メールペットな僕たち (水城大地)
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モモンガの楽しい毎日

タイトルの通りの、【ユグドラシル】の頃のモモンガさんの楽しい毎日の話。





モモンガこと、鈴木悟は最近【ユグドラシル】以外に【リアル】で楽しみが出来ていた。

いや、正確に言えばこれも【ユグドラシル】の延長なのだと言ってもいいだろう。
簡単に言うなら、ギルメンとのメールのやり取りにあるソフトを導入してから、メールのやり取りが今まで以上に楽しくなったのだ。
そのソフトとは、ヘロヘロさんが百年以上前にあったと言うものを、身内のやり取りのみに限定して現代向けに組み直したメールペットソフトだ。

以前、ペットロスでログイン出来なくなったギルメンを見ていて、それならギルメン間でのみ使えるペットソフトはないか探した結果、見付かったのがこのソフトだったのである。

これなら、きちんと管理された電脳空間で飼育できるように手筈を組めば、餌のやり忘れや病気、寿命で死なせる心配なく飼えるだろうと言うのが、ヘロヘロの主張であった。
確かに、この方法なら全員が毎日メールのチェックをするこの時代で、餌を与え忘れたりする心配もなければ、病気や寿命も心配する必要はないだろう。
ヘロヘロの主張を、全面的に支持したのはかのペットロスのギルメンを中心にしたメンバーで、彼らの熱意によって他のギルメンからも支持を受けて受け入れられた。
そこから更に打ち合わせした結果、ギルメン全員で自分の作った(協力して作った場合は、話し合いで)それぞれのNPCがそのペットになる事になったのである。

ソフトウェアの容量の関係で、全員が二頭身のディフォルメキャラになったのだが。

当然、モモンガの手元に来たのは自分がデザインした宝物殿の領域守護者であり、卵頭に軍服のパンドラズ・アクターである。
最初こそ、割り当てられたそれを見て微妙な気持ちになった。
その頃には、自分が作り出したNPCがその場のノリと勢いで自分の理想を詰め込みすぎて、色々な意味でおかしくなっている事に、何と無く気付いていたからだ。
しかし……今は違う。
【ユグドラシル】を起動し、何らかの用事でナザリックの宝物殿に訪れた際に顔を合わせると、一定のコマンドで地雷が発動する事もあって色々と思う所がある相手なのだが、このメールソフトのパンドラズ・アクターは違ったのだ。
ヘロヘロの説明では、性格部分の基本設定はそのままだが、それ以外は赤ん坊と一緒で自分の手で育てて教育していく事が出来るらしい。
一種の育成ゲームとして捉えれば、そこから先は別の楽しみが出来たのである。

ナザリックのNPCであるパンドラズ・アクター本体とこのメールペットをリンクさせて、設定以外の部分で何かしらの変化をさせられないかと、何と無くそう考えたのだ。

何せ、目の前の相手は二頭身の可愛らしいディフォルメキャラなのだ。
くるりと黒く空いた二つの目と口だけしかない卵顔だが、その感触はもちもちとしていて柔らかそうだし、短い手と足を一生懸命動かし何かしている姿は、どこか微笑ましくて仕方がない。
とても、宝物殿に居るアレと同じ黒歴史だなんて思えなかった。

更に、その外見に似合った愛嬌のある仕種を見ていると、ついついほっこりとした気持ちになって、仕事でささくれだった心が癒されてしまうのである。

それに、この外見でなら多少の仰々しい言動も可愛らしく映って、許容できない範囲ではない。
もちろん、どう見てもやりすぎの場合はそれとなく叱るのだが、その時は凹んでいる姿がとても【可哀想で可愛いらしい】状態になり、暫く隅に移動したかと思うと身を丸めるように座り込んで、はっきりと見て解る様に落ち込んでいる状態を示すのだ。
しかも、時折こちらの様子を見て【ごめんなさい】と言わんばかりの仕種を繰り返していて。
赦しの言葉を告げつつ、出来るだけ優しく軽く頭を撫でてやれば、パッと嬉しそうな声を上げて立ち上がる様は、小さな子犬を思わせる仕種だった。

そんな姿を見たら、本当に小さな子供を相手にしている親のような気分になって、次第に愛着がわいてきたと言うべきだろうか。

一先ず、その一連の動きはモモンガの中では【パンドラズ・アクターが見せる可愛い仕種】の不動の第一位なのだが、見る機会は少なかったりする。
何故なら、その一連の動きは叱った時のみ見られるものだからだ。
あれで、パンドラズ・アクターは学習能力が高い。
元々、メールペットと言う育成ソフトだけあって、ちゃんとこちらの意図を学習する機能も付いている。
ある程度まで叱れば、叱った事に関してはちゃんと学習していて、繰り返したりしない素直ないい子だったりするのだ。
だが、それではあの【可哀想で可愛い】姿が見られないので、普段は行動の自由を少しばかり緩めて好きにさせている。

そうして、思い出したかのように別の事で羽目を外し過ぎた所で叱る事で、叱られた事に落ち込む姿を存分に楽しんでいる悪い親だった。

多分、この事を友人たちに話したら苦笑される可能性は高いだろう。
それ位の自覚は、モモンガにもある。
だが、これも仕方がないと思って欲しい。
【ユグドラシル】では、決まったルーチンでの行動しかしないNPCよりも、このメールペットたちの方が感情豊かに見えるのだ。
こんな風に、自分の言動に対して喜怒哀楽を見せられたら、構い倒したくなるのは当然だろう。
結婚どころか恋人もいない身の上で、子育て経験するのはと思わなくもないが、手持ちの端末に登録してあるのであちこちどこでもメールソフトを立ち上げて使える事も、こうして余計に構う要因だった。

それに、メールのやり取りも今まで以上に楽しい。

ギルメンにメールを送る時は、二頭身のパンドラズ・アクターが一生懸命に両手でメールの入った封筒を抱えて、目的の相手のメールサーバーまで駆けていくのである。
お出掛けする前に支度をする姿や、「行ってきます!」の挨拶をする姿、そして帰ってきた時に満面の笑みで「ただいま帰りました!」と告げる姿は、今まで家族が居なかったモモンガに……鈴木悟に、小さな家族が出来たように思えるのだ。
お使いから戻って来た所を出迎えるべく、自宅の仮想サーバー内に降りて三頭身になっている【ユグドラシル】の自分のキャラで撫でてやるか、出先で3Dタッチ専用グローブを付けて撫でてやれば、それは嬉しそうに笑う姿が小さな子供の様でとても可愛いと思う。
更に付け加えるなら、仮想サーバー内なら臭いや味覚はないが、その代わりに触覚はそのままであるので、頭や顔を撫でたりハグしたりしていれば、その見た目通りの柔らかさを感じられた。

ただし、自分達から彼らに対して出来るのは、あくまでもペットを愛でる意味での額や頬にキスまでらしいが。

家族に対して、親愛の情を示すだけの目的なら、ハグまででも十分だと俺は思うのだけれど、一部のギルメンはそれでは足りないと主張したらしい。
性的な意味を持たせそうな場所には、キスをしたり触れたり出来ないのは当然だと思うし、その話を聞いた時には本気で呆れたものだ。
まぁ、自分はパンドラズ・アクターを息子として育てているから、別に関係がない話なのだが。

それ以外でも、ギルメンたちからメールが来るのも楽しい。

まず、それぞれの手元にいるキャラたちが自分の元まで一生懸命にメールを届けてくれる姿が可愛くて、見ていてとても楽しいのだ。
何というのか、基本の性格設定はそのままに、育成されている部分が持ち主の性格の影響を受けているらしく、どこか似ていて見ていて楽しいし、小さな身体で一生懸命に動く仕種が微笑ましく思えて仕方がない。
ウルベルトさんの所のデミウルゴスは、そつなく自分に挨拶をしてから手紙を渡してくれるし、パンドラズ・アクターが居ればそのまま暫くチェスをしたりして遊んでから帰っていく。
もてなしにと、用意してあるストックからお茶やおやつを渡してやると、はにかんだようや笑みを浮かべながら受け取り、美味しそうに食べていく。
そして、来たときと同じ様に挨拶をしてから帰っていくのだ。

もしかしたら、【ナザリック】のデミウルゴスも、自分の意思で動けたらこんな感じなのだろうか?

建御雷さんの所のコキュートスの場合は、訪問の挨拶の仕方とかが何となく前に建御雷に見せて貰った【時代劇】に出てくる武士のような雰囲気だった。
もしかしたら、コキュートス用の礼儀作法の学習ソフトとして、建御雷さんが使っているのかもしれない。
その影響なのか、パンドラズ・アクターとの遊びもチェスから剣道の練習に変わるし、訪問時にこちらが提供するものも、昆虫種の影響からなのかお茶とおやつよりも甘い蜜の方を好むので、用意するのは蜂蜜やメープルシロップだったりする。

色々と堅苦しい物言いをする事もあるけど、それもコキュートスの個性だと思って楽しんでいる。

アウラとマーレの二人(茶釜さんのごり押しで双子揃って茶釜さんのメールペットだ)は、いつも二人揃ってやってきて、とても賑やかだと言っていいだろう。
元気いっぱいのアウラと控えめで大人しいマーレが来るだけで、何となくデミウルゴスやコキュートスが来た時よりも、賑やかな感じになった気がするのだ。
やはり、尋ねてくる人数が一人じゃなく二人だから、その分も賑やかなのだろうか?
二人はモモンガの所に来ると、最初にきちんと挨拶してから自分の仕事であるメールをモモンガに渡してくれるのだが、その後二人してこちらを見上げながら【褒めて?】とキラキラ目を輝かせるので、ついつい二人の頭を撫でてしまうのを止められない。
そうして、モモンガが頭を撫でてやると満足そうな顔をして、パンドラズ・アクターとささやかなお茶会をしてから帰っていく。

どうも、【ナザリック】のNPCの二人も子供の外見だからか、ついつい仕種が微笑ましくて仕方がないから甘やかしちゃうんだよな。

ペロロンチーノさんの所のシャルティアは、【ナザリック】のNPCとしてのその持ち前の性癖からなのか、必ず最初の挨拶の後にモモンガにハグをして行くのが通例だった。
最初にされた時こそ面食らったものの、彼女なりに親愛の情を示している事が判っているので、モモンガも悪い気はしていない。
それに、抱き付いてきた所をモモンガが頭を撫でてやれば、満面の笑みを浮かべながら満足して離れていくので、モモンガも彼女がメールを運んでくる際の恒例行事として受け入れている。
パンドラズ・アクターとも、まるで自分とペロロンチーノの様に仲が良い。
メールを運ぶ仕事の後、二人で並んでソファに座りながら楽しそうに話をしたり、遊んでいたりする姿はとても微笑ましくて、ついついまた頭を撫でてやりたくなる位だから、このまま仲良くして貰いたいものだ。

そして……そんな風に割と仲が良いメールペットの中で、唯一と言っていい位に問題行動をしているのが、タブラさんの所のアルベドだった。

彼女は、タブラさんからのメールを届けに来たらモモンガに引っ付いて離れなくなり、いつまでもモモンガの所に居座ろうとするので、追い返すように送り出すのが常なのである。
しかも、モモンガが不在の時にパンドラズ・アクターが居ると、何やら嫌みを言ったり意地の悪い事をしてきたりすらしい。
割と忙しい時期に、仕事の空き時間を見付けてメールサーバーを確認して、彼女が来た証拠として自分宛のタブラさんからのメールがあった場合、パンドラズ・アクターがたまに隅の方で涙目になっていじけているので、ほぼ間違いないと思う。

これに関しては、似たような案件が茶釜さんの所のマーレ相手で発生しているらしい。

なので、ギルメンを円卓の間に集めてお互いにメールペットのアルベドの行動を確認してみたところ、似たような話が幾つも上がってきた。
改めてタブラさんに問い詰めたところ、どうやらNPCとしての彼女の設定が暴走しているのではないかと言うのが、彼の推測である。
それで、改めて彼女の設定を確認してみたら……あの長文設定には参った。
まぁ、最後の【ちなみに、ビッチである】には呆れさせられたのだが。
そして、その設定こそが暴走の原因だろうと全員が思ったのだが……この部分を変える事にタブラさんが猛烈に反対した為、未だに改善の兆しが見えない。

まぁ、これ以外にも色々と問題がある部分はあるが、モモンガにとってはそれでも楽しい毎日を暮らしていた。




こんな感じで、ゆるゆるなギルメンとメールペットになっている守護者を筆頭にしたNPCたちの、のんびりほのぼのな話が浮かんだので書いてみました。
既に、pixivでは幾つか投稿済みなのですが、こちらはあちらから移動する際に加筆修正してあります。


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ペロロンチーノの至福の毎日

毎回視点が変わります。


ペロロンチーノの朝は、他のギルメンに比べて割とゆったりしている。
彼は、あらゆる年代やジャンルのエロゲ好きが高じて、気付けばエロゲ専門のシナリオライターになっていた。
もちろん、そこまで有名シナリオライターになっている訳ではない。
それこそまだ駆け出しの身ではあるのだが、それでもそれを仕事にして食べていける位には稼げている。
相変わらず、姉には仕事に絡んで苦労しているのだが。

そんなペロロンチーノの朝の日課は、端末でメールの立ち上げから始まる。

メールを立ち上げると、そこでは【ユグドラシル】において【己の嫁】と公言して憚らない可愛い可愛いシャルティアが、まだすやすやと眠っている。
なので、ペロロンチーノは彼女が目を覚ますまで見守るのを毎朝の楽しみにしていた。
特に、完全に覚醒する前の寝惚けているシャルティアは、とても可愛いからだ。

ペロロンチーノにとって、今は朝から至福の一時を過ごしている。

彼が、この至福の時間を得られたのは、ギルドメンバーの一人が、飼っていたペットが死んだ事によって、ログインしなくなった事が起因している。
そんな彼の為に、仲間たちが代わりになるようにと電脳空間で飼えるペットのような存在として作り上げたのが、このシャルティアたちメールペットなのだ。
今まで、ログインしてナザリックの第三階層の死蝋玄室まで赴かなければ、彼女に会う事は出来なかった。
だが、このメールペットは違う。
何時でも何処でも、端末などのきちんと必要なものを揃えれば、可愛いシャルティアに逢えるのだ。

ペロロンチーノにとって、これ程幸せな事は無いのだろうか?

朝のゆったりとした時間は、シャルティアの寝起きを待つ為にのんびりと過ごしているものの、ペロロンチーノが起きるのは特に遅い時間帯ではない。
自宅で仕事をするペロロンチーノは、出勤する時間がないのでそれほど早く起きる必要はないのだが、それでもそれなりに早いと言われる時間帯に起きる。
理由は、シャルティアの寝起きの姿を見る為もあるが、他にも理由があった。
わざわざこうして朝一番に起きる理由は、友達であり仲間である【アインズ・ウール・ゴウン】の面々から、ペロロンチーノへのメールが来るのが、この朝の早い出勤前の時間帯か夕方の終業後だからだ。
仕事柄、朝の時間帯は自由なペロロンチーノとは違い、彼らが起きて出勤する時間帯はかなり早い。

だからこそ、そんな彼らから来るメールを出来るだけ起きていて、彼らのメールペットを出迎えたいと思う訳で。

シャルティアも、その頃には目を覚まして身支度を終わらせているので、お出迎えには万全の態勢が出来ていた。
まず、朝一番にやって来るのが多いのは、モモンガさんの所のパンドラズ・アクターだ。
礼儀正しく、軽くノックすると扉を押し開いて軽く頭を下げると、いつものように笑顔で挨拶の言葉をのべる。

「おはようございます、ペロロンチーノ様。
朝早くからお邪魔いたします。
モモンガ様より、昨夜の件のお返事メールをお持ちいたしました。」

ペロロンチーノは、割とメールを夜のログアウト後に出すことが多く、律儀なモモンガさんはその返事を朝一番に返してくれるからだ。
だから、朝一番にメールを持ってくるのはパンドラズ・アクターが多かった。
シャルティアとも仲が良いパンドラズ・アクターは、毎朝のようにモモンガさんからのメールを持ってくると、シャルティアのリクエストがあれば、二重の影(ドッペルゲンガー)のスキルを使ってモモンガさんに姿を変えて見せてくれる。
それを見届けると、シャルティアは嬉しそうにパンドラズ・アクターと並んで座って本を読んだり、お喋りしたりしているのだ。
そんな二人の姿は、とても微笑ましい。
もちろん、変化しない日は遊ばない訳じゃない。
変化しない日は、二人でくるくると楽しそうに歌ったり踊ったりしている。

パンドラズ・アクターの姿の違いで、二人の遊び方が違う理由は教えてくれないが、まあ楽しそうだから構わないだろう。

次にメールを持ってくるのが早いのは、仲が良いウルベルトさんの所のデミウルゴスだろうか?
デミウルゴスも、パンドラズ・アクターと一緒で礼儀正しいと思う。
丁寧に頭を下げながら、訪問の挨拶を皮切りにご機嫌伺いまで、それこそ流れるように述べる姿をウルベルトさんが見たら、【流石は俺のデミウルゴスだ!】と、諸手を上げて喜びそうな気がする。

あの人、メールペットを含めて【デミウルゴス】に関しては、正直言ってかなり親バカだし。

シャルティアは、デミウルゴスがメールをもって来ると、何やら図鑑を片手に持って嬉々として出迎える事が多い。
ペロロンチーノは、そんなものを与えた記憶が無いのだが、いつの間にかシャルティアの所持品として、部屋の中にあった図鑑だ。
一体、どこから入手してきたのか良く判らないものの、それを処分する事は出来ない。
何故なら、それを広げてデミウルゴスと一緒に見ている姿は楽しそうだからだ。

その図鑑が、【世界の拷問大百科】と銘打たれているのは、俺の見間違いだと思いたいけど、間違いじゃないんだろうな……

他にも、何人かメールを持ってくると、朝の受け取り分は終わるので、今度は既に用意しておいた別の相手のメールのお使いを、シャルティアに頼む。
この時間帯にお使いを頼むのは、ホワイトブリムさんとか、死獣天朱雀さんなどの割と時間帯を問わずに忙しい人たち相手だ。
忙しいからこそ、この時間帯にメールを送ると、時間の合間を見てメールを読んで返事をくれるので、わざとこの時間帯にしている。
他にも、メールを出す時間帯を選ぶ人は何人かいるので、それなりに気を付けるのは手間が掛かるが、可愛いシャルティアの為だと思えば気にならなかった。

そう、メールを受取人であるギルメン達に直接渡す事が出来ず、手紙を置いて悲しそうに帰ってくるシャルティアの姿を見るくらいなら、この程度の手間など惜しくないからだ。

端から見て、呆れるくらいに俺はシャルティアを溺愛している自覚は、幾らでもある。
だって、可愛くて堪らない理想の嫁を更に自分の手で育成出来るんだぞ?
何か気になる事があった時に首を傾げる姿も、俺が教えた間違いだらけの郭言葉を使う姿も、俺を慕って顔を見せるとまずギュウギュウと甘えるように抱き着いてくる姿も、全部可愛くて愛しいんだから仕方がないだろ!

可愛いシャルティアには、いつも笑顔で居て欲しいんだから、その為の手間は惜しんじゃ駄目だよな。

夕方の時間帯が近付くと、今度は武御雷さんの所のコキュートスが良くやって来る。
これは、武御雷さんの仕事の終わり時間の都合らしい。
ログイン前に、俺にその日のクエストの協力を頼みたい事がある時に来る場合が多いから、彼の訪れはその前触れとして認識している。

コキュートスとシャルティアは、俺のメールサーバー内に設置した一番広い部屋で簡単な手合わせをしている事が多いから、お互いに手合わせ相手として認識しているんだろう。

意外に、時間帯を問わずに短いメールを持ってくるのは、姉ちゃんの所のアウラとマーレだ。
姉ちゃんの仕事も、それこそ分刻みの場合が多いから、俺に対して罵声に近い内容のショートメールばかり送り付けてくるのは、ストレスを発散しているんだと思う。
なんと言っても、姉ちゃんの仕事は人気商売だし、対人関係のストレスは半端ないのは知ってるから、それ位の事は甘んじて受け入れてる。
もちろん、俺は姉ちゃんに直接それを言うつもりはないし、姉ちゃんの方も俺に何も言ってこない。

こればかりは、姉弟ならではのやり取りだからな。

まぁ、それはさておき。
姉ちゃんと俺の付き合いはそんな感じだから、アウラとマーレとシャルティアも周囲が思うよりも割と仲が良い。
一生懸命、俺の所まで毎日何度も往復させているのは、ちょっとだけかわいそうな気もするけど、頑張って運んでくる二人の姿は可愛いので、つい頭を撫でちゃうのは仕方がないよな。
すると、シャルティアがやきもちを妬いて拗ねちゃうんだけど、これはお仕事頑張っている二人へのご褒美だから諦めて欲しい。

多分、同じことを姉ちゃんもシャルティアにしているだろうし。

どうも、俺が電脳空間に降りて居る前だと、設定を重視して仲が悪い振りをするみたいだ。
でも、実際に仲が悪い訳じゃない。
俺が電脳空間に降りなかったり、シナリオライターの仕事中で忙しかったりして、俺のメールサーバー内で三人だけの状態になると、姉弟みたいに仲良くわちゃわちゃとお茶会をしているんだ。
こっそり、そんな彼女たちの様子を覗いて見ていると、本当に仲が良くて三人とも可愛くて仕方がない。

三人が仲良くしている姿を、姉ちゃんも同じ様にこっそり見てるのかな?

さて……こんな風に仲が良いメールペット達なんだけど、ここで一人問題児が居るんだ。
多分、ギルメン全員のメールペットが何らかの被害を受けているだろう、問題児の名前はアルベドと言う。
彼女は、タブラさんの所のメールペットなんだけど、彼女の元になった【ナザリック】のNPCが創造主であるタブラさんの趣味に凝り固まった設定を文字数限界までの細かな部分まで書き込まれているせいで、色々とそれに振り回されているんだ。
いや、違うか。
彼女が振り回されているのは、タブラさんが設定文の中につけた最後の一文だ。
あの一文のせいで、彼女は周囲の迷惑や注意をものともせず、メールペットの役目としてギルメンたちにメールを届ける度に、届け先のギルメンに自分への愛を求め、こそこそと彼らのメールペットに地味な嫌がらせをして泣かせているらしい。
うちのシャルティアとは、正面切っていつも喧嘩してるけどな。

いつも、俺に抱き着いてくるアルベドを排除しようと頑張るシャルティアは、滅茶苦茶可愛い!

「ペロロンチーノ様に抱き付くなぁ!!」

って、必死に俺からアルベドを引き剥がそうとするシャルティアの姿を見たら、嬉しくて身悶えるね。
ただ、そこから暫くの間続く二人の喧嘩は、正直言っていただけない。
だけど、アルベドが帰った後にまるで「消毒」だと言わんばかりに抱き付いて離れない姿を見たら、あまりシャルティアを叱れないんだよね。
だって、本気で半泣きになりながら離れないんだもん。

姉ちゃんの所のマーレも、彼女の被害に遭っているらしいし……やっぱり、タブラさんにはきちんとアルベドの言動に対して、それ相応の対策を講じて貰わないと駄目かもしれない。

夜になると、【ユグドラシル】にログインして、ギルメンの皆とクエストやら何やら楽しんだ後、【ユグドラシル】で伝え忘れた事を思い出したらメールで送る。
忘れない内に連絡しないと、お互いにうっかり忘れちゃいそうだからね。
そうして、最後のお使いから帰ってきたシャルティアを出迎えてた後、寝間着に着替えた彼女にお休みの挨拶をして、ペロロンチーノは就寝する。
おはようからお休みまで、シャルティアと一緒なんて本当に嬉しくて仕方がないよね。

そんな感じて、ペロロンチーノは至福の毎日を過ごしている。




と言う訳で、第二弾はペロロンチーノさん視点でした。
ペロロンチーノさんは、思い描いた通りに動くシャルティアと過ごせて、文字通り至福の毎日を過ごしているんですよね。
そして、何気に仲が良い非課金同盟の僕たちです。


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ウルベルト・アレイン・オードルと理想の悪魔の穏やかな毎日

この話は、格好良いウルベルトさんはいません。



ウルベルト・アレイン・オードルの毎日は、己が細部にまで拘り手塩に掛けて作り上げた、【理想の悪魔】の端正な声で始まる。

彼の、至福とも言うべき環境が作られた背景には、彼にとって大切な仲間達が関わっていた。
アインズ・ウール・ゴウンの仲間であるギルメンのペットロスから始まった、ナザリックの僕をメールペットにする計画。
その計画に、ウルベルトは最初の段階から賛成し、協力していた一人である。
あまりにも、ウルベルトの賛同が素早かった事に対して、意外に思う者も居た。
だが、ウルベルトからすればむしろもっと早い段階で、この計画が持ち上がればよかったのにと、今でも本気で思っている。

何故なら、このメールペットの積み重ねた経験は、そのままナザリックのNPCにも反映可能な設定だと、ウルベルトは計画を聞いた時点で気付いていたからだ。

もちろん、それは自分達が住む【リアル】の世界の情報がNPC達に伝わる訳ではなく、メールをやり取りする為のサーバー内などの限定空間での経験に関してのみだが、それだけでも別に構わなかった。
ウルベルトなどの、NPCに深い愛情を注ぐ者にとっては、どんな形ででも己の愛するNPCに、【リアルの世界】でも同じ様に愛情を注げて、それが彼らに伝わる可能性があると言うことが、何よりも大切なのだから。
どんなものでも、ちゃんと大切にして愛情を注いでやれば、それに相応しいだけの愛情を返してくれるものだ。

現に、うちのデミウルゴスはその通りだからな。

毎朝の始まりだってそうだ。
そう……ウルベルトの朝は、メールサーバーの中にいるデミウルゴスからの、モーニングコールで始まる。
自分の理想の粋を集めた、文字通り最高傑作とも言うべきデミウルゴスの端正な声で、毎朝緩やかに目覚めを促されるのがどれだけ幸せな事なのか、実感出来ているのは自分だけだろう。
そう思うだけで、ウルベルトはひどく満たされた気持ちになるのだ。

まぁ、当然だろう。
自分にとって自慢の息子に、毎朝丁寧に起こされているようなものなのだから。

******

ウルベルトが、デミウルゴスからのモーニングコールを受ける状況に至るまで、実はそれなりに紆余曲折があった。

デミウルゴスが自分の元へやって来て、ウルベルトが最初に行ったのは、メールペットの彼に対する細かな設定だ。
基本設定として、与えられたメールサーバー内のデミウルゴスの部屋は、真っ先に改装しておく。
育成ソフトの人格は、普通の人間と同じ様に環境に影響されるからな。
自分の理想の結晶とも言うべきデミウルゴスに、粗末な環境で過ごさせたくはない。

可能な限り、使用できる素材をふんだんに使い、デミウルゴスにふさわしいへやをつくりだしたと言う自負がある。

次にしたのは、俺がデミウルゴスと共に暮らすために必要なこと。
元々、このメールペットソフトの機能には、メールが来ていることを知らせる為のコール音が有るのだが、俺は音声設定時にデミウルゴス声を選択した。
【リアル】で、擬似的な意識を持つあいつに呼び掛けられたら、それは幸せな気分になれそうな気がしたからだ。
そして、その俺の選択は間違いじゃなかったらしい。

ウルベルトの元にメールが来る度に、デミウルゴスからの声が聞こえてくると思うだけで、仲間とのメールのやり取りが今まで以上に楽しくなったのだから。

正直言って、こんな幸せな環境を得られた事に関して、仲間たちへの感謝の念が絶えない。
流石に、ここまでの機能を持ったデミウルゴスを【リアル】で再現するのは、幾ら望んだとしてもウルベルト一人では叶えらない案件だっただろう。
なので、それを叶える切っ掛けをくれた仲間に対して、それはもう丁寧にお礼をしたのは、ウルベルトとその仲間との秘密だったりする。

それはさておき。
本来なら、メールペットとしての限られた機能しか持たない筈のデミウルゴスが、どうしてモーニングコールまでしてくれるようになったのかと言うと、そこに至るまでには本当に色々とあったのだ。

主に、ウルベルトの身の危険と言う意味で。

そもそも、この話がギルメン全員に対して伝わる前から、この件に関わり開発チームにテスターとして協力していたウルベルトは、見返りにある事をして貰っていた。
何を頼んだのかと言うと、メールペットとしてデータの吸出しなど、様々なテスト段階から協力する代わりに、デミウルゴスの学習能力をそのフレーバーテキストに合った、高めのものに設定して貰ったのである。
その高い学習能力で、デミウルゴスが興味を持つだろう様々な知識を得られるように。

やはり、デミウルゴスは頭が一番良く在って欲しいからな。

その結果として、デミウルゴスはウルベルトの予想通り、様々な事を学習していってくれたらしい。
メールのやり取りだけではなく、自分が存在している場所に関する知識や、サーバー内からの【リアル】のメールソフトの起動方法まで、その知識は多彩なものだ。
一応、情報の収集先をウルベルトの個人端末の中に登録されたもので済ませていたので、そこまで【リアルに纏わる詳報】は伝わっていない筈だ。
ただし、確実にウルベルトの【リアルの姿】を覚えてしまったようだが、それはそれで問題ないと判断している。
そうして、ある程度の知識を蓄えた所で、デミウルゴスが最初に実践し始めたのは、ウルベルトへのモーニングコールだった。

初め、ウルベルトはそれが偶然だと思っていたのだ。

たまたま、端末の電源を落とし忘れていた為に、メールが届いた事で機能が立ち上がり、デミウルゴスの声がしたのだと。
ウルベルトも、非課金同盟の同士だったペロロンチーノと同じで、ゲームをログアウトした後でメールを送る事が多かったからだ。
だが……そんなウルベルトの考えを、すぐに打ち消す様な一件が、起きたのである。

深夜遅く、ゲームを終えて寝る準備をしていたウルベルトの部屋に、侵入しようとしていた不審者がいたのだが……その存在をメールペットでしかないデミウルゴスが気付き、警告ボイスで報せてくれたのだ。

そのお陰で、ウルベルトは侵入した不審者に襲われる事なく、寝室に備え付けてあった自前の防犯グッズで、きっちり返り討ちにする事が出来たのである。
もっとも、ウルベルトが撃退した不審者はそれなりに場数を踏んでいたらしい。
こちらが自衛手段を持っていると理解した途端、すぐにその場から逃げ出したので、流石に不審者を自分の手で取り押さえるのは出来なかった。
何せ、この末期の世界とも言うべき【リアル】では、デミウルゴスの警告で怪我もなく、盗られたものもない状況では、警察になにか言っても無駄な地域にウルベルトは住んでいる。
運良く、翌日が休みだったウルベルトは、その場で簡単に解除出来ない電子錠をネットで購入し、即配達して貰った。

鍵は、力任せに壊されたのではなく、少しの手間を掛けて開けられたらしい。

やはり、ウルベルトの部屋に侵入した不審者は、この手の行動に手慣れていたようだ。
そこまで確認した所で、注文した電子錠が届いたので、即受け取って取り付ける事にしたのだが……
そこで、またメールソフトのデミウルゴスから、痛烈な警告が発せられた。
わざわざ、デミウルゴスがメールソフト内から警告音を出しているからには、何か言いたい事があるのだろう。
そう考えて、携帯用端末を玄関先まで持ってくると、デミウルゴスはウルベルトの取り付けたばかりの電子錠の動作を、丁寧に確認し始めたのである。

いつの間に、そんなスキルを身に付けたのか、本音を言えばとても気にはなった。

だが、デミウルゴスが俺の役に立ちたいと思って発露した能力なら、それに文句を言うつもりはない。
可愛い一人息子のようなデミウルゴスが、【ウルベルトの為】と考え頑張って色々と学習しているのに、それを根底から否定するつもりなど、ウルベルトには欠片もないからだ。
それよりも、もっと出来る事が増えれば、もっとデミウルゴスとこの【リアル】で一緒に楽しく過ごす事が出来る。
そう考えた途端、ウルベルトは今までのように自重する事を止めた。

より正確に言うなら、色々な事を学習していくデミウルゴスに、自重を促すことを止めたのだ。

様々な事を覚えて、少しでもウルベルトの役に立てると考え、それは嬉しそうにしているデミウルゴスの姿を見たら、自重を促せる訳がないのである。
デミウルゴスの努力は、全部ウルベルトの為なのだ。
そのことを理解していながら、今更【止めろ】なんて言える筈がないだろう。
それこそ、その言葉を告げた途端、心の底からショックを受けて愕然とした後、悄々と青菜に塩を振ったかのように落ち込む姿が、手に取るように想像できてしまうのだ。
そんな、かわいそうなデミウルゴスの姿など、見たくは……無いとは言わないが、かわいそう過ぎるし笑っている顔の方が見たいので、そちらを優先したのである。
聞いた話しでは、モモンガさんはたまにパンドラズ・アクターの落ち込む姿を【かわいそうで可愛い】と見ているらしいが、少し悪趣味と言うか悪い親だと思う。
まぁ、それを凌駕するくらいにパンドラズ・アクターを可愛がっているので、今の時点では何も言ってないけどな。

とにかく、ウルベルトはデミウルゴスが好きに学習出来るように、自重を促すことなくそのまま放置していたのだが……どうやら最近はそのデミウルゴスの行動が、一部のメールペット達に伝達されているらしい。

主にその影響を受けているのは、メールペットの中でも仲の良いパンドラズ・アクターとシャルティアだった。
元々、NPCとして頭の良い設定を受け継いでいるパンドラズ・アクターは、デミウルゴスとやり取りをしていれば、学習していくのは解る。
しかし、設定ではあまり頭が良い方ではないシャルティアが、デミウルゴスの影響を受けるに至ったのは、色々な理由があるのだが……その事を詳しく語るのは、またの機会にするとして。

とにかく、デミウルゴスと一番仲が良いメールペットは、パンドラズ・アクターとシャルティアの二人だろう。

頭がとても良くて、性格は穏やかでモモンガさん似のパンドラズ・アクターとは、頭を使ったゲームをすることが多いらしい。
顔の作りの関係上、表情が読み難いパンドラズ・アクターが相手だと、ポーカーなどの心理戦ゲームが楽しくて仕方がないのだと、いつか話してくれた記憶がある。

たまに、何やら二人でひそひそ話をしている姿も見るが、どんな話をしているのやら。

逆に、脳筋ビルドで頭の良さはそれほどではないが、趣味の面では気が合うシャルティアとは、俺の所に来る度にかなりディープな話題もしているらしい。
先日、ペロロンチーノからシャルティアとデミウルゴスが二人で【世界の拷問大百科】を見てたと泣き付かれたが、その程度で済んでいるなら、そう設定した親として【諦めろ】と言いたい。

なにせ、俺の所に来ている時は、平気でその手の研究や実験の話をしているからな。

本を読んでいる程度なら、本の内容を覗き込んで見なきゃ問題ないだろうが、会話に関しちゃ丸聞こえなんだぞ!
それこそ、その程度で悲鳴を上げてたら、うちでの二人の会話を聞いただけでSAN値をごりごり削られるぞ、ホントに。
と、まぁ……仲はとても良いのだが、放置して良いものか迷う面々もいるが、割穏やかな日々を過ごしている。
デミウルゴス自身は、パンドラズ・アクターとシャルティアの二人以外だと、コキュートスとも仲が良いらしい。
何やら、二人でデミウルゴスの為に気合いを入れて似合うように作ったバー施設で飲んでいる姿が、たまに見られるからな。

どちらかと言うと、大人の友人としての付き合いをしている感じなのだろうか?

それ以外のメールペット達とは、割と一定の距離感を保ってしまっているらしく、見た感じ仲はよくも悪くもないといったところだろうか?
他の場所だと、色々と問題行動を起こしているらしいアルベドだが、ここではかなりおとなしくしているからな。
やはり、頭が良くて制限されていないデミウルゴスが相手では、同じ土俵にたった状態では自分に勝ち目がないのを理解していて、無理に喧嘩を売らないのだろう。

下手にデミウルゴスを怒らせても、アルベドには何のメリットもないのだから。

そう考えると、同じ様に頭が良い筈のパンドラズ・アクターが被害に遭っている原因は、その性格がモモンガさんに似ているからかもしれない。
モモンガさんは、どちらかと言うと押しに弱いからな。
話に聞いた感じだと、アルベドはかなり肉食系女子だし、パンドラズ・アクターでは押し負けてしまうのだろう。

それにしても……
やはり、うちのデミウルゴスは優秀で格好いいと、最近本気で思う。
こんな優秀な息子と、比較的穏やかな毎日が過ごせる事が、幸せなんだと本当に思うウルベルトだった。



と言うわけで、第三弾はウルベルトさんとデミウルゴスでした。
ある意味、親バカ全開のウルベルト氏が居ます。
デミウルゴスの優秀さを、とにかく自慢したくて仕方がないらしいです(笑)
メールペット組の無課金同盟も、どこに行っても仲良しさんです。

誤字報告ありがとうございます。
修正させていただきました!


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ぶくぶく茶釜と双子のエルフの賑やかな毎日

既に、活動報告で予告していたのですが、今回はこの方の話です。


私、【アインズ・ウール・ゴウン】のぶくぶく茶釜には、ここ数ヵ月の間、毎朝の楽しみにしている事がある。

【リアル】で声優の仕事をしている私は、基本的にそれ程早く朝起きる必要はない。
もちろん、握手会やサイン会などのイベントがある時や、一緒に仕事をする人のスケジュールの都合で、早朝の仕事を指定された場合は別だが、それ以外の時はそれ程早い時間帯に起きる必要はないのだ。
だが、それでも私は遠距離通学の学生と同じ位の時間帯に、毎朝起きるようにしている。
その理由は、実に簡単なものだ。
私にとって、楽しみにしている恒例行事と化した事が、朝の早い時間に発生するようになったからである。
それを、出来る限りこっそりと観察する為には、朝の早起きは欠かせない案件だった。

そう、私が必ず行う朝の日課になった恒例行事の観察は、端末でメールソフトを立ち上げてから開始されるのだから。

慣れた手付きで、素早く操作をしてメールソフトが立ち上がったのを確認すると、そっと私はその中にある仮想空間を覗き込む。
すると、そこでは私にとって可愛くて堪らない双子のエルフの姉弟による、朝の攻防戦が起きているのだ。
これが、私の毎朝の楽しみにしている恒例行事であり、観察の対象と言って良いだろう。

これ以外でも、この二人が繰り広げるやり取りなら、幾ら見ていても飽きないんだけどね。

元々、ちゃきちゃきとした元気のいい姉のアウラと、少し引っ込み思案な男の娘である弟のマーレは、それこそ性格も違えば行動パターンも違う。
それが顕著に表れるのが、この朝の攻防戦だった。
どちらかと言うと、大人しい性格で低血圧と言った感じがする弟のマーレはそれ程朝に強くないのか、それとも本が好きでついつい夜更かしして本を読んでしまう癖でもあるのか、あまり早く朝は起きない。
それでも、朝の七時になればちゃんと起き出してくるのだから、彼らの寝顔を楽しみたい私としてはそのままでも構わないのだが、どうやら朝の六時半には起きる姉のアウラは、それが納得いかないらしかった。
多分、その前に二人の寝顔を見たくて私が起きている事に、彼女は気付いてしまったのだろう。
だからこそ、アウラは必死にマーレの事を早く起こそうとする。
しかし、だ。
マーレは、お仕事が無ければ眠る事が大好きな、引き籠りタイプの男の娘である。
当然、主であるぶくぶく茶釜が【良いよ】と赦している事もあり、無理して起きようとはしない。

その結果、毎朝の様に二人の間で発生するのは、マーレを出来るだけ早く起こそうとするアウラと、そんな姉に逆らってまだ寝ていようとするマーレの攻防戦だった。

私にとって、その二人のやり取りがどうしても可愛らしくて仕方がない。
それこそ、前日の夜の仕事上がりが遅かったとしても、早朝の仕事が入っていたとしても、毎朝欠かさずそれを見ずにはいられない程には、私は双子たちの朝の攻防戦を観察するのを気に入っていた。

そう……私にとって、可愛くて仕方がない双子の姉弟たちは、今では掛け替えのない宝物の様な我が子たちだと言える存在なのだから。

*******

私が、この幸せ可愛らしい一時を得られたのは、ちゃんと理由がある。
【ユグドラシル】で、私が――ぶくぶく茶釜が所属するギルド【アインズ・ウール・ゴウン】のメンバーの一人が、飼っていたペットが死んだ事によってログインしなくなったのだ。
それによって、仲間の中で【ネット空間で安心して世話が出来るペットを、ギルドメンバー全員で飼おう】と言う計画が立ち上がった。
様々な情報を集めて回って、漸く使えそうなものとして見付けた古いソフトが、このメールペットである。
旧式すぎて、今のメール環境に合わなかった代物を、様々な機能を追加して問題なく使えるようにしたのは、ギルメンの中でもシステム担当のメンバーたちだ。
それこそ、彼らが必死に寝る時間を削ってまで努力し結果だと言っていいだろう。

この件に関しては、本当に仲間のソフト開発担当のシステムエンジニアとしてのスキルを持つギルメンと、そのデータ吸出しの為のテスターとなった仲間が、実にいい仕事をしたものだと、ぶくぶく茶釜は思っている。

今まで、ログインしてナザリックの第六階層にある巨大樹まで赴かなければ、この私自身が手掛けたNPCである可愛い双子たちに会う事は出来なかった。
だが、こうしてぶくぶく茶釜のメールペットになった双子たちは違う。
何時でも何処でも……そう、それが例え遠方に仕事に出た際でも、きちんと携帯可能な端末などの必要な道具一式を揃えれば、可愛いアウラとマーレに逢えるのだ。

ぶくぶく茶釜にとって、これ程嬉しい事はなかった。

さて……問題の毎朝の攻防戦は、大概アウラの勝利で終わる。
この兄弟、姉の方が弟よりも強い立場にあると言うのも理由なのだろうが、それ以上にアウラにとって最大の強みとなっているのが、双子の寝室が一緒だと言う事だった。
もし、これがナザリックの巨大樹の中にある彼らの住居なら、部屋はそれぞれ個室が与えられていると言う事もあって、部屋の中に引き籠られたらアウラには分がかなり悪い。
裏を返せば、メールサーバーの彼らの部屋の中には、マーレが引き籠れる場所がベッドの中しかないのだから、絶対的に不利なのはマーレの方なのだろう。
その結果、マーレは七時よりも前にアウラによって叩き起こされると言う状況を、毎朝のように繰り返していた。

まぁ、朝の攻防が終わるまでの二人のやり取りを楽しみにしているので、どちらが勝ってもぶくぶく茶釜にしてみれば構わないのだが。

それはさておき。
可愛い双子が揃って起きたら、まずは美味しい朝食を食べさせて彼女達に今日の服を選んでやるのが、今のぶくぶく茶釜の日課であり楽しみの一つである。
ナザリックの階層守護者である双子たちとは違って、この子達は外にメールのお使いに出す時も、その日の服として選んだままの姿で出歩けるのだ。
この辺りに関しては、メールペットを着飾らせたいと言う女性陣を中心にした仲間の要望によって、選んだ服のデザインを普段の装備に重ねて見せているだけなのらしいのだが、それでも十分可愛く着飾った姿を仲間に見せられるので、ぶくぶく茶釜にはそれに対して特に文句はない。

そんな風に、毎朝彼らが着る服を決めて二人の身支度が出来たら、今度こそアウラとマーレのお仕事開始である。

双子たちの朝一番のお仕事は、ぶくぶく茶釜の友人であるやまいこさんの所から来るメールを受け取る事だ。
教師である彼女は、学校で生徒たちの為に様々な仕事をする必要もあって、ぶくぶく茶釜よりもかなり早い時間に起きる。
そして、朝の支度の合間に手早くぶくぶく茶釜へのメールを書くと、自分のメールペットであるユリに持たせて送ってくるのだ。
ほぼ毎日、とりとめもないメールのやり取りしている事から、これがアウラたちの朝の一番の仕事だった。

何時も、ユリが来る前に彼女の為にお茶の準備をして待っているのだから、アウラたちも彼女がメールと携えて来るのを楽しみにしているのだろう。

他にも、色々なギルド関連の連絡事項があったり、何かのイベントで個人的に協力を頼みたいと前日に話してあったりした時は、モモンガさんからのメールをパンドラズ・アクターがこの時間帯に運んでくる。
モモンガさんは、とてもギルド長としても個人としても律儀だから、こういう連絡が必要な事がある時はスケジュールの確認をして、きちんと翌日に返事をくれるのだ。
ただ、二人ともかなり朝の早い時間帯にメールを送ってくるので、パンドラズ・アクターとユリは鉢合わせをする事が多い。
だが、ぶくぶく茶釜の元にパンドラズ・アクターが来る時は、先程上げたような理由がない限りほぼ一斉送信の場合が多く、長居をせずに急ぎ足で帰っていく事が多かった。

そんな事もあって、アウラとマーレの二人は私の前では、余りパンドラズ・アクターと仲良くしている姿を見せてくれなかったりする。

モモンガさんの話を聞く限り、彼の元ではのんびりとお茶会をしてる姿を見せてくれているらしいから、ちょっとだけ悔しいと思っているのはぶくぶく茶釜だけの秘密だった。
幾らなんでも、そんな事を誰かに言うのは筋違いからね。
それに、パンドラズ・アクターとアウラとマーレの二人が、仲が悪い訳じゃない。

何せ、いつも長居出来ずに帰るお詫びの品として、パンドラズ・アクターはアウラたちへのお菓子を手土産として持参して来てくれているのだから。

もう一人の女子メンバーである、餡ころもっちもちさんの所のエクレアが来るのは、いつもお昼の時間帯だ。
彼女の場合、朝は忙しすぎてメールをしている時間が無い分、お昼のちょっとだけ時間を長く取れる休憩時間に、メールを纏めて確認して返事をする事が多いらしい。
だから、いつも沢山のメールを一度に運ぶ必要があるエクレアも、パンドラズ・アクターと同じように割と滞在時間が短いタイプだ。
エクレアの外見は、見ているだけで可愛らしいイワトビペンギンだから、出来れば一度位は撫で回してみたいと考えているのだけど、どうも警戒されているらしくて今まで一度も実現していない。
ちょっとだけ、それが残念だとぶくぶく茶釜は思っている。

元々、ぶくぶく茶釜が所属しているギルド【アインズ・ウール・ゴウン】は、女性メンバーが三人しかいない。
そう……彼女とやまいこ、そして餡ころもっちもち以外は男性しかいない事もあって、男女比率が極端な構成になっていたりする。
こればかりは、異形種であることと社会人であることがギルドへの加入条件になっているから、仕方がないのかもしれない。

何せ、異形種の外見は余り可愛いと思えるものがないから、一部の種族を除いて自分から進んで異形種を取る女性は少ないのだ。

そんな事もあって、自動的にメールのやり取りをするメンバーは女性中心になってしまいがちなのだが、それでも割と小まめにメールをくれる人がいる。
我がギルドの最大火力を担う、魔法詠唱者であるウルベルトさんだ。
元々、普段の言動の割に細かい気遣いが出来る人なので、何かあると連絡をくれる優しい人だと思う。

その辺りを、本当の意味で正確に理解しているのは、少し前まで【非課金同盟】なんてものまで組んでいた、仲の良いモモンガさんと弟のペロロンチーノだけなのだろうが。

とにかく、そんな理由で彼の所のデミウルゴスもメールを運んでくることは多かった。
デミウルゴスは、とにかく礼儀正しい紳士だと思う。
毎回、こちらの事を気遣いながら丁寧な訪問の挨拶を皮切りにして、ぶくぶく茶釜へのご機嫌伺いからメールを持参した旨まで、それこそ流れるように述べるデミウルゴスの姿は、紳士としか言いようがないのだ。
そんな彼の姿をウルベルトさんが見たら、【流石は俺のデミウルゴスですね!】と、親バカ全開で褒めちぎりそうな気がするのは多分間違いじゃないだろう。

あの人、メールペットだけじゃなく【ナザリック】に居るNPCも含めた、【デミウルゴス】に関する事だけは、正直言ってかなり親バカだと思うから。

デミウルゴスが来ると、マーレが割と自分の方から寄っていって話し掛けている姿を良く見るのは、あの子も一応自分が【男の子】だと言う自覚があるからかもしれない。
やまいこさんから、ウルベルトさんはデミウルゴスのスペックを上げる為に、色々とこのメールペットの開発チームのギルメンたち相手に、事前のデータ吸出しなどに協力していたと言う話を聞いた事がある。
その結果なのか、他のメールペットよりもデミウルゴスはかなりハイスペックらしく、先日もウルベルトさんがそれをみんなに自慢していたから、その話は多分本当なんだろう。
そんなデミウルゴスから、少しでも何か学べる事があるなら、マーレにはぜひとも学んで強くなって欲しい。

少なくても、自分のホームでメールを受け取っているのにも拘らず、メールを持参して来たアルベドに泣かされるなんて状況から、脱却出来るようにはなって欲しい所だ。

そう、ぶくぶく茶釜の所にやって来て困るメールペットの筆頭は、間違いなく問題行動ばかりのアルベドだろう。
もちろん、外観的な事を言っていいのならば、少し前までは恐怖公をメールペットに持つるし☆ふぁーからのメール受け取るのも、ぶくぶく茶釜はとても苦労していたのだ。
どうしても、あの外観が苦手なぶくぶく茶釜としては、本音を言えば例えメールを運ぶためでも、ここに来て欲しくもない。
だが、るし☆ふぁーがそんなメールペットになる様な流れを作ったのは、ある意味ギルメン全員だと言う事もあって、今更文句を言う事なんて出来なかった。

本当に、あのメールペットを決める時のギルメンたちは、自分たちの希望を通す事を優先し過ぎていて、全員どうにかしていたんだと思う。

だから、最初の頃は恐怖公が来る度にぶくぶく茶釜は苦労してメールを受け取っていたのだが、マーレが恐怖公を相手にしてもごく普通に対応出来る事が判明してからは、彼に一切を任せる事で特に問題なく受け取れているので、そこまで困る事はなくなったのだ。
そんなマーレとは対照的に、アウラは恐怖公が来るだけで思わず腰が引けているから、多分自分と同じで恐怖公が苦手なんだろうと思う。
それが判っていて、アウラに恐怖公の相手なんてさせるつもりはなかったが。

とにかく、恐怖公と言う自分が苦手だった相手もマーレが請け負った時点で、ぶくぶく茶釜にとって問題児のメールペットの筆頭は、間違いなくアルベドになっていた。

と言うか、己の主からの仕事でメールを届けるべく人様のメールサーバーに来て、どうしてそこのメールペットを苛められるのか、そこの辺りを詳しく製作者のタブラさんを問い詰めてやりたいのが本音ではある。
あるのだが……タブラさん自身もまた、ある意味アクの強い困った人物だ。
ぶくぶく茶釜が一人で対峙しても、彼自身が持つ様々な知識からくる話題をこちらに振る事で、いつの間にか本題がうやむやのまま煙に巻かれそうな、面倒な人なのである。
なので、今度のギルド会議の議題として今回の一件は挙げてやると、ぶくぶく茶釜は心に決めていたりするのだが。

また、彼女が割とこちらから受け取り側の事を気にする事無く、それこそ一日何度でも頻繁にメールのやり取りしている相手が一人いた。
それは、ぶくぶく茶釜自身の弟であるペロロンチーノである。
あの弟は、エロゲをメインにしたシナリオライターなんて仕事をしていて、普通に会社勤めをしている面々よりも時間の都合が付く方だ。
だから、彼女は時間を気にせず仕事で溜めたストレスを発散する為に、彼に対してショートメールを送り付けるのは、元々昔から当たり前の様にしていた事だったのである。
だが、最近はストレス以外にも理由があって、わざと矢継ぎ早にメールを送ってやることが多い。

わざわざ、ぶくぶく茶釜が彼に対してそんな真似をする理由は、そうすると弟の所に行っていたアウラとマーレが帰ってくるとほぼ同時に、弟のシャルティアも返事を携えて訪ねて来るからだ。

正直、【ユグドラシル】でのシャルティアの設定には、本気で弟のあらゆる性癖が煮詰められていて、その設定を目の当たりにした時はかなりドン引いたものだが、このメールペットのシャルティアは弟だけじゃなく周囲の環境の影響も受けているからか、【ユグドラシル】のシャルティアとは違っているところが多く、とても可愛い。
多分、このメールペットが【本格的な育成ソフト】と言う事も、それなりに影響しているのだろう。
こんな風に、メールをもって色々所に出掛ける事で経験を積めば、シャルティアの雰囲気が変わるのも当たり前なのかもしれない。

何せ、モモンガさんの所のパンドラズ・アクターやウルベルトさんの所のデミウルゴスとも仲が良いと、前に彼らから話を聞いた事があるので、シャルティアはいい意味で成長しているのだろう。

実際に、弟のペロロンチーノが一から育成している筈のメールペットのシャルティアは、確かに可愛く賢く育っているとぶくぶく茶釜でも思うのだ。
だからこそ、彼女と自分の所のアウラとマーレが一緒に仲良くお茶会をしているところを見るのは、実に可愛くて仕方がないと思う。
外見だけなら、三人の中で一番年上なのはシャルティアなのだが、ここはアウラとマーレのホームだと言う事で、アウラが場を仕切っているのも悪くない構図なのだ。

それに、あの子たち三人が集まってお茶会をしている姿を見ると、それこそ女子会をしている少女たちにしか見えないのだから、目の保養にもなっていると言っていいだろう。

多分、弟も私が頻繁にメールを送る意図は何となく気付いているだろうと思うものの、止めるつもりはない。
あちらからも、多分この件に関しては何も言って来ないだろう。
こんな無茶な対応が通じるのも、また家族だからだ。
実際、ぶくぶく茶釜が仕事で感じている対人関係のストレスも凄いし、仕事の内容によってはプレッシャーが半端ない者だって沢山ある。

だからもし、この件で何か言ってくる奴がいたとしたら……【家族として仕事の愚痴を聞いて貰いつつ、同時に癒しとなる可愛いアウラたちのお茶会を楽しんで、何が悪いのか】と言ってやるつもりだった。

まぁ、そんな感じで仕事の合間に上手く時間を作ってメールをやり取りしつつ、ぶくぶく茶釜はこの状況を楽しんでいる。
夜の仕事の上りはその日によって違うものの、自宅に帰宅したらすぐに端末を立ち上げて【ユグドラシル】にログインするのも、ぶくぶく茶釜の日課だった。
もちろん、仕事の都合によってはログインするのが深夜に近い時間帯になる事もあるけど、そういう時は残っていた面々と話だけでもするように心掛けている。

幾ら、ギルメンたちと一緒にクエストが出来ないからと言って、【ユグドラシル】にログインしないままでいるのは勿体ないからだ。

そうやって、時間が合った時はギルメンの皆とクエストやら何やら楽しんだ後、【ユグドラシル】でやまいこさんたちに伝え忘れた事を思い出したらメールで送る。
これは、仕事の状況によっては翌日メールが送れなくて用件を忘れてしまわない為の、ぶくぶく茶釜なりの防止策だった。
そうして、夜の最後の仕事を終えて帰ってきたアウラとマーレを出迎えてた後、二人にお休みの挨拶をして彼らの為に一曲だけ子守唄を歌って聞かせてから、メールソフトを終了して私は就寝する。

そんな風に、賑やかで楽しい毎日をぶくぶく茶釜は過ごしているのだった。




と言う訳で、第四弾はぶくぶく茶釜さん視点でした。
正直、pixiv版に比べて、ここまで長くなるとは思わず……まぁ、メールペットが二人いますからね、茶釜さんの所は。


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ギルド会議


親バカたちによる、定例会議いう名の【ペット自慢】の筈が……


その日は、十日に一度の定例会議だった。

定例会議が、【十日に一度】と言う割と頻繁なペースで行われるのは、ちゃんと理由がある。
自分達、【アインズ・ウール・ゴウン】のギルドメンバーだけの間で使用しているメールペットソフトについて、何か異常や問題がないか定例報告会を兼ねた会議をする事が、このソフト導入時に決まったからだ。
この提案に、誰も反対するものは居なかった。

なんだかんだ言って、彼らは全員自分のメールペットが可愛くて仕方がない親バカだったので、自慢する場が欲しかったのだろう。

何せ、十日に一度開かれるこの定例会議の場では、メールペットの育成状況を報告し合うと言う名目での、各自のメールペット自慢の時間が一人三分設けられているのだ。
普段から、自分たちがどのようにメールペットたちと過ごしているのか、色々と仲間に対して自慢が出来る時間を貰って、ハッスルしない訳がない。
三分以内で話せないと、話が途中でも持ち時間終了でぶった切られる可能性がある事も考えると、その内容をきちんと纏め上げてもれなく自慢できる状態で来るだろう。

どう考えても、会議が終わった後は座談会の様に各グループで別れてメールペットたちの自慢大会の続きを話し合うだろうし、今日はこのまま会議の後に狩りに行くのは無理だろうと、議長役のモモンガは考えていた。
そうして、ギルメン全員が集まって会議が始まったのは、夜の八時。
そこから簡単な挨拶と、特に先にメールペット関連以外での報告する案件の有無を確認し、今回のメインとも言うべきメールペットに関する報告会が始まった。

一応、どれも本人的には押さえ気味だと言うことなのだが、それでもやはり彼らの大半が【自分のメールペットが可愛い】と言う、親バカ発言で終始していたと言っていいだろう。
もちろん、中にはウルベルトさんの所のデミウルゴスのように、学習力が半端なくて本来のメールペットの枠を越えているだろう、報告が本当に必要な特殊な例もあったものの、その殆どが親バカ満載のペット自慢だった。
と言うか、ウルベルトさんは報告の中にも親バカ振りを全開していたので、デミウルゴスの優秀さだけじゃなくウルベルトさんの親バカ振りも再認識されたんだけど。
まぁ、モモンガ自身も似たような話をした自覚はあるので、それ事態は悪い事じゃないとするとして、だ。

その後に、ぶくぶく茶釜さんから議題として出された【メールペットであるアルベドの、訪問先での目に余る行動について】についての内容は、かなり紛糾する事になった。

彼女がその話を切り出した途端、他のメンバーからも出るわ、出るわと言わんばかりの被害報告を見れば、流石に放置するのは拙いだろうと言う話の流れになってきたからである。
まぁ、流石に彼女のホームであるタブラさんの所だけはなく、他のギルメンのホームまで来た時でもやらかしているのが、彼らの怒りを買ったと言うべきだろうか。
しかも、彼女からの被害が出ていない一部のメンバーが、ウルベルトさんの所のデミウルゴスとるし☆ふぁーさんの所の恐怖公、たっちさんの所のセバスなんていう、アルベドが【敵に回すと面倒だ】と判断した者たち以外は全員だったのが、余計に問題だと言えただろう。

「……どう見ても、アルベドはちゃんと自分が勝てると思った相手にしか、問題行動を取っていないようですね。」

この件で、自分は全く被害を受けていないウルベルトさんが、茶釜さんがいつの間にか軽く纏めてきたらしい資料用の画面を指で弾きながら、溜息交じりにそう呟く。
多分、ウルベルトさんはデミウルゴスの事を溺愛しているから、もし今回の報告にあったような被害の内容のうちどれか一つでもデミウルゴスの身に振り掛かる様な状況になったら、間違いなくアルベドの事をメールサーバー内に出入り禁止にしかねないだろう。
もっとも、デミウルゴスの性格ならやられた事を倍にして返しそうな気もしなくもないが、それとは別の話なのである。

「まず、この件について話し合う前に、一つタブラさんに確認する事があります。
ちゃんと、アルベドの世話はしていますか?」

製作に関わったヘロヘロさんが、まずはここから聞くべきだろうと質問を口にする。
何故、そんな質問をするのかと言わんばかりにタブラさんは不思議そうに首を傾げつつ、ヘロヘロさんの質問の内容を考える。
そして、今までの育成状況を思い返せたのか、何度か頷く仕草を見せた。

「もちろん、アルベドにはきちんと食事やおやつは与えていますし、メールペットとしての仕事も与えてますよ。
衣服や住空間も、彼女が生活するのに問題がない程度に整えてあります。
……えぇ、間違いありませんので、なんの問題がないですね。」

タブラさんの口から出たその答えに、半数以上のギルメンが微妙な違和感を覚えて、不審そうな視線をタブラさんに向ける。
モモンガもその一人で、思わずタブラさんに対して胡乱な視線を向けてしまっていた。
いきなり、半数以上から不審な視線を向けられ、流石に気になったのか首をますます傾げるタブラさんに対して、溜め息を吐いたのはウルベルトさんだ。
本気で呆れたような視線を向けつつ、準備されていた比較用の【ナザリックのNPC】の資料の中からアルベドの設定文を引っ張り出し、軽く画面を叩きながら質問を口にした。

「……今の話でとても気になったんですが、タブラさんはちゃんとアルベドを相手にスキンシップは取ってますか?
メールペットは、メールをやり取りしつつペットを育てると言う、育成ソフトでもあります。
ただ単に、メールの配達の仕事を与えつつ食事や住空間と言った環境を整えてやるだけじゃなく、きちんと自分の愛情を注ぎながら、子供を育てる様に躾をして一人前になるまで世話をする必要があります。
ちゃんと、タブラさんはきちんとそれらをアルベドに対してしていますか?
特に、こちらの【ナザリックのNPC】としての資料を見る限り、アルベドはサキュバスで設定に【ただし、ビッチである】なんて文面がついてるんです。
人一倍気を付けて育てないと、仲間ときちんと交流が出来るまともなペットにならないと思うんですが、その辺りまで注意してますか?」

ウルベルトの質問に対して、タブラさんは不思議そうな様子で首を傾げる。
そして、こう宣った。

「え……必要なんですか、それ。
ちゃんと、成人女性として細かいところまで設定してある【ナザリックのNPC】のデータをベースにしてますし、人格構成はきちんとデータによって出来ているんですから、改めて育成とか面倒臭いじゃないですか。
もちろん、アルベドがこちらに甘えてきたら撫ではしてますけど、私の方からは特に触れてやる必要は感じませんでしたし。
あの子が欲しがっているものがあれば、出来る限り与えるようにはしてますし、それで問題ないですよね?」

つらつらと、彼の口から次から次へと溢れ出る内容は、最初の配布時にヘロヘロさんらメールペット作成側がきっちり説明した事を、きちんと聞いていなかったのが丸分かりな言葉ばかり。
そんなタブラさんの返答に、真っ先にブチ切れたのはメイン開発担当だったヘロヘロさんである。
ダンッと、円卓の間にあるラウンドテーブルを勢い良く叩くと、スライムの身体を最大限に膨張させながらタブラさんに向けて怒鳴り付ける。

「タブラさん、あなたは我々が最初にメールペットを渡した時の説明を、ちゃんと聞いてなかったんですか!
【育成ソフトで構築された彼らにとって、《ナザリックのNPC》の設定は、あくまでも種族を構成するのと人格構成の補助的な設定でしかありません。
ある程度は、組み込んだ設定が影響を与えますけど、無垢な小さな子供と一緒で親の育成手腕が問われますので、なのでちゃんと一から育ててください。】って言いましたよね!
それなのに、タブラさんがきちんと愛情をもって接したり、悪い事をした時は叱ったりするなどの育成していないから、アルベドは育児放棄によるスカスカの中身を補うべく、ある程度の影響しか与えない筈の【ナザリックのNPC】の設定が暴走しておかしくなってるんですよ!」

タブラさんの返答に、ヒートアップしていくヘロヘロさんの姿は、この場にいる面々の中にいる被害者達の気持ちを代弁していると言って良いものだった。
正直、タブラさんはペットを飼うのには向いていないタイプだと言っても良いかもしれない。
専用の電脳空間内で、自分が作ったNPCがモデルのメールペットなら、それ相応の愛着を持つだろうと考えていた分、こんな事になるとは予想していなかったのだ。
あの、自分のNPCに対して設定を三行で済ませたたっちさんですら、セバスの事を自分の息子を育てる感覚で色々と世話しているのに、あの設定に拘るタブラさんがこんな事になるなんて予想外過ぎたのである。

「……まぁ、タブラさんが認識違いをしていたせいで、アルベドの育成に完全に失敗したのは分かったけど、今後の対策はどうするんだ?」

その声が上がったのは、武御雷さんだ。
彼のところのコキュートスは、アルベドの行動による大きな被害にこそ遭っていないが、小さな嫌がらせは受けているようだし、それ以上に彼が仲の良い弐式さんの所のナーベラルがかなり大きな被害に遭っているからこそ、その辺りが気になったのだろう。
それに対して、返事をしたのはそれまで黙っていたぷにっと萌えさんだった。

「そうですね……一番手っ取り早いのはアルベド自身を初期化して育て直す事なんでしょうが、既に他のメールペットとの交流をしてしまっている以上、それは難しいですね。
次の手としては、設定の中の【ただし、ビッチである】と言う部分を抹消して、そこから修正を図ると言う方法もありますけど、それに関してはタブラさんが納得してくれなさそうな顔をしていますし。」

つらつらと、案を出しては自分で否定していくぷにっと萌えさんの言葉に、当たり前だと言わんばかりの顔をしているタブラさん。
特に、【ただし、ビッチである】と言う部分を抹消すると言った時の反応は、絶対だめだと言わんばかりのものだったので、多分この辺りは全員で説得しても了承するつもりはないだろう。
しかし、だ。
彼が受け入れないからと言って、このままアルベドの状況を放置という訳にはいかないのは、ぶくぶく茶釜さんなどの被害者たちの様子を見れば、すぐに判った。
正直、モモンガ自身もパンドラズ・アクターが受けた被害を考えれば、それ相応の対策を取って貰いたいのが本音である。

「ぷにっと萌えさんが出す案を全て蹴るなら、タブラさん自身が今からでも全力でアルベドを躾直すしかないでしょうね。
あそこまで自由奔放に育ってしまった以上、かなり修正は厳しいと思いますが。
これも親の……飼い主の責任として、人様に迷惑を掛けなくなるまできっちり面倒見るべきです。」

状況を見守っていたたっちさんが、タブラさんの事を見据えてそう言い切る。
リアルで娘がいる彼から見てみれば、タブラさんの所業は腹が据えかねたのかもしれない。
ある意味、タブラさんがしていたのは育児放棄に近いからね。
それに対して、ニヤリと口元を上げながら笑ったのは、ウルベルトさんだ。

「まぁ、今回はたっちさんが言うのが正論だし、それに関しては特に反論するつもりはありませんね。
たっちさんは、実際にセバスの事を娘と同様にきちんと世話をしているようですから。
ただ……たっちさんが言うように、タブラさんがアルベドを躾直している時間があると良いですね。
メールペットたちは、俺の所のデミウルゴスを筆頭にして、どの子も自分で色々な事を学習していく能力を持っている子たちです。
そんな子たちが、ただアルベドに泣かされたままでいるだけの存在だと思っていると、多分タブラさんを筆頭に俺たち全員仰天させられる状況になる可能性があると、そう思った方が良いですよ?
あの子たちには、【学習能力の限界】と言う制限は付いていないんですから。」

意味深な言葉を告げるウルベルトさんに、誰もが困惑した様子を見せる。
だが、彼はそれ以上の事をこの場では言うつもりはないらしい。
完全に、口を閉ざしてしまったウルベルトさんの様子を見ながら、それは確かにその通りだとモモンガも思う。
ここの所、パンドラズ・アクターの色々な知識を得ようとする意欲は、最初の頃よりも格段に上がっている。
それは、決して悪い事じゃないと思っていたからこそ、モモンガもパンドラズ・アクターがやりたい事をやれるようにと後押ししていた。
けれど、ウルベルトさんの意味深な言葉を聞いたら、もう少しだけきちんとパンドラズ・アクターと向かい合って対話を増やす方が良いような気がしてきたのだ。

アルベドじゃないけど、自分が関与しない所でパンドラズ・アクターが何かをしでかしてからじゃ、それこそ遅いからな。

結局、それからもギルメンたちから幾つもの案が出されたものの、当のタブラさんがそれを受け入れなかったので、【タブラさん自身がアルベドを躾直せるかどうか、しばらく様子を見る】と言う事で今回の話し合いは終了した。
正直言って、ウルベルトさんの言葉じゃないが、あそこまで歪んで育ったアルベドを育て直すのが可能なのか、モモンガから見ても疑問しか残らない内容で様子を見る事に、不満が無いと言えばうそになる。
それでも、ペットの育成方法は飼い主次第と言う主張をされてしまえば、反論出来ないのも事実で。
会議が終わった後、帰り際にウルベルトさんが小さく零した言葉が、モモンガはとても気になった。

「まぁ……こうなったら、確実に嵐が起きるだろうなぁ。」

それは、どうやらモモンガにしか聞こえなかったらしい。
とても気になったので、それを何もせずに放置する事は出来なかった。

『何か知っているなら、ギルド長である俺にだけでも教えてくださいよ、ウルベルトさん。』

まだ、残っていたウルベルトさんに対して、周囲に気付かれない様に伝言で尋ねたのだけれど、ウルベルトさんが教えてくれたのは一つだけ。

『うちのデミウルゴスをアドバイザーにして、色々とアルベドの被害に遭ったメールペットたちが集まって何かやっている事位しか知りませんよ。』

との事だった。
どうやら、ウルベルトさん自身もそこまで詳しい内容は知らないらしい。
だが、【アルベド被害者の会】と言ってもいい感じのメールペットたちが集まり、必死に何かをしている事だけは知っているので、あの発言に至ったそうである。

それを聞いて、モモンガは家に帰ったら早速パンドラズ・アクターと話し合ってみようと、強く心に決めたのだった。




という訳で、タブラさんによるアルベドの育成失敗が判明しました。
普通に考えて、四十一人もいれば【育成系ゲーム】が向いていない人間はいる訳ですよね。
それが、たまたまタブラさんだったと言う。

これにて、手持ちのストックはなくなりました。
現在、この次の話を書いていますが、もう暫くかかる予定です。
活動報告でお尋ねした件は、どなたの希望もなかったので予定通りに勧めようかと思案中です。
それでも、一応ご希望いただく場合の最終期限として、この次の話がアップされるまでは待ちたいと思います。
詳しくは活動報告をご覧ください。


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ヘロヘロの慌ただしい毎日

という訳で、次はこの方で。





ヘロヘロは、つい数ヶ月前までずっと死ぬほど忙しい日々を送っていた。

もちろん、それにはヘロヘロ自身が【リアルの仕事が多忙】と言う以外の理由がある。
その理由は、【アインズ・ウール・ゴウン】の仲間のギルメンの一人が【リアルで飼っていたペットが死んだ】事によるペットロスで、ログインしなくなったことだった。
正直、この末期な世界である【リアル】でペットを飼っている事自体が凄い話なのだが、それはさておき。
こんな風に、ペットが死んだ事でログインして来なくなる位ならば、彼の為に【電脳空間でも飼えるペットを作ろう】と考え、結果として膨大な過去のデータの中から見つけ出したのは、百年以上前に存在していたメールソフトに付属させる事が出来た、ペットの育成ソフトだった。
これなら、まずペットが死ぬ心配はない。

育成ソフトである以上、ペットの成長を促す意味で細かな世話をする必要はあるだろうが、それでも普通に【リアル】で生きているペットを飼うことよりは、余程簡単に育成できるだろう。

そう考えたヘロヘロが、まずこの件に関して相談を持ち掛けたのは、同じギルメンのウルベルトだった。
彼は、【ナザリックの第七階層守護者】であるデミウルゴスを作成した頃から、色々とNPCに対して色々と思い入れが強い部分があった様なので、今回の一件も相談すれば協力を得られそうな気がしたからだ。
元々、ヘロヘロはギルメンの為に作るメールペットのベースは【ナザリックのNPC】のデータを流用するつもりだったので、余計にそう考えたのである。

そして、そのヘロヘロの考えは当たっていた。

彼は、≪デミウルゴスと【リアル】で過ごす為と≫言う事で、色々とヘロヘロに手を貸してくれたのである。
それこそ、ヘロヘロが考えていたよりもウルベルトは色々な意見や要望、そしてその為に必要なデータの入手などまで手伝ってくれたのだ。
最終的には、メールペットの反応を確認する意味でのサンプルデータを取る為に、試作版のメールペットの【デミウルゴス】を彼に渡した上で、試作的にメールのやり取りをする事になった。

それ以外にも、初期の段階で細かな動作確認にも協力して貰っているので、ウルベルトには頭が上がらないと言っていいだろう。

これに関しては、ヘロヘロを中心にした今回の製作チームがほぼ似たような考えだった。
なので、彼へのお礼をどうするかと言う話は、作成に携わったメンバー全員一致ですぐに決まったのだ。
これから、メールペットが本格的に始動するまでの間、試作版から蓄積したデータも反映させる事で、他のメールペットよりも経験値と学習能力を向上させ、名実ともにデミウルゴスを【メールペット一の知恵者】にする事で、話が纏まっている。

なんと言っても、それが一番ウルベルトの喜ぶ事だろうと、誰もがすぐに判ったからだ。

もちろん、ウルベルトの所のデミウルゴスだけでは、メールペット同士のサンプルが取れないので、他の製作メンバーやヘロヘロ自身も、メールペットの試作版を試す事が決まっていた。
参加したメンバーと話し合い、自分なりに色々と考えた上で数多く手がけた自作のNPCの中から、ヘロヘロは自分のメールペットとする相手を選んだ。
彼が、自分のメールペットとして選んだのは、【戦闘メイドプレアデス】のソリュシャンである。
元々ヘロヘロは、彼女を筆頭にナザリックに居る様々NPCたちのAIを担当していた。
【戦闘メイドプレアデス】達は、他のギルメンも製作に関わっているが、彼女だけはヘロヘロが一から設定を請け負ったNPCである。
なんだかんだ言っても、ヘロヘロは彼女に対して愛着が一番強かったのだ。
もちろん、ソリュシャンの事を試作機のデータテストをする間だけのパートナーにするつもりは、ヘロヘロにはない。
本格的にメールペットを導入後も、自分が選ぶメールペットの枠は彼女つもりだし、他人に譲るつもりはなかった。

先に、自分のメールペットになるNPCを選べるのは、制作者側の特権だと言っても良いだろう。

これは、他の製作メンバーも同じ意見なので、完成するまで苦労した分の見返りだと言えば、他のギルメンも反対できない筈だ。
なんと言っても、ヘロヘロ達がここまで自分の時間を費やして作製したからこそ、彼らはメールペットを受け取れるのである。
むしろ、この件に関しては譲るつもりはなかった。

ギルメンに対して、正式にメールペットのソフトが導入されるのは、それから数ヶ月後の話である。

*******

ヘロヘロの朝は、かなり早い。
彼の仕事先である会社が、傍から見てもかなりのブラック企業であり、一日の勤務時間が長いためだ。
一応、それでも【ユグドラシル】にログインして仲間とゲームを楽しむ時間は何とか確保しているが、それでも他のギルメンに比べてヘロヘロの拘束時間は長い。
そんな彼が、自分の自由になる僅かな時間を使ってまで、それ程数が多くないとはいえギルメンたちときちんと定期的にメールをやり取りするのは、自分のメールペットのソリュシャンの為だった。

ちゃんと、彼女にメールを運ぶ仕事を全く与えてあげられないのは、この【メールペット】と言うソフトのメイン制作者として、絶対にやってはいけない事だと考えているからだ。

******

ウルベルトさんや製作メンバーと共に、あらゆる事を協力しながらメールペット関連のデータ調整をしていた頃は、とても大変だった。
だが、その数ヵ月の苦労はギルメンが喜ぶ姿を見た事で、十分報われたと思っている。
それ位、ギルメン達はヘロヘロ達が必死になって完成させたメールペットの事を、本当に喜んでくれたのだ。

だからこそ、ヘロヘロは唯でさえ少ない睡眠時間を削ってまで頑張ったと言うのに、そこまで身を削っていたヘロヘロの苦労を、タブラさんは理解した上でアルベドをあんな状態で放置しているのだろうか?

