優しいガラスが刺さる時 (saga14)
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プロローグ

2138年、数多なユーザーで盛り上がっていたDMMO-RPGが、今ひっそりと終焉の時を待っていた。

 

―――ユグドラシル

 

12年前に始まったそれは、あまりに自由すぎるプレイが出来る事で大きな話題となり、日本国内最強と言われるほどの隆盛を誇っていたが、やはり時の流れ、人の好みという潮流には抗う事が出来ず、後発のDMMO-RPGなどに人が流れる結果となってしまっていた。

 

 

――――

 

 

「あ、これからギルド維持に必要な金貨を稼ぎに行くんですけど一緒にどうですか?」

「行ってらっしゃい」

 

ここはナザリック地下大墳墓、地下十層の玉座の間である。

そこには二人の異形がいた。骸骨(オーバーロード)鳥人(バードマン)である。

とはいえ、別に彼らはモンスターの類ではない。

ユグドラシルにおける『異形種』と呼ばれるプレイヤーである。

このナザリック地下大墳墓は彼らの属しているギルドであり、一時期は「調子に乗ってるクソギルドを崩壊させちまおうぜ!」と言うユグドラシル史上最大の1500人以上が参加した討伐戦争などの標的になったりもしたが、それでも尚、朽ちることなくこのギルドは存在し続けた。

 

先ほどから頭の上に「怒!」「怒!」とアイコンを出し続けているのはギルド長のモモンガである。彼はユグドラシルを愛し、このギルドを愛し、ナザリック地下大墳墓を守り続けた。

かつて42人いた仲間たちもリアルの事情などから一人、また一人と去って行ったが、それでもモモンガは最後の一人になろうとも、この仲間たちと共にしたギルドを守り続ける事を心に誓っていたのだ。

 

「モモンガさん効率厨じゃないですか。そーゆーのは一人でお願いします」

「ナザリックを維持するの大変なんですよ! 手伝ってくれても良いじゃないですか!」

 

モモンガの頭から「怒!」「怒!」「怒!」と、アイコンが出るペースが更に高まった。

一方、先ほどからモモンガと話している鳥人(バードマン)の頭からは「嬉!」「嬉!」のアイコンが負けじと出続けていた。完全に煽っているようにしか見えないが、これも彼らなりのコミュニケーションなのだ。

 

 

 

やがて、一息ついたのか、二人はほぼ同時にアイコン合戦を止めた。

 

「……分かってましたけど一人で行ってきますよ。また明日も会うと思いますけど、最後に俺に言い残す事はありませんか?」

「たくさん稼いで来てください?」

「違います! 来週にはユグドラシルが終わっちゃうんだからスケジュール確認は欠かさずにしようって約束したじゃないですか!」

 

「ああ……なるほど……」と言わんばかりに鳥人(バードマン)は頷くモーションをしながら言葉を返す。

 

「別に俺のやる事自体は変わりませんよ。毎日来て、敵を倒して、NPCを調節して、リアルに戻る。それだけです」

「まあ自分も同じような感じですけど…………来週、みんな来てくれると思いますか?」

「モモンガさんの誘い方次第なんじゃないですか?」

「誘い方次第ですか……」

 

モモンガが何かを考えているかのように俯いたモーションをとる。

 

「こうやってギルド長も任されて、色々な事を皆と楽しんできたと自分は思っています。でも、それも実は俺の勘違いで、皆は俺に気を遣っていただけとかないですかね? やっぱり、不安なんです。今まで自分はしっかり出来ていたのか、皆に不満を持たせずにプレイ出来ていたのか。やっぱり多数決って良くなかったと思いませんか? 不公平感があった時も……」

 

モモンガが自分の思いの丈を吐き出している時、急遽、玉座の間のBGMが変わった。

モモンガが気付いた時には、初手は奪われていた。そう、PVPが始まったのである。

 

「モモンガさん! 暗い! 陰気! 童貞! 鬱病! 頑張れ! 頑張れ!」

 

鳥人(バードマン)のその右手がモモンガの肩に狙いを定め、バシバシと連続攻撃を繰り広げていた。

 

「止めて! 止めて下さい! 励ます気持ちは伝わりますけどPVPは止めて下さい! HPが! 状態異常が!」

 

お互い何だかんだ長年ユグドラシルを続けているカンストプレイヤーである。じゃれているだけではあるが、ダメージは積もる。

 

「クロワゼさん! やめっ……止めて! ちょっ……ちょ……っておい! カメラ止めろ!!!!!!!!!!!!」

 

鳥人(バードマン)こと、クロワゼの物理攻撃に突然ぶち切れるモモンガさん。止まるPVPのBGM。

そんな中、「笑!」のアイコンを出し始めるクロワゼ。

 

「何ですかいきなりカメラって。モモンガさんどこで覚えたんですかそんなの」

「ほら、テレビ番組とかでよくあるじゃないですか。面白くないですか?」

「モモンガさんから突然ユーモアが湧き出たって事実の方が面白いんですけど」

 

モモンガの頭から「照」のアイコンが弾ける。

 

「……変な愚痴言ってすみませんでした」

「モモンガさんは皆から愛されてますよ。だから、もっと積極的に誘っても平気だと思いますよ」

「……来なかったら一生恨むぞとか?」

「そうですね」

「……大図書館に収納されてる各々の設定ノートをハンドルネーム入りで共有ファイルに放流するぞとか?」

「……そうですね」

 

再びモモンガが俯いたモーションをとる。しかし、それも一瞬の事であり、モモンガは右手をスッと上に伸ばした。

 

「もう遅いのでちゃちゃっと金貨稼いできます。では、クロワゼさん、また」

「では」

 

クロワゼがモモンガの方にサムズアップを送ると、モモンガは左手でサムズアップを返した。

刹那、モモンガの姿は玉座の間から消えた。モモンガの装備しているリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力だ。

その場にただ一人残されたクロワゼは、何をするわけでも無くフラフラと辺りを歩き、そして静かに玉座の間から去って行った。

 

 

―――

 

 

「モモンガさん、おひさー!」

「ヘロヘロさん! 来てくれたんですね!!!」

 

その部屋の中央に鎮座する黒曜石の円卓には、かつての友朋(ゆうほう)が思い思いに座り、語らっていた。

その中でも楽し気な感情を隠す事も無く、あくせく(・・・・)と動き回るプレイヤーがいた。モモンガだ。

 

「ほらほら、ヘロヘロさん! 茶釜さんですよ! 餡ころもっちもちさんですよ!」

「ちょ、ちょっとモモンガさん?! ちょっと会わない間にキャラ変わりました? テンション高いですね?!」

 

ヘロヘロの動揺もさもありなん。モモンガさんがグイグイとこちらを押してくるのである。

 

ユグドラシルでは風営法の関係で『触る、撫でる』と言ったプレイはグレーゾーンなのである。違反者には最大でアカウント削除の危険性もあり、判断基準は曖昧だった為に、基本的にユグドラシルプレーヤーは単純接触を可能な限り避けていたのだ。

それなのにナザリック地下大墳墓のギルド長であるモモンガは、今まで仲間に見せてきた規律的なプレイスタイルもなんのその、自由に動き回っているのだ。

 

「でも、久しぶりにこうやってギルドメンバーと顔を合わせるとやっぱり違いますね。リアルはクソですけど生きる活力が湧いてきますよ」

 

ヘロヘロの言葉に、モモンガは一瞬だけ顔を曇らせる。そうなのだ。リアルはクソなのだ。

社会的なシステムは(なか)ば崩壊し、知育教育なんて受けられれば幸せ者だ。世の中の大半の人間は良くて小卒、中卒で、俗にいう底辺と言われる生活をしている者が大半である。上流階級の人間はその立場を脅かす存在を許さず、重税を課し、理不尽とも言える法律を作り、贅を尽くした生活をしていた。完全格差の世の中に抗う術を持たない人々はその立場を甘んじて受け入れる事しか出来ず、日々、ブラックと言われる会社で働く事を強いられていたのだ。

 

「ヘロヘロさん、体調の方は大丈夫ですか? やっぱり今の仕事も……」

「ブラックだよー。毎日毎日もみくちゃになるまで働いて、安い給料で固形食糧を食べる毎日。……辛いよー。悲しいよー」

 

強大なスライムであるヘロヘロから「哀」のアイコンが連続で表示される。

しかし、それも長くは続かずに、ヘロヘロがモゾモゾと動いたかと思うと、久々に会う仲間たちの方に転がって行ってしまった。

 

「ホワイトブリムさんも来られていたんですね! モモンガさん執拗ですもんね! あっ、メイドトークとかしません? メイド服はぁはぁ」

 

離れて行くヘロヘロの言葉を聞きながら、モモンガは満足そうに円卓を見渡した。

もちろん、全員が全員揃ってくれるとは思っていなかった。一人でも来てくれれば満足だった。しかし今この場には、昔なじみの仲間たちがいる。

ヘロヘロ、餡ころもっちもち、ぶくぶく茶釜、死獣天朱雀、武人建御雷、ホワイトブリム。

ナザリック地下大墳墓で皆が和気藹々としている姿は、あの頃を思い出させるワンシーンだ。

ぶくぶく茶釜の弟であるペロロンチーノはクロワゼと共にダンジョンに潜りに行き、たっちはセバスに会いに行っている。

今日が最終日でなかったら。もっと早くから声をかけていたら。

 

モモンガの頭に浮かんでは消えていくこの感情を、誰が責められようか。

 

 

―――

 

 

「あれ? 姉貴は?」

 

モモンガがヘロヘロと二人で話し込んでいると、扉から二人のバードマンが姿を現した。

 

「茶釜さんなら帰られましたよ? 明日も仕事がとかで」

 

その言葉と同時にモモンガが落ち込んだモーションを取る。それを横に居たヘロヘロが慰めている。

 

「さっきからモモンガさんこうなんですよ。一人帰るたびにこうやって雰囲気を重くして……」

「ちょっと! 雰囲気を重くってどういう事ですか! だって悲しいじゃないですか!」

 

モモンガの素直な発言に三人は軽い笑みを浮かべる。時刻を見ると既にユグドラシル終了の30分前。仕事がある社会人には、辛い時間だろう。

 

「でも久々にたっちさんに会えるとは思わなかったなぁ。ウルベルトさんも来てくれれば良かったのに。るし★ふぁーさんも……」

「さっきからモモンガさんこうなんですよ。一人帰るたびにこうやって誰々にも会いたかったって……」

「ちょっと! 雰囲気を重くってどういう事ですか! だって悲しいじゃないですか!」

 

モモンガとヘロヘロの天丼にペロロンチーノとクロワゼが笑う。

モモンガとヘロヘロも笑う。

 

「そういえばこんな時間まで二人とも何してたんですか?」

 

ふと、思い出したかのようにモモンガが二人に問いかける。

その表情からは窺い知れる事は無かったが、ずっと一緒に話をしていたヘロヘロは気付いた

 

(あ、モモンガさんペロロンチーノさんともっと話したかったんだろうな)

 

しかし当の本人はそんなモモンガさんの小さな欲求に気付く事も無く、いけしゃあしゃあと返事をする。

 

「いや、だってこの偽物が『俺のNPC可愛いけど見に来ます? おさわり厳禁ですよ?』なんて言うからさぁ」

「偽物って本人を前にして言います? いや、偽物って言う貴方が偽物なのでは? あれ、俺たち……身体が……」

「「入れ替わってる?!」」

「なんですかそれ?」

 

ヘロヘロの冷静なツッコミもむなしく二人の口論は続く。そうなのだ。二人は昔からこうなのだ。

 

 

 

アインズ・ウール・ゴウンのペロロンチーノと言えば知る人ぞ知る『爆撃の翼王』である。

遠距離攻撃を可能とするスキル積みと鳥人(バードマン)と言う種族を生かし、広大なフィールドで多大な功績を残してきた。

遊撃手として敵の本拠地を分析、突撃。相手を翻弄しながらの属性攻撃による超々遠距離射撃で敵ギルドを阿鼻叫喚の渦に巻き込む張本人。

本人がちょっとお調子者な点と、趣味がヤベー事を除けば、至って常識的で礼儀の正しいプレイヤーである。

 

そしてクロワゼ。

彼のアインズ・ウール・ゴウンの加入は比較的遅めではあったが、実直なプレイスタイルとヤベー趣味が功を奏し、快く仲間に受け入れられたのだ。

ペロロンチーノがアインズウールゴウンの攻撃(オフェンス)を引き受けていたのだとすれば、クロワゼは情報収集(コレクト)を引き受けるプレイスタイルであった。

種族は鳥人(バードマン)。職業はアサシンや忍者がメイン、能力も素早さ特化のスピードスターである。

基本的にスキルを有効活用した姿を隠しての隠密、そして不意打による状態異常。よもや勝ち目がないと悟るや一瞬で範囲攻撃で攪乱を狙い、逃走。

 

相反するプレイスタイルではあったが、共に行動をする事は多かった。

二人は共通の趣味を持っていた。ヤベー趣味である。その為、仲が良かった。

もちろん信条とする方針は違っていたが、それでもヤベー会話を二人は楽しんでいた。それをギルド仲間は冷え切った視線で見つめていた。

 

 

 

「ああ! もう、うっさいですよ二人とも! 二人とも気持ち悪い! それで良いじゃないですか!」

 

ヘロヘロの一喝により二人の喧噪は止まる。

 

「ほら、最後にモモンガさんからの有難いお言葉がありますから、二人とも身を正して聞くように!」

 

ヘロヘロの突然の言葉に、モモンガは「えっ、何それ」と表情を固まらせるも、空気を読んだのか、円卓の席から立ちあがる。

そう、モモンガも薄々は気付いていたのだ。ヘロヘロは疲れの残っている身体を無理に起こし、自分に付き合っていたのだと。ギルドメンバーのリアルでの生活をモモンガは少しだけ耳にした事がある。基本的に皆、疲労を癒す間もなく、忙殺された毎日を送っているのだ。そんな皆を自分のワガママに付き合わせてしまって申し訳ない。そんな無視できない感情をモモンガは胸に秘めていた。

 

「えー……この度は、お忙しい中、ご足労を頂き、誠に……」

「んん……ゲフンゲフン」

 

隣からヘロヘロのワザとらしい咳込が聞こえる。モモンガは悟った。お約束は必要ないんだと。

 

「……えっと、ヘロヘロさんもペロロンチーノさんも、本当に今日はありがとうございました。最後に会えて嬉しかったです。もちろんユグドラシルは本日をもって完結(おしまい)です。でも、俺は一生皆と遊んだ事を忘れないと思います」

 

間が開く。

 

「……このまま自然な流れでにユグドラシルⅡが始まったり……とか思いましたけど、もう昔のように皆で時間を合わせるのも難しいですもんね。……アインズ・ウール・ゴウンと言うギルドの長として皆には迷惑を掛けたと思います。でもそれも良い思い出です――――」

 

モモンガの感謝の言葉が続く。その言葉をヘロヘロもペロロンチーノも一字一句聞き逃さない様に、真剣に聞いている。

クロワゼは三人から離れて壁に寄り掛かり、目を瞑っている。最後までユグドラシルに残っていたクロワゼは、似たような言葉を何度もモモンガから聞かされていたのだ。

だから、最後の言葉も知っている。

 

「えーっと、だいぶ遅い時間まで本当にありがとうございました。本当だったら最後の時まで一緒に……」

 

チラッとモモンガが時計を見る。残りの時間は20分を切っている。

あと20分である。20分残ってくれれば、一緒に最後を迎えられるのである。

しかし、モモンガは自分の希望を最後まで口にする事は無かった。知っていたからだ。

時間の貴重さを。DMMO-RPGをプレイする身体の負担を。二人の日々の疲れを。

 

「……最後に一言だけ言わせてください!」

 

モモンガが急に声を大きくする。そして今までで一番明るい口調で言ってのけた。

 

 

 

「我がアインズ・ウール・ゴウンは、永久に不滅です!!!!!!」

 

 

 

モモンガの最後の一言を聞いた三人の対応は早かった。事前に合わせたかのような息の合い方であった。

 

「「「それ、言っちゃうかぁ……」」」

 

モモンガは三人の呆れたような溜息に驚きながら「え? ダメだった? ダメだった?」と慌てた身振りをとる。

そんなモモンガを見て三人は笑った。モモンガも一緒に笑った。モモンガにとってのユグドラシルは、幸せな思い出になった。




ver1.01 2019/02/01


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1話 二つ目の欠片

見慣れた廊下を静かに歩く。いや、意図的に静かに歩いているつもりは毛頭ないのだけれども、スキルの関係か、そういう状態なのである。

ナザリック大墳墓の地下九層には、モモンガさんも来ることが少ないので基本的に人の気配があってはいけない。しかしながら廊下の左右を見ると、時折、ホムンクルスのメイドが佇んでいる。ギルドメンバーが精密に作ったNPCである。

ギルドが賑わっていた頃は、構築されたAIによって挨拶や掃除などと言ったランダム行動も見受けられたが、自分しかこの階層を利用する事が無くなってからは、その機能をモモンガさんに頼んで止めてもらっている。

そっと近くに佇むメイドに近付き、その顔をまじまじと見る。実に精巧で、可愛らしくもあるが、それ故に作り物だと感じてしまう。今では動く事のない人形の顔に浮かぶのは微笑みか、それとも哀しみか。自分には判断が付かなかった。

 

腕を動かしコンソールを表示させる。メイドの名前や設定などが逐一細かく(まと)められていた。

流し読みではあるが、内容は理解した。自分には到底思いつかないほどの愛情が詰め込まれている。

 

「お前は幸せ者だな」

 

意図せず口から漏れた言葉に我ながら驚くが、それ故に本音かもしれない。

コンソールを閉じ、そっと右手をメイドの頬に添える。無機質なアラームが鳴る。運営、仕事人だな。

 

さて、遊んでいる暇はない。ここに来られる時間ももうそんなに多くない。来週にはユグドラシルともお別れだ。心残りは無くそう。

自分の部屋に向かって歩みを進める。一歩進むごとに頭の中に浮かぶ言葉は「間に合うのか?」だけである。

自分の脳みそよ、もっと自分の力を信じてくれ。間に合うかどうかは問題じゃない。間に合わせなくてはいけないんだよ?

 

あっと言う間に自分の部屋の前である。ポップアップされる『開く』マークに手をかざすと、静かに扉は開いた。

 

「おはよう。今日もモモンガさんと会ったよ」

「お帰りなさいませ、お兄様」

 

初期設定の自室の奥に、場違いの存在がいた。

そこに居たのは、大きな鳥か、いや、人間か。

上半身こそ見れば、白く柔らかな羽毛に包まれた女性に見えるが下半身は完全に鳥である。身体の脇には大きな翼を持ち、その翼に隠れる物は『手』と言うより『前足』と言った方が正しい。

そう、俗にいうハルピュアである。

 

「最終日までに調整間に合うかなぁ。お前はどう思う?」

 

目の前のハルピュアに話し掛ける。その内容を理解したのか理解していないのか。笑顔にも見えるハルピュアは言葉を返す。

 

「お帰りなさいませ、お兄様」

「…………設定の繋ぎ…………むっずかしいよなぁ」

 

もっとしっかりギルメンの話を聞いておけばよかったと後悔しても後の祭りである。

目の前のハルピュアの前に座り込むと、コンソールを開きながら自動設定やAI設定とにらめっこの始まりである。

 

「お前が完成しなかったら、俺はどうなっちゃうんだろうな?」

 

目線は設定から切らさず、笑いながら目の前の存在に話し掛ける。黙々と仕事をする事もあるが、基本的に独り言は多い性格なのだ。

数秒の空白。帰ってくる言葉のタイミングは分かるし、発せられる言葉も知っている。

そして、言葉が重なる。

 

「「お帰りなさいませ、お兄様」」

 

その言葉を聞くと同時に、どこからか人を小馬鹿にしたような笑い声が聞こえてくる。全く、人の努力を笑うなんて失礼な奴だなぁと思いながら、部屋の中を見渡す。そこに居るのは、自分と彼女だけ。

なんと、笑っているのは(ほか)でもない、自分自身の口でした。

それに気付いた瞬間、どうしようもなく楽しい気分になってしまった。

ああ、モモンガさんもちょっと壊れてる部分があったけど、自分も大概だよなぁ。

 

 

―――

 

 

残りは時間は二日だけ。いや、最終日にギルメンが来るとなれば最終日を残り時間に含めるのは良くない。

となると、今日中に全てを終わらせなくちゃいけないんだけど、全く、人の欲求とは恐ろしい物であり、完成形が見えてこないのである。

外装は完成した。課金をすればするほど(はかど)った。

設定も完成した。課金をする必要は無かったが、課金をしてみたら予想以上に(はかど)った

残りはAI設定であるが、これは難航した。だって課金が意味を持たないわけで。自力でやるには知識が足りなさ過ぎた。

 

それでも当初の予定を考えれば大躍進である。挨拶をすれば返す。手を振れば返す。歩くし飛ぶ。

戦闘に出しても恥ずかしくないサポートはしてくれる。むしろ、自分よりも優れた状況判断をしてくれるかもしれない。

もちろん他のギルメンが作った階層守護者に比べるとまだまだかもしれないが、それでも一般メイドよりは頑張れたんじゃないかな?

それでも、それでもやっぱり気になる部分は出て来てしまうのである。

顔のバランスはどうなのか、体型はどうなのか、アクセサリーはどうなのか、設定はどうなのか、スキルはどうなのか、そもそもナザリック地下大墳墓に相応しい存在なのか? やっぱり属性はカルマ値マイナスの悪に寄せるべきか? それだとペロロンに「どことなくシャルティアに似てるな! 死ね!」とか言われないだろうか?

考えだしたら止まらない。困った困った。別に自分が完璧主義者だとは思って無かったけど、NPCにここまで熱を入れるとは思ってもいなかった。

そもそも明日には終わっちゃうDMMO-RPGである。

まったく、自分自身が良く分からないよ。

 

「クロワゼさん、どうしました? 挙動がロボットみたいですよ」

 

自分が悶々としていたら、いつの間にかログインしたのかモモンガさんが声をかけてくれた。

自分一人で解決しないのならば、モモンガさんに相談してみるのも良いんじゃないかな?

そうと決まれば善は急げだ。モモンガさんに平身低頭(へいしんていとう)でお願いしてみよう。

 

「モモンガさん、ちょっとNPCの最終アドバイスを……」

「あっ! もしかしてクロワゼさん、遂に完成したんですか?!」

 

モモンガさんの頭から「喜」や「嬉」のアイコンが絶え間なく出てくる。

 

「本当だったらもっと早く見たかったのに、クロワゼさん完成するまで断固拒否って徹底抗争の姿勢だったからなぁ」

 

モモンガさんのアイコンが「嬉」から「急」のマークに代わりだした。本当に早く見たいんだなこの人。

 

「じゃあ、今からコンソールで呼びますけど……笑わないで下さいね?」

「もちろんですよ! 仲間の努力を笑う人がいたら、俺がぶん殴ってやりますよ!」

 

モモンガさんが空に向かってシャドーボクシングを始めた。魔法職なのにアクティブだなぁ。

 

「あと、スクリーンショットは1枚5000円ですよ? おさわり厳禁ですよ? 欲情しないで下さいね?」

「…………何で、アインズ・ウール・ゴウンの鳥人(バードマン)はこんなのしかいないんですか」

 

モモンガさんのテンションが急に低くなったような気がするけど意味が分からない。

別に俺は変な事を言ったつもりはないし、むしろ正当な発言だったとも思える。

むしろ、このモモンガさんの様子を見て、自分の作ったNPCを巨乳にしなくて良かったと心から安堵する事が出来た。

きっとモモンガさんの事だ。口では格好良い事を言いながらも、目線は巨乳に釘付けになっていたに決まっている。

アインズ・ウール・ゴウンの代表がこうなのだ。ナザリック地下大墳墓の闇は、深い。

 

 

 

「あ! 良いじゃないですか! 種族は鳥人(バードマン)……よりも妖精寄りですか? へーへーへーへー」

 

モモンガさんに自分のNPCを見せて最初に出た発言がこれである。

外見と職業バランスを見て一発で種族まで見抜かれてしまった。弱点発覚を遅らせるために外見調整したのに、この人……怖い。

 

「スキルは……純粋サポートキャラですね。クロワゼさんと相性良いじゃないですか。お上手ですね!」

 

そして一転、褒め殺しの始まりである。外見がどうとか、スキルバランスがどうとか、設定がどうとか、何を出しても褒めてくれるのだこの人は。

そもそも、マジマジと設定を見られるのがこんなに恥ずかしい物だとは思いませんでした。まるで生き地獄だよ。

 

「それで、名前は何ですか? それともまだなら俺が名付け親になりましょうか? うーん、そうすると、どうしようかな……」

 

モモンガさんがマジ悩みを始めてしまった。これはヤバい。早く名前を教えてあげないと変な呼び方をされてしまいかねない。

そもそもモモンガさんのネーミングセンスの微妙さと言ったら、それはもう凄いの一言だ。

 

「妖精……? それならピクピクとか……? ピクちゃん? いや安直か……?」

 

自覚があるのか無いのか、モモンガさんの口から悪魔のような呪詛が紡がれている。

これはヤバい。もうヤバイ。時間切れです。はい、正解はこちらです!

 

「『アントルラッセ』です。妖精種でハルピュアのアントルラッセ。可愛いでしょ?」

「ピクピク……シルシル……えっ、あっ、名前付いてたんですね。もう、名付け親になれるかとドキドキしちゃったじゃないですか」

 

モモンガさんが笑いながら拍手をしてくれる。俺もついつい拍手を返してしまう。

 

「それで、アントルラッセと冒険に行くんですよね? なら俺も付いて行って良いですか? 良いですよね?!」

 

モモンガさんがグイグイと距離を詰めてくる。身体中から嬉しそうなオーラが出ているのが分かる。やっぱり、モモンガさんは誰かとパーティを組むのが楽しくて仕方がないタイプの人間のようだ。いや、そんな事は昔から分かっていた。分かっていたんだけど、それでも俺はその事実から目を背けていた。

ギルメンがいなくなってからも、モモンガさんは一人でナザリック地下大墳墓を維持し続けてくれた。

俺がNPCを作っている事に、文句の一つも言わずに、笑って許してくれた。むしろ、応援をしてくれていた。

モモンガさんの心の中には、微かな希望として、残っていたんだと思う。NPCが完成したら、俺とNPCと三人でパーティを組んで遊べるって。

でも俺の心にそれを叶えられる度量は無かった。

 

「……ごめんなさいモモンガさん。俺は、こいつを、戦場に出す気は、ありません」

「……えっ?」

「こいつは、俺のもう一つの心なんです。人形なんです。理不尽で、つまらない人間の作った。壊れた人形」

「…………?」

「ユグドラシルが終わると分かった途端に創造意欲が湧いたんです。仮想世界ってもう一人の自分じゃないですか。そんなもう一人の自分が作った、人形。この人形は誰に向けて作られた物か分かりますか? 俺には分かりません。リアルの俺の心が望んで作ったのか、リアルの俺を癒す為に作ったのか。それとも仮想世界の俺の心が望んで作ったのか、仮想世界の俺を癒す為に作ったのか。自己満足と捕らえてもらっても良いんです。壊れる世界だからこそ作る事が出来た。壊れるだけの存在。それがこいつです。俺には自分の作った人形を正面から見据える事が出来ません。輝いているのか、濁っているのかも、分からない」

 

アントルラッセを完成させた達成感か、それともユグドラシルが終わるという現実からか、言うつもりのなかった言葉が俺の口から溢れていた。

それを黙ってモモンガさんは聞いていた。そこにあるのは、怒りだろうか、それとも失望か? 案外、呆れちゃってたりね。ふふふ。

俺が口を閉ざせば世界は静寂に包まれた。人はいるのに心は、ここに有らず。

ニコニコと、人間らしく揺れているのが、出来たてほやほやのNPCだけとは、逆に社会的で面白いのかも知れない。

 

「……俺が、ナザリック地下大墳墓を、維持していたのは、何の為だったか、分かりますか?」

 

ふと、モモンガさんがこちらを真っ直ぐに見据えて、言葉を並べる。

いや、DMMO-RPGは仮想世界である。顔がこっちを向いているからと言って、こちらを見据えているとは限らない。

それでも、今のモモンガさんからは、誠実さを感じる。つまらない人間の意見を、馬鹿にする気配も全くない。

 

「俺はずっと信じていたんですよ。いや、信じてなんていなかった。偽りの夢を見ていただけなんです。ナザリックさえ残っていれば、絶対に皆は帰ってくるって。そんな事あるはずないのに、おかしいですよね。だって、俺自身理解していましたから。リアルの情勢、主流、流行やギルドメンバーの生活。それでも、妄信していた。いや、違うかな。『そうであるはずだ』と勝手に事実を歪めていたんですよ。ははは。ユグドラシルなんて数年前からプレイヤーは減っています。伝説のギルドの『アインズ・ウール・ゴウン』なんて顕著なもんですよ。もう、俺たちのギルドは壊れていたんですよ。完全にガラスは割れていました。でも、俺だけがその破片を無理やり集めて、繋ぎ合わせていたんです。ははは、これじゃあ、心が傷つくだけなのに、馬鹿みたいですよね、俺」

 

モモンガさんが、ふぅと、一息つき、そして口を閉ざす。

世界に静寂が戻る。しかし、そこから居心地の悪さを感じる事はなかった。

むしろ、黙っていても、何かを共有しているという強い実感だけがあった。もう、言葉は必要ないのかもしれない。

 

「俺、モモンガさんの純粋に変な所、好きですよ。ギルメンの皆も、好きだったと思います」

「な、なんですかそれ! 馬鹿にしてるんですか! 褒めてるんですか!」

 

俺とモモンガさんは笑いながら手を叩いていた。意味も無く、リズムも無く、それでも、楽しかった。

広いナザリック地下大墳墓に二人の異形種の手拍子が響いている。言いようもない、陽気な気分になって来た。

 

 

「Congratulation……! Congratulation……!」

「!?…………! Congratulation……! Congratulation……!!」

 

俺たちの心はこの瞬間、一つになったのかもしれない。心の中に、ざわざわしたものはもうない。多分ない。

……ないよね?

 

 

―――

 

 

最終日にふらりと現れたペロロンを捕まえ、冒険に誘った後に部屋に連れ込む。

 

「……お前って、こんな強引な奴だったか? いや、俺が鈍感だっただけかな……」

 

ペロロンが部屋のベッドに横たわりながら気持ち悪い事を言っている。いや、マジでキモイなこいつ。

 

「今日が最後だから、ペロロン先輩に見せたい物があったんです。その……私の初めて、見て……もらえますか?」

 

自分で言ってて恥ずかしくなってきた。両手で顔を隠しながらペロロンに背を向けてしまう。

そんな俺の背中に近付く人の気配。きゃっ、ペロロン先輩、近いよぅ……。

 

「良いのかい? 今日で俺たちは離れ離れになっちまうんだ。君の大事な一人目になって、君は辛くないかな?」

「優しく……して下さい」

 

俺はペロロンから離れる様に、小走りに部屋の隅に向かう。後ろでは、ペロロンが装備を脱いだのか、金属が床に落ちる音が聞こえた。

なんでこいつ装備脱いでんだ? 馬鹿じゃねーのか?

 

「なんでNPC見せるだけなのにペロロンは装備脱いでるんだ? 馬鹿じゃねーのか?」

「あっ、そっち? 新スキルでも体験させてくれると思ったんだけど」

 

いそいそとペロロンは鎧を装備し直す。気付けば傍らにはいつの間にかシャルティアが。それにしても、何度見ても完成度が高い。

 

「それでは括目(かつもく)して見よ。この度、地下9層の守護者となりました、アントルラッセです」

 

コンソールを操作し、アントルラッセを扉から入室させる。扉が開いたと同時にコンソールで専用のBGMを流すのも忘れない。大事なのは、雰囲気作りだ。

そして、アントルラッセはフワフワと浮きながらペロロンとシャルティアの前まで来ると、可愛らしくお辞儀した。

この、フワフワと浮かせる設定はモモンガさんに考えてもらった。

「ハルピュアなのに歩いてるのは良くないと思う」との事だったが、実際その通りでした。モモンガさん、貴重なアドバイスありがとう。

 

「おー、俺のシャルティアの方が可愛いけど、この子も可愛いじゃん、この、標準サイズの膨らみが見えそうで見えないのが凄いポイント高い。130点」

 

ペロロンがマジマジとアントルラッセの胸元に顔を近づけながら批評している。

そうなのだ、胸元を飾る羽毛枚数に吟味を吟味を重ねた結果、「見え……ない! いや、見え…………、ダメだ! やっぱり見えない!」を可能にしたのだ。

それにしても風営法に厳しいユグドラシルでのペロロンの行いは神業の一言である。普通のプレイヤーが異性キャラの胸元や股間に顔を近づけると一発NGなのに、それを恐れぬ大胆な動作である。本人が言うには「スキルの抜け穴がですね」との事だが、それにしてもヤバイ。キモイ。

 

「それで、この子どうする? シャルティアと戦わせる?」

「馬鹿! 非道! クソロリコン! 極悪レイパー! お姉ちゃんに告げ口してやるからな!!!!!!!!????!!!1」

 

ペロロンが意味不明な言葉を口にするのでついつい感情的な罵詈雑言を口から吐き出してしまった。対するペロロンは微妙そうな顔をしながら、横に居るシャルティアに「よし、外装を剥ぎ取ってチュウチュウしてやれ」と命令している。

マジかよ……と俺が止める暇もなく、シャルティアが素早くアントルラッセに飛び掛かった。

 

「そういえばアントル……アンちゃんはレベルいくつ? 100?」

「いや、70。階層守護者以下、プレアデス以上、って感じかな」

 

ペロロンが「ふーん……」と生返事をしながらシャルティアとアントルラッセの小競り合いに目を向ける。やはりレベルの差は相当なようで、一方的にアントルラッセの羽根が毟られていた。

まあ、アントルラッセに攻撃命令をしていない俺の責任もあるのだが。

そして、(あらわ)になった地肌にシャルティアが顔を近づけている。

これが俗にいう「チュウチュウ」か。

 

「一部の鳥系とか妖精系にちょっとエッチな格好してるモンスターいるじゃん? 外装剥がれて肌色が増えてくタイプの」

「……いるねぇ」

「そーゆーモンスターに、部位破壊した後に吸血スキルと輸血スキル使うと一定確率でちょっとエッチな感じになるんだぜ」

 

ペロロンがアントルラッセの胸元を指差す。俺はコンソールの倍率を調整しながらペロロンの指差す部分を注視してみた。

 

「なるほど、ピンクか……」

「テクスチャの関係でね、ポッチがね。部分的にね」

「なるほど……輸血スキルか……なるほど……」

 

今日で最後だというのに、また一つ無駄な知識が増えてしまった。

横目でペロロンを見ると右手が高速で動いていた。こいつマジでヤベーぞ。

 

「おい! スクリーンショットは1枚10000円ですからね! 死ね!」

「はい! 100万ユグドラシル金貨です! ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 

 

その後も、なんやかんやテンションが上がってしまった俺とペロロンは、支離滅裂な行動をし続けてしまった。

NPCどっちが可愛いか論争に始まり、お互いのNPCの設定の批評を始め、本気のPVPが始まったりもしてしまった。

 

「俺が勝ったらシャルティアに土下座な! お前が勝ったらアンちゃんに土下座してやるよ!」

「いや、アントルラッセに謝罪は不要。ただ、俺が勝ったら……」

「お前が勝ったら……?」

「君の事を……お父さんと呼んでも良いかな……?」

「クロワゼ君! 君がシャルティアに相応しいかテストをしてあげるよ!!!!!!」

「ペロロンチーノお父様! あんな奴やっつけて下さいまし!(裏声)」

「お兄様! 応援しています!(裏声)」

 

 

俺とペロロンは非常に有意義な時間を共にする事が出来た。

いや、本当に有意義だったのか。久々にギルメンと会える最後のチャンスをこんな事に使って良かったのだろうか。

でも、後悔は無かった。チラリとペロロンの方を見る。彼も満足そうな表情をしていた。賢者モードになっていた。

ふと、時計に目を向けると、既にユグドラシル終了の50分前だ。これはヤバい。モモンガさんに顔を見せないと。

 

「なあペロロン、円卓に戻ろうか。モモンガさんが待ってる」

「ん……ああ。そうするか。」

 

ペロロンを促すと俺は廊下に繋がる扉に向かう。本当だったら部屋の中からリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使えば一瞬で転移出来るのだが、最後くらいは歩いて行くのも良いだろう。せっかくだし、ペロロンとナザリック地下大墳墓の中を散歩しても良い。モモンガさんに挨拶できる時間を残して円卓に戻れば良いのだ。

 

ふとペロロンの方に振り向くと、ペロロンはシャルティアとアントルラッセのツーショットを撮っていた。

アントルラッセを四つん這いにさせ、その上にシャルティアを座らせたり、シャルティアにアントルラッセがエビ固めを極めていた。

 

「……そんな動きもさせられるんだな」

「ん……ああ、コンソールの設定と攻撃スキルを組み合わせるとね」

 

ペロロンはやっぱり最後までヤベー奴だった。

そんなヤベー奴とずっと一緒に居た俺も、もしかしたらギルメンに同族的な目で見られていたのかも知れない。

それはちょっと心外でもあったが、少し、嬉しくも感じられ、我ながら驚いてしまった。

 

「……もう二度と言わないから忘れて欲しいんだが」

 

シャルティアとアントルラッセから目を離さず、ペロロンが呟くように言葉を紡ぐ。

最後の最後にどんな爆弾を投下するのか。ちょっと身構えながら俺はペロロンの方に身体を向ける。

さぁ、来い。どんな発言でも俺は受け止めてやるぞ。

 

「お前の作ったNPCを最後に見る事が出来て、心の底から満たされた気分になった。ギルメンの皆と久々に会えたのも楽しかったけど、最後の最後に、お前の心の内が見れたような気がするよ。俺と……モモンガさんだけだろ? これ見せたの。ありがとうな、クロワゼ」

 

ペロロンはそう言うと、シャルティアをその場に残し、廊下に出て行ってしまった。

シャルティアの本来の居場所は、地下一層から地下三層までだ。

ペロロンが俺を認めてくれた気がした。いや、昔から、お互いの事は認め合っていたはずだ。意図的に、目を背けていただけだ。

最愛の友人に俺の人形を見せる事が出来た。これで心残りは、もうない。




ver1.01 2019/02/01


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2話 ナザリックの群像(1)

yeeeellowさん、脱字の指摘ありがとうございます


楽しい時間は終わるのが早い。それでも、寂しいと感じる事は無かった。

数席開けて座っている最後に残ったギルメンの方へ顔を向ける。その後ろにはいつの間に呼んだのか、NPCのシャルティアとアントルラッセがお行儀よく並んでいた。

 

「クロワゼさんは最後にどうする予定ですか? どうせなら、好きな子でも言い合いますか?」

 

手元のコンソールを操作していただろうクロワゼさんが顔をこちらに向ける。その顔は、今までと違っていた。

仮想世界なのだから、外見に内面の様子が出る事は本来ならばあり得る事ではない。

それでも、気付いた。これは長らくギルド長をやっていたからだろうか? それとも、他の人にも分かる変化なのだろうか?

 

今までのクロワゼさんには言い様のない黒い隈のような物が目元にあった。

外見のテクスチャの設定や、光の加減と言われればそれまでなのだが、自分はそうだとは思わなかった。

でも、それが今では消えている。「設定変えたんですか?」なんて無粋な事を聞く必要も無い。つまり、クロワゼさんも、ようやく胸のつかえ(・・・・・)が取れたのだろう。

最終日に自分の願いが叶うだけではなく、ギルメンの悩みも消えていたなんて、とても素晴らしい事だと思う。色々あったけど、ユグドラシルを最後まで続けていて良かった。それだけは絶対に揺るぎない事実だ。きっと明日からも、俺は頑張れるはずだ。

 

「好きな子って……ふふふ、モモンガさんは誰が好きなんですか? 二グレドですか? 二グレドですか? それとも……二グレドですか?」

「何で二グレド限定なんですか?! いや、まあ好きですけど! でも他にもいるでしょ、アルベドとかアウラとか!」

 

機嫌が良いのか、クロワゼさんの口も軽い。

チラリと時計を見る。残りは10分ちょいか。何かするなら、今から動かないとな。

 

「モモンガさんには、ナザリック地下大墳墓を残す義務があると思います。ギルド長の、最後の大仕事です」

 

クロワゼさんがそんな一言を口にしながら、席を立った。

でも、クロワゼさんの言っている意味が良く分からない。ユグドラシルはあと数分でなくなってしまう。それなのに、残す義務……?

 

「俺は、ペロロンを羨ましがらせる為に、最高に格好良いスクリーンショットを撮りに行きたいと思います。最後の最後だから出来る無茶もある。モモンガさんもそうは思いませんか?」

 

クロワゼさんが笑いながらこちらに顔を向けた。

なるほど、そういう事か。このナザリック地下大墳墓の主である自分にしか出来ない事が、確かにそこにはあった。

自然に自分の口角が上がっている。何でこんな事も思い付かなかったのだろうか。我ながら恥ずかしさが浮かぶ。それほど、自分の心は閉ざされていたのか。

 

残りの時間を確認する。もはや数分である。それなら、ぼやぼやしている暇は無い。スピードが勝負だ。素早くコンソールを開いてNPCの設定を確認する。

血が湧き立っている感覚が体内を駆け巡る。こんなにドキドキしているのは、初めてユグドラシルをプレイした時以来かもしれない。

 

「アントルラッセ、最初で最後の命令だ。モモンガさんを守ってほしい」

 

クロワゼさんがアントルラッセに言葉を掛けると、ふわふわと自分に近付いてくる。

いつの間にか装備を整えたのか、その背には弓を背負って……あれ? この装備ってペロロンチーノさんの装備じゃないの? ハッとアントルラッセの顔を見るが、もちろんニコニコとしているだけで、事の真意は分からない。あれ? どういう事なの? 今日だけで色々ありすぎて、頭が沸騰しそうだよ!

クロワゼさんの方に顔を向けたが、既に遅し。廊下から、クロワゼさんの「最高の焼き鳥になってやんよ!」と言う声が、辛うじて聞こえてきた。

 

「ふふふ、焼き鳥って……死んでるじゃないですか」

 

クロワゼさんの最後の惨状を頭に浮かべると、口から小さく笑い声が漏れてしまった。

さて、俺も急いで行動を始めなくては。早足に円卓の間に飾られている杖の前に立つ。最初で最後の大仕事だ。失敗は、したくない。

 

 

―――

 

 

玉座の間に続く廊下を歩く。その一歩一歩は、信じられないほどに軽やかに感じた。

しかし、だからと言って早足で歩いているわけでは無い。その廊下を踏みしめる様に、一歩一歩重く、確実な足取りで歩く必要がある。死の支配者(オーバーロード)が、ナザリック地下大墳墓の主が、はしたなく(・・・・・)廊下を小走りしてはいけないのだ。

背後では、シャルティアとアントルラッセが静かに供を務めている。

そして右手に握っているのは、ギルドの誇りともいえるギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンである。禍々しい歪みが輝いており、生きとし生けるもの全てに厄災を与えるような威圧感を放っている。アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーが、全ての情熱を詰め込んだ武器なのだ。その威圧感も、当然と言って差し支えない。

コンソールの設定で、エフェクトや設定を全てONにしている。最後だからこそ、最後であるが故に、相応しい状態があるのだ。

 

廊下の途中に人影が見える。ホムンクルスのメイドだ。

すれ違いざまに、当然のように頭を下げる。

 

「……今日は特別な日だ。同行を許可する」

 

再び、メイドが頭を下げ、静かにシャルティア、アントルラッセの後ろに並び歩く。

久しぶりの魔王ロールだったが威厳はあっただろうか?

いや、最後だからこそ、楽しめば良いのだ。自分が思い描く死の支配者(オーバーロード)を見せてやろうじゃないか。

 

 

 

最後の階段を降りると、そこには広間が待っていた。そして、この先の大広間の奥に、目的地の玉座の間があるのだ。

そもそも玉座の間は自分にとっては慣れ親しんだ場所でもある。しかし、わざわざ地下九層から降りてくる事など、本当にどれくらいぶりだったのだろうか。最後にこの広間に来たのも、いつだったか思い出せない。それにしても、よくこれでアインズ・ウール・ゴウンを、ナザリック地下大墳墓を大事に思っていたなんて言えたなぁ、と自嘲気味な気分になってしまう。

 

改めて背後に視線を向けてみる。そこには、最初に連れていたシャルティアやアントルラッセの他に、メイドが数体、自動POPするエルダーリッチやスケルトンなども並び歩いていた。本来ならば地下九層にはモンスターが自動POPするはずはないのだが、一体どういう事なのだろうか。

ふと、シャルティアと目があったような気がした。その顔を見つめていると、微笑みを返してくれる。もしかしたら、ペロロンチーノさんが組んだスキルの効果によって、地形や場所を関係なくアンデットを生み出しているのかもしれない。

コンソールで時間を確認すると、幾分か余裕があった。それなら、色々なポーズを取らせるのも楽しいかもしれない。

 

傍らに立っていた六連星(プレアデス)を引き連れ、最後の扉を目指して、歩く。

途中の大広間には、四色のクリスタルが白色光を輝かせ、壁に彫像が飾られていたりと、美しい装飾によって彩られている。

やがて、目の前に女神と悪魔が施されている、自分が今の三倍大きくなっても通れそうな、巨大で重厚そうな両開きの扉の前に到着した。

傍らには執事風の男が立っている。ここがリアルだったら、彼が扉を開けてくれたのだろう。

そう思うと、ナザリック地下大墳墓のこだわりには感服する事しか出来なかった。

 

そっと、扉に表示されているアイコンに手をかざす。

重厚そうな音を立てながら、ゆっくりと、ゆっくりと扉は開いた。

そして、その扉の先の光景に、自分の想像を超える(きらめ)きを感じてしまった。

ナザリック地下大墳墓の全ての勢力が、整然と集っていたのだ。

かつてのギルドメンバーが、仲間たちが、思いの丈を詰め込んだ存在が、そこに集っていたのだ。

 

 

 

身体の奥底から、呼ばれた産声がある。いや、これは何だ。この感情は何なのだ。

どうしてか身体を支えられなくなり、その場にしゃがみ込んでしまう。スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが床にぶつかってしまったが、気にする余裕はない。ここは仮想世界だ。死の支配者(オーバーロード)の顔からは、涙は流れない。

それでも嗚咽を抑えられなくなり、自分の顔を片手で押さえながら、恥も外聞も無く、抑圧されていた自分の本心を曝け出す事が出来たのだ。

自分は捨てられたのだと思っていた。裏切られたのだと考えた事もあった。でも、真実は、違う。そんな事、とっくの昔に知っている。

ただ、認めたくないだけだった。

この光景は何だ。この、ギルドメンバーが残してくれたナザリック地下大墳墓の光景はなんだ。

タブラさんの残したアルベドがいる。ウルベルトさんの残したデミウルゴスがいる。ぶくぶく茶釜さんの残したアウラとマーレがいる。武人建御雷さんの残したコキュートスがいる。仲間はこんなにも、自分に遺してくれていたのだ。それに目を背けていた自分が、恥ずかしくて仕方がない。

 

静かにその場に立ち上がり、コンソールに触れる。今まで並んでいたシャルティアが、そろそろと、階層守護者の列に混ざる。一般メイドが、六連星(プレアデス)が、執事風の男(セバス・チャン)が、自動POPのモンスターが、思い思いの場所に陣取っていく。

ふと、クロワゼさんの作ったアントルラッセをどうすれば良いのか悩んでしまう。

この子の立場は一体何なのだろうか。メイドでは無いし、階層守護者でも無い。その他のモンスターと並べるのもクロワゼさんに悪い気がする。

とりあえず、玉座に向かって歩き出す。フワフワとアントルラッセも付いてくる。

玉座に座るまでに良いアイデアが思い付く事を祈るしかない。そして、一歩、二歩、三歩、と玉座への階段を上って行く。

 

「ふぅ」と一息付きながら、玉座に座る。よし、何も思い浮かばなかった。

とりあえず横を見ると、ギンヌンガガブ(真なる無)を持ったアルベドが立っている。アルベドがいるなら、アントルラッセがいても良いんじゃないかな?

そもそも、アントルラッセの事を他のギルメンは知らない訳だし、クロワゼさんのNPCのお披露目と考えれば、目立つ所に立たせても悪い事はないんじゃないかな? うん、それもそうだ。とりあえずアルベドの逆側に立たせる事にする。コンソールに触れる。アントルラッセは移動する。はい、準備は整いました!

 

 

 

別に自分の先ほどの醜態を思い出したわけでは無いし、理由も特にないんだけれども、何の気なしにアルベドの設定に目を通してしまった。

いや、本当に理由なんて無かった。自分が気持ち的に恥ずかしい思いをしたからって、タブラさんの黒歴史を覗いてやろうなんて気持ち、微塵も無かった。

本当だよ?

 

それにしても、長い。長い上に設定が練られてて黒歴史のように思えない。これは一つの、完成された設定資料かもしれない。

なんだかタブラさんに負けたような気がする。そんな気持ちの中でアルベドの設定を読み続けていると……。

 

「うーん、あんまり良くない気も……でもなぁ……」

 

アルベドはビッチだった。

知らなかった、こんなに美人で優しそうなお姉さんがビッチだなんて、嘘としか思えない。

もしかしたら、タブラさんはアルベドみたいな美しい女性を、ビッチだと勘違いしていたのかもしれない。もしくは、美しい女性がビッチであって欲しいという願望があるのかもしれない。

それは良くない。良くないというか、ギルド的に良くない。

只でさえ変態的な鳥人(バードマン)を二匹も飼っていたのだ。更に変態を増やす必要性は無い。アインズ・ウール・ゴウンは非常に健全なギルドでなのである。

 

「ごめんなさい、タブラさん。アルベドは清廉で潔癖な、心の綺麗な女性です」

 

『ちなみにビッチである』を『ギルメンを大切に思う』に代えてみた。謝罪のメールはスクリーンショットと一緒に送ろう。

時間を確認すると、設定を読み(ふけ)っていたのが仇となったのか、タイムリミットに近付いていた。

 

 

―――

 

 

遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を玉座と自分の陰に隠しながら横目で構図を確認しながら、左手で誤差を修正する。個人的な設定はこうだ。ユグドラシルが終焉に向かう中、ナザリック地下大墳墓にて行われる、大々的なギルド長である死の支配者(オーバーロード)の演説。

 

それに感動して平伏(ひれふ)すNPCとかモンスター達を激写(スクリーンショット)。ドヤ顔の自分となんか感動してるっぽいNPCを激写(スクリーンショット)。最後に皆を正面に写した集合写真(スクリーンショット)。皆の思いが詰まったナザリックの雄姿をしっかりと記録に残さないといけない。

最初の一枚目は簡単だ。適当なタイミングで平伏(ひれふ)させれば良いのだ。二枚目は少し難しい。演説しながら違和感なくコンソールを動かし、NPCの表情を変える事が出来るのか。そして三枚目は、なんか締めくくったっぽいタイミングで自分が後ろを向いて、玉座を透過させた瞬間に玉座の背後から撮れば良い。きっと、アルベドとアントルラッセも自分を追って顔の向きを変えてくれるに違いない。角度とタイミングと……出来るのか、自分に。

いや、最後の大仕事だ。難易度は少しくらい難しい方が丁度良いのかもしれない。よし、とりあえず、頃合いだからやってみるか。

 

 

―――

 

 

「…………それ故に、我らは、仲間の事を忘れてはいけないのだ。最後まで勇敢に戦ってきた仲間達を。そして、最後のこの瞬間を分かち合える事を感謝しながら……」

 

一枚目と二枚目を順調に撮影し終えた事に安堵しながら、最後のタイミングを確認する。

大体もう言いたい事は言い終わったし、切り上げても良いのだが、感動超大作の後に、ユグドラシルがサーバーダウンするまでの時間を棒立ちで待つのもかなり格好悪いと思ってしまう。とりあえず、10カウントでナザリック地下大墳墓万歳みたいな事をやって、格好良くマントを翻しながらスクリーンショットを撮れば良いよね。

 

「…………終焉の時も近い……それでは皆の者、面を上げよ。そして、立ち上がるのだ。我らが立ち続ける限り、ナザリック地下大墳墓は不滅である。そして、終わりなき不朽を信じて…………アインズウールゴウン、万歳! ナザリック地下大墳墓、万歳!」

 

完璧なタイミングでマントを翻し、カメラ目線でドヤ顔を決める。そして、轟く万歳の嵐。

 

背筋が冷える。

 

背後から誰のものとも知れぬ声で万歳の唱和が始まっているのである。よくよく耳を凝らせば、涙声が混じっていたり、鼻を啜る音も聞こえる。

何が起こっているか分からないけど、怖い。自分しかいないはずの空間から他人の声が聞こえるというのは、予想以上に怖い。しかも集団だし。

恐る恐る振り返ると、NPCが勝手に動き出していた。目線をアルベドに向ける。アルベドがハンカチで目頭を押さえながら「ナザリック万歳」と呟いている。

逆を向く。アントルラッセがキョトンとした表情をしながら、階段下の集団を見つめている。

 

「……最後にやってくれたな…………クソ運営が……」

 

サーバーダウンの時間は過ぎている。しかし、未だにユグドラシルは絶賛稼働中で、更にはNPCが勝手に動き始めている。

完全に分かった。つまり最終決戦なのだろう。ユグドラシルが消滅するからと『運営vsプレイヤーギルド最終攻防戦』が始まったのだろう。運営は(プレイヤー)が楽しみながら作った砂場のお城(ギルド)を面白半分でぶっ壊す集団(タイプ)なのかな? クソ運営のやり口に怒りも覚えてくる。

しかし、冷静な自分の姿もそこにはあった。このような状態に陥っても即座に理解し、そして動揺もしていない。

…………かつての伝説のギルドは、今回も伝説を残せそうだ。

 

 

―――

 

 

「……静まれ」

 

小さく呟くと、一斉に万歳の唱和が止まり、一切の音が玉座の間から消えた。

皆、こちらに注目しているようだ。なるほど、だんだんと理解してきた。どういう技術かは知らないけど、音声対応でNPCが動作を実行してくれるようである。残りの時間は長くて30分。ナザリック地下大墳墓をクソ運営の襲撃から守り切れば、アインズ・ウール・ゴウンの勝利である。

 

「……あー……アルベドよ。ナザリックの防衛責任者は誰だ」

「はっ……私で御座います。モモンガ様」

 

アルベドが返事と同時に片膝をつき、臣下の礼をとる。

…………言葉も出ない。運営、最後だからって無茶しすぎてない? 何でNPCの設定が自動ロジックに反映されてるの?

 

「…………よい、今は非常事態である。直ちに各階層守護者に各階層の防衛をさせるのだ。警戒レベルは最高。異変、もしくは侵入者が確認できたら連絡の後に待機。絶対に攻撃を仕掛けるな。むしろ、姿が見付かる事こそ、恥と知れ。地下四層と地下八層は……直接の警備は不要だが、警戒だけはしてくれ」

 

言ってから気付いた。こんなに難しい言葉を並べ連ねても、CPU処理が追いつくはずが…………。

 

「はっ! 直ちに!」

 

……通ってしまった。

命令を受けたアルベドがきびきびと指令を出し始める。まあ、ある程度の無茶は利く事が分かったし……次に必要な事は何だ。やはりコンソールか。

玉座に座ったまま、今まで通りにコンソールを出そうとするが、まったくその気配が無い。

困った。リアル追及で音声しか受け付けていないのだろうか。どうしたものかと頭を働かせていると、ふと、遠慮がちに身に付けているマントを引っ張られる感覚を覚えた。

玉座の右側に顔を向けると、アントルラッセの姿が目に入る。

 

「モモンガ様、不敬をお許しください。その……私は、地下9層を防衛すれば宜しいでしょうか?」

 

唐突過ぎて、アントルラッセと地下九層の繋がりが全く見えなかった。

そもそも地下九層と地下十層の防衛は六連星(プレアデス)とセバスの設定じゃなかったっけ?

