

 

まぁ、朝の攻防が終わるまでの二人のやり取りを楽しみにしているので、どちらが勝ってもぶくぶく茶釜にしてみれば構わないのだが。

 

それはさておき。

可愛い双子が揃って起きたら、まずは美味しい朝食を食べさせて彼女達に今日の服を選んでやるのが、今のぶくぶく茶釜の日課であり楽しみの一つである。

ナザリックの階層守護者である双子たちとは違って、この子達は外にメールのお使いに出す時も、その日の服として選んだままの姿で出歩けるのだ。

この辺りに関しては、メールペットを着飾らせたいと言う女性陣を中心にした仲間の要望によって、選んだ服のデザインを普段の装備に重ねて見せているだけなのらしいのだが、それでも十分可愛く着飾った姿を仲間に見せられるので、ぶくぶく茶釜にはそれに対して特に文句はない。

 

そんな風に、毎朝彼らが着る服を決めて二人の身支度が出来たら、今度こそアウラとマーレのお仕事開始である。

 

双子たちの朝一番のお仕事は、ぶくぶく茶釜の友人であるやまいこさんの所から来るメールを受け取る事だ。

教師である彼女は、学校で生徒たちの為に様々な仕事をする必要もあって、ぶくぶく茶釜よりもかなり早い時間に起きる。

そして、朝の支度の合間に手早くぶくぶく茶釜へのメールを書くと、自分のメールペットであるユリに持たせて送ってくるのだ。

ほぼ毎日、とりとめもないメールのやり取りしている事から、これがアウラたちの朝の一番の仕事だった。

 

何時も、ユリが来る前に彼女の為にお茶の準備をして待っているのだから、アウラたちも彼女がメールと携えて来るのを楽しみにしているのだろう。

 

他にも、色々なギルド関連の連絡事項があったり、何かのイベントで個人的に協力を頼みたいと前日に話してあったりした時は、モモンガさんからのメールをパンドラズ・アクターがこの時間帯に運んでくる。

モモンガさんは、とてもギルド長としても個人としても律儀だから、こういう連絡が必要な事がある時はスケジュールの確認をして、きちんと翌日に返事をくれるのだ。

ただ、二人ともかなり朝の早い時間帯にメールを送ってくるので、パンドラズ・アクターとユリは鉢合わせをする事が多い。

だが、ぶくぶく茶釜の元にパンドラズ・アクターが来る時は、先程上げたような理由がない限りほぼ一斉送信の場合が多く、長居をせずに急ぎ足で帰っていく事が多かった。

 

そんな事もあって、アウラとマーレの二人は私の前では、余りパンドラズ・アクターと仲良くしている姿を見せてくれなかったりする。

 

モモンガさんの話を聞く限り、彼の元ではのんびりとお茶会をしてる姿を見せてくれているらしいから、ちょっとだけ悔しいと思っているのはぶくぶく茶釜だけの秘密だった。

幾らなんでも、そんな事を誰かに言うのは筋違いからね。

それに、パンドラズ・アクターとアウラとマーレの二人が、仲が悪い訳じゃない。

 

何せ、いつも長居出来ずに帰るお詫びの品として、パンドラズ・アクターはアウラたちへのお菓子を手土産として持参して来てくれているのだから。

 

もう一人の女子メンバーである、餡ころもっちもちさんの所のエクレアが来るのは、いつもお昼の時間帯だ。

彼女の場合、朝は忙しすぎてメールをしている時間が無い分、お昼のちょっとだけ時間を長く取れる休憩時間に、メールを纏めて確認して返事をする事が多いらしい。

だから、いつも沢山のメールを一度に運ぶ必要があるエクレアも、パンドラズ・アクターと同じように割と滞在時間が短いタイプだ。

エクレアの外見は、見ているだけで可愛らしいイワトビペンギンだから、出来れば一度位は撫で回してみたいと考えているのだけど、どうも警戒されているらしくて今まで一度も実現していない。

ちょっとだけ、それが残念だとぶくぶく茶釜は思っている。

 

元々、ぶくぶく茶釜が所属しているギルド【アインズ・ウール・ゴウン】は、女性メンバーが三人しかいない。

そう……彼女とやまいこ、そして餡ころもっちもち以外は男性しかいない事もあって、男女比率が極端な構成になっていたりする。

こればかりは、異形種であることと社会人であることがギルドへの加入条件になっているから、仕方がないのかもしれない。

 

何せ、異形種の外見は余り可愛いと思えるものがないから、一部の種族を除いて自分から進んで異形種を取る女性は少ないのだ。

 

そんな事もあって、自動的にメールのやり取りをするメンバーは女性中心になってしまいがちなのだが、それでも割と小まめにメールをくれる人がいる。

我がギルドの最大火力を担う、魔法詠唱者であるウルベルトさんだ。

元々、普段の言動の割に細かい気遣いが出来る人なので、何かあると連絡をくれる優しい人だと思う。

 

その辺りを、本当の意味で正確に理解しているのは、少し前まで【非課金同盟】なんてものまで組んでいた、仲の良いモモンガさんと弟のペロロンチーノだけなのだろうが。

 

とにかく、そんな理由で彼の所のデミウルゴスもメールを運んでくることは多かった。

デミウルゴスは、とにかく礼儀正しい紳士だと思う。

毎回、こちらの事を気遣いながら丁寧な訪問の挨拶を皮切りにして、ぶくぶく茶釜へのご機嫌伺いからメールを持参した旨まで、それこそ流れるように述べるデミウルゴスの姿は、紳士としか言いようがないのだ。

そんな彼の姿をウルベルトさんが見たら、【流石は俺のデミウルゴスですね!】と、親バカ全開で褒めちぎりそうな気がするのは多分間違いじゃないだろう。

 

あの人、メールペットだけじゃなく【ナザリック】に居るNPCも含めた、【デミウルゴス】に関する事だけは、正直言ってかなり親バカだと思うから。

 

デミウルゴスが来ると、マーレが割と自分の方から寄っていって話し掛けている姿を良く見るのは、あの子も一応自分が【男の子】だと言う自覚があるからかもしれない。

やまいこさんから、ウルベルトさんはデミウルゴスのスペックを上げる為に、色々とこのメールペットの開発チームのギルメンたち相手に、事前のデータ吸出しなどに協力していたと言う話を聞いた事がある。

その結果なのか、他のメールペットよりもデミウルゴスはかなりハイスペックらしく、先日もウルベルトさんがそれをみんなに自慢していたから、その話は多分本当なんだろう。

そんなデミウルゴスから、少しでも何か学べる事があるなら、マーレにはぜひとも学んで強くなって欲しい。

 

少なくても、自分のホームでメールを受け取っているのにも拘らず、メールを持参して来たアルベドに泣かされるなんて状況から、脱却出来るようにはなって欲しい所だ。

 

そう、ぶくぶく茶釜の所にやって来て困るメールペットの筆頭は、間違いなく問題行動ばかりのアルベドだろう。

もちろん、外観的な事を言っていいのならば、少し前までは恐怖公をメールペットに持つるし☆ふぁーからのメール受け取るのも、ぶくぶく茶釜はとても苦労していたのだ。

どうしても、あの外観が苦手なぶくぶく茶釜としては、本音を言えば例えメールを運ぶためでも、ここに来て欲しくもない。

だが、るし☆ふぁーがそんなメールペットになる様な流れを作ったのは、ある意味ギルメン全員だと言う事もあって、今更文句を言う事なんて出来なかった。

 

本当に、あのメールペットを決める時のギルメンたちは、自分たちの希望を通す事を優先し過ぎていて、全員どうにかしていたんだと思う。

 

だから、最初の頃は恐怖公が来る度にぶくぶく茶釜は苦労してメールを受け取っていたのだが、マーレが恐怖公を相手にしてもごく普通に対応出来る事が判明してからは、彼に一切を任せる事で特に問題なく受け取れているので、そこまで困る事はなくなったのだ。

そんなマーレとは対照的に、アウラは恐怖公が来るだけで思わず腰が引けているから、多分自分と同じで恐怖公が苦手なんだろうと思う。

それが判っていて、アウラに恐怖公の相手なんてさせるつもりはなかったが。

 

とにかく、恐怖公と言う自分が苦手だった相手もマーレが請け負った時点で、ぶくぶく茶釜にとって問題児のメールペットの筆頭は、間違いなくアルベドになっていた。

 

と言うか、己の主からの仕事でメールを届けるべく人様のメールサーバーに来て、どうしてそこのメールペットを苛められるのか、そこの辺りを詳しく製作者のタブラさんを問い詰めてやりたいのが本音ではある。

あるのだが……タブラさん自身もまた、ある意味アクの強い困った人物だ。

ぶくぶく茶釜が一人で対峙しても、彼自身が持つ様々な知識からくる話題をこちらに振る事で、いつの間にか本題がうやむやのまま煙に巻かれそうな、面倒な人なのである。

なので、今度のギルド会議の議題として今回の一件は挙げてやると、ぶくぶく茶釜は心に決めていたりするのだが。

 

また、彼女が割とこちらから受け取り側の事を気にする事無く、それこそ一日何度でも頻繁にメールのやり取りしている相手が一人いた。

それは、ぶくぶく茶釜自身の弟であるペロロンチーノである。

あの弟は、エロゲをメインにしたシナリオライターなんて仕事をしていて、普通に会社勤めをしている面々よりも時間の都合が付く方だ。

だから、彼女は時間を気にせず仕事で溜めたストレスを発散する為に、彼に対してショートメールを送り付けるのは、元々昔から当たり前の様にしていた事だったのである。

だが、最近はストレス以外にも理由があって、わざと矢継ぎ早にメールを送ってやることが多い。

 

わざわざ、ぶくぶく茶釜が彼に対してそんな真似をする理由は、そうすると弟の所に行っていたアウラとマーレが帰ってくるとほぼ同時に、弟のシャルティアも返事を携えて訪ねて来るからだ。

 

正直、【ユグドラシル】でのシャルティアの設定には、本気で弟のあらゆる性癖が煮詰められていて、その設定を目の当たりにした時はかなりドン引いたものだが、このメールペットのシャルティアは弟だけじゃなく周囲の環境の影響も受けているからか、【ユグドラシル】のシャルティアとは違っているところが多く、とても可愛い。

多分、このメールペットが【本格的な育成ソフト】と言う事も、それなりに影響しているのだろう。

こんな風に、メールをもって色々所に出掛ける事で経験を積めば、シャルティアの雰囲気が変わるのも当たり前なのかもしれない。

 

何せ、モモンガさんの所のパンドラズ・アクターやウルベルトさんの所のデミウルゴスとも仲が良いと、前に彼らから話を聞いた事があるので、シャルティアはいい意味で成長しているのだろう。

 

実際に、弟のペロロンチーノが一から育成している筈のメールペットのシャルティアは、確かに可愛く賢く育っているとぶくぶく茶釜でも思うのだ。

だからこそ、彼女と自分の所のアウラとマーレが一緒に仲良くお茶会をしているところを見るのは、実に可愛くて仕方がないと思う。

外見だけなら、三人の中で一番年上なのはシャルティアなのだが、ここはアウラとマーレのホームだと言う事で、アウラが場を仕切っているのも悪くない構図なのだ。

 

それに、あの子たち三人が集まってお茶会をしている姿を見ると、それこそ女子会をしている少女たちにしか見えないのだから、目の保養にもなっていると言っていいだろう。

 

多分、弟も私が頻繁にメールを送る意図は何となく気付いているだろうと思うものの、止めるつもりはない。

あちらからも、多分この件に関しては何も言って来ないだろう。

こんな無茶な対応が通じるのも、また家族だからだ。

実際、ぶくぶく茶釜が仕事で感じている対人関係のストレスも凄いし、仕事の内容によってはプレッシャーが半端ない者だって沢山ある。

 

だからもし、この件で何か言ってくる奴がいたとしたら……【家族として仕事の愚痴を聞いて貰いつつ、同時に癒しとなる可愛いアウラたちのお茶会を楽しんで、何が悪いのか】と言ってやるつもりだった。

 

まぁ、そんな感じで仕事の合間に上手く時間を作ってメールをやり取りしつつ、ぶくぶく茶釜はこの状況を楽しんでいる。

夜の仕事の上りはその日によって違うものの、自宅に帰宅したらすぐに端末を立ち上げて【ユグドラシル】にログインするのも、ぶくぶく茶釜の日課だった。

もちろん、仕事の都合によってはログインするのが深夜に近い時間帯になる事もあるけど、そういう時は残っていた面々と話だけでもするように心掛けている。

 

幾ら、ギルメンたちと一緒にクエストが出来ないからと言って、【ユグドラシル】にログインしないままでいるのは勿体ないからだ。

 

そうやって、時間が合った時はギルメンの皆とクエストやら何やら楽しんだ後、【ユグドラシル】でやまいこさんたちに伝え忘れた事を思い出したらメールで送る。

これは、仕事の状況によっては翌日メールが送れなくて用件を忘れてしまわない為の、ぶくぶく茶釜なりの防止策だった。

そうして、夜の最後の仕事を終えて帰ってきたアウラとマーレを出迎えてた後、二人にお休みの挨拶をして彼らの為に一曲だけ子守唄を歌って聞かせてから、メールソフトを終了して私は就寝する。

 

そんな風に、賑やかで楽しい毎日をぶくぶく茶釜は過ごしているのだった。

 

 




と言う訳で、第四弾はぶくぶく茶釜さん視点でした。
正直、pixiv版に比べて、ここまで長くなるとは思わず……まぁ、メールペットが二人いますからね、茶釜さんの所は。


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ギルド会議


親バカたちによる、定例会議いう名の【ペット自慢】の筈が……


その日は、十日に一度の定例会議だった。

 

定例会議が、【十日に一度】と言う割と頻繁なペースで行われるのは、ちゃんと理由がある。

自分達、【アインズ・ウール・ゴウン】のギルドメンバーだけの間で使用しているメールペットソフトについて、何か異常や問題がないか定例報告会を兼ねた会議をする事が、このソフト導入時に決まったからだ。

この提案に、誰も反対するものは居なかった。

 

なんだかんだ言って、彼らは全員自分のメールペットが可愛くて仕方がない親バカだったので、自慢する場が欲しかったのだろう。

 

何せ、十日に一度開かれるこの定例会議の場では、メールペットの育成状況を報告し合うと言う名目での、各自のメールペット自慢の時間が一人三分設けられているのだ。

普段から、自分たちがどのようにメールペットたちと過ごしているのか、色々と仲間に対して自慢が出来る時間を貰って、ハッスルしない訳がない。

三分以内で話せないと、話が途中でも持ち時間終了でぶった切られる可能性がある事も考えると、その内容をきちんと纏め上げてもれなく自慢できる状態で来るだろう。

 

どう考えても、会議が終わった後は座談会の様に各グループで別れてメールペットたちの自慢大会の続きを話し合うだろうし、今日はこのまま会議の後に狩りに行くのは無理だろうと、議長役のモモンガは考えていた。

そうして、ギルメン全員が集まって会議が始まったのは、夜の八時。

そこから簡単な挨拶と、特に先にメールペット関連以外での報告する案件の有無を確認し、今回のメインとも言うべきメールペットに関する報告会が始まった。

 

一応、どれも本人的には押さえ気味だと言うことなのだが、それでもやはり彼らの大半が【自分のメールペットが可愛い】と言う、親バカ発言で終始していたと言っていいだろう。

もちろん、中にはウルベルトさんの所のデミウルゴスのように、学習力が半端なくて本来のメールペットの枠を越えているだろう、報告が本当に必要な特殊な例もあったものの、その殆どが親バカ満載のペット自慢だった。

と言うか、ウルベルトさんは報告の中にも親バカ振りを全開していたので、デミウルゴスの優秀さだけじゃなくウルベルトさんの親バカ振りも再認識されたんだけど。

まぁ、モモンガ自身も似たような話をした自覚はあるので、それ事態は悪い事じゃないとするとして、だ。

 

その後に、ぶくぶく茶釜さんから議題として出された【メールペットであるアルベドの、訪問先での目に余る行動について】についての内容は、かなり紛糾する事になった。

 

彼女がその話を切り出した途端、他のメンバーからも出るわ、出るわと言わんばかりの被害報告を見れば、流石に放置するのは拙いだろうと言う話の流れになってきたからである。

まぁ、流石に彼女のホームであるタブラさんの所だけはなく、他のギルメンのホームまで来た時でもやらかしているのが、彼らの怒りを買ったと言うべきだろうか。

しかも、彼女からの被害が出ていない一部のメンバーが、ウルベルトさんの所のデミウルゴスとるし☆ふぁーさんの所の恐怖公、たっちさんの所のセバスなんていう、アルベドが【敵に回すと面倒だ】と判断した者たち以外は全員だったのが、余計に問題だと言えただろう。

 

「……どう見ても、アルベドはちゃんと自分が勝てると思った相手にしか、問題行動を取っていないようですね。」

 

この件で、自分は全く被害を受けていないウルベルトさんが、茶釜さんがいつの間にか軽く纏めてきたらしい資料用の画面を指で弾きながら、溜息交じりにそう呟く。

多分、ウルベルトさんはデミウルゴスの事を溺愛しているから、もし今回の報告にあったような被害の内容のうちどれか一つでもデミウルゴスの身に振り掛かる様な状況になったら、間違いなくアルベドの事をメールサーバー内に出入り禁止にしかねないだろう。

もっとも、デミウルゴスの性格ならやられた事を倍にして返しそうな気もしなくもないが、それとは別の話なのである。

 

「まず、この件について話し合う前に、一つタブラさんに確認する事があります。

ちゃんと、アルベドの世話はしていますか?」

 

製作に関わったヘロヘロさんが、まずはここから聞くべきだろうと質問を口にする。

何故、そんな質問をするのかと言わんばかりにタブラさんは不思議そうに首を傾げつつ、ヘロヘロさんの質問の内容を考える。

そして、今までの育成状況を思い返せたのか、何度か頷く仕草を見せた。

 

「もちろん、アルベドにはきちんと食事やおやつは与えていますし、メールペットとしての仕事も与えてますよ。

衣服や住空間も、彼女が生活するのに問題がない程度に整えてあります。

……えぇ、間違いありませんので、なんの問題がないですね。」

 

タブラさんの口から出たその答えに、半数以上のギルメンが微妙な違和感を覚えて、不審そうな視線をタブラさんに向ける。

モモンガもその一人で、思わずタブラさんに対して胡乱な視線を向けてしまっていた。

いきなり、半数以上から不審な視線を向けられ、流石に気になったのか首をますます傾げるタブラさんに対して、溜め息を吐いたのはウルベルトさんだ。

本気で呆れたような視線を向けつつ、準備されていた比較用の【ナザリックのNPC】の資料の中からアルベドの設定文を引っ張り出し、軽く画面を叩きながら質問を口にした。

 

「……今の話でとても気になったんですが、タブラさんはちゃんとアルベドを相手にスキンシップは取ってますか?

メールペットは、メールをやり取りしつつペットを育てると言う、育成ソフトでもあります。

ただ単に、メールの配達の仕事を与えつつ食事や住空間と言った環境を整えてやるだけじゃなく、きちんと自分の愛情を注ぎながら、子供を育てる様に躾をして一人前になるまで世話をする必要があります。

ちゃんと、タブラさんはきちんとそれらをアルベドに対してしていますか?

特に、こちらの【ナザリックのNPC】としての資料を見る限り、アルベドはサキュバスで設定に【ただし、ビッチである】なんて文面がついてるんです。

人一倍気を付けて育てないと、仲間ときちんと交流が出来るまともなペットにならないと思うんですが、その辺りまで注意してますか?」

 

ウルベルトの質問に対して、タブラさんは不思議そうな様子で首を傾げる。

そして、こう宣った。

 

「え……必要なんですか、それ。

ちゃんと、成人女性として細かいところまで設定してある【ナザリックのNPC】のデータをベースにしてますし、人格構成はきちんとデータによって出来ているんですから、改めて育成とか面倒臭いじゃないですか。

もちろん、アルベドがこちらに甘えてきたら撫ではしてますけど、私の方からは特に触れてやる必要は感じませんでしたし。

あの子が欲しがっているものがあれば、出来る限り与えるようにはしてますし、それで問題ないですよね?」

 

つらつらと、彼の口から次から次へと溢れ出る内容は、最初の配布時にヘロヘロさんらメールペット作成側がきっちり説明した事を、きちんと聞いていなかったのが丸分かりな言葉ばかり。

そんなタブラさんの返答に、真っ先にブチ切れたのはメイン開発担当だったヘロヘロさんである。

ダンッと、円卓の間にあるラウンドテーブルを勢い良く叩くと、スライムの身体を最大限に膨張させながらタブラさんに向けて怒鳴り付ける。

 

「タブラさん、あなたは我々が最初にメールペットを渡した時の説明を、ちゃんと聞いてなかったんですか!

【育成ソフトで構築された彼らにとって、《ナザリックのNPC》の設定は、あくまでも種族を構成するのと人格構成の補助的な設定でしかありません。

ある程度は、組み込んだ設定が影響を与えますけど、無垢な小さな子供と一緒で親の育成手腕が問われますので、なのでちゃんと一から育ててください。】って言いましたよね!

それなのに、タブラさんがきちんと愛情をもって接したり、悪い事をした時は叱ったりするなどの育成していないから、アルベドは育児放棄によるスカスカの中身を補うべく、ある程度の影響しか与えない筈の【ナザリックのNPC】の設定が暴走しておかしくなってるんですよ!」

 

タブラさんの返答に、ヒートアップしていくヘロヘロさんの姿は、この場にいる面々の中にいる被害者達の気持ちを代弁していると言って良いものだった。

正直、タブラさんはペットを飼うのには向いていないタイプだと言っても良いかもしれない。

専用の電脳空間内で、自分が作ったNPCがモデルのメールペットなら、それ相応の愛着を持つだろうと考えていた分、こんな事になるとは予想していなかったのだ。

あの、自分のNPCに対して設定を三行で済ませたたっちさんですら、セバスの事を自分の息子を育てる感覚で色々と世話しているのに、あの設定に拘るタブラさんがこんな事になるなんて予想外過ぎたのである。

 

「……まぁ、タブラさんが認識違いをしていたせいで、アルベドの育成に完全に失敗したのは分かったけど、今後の対策はどうするんだ?」

 

その声が上がったのは、武御雷さんだ。

彼のところのコキュートスは、アルベドの行動による大きな被害にこそ遭っていないが、小さな嫌がらせは受けているようだし、それ以上に彼が仲の良い弐式さんの所のナーベラルがかなり大きな被害に遭っているからこそ、その辺りが気になったのだろう。

それに対して、返事をしたのはそれまで黙っていたぷにっと萌えさんだった。

 

「そうですね……一番手っ取り早いのはアルベド自身を初期化して育て直す事なんでしょうが、既に他のメールペットとの交流をしてしまっている以上、それは難しいですね。

次の手としては、設定の中の【ただし、ビッチである】と言う部分を抹消して、そこから修正を図ると言う方法もありますけど、それに関してはタブラさんが納得してくれなさそうな顔をしていますし。」

 

つらつらと、案を出しては自分で否定していくぷにっと萌えさんの言葉に、当たり前だと言わんばかりの顔をしているタブラさん。

特に、【ただし、ビッチである】と言う部分を抹消すると言った時の反応は、絶対だめだと言わんばかりのものだったので、多分この辺りは全員で説得しても了承するつもりはないだろう。

しかし、だ。

彼が受け入れないからと言って、このままアルベドの状況を放置という訳にはいかないのは、ぶくぶく茶釜さんなどの被害者たちの様子を見れば、すぐに判った。

正直、モモンガ自身もパンドラズ・アクターが受けた被害を考えれば、それ相応の対策を取って貰いたいのが本音である。

 

「ぷにっと萌えさんが出す案を全て蹴るなら、タブラさん自身が今からでも全力でアルベドを躾直すしかないでしょうね。

あそこまで自由奔放に育ってしまった以上、かなり修正は厳しいと思いますが。

これも親の……飼い主の責任として、人様に迷惑を掛けなくなるまできっちり面倒見るべきです。」

 

状況を見守っていたたっちさんが、タブラさんの事を見据えてそう言い切る。

リアルで娘がいる彼から見てみれば、タブラさんの所業は腹が据えかねたのかもしれない。

ある意味、タブラさんがしていたのは育児放棄に近いからね。

それに対して、ニヤリと口元を上げながら笑ったのは、ウルベルトさんだ。

 

「まぁ、今回はたっちさんが言うのが正論だし、それに関しては特に反論するつもりはありませんね。

たっちさんは、実際にセバスの事を娘と同様にきちんと世話をしているようですから。

ただ……たっちさんが言うように、タブラさんがアルベドを躾直している時間があると良いですね。

メールペットたちは、俺の所のデミウルゴスを筆頭にして、どの子も自分で色々な事を学習していく能力を持っている子たちです。

そんな子たちが、ただアルベドに泣かされたままでいるだけの存在だと思っていると、多分タブラさんを筆頭に俺たち全員仰天させられる状況になる可能性があると、そう思った方が良いですよ?

あの子たちには、【学習能力の限界】と言う制限は付いていないんですから。」

 

意味深な言葉を告げるウルベルトさんに、誰もが困惑した様子を見せる。

だが、彼はそれ以上の事をこの場では言うつもりはないらしい。

完全に、口を閉ざしてしまったウルベルトさんの様子を見ながら、それは確かにその通りだとモモンガも思う。

ここの所、パンドラズ・アクターの色々な知識を得ようとする意欲は、最初の頃よりも格段に上がっている。

それは、決して悪い事じゃないと思っていたからこそ、モモンガもパンドラズ・アクターがやりたい事をやれるようにと後押ししていた。

けれど、ウルベルトさんの意味深な言葉を聞いたら、もう少しだけきちんとパンドラズ・アクターと向かい合って対話を増やす方が良いような気がしてきたのだ。

 

アルベドじゃないけど、自分が関与しない所でパンドラズ・アクターが何かをしでかしてからじゃ、それこそ遅いからな。

 

結局、それからもギルメンたちから幾つもの案が出されたものの、当のタブラさんがそれを受け入れなかったので、【タブラさん自身がアルベドを躾直せるかどうか、しばらく様子を見る】と言う事で今回の話し合いは終了した。

正直言って、ウルベルトさんの言葉じゃないが、あそこまで歪んで育ったアルベドを育て直すのが可能なのか、モモンガから見ても疑問しか残らない内容で様子を見る事に、不満が無いと言えばうそになる。

それでも、ペットの育成方法は飼い主次第と言う主張をされてしまえば、反論出来ないのも事実で。

会議が終わった後、帰り際にウルベルトさんが小さく零した言葉が、モモンガはとても気になった。

 

「まぁ……こうなったら、確実に嵐が起きるだろうなぁ。」

 

それは、どうやらモモンガにしか聞こえなかったらしい。

とても気になったので、それを何もせずに放置する事は出来なかった。

 

『何か知っているなら、ギルド長である俺にだけでも教えてくださいよ、ウルベルトさん。』

 

まだ、残っていたウルベルトさんに対して、周囲に気付かれない様に伝言で尋ねたのだけれど、ウルベルトさんが教えてくれたのは一つだけ。

 

『うちのデミウルゴスをアドバイザーにして、色々とアルベドの被害に遭ったメールペットたちが集まって何かやっている事位しか知りませんよ。』

 

との事だった。

どうやら、ウルベルトさん自身もそこまで詳しい内容は知らないらしい。

だが、【アルベド被害者の会】と言ってもいい感じのメールペットたちが集まり、必死に何かをしている事だけは知っているので、あの発言に至ったそうである。

 

それを聞いて、モモンガは家に帰ったら早速パンドラズ・アクターと話し合ってみようと、強く心に決めたのだった。

 

 




という訳で、タブラさんによるアルベドの育成失敗が判明しました。
普通に考えて、四十一人もいれば【育成系ゲーム】が向いていない人間はいる訳ですよね。
それが、たまたまタブラさんだったと言う。

これにて、手持ちのストックはなくなりました。
現在、この次の話を書いていますが、もう暫くかかる予定です。
活動報告でお尋ねした件は、どなたの希望もなかったので予定通りに勧めようかと思案中です。
それでも、一応ご希望いただく場合の最終期限として、この次の話がアップされるまでは待ちたいと思います。
詳しくは活動報告をご覧ください。


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ヘロヘロの慌ただしい毎日

という訳で、次はこの方で。





ヘロヘロは、つい数ヶ月前までずっと死ぬほど忙しい日々を送っていた。

 

もちろん、それにはヘロヘロ自身が【リアルの仕事が多忙】と言う以外の理由がある。

その理由は、【アインズ・ウール・ゴウン】の仲間のギルメンの一人が【リアルで飼っていたペットが死んだ】事によるペットロスで、ログインしなくなったことだった。

正直、この末期な世界である【リアル】でペットを飼っている事自体が凄い話なのだが、それはさておき。

こんな風に、ペットが死んだ事でログインして来なくなる位ならば、彼の為に【電脳空間でも飼えるペットを作ろう】と考え、結果として膨大な過去のデータの中から見つけ出したのは、百年以上前に存在していたメールソフトに付属させる事が出来た、ペットの育成ソフトだった。

これなら、まずペットが死ぬ心配はない。

 

育成ソフトである以上、ペットの成長を促す意味で細かな世話をする必要はあるだろうが、それでも普通に【リアル】で生きているペットを飼うことよりは、余程簡単に育成できるだろう。

 

そう考えたヘロヘロが、まずこの件に関して相談を持ち掛けたのは、同じギルメンのウルベルトだった。

彼は、【ナザリックの第七階層守護者】であるデミウルゴスを作成した頃から、色々とNPCに対して色々と思い入れが強い部分があった様なので、今回の一件も相談すれば協力を得られそうな気がしたからだ。

元々、ヘロヘロはギルメンの為に作るメールペットのベースは【ナザリックのNPC】のデータを流用するつもりだったので、余計にそう考えたのである。

 

そして、そのヘロヘロの考えは当たっていた。

 

彼は、≪デミウルゴスと【リアル】で過ごす為と≫言う事で、色々とヘロヘロに手を貸してくれたのである。

それこそ、ヘロヘロが考えていたよりもウルベルトは色々な意見や要望、そしてその為に必要なデータの入手などまで手伝ってくれたのだ。

最終的には、メールペットの反応を確認する意味でのサンプルデータを取る為に、試作版のメールペットの【デミウルゴス】を彼に渡した上で、試作的にメールのやり取りをする事になった。

 

それ以外にも、初期の段階で細かな動作確認にも協力して貰っているので、ウルベルトには頭が上がらないと言っていいだろう。

 

これに関しては、ヘロヘロを中心にした今回の製作チームがほぼ似たような考えだった。

なので、彼へのお礼をどうするかと言う話は、作成に携わったメンバー全員一致ですぐに決まったのだ。

これから、メールペットが本格的に始動するまでの間、試作版から蓄積したデータも反映させる事で、他のメールペットよりも経験値と学習能力を向上させ、名実ともにデミウルゴスを【メールペット一の知恵者】にする事で、話が纏まっている。

 

なんと言っても、それが一番ウルベルトの喜ぶ事だろうと、誰もがすぐに判ったからだ。

 

もちろん、ウルベルトの所のデミウルゴスだけでは、メールペット同士のサンプルが取れないので、他の製作メンバーやヘロヘロ自身も、メールペットの試作版を試す事が決まっていた。

参加したメンバーと話し合い、自分なりに色々と考えた上で数多く手がけた自作のNPCの中から、ヘロヘロは自分のメールペットとする相手を選んだ。

彼が、自分のメールペットとして選んだのは、【戦闘メイドプレアデス】のソリュシャンである。

元々ヘロヘロは、彼女を筆頭にナザリックに居る様々NPCたちのAIを担当していた。

【戦闘メイドプレアデス】達は、他のギルメンも製作に関わっているが、彼女だけはヘロヘロが一から設定を請け負ったNPCである。

なんだかんだ言っても、ヘロヘロは彼女に対して愛着が一番強かったのだ。

もちろん、ソリュシャンの事を試作機のデータテストをする間だけのパートナーにするつもりは、ヘロヘロにはない。

本格的にメールペットを導入後も、自分が選ぶメールペットの枠は彼女のつもりだし、他人に譲るつもりはなかった。

 

先に、自分のメールペットになるNPCを選べるのは、制作者側の特権だと言っても良いだろう。

 

これは、他の製作メンバーも同じ意見なので、完成するまで苦労した分の見返りだと言えば、他のギルメンも反対できない筈だ。

なんと言っても、ヘロヘロ達がここまで自分の時間を費やして作製したからこそ、彼らはメールペットを受け取れるのである。

むしろ、この件に関しては譲るつもりはなかった。

 

ギルメンに対して、正式にメールペットのソフトが導入されるのは、それから数ヶ月後の話である。

 

*******

 

ヘロヘロの朝は、かなり早い。

彼の仕事先である会社が、傍から見てもかなりのブラック企業であり、一日の勤務時間が長いためだ。

一応、それでも【ユグドラシル】にログインして仲間とゲームを楽しむ時間は何とか確保しているが、それでも他のギルメンに比べてヘロヘロの拘束時間は長い。

そんな彼が、自分の自由になる僅かな時間を使ってまで、それ程数が多くないとはいえギルメンたちときちんと定期的にメールをやり取りするのは、自分のメールペットのソリュシャンの為だった。

 

ちゃんと、彼女にメールを運ぶ仕事を全く与えてあげられないのは、この【メールペット】と言うソフトのメイン制作者として、絶対にやってはいけない事だと考えているからだ。

 

******

 

ウルベルトさんや製作メンバーと共に、あらゆる事を協力しながらメールペット関連のデータ調整をしていた頃は、とても大変だった。

だが、その数ヵ月の苦労はギルメンが喜ぶ姿を見た事で、十分報われたと思っている。

それ位、ギルメン達はヘロヘロ達が必死になって完成させたメールペットの事を、本当に喜んでくれたのだ。

 

だからこそ、ヘロヘロは唯でさえ少ない睡眠時間を削ってまで頑張ったと言うのに、そこまで身を削っていたヘロヘロの苦労を、タブラさんは理解した上でアルベドをあんな状態で放置しているのだろうか?

 

先日のギルド会議を思い出すだけで、ヘロヘロは怒りが込み上げてきてしかたがない。

もちろん、他のギルメンからは随分と心配されたし、この一件で一番協力してくれていたウルベルトさんや他の製作メンバーなどは、メイン製作者のヘロヘロがどれだけ大変だったか理解しているだけに、同じ様に憤慨してくれた。

ウルベルトさんや他のメンバーも、今回のタブラさんの反応には思う所があったんだろう。

そもそも、アルベドをそのままタブラさんの設定通りに育てるのなんて、普通じゃできる訳が無いのだ。

 

彼が考えている理想を詰め込み、ギャップを盛り込んだあんな女性に育てようとしたら、それこそメールペットのAIの許容量を超えてしまうだろう。

 

冷静に考えれば、それ位の事など簡単に判りそうな物なのに、彼は自分でアルベドを選んだ。

他にも、タブラさんの作ったNPCはいる。

そう……アルベドの姉であるニグレドだって選べたのに、彼は最も育成が大変なアルベドを選んだのだ。

 

自分で選んでおきながら、設定通りに育てるのは面倒だからと育成は放棄とか……本当にあり得ないんですけど! 

 

正直、タブラさんの件を考えるだけで頭が痛くて仕方がない。

この件に関しては、メイン製作者であるヘロヘロにも打てる手は殆どなさそうだから、後はタブラさん自身がどうするか見ているしかないだろう。

と言うか、メールペットの初期化が出来ない以上、根底の設定を変えると言う選択肢を拒否するなら、こればかりはタブラさんが自分で何とかするしかない。

そんな風に、タブラさんのしでかした事を考えてイライラしていると、いつの間にかソリュシャンが心配そうに引っ付いてくる。

 

そう言えば、今は電脳空間に降りて彼女に癒しを求めている最中だったよ、うん。

 

多分、ソリュシャンはどうしてヘロヘロが苛立っているのかを理解はしていないだろう。

まだまだ、そこまでの細かな機微を理解出来るまでAIの方が成長していない筈だからだ。

それでも、自分の事を心配しているのか様子を伺ってくるソリュシャンの頭を優しく撫でながら、ヘロヘロは一先ずウルベルトさんへのメールを作成し始めた。

 

*****

 

話を元に戻すが、ヘロヘロの【リアル】の仕事は、長時間拘束型だ。

とは言え、常に仕事を詰め込まれて忙殺されているばかりかと言われると、微妙に違う。

一日の仕事の中で、少しゆとりがある時間がどこかで発生するので、それがそのまま彼の休息時間になるのだ。

ただ、その休息時間は仕事の進捗次第と言う事もあり、いつ休みに入れるかは誰にも読めない。

それこそ、ヘロヘロ自身を含めた自分の担当部署ごとに交代で休む為、それこそ休息時間に入れる時間帯は安定していないのだ。

特に、ヘロヘロのようなシステムエンジニア系の部署は、営業職よりも【納期の最終締め切り】と言う名の時間に追われる事も多く、本気で休息時間に入れる時間帯が安定していない。

それでも、一度休憩に入れば三十分ほどは纏めて休めるので、その間にヘロヘロはちゃっちゃと食事を取りつつメールのチェックをする。

朝の出勤前の時間は、とても余裕が無いのでメールの返信を書くどころかチェックすらしていられないからだ。

なので、こうして業務時間内に発生する休憩時間に纏めてチェックして、簡単な返信を作成するとそれをソリュシャンに託して配達して貰う。

主に、ヘロヘロの所にメールを送ってくるのは、メールペットの試作していた頃からの付き合いのウルベルトさんと作成メンバーなので、ざっくりと簡単な返信内容だったとしても向こうも慣れたものなので気にしていない。

むしろ、ヘロヘロの状況を理解しているので、この返信がソリュシャンに仕事を与える為に作られたものだと言う事も理解していくれているのだ。

更に、彼らは今でもメールペットに何か不具合が出た時のことを考えて、色々な対策を取れるようにとヘロヘロと小まめに連絡をくれている。

 

特に、定例会議でタブラさんの一件が判明してからは、育成がいい加減なアルベドの影響がメールペットに出ないか、それを心配してメールペットのメンタルデータを中心に取ってくれているらしい。

 

彼女の被害を受けていない、ウルベルトさんの所のデミウルゴスのメンタルデータと、ある程度の被害を受けている彼らのメールペットのメンタルデータの状態を比較するのは、確かに彼女たちの育成状況を図る意味で必要なデータ収集の一つだから、率先して協力して貰えるのはとても助かると言っていいだろう。

まだ、彼ら全体がメールペットとして生まれて数か月しかたっていない。

 

そんな彼らだからこそ、まだどこか行動に幼い部分が目立つのだ。

 

アルベドの行動は、その幼さが極端に出たと言っても良いだろう。

本当は、主であるタブラさんに愛されたいけど、ちゃんと自分の事を見てくれないから、他のメールペット達の主に愛されようとしただけ。

それと同時に、自分とは違って主に愛されている他のメールペットへ嫌がらせしたのは、彼らが羨ましかったから。

 

だから、今ならまだアルベドだって十分取り返しが付く筈なのだ。

 

それこそまだ幼いからこそ、今からでもタブラさんがアルベドに本当の意味で向き合い、きちんと愛情を注げばまだ育て直しは出来る筈。

ただ、【ナザリックのNPC】のアルベドがとても賢いと設定されているので、彼女の頭の回転もかなり良い事を考えれば、あまり時間は残されていないかもしれないのだが。

にも拘らず、アルベドを放置したままのタブラさんに、ヘロヘロは苛立ちを感じていた。

 

あれでは、流石にアルベドが可愛そうだと。

 

ヘロヘロと同じ様な事を、どうやらウルベルトさんも感じていたらしく、頻繁にメールをくれる。

むしろ、ウルベルトさんはアルベドによって虐められている他のメールペット達からの報復の方を心配していた。

どうやら、一部のメールペット達の中では、既に何らかの動きが見えるらしい。

ウルベルトさんがそれを知っているのは、デミウルゴスが一枚噛んでいるからだそうだ。

ただ、この件に関してはあまり詳しくは教えてくれないらしく、ウルベルトさんも手を拱いているらしい。

 

ソリュシャンなんて、そんな話がある事すら教えてもくれないのだから、教えて貰えるだけまだましじゃないだろうか?

 

こんな風に、ウルベルトさんとは頻繁にメールをやり取りしているお陰で、ソリュシャンとデミウルゴスはかなり仲が良い。

やっぱり、試作版の頃からの付き合いだから余計に仲が良いのかな?

 

製作者サイドの視点で見ると、ウルベルトさんの所のデミウルゴスの育成の仕上がり具合は、それこそ文句の付け所がない位完璧だと思う。

もちろん、デミウルゴス自身が試作版から起動している事や、学習能力が半端じゃないと言う事もあるだろうが、それ以上にウルベルトさんの愛情の注ぎ方が半端じゃないと思うのだ。

細かな動作や言動を含め、全てウルベルトさんが設定に書き上げた通りの理想を完全に再現していると言っていい位、デミウルゴスは完成度が高くて自然なんだよ。

仲間思いな部分も強く出ていて、友人としてソリュシャンの事もちゃんと気遣ってくれているし。

普段、仕事が忙しくてソリュシャンの事を構えないヘロヘロの代わりに、ウルベルトさんが色々と心遣いをしてくれているのも知っている。

なので、ヘロヘロは彼ら二人には頭が上がらないと言っていいだろう。

 

それ以外に、メールペットの中でソリュシャンと仲が良いのは、実はシャルティアだ。

 

ペロロンチーノさんの所のシャルティアは、【ナザリック】のNPCとしてのシャルティアと違った感じに可愛らしく成長している。

もちろん、彼女自身の中には根底の設定として【ナザリックのNPC】としての部分は残っているらしい。

らしいのだが、それでも沢山の仲間との積極的な交流と彼女自身のメールペットとしての学習能力によって、いい意味で違いが出来てきているらしいのだ。

そんなシャルティアを、ペロロンチーノさんも【これもシャルティアの可能性の一つ】として認識して、滅茶苦茶可愛がっている事も知っているので、彼らの事はヘロヘロとしても安心してみていられる。

何より、ソリュシャンとシャルティアの仲が良いのは、ペロロンチーノさんの気遣いの結果だ。

 

時間にかなり自由が利く彼は、ヘロヘロに対してメールをくれる際に色々と考えてくれている。

 

そう、休憩時間が安定していないヘロヘロの事を考え、いつも【時間がある時に連絡ください】と言ってくれている一人だ。

彼曰く、「シャルティアがヘロヘロさんにメールを渡せなくて、残念そうに帰ってくるのは嫌ですから」との事だが、裏を返せばメールを届けに来たシャルティアとソリュシャンが、楽しそうに二人で遊んでいる姿を、ヘロヘロも見れる事になる訳で。

多分、こちらからは頻繁にメールを出せる訳じゃない事も見越して、時間に自由が利く自分の方がヘロヘロに合わせる事を優先してくれているのだろう。

 

そう言う意味では、本当にソリュシャンの為にも有り難い相手だった。

 

他に、ヘロヘロが頻繁にメールをやり取りしている相手は、るし☆ふぁーさんだったりする。

ギルメンの半数以上が、恐怖公がメールペットとしてメールを運んでくる事にあまり良い顔をしていないらしいが、ヘロヘロはそこまで彼の事は気にならないし、このメールペットとしての彼とは、ソリュシャンも割と仲が良い。

恐怖公が、るし☆ふぁーさんのメールを持って来てくれるのは、昼前から昼過ぎの合間なのだが……信じられない事に、ヘロヘロの休憩時間に上手くエンカウントする事が多いのだ。

 

その理由を、少し前にるし☆ふぁーさんに聞いた所、「何となく、この時間だとすぐに返事が来る気がした」と言うものだから、本当に驚くしかないだろう。

 

そんな感じで、ヘロヘロの元へとメールを送って来るし☆ふぁーさんは凄いし、恐怖公の言動もどれもかなり紳士的で、外見もそんなに気にしない自分やソリュシャンは、上手く付き合っていると言えるだろう。

基本的に、ソリュシャンにはメールペットの仲間に対して偏見を持たない様に、気を付けて躾をしているつもりだからね。

普段は、あんな感じで【悪戯好き】で通っているし☆ふぁーさんだけど、【ユグドラシル】の中ならともかく日常では本当に必要なTPOは踏まえた、気遣いある行動を出来る人だ。

そうじゃなければ、それこそ末期である【リアル】で社会人として生き抜くのは難しいだろうし、そんなるし☆ふぁーさんが育てている恐怖公が紳士だっていう事位、きちんとメールのやり取りをすれば解るんだろうけど、恐怖公のあの外見が邪魔するからな。

 

ま、るし☆ふぁーさん本人がそれを判っていて、それでも彼を選んだ訳だし、周囲とはともかく彼らの関係はそれなりに上手くいっているのだから、これに関してヘロヘロが口を挟む事じゃないんだろう。

 

ヘロヘロとしても、ソリュシャンがそれなりに上手く仲良くやっているので、恐怖公の事は嫌いじゃない。

少なくとも、日に日に問題行動の多くなるアルベドと比べるなら、ヘロヘロは間違いなく恐怖公の方をとる。

彼の方は、本当に礼儀とかきちんとしているし。

 

そう……普段から少ない接触しかしない筈なのに、しっかりソリュシャンに対して問題行動を取る彼女よりは。

 

タブラさんとは、先日のギルド会議の一件まで、ヘロヘロは殆どメールのやり取りをする事もなかったのだ。

けれど、それでも何かの連絡メールを持ってこちらに顔を出したアルベドは、一つだけやらかしてくれたのだ。

 

それは、ある事をソリュシャンに吹き込んで、彼女を凹ませて泣かしていったのである。

 

今回の会議の一件で、アルベドの育成に問題があった事が発覚した事で、どうして彼女があんな事をしたのか理由は判った。

むしろ、彼女がそんな状態だったのならば、ソリュシャンにやったことは許せないものの、納得するしかないだろうと思わせる。

ここまでヘロヘロが怒る程、アルベドがソリュシャンに対してやらかしてくれた事はなんなのか。

 

それは、普段忙しくてヘロヘロがソリュシャンの事を短い時間しか構えない事を指して、『あなたは、ヘロヘロ様に愛されていないの』と言う刷り込みをしようとしてくれたのである。

 

どうしてアルベドが、そんな事をソリュシャンに対してしたのか、最初の頃はどうしても理由が判らなかった。

だが、今回の一件で彼女の置かれている状況を理解したら、漸く納得がいった。

彼女は、自分以外にも似たような境遇の存在として、ソリュシャンを自分の仲間として引き込みたかったのだろう。

 

もっとも、ソリュシャンの心を傷付けるだけのやり方は最低で、ヘロヘロを本気で怒らせるだけだったが。

 

アルベドが、ソリュシャンに対してそんな行動に出た最初の日、他のメールをチェックするべくメールソフトを立ち上げたヘロヘロは、部屋の隅で泣くソリュシャンと、それを慰めているデミウルゴスの姿を見て、最初はデミウルゴスが彼女を泣かせたのかと勘違いしそうになったものだ。

それでも、メールペット同士が喧嘩をする事が普通にあり得ることを、彼らの製作者として判っていたので、ヘロヘロは割と冷静に対応出来た。

だから、ヘロヘロはデミウルゴスまで傷付ける事はなかったが、他のギルメンの所だったら誤解して騒動に発展していたかもしれない。

詳しい話を聞いて、彼が悪くない事を理解したところでデミウルゴスには帰って貰ったのだが、その日の夜に【ユグドラシル】にログインした途端、ウルベルトさんからソリュシャンを心配するショートメールが来たのには、本気で驚いたものだ。

とにかく、ソリュシャンが【愛されていない】などと言う勘違いする事なく安定させる意味で、時間が許す限り彼女の事を構い倒してあげたら、そんな勘違いをする事はなくなった。

と言うか、デミウルゴスの所へと時間がある限り何か弟子入りしに行くと言い出した。

 

どうも、メールペットたちの中で一番頭が良いデミウルゴスは、色々とペットたちに知恵を貸しているらしい。

 

詳しい事は聞けなかったけれど、彼女が自分で強くなろうと頑張っているのを反対するつもりはヘロヘロにはない。

と言うか、これがウルベルトさんの言っていた案件かもしれない。

なんだ、ちゃんと話してくれていたじゃないか。

 

勘違いして、ウルベルトさんに八つ当たりめいた事を考えてたよ。

 

それはさておき。

こんな風に、ソリュシャンを悩ませる原因になったアルベドの発言だが、ある意味痛い所を突かれたと思う。

どうしても【リアル】の仕事の関係上、ヘロヘロにはソリュシャンの事を余り構ってあげられる時間がないのは、どうする事も出来ない事実だからだ。

なので、メールペットたちがそれぞれ仲間同士で集まる形で仲良くする事は、決して悪い話じゃない。

ギルメン同士で交流が少ない場合、どうしてもやり取りが希薄になるメールペットがいるのは理解しているので、その穴を埋めてくれるのなら好都合だからだ。

 

例え、懸念すべき案件がメールペットの間で持ち上がっているとしても、こればかりはヘロヘロは自分から干渉するつもりはなかった。

 

*****

 

ヘロヘロの帰宅は、基本的に遅い。

と言っても、【他のギルメンと比べたら】と言う時間帯で、今のところは収まっているので、まだ問題がないと考えるべきだろう。

帰宅して最初にするのが、メールソフトの立ち上げと、【ユグドラシル】へのログイン前に簡単な夕食を取る事だ。

メールソフトを立ち上げるのは、仲間からのメール確認という理由あるが、それ以上に少しでもソリュシャンとスキンシップを取りたいからである。

朝の時間帯は、どうしても彼女を構えない分、時間が取れる時にはきちんと彼女との時間を取る様にしていた。

試作時代からの付き合いもあり、アルベドに少し精神的に揺さぶられて不安定だったことはあったものの、ソリュシャンはちゃんとこちらの事を理解して待ってくれている。

そんな所が、ヘロヘロには可愛くて仕方がない。

この時間帯は、基本的に届いたメールチェックはするものの、ソリュシャンとのスキンシップの時間だった。

食事を取る必要がある分、電脳空間まで直接下りる時間は短いが、その分も3Dタッチ専用グローブを付けて彼女を撫でたり、その手の上に座らせたりする事でヘロヘロなりにソリュシャンの事を可愛がっている。

インカムを付けて、彼女のお話を聞くのもその時間だ。

 

短い時間でも、ヘロヘロが自分の言葉に耳を傾けてくれているのが判るのか、ソリュシャンは満足そうに笑っているので、もう次にアルベドに何を言われても心配ないだろう。

 

その後、ヘロヘロは【ユグドラシル】にログインして仲間とある程度遊んでから戻ってくる。

ある程度までなのは、【ユグドラシル】から戻った後、ヘロヘロはいくつかのメールの配達をソリュシャンに頼んで、彼女が配達に行く時間を利用して簡単なデバッグ作業をする為だ。

暫くして、メールの配達に出ていたソリュシャンが戻って来たのを確認し、【お休み】と告げてから就寝する。

帰宅した時点で、目を通したメールの返事の半数は【ユグドラシル】の中でのショートメールで返事をしてしまう為、彼女が運ぶメールは少ない。

本当は、もっとメールを運ばせてあげるべきなんだろうけど、ヘロヘロの側の時間的許容量が足りないのだ。

メールを作成する時間よりも、ソリュシャンとのスキンシップに充てたかったし、少しでも彼らの改善点を探す時間を確保したかったから。

 

そうして、ヘロヘロの慌ただしい毎日は過ぎていくのだった。

 




今回はヘロヘロさんの視点の話になりました。
ギルド会議の流れを汲んでいるので、今までの流れとは違うものになっていると思います。
どうしても、製作者視点での話も書きたかったので、こんな感じになりました。
今までの様に、ヘロヘロさんとソリュシャンのうふふキャッキャの話にならなくてすいません。

それと、誤って投稿予約の時間を間違えてしまい、まだ少し弄る予定の文章を投稿してしまいました。すいません。
一旦投稿を取り消して、修正したものを投稿し直しました。
すぐに気付いたのですが、ご迷惑をおかけしてすいませんでした。


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たっち・みーの幸せに満ち溢れた毎日

今回は、四人あった候補から一番希望があったこの人で。


たっち・みーは、ギルド内にメールペットの案が出た時、反対票を投じた数少ない一人だ。

 

もちろん、ちゃんと反対した理由がある。

その理由は、たっちには【リアル】ではまだ幼い娘がいる為、メールペットまで世話が出来ないからだ。

世話が難しい事が最初から解っていて、ペットを飼うのはペット虐待だと考えていたからこそ、たっちはとても賛成出来なかったのである。

とは言え、この件に反対したのはたっち以外は二人だけであり、圧倒的多数で賛同意見が寄せられて可決したことから、たっち自身も受け取る事になったメールペットのセバスを前に、酷く困惑したものだ。

 

今回、全員がメールペットを受け取る事になったのは、メールペットを持っていない者のところにメールペットがメールを届けに行くと、届け先が判らない可能性があるからだ。

 

もし、きちんと届け先の判別がついたとしても、他の場所ならメールペットとの交流が待っているのに、そこだけポストに配達だと違和感が生まれる可能性もある。

本当にそうなった場合、メールペットたちがどう整合性取るのか予想出来ず、悪い方向に変質する事態が起きると非常に困る訳で。

それらの都合から、メールペットをギルメンに配布するなら全員に強制配布となったのだ。

 

そんな訳で、自分の手元にやって来てしまったセバスを前に、どうすれば上手く付き合っていけるか困惑していたたっちに、ある意味救いの手を差し伸べたのは、彼の幼い娘本人である。

 

彼女は、つい最近誕生日を迎えてまだ五歳になったばかりで、何にでも興味を持つ年頃だ。

まだ幼い彼女は、本当に初めて見る者なら何にでも興味を持つ。

例えば、たっちが端末の前で何かをしていたら、そこに近付いてこっそりその様子を覗き込むくらいには、好奇心一杯だ。

丁度、ギルドでヘロヘロからマニュアルと共に配布されたばかりのセバスを前に、一先ず彼の為に最低限の生活環境は作っておこうとしていたたっちの様子を見て、彼女はたっちがいるソファに一生懸命よじ登ると、膝の上に乗り上げながら端末を覗き込む。

そして、端末の中で人形の様なものの部屋を作っている父親の姿に、目をキラキラさせたかと思うと、クルリとその顔を窺い見た。

 

「パパ、みーちゃんもする!!」

 

娘の口から発せられた言葉は、彼女の顔を見た時点でたっちが予想した通りで困ってしまった。

幾ら、娘の目から見たら人形遊びをしている様に思えたとしても、これは【アインズ・ウール・ゴウン】の友人たちとメールをやり取りする為の、大切なソフトだ。

流石に、たっちの独断だけでその媒介であり、メールペットであるセバスを娘に触らせていたら、うっかり彼らにメールを出してしまうかもしれない。

 

小さな子供は、目で見たことなどへの学習能力は高い上に、それこそ何をしでかすか判らないからな。

 

しかし、ただ口で説明しただけでは娘が引き下がらない事も、今までの育児経験からたっちは理解していた。

このままでは、納得しないこの場で娘は癇癪を起こした挙げ句、何もさせてくれない悔しさから火が点いたように泣き出して、それを聞き付けた妻が駆けつけてくるだろう。

多分、妻はそれまでの経緯やら理由を聞いたら納得はしてくれるだろうが、娘の前で不用意にこんなものを見せた事を後で責められるのは間違いない。

 

あまり想像したくないが、それこそすぐに己の元に訪れそうな未来を前に、どうするのが一番良いのかたっちは少しだけ考えた後、まず娘と一つの約束をする事にした。

 

「……それじゃ、パパと一つ約束できるか?

これは、パパと一緒の時しか触っちゃいけない。

パパとパパのお友達の、大切なものだからね。

みーが触れるのは、一日朝一回と夜に一回だけ。

パパがお仕事でいない時は、これに触るのを我慢する代わりに、次の日は我慢した分だけ回数を増やす。

それが、みーがこれを触る為のパパとの約束だ。

どうする?」

 

そこまで口にした所で、彼女がどう反応するのか返事を待てば、たっちの言葉を理解した娘はパッと顔を上げた。

今まで、駄目だとしか言われないと思っていたのか、たっちの言葉を聞いて勢い良く小さな手を高く挙げると、ぶんぶんと振り回しながら興奮したように頷き、必死に【出来る】と主張する。

 

「みーちゃん、パパと約束する!

だから、パパと一緒にするの!」

 

たっちと【何か一緒に出来る】と言う事を喜びながら、嬉しそうな笑顔で元気良く約束することを主張する娘に、たっちはこれはこれで良かったのかもと考える。

今回受け取ったセバスは、外見こそ【ナザリックのNPC】とそっくりそのまま同じ老紳士を二頭身に変えたものなのだが、中身はまだ小さな子供と同じようなものらしいと、受け渡しの際にヘロヘロから説明されていた。

つまり、どんなに外見が老紳士で言動が外見に相応しいものだったとしても、今、こうしてたっちの腕の中にいる娘よりも、セバスの中身は小さな子供と同じだと思うべきなのだろう。

それなら、いっそ娘を姉に据えてその弟としてセバスを当て嵌めた上で、たっちの息子枠で育てるのも有りかもしれない。

 

何かの話で、子供はペットを飼うか年下の子供の側に居ると、自然と情操教育が出来ると聞いたことがあるし。

 

「それじゃ、パパと一緒に彼のお部屋に置くものとか、彼の着替えを選んであげようか?

この画面の中にいる、彼の名前はセバス。

みーの弟の様な存在だから、ちゃんと仲良くしてあげてくれるかな?」

 

娘の顔を見ながらたっちが問えば、にこにこ笑いながら嬉しそうに頷いた。

どうやら、たっちの口にした【セバスは弟の様なもの】と言う言葉を、娘は大層お気に召したらしい。

くりくりと大きな目を、キラキラと嬉しそうな様子で一層輝かせながら、画面の中のセバスの事を見ている。

これなら大丈夫だろうと思いつつ、たっちは娘を自分の膝の上に乗せたまま、メールペットのセバスの為の部屋の設定の続きを始めたのだった。

 

********

 

たっち・みーの朝の時間は、ある程度安定しているものの不特定だ。

警察官と言う、交代勤務がある仕事についている事もあり、夜勤などがあれば帰宅できる時間は昼前になる。

とは言え、今のたっちの立場だと夜勤そのものは月に一度程度でしか回ってこないので、家族とのコミュニケーションに問題なければ、【ユグドラシル】を続けるのにも問題はないのだが。

それに、今のたっちには出勤前と家に帰った後に楽しい時間がある。

 

娘と共に、メールペットのセバスと遊ぶ事だ。

 

セバスを受け取ったあの日、たっちと約束した事を娘はきちんと守っていて、朝になると自分から起きて「おはよう、パパ!早くセバスと遊びたい!」ってたっちの事を叩き起こす位だった。

妻の話だと、毎日たっちが起きる三十分前には起きているらしいので、本当にセバスと遊びたくて仕方がないのだろう。

そんな娘によって、家にいる日はほぼ毎朝起こされる事にたっちは不満はない。

 

これもまた、娘との大切なスキンシップだからだ。

 

娘と共にメールソフトを立ち上げると、既に起床してざっくりと身支度を整えたセバスが出迎えてくれる。

身支度がざっくりとしたものなのは、ちゃんと理由があるので後で説明するとして、だ。

そう言えば、最初に受け取って起動させて以来、セバスが寝ている姿を一度も見た事が無いのだが、ちゃんと彼は眠っているのだろうか?

もし、セバスが娘の為に睡眠時間を削って無理をしていると言うのなら、もう少しこちらも気を使ってやるべきかもしれない。

 

確かに、セバスはメールペットではあるけれど、娘とたっちにとって大切な家族なのも間違いないのだから。

 

メールを立ち上げたら、先ずはセバスに朝食の準備をする。

毎日、セバスが食べる朝と晩の食事のメニューを決めるのは、娘の仕事だ。

これに関しては、どうやら妻と相談して前日の夜の時点で既に決めているらしい。

たっちが夜勤がある場合は、前日の昼までに妻と娘がその日の夕食と翌日の朝食のメニューを決めて、忘れずにタイマーでセバスに夕食と朝食が出る様にしている。

そうしないと、夜勤当日の夜の夕食と翌朝の朝食をセバスが食べ損ねてしまうからだ。

 

なぜ、セバスが食事を食べ損ねると言う事が判るのかと言うと、実際にセバスが来てから初めての夜勤の日にやらかしてしまったミスだからである。

 

セバスと共に暮らすようになって、初めての夜勤を終えて昼近い時間に漸くメールを開く事が出来たたっちは、部屋の中でかなり顔色が悪い状態で座り込んでいるセバスを発見した。

まさか、電脳空間に居るメールペットなのに病気になってしまったのかと、慌ててヘロヘロから与えられたマニュアルを片手にセバスの状態を確認してみたところ、判明したのは完全な空腹状態にあると言う事だったのである。

改めてメールペットのマニュアルを確認すると、一日最低でも朝と晩の食事とその間におやつを与える様にと言う指示が書いてあった。

 

もちろん、ギルメンの中には仕事が多忙な面々も多いため、そう言う場合の対応策として自動的に朝食と夕食を提供する方法も書いてあったのだが、今までたっちは娘と朝と夜にセバスの世話をする一環で娘が決めたメニューで食事を与えていた為、その事がすっかり頭から抜け落ちていたのだ。

 

しかも、その日に限って部屋の棚に「いつでも好きな時に食べたり仲間のメールペットが来た時に上げたりできる様に」と言う名目で、常備しておいた筈のおやつすら無くなっていたらしい。

そんな状態で、たっちが夜勤に入る時間が割と早く前日の夕食も与えそびれてしまった為、完全に空腹で動けなくなってしまっていたのである。

たった一日とは言え、こんな風にセバスの事を飢えさせて弱らせてしまったなど、たっちからすれば娘の事を叱る事が出来ない様なミスだと言っていい。

 

その一件があって以来、たっちは絶対にセバスの事を飢えさせるせることだけはしないと本気で誓っていた。

 

何故なら、セバスは元々【ナザリックのNPC】としての設定をあまり組んでいなかったせいなのか、他のメールペットに比べて自己主張する部分が少ないからだ。

だからこそ、今回だってお腹が空いていてもそれをたっちに対して主張しなかったのである。

そんなセバスが相手では、うっかりすると初めての夜勤の時の様に【丸一日食事をさせ忘れる】などと言う一件も発生しかねない。

だからこそ、たっちはセバスの事を【ちゃんと世話をしてやらないといけない大切な息子】と言う認識をするようになっていたのである。

 

そんな息子同然のセバスを、自分のミスで飢えさせるなんて真似をする最低な父親になど、絶対になりたくなかった。

 

もちろん、セバスが来てからの変化はそれだけではない。

娘も、セバスの事を弟だと思って世話をし始めた途端、【お姉ちゃん】と言う自覚を持ったからなのか、色々と今まで甘えて出来なかった事を自分で出来るようになっていた。

その一つが、誰かが起こさなくても自分で毎朝起きて、自分一人で着替える事である。

ほんの少し前まで、どれもたっちか妻が手伝わなくては一人で出来なかった娘が、セバスのお姉ちゃんだと言う自覚を持っただけで、自分から進んで何でもするようになったのだ。

子供同士、一緒に育てる事でここまで娘に著しい成長が見られるとは、たっち自身も考えてはいなかった。

それに、セバスにも娘の存在は良い影響を与えている。

あれだけ我慢強く、食事を与え忘れていてもそれを訴える事すらしなかった、自己主張が少なかったあのセバスが、少しずつではあるが自分の我と言うものを出せるようになってきたのだ。

 

どう考えても、娘が接触する事によってセバスと一緒に成長している証と言っていいだろう。

 

因みに、娘がどうやってセバスと接触しているのかと言うと、この件に関して娘が【セバスのお世話を一緒にしたい】と言い出した当日に、メールペットのメイン製作者であるヘロヘロさんに相談し、ギルド長のモモンガさんや仲間の許可を得て、特別に娘の自分のサーバー内にだけ娘のアバターを用意して貰ったのだ。

もちろん、娘のアバターはそっくりそのまま娘の外見ではない。

たっちのメールサーバーには、当然だが他のメールペットも訪ねてくる以上、娘の外見も人間から可愛らしくデフォルメされた子犬の耳と尻尾を持つ獣人の少女の姿である。

これは、娘が【犬好き】言う事を聞いたヘロヘロさんが、元になったメールペットソフトのデータから簡単に立ち上げてくれたもので、娘自身にも好評だったアバターだった。

 

娘はその姿で、たっちは自分の【ユグドラシルのアバターのデフォルメ】で仮想空間に降り、セバスの為に用意した食事を与える。

部屋にある、食事を作る道具にメニューを指定するだけなので、娘一人に任せても出来る簡単な作業だと言っていいだろう。

完成した料理をセバスに与え、彼がゆっくりと食事をしている間、セバスの為に用意した衣装ダンスへと駆け寄り、その中から今日一日身に付ける執事服のベストとネクタイを選ぶののも娘の日課だ。

 

これが、セバスが【ざっくりとした身支度】しかしない理由だった。

 

まだ幼いなりに、娘は【弟】のセバスのことを着飾らせたいのか、それとも毎日同じ服を着せたくないのか、似たようなデザインのベストとネクタイが並ぶ中から、少しずつ違う物を選び出してくる。

セバスの服のデザインは、たっちが出来る男の人が着るスーツの中から、特に渋くて格好良い男性に似合うものを選んだので、娘がどんな風に選んで組み合わせても、それほど問題はない。

と言うか、元々たっちは服に関しては妻に任せきりで、あまり自分の服装に拘りはなかったが、セバスの物を選ぶようになってからは、色々と考えるようになっていた。

「参考までに」と、オーダースーツのデザインサンプルを見るうちに、色々とセバスに着せたいスーツがある事に気付いたからである。

 

そう、若輩者が着るよりもセバスくらいの外見年齢の方が、シックなスーツを着た時に大人の色気が出るのだ。

 

その事に気付いた途端、たっちは【ユグドラシル】のセバスの部屋のクローゼットの中に、普段ならあり得ないくらい課金して大量のオーダースーツを完成させ収納してしまっていた。

もちろん、それら全てのランクは伝説級である。

基本的には、彼の着ているスーツなどの服装は装備に入るため、最初に設定した執事服で固定なのだが、自分達が設定し直せば彼らの衣装の変更は可能なのだ。

 

月に一度位なら、【ナザリック】への襲撃がない限り、セバスの衣装を変えても構わないだろう。

 

それらを用意する為に課金した元手が、例え自分が楽しみにしていた特撮ヒーローのメモリアルボックスの購入資金の半分だったとしても、実際にセバスに用意したスーツを着せてみて似合う姿を見てしまえば、後悔したりはしなかった。

娘に、【ナザリック】のセバスのスーツの着せ替えをした際の映像を見せてやったら、すごく喜んで「同じものをメールペットのセバスにも着せたい!」と言ってくれた事も、後悔したりしていない理由の一つではあるのだが。

そうして、セバスが食事を娘がセバスの衣装を選んでいる間に、たっちはこの電脳空間に来るまでに着ていたメールをチェックし、その日に出す返信メールの準備を済ませていく。

 

この時間帯に、こちらのサーバーまでメールを持ってくるのはモモンガさんの所のパンドラズ・アクターだ。

 

彼は、毎日メールを運んでくる訳ではない。

それでも、気遣いが出来る彼はここに娘が下りてきている事を知って以来、来る時は必ず娘の為に小さな花束を持参してくれる。

ここで、持参する手土産にお菓子などの飲食系の品を選択しないのは、娘がここではお菓子を受け取っても食べられないからだ。

時折、持参される花束が小さな花冠になったり、可愛らしいリボンのついたアクセサリーになっていたりするが、何を受け取っても娘は喜ぶので問題はないだろう。

パンドラズ・アクターは、セバスとも何気に仲が良い。

余り時間がない時に顔を出す事が多いからか、パンドラズ・アクターはセバスとも一言二言話をしてから帰っていくのだが、時間がある時は美味しいお茶の葉の種類の事やお茶の淹れ方などを話しているのを知っている。

 

他に良くメールを持ってくるのは、建御雷さんの所のコキュートスだ。

 

建御雷さんが、個人的にたっちにPVPを申し込む事が多いのが、その理由だと言っていいだろう。

彼は、武人としてのコンセプトを重視した建御雷さんから【武士道】を学んでいるらしく、ちょっとだけ言動が硬い部分があるのだが、どうやらたっちの娘に対してメロメロに甘いらしい。

公私はきちんと別けるらしく、来訪の挨拶を告げてメールをたっちに手渡すまでは硬い言動を通すのだが、それが終わった途端に娘の前に近付き、【今日も爺は参りましたよ、姫】と傅くのである。

娘が居ない時間帯に来た時は、セバスを相手に武人らしく格好が良い仕種を崩さないのに、娘が居る時間帯だとこんな感じで娘に構ってばかりなので苦笑するしかない。

 

もしかしたら、コキュートスは時代劇に出てくる【若君等の守役】に憧れているのだろうか?

 

だとしたら、建御雷さんが学習用に見せている時代劇に毒され過ぎている気がしなくもないのだが、本人が満足しているならそれはそれで問題ないと思うべきだろう。

それに、たっちの娘を前にすると彼女の事を優先する傾向にあるとは言っても、コキュートスとセバスは別に仲が悪い訳ではない。

どちらかと言うと、二人が揃っていると武術関連の話題で盛り上がるらしく、たまに異種格闘技として手合わせをしているのを見たこともある。

 

まぁ、娘のいる前では絶対に戦わないのは、一度手合わせを始めた所で【喧嘩しちゃダメ!】と、泣かれたからだろうけどね。

 

彼ら以外に、メールを持参してたっちの元に頻繁に顔を出すのは、事情を知らないと信じられないかもしれないが、実はウルベルトさんの所のデミウルゴスである。

どちらかと言うと、たっちと仲が悪いウルベルトさんから頻繁にメールが来るのは、ちゃんと理由がある。

それは、今こうしてたっちと一緒に電脳空間に降りてきている、たっちの娘のためだった。

 

なぜ、ここでウルベルトさんの所のデミウルゴスが絡む事になるのかと言うと、彼らの所の育成状況に深く関わりがあると言えばいいのだろうか?

 

*****

 

事の発端とも言うべき、たっちがメールペットを受け取った初日に相談した娘の件に関して、ヘロヘロさんからウルベルトさんに話が最初に行ったらしい。

たっちがヘロヘロさんに相談した当日、【ユグドラシル】にログインした途端、彼に捕まったのだ。

普段なら、滅多に自分からたっちに関わってこないウルベルトさんが、真剣な顔をして【話がある】と切り出したら、流石に聞かない訳にはいかない。

 

別室に移動したら、そこには既にヘロヘロさんを筆頭にしたメールペットの作成チームとモモンガさんが勢揃いしていて、たっちがヘロヘロに相談した事の真意を聞いてきたのだ。

 

彼らを前に、ここが分岐点だとすぐに察したたっちは、迷う事無く自分の本音を口にした。

娘とセバスの存在が、相互作用で上手く成長出来るようにするためにも、娘もセバスと触れ合えるべきだと。

外見はともかく、中身はまだ小さな子供と変わらないセバスと娘を関わらせる事で、セバスは娘を通して様々なことを学ぶだろうし、娘もセバスの世話をする事で成長を促せる。

たっちは、そんな二人を見守りつつ彼らの親として、より良い方向に導いていきたいのだと告げれば、「そういう理由なら、たっちさんの電脳空間限定と言う条件付きで許可を出しても問題ないでしょう」と言う意見が大半を占める形になり、賛同を得られそうな状況になったのだ。

その中で、一人ウルベルトさんだけかなり渋い顔をしていたのだが、たっちと視線が合うと一つだけ確認をして来た。

 

「……それは、セバスの事を娘に押し付けて、自分は世話をしないと言う事じゃないんだな?」

 

その問いに、ウルベルトさんがどうしてあんな渋い顔をしていたのか、彼が考えているだろう危惧も含めてたっちにもすぐに解った。

彼は、自分のメールペットであるデミウルゴスを溺愛している分、セバスがたっちに大切にされないのではないか、それだけを気にしていたのである。

ウルベルトさんが、たっちに対してそんな危惧を懐いたのは、【ナザリック】でのセバスの設定の少なさが原因になっているのだろう。

【ユグドラシル】のセバスに対して、たっちが深く設定を組まないなどあまり思い入れを持っている様には見えない分、メールペットのセバスもそんな感じで娘に任せてしまうつもりなのか、彼なりに警戒したのだ。

 

だが、そんな彼の懸念も無用のものだ。

 

「心配要りませんよ、ウルベルトさん。

確かに、娘はセバスの姉の立場としてか関わらせますが、私は彼らの親として二人に接するつもりです。

その為にも、電脳空間に降りられ娘とセバスを接せられる、娘のアバターが欲しいんですよ。

私としても、娘と息子が直接触れ合って戯れている姿を、存分に堪能したいですし。」

 

嘘偽りなく、真っ直ぐ自分の気持ちを伝えたら、漸く安心したのかウルベルトさんも娘の件に賛成してくれた。

更に、急遽作成される事になった娘のアバターの動作チェックまで申し出てくれた上、定期的にデミウルゴスにメールを持たせて、【異常がないか】わざわざ様子を見に来るようになったのである。

ギルメンが持つメールペットの中で、一番成長が著しいデミウルゴスは、娘のアバターの状況データを収集する事まで出来るらしく、それを元にウルベルトさんは動作チェックをしてくれているらしい。

これに関しては、素直に頭を下げるしかない案件だ。

 

たっちと娘が、安全にセバスと過ごせる環境を作る手伝いをしてくれている訳だからね。

 

ウルベルトさんのメールの内容は、どれもデミウルゴスに関する自慢が中心だが、確かにその成長ぶりは目を見張るものが多いので、色々とセバスの育成の参考にさせて貰っていたりする。

なにせ、メールを持参するデミウルゴスの動きは本当に自然で、メールペットと知っていなければ普通に【プレイヤー】だと勘違いしていただろう。

それほどまでに、デミウルゴスの完成度は高いのだ。

しかし、そんなデミウルゴスとセバスはあまり仲が良くない。

別に、そんな設定をした訳ではないのだが、お互いにどこか素っ気ないのである。

とは言え、娘の前では喧嘩をする様子も嫌味を言い合う様子もないので、今は様子見の段階なのだが……本当にそんな行動を二人がする理由が良く判らない。

 

もしかしたら、ウルベルトさんとの微妙な関係を彼らが引き継いでしまったのだろうか?

 

だとしたら、出来ればそれを打開しておきたいところだ。

全ての人と仲良く出来るとは、たっちだって本気で思っていないが、娘の前でこの状態のまま放置するのは、教育上良くないからである。

これに関しては、今度ウルベルトさんに提案してみるとしようか。

あの人自身、お互いに主義主張が対立する事は多いが、こんなに娘の事を気に掛けてくれているのだから、悪い人じゃない事は判っているし、今回の一件でもう少し歩み寄りたいとたっちも思う様になってきているのだから。

 

******

 

朝の穏やかな時間が過ぎると、職場に急いで向かう。

いつも、朝は娘とセバスとゆっくり過ごすために、家を出る時間が少し遅めになっているからだ。

電脳空間を出る前に、セバスにメールの配達を指示しておくのを忘れない。

これだけは、娘ではなくたっちにしか指示できない事だからである。

昼は、それこそ事件が起きなければ普通に休憩時間があるので、その時に昼間に来たメールのチェックをしつつセバスと個人的なスキンシップをとる。

とは言っても、そこまでやることが浮かばない事もあり、メールの返信を書きながら自分が好きな昔の特撮ヒーロー物の映像を一緒に見ることが多かった。

元々、たっちは仕事柄休憩時間が安定していない。

その為なのか、メールペットになってから昼間にメールが来ることは少ないのだ。

 

お陰で、たっちはセバスと共にのんびりと特撮ヒーロー鑑賞に勤しめるのだが。

 

セバスと二人で、のんびり特撮ヒーロー画像鑑賞をしながら、お互いに思い思いの意見を交わす時間は、たっちにとって至福の一時だと言っていいだろう。

どうやら、セバスも特撮ヒーロー動画は嫌いではないらしく、内容に合わせて普段の冷静沈着な素振りとは違った色々な表情を見せてくれるので、そんな時間も楽しくて仕方がない。

ヒーローの危機に、手を握り締めてそわそわしたり、ヒーローが勝利したシーンで小さくガッツポーズを決めたりしているセバスの姿は、こんな時しか見れないだろう。

流石に娘相手では、この手の趣味を理解して貰うのは難しいからだ。

もちろん、セバスに仕事をさせない訳じゃない。

朝のうちに書けなかったメールの返信も作成し、休憩時間が終わる前にセバスに託して配達に出て貰うようにしている。

 

夜、たっちが仕事が終えて家に帰ると玄関で待ち構えているのは、小学校に上がる為にちょっとしたお勉強を済ませた娘である。

最初の約束で、たっちが七時までに帰ってきた時は一緒に電脳空間に行ける事になっている為、夜の帰りが遅いと本当にそわそわしながら玄関で待っているらしい。

妻からその話を聞いた時は、思わず娘の可愛さに笑みが止まらなかったものだ。

既に、夕食を済ませている娘と一日の出来事を話しながら夕食を手早く取ると、一緒に電脳空間に降りる。

そこでは、受け取ったメールの返信を整理しながらセバスが待っているので、たっちはそれを読みながら娘がセバスに夕食を出す様子を見守るのもまた日課だった。

今度は、セバスに娘が今日一日あった事を話しているのを眺めつつ、夕方から沢山舞い込んできたメールの返信などを纏めて送信準備する。

 

娘の夜の最後の日課は、メールを配達に出るセバスを見送る事だからだ。

 

その為にも、短い時間である程度の返事を作ってしまう必要がある。

もっとも、セバスを見送り娘と共に一旦【リアル】に戻った後、【ユグドラシル】にログインする予定なので、イベント参加などのお誘いに関してはその場で返事する事にしている為、そこまで多くの返信は必要ない。

ただ、娘がセバスをメール配達の仕事に送り出すのを楽しみにしている事もあり、一日一通は必ず夕方にメールを出せるようにしているのである。

 

この辺りは、娘の事を知っている仲間たちが協力してくれているので、今まで一度も夕方にメールを出す相手が居なかった事はない。

 

娘とセバスが、揃って仲良くしている姿を見るのは、たっちにとって本当に至福の時間なのだ。

特に、最近ひらがなを書けるようになった娘が、メールを届ける仕事に出掛けたセバスに手紙を一生懸命書いている姿などを見ていると、微笑ましいやら羨ましいやら何とも言えない気持ちになる。

何せ、夜の時間に電脳空間へ来る事が出来た時は、絶対セバス宛の手紙を書き残しているのだから、たっちが思わずそんな気持ちになるのも仕方がないだろう。

 

夜の帰りが遅いと、娘からたっち宛に一生懸命書いたと思われる手紙が妻に託されているので、別に不満がある訳ではないのだが、この辺りは微妙な親心だと思って欲しい。

 

さて、夜にこうして電脳空間にたっちは娘と一緒に降りる訳だが、その話が決まった時に交わした妻との約束で、夜の七時半までが娘がセバスと遊べる時間になっている。

なので、時間が来る少し前にセバスにメールの配達を頼み娘と共にそれを送り出すようにしていた。

そうしないと、娘がセバスを見送れないからだ。

彼が「行ってまいります」と出掛けた後、一緒に電脳空間を出て娘を寝かしつけるまでが、今のたっちの夜の習慣の一つになっている。

最初の頃は、電脳空間に降りた事による興奮からなかなか寝てくれなかった娘だが、最近はセバスと遊んだら寝る時間だと言う生活習慣のリズムが出来たらしく、大人しく寝てくれるようになった。

これも、セバスがうちに来て出来た良い習慣なのかもしれない。

 

少しずつ、でも確実に娘とセバスが成長していく様を見られる事を、たっちはとても幸せに感じていた。

 

娘を寝かしつけたら、ここからがたっちのお楽しみの時間だ。

【ユグドラシル】にログインして、仲間たちとの楽しい冒険や会話をする時間を過ごすのはとても楽しい。

普段、【リアル】で思うようにできない事をしているのだから、余計にそう思うのだろう。

【アインズ・ウール・ゴウン】のメンバーは、それぞれ個性的な集団とも言えるから、彼らの意見を上手く取り纏めて舵を取っているモモンガさんは、本当に凄いと言うしかない。

 

やはり、【クラン】から【ギルド】に代わる時、モモンガさんの事をギルド長に押して良かったと、たっちは本気で思っていた。

 

そんなモモンガさんを筆頭に、色々と【ユグドラシル】での冒険や仲間とすごす時間を一頻り楽しんだ後、ログアウトしたらたっちはもう一度メールサーバーを立ち上げる。

寝る前に、電脳空間に降りて配達から戻って来たセバスに、「いつもご苦労様」と声を掛けて労う為だ。

流石に、セバスの外見が老紳士と言う事もあって、【労う】と言っても抱き締めたり頭を撫でたりはしない。

だが、軽く肩を叩いて労いの意味でお茶を淹れてやることにしている。

本人は、たっちにお茶を淹れて貰うことそのものを恐縮しているようだが、これ位しかセバスにしてやれる事はないので諦めて貰うしかないだろう。

そうして、セバスに仕事終わりの一杯のお茶を与えて少し話をした後、たっちは電脳空間から出て娘の寝顔を確認してから妻と一緒に眠りにつく。

 

そうして、たっち・みーにとって幸せに満ち溢れた毎日は過ぎていくのだった。

 




どちらかと言うと、たっちさんとセバスと言うよりは、たっちさんと娘とセバスの話ですね。
でも、彼の話を書くと決めた時に、絶対に娘とセバスは絡ませたかったので。
それと、作中に出てきたたっちさんのセバスのスーツへの課金額は、往年の某特撮ヒーロー物のスペシャルコレクションセット(最古のものから現在に至るまでの作品全話収録及び最新作も収録+レプリカ変身セット付)の半額分です。
アマゾンで確認したんですけど、某特撮ヒーロー物って、ボックスセットは一つ数万しました……なので、それを全部集めた奴は幾らになるのだろう……
版権切れてても、レプリカの変身セットが……うん。


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るし☆ふぁーの愉快な毎日

今回も、予告通りこの人で。
ただ、今までの話とは微妙に毛色が違うかも。


るし☆ふぁーは、【アインズ・ウール・ゴウン】一番の問題児である。

 

これは、他のギルメン全員からの共通認識であり、本人もそれを否定しない。

事実、彼は自分が様々な意味で問題行動が多い問題児だと、はっきりと自覚しているからだ。

とは言え、本当に全く常識がないかと問われれば、違うと否定するだろう。

一応、必要ならばTPOを理解して行動できるタイプなのだ。

 

ただし、彼がそれを発揮するのは基本的に【リアル】での会社勤め中だけと言うだけで。

 

あの、地獄のような世界で生きていく為にはどうしても必要だと理解しているからこそ、【リアル】ではきちんと常識的な行動もするのだが、その反動からか【ユグドラシル】ではるし☆ふぁー自身も自分が色々とやらかしている自覚はある。

自覚がありながら、それでも結局自分の思うままに振る舞うのは、全部モモンガを筆頭にギルメンに対して甘えているからだった。

そんな彼だからこそ、ギルメン全員に【メールペットを配布する】事になったのを知った時、それは本気で喜んだのだ。

 

自分が思っているよりも、ギルメンとの間にあるだろう微妙な隙間を、共通のメールペットソフトを使う事で埋められるような気がして。

 

******

 

そして、自分たちのメールペットを選ぶ日が来た。

正式な引き渡しの前に、【ナザリックのNPC】の中から自分がペットにする相手を選ぶのは、メールペット用のソフトに選んだNPCのデータを落とし込む必要があるかららしい。

そんなヘロヘロの説明を聞きつつ、るし☆ふぁーは自分の端末に表示されているNPCのデータを、興味深げに眺めていたのだ。

流石に、全NPCが対象じゃないらしいとリストを眺めつつ、そこにあった一人のNPCの名前に気付いて、思わず二度見する。

 

だが、るし☆ふぁーの見間違いじゃないらしく、何度見ても名前はそこに燦然と輝いていて。

 

本気で、彼をメールペットとして選択できるのか、るし☆ふぁーが一応気を使って【伝言】でヘロヘロに問おうとした時である。

それまで、メールペットとして使用可能なNPCとして表示されたデータを眺めていた面々の口から、飛び出ただろう嘲る様な言葉を聞いて、頭が真っ白になったのは。

 

【流石に、恐怖公はあり得ないですよね】

【あれを選ぶ変人はいないでしょう】

【幾ら、ナザリックの防衛に役に立つと言っても、ねぇ……】

【と言うか、何でメールペットの候補に入ってるのさ】

【ヘロヘロさんが、うっかり抜き忘れたんでしょ】

【それよりも、俺はルプスレギナが良いんですけど!】

【ちょっと待てよ、ルプスレギナは俺も狙ってたんだぞ!】

【ねぇ、それよりも私の所はアウラとマーレを二人ともメールペットにしてもいいよね、双子なんだし!】

【それは、流石にずるくないですか!】

【なに、あんたたちは双子を引き離すなんて非道な事いう訳?】

 

けらけらと笑いながら、そう言い合うギルメンたち。

最初に口にした言葉など、既に頭が無いように自分たちの希望を通そうとして言い争う様子を見ながら、我に返ったるし☆ふぁーは、怒りに身を震わせていた。

 

『……なんだよ、それ。

俺が、丹精込めて作った【恐怖公】に対して【メールペットとして無し】って、なんだよ!

そりゃ、【黒棺】に居る全部の眷属まで全部込みだっていうなら、流石にその主張も判るけどさ。

メールペットになるなら、あの見た目のリアルさも消えて、少しは印象変わるだろ!

と言うか、今言ったの全員恐怖公が駄目な奴らだよね……

ふざけるな……フザケルナ、ふざけるな!!

良いよ、俺が作った恐怖公をそんな風に言うなら、俺だって考えがある!』

 

これが、自分の悪戯に対して何か言われているのなら、多分さらりと受け流すことが出来ただろう。

普段の素行を考えたら、色々と言われても仕方がない事は判っているし、実際に悪戯する度に罵声も飛んできている。

でも、【恐怖公】は違う。

彼の役割は、【ナザリック】を襲撃してくる【プレイヤー】に対して、二度とそんな気が起こらない様に精神的なダメージを与える存在だ。

その為に、るし☆ふぁーは細かな部分まで造形に拘って作り上げた自慢の存在である。

だからこそ、もう迷ったりはしなかった。

 

「ヘロヘロさん、俺、もう決めたから。

俺のメールペットだけど、これでお願い。

誰が反対しても、絶対に変更するつもりないからね。」

 

そう言いながら、自分のメールペットとして【恐怖公】を選択した事を希望画面に表示する事で伝えると、ヘロヘロさんはにっこりと笑顔を浮かべて了承してくれた。

どうやら、彼も他のギルメンの言い様に怒りを覚えてくれていたらしい。

他人様が作ったNPCを、あからさまに論う言動が癇に障ったのだろうか。

 

「あー……良いんじゃないですかね。

ただ、一部の仲間からはかなり嫌がられると思いますけど、るし☆ふぁーさんはそれでも良いの?