先日のギルド会議を思い出すだけで、ヘロヘロは怒りが込み上げてきてしかたがない。
もちろん、他のギルメンからは随分と心配されたし、この一件で一番協力してくれていたウルベルトさんや他の製作メンバーなどは、メイン製作者のヘロヘロがどれだけ大変だったか理解しているだけに、同じ様に憤慨してくれた。
ウルベルトさんや他のメンバーも、今回のタブラさんの反応には思う所があったんだろう。
そもそも、アルベドをそのままタブラさんの設定通りに育てるのなんて、普通じゃできる訳が無いのだ。

彼が考えている理想を詰め込み、ギャップを盛り込んだあんな女性に育てようとしたら、それこそメールペットのAIの許容量を超えてしまうだろう。

冷静に考えれば、それ位の事など簡単に判りそうな物なのに、彼は自分でアルベドを選んだ。
他にも、タブラさんの作ったNPCはいる。
そう……アルベドの姉であるニグレドだって選べたのに、彼は最も育成が大変なアルベドを選んだのだ。

自分で選んでおきながら、設定通りに育てるのは面倒だからと育成は放棄とか……本当にあり得ないんですけど! 

正直、タブラさんの件を考えるだけで頭が痛くて仕方がない。
この件に関しては、メイン製作者であるヘロヘロにも打てる手は殆どなさそうだから、後はタブラさん自身がどうするか見ているしかないだろう。
と言うか、メールペットの初期化が出来ない以上、根底の設定を変えると言う選択肢を拒否するなら、こればかりはタブラさんが自分で何とかするしかない。
そんな風に、タブラさんのしでかした事を考えてイライラしていると、いつの間にかソリュシャンが心配そうに引っ付いてくる。

そう言えば、今は電脳空間に降りて彼女に癒しを求めている最中だったよ、うん。

多分、ソリュシャンはどうしてヘロヘロが苛立っているのかを理解はしていないだろう。
まだまだ、そこまでの細かな機微を理解出来るまでAIの方が成長していない筈だからだ。
それでも、自分の事を心配しているのか様子を伺ってくるソリュシャンの頭を優しく撫でながら、ヘロヘロは一先ずウルベルトさんへのメールを作成し始めた。

*****

話を元に戻すが、ヘロヘロの【リアル】の仕事は、長時間拘束型だ。
とは言え、常に仕事を詰め込まれて忙殺されているばかりかと言われると、微妙に違う。
一日の仕事の中で、少しゆとりがある時間がどこかで発生するので、それがそのまま彼の休息時間になるのだ。
ただ、その休息時間は仕事の進捗次第と言う事もあり、いつ休みに入れるかは誰にも読めない。
それこそ、ヘロヘロ自身を含めた自分の担当部署ごとに交代で休む為、それこそ休息時間に入れる時間帯は安定していないのだ。
特に、ヘロヘロのようなシステムエンジニア系の部署は、営業職よりも【納期の最終締め切り】と言う名の時間に追われる事も多く、本気で休息時間に入れる時間帯が安定していない。
それでも、一度休憩に入れば三十分ほどは纏めて休めるので、その間にヘロヘロはちゃっちゃと食事を取りつつメールのチェックをする。
朝の出勤前の時間は、とても余裕が無いのでメールの返信を書くどころかチェックすらしていられないからだ。
なので、こうして業務時間内に発生する休憩時間に纏めてチェックして、簡単な返信を作成するとそれをソリュシャンに託して配達して貰う。
主に、ヘロヘロの所にメールを送ってくるのは、メールペットの試作していた頃からの付き合いのウルベルトさんと作成メンバーなので、ざっくりと簡単な返信内容だったとしても向こうも慣れたものなので気にしていない。
むしろ、ヘロヘロの状況を理解しているので、この返信がソリュシャンに仕事を与える為に作られたものだと言う事も理解していくれているのだ。
更に、彼らは今でもメールペットに何か不具合が出た時のことを考えて、色々な対策を取れるようにとヘロヘロと小まめに連絡をくれている。

特に、定例会議でタブラさんの一件が判明してからは、育成がいい加減なアルベドの影響がメールペットに出ないか、それを心配してメールペットのメンタルデータを中心に取ってくれているらしい。

彼女の被害を受けていない、ウルベルトさんの所のデミウルゴスのメンタルデータと、ある程度の被害を受けている彼らのメールペットのメンタルデータの状態を比較するのは、確かに彼女たちの育成状況を図る意味で必要なデータ収集の一つだから、率先して協力して貰えるのはとても助かると言っていいだろう。
まだ、彼ら全体がメールペットとして生まれて数か月しかたっていない。

そんな彼らだからこそ、まだどこか行動に幼い部分が目立つのだ。

アルベドの行動は、その幼さが極端に出たと言っても良いだろう。
本当は、主であるタブラさんに愛されたいけど、ちゃんと自分の事を見てくれないから、他のメールペット達の主に愛されようとしただけ。
それと同時に、自分とは違って主に愛されている他のメールペットへ嫌がらせしたのは、彼らが羨ましかったから。

だから、今ならまだアルベドだって十分取り返しが付く筈なのだ。

それこそまだ幼いからこそ、今からでもタブラさんがアルベドに本当の意味で向き合い、きちんと愛情を注げばまだ育て直しは出来る筈。
ただ、【ナザリックのNPC】のアルベドがとても賢いと設定されているので、彼女の頭の回転もかなり良い事を考えれば、あまり時間は残されていないかもしれないのだが。
にも拘らず、アルベドを放置したままのタブラさんに、ヘロヘロは苛立ちを感じていた。

あれでは、流石にアルベドが可愛そうだと。

ヘロヘロと同じ様な事を、どうやらウルベルトさんも感じていたらしく、頻繁にメールをくれる。
むしろ、ウルベルトさんはアルベドによって虐められている他のメールペット達からの報復の方を心配していた。
どうやら、一部のメールペット達の中では、既に何らかの動きが見えるらしい。
ウルベルトさんがそれを知っているのは、デミウルゴスが一枚噛んでいるからだそうだ。
ただ、この件に関してはあまり詳しくは教えてくれないらしく、ウルベルトさんも手を拱いているらしい。

ソリュシャンなんて、そんな話がある事すら教えてもくれないのだから、教えて貰えるだけまだましじゃないだろうか?

こんな風に、ウルベルトさんとは頻繁にメールをやり取りしているお陰で、ソリュシャンとデミウルゴスはかなり仲が良い。
やっぱり、試作版の頃からの付き合いだから余計に仲が良いのかな?

製作者サイドの視点で見ると、ウルベルトさんの所のデミウルゴスの育成の仕上がり具合は、それこそ文句の付け所がない位完璧だと思う。
もちろん、デミウルゴス自身が試作版から起動している事や、学習能力が半端じゃないと言う事もあるだろうが、それ以上にウルベルトさんの愛情の注ぎ方が半端じゃないと思うのだ。
細かな動作や言動を含め、全てウルベルトさんが設定に書き上げた通りの理想を完全に再現していると言っていい位、デミウルゴスは完成度が高くて自然なんだよ。
仲間思いな部分も強く出ていて、友人としてソリュシャンの事もちゃんと気遣ってくれているし。
普段、仕事が忙しくてソリュシャンの事を構えないヘロヘロの代わりに、ウルベルトさんが色々と心遣いをしてくれているのも知っている。
なので、ヘロヘロは彼ら二人には頭が上がらないと言っていいだろう。

それ以外に、メールペットの中でソリュシャンと仲が良いのは、実はシャルティアだ。

ペロロンチーノさんの所のシャルティアは、【ナザリック】のNPCとしてのシャルティアと違った感じに可愛らしく成長している。
もちろん、彼女自身の中には根底の設定として【ナザリックのNPC】としての部分は残っているらしい。
らしいのだが、それでも沢山の仲間との積極的な交流と彼女自身のメールペットとしての学習能力によって、いい意味で違いが出来てきているらしいのだ。
そんなシャルティアを、ペロロンチーノさんも【これもシャルティアの可能性の一つ】として認識して、滅茶苦茶可愛がっている事も知っているので、彼らの事はヘロヘロとしても安心してみていられる。
何より、ソリュシャンとシャルティアの仲が良いのは、ペロロンチーノさんの気遣いの結果だ。

時間にかなり自由が利く彼は、ヘロヘロに対してメールをくれる際に色々と考えてくれている。

そう、休憩時間が安定していないヘロヘロの事を考え、いつも【時間がある時に連絡ください】と言ってくれている一人だ。
彼曰く、「シャルティアがヘロヘロさんにメールを渡せなくて、残念そうに帰ってくるのは嫌ですから」との事だが、裏を返せばメールを届けに来たシャルティアとソリュシャンが、楽しそうに二人で遊んでいる姿を、ヘロヘロも見れる事になる訳で。
多分、こちらからは頻繁にメールを出せる訳じゃない事も見越して、時間に自由が利く自分の方がヘロヘロに合わせる事を優先してくれているのだろう。

そう言う意味では、本当にソリュシャンの為にも有り難い相手だった。

他に、ヘロヘロが頻繁にメールをやり取りしている相手は、るし☆ふぁーさんだったりする。
ギルメンの半数以上が、恐怖公がメールペットとしてメールを運んでくる事にあまり良い顔をしていないらしいが、ヘロヘロはそこまで彼の事は気にならないし、このメールペットとしての彼とは、ソリュシャンも割と仲が良い。
恐怖公が、るし☆ふぁーさんのメールを持って来てくれるのは、昼前から昼過ぎの合間なのだが……信じられない事に、ヘロヘロの休憩時間に上手くエンカウントする事が多いのだ。

その理由を、少し前にるし☆ふぁーさんに聞いた所、「何となく、この時間だとすぐに返事が来る気がした」と言うものだから、本当に驚くしかないだろう。

そんな感じで、ヘロヘロの元へとメールを送って来るし☆ふぁーさんは凄いし、恐怖公の言動もどれもかなり紳士的で、外見もそんなに気にしない自分やソリュシャンは、上手く付き合っていると言えるだろう。
基本的に、ソリュシャンにはメールペットの仲間に対して偏見を持たない様に、気を付けて躾をしているつもりだからね。
普段は、あんな感じで【悪戯好き】で通っているし☆ふぁーさんだけど、【ユグドラシル】の中ならともかく日常では本当に必要なTPOは踏まえた、気遣いある行動を出来る人だ。
そうじゃなければ、それこそ末期である【リアル】で社会人として生き抜くのは難しいだろうし、そんなるし☆ふぁーさんが育てている恐怖公が紳士だっていう事位、きちんとメールのやり取りをすれば解るんだろうけど、恐怖公のあの外見が邪魔するからな。

ま、るし☆ふぁーさん本人がそれを判っていて、それでも彼を選んだ訳だし、周囲とはともかく彼らの関係はそれなりに上手くいっているのだから、これに関してヘロヘロが口を挟む事じゃないんだろう。

ヘロヘロとしても、ソリュシャンがそれなりに上手く仲良くやっているので、恐怖公の事は嫌いじゃない。
少なくても、日に日に問題行動の多くなるアルベドと比べるなら、ヘロヘロは間違いなく恐怖公の方をとる。
彼の方は、本当に礼儀とかきちんとしているし。

そう……普段から少ない接触しかしない筈なのに、しっかりソリュシャンに対して問題行動を取る彼女よりは。

タブラさんとは、先日のギルド会議の一件まで、ヘロヘロは殆どメールのやり取りをする事もなかったのだ。
けれど、それでも何かの連絡メールを持ってこちらに顔を出したアルベドは、一つだけやらかしてくれたのだ。

それは、ある事をソリュシャンに吹き込んで、彼女を凹ませて泣かしていったのである。

今回の会議の一件で、アルベドの育成に問題があった事が発覚した事で、どうして彼女があんな事をしたのか理由は判った。
むしろ、彼女がそんな状態だったのならば、ソリュシャンにやったことは許せないものの、納得するしかないだろうと思わせる。
ここまでヘロヘロが怒る程、アルベドがソリュシャンに対してやらかしてくれた事はなんなのか。

それは、普段忙しくてヘロヘロがソリュシャンの事を短い時間しか構えない事を指して、『あなたは、ヘロヘロ様に愛されていないの』と言う刷り込みをしようとしてくれたのである。

どうしてアルベドが、そんな事をソリュシャンに対してしたのか、最初の頃はどうしても理由が判らなかった。
だが、今回の一件で彼女の置かれている状況を理解したら、漸く納得がいった。
彼女は、自分以外にも似たような境遇の存在として、ソリュシャンを自分の仲間として引き込みたかったのだろう。

もっとも、ソリュシャンの心を傷付けるだけのやり方は最低で、ヘロヘロを本気で怒らせるだけだったが。

アルベドが、ソリュシャンに対してそんな行動に出た最初の日、他のメールをチェックするべくメールソフトを立ち上げたヘロヘロは、部屋の隅で泣くソリュシャンと、それを慰めているデミウルゴスの姿を見て、最初はデミウルゴスが彼女を泣かせたのかと勘違いしそうになったものだ。
それでも、メールペット同士が喧嘩をする事が普通にあり得ることを、彼らの製作者として判っていたので、ヘロヘロは割と冷静に対応出来た。
だから、ヘロヘロはデミウルゴスまで傷付ける事はなかったが、他のギルメンの所だったら誤解して騒動に発展していたかもしれない。
詳しい話を聞いて、彼が悪くない事を理解したところでデミウルゴスには帰って貰ったのだが、その日の夜に【ユグドラシル】にログインした途端、ウルベルトさんからソリュシャンを心配するショートメールが来たのには、本気で驚いたものだ。
とにかく、ソリュシャンが【愛されていない】などと言う勘違いする事なく安定させる意味で、時間が許す限り彼女の事を構い倒してあげたら、そんな勘違いをする事はなくなった。
と言うか、デミウルゴスの所へと時間がある限り何か弟子入りしに行くと言い出した。

どうも、メールペットたちの中で一番頭が良いデミウルゴスは、色々とペットたちに知恵を貸しているらしい。

詳しい事は聞けなかったけれど、彼女が自分で強くなろうと頑張っているのを反対するつもりはヘロヘロにはない。
と言うか、これがウルベルトさんの言っていた案件かもしれない。
なんだ、ちゃんと話してくれていたじゃないか。

勘違いして、ウルベルトさんに八つ当たりめいた事を考えてたよ。

それはさておき。
こんな風に、ソリュシャンを悩ませる原因になったアルベドの発言だが、ある意味痛い所を突かれたと思う。
どうしても【リアル】の仕事の関係上、ヘロヘロにはソリュシャンの事を余り構ってあげられる時間がないのは、どうする事も出来ない事実だからだ。
なので、メールペットたちがそれぞれ仲間同士で集まる形で仲良くする事は、決して悪い話じゃない。
ギルメン同士で交流が少ない場合、どうしてもやり取りが希薄になるメールペットがいるのは理解しているので、その穴を埋めてくれるのなら好都合だからだ。

例え、懸念すべき案件がメールペットの間で持ち上がっているとしても、こればかりはヘロヘロは自分から干渉するつもりはなかった。

*****

ヘロヘロの帰宅は、基本的に遅い。
と言っても、【他のギルメンと比べたら】と言う時間帯で、今のところは収まっているので、まだ問題がないと考えるべきだろう。
帰宅して最初にするのが、メールソフトの立ち上げと、【ユグドラシル】へのログイン前に簡単な夕食を取る事だ。
メールソフトを立ち上げるのは、仲間からのメール確認という理由あるが、それ以上に少しでもソリュシャンとスキンシップを取りたいからである。
朝の時間帯は、どうしても彼女を構えない分、時間が取れる時にはきちんと彼女との時間を取る様にしていた。
試作時代からの付き合いもあり、アルベドに少し精神的に揺さぶられて不安定だったことはあったものの、ソリュシャンはちゃんとこちらの事を理解して待ってくれている。
そんな所が、ヘロヘロには可愛くて仕方がない。
この時間帯は、基本的に届いたメールチェックはするのものの、ソリュシャンはとのスキンシップの時間だった。
食事を取る必要がある分、電脳空間まで直接下りる時間は短いが、その分も3Dタッチ専用グローブを付けて彼女を撫でたり、その手の上に座らせたりする事でヘロヘロなりにソリュシャンの事を可愛がっている。
インカムを付けて、彼女のお話を聞くのもその時間だ。

短い時間でも、ヘロヘロが自分の言葉に耳を傾けてくれているのが判るのか、ソリュシャンは満足そうに笑っているので、もう次にアルベドに何を言われても心配ないだろう。

その後、ヘロヘロは【ユグドラシル】にログインして仲間とある程度遊んでから戻ってくる。
ある程度までなのは、【ユグドラシル】から戻った後、ヘロヘロはいくつかのメールの配達をソリュシャンに頼んで、彼女が配達に行く時間を利用して簡単なデバッグ作業をする為だ。
暫くして、メールの配達に出ていたソリュシャンが戻って来たのを確認し、【お休み】と告げてから就寝する。
帰宅した時点で、目を通したメールの返事の半数は【ユグドラシル】の中でのショートメールで返事をしてしまう為、彼女が運ぶメールは少ない。
本当は、もっとメールを運ばせてあげるべきなんだろうけど、ヘロヘロの側の時間的許容量が足りないのだ。
メールを作成する時間よりも、ソリュシャンとのスキンシップに充てたかったし、少しでも彼らの改善点を探す時間を確保したかったから。

そうして、ヘロヘロの慌ただしい毎日は過ぎていくのだった。



今回はヘロヘロさんの視点の話になりました。
ギルド会議の流れを汲んでいるので、今までの流れとは違うものになっていると思います。
どうしても、製作者視点での話も書きたかったので、こんな感じになりました。
今までの様に、ヘロヘロさんとソリュシャンのうふふキャッキャの話にならなくてすいません。

それと、誤って投稿予約の時間を間違えてしまい、まだ少し弄る予定の文章を投稿してしまいました。すいません。
一旦投稿を取り消して、修正したものを投稿し直しました。
すぐに気付いたのですが、ご迷惑をおかけしてすいませんでした。


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たっち・みーの幸せに満ち溢れた毎日

今回は、四人あった候補から一番希望があったこの人で。


たっち・みーは、ギルド内にメールペットの案が出た時、反対票を投じた数少ない一人だ。

もちろん、ちゃんと反対した理由がある。
その理由は、たっちには【リアル】ではまだ幼い娘がいる為、メールペットまで世話が出来ないからだ。
世話が難しい事が最初から解っていて、ペットを飼うのはペット虐待だと考えていたからこそ、たっちはとても賛成出来なかったのである。
とは言え、この件に反対したのはたっち以外は二人だけであり、圧倒的多数で賛同意見が寄せられて可決したことから、たっち自身も受け取る事になったメールペットのセバスを前に、酷く困惑したものだ。

今回、全員がメールペットを受け取る事になったのは、メールペットを持っていない者のところにメールペットがメールを届けに行くと、届け先が判らない可能性があるからだ。

もし、きちんと届け先の判別がついたとしても、他の場所ならメールペットとの交流が待っているのに、そこだけポストに配達だと違和感が生まれる可能性もある。
本当にそうなった場合、メールペットたちがどう整合性取るのか予想出来ず、悪い方向に変質する事態が起きると非常に困る訳で。
それらの都合から、メールペットをギルメンに配布するなら全員に強制配布となったのだ。

そんな訳で、自分の手元にやって来てしまったセバスを前に、どうすれば上手く付き合っていけるか困惑していたたっちに、ある意味救いの手を差し伸べたのは、彼の幼い娘本人である。

彼女は、つい最近誕生日を迎えてまだ五歳になったばかりで、何にでも興味を持つ年頃だ。
まだ幼い彼女は、本当に初めて見る者なら何にでも興味を持つ。
例えば、たっちが端末の前で何かをしていたら、そこに近付いてこっそりその様子を覗き込むくらいには、好奇心一杯だ。
丁度、ギルドでヘロヘロからマニュアルと共に配布されたばかりのセバスを前に、一先ず彼の為に最低限の生活環境は作っておこうとしていたたっちの様子を見て、彼女はたっちがいるソファに一生懸命よじ登ると、膝の上に乗り上げながら端末を覗き込む。
そして、端末の中で人形の様なものの部屋を作っている父親の姿に、目をキラキラさせたかと思うと、クルリとその顔を窺い見た。

「パパ、みーちゃんもする!!」

娘の口から発せられた言葉は、彼女の顔を見た時点でたっちが予想した通りで困ってしまった。
幾ら、娘の目から見たら人形遊びをしている様に思えたとしても、これは【アインズ・ウール・ゴウン】の友人たちとメールをやり取りする為の、大切なソフトだ。
流石に、たっちの独断だけでその媒介であり、メールペットであるセバスを娘に触らせていたら、うっかり彼らにメールを出してしまうかもしれない。

小さな子供は、目で見たことなどへの学習能力は高い上に、それこそ何をしでかすか判らないからな。

しかし、ただ口で説明しただけでは娘が引き下がらない事も、今までの育児経験からたっちは理解していた。
このままでは、納得しないこの場で娘は癇癪を起こした挙げ句、何もさせてくれない悔しさから火が点いたように泣き出して、それを聞き付けた妻が駆けつけてくるだろう。
多分、妻はそれまでの経緯やら理由を聞いたら納得はしてくれるだろうが、娘の前で不用意にこんなものを見せた事を後で責められるのは間違いない。

あまり想像したくないが、それこそすぐに己の元に訪れそうな未来を前に、どうするのが一番良いのかたっちは少しだけ考えた後、まず娘と一つの約束をする事にした。

「……それじゃ、パパと一つ約束できるか?
これは、パパと一緒の時しか触っちゃいけない。
パパとパパのお友達の、大切なものだからね。
みーが触れるのは、一日朝一回と夜に一回だけ。
パパがお仕事でいない時は、これに触るのを我慢する代わりに、次の日は我慢した分だけ回数を増やす。
それが、みーがこれを触る為のパパとの約束だ。
どうする?」

そこまで口にした所で、彼女がどう反応するのか返事を待てば、たっちの言葉を理解した娘はパッと顔を上げた。
今まで、駄目だとしか言われないと思っていたのか、たっちの言葉を聞いて勢い良く小さな手を高く挙げると、ぶんぶんと振り回しながら興奮したように頷き、必死に【出来る】と主張する。

「みーちゃん、パパと約束する!
だから、パパと一緒にするの!」

たっちと【何か一緒に出来る】と言う事を喜びながら、嬉しそうな笑顔で元気良く約束することを主張する娘に、たっちはこれはこれで良かったのかもと考える。
今回受け取ったセバスは、外見こそ【ナザリックのNPC】とそっくりそのまま同じ老紳士を二頭身に変えたものなのだが、中身はまだ小さな子供と同じようなものらしいと、受け渡しの際にヘロヘロから説明されていた。
つまり、どんなに外見が老紳士で言動が外見に相応しいものだったとしても、今、こうしてたっちの腕の中にいる娘よりも、セバスの中身は小さな子供と同じだと思うべきなのだろう。
それなら、いっそ娘を姉に据えてその弟としてセバスを当て嵌めた上で、たっちの息子枠で育てるのも有りかもしれない。

何かの話で、子供はペットを飼うか年下の子供の側に居ると、自然と情操教育が出来ると聞いたことがあるし。

「それじゃ、パパと一緒に彼のお部屋に置くものとか、彼の着替えを選んであげようか?
この画面の中にいる、彼の名前はセバス。
みーの弟の様な存在だから、ちゃんと仲良くしてあげてくれるかな?」

娘の顔を見ながらたっちが問えば、にこにこ笑いながら嬉しそうに頷いた。
どうやら、たっちの口にした【セバスは弟の様なもの】と言う言葉を、娘は大層お気に召したらしい。
くりくりと大きな目を、キラキラと嬉しそうな様子で一層輝かせながら、画面の中のセバスの事を見ている。
これなら大丈夫だろうと思いつつ、たっちは娘を自分の膝の上に乗せたまま、メールペットのセバスの為の部屋の設定の続きを始めたのだった。

********

たっち・みーの朝の時間は、ある程度安定しているものの不特定だ。
警察官と言う、交代勤務がある仕事についている事もあり、夜勤などがあれば帰宅できる時間は昼前になる。
とは言え、今のたっちの立場だと夜勤そのものは月に一度程度でしか回ってこないので、家族とのコミュニケーションに問題なければ、【ユグドラシル】を続けるのにも問題はないのだが。
それに、今のたっちには出勤前と家に帰った後に楽しい時間がある。

娘と共に、メールペットのセバスと遊ぶ事だ。

セバスを受け取ったあの日、たっちと約束した事を娘はきちんと守っていて、朝になると自分から起きて「おはよう、パパ!早くセバスと遊びたい!」ってたっちの事を叩き起こす位だった。
妻の話だと、毎日たっちが起きる三十分前には起きているらしいので、本当にセバスと遊びたくて仕方がないのだろう。
そんな娘によって、家にいる日はほぼ毎朝起こされる事にたっちは不満はない。

これもまた、娘との大切なスキンシップだからだ。

娘と共にメールソフトを立ち上げると、既に起床してざっくりと身支度を整えたセバスが出迎えてくれる。
身支度がざっくりとしたものなのは、ちゃんと理由があるので後で説明するとして、だ。
そう言えば、最初に受け取って起動させて以来、セバスが寝ている姿を一度も見た事が無いのだが、ちゃんと彼は眠っているのだろうか?
もし、セバスが娘の為に睡眠時間を削って無理をしていると言うのなら、もう少しこちらも気を使ってやるべきかもしれない。

確かに、セバスはメールペットではあるけれど、娘とたっちにとって大切な家族なのも間違いないのだから。

メールを立ち上げたら、先ずはセバスに朝食の準備をする。
毎日、セバスが食べる朝と晩の食事のメニューを決めるのは、娘の仕事だ。
これに関しては、どうやら妻と相談して前日の夜の時点で既に決めているらしい。
たっちが夜勤がある場合は、前日の昼までに妻と娘がその日の夕食と翌日の朝食のメニューを決めて、忘れずにタイマーでセバスに夕食と朝食が出る様にしている。
そうしないと、夜勤当日の夜の夕食と翌朝の朝食をセバスが食べ損ねてしまうからだ。

なぜ、セバスが食事を食べ損ねると言う事が判るのかと言うと、実際にセバスが来てから初めての夜勤の日にやらかしてしまったミスだからである。

セバスと共に暮らすようになって、初めての夜勤を終えて昼近い時間に漸くメールを開く事が出来たたっちは、部屋の中でかなり顔色が悪い状態で座り込んでいるセバスを発見した。
まさか、電脳空間に居るメールペットなのに病気になってしまったのかと、慌ててヘロヘロから与えられたマニュアルを片手にセバスの状態を確認してみたところ、判明したのは完全な空腹状態にあると言う事だったのである。
改めてメールペットのマニュアルを確認すると、一日最低でも朝と晩の食事とその間におやつを与える様にと言う指示が書いてあった。

もちろん、ギルメンの中には仕事が多忙な面々も多いため、そう言う場合の対応策として自動的に朝食と夕食を提供する方法も書いてあったのだが、今までたっちは娘と朝と夜にセバスの世話をする一環で娘が決めたメニューで食事を与えていた為、その事がすっかり頭から抜け落ちていたのだ。

しかも、その日に限って部屋の棚に「いつでも好きな時に食べたり仲間のメールペットが来た時に上げたりできる様に」と言う名目で、常備しておいた筈のおやつすら無くなっていたらしい。
そんな状態で、たっちが夜勤に入る時間が割と早く前日の夕食も与えそびれてしまった為、完全に空腹で動けなくなってしまっていたのである。
たった一日とは言え、こんな風にセバスの事を飢えさせて弱らせてしまったなど、たっちからすれば娘の事を叱る事が出来ない様なミスだと言っていい。

その一件があって以来、たっちは絶対にセバスの事を飢えさせるせることだけはしないと本気で誓っていた。

何故なら、セバスは元々【ナザリックのNPC】としての設定をあまり組んでいなかったせいなのか、他のメールペットに比べて自己主張する部分が少ないからだ。
だからこそ、今回だってお腹が空いていてもそれをたっちに対して主張しなかったのである。
そんなセバスが相手では、うっかりすると初めての夜勤の時の様に【丸一日食事をさせ忘れる】などと言う一件も発生しかねない。
だからこそ、たっちはセバスの事を【ちゃんと世話をしてやらないといけない大切な息子】と言う認識をするようになっていたのである。

そんな息子同然のセバスを、自分のミスで飢えさせるなんて真似をする最低な父親になど、絶対になりたくなかった。

もちろん、セバスが来てからの変化はそれだけではない。
娘も、セバスの事を弟だと思って世話をし始めた途端、【お姉ちゃん】と言う自覚を持ったからなのか、色々と今まで甘えて出来なかった事を自分で出来るようになっていた。
その一つが、誰かが起こさなくても自分で毎朝起きて、自分一人で着替える事である。
ほんの少し前まで、どれもたっちか妻が手伝わなくては一人で出来なかった娘が、セバスのお姉ちゃんだと言う自覚を持っただけで、自分から進んで何でもするようになったのだ。
子供同士、一緒に育てる事でここまで娘に著しい成長が見られるとは、たっち自身も考えてはいなかった。
それに、セバスにも娘の存在は良い影響を与えている。
あれだけ我慢強く、食事を与え忘れていてもそれを訴える事すらしなかった、自己主張が少なかったあのセバスが、少しずつではあるが自分の我と言うものを出せるようになってきたのだ。

どう考えても、娘が接触する事によってセバスと一緒に成長している証と言っていいだろう。

因みに、娘がどうやってセバスと接触しているのかと言うと、この件に関して娘が【セバスのお世話を一緒にしたい】と言い出した当日に、メールペットのメイン製作者であるヘロヘロさんに相談し、ギルド長のモモンガさんや仲間の許可を得て、特別に娘の自分のサーバー内にだけ娘のアバターを用意して貰ったのだ。
もちろん、娘のアバターはそっくりそのまま娘の外見ではない。
たっちのメールサーバーには、当然だが他のメールペットも訪ねてくる以上、娘の外見も人間から可愛らしくデフォルメされた子犬の耳と尻尾を持つ獣人の少女の姿である。
これは、娘が【犬好き】言う事を聞いたヘロヘロさんが、元になったメールペットソフトのデータから簡単に立ち上げてくれたもので、娘自身にも好評だったアバターだった。

娘はその姿で、たっちは自分の【ユグドラシルのアバターのデフォルメ】で仮想空間に降り、セバスの為に用意した食事を与える。
部屋にある、食事を作る道具にメニューを指定するだけなので、娘一人に任せても出来る簡単な作業だと言っていいだろう。
完成した料理をセバスに与え、彼がゆっくりと食事をしている間、セバスの為に用意した衣装ダンスへと駆け寄り、その中から今日一日身に付ける執事服のベストとネクタイを選ぶののも娘の日課だ。

これが、セバスが【ざっくりとした身支度】しかしない理由だった。

まだ幼いなりに、娘は【弟】のセバスのことを着飾らせたいのか、それとも毎日同じ服を着せたくないのか、似たようなデザインのベストとネクタイが並ぶ中から、少しずつ違う物を選び出してくる。
セバスの服のデザインは、たっちが出来る男の人が着るスーツの中から、特に渋くて格好良い男性に似合うものを選んだので、娘がどんな風に選んで組み合わせても、それほど問題はない。
と言うか、元々たっちは服に関しては妻に任せきりで、あまり自分の服装に拘りはなかったが、セバスの物を選ぶようになってからは、色々と考えるようになっていた。
「参考までに」と、オーダースーツのデザインサンプルを見るうちに、色々とセバスに着せたいスーツがある事に気付いたからである。

そう、若輩者が着るよりもセバスくらいの外見年齢の方が、シックなスーツを着た時に大人の色気が出るのだ。

その事に気付いた途端、たっちは【ユグドラシル】のセバスの部屋のクローゼットの中に、普段ならあり得ないくらい課金して大量のオーダースーツを完成させ収納してしまっていた。
もちろん、それら全てのランクは伝説級である。
基本的には、彼の着ているスーツなどの服装は装備に入るため、最初に設定した執事服で固定なのだが、自分達が設定し直せば彼らの衣装の変更は可能なのだ。

月に一度位なら、【ナザリック】への襲撃がない限り、セバスの衣装を変えても構わないだろう。

それらを用意する為に課金した元手が、例え自分が楽しみにしていた特撮ヒーローのメモリアルボックスの購入資金の半分だったとしても、実際にセバスに用意したスーツを着せてみて似合う姿を見てしまえば、後悔したりはしなかった。
娘に、【ナザリック】のセバスのスーツの着せ替えをした際の映像を見せてやったら、すごく喜んで「同じものをメールペットのセバスにも着せたい!」と言ってくれた事も、後悔したりしていない理由の一つではあるのだが。
そうして、セバスが食事を娘がセバスの衣装を選んでいる間に、たっちはこの電脳空間に来るまでに着ていたメールをチェックし、その日に出す返信メールの準備を済ませていく。

この時間帯に、こちらのサーバーまでメールを持ってくるのはモモンガさんの所のパンドラズ・アクターだ。

彼は、毎日メールを運んでくる訳ではない。
それでも、気遣いが出来る彼はここに娘が下りてきている事を知って以来、来る時は必ず娘の為に小さな花束を持参してくれる。
ここで、持参する手土産にお菓子などの飲食系の品を選択しないのは、娘がここではお菓子を受け取っても食べられないからだ。
時折、持参される花束が小さな花冠になったり、可愛らしいリボンのついたアクセサリーになっていたりするが、何を受け取っても娘は喜ぶので問題はないだろう。
パンドラズ・アクターは、セバスとも何気に仲が良い。
余り時間がない時に顔を出す事が多いからか、パンドラズ・アクターはセバスとも一言二言話をしてから帰っていくのだが、時間がある時は美味しいお茶の葉の種類の事やお茶の淹れ方などを話しているのを知っている。

他に良くメールを持ってくるのは、建御雷さんの所のコキュートスだ。

建御雷さんが、個人的にたっちにPVPを申し込む事が多いのが、その理由だと言っていいだろう。
彼は、武人としてのコンセプトを重視した建御雷さんから【武士道】を学んでいるらしく、ちょっとだけ言動が硬い部分があるのだが、どうやらたっちの娘に対してメロメロに甘いらしい。
公私はきちんと別けるらしく、来訪の挨拶を告げてメールをたっちに手渡すまでは硬い言動を通すのだが、それが終わった途端に娘の前に近付き、【今日も爺は参りましたよ、姫】と傅くのである。
娘が居ない時間帯に来た時は、セバスを相手に武人らしく格好が良い仕種を崩さないのに、娘が居る時間帯だとこんな感じで娘に構ってばかりなので苦笑するしかない。

もしかしたら、コキュートスは時代劇に出てくる【若君等の守役】に憧れているのだろうか?

だとしたら、建御雷さんが学習用に見せている時代劇に毒され過ぎている気がしなくもないのだが、本人が満足しているならそれはそれで問題ないと思うべきだろう。
それに、たっちの娘を前にすると彼女の事を優先する傾向にあるとは言っても、コキュートスとセバスは別に仲が悪い訳ではない。
どちらかと言うと、二人が揃っていると武術関連の話題で盛り上がるらしく、たまに異種格闘技として手合わせをしているのを見たこともある。

まぁ、娘のいる前では絶対に戦わないのは、一度手合わせを始めた所で【喧嘩しちゃダメ!】と、泣かれたからだろうけどね。

彼ら以外に、メールを持参してたっちの元に頻繁に顔を出すのは、事情を知らないと信じられないかもしれないが、実はウルベルトさんの所のデミウルゴスである。
どちらかと言うと、たっちと仲が悪いウルベルトさんから頻繁にメールが来るのは、ちゃんと理由がある。
それは、今こうしてたっちと一緒に電脳空間に降りてきている、たっちの娘のためだった。

なぜ、ここでウルベルトさんの所のデミウルゴスが絡む事になるのかと言うと、彼らの所の育成状況に深く関わりがあると言えばいいのだろうか?

*****

事の発端とも言うべき、たっちがメールペットを受け取った初日に相談した娘の件に関して、ヘロヘロさんからウルベルトさんに話が最初に行ったらしい。
たっちがヘロヘロさんに相談した当日、【ユグドラシル】にログインした途端、彼に捕まったのだ。
普段なら、滅多に自分からたっちに関わってこないウルベルトさんが、真剣な顔をして【話がある】と切り出したら、流石に聞かない訳にはいかない。

別室に移動したら、そこには既にヘロヘロさんを筆頭にしたメールペットの作成チームとモモンガさんが勢揃いしていて、たっちがヘロヘロに相談した事の真意を聞いてきたのだ。

彼らを前に、ここが分岐点だとすぐに察したたっちは、迷う事無く自分の本音を口にした。
娘とセバスの存在が、相互作用で上手く成長出来るようにするためにも、娘もセバスと触れ合えるべきだと。
外見はともかく、中身はまだ小さな子供と変わらないセバスと娘を関わらせる事で、セバスは娘を通して様々なことを学ぶだろうし、娘もセバスの世話をする事で成長を促せる。
たっちは、そんな二人を見守りつつ彼らの親として、より良い方向に導いていきたいのだと告げれば、「そういう理由なら、たっちさんの電脳空間限定と言う条件付きで許可を出しても問題ないでしょう」と言う意見が大半を占める形になり、賛同を得られそうな状況になったのだ。
その中で、一人ウルベルトさんだけかなり渋い顔をしていたのだが、たっちと視線が合うと一つだけ確認をして来た。

「……それは、セバスの事を娘に押し付けて、自分は世話をしないと言う事じゃないんだな?」

その問いに、ウルベルトさんがどうしてあんな渋い顔をしていたのか、彼が考えているだろう危惧も含めてたっちにもすぐに解った。
彼は、自分のメールペットであるデミウルゴスを溺愛している分、セバスがたっちに大切にされないのではないか、それだけを気にしていたのである。
ウルベルトさんが、たっちに対してそんな危惧を懐いたのは、【ナザリック】でのセバスの設定の少なさが原因になっているのだろう。
【ユグドラシル】のセバスに対して、たっちが深く設定を組まないなどあまり思い入れを持っている様には見えない分、メールペットのセバスもそんな感じで娘に任せてしまうつもりなのか、彼なりに警戒したのだ。

だが、そんな彼の懸念も無用のものだ。

「心配要りませんよ、ウルベルトさん。
確かに、娘はセバスの姉の立場としてか関わらせますが、私は彼らの親として二人に接するつもりです。
その為にも、電脳空間に降りられ娘とセバスを接せられる、娘のアバターが欲しいんですよ。
私としても、娘と息子が直接触れ合って戯れている姿を、存分に堪能したいですし。」

嘘偽りなく、真っ直ぐ自分の気持ちを伝えたら、漸く安心したのかウルベルトさんも娘の件に賛成してくれた。
更に、急遽作成される事になった娘のアバターの動作チェックまで申し出てくれた上、定期的にデミウルゴスにメールを持たせて、【異常がないか】わざわざ様子を見に来るようになったのである。
ギルメンが持つメールペットの中で、一番成長が著しいデミウルゴスは、娘のアバターの状況データを収集する事まで出来るらしく、それを元にウルベルトさんは動作チェックをしてくれているらしい。
これに関しては、素直に頭を下げるしかない案件だ。

たっちと娘が、安全にセバスと過ごせる環境を作る手伝いをしてくれている訳だからね。

ウルベルトさんのメールの内容は、どれもデミウルゴスに関する自慢が中心だが、確かにその成長ぶりは目を見張るものが多いので、色々とセバスの育成の参考にさせて貰っていたりする。
なにせ、メールを持参するデミウルゴスの動きは本当に自然で、メールペットと知っていなければ普通に【プレイヤー】だと勘違いしていただろう。
それほどまでに、デミウルゴスの完成度は高いのだ。
しかし、そんなデミウルゴスとセバスはあまり仲が良くない。
別に、そんな設定をした訳ではないのだが、お互いにどこか素っ気ないのである。
とは言え、娘の前では喧嘩をする様子も嫌味を言い合う様子もないので、今は様子見の段階なのだが……本当にそんな行動を二人がする理由が良く判らない。

もしかしたら、ウルベルトさんとの微妙な関係を彼らが引き継いでしまったのだろうか?

だとしたら、出来ればそれを打開しておきたいところだ。
全ての人と仲良く出来るとは、たっちだって本気で思っていないが、娘の前でこの状態のまま放置するのは、教育上良くないからである。
これに関しては、今度ウルベルトさんに提案してみるとしようか。
あの人自身、お互いに主義主張が対立する事は多いが、こんなに娘の事を気に掛けてくれているのだから、悪い人じゃない事は判っているし、今回の一件でもう少し歩み寄りたいとたっちも思う様になってきているのだから。

******

朝の穏やかな時間が過ぎると、職場に急いで向かう。
いつも、朝は娘とセバスとゆっくり過ごすために、家を出る時間が少し遅めになっているからだ。
電脳空間を出る前に、セバスにメールの配達を指示しておくのを忘れない。
これだけは、娘ではなくたっちにしか指示できない事だからである。
昼は、それこそ事件が起きなければ普通に休憩時間があるので、その時に昼間に来たメールのチェックをしつつセバスと個人的なスキンシップをとる。
とは言っても、そこまでやることが浮かばない事もあり、メールの返信を書きながら自分が好きな昔の特撮ヒーロー物の映像を一緒に見ることが多かった。
元々、たっちは仕事柄休憩時間が安定していない。
その為なのか、メールペットになってから昼間にメールが来ることは少ないのだ。

お陰で、たっちはセバスと共にのんびりと特撮ヒーロー鑑賞に勤しめるのだが。

セバスと二人で、のんびり特撮ヒーロー画像鑑賞をしながら、お互いに思い思いの意見を交わす時間は、たっちにとって至福の一時だと言っていいだろう。
どうやら、セバスも特撮ヒーロー動画は嫌いではないらしく、内容に合わせて普段の冷静沈着な素振りとは違った色々な表情を見せてくれるので、そんな時間も楽しくて仕方がない。
ヒーローの危機に、手を握り締めてそわそわしたり、ヒーローが勝利したシーンで小さくガッツポーズを決めたりしているセバスの姿は、こんな時しか見れないだろう。
流石に娘相手では、この手の趣味を理解して貰うのは難しいからだ。
もちろん、セバスに仕事をさせない訳じゃない。
朝のうちに書けなかったメールの返信も作成し、休憩時間が終わる前にセバスに託して配達に出て貰うようにしている。

夜、たっちが仕事が終えて家に帰ると玄関で待ち構えているのは、小学校に上がる為にちょっとしたお勉強を済ませた娘である。
最初の約束で、たっちが七時までに帰ってきた時は一緒に電脳空間に行ける事になっている為、夜の帰りが遅いと本当にそわそわしながら玄関で待っているらしい。
妻からその話を聞いた時は、思わず娘の可愛さに笑みが止まらなかったものだ。
既に、夕食を済ませている娘と一日の出来事を話しながら夕食を手早く取ると、一緒に電脳空間に降りる。
そこでは、受け取ったメールの返信を整理しながらセバスが待っているので、たっちはそれを読みながら娘がセバスに夕食を出す様子を見守るのもまた日課だった。
今度は、セバスに娘が今日一日あった事を話しているのを眺めつつ、夕方から沢山舞い込んできたメールの返信などを纏めて送信準備する。

娘の夜の最後の日課は、メールを配達に出るセバスを見送る事だからだ。

その為にも、短い時間である程度の返事を作ってしまう必要がある。
もっとも、セバスを見送り娘と共に一旦【リアル】に戻った後、【ユグドラシル】にログインする予定なので、イベント参加などのお誘いに関してはその場で返事する事にしている為、そこまで多くの返信は必要ない。
ただ、娘がセバスをメール配達の仕事に送り出すのを楽しみにしている事もあり、一日一通は必ず夕方にメールを出せるようにしているのである。

この辺りは、娘の事を知っている仲間たちが協力してくれているので、今まで一度も夕方にメールを出す相手が居なかった事はない。

娘とセバスが、揃って仲良くしている姿を見るのは、たっちにとって本当に至福の時間なのだ。
特に、最近ひらがなを書けるようになった娘が、メールを届ける仕事に出掛けたセバスに手紙を一生懸命書いている姿などを見ていると、微笑ましいやら羨ましいやら何とも言えない気持ちになる。
何せ、夜の時間に電脳空間へ来る事が出来た時は、絶対セバス宛の手紙を書き残しているのだから、たっちが思わずそんな気持ちになるのも仕方がないだろう。

夜の帰りが遅いと、娘からたっち宛に一生懸命書いたと思われる手紙が妻に託されているので、別に不満がある訳ではないのだが、この辺りは微妙な親心だと思って欲しい。

さて、夜にこうして電脳空間にたっちは娘と一緒に降りる訳だが、その話が決まった時に交わした妻との約束で、夜の七時半までが娘がセバスと遊べる時間になっている。
なので、時間が来る少し前にセバスにメールの配達を頼み娘と共にそれを送り出すようにしていた。
そうしないと、娘がセバスを見送れないからだ。
彼が「行ってまいります」と出掛けた後、一緒に電脳空間を出て娘を寝かしつけるまでが、今のたっちの夜の習慣の一つになっている。
最初の頃は、電脳空間に降りた事による興奮からなかなか寝てくれなかった娘だが、最近はセバスと遊んだら寝る時間だと言う生活習慣のリズムが出来たらしく、大人しく寝てくれるようになった。
これも、セバスがうちに来て出来た良い習慣なのかもしれない。

少しずつ、でも確実に娘とセバスが成長していく様を見られる事を、たっちはとても幸せに感じていた。

娘を寝かしつけたら、ここからがたっちのお楽しみの時間だ。
【ユグドラシル】にログインして、仲間たちとの楽しい冒険や会話をする時間を過ごすのはとても楽しい。
普段、【リアル】で思うようにできない事をしているのだから、余計にそう思うのだろう。
【アインズ・ウール・ゴウン】のメンバーは、それぞれ個性的な集団とも言えるから、彼らの意見を上手く取り纏めて舵を取っているモモンガさんは、本当に凄いと言うしかない。

やはり、【クラン】から【ギルド】に代わる時、モモンガさんの事をギルド長に押して良かったと、たっちは本気で思っていた。

そんなモモンガさんを筆頭に、色々と【ユグドラシル】での冒険や仲間とすごす時間を一頻り楽しんだ後、ログアウトしたらたっちはもう一度メールサーバーを立ち上げる。
寝る前に、電脳空間に降りて配達から戻って来たセバスに、「いつもご苦労様」と声を掛けて労う為だ。
流石に、セバスの外見が老紳士と言う事もあって、【労う】と言っても抱き締めたり頭を撫でたりはしない。
だが、軽く肩を叩いて労いの意味でお茶を淹れてやることにしている。
本人は、たっちにお茶を淹れて貰うことそのものを恐縮しているようだが、これ位しかセバスにしてやれる事はないので諦めて貰うしかないだろう。
そうして、セバスに仕事終わりの一杯のお茶を与えて少し話をした後、たっちは電脳空間から出て娘の寝顔を確認してから妻と一緒に眠りにつく。

そうして、たっち・みーにとって幸せに満ち溢れた毎日は過ぎていくのだった。



どちらかと言うと、たっちさんとセバスと言うよりは、たっちさんと娘とセバスの話ですね。
でも、彼の話を書くと決めた時に、絶対に娘とセバスは絡ませたかったので。
それと、作中に出てきたたっちさんのセバスのスーツへの課金額は、往年の某特撮ヒーロー物のスペシャルコレクションセット(最古のものから現在に至るまでの作品全話収録及び最新作も収録+レプリカ変身セット付)の半額分です。
アマゾンで確認したんですけど、某特撮ヒーロー物って、ボックスセットは一つ数万しました……なので、それを全部集めた奴は幾らになるのだろう……
版権切れてても、レプリカの変身セットが……うん。


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るし☆ふぁーの愉快な毎日

今回も、予告通りこの人で。
ただ、今までの話とは微妙に毛色が違うかも。


るし☆ふぁーは、【アインズ・ウール・ゴウン】一番の問題児である。

これは、他のギルメン全員からの共通認識であり、本人もそれを否定しない。
事実、彼は自分が様々な意味で問題行動が多い問題児だと、はっきりと自覚しているからだ。
とは言え、本当に全く常識がないかと問われれば、違うと否定するだろう。
一応、必要ならばTPOを理解して行動できるタイプなのだ。

ただし、彼がそれを発揮するのは基本的に【リアル】での会社勤め中だけと言うだけで。

あの、地獄のような世界で生きていく為にはどうしても必要だと理解しているからこそ、【リアル】ではきちんと常識的な行動もするのだが、その反動からか【ユグドラシル】ではるし☆ふぁー自身も自分が色々とやらかしている自覚はある。
自覚がありながら、それでも結局自分の思うままに振る舞うのは、全部モモンガを筆頭にギルメンに対して甘えているからだった。
そんな彼だからこそ、ギルメン全員に【メールペットを配布する】事になったのを知った時、それは本気で喜んだのだ。

自分が思っているよりも、ギルメンとの間にあるだろう微妙な隙間を、共通のメールペットソフトを使う事で埋められるような気がして。

******

そして、自分たちのメールペットを選ぶ日が来た。
正式な引き渡しの前に、【ナザリックのNPC】の中から自分がペットにする相手を選ぶのは、メールペット用のソフトに選んだNPCのデータを落とし込む必要があるかららしい。
そんなヘロヘロの説明を聞きつつ、るし☆ふぁーは自分の端末に表示されているNPCのデータを、興味深げに眺めていたのだ。
流石に、全NPCが対象じゃないらしいとリストを眺めつつ、そこにあった一人のNPCの名前に気付いて、思わず二度見する。

だが、るし☆ふぁーの見間違いじゃないらしく、何度見ても名前はそこに燦然と輝いていて。

本気で、彼をメールペットとして選択できるのか、るし☆ふぁーが一応気を使って【伝言】でヘロヘロに問おうとした時である。
それまで、メールペットとして使用可能なNPCとして表示されたデータを眺めていた面々の口から、飛び出ただろう嘲る様な言葉を聞いて、頭が真っ白になったのは。

【流石に、恐怖公はあり得ないですよね】
【あれを選ぶ変人はいないでしょう】
【幾ら、ナザリックの防衛に役に立つと言っても、ねぇ……】
【と言うか、何でメールペットの候補に入ってるのさ】
【ヘロヘロさんが、うっかり抜き忘れたんでしょ】
【それよりも、俺はルプスレギナが良いんですけど!】
【ちょっと待てよ、ルプスレギナは俺も狙ってたんだぞ!】
【ねぇ、それよりも私の所はアウラとマーレを二人ともメールペットにしてもいいよね、双子なんだし!】
【それは、流石にずるくないですか!】
【なに、あんたたちは双子を引き離すなんて非道な事いう訳?】

けらけらと笑いながら、そう言い合うギルメンたち。
最初に口にした言葉など、既に頭が無いように自分たちの希望を通そうとして言い争う様子を見ながら、我に返ったるし☆ふぁーは、怒りに身を震わせていた。

『……なんだよ、それ。
俺が、丹精込めて作った【恐怖公】に対して【メールペットとして無し】って、なんだよ!
そりゃ、【黒棺】に居る全部の眷属まで全部込みだっていうなら、流石にその主張も判るけどさ。
メールペットになるなら、あの見た目のリアルさも消えて、少しは印象変わるだろ!
と言うか、今言ったの全員恐怖公が駄目な奴らだよね……
ふざけるな……フザケルナ、ふざけるな!!
良いよ、俺が作った恐怖公をそんな風に言うなら、俺だって考えがある!』

これが、自分の悪戯に対して何か言われているのなら、多分さらりと受け流すことが出来ただろう。
普段の素行を考えたら、色々と言われても仕方がない事は判っているし、実際に悪戯する度に罵声も飛んできている。
でも、【恐怖公】は違う。
彼の役割は、【ナザリック】を襲撃してくる【プレイヤー】に対して、二度とそんな気が起こらない様に精神的なダメージを与える存在だ。
その為に、るし☆ふぁーは細かな部分まで造形に拘って作り上げた自慢の存在である。
だからこそ、もう迷ったりはしなかった。

「ヘロヘロさん、俺、もう決めたから。
俺のメールペットだけど、これでお願い。
誰が反対しても、絶対に変更するつもりないからね。」

そう言いながら、自分のメールペットとして【恐怖公】を選択した事を希望画面に表示する事で伝えると、ヘロヘロさんはにっこりと笑顔を浮かべて了承してくれた。
どうやら、彼も他のギルメンの言い様に怒りを覚えてくれていたらしい。
他人様が作ったNPCを、あからさまに論う言動が癇に障ったのだろうか。

「あー……良いんじゃないですかね。
ただ、一部の仲間からはかなり嫌がられると思いますけど、るし☆ふぁーさんはそれでも良いの?
と言っても、どうしてるし☆ふぁーさんがその選択をしたのか、俺にもその理由が良く判りますから、別に止めませんけどねー」

小声で返答しつつ、クスクスと笑うヘロヘロさんの様子に、どうやら自分の推測が当たっていたと察したるし☆ふぁーは、心の中だけで口の端を上げた。
この【ユグドラシル】では、自分の感情に合わせてキャラクターの表情を変える事は出来ない。
代わりに、感情を示すアイコンがあるのだが、今回は目立つ事もあって出さなかったのである。
るし☆ふぁーたちがそんなやり取りをしている横から、ひょいっと顔を覗かせたのはウルベルトさんだ。
ヘロヘロさんが、珍しく嬉々としてるし☆ふぁーの選択を支持している事に気付いて、確認しに来たのだろう。
メールペット登録用の画面を覗き込んで、ウルベルトさんは一瞬間を置いた後身体を屈ませて周囲に見えない様にニヤリと笑うアイコンを出す。
どうやら、彼もヘロヘロさんと同じでこちらの意図を理解してくれたらしい。

「あー……なるほど。
普段なら、止めに入るところなんですけどね。
今回ばかりは、るし☆ふぁーさんの気持ちも分かりますし、私も止めだてしたりしませんよ。」

そう言ってくれたのは、以前デミウルゴスをお披露目した際に、ギルメンから散々【裏切りそう】とか【ヤクザの若頭】とか言われた事を思い出したからだろう。
だから、今回も自分の作ったNPCを、あんな風に貶されたら普通に怒り心頭になって当然だと、ウルベルトさんもるし☆ふぁーがどうしてこんな選択をしたのか、その理由を判ってくれたらしい。
どうやら、るし☆ふぁーに聞こえるように恐怖公の事を色々言って否定していた面々は、自分の発言を忘れたかのように自分専用のメールペットを選ぶ事に夢中で、自分たちが口にした言葉が彼を怒らせる可能性がある事すら考えていないようだ。
まぁ、それにきちんと気づけていたら、るし☆ふぁーに対してそれなりのフォローをしていただろう。
もしも、【るし☆ふぁー関連なら、どんな扱いをしても大丈夫】とか考えていたなら、絶対に甘い考えだと笑うしかない所だ。

さくさくと、慣れた手付きでメールペットの登録作業を済ませた所で、ヘロヘロさんが今までとは打って変わった大きな声でるし☆ふぁーに対して作業完了を告げる。

「はい、登録出来ましたよ、るし☆ふぁーさん。
あなたのメールペットは、正式に【恐怖公】で確定しました。
これで、もうメールペットの変更は出来ませんけど、問題ないですね?」

わざと、周囲に聞こえる様な声でるし☆ふぁーに問い掛けたのは、珍しくギルメンの無責任な発言に怒りを覚えたヘロヘロさんからの意趣返しだろう。
恐怖公のAI設定は、そう言えばヘロヘロさんが受け持っていた。
そこで、るし☆ふぁーが持つ色々な拘りとかを知っているからこそ、ギルメンが半分以上反対する事を承知で恐怖公をメールペット候補の中に入れてくれたのだろう。
だからこそ、るし☆ふぁーが自分の意思でメールペットを選択する前にそれを【あり得ない】と否定したギルメンに対して、怒りを覚えてくれたのだ。

「OK、OK、問題ないよ。
確か、メールペットは二頭身にディフォルメされるって話だけど、俺の恐怖公には必要ないよね?
だってあれ、二頭身と変わらないし。」

スッと、ヘロヘロさんの手元の画面を確認するように覗き込み、問題ないと了承を伝える。
更に、にっこりと笑うアイコンを出しながら確認するように問うるし☆ふぁーの言葉に、その場は阿鼻叫喚に包まれたのだった。

********

るし☆ふぁーの朝は、割と早い。
ギルメンの中で比較した場合、本当に早朝と言えない時間に出社している社畜組が存在して居るから、実際にはそこまで早いとは言えないけれど、それでもギルメンの中ではまだ早い方に数えられるだろう。
その分、帰宅時間は予定変更がない限り割と早めの方ではあるので、時間的には就業時間のバランスがまだとれている会社だと考えて良いのかもしれないが。
そんなるし☆ふぁーが、朝一番にする事はメールソフトの立ち上げと、今日の予定の確認だ。

彼の仕事は、インテリアデザイナーである。

るし☆ふぁーは、これでも大卒の学歴を持つ富裕層の出身だ。
ただし、愛人に入れ上げた父親によって母親共々打ち捨てられたに等しい立場なので、富裕層出身の割にそれ程裕福ではない。
一応、大卒の学歴と家名のお陰で就職先には困らなかったが、大学卒業と共に実家からの経済援助も打ち切られ、明確に『家を継げない』と言う事は知られている為に、ギリギリアーコロジーに住んでいる程度の立場でしかないからだ。
ギルメンたちは、彼の普段の言動から貧困層出身の年下の青年だと思いがちなのだが、実際の年齢はモモンガよりも一つ年上だったりする。
この事実を知れば、ギルメンたちは本気で腰を抜かしかねないだろう。

もちろん、るし☆ふぁーにはそれを告げるつもりはないのだが。

それはさておき。
きちんと専門知識を得るために大学を出て、インテリアデザイナーとして必要な技術を身に着けているとは言っても、まだそれこそ働き始めて数年の駆け出し扱いと言う事もあって、顧客の希望では幾らでも仕事のスケジュールは変わる。
だからこそ、毎朝のスケジュール確認は必須事項だ。

最近、そんな彼の一日のスケジュールを管理しているのは、実は恐怖公だったりする。

今の恐怖公は、ウルベルトさんの所のデミウルゴスに匹敵するほど、とても優秀だ。
その結果、いつの間にかるし☆ふぁーのスケジュール管理までしてしまっているのだけれど、これは本人が自発的に始めた事なので好きにさせている。
むしろ、初めの何も知らなかったあの恐怖公が、今ではここまでできるようになった事の方が、るし☆ふぁーには感慨深かった。

*****

あの日、ギルメンの反対を押し切って自分のメールペットに恐怖公を据えたるし☆ふぁーが、まず最初にしたのはウルベルトさんの所のデミウルゴス並みに、恐怖公を一流の気品あふれる紳士として育て上げる為のスケジュールを組む事だった。
どうして、最初に恐怖公を【一流の紳士】に育てる事を目指したのかと言えば、彼の設定が【貴族マナーにも精通した温厚な気品あふれた紳士】だったからだ。

その設定を踏まえて、恐怖公に相応しいと思える育成計画を考えるなら、きちんとした知識を与えてそれにふさわしい人格になる様に育てるべきだろう。

あの時、周囲の大半はるし☆ふぁーが恐怖公を自分のメールペットに選んだ理由を【自分たちの発言に対する嫌がらせ】だと取ったようだが、それは違う。
元々、るし☆ふぁーは恐怖公が候補に入っていた時点で、ヘロヘロさん相手に【本当に大丈夫なのか】と確認しようとするくらいには、彼を選ぶかどうかかなり迷っていた状態だったのだ。
もちろん、本当に自分が恐怖公をメールペットに選ぶなら、きちんと彼の事を苦手とするギルメンの心情を考えた上で、ディフォルメでそこそこ可愛らしい外見にする予定だったのに、あんな風に言われてブチ切れて【あの発言になった】だけなのである。
だから、実際にメールペットに登録する時の恐怖公の外見は、それなりに【リアルさ】を省いて【可愛い】とは言えなくても【そこそこ見られる】外見にディフォルメになった。

それだって、周囲から説得されて渋々と言う態を取ったのは、その時点でまだ怒っていたからである。

別に、色々と好き勝手に言ってくれた彼らへの当て付けではなくても、候補に入っていただろう自分は恐怖公をメールペットに選んでいた自覚がるし☆ふぁーにはあるので、彼らの文句は全部スルーする事が出来た。
もしかしたら、彼らの対応次第では別のNPCを選んでいた可能性もあったのだ。
けれど、あの時の恐怖公に対するギルメンの発言は、地味にるし☆ふぁーの心の中にあった古傷を刺激して、どうしても譲れなくなったのである。

だからこそ、るし☆ふぁーは恐怖公の事を言動や行動では誰にも文句が付けられない、立派な紳士として育て上げると、そう決めたのだから。

******

また、話が脱線したので戻すとして、だ。
るし☆ふぁーは、実はとても低血圧で朝は弱い。
それでも、一応なんとか自力で目を覚ましてメールサーバーを立ち上げるのだが、起きてから三十分程はどこかぼんやりとしている。
そんなるし☆ふぁーの為に、立ち上がったメールサーバーから色々と電脳機器に干渉して最適な空間を作るのが、恐怖公が行う最近の日課らしい。
まだ、るし☆ふぁーの手元に着た頃は普通のメールペットだった恐怖公が、いつの間にかそこまで出来るように進化したのは、もちろん理由がある。

多分、るし☆ふぁーが今まで学んだ大卒までの多彩な知識と、ウルベルトさんからデミウルゴスのサンプルテスト育成記録を譲り受けて参考にした事が、彼をここまで成長させた要因になっているのだろう。

その結果、世話をする筈の飼い主側が、逆にメールペットに世話をされていたらおかしいだろうと言われそうだが、既にウルベルトさんの所のデミウルゴスと言う実例が居るので、この状況を知られても誰にも文句を言わせるつもりなど、るし☆ふぁーにはない。
恐怖公の行動が、結果的にギルメンのうちの誰かに迷惑を掛けているなら、多少の自重はするように注意したかもしれないが、彼が手を掛けるのはあくまでもるし☆ふぁーの身の回りの事だけ。
この方が便利である以上、誰からも文句を言われる筋合いはないだろう。
それに、せっかく恐怖公が自分からやりたいと主張した事を無理に止める必要性を、るし☆ふぁーは一かけらも感じなかった。

だって、それは恐怖公からの自我の発露を押さえつけるのに等しいのだから。

そんな考えの元、恐怖公が動きやすいようにメールサーバーを立ち上げた後、朝の寝起きの三十分は彼の好きにさせているるし☆ふぁーは、しゃっきりと目を覚ました所で前日に着ていたメールのチェックをする。
とは言っても、彼の所にくるメールの数は少ない。
ギルメンの半数以上が、元々【ユグドラシル】の恐怖公の事を生理的に受け付けない事もあって、多少外見をディフォルメされた程度ではその苦手意識を軽減できないのも、一つの原因なのだろう。

るし☆ふぁーが、恐怖公を選んだ時の阿鼻叫喚を考えれば、そうなる事なんて最初から予想で来ていたので、そこまで気にはならない。

もし、これでギルドに関わる重要案件に関して、るし☆ふぁーに対して何の連絡も来ないと言うのなら、流石にそれ相応の対応をするつもりだった。
だけど、恐怖公が平気なメンバーからの必要な情報関連のメール連絡についてはフォローを受けているし、ギルド長であるモモンガさんからもきちんと連絡が来るので、そこまで気にはしていなかったりする。

そう、モモンガさんはるし☆ふぁーが恐怖公を選んだ事を咎めたりしなかった一人だ。

あの時、普段なら【ギルメンの苦手な相手を選ぶのは悪戯が過ぎますよ】と、別のメールペットを選べないか仲裁に入っただろうモモンガさんが、今回ばかりは口を挟まなかった。
それどころか、伝言で『今回ばかりは、るし☆ふぁーさんのお怒りももっともですし、もう少し同じギルドのNPCを知るべきです』と背中を押してくれたので、今回の一件でるし☆ふぁーは自分の意思を貫き通す事が出来たとも言えるだろう。
元々、モモンガは恐怖公をそこまで苦手だとは思っていないメンバーの一人だ。
流石に、【黒棺】の中にあれだけ恐怖公の眷属が集まっている様子は駄目らしいが、恐怖公だけを前にするなら特に問題ないらしい。
そんなモモンガさんの気質を継いでいるからか、彼の所のパンドラズ・アクターもごく普通にるし☆ふぁー宛のメールを片手に、恐怖公の元を訪れてくれる。
むしろ、来訪する度に恐怖公とお茶を飲みながら様々な芸術関連の意見交換する様子が見られるので、それなりに仲が良い方なのだろう。

出来れば、るし☆ふぁー自身もモモンガさんともこんな風に仲良くなりたいと思う。
そう、本気で思っているのだが、つい【ユグドラシル】だとからかい甲斐があるモモンガさんを弄ってしまい、怒らせてしまいがちだった。

それこそ、色々と今まで悪戯をし過ぎたせいで、何もするつもりがなくてもそっと近寄るだけで結構警戒されているし、少し反省するべきかもしれない。
一応、こっちの方がモモンガさんよりも年上なんだし、歩み寄る姿勢を見せるべきだろう。
出来れば、いつか恐怖公とパンドラズ・アクターの様に、趣味の事で話をできるようになりたいからね。

パンドラズ・アクター以外に、ここを頻繁にメール持参で訪れてくれるのは、ウルベルトさんの所のデミウルゴスと建御雷さんの所のコキュートス、ヘロヘロさんの所のソリュシャン、そしてたっちさんの所のセバスだ。
この四人は、元々恐怖公の事を苦手としていない面々であり、その気質が受け継がれているらしいメールペットの彼らも、同じ様に恐怖公を苦手とは思っていないらしい。

デミウルゴスとは、メールを運んでくる度に良く何か意見を交わしている姿を見るけど、何を話しているのかは教えてくれない。
二人とも、るし☆ふぁーの存在に気付くとにっこり笑って煙に巻く為、詳しい話を聞いた事は一度もない。
でも、仲が悪くないのは良い事だ。
るし☆ふぁー自身も、ウルベルトさんとは【世界征服】を主張する仲間として仲が良いし。

出来れば、もっと色々な意味で仲良くなりたいと思う仲間の一人だし、ウルベルトさんとはこれをきっかけにもう少し歩み寄りたいよね、うん。

コキュートスは、同じ昆虫種の仲間と言う事もあって、かなり仲が良いようだ。
元々、コキュートスは真面目な性格みたいだし、恐怖公とは気が合う部分も多いんだろう。
彼の主である建御雷さんも、ちょっとだけ戦闘狂が強過ぎる部分を除けば、結構その場のノリも良くて付き合いの良い人だ。
どうも、建御雷さんの教育が使っている時代劇のDVDの影響なのか、コキュートスは【侍】を目指している感じだし、恐怖公と並んでいるとお公家様と護衛の侍のやり取りに見えるのは気のせいじゃないだろう。
この辺りは、建御雷さんからコキュートスの育成関連情報が書かれているメールを、割と定期的に貰っている影響だと思わなくもない。

別に、二人とも楽しそうに過ごしているみたいだから、好きにすればいいんだけどね。

たっちさんの所のセバスは、最初の頃の【鋼の執事】の雰囲気から少しずつ柔らかいものになっているみたいで、話が分かるから割と好きだ。
ただ、たっちさんの所にはこちらから余りメールを送らないようにしているんだけどね。
と言うか、彼に対して返信なり何らかの連絡なりでメールを送る必要がある時は、絶対に昼の時間帯限定にしていたりする。
他の時間帯に彼の所へメールを送らないのは、彼の娘ちゃんのためだ。
流石に、小さな子供に恐怖公の姿を見せるのはどうかと、るし☆ふぁー自身も思うからである。

礼儀作法に関して、セバスが恐怖公と色々と話をしているのは、その小さな娘ちゃんの為のような気がするから、恐怖公で役に立つなら幾らでも聞いて欲しいと思うよ、うん。

ヘロヘロさんの所のソリュシャンは、ここにメール運んで来る女性型のメールペットの中で、数少ない友好的な存在だと言っていいだろう。
一応、源次郎さんの所のエントマも恐怖公に対してそこまで酷い対応じゃないけど、彼女の場合はどこか捕食者的な視点が混じっているような気がして、恐怖公の方が苦手そうなんだよね。
んで、だ。
見た目の影響もあって、恐怖公と上手くやってくれる女性タイプのメールペットはそうそう居ないから、彼女の存在はすごく嬉しい。
きちんと公平に接してくれているだけだろうけど、それでもるし☆ふぁーの元へ主のメールを持ってきておきながら、まともに届けず逃げるように帰っていく事が多い女性タイプのメールペットに比べれば、凄く態度が良いと言っていいだろう。
と言うより、一応メールの配達が自分たちの仕事だと言うのに、まともにこちらに手紙を手渡す事無く、ドアの隙間から投げ込むようにメールを置いていく行動は、流石に躾がなっていないと思う。

これで、恐怖公の部屋が【ナザリックの黒棺】の様に、眷属で溢れて居る状態だと言うなら納得するけど、ここに居るのは恐怖公だけなんだからな。

恐怖公が苦手なら、るし☆ふぁーが居る時に直接手渡すか、それとも部屋の中に設置してある文箱の中に入れていけばいいだけなのに、部屋の中を確認する事もなく中に投げ捨てていく姿を度々見付けているので、これは十分メールペット用の定例会議の議題に上げて良いものだいだろう。
こちらだって、ちゃんと譲歩して色々と対処可能なようにしているんだ。
仕事放棄に近い行動をするなんて、このままギルメンたちが自分のメールペットたちに常識の範疇内の行動の必要性の躾が出来ないなら、こちらにだって考えがある。

うん、【ユグドラシル】にあるメールペットの躾が出来ていないギルメンの部屋に、恐怖公の眷属を送り込んであげるとしようかな。

もちろん、これに関しては単純に【るし☆ふぁーからの悪戯】だと思われたら困るし、ちゃんと会議の際に改善要求とその期限を切った上で、改善がこのまま出来ないならそうしますって事前勧告をしておくべきだろう。
多分、こちらの行動の意図を勘違いされたまま実行しても、恐怖公に対して更に苦手意識を持たれて嫌われるだけだし。
幾ら恐怖公が寛大な性格をしているからと言っても、あんな態度を取り続けられたら傷付くんだからな。

そう思っていたのは、最初の二か月だけだ。

どうして、るし☆ふぁーの考えが変わったのかと言うと、理由は実に簡単な話だ。
恐怖公よりも、メールペットの間で問題行動ばかり起こして嫌われる存在が出来た事から、微妙にだけど彼らの態度が変わってきたからである。
そう、【メールペット最大の問題児アルベド】の出現によって、メールペットたちの中でも色々と本当に迷惑な行動がどういう事なのか、だんだん理解出来るようになってきたのだ。

【人の振り見て、我が振り直せ】

その言葉通り、アルベドがメールを運んで来る度に傍若無人な振る舞いを受けた彼らは、彼女の行動に腹を立てつつ、ふと気付いたのだろう。
滅多にメールを配達する事はないものの、自分達もるし☆ふぁー宛にメールを配達する際に、傍から見れば顔を顰められる行動を取っていたのだ、と。
今までの行動を思い返してみれば、恐怖公は礼儀正しく自分達にも主にも嫌がる行動をした事は一度もない。
むしろ、彼らの態度を見て苦手意識を持たれている事をすぐに察すると、メールを届けるとすぐに暇乞いをして帰るのが当たり前になっていた。
他のメールペットの様に、きちんと彼の事を遇していないのは自分たちの側なのに、それを気にする様子も見せない紳士ぶりをいつも発揮してくれていて。

そんな風に反省したのか、今までるし☆ふぁーの所にメールを投げ込む行動をしていたメールペットたちが、何とか文箱にメールを配達するようになり、自分から少しずつ恐怖公に歩み寄ろうと言う態度が見え始めたので、こちらも矛を収める事にしたのである。

それにしても……と、現状を前にしてるし☆ふぁーはうっそりと嗤う。

メールペットを決める際、アルベドの飼い主のタブラさんも恐怖公の事を全面否定した一人だ。
そう、彼はあの時【あれを選ぶ変人はいないでしょう】と言って退けた張本人である。
るし☆ふぁーが恐怖公を選んだ後も、【せっかく自分の理想の存在をメールペットに出来るのに、恐怖公を選ぶなんてるし☆ふぁーさんは変人ですねぇ】と、まるでるし☆ふぁーがおかしいと言わんばかりに追撃の言葉をくれた事は、今も忘れていない。

だが、実際にこうしてふたを開けて見れば、まともに自分のメールペットを育てられなかったのは、るし☆ふぁーではなくタブラ自身だった。

それも仕方がないと、るし☆ふぁーはひとりごちる。
実は、アルベドをタブラさんがメールペットとして選んだ時点で、まともに育てられないだろうとるし☆ふぁーは踏んでいたのだ。
そもそも、あの設定厨のタブラさんがあらゆる設定を盛り込んで作り上げた、彼の【究極の理想のNPC】とも言うべきアルベドを、育成系ソフトであるメールペットで設定通りになるように気を配りながら成長させるなんて、それこそ狂気の沙汰でしかない。
と言うより、タブラさんは【交流型育成系ソフト】の意味を、きちんと理解していないだろう。
多分、自分一人だけしか関わる事なく育成するタイプなら、かなり細かい手順を踏んだ上で何とか育てられたかもしれないが、これは人と関わる交流型だ。
むしろ、周囲の影響を受ける事も踏まえたら、先ず選んではいけないNPCだっただろう。
それを察していながら、るし☆ふぁーはあえて忠告しなかった。

あんな無茶な理想の存在を、本気で育てられると思うなら育てて見れば?