しかし、よくよく考えて見る。誰かにナザリック地下大墳墓の外を警戒してもらう必要はある。

それなら、セバスと六連星(プレアデス)の誰かに地表の監視をしてもらえばいいのだ。

そして、その穴にアントルラッセを組み込めば、何とか一時凌ぎにはなるだろう。

もしかしたら、クロワゼさんの部屋があるから地下九層を望んでいるのかも知れない。

ふふふ、クロワゼさん、愛されてますね。

 

「アルベド! セバスと六連星(プレアデス)の…………ソリュシャンとエントマに地表の監視を任せる! 安全が確認できたら少しずつ範囲を広げよ! 帰還ルートは確保し、接敵は許さん! ……プレイヤーの気配があったら即座に連絡を寄こせ! 六連星(プレアデス)のフォローはアントルラッセにさせる! ユリ! 指示は任せたぞ!」

 

アントルラッセが階段を下り、六連星(プレアデス)と合流しそうになった所で、各所から(ざわ)めきが起こった。

目線はアントルラッセに向いており、注目の的となっている彼女の挙動が、一気に不安定になる。

(ざわ)めきの波が広がって行く中、突然、大きな声が玉座の間に響いた。

 

「静かにしなんし! その子はクロワゼ様が自らの手で創造された階層守護者でありんす! クロワゼ様が地下九層の階層守護者に認めていんす!」

 

シャルティアの声に動揺の声が広がる。

声には出さなかったが、シャルティアの声に動揺したのは自分も同じである。

えっ、何でシャルティアは俺が知らない事を知っているの?! それは正しい知識なの?! どういう事なの?!

とりあえず動揺を悟られない様に「……ふっ、流石だなシャルティア」と声を掛ける。

それにしてもシャルティアの一声で空間に動揺の声が広がったが、特にセバスと六連星(プレアデス)の6人の反応は顕著だったように見えた。

まるでシャルティアの声に反応してダメージを受けたようにも見えたが、シャルティアのスキルにそんな効果は無いはずだ。多分、目の錯覚だろう。

 

 

 

玉座の間からどんどん人がいなくなっていく。

いや、人じゃなくて異形種なんだけどね。

それにしても、指示を出し終わったからなのか、玉座の隣にアルベドが戻って来てしまった。

おかしいな、なぜアルベドはナザリックを防衛してくれないのだろうか。

 

「……アルベドよ、何をしている」

 

声を掛けると、予想以上にアルベドの身体がビクってなった。そして、青ざめた顔でこちらを見つめながら臣下の礼をとった。

 

「お……お許しくださいませモモンガ様。何か不敬を致してしまったのでしょうか、どうかどうかお許しくださいませ。必要とあるならば、私の死を持って償わせて頂きます……」

 

アルベドはそう言うと、涙を流しながら、手に持ったギンヌンガガブ(真なる無)を喉元に付きつけている。良く分からないけど、絵面が凄い。

とりあえず、死ぬのは止めてほしい。クソ運営との防衛戦で戦力が減るのは望ましい事ではないのだ。そもそもクソ運営の音声認識設定がピーキーすぎてこっちの意図通りにNPCが動いてくれないのはちょっと問題があるんじゃないかな? 終わったらクレームだな! ……って、これが終わったらユグドラシルチーム解散で、クレームもクソも無いじゃん?

…………クソ運営がぁああああああああああああああああ!!!!?!1111111

 

「勝手に死ぬ事は許さん。誠意は働きによって見せてほしいものだな……」

 

あっ、思い出したけどアルベドって守護者統括だから守護する階層が特にないのか。これだと俺の指示がやっぱり悪かったんだなぁ。

本当だったら、もっと普通に指示を出したいのに、この戦いがクソ運営によって録画されてて後に公表される可能性を考えると、迂闊な事は出来ないし……詰んだ。

 

「……ふっ」

 

とりあえずアルベドの件は笑って誤魔化そう。

そして、全てが終わったら改めて謝れば…………NPCに謝罪する必要ってあるのか?




ver1.10 2019/02/01


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3話 ナザリックの群像(2)

先ほどからコツコツと一定間隔のリズムが刻まれているけど、何の音だろう。

それは、自分が無意識的に玉座の肘掛を指で叩いている音だとすぐに分かった。

 

「…………」

 

ゲームスタートから既に数分は経っているはずだ。

それなのに、接敵の気配は感じられず、仲間のNPCから連絡も一切入らない。

もしかしたら、スタート地点から移動しないとイベントは開始しないのか?

それならば、自分が悪いのかもしれない。

クソ運営だって最終日で忙しく、(いち)プレイヤーの状況を確認している暇はない。

それならこの場から一切動かない自分は、チュートリアル中だと勘違いされても仕方がない。

それなら、さっさとチュートリアルを終わらせて、戦線に介入してやろうじゃないか。

 

「…………アルベド、分かっている事を話せ」

 

こういう場合は一番身近にいるNPC、もしくは一覧で一番上に表示されているNPCがキーパーソンになる事がマナーだ。

クソ運営の事だからって、その部分は動かさないはずだ。

 

「………も、申し訳ございません。情報が未だ整っておr」

 

チュートリアルは無しか。なら動こう。

座り心地の良かった玉座から一歩ずつ足を出す。ユグドラシルとの同期は回線が混雑していないからなのか実にスムーズで、一つの違和感も無く歩みを進める事が出来た。

玉座からの階段を降り、今までNPCが密集していた場所に立つ。

アルベドからの指示で一時は騒然としていた為か、少し埃が舞っているような気もする。

最終日だからってこんな部分までリアルに近付けなくて良いと思うのだけど、他のDMMO-RPGはどうなんだろう。これくらいは普通なのかな?

 

背後からアルベドが色々叫んでいる。その悲壮感に足が(すく)みそうになる。

鬼気迫りすぎて怖い。なんか悪い事をしているような錯覚すら覚える。気が滅入る前に、行こう。

玉座の間の中心で、そっと右手を上げる。

 

「…………リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンよ、我を表層へ」

 

重力か何なのか、身体に一瞬、負担がかかる。

そして、目の前が暗転。無重力に放り出されたような無力感を全身に感じてしまう。

ちょっと! 吐きそう!

一体どれくらいの資金を投入すれば、人の感覚フェーズに直接的な演出を施せるのだろうか。

ユグドラシルチームの内部留保(ないぶりゅうほ)、相当だったんだなぁ。

 

 

―――

 

 

身体の違和感が収まったと思ったので、そっと目を開けて見る。

一面に、草原がある。空には黒と白が入り混じったコントラストだ。こんな光景、見た事が無い。

慌てて自分がどこにいるかを確認する。見回すと、今いる場所が、玉座の間の扉よりも大きいと思われる戦士像に囲まれている事に気付く。

少し歩を進め、首を身体ごと、ぐるっ、と一周させる。東西南北と思われる四か所に、覚えが残る霊廟を見付けられる。

と言う事は、自分は中央の霊廟に立っている事が分かる。

そうすると、ここはなんだ。自分がナザリック地下大墳墓から出てきたのは理解したが、フィールドが違う。全く見覚えが無い。

グレンデラ沼地はどこに消えたんだ?!

 

「モモンガ様! 供も付けずにどちらに行かれるのでありんしょうか!!!!!」

 

知らない場所にソワソワしていたら、背後から物凄く慌てたような大声が聞こえた。

一体なんだろうと振り返ると、誰もいない。

自分の幻聴かと不安に思いながら視線を前に戻すと、そこにはいつからいたのか、片膝をついて臣下の礼をとっているシャルティアがいた。

 

「…………地下階層の様子はどうであった? 何か異変などは見付かったか?」

「……っ! も、申し訳ございんせん、わらわの実力不足か、モモンガ様の仰っていんした異変は見付かりんせんでありんした……」

 

聞き取り辛い。

ペロロンチーノさんの設定がこんなに忠実に反映されているなんて、クソ運営仕事しすぎだろ。

この労力を、もっとゲームバランスとか、ゲームクリエイトとか、サポートに使ってくれていれば良かったのに。

でも、ユグドラシルが隆盛を誇っていたのは、(ひとえ)に運営がクソ運営だったから、と言うのも納得はしている。

自由すぎるゲームクリエイトと、自由すぎるゲームバランス。本当に、毎日が楽しかった。あの頃は、ずっとこんな毎日が、続くと思っていた。

おっと、感傷に浸るところだった。危ない危ない。もうプレイヤーに残された時間は少ないはず。サーバーアウトする前に、クソ運営の一人でもやっつけないと、アインズ・ウール・ゴウンを伝説に残す事は難しい。

一番恐ろしいのは、こっちがサーバーアウトした後に『【抱腹】笑ナザリック地下大墳墓☆攻略しちゃいました笑【絶倒】』みたいな動画を流される事だ。

クソ運営ならプレイヤーの神経を逆なでするのはお茶の子さいさいなのだ。そうさせない為にも、クソ運営を倒す。

録画がリアルタイムで中継されていたらもっと面白い。

 

『クソ運営倒したモモンガさんTUEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE??!!!!』

『クソギルド、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガは神』

『クソ運営に一泡食わせたモモンガとか言う唯一神』

 

ふふふ、考えるだけでも楽しい気分になってきた。

右手を動かしてみる。やはり、コンソールは出ない。魔法やスキルも、出ない。

ハンデ戦すぎるけど、いくらクソ運営とはいえ、プレイヤーを勝たせないイベントは起こさないはずだ。あるはずなのだ。こんな状態でも相手を上回れる方法が。やはり、NPCを上手く活用する事こそが、一番の活路か。

 

「シャルティア、供を任せる。お前のような強者が側にいれば……ふふっ、勝機も見えよう」

 

理由は分からないけど、シャルティアがこの場に来てくれたのは助かる。

ガチの能力配分、スキル設定をした最強の階層守護者だ。自分が満足に戦えなくても、時間稼ぎは任せられる。本当だったらアルベドも側にいてほしかったが、アルベドは来てくれない。なぜだろう。ルールが分からない。

 

「はっ! 有難き幸せ! こなたの身に代えても、モモンガ様をお守り致しんす!!!!!!!」

 

こちらに顔を上げ、ふんすふんすと、鼻息を荒くする。

目はギラギラと輝いており、放っておくとこっちに飛び掛かってきそうで怖い。さっきからNPCが怖い。なんか思ってたのと違う。

 

「んっ……頼りにしてるぞシャルティア。まあ……なんだ。いつまでもそうやっているのも辛かろう。側に控えなさい」

「有難き幸せ!!!」

 

シャルティアに立つように指示する。こちらの意図を理解してくれたのか、スムーズにシャルティアが側に立つ。あとはクソ運営が侵攻してくるのを待つだけだ。こちらから向かうのは良くない。フィールドリンクがランダムにされている可能性が高い。

他の場所では混乱しているプレイヤーが多いかもしれないが、百戦錬磨の上位ギルドは違うのだよ。

こういう場合こそ、あえて(けん)

状況を素早く判断し、ミスを可能な限り無くす。先手は取られるかもしれないが、だからこそ守りを固める。焦った方が、負ける。

 

「ふふふ、シャルティアよ。夜空が綺麗だとは思わないか? このような静寂を楽しむ事も、これで最後かもしれないからな」

 

言いながら、そっとシャルティアの頭に手を乗せてしまった。

…………おっと! 接触判定でアラートが…………鳴らない?

最終日だからと判定を緩くしているのだろうか? しかし、DMMO-RPG内でのそのような行為は法に縛られている。いくらユグドラシルが終了するからといって、無罪放免になるわけでも無い。なんだ? 何が起こっているんだ?

 

思考は囚われていた。しかし、その触りの良い髪質を無意識に撫でまわしていた。

……おっと、危ない危ない。これは良くない事だと、すぐに悟る。

いくらシャルティアの頭が手を置くのに丁度良い場所にあったからって、触ってもアラートが鳴らないからって、なんてことをしてしまうんだ! 俺の左手!

 

「………………モモンガ様、………………月が綺麗でありんす」

 

どうにか誤魔化そうとシャルティアに謝ろうと思ったが、その前に呟きがあった。

消え入るような声だったが、どうにか聞き逃す事は無かった。

シャルティアに言われて、きょろきょろと夜空を見回す。……自分には見えない。

感動を共有しようと頑張ったんだけれども、残念ながら、最後まで月は見付からなかったんだ。

 

 

―――

 

 

長い時間をシャルティアと共にしていたような気がする。

シャルティアは立ち続けている事に疲れたのか、こちらに身を預ける様に寄り掛かっている。

それとも、NPCの休止モードかな?

そんなシャルティアが倒れないように、そっと手を肩に回している。それにしても静かだ。

一体、防衛戦が始まってからどれほどの時間が経ったのだろう。他のプレイヤーの戦果も気になる。コンソールを開く事が出来ないから、時間を見る事は出来ない。この場所に、時間を確認できる道具(アイテム)はない。

星空を見ると、さっきよりも星が流れているような気もするけど、自分にはよく分からない。

ブループラネットさんだったら分かるかも知れないけどなぁ。

 

「シャルティア、どう思う?」

 

ずっと黙って待っているのも退屈なので、NPCに話し掛けて見る。

「どう思う?」もクソもないのだが、何か面白い返事があったら面白い。

 

「……モモンガ様は、……わらわの事を、」

「失礼致します、モモンガ様。状況確認が終わりましたので、ご説明させて頂こうと思い……」

 

アルベドの声が、シャルティアの言葉を遮るタイミングで聞こえた。

もしかしてイベントの進行かな。なんかグダグダになってきたなぁ。

肩を支えていたシャルティアから離れ、霊廟の入り口に立つアルベドに近付く。短い距離だが、シャルティアが後ろに続くのが分かる。

アルベドの前に立つ。

ふと、違和感に気付く。なんだか、アルベドの顔が般若のようになっている。

もしかして、怒っているのか? 不満なのか? 何だ? 何を見ているんだ? 敵が来たのか?!

チラリと背後を見て見る。そこにはニコニコとしているシャルティアしかいない。敵の気配は、感じない。

もう一度アルベドに顔を向ける。そこには、いつも通りのアルベドがいた。さっきのはテクスチャのバグかもしれない。気にする意味はない。

 

「聞こう」

「はっ! 結果から申し上げます。ナザリック地下大墳墓内に敵対勢力は発見できませんでした。地下四層のガルガンチュアに異変は見受けられず、地下八層にも何者かが出入りした気配は一切ありませんでした。地下五層、コキュートスとニグレドの報告によりますと、異変なし。地下六層、アウラとマーレの報告によると、異変なし。地下七層、デミウルゴスの報告によりますと、異変なし。地下九層、十層、ユリの報告によりますと、異変なし、とのことでした」

「……地下一層から三層までの異変は見付かりんせん」

「そうか……」

 

クソ運営があらかじめギルドに用意していた爆弾は、なし、か。

となると、外部からの侵入だけを警戒すれば良いのかな? それだとだいぶ対策が楽になるが……。

いや、油断は大敵だ。終わるまで、自分の中の警戒網は最大にしておかなくては。小さな親切大きなお世話って言うし。あれ? これは意味が違うかな?

それにしても侵攻が遅い。ギルドの上位から順番だったと考えても、既に接敵くらいはしていないとおかしい。

自分で言うのも恥ずかしいけど、我がアインズ・ウール・ゴウンの知名度は相当だと思う。クソ運営が敢えて見逃す意味が分からない。むしろ、ここで見逃したらクソ運営に批判が集まるのが容易に想像できる。ネットで晒されてクソ運営が炎上する未来が見える。それはそれで楽しいけど。

 

「……ナザリック地下大墳墓周辺の警護を最大限に引き上げ、待機。絶対に相手には見付かるな。異変があったら即座に連絡をしてくれ。不可視化できる八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)……なんて良いかもな。あとは緊急時に入り口を死守できるようにゴーレムでも配置すれば良いのか?」

「はっ! ナザリック地下大墳墓の防衛はお任せください! 御心のままに!」

 

アルベドとシャルティアが同時に片膝を付き、臣下の礼をとる。

 

「部屋に戻る」

 

なんだか疲れてしまったので二人にそう言い残し、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを起動させ、地下九層に向かう。

なんか思ったような盛り上がりにはならないなぁ。クソ運営、最後なんだから頼むよ……。

 

 

―――

 

 

地下九層の廊下を歩くと、右に左にメイドやモンスターの類が動き回っている。

自分の存在に気付くと、驚いたような表情をしながらも、静かにその場で姿勢を正し、臣下の礼をとってくる。

わざわざ無視するのも愛想が無い気がするので、軽く手を上げながら自分の部屋に向かう。

なんというか、アルベドやシャルティアもそうだったけど、NPCの挙動がリアルすぎて落ち着かない。リアルでのストレスを発散するためのDMMO-RPGなのに、こちらでも気を遣わないといけないなんて、居心地が悪い。

リアルすぎるDMMO-RPGも考えようだなぁ。

 

自分に割り当てられた部屋の前に辿り着く。最近は利用する事は無かったけど、身体が場所を覚えていてくれた。

手を伸ばし、扉を開けようとするが、ポップアップアイコンが出てこない。困ったな。扉が開けられない。設定をどうにか確認したいのだが、コンソールがどうしても出て来てくれない。ヤバイ、このままじゃ、気が休まらない。

 

「大変申し訳ございません!」

 

どこからともなくメイドが近付き、ノブに手を掛け、扉を開けてくれた。なるほど。

挙動がリアルすぎるので、自然に感謝の言葉が出そうになったが、思いとどまる。

そのメイドの顔が、悪い。いや、造詣が悪いのではなく、顔色が悪い。土気色を通り越して、白くなっている。

目は虚ろで視点が定まっていない様にも見えるし、そもそも息遣いが小刻みで速い。寒気がするのか、全身震えているのも分かる。

……メイド好きなのは分かりますけど、奇をてらった設定にするのはどうかと思いますよ。ヘロヘロさん。

 

扉をくぐり、部屋の中を確認する。

最後に入った状態から何も変わっていない事に、少し安堵する。

 

正面には執務室に置くような机が置かれている。でも、用があるのはそこではない。隣のベッドルームだ。

隣の部屋に続く扉に手を掛け、開ける。中は広々としており、中央には大き目のベッドがある。

そこに向かって近づき、勢いをつけ、ダイブ。

ベッドのマットレスが死の支配者(オーバーロード)の身体を受け止め、ずぶずぶと身体を沈ませる。低反発だ。

 

「…………???」

 

身を起こし、ベッドを叩く。

ダメージ表示は出ない。代わりに、フカフカと手が沈む。感触がある。リアルである。

 

「……えっ? 流石にこれはおかしいだろ?!」

 

現代の技術でDMMO-RPG内部でリアルと同等の感触を持たせることは、絶対に不可能である。

自分の顔をベッドに埋めてみる。繊維独特の匂いを感じてしまった。

勢いよく顔を上げる。近付いていた土気色のメイドに驚きの顔がある。ティーワゴンを押しているのか、金属同士が擦れる音が聞こえる。

ベッドから立ち上がり、メイドに近付く。手近なカップを手に取り、メイドに差し出す。

 

「……すまないが、注いでくれ」

 

メイドに焦りの顔が見えるが、焦っているのはこっちも同じだ。

メイドがティーポットを手に取り、こちらのカップに口を向ける。そして、傾ける。中から湯気と同時に、紅茶が流れる。

少しづつだが丁寧に、自分の持つカップに紅茶が注がれていく。徐々に量が増え、手に熱を感じるような気がする。どういう事だ。脳が勘違いをしているのか。

 

「…………」

 

不安そうな目でこちらを伺っているメイドの姿が目に入る。

不安なのはこちらも同じだから、そんな顔はしないでほしい。ほら、笑って。スマイル。

ふと、思い付いた。自分の悪い予感が当たっているのか、どうなのか。一つの賭けに出てみよう。

手には紅茶の入ったカップを持っている。目の前には何か不安そうな顔のメイド。そして、自分。

もしもこれが成功してしまったら、自分の悪い予感が正解した事になってしまう。それは、避けたい。

でも、それによって目の前のメイドが笑ってくれたら、嬉しい。自分の落ち込んだ気持ちも、吹き飛ぶかもしれない。

 

「ふふっ……」

 

ええい、ままよ。

意を決し、手に持ったティーカップを自分の口に持って行き、一気に飲み干した。

熱は、感じる。しかし、それは一瞬である。

普通だったら高温の紅茶なんて一気に飲んだら、口の中を火傷しちゃうよね。

でも、今の自分は普通じゃなかったから、火傷なんてしなかった。そもそも、熱さを感じたのも一瞬だった。

 

「モ、モ、モ、モモンガ様ぁあああああああああああ!」

 

目の前のメイドが悲鳴のような声を上げる。アルベドもそうだったけど、女性の悲鳴は耳に響く。心の平穏が、乱される。

さぁ、悲鳴を上げてないで笑ってくれよ。俺の現状を。俺の惨状を。

立っているのは、衣類が紅茶にまみれた一人の骸骨です。俺の飲んだ紅茶は、マジシャンもびっくり、一気に身体の外に出てしまいました。

ぽたぽたと床まで汚してしまったそれは、まるでお漏らしをしたみたいだ。でも、これは紅茶なのだ。信じてほしい。

どういう事か、今の自分には、内臓が、ないぞう。

 

 

―――

 

 

内臓がないんだけど、思った以上に感情が揺さぶられていない。

普通だったら「な、内臓?! 僕の内臓がないぞう!!」なんて動揺しても仕方がないはずだ。

そもそも、内臓だけじゃなくて、筋肉とか、皮膚とか、色々ないんだけどね、ははは。

 

目の前のメイドが茫然としている。そりゃ、そうだよね。自分でも茫然としたい。さっきから、現実逃避がとてつもない。異世界転移なんて、お伽噺だよね。

まあ、物事は順番に解消していかなくては。ここで慌てても仕方がない。なるようになれ。

身に付けている衣類に手を掛け、脱ごうとしてみる。

 

「……っ、っ?! モ、モモンガ様! モモンガ様が御手を汚す事などございませんっ!!!!!!」

 

気が付いたのか、メイドが必死の形相ながら土気色から更に顔を白くしながら、こちらの服に手を掛ける。

白くなりすぎて、陶器のように綺麗だと思ったけど、それを口にするほど自分は空気が読めないわけでは無い。

体調が悪い顔を褒められて嬉しい人なんて、いないはず。

 

「不要、気にするな」

 

良かれと思って、メイドを離すように、そっと、肩に触れる。

その瞬間に響く、ウシガエルが潰れたような、不細工な重い声。

 

「あ゛! …………ぅあ゛!!」

 

壊れた操り人形のように、その場に「ぐしゃり」とメイドが崩れ落ちた。

本来の身体の構造を無視したように身体が潰れてしまっている、顔は白目をむいて、口からは涎が垂れている。

辛うじて生きているのか、それとも単なる反射か、身体がピクピクと動いているのが、生々しく、怖い。

 

「……お、おい! なんだ! 何があった!」

 

慌てて近寄りその身体を抱き起す。しかし、その瞬間、自分の行動が間違いだったと気付いてしまった。

自分が手を触れた部分が、ジュウジュウと、ダメージを受けているのだ。

 

負の接触(ネガティブ・タッチ)

 

ユグドラシル時代に自分が取得したスキルである。効果は、接触した相手にダメージを与える。

しかし、ユグドラシル時代はフレンドリーファイアは無かった。

だが、今この状態はなんだ。ジュウジュウと、肉の焦げる臭いがする。

メイドを床に置き、冷静に考える。相手のレベルはいくつだ。このメイドはホムンクルス。レベルは最低の1だ。

それに引き換え自分は死の支配者(オーバーロード)。レベル100である。

 

『オレたちがチャンピオンだ、永遠のな! 1+1は2じゃないぞ。オレたちは1+1で200だ。10倍だぞ10倍』

 

考えすぎて口から良く分からない事を口走ってしまった。

そう、自分とメイドのレベル差は10倍…………いや、100倍だ。100倍。

とんだオーバーキルである。永続効果の負の接触(ネガティブ・タッチ)で死ぬ事は無いと思うが、レベル差が大きすぎる。すぐにでも回復させなくては…………クソッ! 何をやっているんだ俺は!

素早くメイドに駆け寄り、ポーションを取り出す。口を開けて無理やり流し込もうとするが、意識がないのか口から流れ出すだけで、飲んでいる気配がない。

 

「クソっ……クソっ!」

 

すぐさま部屋を出て、辺りを見渡す。いるのはメイドとモンスターだ。回復できるスキルは持っていない。

必死になって頭を働かせる。ナザリックで回復スキルを持つのは誰だ…………?!

 

「ルプスレギナ・ベータぁああああああああああああ!!!! 今すぐこの場に来い! 今すぐだぁああああああああああ!!!」

 

静かなナザリック地下大墳墓に、自分の咆哮が響いた。

予想以上の自分の焦りようを、客観的に面白がっている自分がいた。

未だにこの世界をゲームだと思っている自分、そう思うのが、普通だよ。




ver1.10 2019/02/01


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4話 ヒソウテキデアリ、ショウソウ

先ほどまでは辺りは暗闇で、空に、星が瞬いていた。
しかし、朝焼け。空に明るみが出てくる。
日の出は未だ。薄暗い草原を疾駆(しっく)する影が3人。
その速度は相当。昼間であっても目で追えるかは、判断がつかない。
無駄を削ぎ落とし、1秒でも早く、そして、優雅であれ。

しかしその速度も、目的地に近付くにつれ徐々に遅くなっていく。
徐々に遅く、走りが、足の動きが鉛のように重くなる。足取りは、止まる。

疲れが出たのか。否、身体の切れは健在である。
それなら、なぜか。

「……セバス様、私たちの意味とは……」
「黙れっ!!!」

傍らに立つ金髪の女性の口から出た質問を、執事風の男が遮る。
彼らは必死だった。至高の頼みを、願いを、希望を、少しでも叶えるために。
もちろん、自分達の働きなど、至高の御方にとってはちっぽけ(・・・・)なのは、分かっている。
それでも、少しでも認められる為に、必死であった。
それこそが、自分達の生きる理由である。
必死だったのだ。

彼らの目線の先には、ナザリック地下大墳墓に続く霊廟が見える。
その霊廟に、自分達が出た時と異なる点があった。

空に、霊廟に、草原に、一面に。御方が命じられたのか、シモベが徘徊している。
羽虫の一匹の侵入も許さない、ギラギラとした警戒網である。誰もが御方の安全の為に、死ぬ気で、否、死んでも尚、霊廟に近付く気配に注意を払っていた。

……お前では、不足だ

そう言われたような気がした。いや、言われているのだ。
御方からの、非難か。弾劾か。糾弾か。
目の前の状況に、執事風の男の顔に苦渋の表情が浮かぶ。

「大丈夫、大丈夫です。御方はお優しい方です」

誰に言い聞かせているのか。
その言葉は、頬を撫でるような風に掻き消え、誰の耳に届く事も無かった。


「ルプス!!!! あなた……貴方、何をしてしまったの?!!!!」

 

地下九層にある、一室。六連星(プレアデス)の為に用意された空間である。

そこに繋がる扉を開けながら、一人の女性が慌てたような上ずった声を上げる。

両腕に目立つガントレットと、それに反するような夜会巻きの髪型と顔に光る眼鏡から窺える知的な雰囲気。六連星(プレアデス)の副リーダーのユリ・アルファである。

 

「何もしてないっす! 何もしてないっす!」

 

二房の赤い三つ編みが揺れ、慌てたような挙動でベッドの上から転がり落ちる。

そして、脇に落ちているメイド服に頭を突っ込みながら、泳ぐようにバタバタと暴れている。

 

「ルプス、…………警備はどうなってるのかしら?」

「この部屋に侵入者がいないか調べていたっす! ユリ姉、信じて欲しいっす!」

 

メイドとして身仕舞(みじまい)を正し、半泣きな顔をしながら、ルプスレギナ・ベータはユリの前に立つ。

別に彼女が半泣きなのは姉であるユリ・アルファが怖いからだけではない。彼女達にとって最も恐ろしい…………至高の御方の怒鳴り声が聞こえてきたからである。

 

「まあ、良いわ。ルプス、モモンガ様がお呼びよ。急いで向かいましょう」

「…………」

 

項垂(うなだ)れた彼女を後目(しりめ)に、至高の御方の待つ部屋に向かう為に廊下に出る。

ルプスレギナの足取りが重そうに動いてる事に気付いた彼女は、ルプスレギナの手首を掴み、急いで、しかし決して走る事は無く、廊下を歩いて行く。

至高の御方を待たせるような事は、誰であっても許されるべきではないのだ。

 

 

―――

 

 

室内の机に肘をつき、頭を抱える様な姿勢になる。

そこにある手触りはリアルと言って差し支えない。いくらなんでも、これがDMMO-RPG世界だとは思えない。

いや、既にモモンガは理解しているのだ。何の因果か、生まれ変わりか、転生か。自分は、ユグドラシルの一部と化したのだ、と。

いや、ユグドラシルと異なる点も多々あるだろう。まずは、場所だ。ここは、どこか。

そして、なぜナザリック地下大墳墓ごと移動したのか。

モモンガ以外はどうなっているのか。ナザリック地下大墳墓の資産とも言えるNPCは、まるで自ら意志を持ったかのように動いている。

設定と言えばそれまでなのだが、そうと断定して良いのだろうか。

情報が足りなさ過ぎるのか、今のモモンガには全てを判断する事は出来なかった。

違う。今の状況に、モモンガの頭が追いついていないのだ。誰でも良い、今の彼には相談できる仲間が必要だった。

 

「…………待てよ、最後まで残っていたのは俺だけじゃない。クロワゼさんもいるはずじゃないのか……?」

 

モモンガに差し込む一筋の希望。彼は自分と別れる時に、何と言っていただろうか。

 

『最後の最後だから出来る無茶もある。モモンガさんもそうは思いませんか?』

 

そう、彼は最後の最後までいた可能性が非常に高い。それならば、なぜこの場にいない。

ナザリック地下大墳墓に、彼の気配が無い。モモンガが気付かないだけなのか、否か。

モモンガの苦悩は、自室の扉がノックされるまで続いた。

 

 

―――

 

 

「失礼致します。ユリ・アルファ、ルプスレギナ・ベータをお連れ致しました」

 

部屋の扉をノックし、暫し待つ。返事は早い。

扉を開き、一礼。そしてそのまま傍らに立ち、ルプスレギナの入室を促す。

至高の御方であるモモンガに呼ばれたのは彼女なのだ。それならば、ユリはメイドとしての本分を全うするのみである。

 

「失礼致します。ルプスレギナ・ベータ、只今参りました」

 

先ほどの様子を微塵も感じさせない姿がそこにはあった。

淑女のような落ち着いた立ち振る舞いで、静かに部屋の絨毯の上を歩く。

そして、彼女たちNPCの創造主である至高の御方の前に着くと、静かに一礼し、その場で膝を付き臣下の礼をとる。

ルプスレギナの一連の動作に少し遅れる様に、扉を静かに閉めたユリも、それに倣う。

 

「よい、面を上げろ。急な呼び立てすまないな。ルプスレギナ、寝室のメイドを介抱してやってくれ」

「御心のままに」

 

モモンガの言葉に、ルプスレギナは静かに立ち上がり、寝室へ向かう。

ユリとルプスレギナの間に安堵としたような空気が一瞬流れたのだが、モモンガは気付く事は無い。

 

「……ユリ、聞かせてくれ。現在の地下9層の様子を。クロワゼさんはいるのか?」

 

モモンガの言葉にユリは一瞬驚いたような顔をする。しかし、すぐさま立ち上がり、一礼し、口を開く。

 

「地下九層ですが、一般メイドと共に、不敬ではありましたが、一部屋ずつ確認させて頂きました」

「構わん。……続けろ」

 

至高の御方である42人の自室に非常事態の(れい)が下されたとは言え、無断で入室してしまったのだ。

もちろん、その責は地下九層の指揮を任されていたユリにあり、彼女自身も自らの死を以て償おうとしていたのだが、モモンガからの罰が出ない限りユリ自身がどうこう出来る状態ではない。ユリの頭に浮かぶのは「一時保留と言う温情」という言葉であり、次の発言を促されたのであれば、そちらを優先するしかない。

 

「その際ですが、申し訳ございません。クロワゼ様のお姿を確認する事は出来ず、……その、仮にクロワゼ様が不可視のスキルを使っているのであれば、私どもでは到底見付けられる事など叶わず」

「よい、もうよい。分かった」

 

慌てたようにモモンガがユリの言葉を遮る。モモンガは静かに腕を組み、考え込むように顔を伏せる。

しかし、妙案が見つからないのか、暗い表情で軽く頭を振り、寝室にいるルスプレギナに言葉を掛ける。

 

「ルプスレギナよ。どうにかなったか? 可能なら、違う場所で休ませてやりたいのだが」

 

モモンガの言葉にすぐさま反応したのか、メイドを抱きかかえながらルプスレギナが寝室から出てきた。

 

「このような体勢で申し訳ありません。大治癒(ヒール)を使いましたので、後は彼女が目を覚ませば……」

「ご苦労。それでは用事は終わりだ。各自……いや、違うな。ユリ、アルベドにナザリック地下大墳墓周辺の防衛が整い次第、交代で……休憩でも取るよう守護者たちに伝えろと言ってくれ。もちろんユリ。お前も休息は必要だろう。地下九層と地下十層の防衛は最低限で良い。メイドに指示を出せ」

「御心のままに」

 

モモンガに一礼し、ユリが静かに退室する。残されたルプスレギナも、心得たとばかりに廊下へ繋がる扉へ近付き……。

 

「そういえばルプスレギナ。お前は何をやっていたんだ?」

 

モモンガの言葉に、足を止める事となった。

一瞬で顔は蒼白となり、額から汗が流れる。

至高の御方からの問い掛けには、即座に返事をしないと不敬である。

その事を分かっているのだろうか。

ルプスレギナから言葉が出る事は無い。身体もどうしてか、動きが見えない。

 

「ふふっ……、いや、忘れてくれ。すまんが疲れた。今日は休ませてもらう」

 

モモンガが静かに立ち上がり、寝室へと入って行く。その扉がキィ……、と閉まると、残るのは静寂である。

そう、静寂である。そこに、ルプスレギナがいるにも関わらず、である。

…………一切無音のまま、刻々と時間は過ぎて行った。

 

 

―――

 

 

ナザリック地下大墳墓、地下二層の死蝋玄室。そこは、シャルティアの私室である。

薄絹で出来たピンクのベールが吊られ、甘い香りのする、耽美的(たんびてき)な空間である。

本来であれば、シャルティアが従えている吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の嬌声が響いているその部屋だが、今回は様子が違う。

なぜなら、従来であればその部屋に似つかわしくない人物が、(かい)していたのだから。

 

「すまないね、シャルティア。防衛対象の地表に近く、皆で集まれる場所がここくらいしか思い浮かばなかったのでね。利用させていただく」

「構んせんでありんす。でも、あまり汚さないでほしいでありんすね」

 

黒髪でオールバック、ストライプが入った赤色のスーツを着ている悪魔の言葉に、シャルティアが答える。

彼は地下7階層守護者のデミウルゴス。階層守護者の知恵者である彼の瞳に宿る光は、どことなく陰を感じた。

 

「ちょっと、何で私の方を見ながらそんな事を言うのかしら?」

「常日頃、至高の御方の事を考えて発情していんす股下には、タオルでも引いてもらいたいでありんし」

「はぁ? 常日頃この部屋で情事に耽っている貴女に言われたくないわね。不潔だわ」

「あぁん? てめぇペロロンチーノ様がお決めになった事に何か文句あんのかぁ?」

「そろそろ良いかな、二人とも? 今はモモンガ様が仰るように非常事態であり、早々に状況把握をしたいのだが?」

 

デミウルゴスが二人を諫め、ソファに座る皆の顔を見渡す。

アルベド、シャルティア、デミウルゴス。そして、地下六層を守護する、金髪を肩口で揃え、薄暗い肌で小柄のダークエルフのアウラ・ベラ・フィオーラ。その隣には、地下五層を守護する、ライトブルーの外骨格の外見から蟲を想起させる、コキュートスである。

彼らの座るソファの後ろでは、六連星(プレアデス)のユリ、ルプスレギナ、ポニーテールのナーベラル・ガンマ、赤金の長髪と左目を覆うアイパッチが特徴のシズ・デルタが控えている。

 

「それで早速なのだが、シャルティア、『アントルラッセ』とは何者なんだい? 彼女が階層守護者だというのは本当かい?」

「まことでありんすぇ。 クロワゼ様がそう仰っていんした」

「それならさぁ、何でシャルティアだけがそれを知ってんのよ。誰も知らないってどーゆー事?! 今日まで隠されていたって言いたいの?!」

 

シャルティアの答えにアウラが噛み付く。その様子を見て、デミウルゴスは考え込むような仕草をする。

 

「そ、そんなのわらわに聞かれても困りんす……。でも、ペロロンチーノ様とモモンガ様しか知りんせん、って話は聞きんした!」

「……ユリ、彼女の様子はどうだった? 一緒に行動して、分かった事もあるんじゃないかな?」

「……私たちが任されたのは地下九層と地下十層でしたが、アントルラッセ様は……モモンガ様の部屋の前から動こうとはしませんでした。ナーベラルと説得しようとしたんだけど『お兄様―――クロワゼ様の事ですね―――の命令です。ここは私に任せて下さい』の一点張りで……」

「…………つまり、今も?」

「先ほどモモンガ様のお部屋に伺った時は、彼女の姿が無かったので……モモンガ様とクロワゼ様の部屋を交互に巡回している可能性も……」

「デミウルゴスヨ。顔色ガ優レナイヨウダガ、何カ気ニカカル事デモアルノカ?」

 

ユリとコキュートスの言葉に、デミウルゴスは「これは全部、私の推測の域を出ないのだが……」と前置きをし、その口を開いた。

 

「まず第一に、モモンガ様の仰られている異常事態と言うのは、このナザリック地下大墳墓が移動してしまった事が考えられる。ここまでは、分かっているね? そして、この異常事態は、至高の御方たちの想定内の出来事である可能性が非常に高い。…………この悪しき働きかけから、ナザリック地下大墳墓をユグドラシルに留めようと御力を使って下さっていたのは、想像に難くない」

「そうね。私も同意するわ」

 

アルベドの相槌にデミウルゴスは頷きを返し、再び言葉を繋ぐ。

 

「その証拠が昨日(さくじつ)の事だ。至高の御方が数年ぶりに……私たちに会いに来てくれたじゃないか? ……そう、最後の挨拶をしに来たと思わないかい。もちろん、この答えはモモンガ様に確認を取る必要があるが……。次の話をしようか。この異常性に気付き、行動を開始した至高の御方だが……考えたくないが、御方は、可能性として、自分達が敗れる……いや、この異常性を抑えきれないと感じていたのかもしれない。そのために、保険を掛けた」

「至高の御方が負けるはずなんかないよ! デミウルゴス、それって不敬なんじゃないのかな!」

「私だってこんな事を信じているわけではない! だが、事実として、彼女の存在が……この可能性を、肯定しているように感じてしまうのだよ」

 

アウラの言葉に、デミウルゴスが力なく答える。

 

「『アントルラッセ』は……。このナザリック地下大墳墓が移転した際に、モモンガ様を守る為の『盾』として作られた存在……」

「な、なんで?! あたしたちがいるじゃん!! 別に、クロワゼ様のアントルラッセが必要ないなんて言ってるわけじゃないよ!! でも、モモンガ様をお守りするのはあたしたちでも……」

「至高の御方が、私たちじゃ力不足と考えていたとしたら……?」

 

デミウルゴスの発言に、六連星(プレアデス)のナーベラルが崩れる様にその場にしゃがみ込む。

ユリに頭を抱かれるも、抑えきれないのか、嗚咽がその口から洩れている。

 

「ち、ち、地下の、地下九層は、ほ、本来、プレっ……六連星(プレアデス)、が、……おま、お守りせよと」

 

ナーベラルの口から洩れる言葉に反応できる者は、いなかった。

皆が皆、必死で耐えていたのだ。その言葉の意味を。クロワゼ様のご意思を。アントルラッセの意味を。少しでも口を開こうものなら、荒々しくうねる濁流のように、至高の御方に対する謝罪の念が止まらなくなってしまうからだ。

口にしなくても分かる。地下九層は至高の42人のプライベートルームが存在している。つまり、ナザリック地下大墳墓に於いては、非常に重要度の高い、神聖で、階層守護者と言えども、易々と足を踏み入れられる場所ではない。そのような場所の守護を任されているのだ。つまり、アントルラッセに対する至高の御方の信頼度は極めて…………。

 

「しかし、悲観する事は無いと思っている……。私は、モモンガ様が最後に残られたのは、私たちに対する慈悲だと考えているのだよ。本当に、役立たずだと考えられているのであれば、モモンガ様でさえ……この、このナザリックに残って下さるとは……」

「デミウルゴス! もう良いわ! ……皆も分かってくれたかしら? この、非常事態の意味を。決して、楽観視出来るものではないわ。『モモンガ様がいるから何とかなるだろう』じゃダメなのよ。皆が、モモンガ様の役に立ち、信頼に答え、そして、本当の意味で、私たちを必要と思ってくれなければ……その時は本当の意味で、私たちは終わるわ。至高の42人は、もう一生……」

 

アルベドの声に、顔を上げる、階層守護者と六連星(プレアデス)

そうなのだ、いつまでも、この失意の感情を引き摺ってはならない。

まずは至高の御方の為に忠誠を誓い、能力を認めてもらう。それが出来なくては、次はない。

 

「アウラ、厳しい状況だけど、マーレにもしっかり説明してあげてね。今は一人でシモベの指示をしてくれているけど、意志の疎通は大事だから」

 

アルベドの言葉に、アウラは力強く頷く。

 

「デミウルゴス。ナザリック地下大墳墓の防衛管理の責任者を預けても良いかしら? 私はナザリック地下大墳墓がこの地でどのような影響を受けているのか確認して、トラップやシモベの調整をしないといけないから。ナザリック地下大墳墓を維持する資源が足りなくなって、モモンガ様の御手を煩わせる事は決してあってはいけない事ですから。ナザリック地下大墳墓の総責任者として、働かせてもらうわ」

「畏まりました」

「じゃあ……あたしとマーレは何をすれば良いかな?」

「ふふふ、アウラ、焦る事は無い。例えばシャルティアとコキュートスのどちらかが防衛部隊として外の世界に出てしまったら、問題が発生した時にモモンガ様の御手を煩わせてしまう。自由に動ける階層守護者が待機している事も、重要なんだ」

「うーん……仕事をしてないような気もするけど……まあ、良いや。アルベドかデミウルゴスが問題を見付けた時にあたしたちが動けば良いんだもんね? それなら、モモンガ様の力になれそう」

六連星(プレアデス)の皆は、異形種が多いナザリックの中で、その造詣は貴重となるかもしれない。特にユリと……この場に居ないセバスはカルマが私たちとは違う方向に振れているようだからね。私たちが判断を誤りそうになったら、ブレーキ役になってもらいたい」

六連星(プレアデス)が、力になれるのであれば」

「皆で力を合わせて難局を打開するのよ。モモンガ様に……モモンガ様に私たちの事を御認めになられれば…………ウフフ……ダメですよ……ダメですよモモンガ様。皆が……ウフ、皆が見て……ウヒヒ」

 

アルベドが自分の身体を抱きながらクネクネし始める。自分の欲全開の妄想に、デミウルゴスは苦笑し、アウラは顔を(しか)める。

 

「……脳筋ゴリラが気持ち悪い事になってると、支障が出そうでありんすから言うけど」

「なによシャルティア? 私とモモンガ様の幸せな未来に何か文句でもあるのかしら?」

「文句は無いけど、モモンガ様が好きなのはニグレドだと思いんす」

「は?」

「ニグレドだと思いんす」

「は?」

「ニグレドって言っていんした」

「はぁあああああああああああああああああ???!!!!!!!1111111」

 

勢いよく立ち上がり般若になるアルベド。

それを見ても動じないシャルティア。むしろ、余裕の表情にも見える。

 

「わらわは二番手でも結構だと思ってありんすので。そもそも既にご寵愛を受けられんしたし」

 

アルベドが幽鬼のようになる。

そもそもアルベドは見ているのだ、モモンガ様に肩を抱かれている、シャルティアの姿を。

「ぐぉおおおおおおおお!!!!」と咆哮するアルベド。揺れる死蝋玄室。突然の地震に右往左往する吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)

そんな様子を見ながら、デミウルゴスは小さく笑い、今後を危惧していた。

……アントルラッセの存在を。

 

 

―――

 

 

地下9層にフワフワと揺れ動いている姿が一つ。

廊下に存在しているメイドやシモベにぶつかりそうになりながら、それでもフワフワと揺れている。不可思議なのは、メイドやシモベが、全くその存在に興味を示さない事なのだが……。

彼女は誰にも気にされずフワフワと待ち続ける。

 

……自分の創造主(お兄様)を。




ver1.01 2019/02/01


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5話 小鳥の見る夢

アークメイツさん、脱字の指摘ありがとうございます


自分の胸元や脇腹がこそばゆい。

撫でられているのか、揉まれているのか、はたまた一体。

上流階級の人間が食べている肉料理。調味料や香辛料で、下味を揉み込まれている気分だ。

しかし、個人的にやられっぱなしは好きではない。

そもそも、自分がどういう状態なのか、分からない。

両目を見開く。見慣れた蛍光灯ではない、照明が、目を焦がす。

唐突の眩さに顔を(しか)めるが、おかげで意識ははっきりしてくれた。寝てたのか? 俺が?

意識の覚醒と共にじりじりと肉体に熱を感じる。熱くはない、嫌悪感も無い。優しく包まれているような気分になる。

五感が動き始める。視覚、触覚とくれば、次は聴覚か? 嗅覚か? リアルで食べているのは腐りかけたクズ肉。味覚は無いも同然だ。

 

「ちゅんちゅん! ふわふわ、ちゅんちゅん!」

「ちゅんちゅんだね! ちゅんちゅん! ちゅんちゅん!」

 

耳に伝わる、幼児独特の甘ったるい口調。

首を上げると、二人の幼女が俺の胸元をまさぐっている。性的サービスをデリバリーした記憶は無い。そもそも、児童ポルノサービスは問答無用の有罪判決で死刑じゃなかったかな? 人口が減少している今の現実で、将来を担う児童は貴重なのだから、仕方がない。

現行犯逮捕される前に、どっか行ってもらおう。右手を上げて、払う。

 

「!!? ちゅんちゅん!!! ちゅんちゅん動いた!!!」

「ちゅんちゅん! おっきいちゅんちゅん動いたね! 動いたねー!」

 

動くよ。だって生きてるもん。

幼児独特の言語センスに惑わされるな。身を起こし、立ち上がる。

 

「おっきい! ちゅんちゅんに食べられちゃう! にげろー!」

「にげろー!」

 

こちらを見るや否や、二人の子供がトテトテと、走って離れて行ってしまった。

まるでこちらを性犯罪者呼ばわりだ。近頃の子供は怖いね。性的指導を行って現実を教えてあげたいよ。ぷんぷん。

そんな冗談はさておき、周りを見渡す。室内か室外か聞かれたら、室外にいる。しかし、リアルの風景ではない。

なるほど、未だにユグドラシルは絶賛稼働中か。クソ運営も適当だな。

 

 

―――

 

 

見覚えのないマップである為、右手を動かしコンソールを出そうとする。

出ない。困った。居場所が分からない。最後の記憶はナザリック地下大墳墓を抜け、ヘルヘイムを出て、ムスペルヘイムの炎巨人の誕生場(・・・・・・・・・・・・・・・)で焼き鳥になろうとした部分までだ。最後だからって上位ギルドに単独侵攻なんて、ペロロンチーノも驚くと思ったんだけどな。

つまり、なんだ? 俺は単独侵攻に失敗して無事敗北。レベルが下がって復帰ポイントで復活と言う事か。なるほど、自分らしい格好悪い終わり方だ。

しかし、ユグドラシルが続いているのであれば、好都合。残り時間を有効活用して、記念撮影で締めよう。負け犬のポーズだってしてやるよ?

 

歩き出て、表通りに出る。

周囲には、人間種が雑多に歩いている。あれ? 人間の街になんでいるの? クソ運営の遊び心か?

視線が一気にこちらに集まるのが分かる。即座に周囲を確認すると、装備を固めているプレイヤーは少ない。日常的ロールプレイを楽しんでいるマップのようである。非常に気まずい事をしてしまった。ネットで晒されたら、嫌な気分になるなぁ。

 

「うわぁああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「きゃ、ああああああああああああああああ!!!!! 殺される!!!!!!! 殺される!!!!!!!」

「早く、冒険者でもワーカーでも何でも良い!!!! 早く!!!!! 早く!!!!!」

 

波状に広がる怒声か悲鳴か嬌声か。蜘蛛の子を散らす様に駆ける。雲を霞と、逃げ去る。

リアリティが、凄い。

 

自分を中心に、人の波が引けて行く。

右を見れば、他人を押し退けている気取った青年がいるし、左にはその場にしゃがみ込んで泣いている家族もいる。

これが俗にいう、阿鼻叫喚と言うやつだろうか。

そもそも、現実世界がクソすぎて気力を持って生きている人は少ない。

だからこそ、熱量を感じる今の状態が凄く新鮮に感じてしまったんだ。

それにしても、楽しみすぎだろ。プレイヤーの皆さん。

完全に置いてきぼりにされてしまっている。正直、寂しい。

なんというか、周りが盛り上がっているのに自分だけ輪から外れてると、疎外感が凄いよね。

だから俺は心を奮い立たせて、みんなに混じって遊ぶ事に決めたのだ。

腰を抜かしている演技をしているプレイヤーに近付いて、両手を上げる。

 

「がおー。食べちゃうぞー」

 

赤なのか青なのか、はたまた白なのか灰色か。カラフルに顔色を変えたその女性は、口から吐瀉物(としゃぶつ)を垂れ流し、倒れてしまった。

あっはっは。演技が凄い。

設定の力なのか課金の力なのか、作りこみが凄い。

その技術をスキルや装備に使えばもっと楽しめると思ってしまうのは、アインズ・ウール・ゴウンの一員だから、だろうか。

 

そんな惨状をぼんやり見ていると、軽装ではあるが、騎士の格好をした集団が現れた。

おお、おお。装備をお揃いにしているなんて、レベルの高いロールプレイギルドだ。その集団戦術に興味が引かれる。

でも、自分も易々とやられるつもりはないよ? 右手を動かしコンソールを出そうとする。出ない。そうだった。

その場で右手を横薙ぎに振る。空気が動いて風となる。荒れ狂う暴風が、騎士集団を襲う。

そのまま背後に身体を運ばれ、勢いよくレンガで出来たように見える家屋に、ぶち当たる。

振動で窓ガラスが割れ、そのまま騎士たちは体重を預けたように、ダラリと、動かなくなってしまった。

 

「な、なんだこいつはぁああああああああああああ!!!!!」

「かて、かて、勝てるのかよ!!! ハハハ、何で帝都にこんな化け物が、へへっ、へ、へへい、イヒヒ!!」

「じ、時間稼ぎとか、無理…………無理だよぉおおおおおおおおお!!!!!」

 

先制攻撃でスリップさせようと思っただけなのに、何やら楽しい事になっている。冗談抜きで、弱い。

 

「《心眼》!《糾明の懺悔》!《隠蔽》!《二重の影》!《混乱Ⅴ》!《速度上昇Ⅴ》!」

 

形はどうあれ先手は取った。あとは自分の得意パターンに持ち込ませて貰う。

スキルの《心眼》《糾明の懺悔》で相手のパラメーターを一気に曝け出させ、能力差を確認。

そして、《隠蔽》《二重の影》《混乱Ⅴ》で自分のエフェクトを可能な限りぼやかし(・・・・)、相手の攻撃手段を限定させるのだ。今の自分には《必中Ⅴ》を重ねるか、純粋に命中精度が高いスキルを使わないと攻撃が当たらないはずだ。

 

「じゃあ、場を荒らすのも悪いから、そろそろお(いとま)させてもらうよ」

 

阿鼻叫喚であり、死屍累々な現場の惨状に、罪悪感が溢れてしまった。

弱い者いじめは、気分が良くない。

そもそも…………。チラリと倒れている騎士たちの頭を注視する。数字の5が見えた。溜息しか出ない。

いくら日常ロールプレイをしているからって、最低限までレベルは上げようよ。

それとも、ここは初心者マップだったのかもしれない。何の因果か、復活ポイントが変更されていたのだ。

 

「今のでユグドラシルを嫌いになったら、後味が悪いよなぁ」

 

未だに大通りは騒然としている。残っているだろう中級プレイヤーにフォローを期待をし、逃げる様に自分は、この場所から離れて行ってしまったんだ。

 

 

―――

 

 

違和感のある身体に疑問を抱きながら、立派な建物の近くに着地をする。

なんだろう、飛んでる感じ(・・・・・・)がするのだ。先ほどの自分は翼を動かし風を切り、身体を傾け旋回していた、はずだ。

視界に入ってくる情報も過多で、ついつい吐き気を感じてしまった。少し、休憩したい。

スキルの効果が生きているのか、こちらに視線を向けるプレイヤーはいない。落ち着けそうで、少し安堵する。

それでも警戒は必要だ。初級マップだからと言って、上級者が来ないとは限らないのだ。

むしろ、ギルドが勧誘をしているだろうマップに近付く事は、異形種の自分にとって自殺行為になってしまう。

 

「やれ、やれ、やれ」

 

頭を3回振って、心と身体を落ち着ける。

コンソールが開かないので残り時間は分からないが、せっかく人間種のマップに来てしまったのだ。色々、見て回ろうか。

空気を読んでくれるプレイヤーがいるのなら、自分を取り囲んで「【焼き鳥パーティーBBQ!!!】」的なスクリーンショットを撮れたかもしれない。

でも、さっきの状況を考えると、他のプレイヤーに声を掛けるのを躊躇われる。大したアイテムも持たない弱者と戦闘なんて、時間の無駄なのだ。

 

さてさて、まずはどこから見ようか。

おあつらえ向きに、隣の建物はなかなか壮観である。

さっきから学生服を着ている一桁レベルのプレイヤーが出入りしているけど、学生設定なのだろうか。

もしかしたら、過ぎ去りし青春を取り戻すロールプレイをしているのかもしれないぞ?

痛々しすぎて笑えてくる。一先(ひとま)ず、お邪魔します。

 

 

―――

 

 

廊下に張られているガラスを見ると、(くちばし)のついた羽根まみれの生き物が映っている。

ゲームの世界だとは思えないほどリアルな反射だなぁ、と呑気に考えてしまう。

そもそも、今の自分には五感がある事を思い出した。目が覚めた時、何を感じていたんだっけ?

両手を離して、背伸びをしてみる。そして、何かを探す様に、両腕を振り回す。

骨格が動いている気がする。それでも背中の翼が動くはずはない。何故なら、リアルと乖離してしまうからだ。

じゃあ、先ほど自分が空を飛んでいたのは何だろう。翼を動かした実感は、ある。そもそも、今も動かせる。

もしかしたら、自分が気を失っていた間に、リアルの自分に、翼が生えたのかもしれないぞ?

リアルの食事には、色々と身体に悪い成分を注入していると聞いた事がある。

意図的に身体に悪い成分を注入しているわけじゃなく、保存を考えると仕方がない事らしい。

仕方がないと言われて、納得が出来る自分では、ない。

でも、そーゆー物を摂取し続けてきた俺は、なんと、背中から、翼が生えてしまったんだ!

リアルは社会がアーコロジーで囲まれている。空は、見えない。

翼があっても飛べないのだ。世の中には閉塞感が溢れて、窒息してしまいそうだ。

 

適当に扉を開ける。中に居た子が、驚いた顔でこちらを見る。レベルは一桁。

ここは図書室のようだ。自分の中の知的好奇心が、ぶくぶくと音を立てる。

本棚の前に立つ。隣に立つ子は、レベルが一桁。

適当に本を抜き取ると、隣の子が驚いたような顔をして、腰を抜かす。レベルは一桁。

パラパラとページをめくる。見た事が無い字にも関わらず、内容が理解できるのは何故だ。

スキルか? スキルがあるからか? 後ろの君に聞いてみようか。どんなスキルがあるとこれは読めるんだい?