と言っても、どうしてるし☆ふぁーさんがその選択をしたのか、俺にもその理由が良く判りますから、別に止めませんけどねー」

 

小声で返答しつつ、クスクスと笑うヘロヘロさんの様子に、どうやら自分の推測が当たっていたと察したるし☆ふぁーは、心の中だけで口の端を上げた。

この【ユグドラシル】では、自分の感情に合わせてキャラクターの表情を変える事は出来ない。

代わりに、感情を示すアイコンがあるのだが、今回は目立つ事もあって出さなかったのである。

るし☆ふぁーたちがそんなやり取りをしている横から、ひょいっと顔を覗かせたのはウルベルトさんだ。

ヘロヘロさんが、珍しく嬉々としてるし☆ふぁーの選択を支持している事に気付いて、確認しに来たのだろう。

メールペット登録用の画面を覗き込んで、ウルベルトさんは一瞬間を置いた後身体を屈ませて周囲に見えない様にニヤリと笑うアイコンを出す。

どうやら、彼もヘロヘロさんと同じでこちらの意図を理解してくれたらしい。

 

「あー……なるほど。

普段なら、止めに入るところなんですけどね。

今回ばかりは、るし☆ふぁーさんの気持ちも分かりますし、私も止めだてしたりしませんよ。」

 

そう言ってくれたのは、以前デミウルゴスをお披露目した際に、ギルメンから散々【裏切りそう】とか【ヤクザの若頭】とか言われた事を思い出したからだろう。

だから、今回も自分の作ったNPCを、あんな風に貶されたら普通に怒り心頭になって当然だと、ウルベルトさんもるし☆ふぁーがどうしてこんな選択をしたのか、その理由を判ってくれたらしい。

どうやら、るし☆ふぁーに聞こえるように恐怖公の事を色々言って否定していた面々は、自分の発言を忘れたかのように自分専用のメールペットを選ぶ事に夢中で、自分たちが口にした言葉が彼を怒らせる可能性がある事すら考えていないようだ。

まぁ、それにきちんと気づけていたら、るし☆ふぁーに対してそれなりのフォローをしていただろう。

もしも、【るし☆ふぁー関連なら、どんな扱いをしても大丈夫】とか考えていたなら、絶対に甘い考えだと笑うしかない所だ。

 

さくさくと、慣れた手付きでメールペットの登録作業を済ませた所で、ヘロヘロさんが今までとは打って変わった大きな声でるし☆ふぁーに対して作業完了を告げる。

 

「はい、登録出来ましたよ、るし☆ふぁーさん。

あなたのメールペットは、正式に【恐怖公】で確定しました。

これで、もうメールペットの変更は出来ませんけど、問題ないですね?」

 

わざと、周囲に聞こえる様な声でるし☆ふぁーに問い掛けたのは、珍しくギルメンの無責任な発言に怒りを覚えたヘロヘロさんからの意趣返しだろう。

恐怖公のAI設定は、そう言えばヘロヘロさんが受け持っていた。

そこで、るし☆ふぁーが持つ色々な拘りとかを知っているからこそ、ギルメンが半分以上反対する事を承知で恐怖公をメールペット候補の中に入れてくれたのだろう。

だからこそ、るし☆ふぁーが自分の意思でメールペットを選択する前にそれを【あり得ない】と否定したギルメンに対して、怒りを覚えてくれたのだ。

 

「OK、OK、問題ないよ。

確か、メールペットは二頭身にディフォルメされるって話だけど、俺の恐怖公には必要ないよね?

だってあれ、二頭身と変わらないし。」

 

スッと、ヘロヘロさんの手元の画面を確認するように覗き込み、問題ないと了承を伝える。

更に、にっこりと笑うアイコンを出しながら確認するように問うるし☆ふぁーの言葉に、その場は阿鼻叫喚に包まれたのだった。

 

********

 

るし☆ふぁーの朝は、割と早い。

ギルメンの中で比較した場合、本当に早朝と言えない時間に出社している社畜組が存在して居るから、実際にはそこまで早いとは言えないけれど、それでもギルメンの中ではまだ早い方に数えられるだろう。

その分、帰宅時間は予定変更がない限り割と早めの方ではあるので、時間的には就業時間のバランスがまだとれている会社だと考えて良いのかもしれないが。

そんなるし☆ふぁーが、朝一番にする事はメールソフトの立ち上げと、今日の予定の確認だ。

 

彼の仕事は、インテリアデザイナーである。

 

るし☆ふぁーは、これでも大卒の学歴を持つ富裕層の出身だ。

ただし、愛人に入れ上げた父親によって母親共々打ち捨てられたに等しい立場なので、富裕層出身の割にそれ程裕福ではない。

一応、大卒の学歴と家名のお陰で就職先には困らなかったが、大学卒業と共に実家からの経済援助も打ち切られ、明確に『家を継げない』と言う事は知られている為に、ギリギリアーコロジーに住んでいる程度の立場でしかないからだ。

ギルメンたちは、彼の普段の言動から貧困層出身の年下の青年だと思いがちなのだが、実際の年齢はモモンガよりも一つ年上だったりする。

この事実を知れば、ギルメンたちは本気で腰を抜かしかねないだろう。

 

もちろん、るし☆ふぁーにはそれを告げるつもりはないのだが。

 

それはさておき。

きちんと専門知識を得るために大学を出て、インテリアデザイナーとして必要な技術を身に着けているとは言っても、まだそれこそ働き始めて数年の駆け出し扱いと言う事もあって、顧客の希望では幾らでも仕事のスケジュールは変わる。

だからこそ、毎朝のスケジュール確認は必須事項だ。

 

最近、そんな彼の一日のスケジュールを管理しているのは、実は恐怖公だったりする。

 

今の恐怖公は、ウルベルトさんの所のデミウルゴスに匹敵するほど、とても優秀だ。

その結果、いつの間にかるし☆ふぁーのスケジュール管理までしてしまっているのだけれど、これは本人が自発的に始めた事なので好きにさせている。

むしろ、初めの何も知らなかったあの恐怖公が、今ではここまでできるようになった事の方が、るし☆ふぁーには感慨深かった。

 

*****

 

あの日、ギルメンの反対を押し切って自分のメールペットに恐怖公を据えたるし☆ふぁーが、まず最初にしたのはウルベルトさんの所のデミウルゴス並みに、恐怖公を一流の気品あふれる紳士として育て上げる為のスケジュールを組む事だった。

どうして、最初に恐怖公を【一流の紳士】に育てる事を目指したのかと言えば、彼の設定が【貴族マナーにも精通した温厚な気品あふれた紳士】だったからだ。

 

その設定を踏まえて、恐怖公に相応しいと思える育成計画を考えるなら、きちんとした知識を与えてそれにふさわしい人格になる様に育てるべきだろう。

 

あの時、周囲の大半はるし☆ふぁーが恐怖公を自分のメールペットに選んだ理由を【自分たちの発言に対する嫌がらせ】だと取ったようだが、それは違う。

元々、るし☆ふぁーは恐怖公が候補に入っていた時点で、ヘロヘロさん相手に【本当に大丈夫なのか】と確認しようとするくらいには、彼を選ぶかどうかかなり迷っていた状態だったのだ。

もちろん、本当に自分が恐怖公をメールペットに選ぶなら、きちんと彼の事を苦手とするギルメンの心情を考えた上で、ディフォルメでそこそこ可愛らしい外見にする予定だったのに、あんな風に言われてブチ切れて【あの発言になった】だけなのである。

だから、実際にメールペットに登録する時の恐怖公の外見は、それなりに【リアルさ】を省いて【可愛い】とは言えなくても【そこそこ見られる】外見にディフォルメになった。

 

それだって、周囲から説得されて渋々と言う態を取ったのは、その時点でまだ怒っていたからである。

 

別に、色々と好き勝手に言ってくれた彼らへの当て付けではなくても、候補に入っていただろう自分は恐怖公をメールペットに選んでいた自覚がるし☆ふぁーにはあるので、彼らの文句は全部スルーする事が出来た。

もしかしたら、彼らの対応次第では別のNPCを選んでいた可能性もあったのだ。

けれど、あの時の恐怖公に対するギルメンの発言は、地味にるし☆ふぁーの心の中にあった古傷を刺激して、どうしても譲れなくなったのである。

 

だからこそ、るし☆ふぁーは恐怖公の事を言動や行動では誰にも文句が付けられない、立派な紳士として育て上げると、そう決めたのだから。

 

******

 

また、話が脱線したので戻すとして、だ。

るし☆ふぁーは、実はとても低血圧で朝は弱い。

それでも、一応なんとか自力で目を覚ましてメールサーバーを立ち上げるのだが、起きてから三十分程はどこかぼんやりとしている。

そんなるし☆ふぁーの為に、立ち上がったメールサーバーから色々と電脳機器に干渉して最適な空間を作るのが、恐怖公が行う最近の日課らしい。

まだ、るし☆ふぁーの手元に着た頃は普通のメールペットだった恐怖公が、いつの間にかそこまで出来るように進化したのは、もちろん理由がある。

 

多分、るし☆ふぁーが今まで学んだ大卒までの多彩な知識と、ウルベルトさんからデミウルゴスのサンプルテスト育成記録を譲り受けて参考にした事が、彼をここまで成長させた要因になっているのだろう。

 

その結果、世話をする筈の飼い主側が、逆にメールペットに世話をされていたらおかしいだろうと言われそうだが、既にウルベルトさんの所のデミウルゴスと言う実例が居るので、この状況を知られても誰にも文句を言わせるつもりなど、るし☆ふぁーにはない。

恐怖公の行動が、結果的にギルメンのうちの誰かに迷惑を掛けているなら、多少の自重はするように注意したかもしれないが、彼が手を掛けるのはあくまでもるし☆ふぁーの身の回りの事だけ。

この方が便利である以上、誰からも文句を言われる筋合いはないだろう。

それに、せっかく恐怖公が自分からやりたいと主張した事を無理に止める必要性を、るし☆ふぁーは一かけらも感じなかった。

 

だって、それは恐怖公からの自我の発露を押さえつけるのに等しいのだから。

 

そんな考えの元、恐怖公が動きやすいようにメールサーバーを立ち上げた後、朝の寝起きの三十分は彼の好きにさせているるし☆ふぁーは、しゃっきりと目を覚ました所で前日に着ていたメールのチェックをする。

とは言っても、彼の所にくるメールの数は少ない。

ギルメンの半数以上が、元々【ユグドラシル】の恐怖公の事を生理的に受け付けない事もあって、多少外見をディフォルメされた程度ではその苦手意識を軽減できないのも、一つの原因なのだろう。

 

るし☆ふぁーが、恐怖公を選んだ時の阿鼻叫喚を考えれば、そうなる事なんて最初から予想で来ていたので、そこまで気にはならない。

 

もし、これでギルドに関わる重要案件に関して、るし☆ふぁーに対して何の連絡も来ないと言うのなら、流石にそれ相応の対応をするつもりだった。

だけど、恐怖公が平気なメンバーからの必要な情報関連のメール連絡についてはフォローを受けているし、ギルド長であるモモンガさんからもきちんと連絡が来るので、そこまで気にはしていなかったりする。

 

そう、モモンガさんはるし☆ふぁーが恐怖公を選んだ事を咎めたりしなかった一人だ。

 

あの時、普段なら【ギルメンの苦手な相手を選ぶのは悪戯が過ぎますよ】と、別のメールペットを選べないか仲裁に入っただろうモモンガさんが、今回ばかりは口を挟まなかった。

それどころか、伝言で『今回ばかりは、るし☆ふぁーさんのお怒りももっともですし、もう少し同じギルドのNPCを知るべきです』と背中を押してくれたので、今回の一件でるし☆ふぁーは自分の意思を貫き通す事が出来たとも言えるだろう。

元々、モモンガは恐怖公をそこまで苦手だとは思っていないメンバーの一人だ。

流石に、【黒棺】の中にあれだけ恐怖公の眷属が集まっている様子は駄目らしいが、恐怖公だけを前にするなら特に問題ないらしい。

そんなモモンガさんの気質を継いでいるからか、彼の所のパンドラズ・アクターもごく普通にるし☆ふぁー宛のメールを片手に、恐怖公の元を訪れてくれる。

むしろ、来訪する度に恐怖公とお茶を飲みながら様々な芸術関連の意見交換する様子が見られるので、それなりに仲が良い方なのだろう。

 

出来れば、るし☆ふぁー自身もモモンガさんともこんな風に仲良くなりたいと思う。

そう、本気で思っているのだが、つい【ユグドラシル】だとからかい甲斐があるモモンガさんを弄ってしまい、怒らせてしまいがちだった。

 

それこそ、色々と今まで悪戯をし過ぎたせいで、何もするつもりがなくてもそっと近寄るだけで結構警戒されているし、少し反省するべきかもしれない。

一応、こっちの方がモモンガさんよりも年上なんだし、歩み寄る姿勢を見せるべきだろう。

出来れば、いつか恐怖公とパンドラズ・アクターの様に、趣味の事で話をできるようになりたいからね。

 

パンドラズ・アクター以外に、ここを頻繁にメール持参で訪れてくれるのは、ウルベルトさんの所のデミウルゴスと建御雷さんの所のコキュートス、ヘロヘロさんの所のソリュシャン、そしてたっちさんの所のセバスだ。

この四人は、元々恐怖公の事を苦手としていない面々であり、その気質が受け継がれているらしいメールペットの彼らも、同じ様に恐怖公を苦手とは思っていないらしい。

 

デミウルゴスとは、メールを運んでくる度に良く何か意見を交わしている姿を見るけど、何を話しているのかは教えてくれない。

二人とも、るし☆ふぁーの存在に気付くとにっこり笑って煙に巻く為、詳しい話を聞いた事は一度もない。

でも、仲が悪くないのは良い事だ。

るし☆ふぁー自身も、ウルベルトさんとは【世界征服】を主張する仲間として仲が良いし。

 

出来れば、もっと色々な意味で仲良くなりたいと思う仲間の一人だし、ウルベルトさんとはこれをきっかけにもう少し歩み寄りたいよね、うん。

 

コキュートスは、同じ昆虫種の仲間と言う事もあって、かなり仲が良いようだ。

元々、コキュートスは真面目な性格みたいだし、恐怖公とは気が合う部分も多いんだろう。

彼の主である建御雷さんも、ちょっとだけ戦闘狂が強過ぎる部分を除けば、結構その場のノリも良くて付き合いの良い人だ。

どうも、建御雷さんの教育が使っている時代劇のDVDの影響なのか、コキュートスは【侍】を目指している感じだし、恐怖公と並んでいるとお公家様と護衛の侍のやり取りに見えるのは気のせいじゃないだろう。

この辺りは、建御雷さんからコキュートスの育成関連情報が書かれているメールを、割と定期的に貰っている影響だと思わなくもない。

 

別に、二人とも楽しそうに過ごしているみたいだから、好きにすればいいんだけどね。

 

たっちさんの所のセバスは、最初の頃の【鋼の執事】の雰囲気から少しずつ柔らかいものになっているみたいで、話が分かるから割と好きだ。

ただ、たっちさんの所にはこちらから余りメールを送らないようにしているんだけどね。

と言うか、彼に対して返信なり何らかの連絡なりでメールを送る必要がある時は、絶対に昼の時間帯限定にしていたりする。

他の時間帯に彼の所へメールを送らないのは、彼の娘ちゃんのためだ。

流石に、小さな子供に恐怖公の姿を見せるのはどうかと、るし☆ふぁー自身も思うからである。

 

礼儀作法に関して、セバスが恐怖公と色々と話をしているのは、その小さな娘ちゃんの為のような気がするから、恐怖公で役に立つなら幾らでも聞いて欲しいと思うよ、うん。

 

ヘロヘロさんの所のソリュシャンは、ここにメール運んで来る女性型のメールペットの中で、数少ない友好的な存在だと言っていいだろう。

一応、源次郎さんの所のエントマも恐怖公に対してそこまで酷い対応じゃないけど、彼女の場合はどこか捕食者的な視点が混じっているような気がして、恐怖公の方が苦手そうなんだよね。

んで、だ。

見た目の影響もあって、恐怖公と上手くやってくれる女性タイプのメールペットはそうそう居ないから、彼女の存在はすごく嬉しい。

きちんと公平に接してくれているだけだろうけど、それでもるし☆ふぁーの元へ主のメールを持ってきておきながら、まともに届けず逃げるように帰っていく事が多い女性タイプのメールペットに比べれば、凄く態度が良いと言っていいだろう。

と言うより、一応メールの配達が自分たちの仕事だと言うのに、まともにこちらに手紙を手渡す事無く、ドアの隙間から投げ込むようにメールを置いていく行動は、流石に躾がなっていないと思う。

 

これで、恐怖公の部屋が【ナザリックの黒棺】の様に、眷属で溢れて居る状態だと言うなら納得するけど、ここに居るのは恐怖公だけなんだからな。

 

恐怖公が苦手なら、るし☆ふぁーが居る時に直接手渡すか、それとも部屋の中に設置してある文箱の中に入れていけばいいだけなのに、部屋の中を確認する事もなく中に投げ捨てていく姿を度々見付けているので、これは十分メールペット用の定例会議の議題に上げて良いものだいだろう。

こちらだって、ちゃんと譲歩して色々と対処可能なようにしているんだ。

仕事放棄に近い行動をするなんて、このままギルメンたちが自分のメールペットたちに常識の範疇内の行動の必要性の躾が出来ないなら、こちらにだって考えがある。

 

うん、【ユグドラシル】にあるメールペットの躾が出来ていないギルメンの部屋に、恐怖公の眷属を送り込んであげるとしようかな。

 

もちろん、これに関しては単純に【るし☆ふぁーからの悪戯】だと思われたら困るし、ちゃんと会議の際に改善要求とその期限を切った上で、改善がこのまま出来ないならそうしますって事前勧告をしておくべきだろう。

多分、こちらの行動の意図を勘違いされたまま実行しても、恐怖公に対して更に苦手意識を持たれて嫌われるだけだし。

幾ら恐怖公が寛大な性格をしているからと言っても、あんな態度を取り続けられたら傷付くんだからな。

 

そう思っていたのは、最初の二か月だけだ。

 

どうして、るし☆ふぁーの考えが変わったのかと言うと、理由は実に簡単な話だ。

恐怖公よりも、メールペットの間で問題行動ばかり起こして嫌われる存在が出来た事から、微妙にだけど彼らの態度が変わってきたからである。

そう、【メールペット最大の問題児アルベド】の出現によって、メールペットたちの中でも色々と本当に迷惑な行動がどういう事なのか、だんだん理解出来るようになってきたのだ。

 

【人の振り見て、我が振り直せ】

 

その言葉通り、アルベドがメールを運んで来る度に傍若無人な振る舞いを受けた彼らは、彼女の行動に腹を立てつつ、ふと気付いたのだろう。

滅多にメールを配達する事はないものの、自分達もるし☆ふぁー宛にメールを配達する際に、傍から見れば顔を顰められる行動を取っていたのだ、と。

今までの行動を思い返してみれば、恐怖公は礼儀正しく自分達にも主にも嫌がる行動をした事は一度もない。

むしろ、彼らの態度を見て苦手意識を持たれている事をすぐに察すると、メールを届けるとすぐに暇乞いをして帰るのが当たり前になっていた。

他のメールペットの様に、きちんと彼の事を遇していないのは自分たちの側なのに、それを気にする様子も見せない紳士ぶりをいつも発揮してくれていて。

 

そんな風に反省したのか、今までるし☆ふぁーの所にメールを投げ込む行動をしていたメールペットたちが、何とか文箱にメールを配達するようになり、自分から少しずつ恐怖公に歩み寄ろうと言う態度が見え始めたので、こちらも矛を収める事にしたのである。

 

それにしても……と、現状を前にしてるし☆ふぁーはうっそりと嗤う。

 

メールペットを決める際、アルベドの飼い主のタブラさんも恐怖公の事を全面否定した一人だ。

そう、彼はあの時【あれを選ぶ変人はいないでしょう】と言って退けた張本人である。

るし☆ふぁーが恐怖公を選んだ後も、【せっかく自分の理想の存在をメールペットに出来るのに、恐怖公を選ぶなんてるし☆ふぁーさんは変人ですねぇ】と、まるでるし☆ふぁーがおかしいと言わんばかりに追撃の言葉をくれた事は、今も忘れていない。

 

だが、実際にこうしてふたを開けて見れば、まともに自分のメールペットを育てられなかったのは、るし☆ふぁーではなくタブラ自身だった。

 

それも仕方がないと、るし☆ふぁーはひとりごちる。

実は、アルベドをタブラさんがメールペットとして選んだ時点で、まともに育てられないだろうとるし☆ふぁーは踏んでいたのだ。

そもそも、あの設定厨のタブラさんがあらゆる設定を盛り込んで作り上げた、彼の【究極の理想のNPC】とも言うべきアルベドを、育成系ソフトであるメールペットで設定通りになるように気を配りながら成長させるなんて、それこそ狂気の沙汰でしかない。

と言うより、タブラさんは【交流型育成系ソフト】の意味を、きちんと理解していないだろう。

多分、自分一人だけしか関わる事なく育成するタイプなら、かなり細かい手順を踏んだ上で何とか育てられたかもしれないが、これは人と関わる交流型だ。

むしろ、周囲の影響を受ける事も踏まえたら、先ず選んではいけないNPCだっただろう。

それを察していながら、るし☆ふぁーはあえて忠告しなかった。

 

あんな無茶な理想の存在を、本気で育てられると思うなら育てて見れば?

 

ちょっとだけ、そんな暗い思いがあったのは確かだ。

そして、予想通りの結果になった事を会議の報告で聞きながら、こっそりと嗤う。

多分、自分が【何を間違えたのか】と言う事を理解していないタブラさんでは、アルベドの事を躾し直す事は出来ないだろう。

そんな風に考えつつ、るし☆ふぁーは恐怖公にメールの配達を頼む。

 

「さて、今日はペロロンチーノさんの所にメールを持って行ってみようか?」

 

今夜の予定では、ペロロンチーノさんの欲しがっているアイテムを狩りに行くと言う話を、朝のモモンガさんからのメールで知っている。

それなら、事前に参加する事を希望するメールを送るのは当然の話だから、メールを送る事を迷ったりはしない。

 

多分、るし☆ふぁーからのメールを持った恐怖公の突然の来訪を受けて、ビクビクしているだろうシャルティアとペロロンチーノさんの姿を思い浮かべつつ、るし☆ふぁーの愉快な毎日は過ぎていくのだった。

 

 




るし☆ふぁーさんは、こんな感じです。
別に、ギルメンに対する悪戯心とかじゃなく、真面目に恐怖公を選ぶつもりだったところに茶々入れされて、結構機嫌を損ねてますよ、うん。



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武人建御雷と、武士見習いの試行錯誤の毎日

今回の話は、この人になります。
この話もまた、ちょっとだけ今までとは毛色が違うかも。


武人建御雷は、周囲が思う以上に割とマイペースな戦闘狂である。

 

とは言え、【リアル】では周囲に対して自身の戦闘狂の一面を見せている訳じゃない。

むしろ、【リアル】での彼の仕事は真逆と言うべき会計事務所の会計士という、バリバリの事務職勤務なので、普段出来ない事を【ユグドラシル】で解消している、典型的なタイプだった。

 

彼自身、「もし、生まれる時代が選べたなら戦国時代に生まれたかった」と本気で思っているのを知っているのは、このギルドの中でも特に仲が良い弐式炎雷くらいだろうか。

 

いや、実際にはこのギルドの中にもう一人だけその話をした人物が居たりするのだが、その相手はそこまで気に留めていない様なので建御雷本人も忘れがちだったりする。

そんな彼だからこそ、ギルド【アインズ・ウール・ゴウン】として、未探索ダンジョンを初見一発攻略なんて無茶な挑戦をするのに真っ先に賛成する事も出来たのだ。

実は、初見攻略が終わった当日の夜、「あの意見で、話の流れが変わりました。ありがとうございます。」と改めてモモンガさんからお礼のメールを貰っていたりする。

 

本人的には、思い切り無茶だと思える様な冒険をしてみたかっただけなのだが。

 

そうして、見事に初見攻略を果たした【ナザリック地下墳墓】を拠点にした際、建御雷にも階層守護者となるNPCの設計を任される事になった。

彼が作るNPCが請け負う階層は、雪と氷で閉ざされた構成になると言う第五階層。

その話を聞いて、建御雷がすぐに決めたNPCのコンセプトは【武人】だった。

当然、雪と氷に閉ざされた第五階層を請け負うのだから、そのNPCが持つ属性は氷系のものが良いだろう。

出来れば、常時発動型スキル(パッシブスキル)で、歩くだけで床を凍らせるとか出来ると格好が良いかもしれない。

そんな風に、自分の中にある理想の形を思う存分に詰め込んで出来上がったコキュートスを前に、悦に入ったのは弐式炎雷と二人だけの秘密である。

そうして、少しずつナザリックの中が完成して言った頃、ギルメンの一人が急にログインしなくなった。

 

理由を聞いたら、なんでも飼っていたペットが死んでしまったショックで、とてもログイン出来る心境ではないらしい。

 

本人にとって、そのペットは家族同然の存在だったらしいから、これもまた仕方がないかもしれないと思いつつ、建御雷は小さく溜め息を吐いた。

正直言えば、あの世界でペットを飼えるだけの財力を持っている時点で、他のギルメンよりもかなり恵まれていると思う。

件のギルメンに、その自覚があるのかについては横に置くとして、このままログインしない状況を続けるのは良くない。

今はまだ、内容が内容だけにギルドの面々は同情的だが、それも長くは続かないだろう。

そこから、アインズ・ウール・ゴウンが分裂する切っ掛けにならないか、それだけが建御雷にとって気掛かりだった。

 

折角、今のギルドはモモンガさんがギルド長になった事で上手くいっているのに、そんな理由でギルドがコケたりしたら、本気で泣くに泣けない所だ。

 

何と言っても、クラン時代にあったあの大きな亀裂が原因で、既に一人【ユグドラシル】そのものを引退する事態になっている。

それを考えれば、今回の一件だって本当なら悠長に構えていられる案件じゃない。

とは言え、現時点でそれを肌で感じて理解しているのは、多分ごく僅かしかいないだろう。

例えば、件のギルメンがログインしなくなってすぐに何らかの対策が取れないか考えた上で、【電脳空間でペットを飼えないか】と思い立ち、情報収集に動いたヘロヘロさんなどだ。

 

一応、件のギルメンは一週間程で復帰してきたが、飼っていたペットを思わせるモンスターの姿を見ると、瞬間的に手が止まって攻撃を受けそうになっているので、別の意味で拙いかもしれない。

一応、本人も「このままではいけない」と言う事は判っているらしく、出来るだけ自分が狩りに参加する前に狩場に居るモンスターを確認して、大丈夫そうならそのまま参加する様にしている様だった。

多分誰もが、まだ彼が本調子ではない事など気付いていて、色々と気を回している。

流石に、微妙な空気が流れそうになった時だった。

 

ヘロヘロさん達が、様々なテストを終えたメールペットの事をギルメンたちに伝えたのは。

 

どういう存在なのか、ヘロヘロさんが代表して概要を話すうちに、ギルメン全員が浮足立ちかけていた。

彼らにしてみれば、自分が作ったナザリックの中にある思い入れのあるNPCをそのまま自分のメールペットとして飼えるのだと言う話なのだから、それも仕方がない事なのだろう。

その際、うっかりるし☆ふぁーさんを怒らせる発言をした奴らが何人かいた為に、彼のメールペットが恐怖公になると言う事態が発生して阿鼻叫喚を引き起こしていたが、それは自業自得だと建御雷は一切口を挟んでいない。

建御雷は、彼らの様に特に恐怖公が苦手と言う事もないから、本人の自由意思が優先されるべきだと考えたと言う理由もあるし、何より彼らの方が喧嘩を先に売ったのだ

今回に限り、るし☆ふぁーさんには何の非もなかったので、口を挟む気にもならなかっただけとも言うが。

 

とにかく、メールペットは全員配布される事になり、建御雷の手元にもメールペットが引き渡される事になった。

 

このメールペットの開発の為に、ギルメンの中にはウルベルトさんの様にそこまでプログラムとかに詳しくないにも関わらず、いつの間にかヘロヘロさん達に協力していた人もいたらしい。

もっとも、ウルベルトさんに関して言えば、以前から何らかの形でデミウルゴスを【リアル】に再現出来ないか考えているらしい話を聞いていたので、今回の話は文字通り渡りに船だったのだろう。

それこそ、その為に必要な事だとヘロヘロさんに言われたら、何でも事は手伝った筈だ。

 

こういう事は、自分で無理に推し進めるよりも専門家に任せた方が、間違いなく話が早く進むからな。

 

そんな訳で、建御雷の所に来たコキュートスを前に、どう彼の教育をしたものかと色々と悩む。

建御雷としては、コキュートスの事を【ナザリックNPC】として作り上げた様に、出来るだけ自分が思い描く様な武士か侍の様に育て上げたいと思うのだが、どちらかと言うと戦う事だけしか考えない猪武者に近い自分が、本当にそんな風に彼の事を育てられるか迷う所が多いからだ。

特に、コキュートスはこれからメールペットとして他のギルメンの元を訪れるのだから、向かった先での挨拶などそれ相応の礼儀作法を身に着けていないと流石に拙いだろう。

その事で、後からコキュートスが恥を掻いたり仲間内で困ったりするのは嫌だった。

 

では、何か自分の希望に沿う丁度良い資料が無いか探して、それを参考にしながらコキュートスを育てればいいのではないだろうか?

 

そう考えた建御雷が選んだ資料は、自分が暇な時間がある時に割と好んで見る時代劇のデータだった。

基本的には、それを参考に武士のあり方をレクチャーしつつ、コキュートスの性格に合わせて微調整しながら育てればいいだろう。

ただし、時代劇に出てくる内容によっては、実際には色々と脚色され過ぎている部分もあるらしいので、ちょっとだけ注意が必要だろうが。

 

下手に、時代劇の話の展開を盛り上げる為に脚色を盛り過ぎただろう、完全に間違っている情報を教え込んで、後で正しい情報を前に指摘される様な事態になったら、それこそ建御雷にとってもコキュートスにとっても黒歴史になりかねない。

 

その為にも、正確な戦国から江戸時代の武士の文化等に関する話は、大学教授だと言う死獣天朱雀さん辺りに聞いてみるつもりだった。

彼なら、建御雷の為に割と簡単な講義と言う形で教えてくれるか、それとも関連するデータ資料のアドレスを渡してくれそうだ。

確か……以前、ギルド内で何人かのギルメンと一緒に雑談した際、彼自身が教えている専門分野ではないものの、それなりに詳しいと言う事を前に聞いた事があるからな。

この際、頼れるものは全部頼るべきだろう。

 

どうしても、この手の本格的な専門知識が欲しいと思った場合、建御雷だけでは探すのが大変だからだ。

 

もちろん、自分の時間に余裕があればゆっくり探す事が出来ると言う奴もいるだろうが、残念ながら仕事柄そんな余裕があるなら、建御雷は【ユグドラシル】にログインする方を選ぶだろう。

別に、コキュートスの為に割く時間が惜しいと言っている訳じゃない。

現在進行形で、ナザリックはギルドホームとして罠系のギミックを追加している状況だし、当然だがNPCたちの装備や武器だって色々と追加している最中だ。

だったら、建御雷は少しでも狩りに行く回数を増やして、コキュートスの為に武器を作ってやりたい。

種族的な問題で、コキュートスは装備を身に着ける事が出来ないのだから、その分も他のNPCより余計に良い武器を持たせてやりたかった。

 

つい、現時点でのギルメンの大半の意識が、自分の手元に来たメールペットの方に向いている気がするが、最終的にはメールペットとNPCのデータを完全にリンク出来ないか、運営から文句が来ないレベルで試していく予定なのだから、こっちを放置するのもおかしいだろう。

 

ある程度リンク出来たら、このデータを元にして運営と交渉して追加システム化をするか、無理ならギルド内だけの運用の許可を取る予定だと、ヘロヘロさんは笑って言っていた。

その際は、運営と交渉にする際のバックアップとして、たっちさんが奥さん側の実家の協力を得られる様に、話を付けてくると言う。

自分の実家よりも、たっちさんの娘を出来れば跡継ぎに欲しがっている奥さんの実家の方が、色々と娘さんから話を通し易いらしい。

まぁ、このメールペットの存在が色々と娘さんの成長に繋がるなら、いい影響を与える存在として奥さんの実家側としても文句がないのだろう。

 

たっちさんの娘と言えば、コキュートスの奴が彼女の事を【姫】と呼んでいるらしい。

これは、自分がコキュートスの教育用として見せている、様々な時代劇の影響だろう。

どうやら、建御雷たちギルメンを自分が仕えるべき主と認識しているので、その娘さんは【主君の姫】と言う考えになるらしい。

 

色々と自分なりの調整の為に、かなり遅れていた初めてコキュートスを使いに出す相手として、丁度【ギルド内PVP】の打ち合わせをする予定だった事を思い出した建御雷が、そのままたっちさんにメールを届けさせたその日の夜、予定通りの時間に落ち合ったたっちさんからその話を聞かされ、ちょっとだけ何とも言えない気持ちになったのも、今では笑い話の一つだったりする。

 

それはさておき。

建御雷の朝は、それなりに早い時間から始まる。

一応、それなりに早い時間に起きる程度で済んでいる理由は、俺が勤める会計事務所の最大顧客が、基本的に夜の営業がメインな為、営業後に休んでいる可能性が高い朝の早い時間帯にこちらが出向くのを嫌うからだ。

まぁ、それだけで大体どんな場所か大体の人間が察するだろうが、簡単に言ってしまえば娼館である。

時代劇風に言うなら、岡場所や花街と言う表現もされていた【新吉原】と言えば分かり易いかもしれない。

 

建御雷の会計事務所は、その新吉原一帯の経理の一切を任されている。

 

そんな相手の都合もあり、建御雷の朝は多分モモンガさんやヘロヘロさんに比べれば、確実に遅いだろう時間に始まる。

実際、建御雷が朝起きてメールソフトを立ち上げてみると、既にモモンガさんの所のパンドラズ・アクターがメールを持参してきていて、コキュートスと話をしているなんて事も結構あったりする。

因みに、コキュートスとパンドラズ・アクターだが、まぁそれ程仲は悪くない感じだ。

どちらかと言うと、元になったナザリックのNPCが生産系がメインで構成されている関連からかもしれないが、パンドラズ・アクターはモモンガさん譲りの穏やかな性格だと言う事も、上手く俺のコキュートスと仲良く出来る要因かもしれない。

モモンガさん自身に聞いた話だと、割とあちらでは二人で手合わせなどをしているらしいが、こちらでは沢山ある武器を前に武器談義をしている事も多かったりする。

 

多分、メール配達中はコキュートスに武器を一つしか持たせていない事も、この場で武器談議に興じる要因の一つになっているのかもしれない。

 

パンドラズ・アクターと同じ位の確率で、朝起きたら既にメールを届けに来ている場合が多いのが、ウルベルトさんの所のデミウルゴスだろうか?

これに関しては、ウルベルトさんの仕事の状況次第で起きる時間が変わるらしいから、実際はデミウルゴスが早朝に来る回数が少ない月もあるけどな。

とにかく、デミウルゴスは割と早朝に来る事が多いが、夕方のログイン前に来る事も多い。

これもまた、ウルベルトさんの仕事の都合だから仕方がないが。

 

コキュートスとデミウルゴスは、性格やら構成やら考えると真逆の様な存在だと思っていたが、建御雷が考えていたよりも割と仲が良い。

 

違いすぎる立ち位置が、逆に上手く填まったからこそ上手くいっている関係かもしれないし、建御雷とウルベルトさんの関係を引き継いでいるのかも知れなかった。

彼とは、素材狩りの為に良く組む仲間でもあるし、割と話していると気が合う相手でもある。

建御雷の前では、デミウルゴスとコキュートスは色々と本を片手に話し合っている姿が多い。

ウルベルトさんの所では、一緒に備え付けのバーカウンターで飲んでいる姿を見られるらしいから、ちょっとどんな様子なのか気になる所だ。

 

そんな、コキュートスがそんな風に寛いでいる姿を、建御雷も余り見た事がないからだ。

 

もちろん、ここがコキュートスの自宅と言う事もあって、全く建御雷の前で隙がない訳じゃない。

自分の理想の武士になる為に、まだまだコキュートス自身も学ぶ事も多いからか、気を張っている部分も多いのかもしれないとは思う。

だが……出来れば、建御雷もコキュートスと差し向かいで酒を飲めるなら飲みたい所だ。

 

コキュートスは、建御雷にとって大切な一人息子の様な存在に近くなっているのだから。

 

まぁ……そんな感じで、多少ウルベルトさんに……と言うか、デミウルゴスに対して多少の羨ましさを感じつつ、デミウルゴスと仲良くしているのは良い事だと、建御雷はのんびりと見ていたりする。

他に、コキュートスと仲が良いのは……そうだなぁ、るし☆ふぁーさんの所の恐怖公だろうか?

るし☆ふぁーさんは、ギルドの中では色々とやらかしていて【ギルド一の問題児】として扱われている。

 

これに関しては、自分も悪戯の対象になった事があるので建御雷も承知しているが、個人的にコキュートスと恐怖公を介してメールをやり取りする様になってから知ったのは、実際はもっと思慮深い所がある相手だと言う事だ。

 

それは、恐怖公の育成具合を見れば良く理解出来るだろう。

これでも、新吉原などと言う場所に仕事の都合で関わる関係上、それ相応の人を見る目を持たざるを得ない建御雷の目から見て、恐怖公はそこらへんに居る富裕層の似非紳士共よりも、余程人格者の紳士だと思える程だ。

それはつまり、【ユグドラシル】でのNPC設定を忠実に守る様な紳士としての教育を、るし☆ふぁーさんが恐怖公に施したと言う事になる。

礼儀作法だけでなく、この短期間でその人格にまで紳士としてきっちり仕上げて育て上げてくる時点で、るし☆ふぁーさん自身も確実に富裕層出身だと考えて良い。

 

とすれば、もしかしなくてもギルメンの中では割と年上の方に当たるんじゃないだろうか?

 

【アインズ・ウール・ゴウン】は、初期メンバーが全員社会人だった事もあり、後続加入メンバーにも二つの原則が付いた。

一つは、異形種である事。

これに関しては、見るまでも無く異形種ギルドである以上、所属するなら異形種と言う括りになった。

二つ目が、社会人である事。

こっちは、他のギルメンが社会人としての経済力をもって重課金している事から、まだ自分自身の経済力がない学生は遠慮して貰っているのである。

そう考えると、後続メンバーの一人であるるし☆ふぁーさんが富裕層出身で最高学歴となる大学まで通っていた場合、就職した後に加入した事も考慮して年齢は現時点で最低でも二十三歳以上と言う事になる。

だとしたら、悪戯などをしている事が少々幼稚な行動の様な気もするが、もしかしたらゲーム内でギルメンに対して悪戯をする事で、スキンシップ取ろうとして失敗していたのかもしれない。

 

悪戯は、人の気を引く為の一つの手段だからな。

 

るし☆ふぁーさんの性格や【リアル】に関して、多分これで合っているだろうと言う推測はこんな所だが、もちろん本人に確認するつもりもなければ他人に言うつもりもない。

流石に、るし☆ふぁーさん本人が言わないで黙っている事を、推測だけで建御雷がギルメンに対して話していい案件だとは思っていないからだ。

こうして、割と小まめにメールのやり取りをする様になってから、建御雷もるし☆ふぁーさんの性格が本当はどんな感じなのか理解したので、メールのやり取りすらまともにしていないギルメンは気付けないだろう。

 

コキュートスも、建御雷と同じ様な印象をるし☆ふぁーさんに感じているらしく、割とメールを届けに行くのを楽しみにしている気がする。

 

弐式さん……あー、本当は弐式やんと言いたい所だが、なんか微妙な気がしたんで弐式さんでいいわ。

で、弐式さんの所のナーベラルも定期的にメールを持参してくれる。

見た感じ、俺達二人と同じ様に彼らも気が合うのか、二人だけにしておくと割とナーベラルもコキュートスも羽目を外して滅多に見れない表情とかを見せてくれるので、基本的にナーベラルがメールを持ってきている時は、電脳空間に姿を見せない様にしていた。

 

いや、うん……流石に、もしコキュートスがナーベラルの事をそう言う意味で気に入っていたとしたら、お邪魔になっちまうからな。

 

そう言えば、一人だけうちに来る度にコキュートスを【裸族】とからかっていく嬢ちゃんがいた。

茶釜さんの所のアウラだ。

正直、メールの配達で顔を合わせた際の軽口の合間に出てくる程度ではあるが、コキュートスの種族的なものなのでどうする事も出来ない案件である。

一応、一緒にメールを持ってきているマーレが諫めようとしてくれているし、本当に邪気の無い軽いじゃれ合い程度で言われる事がある程度だが、彼女たちが帰った後で地味に本人が傷付いているのが判るから、出来れば止めてやって欲しい所だ。

 

本当に、アウラはそう言うからかいの語彙をどこで覚えてきたのやら。

 

この辺りは、今度の定例会議の後にでも茶釜さんに相談してみるとしよう。

人様の所のメールペットを、こちらの考えだけで勝手に叱ってしまうのは拙いだろうし、親に当たる茶釜さんから言われた方が、自分が悪かった点などを反省するだろうし、何よりアウラ本人も納得出来ると思うからだ。

多分、アウラ本人は気軽な軽口程度の認識だろうから、俺が叱るよりも茶釜さんに叱られたらかえって重く受け止めてしまうかもしれないが、この辺りは要反省案件として我慢して貰うとしよう。

 

メールが良く来るメンバーは、今挙げた面々が殆どかな?

 

後は、冒頭で挙げたたっちさんの所のセバスくらいだ。

どちらかと言うと、セバスもメールを運んでくる事は少ない気がする。

うちのコキュートスは使いに出すけど、「返事はログイン出来ないのでは無ければ、当日顔を合わせた時で構わない」とメールに書いているからだろう。

大概がたっちさんへのPVPの申し込みメールだから、そこまで返事を急ぐ必要が無いものばかりだからだ。

他の連中からもメールは来る事は来るが、そこまでの頻度ではない。

だから、建御雷は知らなかった。

 

今、それぞれの自分以外のギルメンや、コキュートス以外のメールペット間で問題になっているあるメールペットの事を。

 

いつもの様に、メールペットの育成自慢で始まった定例会議は、全員の発表が終わるのを待っていた茶釜さんの発言によって、その問題のメールペットであるアルベドの主であるタブラさんに対する非難の声が相次いでいた。

正直、今回の一件は一切知らない状況だった事もあり、建御雷にはそれに関してどう口を挟んで良いのかいまいちよく判らない。

これが、何かのクエストなどの攻略に関する話し合いとかなら、多少事情が分からなかったとしても幾らでも口を挟んだだろう。

だが、実際に一度も経験していなければ、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う事を口にする方が、別の意味で余計な騒動に発展しそうな気がしたから、口を挟めないのだ。

そう……実は、タブラさんと建御雷の間では、今まで一切のメールのやり取りがなされていない。

何故なら、ほぼ毎日の様にこの二人は【リアル】で顔を合わせている為、わざわざメールのやり取りをする必要が無いのだ。

 

だから、彼らが問題だと言うアルベドの行動の被害に、建御雷やコキュートスが遭う筈がないのである。

 

当然の話だが、タブラさんとのメールのやり取りが無ければ、アルベドが建御雷の元を訪ねてくる事も無いので、暴走しているだろう彼女による被害に遭う事もなく、完全な蚊帳の外に置かれていたと言っていい。

そんな状況下で、建御雷に何が言えると言うのだろう。

本音を言えば、タブラさん側の様々な事情を知る身として、ある程度まで彼の事を庇った後できっちりと弁明させてやりたい。

だが、それをするにはどうしてもタブラさん側の【リアル】事情やら、自分たちがお互いに顔見知りである事やらを説明する必要がある。

 

流石に、それをタブラさんが許すとは、建御雷にはとても思えなかった。

 

だからこそ、建御雷はその場で沈黙を守るしか出来なかったのだ。

今回の一件は、最終的に【タブラさん自身がアルベドを躾直せるかどうか、しばらく様子を見る】と言う事で、なんとか話が落ち着いた。

と言うか、それ以外にタブラさんが受け入れなかったのである。

まぁ、ギルメンたちが思っている以上に、タブラさんはある一部分で頑なな所があるからな。

ギルメンたちは、「タブラさんの拘りゆえの反応」だと考えてくれている様だが、実際はそれだけが問題じゃない。

全部事情を知るが故に、建御雷は大きく溜め息を吐くしか出来なかった。

 

「一先ず、明日会った時にきっちり説教は確定だとして……俺に、タブラさんに今回のアルベドの一件がどんな風に問題があったのか、理解させられるのか?

あの、下手に頭が良すぎて語彙が豊富な分、周囲から見て時々本来の話から一周回って全く別の論点で話している事が多い、あのタブラさんを?

……あー……流石に、俺には荷が重い気がするなぁ……」

 

思わず、深々と溜め息を吐きながらそう呟いてしまった建御雷は悪くない筈だ。

だが、ここでタブラさんに対して建御雷が手を差し伸べなければ、彼は自分のどこが悪いのか理解するまで相当の時間が必要になるのは間違いない。

しかし、この状況下ではそこまでギルメンたちは待ってくれないだろう。

 

と言うよりも、多分メールペットたちが待ってくれない。

 

そう建御雷が考えたのは、ウルベルトさんがあの会議が終わった後に小さく漏らした言葉を、彼もまた耳にしていたからである。

もちろん、それだけですぐにメールペットたちが「何かしでかしそうだ」と、そう考えた訳じゃない。

あの後、タブラさんの説教をきちんとする為には今回の騒動を改めて理解しておく必要があるだろうと考え、それぞれ纏めて提出された被害報告を読んでいるうちに、直感的に感じたのだ。

 

これは、ギルメンたちが思っている以上に、メールペットたちの方が煮詰まっているんじゃないか、と。

 

むしろそう考えた方が、ウルベルトさんの言葉にも納得がいく。

とは言え、この件は今の時点ではまだギルメンたちの耳に入れない方が良い気がした。

彼らは、総じて親バカならぬメールペット馬鹿の傾向にあるので、多分建御雷がこの事を彼らに対して話しても「うちの子に限って」と言った感じで否定するだけだろう。

そう言えば、あの時ギルド長であるモモンガさんも、建御雷と同じ様にウルベルトさんが漏らした言葉が聞こえていたらしい。

彼の言葉が聞こえた直後、とても驚いた様子だったから多分間違いないだろう。

彼の性格なら、あの場でウルベルトさんに伝言を速攻で尋ねるか、それとも帰宅後にメールを送るどちらかの手段で、事の真相を問い質しているんじゃないだろうか?

 

あれで、慎重だけど必要だと判断した時には大胆な選択も出来るモモンガさんだし、こんな揉め事の気配を察知してそれを放置しておくとは、あの人の性格から考えてもとても思えないからな。

 

そんなモモンガさんの質問に、ウルベルトさんがどこまで答えてくれるは判らないが、あの人もあれで細かい所に気を配れる人だから、それなりに答えてくれるだろう。

ウルベルトさんも、ギルド内に余計な火種を抱えるのは嫌な筈だ。

今回、デミウルゴスが被害に遭って居ないという事だし、他のギルメンよりは少しだけ精神的に余裕を持って対応してくれそうな気もする。

 

どちらにせよ、建御雷には自分に今出来る事をする以外、選択肢はないのだが。

 

溜め息を吐きながら、建雷御はコキュートスが待つメールサーバーに降りると、毎晩寝る前にしている習慣をこなす事にする。

それは、コキュートスがその日に見た時代劇の感想を話し合う事だった。

色々と忙しい仕事の都合上、余り時間を取って構ってやれない分、夜に纏めて話をする事で少しでもコミュニケーションを取る様にしている。

好きなものの事なら、普段は余り喋らないコキュートスの口も饒舌になると、そう判断したからだ。

そして、それは間違いじゃなかった。

一日の出来事も含めて、コキュートスは様々な事を話してくれる。

そんなコキュートスを前に、まだまだ彼との生活は試行錯誤な日々だなと、ひとりごちるのだった。

 




という訳で、長らくお待たせいたしました。
建御雷さんの話になります。

建御雷さんだけは、本気でアルベドの件は蚊帳の外でした。
もし、この件を事前に察知していたらもっと話は変わっていたと言う。
そして、タブラさんに関して色々と実情を知っている人物でもあります。

皆さん、この二人がどんな関係なのかとか、建御雷さんから見たタブラさんがリアルでどんな立ち位置に居る人なのか、読みたいですか?
pixivでもお尋ねしているのですが、読みたいかどうかご意見を活動報告の方にいただけると助かります。


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弐式炎雷と不器用なメイドとの多くの失敗と小さな成功を繰り返す毎日

メールペットシリーズ、今回はこの方のお話になります。


弐式炎雷の朝は、かなり早い。

大手企業の地方支社の一般事務職である事もあり、仕事的な面では始発出勤組であるギルメンよりもゆっくりで構わないのだが、それでも早く起きているのにはそれなりの理由がある。

ヘロヘロの手によって、アインズ・ウール・ゴウンのギルメン全員に配布される事になり、彼の家にやって来た可愛い娘の様なメールペットが、色々と自分の仲間たちの噂を聞き付けては自分でも実行しようとした結果、色々と困った失敗をやらかしてくれているからだ。

 

そう……弐式炎雷が、自分のメールペットとしてNPCの中から選んだのは、自分が作った戦闘メイドプレアデスの一人であるナーベラルである。

 

彼女なら、弐式炎雷が自分で色々と組み上げたNPCだから、メールペットとして自分と上手くやっていけるとそう思っていたのだ。

他の仲間たちも、基本的に自分が作ったNPCをメールペットにしてた事も、彼女を選んだ理由の一つだったのだが……実際に受け取って彼女の事を育成し始めてから、弐式炎雷は思わぬ問題に気付かされる羽目になった。

もし機会があるなら、他の仲間たちの所では同じ様な状況になっていないのか、出来れば聞いてみたいと思う様な彼女の問題点。

 

それは、ナザリックのNPCとしての意識が影響しているのか、それとも仲間の一部が色々と主の世話をしている事を知ってしまったからなのか、ナーベラルが弐式炎雷に対して彼に仕えるメイドとして色々とリアルの世界に干渉しようとしては失敗し、結果的に予想外の被害を出している事だった。

 

もちろん、最初からナーベラルはそんな行動をしていた訳じゃない。

最初の頃は、ナザリックにいるNPCの【ナーベラル・ガンマ】のデータをダウンロードされただけの、ごく当たり前のメールペットとして弐式炎雷が頼んだメールの配達を中心に、普通に過ごしてくれていたのだ。

そんな彼女に変化が起きたのは、お互いにメールのやり取りをする事で他のメールペットとの交流するうちに、デミウルゴスや恐怖公といった、主のお世話をするタイプのメールペットがいる事を知った頃だろうか?

 

今思い返してみれば、自分と同じメールペットの彼らに主のお世話が出来るなら、自分にも出来る筈だと思い込んでしまったのだと思われる。

 

デミウルゴスは、サンプリングデータを取る為に最初期から活動しているメールペットの【始まりの三体】の一体であり、データ容量が他のメールペットとは違っているので、そもそも比較対象にはならない。

ウルベルトさんによるバックアップの元、あらゆる面での知識の収集に余念がないデミウルゴスは、既にメールペットの枠を超えている気もするが、それはそれとして。

正直言って、彼はギルメンが持つほぼ全てのメールペットの【祖】に当たる様な存在なのだ。

 

他のメールペットより、出来る事が多いのは当然である。

 

同じ様な理由で、【ナザリック】ではナーベラルの姉妹であるソリュシャンも、主のお世話が出来るメールペットとして挙げていいだろう。

彼女も、【始まりの三体】として最初期から存在している上、現在進行形でヘロヘロさんの公私共に手伝いをしている万能系メイドなのだが、姉妹の彼女に出来るなら自分にも出来るのではないかと、余計にナーベラルが思い込んでしまった可能性もある。

正直、彼女もまたナーベラルとは根底のスペックが既に違っているので、比較対象にしていい存在ではない。

 

その辺りを、ナーベラルがちゃんと理解出来ていたら、ここまで暴走していなかっただろうが。

 

主のお世話系メールペットとして、最後に名前が挙がるだろう恐怖公は、あのるし☆ふぁーさんが本気でそれはもう綿密な育成プログラムを最初の段階で組み上げて一気に紳士まで育て上げた、これまた別格のメールペットだ。

これに関しては、メールペットを決める彼を怒らせる様な真似をしたギルメンたちに対して、本気で見返す為に情熱を注いだ結果なので、別格と考えるべき存在だろう。

彼もまた、ウルベルトさんと同様に恐怖公の為に様々な知識を与える事に余念がないし、それに対してきっちりと期待に応えている恐怖公の努力を考えれば、彼と比較する方が間違っていると言っていい。

 

そもそも、ギルメン達はメールペットに対して癒しを求めてふわふわに育てているんだから、普通のメールペット達がそんな事が出来る様になるまでには、それこそ長い時間を掛けて様々な事を学習して出来る様になっていくという、段階を踏む必要がある案件なのだ。

 

どうやら、ナーベラルにはその辺りが良く判っていないらしい。

他の、大半のメールペットたちが普通に主との交流を楽しんでいる中で、彼らの様な【お世話系メールペット】の存在はある意味特殊ケースだというのに、自分にも出来る筈だと思い込んでしまったのは、弐式炎雷側にも実は問題があった。

彼女が、自分には向いていない方向で動き始めたばかりの頃、どうしてそう言う行動をしているのか、その理由を深く考えもせずに手放しに何かを手伝おうとする行為そのものを誉めてしまったのが悪かったのだろう。

 

ここでもう少しだけ、ナーベラルに対して弐式炎雷が彼らの様な特殊ケースとの違いを言うべきだった。

 

更に不味かったのが、その少し前に弐式炎雷側にうっかりミスを起こして予想外の状況になり、その結果としてナーベラルに妙なやる気を持たせてしまった事だろう。

そう、弐式炎雷がついうっかりと言った感じのミスを引き起こした為に、ナーベラルが自分に向いていない方向で努力をしようと本気で頑張り始めてしまったのだ。

もちろん、後で弐式炎雷もその事に気付いて何とか彼女の考えを修正しようとしたのだが、どうしても無理だという前に泣かれてしまって、どうする事もない状況を作り出してしまった切っ掛けの一件。

 

それは、【ナーベラルによる、弐式炎雷のリアルの職場の同僚への罵倒事件】である。

 

その日、弐式炎雷は前日の夜にギルメンと赴いた狩りに時間が掛かり過ぎて、睡眠時間がかなり少なく寝不足の状態だった。

普段なら、自分のリアルの職場でメールを立ち上げている際はもっと周囲に注意しているのだが、この日ばかりは前日夜更かしによる寝不足が祟り、かなり注意散漫だったのだ。

そう……こっそりと近付いてきた職場の同僚の存在に気付かず、うっかりそいつに端末を覗き込まれるのを許してしまう位には。

更に、端末の中のメール受信画面にいるのがメイドだと知ったそいつが、普段から隙が無い弐式炎雷への不意打ちに成功した事に調子に乗って、覗き込んだままナーベラルに声を掛けるのを、彼は阻止出来なかったのである。

運が悪い事に、その男が声を掛けたタイミングがメールを立ち上げたばかりで。弐式炎雷がナーベラルに声を掛ける前だった上、急に声を掛けられた事に驚いた弐式炎雷が操作ミスをして、自分たちがいるリアルの画像とナーベラルの視点を繋いでしまったのだ。

ナーベラルからすれば、主との交流をする楽しみの時間だったのに、いきなり知らない男の声が掛けられたかと思うと、大きな画面が現れて人間の男が覗き込む様に自分の姿を見ていたのである。

 

こんな状況になって、トラブルが発生しない筈がない。

 

彼女は、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーとナザリックのNPCの仲間以外、全ての存在を下等な存在と認識しているらしい。

と言うか、元になったナザリック側のナーベラルの設定が、異形種ギルドである事から人間種に対してそう言うものの見方しているのを、弐式炎雷自身がすっかり忘れていた。

自分がノリノリで、色々な昆虫図鑑か虫の名前などの罵倒の言葉を仕込んでおいたのに、だ。

 

その結果、彼女は弐式炎雷の職場の同僚である【人間】に対して、しっかりと暴言を吐いてくれたのである。

 

今にして思えば、あの時のナーベラルの反応は突然知らない人間種の顔が大画面で表示された事で、ひどく驚いたのだろうと言う事は、弐式炎雷にも想像が付く。

今まで、ずっと人間の姿など見た事もなかったという点を考えれば、彼女の過剰とも言える反応も仕方がない事だっただろう。

それも含めて、全部、弐式炎雷側がもう少し周囲を注意してからメールを開いていれば、防げた案件でもある。

 

元を糺せば、勝手に人が起動しているメール画面を覗き込んだ、その同僚の方が余程マナー違反なのだが……ナーベラルが暴言を吐いてしまったのは間違いないので、彼に対してのフォローはちゃんとした。

 

この男に対してフォローせず、放置しておいて余計な事を周囲に広められる方が、後で状況が掴めない事に発展しそうで色々と困る気がするからだ。

特に、口の軽いこの男に対してナーベラルの事は「【ユグドラシル】のギルド仲間が動作テストとして送って来た拠点用のNPCデータ」だと言う事にしてある。

事実、彼女はナザリックの中で稼働しているNPCなのは間違いないし、AIの担当はヘロヘロさんだから全くの嘘でもない。

それに、こいつも弐式炎雷がユグドラシルをプレイしているのは知っているので、「メールを開いて最初に見た相手に対してあの言葉を言う様に設定してあったんだろう」と言えば、納得してくれた様だった。

拠点用NPCは、設定したルーチンワークでしか動かないから、そいつからナーベラルが見えない様に画面を一時的に落とす動作をしながら「かなり悪戯好きの仲間がいるので、多分そいつからのちょっとした悪戯だ」と笑って説明したのだ。

どうやら、そいつも割とくだらない悪戯を仕掛けてくる奴だったので、弐式炎雷が前に「酷い悪戯好きなギルドの仲間がいる」と話した事もあり、それであっさり納得してくれて助かったとも思う。

 

ここで、この同僚から下手にしつこく聞かれたら、面倒な事になっていたと思うからだ。

 

状況的に、この場に留まっていてもメールサーバーを立ち上げるのは難しいと判断した弐式炎雷は、上手くその同僚や周囲に対して誤魔化しつつ端末を片手に急ぎ足で移動すると、人がいない休憩室を選んでするりと身を滑り込ませ、素早くメールサーバーを立ち上げ直す。

急いで立ち上げた先に待っていたのは、いきなり幾つもの不幸な出来事が重なった為に、主である弐式炎雷に嫌われたのではないかと、涙目になっているナーベラルが部屋の隅で蹲っている姿だった。

 

弐式炎雷が、せっかく初めて昼間の時間にメールを立ち上げてくれたのに、待ち構えていたのはナーベラルが知らない下等な人間の顔で、しかもすぐに弐式炎雷側から端末を閉じられてしまったと言う事実は、酷く彼女を傷つけたのだろう。

 

どう見ても、【捨てられた子犬】の様な雰囲気を漂わせていて、このまま彼女の事を放置出来る様な状態ではなかった。

慌てて必死に宥めたのだが、ナーベラルはまだ何処かグズグズと鼻を鳴らしている。

そんな彼女の様子を窺いながら、弐式炎雷が出来るだけゆっくりと話を聞くと、やはり知らない下等な人間の姿に驚いて、パニックになってしまっていたらしい。

彼女なりに、その原因である人間の男を追い払おうとした結果、あんな反応になったそうだ。

そんな彼女の話を聞いて、弐式炎雷は人目を気にせず端末を操作した自分が悪かったのだろうと、心の中で反省する。

少なくとも、ナーベラルのミスではない。

 

例え……彼女自身の言動に、かなりの問題があったとしても。

 

頭を優しく撫でてやりながら、気付かれない様にそっとナーベラルの様子を見ると、漸く落ち着いたのか与えたホットミルクをちびちびと飲んでいる。

だが、これは弐式炎雷が怒っていない事実に安心しただけで、やはり自分が実際に引き起こしてしまったトラブルがどんな問題を生むのか、その辺りをナーベラルはまだ理解出来ないのだろう。

先程も考えたのだが、そもそもこの事態を引き起こす原因を作ったのは、周囲を気にせず外でメール端末を無造作に開いた弐式炎雷自身だ。

職場でメールを開くなら、もう少し周囲を注意しつつ行動しないと駄目だと言う事を忘れていたなど、自分に色々と問題があったのは理解している。

 

今回の一件は、本当に外で端末をチェックする際の大きな失敗だった。

 

その一件があってから、ナーベラルは色々と仲間に話を聞いて回ったらしい。

彼らから、自分たちがどんな感じで過ごしているのかという話を聞いた事で、リアルの世界の事情をある程度中途半端な形で把握したナーベラルは、今回の自分の行動が割と大きな失敗だったという事を知ってしまったのである。

それによって、リアルでの弐式炎雷の立場が悪くなったのではないかと不安になり、せめて自分が弐式炎雷の為に出来る事をしようと、色々とやり始めたのが彼女の行動が始まった発端である。

もちろん、彼女が自分の意思で行動する事に関しては、別に弐式炎雷としても大きく反対するつもりはない。

むしろ、ナーベラル自身の成長の証として、心から喜びたいと思う部分はあるのだ。

 

ただ、人には向き不向きというものがあると言う事を、彼女にもきちんと理解して欲しいとは思うが。

 

******

 

リアルの話に傾き過ぎたので、ひとまず話は元に戻すとしよう。

 

ナーベラルの行動に関して、本音を言えば別に無理をしなくてもなどと色々と思う所があるものの、弐式炎雷本人的には本来の彼女の役目であるメールペットのメール配達に関して言えば、特に問題がある訳ではないので、多少の事までは構わないと思っていた。

少し前にあった会議で議題になった、タブラさんの所のアルベドの様な問題行動はしていないし、それなりに仲の良い仲間もいるのを知っている。

特に、建御雷さん(と言うと、なんか気分が変だから次からは建やんにする)の所のコキュートスとは、かなり仲良くやっているのを知っているので、それならそれで良いとも思っていた。

どうやら、人間関係などはどちらかと言うと親と似た関係を構築している様だ。

子供は親に似るというより、メールの配達回数が多い事に起因しているのだろう。

とにかく、二人でいるとまるでユグドラシルの中でプレイする際の自分たちの様なやり取りもしているのを、何度も見た事があった。

性別は違っても、こんな風に息が合う相手がいるのは、彼らにとっても悪い事ではないと弐式炎雷は思っている。

 

そうそう、先程ちょっとだけ話に出たタブラさんだが、彼にもちょっとした変化が起きたらしい。

アルベド自身が、出先で取る行動にはそれほど変化がない気もするものの、そんな彼女の代わりをするかの様に、彼の所にメールを配達に行くと、メールペットたちに対してフォロー的な行動をする様になったらしいのだ。

具体的に挙げるなら、ナーベラルがメールを届けに行った際は、今までおやつをくれる程度の相手しかしなかった彼が、メールを受け取った後軽く頭を撫でてくれたり、「いつもメールをありがとう」と一言だけではあるものの、声を掛けてくれたりする様になったと聞いている。

まだまだ、他のギルメンに比べるとメールペットに対してのスキンシップが少ない方ではあるが、それでも以前と比べればかなりの変化だと思える部分だった。

 

あ、でも……アルベドにもちょっとだけ変化はあったかな。

 

今までは、とにかくメールを持ってきたらそこのギルメンに引っ付いて離れようとしなかったし、ナーベラルに対して弐式炎雷が目を離した隙にとにかく苛める様な行動をしていた上、中々弐式炎雷のサーバーに居付いて帰ろうとはしなかった。

だけど、最近はギルメンに引っ付くのは変わらないものの、まるで得物を狙った肉食獣の気配じゃなくなったし、ナーベラルに対して何か言っているけどそこまで酷いものじゃない様だ。

だって、いつもアルベドに色々と言われて涙目になっていた筈のナーベラルが、彼女の言葉を聞いても涙目にならなくなっているからな。

そして……今までの様にいつまでも居付いて帰ろうとしないんじゃなく、ある程度の時間になったら自分から素直にタブラさんの所に帰る様になった。

 

ただし、帰り際に弐式炎雷に対して投げキッスをしていく様にはなったけど。

 

こうやって考えて見ると、今までのアルベドに比べたらかなりましな行動になった気もするけど、やっぱりまだまだ駄目な行動の域を出てはいないかもしれない。

それでも、次第に改善されていくのならもう少し弐式炎雷としては見守っても良いと、そう考えている。

今回のアルベドの騒動を、実は全く知らなかった(タブラさんとは仕事先で直接会う事から、メールのやり取りをしてなかったらしい)建やんから、二人きりの時に頭を下げられて頼まれたからだ。

 

タブラさん側にも色々と理由があって、今までメールペットを育てると言う事が良く判っていなかったらしい。

 

リアルでの知り合いな分、その事情を知っている建やんがフォローに入るから、「もう少しだけ長い目で見てやって欲しい」と彼に頭を下げられたら、弐式炎雷に断る事なんて出来なかった。

それに弐式炎雷も、タブラさんの今回の対応を危なっかしく思っていた一人だ。

彼が、これから少しでも変わる手伝いが出来るなら、喜んで引き受けるつもりはある。

 

彼も、大切なギルドの仲間なのだから。

 

そうそう、ナーベラルの親しいメールペットだが、普段からコキュートス以外で特に仲が良い相手の名前を挙げるなら、実は恐怖公だったりする。

彼の主であるるし☆ふぁーさんとの付き合いは、建やんから色々と個人的に付き合ってみたら印象が違っていたと言われて、試しにメールでやり取りを始めたのがきっかけだ。

確かに、るし☆ふぁーさんは色々とギルド内では問題児だったけど、個人的に色々と話を聞くのはとても話題が豊富で思っていたよりも楽しい。

そしてそれは、彼のメールペットである恐怖公にも同じ事が言えると言っていいだろう。

今は、とにかく何でも学びたいと考えているナーベラルにとって、恐怖公は様々な事を教えてくれる丁度良い教師役に近い存在だった様だ。

何より、彼が弐式炎雷の所にメールを運んで来て滞在している間は、アルベドがメールを持参してきたとしても長居する事はないから、色々な意味で助かってもいる。

 

そう言う訳で、ナーベラルも彼に対しての対応は師を仰ぐ様なそんな感じだと言っていいだろう。

 

同じ様な存在が、ウルベルトさんの所のデミウルゴスだ。

彼は、元々メールペットでのやり取りが開始された辺りから、ヘロヘロさん達と手分けして他のギルメン達の間で何か問題が起きていないか色々とチェックしてくれているらしく、ナーベラルとデミウルゴスともそれなりに交流があるらしい。

とは言っても、ウルベルトさん本人からはそこまで頻繁にメールが来る訳じゃないから、メールを持ってデミウルゴスが顔を出した時は、割とすごい長話をしている事が多い位だろうか。

デミウルゴスも、同じメールペットの仲間としてかなり面倒見が良い所を発揮しているので、ナーベラルが頑張っている事に対して協力を惜しむつもりないらしい。

 

弐式炎雷としては、ナーベラルが上手く付き合っていけると安心出来る人物の一人なので、こんな風に付き合いが出来て良かったと思っている。

 

他にも、モモンガさんの所のパンドラズ・アクターとは、割と仲良くやっていると思う。

仲間に対する気遣いは、彼の主であるモモンガさん譲りらしく、彼もまたナーベラルの相談相手の一人の様だ。

同じ二重の影と言う種族も、パンドラズ・アクターへの相談し易さに繋がっているなら、良かったと思っている。

モモンガさんとも、パンドラズ・アクターとも上手くやっていけるなら、悪くないと弐式炎雷は思っているのだから。

 

彼ら以外で、ナーベラルと仲が良いのは、意外かもしれないがシャルティアだったりする。

 

これに関しては、完全に弐式炎雷自身とペロロンチーノさんの繋がりから出来た縁だと言っていい。

やはり、頻繁にメールのやり取りをする事で顔を合わせていれば、特にナザリック側のNPC同士で仲が悪いと設定されていない限り、自然と仲良くなるものなのだろう。

特に、メールペットとしてのシャルティアは、ナザリックにいる彼女とは違って色々と性格が修正されているから、ナーベラルでも付き合い易くなっている事も、仲良くなれた理由だった。

なんでも、シャルティアとはデミウルゴスへの弟子入り仲間なのだそうだ。

 

一応、完全な脳筋からは脱出したらしいのだが、元々おバカな系統のシャルティアと、不器用でドジッ子の片鱗を見せるナーベラルの組み合わせは、何処か危険な気がするのは気のせいだろうか?

 

ナーベラルに関して、弐式炎雷が一つだけ可哀想な事をしているとすれば、ナザリックの設定では姉妹となっている他のメールペットのプレアデスの面々たちと、余り仲良くさせてあげられない所だろう。

普段から、長女のユリの主であるやまいこさんを筆頭に、弐式炎雷自身が彼らの主と余りメールなやり取りをしない事が原因だった。

本当は、彼女達が全員で集まってお茶会をしている所を見たい気もするが、今のメールのやり取りをしている状況では、少し難しいかもしれない。

この辺りは、誰もが似た様な考え方をしていたとしても、誰の所から最初にプレアデスの集まりをするのか、そこで揉めそうな気がするのだ。

出来れば、自分の所で最初のお茶会をしたいと思うが、「長女であるやまいこさんのユリの所から」と言われてしまえば、以外に反論し難いし。

 

まぁ、そんな話も出ていない時点では、考えるだけ無駄な気もするし、根回しをするだけの時間があると思うべきなのかもしれない。

 

弐式炎雷自身にも、メールペットを受け取った後に一つだけ変化があった。

職場で先程語った一件があった後、基本的には昼間のメールチェックはしなくなった事だ。

正確に言うなら、勝手にメールを覗き込んでナーベラルに勝手に話し掛ける様な、そんな人物の前ではメールを開かなくなったと言うべきだろう。

 

ああいうトラブルは、一回だけで十分だからだ。

 

それに、現時点でもナーベラルの行動に対してのフォローは割と大変なのに、これ以上ナーベラルとリアルの職場の人間を接触させて変なやる気を持たれたら、それこそ変な空回りをした上でとんでもない言動をされてしまう事態になりかねない。

もし、今度そんな事態に陥ってしまったら、それこそ会社の人間関係に罅を入れてしまうだろう。

 

色々な意味で、余り昼間の休憩時間にメールを開いて確認するのは躊躇われる状況だった。

 

では、弐式炎雷がいつメールをチェックしているのかと言えば、朝の時間帯以外だと仕事が終わった直後だったりする。

大企業の支社勤務で、割と残業をしなくても済む事務職勤務の立場を最大限に利用し、他のギルメンよりも早く帰宅出来る方だと自負する弐式炎雷は、仕事が終わるとほぼ直帰してメールにチェックに入る事にしていた。

その方が、短い時間ではフォローしきれない可能性もあるナーベラルと、ゆっくりとコミュニケーションを取りながら、きっちりギルメンからのメールのチェックが出来るからだ。

色々と、「弐式炎雷の為に、自分に出来る事が無いか」と行動したがるナーベラルだが、まだまだ問題が多い彼女にデミウルゴスや恐怖公の様な真似はさせられない。

少なくとも、仕事のスケジュール管理なんて油断したら職場の人間と接触する可能性がある事なんて、とても任せられないと言っていいだろう。

 

とは言え、弐式炎雷自身としては彼女のやる気を完全に潰すつもりもないので、試験的にナザリックの仲間との約束をした時のスケジュール管理を任せてみているのだが。

 

今の時点では、相手がギルメンと言う事もあってメールのやり取りの段階でのダブルブッキングはさせていないので、このまま彼女にも任せられる事が増えると、弐式炎雷的にも嬉しいと思う。

そう思うのだが……流石に、まだ朝の目覚まし役までは頼めなかった。

彼女の中で、弐式炎雷が人に使われる立場で仕事に行くと言う事が納得出来ていない以上、一度声を掛けて弐式炎雷が起きなければ、そのまま起こさずに済ませてしまいそうな気がして怖いからだ。

下手をすれば、仕事を首になる様な状況を自分から招くなんて真似は流石に出来ないので、今の所は彼女から【朝、起こす役目を是非私に任せていただけませんか】と言う懇願も却下している。

 

もう少し……そう、もう少しだけ彼女が色々な意味で成長してくれたら、休みの日の目覚まし役から任せていきたいとは思っているが。

 

一通り、メールチェックとナーベラルとスキンシップを取った後、弐式炎雷は【ユグドラシル】にログインする。

それ位の時間が、丁度仲間が集まる時間帯になるからだ。

ログインした先で、待ち合わせをした仲間と予定通り冒険に出るのが殆どだが、時にはギルドで仕切ったクエスト等になる事もある。

 

こればかりは、毎回突発的に発生する事もあるので、ナーベラルのスケジュール管理外でも仕方がない案件だったりするが。

 

そうして、ユグドラシルで一頻り仲間と一緒に遊んだ後、弐式炎雷は仲間と別れてログアウトする。

ログアウトすると、メールのチェックも特にないのですぐに就寝する時間になるのだが、寝る前にナーベラルと少しだけ話す事にしていた。

この時間帯に話した方が、ナーベラルと一緒に一日の反省会が出来るからだ。

これもまた、彼女の成長の為に欠かせない事だと考えて、必ず忘れない様に弐式炎雷は行っている。

 

そうして、弐式炎雷と不器用なメイドの失敗と少しの成功の毎日は過ぎていくのだった。

 




という訳で、弐式炎雷さんとナーベラルのお話でした。
因みに、この話はギルド会議の一件から十日後位の視点です。
タブラさん側に変化が起きたのは、そう言う理由です。
建御雷さんの協力で、タブラさんはいくつかの定型文をナザリックの自分の声に変換してメールペットたちにショートメッセージとして使用しています。
メールサーバー内でのボイスチェンジャーは、現在丁度良いのが無いかヘロヘロさんに相談して探して貰って居ます。
諸事情で、普段からゲーム内でもボイスチェンジャーを使用していて、このままメールサーバー内でも使用できるソフトが無いと、メールペットたちと喋れない事を一緒に伝えた上で、です。
今回の話は、弐式炎雷さんしてんなので、この辺りの事情を掛けなかったので補足説明させていただきました。


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騒動の発端 ~ アルベドのちょっとした悪戯心 ~

彼女は、あくまでも悪戯のつもりだったのだ……





その日、アルベドは普段とは違って朝の割と早めの時間に、一通のメールを配達する事になった。

普段なら、こんな時間帯にメールを届けに行くなんて事など、彼女は殆ど無い。

アルベドの主であり、父であるタブラ・スマラグディナは、朝の時間帯にメールサーバーを立ち上げた場合、そのままアルベドの事を軽く構うだけで、それ以外は特にメールの配達を頼む事はなく今日の予定を簡単に告げると、そのまま帰って行く。

 

だから、滅多に無いメールの配達を頼まれた事で、ちょっとだけアルベドの心は浮き立っていた。

 

アルベドだって、メールペットだ。

父であるタブラから、こんな風にメールの配達を頼まれるのは嬉しくて仕方がない。

これは、メールペットにとって一番大切な仕事なのだから、当然の話だろう。

どこか楽しげな気持ちで歩きながら目指すのは、デミウルゴスの主であるウルベルトの元。

 

余り、普段から頻繁にメールの配達に向かう先ではないのに、こんな風に朝の時間帯にメールを配達すると言う事は、割と急ぎの案件なのかもしれない。

 

そんな事を考えつつ、スタスタとそれ程通い慣れてはいなくてもきちんと覚えている道筋を辿った彼女は、デミウルゴスが住んでいるウルベルトのメールサーバーへと辿り着いた。

ふと、電脳空間特有の視界の端に何か黒く蠢く様なものを見た気がしたが、デミウルゴスが支配しているメールサーバーの中には近付く事は出来ないのだろう。

アルベドは特に気にも留めていないが、彼のサーバーに張られているセキュリティシステムのギリギリを蠢くそれは、どこかアルベドの様子を窺っている様だ。

もしかしたら、この分厚いセキュリティシステムを越える為に利用出来ると、そう考えたのかもしれない。

結局、何も出来ないままスルリと影の中に姿を消したのを確認して、アルベドはメールペット間のパスで中へと入って行く。

その後を、アルベドが見た黒く蠢いていたもの追う様に影から出現して続こうとしたのだが、やはりデミウルゴスが張り巡らせているセキュリティシステムによって弾かれていた。

 

もちろん、アルベドはそんな事など特に気にしてもいなかったのだが。

 

ここまで来れば、後の道程は僅かしか残っていない。

サクサクと進んで行く事で、デミウルゴスの家の前に辿り着いたアルベドは、訪問時の決まり通り玄関のドアをノックした。

リズミカルに、それでいて急ぎ過ぎない様に気を付けながら、玄関のドアをノックする回数は三回。

これもまた、ギルメン達の話し合いによってメールペット全員がそうする事に決まった、マナーの一つだ。

 

コン、コン、コンッ

 

普段、こうしてマナー通りに三回ノックをすれば、デミウルゴス本人が居れば彼が出迎えてくれるし、ウルベルトが居る時は彼から入室の許可が下りる。

返事が無い事を考えると、二人とも不在だと思っていいだろう。

元々、ウルベルトは通勤時間の関係上、それなりに朝早い時間帯に仕事に行くらしいので、彼が居ないのは当然の事だ。

デミウルゴスは、ウルベルトから頼まれた朝のメール配達へと向かったのだろう。

そんな事を考えながら、アルベドは決められた通りの手順で玄関のドアを開け、部屋の中へと入って行く。

 

すると、やはり部屋の中には人の気配が感じられず、二人とも不在だった。

 

こう言う時は、持参したメールを入れておく場所が決まっている。

部屋の主のメールペットと、その主であるギルメン達の両方が不在の際は、不在時専用のメールボックスが指定された場所に置いてあるので、その中に入れておけば後でログインした際に読んで貰える事になっていた。

アルベドも、慣れた手付きでメールボックスの中にタブラのメールを入れると、帰宅する為にクルリと踵を返し。

そこで、ふと足を止めた。

 

普段、幾ら傍若無人に振る舞うアルベドでも、デミウルゴスに対して直接何かをしようと言う気は、中々起きない。

 

彼には、アルベドが何かをしようと考えたとしても、あの通りどこにもそんな隙が無いからだ。

これは、ウルベルトに対しても同じ事が言えた。

正直、下手に彼に対して抱き着いてアピールするのは、デミウルゴスに喧嘩を売るのと同意語だとアルベドは認識している。

それなら、デミウルゴスが不在の時を狙えばと言うかもしれないが、彼女がこうして彼に元にメールを届けに来る際には、彼はほぼ確実にこの部屋に居るのだ。

時折、アルベドも諦めきれずにどこか付け入る隙がないか、ウルベルトの様子を窺う事もあるのだが、その度にデミウルゴスが肝が冷える笑みを浮かべている為、そんな彼の前でウルベルトに対しても何かをする程、彼女も馬鹿ではなかった。

だが……今は、この場には誰も居ない。

 

それこそ、彼女にとって格好のチャンスだと言っていいのではないだろうか?

 

もちろん彼女には、デミウルゴスの事を他のメールペットの様に、酷く苛めたりするつもりはない。

下手にそんな真似をすれば、確実に倍になって返ってくる事が解っているからだ。

ただ、ちょっとだけデミウルゴスに対して可愛いレベルの悪戯をして、彼に困り顔をさせてみたかっただけなのである。

実際には、困った顔をしている彼の様子を自分の目で直接見る事が出来なくても構わない。

ただ、その状況を想像するだけで楽しかった。

 

だから、こんな風に偶然が重なって巡ってきた、この最大のチャンスを見逃す事は出来なかったのである。

 

ぐるりと部屋の中を見渡すと、彼が良く座っている質の良い素材をふんだんに使った執務机があり、そこに丁度悪戯するのに良さそうな物を発見した。

アルベドが見付けたのは、デミウルゴスが色々な事を管理しているだろう小さな端末。

そこのデータの順番を一つ入れ替えるだけで、彼女の悪戯は完成である。

多分、並んでいるデータの順番を入れ替えると言う程度の悪戯なら、それ程デミウルゴスにも迷惑を掛ける心配はない筈だ。

ちょっとだけ、データの並びが違う事に彼が戸惑う程度で済むだろうと考え、サクサクと端末を立ち上げてその中のデータの並び順を変えていく。

 

もしかしたら、データを並び替えている最中にほんの一瞬だけ小さなセキュリティホールが発生するかもしれないが、これだけ強固で分厚いセキュリティシステムがあるなら、すぐにフォローしてそれも消えてなくなる筈。

 

仮に、アルベドの行動で小さなセキュリティホールが発生したとしても、それが発生したままずっと存在し続けるのなら問題だが、すぐに消えてしまうなら大丈夫。

そもそも、ここは幾重にもセキュリティに護られた場所にある。

復活したセキュリティシステムが、万が一ウィルスが入って来ていてもすぐに焼いてしまうだろうと高を括ると、彼女は何食わぬ顔をして端末を落とし、そのまま元通りに場所に置いて部屋から立ち去って行く。

 

部屋の外に出る為にドアを開けた時、床と扉のほんの僅かな隙間から何か小さな黒く蠢くものが、スルリと中へ忍び込んだ事にも気付かずに。

 

無事、父のお使いを済ませたアルベドは、きちんと手順通りにデミウルゴスの部屋の鍵を掛けてから、楽しげな様子で岐路へとついた。

今回は、父のお使いとしてウルベルトへのメールの配達だけではなく、初めてデミウルゴスを困らせる為の悪戯が成功したのだ。

その事実が、アルベドの心を高揚させていているのだろう。

一種の背徳感が、自分のした事に対する達成感と混ざり合い、罪悪感すら打ち消していた。

もちろん、後から彼に今回の事で色々と苦情を言われるだろう。

そんな事など、最初から承知の上で実行したのだ。

 

今回の一件が、ウルベルトから父に伝わったら、もしかしたらもっと自分の事をちゃんと見ていなければいけないと、一緒に居る時間を増やしてくれるかもしれない。

 

そんな事を考えつつ、デミウルゴスのメールサーバーから外へ出る為の道程を歩いているが、帰り道も行きと一緒でどこにも異常を感じる事はない。

むしろ、きっちりと重なり合って強固さを誇るデミウルゴスのセキュリティシステムの壁を肌で感じて、かえって安心出来る程だった。

これなら、あの程度ではセキュリティホールが発生する事もなかったのだろう。

やはり、問題はなかったのだと考えつつ、デミウルゴスのメールサーバーを抜けた所で、一気に自分の住むサーバーへと飛んだアルベドは知らない。

 

彼女がした悪戯によって、実際には一瞬だけセキュリティホールを作り出していた事を。

 

あの黒く蠢くものが、実はウルベルトのデータを盗む為に送り込まれたハッキング用のシステムであり、その侵入を許した事でデミウルゴスではなく彼の主であるウルベルトに対して、とんでもない結果を現在進行形で生み出している事を。

そして、それらの事実が結果的にあれだけ自分が怒らせてはいけないと考えていた、デミウルゴスを本気で怒らせてしまう事を。

デミウルゴスの逆鱗に触れた結果、ギルメン達がそれこそ全員で慌てふためく様な騒動になるまで、事態にまで発展する事を。

 

そして……アルベド自身に、今まで彼女が他のメールペット達にしてきた行いに対する、それこそ痛烈な報いが訪れる事を、彼女は知らない。

 

 

 




という訳で、今回は短いですけど彼女が前回の回顧録で語っていた、自分自身がやらかしてしまった事について。
この時点では、彼女は自分がした事を些細な悪戯としか認識していません。
自分がした事が、こんな風に特大の二次被害を引き起こす要因になるとは、欠片も思っていないんですよ。
本人的には、無邪気な悪戯程度の認識です。


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ギルド会議 2 ~騒動の始まり~

メールペットの続きになります。
今回も、ちょっとだけ短めです。
内容的には、ウルベルトさんがかなり不幸な目に合ってます。
ご了承くださいません。


その日……ウルベルトさんは、ユグドラシルに中々ログインして来る様子が無かった。

 

いつもなら、十日に一度のギルド会議の日は、必ず早い時間帯にログインして会議の準備を色々している人だった事もあり、その違和感がギルメンたち全員に広がっていて、どこか何とも言い難い嫌な予感が漂っている。

あれで、普段からギルドの中でも【魔法職最強】としてなまじ存在感がある人だから、他のギルメンが全員揃っている状況で居ない事も、この何とも言えない違和感の原因なのだろう。

その為なのか、どうも空気がピリピリしている事を肌で感じ取ったモモンガは、ギルド長として対応するべきなのかと、色々と考えていた時である。

 

漸く、待ち人たるウルベルトさんがログインしてきたのは。

 

ログインが終了し、円卓の前に姿を見せたウルベルトさんは自分の席に座ると、無言のままぐったりとした様子でその場に突っ伏した。

普段の彼から考えると、ログインして来たらきちんと挨拶をする人だし、こんな風にあっさりとギルメンの前で弱っている所を見せるなんて、到底あり得ない姿だと言っていいだろう。

一体、どうしたものかとモモンガが考えた瞬間、ゆらりと身体を起こしたウルベルトさんは、ギルメン達への挨拶をするのを忘れたまま、かなり強張った声でこう口にした。

 

「すいません……俺は、どうやら皆さんと一緒に居られるのは今日までみたいです。

先程、強制的に会社を首になってしまったので、もう【ユグドラシル】を続ける経済的な余裕は、全くなくなってしまいました……」

 

それだけ言うと、また力なく机の上に突っ伏すウルベルトさんの様子は、もう燃え尽きた様な印象が強い。

昨日まで、そんな素振りも見せずに色々と頑張っていたのを知っているだけに、どうしてそんな事になったのかモモンガには信じられなかった。

似た様な事を、ウルベルトさんの隣に座るペロロンチーノさんも考えたのだろう。

心配する様な声音で、そっとウルベルトさんに声を掛ける。

 

「一体、どうしてそんな事になるんですか?

確か、〖 少しだけですけど役が付くかもしれない 〗って言いながら、先日まで色々と頑張ってたよね?」

 

今の、色々と弱り切っているだろう彼にそれを聞くのは、かなりデリケートな部分でもあるので色々と躊躇う気持ちが大きい。

確かに大きいのだが、どうしてそんな事態に彼が陥ったのか、その事実関係を実際に聞かなければ状況を判断する事も出来ないので、話を切り出したペロロンチーノさんに対して内心拍手を送る。

こんな風に、彼が話を切り出してくれた事によって、ウルベルトさんもただ自分が【首になったから、ユグドラシルを続けられない】と言う事だけを端的に伝えていた事に気付いたのだろう。

少しだけ迷う素振りを見せた後、どちらにせよこの場から去る身だと腹を括ったのか、ゆっくりと口を開いた。

 

「……実は、今日提出の社内コンペの書類があったんです。

ペロロンチーノさんが、先程言った様にその結果次第でほんの少し役が付く可能性がありました。

それの制作には、朱雀さんとかに教えて貰った資料を集めたりとか、デミウルゴスに色々と手伝って貰ったりして完成したものだったんです。

てすが、出社してそれを上司に提出したら、一時間後にそれを精査した工場長から呼び出され、既に俺が提出したものと丸々同じ内容のものが別の社員から三十分前に提出された後だというんです。

後から提出した俺の作成した書類は、そいつのデータを盗んで作成されたものだと勝手に決め付けられて、工場長から首を言い渡されました。

〖 これだけ綿密な書類を、小卒のお前には作成出来る筈がない。

全く同じ内容の書類を提出している、中卒の彼のデータをどうやってか盗んでそれを丸々コピーしだんだろう。

うちの工場に、そんな泥棒の真似をする人間は要らない、貴様は首だ! 〗って。

俺の話は一切聞いてくれないまま、社員が工場に入る為のパスを取り上げられて工場の外へ叩き出されてしまいました。

追い出される際に、工場長の〖お前の私物は全てこちらで処分しておく〗という声も聞こえましたし、もうどうする事も出来なくて……

間違いなく、そいつが俺のデータを盗んだと言えるだけの確証もあるのに、俺の話を聞く気はないと言わんばかりに一切の連絡が繋がらなくて、もう本当に八方塞がりなんです。」

 

そこまで口にした所で、がっくりと肩を落としているウルベルトさんは、本当に今までの様に自信に溢れた姿しか知らないモモンガにすれば、可哀想な程に萎れていると言っていい。

どう考えても、工場長の対応は普通ではあり得ない様な代物だと思う。

だが、ウルベルトさんがどういう交友関係を持っていて、どんな風に問題の書類を作り上げたのか、プライベートに関わる事もあって、彼らは知らないのだ。

それなら、貧困層出身で学歴も小卒のウルベルトさんでは、中卒の社員より劣るのが当たり前だし同じ内容の書類が出されたのだとしたら、ウルベルトさんがその社員のデータを盗んだのだと、そう思われてしまっている可能性の方が高い。

だから、実際には相手の方がウルベルトさんからデータを盗んで提出した物を信用し、彼の方が冤罪を掛けられてしまったのだろう。

 

ざわざわと、ギルメン達からも色々な声が上がる中、一つだけあり得ない事に気付いたのはヘロヘロさんだった。

 

「……ちょっと待って下さい。

確か、ウルベルトさんの電脳サーバーは、デミウルゴスが幾重にも積み重ねたセキュリティシステムの防御壁が護りを固めてる筈ですよね?