ちょっとだけ、そんな暗い思いがあったのは確かだ。
そして、予想通りの結果になった事を会議の報告で聞きながら、こっそりと嗤う。
多分、自分が【何を間違えたのか】と言う事を理解していないタブラさんでは、アルベドの事を躾し直す事は出来ないだろう。
そんな風に考えつつ、るし☆ふぁーは恐怖公にメールの配達を頼む。

「さて、今日はペロロンチーノさんの所にメールを持って行ってみようか?」

今夜の予定では、ペロロンチーノさんの欲しがっているアイテムを狩りに行くと言う話を、朝のモモンガさんからのメールで知っている。
それなら、事前に参加する事を希望するメールを送るのは当然の話だから、メールを送る事を迷ったりはしない。

多分、るし☆ふぁーからのメールを持った恐怖公の突然の来訪を受けて、ビクビクしているだろうシャルティアとペロロンチーノさんの姿を思浮かべつつ、るし☆ふぁーの愉快な毎日は過ぎていくのだった。




るし☆ふぁーさんは、こんな感じです。
別に、ギルメンに対する悪戯心とかじゃなく、真面目に恐怖公を選ぶつもりだったところに茶々入れされて、結構機嫌を損ねてますよ、うん。



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武人建御雷と、武士見習いの試行錯誤の毎日

今回の話は、この人になります。
この話もまた、ちょっとだけ今までとは毛色が違うかも。


武人建御雷は、周囲が思う以上に割とマイペースな戦闘狂である。

とは言え、【リアル】では周囲に対して自身の戦闘狂の一面を見せている訳じゃない。
むしろ、【リアル】での彼の仕事は真逆と言うべき会計事務所の会計士という、バリバリの事務職勤務なので、普段出来ない事を【ユグドラシル】で解消している、典型的なタイプだった。

彼自身、「もし、生まれる時代が選べたなら戦国時代に生まれたかった」と本気で思っているのを知っているのは、このギルドの中でも特に仲が良い弐式炎雷くらいだろうか。

いや、実際にはこのギルドの中にもう一人だけその話をした人物が居たりするのだが、その相手はそこまで気に留めていない様なので建御雷本人も忘れがちだったりする。
そんな彼だからこそ、ギルド【アインズ・ウール・ゴウン】として、未探索ダンジョンを初見一発攻略なんて無茶な挑戦をするのに真っ先に賛成する事も出来たのだ。
実は、初見攻略が終わった当日の夜、「あの意見で、話の流れが変わりました。ありがとうございます。」と改めてモモンガさんからお礼のメールを貰っていたりする。

本人的には、思い切り無茶だと思える様な冒険をしてみたかっただけなのだが。

そうして、見事に初見攻略を果たした【ナザリック地下墳墓】を拠点にした際、建御雷にも階層守護者となるNPCの設計を任される事になった。
彼が作るNPCが請け負う階層は、雪と氷で閉ざされた構成になると言う第五階層。
その話を聞いて、建御雷がすぐに決めたNPCのコンセプトは【武人】だった。
当然、雪と氷に閉ざされた第五階層を請け負うのだから、そのNPCが持つ属性は氷系のものが良いだろう。
出来れば、常時発動型スキル(パッシブスキル)で、歩くだけで床を凍らせるとか出来ると格好が良いかもしれない。
そんな風に、自分の中にある理想の形を思う存分に詰め込んで出来上がったコキュートスを前に、悦に入ったのは弐式炎雷と二人だけの秘密である。
そうして、少しずつナザリックの中が完成して言った頃、ギルメンの一人が急にログインしなくなった。

理由を聞いたら、なんでも飼っていたペットが死んでしまったショックで、とてもログイン出来る心境ではないらしい。

本人にとって、そのペットは家族同然の存在だったらしいから、これもまた仕方がないかもしれないと思いつつ、建御雷は小さく溜め息を吐いた。
正直言えば、あの世界でペットを飼えるだけの財力を持っている時点で、他のギルメンよりもかなり恵まれていると思う。
件のギルメンに、その自覚があるのかについては横に置くとして、このままログインしない状況を続けるのは良くない。
今はまだ、内容が内容だけにギルドの面々は同情的だが、それも長くは続かないだろう。
そこから、アインズ・ウール・ゴウンが分裂する切っ掛けにならないか、それだけが建御雷にとって気掛かりだった。

折角、今のギルドはモモンガさんがギルド長になった事で上手くいっているのに、そんな理由でギルドがコケたりしたら、本気で泣くに泣けない所だ。

何と言っても、クラン時代にあったあの大きな亀裂が原因で、既に一人【ユグドラシル】そのものを引退する事態になっている。
それを考えれば、今回の一件だって本当なら悠長に構えていられる案件じゃない。
とは言え、現時点でそれを肌で感じて理解しているのは、多分ごく僅かしかいないだろう。
例えば、件のギルメンがログインしなくなってすぐに何らかの対策が取れないか考えた上で、【電脳空間でペットを飼えないか】と思い立ち、情報収集に動いたヘロヘロさんなどだ。

一応、件のギルメンは一週間程で復帰してきたが、飼っていたペットを思わせるモンスターの姿を見ると、瞬間的に手が止まって攻撃を受けそうになっているので、別の意味で拙いかもしれない。
一応、本人も「このままではいけない」と言う事は判っているらしく、出来るだけ自分が狩りに参加する前に狩場に居るモンスターを確認して、大丈夫そうならそのまま参加する様にしている様だった。
多分誰もが、まだ彼が本調子ではない事など気付いていて、色々と気を回している。
流石に、微妙な空気が流れそうになった時だった。

ヘロヘロさん達が、様々なテストを終えたメールペットの事をギルメンたちに伝えたのは。

どういう存在なのか、ヘロヘロさんが代表して概要を話すうちに、ギルメン全員が浮足立ちかけていた。
彼らにしてみれば、自分が作ったナザリックの中にある思い入れのあるNPCをそのまま自分のメールペットとして飼えるのだと言う話なのだから、それも仕方がない事なのだろう。
その際、うっかりるし☆ふぁーさんを怒らせる発言をした奴らが何人かいた為に、彼のメールペットが恐怖公になると言う事態が発生して阿鼻叫喚を引き起こしていたが、それは自業自得だと建御雷は一切口を挟んでいない。
建御雷は、彼らの様に特に恐怖公が苦手と言う事もないから、本人の自由意思が優先されるべきだと考えたと言う理由もあるし、何より彼らの方が喧嘩を先に売ったのだ
今回に限り、るし☆ふぁーさんには何の非もなかったので、口を挟む気にもならなかっただけとも言うが。

とにかく、メールペットは全員配布される事になり、建御雷の手元にもメールペットが引き渡される事になった。

このメールペットの開発の為に、ギルメンの中にはウルベルトさんの様にそこまでプログラムとかに詳しくないにも関わらず、いつの間にかヘロヘロさん達に協力していた人もいたらしい。
もっとも、ウルベルトさんに関して言えば、以前から何らかの形でデミウルゴスを【リアル】に再現出来ないか考えているらしい話を聞いていたので、今回の話は文字通り渡りに船だったのだろう。
それこそ、その為に必要な事だとヘロヘロさんに言われたら、何でも事は手伝った筈だ。

こういう事は、自分で無理に推し進めるよりも専門家に任せた方が、間違いなく話が早く進むからな。

そんな訳で、建御雷の所に来たコキュートスを前に、どう彼の教育をしたものかと色々と悩む。
建御雷としては、コキュートスの事を【ナザリックNPC】として作り上げた様に、出来るだけ自分が思い描く様な武士か侍の様に育て上げたいと思うのだが、どちらかと言うと戦う事だけしか考えない猪武者に近い自分が、本当にそんな風に彼の事を育てられるか迷う所が多いからだ。
特に、コキュートスはこれからメールペットとして他のギルメンの元を訪れるのだから、向かった先での挨拶などそれ相応の礼儀作法を身に着けていないと流石に拙いだろう。
その事で、後からコキュートスが恥を掻いたり仲間内で困ったりするのは嫌だった。

では、何か自分の希望に沿う丁度良い資料が無いか探して、それを参考にしながらコキュートスを育てればいいのではないだろうか?

そう考えた建御雷が選んだ資料は、自分が暇な時間がある時に割と好んで見る時代劇のデータだった。
基本的には、それを参考に武士のあり方をレクチャーしつつ、コキュートスの性格に合わせて微調整しながら育てればいいだろう。
ただし、時代劇に出てくる内容によっては、実際には色々と脚色され過ぎている部分もあるらしいので、ちょっとだけ注意が必要だろうが。

下手に、時代劇の話の展開を盛り上げる為に脚色を盛り過ぎただろう、完全に間違っている情報を教え込んで、後で正しい情報を前に指摘される様な事態になったら、それこそ建御雷にとってもコキュートスにとっても黒歴史になりかねない。

その為にも、正確な戦国から江戸時代の武士の文化等に関する話は、大学教授だと言う死獣天朱雀さん辺りに聞いてみるつもりだった。
彼なら、建御雷の為に割と簡単な講義と言う形で教えてくれるか、それとも関連するデータ資料のアドレスを渡してくれそうだ。
確か……以前、ギルド内で何人かのギルメンと一緒に雑談した際、彼自身が教えている専門分野ではないものの、それなりに詳しいと言う事を前に聞いた事があるからな。
この際、頼れるものは全部頼るべきだろう。

どうしても、この手の本格的な専門知識が欲しいと思った場合、建御雷だけでは探すのが大変だからだ。

もちろん、自分の時間に余裕があればゆっくり探す事が出来ると言う奴もいるだろうが、残念ながら仕事柄そんな余裕がるなら、建御雷は【ユグドラシル】にログインする方を選ぶだろう。
別に、コキュートスの為に割く時間が惜しいと言っている訳じゃない。
現在進行形で、ナザリックはギルドホームとして罠系のギミックを追加している状況だし、当然だがNPCたちの装備や武器だって色々と追加している最中だ。
だったら、建御雷は少しでも狩りに行く回数を増やして、コキュートス為に武器を作ってやりたい。
種族的な問題で、コキュートスは装備を身に着ける事が出来ないのだから、その分も他のNPCより余計に良い武器を持たせてやりたかった。

つい、現時点でのギルメンの大半の意識が、自分の手元に来たメールペットの方に向いている気がするが、最終的にはメールペットとNPCのデータを完全にリンク出来ないか、運営から文句が来ないレベルで試していく予定なのだから、こっちを放置するのもおかしいだろう。

ある程度リンク出来たら、このデータを元にして運営と交渉して追加システム化をするか、無理ならギルド内だけの運用の許可を取る予定だと、ヘロヘロさんは笑って言っていた。
その際は、運営と交渉にする際のバックアップとして、たっちさんが奥さん側の実家の協力を得られる様に、話を付けてくると言う。
自分の実家よりも、たっちさんの娘を出来れば跡継ぎに欲しがっている奥さんの実家の方が、色々と娘さんから話を通し易いらしい。
まぁ、このメールペットの存在が色々と娘さんの成長に繋がるなら、いい影響を与える存在として奥さんの実家側としても文句がないのだろう。

たっちさんの娘と言えば、コキュートスの奴が彼女の事を【姫】と呼んでいるらしい。
これは、これは自分がコキュートスの教育用として見せている、様々な時代劇の影響だろう。
どうやら、建御雷たちギルメンを自分が仕えるべき主と認識しているので、その娘さんは【主君の姫】と言う考えになるらしい。

色々と自分なりの調整の為に、かなり遅れていた初めてコキュートスを使いに出す相手として、丁度【ギルド内PVP】の打ち合わせをする予定だった事を思い出した建御雷が、そのままたっちさんにメールを届けさせたその日の夜、予定通りの時間に落ち合ったたっちさんからその話を聞かされ、ちょっとだけ何とも言えない気持ちになったのも、今では笑い話の一つだったりする。

それはさておき。
建御雷の朝は、それなりに早い時間から始まる。
一応、それなりに早い時間に起きる程度で済んでいる理由は、俺が勤める会計事務所の最大顧客が、基本的に夜の営業がメインな為、営業後に休んでいる可能性が高い朝の早い時間帯にこちらが出向くのを嫌うからだ。
まぁ、それだけで大体どんな場所か大体の人間が察するだろうが、簡単に言ってしまえば娼館である。
時代劇風に言うなら、岡場所や花街と言う表現もされていた【新吉原】と言えば分かり易いかもしれない。

建御雷の会計事務所は、その新吉原一帯の経理の一切を任されている。

そんな相手の都合もあり、建御雷の朝は多分モモンガさんやヘロヘロさんに比べれば、確実に遅いだろう時間に始まる。
実際、建御雷が朝起きてメールソフトを立ち上げてみると、既にモモンガさんの所のパンドラズ・アクターがメールを持参してきていて、コキュートスと話をしているなんて事も結構あったりする。
因みに、コキュートスとパンドラズ・アクターだが、まぁそれ程仲は悪くない感じだ。
どちらかと言うと、元になったナザリックのNPCが生産系がメインで構成されている関連からかもしれないが、パンドラズ・アクターはモモンガさん譲りの穏やかな性格だと言う事も、上手く俺のコキュートスと仲良く出来る要因かもしれない。
モモンガさん自身に聞いた話だと、割とあちらでは二人で手合わせなどをしているらしいが、こちらでは沢山ある武器を前に武器談義をしている事も多かったりする。

多分、メール配達中はコキュートスに武器を一つしか持たせていない事も、この場で武器談議に興じる要因の一つになっているのかもしれない。

パンドラズ・アクターと同じ位の確率で、朝起きたら既にメールを届けに来ている場合が多いのが、ウルベルトさんの所のデミウルゴスだろうか?
これに関しては、ウルベルトさんの仕事の状況次第で起きる時間が変わるらしいから、実際はデミウルゴスが早朝に来る回数が少ない月もあるけどな。
とにかく、デミウルゴスは割と早朝に来る事が多いが、夕方のログイン前に来る事も多い。
これもまた、ウルベルトさんの仕事の都合だから仕方がないが。

コキュートスとデミウルゴスは、性格やら構成やら考えると真逆の様な存在だと思っていたが、建御雷が考えていたよりも割と仲が良い。

違いすぎる立ち位置が、逆に上手く填まったからこそ上手くいっている関係かもしれないし、建御雷とウルベルトさんの関係を引き継いでいるのかも知れなかった。
彼とは、素材狩りの為に良く組む仲間でもあるし、割と話していると気が合う相手でもある。
建御雷の前では、デミウルゴスとコキュートスは色々と本を片手に話し合っている姿が多い。
ウルベルトさんの所では、一緒に備え付けのバーカウンターで飲んでいる姿を見られるらしいから、ちょっとどんな様子なのか気になる所だ。

そんな、コキュートスがそんな風に寛いでいる姿を、建御雷も余り見た事がないからだ。

もちろん、ここがコキュートスの自宅と言う事もあって、全く建御雷の前で隙がない訳じゃない。
自分理想の武士になる為に、まだまだコキュートス自身も学ぶ事も多いからか、気を張っている部分も多いのかもしれないとは思う。
だが……出来れば、建御雷もコキュートスと差し向かいで酒を飲めるなら飲みたい所だ。

コキュートスは、建御雷にとって大切な一人息子の様な存在に近くにっているのだから。

まぁ……そんな感じで、多少ウルベルトさんに……と言うか、デミウルゴスに対して多少の羨ましさを感じつつ、デミウルゴスと仲良くしているのは良い事だと、建御雷はのんびりと見ていたりする。
他に、コキュートスと仲が良いのは……そうだなぁ、るし☆ふぁーさんの所の恐怖公だろうか?
るし☆ふぁーさんは、ギルドの中では色々とやらかしていて【ギルド一の問題児】として扱われている。

これに関しては、自分も悪戯の対象になった事があるので建御雷も承知しているが、個人的にコキュートスと恐怖公を介してメールをやり取りする様になってから知ったのは、実際はもっと思慮深い所がある相手だと言う事だ。

それは、恐怖公の育成具合を見れば良く理解出来るだろう。
これでも、新吉原などと言う場所に仕事の都合で関わる関係上、それ相応の人を見る目を持たざるを得ない建御雷の目から見て、恐怖公はそこらへんに居る富裕層の似非紳士共よりも、余程人格者の紳士だと思える程だ。
それはつまり、【ユグドラシル】でのNPC設定を忠実に守る様な紳士としての教育を、るし☆ふぁーさんが恐怖公に施したと言う事になる。
礼儀作法だけでなく、この短期間でその人格にまで紳士としてきっちり仕上げて育て上げてくる時点で、るし☆ふぁーさん自身も確実に富裕層出身だと考えて良い。

とすれば、もしかしなくてもギルメンの中では割と年上の方に当たるんじゃないだろうか?

【アインズ・ウール・ゴウン】は、初期メンバーが全員社会人だった事もあり、後続加入メンバーにも二つの原則が付いた。
一つは、異形種である事。
これに関しては、見るまでも無く異形種ギルドである以上、所属するなら異形種と言う括りになった。
二つ目が、社会人である事。
こっちは、他のギルメンが社会人としての経済力をもって重課金している事から、まだ自分自身の経済力がない学生は遠慮して貰っているのである。
そう考えると、後続メンバーの一人であるるし☆ふぁーさんが富裕層出身で最高学歴となる大学まで通っていた場合、就職した後に加入した事も考慮して年齢は現時点で最低でも二十三歳以上と言う事になる。
だとしたら、悪戯などをしている事が少々幼稚な行動の様な気もするが、もしかしたらゲーム内でギルメンに対して悪戯をする事で、スキンシップ取ろうとして失敗していたのかもしれない。

悪戯は、人の気を引く為の一つの手段だからな。

るし☆ふぁーさんの性格や【リアル】に関して、多分これで合っているだろうと言う推測はこんな所だが、もちろん本人に確認するつもりもなければ他人に言うつもりもない。
流石に、るし☆ふぁーさん本人が言わないで黙っている事を、推測だけで建御雷がギルメンに対して話していい案件だとは思っていないからだ。
こうして、割と小まめにメールのやり取りをする様になってから、建御雷もるし☆ふぁーさんの性格が本当はどんな感じなのか理解したので、メールのやり取りすらまともにしていないギルメンは気付けないだろう。

コキュートスも、建御雷と同じ様な印象をるし☆ふぁーさんに感じているらしく、割とメールを届けに行くのを楽しみにしている気がする。

弐式さん……あー、本当は弐式やんと言いたい所だが、なんか微妙な気がしたんで弐式さんでいいわ。
で、弐式さんの所のナーベラルも定期的にメールを持参してくれる。
見た感じ、俺達二人と同じ様に彼らも気が合うのか、二人だけにしておくと割とナーベラルもコキュートスも羽目を外して滅多に見れない表情とかを見せてくれるので、基本的にナーベラルがメールを持ってきている時は、電脳空間に姿を見せない様にしていた。

いや、うん……流石に、もしコキュートスがナーベラルの事をそう言う意味で気に入っていたとしたら、お邪魔になっちまうからな。

そう言えば、一人だけうちに来る度にコキュートスを【裸族】とからかっていく嬢ちゃんがいた。
茶釜さんの所のアウラだ。
正直、メールの配達で顔を合わせた際の軽口の合間に出てくる程度ではあるが、コキュートスの種族的なものなのでどうする事も出来ない案件である。
一応、一緒にメールを持ってきているマーレが諫めようとしてくれているし、本当に邪気の無い軽いじゃれ合い程度で言われる事がある程度だが、彼女たちが帰った後で地味に本人が傷付いているのが判るから、出来れば辞めてやって欲しい所だ。

本当に、アウラはそう言うからかいの語彙をどこで覚えてきたのやら。

この辺りは、今度の定例会議の後にでも茶釜さんに相談してみるとしよう。
人様の所のメールペットを、こちらの考えだけで勝手に叱ってしまうのは拙いだろうし、親に当たる茶釜さんから言われた方が、自分が悪かった点などを反省するだろうし、何よりアウラ本人も納得出来ると思うからだ。
多分、アウラ本人は気軽な軽口程度の認識だろうから、俺が叱るよりも茶釜さんに叱られたらかえって重く受け止めてしまうかもしれないが、この辺りは要反省案件として我慢して貰うとしよう。

メールが良く来るメンバーは、今挙げた面々が殆どかな?

後は、冒頭で挙げたたっちさんの所のセバスくらいだ。
どちらかと言うと、セバスもメールを運んでくる事は少ない気がする。
うちのコキュートスは使いに出すけど、「返事はログインでいないのでは無ければ、当日顔を合わせた時で構わない」とメールに書いているからだろう。
大概がたっちさんへのPVPの申し込みメールだから、そこまで返事を急ぐ必要が無いものばかりだからだ。
他の連中からもメールは来る事は来るが、そこまでの頻度ではない。
だから、建御雷は知らなかった。

今、それぞれの自分以外のギルメンや、コキュートス以外のメールペット間で問題になっているあるメールペットの事を。

いつもの様に、メールペットの育成自慢で始まった定例会議は、全員の発表が終わるのを待っていた茶釜さんの発言によって、その問題のメールペットであるアルベドの主であるタブラさんに対する非難の声が相次いでいた。
正直、今回の一件は一切知らない状況だった事もあり、建御雷にはそれに関してどう口を挟んで良いのかいまいちよく判らない。
これが、何かのクエストなどの攻略に関する話し合いとかなら、多少事情が分からなかったとしても幾らでも口を挟んだだろう。
だが、実際に一度も経験していなければ、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う事を口にする方が、別の意味で余計な騒動に発展しそうな気がしたから、口を挟めないのだ。
そう……実は、タブラさんと建御雷の間では、今まで一切のメールのやり取りがなされていない。
何故なら、ほぼ毎日の様にこの二人は【リアル】で顔を合わせている為、わざわざメールのやり取りをする必要が無いのだ。

だから、彼らが問題だと言うアルベドの行動の被害に、建御雷やコキュートスが遭う筈がないのである。

当然の話だが、タブラさんとのメールのやり取りが無ければ、アルベドが建御雷の元を訪ねてくる事も無いので、暴走しているだろう彼女による被害に遭う事もなく、完全な蚊帳の外に置かれていたと言っていい。
そんな状況下で、建御雷に何が言えると言うのだろう。
本音を言えば、タブラさん側の様々な事情を知る身として、ある程度まで彼の事を庇った後できっちりと弁明させてやりたい。
だが、それをするにはどうしてもタブラさん側の【リアル】事情やら、自分たちがお互いに顔見知りである事やらを説明する必要がある。

流石に、それをタブラさんが許すとは、建御雷にはとても思えなかった。

だからこそ、建御雷はその場で沈黙を守るしか出来なかったのだ。
今回の一件は、最終的に【タブラさん自身がアルベドを躾直せるかどうか、しばらく様子を見る】と言う事で、なんか話が落ち着いた。
と言うか、それ以外にタブラさんが受け入れなかったのである。
まぁ、ギルメンたちが思っている以上に、タブラさんはある一部分で頑なな所があるからな。
ギルメンたちは、「タブラさんの拘りゆえの反応」だと考えてくれている様だが、実際はそれだけが問題じゃない。
全部事情を知るが故に、建御雷は大きく溜め息を吐くしか出来なかった。

「一先ず、明日会った時にきっちり説教は確定だとして……俺に、タブラさんに今回のアルベドの一件がどんな風に問題があったのか、理解させられるのか?
あの、下手に頭が良すぎて語彙が豊富な分、周囲から見て時々本来の話から一周回って全く別の論点で話している事が多い、あのタブラさんを?
……あー……流石に、俺には荷が重い気がするなぁ……」

思わず、深々と溜め息を吐きながらそう呟いてしまった建御雷は悪くない筈だ。
だが、ここでタブラさんに対して建御雷が手を差し伸べなければ、彼は自分のどこが悪いのか理解するまで相当の時間が必要になるのは間違いない。
しかし、この状況下ではそこまでギルメンたちは待ってくれないだろう。

と言うよりも、多分メールペットたちが待ってくれない。

そう建御雷が考えたのは、ウルベルトさんがあの会議が終わった後に小さく漏らした言葉を、彼もまた耳にしていたからである。
もちろん、それだけですぐにメールペットたちが「何かしでかしそうだ」と、そう考えた訳じゃない。
あの後、タブラさんの説教をきちんとする為には今回の騒動を改めて理解しておく必要があるだろうと考え、それぞれ纏めて提出された被害報告を読んでいるうちに、直感的に感じたのだ。

これは、ギルメンたちが思っている以上に、メールペットたちの方が煮詰まっているんじゃないか、と。

むしろそう考えた方が、ウルベルトさんの言葉にも納得がいく。
とは言え、この件は今の時点ではまだギルメンたちの耳に入れない方が良い気がした。
彼らは、総じて親バカならぬメールペット馬鹿の傾向にあるので、多分建御雷がこの事を彼らに対して話しても「うちの子に限って」と言った感じで否定するだけだろう。
そう言えば、あの時ギルド長であるモモンガさんも、建御雷と同じ様にウルベルトさんが漏らした言葉が聞こえていたらしい。
彼の言葉が聞こえた直後、とても驚いた様子だったから多分間違いないだろう。
彼の性格なら、あの場でウルベルトさんに伝言を速攻で尋ねるか、それとも帰宅後にメールを送るどちらかの手段で、事の真相を問い質しているんじゃないだろうか?

あれで、慎重だけど必要だと判断した時には大胆な選択も出来るモモンガさんだし、こんな揉め事の気配を察知してそれを放置しておくとは、あの人の性格から考えてもとても思えないからな。

そんなモモンガさんの質問に、ウルベルトさんがどこまで答えてくれるは判らないが、あの人もあれで細かい所に気を配れる人だから、それなりに答えてくれるだろう。
ウルベルトさんも、ギルド内に余計な火種を抱えるのは嫌な筈だ。
今回、デミウルゴスが被害に遭って居ないという事だし、他のギルメンよりは少しだけ精神的に余裕を持って対応してくれそうな気もする。

どちらにせよ、建御雷には自分に今出来る事をする以外、選択肢はないのだが。

溜め息を吐きながら、建雷御はコキュートスが待つメールサーバーに降りると、毎晩寝る前にしている習慣をこなす事にする。
それは、コキュートスがその日に見た時代劇の感想を話し合う事だった。
色々と忙しい仕事の都合上、余り時間を取って構ってやれない分、夜に纏めて話をする事で少しでもコミュニケーションを取る様にしている。
好きなものの事なら、普段は余り喋らないコキュートスの口も饒舌になると、そう判断したからだ。
そして、それは間違いじゃなかった。
一日の出来事も含めて、コキュートスは様々な事を話してくれる。
そんなコキュートスを前に、まだまだ彼との生活は試行錯誤な日々だなと、ひとりごちるのだった。



という訳で、長らくお待たせいたしました。
建御雷さんの話になります。

建御雷さんだけは、本気でアルベドの件は蚊帳の外でした。
もし、この件を事前に察知していたらもっと話は変わっていたと言う。
そして、タブラさんに関して色々と実情を知っている人物でもあります。

皆さん、この二人がどんな関係なのかとか、建御雷さんから見たタブラさんがリアルでどんな立ち位置に居る人なのか、読みたいですか?
pixivでもお尋ねしているのですが、読みたいかどうかご意見を活動報告の方にいただけると助かります。


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弐式炎雷と不器用なメイドとの多くの失敗と小さな成功を繰り返す毎日

メールペットシリーズ、今回はこの方のお話になります。


弐式炎雷の朝は、かなり早い。
大手企業の地方支社の一般事務職である事もあり、仕事的な面では始発出勤組であるギルメンよりもゆっくりで構わないのだが、それでも早く起きているのにはそれなりの理由がある。
ヘロヘロの手によって、アインズ・ウール・ゴウンのギルメン全員に配布される事になり、彼の家にやって来た可愛い娘の様なメールペットが、色々と自分の仲間たちの噂を聞き付けては自分でも実行しようとした結果、色々と困った失敗をやらかしてくれているからだ。

そう……弐式炎雷が、自分のメールペットとしてNPCの中から選んだのは、自分が作った戦闘メイドプレアデスの一人であるナーベラルである。

彼女なら、弐式炎雷が自分で色々と組み上げたNPCだから、メールペットとして自分と上手くやっていけるとそう思っていたのだ。
他の仲間たちも、基本的に自分が作ったNPCをメールペットにしてた事も、彼女を選んだ理由の一つだったのだが……実際に受け取って彼女の事を育成し始めてから、弐式炎雷は思わぬ問題に気付かされる羽目になった。
もし機会があるなら、他の仲間たちの所では同じ様な状況になっていないのか、出来れば聞いてみたいと思う様な彼女の問題点。

それは、ナザリックのNPCとしての意識が影響しているのか、それとも仲間の一部が色々と主の世話をしている事を知ってしまったからなのか、ナーベラルが弐式炎雷に対して彼に仕えるメイドとして色々とリアルの世界に干渉しようとしては失敗し、結果的に予想外の被害を出している事だった。

もちろん、最初からナーベラルはそんな行動をしていた訳じゃない。
最初の頃は、ナザリックにいるNPCの【ナーベラル・ガンマ】のデータをダウンロードされただけの、ごく当たり前のメールペットとして弐式炎雷が頼んだメールの配達を中心に、普通に過ごしてくれていたのだ。
そんな彼女に変化が起きたのは、お互いにメールのやり取りをする事で他のメールペットとの交流するうちに、デミウルゴスや恐怖公といった、主のお世話をするタイプのメールペットがいる事を知った頃だろうか?

今思い返してみれば、自分と同じメールペットの彼らに主のお世話が出来るなら、自分にも出来る筈だと思い込んでしまったのだと思われる。

デミウルゴスは、サンプリングデータを取る為に最初期から活動しているメールペットの【始まりの三体】の一体であり、データ容量が他のメールペットとは違っているので、そもそも比較対象にはならない。
ウルベルトさんによるバックアップの元、あらゆる面での知識の収集に余念がないデミウルゴスは、既にメールペットの枠を超えている気もするが、それはそれとして。
正直言って、彼はギルメンが持つほぼ全てのメールペットの【祖】に当たる様な存在なのだ。

他のメールペットより、出来る事が多いのは当然である。

同じ様な理由で、【ナザリック】ではナーベラルの姉妹であるソリュシャンも、主のお世話が出来るメールペットとして挙げていいだろう。
彼女も、【始まりの三体】として最初期から存在している上、現在進行形でヘロヘロさんの公私共に手伝いをしている万能系メイドなのだが、姉妹の彼女に出来るなら自分にも出来るのではないかと、余計にナーベラルが思い込んでしまった可能性もある。
正直、彼女もまたナーベラルとは根底のスペックが既に違っているので、比較対象にしていい存在ではない。

その辺りを、ナーベラルがちゃんと理解出来ていたら、ここまで暴走していなかっただろうが。

主のお世話系メールペットとして、最後に名前が挙がるだろう恐怖公は、あのるし☆ふぁーさんが本気でそれはもう綿密な育成プログラムを最初の段階で組み上げて一気に紳士まで育て上げた、これまた別格のメールペットだ。
これに関しては、メールペットを決める彼を怒らせる様な真似をしたギルメンたちに対して、本気で見返す為に情熱を注いだ結果なので、別格と考えるべき存在だろう。
彼もまた、ウルベルトさんと同様に恐怖公の為に様々な知識を与える事に余念がないし、それに対してきっちりと期待に応えている恐怖公の努力を考えれば、彼と比較する方が間違っていると言っていい。

そもそも、ギルメン達はメールペットに対して癒しを求めてふわふわに育てているんだから、普通のメールペット達がそんな事が出来る様になるまでには、それこそ長い時間を掛けて様々な事を学習して出来る様になっていくという、段階を踏む必要がある案件なのだ。

どうやら、ナーベラルにはその辺りが良く判っていないらしい。
他の、大半のメールペットたちが普通に主との交流を楽しんでいる中で、彼らの様な【お世話系メールペット】の存在はある意味特殊ケースだというのに、自分にも出来る筈だと思い込んでしまったのは、弐式炎雷側にも実は問題があった。
彼女が、自分には向いていない方向で動き始めたばかりの頃、どうしてそう言う行動をしているのか、その理由を深く考えもせずに手放しに何かを手伝おうとする行為そのものを誉めてしまったのが悪かったのだろう。

ここでもう少しだけ、ナーベラルに対して弐式炎雷が彼らの様な特殊ケースとの違いを言うべきだった。

更に不味かったのが、その少し前に弐式炎雷側にうっかりミスを起こして予想外の状況になり、その結果としてナーベラルに妙なやる気を持たせてしまった事だろう。
そう、弐式炎雷がついうっかりと言った感じのミスを引き起こした為に、ナーベラルが自分に向いていない方向で努力をしようと本気で頑張り始めてしまったのだ。
もちろん、後で弐式炎雷もその事に気付いて何とか彼女の考えを修正しようとしたのだが、どうしても無理だという前に泣かれてしまって、どうする事もない状況を作り出してしまった切っ掛けの一件。

それは、【ナーベラルによる、弐式炎雷のリアルの職場の同僚への罵倒事件】である。

その日、弐式炎雷は前日の夜にギルメンと赴いた狩りに時間が掛かり過ぎて、睡眠時間がかなり少なく寝不足の状態だった。
普段なら、自分のリアルの職場でメールを立ち上げている際はもっと周囲に注意しているのだが、この日ばかりは前日夜更かしによる寝不足が祟り、かなり注意散漫だったのだ。
そう……こっそりと近付いてきた職場の同僚の存在に気付かず、うっかりそいつに端末を覗き込まれるのを許してしまう位には。
更に、端末の中のメール受信画面にいるのがメイドだと知ったそいつが、普段から隙が無い弐式炎雷への不意打ちに成功した事に調子に乗って、覗き込んだままナーベラルに声を掛けるのを、彼は阻止出来なかったのである。
運が悪い事に、その男が声を掛けたタイミングがメールを立ち上げたばかりで。弐式炎雷がナーベラルに声を掛ける前だった上、急に声を掛けられた事に驚いた弐式炎雷が操作ミスをして、自分たちがいるリアルの画像とナーベラルの視点を繋いでしまったのだ。
ナーベラルからすれば、主との交流をする楽しみの時間だったのに、いきなり知らない男の声が掛けられたかと思うと、大きな画面が現れて人間の男が覗き込む様に自分の姿を見ていたのである。

こんな状況になって、トラブルが発生しない筈がない。

彼女は、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーとナザリックのNPCの仲間以外、全ての存在を下等な存在と認識しているらしい。
と言うか、元になったナザリック側のナーベラルの設定が、異形種ギルドである事から人間種に対してそう言うものの見方しているのを、弐式炎雷自身がすっかり忘れていた。
自分がノリノリで、色々な昆虫図鑑か虫の名前などの罵倒の言葉を仕込んでおいたのに、だ。

その結果、彼女は弐式炎雷の職場の同僚である【人間】に対して、しっかりと暴言を吐いてくれたのである。

今にして思えば、あの時のナーベラルの反応は突然知らない人間種の顔が大画面で表示された事で、ひどく驚いたのだろうと言う事は、弐式炎雷にも想像が付く。
今まで、ずっと人間の姿など見た事もなかったという点を考えれば、彼女の過剰とも言える反応も仕方がない事だっただろう。
それも含めて、全部、弐式炎雷側がもう少し周囲を注意してからメールを開いていれば、防げた案件でもある。

元を糺せば、勝手に人が起動しているメール画面を覗き込んだ、その同僚の方が余程マナー違反なのだが……ナーベラルが暴言を吐いてしまったのは間違いないので、彼に対してのフォローはちゃんとした。

この男に対してフォローせず、放置しておいて余計な事を周囲に広められる方が、後で状況が掴めない事に発展しそうで色々と困る気がするからだ。
特に、口の軽いこの男に対してナーベラルの事は「【ユグドラシル】のギルド仲間が動作テストとして送って来た拠点用のNPCデータ」だと言う事にしてある。
事実、彼女はナザリックの中で稼働しているNPCなのは間違いないし、AIの担当はヘロヘロさんだから全くの嘘でもない。
それに、こいつも弐式炎雷がユグドラシルをプレイしているのは知っているので、「メールを開いて最初に見た相手に対してあの言葉を言う様に設定してあったんだろう」と言えば、納得してくれた様だった。
拠点用NPCは、設定したルーチンワークでしか動かないから、そいつからナーベラルが見えない様に画面を一時的に落とす動作をしながら「かなり悪戯好きの仲間がいるので、多分そいつからのちょっとした悪戯だ」と笑って説明したのだ。
どうやら、そいつも割とくだらない悪戯を仕掛けてくる奴だったので、弐式炎雷が前に「酷い悪戯好きなギルドの仲間がいる」と話した事もあり、それであっさり納得してくれて助かったとも思う。

ここで、この同僚から下手にしつこく聞かれたら、面倒な事になっていたと思うからだ。

状況的に、この場に留まっていてもメールサーバーを立ち上げるのは難しいと判断した弐式炎雷は、上手くその同僚や周囲に対して誤魔化しつつ端末を片手に急ぎ足で移動すると、人がいない休憩室を選んでするりと身を滑り込ませ、素早くメールサーバーを立ち上げ直す。
急いで立ち上げた先に待っていたのは、いきなり幾つもの不幸な出来事が重なった為に、主である弐式炎雷に嫌われたのではないかと、涙目になっているナーベラルが部屋の隅で蹲っている姿だった。

弐式炎雷が、せっかく初めて昼間の時間にメールを立ち上げてくれたのに、待ち構えていたのはナーベラルが知らない下等な人間の顔で、しかもすぐに弐式炎雷側から端末を閉じられてしまったと言う事実は、酷く彼女を傷つけたのだろう。

どう見ても、【捨てられた子犬】の様な雰囲気を漂わせていて、このまま彼女の事を放置出来る様な状態ではなかった。
慌てて必死に宥めたのだが、ナーベラルはまだ何処かグズグズと鼻を鳴らしている。
そんな彼女の様子を窺いながら、弐式炎雷が出来るだけゆっくりと話を聞くと、やはり知らない下等な人間の姿に驚いて、パニックになってしまっていたらしい。
彼女なりに、その原因である人間の男を追い払おうとした結果、あんな反応になったそうだ。
そんな彼女の話を聞いて、弐式炎雷は人目を気にせず端末を操作した自分が悪かったのだろうと、心の中で反省する。
少なくても、ナーベラルのミスではない。

例え……彼女自身の言動に、かなりの問題があったとしても。

頭を優しく撫でてやりながら、気付かれない様にそっとナーベラルの様子を見ると、漸く落ち着いたのか与えたホットミルクをちびちびと飲んでいる。
だが、これは弐式炎雷が怒っていない事実に安心しただけで、やはり自分が実際に引き起こしてしまったトラブルがどんな問題を生むのか、その辺りをナーベラルはまだ理解出来ないのだろう。
先程も考えたのだが、そもそもこの事態を引き起こす原因を作ったのは、周囲を気にせず外でメール端末を無造作に開いた弐式炎雷自身だ。
職場でメールを開くなら、もう少し周囲を注意しつつ行動しないと駄目だと言う事を忘れていたなど、自分に色々と問題があったのは理解している。

今回の一件は、本当に外で端末をチェックする際の大きな失敗だった。

その一件があってから、ナーベラルは色々と仲間に話を聞いて回ったらしい。
彼らから、自分たちがどんな感じで過ごしているのかという話を聞いた事で、リアルの世界の事情をある程度中途半端な形で把握したナーベラルは、今回の自分の行動が割と大きな失敗だったという事を知ってしまったのである。
それによって、リアルでの弐式炎雷の立場が悪くなったのではないかと不安になり、せめて自分が弐式炎雷の為に出来る事をしようと、色々とやり始めたのが彼女の行動が始まった発端である。
もちろん、彼女が自分の意思で行動する事に関しては、別に弐式炎雷としても大きく反対するつもりはない。
むしろ、ナーベラル自身の成長の証として、心から喜びたいと思う部分はあるのだ。

ただ、人には向き不向きというものがあると言う事を、彼女にもきちんと理解して欲しいとは思うが。

******

リアルの話に傾き過ぎたので、ひとまず話は元に戻すとしよう。

ナーベラルの行動に関して、本音を言えば別に無理をしなくてもなどと色々と思う所があるものの、弐式炎雷本人的には本来の彼女の役目であるメールペットのメール配達に関して言えば、特に問題がある訳ではないので、多少の事までは構わないと思っていた。
少し前にあった会議で議題になった、タブラさんの所のアルベドの様な問題行動はしていないし、それなりに仲の良い仲間もいるのを知っている。
特に、建御雷さん(と言うと、なんか気分が変だから次からは建やんにする)の所のコキュートスとは、かなり仲良くやっているのを知っているので、それならそれで良いとも思っていた。
どうやら、人間関係などはどちらかと言うと親と似た関係を構築している様だ。
子供は親に似るというより、メールの配達回数が多い事に起因しているのだろう。
とにかく、二人でいるとまるでユグドラシルの中でプレイする際の自分たちの様なやり取りもしているのを、何度も見た事があった。

性別は違っても、こんな風に息が合う相手がいるのは、彼らにとっても悪い事ではないと弐式炎雷は思っている。

そうそう、先程ちょっとだけ話に出たタブラさんだが、彼にもちょっとした変化が起きたらしい。
アルベド自身が、出先で取る行動にはそれほど変化がない気もするものの、そんな彼女の代わりをするかの様に、彼の所にメールを配達に行くと、メールペットたちに対してフォロー的な行動をする様になったらしいのだ。
具体的に挙げるなら、ナーベラルがメールを届けに行った際は、今までおやつをくれる程度の相手しかしなかった彼が、メールを受け取った後軽く頭を撫でてくれたり、「いつもメールをありがとう」と一言だけではあるものの、声を掛けてくれたりする様になったと聞いている。
まだまだ、他のギルメンに比べるとメールペットに対してのスキンシップが少ない方ではあるが、それでも以前と比べればかなりの変化だと思える部分だった。

あ、でも……アルベドにもちょっとだけ変化はあったかな。

今までは、とにかくメールを持ってきたらそこのギルメンに引っ付いて離れようとしなかったし、ナーベラルに対して弐式炎雷が目を離した隙にとにかく苛める様な行動をしていた上、中々弐式炎雷のサーバーに居付いて帰ろうとはしなかった。
だけど、最近はギルメンに引っ付くのは変わらないものの、まるで得物を狙った肉食獣の気配じゃなくなったし、ナーベラルに対して何か言っているけどそこまで酷いものじゃない様だ。
だって、いつもアルベドに色々と言われて涙目になっていた筈のナーベラルが、彼女の言葉を聞いても涙目にならなくなっているからな。
そして……今までの様にいつまでも居付いて帰ろうとしないんじゃなく、ある程度の時間になったら自分から素直にタブラさんの所に帰る様になった。

ただし、帰り際に弐式炎雷に対して投げキッスをしていく様にはなったけど。

こうやって考えて見ると、今までのアルベドに比べたらかなりましな行動になった気もするけど、やっぱりまだまだ駄目な行動の域を出てはいないかもしれない。
それでも、次第に改善されていくのならもう少し弐式炎雷としては見守っても良いと、そう考えている。
今回のアルベドの騒動を、実は全く知らなかった(タブラさんとは仕事先で直接会う事から、メールのやり取りをしてなかったらしい)建やんから、二人きりの時に頭を下げられて頼まれたからだ。

タブラさん側にも色々と理由があって、今までメールペットを育てると言う事が良く判っていなかったらしい。

リアルでの知り合いな分、その事情を知っている建やんがフォローに入るから、「もう少しだけ長い目で見てやって欲しい」と彼に頭を下げられたら、弐式炎雷に断る事なんて出来なかった。
それに弐式炎雷も、タブラさんの今回の対応を危なっかしく思っていた一人だ。
彼が、これから少しでも変わる手伝いが出来るなら、喜んで引き受けるつもりはある。

彼も、大切なギルドの仲間なのだから。

そうそう、ナーベラルの親しいメールペットだが、普段からコキュートス以外で特に仲が良い相手の名前を挙げるなら、実は恐怖公だったりする。
彼の主であるるし☆ふぁーさんとの付き合いは、建やんから色々と個人的に付き合ってみたら印象が違っていたと言われて、試しにメールでやり取りを始めたのがきっかけだ。
確かに、るし☆ふぁーさんは色々とギルド内では問題児だったけど、個人的に色々と話を聞くのはとても話題が豊富で思っていたよりも楽しい。
そしてそれは、彼のメールペットである恐怖公にも同じ事が言えると言っていいだろう。
今は、とにかく何でも学びたいと考えているナーベラルにとって、恐怖公は様々な事を教えてくれる丁度良い教師役に近い存在だった様だ。
何より、彼が弐式炎雷の所にメールを運んで来て滞在している間は、アルベドがメールを持参してきたとしても長居する事はないから、色々な意味で助かってもいる。

そう言う訳で、ナーベラルも彼に対しての対応は師を仰ぐ様なそんな感じだと言っていいだろう。

同じ様な存在が、ウルベルトさんの所のデミウルゴスだ。
彼は、元々メールペットでのやり取りが開始された辺りから、ヘロヘロさん達と手分けして他のギルメン達の間で何か問題が起きていないか色々とチェックしてくれているらしく、ナーベラルとデミウルゴスともそれなりに交流があるらしい。
とは言っても、ウルベルトさん本人からはそこまで頻繁にメールが来る訳じゃないから、メールを持ってデミウルゴスが顔を出した時は、割とすごい長話をしている事が多い位だろうか。
デミウルゴスも、同じメールペットの仲間としてかなり面倒見が良い所を発揮しているので、ナーベラルが頑張っている事に対して協力を惜しむつもりないらしい。

弐式炎雷としては、ナーベラルが上手く付き合っていけると安心出来る人物の一人なので、こんな風に付き合いが出来て良かったと思っている。

他にも、モモンガさんの所のパンドラズ・アクターとは、割と仲良くやっていると思う。
仲間に対する気遣いは、彼の主であるモモンガさん譲りらしく、彼もまたナーベラルの相談相手の一人の様だ。
同じ二重の影と言う種族も、パンドラズ・アクターへの相談し易さに繋がっているなら、良かったと思っている。
モモンガさんとも、パンドラズ・アクターとも上手くやっていけるなら、悪くないと弐式炎雷は思っているのだから。

彼ら以外で、ナーベラルと仲が良いのは、意外かもしれないがシャルティアだったりする。

これに関しては、完全に弐式炎雷自身とペロロンチーノさんの繋がりから出来た縁だと言っていい。
やはり、頻繁にメールのやり取りをする事で顔を合わせていれば、特にナザリック側のNPC同士で仲が悪いと設定されていない限り、自然と仲良くなるものなのだろう。
特に、メールペットとしてのシャルティアは、ナザリックにいる彼女とは違って色々と性格が修正されているから、ナーベラルでも付き合い易くなっている事も、仲良くなれた理由だった。
なんでも、シャルティアとはデミウルゴスへの弟子入り仲間なのだそうだ。

一応、完全な脳筋からは脱出したらしいのだが、元々おバカな系統のシャルティアと、不器用でドジッ子の片鱗を見せるナーベラルの組み合わせは、何処か危険な気がするのは気のせいだろうか?

ナーベラルに関して、弐式炎雷が一つだけ可哀想な事をしているとすれば、ナザリックの設定では姉妹となっている他のメールペットのプレアデスの面々たちと、余り仲良くさせてあげられない所だろう。
普段から、長女のユリの主であるやまいこさんを筆頭に、弐式炎雷自身が彼らの主と余りメールなやり取りをしない事が原因だった。
本当は、彼女達が全員で集まってお茶会をしている所を見たい気もするが、今のメールのやり取りをしている状況では、少し難しいかもしれない。
この辺りは、誰もが似た様な考え方をしていたとしても、誰の所から最初にプレアデスの集まりをするのか、そこで揉めそうな気がするのだ。
出来れば、自分の所で最初のお茶会をしたいと思うが、「長女であるやまいこさんのユリの所から」と言われてしまえば、以外に反論し難いし。

まぁ、そんな話も出ていない時点では、考えるだけ無駄な気もするし、根回しをするだけの時間があると思うべきなのかもしれない。

弐式炎雷自身にも、メールペットを受け取った後に一つだけ変化があった。
職場で先程語った一件があった後、基本的には昼間のメールチェックはしなくなった事だ。
正確に言うなら、勝手にメールを覗き込んでナーベラルに勝手に話し掛ける様な、そんな人物の前ではメールを開かなくなったと言うべきだろう。

ああいうトラブルは、一回だけで十分だからだ。

それに、現時点でもナーベラルの行動に対してのフォローは割と大変なのに、これ以上ナーベラルとリアルの職場の人間を接触させて変なやる気を持たれたら、それこそ変な空回りをした上でとんでもない言動をされてしまう事態になりかねない。
もし、今度そんな事態に陥ってしまったら、それこそ会社の人間関係に罅を入れてしまうだろう。

色々な意味で、余り昼間の休憩時間にメールを開いて確認するのは躊躇われる状況だった。

では、弐式炎雷がいつメールをチェックしているのかと言えば、朝の時間帯以外だと仕事が終わった直後だったりする。
大企業の支社勤務で、割と残業をしなくても済む事務職勤務の立場を最大限に利用し、他のギルメンよりも早く帰宅出来る方だと自負する弐式炎雷は、仕事が終わるとほぼ直帰してメールにチェックに入る事にしていた。
その方が、短い時間ではフォローしきれない可能性もあるナーベラルと、ゆっくりとコミュニケーションを取りながら、きっちりギルメンからのメールのチェックが出来るからだ。
色々と、「弐式炎雷の為に、自分に出来る事が無いか」と行動したがるナーベラルだが、まだまだ問題が多い彼女にデミウルゴスや恐怖公の様な真似はさせられない。
少なくても、仕事のスケジュール管理なんて油断したら職場の人間と接触する可能性がある事なんて、とても任せられないと言っていいだろう。

とは言え、弐式炎雷自身としては彼女のやる気を完全に潰すつもりもないので、試験的にナザリックの仲間との約束をした時のスケジュール管理を任せてみているのだが。

今の時点では、相手がギルメンと言う事もあってメールのやり取りの段階でのダブルブッキングはさせていないので、このまま彼女にも任せられる事が増えると、弐式炎雷的にも嬉しいと思う。
そう思うのだが……流石に、まだ朝の目覚まし役までは頼めなかった。
彼女の中で、弐式炎雷が人に使われる立場で仕事に行くと言う事が納得出来ていない以上、一度声を掛けて弐式炎雷が起きなければ、そのまま起こさずに済ませてしまいそうな気がして怖いからだ。
下手をすれば、仕事を首になる様な状況を自分から招くなんて真似は流石に出来ないので、今の所は彼女から【朝、起こす役目を是非私に任せていただけませんか】と言う懇願も却下している。

もう少し……そう、もう少しだけ彼女が色々な意味で成長してくれたら、休みの日の目覚まし役から任せていきたいとは思っているが。

一通り、メールチェックとナーベラルとスキンシップを取った後、弐式炎雷は【ユグドラシル】にログインする。
それ位の時間が、丁度仲間が集まる時間帯になるからだ。
ログインした先で、待ち合わせをした仲間と予定通り冒険に出るのが殆どだが、時にはギルドで仕切ったクエスト等になる事もある。

こればかりは、毎回突発的に発生する事もあるので、ナーベラルのスケジュール管理外でも仕方がない案件だったりするが。

そうして、ユグドラシルで一頻り仲間と一緒に遊んだ後、弐式炎雷は仲間と別れてログアウトする。
ログアウトすると、メールのチェックも特にないのですぐに就寝する時間になるのだが、寝る前にナーベラルと少しだけ話す事にしていた。
この時間帯に話した方が、ナーベラルと一緒に一日の反省会が出来るからだ。
これもまた、彼女の成長の為に欠かせない事だと考えて、必ず忘れない様に弐式炎雷は行っている。

そうして、弐式炎雷と不器用なメイドの失敗と少しの成功の毎日は過ぎてくのだった。



という訳で、弐式炎雷さんとナーベラルのお話でした。
因みに、この話はギルド会議の一件から十日後位の視点です。
タブラさん側に変化が起きたのは、そう言う理由です。
建御雷さんの協力で、タブラさんはいくつかの定型文をナザリックの自分の声に変換してメールペットたちにショートメッセージとして使用しています。
メールサーバー内でのボイスチェンジャーは、現在丁度良いのが無いかヘロヘロさんに相談して探して貰って居ます。
諸事情で、普段からゲーム内でもボイスチェンジャーを使用していて、このままメールサーバー内でも使用できるソフトが無いと、メールペットたちと喋れない事を一緒に伝えた上で、です。
今回の話は、弐式炎雷さんしてんなので、この辺りの事情を掛けなかったので補足説明させていただきました。


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騒動の発端 ~ アルベドのちょっとした悪戯心 ~

彼女は、あくまでも悪戯のつもりだったのだ……





その日、アルベドは普段とは違って朝の割と早めの時間に、一通のメールを配達する事になった。
普段なら、こんな時間帯にメールを届けに行くなんて事など、彼女は殆ど無い。
アルベドの主であり、父であるタブラ・スマラグディナは、朝の時間帯にメールサーバーを立ち上げた場合、そのままアルベドの事を軽く構うだけで、それ以外は特にメールの配達を頼む事はなく今日の予定を簡単に告げると、そのまま帰って行く。

だから、滅多に無いメールの配達を頼まれた事で、ちょっとだけアルベドの心は浮き立っていた。

アルベドだって、メールペットだ。
父であるタブラから、こんな風にメールの配達を頼まれるのは嬉しくて仕方がない。
これは、メールペットにとって一番大切な仕事なのだから、当然の話だろう。
どこか楽しげな気持ちで歩きながら目指すのは、デミウルゴスの主であるウルベルトの元。

余り、普段から頻繁にメールの配達に向かう先ではないのに、こんな風に朝の時間帯にメールを配達すると言う事は、割と急ぎの案件なのかもしれない。

そんな事を考えつつ、スタスタとそれ程通い慣れてはいなくてもきちんと覚えている道筋を辿った彼女は、デミウルゴスが住んでいるウルベルトのメールサーバーへと辿り着いた。
ふと、電脳空間特有の視界の端に何か黒く蠢く様なものを見た気がしたが、デミウルゴスが支配しているメールサーバーの中には近付く事は出来ないのだろう。
アルベドは特に気にも留めていないが、彼のサーバーに張られているセキュリティシステムのギリギリを蠢くそれは、どこかアルベドの様子を窺っている様だ。
もしかしたら、この分厚いセキュリティシステムを越える為に利用出来ると、そう考えたのかもしれない。
結局、何も出来ないままスルリと影の中に姿を消したのを確認して、アルベドはメールペット間のパスで中へと入って行く。
その後を、アルベドが見た黒く蠢いていたもの追う様に影から出現して続こうとしたのだが、やはりデミウルゴスが張り巡らせているセキュリティシステムによって弾かれていた。

もちろん、アルベドはそんな事など特に気にしてもいなかったのだが。

ここまで来れば、後の道程は僅かしか残っていない。
サクサクと進んで行く事で、デミウルゴスの家の前に辿り着いたアルベドは、訪問時の決まり通り玄関のドアをノックした。
リズミカルに、それでいて急ぎ過ぎない様に気を付けながら、玄関のドアをノックする回数は三回。
これもまた、ギルメン達の話し合いによってメールペット全員がそうする事に決まった、マナーの一つだ。

コン、コン、コンッ

普段、こうしてマナー通りに三回ノックをすれば、デミウルゴス本人が居れば彼が出迎えてくれるし、ウルベルトが居る時は彼から入室の許可が下りる。
返事が無い事を考えると、二人とも不在だと思っていいだろう。
元々、ウルベルトは通勤時間の関係上、それなりに朝早い時間帯に仕事に行くらしいので、彼が居ないのは当然の事だ。
デミウルゴスは、ウルベルトから頼まれた朝のメール配達へと向かったのだろう。
そんな事を考えながら、アルベドは決められた通りの手順で玄関のドアを開け、部屋の中へと入って行く。

すると、やはり部屋の中には人の気配が感じられず、二人とも不在だった。
 
こう言う時は、持参したメールを入れておく場所が決まっている。
部屋の主のメールペットと、その主であるギルメン達の両方が不在の際は、不在時専用のメールボックスが指定された場所に置いてあるので、その中に入れておけば後でログインした際に読んで貰える事になっていた。
アルベドも、慣れた手付きでメールボックスの中にタブラのメールを入れると、帰宅する為にクルリと踵を返し。
そこで、ふと足を止めた。

普段、幾ら傍若無人に振る舞うアルベドでも、デミウルゴスに対して直接何かをしようと言う気は、中々起きない。

彼には、アルベドが何かをしようと考えたとしても、あの通りどこにもそんな隙が無いからだ。
これは、ウルベルトに対しても同じ事が言えた。
正直、下手に彼に対して抱き着いてアピールするのは、デミウルゴスに喧嘩を売るのと同意語だとアルベドは認識している。
それなら、デミウルゴスが不在の時を狙えばと言うかもしれないが、彼女がこうして彼に元にメールを届けに来る際には、彼はほぼ確実にこの部屋に居るのだ。
時折、アルベドも諦めきれずにどこか付け入る隙がないか、ウルベルトの様子を窺う事もあるのだが、その度にデミウルゴスが肝が冷える笑みを浮かべている為、そんな彼の前でウルベルトに対しても何かをする程、彼女も馬鹿ではなかった。
だが……今は、この場には誰も居ない。

それこそ、彼女にとって格好のチャンスだと言っていいのではないだろうか?