声は届かない。後ろの子はレベルが一桁。隣に座る子も、レベルは一桁。カウンターの司書も、レベルは一桁。

一桁、一桁、一桁、一桁。一桁、一桁、一桁、一桁。

 

立って読むのも疲れてしまうから、そっと窓際の席に座る。

隣の子が驚いたような顔をして、走って逃げてしまった。レベルは一桁。

 

そよそよと、頬を撫でる風が気持ち良い。手元の本が、パラパラとめくれる。

自分の知らない世界の事が、さも当然のように書いてある。ここは、どこだ。自分は誰だ。

 

廊下の方から誰かが駆けてくる。大声を出して、慌ただしく図書室に入り、何を探しているのか、誰を探しているのか。

そんな君を見て、他の子は驚いて出てしまったよ?

右へ左へ、警戒感を隠そうとしない。そんな様子の君が面白くて、俺は後ろを付いて回るんだ。

陰の本棚を覗き、脚立の上から、室内を一望。窓の外を確認し、異変が無い事を確認。お仕事、ご苦労様でした。

安心したのか廊下に出ようとする彼に、俺は机の上に置いてあった本を一冊、ぶつけてやったんだ。

驚いた声を出した君が面白くて、声を出して笑う。走って逃げる君と、図書室で笑う俺。

 

ああ、誰か、俺を見つけ出してくれよ。このスキルがある限り。俺は一生一人ぼっちじゃないか!

身近な机を力任せにぶん回す。重さは感じない。身体も痛くない。

片っ端から、本棚を横倒しにする。掃除が行き届いてないのか、砂塵が舞う。

滅茶苦茶になった空間の中で、どうしようもなく気分が高揚としてくる。声を出して笑う。俺はレベルが三桁だ。

気が済むまで笑って、それでも気が済まなくて、割れたガラスで自分の手首を傷つけてみる。

でも、ガラスの破片はどこを傷つける事も無く、折れて、砕けた。

 

自分の中に生まれた感情が分からない。

荒らした図書室を背に、出口に向かう。

廊下のガラスに反射するのは、(くちばし)のついた羽根まみれの生き物だ。

俺は、誰だ。俺は、誰だ。俺は、誰だ。

俺は、誰だ。俺は、誰だ。俺は、誰だ。

 

グッと窓枠に手をかけ、外へ出る。意識を空に向ければ、身体は宙に舞う。

目的地は、一際高い、あの建物だ。

馬鹿も、煙も、自分も、高い所が大好きなのだから、高みを目指すのは、自然な事なのだ。

高い塔の屋根の上。見下ろす世界には見知らぬ社会がある。

今の自分は、一体なんだろう。馬鹿か。煙か。人間か。鳥人(バードマン)か。

俺の質問に答えてくれる人は、この世界には、きっと、いないよなぁ。

 

 

―――

 

 

腰の左右に下げている剣をガチャガチャと鳴らしながら、男は走る。

しかし、この帝都では特に珍しい事でもないのか、誰も彼を気にかける様子は無い。

そのまま男は人ごみに紛れ、多くの店が並ぶ通りを走って行く。慣れた道のりか、迷う様子は無い。

彼の目線の先にある酒場が目的地のようだ。看板に書かれている文字は『歌う林檎亭』。

 

「あら、ヘッケラン。遅かったわね」

 

転がるように入り込む男に向かって、果実酒を飲んでいた女が声を掛ける。

彼女の耳は特徴的な長さであり、半森妖精(ハーフエルフ)だという事が分かる。

 

「早いも遅いも、そんなの関係ねぇよ。大事件だぜ? 大事件」

 

興奮気味に捲し立てるヘッケランに向かって彼女は静かに「知ってるわよ」と返す。

そう、既に噂は帝国全土に広がっており、そこで生活をしている市民に大きな恐怖を与えている。

 

「あんなに派手に人通りがパニックになったのに、未だに犯人の目途が立たないって、一体、なんだそりゃ?」

「そもそも、帝国側としては、単なる集団パニックとしか捉えてないみたいよ? 目撃者の言ってる事が、支離滅裂だとか?」

「大きな獣だか、黒いスライムだか、トロールにスケルトン、はたまた吸血鬼が出たって? なんだそりゃ?」

「……知らないわよ。帝国の近衛兵なんて、パニックで未だに事情聴取が出来てないって」

「おいおい、そんな正体不明の化け物と、どうやって戦えば良いんだよ」

「ちょ、ちょっと! 何変な事言ってるのよあんた! やめてよ、馬鹿みたい」

「冗談だよ、イミーナ」

 

彼女の叱責に、ヘッケランは笑って誤魔化す。

 

「―――ただいま」

「戻りましたよ」

 

二人の元に、声を掛ける二人組。一人は、痩せ過ぎとも思えるような10代に見える女性。ローブを着こんでおり、魔法詠唱者(マジック・キャスター)だと分かる格好だ。

そして、全身鎧を着こみ、モーニングスターを吊るした男である。

 

「おお、ロバーデイク。アルシェ、お帰り。」

 

二人に席を譲るように身体をずらすヘッケラン。そんな彼に感謝の意を示しながら、隣に座るロバーデイク。

アルシェと呼ばれた少女はイミーナの隣に座り、飲み物を注文する。

 

「それで、帝国魔法学院はどうだった?」

「別に、図書室が荒らされてただけ」

「他には特に被害も無く、帝国魔法学院側も、頭を捻っているようでした」

「関連性はあると思うか?」

「流石にこれだけじゃ分からないわよ。ねぇ、アルシェ?」

 

イミーナが、酒場の主人から飲み物を受け取っているアルシェに声を掛ける。

 

「関連性は知らないけど、嫌な感じはする」

 

アルシェの顔が曇る。

そして、彼女は無意識に両目を手でこすりながら、空を見上げる。

彼女には一体何が見えているのか、そこには、広がるような青い空だけが、あった。




『独自設定』
オリジナルスキル等


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6話 ナザリックの群像(3)

時が経つのは短いようで長い、それでいて短い。眠る事は無かった、長い。ベッドの上で目を(つぶ)った感覚はあったけど、(まぶた)はない。意識もずっとあった気がする。

足を動かして、布団を足元に追いやる。リアルにいた頃の寝具は、堅い床に敷かれたぺたんこの薄い布団だ。それに比べれば、このベッドであれば、眠る事が出来なくても疲れが抜けた気分になった。こっちの世界に来て一つ目の幸せを感じた。

身体を起こし、一息つく。昨日は疲れた。でも、一人で考える時間があって、良かった。

 

寝室から出ると、廊下に続く扉の側にメイドがいる。片手を上げて挨拶をすると、驚いたような顔をされ、臣下の礼を取られる。

とりあえず、階層守護者に会おう。昨日はアルベドに命令するだけだったから、気分を悪くしているかもしれない。俺だって会社の上司に意味の分からない命令をされたら、イライラするからなぁ。

廊下に出ようとすると、メイドが開けてくれる。まるで、自分が偉くなったように錯覚してしまう。ははは、今の俺は死の支配者(オーバーロード)だぞ! (ひざまず)け! なんちゃって。

 

「痛い!」

 

廊下から可愛い声が聞こえる。チラリと覗くと、身体を抑えたハルピュアだ。クロワゼさんのアントルラッセだ。

 

「も、申し訳ございません! モモンガ様!」

 

慌てたようにメイドが頭を下げる。その身体は震えている。アントルラッセの方に目を向ける事も無く、気にする事もない。

 

「どこか、お身体をぶつけてしまいましたでしょうか?! 大変申し訳ございません! 大変申し訳ございません!」

 

メイドの姿に、頭が、少しカッとなった。

違うだろ、身体をぶつけられたのは、俺じゃなくてアントルラッセだ。なぜ、謝罪を俺に向ける。アントルラッセは仲間じゃないか! 仲間と作ったアインズ・ウール・ゴウンは、仲間を重んじるギルドじゃなかったのか! 俺の知らない所で、クロワゼさんとヘロヘロさん、ク・ドゥ・グラースさん、ホワイトブリムさんは喧嘩をしていたのか? そんなのは聞いた事が無い。それか、俺が知らなかっただけか。

 

「っ! ち、違うだろ! 俺じゃないだろ! 何で俺に謝るんだ! 違うだろ! 無視しちゃだめだ! いじめは良くない!」

 

心に生まれた感情が口から流れ出る。だって、いじめは良くないじゃないか! みんな仲良くしないと、後悔しか残らないって、俺は知っているじゃないか!

 

「痛くなかったか? 俺は階層守護者に会いに行くけど、部屋のベッドで休むか?」

「お気遣い、恐悦至極にございます。私は平気なので、モモンガ様をお守りさせて頂きます」

 

言葉通り、アントルラッセがフワフワと浮く。

 

「よし、じゃあ行くか」

 

メイドに目を向けるが、頭を下げているだけでアントルラッセに謝罪する気は無いように見えた。

何で、何で、何で?! 俺が悪いのか?! ギルメンを引き留められなかった、俺が悪いのかよ?!

無言のメイドに責められた気分になってしまう。だが、彼女にそんな気がないのは分かっている。心の整理を、つけに行こう。

 

「そういえばモモンガ様」

 

アントルラッセが話しかけてくる。クロワゼさんに設定は見せてもらっているから、ある程度の性格は把握しているつもりだ。

あれ、でも、どうなんだろうな。NPCの設定が反映されると言っても、一から十まで書くなんて不可能なんだから、性格に穴が出来るはずだ。埋め合わせはどうなるんだ? それとも、感情が処理できなくなって、機能停止にでもなるのかな? ちょっと、色々、調べてみないとな。

 

「ん?」

「お兄様が、私をフワフワさせてくれて、ありがとうって仰っていました。私からも、お礼を申し上げようと思います」

「…………アントルラッセは、クロワゼさんの事をどう思っているんだ?」

「お兄様は『親子で愛し合うのは児童ポルノで犯罪だけど、兄妹なら純愛』って言っていました。私もお兄様の事、好きです」

「…………そうか」

 

アントルラッセの設定の中に『クロワゼを愛している』『お兄様を愛している』なんて単語は無かったけど、この感情はアントルラッセのどこから生まれたんだ? 創造者に対する感謝の念を『好き』って表現しているのだろうか。ちょっと、他のNPCとも話して、把握しないとなぁ。

 

 

―――

 

 

アントルラッセと地下九層の階段を下り、地下十層の玉座の間へ向かう。

アントルラッセはこちらから声を掛けない限り、何も話し掛けて来ない。基本的に、無口な子なのか?

そういえば、俺の口調はどうすれば良いんだ? 昨日はユグドラシルの延長上だと思って偉そうに命令しちゃったけど、失礼じゃないか? でも、急に今日から口調がなんか普通に戻ってるのもおかしいし……。まあ、ちょっと、様子を見ながらかな。

 

「モモンガ様、おはようございます。わざわざ地下10層まで足を運んでいただかなくとも、誰かに言付(ことづ)けを頼んで、お呼びいただければ……」

 

考え事をしながら玉座の間に入って行くと、俺に気が付いたアルベドが挨拶をしてくれる。別に機嫌も悪くなさそうで、一安心。その顔も美しく、昨日となんら変わら……ん?

 

「アルベドよ、その顔の傷はなんだ? 美しい顔が台無しだぞ?」

「んふっ、そんな美しいだなんて…………くふっ、くふふ」

 

アルベドが急にクネクネし始めたけど、タブラさんはアルベドがクネクネするような設定は書いて無かったはず……。可能性としては、NPCの中に自然な人格が生まれているって事か? ベースは設定だけど、細部の誤差は何だ? 創造主の性格とかか? なんだ? 環境か……?

 

「アルベドよ、他の階層守護者にも会いたいのだが……」

「くふふ、モモンガ様が、朝から私の事を美しいって、美しいって……! きっと、これは遠回しの愛の告白なのかも知れないわ! 昨日はヤツメウナギがニグレド姉さんがどうとか言っていたけど、やっぱりあの子の勘違いね。くふふ、昨日はタブラ様が御造りになった私のお身体……顔の表皮だけど、モモンガ様の為に剥がそうか剥がすまいか……ちょっと爪で剥がそうとしちゃったけど、やっぱり剥がさなくって正解だったのね。くふ、くふふふふふ」

 

アルベドが全然聞いちゃいない……。

(らち)が明かないので、軽く咳ばらいをしてみる。アルベドが潤んだ瞳でこちらを見ているけど……怖い。やっぱり、思ってたNPCとなんか違う。

 

「他の階層守護者でしたら、今すぐにでもこちらに向かわせますが。いかがいたしますか?」

「いや、支度が出来次第で良いだろう。朝もまだ早い。そんな急いでるわけでも無い。ああ、セバスも呼んでもらおうか。外の様子が聞きたい」

 

アルベドが何をしているのか、口元に手を近づけて話をしている。ああ、守護者統括だから、そういう事も出来るのか。便利で良いな。電話代もかからなさそうだし……。

 

 

―――

 

 

「第七層守護者、デミウルゴス。只今、参上いたしました。遅くなりまして、申し訳ございません。モモンガ様」

「う、うむ……。いや、畏まる必要はないぞデミウルゴス。楽にしてくれ」

「お心遣い、痛み入ります。しかし、我が至高の御方であるモモンガ様の威光を真っ先に受けられるという、今、このお時間が、私にとっての至福となりますので、どうかモモンガ様、私の事などお気になさらず、ご自分の為に、お時間をお使いいただけましたら……」

 

デミウルゴスの忠誠が高すぎる……? アルベドをチラリと横目で見ると、そんなデミウルゴスを、さも当然そうな表情で見ている。

ん? じゃあ、デミウルゴスの忠誠は別に高いとかじゃなくて、階層守護者にとっての『モモンガ』ってそんな感じの感じなの? え? なんで?

もしかして、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長だから? それとも、最後まで残ったから消去法で? え、どっちだ? どんな感じなんだ?

デミウルゴスを見ながら悶々と頭を働かせていると、デミウルゴスの横にアントルラッセがフワフワと近付き、着地した。

…………もしかしたら、アントルラッセも階層守護者らしいから、畏まった席ではしっかりと階層守護者の役割を果たすのか? それなら、別に俺がどうこう言わなくても階層守護者同士で仲良くやってくれる可能性が高いか? せっかくクロワゼさんが作ったんだから、彼女にも幸せになってほしいからなぁ。

 

「オ呼ビトアラバ」

「うむ」

「モモンガ様、お待たせして申し訳ございません」

「うむ」

「お待たせいたしんした 、モモンガ様」

「うむ」

 

玉座に座り、アントルラッセの今後を考えていると、コキュートス、セバス、シャルティアと、続々と階層守護者が集まってきた。

皆、個性はあるが、やはり俺に対する敬意は一際なようで、こちらを威圧するが如く臣下の礼を取るから、反応に困ってしまう!

口を開きすぎると失敗をする可能性が高いと思い、「うむ」「……ふっ」で誤魔化していたら、なぜかグッドコミュニケーションになってしまう。

……どういう事だろう?

 

「モモンガ様、お待たせいたしました!」

「モモンガ様、お、お待たせして、申し訳ありません」

 

階層守護者の敬意に疲労を感じていると、見た目、10歳ほどの男の子と女の子が近付いて来る。肩口で揃えられた金の髪が、浅黒い肌に映えている。耳は尖っており、森妖精(エルフ)……ではなく、闇妖精(ダークエルフ)の姉弟の兄弟だ。ちなみに活発で男の子っぽいのが姉のアウラで、可愛らしくて女の子っぽいのが弟のマーレである。マーレの女装子的な衣装については、過去にぶくぶく茶釜さんがポリシーを語ってくれたけど、脳が拒否反応を起こしたのか、あまりよく覚えてない。

 

元気そうに駆けてくるアウラが、デミウルゴスの横に辿り着くと、後を追うようにマーレも……って! その軌道だとアントルラッセに……ぶつか!

 

「う、うわぁ!」

「痛い!」

 

玉座から立ち上がるような姿勢で自分の身体が止まる。届くはずも無く、伸ばした手に意味は無い。二人に声を掛ける前に、ぶつかってしまったが……?

すぐ横に居たデミウルゴスがアントルラッセを受け止める様に支えているが、マーレは後ろに尻もちをついてしまったようだ。見た感じ、怪我がなさそうだが、マーレの様子がおかしいか……?

 

「ま、マーレ! モモンガ様の前で何してるのさ! ほら、早く立って、早く謝って!」

「う、うん。あれ、でも、僕、なんで? あれ?」

 

こちらを見ながら慌てているアウラと、きょろきょろと不思議そうなマーレ。アントルラッセは気にした様子も無くフワフワしており、デミウルゴスは片手で顔を覆っている……?

 

「モモンガ様、マーレが失礼致しました。やはり、モモンガ様のお気持ちも分かりますが、ナザリック地下大墳墓内ではアントルラッセの不可視を解除するように、お願いしていただいても宜しいでしょうか? モモンガ様の防衛に対する不安は私共で解消させて頂きますので、どうか、どうか御一考のほどをお願いいたします」

 

デミウルゴスが、臣下の礼を取る。慌てたようにアウラもデミウルゴスと同じ姿勢を取り、隣のマーレにも「ほら! マーレも早く!」と催促をしている。

そもそも、今、デミウルゴスは何て言ったんだ? アントルラッセが不可視化……?! ちらりとアントルラッセの方を見るが、表情からは何も読み取れない。

 

「……アントルラッセよ。このナザリック内で、『今の』お前を認識できないのは誰だ?」

「アルベドさん、デミウルゴスさん、シャルティアお姉さま、アウラさん、コキュートスさん、セバスさん、ルプスレギナさん、シズさん。以外は、私を把握する事が出来ません(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

「スキルの問題か……?」

「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません」

「……『本気の』お前を認識できないのは、……誰だ?」

「全員です」

 

……はぁ?!!!!!!!

レベル100の階層守護者を抜けるスキル積みって……そんなの存在するのか?! クロワゼさん……俺に見せてくれた後、積み直したんですか?!! くっ、クソ。いや、分かるけど! 俺も誰にも言ってない特殊スキルの積みかた持ってるけど、くっ! まさかナザリック地下大墳墓がこんな状態の時に……?!!

 

デミウルゴスが目を剥いて、驚愕の表情でアントルラッセを見ている。アルベドとセバスは眼が細くなり、すぐにでも殺しかねない勢いだ。おいおい、こんな所で止めてくれよ。せっかくの新しい仲間なんだ。敵じゃないんだから……。

 

「……お兄様が、この能力を使って、モモンガ様を守れって言ってくれました。だから、守ります。消えます」

「い、いやいや! ナザリック地下大墳墓内では平気だ! 危険はない! だから、消えるな! 不可視化を解け!」

「……分かりました」

 

ほっぺを膨らまし、不満げな顔を隠そうとしないハルピュアが、そこにいた。

 

「……大事な事なので、言います。私、消えてた方が燃費良いんです。お腹が空くので、ご飯食べてきます」

 

そう言い残すとアントルラッセはフワフワと浮いて、そのまま地下9層への階段へ向かって行ってしまった。シャルティアの「ちょ、待ちなんし!」という言葉と、アウラの「なによ、あいつ」と言う呟きが聞こえるが、気持ちは分かる。気持ちは分かるけど、階層守護者同士で喧嘩はして欲しくはない。仲良くしてほしい。

 

「ん……、いや。すまない。アントルラッセは私を守る事だけしか興味が無いみたいでな。私が『危険はない』なんて言ってしまったから、勝手な行動をとっているのかもしれん……」

「モモンガ様がお困りになる必要はございません! 彼女については、私も扱いをよく考えますので、どうにか、一人でお悩みにならないで下さい!」

「ああ、すまないなアルベド。頼りにしてるぞ」

 

それにしても、アントルラッセの頑固さはなんだ? クロワゼさんの命令だから、か……? そうすると、NPCにも絶対に譲れない事が存在するのかも知れないな。アントルラッセは……まあ、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ扱いに困るが、まあ、NPCの思考と言う点についてこちらに考えるヒントをくれたから、まあ、良いか? 良いのか? 良いよな? よし、じゃあこの話は一先(ひとま)ず、おしまい!

 

 

―――

 

 

アントルラッセがいなくなった後、守護階層と不敬がどうとか一悶着あったが、アルベドとデミウルゴスの追及に自分では説明が追いつかず、つい投げ出した気分になって「……ふっ」と笑って誤魔化したら、デミウルゴスが一人で納得してくれたのでどうにか助かった。そして、全員が揃ったという事で、アルベド主導の報告会が始まった。再び、気合を入れ直そう。

 

「セバス、貴方が地表で見付けたものがあるのなら、報告してほしいわ」

「畏まりました」

 

まず、セバスが立ち上がり、玉座の階下まで近付いてくる。何かを察したのか、アルベドがセバスの手に持つものを丁重に受け取り、こちらに持ってきた。

 

「この世界の簡易的な地図と、銅貨でございます」

「これは、どうした」

「昨日モモンガ様に命じられ、ナザリック地下大墳墓付近の周囲、およそ10キロほど捜索させて頂きましたが……」

 

は? ……えっ? そんなに遠くまで行ってくれたの?!

……あっ、そうか。俺、時間の指定も距離の指定もしてなかったよ……。クソっ、セバスたちには悪い事したかもなぁ。

 

「知的生命体……人間でございますね。人間の住む、カルネ村と言う村が南西にあるのを発見いたしました」

「……なるほど」

「その際に、エントマが蟲を使って住民の事を、ソリュシャンがスキルを活かし村の状況を調べました結果、周辺地域を示す簡易的な地図と、銅貨を手に入れる事に成功しました」

「……この世界の相場などは把握しているのか?」

「いえ……申し訳ございませんが、そこまでは……」

「住民……は、どうだ? 仮に、一戦交えるとなれば」

「モモンガ様が出るまでも無く、制圧が可能です。おそらく、外見や体型から、そもそも戦闘行為を行った経験は、皆無かと……」

「……ご苦労。褒めて遣わす」

「勿体ないお言葉でございます」

 

……こっちの世界の人は、もしかして、弱い……のか?

それなら、その、カルネ、村? くらいなら、ちゃちゃっと行って、ちゃっちゃっと帰って来るくらい、可能か……?

とりあえず、手元の地図を広げると、なるほど、分からない。

 

「地図の上半分に連なる山脈で御座いますね、そちらの下に森があります。そのすぐ下に、ナザリック地下大墳墓が移動されました、と考えられます」

「その、南西にカルネ村……。ん? このエ・ランテルと言う都市はどうだ? 遠いか?」

「そうですね、ここからですと、少し距離が……」

「そうか……」

 

せっかく違う世界に来たんだ。手始めに、セバスが見つけてくれた村にでも行ってみるか?

と言っても、この世界でナザリック地下大墳墓がどのような影響を受けてるか……も試さないとな……。

 

「アルベド……ナザ」

「はっ、現在モモンガ様の御望みにあります通り、最上級の警戒で当たっておりますが、今後が分からない状況でこの状態を続けますと、ナザリック地下大墳墓の資産を無駄に失わせてしまう可能性が高いので、誠に勝手ながら警戒の優先順序を付けさせて頂きました。自動POPするモンスターや各階層の属性エフェクトは一先(ひとま)ず停止させております。続いて、地下一層から地下三層まではシャルティアのみならず、各階層守護者のシモベをローテーションで回す事によって、無駄なく警戒レベルを維持する事が可能です。地下八層に起きましては、その……桜花聖域への侵入への可能性を無くすために地下七層から地下九層に繋がる設定とさせて頂きました。あとはこの世界でどの程度、ナザリック地下大墳墓に見合う資産を得られるかですが……それについては、保留としています」

「アッ…………ハイ」

「ちなみにナザリック地下大墳墓についての防衛責任者は僭越ながら、私こと、デミウルゴスが務めさせて頂いております。モモンガ様の必要に応じて、ナザリック地下大墳墓の警戒レベルに影響がないシモベのご提供を約束させて頂きます。もちろん、最優先はモモンガ様ですので、状況に適任なシモベを遣わせて頂きます」

「アッ…………ハイ」

「それではモモンガ様、カルネ村には、私とソリュシャンが道案内を務めさせて頂きます。ご用意が出来次第、出発致しますか?」

 

なにこれ。階層守護者が有無も言わせず連係プレーで最高級のおもてなしをしてくれてる……。

えっ、なんで? 何で指示する前に終わってるの? えっ? えっ? なにこれ凄い……。怖い……。

色々と思う部分はあったけど、俺が心配していたナザリック大墳墓の管理はアルベドが率先してやってくれるらしい。やだ、超助かる。

超助かるんだけど、冒険の始まりまで用意されてるとか……ちょっと、手を回し過ぎじゃない? 最適解がでるのが早い……怖い……。

 

「……では、用意が終わり次第、すぐに出発するか。デミウルゴス、馬車の準備を頼む」

 

デミウルゴスに移動の馬車の手配を頼む。デミウルゴスは驚いた顔をするも即座に頷きを返してくれた。

 

「なるほど……さすがはモモンガ様」

「……ふっ」

 

何がどうなったのかは分からないが、どうにかなったらしい。

とりあえず、階層守護者が率先して動いてくれるのならば、空いた時間を利用してユグドラシルやこの世界の繋がり……俺にしか出来ない事を探して、解決していこう。

いくらアルベドとデミウルゴスが優秀でも、見過ごしはあるはずだ。

皆と協力して、ナザリック地下大墳墓を守って行く。

ギルドメンバーの時とは違うんだ。時間は、無制限にある。

みんなが作ってくれたNPCと、やり直すんだ。

今度は、失敗しないぞ。




ver1.01 2019/02/01


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7話 ナザリックの群像(4)

244さん、誤字脱字の指摘ありがとうございます


クローゼットの扉を開け、中をまじまじと見てみる

ユグドラシル時代に集めた物がごちゃっとしている。横目で見ているメイドが嬉しそうな顔をしているが、欲しい物でもあるのか? それとも片付けが好きなのかもしれない。さっきの会話を思い出す。

 

「アントルラッセが見えてなかったのか?」

「あの……、も、申し訳ございません」

「いや、こちらの勘違いで酷い事を言ってしまった。……謝罪する」

 

片付けが好きなら、謝罪の気持ちを込めて片付けをしてもらおうかな、と思ったけど、いやいや、どう考えても嫌味にしか思えない。

 

―――さっきはごめんね? 悪いんだけど、ここ、掃除しといてくれる?

 

とても嫌味である。まるで、自分の過ちを認められない上司だ。仕方がない、コレクターだと自覚はしていたが、流石に良くない。ゴミ袋かなんか用意してもらって、後で一人でやるか。

 

さて、村に行くのであれば、人目に付く。人目に付くのであれば、この骨の身体はまずい。何か厚着をして、ばれない様にしなくては。

ごそごそとクローゼットを漁ると、コレクションしていた鎧が、ごろりと転がり落ちてきた。

ふむふむなるほど。更に奥を漁ると、重厚なグレートソードも見つかる。

勇者モモンガの誕生だ。

 

手始めにグレートソードを持ってみる。うん、様になってるんじゃないかな?

 

「どうだ?」

「お似合いで御座います。その、荒々しくもあり、叡智も感じさせるお姿。まるで、この世に顕現なさられた、メティス神でございます。いえ、この世のすべては死の支配者(オーバーロード)である、モモンガ様の手の中。それに比べればメティス神なぞ、酷く矮小な存在です。どうか、非礼をお許しください。そして、もし許されるのであれば、その(たぎ)るグレートソードで、私の謝罪を受け入れる意味も込め、私の首を切り落としてください。それこそが、私めがモモンガ様に差し上げられる、唯一の謝罪の形でございます」

「……うん?」

 

知らない内に物騒な話になってるけどなんだろう。聞き方が悪かったのか?

とりあえず、こちらが怒っていない事を告げ、顔を上げさせる。その際に、「ありがたき、慈悲」とか言っていたけど。もう、埒が明かない。無視する。

とりあえず、グレートソードを眼前に構え、振り上げ、振り下ろす。

…………が、振り上げるどころか、構える事すら自分には出来なかった。手元から、グレートソードがポロリと離れて行ったからだ。重かったから? 違う。カンストプレイヤーである自分のステータスがこの世界に反映されているのか、グレートソードの重さは感じなかった。では、なぜか。……魔法職でスキルを持っていないから、だろうか?

これが正解であるならば、俺は物理装備の類を装備できない。

俺は生粋の魔法職だ。何の因果か知らないが、この世界ではユグドラシルのルールが適用されている可能性が高い。持っていないスキルは、使えないと思った方が安全だ。

それならば、どうしたものか。いや、恐らく手はある。

 

上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)

 

手に意識を向ける。なんか出ろ。なんか出ろ。武具作成の魔法である。

俺が魔法職なら、魔法で顕在させた装備品ならどうだ? 

手に先ほどと似たようなグレートソードが生み出される。構える。振る。落とさない。よし、いけそうだ。

おそらく、コレクションしている鎧も装備できないだろう。同じように全身に意識を向けると、じわりじわりと、全身を覆う感覚が生まれる。鏡を見ると、そこには全身を黒の鎧で身を固めた、なんかどことなく、タッチさんを思い起こさせるような重剣士が立っていた。……よし、これなら人間種に出会っても、俺がアンデットだとは気付かないだろう。うんうん。

ともあれ、デミウルゴスとセバスを待たせすぎているかもしれない。腕に付けたバンド型の腕時計を見る。時刻は先ほどから数分立っている。

…………この世界に着いて、異世界人とのファーストコンタクトになる可能性が高い。何があるかは分からないので、手ぶらで行くのも良くないな。とりあえず、アイテムを準備しよう。

 

…………ユグドラシル時代に俺が所持していたアイテムはどこに行ったんだ?

 

自室に保管した物はあった。これならば、宝物殿のアイテム類も移転してきているだろう。それなら、俺が持っていたアイテムはどうだ? 一緒に移動しているんじゃないのか?

両手を前に差し出し、念じて見る。なんか出ろ。なんか出ろ。

 

……出ない。不正解か。

 

「……何かをご所望でございますか?」

「……俺のアイ…………?!」

 

メイドを見て気付いた。俺、ポーション使ってるじゃん?!

となると、あの時は無意識だったが、イメージしながら、手をこう、探るようにすると……。

 

「いや、忘れてくれ。」

 

俺の手には、再びポーションがあった。なるほど、これならアイテムを用意する必要も……いや、村人の前でマジシャンみたいにアイテムを出すのっておかしいよね。下手したら、村人の認識が『勇者モモンガ』ではなく『奇術師モモンガ』になってしまう可能性もある。それは避けたい。いや、おひねり(・・・・)で生活していくってのも…………いや、無いな。

無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)を取り出す。何が必要だ? 適当に巻物(スクロール)でもしまっておくか。あとは、村人が知っていそうなアイテムを持って行って、この世界のある程度の流通レベルを確認するか。低位のアイテムから中位のアイテムまであれば良いかな。

だんだんと、荷物が完成していく。……これって、『えんそく』ってやつなんじゃないの? リアルの情勢がもっとまともで空気や自然が侵されていない時にあった文化らしいけど、なるほど。出掛ける前に荷物を考える、というワクワク感が、楽しい。心がウキウキしてきたぞ?

 

 

―――

 

 

メイドに出掛ける旨を伝え、指輪の力で霊廟に移動する。朝らしい清爽(せいそう)な風を感じながら、コツコツと階段を下り、地表に立つ。

既に準備は終わっているのか、見送りの為に横一列で並んでいる階層守護者の横に、なかなか壮麗(そうれい)な馬車が用意されていた。

 

 

「……立派だな」

巍然(ぎぜん)たる、ナザリック地下大墳墓の主であるモモンガ様に相応(ふさわ)しくば、最低でもこの程度は当然でございます。ただ、急ぎでご用意させていただいた故、これでもモモンガ様の威風と燦爛(さんらん)さを人間種に顕示(けんじ)するには些かご不足とは思われます。慨嘆(がいたん)であるのは承知で御座いますが、それでもお許しを頂けるのであれば、今後さらなる邁進をお約束させて頂きます」

「……許す。お前の全てを許す。では、階層守護者たちよ、留守は任せたぞ。戻るまで、無益な殺傷はなるべく控えよ」

 

……デミウルゴスが何を言っているのか分からない。でもまあ、デミウルゴス的にはもっと凄いの用意したかったんだろうなってのは感じた。でも、なぜ村に行くのに利用するだけなのに、ここまで立派なのかが理解できない。もっと質素な方が悪目立ちしないと思うんだけどなぁ。

一様に片膝を着いて臣下の礼をとる階層守護者を横目に、馬車に乗り込み、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)を荷台に放り、セバスとソリュシャンが乗り込むのを待つ。チラリと、馬車から外に広がる風景を楽しもうと、窓に目を向けると、気付いてしまった。ナザリック地下大墳墓が、広大な草原に、只々、その存在感を発揮していた。

 

「……アルベドよ、ナザリック地下大墳墓が、ちょっと、ちょっと目立ちすぎてると思うのだが」

「モモンガ様と私の住まいである大切な空間ですもの。当然でございます」

「…………」

「お、お話し中、失礼します。た、例えば……ですが、壁に土を掛けて、木を生やせば、その……」

「はぁ?! 私とモモンガ様の愛の巣に、泥を掛けようって言うの? 何それ。婚期遅らせるつもり?」

「そ、そんなつもりじゃ……」

 

マーレの妙案に、アルベドが静かに非を唱えた。いや、でも、魔法で隠蔽するよりもコストが掛からない……?

 

「アルベド、ナザリック地下大墳墓を維持する場合、コスト的にどうだ? 全体を魔法で消すのと、どちらが利が生まれる?」

「そ、それは……魔法はなるべく使わない方が……」

 

ソッポを向きながら、アルベドがごにょごにょと口を濁す。何このサキュバス。可愛い。

 

「よし、マーレ。可能なら頼む。だが、ナザリック地下大墳墓だけ隆起していると違和感が出る。全体的に目立たぬよう……ダミーも作れるか?」

「は、はい! 頑張ります!」

 

マーレの元気の良い返事に満足する。よし、これで当面の課題は無いか?

視線を室内に戻すと、姿勢を正したセバスとソリュシャンが静かにこちらを見つめていた。よし、準備は万全。いざ、行かん。

 

「では、後は頼んだ」

 

言葉と同時に、風景が静かに移ろいで行く。どれだけ高級な馬車なのか、揺れを感じる事は無い。快適な旅になりそうだ。ふふふ。

 

 

―――

 

 

静かに馬車が走る事、どれほどか。早くも遅くも無い、心地よい移動だ。

……しかし、ナザリックから離れるにつれて、無いはずの胸が鼓動しているような感覚が、全身を襲う。

出発から、ソリュシャンが「ご気分はいかがですか?」と声をかけてくれているが、どうにも落ち着かない。ソリュシャンの声が遠くに感じる。

セバスをチラリと見る。その顔には、(けん)がある。何だ? 俺を値踏みしているのか?

全身を、無いはずの血液が熱を持って巡っているような気がする。頭が痛む。目の奥がチカチカする。感覚が鋭敏になっている。

そう。この恐怖心の理由が分かる。俺は、ナザリック地下大墳墓に守られていただけだ。自分の見知った場所で、ゲームの中に来たんだ、と、はしゃいでいた、だけだ。ナザリック地下大墳墓にいたから、俺は、俺でいられた。しかし、この空間には、ここには、俺の心の拠り所が、無い。ここには、何も無い。ここには、誰もいない。

嫌な感情が沸々と湧く。不安が募る。

セバスの顔が険しいのは、俺を見限っているからか? ソリュシャンが俺を気遣うのは、俺の調子を計っているのか? 俺が体調が悪いと言ったらどうなるんだ? ここぞとばかりに、襲われるのか?

もしかしたら、俺に見せた地図はでたらめで、実際は、俺をどこかに捨てに行くのかもしれない。この世の果てで、壮麗な馬車ごと、燃やされるのかもしれない。

そもそも、俺がいなくてもナザリックを維持していく事が可能なんじゃないか?

ナザリックの全権を()、シモベに指示を出すアルベドとデミウルゴスの姿が頭を()ぎる。

 

―――モモンガ? あんな人間臭い生き物、この異形種の棺には必要ありませんね

 

アルベドが頬まで裂ける様な、粘つく笑みを浮かべ、デミウルゴスも、その瞳に暗い光を宿す。

二人だけじゃない。アウラも、マーレも、コキュートスも、シャルティアも、みんな、口を揃えて言っているかもしれないんだ。

 

―――あんな人間臭いの、バラバラに引き千切って、人間種の餌にでもしてやれば良い

 

……俺は不要品なのか?

そもそも、彼らの言うモモンガって誰だ? 本当に俺か? 本来存在した、本物のモモンガの中に、俺が入り込んでしまっただけではないのか? それに気付いていないから、俺をモモンガと扱っているだけじゃないのか? それなら、ばれたらどうなる。俺は殺される? 殺されるのか?

 

…………それより酷い事もありえるぞ? 

 

未だに胸に一際輝いている思い出。過去にギルメンの皆と考えたナザリックの設定を思い浮かべた。恐怖公やニューロニスト・ペインキルの拷問部屋。餓食狐蟲王の穴。色々ある。怖い、怖い。

 

俺はナザリック地下大墳墓の皆と仲良くしたかった。ギルメンの皆とやり直したかった。

でも、そう考えているのは、俺だけかもしれない。オレだけかもしれない。きっと、おれ、だけだ。求められているのは、絶対的な、支配者。

……生きる為に、演技をしよう。彼らと仲良くなるために、演技をしよう。口だけの威厳じゃ足りない。根本から、死の支配者(オーバーロード)になりきれ。

階層守護者の優秀さに感心している場合ではない。俺が優秀な事を示さなくては。彼らの納得するモモンガにならなくては。彼らが理想としているモモンガにならなくては。

 

少しずつ、気持ちが落ち着いて来た。

いや、覚悟が決まっただけか? ふふっ、どっちでも良いか。

隣のソリュシャンの気遣いの声が聞こえる。ああ、もう大丈夫だよ。俺は、間違えない。

馬車は静かに俺たちを導いていた。どこに着こうが、問題無い。

 

 

―――

 

 

「モモンガ様、お着きになったようです」

 

馬車の揺れを感じなかったので、止まっていた事にも気づかなかった。窓から、チラリと外を見る。なるほど、寒村だ。

やはり、こんな壮麗な馬車は目立つのか、廃屋のような家屋からちらほらと人が出て来て、こちらの様子を見守っている。

まずは、挨拶だな。

ソリュシャンに扉を開けさせ、一人の人間にとっては小さな一歩だが、俺にとっては大きな飛躍である、その一歩目を、大地に踏み出そうとし……!

ちょっ、ダメだ! こんな統一性のない服装の、団体がいるかよ! クソっ、スタートから間違えてるじゃないか! いや、落ち着け、落ち着け、落ち着け。

 

「……ソリュシャンよ、すまないが、もう少し控えめな装いには出来ぬか? ……美も、過ぎれば毒という物。住人には、過剰であろう」

「ふふっ、モモンガ様ったら、……お上手ですね」

 

ソリュシャンは、種族としてスライムである。外見がグニャグニャと、変わる。胸元は広く、ほどよい肉付の太ももが見えていた黒地のメイド服は、するすると清楚そうな純白の、裾が膝丈まで伸びたワンピース調、控えめでありながらも上品なドレスに変わる。

微調整をしているソリュシャンの前を失礼し、扉から、一歩目を踏み出す。執事服の老紳士と、清楚なドレスの女性。そして、俺は、護衛か。

……これで恐らく、珍妙な一団とは思われまい。旅行中の富豪とでも勘違いしてくれれば良い。

次はどうする。支配者としての振る舞いが分からないため、全てが手探りだ。振り向くと、ソリュシャンが続いて馬車から降りようとしている。咄嗟に、手を取った。

 

「我が主にエスコートをされるなんて、今日は幸せです」

 

ソリュシャンが妖艶な笑顔でこちらに微笑む。……セバスが無言でこちらを見ているが、何だ。クソっ、セバスは静かすぎて思考が分からん!

セバスにも手を差し伸べる。見た目は高齢の老紳士だが、正体は竜人である。肉弾戦で言えば、ナザリック内では……ルべドを除けば随一だ。本来ならば、支えなど不要。でも、贔屓は良くない。

 

「……あの、このような寂れた村に、どのようなご用件でしょうか……?」

 

村の代表者と思わしき中年に見える男性が、恐る恐るといった様子で、こちらに近付いてくる。

 

「ああ、私どもは、遠方から来た……」

 

クソが?! 旅行者なら、なぜこんな所で止まる! 富豪が、こんな、こんな何もない所に来るか?! 普通だったら、通り過ぎるんじゃないのか?! 考えろ、考えろ、考えろ。

 

「ふふっ、とある遠方から来た商会の者でしてね、少々、お話を伺っても、宜しいかな?」

「はぁ……わざわざ大商会の人が、こんな辺鄙で何もない場所にねぇ……。いえいえ、失礼。では、私の家に行きましょうか」

 

恐らく村長だろう、男は、こちらに怪訝そうな目を隠そうともせずに、向ける。だが、第一段階はクリアか? ここから、ここからが本当の、勝負だ。

村長に連れられ、村の中を歩く。物珍しいのか、住民が好奇の目を隠そうともせずに無遠慮に見つめてくる。平気か? 本当に、俺の正体はばれないか? 大丈夫なのか?

 

 

―――

 

 

村長の家に到着し、土間のような室内に案内される。隣には炊事場があり、なかなか、狭くない。

目の前のテーブルと数脚の椅子に、危うく座りそうになるが…………違う、今の俺は護衛の姿だ。護衛風情が座っていると、何様だと疑われる可能性が生まれる。

 

「……では、ソ……お、お疲れでしょう。お、……お嬢様。お座りください」

 

椅子を引き、ソリュシャンを促す。ソリュシャンは心苦しそうな表情をしているが……ソリュシャン! 座ってくれ! 頼む!

 

こちらの願いが通じたのか、ソリュシャンが椅子に着く。セバスも空気を読んだのか、それに続く。向かいには村長が座っている。

 

「大したおもてなし(・・・・・)もできず、申し訳ありません。ただ、本当に、何も無く、王国への税も年々重くなりまして……」

 

炊事場から出てきた村長の妻であろう女性が、三人の前に湯気の出ている透明の飲み物を置く。

お盆の上からこちらにも手渡そうとするが、軽く手を上げ、断る。だって、飲めないし。

 

「ええと、それではお話と言うのは何でしょうか……? 本当に、人も物も、なにもありません。あるのは、あちらの大きな緑の森くらいですが……」

「……お忙しい所、いきなりの訪問失礼致します。まずは、自己紹介をさせて頂きましょうか。私は、この、あ、あ、あ、あ、あ、アインズ・ウール・ゴウン商会の護衛をさせていただいています、モモン…………モモンと申します。そして、こちらのお嬢様が」

「リュシと申します」

 

ソリュシャンがにこやかに微笑み、軽く頭を下げる。…………何この子の対応力?! 咄嗟の一言を聞いて、こちらの意図を把握してる?! やだ、アルベドとデミウルゴスが頭良いのは設定的に知ってたけど……さすがはギルメンが作った優秀なNPCだ。こちらの意図に対応してきた。ヤバイ、他のNPCもこのレベルなら、本気でヤバイ。やはり、気を張り続ける必要がある。失敗は許されない。

 

「私は、せ、せ、せ、せ、せ、せ、せ……」

 

セバスの目が泳いでいるような気がするが、違う。先を読んで、思考している者の目だ。何故なら、彼は六連星(プレアデス)のリーダーである。部下のソリュシャンがこうなら、上司のセバスだって……セバスだって……。

 

「セバスで御座います」

 

そのままじゃねーか?!

危うく、声を出してツッコミを入れようとしたが、何だ。一気にテンションが下がったような、頭に冷静さが戻った。何だ、この感覚……?

 

「これは、ご丁寧にありがとうございます。私は…………そして、こちらの妻が…………。傍目………ご立……派…………………強そうで……」

 

急速に冷えた頭に戸惑っていると、村長夫婦とセバスが、軽い雑談を始めていた。よし、ファーストコンタクトの印象は悪くなさそうだ。

だが、商会と名乗ってしまったのは失敗した気がする……。クソっ! この世界の金銭に対する価値が分からないのに、どうすれば……?! そもそも、硬貨はあるが、主流が物々交換だったらどうする……?! クソっ! 手持ちの物品で何とか凌げるか……?!

 

「……それで、こちらへは、どのようなご用向きで?」

「……ああ、実はですね。こちらのお嬢様……リュシ様は、()のアインズ・ウール・ゴウン様のご息女なのですが…………その……そうだ。将来的に、リュシ様も商会を旦那様から、ですね、預けられる身として……」

「…………私がお目付け役として、リュシお嬢様に世の中の経済を、勉強していただこうと思い、こちらに参った所存でございます。私共は、お恥ずかしい限りですが、見た目通りの、少々、派手な生活をしておりまして。このままでは、リュシお嬢様の為にもならず、こうして……」

「なるほどなるほど。確かに、セバス様のような方々と、私共は、天と地のほどもあります故、勉強にもなりましょう。ええ、どうぞ。気が済むまで、どうぞ、どうぞ」

 

村長が自嘲気味な笑いと共に、こちらに侮蔑の目を向けてくる。……、分かる。俺だって、リアルで生活してきた時は、毎日こう思っていた。何で、あいつらだけ。何で、何もしてないあいつらだけ。俺たちを虫けらのように笑いやがって……。

ソリュシャンは悔しいのか、悲しいのか、顔を伏せ、静かに震えているように見える。

…………違う! そうじゃない! ここはせっかくセバスが話を広げてくれたんだ! 俺がナザリックの支配者として認められる為に、二人を守らなくてはいけないんだ!!

 

「……いや、失礼。セバス様は口下手な方でございます。故に、少々、言葉が足りなかった。謝罪させて頂きます」

 

膝を着き、頭を下げる。村長の顔がこちらを向くのが分かる。

 

「……アインズ・ウール・ゴウン様は仰っていました。あのような壮大な木々が(ひし)めく、生命の巣窟。彼の地に手を出さないのは、一生の損失である。それならば、近隣の村にて、顔を売り、友好的な関係となるべく努力すべきだ、と。私共は、貴方たちを決して軽んじてはいません。むしろ、彼の森と共に育っている、敬うべき、存在だ、と。人生の先輩に教えを請い、人の温かさと、世の中の冷たさ、それを一身に浴びて来い。それまで、帰る事は、許さん、……とまで、リュシお嬢様に、告げられています」

 

…………思った以上に、言えたとは思うんだが……どうだ? ダメか? ダメか?

 

「なる、ほど。なるほど」

「……私たちの、態度、非常に申し訳ございませんでした。しかし、この地で学ぶべき事があると、私が無理を言って連れて来てもらったのです! どうか、無知で無学な私目に、世の中の事を、お教え下さい! 今までのような甘えた生活は、もう、嫌なのです! 私の敬愛する、アインズ様…………お父様に、一歩でも、近付きたく……」

「いや、リュシ様。頭をお上げください。むしろ、私共の態度こそ、改めて、謝罪させて頂きたい。そちらの事など、全く考えず、一方的な思い込みで、失礼な態度を見せてしまいました。いや、お恥ずかしい。年配者として、誠に失礼を。セバス様も、このような立派なお嬢様と……」

「いえいえ、まだまだワガママな、お嬢様です」

 

場の雰囲気が、急速に溶けて行く。村長夫婦の顔に、柔らかさが出来ていく。……良かった。一先ず、ソリュシャンを利用する形にはなるが、世の中のルールや経済情勢が学べそうだ……。良かった。なんとかなった……。

 

村長がテーブルの上に地図や、様々な本、秤などを広げる。ソリュシャンは、俺の意図を理解しているのだろう、一つずつ、丁寧に質問してくれる。非常に助かる。

チラリと、窓の外に遠く見える、茂った木々を見つめる。一段落着いたら、次は、あそこだ。

さて、鬼が出るか、蛇が出るか。




ver1.01 2019/02/01


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8話 シコウテキニ、ドウヨウ

玉座の間からナザリック地下大墳墓の支配者であるモモンガの姿が消えると、張り詰めた糸が緩むような、そこに広がっていた荘厳な空気は霧散していった。

しかし、それでも彼らは、すぐに動くような事はしない、出来ない。

今まで、彼らの身を包み込むような緊迫した空間であったのは事実だが、その空間にて彼らは、階層守護者であるが故に、その身に満たされるような多幸感をヒシヒシと感じ入っていたのもまた事実である。

それ故に、その福禄(ふくろく)を、易々と振り払う事は難しい。

しかし、時は残酷である。次の瞬間にも彼らが敬愛してやまない至高の御方が、地表にて彼らを待っているかもしれないのだ。それだけは、絶対に避けるべき事態である。至高の御方を待たせる事など、あってはいけないのだ。

 

至高の御方の存在は、階層守護者にとって、中毒性のある麻薬以上の存在である。

 

その威光を過剰に摂取しては、恍惚とした脳が正常な判断力を無くし、不足しすぎると、自身の存在意義が揺るぎ、どうしようもない退廃感、悲壮感に襲われるのだ。

 

彼らの中には役目を任された者もいる。このまま動かない訳にもいかない。

 

「それにしても、かるね村? に行くなら、わざわざ馬車なんか使わないで、あたしのフェンに乗っていただけたら、安全に素早く移動できるのに。残念だなぁ。あたしのクラス、忘れちゃったのかなぁ」

 

まず最初にその場から立ち上がったのは、アウラである。彼女はレンジャーであり、そして、ビーストテイマーでもある。マーレと共に守護している地下六層にはジャングルが広がっており、そこでは、彼女の使役する魔獣が100匹程度放し飼いにされている。

地下六層には他にも円形闘技場や彼女たちの住居となっている巨大樹などもあり、リアルとは違い、なかなか自然溢れる豊かな場所である。

 

「何を言っていんすか。それなら、わらわの転移門(ゲート)で移動した方が、圧倒的に速いでありんすぇ!」

 

シャルティア・ブラッドフォールン。真祖のヴァンパイアである彼女は、基本的に移動を転移門(ゲート)を用いて行う。それは、彼女の不自然なほど盛り上がっている胸が理由である。ペロロンチーノが創造した彼女は、パット胸である。激しく動くと彼女のパットとブラがずれ、どこかに飛んでいってしまう為、彼女は転移門(ゲート)を利用して、極力、静かに移動しているのである。

 

「シャルティアに頼まないって事は、きっと景色を見たかったんだよ。近い将来、掌握すべき世界だもんね」

「……やれやれ、君たちはモモンガ様のお考えを全く理解できていない。…………君たちはモモンガ様の真意が、本当に分からないのかい?」

 

アウラとシャルティアの二人が軽く言い争っている所に、デミウルゴスが溜息を付きながら近付いていく。顔に掛かった眼鏡のブリッジを右手の中指で支えながら、言葉を続ける。

 

「今回、モモンガ様が一人で行動するわけではないのだよ? それに、そこのセバスが余計な事を言ったばかりに、モモンガ様の計画は既に変更されているのだよ。その点を踏まえて頭を働かせれば、答えは容易に出てくるんじゃないのかね?」

 

チラリと、デミウルゴスが嘲笑うかのような笑みを浮かべながら、セバスを見る。しかし、その視線に気付きながらもセバスは何も言わない。言えない。そう、彼も理解しているのだ。この場で大事な事は、少しでも敬愛する至高の御方のお役に立つ事であり、至高の御方のお考えに近付く事なのだ。このまま何も分からないままカルネ村に行ったとして、何が自分に出来るだろうか。むしろ、足を引っ張るだけになってしまうのではないか。様々な不安が胸中に渦巻くが、ここで、デミウルゴスが少しでも道標を築いてくれるのであれば、それに越した事は無いのである。

 

「なるほど、そういう事なのね、デミウルゴス」

「ええ……。しかし、まだまだ私などでは、モモンガ様の深淵すらも凌ぐお考えを、この程度までしか……」

 

悔しそうな顔をするデミウルゴスを、アルベドは聖母のような微笑みで見つめる。

そんな二人の、自分だけが尊敬している至高の御方を理解している、と言わんばかりの表情に、シャルティアは嫉妬の混じった問いかけをする。

 

「……つまり、どういうことでありんすか?」

「ふふっ、そうだね。私たちがモモンガ様の深いお考えを全く理解していないとなると、モモンガ様に失望されるのも、必然。そうならない為にも、私の考えで良ければ、君たちに伝えておこうと思う」

 

デミウルゴスはそう言いながら、ツカツカと、玉座の間から地下9層に続く階段へと向かい、立ち止まる。

 

「まず第一に、モモンガ様は表層の探索にセバスとソリュシャンを指名している。これはどういう意味か分かるかね?」

「えーっと、セバスは強いし、ソリュシャンは…………あっ! 転移の巻物(スクロール)が使える!」

「そうだね、アウラ。そう、モモンガ様が私たちに警戒を指示した際に、プレイヤーの存在を危惧していた。つまり、セバスには、言葉では『接敵を許さん』と命じられましたが、本心では、可能な限り『接敵を望んでいた』んじゃないかな? そもそも、私たちに接敵が許されなかったのは……至高の御方であるモモンガ様に、信用されていなかったからなのは、間違いないのだからね。…………接敵する事によって、この異常事態の対策を、練ろうとした。対敵は秀でるのか、劣るのか、一人なのか、集団なのか。少しでも情報が多い方が、私たちも至高の御方であるモモンガ様のお役に立てるからね。しかし、セバス。君には失望したよ。わざわざ知的生命体の多い場所では無く、寒村を選んでしまうとはねぇ。モモンガ様が地図を見た時に、仰ったのは君たちも聞いているはずだ。『エ・ランテルと言う都市はどうだ?』とね。モモンガ様は、本心では、知的生命体が多く、ある程度賑わっている都市の情報を欲しておられたのだよ。……きっと、これにはモモンガ様も、頭をお悩みにさせたんじゃないかな? しかし、せっかくセバスたちが苦労して見つけ出してくれた情報でもある。モモンガ様はお優しい方です。セバスのミスを、私たちに悟られない様に、帳消しにしようとしてくれているのだよ。……しかし! また、セバス! 君がね、道案内をすると言ってしまったばかりに、モモンガ様は計画を変更せざるを得なくなったのだよ! 本来、モモンガ様は…………その身を隠し、エ・ランテルに向かい、情報収集を行うはずでした。……恐らく、お供にナーベラルかルプスレギナを連れて行ってね」

「なんでその二人でありんす! わたしでも良いではないでありんすか!」

 

デミウルゴスの突然の発言に、鼻息を荒くしながら抗議するシャルティア。しかし、そんなシャルティアの様子を気に留める様子も無く、デミウルゴスは地下九層へと繋がる階段へと向かう。

 

「とりあえず二人を選ぶ理由は後で話すとして、『モモンガ様が馬車を使ってカルネ村に行く』と言う問題のヒントを上げよう。まずは、モモンガ様は、御着替えになられてから地表へ来られるはずです。そして、セバスとソリュシャンの姿…………人間種でこの姿を取っているのは、どんなクラス……職業をしているか、考えてみてくれたまえ。私が答えを出すのは、実に簡単だ。しかし、それは、至高の御方であるモモンガ様もお求めになられていないはずです。モモンガ様から私たちは、未だに信頼感を得られていない。それなら、少しでも得られるように、常に頭を使う事を覚えた方が良いと思うんだ。モモンガ様も無能な配下に指示を出すほど、お暇ではないからね。…………では、マーレ。モモンガ様をお待たせするにはいかない。今すぐにでも地表に出て、モモンガ様のお望みになる馬車を、作らなくては。君には立派な大樹を生み出して欲しいのだが、頼んでも良いかな? そしてコキュートス。申し訳ないが、相手を打倒(うちたお)す為に作られた君だが、手を貸してはくれないかな?」

「構ワヌ。至高ノ御方ノ為ニ働ケルコト。ソレコソガ、一番ノ喜ビ」

「では、先に地表へ向かい、この寸法通りに頼むよ。組み立ては、私とシモベが行う。一般メイドに内装を編んでもらう必要もあるから、私は少し遅れてしまうが……」

「デミウルゴス様、一般メイドには、私が声を掛けましょう」

「そうか、それは助かる。では一般メイド総出で、モモンガ様をご満足に値させる内装を頼んだよ。地表へ来る際は、ソリュシャンに声を掛けるのも忘れないでくれよ?」

 