前に一度、デミウルゴス本人から〖 ウィルス対策について、ご教授願えますか? 〗って質問を受けて、簡単にだけどそれに関して講義した事あるし、かなりかっちりした代物が構築されている筈だから、そう簡単にウィルスに侵入を許す筈がないと思うんだけど。」

 

「データを取られた事自体が、あり得ない」と、そうデミウルゴスのセキュリティシステムの強固さを知るヘロヘロさんの言葉に対して、がっくりとしたままウルベルトさんは首を振る。

その様子を見れば、そのあり得ない事が起きたのは間違いなかった。

ヘロヘロさんも、それを察したのだろう。

驚いた様に席から立ち上がると、ウルベルトさんの方へと駆け寄った。

 

「ゆっくりで良いですから、状況を整理する為にも話して下さい、ウルベルトさん。

この話は、ウルベルトさん達だけの問題じゃなくなっている可能性があります。

私たちギルメンの中で、一番強固なセキュリティシステムを持っているのは、私の所かウルベルトさんの所なのは、皆さんだってご存知でしょう?

今回の一件が、ウルベルトさんだけを付け狙ったウィルスだったとしても、その影響が他のメールペット達にまで出ないと、断言出来るだけのものがありません。

これは、【メールペットソフト】を使用している私たち共有の問題なんです。」

 

ヘロヘロさんの言った言葉を聞いて、一気に場の空気がウルベルトさんに対して険悪な物へと変わっていく。

確かに、自分たちの可愛いメールペットに影響が出る可能性があると言われたら、黙っていられないのは判る。

だが、あくまでもウルベルトさんは被害者でしかないのに、このままだとまるでウルベルトさんが悪いという感じになってしまうのではないだろうか?

そんな風に、どう考えても非があるとは思えないウルベルトさんとギルメン達が争うなんて言う状況など、とてもモモンガには耐えられなかった。

 

「ちょっと皆さん、落ち着いて下さい。

どう考えても、悪いのはそのウィルスを仕掛けてまでウルベルトさんのデータを盗んだ相手であって、ウルベルトさん本人じゃないですよね?

そんな風に、皆さんが〖 まるでウルベルトさんが悪い 〗という反応をするのは、どうかと思います。

まず、最初に私たちがウルベルトさんに確認する事があるとすれば、データを盗まれたと判明した時点で、どういう対応をしたかと言う事でしょう?

ここに、こうしてウルベルトさんが来ていると言う事は、既にきちんとウィルスチェック等が済んで安全の確認が済んでいるからじゃないかと、私は思うんです。

……違いますか?」

 

周囲を落ち着かせる様に、モモンガは周囲に対してギルド長として発言しつつ、最後にウルベルトさんに対して問う様な声を掛ける。

それを聞いて、自分たちがいつの間にか被害者であるウルベルトさんを責める様な雰囲気を醸し出していた事に気付いたギルメン達は、ちょっとだけバツが悪そうな様子で視線を逸らした。

確かに、モモンガの言う通りだと、その場にいる全員が思ったからである。

微妙だった空気が変わった事と、モモンガが掛けた言葉で少し気が落ち着いたのか、こちらの問いに同意する様にウルベルトさんは頷いた。

彼が同意を示した事で、今の時点ではきちんとウィルスへの対策済みだと判明し、場の空気も少しだけ落ち着きを見せる。

それによって、更に場が落ち着いた事で自分も落ち着いたのか、ゆっくりとウルベルトさんが口を開いた。

 

「……すいません、色々と重なり過ぎてテンパってました。

まずは、ウィルスに関してはモモンガさんがおっしゃった様に、既に対処済みです。

工場から叩き出されてすぐ……それこそデータを盗まれたと考えた時点で、手持ちの端末からデミウルゴスに連絡を取り、俺のサーバー内全部をチェックして貰いましたし、俺自身も自宅に戻った後で出来る限りの処置を取りましたから、まず問題ないでしょう。

元々、俺の電脳空間に侵入したウィルスは、一番新しく登録してある大容量のデータを盗んだら、証拠隠滅の為に消滅するタイプだったと、最初に電脳空間をチェックしたデミウルゴスからも報告が上がっています。

なので、皆さんのメールペット達にも影響は出ません。

それに関しては、間違いないと断言出来ます。

実は、俺とデミウルゴスでそれぞれ三回目のウィルスチェックが済んでほぼ安全が確保出来た所で、丁度るし☆ふぁーさんのメールを運んで来てくれていた恐怖公が、ちょっとした裏技で再度チェックしてくれまして。

それで、一切のウィルスが検索される事はなく安全だと確定してますし、心配ないでしょう。

……出来れば、私のサーバーの中でアレが展開される様は見たくなかったですけど、今回ばかりは背に腹は代えられないので諦めて受け入れました。

あくまでも、恐怖公は好意から申し出てくれた訳ですし、ね……」

 

最初の方は普通に話していたのに、恐怖公が来た事を話し始めた辺りから、どこか声が虚ろになるウルベルトさんに対して、それは楽しそうな笑みを浮かべたるし☆ふぁーさん。

その二人の様子を見ているだけで、どう考えても嫌な予感しかしないのだが、一応何があったのか確認しておくべきだろう。

大きく深呼吸した後、モモンガはあまりその辺りを詳しく話したがらないウルベルトさんではなく、恐怖公の主であるるし☆ふぁーさんに視線を向けた。

 

「……どう考えても、ウルベルトさんが精神的に更に消耗している気がするんですけど、恐怖公に一体何を仕込んでいたんですか?」

 

何となく、この問いに対してるし☆ふぁーさんが口にする答えは予想出来てしまうし、出来ればそれが事実ではあって欲しくはないと思うものの、きちんと彼からどんな事なのか確認しておかないと、後々問題になりそうな案件だとモモンガは思う。

だからこそ、こうしてあまり聞きたくない事を尋ねたのだが、それに対して楽しそうに笑っていたるし☆ふぁーさんは、仕方がないなぁと言わんばかりに口を開いた。

 

「えー……その状況なら、恐怖公がウルベルトさんの所でしたのは、多分【眷属召喚】かな?

どうせなら、ナザリックのNPCの能力の再現に近い事がメールペットにも出来ないかと思って、試しにウィルスチェック用の【恐怖公の眷属】を作ってみたんだ。

何もない状態なら、ごく普通の恐怖公の眷属で済むんだけど、もしウィルスと思われる様な存在を半径五十センチ以内に感知したら、その場で点滅する様にしておいたんだよね。

その能力を使って、恐怖公がウィルスチェックして大丈夫だったら、まず今のウルベルトさんの所でのウィルス感染とかは心配しなくて大丈夫だと思うよ?」

 

ニコニコと、笑いながら説明するるし☆ふぁーさんに、恐怖公が苦手なギルメン達から一気に血の気が引く。

想像するのも嫌だが、実際にそれを体験させられたウルベルトさんが居る以上、本当に恐怖公が持つ能力なのだろう。

そう理解した瞬間、またぐったりと机に突っ伏したウルベルトさん以外のギルメン達は、そんな能力を恐怖公に付けたるし☆ふぁーさんに対して思い切りドン引いていた。

 

どう考えても、ウィルスチェックと言う名を借りた、ナザリックの第二階層にある【黒棺】の再現である。

 

流石に、どんな名目を付けていても、それはない。

恐怖公単独なら、それほど気にせず平気に相手が出来るモモンガでも、【黒棺】だけは用もなく自分から行ってみようとは思わない。

それを、自分の電脳空間で再現されたりなんてしたら、暫く電脳空間に降りる際にそれを思い出してしまいそうな位には、立派な恐怖体験なんじゃないだろうか?

状況的に、今回ばかりは仕方がなかったと言う事が判っていても、自分の電脳空間内全域で【黒棺】の再現を展開されると言う状況を、実際に体験してしまっただろうウルベルトさんに対して、一気にギルメン達から同情的な空気が湧いていた。

 

 




という訳で、メールペットの続きになります。

ですが、今後の話の展開的な理由で、一旦ここで切らせていただきます。
ウルベルトさんは、このまま不幸になる予定ではないので、ご安心ください。
それだと、このシリーズの最終目標である〖モモンガさんにとって円満な世界〗にはならないので。



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ギルド会議 3 ~ ウルベルトの新たな就職先は? ~

前回の続きになります。
今回の話はちょっと長いですし、まだまだ会議に終わりが見えません。


恐怖公の、知られていなかった能力と、それを実際に体験する羽目になったウルベルトさんに、少し場の空気が変化した所で、モモンガはホッと安堵の息を吐いた。

正直、るし☆ふぁーさんの有能さと厄介さを同時に思い知らされた気分だが、今回ばかりは悪い事ばかりではない。

流石に、ただでさえ仕事を失った事で意気消沈している上、恐怖公の眷属召喚を体験したウルベルトさんに対して、ギルメン達もこれ以上の追い討ちを掛けるつもりにはならないのだろう。

 

この状況なら、もう少し冷静に話し合いが出来るだろうと、モモンガが胸を撫で下ろした瞬間、ふらふらとウルベルトさんに歩き寄る人影があった。

 

どこか、頼り無げな足取りでウルベルトさんまで近付いて行くのは、普段はウルベルトさんの席からかなり離れた場所に座っている、タブラさんだ。

その異様な様子に、今度は何事かと周囲が見守る中、ウルベルトさんの前に辿り着いたタブラさんは、迷う事なくウルベルトさんの両肩を掴む。

そして、彼に向けて確認する様な口調で、静かに問い掛けてきた。

 

「……ウルベルトさん、あなたに一つ確認したい。

私が、今日の朝一番にあなた宛てに送ったメールは、ちゃんと読んでいただけましたか?」

 

どこか焦りを声に滲ませたタブラさんの口調に、驚きつつウルベルトさんは少し考えてから首を振った。

 

「……すいませんタブラさん、今、デミウルゴスに連絡を取って確認しましたが、タブラさんからのメールが来ていないそうです。

もしかして、何か急ぎの用件で俺にメールをしてくれていたんですか?

そうだとしたら、すいません。

朝の時間帯は、出勤前にデミウルゴスに頼んだメールの配達に出るので、三十分程だけメールサーバー内に誰も居ない状態になるんです。

不在時に、アルベドがメールの配達を持ってきてくれていたのだとしたら、データを盗まれた際に一緒にその記録とメールも消去された可能性が高いんじゃないかと……」

 

何か拙い事があったのかと、今回の一件で色々とあった為か不安そうな様子でウルベルトさんが問えば、ますますどこか焦った様な様子で、タブラさんは頭を抱えていた。

一体どうしたのか、そんな彼の様子をみてギルメン達の視線が集まるうちに、自分の中である程度の状況を整理し終えたのだろう。

タブラさんは、がっくりとした様子で力なく口を開いた。

 

「……今の話を聞いて、確信しました。

もし、私のメールをウルベルトさんがタイムラグなく受け取ってくれていたら、今回のウルベルトさん絡みの一件は、もしかしたら阻止出来たかもしれないんです。

皆さんには話していませんでしたが、私、とある場所で接客業に従事していまして。

その仕事先の深夜勤務だった先輩の女性から、今日の朝の仕事の引継ぎの際に嫌な客の話を聞いたんです。

先輩の接客した相手が、どうも貧困層出身の同僚を嵌める為の算段を自慢していたそうで。

〖その為に、わざわざプロのハッカーにまでウィルスの作成を依頼したとか、自分たちの勤める職場のトップが自分の味方だから、もし嵌める相手がその事で何か騒ごうとしたとしても、先に職場を首にするから心配しなくていい〗とか。

〖貧困層出身者なんて、自分達中流層の為に働く存在だろう。

そんな奴は、利用するだけ利用して絞れる知恵を絞り取ったら捨てればいいんだ!〗とか、とにかくそんな感じの事ばかり言っていて、先輩は自分も貧困層出身だから聞いていて不快だったと言う愚痴を聞きました。

その話を聞いた途端、なんとなくここ暫く朱雀さんたちに色々聞いたりして忙しそうだったウルベルトさんと状況が似ている気がして、それで確認の為のメールを急いで入れたんです。

かなり早朝と言える時間でしたが、通勤時間が長い関係で既に仕事場に向かっているだろうウルベルトさんなら、あの時間帯に私からの緊急メール送れば、メールチェックをしているデミウルゴスが気付くでしょうし、そのままその場で確認してくれると思ったんです。

ですが、私のメールは届いていないのですね?」

 

タブラさんが、縋る様な口調でもう一度だけ確認する様に問えば、やはりウルベルトさんは届いていないと返事を返す。

その答えを聞いて、ますますがっくりと肩を落とすタブラさん。

どうやら、彼の中で何か確信を持ってしまったらしい。

 

「……私が配達を任せたアルベドは、〖間違いなく、届けた〗と言っていました。

だとすれば、ウィルスがウルベルトさんのサーバーに入り込んだのは、アルベドが出向いた直後辺りでしょう。

もしかしたら、アルベドが何らかの形でウィルスの侵入に関わった可能性もあります。

元々、ヘロヘロさんが太鼓判を押す様な、強固なセキュリティシステムを持つウルベルトさんの電脳空間に対して、そこいら辺のハッカーが作ったウィルスごときが、太刀打ち出来る筈がないでしょう。

そう考えるなら、アルベドがそちらにお邪魔した際に何かあったか、何かしたと考えれば筋が通ります。

ウルベルトさんの所から帰ったアルベドは、朝からずっと浮かれているというのかご機嫌な様子で、普段とは少し雰囲気が違っていました。

だから、〖アルベドがそんな風に機嫌が良くなる様な、そんな事があったのだろうか?〗と、とても気になっていたんです。

……すいません、ウルベルトさん。

この状況を考えると、むしろうちの子が絡んでいないとは、状況的にとても思えません。

もし、この状況を招いた一因にアルベドが絡んでいるのだとしたら……私はウルベルトさんに対して、何てお詫びをしたらいいのか判りません……

本当に、私の所のアルベドが粗相をして申し訳ありませんでした……」

 

がっくりとした様に手から力を抜き、それまでしっかりと掴んでいたウルベルトさんの肩を離すと、そのままその場で蹲る様にタブラさんは土下座した。

多分、彼の中ではアルベドが何かしたと言う確証があるのだろう。

だからこそ、そのせいでこんな事態になったウルベルトに対して、土下座して謝罪をしているのだ。

タブラさんがいきなり土下座をした事に、仰天したのはウルベルトさんである。

今回の一件が引き起こされた原因の一つとして、もし本当にアルベドが絡んでいたとしても、それを理由にタブラさんを責めるのはどこか違うと考えているのかもしれない。

 

彼が、少し前の会議でアルベドの問題行動に纏わる事をギルメンから言われた後、色々と思考錯誤しながらアルベドや他のメールペット達と接していた事は、ギルメンなら誰もが知っている話だ。

 

今回の一件も、彼が偶然職場で聞いた話の内容がウルベルトさんの状況と似ていた事から、心配して確認のメールを送ったのである。

むしろ、ウィルス侵入の原因が本当にアルベドだったとしても、ウルベルトさんの事を心配してメールを送る選択をしたタブラさんの事を責めるのは、逆に酷と言うものだった。

それこそ、まさか自分のメールを持参したアルベドが原因で、強固な護りを持つウルベルトさんのサーバーにウィルスが侵入するなどと、タブラさんにだって予想出来る訳がない。

ウルベルトさんも、それが判っているのだろう。

未だに自分の前で土下座しているタブラさんに対して、困惑した表情を浮かべている。

そこへ、横から声が飛んできた。

声の主は、またしてもるし☆ふぁーさんだ。

 

「……あのさぁ、多分、タブラさんが聞いた話が本当なら、電脳空間からウィルスによってデータを盗まれていなかったとしても、最終的にウルベルトさんは嵌められてたんじゃないのかな?

だって、ウルベルトさんの事を嵌めた奴と職場のトップが仲間なんでしょ?

それなら、無理してデータが盗めなかったとしても、会社側に提出されたものをそのトップが丸々コピーして作成日とか改竄して、そいつのデータが先に提出されていたって事にすれば、どっちにしても欲しいものは手に入るし、ウルベルトさんの事を冤罪に掛けて首に出来るじゃん。

状況的に、最初から出来レースだったんだよ。

ウルベルトさんは、そいつが出世する為に上手く利用されたんだ。

その方が、今のウルベルトさんが陥ってる状況的に考えても、筋が通るんじゃね?

……とまぁ、俺はこんな風にタブラさんの話も加味してウルベルトさんの状況を推測した訳だけど、ぷにっと萌えさんはどう思う?」

 

つらつらと、ウルベルトさんとタブラさんから聞いた内容から推測を立てていく彼の予想は、存外間違っていない気がした。

確かにその方法なら、万が一ウィルスでデータを盗めなかったとしても、ウルベルトさんを利用して嵌める事が出来るだろう。

彼が持参したデータを写すなんて、データの提出先である工場長の立場なら難しくはないのだから。

むしろ、タブラさんが同僚から聞いた様に、罠に嵌める事を人に自慢する様な相手だとしたら、そこまでやりそうな気がした。

 

だとしたら、どう考えてもウルベルトさんには、相手に嵌められる未来しか待っていなかったのだ。

 

最後に、るし☆ふぁーさんが名前を上げて問い掛けたギルド屈指の知恵者のぷにっと萌えさんは、少しだけ考える様に腕を組んだ後、首を傾げてから答えを出したらしい。

それまで組んでいた腕を解いて右手を挙げると、指折り数える様にるし☆ふぁーさんの推測に補足していく。

 

「そうですね……腹立たしいですが、多分るし☆ふぁーさんの推測でほぼ外れていないと私も思います。

ウルベルトさんの勤め先のトップが、今回の一件に最初から絡んでいるなら、事前に提示されていた〖ちょっとした役を付ける〗と言う昇進に近い内容と言うのも、彼のやる気と能力を引き出す為の餌だったと考えるべきでしょう。

実際は、既にウルベルトさんの事を嵌めた相手に人事は内定していたのにも拘らず、役を付ける為の拍付けの為に何らかのデータを作って貢献したと言う実績が欲しかった。

その為に利用されたのが、貧困層に割に色々と能力が高いウルベルトさんだったんでしょうね。

やり方としては、ほぼるし☆ふぁーさんの言った方法で可能ですし。

個人の端末を持ち込んで、こっそりデータコピー及び改竄作業が出来る様に準備もしてあった可能性も、かなり高いと思いますよ。

データを盗んだ犯罪者として、ウルベルトさんの事を警察に突き出さず、首にして工場に出入りで出来なくさせている辺りが特に怪しいと言っていいでしょう。

警察を呼んで、実際に工場内を調査されたら困るのはあちら側なので、早急に首を切った可能性が高いですね。

あちらとしては、そのままウルベルトさんに野垂れ死んで欲しいと考えていると思っていいでしょう。

その為に、工場側から小卒の人間の中途採用をしている企業に対して、〖ウルベルトさんを雇うと会社の情報を盗まれる〗的な情報として流している可能性もあります。

ウルベルトさんに、別の会社へ下手に就職されてその優秀さを示されてしまうと、工場側が首にした経緯などを改めて勘繰られる可能性も出て来ますから。」

 

つらつらと、ぷにっと萌えの口から出て来て並べられる可能性の言葉は、るし☆ふぁーさんの推測を更に強固に確定させていく様な内容ばかりだった。

実際、二人が言葉を連ねたこの推測に対して、ウルベルトさんの身に起きた状況を考えれば、否定出来る部分の方が少な過ぎると言えるだろう。

だとすれば、最後にぷにっと萌えさんが指摘した通り、ウルベルトさんがこの先まともな就職先を探すのは、かなり厳しいと考えておく必要があった。

 

非情に腹立たしいとは思うが、これに関してモモンガ達にはどうする事も出来ない。

 

ここまで計画されていたのなら、多分既に証拠になる可能性の品も時間経過的に残っていないだろう。

ウルベルトさんが、別の場所にバックアップを取ってあるのを示して自分の無実を証明しようとしたとしても、相応の対応策まで考えられている気もしなくもない。

デミウルゴスなら、ウィルスを作ったハッカーまでなら探し出せるかもしれないが、そこまで危険な真似をさせる気は、この場にいる誰にもなかった。

むしろ、そんな不条理を押し付けてくる職場に固執するよりも、ウルベルトさん本人の意思を確認してから今後の事を考えた方が、余程有意義な結果になるだろう。

 

それこそ、デミウルゴスにある程度纏まった金を預けた上で運用させた方が、余程収入があると思えるのは気のせいだろうか?

 

そんな考えが頭を掠めた事で、つい気を取られていたモモンガを他所に、ウルベルト達の方では話はどんどん進んでいた。

まず、この状況で申し訳なさそうな様子で、ウルベルトさんに話を切り出したのは、その場で土下座したままだったタブラさんだ。

多分彼は、ウルベルトさんのサーバーでアルベルが何かをやらかした事も今回の首騒動に絡んでいるだけに、酷く責任を感じているのだろう。

例え、るし☆ふぁーさんやぷにっと萌えさんの推測が当たっていたとしても、ウィルスに関しての引き金を引いたのはアルベドだろうし、この場合の管理責任は親として自分自身にあると、彼はそう考えているのだ。

ウルベルトさんの前で、ずっと土下座したままだったタブラさんがバッと顔を上げたかと思うと、真っ直ぐにウルベルトさんの顔を見てこんな事を言い出した。

 

「ウルベルトさん、今回の件でアルベドがご迷惑をお掛けしたお詫びとして、貴方の新しい就職先が決まるまでの間、私に今後の生活費の全て面倒を見させて下さい。

アルベドがこの騒動の原因の一つなら、その責任を取るのは親の私の役目です。

先程のぷにっと萌えさんの推測通りなら、それこそウルベルトさんの就職活動は困難を極めるでしょう。

すぐに、働き先が決まるとはとても思えません。

多分、月毎にお渡し出来る額は今までの給料に及ばないかもしれませんが、 ある程度纏まったお金をお渡しすれば、デミウルゴスが運用する事である程度安定した生活が出来ると思いますし。」

 

どこか、酷く思い詰めた様にそう言うタブラさんに、 待ったを掛けたのは建御雷さんだった。

未だに床に正座したままタブラさんの頭を軽く叩くと、 駄目だと言わんばかりに小さく首を振る。

いきなり頭を叩かれた事で、驚いた様に顔を上げたタブラさんの前に建御雷さんは膝を付いた。

そして、彼の顔を真っ直ぐに見詰めながら、改めてはっきりと駄目出しの言葉を口にする。

 

「幾らなんでも、それは流石にダメだろう、タブラさん。

例え、アルベドの行動が路頭に迷わせる一因になった詫びだとしても、そこまでの事をされてしまったら、ウルベルトさんが逆に恐縮してしまうだろう?

俺達が、ウルベルトさんに対してしても良い事があるとしたら、当面の生活費としてギルメン全員による善意のカンパを集めて渡す事か、それとも次の就職先の斡旋くらいだな。

という訳で、一つ質問なんだがな、ウルベルトさん。

あんたは確か、やり方さえ教えたら帳簿の計算とか出来るよな?

強面の同僚が沢山居ても平気で、多少の荒事に対応出来るんだったら、うちの職場を紹介してもいいぞ?

これでも、それ位の事が出来る立場ではあるつもりだ。」

 

タブラさんに対して、提案した内容に関する明確な駄目出ししながら、自分からウルベルトさんに対して就職先の斡旋を口にする建御雷さん。

その主張は正しく、言われたタブラさんもグッと詰まって反論の言葉が浮かばないらしい。

その様子は、とても男前だとモモンガは思う。

ちょっとだけ、言われた内容に気になる部分があるものの、仕事先が決まり難いかもしれないと言っていた矢先に彼から仕事を紹介すると言われて、モモンガはとても嬉しい気持ちになった。

こんな風に、ギルメン同士で助け合える関係になっているのを目の当たりにして、胸の奥が暖かい気持ちになったからだ。

そんな、タブラさん達のやり取りを聞いて、横からたっちさんが慌てた様子で口を挟んでくる。

 

「駄目ですよ、建御雷さん。

確かにあなたの今の立場なら、間違いなくウルベルトさんに今の職場を就職先として紹介する事は出来るでしょう。

それに関しては、否定しません。

ですが、ここでまだ完全に足場を固めていないあなたがそんな風に無理を通したら、それこそ今後の事にどう響くか判りませんよ?

それに、あなたの職場が主に取引している先を考えると、余りウルベルトさんの新しい就職先としてはお勧め出来ないですね。

もし、うっかり勘違いされてとんでもない事態に発展したら、逆に責任が取れないでしょう?

そう言う問題を避ける為にも、ウルベルトさんの新しい就職先として、私の娘の家庭教師になっていただけないかと、そう提案させていただきます。

丁度、うちの娘はデミウルゴスに良く懐いていますし、ウルベルトさんに住み込みに近い形で家庭教師をして貰えるなら、うちの娘も喜んで色々と学んでくれると思うんですよ。

セバスがうちに来てから、色々と自分で出来る事も増えてきてはいますけど、どうも娘は余り勉強が好きではないみたいでして。

あなたの事を〖デミウルゴスを育てた人だ〗と説明すれば、娘も素直に話を聞いて勉強をしてくれる様な気がするんです。

一先ず、次にウルベルトさんが本当にやりたい仕事が見付かるまで、うちに来ませんか?

少なくとも、このままあなたを路頭に迷わせてデミウルゴスに会えない様な事態になったら、私が娘に嫌われてしまいますからね。」

 

ニコニコと、笑顔のアイコンを示しながら提案をしてくるたっちさん。

どう聞いても、たっちさんの提案内容に関しては、色々と突っ込み所が満載だった。

だが、確かにたっちさんの所で娘さん相手に家庭教師をするのなら、ウルベルトさんの生活の保障に関しては心配しなくて大丈夫だろう。

この仕事なら、直接たっちさんの家で雇い入れる事もあり、ちゃんとウルベルトさん側の事情を理解しているし、他人が干渉される心配もない。

問題は、それを素直にウルベルトさんが受け入れられるかどうか、と言う点だけだ。

このナザリックを攻略する際にも、ウルベルトさんがたっちさんに対して隔意を持っている事を聞いているモモンガとしては、流石にそれは難しい様な気もした。

事実、たっちさんの申し出を聞いた途端、それまでタブラさんや建御雷さんからの申し出にワタワタ手を動かしていたウルベルトさんの動きが、ピシッと固まっている。

 

まさか、天敵に近いたっちさんの方から、自分に対してそんな申し出をされるとは、ウルベルトさんも思っていなかったのだろう。

 

あり得ない状況に、ウルベルトさんが本気で困惑しているのが、モモンガにも伝わってくる気がした。

だが、そんなウルベルトさんの様子を気にする事なく、たっちさんは更に勧誘の為の言葉を重ねる事を選択した様だ。

たっちさんも、タブラさんや建御雷さんの様にウルベルトさんの方へと移動して来ると、その肩を軽く掴む。

触れられた事で、ハッとなったウルベルトさんに対して言い放ったのは、ある意味彼らしい言葉だった。

 

「ウルベルトさんも、私のモットーを知っているでしょう?

〖困っている人が居たら、助けるのが当たり前〗です。

それが、幾ら仲が余り良いとは言えなかったとしても、同じギルドの仲間なら尚の事でしょう?

何と言っても、メールペットに私の娘が関わる為の一件では、色々とあなたに私はお世話になりました。

その恩を返す意味でも、あなたに対してこれ位のお世話を、私にさせていただけませんか?

それに、娘の為に小学校に通うまで家庭教師を雇うと言う話は、元々妻と話し合っていた事でもあります。

今回の一件を聞いた時点で、妻に相談して了承も得ていますから、安心してうちに来て下さって大丈夫ですよ?

ウルベルトさんの見識を広める意味でも、これは丁度良い機会だと思います。

私の娘に色々な事を教えるのと一緒に、ウルベルトさん自身の知識を増やす事が出来れば、次の就職にも有利だと思います。

この際なので、私を利用する位のつもりで家庭教師を引き受けて下さればいいんですよ。

デミウルゴスの為にも、すぐにつける仕事があるなら引き受けるべきでしょう?

違いますか、ウルベルトさん。」

 

つらつらと、勧誘の言葉を並べ立てていくたっちさんの主張を聞いて、何とも言えずに更に唸るウルベルトさん。

その様子をみれば、間違いなくウルベルトさんがたっちさんが持ち掛けたこの話に対して、心惹かれる部分があるからこそ揺れているのが伝わってくる。

本人的にはすごく抵抗があるのだが、デミウルゴスをこれからも今の状態で維持していく事を考えるなら、その為の最高の環境を用意出来るのも、たっちさんなんだろう。

それが分かっているし、何より自分も学べる環境をと言うたっちさんの言葉は、出来るなら自分の能力を上げたいウルベルトさんには、さぞかし魅力的な筈だ。

 

それが判っていながら、すぐにこの提案に対して飛びつかないのは、やはりたっちさん…と言うよりも、富裕層に対する憎悪などがあるからだろう。

 

だが、モモンガとしては考え方一つだと思うのだ。

たっちさんの言った通り、この際だから利用する位のつもりで話を受けて欲しいと、モモンガとしては思う。

ついでに、ここで富裕層側の世界を見ると言うのも、ウルベルトさんには必要な気がする。

どちらにせよ、今のウルベルトさんに対して今後に関する選択肢を示せる人間は多くない。

 

ギルメンの大半は、富裕層に使われる側の人間であって、使う側ではないのだから。

 

この話に関して、流石にギルメンの大半がウルベルトさんの事を心配していても、口を挟む者は居なかった。

彼らには、建御雷さんやたっちさんの様に、ウルベルトさん対して仕事を斡旋する事が出来ないからだ。

自分達の立場的に、どうする事も出来ないのを判っているから、二人の話の流れを見守るしかないのだろう。

そんな風に考えていると、それまで散々この提案を前に葛藤している様に動かなかったウルベルトさんが、漸く口を開いた。

 

「……別に、建御雷さんに仕事を紹介して貰えるなら、それでも構わないんじゃないのか?

俺だって、それなりに絡まれるから場数は踏んでるつもりなんだけど。」

 

どうやら、まだ素直にたっちさんの話を受けるには葛藤がある分、どうして建御雷さんの所では駄目なのか、ウルベルトさんが問う。

まぁ、そう言いたくなる気持ちは解るが、たっちさんがわざわざ口を挟んだのだから、ちゃんと意味があるのだろう。

実際に、ウルベルトさんの問いに対して、溜め息を吐きながらたっちさんは建御雷さんの顔を見た。

多分、自分が反対している理由を話しても良いのか、建御雷さんの顔を見る事で確認をとっているのだろう。

たっちさんの視線を受けて、意図を理解した建御雷さんは了承する様に頷く。

本人の了承を得た事で、ざっくりと話す決めたらしいたっちさんは口を開いた。

 

「……そうですね、この際なので正直に言ってしまうと、ウルベルトさんには余りお勧めしません。

彼の職場は、健全な会計事務所なのは間違いないですが、出入りしている場所が花街でして。

ウルベルトさんの場合、高確率でそんな場所に出入りしていたら、余計な勘違いで絡まれる可能性が高い容姿をしていますよね?」

 

たっちさんの口にした最後の一言に、周囲は固まった。

基本的に、リアルでは一度も顔を合わせた事がない筈なのに、どうしてウルベルトさんの外見をたっちさんが知っているのだろうか?

誰もが、たっちさんの発言に驚きに声が出なかったのだが、言われた本人であるウルベルトさんがハッと我に返って、ギッとたっちさんの事を睨み付ける。

今回ばかりは、内容が内容だけに誰も止めないでいると、ウルベルトさんが威嚇する様な鋭い声で問い掛けてきた。

 

「……どうして、てめぇが俺の素顔を知っている様な発言をするんだ、なぁ、たっちさんよぉ!」

 

鋭い問いをしつつ、不快さを示すアイコンを連打するウルベルトさんに対して、たっちさんの返答は割りと簡単なものだった。

ちょっとだけ、対応に困った時の様な雰囲気を漂わせながら、たっちさんは自分の頬を掻きつつ、答えを口にする。

 

「……いえ、以前、うちにメールを届けに来たデミウルゴスが、私の娘に〖デミウルゴスの主はどんな人なのか?〗と聞かれていた際に〖自分の主は、こんな感じの方だ〗と、ざっくりとした性格や外見を教えている場に偶然居合わせまして。

そこから考えるなら、花街関連は余り向いていないと予測したまでですよ?

うっかりしたら、あなた自身が花街の徒花の一つと間違われそうな外見をしているみたいですからね。」

 

「……人の外見について、勝手に口にしていいと思ってるのか、たっちさん?」

 

素直に答えを口にしたたっちさんに対して、間髪入れずギロリと睨み返すウルベルトさん。

流石に、たっちさんも自分がウルベルトさんの外見に関して許可なく口にしていたと気付き、「失敗した」と言う顔になった。

確かに、今のたっちさんの発言に関して言うなら、ウルベルトさんのプライベートに勝手に触れる事になるので、色々と本人の承諾なく口にしたのはかなり拙かっただろう。

幾ら、たっちさんなりにウルベルトさんの事を考えたからこそ、建御雷さんと同じ職場で働くのを止めに入ったのだとしても、やはりそれをみんなの前で口にした点に関して言えば、問題があるのは間違いなかった。

 

もしかして、これはギルド長として二人の仲裁に入るべき案件なんだろうか?

 

状況的に考えて、たっちさんの娘さんの家庭教師になるのが、多分一番の選択だと思っていたからモモンガ自身も口を挟まなかったのだが、今のたっちさんの不用意な発言の一件で、そのまま拗れそうな雰囲気も漂い始めているのは事実だ。

状況的に考えて、建御雷さんの職場が彼の言う通り会計事務所だとしても、取引先がほぼ花街が中心でウルベルトさんのリアルの容姿がたっちさんの言う通りなら、下手に仕事で花街に出入りするのは余りお勧め出来ないと言うのも良く判る。

それこそ、そこで働く従業員だと思われても仕方がない程端麗な容姿なら、むしろ様々な意味で危険を避ける為にも、花街には近付かないのが一番だろう。

 

つらつらと、そんな事を考えていたモモンガは、周囲の視線がいつの間にかウルベルトさんに集中していた事に気付かなかった。

 

多分、全員がついつい実際のウルベルトさんの容姿がどんなものなのかと、そう考える内に意識せず彼の事を見てしまっていたのだろう。

と言っても、そこに居るのは【ユグドラシル】のアバターである山羊の悪魔なので、見てもそこから実際の容姿がどんなものなのか、とても想像は出来ないのだが。

流石に、今のたっちさんの台詞で自分に視線が集まるのは不愉快なのか、スッと視線を反らしたウルベルトさんから、不快を示すアイコンが表示された。

 

まぁ確かに、あんな風に気になる発言を聞いた途端、わざわざ外見を確認する様に注目するのは、流石に失礼だろう。

 

ウルベルトさんの反応を前に、流石に自分たちが取った行動が色々と不躾だったと気付いたからか、その場に気不味い雰囲気が流れる。

今回ばかりは、たっちさんも自分の不用意な発言が原因なので、ウルベルトさんに対して自分の勧誘に対する答えを促せないらしい。

暫く沈黙が続いた後、それまで俯き気味だったウルベルトさん本人が顔を上げて天井を仰ぎ見る。

 

その様子に、ウルベルトさんの中である程度の考えが纏まったのだろうと、誰もがその答えを聞く為に何も言わず、固唾を飲んで見守っていた。

 

すると、スッと瞼を閉じる仕種をしたウルベルトさんが、何かを決めたかの様に小さく頷く。

漸く、答えが纏まったらしい。

そして、たっちさんの方へと振り返りながら、ウルベルトさんはどこか困惑した様な表情で、自分の気持ちをゆっくりと吐露していく。

 

「……そうだな、多分今の状況だとたっちさんの所で家庭教師をするのが、一番間違いないんだろうとは思う。

頭では、そう解ってはいるんだが、な。

この話を受ける事に、どうしても抵抗がなくなる訳じゃないんだよ。

この際だし、俺の事を家庭教師なんてもの好きな立場で雇い入れる事を提案したたっちさんに、正直な所を尋ねて良いなら……幾つかはっきりした事が聞きたい。

小卒でしかない俺が、あんたの娘に教えられる様な事があると、あんたは本当に思っているのか?

〖私の娘に色々な事を教えるのと一緒に、ウルベルトさん自身の知識を増やす事が出来れば〗とか、あっさりあんた言うけどな、それで娘の方は俺から何が学べる?

ものを知らない相手に、あんたの娘が本当に家庭教師として学ぶ事を、ちゃんと納得してくれると思っているのか?

奥さんはだってそうだ。

普通に考えたら、小卒の男が娘の家庭教師なんて反対するだろう?

大体、あんたの娘一人の家庭教師だけで、本当に俺が食っていけると思ってるのか?

人一人分の生活費を賄うのは、並大抵の事じゃない。

小遣い程度の金じゃ、話にならないって事も判ってるんだろうな?」

 

それこそ、幾つもの疑問がウルベルトさんの口から溢れ出る。

娘さんに対して、本当に自分が家庭教師になっても大丈夫なのかと言う点から、経済的な面までその内容は多岐に渡っていた。

経済面関連については、流石に毎日家たっちさんの家で庭教師をしていたとしても、短い時間だけなら生活費が賄えない可能性があるのだと、普通に就職を勧めてきた建御雷さんと比べて収入面を心配したのだろう。

ウルベルトさんが、その辺りに関して問い質す言葉を並べると、たっちさんは「大丈夫です」と言わんばかりに頷いて見せた。

本当に解っているのか、ちょっとだけ心配になる位あっさりと頷くたっちさんに、少しだけ横から建御雷さんが口を挟む事にしたらしい。

彼も、たっちさんと同じ様にウルベルトさんへ仕事を斡旋出来る立場だけに、彼の出す雇用内容が気になったのだろう。

 

「本当に大丈夫なのか、たっちさん。

幾らたっちさんが富裕層出身でも、家庭教師に対して月に払える金額なんてそこまで多くないんじゃないのか?

もしそうなら、ウルベルトさんは俺の会社の社長に頼んで、別の働き口を探して貰うが……」

 

もし、ウルベルトさんへの家庭教師代の支払いによって、たっちさんの家の経済状況に影響すると言うのなら、また別の働き口を探しても、と別の提案を口にする建御雷さん。

この辺りは、確かに考えるべき点だろう。

ウルベルトさんを家庭教師として雇う事で、幾ら富裕層とは言えたっちさんが経済的な面で困る事態になれば、それこそ奥さんとの家庭不和の元にもなり兼ねない。

それが原因で、たっちさんの家庭に迷惑を掛ける様な事は流石にウルベルトさんもしたくはないだろうと、モモンガが気にする様に視線を向けると、たっちさんは片手を挙げて「問題ない」と笑って答えた。

 

「そこに関しては、大丈夫です。

まず、家賃と光熱費などに関してですが、最初に〖住み込みに近い形で〗と言った様に、私の家の隣にある私の家や実家の使用人が住む集合住宅に引っ越して貰えれば、うちの実家の所有地の中にある建物としてうちの実家が纏めて払っていますから、ほぼ無料で済みます。

食事も、うちの使用人は基本的に朝昼晩の賄付きなので、家庭教師の話を受けてうちに来て貰い始めたら無条件で食事が出ますから、休日以外の食費も掛からないですよね。

その代わり、食事と家賃等をこちらでほぼ請け負う形になる事から、実際にウルベルトさんへお渡しする給料は今までより確実に減りますし、朝の八時から夜の六時までの間は、食事の時間を除いて娘の側で一緒に家庭教師として過ごして貰う事になりますけど。

先に言っておきますが、例えほぼ一緒に居る状態の家庭教師になったからと言って、娘に対して何もかも手取り足取り全部教える必要はありません。

正直言うと、表向きは〖家庭教師〗と言っていますけど、実質的には娘専属の保育士さんに近いかもしれませんね。

あなたが、自分の自慢の息子としてデミウルゴスの事を育てた様に、一緒に学んだり遊んだりしながら、娘の自主性を重んじつつあの子の中にある才能を伸ばす様にしてくれるだけでいい。

あなたは、自分が思っている以上に人の才能を伸ばす事が出来る人だと……そう、私はあなたから自慢する様に彼の育成記録を見せて貰っているからこそ、そう断言しても良いと思っていますよ、ウルベルトさん。」

 

予想以上に、たっちさんから好条件を提示された事で、周囲は息を飲んだ。

その条件なら、むしろ自分が変わりたいと言い出したいギルメンだっているだろう。

だが、たっちさんがそれだけの条件をウルベルトさんに対して出して来た理由は、彼が今の仕事を首になって職が無いからと言うだけじゃない。

 

デミウルゴスを育て上げたウルベルトさんの力量を、自分の娘でも発揮して欲しいと思っているからだ。

 

そんな風に、ギルメン全員が知っている程に仲が悪いたっちさんから全幅の信頼を向けられてしまったら、ウルベルトさんに断るなんて事は出来ないだろう。

この話を断ると言う事は、「自分には出来る自信が無い」と逃げるのとほぼ同意語だからだ。

他の誰かが相手なら、多分、そう言って逃げる選択をしたかもしれないけど、たっちさんが相手である時点で、ウルベルトさんがそんな真似をする筈がない。

実際、最後の台詞をたっちさんが言った途端、テーブルの突っ伏して軽く唸りながら頭を抱えている。

 

間違いなく、たっちさんの今の言葉がウルベルトさんの中に大きな葛藤を生んだんだろう。

 

暫く唸り声を上げながら、その場でテーブルに突っ伏したまま頭を抱えていたウルベルトさんだが、何とか自分の中で折り合いを付けて答えを出したのか、突っ伏していた顔を上げるとたっちさんの顔を見た。

それでも、まだその答えを口にするのに躊躇いがあるのか、視線だけはウロウロとあちらこちらを彷徨っている。

あー、うー、と言葉にならない様な声を漏らしていたウルベルトさんが、漸く覚悟を決めて答えを口にしたのは、顔を上げてから約三分後の事だった。

 

「……ったく、あんたにそこまで言われたら、それこそこの話を受けるしかないだろうが、この野郎!

あー、くそっ……解ったよ、たっちさん。

実際に、あんたの期待に沿える結果を出せるかどうかは、実際にやってみないと判らないが……それでも良いなら、娘さんの家庭教師を引き受けさせて貰う。

正直言って、まだ娘さんが使っているアバターのチェックを定期的に行っておいた方が、何か異常事態が発生してもすぐに解決出来るだろうし、な。

そう言う意味では、家庭教師役として俺が一緒に居るのも悪くないかもしれないな、確かに。

問題は、いつそっちの集合住宅に引っ越すのかだが……」

 

がりがりと、頭を乱暴に掻きながら了承したウルベルトさんが、次の問題を口にすればたっちさんも考える様に顎に片手を添える。

 

「今の時点で、集合住宅に空きがあるのか確認済みですし、いつ越してきていただいても問題はありませんね。

ただ、ベッドなどの大物家具とかはほぼ括り付けである部屋なので、今手持ちの家具の大半は処分していただいた方が良いでしょう。

それこそ、身の回りの品や着替えなどと言った生活用品と、自分が必要な品々……そう電脳空間に繋ぐ為の端末さえ持参してきて貰えれば、すぐにでも今まで通りの生活が出来ると思います。

今、ウルベルトさんが住んでいる部屋の家賃などの都合もありますし、出来れば早めに越して来られた方が良いと思いますが、どうされますか?」

 

本当に、至れり尽くせりの環境を提供されるのだと、少し羨まし気なギルメン達を他所に、ウルベルトさんは実際の引越しの為の都合を話し合うべく、たっちさんと少しだけ場所を移動して個人メールのやり取りを始めている。

予想よりも、割とウルベルトさんの問題が無事に片付いたと、ホッとモモンガが胸を撫で下ろした時だった。

ギルメン全員に、いきなりメールが一斉配信されてきたのは。

一体、何事かとそのメールを見たギルメンたちは次々と固まっていく。

その理由は、実に簡単だった。

突然、それぞれの手元に届いた一通のメール。

 

そのメールの差出人の名前が、【アルベドを除く全メールペット代表、デミウルゴス】となっていたからだった。

 

 

 




という訳で、前回の続きです。
今回の話ですが、割とpixiv版と相違点があったりします。
あちらでは、ぷにっと萌えさんの登場シーンとかありませんし。
そしてまだまだ終わりそうにありません。
予定では、前回の話とこの次の話まで合わせたものが一話分だったんですけど、長くなりすぎるのでここで切りました。
実際には、これでもかなり長いと思ってますけど。
ウルベルトさんの就職先に関して言うと、次点の建御雷さんの会計事務所にしようかかなり迷ったんですが、私の設定のウルベルトさんの外見は作中に出て来た通りなので、色々と拙い方向になりそうだと言う事で却下になりました。
そして、次はデミウルゴスたちメールペットが今回の一件に対してどう判断を下したのか、それが出てくる予定です。


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ギルド会議 4  ~ メールペットたちの反乱? ~

前回の続き。
デミウルゴスからのメールの内容と、そこからの会議がどうなったのか。


デミウルゴスが差出人のメールを受け取ったギルメン達は、戸惑いながらもそれを開いて内容を確認する事にしたらしい。

モモンガも、慌ててメールを確認したのだが、その内容は驚くべきものだった。

 

『皆様、突然この様なメールを差し上げる事を、まずはお詫び申し上げます。

本来なら、我々メールペットから皆様に対して、この様なメールを差し上げるのも失礼かと思いました。

ですが、この度のアルベドの引き起こした一件により、我らも我慢の限界を越えた為、こうしてメールペット一同の総意をお伝えさせていただきたく存じます。

残念ながら、今のアルベドをこれ以上我々の仲間として認める事は出来ません。

我々メールペットの間で発生した問題なら、まだ彼女の行動を許容する事も出来ました。

しかし、ウルベルト様が今回の様な多大なる被害を被る行為を行い、今後も御方々に迷惑を掛ける行為をする可能性があるアルベドを、このまま放置する事など到底容認出来るものではありません。

よって、誠に勝手な事ではありますが、アルベドを我らと同じサーバーから別の仮想サーバーへ隔離させていただきました。

これは、アルベドを除くメールペットの全てが賛同した総意でもあります。

事後報告となりました事への詫びと共に、御方々にお伝え申し上げます。

 

なお、仮想サーバー内のアルベドに対しては、皆様方から一切の干渉も出来なければその存在を認識する事も出来ません。

逆に、あちらからはこちらの様子が全て確認出来る仕様になっております。

唯一の例外として、アルベドの主であるタブラ様のみ彼女に対して一方的に手紙を送る事だけは出来ますが、それに対する彼女の反応を確認出来る訳ではありません。

彼女の存在を確認する場合は、メールペットの現在位置確認の中の【個体数確認】をご利用ください。

そちらでのみ、 〖メールペットの数:一〗として表示されます。

彼女に対する最後のチャンスとして、こちら側が設定した条件をすべて満たす事が出来た場合、仮想サーバーから解放される事になっています。

ただし、それに関してのヒント等は一切与える事は出来ません。

もし、どなたかがアルベドの仮想サーバーからの解放条件に気付かれたとしても、それを彼女に教える事は厳禁とさせていただきます。

万が一、それを彼女に何らかの形で伝えた時点で、現時点で設定されている仮想サーバーからの解放条件そのものにロックが掛かり、仮想サーバーから今度こそアルベドは出られなくなる仕様です。

ご注意ください。

用件のみをお伝えする事をお許しください。

それでは、これにて失礼させていただきます。

 

メールペット一同 代表デミウルゴス』

 

メールの内容を確認し、慌てて全員でメールサーバーの状況を確認すると、確かに自分たちの使っているものに重なる様に別のサーバーが発生していた。

そして、サーバー内のメールペットの現在位置の確認をしてみれば、普段使っているメインサーバーの方に〖メールペットの数:四十〗、新しく重なる様に発生したものの方に〖メールペットの数:一〗と表示されている。

先程のメールの内容からすると、この別のサーバー内に居る一体のメールペットこそがアルベドなのだろう。

このメールを読んだ誰もが、それこそ沈痛な声を上げて頭を抱えていた。

特に、タブラさんはアルベドがここまで仲間のメールペットたちから疎まれていた事実を目の当たりにして、その場で崩れ落ち床に伏してしまっている。

そんな状況の中で、割と冷静な様子だったのは今回の騒動の発端とも言うべき、ウルベルトさんだった。

 

口元に手を当て、何かを考える様な素振りを見せているのは、アルベドの事が問題になった際の会議の時に話していた様に、内容そのものは教えて貰えていなくても、メールペット側で何らかの行動をしている事を、彼が事前に知っていたからだろうか?

 

どちらにせよ、現状ではモモンガたちにはこのメールに書かれている内容に関して、出来る事は何もない。

これが、まだメールの中に書かれていたシステムの使用前だったとしたら、彼らに対して説得するなりなんなりと言う手段もあり得ただろう。

だが、既にシステム発動をした後でその旨を事後報告されている状況では、この手の事に一番詳しいだろうヘロヘロさんでも、多分これを打開するのは容易ではない筈だ。

 

「……それにしても、まさかこんな手段を考えていたとは思わなかったな……」

 

改めてメールを読み返しつつ、困惑した様に呟くウルベルトさんに対して、 自然と集まっていく周囲の視線は、割と鋭いものだった。

今の呟きによって、ウルベルトさんが事前に【メールペットたちが、何かをしている事を知っていた】事を、彼らも理解してしまったからだ。

まるで全員を代表する様に、ウルベルトさんに対して出来るだけ静かな口調を心掛けながら質問したのは、メールペットたちのメイン開発者であるヘロヘロさんだった。

 

「……もしかして、ウルベルトさんは今回の彼らの行動に関して、何かを知っていたんですか?

だとしたら、どうしてもっと前に我々に対して……いえ、せめて私に対して、あなたが知っている事を教えてくだされば良かったんです。

もし、この事に関してそれと無く教えてくださっていたら、もっと前に対策だって取れたでしょうに。

それとも、デミウルゴスが影で動いていた事だから、ウルベルトさんは彼を守る為に黙っていたという事ですか?」

 

今回ばかりは、内容が内容だけにヘロヘロさんの声も自然と固くなっている。

ヘロヘロさんが、ウルベルトさんに対して問い掛ける内容を聞いて、周囲の視線はますます鋭くなった。

先程のウィルス騒ぎと変わらない位、ウルベルトさんの事を疑いの目で見ている様な気がする。

多分、ヘロヘロさんが質問した事に対して、困った様な顔をしていながら中々ウルベルトさんが返事をしない事も、周囲の視線が鋭い理由なのだろう。

この状況を、モモンガは黙って見てなどいられなかった。

一応、モモンガもウルベルトさんから「うちのデミウルゴスをアドバイザーにして、色々とアルベドの被害に遭ったメールペットたちが集まって何かやっている事位しか知りませんよ」と言う事を聞いていた身として、口を挟むべきだろう。

そう思い、慌てて周囲に対して声を掛けようとした時だった。

 

今回の会議で、普段の【ギルド一の問題児】とは全く違う一面を見せるかの様に、色々と鋭い所を突いて来ていたるし☆ふぁーさんが、呆れた様な声を上げたのは。

 

「あのさぁ……なんで、そんな風にウルベルトさんに対して非難する態度を取れる訳?

そりゃ、こんなメールを貰った事に関して言えば、驚いたと言えば驚いたけど、さ。

別に、ウルベルトさんの事をそんな風に責める前に、自分のメールペットがどんな事を考えて何かしているか、それをきちんと把握していなかった自分達の事を、先ず反省するべきじゃね?

だって、ウルベルトさんが今回の事をざっくりとでも察知していたんだとしたら、それはデミウルゴスとの円滑なコミュニケーションが取れていたって事でしょ?

自分達が、メールペットの事を把握出来ていなかった事を棚に上げて、ウルベルトさんを責めるのはお門違いも良いとこでしょうに。

正直、この際だから言うけどさ。

俺はね、アルベドが今までしていた問題行動にだけ言うなら、メールペットたちがいずれはこんな風に爆発するんじゃないかなって、ずっと思ってたよ?

むしろ、彼女の被害に遭っていたメールペット達の話を小まめに聞いていた俺からすれば、〖ここまで良くも健気に耐えたよなぁ〗って思う位だし。

確かに、今回のウルベルトさんの一件がメールペット達の不満が爆発した切っ掛けだったし、彼らの意見を取りまとめただろうデミウルゴスが、メールの差出人としてメールペットたちの代表を名乗っているけど、この仮想サーバーを最初に作ったのは多分デミウルゴスじゃないと思うな。」

 

軽く片手を振りながら、つらつらとそう自分の推測を展開していくるし☆ふぁーさん。

その主張に、思わず誰もがグッと声に詰まる。

言われてみれば、数回前にタブラさんへの苦情申し立てをした後は、誰も特に何も言っていない。

もちろん、色々とタブラさん側に事情があった事等が考慮されたのと、建御雷さんが間に入って執り成しをしてきたからでもある。

だが、それはあくまでも自分達に対してであり、メールペットときちんと話をしてアルベドの件に関してのフォローをしていたのかと問われたら、多分そこまでしていなかったんじゃないだろうか?

るし☆ふぁーさんの主張に対して、彼がそんな風に言い切った理由が気になったのか、質問を口にしたのはぷにっと萌えさんだ。

 

「……どうして、そう思うんでしょう?

メールの内容を見る限り、ここまでの事を出来るメールペットがいるとしたら、ウルベルトさんの所のデミウルゴス位だと思うのですが……

そう言うからには、何らかの根拠があるんですよね、るし☆ふぁーさん。」

 

そんな風に、思わずるし☆ふぁーさんが主張する根拠を聞いてしまう位には、ぷにっと萌えさんも現在の状況に動揺しているのだろう。

るし☆ふぁーさんの主張は、確かに誰もが声を詰まらせてしまう位に、痛い部分だと思う。

アルベドの事に関して言えば、あの会議の後に多少の改善が見られた事によって、後は時間が解決する部分も多いと見守る姿勢を取っていた。

だけど、こうして改めて言われてみれば、自分達が取った対応は余りにも良くない。

ぶっちゃけ、パンドラズ・アクターを始めとした被害に遭っていたメールペットたちに対して、

 

「あちらにも色々と問題があったみたいだし、その点をある程度改善したから彼女もこの先変わると思う。

だから、環境の変化によって彼女の態度が改善されるまで、お前たちはそのまま我慢してくれ。」

 

と言ったのと同じ事なんだろう。

一応、モモンガはパンドラズ・アクターときちんと話をしていたし、出来る限り注意深く様子を窺っていた事によって、ウルベルトさんの言う通り何かを彼らがしていた事だけは把握していた。

流石に、内容までは「みんなとのお約束なので内緒です」と話して貰えなかったものの、それでも何か彼らなりに考えていた事を知っていたのだ。

もし、ギルメン達がウルベルトさんの事を責めるのなら、るし☆ふぁーさんの様に事情を知る側だと自分も名乗り出て、一緒に責められるべきだろう。

 

と言うより、これは本当に事情をある程度把握していた自分たちが、他のギルメン達から責められるべき案件なんだろうか?

 

つい、モモンガがそんな事を考えている間にも、飄々とした態度のるし☆ふぁーさんは周囲の顔を見渡し、軽く頷いて確認している。

そして、ゆっくりとした仕種で全員の顔を見終えた所で、何かを確信したらしい。

漸くぷにっと萌えさんの質問に答えるべく、利き手の人差し指を立てながら口を開いた。

 

「もちろん、根拠はちゃんとあるに決まってるでしょ。

まず、一つ目。

ぷにっと萌えさんが言う様に、ウルベルトさんの所のデミウルゴスは、確かにメールペットの中で一番能力が高いのは否定しないよ?

だけど、うちの恐怖公だってかなりの能力を持たさせてあるし、ヘロヘロさんの所のソリュシャンだってデミウルゴスと同時期に起動している上に、普段から彼の手伝いをしているそうだから、かなりの能力の保持者だ。

後は、モモンガさんの所のパンドラズ・アクターだって、なんだかんだ言っても元々のNPCの設定の頭が良い事になってるから、それに見合うだけの学習能力があると考えても良いんじゃないかな。

そう言う意味では、この三人だって今回のシステム作成の候補に挙げるべきだよね?

て言うかさ、俺の恐怖公とウルベルトさんの所のデミウルゴスは、本来ならこの件に関しては除外対象じゃない?

だって、今まで一度もアルベドの被害にはあってない訳だし。

そう考えると、むしろアルベドの行動で迷惑を被ったメールペットたちが協力し合って、このシステムを構築したと考えた方が余程あり得ると思うね。」

 

まるで、立て板に水の如く言葉を連ねていくるし☆ふぁーさんの主張は、それこそ筋が通っている内容だった。

言われてみれば、数時間前に起きたウルベルトさんの一件が無ければ、デミウルゴスがアルベドに対して隔意を持つ理由が無い。

もちろん、同じメールペットの仲間が迷惑を被ってはいるものの、迷惑を掛けているアルベドもまたメールペットの仲間である。

むしろ、まだパンドラズ・アクターたち頭の良いメールペットが協力し合って開発したと考えた方が、余程あり得る事だと言って良かった。

そう納得するモモンガを他所に、るし☆ふぁーさんがそう推測していた根拠の説明は、まだまだ続くらしい。

 

「二つ目の理由を挙げるなら、時間的な問題かな?

幾らデミウルゴスでも、これだけのシステムをウルベルトさんのサーバーのウィルスチェックやその他必要な処理をしながら一から短時間で構築するのは、流石に無理なんじゃないかなと思う訳よ。

もしやるとしたら、既に基本となるシステムが完成していた状態に手を加える位かなぁと。

ただ……他人が作った物をそのまま使うより、ちょっとだけ手を加えてアルベドに対する意趣返しもしてそうな気がするんだよね、デミウルゴスなら。

そう言う意味なら、確かにデミウルゴスは無関係じゃないと思うよ、うん。」

 

人差し指に続いて中指を立てる事で、指折り数える仕種を見せる、るし☆ふぁーさん。

彼の推測は、現状では誰もが納得する内容らしく、幾つもの唸り声が上がるものの誰も邪魔する事はない。

すると、るし☆ふぁーさんは薬指を立てながらもう一つ推測を追加した。

 

「三つ目の理由は、俺が割と小まめにメールをやり取りしてた人たちから聞いてた、メールペットの近況から考えた結果、って言えばいいのかな。

例えば、一月半前に貰った弐式さんからのメールには、ナーベラルがデミウルゴスの所に弟子入りしてる事が割と詳しく書いてあったよね?

メールの内容を、個人的な事に触れない様にざっくり言うと、〖ナーベラル以外にもシャルティアとか、色々なメールペットがデミウルゴスに師事したりいろいろ相談したりしてる〗って書いてあったし、ナーベラルは割と恐怖公とかとも上手くやってて色々な事を学習しようとしてる事も、俺は知ってたりする訳だ。

他にも、たっちさんの所のセバスの場合だったら、一緒に過ごす事が多い娘さんがまだ小さいから、彼女の為にセバスが自主的に学ぶ事を望んで、デミウルゴスと恐怖公に色々な事を聞いていたりする事とかさ。

もし……そうやって同じ様な事をしているメールペットが沢山いたのなら、それこそ彼らなりにアルベドへの対策とか相談し合ってたとしても、おかしくないかなぁって思うんだけど……俺の推測、どこかおかしい点はあったかな?」

 

笑顔のアイコンを頭上の上に浮かべながら、そう逆にぷにっと萌えさんを筆頭にギルメンたちに対して尋ねて来るるし☆ふぁーさんの推測に、誰も反論する事は出来なかった。

確かに、お互いにやり取りしているメールペットの話題の中には、〖デミウルゴスに弟子入りしてるみたい〗とか〖何かデミウルゴスとこっそり話し合ってるけど、内容を教えてくれない〗と言う内容が、それこそ当たり前の様に何度も出てきていたからだ。

今回、るし☆ふぁーさんが指折り数えながら言った事は、どれも間違ってなどいない。

間違っていない処か、ちゃんと今までの事をみんながちゃんと考えていれば、ギルメン全員が誰でもすぐに気付けた事だと言っていいだろう。

 

「いえ……あなたの推論は、多分どれも間違っていませんよ、るし☆ふぁーさん。

確かに、私とした事が今回の事に関して言えば、かなり短慮が過ぎましたね。

普段、あれだけ冷静に物事を考える様に口にしていながら、実際にリアルが絡んだ事で少しばかり冷静さを欠いていた様です。

言われてみれば、その可能性を視野に入れていなかった自分が恥ずかしいです。」

 

ぷにっと萌えさんが、素直に自分の非を認めると、るし☆ふぁーさんは改めてぐるりと周囲を見渡した。

多分、自分の推測に対して反論がないか、確認をしているのだろう。

このタイミング以外、自分の事を話す機会が無いだろうと感じたモモンガは、急いでそれを説明するべく片手を挙げた。

 

「……すいません、皆さん。

実は、ウルベルトさんだけではなく、私もざっくりとですがパンドラたちが何かをしている事を知ってました。

ただし、それがどんな内容までは聞いても教えて貰えませんでしたが。

それでも、メールペット達がお互いに協力し合って、何か秘密を持っているという事だけなら、確かに私は知っていました。

ですが、ここまでの大事だと思いませんでしたので、わざわざ皆さんには話してませんでした、すいません。

私が、最初にそれに気付いた切っ掛けこそ、以前の会議でアルベドの事が問題になった時に、ウルベルトさんが帰り際に漏らした『嵐が来るな』と言う言葉を聞いて、その場で彼に理由を確認した後、その日のうちにパンドラに確認したからでした。

ですが、その切っ掛けが無かったとしても、多分ちゃんとメールペットたちの様子を確認して把握していれば、皆さん気付けたと思います。

むしろ、毎回の定例会議であれだけご自分のメールペットたちに関して語る事が出来る皆さんなら、ちゃんとメールペットたちの心境を分かっていると、そう思っていましたので。」

 

最初に、今までこの事を黙っていた事を詫びつつ、そこからモモンガが問い掛ける様に語る内容を聞いて、誰もがバツが悪そうな様子で視線を逸らす。

ギルドの中で、色々と問題児と認識されているるし☆ふぁーさんだけではなく、モモンガからも同じ様な事を言われてしまった事で、自分達がどれだけ溺愛している筈のメールペットの変化を見落としているのか、それを指摘された事に気付いたからだろう。

モモンガの言葉に、ハッと何かに気付いた様にペロロンチーノさんが片手を口元に手を当てると、そのままゆっくりと下を向いていく。

何かを思い出そうと言うのか、もう一方の手で額を覆う仮面に軽く触れると、そのまま指先をコツコツと小さな音を立てて打ち付けていた。

暫くそうしていたのだが、突然何かに思い至ったと言わんばかりに頭をがりがり乱雑に掻き回したかと思うと、小さく低く唸り出して。

ペロロンチーノさんの突然の行動に、その様子に気付いた者から何事かと視線を向ければ、ドンッと頭をテーブルに打ち付けたのである。

余りに様子がおかしいペロロンチーノさんに、姉のぶくぶく茶釜さんが声を掛けようとした途端、そのままの姿勢でペロロンチーノさんは呻く様な声を上げながら話し始めた。

 

「……俺、確かに、るし☆ふぁーさんやモモンガさんの言う様に、シャルティアの出すサインを見落としてた……

と言うより、多分……俺のシャルティアが今回の仮想サーバーの基本形態を作った張本人だと思うんだ。

ちょっと前に、凄く嬉しそうな顔をしていたシャルティアが居て、どうしたんだって聞いたら〖とっても良いものが、漸く作れたんでありんす!〗って言って事があって。

それがどんなものか聞いたんですけど、〖これだけは、申し訳ありんせんけどペロロンチーノ様にもお教え出来ないでありんす〗って言われちゃって、『俺にも内緒だなんて!』って凄くがっくりした記憶があるから、間違いないんじゃないと思う……」

 

どうも、まだ自分の中でぐちゃぐちゃになっている感情が整理出来ていないのか、どこか呆然とした口調でそう告げるペロロンチーノさんに、誰もが驚いた様に視線を向けた。

だが、それも当然の反応だと言っていいだろう。

何故なら、ペロロンチーノさんの所のシャルティアは、【ユグドラシルのNPC】をベースにしているだけに、シャルティアと同様に脳筋に近いタイプだからだ。

正確に言うなら、第一から第三階層の守護者として戦闘方面に特化している分、他の所はペロロンチーノさんの趣味もあって色々と残念な美少女である【ユグドラシルのNPC】のシャルティアと比べて、メールペットのシャルティアは色々なメールペットたちとの交流などによって本来の性格から大分変化した個体だと言っていいだろう。

それでも、やはり脳筋よりだと思われる彼女の手で、アルベドの事を隔離する為のシステムを作れるとは、到底思えなかったからだ。

周囲から、かなり疑わしそうな視線を受けているのだが、ペロロンチーノさんはシャルティアに関しての記憶は間違いないと自信があるらしく、がっくりとした様子のままそれを訂正する様子はない。

それを肯定する様に、ウルベルトさんも「あー……」と声を漏らした。

どうやら、その辺りに関して何か心当たりがあるらしい。

 

「そう言えば……確かに、最近のシャルティアとデミウルゴスはコソコソと端末を覗き込んで何かを話している……と言うのか、何かをシャルティアがデミウルゴスに相談している事が多くて、前の様に俺の前でも平気でSAN値をごりごり削る様な会話をしなくなってましたね。

その辺りから、シャルティアが自分の端末でもデミウルゴスのアドバイスを書き込んでいる姿を何度も見てますし、何かを教えて貰っていた事は間違いありません。

たまに、モモンガさんの所のパンドラも合流して、三人で一緒に何か討論をしている雰囲気だったんですけど、俺が近付くとすぐに端末を片付けちゃうんで、内容までは確認出来てませんでしたよ、えぇ……」

 

ペロロンチーノさんの言葉が間違いない事を証明するかの様に、ウルベルトさんが自分の所に来ていた時の様子を語ったのだが、そこにモモンガのパンドラズ・アクターが一緒に居た事も加えられ、ちょっとだけ驚く。

だが、あの三人が集まって何かやっている姿を想像すると、ある意味モモンガ達と同じ位仲が良く遊んでいる姿が想像出来てしまって、ちょっとだけほっこりとしてしまった。

アルベドの事が問題になる前、こっそりパンドラズ・アクターの日記を三人で読んだ時の様な、そんな感じで集まっている姿が簡単に思い描けてしまう。

 

これは、多分ウルベルトさんやペロロンチーノさんも同じ感想なんじゃないだろうか?

 

だからこそ、つい彼らの行動をウルベルトさんも【仲が良いもんだ】と見逃してしまった様な、そんな気がモモンガにはして仕方がない。

モモンガ達が、三人でちょっとだけ納得した様な顔をしていると、ペロロンチーノさんやウルベルトさんの言葉を聞いて、少し考える素振りを見せたのはヘロヘロさんだった。

まるで何かを思い出す様に、手を動かしながら周囲に聞き取れない様な声で呟いていたかと思うと、どうやらその答えに思い当たったらしく、ペシンッと軽く頭を叩く。

 

「あー……実は、私も一つ思い当たる事がありますね。

メールペットのサーバーですが、今メインで使っているもの以外にも、予備で使えるものをミラーサーバーに準備したものがあったんですよ。

予想より、メインサーバーが安定していたので、そのままそちらは放置に近い状態にしてありました。

多分、それを上手く利用して今回の様な隔離する為の仮想サーバーを考案したんじゃないかと思います。

その方法なら、多分手間を掛ければシャルティアでも何とか完成出来るだけの方法を、デミウルゴスなら思い付くと思いますし。

ミラーサーバーの事を、ここの所の多忙さで私自身がすっかり忘れていましたから、この件に関して私も非があると言うべきでしょうねぇ。

そもそも、るし☆ふぁーさんの主張は正しいと私も思います。

正直、我々は実際にアルベドの傍若無人な行動による被害に遭った彼らの事を思いやる様で、実際には〖もう少し様子を見て欲しい〗と我慢を強いるなど、少々蔑ろにしていた部分があるんじゃないでしょうか?

うちのソリュシャンは、殆ど私と一緒の時にしかアルベドが訪ねて来ませんでしたから、彼女の被害に遭ったのも一回だけでしたし、その時にきちんと精神的なケアをしてあると思っていた分、余計に油断していた様な気もします。

こんな事になるなら、彼女たちがどんな風にアルベドの取った行動を受け取っていたのか、我々も、もっとちゃんと向き合った上でしっかり話すべきでしたね。」

 

溜息交じりにそう言うヘロヘロに、お互いにバツが悪そうな感じで顔を見合わせるギルメン達。

今までのやり取りを聞いていれば、タブラさん側の事情を考慮して情状酌量と言う形で、アルベドの行動をそこまで咎めたりしなかった事がそもそもの問題なのだと、理解出来てしまったからだろう。

これに関しては、もちろんタブラさん自身からの謝罪をきちんと受けた事と、間に立った建御雷さんの顔を立ててと言う理由があるが、それでももう少しメールペットたちの事を考えるべきだったのだ。

ここで、今まで黙っていたたっちさんが周囲を見渡し、ゆっくりと片手を挙げた。

どうやら、彼もまたこの場で言いたい事があるのだろう。

他に誰も意見がある様ではなかったので、モモンガは頷いて見せる事で了承すると、たっちさんの話を聞く事にした。

 

「今回の事ですが、確かにウルベルトさんの一件が引き金になったと考えて、まず間違いないでしょう。

だからと言って、今までメールペットたちが被害を受けていただろう、アルベドの行動に関しても問題がない訳ではないと思います。

幸か不幸か、私のセバスは被害の対象外でした。

なので、この件に関して被害者側でも加害者側でもなく意見が言えると思います。

まず、皆さんに確認したい事があるのですが、宜しいでしょうか?

一つは、皆さんは自分のメールペットたちに対して、〖アルベドの行動をどう説明したのか?〗と言う点です。

彼らが納得出来るだけの理由を、ちゃんと皆さんは彼らに対して話していましたか?

皆さんは、忘れがちなので言わせて貰いますけど、それぞれが人格と個性を与えられた交流育成型の電脳空間に存在するメールペット、つまり我々にとって小さな子供の様な存在です。

ナザリックのNPCとは違い、彼らは自分の意思で考えたり動いたり出来る事を、皆さん忘れていませんか?

逆にタブラさんは、アルベドに行動を改める様に注意しましたか?

彼女が、思い違いをして変な行動をしていたとしたら、それはタブラさん自身が対応を間違えていたと考えるべきでしょう。

今の二つに対する答えによっては、彼らの行動は仕方がないと考えるべきかもしれません。」

 

冷静に、確認を取る様にギルメン全員の顔へと視線を向ける。

真っ直ぐに見るたっちさんの視線を、多くのギルメンが受け止められない様に視線を反らしている様子から、彼らは説明が不足していたのが予想出来た。

それだけで、ある程度の状況を察したたっちさんは溜め息を吐く。

 

「……そもそも、 あなた達は今回の事をどう対応するつもりだったんですか?

全ての責任を、ウルベルトさんと彼の所のデミウルゴスに押し付けて、〖自分たちは勝手にサーバーを弄られただけだから関係ない〗、自分たちのメールペットも〖デミウルゴスの怒りに飲まれただけで関係ない〗、という風にするつもりだったんですか?

そんな勝手な話が、この状況で通用する訳が無いでしょう。

まず、このメールの差出人ですが、【メールペット代表】と書いてあります。

最終的に、この騒動のきっかけを作ったと言う意味も込められている事から、差出人こそデミウルゴスの名前が代表者に上がっていますが、これはメールに書かれていた様にメールペット全員の総意と受け止めるべきでしょう。

そう考えると、現時点でちゃんと彼らの事を納得させた上で事を収めるのは、かなり難しいと思いますよ。

と言うより、既に仮想サーバーの起動を実行してしまっている以上、これをお互いに遺恨を残す事なく解除するのは、多分アルベドが解放条件を自分でクリアするのが一番ではないかと、そう私は推察します。」

 

そこで言葉を切ると、たっちさんは円卓をゆっくりと見渡して全員の反応を見た。

多分、ここまでの自分の意見に対して、反論があるならそれを聞くつもりだったのだろう。

けれど、誰からも反論する言葉が出てこなかった。

もしかしたら、たっちさんの言う様に全部の責任をウルベルトさんとデミウルゴスに押し付けて、それで終わりにしようと考えていた人も中には居たかもしれない。

だが、それで話が収まる状況ではないのだと、改めて現実を突き付けられた事で、そんな逃げが通用しなくなったからこそ、誰も反論しなかったのだ。

暫く待って、誰からも反論が無い事を確認したたっちさんは、更に話を続けるべく口を開く。

 

「今までの事や今回の事情を踏まえた上で、彼らの取った行動には多くの問題があるのは間違いありません。

ですが……そこまでの事を彼らにさせる決意をさせたのも、先程から何度も出ている事ですが、今まで我々の方が彼らに我慢をさせていた結果です。

それこそ、簡単にアルベドを許してしまう事が出来ない位には、彼らの側には我慢も限界に来ていた事は間違いないでしょう。

多分、こちらがこの状況すら無視して彼女の行動を許してしまえば、ますます彼らの中にあるアルベドへの不満は募るでしょうし、もしかしたらその不満が我々に対しての不信へと変わるかもしれない。

それともあなた達は、この行動を取った事に対して彼らに責任を問う為にも、今いるメールペット達を全消去するとでも言いたいんですか?

定例会議の度に、それぞれ持ち時間が足りないと言わんばかりに自分のメールペットの事を話していたあなたたちに、そんな事が本当に出来ますか?

それとも、あれだけ自分の愛情を注いだ存在を、ちょっとした問題を起こした程度で消してしまいますか?

むしろ、あれだけアルベドが起こした行動に関しては見逃しておきながら、彼らの行動に関しては許さないと言うつもりなんですか?

少なくとも、彼らがあそこまでの行動を起こしてしまう程、アルベドに対して不満を溜め込んでいたという訳ですよね?

多分、今回の行動を起こすまでにはモモンガさんやペロロンチーノさんの言った様に、何らかの合図を出していた筈です。

そんな彼らの合図を見逃しておきながら、今回の様な自分たちの思い通りにならない行動をしただけで、彼らの事を消してしまうんですか?

あなたたちは、そんなにあっさり……彼らの事を消せてしまうんですか、本当に?

先に言っておきますが、私はそんな決議を出されたら反対しますからね。

私の娘にとって、メールペットたちは電脳空間で出来た大切なお友達ですし、セバスは家族の様な存在です。

そんな娘に、メールペットの全消去なんて真似をして、彼らが簡単に消されてしまう存在だと言うトラウマを植え付けるつもりですか?

更に言うなら、私にとってセバスは大切な息子です。

あなたたちの都合で、私にとって大切な息子や娘の大切なお友達を消されるなんて、冗談ではありません。」

 

つらつらと自分の考えを連ねるたっちさんを、誰も止められなかった。

確かに、最終的にどうするかと言う問題を話し合うなら、たっちさんが口にした内容はどれも考えるべき事だったからだ。

多分、誰もそこまでは考えていなかったんだと、モモンガは周囲の様子を見てすぐに理解する。

と言うより、もしかしたら考えない様にしていた、と言うべきなのかもしれなかった。

 

たっちさんが言う様に、この中に居る誰もが自分のメールペットを消すなんて判断が下せる程、メールペットに対しての思い入れが少ない訳ではないのだから。

 

「あのさぁ……そこまで深刻に考えなくても、別にいいと俺は思うけどなぁ。」

 

たっちさんの言葉によって、現実を突き付けられて誰もが押し黙ってしまったのを見ながら、「仕方がないなぁ」と言わんばかりに声を上げたのは、やっぱりるし☆ふぁーさんだった。

軽く手を振りながら、先ずはたっちさんの顔を見た。

彼もまた、アルベドの被害を直接受けていないメールペットの主として、たっちさんの様に自分の意見を口にするつもりなんだろう。

最初にたっちさんを見たのは、多分「言い過ぎだ」と言いたかったんじゃないだろうか?

たっちさんが、首を竦めているのを見た後、全員の事をゆっくりと視線を目がらせてから、るし☆ふぁーさんはゆっくりと溜息交じりに話し始めた。

 

「今、たっちさんが言ったみたいに、誰だって自分のメールペットが可愛くて仕方がないんだし、最初から彼らの事を罰する理由で全消去って選択肢は、まずあり得ない話だと思うよ?

それこそ、全員の今までの会議の際の様子を考えるなら、自分のメールペットに対して期間を決めてちょっとした罰を与えるのが精一杯って所じゃね?

まぁ、タブラさん所のアルベドを仮想サーバーに落としちゃったのは、色々とやり過ぎな部分は確かにあるとは思うけどね。

それだって、全く救済が無いって訳じゃないみたいなんだし、これに関しては今までメールペットの輪を乱していたアルベドへの罰って事で、今回は彼らの行動を大目に見てあげれば良いじゃないかと思うよ、俺は。」

 

サクサクッと、割り切った様な口調で言い切られ、思わず誰もがるし☆ふぁーさんの顔を注目してしまった。

周囲からの視線に対して、るし☆ふぁーさんは面倒くさそうな様子で自分の椅子の背凭れに思い切り身を預けながら、頭の上で腕を組む。

そのまま軽く椅子を揺らしつつ、まだ言い終わっていないらしい言葉を続けた。

 

「だってさぁ……考えてみたら凄く不公平でしょ?

俺たちの間で、この【メールペット】が稼働して大体五カ月になるけど、アルベドはそれまでの間ずっとメールペット全体の九割に対して何らかの迷惑を掛けておきながら、それを〖タブラさん側にも色々と事情があったから、暫く大目に見てやってくれ〗なんて、彼らからしたら言い訳にもならない理由で見逃されてたんだもん。

たった一回、それも危うくウルベルトさんの引退と死亡案件に繋がりそうな悪戯をアルベドがした事に対して、今までそんな彼女の行動を我慢していたメールペットたちが、我慢の限界を超えたってだけだよね?

そんな風に、我慢しきれなくなって立ち上がった事を理由に彼らの事をどうこうする位なら、最初から輪を乱すアルベドの方を罰するべきだったんだよ。

俺たちが、アルベドの行動に対して何もしてくれないって思ったから、彼らはこんな自衛手段をいつの間にか用意していたって事だけでしょ?

むしろ、こんなものを用意させた揚げ句に使わせてしまった事を、俺たちの方が反省すべきだと思うけどね。

今回の仮想サーバーを起動させたのは、直接主に危害を加えられたデミウルゴスかもしれない。

でもさぁ……デミウルゴスの視点から今回の一件を見たら、自分の主がアルベドの悪戯のせいで、あわや死を覚悟する様な真似をされた訳でしょ?

そんな事をされて、普通に彼は黙っていられる様なタイプじゃないし、自分がやった事に対して強烈なしっぺ返しを食らったとしても、デミウルゴスに対して手を出す時点で、それ位は最初から覚悟してたでしょ、アルベドも。

だから、〖アルベドが今回ばかりはやり過ぎたから、思い切り強烈な仕返しをされてしまった〗と言う程度で、今回の事は考えれば良いんじゃないの?」

 

「子供の喧嘩と一緒だよ」などと、単純な事の様に言い切って笑うるし☆ふぁーさんの言葉は、とてつもなく乱暴な主張の様な気がした。

だが、彼の言う様にメールペットたちの事を自分達の子供に当て嵌めて考えてみれば、確かに彼の主張が当て嵌まる部分は多い。

そう言う意味では、たっちさんやるし☆ふぁーさんが言う言葉は、漠然と状況を察していたウルベルトさん以外のギルメン全員にとって耳が痛い限りだった。

 




長くなったので、一旦ここで話を切ります。
予定では、今回の話で会議の終了までこぎつける予定でしたが、そこまで書くと長くなりすぎるので切りました。
とは言っても、今までで最長の長さですが。
今回のるし☆ふぁーさんは、ギルド最大の問題児の立場ではなく、割と真面目な言動を心掛けて貰いました。
流石に、この状況下で彼もふざけたりはしないでしょうからね。
元は頭が良いからこそ、普段はあんな風に人に悪戯を仕掛けるのが上手くて、最終的に問題児になってるんじゃないかなぁと。


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ギルド会議 5 ~ 会議の結論 ~

ひとまず、これで会議そのものは終了になります。
ただし、まだアルベド騒動は終わりませんが。


それぞれ、今回の事に関しては思う所があるのか、るし☆ふぁーさんの発言の後に何かを言い出す者は居なかった。

多分、たっちさんやるし☆ふぁーさんから言われた事を、自分なりに考える方を今は優先しているのだろう。

出来れば、穏便な形で話し合いを終わらせたい所だが、それには現時点で隔離状態のアルベドをどうするのか、その辺りが問題になると考えるべきだろう。

アルベドの主であるタブラさんが、未だに今回の事に呆然とした様子のまま、会議にきちんと参加していない辺りで、結論を決められない状況でもあった。

 

一応、たっちさんやるし☆ふぁーさん達の話は聞いて、少し反応している様子もあったから、完全に無反応ではないみたいだが、このままでは駄目だろう。

 

モモンガが、そう意を決して話し掛ける前に、タブラさんに声を掛けた者がいた。

今まで、ずっとタブラさんの事を気に掛けている建御雷さんだ。

いつの間にか、タブラさんの前に移動して膝を付いた建御雷さんが、その肩を叩いて意識を自分に向けてから声を掛けたのである。

 

「……おい、いつまでも呆けていないで、しっかりしろよタブラさん。

気持ちは解るが、このままじゃ話が進まないだろう?

それとも、タブラさんはアルベドの事をこのまま投げ出すつもりか?」

 

その言葉に、今まで呆然とした様子で俯いていたタブラさんは顔を上げると、フルフルと首を振った。

流石に、そこまで無責任な事をするつもりはないらしい。

もし、タブラさんが建御雷さんの呼び掛けにも反応しなかったら、モモンガも黙っていられなかっただろう。

だが、ちゃんと彼の質問を否定したので、その点は安心する事が出来た。

まだどこか呆然としているものの、建御雷さんの言葉に反応したタブラさんは、自分の気持ちをゆっくり吐露し始める。

 

「……私は、色々と間違えていたのですね……

私はただ、自分が叱られる際にされて嫌だった事を、あの子にしたくなかっただけなんです。

いつも私が叱られる時は、いつも簀巻きにされた状態で柱から吊るされて半日ほど放置されるか、それとも柱に縛られて食事を一日抜かれるか、そのどちらかしかありませんでしたから。

だから、アルベドの事も言葉で少し注意する事しか、私には出来なかった……

だけど、そんな風にきちんと叱らないままでいたから、あの子は【叱られる】事を【構って貰える】のだと、間違えた認識をしてしまったのでしょう。

ちゃんと、あの子の事が可愛くて仕方がないのに、私は建御雷さんから直接会った時に叱られるまで、殆どそれを示せていませんでした。

話せないなら、話せないなりに抱き締めてやるなどの行動で示す事も出来たのでしょうに、私には思い至らなくて、ですね。

それが、アルベドがあんな行動を取る原因になっていただろうに、まだ、私はそれをちゃんと理解していなかったんですね……

すいません、本当に私が至らないせいで、皆さんにまでご迷惑をお掛け致しました。」

 

その場から少し移動し、全員の視界に入る位置にある床に座ると、タブラさんはそのまま再び土下座した。

これは、彼なりの詫びとしての行為なのだろう。

もちろん、これだけで話が済むとは思っていないだろうだが、この場での筋を通す為に頭を下げたのだという事は、誰からも理解出来た。

タブラさんの幼少期の体験だろう、彼が叱られる際に受けていた体罰の内容にはかなり驚いて小さな騒めきが起きたものの、とてもそれに関して突っ込む場面ではないので、誰もが口を噤んでいる。

暫くの間ずっと、頭を下げていたタブラさんがゆっくりと顔を上げた後、更に言葉を重ねる事にしたらしい。

少しだけ、それを言っても良いのか躊躇う様な素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。

 

「……今回の件だけでなく、様々な事で皆さんの所に居るメールペットに、私のアルベドが色々と迷惑を掛けたのはどうする事も出来ない事実です。

ですが、このままあの子の事を仮想サーバーに放置して、見捨てるなんて真似をしたくありません。

その為にも、皆さんからのお許しを頂きたい。

私が、あの子の帰還を待つ為に最大の努力をする事を。

アルベドだけが、私のただ一人のメールペットです。

こんな状況になった後も、あの子以外のメールペットを私は持つつもりにはなれないのですから、この件でも他の皆さんのメールペットには迷惑を掛けるでしょう。

それを、この場で許して貰えないでしょうか?

私は、アルベドがちゃんとこの状況を理解し、周囲に対してどれだけの迷惑を掛けたのか理解した上で、自分だけの力で仮想サーバーから再び私の娘として戻ってくる事を、ずっと信じて待ちたいんです。

私自身、とても身勝手な事を言ってる自覚はあります。

この決断を下した事で、あの子も仮想サーバーから戻る事が出来るまで、辛い思いをするでしょう。

そんな事は、最初から重々承知です。

それでも、私はあの子を諦めたくないんです。

……ですので、私がこの決断をする事を、皆さんに許して欲しい。

心から、お願いいたします。」

 

そこまで言うと、タブラさんは再び深く深く、床に額を付ける様に頭を下げる。

彼の決意に、 誰も何も言う事が出来なかった。

いつ、アルベドが仮想サーバーから戻るか分からない状況で、それを「待ちたい」と言うタブラさんに対して、溜め息混じりに声を掛けてきたのは、るし☆ふぁーさんだ。

 

「あのさぁ……なに、当たり前の事を言ってるのさ。

この状況で、アルベドの事を見捨てて新しいメールペットを選んでたら、俺、タブラさんの事を軽蔑するつもりだったからね。

そういう意味では、きっちり腹を括って覚悟を決めたのは良かったんじゃない?

正直言って、タブラさんは今回の事を含めて、メールペットの事を一回ちゃんととことん考えるべきだよね。

俺は、さ……普段からギルメンを含めたこの【ユグドラシル】で、色々と問題行動とかをやらかしている自覚とかあるけどさ。

だけど、自分のメールペットの恐怖公に関してだけは、いい加減な対応をした事は一度もないよ?

タブラさんも、もう少し〖メールペットを飼う〗って意味を、自分なりに考えれば良いんじゃないかな?