もちろん彼女には、デミウルゴスの事を他のメールペットの様に、酷く苛めたりするつもりはない。
下手にそんな真似をすれば、確実に倍になって返ってくる事が解っているからだ。
ただ、ちょっとだけデミウルゴスに対して可愛いレベルの悪戯をして、彼に困り顔をさせてみたかっただけなのである。
実際には、困った顔をしている彼の様子を自分の目で直接見る事が出来なくても構わない。
ただ、その状況を想像するだけで楽しかった。

だから、こんな風に偶然が重なって巡ってきた、この最大のチャンスを見逃す事は出来なかったのである。

ぐるりと部屋の中を見渡すと、彼が良く座っている質の良い素材をふんだんに使った執務机があり、そこに丁度悪戯するのに良さそうな物を発見した。
アルベドが見付けたのは、デミウルゴスが色々な事を管理しているだろう小さな端末。
そこのデータの順番を一つ入れ替えるだけで、彼女の悪戯は完成である。
多分、並んでいるデータの順番を入れ替えると言う程度の悪戯なら、それ程デミウルゴスにも迷惑を掛ける心配はない筈だ。
ちょっとだけ、データの並びが違う事に彼が戸惑う程度で済むだろうと考え、サクサクと端末を立ち上げてその中のデータの並び順を変えていく。

もしかしたら、データを並び替えている最中にほんの一瞬だけ小さなセキュリティホールが発生するかもしれないが、これだけ強固で分厚いセキュリティシステムがあるなら、すぐにフォローしてそれも消えてなくなる筈。

仮に、アルベドの行動で小さなセキュリティホールが発生したとしても、それが発生したままずっと存在し続けるのなら問題だが、すぐに消えてしまうなら大丈夫。
そもそも、ここは幾重にもセキュリティに護られた場所にある。
復活したセキュリティシステムが、万が一ウィルスが入って来ていてもすぐに焼いてしまうだろうと高を括ると、彼女は何食わぬ顔をして端末を落とし、そのまま元通りに場所に置いて部屋から立ち去って行く。

部屋の外に出る為にドアを開けた時、床と扉のほんの僅かな隙間から何か小さな黒く蠢くものが、スルリと中へ忍び込んだ事にも気付かずに。

無事、父のお使いを済ませたアルベドは、きちんと手順通りにデミウルゴスの部屋の鍵を掛けてから、楽しげな様子で岐路へとついた。
今回は、父のお使いとしてウルベルトへのメールの配達だけではなく、初めてデミウルゴスを困らせる為の悪戯が成功したのだ。
その事実が、アルベドの心を高揚させていているのだろう。
一種の背徳感が、自分のした事に対する達成感と混ざり合い、罪悪感すら打ち消していた。
もちろん、後から彼に今回の事で色々と苦情を言われるだろう。
そんな事など、最初から承知の上で実行したのだ。

今回の一件が、ウルベルトから父に伝わったら、もしかしたらもっと自分の事をちゃんと見ていなければいけないと、一緒に居る時間を増やしてくれるかもしれない。

そんな事を考えつつ、デミウルゴスのメールサーバーから外へ出る為の道程を歩いているが、帰り道も行きと一緒でどこにも異常を感じる事はない。
むしろ、きっちりと重なり合って強固さを誇るデミウルゴスのセキュリティシステムの壁を肌で感じて、かえって安心出来る程だった。
これなら、あの程度ではセキュリティホールが発生する事もなかったのだろう。
やはり、問題はなかったのだと考えつつ、デミウルゴスのメールサーバーを抜けた所で、一気に自分の住むサーバーへと飛んだアルベドは知らない。

彼女がした悪戯によって、実際には一瞬だけセキュリティホールを作り出していた事を。

あの黒く蠢くものが、実はウルベルトのデータを盗む為に送り込まれたハッキング用のシステムであり、その侵入を許した事でデミウルゴスではなく彼の主であるウルベルトに対して、とんでもない結果を現在進行形で生み出している事を。
そして、それらの事実が結果的にあれだけ自分が怒らせてはいけないと考えていた、デミウルゴスを本気で怒らせてしまう事を。
デミウルゴスの逆鱗に触れた結果、ギルメン達がそれこそ全員で慌てふためく様な騒動になるまで、事態にまで発展する事を。

そして……アルベド自身に、今まで彼女が他のメールペット達にしてきた行いに対する、それこそ痛烈な報いが訪れる事を、彼女は知らない。





という訳で、今回は短いですけど彼女が前回の回顧録で語っていた、自分自身がやらかしてしまった事について。
この時点では、彼女は自分がした事を些細な悪戯としか認識していません。
自分がした事が、こんな風に特大の二次被害を引き起こす要因になるとは、欠片も思っていないんですよ。
本人的には、無邪気な悪戯程度の認識です。


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ギルド会議 2 ~騒動の始まり~

メールペットの続きになります。
今回も、ちょっとだけ短めです。
内容的には、ウルベルトさんがかなり不幸な目に合ってます。
ご了承くださいません。


その日……ウルベルトさんは、ユグドラシルに中々ログインして来る様子が無かった。

いつもなら、十日に一度のギルド会議の日は、必ず早い時間帯にログインして会議の準備を色々している人だった事もあり、その違和感がギルメンたち全員に広がっていて、どこか何とも言い難い嫌な予感が漂っている。
あれで、普段からギルドの中でも【魔法職最強】としてなまじ存在感がある人だから、他のギルメンが全員揃っている状況で居ない事も、この何とも言えない違和感の原因なのだろう。
その為なのか、どうも空気がピリピリしている事を肌で感じ取ったモモンガは、ギルド長として対応するべきなのかと、色々と考えていた時である。

漸く、待ち人たるウルベルトさんがログインしてきたのは。

ログインが終了し、円卓の前に姿を見せたウルベルトさんは自分の席に座ると、無言のままぐったりとした様子でその場に突っ伏した。
普段の彼から考えると、ログインして来たらきちんと挨拶をする人だし、こんな風にあっさりとギルメンの前で弱っている所を見せるなんて、到底あり得ない姿だと言っていいだろう。
一体、どうしたものかとモモンガが考えた瞬間、ゆらりと身体を起こしたウルベルトさんは、ギルメン達への挨拶をするのを忘れたまま、かなり強張った声でこう口にした。

「すいません……俺は、どうやら皆さんと一緒に居られるのは今日までみたいです。
先程、強制的に会社を首になってしまったので、もう【ユグドラシル】を続ける経済的な余裕は、全くなくなってしまいました……」

それだけ言うと、また力なく机の上に突っ伏すウルベルトさんの様子は、もう燃え尽きた様な印象が強い。
昨日まで、そんな素振りも見せずに色々と頑張っていたのを知っているだけに、どうしてそんな事になったのかモモンガには信じられなかった。
似た様な事を、ウルベルトさんの隣に座るペロロンチーノさんも考えたのだろう。
心配する様な声音で、そっとウルベルトさんに声を掛ける。

「一体、どうしてそんな事になるんですか?
確か、〖 少しだけですけど役が付くかもしれない 〗って言いながら、先日まで色々と頑張ってたよね?」

今の、色々と弱り切っているだろう彼にそれを聞くのは、かなりデリケートな部分でもあるので色々と躊躇う気持ちが大きい。
確かに大きいのだが、どうしてそんな事態に彼が陥ったのか、その事実関係を実際に聞かなければ状況を判断する事も出来ないので、話を切り出したペロロンチーノさんに対して内心拍手を送る。
こんな風に、彼が話を切り出してくれた事によって、ウルベルトさんもただ自分が【首になったから、ユグドラシルを続けられない】と言う事だけを端的に伝えていた事に気付いたのだろう。
少しだけ迷う素振りを見せた後、どちらにせよこの場から去る身だと腹を括ったのか、ゆっくりと口を開いた。

「……実は、今日提出の社内コンペの書類があったんです。
ペロロンチーノさんが、先程言った様にその結果次第でほんの少し役が付く可能性がありました。
それの制作には、朱雀さんとかに教えて貰った資料を集めたりとか、デミウルゴスに色々と手伝って貰ったりして完成したものだったんです。
てすが、出社してそれを上司に提出したら、一時間後にそれを精査した工場長から呼び出され、既に俺が提出したものと丸々同じ内容のものが別の社員から三十分前に提出された後だというんです。
後から提出した俺の作成した書類は、そいつのデータを盗んで作成されたものだと勝手に決め付けられて、工場長から首を言い渡されました。
〖 これだけ綿密な書類を、小卒のお前には作成出来る筈がない。
全く同じ内容の書類を提出している、中卒の彼のデータをどうやってか盗んでそれを丸々コピーしだんだろう。
うちの工場に、そんな泥棒の真似をする人間は要らない、貴様は首だ! 〗って。
俺の話は一切聞いてくれないまま、社員が工場に入る為のパスを取り上げられて工場の外へ叩き出されてしまいました。
追い出される際に、工場長の〖お前の私物は全てこちらで処分しておく〗という声も聞こえましたし、もうどうする事も出来なくて……
間違いなく、そいつが俺のデータを盗んだと言えるだけの確証もあるのに、俺の話を聞く気はないと言わんばかりに一切の連絡が繋がらなくて、もう本当に八方塞がりなんです。」

そこまで口にした所で、がっくりと肩を落としているウルベルトさんは、本当に今までの様に自信に溢れた姿しか知らないモモンガにすれば、可哀想な程に萎れていると言っていい。
どう考えても、工場長の対応は普通ではあり得ない様な代物だと思う。
だが、ウルベルトさんがどういう交友関係を持っていて、どんな風に問題の書類を作り上げたのか、プライベートに関わる事もあって、彼らは知らないのだ。
それなら、貧困層出身で学歴も小卒のウルベルトさんでは、中卒の社員より劣るのが当たり前だし同じ内容の書類が出されたのだとしたら、ウルベルトさんがその社員のデータを盗んだのだと、そう思われてしまっている可能性の方が高い。
だから、実際には相手の方がウルベルトさんからデータを盗んで提出した物を信用し、彼の方が冤罪を掛けられてしまったのだろう。

ざわざわと、ギルメン達からも色々な声が上がる中、一つだけあり得ない事に気付いたのはヘロヘロさんだった。

「……ちょっと待って下さい。
確か、ウルベルトさんの電脳サーバーは、デミウルゴスが幾重にも積み重ねたセキュリティシステムの防御壁が護りを固めてる筈ですよね?
前に一度、デミウルゴス本人から〖 ウィルス対策について、ご教授願えますか? 〗って質問を受けて、簡単にだけどそれに関して講義した事あるし、かなりかっちりした代物が構築されている筈だから、そう簡単にウィルスに侵入を許す筈がないと思うんだけど。」

「データを取られた事自体が、あり得ない」と、そうデミウルゴスのセキュリティシステムの強固さを知るヘロヘロさんの言葉に対して、がっくりとしたままウルベルトさんは首を振る。
その様子を見れば、そのあり得ない事が起きたのは間違いなかった。
ヘロヘロさんも、それを察したのだろう。
驚いた様に席から立ち上がると、ウルベルトさんの方へと駆け寄った。

「ゆっくりで良いですから、状況を整理する為にも話して下さい、ウルベルトさん。
この話は、ウルベルトさん達だけの問題じゃなくなっている可能性があります。
私たちギルメンの中で、一番強固なセキュリティシステムを持っているのは、私の所かウルベルトさんの所なのは、皆さんだってご存知でしょう?
今回の一件が、ウルベルトさんだけを付け狙ったウィルスだったとしても、その影響が他のメールペット達にまで出ないと、断言出来るだけのものがありません。
これは、【メールペットソフト】を使用している私たち共有の問題なんです。」

ヘロヘロさんの言った言葉を聞いて、一気に場の空気がウルベルトさんに対して険悪な物へと変わっていく。
確かに、自分たちの可愛いメールペットに影響が出る可能性があると言われたら、黙っていられないのは判る。
だが、あくまでもウルベルトさんは被害者でしかないのに、このままだとまるでウルベルトさんが悪いという感じになってしまうのではないだろうか?
そんな風に、どう考えても非があるとは思えないウルベルトさんとギルメン達が争うなんて言う状況など、とてもモモンガには耐えられなかった。

「ちょっと皆さん、落ち着いて下さい。
どう考えても、悪いのはそのウィルスを仕掛けてまでウルベルトさんのデータを盗んだ相手であって、ウルベルトさん本人じゃないですよね?
そんな風に、皆さんが〖 まるでウルベルトさんが悪い 〗という反応をするのは、どうかと思います。
まず、最初に私たちがウルベルトさんに確認する事があるとすれば、データを盗まれたと判明した時点で、どういう対応をしたかと言う事でしょう?
ここに、こうしてウルベルトさんが来ていると言う事は、既にきちんとウィルスチェック等が済んで安全の確認が済んでいるからじゃないかと、私は思うんです。
……違いますか?」

周囲を落ち着かせる様に、モモンガは周囲に対してギルド長として発言しつつ、最後にウルベルトさんに対して問う様な声を掛ける。
それを聞いて、自分たちがいつの間にか被害者であるウルベルトさんを責める様な雰囲気を醸し出していた事に気付いたギルメン達は、ちょっとだけバツが悪そうな様子で視線を逸らした。
確かに、モモンガの言う通りだと、その場にいる全員が思ったからである。
微妙だった空気が変わった事と、モモンガが掛けた言葉で少し気が落ち着いたのか、こちらの問いに同意する様にウルベルトさんは頷いた。
彼が同意を示した事で、今の時点ではきちんとウィルスへの対策済みだと判明し、場の空気も少しだけ落ち着きを見せる。
それによって、更に場が落ち着いた事で自分も落ち着いたのか、ゆっくりとウルベルトさんが口を開いた。

「……すいません、色々と重なり過ぎてテンパってました。
まずは、ウィルスに関してはモモンガさんがおっしゃった様に、既に対処済みです。
工場から叩き出されてすぐ……それこそデータを盗まれたと考えた時点で、手持ちの端末からデミウルゴスに連絡を取り、俺のサーバー内全部をチェックして貰いましたし、俺自身も自宅に戻った後で出来る限りの処置を取りましたから、まず問題ないでしょう。
元々、俺の電脳空間に侵入したウィルスは、一番新しく登録してある大容量のデータを盗んだら、証拠隠滅の為に消滅するタイプだったと、最初に電脳空間をチェックしたデミウルゴスからも報告が上がっています。
なので、皆さんのメールペット達にも影響は出ません。
それに関しては、間違いないと断言出来ます。
実は、俺とデミウルゴスでそれぞれ三回目のウィルスチェックが済んでほぼ安全が確保出来た所で、丁度るし☆ふぁーさんのメールを運んで来てくれていた恐怖公が、ちょっとした裏技で再度チェックしてくれまして。
それで、一切のウィルスが検索される事はなく安全だと確定してますし、心配ないでしょう。
……出来れば、私のサーバーの中でアレが展開される様は見たくなかったですけど、今回ばかりは背に腹は代えられないので諦めて受け入れました。
あくまでも、恐怖公は好意から申し出てくれた訳ですし、ね……」

最初の方は普通に話していたのに、恐怖公が来た事を話し始めた辺りから、どこか声が虚ろになるウルベルトさんに対して、それは楽しそうな笑みを浮かべたるし☆ふぁーさん。
その二人の様子を見ているだけで、どう考えても嫌な予感しかしないのだが、一応何があったのか確認しておくべきだろう。
大きく深呼吸した後、モモンガはあまりその辺りを詳しく話したがらないウルベルトさんではなく、恐怖公の主であるるし☆ふぁーさんに視線を向けた。

「……どう考えても、ウルベルトさんが精神的に更に消耗している気がするんですけど、恐怖公に一体何を仕込んでいたんですか?」

何となく、この問いに対してるし☆ふぁーさんが口にする答えは予想出来てしまうし、出来ればそれが事実ではあって欲しくはないと思うものの、きちんと彼からどんな事なのか確認しておかないと、後々問題になりそうな案件だとモモンガは思う。
だからこそ、こうしてあまり聞きたくない事を尋ねたのだが、それに対して楽しそうに笑っていたるし☆ふぁーさんは、仕方がないなぁと言わんばかりに口を開いた。

「えー……その状況なら、恐怖公がウルベルトさんの所でしたのは、多分【眷属召喚】かな?
どうせなら、ナザリックのNPCの能力の再現に近い事がメールペットにも出来ないかと思って、試しにウィルスチェック用の【恐怖公の眷属】を作ってみたんだ。
何もない状態なら、ごく普通の恐怖公の眷属で済むんだけど、もしウィルスと思われる様な存在を半径五十センチ以内に感知したら、その場で点滅する様にしておいたんだよね。
その能力を使って、恐怖公がウィルスチェックして大丈夫だったら、まず今のウルベルトさんの所でのウィルス感染とかは心配しなくて大丈夫だと思うよ?」

ニコニコと、笑いながら説明するるし☆ふぁーさんに、恐怖公が苦手なギルメン達から一気に血の気が引く。
想像するのも嫌だが、実際にそれを体験させられたウルベルトさんが居る以上、本当に恐怖公が持つ能力なのだろう。
そう理解した瞬間、またぐったりと机に突っ伏したウルベルトさん以外のギルメン達は、そんな能力を恐怖公に付けたるし☆ふぁーさんに対して思い切りドン引いていた。

どう考えても、ウィルスチェックと言う名を借りた、ナザリックの第二階層にある【黒棺】の再現である。

流石に、どんな名目を付けていても、それはない。
恐怖公単独なら、それほど気にせず平気に相手が出来るモモンガでも、【黒棺】だけは用もなく自分から行ってみようとは思わない。
それを、自分の電脳空間で再現されたりなんてしたら、暫く電脳空間に降りる際にそれを思い出してしまいそうな位には、立派な恐怖体験なんじゃないだろうか?
状況的に、今回ばかりは仕方がなかったと言う事が判っていても、自分の電脳空間内全域で【黒棺】の再現を展開されると言う状況を、実際に体験してしまっただろうウルベルトさんに対して、一気にギルメン達から同情的な空気が湧いていた。




という訳で、メールペットの続きになります。

ですが、今後の話の展開的な理由で、一旦ここで切らせていただきます。
ウルベルトさんは、このまま不幸になる予定ではないので、ご安心ください。
それだと、このシリーズの最終目標である〖モモンガさんにとって円満な世界〗にはならないので。



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ギルド会議 3 ~ ウルベルトの新たな就職先は? ~

前回の続きになります。
今回の話はちょっと長いですし、まだまだ会議に終わりが見えません。


恐怖公の、知られていなかった能力と、それを実際に体験する羽目になったウルベルトさんに、少し場の空気が変化した所で、モモンガはホッと安堵の息を吐いた。
正直、るし☆ふぁーさんの有能さと厄介さを同時に思い知らされた気分だが、今回ばかりは悪い事ばかりではない。
流石に、ただでさえ仕事を失った事で意気消沈している上、恐怖公の眷属召喚を体験したウルベルトさんに対して、ギルメン達もこれ以上の追い討ちを掛けるつもりにはならないのだろう。

この状況なら、もう少し冷静に話し合いが出来るだろうと、モモンガが胸を撫で下ろした瞬間、ふらふらとウルベルトさんに歩き寄る人影があった。

どこか、頼り無げな足取りでウルベルトさんまで近付いて行くのは、普段はウルベルトさんの席からかなり離れた場所に座っている、タブラさんだ。
その異様な様子に、今度は何事かと周囲が見守る中、ウルベルトさんの前に辿り着いたタブラさんは、迷う事なくウルベルトさんの両肩を掴む。
そして、彼に向けて確認する様な口調で、静かに問い掛けてきた。

「……ウルベルトさん、あなたに一つ確認したい。
私が、今日の朝一番にあなた宛てに送ったメールは、ちゃんと読んでいただけましたか?」

どこか焦りを声に滲ませたタブラさんの口調に、驚きつつウルベルトさんは少し考えてから首を振った。

「……すいませんタブラさん、今、デミウルゴスに連絡を取って確認しましたが、タブラさんからのメールが来ていないそうです。
もしかして、何か急ぎの用件で俺にメールをしてくれていたんですか?
そうだとしたら、すいません。
朝の時間帯は、出勤前にデミウルゴスに頼んだメールの配達に出るので、三十分程だけメールサーバー内に誰も居ない状態になるんです。
不在時に、アルベドがメールの配達を持ってきてくれていたのだとしたら、データを盗まれた際に一緒にその記録とメールも消去された可能性が高いんじゃないかと……」

何か拙い事があったのかと、今回の一件で色々とあった為か不安そうな様子でウルベルトさんが問えば、ますますどこか焦った様な様子で、タブラさんは頭を抱えていた。
一体どうしたのか、そんな彼の様子をみてギルメン達の視線が集まるうちに、自分の中である程度の状況を整理し終えたのだろう。
タブラさんは、がっくりとした様子で力なく口を開いた。

「……今の話を聞いて、確信しました。
もし、私のメールをウルベルトさんがタイムラグなく受け取ってくれていたら、今回のウルベルトさん絡みの一件は、もしかしたら阻止出来たかもしれないんです。
皆さんには話していませんでしたが、私、とある場所で接客業に従事していまして。
その仕事先の深夜勤務だった先輩の女性から、今日の朝の仕事の引継ぎの際に嫌な客の話を聞いたんです。
先輩の接客した相手が、どうも貧困層出身の同僚を嵌める為の算段を自慢していたそうで。
〖その為に、わざわざプロのハッカーにまでウィルスの作成を依頼したとか、自分たちの勤める職場のトップが自分の味方だから、もし嵌める相手がその事で何か騒ごうとしたとしても、先に職場を首にするから心配しなくていい〗とか。
〖貧困層出身者なんて、自分達中流層の為に働く存在だろう。
そんな奴は、利用するだけ利用して絞れる知恵を絞り取ったら捨てればいいんだ!〗とか、とにかくそんな感じの事ばかり言っていて、先輩は自分も貧困層出身だから聞いていて不快だったと言う愚痴を聞きました。
その話を聞いた途端、なんとなくここ暫く朱雀さんたちに色々聞いたりして忙しそうだったウルベルトさんと状況が似ている気がして、それで確認の為のメールを急いで入れたんです。
かなり早朝と言える時間でしたが、通勤時間が長い関係で既に仕事場に向かっているだろうウルベルトさんなら、あの時間帯に私からの緊急メール送れば、メールチェックをしているデミウルゴスが気付くでしょうし、そのままその場で確認してくれると思ったんです。
ですが、私のメールは届いていないのですね?」

タブラさんが、縋る様な口調でもう一度だけ確認する様に問えば、やはりウルベルトさんは届いていないと返事を返す。
その答えを聞いて、ますますがっくりと肩を落とすタブラさん。
どうやら、彼の中で何か確信を持ってしまったらしい。

「……私が配達を任せたアルベドは、〖間違いなく、届けた〗と言っていました。
だとすれば、ウィルスがウルベルトさんのサーバーに入り込んだのは、アルベドが出向いた直後辺りでしょう。
もしかしたら、アルベドが何らかの形でウィルスの侵入に関わった可能性もあります。
元々、ヘロヘロさんが太鼓判を押す様な、強固なセキュリティシステムを持つウルベルトさんの電脳空間に対して、そこいら辺のハッカーが作ったウィルスごときが、太刀打ち出来る筈がないでしょう。
そう考えるなら、アルベドがそちらにお邪魔した際に何かあったか、何かしたと考えれば筋が通ります。
ウルベルトさんの所から帰ったアルベドは、朝からずっと浮かれているというのかご機嫌な様子で、普段とは少し雰囲気が違っていました。
だから、〖アルベドがそんな風に機嫌が良くなる様な、そんな事があったのだろうか?〗と、とても気になっていたんです。
……すいません、ウルベルトさん。
この状況を考えると、むしろうちの子が絡んでいないとは、状況的にとても思えません。
もし、この状況を招いた一因にアルベドが絡んでいるのだとしたら……私はウルベルトさんに対して、何てお詫びをしたらいいのか判りません……
本当に、私の所のアルベドが粗相をして申し訳ありませんでした……」

がっくりとした様に手から力を抜き、それまでしっかりと掴んでいたウルベルトさんの肩を離すと、そのままその場で蹲る様にタブラさんは土下座した。
多分、彼の中ではアルベドが何かしたと言う確証があるのだろう。
だからこそ、そのせいでこんな事態になったウルベルトに対して、土下座して謝罪をしているのだ。
タブラさんがいきなり土下座をした事に、仰天したのはウルベルトさんである。
今回の一件が引き起こされた原因の一つとして、もし本当にアルベドが絡んでいたとしても、それを理由にタブラさんを責めるのはどこか違うと考えているのかもしれない。

彼が、少し前の会議でアルベドの問題行動に纏わる事をギルメンから言われた後、色々と思考錯誤しながらアルベドや他のメールペット達と接していた事は、ギルメンなら誰もが知っている話だ。

今回の一件も、彼が偶然職場で聞いた話の内容がウルベルトさんの状況と似ていた事から、心配して確認のメールを送ったのである。
むしろ、ウィルス侵入の原因が本当にアルベドだったとしても、ウルベルトさんの事を心配してメールを送る選択をしたタブラさんの事を責めるのは、逆に酷と言うものだった。
それこそ、まさか自分のメールを持参したアルベドが原因で、強固な護りを持つウルベルトさんのサーバーにウィルスが侵入するなどと、タブラさんにだって予想出来る訳がない。
ウルベルトさんも、それが判っているのだろう。
未だに自分の前で土下座しているタブラさんに対して、困惑した表情を浮かべている。
そこへ、横から声が飛んできた。
声の主は、またしてもるし☆ふぁーさんだ。

「……あのさぁ、多分、タブラさんが聞いた話が本当なら、電脳空間からウィルスによってデータを盗まれていなかったとしても、最終的にウルベルトさんは嵌められてたんじゃないのかな?
だって、ウルベルトさんの事を嵌めた奴と職場のトップが仲間なんでしょ?
それなら、無理してデータが盗めなかったとしても、会社側に提出されたものをそのトップが丸々コピーして作成日とか改竄して、そいつのデータが先に提出されていたって事にすれば、どっちにしても欲しいものは手に入るし、ウルベルトさんの事を冤罪に掛けて首に出来るじゃん。
状況的に、最初から出来レースだったんだよ。
ウルベルトさんは、そいつが出世する為に上手く利用されたんだ。
その方が、今のウルベルトさんが陥ってる状況的に考えても、筋が通るんじゃね?
……とまぁ、俺はこんな風にタブラさんの話も加味してウルベルトさんの状況を推測した訳だけど、ぷにっと萌えさんはどう思う?」

つらつらと、ウルベルトさんとタブラさんから聞いた内容から推測を立てていく彼の予想は、存外間違っていない気がした。
確かにその方法なら、万が一ウィルスでデータを盗めなかったとしても、ウルベルトさんを利用して嵌める事が出来るだろう。
彼が持参したデータを写すなんて、データの提出先である工場長の立場なら難しくはないのだから。
むしろ、タブラさんが同僚から聞いた様に、罠に嵌める事を人に自慢する様な相手だとしたら、そこまでやりそうな気がした。

だとしたら、どう考えてもウルベルトさんには、相手に嵌められる未来しか待っていなかったのだ。

最後に、るし☆ふぁーさんが名前を上げて問い掛けたギルド屈指の知恵者のぷにっと萌えさんは、少しだけ考える様に腕を組んだ後、首を傾げてから答えを出したらしい。
それまで組んでいた腕を解いて右手を挙げると、指折り数える様にるし☆ふぁーさんの推測に補足していく。

「そうですね……腹立たしいですが、多分るし☆ふぁーさんの推測でほぼ外れていないと私も思います。
ウルベルトさんの勤め先のトップが、今回の一件に最初から絡んでいるなら、事前に提示されていた〖ちょっとした役を付ける〗と言う昇進に近い内容と言うのも、彼のやる気と能力を引き出す為の餌だったと考えるべきでしょう。
実際は、既にウルベルトさんの事を嵌めた相手に人事は内定していたのにも拘らず、役を付ける為の拍付けの為に何らかのデータを作って貢献したと言う実績が欲しかった。
その為に利用されたのが、貧困層に割に色々と能力が高いウルベルトさんだったんでしょうね。
やり方としては、ほぼるし☆ふぁーさんの言った方法で可能ですし。
個人の端末を持ち込んで、こっそりデータコピー及び改竄作業が出来る様に準備もしてあった可能性も、かなり高いと思いますよ。
データを盗んだ犯罪者として、ウルベルトさんの事を警察に突き出さず、首にして工場に出入りで出来なくさせている辺りが特に怪しいと言っていいでしょう。
警察を呼んで、実際に工場内を調査されたら困るのはあちら側なので、早急に首を切った可能性が高いですね。
あちらとしては、そのままウルベルトさんに野垂れ死んで欲しいと考えていると思っていいでしょう。
その為に、工場側から小卒の人間の中途採用をしている企業に対して、〖ウルベルトさんを雇うと会社の情報を情報を盗まれる〗的な情報として流している可能性もあります。
ウルベルトさんに、別の会社へ下手に就職されてその優秀さを示されてしまうと、工場側が首にした経緯などを改めて勘繰られる可能性も出て来ますから。」

つらつらと、ぷにっと萌えの口から出て来て並べられる可能性の言葉は、るし☆ふぁーさんの推測を更に強固に確定させていく様な内容ばかりだった。
実際、二人が言葉を連ねたこの推測に対して、ウルベルトさんの身に起きた状況を考えれば、否定出来る部分の方が少な過ぎると言えるだろう。
だとすれば、最後にぷにっと萌えさんが指摘した通り、ウルベルトさんがこの先まともな就職先を探すのは、かなり厳しいと考えておく必要があった。

非情に腹立たしいとは思うが、これに関してモモンガ達にはどうする事も出来ない。

ここまで計画されていたのなら、多分既に証拠になる可能性の品も時間経過的に残っていないだろう。
ウルベルトさんが、別の場所にバックアップを取ってあるのを示して自分の無実を証明しようとしたとしても、相応の対応策まで考えられている気もしなくもない。
デミウルゴスなら、ウィルスを作ったハッカーまでなら探し出せるかもしれないが、そこまで危険な真似をさせる気は、この場にいる誰にもなかった。
むしろ、そんな不条理を押し付けてくる職場に固執するよりも、ウルベルトさん本人の意思を確認してから今後の事を考えた方が、余程有意義な結果になるだろう。

それこそ、デミウルゴスにある程度纏まった金を預けた上で運用させた方が、余程収入があると思えるのは気のせいだろうか?

そんな考えが頭を掠めた事で、つい気を取られていたモモンガを他所に、ウルベルト達の方では話はどんどん進んでいた。
まず、この状況で申し訳なさそうな様子で、ウルベルトさんに話を切り出したのは、その場で土下座したままだったタブラさんだ。
多分彼は、ウルベルトさんのサーバーでアルベルが何かをやらかした事も今回の首騒動に絡んでいるだけに、酷く責任を感じているのだろう。
例え、るし☆ふぁーさんやぷにっと萌えさんの推測が当たっていたとしても、ウィルスに関しての引き金を引いたのはアルベドだろうし、この場合の管理責任は親として自分自身にあると、彼はそう考えているのだ。
ウルベルトさんの前で、ずっと土下座したままだったタブラさんがバッと顔を上げたかと思うと、真っ直ぐにウルベルトさんの顔を見てこんな事を言い出した。

「ウルベルトさん、今回の件でアルベドがご迷惑をお掛けしたお詫びとして、貴方の新しい就職先が決まるまでの間、私に今後の生活費の全て面倒を見させて下さい。
アルベドがこの騒動の原因の一つなら、その責任を取るのは親の私の役目です。
先程のぷにっと萌えさんの推測通りなら、それこそウルベルトさんの就職活動は困難を極めるでしょう。
すぐに、働き先が決まるとはとても思えません。
多分、月毎にお渡し出来る額は今までの給料に及ばないかもしれませんが、 ある程度纏まったお金をお渡しすれば、デミウルゴスが運用する事である程度安定した生活が出来ると思いますし。」

どこか、酷く思い詰めた様にそう言うタブラさんに、 待ったを掛けたのは建御雷さんだった。
未だに床に正座したままタブラさんの頭を軽く叩くと、 駄目だと言わんばかりに小さく首を振る。
いきなり頭を叩かれた事で、驚いた様に顔を上げたタブラさんの前に建御雷さんは膝を付いた。
そして、彼の顔を真っ直ぐに見詰めながら、改めてはっきりと駄目出しの言葉を口にする。

「幾らなんでも、それは流石にダメだろう、タブラさん。
例え、アルベドの行動が路頭に迷わせる一因になった詫びだとしても、そこまでの事をされてしまったら、ウルベルトさんが逆に恐縮してしまうだろう?
俺達が、ウルベルトさんに対してしても良い事があるとしたら、当面の生活費としてギルメン全員による善意のカンパを集めて渡す事か、それとも次の就職先の斡旋くらいだな。
という訳で、一つ質問なんだがな、ウルベルトさん。
あんたは確か、やり方さえ教えたら帳簿の計算とか出来るよな?
強面の同僚が沢山居ても平気で、多少の荒事に対応出来るんだったら、うちの職場を紹介してもいいぞ?
これでも、それ位の事が出来る立場ではあるつもりだ。」

タブラさんに対して、提案した内容に関する明確な駄目出ししながら、自分からウルベルトさんに対して就職先の斡旋を口にする建御雷さん。
その主張は正しく、言われたタブラさんもグッと詰まって反論の言葉が浮かばないらしい。
その様子は、とても男前だとモモンガは思う。
ちょっとだけ、言われた内容に気になる部分があるものの、仕事先が決まり難いかもしれないと言っていた矢先に彼から仕事を紹介すると言われて、モモンガはとても嬉しい気持ちになった。
こんな風に、ギルメン同士で助け合える関係になっているのを目の当たりにして、胸の奥が暖かい気持ちになったからだ。
そんな、タブラさん達のやり取りを聞いて、横からたっちさんが慌てた様子で口を挟んでくる。

「駄目ですよ、建御雷さん。
確かにあなたの今の立場なら、間違いなくウルベルトさんに今の職場を就職先として紹介する事は出来るでしょう。
それに関しては、否定しません。
ですが、ここでまだ完全に足場を固めていないあなたがそんな風に無理を通したら、それこそ今後の事にどう響くか判りませんよ?
それに、あなたの職場が主に取引している先を考えると、余りウルベルトさんの新しい就職先としてはお勧め出来ないですね。
もし、うっかり勘違いされてとんでもない事態に発展したら、逆に責任が取れないでしょう?
そう言う問題を避ける為にも、ウルベルトさんの新しい就職先として、私の娘の家庭教師になっていただけないかと、そう提案させていただきます。
丁度、うちの娘はデミウルゴスに良く懐いていますし、ウルベルトさんに住み込みに近い形で家庭教師をして貰えるなら、うちの娘も喜んで色々と学んでくれると思うんですよ。
セバスがうちに来てから、色々と自分で出来る事も増えてきてはいますけど、どうも娘は余り勉強が好きではないみたいでして。
あなたの事を〖デミウルゴスを育てた人だ〗と説明すれば、娘も素直に話を聞いて勉強をしてくれる様な気がするんです。
一先ず、次にウルベルトさんが本当にやりたい仕事が見付かるまで、うちに来ませんか?
少なくても、このままあなたを路頭に迷わせてデミウルゴスに会えない様な事態になったら、私が娘に嫌われてしまいますからね。」

ニコニコと、笑顔のアイコンを示しながら提案をしてくるたっちさん。
どう聞いても、たっちさんの提案内容に関しては、色々と突っ込み所が満載だった。
だが、確かにたっちさんの所で娘さん相手に家庭教師をするのなら、ウルベルトさんの生活の保障に関しては心配しなくて大丈夫だろう。
この仕事なら、直接たっちさんの家で雇い入れる事もあり、ちゃんとウルベルトさん側の事情を理解しているし、他人が干渉される心配もない。
問題は、それを素直にウルベルトさんが受け入れられるかどうか、と言う点だけだ。
このナザリックを攻略する際にも、ウルベルトさんがたっちさんに対して隔意を持っている事を聞いているモモンガとしては、流石にそれは難しい様な気もした。
事実、たっちさんの申し出を聞いた途端、それまでタブラさんや建御雷さんからの申し出にワタワタ手を動かしていたウルベルトさんの動きが、ピシッと固まっている。

まさか、天敵に近いたっちさんの方から、自分に対してそんな申し出をされるとは、ウルベルトさんも思っていなかったのだろう。

あり得ない状況に、ウルベルトさんが本気で困惑しているのが、モモンガにも伝わってくる気がした。
だが、そんなウルベルトさんの様子を気にする事なく、たっちさんは更に勧誘の為の言葉を重ねる事を選択した様だ。
たっちさんも、タブラさんや建御雷さんの様にウルベルトさんの方へと移動して来ると、その肩を軽く掴む。
触れられた事で、ハッとなったウルベルトさんに対して言い放ったのは、ある意味彼らしい言葉だった。

「ウルベルトさんも、私のモットーを知っているでしょう?
〖困っている人が居たら、助けるのが当たり前〗です。
それが、幾ら仲が余り良いとは言えなかったとしても、同じギルドの仲間なら尚の事でしょう?
何と言っても、メールペットに私の娘が関わる為の一件では、色々とあなたに私はお世話になりました。
その恩を返す意味でも、あなたに対してこれ位のお世話を、私にさせていただけませんか?
それに、娘の為に小学校に通うまで家庭教師を雇うと言う話は、元々妻と話し合っていた事でもあります。
今回の一件を聞いた時点で、妻に相談して了承も得ていますから、安心してうちに来て下さって大丈夫ですよ?
ウルベルトさんの見識を広める意味でも、これは丁度良い機会だと思います。
私の娘に色々な事を教えるのと一緒に、ウルベルトさん自身の知識を増やす事が出来れば、次の就職にも有利だと思います。
この際なので、私を利用する位のつもりで家庭教師を引き受けて下さればいいんですよ。
デミウルゴスの為にも、すぐにつける仕事があるなら引き受けるべきでしょう?
違いますか、ウルベルトさん。」

つらつらと、勧誘の言葉を並べ立てていくたっちさんの主張を聞いて、何とも言えずに更に唸るウルベルトさん。
その様子をみれば、間違いなくウルベルトさんがたっちさんが持ち掛けたこの話に対して、心惹かれる部分があるからこそ揺れているのが伝わってくる。
本人的にはすごく抵抗があるのだが、デミウルゴスをこれからも今の状態で維持していく事を考えるなら、その為の最高の環境を用意出来るのも、たっちさんなんだろう。
それが分かっているし、何より自分も学べる環境をと言うたっちさんの言葉は、出来るなら自分の能力を上げたいウルベルトさんには、さぞかし魅力的な筈だ。

それが判っていながら、すぐにこの提案に対して飛びつかないのは、やはりたっちさん…と言うよりも、富裕層に対する憎悪などがあるからだろう。

だが、モモンガとしては考え方一つだと思うのだ。
たっちさんの言った通り、この際だから利用する位のつもりで話を受けて欲しいと、モモンガとしては思う。
ついでに、ここで富裕層側の世界を見ると言うのも、ウルベルトさんには必要な気がする。
どちらにせよ、今のウルベルトさんに対して今後に関する選択肢を示せる人間は多くない。

ギルメンの大半は、富裕層に使われる側の人間であって、使う側ではないのだから。

この話に関して、流石にギルメンの大半がウルベルトさんの事を心配していても、口を挟む者は居なかった。
彼らには、建御雷さんやたっちさんの様に、ウルベルトさん対して仕事を斡旋する事が出来ないからだ。
自分達の立場的に、どうする事も出来ないのを判っているから、二人の話の流れを見守るしかないのだろう。
そんな風に考えていると、それまで散々この提案を前に葛藤している様に動かなかったウルベルトさんが、漸く口を開いた。

「……別に、建御雷さんに仕事を紹介して貰えるなら、それでも構わないんじゃないのか?
俺だって、それなりに絡まれるから場数は踏んでるつもりなんだけど。」

どうやら、まだ素直にたっちさんの話を受けるには葛藤がある分、どうして建御雷さんの所では駄目なのか、ウルベルトさんが問う。
まぁ、そう言いたくなる気持ちは解るが、たっちさんがわざわざ口を挟んだのだから、ちゃんと意味があるのだろう。
実際に、ウルベルトさんの問いに対して、溜め息を吐きながらたっちさんは建御雷さんの顔を見た。
多分、自分が反対している理由を話しても良いのか、建御雷さんの顔を見る事で確認をとっているのだろう。
たっちさんの視線を受けて、意図を理解した建御雷さんは了承する様に頷く。
本人の了承を得た事で、ざっくりと話す決めたらしいたっちさんは口を開いた。

「……そうですね、この際なので正直に言ってしまうと、ウルベルトさんには余りお勧めしません。
彼の職場は、健全な会計事務所なのは間違いないですが、出入りしている場所が花街でして。
ウルベルトさんの場合、高確率でそんな場所に出入りしていたら、余計な勘違いで絡まれる可能性が高い容姿をしていますよね?」

たっちさんの口にした最後の一言に、周囲は固まった。
基本的に、リアルでは一度も顔を合わせた事がない筈なのに、どうしてウルベルトさんの外見をたっちさんが知っているのだろうか?
誰もが、たっちさんの発言に驚きに声が出なかったのだが、言われた本人であるウルベルトさんがハッと我に返って、ギッとたっちさんの事を睨み付ける。
今回ばかりは、内容が内容だけに誰も止めないでいると、ウルベルトさんが威嚇する様な鋭い声で問い掛けてきた。

「……どうして、てめぇが俺の素顔を知っている様な発言をするんだ、なぁ、たっちさんよぉ!」

鋭い問いをしつつ、不快さを示すアイコンを連打するウルベルトさんに対して、たっちさんの返答は割りと簡単なものだった。
ちょっとだけ、対応に困った時の様な雰囲気を漂わせながら、たっちさんは自分の頬を掻きつつ、答えを口にする。

「……いえ、以前、うちにメールを届けに来たデミウルゴスが、私の娘に〖デミウルゴスの主はどんな人なのか?〗と聞かれていた際に〖自分の主は、こんな感じの方だ〗と、ざっくりとした性格や外見を教えている場に偶然居合わせまして。
そこから考えるなら、花街関連は余り向いていないと予測したまでですよ?
うっかりしたら、あなた自身が花街の徒花の一つと間違われそうな外見をしているみたいですからね。」

「……人の外見について、勝手に口にしていいと思ってるのか、たっちさん?」

素直に答えを口にしたたっちさんに対して、間髪入れずギロリと睨み返すウルベルトさん。
流石に、たっちさんも自分がウルベルトさんの外見に関して許可なく口にしていたと気付き、「失敗した」と言う顔になった。
確かに、今のたっちさんの発言に関して言うなら、ウルベルトさんのプライベートに勝手に触れる事になるので、色々と本人の承諾なく口にしたのはかなり拙かっただろう。
幾ら、たっちさんなりにウルベルトさんの事を考えたからこそ、建御雷さんと同じ職場で働くのを止めに入ったのだとしても、やはりそれをみんなの前で口にした点に関して言えば、問題があるのは間違いなかった。

もしかして、これはギルド長として二人の仲裁に入るべき案件なんだろうか?

状況的に考えて、たっちさんの娘さんの家庭教師になるのが、多分一番の選択だと思っていたからモモンガ自身も口を挟まなかったのだが、今のたっちさんの不用意な発言の一件で、そのまま拗れそうな雰囲気も漂い始めているのは事実だ。
状況的に考えて、建御雷さんの職場が彼の言う通り会計事務所だとしても、取引先がほぼ花街が中心でウルベルトさんのリアルの容姿がたっちさんの言う通りなら、下手に仕事で花街に出入りするのは余りお勧め出来ないと言うのも良く判る。
それこそ、そこで働く従業員だと思われても仕方がない程端麗な容姿なら、むしろ様々意味で危険を避ける為にも、花街には近付かないのが一番だろう。

つらつらと、そんな事を考えていたモモンガは、周囲の視線がいつの間にかウルベルトさんに集中していた事に気付かなかった。

多分、全員がついつい実際のウルベルトさんの容姿がどんなものなのかと、そう考える内に意識せず彼の事を見てしまっていたのだろう。
と言っても、そこに居るのは【ユグドラシル】のアバターである山羊の悪魔なので、見てもそこから実際の容姿がどんなものなのか、とても想像は出来ないのだが。
流石に、今のたっちさんの台詞で自分に視線が集まるのは不愉快なのか、スッと視線を反らしたウルベルトさんから、不快を示すアイコンが表示された。

まぁ確かに、あんな風に気になる発言を聞いた途端、わざわざ外見を確認する様に注目するのは、流石に失礼だろう。

ウルベルトさんの反応を前に、流石に自分たちが取った行動が色々と不躾だったと気付いたからか、その場に気不味い雰囲気が流れる。
今回ばかりは、たっちさんも自分の不用意な発言が原因なので、ウルベルトさんに対して自分の勧誘に対する答えを促せないらしい。
暫く沈黙が続いた後、それまで俯き気味だったウルベルトさん本人が顔を上げて天井を仰ぎ見る。

その様子に、ウルベルトさんの中である程度の考えが纏まったのだろうと、誰もがその答えを聞く為に何も言わず、固唾を飲んで見守っていた。

すると、スッと瞼を閉じる仕種をしたウルベルトさんが、何かを決めたかの様に小さく頷く。
漸く、答えが纏まったらしい。
そして、たっちさんの方へと振り返りながら、ウルベルトさんはどこか困惑した様な表情で、自分の気持ちをゆっくりと吐露していく。

「……そうだな、多分今の状況だとたっちさんの所で家庭教師をするのが、一番間違いないんだろうとは思う。
頭では、そう解ってはいるんだが、な。
この話を受ける事に、どうしても抵抗がなくなる訳じゃないんだよ。
この際だし、俺の事を家庭教師なんてもの好きな立場で雇い入れる事を提案したたっちさんに、正直な所を尋ねて良いなら……幾つかはっきりした事が聞きたい。
小卒でしかない俺が、あんたの娘に教えられる様な事があると、あんたは本当に思っているのか?
〖私の娘に色々な事を教えるのと一緒に、ウルベルトさん自身の知識を増やす事が出来れば〗とか、あっさりあんた言うけどな、それで娘の方は俺から何が学べる?
ものを知らない相手に、あんたの娘が本当に家庭教師として学ぶ事を、ちゃんと納得してくれると思っているのか?
奥さんはだってそうだ。
普通に考えたら、小卒の男が娘の家庭教師なんて反対するだろう?
大体、あんたの娘一人の家庭教師だけで、本当に俺が食っていけると思ってるのか?
人一人分の生活費を賄うのは、並大抵の事じゃない。
小遣い程度の金じゃ、話にならないって事も判ってるんだろうな?」

それこそ、幾つもの疑問がウルベルトさんの口から溢れ出る。
娘さんに対して、本当に自分が家庭教師になっても大丈夫なのかと言う点から、経済的な面までその内容は多岐に渡っていた。
経済面関連については、流石に毎日家たっちさんの家で庭教師をしていたとしても、短い時間だけなら生活費が賄えない可能性があるのだと、普通に就職を勧めてきた建御雷さんと比べて収入面を心配したのだろう。
ウルベルトさんが、その辺りに関して問い質す言葉を並べると、たっちさんは「大丈夫です」と言わんばかりに頷いて見せた。
本当に解っているのか、ちょっとだけ心配になる位あっさりと頷くたっちさんに、少しだけ横から建御雷さんが口を挟む事にしたらしい。
彼も、たっちさんと同じ様にウルベルトさんへ仕事を斡旋出来る立場だけに、彼の出す雇用内容が気になったのだろう。

「本当に大丈夫なのか、たっちさん。
幾らたっちさんが富裕層出身でも、家庭教師に対して月に払える金額なんてそこまで多くないんじゃないのか?
もしそうなら、ウルベルトさんは俺の会社の社長に頼んで、別の働き口を探して貰うが……」

もし、ウルベルトさんへの家庭教師代の支払いによって、たっちさんの家の経済状況に影響すると言うのなら、また別の働き口を探しても、と別の提案を口にする建御雷さん。
この辺りは、確かに考えるべき点だろう。
ウルベルトさんを家庭教師として雇う事で、幾ら富裕層とは言えたっちさんが経済的な面で困る事態になれば、それこそ奥さんとの家庭不和の元にもなり兼ねない。
それが原因で、たっちさんの家庭に迷惑を掛ける様な事は流石にウルベルトさんもしたくはないだろうと、モモンガが気にする様に視線を向けると、たっちさんは片手を挙げて「問題ない」と笑って答えた。

「そこに関しては、大丈夫です。
まず、家賃と光熱費などに関してですが、最初に〖住み込みに近い形で〗と言った様に、私の家の隣にある私の家や実家の使用人が住む集合住宅に引っ越して貰えれば、うちの実家の所有地の中にある建物としてうちの実家が纏めて払っていますから、ほぼ無料で済みます。
食事も、うちの使用人は基本的に朝昼晩の賄付きなので、家庭教師の話を受けてうちに来て貰い始めたら無条件で食事が出ますから、休日以外の食費も掛からないですよね。
その代わり、食事と家賃等をこちらでほぼ請け負う形になる事から、実際にウルベルトさんへお渡しする給料は今までより確実に減りますし、朝の八時から夜の六時までの間は、食事の時間を除いて娘の側で一緒に家庭教師として過ごして貰う事になりますけど。
先に言っておきますが、例えほぼ一緒に居る状態の家庭教師になったからと言って、娘に対して何もかも手取り足取り全部教える必要はありません。
正直言うと、表向きは〖家庭教師〗と言っていますけど、実質的には娘専属の保育士さんに近いかもしれませんね。
あなたが、自分の自慢の息子としてデミウルゴスの事を育てた様に、一緒に学んだり遊んだりしながら、娘の自主性を重んじつつあの子の中にある才能を伸ばす様にしてくれるだけでいい。
あなたは、自分が思っている以上に人の才能を伸ばす事が出来る人だと……そう、私はあなたから自慢する様に彼の育成記録を見せて貰っているからこそ、そう断言しても良いと思っていますよ、ウルベルトさん。」

予想以上に、たっちさんから好条件を提示された事で、周囲は息を飲んだ。
その条件なら、むしろ自分が変わりたいと言い出したいギルメンだっているだろう。
だが、たっちさんがそれだけの条件をウルベルトさんに対して出して来た理由は、彼が今の仕事を首になって職が無いからと言うだけじゃない。

デミウルゴスを育て上げたウルベルトさんの力量を、自分の娘でも発揮して欲しいと思っているからだ。

そんな風に、ギルメン全員が知っている程に仲が悪いたっちさんから全幅の信頼を向けられてしまったら、ウルベルトさんに断るなんて事は出来ないだろう。
この話を断ると言う事は、「自分には出来る自信が無い」と逃げるのとほぼ同意語だからだ。
他の誰かが相手なら、多分、そう言って逃げる選択をしたかもしれないけど、たっちさんが相手である時点で、ウルベルトさんがそんな真似をする筈がない。
実際、最後の台詞をたっちさんが言った途端、テーブルの突っ伏して軽く唸りながら頭を抱えている。

間違いなく、たっちさんの今の言葉がウルベルトさんの中に大きな葛藤を生んだんだろう。

暫く唸り声を上げながら、その場でテーブルに突っ伏したまま頭を抱えていたウルベルトさんだが、何とか自分の中で折り合いを付けて答えを出したのか、突っ伏していた顔を上げるとたっちさんの顔を見た。
それでも、まだその答えを口にするのに躊躇いがあるのか、視線だけはウロウロとあちらこちらを彷徨っている。
あー、うー、と言葉にならない様な声を漏らしていたウルベルトさんが、漸く覚悟を決めて答えを口にしたのは、顔を上げてから約三分後の事だった。

「……ったく、あんたにそこまで言われたら、それこそこの話を受けるしかないだろうが、この野郎!
あー、くそっ……解ったよ、たっちさん。
実際に、あんたの期待に沿える結果を出せるかどうかは、実際にやってみないと判らないが……それでも良いなら、娘さんの家庭教師を引き受けさせて貰う。
正直言って、まだ娘さんが使っているアバターのチェックを定期的に行っておいた方が、何か異常事態が発生してもすぐに解決出来るだろうし、な。
そう言う意味では、家庭教師役として俺が一緒に居るのも悪くないかもしれないな、確かに。
問題は、いつそっちの集合住宅に引っ越すのかだが……」

がりがりと、頭を乱暴に掻きながら了承したウルベルトさんが、次の問題を口にすればたっちさんも考える様に顎に片手を添える。

「今の時点で、集合住宅に空きがあるのか確認済みですし、いつ越してきていただいても問題はありませんね。
ただ、ベッドなどの大物家具とかはほぼ括り付けである部屋なので、今手持ちの家具の大半は処分していただいた方が良いでしょう。
それこそ、身の回りの品や着替えなどと言った生活用品と、自分が必要な品々……そう電脳空間に繋ぐ為の端末さえ持参してきて貰えれば、すぐにでも今まで通りの生活が出来ると思います。
今、ウルベルトさんが住んでいる部屋の家賃などの都合もありますし、出来れば早めに越して来られた方が良いと思いますが、どうされますか?」

本当に、至れり尽くせりの環境を提供されるのだと、少し羨まし気なギルメン達を他所に、ウルベルトさんは実際の引越しの為の都合を話し合うべく、たっちさんと少しだけ場所を移動して個人メールのやり取りを始めている。
予想よりも、割とウルベルトさんの問題が無事に片付いたと、ホッとモモンガが胸を撫で下ろした時だった。
ギルメン全員に、いきなりメールが一斉配信されてきたのは。
一体、何事かとそのメールを見たギルメンたちは次々と固まっていく。
その理由は、実に簡単だった。
突然、それぞれの手元に届いた一通のメール。

そのメールの差出人の名前が、【アルベドを除く全メールペット代表、デミウルゴス】となっていたからだった。





という訳で、前回の続きです。
今回の話ですが、割とpixiv版と相違点があったりします。
あちらでは、ぷにっと萌えさんの登場シーンとかありませんし。
そしてまだまだ終わりそうにありません。
予定では、前回の話とこの次の話まで合わせたものが一話分だったんですけど、長くなりすぎるのでここで切りました。
実際には、これでもかなり長いと思ってますけど。
ウルベルトさんの就職先に関して言うと、次点の建御雷さんの会計事務所にしようかかなり迷ったんですが、私の設定のウルベルトさんの外見は作中に出て来た通りなので、色々と拙い方向になりそうだと言う事で却下になりました。
そして、次はデミウルゴスたちメールペットが今回の一件に対してどう判断を下したのか、それが出てくる予定です。


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ギルド会議 4  ~ メールペットたちの反乱? ~

前回の続き。
デミウルゴスからのメールの内容と、そこからの会議がどうなったのか。


デミウルゴスが差出人のメールを受け取ったギルメン達は、戸惑いながらもそれを開いて内容を確認する事にしたらしい。
モモンガも、慌ててメールを確認したのだが、その内容は驚くべきものだった。

『皆様、突然この様なメールを差し上げる事を、まずはお詫び申し上げます。
本来なら、我々メールペットから皆様に対して、この様なメールを差し上げるのも失礼かと思いました。
ですが、この度のアルベドの引き起こした一件により、我らも我慢の限界を越えた為、こうしてメールペット一同の総意をお伝えさせていただきたく存じます。
残念ながら、今のアルベドをこれ以上我々の仲間として認める事は出来ません。
我々メールペットの間で発生した問題なら、まだ彼女の行動を許容する事も出来ました。
しかし、ウルベルト様が今回の様な多大なる被害を被る行為を行い、今後も御方々に迷惑を掛ける行為をする可能性があるアルベドを、このまま放置する事など到底容認出来るものではありません。
よって、誠に勝手な事ではありますが、アルベドを我らと同じサーバーから別の仮想サーバーへ隔離させていただきました。
これは、アルベドを除くメールペットの全てが賛同した総意でもあります。
事後報告となりました事への詫びと共に、御方々にお伝え申し上げます。

なお、仮想サーバー内のアルベドに対しては、皆様方から一切の干渉も出来なければその存在を認識する事も出来ません。
逆に、あちらからはこちらの様子が全て確認出来る仕様になっております。
唯一の例外として、アルベドの主であるタブラ様のみ彼女に対して一方的に手紙を送る事だけは出来ますが、それに対する彼女の反応を確認出来る訳ではありません。
彼女の存在を確認する場合は、メールペットの現在位置確認の中の【個体数確認】をご利用ください。
そちらでのみ、 〖メールペットの数:一〗として表示されます。
彼女に対する最後のチャンスとして、こちら側が設定した条件をすべて満たす事が出来た場合、仮想サーバーから解放される事になっています。
ただし、それに関してのヒント等は一切与える事は出来ません。
もし、どなたかがアルベドの仮想サーバーからの解放条件に気付かれたとしても、それを彼女に教える事は厳禁とさせていただきます。
万が一、それを彼女に何らかの形で伝えた時点で、現時点で設定されている仮想サーバーからの解放条件そのものにロックが掛かり、仮想サーバーから今度こそアルベドは出られなくなる仕様です。
ご注意ください。
用件のみをお伝えする事をお許しください。
それでは、これにて失礼させていただきます。

メールペット一同 代表デミウルゴス』

メールの内容を確認し、慌てて全員でメールサーバーの状況を確認すると、確かに自分たちの使っているものに重なる様に別のサーバーが発生していた。
そして、サーバー内のメールペットの現在位置の確認をしてみれば、普段使っているメインサーバーの方に〖メールペットの数:四十〗、新しく重なる様に発生したものの方に〖メールペットの数:一〗と表示されている。
先程のメールの内容からすると、この別のサーバー内に居る一体のメールペットこそがアルベドなのだろう。
このメールを読んだ誰もが、それこそ沈痛な声を上げて頭を抱えていた。
特に、タブラさんはアルベドがここまで仲間のメールペットたちから疎まれていた事実を目の当たりにして、その場で崩れ落ち床に伏してしまっている。
そんな状況の中で、割と冷静な様子だったのは今回の騒動の発端とも言うべき、ウルベルトさんだった。

口元に手を当て、何かを考える様な素振りを見せているのは、アルベドの事が問題になった際の会議の時に話していた様に、内容そのものは教えて貰えていなくても、メールペット側で何らかの行動をしている事を、彼が事前に知っていたからだろうか?

どちらにせよ、現状ではモモンガたちにはこのメールに書かれている内容に関して、出来る事は何もない。
これが、まだメールの中に書かれていたシステムの使用前だったとしたら、彼らに対して説得するなりなんなりと言う手段もあり得ただろう。
だが、既にシステム発動をした後でその旨を事後報告されている状況では、この手の事に一番詳しいだろうヘロヘロさんでも、多分これを打開するのは容易ではない筈だ。

「……それにしても、まさかこんな手段を考えていたとは思わなかったな……」
 
改めてメールを読み返しつつ、困惑した様に呟くウルベルトさんに対して、 自然と集まっていく周囲の視線は、割と鋭いものだった。
今の呟きによって、ウルベルトさんが事前に【メールペットたちが、何かをしている事を知っていた】事を、彼らも理解してしまったからだ。
まるで全員を代表する様に、ウルベルトさんに対して出来るだけ静かな口調を心掛けながら質問したのは、メールペットたちのメイン開発者であるヘロヘロさんだった。

「……もしかして、ウルベルトさんは今回の彼らの行動に関して、何かを知っていたんですか?
だとしたら、どうしてもっと前に我々に対して……いえ、せめて私に対して、あなたが知っている事を教えてくだされば良かったんです。
もし、この事に関してそれと無く教えてくださっていたら、もっと前に対策だって取れたでしょうに。
それとも、デミウルゴスが影で動いていた事だから、ウルベルトさんは彼を守る為に黙っていたという事ですか?」

今回ばかりは、内容が内容だけにヘロヘロさんの声も自然と固くなっている。
ヘロヘロさんが、ウルベルトさんに対して問い掛ける内容を聞いて、周囲の視線はますます鋭くなった。
先程のウィルス騒ぎと変わらない位、ウルベルトさんの事を疑いの目で見ている様な気がする。
多分、ヘロヘロさんが質問した事に対して、困った様な顔をしていながら中々ウルベルトさんが返事をしない事も、周囲の視線が鋭い理由なのだろう。
この状況を、モモンガは黙って見てなどいられなかった。
一応、モモンガもウルベルトさんから「うちのデミウルゴスをアドバイザーにして、色々とアルベドの被害に遭ったメールペットたちが集まって何かやっている事位しか知りませんよ」と言う事を聞いていた身として、口を挟むべきだろう。
そう思い、慌てて周囲に対して声を掛けようとした時だった。

今回の会議で、普段の【ギルド一の問題児】とは全く違う一面を見せるかの様に、色々と鋭い所を付いて来ていたるし☆ふぁーさんが、呆れた様な声を上げたのは。

「あのさぁ……なんで、そんな風にウルベルトさんに対して非難する態度を取れる訳?
そりゃ、こんなメールを貰った事に関して言えば、驚いたと言えば驚いたけど、さ。
別に、ウルベルトさんの事をそんな風に責める前に、自分のメールペットがどんな事を考えて何かしているか、それをきちんと把握していなかった自分達の事を、先ず反省するべきじゃね?
だって、ウルベルトさんが今回の事をざっくりとでも察知していたんだとしたら、それはデミウルゴスとの円滑なコミュニケーションが取れていたって事でしょ?
自分達が、メールペットの事を把握出来ていなかった事を棚に上げて、ウルベルトさんを責めるのはお門違いも良いとこでしょうに。
正直、この際だから言うけどさ。
俺はね、アルベドが今までしていた問題行動にだけ言うなら、メールペットたちがいずれはこんな風に爆発するんじゃないかなって、ずっと思ってたよ?
むしろ、彼女の被害に遭っていたメールペット達の話を小まめに聞いていた俺からすれば、〖ここまで良くも健気に耐えたよなぁ〗って思う位だし。
確かに、今回のウルベルトさんの一件がメールペット達の不満が爆発した切っ掛けだったし、彼らの意見を取りまとめただろうデミウルゴスが、メールの差出人としてメールペットたちの代表を名乗っているけど、この仮想サーバーを最初に作ったのは多分デミウルゴスじゃないと思うな。」

軽く片手を振りながら、つらつらとそう自分の推測を展開していくるし☆ふぁーさん。
その主張に、思わず誰もがグッと声に詰まる。
言われてみれば、数回前にタブラさんへの苦情申し立てをした後は、誰も特に何も言っていない。
もちろん、色々とタブラさん側に事情があった事等が考慮されたのと、建御雷さんが間に入って執り成しをしてきたからでもある。
だが、それはあくまでも自分達に対してであり、メールペットときちんと話をしてアルベドの件に関してのフォローをしていたのかと問われたら、多分そこまでしていなかったんじゃないだろうか?
るし☆ふぁーさんの主張に対して、彼がそんな風に言い切った理由が気になったのか、質問を口にしたのはぷにっと萌えさんだ。

「……どうして、そう思うんでしょう?
メールの内容を見る限り、ここまでの事を出来るメールペットがいるとしたら、ウルベルトさんの所のデミウルゴス位だと思うのですが……
そう言うからには、何らかの根拠があるんですよね、るし☆ふぁーさん。」

そんな風に、思わずるし☆ふぁーさんが主張する根拠を聞いてしまう位には、ぷにっと萌えさんも現在の状況に動揺しているのだろう。
るし☆ふぁーさんの主張は、確かに誰もが声を詰まらせてしまう位に、痛い部分だと思う。
アルベドの事に関して言えば、あの会議の後に多少の改善が見られた事によって、後は時間が解決する部分も多いと見守る姿勢を取っていた。
だけど、こうして改めて言われてみれば、自分達が取った対応は余りにも良くない。
ぶっちゃけ、パンドラズ・アクターを始めとした被害に遭っていたメールペットたちに対して、

「あちらにも色々と問題があったみたいだし、その点をある程度改善したから彼女もこの先変わると思う。
だから、環境の変化によって彼女の態度が改善されるまで、お前たちはそのまま我慢してくれ。」

と言ったのと同じ事なんだろう。
一応、モモンガはパンドラズ・アクターときちんと話をしていたし、出来る限り注意深く様子を窺っていた事によって、ウルベルトさんの言う通り何かを彼らがしていた事だけは把握していた。
流石に、内容までは「みんなとのお約束なので内緒です」と話して貰えなかったものの、それでも何か彼らなりに考えていた事を知っていたのだ。
もし、ギルメン達がウルベルトさんの事を責めるのなら、るし☆ふぁーさんの様に事情を知る側だと自分も名乗り出て、一緒に責められるべきだろう。

と言うより、これは本当に事情をある程度把握していた自分たちが、他のギルメン達から責められるべき案件なんだろうか?

つい、モモンガがそんな事を考えている間にも、飄々とした態度のるし☆ふぁーさんは周囲の顔を見渡し、軽く頷いて確認している。
そして、ゆっくりと仕種で全員の顔を見終えた所で、何かを確信したらしい。
漸くぷにっと萌えさんの質問に答えるべく、利き手の人差し指を立てながら口を開いた。

「もちろん、根拠はちゃんとあるに決まってるでしょ。
まず、一つ目。
ぷにっと萌えさんが言う様に、ウルベルトさんの所のデミウルゴスは、確かにメールペットの中で一番能力が高いのは否定しないよ?
だけど、うちの恐怖公だってかなりの能力を持たさせてあるし、ヘロヘロさんの所のソリュシャンだってデミウルゴスと同時期に起動している上に、普段から彼の手伝いをしているそうだから、かなりの能力の保持者だ。
後は、モモンガさんの所のパンドラズ・アクターだって、なんだかんだ言っても元々のNPCの設定の頭が良い事になってるから、それに見合うだけの学習能力があると考えても良いんじゃないかな。
そう言う意味では、この三人だって今回のシステム作成の候補に挙げるべきだよね?
て言うかさ、俺の恐怖公とウルベルトさんの所のデミウルゴスは、本来ならこの件に関しては除外対象じゃない?
だって、今まで一度もアルベドの被害にはあってない訳だし。
そう考えると、むしろアルベドの行動で迷惑を被ったメールペットたちが協力し合って、このシステムを構築したと考えた方が余程あり得ると思うね。」

まるで、立て板に水の如く言葉を連ねていくるし☆ふぁーさんの主張は、それこそ筋が通っている内容だった。
言われてみれば、数時間前に起きたウルベルトさんの一件が無ければ、デミウルゴスがアルベドに対して隔意を持つ理由が無い。
もちろん、同じメールペットの仲間が迷惑を被ってはいるものの、迷惑を掛けているアルベドもまたメールペットの仲間である。
むしろ、まだパンドラズ・アクターたち頭の良いメールペットが協力し合って開発したと考えた方が、余程あり得る事だと言って良かった。
そう納得するモモンガを他所に、るし☆ふぁーさんがそう推測していた根拠の説明は、まだまだ続くらしい。

「二つ目の理由を挙げるなら、時間的な問題かな?
幾らデミウルゴスでも、これだけのシステムをウルベルトさんのサーバーのウィルスチェックやその他必要な処理をしながら一から短時間で構築するのは、流石に無理なんじゃないかなと思う訳よ。
もしやるとしたら、既に基本となるシステムが完成していた状態に手を加える位かなぁと。
ただ……他人が作った物をそのまま使うより、ちょっとだけ手を加えてアルベドに対する意趣返しもしてそうな気がするんだよね、デミウルゴスなら。
そう言う意味なら、確かにデミウルゴスは無関係じゃないと思うよ、うん。」

人差し指に続いて中指を立てる事で、指折り数える仕種を見せる、るし☆ふぁーさん。
彼の推測は、現状では誰もが納得する内容らしく、幾つもの唸り声が上がるものの誰も邪魔する事はない。
すると、るし☆ふぁーさんは薬指を立てながらもう一つ推測を追加した。

「三つ目の理由は、俺が割と小まめにメールをやり取りしてた人たちから聞いてた、メールペットの近況から考えた結果、って言えばいいのかな。
例えば、一月半前に貰った弐式さんからのメールには、ナーベラルがデミウルゴスの所に弟子入りしてる事が割と詳しく書いてあったよね?
メールの内容を、個人的な事に触れない様にざっくり言うと、〖ナーベラル以外にもシャルティアとか、色々なメールペットがデミウルゴスに師事したりいろいろ相談したりしてる〗って書いてあったし、ナーベラルは割と恐怖公とかとも上手くやってて色々な事を学習しようとしてる事も、俺は知ってたりする訳だ。
他にも、たっちさんの所のセバスの場合だったら、一緒に過ごす事が多い娘さんがまだ小さいから、彼女の為にセバスが自主的に学ぶ事を望んで、デミウルゴスと恐怖公に色々な事を聞いていたりする事とかさ。
もし……そうやって同じ様な事をしているメールペットが沢山いたのなら、それこそ彼らなりにアルベドへの対策とか相談し合ってたとしても、おかしくないかなぁって思うんだけど……俺の推測、どこかおかしい点はあったかな?」

笑顔のアイコンを頭上の上に浮かべながら、そう逆にぷにっと萌えさんを筆頭にギルメンたちに対して尋ねて来るるし☆ふぁーさんの推測に、誰も反論する事は出来なかった。
確かに、お互いにやり取りしているメールペットの話題の中には、〖デミウルゴスに弟子入りしてるみたい〗とか〖何かデミウルゴスとこっそり話し合ってるけど、内容を教えてくれない〗と言う内容が、それこそ当たり前の様に何度も出てきていたからだ。
今回、るし☆ふぁーさんが指折り数えながら言った事は、どれも間違ってなどいない。
間違っていない処か、ちゃんと今までの事をみんながちゃんと考えていれば、ギルメン全員が誰でもすぐに気付けた事だと言っていいだろう。

「いえ……あなたの推論は、多分どれも間違っていませんよ、るし☆ふぁーさん。
確かに、私とした事が今回の事に関して言えば、かなり短慮が過ぎましたね。
普段、あれだけ冷静に物事を考える様に口にしていながら、実際にリアルが絡んだ事で少しばかり冷静さを欠いていた様です。
言われてみれば、その可能性を視野に入れていなかった自分が恥ずかしいです。」

ぷにっと萌えさんが、素直に自分の非を認めると、るし☆ふぁーさんは改めてぐるりと周囲を見渡した。
多分、自分の推測に対して反論がないか、確認をしているのだろう。
このタイミング以外、自分の事を話す機会が無いだろうと感じたモモンガは、急いでそれを説明するべく片手を挙げた。

「……すいません、皆さん。
実は、ウルベルトさんだけではなく、私もざっくりとですがパンドラたちが何かをしている事を知ってました。
ただし、それがどんな内容までは聞いても教えて貰えませんでしたが。
それでも、メールペット達がお互いに協力し合って、何か秘密を持っているという事だけなら、確かに私は知っていました。
ですが、ここまでの大事だと思いませんでしたので、わざわざ皆さんには話してませんでした、すいません。
私が、最初にそれに気付いた切っ掛けこそ、以前の会議でアルベドの事が問題になった時に、ウルベルトさんが帰り際に漏らした『嵐が来るな』と言う言葉を聞いて、その場で彼に理由を確認した後、その日のうちにパンドラに確認したからでした。
ですが、その切っ掛けが無かったとしても、多分ちゃんとメールペットたちの様子を確認して把握していれば、皆さん気付けたと思います。
むしろ、毎回の定例会議であれだけご自分のメールペットたちに関して語る事が出来る皆さんなら、ちゃんとメールペットたちの心境を分かっていると、そう思っていましたので。」

最初に、今までこの事を黙っていた事を詫びつつ、そこからモモンガが問い掛ける様に語る内容を聞いて、誰もがバツが悪そうな様子で視線を逸らす。
ギルドの中で、色々と問題児と認識されているるし☆ふぁーさんだけではなく、モモンガからも同じ様な事を言われてしまった事で、自分達がどれだけ溺愛している筈のメールペットの変化を見落としているのか、それを指摘された事に気付いたからだろう。
モモンガの言葉に、ハッと何かに気付いた様にペロロンチーノさんが片手を口元に手を当てると、そのままゆっくりと下を向いていく。
何かを思い出そうと言うのか、もう一方の手で額を覆う仮面に軽く触れると、そのまま指先をコツコツと小さな音を立てて打ち付けていた。
暫くそうしていたのだが、突然何かに思い至ったと言わんばかりに頭をがりがり乱雑に掻き回したかと思うと、小さく低く唸り出して。
ペロロンチーノさんの突然の行動に、その様子に気付いた者から何事かと視線を向ければ、ドンッと頭をテーブルに打ち付けたのである。
余りに様子がおかしいペロロンチーノさんに、姉のぶくぶく茶釜さんが声を掛けようとした途端、そのままの姿勢でペロロンチーノさんは呻く様な声を上げながら話し始めた。

「……俺、確かに、るし☆ふぁーさんやモモンガさんの言う様に、シャルティアの出すサインを見落としてた……
と言うより、多分……俺のシャルティアが今回の仮想サーバーの基本形態を作った張本人だと思うんだ。
ちょっと前に、凄く嬉しそうな顔をしていたシャルティアが居て、どうしたんだって聞いたら〖とっても良いものが、漸く作れたんでありんす!〗って言って事があって。
それがどんなものか聞いたんですけど、〖これだけは、申し訳ありんせんけどペロロンチーノ様にもお教え出来ないでありんす〗って言われちゃって、『俺にも内緒だなんて!』って凄くがっくりした記憶があるから、間違いないんじゃないと思う……」

どうも、まだ自分の中でぐちゃぐちゃになっている感情が整理出来ていないのか、どこか呆然とした口調でそう告げるペロロンチーノさんに、誰もが驚いた様に視線を向けた。
だが、それも当然の反応だと言っていいだろう。
何故なら、ペロロンチーノさんの所のシャルティアは、【ユグドラシルのNPC】をベースにしているだけに、シャルティアと同様に脳筋に近いタイプだからだ。
正確に言うなら、第一から第三階層の守護者として戦闘方面に特化している分、他の所はペロロンチーノさんの趣味もあって色々と残念な美少女である【ユグドラシルのNPC】のシャルティアと比べて、メールペットのシャルティアは色々なメールペットたちとの交流などによって本来の性格から大分変化した個体だと言っていいだろう。
それでも、やはり脳筋よりだと思われる彼女の手で、アルベドの事を隔離する為のシステムを作れるとは、到底思えなかったからだ。
周囲から、かなり疑わしそうな視線を受けているのだが、ペロロンチーノさんはシャルティアに関しての記憶は間違いないと自信があるらしく、がっくりとした様子のままそれを訂正する様子はない。
それを肯定する様に、ウルベルトさんも「あー……」と声を漏らした。
どうやら、その辺りに関して何か心当たりがあるらしい。

「そう言えば……確かに、最近のシャルティアとデミウルゴスはコソコソと端末を覗き込んで何かを話している……と言うのか、何かをシャルティアがデミウルゴスに相談している事が多くて、前の様に俺の前でも平気でSAN値をごりごり削る様な会話をしなくなってましたね。
その辺りから、シャルティアが自分の端末でもデミウルゴスのアドバイスを書き込んでいる姿を何度も見てますし、何かを教えて貰っていた事は間違いありません。
たまに、モモンガさんの所のパンドラも合流して、三人で一緒に何か討論をしている雰囲気だったんですけど、俺が近付くとすぐに端末を片付けちゃうんで、内容までは確認出来てませんでしたよ、えぇ……」

ペロロンチーノさんの言葉が間違いない事を証明するかの様に、ウルベルトさんが自分の所に来ていた時の様子を語ったのだが、そこにモモンガのパンドラズ・アクターが一緒に居た事も加えられ、ちょっとだけ驚く。
だが、あの三人が集まって何かやっている姿を想像すると、ある意味モモンガ達と同じ位仲が良く遊んでいる姿が想像出来てしまって、ちょっとだけほっこりとしてしまった。
アルベドの事が問題になる前、こっそりパンドラズ・アクターの日記を三人で読んだ時の様な、そんな感じで集まっている姿が簡単に思い描けてしまう。

これは、多分ウルベルトさんやペロロンチーノさんも同じ感想なんじゃないだろうか?