その声を合図に、デミウルゴス、マーレ、コキュートスの三人とセバスが、玉座の間から地下9層に続く階段へと向かう。

 

「それでは、わっちたちも行きんしょ……って、アルベド! なにをしていんす?!!」

 

シャルティアの大声に釣られ、アウラもアルベドに顔を向ける。そこではアルベドが、今までモモンガが座っていた玉座に顔を押し付け、鼻息荒く呼吸をしていたのだ。

 

「ちょ! ……クソっ! わらわにも嗅がせるでありんす!」

 

駆けだすシャルティア。それを見て呆れるアウラ。

 

「えー? それってどうなの? 不敬じゃないの?」

「おチビは黙っているでありんす! ここでモモンガ様の残り香を嗅がない事。それこそが不敬でありんす! 不敬でありんす!」

「あー、あー、あー、とっても良い。この、無臭と言わんばかりの、モモンガ様の残り香。何と言えば良いのかしらね? カルシウム臭とでも言えば良いのかしら? なんか、私の骨が丈夫になってる気がするわ! いえ、気のせいじゃなくて、なってる! 私の骨、モモシウムによって、丈夫になってる!」

「ど、どくでありんす! 早く場所を変わるでありんす!」

 

玉座を前に、ぎゃーぎゃー争っている二人を見ながら、小さくアウラは溜息を付く。

 

「……じゃあ、先に行くからね」

 

 

―――

 

 

至高の御方であるモモンガを乗せる馬車は、滞る事無く完成し、階層守護者が横一列に見守っている中、上賓となる至高の御方がお乗込みになる事を、静かに待ち侘びていた。

 

「セバス、ソリュシャン。君たち二人は、名誉あるモモンガ様の護衛と言う職務に付かれる事になる。間違ってもモモンガ様に恥をかかせてはいけないよ? これは、モモンガ様が私たちに与えて下さった、数少ないチャンスなのだから。こういった場面で、階層守護者の働きを見て頂けなければ、私たちに、生きる道……。モモンガ様が、この地に残って下さるとは限らないのだからね」

 

デミウルゴスの発言に、この場に集まった者は、ぶるっ、と身体を震わせる。想像するのも恐ろしい。全ての至高の御方がその身を御隠しになった場合、彼らの価値は無に帰るのだから。

 

「そ、それでデミウルゴスさん。さっきの問題の答えなんだけど……」

「ふふっ、そうだね。そろそろモモンガ様がお見えになるはずだ。その前に、答え合わせは済ませておこう」

 

デミウルゴスの発言に、階層守護者とセバス、ソリュシャンは、神経を集中させる。

 

「その前に、シャルティア。君には分かったかい? 今回のモモンガ様の真意が」

「ふっふっふ……もちろんでありんす!」

 

ドヤ顔のシャルティアに、驚いた顔をするアウラとアルベド。アウラは、そんなシャルティアに「大丈夫? 変なモノでも食べた?」と心配しているが、当のシャルティアはドヤ顔を崩さない。

 

「我が愛しのモモンガ様は……セバスたちと、カチコミに行くんでありんすよ! それで、その村を支配して……」

「も、もう良いわ。もう良いわ、シャルティア」

「そうだね。……シャルティア。君はモモンガ様をちょっと勘違いしているようだね」

 

アルベドの顔が引き攣り、デミウルゴスが疲れた様に頭を抑える。

マーレはそんな二人の様子におどおどし、アウラはお腹を押さえて笑っている。

 

「……モモンガ様は、恐らくだが、カルネ村に、商売人と言う形を取って訪問するのだよ。その理由は分かるかな?」

「……ナザリック地下大墳墓の財力で持って、相手を」

「シャルティア、もう無理はしなくて良いわ」

「……モモンガ様は、将来的に、この世界を掌握したいと思っているはずです。形は、どうであれ、ね? そして、その第一歩目として、本来ならば武力介入と言う形で、エ・ランテルに向かおうと思った。その国の国営部隊と言う形でも、流れの傭兵としてでも……。しかし、困った事に、セバスがやらかしてしまった。エ・ランテルの情報は得られず、カルネ村なんかに行く事になってしまった。ですが、そこでモモンガ様は考えたはずです。寒村に行くのであれば、商売人として動こう、とね」

「な、何でカルネ村だと武力じゃなくて商売人なの? どこで何やったって、最終的には一緒じゃないの?!」

「違うのよ、アウラ。モモンガ様は、聡明で用心深く、無益な殺傷は好まない方なの」

「アルベドの言う通りです。そもそも、コキュートス。カルネ村のような小さな村を個人が滅ぼしたとして、どう思う?」

「弱キヲクジイタ所デ、ソノ強サヲ証明スル事ニハ、何一ツ繋ガラナイ」

「そうなのだよ。放っておいても潰れる村なら、わざわざモモンガ様が手を出す必要も無い。しかし、それならそれで、違う使い方をするという事なのだよ。商売人として名前を売り、カルネ村から、エ・ランテルへ。そして、次は、王国か、帝国に向かうはずさ」

「……ん? どういう事でありんすえ?」

「簡単な事だよ。カルネ村の人間に恩を売り、名前を売る。あのような小さな村でも、定期的に商売人は訪れているはずだからね。そして、商売人には、同士のネットワークがある。情報の早さこそが、命だからね?」

「じゃあ、モモンガ様は、少しずつ名前を売ろうとしているって事? そんなの、時間がかかるだけで、面倒だと思うんだけどなぁ」

「ここからがモモンガ様の素晴らしいお考えなのですよ。商売人の役はセバスとソリュシャンに任せるとして、では、モモンガ様は何をするか。そう、二人を守る傭兵として、違うアプローチを始めるはずです。噂に聞く商会。その商会を、とてつもなく強力な傭兵が守っている。誰であろうと、気になってしまいますね?」

「そう、愛しのモモンガ様は、私たちの事も考えて下さっているの。私たちが自ら考え、結果を作る。そのサポートとして、モモンガ様は、色々な形で私たちを支えてくれるの」

「セバスがやらかしたとしても、モモンガ様が名声を高めてくだされば、取り返しはつくからね」

「す、すごいねお姉ちゃん! セバスさんに指示を出した時点で、モモンガ様はこんなに考えていたんだね!」

「そりゃ、42人の至高の御方をまとめていたんだから、これくらいは当然でしょ!」

 

アウラは興奮したかのように、空に向かってシャドーボクシングを始める。

 

「ん? じゃあ、モモンガ様たちが馬車に乗るというのは」

「シャルティアは馬っ鹿だなぁ! 商売人だったら、見た目が大事でしょ! 先制パンチで、相手をビビらせるんだよ!」

 

アウラは更に興奮したのか、空に向かってのシャドーボクシングがヒートアップしている。

そんな和気藹々とした雰囲気の中、マーレが、霊廟の入り口に誰かが立っているのを見付ける。

 

「あっ! も、モモンガ様です!」

 

その声と同時に、辺り一帯は静けさを帯び、静寂が包む。

その静寂を切り裂くように、モモンガが全身を黒で纏った鎧姿で、地表に降り立つ。

 

「……立派だな」

 

重々しい一言が、場を支配する。デミウルゴスは、コキュートスは、マーレは、このモモンガの発言で、喜びに身を包まれるような気持ちになる。しかし、喜びに沈み、姿勢を崩すわけにはいかないのだ。

 

巍然(ぎぜん)たる、ナザリック地下大墳墓の主であるモモンガ様に相応(ふさわ)しくば、最低でもこの程度は当然でございます。ただ、急ぎでご用意させていただいた故、これでもモモンガ様の威風と燦爛(さんらん)さを人間種に顕示するには些かご不足とは思われます。慨嘆(がいたん)であるのは承知で御座いますが、それでもお許しを頂けるのであれば、今後さらなる邁進をお約束させて頂きます」

 

デミウルゴスの言葉に、モモンガは全てを悟ったような顔をし、全てを赦した。

そんな器の大きさに、デミウルゴスは昂りを抑える事ができない。しかし、それを押し殺し、彼は忠臣である事を望んだ。この程度、この程度の働きでは、ダメなのだ。

その後も、モモンガは雑談と言う体で、ナザリック地下大墳墓における注意点を、優しく指導する。そう、この用心深さこそが、ナザリック地下大墳墓を此処まで築き上げた主の姿なのだ。用心に怪我なし、なのである。

 

「では、後は頼んだ」

 

その言葉に、皆が皆、膝を着き、臣下の礼を取る。

なぜ、モモンガの隣にいるのが自分ではないのか。そんな思いもあるが、しかし、ナザリック地下大墳墓の主がいないからこそ、できる準備もある。彼らが敬愛する主の前で、御目汚しは不敬なのである。

 

 

―――

 

 

地下二層の死蝋玄室。再びこの場に、マーレとアントルラッセを除いた階層守護者と、セバス、ソリュシャンを除いた六連星(プレアデス)が集結する。その中でも一人、興奮気味にデミウルゴスに詰め寄るメイド服の女性がいた。

 

「デミウルゴス様! 早く教えて欲しいっす! 何でナーちゃんか私が、モモンガ様のお供になれるんすかね?!」

 

尻尾があれば、確実に振っているであろう上機嫌さを微塵も隠す気配も無く、ルプスレギナはデミウルゴスにジリジリと近寄る。そんなルプスレギナの様子をシャルティアはやさぐれた様子で見ている。ユリはそんなルプスレギナを不安そうな目で見つめており、気が気でない様子だ。

 

「ふふっ、簡単な事だよ。ルプスレギナ。カルネ村に向かったモモンガ様のお姿を考えれば良い。傭兵として今後、お勤めをするつもりなのであれば、パートナーとして求めるのは、魔法職の可能性が高い。ソリュシャンは商売人として動くし、エントマは外見的に人前に出す事は難しい。それなら、ナーベラルか君か、と言う事なのだよ」

「やったっすねナーちゃん! どっちが選ばれても恨みっこ無しっすからね!」

「え、ええ。でも、私にできるかしら……」

 

二人の様子に満足そうな笑みを浮かべるデミウルゴス。

 

「そして、君たちに覚えてほしい事がある。傭兵姿のモモンガ様は、名前を変えて行動する可能性が、高い」

「え? モモンガ様がモモンガ様じゃなくなっちゃうって事?」

「そうね。モモンガ様は、警戒心強いの御方。万が一の事を考えると、偽装をしている状態で本当の名前は使わない可能性が高いわ」

「そして、私が予想するに……モモンガ様は……『モンガ』として、その名を世界に刻んでいくでしょう」

「『モンガ様』でありんすか?」

「違うわシャルティア。『モンガさん』よ」

「ん? 至高の御方をそんな呼び方をして、不敬になりんすか?」

「逆なのだよシャルティア。一介の傭兵が『様』なんて付けられていたら、どうなると思う?」

「そっかぁ! なんか怪しいよね!」

 

納得したかのような顔で、頷きを続けるアウラ。

シャルティアは良く分かっていないのか、頭の上に『???』を浮かべていた。

 

「では、ナーベラル、ルプスレギナ。君たちは、いつ何時モモンガ様にお呼ばれしても良い様に……」

「分かったっす! モンガさんって言えるように練習しておくっす!」

「そうね。モンガさ―――――んと呼べるように」

「ねぇ、ナーベラル。あなた、大丈夫なの?」

「伸ばしすぎぃ」

 

心配顔でユリが声を掛け、エントマが笑う。

 

「大丈夫です。モモンガ様とご一緒できるなら、モンガさ―――――ん呼びくらい」

 

ドヤ顔のナーベラルに不安を抱きつつも、皆の話し合いは、順調に進んでいった。

 

 

―――

 

 

地下九層の至高の御方の部屋の前に、一人訪れる影があった。

そして、丁度。唯一残られた至高の御方の部屋から、一人のメイドが出てくる所であった。

 

「……あっ、アルベド様」

「モモンガ様のお世話はどう? しっかりお勤めできてるかしら?」

「はっ、はい。まだまだ不出来ですが、そんな私をモモンガ様は……」

 

メイドの声をニコニコしながら聞いているアルベドだが、その目の奥には、どんな些細な情報をも逃してはならないという、まるで猛禽類のような鋭さがあった。しかし、それにメイドが気付く事は無い。

 

「ねぇ、そういえば、なんだけど。何か、モモンガ様がお困りになってる事ってないかしら? 少しでも、モモンガ様のお役に立ちたいと、皆、奮起している様子なの」

「そうですねぇ……」

 

アルベドの質問に、メイドは少し考え込むような顔をする。ずっと、モモンガ様の姿をお近くで見ていたのだ。自分が気付かない些細な事でも、大切な情報になるかもしれない。

 

「あっ、そういえばですね」

「……なにかしら?」

「モモンガ様は……『俺の愛』をお探しになられていたご様子で」

「くふーーーーーーーーー!!!!!!!!!」

 

メイドの答えに、突如ご乱心するアルベド。

 

「く、くふふふふふ。そ、そんなモモンガ様。モモンガ様がわざわざお探しにならなくても、愛情なんてこの、アルベドが……。いえ、足りていない?! もっと、もっとモモンガ様は愛をお求めになっているって事?! く、くふふふふ! こ、これじゃあ私の身体が持たないかも……いえ、愛するモモンガ様の為なら、こ、これくらい、くふ、くふふふ」

 

ふらふらと、来た道を戻るアルベド。そんなアルベドを心配そうに見つめているメイドだったが、急に振り返ったアルベドから「この話は、誰に漏らしてはダメよ」と優しく微笑まれながら、しかし、言いようの無い圧と突き刺さる様な視線を向けられ、ひたすら頷く事しかできなかった。




ver1.01 2019/02/01


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9話 頸に絡まる、両翼

ごろりと寝転がると、頬に細かい砂粒と籾殻(もみがら)がくっつくのを感じる。

これもまた、新鮮な経験なのである。

リアルの世界の砂利なんて、細分(さいぶん)した廃棄物と不純物の入り混じった得体の知れないモノだったわけだが、この世界の砂利は汚染が進んでおらず、寝っ転がっても、裸足で踏んでも、フカフカ、ジャリジャリ、と、気持ち良い感触が楽しめた。

 

「良い場所だな」

 

隣に伏せている漆黒の毛並みを持つ馬は、こちらを気にする様子も無く、リラックスしているのか、体内の熱を発散させているのか、小刻みに身体を揺らしながら、何かを待ち続けている。

その美しい毛並みを撫でてみる。手入れが良く行き届いているのか、何の抵抗も無く、その毛先を指に感じられた。

自分の手を、まじまじと見てみる。指先には鋭い爪が伸びており、何度見ても、鳥の前足と人間の手が混ざり合った、異質なモノがそこにあった。それにも関わらず、指先が感じた感触は、俺が人間として生きてきた今までと、差異無く感じ取る事ができた。理解に苦しむ。

 

撫でられている事に気を良くしたのか、(いなな)き、口をもぐもぐと動かしている。口元からは涎がだらだらと垂れている。

まもなく、目の前の城郭から、上半身の鎧を着崩した衛兵が出てきた。両手には、大き目のバケツを持っており、今朝の食事のようである。

 

「ほら、食え食え!!」

 

全部で六部屋ある厩舎(きゅうしゃ)に男が入ってくると、さっそく男は、部屋の前に作られているエサ入れに乾草や果物、トウモロコシをすり潰したモノを、どんどんと適当に入れていく。馬が一斉にゆっくりと動き出し、朝食が始まる。もぐもぐと、馬が口を動かす。もぐもぐと、俺も口を動かす。

正直、リアルの頃は衛生面的な意味で、愛玩用ペットも含めた動物の(たぐい)と食事をする事に非常に抵抗があった。でも、今はどうだい? 自分が鳥人(バードマン)な事もあるのか、まったくもって、なんの嫌悪感も無く、馬たちとご飯を食べられているのである。むしろ、勢い余って、隣の馬に(かじ)り付きそうな勢いだぞ。馬刺しにしてやる。あっはっは。

 

ごろりと、その場に寝転がる。正直、リアルの時より良い生活をしている気がする。自分が鳥人(バードマン)になった直後は気が動転し、人間に駆除されるだろう今後を呪ったが、厩舎(きゅうしゃ)と言う我が家を見つけてしまったばかりに、もう自堕落な生活をする事しか考えられない。目の前は、景気の良い城である。朝昼晩と、飯は出る。寝床はフカフカしており、気持ちが良い。気が向いたのか、馬が俺の羽根をぺろぺろと毛繕いをしてくれた時もあった。いたせりつくせり、なのである。

馬の食事が終わったのか、すんすんと周囲の匂いを嗅いでいる。そして、俺の胸元に鼻を近づけると、その鼻の水気を、拭われる。

気付いた事がある。人間は、俺の存在を感知する事が出来ない。恐らくスキルの力だろう。頭のスイッチを入れる感じでスキルが発動できる。なんと便利な事か、スキルの強弱も調節できるようで、「見え……ない! いや、見え…………、ダメだ! やっぱり見えない!」が可能になっていた。これでいつでも露出におけるギリギリ感を演出できるわけだが、そもそも鳥人(バードマン)の裸は人間的にどうなのだろうか。全裸だろうが半裸だろうが、初日の人間の慌て様を思い出すと、命のやり取りになっている気もするわけだが。

 

とりあえず、立ち上がる。馬がこちらを向き、(いなな)く。人間は、俺の事が見えない。だが、動物やモンスターはどうなのだろうか。昨日からこの馬は、俺の事が見えているような気がする。いや、見えているのではない、感じているのだろう。動物は、人間と違った信号をキャッチできると聞いた事があるような、ないような。

とりあえず、ゴロゴロしていて、気付いたら、焼き鳥に。なんて事は勘弁なので、今後の方針が決まるまで情報収集を続ける事にした。

 

 

―――

 

 

騒がしい喧噪の人ごみの中を歩く。翼はあるけど、飛ばない。俺が生まれ落ちたこの場所は、何やら大きな街なのか、国なのか。往来にして人通りが激しいわけである。右手を見れば、隙間なく埋め尽くされた露天商がおり、左手を見れば、朝っぱらから酒を飲みながら大声で喚き立てている、武装をした人間が座り込んでいた。だが、そんな光景もいつもの事なのか、誰も気にする様子も無く、人は流れて行くわけなのである。

 

高い塔の上で世界を見渡した時に、慣れ親しんだアーコロジーが存在せず、城や山脈、青々とした野生がその目に飛び込んできた時は驚いた。俺は、この数奇な運命を悦び、そして、失意の底で悲嘆した。

俺は、人間ではない。鳥人(バードマン)である。だが俺は、鳥人(バードマン)ではない。人間である。人間なのである。あのクソッタレの世界で生まれ、泥塗(どろまみ)れの日常を過ごし、毒のような空気を吸いながら、人間として死ぬ予定だったのだ。人間の時に夢見ていた情景を、人間でなくなった今、全身で感じる事が出来ている。風が生きている。機械の熱を逃がす、送風機で作られた気流の流れではない。薄暗い蛍光灯ではなく、太陽が俺の身体を焼く。

畜生(ちくしょう)! なぜこの姿形なんだ! 人間として慣れ親しんだ身体では無く、遊びで作ったアバターに乗り移るなんて、笑えない冗談だ。意味が分からない。これは、何の天罰か。

 

「ねぇねぇ、ここってどこか知ってる?」

 

すれ違い(ざま)に、学生服の集団に話し掛けてみる。恐らく俺が図書室を滅茶苦茶にしてしまった学園の生徒であろう。それにしても、あの時は悪い事をしてしまったかもね。時間があったら、様子を見に行こう。

ともあれ、俺の言葉は誰の耳にも入る事無く、消えていった。

もう、どうしようもない。姿を見せれば阿鼻叫喚。姿を消せば雲散霧消(うんさんむしょう)。どうすれば良いの?

 

腐った気持ちで大通りを歩く。周りは、ワイワイガヤガヤ。腐っている俺にはノイズにしか聞こえない。もう、全部ぶち壊してやろうか。幸せってのは主観なわけで、俺が幸せじゃない以上、俺以外が幸せじゃない可能性も無きにしも(あら)ずで、とりあえず、全部ぶち壊してやろうか。

虚空を見た。視線は水平。視界には何も入らない。いや、違う。目が合った。酒場のような場所から出てきた四人組と目が合った。俺の方を指差し、何か叫んでいる。声は聞こえない。だって、距離があるから。鳥人(バードマン)になって、視力が良くなっている。四人の中で、小柄な女の子が、俺を見ている。俺を見つめて、指差している。そんな彼女が愛おしくなり、この気持ちを彼女に伝えるために、大袈裟に手を振ってあげたら、彼女は盛大にその場で吐いた。

 

「……は言っ………こ……こは……て、天下……帝国だぜ? 何の変哲もないじゃねぇか」

「ヘッケランの言う通りよ。気のせい……ってわけじゃないけど、気にし過ぎなんじゃない?」

 

別に心配になったわけじゃ無いけど、てくてくと、彼女に近付く。一人が突然体調を崩し、吐いたのだ。仲間が心配そうに介抱している。手を振っただけで吐くって何? そんなスキル無いはずなんだけど。それにしても、俺が近付いたところで、やはり俺の事を認識できる人間は、いるのか、いないのか。いなさそうである。俺と目が合った彼女は、(うずくま)って、胃の中の物を盛大に吐き出している。身体も小刻みに震え、痙攣を起こしているのかもしれない。「生きてる?」と声を掛けてみたが、反応は無い。声が届かないなら、きっと見えていないだろう。目が合ったのも、俺の勘違いだったかな。

と、ここで、天啓が閃いた。もしかして、彼女、獣人の類なんじゃない?

 

人間は俺の姿が見えない。動物は俺を感じられる可能性が高い。なら、獣人だって、俺の事を感じられても良いと思う。だって、獣人は人と獣のハイブリットなのだから。

彼女の頭を見るが、残念ながら獣耳は生えていない。だが、尻尾はどうだ? 生えているんじゃない? その、小ぶりで、可愛らしい美ヒップに、お尻尾、生えちゃってるんじゃない?

一縷(いちる)の可能性に賭け、(うずくま)っている彼女の尻を、(いじく)ってみる。

揉み揉み、揉み。

うん、薄っぺらい、何の変哲もない尻だった。

期待していた尻尾なんて、存在しなかった。

ついでに、隣の半森妖精(ハーフエルフ)の胸も揉んでみたが、そこには胸がなかった。

俺の代わりに隣の男が頬をかなりの勢いで張られていたが、彼には悪い事をしてしまった。

帝国が動き出す時間帯。一人の鳥人(バードマン)が、可憐な少女の尻を揉んだだけの一幕だった。

セクハラしても、反応が無いと虚しい。そんな事は、やらなくても知っていたんだけどなぁ。

 

 

―――

 

 

身を空へ。風を切り、音を抜き去る。鬱屈し過ぎた感情は身体に毒だ。自分の境遇に不満があるのは仕方がないが、切り替えるべきである。僅かな可能性に期待をし、森を探す。

なるほど。空は見晴らしが良い。隆起した山脈の先には、池が見え、森が広がっている。

あの森なら、動物がたくさん生活をしているかもしれない。

俺は人間である。だが、人間社会で生活することは難しそうだ。それなら、大自然の中で生きるのはどうだい? 大自然の中なら、スキルで姿を隠さなくても良いはずだ。だって、右を見ても、左を見ても、動物しかいないはずだから。ありのままの姿、見せるのよ。ありのままの自分に、なるの。

 

適当に目星をつけ、急降下。すると、目に入った。長い尻尾が魅力的な美ヒップをこちらに突き出し、左右に振っている、官能的な光景が。

とりあえず着地をし、様子を見る。足元には柔らかい土と、生い茂る草花。

それにしても壮観である。目の前で、大きな尻が右へ左へ大忙し。これは何だ。祭りか。

祭りなら仕方がない。同じ阿呆なら揉まなきゃソンソン、である。

 

「……ひょっ?! ちょっ! 誰でござるか?! 誰でござるか?!」

 

モチモチとした尻を堪能していたら、驚いたのだろうか。持ちあがった上半身が、こちらを向く。目の前に大穴が見える所をみると、寝床を作っていたのだろうか、食料を探していたのだろうか。目の前の巨体は、慌ただしく、身体を左右に揺らし、警戒心を(あらわ)にしている。

 

「誰でござるか?! …………誰もいないでござる?!!! マジで誰でござる!!」

「俺でござる」

「声が聞こえてくるでござる!! 怖いでござる!! 怖いでござる!!」

 

目の前の生き物はその見かけとは裏腹に、俺の声に驚いたのか、その場で小さく丸くなって、ぶるぶると震えだしてしまった。何この生き物。火で炙って、食べちゃいたいくらい可愛い。それにしても、俺の声は聞こえるのに身体が見えないとは、どういう事だろうか。食物連鎖のサイクルの中、食うか食われるか。ギラギラとした野生の中で生きている動物じゃないの? 仕方がないので、少しずつスキルを弱めてみる。どうだ? 見えるのか?

 

「…………? おや、ここら辺では見ない顔でござるな。侵入者でござるか? 迷子でござるか? 新入りでござるか?」

 

スキルを少し弱めただけで看破された。ユグドラシル換算で言うと、レベルは『30~40』くらいあるかもしれない。人間の衛兵が『5』だった事を思えば、強い生き物なのかもしれない。

ついでに他のスキルも使って試してみよう。

 

「……なんかゆらゆらしてて、お化けみたいでござる。ゴーストの類でござるか?」

 

分かった。こいつは圧倒的に人間より、強い。

強いし、人間の言葉も喋れるし、なんか、初めて心の底から安心できる生き物に会えた気がする。見た目も、もこもこしてて、愛嬌があるし。

 

「俺は鳥人(バードマン)のクロワゼ。君は?」

「森の賢王でござる」

 

なんかさっきから口調が気になるが、この世界の動物はこういうものなのかもしれない。

郷に入れば郷に従えとは言ったものである。俺も、この世界の流儀に(なら)うべきであろう。

 

「おお、森の賢王でござるか。それならば、この世界の事を教えてほしいでござる」

「何でそれがしの言葉を真似するでござるか! 馬鹿にしてるのでござるか!」

 

とても理不尽な気持ちに襲われてしまった。

 

「この世界で言うと、君はどれくらい強い?」

「超強いでござる! 無敵でござる!」

 

目の前の大き目の生き物が、興奮したかのように、空に向かってシャドーボクシングを始める。

だが、どう見ても短い手足である。ばたばたと、暴れているようにしか見えない。

 

「でも、最近はそんな事も言っていられないのでござる。東は、トロールが支配してるでござるし、西は魔法を使うナーガが支配してるでござる。その上、森の中が混乱していて、大変な状況でござる。もう、疲れるでござる」

 

目の前の生き物が、しょんぼりとした顔をする。何というか、覚えがある。

その昔、ギルメンがこの生き物の可愛さを力説してきた事があったが、現物を知らない俺はその話を聞いてもあまり共感が出来なかった。むしろ、小さくて、ふわふわで、もこもこ。と言う説明を聞いて、美味しそうだなぁ、と思ったくらいだ。だって、大福みたいで美味しそうじゃない?

その後、ネットで画像を検索してこの生き物を見たけど、第一印象はやっぱり変える事が出来ずに、肉感があって、美味しそうだと思ってしまった。

それでなんだけど、その時にこの生き物の名前を見た覚えがあるのだが、どうにも、思い出せない、浅い所で引っ掛かっているのだが、どうしても、どうして………も?!

 

「君、自分の事、どれくらい知ってる?」

「残念ながら、それがしは、自分の同種と出会った事がないのでござる。それ故、その質問には、答える事ができないでござる……」

「君、……アライグマって種族じゃなかったっけ? なんかほら、食べる時とか、洗ったりしない?」

「しないでござる」

「しろよ! アライグマなんだから! 洗うんだよ! だから仲間も見つからないんだよ!」

 

ついつい、自分の種族の誇りを忘れた畜生(ちくしょう)に、怒りが込み上げてしまった。自分のルーツは、大事にするべきだ。アライグマならば、洗うべきなのだ。

 

「そ、それがし、本当に、その、アライグマってやつでござるか?!」

「俺の記憶が、確かならな!」

「おお、この世に生まれて幾星霜(いくせいそう)。ついに、自分の事が分かったでござる!」

 

俺とアライグマは、手と手を取り合い、熱い友情を確認し合った。

気分は高まり、俺から始めたのか、アライグマから始めたのか、グルグルとその場で回り始めた。不格好でも良いんだ。ドタドタと、短い足で、その喜びを身体中で表すアライグマ。俺たちは、一時(ひととき)を楽しんだ。

 

「それがし、満ち足りた気持ちでござる。お礼をしたいでござる!」

「良いの? 俺のお願い、聞いてくれるの?」

「それがしたち、友でござろう! 友の願いは、叶えるのが当然でござろう!」

「じゃあさ、悪いんだけど、ナーガでもぶっ倒しに行こうか」

 

 

―――

 

 

獲物を捕らえた大鷲のように、飛翔する。

足元では、アライグマが「嫌でござる! 嫌でござる!」と駄々をこねている。

そんなアライグマを(なだ)めながら、西へと向かう。

そもそも、別に相手は誰でも良かった。ただ、この世界での戦闘行為を、見たかった。

リアルでの戦闘行為は、一方的な虐殺だった。富豪が、貧民を殺す。富豪と富豪が争っても、貧民が死ぬ。そういう世界だったのだ。あの世界に公平という言葉は、存在しなかった。

この世界はどうだ? レベルが近ければ、一方的な虐殺にはならないのではないか?

むしろ、策があるのであれば、弱者が強者を食らい尽くす事さえ可能なのではないか?

それをこの目で確かめたかった。

 

「そ、それがしが負けたら、森の均衡が崩れるでござる! 森の生態系が!」

 

なかなか小難しい事を話す。森の賢王だけあって、会話をしていて楽しい。

 

「心配性なアライグマ君に、楽しい話をしてあげるよ」

 

俺は速度を緩め、アライグマに声が通るように気を付ける。

 

「な、なんでござるか?」

「世の中の鳥にはね、いや、大きい鳥の話なんだけど、自分の獲物を空から落として、地面に叩きつける種族もいるらしいんだ。それでね、地面に飛び散った臓物を」

「黙るでござる! こいつ、タチ悪いでござる! サイコ野郎でござる!」

 

いっそう身体をバタバタと暴れさせ、俺の拘束から逃れようとする。

でも、ダメなんだ。どういうわけか、獲物が逃げると、追いたくなってしまうんだよ。今の俺は。これは、鳥人(バードマン)になったから、なのだろうか。精神が、肉体に引っ張られている気がする。

 

「死ねでござる!」

「割と辛辣(しんらつ)だよね」

「それがしの命が掛かってるでござる!」

 

気の置けない会話を楽しみながら、目的地を探す。

やっぱり、友情は素晴らしいなぁ。

 

 

―――

 

 

無事に西に住まうナーガの洞穴を見つけた俺たちだが、どうにも、酷かった。

いや、別に、自己紹介もしたし。お互いの了承も得た。それで、戦いが始まったのだが、もう、相性が悪すぎた。お互いの相性が、悪すぎた。

 

戦闘開始と同時にナーガが消えた。いや、消えたらしい。アライグマ君が大慌てしていたから。でも、そんな得意げなナーガも、アライグマ君に近付き攻撃をしたのだが、これがどうにも通らない。ナーガの攻撃力を、アライグマ君の防御力が上回っていたのだ。

ナーガが距離を離して、魔法を詠唱する。ファイヤーボールだ。実に弱弱しい。子供の喧嘩か?

だが、そんなへなちょこファイヤーボールも、案の定アライグマ君の毛皮に跳ね返され、消えた。アライグマ君は、四方八方と走り回り、ナーガも決め手に欠くのか、攻撃を躊躇(ためら)っていた。時間だけが、刻一刻(こくいっこく)と過ぎて行った。

 

お互いが決め手を欠く塩試合だったけど、帰り際に、アライグマ君に感想を聞いたら、

 

「勝ったでござる! 勝ったでござる!」

 

と言っていたので、モンスター世界的にはアライグマ君が勝っていたのだろう。贔屓目に見ても引き分けだったと思うんだけど、それは俺の勘違いらしい。友達を疑っちゃ、ダメだよね。

 

とりあえず、夕刻。アライグマ君を元居た場所に送り届け、俺たちは別れの挨拶をした。

 

「じゃあ、とりあえず、今日は楽しかったよ。人間らしさを思い出したよ」

「??? ……それにしても、今日は疲れたでござる。お腹が空いたから、今日の所は、とっとこ走って帰るでござる。もう二度と、この敷居(しきい)(また)ぐなでござる」

「何でそんなに辛辣(しんらつ)なの? その毛皮を剥いで、美味しく食べちゃうよ?」

 

俺の小粋な冗談に、警戒の形を崩さないアライグマ君。

 

「まあ、気が向いたらまたくるよ。ばいばい」

「…………最後に聞くでござるが、それがしの種族、本当に、アライグマってやつでござるか?」

「……たぶん。いや、きっと、そうだ。洗ってないから、自分のルーツを忘れているんだ。洗え。洗えば、思い出す。記憶は行動にも保存されているはずだから」

 

俺の答えを聞いて、アライグマ君は、顔を(かし)げたまま、森の奥へと歩いて行ってしまった。

まったく、人の記憶を疑うなんて酷い動物だ。そもそも、間違っていたって何が悪いのだろうか。別に、意図的に嘘をついたわけじゃないのだ。そもそも、記憶違いの可能性があるだけなのだ。まったく、これだから畜生(ちくしょう)は。

悶々とした気持ちが消え去らないまま、翼を広げ、空を、向かう。

もう、完全にコツは掴んでしまった。いや、身体が覚えていた。本能のままに行動しようとすると、人間ではなく鳥人(バードマン)の癖が出てしまうのだ。いやはや、困った身体である。

 

 

―――

 

 

空から一望すると城が見え、俺の住まいとなった厩舎(きゅうしゃ)も望める。馬に乗った兵士の姿も見える。なるほど、これがこの国の一日か。

ふわりと、厩舎(きゅうしゃ)に着地しようとして、止めた。人の行き交う大通りへ身体を沈ませる。

人ごみの中に交わっても、俺は人間にはなれない。いくら人間の言葉を話しても、人間とみなされる事はない。例えば、通りすがりの君の頭の中をくり抜いて、俺の脳みそをぶち込んだら、それはどうなると思う? それでもダメなのだ。鳥人(バードマン)の脳みそをぶち込まれた人間、にしか、なれないのだ。俺は、一生、死ぬまで、いや、死んでも、鳥人(バードマン)なのだろう。クソが。

 

高貴な建物が並ぶ一角を通りがかる。人間だった頃は憧れたが、今となっては、どうしようもない。通りには着飾った幼女が二人。夕刻にも関わらず、何が楽しいのかピョンピョンと飛び跳ねて、お互い、笑い合っている。ああ、羨ましい。俺も、混ぜてくれよ。どうしようもなく、笑いたい気分なんだよ。

 

大袈裟に、手を振ってみる。届く事のないサインだ。俺は鳥人(バードマン)だ。

 

「あーーーーーーーーーーっ!! ちゅんちゅん! ちゅんちゅんだー!!」

「!!? 本当ー! わーい! ふわふわー!」

 

走り寄り、幼女の弾丸が、俺の身体を貫く。

いや、意味が分からない。俺は、この場所に存在しているのだろうか。

足元に目を向ける。

腰に抱き着いた、幼女が二人。

 

――――ナゼ、ミエル




『独自設定』
web版のジエット・テスタニア君のタレントを双子姉妹に流用


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10話 カルネ村の厄難(1)

「アインズ・ウール・ゴウン様の言付けもあります故、少々、森の方へ向かわせて頂きます」

 

セバスが村長や村人への挨拶もそこそこに、馬車に乗り込む。

先に乗り込んでいたソリュシャンも窓から笑顔を向けており、そこに敵意は感じられない。

 

別に、距離的に馬車へと乗り込む必要はないのだが、リアルの世界でも偉い人はこうやって、移動の際に楽をしていた事を今更に思い出している。

当時は、1階上がるのにもエレベーターを使う富裕層を見て笑ったりもしていたが、実際に自分が恣意的(しいてき)な行動を行うとなると、なるほど、えっちらおっちら(・・・・・・・・)と歩いている姿を人に見せるというのは、存外に格好悪いと思ってしまったのだ。

 

「では、失礼します」

 

短い言葉を告げ、扉を閉める。そして、馬車が動き出し、風景が流れる。

 

「モモンガ様、先ほどは、大変申し訳なく」

「謝罪は不要だ。それよりも、状況を察してくれて助かったぞ。ソリュシャン、セバス」

 

人目が無くなると、セバスとソリュシャンの態度が往々(おうおう)にして変わる。

彼らの教敬(きょうけい)が、自分の心に刺さってくるような感覚が生まれる。

だって、俺、あわあわしていただけだったよね!

セバスとソリュシャンのフォローが無かったら、どうなっていた事か。

 

それにしても、この世界の水準が思った以上に低い事には驚いてしまった。易々(やすやす)と自分の持ってきたアイテムを見せなくて良かったと、安堵する。ユグドラシル時代に使っていた金貨も、こちらでは2倍の価値があるらしいので、当面の金銭的な心配はする必要も無さそうだが、だからと言ってギルメンの皆と集めた金貨を使うつもりは、無い。

手始めに、森で薬草を摘んで売ったり、獣を狩って売ったりしてみるのも良いかもしれない。

「強くてニューゲーム」状態から始まってしまったが、知らない世界を冒険するのは、楽しみだ。いや、NPCの皆の好感度も上げなくては。信頼度が低いと、襲われる可能性もある。ジャンルは何だ? 恋愛シミュレーションRPGみたいだな?

ゲーム気分の自分が面白くて、ふふっ、と小さく笑う。

そんな俺にセバスが「何か楽しい事でもございましたか?」と声を掛けてきた。この選択肢は簡単だ。セバスはカルマが善に振れている。

 

「ああ、良い村だったな」

 

俺の言葉に何を感じたのかは分からなかったが、セバスとソリュシャンが、深々と頭を下げる様子を見て、俺はまた、口の中で小さく笑い声をあげたんだ。

 

 

―――

 

 

森に着いたのか、ソリュシャンが馬車の扉を開けてくれた。最初に感じたのは、空気の違いだ。俺は骨だ。だが、どういうわけか、生きている空気が胸に入り、爽やかな気持ちにさせてくれる。先走って、大声を上げながら走り出したい気持ちになってしまうが、ダメだ。二人が見ているのだ。恥ずかしい行動は、(つつし)まなくてはならない。

静かに、目の前の地に足を踏み入れる。村の住人が何度も足を踏み入れているのか、その地は堅く踏みしめられていたが、それでもリアルのコンクリートで作られた世界とは違い、小さく弾力のある様な、新鮮な感触を足から感じる事ができた。

 

ソリュシャンが先行するように、そしてセバスが俺の身を守るように、立つ。周囲を警戒し、そろり、そろりと、前進していく。そんな注意深い二人を見て微笑ましくも思ったが、違う。強者がいるかもしれないのだ。この世界にも。彼らの用心は、当然か?

 

「ソリュシャンよ、簡単に周囲を調べよ。倒す必要はないが、強者がいた場合は教えてくれ」

「御心のままに」

 

アサシンのクラスを持っているソリュシャンの気配が、途端に薄くなり、自分から離れて行ったのを感じる。さて、俺はセバスと散策をしよう。

 

セバスを先頭に、森の奥へと、奥へと、足を進めていく。

人も通っているはずだが、それでも獣道の色が残る道中である。目の前を遮るように生い茂る枝や草花。樹齢何年か分からない、大きな樹木の上からは、鳥の声が絶え間なく聞こえてくる。

意味も無く、背中からグレートソードを抜き、足元に群れる枝葉に当ててみる。

何の抵抗も無く、切れた。自分の力なのか、グレートソードの切れ味かは分からなかったが、とても楽しかった。この場でグレートソードを振り回して、手あたり次第に切ってみたい気持ちが生まれたが、調子に乗って樹木を切り倒しては笑えないし、そもそもセバスに何か言われるかもしれない。止めておこう。

 

そうこうしている内に、広場のような広がった場所に着いた。残念ながら、動物の(たぐい)には出会わなかったが、そもそも、森の中のどこに何が生息しているのか、まったく俺には知識が無い。ゲームとは違い、素人が適当に歩いたところで、動物も警戒して出て来てくれないのかもしれない。ちょっと、残念だ。

だが、手ぶらで帰るのもつまらない。適当に草でも摘んで帰って、ユグドラシル時代の知識との相違を調べる必要がある。いや、狙うは調合の材料にもなる薬草か。

 

「セバス、薬草でも摘むか」

「はっ。しかし、わざわざモモンガ様がそのような事をされなくても……」

「いや、私がやりたいのだ。気にする事は無い」

 

セバスの抗議の視線を無視し、近くに群生(ぐんせい)している草花に近付いてみる。

なるほど、どれが薬草か、まったく分からない。手を近づけても、ユグドラシル時代と違ってポップアップが出てこない。当然か。あっはっは。

どうしたものかと考えていたら、突然、後ろから声が掛けられた。

 

「お忙しい所、失礼致します。森奥にですが、何やら……!」

 

ソリュシャンが焦ったような声を出している。少しの時間しか一緒に居なかったが、冷静沈着な性格だと思っていたので少し驚く。それにしても、森奥に、何かいたのだろうか?

薬草摘みの手を止め、立ち上がる。周囲に意識を向けると、なるほど、ガサガサと草木を掻き分け何かが接近している気配を感じた。セバスが一気に自分の方に間合いを詰め、物音と正対するかのように構える。

 

刹那、何やら蛇のような生き物がセバスの手首に絡みついた。否、鞭か? 尻尾か?

セバスとソリュシャンがこちらを向くが、さて、どうしたものか。

 

「……縄張りへの侵入者を追いかけてきたら……それがしに何か用でござるか? 今すぐ帰るのであれば、見逃してやっても良いでござる」

 

なるほど。大自然とはいえ、ここで生活している生き物同士の縄張りという物は存在しているらしい。ふふっ、やはり、リアルとは違って面白いな。知らない事が、たくさんある。

先ほどからセバスを引き摺りこもうとしてるのか、尻尾がピクピクと動いているが、セバスが全く動じていない所を見ると、レベルも大した事は無さそうだ。そして、別に今すぐにこの森でやりたい事も特に無い。ただの下見である。下見で、エリアボスのような喋る生き物を倒すのも、味気が無い。

 

「いや、邪魔したな。特に用もない。これから戻ろうと思っていたところだ」

「…………森の出口は、ここから真っ直ぐ先でござる」

 

謎の生き物が遠ざかって行くのを感じた。それにしても、「ござる」ってなんだよ。ふふふっ。

セバスとソリュシャンに背を向け、森の出口へ向かう。

 

「よろしいのですか?」

「殺すのは簡単だ。だが、殺す必要も、あるまい」

 

納得したのか分からないが、セバスとソリュシャンが、黙ってこちらに続く。

いや、死の支配者(オーバーロード)として振る舞うのであれば、殺した方が正解だったのか?

分からない。分からない。だが、意味も無く殺すのも、違うとは思う。

 

 

 

……………………意味があるのであれば?

 

 

 

「……モモンガ様、悲鳴のような声が聞こえますが、いかがいたしますか?」

 

思考の渦に巻き込まれていたのか、反応が遅れる。

俺の前を歩いていたソリュシャンが、こちらの方を向き、伺う様な声を出していた。

 

……森で悲鳴? 村の誰かが森に入って、獣にでも襲われているのか?

それなら、ちょちょいと獣を打倒(うちたお)し、傭兵モモンの強さを示せばメリットがあるか?

それでアインズ・ウール・ゴウン商会の名が少しでも広まるのならば、もしかしたら正解かもしれない。この世界で生きていくとして、商会と言う設定は使える。それなら、すこしでも有名にした方がメリットは大きい。そもそも、俺の持っているアイテムや武具の(たぐい)が、ここでは大きな価値を持っている事は分かっている。利用しない手は、無い。

チラリとセバスの方を見る。セバスはカルマが善だ。人助けに躊躇(ちゅうちょ)は無いだろう。

 

「行くぞ、セバス」

 

声を掛け、前に一足。飛ぶように、駆ける。

ユグドラシル時代は魔法職だった。だが、カンストプレイヤーだった。この世界でも、ステータスが反映されているのだから、それなりの速度は出せるだろう。

チラリと後ろを向くと、ソリュシャンとセバスが易々と付いてくる。

なるほど、ステータスが反映されているとなると、俺は魔法職である。肉弾戦随一のセバスと、アサシンのソリュシャンに素早さで勝てるはずが無い。トホホである。

 

 

―――

 

 

何もないまま、馬車を残してある森の入り口に着いてしまった。

ソリュシャンの聞こえ間違いかと一瞬思ったが、それは無いだろう。彼女が悲鳴を聞いたのは事実だ。なら、何だ。何が起きてる?

しかし、気付いた。血の臭いがする。そう、馬車の影に、何かがある。気配が、ある。

俺が回りこむ前に、セバスが動いた。目にも止まらぬ、とは、この事か。

ソリュシャンを従え、馬車の影に回る。そこには、血まみれの少女と、鎧を着こんだ人間が横たわっていた。セバスに目を向けると、そこには激情を顔から隠そうともせず、身体中から怒りの雰囲気を出す、たっちさんが、いた。

たっちさんの右手には、生きているのか死んでいるのか、鎧の胸元が砕け、首が変な方向に捻れている人間が、あった。

 

 

 

―――NPCの中には、ギルメンが生きている―――

 

 

 

「襲われていたようだったが、大丈夫か?」

 

冷静に、声を掛ける。少女は震えながらも、どうにかこちらを向き、ガチガチと歯をぶつけながらも、懸命に声を紡ぐ。

 

「む……村がっ、あ、あ、きゅう、急に、知らない……知らないんです! なに、何もしてない! でも、ひ、ひ、人が、むらの、むらのみんなが! き、きられて、その!」

 

凄いな。驚くほど心が揺さぶられない。

要点をまとめると、さっきまで俺たちがいた村で、殺戮が起きている。これは、もちろん、不愉快だ。初めてこの世界の人間と言葉を交わし、コミュニケーションを取り、情報を与えてもらった。恩義はある。

だが、目の前の少女が涙ながらに悲痛な声を出しても、何も感じない。隣に転がっている死体に目を向けても、何も感じない。むしろ、メリット、デメリットで物事を考えている自分がいるのだ。なんて自分は非情な人間なのだろうか。知らなかった。こんな人間が、今までアインズ・ウール・ゴウンのギルド長をやっていたのか。あっはっは。笑いが止まらない。

いや、分かっている。自分の精神が、死の支配者(オーバーロード)に引っ張られているのだ。人間的な感情が薄まり、死に動じない。なるほど、これなら本能のままに行動していれば、ナザリック地下大墳墓のNPCに喜ばれるような、死の支配者(オーバーロード)である、モモンガに、今すぐにでもなれそうだ。

世界に死を振りまき、残忍な処刑方法で、命を刈り取って行くのだ。隣ではアルベドが微笑み、アウラとマーレが楽しそうに血まみれの沼で泥遊びだ。シャルティアとエントマが美味しそうに人間を食べている。そんな二人に混ざりたいが、俺が食べても、ボロボロと骨の隙間からこぼれてしまう。これじゃあ、死の支配者(オーバーロード)としての威厳もクソもないな。あっはっは。

 

「…………セバス、今すぐ村に行くぞ。恩がある。助けに行くぞ」

 

変な事を考えていたような気がする。

困っている人がいるならば、助けるのは、当然だ。アインズ・ウール・ゴウンは、PVPで困っている異形種プレイヤーを助けるギルドだ。俺は人間だ。困っている人がいるならば、助けるのは、当然だ。

震えている少女を抱きかかえる。その時、少女が抱きかかえる様に守っていたのか、小さな女の子が、ごろりと転がった。なるほど、妹か。身を(てい)して妹を守る。素晴らしいじゃないか。

ソリュシャンに指示をし、馬車の荷台を開けてもらう。

中に居たアントルラッセと目が合う。急に眩暈がしてきたが、何も言うまい。言いたい事しかなかったが、口を開くと、言わなくて良い事を言ってしまいそうだ。

 

「モモンガ様、馬車を」

「分かっている」

 

アントルラッセが馬車を守っていたのは、分かった。そもそも、乗車していた事に気付いていなかった俺が悪い。ワクワク気分で旅を始め、荷台を確認していなかったのは、俺だ。

少女と妹を荷台に乗せ、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)からポーションを取り出し、手渡す。

 

「これから君の村に向かう。二人はリュシ様とここに隠れていろ。このポーションを飲みなさい。身体の傷を癒してくれるはずだ」

 

ソリュシャンに目を向け、頷く。俺の心が通じたのか、ソリュシャンが微笑み、二人の背を優しく撫で、励ます声を掛けている。セバス様もモモンさんもお強い方です、きっと、村の皆も、無事に守られることでしょう、と。

頭のスイッチを入れ替える。今から俺は、モモンだ。セバスは俺が雇われているアインズ・ウール・ゴウン商会の人間だ。ソリュシャンとセバスは、俺より上の人間だ。俺は、傭兵だ。

 

荷台を閉めようと扉に手を掛けると、入れ替わるようにアントルラッセが出てくる。ソリュシャンが馬車を守ると判断したのだろう。まあ、敵の戦力が分からない以上、彼女の判断は間違っていない。それよりも気になったのは、扉を閉める瞬間に見えたソリュシャンの顔だ。大蛇のように頬まで吊り上がった笑顔を見せてくれたが、それが逆に、怖かった。

 

「アントルラッセ、行くぞ。セバス様、先行して村の状況を」

 

言葉を終える前に、セバスが先行してしまった。右手に人間を掴んでいるのも忘れているのか、憤怒の形相を隠そうともせず、怒りを目の前の空間にぶつけるかのように、駆けて行った。セバスの本気、超速いな……。

 

 

―――

 

 

その村は、自分の知っている場所ではないような、おぞましさがあった。

家々や、積まれていた藁や薪は燃え、そこら中に肉片や血が飛び散り、地面は所々、抉られていた。

人の気配はある。暴れるような馬の鳴き声と同時に、激しい足音も聞こえている。奥の方から聞こえるのは、歓声か悲鳴か。

村の中心へと向かうと、そこには、数名の騎士が馬に乗ったまま、セバスを取り囲んでいる。

セバスの側には生き残った住民なのか、人が集まっており、祈る様な格好をしている。

 

「き、きさまら! どうした?! 相手はただの老人だぞ!」

 

老人だけじゃあ、ないんだぞ、と。

自分に全く気付く様子の無い、手近な騎士に近寄り、袈裟切り。まるで子供の頃に遊んだ粘土か、それ以上の手応えの無さで、人間が真っ二つに分かれた。返り血が鎧を汚すが、魔法の鎧だ。どうにかなるだろう。

何の感情も湧かない。むしろ、ゲーム感覚だ。それより、森で出来なかった事をしよう。大袈裟にグレートソードを振り回し、手近な物をぶった切るのだ。自分は暴力的な人間だったのだろうか? それとも、本当に遊び感覚なのだろうか?

大義はこちらにある。罪なき村人を蹂躙(じゅうりん)しているのは、お前たちだ。

もしかしたら、この村人は奴隷で、高貴な人間に殺される為だけに生かされていたのかもしれない。だが、そんな事は知らない。気に入らないから、殺し、気に入ったから、助けるのだ。

 

素早く次の獲物に近付き、一閃。馬ごと騎士が真っ二つ。血の臭いが俺の気分を高揚させる。ナザリック地下大墳墓の皆の、良いお土産だ。むしゃむしゃと、美味しそうに人間を食べる皆の姿を想像し、つい、顔がほころぶ。俺は人間だから、人間は食べられない。それなら、この馬を食べよう。リアルでは、生で食べる事なんて、富裕層しか出来ない食べ方だった。今夜のご飯は馬刺しに決定! 食べても隙間から落ちちゃうけどな! あっはっはっはっは!

慌てた様に、次から次へと迫りくる騎士たち。弱虫なのか、逃げる奴らもいたが、そいつらはセバスが仕留めて行った。それにしても、こんなに人数差があるのに、圧倒的すぎるんじゃないのかな? 二人と何十人だ? 弱いぞ! 人間が! 他種族狩りが! こんなに楽しいなんて! 知らなかった! ユグドラシルで! 異形種狩りが! 流行ったのも! 分かるなぁ! だって! 楽しいから! タノしいから! ホンノウだから! イキルタメニ! ヒツヨウダカラ!!!

 

 

―――

 

 

近くに倒れている村人の衣類を破り取り、血で汚れたグレートソードを拭う。しかし、血は落ちる事が無く、汚れが広がっただけだった。魔法で出したグレートソードだから、この行動に意味は無い。だが、そのグレートソードが自分の身体のように見え、どうしても拭いたかったんだ。

 

セバスに目を向けると、住民を介抱している。全員が生き残っていれば良いのだが、そうはいかないだろう。疲れは無いが、溜め息を一つ。村の惨状を見る。酷い有様だ。人が減り、資材も無くなれば、滅びる運命だろう。元より、寒村だ。だが、忌々しい。俺は、この村の動きを見、声を聞き、匂いを感じたのだ。初めての村。大事にしようと、少しだけ、思っていたのだ。

 

村の入り口に向かう。

と、同時に、遠くから馬車が向かってくるのが見えた。ソリュシャンが乗っている馬車だ。

とりあえず、この世界で生きるにしろ、拠点は必要だ。ナザリック地下大墳墓は、現段階ではこの世界で生きる為の拠点には相応しくない。流石に、もう少し隠しておく必要がある。

それならば、この村に拠点を作るか。

元々あった家屋も、半数以上燃え、更地みたいなものだ。それなら、多少復興を手伝ってやれば、別荘と言う建前で住居を建てるスペースを分けてくれるかもしれない。

無いよりは、あった方が良いだろう。

 

「モモンガ様、御手を煩わせて、大変申し訳ございませんでした。本来ならば、六連星(プレアデス)である私が率先して対応をするべき状況です。それなのにも関わらず……」

「いや、私が動くべき状況であった。この事でお前が気に病む事は何もない。ソリュシャン」

 

声を掛けてきたソリュシャンに返事をしつつ、荷台を開く。ソリュシャンの態度で分かっていたが、中の二人は、すやすやと、眠っていた。村が襲われていたという状況に脳が理解を拒み、失神してしまったのかとも思ったが、もしかしたら、ソリュシャンがスキルを使ったのかもしれない。どちらにせよ、同じ事か。

 

「とりあえず、二人を村へ。そして、この村に残っている死体と装備の(たぐい)は、全て、この荷台に積み込め。別に、村に残しても仕方がないだろう。ナザリック地下大墳墓で、有効利用してやろうじゃないか」

「御心のままに」

 

ソリュシャンの気配が薄くなり、村に溶け込んだ。セバスと村人が、声を上げながら生き残りを探している。俺も、こんな所でぼやぼやしているわけにはいかない。セバス様を働かせて、俺が遊んでいる場合では、ないのだ。

 

「村長! この二人の親御さんはどうなっておられますか! ……焼け残っている大きな残骸などは、私が持ち上げます! 少しばかり、お待ちください!」

 

近付いて来た女性に寝ている二人を預け、重そうな柱を動かそうとしている男性陣に、混ざる。隙間に手を差し込み、少しばかり力を入れると、男性数人が動かそうとしても動かなかったそれは、ズズッ、ズズッ、と、動いた。崩しては元も子もない。そこから丁寧に、引き抜いた。

 

驚嘆や感謝の声が上がるが、一々返事をしては時間が足りない。素早く次の場所に行き、手を貸す。生き残りがいれば、村人と喜び合い、死人が出れば、村人と嘆き悲しんだ。そうして、時間は過ぎていった。

 

 

―――

 

 

村中を回り、生き残りを助け、そして、俺たちは村の入り口に集まっていた。

死者を弔う簡易的な葬式をする為に、村人は少し離れた墓地に行ってしまった。そんな彼らの方向をセバスは黙って見つめている。ソリュシャンの方に顔を向けると、静かに頭を下げた。なるほど、頼んでいた仕事は終わったわけか。アントルラッセは何もする気がないのか、フワフワと、周囲を漂っている。今の状態はどうなんだ? セバスとソリュシャンは、見えているのか?