多分、彼らの飼い方に対する答えなんて、それこそ星の数まであるかもしれないけど、それから自分とアルベドに合ったものを探せばいいと思う。

どっちにしろ、これに関してはタブラさん次第っていう結論で、俺は良いと思うよ。」

 

アルベドの一件が発覚した辺りから、割とタブラさんへの当たりが厳しいものだったるし☆ふぁーさんがそう言ったのを聞いて、モモンガは少しだけホッと胸を撫で下ろしていた。

メールペットを選ぶ際のいざこざや、その後のメールをやり取りする際のメールペット達の態度などで、るし☆ふぁーさんの一部のギルメンへの対応が割と厳しい事に、モモンガは気付いていたのだ。

むしろ、モモンガが気付かない方がおかしい位に、るし☆ふぁーさんの彼らに対する対応は笑顔を浮かべてにこやかに話していても、実際は冷淡なものだったのだから。

 

もっとも、彼らの中ではそんなるし☆ふぁーさんの変化を気付いていたのかどうか分からない。

 

「悪戯されないで済む」と、もしかしたら喜んでいたのかもしれないが、このままだとギルドが割れないかと心配していた面々も割と多かった。

るし☆ふぁーさんから、そんな対応をされている筆頭がタブラさんで、今回の騒動でアルベドに対して厳しい意見が多かったのも、るし☆ふぁーさん側がメールペットを選ぶ時のタブラさんの発言を根に持っていたからだと、ほんの少し前までモモンガは本気で思っていたけれど、どうやら微妙に違うらしい。

多分、あの配布の際に言われた事に関しては根には持っていただろうけど、育てたメールペットの現状を比較して、はっきりと明暗が別れた形になった事から、その件に関してだけは納得してしまったのだろう。

だから、タブラさんがアルベドを見捨てる選択をしないという宣言を聞いて、彼の事を見直して色々とアドバイスをくれているのだ。

 

〘 ……正直、るし☆ふぁーさんがこんな真面目な対応も出来るなら、普段からしてこういう態度で居て欲しいと思わなくもないですけど……多分、彼の今までの行動とかを考えたら、無理なお願いなんだろうな…… 〙

 

つらつら、そんな事を考えていたモモンガを他所に、タブラさんに自分の言いたい事を言い終えたるし☆ふぁーさんの標的は別に変わったらしい。

この場で、つい話を聞き入ったまま黙っているギルメンたちに視線を向けると、大きく溜め息を吐く。

そして、少しだけ不機嫌そうな様子で口を開いた。

 

「……それよりも、だ。

皆はさぁ……なんでさっきから、タブラさんとアルベドの引き起こしたこの一件を、〖自分とは無関係です〗って他人事の様な顔をしてるのさ?

今回の騒動で、自分のメールペットときちんと意思疎通が出来ているのは数名だけって判明してるのに、どうしてそんな態度でいられる訳?

この場に居るほぼ全員が、タブラさんとアルベドの事が他人事じゃないと判ってるの?

そんな風に、〖自分は関係ない〗なんて高を括った態度でいられる程、彼らの本音の部分をきちんと理解してなかったのに?

正直、この場に居るギルメンのうちの何人かは、このまま何も考えずに彼らと今まで通りの関係でいたら、アルベドの様な他人への迷惑行動をしなくても、いずれ彼らの反抗期に遭って泣きを見る羽目になるんじゃないの?」

 

誰の目から見ても、はっきりと厳しい口調でるし☆ふぁーさんから指摘を受けると、途端に彼の顔を見ていられないと言わんばかりに視線を逸らすギルメンたち。

普段、困った悪戯をするばかりで【ギルメン一の問題児】と認識されているるし☆ふぁーさんから、こんな正論での指摘を受けてしまう状況に、反論したくても出来ないだけの現実が目の前にある為、口を閉ざして視線を逸らす位しか出来ないのだろう。

いつも彼の悪戯という被害に遭い、身柄を拘束してその悪戯に対して説教する立場の者が多いからか、今回に限って言えば普段とは全く逆の立場になった事に、酷く困惑しているのかもしれない。

だけど、今回ばかりはモモンガはるし☆ふぁーさんを全面的に支持したかった。

同じ様に、彼の意見を後押ししたのはたっちさんだ。

 

「……確かに、ギルメンの中でもただ甘やかすばかりの対応が続いている方たちの所は、るし☆ふぁーさんの指摘通りになる可能性はあるじゃないでしょうか?

何も、全員がそうだとは言いません。

ですが、メールペットの育成はほぼ子育てと変わらないと思った方が良い。

私の所では、セバスを実の娘と出来るだけ決めた時間に一緒に過ごさせつつ、二人を同じ様に私の子供として扱う事で、上手く彼との関係を築いていますしね。

毎日、セバスと就寝前にその日の事を少しでも話せる時間を設ける事で、彼との意思疎通にも努めてますし。

皆さん、ただスキンシップを取ったりして可愛がるだけではなく、ちゃんと彼らの言葉に耳を傾けていますか?

彼らにも、自分の意思と言うものがあるのですから、それにちゃんと耳を傾ける時間を持たないと、色々な意味で後から苦労すると私は思いますよ。」

 

実際に、電脳空間では自分の娘とセバスを一緒に育てていると言うだけあって、その言葉には重みがあった。

何と言っても、ギルメンたちは全員が社会人ではあるものの、大半のメンバーが独身で結婚していない事から、子育てがどういうものなのか理解している訳じゃない。

そして、自分達の元にやって来た彼らの正式な名称は、確かに【メールペット】ではあるけれど、言葉を直接交わせない動物ではなくて、明確な自分の意思を示す事が出来るAI達である。

そう言う意味では、たっちさんの様にペットの育成よりも普通に自分の子供を育てていると言う認識を、きっちりと持つべきだったのだ。

更にそこで、開発者側としてヘロヘロさんも口を挟む事にしたらしい。

自分の触腕で軽く机を叩きつつ、スルリと口を開いた。

 

「皆さんに対して、開発者側の立場で一つ言わせて貰っても良いですか?

こんな事を、今更皆さんに対して言わなくても判っているとは思いますが、メールペットである彼らのものの考え方や性格、趣味嗜好などと言った基礎人格部分は、基本的にナザリックのNPCをベースにしています。

ですが、それはあくまでも基本部分だけです。

交流によるAIの成長具合によっては、ペロロンチーノさんの所のシャルティアの様に、ナザリックの彼女なら出来ない様な事も出来る様になりますし、逆にタブラさんの所のアルベドの様に、育成が上手く出来なかった事で問題行動を起こす事もあり得ます。

仲間のメールペットとの交流関係も含め、全部、我々のギルメンの育成次第なんですよ。」

 

ゆらりと、粘液の触腕を動かしながらそこで言葉を切ると、ヘロヘロさんは困った様な様子で少しばかり間を置いた。

多分、開発者側として皆にメールペットを配布した立場として、自分がそれを言っても良いのか酷く迷う内容なんだろう。

幾許かの間を置き、ヘロヘロさんは迷いを振り切るかの様に、更に言葉を重ねた。

 

「そうですねぇ……このまま、飼い主と言う立場を優先して彼らの意思を蔑ろにした行動をし続けたら、いずれ自分に返ってくると言う事を、まず皆さんは理解して下さい。

これは、この場に居る誰もが絶対にないとは言えない話だと、私も思います。

そう言う点を踏まえた上で、今回の一件への処遇と同時に今後の彼らをどう育成していくのかを、私としては考えて欲しいんですよ。

何を言おうと、中途半端な育成を受けてる事で辛い思いをするのは、私たちじゃなくて彼らの方だと思いますし。

もし、皆さんの中に〖このまま彼らの事を育成出来る自信がない〗と言う人がいたら、この場で申し出ていただけませんかねぇ……

申し出ていただけたら、今回に限りそのメールペットたちは私が引き取り、今後は通常回線でもメールのやり取りが出来る様に、何としてでも調整しますので。

その代わり、メールを通常回線に戻した後で、〖やっぱり、メールペットが欲しい〗と言う言葉は、一切受け付けませんけど。

彼らにだって、ちゃんと自分の意思がある訳ですし、例えどんな理由があったとしても、突然〖要らない〗と言われて捨てられたら、酷く傷付くと思うんですよ。

生みの親として、あの子たちが繰り返し傷付くのは嫌なんで、あくまでも今回限りの話ですけど、その辺りも検討の対象として貰っても良いですか、モモンガさん。」

 

ヘロヘロさんの爆弾発言に、彼の周囲にいたギルメンを中心にゆっくりとざわめきが円卓の間に広がっていく。

当然の話だろう。

今まで、〖全員の手に渡っていないと、メールペットが困惑するから〗と言う仕様だと言う理由から、全員がメールペットを受け取っていたのに、突然〖このまま彼らとの関係を維持するのが無理なら回収する〗と言い出したのだから、驚かない方がおかしいのだ。

彼らの中で、このヘロヘロさんの発言に対してざわめきが生まれない筈がない。

今では、しっかりと彼らの中で根付いているメールペットの存在を、彼が促しただけでそんなにあっさりと手放せるとは、モモンガにはとても思えなかった。

だが……確かに彼らギルメンたちの中には、きちんとヘロヘロさんが考えている【メールペットの取り扱い基準】に達してない扱いをしている者もいるのだろう。

今回の申し出は、そんな彼らに対して〖アルベドの様な問題行動を起こしてしまう事態になる前に、こちらで保護しましょう〗と言う、ヘロヘロさんなりの気遣いだったのかもしれない。

 

だが……ここにいる誰もが、定例会議の度に自分のメールペットへの愛を叫んでいたのだから、ヘロヘロさんの提案を喜んで受け入れる者などいなかった。

 

「……待って下さい、ヘロヘロさん!

せっかくの提案ですが、私にはとてもその話を受け入れられません。

多分、これは私だけではなく……この場にいる全員の総意でしょう。

それ位、今では彼らの存在は私たちと共にあるのです。

ですので、ヘロヘロさんからのその申し出は受ける者はいないと思います。

……皆さん違いますか?」

 

ヘロヘロさんの言葉に、ギルメンの中で真っ先に反応したのは、それまで黙って話を聞く側に回っていたベルリバーさんだった。

彼としても、それこそ周囲に駄々洩れな程に溺愛しているメールペットの【ペストーニャ・S・ワンコ】を、こんな事で手放す気はないだろう。

何と言っても彼の場合、餡子ろもっちもちさんが自分のメールペットにエクレアを選んだ事によって、ナザリック最萌大賞であるペストーニャを自分のメールペットにする為に、ギルメンたちの一部の中で発生した争奪戦を見事に勝ち取った程なのだから、むしろ今更「手放せ」と言われても従う筈がない。

そんな、何処か必死な様子の彼の言葉に、他のギルメンたちも皆で頷いて同意している。

今の彼らの様子を見ているだけでも、今後はきっちりと意思疎通を図る様に自分なりに努力し、ヘロヘロさんの懸念を吹き飛ばす事に尽力するだろう。

そんな風に、必死に自分のメールペットを手放さない意思を示す彼らの反応を見て、ヘロヘロさんは思い切り苦笑のアイコンを浮かべつつ、この件に関して自分の前言を撤回してくれる気持ちになったらしい。

どこか、仕方なさそうにちょっとだけ肩を竦めながら、彼は己の触腕を再度振った。

 

「……まぁ、それ程言うなら仕方がありませんね。

そこまで皆さんがちゃんと考えて下さるなら、私はそれで構わない訳ですし。

正直、皆さんの所に居るメールペットたちの心境を考えたら、その方が良いのは決まってますしからねぇ。

その代わり、もし今度何らかの問題が起きた時は、私にもそれなりに考えがありますので、皆さんちゃんと覚悟しておいて下さいよ?」

 

どこか、ゆったりとした口調で話していたヘロヘロさんだったが、最後の部分だけ声のトーンが低く違っていたのがちょっとだけ恐ろしい。

多分、彼なりに今回のこの騒動を自分達にとっての教訓にして欲しいと言う気持ちから、ギルメンたち全員に釘を刺す意味もあったのだろう。

なんとなく、それに対して突っ込みたくなかったモモンガはさらりと流す事にした。

色々と言いたい事もあったのだが、それよりもまず会議を進める事の方がモモンガの中で優先順位が高いからだ。

 

「……ひとまず、皆さんからある程度の意見は出たと思いますし、そろそろ今後の事を話し合いたいと思います。

まず、アルベドをどうするかと言う点に関してですが、私としてはタブラさん自身からの申し出もある事ですし、彼女が自力で脱出して来る事を信じて、現状を維持すると言うので問題ないでしょうか?

この件に関して、何か他にご意見はありますか?」

 

採決をする前の最後の確認を取る様に、モモンガがこの議会の議長として意見を確認すると、特に誰も何かを言う事もなかった。

どうやら、今回の一件に対するアルベドの処分に関しては、ギルメンたちとしては現状で様子見をしたいという考えなのだろう。

特に意見も出なかった時点で、多数決による採決を取らなくても大丈夫だと判断したモモンガは、次の議題に移る事にした。

アルベドに対しての処遇を決めた以上、彼女の事をいきなり許可なく仮想サーバーへと追放したメールペットたちに対しても、それ相応の処遇も決める必要があるからだ。

 

「……では、皆さんから特に意見も出ませんでしたので、アルベドに関してはこのままの内容で確定します。

今度は、アルベドを自分たちだけの意思で追放したメールペットへの処遇に関して、私たちがどう対応するか決めましょうか。

幾ら事情が事情とはいえ、流石にこのまま彼らに対して何の処罰も与えないと言う訳にはいきません。

今回の行動で、彼らに決定権が無い部分でも集団の意思が集まれば何でも出来るなどと、誤った事を学習されてしまっては困りますからね。

皆さん、何かご意見ありますか?」

 

モモンガの問いに対して、スッと手を挙げたのはぷにっと萌えさんだった。

元々、【アインズ・ウール・ゴウンの軍師】として、ウルベルトさんの一件に関しての推測やるし☆ふぁーさんのメールペットたちの行動への推測に対する質問など、自分の意見を進んで口にする事が多いぷにっと萌えさんだからこそ、この件に関してもまず自分の意見を言ってくれるらしい。

他のギルメンが、誰も手を挙げずに様子を窺っているのも、まずはぷにっと萌えさんの意見を聞く態勢を取ったらしかった。

そんな周囲の視線を受け止めながら、ゆっくりと彼は自分の考えを口にした。

 

「……そうですね、彼らに対してだけあまり重い罰を与える訳にはいきません。

今回の彼らの行動は、あくまでもアルベドに対する我々の対応が、余りにも彼らの気持ちを汲んでいなかった事から発生した事案でもあります。

ですが、アルベドを自分達の輪から追放する事を、彼らだけで勝手に決めて実行してしまった事は、間違いなく問題がある行為だと言えます。

せめて、実際にこうして行動を起こす前に、もっとリアクションを見せるべきだったんです。

そうですね……例えば、本気でアルベドの行動に対して文句を言うなり、タブラさんの所にメールを配達する際に、彼に対して自分の気持ちを訴えかけるなり、行動に出る前に打つ手段はあったと思われます。

同時に、我々ももっと彼らの言葉に耳を傾けるべきだったと言っていいでしょう。

その反省の意味も踏まえ、彼らに対する処罰はこうしたらどうでしょうか?

一日一時間、主からの仕事が無い合間の時間に、自分がどうしてこの行動を選択したのか、その理由をしっかりと振り返りきちんと考えて、それを纏めたレポートを書き上げて貰いましょう。

同じ様に、我々もどう対応するべきだったのか、反省の為に一日一度必ず短い時間でもその事を自分で考えを纏めて、一通のメールに書き込む事にします。

タブラさんは、自分がアルベドの行動に対してどう対応するべきだったのか、それを冷静に考えてレポートにして下さい。

それを、アルベドが無事に仮想サーバーから戻るまで、メールペット及びギルメン全員が必ず毎日繰り返す事にしたら、お互いに罰になると思います。

全員がサボらない為に、今回の被害者であるウルベルトさん宛にメールとして全員が一日一回送れば、実際に行動している証明になりますし、そうして集まった大量に来るメールに添付されているレポートの処理をデミウルゴスが受け持つ事で、彼への罰にもなります。

これ位が落しどころだと思いますが、皆さんはどう思われますか?」

 

にっこりと、笑顔のアイコンを出すぷにっと萌えさんの提案は、割と大変なものだった。

毎日、アルベドのした事への気持ちや対応などを考えるのは大変だし、何よりそれを纏めてレポートにしたものをメールにするなど、彼らにとってかなり大変な作業ではないだろうか?

そして、ウルベルトさん宛に送られてくるだろう大量のレポートを、全部目を通して処理するというデミウルゴスの負担もかなりのものだった。

この罰が、メールペットだけに課されるのならば、かなり問題があったと言っていいだろう。

しかし、だ。

ギルメン側も似た様な罰を課された事で、双方に非があると言う形に持って行っている為、反論もし辛い。

彼が言っている内容の大変さを理解した途端、誰もが声も出ない様子で目を白黒させていたのだが、それに対してクスクス笑う奴がいる。

言わずと知れたるし☆ふぁーさんだった。

 

「……だからさぁ、ぷにっと萌えさんの言葉もそんなに難しく考えなくていいんじゃない。

ぶっちゃけ、一日一回アルベドの事を考えて戒めにすればいいだけでしょ?

まぁ、レポートを作成するのは面倒な部分があるかもしれないけど、毎日同じテーマで書く事を考えるなら、そこまで深く考えなくても良いと思うけどなぁ。

それこそ、ただレポートを書く為の作業的な物にならない様にだけ注意すれば良いだけじゃん。

レポート用紙何枚とか、書かなきゃいけない分量も決まっていないんだし、俺達が気を付けるべきは何が問題だったのか、同じ様な事が今後起きない様にするのはどうすれば良いのか、ずっと考える事だと思うよ?

メールペットたちに対して、〖毎日一時間は考える様に〗ってぷにっと萌えさんが言ってるのだって、それ位考えて漸く自分なりの思いが言葉に纏まる様な、考える事が苦手なタイプが割と多いからでしょ?

別に、書く内容は短くても十分なんだよ。

むしろ、重要なのは自分なりにレポートを書く為に、毎日自分で頭を使ってアルベドに対してどう思っていたのかを、ゆっくりと考える事の方なんだからさ。

彼女がした事は、間違いなく周囲に対して迷惑を掛ける様な事だけど、毎日の様にそんな彼女の事を考えてレポートを書く時間を与えられたら、もしかしたら別の角度で彼女の事を見れる様になるかもしれないしね。」

 

サクサク自分の意見を口にしてくれる、今のるし☆ふぁーさんは本当に頼もしい。

どうして、普段からあんな悪戯小僧の問題児ではなく、こっちのるし☆ふぁーさんで居てくれないんだろうかと思う位には、頼りがいがある言動だった。

現に、ギルメンたちから上がる騒めきの中には、「るし☆ふぁーさんに言われるなんて……」とか「こんな風に、真面目に考えて行動出来るなら、普段からもそうしろよ!」とか「流石に、ここまで来ると別人レベルじゃないですか?」とか色々と言っている人たちが沢山いる。

気分的には、モモンガもその意見に賛成したい気持ちが強かったのだが、議長として立場的に公平に当たる必要がある為、敢えてそれを口にしたりはしなかった。

ぷにっと萌えさんやるし☆ふぁーさんの言葉を聞いて、ウルベルトさんが一つの疑問を投げ掛けてくる。

 

「メールペットたちに関しては、まぁ……ちょっとだけ大変な様な気もするが、俺達に相談する前に実行して事後報告している事も踏まえて、それでも良いだろう。

俺達ギルメン側にも責任があると、それに対する何らかの罰則が必要なのも納得がいく。

だけどな?

ギルメンの中には、仕事のスケジュール状況次第で、そんな風に時間を割けない連中がいるだろ?

例えば、人気声優の茶釜さんは詰め込み過ぎのスケジュールだと無理だろうし、漫画家のホワイトブリムさんの場合は、締め切り間近の追い込み中にそれをやれってのは、流石に酷だと思うぞ?

二人とも、そう言う時はこっちにもログインして来れないんだし。

それに、アルベドの件に関しての被害者の俺の所にメールを集めるって、それってどんな鬼所業なんだ?

デミウルゴスに処理させるって言っても、俺だってデミウルゴスだってそのレポートは書く立場なんだろ?

だとしたら……この処罰ってギルメンの中での唯一の被害者の俺が、一番罰が重くないか?」

 

ウルベルトさんの主張は、その内容を聞けばもっともだった。

何らかの形で、確実にアルベドの仮想サーバーへの追放に一枚噛んでいるだろうデミウルゴスはともかく、何の過失もなく彼女の悪戯で失業に追い込まれたウルベルトさんの立場を考えれば、彼に対する処罰が重いと言われても仕方がない。

もし、ウルベルトさんがメールペットたちの行動を気付いていながら、その情報を伝えなかったと言う点が彼だけの処罰が重くなる理由だとすれば、それこそモモンガはぷにっと萌えさんの提案に対して賛成出来ないと言っていいだろう。

 

何度も言うが、彼らの様子をちゃんと見ていれば気付けた事なので、それに気付かなかった側が気付いた側に対して「どうして教えてくれなかった」と主張する方が間違っているのだ。

 

それこそ、自分が怠っていた事を棚に上げるなんてレベルの話じゃない。

ウルベルトさんがそう言った途端、ぷにっと萌えさんは自分の言葉に漏れがあった事に気付いたのか、慌てた様子で手を振る。

モモンガからはもちろん、たっちさんやヘロヘロさんと言った面々から、割と強めの不信の目が向けられていたからだろう。

 

「すいません、確かに今の私の言った内容だと、ウルベルトさん達に対しての罰が重すぎますね。

それなら、ウルベルトさんとデミウルゴスに関してはアルベドの事を考える時間とそのレポートは除外と言う事で良いでしょう。

皆さんからレポートが手元に集まる以上、それに目を通して全員が提出しているか確認し内容を読む間は、自然に彼女の事を考える時間を持つ事になりますからね。

……とは言え、全員分のメールの処理をする事を考えると、流石にデミウルゴスに対しての負担がちょっと大きいかもしれません……」

 

少し考える素振りを見せるぷにっと萌えさんに、モモンガは自分の意見を言うべく手を挙げた。

この段階で、自分の意見をきちんと提案しておかないと、タイミングを逃してしまいそうな気がしたからだ。

モモンガが手を挙げれば、誰もが意見を聞こうと視線を向けてくれる。

それを受けて、ゆっくりとした口調で提案を始める事にした。

 

「それなら、こうしたらどうでしょうか?

ギルメンの中でも、仕事のスケジュールによってはレポート作成が出来ない面々に関しては、事前に予定が判っている時は申告して貰う事にしておけばいいと思います。

ただし、全くレポートを出さなくても良い訳ではなく、時間が出来た時に短い物でも構わないので必ず書くと言う条件は付きますが。

急な仕事が入り、レポートを作成する為に時間が取れないと言う事は、社会人ですからギルメン全員にあり得る事なので、後日その理由と共に出来なかった分のレポートを提出して貰う事で補えばいいと思います。

それと、その集まって来たレポートの処理に関してですが……今回の仮想サーバーを最初に構築したのは、ペロロンチーノさんの話によるとシャルティアがした様ですが、それに対しての意見を出し合ったのは私のパンドラとウルベルトさんの所のデミウルゴスと言う事でしたよね?

だったら、この三人の責任は他のメールペットよりも重いと考えるべきです。

と言う事で、毎日昼過ぎメール配達が終わった後の一時間、ウルベルトさんのサーバーに三人を集めて、その場でレポートの確認作業の処理をさせると言うのはどうでしょうか?

その代わりとして、パンドラとシャルティアもレポート提出は免除するなら、釣り合いが取れると思います。

ウルベルトさんの役目は、三人の監督役としていただくと言う事で。

丁度、たっちさんのお嬢さんの家庭教師になる事が決まった訳ですし、三人が集まっているお昼過ぎの一時間は、丁度お嬢さんのお昼寝の時間帯には最適ですからね。

ペロロンチーノさんに反論が無ければ、この方向で進めて良いと思います。

どうでしょうか、ペロロンチーノさん?」

 

モモンガが水を差し向ければ、まだ自分の対応の拙さを反省するかの様に頭を抱えていたらしいペロロンチーノさんは、渋々と言った様子で頷いた。

彼としても、自分のシャルティアが負う責任が他のメールペットよりも重くなるだろう事は、察しているらしい。

どちらかと言うと、自宅で仕事をしているペロロンチーノさんの場合、暇があれば彼女の様子を窺っていると聞いた事があるので、もし彼女が悩んでレポートを作成している姿を見たら、手を差し伸べてしまう可能性もなくはない為、丁度良い罰になるのかもしれなかった。

彼が同意した事によって、ぷにっと萌えさんの提案に対してるし☆ふぁーさんとモモンガによる修正が掛かり、問題点もある程度解消されたと言っていいだろう。

 

「……他に意見がなければ、今の修正を加えたぷにっと萌えさんの提案で、採決を取りたいと思います。

皆さん、いかがでしょうか?」

 

議長として、採決前のモモンガが最終確認を取れば、誰からの反論の声も上がらなかった。

なので、そのままこのぷにっと萌さんの提案に対する賛否の採決を取れば、賛成多数による採用が決まったのである。

正直、実際に実行する事になったら色々と問題点が出そうな内容でもあるが、この提案以外に妥協点も無かったと言うのも、賛成が多数になった理由だった。

 

こうして、色々と波乱含みだった今回のギルド会議は、漸く幕を閉じたのだった。

 




という訳で、会議はこういう形で結論が出ました。
ですが、前書きにも書いた通り、まだまだアルベド騒動は続きます。


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仮想サーバーへ落とされたアルベドと、一つの小さな出会い 前編

タイトル通り、仮想サーバーへ落とされたアルベドの話。
まずは、彼女が落とされた時の話になります。


アルベドが、その異常を最初に感じ取ったのは、自分の部屋で趣味の一つである編み物をしている時だった。

何かが、ゾワリと背筋をゆっくりと這い上がる様な、そんな我慢出来ない違和感を。

 

「……お父様は、今、【ナザリック】での定例会議に出ていらっしゃるのに……」

 

もし、これが誰かが仕掛けたウィルスの攻撃の気配を感じ取ったものだとしたら、対応するべきなのかとアルベドは少し悩む。

彼女もまた、他のメールペットに比べて割と高性能なタイプではあるものの、ウルベルト様の所のデミウルゴスの様に、自分でウィルスに対して直接対応出来るだけの能力は与えられていないからだ。

多分、彼以外でそんな能力を持っていそうなメールペットは、ヘロヘロ様のソリュシャンとるし☆ふぁー様の恐怖公位じゃないだろうか?

 

それ位、自分を含めたメールペットの基礎能力は、それほど高くないのである。

 

正直言って、自分に対応出来る様な案件ではない時は、「強固な障壁がある自分の部屋に引き籠ってやり過ごす様に」と、父であるタブラ様からはっきりと言われている以上、アルベドはこの場から動く事が出来ない。

下手に〖 外に出て対応しようとした結果、ウィルスに感染しました 〗では、自分以上にお父様が困るからだだ。

本音を言えば、デミウルゴスの様にあらゆる意味でお父様の役に立ちたいと思う。

思うのだが、残念ながらそれだけの能力が無い自分が無理をして動き回れば、逆に被害を受けて迷惑を掛ける事を理解しているだけに、今回の様にウィルス関連と思われる状況の場合、アルベドは動くに動けなかったのだ。

 

じりじりとした時間が、ゆっくりと過ぎて行く。

 

そうして待つ間も、作り掛けの編み物をずっと続けていたのだが、苛立ちから手元の編み目が乱雑になり掛けている事に気付いた所で、一旦手を止めた。

このままだと、編み目が不揃いな失敗作にしかならない事に気付いてしまったからだ。

小さく溜め息を吐き、編み掛けの編み物や毛糸などを纏めて籠にしまうと、アルベドはゆっくりと立ち上がり……そして、ある事に気付く。

 

メールペット同士でやり取りする場合の、【メールが送られてきています】と言うサインが浮かんでいる事に。

 

普段、こんな風にメールペットの間で自動送信のメールを使う事は少ない。

直接会って、話した方がお互いに楽しいからだ。

何事かと手に取った彼女は、そのメールの内容をざっくりと確認した途端、それまでの美しく優雅な仕種をかなぐり捨て、バッとその場から飛び出していた。

 

『 アルベドへ

 

今まで、君には多くのメールペットたちが泣かされてきた。

それこそ、君の行動で泣かされたメールペットの数は、全体の九割と言う驚異的な数字だ。

一応、我々の主たちと君の主であるタブラ様の話し合いの結果、〖 改善点を何とかして様子を見る 〗と言う話になっていた為、タブラ様の顔を立ててある程度は大目に見てきたと言っていい。

だが……流石に今回、君が私の端末にした悪戯は容認しかねると言っていいだろう。

君が行った、実にくだらない悪戯のせいで、現在進行形で私の主であるウルベルト様は【リアル】で職を失い、最悪の場合は自身の死を覚悟されているのだから。

私だけにしか影響が出ないなら、この程度の悪戯など笑って受け流しただろう。

だが、君の悪戯が原因でウルベルト様に多大な被害を与えた時点で、私は君の事を到底許す事が出来ない。

この件は、既に他のメールペットたちも通達済みだし、彼らも私の意見に同意してくれていてね。

実は、以前から〖今度君が大きな迷惑を掛ける行動をした時に、それ相応の対応が出来る様に〗と開発していた物が我々の手にはあり、今回はそれを使わせて貰う事になった。

実際に、君も自分が居るサーバーに違和感を感じている筈だ。

その理由を、君に教えよう。

今の君がいる場所は、我々メールペットシステムを作る際に、ヘロヘロ様が用意して放置されていたミラーサーバーを、我々の手で改変して作り出した仮想サーバーだ。

君がいるタブラ様のサーバーだけではなく、我々全員が居るメインサーバー全てが君のいる仮想サーバーと重なり合う形で構築されている。

君が移動出来る場所は、全てメインサーバーに重なっている仮想サーバーの中だけだ。

嘘だと思うなら、それを確認する為に我々のサーバーまで出向いて確認してみるといい。

後、これも見ておくべきだ。

君が犯した罪によって、タブラ様がどう対応する事になったのか、それが良く判るだろう。

 

アルベド、君は自分の罪深さを理解するべきだよ。

 

そこに映っているタブラ様の行動に免じて、君がその場所から脱出する手段は残しておくとしよう。

但し、〖どうすればそこから脱出出来るのか?〗と言う方法に関しては、君自身が自分だけの力で探す以外方法はないと言っておく。

では最後に、自分の罪深さを理解出来た君と再会出来る事を祈って。

 

メールペット一同代表 デミウルゴス 』

 

デミウルゴスが代表と最後に記された、このメールに書かれていた内容は、とても信じられるものではなかった。

幾ら、デミウルゴスがメールペットの中で飛び抜けて優秀で、そんな彼に他のメールペットが協力していたとしても、そんなものを実際に構築出来る筈がない。

そう思うからこそ、アルベドは状況を信じられず状況を確認する為に、外へと飛び出したのだ。

 

〘 多分……あれは、私の悪戯に対するデミウルゴスからの意趣返し的な、そんな意地の悪い悪戯メッセージよ。

だって、そうじゃなきゃそんな事などあり得ないもの! 〙

 

必死に、彼がメールに書いてきた事はあり得ないと、自分の中で繰り返しつつ足を進めるアルベド。

だが……そんな彼女の予想は、大きく外れていた。

取り合えず、一番近場にあるメールペットのサーバーを訪ねたのだが、ドアをノックして訪ねて来た事を知らせても、何の返事もない。

不在かと思い、いつもの手順で慣れた様子でドアを潜れば、そこのメールペットはのんびりと寛いでいて。

何故で迎えなかったのかと思いつつ、アルベドはその相手に対して幾ら話し掛けたのだが、まるで自分の存在に気付かないのである。

苛立ちつつ、全く自分の存在に気付かない相手の肩にちょっとだけ手粗に触れようとして……それは出来なかった。

何故なら、スッと手が相手の身体に触れる事無くすり抜けてしまったのだ。

驚きで目を見開くアルベドだが、相手はこちらの様子には一切気付いていないらしい。

そう思った瞬間、先程のデミウルゴスからのメールの内容が頭に浮かぶ。

 

『 君が移動出来る場所は、全てメインサーバーに重なっている仮想サーバーの中だけだ 』

 

確かに、あのメールにはそう書かれてあった事を思い出し、ゆっくりと頭を振る。

いまだに信じられないが、今の自分は何らかの強制を受けている事だけは、間違いない事が理解出来た。

もう一度、きちんとメールの内容を確認するべく自分のサーバーへと戻ったアルベドは、デミウルゴスから送られてきたのはメールだけではなく、他にも添付されている物がある事に気が付いた。

「一体何か?」と改めて確認すれば、添付されていたのは動画ファイルだと判って。

正直、デミウルゴスから送られてきた画像データと言う時点でかなり嫌な予感がするものの、この状況下では内容を見ておかないと情報が足りなさ過ぎる事を理解しているアルベドは、仕方がなくその画像データを再生し……絶句する羽目になった。

それも当然だろう。

 

動画に映っていたのは、自分の主であり父であるタブラ様が、ギルメンたちの前で土下座してアルベドの事に関して詫びを入れている画像が音声付きで映し出されていたのだから。

 

どことなく憔悴した口調で、自分の事を語りながら詫びるタブラ様の姿が動画として再生されていると言う状況を前に、アルベドは呆然とするしかない。

こんな風に、ギルメン全員の前でタブラ様が土下座して詫びる様な状況になった理由が、この時のアルベドには判らなかったからだ。

どう考えても、自分がした悪戯でそこまでする必要はない筈だと彼女自身は思っていたからこそ、画像データを握り潰しそうになった所で、ハッと一つの事を思い出した。

 

先程のメールの中に、もう一つ気になる事が掛かれていなかっただろうか?

 

『だが……流石に今回、君が私の端末にした悪戯は容認しかねると言っていいだろう。

君が行った、実にくだらない悪戯のせいで、現在進行形で私の主であるウルベルト様は【リアル】で職を失い、最悪の場合は自身の死を覚悟されているのだから。

私だけしか影響が出ないなら、この程度の悪戯など笑って受け流しただろう。

だが、君の悪戯が原因でウルベルト様に多大な被害を与えた時点で、私は君の事を到底許す事が出来ない。』

 

その事を思い出した所で、アルベドが急いでもう一度メールを広げて確認してみれば、そこに書かれていた内容は一字一句間違っていなくて。

どこをどう読んでも、怒り狂うデミウルゴスの姿しか思い浮かばない内容に、ハッと彼女の頭の中に浮かんだのは、普段は滅多に無い早朝のメール配達の時の事だった。

確かにあの時、アルベドはデミウルゴスの端末へと悪戯をしている。

それを実行する前、そう……彼のサーバーに訪れた際に、セキュリティシステムに焼かれないギリギリの位置で、何とか彼のサーバーに張り付こうとしているウィルスの存在を視界の端で確認したのに、だ。

 

あの時、自分は何を考えていた?

 

〘 もしかしたら、データを並び替えている最中にほんの一瞬だけ小さなセキュリティホールが発生するかもしれないが、これだけ強固で分厚いセキュリティシステムがあるなら、すぐにフォローしてそれも消えてなくなる筈 〙

 

そう……あの時の自分は、デミウルゴスの端末への悪戯をしながら、そう高を括ったのだ。

仮に、アルベドの行動で小さなセキュリティホールが発生したとしても、それが発生したままずっと存在し続けるのなら問題だが、すぐに消えてしまうなら大丈夫だ、と。

そもそも、デミウルゴスの……ウルベルト様のサーバーは、幾重にもセキュリティに護られた場所にある。

復活したセキュリティシステムが、万が一ウィルスが入って来ていてもすぐに焼いてしまうだろうと高を括り、何食わぬ顔でサクサク自分のサーバーへ戻ったではないか。

 

帰りには、サーバーの境界線ギリギリにいたウィルスを、行きと同じ様に視界の端に移さなかった事に、何の異常も感じずに、だ。

 

「あ……あぁぁぁぁぁあっっ!!」

 

一つ思い出してしまえば、後はデミウルゴスの……ウルベルト様のサーバーで、一体何が起きたのか想像する事など、アルベドにはいとも簡単な話だった。

あの時、サーバーの境界線でアルベドは視界の端にその存在を認めながら、〖デミウルゴスのセキュリティなら、あの程度のなら侵入出来る筈がない〗と、気にも留めていなかったあのウィルスが、自分のした悪戯によって発生したセキュリティホールから侵入し、セキュリティが回復する前にデータを荒して行ったのだろう。

その後に、ウィルスに荒された状況をメールの配達から戻ったデミウルゴスが確認し、どうしてこうなったのか原因を探った結果、端末に触れた自分に行き当たったのだ。

 

最悪なのは、このウィルス侵入によってウルベルト様が【リアル】で職を失うと言う事態に発展し、死すら覚悟する必要がある事なのだと、メールペットのデミウルゴスが理解する程の状況に陥っている事だろうか?

 

この状況に陥った原因を考えてみれば、間違いなく自分の悪戯から発生している事であり、それに激怒したデミウルゴスがアルベドへの報復を考えてもおかしくはない。

むしろ、自分だって同じ様な事をされてタブラ様がそんな状況になってしまったとしたら、絶対に黙ってなどいられないのだから、デミウルゴスのこの反応は正当なものだと、頭の中の理性的な部分で理解出来てしまう。

それと同時に、どうしてあの動画の中でタブラ様がギルメンたちに対して土下座する羽目になったのかと言う理由まで、アルベドは理解出来てしまった。

 

〘 お父様は、自分が今までメールペットたちや他の方々を相手にして、行ってきただろうそれまでの積もり積もった問題行動を詫びる為に、あんな風に土下座していたのだ 〙

 

と言う事が。

その瞬間、今までの自分の行動を振り返ったアルベドが感じた絶望感は、血の気が引くなんて可愛いものじゃなかった。

ガタガタと身体の芯から震えて、どうしても止められない。

今度こそ、お父様に愛されなくなってしまうのではないだろうかと思うだけで、このまま消えてしまいたくなるほど恐ろしくて仕方がなかった。

 

アルベドは、ただ自分の主であるお父様からの愛が欲しかっただけなに、どうしてこんな事になってしまったのだろうか。

 

もちろん、最初の頃はお父様から愛されてないなんて思っていなかった。

余り触れ合う事もなければ、お声を掛けて下さる事も無かったけれど、それでも自分の事を愛してくれているから大切にされていると、本当に思っていたのだ。

お声を掛けて下さらなかった理由は、つい一月ちょっと前に判明したし、それから沢山のお手紙をいただいているから、今はそれほど気にはしていない。

だけど、あの頃は他のメールペットとその主である方々との接し方と、自分とお父様との接し方を比べて見たら、全然違っているのを知ってしまった事で、気付けば私の中にあった嫉妬と羨望の念を掻き立てて堪らなかった。

 

〘 どうして、お父様は私にあんな風に優しく声を掛けて抱き締めてくれないの? 〙

 

そんな思いを抱えながら、自分からその理由を聞く勇気はとてもなくて。

心の底から、お父様の事を慕っていたからこそ、もしお父様の自分に接する態度が他の方がメールペットとの接し方が違う理由が、「彼らの様にアルベドの事を愛していないからだ」とでも言われてしまったらと思うと、とても怖くて聞けない。

だから、アルベドはこう思う事にした。

 

〘 お父様は、他の方々の様にベタベタと接しなくても、ちゃんとお父様なりに自分の事を愛してくれている 〙

 

事実、全くアルベドの事を気に掛けていない訳ではない。

忙しいのか、一緒に居られる時間は余り多い方ではないけれど、それでも自分が学んだり見たりした事に関して、どんな風に感じたのかを話していると、静かに耳を傾けつつたまに頷いて相槌を入れてくれて、最後には優しく頭を撫でてくれていた。

だけど、どうしてもお父様の声を直接聞いたり抱き締めたりして貰えない寂しさが、アルベドの心の奥底で積み重なっていく。

 

そんな寂しさを抱いていた彼女の行動が、変な方向へと向かい始めたきっかけは、実に些細なものだった。

 

最初は、お父様へのメールを運んで来ただろう相手に対して、ちょっとした嫌味だったのだ。

一体誰が相手だったのか、軽い嫌味など沢山口にしているアルベドはすっかりと忘れてしまっているけれど、それでもその相手がきっかけだった事だけは覚えている。

彼女は、初めて沢山のメールを預かった事ですっかりと慌ててしまい、メールペットたちの間で決められていたノックのルールを守らなかったのだ。

アルベドとしては、ただマナーがなっていないと言いたかっただけなので、その場は軽い注意だけで済んだのだが……数時間後、お父様の返事を持ってその相手の所へ向かった時に、それを相手の主に告げた時の〖こっそり隠そうとしていた、自分の失態を主にばらされた〗彼女の苦痛に歪んだ顔と、〖失敗を隠そうとしていた事を良く教えてくれた〗と彼女の主が自分の頭を撫でながら褒めてくれた事を、今でも良く覚えている。

 

アルベドが、ついそんな風に褒められた事が嬉しくて、相手の主の腕に抱き付いて甘えた途端、押し付けられた胸の感触に思わず相好を崩したのも。

 

そんな彼の態度から、今の自分の行動が始まったのだが……それを今更言った所で、意味はないだろう。

相手だって、多分自分がそんな行動をした事すら覚えていない筈だ。

それ位、相手側からすれば細やかな事でしかなかった筈だった事を、アルベドが変な思い込みをしてしまっただけ。

 

そう……ただあの時褒められた事が嬉しかったと言う感情から、彼女が勝手に余計な事を学習してしまっただけなのだから。

 

「……私はただ、ちょっとだけ困ったデミウルゴスの顔が見たかっただけなのに……

まさか、ウルベルト様がそんな状況になるなんて思っていなくて……私、ウルベルト様に対して、なんて事をしてしまったのかしら……」

 

少なくても、お父様があんな風に土下座して謝る様な状況になったと言う事は、本当にウルベルト様が置かれている状況は良くないのだろう。

それを考えるだけで、アルベドの心の奥が酷く痛む。

彼女としては、普段から意識してなのかそれとも無意識なのかはさておき、アルベドに対して〘 自分は主に一番愛されている 〙のだと、これ見よがしに自慢してくるメールペットたちが、酷く妬ましかった。

だから、彼らがちょっとだけ困る状況になればいいとは思っても、その主である方々に対して迷惑を掛けるつもりは欠片もなかったのだ。

そう言う意味で考えるなら、ウルベルト様に多大な迷惑を掛けてしまった時点で、現在自分の置かれている状況は妥当だと思えるものの、それでも突然一人きり隔離されてしまったのだと理解してしまうと、酷く心が寒くて仕方がない。

胸の痛みと共に、ホロホロと涙が零れ落ちるままその場に座り込んでしまったアルベドの側へ、ふわりと何かが落ちてくる。

 

どこか、ぼんやりとした様子でそちらに視線を向ければ、それはいつもお父様がアルベドへの手紙を送る際に使用している封筒だった。

 

それに気付いた途端、アルベドはハッと我に返ってそれと手に取ると、急いで封筒の封を開ける。

すると、その中には彼女の予想通り、何枚もの便箋にびっしりと文字が綴られている、お父様からの手紙が入っていた。

一体何が書かれているのか、戦々恐々としながらゆっくりと目を通せば、そこに書かれていたのは現在のアルベドの状況の説明と、彼女へのお父様の気持ちが便箋に余す事無く書き込まれていて。

 

そこに書かれていたのは、普段の手紙には語られる事が余りない、お父様のアルベドへの愛しさを隠す事ない気持ちが、切々と語られていた。

この手紙の内容を読むだけで、アルベドが前から想像していた通り、お父様は彼女に対する自分の気持ちを行動で示す事が苦手だっただけで、本当は愛してくれていた事が良く判る。

特に、いつここから元の場所に戻れるか判らない自分に対して、〖いつまでも、お前が帰ってくるのを待っているよ、私の愛しい娘〗と書かれていた所を読んだ途端、アルベドの涙はますます溢れて止まらなくなった。

 

「お父様……おとうさま……お父様ぁぁぁ!!」

 

なんとも言えない悲痛な声で、その場で今までの自分の行動を嘆くアルベドを宥める者は居ない。

当然の話だ。

今の彼女の側には、誰一人存在していないのだから。

そんな事になった原因は、全て今までの自分の行動のせいだと解るから、ただ嘆くしか出来ない。

 

ただひたすら、泣いて、哭いて、泣いて……

 

床に顔を伏す様な姿で、お父様の事を信じ切れなかった自分の愚かさにボロボロと涙を流すアルベドの元に、再び一通の手紙が降ってくる。

今度は、彼女の頭の上にそっと落ちてきた封筒は、どこか温かみを感じるもので。

ふわりと頭に触れたそれは、まるで頭を撫でる時に壊れ物を扱うかの様に、そっとお父様が撫でる時と同じ様な感覚を覚えて、慌てて手紙を手に取った。

 

『アルベドへ

 

これからの事だけれど、お前には今まで通りにメール配達を続けて貰う事になったけど、お願い出来るだろうか?

配達先には、それぞれ不在時に受け取る為のメールポストが設置されているから、そこに配達してくれるかい?

多分、それぞれの場所へメールを配達する度に、お前はそこに居るメールペットと主が仲良くする姿を見る事になるだろう。

それによって、お前が辛く寂しい思いをする事も判っている。

だが……それでも、このままその仮想サーバーの中で一人何もしないで籠っているよりは、お前の気が紛れると、私は思うんだ。

主に頼まれてメールを運ぶ事は、メールペットとしての本分にも関わる事だからね。

もしかしたら、仮想サーバーの中に居るお前の存在に気付かない事によって、彼らの別の顔を見る事が出来るかもしれない。

出来れば、それがお前にとって成長の糧になる事を祈っているよ。

お前が成長して、彼らから許されるのを何時までもずっと待っている。

だから、何があってもちゃんと私の元へと帰っておいで、私の可愛い娘。

これからも、毎日お前にこうして手紙を必ず書くから、心折れる事なく帰ってきて欲しい。

私の可愛い娘のお前が、無事に戻る事を祈っている。

愛しい私の娘、アルベドへ

 

            タブラ・スマラグディナ』

 

 

あふれる涙を抑えつつ、二通目の手紙を読み終えたアルベドは、漸く覚悟を決めた。

やっと、自分がお父様からちゃんと愛されている事を理解出来たのだ。

それなのに、このままお父様の元の場所へ帰る事を諦めたくは無かった。

 

「……えぇ、そうよね。

お父様は、私が帰ってくる事を信じて待って下さっている。

それなのに、私の方が諦めてしまったら、お父様に申し訳なくて顔向け出来ないわ……」

 

一度そう決めれば、こんな所で泣いてなどいられないだろう。

油断すると、すぐに溢れそうになる涙をグッと堪え、手持ちのハンカチで涙を拭い取るとアルベドは大きく深呼吸をした。

まずは、この仮想サーバーの事を自分なりに把握する必要があるだろう。

どうすれば、自分が元の場所に戻れるのかを探す為には、まだまだ情報が足りなかった。

手元にある手掛かりは、今の時点では三通の手紙だけ。

最初のデミウルゴスからの手紙と、お父様からいただいた二度の手紙を読んでから考えるなら、間違いなく自分が元の場所に戻る為の手段はあると考えていい。

その鍵は、「自分が成長する事」なのだと言う事も察している。

今は、それが何を意味するのかまだ解らないけれど、必要な事だけはちゃんと理解出来た。

だから……

 

「……待っていて下さいね、お父様。

アルベドは、必ずお父様の元へ戻れる様になってみせますから……」

 

そう心に誓う彼女は、決意に満ちていた。

まだ、それが実際にはどれだけ辛い事なのか、理解していなかったから。

 




話が長くなり過ぎたので、前後編に分けます。
タイトルの後半部分に関しては、後編で出て来ます。
本来、一話分の内容としてのタイトルなので、ご了承ください。
という訳で、アルベド側から見たギルド会議の最中から終わった後に彼女の身に起きた話になります。
今まで、他のメールペットの視点でしか語られていなかった、彼女の行動の原点にも触れています。
そう……今までの彼女の行動に関しては、ただ一方的に彼女だけが悪かった訳じゃないと言う。


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仮想サーバーへ落とされたアルベドと、小さな一つの出会い 後編

前回の続きになります。
仮想サーバーに落とされて、二週間後に起きた一つの出会いは、アルベドに何をもたらすのか。


あの決意から、二週間が過ぎようとしていた。

 

それを「たった二週間」と取るか、それとも「もう二週間」と取るかと言われると、人によってその意見は分かれるだろう。

こればかりは、その時の状況にもよるので一概には言えない。

現在のアルベドは、どちらか問われるなら後者の心境だった。

 

正直、デミウルゴスの予想よりも短時間で、彼女の心はすっかりと直面した現実に打ちのめされ、萎れ切っていると言っていいだろう。

 

最初こそ、お父様との再会を誓った事を思い出す事で心を奮い立たせ、彼女は自分の状況に必死に耐えていたのだ。

だけど、その気持ちを何時までも維持し続けるのは、かなり難しかったのである。

冷静になって考えてみれば、彼女の置かれている状況はかなり酷いものだと言っていい。

他人の姿は見えるし声も聞こえるのに、その相手と話す事はもちろん触れる事も出来なければ、自分の存在を認識して貰う事すら出来ないのだ。

これは、あれ程までに慕うお父様も同じ状況で。

それによって、最初から存在しないものとして扱われると言う現実の辛さを、彼女は漸く理解したのである。

 

仮想サーバーに隔離される事の意味を、自分自身の身で嫌と言う程味わう事になったアルベドの心は、たった十日で折れそうな程に弱り切っていたのだ。

 

そんな風に、どんなに心が折れそうな程に弱っていても、お父様から「申し訳ないが、ここへメールの配達を頼めるだろうか」と言う手紙と共にメールを託されれば、アルベドはそれを届けに行かない訳にはいかなかった。

アルベドの中にある、【メールペットとしての最後の矜持】が、自分の任されている仕事の放棄をすると言う判断を許せなかったからだ。

手紙を配達に向かい、仲良く過ごす仲間とその主の姿を見るだけで、ますます心が追い詰められていくのも承知していたが、それでもお父様からの期待だけは裏切りたくない。

たった一つ、その思いだけを心の支えにして、アルベドは己を奮い立たせる。

それに……お父様はアルベドの姿を見る事が出来ないものの、全く彼女の存在の事を考えていない訳ではない。

むしろ、彼女の事を考えて色々なものを用意したり、何があっても彼女への手紙を欠かさず毎日同じ場所へ置いてくれたりするので、少しだけそれに心を慰められていると言っていいだろう。

どうやら、お父様と一緒に過ごすアルベドのサーバー内は、触れ合う事が出来なくてもお父様側からものを贈る事は出来るらしく、お父様からアルベドの為にと思いの込められた品々が用意されれば、それをアルベドが受け取る事は出来た。

まぁ、彼女自身の食事等の問題があるから、その辺りは仮想サーバー内でもきちんと対応していると言う事なのだろう。

 

「……今日は……ウルベルト様の所へのお手紙なのね……」

 

この状況になって、初めてメールを届けに行く事になった宛先を見て、思わずそう声を漏らしていた。

アルベドの引き起こした一件で、ウルベルト様は【リアル】での引っ越しやら回線の移動やら、とにかく何かと立て込んでいたらしく、お父様自身はメールを出すのを差し控えていたらしい。

今回の事で、ギルメンやメールペットたちが毎日提出を義務付けられていたらしいレポートも、ナザリックでウルベルト様と会う時に手渡すか、リアルで必ず毎日会う建御雷様に託して一緒に送って貰っていたのだと、アルベドに配達を頼む為の手紙には書かれていた。

そんな風に今まで対処していたらしい、ウルベルト様宛のメールを二週間ぶりに手にしたアルベドは、酷く緊張していたと言っていいだろう。

 

今、自分の手元にあるメールを届ける相手がウルベルト様だと思う度、自分が犯したあの失態を思い出してしまうからだ。

 

それでも、一度お父様からこうしてメール

を預かった時点で、アルベドには届ける以外に選択肢はない。

このメールは、お父様が毎日ウルベルト様に提出する必要があるレポートであり、自分の為に毎日苦労して作成して下さっているものである。

そんなお父様の努力を、自分が尻込みして台無しにするなんて事は、アルベドにはとても出来なかった。

何度か深呼吸し、油断すると震えそうになる自分の心と身体を落ち着けてから、アルベドはいつもの様に配達へと向かった。

 

そこで、思わぬ出会いをするとは思わずに。

 

*****

 

メールを配達する為に、ゆっくりとした足取りでアルベドがデミウルゴスのサーバーを目指す途中で、彼のサーバーから出て来たのだろうナーベラルの姿を見かけた。

多分、自分と同じ様にウルベルト様宛にレポート付きのメールの配達に行った、その帰りなのだろう。

特に避ける事なく、彼女の横を丁度すれ違う様に移動するが、やはりナーベラルがアルベドの存在に気付く様子はない。

 

既に、同じ事をこの二週間の間に何回も、何十回も繰り返しているので、もう今更だったが。

 

それでも、誰かとこうして顔を合わせる度に、自分の姿も声も存在すらも誰にも認識されないのだと思い知らされて、アルベドの心は確実に削られていた。

普段の生活ですら、自分が置かれている現実を突き付けられる事によって、苦しくて悲しくて身も心も疲れ果ててしまいそうになる。

今日もまた、ナーベラルとすれ違った事で同じ気持ちになり掛けたのを、何とか堪えてデミウルゴスの部屋まで辿り着くと、いつもの様にマナーを守ってドアを三回ノックした。

幾ら、誰も聞いていないと判っていても、マナーを守らずに行動するなど、 お父様の娘としての矜持が許さなかったから。

すると、アルベドがこの状況になって以来、あり得なかった事が起きたのだ。

 

そう……例えマナーを守ってノックしても、誰も出迎えてくれる筈がなかった部屋のドアが、ゆっくりと開いたのである。

 

驚くアルベドの心を他所に、普段はアルベドが自分で開けなければ開く事がないドアからひょっこりと覗いた姿は、小さな仔犬の少女だった。

それこそ、メールペットの中でも最年少であるアウラやマーレよりも小さな、可愛らしいトイプードルの耳と尻尾が付いた、まだ幼い少女。

 

見た感じだと、大体五歳くらいの年齢になるのだが……こんな少女が、デミウルゴスとウルベルト様のサーバーに居ただろうか?

 

つい、初めて見る仔犬の少女の存在にアルベドは首を傾げたものの、もしかしたら新しく開発中のメールペット用のAIを、ウルベルト様がヘロヘロ様から預かっているのか、テスト的にお互いの間でお使いに出す練習をしているだけなのかもしれない。

そんな風に、アルベドは自分を納得させると、彼女の為に道を譲った。

もし、何かのテストとして動作確認も込めてウルベルト様とヘロヘロ様の間を行き来している存在なら、先程アルベドがノックした後にドアが開いたのは、彼女がたまたま外に出るタイミングと重なっただけなのだろう。

 

幾ら、自分が相手から見えなくて認識されない存在だと言っても、身体を突き抜ける様に通り抜けられるのは気持ちが良くなかったから。

 

そんな思いから、アルベドがドアの前から横に避けた途端、少女は少しだけ驚いた顔をしながらこちらを見上げたのだ。

すぐにちょっとだけ不思議そうに首を傾げ、暫く後に何かに気付いた様子で軽く手を叩くと、コクコクと何度か頷く。

そして、もう一度アルベドの方を向いたかと思うと、そのまま顔を見上げる姿勢でこう言ったのである。

 

「おねえちゃん、みぃがおそとにでるとおもったんだよね?

みぃね、おそとにでるんじゃなくて、ノックのがしたからおきゃくさんをむかえにきたの!

さんかいノックするおとがしたら、おきゃくさんがきたあいずだって、パパからおしえてもらったんだもん。

いらっしゃい、すっごくきれいなおねえちゃん!!

はじめまして、あたしみぃです!」

 

パッと、まるで花が咲く様な可愛らしい笑顔をアルベドに向けながら、にっこりと笑う少女。

彼女が口にした言葉を聞いた途端、アルベドは思わずその場にへたり込んでいた。

だって、本当に驚いたのだ。

 

〘 二週間前、この仮想サーバーへ落とされてから、今まで私の事を認識した者は誰も居なかった筈なのに、この少女は私の事を間違いなく認識してくれているんだわ…… 〙

 

そう思っただけで、アルベドの中で今までピンと張り詰めていた気持ちが緩んでしまい、涙が溢れて来て止まらなかった。

自分の事を、ただ認識して貰えると理解しただけで、これ程嬉しくて涙が出るとは思わなかったのだ。

アルベドが座り込んで泣き出した途端、みぃと名乗った少女は慌てた様子で側に近付いてくると、そのまま小さな可愛い手をアルベドの頬へと伸ばす。

 

だが……その手がアルベドに触れる事はなかった。

 

スッと、彼女の手はアルベドの頬に触れる事無くすり抜けてしまったからだ。

自分の姿が見える分、「もしかしたら、触れる事も出来るのでは?」と期待していた部分が外れてしまった事で、アルベドの涙は更に溢れ出てくるのだが、少女の方はその理由が判らないからか何度も触れようとしては、手がすり抜ける事に腹を立てて、とうとう頬を膨らませていた。

 

「ねぇ、どうして!

どうして、このおねえちゃんにさわれないのぉ!!

ルーおねぇちゃん、どおして!?」

 

ぷっくりと膨らませた頬のまま、クルリとアルベドに背を向けると部屋の中へと呼び掛けた。

どうやら、この少女の他にも別に誰かいるらしい。

少なくても、アルベドが聞いた事が無い名前が少女の口から出た事に驚くよりも先に、部屋の中から一人の人物が姿を現す。

それは、アルベドが二週間位ぶりにその姿を見る、ウルベルト様だった。

 

「……みぃちゃん、みいちゃん。

いつも言うが、俺をお姉ちゃんと呼ぶのは止めなさい。

そもそも、俺はお姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃんだって言っているだろう?

後もう一つ、みいちゃんには俺の事は〖ルー先生〗って呼んで欲しいとお願いしている筈だけど、みぃちゃんは忘れちゃったのかな?」

 

少女の前で膝を付き、真っすぐに目を見ながらウルベルト様が咎める様にそう言うと、少女は〖忘れていた!〗と言う顔をしつつ、素直にぺこりと頭を下げた。

素直に謝罪した少女に、ウルベルト様は頭に手を伸ばし軽くかき混ぜる様に頭を撫でてやる。

ちょっとだけ乱暴でありながら、優しさを込めた手付きで頭を撫でられた事で、少女はどこか嬉しそうの顔をほころばせると、少女は改めてウルベルト様の着ていた服の袖を掴んでから、改めてこちらへと向き直った。

 

「ねぇ、ルーせんせ。

あそこにいるきれいなおねえちゃんに、みぃ、さわれなかったの。

いっぱいないているから、おかおをふいてあげたかったのに!

どうして、あのおねぇちゃんに、みぃはさわれないの?」

 

コテン、と首を傾げながら尋ねる少女の言葉に、同じ様にこちらに視線を向けていたウルベルト様は、とても驚いた様に目を見開いた。

多分、この少女が口にした内容が、ウルベルト様にとって予想外だったのだろう。

暫くこちらをじっと見た後、少女に向き直ると静かに問い掛けていた。

 

「……みいちゃん、あそこに綺麗な女の人がいるんだね?

先生には、見る事も出来ないんだけど……どんな格好をしているのか、先生に教えてくれないな?」

 

優しく、ゆっくりとした口調で確認する様にウルベルトが柔らかく問い掛けると、少女はウルベルト様が判らないのに自分だけが判ると言う状況が嬉しいのか、それは元気よく頷くとこちらを見た。

どうやら、彼女なりにアルベドの姿を出来るだけ正確に伝えようと考えたらしい。

ニコニコと笑いながら、自分が見ているアルベドの特徴を一つずつ挙げる様に答え始めた。

 

「かみがくろくて、ルーせんせよりもすっごくながくてね、キンキラなおめめとまっしろなドレスをきてるの!

あとね、あとね、ここにくろいはねがあってね、あたまにるーせんせいとはちがうおつのがあるの!

とってもきれいなおねえちゃんが、みぃがおちゃわんもつてのにほうにたっているんだよ、ルーせんせ!」

 

全身を使って、髪の長さや羽根のある位置などはもちろん、〖お茶碗を持つ手〗と言う際には左手を挙げてアルベドが居る方向まで、はっきりと自分なりの表現で答える少女の言葉を聞いて、ウルベルト様は何かを考える素振りをする。

少女によって、自分がこの場に居る事がウルベルト様に伝わった事で、実際にその事をどう思われるのか、アルベドは気が気ではなかったのだが……ウルベルト様の反応は、実にあっさりとしたものだった。

もう一度、今度は優しく少女の頭を撫でながら彼女に対して礼を言ったかと思うと、少女の事をするりと抱き上げえる。

そして、アルベドの方へと視線を向けたかと思うと、ほんの少しだけ目を細めながら口を開いた。

 

「やっぱり、俺にはどこにいるのか見えないが……それでも、そこに居るならついておいで。

今日提出分の、タブラさんのレポート付きメールを運んで来てくれたんだろう?

丁度、今はデミウルゴスにはメールの配達を頼んでいて居ないから、アルベドも色々な意味で気兼ねしなくて済むだろうし。

そうそう、この子はたっちさんのお嬢さんのみぃちゃんだ。

俺が家庭教師として、昼間は世話していてね。

今日も、電脳空間での学習をする為にここに招いている所だったんだ。」

 

くしゃくしゃっと、もう一度少女の頭を優しく撫でながらそう言うと、ウルベルト様は今度は少女に向けて視線を向ける。

そして、アルベドの居ると少女から教えらえた方向を指し示しながら、少女に対して説明を始めた。

 

「……みぃちゃん、あのお姉ちゃんの名前はアルベドと言うんだよ。

ちょっとだけ事情があって、今は他の皆みたいに俺やデミウルゴス、みぃちゃんのパパやセバスたち仲間と、触れ合ったり姿を見たりお話したりする事が出来ないんだ。

もし、みいちゃんが本当にお姉ちゃんの姿が見えてお話しする事が出来るなら、みいちゃんがいてデミウルゴスがいない時にお姉ちゃんが来たら、俺に教えてくれないかな?

他の皆みたいに、折角メールの配達をしに来てくれてるのに、他のメールペットたちの様におもてなし出来ないのは悲しいからね。

ただし、この事はデミウルゴスやセバスと言った他のみぃちゃんのお友達やパパには、暫く内緒だよ?

みぃちゃんと先生だけの、ちょっとだけ内緒のお約束だ。

ちゃんとお約束出来るなら、もうちょっとだけみぃちゃんがここに来られる様に、パパに頼んであげるからね。」

 

「どうする?」とウルベルト様が、少女に対して悪戯っぽい笑みを浮かべながら尋ねる。

そんなウルベルト様の言葉に、〖内緒のお約束〗と言う部分に強く反応して、きゃらきゃらと楽しそうに笑みを浮かべながら頷く少女。

二人のやり取りに、思わず頭が付いて行かないまま呆然と佇むアルベドに対して、見えていない筈なのにまるでそれを察したかの様にウルベルト様はこちらを振り向くと、ニッと笑みを浮かべた。

 

「……まぁ、今回の一件では俺自身も色々と大変だったのは確かだよ。

事情が判明した時は、本気で後先構わず死にたくなった位だから、本当に大変だったのは間違いないんだけど、な。

多分、デミウルゴスが聞いたら甘いと言うんだろうが……どう考えても、悪いのはウィルスを送り付けてきたあの馬鹿であって、今回の引き金を引いた形になったお前に対しては、俺はデミウルゴスたち程怒っていないんだぞ、アルベド。

正直言って、ちょっとだけ悪戯をする場所とタイミングが悪かったのは間違いないが、今のお前の置かれている状況を思えば、うちのデミウルゴスも報復としてはやり過ぎの様な気もするし。」

 

そこで言葉を切ると、ウルベルト様は片手で少女を抱えたまま片手で自分の顎髭を軽く撫でる。

状況が判らないからか、大人しく腕の中に納まっている少女に一度視線を向けた後、更に顎髭を撫で。

暫くそうして顎髭を撫でる事で、ゆっくりと自分の中で言葉を纏めたのか、ウルベルト様は再び口を開いた。

 

「……だから、なぁ、アルベド。

みぃちゃんが、お前の姿が見えてる状態なのはデミウルゴスたちに内緒にしてやるから、出来ればタブラさんのメールを持ってきてちょっとだけここで少しだけお茶を飲んで休んでいくといい。

いつもこの時間帯なら、デミウルゴスはメールの配達で居ないからな。

そうだな……せめて、何にも知らない彼女と話す位の時間は、お前に与えてやっても良いと思うんだよ、俺は。

嫌なら、タブラさんのメールを置いて帰っても構わない。

とにかく……まずは一旦中に入って、ボックスの中にメールを届けてくれないか、アルベド。

俺は、中でお茶の準備をして待っていてやるから。」

 

それだけ言うと、腕の中に少女を抱えたままアルベドへ背中を向け、自分の部屋の中へとゆっくりとした足取りで戻って行く。

本来なら、例えウルベルト様に見えないとしても、こうして自分がこの場に来ている事を知られた時点で、アルベドはあの一件について改めてウルベルト様本人からの叱責を受けても仕方がない立場だ。

それなのに、こんな風に優しく声を掛けられてしまったのだから、もう色々な意味で堪らなくなったアルベドは、大量の涙を流しながらその場に蹲り掛け。

このまま、ここで自分を抑えられずに泣き続ければ、折角招き入れてくれたウルベルト様への失礼になると何とか思い止まると、涙で視界が曇るのを何とか堪えながら部屋の中へと入って行ったのだった。

 




という訳で、後編になります。
前回の話と合わせると約一万七千字……!
やっぱり、前後編に分けて良かったと思います。

さて……漸く、アルベド騒動の決着まで残すところあと一話になりました。
そして、この後編でやっとこの騒動におけるもう一人の重要人物と、アルベドの接触が出来ました。
彼女との接触が、アルベドにどういう変化を齎すのかが、今後の話の展開での大きな意味を持ちます。
ウルベルトさんは、それについて色々と考えてますけど、あくまでもこの話はアルベド視点であり、彼の視点ではないのでその辺りは語られていません。
どうして、アルベドの姿が彼女にだけ見えたのかとか、もちろん色々と理由がありますけど、その辺りを現時点で理解しているのはウルベルトさんだけです。

この騒動が書き終わった後に、補足の意味でウルベルトさんこのアルベド騒動後半の心境を書いた方が良いでしょうかね。


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幼い少女との交流と、今までの騒動の真相、そしてアルベドの覚醒

たっちさんの娘との交流で、少しずつ変わっていくアルベド。
全部で四つに分けられる内容でしたが、そのまま一つに纏めて投稿させて貰っておきます。



【 幼い少女とアルベドの交流 】

 

あの日、自分の姿を見る事が出来る小さな少女と出会い、ウルベルト様に赦しを得て以来、アルベドは決まった時間に彼の元へと訪れる様になっていた。

もちろん、彼女自身の勝手な判断で訪れている訳ではない。

ちゃんと父であるタブラ様のメールを預かり、その配達に向かうと言うちゃんとした理由の元に、ウルベルト様の元へと訪れていたのである。

どうやら、ウルベルト様がそれと無くお父様との間で話を付けてくれたらしく、アルベドは毎日この時間になるとお父様から提出用のレポート付きメールを預かる様になっていた。

 

正直、彼女にとってあの出会い以降、一日の中でもウルベルト様の元へ訪れるこの時間が、数少ない癒しの時間の一つになっていたと言っていいだろう。

 

もちろん、お父様から彼女の事を心配する手紙が送られてくる時間も同じ位大切な時間ではあったが、誰かの元へメールを運ぶと言う意味で、彼女が心から楽しいと思って訪れる事が出来る場所は、ウルベルト様の所だけになっていたからだ。

たった一人とは言え、自分の事を認識して話が出来る相手が出来た事で、アルベドの中で煮詰まっていた苦しさが薄らぎ、それによって彼女は次第に冷静に物事を考える事が出来る様になっていた。

確かに、自分が周囲に対して色々と迷惑を掛けて来たからこそ、アルベドは、今の自分がこうなっている事を理解している。

少なくても、デミウルゴスやウルベルト様に対して掛けた迷惑に対する罰と言う点では、ちゃんと納得していた。

 

だが……他のメールペットたちへの行動は、本当に彼女だけが悪かったのだろうか?

 

間違いなく、自分が悪かった点が多分にあったと言う事に関しては、アルベド自身も自覚している。

それでも、こんな風に〖何もかも全部アルベドが悪い〗と言わんばかりに隔離される程の事をしたのは、あくまでもウルベルト様関連だけだった様な気がするのだ。

正直、デミウルゴスから報復される事に関しては、納得して受け入れている。

アルベド自身、【デミウルゴスへの悪戯する事】を考えるばかりで、〖実際にそれを行ったらどうなるのか?〗と言う事を何も考えずに、結果的にウルベルト様に迷惑を掛ける行為をしてしまったのだから、彼が怒るのは当たり前だと思うのだ。

 

だが……他のメールペットたちに関して言えば、そこまで酷い事をしたつもりはない。

 

確かに、アルベドは一部の例外を除いて、メールペットたちに対してかなりの嫌味を言っていたと言う点は、間違いないだろう。

でも、それは全てアルベドが彼らに対して嫌味を言う前に、相手側が何らかの失敗を彼女の前でしていると言う前提があった。

そう……傍から見れば、大した事が無い様なミスであったとしてもアルベドは見逃さず、それこそ重箱の隅を突いた様に嫌味として口にしただけだ。

少なくても、彼らがアルベドのサーバーへ来た時に何らかのミスをしていなければ、自分から酷い嫌味等を口にした覚えは、アルベドにはない。

 

相手によっては、抱えている不安を煽る物言いをした記憶もあるけれど、それだって最初に不安を口にしたのは向こうの方だ。

 

最初に、アルベドに対して「自分は、こんな風に自分の主から愛されているけれど、ちょっとだけ自信が無い」的な、自分が愛されている事をさも自慢する様な前振りをしたから、〘 お望みとあらば 〙と言う思考の元、出来るだけ本人の不安を煽る様に、相手が抱えているだろう問題点を言葉にして幾つも連ねてやっただけに過ぎなかった。

そもそも、彼らの主に対して抱き付いていたのだって、そうすれば殆どの方々が喜んで下さっているのを、アルベド自身が触れ合った肌で感じたから、もっと喜んで欲しくてわざとやっていたに過ぎない。

何より、アルベドが抱き付いた事によって主が鼻の下を伸ばす姿を前に、彼らがギリギリと苛立つのが楽しかっただけなのだ。

 

自分が、ちゃんと主から愛されている自信があるなら、別にアルベドが彼らの主に対して抱き付いた位で、そんな風に苛立つ必要などないと思うのは、そんなに間違った考え方だろうか?

 

そもそも、だ。

アルベドの行動を、メールペットたちの主の中でまともに「駄目だ」と注意した方は誰も居ない。

つまり、彼女に抱き付かれて本当に迷惑だと思った相手は、彼らの中に居ないのである。

数少ない例外として、抱き付く対象としていなかった恐怖公の主のるし☆ふぁー様からは、どこか心配した様子で「程々にしておかないと、後で痛い目を見るのはアルベドだと思うけどなぁ」という忠告めいた言葉は何度か頂いたが、それ以外はどなたも何も言わなかった。

 

そう……誰も、何も言わなかったのだ。

 

アルベドだって、馬鹿じゃない。

主たちの中でも女性だと判っている、ぶくぶく茶釜様ややまいこ様、餡子ろもっちもち様に対しては、抱き付くなどの行動はしていなかった。

そっと彼女たちの側によって、頭を撫でて欲しそうな顔で見上げたりはしたけれど、本当にそれ位しかしていないのだ。

 

アルベドがそんな態度を見せるだけで、彼女たちは「本当に可愛いねぇ!」と言いながら頭を撫でてくれたから。

 

大体、やまいこ様のユリはしっかり者で、一度嫌味交じりに注意をすればすぐにミスをしなくなっていたし、割と普通に話す事が出来る友人的な位置にいたんじゃないかと、アルベドなりに思っている。

餡子ろもっちもち様のエクレアは、あれで細かい所まで気付いて気配りが出来るタイプだったから、それ程嫌味交じりの注意だって言った事はない。

この三人の中で、唯一メールペットを二体持つと言う特殊ケースである、ぶくぶく茶釜様の所のアウラとマーレだって、アウラはそれ程問題なく接していた筈だ。

マーレに関しては、ちょっとだけ強い口調で嫌味交じりの注意をしただけで、まるで火が付いた様に泣き出してしまったから、それこそアルベドの方が面食らった位である。

 

正直、あの時のマーレに対しては、〘 男の子としてもっと自覚を持ってしっかりとして欲しい 〙とそう思ってしまったのだが、アルベドの考えは間違いだったのだろうか?

 

こうして、改めて自分の行動を振り返ってみると、確かにアルベドは色々とメールペットたちを泣かせる様な言動が多かっただろう。

だが、彼女がそんな行動をするその発端となったのは、大半の場合は自分たちがアルベドの元にメールを配達しに来た際に、ちょっとしたミスをするから小言を言われるのだと、彼らは理解しているのだろうか?

それを、「外でのミスだし、主は知らないから」と、彼らが自分の失敗を主に隠そうとするのを知っているから、アルベドは返信のメールを渡す際に抱き付いて、甘えながらそれを報告していただけだと言う事にも。

 

もちろん、他のメールペットたちが殆どミスをしなくなった後も、何かにつけて彼らに対して嫌味を言ったり、彼らの主に抱き付きながらメールを渡したりするのを止めなかったのは、アルベド側に非があるだろう。

 

これに関しては、色々と反省すべき点だと彼女も思っている。

〘 小さな少女に言っても 〙と思いつつ、それでも自分の話を聞けるのは彼女だけなので、気付けばアルベドは彼女にこの事を打ち明けていた。

出来るだけ嚙み砕いたアルベドの話を聞いた途端、彼女は両手で頬を挟んだ姿でうんうんと唸り始める。

どうやら、彼女は自分なりに答えを考えてくれているらしい。

今、彼女が座っているのは、ソファに座ったウルベルト様のお膝の上と言う、ある意味どちらに対しても羨ましいと思える場所だった。

その向かい側に座ったアルベドが、静かに彼女が答えを出すのを待っていると、漸く自分なりに言葉を纏める事が出来たのか、改めてアルベドの顔を見るとみぃちゃんは口を開く。

 

「……んとね、みぃにはちょっとよくわかんない。

アルベドおねぇちゃんが、いろいろとみんなにいっぱいいったのは、どうして?

それと、どうしてわるいことだとおもったのに、おねえちゃんはしてたの?

ねぇ、どうして?」

 

コテンと、首を傾げたみいちゃんから問われた内容を、ゆっくりと反芻しながらアルベドは考えた。

 

〖 自分は、どうしてメールペットたちに嫌味めいた苦言を、何度も彼女たちに対して繰り返していたのか。〗

- 自分の所でした失敗を、別の場所でもメールペットたちが繰り返してしまわない様にと、わざと嫌味交じりの言葉で叱責して、失敗したら嫌な思いをすると覚え込ませたかったから。

 

〖 どこか、不安を抱えている様な事を言うメールペットに対して、わざとその不安を煽る様な事を言って聞かせたのは、どうしてなのか。 〗

- それは、そんな事を口にしている時点で主に不満を抱いているのと同じだから、自分が不安を思い切り煽る事によって、自分の気持ちを主に素直に告げられる様になるんじゃないかと、そう考えたから。

 

〖 メールペットたちの主に、わざと彼らの前で抱き付いたりしていたのは、どうして? 〗

- 最初は、抱き付いて彼らに聞こえない様にこっそりと彼らの失態を知らせ、その事を主たちからも注意して欲しかったからと言う理由だった。

失態が無くなってからも、変わらず抱き付いてからメールを渡していたのは、そうして密着した方が、主方が喜んでいる反応が返って来たからだ。

後は、彼らが悔しそうな顔をするのが楽しかったからでもある。

 

〖 悪い事だと思いながら、それを止めなかった理由は? 〗

- 前に一度、自分が悪い子だと言う事で主の方々からお父様に話が言った途端、お父様の抱えていた問題が判明して、自分の中にあった不満の幾つかが解消されたから、もっと自分が悪い子になれば、もっとお父様が見てくれるんじゃないかと考えたから。

 

こうして、みぃちゃんに言われるまま自問自答してみれば、ちゃんとどうしてそんな事をしていたのか、素直にその理由を考える事が出来た。

今まで、曖昧なままだった思考が纏まった事で、アルベドとしてもすっきりした気分になる。

その内容を、そのまま一つずつゆっくりと彼女に判り易い言葉になる様に気を付けながら伝えてみる事にした。

こちらが思考を纏める間、彼女はずっと足をぶらぶらとさせていたらしい。

膝の上で、そんな風に好き勝手みぃちゃんが動くからか、ウルベルト様は彼女の事を落とさない事に意識を向けていた様子が伺えたから、ほぼ間違いないだろう。

割と、本気でウルベルト様は気が気じゃなかったんじゃないだろうか?

 

それこそ、油断したらうっかり膝の上から落ちた挙句、テーブルや椅子の角で頭をぶつけてしまいそうだもの、今のみいちゃんなら。

 

だが、ウルベルト様の気遣いなど考える事なく、暫く足をぶらぶらとさせていた彼女は、アルベドの話を聞き終わると、今度はウルベルト様の膝の上に両手を付き、グッと身体を前に乗り出した。

そんな彼女を、慌ててウルベルト様が両手で支えていなければ、多分そのまま頭から床に転がり落ちていたんじゃないだろうか?

実に、見ていて危なっかしい。

もし彼女が転がり落ちたとしても、自分には支えるなど触れる事が出来ないのだから、もう少し自重して欲しかった。

そんなアルベドの気持ちなど露知らず、彼女は身振り手振りで話し始める。

 

「んーっとね、アルベドおねぇちゃん、みんながだめだったのを〖だめでしょ〗っておこったんだよね?

だったら、みんなとそれをいっぱいおはなししなきゃだめって、みぃはおもうの。

おねぇちゃんが、なんで〖だめだ〗っておもったのか、それじゃみんなにわかんないと、みぃはおもうもん。

みんな、だめじゃなくなるようにおねぇちゃんがいったんだよね?

だったら、やっぱりちゃんとおはなししなきゃだめ!

おねぇちゃん、すごくやさしいのに、それがわかんないなんてだめだと、みぃはおもうの!」

 

一生懸命、自分の言葉で語ってくれるみぃちゃんの言葉が、とても嬉しい。

今まで、そんな風に言われた事なんて一度もなかったから。

改めて考えてみれば、今まで自分に向けて〖優しい〗と言う言葉が言われた事はなかったと、アルベドは思う。

どちらかと言うと、怖がられてばかりだった記憶しかない。

そんな事を考えているアルベドを他所に、更にみぃちゃんの言葉は続いていた。

 

「あとね、おねぇちゃんがこわいのいって、〖こわい〗ってないちゃったら、ごめんなさいするの。

だって、みぃもルーせんせがこわいのいうと、すぐないちゃうもん!

みぃがこわくてなくとね、ルーせんせはすぐに〖ごめんね〗っていってくれるから、みぃも〖ないてごめんなさい〗っていうの。

おねぇちゃんも、ごめんなさい、いった?」

 

んー、と口を尖らせて言うみぃちゃんの言葉を聞いて、アルベドはハッとなった。

確かに、自分は誰に対しても謝罪の言葉を口にした事がほぼ無い。

礼を失する事はない様に、普段から立ち居振る舞いに関しては、特に失敗したりしない様に気に掛けていたけれど、本当の意味で感謝の言葉や謝罪の言葉を口にした事が、今まであっただろうか?

 

何度考えても、それだけは思い出せなかった。

 

それも当然だ。

だって、今まで本当の意味でアルベドは感謝の言葉を口にしたり、謝罪の言葉を口にした事はないのだから。

それこそ、こんな小さな子供でも知っている様な事すら、アルベドは全く理解出来ていなかったのである。

彼女との会話によって、自分がどれだけ他人に対して感謝や謝罪など、大切な部分が欠けていたかという事に漸く気付いたアルベドは、思わず頭を抱えていた。

確かに、これでは他の仲間たちから爪弾きにされてしまう筈だ。

 

例え……他人から聞く限り厳しい嫌味の理由が、アルベドなりに彼らの事を思っての言動だったとしても、その意図が相手に伝わっていなければ意味がない。

 

まして、それが普段から謝罪や感謝の意を示さない様な相手では、色々と不満などの複雑な思いを募らせていくのも仕方がないだろう。

これでは、彼らから嫌われてしまうのも、ある意味当然の流れだった。

それも、全部がアルベド自身の言動から出た、文字通り【身から出た錆】なのだから、受け入れるしかないのだろう。

 

「……私、本当に理解したつもりになっているだけで、何も分かっていなかったのね……」

 

そう呟くアルベドに、不思議そうな顔をしながら首を傾げるみぃちゃん。

何でもないと言わんばかりに、アルベドは伏せ目がちだった顔を上げると、安心させるかの様にみぃちゃんへと、柔らかい笑みを浮かべて見せる。

この件に関して、これ以上彼女に話して聞かせるつもりは、アルベドには既になくなっていた。

 

本来なら、まだ幼い彼女に対して聞かせるべき話じゃないと、アルベドは漸くその点に思い至ったから。

 

それから数日の間は、ウルベルト様の元へメールの配達に訪ねる度に、アルベドは自分の話をするよりもみぃちゃんの話に耳を傾ける事に意識を向ける事にした。

まだ、幼く色々な事に興味を持つみぃちゃんは、それを人に話して聞かせるのも大好きな子だ。

まだ色々と言葉が足りない分、全身を使って色々な事を伝えようとする彼女の事を見ているだけで、アルベドの荒み掛けていた心は癒されていく。

ただ、真っすぐに自分の事を見てくれるみぃちゃんの存在は、既にアルベドの中で最愛のお父様と自分とった愚かな行動を赦してくれたウルベルト様の次に来る位には、大きくなっていた。

 

そう……彼女の事を〘 護りたい 〙と、密かに思う位には。

 

*****

 

【 アルベド騒動に隠されていた、事の真相は…… 】

 

アルベドが、みいちゃんに会う為にウルベルト様の元へと通う様になってから、そろそろ十日が過ぎようとしていた。

その間、ただみぃちゃんに会って彼女との交流で癒しを求めるだけではなく、ウルベルト様からの提案でみぃちゃんが【リアル】に戻った後も、こっそりその場に残って他のメールペットとデミウルゴスたちのやり取りを見る機会も増えた事で、彼女はますます自分が色々と見ていなければ理解していなかったのだと自覚する事になったのである。

特に、ウルベルト様の元へと届くレポートの処理に追われている、デミウルゴスやシャルティア、パンドラズ・アクターの様子を見て彼らの会話を聞くのは、本当にアルベドに取って色々な事を学ぶいい機会になったと言っても過言ではない。

 

彼ら三人が集まり、それぞれ自分の受け持つレポートに目を通しながら様々な意見を交換し合う姿は、それぞれの主の姿を彷彿させる所があったのだから。

 

改めて考えると、今回の一件で彼ら三人に対しては本当に迷惑を掛ける形になってしまったと、アルベドは心の底から申し訳ない事をしたと思う。

ウルベルト様に迷惑を掛けた事で、怒り心頭の状態になるまで追い詰めてしまったデミウルゴスは、どう考えても完全な自分の行動の被害者だし、ペロロンチーノ様にアルベドが引っ付き過ぎた事で、脳筋を返上する位に頭を使って仮想サーバーを組んだのだろうシャルティアには、その根性に頭が下がると言っていい。

そして、三人の中で一番かわいそうな事をしたのはパンドラズ・アクターだ。

 

何故なら、彼に対してアルベドがあらゆる嫌味で滅多打ちにした理由は、彼の普段の大袈裟な言動に「ウザイ」と感じたからであり、こればかりは彼だけでどうにか出来る部分ではなかったのだから。

 

正直、そう感じていたのはアルベドだけでなく、他のメールペットたちも似た様な思いを抱いていそうな気もするが、その言動は彼の創造主であるモモンガ様が「そうあれ」と定めた、ものであり、自分達が口を出していい領域ではなかったと、今では理解出来る。

そんな主が定めた事に対して、アルベドからチクチク嫌味を言われ続けた事は、それこそ存在を否定されたのと同じだったんじゃないだろうか?

もちろん、自分達はメールペットであり【ナザリックのNPC】と違って、いずれ成長による変化も考えられる部分ではあるのだが、それはまだ先の話でしかない。

 

そう思うと、やはりパンドラズ・アクターには、少しだけかわいそうな事をしてしまったと言っていいだろう。

 

もう一つ、アルベドが彼らの様子を見学する様になって、気付いた事がある。

このレポートの確認作業と、その後の三人で行われる討論会の最中は、パンドラズ・アクターのあの大仰な物言いや動きは一切行われない。

今回ばかりは、短い時間の間にやらなくてはいけない作業が山ほどある為、「無駄に派手で大袈裟な言動はレポートの確認と討論会の最中は一切禁止」だと、モモンガ様からきっぱりと言い渡された上で、彼はここに来ているらしかった。

 

そのお陰で、この場に居るのは物腰が柔らかく穏やかなパンドラズ・アクターと言う、どこかモモンガ様を思わせる様な雰囲気を漂わせている人物へと早変わりしていたのである。

 

何となく、このパンドラズ・アクターを見ていると、普段とのギャップが激しすぎて落ち着かない気持ちになるものの、悪くはないと思う。

「大人しいパンドラズ・アクター」と言う、普段は滅多に見られない珍しい存在の事はさておき、三人が行うレポートの討論会に話を戻すとして、だ。

彼らのレポートに関する討論会は、毎日集まってから四十五分経った頃にしか始まらない。

元々、他のメールペットたちやその主の方々から提出されたレポートに関する討論会と言う点から、最初にある程度のレポートの読み込みをする時間が必要なのだろうが、討論会の過熱具合によっては時間が延長する事も最近は増えていると言っていいだろう。

どうやら、三人の手元に提出されてくるメールペット側のレポートの内容が少しずつ変化し始めている事が、討論会を時間延長させている理由になっている様だった。

 

そう……三人の手元で読み込まれ処理されている大量のレポートの内容は、どれもが次第にアルベドから受けた嫌味などの暴言の被害からその前後の自分達の行動にまで考察が及び、それによって彼女が暴言等を吐く前の微妙な変化にまで辿り着き始めていたのである。

 

アルベド自身は、三人が読み込んでいくレポートの内容まで全部を直接見る事はないものの、彼らの討論の内容を聞いていれば自ずとレポートの内容を察する事が出来た。

アルベドが、みぃちゃんと色々な事を話す事によって自分の行動を振り返り反省する事が出来た様に、他のメールペットたちも色々な事を考えてレポートに纏めると言う作業をするうちに、自分がどうしてそんな事を言われる事になったのか、少しずつ思い至る者が出始めているらしい。

むしろ、アルベドからすれば「漸く、そこに思い至ったの?」と言いたくなる様な変化だ。

何度も繰り返すが、今までのアルベドがしただろう問題行動の中で、相手側に本当の意味で非が無いのは、不在時に端末への悪戯をされた事で主にまで被害が出たデミウルゴスと、今の段階では設定に批准した動きをする事から、自分ではどうする事も出来ない部分に対する手酷い嫌味を言われたパンドラズ・アクター位である。

 

だが、それ以外のメールペットたちには、アルベドから嫌味交じりの忠告を言われても仕方がない部分があった事を、レポートを書く為に改めて思い返した事で、漸く理解し始めたといった所だろうか?