だからこそ、つい彼らの行動をウルベルトさんも【仲が良いもんだ】と見逃してしまった様な、そんな気がモモンガにはして仕方がない。
モモンガ達が、三人でちょっとだけ納得した様な顔をしていると、ペロロンチーノさんやウルベルトさんの言葉を聞いて、少し考える素振りを見せたのはヘロヘロさんだった。
まるで何かを思い出す様に、手を動かしながら周囲に聞き取れない様な声で呟いていたかと思うと、どうやらその答えに思い当たったらしく、ペシンッと軽く頭を叩く。

「あー……実は、私も一つ思い当たる事がありますね。
メールペットのサーバーですが、今メインで使っているもの以外にも、予備で使えるものをミラーサーバーに準備したものがあったんですよ。
予想より、メインサーバーが安定していたので、そのままそちらは放置に近い状態にしてありました。
多分、それを上手く利用して今回の様な隔離する為の仮想サーバーを考案したんじゃないかと思います。
その方法なら、多分手間を掛ければシャルティアでも何とか完成出来るだけの方法を、デミウルゴスなら思い付くと思いますし。
ミラーサーバーの事を、ここの所の多忙さで私自身がすっかり忘れていましたから、この件に関して私も非があると言うべきでしょうねぇ。
そもそも、るし☆ふぁーさんの主張は正しいと私も思います。
正直、我々は実際にアルベドの傍若無人の行動による被害に遭った彼らの事を思いやる様で、実際には〖もう少し様子を見て欲しい〗と我慢を強いるなど、少々蔑ろにしていた部分があるんじゃないでしょうか?
うちのソリュシャンは、殆ど私と一緒の時にしかアルベドが訪ねて来ませんでしたから、彼女の被害に遭ったのも一回だけでしたし、その時にきちんと精神的なケアをしてあると思っていた分、余計に油断していた様な気もします。
こんな事になるなら、彼女たちがどんな風にアルベドの取った行動を受け取っていたのか、我々も、もっとちゃんと向き合った上でしっかり話すべきでしたね。」

溜息交じりにそう言うヘロヘロに、お互いにバツが悪そうな感じで顔を見合わせるギルメン達。
今までのやり取りを聞いていれば、タブラさん側の事情を考慮して情状酌量と言う形で、アルベドの行動をそこまで咎めたりしなかった事がそもそもの問題なのだと、理解出来てしまったからだろう。
これに関しては、もちろんタブラさん自身からの謝罪をきちんと受けた事と、間に立った建御雷さんの顔を立ててと言う理由があるが、それでももう少しメールペットたちの事を考えるべきだったのだ。
ここで、今まで黙っていたたっちさんが周囲を見渡し、ゆっくりと片手を挙げた。
どうやら、彼もまたこの場で言いたい事があるのだろう。
他に誰も意見がある様ではなかったので、モモンガは頷いて見せる事で了承すると、たっちさんの話を聞く事にした。

「今回の事ですが、確かにウルベルトさんの一件が引き金になったと考えて、まず間違いないでしょう。
だからと言って、今までメールペットたちが被害を受けていただろう、アルベドの行動に関しても問題がない訳ではないと思います。
幸か不幸か、私のセバスは被害の対象外でした。
なので、この件に関して被害者側でも加害者側でもなく意見が言えると思います。
まず、皆さんに確認したい事があるのですが、宜しいでしょうか?
一つは、皆さんは自分のメールペットたちに対して、〖アルベドの行動をどう説明したのか?〗と言う点です。
彼らが納得出来るだけの理由を、ちゃんと皆さんは彼らに対して話していましたか?
皆さんは、忘れがちなので言わせて貰いますけど、それぞれが人格と個性を与えられた交流育成型の電脳空間に存在するメールペット、つまり我々にとって小さな子供の様な存在です。
ナザリックのNPCとは違い、彼らは自分の意思で考えたり動いたり出来る事を、皆さん忘れていませんか?
逆にタブラさんは、アルベドに行動を改める様に注意しましたか?
彼女が、思い違いをして変な行動をしていたとしたら、それはタブラさん自身が対応を間違えていたと考えるべきでしょう。
今の二つに対する答えによっては、彼らの行動は仕方がないと考えるべきかもしれません。」

冷静に、確認を取る様にギルメン全員の顔へと視線を向ける。
真っ直ぐに見るたっちさんの視線を、多くのギルメンが受け止められない様に視線を反らしている様子から、彼らは説明が不足していたのが予想出来た。
それだけで、ある程度の状況を察したたっちさんは溜め息を吐く。

「……そもそも、 あなた達は今回の事をどう対応するつもりだったんですか?
全ての責任を、ウルベルトさんと彼の所のデミウルゴスに押し付けて、〖自分たちは勝手にサーバーを弄られただけだから関係ない〗、自分たちのメールペットも〖デミウルゴスの怒りに飲まれただけで関係ない〗、という風にするつもりだったんですか?
そんな勝手な話が、この状況で通用する訳が無いでしょう。
まず、このメールの差出人ですが、【メールペット代表】と書いてあります。
最終的に、この騒動のきっかけを作ったと言う意味も込められている事から、差出人こそデミウルゴスの名前が代表者に上がっていますが、これはメールに書かれていた様にメールペット全員の総意と受け止めるべきでしょう。
そう考えると、現時点でちゃんと彼らの事を納得させた上で事を収めるのは、かなり難しいと思いますよ。
と言うより、既に仮想サーバーの起動を実行してしまっている以上、これをお互いに遺恨を残す事なく解除するのは、多分アルベドが解放条件を自分でクリアするのが一番ではないかと、そう私は推察します。」

そこで言葉を切ると、たっちさんは円卓をゆっくりと見渡して全員の反応を見た。
多分、ここまでの自分の意見に対して、反論があるならそれを聞くつもりだったのだろう。
けれど、誰からも反論する言葉が出てこなかった。
もしかしたら、たっちさんの言う様に全部の責任をウルベルトさんとデミウルゴスに押し付けて、それで終わりにしようと考えていた人も中には居たかもしれない。
だが、それで話が収まる状況ではないのだと、改めて現実を突き付けられた事で、そんな逃げが通用しなくなったからこそ、誰も反論しなかったのだ。
暫く待って、誰からも反論が無い事を確認したたっちさんは、更に話を続けるべく口を開く。

「今までの事や今回の事情を踏まえた上で、彼らの取った行動には多くの問題があるのは間違いありません。
ですが……そこまでの事を彼らにさせる決意をさせたのも、先程から何度も出ている事ですが、今まで我々の方が彼らに我慢をさせていた結果です。
それこそ、簡単にアルベドを許してしまう事が出来ない位には、彼らの側には我慢も限界に来ていた事は間違いないでしょう。
多分、こちらがこの状況すら無視して彼女の行動を許してしまえば、ますます彼らの中にあるアルベドへの不満は募るでしょうし、もしかしたらその不満が我々に対しての不信へと変わるかもしれない。
それともあなた達は、この行動を取った事に対して彼らに責任を問う為にも、今いるメールペット達を全消去するとでも言いたいんですか?
定例会議の度に、それぞれ持ち時間が足りないと言わんばかりに自分のメールペットの事を話していたあなたたちに、そんな事が本当に出来ますか?
それとも、あれだけ自分の愛情を注いだ存在を、ちょっとした問題を起こした程度で消してしまいますか?
むしろ、あれだけアルベドが起こした行動に関しては見逃しておきながら、彼らの行動に関しては許さないと言うつもりなんですか?
少なくても、彼らがあそこまでの行動を起こしてしまう程、アルベドに対して不満を溜め込んでいたという訳ですよね?
多分、今回の行動を起こすまでにはモモンガさんやペロロンチーノさんの言った様に、何らかの合図を出していた筈です。
そんな彼らの合図を見逃しておきながら、今回の様な自分たちの思い通りにならない行動をしただけで、彼らの事を消してしまうんですか?
あなたたちは、そんなにあっさり……彼らの事を消せてしまうんですか、本当に?
先に言っておきますが、私はそんな決議を出されたら反対しますからね。
私の娘にとって、メールペットたちは電脳空間で出来た大切なお友達ですし、セバスは家族の様な存在です。
そんな娘に、メールペットの全消去なんて真似をして、彼らが簡単に消されてしまう存在だと言うトラウマを植え付けるつもりですか?
更に言うなら、私にとってセバスは大切な息子です。
あなたたちの都合で、私にとって大切な息子や娘の大切なお友達を消されるなんて、冗談ではありません。」

つらつらと自分の考えを連ねるたっちさんを、誰も止められなかった。
確かに、最終的にどうするかと言う問題を話し合うなら、たっちさんが口にした内容はどれも考えるべき事だったからだ。
多分、誰もそこまでは考えていなかったんだと、モモンガは周囲の様子を見てすぐに理解する。
と言うより、もしかしたら考えない様にしていた、と言うべきなのかもしれなかった。

たっちさんが言う様に、この中に居る誰もが自分のメールペットを消すなんて判断が下せる程、メールペットに対しての思い入れが少ない訳ではないのだから。

「あのさぁ……そこまで深刻に考えなくても、別にいいと俺は思うけどなぁ。」

たっちさんの言葉によって、現実を突き付けられて誰もが押し黙ってしまったのを見ながら、「仕方がないなぁ」と言わんばかりに声を上げたのは、やっぱりるし☆ふぁーさんだった。
軽く手を振りながら、先ずはたっちさんの顔を見た。
彼もまた、アルベドの被害を直接受けていないメールペットの主として、たっちさんの様に自分の意見を口にするつもりなんだろう。
最初にたっちさんを見たのは、多分「言い過ぎだ」と言いたかったんじゃないだろうか?
たっちさんが、首を竦めているのを見た後、全員の事をゆっくりと視線を目がらせてから、るし☆ふぁーさんはゆっくりと溜息交じりに話し始めた。

「今、たっちさんが言ったみたいに、誰だって自分のメールペットが可愛くて仕方がないんだし、最初から彼らの事を罰する理由で全消去って選択肢は、まずあり得ない話だと思うよ?
それこそ、全員の今までの会議の際の様子を考えるなら、自分のメールペットに対して期間を決めてちょっとした罰を与えるのが精一杯って所じゃね?
まぁ、タブラさん所のアルベドを仮想サーバーに落としちゃったのは、色々とやり過ぎな部分は確かにあるとは思うけどね。
それだって、全く救済が無いって訳じゃないみたいなんだし、これに関しては今までメールペットの輪を乱していたアルベドへの罰って事で、今回は彼らの行動を大目に見てあげれば良いじゃないかと思うよ、俺は。」

サクサクッと、割り切った様な口調で言い切られ、思わず誰もがるし☆ふぁーさんの顔を注目してしまった。
周囲からの視線に対して、るし☆ふぁーさんは面倒くさそうな様子で自分の椅子の背凭れに思い切り身を預けながら、頭の上で腕を組む。
そのまま軽く椅子を揺らしつつ、まだ言い終わっていないらしい言葉を続けた。

「だってさぁ……考えてみたら凄く不公平でしょ?
俺たちの間で、この【メールペット】が稼働して大体五カ月になるけど、アルベドはそれまでの間ずっとメールペット全体の九割に対して何らかの迷惑を掛けておきながら、それを〖タブラさん側にも色々と事情があったから、暫く大目に見てやってくれ〗なんて、彼らからしたら言い訳にもならない理由で見逃されてたんだもん。
たった一回、それも危うくウルベルトさんの引退と死亡案件に繋がりそうな悪戯をアルベドがした事に対して、今までそんな彼女の行動を我慢していたメールペットたちが、我慢の限界を超えたってだけだよね?
そんな風に、我慢しきれなくなって立ち上がった事を理由に彼らの事をどうこうする位なら、最初から輪を乱すアルベドの方を罰するべきだったんだよ。
俺たちが、アルベドの行動に対して何もしてくれないって思ったから、彼らはこんな自衛手段をいつの間にか用意していたって事だけでしょ?
むしろ、こんなものを用意させた揚げ句に使わせてしまった事を、俺たちの方が反省すべきだと思うけどね。
今回の仮想サーバーを起動させたのは、直接主に危害を加えられたデミウルゴスかもしれない。
でもさぁ……デミウルゴスの視点から今回の一件を見たら、自分の主がアルベドの悪戯のせいで、あわや死を覚悟する様な真似をされた訳でしょ?
そんな事をされて、普通に彼は黙っていられる様なタイプじゃないし、自分がやった事に対して強烈なしっぺ返しを食らったとしても、デミウルゴスに対して手を出す時点で、それ位は最初から覚悟してたでしょ、アルベドも。
だから、〖アルベドが今回ばかりはやり過ぎたから、思い切り強烈な仕返しをされてしまった〗と言う程度で、今回の事は考えれば良いんじゃないの?」

「子供の喧嘩と一緒だよ」などと、単純な事の様に言い切って笑うるし☆ふぁーさんの言葉は、とてつもなく乱暴な主張の様な気がした。
だが、彼の言う様にメールペットたちの事を自分達の子供に当て嵌めて考えてみれば、確かに彼の主張が当て嵌まる部分は多い。
そう言う意味では、たっちさんやるし☆ふぁーさんが言う言葉は、漠然と状況を察していたウルベルトさん以外のギルメン全員にとって耳が痛い限りだった。



長くなったので、一旦ここで話を切ります。
予定では、今回の話で会議の終了までこぎつける予定でしたが、そこまで書くと長くなりすぎるので切りました。
とは言っても、今までで最長の長さですが。
今回のるし☆ふぁーさんは、ギルド最大の問題児の立場ではなく、割と真面目な言動を心掛けて貰いました。
流石に、この状況下で彼もふざけたりはしないでしょうからね。
元は頭が良いからこそ、普段はあんな風に人に悪戯を仕掛けるのが上手くて、最終的に問題児になってるんじゃないかなぁと。


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ギルド会議 5 ~ 会議の結論 ~

ひとまず、これで会議そのものは終了になります。
ただし、まだアルベド騒動は終わりませんが。


それぞれ、今回の事に関しては思う所があるのか、るし☆ふぁーさんの発言の後に何かを言い出す者は居なかった。
多分、たっちさんやるし☆ふぁーさんから言われた事を、自分なりに考える方を今は優先しているのだろう。
出来れば、穏便な形で話し合いを終わらせたい所だが、それには現時点で隔離状態のアルベドをどうするのか、その辺りが問題になると考えるべきだろう。
アルベドの主でおるタブラさんが、未だに今回の事に呆然とした様子のまま、会議にきちんと参加していない辺りで、結論を決められない状況でもあった。

一応、たっちさんやるし☆ふぁーさん達の話は聞いて、少し反応している様子もあったから、完全に無反応ではないみたいだが、このままでは駄目だろう。

モモンガが、そう意を決して話し掛ける前に、タブラさんに声を掛けた者がいた。
今まで、ずっとタブラさんの事を気に掛けている建御雷さんだ。
いつの間にか、タブラさんの前に移動して膝を付いた建御雷さんが、その肩を叩いて意識を自分に向けてから声を掛けたのである。

「……おい、いつまでも呆けていないで、しっかりしろよタブラさん。
気持ちは解るが、このままじゃ話が進まないだろう?
それとも、タブラさんはアルベドの事をこのまま投げ出すつもりか?」

その言葉に、今まで呆然とした様子で俯いていたタブラさんは顔を上げると、フルフルと首を振った。
流石に、そこまで無責任な事をするつもりはないらしい。
もし、タブラさんが建御雷さんの呼び掛けにも反応しなかったら、モモンガも黙っていられなかっただろう。
だが、ちゃんと彼の質問を否定したので、その点は安心する事が出来た。
まだどこか呆然としているものの、建御雷さんの言葉に反応したタブラさんは、自分の気持ちをゆっくり吐露し始める。

「……私は、色々と間違えていたのですね……
私はただ、自分が叱られる際にされて嫌だった事を、あの子にしたくなかっただけなんです。
いつも私が叱られる時は、いつも簀巻きにされた状態で柱から吊るされて半日ほど放置されるか、それとも柱に縛られて食事を一日抜かれるか、そのどちらかしかありませんでしたから。
だから、アルベドの事も言葉で少し注意する事しか、私には出来なかった……
だけど、そんな風にきちんと叱らないままでいたから、あの子は【叱られる】事を【構って貰える】のだと、間違えた認識をしてしまったのでしょう。
ちゃんと、あの子の事が可愛くて仕方がないのに、私は建御雷さんから直接会った時に叱られるまで、殆どそれを示せていませんでした。
話せないなら、話せないなりに抱き締めてやるなどの行動で示す事も出来たのでしょうに、私には思い至らなくて、ですね。
それが、アルベドがあんな行動を取る原因になっていただろうに、まだ、私はそれをちゃんと理解していなかったんですね……
すいません、本当に私が至らないせいで、皆さんにまでご迷惑をお掛け致しました。」

その場から少し移動し、全員の視界に入る位置にある床に座ると、タブラさんはそのまま再び土下座した。
これは、彼なりの詫びとしての行為なのだろう。
もちろん、これだけで話が済むとは思っていないだろうだが、この場での筋を通す為に頭を下げたのだという事は、誰からも理解出来た。
タブラさんの幼少期の体験だろう、彼が叱られる際に受けていた体罰の内容にはかなり驚いて小さな騒めきが起きたものの、とてもそれに関して突っ込む場面ではないので、誰もが口を噤んでいる。
暫くの間ずっと、頭を下げていたタブラさんがゆっくりと顔を上げた後、更に言葉を重ねる事にしたらしい。
少しだけ、それを言っても良いのか躊躇う様な素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。

「……今回の件だけでなく、様々な事で皆さんの所に居るメールペットに、私のアルベドが色々と迷惑を掛けたのはどうする事も出来ない事実です。
ですが、このままあの子の事を仮想サーバーに放置して、見捨てるなんて真似をしたくありません。
その為にも、皆さんからのお許しを頂きたい。
私が、あの子の帰還を待つ為に最大の努力をする事を。
アルベドだけが、私のただ一人のメールペットです。
こんな状況になった後も、あの子以外のメールペットを私は持つつもりにはなれないのですから、この件でも他の皆さんのメールペットには迷惑を掛けるでしょう。
それを、この場で許して貰えないでしょうか?
私は、アルベドがちゃんとこの状況を理解し、周囲に対してどれだけの迷惑を掛けたのか理解した上で、自分だけの力で仮想サーバーから再び私の娘として戻ってくる事を、ずっと信じて待ちたいんです。
私自身、とても身勝手な事を言ってる自覚はあります。
この決断を下した事で、あの子も仮想サーバーから戻る事が出来るまで、辛い思いをするでしょう。
そんな事は、最初から重々承知です。
それでも、私はあの子諦めたくないんです。
……ですので、私がこの決断をする事を、皆さんに許して欲しい。
心から、お願いいたします。」

そこまで言うと、タブラさんは再び深く深く、床に額を付ける様に頭を下げる。
彼の決意に、 誰も何も言う事が出来なかった。
いつ、アルベドが仮想サーバーから戻るか分からない状況で、それを「待ちたい」と言うタブラさんに対して、溜め息混じりに声を掛けてきたのは、るし☆ふぁーさんだ。

「あのさぁ……なに、当たり前の事を言ってるのさ。
この状況で、アルベドの事を見捨てて新しいメールペットを選んでたら、俺、タブラさんの事を軽蔑するつもりだったからね。
そういう意味では、きっちり腹を括って覚悟を決めたのは良かったんじゃない?
正直言って、タブラさんは今回の事を含めて、メールペットの事を一回ちゃんととことん考えるべきだよね。
俺は、さ……普段からギルメンを含めたこの【ユグドラシル】で、色々と問題行動とかをやらかしている自覚とかあるけどさ。
だけど、自分のメールペットの恐怖公に関してだけは、いい加減な対応をした事は一度もないよ?
タブラさんも、もう少し〖メールペットを飼う〗って意味を、自分なりに考えれば良いんじゃないかな?
多分、彼らの飼い方に対する答えなんて、それこそ星の数まであるかもしれないけど、それから自分とアルベドに合ったものを探せばいいと思う。
どっちにしろ、これに関してはタブラさん次第っていう結論で、俺は良いと思うよ。」

アルベドの一件が発覚した辺りから、割とタブラさんへの当たりが厳しいものだったるし☆ふぁーさんがそう言ったのを聞いて、モモンガは少しだけホッと胸を撫で下ろしていた。
メールペットを選ぶ際のいざこざや、その後のメールをやり取りする際のメールペット達の態度などで、るし☆ふぁーさんの一部のギルメンへの対応が割と厳しい事に、モモンガは気付いていたのだ。
むしろ、モモンガが気付かない方がおかしい位に、るし☆ふぁーさんの彼らに対する対応は笑顔を浮かべてにこやかに話していても、実際は冷淡なものだったのだから。

もっとも、彼らの中ではそんなるし☆ふぁーさんの変化を気付いていたのかどうか分からない。

「悪戯されないで済む」と、もしかしたら喜んでいたのかもしれないが、このままだとギルドが割れないかと心配していた面々も割と多かった。
るし☆ふぁーさんから、そんな対応をされている筆頭がタブラさんで、今回の騒動でアルベドに対して厳しい意見が多かったのも、るし☆ふぁーさん側がメールペットを選ぶ時のタブラさんの発言を根に持っていたからだと、ほんの少し前までモモンガは本気で思っていたけれど、どうやら微妙に違うらしい。
多分、あの配布の際に言われた事に関しては根には持っていただろうけど、育てたメールペットの現状を比較して、はっきりと明暗が別れた形になった事から、その件に関してだけは納得してしまったのだろう。
だから、タブラさんがアルベドを見捨てる選択をしないという宣言を聞いて、彼の事を見直して色々とアドバイスをくれているのだ。

〘 ……正直、るし☆ふぁーさんがこんな真面目な対応も出来るなら、普段からしてこういう態度で居て欲しいと思わなくもないですけど……多分、彼の今までの行動とかを考えたら、無理なお願いなんだろうな…… 〙

つらつら、そんな事を考えていたモモンガを他所に、タブラさんに自分の言いたい事を言い終えたるし☆ふぁーさんの標的は別に変わったらしい。
この場で、つい話を聞き入ったまま黙っているギルメンたちに視線を向けると、大きく溜め息を吐く。
そして、少しだけ不機嫌そうな様子で口を開いた。

「……それよりも、だ。
皆はさぁ……なんでさっきから、タブラさんとアルベドの引き起こしたこの一件を、〖自分とは無関係です〗って他人事の様な顔をしてるのさ?
今回の騒動で、自分のメールペットときちんと意思疎通が出来ているのは数名だけって判明してるのに、どうしてそんな態度でいられる訳?
この場に居るほぼ全員が、タブラさんとアルベドの事が他人事じゃないと判ってるの?
そんな風に、〖自分は関係ない〗なんて高を括った態度でいられる程、彼らの本音の部分をきちんと理解してなかったのに?
正直、この場に居るギルメンのうちの何人かは、このまま何も考えずに彼らと今まで通りの関係でいたら、アルベドの様な他人への迷惑行動をしなくても、いずれ彼らの反抗期に遭って泣きを見る羽目になるんじゃないの?」

誰の目から見ても、はっきりと厳しい口調でるし☆ふぁーさんから指摘を受けると、途端に彼の顔を見ていられないと言わん仮に視線を逸らすギルメンたち。
普段、困った悪戯をするばかりで【ギルメン一の問題児】と認識されているるし☆ふぁーさんから、こんな正論での指摘を受けてしまう状況に、反論したくても出来ないだけの現実が目の前にある為、口を閉ざして視線を逸らす位しか出来ないのだろう。
いつも彼の悪戯に被害に遭い、身柄を拘束してその悪戯に対して説教する立場の者が多いからか、今回に限って言えば普段とは全く逆の立場になった事に、酷く困惑しているのかもしれない。
だけど、今回ばかりはモモンガはるし☆ふぁーさんを全面的に支持したかった。
同じ様に、彼の意見を後押ししたのはたっちさんだ。

「……確かに、ギルメンの中でもただ甘やかすばかりの対応が続いている方たちの所は、るし☆ふぁーさんの指摘通りになる可能性はあるじゃないでしょうか?
何も、全員がそうだとは言いません。
ですが、メールペットの育成はほぼ子育てと変わらないと思った方が良い。
私の所では、セバスを実の娘と出来るだけ決めた時間に一緒に過ごさせつつ、二人を同じ様に私の子供として扱う事で、上手く彼との関係を築いていますしね。
毎日、セバスと就寝前にその日の事を少しでも話せる時間を設ける事で、彼との意思疎通にも努めてますし。
皆さん、ただスキンシップを取ったりして可愛がるだけではなく、ちゃんと彼らの言葉に耳を傾けていますか?
彼らにも、自分の意思と言うものがあるのですから、それにちゃんと耳を傾ける時間を持たないと、色々な意味で後から苦労すると私は思いますよ。」

実際に、電脳空間では自分の娘とセバスを一緒に育てていると言うだけあって、その言葉には重みがあった。
何と言っても、ギルメンたちは全員が社会人ではあるものの、大半のメンバーが独身で結婚していない事から、子育てがどういうものなのか理解している訳じゃない。
そして、自分達の元にやって来た彼らの正式な名称は、確かに【メールペット】ではあるけれど、言葉を直接交わせない動物ではなくて、明確な自分の意思を示す事が出来るAI達である。
そう言う意味では、たっちさんの様にペットの育成よりも普通に自分の子供を育てていると言う認識を、きっちりと持つべきだったのだ。
更にそこで、開発者側としてヘロヘロさんも口を挟む事にしたらしい。
自分の触腕で軽く机を叩きつつ、スルリと口を開いた。

「皆さんに対して、開発者側の立場で一つ言わせて貰っても良いですか?
こんな事を、今更皆さんに対して言わなくても判っているとは思いますが、メールペットである彼らのものの考え方や性格、趣味嗜好などと言った基礎人格部分は、基本的にナザリックのNPCをベースにしています。
ですが、それはあくまでも基本部分だけです。
交流によるAIの成長具合によっては、ペロロンチーノさんの所のシャルティアの様に、ナザリックの彼女なら出来ない様な事も出来る様になりますし、逆にタブラさんの所のアルベドの様に、育成が上手く出来なかった事で問題行動を起こす事もあり得ます。
仲間のメールペットとの交流関係も含め、全部、我々のギルメンの育成次第なんですよ。」

ゆらりと、粘液の触腕を動かしながらそこで言葉を切ると、ヘロヘロさんは困った様な様子で少しばかり間を置いた。
多分、開発者側として皆にメールペットを配布した立場として、自分がそれを言っても良いのか酷く迷う内容なんだろう。
幾許かの間を置き、ヘロヘロさんは迷いを振り切るかの様に、更に言葉を重ねた。

「そうですねぇ……このまま、飼い主と言う立場を優先して彼らの意思を蔑ろにした行動をし続けたら、いずれ自分に返ってくると言う事を、まず皆さんは理解して下さい。
これは、この場に居る誰もが絶対にないとは言えない話だと、私も思います。
そう言う点を踏まえた上で、今回の一件への処遇と同時に今後の彼らをどう育成していくのかを、私としては考えて欲しいんですよ。
何を言おうと、中途半端な育成を受けてる事で辛い思いをするのは、私たちじゃなくて彼らの方だと思いますし。
もし、皆さんの中に〖このまま彼らの事を育成出来る自信がない〗と言う人がいたら、この場で申し出ていただけませんかねぇ……
申し出ていただけたら、今回に限りそのメールペットたちは私が引き取り、今後は通常回線でもメールのやり取りが出来る様に、何としてでも調整しますので。
その代わり、メールを通常回線に戻した後で、〖やっぱり、メールペットが欲しい〗と言う言葉は、一切受け付けませんけど。
彼らにだって、ちゃんと自分の意思がある訳ですし、例えどんな理由があったとしても、突然〖要らない〗と言われて捨てられたら、酷く傷付くと思うんですよ。
生みの親として、あの子たちが繰り返し傷付くのは嫌なんで、あくまでも今回限りの話ですけど、その辺りも検討の対象として貰っても良いですか、モモンガさん。」

ヘロヘロさんの爆弾発言に、彼の周囲にいたギルメンを中心にゆっくりとざわめきが円卓の間に広がっていく。
当然の話だろう。
今まで、〖全員の手に渡っていないと、メールペットが困惑するから〗と言う仕様だと言う理由から、全員がメールペットを受け取っていたのに、突然〖このまま彼らとの関係を維持するのが無理なら回収する〗と言い出したのだから、驚かない方がおかしいのだ。
彼らの中で、このヘロヘロさんの発言に対してざわめきが生まれない筈がない。
今では、しっかりと彼らの中で根付いているメールペットの存在を、彼が促しただけでそんなにあっさりと手放せるとは、モモンガにはとても思えなかった。
だが……確かに彼らギルメンたちの中には、きちんとヘロヘロさんが考えている【メールペットの取り扱い基準】に達してない扱いをしている者もいるのだろう。
今回の申し出は、そんな彼らに対して〖アルベドの様な問題行動を起こしてしまう事態になる前に、こちらで保護しましょう〗と言う、ヘロヘロさんなりの気遣いだったのかもしれない。

だが……ここにいる誰もが、定例会議の度に自分のメールペットへの愛を叫んでいたのだから、ヘロヘロさんの提案を喜んで受け入れる者などいなかった。

「……待って下さい、ヘロヘロさん!
せっかくの提案ですが、私にはとてもその話を受け入れられません。
多分、これは私だけではなく……この場にいる全員の総意でしょう。
それ位、今では彼らの存在は私たちと共にあるのです。
ですので、ヘロヘロさんからのその申し出は受ける者はいないと思います。
……皆さん違いますか?」

ヘロヘロさんの言葉に、ギルメンの中で真っ先に反応したのは、それまで黙って話を聞く側に回っていたベルリバーさんだった。
彼としても、それこそ周囲に駄々洩れな程に溺愛しているメールペットの【ペストーニャ・S・ワンコ】を、こんな事で手放す気はないだろう。
何と言っても彼の場合、餡子ろもっちもちさんが自分のメールペットにエクレアを選んだ事によって、ナザリック最萌大賞であるペストーニャを自分のメールペットにする為に、ギルメンたちの一部の中で発生した争奪戦を見事に勝ち取った程なのだから、むしろ今更「手放せ」と言われても従う筈がない。
そんな、何処か必死な様子の彼の言葉に、他のギルメンたちも皆で頷いて同意している。
今の彼らの様子を見ているだけでも、今後はきっちりと意思疎通を図る様に自分なりに努力し、ヘロヘロさんの懸念を吹き飛ばす事に尽力するだろう。
そんな風に、必死に自分のメールペットを手放さない意思を示す彼らの反応を見て、ヘロヘロさんは思い切り苦笑のアイコンを浮かべつつ、この件に関して自分の前言を撤回してくれる気持ちになったらしい。
どこか、仕方なさそうにちょっとだけ肩を竦めながら、彼は己の触腕を再度振った。

「……まぁ、それ程言うなら仕方がありませんね。
そこまで皆さんがちゃんと考えて下さるなら、私はそれで構わない訳ですし。
正直、皆さんの所に居るメールペットたちの心境を考えたら、その方が良いのは決まってますしからねぇ。
その代わり、もし今度何らかの問題が起きた時は、私にもそれなりに考えがありますので、皆さんちゃんと覚悟しておいて下さいよ?」

どこか、ゆったりとした口調で話していたヘロヘロさんだったが、最後の部分だけ声のトーンが低く違っていたのがちょっとだけ恐ろしい。
多分、彼なりに今回のこの騒動を自分達にとっての教訓にして欲しいと言う気持ちから、ギルメンたち全員に釘を刺す意味もあったのだろう。
なんとなく、それに対して突っ込みたくなかったモモンガはさらりと流す事にした。
色々と言いたい事もあったのだが、それよりもまず会議を進める事の方がモモンガの中で優先順位が高いからだ。

「……ひとまず、皆さんからある程度の意見は出たと思いますし、そろそろ今後の事を話し合いたいと思います。
まず、アルベドをどうするかと言う点に関してですが、私としてはタブラさん自身からの申し出もある事ですし、彼女が自力で脱出して来る事を信じて、現状を維持すると言うので問題ないでしょうか?
この件に関して、何か他にご意見はありますか?」

採決をする前の最後の確認を取る様に、モモンガがこの議会の議長として意見を確認すると、特に誰も何かを言う事もなかった。
どうやら、今回の一件に対するアルベドの処分に関しては、ギルメンたちとしては現状で様子見をしたいという考えなのだろう。
特に意見も出なかった時点で、多数決による採決を取らなくても大丈夫だと判断したモモンガは、次の議題に移る事にした。
アルベドに対しての処遇を決めた以上、彼女の事をいきなり許可なく仮想サーバーへと追放したメールペットたちに対しても、それ相応の処遇も決める必要があるからだ。

「……では、皆さんから特に意見も出ませんでしたので、アルベドに関してはこのままの内容で確定します。
今度は、アルベドを自分たちだけの意思で追放したメールペットへの処遇に関して、私たちがどう対応するか決めましょうか。
幾ら事情が事情とはいえ、流石にこのまま彼らに対して何の処罰も与えないと言う訳にはいきません。
今回の行動で、彼らに決定権が無い部分でも集団の意思が集まれば何でも出来るなどと、誤った事を学習されてしまっては困りますからね。
皆さん、何かご意見ありますか?」

モモンガの問いに対して、スッと手を挙げたのはぷにっと萌えさんだった。
元々、【アインズ・ウール・ゴウンの軍師】として、ウルベルトさんの一件に関しての推測やるし☆ふぁーさんのメールペットたちの行動への推測に対する質問など、自分の意見を進んで口にする事が多いぷにっと萌えさんだからこそ、この件に関してもまず自分の意見を言ってくれるらしい。
他のギルメンが、誰も手を挙げずに様子を窺っているのも、まずはぷにっと萌えさんの意見を聞く態勢を取ったらしかった。
そんな周囲の視線を受け止めながら、ゆっくりと彼は自分の考えを口にした。

「……そうですね、彼らに対してだけあまり重い罰を与える訳にはいきません。
今回の彼らの行動は、あくまでもアルベドに対する我々の対応が、余りにも彼らの気持ちを汲んでいなかった事から発生した事案でもあります。
ですが、アルベドを自分達の輪から追放する事を、彼らだけで勝手に決めて実行してしまった事は、間違いなく問題がある行為だと言えます。
せめて、実際にこうして行動を起こす前に、もっとリアクションを見せるべきだったんです。
そうですね……例えば、本気でアルベドの行動に対して文句を言うなり、タブラさんの所にメールを配達する際に、彼に対して自分の気持ちを訴えかけるなり、行動に出る前に打つ手段はあったと思われます。
同時に、我々ももっと彼らの言葉に耳を傾けるべきだったと言っていいでしょう。
その反省の意味も踏まえ、彼らに対する処罰はこうしたらどうでしょうか?
一日一時間、主からの仕事が無い合間の時間に、自分がどうしてこの行動を選択したのか、その理由をしっかりと振り返りきちんと考えて、それを纏めたレポートを書き上げて貰いましょう。
同じ様に、我々もどう対応するべきだったのか、反省の為に一日一度必ず短い時間でもその事を自分で考えを纏めて、一通のメールに書き込む事にします。
タブラさんは、自分がアルベドの行動に対してどう対応するべきだったのか、それを冷静に考えてレポートにして下さい。
それを、アルベドが無事に仮想サーバーから戻るまで、メールペット及びギルメン全員が必ず毎日繰り返す事にしたら、お互いに罰になると思います。
全員がサボらない為に、今回の被害者であるウルベルトさん宛にメールとして全員が一日一回送れば、実際に行動している証明になりますし、そうして集まった大量に来るメールに添付されているレポートの処理をデミウルゴスが受け持つ事で、彼への罰にもなります。
これ位が落しどころだと思いますが、皆さんはどう思われますか?」

にっこりと、笑顔のアイコンを出すぷにっと萌えさんの提案は、割と大変なものだった。
毎日、アルベドのした事への気持ちや対応などを考えるのは大変だし、何よりそれを纏めてレポートにしたものをメールにするなど、彼らにとってかなり大変な作業ではないだろうか?
そして、ウルベルトさん宛に送られてくるだろう大量のレポートを、全部目を通して処理するというデミウルゴスの負担もかなりのものだった。
この罰が、メールペットだけに課されるのならば、かなり問題があったと言っていいだろう。
しかし、だ。
ギルメン側も似た様な罰を課された事で、双方に非があると言う形に持って行っている為、反論もし辛い。
彼が言っている内容の大変さを理解した途端、誰もが声も出ない様子で目を白黒させていたのだが、それに対してクスクス笑う奴がいる。
言わずと知れたるし☆ふぁーさんだった。

「……だからさぁ、ぷにっと萌えさんの言葉もそんなに難しく考えなくていいんじゃない。
ぶっちゃけ、一日一回アルベドの事を考えて戒めにすればいいだけでしょ?
まぁ、レポートを作成するのは面倒な部分があるかもしれないけど、毎日同じテーマで書く事を考えるなら、そこまで深く考えなくても良いと思うけどなぁ。
それこそ、ただレポートを書く為の作業的な物にならない様にだけ注意すれば良いだけじゃん。
レポート用紙何枚とか、書かなきゃいけない分量も決まっていないんだし、俺達が気を付けるべきは何が問題だったのか、同じ様な事が今後起きない様にするのはどうすれば良いのか、ずっと考える事だと思うよ?
メールペットたちに対して、〖毎日一時間は考える様に〗ってぷにっと萌えさんが言ってるのだって、それ位考えて漸く自分なりの思いが言葉に纏まる様な、考える事が苦手なタイプが割と多いからでしょ?
別に、書く内容は短くても十分なんだよ。
むしろ、重要なのは自分なりにレポートを書く為に、毎日自分で頭を使ってアルベドに対してどう思っていたのかを、ゆっくりと考える事の方なんだからさ。
彼女がした事は、間違いなく周囲に対して迷惑を掛ける様な事だけど、毎日の様にそんな彼女の事を考えてレポートを書く時間を与えられたら、もしかしたら別の角度で彼女の事を見れる様になるかもしれないしね。」

サクサク自分の意見を口にしてくれる、今のるし☆ふぁーさんは本当に頼もしい。
どうして、普段からあんな悪戯小僧の問題児ではなく、こっちのるし☆ふぁーさんで居てくれないんだろうかと思う位には、頼りがいがある言動だった。
現に、ギルメンたちから上がる騒めきの中には、「るし☆ふぁーさんに言われるなんて……」とか「こんな風に、真面目に考えて行動出来るなら、普段からもそうしろよ!」とか「流石に、ここまで来ると別人レベルじゃないですか?」とか色々と言っている人たちが沢山いる。
気分的には、モモンガもその意見に賛成したい気持ちが強かったのだが、議長として立場的に公平に当たる必要がある為、敢えてそれを口にしたりはしなかった。
ぷにっと萌えさんやるし☆ふぁーさんの言葉を聞いて、ウルベルトさんが一つの疑問を投げ掛けてくる。

「メールペットたちに関しては、まぁ……ちょっとだけ大変な様な気もするが、俺達に相談する前に実行して事後報告している事も踏まえて、それでも良いだろう。
俺達ギルメン側にも責任があると、それに対する何らかの罰則が必要なのも納得がいく。
だけどな?
ギルメンの中には、仕事のスケジュール状況次第で、そんな風に時間を割けない連中がいるだろ?
例えば、人気声優の茶釜さんは詰め込み過ぎのスケジュールだと無理だろうし、漫画家のホワイトブリムさんの場合は、締め切り間近の追い込み中にそれをやれってのは、流石に酷だと思うぞ?
二人とも、そう言う時はこっちにもログインして来れないんだし。
それに、アルベドの件に関しての被害者の俺の所にメールを集めるって、それってどんな鬼所業なんだ?
デミウルゴスに処理させるって言っても、俺だってデミウルゴスだってそのレポートは書く立場なんだろ?
だとしたら……この処罰ってギルメンの中での唯一の被害者の俺が、一番罰が重くないか?」

ウルベルトさんの主張は、その内容を聞けばもっともだった。
何らかの形で、確実にアルベドの仮想サーバーへの追放に一枚噛んでいるだろうデミウルゴスはともかく、何の過失もなく彼女の悪戯で失業に追い込まれたウルベルトさんの立場を考えれば、彼に対する処罰が重いと言われても仕方がない。
もし、ウルベルトさんがメールペットたちの行動を気付いていながら、その情報を伝えなかったと言う点が彼だけの処罰が重くなる理由だとすれば、それこそモモンガはぷにっと萌えさんの提案に対して賛成出来ないと言っていいだろう。

何度も言うが、彼らの様子をちゃんと見ていれば気付けた事なので、それに気付かなかった側が気付いた側に対して「どうして教えてくれなかった」と主張する方が間違っているのだ。

それこそ、自分が怠っていた事を棚に上げるなんてレベルの話じゃない。
ウルベルトさんがそう言った途端、ぷにっと萌えさんは自分の言葉に漏れがあった事に気付いたのか、慌てた様子で手を振る。
モモンガからはもちろん、たっちさんやヘロヘロさんと言った面々から、割と強めの不信の目が向けられていたからだろう。

「すいません、確かに今の私の言った内容だと、ウルベルトさん達に対しての罰が重すぎますね。
それなら、ウルベルトさんとデミウルゴスに関してはアルベドの事を考える時間とそのレポートは除外と言う事で良いでしょう。
皆さんからレポートが手元に集まる以上、それに目を通して全員が提出しているか確認し内容を読む間は、自然に彼女の事を考える時間を持つ事になりますからね。
……とは言え、全員分のメールの処理をする事を考えると、流石にデミウルゴスに対しての負担がちょっと大きいかもしれません……」

少し考える素振りを見せるぷにっと萌えさんに、モモンガは自分の意見を言うべく手を挙げた。
この段階で、自分の意見をきちんと提案しておかないと、タイミングを逃してしまいそうな気がしたからだ。
モモンガが手を挙げれば、誰もが意見を聞こうと視線を向けてくれる。
それを受けて、ゆっくりとした口調で提案を始める事にした。

「それなら、こうしたらどうでしょうか?
ギルメンの中でも、仕事のスケジュールによってはレポート作成が出来ない面々に関しては、事前に予定が判っている時は申告して貰う事にしておけばいいと思います。
ただし、全くレポートを出さなくても良い訳ではなく、時間が出来た時に短い者でも構わないので必ず書くと言う条件は付きますが。
急な仕事が入り、レポートを作成する為に時間が取れないと言う事は、社会人ですからギルメン全員にあり得る事なので、後日その理由と共に出来なかった分のレポートを提出して貰う事で補えばいいと思います。
それと、その集まって来たレポートの処理に関してですが……今回の仮想サーバーを最初に構築したのは、ペロロンチーノさんの話によるとシャルティアがした様ですが、それに対しての意見を出し合ったのは私のパンドラとウルベルトさんの所のデミウルゴスと言う事でしたよね?
だったら、この三人の責任は他のメールペットよりも重いと考えるべきです。
と言う事で、毎日昼過ぎメール配達が終わった後の一時間、ウルベルトさんのサーバーに三人を集めて、その場でレポートの確認作業の処理をさせると言うのはどうでしょうか?
その代わりとして、パンドラとシャルティアもレポート提出は免除するなら、釣り合いが取れると思います。
ウルベルトさんの役目は、三人の監督役としていただくと言う事で。
丁度、たっちさんのお嬢さんの家庭教師になる事が決まった訳ですし、三人が集まっているお昼過ぎの一時間は、丁度お嬢さんのお昼寝の時間帯には最適ですからね。
ペロロンチーノさんに反論が無ければ、この方向で進めて良いと思います。
どうでしょうか、ペロロンチーノさん?」

モモンガが水を差し向ければ、まだ自分の対応の拙さを反省するかの様に頭を抱えていたらしいペロロンチーノさんは、渋々と言った様子で頷いた。
彼としても、自分のシャルティアが負う責任が他のメールペットよりも重くなるだろう事は、察しているらしい。
どちらかと言うと、自宅で仕事をしているペロロンチーノさんの場合、暇があれば彼女の様子を窺っていると聞いた事があるので、もし彼女が悩んでレポートを作成している姿を見たら、手を差し伸べてしまう可能性もなくはない為、丁度良い罰になるのかもしれなかった。
彼が同意した事によって、ぷにっと萌えさんの提案に対してるし☆ふぁーさんとモモンガによる修正が掛かり、問題点もある程度解消されたと言っていいだろう。

「……他に意見がなければ、今の修正を私の加えたぷにっと萌えさんの提案で、採決を取りたいと思います。
皆さん、いかがでしょうか?」

議長として、採決前のモモンガが最終確認を取れば、誰からの反論の声も上がらなかった。
なので、そのままこのぷにっと萌さんの提案に対する賛否の採決を取れば、賛成多数による採用が決まったのである。
正直、実際に実行する事になったら色々と問題点が出そうな内容でもあるが、この提案以外に妥協点も無かったと言うのも、賛成が多数になった理由だった。

こうして、色々と波乱含みだった今回のギルド会議は、漸く幕を閉じたのだった。



という訳で、会議はこういう形で結論が出ました。
ですが、前書きにも書いた通り、まだまだアルベド騒動は続きます。


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仮想サーバーへ落とされたアルベドと、一つの小さな出会い 前編

タイトル通り、仮想サーバーへ落とされたアルベドの話。
まずは、彼女が落とされた時の話になります。


アルベドが、その異常を最初に感じ取ったのは、自分の部屋で趣味の一つである編み物をしている時だった。
何かが、ゾワリと背筋をゆっくりと這い上がる様な、そんな我慢出来ない違和感を。

「……お父様は、今、【ナザリック】での定例会議に出ていらっしゃるのに……」

もし、これが誰かが仕掛けたウィルスの攻撃の気配を感じ取ったものだとしたら、対応するべきなのかとアルベドは少し悩む。
彼女もまた、他のメールペットに比べて割と高性能なタイプではあるものの、ウルベルト様の所のデミウルゴスの様に、自分でウィルスに対して直接対応出来るだけの能力は与えられていないからだ。
多分、彼以外でそんな能力を持っていそうなメールペットは、ヘロヘロ様のソリュシャンとるし☆ふぁー様の恐怖公位じゃないだろうか?

それ位、自分を含めたメールペットの基礎能力は、それほど高くないのである。

正直言って、自分に対応出来る様な案件ではない時は、「強固な障壁がある自分の部屋に引き籠ってやり過ごす様に」と、父であるタブラ様からはっきりと言われている以上、アルベドはこの場から動く事が出来ない。
下手に〖 外に出て対応しようとした結果、ウィルスに感染しました 〗では、自分以上にお父様が困るからだだ。
本音を言えば、デミウルゴスの様にあらゆる意味でお父様の役に立ちたいと思う。
思うのだが、残念ながらそれだけの能力が無い自分が無理をして動き回れば、逆に被害を受けて迷惑を掛ける事を理解しているだけに、今回の様にウィルス関連と思われる状況の場合、アルベドは動くに動けなかったのだ。

じりじりとした時間が、ゆっくりと過ぎて行く。

そうして待つ間も、作り掛けの編み物をずっと続けていたのだが、苛立ちから手元の編み目が乱雑になり掛けている事に気付いた所で、一旦手を止めた。
このままだと、編み目が不揃いな失敗作にしかならない事に気付いてしまったからだ。
小さく溜め息を吐き、編み掛けの編み物や毛糸などを纏めて籠にしまうと、アルベドはゆっくりと立ち上がり……そして、ある事に気付く。

メールペット同士でやり取りする場合の、【メールが送られてきています】と言うサインが浮かんでいる事に。

普段、こんな風にメールペットの間で自動送信のメールを使う事は少ない。
直接会って、話した方がお互いに楽しいからだ。
何事かと手に取った彼女は、そのメールの内容をざっくりと確認した途端、それまでの美しく優雅な仕種をかなぐり捨て、バッとその場から飛び出していた。

『 アルベドへ

今まで、君には多くのメールペットたちが泣かされてきた。
それこそ、君の行動で泣かされたメールペットの数は、全体の九割と言う驚異的な数字だ。
一応、我々の主たちと君の主であるタブラ様の話し合いの結果、〖 改善点を何とかして様子を見る 〗と言う話になっていた為、タブラ様の顔を立ててある程度は大目に見てきたと言っていい。
だが……流石に今回、君が私の端末にした悪戯は容認しかねると言っていいだろう。
君が行った、実にくだらない悪戯のせいで、現在進行形で私の主であるウルベルト様は【リアル】で職を失い、最悪の場合は自身の死を覚悟されているのだから。
私だけにしか影響が出ないなら、この程度の悪戯など笑って受け流しただろう。
だが、君の悪戯が原因でウルベルト様に多大な被害を与えた時点で、私は君の事を到底許す事が出来ない。
この件は、既に他のメールペットたちも通達済みだし、彼らも私の意見に同意してくれていてね。
実は、以前から〖今度君が大きな迷惑を掛ける行動をした時に、それ相応の対応が出来る様に〗と開発していた物が我々の手にはあり、今回はそれを使わせて貰う事になった。
実際に、君も自分が居るサーバーに違和感を感じている筈だ。
その理由を、君に教えよう。
今の君がいる場所は、我々メールペットシステムを作る際に、ヘロヘロ様が用意して放置されていたミラーサーバーを、我々の手で改変して作り出した仮想サーバーだ。
君がいるタブラ様のサーバーだけではなく、我々全員が居るメインサーバー全てが君のいる仮想サーバーと重なり合う形で構築されている。
君が移動出来る場所は、全てメインサーバーに重なっている仮想サーバーの中だけだ。
嘘だと思うなら、それを確認する為に我々のサーバーまで出向いて確認してみるといい。
後、これも見ておくべきだ。
君が犯した罪によって、タブラ様がどう対応する事になったのか、それが良く判るだろう。

アルベド、君は自分の罪深さを理解するべきだよ。

そこに映っているタブラ様の行動に免じて、君がその場所から脱出する手段は残しておくとしよう。
但し、〖どうすればそこから脱出出来るのか?〗と言う方法に関しては、君自身が自分だけの力で探す以外方法はないと言っておく。
では最後に、自分の罪深さを理解出来た君と再会出来る事を祈って。

メールペット一同代表 デミウルゴス 』

デミウルゴスが代表と最後に記された、このメールに書かれていた内容は、とても信じられるものではなかった。
幾ら、デミウルゴスがメールペットの中で飛び抜けて優秀で、そんな彼に他のメールペットが協力していたとしても、そんなものを実際に構築出来る筈がない。
そう思うからこそ、アルベドは状況を信じられず状況を確認する為に、外へと飛び出したのだ。

〘 多分……あれは、私の悪戯に対するデミウルゴスからの意趣返し的な、そんな意地の悪い悪戯メッセージよ。
だって、そうじゃなきゃそんな事などあり得ないもの! 〙

必死に、彼がメールに書いてきた事はあり得ないと、自分の中で繰り返しつつ足を進めるアルベド。
だが……そんな彼女の予想は、大きく外れていた。
取り合えず、一番近場にあるメールペットのサーバーを訪ねたのだが、ドアをノックして訪ねて来た事を知らせても、何の返事もない。
不在かと思い、いつもの手順で慣れた様子でドアを潜れば、そこのメールペットはのんびりと寛いでいて。
何故で迎えなかったのかと思いつつ、アルベドはその相手に対して幾ら話し掛けたのだが、まるで自分の存在に気付かないのである。
苛立ちつつ、全く自分の存在に気付かない相手の肩にちょっとだけ手粗に触れようとして……それは出来なかった。
何故なら、スッと手が相手の身体に触れる事無くすり抜けてしまったのだ。
驚きで目を見開くアルベドだが、相手はこちらの様子には一切気付いていないらしい。
そう思った瞬間、先程のデミウルゴスからのメールの内容が頭に浮かぶ。

『 君が移動出来る場所は、全てメインサーバーに重なっている仮想サーバーの中だけだ 』

確かに、あのメールにはそう書かれてあった事を思い出し、ゆっくりと頭を振る。
いまだに信じられないが、今の自分は何らかの強制を受けている事だけは、間違いない事が理解出来た。
もう一度、きちんとメールの内容を確認するべく自分のサーバーへと戻ったアルベドは、デミウルゴスから送られてきたのはメールだけではなく、他にも添付されている物がある事に気が付いた。
「一体何か?」と改めて確認すれば、添付されていたのは動画ファイルだと判って。
正直、デミウルゴスから送られてきた画像データと言う時点でかなり嫌な予感がするものの、この状況下では内容を見ておかないと情報が足りなさ過ぎる事を理解しているアルベドは、仕方がなくその画像データを再生し……絶句する羽目になった。
それも当然だろう。

動画に映っていたのは、自分の主であり父であるタブラ様が、ギルメンたちの前で土下座してアルベドの事に関して詫びを入れている画像が音声付きで映し出されていたのだから。

どことなく憔悴した口調で、自分の事を語りながら詫びるタブラ様の姿が動画として再生されていると言う状況を前に、アルベドは呆然とするしかない。
こんな風に、ギルメン全員の前でタブラ様が土下座して詫びる様な状況になった理由が、この時のアルベドには判らなかったからだ。
どう考えても、自分がした悪戯でそこまでする必要はない筈だと彼女自身は思っていたからこそ、画像データを握り潰しそうになった所で、ハッと一つの事を思い出した。

先程のメールの中に、もう一つ気になる事が掛かれていなかっただろうか?

『だが……流石に今回、君が私の端末にした悪戯は容認しかねると言っていいだろう。
君が行った、実にくだらない悪戯のせいで、現在進行形で私の主であるウルベルト様は【リアル】で職を失い、最悪の場合は自身の死を覚悟されているのだから。
私だけしか影響が出ないなら、この程度の悪戯など笑って受け流しただろう。
だが、君の悪戯が原因でウルベルト様に多大な被害を与えた時点で、私は君の事を到底許す事が出来ない。』

その事を思い出した所で、アルベドが急いでもう一度メールを広げて確認してみれば、そこに書かれていた内容は一字一句間違っていなくて。
どこをどう読んでも、怒り狂うデミウルゴスの姿しか思い浮かばない内容に、ハッと彼女の頭の中に浮かんだのは、普段は滅多に無い早朝のメール配達の時の事だった。
確かにあの時、アルベドはデミウルゴスの端末へと悪戯をしている。
それを実行する前、そう……彼のサーバーに訪れた際に、セキュリティシステムに焼かれないギリギリの位置で、何とか彼のサーバーに張り付こうとしているウィルスの存在を視界の端で確認したのに、だ。

あの時、自分は何を考えていた?

〘 もしかしたら、データを並び替えている最中にほんの一瞬だけ小さなセキュリティホールが発生するかもしれないが、これだけ強固で分厚いセキュリティシステムがあるなら、すぐにフォローしてそれも消えてなくなる筈 〙

そう……あの時の自分は、デミウルゴスの端末への悪戯をしながら、そう高を括ったのだ。
仮に、アルベドの行動で小さなセキュリティホールが発生したとしても、それが発生したままずっと存在し続けるのなら問題だが、すぐに消えてしまうなら大丈夫だ、と。
そもそも、デミウルゴスの……ウルベルト様のサーバーは、幾重にもセキュリティに護られた場所にある。
復活したセキュリティシステムが、万が一ウィルスが入って来ていてもすぐに焼いてしまうだろうと高を括り、何食わぬ顔でサクサク自分のサーバーへ戻ったではないか。

帰りには、サーバーの境界線ギリギリにいたウィルスを、行きと同じ様に視界の端に移さなかった事に、何の異常も感じずに、だ。

「あ……あぁぁぁぁぁあっっ!!」

一つ思い出してしまえば、後はデミウルゴスの……ウルベルト様のサーバーで、一体何が起きたのか想像する事など、アルベドにはいとも簡単な話だった。
あの時、サーバーの境界線でアルベドは視界の端にその存在を認めながら、〖デミウルゴスのセキュリティなら、あの程度のなら侵入出来る筈がない〗と、気にも留めていなかったあのウィルスが、自分のした悪戯によって発生したセキュリティホールから侵入し、セキュリティが回復する前にデータを荒して行ったのだろう。
その後に、ウィルスに荒された状況をメールの配達から戻ったデミウルゴスが確認し、どうしてこうなったのか原因を探った結果、端末に触れた自分に行き当たったのだ。

最悪なのは、このウィルス侵入によってウルベルト様が【リアル】で職を失うと言う事態に発展し、死すら覚悟する必要がある事なのだと、メールペットのデミウルゴスが理解する程の状況に陥っている事だろうか?

この状況に陥った原因を考えてみれば、間違いなく自分の悪戯から発生している事であり、それに激怒したデミウルゴスがアルベドへの報復を考えてもおかしくはない。
むしろ、自分だって同じ様な事をされてタブラ様がそんな状況になってしまったとしたら、絶対に黙ってなどいられないのだから、デミウルゴスのこの反応は正当なものだと、頭の中の理性的な部分で理解出来てしまう。
それと同時に、どうしてあの動画の中でタブラ様がギルメンたちに対して土下座する羽目になったのかと言う理由まで、アルベドは理解出来てしまった。

〘 お父様は、自分が今までメールペットたちや他の方々を相手にして、行ってきただろうそれまでの積もり積もった問題行動を詫びる為に、あんな風に土下座していたのだ 〙

と言う事が。
その瞬間、今までの自分の行動を振り返ったアルベドが感じた絶望感は、血の気が引くなんて可愛いものじゃなかった。
ガタガタと身体の芯から震えて、どうしても止められない。
今度こそ、お父様に愛されなくなってしまうのではないだろうかと思うだけで、このまま消えてしまいたくなるほど恐ろしくて仕方がなかった。

アルベドは、ただ自分の主であるお父様からの愛が欲しかっただけなに、どうしてこんな事になってしまったのだろうか。

もちろん、最初の頃はお父様から愛されてないなんて思っていなかった。
余り触れ合う事もなければ、お声を掛けて下さる事も無かったけれど、それでも自分の事を愛してくれているから大切にされていると、本当に思っていたのだ。
お声を掛けて下さらなかった理由は、つい一月ちょっと前に判明したし、それから沢山のお手紙をいただいているから、今はそれほど気にはしていない。
だけど、あの頃は他のメールペットとその主である方々との接し方と、自分とお父様との接し方を比べて見たら、全然違っているのを知ってしまった事で、気付けば私の中にあった嫉妬と羨望の念を掻き立てて堪らなかった。

〘 どうして、お父様は私にあんな風に優しく声を掛けて抱き締めてくれないの? 〙

そんな思いを抱えながら、自分からその理由を聞く勇気はとてもなくて。
心の底から、お父様の事を慕っていたからこそ、もしお父様の自分に接する態度が他の方がメールペットとの接し方が違う理由が、「彼らの様にアルベドの事を愛していないからだ」とでも言われてしまったらと思うと、とても怖くて聞けない。
だから、アルベドはこう思う事にした。

〘 お父様は、他の方々の様にベタベタと接しなくても、ちゃんとお父様なりに自分の事を愛してくれている 〙

事実、全くアルベドの事を気に掛けていない訳ではない。
忙しいのか、一緒に居られる時間は余り多い方ではないけれど、それでも自分が学んだり見たりした事に関して、どんな風に感じたのかを話していると、静かに耳を傾けつつたまに頷いて相槌を入れてくれて、最後には優しく頭を撫でてくれていた。
だけど、どうしてもお父様の声を直接聞いたり抱き締めたりして貰えない寂しさが、アルベドの心の奥底で積み重なっていく。

そんな寂しさを抱いていた彼女の行動が、変な方向へと向かい始めたきっかけは、実に些細なものだった。

最初は、お父様へのメールを運んで来ただろう相手に対して、ちょっとした嫌味だったのだ。
一体誰が相手だったのか、軽い嫌味など沢山口にしているアルベドはすっかりと忘れてしまっているけれど、それでもその相手がきっかけだった事だけは覚えている。
彼女は、初めて沢山のメールを預かった事ですっかりと慌ててしまい、メールペットたちの間で決められていたノックのルールを守らなかったのだ。
アルベドとしては、ただマナーがなっていないと言いたかっただけなので、その場は軽い注意だけで済んだのだが……数時間後、お父様の返事を持ってその相手の所へ向かった時に、それを相手の主に告げた時の〖こっそり隠そうとしていた、自分の失態を主にばらされた〗彼女の苦痛に歪んだ顔と、〖失敗を隠そうとしていた事を良く教えてくれた〗と彼女の主が自分の頭を撫でながら褒めてくれた事を、今でも良く覚えている。

アルベドが、ついそんな風に褒められた事が嬉しくて、相手の主の腕に抱き付いて甘えた途端、押し付けられた胸の感触に思わず相好を崩したのも。

そんな彼の態度から、今の自分の行動が始まったのだが……それを今更言った所で、意味はないだろう。
相手だって、多分自分がそんな行動をした事すら覚えていない筈だ。
それ位、相手側からすれば細やかな事でしかなかった筈だった事を、アルベドが変な思い込みをしてしまっただけ。

そう……ただあの時褒められた事が嬉しかったと言う感情から、彼女が勝手に余計な事を学習してしまっただけなのだから。

「……私はただ、ちょっとだけ困ったデミウルゴスの顔が見たかっただけなのに……
まさか、ウルベルト様がそんな状況になるなんて思っていなくて……私、ウルベルト様に対して、なんて事をしてしまったのかしら……」

少なくても、お父様があんな風に土下座して謝る様な状況になったと言う事は、本当にウルベルト様が置かれている状況は良くないのだろう。
それを考えるだけで、アルベドの心の奥が酷く痛む。
彼女としては、普段から意識してなのかそれとも無意識なのかはさておき、アルベドに対して〘 自分は主に一番愛されている 〙のだと、これ見よがしに自慢してくるメールペットたちが、酷く妬ましかった。
だから、彼らがちょっとだけ困る状況になればいいとは思っても、その主である方々に対して迷惑を掛けるつもりは欠片もなかったのだ。
そう言う意味で考えるなら、ウルベルト様に多大な迷惑を掛けてしまった時点で、現在自分の置かれている状況は妥当だと思えるものの、それでも突然一人きり隔離されてしまったのだと理解してしまうと、酷く心が寒くて仕方がない。
胸の痛みと共に、ホロホロと涙が零れ落ちるままその場に座り込んでしまったアルベドの側へ、ふわりと何かが落ちてくる。

どこか、ぼんやりとした様子でそちらに視線を向ければ、それはいつもお父様がアルベドへの手紙を送る際に使用している封筒だった。

それに気付いた途端、アルベドはハッと我に返ってそれと手に取ると、急いで封筒の封を開ける。
すると、その中には彼女の予想通り、何枚もの便箋にびっしりと文字が綴られている、お父様からの手紙が入っていた。
一体何が書かれているのか、戦々恐々としながらゆっくりと目を通せば、そこに書かれていたのは現在のアルベドの状況の説明と、彼女へのお父様の気持ちが便箋に余す事無く書き込まれていて。

そこに書かれていたのは、普段の手紙には語られる事が余りない、お父様のアルベドへの愛しさを隠す事ない気持ちが、切々と語られていた。
この手紙の内容を読むだけで、アルベドが前から想像していた通り、お父様は彼女に対する自分の気持ちを行動で示す事が苦手だっただけで、本当は愛してくれていた事が良く判る。
特に、いつここから元の場所に戻れるか判らない自分に対して、〖いつまでも、お前が帰ってくるのを待っているよ、私の愛しい娘〗と書かれていた所を読んだ途端、アルベドの涙はますます溢れて止まらなくなった。

「お父様……おとうさま……お父様ぁぁぁ!!」

なんとも言えない悲痛な声で、その場で今までの自分の行動を嘆くアルベドを宥める者は居ない。
当然の話だ。
今の彼女の側には、誰一人存在していないのだから。
そんな事になった原因は、全て今までの自分の行動のせいだと解るから、ただ嘆くしか出来ない。

ただひたすら、泣いて、哭いて、泣いて……

床に顔を伏す様な姿で、お父様の事を信じ切れなかった自分の愚かさにボロボロと涙を流すアルベドの元に、再び一通の手紙が降ってくる。
今度は、彼女の頭の上にそっと落ちてきた封筒は、どこか温かみを感じるもので。
ふわりと頭に触れたそれは、まるで頭を撫でる時に壊れ物を扱うかの様に、そっとお父様が撫でる時と同じ様な感覚を覚えて、慌てて手紙を手に取った。

『アルベドへ

これからの事だけれど、お前には今まで通りにメール配達を続けて貰う事になったけど、お願い出来るだろうか?
配達先には、それぞれ不在時に受け取る為のメールポストが設置されているから、そこに配達してくれるかい?
多分、それぞれの場所へメールを配達する度に、お前はそこに居るメールペットと主が仲良くする姿を見る事になるだろう。
それによって、お前が辛く寂しい思いをする事も判っている。
だが……それでも、このままその仮想サーバーの中で一人何もしないで籠っているよりは、お前の気が紛れると、私は思うんだ。
主に頼まれてメールを運ぶ事は、メールペットとしての本分にも関わる事だからね。
もしかしたら、仮想サーバーの中に居るお前の存在に気付かない事によって、彼らの別の顔を見る事が出来るかもしれない。
出来れば、それがお前にとって成長の糧になる事を祈っているよ。
お前が成長して、彼らから許されるのを何時までもずっと待っている。
だから、何があってもちゃんと私の元へと帰っておいで、私の可愛い娘。
これからも、毎日お前にこうして手紙を必ず書くから、心折れる事なく帰ってきて欲しい。
私の可愛い娘のお前が、無事に戻る事を祈っている。
愛しい私の娘、アルベドへ

            タブラ・スマラグディナ』


あふれる涙を抑えつつ、二通目の手紙を読み終えたアルベドは、漸く覚悟を決めた。
やっと、自分がお父様からちゃんと愛されている事を理解出来たのだ。
それなのに、このままお父様の元の場所へ帰る事を諦めたくは無かった。

「……えぇ、そうよね。
お父様は、私が帰ってくる事を信じて待って下さっている。
それなのに、私の方が諦めてしまったら、お父様に申し訳なくて顔向け出来ないわ……」

一度そう決めれば、こんな所で泣いてなどいられないだろう。
油断すると、すぐに溢れそうになる涙をグッと堪え、手持ちのハンカチで涙を拭い取るとアルベドは大きく深呼吸をした。
まずは、この仮想サーバーの事を自分なりに把握する必要があるだろう。
どうすれば、自分が元の場所に戻れるのかを探す為には、まだまだ情報が足りなかった。
手元にある手掛かりは、今の時点では三通の手紙だけ。
最初のデミウルゴスからの手紙と、お父様からいただいた二度の手紙を読んでから考えるなら、間違いなく自分が元の場所に戻る為の手段はあると考えていい。
その鍵は、「自分が成長する事」なのだと言う事も察している。
今は、それが何を意味するのかまだ解らないけれど、必要な事だけはちゃんと理解出来た。
だから……

「……待っていて下さいね、お父様。
アルベドは、必ずお父様の元へ戻れる様になってみせますから……」

そう心に誓う彼女は、決意に満ちていた。
まだ、それが実際にはどれだけ辛い事なのか、理解していなかったから。



話が長くなり過ぎたので、前後編に分けます。
タイトルの後半部分に関しては、後編で出て来ます。
本来、一話分の内容としてのタイトルなので、ご了承ください。
という訳で、アルベド側から見たギルド会議の最中から終わった後に彼女の身に起きた話になります。
今まで、他のメールペットの視点でしか語られていなかった、彼女の行動の原点にも触れています。
そう……今までの彼女の行動に関しては、ただ一方的に彼女だけが悪かった訳じゃないと言う。


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仮想サーバーへ落とされたアルベドと、小さな一つの出会い 後編

前回の続きになります。
仮想サーバーに落とされて、二週間後に起きた一つの出会いは、アルベドに何をもたらすのか。


あの決意から、二週間が過ぎようとしていた。

それを「たった二週間」と取るか、それとも「もう二週間」と取るかと言われると、人によってその意見は分かれるだろう。
こればかりは、その時の状況にもよるので一概には言えない。
現在のアルベドは、どちらか問われるなら後者の心境だった。

正直、デミウルゴスの予想よりも短時間で、彼女の心はすっかりと直面した現実に打ちのめされ、萎れ切っていると言っていいだろう。

最初こそ、お父様との再会を誓った事を思い出す事で心を奮い立たせ、彼女は自分の状況に必死に耐えていたのだ。
だけど、その気持ちを何時までも維持し続けるのは、かなり難しかったのである。
冷静になって考えてみれば、彼女の置かれている状況はかなり酷いものだと言っていい。
他人の姿は見えるし声も聞こえるのに、その相手と話す事はもちろん触れる事も出来なければ、自分の存在を認識して貰う事すら出来ないのだ。
これは、あれ程までに慕うお父様も同じ状況で。
それによって、最初から存在しないものとして扱われると言う現実の辛さを、彼女は漸く理解したのである。

仮想サーバーに隔離される事の意味を、自分自身の身で嫌と言う程味わう事になったアルベドの心は、たった十日で折れそうな程に弱り切っていたのだ。

そんな風に、どんなに心が折れそうな程に弱っていても、お父様から「申し訳ないが、ここへメールの配達を頼めるだろうか」と言う手紙と共にメールを託されれば、アルベドはそれを届けに行かない訳にはいかなかった。
アルベドの中にある、【メールペットとしての最後の矜持】が、自分の任されている仕事の放棄をすると言う判断を許せなかったからだ。
手紙を配達に向かい、仲良く過ごす仲間とその主の姿を見るだけで、ますます心が追い詰められていくのも承知していたが、それでもお父様からの期待だけは裏切りたくない。
たった一つ、その思いだけを心の支えにして、アルベドは己を奮い立たせる。
それに……お父様はアルベドの姿を見る事が出来ないものの、全く彼女の存在の事を考えていない訳ではない。
むしろ、彼女の事を考えて色々なものを用意したり、何があっても彼女への手紙を欠かさず毎日同じ場所へ置いてくれたりするので、少しだけそれに心を慰められていると言っていいだろう。
どうやら、お父様と一緒に過ごすアルベドのサーバー内は、触れ合う事が出来なくてもお父様側からものを贈る事は出来るらしく、お父様からアルベドの為にと思いの込められた品々が用意されれば、それをアルベドが受け取る事は出来た。
まぁ、彼女自身の食事等の問題があるから、その辺りは仮想サーバー内でもきちんと対応していると言う事なのだろう。

「……今日は……ウルベルト様の所へのお手紙なのね……」

この状況になって、初めてメールを届けに行く事になった宛先を見て、思わずそう声を漏らしていた。
アルベドの引き起こした一件で、ウルベルト様は【リアル】での引っ越しやら回線の移動やら、とにかく何かと立て込んでいたらしく、お父様自身はメールを出すのを差し控えていたらしい。
今回の事で、ギルメンやメールペットたちが毎日提出を義務付けられていたらしいレポートも、ナザリックでウルベルト様と会う時に手渡すか、リアルで必ず毎日会う建御雷様に託して一緒に送って貰っていたのだと、アルベドに配達を頼む為の手紙には書かれていた。
そんな風に今まで対処していたらしい、ウルベルト様宛のメールを二週間ぶりに手にしたアルベドは、酷く緊張していたと言っていいだろう。

今、自分の手元にあるメールを届ける相手がウルベルト様だと思う度、自分が犯したあの失態を思い出してしまうからだ。

それでも、一度お父様からこうしてメール
を預かった時点で、アルベドには届ける以外に選択肢はない。
このメールは、お父様が毎日ウルベルト様に提出する必要があるレポートであり、自分の為に毎日苦労して作成して下さっているものである。
そんなお父様の努力を、自分が尻込みして台無しにするなんて事は、アルベドにはとても出来なかった。
何度か深呼吸し、油断すると震えそうになる自分の心と身体を落ち着けてから、アルベドはいつもの様に配達へと向かった。

そこで、思わぬ出会いをするとは思わずに。

*****

メールを配達する為に、ゆっくりとした足取りでアルベドがデミウルゴスのサーバーを目指す途中で、彼のサーバーから出て来たのだろうナーベラルの姿を見かけた。
多分、自分と同じ様にウルベルト様宛にレポート付きのメールの配達に行った、その帰りなのだろう。
特に避ける事なく、彼女の横を丁度すれ違う様に移動するが、やはりナーベラルがアルベドの存在に気付く様子はない。

既に、同じ事をこの二週間の間に何回も、何十回も繰り返しているので、もう今更だったが。

それでも、誰かとこうして顔を合わせる度に、自分の姿も声も存在すらも誰にも認識されないのだと思い知らされて、アルベドの心は確実に削られていた。
普段の生活ですら、自分が置かれている現実を突き付けられる事によって、苦しくて悲しくて身も心も疲れ果ててしまいそうになる。
今日もまた、ナーベラルとすれ違った事で同じ気持ちになり掛けたのを、何とか堪えてデミウルゴスの部屋まで辿り着くと、いつもの様にマナーを守ってドアを三回ノックした。
幾ら、誰も聞いていないと判っていても、マナーを守らずに行動するなど、 お父様の娘としての矜持が許さなかったから。
すると、アルベドがこの状況になって以来、あり得なかった事が起きたのだ。

そう……例えマナーを守ってノックしても、誰も出迎えてくれる筈がなかった部屋のドアが、ゆっくりと開いたのである。

驚くアルベドの心を他所に、普段はアルベドが自分で開けなければ開く事がないドアからひょっこりと覗いた姿は、小さな仔犬の少女だった。
それこそ、メールペットの中でも最年少であるアウラやマーレよりも小さな、可愛らしいトイプードルの耳と尻尾が付いた、まだ幼い少女。

見た感じだと、大体五歳くらいの年齢になるのだが……こんな少女が、デミウルゴスとウルベルト様のサーバーに居ただろうか?