 

ふと、頭の中に思い浮かんだ思い出がある。子供の頃に、クラスの友達と、アーコロジーの外でかくれんぼをしていた事があった。そして、その中に、隠れるのがとても上手な女の子がいた。あの頃は、防塵(ぼうじん)マスクを付ければ、アーコロジーの外に出ても、平気だと思っていた。大人は凄く怒ったが、大人に隠れて、遊んでいた。

ある日、海の近くでかくれんぼをしていた時の事だ。その女の子が「絶対に見付からない場所がある」と言いながら、近くに泊まっていた小さな船に、隠れてしまったのだ。子供の俺は、なんだか怖くなって、その場所から出る様に言ったんだけど、彼女が言うには、その船は幸せな場所に行く船、と言っていた。その子は、そこに隠れてしまった。

そして、かくれんぼは終わった。鬼の子は、彼女を見つける事ができないまま、終わった。

そして、お腹が空いたから、みんな、帰ってしまった。俺も、お腹が空いたから、帰った。

そして次の日、集会で、女の子が行方不明になってしまった事を聞かされた。あの頃の俺は、単純だったから、幸せな場所に行ったんだなぁ、としか思わなかった。

でも大人になった今なら分かる。あの子は、誘拐され、そのままバラバラにされて、売り飛ばされてしまったのだろう。人身売買はよくあった。子供は、高価だ。

 

「昔、昔の話だ。……私が小さい頃なんだが、友達が、いなくなってな。二人はどう思う?」

「モモンガ様がお望みとならば、即座にその『お友達』をお探ししてみせましょう」

 

セバスが間髪入れずに答えるが、ちょっと、思っていた答えと違う。そうか、俺の説明が悪かったんだな。単に、小さい子がグジャグジャになって、楽しいなって話を、伝えたかったんだけどな。俗にいう、アンデッド・ジョークだ。

ちらりとソリュシャンに目を向ける。彼女はカルマが悪に振れている。彼女になら伝わるだろう。

 

「私も、セバス様と同じ気持ちでございます。許されるのなら、その原因を究明するお手伝いをさせて頂きたく思います」

 

ソリュシャンにも伝わらなかった。俺には、ジョークのセンスが無いのか? それなら、とても悲しい。上に立つ者であるならば、軽妙な笑いを取る事も、必要だと思ったんだけどなぁ。

自分のジョークのセンスに頭を悩ませていたら、近付くような集団の足音が聞こえてきた。

 

「……ありがとうございました。本当に、ありがとうございました」

 

村長を筆頭に、村中の生き残りがセバスと俺に群がり、まるで神を崇めるかのように、思い思いの言葉を涙ながらに口にしていた。それにしても、鎧の上からとは言え、そんなに身体を触られると自分がアンデッドだとバレてしまいそうで、少し怖い。

 

「いや。むしろ、私たちがもう少し村に留まっていれば……」

「そんな事はございません! 今日、この村に訪れてきてくれた! 神の思し召しとしか思えません! アインズ・ウール・ゴウン商会の皆様を、このような危険に巻き込んでしまって、本当に申し訳ございません! しかし、貴方たちのおかげで、私たちの村は救われたのです。こんな何もない寒村が、明日もまた生きられるのは、商会の皆様が、アインズ・ウール・ゴウン様が、この地に、リュシ様が、この地を選んでくれたおかげで…………」

 

村長が、何度も頭を下げる。それにしても、無限ループになってしまった、そろそろ、本題を切り出しても、良いんじゃないかな?

 

「……モモンガ様、新手です」

 

ふと、フワフワと浮いていたアントルラッセが口を開く。

その声に反応したのか、セバスとソリュシャンが、不自然に思われない態度で、村の外を見る。

 

「……お喜びの様ですが、落ち着いて下さい。新手が来たようです。先ほどの輩の仲間の可能性が高いので、隠れられる場所に」

 

自分の声に動揺したのか、村長を中心に、村人の平常心が失われていくのが分かった。

だが、敵だと確定したわけではない。そして、俺たちもいる。その現実に多少は冷静さを取り

戻したのか、村長が村人に、的確な指示を出している。なるほど、村長なだけは、ある。

……おっと、自分たちの戦力計算を間違える所だった。今の俺たちは商会の人間だ。

 

「リュシ様も、どうぞお隠れ下さいませ。セバス様は、申し訳ありませんが、村の方々をお守りしていただければ……」

「モモンさん、気を付けてくださいね」

「モモンさん、村の皆は、アインズ・ウール・ゴウン様の名に懸けて、お守りさせて頂きます」

 

アントルラッセがいるからか、俺の指示に、二人は素直に従ってくれた。

さてさて、先ほどの騎士が偵察だとしたら、これから来るのは、本隊だろうか。

……厄介事に巻き込まれた感じもするが、こんな人生も、まあ、悪くないか。




ver1.01 2019/02/01


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11話 カルネ村の厄難(2)

ほどなく、目の前に馬に乗った騎士の団体が現れた。

だが、違和感がある。先ほどの賊たちと違い武装に統一性が無いのだ。

いや、ある程度の共通性はある。だが、各自がアレンジしているのだろうか? 正規軍の武装がバラバラで良いのか? 彼らは、正規軍ではないのか?

 

やがて、騎兵一行は、村の前に整列していく。

そんな様子の騎士を目の前にし、村長は、静かに震えている。だが、相手から敵対の意志はまだ感じられない。こちらの出方次第か?

 

「私は、リ・エスティーゼ王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフだ。この近隣を荒らしまわっている帝国の人間を討伐をする為に、王の御命令を受け、村々を回っているものだ」

「王国、戦士長……」

 

ちらりと村長に目を向けると、安心したのか、その場にへたり込んでしまった。だが、俺は彼の事を知らない。ガゼフと言う人間が、俺に興味を持ってしまっては、困るのだ。その前に、情報が欲しい。

 

「……村長、彼は?」

「噂程度ですが、王直属の精鋭兵士を指導する方、とはお聞きしています」

「本物か?」

「いえ、流石に私も、本人を目にした事はありませんので……」

 

ガゼフの鎧に目を向ける。どこかに紋章などが刻まれていれば、良いのだが。

はたして、それはあった。記憶を手繰り寄せる。ソリュシャンと村長の話の中で、王国や帝国の話はあった。その際に見た紋章を思い出せ……。

 

「……そちらが村長だと思うが、横の立派な格好をした彼は」

「はじめまして、王国戦士長殿。私は、モモン。アインズ・ウール・ゴウン商会に雇われている傭兵です。この村には、縁があって訪れた身であり、偶然、村が賊に襲われていたので、手助けを」

「なるほど……」

 

ガゼフが腕を組み、何かを考えるような仕草をするも、一瞬。

彼は素早く馬から飛び降り、こちらに近付いて来た。自分に敵対する様子も、威圧する様子も、無い。

 

「この村を救って頂き、感謝の言葉も無い」

 

何の躊躇(ちゅうちょ)も無く、頭を下げた。王国戦士長と言う肩書を持つ者が、こう、易々と、身分も明らかでない人間に、頭を下げられるものなのか?!

村長の話を思い出す。この世界も、身分の差は、明確にあった。

だが、この姿勢が彼の人柄なのだろうか。分からない。文化が違う。いや、リアルでも富裕層に頭を下げられる事なんて、無かったから、困惑しているんだ。落ち着け、落ち着け。味方かもしれないんだ。

 

「……いえいえ。アインズ・ウール・ゴウン商会のリュシ様とセバス様が決めた事でございます。お礼なら、お二人に宜しくお願いいたします」

「………………アインズ・ウール・ゴウン商会」

 

ガゼフが悩まし気に、小さく呟く。気付いた。失敗した。

ガゼフは王国戦士長だ。つまり、ある程度の権力を持っている可能性が高い。王族との繋がりも、もしかしたら、あるだろう。

そんな人物に、適当にでっち上げた商会が通用する訳が無い。武装した集団に臆することなく、多数との相対(あいたい)を難なく成し遂げ、報酬も期待できない寒村を助ける。怪しすぎるだろう?

本当に、いや、マジで。どうする、後で殺すか?

 

「ふっ。いや、恥ずかしい話だが、私は剣に生きた人間。そんなに素晴らしい商会の名を、今まで聞いた事がなかったのだ。不躾(ぶしつけ)だが、ご挨拶させてもらえれば」

「ええ。むしろ、王国戦士長のような方と顔見知りになれるチャンスかもしれません。リュシ様も、きっとお喜びになりますでしょう」

 

考えれば考えるほど、不審な商会だった気もするが、通ったのならば問題はない。

(くび)の皮が一枚繋がったような感覚だ。皮なんて、無いけど。

ガゼフと言葉を交わすのもほどほどに、村長を先頭に、馬車を引きながら村の中心へと向かう。ガゼフ一行も馬から降り、着いて来ている。これなら、村の事は穏便に済みそうだ。あとは、村長に土地を譲って貰えば、当面の目的は果たせる。

いやいや、それよりも初手で王国戦士長と繋がりが持てそうなのは非常に大きい。権力との繋がりが、あるのと無いのとでは、だいぶ変わる。幸先の良さに、顔がほころぶ。表情筋、無いけど。

 

 

―――

 

 

村長の家から、ソリュシャンとセバスが出てきたと同時に、ガゼフたちが中央の広場に到着した。馬車を傍らに寄せ、ソリュシャンとセバスの横に、立つ

 

「アインズ・ウール・ゴウン商会の二方、私は、王国戦士長のガゼフ・ストロノーフだ。この度は、この村の窮地を救って頂き、感謝する」

「リュシと申します。私は当然の事をしたまでです」

 

ガゼフの礼に、軽く頭を下げるソリュシャン。

 

「もし、賊の生き残りがいるのであれば、こちらに引き渡して頂きたい。王国に連れて行き、然るべき罪を与える必要が、ある。そして、彼らが組織ぐるみの犯行であるならば、私は、王国戦士長の名に懸けて、その蛮行を赦すわけには、いかないのだ」

「申し訳ないが、全て、死体だ。……彼らの装備していた物で良ければ」

 

馬車に近付き、荷台を僅かに開ける。途端、死臭が色濃く吐き出される。多少離れたところに立っていた村長には気付かれなかったようだが、ガゼフの連れている仲間数人が、顔を(しか)めた。

手近な所にあった鎧を一つ手に取り、ガゼフに放り投げる。それを見事にキャッチしたガゼフは、穴が空くようにその鎧を見つめるが、「やはり、帝国か」と小さく呟くと、何かを考えているのか、押し黙る。何やら、空気が変わった気がする。ソリュシャンは、相変わらずニコニコとしており、村長は、心の動揺を隠してはいるが、こちらの様子を気にしている。

分からないのは、ガゼフと、その仲間たちである。そんなに帝国に思う所があるのか、それとも俺たちか。

 

「……こんな事を考えたくはないのだが、リュシ殿。その荷台に集められた死体は、どうするつもりか? 聞いた事があるのだ。人間の死体を集め、儀式に使う黒い集団の存在を。いや、単純に、その死体を商売に使うのではないか? わざわざ、積み込む必要などない。死体は、埋葬するモノだ。それが、普通だ。普通でない事をする、聞いた事のない商会。返事によっては…………」

 

ガゼフの視線が、一気に鋭くなる。後ろに控えている集団からも、こちらを逃がすまいと、ガチャリと、装備を正した音が聞こえてくる。村長も、こちらに不安げな表情を向けていた。

 

「…………ふっ」

 

言葉も無い。

脳みその入ってない頭を抱えたくなるが、辛うじて押し留める。

誰だよ、死体がナザリック地下大墳墓のお土産になるって言ったのは。誰だよ、ナザリック地下大墳墓の役に立てようなんて言ったのは。ああ、俺だよ! 俺が全部悪いんだよ!

だが、逆ギレしても始まらない。むしろ、終わる。ここを切り抜けなければ、俺たちの冒険は終わってしまう。モモンガさんの次回作にご期待ください。

いや、いざとなったら殺せば良いんだけど。だが、村人の不信感は拭えない可能性が高い。くそっ、何だ。今まで集めた情報で、この世界に通用する言い訳。考えろ、考えろ。俺なら出来る。ナザリック地下大墳墓のギルド長に不可能は無い……。

 

「無礼者っっっ!!! 貴様らの目は、節穴か!!! ここにいるのは、何の罪もない村人でしょう! その者たちと、死体を一緒くたにしておくなど! 死体を野晒しにしておくなど! 貴様には道義心がないのでしょうか!!!」

 

俺が全てを諦めた瞬間に、セバスがキレた。マジギレだ。怖い。

…………そうだ、セバスの言う通りじゃないか。村人が、賊を埋葬してやる道理は、無い。

むしろ、自分たちの村を滅茶苦茶にしたのだ。すぐにでも捨ててやりたいくらい、憎んでいるのではないか? いや、憎んでいるだろう。窓から見える彼らの目が、それを証明している。ふふっ、勝った。勝ったな、ガハハ。残念だったなガゼフ君。まったく、敗北が知りたいよ。

 

「ガゼ」

「いや、そうだな。……そちらの老紳士の言う通りだ。今のは完全に私が悪い。リュシ殿、モモン殿。どうか、至らなかった私の頭の不出来さを赦してくれ。そして、もし良ければ、老紳士殿、貴方の名前を」

「……セバスと申します」

「そうか。……アインズ・ウール・ゴウン商会の人々の思慮深さには、恐れ入った。数々の無礼、申し訳ない。本来ならば、王国から報奨金が出ても良い働きをしているのだ。クソっ、今の私たちに、手持ちがないのが悔やまれる」

 

俺が言葉を挟む余裕も無く、全てが丸く収まってしまった。チラリと村長を見るが、何も気付いた様子も無く、セバスとガゼフの握手を見守っている。ソリュシャンの方を見ると、目が合った。そして、微笑んでいた。

……気のせいじゃない。ああ、ばれてる。俺の出る幕が無かった事がばれてる。恥ずかしい。恥ずかしすぎる。これのせいで、NPCの信頼度が落ちたらどうしてくれる! クソッ! クソッ! クソッ!

地団太を踏みたい気持ちを無理やり押し込み、熱い抱擁をしているセバスとガゼフに近付こうとした、その時に、漂っていたアントルラッセが、再び近付いて来た。

 

「モモンガ様、新手です。最初の人と、感じが近いです」

 

…………なるほど、本隊はこっちだったようである。

 

「セバス様、村長。まだ終わってはいないようです。新手が近付いている気配がする。ガゼフさん、村の入り口まで、どうか」

 

セバスとソリュシャンの雰囲気が変わるが、しかし、すぐに収まる。

こちらの言葉に緊張感を増した村長をその場に残し、ガゼフとその仲間たちと共に、静かに村の入り口へと向かう。

 

「わ、私たちはどうすれば良いのでしょうか?!」

 

村長が慌てた様に声を掛けてくる。だが、その気持ちも当然であろう。この場で力を持つ者が、もしかしたら村を放って、戦いに赴くかもしれないのだ。

俺とガゼフが勝つのならば、問題は無い。いや、ほぼ確実に勝てるのだから、心配する必要はない。だが、力量の差を知っているのは、我々だけであり、村長も、村人も、ガゼフも、この戦いの結末を想像する事は、できないのだろう。

 

「先ほどと同様に、村長の家に避難していてください。おそらく敵です。交戦が起きます。ですが……、そうですね。商会として、皆さまの安全は保障いたします。少々高価なモノですが、巻物(スクロール)を使って被害が出ない様にしましょうか」

 

馬車の荷台から、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)を取り出し、適当な巻物(スクロール)を見せ付ける。

この言葉に安心したのか、村長がこちらに頭を下げ、そそくさと家の方に向かって行った。

だが、使う気なんてさらさら無い。この世界の水準が低い以上、高レベルの巻物(スクロール)は入手するのに苦労する可能性が高い。むしろ、この世界でユグドラシルと同じ巻物(スクロール)が手に入るかどうかすら、分からない。現時点で、無駄遣いは避けるべきである。魔法職である以上、手札を減らすようなヘマはしたくない。とりあえず、俺が使える魔法で防御を張っておけば、なんとかなるだろう。

セバスとソリュシャンの方に顔を向けると、静かに頷き、村長の後につく。

さて、国同士の(いさか)いを見られるなんて、実に運が良い。運が良いし、楽しみだ。

 

 

―――

 

 

物陰から、人影を窺う。

距離はあるが、見えない距離ではない。馬にも乗らず、徒歩にて数人が、こちらに近付いている。その足取りは余裕の表れなのか、急いでいる様子は見られない。彼らの横には、召喚されたのだろうか、光り輝く翼の天使が浮かんでいる。

どう見ても、おかしい。賊にしては、違和感しかない。

 

「そもそも、なぜ帝国がこんな寒村を狙っているんですか? 彼らの装備を見れば、得られる成果よりも失う労力の方が大きい気もしますが」

「…………元より、王国と帝国間では、毎年戦争が行われていた。これは王国を疲弊させる為の戦いだが、帝国も本気でこちらを潰す気は見られなかった。……モモン殿、彼らの兵装が見えるか? 彼らは恐らく魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。そして、彼らのように練度が高い魔法詠唱者(マジック・キャスター)は帝国ではなく、スレイン法国の可能性が高い」

「……つまり?」

「……モモン殿に心当たりがないのであれば、彼らの目的は、私か。まあ、理由も、色々と目星はつく。自分で言うのも何だが、平民から王国戦士長の地位まで上った。それをやっかむ、貴族派の人間がいる事は知っていたが、こんな直接的な行為に及ぶとはな……。……ふっ、わざわざ武装を剥がし、スレイン法国の者に狙わせるとは、相当に俺は目の上のたんこぶ(・・・・・・・・)らしいな」

 

ガゼフが自嘲気味に笑う。つまり、彼はつまはじき者(・・・・・・)らしい。

 

「モモン殿、雇われないか?」

「…………」

 

非常に魅力的な提案である。合法的に人間を殺せるのだ。その、数多(あまた)の命を、死の支配者(オーバーロード)である、この俺に、捧げると言っているのだ。ササげると、イッテイルのだ。……アタマニ、ウカブノ死ハ、欠損する身体スベテヲ、ホロボ死シタ、チヌレ悲鳴狂声ノ、ダイチト、死死死死死――――

 

「…………申し訳ないが、私の役目はアインズ・ウール・ゴウン商会のお二人をお守りする事です。他の事は、ついで、なのです」

 

頭が、痛む。多量のノイズが反響しているようで、吐き気がする。俺が俺で、無い気がする。

目の前で喋る肉の塊が、煩わしい、遠くから近付く(にえ)が、実に滑稽だ。

そもそも、王国と帝国? 法国? の小競り合いに、情勢を知らない人間が手を貸して良いのだろうか。手を貸した方が、確実に勝つ。俺が、勝たせる。だが、その選択が間違いだった場合の責任が、俺には取れない。一国を滅ぼして、平気な顔はしていられない。

 

「……ですが、商会として、これを渡しておきましょうか」

 

無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)は持ってきていない。ガゼフやその仲間に見付からない様に、身体の陰から、簡素なお守りのような物を取り出し、渡す。ユグドラシル時代に大量に手に入れた、外れアイテムだ。生かす意味は見付かっていないが、死なれては終わりである。さっきから、死を望んでいる自分がいる気がするが、俺はそんな事を望んでいない。俺は、死を望んでいない。俺は、死を望んでいない。俺は、死を望んでいない。

この一件で王国に貸しが生まれるなら上出来だが、それを望むのは欲が深いかな。

 

(よわい)三綱五常(さんこうごじょう)を説かれるとは思わなかった。ふふっ、俺が死んでも、セバス殿には是非ともリ・エスティーゼ王国に訪問して頂きたいものだ。王国は、既に滅びの運命が近付いているだろう。だが、彼のような御仁が未だ健在であるならば……いや、忘れてくれ。モモン殿。村人は頼んだ」

 

ガゼフが馬に跨り、仲間と共に颯爽と駆けていく。

俺には理解できない。ガゼフは死ぬ気だ。なぜ、自ら死地に向かう事が出来るのだろうか。王国戦士長の矜持(きょうじ)なのだろうか? いや、違うか。本質的に、ああいう人物だからこそ、王国戦士長になれたのだろう。俺には、きっと真似が出来ない。もし、もしも、たっちさんがこの世界で生活していたら、恐らく、彼とは本質的に通じ合えていたのかもしれない。いや、セバスと彼の様子を見る限り、その可能性は、高いか。ふふっ、羨ましいな。心の強さが。

俺は、心が弱い。身体の中に、鈴木悟と死の支配者(オーバーロード)の意識があるのが分かる。今は別々に独立した存在だが、将来的にはドロドロに混ざり合って、一つになってしまうのだろう。

 

「アントルラッセ、彼は、強いな」

「…………?」

 

ガゼフの背を見送り、静かに腰を下ろす。息苦しいので、兜を取ってしまいたかったが、万が一にでも誰かに見られる危険を冒す事は出来ない。

アントルラッセが、フワフワと周りを漂っている。

静かに上を向き、深呼吸をする。骨組みの身体から汚染された息を吐き、新鮮な空気を取り込みたかった。だが、どうも、違う。いくらこの世界の空気を吸っても、満たされる気持ちが起きない。

やはり、自分には死臭漂う空気の方が、合っているようだ。これは、新発見だ。

やれやれ、どうにも、死の支配者(オーバーロード)の身体に慣れて来てしまっているようだ。笑いが止まらないぞ。いや、笑い方が思い出せない。楽しい気持ちが湧き出ない。悲しい気持ちも湧き出ない。鬱屈した思考が消えない。

 

空中で手探る。遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を取り出し、ガゼフに焦点を当てる。今の俺は傭兵モモンだ。グレートソードを装備しているが、筋力で振り回しているだけだ。もしも、将来的に使い手と出会った時に、力押しで戦うのは得策ではない。学べる時に学ぶべきであろう。

 

 

―――

 

 

仲間の前を走るガゼフが、法国の魔法詠唱者(マジック・キャスター)に近付き、正面に相対する天使に切りかかる。だが、致命傷になり得なかったのか、天使はフラフラと後退し、紅蓮の刃を振り下ろしていた。

ガゼフが深追いし、一閃。完全に天使に後れを取った一撃だが、先に相手の身体を貫き、その身体を、霧散させる。光の粒子がキラキラと舞い散り、砂埃が激しい戦場に、(いろどり)を与えた。

 

「んっ? ……今の攻撃、モーションおかしくなかったか?」

 

同意を求める様にアントルラッセに顔を向けたが、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)の方を見向きもせずに、フワフワと漂っていた。なんだか激しい独り言のようになってしまったが、気にしない方が良いだろう。まあ、返事がないのであれば、自分で確認し、自分で分析すべきだろう。まだまだ、戦は始まったばかりである。

 

ガゼフが次の獲物に向かう。が、既に相手の動きの方が早い。散開していたのであろう、法国の魔法詠唱者(マジック・キャスター)が一か所に集まり、ガゼフに相対(あいたい)するように構えていた。

その周りには数十人の天使が浮かんでおり、詠唱によって幾重にも重ねられた魔法陣が、ガゼフを威嚇するかのように、存在感を発揮していた。

 

「…………」

 

どう見ても、ガゼフたちの負けである。だが、ガゼフの瞳が曇る事は無い。むしろ、窮地に立たされるほどに爛々(らんらん)と輝いており、そこからは失望や悔恨(かいこん)の念など、全く感じられなかった。

なぜ、戦えるのか。なぜ、立ち向かえるのか。ガゼフには、仲間がいるからなのか。そんなに仲間を信頼してるのか。そんなに村人を守りたいのか。そんなに誇るべき自分でいたいのか。

どうにも、ガゼフ・ストロノーフという男を見ていると、平常心が保てない。

応援するかのような、喜色が心の中に広がる。俺は、彼らに、何を重ねているのだろうか。

 

戦場が、激しさを増す。一振りで六撃。まるでゲームの必殺技だ。

大地が炎上し、宙では光の煌めきが舞っている。お互いの戦力が拮抗し、押され、押し返す。

紅い鮮血が空に架ける。貫かれた身体からは泥土(でいど)が飛び散り、腐朽(ふきゅう)の大樹のように、崩れ落ちる。

彼らは笑っている。遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)から見える光景からは、詳細な顔色が見えない。

遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)は音が聞こえない。声が聞こえない。だが、伝わる。激しさが、身体を震わせる。

これが、本物の戦場なのだ。お互いの命を賭した、終焉に及ぶ反逆心なのだ。

息苦しい。彼らを見てると、息苦しい。戦場を見ると、胸が苦しい。

耳障りな音も聞こえてくる。「けひっ、けひっ」と、悪趣味な笑い声のような、悲痛を感じる、呼吸困難者だ。

だが、知りたくなかった。悪趣味な笑い声を上げているのは、自分なのだ。息を吸う暇がない。「けひっ、けひっ」と、笑う。笑い続ける。俺の目の前で、俺の大好物が、俺の望みが、夢の光景か。

無様に朽ちる肉。無駄に散らされた命、命、魂、死、死、死。

面白すぎる。お腹が痛い。笑いが止められない。悲鳴が聞こえないのが物足りないが、それは自分の想像力で補えば良いのだ。

だが、楽しい時間も、もう、終わる。ガゼフ・ストロノーフは、俺が殺すのだ。誇り高き成り上がりを、グジャグジャにして楽しむのは、俺なのだ。そのプライドをへし折り、涙ながらに命乞いするまで、嬲り続けるのだ。他人に譲る気は、毛頭ない。

遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)がガゼフの最期を映す。天使の一撃が、彼の身体を射抜いた。

 

……瞬間、視界が変わる。

 

 

―――

 

 

「な、な、な、何者だぁあああああああああ!!!??」

 

これから死にゆく者に、名乗る必要性は無いだろう。

人数を数えてみる。三十人近くいた魔法詠唱者(マジック・キャスター)は、残念ながら片手で数えられる程度になっていた。だが、それくらい残っていれば、十分に楽しめる。まずは逃がさない様に、片足から潰していく。そして、見せしめに、生きた人間の両目を穿り出してやるのだ。どんな悲鳴を上げてくれるのかな? 喉を砕けば低音が楽しめるかもしれないぞ。恐慌の二重奏を愉しもう。

恐怖は伝染する。恐怖は原初であり、純粋で濃厚なスパイスだ。刺激は平凡な人生を変えてくれる。ドキドキが止まらない。気分が高まる。今なら、身体からオーラも出せそうだ。

ふと、背後に目を向ける。いつの間にかガゼフの仲間たちが村の方へ敗走していくのが見えた。死を覚悟したガゼフがこれ以上の命を散らすまいと、仲間に指示でも出していたのか。全く、余計な事をしてくれたな。

 

「て、て、天使を突撃させろぉおおお! 近寄らせるなぁああああ!!」

 

こちらの異常性に感付いたのか、背後を見つめていた自分を隙だらけと考えたのか、咆哮と共に、光の天使がこちらに向かっていた。

が、脆い。グレートソードを使う必要も無い。軽く手で触れると、それらは消滅していった。

 

「ぴ、ぴぎぃいいいいいいいいい!!!?」

 

一人、また一人と発狂していく。目が血走り、顔が鼻水や涎で汚れ、その場に座り込む。

弱い。弱すぎる。歩を進める毎に、相手の平常心が失われている。滑稽(こっけい)な光景だ。

一人が、胸元から何かを取り出したのが見えた。そいつは半狂乱ではあるが、何か……、何だ……?! いや、嘘だろ?

そいつの手には、魔法封じの水晶が握られていた。ユグドラシル時代のアイテムであり、輝きから判断すると、超位魔法以外が封じられているものだ。まさかでは、あるが、熾天使クラスが召喚されると少々、厄介な事になりそうだ。

 

だが、一転。戦場は、静けさを(まと)う。

 

男が、魔法封じの水晶を天に捧げた瞬間、身体がくの字に折れ曲がり、地面に倒れたのだ。

先ほどまでの、狂乱していた世界は、静寂に包まれる。

 

…………(きょう)が、削がれた。

 

身体から、力が抜ける。チラリと後ろを見ると、アントルラッセが、そこにいた。

 

「……眠らせたのか?」

「モモンガ様を、お守りさせて頂きました」

 

何だろう。一番の盛り上がりを、邪魔された気分だ。

楽しみにしていたミステリー小説の、ネタバレをされた気分というか、消化不良だけが残った。

だが、それについて文句を言う訳にもいかないだろう。

 

「……村に、戻るか」

 

倒れている法国の賊を見つめる。死体は回収したいが、寝ている奴はどうしたものか。

いや、数人は法国に帰ってもらおう。今後を考えると、彼らの飼い主に、王国近辺に手を出す愚かさを知ってもらう必要性がある。残りはガゼフに引き渡せば、恩も売れるだろう。

とりあえず、魔法封じの水晶は、回収させてもらうが。

 

適当に、近くにいた魔法詠唱者(マジック・キャスター)を数人叩き起こし、脅しをかける。

理解しているのかしていないのか、焦った様子で、四方八方に逃げ去ってしまった。やれやれ。

 

 

―――

 

 

村に帰ると、焦燥した顔のソリュシャンが出迎えをしてくれた。

何か言いたげな顔をしていたが、心配されるような事は無かったので、そっと、頭を撫でてやる。

同時に、死体の回収をお願いする。死体は、ナザリック地下大墳墓で有効活用の方針だ。

 

戦いの傷跡が残る村を横目に、村長の家へと向かう。

だが、眼前の人影に、足を止める。上半身裸で身体中を包帯で巻かれたガゼフが、立っていた。

 

「……命を救って頂き、感謝する」

「村の外に、法国の生き残りが倒れている。組織ぐるみの犯行であるならば、君は、王国戦士長の名に懸けて、その蛮行を赦すわけにはいかないのだったな」

「何から何まで、すまない。だが、今の私には、アインズ・ウール・ゴウン商会の皆に支払う金銭が、無いのだ。もちろん、王都に来られる事があれば、相応の支払いは約束しよう。ガゼフ・ストロノーフの名にかけて」

 

ガゼフの信義を帯びた視線が、眩しい。

 

「では、リュシ様にはそう伝えておきます。王国で、再び会える事を、楽しみにしています」

 

手を差し出す。ガゼフが前に歩み、その手を握る。

強く、だが痛みも不快さも感じさせない力強さ。

俺は、ガゼフが、好ましい。

 

「……では、失礼する。逃走される前に、身柄の確保を優先させていただく」

 

ガゼフが馬を連れた仲間と共に、駆け抜ける。清涼な風が生まれた。

ちらほらと、村の空気が動き出していた。

俺の姿を目にした村人が、喜んでいるような顔でこちらに向かってくる。

セバスと村長が何かを話しながら、歩みを進める。

村から、危険は去っていった。日常からは遠いが、きっと彼らも、前を向いて生きるのだろう。半壊している家屋を倒壊させようとしている集団が、目に入る。

 

「村長、もし宜しければ、この地に私たちの別宅を建てさせてもらえないでしょうか?」

「こ、こんな、何もない僻地で、宜しいのですか? 朽ちるだけの村ですし、交通の便も……」

「森が近いというのが、良い。アインズ・ウール・ゴウン様もそう仰られるでしょう」

「さ、さようですか。で、ですが、見ての通り、労働力の問題が……」

 

不安そうな村長の顔を見て、察する。村長は、こちらの働きの対価として、労働力を提供しようとしているのだろう。だが、別宅と言えど、ある程度の規模は必要だ。確かに、村人だけで完成させるとなると、何十年掛かるか、まったく想像が付かない。

 

「……土地を用意してもらえるのです。労働力は、追々、貸し出しましょう」

 

 

―――

 

 

座り心地の良い座席に、身体を沈みこませる。

窓から風景を見る。空に薄闇が掛かり、陽が落ちかけている頃合いである。

 

「あの村には、愛着がある。可能な限り、友好的に接する予定だ」

「畏まりました」

 

自分の発言に、セバスとソリュシャンが頭を下げる。

静かな馬車が、ナザリック地下大墳墓に向かっている。今日も、疲れた。

チラリと荷台に目を向けると、そこには死体の山があった。アントルラッセは死体の上に座っている。血で羽根が汚れているのだが、気にする様子は無い。気付いていないだけかもしれないが。

 

「セバス、死臭は平気か?」

「お気遣いありがとうございます。モモンガ様の為された成果を前に、些細な(かお)りなど気になる筈もございません。むしろ、この寡少な薫香(くんこう)こそが、モモンガ様の高潔さを更に引き出す……」

「いや、もう良い。分かった」

 

手を伸ばし、荷台から、人間の腕だったモノを引っ張り出す。

既に命を失ってから数時間が経っており、死後硬直か、肉が硬くなっている。

まじまじと見るが、何も感じない。昂るものも無いし、嫌悪感も生まれない。

荷台に投げ入れ、一息。なんとなく、分かった。俺が死の支配者(オーバーロード)に引っ張られるスイッチは、『生者が命を失う瞬間』なのだろう。

いや、瞬間ではないかもしれない。相手が死ぬと分かった時点で、昂るのだ。

そして、鈴木悟の精神が、……徐々に……失われていくのだろう。

 

「セバス、ソリュシャン。私は、モモンガの名を当分、使わない。私はこれから、アインズ・ウール・ゴウンとなり、傭兵モモンとなる。ギルドの名を使う事に関しては、私の失態だ。気に入らないなら、言ってくれ。すぐにでも」

「異議など出るはずもございません。アインズ・ウール・ゴウン様は、私たちに命令して下されば、良いのです」

 

セバスとソリュシャンが、車内で臣下の礼を取ろうとする。狭くなるから止めてほしい。圧迫感が強くなるから止めてほしい。

 

「まあ、ナザリック地下大墳墓に帰ってからだな」

 

この世界の事、ユグドラシルの事。アイテムの事、魔法の事。スキルの事。NPCの事とギルドメンバーの事。考える事は、多々ある。

だが、今は疲れた。ナザリック地下大墳墓まで、少々、頭を休めたい。

 

「すまないが、ナザリック地下大墳墓に到着したら声を掛けてくれ」

 

静かに、意識を沈ませる。眠る事は出来ないが、それでも、良いのだ。

俺が俺である為に、人間の頃の習慣を、続けて行ければ、それで良いんだ。




【三綱五常】
儒教の言葉で、人として守るべき道徳と、常に行うべき道義のこと。


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12話 セイジョウト、ユウコウ

リ・エスティーゼ王国の首都である、王都リ・エスティーゼ。
一見、歴史ある佇まいの落ち着いた都市だが、それは最奥に位置する十二もの円筒形の巨大な塔に囲まれ、広大な土地を保有しているロ・レンテ城の周辺のみに感じられる。
城から離れるにつれて道幅は細くなり、舗装された部分も徐々に少なくなっていた。

ロ・レンテ城を囲む塔の一つ。一階層を丸ごと使った訓練場に、軽装ではあるが鎖着(チェーンメイル)を身に着け、一心不乱に剣を振るい続ける男がいた。

――――ガゼフ・ストロノーフ

彼の目には、怒り、失望、苛立ち、はたまた自己嫌悪が浮かんでいた。
カルネ村から王都に帰還したガゼフは、先ほどまで宮殿の一室にて、報告を行っていた。
しかし、派閥争いの蝙蝠が飛び交う魔城。ガゼフの報告は、一蹴され、否定され、笑いの種にされる始末であった。
彼が忠誠を誓っている国王ランポッサ三世は、ガゼフに労いの言葉を掛け、スレイン法国に襲われた村々に援助を約束した。だが、国王だけがまともではダメなのだ。国は、堕ちる。

「戦士長様」

その場に似合わぬ、黄金の少女が立っていた。
第三王女のラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフである。
目につくのは、黄金の長い髪である。ブルーサファイアの瞳はガゼフを柔らかく見つめており、さながら聖女のようである。身に纏う白いドレスは、清楚な印象を更に引き立て、首のネックレスは王族であるという力強さを彼女に与えていた。

「私、戦士長様の事を心配していました。悪辣な貴族に装いを奪われ、大敵が潜む僻地に向かわれた戦士長様を……」

ラナーは顔を俯け、小さく肩を震わせる。その表情は、見えない。

「ですが、力強い協力者を得、無事に帰られたと聞きました。その勇敢な方々の事を、お聞きしてもよろしいですか?」

顔を上げ、興味津々そうな表情を見せる王女の発言に、ガゼフは口元を緩ませる。
そもそも、王女の要求を断るなんて無礼、ガゼフには以ての外である。

「ええ、私からで良ければ、是非」


―――


訓練場から離れるように、静かな足取りで、ラナーは自室に向かって歩みを進める。
その様相に違和感が見える。先ほどまでの清廉、高潔さは鳴りを潜め、何の感情の起伏も見せない、人形のようでもある。

「アインズ、……ウール、ゴウン…………商会…………」

その姿は、城内の陰に隠れる様に、徐々に見えなくなる。
口元から零れた言葉は、静謐な城内に残る事も無く、…………消えていった。


玉座の間に、圧倒的な雰囲気を放つ存在が、いる。

それは、眼下に広がる異形種の集団ではない。彼らは何かを恐れる様に、否、崇拝の念を持って、膝を着き、頭を下げていた。直視する事は、不敬である。同じ空間にいられる、そんな些細な事ですら、彼らにとっては至福の時なのである。

 

「頭を上げなさい。ナザリック地下大墳墓の主である、モモンガ様からの御言葉です。聞き漏らす事の無い様に、心して拝聴なさい。…………それでは、モモンガ様」

 

玉座の側に立つ守護者統括、アルベドが静かに言葉を発し、数歩、後ろに上がる。

アルベドの言葉に玉座の間のNPC、シモベたちは一斉に目線をモモンガに向ける。

統率された、一糸乱れぬ行動に、モモンガは満足そうに頷いた。

 

「まずは、私の留守中、異変に気付いたものは、どうだ、いるか?」

 

モモンガの言葉に、反応する者は無い。

だが、そんな様子を気にする事もなく、モモンガは言葉を続ける。

 

「何もないなら、それで良い。一先ず、お前たちの安全が、第一だからな」

 

モモンガの言葉に、ざわめきが起きる。心優しき至高の御方の慈愛に触れ、涙を流せる種族は涙を流し、そうでない者は、御方の言葉に身体を震わせ、嗚咽をこぼす。だが、それも長くは続かない。アルベドの「モモンガ様の御話の途中です」という言葉に、襟を正し、沈黙を保つ。

 

「まずはマーレ。ナザリック地下大墳墓の隠蔽工作、実に素晴らしかったぞ。そして、早速だが、私たちがカルネ村で得た事柄を説明する。やはり、私が危惧していた通り、この世界はユグドラシルと多少異なる点があった。ソリュシャン、説明を」

 

モモンガの言葉に、六連星(プレアデス)のソリュシャンがその場に立ち、一礼。

カルネ村で得た知識、見聞を、惜しみなく仲間に伝える。社会情勢、経済、民人と種族。その村での出会いや、モモンガの発言。意図。彼女が説明を進める度に、静かに感嘆の声や、疑問の呻きがその場に生まれた。

 

「……素晴らしいぞ、ソリュシャン」

 

モモンガの声を合図に、静けさが戻る。ソリュシャンは恥ずかしそうに顔を綻ばせ、モモンガに一礼し、再び、臣下の礼を取る。モモンガの賛辞にアルベドが少し悔しそうな顔を滲ませるが、それに気付く者は、勿論いない。

 

「ソリュシャンの説明にもあったが、私はこれからモモンガの名を、当分、使わない。今後は、アインズ・ウール・ゴウン商会のアインズ、もしくは傭兵モモンとして過ごさせてもらう。今後、私に話し掛ける時は、アインズと呼ぶが良い。異議があるならば、聞こう」

 

モモンガ改め、アインズの言葉に反応する者は、当然だが、いない。

その様子にアインズは静かに頷きを見せると、更に言葉を続ける。

 

「次の私の予定だが、エ・ランテルに向かわせてもらう。冒険者組合と言うのも、気になるしな。すまないが、誰かしらを供として連れて行くつもりだ。概要は、(のち)に。ああ、デミウルゴスよ、あの馬車はなかなか良い物だった。私の一言で、あのような馬車を用意するその慧眼(けいがん)。私も見習いたいものだ。……中の物は自由に使ってくれ。実験などに、な」

 

一息。

アルベドが、見計らったかのように、喜色を持って、声を上げる。

 

「それでは、ご尊名伺いました。……アインズ・ウール・ゴウン様、万歳!」

 

NPC、シモベたちが唱和する。万歳の連呼が、玉座を埋め尽くす。

 

「さて、急ぎの用件はこれくらいか。アルベド、私は色々と試したい事がある。地下六層、円形闘技場にいる。何かあったら、そこに」

「畏まりました」

 

玉座から、アインズの姿が消える。しかし、万歳は終わらない。再びアルベドが口を開くまで、己の忠誠を示すか如く、力強い声が、玉座の間に広がり続けた。

 

 

―――

 

 

万雷が収まり、所定の持ち場に戻りつつあるシモベを後目(しりめ)に、玉座の間に、未だに残る人影がある。アインズの労いの言葉に感極まっているデミウルゴスを筆頭に、喜びを隠そうとしないマーレ。そして、それを見守る他の階層守護者とセバスである。

 

「お、お姉ちゃん! ぼ、ぼく、モモンガ様に……」

「アインズ様、よ。マーレ」

 

興奮気味のマーレの間違いを、アルベドが優しく訂正する。そんな興奮気味のマーレをアウラは鬱陶し気に見やり、シャルティアは何故か誇らしげにしている。

 

「……さて、アインズ様が御時間を割いてまで、未熟な私たちに情報をお与えになって下さったのだよ。御方の有限たる御時間を一秒も無駄にしない為に、行動を始めるべきじゃないかい?」

「そうね。……でも、その前に、ね」

 

アルベドが、何かを言いたげに一人の階層守護者に視線を向ける。

そんな視線を気にする様子も無く、ぼんやりとした表情で彼女は宙を見ている。

 

「……ね、ねぇ、アントルラッセさん。か、勝手な行動は、アインズ様もお望みにならないと……」

 

言いようのない場の雰囲気に、誰もが口を開けない。そんな中、引っ込み思案気なマーレが、アントルラッセに声を掛ける。平静を装っており、いつも通りの様子にも見えるが、姉であるアウラは一人気付いていた。その一言に、誰もが敬愛する至高の御方のお側に居られる幸福への嫉妬心が、混ざっていた事を。

しかし、そんなマーレの言葉の意味を計りかねているのか、アントルラッセは小首を傾げ、その表情に疑問が浮かぶのを隠さない。そこには、何の敵対心も無い。純粋な、マーレへの問い掛けである。

 

「……アントルラッセ、君が頑なにアインズ様をお守りするのは」

「お兄様が、そうあれと、御命令を下さったからです」

 

マーレへの手助けの意味も込め、デミウルゴスが口を開く。だが、アントルラッセは動じない。

 

―――至高の御方の御命令

 

これは、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンに所属する至高の42人に創造されたNPCにとっては、甘美にも勝る、何物にも代え難い生き甲斐なのである。生きる意味なのである。NPCは、至高の御方に仕える為に、この世に存在している。命を与えられている。仕える事は無上の喜びであり、不要とされれば、それは死すら生ぬるい。この世に存在する意味の喪失であり、意義の亡失である。

 

「……現時点で、ナザリック地下大墳墓の支配者が誰か、理解しているかな?」

「アインズ様です」

 

アントルラッセの回答を確認したデミウルゴスは、察した。互譲(ごじょう)の余地が、あると。

アルベドも何かに感付いたのか、デミウルゴスに目線を向ける。

アウラやセバスはアントルラッセの回答に、当然だとばかりに顔を頷かせ、マーレはおどおどと、事の成り行きを見守っている。

 

「いい加減に! しなさんし!」

 

落ち着きを取り戻しかけた空間に、シャルティアの一喝と、何かを叩いたような高音が響く。瞬間、アントルラッセが尻もちを着き、彼女の前には、右手を振り下ろしたシャルティアが立っていた。

 

「羨ましいでありんす! ずるいでありんす! わらわも、アインズ様にお仕えしたいでありんす! アインズ様にわたしの優秀さを褒められたいでありんす! ありんす!」

 

シャルティアが、自分の欲望を隠そうともせずに、アントルラッセに詰め寄る。

階層守護者同士の、私情を挟んだ争いは是ではない。そんな判断を下したアルベドがシャルティアの強行を咎めようと、大きく前に出る。しかし、足は止まった。

 

「お、お姉さまもアインズ様に、ご同行すれば良いじゃないですか!」

「それができたら苦労はないでありんす! 誰もが簡単に不可知化できると思わないで欲しいでありんす! そもそも! アルベドから、地下一層から地下三層までの警備を任されているでありんす! があああああああああああ! く、や、し、い、で、ありんす!」

「シャ、シャルティアお姉さま! や、止めて下さい!」

 

そこに、陰険な雰囲気は無かった。

嫉妬を隠そうとしないシャルティアから逃れようとするアントルラッセと、アントルラッセに覆い被さるように跨り、身体から羽根を毟り取るシャルティアの姿が、そこにはあった。

だが、この光景を、NPCである階層守護者とセバスは知っている。同じものを感じるのだ。在りし日のペロロンチーノとぶくぶく茶釜。アウラとマーレ。お互いを憎しみ合うからこその(いさか)いでは無く、姉弟喧嘩のような、じゃれ合いの延長戦のような、やりとりであった。

 

「……え? ちょ、ちょっと、シャルティア! 止めなさい!」

 

呆気に取られていたアルベドが間に入り、シャルティアとアントルラッセを引き離す。

コキュートスが興奮気味のシャルティアを抑え、その隙にセバスがアントルラッセを立たせ、砂埃を払っている。

 

「……ねぇ、シャルティア。ちょっと前から疑問だったけど、何で『お姉さま』なわけ?」

「…………」

 

アウラの疑問に同意するように、皆の視線がシャルティアに向かう。

そう、アントルラッセは基本的に敬称を付けてNPCを呼ぶのだが、シャルティアに限っては『お姉さま』なのである。至高の御方が命じたのであれば、疑問は氷解するのだが、それでも、アンデッド種や吸血鬼種に敬意を表する訳でなく、シャルティアに限定されている雰囲気が、アントルラッセにはあるのだ。

だが、アウラの疑問にシャルティアは答える事をせず、ニヤリ、とアルベドとアウラに笑みを返すだけに留まった。

 

「……まあ、答えてくれないなら良いけどさぁ。アントルラッセはシャルティアに懐いてるっぽいんだから、教育係はシャルティアって事で良いんじゃない?」

「あら、そうね。私かデミウルゴスでも良いんだけど、これからの負担を考えると、分担できるなら、今回はシャルティアに任せるわ」

「そうですね。私もアインズ様の御用意して下さった亡骸を使って、色々と実験(・・)しなくてはならないからね」

 

デミウルゴスの瞳が、怪しく光る。

 

「……教育って、何ですか?」

 

アントルラッセの疑問も、最もである。しかし、階層守護者の気遣いも、当然である。

こちらの世界に来る前。ナザリック地下大墳墓がユグドラシルに残っていた時、ナザリック地下大墳墓では至高の42人を含め、NPCを総動員するという大事件が起きていた時期がある。

かつて、ナザリック地下大墳墓を墜とすという名目で、1500人以上のプレイヤーが侵攻という形で、ナザリック地下大墳墓に襲い掛かったのである。

あの時の記憶は、未だにNPCから消える事は無い。あの時に感じた、自分の無力さ。そして、圧倒的なまでの至高の御方の輝き。NPCは胸に秘めている。後悔の念を。NPCは求めている。あの時の失態を拭う機会を。幸か不幸か、アントルラッセは当時を知らない。創造されていなかったからだ。

しかし、同じナザリック地下大墳墓を守る者として。至高の御方に創造された存在として。アルベドたちは過去の出来事、想いを共有しないのは、仲間として、無意識ながらに不公平だと思っていたのである。

 

「そこまで言うのなら仕方がないでありんす。アントルラッセ! わたしがビシビシと、ナザリック地下大墳墓の歴史と、至高の御方のめちゃ至高な部分を、教育するでありんす! これからは、『ハイトクノオンナキョウシ』でありんす!」

「……なにそれ?」

「アウラは知りんせんのでありんすかぇ? ペロロンチーノ様が仰っていた、何かを教える人の事でありんす」

「ふむ、女教師……。『ハイトク』と言う部分は『背徳』に間違いないね。くくっ、名高き、アインズ・ウール・ゴウンに相応しい言葉。私の創造主である、ウルベルト・アレイン・オードル様も、そのような、触れる事も叶わぬ様な頂きにある、素晴らしい思想をお持ちでした」

「背徳の女教師でありんす! 厳しくやるでありんす!」

「変な事、教えないでよ? あんたの変な趣味とか」

 

『背徳』という単語に心浮き立つのか、アウラの軽口を気にする事もせず、只管(ひたすら)に、シャルティアの身体中からやる気が満ち溢れていた。

 

「……シャルティアお姉さま、私の為に、ありがとうございます。感謝の気持ちとして、手始めに、回復して差し上げます」

「や、や、止めるであり、ぐあああああああああああ!」

 

コキュートスに抑えられていたが為に、避ける事も叶わず、ダメージを食らうシャルティア。

シャルティアはアンデッドである。それ故に、通常の回復魔法ではダメージを負うのである。

ダラリと身体をコキュートスに預け、動きが無くなるシャルティア。その身体からは、しゅうしゅうと煙が出ており、何やら焦げ臭さも漂ってくる。

 

「無いとは思うけれど、アインズ様も、アンデッドです。万が一にでも、回復魔法を使う場合は、気を付けるのよ」

「はい。……では、私はシャルティアお姉さまと、背徳の時間を過ごしてきます」

 

コキュートスから気絶したシャルティアを預かり、獲物を捕らえた鷲のように、飛行する。

しかし、アントルラッセの力では支えきれないのか、フラフラと、右へ左へ。不安定である。

 

「…………私がシャルティアお姉さまと呼ぶのは、私の創造主であるクロワゼ様が、シャルティアさんをお求めになられたからです。本当なら、お姉さまでなく、義姉さま、です」

 

アントルラッセが飛ぶのを諦めたのか、ずるずると、シャルティアを半分引き摺ったままの移動に切り替わった。シャルティアの洋服の裾からは、ポロポロと、白く丸い物が、零れ落ちている。

 

「ちょ、……ちょ、ちょっと! 待ちなさい!」

 

アントルラッセの思いもよらぬ言葉に、アルベドとアウラが慌てた様に、後を追う。

ナザリック地下大墳墓での最大の名誉は、唯一残られた慈愛に溢れる至高の御方である、アインズの第一妃に選ばれる事である。これは、己が望んで叶う事ではない。アインズによって選ばれる、最上位の任である。

だが、既に至高の御方に寵愛を受けているのであれば、話は変わる。アインズにとって、かつてのギルドメンバーは特別な存在である。そのような存在に目を掛けられているのだ。肩書は変わる事は無いが、NPC間の暗黙の了解と言う形で、立場が変わる可能性は、非常に高い。

 

そんな慌てた様子のアルベドとアウラを見送る、デミウルゴスやセバス。マーレ、コキュートス。

 

「シャルティアが身籠っていれば、ナザリック地下大墳墓にとっても喜ばしい事態だったのだが、流石にそれは至高の御方に失礼だったかな?」

「いえ、身分違いの大恋愛もありましょう。私どもは、祝福するまでです」

「……クロワゼ様ノ御世継ギ。……イヤ、素晴ラシイ光景ダ。……爺ハ、……爺ハ」

「あ、アインズ様が、お、お姉ちゃんだけじゃなく、ぼくの事も、可愛がってくれたら、良いなぁ」

 

そろそろ解散、という空気が流れた瞬間、セバスが思い出したように、言葉を口にする。

 

「……アルベド様と、デミウルゴス様に、話しておかないといけない事があります。ナザリック地下大墳墓の目指す道。アインズ様が私たちに示してくれた、指標でしょうか」

「……真面目な話のようだね」

 

コキュートスとマーレは、階段に向かっている。

デミウルゴスは、セバスに身体を向ける。創造主同士の関係からか、お互いが敵愾心(てきがいしん)を抱く場合もあるが、基本的には、至高の御方に仕える仲間である。

 

「アインズ様が、小さい頃に亡くされた、御友人のお話をされました」

 

そこから続くセバスの言葉に、デミウルゴスは驚愕と悦びを隠せない。至高の御方である、アインズが求めている事を悟ったのだ。NPCの働きを、汚名返上の場を、与えているのだと。

遠回しな発言だが、それはセバスとソリュシャンを(おもんぱか)った結果である事は、自明の理である。至高の御方から直接「ギルドメンバーは、もう帰らない」と言われたのならば、NPCは失意のどん底に叩き落とされてしまう。それを避ける為にも、アインズが、敢えて、言葉を選んだ。その心遣いに感じ入れないデミウルゴスでは、ない。

 

「アルベドには私が、後ほど伝えておきます。セバス、感謝しますよ」

 

デミウルゴスの身体から、喜色が生まれる。

彼らの方針が、今、決定したのであった。

 

 

――――

 

 

「モ、モンさ、ま。モ……モン……ガさま。モ、モ、ン、ガ、さ―――――ん」

「頑張るっすよ、ナーちゃん!」

 

鏡の前で泣きそうな顔をしているナーベラルと、それを応援しているルプスレギナの姿がある。

その空間は、六連星(プレアデス)の為に用意された部屋である。六連星(プレアデス)の副リーダーであるユリ・アルファはテーブルの上に人数分のティーカップを用意しており、それを囲むように、ソリュシャン、エントマ、シズが、席に座っている。

 

「ねえぇ。デミウルゴス様の馬車からぁ、お肉取って来てもぉ、良いかなぁ?」

「あれは、アインズ様がデミウルゴス様の為に集められた物です。我慢なさい」

 

ユリの言葉に、エントマが残念そうな顔をする。顔の表面が、残念そうに、蠢く。

注意深く見れば、すぐに分かる。彼女の顔は、無数の蟲で作られている。その為、動きを見せる口唇蟲とその声が重なる事は、多くない。とはいえ、端整な顔付であり、シニヨン髪が可愛らしい。蜘蛛人(アラクノイド)である彼女の全身は、蟲である。その身体を包むのは和服風のメイド服であり、その姿形に嫌悪感を抱く事は少ないだろう。

 

「ナーちゃん、『モンガさん』の時は上手にできたのに、何でこんなんなっちゃってるっすか?」

「……分からないわよ。でも、モ、モンガさ、ん。ほ、ほら! できたでしょ?」

「全然だめっす! このままなら、私がアインズ様のお供になるっす」

 

スッと、ルプスレギナが立ち上がり、くるくると手を広げながら回る。そして、どんどんベッドの方に近付いて行き、ボフン、と、その身体をベッドに投げ出した。

 

「ソーちゃんは、アインズ様と一緒にいたけど、どうだったっすか?」

「……私も聞きたい」

「そうね。ソリュシャン、何があったかぐらい、教えてくれても良いんじゃない?」

 

シズとユリが、興味津々にソリュシャンの方に顔を向ける。

そんな二人の様子にもソリュシャンは慌てる様子を見せず、優雅にティーカップを口元に運んでいる。

 

「大した事じゃないわよ。手を取って貰ったり、あ、頭を撫でて、もらったり」

「ずるいっすうううううううううううううううううううう!」

 

ソリュシャンの告白に、ルプスレギナは顔を隠したまま、ベッドの上をゴロゴロと転がる。

ユリは平静を装っているようだがカップを持つ手が微かに震えており、動揺を隠せない。

 

「これはやっぱり、アインズ様にお求め頂ける事を願うしかないっす! 神よ、どうにか私が選ばれますように!」

「私たちの神は、至高の御方じゃない?」

「そうっすね。……アインズ様、どうか私を選んでほしいっす!」

 

ルプスレギナが、天に捧げる様に両手を組む。

そんな様子を羨まし気に見るエントマとシズ。ルプスレギナかナーベラルが選ばれる事はデミウルゴスの予想ではあるが、デミウルゴスの予想は、当たる。ナザリック地下大墳墓で随一の知慮(ちりょ)は、伊達では無い。そんな彼を超越するのが至高の御方の42人だと、NPCの共通認識にはあるわけだが。

 

楽し気な彼女たちの後ろでは、ナーベラルがぶつぶつと、至高の御方の名前を呟き続けていた。




馬車に揺られて、一人の女性が王国に到着した。
その朴訥とした雰囲気と質素な格好ではあるが、貧しさは感じさせない。
馬車の荷台は様々な荷が載せられているが、どれも、彼女の物ではない。
荷は、馬車の持ち主の物である。その品揃えを見れば、この馬車が商人であると分かる。彼女は、王国に向かう商人の馬車に乗せてもらい、この場所までやってきたのだろう。
難なく彼女は検問所を通り抜け、大通りを歩く。歩く。歩く。歩く。
そして、裏通りに入ったかと思うと、すぐ側の大き目の店に入って行く。
看板にはポーションの絵が描かれており、周囲には薬草の匂いが漂っていた。

「あ、ンフィー! あのね、村に凄い人が来たんだよ! …………襲われて、…………それでね、その人に…………ポーションがね、効き目が凄くて――――」


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13話 触れ合う前足 変わらぬ手

yelm01さん、脱字の指摘ありがとうございます


周辺に時間を確認する道具が無い為、今の時間が分からない。

よっこらせ、と立ち上がると、貧血を起こしたように、頭がフラフラとする。

別に、体調的にも気分的にも問題ないのだが、問題があるとすれば、毎日毎日、ダラダラしながら考え事をしていた事に起因するかもしれない。しないかもしれない。どっちでも良いか。

ちらりとエサ入れの中を覗くと、そこには既に食い散らかされた、残骸しか残っていなかった。どうやら寝坊してしまったようだ。横で伏せている馬の表情は、どことなく満足そうにも見えるのだが、きっと気のせいだろう。

 

目を(つむ)り、感覚を研ぎ澄ます。生物の気配を感じる。空を彷徨(さまよ)うは、モンスターの類か。

厩舎(きゅうしゃ)の外には、複数人の気配がある。手には各々、長物を持っているが、武器の類では無いだろう。恐らく、この厩舎(きゅうしゃ)を掃除する連中だ。埃っぽくなるのは勘弁だ。そろそろ出掛けよう。

木材で組まれたであろう、空気の入れ替え用の窓をガタガタと開ける。思ったよりも建付けが悪く、予想以上に大きな音が出てしまった。馬が驚いたように小さく(いなな)き、厩舎(きゅうしゃ)の入り口から誰かが覗き込んだ気配を感じた。振り返って目を合わせるが、予想通り目線は交わらない。俺は颯爽と窓に足を掛け、新鮮な空気が溢れる空へと、羽ばたいた。

 

 

―――

 

 

目の前の城は、都の中心に威風として存在しており、そこから放射線状に、おそらく重要施設であろう建物が広がっていた。

目下、目指すべきは城の一室である。自分がこの世界で、本当に誰にも感知されないのか、確かめる必要があると思ったからだ。レベルが低くても、この世界特有のスキルなり、魔法なり、特別な力が存在するかどうかを確認するのは、決して悪い事ではない。

そもそも、この世界がユグドラシルに関係しているのであれば、『不可知探知(アンノウアブル・ディテクト)』なんてされて当然なのだ。今まで見付からなかった事が、逆に不思議でしょうがない。

と、言う訳で。今回はお城の偉い人に、突撃訪問したいと思います。どこの世界だって、統べる王の警護を何よりも重要視するのは当然である。その警護に俺が引っ掛かるなら、俺はこの世界に存在している。引っ掛からなかったら、一人ぼっち確定だ。まあ、不思議な幼女と動物たちがいるから、一人ぼっちってわけじゃないんだけど。

 

城に近付くと、魔法障壁も何もない事に気付いてしまった。不用心にもほどがあるのか、それとも、侵入者を容易く殲滅できる自信があるのか。後者だったら、とても嬉しい。

単に俺が関知できていない可能性も考慮し、『発見探知(ディテクト・ロケート)』と『探知対策(カウンター・ディテクト)』を展開するが、帰ってきた反応は、実に弱弱しかった。

僅かな警戒心を奮い立たせ、手近な窓に身体を滑り込ませると、そこは恐らく、メイドや騎士の待機部屋となっていた。直立不動で微動だにせず、壁際に乱れなく、一列に並んでいた。

なるほど、正解の部屋である。隣の部屋ではこの都の王族が、執務でもこなしているのだ。用向きがあったら呼ばれ、それ以外は待機とな。なるほど、自分が思い描いていた、高貴なる王の住まう城のイメージ、そのままである。

 

王直轄なのであれば、その戦闘力は相当のモノであろう。レベルを見ると、20後半から30と言ったところか。なるほど。……なるほど、ね。

レベルで全てを判断するのも、努力してこの地位に達した彼らに悪い気がする。大事なのは、実戦での身のこなしじゃないかな? 手始めに、顔の半分を美しい金髪で隠している、黒を基調とした装備で身を固めている女性の胸を揉んでみた。残念ながら、鎧のおかげか、手に感触が伝わらない。

眼前の女性に動きは無い。キリリとした表情で、宙を睨みつけている。リアルでは目にする事が無かった精悍(せいかん)な美貌に、見惚れてしまう。口元のほくろがセクシーだ。許されるのなら、口付けをしたい。だが、嘴が邪魔である。この身体が、やはり恨めしい。

卑猥な事を考えている鳥人(バードマン)に気付かない彼女は、王直轄の騎士らしく、精神集中でもしているのだろう。格好良いと思うけど、もし自分だったら、晩御飯の事くらいしか考えないと思う。俺がリアルでは得られなかった、責任感のある職務に就けた騎士たちを、正直、羨ましく感じてしまう。

さて、鎧に阻まれ、胸を揉まれなかったが故に、彼女は俺の存在に気付かなかった。王直轄と言っても、大した事なさそうである。しょせん、レベル25ちょいだ。

とりあえず、等間隔で並んでいる四人の騎士の黒い鎧の胸元を、気持ち強めに順番に叩いていく。そうすると、簡単に鎧の胸部が砕けるわけだが、この世界の武具の強度は一体どうなっているのだろうか。貧弱すぎて、頭を抱えたくなってきたぞ?