 

そんな風に、メールペットたちが自分達にも非があった事を理解し始めるのと同時に、彼らの主たちも自分の言動に問題があった事を、このレポートを書く事によって理解し始めているらしい。

まず気付いたのは、どうしてアルベドが甘える様に抱き付いてきたのか、自分達が聞き流していた事だった。

どうやら、彼女が自分のメールペットのミスを伝えていたのに、それを全部聞き流しただけではなく、アルベドに抱き付かれている姿を見る事で、自分のメールペットのたちがどう反応するか、殆どの方々がそちらの方に意識を傾けていた事がそれぞれから出されるレポートで判明したのである。

これでは、彼女がこっそりと彼らに対してそれを訴えた意味がない。

 

アルベドとしては、それと無く主側からもメールペットたちに注意して欲しいと言う意図での行動だったのに、全くその意図が理解されていなかったのだから。

 

こうして、彼ら自身も自分でレポートを書くうちに、当時の事を色々と思い出しては反省するべき点に思い至っているらしい。

自分の問題点に気付いた事で、改めてメールペットに対して自分の態度は問題が無かったかと、考え始めた者も出始めているそうだ。

それによって、次第に彼女だけが全面的に悪かった訳ではない事が、少しずつ明らかになっていくのだった。

 

******

 

【 アルベドの覚悟と、その覚醒 】

 

それが起きたのは、アルベドがこの仮想サーバーに飛ばされてから、丁度一月が過ぎた頃だった。

いつもの様に、アルベドが主であり父であるタブラ様からのメールを手にウルベルト様の元へと訪れ、アルベドの姿は見えていない筈だが、それでもウルベルト様に見守られる形でのみぃちゃんとの楽しいおしゃべりと言う、幸せな一時を過ごしていた時である。

 

ゾワリと、全身が総毛立つ程の悪意を感じたのは。

 

ねっとりと絡み付く様な、そんな質の悪い感覚が彼女の頭の中に強い警報を鳴らす。

以前、アルベドが仮想サーバーに落とされた時に感じたものよりも、酷く強烈な違和感だと言っていい。

そしてアルベドは、この感覚に一つだけ心当たりがあった。

あの日の朝、デミウルゴスのサーバーの際で偶然見掛けた、あのウィルスと同じ気配。

 

恐ろしい事に、あれよりも何倍も強力で濃縮した悪意が含まれている気がして仕方がない。

 

本能的に、その事実に気付いたアルベドがその場でまず最初に取った行動は、みぃちゃんへ電脳空間から出る事を勧める事だった。

同時に、ウルベルト様にその事を伝えて貰う様にと、みぃちゃんにお願いする。

これに関しては、自分が言った内容をそのままウルベルト様に伝えて貰うだけでいいだろう。

とにかく、急いでこの場から彼らを避難させなくては、とても大変な事態になると言う事だけは間違いない。

 

まだ、どこか漠然とした感覚でしかないものの、ほぼ間違いないと言う確信をアルベドは持っていた。

 

それなのに、だ。

肝心なみぃちゃんが、彼女の安全を守る為にお願いしているアルベドの言葉を、全く聞いてくれないのである。

彼女は、今のこのウルベルト様の電脳空間の状況がどれだけ危険なのか判らないから、急にアルベドが「今日は電脳空間からもうリアルに戻った方が良い」と伝えても、納得してくれないのだ。

 

「なんで?

なんで、おねぇちゃんはみぃにここであそんでちゃだめだって、いじわるいうの?

まだ、みぃはルーせんせから〖ごはんのじかんだよ〗っていわれてないもん!

だから、みぃはまだかえらないの!!」

 

プイっと、自分の主張を口にして拗ねた様に横を向くみぃちゃんを前に、アルベドは本気で困り果てていた。

このままだと、本当に彼女にとってここは危険な場所になり得る可能性がある。

例え、ウルベルト様がこの場での自衛が出来る能力があるとしても、早くみぃちゃんと一緒にここから【リアル】に逃げて欲しいと思うのに、そんなアルベドの思いが伝わらないのだ。

 

サーバーの防衛の要であるデミウルゴスは、お昼前のメールの配達に出ている為に、今、この場には居ない。

 

これ以上無い程、非常にタイミングが悪いとしか言い様がないのだが、今更何を言っても仕方がないのだろう。

多分、何らかの方法でこの状況にデミウルゴスが気付いたとしても、彼が戻って来るよりも早くこの悪意の塊がこの場所を襲うのは、アルベドが肌で感じる感覚から言ってもほぼ間違いない。

先程のみぃちゃんの言葉に反応して、ウルベルト様が彼女の事を説得し始めているが、すっかり拗ねてしまっている彼女が素直に聞いてくれるとは、とても思えなかった。

 

だとしたら……この場で、この悪意に対して対応出来る可能性があるのは自分だけ。

 

仮想サーバーに居るアルベドには、もしかしたら何も出来ないかもしれない。

だからと言って、このまま何もせずにウルベルト様やみぃちゃんがあんな悪意の塊のウィルスに襲われるのを、ただ黙って見ているなんて真似はしたくなかった。

それに、サーバーへの侵食を主とするウィルスなら、仮想サーバーだろうがメインサーバーだろうが、関係なく襲ってくる可能性もある。

 

なら、アルベドに選択出来る方法など、一つしかない。

 

この部屋から出て、ここから出来るだけ離れた場所でそのウィルスと自分が身体を張って対峙すれば、ウルベルト様がみぃちゃんを説得するか、デミウルゴスが帰還するまでの時間稼ぎが出来るかもしれないのだ。

みぃちゃんがこの場に残る事で、ウルベルト様も【リアル】に逃げる事が出来ないと言うのなら、それ以外に方法はないだろう。

多分、この方法を取れば自分もただでは済まない可能性があるものの、ウルベルト様やみぃちゃんがウィルスによる被害を受けるよりはずっとましだと思ってしまったのだから、仕方がない。

 

そこまで考えた所で、アルベドの腹は据わった。

 

「……みぃちゃん、私、もう戻らなければいけないの。

ちゃんと、ウルベルト様のお話を聞いて、ここから早めにリアルに戻ってね?

これは、私からの大切なお願いよ。」

 

まだ、ウルベルト様の説得に応じる事なく拗ねて横を向いているみぃちゃんの頭を、そっと撫でながらそれだけ言い残すと、アルベドはスッと席を立った。

急がなければ、この部屋から出来るだけ離れた場所で食い止めると言う目的すら、自分には果たす事が出来なくなるだろう。

一つだけ、アルベドに心残りがあるとすれば、お父様の元に無事に戻る事が出来ない可能性もある事だろうか?

 

〘 でも……お父様なら、ウルベルト様やみぃちゃんを守る事を選択した私の事を、褒めて下さいますよね? 〙

 

最後に、こちらの姿が見えていない事を承知の上で、ウルベルト様に向けてスッと頭を下げると、アルベドは部屋から退出した。

そこから、急ぎ足でサーバーの外へ向かうべく急いで移動していけば、境界線の向こう側で前回の比ではない巨大なウィルスが、そこに蠢いているのが見える。

いや、あれはウィルスが幾つも重なり合っている状態なのだろうか?

 

どちらにせよ、こんなものがあの幼く小さなみぃちゃんに襲い掛かったら、彼女は抵抗する暇もなく一瞬で飲み込まれてしまうだろう。

前回の事から、ウィルスに対してそれ相応の対応策を持つだろうウルベルト様だって、こんな厄介なモノを相手にするのは流石に危ういかもしれない。

多分、ウィルスの存在が危険なのはアルベドも同じかもしれないが、自分はまだどこかにバックアップがあるだろうから、そのデータを元にして復活する事が可能だろう。

 

「……デミウルゴス……今回も、あなたのサーバーで勝手な事をするけれど、それはあなたの大切な主であるウルベルト様を守る為だから、大目に見てちょうだいな!」

 

両足を前後に肩幅より少し広めに開き、グッと下腹に力を入れつつ少し腰を落として、アルベドは自分に出来る最大限の防御の構えを取る。

メールペットと言う立場上、アルベドは特に何か武器を持っている訳ではないが、【ナザリックのNPC】の自分が壁役の戦士職と言う事もあって、他のメールペットよりも少しだけ防御力が高い事を、仮想サーバーに落ちてから自分の事もあらゆる角度で調べたので、彼女は知っていた。

元々、自分に与えられているウィルス防壁とその部分を合わせれば、今の自分でもそれなりに時間が稼げるだろうと状況を判断し、セキュリティを侵食し続けるウィルスを睨み付けつつ、彼女は自分の出来る事を選択する。

それは、自分と他のメールペットがいるサーバーが違う事から、誰にも聞こえない可能性が高いのを承知の上で、エマージェンシーコールを周囲に向けて放つ事だ。

 

もしかしたら、緊急連絡と言う事でこれだけはメールペットたちに伝わるかもしれない。

 

彼女は、その可能性に賭けたのだ。

例え、このウィルスがウルベルト様のサーバーだけを狙っているのだとしても、ここに訪ねてくるだろう他のメールペットが感染しないとも限らない以上、自分の出来る限りの事をしておかなければ後悔するだろう。

別に、今まで彼らに対してしてきた事への罪滅ぼしとして、この行動を選択した訳じゃない。

 

アルベドがここまでするのは、自分が妹と思う様な幼い少女が自分へと向ける笑顔を、真っすぐに受け止める事が出来る自分でいたかったからだ。

 

「私は……絶対に、こんなウィルスなんかに負けたりしない!!」

 

キッと、サーバーの防壁を壊そうとするウィルスを睨み付けながら、アルベドはサーバーを移動するメールペットとして与えられただろう、自分に展開出来る防御壁を展開させていた。

 

******

 

【 エマージェンシーコールを受けて、デミウルゴスが戻って来たら…… 】

 

デミウルゴスが、その自分の領域であるサーバーへの異常に気付いたのは、配達先から戻る為の帰路に就いたばかりの頃だった。

前回のウィルス侵入の一件で、別の場所に居ても自分のサーバーの異常を感知出来る様に自分の感知能力を上げていた事と、本来なら聞こえる筈がないアルベドが放った緊急信号、それから数秒遅れてのウルベルト様からのエマージェンシーコールという、三つが主な理由である。

ウルベルト様から、二週間ほど前から昼食の前位にアルベドがメールを持ってくる様になっていた事は教えられていたし、最近では彼女の姿は見えなくても声はたまに聞こえる時があると伺った事はあった。

だから、もしかしたら予想よりも早く彼女がこちらに戻って来る可能性は考えていたが、その彼女からの緊急信号とウルベルト様からのエマージェンシーコールが重なり、その上自分も嫌な感覚をサーバーに感じている時点で、普通じゃない。

 

どちらも、自分のサーバーの領域から発せられているのだから。

 

ウルベルト様は、異常が発生しているのが自分のサーバーの事だから、この反応は当然だと言う事は言われなくてもすぐに判る。

デミウルゴスに判らないのが、アルベドの緊急信号の方だ。

もし、彼女がメールを配達に来ていて何かに問題がある存在に遭遇したのだとしても、仮想サーバーなら影響が出ない可能性だってあるし、早々に逃げ出す事だって可能な筈である。

それなのに、未だに彼女の発している緊急信号の発信先は、デミウルゴスのサーバーの中で。

 

一体、何が起きていると言うのだろうか?

 

それを早く確認したくても、現時点では自分の手元に来ている情報が足りなさ過ぎて、正直焦りが募る。

ここから自分のサーバーへの、最短ルートを割り出すのに掛かる時間は約二秒。

その僅かな時間にすら、何とも言い様の無いもどかしさを感じながら、速攻で最短を辿り自分のサーバーへと飛んだデミウルゴスは、それを見て絶句した。

 

自分のサーバーのセキュリティを、それこそ食い破る様な強力なウィルスを何体も伴ったハッカーと、それに対峙する様に仁王立ちして、己の前に彼女の最大防御壁だろう【ヘルメス・トリスメギストス】を展開させているアルベドの姿があったのだから。

 

ウィルスの侵入は、ウルベルト様からのエマージェンシーコールを受けた時点で、可能性が高いだろうと想定済みだった。

だが、どうしてアルベドがあんな風にデミウルゴスのサーバーで、ウィルスとそれを送り込んだだろうハッカーと直接対峙している?

しかも、メールペットとしての彼女が持っていない筈の、【ヘルメス・トリスメギストス】をこの場でウィルスたちに向けて展開しているのだろうか。

どうしてそうなったのか、この状況がいまいち理解出来ない。

それでも、デミウルゴスにも一つだけ理解出来る事があった。

 

彼女が、目の前にいる敵とも言うべき存在から、文字通り身を挺してデミウルゴスのサーバーを守ってくれていたと言う事だ。

 

どうして、彼女がその選択をしたのかと言う理由は現時点では判らないが、彼女がここまで頑張って守ってくれていたのだから、デミウルゴスがこの後やるべき事等たった一つしかない。

彼女が、自分の前でウィルスに対抗する為に展開している、【ヘルメス・トリスメギストス】の耐久値は、既にウィルスの攻撃によって二層目まで剥がれてしまっている事から、ほぼ残っていないと考えるべきだろう。

どうみても、早急に対処しなければアルベドの方が危険な状態だった。

 

彼女のお陰で、大きな被害を出す前に自分が戻って来られたのにも拘らず、ここまで必死に頑張ってくれていたアルベドの身に被害を受けるのを見ているだけと言うのは、流石に申し訳が無さ過ぎるだろう。

 

この状況を前に、即座にそう判断したデミウルゴスは、サクサクとウィルスを削るべく自作のウィルス駆除用のプログラムを発動させた。

その途端、アルベドが必死に展開した防壁で受け止めていたウィルスの中の数体がざっくりと削り取られ、ボロボロと崩れ落ちていく。

流石に、それだけではウィルスを支配しているらしいハッカーは弾けなかったが、このデミウルゴスの攻撃が通った事で、あちら側も自分が狙っていたサーバーに防御システムが働いた事を察したのだろう。

デミウルゴスが、二つ目の防御用プログラムを発動させてウィルスを更に半数以上を削り取った瞬間、残りのウィルスをこちらに放つ事で視界を遮り、逃走を図ったのだ。

この時、小さな黒いものがデミウルゴスに削られバラバラになったウィルスの破片と共に、逃走を図ったハッカーへと降り注いだのだが、逃げる事が優先だったのとバラバラになったウィルスの破片とそっくりな色合いだった事から、そいつは気にせずに逃げていったのである。

 

また同じ事を繰り返させない為にも、本音を言えばハッカーをそのまま追跡したい所ではあったが、下手に深追いして相手のホームグラウンドに何の準備もなく乗り込むのは危険だったし、何よりこの状況を把握する用が優先事項だった。

 

戻って来たデミウルゴスが、サクサクとウィルスへの対処をした事で安全が確保されたからか、それまでアルベドが展開していた【ヘルメス・トリスメギストス】がゆっくりと立ち消え、彼女自身もその場に崩れ落ちる。

多分、今まで彼女一人だけでサーバーを守るなんて慣れない事をしていた為に、精根尽き果ててしまったといった所なのだろう。

今まで、【ヘルメス・トリスメギストス】が展開されていたアルベドの前には、小さな女性が好むチャームが半壊状態で転がっていた。

その状態を見る限り、どうやらアレが彼女の防壁である【ヘルメス・トリスメギストス】の防御プログラムが収められていた代物なのだろうと察しつつ、デミウルゴスは周囲の安全をチェックし、セキュリティシステムを回復させながら、ゆっくりと彼女の方へと歩き寄る。

半壊状態ではあるものの、これは彼女にとって大切なものの筈。

そう思い、アルベドにそれを返すべくそっとそれを拾い上げ、改めて彼女へと視線を向けてみれば、まだどこか呆然としている様だった。

 

もしかしたら、まだ彼女は自分が仮想サーバーから戻って来ている事にすら、気付いていないのかもしれない。

 

こんな状態になりながら、本来護る必要が無いデミウルゴスのサーバーと、そこに居ただろうウルベルト様たちの事を、彼女は全身全霊を掛けて守り抜いてくれた。

それにも拘らず、まだ自分が仮想サーバーに居るからこちらに姿が見えていないなんて勘違いをしているなら、早々に目を覚ませるべきだろう。

 

何より……デミウルゴスがここに戻って来るまで彼女一人でウィルスを相手にしていた分、幾ら【ヘルメス・トリスメギストス】を展開していたと言っても、何か異変があるかもしれない。

 

実際、彼女には敵のウィルスの攻撃を受けたと思われる場所が幾つかあって、普段なら純白のドレスがうっすらと汚れてしまっている。

ざっくりと見ただけでは、傷付いている場所はない様にも見えるが、もしかしたら解らないだけでどこか異常があるかもしれない。

流石に、自分のサーバーと主たちを守ってくれただろう彼女を、そんな状況から何らかの障害が出る様な状態に陥らせたりしたら、デミウルゴスの矜持が廃る。

 

前回、デミウルゴスが到底許せない事をしたのもアルベドなら、今回、デミウルゴスが心の底から感謝するだけの事をしてくれたのも、また彼女自身なのだから。

 

そう思いつつ、まずは彼女の状況をデミウルゴスで出来る範囲でチェックしつつ、その場に蹲って動く事が無い彼女の様子を確認しながら目の前まで歩き寄ると、そっとその肩に触れた。

既に、ものの数秒で行った簡易チェックでは問題ない事が判明していたので、彼女に触れる事に躊躇いはない。

デミウルゴスが肩に触れても、まだどこか呆然としている彼女に対して、ちょっとだけ苦笑しながらそっと声を掛ける事にした。

内容は、もちろんこの状況に対する感謝の言葉だ。

 

「ありがとうございます、アルベド。

もし、あなたがこうしてこの場で防壁を張って守って下さらなければ、この奥にいらっしゃったウルベルト様やみぃ様に、あのウィルスの群れとハッカーが襲い掛かっていた事でしょう。

それに関して、ただただ感謝の言葉しかありません。

ウィルスの襲撃を受けた際、不在だった私の代わりにこの場に留まり、ウルベルト様やみぃ様の事を守って下さって、本当にありがとうございました。

そして……おかえりなさい、アルベド。

他人を思いやる心を、この一月の間に本当の意味で学んだあなたは、赦され仮想サーバーから解放されたのです。

あなたが、このタイミングで戻って来てくれた事に、心から感謝します。

そのお陰で、私は何も失わずに済んだのですから。」

 

実際、アルベドがこの場で踏ん張ってウィルスと対峙してくれていなければ、サーバーに侵入したウィルスとハッカーに確実にウルベルト様とみぃ様が居る自分の部屋まで侵入されていただろうし、そうなったらどんな状況になっていたか判らない。

そういう意味では、間違いなく彼女が今回の一件における一番の功労者だと言っていいだろう。

本当に助かったのだから、デミウルゴスからすれば彼女に対して素直に礼を言うのは当然の話だった。

それに、アルベドがこうして無事にメインサーバーに戻って来たと言う事は、彼女は自分が不足していた部分を理解したと言う事である。

それを同じ仲間として、祝う事にも躊躇いなどない。

 

彼女の事を、仮想サーバーに落とした張本人であるデミウルゴスとて、この一か月の間に仲間のメールペットたちや主の方々からのレポートを読んで、色々と思う所はあったのだから。

 

デミウルゴスの言葉を聞き、触れている彼の手の感触を実感した事によって、漸くアルベドも自分が仮想サーバーから本来のメインサーバーへと戻って来ている事に気付いたのだろう。

呆然としていた状態から、彼女の瞳に正気の色が浮かんだと思った瞬間、ポロリと涙があふれ出る。

自分の状況に気付き、アルベドは肩に触れていたデミウルゴスの手を取ると、ただ涙をあふれさせていた。

 

「私……ウルベルト様とみぃちゃんの事を、ちゃんと守れたのね?」

 

自分が戻って来た事より、最初に確認するのがウルベルト様とみぃ様の安全と言う時点で、本当にアルベドの心境は変化したのだと言う事が、デミウルゴスに伝わって来た。

 

〘 これなら、もう彼女は大丈夫だろう 〙

 

そんな事を考えながら、デミウルゴスが質問への返答として頷いて同意すると、ホッとした様にまだどこか強張っていたらしい彼女の気配が和らいだ。

周囲の状況を把握出来ない程、彼女は死力を尽くしていたと言う証である。

そして、その事実が齎した結果だろうが余程嬉しかったのだろう。

 

「……良かった……私はただ、ウルベルト様とみぃちゃんの事を守りたいと思っただけだもの。

私、ここに戻れた事以上に、ウルベルト様たちの事を守れた事が出来た、それが一番嬉しいわ……」

 

そう呟く彼女の顔は、未だ涙が止まらない様子ではあるものの、実に晴れやかなものだ。

かつて、どこか毒々しいイメージを与える笑みを浮かべていた彼女とは、とても同じ人物と思えない。

それこそ、別人のようだと言っても過言ではない程、その笑顔は柔らかな印象を与える美しいもので。

良い方向に変化した彼女の事を、デミウルゴスは心の底から喜びながらそっと彼女へと手を差し伸べた。

 

「……一先ず、この場所のセキュリティの復旧は既に始まっていますし、一旦私の部屋へ戻りませんか?

先程の襲撃に関して、もっと詳しいお話も聞きたい所ですからね。

それに……これだけの事をしたばかりですから、少しくらい私のサーバーで休んで行かれた方が、あなたにとっても良いでしょう。

タブラ様にも、ウルベルト様から事情を説明するメールをお届けする必要がありますからね。

という訳で、このまま一緒に来ていただけますか?

あなたさえ宜しければ、久し振りにお茶と茶菓子を御馳走させていただきますよ、アルベド。」

 

そう、笑顔と共にお茶への誘いを掛ければ、アルベドはまだ涙を溢しながら嬉しそうに笑い返しつつ、差し出されたデミウルゴスの手を取ったのだった。

 

 




少し遅くなりましたが、これにてアルベド騒動の本編はほぼ終わりです。
年内に後もう一話、この騒動の裏側の後始末的な話が挙げられたら良いなぁと思っています。
前書きでも書きましたが、分断しようと思えば四話に分断で来た話でした。
今回、一話での最長の文字数になりましたし。
予告で、一応後一話と書いたので纏めちゃいました。
本音を言えば、この前にウルベルトさんによるレポート考査とか、デミウルゴス、シャルティア、パンドラズ・アクターの三人によるレポートの討論会に関する内容とか、るし☆ふぁーさん視点での、このアルベド騒動の裏側とか、色々書きたい部分があったんですけど、読みたい方もそんなにいないだろうとカットになりました。

どれが読みたいのか、活動報告にアンケートを設置しました。
感想欄ではなく、そちらのコメントご記入下さい。


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騒動の幕引き ~ 襲撃後の話と、馬鹿な男たちの結末 ~

大変長らくお待たせいたしました。
予定よりも、かなり遅れての結末になります。
本当にすいません……年始の際に引いた風邪でダウンしていて、漸く復帰です。
お陰で、書き掛けの年始ネタが中途半端な状態で放置してあります。

それはさておき。
今回の話で、アルベド騒動の幕引きになります。

後日談等は、またぼちぼち書きますので暫くお待ちください。


【 詳細を聞いた後のデミウルゴス視点 】

 

部屋へ戻った後、アルベドからウルベルト様へ深く腰を折る最敬礼による謝罪(本当は土下座しようとしていたが、みぃ様が見ているので流石に止めた)が終わった後、デミウルゴスは彼女がどうしてウィルスと対峙する事になったのか、詳しい事情を聴く事が出来た。

 

「出来るだけ正確に」と言う点に注意したアルベドの説明を受けたデミウルゴスは、それこそ思い切り眉間に皺を寄せる。

簡単に状況を纏めると、彼女が割と早い段階でウィルスの襲撃を察知したにも拘らず、みぃ様の我儘によってウルベルト様を危険に晒した事が、アルベドの状況説明によって判明したからだ。

もし、アルベドが仮想サーバーに居る状態ではなく正常な状態だったのなら、ウルベルト様に直接危険を訴える事も出来ただろう。

しかし、基本的に誰にも干渉出来ない仮想サーバーに居たあの時の彼女と話が出来たのは、ただ一人幼いみぃ様だけだった。

 

だからこそ、このままではウルベルト様に話が通じない事を察したアルベドが、【最終的に自分の身を引き換えにしてでも、ウルベルト様やみぃ様を守る】と言う選択してくれて本当に助かったと、デミウルゴスは彼女のその判断に感謝するしか出来ない。

 

さて……問題のみぃ様だが……アルベドのボロボロの姿を見た途端、ここに危険が迫っていたから彼女が【リアルに戻れ】と言っていたと理解したらしく、現在はアルベドに「ごめんなさい」と泣いて謝りながら引っ付いている状態だった。

まだ幼く素直だから、こんな風に自分の非をすぐに謝れるのは、みぃ様ならではだと羨ましく思う。

 

正直、デミウルゴスたちメールペットは、彼女の様にここまで素直に自分から謝る事は出来ないと、本気でそう思うのだ。

 

感謝の言葉なら、まだ謝罪よりも素直に口に出来そうな気もするが、それだって相手によっては難しい時すらある自覚もあった。

とにかく、みぃ様は自分の行動によってアルベドを危険に晒したと言う事をちゃんと理解しているらしく、すっかりと反省して萎れてしまっている。

そんな彼女の事を、アルベドが自分の膝の上に抱き上げてギュッと愛し気に背中を軽く叩いて宥めているのだが、その表情は本当に慈愛に満ちていると言っていいだろう。

 

多分、今まで彼女と話す事は出来ても触れられなかった分も、こうして自分の膝の上で抱き締めて宥める事で存分に補充しているんじゃないだろうか?

 

見ている限り、実に平和で穏やかな光景だから、それ程気にする事はないだろう。

デミウルゴス自身、もしこの場で本音を言っても許されるのなら、ウルベルト様に暫くみぃ様の電脳空間への滞在時間を短くする事を提案するなど、それ相応の対応を考えていたのだ。

だが、今回の功労者であるアルベドからの「みぃちゃんともっと一緒に過ごしたい」と言う強い希望もあるので、デミウルゴスからはそれを提案してはいない。

もちろん、今回の件に関してはこのまま放置という訳ではなく、ウルベルト様からたっち様へ報告した上で判断していただく事になっていて、それに関してはアルベドも反対はしなかった。

多分、彼女としても緊急時だけはみぃ様にウルベルト様の言う事を聞いて貰える状況にしておかないと、色々と拙い事だけは理解しているからこそ、その提案に対して多少の不満を覚えたとしても反対が出来ないのだろう。

 

〘 ……今回の様に、ウルベルト様やみぃ様に危険が迫った時に、アルベドが側に居るとは限らないからね。 〙

 

実際、本来このサーバーの主とも言うべきメールペットであるデミウルゴスなど、サーバーにウィルスの襲撃があった二度とも不在だったのだから、今回の事がどれだけ偶然が重なった結果なのか、ちゃんとアルベドも理解してくれていてとても助かると言っていいだろう。

ここで彼女に駄々を捏ねられても、みぃ様の親として最終的にたっち様が責任を持つ訳だから、その意見が通らないのは当然の話なのだから。

 

それよりも、だ。

一先ず、アルベドが仮想サーバーからこちら側に帰還したのだから、今まで行われていたレポートの提出はこれで終わりと言う事になると考えていいだろう。

 

元々、最初の取り決めの時点でそういう条件だったのだから、彼女が戻ってくれば終了と言うのは当然の話だ。

状況から考えて、それは今日の提出期限のレポートの討論会までは行うと考えても良いのか、それともレポートも拐取だけで討論会は行わない事になるのか、少しだけ気にならないと言えば嘘になるだろう。

あんな風に、パンドラズ・アクターやシャルティアと意見を交わすと言う事自体が、デミウルゴスにしてみたらとても楽しかったのだ。

もちろん、あの状況を「楽しんでいた」とデミウルゴスが言ってしまうと、ウルベルト様たちから「罰になっていない」と嘆かれるかもしれない事は理解している。

だが……その事をきちんと理解していても、実際に楽しかったのだから仕方がない。

 

普段、滅多に無い位に真剣に物事を考えて言葉にするシャルティアや、あの大袈裟な言動を封印してきっちりと物事を見据えながら柔らかい物言いで話すパンドラズ・アクターの姿など、こんな時でもなければ見られないだろうから。

 

その辺りも含めて、ウルベルト様から他の方々へと連絡が行われるのだろう。

ざっくりとした連絡は、これからウルベルト様が書かれるだろうメールで行うとして、だ。

今日は丁度、ギルド会議が行われる予定でもあるし、今回の騒動に関する詳しい報告はそちらでされるだろう。

 

だが、まずはタブラ様宛の状況報告のメールを、当事者であるアルベドに運んで貰う必要があった。

 

タブラ様は、お仕事の都合で昼を回る頃から夕方まで、一切の連絡が付かない事は判っているから、彼女には急いでタブラ様の元へと戻って貰わないと駄目だろう。

状況的に考えて、アルベドの主であるタブラ様が何も事情を知らないと言うのは、流石に申し訳が立たない気がするのだ。

それこそ、【至急閲覧】の文字を明記したメールと共に今から最短ルートを辿れば、タブラ様にも速攻で見て貰える可能性があるのだから、彼女の事を急いでタブラ様の元へ送り出したいと思うのは、デミウルゴス自身の願いでもあった。

 

アルベドとて、早くタブラ様に自分が戻って来た事を知って欲しいだろうと、デミウルゴス自身が本気で思ったからから。

 

実際、ウルベルト様は先程からいつもよりも急いで今回の事を纏めたメールを作成していらっしゃるのだから、完成したら彼女を速攻で送り出す事で、タブラ様との再会を出来るだけ早めに出来る様にするつもりなのが良く判った。

それなら、〖何も持たせずに先に帰せば良いのではないか?〗と言う意見もありそうな気もするが、これにもちゃんとした理由がある。

彼女がウィルスの直接対峙した事も含め、ある程度の内容まで今回の事件の詳細を纏めた上で、きちんとタブラ様に対して連絡しておかないと、後でアルベドに何か異常があった時に対処出来ない可能性がある為、こうして状況説明のメールをウルベルト様に作成して貰っているのだ。

 

「……まぁ、こんな所だろうな。

済まないが、このメールを持ってタブラさんの所へ向かってくれないか、アルベド。

本当は、こうしてお前に預けるんじゃなく、デミウルゴスにメールを持って行かせた方が良いんだろうが……流石にウィルスによるセキュリティシステムへの被害が大きくて、まだ外に使いに出す訳にはいかないからな。

それに……今から向かえば、まだタブラさんのメールチェックに間に合うだろう?

あの状況だった事もあって、メインサーバーに戻って最初の再会こそ、タブラさんじゃなくて俺とデミウルゴスになったけど、その次にアルベドに会う権利があるのはあの人だと思うからさ。」

 

そんな事を言いながら、完成したメールをいつもの様に配達用に封筒に封入した状態でアルベドへと差し出すウルベルト様。

彼女は、いそいそとそれまで抱き締めていたみぃ様を膝から下ろして、素早く近付くとそれを受け取った。

多分、今まで彼女がみぃ様の事を抱き締めて離さなかったのは、ウルベルト様のメールを待つ間が待ち遠しかったと言う理由もあるのだろう。

急に膝から下ろされたみぃ様も、アルベドが自分の仕事をする為に自分の家に戻る事を理解しているからか、それに対して文句を言ったりしない。

むしろ、今まであれだけ泣いて涙でぐちゃぐちゃになった顔を、身嗜みとして持っていたハンカチで拭うと、アルベドに向けて出来るだけ真っ直ぐな笑顔を向けながらこう言った。

 

「これからおしごとがんばってね、アルベドおねぇちゃん。

あと、メールをもってまたあそびにきてね!」

 

そんな彼女の言葉に、アルベドは思わず感極まった様な顔をすると、スッと膝を付いてもう一度だけキュッと抱き締め、すぐに立ち上がった。

そして、ウルベルト様とこちらに向けて丁寧に頭を下げる。

 

「それでは、これにて失礼させていただきます、ウルベルト様。

デミウルゴス、また改めて帰還の挨拶と謝罪に来させて貰うわ。

またメールを持ってくるから、その時は一緒に遊びましょうね、みぃちゃん。」

 

その言葉と共に、再度軽く頭を下げるとアルベドは部屋から退出して行った。

多分、そのまま一気にサーバーから外へ飛んで、最短ルートで自分のサーバーへと移動するつもりなのだろう。

最愛の主に会いたいと思う気持ちは、デミウルゴスにも良く判っているので彼女の行動に特に何かをいう事もなく素直に見送った後、これからの予定を素早く立てていく。

少なくても、ウルベルト様へ二度もウィルスを送り付けてきたハッカーを早めに特定して、それに対しての対策を考える必要があるだろう。

最終的に、裏で糸を引いている相手が判っていても、その手足となっているハッカーを何とかしないと、また同じ事の繰り返しになってしまうからだ。

 

「……どちらにせよ、このまま放置するつもりはありませんが、ね……」

 

そう、呟きながらセキュリティシステムの状況を確認しているデミウルゴスの顔は、口元は笑っていても目は怒りに煮え滾っていたのだった。

 

*******

 

【 愚かな男の末路 】

 

その男は、現在の状況に対して非常に苛立っていた。

 

最初に依頼を受け、ウィルスを送り付ける事でハッキングを仕掛けた相手は、それこそ【両親が在学中に死亡してる小卒の工場作業員】と言う、どこにでも掃いて捨てるほどいる貧困層出身者だった筈なのに、実際に仕掛けて見ればセキュリティシステムはかなり強固で中々成功しなかったのである。

それだけで、男にとってハッキングを仕掛けるこの相手は、非常に癇に障る存在だった。

 

自分のハッキングをブロックする様な、そんな生意気なセキュリティを所持している事自体が、小卒の分際で分不相応なのだ。

 

それでも、依頼を無事に成功させてウィルスに持ち帰らせたデータによって、そいつが当初の予定通り工場を首になり路頭に迷う状況を作り出した時点で、その相手に対して抱いていた苛立ちは収まっていたのだが……

再度、同じ依頼主から同じ相手のハッキングの依頼を受けた事で、実はそいつが路頭に迷うどころか富裕層でも上層の令嬢の家庭教師になっていたのを知った事で、更に苛立ちは増していた。

 

〘 なんで、ギリギリ金をかき集めて何とか小学校を卒業した様な、それこそ大した知識もないだろうそんな男が、例えまだ小学校に通う前の幼い子供とは言え、富裕層の家庭教師に納まる事が出来た?

自分など、高校中退と言うこの時代ではかなり高学歴を修めていると言うのに、同じ職場の人間にその高学歴を嫉妬されて爪弾きにされ、面倒な仕事先を押し付けられてそこでの対応が上手くいかず、最終的にこんな裏の汚れ仕事に手を染めていると言うのに……

それなのに、どうしてこんな貧困層出身のこいつだけが上手くいく? 〙

 

そう思うだけで酷く苛立ち、自分が現在上手く扱える最大規模のウィルスを連れて自分で直接相手のサーバーを襲撃したと言うのに、だ。

実際には、再度その相手のサーバーに侵入してデータを奪う処か、更に強固になっていた相手の防御システムに弾かれ、おめおめと逃げ帰る事になってしまったのである。

この状況は、高学歴だと言う事で自尊心を維持している男にとって、非常に腹立たしく許し難いものだった。

どうして、あんな低学歴の男があんな強固なセキュリティを保持しているのだろうか。

少なくても、あの学歴で自分の様に豊富な知識を持っているとは、家庭教師になる前の工場勤務の状況から考えても、とても思えないのに、だ。

 

「そもそも……どうやって、あれだけ著名な富裕層の人間と知り合って、上手く相手に取り入る様に媚を売ったんだか……

絶対、俺の方があんな小卒なんて学のない奴よりも知識も教養も上だし、富裕層のお嬢様相手の家庭教師に相応しいのに。

やっぱりムカつく奴だよな、このターゲット。

っと、また催促のメールかよ……そんなに切羽詰まってるなら、下手に首を切ったりせず真綿で首を締める様にもっと使えるプランを搾り取るまで、上手く丸め込んで飼い殺しにすれば、こんな手間を掛けずに済んだだろうに……」

 

イライラしつつ、それでも相手は依頼人なので現在の状況を簡単に纏めたメールを作成していく。

こんな風に、依頼主からの情報だけ知らない癖にウルベルトの事を貶めつつ、自分はもっと上に行ける実力があると一人自室で喚く男だが、実はそうでもない。

そもそも、この男は自分が言うほど優秀な訳ではないのだ。

偶々、生れた家が中流層出身で両親がそれなりの収入があった事で、その収入の中で何とか入学金を払えたから高校に入学が出来ただけなのである。

男が高校二年生の秋、彼の両親がそれぞれ勤めていた会社で大きな仕事の失敗をした事から会社を首になった途端、「学費が払えない」と言う理由で高校を中退する事になる程度の学力しかなかったのだから、実際にはどの程度のレベルだったのか良く判るだろう。

 

本当に優秀なら、企業の方がその実力を買って【青田買い】宜しく自社の奨学金制度を使わせていただろうから、そうならなかった時点で自分が思っているほど優秀ではないのだと言う事を、この男は理解していない。

 

そして、どんなに他の一般社員に比べて高学歴だとしても、学歴の分だけ多少の知識があるだけで、その事への人一倍の拘りからプライドが高く、〘 自分は特別だ 〙と思って居る様なこの男が、それなりの会社に就職したとしても上手くいく筈がないのである。

実際、彼は高学歴を生かしてそれなりに有名な企業のシステムエンジニアとしての仕事に就いたのだが……その部署に数年間勤めていた小卒の筈の同僚には、仕事であるプログラムを組む能力で大きく溝を開けられていて、全く歯が立たなかった。

高すぎるプライドから、どうしても現実を受け入れられなかったこの男は、実力に見合わない高レベルのプログラムを必要とする会社の受け持ちを、学歴を盾に強引に小卒の同僚から奪い取り、上司に事後承諾の形で認めさせたのである。

そんな強引な行動をする男に、上司もある意味さじを投げていた。

 

「そこまでしたのなら、最後まで自分で責任を持って仕事をして貰う。

他の社員の力は、一切借りずに自分一人でやり遂げれたのなら、そのままその会社の受け持ちにしてやる。」

 

と言う言葉と共に。

この時点で、男はこの仕事を無事に成功させる以外に今の会社に残れる道は残っていなかったのだが、そんな事も気付かずに取引先のシステム点検に出向き。

男が作業する横で、色々とミスを重ねるそこの新人社員に対して、しつこい位に馬鹿にする様な嫌味を言った挙句、そのフォローもせずに放置していたのである。

実は、男が嫌味を言った新入社員が取引先の社長の息子で、このミスもわざと新担当者となった男の人となりを試す為の行動だったのだが、この会社のシステム点検をする事がギリギリ可能な能力しかない男は作業を終える方に意識が集中していてそれに一切気付く事はなかった。

 

むしろ、自分が取った社会人としての非常識さを考える事なく、逆に新人社員相手に嫌味を言う事で日常の苛立ちを発散出来たと、自分が引き起こしただろうトラブルも気付かず、すっきりとした笑顔で帰社していたのである。

 

それが原因で、取引先との間で「あの担当がこれからもこちらにシステム点検に来るなら、取引を終了して欲しい」と言う、取引停止の危機と言う大きなトラブルに発展したのだが……当人は自分の言動でそんな事態になった事も理解していなかった。

更に、会社側が事情を伏せた状態での聞き取りをした時点で、自分の行動の問題点に欠片も気付かず反省していない事が判明し、そのまま責任を取らされて首になったのである。

つまり、だ。

先程、身勝手な考えをしていた際に出て来た、〘面倒な仕事先を押し付けられて〙と言う部分は、そのままだと自尊心が維持出来ない事から、脳が記憶を書き換えた結果出来た、男にとって都合が良いものでしかない。

 

この件は、システムエンジニアとしての募集をしている会社全部に回状で回されていた為、男は自分が望んだ「自分の優秀さを認めてくれる」次の就職先は見つからず、結果的に汚れ仕事的なハッカーに落ち着いたのも、これまた当然の流れだった。

 

そもそも、この男のハッカーとしての実力は、それほど高くない。

何とか、今の状況でハッカーとして裏社会でやっていけているのは、最初に勤めた会社での研修で得た知識が元になっただろう、システムエンジニアとしての技量があるからだ。

それこそ、基礎が出来ているからそれなりの実力はあるが、だからと言って飛び抜けて【優秀】だと言えるほどの実力がある訳ではない。

更に言うなら、【高学歴である】と言う自分のプライドの高さと、己の実力を本来のものよりも高いと考えていた事から、ハッキングの対象として狙う相手が小卒だと知るとかなり舐めて掛かる傾向があった。

だからこそ、この男は気付かなかったのだ。

 

あの襲撃の際に、とんでもない代物が付着していた事に。

 

当然だが、例えこの男が本当に優秀だったとしても、気付いていなければ対策は取れない。

まして、この男の実力は【張子の虎】程度しかないのだ。

ウルベルトのサーバーに襲撃に失敗した後、苛立ちながら次の襲撃計画を立てつつ依頼主からの催促への返事を書くなどして既に一時間以上経過している。

その状況で、普段使用している自分のセキュリティ以外、何の対策もしていないと言うのは実に致命的だった。

しかも、その状態のまま依頼人からのメールを受けて返信をするなどと言う、セキュリティ対策への認識が欠けた対応をしている辺り、自分の実力を過信している事がこれ以上無い程良く判るだろう。

 

結果として、それは最悪の状況を生み出すのだが。

 

男に、あの襲撃の際に直接取り付き彼のサーバーまで付いて来ていたソレは、いつの間にかそこに馴染む様に散り散りに点在していたのだが……潜伏期間として、あらかじめ設定された一時間を過ぎた事で、一気に増殖を始めた。

基本的に、ウィルスチェック用のソフトと言う事もあり、この男のセキュリティにも引っ掛かる事なく、すっかり電脳空間に馴染む様に点在し、一気に増殖したソレの正体……それは、恐怖公の眷属の外見をしたアレである。

何故、そんなモノがこの男の元で発動したのかと言えば、実に簡単な話だった。

一月前、この男が作り出したウィルスに襲撃を受けた後、メールを持参した恐怖公による善意のウィルスチェックが行われた際に、色々とギミックを説明した上でデミウルゴスの許可を得て、彼のサーバーの中にはこの眷属を模したウィルスチェッカーが潜伏していたのである。

 

発動条件は、ウィルスやハッカーによる障壁が壊されるなど、非正規の手段でサーバーを出入りするものが出た場合のみ。

 

それ以外の時は、常に休眠しているこのウィルスチェッカーはとても優秀だった。

サーバーに異常を感知した途端、ナノマシンサイズに変化したカプセル状の物体になると、襲撃者の一部に気付かれない様に取り付くのである。

サーバーの障壁を壊した際の粉塵と誤認させ、取り付いたそれはそのまま相手のサーバーまでついて行った後、ものの数分でそのサーバーの位置を特定して電脳空間の管理局へと通報しつつ、状況の変化を待ち……一時間後、タイマー制御によって抑えられていた機能が発動し、一気に増殖を開始する仕組みになっていた。

 

それこそ、ナザリックにある【黒棺】と同じ状況になる様に。

 

ただし、この恐怖公の眷属を模したソレが行っているのは、あくまでも相手のサーバーのウィルスチェックと、電脳空間の管理局及び製作者のるし☆ふぁーへの通報だけである。

元々、これはナザリックの身内に対するネタ的な要素満載で、悪戯半分にるし☆ふぁー作成した、この恐怖公の眷属もどきのウィルスチェッカーだ。

これを作ったるし☆ふぁーは、大学は出ていてもあくまでも専門家ではないので、ここまでが限度だったらしいのだが……その視覚的効果は半端ないものだった。

 

「ひぃぃっっ%&*☆#あぎぃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

なまじ、男は【リアル】に戻らず電脳空間内で作業していた事が、仇になった。

一瞬の内に、視界を埋め尽くすほどの恐怖公の眷属が自分のサーバー内に出現したら、流石に大の男でも普通に悲鳴を上げるだろう。

まして、カサカサと音を立てながら腕や足を這い上り、四方から飛来したそいつが顔に張り付いてきたのだから、そのおぞましさは半端なくて。

余りのおぞましさに、その愚かな男は自力で電脳空間から離脱する前に、気を失ってそのまま強制的に電脳空間から追い出されたのである。

 

それから数分後、通報を受けたサイバー犯罪取り締まり担当の警察が駆け付けたのだが、泡を吹いて気絶している男を前に、首を傾げながら状況確認の為にサーバーをチェックし、同じ様に悲鳴を上げる羽目になったのだった。

 

*******

 

【 実は、裏で暗躍していたるし☆ふぁー 】

 

電脳空間の管理局とほぼ同時に、眷属からの通報を受け取ったるし☆ふぁーは、口の端を上げてニヤリと笑う。

ウルベルトさんの事を嵌めた相手の事を、あの騒動が起きた後にあらゆる角度で調べ上げていた彼は、自分の実力に見合わない虚栄心から再度仕掛けてくる可能性を察知し、恐怖公の眷属の仕込みの事も含めてたっちさんやヘロヘロさんなど、自分の言葉をちゃんと聞いてくれそうな相手に相談していたのだ。

たっちさんなどは、ウルベルトさんのサーバーには娘も降りる事から、この話を聞いて余り良い顔をしなかったのだが、この手の犯罪は現行犯の方が確実に罪を問える事から、〖ウルベルトさんや娘の安全を確保した上でなら〗と、渋々了承してくれたのだが。

 

そう……実は、ウルベルトさんのサーバーには本人やデミウルゴスが詳しく知らない安全対策が、るし☆ふぁー提案の下でヘロヘロさんの手で作成されており、それをたっちさんがウルベルトさんのサーバーの上位権限者として設置すると言う形で取られていたのだ。

 

ヘロヘロさんの手によって、ウルベルトさん達が電脳空間に降りている際に発動する様に生み出された安全対策は、簡単に言えばウルベルトさん達に過負荷なく緊急脱出が出来る様に、ウィルスが彼らのいる一定距離まで侵入した際に発動する、特殊防壁である。

それと同時に、電脳空間の管理局への通報とウルベルトさんのサーバーの中にある重要データへの強力な保護が掛かり、それこそハッカーでも上位ランクの人間でもないと、破壊も出来なければ情報を抜き取る事も出来なくなる様にしてあった。

これ設置する際、ウルベルトさんに詳しい内容は話していないものの、たっちさんが〖娘の為の安全対策だから〗と、彼のサーバーに降りる条件として付き付けたらしい。

製作者がヘロヘロさんである事とか、あくまでも〖いざと言う時の備え〗と言う事を前面に押し出したたっちさんの言葉に、ウルベルトさんは受け入れてくれたそうだ。

彼の側としても、たっちさんの娘に色々な事を教える上で、電脳空間に降りてデミウルゴスの協力を受けるのは不可欠だと思っている為、安全対策が多い方が良い事を理解していたからだろう。

 

もちろん、ウルベルトさんがその内容を知らないのは問題かもしれないが、下手にその内容を知っていてそれを計算に入れて無茶をされても困る為、彼にはざっくりとした事以外は内緒にしてあったのである。

 

彼自身、自分を嵌めただろう相手の動向をそれとなく探っている様子だったので、再度襲撃がある可能性を視野に入れている様子が何となく伺えたからだ。

つい最近まで、ウルベルトさん自身が直接関わってきた相手の事だから、ある程度まで相手の行動が想像出来たとしてもおかしくないだろう。

まぁ、元々その相手は【中学卒業】と言う学歴だけで大して頭も良くなく、他人の才能をこんな風に不当な方法で奪い取る事で、自分の地位を上げてきた事が解っているから、当然の話なのだが。

そんな、自分の立場も実力もまともに把握していない男だから、不注意にも自宅ではなく会社からハッカー相手に連絡を取ると言う、不用意極まりない行動をしてしまう訳で。

 

結果として、一時間後には工場中が阿鼻叫喚の大惨事を引き起こしていた。

 

想像してみて欲しい。

いきなり、仕事をしていたら工場の生産ラインや作業制御用コンピューターの中に、それこそ犇めき合う様に恐怖公の眷属が大量発生したのを見て、どれだけの人間が冷静でいられるだろうか?

普通に考えて、まず冷静さを保ちまともに対応する事が出来る人間は、ほぼ居ないと言って良いだろう。

そんな状況下で、作業員が触れる事すら嫌がる程制御システムに恐怖公の眷属が発生した工場のラインが、まともに動かせる筈がない。

当然だが、工場に勤める人間が全てパニック状態に陥った事で完全にラインが止まれば、その日の納期予定分が達成するのも難しくなる訳で。

 

この状況で、更に警察が工場長と件の中流層の男への逮捕令状を持って現れたら、更に混乱は広がるのは当然の話だった。

 

******

 

「……そもそもさぁ、あんな形で仲間を罠に嵌めた挙句に貶められて、そのまま素直に黙っていられる訳ないじゃん……なぁ、恐怖公?」

 

クスクスと笑いながら、それまでの状況を恐怖公の眷族経由で確認していたるし☆ふぁーは、それまで開いていた観察用のモニターを閉じる。

最後の仕上げとして、たっちさんが逮捕令状を片手に工場へ突入した時点で、あの男たちは既に身の破滅が確定している事もあり、今回の襲撃も含めて漸く溜飲が下がったと言っていいだろう。

出来れば、デミウルゴスたちにも協力させてやりたい所ではあったが、流石に彼ら自身に自衛以外の能力を揮わせる訳にはいかなかった。

 

もし、デミウルゴスたちがあの男達に対して何かをしてしまった場合、その管理責任を所有者であるウルベルトさんたちが問われる可能性が高いからだ。

 

るし☆ふぁー自身だって、実際にやったのは自衛用のセキュリティシステムの応用でしかない。

あくまでも、防衛用に展開しているセキュリティシステムに対してウィルスやハッカーが触れければ、普段は何の反応もしなければ増殖したり勝手に添付される事もない潜伏型であり、実際に発動しても現在位置の発信とサーバー内のウィルスチェックをするだけと言う危害を加える内容ではない為、ギリギリ自衛手段として合法である。

 

但し、そのウィルスチェック用のソフトの発動状態が恐怖公の眷属の大量発生と言う、見た目的に精神的なダメージを与えるだけで。

 

この発動状態に関して言うなら、別バージョンとして蝗やカナヘビなどでもそろそろ展開可能な状態に持って行けそうな状況だったりするのだが、どちらにせよ大量発生したら似た様な精神ダメージを負うのは確定だと言っていいだろう。

この件に関しては、いずれ話に乗ってくれそうなギルメンやデミウルゴスたちに話を持って行くとして、だ。

 

「……さて、今日のギルド会議も色々と荒れそうだねぇ……」

 

そんな事を言いながら、るし☆ふぁーは今日のスケジュールを確認し始めたのだった。

 

******

 

【 ギルド会議で、語られた結末とは 】

 

その夜、ウルベルトさん自身からのウィルスによる再度の襲撃とアルベドのメインサーバーへの復帰、そして彼女の奮闘ぶりが、目撃者視点で報告された。

それに続いて、タブラさんからのアルベドから改めて〖関係者全員への謝罪巡りをしたい〗との旨の申し出があった事と、それに対する承認を求められるなどと言う議題も出て、色々と話が紛糾する事になったと言っていいだろう。

アルベドの件に関しては、既に全員が自分たちの言動にも駄目な部分があった事を理解していた事もあり、戻って来た彼女がちゃんとした謝罪をすると言っている時点で、それで決着と言う流れになりそうな雰囲気だった。

 

その中で、ウルベルトさんを未だにしつこく付け狙った男が逮捕された事を、議題にあげたたっちさんの顔が微妙に引き吊っていたのは、ある意味当然だった。

何せ、彼はるし☆ふぁーから聞いていた解除コードを入れる際に、モニター越しに【黒棺】の再現とも言うべき状態になった、工場のホストサーバーを見ているのだ。

一応、事前にそういう状態になる事は話してあったものの、やはり実際にそれを見るのと話をただ聞いただけでは、精神ダメージの受け具合が微妙に違うらしい。

 

「……まぁ、そんな訳でウルベルトさんのサーバーに直接ちょっかいを出して来たハッカーは、サイバー犯罪課の人間が身柄の確保に向かった時点で、その余りのおぞましさにSAN値直葬で気絶していたそうです。

まぁ……端末を調べた結果、【気絶によるログアウト】と言う記録も残っていたそうですし、直接アレに接触したのだとしたら当然の反応でしょうが。

意識が戻った後も、自分のサーバーの惨状が変わらない事を知って発狂寸前でしたから、二度とハッカーとして犯罪を犯す事は出来ないでしょう。

まぁ、その前に電脳法違反での逮捕が確定していますけどね。

そして、そのハッカーに依頼していたウルベルトさんの元同僚ですが……話に聞くよりも更に馬鹿でした。

幾ら、自分の親戚が経営している工場だからとは言え、何の対策もなく工場の通信回線を使ってハッカーに連絡を取るなんて真似をしていましたからね

結果的に、工場内の制御用コンピューター全体に恐怖公の眷属を模したセキュリティチェック用のソフトが転送され、私たちが令状を手に彼と工場長の身柄確保に赴いた時点で、大繁殖でラインが完全に停止すると言う事態になってましたよ。

まぁ……巻き添えを食らった工場勤めの方々は精神的にダメージが大きかったでしょうが、あの馬鹿な同僚がいたと言う事で諦めて貰うしかありませんね。」

 

出来るだけ、サクサクと状況を説明するだけに済ませているのは、多分たっちさんでも自分が工場で実際に見た状況を思い出すのは厳しい位に、恐怖公の眷属が増えていたからだろう。

るし☆ふぁーですら、予想していたよりも増えていた眷属を示す数を前に「俺、し~らない!」と投げ出す程だったのだから、当然の話なのだが。

そんな事を考えているるし☆ふぁーを他所に、たっちさんの話は続いていた。

 

「……因みに、彼がハッカーに依頼した動機は二つです。

一つ目は、〖工場に下請け仕事を出している大企業側から、前回と同じレベルの提案書の提出を求められたが、それに見合うだけの提案を出来る人間がいなかったから〗と言う、自業自得な状況に切羽詰まったからだそうです。

元々、自分の頭で考えた提案書ではなく、ウルベルトさんのデータを盗んだものでしたし、作成した提案書に使用していた資料が、本来一般的に出回っている代物でなかった事も、大企業側から再度提案書を求められた理由だそうです。

あれは、ウルベルトさんのサーバーから奪い取った、朱雀さん経由で得た資料ですから、一般向けじゃなくても当然なのですけどね。

とにかく、あの上場に仕事を回していた大企業側としても、犯罪に関わっている可能性がある人間が居る工場に、これ以上下請け仕事を回す危険は避けたかったんでしょうね。

実際、こうして工場長と元同僚は逮捕されている訳ですし。」

 

そんな風に、さらりと一つ目の理由を口にしたたっちさんだが、るし☆ふぁーはそれが表向きの話だと言う事を知っていた。

あの工場へ下請け仕事を出していた大企業は、たっちさんの奥さんの実家の大企業と取引がある所だった事から、それと無く孫娘の家庭教師に関してその優秀さを説明する際に、「こんな事があったのだ」と工場を首になった経緯や、彼が努力家でありネットゲームの中で知り合った教授から資料を借り受けられる程の信頼の厚さを伝えていたのである。

そんな話を聞かされれば、彼らも裏を取らない筈がなく。

結果的に、あの工場へ下請けに出している大企業にまで話が回り、再度提案書を出させる流れとなった事から、この状況に発展したのである。

いわば、間接的に相手を追い詰める役目をしたのが、たっちさんだった。

そんな事をおくびにも出さず、たっちさんは話を進めていく。

 

「二つ目の理由は、とても呆れるものでした。

〖貧困層の中でも特に下層出身で、自分よりも遥かに低レベルの人間の筈の奴が、富裕層のお嬢様の家庭教師になっているのは、何かがある筈だ。

多分、そいつが富裕層の人間の弱みを握っているのだろうと思ったから、そいつのサーバーにハッキングさせてデータを盗み出し、それを自分も手に入れて富裕層の中に食い込むつもりだった〗と言う、実に低俗極まりない理由でしたからね。

あの男は、自分が成り上がるのに卑劣な手段を常に使う為か、ウルベルトさんへ私が好意から手を差し伸べたとは欠片も思いもしないんですからね。

正直、調書を取る為に必要な会話をするだけでも、非常に不快な相手でした。」

 

本気に、嫌そうな口調で今回の件に関しての裏事情をたっちさんがそう言うと、ヘロヘロさんが不思議そうに首を傾げる。

どうやら、彼には幾つか疑問点があるらしい。

その様子に、このセキュリティを構築した立場として、何となくその疑問に気付いたるし☆ふぁーが嗤いながら手を振った。

 

「あー……多分、ヘロヘロさんの質問は〖他人のサーバーを経由して犯罪を犯している場合だって多いのに、どうしてハッカー本人に辿り着いたのか?〗だよね?

それなら、理由は簡単だよ。

あのソフトは、ウィルスやハッカーそのものに取り付いているから、どれだけ他人のサーバーを経由していても、最終的に移動を止めた大元まで自動的に引っ付いていくタイプなんだ。

そもそも、この件の首謀者が雇っていたハッカーは、それ程能力も高くなかったみたいだからね。

他人に罪を擦り付ける意味で、割とあちこち人様のサーバーを経由していたみたいだけど、中途半端な知識があるせいなのか、自意識が高すぎて自分のサーバーのセキュリティは穴だらけだと思ってなかったみたい。

まぁ……あの外見はともかく、元々恐怖公の眷属はあくまでもウィルスチェッカーソフトだからさ。

視覚的なダメージさえ除けば、害を与えない所かウィルスチェックしてサーバーの状況を診断するプログラムだったから、どこのサーバーに行ってもセキュリティが反応しなかったのかもね。」

 

さらりと、高性能な眷属の能力を披露するるし☆ふぁーに対して、周囲がドン引いたのは当然の話だった。

つまり、るし☆ふぁーの説明通りだとすれば、一度恐怖公の眷属に取り付かれたら、絶対に逃げられない事になるのだから、ある意味では当然の反応だろう。

正直、絶対に関わり合いになりたくない類のセキュリティに、自分から突っ込んできて悪さをしたからこうなったと言いたい事も理解しているから、逆に突っ込みを入れる気力すら湧かないのかも知れない。

 

「……まぁ、良いじゃないですか。

取り合えず、これでウルベルトさんの方の【リアル】の問題は片が付いたと言う事ですし、犯人たちが色々な意味でダメージを受けただろう、るし☆ふぁーさんの仕掛けに関しては、あまり深く考えない方が良いと思います。

きちんとした手順で、普通にお互いの間でメールのやり取りをしている我々には、一切関係が無い事ですからね。

それと、アルベドも無事に仮想サーバーから戻って来たと言う事ですから、ウルベルトさん宛に今日提出した分まででレポートは終了と言う事で良いでしょう。

今回の件で、色々と自分たちのメールペットに対する普段の言動を振り返るいい機会になりましたし、今後は教訓の一つとしてお互いに注意する様に気を付けましょう。

他に、議題に上げる事がある人がいなければ、今日の会議は終了にしたいと思いますが、どなたか議題をお持ちの方はいらっしゃいますか?」

 

モモンガさんが、議長としてギルメン全員に確認を取る様に声を掛けるが、特に誰も声を上げる者は居ない。

流石に、先程のウルベルトさん関連の加害者の受けたるし☆ふぁーの仕掛けの内容を聞いたからか、色々と精神的に疲れてしまったのもその理由の一つなのだろ。

一応、特に急ぎの内容ではなかったから、次に回す事にしたのかも知れない。

今回の会議は、ウルベルトさんの電脳空間へ再度ハッカーからの襲撃と言う議題関連で、割と時間が掛かって遅い時間になったのも、特に他の議題が出なかった理由かもしれないが。

 

「皆さんからの他に議題もない様ですし、これにて今日の会議は終了と致します。」

 

誰からの挙手も無かった事から、モモンガは議会の閉幕を告げたのだった。

 




捕まったハッカーの男は、犯罪者として留置所に拘束されていた。
目の前に、罪状を山ほど並べられての逮捕であり、あの見たくもないアレらの仕掛けは、対ハッカー対策として仕込まれていたものだと聞かされた時点で、自分がどれだけ間抜けだったのかと言う事を思い知らされ、失意に打ちのめされていたのである。
そこへ、追い討ちをかける様な事実が発覚する事になった。

男に、面会を希望する人間が居たのである。

男が、犯罪者に身を落としていたと知った時点で、良心からはきっぱりと縁を切られていただけに、一体だれが会いに来たのかと言う興味から面会を受け入れ……対面した相手に、思わず絶句していた。
男の前に現れた人物は、数年前まで男が勤めていた先にいた、あの自分がどうしても歯が立たない程に溝を開けられていた実力の持ち主である、あの同僚だったから。

一体、どうしてこの男が会いに来た!?

状況も、理由も判らず、面食らっている男に向けて、元同僚の男は静かに口を開いた。

「……あの時、会社の面目を丸潰しにして首になったあなたが、ここまで零落れているとは思いませんでしたねぇ……
まぁ、あなたの普段のあの言動を考えれば、まともな就職先を見付けられるとは思いませんでしたけど。
今日、私がわざわざここに出向いたのは、一言貴方に言う為です。
あなた程度の実力で、私の友人に対してふざけた真似をしてくれましたね。
私の能力に、届かない事すら認められないあなたでは、私の友人のセキュリティに歯が立つ訳が無いんですよねぇ……
だって、彼のサーバーの最終防壁は私が作りましたから。
まぁ、その前に私の別の友人のプログラムに弾かれた揚げ句、精神的に死に掛ける目に遭った様ですけど、まぁ当然の報いでしょう。
因みに、あのあなたを精神的に追い詰める仕掛けを作ったのは、専門知識を持たない友人です。
プロを自任するあなたが、素人に毛が生えた程度の私の友人の足元にも及ばない実力しかないとは……それでよく自分の学歴を自慢できたものですねぇ……
これで、理解出来たでしょう?
あなた程度の能力なんて、それこそ掃いて捨てるほどこの世界に入るんですよ。
まぁ……富裕層の令嬢のいるサーバーを襲撃したあなたが、ここから出られるとはとても思いませんが……それをあなたの大した事ない頭に刻んで生きると、他人に迷惑を掛けないで済むんじゃないですかねぇ……」

クスクスと忍び笑いを漏らすと、元同僚の男はそのまま男に背を向けた。
どうやら、これをいう為だけに男に会いに来たらしい。
一言も反論できないまま、元同僚の背中を見送った男は、その場で固まって動く事が出来ないのだった。

***********

という訳で、後書きに乗せたちょっとした小話になります。
実は、ハッカーの男は元はヘロヘロさんの同僚だったと言う小ネタがあったので、ここで出しておきますね。


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タブラ・スマラグディナと美しき淫魔の、穏やかでありながら憂いに満ちた毎日

今回はこの二人の話。


 メールペットを、ギルメン全員で飼い始めてから、そろそろ二年が過ぎようとしていた。

 

 タブラ・スマラグディナの朝は、割と早い。

 彼女のリアルの仕事が、楼閣からほぼ出られない住み込みの遊女と言う関係上、前日に泊まった客を見送る夜見世の見送りの声が、彼女に起床を即すからだ。

 ある意味、滑稽な遊女と客のやり取りをBGMに、目を覚まして最初にするのはアルベドとの朝の挨拶だった。

 

 最初の頃、タブラはアルベドに直接リアルの顔や姿を見せたりしていなかった。

 これは、タブラ側の都合でしかなかったのだが……ギルメンたちにも自分が女性だと教えていないのに、アルベドに教えるのには色々と問題があったからだ。

 それに ……自分の立場をアルベドに伝えた時の彼女の反応が、心の底から怖かったのである。

 

 タブラなりに、メールペットのアルベドの事を本気で愛しているからこそ、自分のリアルに関する本当の事を教える事で、彼女から嫌われたくなかった。

 

 アルベドが、「自分の親は、本当は父ではなく母であり、しかも人に身を売る仕事をしている」のだと知ったら、彼女は自分を軽蔑の眼差しで見るのではないかと、不安を押し隠してタブラは男として振る舞う様にしていたのである。

 しかし、だ。

 アルベドは、ウルベルトさんの一件でこちらの予想よりも大きく成長した。

 それまでの彼女とは違い、本来の外見年齢に精神年齢が近付いたと言っても良いだろう。

 

 タブラは、アルベドがそれ相応の分別をもって自分のリアルの事を受け入れられると踏んだ所で、漸く自分の本当の事を話し覚悟を決めた。

 

 本当は、このままずっと内緒のままでいる事も不可能ではなかったが、それでも元が頭の良いアルベドに対して隠し事をし続けるのは難しいと思ったし、何より……いつまでも可愛い娘に対して嘘を吐いたままでいるのが嫌だったのだ。

 

 何度も迷い、漸く腹を据えてタブラは自分の事をアルベドに打ち明けたのだが……彼女の反応は、予想以上にあっさりとしたものだった。

 彼女の反応に、思わず逆にタブラの方が酷く驚かされたほどで。

 「どうしてそんなに冷静でいられるのか?」と問い質してみれば、返って来た返事は更に驚くものだった。

 どうも、アルベドの漠然とした感覚と言うか直感のようなもので、何となくそんな気がしていたらしい。

 正確に言うなら、日常的な言動や細かな気配りなど、割と人が気付き難い部分で男性よりも柔和な気配がしたらしいのだ。

 

 それも全部、メールペットとして沢山のギルメンやメールペットたちと接するうちに、漠然と男女の機微の差に気付き、そこから〖タブラ様お父様も、本当は女性なのではないか?〗と察したらしい。

 

 本当に、私には勿体ない位に実に優秀な娘である。

 とは言え、まさか容姿が自分と色違いと言うだけでここまでそっくりだというのは、アルベド自身予想外だったらしく、「嬉しい」と涙を溢す様はとても可愛かった。

 それ以来、タブラは普通にリアルでも端末を起動してメールサーバーを呼び出し、アルベドと暇があれば話をするようにしている。

 

******

 

 さて……話を元に戻すとして、だ。

 先程も言ったが、タブラの朝は比較的他のギルメンよりも早い。

 夜見世組の客の中でも、特に払いのいい上客が他の客よりも少し遅めの時間である日の出前に自宅へと帰宅する際に、彼女達も見送り役として廊下に並ぶ必要があるからだ。

 この辺り、昔の廓では到底あり得なかったシステムなのだそうのだが、廓に所属する美女に見送られたいという富裕層でも特に裕福な客からの希望によって、楼主が少しでも花代に色を付けさせる為に導入した結果である。

 一応、格子太夫である白雪の立場で言えば、自分よりも格下の遊女の客を見送るなど断る事も出来なくはないのだが、建御雷さんと言う後見人によって昼見世専属にして貰って居る状況を慮って、素直に従っているのだ。

 

 まぁ……無理に断ったとしても、起きる時間は三十分も変わらないのだから、面倒事を避ける意味でも楽な方を選択しているのに過ぎない。

 

 だが、どうもアルベドにはタブラが関わらない他の遊女の「お客」の見送りの為に、こんな風に早起きするという状況が不評らしかった。

 何故なら、タブラが見送りの為に起きようとすると「まだ眠っていてくださっても宜しいんですのよ、お母様」と寝かせようと誘導するのだから、ほぼ間違いないだろう。

 そんな誘惑を振り切って、何とか寝床から起き出して手早く身支度を済ませ、決められた場所での見送りから戻って来ると、自分の意見が通らなかった事に対する抗議なのか、何時もアルベドはメールサーバーの隅で羽根を萎れさせてちょっと拗ねていたりする。

 

 彼女のそんな姿を見ると、つい「うん、うちの娘は本当に可愛い!」叫びたくなるのはご愛敬だろう。

 

 正直言えば、彼女の主張を受け入れても構わないかと、ちょっとだけ思い始めて入るのだが、それでも楼主絡みで厄介事に発展しそうな気配がするので、そうならないようにタブラは振る舞っているだけなのだ。

 毎朝の攻防戦に負け、拗ねた様に自分の羽根に包まる様に小さく丸まったアルベドを宥めつつ、彼女の為に朝ご飯を用意するのは、密かなタブラの楽しみだった。

 何となく、モモンガさんがパンドラズ・アクターの事を叱って萎れている様を「可哀想で可愛い」と宣い、たまにわざと誘発させているという話を思い出し、その気持ちに同意したくなる気分だ。

 

 普段、たおやかで楚々とした淑女として、日々成長を見せているアルベドだからこそ、この子供じみた仕種がギャップを呼んで可愛く思えて仕方がないのかもしれない。

 

 アルベドの食事が準備し終える頃に、タブラ付きの禿が部屋まで朝食を運んでくる。

 格子よりも上の部屋付き遊女は、こうして自室まで自分付きの食事を運んで貰えるが、この廓ではそれ以下の遊女たちは纏めて専用の食堂で食事を取る事になっていた。

 タブラも、格子に上がるまではそこの食堂で食事を取っていたが、割とここの食事事情は良い方だと言っていいだろう。

 少なくても、貧困層の人たちの様に液状食料をズルズル啜ると言う事はない。

 

 ここでは、普通に富裕層の中でも上層の人間が食事をする関係上、遊女たちが口にする食事も貧困層の一般的な食事よりも、かなりいいものが提供されているからだ。

 

 以前のここの廓にいる遊女の食事は、金儲けが趣味でケチな楼主のせいでかなり悪かったらしいのだが、かなりの上客の一人が懇意にしていた遊女の体臭の原因が食事だと言い出したらしい。

 「もし、このまま放置するならその話を他の知り合いにも伝える」と改善を迫られ、この上客はおろか他の上客まで失う損害を鑑みた楼主側が、渋々折れた結果なのだそうだ。

 とは言え、楼主はただで遊女たちの食事改善をした訳じゃない。

 食事に掛かる経費も、遊女たちの借金に少しだけ上乗せさせられている。

 

 この件に関して、楼主が上乗せした額が少しだけなのは、余り高額にすると遊女たちの借金の額が嵩み過ぎで逆に回収しきれないからだ。

 

 話がずれたので、元に戻すとして、だ。

 朝の食事が終わると、タブラはその日の稽古事に合わせて禿に手伝って貰いながら、出来るだけ手早く稽古用の服へと身支度を済ませていく。

 稽古によって身に着ける衣装など支度が違うのは、それぞれ必要な小物が違うからだ。

 それに、稽古の場所は廓の中の一角にある離れの大広間で、そこまでの移動は人前に出る事になる。

 

 今のタブラは、仮にも【格子太夫】と呼ばれる立場である以上、面倒であっても毎回それ相応の格好をする必要があり、身支度に禿の手を借りる必要があるのだ。

 

 タブラが、自分の事をアルベドに打ち明けるまでは、午前中の大半はアルベドの自由時間として何もさせて来なかったが、全部話してからは彼女の希望によって少し生活が変わった。

 彼女の為に、今のタブラは朝のこの時間に行われる芸の稽古の際も、稽古場まで端末を持参していく様になったのである。

 これに関しては、もちろん楼主にきちんと許可を貰っている。

 

 名目的には、「稽古中の動画を撮る事で、自分の動きを見直し更に芸を磨きたい」と言うものだが、実際は端末の奥で見守っているアルベドの為だ。

 

 そう、端末で動画を撮りつつ、彼女に自分の稽古の様子を見せているのが実情である。

 アルベドは、タブラの……母である白雪太夫が扇を持って一人で舞う様を、特に見たがった。

 どうやら、彼女は最近タブラが身に着けた芸事に興味を持ってくれているらしく、その中で一番見て覚えたいと言い出したのが、タブラが舞う日舞だったのだ。

 それ以外の芸事にも興味がある様だが、「ひらひらと舞扇を舞わせて踊る様が、とても綺麗です、お母様!」と、そんな風にアルベドが褒めてくれたので、それ以来舞の稽古には今まで以上に力が入る様になった。

 

 ただ娘に褒められた位で、そんな風に頑張るなど親バカな上に単純だと言わないで欲しい。

 

 今まで、自分の舞の稽古を見て純粋に「綺麗だ」と褒めてくれた人など、殆ど居なかったのだ。

 ましてそれが、我が子と思うアルベドからなら、嬉しく思ってもおかしくないだろう。

 正直、この廓の中で生きていく為に必要だったから磨いた業だが、それでも娘が綺麗だと褒めて自分も学びたいと言ってくれるなら、ここは素直に喜んでおくべきなのだと言うのは、彼女との交流で学んだ事である。

 

 そんな風に、ちょっとずつ休憩を挟みながら数時間通して一通りの稽古事が終わった所で、その様子を録画していた端末を回収すると自室へ戻る。

 

 大体、部屋に戻り一息付けるのが朝の十時頃になるのだが、この後の時間帯に待っているのが当日の予約があるお客様への、ちょっとした気遣いの品を用意する時間だ。

 もちろん、それ程時間と面倒な作業をして何かを作る訳ではない。

 今日の予約のお客の好みに合わせて、部屋で簡単に変更出来そうな装飾品をちょっと入れ替えたりする様、禿に指示を出しつつ自分も身の回りの品を変える程度の事をするのだ。

 

 やはり、誰がどう思って居ようとこの仕事は接客業であり、出来るだけお客の好みに合わせておいた方が色々と喜ばれるので、ある意味では絶対に手が抜けない部分でもあった。

 

 とは言え、サクサク作業を進めるのでそれに掛ける時間は三十分程だ。

 大体の支度が終わると、一旦側についていた禿たちを「休憩」の名目で下がらせる。

 そうしないと、タブラ自身がゆっくりとした自分だけの時間が取れず、仲間から届いているメールの返信も書けないからだ。

 慣れた手付きで端末を操り、昨夜のうちに手元に届いていたメールの返信を書き終わるのは、大体十一時を回る位になる。

 それ位の時間になると、タブラにとって嬉しい人物が毎日顔を出す。

 

 彼女の後見役であり、この廓の遊女たちの会計を管理している建御雷さんの来訪だ。

 

 いつも、タブラの所を最後に訪れる彼にお茶を用意し、前日の収支報告をしつつ世間話を少しするのが、白雪太夫としてのタブラの一番楽しい時間だと言っていいだろう。

 

 アルベドに、全部事情を話してからは建御雷さんがここに来ている間は端末を起動し、アルベドとコキュートスも一緒に世間話に加わる様になっていたから、余計に楽しい時間なのだ。

 

 そう言えば、コキュートスは自分の所にメールを運んだ事は今まで一度もないものの、こういう事情でタブラの素顔を知っている一人になっていた。

 

 どうやら、アルベドは自分だけじゃなくコキュートスまでタブラの素顔を知ってしまった事に対して、かなり不満を抱いているらしい。

 だが、タブラが白雪太夫として今まで色々とお世話になっている建御雷さんの立場と顔を立てて、それを口にする事なく我慢している様だった。

 流石に、こうして直接顔を合わせている状況で、建御雷さんの所のコキュートスだけ仲間外れにするのもおかしいので、こればかりはアルベドに我慢して貰う事にしている。

 

 元々、コキュートスは義理堅く口も堅いのだから、下手にタブラの事を言いふらす等の心配はしなくて良いと判断したから、こうして彼も一緒に過ごす世にしているのだから。

 

 アルベドの為の昼食は、この建御雷さんと話している間に用意しているのだが、それに関して特に誰も口を挟む者は居ない。

 この時間にしか、彼女の為にタブラが昼食を用意する暇が無い事を、この場に居る誰もが知っているからだ。

 むしろ、タブラがアルベドの為にどんな昼食を用意するのか、毎回興味深そうに見ているのは建御雷さんの方であり、たまにメニューに関して口を挟んで来る位なのだから、ある意味タブラの行動も話題の提供の一つになっているのだろう。

 

 そんな風に、のんびりと彼らと話していられるのも、最大で三十分ほどの短い時間でしかないのだが。

 

 十一時半頃になると、禿が昼店に出る為の準備の品と共に軽い昼食を運んでくるので、建御雷さんはそれに合わせて帰っていく。

 お客の予約は、昼見世が始まる一時頃のものが殆どなので、タブラがきちんと昼食を取って支度をする事を考えると、どうしても建御雷さんは長居が出来ないのである。

 彼が出て行くと、タブラは手早く食事を済ませてアルベドの様子を見る事にしている。

 この後の予定の事もあり、タブラと共に食事する彼女は大体同じ様に食事を終えているので、禿に気付かれない様に端末で素早く合図を送ると、端末を手に取った。

 それを受け、アルベドも何かを用意し始める事はこの姿を知らせてすぐに教えてくれているので、タブラは禿に対して昼見世の衣装の準備をする様に指示を出してから部屋を出る。

 

 タブラは、これからお客の為に郭内にある湯屋へ行くからだ。

 

 他の遊女たちも、昼見世に出る者はこの時間帯に湯屋に向かう事になっているのだが、それはただ着替えて装ったよりも湯上りで色気を増した彼女達の姿を、お客側が好むからである。

 どういう内容であれ、タブラの仕事はお客が第一の接客業なので、お客が希望する内容は出来るだけ応える必要があり、その為にこうして手間を掛けているのだ。

 端末を持って湯屋へ向かうと、アルベドも一緒に自室に誂えたお風呂に入る。

 少しでも、リアルのタブラと同じ事をしたがるアルベドの行動に、本人が望んでしている事なので少しの苦笑と共に好きにさせていた。

 

 彼女がしたい事を、タブラは出来るだけ狭めたくなかったから。

 

 もちろん、それが今までの様に人が迷惑になる事なら止めさせただろう。

 だが、あくまでも自分と同じ事をしたいというだけで、特に誰かに迷惑を掛けている訳ではない。

 それなら、彼女の好きにさせたとしてもタブラには問題なかった。

 だって、可愛い娘からこんな風に言われてしまったら、許すしかないだろう。

 

 『出来たら、お風呂の時間は出来るだけお母さんと一緒が良い!』なんて、アルベドが本当に可愛くて仕方がなかったから。

 

 そんな風に、アルベドの言葉を思い出しながら、タブラは丁寧に身体の隅々まで肌を磨き上げると、その日のお客が好む香りを身に付けていく。

 これも、仕事のーつだと割り切っているからさくさく進めていくのだが、チラリと確認した端末の画面の向こうでは、アルベドが同じ事をしていた。

 もっとも、アルベドが自分で身に付けていくのは、彼女自身がお気に入りの香水だが。

 とにかく、湯屋で綺麗に身を清めて香りを纏ったら、今度は部屋で残りの身支度が待っている。

 格子太夫として、お客を迎えるに相応しい衣装をきっちりと着込んで、髪を結い上げる必要があるからだ。

 アルベドは、そんな風に太夫の姿になっていくタブラの姿を、起動してある端末のモニター越しに食い入る様に毎回見つめている。

 

 「仕事に貴賤はない」と言う言葉に従い、タブラ自身の仕事に関して否定する事はないが、彼女がこうしてじっとタブラが美しく着飾る様を見つめているのは、どんな理由であれ母が美しくなる様を見ていたいと思っていてくれているからだろうか?

 

 そんな事を思いつつ、タブラは自分の身支度が完全に出来た所で、一旦禿は下がらせる事にしていた。

 もちろん、それには幾つか理由はあるのだが、一番大きな理由を挙げるとするなら、彼女達は楼主に【白雪太夫】の準備が出来た事を伝える役目があるからである。

 同時に、タブラにとって仕事が終わるまでの最後の休息の時間だった。

 この時間に入ってすぐ、タブラはアルベドを今まで書き溜めて置いたメールの配達に出す事にしている。

 

 毎日、夜から昼までの間に来る五通から十通程度の友人たちからのメールを、この時間帯に全部アルベドに託す様にしているのは、自分の仕事が終わるまでの間、出来るだけ他の人の元に居て欲しいから。

 

 特に、自分の姿と仕事をアルベドに教えてからは、その気持ちは顕著だった。

 もちろん、端末とメールサーバーを立ち上げなければ関係ない話ではあるものの、それでも気持ち的に彼女が側にいると思うだけで、お客から気が反れてしまいそうな気がするのだ。

 だからこそ、アルベドにメール配達を頼みサーバーの外に出す事で、彼女がここに居ない状況を作り出しているのである。

 聡明な彼女は、こちらの意図を理解した上でメール配達の仕事に出てくれる様になったから、戻って来るのは夕方の時間だろう。

 

 こういう、細かな気遣いが出来る様になったアルベドは、本当に賢く美しく可愛くて仕方がない。

 

 本当は、彼女に色々と我慢させてしまっている事は気が付いているものの、今の自分の立場では仕方がないだろうとタブラは考えている。

 多分、他の主に比べれば至らない事だってかなり多い筈だ。

 【ユグドラシル】を始めてから、本当にこの廓と言う狭い世界しか知らなかった自分は色々な経験をしてきたつもりだけど、それでもまだまだ自分は知識だけを詰め込んだ世間知らずなんだろう。

 もっとも、タブラ自身は元々この限られた場所で、一握りの人間の欲を満たす為だけにそこに咲き誇る事だけを望まれた徒花でしかないのだから、世間知らずなのは当然だった。

 そんな自分が、こうして【ユグドラシル】で遊ぶ事が出来ているのだって、他の遊女から比べれば破格の扱いなのは承知している。

 自分が、他の遊女よりもこういう面で優遇されている理由は、建御雷さんとその義理に父親がかなり楼主に対して圧力を掛けて、自由をもぎ取ってくれていると言う事も。

 

 だから……せめてあの子と一緒に居られる間だけは、あの子の親として出来る限り可愛がって幸せにしたかった。

 

 少し、また論点がずれたので話を元に戻すとして。

 ここから先は、今日の仕事が終わるまでタブラ・スマラグディナから、白雪太夫へと完全に意識を切り替える事にしている。

 そうでもしないと、今のタブラはお客様の前できちんと彼らが望む「白雪太夫」として、とても振る舞えないからだ。

 幼い頃は、これが私の人生なのだろうと達観して見せていたけれど、今は違う。

 

 あの子の為に……アルベドや仲間と少しでも長く一緒に居る為だと思えば、どんな事でも耐えられるのだから。

 

******

 

 夕方を迎え、廓から家へ帰るお客を部屋の入口まで出て見送ると、既にお付きの禿が準備してくれていた着替えやタオルを手に持って、タブラは端末を片手に湯屋へと向かう。

 昼見世に出ている者は、昼と夕の二度湯屋を利用する事が決まっていた。

 これは、夜見世だって似た様なもので、彼女達はタブラたち昼見世側の者より少し遅い時間帯の夕方と、朝の二度湯屋を使う。

 色々な衛生面から考えて、店の大切な商品でもある遊女をお客の相手をした後の汚れたままの状態で過ごさせると、「美しい花を維持する事も出来ない」と客に評され、そのまま廓の品格に関わるからだ。

 そうして、湯屋で綺麗に汚れを落として部屋に戻って来ると、禿たちによって部屋はお客が来る前の綺麗に整えられた状態へと戻っている。

 それと、朝と昼に比べてちょっとだけ粗末な夕食も用意されているのが常だった。

 

 昼見世の遊女の夕食は、夜見世に出る遊女に比べて少しだけ質が落ちる。

 

 宴席など、昼見世に比べるとお客も多い夜見世の仕事の時間を考えれば、それは仕方がない事だと理解出来るので、タブラ自身も不満はない。

 それに、部屋を整えこの夕食の膳を出し終えたら、禿たちはそのまま一時間は顔を見せないのだから、むしろさくさく膳を置いて出ていって欲しい所である。

 

 ここから先は、可愛い娘であるアルベドとの本格的なスキンシップの時間なのだから。

 

 禿たちが、完全にこの辺り一帯から下がったのを確認し、タブラは端末を立ち上げるとメールサーバーを開いて急いで部屋のプロジェクターとリンクを繋ぐ。

 すると、プロジェクターの表示範囲はアルベドの自室となり、その部屋の中にまるで最初からそこに居た様に、私の可愛い娘であるメールペット独特の三頭身の可愛いアルベドが出現するのだ。

 正直言って、部屋の半分ほどの空間をメールペットのサーバーへ繋ぐこの装置は、タブラにとって決して安い買い物ではなったのだが、それでも欲しくてあらゆる手段を講じてかなり無理をして購入した品である。

 他のメールペットたちよりも、自分はアルベドの事を短い時間しか構えない事が判っていたから、少しでも彼女と一緒に居る事を楽しみたくて用意した品だった。

 

「さて……まずは、お帰りなさいアルベド。

 皆さんへのメールの配達、ご苦労様でした。 

 今日は、メールを届けに行った先で、どんな事があったのかしら?」

 

 この装置の効果によって、姿こそリアルのこの部屋の中に出てきていても、実際には電脳空間に居る状態のアルベドと触れ合う為に必要なグローブをいそいそと嵌めつつ、タブラはにっこりと笑顔で問い掛ける。

 その笑顔は、少し前までお客を相手にする為に浮かべている上辺だけの作り笑いではなく、ニコニコと可愛い娘を相手にする為の心の底からの笑顔であり、もし見ている者がいたらそれこそ確実に魅了されるだろう柔らかなもので。

 もし、この場に普段から行動を共にする事が多い彼女付きの禿たちがいたらならば、それこそ今まで見た事が無い白雪太夫の優しい慈母の様な笑みを前に、本気で動揺するだろう。

 

 それ位、タブラがアルベドに向ける笑みは、優しさに溢れていた。

 

 だが、それも当然の話だろう。

 今のタブラにとって、こうしてユグドラシルにログインする前に彼女と話す事こそ、毎日決して欠かす事が出来ない楽しみであり、リアルの苦境を忘れられる大切な一時なのである。

既に立派な淑女に育っているアルベドが、私の質問に対してそれは嬉しそうな笑みを浮かべながら、手紙を配達しに行った先であった事を思い出しつつ、一つずつ丁寧に話してくれる姿が本当に微笑ましい位に可愛いのだ。

 だから、彼女との時間をタブラが大切に思いつつ楽しむのも、ある意味当然の話だった。 

 

 彼女の話を聞きつつ、彼女の為にその日の夕食の支度を済ませて出してあげれば、それは幸せそうな笑みを浮かべてくれるから、本当にこの時間は自分にとって至福の一時だと言っていいだろう。

 

 そうして、彼女の食事と共に自分の分のお茶も用意し、少し冷めてしまった自分の夕食を膳の上に並べて「いただきます」と手を合わせて一緒に食事を取り終えると、アルベドが趣味の手芸をする姿を見ながら昼間に届いたメールの返信を書く。

 普通の人より、自分の夕食の時間は少し早めな事は判っている。

なので、アルベドと共に夕食を撮った後にメールを書いて送れば、相手が夕食の時間になる前に届ける事が出来る場合が多い事を、今までの経験上良く判っているからだ。

 一通りの返信を書き終えると、アルベドに本日二回目のメールの配達を頼む。

 その際に、アルベドには「ユグドラシルにログインする」と言う事も伝えるのを忘れない。

 

 メールの配達から帰って来たアルベドが、自分がログインして不在になっている事を後から知って、寂しく思わない様に。

 

 そうして、彼女を送り出してから今まで起動させていたプロジェクターなどを手早く全て片付けると、夕食の膳を片付けて貰う為に改めて禿を呼ぶ。

 別に、自分で運んで構わないならわざわざ禿たちを呼び出さずに運んでしまうのだが、これも廓の中の禿たちの仕事の一つであり、格子太夫の自分が膳を持って廊下を歩いている姿を客に見られると後で楼主から叱られる事から、こうして彼女達を呼び出す様にしていた。

 タブラが、彼女たち禿を夕食の膳を下げさせるために呼ぶまでの時間は、割と長い。

 

 アルベドと一緒の夕食を楽しむ為に、出来るだけ夕食の時間を長めに調理場の面々に伝えてあり、それに合わせて膳を下げる時間をざっくりと決めてあるからだ。

 

 多少、他の禿達との時間がずれる事になるのだが、その代わり彼女達はバタバタせずにゆっくりと食後のお茶まで飲める筈だから、特に問題はないだろう。

 本人たちからも、特にそれに関して文句が出た事もないから、タブラはそれに関して本人たちから何か言われない限り、気にしない様にしていた。

 呼び出した彼女達は、そのまま部屋に入ってタブラの寝床の支度をしてくれるので、それが終わるのを見届けてから膳を手渡し、彼女達に「今日の仕事は終わりだ」と告げてやれば、大人しく下がっていく。

 

 これで、今日はもうタブラの部屋に誰も訪れる事はない。

 

 後は、タブラにとって一日の中で楽しみにしていた冒険の時間だ。

 テキパキと手際よく準備をし、寝床に寝転がってユグドラシルへとログインしていく。

 時間的にも、残業が無ければ他のギルメンたちも夕食が終わるだろう頃合いなので、ログインすれば誰か既に円卓の間に来ているだろう。

 

 もしかしたら、今日の狩りの予定を決めている頃かも知れない。

 

 わくわくした気持ちで、タブラは仲間が待っているだろうユグドラシルへとログインする。

 その後は、一頻りユグドラシルでの楽しい時間を過ごし、リアルに戻って来ると待っているのは可愛い娘。

 こちらに戻ると同時に、メールサーバーを立ち上げれば、それは嬉しそうに待っているアルベドを軽く抱きしめると、そのまま彼女から仲間からのメールを受け取り、労う様に額に軽くキスをするのが、二人の間での決まり事だった。

 

「お休み、私の可愛い娘。」

 

「はい、お休みなさいませお母様。」

 

 そう挨拶を交わした後、もう一度お休みのキスを彼女の額に落とし、メールサーバーをダウンしてタブラも眠りにつく。

 

 こうして、タブラ・スマラグディナと美しき淫魔の穏やかでありながらどこか憂いに満ちた毎日は過ぎていくのだった。

 

******

 

 リアルで、最近昼見世専属でありながらとうとう太夫に昇格した、白雪太夫ことタブラ・スマラグディナは、自分の置かれている状況に対して憂鬱そうに大きく溜息を吐いていた。

 

 今まで、ネットの中とは言え仲間を得て共に冒険する楽しみを知った彼女にとって、正式な太夫の名は重くて仕方がない。

 今は、まだ太夫を襲名したばかりだから大丈夫だろうが、それ程間を置かずにあの楼主なら何かをしてくる気がして仕方がないのだ。

 むしろ、その為にまるで急いで彼女を太夫にまで押し上げたよな、そんな気すらする状況で。

 

 今のタブラの……白雪太夫の年は十八歳、十二で遊女になった彼女は、後四年で年季が明ける。

 

 だが、あの楼主がそんなにあっさりとタブラに年季を迎えさせるとは、とても思えなかった。

 そもそも、先日の太夫襲名の盛大な披露に掛かった費用だって、半分はタブラの借金に加算されている。

 十年の年季を迎えても、二十二歳のタブラの若さなら客が取れない訳でもないし、借金返済の為に年季延長と言われてもおかしくないし、また別の方法で何かしてくる可能性もあるのだ。

 

 その中でも、一番可能性が高いのは富裕層の中でも特に上層の相手に【身請け】させる事だろうか?