つい、初めて見る仔犬の少女の存在にアルベドは首を傾げたものの、もしかしたら新しく開発中のメールペット用のAIを、ウルベルト様がヘロヘロ様から預かっているのか、テスト的にお互いの間でお使いに出す練習をしているだけなのかもしれない。
そんな風に、アルベドは自分を納得させると、彼女の為に道を譲った。
もし、何かのテストとして動作確認も込めてウルベルト様とヘロヘロ様の間を行き来している存在なら、先程アルベドがノックした後にドアが開いたのは、彼女がたまたま外に出るタイミングと重なっただけなのだろう。

幾ら、自分が相手から見えなくて認識されない存在だと言っても、身体を突き抜ける様に通り抜けられるのは気持ちが良くなかったから。

そんな思いから、アルベドがドアの前から横に避けた途端、少女は少しだけ驚いた顔をしながらこちらを見上げたのだ。
すぐにちょっとだけ不思議そうに首を傾げ、暫く後に何かに気付いた様子で軽く手を叩くと、コクコクと何度か頷く。
そして、もう一度アルベドの方を向いたかと思うと、そのまま顔を見上げる姿勢でこう言ったのである。

「おねえちゃん、みぃがおそとにでるとおもったんだよね?
みぃね、おそとにでるんじゃなくて、ノックのがしたからおきゃくさんをむかえにきたの!
さんかいノックするおとがしたら、おきゃくさんがきたあいずだって、パパからおしえてもらったんだもん。
いらっしゃい、すっごくきれいなおねえちゃん!!
はじめまして、あたしみぃです!」

パッと、まるで花が咲く様な可愛らしい笑顔をアルベドに向けながら、にっこりと笑う少女。
彼女が口にした言葉を聞いた途端、アルベドは思わずその場にへたり込んでいた。
だって、本当に驚いたのだ。

〘 二週間前、この仮想サーバーへ落とされてから、今まで私の事を認識した者は誰も居なかった筈なのに、この少女は私の事を間違いなく認識してくれているんだわ…… 〙

そう思っただけで、アルベドの中で今までピンと張り詰めていた気持ちが緩んでしまい、涙が溢れて来て止まらなかった。
自分の事を、ただ認識して貰えると理解しただけで、これ程嬉しくて涙が出るとは思わなかったのだ。
アルベドが座り込んで泣き出した途端、みぃと名乗った少女は慌てた様子で側に近付いてくると、そのまま小さな可愛い手をアルベドの頬へと伸ばす。

だが……その手がアルベドに触れる事はなかった。

スッと、彼女の手はアルベドの頬に触れる事無くすり抜けてしまったからだ。
自分の姿が見える分、「もしかしたら、触れる事も出来るのでは?」と期待していた部分が外れてしまった事で、アルベドの涙は更に溢れ出てくるのだが、少女の方はその理由が判らないからか何度も触れようとしては、手がすり抜ける事に腹を立てて、とうとう頬を膨らませていた。

「ねぇ、どうして!
どうして、このおねえちゃんにさわれないのぉ!!
ルーおねぇちゃん、どおして!?」

ぷっくりと膨らませた頬のまま、クルリとアルベドに背を向けると部屋の中へと呼び掛けた。
どうやら、この少女の他にも別に誰かいるらしい。
少なくても、アルベドが聞いた事が無い名前が少女の口から出た事に驚くよりも先に、部屋の中から一人の人物が姿を現す。
それは、アルベドが二週間位ぶりにその姿を見る、ウルベルト様だった。

「……みぃちゃん、みいちゃん。
いつも言うが、俺をお姉ちゃんと呼ぶのは止めなさい。
そもそも、俺はお姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃんだって言っているだろう?
後もう一つ、みいちゃんには俺の事は〖ルー先生〗って呼んで欲しいとお願いしている筈だけど、みぃちゃんは忘れちゃったのかな?」

少女の前で膝を付き、真っすぐに目を見ながらウルベルト様が咎める様にそう言うと、少女は〖忘れていた!〗と言う顔をしつつ、素直にぺこりと頭を下げた。
素直に謝罪した少女に、ウルベルト様は頭に手を伸ばし軽くかき混ぜる様に頭を撫でてやる。
ちょっとだけ乱暴でありながら、優しさを込めた手付きで頭を撫でられた事で、少女はどこか嬉しそうの顔をほころばせると、少女は改めてウルベルト様の着ていた服の袖を掴んでから、改めてこちらへと向き直った。

「ねぇ、ルーせんせ。
あそこにいるきれいなおねえちゃんに、みぃ、さわれなかったの。
いっぱいないているから、おかおをふいてあげたかったのに!
どうして、あのおねぇちゃんに、みぃはさわれないの?」

コテン、と首を傾げながら尋ねる少女の言葉に、同じ様にこちらに視線を向けていたウルベルト様は、とても驚いた様に目を見開いた。
多分、この少女が口にした内容が、ウルベルト様にとって予想外だったのだろう。
暫くこちらをじっと見た後、少女に向き直ると静かに問い掛けていた。

「……みいちゃん、あそこに綺麗な女の人がいるんだね?
先生には、見る事も出来ないんだけど……どんな格好をしているのか、先生に教えてくれないな?」

優しく、ゆっくりとした口調で確認する様にウルベルトが柔らかく問い掛けると、少女はウルベルト様が判らないのに自分だけが判ると言う状況が嬉しいのか、それは元気よく頷くとこちらを見た。
どうやら、彼女なりにアルベドの姿を出来るだけ正確に伝えようと考えたらしい。
ニコニコと笑いながら、自分が見ているアルベドの特徴を一つずつ挙げる様に答え始めた。

「かみがくろくて、ルーせんせよりもすっごくながくてね、キンキラなおめめとまっしろなドレスをきてるの!
あとね、あとね、ここにくろいはねがあってね、あたまにるーせんせいとはちがうおつのがあるの!
とってもきれいなおねえちゃんが、みぃがおちゃわんもつてのにほうにたっているんだよ、ルーせんせ!」

全身を使って、髪の長さや羽根のある位置などはもちろん、〖お茶碗を持つ手〗と言う際には左手を挙げてアルベドが居る方向まで、はっきりと自分なりの表現で答える少女の言葉を聞いて、ウルベルト様は何かを考える素振りをする。
少女によって、自分がこの場に居る事がウルベルト様に伝わった事で、実際にその事をどう思われるのか、アルベドは気が気ではなかったのだが……ウルベルト様の反応は、実にあっさりとしたものだった。
もう一度、今度は優しく少女の頭を撫でながら彼女に対して礼を言ったかと思うと、少女の事をするりと抱き上げえる。
そして、アルベドの方へと視線を向けたかと思うと、ほんの少しだけ目を細めながら口を開いた。

「やっぱり、俺にはどこにいるのか見えないが……それでも、そこに居るならついておいで。
今日提出分の、タブラさんのレポート付きメールを運んで来てくれたんだろう?
丁度、今はデミウルゴスにはメールの配達を頼んでいて居ないから、アルベドも色々な意味で気兼ねしなくて済むだろうし。
そうそう、この子はたっちさんのお嬢さんのみぃちゃんだ。
俺が家庭教師として、昼間は世話していてね。
今日も、電脳空間での学習をする為にここに招いている所だったんだ。」

くしゃくしゃっと、もう一度少女の頭を優しく撫でながらそう言うと、ウルベルト様は今度は少女に向けて視線を向ける。
そして、アルベドの居ると少女から教えらえた方向を指し示しながら、少女に対して説明を始めた。

「……みぃちゃん、あのお姉ちゃんの名前はアルベドと言うんだよ。
ちょっとだけ事情があって、今は他の皆みたいに俺やデミウルゴス、みぃちゃんのパパやセバスたち仲間と、触れ合ったり姿を見たりお話したりする事が出来ないんだ。
もし、みいちゃんが本当にお姉ちゃんの姿が見えてお話しする事が出来るなら、みいちゃんがいてデミウルゴスがいない時にお姉ちゃんが来たら、俺に教えてくれないかな?
他の皆みたいに、折角メールの配達をしに来てくれてるのに、他のメールペットたちの様におもてなし出来ないのは悲しいからね。
ただし、この事はデミウルゴスやセバスと言った他のみぃちゃんのお友達やパパには、暫く内緒だよ?
みぃちゃんと先生だけの、ちょっとだけ内緒のお約束だ。
ちゃんとお約束出来るなら、もうちょっとだけみぃちゃんがここに来られる様に、パパに頼んであげるからね。」

「どうする?」とウルベルト様が、少女に対して悪戯っぽい笑みを浮かべながら尋ねる。
そんなウルベルト様の言葉に、〖内緒のお約束〗と言う部分に強く反応して、きゃらきゃらと楽しそうに笑みを浮かべながら頷く少女。
二人のやり取りに、思わず頭が付いて行かないまま呆然と佇むアルベドに対して、見えていない筈なのにまるでそれを察したかの様にウルベルト様はこちらを振り向くと、ニッと笑みを浮かべた。

「……まぁ、今回の一件では俺自身も色々と大変だったのは確かだよ。
事情が判明した時は、本気で後先構わず死にたくなった位だから、本当に大変だったのは間違いないんだけど、な。
多分、デミウルゴスが聞いたら甘いと言うんだろうが……どう考えても、悪いのはウィルスを送り付けてきたあの馬鹿であって、今回の引き金を引いた形になったお前に対しては、俺はデミウルゴスたち程怒っていないんだぞ、アルベド。
正直言って、ちょっとだけ悪戯をする場所とタイミングが悪かったのは間違いないが、今のお前の置かれている状況を思えば、うちのデミウルゴスも報復としてはやり過ぎの様な気もするし。」

そこで言葉を切ると、ウルベルト様は片手で少女を抱えたまま片手で自分の顎髭を軽く撫でる。
状況が判らないからか、大人しく腕の中に納まっている少女に一度視線を向けた後、更に顎髭を撫で。
暫くそうして顎髭を撫でる事で、ゆっくりと自分の中で言葉を纏めたのか、ウルベルト様は再び口を開いた。

「……だから、なぁ、アルベド。
みぃちゃんが、お前の姿が見えてる状態なのはデミウルゴスたちに内緒にしてやるから、出来ればタブラさんのメールを持ってきてちょっとだけここで少しだけお茶を飲んで休んでいくといい。
いつもこの時間帯なら、デミウルゴスはメールの配達で居ないからな。
そうだな……せめて、何にも知らない彼女と話す位の時間は、お前に与えてやっても良いと思うんだよ、俺は。
嫌なら、タブラさんのメールを置いて帰っても構わない。
とにかく……まずは一旦中に入って、ボックスの中にメールを届けてくれないか、アルベド。
俺は、中でお茶の準備をして待っていてやるから。」

それだけ言うと、腕の中に少女を抱えたままアルベドへ背中を向け、自分の部屋の中へとゆっくりとした足取りで戻って行く。
本来なら、例えウルベルト様に見えないとしても、こうして自分がこの場に来ている事を知られた時点で、アルベドはあの一件について改めてウルベルト様本人からの叱責を受けても仕方がない立場だ。
それなのに、こんな風に優しく声を掛けられてしまったのだから、もう色々な意味で堪らなくなったアルベドは、大量の涙を流しながらその場に蹲り掛け。
このまま、ここで自分を抑えられずに泣き続ければ、折角招き入れてくれたウルベルト様への失礼になると何とか思い止まると、涙で視界が曇るのを何とか堪えながら部屋の中へと入って行ったのだった。



という訳で、後編になります。
前回の話と合わせると約一万七千字……!
やっぱり、前後編に分けて良かったと思います。

さて……漸く、アルベド騒動の決着まで残すところあと一話になりました。
そして、この後編でやっとこの騒動におけるもう一人の重要人物と、アルベドの接触が出来ました。
彼女との接触が、アルベドにどういう変化を齎すのかが、今後の話の展開での大きな意味を持ちます。
ウルベルトさんは、それについて色々と考えてますけど、あくまでもこの話はアルベド視点であり、彼の視点ではないのでその辺りは語られていません。
どうして、アルベドの姿が彼女にだけ見えたのかとか、もちろん色々と理由がありますけど、その辺りを現時点で理解しているのはウルベルトさんだけです。

この騒動が書き終わった後に、補足の意味でウルベルトさんこのアルベド騒動後半の心境を書いた方が良いでしょうかね。


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幼い少女との交流と、今までの騒動の真相、そしてアルベドの覚醒

たっちさんの娘との交流で、少しずつ変わっていくアルベド。
全部で四つに分けられる内容でしたが、そのまま一つに纏めて投稿させて貰っておきます。



【 幼い少女とアルベドの交流 】

あの日、自分の姿を見る事が出来る小さな少女と出会い、ウルベルト様に赦しを得て以来、アルベドは決まった時間に彼の元へと訪れる様になっていた。
もちろん、彼女自身の勝手な判断で訪れている訳ではない。
ちゃんと父であるタブラ様のメールを預かり、その配達に向かうと言うちゃんとした理由の元に、ウルベルト様の元へと訪れていたのである。
どうやら、ウルベルト様がそれと無くお父様との間で話を付けてくれたらしく、アルベドは毎日この時間になるとお父様から提出用のレポート付きメールを預かる様になっていた。

正直、彼女にとってあの出会い以降、一日の中でもウルベルト様の元へ訪れるこの時間が、数少ない癒しの時間の一つになっていたと言っていいだろう。

もちろん、お父様から彼女の事を心配する手紙が送られてくる時間も同じ位大切な時間ではあったが、誰かの元へメールを運ぶと言う意味で、彼女が心から楽しいと思って訪れる事が出来る場所は、ウルベルト様の所だけになっていたからだ。
たった一人とは言え、自分の事を認識して話が出来る相手が出来た事で、アルベドの中で煮詰まっていた苦しさが薄らぎ、それによって彼女は次第に冷静に物事を考える事が出来る様になっていた。
確かに、自分が周囲に対して色々と迷惑を掛けて来たからこそ、アルベドは、今の自分がこうなっている事を理解している。
少なくても、デミウルゴスやウルベルト様に対して掛けた迷惑に対する罰と言う点では、ちゃんと納得していた。

だが……他のメールペットたちへの行動は、本当に彼女だけが悪かったのだろうか?

間違いなく、自分が悪かった点が多分にあったと言う事に関しては、アルベド自身も自覚している。
それでも、こんな風に〖何もかも全部アルベドが悪い〗と言わんばかりに隔離される程の事をしたのは、あくまでもウルベルト様関連だけだった様な気がするのだ。
正直、デミウルゴスから報復される事に関しては、納得して受け入れている。
アルベド自身、【デミウルゴスへの悪戯する事】を考えるばかりで、〖実際にそれを行ったらどうなるのか?〗と言う事を何も考えずに、結果的にウルベルト様に迷惑を掛ける行為をしてしまったのだから、彼が怒るのは当たり前だと思うのだ。

だが……他のメールペットたちに関して言えば、そこまで酷い事をしたつもりはない。

確かに、アルベドは一部の例外を除いて、メールペットたちに対してかなりの嫌味を言っていたと言う点は、間違いないだろう。
でも、それは全てアルベドが彼らに対して嫌味を言う前に、相手側が何らかの失敗を彼女の前でしていると言う前提があった。
そう……傍から見れば、大した事が無い様なミスであったとしてもアルベドは見逃さず、それこそ重箱の隅を突いた様に嫌味として口にしただけだ。
少なくても、彼らがアルベドのサーバーへ来た時に何らかのミスをしていなければ、自分から酷い嫌味等を口にした覚えは、アルベドにはない。

相手によっては、抱えている不安を煽る物言いをした記憶もあるけれど、それだって最初に不安を口にしたのは向こうの方だ。

最初に、アルベドに対して「自分は、こんな風に自分の主から愛されているけれど、ちょっとだけ自信が無い」的な、自分が愛されている事をさも自慢する様な前振りをしたから、〘 お望みとあらば 〙と言う思考の元、出来るだけ本人の不安を煽る様に、相手が抱えているだろう問題点を言葉にして幾つも連ねてやっただけに過ぎなかった。
そもそも、彼らの主に対して抱き付いていたのだって、そうすれば殆どの方々が喜んで下さっているのを、アルベド自身が触れ合った肌で感じたから、もっと喜んで欲しくてわざとやっていたに過ぎない。
何より、アルベドが抱き付いた事によって主が鼻の下を伸ばす姿を前に、彼らがギリギリと苛立つのが楽しかっただけなのだ。

自分が、ちゃんと主から愛されている自信があるなら、別にアルベドが彼らの主に対して抱き付いた位で、そんな風に苛立つ必要などないと思うのは、そんなに間違った考え方だろうか?

そもそも、だ。
アルベドの行動を、メールペットたちの主の中でまともに「駄目だ」と注意した方は誰も居ない。
つまり、彼女に抱き付かれて本当に迷惑だと思った相手は、彼らの中に居ないのである。
数少ない例外として、抱き付く対象としていなかった恐怖公の主のるし☆ふぁー様からは、どこか心配した様子で「程々にしておかないと、後で痛い目を見るのはアルベドだと思うけどなぁ」という忠告めいた言葉は何度か頂いたが、それ以外はどなたも何も言わなかった。

そう……誰も、何も言わなかったのだ。

アルベドだって、馬鹿じゃない。
主たちの中でも女性だと判っている、ぶくぶく茶釜様ややまいこ様、餡子ろもっちもち様に対しては、抱き付くなどの行動はしていなかった。
そっと彼女たちの側によって、頭を撫でて欲しそうな顔で見上げたりはしたけれど、本当にそれ位しかしていないのだ。

アルベドがそんな態度を見せるだけで、彼女たちは「本当に可愛いねぇ!」と言いながら頭を撫でてくれたから。

大体、やまいこ様のユリはしっかり者で、一度嫌味交じりに注意をすればすぐにミスをしなくなっていたし、割と普通に話す事が出来る友人的な位置にいたんじゃないかと、アルベドなりに思っている。
餡子ろもっちもち様のエクレアは、あれで細かい所まで気付いて気配りが出来るタイプだったから、それ程嫌味交じりの注意だって言った事はない。
この三人の中で、唯一メールペットを二体持つと言う特殊ケースである、ぶくぶく茶釜様の所のアウラとマーレだって、アウラはそれ程問題なく接していた筈だ。
マーレに関しては、ちょっとだけ強い口調で嫌味交じりの注意をしただけで、まるで火が付いた様に泣き出してしまったから、それこそアルベドの方が面食らった位である。

正直、あの時のマーレに対しては、〘 男の子としてもっと自覚を持ってしっかりとして欲しい 〙とそう思ってしまったのだが、アルベドの考えは間違いだったのだろうか?

こうして、改めて自分の行動を振り返ってみると、確かにアルベドは色々とメールペットたちを泣かせる様な言動が多かっただろう。
だが、彼女がそんな行動をするその発端となったのは、大半の場合は自分たちがアルベドの元にメールを配達しに来た際に、ちょっとしたミスをするから小言を言われるのだと、彼らは理解しているのだろうか?
それを、「外でのミスだし、主は知らないから」と、彼らが自分の失敗を主に隠そうとするのを知っているから、アルベドは返信のメールを渡す際に抱き付いて、甘えながらそれを報告していただけだと言う事にも。

もちろん、他のメールペットたちが殆どミスをしなくなった後も、何かにつけて彼らに対して嫌味を言ったり、彼らの主に抱き付きながらメールを渡したりするのを止めなかったのは、アルベド側に非があるだろう。

これに関しては、色々と反省すべき点だと彼女も思っている。
〘 小さな少女に言っても 〙と思いつつ、それでも自分の話を聞けるのは彼女だけなので、気付けばアルベドは彼女にこの事を打ち明けていた。
出来るだけ嚙み砕いたアルベドの話を聞いた途端、彼女は両手で頬を挟んだ姿でうんうんと唸り始める。
どうやら、彼女は自分なりに答えを考えてくれているらしい。
今、彼女が座っているのは、ソファに座ったウルベルト様のお膝の上と言う、ある意味どちらに対しても羨ましいと思える場所だった。
その向かい側に座ったアルベドが、静かに彼女が答えを出すのを待っていると、漸く自分なりに言葉を纏める事が出来たのか、改めてアルベドの顔を見るとみぃちゃんは口を開く。

「……んとね、みぃにはちょっとよくわかんない。
アルベドおねぇちゃんが、いろいろとみんなにいっぱいいったのは、どうして?
それと、どうしてわるいことだとおもったのに、おねえちゃんはしてたの?
ねぇ、どうして?」

コテンと、首を傾げたみいちゃんから問われた内容を、ゆっくりと反芻しながらアルベドは考えた。

〖 自分は、どうしてメールペットたちに嫌味めいた苦言を、何度も彼女たちに対して繰り返していたのか。〗
- 自分の所でした失敗を、別の場所でもメールペットたちが繰り返してしまわない様にと、わざと嫌味交じりの言葉で叱責して、失敗したら嫌な思いをすると覚え込ませたかったから。

〖 どこか、不安を抱えている様な事を言うメールペットに対して、わざとその不安を煽る様な事を言って聞かせたのは、どうしてなのか。 〗
- それは、そんな事を口にしている時点で主に不満を抱いているのと同じだから、自分が不安を思い切り煽る事によって、自分の気持ちを主に素直に告げられる様になるんじゃないかと、そう考えたから。

〖 メールペットたちの主に、わざと彼らの前で抱き付いたりしていたのは、どうして? 〗
- 最初は、抱き付いて彼らに聞こえない様にこっそりと彼らの失態を知らせ、その事を主たちからも注意して欲しかったからと言う理由だった。
失態が無くなってからも、変わらず抱き付いてからメールを渡していたのは、そうして密着した方が、主方が喜んでいる反応が返って来たからだ。
後は、彼らが悔しそうな顔をするのが楽しかったからでもある。

〖 悪い事だと思いながら、それを止めなかった理由は? 〗
- 前に一度、自分が悪い子だと言う事で主の方々からお父様に話が言った途端、お父様の抱えていた問題が判明して、自分の中にあった不満の幾つかが解消されたから、もっと自分が悪い子になれば、もっとお父様が見てくれるんじゃないかと考えたから。

こうして、みぃちゃんに言われるまま自問自答してみれば、ちゃんとどうしてそんな事をしていたのか、素直にその理由を考える事が出来た。
今まで、曖昧なままだった思考が纏まった事で、アルベドとしてもすっきりした気分になる。
その内容を、そのまま一つずつゆっくりと彼女に判り易い言葉になる様に気を付けながら伝えてみる事にした。
こちらが思考を纏める間、彼女はずっと足をぶらぶらとさせていたらしい。
膝の上で、そんな風に好き勝手みぃちゃんが動くからか、ウルベルト様は彼女の事を落とさない事に意識を向けていた様子が伺えたから、ほぼ間違いないだろう。
割と、本気でウルベルト様は気が気じゃなかったんじゃないだろうか?

それこそ、油断したらうっかり膝の上から落ちた挙句、テーブルや椅子の角で頭をぶつけてしまいそうだもの、今のみいちゃんなら。

だが、ウルベルト様の気遣いなど考える事なく、暫く足をぶらぶらとさせていた彼女は、アルベドの話を聞き終わると、今度はウルベルト様の膝の上に両手を付き、グッと身体を前に乗り出した。
そんな彼女を、慌ててウルベルト様が両手で支えていなければ、多分そのまま頭から床に転がり落ちていたんじゃないだろうか?
実に、見ていて危なっかしい。
もし彼女が転がり落ちたとしても、自分には支えるなど触れる事が出来ないのだから、もう少し自重して欲しかった。
そんなアルベドの気持ちなど露知らず、彼女は身振り手振りで話し始める。

「んーっとね、アルベドおねぇちゃん、みんながだめだったのを〖だめでしょ〗っておこったんだよね?
だったら、みんなとそれをいっぱいおはなししなきゃだめって、みぃはおもうの。
おねぇちゃんが、なんで〖だめだ〗っておもったのか、それじゃみんなにわかんないと、みぃはおもうもん。
みんな、だめじゃなくなるようにおねぇちゃんがいったんだよね?
だったら、やっぱりちゃんとおはなししなきゃだめ!
おねぇちゃん、すごくやさしいのに、それがわかんないなんてだめだと、みぃはおもうの!」

一生懸命、自分の言葉で語ってくれるみぃちゃんの言葉が、とても嬉しい。
今まで、そんな風に言われた事なんて一度もなかったから。
改めて考えてみれば、今まで自分に向けて〖優しい〗と言う言葉が言われた事はなかったと、アルベドは思う。
どちらかと言うと、怖がられてばかりだった記憶しかない。
そんな事を考えているアルベドを他所に、更にみぃちゃんの言葉は続いていた。

「あとね、おねぇちゃんがこわいのいって、〖こわい〗ってないちゃったら、ごめんなさいするの。
だって、みぃもルーせんせがこわいのいうと、すぐないちゃうもん!
みぃがこわくてなくとね、ルーせんせはすぐに〖ごめんね〗っていってくれるから、みぃも〖ないてごめんなさい〗っていうの。
おねぇちゃんも、ごめんなさい、いった?」

んー、と口を尖らせて言うみぃちゃんの言葉を聞いて、アルベドはハッとなった。
確かに、自分は誰に対しても謝罪の言葉を口にした事がほぼ無い。
礼を失する事はない様に、普段から立ち居振る舞いに関しては、特に失敗したりしない様に気に掛けていたけれど、本当の意味で感謝の言葉や謝罪の言葉を口にした事が、今まであっただろうか?

何度考えても、それだけは思い出せなかった。

それも当然だ。
だって、今まで本当の意味でアルベドは感謝の言葉を口にしたり、謝罪の言葉を口にした事はないのだから。
それこそ、こんな小さな子供でも知っている様な事すら、アルベドは全く理解出来ていなかったのである。
彼女との会話によって、自分がどれだけ他人に対して感謝や謝罪など、大切な部分が欠けていたかという事に漸く気付いたアルベドは、思わず頭を抱えていた。
確かに、これでは他の仲間たちから爪弾きにされてしまう筈だ。

例え……他人から聞く限り厳しい嫌味の理由が、アルベドなりに彼らの事を思っての言動だったとしても、その意図が相手に伝わっていなければ意味がない。

まして、それが普段から謝罪や感謝の意を示さない様な相手では、色々と不満などの複雑な思いを募らせていくのも仕方がないだろう。
これでは、彼らから嫌われてしまうのも、ある意味当然の流れだった。
それも、全部がアルベド自身の言動から出た、文字通り【身から出た錆】なのだから、受け入れるしかないのだろう。

「……私、本当に理解したつもりになっているだけで、何も分かっていなかったのね……」

そう呟くアルベドに、不思議そうな顔をしながら首を傾げるみぃちゃん。
何でもないと言わんばかりに、アルベドは伏せ目がちだった顔を上げると、安心させるかの様にみぃちゃんへと、柔らかい笑みを浮かべて見せる。
この件に関して、これ以上彼女に話して聞かせるつもりは、アルベドには既になくなっていた。

本来なら、まだ幼い彼女に対して聞かせるべき話じゃないと、アルベドは漸くその点に思い至ったから。

それから数日の間は、ウルベルト様の元へメールの配達に訪ねる度に、アルベドは自分の話をするよりもみぃちゃんの話に耳を傾ける事に意識を向ける事にした。
まだ、幼く色々な事に興味を持つみぃちゃんは、それを人に話して聞かせるのも大好きな子だ。
まだ色々と言葉が足りない分、全身を使って色々な事を伝えようとする彼女の事を見ているだけで、アルベドの荒み掛けていた心は癒されていく。
ただ、真っすぐに自分の事を見てくれるみぃちゃんの存在は、既にアルベドの中で最愛のお父様と自分とった愚かな行動を赦してくれたウルベルト様の次に来る位には、大きくなっていた。

そう……彼女の事を〘 護りたい 〙と、密かに思う位には。

*****

【 アルベド騒動に隠されていた、事の真相は…… 】

アルベドが、みいちゃんに会う為にウルベルト様の元へと通う様になってから、そろそろ十日が過ぎようとしていた。
その間、ただみぃちゃんに会って彼女との交流で癒しを求めるだけではなく、ウルベルト様からの提案でみぃちゃんが【リアル】に戻った後も、こっそりその場に残って他のメールペットとデミウルゴスたちのやり取りを見る機会も増えた事で、彼女はますます自分が色々と見ていなければ理解していなかったのだと自覚する事になったのである。
特に、ウルベルト様の元へと届くレポートの処理に追われている、デミウルゴスやシャルティア、パンドラズ・アクターの様子を見て彼らの会話を聞くのは、本当にアルベドに取って色々な事を学ぶいい機会になったと言っても過言ではない。

彼ら三人が集まり、それぞれ自分の受け持つレポートに目を通しながら様々な意見を交換し合う姿は、それぞれの主の姿を彷彿させる所があったのだから。

改めて考えると、今回の一件で彼ら三人に対しては本当に迷惑を掛ける形になってしまったと、アルベドは心の底から申し訳ない事をしたと思う。
ウルベルト様に迷惑を掛けた事で、怒り心頭の状態になるまで追い詰めてしまったデミウルゴスは、どう考えても完全な自分の行動の被害者だし、ペロロンチーノ様にアルベドが引っ付き過ぎた事で、脳筋を返上する位に頭を使って仮想サーバーを組んだのだろうシャルティアには、その根性に頭が下がると言っていい。
そして、三人の中で一番かわいそうな事をしたのはパンドラズ・アクターだ。

何故なら、彼に対してアルベドがあらゆる嫌味で滅多打ちにした理由は、彼の普段の大袈裟な言動に「ウザイ」と感じたからであり、こればかりは彼だけでどうにか出来る部分ではなかったのだから。

正直、そう感じていたのはアルベドだけでなく、他のメールペットたちも似た様な思いを抱いていそうな気もするが、その言動は彼の創造主であるモモンガ様が「そうあれ」と定めた、ものであり、自分達が口を出していい領域ではなかったと、今では理解出来る。
そんな主が定めた事に対して、アルベドからチクチク嫌味を言われ続けた事は、それこそ存在を否定されたのと同じだったんじゃないだろうか?
もちろん、自分達はメールペットであり【ナザリックのNPC】と違って、いずれ成長による変化も考えられる部分ではあるのだが、それはまだ先の話でしかない。

そう思うと、やはりパンドラズ・アクターには、少しだけかわいそうな事をしてしまったと言っていいだろう。

もう一つ、アルベドが彼らの様子を見学する様になって、気付いた事がある。
このレポートの確認作業と、その後の三人で行われる討論会の最中は、パンドラズ・アクターのあの大仰な物言いや動きは一切行われない。
今回ばかりは、短い時間の間にやらなくてはいけない作業が山ほどある為、「無駄に派手で大袈裟な言動はレポートの確認と討論会の最中は一切禁止」だと、モモンガ様からきっぱりと言い渡された上で、彼はここに来ているらしかった。

そのお陰で、この場に居るのは物腰が柔らかく穏やかなパンドラズ・アクターと言う、どこかモモンガ様を思わせる様な雰囲気を漂わせている人物へと早変わりしていたのである。

何となく、このパンドラズ・アクターを見ていると、普段とのギャップが激しすぎて落ち着かない気持ちになるものの、悪くはないと思う。
「大人しいパンドラズ・アクター」と言う、普段は滅多に見られない珍しい存在の事はさておき、三人が行うレポートの討論会に話を戻すとして、だ。
彼らのレポートに関する討論会は、毎日集まってから四十五分経った頃にしか始まらない。
元々、他のメールペットたちやその主の方々から提出されたレポートに関する討論会と言う点から、最初にある程度のレポートの読み込みをする時間が必要なのだろうが、討論会の過熱具合によっては時間が延長する事も最近は増えていると言っていいだろう。
どうやら、三人の手元に提出されてくるメールペット側のレポートの内容が少しずつ変化し始めている事が、討論会を時間延長させている理由になっている様だった。

そう……三人の手元で読み込まれ処理されている大量のレポートの内容は、どれもが次第にアルベドから受けた嫌味などの暴言の被害からその前後の自分達の行動にまで考察が及び、それによって彼女が暴言等を吐く前の微妙な変化にまで辿り着き始めていたのである。

アルベド自身は、三人が読み込んでいくレポートの内容まで全部を直接見る事はないものの、彼らの討論の内容を聞いていれば自ずとレポートの内容を察する事が出来た。
アルベドが、みぃちゃんと色々な事を話す事によって自分の行動を振り返り反省する事が出来た様に、他のメールペットたちも色々な事を考えてレポートに纏めると言う作業をするうちに、自分がどうしてそんな事を言われる事になったのか、少しずつ思い至る者が出始めているらしい。
むしろ、アルベドからすれば「漸く、そこに思い至ったの?」と言いたくなる様な変化だ。
何度も繰り返すが、今までのアルベドがしただろう問題行動の中で、相手側に本当の意味で非が無いのは、不在時に端末への悪戯をされた事で主にまで被害が出たデミウルゴスと、今の段階では設定に批准した動きをする事から、自分ではどうする事も出来ない部分に対する手酷い嫌味を言われたパンドラズ・アクター位である。

だが、それ以外のメールペットたちには、アルベドから嫌味交じりの忠告を言われても仕方がない部分があった事を、レポートを書く為に改めて思い返した事で、漸く理解し始めたといった所だろうか?

そんな風に、メールペットたちが自分達にも非があった事を理解し始めるのと同時に、彼らの主たちも自分の言動に問題があった事を、このレポートを書く事によって理解し始めているらしい。
まず気付いたのは、どうしてアルベドが甘える様に抱き付いてきたのか、自分達が聞き流していた事だった。
どうやら、彼女が自分のメールペットのミスを伝えていたのに、それを全部聞き流しただけではなく、アルベドに抱き付かれている姿を見る事で、自分のメールペットのたちがどう反応するか、殆どの方々がそちらの方に意識を傾けていた事がそれぞれから出されるレポートで判明したのである。
これでは、彼女がこっそりと彼らに対してそれを訴えた意味がない。

アルベドとしては、それと無く主側からもメールペットたちに注意して欲しいと言う意図での行動だったのに、全くその意図が理解されていなかったのだから。

こうして、彼ら自身も自分でレポートを書くうちに、当時の事を色々と思い出しては反省するべき点に思い至っているらしい。
自分の問題点に気付いた事で、改めてメールペットに対して自分の態度は問題が無かったかと、考え始めた者も出始めているそうだ。
それによって、次第に彼女だけが全面的に悪かった訳ではない事が、少しずつ明らかになっていくのだった。

******

【 アルベドの覚悟と、その覚醒 】

それが起きたのは、アルベドがこの仮想サーバーに飛ばされてから、丁度一月が過ぎた頃だった。
いつもの様に、アルベドが主であり父であるタブラ様からのメールを手にウルベルト様の元へと訪れ、アルベドの姿は見えていない筈だが、それでもウルベルト様に見守られる形でのみぃちゃんとの楽しいおしゃべりと言う、幸せな一時を過ごしていた時である。

ゾワリと、全身が総毛立つ程の悪意を感じたのは。

ねっとりと絡み付く様な、そんな質の悪い感覚が彼女の頭の中に強い警報を鳴らす。
以前、アルベドが仮想サーバーに落とされた時に感じたものよりも、酷く強烈な違和感だと言っていい。
そしてアルベドは、この感覚に一つだけ心当たりがあった。
あの日の朝、デミウルゴスのサーバーの際で偶然見掛けた、あのウィルスと同じ気配。

恐ろしい事に、あれよりも何倍も強力で濃縮した悪意が含まれている気がして仕方がない。

本能的に、その事実に気付いたアルベドがその場でまず最初に取った行動は、みぃちゃんへ電脳空間から出る事を勧める事だった。
同時に、ウルベルト様にその事を伝えて貰う様にと、みぃちゃんにお願いする。
これに関しては、自分が言った内容をそのままウルベルト様に伝えて貰うだけでいいだろう。
とにかく、急いでこの場から彼らを避難させなくては、とても大変な事態になると言う事だけは間違いない。

まだ、どこか漠然とした感覚でしかないものの、ほぼ間違いないと言う確信をアルベドは持っていた。

それなのに、だ。
肝心なみぃちゃんが、彼女の安全を守る為にお願いしているアルベドの言葉を、全く聞いてくれないのである。
彼女は、今のこのウルベルト様の電脳空間の状況がどれだけ危険なのか判らないから、急にアルベドが「今日は電脳空間からもうリアルに戻った方が良い」と伝えても、納得してくれないのだ。

「なんで?
なんで、おねぇちゃんはみぃにここであそんでちゃだめだって、いじわるいうの?
まだ、みぃはルーせんせから〖ごはんのじかんだよ〗っていわれてないもん!
だから、みぃはまだかえらないの!!」

プイっと、自分の主張を口にして拗ねた様に横を向くみぃちゃんを前に、アルベドは本気で困り果てていた。
このままだと、本当に彼女にとってここは危険な場所になり得る可能性がある。
例え、ウルベルト様がこの場での自衛が出来る能力があるとしても、早くみぃちゃんと一緒にここから【リアル】に逃げて欲しいと思うのに、そんなアルベドの思いが伝わらないのだ。

サーバーの防衛の要であるデミウルゴスは、お昼前のメールの配達に出ている為に、今、この場には居ない。

これ以上無い程、非常にタイミングが悪いとしか言い様がないのだが、今更何を言っても仕方がないのだろう。
多分、何らかの方法でこの状況にデミウルゴスが気付いたとしても、彼が戻って来るよりも早くこの悪意の塊がこの場所を襲うのは、アルベドが肌で感じる感覚から言ってもほぼ間違いない。
先程のみぃちゃんの言葉に反応して、ウルベルト様が彼女の事を説得し始めているが、すっかり拗ねてしまっている彼女が素直に聞いてくれるとは、とても思えなかった。

だとしたら……この場で、この悪意に対して対応出来る可能性があるのは自分だけ。

仮想サーバーに居るアルベドには、もしかしたら何も出来ないかもしれない。
だからと言って、このまま何もせずにウルベルト様やみぃちゃんがあんな悪意の塊のウィルスに襲われるのを、ただ黙って見ているなんて真似はしたくなかった。
それに、サーバーへの侵食を主とするウィルスなら、仮想サーバーだろうがメインサーバーだろうが、関係なく襲ってくる可能性もある。

なら、アルベドに選択出来る方法など、一つしかない。

この部屋から出て、ここから出来るだけ離れた場所でそのウィルスと自分が身体を張って対峙すれば、ウルベルト様がみぃちゃんを説得するか、デミウルゴスが帰還するまでの時間稼ぎが出来るかもしれないのだ。
みぃちゃんがこの場に残る事で、ウルベルト様も【リアル】に逃げる事が出来ないと言うのなら、それ以外に方法はないだろう。
多分、この方法を取れば自分もただでは済まない可能性があるものの、ウルベルト様やみぃちゃんがウィルスによる被害を受けるよりはずっとましだと思ってしまったのだから、仕方がない。

そこまで考えた所で、アルベドの腹は据わった。

「……みぃちゃん、私、もう戻らなければいけないの。
ちゃんと、ウルベルト様のお話を聞いて、ここから早めにリアルに戻ってね?
これは、私からの大切なお願いよ。」

まだ、ウルベルト様の説得に応じる事なく拗ねて横を向いているみぃちゃんの頭を、そっと撫でながらそれだけ言い残すと、アルベドはスッと席を立った。
急がなければ、この部屋から出来るだけ離れた場所で食い止めると言う目的すら、自分には果たす事が出来なくなるだろう。
一つだけ、アルベドに心残りがあるとすれば、お父様の元に無事に戻る事が出来ない可能性もある事だろうか?

〘 でも……お父様なら、ウルベルト様やみぃちゃんを守る事を選択した私の事を、褒めて下さいますよね? 〙

最後に、こちらの姿が見えていない事を承知の上で、ウルベルト様に向けてスッと頭を下げると、アルベドは部屋から退出した。
そこから、急ぎ足でサーバーの外へ向かうべく急いで移動していけば、境界線の向こう側で前回の比ではない巨大なウィルスが、そこに蠢いているのが見える。
いや、あれはウィルスが幾つも重なり合っている状態なのだろうか?

どちらにせよ、こんなものがあの幼く小さなみぃちゃんに襲い掛かったら、彼女は抵抗する暇もなく一瞬で飲み込まれてしまうだろう。
前回の事から、ウィルスに対してそれ相応の対応策を持つだろうウルベルト様だって、こんな厄介なモノを相手にするのは流石に危ういかもしれない。
多分、ウィルスの存在が危険なのはアルベドも同じかもしれないが、自分はまだどこかにバックアップがあるだろうから、そのデータを元にして復活する事が可能だろう。

「……デミウルゴス……今回も、あなたのサーバーで勝手な事をするけれど、それはあなたの大切な主であるウルベルト様を守る為だから、大目に見てちょうだいな!」

両足を前後に肩幅より少し広めに開き、グッと下腹に力を入れつつ少し腰を落として、アルベドは自分に出来る最大限の防御の構えを取る。
メールペットと言う立場上、アルベドは特に何か武器を持っている訳ではないが、【ナザリックのNPC】の自分が壁役の戦士職と言う事もあって、他のメールペットよりも少しだけ防御力が高い事を、仮想サーバーに落ちてから自分の事もあらゆる角度で調べたので、彼女は知っていた。
元々、自分に与えられているウィルス防壁とその部分を合わせれば、今の自分でもそれなりに時間が稼げるだろうと状況を判断し、セキュリティを侵食し続けるウィルスを睨み付けつつ、彼女は自分の出来る事を選択する。
それは、自分と他のメールペットがいるサーバーが違う事から、誰にも聞こえない可能性が高いのを承知の上で、エマージェンシーコールを周囲に向けて放つ事だ。

もしかしたら、緊急連絡と言う事でこれだけはメールペットたちに伝わるかもしれない。

彼女は、その可能性に賭けたのだ。
例え、このウィルスがウルベルト様のサーバーだけを狙っているのだとしても、ここに訪ねてくるだろう他のメールペットが感染しないとも限らない以上、自分の出来る限りの事をしておかなければ後悔するだろう。
別に、今まで彼らに対してしてきた事への罪滅ぼしとして、この行動を選択した訳じゃない。

アルベドがここまでするのは、自分が妹と思う様な幼い少女が自分へと向ける笑顔を、真っすぐに受け止める事が出来る自分でいたかったからだ。

「私は……絶対に、こんなウィルスなんかに負けたりしない!!」

キッと、サーバーの防壁を壊そうとするウィルスを睨み付けながら、アルベドはサーバーを移動するメールペットとして与えられただろう、自分に展開出来る防御壁を展開させていた。

******

【 エマージェンシーコールを受けて、デミウルゴスが戻って来たら…… 】

デミウルゴスが、その自分の領域であるサーバーへの異常に気付いたのは、配達先から戻る為の帰路に就いたばかりの頃だった。
前回のウィルス侵入の一件で、別の場所に居ても自分のサーバーの異常を感知出来る様に自分の感知能力を上げていた事と、本来なら聞こえる筈がないアルベドが放った緊急信号、それから数秒遅れてのウルベルト様からのエマージェンシーコールという、三つが主な理由である。
ウルベルト様から、二週間ほど前から昼食の前位にアルベドがメールを持ってくる様になっていた事は教えられていたし、最近では彼女の姿は見えなくても声はたまに聞こえる時があると伺った事はあった。
だから、もしかしたら予想よりも早く彼女がこちらに戻って来る可能性は考えていたが、その彼女からの緊急信号とウルベルト様からのエマージェンシーコールが重なり、その上自分も嫌な感覚をサーバーに感じている時点で、普通じゃない。

どちらも、自分のサーバーの領域から発せられているのだから。

ウルベルト様は、異常が発生しているのが自分のサーバーの事だから、この反応は当然だと言う事は言われなくてもすぐに判る。
デミウルゴスに判らないのが、アルベドの緊急信号の方だ。
もし、彼女がメールを配達に来ていて何かに問題がある存在に遭遇したのだとしても、仮想サーバーなら影響が出ない可能性だってあるし、早々に逃げ出す事だって可能な筈である。
それなのに、未だに彼女の発している緊急信号の発信先は、デミウルゴスのサーバーの中で。

一体、何が起きていると言うのだろうか?

それを早く確認したくても、現時点では自分の手元に来ている情報が足りなさ過ぎて、正直焦りが募る。
ここから自分のサーバーへの、最短ルートを割り出すのに掛かる時間は約二秒。
その僅かな時間にすら、何とも言い様の無いもどかしさを感じながら、速攻で最短を辿り自分のサーバーへと飛んだデミウルゴスは、それを見て絶句した。

自分のサーバーのセキュリティを、それこそ食い破る様な強力なウィルスを何体も伴ったハッカーと、それに対峙する様に仁王立ちして、己の前に彼女の最大防御壁だろう【ヘルメス・トリスメギストス】を展開させているアルベドの姿があったのだから。

ウィルスの侵入は、ウルベルト様からのエマージェンシーコールを受けた時点で、可能性が高いだろうと想定済みだった。
だが、どうしてアルベドがあんな風にデミウルゴスのサーバーで、ウィルスとそれを送り込んだだろうハッカーと直接対峙している?
しかも、メールペットとしての彼女が持っていない筈の、【ヘルメス・トリスメギストス】をこの場でウィルスたちに向けて展開しているのだろうか。
どうしてそうなったのか、この状況がいまいち理解出来ない。
それでも、デミウルゴスにも一つだけ理解出来る事があった。

彼女が、目の前にいる敵とも言うべき存在から、文字通り身を挺してデミウルゴスのサーバーを守ってくれていたと言う事だ。

どうして、彼女がその選択をしたのかと言う理由は現時点では判らないが、彼女がここまで頑張って守ってくれていたのだから、デミウルゴスがこの後やるべき事等たった一つしかない。
彼女が、自分の前でウィルスに対抗する為に展開している、【ヘルメス・トリスメギストス】の耐久値は、既にウィルスの攻撃によって二層目まで剥がれてしまっている事から、ほぼ残っていないと考えるべきだろう。
どうみても、早急に対処しなければアルベドの方が危険な状態だった。

彼女のお陰で、大きな被害を出す前に自分が戻って来られたのにも拘らず、ここまで必死に頑張ってくれていたアルベドの身に被害を受けるのを見ているだけと言うのは、流石に申し訳が無さ過ぎるだろう。

この状況を前に、即座にそう判断したデミウルゴスは、サクサクとウィルスを削るべく自作のウィルス駆除用のプログラムを発動させた。
その途端、アルベドが必死に展開した防壁で受け止めていたウィルスの中の数体がざっくりと削り取られ、ボロボロと崩れ落ちていく。
流石に、それだけではウィルスを支配しているらしいハッカーは弾けなかったが、このデミウルゴスの攻撃が通った事で、あちら側も自分が狙っていたサーバーに防御システムが働いた事を察したのだろう。
デミウルゴスが、二つ目の防御用プログラムを発動させてウィルスを更に半数以上を削り取った瞬間、残りのウィルスをこちらに放つ事で視界を遮り、逃走を図ったのだ。
この時、小さな黒いものがデミウルゴスに削られバラバラになったウィルスの破片と共に、逃走を図ったハッカーへと降り注いだのだが、逃げる事が優先だったのとバラバラになったウィルスの破片とそっくりな色合いだった事から、そいつは気にせずに逃げていったのである。

また同じ事を繰り返させない為にも、本音を言えばハッカーをそのまま追跡したい所ではあったが、下手に深追いして相手のホームグラウンドに何の準備もなく乗り込むのは危険だったし、何よりこの状況を把握する用が優先事項だった。

戻って来たデミウルゴスが、サクサクとウィルスへの対処をした事で安全が確保されたからか、それまでアルベドが展開していた【ヘルメス・トリスメギストス】がゆっくりと立ち消え、彼女自身もその場に崩れ落ちる。
多分、今まで彼女一人だけでサーバーを守るなんて慣れない事をしていた為に、精根尽き果ててしまったといった所なのだろう。
今まで、【ヘルメス・トリスメギストス】が展開されていたアルベドの前には、小さな女性が好むチャームが半壊状態で転がっていた。
その状態を見る限り、どうやらアレが彼女の防壁である【ヘルメス・トリスメギストス】の防御プログラムが収められていた代物なのだろうと察しつつ、デミウルゴスは周囲の安全をチェックし、セキュリティシステムを回復させながら、ゆっくりと彼女の方へと歩き寄る。
半壊状態ではあるものの、これは彼女にとって大切なものの筈。
そう思い、アルベドにそれを返すべくそっとそれを拾い上げ、改めて彼女へと視線を向けてみれば、まだどこか呆然としている様だった。

もしかしたら、まだ彼女は自分が仮想サーバーから戻って来ている事にすら、気付いていないのかもしれない。

こんな状態になりながら、本来護る必要が無いデミウルゴスのサーバーと、そこに居ただろうウルベルト様たちの事を、彼女は全身全霊を掛けて守り抜いてくれた。
それにも拘らず、まだ自分が仮想サーバーに居るからこちらに姿が見えていないなんて勘違いをしているなら、早々に目を覚ませるべきだろう。

何より……デミウルゴスがここに戻って来るまで彼女一人でウィルスを相手にしていた分、幾ら【ヘルメス・トリスメギストス】を展開していたと言っても、何か異変があるかもしれない。

実際、彼女には敵のウィルスの攻撃を受けたと思われる場所が幾つかあって、普段なら純白のドレスがうっすらと汚れてしまっている。
ざっくりと見ただけでは、傷付いている場所はない様にも見えるが、もしかしたら解らないだけでどこか異常があるかもしれない。
流石に、自分のサーバーと主たちを守ってくれただろう彼女を、そんな状況から何らかの障害が出る様な状態に陥らせたりしたら、デミウルゴスの矜持が廃る。

前回、デミウルゴスが到底許せない事をしたのもアルベドなら、今回、デミウルゴスが心の底から感謝するだけの事をしてくれたのも、また彼女自身なのだから。

そう思いつつ、まずは彼女の状況をデミウルゴスで出来る範囲でチェックしつつ、その場に蹲って動く事が無い彼女の様子を確認しながら目の前まで歩き寄ると、そっとその肩に触れた。
既に、ものの数秒で行った簡易チェックでは問題ない事が判明していたので、彼女に触れる事に躊躇いはない。
デミウルゴスが肩に触れても、まだどこか呆然としている彼女に対して、ちょっとだけ苦笑しながらそっと声を掛ける事にした。
内容は、もちろんこの状況に対する感謝の言葉だ。

「ありがとうございます、アルベド。
もし、あなたがこうしてこの場で防壁を張って守って下さらなければ、この奥にいらっしゃったウルベルト様やみぃ様に、あのウィルスの群れとハッカーが襲い掛かっていた事でしょう。
それに関して、ただただ感謝の言葉しかありません。
ウィルスの襲撃を受けた際、不在だった私の代わりにこの場に留まり、ウルベルト様やみぃ様の事を守って下さって、本当にありがとうございました。
そして……おかえりなさい、アルベド。
他人を思いやる心を、この一月の間に本当の意味で学んだあなたは、赦され仮想サーバーから解放されたのです。
あなたが、このタイミングで戻って来てくれた事に、心から感謝します。
そのお陰で、私は何も失わずに済んだのですから。」

実際、アルベドがこの場で踏ん張ってウィルスと対峙してくれていなければ、サーバーに侵入したウィルスとハッカーに確実にウルベルト様とみぃ様が居る自分の部屋まで侵入されていただろうし、そうなったらどんな状況になっていたか判らない。
そういう意味では、間違いなく彼女が今回の一件における一番の功労者だと言っていいだろう。
本当に助かったのだから、デミウルゴスからすれば彼女に対して素直に礼を言うのは当然の話だった。
それに、アルベドがこうして無事にメインサーバーに戻って来たと言う事は、彼女は自分が不足していた部分を理解したと言う事である。
それを同じ仲間として、祝う事にも躊躇いなどない。

彼女の事を、仮想サーバーに落とした張本人であるデミウルゴスとて、この一か月の間に仲間のメールペットたちや主の方々からのレポートを読んで、色々と思う所はあったのだから。

デミウルゴスの言葉を聞き、触れている彼の手の感触を実感した事によって、漸くアルベドも自分が仮想サーバーから本来のメインサーバーへと戻って来ている事に気付いたのだろう。
呆然としていた状態から、彼女の瞳に正気の色が浮かんだと思った瞬間、ポロリと涙があふれ出る。
自分の状況に気付き、アルベドは肩に触れていたデミウルゴスの手を取ると、ただ涙をあふれさせていた。

「私……ウルベルト様とみぃちゃんの事を、ちゃんと守れたのね?」

自分が戻って来た事より、最初に確認するのがウルベルト様とみぃ様の安全と言う時点で、本当にアルベドの心境は変化したのだと言う事が、デミウルゴスに伝わって来た。

〘 これなら、もう彼女は大丈夫だろう 〙

そんな事を考えながら、デミウルゴスが質問への返答として頷いて同意すると、ホッとした様にまだどこか強張っていたらしい彼女の気配が和らいだ。
周囲の状況を把握出来ない程、彼女は死力を尽くしていたと言う証である。
そして、その事実が齎した結果だろうが余程嬉しかったのだろう。

「……良かった……私はただ、ウルベルト様とみぃちゃんの事を守りたいと思っただけだもの。
私、ここに戻れた事以上に、ウルベルト様たちの事を守れた事が出来た、それが一番嬉しいわ……」

そう呟く彼女の顔は、未だ涙が止まらない様子ではあるものの、実に晴れやかなものだ。
かつて、どこか毒々しいイメージを与える笑みを浮かべていた彼女とは、とても同じ人物と思えない。
それこそ、別人のようだと言っても過言ではない程、その笑顔は柔らかな印象を与える美しいもので。
良い方向に変化した彼女の事を、デミウルゴスは心の底から喜びながらそっと彼女へと手を差し伸べた。

「……一先ず、この場所のセキュリティの復旧は既に始まっていますし、一旦私の部屋へ戻りませんか?
先程の襲撃に関して、もっと詳しいお話も聞きたい所ですからね。
それに……これだけの事をしたばかりですから、少しくらい私のサーバーで休んで行かれた方が、あなたにとっても良いでしょう。
タブラ様にも、ウルベルト様から事情を説明するメールをお届けする必要がありますからね。
という訳で、このまま一緒に来ていただけますか?
あなたさえ宜しければ、久し振りにお茶と茶菓子を御馳走させていただきますよ、アルベド。」

そう、笑顔と共にお茶への誘いを掛ければ、アルベドはまだ涙を溢しながら嬉しそうに笑い返しつつ、差し出されたデミウルゴスの手を取ったのだった。




少し遅くなりましたが、これにてアルベド騒動の本編はほぼ終わりです。
年内に後もう一話、この騒動の裏側の後始末的な話が挙げられたら良いなぁと思っています。
前書きでも書きましたが、分断しようと思えば四話に分断で来た話でした。
今回、一話での最長の文字数になりましたし。
予告で、一応後一話と書いたので纏めちゃいました。
本音を言えば、この前にウルベルトさんによるレポート考査とか、デミウルゴス、シャルティア、パンドラズ・アクターの三人によるレポートの討論会に関する内容とか、るし☆ふぁーさん視点での、このアルベド騒動の裏側とか、色々書きたい部分があったんですけど、読みたい方もそんなにいないだろうとカットになりました。

どれが読みたいのか、活動報告にアンケートを設置しました。
感想欄ではなく、そちらのコメントご記入下さい。


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騒動の幕引き ~ 襲撃後の話と、馬鹿な男たちの結末 ~

大変長らくお待たせいたしました。
予定よりも、かなり遅れての結末になります。
本当にすいません……年始の際に引いた風邪でダウンしていて、漸く復帰です。
お陰で、書き掛けの年始ネタが中途半端な状態で放置してあります。

それはさておき。
今回の話で、アルベド騒動の幕引きになります。

後日談等は、またぼちぼち書きますので暫くお待ちください。


【 詳細を聞いた後のデミウルゴス視点 】

部屋へ戻った後、アルベドからウルベルト様へ深く腰を折る最敬礼による謝罪(本当は土下座しようとしていたが、みぃ様が見ているので流石に止めた)が終わった後、デミウルゴスは彼女がどうしてウィルスと対峙する事になったのか、詳しい事情を聴く事が出来た。

「出来るだけ正確に」と言う点に注意したアルベドの説明を受けたデミウルゴスは、それこそ思い切り眉間に皺を寄せる。
簡単に状況を纏めると、彼女が割と早い段階でウィルスの襲撃を察知したにも拘らず、みぃ様の我儘によってウルベルト様を危険に晒した事が、アルベドの状況説明によって判明したからだ。
もし、アルベドが仮想サーバーに居る状態ではなく正常な状態だったのなら、ウルベルト様に直接危険を訴える事も出来ただろう。
しかし、基本的に誰にも干渉出来ない仮想サーバーに居たあの時の彼女と話が出来たのは、ただ一人幼いみぃ様だけだった。

だからこそ、このままではウルベルト様に話が通じない事を察したアルベドが、【最終的に自分の身を引き換えにしてでも、ウルベルト様やみぃ様を守る】と言う選択してくれて本当に助かったと、デミウルゴスは彼女のその判断に感謝するしか出来ない。

さて……問題のみぃ様だが……アルベドのボロボロの姿を見た途端、ここに危険が迫っていたから彼女が【リアルに戻れ】と言っていたと理解したらしく、現在はアルベドに「ごめんなさい」と泣いて謝りながら引っ付いている状態だった。
まだ幼く素直だから、こんな風に自分の非をすぐに謝れるのは、みぃ様ならではだと羨ましく思う。

正直、デミウルゴスたちメールペットは、彼女の様にここまで素直に自分から謝る事は出来ないと、本気でそう思うのだ。

感謝の言葉なら、まだ謝罪よりも素直に口に出来そうな気もするが、それだって相手によっては難しい時すらある自覚もあった。
とにかく、みぃ様は自分の行動によってアルベドを危険に晒したと言う事をちゃんと理解しているらしく、すっかりと反省して萎れてしまっている。
そんな彼女の事を、アルベドが自分の膝の上に抱き上げてギュッと愛し気に背中を軽く叩いて宥めているのだが、その表情は本当に慈愛に満ちていると言っていいだろう。

多分、今まで彼女と話す事は出来ても触れられなかった分も、こうして自分の膝の上で抱き締めて宥める事で存分に補充しているんじゃないだろうか?