 

突如、胸部が砕けた事に驚いたのか、目の前の四騎士が武器を構えながら、部屋の中を見渡し始めた。メイドの一人が悲鳴を上げ、徐々にこの部屋から冷静さを保つ人間など、いなくなってしまった。戦場では慌てた人間から死ぬと言うのに、困ったちゃんばかりだ。こんな練度で王を守れるのかな? どうなのかな?

ついでと言ってはなんだけど、一国の城に相応しいとも思える、貴金属の輝きに守られたテーブルを、持ち上げ、一人の騎士に投げつけてみた。

お見事、両手に盾を構えたその男は、怯む様子も見せず、同室している無力なメイドたちを守ろうと、テーブルを弾き飛ばし、見えない敵に果敢に立ち向かっているではないか。

手当たり次第に、クラシックな家具を四方八方に投げつける。胸を揉み損ねた女性が槍を振るって撃墜している。一撃で椅子を爆散させる剛腕に、自分の口元から感嘆の声が漏れた。

 

室内は滅茶苦茶になり、窓は割れ、シャンデリアが砕け散る。床にはガラス片が飛び散り、光の反射でキラキラとしている。数人いたメイドは部屋の隅に蹲り、震えた声で命乞いをしている。別に命を取るつもりは無いのだから、大袈裟だなぁ、と冷静な頭で観察してしまう。

 

「バジウッド?! 何をしている!! 早く陛下の元へ!!」

 

惨状の空間に、男の声が響いた。その声に背を叩かれるように、四騎士の一人が、慌てた様に隣の部屋に向かう。それにつられて、俺も向かう。

恐らく、王の安否を確認しに行くのだろう。それにしても、王直轄でこの程度ならば、王は一体どんな人物なのだろうか。四騎士を凌ぐ、一騎当千の実力の持ち主なら、楽しいのだが。

 

 

―――

 

 

厳めしい顔の大男が、扉を蹴破らんかと言う怒涛の勢いで、一室に転がり込む。

ドドドドドッ虎・バジウッド、走る凶器である。彼は厳しく室内を警戒しており、右手に構えられた分厚い刀身の剣は、如何なる猛者も斬り殺さんと言う、気迫に満ち溢れている。

それなのに、後ろにいる俺の気配に気付いていないのが面白い。彼の首元を、こしょこしょとくすぐって(・・・・・)、雰囲気を和らげたい衝動に駆られるが、空気は、読む。

 

一室。絢爛な室内に対して色褪せない、一人の青年が、執務机に座っていた。

金髪で切れ長の目をしている。なるほど、無骨でも筋骨隆々でも何でもない。物理系じゃなくて知力系なのだろう。絶対的上位者を感じさせる、王たる者の佇まいに、感動する。

 

「なんだバジウッド。王の首でも取りに来たのか?」

 

急な来客にも動じる事もなく、軽口を叩く。王の人柄か、それとも個人的に親しいのか、部外者の俺には判断が出来ない。

 

「い、いえ。あ、あの、侵入者……いえ、苛烈な敵襲を受けまして、陛下の護衛を務めようと馳せ参じました」

 

まるで別世界の様に感じているのだろう。片や、命の危機も迫る戦場。片や、何の変哲もない日常。バジウッドと呼ばれた男の顔には、何が起きているのか理解が追いつかない、そんな色が見て取れる。

ふと、視線を感じた。王とバジウッドが何かを話しているが、それは興味がない。視線の先には、柔らかそうなソファが置いてあり、そこには、存在感の薄まった、長い白髭のお爺ちゃんが座っていた。だが、様子がおかしい。発作でも起きているのか、顔は赤く青く。息遣いは荒いのだが、それをどうにか抑えようと苦心しているようにも見える。こちらに向く形相は激しさが見え隠れし、その眼球が、顔から零れ出しそうになっている。

 

「お爺ちゃん、こんにちは」

 

ひらひらと、手を振ってみる。お爺ちゃんの息遣いが、更に激しくなる。

マジで見えている可能性が高い。それなら、抱きしめてあげよう。

両手を広げるが、ソファから立ち上がらない。自分が安全な存在だと示す為に、腰をフリフリ、陽気に踊ってみせたりもする。だが、こちらのアクションに対して、反応が薄いのは何故だろう。高齢者と言う事で、脳の運動シグナルに身体が反応するまで、タイムラグがあるのかもしれない。

だが、何秒立っても、何分立っても、お爺ちゃんが俺の行動に反応を示す事は無く、ただ只管(ひたすら)に、こちらを見据えるに留まっていた。

そんなお爺ちゃんと見つめ合っていると、どうしようもなく、面白い気分になってきた。浮かんでいる数字は40だ。目を(つむ)ろうが、スキルを切り替えようが、その数字に変化はない。

こんな枯れ枝みたいな存在が、この世界では異端とも言える数字を叩き出している。この世界は、奥が深い。突出した何かがあるのだろう、だからこそ、俺と、時々、目が合うのだ。

 

「……そういうわけだ。じい、確認の為にも…………じい、聞いているのか?」

「……………………今まで様々な深淵を覗いてきたと自負しておりましたが、私もまだまだのようですな。さて、陛下。ここが正念場ですぞ。……では、行きますぞ」

「……じい?」

 

王が目の前のお爺ちゃんに言葉を掛ける。王の言葉を聞いたお爺ちゃんは、ようやく発作が収まったのか、静かに立ち上がり、静かにその足を扉へと向ける。バジウッドが道を譲り、お爺ちゃんが俺と擦れ違う。自然な動作で、お爺ちゃんが俺に対して軽く一礼をし、退室していく。後を追うようにバジウッドも退室すると、静かに扉が閉まる。部屋には、王と俺の二人だけが残された。

とりあえず、立ち話もどうかと思うので、よろよろとお爺ちゃんの座っていたソファに座る。

人間用に作られたはずであるが、高価な家具は使用者を選ばないのか、自身の翼ごと柔らかく包み込むソファに、感嘆の声が零れた。

 

「そろそろ答えが欲しいんだけど、この世界の人間は俺の事が見えるの? 見えないの?」

 

静かに執務机に座り直した王が、驚いたような顔でこちらを凝視する。何もないところから声だけが聞こえれば、誰だってこんな感じになるのだろう。スキルは弱めた。言葉を届ける。

 

「ほら見ろ! 王なのに俺の姿が見えない! 違いが良く分からないんだよね!」

「…………お初お目に掛ける、私はバハルス帝国の皇帝。ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ。よろしく、頼むよ」

 

こちらに向かって、柔らかい絨毯の上をジルクニフが歩く。そして目の前で立ち止まり、こちらに手を伸ばす。握手のつもりだろうか。

無視するのも悪いので、軽く手を握る。ジルクニフの手から、畏怖の念などは一切、感じられない。正体不明に対して、豪胆である。これが、王か。

 

「それで、我が所有国に何の用がおありかな? それとも、まずは飲食物でも手配した方が良いかな。何ゆえ、こちらは君の姿が見えない。様々な質問をするのも、許してほしい」

「いや、気遣いは不要です。すぐに帰ろうと思ってるし。それより、何でお爺ちゃんは俺の存在に気が付いたのか知りたいんだよね。見える人と見えない人の明確な差が、知りたい」

 

俺の質問に、ジルクニフが忌々し気な顔を一瞬、見せる。しかし、その表情もすぐに潜め、友好的な態度でこちらに顔を向ける。

 

「……フールーダ・パラダイン。君も名前くらいは聞いた事があるかな? いや、人間社会の些事など興味は無いか? 彼は少し、魔法の研究をしていてね……、可能性としては、彼の魔力センサーに、君の魔力が引っ掛かったと、考えられるが」

 

…………魔力センサー。当然だが、確実にジルクニフは俺を警戒している。その証拠に、人間が規定した単語が使われていない。魔力だのセンサーだの、フワフワした言葉でこちらを(けむ)に巻こうとしている。だが、そのような特別な力が、与えられている人間が、この世界にはいるのか。それを知れただけでも、十分か。

 

「つまり、見えてないけど、魔力を感じたと」

「そうであると、思えるが」

「……なる、ほどね」

 

さっきのフールーダと呼ばれるお爺ちゃんを思い出す。なるほど、目線が時々交わったのは、俺の気配を窺っていたからだろう。そして、魔法の力を感じていたのだとすれば、第十位階が使えるという事に感付かれたのかもしれない。……となると、この世界で第十位階は珍しいって事になるのかな? この世界の全体的な水準が未だに掴めない。ジルクニフにさり気なく聞いても、上手く誤魔化される気がする。この場で貰える情報は、少なそうだ。

そういえば、俺の気配を感じていそうな素振りを見せていたのが、もう一人いるな。獣人でも何でもない、薄いお尻の女の子だ。彼女に色々、聞いてみようかな。

俺の気配を感じたのが、お爺ちゃんと女の子。それなら、間違いなく女の子を選ぶ。女の子と仲良くする方に、時間を費やす。異世界に来たのに、介護間近のお爺ちゃんの話し相手をする気なんて、毛頭ないし、非常に馬鹿げている。ボケたお爺ちゃんは、何度も同じ話をするのだ。お爺ちゃん、ご飯はさっき食べたでしょ!

まったく、俺は健全な若人(わこうど)なのだから、健全に、若い子と、キャッキャウフフしたいと考えても、当然じゃないか。当然なのだ。当然なのである。

 

「ジルクニフのおかげで、色々分かったよ。最後に、俺が人間って言ったら、君はどんな顔をするんだい?」

「それなら、是非ともその姿を見せて頂きたいね。そして、一緒に帝国を盛り上げて行こうじゃないか」

 

ジルクニフの爽やかな笑顔が眩しい。彼の本心が見えないが、悪い人には感じられない。もしかしたら、本気で帝国の為に生きている人間なのかもしれない。立派な王である。

近くの窓に近付く。部屋の位置が高い為か、空気がいっそう澄んでいる。

 

「じゃあ、またね。隣の部屋の事はごめんね。特に、意味は無かったんだ」

 

声を頼りにか、こちらに笑顔で手を振っているジルクニフに声を掛け、飛翔。

次は大通りだ。王直轄が大した事ないからと言って、油断するのは良くないだろう。もしかしたら、ファンタジーにありがちな、冒険者の方が権力を持っているパターンかもしれないからね。

 

 

―――

 

 

住民とは雰囲気の異なる、軽武装の人間が出入りする建物の様子を、観察する。俗にいう、冒険者ギルドみたいなものだろう。さて、冒険者ギルドなら、きっと依頼が壁にでも掲示されているのだろう。スキルの恩恵か、俺はこの世界の文字を理解できる。読めるわけじゃ無いが、理解はできる。依頼の内容を見ながら、冒険者の全体的なレベルを、考えてみようじゃないか。

 

両開きの扉から、ギルドの中に入る。賑わいは、そこそこあるが、思っていた熱量は感じなかった。冒険者と言うのは、未知を探求し、夢を追う職業だと思っていたので、予想外である。

壁際に近寄ると、羊皮紙が数枚張られたボードが目に入る。内容を読み込むと、徐々に、自分の中の風船が(しぼ)んでいくのがわかる。何というか、冒険者と言うよりも、雑用的な仕事が多いようである。モンスターを倒す依頼は比較的少なく、商人の警護や、素材集めばかりが目についた。

冒険者の身なりや特徴を確認しようと、周囲を窺う。何やら、銅のプレートを身に付けている冒険者が、ほぼ全体を占めていた。つまり、銅はこの世界で一番低いランクなのだろう。なるほど、夢も希望も無い仕事だな。

 

ぶらりと外に出る。冒険者も大した事が無さそうである。タイミングが悪かったのか、さり気無く探していた女の子も冒険者ギルドにはいなかった。それなら、もう、直接、あの女の子を探しちゃおうかな。探して、見つけ出して、問い詰めるのだ。

記憶が確かならば、四人組で活動していたと思う。それなら、探し出せるか?

いや、違う。まずは出会った場所を確認するのが良いだろう。確か、通りに面する酒場のような場所から出てきた所を、俺は見ている。口から噴水のように吐瀉物を散らした女の子と出会った運命の場所である。あんな印象的な出会い、忘れるはずもない。

 

 

―――

 

 

記憶を頼りに一店ずつ入り口から覗いていると、どうやら目的の女の子を発見してしまった。

看板を確認すると『歌う林檎亭』と書いてある。今後の為に、覚えておこう。

さてさて、物陰に隠れる必要はないが、雰囲気は大事である。窓の陰から女の子を見つめると、どうやら仲間たちと飲食をしている。

だが、どうしたものか。いきなり話し掛けて、警戒されないだろうか。人畜無害な鳥人(バードマン)だと自負しているけど、俺の生き様が伝わるかは別問題である。手紙でも書いてポケットに忍ばせようか? うん、なかなかロマンチックなアイデアだ。

だが、そんなアイデアが実行される日はなさそうだ。だって、今、目が合っちゃったからね。

こちらを戦々恐々とした態度で見つめていたと思うと、何を思ったのか、隣の半森妖精(ハーフエルフ)の手を引いて、店の出入り口から走って出て行ってしまった。置いて行かれた仲間たちも慌てた様に彼女を追いかける。まるで食い逃げの犯行現場を目撃してしまった気分だ。

 

そんな彼女たちを見逃す事など、正義の化身である俺には出来なかった。おっと、正義の化身はたっち・みーさんの事だった。じゃあ俺は何だろう。ペロロンを抑える、ブレーキ役かな。

軽い跳躍で、眼前に着地する。顔を見ると青ざめており、歯がガチガチとぶつかっている音が聞こえる。周囲の人々もそんな彼女の様子に興味を引かれるのか、遠回しに彼女の様子を伺っていた。手を引かれている半森妖精(ハーフエルフ)も困惑しており、彼女に声を掛けている。だが、その声が耳に届いているのか、届いていないのか。

瞬間、彼女が口元を抑えたかと思うと、酸っぱい匂いが辺りに広がった。彼女が抑えられなかった吐瀉物が指の間から滴り落ち、彼女の衣類を汚していく。また、俺を見て吐いたよ。この子。

と、ここで、天啓が閃いた。もしかして、彼女、妊娠しているんじゃない?

 

俺には、彼女を妊娠させるスキルなんて持っていない。だが、それは俺の思い込みで、もしかしたら、女性を見つめただけで妊娠させるスキルを、いつの間にか授かったのかもしれないぞ。

冷静に頭を働かせる。それなら、彼女の行動にも説明がつく。きっと、彼女は心優しい女の子なのだ。鳥人(バードマン)にお金が稼げるとは思っていないのだろう。だから、彼女は俺に妊娠がばれる事を恐れて、逃げ回っていたのだ。きっと、一人で育てる気だったのだ。実に健気である。

介抱され、通りで横になっている彼女のお腹を触る。別に膨らんでいなかった。力ずくで彼女が装備してる革鎧(レザーメイル)(まく)ると、ブチブチと繊維が切れてしまったが、仕方がない。母体を締め付けるのは、良くないからね。そっと、お腹に耳を当てるも、残念ながら生命の息吹は感じられなかった。

隣の半森妖精(ハーフエルフ)の顔が恐怖で引き攣っていたが、それも当然だ。再び仲間が街中で吐いたのだ。冷静でいられる方が、おかしい。

ともあれ、二人の装飾を確認するも、冒険者が付けていたプレートは見当たらなかった。

仕方がないので、半森妖精(ハーフエルフ)の胸を揉んでみた。そこには、胸が無かった。

俺の代わりに、近付いた男が頬をかなりの勢いで張られていたが、彼には悪い事をしてしまった。

このやり取りも二度目な気がする。どうもこの半森妖精(ハーフエルフ)、仲間に対して厳しすぎるんじゃないかな? 無実の仲間を第一に疑うなんて、この男は一体どんな生活をしているのだろうか。だらしない私生活は、褒められたものじゃないぞ?

さてさて。冗談はここまでにしよう。もしかしたら、この四人組は冒険者とは違う集団なのかもしれない。それか、ギルドには所属していないフリーランスなのか。システムが分からないので、憶測になってしまうが、まあ、そんな感じだと、勝手に思っておこう。

 

 

―――

 

 

せっかく俺の気配を感付いてそうな女の子に出会えたのに、どうにも好感度を稼げない。

好感度どころか、こちらを確認するや否や、逃げるか吐くか、なのである。面白い持ち味だ。

仕方がないので、とぼとぼと、高級住宅街に足を向ける。きっと、ここにいれば、不思議な二人の幼女に出会えるだろう。俺のささくれ立った心を癒してくれるのは、二人の幼女しかいないのだ。いや、可能性としてはお爺ちゃんもいるんだけど、お爺ちゃんに心癒される自分の姿が、全く想像できなかった。したくなかった。

 

裏に逸れた通りに入って、壁に寄り掛かって立っていると、遠くからこちらに走ってくる人影が見えた。自分の姿を確認してみる。そんなに目立つのだろうか。鳥人(バードマン)と言うのは。

そして、ボフンと、俺の身体に突っ込んでくる。顔をグイグイと羽根に押し付けてくる。

 

「……あれ、今日は一人なの?」

「クーデリカはー、おうちー」

「君の名は?」

「ウレイリカー」

 

羽根に顔を押し付けたまま喋るので、声がくぐもっている。

そして、温かい吐息が、羽根に広がっていく。

 

「あ! あのねあのねー! ちゅんちゅん、とりさんに、これ食べて―って」

 

ウレイリカがゴソゴソと、ポケットを探っている。そして、大事そうにポケットから出したそれをこちらに見せてくれた。赤く、とても小さな実が、数粒そこにはあった。

 

「これ、食べれるの?」

「しらなーい」

 

ウレイリカが笑いながら、ピョンピョンと飛び跳ねる。そして、腕を引っ張ってくる。しゃがめと言っているのだろうか。子供の考える事は、良く分からない。

腰を落とし、ウレイリカに目線を合わせると、彼女は嬉しそうに、こちらの嘴に手を突っ込んできた。グイグイと、無理やりである。

口の中に、しょっぱさが広がる。そして、何やら、ジャリジャリとした感触もある。もしかしたらウレイリカは、砂遊びでもしていたのかもしれない。

例の赤い実が俺の口に無理やり投入される。幼女は笑っている。そんな事をしなくても、食べますよ! でも、俺の心の声が通じる事も無く、口への蹂躙は、その後も続いたのだった。

 

「超、酸っぱいんですけど! 酸っぱい!」

「手が、べとべとー」

 

ウレイリカが、俺の羽根で手を拭ってくる。子供は自由だ。

でも、楽しそうな幼女の笑顔を見ていると、食べて良かったと思えた。厩舎(きゅうしゃ)で食べた物の方が良い味していたけど、何の変哲もない赤い実が、この世界で食べた何よりも、今は美味しく感じられた。

俺の心が、救済されている。俺の人間らしい心を保つ最後の防波堤は、彼女なのだろうか。

 

「とりさん、おうちに来てー」

「……は?」

「クーデリカにも会って。お姉さまにもー」

 

小さな手が俺の手を掴む。

グイグイと、容赦なく引っ張る。一瞬、彼女の好意を躊躇(ためら)ったが、気にしても仕方がない事を思い出した。彼女は俺に対して違和感なく接してくれるが、他の人間に俺は見えない。それなら、クーデリカちゃんに会っても、良いかもしれない。

 

「あんまり、俺の事を言うなよ?」

「なんでー?」

「変な子って、思われちゃうからね」

「へんなのー」

 

ウレイリカが笑いながら、ペンペンと身体を叩いてくる。そんな彼女を抱き上げて、肩車をしてあげた。彼女は喜びながら、俺の頭をくしゃくしゃにする。そんなに俺の羽根の手触りは良いのだろうか? 気にしていなかったけど、それなら、真面目に毛繕いしても、良いかもしれないな。

 

 

―――

 

 

高級住宅街にあるだけあって、ウレイリカとクーデリカの家は、豊かであるように、見えた。室内には、様々な絵画が飾られており、その財力や誇りを来客に見せ付けている。

だが、家の前の植木などは剪定(せんてい)が済んでおらず、中途半端な違和感が残ってしまった。もしかしたら、そこまで裕福なのではないかもしれない。貴族に対する知識が無いので、何とも言えないが。

 

「お母さま。とりさんー」

 

父親と姉は不在にしているのか、家の中に気配は感じられなかった。

ウレイリカの声に反応したのか、クーデリカが部屋から扉を開けて出てくる。そこには、笑顔が溢れており、こちらも嬉しい気持ちになってしまう。

 

「ちゅんちゅんー!」

「ウレイリカ、クーデリカ、ご飯が出来るまで、部屋にいなさい」

 

二人の様子を気にする事も無く、母親が二人に声を掛ける。幼女の母親と言う事で、少しは期待もしたのだが、やはり見えている気配はない。まあ、見えても、悲鳴を上げられるだけなんだけどね。

 

「はーい」と仲良く返事をした二人に連れられて、部屋に入る。

多少散らかってはいたが、それが逆に子供らしさを感じさせる。二人がちょこんと、部屋のベッドをイス代わりに座る。そして、ポンポンとベッドを叩く。俺も座って良いらしい。

静かに二人の間に挟まるように座ると、両側から幼女が抱き着いてくる。この羽根が、そんなに気に入ったのだろうか。二人の金の髪を優しく撫でていると、だんだんと二人から力が抜けていって、静かな寝息が聞こえてきた。

 

人間と会話をすると、俺が人間だと再認識できる。

俺には、それが、良い事か悪い事かは、分からない。何故なら、鳥人(バードマン)だからだ。

俺は、どうにも、この子たちの事を気に入ってしまったようだ。唯一の、心の拠り所だ。

将来的に、彼女たちが大きくなって、俺を怖がって離れて行ってしまうかしれない。今は、子供の好奇心が勝っているだけだと、理解している。それでも、同じ時間を過ごせるなら、過ごしたい。二人の笑顔を曇らせる存在を、俺は許さない。

それにしても、なんでこんなに二人に執着しているのかな? 別に、ペロロンと違ってロリコンってわけじゃないのに、不思議な事もあるもんだ、ね。

例えば、ナザリック地下大墳墓の皆と移転していたら、俺はどうなってただろう。モモンガさんを中心に、皆で作ったあのギルドは、異形種の巣窟で、カルマが悪だ。もしかしたら、人間に仇為(あだな)す存在になっていたかもしれない。俺は、あの空間で、人間でいられたのだろうか。それとも、見た目通りの鳥人(バードマン)になってしまったのだろうか。……もしもの事を考えても、仕方がないか。

 

眠ってしまった二人をベッドの上に整え、静かに窓から部屋を出る。いくら何でも、一緒に寝るのは違うだろう。そして、この家の主にも悪い気がする。

だが、二人が言う所のお姉さんの存在は気になる。部屋から出るが、厩舎(きゅうしゃ)には帰らない。今日は、この家の屋根の上で眠らせてもらおう。日が傾き始め、これから少しずつ暗くなっていくのだろう。窓からは料理をしている良い香りが鼻孔をくすぐる。

雲一つない大空を、満天の星が埋め尽くすまで、ずっと見つめ続けた。

途中で、食事をしている二人の楽し気な声が聞こえてきたが、二人が眠る時間になっても、お姉さんがこの家に帰ってくる事はなかった。

一目見ようと眠気を堪えていた俺だったが、それでも時間は深夜を回り、街灯から光が消えたと同時に、俺の意識も、静かに消えていった。




フールーダ 36~42レベル疑惑採用


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14話 エ・ランテルの奇縁(1)

広大な大地をフラフラと、怪しい足取りで彷徨っている男がいる。
顔は生気を失っており、目の焦点は空を切る。意識があるのかないのか、そもそも、生者か、死者か。辛うじて口元から小さな唸り声と、呼吸音が聞こえているのが幸いか。

「………………あ……あ、う、あぇっ?! あっ、い、痛っつぅ……」

突然、彼の口から声が漏れる。表情には困惑が浮かんでいるが、瞳に力が戻っている。体調不良か、精神異常か。はたまた、夢遊病者か。
頭や身体をさすった後、己の身体に違和感がない事を確認した彼の頭に浮かぶは、先ほどまでの光景であろう。血や土が混じり合う、凄惨な戦場。鬼気を(たぎ)らせながらも、死に行く運命にあったガゼフ・ストロノーフ。

なぜ、一人なのか。陽光聖典の仲間は、どこに行ったのか。彼は確かに、ガゼフの身体が射抜かれるのを見た。法国が望む、ガゼフの抹殺に成功した記憶があるのだ。しかし、辻妻が合わない。己の記憶に空白がある事を自覚した彼の顔には、焦りの色が噴き出る。慌てたように辺りを見渡す。
仲間がいようが、己が無事であろうが、大事なのは現状況である。憩いは許されるのか。敵が近付いているのか。次に取るべき最善手を頭に巡らす。そんな彼の目に留まるのは、遠く、広範囲にわたって大小に隆起している大地であった。

「…………な、なんだよ、あれ……」

彼は陽光聖典の一人である。スレイン法国に存在する六色聖典の一つで、主に敵対勢力の殲滅などを任されている。故に、陽光聖典は大地を駆けている。最低でも近隣の大陸の地形は頭に叩き込んでおり、情報収集を欠かさない。地形を読み違え敵対勢力に逃げられては、陽光聖典の沽券に関わるからである。

「も、戻らなくては! 早急に、隊長……いや! 神官様にお伝えしなければ…………!」

彼の動きに迷いはない。彼の記憶が正しければ、己が立つ場所は王国領地内である。感じる空気や群生している植物で、それは判断ができるのだ。
だからこそ、彼に迷いは無い。己の記憶に無く、渡された書付(かきつけ)に記されていなかった、この現実を、この不自然な隆起を、問う必要があるからだ。

先ほどまでの、焦燥に駆られた男は、どこにもいなかった。
力強く、駆ける。己が信仰する神の為に。
世界を救う、法国の為に。


せっかくの異世界。一般的な馬車を体験しておくのは無駄な事ではないだろう。そんな気楽な考えで、途中で見つけた街道を走る馬車に適当に乗り込んだのだが、そんな浅い考えの自分を叱責してやりたい気分だった。だが、これから自分は冒険者として過ごすのだ。ナザリック地下大墳墓を基準として考えてると、確実に痛い目を見る可能性が高い。可能な限り、現地での生活に慣れ、この世界の奥底を、見極める必要があるのだ。

ガタガタと車輪の音が響く室内で(くつろ)ぐ事は難しいのだが、どうにか平穏を装いちらりと横に座るナーベラルを見るも、彼女は涼しい顔をしており、今の状況を全く意に介していなさそうだった。「お尻、痛くない?」と聞きたくもあるのだが、この発言はセクハラになるような気がする。

 

「ナーベよ…………、不都合はないか?」

「え、ええ。平気です、モモン様」

 

自然な素振りで『モモン様』という単語が、ナーベラルの口から生まれる。だが、本当にこれで良いのだろうか。出発前にユリに話を聞いたところ、どうしても矯正が出来なかったとの事らしい。だが、だからと言って、仲間に『様』を付けるのは、さすがに良くない気がする。他の冒険者からの目線が気になってしまう。悪い風評が流れたりしたら、心が折れちゃうぞ。

 

モモンと呼べた事に満足そうな顔をしているナーベラルを横目に、昨晩まで行っていた実験や、これからの予定を思い起こす。

ユグドラシルからこの世界に移った事で、魔法の効果やアイテムの効果に相違点が見つかったのは、大きな発見だった。アイテムも魔法もスキルも、ユグドラシル時代にテキストに書かれていた部分が、大きく優先されていたのだ。ゲーム上のモノでしかなかった存在に、リアリティが付随(ふずい)しているのだ。

もう一つ面白い事が分かった。召喚魔法で召喚したモンスターは、自我を持っているのだ。

中位アンデッド作成で、死の騎士(デスナイト)を生み出した時の事だった。本来ならば死の騎士(デスナイト)は、召喚者の近辺に有り続け、敵からの攻撃を受け持つ存在だった。しかし、生まれた死の騎士(デスナイト)は、周囲を警戒するように辺りをうろつき始め、意志があるかのように、こちらからを伺いながら、指示を待ち続けていたのだ。試しにナザリック地下大墳墓の索敵を頼んでみたら、地下六層の円形闘技場から出て行ってしまい、そのまま戻って来なくなってしまった。恐らく時限設定は生きており、制限時間が過ぎると消えてしまうのだろう。

 

「ナーベよ、これから私たちが行う事。階層守護者がすべき働き、覚えているか?」

「はっ! モモン様はこれから冒険者登録を目標に、現地の下等生物と連携を取り、名声を高めていくと仰られていました。セバス様、ソリュシャン、ユリの三名は、木材や鉱石、一機のゴーレムを馬車に積み、カルネ村へ向かうとの事。デミウルゴス様は現地の材料でユグドラシルのアイテムが制作可能かなどを、お調べになると……」

「…………上出来だ。その調子で、これからも頼むぞ」

「滅相もございません!」

 

ナーベラルが嬉しそうに、鼻息を荒くする。だが、ナーベラルの返答の一部に、不穏な言葉が混じっているのを俺は聞き逃さない。「現地の加藤生物」って一体なんだ? 聞き慣れない単語に、頭を捻ってしまう。ナーベラルに尋ねようと思ったが、NPCは俺を物知り博士だと勘違いしている節がある。威厳を保つ為にも、安易に尋ねるのは不可能なのだ。

そもそも『加藤』って、ここは日本語圏なのか? カルネ村ではカタカナ的な名前ばかりだったが、国境の関所を超えると、そこはもう別世界なのか? リアルで言う、日本語圏と英語圏みたいなものだろうか。俺も名乗りを『傭兵鈴木』にするべきなのだろうか。難しい問題だ。

 

「……ナーベよ、私の本名が鈴木だとしたら、どう呼ぶ?」

「…………? 至高のスズキ様で御座いますか?」

「いや、何でもない。忘れてくれ」

 

大した人生では無かったと、自覚している。

そんな名前を(うやうや)しく呼ばれ続ける世界を想像し、俺はこの問答を、無かった事にした。

 

 

―――

 

 

エ・ランテルへの到着を告げる御者に礼を言い、ナーベラルを引き連れ、関所に向かう。そこには数人の人だかりが出来ていたが、人の流れは遅くは無く、問題が無ければスムーズに通る事が出来そうだった。ふと、自分の右手を見ると、指先まで覆う籠手の下に指輪の感触を感じる事が出来る。籠手の下に装備品である手袋などは装備できなかったが、アクセサリーに分類される指輪などは問題なく装着する事が可能だった。この世界のルールは、難しい。

 

「ナーベよ、探知阻害の指輪は、()めたか?」

 

出発前にナーベラルに預けた指輪を思い出し、確認する。ナーベラルを信頼していない、という事でもなく、世の中において、確認は大事なのである。リアルでも、上司が作った書類をそのまま営業先に渡したら、なぜか自分が酷く怒られた経験がある。リアルはクソである。

 

「当然です! モモン様!」

 

ナーベラルがうっとりとした顔をこちらに向ける。瞳は潤んでおり、(なま)めかしい。

左手が見やすいように顔の横に上げられており、その薬指にはしっかりと指輪が(はま)っていた。その指輪をナーベラルは大事そうに触り、撫で、静かに口付けをする。

 

「モモン様の御気持、しかと受け取りました。階層守護者でも無い私に、こんな大切な物を与えて下さるモモン様……。その、これは、そのような」

「…………行くぞ」

 

ナーベラルの勘違いに、頭痛と胃痛が治まらない。状態異常無効の死の支配者(オーバーロード)になっているのに、心労が収まらないのはどういう事なのか。体調不良と状態異常は、別物なのだろうか。

指輪を渡す際の大騒動を思い出す。出発の際、皆に見守られながら今後の話を締めた。そして、ナーベラルに指輪を渡した。アルベドの空間を裂くような大絶叫が、辺り一面に響き、隣に立っていたデミウルゴスの両耳から血が噴き出たのを、俺は見逃さなかった。

アウラが泣きじゃくり、マーレは自我を失ったかのように動かなくなってしまった。コキュートスが興奮したかのように、ジイジイ言っていたが、武人武御雷さんが設定した鳴き声だったのだろうか。ユリがよろめき、ソリュシャンは顔を伏せ、何かを呟いていた。セバスが静かに拍手をしていたが、何に対しての拍手だか俺には理解できなかった。それにしても、あの時のナーベラルの勝ち誇ったような顔を、俺は忘れる事が出来ない。

そういえば、シャルティアとアントルラッセの姿が見えなかったが、二人はどうしたのだろうか。まあ、他の階層守護者が慌てたような素振りも見せてなかったし、些事だろう。

 

そもそも俺は、階層守護者全員に「リング・オブ・ アインズ・ウール・ゴウン」を渡すか否かを、悩んでいるのだ。本来ならば、アルベドとデミウルゴスには最優先で渡すべきである、と、頭では理解してる。二人は俺の言葉に、四方八方、動き回り、走り回っている。いや、実際には優雅に歩いているけど。……二人の働きは、この身に沁み入っている。

だが、どうしても、怖いのだ。俺は、心の底からNPCを信じられていないのだ。次の瞬間には、口が裂け、牙を剥き、こちらに襲い掛かってくるのではないかと、戦々恐々しているのだ。

だからこそ、俺はNPCに認められなくちゃいけない。俺が、NPCが、お互いの幸福の為に。

 

 

―――

 

 

こちらの気が抜けるような簡素さで、関所でのやり取りは終わってしまった。弱っちい魔法詠唱者(マジック・キャスター)に些細な魔法を掛けられた後、「旅人だ」という入国理由を口にするや否やの開放だ。こんなに緩すぎて保安上平気なのかと心配してしまったが、緩い分には、こちらに有利に働くのだ。有難く、この世界を堪能させてもらおうじゃないか。ふっふっふ。

 

関所を潜り抜けると、そこには大きな建物と、大きな人の賑わいと。

笑顔の子供が親を引っ張りながら、小さな商店に向かっている。帯刀した人間が談笑しながら、道の奥に消えていく。犬が走り回っており、向かいの屋根から小鳥が飛び立っていた。

目の前を通り過ぎる、小さな馬車。車輪が跳ねた泥が俺の鎧に降りかかるが、些細な事だ。ナーベラルが小さく舌打ちをした様だが、俺には「汚れた」という悪感情も生まれない。これが、本来あるべき人間の生活なのか。それとも、ファンタジー世界だからこそ、あり得る世界なのか。カルネ村のような寂れた雰囲気は無く、賑わいがある。見ているだけで、楽しい気分になってくる。衝動的に、ナーベラルの右手を握り、少し先にある出店に足を向かわせる。ナーベラルが慌てた様に小走りになるが、気遣っている余裕がない。甘い、果物のような匂いが、鼻孔を通り、俺の頭蓋を震わせる。

 

「おい、二つ……いや、一つで良い。色々、乗っけてくれ」

 

ナーベラルに視線を向けると、ゴソゴソと、慌てた様に懐を探っていた。そして、疑問の顔を浮かべたまま、銅貨を店員に投げ渡す。同時に、カップに盛られたフルーツを俺が受け取った。

 

きょろきょろと辺りを見渡すと、おあつらえ向きに、一人分だが、ベンチが空いていた。

ナーベラルの手を引き、座らせる。レディーファーストと言う言葉をどこかで聞いた事がある。女性をおもてなし(・・・・・)する時の言葉らしいが、ウルベルトさんだったか、たっちさんだったか、誰から聞いたのか思い出せないし、詳細も忘れてしまった。でも、どうにかなるだろう。

 

「モ、モモン様を差し置いて!」

「いや、座ってくれ。そして、これを食べてほしいんだ。どうだ、食べれるか? あーんしてやろうか?」

 

適当に果物をスプーンで(すく)い、ナーベラルの口元に近付ける。ナーベラルの悩まし気な視線とぶつかるが、俺の押しの強さに参ったのか「それでは……、いただきます」と呟き、パクリと、口にいれる。もぐもぐと咀嚼しているナーベラルの口元からは、果汁が溢れている。それを慌てた様に手で(ぬぐ)い取るナーベラルが、どうにも可愛らしい。

 

「どうだ? 美味いか? どんな味がするんだ?」

「……薄い酸味と、そこそこの甘さがありますね。鮮度が高いのは、評価します」

「そうか。……もっと食べてくれ」

 

ナーベラルの言葉を、頭に思い浮かべる。さっき食べたのは、赤い果物と緑の果物だ。薄い酸味とはどういう味だろうか。リアルで売られていた、何倍にも薄められた料理酢みたいなものだろうか。それとも、全てを溶かす強酸を薄めたみたいなものだろうか。ははは、強酸なんて口に入れたら、死んじゃう死んじゃう。

味を想像するのが楽しい。色彩鮮やかな食べ物と、鼻孔をくすぐる色々な匂い。スプーンで突くと、シャリシャリとした手触りを感じる。五感で感じられる情報と、ナーベラルの表情をヒントに、未知の味わいが、次から次へと頭に浮かんでいる。ふと、カップを見ると、既に果物はなくなっていた。そこそこの量があったと思ったが、ナーベラルに全部食べさせてしまったようだ。

 

「どうだ? 美味かったか?」

「はい……。…………あの、モモン様の御手から、わ、わ、私の口に運んで頂いたものです。それだけで、どんな粗末な、味気の無い物でしょうが、上等な一品に……」

「そうか。それなら、私も食べたかったぞ。だが、こんな身体だ。私は、ナーベの顔を見ていただけだが、心が……」

「いけません!!! モモン様のような崇高で、叡智を統べるような御方が、下等生物の、汚れて粗末な……………こんな愚劣な物をお口になさるなら、至高の御方がお作りになられたナザリック地下大墳墓で、お食事を……」

 

ナーベラルの言葉に、苛立ちが募る。なんだ? 今のは演技だったって事か? 不味いのか? こんな、リアルでも食べられないような、食材と果実。新鮮で美味そうじゃないか! 沸々と、失われた血液が煮えている。この感情を抑えられない。

 

「ナザリック地下大墳墓の話を今はしていないだろう!!! これが美味いかと、俺は聞いたんだ!!!」

 

瞬間、頭が一気に冷える。冷静さを取り戻した俺は、自分の口を手で塞ぐ。静かに目線を巡らすが、単なる痴話喧嘩だろうと思っているのか、気にした様子の人間を見つける事は出来なかった。俺は、自分の迂闊さを呪った。こんな街中で、ナザリック地下大墳墓という言葉を出して、危険すぎるじゃないか!

我に返り、ナーベラルの方を見ると、その頬には涙が流れており、小さく「申し訳ありません、モモン様」と謝罪の言葉を口にし続けていた。彼女の姿に、罪悪感で胸がいっぱいになる。

 

「いや、すまない。だが、分かってくれ。これが、この世界の水準なんだ。ナザリック地下大墳墓が大切だという気持ちは伝わって来た。私は、ナーベを怒っていない。苛立ちもしていない。単純に、美味しい物を食べて、笑顔になって欲しかったのだ」

 

頬を伝う涙を、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)から取り出したハンカチで拭う。

だが、このハンカチは都合よく無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)に入っていた物ではない。実験中に、閃いたのだ。小物ならば、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)の中身から取ると見せかけて、宙から取り出しても違和感が無い事に。本当だったら、全てのアイテムを無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)にぶち込みたかったのだが、なぜか途中でアイテムが入らなくなってしまった。この世界では、有限の背負い袋(ノット・インフィニティ・ハヴァザック)のようである。

さて、先ほどのハンカチ。ピンクの地色に、フリルが付いており、「I LOVE MOMONGA」と大きく刺繍がされている。アルベドがプレゼントしてくれたが、あまりにも恥ずかしくて仕舞い込んでいたのだ。よもや、使う事になるなんて、思いもしなかった。

 

落ち着いたのか、ナーベラルの顔に表情が戻る。控えめに微笑んでおり、「モモンさんをお守りする六連星(プレアデス)なのに、申し訳ございません」と謝罪の言葉が聞こえた。

 

「……いや、ナーベが謝る事なんて、何もない。全てを赦す。……だから、私のこれからの行動も、赦してくれ。ナーベを、連れ回してしまうんだからな」

「……はい、モモンさん」

 

ナーベの頭を優しく撫で、大通りの方へ身体を向ける。小さな商店から、大きな雑貨屋、武具屋など、入りたい店はいくらでもあるのだ。自分のコレクター魂に火が点くのを感じる。この一歩が、俺を冒険者へと導いていくのだろう。アインズ・ウール・ゴウン商会を切り盛りしていく為にも情報は、必要だ。

 

「さぁ、ウィンドウショッピングを楽しもうじゃないか!」

 

 

―――

 

 

陽が傾きかけた頃合い、食事処が様相を変える。先ほどまでは食事をメインに扱っていたのだが、これからは恐らく、酒やつまみなど、外から戻ってくる冒険者たちの時間だろう。

 

「よし、そろそろデートは終わりだ。冒険者組合にでも、行ってみるかな」

「……わかりました」

 

冗談を言いながら、見せつける様に、紅く燃えるようなマントを、バサリと(ひるがえ)す。

このマントはナーベラルが選んでくれた物である。能力的に考えるなら、自分が所持しているアクセサリー類から選んだ方が何倍も使えるのだが、このマントは、NPCであるナーベラルが自分で考え、俺の為に選んでくれたのである。身に付けない理由が、無い。

 

「それにしても、良いのか? 私がこの世界の装飾を身に付けても」

「本来ならば、嫌です。ですが、モモンさんと街を歩くうちに、……不敬だという気持ちは消せませんが、それと同等の感情……私たちだけの、思い出の形を、モモンさんに……」

「ふふっ、ナーベよ。少しの時間だったが、とても魅力的になったな。墳墓を出た時は、正直、不安に思う部分もあった。だが、今のお前は素晴らしい。この世界に適応する、力を身に着けている。墳墓にいるだけでは、きっとお前はこうならなかっただろう。自分の殻を破ったお前を、私は誇りに思う。弐式炎雷さんも、称賛してくれるだろう……」

「弐式炎雷様……」

 

その時、俺の身体に小さな衝撃が与えられた。瞬間、ナーベラルの顔付きが険しくなり、場の空気が冷え込んだように感じる。ちらりと、衝撃を感じた背中を見ると、マントに絡まり、アワアワとしている一人の少女がそこにいた。

 

「ナーベ、敵ではない。落ち着け」

「……はっ」

 

ナーベラルが警戒心を解こうともせずに、返事をする。

マントを整え、布の翻弄から解放すると、そこには両手で大きな荷物を抱えた、一人の少女が立っていた。荷物からガチャガチャとガラスがぶつかる様な音がしており、危うく大惨事になるところだったな、と、溜息をつく。

 

「あ、あの、ありがとうございます。前が見えてなくて…………って! あーっ!! あーっ!! あーーーーーーーーーーっ!!」

 

初対面のはずだが、相手の少女がこちらを確認すると同時に、大きな声で騒ぎ始める。興奮しているのか、大きな荷物がガチャガチャと激しく音を立てている。割れそうで、怖い。

そんな少女をナーベラルが忌々し気に睨みつけており、敵意を隠そうとしない。

少女の大声で周囲の人々がこちらに視線を向けようとするのだが、ナーベラルの敵意に、どうも直視できないようで、チラチラと、偶然を装った程度の意識しか向けられていないようである。何とも言えないこの空間が、とても居づらい。早く、冒険者組合に行きたい。行かせてくれよ……。

 

「あ! あ! あ! あの、私、カルネ村で、モモンさんに、その、命を助けて頂いて……! その、直接お礼がしたかったんですけど、その、私が起きた時には、商会の皆さんは既に帰られてて、あの」

「……落ち着いて欲しいのだが」

 

俺の一言にようやく落ち着きを見せたのか、少女は手に持っていた荷物を地面に降ろし、礼儀正しく、しかし元気に、自己紹介を始める。目の前の少女はエンリ・エモットらしいが、正直、印象に残っていない。なので、気の利いた事も言えない。

 

「村を救えて良かった。村人を全員助けられなくて、申し訳ない」

 

この程度しか、言えないのだ。だが、その言葉に彼女は満足したのか、それとも、一連の感謝の意を直接的に伝えるという心残りが済まされたのか、彼女は一礼し、再び走ってどこかに行ってしまった。慌てていたようであったが、彼女は荷物の中身を忘れているのだろうか。ガチャガチャと響く音を後目に、溜息を付き、冒険者組合へ続く道のりを、歩いて行く。ナーベラルが離れる少女を睨みつけていたが、気が済んだのか、静かに俺の後を着いてくる。

さて、夢に広がる冒険者生活。楽しみ半分、怖さ半分、って所かな。

 

 

―――

 

 

冒険者組合で受付を済ませようと思った時、重大な事に気付いてしまった。俺は、この世界の文字を読み書きできない。だが、冷静に頭を働かせる。ユグドラシルでは、様々なアイテムや装備品があった。そして、俺は、コレクターである。怪訝な顔をしている受付嬢を無視し、記憶を底から引き摺りだす。近い物は、あるはずなのだ。だが、知識に確信が持てない。今の自分は「眼鏡、眼鏡……」とおでこに上げたままの眼鏡を探しているドジっ娘みたいなものだ。眼鏡……? いや、片眼鏡(モノクル)……?!

 

「ナーベよ。これを」

 

ナーベラルに、眼鏡(・・)を手渡す。これは本来『片眼鏡(モノクル)』なのだが、ホワイトブリムさんが深夜のテンションで、片眼鏡(モノクル)の外装をわざわざ眼鏡に作り変えてしまったのだ。ギルドの皆が「無駄な事しやがった!」「ありか……いや、無いな」「ガチャに金使えよ!」とホワイトブリムさんを笑い者にしていたのだが、何の因果か、最終的に俺は他のアイテムと交換で、それを譲り受けたのだった。 

眼鏡をかけたナーベラルはこちらの意図に気付いたのか、受付に近付く。そして、何やら説明を聞き始める。手が空いてしまった為に、近くの壁に近寄り、貼られている羊皮紙を見てみる。だが、本当に、何も分からない。どれを見ても死にかけのミミズがのたうち回ったように見え、言語として成り立っているのかすら、不安である。

 

「おう、兄ちゃん。良いもん着てるな。貴族の御坊ちゃんかな?」

 

右足の爪先に体重を感じ、見知らぬ大男に急に肩を組まれる。意図は読めないが、不愉快である。左手で相手を掴もうとするが、一歩遅かったようだ。反対側からも、大男の知り合いなのか、馴れ馴れしい口調でこちらをおちょくってくるもう一人の大男。周囲に、酒の匂いが漂っている。こいつらは、性質の悪い酔っ払いのようだ。胸元に、銅色のプレートが鈍く光っていたが、序列が分からない為、手を出しづらい。

 

「…………」

 

ふと、背後から微かな殺意を感じる。受付が終わったナーベラルであろう。だが、手を出す事はしない。俺が何もせず、言わず、されるがままの為、ナーベラルもどう判断して良いのか迷っているのだろう。さて、第三者から見て、酔っ払いに絡まれている黒い鎧の重剣士が、仲間の女性に助けられていたら、どう思うだろうか。威厳も、へったくれも無い。そろそろ、どうにかすべき、かな。

 

「うぉおおい! そこの酔っ払いぃ! 今すぐ、その男から手を離せ! そして、困っている彼女を今すぐ解放するんだ!」

 

突然、威勢の良い声が、背後から聞こえてきた。そして、左側から絡んでいた男の気配が、途端に無くなる。声の方向に顔を向けると、がっちりとした体形で、口元に髭を蓄えた優し気な顔の大男が、酔っ払いの一人を床に抑えつけていた。周囲には、胸に銀のプレートを輝かせる三人組が、立っていた。

 

「ああん? てめぇら……」

 

酔っ払いの大男が、俺から標的を変えたのか、三人組の一人、小柄な、少年に近付いて行く。ナーベラルの前には、弓に手を掛けた男が、盾のつもりか、立っている。さて、どうしたものか。受付は済ませたが、自分は冒険者では無い。暴力行為が罪に問われるならば、手を出す場面では無い。だが、俺はこれから、この世界に自分の名を轟かせようとしているのだ。多少の破天荒さは、許されても、良いんじゃないかな?