 

 若くして太夫の名を受けた白雪なら、楼主側がそんな雰囲気をお客相手に匂わせれば、昼見世専門であったとしても【身請け】希望者はそれこそ沢山いるだろう。

 むしろ、そう言う周囲に対する根回し等の小技が得意な楼主だから、本気になったらやらかしてくるだろうと直に想像出来てしまうのだ。

 

 多分、仕掛けてくるならこれから半年前後の間じゃないかと目星を付けつつ、タブラは現状に対して溜息しか零れ落ちなかった。

 




という訳で、今回はこの二人の話でした。
前回のタブラさんの幕間の話でも書きましたが、そろそろユグドラシル事態が衰退期に入りはじめます。
さて……トップバッターは、誰になるやら。


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ギルド会議 ~一部を除くギルメンが「リア充爆発しろ」と叫んだ日~

タイトル通りの話。


 それは、ギルド【アインズ・ウール・ゴウン】結成四周年のパーティを開いてから十日後、いつもの様にメールペットたちに関する報告会と言う名の定例会議が行われる日に起きた、一つの事件である。

 

 たまたま、その日は誰もが割と早く仕事が終わったのか、円卓の間にギルメンたちが全員集まるのも早く、少しだけ早めに議会に移ろうかという話の流れになり掛けていた事も、その事件を誘発する事になったのだろう。

 そんな、絶妙なタイミングを狙った様に、それまで仲の良い仲間内で集まっていたギルメンたちが、自分の席へと移動し始めた頃合いを見て、スッと軽く手を挙げた人物がいた。

 

 そう……その人物こそたっちさんであり、彼は少しだけ迷った後「少しだけ時間をいただけませんか?」と言い出したのである。

 

 たっちさんが、そんな風に行動を起こした瞬間、今までとは打って変わったかの様にピリリと気配が硬くなった人物がいた。

 二年前に、リアルで色々とたっちさんに助けて貰った事から、最近は割とたっちさんに対する当たりが弱くなっていた筈のウルベルトさんだ。

 どちらかと言うと、かなりイライラとした気配を漂わせているのが良く判って、両隣に座っているギルメンたちがどこか落ち着かない雰囲気を漂わせている。

 たっちさんが行動を起こした途端、ウルベルトさんの気配がこんな風に変化した事から考えても、その原因がたっちさんにあるのは間違いないのだろう。

 

〘 ……多分、ウルベルトさんがこんな風にイライラしているのは、たっちさんがこれから言い出す事を知っているからなんだろうな…… 〙 

 

 あくまでも予想でしかないが、何となくモモンガはその予想が外れていない気がした。

 そして、多分同じ事をこの場に居る仲間たち全員が考えているんじゃないだろうか?

 正直言って、それ位ウルベルトさんの反応は判り易いものだった。

 だが、当事者である筈のたっちさんは、そんなウルベルトさんの反応に気付いていないのか、それとも既にリアルで直接一戦やらかした後なのか、綺麗に無視して自分の用件を話すべく口を開く。  

 

「あー……その、大変申し訳ない話なんですが、本日を持ちましてこのギルド【アインズ・ウール・ゴウン】から半引退状態にさせていただきたくて、ですね。

 完全にギルドもユグドラシルも引退するつもりはないんですが、それでもある程度の長期間ほとんどログイン出来なくなる可能性が高いので、その理由等を説明する為に皆さんのお時間をいただけないかと思いまして」

 

 サクッと、ほぼ冒頭から本題から切り出したたっちさんの言葉に、思わずギルメンが騒めき出す。

 それと同時に、なるほどこの内容ではウルベルトさんが苛立ちを隠せない訳だと、誰もがその理由に納得してしまった。

 ウルベルトさんは、たっちさんがこんな事をいきなり言い出した理由を、確実に知っているのは間違いないのだ。

 むしろ、リアルでたっちさんと毎日顔を合わせる機会があるウルベルトさんが、今回の事情を知らない筈がない。

 

「そこのバカの言い訳なんて、真面目に聞く必要はないですからね、皆さん。」

 

 一旦たっちさんが言葉を切った途端、ウルベルトさんはジットリとたっちさんを睨み付ける様な仕種をした。

 そして、迷う様子を欠片も見せずに、そうきっぱりと切り捨てる様に言い捨てたのだから、今回のたっちさんが半ば引退状態になる事に関して、腹に据えかねていたんだろう。

 最近、特に大きな意見の食い違いによる言い争いなどせず、二人が割と落ち着いていた事もあって、「久しぶりの一触即発状態」な空気にギルメンたちも警戒を強めているのだが、本人たちは一切気にしていない様子だった。 

 いきなり、不機嫌な様子でそんな風にウルベルトさんが口を挟んだ事に気を悪くしたのか、たっちさん側も少しずつ機嫌を悪くしながらウルベルトさんの事を睨み付ける。

 

「……いきなりなんですか、失礼ですね。

 私だって、色々と考えた上で皆さんにきちんと話をしようとしているんです。

 それを、横から口を挟まないでいただけませんか、ウルベルトさん。」

 

 どう聞いても、はっきりと「口出し無用」宣言しているたっちさんに対して、ウルベルトさんはまるでそんな事は関係ないと言わんばかりに鼻で笑った。

 そして、フンっと鼻を鳴らしながら、ドンッとテーブルに肩肘を付いた姿勢でたっちさんを見る。

 正直言って、今まで以上に挑発的な態度を取った所でウルベルトさんは、おもむろに口を開いた。

 

「……ぶっちゃけ、たっちさんがそう言い出した理由を簡単に纏めるとしたら、はっきり言って〖リア充爆発しろ〗としか言われない内容ですよ。

 そもそも、俺はちゃんとメールペットを飼い始める時に反対意見だったたっちさんが、娘のみぃちゃんを彼らに……セバスに関わらせたいと言った時に、ちゃんと聞きましたよね?

 〖それは、セバスの事を娘に押し付けて、自分は世話をしないと言う事じゃないんだな?〗って。

 たっちさん、あなたはその時になんて俺に答えたか覚えていますか?」

 

 ウルベルトさんの問い掛けた言葉に、ヘロヘロたちその事に関わった面々がその時の事を思い出す。

 ギルド長として、その場に立ち合ったモモンガも、当時の事はまだきちんと覚えていた。

 流石に、たっちさんの娘さんとは言えギルメンの間で飼うメールペットを、自分達以外に関わらせて良いものかモモンガ自身もひどく迷った案件だからだ。

 だが、あの時は他のギルメンからはそれ程反対意見も出なかった事もあり、たっちさんがどんな意図でこの事を希望しているのか確認してからと言う話になって。

 その見届け役として、メールペットのプロトタイプとも言うべきデミウルゴスの主であるウルベルトさんが、その話し合いの場に関わったのも覚えている。

 むしろ、あの一件からたっちさんとウルベルトさんの関係が改善され始めたと言っていいだろう。

 

「……それは……もちろん、覚えていますけど……」

 

 当時の事を引き合いに出された途端、たっちさんの言葉の歯切れがちょっと悪くなる。

 多分、ウルベルトさんがこんな風に切り出したと言う事は、その時のたっちさんの言葉がどこか守られていない部分があるのだろう。

 たっちさんが、どこか誤魔化す様な微妙な物言いをした事に反応して、ウルベルトさんは苛立ちを更に募らせながらテーブルを軽く指で叩き始めた。

 

「……本当に、あの時の言葉を覚えているとはとても思えませんね。

 あなたは俺に対して、〖娘はセバスの姉の立場としてか関わらせますが、私は彼らの親として二人に接するつもりです〗と、ヘロヘロさん達の前で言った筈です。

 ですが……現在の状況はどうなってるか、分かっています?

 今では、すっかりセバスの事での約束を忘れるどころかみぃちゃんの事も家庭教師の俺に任せきり。

 両親揃って、〖半年後に生まれてくる弟に取られた〗と言ってもいい状態の彼女が、今、どんな状態になっているのか、たっちさんはちゃんと把握していないでしょう?

 あの子は、全く甘えられなくなったあなたたちの代わりに、俺相手に赤ちゃん返りを起こす位に精神的に不安定な状態になってきています。

 ですが……そんな風に親に甘えられない寂しさから俺に依存し掛けている娘の精神状態すら、まともに把握していませんよね、たっちさん。

 セバスの事は、一応まだメールのやり取り関係でそれなりに構っているみたいですが、ほとんど会話の内容は半年後に産まれてくる子供の事ばかりで、本当の意味でセバスを思いやる言葉は最近ほとんど出ないそうですね?

 おかげで、どちらかと言うと馬が合わない感じのうちのデミウルゴスを相手に、この間とうとう我慢出来なくなったのか、セバスが肩に縋り付いて泣き出す場面をつい目撃してしまった、俺とみぃちゃんの心境がどんなものだったか判りますか?」

 

 つらつらつらつら、それこそ止め処なく溢れ出る言葉にはそこかしこに棘が含まれていて、そこからウルベルトさんがどれだけに怒っているのか伝わってくる気がした。

 たっちさんも、予想していた以上にウルベルトさんが怒っている事や、みぃちゃんやセバスの現在の状況を正確に把握していなかったらしく、目を白黒させている

 と言うか、いきなりたっちさんが半引退状態とか言い出したから、何か大変な事でも起きたのかと思えば……流石に今の話に絡む事が理由だとしたら、ウルベルトさんが怒るのも無理はないと思う。

 

 と言うか、幾らウルベルトさんがたっちさんの家の住み込みの専属家庭教師とは言え、たっちさんは彼に自分の娘のみぃちゃんの事を任せ過ぎじゃないだろうか?

 

 多分、他のギルメンたちも同じ様な考えに至ったのか、たっちさんに向ける視線はかなり冷たい。

 どちらかと言うと、ウルベルトさんの言っている事に賛成なギルメンたちは、たっちさんに呆れを含んだ視線を向けながら、まだ言い足りない様子のウルベルトさんに続き促した。

 その視線を受けたウルベルトさんは、更に口を開く。

 

「何故、みぃちゃんもセバスも親のたっちさんに言わず、俺に言うと思ってます?

 あの二人にとって、素直に悩みを打ち明けたり甘えたりして良い相手はあなたじゃなく、俺だと思われているからですよ。

 特に、みぃちゃんは普段から多忙な様子のあなたよりも、一緒にいる事が多くて色々と相談に乗ってくれる家庭教師の俺を、本当に心から頼りにしているんです。

 セバスは、立場的に俺にも頼る事が出来なくで、何とも言えない自分の気持ちと、つい頭の中に浮んだ〖自分は捨てられるのではないのか?〗と言う考えに恐れ慄き、本当に悩んで苦しんでましたよ。

 ……見ていて、可哀想な位でしたね。

 それこそ、余りに憔悴した様子を見かねたデミウルゴスが、〖本当に大丈夫なのかい?〗と声を掛けた途端、堰を切った様にその肩に泣き縋る程だった事を考えれば、どこまで切羽詰まった精神状態だったのか判るでしょう?

 その辺りの事も、全部ちゃんと状況を把握した上で、この話を切り出しているんですよね、たっちさん。」

 

 ジトリと、強く睨み付ける様にウルベルトさんに対して、たっちさんはらしくない位に視線をさ迷わせている姿を見る限り、彼から指摘された事はどれもほとんど知らなかったんじゃないだろうか?

 だとしたら、やっぱりたっちさんには悪いけど、今回ばかりはみぃちゃんやセバスの為にもウルベルトさんの方に味方したくなる。

 とは言え、まだたっちさん自身からきちんと今回の話を聞いていないのも間違いなくて。

 片方だけの主張を聞いて、一方的に結論を決める訳にもいかないだろう。

 そう判断して、モモンガは改めてたっちさんに話を振った。

 

「それで、ウルベルトさんがみぃちゃんやセバスの事でここまで怒っている、たっちさんが半引退を切り出した理由は何なんですか?」

 

 モモンガから話を振られた途端、たっちさんはハッとなった様にこちらを見る。

 どうやら、ウルベルトさんから出てくるどれも厳しい言葉に意識を向けていた事から、すっかり自分の用件を忘れてしまっていたらしい。

 コホンと軽く咳払いをした後、改めて自分がどうしてそんな事を言い出したのか、その理由をゆっくりと話し始めた。

 

「私が、この場でこんな事を言い出した理由ですが……ウルベルトさんが言う通り、実は妻が二人目の子供を妊娠中でして。

 それで、今回こそは子育てに協力してくれと妻から言われてしまったんです。

 みぃが生まれた時は、まだリアルの仕事なども忙しかった事もあり、赤ん坊の頃から育児には関わる事が出来ませんでしたし、その事への罪滅ぼしの意味も兼ねて、今回は妻の希望に答えるべきだろうと思いまして。

 それで、ギルドの方を半引退状態にさせて貰って、本当に私の力が必要な大きなイベントとか、攻略の際は参加すると言う形にさせて貰えると助かるんですが……」

 

 そこで言葉を切ったたっちさんに、ギルメンから向けられる視線は更に冷たくなった。

 正直、モモンガも彼らの気持ちは良く判る。

 と言うよりも、たっちさんの立場など家庭環境や状況的な事を考えればあり得る話なのだろうが、それでもどこか納得がいかないのだ。

 まるで、この状況を最初から理解していたかの様に、たっちさんの言葉に先陣を切って真っ向から反対意見を口にしたのは、今までたっちさんに対して厳しい事を言っていたウルベルトさんである。

 

「本当に、たっちさんは自分の都合がいい事ばかりを言っていると、皆さんもそう思いませんか?

 もちろん、奥さん側の言いたい事は判ります。

 小学校に上がって、色々と成長していくみぃちゃんに加え、跡取りとも言うべき二人目の子供が出来た以上、今までの様に夫がゲームばかりして育児に大変な自分に協力してくれないのは困ると、そう言いたいんでしょう。

 ですがね、実際は最近のみぃちゃんの世話等なほぼ俺が請け負っていて、彼女は自分のお腹の子供の事ばかり優先している状態です。

 正直に言って、彼女にみぃちゃん関連の育児での負担は殆ど掛かっていないと、この場できっぱりと断言しても構わない位でしょう。

 それなのに、奥さん側からたっちさんに子供の事を優先する為に〖ゲームを出来るだけ止めてくれ〗と言い出すのは、現時点でママから半ば放置状態のみぃちゃんからすると、お腹の子供に大好きなパパまで取り上げられるのと同じ意味を持つ酷い話だと、俺は思いますよ?

 その辺りに関して、奥さんがどう認識しているのかも含めて、まずはきちんと家族できちんと話し合って決着をつけていませんよね?

 全部済ませた上で、漸くギルドに対して引退云々の話をしろと、俺は言いたい訳です。

 正直、本音を言えば二人目の子供を作っている時点で〖リア充爆発しろ!〗って叫びたい位ですが、あくまでも個人的な事なのでそれは横へ置くとして。

 半引退状態になるつもりなら、メールペットのセバスはどうするつもりなんです?

 あれだけ、俺やヘロヘロさん、モモンガさん達に対して啖呵を切っておいて、結局はリアルに息子が出来きたらお払い箱だというのなら……俺自身のリアルの立場は関係なく、あなたの事を心から軽蔑しますよたっちさん。」

 

 ザクザク、ザクザクとウルベルトさんが放つ言葉のナイフが、容赦なく確実にたっちさんの中にある心のHPを削り取っているのが伝わってくる。

 裏を返せば、それだけウルベルトさんがたっちさんに対して怒っていると言う事なのだろう。

 確かに、話を聞く限り色々とたっちさんの方に問題があるのは良く判るので、この場で直接口を挟むのは差し控える事にした。 

 多分、他にギルメンも今のウルベルトさんの言葉に下手に口を挟んで、自分にまでウルベルトさんの怒りが飛び火するのは避けたいだろう。

 当のたっちさんだって、ウルベルトさんの主張に対して割とタジタジなのは、きちんと家族の事を見ていなかった自分に非があるのを自覚しているからじゃないだろうか?

 少なくとも、普段のたっちさんだったらすぐに言い返す所を、反論もせず黙って大人しく聞いている時点で、この件に関してどちらの主張が正しいのかなんて、言わずと知れたものだと言っていいだろう。

 つい、この状況に誰もが口を挟めずに固唾を飲んで見守る中、漸く自分の中で意見を纏めたのか、たっちさんが口を開いた。

 

「……ウルベルトさんの言いたい事は判りました。

 確かに、私自身が考え無しだった部分が幾つもある事に関しては認めましょう。

 妻が、自分の体調とお腹の子供の事ばかり優先した上、みぃの事をウルベルトさんに任せて全く相手していないとすら思っていませんでしたからね。

 みぃやセバスとは、今回の事に関してきちんと話し合っていなかった事も事実です。

 ですが、それは決して私自身があの子たちの事を蔑ろにしていつもりはありません。

 もちろん、それがあの子たちに伝わっていなければ、意味がないとウルベルトさんならおっしゃるでしょうが……そこはまだ、これからきちんと腹を割って話し合う事で挽回が可能ですよね?

 それと、今回の事を理由にセバスの事を手放すつもりなんて、最初から考えてません。 

 育児の為に半引退状態になる分、皆さんとの連絡はセバスが運ぶメールだよりになりますし、息子が生まれてもうちの長男として扱うつもりでしたので、ウルベルトさんから軽蔑される筋合いはないと思いますよ。」

 

 出来るだけ、感情的にならない様に冷静さを心掛けて自分の意見を口にするたっちさんに、再度鼻を鳴らすウルベルトさん。

 多分、実際に子供たちの事を見ていたウルベルトさん的には、今の発言は信用ならない部分が大きいのだろうが、流石にたっちさん側の事情を考えると一方的に責める事も出来ないだろう。

 前にも一度、ギルド武器を作る時に奥さんと喧嘩してまで素材集めの為に来てくれていた訳だし、たっちさん自身も完全に引退するとは言っていないのだから、もう少し詳しく話し合ってから折り合いがつく所で条件を決めれば問題ないんじゃないかと思わなくもない。

 

 それに、ウルベルトさんが一番の問題点だと挙げていた、娘さんのみぃちゃんの事やセバスの事もきちんと考えて対応すると言っているんだし、これ以上は人様の家庭の事に口を出すのは流石にどうかと思うのだ。

 

 なので、これ以上二人がヒートアップする前に割り込む覚悟を決めると、モモンガが口を開こうとして……たっちの割とすぐ側の席から声が上がった。

 そこに座っているのは、今いるメールペットの生みの親とも言うべきヘロヘロさんだった。

 どことなく、たっちさんに対して怒りと言うのか敵意に近いものを感じるのは、気のせいだろうか?

 

「……全く、これだからリア充は困るんですよねぇ。

 自分で約束した事位、きちんと守りましょうねたっちさん。

 まぁ、本人的には約束を破る所だったという自覚がない所が、たっちさんの罪深い所というべきなんでしょうけど……

 とにかく、ちゃんとセバスへのフォローはしてあげて下さいね?

 後で、うちにメールを持って来た時にカウンセリングをして確認しますから、フォローが万全じゃなかった時は覚悟しておいて下さい。

 みぃちゃんに関しては、ウルベルトさんも側に付いてますし、ご家庭の事なので口を挟みませんが。

 それはさておき、たっちさんが半引退状態になるのはいつ位からを考えてます?

 流石に、いきなり今日言って明日止めますとか言いませんよねー?」

 

 あ、あんな風に最初にヘロヘロさんが毒吐くなんて珍しい。

 メールペットたちの生みの親として、たっちさんがセバスの事をいい加減に扱うのは許し難かったからだろう。

 うん……そういう事にしておくとして、だ。

 確かに、ヘロヘロさんが質問した様にその辺りの事は明確にして貰わないと、流石にこちらとしても困る案件だった。

 

 たっちさんは、うちのギルドの最強の一角を担う立場なんだから、いきなりその場での引退を言い出しても通用しない事位は、社会人としても理解しているだろう。

 

 ヘロヘロさんに問われたたっちさんは、まさか彼からそんな辛辣な事を最初に言われるとは思っていなかったのか、開口一声に言われた言葉に動転してしまったらしい。

 思わず、軽く胸を押さえてその場で軽くよろめいた後、何とか気を取り直してから口を開いた。

 

「……もちろん、私だってそこまで無責任な事をするつもりはありません。

 妻が出産する予定の半年後までは、出来るだけ普通にログインするつもりです。

 出来れば、その前に皆さんと大きなレイドを一つ熟しておきたい所ですが……今の所、それと言って大型イベントはありませんし、無理にとは言いませんが。」

 

 何も確認せず、さらっと奥さんの出産予定日を口にするたっちさんに、ギルメンの半数の空気が何となく殺気立った様な気がした。

 これは、モモンガ自身の気のせいかもしれないので、口に出してそれを確認したりはしない。

 正直に言えば、モモンガだってたっちさんの半引退理由を聞いた時からずっとかなり微妙な気持ちなのだから、他のギルメンが過剰反応したとしても当然の話だろう。

 予定を確認して、次に手をたっちさんに話しかけたのはぷにっと萌えさんだ。

 

「あー……きちんと奥さんの出産予定日を把握している訳ですね、リア充爆発しろ!

 まぁ、たっちさんが半引退状態になるまで半年と言う期間があるのでしたら、多分それまでに一つ位運営がイベントを発表すると思うので、その際に思い切り暴れて貰う事にしましょう。

 ある意味、たっちさんにとって最後の大型戦闘になるかもしれない訳ですから、運営からのイベント発表があり次第、それ相応のスケジュールを組む事にしましょう。

 もちろん、流石に奥さんに臨月に入った頃にイベントがあった場合は、奥さんの方を優先で構いません。

 流石に、そんな事で奥さんに恨まれたくありませんから。

 後、ウルベルトさんやヘロヘロさんが言った様に、セバスやみぃちゃんへの親としてのフォローは、ちゃんとして上げて下さいね。

 両親の仲が良いのは子供として嬉しいでしょうが、仲が良すぎて自分の事を見て貰えなかったり、両親揃って下の子供ばかり優先されると、歪んで育つ可能性もありますから。」

 

 最後の言葉を言う時、ぷにっと萌えさんがチラリと茶釜さんへ視線を向けた様な気がしたのも、多分モモンガの気のせいだろう。

 その後も、何人かが手を挙げて色々とたっちさんに質問していくのだが、その度に必ず「リア充爆発しろ!」と言われ続けたからか、たっちさんがかなり凹んでいる様だった。

 まぁ、流石にあそこまで質問した全員から同じ様に「リア充爆発しろ」と言われ続けたら、凹まないでいられる方がおかしい気もするので、これも仕方がない事なのだろう。

 

「それでは、皆さんたっちさんが半年後には半引退状態となり、普段は活動を休止して有事にのみ駆け付けると言う話を承認するという事で宜しいですね?」

 

 最後にモモンガが確認する様に問えば、誰もがそれで問題ないと了承したらしく、特に反対意見は上がらない。

 問題がない様だと言う事で、改めてたっちさんの顔を見ると、にっこりとした笑顔のエモーションを浮かべつつ、モモンガはそれを口にした。

 

「では、これでたっちさんの件の話は終了と言う事で……リア充爆発しろ?」

 

 何となく、モモンガ自身もこれをたっちさんに対して言った方が良い気がした為、そう口にした途端一気にその場にいたほぼ全員から〖リア充爆発しろ!〗の唱和が入る。

 まさか、モモンガからも言われた揚げ句ギルメンの大半から唱和されるとは思っていなかったのか、ズーンとその場で落ち込むたっちさんを他所に、ギルメンたちは本来の目的である定例報告会議を始めたのだった。 

 

 




という訳で、前回の話の通り衰退期に入ります。
そのトップバッターは、たっちさんと言う事で。
更に、前回引退の後に(?)を付けたのは、今回の話の通り半引退状態ではあっても引退そのものではないからです。
そして、たっちさんの半引退理由に関しては、実はハーメルンでメールペットを掲載し始めた時点で既に決まってました。
やー……アニメの十話にたっちさんとウルベルトさんの口論のシーンがあった事で、ざっくりとたっちさんに対してのウルベルトさんの口調がイメージ出来たお陰ですかね、もうサクサク話が進む事ったらありませんね。
実質、ハーメルン版に修正する前のpixiv版は、ほぼ一日で書き上げましたから。



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やまいこと戦闘メイドのお姉さんの割と忙しいなりにマイペースな毎日

今回は、この二人の話です。


 やまいこの起床時間は、ギルメンの中でもそれなりに早い。

 彼女が早起きする理由は、教師として教鞭を執る様になって数か月後から三年半前まで、出来るだけ早めに出勤して色々とやらなければいけない事が、それこそ山の様にあったからだ。

 そんな理由があって、三年半前まで朝は戦争と言っていい位に慌ただしく仕事に行く準備に時間を取られていた事から、彼女が毎日最初にメールサーバーを開くのは、実は出勤してからだった。

 

 下手に、出勤する前に無理をしてメールサーバーを起動させるより、学校に出勤してやるべき事を片付けてからメールサーバーを開く方が、時間的にも精神的にも余裕を持ってメールを読む事が出来るからである。

 

 普通に考えれば、教職についている彼女が学校に出勤した後にそんな時間が取れるのかと思うかもしれないが、彼女の場合は教師としての長年の経験から出勤後の方が割と上手く時間をやりくりする手段があるので、周囲が思っているよりも時間が取れるのだ。

 もちろん、それには幾つか理由があるのだが、彼女が教師として教鞭を執る学校の近くに住んでいると言うのも、それなりに他の教師よりも授業前の朝の時間にゆとりが取れる理由の一つだろう。

 それなら、「わざわざ無理に早く学校に行かず、家でゆっくりした方が良いのではないか?」と、彼女の生活を知れば仲間から言われるかもしれないが、今までずっと学校にサクサク出勤して空いた時間を他の教員が来るまでゆったりと過ごす方だったので、習い性でそのままにしていたりする。

 

 今更、体に染みついている習慣を変更する方が、余程面倒だからだ。

 

 学校に来て、自分のあてがわれた教科準備室である程度その日に行う授業の順備が済めば、そこから朝の職員への通達の時間までやまいこの自由に行動する事が出来た。

 なので、その開いた時間をメールサーバーの中に居るユリとの朝の時間として、上手く利用しているのだ。

 やまいこは、学枚の門が開いてすぐという早朝に出勤している事もあり、ユリの為に朝食を用意するのもこの時間だった。

 この朝の時間は、やまいこの中で楽しみの一つになっていると言っていいだろう。

 

 ユリが彼女の手元に来るまでは、習慣的に早朝に学校に来て授業の準備をした後、諸事情から何もする事なくぽっかりと出来たゆったりした時間の使い道は殆どなく、ぼんやりと流行の雑誌を眺める位しかやまいこにする事はなかった。

 

 自分の受け持ちの生徒の為に、少しでも何か自分に出来る事を考える時間にするよりも、ぼんやり雑誌を読む様になったのは三年半前からだが、どうしてそうなってしまったのかと言う理由に関しては彼女自身もよく覚えていなかった。

 誤解が無い様言うが、生徒たちが可愛く思えなくなった訳じゃない。

 けれど、自分だけが生徒の事を考えて一人で頑張って何かをしようとしても、他の教師や生徒の親から「人気取りの行為だ」と言われ続け、徐々に細かな部分までやる気が減退してしまったのだ。

 そして、彼女が覚えていない様な些細なきっかけで、その手間を掛けるのを辞めてしまったのである。

 だからこそ出来たのが、この時間帯だった。

 もちろん、だからと言っていい加減な授業や生徒への対応をするつもりは、やまいこ自体にはない。

 ただ、これ以上自分が一人だけで何かしていても「出る杭は打たれる」だけで生徒の為には何もならないと、やまいこは漸く悟ったのである。

 

 そんな風に、仕事に情熱を燃やし続けるのが難しい状況いなり掛けた彼女の元へ、ギルドの仲間と一緒に飼おうと届いたのが、今側にいるメールペットのユリだった。

 

 彼女にとって、ユリの存在はとても大きなものだと言っていいだろう。

 家族から独立して一人暮らしている彼女にとって、ユリはそれこそ娘の様な可愛い存在であり、大切な家族の様な存在なのだから当然の話である。

 多分、今のやまいこは生徒の為に使っていた時間を全部ユリの為に注ぎ込んでも足りない位、彼女の事がとても可愛くて仕方がなかった。 

 

 それはさておき。

 やまいこは、ユリの為の朝食を準備して彼女に出すと、仲の良い友人たちから届いているメールに目を通して返事を手短に書く。

 それこそ、友人たちのメールへの返事の内容は、周囲が思っているよりも短く簡潔なものだ。

 ほぼ、毎日やり取りしている友達同士のメールなので、そこまで細かく書く内容が思い付かないからである。

 むしろ、短いメールでも十分な位にメールのやり取りをした上で、夜には「ユグドラシル」の中で会うのだから、そこまで細かな内容が必要だとはとても思えなかった。

 

 どちらかと言うと、こんな風にメールが短いものの方が、毎日メールをやり取りする事が出来る分、ユリも仲の良いメールペットのアウラやマーレと遊べるだろう。

 

 そんな事を考えつつ、やまいこがさくさくメールを書き上げていくと、食事とその日の身支度が終わったユリが側に控えて待っていたりする。

 ここで声を掛けないのは、うっかり声を掛けてやまいこがメールの宛先を間違えない様にと言う、ユリなりの気遣いだった。

 ユリが着る服に関しては、前日に選んだものを用意しておいてあげてあるので、朝食が終わったユリは素早く寝間着から着替える事で、まずは普通にそれを着た状態を見せてくれる。

 そこから、その日の気分に合わせて彼女に似合う髪飾りやチョーカーなどの小物などを用意するのが、やまいこにとって朝の一番の楽しみだった。

 自分の可愛い娘を、人様の所にお使いに出す前にもっと可愛くしてあげたいと思うのは、娘を持つ親として当然の話だろう。

 特に、彼女がこれからメールを持って行く所は、ギルメンの中で三人しかいない女性メンバーである友人のぶくぶく茶釜さんとの餡ころもっちもちさんの所なのだ。

 

 やまいこが、ユリはこんな風に可愛いと思った衣装を着せてお使いに出す様に、彼女達のメールペットも可愛い姿をして待ち構えているだろう。

 

 茶釜さんの所アウラとマーレは、【双子】と言うコンセプトを生かした毎回可愛らしい衣装を着ているし、餡ころもっちもちさんのメールペットのエクレアは、イワトビペンギンと言う種族的にユリたちの様な可愛い衣装とかをきている事などはないものの、それでも彼の魅力を引き立てる格好はしている筈。

 むしろ、服が着れない分毛並みを滑らかかつ艶やかなものにする方向で、毎日色々と工夫しているのだと餡ころさん本人から聞かされている。

 実際、昼休みに見るエクレアの姿は撫で回したくなる位なので、そのコンセプトで間違いないのだろう。

 こんな風に言っていると、まるでただ可愛がるだけで叱らないと思われがちだが、もちろんそんなつもりはやまいこたちにはない。

 メールペットを飼い始めて数か月後に起きた、あの【アルベド騒動】を教訓にして、やまいこは今までのユリに対する自分の行動や言動を思い返した瞬間、思わず蒼白になった。

 

 自分が、いつの間にか子供の自主性を奪いかねない様な、何かに付けて学校に怒鳴り込んでくるろくでもない親と一緒の言動をしていると、そう気付いたからだ。

 

 その事に気付いた途端、自分が教師でありながら自分の子供とも言うべきユリの言葉に、本当の意味で耳を傾けていなかった事にも気が付いた。

 もっと、ちゃんとユリが自分に向けて話す言葉に耳を傾けてあげていたら、やまいこは多分気付けた筈なのだ。

 アルベドの行動が、本当はただの我儘だけじゃなかった事に。

 自分の受け持つ生徒たちの中にも、アルベドの様に極端で酷いものでなかったとしても、似た様な行動をする子供が居なかった訳じゃない。

 

 まだ未成熟な精神だからこそ、自分の中にわだかまる感情や思いを相手に向けてどう発して良いのか、それが自分では良く判らないまま、親から教えられた方法(アルベドの場合はNPCとして与えられた設定部分)に頼ってしまっただけ。

 

 小さな子供が、自分の感情に振り回されて癇癪を起しているのと、それほど変わらない事だったのに。

 良く思い返してみれば、あれだけ他のメールペットから嫌われる可能性が高かった筈のアルベドの事を、ユリは「ちゃんとマナーなどきちんとしていれば、周囲が言う程問題発言は少ない方ですよ?」と評していた。

 タブラさんと、それなりにメールのやり取りをしていた時だって、メールを持って来たアルベドがやまいこに対して迷惑になる様な行動も、ユリに対しての嫌がらせもしなかった事を思い出せば、彼女の事をいつの間にか友人たちから伝え聞いた話を元に、色眼鏡で見ていた事も間違いなくて。

 

 あの一件は、そう言う問題点を浮き彫りにするという意味でいい教訓になったのだと、やまいこは本当に思っている。

 

 これに関しては、茶釜さんや餡ころさんも同じ考えに至ったらしく、三人でアルベドが戻って来るまでに色々と反省しつつ今後の事を見直したものだ。

 自分のメールペットは、今だって自分の子供だと思える位にとても可愛い。

 だけど、ただ可愛がって甘やかすだけじゃ駄目なのだ。

 本当に自分の子供と同じだと思っているなら、甘やかすだけじゃなく悪い部分は叱ったり良い事をしたら褒めたり……それこそ、子供を育てるのと同じだと思って接しないと、また同じ間違いをしてしまうだろう。

 

 そう考えてから、やまいこは出来るだけ親としてユリの事をちゃんと細かな所まで様子を見て、彼女と色々な話をする様にしていた。

 

 まぁ、そんな考え方をする様になったあの一件から、自分はただユリの事を猫可愛がりするだけじゃなくなったと思う。

 ユリは、元々プレアデスの長女と言う立場もあって、ちゃんと話してみると僕によく似ている所も多いから、ちゃんと注意してみていてあげないと。

 

 そんな風に思いつつ、準備の出来たユリにメールを渡して配達へと送り出すと、やまいこはそれまでのリラックスモードから教員モードへ意識をきっちりと切り替えた。

 ここからは、人様の子供を預かる教育者の立場として、きちんと責任ある事を忘れちゃいけないからね。

 そう言う意味でも、メリハリを付けた意識の切り替えは重要だと思いつつ、自分の受け持ちのクラスの授業の為にこの時間帯に持って行く物を準備を始めていた。

 

******

 

 次に、やまいこがのんびりとメールサーバーを開く事が出来るのは、昼休みの三十分程だ。

 お昼休みは、お昼を食べる時間まで含めれば全部で一時間半あるのだけれど、最初の一時間は職員専用の食堂でお昼を食べるのに時間を取られる為、自由になるのは三十分程なのである。

 お昼も持参して、自分の教科準備室で食べれば良いと言われそうだが、そうは簡単な話じゃない。

 食事する間に、同じ学年を担当する職員同士で授業内容について話し合う事もあるから、勝手に一人だけ準備室で食事をするのはマナー違反なのだ。

 特に話す事がない時は、手早く食べて準備室に戻れるものの、話す内容がある時はもっと少ない時間しかないので、出来るだけ早めに話が終わる様に水を向けつつ、終わったら速攻で自分の準備室に戻る様にしていた。

 その理由の一つは、ユリのお昼ご飯と彼女に頼んだメール配達に対して「いつもありがとう」と、ちゃんと伝えたいからだ。

 

 もちろん、一日くらい言わない日があっても彼女は気にしないだろうが、自分の方がちゃんと言わないと気が済まないと言う理由もあった。

 

 可愛い娘との、大切なスキンシップの時間を優先するなら、ちょっとの時間でも無駄にしたくないと思うのは、親として当然の話だろう。

 これが、授業中にそんな真似をしているのだと言うのなら問題かもしれないが、昼休みと言う長い休憩時間なのだから、少し位自分の好きに使ったとしても文句を言われる筋合いはない。

 これで、自分が受け持つクラスの授業に差し障りがあるなら別だろうが、やまいこは先に授業の準備をしてから食事に行くので、その点も問題なかった。

 メールサーバーを立ち上げると、既にサーバーの中へ帰宅したユリが出迎えてくれるので、ちょっとだけその事を嬉しく思いつつ、まずは彼女の話を聞きつつお昼の支度をする。

 ユリからは、朝食を作る時点で昼食も作りおきしてくれて構わないと言われているが、やまいこの方が出来るだけ毎回その時間が来た時に彼女に食事をきちんと作ってやりたいので、これに関しては聞いてあげられない案件だった。

 

 もちろん、ユリがお昼を食べられなくなる事態は避けたいから、朝の時点でそこまで時間がないと判っている時は、その朝食を作る時点で一緒にお弁当を作るけどね。

 

 お弁当は、自分が食べたい時に食べるから美味しいのだと思うので、ユリから「お昼はお弁当が食べたいです」と言われれば、作ってあげる様にはしていた。

 やはり、食事に関しては本人が希望する形で、出来るだけ用意してあげたい。

 その代わり、嫌いだからと言って偏食を赦すつもりはなかった。

 

 もっとも、ユリはそんな事を言い出す様な子じゃなかったけど。

 

 彼女の話を聞きながら、出来るだけ手早くでも手を抜かずに用意したお昼を出して、それを食べている彼女の様子を見ながら自分がいない間に友人たちのメールペットが届けてくれただろうメールに素早く目を通す。

 みんな、自分と同じ様に仕事の合間に簡単に書いただろう短い返信だったが、元々目的はこうしてメールをやり取りする事によってユリたちの交流を深める為だから、特に文句はなかった。

 さくさくメールを読み終えると、こちらもそれに対しする短めの返事を書いてユリに持たせる準備をしておく。

 お昼休みが終わると同時に、またユリにメールを配達して貰う為だ。

 基本的には、メールを持ってきてくれているのは茶釜さんの所のアウラとマーレ、餡ころさんの所のエクレアが多いのだけど、昼の休憩時間だとそこにタブラさんの所のアルベドが混じる事もある。

 他の二人からは、ほぼ毎日メールが届くのに対して、アルベドがメールを持ってくるのは数日に一回といった所だろうか?

 どうも、アルベドがユリと過ごす事を好んでくれている事もあって、彼女の為に交流場所を増やす為なのか、タブラさんも短めだけど丁寧なメールをくれるのだ。

 と言うか、タブラさんから貰うメールの内容は、メールペットに普段出しているおやつの事とか食事の事とか、とにかくアルベドに関わる事ばかりなので、昔に比べると随分親バカになった様に思えて仕方がない。

 

 やまいこ自身、そんな親バカなタブラさんも悪くないと思うからこそ、こうして短いメールのやり取りを定期的に続けているのだが。

 

 とにかく、全員に返信を書いてユリを送り出すころには昼休みが終わってしまうので、ユリに返事を託した後は急いで教室へと向かう。

 ただし、自分の行動をどこで子供たちが見ているか判らないので、絶対に走らない様にだけは注意していた。

 普段、彼らに対して「廊下を走るな」と注意している側の私が、自分が授業に遅れそうになって走る訳にはいかないからだ。

 

 午後の授業を終えた放課後、やまいこが向かうのは自分に与えられた準備室ではなく、職員たちが集まる職員室だ。

 その日の授業が終わってから、学校に居る職員同士の本格的な打ち合わせや会議をする必要があるからである。

 基本的には、こんな風に授業が終わった後に職員会議はあるのだが、早急に対応が必要な緊急連絡がった場合は朝の段階で職員室に集まる事もない訳じゃない。

 その場合、ユリと会えるのは昼休みまでお預けになる事もあるので、出来れば朝の会議が開かれるような事態は遠慮したいと思っている。

 

 万が一、朝の緊急会議が開かれる場合、ユリの朝ご飯は念のために部屋に用意してあるシリアルだけになってしまうし、可愛い娘との朝のスキンシップも取れない状況は、やまいこの方が辛いからだ。

 

 それはさておき。

 放課後、その日のうちにしなければならない教師同士の打ち合わせや会議、翌日の授業の準備や生徒から受け取った宿題の添削など、教師としてしなければならない沢山の仕事を済ませていたら、大体夕方から夜の時間帯になる。

 ここ数年、やまいこが受け持つ生徒は、前年に受け低学年持ったクラスの持ち上がりになるか、もう一度低学年になるかのどちらかになる事が多いので、それこそ数年おきのローテーションの様な授業になる事も多く、ある程度慣れてしまえば翌日の授業の準備自体には、それ程時間は掛からなかった。

 だからと言って、全く同じ内容の授業で済むかと問われると微妙に違う。

 毎年、受け持った生徒の学習レベルが微妙に違っている事が多いので、合わせて調整する必要はあるからだ。

 それが終わると、その日のうちに済ませる事はほぼ終わりなので、やまいこは急いで帰宅する。

 

 早めに家に帰って、ユリとゆっくりと話しながら夕食にする為だ。

 

 夕食は、学校で取る昼食に比べるとかなり落ちるものの、出来るだけ自炊する様にはしている。

 もちろん、天然素材の食料なんて高価なものは手に入らないが、それでも女として「料理が出来ない」と言われるのはちょっと嫌なので、やまいこなりに努力している事だと言っていいだろう。

 正直言えば、夕食くらいはちょっとだけ簡単に済ませてしまっても良いんじゃないかと思わなくはない。

 思わなくもないのだが、きちんと自炊をしない訳にはいかない理由が、やまいこにはあった。

 

 少なくとも、毎食を外食や簡易食糧で済ませる様な真似だけは絶対にしないと、一人暮らしを決めた時点で妹と約束させられたからである。

 

 それはさておき。

 夕食が済めば、そこから暫くはユリから今日の出来事を聞く時間だ。

 実を言うと、やまいこは他の友人たちの様にユリが仲の良いメールペットと、楽しく過ごしている様子を見る機会はあまり多くない。

 仕事柄、日中は短い昼休みの時間以外にメールサーバーを立ち上げる余裕がなく、友人からのメールを持ってくるだろうメールペットたちとほとんど顔を合わせる事が無いからだ。

 それでも、ユリから聞く話を総合して考えるなら、彼女と仲が良いのは茶釜さんの所のアウラとマーレ、餡ころさんの所のエクレア以外だと、先程話の出ていたタブラさんの所のアルベドとか、ヘロヘロさんの所のソリュシャン、ウルベルトさんの所のデミウルゴス、ベルリバーさんの所のペストーニャと言った感じらしい。

 アウラやマーレ、エクレアに関して言えば、自分達主側が仲良くしているので自然と仲良くなったと言った感じだろうし、アルベドは問題行動がなくなった後は淑女へと確実に成長している事もあって、ユリとは話が合うのだろう。

 元々、ソリュシャンとは「プレアデス」として姉妹設定もあるので気安く対応し易い点から仲が良いらしく、デミウルゴスは仲間に対して気遣いが出来る立派な紳士なので、それなりに良い関係を続けているらしい。

 

 そんなユリが苦手にしているのが、実はモモンガさんの所のパンドラズ・アクターだった。

 

 誤解がない様に言うが、別にパンドラズ・アクターがユリに対して何かしている訳じゃない。

 単純に、彼のどちらかと言うと大袈裟な言動が、どうもユリは苦手らしいのだ。

 教師として、色々な生徒と接する事が多いやまいことしては、あのパンドラズ・アクターの言動や行動を見ても「あの子の個性」だと思って流してしまえる程度なのだが、どうやらユリは彼が普段から見せている大仰な物言いが引っ掛かるらしい。

 元々、パンドラズ・アクターは「役者」と言う位置付けもされている事から、言動や身振りが普通よりも大袈裟な所はあるのは、やまいこだってよく知っている。

 その部分を差っ引いてみれば、性格などはモモンガさんに似て優しい気遣いが出来る良い子なのに、とやまいことしては思わなくもない。

 

 とはいえ、それはやまいこから見てユリもパンドラズ・アクターも三頭身の小さな子供にしか見えないと言う、立ち位置による視点の差があるので、彼女達から見たらやっぱり女性的には受け入れ難い、駄目な部分があるのかもしれないが。

 

 更に申し訳ないと思えるのが、パンドラズ・アクターもユリが自分を苦手に思っている事に、既に気付いているらしい事だ。

 普段から、メールを持ってきても出来るだけユリに対して気を使っているらしく、出来るだけ抑え目のトーンで最低限の挨拶だけでメールを置いて帰っていくらしい。

 もっとも、彼がモモンガさんのメールを持ってやまいこの元を訪れるのは、大概何らかギルドでの連絡事項がある時が殆どなので、ギルメン全員の元へメール配達をする状況が多く、一つの配達先でそれ程長く留まっている余裕もないらしいのだが。

 

 メールペットの性格も十人十色、色々とあるのだから全員と仲良く出来なかったとしても、それはそれで仕方がないのだろう。

 

 ユリと、夕食とその後のちょっとしたおしゃべりの時間を楽しんだ後、やまいこはギルメンたちが待っているだろうユグドラシルの中のギルドへとログインする。

 彼女がログインする時間には、ある程度のギルメンが集まっている事が多いので、誰かに既に今日の予定が決まったのか確認したり、そのまま話に興じて時間を潰したりするなど、その日によってログイン後の行動がどうなるのかはその時次第だ。

 元々、仲が良い茶釜さんや餡ころさんが仕事の都合などでログイン出来ない場合などは、既に狩りに出かける予定の面々に声を掛けて混ぜて貰ったりしている。

 それでも都合が合わない時は、ナザリックのユリの様子を窺って彼女の為の装備のチェックをして、そのままログアウトする事もあった。

 

 予定が合わない時は、無理に残っているよりも家で待っているメールペットのユリとの時間をもっと増やしたかったからだ。

 

 やまいことしては、出来るだけ同じ時間帯にログインする様に心掛けてはいるが、やはりテストなどがあった時などは採点に時間を取られてログイン出来ない事も増えて来ていたから、そう言うケースが増えても仕方がないとは思っている。

 これは、やまいこ一人に限った話じゃない。

 たっちさんから、半引退の申し出があったあの会議から、実際に微妙にログイン率が下がったギルメンが増え始めたのだ。

 やまいこたち、【アインズ・ウール・ゴウン】のギルメン全員でメールペットを飼い始めてそろそろ三年目。

 このギルドが結成されてから、そろそろ四年目を迎えようとしている現時点で、ギルメンの中にはユグドラシルにログイン出来る時間が減ってきている者がいたとしても、別におかしくないのだろう。

 元々、ギルドへの参加条件が「社会人である」という縛りもあって、他のギルドよりもこのギルドの所属メンバーの年齢層は割と高めだと言っていい。

 年齢的に考えても、たっちさんの様に家庭を持っている面々も普通に出てきている事から考えれば、ギルメンのログインのタイミングが合わなくなっても仕方がない話だ。

 

 むしろ、もっと早くにギルドから去る人がいても、それこそおかしくない状況なのだから。

 

 事実、やまいこ自身にだって「そろそろ見合いをしないか」と言う話が、家族から出始めていた。

 これから先、定例会議以外でギルメン全員が揃ってログインしている日は、もっと減っていくだろう。

 そう考えると、こうして未だにギルメンが強固に繋がっている理由は、ユリたちメールペットだと言っていい。

 あの子たちがいるから、こうして自分達はその繋がりを維持出来ているのだろう。

 元々、様々な個性的な人たちが集まって出来たギルドなのだ。

 

 それこそ、他のギルドの様にいつ意見がぶつかり合って空中分解してしまってもおかしくなかった事を考えれば、とてもすごい話だと思う。

 

 ぼんやりとそんな事を頭の端で考えつつ、今日はタイミングよく会えた茶釜さん達と話をしながら、今日の狩りに行く予定を組み立てていく。

 そんな風に一通りユグドラシルで仲間と遊んだ後、ログアウトしてからは寝るにその日にあった事を、今度はやまいこの方からユリに話す事にしていた。

 ユリだって、やまいこが話すユグドラシルでの出来事を楽しみにしているのだから、出来るだけ沢山の事を話す事でお互いのコミュニケーションを図っているのだ。

 少しでも、一緒にいる時間を増やす為に。

 そうして、一通り話し終えたら、お休みの挨拶を交わして二人は眠りへとつく。

 

 こんな風に、やまいこと戦闘メイドのお姉さんの割と忙しいなりにマイペースな毎日は過ぎていくのだった。

 

 




一先ず、たっちさんが半引退状態になってから半年くらいの、やまいこさんとユリの話になります。
この時点では、まだギルメンは全員ギルドに籍を置いてます、はい。



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アルベドが心から助けを望んだ日

タイトル通りの話。


 その話は、唐突にやってきた。

 

 お母様の……アルベドの大切な主であり己の創造主であり誰よりも愛しいお母様であるタブラ様の様子が、正式に太夫に昇格した辺りから少しおかしい気が、ずっとしていたのだ。

 アルベド自身、ふとした拍子にお母様がチラリと見せる悲しげな様子から漠然とそう感じてはいたものの、お母様本人は特に何かをいう事はなかった事から、彼女の方からもそれを聞く事はしなかった。

 わざわざ聞かなくても、アルベドにだってわかる事はいくつかある。

 

 お母様が、この【リアル】においてどういう立場にいてどういう仕事をしているのかと言う事は、既にちゃんとアルベドも教えて貰っていたから。

 

 その事に関して、アルベドは特に何かを言うつもりもないし、何かを言える権利もない。

 むしろ、下手にこの事について何かを言う事で、大切な母を傷付けるつもりなど欠片もないのだ。

 リアルについては、お母様が自分の立場を教えてくれた後に自分なりに調べて……その富裕層と言う一部人間以外にとって最悪とも言う世界の事を知れば、まだ建御雷様の様な後ろ盾を持っている分、お母様は決して不幸ではない事も理解出来た。

 何より、どんなにお母様の事をアルベドが大切に思っていたとしても、実際にリアルに関して何かしてあげる事など出来ないのだ。

 

 そう……自分には、リアルのお母様の事を守る手段すらまともに無い事を、アルベドはよく理解していた。

 

 むしろ、それは当然の話だ。

 自分達は、あくまでもお母様やその仲間たちの間でメールを運ぶだけの能力しか持たない、電脳世界に生きるメールペットである。

 学習能力の高さから、様々な事を学び電脳世界の中にあるお母様のサーバーを守る事は出来たとしても、リアルに関しては欠片も干渉力は持っていない。

 もちろん、仲間の中にはデミウルゴスや恐怖公など、一部の例外的な存在がいる事も知ってはいるものの、それは主側であるウルベルト様やるし☆ふぁー様のお力があっての事。

 それぞれの主たちが、ご自身で出来る枠の中で彼らの為にそれなりに環境を整えているからであり、決して彼らだけで何かを成しえた訳じゃない。

 

 自分よりも、遥かにリアルに対して接触が出来る彼らですらそれだけの補助を主から受けなければ無理なのだから、他のメールペットとそれほど変わらないアルベドにお母様の為に何か出来る事があるのかと言われると、殆どないと言って良かった。

 

 どちらかと言うと、何かしようと無理をしてお母様に無用な心配を掛けない事こそが、アルベドに出来る数少ない事なのかも知れない。

 太夫の名を得てからも、毎日欠かさず行うお母様の朝のお稽古を見て、美しく舞などを舞う姿に見惚れつつそれに対しての心からの感想を口に出す。

 空いている時間に、電脳世界で自分の趣味の手芸の腕前を披露して喜んで貰い、お母様の望む様に時間になればメールを持って配達に出るのだ。

 出来るだけ、ゆっくりとメールの配達先で過ごしお母様の仕事が終わる頃に戻ると、風呂へと入ってから食事を取りながら一日の中でのちょっとした事を話したり短いスキンシップをしたりして、その一時を存分に楽しんで。

 そして……お母様が仲間との冒険を終えて戻って来たら、最後のメールを手渡してお互いにお休みの挨拶を交わして額にキスをする。

 

 今のアルベドにとって、そんな他人から見たら呆れる位に細やかな日常が、何よりも幸せだと思えて仕方がないのだ。

 

 この、細やかな幸せを知る前の無知な自分にはもう戻りたくはないと思う程、今の自分の心が温かいもので満されている事を、アルベドはちゃんと理解していた。

 本当に、心の底からそう思っているからこそ、アルベドはそれを与えてくれる何よりも大切なお母様の小さな変化に、すぐに気付く事が出来たのだろう。

 位が上がり、その名を目当てに今まで以上に客足が増えていく中でも、お母様はアルベドの事をずっと気遣ってくれていた。

 そんなお母様が、ふとした拍子に僅かにでも憂い顔を覗かせる様になれば、何かあるのだとアルベドが気付かない筈がなくて。

 本来なら、リアルの情報を得られる機会など、アルベドには殆どないと言ってもいい程だったのだが、そんな彼女が目を向けたのは、お母様の朝の稽古の時間だった。

 普段、リアルと直接関わる事が無いアルベドだが、あの時間帯だけは同じ様に稽古を受けている相手から外の情報を直接収集出来る事に、彼女は気付いたのである。

 今までは、お母様の麗しい姿に夢中になっていたから、周囲の会話など気にならなかったのだ。

 なので、相変わらずアルベドに端末越しとは言え朝の稽古を見せてくれる際に、お母様以外に同じ稽古場に居る仕事仲間とも言うべき他の遊女たちの話に耳を傾け、少しずつ情報を集めていく事にしたのである。

 

 お母様の憂いを払う為に、少しでも出来る事はないのか知る為に。

 

 すると、何回か重ねる内に彼女たちや稽古の先生たちの口に上る話題によって、お母様とお母様の所属する廓の楼主は、あまり仲が良くない……いや、お母様にとってアルベドのお祖母様に当たる人の仇に近い存在だと言う事を、漸く知る事が出来た。

 アルベドが引き起こした騒動の後、可能な限り色々な事を教えてくれたお母様がこの件に関しては何も言わなかったのは、アルベドに聞かせたくない内容だったからだろう。

 今、お母様がこうしてアルベドの前に居られるのは、お祖母様に当たる女性のお陰だった。

 お祖母様に当たる人……高尾太夫が、楼主の指示によって奪われそうになったお母様を取り戻そうとしてくれなければ、今のお母様は居なかっただろう。

 間違いなく、その点に関してはお祖母様に感謝してもし足りない。

 だけど……同時に、古参の遊女たちの会話を聞いていた事によって、アルベドは一つの事に気付いてしまった。

 

 お祖母様こそ、お母様恋い焦がれる建御雷様が愛して止まない方なのだろう、と。

 

 そこまで察した途端、お母様の恋が結ばれる事はないんだろうと言う事まで、アルベドは察してしまった。

 多分、その事をお母様自身が理解している事も。

 文字通り、花街で生まれた時から遊女となるべくして育ったお母様は、自分が恋をしても実らない事を理解してしまっているのだろう。

 そう思うと、アルベドは胸が潰れそうに痛かった。

 お母様の事を、お祖母様の代わりに幼い頃からずっと後見として見守り、時として色々とご助力下さっている建御雷様は、アルベドの目から見てもいい男だと言っていいだろう。

 

 そんな方に、お母様が心惹かれるのも当然だと思うし、出来ればこの二人が上手くいけばいいと思っていたからこそ、まさかそんなところで引っ掛かるとは思っても居なかったのだ。

 

 更に耳を傾けて情報を集めてみれば、お祖母様と建御雷様の事は花街の中でもかなり有名な話で、もしお祖母様が病に倒れたりせず生きていたとしたら、建御雷様とご結婚されてた可能性が高かったのだという事だった。

 特に、建御雷様と養子縁組なさったと言う、花街での会計管理を一手に任されている方が、お祖母様の事を委託気に入っていて後押しする雰囲気だったというのだから、本当にその可能性は高かったのだろう。

 

 もしそうなれば、お母様はこの街で苦労する事もなかっただろうし、建御雷様からは娘としての愛情をたっぷり注がれ、もっと真っ直ぐに育っていたかもしれない。

 

 それも全部、「もし、高尾太夫が生きていたら?」と言う仮定の世界でしか無くて。

 実際には、お祖母様は建御雷様と結ばれる事なく亡くなり、お母様は昼見世の太夫になっているのだから、そんな仮定を考えるだけ意味の無い事なのだろう。

 

 今、アルベドがここで考えなくてはいけないのは、お母様が時折憂い顔を見せる様になった理由なのだから。

 

 現時点で、はっきりとアルベドに判っている事は、全部で二つ。

 一つは、お母様とこの廓の楼主が、お祖母様である高尾太夫の事など幾つかの理由で仲が良くない事。

 もう一つは、お母様に背負わされている借金の大半が、楼主が自分の意に従わない高尾太夫に対する嫌がらせとして、お母様に普通の禿ではあり得ない多額の養育費を投じた結果だと言う事だろうか。

 これは、お祖母様が亡くなった後もずっと続いていて、そう簡単に返済出来ない多額の借金に膨れ上がっていて、現時点でも母様をこの廓に縛っている原因だった。

 どちらを取っても、お母様にとって最悪の事しかしていない楼主だと言っていいだろう。

 

 これでは、確かにお母様が楼主を嫌っても仕方がない事だと、アルベドは思わず溜息を吐いた。

 

むしろ、お母様が自分を太夫に押し上げた楼主の事を警戒するのは当然の話だ。

 太夫に押し上げられた事で、楼主の思惑通り多忙なお母様が数少ない憩いの時とも言うべき建御雷様と過ごす時間が、周囲の行動によって確実に減ってきている事から考えても、現状はあまり宜しくないのかもしれない。

 事実、太夫になる前まではお母様と建御雷様の時間を邪魔する事なかった禿たちが、最近はまるで建御雷様を早く帰したいと言わんばかりに部屋の外に姿をチラチラと姿を見せる様になり、お母様と建御雷様にお茶などを準備する素振りをして部屋に居座ろうとする。

 その様子は、どうしても建御雷様をお母様の側に留めたくないのだと匂わせていて、凄く腹立たしいかった。

 どこか必死な様子から察して、楼主から何か言い含められているのかもしれない。

 お陰で、アルベド達の存在を廓の人間に出来るだけ隠したいお母様と建御雷様は、今までの様に自分達がいるメールサーバーを一緒にいる時間に立ち上げてくれる時間が短くなっているのが、更に腹立たしいと言っていいだろう。

 

 そんな風に、アルベドが何よりも大切なお母様の周囲を意識して警戒する様になった頃、楼主からお母様に対して一つの話が持ち込まれたのだ。

 

『 白雪太夫を、身請けしたいと言っている方がいる。

 既に手付けもいただいているので、このままその話を進めても問題ないな? 』 と。

 

 わざわざ、武御雷様とお母様が一緒にしている所にやって来たと思った途端、そう言い放った楼主のいやらしくニヤリと笑う顔を見て、アルベドは背筋にゾッとしたモノが走る。

 今まで、一度たりとも楼主が立ち入らなかったこの場に強引に割り込み、こんな風に〖お母様の身請け話〗を持ち出したと言う事は、後見である建御雷様でも簡単に止められない筋からの申し出なのだろう。

 普段、自分達の前では温和な雰囲気を漂わせている建御雷様の眉間に皺が寄っている様子から考えても、楼主のこの話の持ち込み方は花街のルールギリギリの所なのかもしれない。

 だが……これで、つい最近の腹立たしい禿たちの行動の意味が良く判った。

 

 今まで、楼主が色々とお母様と建御雷様の時間を邪魔する様に、裏で禿たちに指示していたのは、自分が裏で動いている事をお母様や建御雷様に話し合う時間を与えない為なのだろう。

 

「……流石に、白雪に話を通さず手付けを受け取って勝手に身請けの話を進めるのは、例え楼主だとしても問題があるのは判ってるんだろうな?

 曲がりなりにも、この廓の顔とも言うべき太夫に対してその扱いは、身勝手が過ぎると後見として楼主会に対して訴訟しても構わねぇ状況だが、それでも構わねぇという訳だな?」

 

 仕事柄なのか、凄みを利かせた口調で問う建御雷様に対して楼主はニヤリと笑う。

 

「そうは申しましても……今回の申し出は、財界でもそれなりに力を持っていらっしゃる方からなので、財界の支援を受けて成り立つこの花街の住人の一人としても、お受けする方向で話を進めない訳にはいかない話でして。

 もちろん、今回の事は先方からいきなり出た話でもありますし、今までこの廓の昼見世の看板を張ってくれていた白雪太夫に対して特別の配慮として、返答の期限までに他に白雪太夫が気に入る身請けを申し出られた方がいらっしゃるというのならば、そちらの話を受けても構わないとの事ではありましたが……

 まぁ、今回の身請けを申し出ている相手への手付けの賠償も含め、即金で三億以上の金を用意出来る方でないと、まずお話になりませんが、ね。」

 

 ニヤニヤ、ニヤニヤといやらしく笑うお母様や建御雷様に向ける楼主の顔を見れば、最初からそう言う相手を探してきたのだろうと、すぐに察しがついた。

 お母様の事を最終的に太夫に押し上げ、ここぞと言わんばかりに高値で財界の人間に売り払うつもりでいたからこそ、今まである程度の自由をお母様に与えていたのだ。

 お母様が、この楼主に邪魔される事なく電脳世界を通じて友人を得られたのも、何もかもこの時の為の仕込みだったのだろう。

 

 身請けされた後、身請け先でお母様が今までの様な僅かな自由すら完全になくして、電脳世界で繋いだ全ての縁を切られた事に苦しむ様に。

 

 そんな考えが、ありありと透けて見える様な楼主の笑みを見て、このままお母様の事をこの目の前の男の思う通りにさせたくないとアルベドは心の底から思うものの、電脳世界の住人でしかない自分に出来る事など何もない事も判っていて、ギリリと歯を食いしばる。

 建御雷様が、この楼主の主張に対して反論しない様子から、一応楼主が取った手段は合法の範疇で収まる事なのだろう。

 更に、楼主の言葉に対してご自身が「では自分が身請けする」と言い出す事が出来ないのは、それだけの大金を流石に動かす事が出来ないから。

 

 お金……これだけ高額なリアルマネーが絡むとなると、建御雷様を筆頭に御方々にご協力を願い出たとしても、多分どうする事も出来ないだろう。

 

 そう思った瞬間、ふとアルベドの頭に一人の顔が過る。

 彼女の頭に、『お金』と言うキーワードで何かが引っ掛かったのだ。

 確か……仲間の誰かが言っていなかっただろうか?

 

「デミウルゴスは、ウルベルト様から口座を一つ与えられていて、リアルマネーを運用しているのだ」と。

 

〘 そうよ、確か……その話をしていたのは、デミウルゴスと仲が良いシャルティアだった筈。

 私たちが初めて頂いたお年玉で、デミウルゴスはウルベルト様から少額とは言え入金済みの口座を与えられていて、更に定期的にリアルマネーを託されているのを、シャルティアが羨ましがっていたのを聞いた事があるわ。

 でも……デミウルゴスが優秀だったとしても、流石にお母様の事を自由に出来るだけのお金があるかと言われると、実際は微妙かもしれない。

 何より、デミウルゴスはあくまでもウルベルト様のリアルマネーの運用を託されているだけで、権利はウルベルト様にあるもの。

 だとすれば、もし実際にそれだけの大金がデミウルゴスの運用している口座の中にあったとしても、ウルベルト様から御許しを貰う必要もあるでしょう。

 もしかしたら、流石に一度に動かす金額が大金過ぎて〖駄目だ〗とおっしゃるかもしれない……でも、ここで何もしないままでなんていたくないわ! 〙

 

 そう思った瞬間、アルベドはスルリとその場からするりと抜け出して、一気に自分がいたメールサーバーから電脳世界をデミウルゴスがいるだろう、ウルベルト様のメールサーバーへと駆け抜けだした。

 早く……一刻でも早く、この事で助けを求めたくて。

 事が事だけに、出来るだけ早く相談しないと、お母様の身請けの話がもっと進んでどうする事も出来なくなってしまうだろう。

 

 もし、そんな事になってしまったら……そう思うだけで、アルベドは身が凍る思いがするのだ。

 

 絶対に、そんな事態だけは避けなくてはいけない。

 その思いだけで、一気に電脳世界を駆け抜けて辿り着いたデミウルゴスの部屋のドアを、いつのも優雅さをかなぐり捨てて乱雑に三度叩くと、相手の返事を待たずにドアを押し開ける。

 部屋の中に居た、デミウルゴスが驚く様子など一切気にせず、運良くその場に居らっしゃったウルベルト様の元へと駆け寄ると、アルベドはその場で迷う事無く土下座した。

 

「お願いします、ウルベルト様!

 どうか、どうか私の主であるタブラ様を……お母様を、助けてくださいませ!!」

 

 ポロポロと涙を溢し、床に額づきながら心の底から悲鳴を上げる様に必死に願いを告げるアルベドを見て、目を白黒させるウルベルト様とデミウルゴスの事など気にする余裕など、今の彼女にはない。

 ここで、もしウルベルト様とデミウルゴスの二人から断られたりしたら、その後誰を頼って良いのか判らないのだから当然だろう。

 そんな思い詰めた様子のアルベドを見て、流石にただ事ではないと察してくれたのか、ウルベルトから返って来たのはアルベドを落ち着かせる様な静かな声だった。

 

「……流石に、事情も聴かないまま〖助けてあげます〗と、安請け合いは出来ないからな。

 一体、そんな風にアルベドが助けを求めてきた理由を、まずは話してくれないか?」

 

 そう、出来るだけ優しく促す様に問われた事で、アルベドは自分が理由も告げていなかった事を思い出し、ゆっくりとお母様の置かれている現状を口にする。

 正直に言えば、幾ら助けて貰う為に必要だったとはいえ、ウルベルト様にお母様の個人情報を話してしまう事に躊躇いが無かった訳じゃない。

 だが、ここで下手に躊躇って助けて貰えなくなってしまう位ならば、お母様に叱られ嫌われる事になったとしても、アルベドには他に選択肢はなかったのだ。

 すべての事情を話し終え、アルベドがウルベルト様の様子を窺う様に顔を見ると、口元を抑え静かに考える様に目を閉じていらっしゃって。

 

 やはり、デミウルゴスに資金運用を任せているというウルベルト様でも、今回の事は流石に難しい話だったのだろうか?

 

 そう、アルベドが絶望的な思いを抱きながら諦め掛けた瞬間、ウルベルト様は目の前で乱雑に頭を掻かれて。

 唐突な反応に、一体どういう意味なのか解らず困惑するアルベドを他所に、ウルベルト様は思い切り大きく溜息を吐いた後、軽く腕を組んで口を開いた。

 

「……そう言う話なら、俺だけじゃ駄目だな。

 最低でも、建御雷さんとたっちさんは絶対に巻き込まないと、財界の人間を相手にするには俺じゃ立場的に太刀打ちが出来ない可能性がある。

 二人以外でも、出来ればあと数人……そうだな、ある程度富裕層で立場があるギルメンの協力を得た方が、より安全性を増すだろうし……丁度、今夜はギルド会議だから、俺から上手く話を持っていってみてやる。

 何と言っても、俺とみぃちゃんにとって命の恩人だからな、アルベドは。

 そんな相手から、協力可能なのに泣いて土下座されて頼まれた事を断る程、俺は人でなしになったつもりは欠片もないし、な。

 アルベドは、まず戻ってタブラさんと建御雷さんの二人に、俺に事情を話した事とタブラさんの事を話す許可を貰える様に説得を頼む。

 そうしないと、まず話が進まないからな。

 俺も、たっちさんに話を通して協力を得られる様に頼んでおく。

 アルベドが、本当にタブラさん事を助けたいと思うなら、何が何でも説得するんですよ?」

 

 そう言いつつ、ポンッとアルベドの肩を軽く叩くウルベルト様の言葉を聞いた瞬間、迷う事無くアルベドはその場でもう一度深く頭を下げる。

 一度は、あれだけの迷惑を掛けた自分の願いを受けて、動いてくれるというウルベルト様の心の広さに対して。

 

 




本格的に衰退期に入る、導入部分の騒動の一つ。
タブラさんの身請け騒動の幕開けです。
多分、お気付きの方も多かったと思いますが、タブラさんが遊女と言う立ち位置になった時点で、確実に発生する予定だったネタでもあります。

まずは、アルベドから見た話。

因みに、この話はやまいこさんの話の一か月後になります。


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ギルド会議の前哨戦 ~るし☆ふぁーの秘密~

まずは、この人から。


 定例ギルド会議の場で、たっちさんから出た半引退表明から、そろそろ七か月が過ぎようとしていた。

 

 先月、予定通りに第二子となる男の子を奥さんが出産した事により、たっちさんは正式に半引退状態へと入ったのだが、それでもギルドの定例会議の被には顔を出してくれる。

 そのお陰なのか、ギルド内はもちろん他のギルドとの関係も割と安定した状況だと言っていいだろう。

 

 少なくとも、戦力ダウンの噂を聞き付け、ナザリックへと攻めてこようとするギルドは、今の所は出ていない。

 

 るし☆ふぁーは、これでもモモンガさんと同じく現在進行形で毎日ログインを続けている、数少ないギルメンの一人だ。

 もちろん、日によっては仕事の終業時間が最初の予定よりも大幅にずれ込んで、既にログインしていたギルドのみんなが狩りに行った後にログインする事になり、お留守番組とちょっとだけ話してログアウトする事も多かったけど、それでもユグドラシルへのログインだけは欠かしていなかったりする。

 ログインを欠かさない理由は幾つかあるが、一番の理由はここが……アインズ・ウール・ゴウンの仲間の事が、るし☆ふぁーは好きだからだ。

 だから、彼にとってギルメンが全員揃うこの定例会議はいつも楽しみで仕方がなく、絶対に決められた時間までに仕事を終わらせる様にしていた。

 

 そう……そろそろ彼らの事を飼い始めて三年になるというのに、いまだに十日に一度と言う最初の約束のまま続けられている、ギルドの定例会議と言う名のメールペットの報告会の日は。

 

 正直、最近では様々な事情でみんなのログイン率が色々な理由で落ちている中で、このギルド会議だけは今まで通り誰一人掛ける事無くログインしているのは凄い話だと、るし☆ふぁーだってちゃんと判っていた。

 それもこれも、ギルドの誰もがメールペットに向ける強い情熱と、少しでもギルドの中で出来た友人たちとの時間を捻出しようとしているだろう、そんな彼らの気持ちが滲み出ているから、この結果に結びついているのだと言っていいかもしれない。

 とにかく、この十日に一度必ずやって来るお楽しみがあるからこそ、るし☆ふぁーは自分の周りに最近見えてきた面倒事も乗り切れていると言って良かった。

 

 そう……るし☆ふぁーのリアルでは、かなり身近な所で本当に面倒な話が出始めているのだ。

 

 正直、出来れば関わりたくないと、るし☆ふぁー自身が本気で考えている面倒事の発端は、自分の名前だけに等しいだろう父親に自分以外の子供が生まれていない事だった。

 そう、そろそろ三十年近くも続いているという、父親と父親が散々溺愛して母親と自分を家から追い出した原因とも言うべき愛人の間には、子供は一人も産まれていない。

 少なくとも、母はるし☆ふぁーの事を産んでいるし、父に種が無い訳じゃない。

 愚かにも、あの父親は自分の愛人を家に入れるために、母が産んだ子は自分の種ではなく「母が浮気したから出来た」と、恥も外聞もなく言い出して追い出そうとしたそうだ。

 

 母が浮気し、他人の子供を産んだという事になれば、あらゆる点で自分がより優位な立場で話を進められるだろうと、愚か過ぎる頭で本気でそう考えていたらしい。

 

 だが、そんなに簡単にあの父親のくだらない思惑通りになるなら、富裕層間での上下関係など存在しない訳で。

 そんな主張をされ、立場的に黙っていられない母が、サクッと母方の祖父(父よりも上の地位に居る人)に頼んでDNA鑑定して貰った結果、間違いなく父の子だと証明されてしまったのである。

 この時点で、割と父親が愛人の為になら常軌を逸した行動をする事が、既に周囲に認識されてしまっていたのだが、本人はそれを理解していないらしい。

 まだ、これで子供がきちんと愛人との間に出来ていれば、それこそ周囲に対して「下の子の方が優秀だから」とでも言って、上手く跡を継がせられたんだろうが、残念な事に愛人との間には子供は居ない。

 死産や流産などだったとしても、愛人が子供を妊娠した経験があればよかったのだろうが、それすら存在していないのである。

 

 つまり、愛人が子供を産めないのは父親ではなく愛人側の問題があるのは間違いなく、立場的に後継者が必要なあの男は他の親族から「子供の産めない愛人との縁を切って奥方と和解し復縁するか、今の地位をそのまま他の親族へ譲るか、どちらかを選べ」と言う内容を突き付けられ、一月以内に選択する事を要求されているらしかった。

 

 一見、前者の場合だと、あの父親と母が和解するだけならるし☆ふぁーには無関係で済みそうな内容だと、そう勘違いしてしまいそうになるだろうが、実はこの場合、るし☆ふぁーがほぼ後継者として確定すると言っていい案件だった。

 流石に、母もそろそろ子供を産んで育てるのは辛い年頃に掛かっている為、両者の血を確実に引いている子供は、るし☆ふぁーしかいない事になるからだ。

 後者の場合でも、一族の中には正式に父親の血を引く自分を後継者として引っ張り出そうと、画策している面々もいるらしい事から、決して無関係で済ませられる可能性はかなり低かった。

 

 更に言うと、そんな周囲の動きを察した父親が、溺愛している愛人は手放さずに子を得る方法として、花街でも特に若く美しいと有名な太夫を〖身請け〗しようとしているという噂もあって、今のるし☆ふぁーの周りは実に面倒な状態なのだ。

 

〘 と言うか、あの男も面倒な事しようとするよね。

 そんなに愛人が可愛いなら、さっさと今の地位降りた方が一緒に居られる時間が増えるのに、なんでそんなに抵抗してるんだろうねぇ。

 まぁ……仕事と自分の愛人を可愛がる事以外には、特に趣味と言える趣味も持ってないとか母さんが言ってたし、仕方がないのかも?

 それにしても……普通、三十以上も年の離れた自分の子供よりも若い相手を、わざわざ子供を産ませる為だけに身請けしようとしてるなんて、ホント馬鹿じゃねぇの?

 確かに、あの【白雪太夫】は透き通る様な美人だと思うけど、さぁ。

 前に、一度だけお座敷接待に付き合って顔を見た事あるからどんな容姿なのかも知ってるけど……どうも、見た目が色違いのアルベドの若くした感じにしか見えなくて、ちょっと遠慮したいって言うか……うん、正直言ってもしそう言う接待受ける側になったとしても、何となく男として役に立たないんじゃないかなって思うよ、俺。〙 

 

 しかも、その身請けをする為に支払う金額が軽く億を超えると言う話を聞いて、あの名ばかりの父親の個人財産はそれだけのものがあったのだろうかと、思わず首を傾げたくなる。 

 もしかしたら、裏で横領など色々とやらかしていているからこそ、父親は正式な後継者がいない事を名目に今の地位を引き下ろされそうになっていて、更に悪足掻きしているのだろうか?

 だとしたら、このままだと確実に自分も巻き込まれる可能性を察し、るし☆ふぁー頭が痛くなった。

 実は、母方の祖父のお陰である程度アーコロジー内で顔が広いるし☆ふぁーは、たっちさんは自身の実家はそこまででもなかったが、奥さん実家は自分の家よりも格上だった事を知っている。

  

〘 あー……面倒事になる前に、たっちさんに相談してみようかなぁ……

 今日の会議には、たっちさんも来るだろうし。

 もし来なかったとしても、恐怖公にメールを持たせて相談すればいいか。 〙 

 

 そう思いつつ、ちょっとだけ早めにログインした円卓の間でのんびり寛いでいると、テーブルの反対側を急ぎ足で移動している建御雷さんの姿が見えた。

 どっしりと構えている普段とは違い、その動きだけでかなり焦っている様子が伺える。

 彼が向かった先に居たのはウルベルトさんで、彼の方も建御雷さんが自分の元へ来ると判っていたのか、片手を挙げて出迎えていた。

 

 そんな二人の様子を見て、何となく……そう、るし☆ふぁーの勘が何となくおかしいと、そう告げていた。

 

 あの二人は、何だかんだ言って一緒にクエストに出る事も多ければ、メールペット同士もかなり仲が良いと言う事もあって、普段からギルド内で色々と一緒に居る事も多い事から、別にあんな風に待ち合わせをしていてもおかしくない。

 なのに、今回は何故か普段とどこか様子が違うと、るし☆ふぁーの直感が告げているのだ。

 困った事に、こういう時の勘が外れた事は一度もないるし☆ふぁーは、どう行動するべきなのか少し考え。

 

 次の瞬間、下手に自分だけでその理由を勝手に考えるのではなく、彼らに直接話を聞く事を選択していた。

 

 多分、今の建御雷さんがあんな風に焦った様子を見せるとしたら、ほぼ確実にリアル絡みだ。

 現在のユグドラシルは、最近始まった幾つかの新作VRMMOにかなり人気を押され気味で、全体的に斜陽期に入り始めていると言っても良いだろう。

 うちのギルドの様に、ギルメンの間を上手く繋ぐメールペットの様な存在がいない多くのギルドが、次々に空中分解したりギルドの規模を縮小したりし始めているのは、より新しく自分にとって刺激的なゲームを求めてユグドラシルから去って行く事が原因だと、るし☆ふぁーにも良く判っていた。

 そう考えると、建御雷さんがギルド同士の争いなど面倒事に巻き込まれたと考えるのは難しいだろう。

 

 ウルベルトさんの一件の時に、「花街関連での仕事をしている」と言っていた筈だから、もしかしたら建御雷さんがあんな風に焦っている原因が、あの迷惑な父親が絡んでいる可能性が高いと思い立った途端、放置などとても出来なかったという理由もあった。

 

 何故そんな答えになったのかと言うと、少しだけ冷静になってるし☆ふぁーの立場になって考えれば、すぐに答えが出る事だと言っていいだろう。

 今のるし☆ふぁーは、確かにギリギリアーコロジーに住むレベルの富裕層に留まっている状態だ。

 むしろ、下手に地位を上げようとする方が、父親絡みで面倒な事になるのは判っていたので、現状維持以上に動いていないと言っていいだろう。

 るし☆ふぁーにとって、そんな煩わしい存在とも言うべき中途半端な力を持つ名ばかりの父親が、自分の大切な友人たちに迷惑を掛けている可能性があると察知して、そのままそれを知らん顔で放置出来る訳がない。

 元々、五歳元年下の愛人に入れ上げて本妻と自分の息子のるし☆ふぁーの事を追い出して自宅に愛人を迎え入れている時点で、最悪だと言っていい男なのである。

 

 その癖、祖父との繋がりそのものは消す訳にはいかない事から、母と離婚すらしない卑怯な男と言う点から考えても、立場を利用して結構強引な事しかしていないんじゃないだろうか?

 

「ウルベルトさん、建御雷さん、ばんわー!

 それで……さっきからそんなに慌てて、どったの?

 なんか、厄介事でも起きた?」

 

 出来るだけ、いつもの様子を装ってさり気なく声を掛ければ、ビクンッと大きく肩を震わせる二人。

 どうやら、るし☆ふぁーにはあまり聞かれたくないと考えていたのかもしれない。

 そんな風に思っていたら、ウルベルトさんが何やら考える様な素振りを見せた。

 どこか、こちらの様子を探る様な視線を向けて来たかと思うと、ゆっくりと口を開く。

 

「……なぁ、るし☆ふぁーさんって……富裕層出身か?

 リアルの話をこっちから聞くのは、本来タブーなんだろうけど……ちょっと、タブラさんが拙い事になっててさ。

 出来るだけ、富裕層出身の協力者を集めたいんだよ。」

 

 一応、誰が拙い事になっているのかと言う事以外は言わなかったのだが、それだけでるし☆ふぁーは十分な情報だった。

 何故なら、他のギルメンとは違ってるし☆ふぁーは他のギルメンより、実際の花街関連の情報を持っている事やつい最近発生した父親絡みの面倒事などから、何となく事情を察してしまえたからだ。

 

〘 ……なんだよ、やっぱり俺が白雪太夫に対して抱いた感覚は正しかったんじゃん! 〙

 

 そんな風に、思わず頭の中で思い切り叫び声を上げつつ、どこか困った様に頭を掻きながら二人の顔を見る。

 同時に、周囲に誰も居ない事を素早く確認した。

 まだ、時間的にログインしてきている面々も少なく、ログインしている面々もそれぞれ別の場所で楽しく会話に花を咲かせている。

 これなら問題ないだろうと判断した所で、るし☆ふぁーは小さく溜息を吐くと二人に向き直った。

 

「あー……うん、一応富裕層出身。

 と言うか、タブラさんが拙い事になったって二人が頭を悩ませる原因、十中八九俺の名ばかりの父親かも……

 タブラさんってさ、あの有名な白雪太夫だよね?

 俺、半年前に白雪太夫の座敷を接待に使った事があるから、その時に白雪太夫の顔を見てるんだ。

 だから、彼女がどんな容姿をしているのか知っているんだよね。

 あれは、どう見ても今よりも数年若くしたアルベドだった……違う?」

 

 周囲に人は居ないのは確認済みとは言え、つい出来るだけ声を潜めながらそんな風に尋ねると、二人が息を飲む音が聞こえた。

 どうやら、るし☆ふぁーが口にした内容は合っていたらしい。

 ウルベルトさんの方が、建御雷さんよりも厳しい雰囲気を醸し出しているのは、るし☆ふぁーの名ばかりの父親が、富裕層の中でも特に彼が嫌うタイプだったからだろう。

 正直に言って、ウルベルトさんの気持ちはるし☆ふぁーにも良く判る事だった。

 

「先に言っておくけど、名ばかりの父親は俺が生まれた直後に〖浮気してできた子供じゃないか〗って疑惑を掛けてた揚げ句、DNA鑑定で実子と証明された途端〖義務は果たした〗って母親に平然と言い放った様な奴だから。

 その上、俺の母親と結婚前するから愛人作って入れ上げてて、さっきの言葉を言い放って別宅に俺達を押し込んで放置してくれたお陰で、生れてから殆どまともに顔を合した事ないからね?

 今回、あいつが白雪太夫を身請けすると言い出したのだって、その愛人が子供を産まないから後継者問題が発生したからなんだ。

 実は既に、親族から〖次の後継者〗として俺を担ぎ上げる方向で話が出始めてて、さ。

 その場合だと、確実にあの男は強引に隠居させられて、後は親族たち側の都合がいい状態にさせられるのが解ってるから、凄く焦ってたんだよ。

 で、あの男は〖自分に新しく後継者となる子供が出来ればいい〗って考えた訳だ。

 それなら、今までの愛人との生活も富裕層としての自分の地位も安泰だって。

 なぜ、その相手として白雪太夫に目を付けたのか、いまいち判んないけどね。

 だってさぁ、それと無く親戚から聞いたあの男の個人財産だけだと、どう考えても身請け額を支払ったらほぼ貯蓄がなくなる筈なんだよ。

 一体、どこからそれを捻出するつもりなのやら……」

   

 そこまで、つらつらと自分の事情を口にした所で、るし☆ふぁーは口を閉ざした。

 ふと、数日前久し振りに会いに行った母親の様子が、微妙に頭に引っ掛かったからである。

 前回顔を合わせた半年前まで、普通に病気をする事無く元気で快活な人だった母が、どこか痩せてやつれた雰囲気を醸し出していたのだ。

 それこそ、昔読んだ推理小説の殺害方法として出て来た、少量の毒を知らずに摂取して少しずつ身体を壊している被害者の様に。 

 

 少なくとも、父親に愛人がいても気にしなかった人が、今更あの男の事で何か気を落としたりするとは思えないし、本人自身も「風邪を引いていだけ」だと言っていたから、その時はそれ程気にしなかったのだが……もしかして、そう言う事なんだろうか?

 

「……なぁ、ウルベルトさん。

 今日って、たっちさんはログイン予定で間違いない?

 もし来ないなら、ウルベルトさんにお願いがある。

 ここからログアウトした時点で、速攻でたっちさんに連絡取って貰えないかな?