見ている限り、実に平和で穏やかな光景だから、それ程気にする事はないだろう。
デミウルゴス自身、もしこの場で本音を言っても許されるのなら、ウルベルト様に暫くみぃ様の電脳空間への滞在時間を短くする事と提案するなど、それ相応の対応を考えていたのだ。
だが、今回の功労者であるアルベドからの「みぃちゃんともっと一緒に過ごしたい」と言う強い希望もあるので、デミウルゴスからはそれを提案してはいない。
もちろん、今回の件に関してはこのまま放置という訳ではなく、ウルベルト様からたっち様へ報告した上で判断していただく事になっていて、それに関してはアルベドも反対はしなかった。
多分、彼女としても緊急時だけはみぃ様にウルベルト様の言う事を聞いて貰える状況にしておかないと、色々と拙い事だけは理解しているからこそ、その提案に対して多少の不満を覚えたとしても反対が出来ないのだろう。

〘 ……今回の様に、ウルベルト様やみぃ様に危険が迫った時に、アルベドが側に居るとは限らないからね。 〙

実際、本来このサーバーの主とも言うべきメールペットであるデミウルゴスなど、サーバーにウィルスの襲撃があった二度とも不在だったのだから、今回の事がどれだけ偶然が重なった結果なのか、ちゃんとアルベドも理解してくれていてとても助かると言っていいだろう。
ここで彼女に駄々を捏ねられても、みぃ様の親として最終的にたっち様が責任を持つ訳だから、その意見が通らないのは当然の話なのだから。

それよりも、だ。
一先ず、アルベドが仮想サーバーからこちら側に帰還したのだから、今まで行われていたレポートの提出はこれで終わりと言う事になると考えていいだろう。

元々、最初の取り決めの時点でそういう条件だったのだから、彼女が戻ってくれば終了と言うのは当然の話だ。
状況から考えて、それは今日の提出期限のレポートの討論会までは行うと考えても良いのか、それともレポートも拐取だけで討論会は行わない事になるのか、少しだけ気にならないと言えば嘘になるだろう。
あんな風に、パンドラズ・アクターやシャルティアと意見を交わすと言う事自体が、デミウルゴスにしてみたらとても楽しかったのだ。
もちろん、あの状況を「楽しんでいた」とデミウルゴスが言ってしまうと、ウルベルト様たちから「罰になっていない」と嘆かれるかもしれない事は理解している。
だが……その事をきちんと理解していても、実際に楽しかったのだから仕方がない。

普段、滅多に無い位に真剣に物事を考えて言葉にするシャルティアや、あの大袈裟な言動を封印してきっちりと物事を見据えながら柔らかい物言いで話すパンドラズ・アクターの姿など、こんな時でもなければ見られないだろうから。

その辺りも含めて、ウルベルト様から他の方々へと連絡が行われるのだろう。
ざっくりとした連絡は、これからウルベルト様が書かれるだろうメールで行うとして、だ。
今日は丁度、ギルド会議が行われる予定でもあるし、今回の騒動に関する詳しい報告はそちらでされるだろう。

だが、まずはタブラ様宛の状況報告のメールを、当事者であるアルベドに運んで貰う必要があった。

タブラ様は、お仕事の都合で昼を回る頃から夕方まで、一切の連絡が付かない事は判っているから、彼女には急いでタブラ様の元へと戻って貰わないと駄目だろう。
状況的に考えて、アルベドの主であるタブラ様が何も事情を知らないと言うのは、流石に申し訳が立たない気がするのだ。
それこそ、【至急閲覧】の文字を明記したメールと共に今から最短ルートを辿れば、タブラ様にも速攻で見て貰える可能性があるのだから、彼女の事を急いでタブラ様の元へ送り出したいと思うのは、デミウルゴス自身の願いでもあった。

アルベドとて、早くタブラ様に自分が戻って来た事を知って欲しいだろうと、デミウルゴス自身が本気で思ったからから。

実際、ウルベルト様は先程からいつもよりも急いで今回の事を纏めたメールを作成していらっしゃるのだから、完成したら彼女を速攻で送り出す事で、タブラ様との再会を出来るだけ早めに出来る様にするつもりなのが良く判った。
それなら、〖何も持たせずに先に帰せば良いのではないか?〗と言う意見もありそうな気もするが、これにもちゃんとした理由がある。
彼女がウィルスの直接対峙した事も含め、ある程度の内容まで今回の事件の詳細を纏めた上で、きちんとタブラ様に対して連絡しておかないと、後でアルベドに何か異常があった時に対処出来ない可能性がある為、こうして状況説明のメールをウルベルト様に作成して貰っているのだ。

「……まぁ、こんな所だろうな。
済まないが、このメールを持ってタブラさんの所へ向かってくれないか、アルベド。
本当は、こうしてお前に預けるんじゃなく、デミウルゴスにメールを持って行かせた方が良いんだろうが……流石にウィルスによるセキュリティシステムへの被害が大きくて、まだ外に使いに出す訳にはいかないからな。
それに……今から向かえば、まだタブラさんのメールチェックに間に合うだろう?
あの状況だった事もあって、メインサーバーに戻って最初の再会こそ、タブラさんじゃなくて俺とデミウルゴスになったけど、その次にアルベドに会う権利があるのはあの人だと思うからさ。」

そんな事を言いながら、完成したメールをいつもの様に配達用に封筒に封入した状態でアルベドへと差し出すウルベルト様。
彼女は、いそいそとそれまで抱き締めていたみぃ様を膝から下ろして、素早く近付くとそれを受け取った。
多分、今まで彼女がみぃ様の事を抱き締めて離さなかったのは、ウルベルト様のメールを待つ間が待ち遠しかったと言う理由もあるのだろう。
急に膝から下ろされたみぃ様も、アルベドが自分の仕事をする為に自分の家に戻る事を理解しているからか、それに対して文句を言ったりしない。
むしろ、今まであれだけ泣いて涙でぐちゃぐちゃになった顔を、身嗜みとして持っていたハンカチで拭うと、アルベドに向けて出来るだけ真っ直ぐな笑顔を向けながらこう言った。

「これからおしごとがんばってね、アルベドおねぇちゃん。
あと、メールをもってまたあそびにきてね!」

そんな彼女の言葉に、アルベドは思わず感極まった様な顔をすると、スッと膝を付いてもう一度だけキュッと抱き締め、すぐに立ち上がった。
そして、ウルベルト様とこちらに向けて丁寧に頭を下げる。

「それでは、これにて失礼させていただきます、ウルベルト様。
デミウルゴス、また改めて帰還の挨拶と謝罪に来させて貰うわ。
またメールを持ってくるから、その時は一緒に遊びましょうね、みぃちゃん。」

その言葉と共に、再度軽く頭を下げるとアルベドは部屋から退出して行った。
多分、そのまま一気にサーバーから外へ飛んで、最短ルートで自分のサーバーへと移動するつもりなのだろう。
最愛の主に会いたいと思う気持ちは、デミウルゴスにも良く判っているので彼女の行動に特に何かをいう事もなく素直に見送った後、これからの予定を素早く立てていく。
少なくても、ウルベルト様へ二度もウィルスを送り付けてきたハッカーを早めに特定して、それに対しての対策を考える必要があるだろう。
最終的に、裏で糸を引いている相手が判っていても、その手足となっているハッカーを何とかしないと、また同じ事の繰り返しになってしまうからだ。

「……どちらにせよ、このまま放置するつもりはありませんが、ね……」

そう、呟きながらセキュリティシステムの状況を確認しているデミウルゴスの顔は、口元は笑っていても目は怒りに煮え滾っていたのだった。

*******

【 愚かな男の末路 】

その男は、現在の状況に対して非常に苛立っていた。

最初に依頼を受け、ウィルスを送り付ける事でハッキングを仕掛けた相手は、それこそ【両親が在学中に死亡してる小卒の工場作業員】と言う、どこにでも履いて捨てるほどいる貧困層出身者だった筈なのに、実際に仕掛けて見ればセキュリティシステムはかなり強固で中々成功しなかったのである。
それだけで、男にとってハッキングを仕掛けるこの相手は、非常に癇に障る存在だった。

自分のハッキングをブロックする様な、そんな生意気なセキュリティを所持している事自体が、小卒の分際で分不相応なのだ。

それでも、依頼を無事に成功させてウィルスに持ち帰らせたデータによって、そいつが当初の予定通り工場を首になり路頭に迷う状況を作り出した時点で、その相手に対して抱いていた苛立ちは収まっていたのだが……
再度、同じ依頼主から同じ相手のハッキングの依頼を受けた事で、実はそいつが路頭に迷うどころか富裕層でも上層の令嬢の家庭教師になっていたのを知った事で、更に苛立ちは増していた。

〘 なんで、ギリギリ金をかき集めて何とか小学校を卒業した様な、それこそ大した知識もないだろうそんな男が、例えまだ小学校に通う前の幼い子供とは言え、富裕層の家庭教師に納まる事が出来た?
自分など、高校中退と言うこの時代ではかなり高学歴を修めていると言うのに、同じ職場の人間にその高学歴を嫉妬されて爪弾きにされ、面倒な仕事先を押し付けられてそこでの対応が上手くいかず、最終的にこんな裏の汚れ仕事に手を染めていると言うのに……
それなのに、どうしてこんな貧困層出身のこいつだけが上手くいく? 〙

そう思うだけで酷く苛立ち、自分が現在上手く扱える最大規模のウィルスを連れて自分で直接相手のサーバーを襲撃したと言うのに、だ。
実際には、再度その相手のサーバーに侵入してデータを奪う処か、更に強固になっていた相手の防御システムに弾かれ、おめおめと逃げ帰る事になってしまったのである。
この状況は、高学歴だと言う事で自尊心を維持している男にとって、非常に腹立たしく許し難いものだった。
どうして、あんな低学歴の男があんな強固なセキュリティを保持しているのだろうか。
少なくても、あの学歴で自分の様に豊富な知識を持っているとは、家庭教師になる前の工場勤務の状況から考えても、とても思えないのに、だ。

「そもそも……どうやって、あれだけ著名な富裕層の人間と知り合って、上手く相手に取り入る様に媚を売ったんだか……
絶対、俺の方があんな小卒なんて学のない奴よりも知識も教養も上だし、富裕層のお嬢様相手の家庭教師に相応しいのに。
やっぱりムカつく奴だよな、このターゲット。
っと、また催促のメールかよ……そんなに切羽詰まってるなら、下手に首を切ったりせず真綿で首を締める様にもっと使えるプランを搾り取るまで、上手く丸め込んで飼い殺しにすれば、こんな手間を掛けずに済んだだろうに……」

イライラしつつ、それでも相手は依頼人なので現在の状況を簡単に纏めたメールを作成していく。
こんな風に、依頼主からの情報だけ知らない癖にウルベルトの事を貶めつつ、自分はもっと上に行ける実力があると一人自室で喚く男だが、実はそうでもない。
そもそも、この男は自分が言うほど優秀な訳ではないのだ。
偶々、生れた家が中流層出身で両親がそれなりの収入があった事で、その収入の中で何とか入学金を払えたから高校に入学が出来ただけなのである。
男が高校二年生の秋、彼の両親がそれぞれ勤めていた会社で大きな仕事の失敗をした事から会社を首になった途端、「学費が払えない」と言う理由で高校を中退する事になる程度の学力しかなかったのだから、実際にはどの程度のレベルだったのか良く判るだろう。

本当に優秀なら、企業の方がその実力を買って【青田買い】宜しく自社の奨学金制度を使わせていただろうから、そうならなかった時点で自分が思っているほど優秀ではないのだと言う事を、この男は理解していない。

そして、どんなに他の一般社員に比べて高学歴だとしても、学歴の分だけ多少の知識があるだけで、その事への人一倍の拘りからプライドが高く、〘 自分は特別だ 〙と思って居る様なこの男が、それなりの会社に就職したとしても上手くいく筈がないのである。
実際、彼は高学歴を生かしてそれなりに有名な企業のシステムエンジニアとしての仕事に就いたのだが……その部署に数年間勤めていた小卒の筈の同僚には、仕事であるプログラムを組む能力で大きく溝を開けられていて、全く歯が立たなかった。
高すぎるプライドから、どうしても現実を受け入れられなかったこの男は、実力に見合わない高レベルのプログラムを必要とする会社の受け持ちを、学歴を盾に強引に小卒の同僚から奪い取り、上司に事後承諾の形で認めさせたのである。
そんな強引な行動をする男に、上司もある意味さじを投げていた。

「そこまでしたのなら、最後まで自分で責任を持って仕事をして貰う。
他の社員の力は、一切借りずに自分一人でやり遂げれたのなら、そのままその会社の受け持ちにしてやる。」

と言う言葉と共に。
この時点で、男はこの仕事を無事に成功させる以外に今の会社に残れる道は残っていなかったのだが、そんな事も気付かずに取引先のシステム点検に出向き。
男が作業する横で、色々とミスを重ねるそこの新人社員に対して、しつこい位に馬鹿にする様な嫌味を言った挙句、そのフォローもせずに放置していたのである。
実は、男が嫌味を言った新入社員が取引先の社長の息子で、このミスもわざと新担当者となった男の人となりを試す為の行動だったのだが、この会社のシステム点検をする事がギリギリ可能な能力しかない男は作業を終える方に意識が集中していてそれに一切気付く事はなかった。

むしろ、自分が取った社会人としての非常識さを考える事なく、逆に新人社員相手に嫌味を言う事で日常の苛立ちを発散出来たと、自分が引き起こしただろうトラブルも気付かず、すっきりとした笑顔で帰社していたのである。

それが原因で、取引先との間で「あの担当がこれからもこちらにシステム点検に来るなら、取引を終了して欲しい」と言う、取引停止の危機と言う大きなトラブルに発展したのだが……当人は自分の言動でそんな事態になった事も理解していなかった。
更に、会社側が事情を伏せた状態での聞き取りをした時点で、自分の行動の問題点に欠片も気付かず反省していない事が判明し、そのまま責任を取らされて首になったのである。
つまり、だ。
先程、身勝手な考えをしていた際に出て来た、〘面倒な仕事先を押し付けられて〙と言う部分は、そのままだと自尊心が維持出来ない事から、脳が記憶を書き換えた結果出来た、男にとって都合が良いものでしかない。

この件は、システムエンジニアとしての募集をしている会社全部に回状で回されていた為、男は自分が望んだ「自分の優秀さを認めてくれる」次の就職先は見つからず、結果的に汚れ仕事的なハッカーに落ち着いたのも、これまた当然の流れだった。

そもそも、この男のハッカーとしての実力は、それほど高くない。
何とか、今の状況でハッカーとして裏社会でやっていけているのは、最初に勤めた会社での研修で得た知識が元になっただろう、システムエンジニアとしての技量があるからだ。
それこそ、基礎が出来ているからそれなりの実力はあるが、だからと言って飛び抜けて【優秀】だと言えるほどの実力がある訳ではない。
更に言うなら、【高学歴である】と言う自分のプライドの高さと、己の実力を本来のものよりも高いと考えていた事から、ハッキングの対象として狙う相手が小卒だと知るとかなり舐めて掛かる傾向があった。
だからこそ、この男は気付かなかったのだ。

あの襲撃の際に、とんでもない代物が付着していた事に。

当然だが、例えこの男が本当に優秀だったとしても、気付いていなければ対策は取れない。
まして、この男の実力は【張子の虎】程度しかないのだ。
ウルベルトのサーバーに襲撃に失敗した後、苛立ちながら次の襲撃計画を立てつつ依頼主からの催促への返事を書くなどして既に一時間以上経過している。
その状況で、普段使用している自分のセキュリティ以外、何の対策もしていないと言うのは実に致命的だった。
しかも、その状態のまま依頼人からのメールを受けて返信をするなどと言う、セキュリティ対策への認識が欠けた対応をしている辺り、自分の実力を過信している事がこれ以上無い程良く判るだろう。

結果として、それは最悪の状況を生み出すのだが。

男に、あの襲撃の際に直接取り付き彼のサーバーまで付いて来ていたソレは、いつの間にかそこに馴染む様に散り散りに点在していたのだが……潜伏期間として、あらかじめ設定された一時間を過ぎた事で、一気に増殖を始めた。
基本的に、ウィルスチェック用のソフトと言う事もあり、この男のセキュリティにも引っ掛かる事なく、すっかり電脳空間に馴染む様に点在し、一気に増殖したソレの正体……それは、恐怖公の眷属の外見をしたアレである。
何故、そんなモノがこの男の元で発動したのかと言えば、実に簡単な話だった。
一月前、この男が作り出したウィルスに襲撃を受けた後、メールを持参した恐怖公による善意のウィルスチェックが行われた際に、色々とギミックを説明した上でデミウルゴスの許可を得て、彼のサーバーの中にはこの眷属を模したウィルスチェッカーが潜伏していたのである。

発動条件は、ウィルスやハッカーによる障壁が壊されるなど、正規の手段でサーバーを出入りするものが出た場合のみ。

それ以外の時は、常に休眠しているこのウィルスチェッカーはとても優秀だった。
サーバーに異常を感知した途端、ナノマシンサイズに変化したカプセル状の物体になると、襲撃者の一部に気付かれない様に取り付くのである。
サーバーの障壁を壊した際の粉塵と誤認させ、取り付いたそれはそのまま相手のサーバーまでついて行った後、ものの数分でそのサーバーの位置を特定して電脳空間の管理局へと通報しつつ、状況の変化を待ち……一時間後、タイマー制御によって抑えられていた機能が発動し、一気に増殖を開始する仕組みになっていた。

それこそ、ナザリックにある【黒棺】と同じ状況になる様に。

ただし、この恐怖公の眷属を模したソレが行っているのは、あくまでも相手のサーバーのウィルスチェックと、電脳空間の管理局及び製作者のるし☆ふぁーへの通報だけである。
元々、これはナザリックの身内に対するネタ的な要素満載で、悪戯半分にるし☆ふぁー作成した、この恐怖公の眷属もどきのウィルスチェッカーだ。
これを作ったるし☆ふぁーは、大学は出ていてもあくまでも専門家ではないので、ここまでが限度だったらしいのだが……その視覚的効果は半端ないものだった。

「ひぃぃっっ%&*☆#あぎぃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

なまじ、男は【リアル】に戻らず電脳空間内で作業していた事が、仇になった。
一瞬の内に、視界を埋め尽くすほどの恐怖公の眷属が自分のサーバー内に出現したら、流石に大の男でも普通に悲鳴を上げるだろう。
まして、カサカサと音を立てながら腕や足を這い上り、四方から飛来したそいつが顔に張り付いてきたのだから、そのおぞましさは半端なくて。
余りのおぞましさに、その愚かな男は自力で電脳空間から離脱する前に、気を失ってそのまま強制的に電脳空間から追い出されたのである。

それから数分後、通報を受けたサイバー犯罪取り締まり担当の警察が駆け付けたのだが、泡を吹いて気絶している男を前に、首を傾げながら状況確認の為にサーバーをチェックし、同じ様に悲鳴を上げる羽目になったのだった。

*******

【 実は、裏で暗躍していたるし☆ふぁー 】

電脳空間の管理局とほぼ同時に、眷属からの通報を受け取ったるし☆ふぁーは、口の端を上げてニヤリと笑う。
ウルベルトさんの事を嵌めた相手の事を、あの騒動が起きた後にあらゆる角度で調べ上げていた彼は、自分の実力に見合わない虚栄心から再度仕掛けてくる可能性を察知し、恐怖公の眷属の仕込みの事も含めてたっちさんやヘロヘロさんなど、自分の言葉をちゃんと聞いてくれそうな相手に相談していたのだ。
たっちさんなどは、ウルベルトさんのサーバーには娘も降りる事から、この話を聞いて余り良い顔をしなかったのだが、この手の犯罪は現行犯の方が確実に罪を問える事から、〖ウルベルトさんや娘の安全を確保した上でなら〗と、渋々了承してくれたのだが。

そう……実は、ウルベルトさんのサーバーには本人やデミウルゴスが詳しく知らない安全対策が、るし☆ふぁー提案の下でヘロヘロさんの手で作成されており、それをたっちさんがウルベルトさんのサーバーの上位権限者として設置すると言う形で取られていたのだ。

ヘロヘロさんの手によって、ウルベルトさん達が電脳空間に降りている際に発動する様に生み出された安全対策は、簡単に言えばウルベルトさん達に過負荷なく緊急脱出が出来る様に、ウィルスが彼らのいる一定距離まで侵入した際に発動する、特殊防壁である。
それと同時に、電脳空間の管理局への通報とウルベルトさんのサーバーの中にある重要データへの強力な保護が掛かり、それこそハッカーでも上位ランクの人間でもないと、破壊も出来なければ情報を抜き取る事も出来なくなる様にしてあった。
これ設置する際、ウルベルトさんに詳しい内容は話していないものの、たっちさんが〖娘の為の安全対策だから〗と、彼のサーバーに降りる条件として付き付けたらしい。
製作者がヘロヘロさんである事とか、あくまでも〖いざと言う時の備え〗と言う事を前面に押し出したたっちさんの言葉に、ウルベルトさんは受け入れてくれたそうだ。
彼の側としても、たっちさんの娘に色々な事を教える上で、電脳空間に降りてデミウルゴスの協力を受けるのは不可欠だと思っている為、安全対策が多い方が良い事を理解していたからだろう。

もちろん、ウルベルトさんがその内容を知らないのは問題かもしれないが、下手にその内容を知っていてそれを計算に入れて無茶をされても困る為、彼にはざっくりとした事以外は内緒にしてあったのである。

彼自身、自分を嵌めただろう相手の動向をそれとなく探っている様子だったので、再度襲撃がある可能性を視野に入れている様子が何となく伺えたからだ。
つい最近まで、ウルベルトさん自身が直接関わってきた相手の事だから、ある程度まで相手の行動が想像出来たとしてもおかしくないだろう。
まぁ、元々その相手は【中学卒業】と言う学歴だけで大して頭も良くなく、他人の才能をこんな風に不当な方法で奪い取る事で、自分の地位を上げてきた事が解っているから、当然の話なのだが。
そんな、自分の立場も実力もまともに把握していない男だから、不注意にも自宅ではなく会社からハッカー相手に連絡を取ると言う、不用意極まりない行動をしてしまう訳で。

結果として、一時間後には工場中が阿鼻叫喚の大惨事を引き起こしていた。

想像してみて欲しい。
いきなり、仕事をしていたら工場の生産ラインや作業制御用コンピューターの中に、それこそ犇めき合う様に恐怖公の眷属が大量発生したのを見て、どれだけの人間が冷静でいられるだろうか?
普通に考えて、まず冷静さを保ちまともに対応する事が出来る人間は、ほぼ居ないと言って良いだろう。
そんな状況下で、作業員が触れる事すら嫌がる程制御システムに恐怖公の眷属が発生した工場のラインが、まともに動かせる筈がない。
当然だが、工場に勤める人間が全てパニック状態に陥った事で完全にラインが止まれば、その日の納期予定分が達成するのも難しくなる訳で。

この状況で、更に警察が工場長と件の中流層の男への逮捕令状を持って現れたら、更に混乱は広がるのは当然の話だった。

******

「……そもそもさぁ、あんな形で仲間を罠に嵌めた挙句に貶められて、そのまま素直に黙っていられる訳ないじゃん……なぁ、恐怖公?」

クスクスと笑いながら、それまでの状況を恐怖公の眷族経由で確認していたるし☆ふぁーは、それまで開いていた観察用のモニターを閉じる。
最後の仕上げとして、たっちさんが逮捕令状を片手に向上に工場へ突入した時点で、あの男たちは既に身の破滅が確定している事もあり、今回の襲撃も含めて漸く溜飲が下がったと言っていいだろう。
出来れば、デミウルゴスたちにも協力させてやりたい所ではあったが、流石に彼ら自身に自衛以外の能力を揮わせる訳にはいかなかった。

もし、デミウルゴスたちがあの男達に対して何かをしてしまった場合、その管理責任を所有者であるウルベルトさんたちが問われる可能性が高いからだ。

るし☆ふぁー自身だって、実際にやったのは自衛用のセキュリティシステムの応用でしかない。
あくまでも、防衛用に展開しているセキュリティシステムに対してウィルスやハッカーが触れければ、普段は何の反応もしなければ増殖したり勝手に添付される事もない潜伏型であり、実際に発動しても現在位置の発信とサーバー内のウィルスチェックをするだけと言う危害を加える内容ではない為、ギリギリ自衛手段として合法である。

但し、そのウィルスチェック用のソフトの発動状態が恐怖公の眷属の大量発生と言う、見た目的に精神的なダメージを与えるだけで。

この発動状態に関して言うなら、別バージョンとして蝗やカナヘビなどでもそろそろ展開可能な状態に持って行けそうな状況だったりするのだが、どちらにせよ大量発生したら似た様な精神ダメージを負うのは確定だと言っていいだろう。
この件に関しては、いずれ話に乗ってくれそうなギルメンやデミウルゴスたちに話を持って行くとして、だ。

「……さて、今日のギルド会議も色々と荒れそうだねぇ……」

そんな事を言いながら、るし☆ふぁーは今日のスケジュールを確認し始めたのだった。

******

【 ギルド会議で、語られた結末とは 】

その夜、ウルベルトさん自身からのウィルスによる再度の襲撃とアルベドのメインサーバーへの復帰、そして彼女の奮闘ぶりが、目撃者視点で報告された。
それに続いて、タブラさんからのアルベドから改めて〖関係者全員への謝罪巡りをしたい〗との旨の申し出があった事と、それに対する承認を求められるなどと言う議題も出て、色々と話が紛糾する事になったと言っていいだろう。
アルベドの件に関しては、既に全員が自分たちの言動にも駄目な部分があった事を理解していた事もあり、戻って来た彼女がちゃんとした謝罪をすると言っている時点で、それで決着と言う流れになりそうな雰囲気だった。

その中で、ウルベルトさんを未だにしつこく付け狙った男が逮捕された事を、議題にあげたたっちさんの顔が微妙に引き吊っていたのは、ある意味当然だった。
何せ、彼はるし☆ふぁーから聞いていた解除コードを入れる際に、モニター越しに【黒棺】の再現とも言うべき状態になった、工場のホストサーバーを見ているのだ。
一応、事前にそういう状態になる事は話してあったものの、やはり実際にそれを見るのと話をただ聞いただけでは、精神ダメージの受け具合が微妙に違うらしい。

「……まぁ、そんな訳でウルベルトさんのサーバーに直接ちょっかいを出して来たハッカーは、サイバー犯罪課の人間が身柄の確保に向かった時点で、その余りのおぞましさにSAN値直葬で気絶していたそうです。
まぁ……端末を調べた結果、【気絶によるログアウト】と言う記録も残っていたそうですし、直接アレに接触したのだとしたら当然の反応でしょうが。
意識が戻った後も、自分のサーバーの惨状が変わらない事を知って発狂寸前でしたから、二度とハッカーとして犯罪を犯す事は出来ないでしょう。
まぁ、その前に電脳法違反での逮捕が確定していますけどね。
そして、そのハッカーに依頼していたウルベルトさんの元同僚ですが……話に聞くよりも更に馬鹿でした。
幾ら、自分の親戚が経営している工場だからとは言え、何の対策もなく工場の通信回線を使ってハッカーに連絡を取るなんて真似をしていましたからね
結果的に、工場内の制御用コンピューター全体に恐怖公の眷属を模したセキュリティチェック用のソフトが転送され、私たちが令状を手に彼と工場長の身柄確保に赴いた時点で、大繁殖でラインが完全に停止すると言う事態になってましたよ。
まぁ……巻き添えを食らった工場勤めの方々は精神的にダメージが大きかったでしょうが、あの馬鹿な同僚がいたと言う事で諦めて貰うしかありませんね。」

出来るだけ、サクサクと状況を説明するだけに済ませているのは、多分たっちさんでも自分が工場で実際に見た状況を思い出すのは厳しい位に、恐怖公の眷属が増えていたからだろう。
るし☆ふぁーですら、予想していたよりも増えていた眷属を示す数を前に「俺、し~らない!」と投げ出す程だったのだから、当然の話なのだが。
そんな事を考えているるし☆ふぁーを他所に、たっちさんの話は続いていた。

「……因みに、彼がハッカーに依頼した動機は二つです。
一つ目は、〖工場に下請け仕事を出している大企業側から、前回と同じレベルの提案書の提出を求められたが、それに見合うだけの提案を出来る人間がいなかったから〗と言う、自業自得な状況に切羽詰まったからだそうです。
元々、自分の頭で考えた提案書ではなく、ウルベルトさんのデータを盗んだものでしたし、作成した提案書に使用していた資料が、本来一般的に出回っている代物でなかった事も、大企業側から再度提案書を求められた理由だそうです。
あれは、ウルベルトさんのサーバーから奪い取った、朱雀さん経由で得た資料ですから、一般向けじゃなくても当然なのですけどね。
とにかく、あの上場に仕事を回していた大企業側としても、犯罪に関わっている可能性がある人間が居る工場に、これ以上下請け仕事を回す危険は避けたかったんでしょうね。
実際、こうして工場長と元同僚は逮捕されている訳ですし。」

そんな風に、さらりと一つ目の理由を口にしたたっちさんだが、るし☆ふぁーはそれが表向きの話だと言う事を知っていた。
あの工場へ下請け仕事を出していた大企業は、たっちさんの奥さんの実家の大企業と取引がある所だった事から、それと無く孫娘の家庭教師に関してその優秀さを説明する際に、「こんな事があったのだ」と工場を首になった経緯や、彼が努力家でありネットゲームの中で知り合った教授から資料を借り受けられる程の信頼の厚さを伝えていたのである。
そんな話を聞かされれば、彼らも裏を取らない筈がなく。
結果的に、あの工場へ下請けに出している大企業にまで話が回り、再度提案書を出させる流れとなった事から、この状況に発展したのである。
いわば、間接的に相手を追い詰める役目をしたのが、たっちさんだった。
そんな事をおくびにも出さず、たっちさんは話を進めていく。

「二つ目の理由は、とても呆れるものでした。
〖貧困層の中でも特に下層出身で、自分よりも遥かに低レベルの人間の筈の奴が、富裕層のお嬢様の家庭教師になっているのは、何かがある筈だ。
多分、そいつが富裕層の人間の弱みを握っているのだろうと思ったから、そいつのサーバーにハッキングさせてデータを盗み出し、それを自分も手に入れて富裕層の中に食い込むつもりだった〗と言う、実に低俗極まりない理由でしたからね。
あの男は、自分が成り上がるのに卑劣な手段を常に使う為か、ウルベルトさんへ私が好意から手を差し伸べたとは欠片も思いもしないんですからね。
正直、調書を取る為に必要な会話をするだけでも、非常に不快な相手でした。」

本気に、嫌そうな口調で今回の件に関しての裏事情をたっちさんがそう言うと、ヘロヘロさんが不思議そうに首を傾げる。
どうやら、彼には幾つか疑問点があるらしい。
その様子に、このセキュリティを構築した立場として、何となくその疑問に気付いたるし☆ふぁーが嗤いながら手を振った。

「あー……多分、ヘロヘロさんの質問は〖他人のサーバーを経由して犯罪を犯している場合だって多いのに、どうしてハッカー本人に辿り着いたのか?〗だよね?
それなら、理由は簡単だよ。
あのソフトは、ウィルスやハッカーそのものに取り付いているから、どれだけ他人のサーバーを経由していても、最終的に移動を止めた大元まで自動的に引っ付いていくタイプなんだ。
そもそも、この件の首謀者が雇っていたハッカーは、それ程能力も高くなかったみたいだからね。
他人に罪を擦り付ける意味で、割とあちこち人様のサーバーを経由していたみたいだけど、中途半端な知識があるせいなのか、自意識が高すぎて自分のサーバーのセキュリティは穴だらけだと思ってなかったみたい。
まぁ……あの外見はともかく、元々恐怖公の眷属はあくまでもウィルスチェッカーソフトだからさ。
視覚的なダメージさえ除けば、害を与えない所かウィルスチェックしてサーバーの状況を診断するプログラムだったから、どこのサーバーに行ってもセキュリティが反応しなかったのかもね。」

さらりと、高性能な眷属の能力を披露するるし☆ふぁーに対して、周囲がドン引いたのは当然の話だった。
つまり、るし☆ふぁーの説明通りだとすれば、一度恐怖公の眷属に取り付かれたら、絶対に逃げられない事になるのだから、ある意味では当然の反応だろう。
正直、絶対に関わり合いになりたくない類のセキュリティに、自分から突っ込んできて悪さをしたからこうなったと言いたい事も理解しているから、逆に突っ込みを入れる気力すら湧かないのかも知れない。

「……まぁ、良いじゃないですか。
取り合えず、これでウルベルトさんの方の【リアル】の問題は片が付いたと言う事ですし、犯人たちが色々な意味でダメージを受けただろう、るし☆ふぁーさんの仕掛けに関しては、あまり深く考えない方が良いと思います。
きちんとした手順で、普通にお互いの間でメールのやり取りをしている我々には、一切関係が無い事ですからね。
それと、アルベドも無事に仮想サーバーから戻って来たと言う事ですから、ウルベルトさん宛に今日提出した分まででレポートは終了と言う事で良いでしょう。
今回の件で、色々と自分たちのメールペットに対する普段の言動を振り返るいい機会になりましたし、今後は教訓の一つとしてお互いに注意する様に気を付けましょう。
他に、議題に上げる事がある人がいなければ、今日の会議は終了にしたいと思いますが、どなたか議題をお持ちの方はいらっしゃいますか?」

モモンガさんが、議長としてギルメン全員に確認を取る様に声を掛けるが、特に誰も声を上げる者は居ない。
流石に、先程のウルベルトさん関連の加害者の受けたるし☆ふぁーの仕掛けの内容を聞いたからか、色々と精神的に疲れてしまったのもその理由の一つなのだろ。
一応、特に急ぎの内容ではなかったから、次に回す事にしたのかも知れない。
今回の会議は、ウルベルトさんの電脳空間へ再度ハッカーからの襲撃と言う議題関連で、割と時間が掛かって遅い時間になったのも、特に他の議題が出なかった理由かもしれないが。

「皆さんからの他に議題もない様ですし、これにて今日の会議は終了と致します。」

誰からの挙手も無かった事から、モモンガは議会の閉幕を告げたのだった。



捕まったハッカーの男は、犯罪者として留置所に拘束されていた。
目の前に、罪状を山ほど並べられての逮捕であり、あの見たくもないアレらの仕掛けは、対ハッカー対策として仕込まれていたものだと聞かされた時点で、自分がどれだけ間抜けだったのかと言う事を思い知らされ、失意に打ちのめされていたのである。
そこへ、追い討ちをかける様な事実が発覚する事になった。

男に、面会を希望する人間が居たのである。

男が、犯罪者に身を落としていたと知った時点で、良心からはきっぱりと縁を切られていただけに、一体だれが会いに来たのかと言う興味から面会を受け入れ……対面した相手に、思わず絶句していた。
男の前に現れた人物は、数年前まで男が勤めていた先にいた、あの自分がどうしても歯が立たない程に溝を開けられていた実力の持ち主である、あの同僚だったから。

一体、どうしてこの男が会いに来た!?

状況も、理由も判らず、面食らっている男に向けて、元同僚の男は静かに口を開いた。

「……あの時、会社の面目を丸潰しにして首になったあなたが、ここまで零落れているとは思いませんでしたねぇ……
まぁ、あなたの普段のあの言動を考えれば、まともな就職先を見付けられるとは思いませんでしたけど。
今日、私がわざわざここに出向いたのは、一言貴方に言う為です。
あなた程度の実力で、私の友人に対してふざけた真似をしてくれましたね。
私の能力に、届かない事すら認められないあなたでは、私の友人のセキュリティに歯が立つ訳が無いんですよねぇ……
だって、彼のサーバーの最終防壁は私が作りましたから。
まぁ、その前に私の別の友人のプログラムに弾かれた揚げ句、精神的に死に掛ける目に遭った様ですけど、まぁ当然の報いでしょう。
因みに、あのあなたを精神的に追い詰める仕掛けを作ったのは、専門知識を持たない友人です。
プロを自任するあなたが、素人に毛が生えた程度の私の友人の足元にも及ばない実力しかないとは……それでよく自分の学歴を自慢できたものですねぇ……
これで、理解出来たでしょう?
あなた程度の能力なんて、それこそ掃いて捨てるほどこの世界に入るんですよ。
まぁ……富裕層の令嬢のいるサーバーを襲撃したあなたが、ここから出られるとはとても思いませんが……それをあなたの大した事ない頭に刻んで生きると、他人に迷惑を掛けないで済むんじゃないですかねぇ……」

クスクスと忍び笑いを漏らすと、元同僚の男はそのまま男に背を向けた。
どうやら、これをいう為だけに男に会いに来たらしい。
一言も反論できないまま、元同僚の背中を見送った男は、その場で固まって動く事が出来ないのだった。

***********

という訳で、後書きに乗せたちょっとした小話になります。
実は、ハッカーの男は元はヘロヘロさんの同僚だったと言う小ネタがあったので、ここで出しておきますね。


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メールペットの秘密の日記 パンドラズ・アクターの場合

ここの所、何となくこのシリーズもシリアスだったので、思わず書いた馬鹿話です。
この話には、親馬鹿しかいません。

今回の話は、最後のパート以外はpixiv版と全く一緒です。


【 親バカ三人組は、秘密の日記に手を出した 】

その日、仕事が終わってから急いでログインすると、円卓の間で一人自分の席に座ったまま、何かをこそこそと解析しているモモンガと言う、とても珍しい姿をペロロンチーノは目撃する事になった。
普段なら、誰かがログインしてきたらすぐに気付いて挨拶する人なのに、今日は全く気付く様子が無い。
本当に珍しい姿に、「どうしたんだろうか?」と首を傾げていると、そこに聞こえてきたのはウルベルトがログインして来た事を告げるログインメッセージ。
すぐに、円卓の間に馴染み深い山羊の悪魔が姿を見せたので、ペロロンチーノは迷わず彼の元へと駆け寄った。

「ウルベルトさん、ウルベルトさん。
実はですね、今、とても珍しい状況なんです!
あの、誰がログインしてもすぐに気付くモモンガさんが、俺がログインしてきたのにも気付かず、何かのプログラムを弄っているんです。
ついでに言うと、ウルベルトさんが今ログインしてきた事にも、モモンガさんは全く気付いていませんよ。
ほら、あの通り!」

スッと、ペロロンチーノが身体を横にずらして、ウルベルトから自分が遮っていた形になっていたモモンガの姿を見せる。
そこには、彼の言う通り何かに集中しているモモンガの姿があった。
自分たちギルメンのログインにも気付かないなんて、確かにモモンガにしてはとても珍しい状況だろう。
一体、そんなに夢中になって何をしているのか、ペロロンチーノだけではなくウルベルトも非常に気になった。

やはり、こういう時は本人に直接聞いた方が、話が早いだろう。

スッと視線を交わし合い、お互いにその結論に至ったのを察した時点で、迷う事無くモモンガへと歩み寄った。
そっと、彼が逃げられない様にと両脇を陣取りながら、二人で同時にモモンガの肩を軽く叩きながら声を掛ける。

「こんばんは!
一体、何をそんなに夢中になっているんですか、モモンガさん。」

「ばんわー、モモンガさん。
そうそう、俺たちがログインしてきたのに気付かないなんて、本当に珍しいですよね?」

肩をいきなり叩かれた事で、ビクッと震えるモモンガの事を気にする事なく、それこそタイミングを合わせたかの様に交互にそう声を掛ければ、漸く二人の存在に気付いたモモンガが驚いた様に顔を跳ね上げた。
それと同時に、慌てて手元にあったそれを消そうとしたのだが……それよりも早くウルベルトが手元を覗き込み、少しだけ眉を潜める。

「えーっと、【秘密の日記 パンドラズ・アクター】って……もしかして、これはメールペットたちが時々部屋の隅で何か書いているあれですか?
普段、これだけは主である俺たちが聞いても、いつも【内緒です!】って見せてくれないヤツですよね?
もしかしなくても、パンドラに内緒でこっそりデータをコピーして持ってきちゃったんですか!」

同じ様に、モモンガの手元を覗き込んでいたペロロンチーノが、ビックリした様に口に出して問い掛ければ、スッとバツが悪そうに視線を逸らす。
一応、メールペットにもプライバシーがあるだろうと、ペロロンチーノから言外に指摘された事で、元々善良な性格のモモンガは良心が咎めているのだろう。
とは言え、つい自分のメールペットがどんな日記を書いているのか、主として気にならないかと問われれば、ここに居る二人だって素直に「気にならない訳がない」と答えるのは間違いなかった。

「あー……もう、ほぼロック解除は出来ているみたいですし、モモンガさんが【パンドラが書く日記を読んでみたい】と思った気持ちは俺も良く判りますからね。
今回限りと言う事で、ちょっとだけ中身を読んでみませんか?
ただし、私たち三人以外には誰にもバレない様にする為にも、実際にこの日記を読むのはモモンガさんの部屋に三人で移動してからですけど。
もちろん、ペロロンチーノさんが嫌だというのなら、無理強いはしません。
ただし、この件は他言無用でお願いしますね?
こういう事に、特にうるさい人が騒ぐと後が面倒ですから。」

サクサクッと、日記を読む事を同意する意見を口にすると、ペロロンチーノに「共犯になるならない関係なしに他言無用」と告げながら、まだこの状況について行けないでいるモモンガを誘導して部屋へ移動しようとするウルベルト。
このまま何も言わなければ、二人だけでモモンガの部屋に移動して日記を見ると言う行動から、自分は仲間外れにされてしまうのだろうとペロロンチーノは直に察した。
そんな事は、【無課金同盟】を組む位に仲が良い三人組の一人として、とても認められる訳がない。
こういう悪い事も、一緒に三人で楽しむという状況がペロロンチーノは大好きなのだ。

「もー……判りましたよ、ウルベルトさん。
俺だって、本音を言えばどんな事を書いているのかとても気になってますし、そもそも二人だけで楽しん俺だけ仲間外れにしようなんて狡いじゃないですか!
こうなったら、最後まで付き合うに決まってるでしょ。
という訳で、早く移動しましょうか。
他のギルメンが来たら、それこそ面倒ですもんね。」

それこそ、掌を返す様に自分の意見をサクッと変えると、ペロロンチーノはモモンガとウルベルトの背中を押して先を急いだ。
彼の言う通り、急いで移動しないと他のギルメンから何をしているのか、問い質されてしまうだろう。
流石に、自分たちが一応後ろ暗い事をしている自覚がある為、三人揃ってモモンガの部屋へと指輪の力で転移して行く。
誰も付いて来ていない事を確認し、モモンガが自分の部屋に入室禁止のブロックを掛けて転移出来なくした所で、モモンガはそそくさと先程しまったデータを呼び出し始めた。
そんな彼の背後で、手元を覗き込みやすい場所を陣取ったウルベルトとペロロンチーノ。
モモンガの手際よい作業の下、メールペットのパンドラズ・アクターの日記が解析されて表示されていくのだった。


*******


【 ○月×日  はじめてごしゅじんさまにあいました! 】


わたしは、めーるぺっとのぱんどらす・あくたーといいます。
きょうから、ごしゅじんさまのももんがさまのもとにやってきました。
これから、たくさんのことをおぼえて、ももんがさまのおやくにたつためにがんばりたいです。
ももんがさまは、とてもやさしいです。
わたしのために、たくさんのものをよういしてくれます。
ぴかぴかのぶーつにかっこういいふく、かっこういいぼうしにかっこういいこーと。
ぜんぶ、ももんがさまがわたしのためによういしてくれたものです。
ももんがさまのところにこれて、わたしはとても、しあわせものです!
きょうは、まだいろいろとおぼえることがおおいので、めーるのはいたつにはいけないそうです。
はやく、ももんがさまのおやくにたてるようになりたいです。
まっていてくださいね、ももんがさま!


******


【 ○月○日  少しだけ、学習しました! 】


今日は、モモンガ様から辞書をもらいました。
少しだけ、言葉が聞き取りにくいそうです。
辞書を受け取ったら、頭の中に知識がたくさん入ってきました。
それからお話ししたら、モモンガ様は「少し賢くなったな」と頭をなででくださいました。
モモンガ様がなでて下さった所から、ぽかぽかと胸があたたかくなってふわふわとした気持ちになりました。
それが何か分からず不思議に思っていると、モモンガ様からどうしたのか尋ねられました。
なので、全部正直にお話ししたら、「それは、パンドラが嬉しいと感じているんだ」と教えて下さいました。
これが「嬉しい」という気持ちなのですね。
そんな風に思える様な私は、やはり幸せ者なんだと思います。



【 ○月○日 二回目 初めてお友達に会いました! 】


今日は、嬉しい事が一杯です!
モモンガ様と一緒に色んな事を学んでいたら、初めてお友達がメールを持って訪ねて来ました。
お友達の名前は、デミウルゴスと言います。
彼は、モモンガ様のお友達のウルベルト様の所のメールペットなんだそうです。
私たちメールペットの中でも、一番頭が良いのだとモモンガ様が教えて下さいました。
どうして、一番頭が良いのか聞いてみたら、彼が一番長く動いているメールペットだからだそうです。
私たちメールペットは、彼を中心に数体のサンプリング試作体のデータを元に生まれたそうです。
確かに、それなら頭が一番いいのは納得ですね!
まだ、私はメールのお届け先の道を覚えていないので、今日はデミウルゴスにお返事も運んでもらう事になりました。
早く、私もメールをお届けできる様になりたいです!
初めて会ったデミウルゴスは、とても礼儀が正しい格好いい人でした。
私も、彼の様に格好良くなれるでしょうか?


******

 
【 ○月△日 初めてお出かけです! 】


今日は、メールペットとしての初めてのお出かけです。
昨日の夜寝ているうちに、モモンガ様がメールのお届け先の地図をダウンロードして下さったので、これでもう大丈夫だと言われました。
ようやく、モモンガ様のお役に立てる日がやって来て、とても嬉しいです!
今日、メールをお届けする先は、昨日来て下さったデミウルゴスのご主人様のウルベルト様の所と、もう一人モモンガ様のご親友のペロロンチーノ様の所です。
そこには、シャルティアという可愛い女性のメールペットがいるそうなので、会うのがとても楽しみです!
デミウルゴスの様に、私と仲良くしてくれるでしょうか?
とてもわくわくして仕方がありません!
モモンガ様から、沢山の注意事項を教えて貰いました。
ちゃんと、失敗しない様にペロロンチーノ様に挨拶出来るでしょうか?
いいえ、モモンガ様の為にも頑張らなくては!

では、行ってきます!


【 ○月△日 シャルティア嬢は、とっても可愛らしいですね。 】


初めて、お出かけ先で日記を書いてます。
初めてのお使いでお訪ねした、モモンガ様の大切な親友であられるペロロンチーノ様は、とても気さくな良い方です。
とても緊張しましたが、モモンガ様に教えられた通りちゃんとドアを三回叩いてから「お邪魔いたします!」ってご挨拶出来ました!
詳しくは良く判らないのですが、モモンガ様がおっしゃられるには「初めて訪ねる場所だから正式には四回ノックだけど、これから何度も親しく訪ねて行く相手だから、三回の方が相応しい」のだそうです。
ペロロンチーノ様も、ちゃんとご挨拶したら褒めて下さったので、モモンガ様のおっしゃる事は間違いではないのでしょう。
初めてお会いしたシャルティア嬢は、とても可愛らしい方でした。
ちょっとだけ、私たちとは違う話し方をする方ですが、ペロロンチーノ様が自慢の娘とおっしゃるだけあると思います。
ペロロンチーノ様からいただいた、美味しいお菓子を一緒に食べました。
今度は、彼女がメールを持ってきて下さるとの事ですので、お返しに美味しいお菓子とお茶を用意したいと思います。
今から、ペロロンチーノ様からのメールを持って帰りますからね、モモンガ様!


*******


【 親バカ三人組は、可愛いパンドラにノックアウト気味だ 】


三人の目から見て、この日記は少しずつ確実にパンドラズ・アクターの成長する様子が良く判るものだった。
色々な事を覚える事が、とても嬉しいと全力で訴えているのが良く判る。
その中でも、「モモンガの為に」とパンドラズ・アクターなりに色々と考えている姿が、とても微笑ましい。
モモンガ本人など、すっかり親バカ全開で可愛い息子の書いた日記に、メロメロになっているのが良く判った。
だが、そんな風になるモモンガの気持ちも、彼らにはとても良く判るのだ。

自分の為にと、デミウルゴスやシャルティアが頑張って成長しているのを、誰よりも喜んでい居るのはウルベルトでありペロロンチーノなのだから。

とは言え、三人が見た日記はまだ最初の数ページだけ。
この先にあるのは、パンドラズ・アクターがデミウルゴスやシャルティアと仲良くしているだけではない。
多分、他のメールペットとの交流も沢山書かれているだろう。

一体、どんな風にパンドラズ・アクターは彼らと付き合い、どんな風に過ごしているのだろうか?

本音を言えば、パンドラズ・アクターだけではなくデミウルゴスやシャルティアが自分達以外の仲間の所でどんな風に過ごしているのか、とても気になって仕方がない。
だが、今、この場で日記を読んで確認出来るのはパンドラズ・アクターだけ。
ならば、先ずはまだ沢山残っているパンドラズ・アクターの日記を、三人は読み進める事にしたのだった。



という訳で、非課金同盟ならぬ親バカ三人組でお届けしました。


確か、昔本当にあった本家本元のメールペットソフトにもこれに似た機能があったという朧げな記憶があったので、そのまま使わせて貰いました。
もしかしたら、違うかもしれませんが。

この話は、書こうと思えばまだまだネタは沢山ありますが、一先ずここまで書いたら満足したのでここまでで一旦終了です。



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番外編 武人建御雷の過去と、タブラ・スマラグディナとの出会い

漸く、編集が終わりました。
建御雷さんとタブラさんの過去に纏わる話になります。


ギルト会議があった翌日、武人建御雷は昨夜考えていた通りの行動をする事にした。

いつもより、少しだけ職場である会計事務所へ早く出勤すると、テキパキと仕事の準備を進めていく。
大体、朝の仕事は前日に昼見世以降に回収して来た、それぞれの廓が抱えている遊女たちから上がってくる各自の売り上げデータを帳簿への計上するのが、建御雷たちの主な仕事だ。
ある程度慣れていれば、サクサクと帳簿である会計ソフトの入力を進めていく事が可能なので、それ程時間を掛けずに終わらせられる作業だ。
それが済むと、次の仕事が待っている。
事務所から、自分たちがそれぞれ受け持つ廓に直接赴いて、遊女たちと話をして簡単な台帳を付けながら昨夜の売り上げを回収し、その金額と客が居た時間などの帳簿を付ける為の必要事項の確認などを行っていくのだ。
基本的に、夜見世の彼女たちは明け方の六時ごろまで客が居る事が多く、それぞれの客が家路についてから漸く眠る事が出来ると言う過酷さの為、余り早くに訪れると話を彼女達から聞き出すまで待たされて無駄な時間を使う事になる。
だからこそ、建御雷の出勤時間はそれなりに早い程度で済んでいた。
今回、それを承知でサクサク作業を進めているのは、もちろん理由がある。

あの場所に、自分があって話さなければいけない相手がいるからだ。

幸い、建御雷の会社はきちんとノルマさえ熟していれば、自分の仕事の時間配分に関して上司から特に何か言われる事はない。
これは、帳簿を付ける相手が自分達よりも上の顧客を持つ事が多い遊女の為、下手に機嫌を損ねて変な方向に話を持って行かれたりしたら、こちらも向こうも後で困る事になる事が判っているからだ。
それが判っているからこそ、遊女たち相手の集金と台帳の聞き取り作業に関しては、ある程度まではゆとりを持たせた仕事になっていたからである。
本来なら、ある意味一般人よりも立場が強い彼女たちにそんな真似など出来る筈がないのだが、以前かなり上の富裕層の顧客を持っていた遊女に集金に向かった一人の新人会計士の態度が余りに横柄で無理難題を言っていた事があったらしい。
余りにも、身を売って稼いでいる彼女たちを見下す所業が多く、我慢が出来なかった彼が受け持っていた遊女がそれを自分の顧客相手に訴えた結果、自分が中流層出身だった事から驕っていたその会計士は問答無用で首になり、会計事務所はあわや倒産の憂き目を見る羽目になった。
偶々、会計事務所の跡取り息子の今の社長がそれなりに上の方の富裕層の友人に相談した事で、何とか持ち直す事が出来たらしいが、その時の社長である彼の父はそのまま息子に社長の座を譲る事になったらしい。

その後、集金に赴く際の暗黙のルールとして「遊女たちへの対応は、それなりに気を遣う事」と言う内容が加えられたのは、言うまでもない話だった。

今回、建御雷はそれを逆に利用して仕事の空き時間作り出し、そっくりそのままそれを相手から話を聞く時間に充てる事にしたのだ。
自分が担当する廓は、夜見世を受け持った遊女たちが起き抜けてくるのは大半が十一時前頃であり、その前の時間に廓に赴いたとしても、廓の中で既に起きているだろう一部を除いて集金する事も話を聞いて台帳を付ける事も出来ない。
これは、夜の蝶として生きる遊女たちの中ではごく当たり前の生活リズムだった。
それよりも早い時間に起きているのは、遊女たちやお客の為に料理を用意する料理人だったり、廓をきれいに掃除して回る掃除夫だったり、とにかく廓の細々とした雑用を受け持つ者たちだ。
それ以外にも、数こそ夜見世よりも三分の一と少ないものの、夜に客を取らず昼間の客専門の昼見世の遊女たちも起きている。
昼間の客専門の彼らは、大体朝の七時には起きて食事や朝稽古などを行い、夜見世組の遊女たちが起き抜けてくる前に会計士からの集金を受ける決まりになっていた。
そうしないと、数が多い夜見世組の集金と帳簿付けが終わる前に夜見世の時間になってしまう為、客を取る処ではなくなってしまうらしい。
出来るだけ、建御雷達のような会計士が遅い時間までいるのも、廓の営業には差し障りがある事も多く、店側からも夕方の十六時までには廓から出るように言われていたりする。
建御雷が受け持つ廓には、昼見世専属の遊女は全部で五人。
普段から、彼女たちの予定は大体把握しているし、昼前よりも早めに出向いたとしても文句は言われない。
サクサクと、全員から集金と話を聞いて台帳さえつけてしまえば、昼過ぎの夜見世組の集金時間が来るまでは空きの時間になるのだ。

今回の一件で、とにかく話を付けなければいけない相手がいる以上、建御雷が仕事は先送りで進めてしまいたいと思っても仕方がないだろう。

何より、建御雷が用のある相手はこの廓の中にいるのだ。
仕事は仕事としてサクサク進める事で、余裕が出来た残りの時間を相手と話す時間に充てる予定の下、建御雷は自分の仕事を進めていた。
多分……この廓に居るだろう相手も、昨日の今日と言う事もある為、それ相応に警戒している可能性はかなり高いが、そんな事など最初から承知している。
とにかく、今回の一件について建御雷が判断を下す為にも、本人の口からも事情を聴かなくては話が進まない。
そう思いつつ、建御雷はサクサクと廓の遊女たちから話を聞いては台帳を書き留め、集金を済ませていった。

最後の部屋を前に、建御雷は大きく息を吐くと軽く三回ノックをしてから声を掛ける。

「邪魔するぞ、白雪。
昨日の台帳と集金に来た。」

慣れた手付きでドアを開ければ、そこに居たのはまだ十代半ばを超えたばかりの、線の細い印象を受ける一人の少女。
白銀の艶やかな輝きを放つ美しい髪と、トロリと蕩ける様に蜂蜜色に潤んだ瞳は、とても魅惑的に見えるだろうし、そっと目を伏せる嫋やかなその仕種は、それこそこの廓に通う者たちを魅了してやまないだろう。
だが、そんな彼女の仕種に惑わされる程、浅い付き合いをしているつもりはない。
いつもの様に、サクサクドアを閉めて部屋の中に進みながら、建御雷はスッと声を潜めると目を細めてその少女を真っすぐに見る。
その視線を、真っ向から受け止める少女に向けて、建御雷は遠慮する事なくもう一つの用件を口にした。

「……それと、だ。
昨夜のギルド会議のアルベドの一件、改めて詳しく話して貰おうじゃないか?
なぁ……タブラさんよ。」

どこか凄む様に問えば、どこか困った様子で視線を彷徨わせる少女__タブラ・スマラグディナが居たのだった。

*****

武人建御雷の【リアル】の名前は、建原武(たてはらたけし)と言う。

彼の実家は、貧困層に片足を突っ込んでいるもののギリギリ中流層で留まっている程度の経済力しかなくて、それこそ何かの拍子に貧困層に落ちてもおかしくない状況だった。
家族は、両親以外にも下に妹が二人居る。
共働きで、働けるだけ働いてもそんなギリギリな経済力だった事から、子供を三人育てるのは元々難しい話だったのだろう。
両親の口から、三人の子供を誰一人欠けさせさせる事無く育てる為には、どうしてもそれぞれを小学校まで通わせるのが精一杯だと言われたのが、彼が小学四年生の頃の話だ。
確かに、両親の言いたい事は納得出来る話だった。
もし、このまま自分一人だけが上の学校を出たとしても、無学の妹たちの一生を面倒見れるだけの稼ぎが得られるかと問われると微妙だと言っていいだろう。
それなら、建御雷だけが中学校に通うのではなく、最初から三人とも最終学歴を小卒で就職先を探した方が、余程生活の糧を得られるのは間違いない。
そう、自分なりに答えを出した建御雷が進学を諦めるのは、割と早かった。

それに……建御雷が妹たちの人生まで背負ってやれる程、この世界は優しくない。

元々、彼は自分の家族を大切にするタイプだった事もあり、三人とも確実に小学校まで出られるだけでも貧困層に人間たちよりは十分裕福な生活だと、さっくりと自分の将来から進学と言う選択肢を消した後、それでも手に職を付けるべきだろうと建御雷が色々と考えるまで、それ程時間は掛からなかった。
小学校の授業を受ける中で、特に自分が得意な分野を子供なりに模索していた結果、計算関連に強い事に気付いたのは小学五年生の頃。
自宅で、【高校中退】と言う割とこの時代では高学歴でありながら、どこかお人好しな性格のせいで貧乏くじを引く事が多い父が、必死に睨めっこしていたのは会計ソフトだった。
もちろん、仕事を持ち帰ってきた訳ではない。

営業職だった父親が、いつもの様にお人好しさに付け入られた結果、いきなり庶務会計へと部署を異動になった事によって、今まで使った事もない会計ソフトの基礎を学ぶべく、ネットから適当な家計用の会計ソフトを拾い上げ、それで練習の様なモノをしていたのだ。

父親が、慣れない会計ソフトを相手に四苦八苦しながら操作する傍らで、その様子を興味深げに見ていた建御雷は、やがてすぐにその操作方法などを学習してしまった。
元々、彼の父親が自分で準備した会計用ソフトが、割と簡単な部類だった事もその要因の一つだろう。
建御雷自身、幾らなんでも実際に会社で使うソフトはここまで簡単なものである筈がないと考えた後、自分なりにもう少し深く勉強する事にした。
その為に、母親に頼んで別のソフトを端末にダウンロードして貰った上で、学校から帰った後に自分で一か月分の家計の帳簿を付けつつ収支計算をしてみたのである。

すると、父親が使っていた物よりも複雑なものだったにも拘らず、たった三日で使いこなしてしまったのだ。

その事から、自分の職業適性を会計関連だと位置付けた建御雷は、小学校の卒業の目途が立つと同時に、会計職としての就職活動に入った。
もちろん、最終学歴が小卒の身でしかない建御雷が、そんなに簡単に会計関連の仕事を見付けられる筈がない。
この手の仕事は、中学や高校を卒業した様な高学歴のものが優先的に雇われる事が多く、このままでは本当に安月給の適当な工場勤務しか勤務先が無いと、焦り始めた頃である。

父親の数少ない友人が、建御雷に今の仕事を紹介してくれたのは。

正直、最初はかなり胡散臭い話だと思っていた。
示された給料は、どう考えても小卒の給料にしては高額だったし、仕事の時間も割と一般的な仕事に比べて拘束が短い。
仕事の内容も、それぞれ担当として請け負う場所の集金とその帳簿管理、きちんと会計別の月間収支報告を纏める事といった事務的な作業がメイン、それなりに数字に強ければそこまで難しいとは言えなかった。
どちらかというと、これだけ割が良い仕事は自分たち小卒よりも、中卒以上の人間が進んで就職していく内容の気がする。
それなのに、実際に父親の友人だという人物が話を持って来たのは、小卒の建御雷だ。

どうして、彼はここまで割のいい仕事を自分に紹介してくれたのだろうか?

余りの胡散臭さに、最初は本当にこの話を受けても構わないのか、本気で迷ったのだが……他に会計職として就職出来そうな当てもない。
むしろ、出来るだけ自分の能力を生かせるだろう会計職を探していたせいで、少しでも割のいい仕事はもう残っていない状況になってしまっている。
その為、紹介された先にとにかく面接を受けるべく赴いた建御雷は、すぐに自分にまで話が来たのか、その理由に納得した。

何故なら、その会計事務所を経営していた社長が、どう見ても堅気には思えなかったからだ。

堅気じゃない人間が経営している、真っ当な会社でないなら……この集金と帳簿管理と言うのもまともな仕事の内容ではないのだろう。
だからこそ、例え建御雷の様なまともに仕事が出来るかどうか判らない子供でも、一先ず計算だけ出来れば問題ないと、最初から使い潰す方向で雇い入れるつもりなんじゃないだろうか?
そう思い付いた途端、出来ればこの話を無かった事にしたかった。
もしかしたら、面接で「流石に使えない」と思って貰えないかと考えていたのだが、とんとん拍子で建御雷がこの会社に就職する方向で話が纏まっていく。

余りの話の早さに、建御雷は父親の友人に上手く嵌められたんじゃないかと、本気で不安だったのだが……それは全部杞憂だった。

それこそ、真っ当な仕事をしていない様な顔をしているこの社長だが、実はとても真面目で仕事が出来るやり手の社長だったのだ。
ただ、この強面過ぎる顔のせいで自分から紹介を受けて面接を受けに来るのだが、彼が最終面接する度に就職希望だった筈の高学歴の相手から恐れられて、そのまま就職してもまともに仕事にならず速攻で辞めていくなんて事が相次いでいた。
武御雷に話が回ってきたのは、「学歴よりもまずは戦力になりそうな人間が欲しい」という、社長からの最重要希望だったのだそうだ。

だから、建御雷はまだ小学校を卒業したばかりなのに、面接に際に普通に大人でも恐怖に強張る社長の顔を見ても泣き出す事もなく、それどころかきちんと自分の希望やら自分に出来る能力を示せた事などが気に入られ、即採用になったのである。

実際、建御雷に対する仕事の内容のレクチャーはきちんとした先輩が付いたし、仕事の内容を正式に採用になった事で詳しく聞いてみれば、それ相応の紹介があった相手でないと採用しない理由も納得出来た。
何故なら、彼が就職した会計事務所が扱う電子マネーの集金先と言うのが、【新吉原】と呼ばれる富裕層が金を出し合って作った花街だったのだから。

__【新吉原】……それは、富裕層の一部の男たちの夢の結晶。

この街は、男女問わず遊女たちが己の身体を売る場所であり、様々な芸の技を磨いてそれを売る場所でもある。
嘗て、江戸時代の花街の様に【胡蝶の夢】を見れる様にと贅を極めた、富裕層が自分たちの様々な欲を満たす為にこの時代に作り出した場所。
そこに住む遊女たちは、贅を尽くした装束一式を身に纏い様々な知識と芸の技を用いて、己の客となった相手をあらゆる意味で楽しませていた。
だが、煌びやかな衣装などを用意する費用は全て彼女たち自身に借金として重くのしかかり、彼らの収入は全て廓の経営者に握られていて、殆ど自由になるものはない。
彼らに対して、馴染みとなった客から個人的に与えられた小遣い以外、一切の金銭は与えられる事はないものの、細々とした仕事の為の必要経費は全て廓が持つ事になっていた。

富裕層の人間たちが満足する様に、それこそ様々な知識と芸を身に着ける為に必要なものは、この世界では一般的な電脳空間に入る為の端末などを首に付ける為の手術代はもちろん、見習である禿になった時点から最初の一年は全ての芸事や知識の習得に必要なものの購入費など、学習費用として全て廓側が払ってくれるのだ。

そこで、どこまで自分の芸の技や知識を身に着けるかで、その後の自分の将来が決まると言っていいだろう。
この世界では、何を学ぶにしてもその費用は半端ではないのだ。
もし、最初の一年で自分が何に秀でているのか判断出来ないと、それこそ例え美人だったとしても下級遊女としてランクが落ちていくし、逆にそこで自分の適性を見付けてそちらを磨く事が出来れば、多少の顔の作りが悪くても上級遊女として扱われるしかない。

この新吉原では、見た目だけでなく芸や話術で客を楽しませられなければ、一流の遊女にはなれないのだ。

それこそ、男にとって【胡蝶の夢】の様な場所であり……遊女たちにとっては、自分たちが生きていく為に鎬を削る場所。
建御雷の職場である会計事務所は、そんな花街全ての経理の一切を任されていたのである。

実は、建御雷が採用されたもう一つの理由も、この場所で仕事するのに丁度良いと言う理由があった。

それこそ、まだ小学校を卒業したばかりの子供の建御雷なら、ここの裏側を最初から見せながら仕事を覚えさせれば、下手にこの辺り一帯の廓の女性に手を出そうとはしないだろう。
この花街で生きるのが、どれだけ過酷な事なのかまだ子供のうちからその裏側を知ってしまえば、馬鹿な真似をする危険性を嫌でも学ぶ事になるからだ。
それと同時に、集金と台帳の伺いに来るのが子供と言っていい年頃なら、見世に出ている遊女たちはその子の事を可愛がる可能性があると考えたのである。
実際、社長を含めた会計事務所の先輩たちの考えは当たっていた。
彼女たちの大半が、下に弟や妹が居て生活苦を何とかする為に売られてきている。

だからこそ、そんな弟を思わせる建御雷の存在は、彼女たちの良い慰めになっていたのだ。

そんな感じで、何とかこの仕事に馴染んで来た建御雷が、当時禿だったとある一人の少女にあったのはそれから半年後。
他の遊女と同じ様に、幼い頃に売られてきた彼女に与えられた源氏名は【高尾】。
彼女は、数年後には建御雷が受け持つ廓どころか【花街一の太夫】と呼ばれる高尾太夫であり……白雪___タブラ・スマラグディナの実の母親だった。

******

正直に言おう。
建御雷にとって、タブラの母である高尾大夫は淡い初恋の相手だった。
もちろん、最初から手が届かない相手だと言う事は判っていたし、会社の社長に廓の様々な知識も勉強させられていたから、無理に彼女を連れ出そうなんて事は考えた事はない。
遊女の足抜けへの与えられる罰は、この【リアル】でもかなり重い。
それ以前に、数年掛けてこのアーコロジーの端にある廓での生活に慣れてしまった彼女たちが、外の貧困層の街で暮らせるはずが無いのだ。

彼女たちの人工肺は、例え最上級品のガスマスクを付けていたとしても、外の環境に耐えられる程の耐性が与えられていないのだから。

決して、年季が明ける以外の方法でこの場から逃げられない事を理解しているからこそ、彼女たちはこの【新吉原】から逃げ出すよりもここでの生活をより良くする方を考えている。
その手段はそれぞれだが、意外と遊女同士がお互いにいがみ合う事は少ない。
お互いに上手く協力し合った方が、最終的には全体の生活環境の向上に繋がる事を、様々な経験で理解しているからだ。
むしろ、自分一人だけ飛び抜けて良い環境を得ようと考える方が、逆に他の遊女を敵に回す事が多く廓の中で爪弾きにされる為、かえって苦しい思いをする事が多いらしい。

もちろん、遊女としての客に対する手練手管や芸の道で上達するもの大切な事だが、彼女たちの中で一番必要とされるのは仲間を思いやれるだけの人格者であるかと言う事らしい。

それはさておき。
高尾太夫とは、仕事の関係もあって割と仲が良い方だった。
お互い、年の頃も近いと言うのも気安さに繋がったのだとは思う。
建御雷自身、彼女の為に自分が出来る事など殆どないのは判り切っていた。
だから、せめて彼女があらゆる芸を磨いて自分らしくいられるだけの立場にはいて欲しいと、彼女が段々と階位を上げていく度にお祝いをしてあげていた記憶もある。

だから……そんな風に自分に出来る限り大切にしていた筈の彼女が、たった一人の富裕層の気紛れによって半年もの間【居続け】と言う扱いを受け、無理矢理妊娠させられていた事を知った時は、無性に悔しかった。

こんな事になるなら、彼女はもっと下の……太夫まで上り詰めるんじゃなくその下の更に下の位である【格子】で居れば良かったのだ。
そうすれば、あんな男の目に留まる事もなかっただろうし、もう産むしかない状況になるまで【居続け】を悪用される事もなかっただろう。
全部、彼女がアーコロジーの中で知らない者が居ない位に、有名になってしまったから引き起こされた事態だ。
あの男は、本来なら禁止されていた【遊女との間に子供を作る】と言う行為を、「実際に実行したらどうなるのか、新吉原一有名な高尾太夫で実験してみただけだ」と笑っていったらしい。

その話を郭の楼主から聞いた途端、建御雷は怒りで目の前が真っ赤に染まった記憶がある。

だが、建御雷以上に彼の勤め先の会計事務所の社長がブチ切れていたらしく、富裕層でもかなり上の地位に居た社長の手によって、結果的にその男は自分の一族全てを巻き込み、路頭に迷う事になったそうだ。
これは、随分後で知ったのだが……諸事情によって自分の血を引く子供を持つ事が出来ないらしい社長は、真面目一辺倒で働く建御雷の事を殊の外気に入っていたらしい。
いずれ時期が来たら、正式に自分の養子に迎え入れた後、丁度年季が明けるだろう高尾太夫と所帯を持たせる計画を立てる位には。

だが、その話もあの馬鹿男によって高尾太夫が無理矢理妊娠させられた挙句、堕胎出来る時期を過ぎていて産むしかない状況にされた事で、難しくなった。

もちろん、社長が建御雷の事を養子に迎え入れる話が、と言う訳ではない。
難しくなったのは、建御雷と高尾太夫の二人を正式に夫婦として所帯を持たせる事が、だ。
彼女がこのまま子供を産めば、何れその子供の存在が別の意味で問題になるだろうと、社長は考えていたらしい。
まぁ、社長の手によって一族全てを路頭に迷わせた男の血を引く訳だから、彼女と一緒に建御雷がその子を引き取る事は出来ないだろう。

万が一、ある程度年数を重ねた後もそいつが生き残っていた場合、その事をネタに金を強請ろうとする可能性が出てくるからだ。

もっとも、この世界は一旦路頭に迷う様な状態になったら、そこから生き残るのはかなり難しいだろう。
社長が、そんな生易しい事をするとはとても思えない。
ひとまず、問題の男とその一族との片を付けた後、社長から改めて養子の話を持ち掛けられた建御雷は、色々と考えた上でその話はしばらく待って貰う事になった。
まだ、この時の社長は四十前の働き盛り。
それこそ、まだ十五年は十分現役で通用するので、すぐに跡取りが必要な訳じゃない。
それに、跡取りとして建御雷が彼の家に養子に入ったとしても、彼が貧困層出身であり小卒でしかない事を取引先が知ったら、現在の様な経営を続けていけないかもしれないと、そう考えたのだ。

色々な事を、社長と長い時間を掛けて話し合った結果、武御雷はこのまま仕事をしながら通信制の学校に通い、高校卒業資格をはじめとした様々な資格を取る事になった。

きちんと必要な単位を取得し試験に受かれば、正式に高校までの卒業資格を与えられる、特殊な通信教育。
これは、富裕層の中でも闘病中の子供などが利用するものらしく、それこそ目が飛び出る様な高額な学費が必要だった。
普通なら、建御雷ではとても支払えない学費は、社長が全額負担する事になっている。
流石に、この話が来た時点でどう言うものなのか調べた事あり、必要経費がどれだけ高額なのか知っていた建御雷は、最初は余りに申し訳なくて断ったのだ。

だが、社長から笑いながら言われたのは、こんな言葉。

「どうせ、何れはお前がうちに養子に来るなら、跡継ぎとして必要な教育費は全部必要経費みたいなもんだ。
勉強って奴は、若いうちに身に着けておいた方が、年を取ってからよりも短い時間で学べるからな。
まだお前は若いんだし、今からなら十分仕事しつつ資格が取れるだろうよ。
今の時代、こんなチャンスなんてそう簡単には来ないもんだと思って、素直に受けりゃいいんだよ。
元々、お前はうちの遠縁にあたる事がこの間のDNA鑑定でも正式に判明したし、俺との養子縁組自体には問題ないんだからな。
なぁに、取り引き先がこの事に関してなんか言ってきたら、【人様の家庭の事情に口を挟むな!】って、はっきり言ってやればいいんだよ。」

流石、例え武御雷が貧困層出身だとしても、自分が「使える人材」だと見込んだら、迷う事無く自分の直属の会計事務所で雇うだけの度量がるお人だと思う。
そんな風に、はっきりと押し切られてしまえば、武御雷に断れる訳がない。
社長に勧められるまま、通信教育で高校卒業資格を取るべく学習し始めて半年後、高尾太夫は一人の女の子を無事に出産した。

それが、後のタブラ・スマラグディナとの初めての出会いである。

高尾太夫の出産は、割と難産だったらしい。
元々、この界隈には産婦人科の病院はあるものの、そちらはほぼ遊女たちの堕胎専門に近い状態で、まともな出産など十数年振りだったのだ。
色々と、準備不足で片手落ちな部分も多かったのも、難産の要因の一つになったそうだ。
それでも、何とか母子ともに無事に出産が済み、この一件を知る者たちがホッと一息ついた所で、廓の楼主によって別の騒動が引き起こされた。

生まれたばかりの赤ん坊を、高尾太夫から強引に取り上げた上で、適当な所に金を与えて処分しようとしたのである。

楼主からすれば、郭で一番の稼ぎ頭である高尾太夫が腹の中に赤ん坊がいたせいで、半年も客を取れない状態から漸く解放されたのだ。
とにかく、早く高尾太夫を元の状態に戻す事で、少しでも早く彼女が見世で客を取る事で稼ぎを取り戻して欲しいと、欲を出したのだろう。
今回の騒動で、建御雷の社長が話を付けた際に、高尾太夫が働けない期間の賠償金はしっかりと受け取っているのに、彼女の美貌と人気が完全に衰える前に稼ぎたいと言う欲が、この行動になったのである。

しかし、それに対する強烈なしっぺ返しが、廓の楼主には待っていた。

最初こそ、彼の思惑通りに話は進んでいたのだ。
借金の減額を餌に、高尾太夫付きの禿を使って彼女が寝入った所を狙って、赤ん坊を連れ出す事は出来たらしい。
だが……周囲の不穏な気配を感じ取ってしまったのだろう。
禿が部屋を出るまで、しっかり眠っていた筈の赤ん坊が目を覚まし、母のぬくもりを求めて泣き出したのである。
その声を耳にした途端、眠っていた筈の高尾太夫はすぐさま目を覚ましたかと思うと、自分の手元に居ない事に気が付いて。

自分の大切な赤ん坊が、誰かに連れ出された事を理解した瞬間、高尾太夫は狂乱状態に陥ったのである。

そこから先の、彼女の行動はとても素早かった。
元々、頂き物の菓子類を切り分けるべく自分の部屋にあった果物ナイフ掴むと、赤ん坊の事を指示しただろう楼主の部屋へ押し入り、「私の赤ちゃんを返せぇ!!」と叫びながら楼主の事を執拗に追い回し始めたのである。
彼女の狂乱状態は、赤ん坊の処分を命じられていた若衆の一人が、その状況に気付いて慌てて赤ん坊を彼女の元へ連れて行くまで続いていて、彼が赤ん坊と共に駆け付けた時は、あわや楼主を刺し殺す直前だった。

流石に、今まで従順あった高尾太夫の変わり様に、楼主は頭を抱えたらしい。

つい、欲の深さからこんな行動をしてしまったが、既に高尾太夫が子供を産んでいる事はこの新吉原に関わる者なら客の間ですら周知の事実なのだ。
無理に元の高尾太夫の人気を取り戻そうと、邪魔な子供をこうして排除してなかった事にしようとする方が、こうして子供を奪われた怒りから暴走して彼女の本来の美しさを損ない、逆に客が減ってしまうだろう。
それに気付いた時点で、楼主は一つの契約を高尾太夫に持ち掛けた。

「子供の養育をこの廓の中で認める代わりに、今高尾太夫が背負っている借金の額を子供と二人分に増額し、年季が明ける期間を延ばす事。
そして、いずれある程度の年の頃まで娘が育ったら、高尾太夫が払いきれなかったその娘の分の借金は自分が禿から遊女へとなる事で返済させる事。」

普通なら、これだけの要求を前にしたら即答を迷う案件にも拘らず、高尾太夫はそれをあっさり受けた。
楼主が予想した通り、彼女にとってそれだけ子供の存在を手放す事の方が、耐えられなかったのだ。
娘の借金の分は、自分がもっと頑張って稼いでしまえばいいと、割と簡単に考えていたのかもしれない。

だから、普通ならどう考えても無茶な条件を、彼女はあっさりと飲んだのだ。

丁度、その一件が起きた際に廓の中でいつも通りに仕事をしていた建御雷も、彼女の子供を探し求める悲痛な声や楼主に迫る恐ろしい声を耳にしている。
あれを聞いてしまえば、子供と引き離せば彼女の心が確実に壊れる事など、誰にでも簡単に察知する事が出来てしまうだろう。
そんな配慮もあって、高尾太夫は無事に娘を育てる権利を得た。

ただ、この約定に建御雷が一つだけ憂慮すべき点があるとすれば、楼主が本当に高尾太夫一人だけの稼ぎで返せるだけの金額で、本当に娘の養育費を済ませてくれるのか、と言う点だった。

その建御雷が抱いた予想は、やはり外れていなかった。
廓の楼主は、それこそ高尾太夫の娘の教育や身に着ける服や装飾品、食事に至るまで最上級のものを与える事で高尾太夫が負う負債額を着実に増やしていったのである。
直接学校には通わせられなくても、建御雷が受けている様な通信教育制度を利用して最大限の知識を湯水の様に与え、その費用を丸々高尾太夫への負債に加えていく。
しかも、廓に属する者として娘はこの場に留まる事を許されている為に、楼主の教育方針に高尾太夫は母親として口を挟む権利すらない状況で。

結果、高尾太夫は年季が明ける前に病に倒れて帰らぬ人になった。

彼女の娘である、白雪が正式に禿になった五歳の時の話だ。
その時点で、後二年後には高尾太夫の年季が明ける予定になっていたのだが、楼主に負わされた白雪の分の借金が六割ほど残っている状況だったので、どちらにせよ白雪が自分で借金を返すべく禿から遊女になるしかない事がほぼ確定した事も、高尾太夫が病気と闘う気力を失わせたのかもしれない。
とにかく、高尾太夫という大きな庇護者が居なくなった白雪は、このままだと楼主の言い様に扱われる運命だった筈だったのだ。

建御雷が、それまで養子の話を待って貰っていた社長に頭を下げて正式に養子縁組し、その彼の後継者として正式に彼女の……白雪の後見人に立つまでは。

そう、建御雷と白雪__タブラ・スマラグディナとは、花魁白雪太夫と彼女の後見人の建原猛と言う関係であり、二人の感覚的には父親と娘と言うのが一番近い感覚なのだろう。
本来なら、白雪の借金も全部肩代わりして楼主に支払い、自分の手元に引き取りたいのが建御雷の本音だったが、流石にそこまでは自分の義理の父親になったばかりの社長が許さなかった。
理由は、もちろん幾つかある。
建御雷が、幾ら赤ん坊の頃からの付き合いだとしても、白雪一人に対してそこまでしてしまうと、逆に廓の楼主と上手く付き合って来ていた会計事務所との関係に罅を入れてしまう可能性があったと言うのが一つ。
廓の楼主に、白雪が負わされていた負債額が流石に高額過ぎて、養子に入ったばかりの建御雷に使わせるには問題がある金額だったと言うのが一つ。
廓の遊女たちが、流石に白雪一人にそんな依怙贔屓的な行動をしたら、建御雷に対する信用を失う可能性があり、そうすると彼女たち相手の仕事に差し障りが出る事が一つ。

それらを鑑みて、白雪の為に建御雷に許される最大限の行動が、後見人に立つ事だったのである。

因みに、建御雷が社長の養子に入り後継者に正式になった事で、彼の生活が以前のものと変わったかと言うと……実は何の変化もなかったりする。
元々、社長自らが人手不足から廓の一つに集金を行う状況だったから事もあり、今まで通り普通に受け持ちの廓に顔を出して集金と台帳を付ける日々は変わらない。
収入も、社長の後継者に正式になった事でそれなりに増えたものの、その分住居を今まで住んでいた場所からアーコロジー内に強制的に転居させられたので、その家賃支払いに相殺されて殆ど手元に入る額は変わっていなかった事から、生活レベルはそれほど変わっていなかったりする。
服装に関しては、仕事柄それなりのものを就職した時点で着る事を義務付けられていたので、ちょっとだけ衣装のランクが上がった程度の変化しかなかったのだ。

因みに、これらは全て【ユグドラシル】が正式にサービス開始する七年も前に起きた話だった。

*******

現在、建御雷の目の前でしょんぼりと萎れているのは、この廓の中でも三番人気であり、先日昼見世専属の格子太夫になったばかりの白雪太夫こと、タブラ・スマラグディナだ。
彼女自身、昨日の会議の時点でこうなる事はある程度予想が付いていたのだろう。
己の仕事として、建御雷が集金と台帳付けをするのはもちろんだが、父親代わりの後見人として毎日様子を見に来てくれている彼が、昨日の一件を受けて顔を出さない筈がないのだ。
一先ず、仕事を済ませてしまった方がゆっくり話せるだろうと、サクサク聞き取り台帳を付け終えた所で、建御雷は大きく息を吐いた。
その途端、こちらの様子をビクビクとした様子で伺っていたらしいタブラの方が小さく跳ねる。

「……んで?
昨日の一件について、俺が事情を全く知らなかったのは、どういう塩梅から来てるんだ?」

ギロリと睨みながら問えば、流石にこちらが怒っている事を含めて色々と拙いと判断したからなのか、おどおどと視線を彷徨わせる。
手元にあった、客がいない時の手慰みとして編み掛けになっているマフラーの毛糸玉を弄りつつ、ぼそぼそとタブラが口を開いたのは、それから暫く待った後だった。

「……だって…とと様がこんなに怒る様な、大事になるなんて思いもしなかったもの。
アルベドの設定は、ナザリックの者を流用している時点でしっかりしてあるから大丈夫だと思っていたのよ。
メールペットのお世話だって、ちゃんと楼主が禿時代の私にしていた様にしたつもりだったから、それで私なりに出来ていたと思っていたもの。
私、ちゃんと立派な格子太夫にまで成れたもの。
アルベドへの扱いだって、あれで正しかった筈だと思うわ。
それに、ゲームの中ならボイスチェンジを使えるから問題ないけど、メールサーバーの中にはボイスチェンジ機能が付いていないでしょう?
だから、自分のメールペットのアルベドはもちろんだけど、他のメールペットの子たちにも声を掛ける訳にはいかないから、余り相手をする事も出来なかったのよね……」

自分が、実は女性だと言う事を伏せている関係上、自分の地声を聞かせる訳にはいかないと考えていた事を告げるタブラに、建御雷は大きく溜息を吐くしかない。
確かに、彼女の主張はある意味正しいだろう。
彼女の立場を考えれば、ネットゲームで性別やら年齢やらを伏せるのは、必要不可欠な事だったのだ。

こんな風に、メールペットを育てながら交流する事になるのは、元々想定外なのである。

更に、彼女の育った環境がこんな特殊な場所だった事も、その考えを増長させる要因だと言っていい。
タブラの母である高尾太夫は、娘と一緒に居る為に抱え込んだ借金の返済に追われ、実際には余り母親としてタブラに関わる事が殆ど出来ないまま亡くなっている。
その分、彼女の事を小さな頃からあらゆる意味で最上級の禿になるべく教育していたのは、この廓の楼主と高尾太夫の仲間の遊女たちだったのだ。
彼の、高尾太夫への嫌がらせも含んだ教育方針によって、物心つく前から遊女としてはあらゆる点で最高の教育を受けられたと言っていいだろうが、その分親子の情はかなり薄く育てられてしまっている。

それが、今回の一件に影響したのは、まず間違いなかった。

《……まだ、この子は十五になったばかりだからなぁ……
普通の家庭に育っていたのならまだしも、この特殊環境で育ったのもしっかり影響しているだろうし。
頭が良くて、男を手玉に取る手練手管には長けてても、育成系のゲームやメールペットの場合、そう言う部分はほとんど役に立たないから、こんな感じになっちまったと思うべきか……
元々、親子の情には疎い部分も強かったし……まぁ、これも仕方がねぇよな。》

ガシガシッと、自分の頭を掻き毟りながら、武御雷は小さく嘆息する。
彼の目の前には、自分がした事を余り良く理解していないらしいタブラが、本当に不思議そうに首を傾げていて。
どう見ても、色違いの幼いアルベドの様な容姿をしたタブラを前に、どう言えば自分の対応が不味かった事を理解し納得して貰えるのか、建御雷はただただ頭を悩ませる事になったのだった。




という訳で、建御雷さんの過去とタブラさんとどんな関係なのかと言う答えになります。
そう、建御雷さんとタブラさんの関係は、父親代わりの後見人と格子太夫と言う(笑)
二人の年の差は、十八歳差で本当に親と子位離れていたりするのですよ、えぇ。


ははははは!
本当にすいません!
タブラさんに関して、盛大な捏造部分と女体化が発生してしまいました。
最後まで、どうするか迷っていた設定なんですが……年齢と生まれた環境は性別がどっちでも変わらない事は確定していたので、だったら素直に女体化して貰いました、はい。

タブラさんの年齢ですが、ユグドラシル開始時十一歳と三か月、メールペットを受け取った頃はまだ十五歳と十か月でした。
振出新造として、白雪(タブラさん)が正式に水揚げ(遊女デビュー)する事になったのは、十三歳の時だったりします。


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アルベドの回顧録

嵐が起きる前に、未来の彼女から見たこの頃の回顧録を。


ねぇ、そこのあなた。
私の話を、少しだけ聞いてくれないかしら?
これは、本当に愚かだった頃の、私の昔話よ。

そうね……愛に飢えていた、小さな娘の愚かな話とでも言えばいいのかしら。

興味を持ってくれた?
それなら、そこに座って聞いて欲しいわ。
少しばかり、長いお話になるもの。
だからお願いするわ。
私の前の席に、是非座って下さらないかしら?