 

背負ったグレートソードを、抜く。刹那、場の空気が変わった。酔っ払いの目の色が変わる。受付嬢は慌てた様に奥に引っ込んでしまう、誰かを呼びに行ったのだろうか。こちらを見ていた見物人は、立ち上がる者と、目を背ける者の、二通りだ。誰もが、厄介事には巻き込まれたくないだろう。

だが、俺は刃傷沙汰にするつもりは無い。グレートソードを床に置き、ナーベラルの前に立っている男の方に滑らせる。

そして、両手の指を鳴らし、酔っ払いに近付く。勝負は一瞬、相手が口を開きかけた瞬間に、俺は相手の胸倉を掴む。そして、力任せに組合の窓に向かって投げつけた。豪快にガラスが割れ、酔っ払いは窓の外に飛んでいってしまった。背後から誰かの悲鳴なような声が聞こえたが、目を向けると、それは大男に抑えられていた、酔っ払いの仲間のようである。運の良い奴だ。鈴木悟に、逃げている相手を切りつける趣味は、無いのだから。

 

「……場を騒がしてしまい、申し訳ない」

 

静かに受付と、利用客に頭を下げる。小さなざわめきと、何やら称賛の声が、周囲から巻き起こる。許される範囲内での対応だったらしい。よし、冒険者モモンの英雄譚が、今、始まったのである。

 

「おいおい、俺らが助けに入らなくても十分だったじゃんかよ」

「そう言うな、ルクルット。……さて、初めまして。余計、な事をしてしまいましたか? 私は『漆黒の剣』のペテル・モークです。組合内での(いさかい)いが目に入ったので、手助けを、と思ったのですが」

「いえ、大変助かりました。冒険者と言うのが、貴方たちのような立派な人ばかりなら良いのですが……。私は、モモン。見ての通り、重剣士です。冒険者には、これから……という所、でして」

「そうなんですか?! いえ、鮮やかな身のこなし、とても驚きました……。おい、ルクルット! お前も挨拶くらいしたらどうだ?」

「へいへい。……初めまして、モモンさん。と、素敵なポニーテールと知的な眼鏡が似合う、お嬢さん! 俺の名前は、ルクルット・ボルブ! 大切な仲間が大男に囲まれた時の、怖さ、分かるよ。だからこそ、俺のセンサーが反応したんだ。君の可憐な」

「私はダイン・ウッドワンダーである」

「ニニャ、です」

 

お互いの自己紹介が終わった所で、大工道具と木材を持った数人の男が、こちらに近付いてくる。さて、このまま窓際で立ち話もおかしいだろう。座るなり、移動するなり……。

 

「ん、ンフィーレア・バレアレです! こちらのモモンさんに、指名で依頼を出したいと思います! い、いますよね! モモンさんって、冒険者が、ここに! いるはずです!」

 

受付付近から、大声で自分の声が呼ばれたような気がし、そちらを振り向く。

そこには、早く答えないと、死人が出るのではないかと言う必死の様子の男が、いた。

長めの金髪が顔を隠しており、その表情は見えない。だが、慌てているのは伝わってくる。

ちらりとナーベラルの方を見るが、嫌悪感を隠そうともせずに、その男を睨みつけていた。漆黒の剣の四人も受付の男を見ている為、ナーベラルの表情に気付いていないのが、幸いだったが……。

 

「……モモンさん、ンフィーレアさんとお知り合いですか?」

「初対面です。……いえ、対面すらしてないですね。あの方は?」

 

ペテルの顔に動揺が浮かぶ。もしかしたら、彼はある程度名の知れた人物なのかもしれない。それなら、それを知らないのは違和感がある。納得させる、ある程度の理由は、必要か。

 

「申し訳ない、今まで遠方で生活をしていた為、こちらの情報が……」

「ああ、そういう事でしたか。彼は、名の知れた薬師のお孫さんです。そして、彼の持つ『生まれながらの才能(タレント)』が、とても強力で、彼の名を広めるのに、一役買っているんですよ」

生まれながらの才能(タレント)……?!」

 

ユグドラシルでは聞き覚えの無い単語に、感情が昂る。いや、落ち着け。ユグドラシルに存在した要素が、この世界では名を変えているだけかもしれないんだ。その詳細を聞いて、聞いてからでも……。

 

「そ、それで、その『生まれながらの才能(タレント)』と言うのは……」

「あーっ!! あーっ!! あーーーーーーーーーーっ!! 貴方、貴方が、もしかして、その、モモンさんと言う御方ではないでしょうか? その、僕の名前はンフィーレアです! 冒険者なんですよね! その、僕の依頼を是非とも……」

「いや、まだだが……」

「?!?!?! んあーーーーーーーーーーーーーー!! いや、おかしいでしょう! 冒険者組合の皆さん! 彼は、モモンさんはですねぇ!!!?! い、いや、これは僕の口から言うべき話では無い! …………冒険者登録の、う、受付は、受付は済ませましたか?! 済ませましたね?! よし、じゃあ、明日! また明日この場所で会いましょう! もちろんそちらのお仲間の方も同席して頂いて、結構です! それでは、また、明日! 絶対に、絶対に、何があっても来てくださいね! 信じていますからね! 信じて……!」

 

何やら興奮状態のンフィーレア君を、数人の受付嬢が、表に引き摺って行った。そこに居合わせた者は、何が起こったのか把握していないのか、目を白黒させている。あんな惨事が、良くあるのであれば、冒険者組合は、魔境と言う事になってしまう。この世界の、底が見えない。

 

「…………あの、私たち、仲間というわけではありませんし……」

「いえ、来てください。せっかくの縁ですから。依頼でしたら、報酬もあるでしょう。一緒の空間で、一緒に話を聞いて、一緒にお仕事をしましょう。はい、じゃあ、また明日、よろしくお願いします」

 

何か言いたげだったペテル・モークと他三人をその場に残し、ナーベラルと冒険者組合を後にする。それにしても、あんな発狂している人間から頼まれる依頼がどのようなものか、不安で仕方がない。そもそも、俺はあいつを知らないのに、あいつは俺の事を知っていそうだった。……俺の事を、知っている?! いや、まさか、ユグドラシルのプレイヤー……?! だが、どうして……?! ……くっ、『ナザリック地下大墳墓』と言う単語を聞いていたのか……?!

 

「ナーベよ。宿に行くぞ。明日に向けての作戦会議だ」

「分かりました、モモンさん」

 

俺の胸中に呼応しているのか、そこには忌々し気な顔をしているナーベラルがいた。

そうだ。俺たちは、この世界の事を何も知らないのだ。油断していると、どこから足を引っ張られるやら……。




部屋の一室に、ナーベラルの姿がある。同部屋のアインズは席を外しているのか、姿が見えない。テーブルの上には汚れた食器が残されており、夕食が済んでいる時間だと、分かる。

「……アルベド様、定期報告です」

独り言のように、ナーベラルが言葉を作る。だが、それは、独り言では無い。ユグドラシル時代に存在していた、伝言(メッセージ)と言う魔法の一種である。
彼女はこれを使い、定期的にナザリック地下大墳墓に残っている、守護者統括であるアルベドに連絡するように、アインズから命じられているのだ。

「あら、アインズ様に指輪を頂いて調子に乗っているナーベラルさんじゃありませんか。こんな時間に何の御用ですか? 惚気でしょうか?」

ピタリと、ナーベラルの身体が固まる。
どうやら、ナザリック地下大墳墓は非常に厄介な状況になっているようである。だが、それも仕方がない事だと、彼女は思う。至高の御方であるアインズ様が、一個人に対して指輪を授ける。これがどのような事態か分からない者は、ナザリック地下大墳墓には存在しない。

「ふふふ、階層守護者であるアルベド様が、私のような六連星(プレアデス)にそのような言葉遣いをされなくても良いと思いますが? え、モモン? アルベド様は放っておいてベッドに入りなさいと? ふふ、モモンったら」
「あんたアインズ様と、一体何やっているのよおおお!!!! じょ、じょ、冗談もたい、大概にしないと……あああああああ!!!! 妬ましい! 私はナーベラルが妬ましい!!?! うああああああああ!!!」

ナーベラルのお茶目に、発狂するアルベド。伝言(メッセージ)は瞬時に切れ、その空間に、静けさが戻っていた。
ナーベラルが、一息。そして、左手の薬指に()められた指輪を、見つめる。彼女の脳裏に浮かぶは、どのような感情か。彼女の無表情からは、それを読み取る事は、難しい事なのであった。


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15話 エ・ランテルの奇縁(2)

気持ちの良い太陽の下、街道を歩く。綺麗に整地されているわけでなく、歩き辛い部分もあるのだが、それが逆にファンタジー世界っぽくて楽しい。隣では、ペテルとダインが馬車に乗るエンリ・エモットと会話を続けている。もちろん、俺も会話に混ざっているわけだが。

 

「それにしても、モモンさんがそんな豪傑だとは知りませんでした。いえ、もちろん身形(みなり)から手練れだろうとは思っていましたが、帝国の兵を相手に一歩も引かないどころか……」

「数十人相手をまるで子供扱い! 王国戦士長にも比肩(ひけん)する腕前なのである!」

「いえいえ、運が良かっただけですよ」

 

自分としては本心から謙遜しているのだが、ペテルとダインの言葉に、馬車に乗っているエンリ・エモットが大袈裟とも見える勢いで頷いており、更に言葉を付け足す。「グレートソードを軽々と扱う」「王国戦士長さんも一目置いている」など、事実であるのだが、だからと言ってそこまで凄い事をした実感が自分の中には無いのだ。エンリ・エモットが口を開く度に、漆黒の剣のペテルとダインが尊敬の目を向けてくる。だが、その視線が気恥ずかしい。俺にとっては、いや、俺の実力では無い。ユグドラシル時代に鍛え上げていた貯金が、生きているだけなのだ。それに対して敬意を持たれても、気恥ずかしさや申し訳なさでいっぱいになってしまう。純粋な好意が、胸に刺さる。

 

「僕からもお礼を言わせて頂きます。本当に、モモンさんのような方が偶然、カルネ村に訪れなかったら…………僕の大切な人も……、いえ、あの、その…………」

 

ンフィーレア君がドサクサ紛れに告白したような気がするが、きっと気のせいなのだろう。その証拠に、ペテルも、ダインも、ニニャも、皆、空を眺めているじゃないか。チラリと、馬車の後方を歩いているナーベラルの方に目を向けると、相も変わらず野伏(レンジャー)のルクルットに口説かれているようだった。ナーベラルが嫌そうな顔を露骨に出しているが、ルクルットは気にする様子も無い。ンフィーレア君の隣に座っているエンリ・エモットはどうだろうと思ったが、案の定、空を見ていた。なるほど、やはり今のは、愛の告白なんかじゃなかったんだな。

 

「私の事より、ンフィーレアさんの方が素晴らしいのでは? その資材も自費で購入されたようですし、私たちへの依頼料も、人数を考えれば相当でしょう。カルネ村に恩を売るというわけでも無さそうですし、本当に、見習いたい姿勢です」

 

冒険者モモンのキャラ作りの為にも、ンフィーレア君に恭しく頭を下げる。が、そこにある気持ちは本物だ。ンフィーレア君の行為を馬鹿な事だと思わないし、誰も思えないだろう。

今回のンフィーレア君の依頼は「エ・ランテルとカルネ村を往復する馬車の警護と、数日の労働」だったのだ。彼は、荷台に積めるだけの資材を積み込み、カルネ村の復興の手伝いをするのだと言っていた。

昨日の出会いから色々と警戒心を持ってしまったが、本日、改めて冒険者組合にて話を聞いた限りでは、ユグドラシルのユの字も知らない現地人のようであった。もちろん、演技をしていなければの話だが。俺の存在についてはエンリ・エモットから話を聞いていたらしく、冒険者としての練度が上がる前に、顔を売っておきたいと、正直に申し出てくれた。素直で実直。大切なモノに対して、頭よりも身体が先に動いてしまう性格。仮に、襲われたのがナザリック地下大墳墓だったなら、俺も彼のような行動をしていただろう。

 

「先ほどから、モンスターの一匹も出てきませんが、こんなに人数が必要なんですか?」

 

ふと、純粋な疑問を口にする。

 

「警護面で言うならば、過剰だと思います。モモンさんか、漆黒の剣の四人、どちらかがいれば済む話です。しかし、最近はモンスターの動きが活発になっているようで、どうにも……」

「そうである。原因は分かりかねているが、月の満ち欠けが影響しているとも聞くのである」

「え~? ナーベちゃんの美貌に引き寄せられたんだと思うけど~?」

「気候か突然変異か、力を持つモンスターが生まれ、縄張りにも変化が出始めていると耳にします。その影響で、弱いモンスター……いえ、人間にとっては脅威なのですが、街道や草原に出現するという話も……」

 

丁寧に答えを教えてくれるのだが、仮に、強いモンスターの発生により、各地で影響が出ているのだとしたら、完全に俺のせいである。誰にも教える事が出来ないが、心の中で謝ったら許してくれるだろうか。いや、それよりも、死人が出ない事を願うか?

俺は、デミウルゴスに許可を出している。この世界の全容を知りたいというデミウルゴスの為に、各地にシモベを放つ許可を出したのだ。もちろん、不可知の魔法やスキルを使えるシモベと言う話だったが、野生のモンスターは気配を感じる生き物なのではないか? 俺の判断のせいで生態系などが変わったら、どうする事もできない。謝って済む問題では無い。

 

「……このまま無事に終われば、良いのですけどね」

「ええ、まったくです」

 

ンフィーレア君とペテルが、顔を見合わせながら苦笑いをしている。

しかし、その場の雰囲気は暗いモノではない。やはり、皆、期待しているのだろう。

この俺の、漆黒の鎧に包まれた謎の傭兵兼冒険者の、モモンと言う存在に。

 

 

―――

 

 

エ・ランテルから北へ向かい、徐々に近づいている森沿いに進めばカルネ村だという事だったが、それは突然に来た。何の前触れも無く、ルクルットが声を上げたのだ。

 

「……?! 森の方から敵の気配! ンフィーレアさんとエンリちゃんとナーベちゃんは馬車から離れないでくれ! 馬車の守りはどうする? 俺たちで……」

「依頼人の安全を最優先するのでしたら、私は前に出ましょう。討ち漏らしが何匹いようが、確実に仕留めてみせます。それと、ナーベは魔法詠唱者(マジック・キャスター)です。自分の身は自分で守らせます。いや、お前は馬車の二人を守れ。余裕があるなら、後衛としてサポートを頼む」

「畏まりました、モモンさん」

「おっとぉ、知的な眼鏡とポニーテールが素敵なだけじゃなく、魔法も使えるなんて、ナーベちゃんには隙が無いねぇ! 良かったら俺と付き合ってくれよ!」

「……………………モモンさん、あの下等生物の顎を砕いても良いでしょうか」

「…………ダメだ」

「……ナーベさんは魔法詠唱者(マジック・キャスター)なんですね! じゃあ私と一緒です!」

「そうなのであるか。こう言っては何であろう、お手並み拝見させて頂くのである」

「さてさて、…………急で悪いんだけど、ゴブリンとオーガの団体さんだぜ」

 

ルクルットの声と同時に、散開する漆黒の剣。戦い慣れているのか、四人の位置取りに迷いは見られず、あっという間に、一見、穴のない一陣が完成する。ナーベの発言に場が凍った時はどうしようかと思ったが、彼らは切り替えが早い。若く見えるが、ベテランなのだろう。

さて、こちらの動きに気付いたのか、森から出てきたゴブリンが警戒心を(あらわ)に、こちらを見ている。こうなってしまえば、接敵は確実だ。それにしても、ゲームのビジュアルと違い、各モンスターに微妙な違いが見える。顔に大きな傷があるモノや、皮膚の色も微妙に異なっている。そもそも、体格に違いが見える。

 

「<鎧強化(リーインフォース・アーマー)>!」

 

ニニャの詠唱の声が響いたと同時に、身体がほんの少しだけ、守られたような感覚がした。

ルクルットがギリリと長弓を引き絞り、数十メートル先のゴブリンに狙いを定めている。ペテルが陽動も兼ねた小走りで一匹のオーガに近付いている。ダインが呪文を詠唱している。これから、巻き起こるだろう惨状に、徐々にではあるが、感覚が研ぎ澄まされていくのが感じる。重剣士として、恥ずかしい姿は見せられない。背負っていたグレートソードを抜き、心を落ち着かせる。ここが大事なのだ。これから冒険者として過ごす以上、接敵は確実に起こる。だが、相手はモンスターなのだ。リアルで言うなら、害虫を殺すようなものだ。前回は人間だった。だから、死の支配者(オーバーロード)としての精神が表面化してしまったのだろう。だが、今回は害虫に過ぎない。ヒトでは無く、知恵も無く、暴力だけの生き物だ。そんな奴らを殺して、何が悪いんだ? むしろ、殺せば殺すほど、お金がたくさん貰えるって、ペテルも言ってたし、この世界では殺しが正当化されている事を、まずは喜ぶべきだよな? 俺は鈴木悟だ。死の支配者(オーバーロード)には引っ張られない。鈴木悟のまま、ナザリック地下大墳墓に認められ、NPCと共に生きていくんだ。

 

俺はペテルに続くように、手近なゴブリンの元へと歩を進める。諸手(もろて)で構えたグレートソードを振りかぶり、その小汚い、頭髪の無い平らな頭に狙いを定める。濁った瞳で俺を見るなよ。死ね。死ね死ね。死ね死ね死ね死ネ死ネ死ネシネシネシネ死ネシネシネシネ死ネ死ネ死死死死死。

何かを断つ感触と、何かを叩き潰したような感触に、思わず笑みが浮かぶ。達成感だ。ペテル、見てくれたか? ルクルット、ダイン、ニニャ。これが俺の力なんだ。ゴブリンの嬌声。強制。矯正。嬌声。支配者である俺の一撃で、苦しまずに送ってやったのだ。感謝して欲しいくらいだ。

ペテルが教えてくれたが、ゴブリン討伐の証拠は、耳らしい。身体が縦に裂けたゴブリンに近付き、ひしゃげた耳に手を掛け、根元から引き千切る。ブチブチと小気味良い音に達成感を感じる。手触りは何だろう、ヒトの耳より硬い。リアルで言うなら粗悪な小麦粉に水を少し足した、パッサパサな練り物みたいな感じか? せっかくだからと味見をしてみようとも思ったが、骨の身体な事を思い出した。肉ジルガ滴ってウマソウだったのに、残念だなぁ。

 

ナーベラルの悲鳴のような俺を呼ぶ声と、ダインの慌てたような声が同時に聞こえた。瞬間、背後から押されたような気がした。振り返ってみると、自分の身体を何周り以上も大きくしたような巨体が、立っていた。俺の背中には、大木で作られた棍棒を押し付けられている。

勝ち誇ったような顔でニヤニヤしているが、目の前のオーガは現状を理解しているのだろうか? お前の攻撃が、俺には全く通用しないんだぞ? それとも、お前は馬鹿だから、それが理解できていないのかも知れないな。背中には痛みも、痒みも無い。だが、苛立ちはある。

せっかく俺の為にナーベラルが選んだマントを、グズで木偶で生きる価値の無いゴミに汚されたのだ。非常に、不愉快だ。臭い吐息が身体に障る。デカい図体が目障りだ。グレートソードを大地に突き立て、右手でオーガの脇腹に触る。否、指先で抉る。オーガの苦痛が篭った息遣いと、身体から滲み出てくる汚い血。そのまま右手を押し込み、身体の中を蹂躙すると、オーガが狂ったように暴れまわり、俺の身体を押しやろうとする。だが、膂力(りょりょく)が違うのだよ。雑魚モンスターの癇癪(かんしゃく)に付き合ってやる必要はない。適当に触った臓器を内側から外に引き摺りだす。耳障りな騒音と、汚れた血。臭い涎が俺の身体を染めていく。だが、まだお前は殺さない。ナーベラルの気持ちを踏み(にじ)るお前を、易々と楽にはしてやらない。お前は、ナーベラルがマントを選んでいる時の顔を知らないのか? あんなに嬉しそうなナーベラルの顔、俺は初めて見たよ。もちろん付き合いが短いのはあるけど、それでも、女の子らしい表情に、命と感情を感じて、ドキドキしたんだ。それを、その想いを、お前は、お前は、お前は、お前は、クソクソクソ! クソが! クソが! クソッタレが誰の赦しを得て俺のマントに触ってるんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああ!!!!

 

 

―――

 

 

異変を感じたのはいつからだろうか。これは、パーティ同士の戦いじゃなかったっけ? 初撃は覚えている。ゴブリンを斬った。次は何だ? そうだ、ペテルがオーガの足止めをしている所に、ナーベラルが<雷撃(ライトニング)>を撃ったんだ。皆、驚いてたな。ニニャなんて、アワアワしてて、魔法の詠唱が止まってたな。ふふっ、魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのに、ニニャはしょうがない。それにしても、銅級だし、様子見と言う事で第三位階魔法を選んだんだけど、この世界では第三位階魔法でも十分なのかもしれない。

ふと気付いた時には、戦場が静かになっていた。殺すべき贄はたくさん残っていたから、漆黒の剣の四人が倒されたのだと思ったんだけど、彼らは大地に立ち続けていた。でも、俺も彼らに意識を向けている場合じゃなかったから、手当たり次第に命を(すす)って行った。斬り付け、断裁し、引き千切り、潰し、締め上げ、草原の緑が赤黒く染まり、空気中に血が混じり、死の臭いの充満している空間になった頃には、もう何も感じなくなっていた。まだ足りない。まだ足りない。近付いてくる気配を感じる。ゴブリンのくせに整った顔立ちだ。「スゴイデスモモンサン」凄いな。喋った。丸い頭には毛が生えていて、肌は白い。レア種かもしれない。だが、収集癖よりも血に飢えているんだ。渇望しているんだ。無防備に近付いてくるそいつの首筋に手を掛ける。瞬間、花を手折るようにへし折ってしまおうと動いたのだが、どうにも邪魔が入った。誰かが俺の右手を掴んでいる。忌々しい。邪魔をするな。俺は、俺は、殺したいんだよ。殺したいんだよ。殺したいんだ。クソが! 俺の気持ちを分かってくれよ!!! 邪魔だ。離せ。俺は、おれはおれはおれはおれは。

ブチ殺してやろうと俺の右手を抑える正体に目を向ける。俺の右手を止めていたのは、何て事は無い。俺の左手だった。ハッと、正面を見る。苦しそうに悶えているニニャの姿に、どうしようもなく寒気が起きる。お、俺はい、今、何をしようとしたんだ? ニ、ニニャは仲間じゃないか。ははは。あれ、おかしいな。ニニャは仲間、仲間だよ……。

 

「だ、大丈夫であるか?!」

「ち……違う。いや、おれ…………私は、私は何で……」

「…………いえ、臨戦態勢だったモモンさんに、不用意に近付いた、私が悪かったんです」

 

ケホッ、ケホッと咳き込むニニャに、森祭司(ドルイド)のダインが<軽傷治療(ライト・ヒーリング)>で回復させている。慌てた様にペテルとルクルットが駆けてくるが、俺の口から言葉が作れそうにない。乾いている。ガチガチと、歯が震えている。漆黒の剣を直視できない。逃げる様に視線を周囲に巡らすと、誇らしげな表情のナーベラルと、怯えた顔のエンリ・エモットの対比に笑いそうになる。いや、現実逃避をしている暇は無い。俺のやった事、やってしまった事……。

周囲の草原には、生々しく散らばった残骸が残っている。形を保ったままの死体もあるが、その顔は何か恐ろしいモノでも見たのか、目を背けたくなるような表情をしている。焦げた死体は恐らく魔法で倒したものだろう。だが、圧倒的に数が少ない。おそらく、この戦場でのほとんどの戦果は、俺の手で生まれたものである。そして、この惨状だ。ニニャも殺しかけた。漆黒の剣に失望されても仕方がない。いや、失望程度で済めばマシか。ンフィーレア君から依頼の件を取り下げられ、俺の悪評がエ・ランテルに広がってしまう可能性も高い。ふふふ、滑稽だ。

 

「…………お、おいおいモモンさん! こんなに散らかしやがって! まったく、これじゃあ討伐の証を集めづらくなっちまったっつーの!!」

「……そ、そうだな! いや、モモンさんのおかげで楽に手当てが貰えると思いましたが、世の中そんなに美味しい話は無いですよね。ダイン、獣が食べるとはいえ、流石にこの状態は良くない。死体を少し、寄せといてくれないか?」

「私がであるか?!?!」

 

場の雰囲気がどん底になりかけた時、ルクルットが大袈裟に声を上げる。ペテルがそれに続き、ダインが慌てている。ニニャの顔に笑顔が戻り、馬車に乗っている二人からも、険の感情が薄まっていく。

 

「……ニニャさん、申し訳ございません。私の、力不足です。どうにも、気合が入りすぎると、力の加減が……」

「そ、そんな事! モモンさんが力不足だったら、私たちはどうなっちゃうんですか! でも、モモンさんの気持ちも分かるかもしれません。僕も、どうしても許せない、憎い、憎い存在に出会ったら、我を無くしてしまうかもしれませんから……」

「おいおい! モモンさんもニニャも耳集めるの、手伝ってくれよ! おおっと、ナーベちゃんは来なくて良いぜ! こんな地獄絵図、女の子の見るもんじゃないからな! それより、俺の応援でもしてくれたら、百人力なんだけど~?」

「…………顎を砕かれたいのか、下等生物が」

 

ナーベラルの冷たい返事に、ペテルが笑い、ンフィーレア君とエンリ・エモットも苦笑いをする。気付けば、俺の想像していた最低最悪の展開が起きる気配は消え去っており、再び、和やかで明るい空気が徐々に広がっていた。

俺は、漆黒の剣の四人に助けられたのだ。場の空気を読み、崩壊しかけた俺たちの関係を、再び繋ぎ止めたのだ。何の思惑があったのかは分からない。いや、思惑なんて無いのかもしれない。他人を気遣えるのが、漆黒の剣の強さなのだろう。

 

「ナーベ、お前も冒険者だ。どっちが多く拾えるか、競争だぞ」

「おっ、良いなそれ! ナーベちゃん、俺がモモンさんに勝ったら、ほっぺにチュウしてくれよな!」

「…………そのまま噛み殺してあげようか?」

 

賑わいの中、俺は惨状の起きた空間に相対する。だが、その胸に昂るモノは生まれなかった。静かで、穏やかで、冷静な自分に、一安心する。だが、次はどうなる……。次が平気でも、その次は? 次? 次? 次?

 

「死体が臭いのである~。重いのである~」

 

ダインの気の抜けた声に、我に返る。心が、浮き上がる。

…………両目が抉れ、鼻が削がれ、頭蓋が半分出ており、四肢が無くなり、腸がぶちまけられている異様な死体のオーガに近付く。いや、違う。生きていた。こんな残忍な姿になっているのに、未だに鼓動を感じる。小さく、第八位階の<(デス)>を唱え、絶命させる。…………これも、俺がやったのだろうか。だが、何も記憶に無い。思い出したくも、無い。確認できる程度に耳を引き千切り、次の死体を目指す。耳を引き千切り、引き千切り、黙々と作業に没頭する。こんな場所じゃ、考え事なんて纏まらない。一秒でも早く、この場から離れたい。だからこそ、黙々と、死体の耳を集め続けた。

 

 

―――

 

 

六人で手分けをした為、予想よりも早い段階で再出発する事が出来た。だが、ある程度進んだところで、皆の身体の疲労感を誤魔化す事が出来なくなり、野営の準備をする事になった。

 

「まだ日は沈んでいませんが、もう野営ですか? 暗くなる前に、先に進んだ方が……」

「いえ。明るく、周囲の安全を確認できる間に、野営の準備をするんですよ。この先は森に近付いてしまいますし、夜になればモンスターも活発になります。それなら、そのポイントをずらした方が、ゆっくり休めますからね」

「なるほど」

 

ペテルの説明に、一人納得する。

 

「では、私とダインはテントを張りますので、モモンさんは周囲を張るように鳴子を仕掛けて下さい。ニニャが<警報(アラーム)>の魔法を使いますけど、念には念を入れましょう。ルクルット、お前は夕食の準備を頼むよ」

 

聞き慣れない魔法の名前だ。この世界には、やはり多くの未知がある。それが知れただけでも、冒険者になった価値があった。移転して来た俺や、NPCにも使えるのか、実験がしたいな。ふふふ。

 

「じゃあ、私も手伝いますね。ンフィーはどうするの?」

「僕は、馬を休ませてくるよ。向こうにいるから、何かあったら呼んでください」

「おっ! エンリちゃん手伝ってくれるの? やっさしいね~。それで、ナーベちゃんも一緒にどう? 食べたい料理があるなら、頑張っちゃうぜ?」

「………………モモンさん、行きましょう」

「あ、ああ……」

 

地面に突き立てる木の棒と縄の束をペテルから受け取り、ナーベラルと二人で移動する。おおよその目安が分からないが、ンフィーレア君が馬車を連れて少し離れた場所まで行ってしまった。縄の束を見る限り、結構大きめに囲っても許されそうだ。さて、初めてのキャンプだ。ワクワクしてくるなぁ。

 

「モモンさんがそのような雑務をされなくても、私が致しますが?」

「いや、構わない。これも経験だ。それよりナーベ、その、下等生物と言う呼び方は……」

「下等生物である人間種に何か……? ……いえ、失礼致しました。ここはモモンさんのお考えの通り、それ以下の呼び方をすべきですね。…………ゴミクズ。いえ、それ以下ですと……」

「……下等生物よりマシに呼べないか? その、名前とか……」

「な、ま、え……?」

 

ナーベラルが「何を言っているのだろうか、この御方は」と言わんばかりの表情をしているけど、えっ? もしかして、ナーベラルってこんな子だったの?! 同じようなカルマのソリュシャンが立派に人間との交流を果たしていたから期待してたんだけど、もしかしてナーベラル、人間嫌いなの?! ……ああ、やばい。それなら、ルプスレギナをお供にした方が良かった……のか? ……いや、違う。ナーベラルは立派に勤めを果たしている。きっと、まだ慣れていないだけだ。ナザリック地下大墳墓には、人間種が…………一人しかいないからな。 

 

「ナーベ、お前はこれから人間と交流していくのだが、自信はあるのか?」

「お任せください!! モモンさんに、恥はかかせません!!」

 

ナーベラルの大声に、漆黒の剣の四人がこちらに顔を向ける。おいおい、この子は内緒話という概念が無いのかな? 無いのかな? 鼻息を荒くしているナーベラルの口からは「下等生物を調教すれば、モモンさんに褒められる……褒められる……」と零れているのだが、俺はそんな風に説明をしたつもりは無いんだけどなぁ。困ったなぁ。ナーベラル、困ったちゃんだなぁ。あっはっは、あっはっは…………はぁ……。

 

 

―――

 

 

辺りが暗くなり、焚き火を中心に皆が輪になる。ルクルットが鍋からよそった食事に皆が手を付けているのだが、俺は飯が食えない。だからと言って、退席するのも空気が読めない気がする。さて、どうした事か。

 

「……ニニャさん、これをどうぞ。先ほどの、謝罪の気持ちです」

 

ススっと、自分の皿をニニャの方に寄せる。ニニャが驚いた顔をしているが、もう一押ししてみるか。

 

「私は、任務中はなるべく食事を摂らない事にしているのです。食事という時間は、どうしても気が緩んでしまいますからね。そのタイミングで、敵が来ないとは限らない。ですので、私の事は、お気になさらず」

「すっげぇな、モモンさん。やっぱ、強い人は精神的な部分からして違うよな。ナーベちゃんみたいな可愛い子と一緒に過ごしてて、平気なの? 俺なら耐えられないぜ。それで、モモンさんとナーベちゃんは、どんな関係なの? やっぱり恋人関係?」

「ふうh」

「師弟関係です! 私とナーベは、師弟関係! 分かったか?! 分かってるよな?! ナーベ、おい!! こっちを見ろ!! 俺の目を見ろ!! 分かったかと聞いているんだ?! ナーベ、俺とお前の関係は何だ……?!」

「…………………………………………していかんけいです」

 

ナーベが目を潤ませながら返事をする。ああ、良かった。皆に誤解されるところだったな。チラリと皆に目を向けると、黙々と食事をしていた。良かった。ちょっと無理矢理感が出ちゃったと思ったけど、どうやらセーフだったようだ。ああ、危なかった危なかった。

 

「師弟関係のモモンさんとナーベちゃんは、冒険者になる前は何をしていたんですか」

 

なぜか、濁った眼でこちらを見てくるルクルット。おいおい、そんなに食事が美味しくないのか? それなら、ニニャに渡して失敗だったかな? でも、皆、勢いよく食べてるし、ルクルットの味覚が変なだけかもしれない。いや、もしかしたらナーベラルが怒ってルクルットの皿に、いたずらをしたのかもしれないぞ。ふふっ、ナーベラルも、コミュニケーションを頑張っているようだな。

 

「私は、元々傭兵業をやっていました。アインズ・ウール・ゴウン様の商会なのですが……」

「聞いた事が無いですね。ンフィーレアさんは、御存じで?」

「…………いえ、ですが、非常に興味はあります」

「あのね! リュシ様とセバス様が、とっても素敵な人なの! 綺麗だけど、気安くて、私たちにも良くしてくれてね! それでね、えっと、貴族の人、なんだっけなぁ?」

「……貴族です?」

 

ペテルやンフィーレア君、エンリ・エモットの楽しそうな声を打ち消す様に、ニニャの口から、酷く静かな声が出る。エンリ・エモットが自分が失言したのかと、慌てているが、ニニャの目線はエンリ・エモットに向けられたものではない。もっと、その先。ニニャは、何か、違う物を見ている……。

 

「ニニャ! ……いえ、エンリさん、すみません。別に、誰が悪いと言う話でもないんです。…………そういえば、モモンさん、一つ、良いですか? 銀級冒険者として……いえ、すぐに抜かされるのは分かっています。ですが、だからこそ、最初で最後に先輩らしい事でも、言わせて下さい。その、…………私には、モモンさんの戦いが、誰かを守ってようには見えませんでした。ただ…………寂しそうで苦しそうで、その、詮索はマナー違反だと分かってます。ですが、モモンさんの背中が、どうしても寂しそうに見えてしまったので……」

 

ペテルの声が、身体に染みこんでいく。そうか、考えない様にしていたんだけど、分かる人には、分かっちゃうのか。俺は、ギルメンに会いたい。ギルメンと戦いたい。この世界に来ても、楽しかった毎日を忘れられない。いや、この世界に来たからこそ、一層その想いが強まっている。俺は、重剣士じゃない! 俺は、魔法詠唱者(マジック・キャスター)なんだ! そうだよ、漆黒の剣が羨ましいよ! 俺だって、誰かに背を預けたい……。

最後までナザリック地下大墳墓に残っていたクロワゼさんもこの世界に来ていると思ったけど、そんな気配は全く無いし、ギルメンはこの世界にいない可能性が高い。それなら、俺はどうする? 一生、一人ぼっちか?

いや、それではダメだ。この世界でも、心の拠り所を作る努力をすべきだ。もちろん、最優先はナザリック地下大墳墓の皆だ。NPCだ。でも、俺だって、俺だって一人の人間なんだ。

 

「……ペテルさん。もし良かったら、少しの間、一緒に行動させてくれませんか? もちろん、この依頼が終わった後の話です。今日の一件で、まだまだ私は、銅級だという事が身に染みましたからね。先輩の皆さんに、教わる事が、たくさんありそうです。知識だけでなく、心も、でしょうかね」

「も、モモンさん……?!」

「えっ、いや、でも、私たちなんて、モモンさんの足を引っ張るだけにしか……」

 

驚きの表情を隠さないナーベラルと、遠慮か困惑か、慌てた様子のペテル。だが、この願いは、俺だけの為じゃない。ナーベラルは、人間が嫌いな節がある。だが、俺が認めた人間なら、どうだ? 少しは、態度を軟化させるんじゃないか? ここでナーベラルが人間に対して対応を変えられるのならば、やはり、NPCも成長ができるのだ。

 

「考えておいてください。さて、私は見張りに出ます。皆さんは、お疲れでしょう。私の事は気にせずに、どうぞ、お休みください」

「わ、私も共に」

「ナーベ。お前は、ここに残れ。ンフィーレアさんや、漆黒の剣の皆さんと、コミュニケーションを取るのだ。これは、命令だ。拒否は、許さん」

 

俺の声に、ナーベラルがしゅんとした顔をする。そんなナーベラルにニニャとダインが朗らかに声を掛ける。ナーベラルの人間に対する悪感情が、少しでも薄まってくれれば良いのだが。

さて、俺は寝ずの番になるだろう。初めて、疲労も睡眠も必要としないアンデッドに生まれ変わった身体が、人の役に立つ。美しい星空の下で、俺は、ゆっくり考え事をしよう。この世界は、リアルの世界の何倍も、美しいのだから。

 

 

―――

 

 

「そろそろカルネ村なんですが…………あれ? エンリ、カルネ村の復興、もう始めてるの?」

「そりゃ、始めてるけど………けど、ええっと…………あんな物体は、私は知らない」

 

陽が出始めた頃合いに準備を済ませ、カルネ村に向かった俺たちは、既に皆、馬車の上にいた。数分前に、ンフィーレア君の「皆さん、お疲れ様です! そろそろカルネ村が見えてくる頃合いです。ここまで来たら警護も必要ありません。馬車に乗って下さって、結構です」という声を合図に、皆の警戒心が一気に霧散したのだが、カルネ村が目前になって、ンフィーレア君とエンリ・エモットの様子がおかしい。面倒事に巻き込まれるのは勘弁なのだが、それにしても、カルネ村は面倒事に巻き込まれやすい村なのか?

 

「……どうしました? エンリさん」

「いえ、あの……。村の入り口に、木組みがあるのは分かるんです。でも、木組みを作ってるのが……その、大きな、何か変なのが動いてるように見えるんです……」

 

エンリ・エモットの不安げな声に、皆の視線がカルネ村に向かう。だが、そこには何てことは無い。アインズ・ウール・ゴウン商会として動いている、セバスたちに用意させたゴーレムが、復興の手伝いをしているだけだった。

 

「ね、ねぇ、ンフィー。どうしよう? また、敵が来たのかなぁ……」

「……分からない。でも、嫌な予感がします。モモンさん、漆黒の剣の皆さん。ここで一度馬車を止めます。申し訳ありませんが、先行して様子を見て頂ければ……」

「いえ、不要です。……カルネ村に向かう前に、言っておくべきでした。私の落ち度です。カルネ村では、アインズ・ウール・ゴウン商会の方々が復興の手伝いをしていると聞いています。ですので、あのゴーレムも、商会の方が連れてきた物だと、思います」

「……えっ?! ゴーレムを土木作業用に連れて来ちゃってるんですか?! そ、その商会というのは、どれくらいの規模なのでしょうか?! やはり、今まで名が知られていなかったのも、王宮専属で……?!」

 

ンフィーレア君の食いつき方が、予想以上で、少し困惑する。漆黒の剣の四人はどうかなと様子を見てみるが、やはり、食い入るようにゴーレムを見ている。あれ? 下級モンスターだと思ってたんだけど、ゴーレムって、そんなに凄い扱いされてるの? ん?! ちょっと、この世界の尺度が、俺には難しすぎるぞ?!

 

「お、おい! 敵じゃないなら早く向かおうぜ! せっかくここまで来たんだ! カルネ村の為にも、人手は多い方が良いっしょ!」

「そ、そうである。ンフィーレアさん、さあ、参りましょうぞ!」

 

ルクルットとダインの催促に、慌てた様にンフィーレア君が馬を操る。小走りになった馬に引かれ、荷台がガタガタと揺れる。だが、その甲斐あって、カルネ村にはすぐに到着する事が出来た。馬を落ち着かせているンフィーレア君を他所に、急いで村に入るエンリ・エモットと、野次馬根性丸出しの、ルクルット。遅れて、ペテルやダイン、ニニャが村へと入って行く。おいおい、依頼主のンフィーレア君、放っておいちゃダメじゃない?

 

「…………?! ……あら、モモンさん! カルネ村へどうしましたか?」

「あ、ああ。リュシ様。実は、彼……ンフィーレアさんの依頼で、こちらの村に用向きが」

「初めまして。私の名前は、リュシです。この度は、私のモモンさんを選んで頂いて……」

「い、いえ! そ、そ、そんな! ぼ、僕も、僕もモモンさんにはたくさん助けられて、そのっ!」

 

村からこちらに歩いて来たソリュシャンが、にこやかに俺とンフィーレア君に挨拶をする。ソリュシャンのごく自然な対応が、有難い。ンフィーレア君は緊張しているのか、なぜかしどろもどろだ。ふふっ、少し、誇らしい気分になるのは、親心からか。

 

「では、どうぞこちらへ。セバス様も、お待ちしております」

「ああ、頼みます」

 

笑顔のソリュシャンに連れられ、俺とンフィーレア君は村の中を案内される。村では既に復興が始まっており、あらゆる場所で、土を練っている子供や、レンガを重ねている女性の姿が見える。男性陣はゴーレムと一緒に木枠を組んでおり、家の立て直しに取り掛かっているようだった。途中、興奮気味の漆黒の剣の四人や、落ち着かない様子のエンリ・エモットも合流し、村長の家の前に辿り着く。そこには、村長の他に、セバス、そして、ユリの姿があった。

 

「おお、エンリ。お帰り。エ・ランテルはどうだった? ンフィーレア君とは、仲良くなったかい?」

「うっさい!!」

「改めまして。アインズ・ウール・ゴウンの一人娘、リュシです」

「…………お変わりなく、モモンさん。そして、皆さま、セバスと申します」

「セバス様も、お変わりなく。…………そして」

「メイド、で御座います。仕える身である私程度、覚えて頂く名も、御座いません」

 

ユリが、恭しくこちらに頭を下げる。だが、そうか。ユリの名前は、二文字だ。捻ろうと思えばいくらでも候補は上がるが、咄嗟に名前が出ないと偽名は役に立たない。それならば、素直に六連星(プレアデス)であるという、メイドとしての姿を前面に出しているのだろう。さすが、六連星(プレアデス)の副リーダー。頭が冴えている。

 

「おい! おいおいおいおい、おい! おいおい! モモンさん、この美女集団は一体なんなんだ? リュシさんにメイドさんに、ナーベちゃんも美女! なんでモモンさんの知り合いはこんなに美女だらけなんだよ! アインズ・ウール・ゴウンって何者なんだよ?!!?!」

 

興奮気味に、ルクルットが詰め寄ってくる。身体が当たり、グイグイと、俺を押しやってくる。なんかちょっと、ルクルットの熱気に押されてしまう。後ずさると、ルクルットが前に出る。助けて。誰か、助けてくれ。

 

「ルクルット! ……商会の皆様、お見苦しいモノを、申し訳ございません」

「ふふっ、皆さま、仲が宜しそうで、非常に羨ましいです」

「それにしても、ンフィーレア君。エンリが世話になったな。それに、何やら資材まで持ってきてくれて、本当に、君の心遣いが有難いよ。……セバス様、リュシ様。彼は、ンフィーレア・バレアレ。エ・ランテルで祖母であるリィジーさんと共にポーションを作っている方です」

「お初目にかかります」

 

ソリュシャンが、手を出す。それを、紅くなった顔でンフィーレアが握る。エンリ・エモットが。不服そうな顔をしているが、どうなのだろうか。

 

「さて、挨拶だけで申し訳ない。私は、村の者に指示を出さないといけないからな。では、リュシ様、無理などせずに……」

「いえ、私も、村の皆の為に頑張りたいと思います。…………メイド! 早く軽食の準備をなさい! 疲れた皆を労うのも、立派な仕事でしょう?」

「その通りでございます、リュシ様。では、皆さま、また後程」

 

この場から離れて行く村長。そして、ソリュシャンに命じられたユリ。なるほど、俺がいない所でも、セバスもソリュシャンも、ユリも、立派に働いていたようだ。見方によっては、俺が視察しに来た感じが出てしまったけど、まあ、その点は俺が気にしすぎているだけだろう。さて、俺たちもンフィーレア君の依頼通り、力仕事にでも、混じるか? さて、ンフィーレア君、何か命令でも……。

 

「なあ、モモンさんはアインズ・ウール・ゴウン商会の傭兵って話だけど、ナーベちゃんはどうなの? 関係者? それとも、モモンさんとは他で知り合ったの?」

「…………? 関係者も何も、リュシも姉様も、私の姉妹ですが、何か?」

 

意味不明のナーベラルの爆弾発言に、目を剥くセバスと俺!!

リュシは表情が固まっており、ユリは扉に手を掛けたまま、動かない! 動かない!

どうした?! 何が起こった?! 今、ナーベラルは何て言ったんだ?

 

「…………ナーベは、リュシ様と姉妹だったのか。そうか、知らなかった……」

 

どうにか誤魔化そうと、口を開くが、どうにも言葉が出てこない。

いや、そもそもナーベラルは、商会の設定の話を知っているのか?! いや、知っている! 六連星(プレアデス)に説明した時に、口を酸っぱくするほど、説明はした! ナーベラルも、頷いていた……はず! それなのに、何で姉妹設定が生まれるんだ! どんな繋がりがあって、リュシとナーベとメイドが、姉妹と言う答えに辿り着いてしまったんだ?! くそ、ナーベラルの考えている事が分からない! い、いけるのか?! 俺は、この爆弾を、上手く処理する事が、出来るのか……?! クソ、無関係の他人って事で、良かったんじゃないの?!?!




ver1.01 2019/02/01


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16話 ニンチ、ゾクシン

yelm01さん、ウキヨライフさん、誤字の指摘ありがとうございます


ナザリック地下大墳墓の地下二層にある死蝋玄室。シャルティアがソファに座っているアントルラッセに見せ付ける様に、右へ左へ大活劇を繰り広げている。時々、興奮しすぎたシャルティアの胸元からシュポーンと丸い物が飛び出しているのだが、それを回収するのは壁際で待機している吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の仕事である。

 

「そして、ペロロンチーノ様が迫りくる暴力を、その身で食い止めていたんでありんす。劣勢に苦しそうな顔をするペロロンチーノ様! しかし、それは演技でありんしたんでありんす! 憎っくき人間種を逃がさない為、ペロロンチーノ様の御優れになりんした頭脳から弾きだされた計算に、右往左往する人間種! そう、すべてはペロロンチーノ様の手の上の出来事だったのでありんす!

 

『貴様ら、よくも我が愛するシャルティアの名を穢してくれたな? ふふふ、生きて帰れるとは…………思うなよ?』

 

ペロロンチーノ様の素晴らしきお姿に呼応するかのように放たれる、人間種を滅ぼさんとする異形種百万パワーの希望の光! 金色の粒子! 全てを食らう未来への野望!

 

『な、それはまさか!』

『ああ、ナザリック地下大墳墓で散ってしまった命の煌めきさ。私は一人ではない! ギルドのメンバーがいる! そして、シャルティアがいる! うぉおおおおおおおおお! 悪・即・斬!』

『ぎゃー!』

 

…………こうして、こなたのナザリック地下大墳墓は、再び平和を取り戻したんでありんす。全ては、ペロロンチーノ様がその身を盾にして、そして弓となり、強大な相手を蹴散らしたからこその勝利でありんすぇ。ああ、ペロロンチーノ様。わらわは、ペロロンチーノ様の事を考えていんすだけで、胸が苦しくなってしまいんす。ああ、ああ……」

「…………?」

 

過去に起きた悲劇、1500人に上るプレイヤーの侵攻の様子を、アントルラッセに熱弁しているシャルティア。全身を目一杯使った迫力のあるアクションと、彼女の熱を帯びた口調に対し、アントルラッセの表情は、あまり明るくない。

 

「…………長いです。お兄様や、アインズ様のお話はないのですか?」

「ありんす。でも、もう少し待ちんせん。ここからが良い所だから、耳の中をかっぽじって聞きなさい? 全てを終えたペロロンチーノ様は、その偉大なる御力を使い、敗れた階層守護者たちを再びこの世に顕在させたのでありんす。おお、ワールド・ディザスターであるウルベルト様も驚嘆する、ペロロンチーノ様の秘伝! 魔が織りなす奇跡のシンフォニーでありんす! 起きないから奇跡と言いんせん。その奇跡を起こしてしまうのが、ペロロンチーノ様でありんす。うぐぅ!」

「…………?」

 

腑に落ちない顔をしているアントルラッセを無視し、シャルティアがまるでつい先ほどあったかのような明快な記憶を元に、自身の創造主であるペロロンチーノを説明する。だが、本来であれば、ナザリック地下大墳墓で起きた例の一件で、シャルティアは早々に退場を余儀なくされてしまっていた。いや、シャルティアだけではない。地下九層にいた六連星(プレアデス)やセバス、アルベドを除き、ほぼ全員と言って良いほどのNPCが人間種に蹂躙され、倒されたのだ。故に、その記憶は正しい物ではない。しかし、シャルティアには関係が無いのだ。自分の創造主であるペロロンチーノの蛮勇と成果を、彼女は疑わない。疑う必要が、無い。己の敗北は最大の恥部であるが、それ以上に、創造主によって守られたナザリック地下大墳墓の名誉を、誇らしく思っているのだ。

だが、自身が敗れ去った瞬間の記憶は、NPCにとって一生残る心の棘となっている。NPCの心は、未だに癒えていないのだ。砕けた破片は、戻らない。自分の役目を全う出来ない歯がゆさ、悔しさ、惨めさなど、様々な感情が渦を巻き、己を苦しめているのだ。しかし、そのような素振りを見せるような事は、無い。自分の失態からの苦悩を表に出してしまう事ほど、己の創造主に失礼な事は無いのだから。創造主に期待され、見染められ、愛され、作られ、生を与えられたのだから。

 

「おーい……って、起きてたんだ。気絶してたからどうかと思ったけど……何してるの? アントルラッセ……は、ちゃんとナザリックの事分かった?」

 

アウラがノックもせず、何の遠慮も無しに死蝋玄室に入ってくる。待機していた吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)は慌てた様に部屋を走り回り、アウラをエスコートしようとあたふたしている。

 

「……ペロロンチーノ様の事は、良く分かりました。ペロロンチーノ様によってアインズ・ウール・ゴウンは興隆(こうりゅう)し、ペロロンチーノ様が自らの命を賭したおかげで、ナザリック地下大墳墓は守られ、ペロロンチーノ様の御力によって、皆さんは蘇り、ナザリック地下大墳墓は再び平和になったのですね。ですが、他の至高の御方のお話はまだです。私は、お兄様の事とアインズ様の事を、早くたくさん聞きたいです」

「はぁ?! まだペロロンチーノ様の話しかしてないの?! てゆーか、ナザリック地下大墳墓のアレは、42人の至高の御方の御力があっての事でしょ? あたしたちの知らない場所で戦っていた御方もおられたって話だし……そもそも、私たちを蘇らせてくれたのは、ぶくぶく茶釜さまなんだからね! 変なとこ、捏造しないでよ!」

「やかぁしいんす。ぶくぶく茶釜様も素晴らしい御方なのは理解してるでありんすぇ。だからといって、それはそれ、これはこれ、じゃないかしら?」

「……はぁ?」

 

シャルティアとアウラが静かに詰め寄り、お互い顔を近づけ、メンチを切り合っている。すぐにでも殴り合いの始まりそうな様相に吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が怯えているが、二人がそれに気付く様子は無い。

 

「アウラさん、何か用があったんじゃないんですか?」

 

声を上げるアントルラッセに、睨み合っていたアウラが顔を向ける。

 

「……ああ、そうそう。そろそろ、ナザリック防衛任務の順番だから、シャルティアを呼びに来たよ。それにしても、アインズ様が御出掛になる時も顔を見せなかったし、不敬なんじゃないの? 一日中気絶した後はずっとペロロンチーノ様の話をしていたなんて、階層守護者の名が泣くよ?」

「うっさいでありんす。ペロロンチーノ様の英雄譚はまだ半分残っていんす」

「……?! アインズ様は、御出掛になられたんですか?!」

「うん。昨日、歩いてエ・ランテルへ向かわれたよ。あーあ、あたしも一緒に行きたかったなー。別行動のセバスたちの馬車に乗っちゃえば良かったかな。でも、勝手な事をするとアインズ様もお困りになるだろうし、それは良くないなぁ」

 

アウラの言葉を聞き、焦ったように死蝋玄室の扉へと向かうアントルラッセ。

しかし、それを止める様に、アウラは浮いているアントルラッセの右足を掴む。

 

「えっ、ちょっと、アントルラッセは待機……なんじゃないの?! あれ、アルベド……なんて言ってたっけ……?」

「でも、でも!! ああ…………アインズ様をお守りしなくては。……どうしよう。アインズ様をお守りしなくては。アインズ様、アインズ様、アインズ様…………」

 

己の失態に気付いたのか、徐々に焦燥し始めるアントルラッセ。その異様なまでの態度に、アウラとシャルティアは何と声を掛けたら良いのか、咄嗟に浮かばないようだ。

 

「お、お、お、お、落ち着きなよ。クロワゼ様の御指示が、ア、アインズ様を守れだったら、安心しても平気だよ。頼りないかもしれないけど、六連星(プレアデス)のナーベラルが一緒にいるし、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)や……そうだよ! デミウルゴスがシャルティアの眷属に帝国の監視を頼みたいって言ってたから、それも伝えに来たんだよ!」

「眷属で良いんすか? 古種吸血蝙蝠(エルダー・ヴァンパイア・バット)でも召喚しりんせん」

「人間種に怪しまれない様に、ネズミとかでも良いってさ」

六連星(プレアデス)とか眷属とか、私には関係ありません。私は、アインズ様をお守りしてきます。お守りしないと、ダメなんです。私の、私の、私の存在価値、私の存在価値。お兄様。お兄様、お兄様、お兄様、……………お兄様お兄様お兄様…………ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

虚ろな目で同じ単語を呟き続ける、その異様さに、アウラもシャルティアも背筋の凍るような恐怖を感じる。本来、高レベルの二人は微弱な状態異常にはならない。しかし、アントルラッセの鬼気迫る感情に、手足が(すく)むような気分になってしまったのだ。だが、アウラの行動は速い。バツが悪そうな顔をしながらも「伝えたからね!」とシャルティアに一言残し、早足で死蝋玄室から出て行ってしまった。残されたシャルティアは困惑しながらも、何かを振り切ったように、アントルラッセに声を掛ける。

 

「ああ、もう仕方がないんせん! 転移門(ゲート)を使って移動するでありんす。アインズ様の居場所を探るのは不敬になりんせん。とりあえず、ニグレドに頼んでセバスの居場所を見つけて、移動するでありんす! そこならアインズ様の活動区域のエ・ランテルに近いから、きっとすぐに見付けられるでありんしょう!」

 

シャルティアが部屋の片隅のクローゼットから、小さな少女の人形、辛うじて赤子と見えなくもない物を取り出す。そして、シャルティアは虚ろ目になったアントルラッセの足を引き、目の前に作った転移門(ゲート)に躊躇なく、飛び込む。行先は、地下五層の氷河。ニグレドが幽閉されている氷結牢獄である。

死蝋玄室の主が消えた事で、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が慌ただしく動き始める。ナザリック地下大墳墓の防衛は、デミウルゴスの管轄下にあるのだ。その中の一人がアルベドに報告する為か、急いだ様子で扉の先へと出て行ったのであった。

 

 

―――

 

 

アントルラッセにとっては見慣れた、セバスとソリュシャンが使用している整った内装の馬車の荷台へと、二人は到着した。直接セバスの元へ転移したとして、この世界の誰かと一緒だった場合、非常に説明が面倒くさい事になってしまう。その為、シャルティアが気を遣って、おそらく安全性が高い馬車の中を転移先へと決めたのだ。

 

「…………?! アインズ様を感じます! お姉さま、大好きです!」

 

突然、表情に色が戻ったアントルラッセの変わりように、再び言いようのない恐れを感じたシャルティアだが、もしかしたらこの二面性も、創造主であるクロワゼ様に『そうあれ』と創造されたのだと自分を納得させ、今すぐにでも出て行きそうなアントルラッセをどうにか引き留める。

 

「嬉しいのはわかりんせん! い、いきなり出たら人に見られるでありんす!」

「私は不可知化しますから大丈夫です。お姉さまも、私を掴んでいれば、誰にも気付かれないですよ? お姉さまは、どうしますか?」

「そうなの? じゃあ、ちょっとだけアインズ様のお姿を目に焼き付けるでありんす」

 

静かに馬車から降り、村の中を進む二人。すると、すぐさまアインズの姿を発見する事ができた。そこでは、偉大なるアインズの姿に圧倒されているのか、セバスやユリ、ソリュシャンが身動(みじろ)ぎ一つもせずに、御言葉を待っているように見えた。対面には、見知らぬ集団が立っており、恐らくアインズ様に拝謁(はいえつ)しているのだろうと、シャルティアは判断した。

 

「…………ナーベは、リュシ様と姉妹だったのか。そうか、知らなかった……」

 

厳かで恭しい、チャペルの鐘のように美しい音色が、シャルティアの心を打つ。胸に響いて鳴りやまないその声を聞けただけでも、ここに来た価値があると、シャルティアは自然に零れる笑みを隠しきれない。その時、アインズの眼窩が、シャルティアとアントルラッセを確認した。その、全てを見通す深淵なる二つの空洞が、シャルティアの内腿をしっとりとさせる。

 

「……………………いや、き、聞いた事が、聞いた事がある。昔の祝宴の際、アインズ様は仰っていた。自分には、身分違いが原因で引き裂かれた、愛する妾がいた、と。黒髪が美しい、じょ、女性と一夜を共にしたらしいが…………。そうか、その時の愛の結晶が、そちらのメイドなのかも、しれないな…………」

 

アインズの崇高な御言葉に、静かに頷くセバス。

 