 まだ、疑惑半分の状態だけど……もしかしたら、あの男が白雪太夫の身請け金を捻り出す為に、俺の母親の事を毒殺しようとしてるかもしれない。

 もしかしたら、その対象は俺にも向くかも……

 俺と母親の個人資産、母親の実家の方があの男より格上だからそれなりに多くてさ、それがあれば余裕で払えると思うんだよ。」

 

 先程、現状で一番あり得る可能性を思い付いたままに二人に対して説明した所で、るし☆ふぁーは思わず大きくため息を吐いた。

 自分で言っておいて何だが、あの父親が相手ならこの予測は外れていない可能性が高い上、この場に居る面々に対してあまり救いがない結末しかもたらさない事に気付いてしまったからだ。

 そんなるし☆ふぁーの反応に、ウルベルトさんと建御雷さんは、何とも言えない反応をみせる。 

 二人の反応は、ある意味納得がいくものだった。

 

 彼らからすれば、相談して協力を得ようとしたギルド仲間が、実は自分の身に危険が迫っている事に気付く切っ掛けになるなど、予想外だった筈なのだから。

 

 それでも、仕事柄こういう状況を目の当たりにする事にまだ慣れているのか、割と早く気を取り直したらしい建御雷さんが、どこか心配そうにこちらを見る。

 多分、〖流石にそんな状況になっているなら、自分たちに協力してくれ余裕などないかもしれない〗と、そう素直に思ってしまったのだろう。

 そんな建御雷さんに対して、るし☆ふぁーはちょっとだけ困った様に小さく肩をすくめると、口を開いた。

 

「……実はさ、今日の会議の後にでもたっちさんに話をして実家と関わらずに済む様に、手を貸して貰えないかと頼もうと思ってたんだ。

 正直言って、親戚の都合であんな奴との権力争いの御輿にされるのは、もの凄く嫌と言うか出来るだけ関わり合いにもなりたくない位、俺はアイツが嫌いだったし。

 だけど、もうそんな段階は過ぎちゃってたみたいだね。

 んー、俺としてはあのくそ親父の跡を継ぐなんて結構不本意なんだけど、向こうが既にこっちを殺しに掛かっているなら、本気で向こうを潰しに行かないとダメみたいだし。

 それもこれも、全部あのくそ親父のせいだし、仕方がないと思うしかないんだよね。

 はぁ……ひとまず、今回の白雪太夫の身請け先として名乗りを上げてるくそ親父に関しては、たっちさんとかの支援を受けられればこっちで潰せるとしても、今のままだと同じことの繰り返しになると、俺は思う訳だ。

 そこら辺は、どうするつもりなの?」

 

 何となく、どうするつもりなのかは想像が付いていたものの、確認しておかないとお互いに協力する事は出来ないだろう。

 一応、あのくそ親父は富裕層でもそれなりに上の方に位置している為、下手な動きをして失敗すると面倒になる事を、今までの長年の経験でるし☆ふぁーも良く知っていたからだ。

 それに対して、軽く首を竦めて答えをくれたのはウルベルトさんだった。

 

「それについては、一応算段は付いてはいるんだ。

 ただ、それを実行するには富裕層である程度の力を持つ相手の協力がどうしても必要不可欠だったから、今日の会議で相談しようと思ってたんだよ。

 困った事に、白雪太夫がいる廓の楼主が相手側の情報を伏せてしまっているせいで、実際にはどれ位の規模の協力が得られたら何とか出来るのか、いまいちよく判っていなかったんだが……それは、るし☆ふぁーさんのお陰で解決出来そうだな。」

 

 どうやら、既に今回の一件に対する対応策はきちんと考えていて、実行するだけの協力者を募るだけの段階になっているらしい。

 多分、その内容に関しては既にデミウルゴスに相談してある程度まで詰めていて、出来るだけ確実性を上げたものにしてるだろう事が、るし☆ふぁーにも簡単に予想出来た。 

 そこに、たっちさんや建御雷さんなどの富裕層側の意見が加われば、ほぼ成功率に関しては問題ないと考えて良いだろう。

 

「あー……さっきも言ったけど、俺の方の面倒事も手伝ってくれるつもりがあるなら、そっちの方に協力しても構わないかな。

 そもそも、白雪太夫の身請けを申し出ていたくそ親父に身請け金の支払い能力がなくなれば、その楼主だって今回は引き下がるだろうし。

 どれが一番いい状況になるのかは、他の協力者がどれだけ得られるか次第だから、詳しい内容は今日の定例会議の後で打ち合わせって事で、構わないかな?」

 

 そう切り出したるし☆ふぁーの言葉に、二人とも同意する様に頷いたのだった。

 




という訳で、色々と散りばめていた伏線の回収の一つ。
るし☆ふぁーさん側の裏事情と立場が、正式に今回の話でオープンになりました。
彼の立場は、富裕層の中でもかなり上の方の出身です。
これで、タブラさんを助けるための、二つ目の札が明らかになりました。


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ギルド会議 会議は踊る その1

ギルド会議が始まりました。


 その日、モモンガが【ユグドラシル】にログイン出来たのは、ギルドの定例会議が始まる時間の直前だった。

 今日に限って、急な仕事による残業が予想よりも延長した為に、自宅に帰り付いた時間がかなり遅くなってしまったからだ。

 スッと、モモンガが円卓の間に居るギルメンたちへと視線を巡らせると、その場にはほぼ全員が揃っていたのだが、たった一人だけ居ない人物がいる。

 

 いつも、必ずこの会議には早い時間からログインしてきて、色々とメールペットの事に関して仲の良い相手と談笑している筈の、タブラさんだ。

 

 彼が〖この場に居ない〗という、この状況に何となく微妙な違和感を覚えながらも、それを敢えて口には出さずにモモンガが席に着けば、時計が時間になった事を告げてきた。

 このまま、彼が来るのを待たずにギルドの定例会議を始めてしまっていいのかと迷った瞬間、それまで黙って自分の席に座っていた建御雷さんが、漸く覚悟を決めたかの様に口を開く。

 

「あー……タブラさんなんだが、今日の会議には出席出来ない。

 じつは、今のタブラさんはものすごく厄介な状況に陥っていてな。

 その辺りの事情を含めて、出来れば相談に乗って欲しい。

 いや、と言うよりも何とかする為に協力して欲しいんだが……構わないか?」

 

 どうして、建御雷さんがまだタブラさんが来ない事を知っているのか、それに対して疑問を感じたモモンガだが、すぐに彼がリアルでタブラさんと直接の知り合いだと言う事を思い出した。

 それと同時に、何となくモモンガは嫌な予感がして、思わず口ごもる。

 今回のタブラさんが出席出来ない理由として、三年前のウルベルトさんの騒動を連想させたからだ。

 あの時もウルベルトさんも、この会議になかなかやって来なかった。

 それに対して、今回は既に建御雷さんから「厄介事に巻き込まれてた」と明言された上で、欠席する旨を告げられている。

 この状況を考えれば、絶対に前回のウルベルトさんの時と同じ位厄介な事になっているのだろう。

 普通に考えて、ネットにログイン出来ないなんて相当の事だ。

 

「……相談って、どんな話なのかしら?

 内容によっては、私達で相談に乗る事も難しいと思うんだけど。

 建御雷さんの言ってる〖協力して欲しい〗って言うのも、相談に対しての事だよね?」

 

 この場で、他のギルメンの先鋒の様に話を切り出したのは、茶釜さんだった。

 かつて、まだ幼かったアルベドの暴走した一件によって、色々と自分の所のマーレが迷惑と被っていた茶釜さんは、こんな風にタブラさんが関わる事によっては厳しい物言いをする。

 もちろん、何もかも彼のやる事に対してケチをつけている訳ではない。

 最近のタブラさんは、随分とアルベドに対していい意味で親バカになっていたし、何よりアルベド自体が大きく心が成長して、淑女の雰囲気を漂わせる様になっていたから、それに対して文句はないのだろう。

 

 むしろ、今回のような騒動を持ち込む事に対して、厳しいって言うべきなのだろうか?

 

 そんな彼女の問いに対して、答えたのは建御雷さんではなく、ちょっと離れた席に座っているウルベルトさんだった。

 どう説明するべきなのか、言葉を選ぶのにちょっとだけ困っていると言いたげな、そんな様子で軽く頬を掻きつつ口を開く。

 

「あー……その一件なんだが、タブラさん本人が俺たちに対して、直接何かを相談してきた訳でも頼って来た訳でもない。

 むしろ、今のタブラさんは現在進行形で第三者による監視下に置かれていて、メールを含めてネットへの接触すらまともに出来ない状態だ。

 建御雷さんは、元々仕事的に毎日直接会って話す必要がある関係から、一応、邪魔される事なく直接接触出来るんだけど、な。

 それだって、今のタブラさんの側についてる監視役が置かれているから、今までの様に世間話をしたりちょっとした友人とした会話をしたりする事はもちろん、お互いに抱えている問題の相談も出来なければ、メールペットを出してその話をする事も出来ない状態らしい。

 そこで話した内容はもちろん、していた行動全部が相手に筒抜けになるからな。

 このタブラさんの状況を、俺に泣きながら訴えてきたのはアルベドの方なんだ。

 〖 お願いします、今はもうご自分でどうする事も出来ないタブラ様を助けてくださいませ 〗と、俺とデミウルゴスの前で土下座までしてな。

 その状況に、俺は事情を知っていそうな建御雷さんに連絡を取って、タブラさんが置かれている現状を把握した、と言う訳だ。」

 

 そこで言葉を切ると、ウルベルトさんは軽く顎を撫でながら天井を見上げる。

 何となく、言って良いのか迷う様なそんな素振りだと思った瞬間、彼は徐に続きを話し始める。

 

「……ただ、ここから更に詳しく話すとなると、本当にタブラさんが誰なのか個人特定が可能な情報になるから、最初から協力してくれるという相手にしか話したくない。

 今後の事を考えるなら、全員で情報を共有した方が良いかもしれないとも思わなくもないんだが、ここで話した内容を相手方にリークされても困るんだよ。

 残念な事に、この中にはそうする事で様々な点で利を得ようとする、愚か者がいないとも限らないからな。」

 

 そこまで言って、再び言葉を切ったウルベルトさんが、スッとギルメン全員に対して冷ややかな視線を流したのを見て、モモンガは猛烈に反論したい気持ちになった。

 大切な仲間を売るなんて、そんな真似をするギルメンがいるとはとてもモモンガは思いたくなかったからだ。

 多分、それに関しては誰もが似た様な気持ちになったんだろう。

 場の空気が、一気に悪くなる。

 それだけでは足りないと、ウルベルトさんが口にした言葉に対して、不快そうな様子で機嫌の悪いアイコンを浮かべるメンバーも何人かいた。

 だけど、ウルベルトさんは涼しい顔をして、最初から予想していたかの様にそんな彼らの反応を受け流すと、更に言葉を重ねる。

 

「もちろん、俺だってそんな奴が仲間の中に本気でいるとは思いたくないさ。

 だけど、これから話す情報は結構色々とヤバい案件も混じっていて、例えこの場に居る仲間を裏切る事になっても、この情報を相手側に持っていけば、自分の置かれる状況がかなり変化すると考える奴がいないとは言い切れないし、むしろこの状況を楽しんでわざと相手側に垂れ込もうとする愉快犯だっているだろう。

 だから、本気で協力してくれるって言ってくれるやつ以外に、タブラさんの状況を含めた今後の相談を利かせるのは、ちょっとばかし躊躇われるんだ。」

 

 ウルベルトさんの説明に、ほぼ間を置く事無くギルメン全員が視線を向けたのは、ギルド一の問題児で愉快犯的なるし☆ふぁーさんだった。

 そんな、ギルメンからの疑惑に満ちた視線を受けて、ちょっとだけ軽く肩を竦めたるし☆ふぁーさんは、小さく横に首を振る。

 何となく、彼がギルメンたちに対して向けている視線は、何とも言い難いものがあった。

 

「……この際だから言っておくけど、今回のタブラさんの件に関して言うなら、俺は二次的な被害者になる可能性があるんだよね。

 もちろん、そうなったとしても悪いのはタブラさんじゃないし、俺自身が今の時点ではタブラさんの件に関わっていない事だけは明言しておく。

 まぁ……そんな理由もあって、俺は既にタブラさんの一件に関わる事になってるんだわ。

 そもそもさぁ、愉快犯って聞いただけで俺の事を見るのって、ある意味偏見だよね。

 だってさ、ウルベルトさんの説明を聞いた途端、みんな勝手に〖愉快犯と言うならこいつだろう〗って、決めてた様な視線を向けたでしょ。

 そりゃ、確かに普段はギルドメンバーに対して色々やらかしてる事は認めるけど、メールペット関係とかリアルに絡む事に関して、ここに居る面々に迷惑を掛けた事は一度もないはずだよ。」

 

 どこか憤慨した様な様子で、そうきっぱりと告げるるし☆ふぁーさんの主張を聞いた途端、モモンガも「そう言えばそうだったな」と今までの彼の行動を振り返り、思わず納得して頷いていた。

 確かに、るし☆ふぁーさんは色々とギルドの中で問題行動をやらかす人だけれど、三年前のアルベドの一件の際に宣言した通り、リアルやメールペットが絡む事に置いては一切の問題行動を起こしていない。

 まぁ、恐怖公絡みでリアルのメールサーバーで更に進化した【黒棺】を作り出そうと考え、実際にヘロヘロさん達に相談しながら色々と動いている様だけれども、あくまでもそれは「セキュリティの機能向上」と言う前提がある。

 実際に、三年前のハッカーの顛末に関してはネットで拡散済みらしく、彼のサーバーには恐怖公のセキュリティシステムとして仕掛けられている罠が怖くてハッカーたちは近寄らないと言う事だから、その外見と能力を上手く利用していると言っていいだろう。

 そうやって、今までのるし☆ふぁーさんのリアルの行動を考えて見ると、確かにメールペットやギルメンに対して被害を出す真似は一切していないので、彼は対象外だと言っていい。

 

 だとしたら、ウルベルトさんは一体誰の事を想定して、あんな事を言っているんだろうか?

 

 正直に言うと、るし☆ふぁーさん以外だというなら誰を想定しているのかとても気にはなったが、この場でそれをわざわざ問い詰めるのはやめておく。

 漠然と、この件に関してあまり深く追及しない方がいいと感じたからだ。

 そんな風に、モモンガがるし☆ふぁーさんの発言に対して色々と考えている間に、ウルベルトさんへ質問するべく手を挙げたのは、ぷにっと萌えさんだった。

 

「正直、今のお話だけで協力するか判断しろと言われてもかなり難しいですよ、ウルベルトさん。

 ゲームの中とは違って、リアルで私達に出来る事なんてそうそうありませんからね。

 本当に協力出来る事があるのか、それすら情報が少なすぎて全く判らないと言っていいでしょう。

 ですが、タブラさんが本当に困っていて助けを求めているというのなら、私に出来る事があれば手助けをしたいと思う気持ちはあります。

 実際の所、あなた達が欲しがってる協力というのは、どういう内容なんですか?」

 

 静かに問う、ぷにっと萌えさんの言葉に対して、正面からそれを受け止めたウルベルトさんは軽く顎髭を撫でると、スッと視線を建御雷さんに向けて確認を取る。

 その様子を見ただけで、ウルベルトさんだけの判断では話せる内容にも限度があるのだと、すぐに判った。

 ウルベルトさんが、わざわざ建御雷さんの顔を見て確認したのは、彼がタブラさんから今回の県への判断を一任されてきているから。

 そう考えれば、今の状況的にも納得がいった。

 誰もが、ウルベルトさんの視線を受けた建御雷さんへ視線を向ける。

 周囲から集まった視線に、ちょっとだけ困った様に頬を軽く掻くと、建御雷さんはウルベルトさんに了承する様に頷いてみせた。

 本当は、一任されている筈の彼が説明するべきなんだろうが、今までの流れから考えても同じく事情を知るウルベルトさんが説明した方が早いと考えたのだろう。

 

 彼の説明で足りない部分に関しては、建御雷さんがフォローするといった所だろうか?

 

 どちらにせよ、ある程度話しても構わない所まで内容を聞いてからじゃないと協力出来るかどうか、その判断は難しかった。

 それに……先ほどるし☆ふぁーさんが言った事も気にならない訳じゃない。

 本当に、彼自身の命も危険な状況にいるのだとしたら、どうしてそんな事になったのか詳しく聞きたいと思うのは、当然の話である。

 もちろん、無理にその事を話させるつもりはない。

 何となくだが、るし☆ふぁーさん側の話に関して無理矢理事情を聞き出すのは、筋違いの様な気がしたからだ。

 モモンガが、頭の中で自分なりに考えを纏めている間に、ギルメンたちの間で話は進んでいた。

 建御雷さんの視線を受け、ウルベルトさんがざっくりとした事情説明し始めたからである。

 

「あー、そうだな……簡単に説明すると、今、こうしている間にもタブラさんは雇用主から富裕層に売られそうになってるんだ。

 タブラさんは、三年前の俺の一件の時に〖接客業をしている〗と言っていただろう?

 そこの客は、基本的に富裕層でもそれなりの立場と力がある人間が多いんだが、その中の一人がタブラさんを気に入ったのかどうかは判らないが、強引に金で買おうとしているんだよ。

 もちろん、タブラさん自身はその申し出に対して同意している訳じゃない。

 同意している事なら、アルベドが〖助けてくれ!〗なんて駆け込んでくる訳がないし、な。

 かなり腹が立つ話なんだが、客側から提示された金額に目が眩んだ雇用主と客の富裕層の間で勝手に話が纏まり掛けているそうだ。

 雇い主にしてみたら、タブラさんは大事な金蔓だからな。

 予想外の大枚で、それなりに立場がある人間に買い取りが決まりそうな大事な時期だからこそ、〖ネットで事故にも遇われたら困る〗と言う名目を付けられたタブラさんは、現時点でネットにログインが出来なくなってるのさ。」

 

 苦い声でそう告げるウルベルトさんに、その場が一気に騒めく。

 普通に考えて、ネットの使用制限までされてしまう状況と言うのは、おかしいと思えたからだろう。

 それ以上に、思っていたよりもタブラさんが働く環境が劣悪な状況だと知った事によって、幾つか疑問が浮かんだ面々がいたのも騒めく声が広がった理由だった。

 

 もし、タブラさんが自分とそれほど変わらない様な立ち位置だとしたら、あの蘊蓄を語れるだけの知識はどこから来たのだろうか?

 

 正直、モモンガ自身も色々と教わる側であったが故に、あっさりと雇い主から富裕層の人間に売られてしまう様な環境にタブラさんがいた事がとても信じられない。

 しかし、だ。

 実際にそれが置き掛けているからこそ、彼のメールペットのアルベドがウルベルトさんへと助けを求め、建御雷さんと共にこうして協力者を求めるべく動いている。

 更に、ウルベルトさんの説明は続く。

 

「どうして、雇い主側がタブラさんに対してそこまで行動制限出来るのかって言うと、タブラさんは雇い主の用意した寮に住み込みと言う形で働いているからだ。

 住み込みの寮の回線を押さえられたら、ネットに繋げなくなるのも当然だからな。   

 更に問題なのが、タブラさんを金で買おうとしている男の方か。

 そいつは、既に妻と成人した子供がいる中年男で、もし本当にタブラさんの事を買い取る事が出来たら、自分の子供を産ませる為の道具にするつもりだ。

 あぁそうだ、一つ言い忘れていたんだが……タブラさんのリアルは女性、つまりネナベだったらしい。

 これに関しては、俺も数時間前にアルベドから頼まれた際に教えられて、更に建御雷さんに確認を取るまで知らなかったからな。」

 

 忘れていた、と言わんばかりに最後に説明を追加するウルベルトさんに、今まで以上にどよめくギルメンたち。

 正直、タブラさんが強引に富裕層に金で買われて愛人にされそうな状況よりも、実は女性だという事の方が驚きだったからこそ、こんなにも周囲から騒がれているのだろう。

 そこで、今まで大人しく話を聞く側にいたるし☆ふぁーさんが、追加の説明と言わんばかりに口を挟んできた。

 

「ちなみに、タブラさんの事を金で買って愛人にしようとしている糞中年親父って言うのが、俺の名ばかりの父親に当たる奴だから。

 あの野郎、俺が産まれる前から今までずっと溺愛し続けている愛人がいる癖に、その女が二十年以上一緒に居ても自分の子供を産まなかったんだよ。

 色々とあって、そろそろ自分の後継者となる相手が必要だとなった時、自分の血を引く後継者が産まれてからずっと放置して来た正妻の子供の俺しかいない事に気付いて、凄く焦ってるんだ。

 だって、産まれてからずっと放置して見向きもしなかった息子を後継者にしても、今更自分の言う事を聞かないだろうって事位、あんな男でも流石に判っているみたいでさ。

 しかも、昔から俺の事を〖後継者から外す〗って周囲に明言していた割に愛人との間に子供も出来ないし、会社の経営とか後継者問題とか本当に色々と問題があって、親戚から追及を受けそうな状態になってるらしいんだ。

 どうも、そんな時にタブラさん働いている店に客として出向く事があったらしくて、そこの店主に勧められたらしいんだよね。

 〖それなら、お客様が気に入ったらしいうちの店員を金で買って、そのまま子供を産ませる道具にしたらどうか?〗ってさ。

 それを受け入れちゃう辺り、ホント性根が腐ってるよね、あのクソ爺。」

 

 補足と言う割には、予想以上に家庭の事情をサクサクと口にするるし☆ふぁーさんに、思わず彼を二度見するギルメンたち。

 もしかして、るし☆ふぁーさんがギルメンに対して質の悪い悪戯をするのって、この家庭環境の悪さも影響しているからなんだろうか?

 思わずそう思うモモンガに対して、更にるし☆ふぁーさんの説明は続いていく。 

 

「そんな訳で、タブラさんに対しての買取契約なんて話が持ち上がった訳だけど……ここで、あの男の側に一つ問題が出て来た訳さ。

 富裕層の中でも、それなりに力と金がある人間が出入りするそこの店の従業員を金で買い取るのには、それ相応の金額が必要になるって点がね。

 普通なら、その話で折り合いが付かなかった段階で諦めるんだろうけど……どうしても、自分が溺愛している愛人が最優先のあの野郎は、そこで諦めなかった。

どうも、その為の資金とか全部を邪魔な存在である俺と俺の母親をどうにか事故死か自殺に見える様に殺して、それによって手に入れた遺産を使ってタブラさんの買取金額を賄おうとか考えているらしいんだよね。

 邪魔者を始末して、その遺産で自分の跡継ぎを産ませる女性を買い取る事が出来れば、一石二鳥なんてレベルじゃないとか考えてるんじゃないの、あのくそ爺なら。

 だから、このタブラさんの一件に関して言うなら、俺も他人ごとじゃないって訳なんだ。」

 

 自分の親が絡んでいるにも拘らず、さくさくと自分が置かれている状況を説明していくるし☆ふぁーさんに対して、周囲の視線はだんだんとドン引きしていくのが良く判った。

 むしろこの状況だと、タブラさんよりもるし☆ふぁーさんの方が命に関わる分だけ危険なんじゃないだろうかと、モモンガは思えて仕方がない。

 だが、改めて説明された内容を考えてみると、るし☆ふぁーさんが今回の一件に協力する事を申し出たのだって、不自然どころかむしろ当然の話だった。

 

 実の親から、子供を産ませる為に新しく愛人にしようとしている相手を買い取る資金の不足分を補うのに必要だからと言う理由で、自分の命が狙われている状況を知ってしまったとしたら、それをそのまま抵抗せずに受け入れるなんて事が出来る筈がない。

 

〘 ……まして、新しく愛人に迎え入れるべく狙われている人物がギルドの仲間で、本人の意思を一切無視して強引に金で手に入れようとしているなんて事を知ってしまったら、それを放置出来るほどるし☆ふぁーさんは人でなしじゃないからな。

 そうだ……るし☆ふぁーさんは、未だにユグドラシルの中ではギルドの仲間に色々と悪戯したりしてくるけど、あくまでもユグドラシルの中だけだ。

 リアルでメールをやり取りする分には、何だかんだ言ってきちんと礼節を守る人なんだよなぁ……

 正直、メールペットとして恐怖公を飼い始めた頃から、るし☆ふぁーさんからのギルメンへの悪戯は随分と大人しくなっているし。

 ここで、全くなくなったと言えないのがるし☆ふぁーさんがるし☆ふぁーさんたる所以なのかもしれないけど、むしろそこまで大人しくなられたら、逆に不気味だから今ぐらいの加減で問題ないと思うべきかな。

 そういや、ギルドに所属した頃の様な酷い悪戯をするよりも、メールペットたちの為に何かを作る事の方が楽しいんだと、ちょっと前に俺に話してくれたっけ。 〙

 

 そんな風に、モモンガが納得していた所で、るし☆ふぁーさんの話を聞いてるうちに気になった事を見つけたのか、ぷにっと萌えさんが片手を挙げて質問を口にした。

 

「……今のお話ですと、るし☆ふぁーさんの父親がタブラさんを買い取る為に、るし☆ふぁーさんとそのお母さんを殺して財産を狙っているという事ですが……〖後継者が必要だ〗と言っている時点で、るし☆ふぁーさんの父親は富裕層でそれなりに権力を持っている人なのでしょう?

 アーコロジー内で、ある程度の地位に居る富裕層に身を置く人物なら、貧困層出身だろうタブラさんの雇い主がそれを勧めている時点で、金で人を買い取る事が出来る程度の資産はあると思います。

 むしろ、そこでるし☆ふぁーさん達を手に掛ける方色々と面倒事が起きたりする点などを考えれば、余計に危険だと思われるのに、どうしてそうなると言う結論に至ったんでしょうか?」

 

 そう、疑問に感じた事をそのまま問うぷにっと萌えさんの言葉に、周囲もハッとなった顔をする。

 

 確かに彼の言う通り、この世界の貧困の差を考えればある程度力のある富裕層の人間なら、わざわざ息子と妻を殺して無理にその財産を得なくても、貧困層の人間一人位なら金で強引に買い取って囲う事は出来るんじゃないだろうか?

 タブラさんの雇い主も、相手が金を持っていると思ったからこそ、タブラさんの事を売り付け様とした筈だ。

 そんな疑問に対して、答えたてくれたのはウルベルトさんじゃなく建御雷さんだった。

 

「あー……この話が最初に出た時点で気が付いてると思ったんだが、どうやら本気で気が付かなかったんだな、ぷにっと萌えさん。

 幾ら、タブラさんが貧困層出身で、客側が金満な富裕層の住人だったとしても、実際に自分だけのモノにする為に買い取ろうとするなら大枚を叩く必要がある存在が、アーコロジー内には存在しているだろう?

 そもそも、俺が仕事で出入りしている先がどこなのか、ウルベルトさんの騒動の時にたっちさんが指摘してただろうに、それすら忘れたのか?」

 

 そこで言葉を切った建御雷さんに対して、ぷにっと萌えさんはハッとなった様な顔をした。

 今の指摘で、タブラさんが置かれている状況を正確に察したのだろう。

 モモンガ自身も、今の彼らのやり取りと今までの情報から、何となく状況を察してしまっていた。

 

 そう……建御雷さんの言葉通り、彼が仕事で出入りしている場所で働いているとしたら、タブラさんは花街の住人だ。

 

 状況的に考えると、良くて花街の【美しい徒花】である遊女を支える下働き、悪ければ徒花として貧困層にもその存在を知られている遊女そのものだろう。

 実際、タブラさんが花街の中でどれ位の立場に居るのかは分からない。

 判らないけれど、少なくともるし☆ふぁーさんの父親だと言うある程度の力と財を持っている富裕層の人間が、タブラさんを買い取る為に彼と彼の母親の遺産を充てにしなければならないほど大枚を叩く必要があるのだとしたら、まず下働きじゃなくそれなりに高い地位にいる遊女だと考えるのが、一番妥当な所だろう。

 とは言え、アーコロジーの中にある花街の遊女など、モモンガは自分には絶対に手が届かない存在だと判っていたから、花街の仕組みに関してそれ程詳しい訳じゃない。

 多少知っているのだって、モモンガが自分から積極的に調べたからじゃなく、ペロロンチーノさんがたまに出回る遊女のネット情報の中にお気に入りの存在を見つけた事で、彼女の事を調べ回った揚げ句にそれを教えてくれたからだ。

 だから、実際にどこまで知っているのかと問われたとしても、知らない事の方が確実に多いだろう。

 そんな風に、自分が殆ど詳しく知らない世界の話になっていく事に気付き、どう対応したらいいのか悩んでいるモモンガの横で、話はどんどんと進んでいった。

 

「……と言う事は、リアルのタブラさんは花街の住人、その中でも客に相手をする遊女として花街に属していると言う事でよろしいんですか?

 そして、その客の一人がるし☆ふぁーさんの父親で、タブラさんを無理矢理身請けする金を得る為に、るし☆ふぁーさんとその母親の財産を奪うべく殺そうとする可能性がある、と?」

 

 出来るだけ、慎重に確認を取るぷにっと萌えさんに対して、建御雷さんはるし☆ふぁーさんやウルベルトさんと素早く顔を見合わせ、お互いに頷き合う。

 多分、ここで全部話していいのか建御雷さん達にとって迷う所なんだろうと、すぐに察せられた。

 この三人がこんな風に言い淀む位には、面倒な状態なのだろう。

 それこそ、タブラさんが花街に置ける立場が判らないからはっきりと言えないけれど、何となくこの場ですぐにその内容を聞いてしまうという選択をしてはいけない気がする。

 

 何となく、先程からモモンガ自身の中で嫌な予感が警鐘を鳴らしているからだ。

 

 ここから先の内容を聞くかどうかは、やはりまずギルメン全員できちんと話し合って、どうするか決めてから聞くべきだろう。

 そう、これ以上この件を掘り下げる様な下手な突っ込みを入れてしまう者が出る前に、この辺りで一旦会話を止めるべきだろうと思った瞬間、モモンガが座っている場所から少し離れた位置でぼそりと呟いた人物がいた。

 今まで、今回の話が出てからずっと黙っていた下を向いて何かを考え込んでいた、ペロロンチーノさんだ。

 

「……もしかしてさ、タブラさんって花街でも特に有名な……」

 

 もしかして、ペロロンチーノさんがずっと黙っていたのは、花街の遊女たちの情報からタブラさんの事を割り出そうとしていたからだろうか?

 

 例えそうだったとしても、この場で名前を挙げようとするのはかなり拙い。

 今の時点で、建御雷さん達に〖協力するか、それとのしないのか〗まだどちらにも決まっても居ない状況なのだ。

 そんな状況下で、彼が勝手に名前を挙げて誰なのか示してしまえば、協力する事を躊躇っていたギルメンたちまで巻き込むしかなくなるだろう。

特に、るしふぁーさんなど自分と母親の命がかかわっているのだから、最初にウルベルトさんが言った様な裏切り者が出たら困ると、容赦なく協力をさせる筈だ。

もし、そんな事になってしまったら、それこそこの先の遺恨として残りかねない。

 モモンガやその周囲が、この状況の拙さに気付いて慌てて留めようと思った時には、既にペロロンチーノさんの言葉は遮られていた。

 いつのまにか、ペロロンチーノさんの背後に移動していたたっちさんが、ペロロンチーノさんの口をそのまま素早く塞いだからだ。

 

「……ペロロンチーノさん。

 あなたが、今までの情報を元に何を想像したのか、それに関してはこの場で問いません。

 ですが、現時点でその創造の人物が一体誰なのかという名前を挙げる事に関しては、まだどうするか迷っているギルメンたちへの余計なミスリードの原因になりますから、申し訳ないですけどこちらで干渉して発言を途中からミュートに切り替えさせて貰いました。

 正直に言って、あなたの想像があっているのかどうかは現時点では言えない以上、その不用意な発言によってこの場で名前を挙げられた相手にも、多大な迷惑がかかる可能性があります。

 特に、今回の様な協力を申し出るのにも微妙な案件では、あなた自身の含めてこの件に協力するかしないかまだ決めかねている状況ですし、下手な発言でタブラさんが花街で誰なのかと言う特定はして欲しくありません。

 あなた自身には、そんなつもりが無かったのでしょうが……このまま思った事を口にされ、て本当にタブラさんを助けられなくなると困りますから。」

 

 スッと、鋭い視線を向けながら顔を覗き込む様にたっちさんに告げられ、ペロロンチーノさんは青ざめながらコクコクと頷いて同意する。

 そんな彼の様子を見ながら、別の場所に座っているぶくぶく茶釜さんが小さく舌打ちしている姿が、今のやり取りをどんな風にギルメンたちが聞いているのか、様子を窺う様に視線を巡らせたモモンガの視界に入った。

 多分、ウルベルトさんや建御雷さんがしていた状況説明を碌に話を聞かず、必要な言葉だけ拾って自分の思考に入り込んでいたペロロンチーノさんが、思い付いたまま余計な事を口にしようとした事に対して、強い苛立ちを感じたのだろう。

 最初こそ、状況を把握するべく先鋒を切る様に質問をしていたのに、ウルベルトさんが説明し始めてから一切口を開いていない。

 もしかしたら……茶釜さんは今の時点で下手な発言をする事によって、ペロロンチーノさんや自分が巻き込まれる事を嫌っているのかもしれなかった。

 

 状況的に考えれば、茶釜さんの判断はある意味間違いじゃない。

 

 唯でさえ、今回のタブラさんの一件はたっちさん達だけの協力だけでは足りなんていう、はっきり言って面倒な状況なのに、そこに るし☆ふぁーさんの家庭内のいざこざを含めた厄介事まで絡んでいるなら、下手に口を挟まない方が面倒事に巻き込まれないで済むだろう。

 それなのに、幾つかの情報を元に自分の知っている花街の情報と憶測のまま結び付けた上、そのままうっかり思い付いた人物の名前をタブラさんとして口にしようとしたのだ。

 あのままだと、折角建御雷さん達が名前を伏せる事で協力を申し出てくれた者以外の、この場に居るギルメンを守ろうとしていたのに、問答無用で全員が巻き込まれる形になり掛けたのだから、そんな彼の不用意な行動に怒りを覚え、そのままそれを舌打ちしたとしても仕方がないことかもしれない。

 それに、だ。

 茶釜さんの場合、リアルが【人気声優】と言う立場にある事を考えれば、このまま問答無用で巻き込まれる訳にはいかないだろう。

 それが分かっているからこそ、茶釜さんは冷静に最初のやり取り以降はずっと沈黙を保っていたというのに、ペロロンチーノさんがそんなうっかりをやらかそうとしたのだから、むしろあの反応は当然だと言っても良かった。

 

「……それで、私の質問に対してそろそろ答えてくれませんかね?」

 

 ぷにっと萌えさんが、たっちさんの威圧によって微妙になった場の雰囲気を変えるかの様に再度質問をすれば、それに対して建御雷さんは軽く首を竦めた。

 どうやら、この質問に対して返答をするのは、ウルベルトさんじゃなく建御雷さんらしい。

 

「あー、そうだな……簡単に言えば、それなりの位置にはいる。

 とは言っても、元々花街の遊女は富裕層との会話についていける様に教養をしっかり身に着けさせているから、それらの付加価値の分も下っ端と言っていい遊女でも身請けをするにはかなりの金額がいるけどな。

 少なくとも、現役で稼いでいる遊女を身請けするなんてぇのは、一部の富裕層の中でも一部の人間にしか出来ない事だと言っていい。

 一応、俺はアーコロジーの住人で割としっかり稼いでいる身ではあるが、それでももし花街で遊ぼうとしたら、どれだけ金を溜める必要があるかって話になるし、な。

 そもそもだ、そうやって質問しているぷにっと萌えさんは、花街の遊女一晩の花代がどれくらい掛かるのか、知ってるのか?

 最低ランクの遊女でも、一回の花代は八万円前後が相場だし、太夫クラスになると一回の花代が最低百万だぞ?

 更に、いきなり床入りなんてぇのは無粋だからと、絶対に料理やら酒やらが出るのが決まりだ。

 ……そうだな、花街で食事やらなにやら諸々全部込みにしたら、最安値でもざっくり計算して十万、最上位の太夫が相手だと太夫の身の回りの世話をする禿やら諸々の手当てまで払う必要があるから、それらを全部含めて百五十万は用意していないと、次から廓の楼主から軽んじられる事になる。

 簡単に言えば、指名する客が重なった時の優先順位が金払いの良い方に傾く訳だ。

 そんな彼女たちを、もし十年の年季が明ける前に身請けしようと思うなら、最低ランクの遊女でも数千万掛かるし、太夫クラスになれば確実に億は下らない。

 それ位の価値があるだけの教育を施され、遊女として日常の身に付けるものも一流の品に囲まれてるからな。

 だからこそ、遊女は庶民には手が届かない【高嶺の花】であり、金持ち遊びって言われる所以なのさ。」

 

 建御雷さんは、仕事でずっと関わっている事もあって、この中で一番花街の事情に詳しい人だろう。

 だからこそ、サクサクと実際の例を挙げて話してくれたのだろうが、正直言ってモモンガには遠い向こうの世界でしかない。

 そこで、ふと思い出した様にベルリバーさんが手を挙げた。

 

「もし、それが本当なんだとしたら……三年前、ウルベルトさんの一件が起きた時に、タブラさんがアルベドの事で〖責任を取って生活費を〗とか言ってたのを、建御雷さんが止めたのって……」

 

 彼の問いを耳にして、あの時のタブラさんの行動を思い出したのか、建御雷さんは少しだけ困った様に天井を仰ぎ見る。

 そう言えば、あの時はタブラさんがそう言い出したのを、上手く言葉で往なして止めたのは、確かに建御雷さんだった。

 「そこまでの事をされてしまったら、ウルベルトさんが逆に恐縮してしまう」と言う言葉と共に、上手くタブラさんがそこまでの負担を負わなくてもいい様に誘導し、逆に自分の職場にウルベルトさんの事を誘っていて。

 あの時は、色々とあって結局ウルベルトさんの就職先はたっちさんの娘さんの家庭教師に落ち着いたけど、もしタブラさんが本当にそこまで請け負っていたとしたら……

 

「……あぁ、そうだよ。

 あの時、俺がタブラさんの事を止めたのは、ウルベルトさん側にとって負担になるって言うのも勿論あったが、それ以上にあいつが借金を重ねるのを止めさせる為だ。

 基本的に、自分の金をほとんど持つ事が出来ない遊女が人一人分の生活夜を用意するとしたら、廓の楼主に借金するしかないからな。

 多分、あいつは全部承知の上で腹を据えて申し出たんだろうが、流石に後見の立場としてそれを見逃してやる訳にはいかなかった。

 下手をすれば、タブラさんだけじゃなくウルベルトさんまで巻き込む可能性もあったから、そう言う意味でも止めるのは当然だろう?」

 

 建御雷さんの肯定の言葉を聞き、あのやり取りの中にそんな裏事情があったのかと、モモンガを含めたその場にいるギルメンから低く唸る声が漏れる。

 まさか、あの時のタブラさんがそこまで覚悟を決めていたとは、思っていなかったからだ。

 どうやら、あの時の当事者であるウルベルトさんは、既に建御雷さんから詳しい事情を聴かされていたのか、口元に手を当ててはいるものの、唸り声を上げてはいない。

 今の時点で、思っていた以上に深刻な話になりそうな状況を前に、モモンガは溜息しか出なかった。

 

 

 

 




予定以上に更新が遅くなり、申し訳ありません。
一先ず、ざっくりとした事情とるし☆ふぁーさんの立ち位置、ぼんやりとタブラさんの立場とかを明らかにしてみました。
pixivにあげてから、こちらにアップするまで一週間以上かかったのは、書き直しの部分が多かったからです。
全部細かな部分の変更ですし、文字数もあちらと比べて三千字ほど増えただけなんですが、予想よりも時間が掛かったと言っていいでしょう。
次の更新も、また時間が掛かると思います。
すいません。


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幕間 それはるし☆ふぁーだけが知っている、とあるギルドメンバーの裏の顔

更新が遅くなってすいません。
色々と加筆していたら、遅くなりました。


 元々、るし☆ふぁーにとってそいつの存在は、ギルドメンバーの中でも数少ない警戒すべき対象だった。

 

 そう……初めてギルドで顔を合わせた時から、るし☆ふぁーから見て胡散臭い奴だと本気で感じていたのだ。

 この事を、他のギルドメンバーがもし知ったとしたら、「余程、お前の方が問題児だろう!」という声の集中砲火が遠慮なく上がるだろう。

 しかし、だ。

 るし☆ふぁーにとって、ソイツの顔を見て受けた第一印象はどちらかと言うと詐欺師に近いような、そんな感覚がしたのである。

 

 これでも、るし☆ふぁーの人を見る目は相応に鍛えられていると言っていい。

 

 富裕層の中でも、上から数えた方が早い立ち家柄に生まれた関係上、それなりに幼い頃から欲にまみれた大人の世界に触れる事が多く、否応なしに人を見る目を磨かれたとも言っていいだろう。  

 多分、割と富裕層に生まれていると知られただけで勘違いさてしまいそうだが、実際はそうでもないのだが、表向き中途半端に後ろ盾がない状態になっている状況のるし☆ふぁーの方が、貧困層に居る面々よりも世間の荒波に揉まれている。

 正確には、人の悪意に揉まれていると言うべきだろうか。

 

 元々、大きな富と権力を持ち貧困層や中流層の上に立つが故に、利権を奪い合う権力闘争が当たり前の富裕層において、それなりの生まれにありながら父親の身勝手な理由から後継者から外されるという、他人から見てかなりの不名誉を強制されている状況のるし☆ふぁーは、本当に苦労したのだ。

 

 それこそ、陰から支えてくれる母方の祖父が居るものの、中途半端な事情しか知らない周囲はるし☆ふぁーの事を下に見る事が多く、アーコロジーの中で生きるのはかなり大変だったし、そんな環境で育てば酷く性格がねじ曲がったとしても、別におかしくない状況だった。

 るし☆ふぁーが、実際にそんな風に道を踏み外さなかったのは、偏に息子を信じて無償の愛を与えてくれた母と、孫の一人として甘やかす所は甘やかしながら、必要な部分は厳しく育ててくれた祖父のお陰だと、感謝するしかないと思っている。

 名ばかりの父親は、生れたる前から完全にるし☆ふぁーの存在を無視していた事もあり、自分の肉親だと一度も思った事もない〖血が繋がっているだけの他人〗だという認識だった。

 それはさておき。

 富裕層特有の、悪意に満ちた世界で生きてきたるし☆ふぁーにとって、割と顔を合わせてすぐにその人間の本質を見抜く事は難しくない。

 だから、るし☆ふぁーが【胡散臭い詐欺師の様な男だ】と思った自分よりも後にギルドに入って来た相手は、割とギルドメンバーに対して柔らかな物腰をしているものの、本性はそちらに近いのだろう。

 事実、それから暫くそいつに気付かれないように観察してみれば、自分の勘が外れていない事がすぐに判った。 微妙な変化を付ける事によって、本人は周囲に悟らせないつもりで上手く隠しているようだが、るし☆ふぁーの目から見ると相手によって態度を変えているのが丸わかりだった。

 

 そう……確実に貧困層出身であると雰囲気からも分かるモモンガさんやウルベルトさんに対するソイツの態度は、表面上の言動こそ丁寧だけど実質はかなり悪かったのだ。

 

 いや、ソイツの行動をより正確に言い表すなら、ギルドメンバーに対して人当たりの良い対応で誰にも悟らせないように気を使いつつ、実際にはかなりぞんざいな扱いをしているといえば、伝わり易いだろうか。

 ユグドラシルで使用するのアバターが、表情を動かす事が出来ないと言う点も最大限に利用し、アイコンや言動では物腰柔らかな風体を装っているものの、間違いなく相手を軽んじている気配が潜んでいる。

 リアルで、表面上は同じ様に物腰柔らかい人物を装いながら、実際は悪意に満ちていた大人たちを山の様に知っているるし☆ふぁーから見れば、手に取るようにそいつの言動が読めてしまうのだ。

 

 しかも質が悪い事に、まるで気の置けない仲間だとしての態度だと思って思わせる様な、周囲に対してそんな素振りに見せる擬態が凄く上手く、誰にも実際は彼らの事を自分よりも格下に見て馬鹿にしている事を悟らせていない。

 

 だからこそ、るし☆ふぁーはソイツに対する評価を【周囲を騙す事が得意な詐欺師】だと考えていた。

 逆に、普段の言動から富裕層だとはっきり分かる素振りのたっちさんや死獣天朱雀さん、やまいこさんに対してはそれと判り難い態度で媚びている雰囲気すらチラついて、かなり不快なものだと言っていいだろう。

 もっとも、そんな態度を見せていたのは、彼らのゲームの中での会話や言動を聞く事によって、普段の行動を把握するまでのほんのわずかな間だったが。

 

 簡単に言えば、例え彼らが自分よりも上の富裕層出身だとしても、ゲームの中の言動だけで中身は自分よりも格下の馬鹿だと、ソイツは勘違いしたのだ。

 

 それこそ、もし自分が彼らと同じレベルの富裕層に生まれていれば、確実に彼らよりも格上だと思い上がったというべきだろうか。

 ゲームの中では、誰しも【リアル】との区切りをつける意味で何らかの演技を潜ませているというのに、それを本質だと勘違いしたまま自分よりも格下に思う事によって、中途半端な自分の自尊心を満足させているのだろう。

 実に愚かな話である。

 

 ありもしない虚栄心に満ちているソイツは、ギルドメンバーに対して人好きする態度を織り交ぜるなどして上手く彼らの信頼を勝ち取り、〖頼りがいのある仲間〗と言う立ち位置を確立し、割と小狡く立ち回っている。

 

 とにかく、ギルドメンバーとの間合いを詰めるのが、非常に美味いのだ。

 上手く立ち回る事で、周囲に好印象を与えているのもそいつにとって上手く事を運ばせているのだろう。

 結果的に、ギルドの中で一目置かれる立場と言う奴を確立してしまい、それと無く言動に毒が混ざる内容を口にしても、あくまでも「相手の事を思いやっているから出た発言」なんて好意的な捉え方で、スルリと流されてしまっているのだ。

 

 それが顕著なのが、やまいこさん相手だろうか。

 彼女が学校の教師であるという事は、ギルドメンバーの中で周知の事実だ。

 だから、やまいこさんは確実に富裕層出身なのだが、彼女のユグドラシルでのプレイスタイルが【とりあえず殴ってみよう】と言う脳筋タイプなので ソイツはすっかりやまいこさんを見下していた。

 それこそ、たまたま富裕層に生まれただけで學校の教師をしている彼女より、自分の方が優秀だという認識を持っているのが、るし☆ふぁーには手に取るように解る。

 

 実際には、多くの子供相手の教師をするやまいこさんが、あんな詐欺師まがいな奴よりも劣る筈がないのだが。

 

 ただ、リアルで多くの子供に関わる教師と言う仕事の多忙さを癒す為にゲームをしている彼女が、ゲームの中でまであらゆるデータを覚えるつもりがなくても、ある意味仕方がない話だろう。

 だから、【まずは殴ってから】と言う脳筋と言われかねないプレイになっているだけなのだ。

 そもそも、彼女の凄さは頭が良いとかそういう部分じゃない。

 あの、万年大樹の様にしっかりと腰を据えていながら、それでいて自分の状況などをすんなりと受け入れる柔軟な精神だと言っていいだろう。

 でなければ、あの天才肌の妹と比較され続けながら、あそこまでどっしりと肝の座った性格になる筈がないのである。

 

 そんな事も察せられない時点で、ソイツの矮小さが手に取るようにいとも簡単に理解出来て、るし☆ふぁーは苦笑するしかない。

 

 たっちさんに関しては、彼が百年以上前前から続くヒーロー特撮物を好んで、それをプレイスタイルとしている事から、幼稚な人間だと見做したらしい。

 これもまた、実に愚かな話だ。

 現実では、到底自分の中にある正義を貫けないたっちさんが、それをゲームの中で実現する事によって心の渇きを満たしていたとして、何が悪いというのだろうか?

 むしろ、自分達が生きているリアルの状況を考えれば、無理を押し通せば家族諸共未来はないだろう。

 

 それをきちんと判っていて、ちゃんと理性で自分の行動を公私きっちり分ける事が出来ている分、たっちさんの事を馬鹿にするソイツの方が馬鹿なのだと、どうして理解出来ないのだろうか?

 

 朱雀さんに関しては、年齢的にも他の面々よりも様々な面で責任が付きまとう立場であるが故に、何かと行動するよりもまず思考で分析する傾向があるのだが、それを知らずにゲームについて行けないタイプの鈍さだと思っているらしい。

 正直、勘違いするのも甚だしいといいたくなる。

 朱雀さん自身、確かにマイペースなプレイスタイルを貫いている部分は確かにあるが、実際にチームを組んでダンジョンなどの攻略をしてみれば、ぷにっと萌えさんも舌を巻く位の分析力を持っている指揮官タイプなのだ。

 ただ、あいつは朱雀さんと組んだら足を引っ張られると勝手に思い込んで、一度も朱雀さんと一緒のチームになった事が無いから、その実情を知らないだけ。

 普段の、ギルドの中に居るマイペースでのんびりとした朱雀さんしか知らないからこそ、そんな勝手な思い込みが出来るのだろう。

 

 本当に……馬鹿な奴である。 

  

 そして、ソイツの愚かな態度はるし☆ふぁーにも及んだ。

 どうやら、奴はるし☆ふぁーのことを普段の言動だけで貧困層出身だと完全に勘違いし、自分より間違いなく格下の存在として扱おうとしていたのである。

 そんな風に思い上がる程、ソイツが実際にアーコロジー在住の富裕層の生まれなのかといえば、実は違う。

 親の頑張りで、ギリギリ中学校を卒業する事が出来た程度の、中流階層出身なのだ。

 

 では、なぜソイツがそんな風に思いを上がっているのかと言えば、この格差が明確な社会で最終学歴が【中学卒業】と言う事で、ギルドメンバーの大半よりも格上だと思っているからだろう。

 

 ウルベルトさんの事を嵌めようとした男もそうだったが、何とか無理をすれば貧困層でも通える小学校より、中学校を出ているだけで多くの人間が「自分は上質な人間である」と思い込み易いらしい。

 はっきり言ってしまえば、中途半端な存在なのに自尊心だけが高いのだろう。

 正直言って、アーコロジーの中に自力で住む事が出来ない様な、そんな程度の人間から自分の方が上位者だと思われるのは、富裕層の中でもかなり格上なるし☆ふぁーにとってかなり不愉快だった。

 

 確かに、るし☆ふぁーのはギルドメンバーの中でも羽目を外した行動をして居るほうだろう。

 

 だが、それだけで自分の事を勝手に貧困層出身の人間だと勝手に決め付けられる理由にはならない筈だ。

 あくまでも、るし☆ふぁーがこのユグドラシルを始めたきっかけは、普段の多忙な生活をのんびりゲームで遊ぶ事で潤いの一つになれば、と考えたから。

 だからこそ、プレイスタイルが他人より羽目を外していたとしても、普段の雁字搦めの自分から逃れたいという

欲求から出たものでしかないのである。

 

 そんな理由でプレイし始めて、自分が所属するギルドとしてこの【アインズ・ウール・ゴウン】を選んだ最大の理由は、るし☆ふぁーにとって確実に信用出来る人物が、ギルドマスター言う立場にいたという点だろうか。

 

 正直に言おう。

 るし☆ふぁーは、モモンガさんのリアルを直接知っていた。

 彼の素性を知っている理由は、実に簡単な話だ。

 るし☆ふぁーの祖父の会社の取引先の営業担当として、母方の祖父の会社から絶大な信用を得ているのが、実はモモンガさんなのである。

 そして、るし☆ふぁーもモモンガの事を祖父から「信用ができる人物だ」と、紹介されていた。

 もちろん、直接会った上で紹介された訳ではない。

 祖父の会社に、新商品の営業に来ていたモモンガさんがプレゼンをしていた際に、たまたま祖父の仕事の手伝いをする為に打ち合わせで来ていたるし☆ふぁーも、その様子を見せて貰ったのだ。

 そんな理由から、るし☆ふぁーは直接モモンガさんの事を知っていたからこそ、ギルドへ勧誘を受けた際にその声を聞いただけで、彼が「あの時の信用できる営業の鈴木さん」だとるし☆ふぁーは直に気付き、ギルドへの加入する事を希望したのである。

 

 多分、モモンガに対するるし☆ふぁーの悪戯と言う名の甘えは、彼が本当の意味で信用できる人物と言う点での安堵も混じっているのだという自覚も、実はあった。

 

 それはさておき。

 正直言って、るし☆ふぁーのギルドにおける信用の度合いは、かなり低い。

 これは、半分以上が自分が引き起こした悪戯のせいであり、自分でも自業自得だとも判っているのだが、元々ゲームの取り込み方が違うのだから仕方がないといっても良いだろう。

 

 るし☆ふぁーにとって、ユグドラシルとはリアルの世界と完全に別人になれる、自由な場所だ。

 

 前述の通り、常日頃からアーコロジーの住人と言う富裕層独特の思考を持つ人間に周囲をガチガチに固められ、人前で虚栄に満ちた笑みを浮かべながら、それこそ見えない鎧を着て完全武装でいるリアルとは違い、のんびりと素の自分を見せつつはっちゃけてもいい場所である。

 そういう理由もあり、正直に言えば他のギルドメンバーに対してつい安らぎを求めすぎて、はっちゃけていた部分が大きいと言っていいだろう。

 今まで育った環境から、常に周囲に対して気を張り詰めていた部分が多いるし☆ふぁーにとって、自分の感情を思う存分曝け出していい場所など、リアルには早々ない。

 だからこそ、富裕層特有のやり取りなら幾らでも出来ても、素を曝け出してコミュニケーションを取る事は非常に苦手で。

 

 気付けば、ギルドメンバーに対して素直に接する方法が判らず、悪戯をして気を引こうとするという幼稚な行動をしていたのである。 

 

 それに対し、ソイツにとってユグドラシルとはリアルにおいて辛い状況を忘れる格好の場であり、リアルの様に立場に縛られない事を利用してその虚栄心を満たそうとしていた。

 本来なら、自分よりも上位者の生まれである彼らをも見下しながら、自分が上位者であると振る舞う事すら出来るこの場は、それこそソイツにとって最高の場所だったのだろう。

 だからこそ、ソイツは出来うる限り人当たりの良い人格者を装い、周囲から認められる様なそんな行動を取ってきたのだ。

 

 当然、そんな風にギルドの中での行動に明らかな差があれば、ギルドメンバーたちの中の信用がソイツに傾くのは仕方がないだろう。

 

 だが……るし☆ふぁーは知っている。

 ソイツが、普段のくだらないやり取りを見て、実際には陰でギルドメンバーたちの大半を嘲笑っていることを。

 それだけではない。

 ギルドメンバーたちの中で、るし☆ふぁーが行った悪戯だと認識されている大半は、るし☆ふぁー本人が仕掛けたものじゃなく、こいつが犯人なのだ。

 もちろん、今までるし☆ふぁーによる悪戯が全くないと言わない。

 むしろ、コミュニケーション手段の一つとして選択して致し、開発中のアイテム作成やゴーレム作成時に暴走したなど、ギルドメンバーに対して色々あったのも事実だ。

 場合によっては、幾つも重なった偶然の事故から派生した大惨事というのもあった。

 

 それら全部が、ギルドメンバーたちの中ではるし☆ふぁーの悪戯としてカウントされているのである。

 

 まぁ……ここに関しては、るし☆ふぁー自身が「偶然だ」と弁明しなかった事も大きいのだろう。

 事実、るし☆ふぁーが悪乗りして仕掛けた悪戯だって、それなりの数は存在していた。

 だから、どれが悪戯でどれが事故なのか毎回説明するのも骨が折れると、早い段階で匙を投げたるし☆ふぁー自身の問題だと言っていい。

 

 だが、現在ギルドメンバー達からるし☆ふぁーが実行したと認識されている、性質の悪い悪戯のうちの約四割が、コイツがそうと知られない様に仕掛けたものなのである。

 

 更に性質の悪い事に、使用したアイテムやゴーレムはるし☆ふぁー自身が作成したものを使用していた。

 正式にギルドに所属して間もないの頃、るし☆ふぁーはこの男に頼まれていくつかのゴーレムやアイテム、ざっくりとした罠の作成用としてのアイデアを幾つか提供した事がある。  

 最初、るし☆ふぁーがそれをコイツからそれを頼まれた時は、ナザリックの中に仕掛ける敵への罠だと考えていたから、効率のいい罠の仕掛け方など作成などの知識も一緒に提案した上で、だ。

 

 だが、コイツは何かリアルで気に入らない事がある度に、るし☆ふぁーから得たそれらを上手く利用し、ギルドメンバーに対して質の悪い悪戯を仕掛けておきながら、その罪をるし☆ふぁーになすり付けていたのである。

 

 先程も言った通り、そいつが使う元々のゴーレムやアイテムの製作者は、間違いなくるし☆ふぁーだ。

 だから、奴はギルドメンバーに対して何らかの悪戯を仕掛ける時は製作者の名前がはっきりとわかる様に前面に出す事で、その悪戯の仕掛け人はるし☆ふぁーなのだと言う流れに持って行き、ギルドメンバー達とルシファーが言い争うやり取りを陰でこっそり見て、自分だと気付かない彼らの事を笑っていたのである。

 この時、既にコイツに対するギルドメンバーたちの中での信頼はそれなりに高く、幾らるし☆ふぁーが「自分はそいつに嵌められた」と言ったとしても、自分よりコイツの言葉を信用するだろうと言う事は分かっていた。

 何より、だ。

 正直に事情を言って、ここでギルドメンバーの間でいざこざ起こせば、ギルドマスターであるモモンガさんが上手く話を丸く収めようと奮闘し、結果的に収集が付く前にかなりのストレスを感じるだろうという事が、るし☆ふぁーにはすぐに想像が付いてしまったのだ。

 

 だから、るし☆ふぁーはいつも個性的なギルドメンバーに振り回されているモモンガの事を思って、敢えてそいつの泥をかぶり沈黙を保ったと言ってもいいだろう。

 

 しかし、だ。

 そんな風に、自分が諦める事でコイツの所業を赦し過ぎていたと、奴の裏の顔を知る身としてここ暫くの騒動を振り返りつつ、るし☆ふぁーは反省していた。

 自分が許容した歪みが、どうする事も出来ない位顕著に表れてしまったのが、現在進行形で起きているウルベルトさんの一件である。

 正直に言おう。

 今回の、ウルベルトさんの騒動が起きる前のギルド会議で、アルベドが問題行動をしている話が出る前、メールペットたちの間に気付かれない様に不和の種をまき散らし、何かが切っ掛けで揉め事が起きる様に裏で糸を引いたのは、コイツのメールペットである。

 

 ヘロヘロさんが言っていた通り、引き取られた時はまだ無垢な存在だったメールペットの彼女の性格は、最悪な人間である育ての親に似てしまったらしい。

 

 アルベドの言動を「間違っていない」と煽り、多くの仲間との間にトラブルになる様に誘導しつつ、逆に他のメールペットたちの相談に乗る素振りで不満を煽る。

 そうして、次第にお互いに不満を抱えてぶつかる様子を陰でこっそり眺めて笑いながら、さも自分は被害者の一人ですという顔をして大多数の仲間に紛れ込んで、周囲の同情を買うというのがとても上手い、本当に厄介なメールペットだった。

 何故、それをるし☆ふぁーが気付けたのかと言うと、理由はもちろんちゃんとある。

 

 それこそ、時間を作って根気よく恐怖公以外の多くのメールペットたちとの距離を詰め、寄り添う事によってカウンセリングをしていたからだ。

 

 出来るだけ、彼女たちの愚痴からその本音を引き出すように、ギルドメンバーに対して見せない様な紳士かつ優しく対応していた聞き取りの中から、それこそほぼ全員から出てきた証言の中に、彼女の存在が出て来たのである。

 更に言うなら、メールを届けに来たアルベド自身の口からも、彼女やその主の言動によって自分が間違いじゃないという思いが強まり、まるで背中を押されていると思えたという証言が出ていて。

 

 そう……アイツとアイツのメールペットは、アルベドの暴走の拍車を掛けるように、その背中を押すような言動をしたのである。

 

 何故、アイツがそんな事をしたのか?

 それは実に単純明快な理由で、博学でありながら天然でマイペースなタブラさんへのアイツからの嫉妬だった。

 タブラさんは、それこそ誰の目から見ても富裕層と思われるくらいに知識が豊富で、油断していると何かと蘊蓄を垂れ流すほどである。

 彼の持つ知識量から、アイツはタブラさんのことを完全に富裕層の人間として位置付けていたらしい。

 その割に、アイツの目から見てどこか付け入る隙が多いという事にも、直に気付いたのだろう。

 だからこそ、あいつはタブラさんを追い落とす為にメールペットのアルベドを利用した。

 

 そうする事で、彼女の主であるタブラさんまで汚名を着せて、ギルドの中で立ち位置を悪くさせるつもりで。

 

 正直言って、るし☆ふぁーがその絡繰りに気付けたのは、本当に偶然だった。

 同時に、当人が悪戯とそれ程変わらないだろうと思っていたとしても、それ自体が仲間に対する一つの裏切り行為と言える行動である。

 その事を理解した途端、るし☆ふぁーは今までの言動を含めてその根底にあるモノが完全に透けて見えて、スッと納得してしまったのだ。

 

 コイツこそ、いずれこのギルドを真っ二つに割る原因を、こっそりと仲間に対して振りまく存在になるんだろう、と。

 

 多分、今回の事も含めてそれに気付けるギルドメンバーは、るし☆ふぁーの様な幾つもの条件が重なった事で、その裏の顔に気付く事が出来た者だけだろう。

 普段の擬態は、それこそ誰にも見抜けない位に上手いのだから、むしろ当然な話だった。

 元々、ソイツの裏の顔にるし☆ふぁーが気付けたのは、初めて顔を合わせた時の第一印象のまま、相手の事を警戒していたからなどと言う、幾つもの条件が重なった事や、実際に自分が嵌められた事によって、その本性らしき部分を一瞬でも見る機会があったからだ。

 多分……自分が嵌められると言う状況が無ければ、今回の事だけでそれに気付くのは難しかっただろう。

 更に、最悪な事実が判明する状況が続いた。

 

 ギルド会議の議題に上がるまで、ずっとアルベドの事を煽っていたアイツのメールペットが、更に最悪な行動をしていた事が分かったのだ。

 

 ギルド会議を揺るがした、ウルベルトさんのサーバーがハッカーによるウィルスに侵入された時、彼女はその様子を目撃しながら誰にも……そう、デミウルゴスにすら、緊急連絡を入れずに楽しげに眺めていた事が、後から恐怖公が回収して来たウィルス侵入経路等を調査したデータによって判明したのである。

あの時、恐怖公からウルベルトさんサーバーがウィルスに侵入されている旨の緊急連絡を受けたるし☆ふぁーは、念の為に周囲一帯を含めた彼のサーバーに対して、可能な限りのウィルスチェックをする指示を出した。

 元々、恐怖公に持たせてあるウィルスチェックなどの対策ソフトは、テロリストの攻撃対象にされやすい母方の祖父の為に暇な時間に開発していたのと同じ内容である。

 

それを使えば、完全とは言えなくても襲撃してきたウィルスの種類とハッカーが誰なのか、ネット内だけでも調べが付く可能性が高かった。

 

 そうして、恐怖公によるあらゆるデータ検索を施した結果、浮かび上がったハッカーの名前と共に、先程挙げた頭が痛い内容が判明したのである。

 アルベドに対して、間違った方向へ進み易い様に余計な事を吹き込むなど、問題行動が元々多いアイツのメールペットだったが、そのクズさ加減まで似てしまったらしい。

 もちろん、それをギルド会議の場でアイツに対して直接問いただしたとしても、るし☆ふぁー自身の発言では、多分上手くギルドメンバーを味方に付けて、誤魔化されてしまうだろう。

 証拠映像だって、多分そのメールペットはウィルスに対する恐怖で動けなかったのであり、それを楽しんでみていた訳じゃないなんて、上手く話を誘導されてしまうに決まっている。

 もちろん、るし☆ふぁーから明確な証拠を提示すれば、流石にギルドメンバーの中には疑問を抱く者もいるだろうし、全員が全員それを鵜呑みにするとは言うつもりはない。

 

 だが……外面の良さに騙されている面々が多い状況では、アイツに対して何か言っても「るし☆ふぁーが難癖をつけている」と曲解されるだけだろう。

 

 それが判っていたからこそ、いきなりそのネタをぶちまけたりはしなかった。

 何をするのにも、正しいタイミングと言うものがある。

 会議が始まった時から、るし☆ふぁーはギルメンに対して色々な事を言いながら、出来るだけ自分の持つ情報を小出しにして上手く話を誘導するつもりでいたのだ。

 何とか、たっちさんの提案をウルベルトさんが受け入れ、無事に彼が置かれていた危機的状況を回避出来て、後はるし☆ふぁーからギルドメンバーに対して「ほかのメールペットにも問題行動がある」のだと、示すだけと言う状況になった時だった。

 

 ウルベルトさんの事で、アルベドに対してブチ切れていたデミウルゴスが、彼らの中で用意されていたらしい切り札を切ったというメールを送りつけてきたのは。

 

 それを見た瞬間、るし☆ふぁーの頭の中に浮かんだ事は「もうちょっとだけ待てよ、この大馬鹿野郎!」と言う内容を心底叫びたいというものだった。

 もちろん、あの状況下でそんな事をするなんて真似はしない。

 状況的に考えても、そんな真似をして居る場合じゃないのは明確だった。

 

 そう……再び被害者である筈のウルベルトさんを責めようという雰囲気を漂わせているギルドメンバーを、嫌味交じりに自分の知る情報を小出しにする事で牽制する必要があったからである。

 

 本音を言えば、デミウルゴスが行動を起こさなければ、あのまま自分の独壇場まで持って行けたのだろうが、流石にこの状況ではそれは難しいだろう。

 実際、アルベドを突き落とした罠の作成者であるシャルティアの主のペロロンチーノさんなど、様々な人からの情報が幾つも出て来て、陰でこっそりと糸を引いていただろう、アイツのメールペットの事を言い出せる雰囲気じゃなくなっていた。

 

 特に、たっちさんが思い切り熱く問い掛けるから、こっちはあまり多く突っ込む事が出来ない。

 

 もちろん、彼の言動で暴走気味な部分にはサクサクと茶々入れして上手く往なしたつもりだけど、この時の匙加減がまた難しかった。

 何と言っても、ギルドメンバーから向けられる「お前が言うな」的な視線が、結構いたかったからだ。

 それに、デミウルゴスのメールを受け取った後のタブラさんの様子が、結構心配だったのも実はある。

 正直言って、メールペットが配布される事になった直後のタブラさんの発言に関して言えば、未だに思い出すだけで腹が立つという自覚はあるものの、それは恐怖公を自分の理想通りにきっちり育て上げつつ、その横でアルベドの育成に失敗しているタブラさんを見て留飲を下げたからもういい。

 

 むしろ、メールペットたちを上手く利用して陰からタブラさんを追い落とす為に色々と糸を引いていたアイツの方が、るし☆ふぁーもっと腹が立つ存在だからだ。

 

 だが、困った事にギルドメンバーの信用が厚過ぎて、下手にるし☆ふぁーが騒ぎ立てても、質の悪い冗談か悪戯で済まされてしまうだろう。

 この、アルベドが引き起こしウルベルトさんに大きな被害が出た騒動の中なら、上手く立ち回って言い逃れが出来ない状況を作り出せたかもしれないが、もう遅い。

 デミウルゴスの暴走と、現時点での騒動の収束へと向けている状況下において、下手にそこへ更なる火種を持ち込むのは、流石にモモンガさんの心境を考えると躊躇われた。

 

 だから、この時もるし☆ふぁーは沈黙を守るしか、選択肢が無かったのである。

 

 それから、一月が過ぎた。

 未だ、アルベドが罰として飛ばされたサブサーバーから戻って来る様子はない。

 これは、彼女が反省しないからとかそういう理由ではなく、元々戻って来られる設定じゃない所に戻れる条件を付け加えた事によって、判定がかなりシビアになっている気がするのだ。 

 るし☆ふぁーには、漠然とだが余程の切っ掛けがなければ、アルベドが戻って来られないんじゃないかと言う予感すらしてきている。

 その間、毎日のようにアルベドがどうしてあんな行動をしたのか、その前後の自分の行動を含めて考えるようになったメールペットたちも、次第に自分にも悪かった点があった事を理解し始めたらしい。

 

 ちょっとずつ、誰にとってもいい方向へメールペットたちが変わって来た時に、ウルベルトさんへの二度目のハッカーの襲撃が発生した。

 

 襲撃犯が、前回と同じハッカーであり仕掛けた相手も同じであると言う事は、恐怖公がウルベルトさんのサーバーで構築したセキュリティーシステムから入手した情報ですぐに判っていたし、既に仕込んで置いたアレが作動している事も判っているから、そっちは問題ない。

 それよりも、問題なのは別の事だ。

 

 流石に、今回ばかりは見逃せないと、るし☆ふぁーは本気で思った。

 

 曲がりなりにも、ウルベルトさんのサーバーに対するハッカーが強引に侵入しようとしている様を、まるで楽しむように眺めながら、今回も誰にもその事を知らせなかったなんて、質の悪い行為なんてレベルじゃない。

 まして、今回のウルベルトさんへの襲撃への放置行為は、様々な意味で問題があったと言っていいだろう。

 今のウルベルトさんは、たっちさん娘であるみぃちゃんの家庭教師だ。

 しかも、襲撃を受けた時間帯には彼女も一緒にウルベルトさんのサーバーへ、勉強の為に降りていたという事も判っている。

 

 もし……そのまま彼女がハッカーの襲撃に巻き込まれるなんて事態になっていたら、それこそただでは済んでいなかったのは間違いない。

 

 ウルベルトさん自身は、自分の電脳空間にハッカーが強引に入り込んだ過負荷が掛けられた事によって負うダメージがどれだけのモノになるか、それこそ俺達には簡単に想像できるレベルではないだろうし、彼の誘導で電脳空間に降りて来ていたみぃちゃんだって、無事に済む筈がなくて。

 そうなれば、彼女の親であるたっちさんはもちろん……彼女の事を正式に自分達の後継者として見做している母方の実家が黙っていない筈だ。

 確実に、この状況を生み出した犯人はもちろん、それを見逃していただろう関係者にだって容赦しない筈。

 つまり、だ。

 あの時のアイツのメールペットの行動は、それこそアイツ自身の首を絞める諸刃の剣になっていた可能性が高かったのである。

 

 その事実に気付いたら、アイツは自分のメールペットの事を許容出来るのだろうか?

 

 まぁ、それに関しては後でそれと無く可能性として話を振ってやれば、それで反応が見れるだろう。

 それよりも、だ。

 あの場は、たまたまウルベルトさん宛のメールを持ってきていたアルベドの奮闘によって何とかなったよ言う話を考えると、本当に巡り合わせが良かったと思うべきなのだろう。

 多分、あの場に居たメールペットがアルベドかデミウルゴス以外だったら、あのハッカーの襲撃に耐えられなかった筈。

 そう言う点では、間違いなくウルベルトさんとみぃちゃんは運がよかったのだ。

 

 だから、アイツのメールペットが直接関わろうとしなかったのは、ある意味仕方がないと思うべきなのだろう。

 

 そうは思うものの、やはりるし☆ふぁーにとって、あのメールペットの行動は許容できる行動ではなかった。

 これは、正直いって悪戯とかで片付けられるレベルの話じゃない。

 もし、アイツのメールペットが「ハッカーが怖くて何も出来なかった」と主張してきても、るし☆ふぁーには到底信じられなかった。

 と言うか、アルベドの様に直接対峙する事は無理でも、救援を呼ぶなど色々他に対応は出来た筈である。

 

 しかし、だ。

 アイツのメールペットは、一切何もしなかった。

 どうしてそう言い切れるのかと言えば、ちゃんとるし☆ふぁーには根拠がある。

 はっきりと、誰に対してもそう断言出来てしまう根拠、それはるし☆ふぁーが前回の襲撃の際に仕掛けて置いた代物だった。

 

 そう……ウルベルトさんのサーバーには、最初の襲撃が起きた際に恐怖公の眷属による外周壁への特殊防壁が張り巡らされていて、有事の際にはサーバーの内部はもちろん周辺の様子を全て記録するように、あの時に細工されてたのである。

 今回の襲撃の際、るし☆ふぁーがこっそりと展開していた特殊防壁は、しっかりとその役目を果たしていた。

 そうして、犯人を特定する為の証拠映像としての周囲の様子を撮ってものの中に、ギリギリサーバーの領域圏外の所で、ハッカーが侵入した直後からニヤニヤと笑いながら、その様子をずっと観察していた件のメールペットの姿がばっちり記録されているのだ。

その時間も長く、まるでアルベドがハッカー相手に孤軍奮闘している様子を楽しむかのように、被害に遭わないギリギリの位置で観察していた事はほぼ明白だろう。

 ここまで証拠となるデータが上がっている以上、到底放置出来る筈がない案件だと言っていい。

  

 あの時、アルベドは自分の置かれている状況では届かない可能性も理解しつつ、それでもちゃんと仲間に向けて救援信号を出していた。

 

 それに気付いたからこそ、デミウルゴスは急いで自分のサーバーに戻る事が出来たと言っていいだろう。

 だが、件のメールペットはどうだ?

 何の救援信号も出さず、むしろデミウルゴスが移動してくる気配を感じ取った途端、そそくさとその場から逃げ出す事によって、実はずっと前からその場にいてアルベドがボロボロになる様子を楽しんで眺めていた事を気付かせず、自分は無関係を装ったのである。

 

 いや……多分、もしデミウルゴスと接触したとしても、ハッカーやウィルスが怖くてパニック状態で、ただ恐怖に震えていたと主張するだろう。

 もちろん、彼女は今まではその主張がすんなり通るだけの擬態能力にたけていた。

 だからこそ、多くのメールペットが上手く彼女の口車に乗せられ、その巧妙なコミュニケーション能力によって思考を誘導されてしまっていたのである。

 元々、デミウルゴスは仲間に甘い傾向が強い。

 だから、もしあの時自分のサーバーの側で彼女と接触していたとしても、彼女がハッカーたちに対して本気で怖がる素振りを見せれば、どうしてその場に居たのか疑い続けるのは難しい筈だ。

 結果として、そのまま彼女が無罪放免されていた可能性は、かなり高かっただろう。

 

 だが、流石にこの状況を正確に把握してしまった身としては、これを見逃してやることは出来なかった。

 

 それでなくても、アイツのメールペットがそれとなくアルベドや他のメールペットへと広めた遅効性の毒の様な濁ったものの捉え方は、彼らの心に深い傷を残している。

 しかも、 言葉巧みにまだ発達途中のAIの思考へするりと滑り込ませるように、被害に遭っていたメールペットたちへと伝播させて言った事で、自分が発生源だと気付かれないようにしているのが、また腹立たしいと言っていいだろう。

 どんなに頭がよく設定されていても、アルベドは他のメールペットたちよりもタブラさんが手を掛けなさ過ぎている分、情緒面の発達がかなり遅れ気味であり、その余波として暴走しやすくなっていた【ナザリックのNPC】部分をより暴走するように誘導されていたのも、るし☆ふぁーの中で酷く癇に障る部分だ。

 

 ギルド会議で、ぶくぶく茶釜さんが議題に上げた事から、アルベドの行動が問題になりタブラさんの側の問題が浮き彫りになった時は、確かにるし☆ふぁーもメールペットを選ぶ際の暴言に腹を立てていたから、〖ざまぁみろ!〗と思う部分はあった。

 

 だけど、それはあくまでもタブラさんへの感情であって、彼のメールペットのアルベドが仲間から爪弾きにされて不幸になればいいと思っていた訳じゃない。

 ましてそれが、第三者がそうなる様い誘導して拍車を掛けていったという状況なら、彼女だって十二分にそいつらの被害者だ。

 アイツや、アイツのメールペットの裏の顔を察知しているるし☆ふぁーですら、この絡繰りに気付いたのはつい最近なのだから、上辺だけの言動や行動を信じているギルドメンバーたちでは、本当に取り返しが付かない状況にでもならない限り、あの醜悪な性格に気付けなくても仕方がない。

 

 そんな状況だから、多分るし☆ふぁーがこの件に関して何か言ったとしても、また耳を傾けてくれるギルドメンバーがいるとは思えなかった。

 

 だから、前回と今回の一連の件で多くの証拠を握っているこの状況でも、るし☆ふぁーが実際に選択出来る内容は、実はそれほど多くない。

 精々、ウルベルトさんのサーバーがハッカーに襲撃された際、たまたま近くに来ていたメールペットには、もれなく眷属が付着している事を伝えてやる位だ。

 あのメールペットがいた位置なら、ほぼ間違いなく付着している。

 

 ただ、眷属の付着はごく僅かなものになったと思われるので、そこから眷属の姿をしたセキュリティーシステムが【疑似黒棺】を展開するまでには半日から一日程度の時間が掛かる位だろうか。

 

 外見はどうあれ、あれはウィルスではなくあくまでもサーバーを守るセキュリティーシステムなので、余程そちらの方面の知識に明るくなければ、気付く事すら出来ないだろう。

 だから、もしそれが原因でアイツの所で【疑似黒棺】が展開されてしまう事態になっても、それに対応する手段はまず存在していない。

 るし☆ふぁーが把握している限り、襲撃の際に側にいたメールペットはアルベド以外だとアイツの所のメールペットしかいなかった事も判っている。

 

 それでも、敢えてこれから行われる会議の場で報告する事によって、アイツにこれから起きるだろう俺からの反撃を教えてやるのだ。

 

 元々、もしあの場にメールペットが側にいたのなら、アルベドの様に救援信号を出すか主であるギルドメンバー経由でその事態に対する緊急連絡をしていれば起きなかった事案である。

 だからこそ、アルベド以外にそんな行動を取っていない事を明確にした上で、るし☆ふぁーは「必要ない説明だと思うけど」と、前置きした上で【疑似黒棺】の事とその展開を止めるために必要なワクチンソフトの事など告げてやれば、どういう反応をするだろうか?

 

 素直に、自分のメールペットがそこに居たことを認めて、ワクチンソフトを今からでも受け取って展開を止めるか、それともこのまま何も言わずに自分のサーバーで【疑似黒棺】が展開するのを諦めるか。

 

 多分、今のアイツが選ぶとしたら、後者しかないだろう。

 状況的に、アルベドが身を挺してウルベルトさんの事を守る選択して実行したのに対し、救援信号も出さずに逃げ帰ったという行動を自分のメールペットが取ったなどと言ったら、幾らギルドメンバーの中で信頼が厚くても、流石に自分が非難の対象になる事は判る筈だからだ。

 更に言うと、ここでるし☆ふぁーが持っているメールペットがどんな行動をしていたのか記録されている映像を提供してやれば、全員は無理でも一部のギルドメンバーの中にアイツに対する微妙な不信感を覚えさせる事も可能かもしれない。

 アイツも、それが判っているからこそ、自分から襤褸を出す行動はしない筈だ。

 

 もし……アイツがギルドメンバーの前で本性を晒すとしたら……それこそ、このギルドで大きな揉め事が起きてバラバラに割れる時だろう。

 

 今は、まだこの【アインズ・ウール・ゴウン】と言うギルドが、アイツにとって色々な意味で利用価値がある事から、その中でも優位にいられる自分の立場を捨てるような馬鹿な真似はしない。

 だが……いずれユグドラシルと言うゲームそのものが、他のゲームに押されて衰退期に入るだろう。

 その時、アイツの中でこのギルドの存在が今の様に利用価値がなくなったと考えてさっくり引退していくなら、ギルド長のモモンガさんには悪いが、別にそれで問題はない。

 問題なのは、ゲームかリアルで何らかの大きな騒動が起きた際、こちら側の情報を売る事でギルドメンバーのままでいるよりも大きな利益が得られるとなった時だ。

 

 そんな事になったら、確実に自分の利益になる様にアイツは動く。

 

 もちろん、その時は今まで自分が育ててきたメールペットすら切り捨て、自分だけの安全を確保するだろう。

 その時点で、残っているだろうギルドメンバーたちの顔に泥を塗る様な真似すら、自分がより優位な立場に立つ為になら平気で出来る筈。

 むしろ、それと気付かれないようにしているだけで、自分よりもあらゆる意味で遥かに格上のギルメンすら、生れた家さえ同等なら自分の方が格上だと勘違いしている様な相手である。

 もし、目の前になり上がる事が出来る状況が降って湧いたら、それこそ簡単に踏み台にしようとするだろう。

 

 あくまでも、これは現時点で推測の範疇を超えていないが、この予想に関しては九割以上の確率で外していない自信が、るし☆ふぁーにはあった。

 

「……ただ、幾ら俺が間違いないと確信して状況証拠と共に訴えたとしても、今の時点じゃまだアイツの側に信用度で負けていて、向こうに軍配が上がるって点だよな……」

 

 少しずつ、メールペット関連で仲良くなって、きちんと話せばこちらの言葉を信じてくれそうな面々も出て来ているが、それでもギルドメンバーに対して表面上の外面がよくて、更に何かする際はるし☆ふぁーの事を隠れ蓑にして気付かせないアイツの方が、信用度は向こうの方が高いのだ。

 だから、アイツ本人に対して何か行動を取る事はまだ出来ない。

 

「……まぁ、いっか。

 疑似黒棺を止める手段は、アイツにはない訳だし。

 そもそも、会議の際に俺がその話をして聞かせる頃には展開されているか、それとも展開する一歩手前になっている状況だから、慌てて戻って回避しようとしても無理だしね。

 ちゃんと、やるべき事をやればアルベドの様に回避できた訳だし、アイツのメールペットが仲間としてやるべき事を放棄して、アルベドの事を嘲笑ってた方が悪いって事で。」

 

 後もう一つ、一度サーバーで展開された疑似黒棺は、その後そのサーバーの外周壁に見えない様に休眠状態で張り付き、ハッカーの接触やサーバー内外での違法行為等に反応して再展開される状態になる設定で組んであるのだが、それに関しては伝える必要はないだろう。

 あくまでも、正規手段でネットを使用し違法行為をしなければ反応しない上、ハッカーからの接触等の場合は内部には外壁で展開している状況が伝わらないのだから、特に問題はない筈だ。

 

「だって、ウルベルトさんの所のハッカー襲撃の際にサーバーの側にいて、その様子を見ていながら報告しなかったメールペットは誰も居ないんだからさ!」

 

 そんな事を考えながら、るし☆ふぁーはギルド会議に出るべく仲間への報告資料を手にしたのだった。

 




前書きでも書きましたが、pixiv版と比べてそれなりに加筆していたので遅くなりました。
お待たせしていたら、すいません。
内容的に、るし☆ふぁーさんに対する捏造部分がてんこ盛りです。
このシリーズのるし☆ふぁーさんは、この設定なんだと認識していただけたら、今まで色々ともあったるし☆ふぁーさんの相違部分と上手くかみ合うんじゃないかと。


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ギルド会議 ~会議は踊る~ その2

大変長らくお待たせいたしました。
前回の話の続きになります。


 建御雷さんが告げた内容に対して、騒めく面々に向けて不思議そうに首を傾げて見せたのは、先程から色々と口を挟んでいる関係者側のるし☆ふぁーさんだった。

 

「……あのさぁ、なんでそんなに騒ぐ必要があるのかなぁ?

 タブラさんが貧困層出身なら、あの時、ウルベルトさんを抱え込もうとしていた時点で止めなければ、結果的に似たような結果になっていたと、俺は思うけど。

 そうやって考えたら、別にそこまで驚く話じゃないと思うんだよね。

 あの時、富裕層の中でもそれなりの立ち位置に居る人間しか、ウルベルトさんを助ける事が出来なかった。

 俺も、タブラさんの様に〖責任を取る〗って支援を申し出なければ、二人みたいに〖仕事を斡旋します〗とも言わなかったし。

 だって、俺にはそんな事を言い出す名目が無かったからね。」

 

 それこそ、何でもない事の様にさらりと言うるし☆ふぁーさんに、思わずモモンガはドキリとしながら視線を向けた。

 まるで、それでは本当は彼にもあの時のウルベルトさんを助けられる力があったのに、助けようとしなかったと言っているようなものかないか。

 同じ様な答えに至ったらしい仲間達が、思わずるし☆ふぁーさんへと顔を向けると、彼はちょっとだけ困ったといわんばかりの様子で軽く首を竦めてみせる。

 

「別に、俺はウルベルトさんの事を見捨てるつもりだったから、自分から何も言わなかった訳じゃないよ?

 あの時、たっちさんは自分なりに明確な理由があったから、あの場であんな風に話を切り出せた訳だし、建御雷さんの場合もそう。

 ほら、そんな風にちゃんとした理由があった二人と違って、あの頃の俺はそれなりに親しいだけの仲間の一人でしかないから、きっちりと本人を納得させて支援を受けさせるだけの理由が無いでしょ?

 例え仲間でも、何の理由もなく施しを受け取れるような性格じゃないもんね、ウルベルトさんって。

 まぁ……もし、あの時、当人がどちらの手も取らなかったら、その場は一先ず自殺とかそういう方向に考えない様に説得だけして、出来るだけ早く新しい優良な仕事先としてデミウルゴスが見付けられるように、俺の母方の爺様にネットで人材募集をして貰うつもりだったけどね。

 うちの爺様、本当に凄く合理的な思考の持ち主で、さ。

 使えない人間なら、例え富裕層出身でも容赦なく閑職に回して首にする方向に持って行くし、俺の紹介が有ろうが無かろうが関係なく、仕込めばちゃんと使える人間なら貧困層出身とか気にせず雇ってくれる人だから、ウルベルトさんみたいに頑張れる人ならそれで何とかなったと思う。

 まぁ、その件は今更だから良いとして、だ。

 それで、結局どうするのさ?

 皆は、今回のタブラさんの件に協力してくれるの、してくれないの?」

 それこそ、「素材を狩りに協力して?」程度の気軽さで、サラッとその場にいる全員に向け笑顔のアイコンを出しながら問い掛けてくるるし☆ふぁーさんの言葉に、誰もが思わず息を飲んだ。

 まさか、このタイミングでこんな風に彼が結論を聞いてくるなんて、誰も思っても居なかったからだ。

 

 そう、自分達がこの件に協力するかどうかの最終確認は、建御雷さんがするものだと思っていたと言っていい。

 

 だからこそ、そんな風にるし☆ふぁーさんから急にどうするつもりなのか結論を問われて、咄嗟に反応出来ずに息を飲んでしまったのだ。

 それは、別にモモンガだけではない。

 既に関係者側の面々以外は、誰もみんな似たような反応をしていたから、やはり予想外の相手から問われたと言っていいのだろう。

 

 だが、そんなどこか戸惑いを感じさせる仲間の反応が、るし☆ふぁーさんには気に入らなかったらしい。 

 

「あのさぁ……最初にこの話をウルベルトさんがしてから結構経つのに、今更〖いきなり、そんな事を尋ねられても答えなんて出ない〗なんて事、言い出さないでくれるよね?

 ここまで説明する間に、自分がどうするか判断出来るだけの時間と内容の説明はあったでしょ?

 さっきのペロロンチーノさんじゃないけど、話を聞きながら自分の身の振り方をどうするのか位、考える事なんて出来たと思うけど。

 まぁ、今の時点でまだ答えが出ないって言うなら、これから五分待つからその間に結論出してくれるかな。

 あんまりこっちで時間取ると、定例会議の方が出来なくなっちゃうもんね?」

 

 サクサクと、この場を仕切る様にそんな事を言うるし☆ふぁーさんの行動に対して、この一件を本来取り仕切るべき建御雷さん達は特に止める様子は見られなかった。

 この様子だと、こんな風に仲間に対して結論を促す役割は、最初の段階で彼に任せてあったのかもしれない。

 それに、彼らだって私用で元々予定されていた定例会議に割り込んでいる事を、どこか申し訳ないと思っている部分があるから、出来るだけ早くこの件に関する話を終えたいと思っているんじゃないだろうか?