******

私の名前は、アルベド。
タブラ・スマラグディナ様のメールペットで、娘の様な存在よ。
そして、賢いと言われながら実は愚かで我儘だった女でもあるわ。

一体、どうしてそんな事を言うのかって?

それは、とても簡単な話なの。
私はね……そう、一年前に自らの手で引き起こした騒動まで、お父様は私の事など本当の意味では殆ど見てくれてはいない、愛されていない娘のだと、ずっと思っていた愚かな女なのよ。
どうして私が、そんな風に思っていたのか気になるのかしら?

私だって、最初からそんな風に思っていた訳ではないのよ。

初めてお父様の所に来た頃は、ちゃんと大切にされていると、本当に思っていたわ。
だって、お父様は色々な事を私に学ばせて下さったもの。
どれも全部、私の事を考えて様々な内容を学ばせて下さっていると、与えられるものを全てこなしながらずっと思っていたわ。
その証拠に、当時の私が与えられた課題をきちんとこなせば頭を撫でて下さったし、お父様の元へ来てから食べるものや身の回りのもので、不自由した事は一度もないもの。

だけど、ただそれだけだった。

最初の頃は、それでも十分満たされていたから良かったのよ。
そうね……自分の置かれている状況が、本当に余り良く判っていなかったからかしら。
だから、どんな事でもお父様が「出来る様になれ」と望まれたのなら、全部やり遂げて見せたわ。
綺麗なお花の活け方はもちろん、刺繍や縫物などの手芸一般だって得意になったし、掃除だって洗濯だって全部綺麗にこなして見せた。

それこそ、普通の家庭にいる主婦と呼ばれる女性たちよりも家事一般は得意なんじゃないかしら?

だけど、お父様は学ぶべく与えられたそれらを私が全てこなせる様になると、余り構って下さらなくなった。
これに関して、後からお父様自身から聞いたお話だと、時期的にお父様のお仕事が忙しくなる頃と重なってしまって、余り私の事を構う事が出来なかったそうなの。
実際に、【ユグドラシル】にも余りログインする事が出来なかったそうだから、本当に忙しかったのでしょうね。
でも、当時の私はそんなお父様の事情を知らなかったから、とても寂しかった。
丁度その頃、他のメールペット達ともメールの配達で交流する様になって、そこで初めて私が受けていたのは単純な教育だけだと言う事も知ってしまったのも悪かったのでしょうね。
何故なら、私はお父様から他のメールペット達の主の様な、深い愛情を示す行動をされた事は、本当の意味では一度もなかった事を知ってしまったのですもの。
今にして思えば、色々と悪いタイミングが重なり過ぎただけだったのだけど……私は目の前の事実だけしか知らなかったから、悪い方に受け取ってしまったわ。

私は、本当はお父様から愛されていないんじゃないか、と。

自分へのお父様の態度など、幾つもの状況を並べていく事で他のメールペットの主との対応の差に気付いてしまえば、するすると自分が愛されていないのだと言う事も理解出来てしまったの。
だって、お父様は一度も私の名前を呼んで下さらなかったもの。
メールを届けに行った先で、お父様のお友達である主たちに愛されているメールペットの姿を目にしたら、もう我慢なんて出来なかった。

私だって、ちゃんとお父様に愛されたい。
誰よりもお父様に大切にされたい。
その腕に抱き締められる事で、暖かな主の……お父様の愛情を全身で感じたい。
優しい声で、私の名前をちゃんと呼んで欲しい。

私が、そう心の底から望んでしまっても仕方がない話だと思うの。

これは、ヘロヘロ様の言なのだけど……
【メールペットは、主からの愛で生きている存在ですから、主の愛が無ければ寂しくて心が死んでしまうんですよ?】
とおっしゃっていたわ。

あの頃の私も、多分それと同じだったのね。
お父様の愛が得られないと思って、寂しくて心が死んでしまいそうだったの。
だけど、お父様はそれに答えてくれるつもりが無いのだと、私はお父様の事情を何も知らなかったからそう思ってしまったのよ。

お父様自身から、私は愛される事はない。

そう思うと、胸が苦しくて潰れてしまいそうに辛かったわ。
でも、何を言っても否定出来ないだけの状況が目の前にあったから、それが本当だと思い込んでしまっていたの。
私が望む様に、お父様から愛情を注がれる事はない。
だから、いつまでも心が満たされる事はないのだと、あの頃の私は本気でそう思っていたわ。
えぇ……そうよ。
本気でそう思っていたからこそ、私は他の人に……父のお友達であると言う、他のメールペットの主達に対して、目が向いてしまったのでしょうね。

あの子たちと同じ様に、私も誰かにちゃんと受け入れて欲しいの。
お願い、誰か私の事を愛してくれないかしら?
私も、他の皆の様に愛される事で満たされたいの。

この頃の私は、気付いた時にはそれしか考えられなくなっていたわ。

そうね……当時の私は、まだとても心が幼かったのだと思うのよ。
当たり前と言えば、当たり前よね?
この世界に生まれてから、まだそれほど時間も経っていない頃の話なのだから、当然の話だわ。
だから、どうしても本当に愛されているのだと実感出来る様な愛情に満たされたくて、周囲の迷惑なんて考えられなかったのよ。

むしろ、あの頃の私にはそんな事を考える余裕なんて、どこにもなかったの。

考えてもみて?
当時の私は、自分に対して本来なら絶対的な愛情を注いでくれる筈のお父様から、愛されていないと思ってしまっていたのよ?
幾ら、私自身がナザリックのNPCのデータを継承していると言っても、自我が芽生えたばかりの頃だと言っていい時期だったもの。
そうね……多分、寂しさでどこか心が壊れかけていたのかもしれないわ。

だから、少しずつ周囲から自分が拒まれている事にも、私は気付く事なんて出来なかったの。

今にして思えば、あの頃の私は本当にどうしようもない我儘な子供だったのね。
お父様は、お父様なりに愛情を注ごうとして下さっていたのに、それに全く気付けなくて、自分の事を【親に愛されない哀れなお姫様】だとすら思っていたのかもしれない。
愛されていない事を免罪符に、自分がどれだけ我儘な行動をしているのか理解していなかったし、それが自分の立場を悪くしているなんて欠片も気付いていなかったわ。
主たちの中には、私に対して心配したからこその苦言を呈して下さった方もいらっしゃったのに、当時の私の耳は素通りだった。

私が欲しかったのは、自分に対して明確な愛情を示す優しい言葉だから。

そんなある日、お父様の行動が今までとは少し変わったのよ。
何でも、私の事で他の主の方々から色々と注意される事があって、お父様自身も私に対する自分の行動を振り返って下さったそうなの。
自分で振り返ってみて、流石にこれは駄目だろうと思い直して下さったお父様は、とても反省して私の事を構う時間を何とか作り出す方法を、それこそ沢山考えてくれたわ。
どんな理由であれ、私の事をお父様が構ってくれるという事実の方が、私にはとても嬉しかったわ。

この事が、お父様にとって後でどんなに大変な事になるのか、私は判っていなかったから。

それから、少しずつお父様と一緒に色々として過ごせる時間が増えていったわ。
この頃のお父様が、どれだけ無理を重ねて私の為に時間を割いて下さっていたのか、全く理解しないで浮かれていたの。
だって、漸く愛されているのだと少しずつ実感出来るようになってきたんですもの。
子供だった私が、浮かれてしまったとしても仕方が無いわよね。
その頃は、まだどこかぎこちない部分もあったし、直接声を掛けていただくのは少なかったけれど、それでも十分愛されている事は伝わって来たのよ。

お話が余り出来ない代わりに、お父様は私に沢山のお手紙は下さったから。

色々な理由があって、お父様はここではお話し出来る環境が整っていなかったそうなの。
その状況を知った、お父様のお友達の一人が他のお友達に相談して下さったから、もう少ししたらちゃんとお話し出来る様になるとお手紙で教えていただいた時は、本当に嬉しかった。
ただ……お父様のお友達のメールを持ってくる他のメールペット達にも、お父様が少しだけ優しく接する様になったのを見て、なんとなく言い様のない気持ちになったのだけど、それでも私の事を一番多く構ってくれている事だけは判ったから、不満は感じても我慢は出来たわ。

お父様に愛されている事の方が、私にはとても大切だったもの。

でも……そこで私はふと思い付いてしまったのよ。
ここまで大きな変化を齎した理由は、一体何だったのかと言う事に。
今、こうして当時の事を思い返してみると、本当にとても愚かな考えだったのだけど、あの頃に私にはそんな風にはとても思えなかったわ。

だって……それ位、私にとって劇的な変化だったのだもの。

それまで、私には手に入れられないのだと諦めかけていたお父様の愛情が、突然与えられる様になったのよ?
どうしてそうなったのか、私がその理由を考えてしまってもおかしくないわよね?
そうして、沢山の状況を重ね合わせながら色々と考えて出した結論が、正しい答えの様で実際は大きく間違っていた事に、あの頃の私には気付けなかった。
だからこそ、私はあんな風に考えてしまったの。

『 もしかして、お父様が変わったのは……私が悪い子だったから? 』……と。

むしろ、あの状況ではそう考えた方が納得出来てしまったのも駄目だったのね。
それと同時に、もっと良くない方向に思考を巡らせてしまったのも、まだ幼過ぎて自分の行動を本当の意味で理解していなかったからだと思うわ。
頭の中では、ちょっとだけ……そう、本当にちょっとだけ罪悪感を覚えていたけれど、でもそれだけだった。
むしろ、私の中ではこんな事を考える方が強かったのよ。

だとしたら……もっと私が悪い子になってみんなの事を困らせる様になれば、お父様は私の事をもっと構って下さる様になるのかしら?
悪い子になった私が、ちゃんとみんなと仲良く出来る様にと色々と考えて、私の事をもっとちゃんと見てくれる様になるのかしら?
私の事を、もっとちゃんと愛してくれるのかしら?

そんな風に、頭の中で思い付いてしまったら、もう止まらなかったわ。

だって、私は他の誰よりもお父様からの愛が欲しかったんですもの。
その為に必要な事なら……少しでも、お父様が私の事を見てくれるというのなら、周囲にとってどんなに嫌な思いをさせる事でも、私はそれこそ平気で出来た。

そう……出来てしまったの。

自分の取っている行動が、他のメールペットから嫌われる事だと言う事も、頭の端では判っていたわ。
でも、ただそれだけ。
判っているのと、本当の意味で理解しているのとは違っていたの。
だけど……あの頃の私は、そんな事にも気付けなかった。

だって……悪い子になって、みんなに迷惑を掛ける事をしていなければ、お父様は私の事を見てくれないと思い込んでいたから。

そんな私の身勝手な思い込みが、後でとんでもない騒動を引き起こす引き金をしてしまったの。
今でも、あの時の自分がしていた行動を思い返すと、とても愚か過ぎて頭を抱えてしまうし、本当に我儘な子供だったと思うわ。

だって……今までは絶対に敵に回すのは面倒だからと手を出さなかった、デミウルゴスへのちょっとした悪戯に近い嫌がらせをしてしまったのだもの。

それが原因で、デミウルゴスの主であるウルベルト様に対して、色々な意味で迷惑を掛けてしまう事になるなんて、欠片も思っていなかったの。
だからこそ、私は大胆な行動が出来たのね。
それも、ウルベルト様がメールサーバーにいらっしゃっていない上、デミウルゴスがメールの配達で不在だったのを見て、咄嗟に思い付いた行動だったのよ。
その結果が、どうなるかなんて当時の私は欠片も考えてもいなかったわ。
自分の行動が、確実にデミウルゴスの逆鱗に触れる行為だと、そんな事も私は予想していなかったの。

彼の逆鱗に触れる事が、どういう意味を持つのか当時の私には判っていなかったからこそ、出来た事なんだと今でも思うわ。



という訳で、今の時点から約一年後のアルベドの回顧録です。
こんな感じで、自分の悪かった所を振り返れるくらいには成長するアルベドですけど、その前に大きな波乱が起きます。
原因は、彼女自身。
切っ掛けとなる被害者は、デミウルゴスの筈が実はウルベルトさんと言う、笑えない話です。

さて……デミウルゴスの逆鱗に触れたという彼女は、一体何をしでかしたと思いますか?


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シャルティアの努力の結晶

メールペット側の視点。
シャルティアが、彼女なりに何を考えてどう行動したのか。


メールペットのシャルティアが、同じメールペットのデミウルゴスに色々と教えを乞い始めたのは、メールペットシステムが正式に稼働し始めてからは一月後の事だ。
デミウルゴスと出会った頃は、お互い興味を持った話題を話す仲間として仲良くなったのだが、彼の豊富な知識に触れる事によってその頭の賢さを理解した後は、様々な相談を持ち掛ける様になっていた。
本当に、最初の頃の相談などは【メールペットとして、主や訪問先に居る仲間やその主の方々に対して、自分がしてはいけない事】など、誰でも持っていそうな細やかな相談内容だったのだが、相談内容が少しずつ変化し始めたのは、シャルティアが他のメールペットたちと接触する回数が増えて、色々な経験した事から必要な部分をちゃんと学んでいったからかもしれない。
自分のベースになった【ユグドラシルのNPCのシャルティア】からは、かなり掛け離れた存在になってしまった気もするが、それでも主であるペロロンチーノ様が喜んで受け入れて下さっているのだから、この変化事態はそれ程問題無いと思われているのだろう。
だが、それでもまだこの頃のシャルティアは、デミウルゴスに相談をして色々な事を話し合うものの、弟子ではなく友人の枠で十分収まる間柄だったのだ。

それなのに、どうして彼女が一か月後にデミウルゴスへの弟子入りを申し出たのか?

今の彼女の能力では、どうしても対応出来ないと思える相手が、メールペットの中に出現したからだ。
シャルティアなりに考えた結果、選んだ選択肢はデミウルゴスに弟子入りする事だった。
彼に弟子入りする事で、今までの様に彼の知恵を借りるべくただ相談するだけではなく、自分の意思で勤勉に物事を学ぼうと考えている事を示した彼女に対して、デミウルゴスから返って来たのは称賛の言葉。

「そこまで、あなたが確固たる意志を持って、自分の力で学びたいとおっしゃるなら、私も支援するのを惜しみませんよ。
むしろ、きちんと自分の事を鑑み〖自分だけでは学べない〗事を理解して、私の教えを乞う事を選んだその姿勢は、とても好ましいものです。」

と言って貰えた事も、彼女にとって学ぶ事への意欲へと繋がったと言っていいだろう。
そこから、彼女の生活は大きく変わる事になる。
普段の、メールペットとして役割を中心とした日常生活を重ねつつ、彼から与えられる課題をこなす生活を、彼女はずっと続けていた。
元々、頭の出来は脳筋よりで余り良くない彼女にとって、【様々な知識を得る楽しさ】を理解するのは難しく、最初の頃は与えられた課題の意味も余り解らないものばかりだと言って良かっただろう。
だが……少しずつではあったものの、デミウルゴスの解説を聞いて自分の解らなかった事が少しだけでも理解出来る様になると、与えられる課題を熟していくのも楽しくなってきたらしい。
そして、デミウルゴスやパンドラズ・アクターの様な頭の良いタイプの倍の時間を掛けて、彼女は少しずつ自分の出来る事を増やしていった。
こんな風に、シャルティアがデミウルゴスに頼み込んで弟子入りし、彼の与える課題を時間が掛かっても諦める事なく一つずつクリアして、こつこつと電脳空間でのスキルを学んでいった理由。

その理由が何かと言うと、ここの所一部の例外を除いた全てのメールペットの居る場所で、様々な問題行動を起こす事が多いアルベドである。

シャルティアは、本当に必死に考えたのだ。
その頃は、まだデミウルゴスに弟子入りする前の脳筋よりの思考の彼女だったけれど、それでも彼女なりに一生懸命に考えた結果が、〖 メールペットで一番頭の良いデミウルゴスの元で学ぶ事で、自分の賢さとスキルを上げてから、改めてアルベドへの対応策を考える 〗と言うものだった。
自分がいる時なら、ペロロンチーノ様から抱き付いて離れないアルベドを強引に引き剥がして、何とか彼女の事を押し退けられるから問題はない。
いや、ペロロンチーノ様とシャルティアのサーバーで、アルベドが好き勝手している事態が問題なのだが、それでもまだ自分が直接アルベドに対応出来る分、まだマシだろう。
問題は、自分がメールを配達する為に不在だった時だ。
その場合、ペロロンチーノ様がサーバー内に降りていなければそこまで気にしないで済むが、もしペロロンチーノ様がサーバーに降りていらっしゃる時だと、アルベドのやりたい放題を放置する事になる。

シャルティアには、とてもそれは許容出来なかった。

ペロロンチーノ様のメールペットとして、彼から愛されるのはシャルティアだけであり、アルベドはそこに含まれない。
他のメールペット達にも、ペロロンチーノ様が優しく接しているのは、仲間のメールを運んで来てくれる、仲間が大切にしているメールペットだからだ。
それを、アルベドはちゃんと理解した上で節度ある行動をするべきなのに、彼女はペロロンチーノ様からの愛される事を望んでいるのが、その素振りから伺えて。
自分の主が居るのに、ペロロンチーノ様の愛まで欲しがるアルベドに、腹が立った。

アルベドの思う様にさせない為にも、彼女がペロロンチーノ様と二人きりになるのを避ける方法は、ただ一つ。

〘 タブラ様のメールを、アルベドが持ってペロロンチーノ様の元を訪ねて来ても、何らかの方法によって彼女がペロロンチーノ様に会えない状態にしてしまえばいいのだ 〙と。

ざっくりとその目標を思い立った時点で、それを現実にするにはどうするのが一番なのか、シャルティア必死に考えた。
だが、頭の出来が脳筋よりのシャルティアには、その方法が思い付かない。
しかし、だ。
せっかくここまで思い付いた結論を、何もせずに諦めたくはない。

そう考えた彼女が、自分の考えを実際に現実化させる為にどうすれば良いのかと、自分で考え付かない部分の相談相手にとして、選んだのがデミウルゴスとパンドラズ・アクターだった。
元々、主同士の付き合いもあってシャルティアとデミウルゴス、パンドラズ・アクターの三人は仲が良かったし、アルベドの一件に関してはパンドラズ・アクター自身も被害者で、今まで自分のサーバー内での彼女の所業に色々と頭を悩ませていた事もあり、シャルティアの相談についても一緒に色々な解決方法を考えてくれたのである。

そうして出された結論は、〖 アルベドが訪ねて来たら、自分たちが居るメインサーバーをコピーした別の仮想サーバー内へ、強制的に隔離する 〗と言うものだった。

彼らからの提案と対策を聞いて、これこそ自分の目指すものだと理解したシャルティアは、それを実際に作り上げる為の勉強を本当に頑張ったのだ。
普段なら、頭を使う事に関しては苦手意識が強いシャルティアだが、今回ばかりは投げ出す事なく根気よく頑張り続けたのである。
そんな彼女の努力を前に、デミウルゴスとパンドラズ・アクターも提案しただけで後は彼女自身に任せたまま放置したりせず、それこそ根気良く目標に向けて邁進する彼女に付き合い、アドバイス等を与え続けた結果。

とうとう、アルベドがペロロンチーノ様のサーバーに近付くと、彼女に感知出来ない様に分岐した仮想サーバーが展開され、普段シャルティアが過ごす部屋と全く同じものが設定されているそのサーバーへとアルベドを誘導するシステムを設定したのである。

もちろん、これを完成させたのは彼女だけの力ではない。
実は、ヘロヘロ様が緊急時用に考えていたミラーサーバーと言う、既存のシステムを応用したもの展開して使える様にしただけなのだが、それでもここまでやり遂げたのは間違いなくシャルティア本人である。
本来の脳筋娘の設定を越えて、この仮想サーバーを展開するシステムを完成させるまで頑張り続けたシャルティアが凄いのか、それともそこまでさせる決意を抱かせたアルベドが問題なのか。
どちらにせよ、この【 デミウルゴス及びパンドラズ・アクターメイン設計、作成者シャルティア 】のシステムは、それぞれ使用者を設定すればほぼ誰でも利用出来る位に応用が利く事もあり、アルベドを除くメールペット達からとても歓迎された。

それだけ、アルベドによる被害がそれだけ広がっていたと言う証だろう。

シャルティアは、すぐに仲間のメールペットたちへとこのシステムデータを配布する事を決定した。
アルベドの被害を受けていたのは、自分だけじゃなくほぼ仲間全員だからだ。
自分が利用するだけじゃなく、同じ様な被害に遭っている仲間たちの役に立つなら、アルベド以外の仲間全員に配布するべきだろう。

このシステムは、ただ自分だけが利用するよりも全員同時に利用した方が効果的だと、そうシャルティアは考えたからだ。

とは言え、今はまだアルベドに対して使う事は出来ない。
彼女が頑張ってこのシステムを作成している間に、色々な変化があったからだ。
自分達の主が、アルベドの主であるタブラ様と定例会議の場で話し合い、ほんの少しではあるがアルベド側に改善が見られたし、彼女の主であるタブラ様からも色々な気遣いを受ける様になってきている。
今まで、タブラ様のお声を耳にした事が無い事にはシャルティアも気付いたのだが、どうやらそれにはタブラ様側に別の問題が発生していた為であったらしく、それを改善するべく建御雷様達が現在進行形で動いているらしい。

そんな状況では、流石にこれを作動させてしまうのは拙いだろう。

実際、アルベドの態度もちょっとだけマシなものに変わってきたと言えなくもない。
なので、アルベドの被害者を中心にアルベドを除く全員で〖アルベドへの対応をどうするのか?〗と言う議題で、割と時間を掛けてじっくりと話し合った結果、しばらく様子を見る事で決定した。
どちらかと言うと、長い話し合いをした上でこの決定で落ち着いた理由は、ほんの僅かにアルベドが変わったと言う事実よりも、こちらに対して気を使ってくれる様になった彼女の主であるタブラ様の顔を立てた結果である。

もし……次にアルベドが何か大きな問題行動を引き起こす事態になったら、シャルティアは問答無用でこれを使うつもりでいたのだ。

こんな風に、アルベドに対して温情を掛けるべきではなかったと、シャルティアが後悔する羽目になったのはそれから一週間後。
それこそ、緊急連絡網でデミウルゴスからウルベルト様が彼女の引き越した事で、最悪ギルドから去る事になるかもしれないと言う連絡が来た時だった。



という訳で、ギルド会議の際にウルベルトさんがモモンガさんに言っていたのは、この事でした。
と言っても、ウルベルトさんも詳細を知っていた訳ではありません。
後、pixiv版は、この後にデミウルゴスの話も付いていましたが、あちらは加筆すると今よりも確実に長くなるので、まずはシャルティア側だけ投稿します。
デミウルゴス側は、早ければ今夜、遅くても明日の朝には投稿予定です


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デミウルゴスの怒り

シャルティアの努力の結晶と繋がっている部分がある、デミウルゴス側の話。


シャルティアがメインで行動し、漸く完成させる事が出来たシステムを前に、デミウルゴスは小さく苦笑を浮かべていた。
友人であるシャルティアやパンドラズ・アクターの被害を知っていたし、あそこまでの意思を押し通す程にシャルティアが追い詰められていた事も知っていたからこそ手伝ったが、開発したシステムをデミウルゴスが使う事はないだろう。
なにせ、今回の一件で対象となるのは、一部の例外を除くアルベドの主であるタブラ様とメールのやり取りをしているギルメン全員である。
もちろん、ウルベルト様もメールをやり取りしているが、彼とメールペットのデミウルゴスは数少ない一部の例外に当て嵌まる事から、基本的にアルベドの問題行動の対象外だからだ。

そう……デミウルゴスはアルベドより確実に頭が良い為、下手にうっかり手を出したら逆に自分がやり込められるのを察しているのか、アルベドはウルベルト様にはちょっかいを掛けてこないので、割と穏やかな環境を維持出来ているのである。

デミウルゴスとしては、自分を含めた全てのメールペット達が、この仕掛けをアルベドに対して使う日が来ない事を願っていた。
これは、文字通りアルベド対策の最終的な切り札のような代物であり、一度使ってしまうと頭の良い彼女に対策を練られる可能性がある事から、ギリギリまで使用するべきではない代物である。
まぁ、このシステムを構築したシャルティア自身は、アルベドに対して一度目に見える形で報復が出来れば、ある程度満足してしまう様な気もするので、それでも構わないのだろう。
むしろ、デミウルゴスがこれを構築した事で一つだけ気になる事があるとすれば、だ。

漠然とだが、己の主であるウルベルト様がシャルティアを中心に何かしてる事を察知している事だろうか?

それとなく、デミウルゴスに対して確認を取ってきたのだからほぼ間違いない。
ただ、自分達が独自で何をしているのか余り深く聞いて来なかったのは、ウルベルト様なりに我々の事を信用して下さっているからだろう。
それに、ウルベルト様たちも今回の件に関して、何もアルベドの行動を見逃している訳ではなかった。

このシステムをシャルティアが完成する前に、主たち側でタブラ様に対してアルベドの行動に関する大量の苦情をギルド会議の場で突き付け、タブラ様とアルベドの態度に関する改善要求をされた事を、デミウルゴスはウルベルト様から聞かされて知っている。

それによって、タブラ様側が個人的に抱えていた問題点も幾つか発覚し、今はそちらを改善している最中だと言う話も、デミウルゴスはウルベルト様から教えられていた。
詳しい事情までは、ウルベルト様自身もタブラ様から聞いた訳ではないそうだが、タブラ様もリアルでは複雑な立場があるらしく、素のままの声を我々に聞かせる事は出来ないらしい。
その結果、今までタブラ様は我々に対してお声を掛ける事が出来ず、ただ無言でメールペットが持参したメールを受け取り、ただ型通りにお礼のお菓子を渡す事で場を凌いでいたのだそうだ。

だが、リアルでも知り合いの建御雷様が、今回の事を心配してタブラ様の所へ直接訪ねた事でそれが発覚し、ヘロヘロ様といろいろ相談した結果、普段ユグドラシル内で使用している声を再現出来るソフトをダウンロード出来るように調整中なのだとか。
一先ず、現時点では【使用する声のお試し期間】と言う状況との事なので、本来のタブラ様の声のトーンまで完全に再現出来ていないらしい。
そんな理由から、まだ満足に話す事が出来ない状態であるものの、我々に対して一度のメール配達に対して一言二言程度の内容で、少しずつ声を掛けて下さるようになった。
この件に関しては、アルベドに対しても我々と同じく【話をしない】と言う対応をしていたらしい。
その結果、本来なら彼女に対して愛情を注いでくれる筈のタブラ様との間に、メールペットと主としてのあるべき意思疎通がかなり薄かったのも、彼女の行動に拍車を掛けていたのだろう。
だが、そのタブラ様側の問題が少しずつでも改善される事になったのだから、彼女の側にも変化が必ずある筈だ。

〘 もしかしたら、これから先の彼女は少しずつ変われるかもしれないですから、ね…… 〙

メールペットの中で、最初に生み出され自他ともに認める最年長のデミウルゴスとしては、年下のメールペットの一人であるアルベドの行動が、今まで主であるタブラ様からの愛情不足だった事からの寂しさの暴走だと、既に察していた。
これを、アルベドと同時期に生まれたシャルティアたちに理解しろと言うのは、多分難しいのだろう。
主に、これでもかと言う位に深く愛されているシャルティアたちには、幾つもの不足からそれを実際に感じ取れないアルベドと比べて自分たちがどれだけ幸せな環境に居るのか、理解するのは難しいのだ。

もちろん、デミウルゴス自身も彼女の置かれていた状況を知るまで、その心理状態をきちんと理解出来ていた訳ではない。

これらの事は、全部、主であるウルベルト様から教えて貰った事だ。
己の主であるウルベルト様は、デミウルゴスに対して全幅の信頼を寄せてくれていて、彼の為になると判断したらどんな事でも教えてくれるし、色々と彼に任せてあらゆる自由を与えてくれている。
リアルの本当の姿も、色々なお世話をさせていただいているうちに、「お前は、知っておく必要があるだろう」と教えて下さった。

正直、最初にウルベルト様のリアルのお姿を拝見する事が出来た時、人工的に作られたアルベドやシャルティアなど足下に及ばぬ美しさだと、本気で思ったものだ。

まるで、一つの大きな宝石の原石から細心の注意を払いながら傷一つ付ける事なく削り出した様な、そんな繊細で見る者を一目で魅了する美貌を持つウルベルト様は、人前に滅多にその素の顔を晒す事はない。
いつも分厚く野暮ったい眼鏡を掛け、特殊メイクで顔のシルエットを本来あるべきスラリとしたものから、痘痕だらけの病的な雰囲気に変えられるのは、昔から習慣的に身に着けた自己防衛の為だと教えていただいている。
リアルにおいて、今のウルベルト様を取り巻く環境下でその素の顔を晒すのは、自ら危険を招くのと同意語だと自覚していてくだっているらしい。
その美しい容姿を知って以来、ウルベルト様が住む部屋のセキュリティを更に強固なものにしたのは、デミウルゴスだけの秘密だったりする。

以前、デミウルゴスがここに来たばかりの頃に強盗が侵入した事もあった以上、ウルベルト様の安全を守る為により警戒網を強化するのは、彼にとってむしろ当然の話だった。

そんなウルベルト様だが、デミウルゴスが自分の元へとやって来てから、色々と精力的に仕事に取り組んでいるらしい。
今まで以上にウルベルト様が仕事に取り組んだ事によって、少しずつ増えた分の収入は全てデミウルゴスの能力アップに注ぎ込んでいるのだから、自分にとって本当に最高の主だとデミウルゴスは頭が下がるばかりである。
だからと言って、仕事に取り組む時間を増やした分、デミウルゴスと過ごす時間を削っている訳ではない。

色々な仕事の関連の資料集めなど、ウルベルト様が自宅で仕事をする際には手伝いを許されているので、今までは許されていなかったウルベルト様の仕事を手伝える事が、デミウルゴスにとってとても嬉しかった。

そんな風に、デミウルゴスにとって忙しくとも穏やかな日々が過ぎていく。
アルベドの件だって、今はまだ他のメールペットとの間に解決していない問題が幾つもある為、完全に解決するにはまだ時間は掛かるだろうが、これはアルベドがある程度時間を掛けてでも変わっていけば、いずれ全部丸く収まっていく事だ。
まだまだ、自分も含めてメールペットたちは経験値が足りないのだし、彼女が自分の行動にどれだけの非があったのか理解して変われれば、まだ十分に取り返しがつく範囲だろうと、デミウルゴスがそう考え始めた頃である。

いつもの様に、朝のメールの配達を終えたデミウルゴスが、自分メールサーバーへと戻って来た瞬間、思わず目を見張る程の変化を感じたのは。

どう見ても、それは普段からデミウルゴスが馴染んでいる自分の領域とは、全くその場の空気が違っていたのだ。
ウルベルト様が、メールペットとしてのデミウルゴスの為に色々と考えながらその基礎を作り、それを更にデミウルゴスが強化する様に構築したセキュリティシステムによって、普段なら僅かな歪みすら生じない様に綺麗に整えられている空間に、今はかなり大きな歪みが生じている。
一応、サーバー内に仕掛けられているセキュリティシステムによる復旧が掛かっているが、一目見ただけで【何かが侵入して、このサーバー内を無理矢理荒していった】状況なのだと、現状が物語っていると言っていいだろう。

「だ、誰が私の……ウルベルト様のサーバーに侵入した!!!!」

自分の不在によって、サーバーのセキュリティシステムの強度が下がっている時を狙った様な、そんなタイミングでの侵入者の存在に、言葉に出来ない程の怒りを燃やしながらデミウルゴスは自分のウィルス対策ガードのレベルを一気に最大まで上げる。
何のウィルス対策もせず、急いでサーバー内へ戻ると言う愚は犯せなかった。
万が一、まだサーバー内にウィルスが残っていたりしたら、自分まで感染してウルベルト様に更に迷惑を掛ける危険があるからだ。
対策を万全に取った状態で、サーバーの中に入ろうとしたタイミングで、ウルベルト様からの緊急連絡が入った。
どうやら、ウルベルト様が居るリアルでも、何か問題が生じたらしい。

現状について、最後までウルベルト様から話を伺った事で、ここへの侵入したウィルスの狙いがここの所ずっとデミウルゴスも手伝っていたウルベルト様の仕事のデータだと判明し、最終的にここのサーバーを狙っただろう相手の絞り込みは出来た。

だが、その事を相手から一切の反論が出来なくなるまで明確に実証する為には、今の段階では様々な点での証拠が足りないと言っていいだろう。
実に腹立たしい事だが、リアルでは【生まれ】と言う大きな壁が存在していて、どんなにウルベルト様の方が相手よりも才能があったとしても、その生まれの壁だけで押し潰されてしまう事が往々にあるらしい。
今回の一件も、その壁がウルベルト様の前に立ち塞がった結果だと、そう受け取って良いのだろう。
現状を鑑みれば、既に復讐すべき相手も絞り込めている事だし、そちらに対してはいずれきっちりと報復をするとして、だ。
今のデミウルゴスには、そちらよりももっと気になる事があった。
それは、今回自分のサーバーを荒していった、ウィルスの侵入経路だ。
今回の一件を顧みると、どう考えても自分がこの場を守る為に組み上げたセキュリティシステムでは、多少の手間を掛ければウィルスの侵入を許してしまう孔が、どこかにあると言う事になる。

「ここのセキュリティは、ヘロヘロ様からのお墨付きを貰っていたのですが……それでも、まだ甘かったと言う事でしょうか?」

侵入した相手への痛烈な怒りは消えないが、それよりもウルベルト様のサーバーを守る立ち位置を自負していたデミウルゴスは、冷静にこの状況を確認していく事を優先すべきだと、サーバー自体の復旧と共にウィルスチェックや自分が不在だった三十分間のサーバー内に出入りした存在を洗い出していく。
そこまで徹底して調べるのは、ちゃんとした理由があった。
ウィルスだけではなく、第三者……仲間のメールペットが自分の不在時にメールを届けに来ていた場合、彼らに迷惑を掛ける可能性もあるからだ。

そうして……一時間後。
復元可能なデータを全て復元し、そこからあらゆるデータを洗い出し終えたデミウルゴスは、ウィルスの侵入を許した直接の原因を発見して、目の前が怒りのあまり真っ赤に染まるのを感じていた。
そう、デミウルゴスのサーバーのセキュリティシステムには、ウィルスの侵入を許す様な孔があるなどの問題はなかったのだ。
ウルベルト様のサーバーに、ウィルスの侵入を許す事になった直接の原因。

それは、自分が不在だった僅かな時間の間に、タブラ様からのメールを配達する為に訪ねて来たアルベドだった。

アルベドは、タブラ様からのメールを指定されたメールボックスの中に入れた後、勝手にデミウルゴスの端末の中のデータを弄り、それによってセキュリティシステムに小さな穴を発生させたのである。
これに関して、デミウルゴス自身にも油断があった部分も、確かにあるだろう。
例え、そこが自分のサーバーの自分の部屋の中だったとしても、誰が訪ねて来るか判らない場所に端末を置いたまま、放置していたのだから。
確かに、今まで自分を含めた他のメールペット達は、他人のサーバーに出向いても勝手にそこのメールペットの端末に触れるなんて真似をした事は、一度も無い。
だからこそ、デミウルゴスも端末に対して特にセキュリティロックをしていなかった。

まさか、こんな朝の早い時間帯に、アルベドがタブラ様のメールを届けに来るとは思わなかったし、【他のメールペットの端末に勝手に触れる】と言う、メールペットの間でやってはいけない暗黙の了解を、頭の良いアルベドが犯すとは思わなかったのである。

その辺り、完全にデミウルゴスの油断を突かれた形になったと言っても、ほぼ間違いないだろう。
これに関しては、デミウルゴスの反省すべき点として、これからは改善するとして、だ。
流石に、今回ばかりは【このままアルベドの事を見逃す】と言う選択肢を選ぶ気持ちには、とてもなれなかった。

アルベドがした事は、本人にその自覚があるか無いかなど関係なく、ウルベルト様への敵対行動だと言っても過言ではないだろう。

現在の状況を改めて聞けば、ウルベルト様は盗まれたデータを丸々全部利用された揚げ句、その相手から逆に冤罪を着せられ、既に職を失っているのだ。
リアルにおいて、ただでさえ職場を首になったら生きていくのが困難なのに、更に冤罪を着せられて職を失っているこの状況だと、このままウルベルト様が新しい就職先を見付けられない可能性は、かなり高い。
ウルベルト様も、その辺りを良く解っているらしく、すっかり現状に対して意気消沈している。
先程の連絡では、既に自分にはもう先がないと理解したかの様に、失意に満ちたウルベルト様からこう言われてしまった。

「最期まで、お前を巻き込む事になって、済まない。
せめてお前だけでも、今の時点でモモンガさんたちに託すべきなのに、それを選択出来ない俺を許してくれ……
情けない主だが、このまま俺が【死】と言う最期を迎えるまで……せめてそれまでの間だけでも一緒いてくれないか、デミウルゴス。
その代わり、俺がリアルで死亡した時点で、ヘロヘロさんの所かモモンガさんの所でデミウルゴスも世話になれる様に、彼らに対してきちんと頼んでおくから。
お前は、何も心配しなくていいんだよ、デミウルゴス。」

と。
誰よりも大切な主から、そんな事を言われて安心出来るメールペットなどどこにもいないと言うのに、ウルベルト様はそう力なく笑って告げてくる。
運悪く、つい数日前にウルベルト様はデミウルゴスの処理速度が上がる様にデータ容量を増やすべく、少し纏まった金額を使用していて、手持ちの資産に余り余裕がない事も、精神的に追い詰められる要因だった。
普段なら、給料を受け取って余裕がある時にしかしない行動をウルベルト様が選択したのも、職場の総責任者から「今回は、採用不採用に関わらずデータ作成し提出した者に金一封を与える」と言うお墨付きが公示されていて、実際にデータと引き換えにそれをウルベルト様もそれを受け取っている。

冤罪を掛けられ、半月働いた給料すら貰えず工場を首になった今では、それこそ雀の涙にも満たない様なはした金でしかないが。

そう、ウルベルト様は首を言い渡されるまで働いた半月分の給料すら、冤罪を理由に受け取る事が出来なかったのだ。
だからこそ、余計にウルベルト様は絶望を感じているのだろう。
そう考えると、ウルベルト様を追い詰める状況を作り出した時点で、アルベドの取った行動は【知らなかった】では済まされない。

少なくとも、デミウルゴスにはアルベドこのままは放置する気はなかった。

まさか、自分がシャルティアの作ったシステムを起動させる事になるとは思っていなかったが、こうなっては仕方がないだろう。
正直、いつまでも今回の様な彼女の傍若無人な行動が許されると、そんな考えのままでいて貰っては困るのだ。
むしろ、アルベドが今回の様に好き勝手な行動をした事によって、メールペットの主たちに対して害を成すのなら、彼女に掛ける情けはないに等しいと言っていいだろう。
ただ……シャルティアの作ったシステムだと、単純に彼女の存在がミラーサーバーへ弾かれるだけなので、もしかしたら偶然不在が続いてるだけだと、勘違いしたまま済んでしまう可能性もある。
なので、デミウルゴスはそこに一つだけ手を加える事にした。
アルベドが、他人のサーバーにおいても迷惑を被る側の事を何も考える事なく、あれだけ自分勝手で自由気ままに振る舞うと言うのなら、こちらにも考えがあるのだ。

今まで、あれだけ好き勝手に振る舞ってきた彼女に、相応しい報いを。

そんな考えの下、シャルティアがメインで構築したシステムに、デミウルゴスが手を加えた部分など、それ程大した事ではない。
最初に用意した対アルベド用の仮想サーバーの上に、自分たちが現在使用している本来のサーバーを重ねて見せる事で、こちらの姿は見えたとしてもアルベドに触れる事が出来ないと言う状況を作り出す事にしただけだ。
こうする事によって、自分達の声はアルベドの元へ普通に届いていたとしても、メインサーバーの下に重ねられただけの仮想サーバー内に居るアルベドの声は、どんな事をしてもこちら側に届かない。
例え、仮想サーバー内でアルベドがどんなに暴れ回り泣き喚いたとしても、全く別回線のこちら側には一切伝わる事はないし、彼女の行動によって影響が出る事もない。
その状態なら、アルベドがどれだけ今までの様に自由奔放、勝手気ままな素振りを己の主に対して振る舞おうとしても、あくまで彼女側にこちらの状況が見えているだけで主たちに一切の接触出来ないし、メールペット達も彼女の振る舞いで不快になる事はないのだろう。

こちら側には、一切彼女の方法が伝わってくる事はないのだから。

なぜ、デミウルゴスが今回の一件に対する報復として、彼女の存在を封印するなり消滅させるなり選択せずに、こんなちょっとだけ手の込んだ方法を選んだのかと言えば、それにはちゃんと理由がある。
ただ単純に、別の場所に封印されたり存在を消滅させられるよりも、このまま未来永劫誰とも触れ合えぬまま、仮想サーバーの中で一人さ迷い続ける事の方が、アルベドにとっては身を切るよりも辛い罰だろうと、デミウルゴスは今までの彼女の行動から察知したからだ。
あれだけ愛を欲した彼女にとって、どんな形でも明確に見える罰を与えられるよりも、彼女の存在そのものを無いものとして扱われる方が、下手な拷問よりも肉体的に与えられる罰よりも、より苦痛な筈。
この罰を執行してしまえば、この先彼女はどこのサーバーに行ったとして、自分の存在を一切認識して貰えなくなるだろう。
例え、仲間のメールペットの目の前に邪魔する様に立ちはだかったとしても、仮想サーバーと言う別の空間に存在している彼女は、誰にもその存在を認識して貰えず、触れる事も話す事すら一切叶わない。
そんな扱いに、我慢出来なくなってその場で暴れたとしても、その被害すら全て彼女が居る仮想サーバー内の事で、デミウルゴスたちが居るメインサーバーには何も影響も与えないのだ。

自分が【存在しない者】として扱われる事に、いつまでアルベドの心は耐えられるだろうか?

あくまでも推測でしかないが、それ程長く彼女の心が正気を保っていられると、デミウルゴスは思っていない。
いずれ、正気を手放したアルベドは、荒れ果てた仮想サーバーを幽鬼の様にさ迷い歩くだけの存在に成り果てるだろう。
それこそが、ウルベルト様に対して害を成した彼女に相応しい罰だと、デミウルゴスは本気で考えている。
最初の設定を見る限り、シャルティアたちは、少し彼女を隔離して反省したら解除するつもりでいた様だが、ウルベルト様にあれだけの絶望を齎す状況を生み出しただろう彼女を、デミウルゴスは到底許すつもりにはなれなかった。
なので、今回の仕様に変更するついでに、簡単に解除出来ない仕様に変更してある。

デミウルゴスにとって、至上の主であるウルベルト様に無意識にでも危害を加えたアルベドを、どうして消滅や封印なんて、どこかへ逃げるのと変わらない様な生ぬるい罰などで許してやれるだろうか?

そんな事を考えつつ、ウルベルト様から承った作業を含め全てをやり終えたデミウルゴスは、アルベドを除く全てのメールペット達に、今回の詳細を纏めた内容とデミウルゴスが手を加えてバージョンアップした仮想サーバー構築データを、メールペット間で構築した連絡網(アルベドは入っていない)を使用し、送信する事にした。
仮想サーバーの改変中、るし☆ふぁー様からのメールを配達に来た恐怖公によって、サーバー内に彼の眷属と言う名のウィルスチェッカーが大量発生する事態も発生したが、デミウルゴスにとってそれは別にそれほど気にならなかったので割愛するとして、だ。

仲間たちからの返事を待つ事、三十分。

デミウルゴスの予想通り、流石に今回のアルベドの行動は許容範囲を超えていると、全員から彼女の隔離に関する賛成意見が集まってきた。
流石に、同じ様な行動をアルベドに自分たちのサーバーでされる状況になったら、自分達の大切な主に危害が加わる可能性が高い事から、誰も反対する意見が出てこなかったのである。

あの、セバスですらデミウルゴスの主張に対して一切の反対しなかったのだから、余程メールペット全員に危機感を与える案件だったのだろう。

〘 まぁ……今のセバスの元には、姉と慕うたっち様の実のご息女が一緒に下りていらっしゃっているからね。
そんな場所、でアルベドに今回の様な真似をされたりしたら、まだ幼い彼女にどんな害があるか判らないからこそ、余計に今回の行動に厳しい意見を出しているのかもしれない。
だが、そうセバスが判断を下したのも、当然と言えば当然の話だ。
主と共に護るべきものを抱えている状況で、他に気を回せるほど器用な男でもないからね、セバスは。 〙

彼のサーバーに居る、小さなレディの事を思い出しながら、仲間たちから寄せられた返答に目を通していたデミウルゴスは、ふとある人物からの返答で手を止めた。
賛成意見がほぼ集まった中、一つだけ気になった返答があったのだ。
それは、自分にとって親友とも言うべき存在の一人である、パンドラズ・アクターからのもの。
彼もまた、アルベドによる大きな被害を被っていた一人だが、そんな彼の意見は少しだけ他とは違っていた。

『 今回の事、ウルベルト様が受けた被害を考えれば、到底アルベドの所業は許されざるものでしょう。
彼女の所業に関して、罰を与える事に関しては賛成いたします。
ですが、普段は早朝にメールをアルベドに託す事が無いタブラ様が、どうして今回に限りウルベルト様宛のメールをアルベドに託したのか、その理由もまた気になります。
今宵は、モモンガ様を始めとした我らの主の会議が行われる日でもあります。
絶対に、今回の事も議題に上がるのは間違いないでしょう。
本来ならば不敬ではありますが……その場の様子を、デミウルゴスならこっそり覗き見る事が可能ではないのでしょうか?
もしそれが可能なら……いっそ、その場の話し合いをあなた自身が直接耳にする事によって、我らの主の意向を知るべきだと、私は申し上げさせていただきます。
ただ、怒りによる復讐心からアルベドに対して罰を与えるだけではなく、御方々のお気持ちを汲んだ上での対応を、私は望みます。 』

最初、パンドラズ・アクターからの返信を見た際は、〘 随分とお優しい事だ 〙と苦笑を浮かべたものの、言われてみれば確かに気にはなる。
この時点で、既に他のメールペットからは同意を受けられた事もあり、アルベドを仮想サーバーへと飛ばす合図そのものは送信済みだし、実際に仮想サーバーも無事に構築され彼女が隔離されているのも確認済みだ。
全員が同時に構築した事で、彼女の拠点であるタブラ様のサーバーすら完全に仮想空間に飲み込まれている為、この先タブラ様とすらアルベドは触れ合う事も話す事も出来ないだろう。

デミウルゴスの手で、そう言う形で仮想サーバーを構築する様に仕組んだのだから、まず間違いなく成功している筈だ。

現在進行形で、大切な主であるウルベルト様を奪われる可能性があるデミウルゴスからすれば、これは当然の報復である。
彼女自身、主すら奪われる苦痛を思い知ればいいと、本気でデミウルゴスは思っていた。
未だに、ウルベルト様の今後は確定していないのだから、デミウルゴスがそう考えるのは当然の事だ。

だが……確かに彼の主張している事もまた、間違いではないだろう。

ついつい、ウルベルト様に及んだ被害に関して目が奪われてばかりいたが、確かにあの時間帯にタブラ様がわざわざメールを送信して来た意図に関しては、メールそのものが復元出来なかった事で判っていない。
パンドラズ・アクターが言う様に、今夜は我らの主全員が集まる会議の日だ。
ウルベルト様は、自分が置かれている現状を鑑みた結果、他のギルメンにまで被害が及ぶ事を恐れ、その場でギルド脱退とユグドラシルの引退を表明するつもりでいるらしいが、デミウルゴスには到底受け入れられない話だった。

〘 多分……いや、間違いなく、ウルベルト様の身に起きた今回の一件が議題に上がれば、他の方々から何らかのリアクションがあるだろう。
最悪でも、御方々のうちのどなたかがカンパを提案して下さる可能性は高い。
そうなれば、御方々から集まった金額を【仲間を助ける為に】と言う名目で、ウルベルト様に渡される事になるでしょう。
それを、もしこの私が丸々預かれると言うのならば、絶対に株などあらゆる形の資産運用を行い、今後のウルベルト様の生活費を捻出して見せます!
後……普段はどちらかと言うと余り仲は宜しくない様子ではありますが、富裕層出身のたっち様なら……もしかしたら次の就職先の斡旋位ならしていただけるかもしれませんね。
どちらにせよ、これからウルベルト様が赴く会議の結果次第ではありますが…… 〙

今回の一件で、相当な精神的なダメージを負っているウルベルト様に付き従う様に、そっとデミウルゴスも意識だけをギルメン達が集まる会議場へと落とし込む。
既に集まっていたギルメン達に、自分の状況を打ち明けるウルベルト様の様子は、とても見ていられる様なものではなかった。
セキュリティ面で、ヘロヘロ様の言葉から変な方向に問題になり掛けたが、るし☆ふぁー様と恐怖公の持つスキルをウルベルト様が受けたと言う話が公になり、そのお陰で場の雰囲気が変わったので、この状況では感謝する以外に他にない。
そして、デミウルゴスがわざわざこんな真似をして知りたかった、タブラ様のメールの意図が判明した。

あれは、ウルベルト様の事を罠に嵌めようとする者が居るという、警告メールだったのだ。

もし、タブラ様のメールが後少しだけ遅く届いていれば、デミウルゴスの帰還する時間と重なり、アルベドの問題行動は発生しなかっただろう。
そうなれば、少なくてもウルベルト様のサーバー内にウィルスが侵入してデータを奪われる事は起きなかった。
ただ、るし☆ふぁー様やぷにっと萌え様の推測通りだった場合、ウルベルト様の作ったデータをどんな形にしても不正にコピーしていただろうが。

状況的に考えて、今回の一件でウルベルト様には逃げ場が無かった可能性が高い事も、デミウルゴスには理解出来た。

だが……それでも、アルベドの問題行動が無ければ、デミウルゴスは彼女の事を恨まずに済んだ筈だ。
そんな風に考えながら、静かに会議を見ていたデミウルゴスだったが、アルベドの主であるタブラ様の取った行動に、思わず目を見開く事になる。
タブラ様は、そのご自分の出したメールを運んだアルベドの犯した可能性がある行動を察し、その非をすぐさま認めて下さったのだ。
それだけではない。
アルベドの罪を詫びる為に、ギルメン達が見ている前でウルベルト様に対して土下座して謝罪するだけではなく、ウルベルト様の当面の生活費を全て自分が払うとの申し出までして下さったのである。
生活費に関しては、建御雷様から「流石に、そこまでしたらウルベルトさんが恐縮する」とのお言葉があり、仕方がなく諦められたものの、もし建御雷様から注意される事がなければ、タブラ様は本気でそれを決行されるつもりだったのだろう。

そう……少なくても、その覚悟をタブラ様の声の中に感じ取る事が出来た。

アルベドのした事の責任を、タブラ様が彼女の主であり親である立場で取る覚悟を明確に示して下さったのを見て、デミウルゴスは腹を決める。
今の時点では、彼女がした事を許す気になど、とてもなれない。
それだけの事を、彼女は実際にしたのだ。

だが……ここまで彼女の為に詫びを入れるタブラ様の姿を見たら、たった一つだけチャンスを与えても良いかもしれない。

ただし、それに関してのヒントは与えるつもりは、デミウルゴスにはなかった。
全て、彼女が自分で何が悪かったのか気付けるか、ただそれだけが彼女が許される可能性の鍵になる。
それらの事を全て、ウルベルト様を含めたメールペットの主に伝えるべく、デミウルゴスは一通のメールを主たちとメールペット全員の元へと送ったのだった。



という訳で、アルベドに対するデミウルゴスの怒りはこんな感じです。
そして、今までオープンになっていなかった、彼女に対する報復の詳細になります。

感想欄で、色々とどんな感じの罰になるのか予想されていたりしましたが、実はウルベルトさんの話を書いた時点で、既にアルベドが大きな騒動を起こしたらこの罰を課すことが決まっていました。
実際、この話の前に投稿した【シャルティアの努力の結晶】は、ウルベルトさんの話をpixiv版で投稿した時点でほぼ七割まで書き上がっていましたからね。
と言うか、加筆して一話分にする前の【シャルティアの努力の結晶】に関しては、ウルベルトさんの話の中に盛り込まれる予定だったのを、流石にあの時点で出すのは拙いネタだと思い直して丸々カットした部分だったりします。

かなり精神的に厳しい罰になった様な気もしますが、彼女のせいで主であるウルベルトさんを失いそうになったデミウルゴスの怒りを考えれば、妥当なような気もします。

今回の話で、漸くこの【アルベド騒動】は折り返し部分に入りました。
予定では、残り後三話で決着をつけるつもりですが、長さによっては分割して話数が増える可能性もあります。
もう暫くお付き合いくださると嬉しいです。


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最新話 メールペットとお正月 ~年末最後のギルド会議~

大変遅くなったネタなんですが、メールペットたちが来て初めて迎える新年の話。


大晦日が間近のある日、ギルド長たるモモンガはギルメンたちに対して、いつもの定例会議に集まった所で一つの質問を口にした。

「皆さん、そろそろお正月ですけど…自分のメールペットたちへのお年玉に何を渡すのかとか、新年の挨拶を持って来たメールペットたちに対してお年玉を渡すかどうかとか、ちゃんと考えていらっしゃいますか?」

モモンガからの問い掛けに、思っても居なかった事を聞いたと言わんばかりに、それぞれ顔を見合わせるギルメンたち。
どうやら、殆どのメンバーは新年を迎えるにあたって、【ユグドラシルの新年イベントをどうするか】と言う計画は立てていても、その辺りまで考えていなかったらしい。
ウルベルトさんは、既にデミウルゴスにどんなお年玉を渡すかなど色々と考えていたらしく、そんな反応をしているギルメンに対してどこか呆れた視線を向けている。
彼以外だと、【リアル】に子供が居るたっちさんや、そう言うイベント絡みでは割と抜かりが無いらしいるし☆ふぁーさんもちゃんと考えていたらしく、逆に他のギルメンたちが何も考えていない事に驚いていた様だった。
モモンガの質問に、ギルメンたちもそれぞれこの【お年玉】と言う問題をどうするか考え始めたらしく、ざわざわとざわめいている。
そこで、ふと気付いた様にペロ口ンチーノさんが手を揚げた。

「あのさ……お年王は、自分のメールペットだけが対象だって事でいいのかな?
それとも、モモンガさんが言った通り新年の挨拶メールを持って来る子は、全員お年玉を渡す対象だと考えた方が良いのかな?」

その質問に、ギルメン全員がハッとなった。
確かに、彼らに対してお年王を渡すなら、全員分を用意するかそれとも自分のメールペットだけにするのか、ちゃんと決めておかないと不公平になるだろう。
そういう部分で、彼らに対して不満を抱かせたら良くない事は、以前の起きたアルベドの件で身に染みている。

「そうですね……元旦から三日までにメール持参したメールペットだけに渡す事にしておけば、多分問題はないと思います。
多分、全員の元へとメールを出すのを義務にするよりも、それぞれ新年の挨拶に訪れた者へのご褒美的な扱いの方が、彼らも納得するでしょうからね。
お年玉の内容は、自分達のメールペットに関しては豪華な物でも問題ないでしょう。
その代わり、挨拶に来たメールペットたちへのお年玉は、普段よりもちょっと良いお菓子とかで構わないと思いますよ。
予想が正しければ、我々からお年玉貰えるだけで彼らは喜ぶでしょうし。
但し、他のメールペットたちに渡す品は公平に同じ様な物を用意して下さいね。
彼らだって、自分の主から貰うお年玉は自分だけの特別な品の方が嬉しいでしょうし、逆に他の主方から貰う分に関しては、いつもよりランクが上のお菓子などの様な、ちょっとした品でもそれ程文句はないと思います。
なにせ、こちらが彼らの為に用意するお年玉は、自分のメールペットとは別で最大で四十人分になる想定ですから、自分なりに想定した予算内で収まる程度で大丈夫でしょう。
元々、彼らはメールを届けに行った先で何かを受け取る度に、〖我々から与えられたもの〗だと言う時点で喜んでいますから、あまり豪華すぎる物を渡すとかえって恐縮されてしまいそうですし。」

ヘロヘロさんが、サクサクとペロロンチーノさんからの質問に対して答えれば、その横からぶくぶく茶釜さんが軽く手を挙げた。
どうやら、彼女的にはこのヘロヘロさんの提案の内容に、どこか不満があるらしい。
まずは、どんな不満なのかそれを聞くべくモモンガが彼女を指名すれば、ある意味では誰もが考えていそうな疑問を口にしてくれた。

「ヘロヘロさんが言う様に、自分の所以外のメールペットたちの間で大きな差が出ない様に〖出来るだけ公平に〗って言うのは解るんだけどさ……
だけど……私的には、弟のメールペットのシャルティアは姪っ子みたいなもんだし、やまちゃん所のユリとか餡ちゃんの所のエクレアには、仲の良いお友達の所の子として他の子よりもちょっとだけお年玉を奮発したいんだよね。
でも、そうすると他の事比べて公平さを欠くから、やっぱりしちゃ駄目かな?」

彼女の言葉に、同じ事を考えていたらしいギルメンの大半が、「やったら駄目だろうか?」と言わんばかりに不安そうな顔をする。
どうしても、自分のメールペットと仲が良い相手に対しては、それ相応にお年玉を多く渡したくなるのは当然の話だった。
モモンガ自身、自分の親友たちのメールペットであり、パンドラズ・アクターと特に仲良くしてくれているデミウルゴスやシャルティアに対しては、ちょっとだけ良い物を贈りたいと思う気持ちがあるから、彼らの気持ちは良く判る。
そんな彼らに対して、別の形で提案する声を上げたのはたっちさんだった。

「そうですね……では、こうしたらどうでしょうか?
全員に渡すお年玉として、彼らが好むお菓子などの嗜好品を用意するのは、ほぼ確定で良いと思います。
但し、ヘロヘロさんが先程言った様に、ある程度彼らの好みに合わせて用意する品を変える位は、各自の判断で問題ないでしょう。
基本的には、そういう形で同価値の品をお年玉で与える事にしておいて、私たちギルメン同士もしくはメールペット側で仲が良い相手には、それに加えて更に何かちょっとした物を追加で渡す事にすれば、皆さんも納得がいくんじゃありませんか?
その代わり、メールペットがもし仲間内でお年玉として渡す物を自慢するなら、自分の主からの物だけと言う条件をつける必要はあるでしょう。
不用意に、自分の主以外から追加で何か貰った物が居る事を彼らが知ってしまうと、それこそ不公平と言う話になってきますからね。
もし、どうしても何か特別だとはっきりわかる様な高価な品物を贈りたいのなら、別の機会にするべきです。
あまりに渡す品に差を付けると、これもまた不公平になりますから。」

たっちさんの提案を聞いて、茶釜さんを筆頭にギルメンたちは自分なりに考えて納得したらしい。
確かに、ちょっとした品なら追加しても構わないだろうが、自分のメールペット以外に特別な品を贈りたいと思っているなら、状況を考えて改めて贈る方が気兼ねなく渡せるだろう。
モモンガ自身、パンドラズ・アクターたち三人にちょっとしたお揃いの品を贈りたいと思った位なので、そこまで高価な特別な物でなくても構わないのだ。

「どうやら、皆さんもたっちさんの提案で納得したみたいですので、お年玉はそれぞれ一応全員に行き渡る様に用意して下さいね。
もしくは、足りなくてもすぐに代用品が用意出来る範疇で留めておいて下さい。
当日になって足りなくなった時、慌てるのは自分自身ですからね。
何度も出てますけど、自分のメールペットに対してのお年玉は、それ相応の贅沢品でも構いませんよ。
重要なのは、自分のメールペット以外に渡すお年玉の内容が、あまり大きな落差が付かない程度にすると言う点ですからね。」

たっちさんとヘロヘロさんの言葉を纏め、モモンガがギルド長としてそう告げると、全員が了承したのだった。



新年の話なので、ほのぼのとしたものを。
まずは、年末にギルドメンバーにお年玉の事を提案してみました。


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