 だから、まずはるし☆ふぁーさんが切り出したように、先にどちらを選択するか決めて貰って、必要な案件は後で協力者たちが集まった時点で話し合おうと考えているのかも知れなかった。

 それに対して、唯一反論に近い意見を出したのは、同じ協力者側のたっちさんである。

 

「あー……それは、流石に拙いでしょう?

 明日も平日ですし、普通に仕事がある方ばかりなのですから。

 普段の状況を考えると、こちらの都合でこの会議の後まで残って貰った場合、かなり時間が遅くなってしまいますからね。

 実際に、明日の早朝出勤の方々がどれだけいるか分からない状況下ですし、これから色々と協力を願う状況でそれは逆に問題だと私は思います。

 大変申し訳ないとは思いますが、最近の定例会議の内容は早急に対応が必要な大きな問題もなく、メールペットとの日常を話すだけ感じになって来ていますし、今日の定例会議はこの議題を優先するという意味で譲っていただくというのはどうでしょうか?

 それなら、協力していただくのは難しい方々にはこの場から退場いただいて、そのまま自由行動をとっていただけますし。

 逆に、残った者たちだけでこの議題について話を続ければ、遅くまで時間を取られて明日の仕事に影響が出ると言う状況も避けられます。

 今回の件は、内容が内容だけに出来るだけ早急な話し合いが必要な事を考えれば、それが一番いい方法ではないでしょうか?

 どちらにせよ、私自身が明日は早朝から出張の予定が入っていますので、この件について詳しく話す時間を持つのが定例会議終了後、協力者だけこの場に残ってと言う事なら、その話し合いに参加出来ませんので。」

 

 たっちさんが、リアルの事情を挙げて時間的な問題を提案してきた事によって、誰もが普段の定例会議の長さを思い出したのだろう。

 その意見に対して、特に反対する者はいなさそうだった。

 多分……実際に普段の会議終了時間もかなり遅い事を考えて、それよりも更に遅くなるのは流石に困る者が多いからだろう。

 現に、モモンガも含めた早朝出勤が割と当たり前な面々は、明日の出勤時間も始発に間に合うように朝四時には起きなくてはいけない状態である。

 

 そんな風に、リアルで多忙な状況を抱える仲間の予定を考えるなら、たっちさんの主張は正しい。

 

 普段なら、真っ先に何か反論して来そうなウルベルトさんが何も言わないのは、数年前の自分が同じ状況だった事をちゃんと覚えているからだろう。

 正直に言えば、この件に関して自分に出来る事がどれだけあるのか、モモンガ自身にも皆目見当が付かない。

 だが、判らないなりにもし自分に協力する手立てがあるなら、それを惜しむつもりもなかった。

 つまり、モモンガの中では既に『何らかの形で協力する』と言う結論が出ていて、この話を断るという選択肢は最初から存在していなかったのである。

 なので、他の仲間たちには申し訳ないがとは思うものの、モモンガ自身もこのままこの場で話し合いをするという意見に賛成なのだ。

 

 普段行っている定例会議は、それこそいつでもしようと思えば出来るけれど、タブラさん達に迫っている問題は、今この時対処を考えなければ手遅れになる可能性だってあるのだから。

 

 ここまでの話の内容に対して、特に誰かが反対する様子を見せないのは、そんな状況が分かっているからだ。

 もし、ここで話し合う事を先延ばしにした事によって、本当にるし☆ふぁーさんが何らかの手段によってリアルで命を落とし、タブラさんが彼の父親に身請けされてしまうなんて状況になってしまった時、ざっくりとでも事情を聴いてしまったこの時点で後悔せずにいられる筈がない。

 むしろ、ただでさえログイン率が下がっているメンバーたちに対して、本当の意味で「止め」になって空中分解してしまう可能性だってあるのではないだろうか?

 

 どちらにせよ、彼らから最初に出された提案を踏まえて、一先ず協力するかどうか後残り数分以内に自分の意見を纏めると言う点は、確かに必要な事だろう。

 

「……そうですね、正直に自分の意見を言っても構わないのなら、今回のメールペットに関する定例会議は、後日に伸ばすべきだと私も思います。

 流石に、この場にリアルな案件を絡めるのはどうかと思いましたが、〖花街の遊女を身請けできるレベルの家〗が絡むこの件を放置すると、その余波が私達の方にまで来るような気がします。

 だからこそ、ウルベルトさん達は〖協力出来る相手を探す〗と言う名目で、この場での相談を選択したんじゃないですか?」

 

 静かな口調で、彼らに対してそう問い掛けたのは、こういう時あまり口を挟まず最後の結論を出るのを見守っている、死獣天朱雀さんだった。

 穏やかな口調で彼からそう尋ねられた途端、返事を待つまで黙っていた面々はそれぞれ軽く首を竦めながら頷いて、彼が言い出した言葉が間違いじゃない事を認める。

 関係者側が、彼の言った内容を素直に認めた事によって、その場に居た面々の間にざわざわと騒めきが大きく広がった。

 

「……まぁ、今回は色々と複雑な事情が絡んでいるから、単純なるし☆ふぁーさんの家のお家騒動で済む案件じゃなくなるのは確かだな。

 正直に言えば、今協力を表明している面々だけで何とか出来ないかと言われたら、実は不可能じゃない。

 しかし、だ。

 それを実行するとなると、結構強引な手段を取らざるを得ないから、余波で幾つか会社が潰れて失業者が出る可能性がない訳じゃなくてな。

 もしそうなった場合、その余波で潰れる会社の中に仲間自身の勤め先や、その身内の勤め先が含まれていたりしたら、流石に申し訳ないと思うからこそ、こうして被害を最小限に収められるように協力者を募ってるんだ。

 先に言っておくが、この件を実行するのは決定事項だぞ?

 むしろ何もせず、るし☆ふぁーさんの家のお家騒動を放置した方が、実際にそれら一連の事が発生してから半年後までの間に出る失業者数が、強引に事を起こした場合の数倍に跳ね上がる事は、デミウルゴスが作った試算データで確認済みだからな。」

 

 小さく溜息を吐きながら、ざっくりとした事情を説明してくれた建御雷さんに、一部を除いて周囲が大きく息を飲む。

 どうして、デミウルゴスが出したという試算データの結論が、そんな事態になるのか判らなかったからだろう。

 本気で困惑している彼らの反応を見て、首を竦めたのは当の本人であるるし☆ふぁーさんだった。

 

「普通に考えたら、解る事だと思うけどなー?

 アイツが、自分勝手な理由でタブラさんの事を身請けする為に、俺と俺の母親を殺してその資産を手に入れようとしている事が解っている状況で、なんで俺が何も自衛しないままでいると思う訳?

 まず真っ先に、俺と俺の母親が死んだ場合にあの男への遺産相続が発生しない様に、自分達の持っている資産の名義を爺様の名前に変更手続きをするに決まってるでしょ。

 そうしたら、爺様にとって〖単なる娘婿〗と言う立ち位置で爺様と養子縁組をしていないあの男には、万が一爺様が死んだとしても一切の財産相続権は発生しないし。

 と言うか、この話を聞いた時点で爺様に連絡したから、その時点で名義書換に必要な手続きは済んでいて、明日の朝一番で書き換わる事が確定しているんだよね。

 だから、この段階であの男には一銭も入らない事が確定している訳だ。

 そうなった場合、当然だけど身請けするのに必要な莫大な支払いはあの男の持ってる資産で行う必要があるんだけど、俺が知ってるアイツの性格なら自分と溺愛している愛人以外の為に自分の金を使いたがらない筈だから、会社の金で支払うなんて言い出しかねなくてさ。

 アイツ、何だかんだ言って結構ワンマン経営しているから、そうと決まったらどんな無理を通してでも会社側に強引に金を出させるって断言してもいい。

 んでさ、もし本当にこの流れになった場合、会社はどうやってその金を捻出しようとすると思う?」

 

 一つ一つ、るし☆ふぁーさんが既に自分の取っている対策と、自分の名ばかりの父親が取る行動を並べ立てていくのを聞くうちに、誰もがこの状況の最後の結論に気付いたのだろう。

 彼が言う〖仲間達に対する余波〗とは、すなわち彼の父親が会社に無関係な筈の無理な支払いを押し付けた結果、会社側がそれを捻出する為に手っ取り早く出来る手段として、人件費の削減を目指して給料カットや首切りなどを行い、会社の経営状況によっては徐々に失業者を増やす、と言う事だった。

 既に、自分達の資産が相手の手に渡らない様に手を打っているなら、この状況を放置したら絶対に発生する案件だといっていいだろう。

 

「あー……その、るし☆ふぁーさん側の状況は判りましたけど、論点がずれてきてませんかねぇ?

 元々、今回の建御雷さんの協力要請は、〖タブラさんの一件に関して誰か助けて欲しい〗と言う話だったと思ったんですけど?」

 

 聞かされた内容の重さに、声も出せずに沈黙していた仲間の中から、ヒョイッと触腕を上げてそう声を上げたのは、ヘロヘロさんだった。

 彼が問い掛けた事で、自分たちにも無関係じゃない思わぬ状況を提示され、つい最初の議題から話がずれてしまっていた事に漸く気付く。

 それに対して、るし☆ふぁーさんは軽く人差し指を振るとそれを否定した。

 

「別に、論点がそこまで大きくズレてる訳じゃないと思うけどね。

 今回のタブラさんの件は、俺がアイツの事を追い落とせば一旦は引っ込む事だし。

 もちろん、タブラさんの所属しているお店の主がまた同じ様な事をしない内に、こっちで手っ取り早く身請けしちゃう方が面倒も少ないし、やるなら並行して動いた方が良いのは間違いないけどさ。

 実は、その為に必要な資金の一部にして貰うつもりで、名義変更しないで俺の手元に残してあった分に関しては、さっきウルベルトさんの口座に送金しておいたんだよね。

 正直言って、俺が個人で仕事の合間の休憩時間を利用して運用するより、デミウルゴスに任せた方が確実に増やしてくれそうだったし☆

 多分、元から手元にある資産と俺が送った資産を合わせて運用すれば、それこそすぐに身請けに必要な金額まで達成可能じゃないのかな?」

 

 笑顔のアイコンを出して、きっぱりとそう言い切ったるし☆ふぁーさんの言葉は、今までウルベルトさんから聞いているデミウルゴスの成長を考えれば、誰にも否定出来なかった。

 その辺りに関して、誰よりも実感しているだろうウルベルトさんが、困った様子で頬を掻いてはいるものの否定しないのだから、むしろ実際にその通りなのだろう。

 だとしたら、彼から渡った資産があれば数日後にはそれ相応の金額まで増える事は間違いない。

 正直に言えば、モモンガ自身もパンドラズ・アクターに預貯金の資産管理を任せた結果、デミウルゴス並みの恩恵を受けている身なので、彼の手元に運用出来る資産金額が増えれば自動的にどういう状況になるのか、想像するのは簡単だった。

 

「あー……そうですね、資金面だけならデミウルゴスにある程度纏まった金額を渡して資産運用任せれば、それ程時間を掛けずに達成可能出来そうですよねぇ。

 だとすると、今回の件で建御雷さん達が欲しい協力と言うのは、富裕層関係者の勢力的なものだと考えればいいですか?」

 

 念を押す様に、必要な内容の確認を取ってくるヘロヘロさんに対して、建御雷さんは頷いた。

 この質問に対して、立場的に自分が答えるべきだと判断したからだろう。

 それを補足するように、ウルベルトさんが横から口を挟む。

 

「まぁ……そうだな。

 確かに、俺達が現時点で一番協力して欲しいのは、確かにある程度富裕層の中でも顔が利く奴ら、もしくはそちらに伝がある面々だ。

 だけどな、それと同時にるし☆ふぁーさん側の協力者も欲しいんだ。

 こいつ、元々自分は父親の会社の跡取りの立場から外れていると思っていた事もあって、もしこのまま父親を追い落としたとしても、一緒に会社を運営していく為に一番必要な信頼出来る仲間が居ないんだと。

 今から、父親の会社の中で信用出来そうな仲間を集めるのは流石に時間が足りないし、出来ればある程度会社の中の運営状況を掌握するまで、確実に協力してくれる仲間が欲しいんだよ、コイツ。

 簡単に言えば、富裕層側からのヘッドハンティングって奴だ。

 更に付け加えるなら、もし父親を追い落とせずに失敗する様な状況になったとしても、協力を申し出てくれた仲間の再就職先に関しては、きっちり保証してくれるらしい。

 ただし、それはあくまでも再就職の面倒まで見るだけで、その後は自分で努力しないと首を切られる可能性もあるぞ、とは言っておく。

 ……まぁ、簡単に言えばさっき出ていたコイツの爺さんの会社への斡旋だから、経営者の身内からの推薦だって事で努力しない奴はサクサク首を切られるが、上手くいけば出世コースにも乗れることにもなるんだと。」

 

 サクッと説明してくれた内容は、正直言ってかなり魅力的な話だと言っていいだろう。

 これが、もし説明したウルベルトさん本人が協力を申し出ている相手だったのなら、多くのギルドメンバーが協力を申し出たんじゃないかと思えるほどだ。

 しかし……実際に協力を求めているのは、彼じゃなく「ギルドの問題児」であるるし☆ふぁーさんである。

 この時点で、この本当にこの話を受けても大丈夫なのか、確実に仲間たちの中に躊躇いが発生してしまっている事をモモンガは直に悟っていた。

 今までの、質の悪い多くの悪戯の数々を考えれば、その反応も仕方がないのかもしれない。

 

 だからといって、ここで手を差し伸べずに彼を見捨てるという選択は、モモンガの中に存在していなかった。

 

 彼は、何だかんだ言いながらも自分の資産をウルベルトさんに預ける事で、自分に何があっても金銭的な面ではタブラさんの事を助けられるだけの手筈を、既に取っている。

 普通、自分が父親に命を狙われているなんて恐ろしい状態なら、他人の為じゃなく自分を最後まで守る為に使うという選択をしてもおかしくなだけの資産を、ネットゲームの仲間を助ける為にサクッと使う判断を下している時点で、彼が悪い人な訳がないのだ。

 そう思ったモモンガが、それでも少しだけ迷いながら協力の意思を示すべく手を挙げようとした時、別の場所から手が挙がる。

 

「一つ確認だけど、その協力者が現在どんな職種についていても、その点は問わないって事で良いのかな?

 それなら、俺、るし☆ふぁーさん側の協力者に名乗りを上げてもいいけど?」

 

 その声に、全員が視線を向けた先に居たのは、さっくりと結論を出したらしい弐式炎雷さんだった。

 まさか、自分よりも先に彼が声を上げるとモモンガは思っていなかったので、どうしてそんな風に誰よりも早く名乗りを上げられたのか、不思議で仕方がない。

 それに関しては、多分他の仲間たちも同じ気持ちだったのだろう。

 だからこそ、彼に視線が集中しているのだ。

 

「もちろん、こんな風に名乗りを上げた理由なら、ちゃんとあるけど。

 だって、先に建やんが助けようとしているタブラさんの為に、るし☆ふぁーさんが既に色々と協力してくれているのが判ったから、と言うのが大きな理由かな。

 それに、個人的にメール楽しくメールのやり取りをして居る相手を助けられない自分なんてなんか嫌だし、何よりナーベラルと恐怖公はそれなりに仲が良い相手だからね。

 るし☆ふぁーさんに何かあって、それが原因で恐怖公がメールペットとして居なくなることになったら、絶対ナーベラルが悲しむと思うんだ。

 だから、あの子を泣かせるなんて悲しい事態にならない為に、もるし☆ふぁーさんの方の協力者として名乗りを上げる事にしたという訳さ。」

 

 彼の口から、どうしてこの結論を出したのか、その理由を聞けば実に簡単な話だった。

 弐式さんにとって、親友と言うべき建御雷さんを助ける手立てをしてくれたから、今度は自分が助けに回る選択をしただけと言う事らしい。

 更に、彼にとって可愛くて仕方がないナーベラルが仲の良い相手の主だから、そんな相手に何かあったら彼女が泣く事になるという理由も納得がいく。

 むしろ、こちらの比重の方が大きそうな気もするが、それは横に置くとして。

 真っ先に、弐式さんが自分の立場を表明した事によって、自分の中で出ていた結論を口にする空気が出来たからだろう。

 気付けば、ヘロヘロさんがスッと手を挙げていた。

 

「あー……そう言う事なら、私もるし☆ふぁーさんの協力者側に回りたいと思います。

 流石に、私の立ち位置でタブラさん側の協力者になるのは難しいですし、今の彼に必要な協力者としてなら条件を満たせそうですから。

 それに……うちのソリュシャンとも恐怖公は仲が良いですからね。」

 

 軽く触腕を振りつつ、迷う事無くにっこり笑顔のアイコンでそう告げると、自分の言うべき事は終わったといわんばかりにイスに深く座り込む。

 彼の様子にも迷いがないので、既にきちんと自分の中の選択を済ませてしまっている事が伺えた。

 そんな彼らの様子を見て、モモンガも腹を括る。

 

 普段なら、仲間の意見を聞いた上で最後に全員の意見を調整する為に自分の意見を口にする事が多いのだが、今回ばかりは既に自分の中で結論が出ていた事もあり、他人の意見に合わせて自分の意見を主張しないという真似はしたくなかったからこそ、サクッと口にする事にしたのだ。

 

「私も、協力者に名乗りを上げて良いですか?

 ただし、私の場合は両方に参加させてください。

 タブラさん側に関しては、立場的な面で協力するのは難しいので、資金面で協力したいと思います。

 こちらに関しては、この一年間うちのパンドラがデミウルゴスに倣って、俺の預金の半分を元手に資金運用しているので、それなりに出資出来る予定です。

 本人曰く、『ナザリックの財政担当として、その名に恥じない資産運営をさせていただいております』との事でしたから、今の生活に影響が出ない範囲内に絞っても、それなりの額になると思いますから。

 るし☆ふぁーさんに関しては、どの程度まで俺に出来る事があるのか判りませんが……今までの様に仲間の意見の調整役兼雑用係的な立ち位置、と言う事でいいのなら……協力者側に付きたいと思います。」

 

 モモンガが口にした、具体的な提案込みでの協力の申し出に、その場にいた仲間たちがざわざわと騒めく声が上がる。

 出来れば、こちらの事で驚くよりも自分がどうするか答えを出す方を優先して欲しいと思うのは、先に結論を出した側の我儘だろうか?

 実際、そろそろ最初にるし☆ふぁーさんが提示した五分になるのだから、他人の結論を聞いて驚いている暇などない筈だ。

 そんな、モモンガの気持ちを察したかのようにスッと手を挙げたのは、朱雀さんだった。

 

「そろそろ、残り時間も少ない事ですから、私も結論を口にしましょうか。

 私も、モモンガさんと一緒で両方に協力する事にします。

 タブラさん側への協力に関しては、主に私の名前と立場を貸す形になるかと思いますが……あらゆる方面で協力する事を視野に入れています。

 るし☆ふぁーさんに関しては、まぁ……協力しないまま放置するという選択肢は、個人的にありませんからね。

 ただし、あくまでも相談役と言う形になると思うから、その辺りは調整してくれるんだろう?」

 

 最後の一言は、完全にるし☆ふぁーさんに対して向けたものだったので、もしかしたら二人にはリアルでも個人的に付き合いがあるのかもしれない。

 一番可能性が高いのは、るし☆ふぁーさんがリアルでは大学教授だという朱雀さんの教え子と言う線だろう。

 それなら、流石に教え子を見捨てるのは気まずいからと、大学教授の片手間として何とか出来そうな、相談役と言う立場で協力を申し出たのも納得がいく。

 

 どちら側にも、名前を貸す形での協力でもそれなりにメリットがある立ち位置、と言う事なのだろうから。

 

 そして、彼が時間の事を口にしてくれたお陰で、今までただ騒めくだけだった面々も自分の中で協力するかしないか、協力するならどちらなのかと言う結論を出して、手を挙げてその答えを手短に返答してくれている。

 一人ずつ、答えを口にしている内容を素早く記録しているのは、既に協力者側に居る弐式さんとヘロヘロさん、そしてウルベルトさんの三人だった。

 いつの間にか、それぞれ受け持ちを決めていたらしく、自分が担当する名簿に名前を記録している。

 こんな風に名簿まで作っているのは、先程ウルベルトさんが口にした「失敗した際の協力者の再就職」とか色々と必要になるからだろう。

 

 ただ……モモンガには一つだけ気になった事があった。

 実は、時間ギリギリになってまで迷っていた面々が少しだけ居たのだが、彼らは全員るし☆ふぁーさんによって「時間切れ」と判断され、容赦なく「不参加」側に割り振られてしまったのである。

 中には、それなりにるし☆ふぁーさんと付き合いがある人も居たのだが、そんな相手に対してもるし☆ふぁーさんは一度下した結論を翻さなかった。

 

 彼曰く、「この時点でまだ迷っているのなら、下手に協力者として参加しない方が良い」との事らしい。

 

 この段階で、「自分はどうするべきなのか」と言う事が決められない優柔不断さでは、有事の際に直に判断を下せず仲間に迷惑を掛ける可能性が高いという彼の主張は、確かに正しいのだろう。

 特に、今回はゲームの攻略などではなく『リアル』がメインで動く事になる以上、ちょっとの事が本気で命取りになる可能性もある。

 このるし☆ふぁーさんの判断に対して、リアルで富裕層のたっちさんですら何も言わなかったのだから、彼らも同じ判断を下したと言う事なのだろう。

 

 そうして、それ程間を置く事無く協力する側としない側の名簿の作成は終わっていた。

 

 やはり、色々なリアルのしがらみなどもあるから、協力する側に回ってくれる人はそれ程いない。

 先に名乗りを上げたモモンガ達以外で、タブラさんかるし☆ふぁーさんにこの場で協力を申し出てくれた人は、やまいこさんとぷにっと萌えさん、ベルリバーさんとあまのひとつさん、音改さんの五人だけだった。

 ペロロンチーノさんと茶釜さんは、〖自分達の手掛ける仕事の内容的に今の段階ではるし☆ふぁーさん側でも協力する手段が思い付かないから〗と言う理由から、今回は参加を見送る事にしたらしい。

 この二人返答は、ある意味ウルベルトさん達も予想がついていたのだろう。

 むしろ、「二人に協力して貰うなら、まず今回の事を決着付けた後だから」と笑って返事した辺り、るし☆ふぁーさんは既に腹を据えて先の事を考えているんだと、思わず実感してしまった。

 

 今回は協力するのを見送った面々には、ホワイトブリムさんの様な漫画を描くなどの創作活動で生計を立てているような人や、茶釜さんの様に声優など何らかの形で芸能界に所属している人たちも入っている。

 

 既に、それなりに有名にはなっている人たちも居たが、それでもまだ彼ら自身が今回の一件に協力出来る程の力はないと、自分なりにきちんと理解しているからこそ、協力を申し出られなかったのだろう。

 この辺りに関しても、建御雷さんやるし☆ふぁーさんは最初からそうなるだろうと察していたらしい。

 だからこそ、協力するかどうかの選択肢を最初の時点で提示してくれていたのだと、茶釜さん達との会話ですぐに判った。

 むしろ、彼らからすればモモンガが両方の協力者に名乗り出た事の方が、意外だったようだ。

 

 唯一、ウルベルトさんはタブラさんの事を話した時点での俺の雰囲気から、何となくそう言い出しそうだと察していたらしいが。

 

 とにかく、協力する面々が確定した時点で、今日の会議は中止して協力者以外はその場で解散、と言う流れになった。

 

 




モモンガさんの視点なのに、るし☆ふぁーさんが動く動く!
一先ず、今回の話で協力す津メンバーが絞られました。
本当は協力したくても、出来ない人たちも居ますからね。

そして、これは大事な事なので一つだけ。

前回の幕間に出て来た、メールペットであるルプスレギナの主は、協力者側にはいません。
その理由は、今回の話の中でほんのり出て来ています。


次の話の更新は、今月中の予定です。


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ギルド会議 ~タブラさんの救出作戦参加者の話し合い~ 

ギリギリ、まだ9月30日


 円卓の間から、協力者を除いて全員出て行ったのを確認した直後、るし☆ふぁーさんはそっと音を立てない様に部屋の扉まで歩いていくと、幾つかのアイテムを手早く設置するのが見えた。

 あれは、盗聴防止用の防音系アイテムだった筈。

 

 もしかして、理由があるから今回の件には参加はしないものの、どうしてもこちらの状況が気になるだろう面々に、中での話を聞かれないようにする為に設置しているのだろうか?

 

 きっちりそれらが起動し、外に完全に音が漏れなくなったのを確認してから、急いで自分の席に戻って来たるし☆ふぁーさんの様子から考えても、それで多分間違いないのだろう。

 最初から、協力出来ない面々が直接騒動に巻き込まれない様に、詳しい話を聞かせるのは関係者だけにする予定だった事を考えれば、るし☆ふぁーさんの行動は当然の話だった。

 実際、彼が速攻でアイテムを設置するべく動いていなければ、一先ず外に声が漏れない様に防音魔法を使用し、その上でヘロヘロさんに頼んで更に物理的干渉による防音対策を取って貰うつもりだったのだから。

 

 視線をゆっくりと巡らせ、全員が自分の席に落ち着いたのを確認した所で、ヘロヘロさんがるし☆ふぁーさん対してに声を掛ける。

 

「あの……さっきは状況的に確認出来なかったので口を挟みませんでしたが、時間切れで振り落とした人たちの中にも有能な人たちが何人かいましたよね?

 特に、最後に名前を読んでまで振り落としたあの人とか?

 出来れば、彼らにもるし☆ふぁーさん側に協力して貰った方が、この先足りないだろう人手を補うという言う意味でよかったんじゃないですか?」

 

 やはり、彼もまたモモンガと同じ疑問を抱いていたらしい。

 あの時のるし☆ふぁーさんの様子は、こんな風に話を切り出しても聞いて貰える雰囲気じゃなかったし、何より早く話を進める為にも協力して貰わない人達に早めにここから出て貰って自由にして欲しかったから、敢えて尋ねずにいた質問だったのだろう。

 このヘロヘロさんの質問は、どうやらこの場に居るほとんどの人が気になっていたらしく、いつの間にかるし☆ふぁーさんに視線が集まっている状況になっていた。

 なんだかんだ言って、るし☆ふぁーさんはその人とつるんでいる事が多いと記憶しているだけに、信頼の置ける仲間の一人として、協力して貰うべきだったんじゃないかと思う部分があるからだろう。    

 

 それに対して、答えたのはるし☆ふぁーさんではなく、同じく協力を申し出た側のあまのまひとつさんだった。

 

「何を言っているんですか、ヘロヘロさん。

 別に、あの人はそれ程るし☆ふぁーさんと仲が良い訳じゃないですよ?

 どちらかと言うと、あの人はるし☆ふぁーさんと一緒にいる事で、『あんな大変な奴にまで気を掛ける人格者』みたいな風に、自分が良く見られるのを狙っていただけでしょ。

 そもそも、新しいアイテム作成をする時に失敗は付き物なのに、失敗した時に限ってあの人が勝手に『るし☆ふぁーさん、実験中に悪戯したら駄目でしょ』とか大きな声で騒ぐから、アイテムやゴーレム関連の暴走とか爆発の半数以上を、彼の悪戯だと勘違いされただけですからね。

 少なくとも、そんな風に自分に対して周囲が誤解を生む原因になる発言を常にしている相手を、仲が良いとは俺は思いたくないですね。」

 

 あまのまひとつさんが、落とした爆弾発言によって周囲は〖信じられない〗という顔で、彼とるし☆ふぁーさんの事を見比べた。

 それに対して、るし☆ふぁーさん本人は軽く首を竦めているものの、あまのまひとつさんの言葉を否定する様子はどこにも見られない。

 それだけで、今の発言がどれも本当なのだと言う事が、この場に居る面々に漸く伝わった。

 

「今のは、どういうことなんですか、るし☆ふぁーさん?

 もし今の話の通りなら、なぜ反論せず大人しく自分の悪戯だなんて認めたりしていたんですか?

 少なくとも、「アイテム作成の際の失敗なのだ」と、ー言先に伝えてくれていれば、私たちはあなたの事をあんな風に責めて追い回すという真似はしなかったと思います。」

 

 今更ではあるが、それでももう少しそういう事ならきちんと主張してくれれば、少しは状況を確認するなどと言った行為をしていたのではないかと言う思いから、そんな言葉が誰からともなく溢れる。

 それに対して、ちょっと困ったような表情のアイコンを浮かべながら頬をコリコリと掻くと、るし☆ふぁーさんはもう一度首を竦めながら今まで黙っていた理由を口にした。

 

「……そう言われてもさぁ……実際に俺がその場で〖これは事故でした〗と言ったとしても、状況的に別の考えを挟むのは難しかったと思うよ?

 だって、こちらが何かを言うより先に、普段から仲間の信頼の厚いアイツが俺を名指しして〖実験中に悪戯したら駄目でしょ?〗って言い出した時点で、ほとんどの仲間は無自覚に意識がそちらの言葉に傾いていた筈だし。

 元々、その頃には既にちょっとしたゴーレムやアイテムを使ったちょっとした悪戯なら、ギルメンを相手に既に幾つかした後だったからね。

 そんな俺が、〖これは事故で悪戯じゃない〗と言って否定したとしても、信用度は低かったと思う。

 むしろ、みんなは〖俺の悪戯〗って言葉を聞いただけで、〖あぁ、なるほど犯人はるし☆ふぁーか〗って勝手に納得しちゃって、そこから深く追求しようとしなかった事の方が多いし。

 そういうのが何回も重なっちゃったら、今更否定するのとか面倒になっちゃったんだよね。」

 

 ちょっとだけ、どう説明すれば良いのか困ったように言葉を選んで説明してくれたるし☆ふぁーさんから漂う雰囲気は、どこか諦めに似たものが滲んでいた。

 あくまでも、これはモモンガの推測でしかないのだが、今まで何度も自分の言葉を信じて貰えない事が続いた事によって、自分から弁明するのを諦めて〖自分の悪戯だった〗と認めてしまう事を選ぶようになってしまったからなのかもしれない。

 

 だとしたら……るし☆ふぁーさんが何でもかんでも〖悪戯だ〗と笑うと言った反応をするようになった原因は、自分達にあるのだろう。

 

 ゴーレムが絡む〖悪戯〗が発生した時、大半の仲間が最初からるし☆ふぁーさんが犯人だと決めつけていて、それこそ速攻で彼の名前を読んで被害者を筆頭に彼を追い回していたけど、もし、それが間違いだったとしたら……酷い事をしていたのはこちらの方だ。

 もう少し、きちんと彼の話を聞いてから対応するべきだったんじゃないだろうかと、モモンガは心の中で反省していた。

 少なくとも、何かの実験が失敗した原因を全て〖るし☆ふぁーさんの悪戯〗と決めて掛かるんじゃなく、周囲の話を聞くとか対応を変える事は出来たのに、どうしてそれを実行しなかったのだろう。

 

 むしろ、どうして〖るし☆ふぁーさんの悪戯〗という言葉を聞いただけで、深く追及する事無く納得してしまっていたのか、こうして改めて考えてみると実に不思議だった。

 

 そう言えば……こんな風に話を聞いた後で今までの事で覚えている限りの内容を思い返してみると、どれも最初に〖悪戯〗と言う言葉を言い出していたのは、たった一人の人物で。

 今回の状況を考えれば、何かと言うと変な疑いをるし☆ふぁーさんに向ける相手を参加させる方が、確かにトラブルを引き起こす要因になりかねないだろう。

 

 そういう意味でも、彼があの場で〖時間切れ〗を名目に参加させない事を選択したのは間違いではなかった。

 

「……それにね、アイツの様子を見てすぐに気付いたんだ。

 本当に頭が良くて、状況の判断がきちんと出来る奴ならもっと早く結論を出すのが普通なのに、わざと最後の最後まで返答するのを伸ばして、出来るだけ勿体付けた様に意味深な態度で周囲を巻き込み、自分の事を高く売りつけようってしてるのを、さ。

 多分、自分はとても有能だと仲間から思われている筈だから、答えるのが遅くなっても〖ぜひ、協力してください〗って頭を下げてくると思って居たんじゃない?

 出来れば、たっちさん達のうちの誰かがそう言い出してくれたら、より仲間の中だけじゃなくリアルでも自分の価値が高まるとか、そんなくだらない事とか考えてそうだし。

 実際、ゲームの中じゃ上手く仲間の事を誘導して自分を有能に見せてたけど、リアルで大した能力あるかと言われたらそうでもなさそうなんだよね。

 それなのに、どこか〖富裕層の人間より自分は上〗って高慢な思考が見え隠れしちゃったから、思わずウザくてサクッと不参加に割り振っちゃった。」

 

 「てへ☆」って笑うるし☆ふぁーさんは、余程相手の事を不参加に出来た事が嬉しかったのだろう。

 どこか楽しそうな声音で、本当に満足だって様子なのが伝わってくる。

 むしろ、今の彼の様子を見ているだけでも、どれだけあの人が彼にとってストレス要因だったのか伝わってくるようだった。

 一頻り笑った後、るし☆ふぁーさんはさらに言葉を続けた。

 

「もちろん、あの場で言った理由も嘘じゃないよ?

 正直、この後だって急いで何かを決めなきゃいけない事が起きるかもしれないんだ。

 それなのに、あんな風にギリギリ最後まで自分の判断がどういうものなのか、まるで勿体付けた様な言動をされるのは正直迷惑なだけでしょ?

 それにね、俺が知っているあいつの性格を考えると、予想していたよりこっちの方が不利だと思ったら、その時点でのこちらの情報を向こうに売り付ける代わりに、自分の安全を確保しようとするんじゃないかなぁとかも思ったから、参加者に加えたくなかったんだ。

 まぁ……流石にそこまで人として堕ちた真似をするほど愚かじゃないとは思いたいけれど、今までの俺に対する言動とか他のギルメンに対しての反応とか見てると、ギルドの仲間の事をほぼ全員の事を自分より格下の駒扱いしてるみたいだったからさ。

 だから、今回の一件の結果が最悪な状況になりそうだったら、自分が生き残るための踏み台にする事を迷わず実行しそうな気がして怖かったんだよね。

 もちろん、今の時点ではあくまで俺の推測でしかないけど……あんな奴でも一応仲間だし、出来れば変に疑いたくなかったから、協力者から強引に弾いたって訳。」

 

 どうして、彼を振り落とす選択をしたのかと言う理由を、俺達に分かり易く答えてくれたるし☆ふぁーさんの言葉には、どうしてもモモンガには許容し難い内容が含まれていた。

 正直、モモンガとしては「あの人はそんな事をしたりしません」と大声で否定したい所だが、彼の言葉にサクッと同意を示した人がいる。

 先程から、るし☆ふぁーさんの援護射撃的な事を言っていたあまのまひとつさんだ。

 

「あー……うん、確かにその可能性は否定出来ないかな。

 あいつ、俺やたっちさんが自分の趣味が高じたロールプレイをしていたり、やまいこさんがリアルと違って頭使わない脳筋プレイをしていたりっていう、自分の趣味を全開にして遊んでる事とか全く理解してなかったんだよ。

 それこそ、俺達が自分なりに楽しんでいるその行動そのものを見下してた事なら、俺も気付いていたし。

 今回だって、るし☆ふぁーさんの事を話した時の反応を見ていた感じだと、多分、アイツの中でるし☆ふぁーさんは〖貧困層出身の程度の低い人間〗だと思い込んでたんじゃないのかな?

 だから、富裕層の中でも結構大きな家の跡取りで、財産目当てに父親から命を狙われそうとかそんな話が出てきた瞬間、〖信じられない!〗って感じで凄く反応してたし。

 まぁ……そりゃ当然だよね。

 普段から、自分より絶対に格下だと思い込んで心の中で馬鹿にしていた相手が、実は自分には手の届かない位遥かに格上だったんだもん。

 なんだかんだ言って、変に自尊心が高いのを上手く人前では誤魔化している様な人だから、この事を知った時点で逆にるし☆ふぁーさんの事を逆恨みしてそうで、ちょっと怖いかもしれない。

 だから、そんな人にはタブラさんの救出やるし☆ふぁーさんの事とか色々と大変な事が待ち構えているのが判っている今回の事に、参加者として来て欲しくないと思っていたんだよね。

 そういう理由から、るし☆ふぁーさんが〖時間切れ〗宣言したのはかえって良かったと思う。」

 

 サラッと告げるあまのまひとつさんの言葉に、思わずモモンガは仰天していた。

 まさか、あの人がそんな風にたっちさんややまいこさんなどギルドの仲間達の事を馬鹿にしていたなんて、欠片も思っていなかったからだ。

 だが、確かに彼らの話している内容を自分に照らし合わせて思い返してみれば、モモンガにも心当たりがある部分が幾つかあった。

 何となくだが、時折こちらの様子を見ているあの人の視線に、どことなく人を蔑む様な雰囲気が一瞬だけ混じったように感じた事があったのを思い出したからである。

 それは本当に一瞬の事で、ずっと自分の勘違いだろうと思っていたのだが……彼らの話から推測すると、そう感じたのは間違いじゃなかったらしい。

 

〘 今の話が本当だとしたら……そもそも、どうしたらそんな考えになるんだ?

 元々、たっちさんはユグドラシルでも九人しかいないワールドチャンピオンでもあったから、誰もが認めるギルド最強の一人なのに。

 それこそ、この認識は他所のギルドから見ても変わらなくて、常にその動向が注目されている凄い人だぞ?

 ここはゲームの世界だから、誰もがそれなりにロールプレイをしているのは当たり前で、リアルで出来ない様な行動をしたって馬鹿にされる理由にはならない筈。

 まさか、〖ゲーム世界での常識〗を自分の都合良く受け取って、そんな風に仲間を理解しないで仲間をこっそり馬鹿にしている人だったなんて……

 もちろん、誰だって話が合う人や合わない人とかがあるのは当然だし、数年前まで前のたっちさんとウルベルトさんの様に〖馬が合わない〗と意見がぶつかるって事なら、幾らでもあると思う。

 だけど、他人のことを自分よりも格下として見下しているような人だとは思わなかった…… 〙

 

 そう思うだけで、思わず落ち込んでしまいそうになる。

 いや……これは俺だけが考えていた訳じゃないらしい。

 たっちさんややまいこさんも、彼らの発言に酷く驚いている様子だったから、俺とそんなに変わらない認識なんだろう。

 この場にいる中で、二人以外で唯一驚いた様子が無かったのはウルベルトさんだけだった。

 もしかしたら、自分の意見を口に出しては言わないものの、二人と同じ事をずっと前から知っていたのかもしれない。

 

「……まぁ、その辺りに関しては深く考えない方が良いでしょう。

 最近、あの人はログイン率もかなり下がっていますし、今回の一件にも特に協力する予定がない人ですからね。

 確かに、不愉快な事実が判明したのは間違いないですが、ここでいつまでもその事をグダグダ話す位なら、もっと時間を有効に使いませんか?

 正直、ここから先は時間との勝負的な部分も出て来そうですからね。」

 

 この場に漂い始めていた、何とも言い難い雰囲気を変えるべく、そんな風にサクッと本来話し合うべき話を切り出したのはぷにっと萌えさんだった。

 多分、あの人の事を何時までもグダグダと話す事で、更にこの場の空気がおかしくなるのは嫌ったのだろう。

 その主張は、確かに正しい。

 

 今は、余計な事に意識を回すよりも、もっと優先する事があるのだから。

 

「まぁ……確かに余計な話をするよりも、今、抱えている問題に関しての話し合いをまずは進めましょう。

 私の方から話す事があるとすれば、現時点までにざっくりと決めてあったこの後の予定ですね。

 一応、るし☆ふぁーさんの方に関しては、〖今日動けば、明日には解決〗という訳にはいきませんし、出来るだけ自分の足場を固めるなどの対応をする必要があると思います。

 けれど、それに関して私達がこの段階で出来る事は、実際にはそれ程ないんですよね。

 精々、協力するメンバーが今の勤め先に対して辞表を出す位でしょう。

 むしろ、今の時点でこちらから早急に手が打てるのは、タブラさんの関係だと思います。

 私が、建御雷さんから話を聞いた所によると、既に相手が先に〖身請けの為の支度金〗と言う名目で手付を納めている事が判っていますから、後からタブラさんの身請けを申し出るこちら側が、先に申し出ている側の話を覆す為の条件として、まず楼主に一気に纏まった額を即金で払えることを示す必要があるでしょう。

 元々、楼主側が相手に提示した金額は一億五千万だそうです。

 だとすれば、こちらは最低でも楼主に二億以上払うという条件を出す必要性が増すし、更に先に相手が払った手付金に対して同額の賠償が必要らしい。

 そういう諸々の費用を纏めると、こちらが用意する必要がある金額は最低でも三億以上、何か向こうが言い出した時の事を考えて余裕を持つなら五億は欲しい所でしょうね。」

 

 ぷにっと萌えさんの言葉を受けて、今の時点で話し合っていた事を教えてくれたのはたっちさんだった。

 確かに、るし☆ふぁーさん側の状況はあくまでも状況証拠からの推論で展開されている事もあり、今の段階では彼自身が自衛しつつ父親の会社の中に居る親族との足場を固めるしかないだろう。

 モモンガ達が出来る事も、早めに彼の元に合流出来る様に退職の手続きをする位しかないのも事実だ。

 むしろ、状況的に切迫しているだろうタブラさん側に必要な身請け金の大まかな総額を提示され、誰もが本気で驚いた顔をしていた。

 確かにそれに近い事を、最初の段階で建御雷さんが言っていたけれど、本当にそれだけの金額が必要だとは思っても居なかったからだ。

 

「あー……建御雷さんの話を参考にして、大体どれ位の手付を払うのが相場なのかデミウルゴスに算出させた結果、今回の場合だと手付として払われたのは一億五千万に対する三割の四千五百万って所らしい。

 だから、話に割り込むこちらが相手側に身請けを横取りする〖詫び金〗として、最低でも手付の同額を上乗せした九千万は払う必要がある計算になる訳だ。

 更に、あのクソッタレ楼主に損得をはっきり理解させる為に、予定されていた身請け額のよりも多めの二億を払った方が良い。

 その上で、タブラさんのいた楼閣の遊女たちに対してお祝儀その他諸々を出す事まで考えるなら、確かに楼主が最初に主張したように、最低ラインでも三億以上の用意が必要だな。

 実を言うと、三億位ならぶっちゃけで言えば俺の手持ちの資産全部を出せば、別に払えない事はないんだよ。

 ただ、全額を俺一人が支払うと言う形で即決して手続きしようとした場合、流石にデミウルゴスが今後の資産運用資金が無くなる点に関して嫌がるだろうから、資金面で俺以外にもある程度の出資者が欲しいと思っていたんだ。

 そしたら、るし☆ふぁーさんが〖自分の手持ちの資産を名ばかりの父親に悪用される位なら〗って、俺にある程度纏まった額を送ってくれたって訳さ。

 実際、どれだけこっちに送ってくれたのか、送金額をまだ確認してないんだが……」

 

 流石に、この状況で自分の口座の残高まで確認する余裕はなかったらしい。

 多分、送金先がデミウルゴスが資産運用をして居るサブバンクの方の口座だった事も、ウルベルトさんがその場で確認が出来ていない一因なんだろう。

 その辺りは、送金したるし☆ふぁーさんも判っていたのか、軽く頬を掻きながら口を開いた。

 

「あー、そうだよね。

 元々俺が、念の為に使えるように手元に残してあった額は二千万ちょっと位だから、手数料と端数除いて二千万をそっくりそのままそっちに送る手配をしたんだ。

 当座の生活費に関しては、残りの端数と給料があればなんとかなるし。

 でも……こんな事なら、「もうちょっとだけ爺様の方に渡す金額を減らせばよかったかな?」とも思わなくないけど、あの男の配下の者が俺の周りに潜り込んでる可能性も捨てきれなかったんだよね。

 だから、どうしてもそいつらが勝手に俺の資産を横領してアイツに渡そうとするとか、そういう行動への用心とかもあって余り残しておけなくてさ。」

 

 「ごめんね?」と、両手を合わせながらるし☆ふぁーさんは謝るが、別に彼は悪くない。

 むしろ、彼がおかれている状況的に考えるなら、相手側に多額の金額を横領される可能性まで踏まえて自分の手持ち資産を少なく残す選択をしたのは、間違った選択じゃなかった。

 ただ、その後に多額の金額を必要とする状況になるとは、予想外だっただけで。

 

「うーん……出来れば、もう少しざっくりとした感じの試算をした上で、まだ余裕がある位の金額は用意しておきたい所なんだが。

 今までの前例を考えると、廓に属する名のある遊女の身請けが発生した場合、どうしても花街全体に大きなイベントを行う感じになるケースが多い。

 そう考えると、用意した額が三億より多少多い程度の金額だと、もしかしたら足りなくなる可能性もある。

 そうだな……今の生活を維持した上で、俺が口座から出せる金額の上限が一千万。

 今、ウルベルトさんの元にある分にそれを上乗せしたとしても、まだ少し余裕がないのが怖いな。」

 

 顎を撫でながら、そう口にしたのは建御雷さんだ。

 多分、今、彼が自分で口にした金額は、何かあった時の為に溜め込んでいた金額の大部分を占めているものなんだろう。

 全額と言わないのは、そこまでした事が後で判明してしまうと、花街での彼の立場的に問題があるからだ。

 

 それにしても、とモモンガは考える。

 彼らの間で、割と普通にとんでもない金額が普通に話題に出て来ている状況に、ヘロヘロさんやベルリバーさんはもちろん、やまいこさん達ですら仰天させている。

 流石に、これだけの金額が自分達の生活に関わる事がないからこその反応なんだろう。

 そんな事を思いつつ、モモンガは彼らの会話を聞きながらふと指折り自分の口座の残高を考え、軽く頷いた後で片手を挙げた。

 

「それなら、先程も言った通りタブラさんを助け出すための資金提供として、俺からも二千万をウルベルトさんの口座に送ればいいですか?」

 

 モモンガの口から、スルリと出た言葉を聞いた途端、周囲はぎょっとしたようにモモンガの方に一気に視線を向けてくる。

 それを受け止めると、ちょっとだけ困った方に骨の頬を指先で軽く掻きながら、簡単に自分の資産状況を説明する事にした。

 

「これも、先ほど言った通りなんですが……パンドラが本気になって俺の口座の資産運用を頑張ってくれたお陰で、この一年で億単位まで資産を増やしてくれてるんですよ。

 もちろん、税金とかその他色々と支払う部分が発生して来るので、必要経費をある程度まで残しておく必要がありますし、それ以外でも今後の資産運用分も残す必要がありますけど。

 なので、そういうのを全部ひっくるめた上で俺が出せる金額の上限と言う事なら、まだもうちょっとだけ余裕があります。

 今の金額で足りなさそうなら、俺の方から資金提供額をもう少し増やしても構いませんよ?

 元々、パンドラがいなければ存在していない、あぶく銭の様なものですし。」

 

 そういう理由もあり、今の生活が維持できる金額以上の残高に関しては、別に今回の事で使ってしまっても構わないのだとモモンガは笑ってみせる。

 ただ、パンドラズ・アクターが楽しそうに資産運用に力を入れているから、必要経費とその分くらいはちゃんと残してやりたいだけで、元々食事や衣類などで贅沢をする方でもないから、こういう時に使ってしまう事に関してモモンガは特に躊躇いがない。

 むしろ、自分が資産提供する事で仲間の助けになるなら、幾らだって出せるのだ。

 

 そんなモモンガの言葉に対し、苦笑するように肩を竦めたのはウルベルトだった。

 彼自身、モモンガと似たような心境なのだろう。

 ただ、これから先の事を色々と考えた場合、あの時の教訓から使える資金はいくらあっても困らない事を理解していた為、資産運用を中心にデミウルゴスの好きにさせているのである。

 実際、こうして夕ブラさんを助け出す為の資本金になっているのだから、彼の判断は間違っていなかった。

 更に言えば、デミウルゴスと言う先駆者が居たからこそ、自分の所のパンドラズ・アクターも資金運用に手を出したと言ってもいい。

 やはり、そういう意味ではウルベルトさんとデミウルゴスは色々と凄いんだと思う。

 つらつらそんな事を考えていると、色々と考えを纏めていたらしいウルベルトさんから声が掛かった。

 

「……そう言う事なら、大変申し訳ないんだけどモモンガさんの所からの資産は、もう一千万ほど増やして貰ってもいいか?

 現在手元にある分に関しては、アルベドからの救援要請を受けた時点で既に指示を出して運用率を上げて回せてるんだけど、そこに今からでも追加で六千万を足す事が出来れば、デミウルゴスなら明日の昼過ぎには目標額に達成できると思う。

 だから、建御雷さんには出来るだけ早く……そうだな、可能なら明日の昼にタブラさんの座敷への予約を取って貰いたい。

 この際、花街にある不文律のルール違反を承知の上で、お座敷を一回取っただけで身請けの話を推し進める方向にもっていきたいと思っているんだ。

 さっきの話じゃないけど、本気で相手側がどう動くか今の時点ではまだわかってない訳だし、きちんとルールを守って三回も座敷を取っている間に、向こうからごり押しされる可能性があるなら、こっちは別の札を切るのが一番だと思うからな。」

 

 サクサクと、資金面での状況と相手側からの対応を推測して、【ルール違反上等】で話を進めるウルベルトさんの言葉に、待ったを掛けるように片手を挙げたのは、やまいこさんである。

 

「その流れで推し進めるんだとしたら、ボク達の協力って本当に必要なの?」

 

 話を聞く限り、状況の打破を図る手段として考えられているのが、潤沢な資金によって強引に推し進めるという内容だったからこそ、「なぜ、それなら自分達に協力を求めたのか?」と彼女が疑問を抱くのは当然の話だろう。気になっただろう。

 それに対して、ウルベルトさんはまだ説明が終わっていないのに一気に資金面からタブラさんの話を進めていた事に気付いたらしい。

 ちょっとだけ申し訳なさそうに、「ゴメン」と言うアイコンを浮かべながら両手を合わせると、やまいこの方を改めて見た。 

 

「もちろん、やまいこさんの協力は必要ですよ。

 私たちがやまいこさんに求めるのは、今回の救出作戦の中の切り札の一つとも言うべき相手に対する保護者的立ち位置になります。

 正直、この話をお願いした際に色々とやり取りがありまして、どうしても成人している女性に同行して欲しい事情が出来たんですよ。

 ……ねぇ、たっちさん?」

 

 一旦そこで言葉を切り、ちょっとだけ首を竦めたウルベルトさんは、視線をスッとたっちさんに向けた。

 その視線を受けて、少しだけ困った様に頬を掻きながら、今度はたっちさんが口を開く。

 

「実をいうと、ウルベルトさんが言う今回の切り札として、うちの娘のみぃを花街へ連れて行っていく事になっているんですよ、やまいこさん。

 正直言えばあまり気は進まないんですが……アルベドが助けを求めて来た時、丁度ウルベルトさんはあの子と電脳空間に降りてまして。

 そろそろ、みぃは妻の実家の正式な後継者としての教育を始める為に、予備知識を入れている状況だった事もあって、正確にタブラさんとアルベドが置かれている立場とかを把握してしまったらしく〖私も協力する〗と言って話を聞かないんですよ。

 どうも、娘は昼間のうちに妻にタブラさんの置かれている事情を訴える事で、ある程度の条件付きで許可を取り付けてしまっている状況の為、私が言っても止まりそうにありません。 

 是非とも、やまいこさんには娘のストッパーとして付き添ってやって欲しいんです。

 ウルベルトさんは、楼主相手に交渉をする側に回らないといけない為、もし娘が暴走した際にすぐに止められるとは言い切れないので。」

 

 先程から、何度も困ったアイコンを連打しているたっちさんから聞かされた内容は、この場にいる誰もが予想外もいい所と言っていい話だった。

 まさか、まだ子供のみぃちゃんが花街に出向くなんて、それこそ教育上良くない事だと思うのに、それを既にたっちさんと奥さんが承諾しているという状況が、とても頭が痛い。

 

 そもそも、どうしてそういう話の流れになってしまったのだろう?

 

 モモンガを含め、その話を初めて聞いた面々がとんでもないと言わんばかりに沈黙していたら、多分、その辺りの事は聞いていなかっただろうるし☆ふぁーさんが口元に手を当てながら、何かを考える素振りを見せた。

 そして、それ程間を置かずに結論が出たらしい。

 口元に手を置いたまま、ぽつりと答えを口にした。

 

「……うん、多分現状ではそれの方法一番かも知れない。」

 

 先程までの会話によって、割と常識人だと思われ始めていたのに、まさかそんな答えを出したるし☆ふぁーさんはやはり非常識なのかという視線を周囲が送った瞬間、軽く肩を竦めてそう思った理由を説明し始める。

 

「だって、それが一番角が立たないんだよ。

 みぃちゃんの母方の実家って、アーコロジー内でもかなり名前が通ってる上の方の家なんでしょ?

 多分、俺の推測が外れていなければ、爺様の家と同格位の。

 だったら、この際だから名前と立ち位置を借りるつもりで協力して貰った方が、色々と面倒な事にならないで済むんじゃないかな。

 むしろ、もしここで今の〖絶対にアルベドの事を助けたい〗って思ってる彼女の事を無理に止めようとすれば、彼女は俺達のコントロールを外れて母方の実家の力を借りるべく、勝手に動いて自分の手でタブラさんの事を助けようとすると思うんだ。

 もしそうなった場合、タブラさんの身請け先があのクソ親父からみぃちゃんの祖父に変わるだけで、多少の立ち位置はましかもしれないけど、結局愛人にしちゃうだけだと思う。

 だって、相手は富裕層の中で今の地位を維持する事が出来る老獪な人物だよ?

 幾ら孫娘が可愛くても、流石に三億以上の花街の遊女を無償でポンッと買うなんて真似、絶対にしないと思うんだよね。」

 

 その説明は、様々な点から考えれば普通に納得出来るものだった。

 確かに、るし☆ふぁーさんが指摘した通り、みぃちゃんが暴走して彼女の祖父が出てくる事態になったら、今、タブラさんを身請けしようとしている相手と変わらない状況で決着がつく可能性がある。

 もちろん、彼女の目を誤魔化す為に表面上は取り繕うだろうが、裏でタブラさんに対価を求めるだろう。

 

 富裕層の住人だからこそ、無償で花街の遊女を救い出す訳がないのだから。

 

「あー……それはそうでしょうね。

 普通に考えれば、むしろそれが当然の結論でしょう。

 幾ら身内が頼むからとは言え、何の対価もなく出せる金額でもありませんし。

 むしろ、余計に面倒な状況に陥るのが判っているのなら、確かにみぃちゃんに素直に協力して貰って名前と立場を借り受けた作戦を考える方が、より有意義だというのは判りました。

 私が同じ立場でも、同じ選択をしたでしょう。

 それで、彼女を同行させてどうするつもりなんです?」

 

 既に、ある程度どういう作戦なのか辺りを付けつつ、それでも何処か予測が間違っていた場合の事を考えて確認を取って来るぷにっと萌えさん。

 それに対して、ウルベルトさんは軽く手を振りながら説明してくれた。

 

「俺達が、タブラさんの座敷でやる事なんてそんなにないさ。

 まず、建御雷さんに予約を取って貰う際にこう囁いて貰っておくんだ。

〖出来れば、今日の昼にタブラさんで一席設けたい。

 実は、某大企業の後継者のお嬢さんが、お茶やお花、日舞と言った習い事の先生役を探していて、芸事に優秀な昼見世を開いている楼主への口利きを頼まれたんだ。

 元々、お嬢さんの〖出来れば一人の先生に習いたい〗という我儘が理由らしくて、教養豊かな花街の遊女に白羽の矢が立ったらしい。

 かなりの大企業のお嬢さんだから、もし……そのお嬢さんに気に入られて「師範役として引き取りたい」と言う事になったら、今の身請け額よりも大金が入るかもしれないぞ?〗ってな。

 あくまでも、この時点で向こうが何か探りを入れてきた場合、建御雷さんは〖花街に顔が利くから〗と頼まれたとだけ言えばいい。

 後は、〖無理を言う代わりに、今回の座敷の花代については本来の三倍払う〗って最初の時点で言ってくれ。

 それで、金に汚いらしい楼主が相手なら軽く引っ掛かるだろう。

 実際、こっちが提示した金額は本当に払うんだしな。」

 

 そう……金銭面で後から相手に付け入らせる隙を与えない為にも、最終的に必要な金額は全てその場できっちりと支払うつもりだからこそ、ウルベルトさんはデミウルゴスに現在進行形で資金を回させている。

 きっちり契約書も交わして、誰からも文句を言えない様に形式的にもきちんと整えるつもりなのだ。

 ただ、相手側にそれを受け入れさせるためには、どうしても富裕層でもそれなりの家の人間が必要であり、その部分をみぃちゃんが請け負う事になったのだろう。 

 

「そう言う形で、きちんと事前に話の流れを作った上で、タブラさんの座敷さえ上がってしまえれば、後はこちらのモンだ。

 数曲、タブラさんに本当に舞を披露して貰って、みぃちゃんに〖このおねぇちゃんに習いたい〗って楼主が見ている前で言って貰うだけでいい。

 楼主の中で、事前の建御雷さんの情報も加味されて〖お嬢様の我儘による身請けの横取り〗と言う、ある意味最初に申し出ている相手への免罪符が出来るからな。

 〖より格上の相手から望まれた〗と言う免罪符が出来れば、楼主は更に転がり易くなる。

 そこで、俺がデミウルゴスのサポートの元に主に金銭面での交渉を行って、最終的にその場でタブラさんの身柄を引き渡して貰う話に持って行き、身請けを成立させる。

 大筋はそんな感じの流れだったんだが……本当にざっくりとしか決めてないんで、出来れば今の話で足りないと思う部分の意見が欲しい。」

 

 説明を終え、何か意見が無いかと尋ねるウルベルトさんに対して、手を挙げたのは……

 

***** 

 

 それから約一時間後、タブラさんの救出作戦に関しての話し合いは、無事に決着がついた。

 

 基本的には、最初に考えられていた作戦の大筋を辿りつつ、修正できる部分は修正を加えた形で落ち着いたのだが、そこに辿り着くまでに幾つか交わされた論議は凄いものだったと言っていいだろう。

 だが、最後までやまいこさんが難色を示していた「みぃちゃんの参加」は、るし☆ふぁーさんが可能性の一つとして提示した行動を呼ぶ確率の高さから、彼女が折れてくれたので助かったと言っていいだろう。

 ここで、いつまでも堂々巡りを続けている訳にはいかないからだ。

 

 ただ、それと同時に彼女が現在一部の質の悪い富裕層の人間のせいで、現在休職処分中だという事が判明したのには驚いたものの、お陰でもし予定通り明日速攻で動く場合でも同行して貰うのに問題がなかったのはありがたかった。

 

 もちろん、それを彼女自身に直接言うつもりはないのだけれど。

 一先ず、今日の話し合いは終了となったのだが……モモンガは、一つだけ気になる事があった。

 話し合いが終わり、時間的にもこの場は解散になった後で、ベルリバーさんがるし☆ふぁーさんに何か話しかけていた姿を目にしたからだ。

 更に、そこからウルベルトさんも交えて何か話していたのは、結構気になると言っていいだろう。

 もっとも、あの人たちはばりあぶる・たりすまんさんを加えた四人で「ユグドラシルの世界の一つぐらい征服しようぜ」と冗談を言い合う仲間だから、もしかしたらるし☆ふぁーさんの会社を経営する中でそれに近い事が出来ないか、そういう話をしているのかもしれない。

 そう考えたからこそ、モモンガはこの場で深く追求しようとは思わなかった。

 

 まさか、それがあんなことを招くとは思わずに。

 




一先ず、何とか30日に滑り込ませました……
次の更新予定は、10月10日頃には出来るようにしたいと思います。


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メールペットの秘密の日記 パンドラズ・アクターの場合

ここの所、何となくこのシリーズもシリアスだったので、思わず書いた馬鹿話です。
この話には、親馬鹿しかいません。

今回の話は、最後のパート以外はpixiv版と全く一緒です。


【 親バカ三人組は、秘密の日記に手を出した 】

 

その日、仕事が終わってから急いでログインすると、円卓の間で一人自分の席に座ったまま、何かをこそこそと解析しているモモンガと言う、とても珍しい姿をペロロンチーノは目撃する事になった。

普段なら、誰かがログインしてきたらすぐに気付いて挨拶する人なのに、今日は全く気付く様子が無い。

本当に珍しい姿に、「どうしたんだろうか?」と首を傾げていると、そこに聞こえてきたのはウルベルトがログインして来た事を告げるログインメッセージ。

すぐに、円卓の間に馴染み深い山羊の悪魔が姿を見せたので、ペロロンチーノは迷わず彼の元へと駆け寄った。

 

「ウルベルトさん、ウルベルトさん。

実はですね、今、とても珍しい状況なんです!

あの、誰がログインしてもすぐに気付くモモンガさんが、俺がログインしてきたのにも気付かず、何かのプログラムを弄っているんです。

ついでに言うと、ウルベルトさんが今ログインしてきた事にも、モモンガさんは全く気付いていませんよ。

ほら、あの通り!」

 

スッと、ペロロンチーノが身体を横にずらして、ウルベルトから自分が遮っていた形になっていたモモンガの姿を見せる。

そこには、彼の言う通り何かに集中しているモモンガの姿があった。

自分たちギルメンのログインにも気付かないなんて、確かにモモンガにしてはとても珍しい状況だろう。

一体、そんなに夢中になって何をしているのか、ペロロンチーノだけではなくウルベルトも非常に気になった。

 

やはり、こういう時は本人に直接聞いた方が、話が早いだろう。

 

スッと視線を交わし合い、お互いにその結論に至ったのを察した時点で、迷う事無くモモンガへと歩み寄った。

そっと、彼が逃げられない様にと両脇を陣取りながら、二人で同時にモモンガの肩を軽く叩きながら声を掛ける。

 

「こんばんは!

一体、何をそんなに夢中になっているんですか、モモンガさん。」

 

「ばんわー、モモンガさん。

そうそう、俺たちがログインしてきたのに気付かないなんて、本当に珍しいですよね?」

 

肩をいきなり叩かれた事で、ビクッと震えるモモンガの事を気にする事なく、それこそタイミングを合わせたかの様に交互にそう声を掛ければ、漸く二人の存在に気付いたモモンガが驚いた様に顔を跳ね上げた。

それと同時に、慌てて手元にあったそれを消そうとしたのだが……それよりも早くウルベルトが手元を覗き込み、少しだけ眉を潜める。

 

「えーっと、【秘密の日記 パンドラズ・アクター】って……もしかして、これはメールペットたちが時々部屋の隅で何か書いているあれですか?

普段、これだけは主である俺たちが聞いても、いつも【内緒です!】って見せてくれないヤツですよね?

もしかしなくても、パンドラに内緒でこっそりデータをコピーして持ってきちゃったんですか!」

 

同じ様に、モモンガの手元を覗き込んでいたペロロンチーノが、ビックリした様に口に出して問い掛ければ、スッとバツが悪そうに視線を逸らす。

一応、メールペットにもプライバシーがあるだろうと、ペロロンチーノから言外に指摘された事で、元々善良な性格のモモンガは良心が咎めているのだろう。

とは言え、つい自分のメールペットがどんな日記を書いているのか、主として気にならないかと問われれば、ここに居る二人だって素直に「気にならない訳がない」と答えるのは間違いなかった。

 

「あー……もう、ほぼロック解除は出来ているみたいですし、モモンガさんが【パンドラが書く日記を読んでみたい】と思った気持ちは俺も良く判りますからね。

今回限りと言う事で、ちょっとだけ中身を読んでみませんか?

ただし、私たち三人以外には誰にもバレない様にする為にも、実際にこの日記を読むのはモモンガさんの部屋に三人で移動してからですけど。

もちろん、ペロロンチーノさんが嫌だというのなら、無理強いはしません。

ただし、この件は他言無用でお願いしますね?

こういう事に、特にうるさい人が騒ぐと後が面倒ですから。」

 

サクサクッと、日記を読む事を同意する意見を口にすると、ペロロンチーノに「共犯になるならない関係なしに他言無用」と告げながら、まだこの状況について行けないでいるモモンガを誘導して部屋へ移動しようとするウルベルト。

このまま何も言わなければ、二人だけでモモンガの部屋に移動して日記を見ると言う行動から、自分は仲間外れにされてしまうのだろうとペロロンチーノは直に察した。

そんな事は、【無課金同盟】を組む位に仲が良い三人組の一人として、とても認められる訳がない。

こういう悪い事も、一緒に三人で楽しむという状況がペロロンチーノは大好きなのだ。

 

「もー……判りましたよ、ウルベルトさん。

俺だって、本音を言えばどんな事を書いているのかとても気になってますし、そもそも二人だけで楽しん俺だけ仲間外れにしようなんて狡いじゃないですか!

こうなったら、最後まで付き合うに決まってるでしょ。

という訳で、早く移動しましょうか。

他のギルメンが来たら、それこそ面倒ですもんね。」

 

それこそ、掌を返す様に自分の意見をサクッと変えると、ペロロンチーノはモモンガとウルベルトの背中を押して先を急いだ。

彼の言う通り、急いで移動しないと他のギルメンから何をしているのか、問い質されてしまうだろう。

流石に、自分たちが一応後ろ暗い事をしている自覚がある為、三人揃ってモモンガの部屋へと指輪の力で転移して行く。

誰も付いて来ていない事を確認し、モモンガが自分の部屋に入室禁止のブロックを掛けて転移出来なくした所で、モモンガはそそくさと先程しまったデータを呼び出し始めた。

そんな彼の背後で、手元を覗き込みやすい場所を陣取ったウルベルトとペロロンチーノ。

モモンガの手際よい作業の下、メールペットのパンドラズ・アクターの日記が解析されて表示されていくのだった。

 

 

*******

 

 

【 ○月×日  はじめてごしゅじんさまにあいました! 】

 

 

わたしは、めーるぺっとのぱんどらす・あくたーといいます。

きょうから、ごしゅじんさまのももんがさまのもとにやってきました。

これから、たくさんのことをおぼえて、ももんがさまのおやくにたつためにがんばりたいです。

ももんがさまは、とてもやさしいです。

わたしのために、たくさんのものをよういしてくれます。

ぴかぴかのぶーつにかっこういいふく、かっこういいぼうしにかっこういいこーと。

ぜんぶ、ももんがさまがわたしのためによういしてくれたものです。

ももんがさまのところにこれて、わたしはとても、しあわせものです!

きょうは、まだいろいろとおぼえることがおおいので、めーるのはいたつにはいけないそうです。

はやく、ももんがさまのおやくにたてるようになりたいです。

まっていてくださいね、ももんがさま!

 

 

******

 

 

【 ○月○日  少しだけ、学習しました! 】

 

 

今日は、モモンガ様から辞書をもらいました。

少しだけ、言葉が聞き取りにくいそうです。

辞書を受け取ったら、頭の中に知識がたくさん入ってきました。

それからお話ししたら、モモンガ様は「少し賢くなったな」と頭をなででくださいました。

モモンガ様がなでて下さった所から、ぽかぽかと胸があたたかくなってふわふわとした気持ちになりました。

それが何か分からず不思議に思っていると、モモンガ様からどうしたのか尋ねられました。

なので、全部正直にお話ししたら、「それは、パンドラが嬉しいと感じているんだ」と教えて下さいました。

これが「嬉しい」という気持ちなのですね。

そんな風に思える様な私は、やはり幸せ者なんだと思います。

 

 

 

【 ○月○日 二回目 初めてお友達に会いました! 】

 

 

今日は、嬉しい事が一杯です!

モモンガ様と一緒に色んな事を学んでいたら、初めてお友達がメールを持って訪ねて来ました。

お友達の名前は、デミウルゴスと言います。

彼は、モモンガ様のお友達のウルベルト様の所のメールペットなんだそうです。

私たちメールペットの中でも、一番頭が良いのだとモモンガ様が教えて下さいました。

どうして、一番頭が良いのか聞いてみたら、彼が一番長く動いているメールペットだからだそうです。

私たちメールペットは、彼を中心に数体のサンプリング試作体のデータを元に生まれたそうです。

確かに、それなら頭が一番いいのは納得ですね!

まだ、私はメールのお届け先の道を覚えていないので、今日はデミウルゴスにお返事も運んでもらう事になりました。

早く、私もメールをお届けできる様になりたいです!

初めて会ったデミウルゴスは、とても礼儀が正しい格好いい人でした。

私も、彼の様に格好良くなれるでしょうか?

 

 

******

 

 

【 ○月△日 初めてお出かけです! 】

 

 

今日は、メールペットとしての初めてのお出かけです。

昨日の夜寝ているうちに、モモンガ様がメールのお届け先の地図をダウンロードして下さったので、これでもう大丈夫だと言われました。

ようやく、モモンガ様のお役に立てる日がやって来て、とても嬉しいです!

今日、メールをお届けする先は、昨日来て下さったデミウルゴスのご主人様のウルベルト様の所と、もう一人モモンガ様のご親友のペロロンチーノ様の所です。

そこには、シャルティアという可愛い女性のメールペットがいるそうなので、会うのがとても楽しみです!

デミウルゴスの様に、私と仲良くしてくれるでしょうか?

とてもわくわくして仕方がありません!

モモンガ様から、沢山の注意事項を教えて貰いました。

ちゃんと、失敗しない様にペロロンチーノ様に挨拶出来るでしょうか?

いいえ、モモンガ様の為にも頑張らなくては!

 

では、行ってきます!

 

 

【 ○月△日 シャルティア嬢は、とっても可愛らしいですね。 】

 

 

初めて、お出かけ先で日記を書いてます。

初めてのお使いでお訪ねした、モモンガ様の大切な親友であられるペロロンチーノ様は、とても気さくな良い方です。

とても緊張しましたが、モモンガ様に教えられた通りちゃんとドアを三回叩いてから「お邪魔いたします!」ってご挨拶出来ました!

詳しくは良く判らないのですが、モモンガ様がおっしゃられるには「初めて訪ねる場所だから正式には四回ノックだけど、これから何度も親しく訪ねて行く相手だから、三回の方が相応しい」のだそうです。

ペロロンチーノ様も、ちゃんとご挨拶したら褒めて下さったので、モモンガ様のおっしゃる事は間違いではないのでしょう。

初めてお会いしたシャルティア嬢は、とても可愛らしい方でした。

ちょっとだけ、私たちとは違う話し方をする方ですが、ペロロンチーノ様が自慢の娘とおっしゃるだけあると思います。

ペロロンチーノ様からいただいた、美味しいお菓子を一緒に食べました。

今度は、彼女がメールを持ってきて下さるとの事ですので、お返しに美味しいお菓子とお茶を用意したいと思います。

今から、ペロロンチーノ様からのメールを持って帰りますからね、モモンガ様!

 

 

*******

 

 

【 親バカ三人組は、可愛いパンドラにノックアウト気味だ 】

 

 

三人の目から見て、この日記は少しずつ確実にパンドラズ・アクターの成長する様子が良く判るものだった。

色々な事を覚える事が、とても嬉しいと全力で訴えているのが良く判る。

その中でも、「モモンガの為に」とパンドラズ・アクターなりに色々と考えている姿が、とても微笑ましい。

モモンガ本人など、すっかり親バカ全開で可愛い息子の書いた日記に、メロメロになっているのが良く判った。

だが、そんな風になるモモンガの気持ちも、彼らにはとても良く判るのだ。

 

自分の為にと、デミウルゴスやシャルティアが頑張って成長しているのを、誰よりも喜んでいるのはウルベルトでありペロロンチーノなのだから。

 

とは言え、三人が見た日記はまだ最初の数ページだけ。

この先にあるのは、パンドラズ・アクターがデミウルゴスやシャルティアと仲良くしているだけではない。

多分、他のメールペットとの交流も沢山書かれているだろう。

 

一体、どんな風にパンドラズ・アクターは彼らと付き合い、どんな風に過ごしているのだろうか?

 

本音を言えば、パンドラズ・アクターだけではなくデミウルゴスやシャルティアが自分達以外の仲間の所でどんな風に過ごしているのか、とても気になって仕方がない。

だが、今、この場で日記を読んで確認出来るのはパンドラズ・アクターだけ。

ならば、先ずはまだ沢山残っているパンドラズ・アクターの日記を、三人は読み進める事にしたのだった。

 




という訳で、非課金同盟ならぬ親バカ三人組でお届けしました。


確か、昔本当にあった本家本元のメールペットソフトにもこれに似た機能があったという朧げな記憶があったので、そのまま使わせて貰いました。
もしかしたら、違うかもしれませんが。

この話は、書こうと思えばまだまだネタは沢山ありますが、一先ずここまで書いたら満足したのでここまでで一旦終了です。



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番外編 武人建御雷の過去と、タブラ・スマラグディナとの出会い

漸く、編集が終わりました。
建御雷さんとタブラさんの過去に纏わる話になります。


ギルト会議があった翌日、武人建御雷は昨夜考えていた通りの行動をする事にした。

 

いつもより、少しだけ職場である会計事務所へ早く出勤すると、テキパキと仕事の準備を進めていく。

大体、朝の仕事は前日に昼見世以降に回収して来た、それぞれの廓が抱えている遊女たちから上がってくる各自の売り上げデータを帳簿への計上するのが、建御雷たちの主な仕事だ。

ある程度慣れていれば、サクサクと帳簿である会計ソフトの入力を進めていく事が可能なので、それ程時間を掛けずに終わらせられる作業だ。

それが済むと、次の仕事が待っている。

事務所から、自分たちがそれぞれ受け持つ廓に直接赴いて、遊女たちと話をして簡単な台帳を付けながら昨夜の売り上げを回収し、その金額と客が居た時間などの帳簿を付ける為の必要事項の確認などを行っていくのだ。

基本的に、夜見世の彼女たちは明け方の六時ごろまで客が居る事が多く、それぞれの客が家路についてから漸く眠る事が出来ると言う過酷さの為、余り早くに訪れると話を彼女達から聞き出すまで待たされて無駄な時間を使う事になる。

だからこそ、建御雷の出勤時間はそれなりに早い程度で済んでいた。

今回、それを承知でサクサク作業を進めているのは、もちろん理由がある。

 

あの場所に、自分があって話さなければいけない相手がいるからだ。

 

幸い、建御雷の会社はきちんとノルマさえ熟していれば、自分の仕事の時間配分に関して上司から特に何か言われる事はない。

これは、帳簿を付ける相手が自分達よりも上の顧客を持つ事が多い遊女の為、下手に機嫌を損ねて変な方向に話を持って行かれたりしたら、こちらも向こうも後で困る事になる事が判っているからだ。

それが判っているからこそ、遊女たち相手の集金と台帳の聞き取り作業に関しては、ある程度まではゆとりを持たせた仕事になっていたからである。

本来なら、ある意味一般人よりも立場が強い彼女たちにそんな真似など出来る筈がないのだが、以前かなり上の富裕層の顧客を持っていた遊女に集金に向かった一人の新人会計士の態度が余りに横柄で無理難題を言っていた事があったらしい。

余りにも、身を売って稼いでいる彼女たちを見下す所業が多く、我慢が出来なかった彼が受け持っていた遊女がそれを自分の顧客相手に訴えた結果、自分が中流層出身だった事から驕っていたその会計士は問答無用で首になり、会計事務所はあわや倒産の憂き目を見る羽目になった。

偶々、会計事務所の跡取り息子の今の社長がそれなりに上の方の富裕層の友人に相談した事で、何とか持ち直す事が出来たらしいが、その時の社長である彼の父はそのまま息子に社長の座を譲る事になったらしい。

 

その後、集金に赴く際の暗黙のルールとして「遊女たちへの対応は、それなりに気を遣う事」と言う内容が加えられたのは、言うまでもない話だった。

 

今回、建御雷はそれを逆に利用して仕事の空き時間作り出し、そっくりそのままそれを相手から話を聞く時間に充てる事にしたのだ。

自分が担当する廓は、夜見世を受け持った遊女たちが起き抜けてくるのは大半が十一時前頃であり、その前の時間に廓に赴いたとしても、廓の中で既に起きているだろう一部を除いて集金する事も話を聞いて台帳を付ける事も出来ない。

これは、夜の蝶として生きる遊女たちの中ではごく当たり前の生活リズムだった。

それよりも早い時間に起きているのは、遊女たちやお客の為に料理を用意する料理人だったり、廓をきれいに掃除して回る掃除夫だったり、とにかく廓の細々とした雑用を受け持つ者たちだ。

それ以外にも、数こそ夜見世よりも三分の一と少ないものの、夜に客を取らず昼間の客専門の昼見世の遊女たちも起きている。

昼間の客専門の彼らは、大体朝の七時には起きて食事や朝稽古などを行い、夜見世組の遊女たちが起き抜けてくる前に会計士からの集金を受ける決まりになっていた。

そうしないと、数が多い夜見世組の集金と帳簿付けが終わる前に夜見世の時間になってしまう為、客を取る処ではなくなってしまうらしい。

出来るだけ、建御雷達のような会計士が遅い時間までいるのも、廓の営業には差し障りがある事も多く、店側からも夕方の十六時までには廓から出るように言われていたりする。

建御雷が受け持つ廓には、昼見世専属の遊女は全部で五人。

普段から、彼女たちの予定は大体把握しているし、昼前よりも早めに出向いたとしても文句は言われない。

サクサクと、全員から集金と話を聞いて台帳さえつけてしまえば、昼過ぎの夜見世組の集金時間が来るまでは空きの時間になるのだ。

 

今回の一件で、とにかく話を付けなければいけない相手がいる以上、建御雷が仕事は先送りで進めてしまいたいと思っても仕方がないだろう。

 

何より、建御雷が用のある相手はこの廓の中にいるのだ。

仕事は仕事としてサクサク進める事で、余裕が出来た残りの時間を相手と話す時間に充てる予定の下、建御雷は自分の仕事を進めていた。

多分……この廓に居るだろう相手も、昨日の今日と言う事もある為、それ相応に警戒している可能性はかなり高いが、そんな事など最初から承知している。

とにかく、今回の一件について建御雷が判断を下す為にも、本人の口からも事情を聴かなくては話が進まない。

そう思いつつ、建御雷はサクサクと廓の遊女たちから話を聞いては台帳を書き留め、集金を済ませていった。

 

最後の部屋を前に、建御雷は大きく息を吐くと軽く三回ノックをしてから声を掛ける。

 

「邪魔するぞ、白雪。

昨日の台帳と集金に来た。」

 

慣れた手付きでドアを開ければ、そこに居たのはまだ十代半ばを超えたばかりの、線の細い印象を受ける一人の少女。

白銀の艶やかな輝きを放つ美しい髪と、トロリと蕩ける様に蜂蜜色に潤んだ瞳は、とても魅惑的に見えるだろうし、そっと目を伏せる嫋やかなその仕種は、それこそこの廓に通う者たちを魅了してやまないだろう。

だが、そんな彼女の仕種に惑わされる程、浅い付き合いをしているつもりはない。

いつもの様に、サクサクドアを閉めて部屋の中に進みながら、建御雷はスッと声を潜めると目を細めてその少女を真っすぐに見る。

その視線を、真っ向から受け止める少女に向けて、建御雷は遠慮する事なくもう一つの用件を口にした。

 

「……それと、だ。

昨夜のギルド会議のアルベドの一件、改めて詳しく話して貰おうじゃないか?

なぁ……タブラさんよ。」

 

どこか凄む様に問えば、どこか困った様子で視線を彷徨わせる少女__タブラ・スマラグディナが居たのだった。

 

*****

 

武人建御雷の【リアル】の名前は、建原武(たてはらたけし)と言う。

 

彼の実家は、貧困層に片足を突っ込んでいるもののギリギリ中流層で留まっている程度の経済力しかなくて、それこそ何かの拍子に貧困層に落ちてもおかしくない状況だった。

家族は、両親以外にも下に妹が二人居る。

共働きで、働けるだけ働いてもそんなギリギリな経済力だった事から、子供を三人育てるのは元々難しい話だったのだろう。

両親の口から、三人の子供を誰一人欠けさせさせる事無く育てる為には、どうしてもそれぞれを小学校まで通わせるのが精一杯だと言われたのが、彼が小学四年生の頃の話だ。

確かに、両親の言いたい事は納得出来る話だった。

もし、このまま自分一人だけが上の学校を出たとしても、無学の妹たちの一生を面倒見れるだけの稼ぎが得られるかと問われると微妙だと言っていいだろう。

それなら、建御雷だけが中学校に通うのではなく、最初から三人とも最終学歴を小卒で就職先を探した方が、余程生活の糧を得られるのは間違いない。

そう、自分なりに答えを出した建御雷が進学を諦めるのは、割と早かった。

 

それに……建御雷が妹たちの人生まで背負ってやれる程、この世界は優しくない。

 

元々、彼は自分の家族を大切にするタイプだった事もあり、三人とも確実に小学校まで出られるだけでも貧困層に人間たちよりは十分裕福な生活だと、さっくりと自分の将来から進学と言う選択肢を消した後、それでも手に職を付けるべきだろうと建御雷が色々と考えるまで、それ程時間は掛からなかった。

小学校の授業を受ける中で、特に自分が得意な分野を子供なりに模索していた結果、計算関連に強い事に気付いたのは小学五年生の頃。

自宅で、【高校中退】と言う割とこの時代では高学歴でありながら、どこかお人好しな性格のせいで貧乏くじを引く事が多い父が、必死に睨めっこしていたのは会計ソフトだった。

もちろん、仕事を持ち帰ってきた訳ではない。

 

営業職だった父親が、いつもの様にお人好しさに付け入られた結果、いきなり庶務会計へと部署を異動になった事によって、今まで使った事もない会計ソフトの基礎を学ぶべく、ネットから適当な家計用の会計ソフトを拾い上げ、それで練習の様なモノをしていたのだ。

 

父親が、慣れない会計ソフトを相手に四苦八苦しながら操作する傍らで、その様子を興味深げに見ていた建御雷は、やがてすぐにその操作方法などを学習してしまった。

元々、彼の父親が自分で準備した会計用ソフトが、割と簡単な部類だった事もその要因の一つだろう。

建御雷自身、幾らなんでも実際に会社で使うソフトはここまで簡単なものである筈がないと考えた後、自分なりにもう少し深く勉強する事にした。

その為に、母親に頼んで別のソフトを端末にダウンロードして貰った上で、学校から帰った後に自分で一か月分の家計の帳簿を付けつつ収支計算をしてみたのである。

 

すると、父親が使っていた物よりも複雑なものだったにも拘らず、たった三日で使いこなしてしまったのだ。

 

その事から、自分の職業適性を会計関連だと位置付けた建御雷は、小学校の卒業の目途が立つと同時に、会計職としての就職活動に入った。

もちろん、最終学歴が小卒の身でしかない建御雷が、そんなに簡単に会計関連の仕事を見付けられる筈がない。

この手の仕事は、中学や高校を卒業した様な高学歴のものが優先的に雇われる事が多く、このままでは本当に安月給の適当な工場勤務しか勤務先が無いと、焦り始めた頃である。

 

父親の数少ない友人が、建御雷に今の仕事を紹介してくれたのは。

 

正直、最初はかなり胡散臭い話だと思っていた。

示された給料は、どう考えても小卒の給料にしては高額だったし、仕事の時間も割と一般的な仕事に比べて拘束が短い。

仕事の内容も、それぞれ担当として請け負う場所の集金とその帳簿管理、きちんと会計別の月間収支報告を纏める事といった事務的な作業がメイン、それなりに数字に強ければそこまで難しいとは言えなかった。

どちらかというと、これだけ割が良い仕事は自分たち小卒よりも、中卒以上の人間が進んで就職していく内容の気がする。

それなのに、実際に父親の友人だという人物が話を持って来たのは、小卒の建御雷だ。

 

どうして、彼はここまで割のいい仕事を自分に紹介してくれたのだろうか?

 

余りの胡散臭さに、最初は本当にこの話を受けても構わないのか、本気で迷ったのだが……他に会計職として就職出来そうな当てもない。

むしろ、出来るだけ自分の能力を生かせるだろう会計職を探していたせいで、少しでも割のいい仕事はもう残っていない状況になってしまっている。

その為、紹介された先にとにかく面接を受けるべく赴いた建御雷は、すぐに自分にまで話が来たのか、その理由に納得した。

 

何故なら、その会計事務所を経営していた社長が、どう見ても堅気には思えなかったからだ。

 

堅気じゃない人間が経営している、真っ当な会社でないなら……この集金と帳簿管理と言うのもまともな仕事の内容ではないのだろう。

だからこそ、例え建御雷の様なまともに仕事が出来るかどうか判らない子供でも、一先ず計算だけ出来れば問題ないと、最初から使い潰す方向で雇い入れるつもりなんじゃないだろうか?

そう思い付いた途端、出来ればこの話を無かった事にしたかった。

もしかしたら、面接で「流石に使えない」と思って貰えないかと考えていたのだが、とんとん拍子で建御雷がこの会社に就職する方向で話が纏まっていく。

 

余りの話の早さに、建御雷は父親の友人に上手く嵌められたんじゃないかと、本気で不安だったのだが……それは全部杞憂だった。

 

それこそ、真っ当な仕事をしていない様な顔をしているこの社長だが、実はとても真面目で仕事が出来るやり手の社長だったのだ。

ただ、この強面過ぎる顔のせいで自分から紹介を受けて面接を受けに来るのだが、彼が最終面接する度に就職希望だった筈の高学歴の相手から恐れられて、そのまま就職してもまともに仕事にならず速攻で辞めていくなんて事が相次いでいた。

武御雷に話が回ってきたのは、「学歴よりもまずは戦力になりそうな人間が欲しい」という、社長からの最重要希望だったのだそうだ。

 

だから、建御雷はまだ小学校を卒業したばかりなのに、面接の際に普通に大人でも恐怖に強張る社長の顔を見ても泣き出す事もなく、それどころかきちんと自分の希望やら自分に出来る能力を示せた事などが気に入られ、即採用になったのである。

 

実際、建御雷に対する仕事の内容のレクチャーはきちんとした先輩が付いたし、仕事の内容を正式に採用になった事で詳しく聞いてみれば、それ相応の紹介があった相手でないと採用しない理由も納得出来た。

何故なら、彼が就職した会計事務所が扱う電子マネーの集金先と言うのが、【新吉原】と呼ばれる富裕層が金を出し合って作った花街だったのだから。

 

__【新吉原】……それは、富裕層の一部の男たちの夢の結晶。

 

この街は、男女問わず遊女たちが己の身体を売る場所であり、様々な芸の技を磨いてそれを売る場所でもある。

嘗て、江戸時代の花街の様に【胡蝶の夢】を見れる様にと贅を極めた、富裕層が自分たちの様々な欲を満たす為にこの時代に作り出した場所。

そこに住む遊女たちは、贅を尽くした装束一式を身に纏い様々な知識と芸の技を用いて、己の客となった相手をあらゆる意味で楽しませていた。

だが、煌びやかな衣装などを用意する費用は全て彼女たち自身に借金として重くのしかかり、彼らの収入は全て廓の経営者に握られていて、殆ど自由になるものはない。

彼らに対して、馴染みとなった客から個人的に与えられた小遣い以外、一切の金銭は与えられる事はないものの、細々とした仕事の為の必要経費は全て廓が持つ事になっていた。

 

富裕層の人間たちが満足する様に、それこそ様々な知識と芸を身に着ける為に必要なものは、この世界では一般的な電脳空間に入る為の端末などを首に付ける為の手術代はもちろん、見習である禿になった時点から最初の一年は全ての芸事や知識の習得に必要なものの購入費など、学習費用として全て廓側が払ってくれるのだ。

 

そこで、どこまで自分の芸の技や知識を身に着けるかで、その後の自分の将来が決まると言っていいだろう。

この世界では、何を学ぶにしてもその費用は半端ではないのだ。

もし、最初の一年で自分が何に秀でているの