「……つ、つまり、メイドさんとナーベちゃんは姉妹で、リュシ様とは、腹違いって事かぁ?! うっひょー! 話には聞いた事はあるけど、やっぱりそんな事も……」

「……ルクルット?!! お前、少し黙っててくれないか?!」

「わ、私に妹が、妹が二人もいたなんて、知りませんでした。そ、その……」

「黙りなさい! け、汚らわしい! 私、気分が悪くなりましたわ! こ、こんな辺境の地で、お、お父様を侮辱するような……!!!」

 

ソリュシャンがユリの言葉に反応し、過剰な演技で怒りを(あらわ)にする。顔は赤くなり、見目麗(みめうるわ)しいその所作も、動揺の表現か、端々に未熟な息女の本性を垣間見せる。

 

「行きますわよモモン! こんな誰とも知れない赤の他人、同じ空気も吸いたくありません!」

 

怒りを隠そうともせずに、ドスドスと歩くソリュシャンは扉の前に立っていたユリを突き飛ばし、村長の家へと入ってしまった。呼ばれたアインズも眼前の集団に一礼し、ソリュシャンを追いかける。残されたセバスが必死に人間種に何かを説明しており、ナーベラルは我関せずを貫いていた。

 

「とりあえず、アインズ様の元へ向かいましょう」

「そうでありんすね。アインズ様がいなければ、こんな寒村に価値はありんせん」

 

不可知を良い事に、すたすたと中央を横切ってアインズが入って行った家に向かうシャルティアとアントルラッセ。この地で何があったのか、彼女たちは知らない。だが、それでも良いのだ。至高の御方の判断は絶対であり、疑う必要は、何も無いのだ。

 

 

―――

 

 

「リュシよ、お前の機転には毎回助けられているな。ふふっ、お前をこの村に連れて来て、心から正解だったと思っているさ。ああ、本当だとも」

「モモン様…………」

 

誰もいない村長の家にて、自由気ままに(くつろ)ぎの姿を見せるアインズとソリュシャン。すると、大した間も空けずに、シャルティアとアントルラッセが入室し、少し遅れて、ユリとセバス、ナーベラルの三人が入ってくる。

 

「セバスよ、どうなった?」

「モモン様のご判断通りの形とさせて頂きました。メイドとナーベは姉妹。リュシ様とは腹違い。ですが、罪滅ぼしの気持ちとしてメイドとして雇っており、慈愛に満ち溢れた待遇をお許しになられていると、説明させて頂きました。その、ナーベに関しては……、その後も隠れて妾と出会っており、その、行為の果てに、身籠ったという事に……」

「ふふっ、アインズ・ウール・ゴウンは好色と言う事だな。だが、商会を仕切っている主としては、それくらい可愛いモノだろう。主が初心(うぶ)だと、舐められる可能性もあるからな」

「はっ、仰る通りでございます」

「……漆黒の剣の四人とンフィーレア君、エンリ・エモットの反応はどうだ? 最初から嫌悪感を抱かれてしまうと、今後が厄介になってしまう可能性が高いからな。可能な限り、悪評は防ぎたい」

「ご理解のほどを、頂けたと思います。軽薄そうな男性でしょうか、彼が勝手に良い方向に話を導いてくれましたので……。小柄で中性的な男性はどうでしょうか、貴族に対して何か、思う部分があるのか、私に対しても、少々厳しい視線を向けていましたので」

「ですが、私がアインズ様に愛されているという事を告げると、その険も和らげた様に思えます。もしかしたら、貴族に対して嫌な思い出でもあるのでしょうか……?」

「……下等生物の感情など、どうでも良くありませんか? 最終的に、アインズ様がこの世を統べるのは当然の事です。こんな、ちっぽけな……」

「…………ナーベ。お前の軽率な発言で、皆が迷惑するのだ。迷惑するのだぞ? 分かったか? 分かったよな?」

「はい…………」

 

アインズの厳しめな注意と、ソリュシャンの刺す様な視線を前に、ようやく事態を飲み込めたのか、しゅんとするナーベラル。それを、優しくユリが慰めており、六連星(プレアデス)の温かみが感じられる。

 

「……ナーベラルよ、声が漏れないように魔法を使うが、一応外の様子も伺ってくれ」

「畏まりました」

 

途端、ナーベラルからウサギの耳が生えてくる。アインズは驚いたようにナーベラルの頭に生えたモノをマジマジと見つめるのだが、シャルティアの「アインズ様は『けもみみ』がお好きでありんすか?」と言う声に、小さく片手を横に振るった。

 

「さて、時間は有限だ。せっかく私たちが一堂に(かい)したのだ。怪しまれない程度に今後の詳細を詰め、再び冒険者モモンと、商会と言う形に戻ろうじゃないか」

 

アインズの雰囲気が変わる。刹那、六連星(プレアデス)とセバス、シャルティアとアントルラッセが臣下の礼をとる。場所は関係ない。ナザリック地下大墳墓に所属する者にとって、アインズが(えり)を正す。それ即ち、至要(しよう)な空間へと変貌するのだ。

 

「では私から……。アルベド様から、カルネ村に建設する拠点の設計図を預かっています。どうか、ご確認を」

 

セバスが、粗末な椅子に座っているアインズに、数枚の設計図を恭しく手渡す。それを受け取り、簡単に目を通すアインズだったが、二枚目の図面を確認したところで、その視線が一点に留まった。

 

「なんだこの『アインズ様と私の愛の巣』とは……?」

 

そこには、広々としたベッドルームが描かれていた。他の部屋も十分すぎるほど丁寧に描かれているのだが、ベッドルームは丁寧と言うか、不思議と、執念や怨念といったモノがひしひしと感じられる。インテリアまで細かい注意書きがあり、どうにもアインズは無視する事が出来なかった。

 

「アインズ様とアルベド様が、愛し合う場所と…………聞いております」

「……そもそもアルベドが、この村に訪れる可能性はあるのか? 守護者統括として、ナザリック地下大墳墓から離れて良いのか? いや、私がナザリック地下大墳墓にいる場合は別だが、二人揃ってなんて、有り得ないのではないか?」

「可能性を考えると、限りなくゼロに近いと思われます」

「では、却下だ」

「畏まりました」

 

アルベドの書いた設計図の寝室部分に、アインズが力強くバツを入れる。

 

「……それで、二人はどうした? 私に何か用事があるのか?」

「アインズ様をお守りすべく参りました」

「我が愛しきアインズ様のお姿を一目見ようと…………違った、アントルラッセをアインズ様の元へお届けする為に、転移門(ゲート)を使って参りました」

 

臣下の礼をとっている二人の返答に、アインズが考え込むような素振りを見せる。

 

「……転移門(ゲート)と言うのは、なんだ、私から頼む場合は、どのような手順が必要だ?」

「ナーベラルに一声掛けて頂ければ、伝言(メッセージ)でアルベドに伝わり、わらわへと届きんす。内容に応じて、わらわが即座に対応させて頂きんす」

「……なるほど、な。…………では、私からも一つ。この世界の装備品はユグドラシルと比較して、恐ろしく貧弱な可能性が高い。もちろん、全てが、だとは思っていない。だが、一般的に流通しているほとんどが、粗末な一品だった。そこでだ、セバス。都市を巡って、様々な物品をナザリック地下大墳墓に持ち帰って貰おう。それを鍛冶長が火を入れた際、どのように変質するのか気になる。上質な品に変わるのならば、それを売り込み、金銭を得、商会の名を世に(とどろ)かせようじゃないか。他には、巻物(スクロール)だな。ユグドラシルには無かった魔法が存在するかもしれない。色々、探してみてくれ」

「畏まりました。…………発言をお許しください。ナザリック地下大墳墓には、素材となるアイテムを入れると、金貨に変えてくださる箱が存在すると、耳にした事が御座います。たっち・みー様があまのまひとつ様に仰っていました。それを御使いになれば……」

「エクスチェンジ・ボックスは、宝物殿にある」

「おお!」

 

アインズの返答に、セバスが驚きと喜びの顔になる。しかし、喜色を浮かべるセバスに対し、何かを考える様にアインズは一考。最終的に、静かに頭を横に振る。

 

「…………今すぐに使う予定は無い。いや、セバスのアイデアが悪いという話では無い。素晴らしいアイデアなのだが、個人的にな。……すまない、セバス」

「い、いえ。アインズ様が頭を下げる必要なんて御座いません。出過ぎた私が不敬だったのです」

 

恐縮しそうになるセバスをアインズは手で留め、静かにその場に立ち上がる。

 

「とりあえず、私は冒険者として仕事をしてくる。セバス、ユリ、ソリュシャン、細かい指示が無くても立派に行動しているお前たちを見て、私は安心した。ナーベラルよ、お前の頑張りは私も認めている。だが、慢心はするなよ?」

 

その言葉に対し、NPCは再び深く頭を下げる。

静かな空間の中、アインズは退室し、続くようにアントルラッセも、この場を後にする。

 

「……それでは、わらわもナザリック地下大墳墓に帰らせてもらうでありんすぇ。さっきからアルベドの伝言(メッセージ)が頭に鳴り響いて、不快なのよ。ああ、帰りたくない……。きっと怒られるんでありんしょうな……」

 

項垂(うなだ)れたシャルティアの目の前に転移門(ゲート)が開き、トボトボとその場を後にする。残されたセバスと六連星(プレアデス)が、お互い顔を見合わせ、頷き合う。

 

「では、リュシ様とメイドは和解。私はンフィーレア氏、村長と合流し、復興の流れを確認して参ります」

「私は村の皆様の為に、お茶やお菓子を配膳させて頂きます。セバス様とリュシ様が各地を巡られるのであれば、恐らく私がこの地に留まるのでしょう。皆さまと仲良くしておきます」

「じゃあ皆、アインズ・ウール・ゴウン様に恥の無い行動を頼むわね? ナーベ、貴方は一介の冒険者なのよ? モモンさんとは仲良くして良いけど、アインズ・ウール・ゴウン様の寵愛は、私が受けるべきなの。……いえ、私は貴族で、貴方たちは平民だったわね。それなら、モモンさんの行動を縛る事も、今の私には可能じゃない! ふふっ、指輪を貰って満足だったかしら? でも、モモンさんと肌を重ねるのは、私が先になりそうね。ふふっ、ふふふ」

 

ソリュシャンの挑発的な発言を前に、ナーベラルは俯き、唇を噛む事しか出来ない。ナーベとして、既に数回、モモンから叱責を受けているのだ。自分の行動が正解なのか、彼女には判断が付かない。そして、ソリュシャンの言葉にも、一理があるように思えてしまうのだ。

 

「……二人とも、喧嘩は止めなさい。同じ三女同士なんだから、仲良くすれば良いじゃないの。まったく……」

 

ユリの六連星(プレアデス)としての発言に、姿勢を正すソリュシャンとナーベラル。

そんな様子の三人を見て、セバスは、疲れた様に、溜息をついたのだった。

 

 

―――

 

 

アインズがペテル、ダインと合流し、力仕事を請け負っていると、慌てた様子のンフィーレアが三人に近付いて来た。

 

「すみません、モモンさん、少し手伝って頂きたい事があるのですが……」

「私に可能な事ならば、何でも仰って下さい」

「ありがとうございます。その、僕と一緒に、トブの大森林に行ってもらえませんか? どうやら、カルネ村の薬草がだいぶ足りていないらしくて、このままだと病人や怪我人の治療もままならないんです。その、モモンさんが一緒なら、深い所まで潜れると思うので、その……」

「ええ、構いません」

 

アインズが力強く頷く姿を見て、安心したような表情をするンフィーレア。

だが、そんな二人の前に、駆け足のルクルットが近付いて来た。

 

「おっとぉ! モモンさんが行くなら、ナーベちゃんも一緒じゃん?! それなら、俺も連れて行ってもらおうか! ンフィーレアさん、邪魔には決してなりません! 野伏(レンジャー)として、役に立って見せましょう!」

「え、ええっ……?」

 

ルクルットの押しの強さに、腰が引けるンフィーレア。しかし、ルクルットのワガママを漆黒の剣のリーダーは許さない。(おもむろ)にペテルがルクルットに近付き、力強い拳骨を食らわした。

 

「ルクルット! お前さっきから手伝いもしないで何してるんだ! メイドさんの方に行ったりナーベさんの方に行ったり! お前、リュシ様に失礼な事してないだろうな! 権力のある貴族に逆らったとなったら、冒険者としてやっていけなくなるかもしれないんだぞ!」

「へ、平気平気。リュシ様、優しい人だよな。ずっとニコニコしてるじゃん……」

「セバス様がどう思うかだろうが! お前は、ここで俺の代わりに働いてろ! ……ンフィーレアさん、荷物持ちとして、私がご同行します。モモンさんとナーベさんがいれば、戦力としては十分でしょう。例え、森の賢王が出たとしても……」

 

ペテルの言葉に、ンフィーレアが静かに頷く。

そんな二人の言葉の何が引っ掛かったのか、アインズの身体から、悦びの雰囲気が醸し出される。強者と相対できるのが、嬉しいのか。それとも、敵を待ち侘びているのだろうか。

 

「では、さっそくですが、出発しましょう」

 

ンフィーレアの声を合図に、三人がカルネ村の出口へと向かう。どこから見ていたのか、ナーベラルが自然に合流する。後方からは、ルクルットの恨み節が聞こえていたのだが、復興の騒音に紛れ、それは徐々に、彼らの耳には届かなくなっていた。

 

 

―――

 

 

暗く茂ったトブの大森林の奥にて、薬草を集める四人の姿があった。だが、しっかりと収集が出来ているのはンフィーレアとペテルの二人だけで、アインズとナーベラルは、適当に草を(むし)っているだけだった。

 

「……この場所には、まだ珍しい薬草が群生していますね。やっぱり、ここまで来る人は、少ないのでしょう。…………モモンさん、商会の方々は、どのようにポーションを作っているのか、御存じですか? モモンさんも、商会のポーションには何度も助けられているのでは無いですか? だからこそ、そこまで強くなる事が出来たのでは……?」

 

ンフィーレアの、誰に語るでもない独り言に、アインズは反応した。だが、アインズはンフィーレアが何を言いたいのかを汲み取れないのか、特に返事を返さない。

 

「僕は、エンリに聞いて知ってしまいました。商会の方が、神の血を使われたと。いえ、正しくは、モモンさん、貴方から受け取ったと聞いています。モモンさん、もしかして、今も赤いポーション、持っているんじゃないですか? その背負っている袋の中に、数本、入っているんじゃないですか? もし良かったら、見せて頂けないでしょうか?」

 

ンフィーレアの言葉に、アインズの動きが止まる。近くにいるペテルの耳にもンフィーレアの言葉が聞こえているのだが、口を挟む事が出来ない。仮に、ンフィーレアの言っている事が事実であれば、ペテルにとっても非常に有益な話になるからだ。故に、軽々しく口を挟む事は、しない。できない。

 

「さあ……な」

「惚けないで下さい! 僕は、ポーションを作っています! 僕は、何としても、神の血が作りたいんです! 研究者として上を目指すのは、当然の事じゃないですか! そのチャンスが、目の前にある! 僕は、商会の方々と、どうにか繋がりを持ちたいのです! モモンさん、お願いです、その橋渡しを頼めないでしょうか!」

 

ンフィーレアが、モモンに向けて頭を下げる。ペテルが興奮を抑え、固唾を飲んで見守っている。ナーベラルは、この状況に興味がないのか、適当に(むし)った雑草をンフィーレアの傍らの籠に投げ入れている。アインズがナーベラルに注意をしようとするのだが、この状況で、アインズが取れる行動は限られていた。それほど、アインズは追い込まれていたのだ。この、何も知らない、(ただ)の一般人。ンフィーレアと言う、青年に。

 

「……さっきからうるさいのでござる。それがしの縄張りを荒らすのは、あの鳥人(バードマン)だけで十分でござるが……」

「!!? ンフィーレアさん、逃げて下さい! モモンさん、ナーベさん、森の賢王です! 勝つ事は考えずに、逃げる事だけに集中して下さい!」

 

ペテルの行動に迷いは無かった。一足で離れていたンフィーレアとの間合いを詰め、傍らの籠を雑に背負う。そして、ンフィーレアの手を取ったかと思うと、素早くモモンと森の賢王が重なるように、自分とンフィーレアの身を隠した。これで、直線的に森の賢王から攻撃される事は無くなる。ベテラン冒険者の、生きる為の最善の行動だった。

 

「……こいつが、森の賢王か」

「おぬしたちは誰でござるか? それがしの縄張りを荒らすのであれば、許さないでござる! 適当に誰かを血祭りに上げれば、もう人間がここまで来る事も無くなるでござろうか!」

 

ペテルの行動を敵対と見做(みな)したのか、森の奥から出てきた獣が、荒々しく身体を震わせ、臨戦態勢に入る。身体中の毛が逆立っており、前足が揉み手をしている。

 

「……ンフィーレアさん、ペテルさん。ここは私に任せて下さい。お二人は一刻も早く森の外へ」

「す、すみません! ですが、モモンさんも引いて下さい! いえ、森の賢王は絶対に殺さないで下さい! カルネ村は、森の賢王の縄張りによって、他の魔物から守られているんです! 縄張りが無くなったら、間違いなくカルネ村は、魔物の群れに襲われてしまいます!」

 

アインズの冷静な声に対し、ンフィーレアの返答は焦っていた。

アインズはその言葉に静かに呻きを上げる。生かさず、殺さず。今のアインズに、それが可能なのか。アインズの脳裏には、今までの光景が浮かんでは、消える。

だか、アインズの沈黙を肯定と見做(みな)したのか、ペテルとンフィーレアが静かに後退し、そして、脱兎の如く逃げ出した。この場所には、アインズと、ナーベラル。そして、森の賢王だけが存在していた。

 

覚悟を決めた様に、アインズが背後のグレートソードを抜き、構える。

刹那、森の賢王が、その身体を生かしたブチかましを、アインズにお見舞いしたのだった。




ナザリック地下大墳墓の玉座の間にて、静かに床に腰を下ろし、チクチクと裁縫をしているアルベドの姿があった。側には裁縫道具と、セバスが持っていた設計図の下書き。そして、既に完成したのであろう、ミニチュアのアインズのぬいぐるみや、自分の姿を模したぬいぐるみが並んでいる。
アルベドが取り掛かっているのは、大き目のカーテンのようであった。ピンクの生地にフリルが付いており、完成すれば、非常に乙女チックな出来になる事が予想できる。

アルベドは、何を思ってそれらを作っているのか。
時折、疲れた様に手を休めながらも、幸せな未来を想像し、愛らしく口元に微笑みを浮かべている。彼女は夢を見ている。些細な夢である。
誰にも邪魔をされない時間帯にて、チクチクと、アルベドは裁縫を続けていた。


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17話 玉響、交わる啼き声

疲労が残る身体が万全でない事は、彼女の身に着ける装備品から見ても明らかであった。

彼女がローブの下に着込んでいる革鎧(レザーメイル)は、所々の革が引き千切れており、使い物になっているかは非常に怪しい状態であった。彼女なりか、簡素な補強は施されてはいたのだが、本来の強度からはほどほど遠くなっており、誰が見ても単なる気休め程度としか思えないだろう。

そして、彼女の身体には数えきれないほどの擦過傷、赤みの残る打撲の跡が残っていた。

彼女は程度の低い冒険者では無い。否、肩書としては冒険者では無く無所属、ワーカーとしての活動を行っているのだが、そうだとしても冒険者換算、ミスリル級程度の力量は持ち得ていた。

 

「…………また無理をしたのか? 言ったよな、一人で依頼をこなす前に、俺たちに……」

「時間が、足りない」

 

冴えない顔色を隠す事もしない彼女、アルシェ・イーブ・リイル・フルトは、仲間が座るテーブルの椅子を引き、気怠そうにその身を座らせる。そのアルシェの姿に、チームのリーダーであるヘッケラン・ターマイトは心配そうに声を掛けるのだが、彼女の耳に届いているのか、(ひと)()ちた言葉がアルシェの口から零れただけであった。

 

「ねぇ、アルシェ。私達ってチームなのよね? それなら、一人で気負わないで相談してほしいんだけど……私達、そんなにアナタから信頼されて無かったのかしら」

 

向かいに座る半森妖精(ハーフエルフ)の女性、イミーナが優し気に声を掛ける。その声にピクリとアルシェの身体は反応するのだが、しかし力なく首を横に振るだけに留まり、静かに「家庭の事情だから」と口にするだけであった。

 

「………………」

 

そんなアルシェの様子に、ヘッケランもイミーナも、共に顔を見合わせる事しか出来なかった。

そして、アルシェの隣に座るロバーデイク・ゴルトロンは静かに腕を組み、何かを考える様に目を(つむ)っていたのだった。

 

 

 

アルシェ・イーブ・リイル・フルトは追い詰められていた。

元より、彼女には家庭の悩みがあった。彼女の家庭、フルト家は、帝国貴族として100年以上帝国を支えてきた名家であった。だが、現皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスによって、貴族位を剥奪されてしまったのだ。フルト家が皇帝の怒りを買ったわけでは無い。単に、帝国の繁栄の為に犠牲になっただけである。無能であった貴族は、逆らう余地も無く、その権力を失う事になったのだ。

しかし、貴族としての輝きを失ったとしても、アルシェの両親はその生活を改める事が無かった。湯水の如くに資産を使い潰し、様々な場所へ借金を申し入れていたのだ。

アルシェはそんな家庭から抜け出す為に、一人淡々と金銭を溜め続けていた。もちろん、彼女一人だけなら今すぐにでも実家を出る事は可能である。もちろん育ててもらった恩はある為、ある程度の借金の返済を手伝うつもりではあったのだが、それでも増え続ける借金を前にアルシェは完全に両親に見切りをつけ、早々に邸宅を出る事に決めたのだった。

 

問題があった。アルシェは一人で邸宅を出るつもりは無かった。年端もいかない二人の妹も連れ出していく算段だったのだ。幼少の妹を飢えさせず、辛い思いをさせないようにする為には、纏まった金銭が必要なのである。彼女は己の目標の為、一人淡々と金銭を溜め続けていたのだった。

邸宅を出る事、それ自体に時間制限は無かった。もちろん、返らない金銭に貸し手が怒り、悪質な取り立て屋に借用書を明け渡さない限り、ではあったが、それは今日明日と言う話でもない。起きるとしても、数ヵ月は先の話である。

 

彼女が追い詰められていたのは、借金の問題が理由では無かった。愛する妹が住まう邸宅に、何者かは分からないが、良からぬモノが近付いていると気付いてしまったからである。

最初の遭遇は帝都の人ごみの中。陽も高く上り、人々が活動を始めた時間帯である。そこに混ざり込むように、異質な魔力がゆらゆらと存在しているのをアルシェの瞳は見逃さなかった。

彼女は生まれながらの才能(タレント)の持ち主であった。言うなれば『看破の魔眼』。相手が漂わせている魔力をオーラとして見る事が出来、相手の使いこなす位階魔法を見抜く事が出来るのだ。

勿論、見間違いかと自分の目を疑っていた。英雄級を超えた逸脱者と呼ばれた己の師(フールーダ)を遥かに上回る強大な異質がそこに存在していたにも関わらず、帝都の日常はいつも通りの喧騒の中、平穏な時が流れていたのだから。

 

(宮廷魔術師に知らせなきゃ……)

 

そう思ったアルシェが隣に立つ仲間に異変を知らせた瞬間、今まで味わった事の無い圧が、彼女の身体に襲い掛かった。意識を途切らせる事も出来ない凶悪。されるがままに脳髄は揺さぶられ、身体の奥底から生まれる嫌悪感は、胃液と共に身体の外に流れ出ていくのであった。

身体を折り、涙を流す。アルシェの脳裏に映るは破滅の未来であったが、己の身を(にえ)としてそれを防げるのなら、何万回でも犠牲になっても構わないと思っていた。しかし、いくら経とうが彼女が思い描いていた世界の終わりは訪れず、ようやく苦しみから解放された彼女が見た帝都の街並みは、何も変わる所も無く、只管(ひたすら)に、日常を彩っていたのであった。

 

アルシェは自分が狙われているのだと理解していた。彼女の生活圏を先回りする様に動くそれ(・・)は、まるでアルシェの反応を楽しむように、彼女に過度なる精神的苦痛を与え続けていたからだ。

自分だけが被害に遭うのであれば、それはそれで納得できた。世の中という物は常に理不尽であり、ワーカーとして生きている以上、常に死と隣り合わせで生きている事は理解していた。

しかし、彼女にとって一番恐れていた事態が発生してしまった。間違えようも無い圧が、魔力が、自宅を覆い被さるように存在しているのを目の当たりにしてしまったのだ。

家族を巻き込まれた。こうなれば、話は変わってくる。

自身はどうなっても良い。両親だって半ば縁を切ったも同然である。だが、二人の妹だけは違うのだ。何一つ不自由なく、幸せに生きて欲しい。アルシェの生きる活力は二人の妹の存在であり、妹を救う為ならば、自身の身が如何(いか)に滅びようと、ここから逃げる事を最優先に選んだのであった。

 

 

 

「個人的な依頼をこなす事については何も言えんが、しっかり休んでいるのか? 最近、家に帰っていないだろ? なんなら、家族も心配するだろうに、今回の依頼は顔を見せてからでも……」

「嫌!」

 

アルシェの身を心配していたヘッケランの口から出た言葉は、他愛の無い言葉であった。ヘッケラン自身、何の気休めにならないだろうと理解した上での言葉であった。しかし、その言葉にアルシェは過剰と言えるほどの嫌悪感を表し、取りつく島がないほどの拒絶を見せたのだった。

そして、アルシェの過剰ともいえる拒否反応に、ロバーデイクが静かに動いた。

 

「アルシェさんの悩みの原因が御自宅にある事は分かりました。今すぐ向かいましょう」

「…………は? いや、ロバー、お前何を……」

 

ロバーデイクの意図を、ヘッケランは読み取る事が出来ない。

そんなヘッケランを気にする素振りも見せず、全身鎧をがちゃりと鳴らしながら立ち上がったロバーデイクは、促す様にアルシェに声を掛けるのであった。

 

「私が元々、上級神官だった事はご存知だと思います。そして、ワーカーに転身した理由も何時の日かお伝えしていた気がします。人は皆、平等に救われるべきです。それが仲間だとしましたら、尚の事。アルシェさんが御自分の力で物事を解決したい気持ちは理解していますし、個人の詮索をする事もマナー違反だと知っています。それを踏まえた上で再び申しましょう。…………アルシェさんの悩みの原因が御実家にある事は分かりました。今すぐ向かいましょう」

「それは無い」

「……そうね。私もロバーの意見に賛成」

 

無理矢理とも言える力強さで、拒絶の意を示すアルシェの腕をイミーナが掴む。そして、ロバーデイクに続くように、彼女はアルシェを引き摺りながら歌う林檎亭を後にするのであった。こうなったイミーナを止める事は不可能だとアルシェは知っていた。その為、嫌々ながらも、その足を高級住宅街の方へと進めざるを得なくなってしまうのであった。

 

「…………」

 

テーブルに残されたヘッケランは、一人グラスに残ったアルコールを口に含む。

そして、空になったグラスをテーブルに景気良く叩き付けると、「うんうん、やっぱり俺たちのチームは素晴らしいな」と(ひと)()ち、代金である銀貨を店主に投げ渡すのであった。

 

 

 

―――

 

 

 

「なるほど、没落貴族か」

 

高級住宅街にて、先行していた三人に追いついたヘッケランは目の前のフルト家を見るなり、端的(たんてき)にそう言った。

広さのある庭の植木は剪定(せんてい)が進んでおらず、独創的と言えば言葉は良いが、好き放題に伸びているように見えてしまい、外壁の汚れや雨樋(あまどい)に残る水汚れは人手不足なのか、清掃が行き届いていない事を(ひそ)かながらも公言しているようであった。

何の配慮も無いその言葉に、イミーナはヘッケランを睨み付け、ロバーデイクがアルシェに謝罪するのだが、当のアルシェはヘッケランの洞察力に感心するのみであった。

 

「つまり、アルシェは没落貴族の両親の浪費をどうにかさせたいわけか?」

「言い方!」

「――――それはもう諦めた。家を出る事は決心してる。ただ、あの存在(・・・・)が……」

 

アルシェが浮かない顔色のまま、周囲の気配を確認している。そんな様子を見た三人は、一瞬、悪徳な借金取りの存在を脳裏に浮かべる。しかし、どのような相手であれ、借金取りが相手ならば解決は容易い。金を返すか、その身を隠せばいいのである。チームメンバーがここまで憔悴(しょうすい)する理由にはならない。つまり、他に理由があるという事なのだろう。

 

「…………ね、ねぇ。それって、アルシェが街中で見かけた強大な魔力に関係が……」

 

ふと、イミーナが思い出したように言葉を作る。彼女は、アルシェの訴えを単なる見間違いだと考えていた。ヘッケランも同様である。しかし、万が一、本当に帝都の街並みに誰も認識できない不可思議で兇悪な魔力系魔法詠唱者がいるのであれば…………。

 

「……御明察」

 

イミーナの考えを後押しする様に、アルシェが静かに呟いた。

刹那、連なる植木の草陰から物音。話していた内容が内容であるため、四人の背筋に冷たい汗が流れるのだが、ガサガサと物音を立てて出てきた存在は、他愛のない一匹のネズミであった。

呆気ない緊張感の正体に、四人が揃って苦笑した瞬間、一閃。

自然体だったヘッケランの腰から抜かれたショートソードが、(よど)む事も無く小汚いネズミを斬り付けた。

 

「ちょ、ちょっと! こんな人の軒先(のきさき)で!」

 

イミーナが人として常識的な事を反射的に口走るが、斬り付けられたネズミは焦ったようにその場から逃げ出し、汚い血の跡が点々と道路を汚すのであった。

 

「……仕留め損ねたの? 腕、落ちたんじゃない?」

「いや、完全に仕留めた、はずだった」

「であれば、その兇悪に関係がある眷属、の様なモノだったのかもしれませんね」

「ちょっと止めてよ! ロバー、アルシェを脅かしてなんのつもりなの?」

「おっと、そのようなつもりでは……。アルシェさん、申し訳ありませんでした」

「平気。ヘッケランの腕が鈍っただけだと思うし。想定の範囲内」

「まあ、ヘッケランがダメなのは今日に限った事じゃないからね」

「おい! 前衛様に向かってなんてことを言うんだよ!」

 

久方ぶりの気安い空気がアルシェの周りを包む。やはり、持つべきものは仲間なのであろう。数日間の悩みの種も、仲間と共にあれば活力が湧いてくる。どうにか、打開策が見つけられそうな前向きな気分にアルシェはなっていた。鬱々とした感情を振り払うように、アルシェは三人を両親のいない邸宅に招き入れるのであった。

 

 

 

―――

 

 

 

「つまり、ネックは妹か……」

「言い方!」

 

フルト家の執事が淹れてくれた数杯目の紅茶を口にしながらアルシェの話を聞いていたヘッケランの呟きに、イミーナが険を向ける。しかし、アルシェは何の反応も見せず、ロバーデイクはフルト家に飾られた数多の絵画に目を向けていた。

 

「このような暮らしを妹さんから取り上げるのは、心が痛むのは確かですね。私に宿った神の拳で両親が改心して頂けるのであればいくらでも手を出しますが、実際問題、アルシェさんに不可能だった時点で改心は非常に難しいと考えた方が宜しいですね……」

「……その通り」

 

ロバーデイクの言葉にアルシェが辛そうな顔をする。しかし、頭を振ると、再び四人で建設的な解決策を相談し合うのであった。

 

「……そもそも、当の本人たちはどこに行った? 妹、いないのか?」

「外に遊びに行ってると思う……」

 

チラリと窓の外に目を向けると、日は赤みが差しており、そろそろ夕食の時刻になる事を告げていた。

イミーナ、ロバーデイクの二人もそろそろお(いとま)する準備をし始めるのだが、ヘッケランは一人(くつろ)いだ様子で、呑気に紅茶とお茶菓子を口に入れているのであった。

 

「……あえて今まで聞かなかったが、魔力の存在は無いのか?」

「今は、ない」

 

アルシェは思う。このタイミングで妹を連れて出て行けたら、どんなに救われる気持ちになる事かと。金銭面の不安はもちろんある。しかし、正体不明の何者かに目を付けられている現状が一番の不安要素であり、それを振り払えるのであれば、仲間も同席している数少ないこのチャンスをどうにか有効活用したいとも考えていた。

 

「お姉さまー」

「ごはんーごはんー」

 

ふと、玄関の方から物音が聞こえたかと思うと、すぐに二つの可愛らしい声が聞こえてきた。

 

「クーデ、ウレイ! 客間においで!」

 

ヘッケランが口笛を吹き、初対面の印象を良くしようとイミーナが居住まいを正したところで、アルシェが二人の妹を迎い入れようと席を立つ。何よりも大切な妹の姿を確認しようと視線を二人が来る廊下の方に向け、そしてアルシェの時は止まった。

アルシェだけでは無い。客間に楽し気な笑顔の二人の妹が並んで入ってきた時、その異様な光景に、ヘッケランも、イミーナも、ロバーデイクも何も言葉を発する事が出来なくなっていた。

 

そこには、二人の妹が立っていた。クーデリカ、ウレイリカ。しかし、位置がおかしい。

二人が仲良く手を繋いでいるわけでは無かった。二人の間に、一人分の空間が不自然に作られていた。まるで何者かがそこに存在するかのように、クーデリカもウレイリカも言葉を交わせているのであった。

 

「…………アルシェ」

 

辛うじて言葉を紡いだヘッケランだが、彼には何も見えない。何も感じない。

しかし、フルト家の三姉妹の様子を見る限り、確実に何者かの存在がある事を示していた。

 

「―――あなたは、何」

 

震える蒼白の唇がアルシェの時を動かす。

しかし、そんなアルシェの様子が可笑しいのか、クーデリカとウレイリカの二人はケタケタと笑い声をあげるのであった。その一室は既に常識から逸脱していた。身体を傷つけかねない空気の緊張感と共にあるのは、穏やかで和やかで、楽し気な笑い声である。

 

――――異様としか言えない空間であった

 

反響も無く、返る言葉も無く、言い様の無い圧に飲み込まれたフォーサイトの四人は、自身が選んでしまった深淵に繋がる道筋に対し、慚愧(ざんき)の念を呟く事も許されないのであった。



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18話 大森林にて繋がる鎖(1)

絢爛な一室にて、執務机に向かう金髪の男が一人。
その姿はまるで唯一無二の彫刻の様に整っており、もしも帝都に住まう貴婦人がその姿を一目にすれば、感嘆の息を漏らすに違いなかった。
しかし、その男―――ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの顔には険しさが残っており、忌々し気な苛立ちを隠そうともせずに、手元の封書を静かに読み(ふけ)っていた。

封書は二通。
内の一つは、王国に潜ませた間諜(スパイ)から届けられていた。内容はジルクニフから見れば、滑稽とも言えるお伽噺が徒然と書き連ねられていたのだが、一国の王に対して冗談を交えた封書を届ける不埒者(ふらちもの)は存在しないだろう。仮に存在すれば、即座に斬首刑は免れまい。

「…………アインズ・ウール・ゴウン商会、だと? ふっ、馬鹿馬鹿しい」

一笑に付す。
そんな商会など、ジルクニフは聞いた事も無かった。聞いた事が無い商会が都合よく現れ、王国領の寒村を救い、法国の遊撃部隊を打倒したなどと、事細かに記されていた。三流噺家(はなしか)が酒場で歌う内容ですら、もう少々練られているだろう。
本来であれば、ジルクニフは間諜(スパイ)を呼び戻し、早々に見せしめとして斬首する事を決めていた事だろう。しかし、そうはならなかった。何故なら、二通目の法国から届いた封書に、興味深い内容が記されていたからだった。王国領のとある地点に、奇態(きたい)としか思えない大小の隆起が発見されたと言う内容である。

「…………ククク」

笑いが零れる。詳細は何も書かれておらず、まるで調査を帝国に丸投げしているかのような、簡略な書面であった。

「じい、帝国も舐められたものだな」

ニヤリと目の前の長椅子に座る高齢の老人―――フールーダ・パラダインに目を向ける。

「……陛下、どうなさるおつもりですか?」
「決まっている。法国は帝国を利用するつもりらしい。ならば、先に仕掛けて、法国を潰す」

一つ一つの事柄。別箇(べっこ)に見れば事象は些事(さじ)である。
しかし、ジルクニフの脳裏には一つの仮置きの答えが浮かんでいた。ジルクニフには唯一、手掛り(ヒント)が与えられていた。フールーダの身を震わせる、姿の見えない正体不明の幻影の存在である。
法国は王国と違って隙を見せない。これまでは常に先手を取られて手を(こまね)いていた。しかし、法国に幻影が現れていたとすれば、このような封書を届ける事はしないはずである。つまり、法国を出し抜く千載一遇の好機に恵まれたようである。この事実に、ジルクニフは嘲笑を隠そうともせず、着々と脳内に方策を築き始めるのであった。


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

迫りくる巨漢の体当たりを何度もグレートソードで弾いていると、心理的なものだろうか、徐々に息苦しくなっているような錯覚に襲われてくる。リアルでは健康的とは言い難い生活をしていたが為の、運動不足による影響だ。

元より、相手のレベルはそこまで高くない。戦闘不能にする事が許されるのであれば、早々に決着はついていただろう。誰も見ていないのだ。上位魔法にて息の根を止めれば良いのだ。

しかし、今の自分は傭兵モモンである。雇い主のンフィーレア君の願いは可能な限り優先させるべきである。自分の身体に備わっている力の微調整が難しいが為に、防戦一方となってしまう。しかし、それも長くは続けられないだろう。徐々にではあるが、好き勝手に俺を蹂躙(じゅうりん)している獣を見るナーベラルの目が鋭くなっている。これ以上の膠着(こうちゃく)は、獣の即死に繋がってしまう。

 

「ふっ…………。ナーベよ。野生動物は、変わり映えのしない生活の閉塞感(ストレス)から、このように凶暴になる場合がある。しかし、このような児戯(じぎ)に付き合えば、少しずつ大人しくなっていくものだ」

「な、なるほど……」

 

息を整える為に、ナーベラルに言葉を投げる。児戯どころか、気分的には過剰な運動量(オーバーヒート)となっているのだが、俺はナザリック地下大墳墓のギルド長である。ナーベラルに不甲斐ない一面は見せられない。多少の強がりも許されるはずだろう。

そして、俺の言葉に納得してくれたのか、ナーベラルの雰囲気が徐々に和らぎ、穏やかな表情になるのが見て取れた。そう、これは接敵では無い。動物とのふれあいなのだ。(あるじ)の無垢な姿に、心躍るのではないかな? ふふふ、皆には内緒だぞ?

 

「なんと! それがしは手加減されていたのでござるか! ぐ、ぐぬぬ、何と言う(あなど)り……」

 

何と言う事でしょう。獣の方から言い様の無い圧が生まれてしまった。クソっ、あっちを立てれば、こっちが立たず、か……。だが、これ以上の手間取りは傭兵モモンとしての評判に傷を付けかねない。寒村の近くの森に住まう獣に手間取っているのだ。将来的に出会うだろう大物…………例えばドラゴン討伐とか、そのような依頼を任されなくなってしまう。

 

興奮している獣と対峙し、再びグレートソードを握りしめる。

緊張が相手にも伝わったのか、空気が一変するのを感じた。

 

「…………お前に、問う」

「……なんでござるか?」

「お前は、自分の力量を理解してるのか? 手当たり次第、相手に喧嘩を売った所で……」

「愚問でござる。それがし、超強いのでござる」

 

獣が不敵に笑い出す。そして、言葉を紡ぎだす。

 

「それがし、三連勝中でござる。ゆらゆら揺れる鳥人(バードマン)にも、西のナーガにも、勝利したでござる。手練れの三人組も、それがしの気迫に圧されて退散したでござる。正直、絶好調でござる」

 

獣が「ふっふっふ」と笑いながら間合いを詰めてくる。しかし、ちょっと待て。こうして獣と冷静に対峙すると、何時ぞやの記憶が…………。

 

「…………むむっ?! それがし、思い出したでござる。おぬし、あの時の三人組の一人ではござらぬか? 一人でリベンジに参られたでござるか?」

 

…………やっぱりか! 俺、一度こいつと会ってるよ! いや、対面はしてないけど、「ござるってなんだよ」って心の中で突っ込んだ記憶がある! いや、問題はそこじゃない……。

 

………………何で俺があの時、負けた事になってるんだ?

 

「……モモンさんが、負けた……?」

 

ほら見ろ! ナーベラルが、信じられないという顔で、俺の事を見てるじゃねーか! クソっ、何だよ畜生! 余計な事を言いやがって! 余計な事って言うか、嘘じゃん! クソ、クソ、クソ!

 

「…………ナーベよ。私が信じられぬのか?」

「……?! し、失礼しましたモモンさん! 私、そのような事は決して……」

 

……絶対に許さん。

この一件で俺に対するナーベラルの評価が下がったらどうしてくれるんだ、この畜生は。責任、取れるのかよ。人がせっかくナザリックの皆の為に頑張っているのに、どいつもこいつも邪魔しやがって…………。…………。…………。殺すか? 立場を分からせる為にも、殺すのが最善手なんじゃないか? 生け捕りにするも、逃がすも、こちらの言う事を聞かせ易くした方が、後々の役に立つんじゃないか? それなら、俺は死の支配者(オーバーロード)だ。貴様の生殺与奪を握っている事を理解させた方が、ジョウゲ関係をシめせるンジャナイカ? …………。…………。…………。最終的ニ立チ上ガッテイレバ、イイノ、ダロ? ソレマデニ、一度、二度、三度、…………何度殺ソウガ、最終的ニ、精神ガ壊レテイヨウガ、動イテ、イレバ…………。蘇生魔法デ、何度デモ相手ヲ…………。

 

「…………」

 

獣が歩みを止めている事に気が付いた。…………いや、激しい唸り声を上げ、何やら頭を抱え苦しんでいるようである。ならば、俺から行こう。そう思い、一歩前に出ると、足が踏み折った枝葉の音が、やけに遠くに感じてしまった。違う。耳に届くは激しい息遣いである。先ほどまで聞こえていた木々の騒めきや、虫や鳥などの怪しい鳴き声はどうした。まるで世界が切り取られてしまったようだぞ? 獣は置いといて、唯一の音の発生源に目を向けると、顔面を蒼白にしたナーベラルが身を震わせながら、浅い呼吸を何度も繰り返している事に気が付いた。

 

「…………ナーベよ。どうした」

「い、いえ! も、申し訳ございません! モモン、様…………!」

 

理由が分からない。ナーベラルの顔色が悪く、自分と目を合わせてくれない。なぜだ? 俺はナーベラルに失望されているのか? 思い当たる理由。周囲を見渡すも、獣は既に戦意が喪失したのか、頭を抱えながら小さく縮こまっているだけのようである。ふふふ、饅頭みたいで可愛いな。

 

「……ナーベラル、急にどうした。私の不甲斐なさが、嫌になったのか…………?」

 

努めて、柔らかい言葉を作り出す。

しかし、効果はあったようである。ナーベラルは少しずつ落ち着きを取り戻したようで、震えも治まっている。そして、こちらを伺う様に視線を彷徨わせ始めるのだが、数秒もしない内に、いつもの毅然とした態度に戻っていたのであった。

 

「心配をおかけして、誠に申し訳、御座いませんでした」

「いや、構わない。何か思う事があったのだろう? ……誰も見てないとは思うが、互いに気を引き締めるぞ。私達の立場は……」

「はっ、心得ております。モモンさん」

 

臣下の礼を取ろうとするナーベラルを留め、言葉を掛ければ、いつも通りのナーベラルに戻ってくれた。安心、安心、一安心。

さて、とりあえず饅頭だ。…………いや違う、獣だ。

 

「おい! 先ほどまでの威勢はどうした!」

 

さっきからなんのつもりか、縮こまっている獣に声を掛けると、警戒するかのようにチラチラとこちらに目を向けるのだが、どうにか納得できたのか、恐る恐ると言った風にこちらと対面をしてくれた。それにしても、本当に先ほどまでの勢いはどうしたんだ?

 

「おい、続きだ」

「いやいやいやいや! それがしの負けでござる! それがしの降参でござる!」

 

何もしていないのに、終わってしまった。何が起きているのか理解の外なのだが、ちらりとナーベラルの方を見ると、納得したかのように頷いていたので、つまりは俺の思いが通じたという事なのだろう。うんうん、どうにか無血開城の成功である。これは褒められた事なんじゃないかな?

 

「…………それがし、許してもらえるでござるか? 殺されないでござるか?」

「ん? ああ、そうだな……」

 

この成果を皆に見せたい。見せびらかしたい。

しかし、ンフィーレア君はこの獣の縄張りは、カルネ村を守る防衛戦線だとも言っていた気がする。つまり、どうすれば良いんだ?

 

「……お前はどうしたいんだ?」

「殿に着いて行くでござる」

「……は?」

「殿に着いて行くでござる」

「……は?」

「それがしが従事するに、相応しい御仁であるでござるからな」

 

満足げに、フンスフンスと鼻息を荒くする目の前の獣。え? 縄張りは? これって勝っちゃいけない戦闘(イベント)だったの? 勝ってもダメ、負けてもダメ、えっ? 詰んでたって事?

 

「いや、待て待て! お前はここで縄張りを守って貰わないと困るんだが……」

「そんな事を言われても、困るのでござる」

「…………私の命令、だとすれば?」

「とても悲しいのでござる」

 

途端、獣が哀愁を見せた表情を見せる。

その様子は、儚げで可哀相に見えてしまうが…………ふと、ナーベラルに視線を向ける。興味が無いのか、どちらでも良いのか、静かに成り行きを見守っているようであった。

 

「…………まあ、良い。縄張りについては、私がどうにかする」

「流石、殿! 頼もしいでござる!」

 

だいぶ馴れ馴れしい(フランクな)気もするが……。ナーベラルが何も言わないという事は、傭兵モモンに対しての態度と考えれば、筋が通っているという事か……な……?

それにしても疲れたな……。なんか精神的疲労がとてつもないんだが、どうしてだろうか。

 

「ナーベ、依頼主に私達の無事を知らせに行くぞ」

「……モモンさん、待って」

 

ナーベラルが遠慮がちに声を掛けたかと思うと、「……ごめんなさい」と言いながら、足元の土や枝葉を鎧に擦り付けてくる。…………嫌われたか?

 

「……どういうつもりだ」

「あ、あ、あの、一戦交えたにも関わらず、身形(みなり)が乱れなさ過ぎたと思いましたので………!」

 

一理、ある。

自分の身を確認する。一応は、森の賢王と呼ばれる獣と争ったのだ。無傷は、おかしい。そもそも、ゴブリンやオーガの群れと戦った時も、返り血が俺の鎧を汚していた。そいつらの上位とも言える存在と争ったのだ。それも生け捕りだ。多少は苦戦した格好にならないと、逆に怪しすぎる。

 

「……流石、だな。ふふっ、ナーベよ。着眼点が素晴らしい。…………そうだ、近寄ってこい。……そーれ、そーれ!」

 

笑いながらナーベラルと土や泥をぶつけ合う。まるでリアルで見た古い映画のワンシーンだ。映画では確か…………そう、海だ。水を掛け合っていたけど…………放射線物質や微細な細菌は平気だったのか? 身体に悪影響とか…………、ああ、違う! そんな事はどうでも良い! 今は森の中である。ナーベラルに近付き、顔を汚しながら、共に地面を転がり回る。ははは、なんだか、楽しいな。おいおい、お前は何を見ているんだ。お前も、やるんだよ! 俺に従事するとか言うなら、ほらほら、転がれ! 転がれ! ははは、あっはっはっはっは!

 

 

 

―――

 

 

 

「ぶ、無事でしたか…………。良かった。本当に、良かったです……」

 

森の入り口にて心配そうに佇んでいたンフィーレア君とペテルに手を振りながら合流すると、二人の強張っていたであろう表情が、途端に緩んでいくのが見て取れた。

 

「お怪我は、ありませんでしたか?! 見るからに、激しい攻防だったと推測できますが……」

「ん……? ああ、平気です。私も、ナーベも、身体が少々、汚れただけです。ご安心を」

「モモンさん、ナーベさん、大変な仕事を押し付けてしまい、申し訳ございませんでした。大した事は出来ませんが、これで身体でも拭いて下さい」

 

ペテルがこちらに向かって濡れタオルを差し出してくれた。水場も無いのにどうしたのかと思ったが、ペテルの手に水筒が握られているのが見えた。用意周到だな。

さて、偽装工作の為に泥塗れになったは良いけど、確かにこのままでは気持ちが良くは無い。それにしても、流石はベテランの冒険者である。このような細かい気遣いが、次に繋がるんだな。うんうん、俺も覚えておこう。

 

「…………?」

 

鎧を拭きながらナーベラルに視線を向けると、どうしたんだ? ペテルから受け取ったタオルを顔に近づけたり……遠ざけたり……何を躊躇っているんだ?

 

「どうしたナーベ、冷たくて気持ちが良いんじゃないか?」

「は、はあ……」

 

俺の言葉に、意を決したように顔や腕を拭き始めるナーベラル。ん? 彼女は一体、何を躊躇していたんだ? まさか、まさかだけど、絶対に無いとは思うけど、NPCの忠誠心から考えるに、「せっかくアインズ様に汚して頂けたのに……」とか、考えてないよね? うん、流石に、そこまでの忠誠は、やりすぎだろう。うんうん、無い無い。無いね。

 

「そ、それで賢王ですが……」

 

ンフィーレア君が、恐る恐る獣に目を向ける。ペテルは鋭い眼光で獣を睨み付けており、不意の一撃に注意を払っているようである。だが、こいつはもう無害なのである。無害なのだが……。

 

「……先に謝っておきます。私の力量に見惚れたようで、私に着いてくると……」

「その通りでござる。実質、森の支配は完了したでござる。もっと強い奴に会いに行くでござる」

 

……どうやら、戦果を誇張する癖があるらしいが、さてさて。

 

「ほ、本当ですか?! つまり、もう森は安全…………」

「明日の事は知らないでござる」

 

ンフィーレア君の期待の籠った眼差しに対し、素っ気無い言葉を返す獣。……本当に適当だなこいつ。だが、森が安全か危険かは一先(ひとま)ず置いておいて、とりあえずカルネ村に独立した武力は必要だろう。また良く分からん政治争いに巻き込まれても困るからな……。

 

 

 

―――

 

 

 

「あっ、ンフィー! お、か……え……」

 

カルネ村の入り口にてこちらに気付き、元気良く手を振っていたエンリ・エモットだったが、その力強さが徐々に失われるのも仕方がない事だろう。

 

「…………さ、触っても平気?」

「ん、ああ……」

「優しく撫でて欲しいでござる」

 

エンリ・エモットの言葉を聞き、その場にゴロリと獣が横になるのだが、当のエンリ・エモットはどう対応して良いのか、視線をあちらこちらに彷徨わせている。そんな彼女の異変に気付いたのか、村の再興に勤めていた村人が一人二人、徐々に集まってくる。

 

「こ、これが森の賢王……」

「さすがはモモンさんだ……。このような威風のある怪物を、まるで愛玩動物(ペット)の様に……」

「お! ペテルお疲れ! てめー、ナーベちゃんに変な事してないだろうな?!」

「ルクルット。俺はお前とは、違う」

 

賑わいが起きる。皆、疲れているはずなのに、明るく、楽しげである。

村のあちこちから景気の良い掛け声が聞こえてくる。子供たちが笑顔で走り回り、家畜であろう鶏などを追いかけている。戦禍による悲痛さなど全く感じられない。取り戻したその活力に、自分の身体に爽やかな空気が澄み渡るのを感じる。太陽は明るく、風が気持ち良い。

 

「ンフィーレアさん、ちょっと……」

「…………、…………ん、あ、はい! 何でしょうか?」

 

獣を囲んで賑わう人々を後目(しりめ)に、ンフィーレア君と共に村の中心へと向かう。

そして、目的地である村長の家の前に到着すると、窓辺から村の気配を伺っていたのか、和らいだ雰囲気の村長が入り口から出迎えてくれた。

 

「モモンさん、ンフィーレア君、村の為にありがとうございます。村の治安の為に、賢王様や薬草まで……」

「その事について、二人にお話が」

 

こちらの改まった雰囲気を察してくれたのか、村長とンフィーレア君の表情が真剣なものに変わる。であれば、単刀直入に話をするべきであろう。

 

「ンフィーレアさんには先に申しましたが、森の……賢王。端的に言うと、森から出て行くと言っております」

「な、なんと……」

「であれば、現時点。ンフィーレアさんに雇われた私たちや、商会の皆さんがこの場に留まっている間の安全性は保たれます。しかし、ある程度の復興が終わり、皆がこの地を離れた場合……」

「た、確かに…………」

 

こちらの言わんとしている事が伝わったのか、村長とンフィーレア君が生唾を飲み込むのが分かる。しかし、寒村である。傭兵を雇うにも、纏まった金銭を用意するのは不可能だろう。仮に、ガゼフの様な王国の騎士団が巡回に来るとしても、村人の不安感は計り知れないものがあるはずだ。

 

「そこで、ですね……」

「モモンさん、こちらにいましたか」

 

良いタイミングでセバスがやってきてくれた。目線は……俺の背後に向いているのは何故だ。気になり、ふと、後ろを向くが、そこにはアントルラッセがフワフワと漂っていた。…………え? いつから? いや、本当に……。だが、まあ、良い。今は彼女は関係が無い。とりあえずは、セバスに少々、俺の寸劇に付き合ってもらう必要がある。

 

「おお、セバス様。後ほど伺いに参ろうと思っていた所であります。…………その、この村の治安についてなのですが……」

「ふむ……。聞きましょう」

 

流石はセバス。貴族としての振る舞いが完璧じゃないか。これはナザリックに戻ったら頃合いを見て、(ねぎら)いの言葉を掛ける必要がある、な。…………だが、俺の方はどうなんだ? しっかり、死の支配者(オーバーロード)としての威厳を保つ事は出来ているのか……?

 

「大森林にて縄張りを守っていた、森の…………賢王。不承ながらも私の剣技に見惚れたのか、どうにも連れ立ちたいと我儘(わがまま)を言い始めまして……。村の安全面を考慮すれば、悪手とも言えない形になってしまい……」

「なるほど、なるほど…………。しかし、良い機会でしょう。元より、村の皆様はどうにも人間種に対しての不信感も生まれていますでしょう。私共から、防衛に役立つ何かを……」

「お気遣い、ありがとうございます」

 

一礼。

 

「あ、ありがとうございますセバス様!」

「いえいえ、リュシ様が世話になっているのです。当然の事でしょう」

 

セバスの穏やかな対応に、村長とンフィーレア君が感謝の意を示し続ける。

うんうん、村との関係性も順調に築けているようだし、言う事もないな……。

 

 

 

―――

 

 

 

日暮れ。辺りが暗くなりつつあるが、村のあちこちに篝火(かがりび)が準備されていた。未だ、皆が皆の安全な寝床は用意されていない。ソリュシャンやセバス、ユリは、村長の家での滞在が許されているようだが、簡素な造りでも良いから仮設の住居は必要だな。雨風に晒されるのも洒落にならない。

 

「モモンさん、食事の準備が整ったようですよ?」

 

現状に必要なものを考えていると、ニニャが呼びに来てくれた。額には薄い汗が滲んでおり、華奢な身体に重労働はやはり堪えていたのだろう。

ニニャと共に賑わいのある方へ向かうと、なるほど、まるでキャンプのようである。村に来るまでに行った野営とは違う。村人がどう思ってるかは知らないが、ここには目に見える危険が無い。これは行楽と言っても良いんじゃないかな? 鍋が邪魔だが、これってキャンプファイヤーなんじゃないの?

 

中心の焚き火にくべられた大小の鍋を中心に、皆が散り散りに休息をとっている。

湧き立つ心を抑えながら、ニニャと共に、皆が並んでいる大鍋に向かう行列に並ぶ。ここからじゃ見えないが、今日の夕食は何かな? 肉かな? 魚かな? そう言えば獣の姿が見えないけど……鍋の具材にされちゃったかな! なんちゃって、モモンガ、なんちゃって!

 

少々の待ち時間。自分の順番になり配膳されたそれを受け取り、我に返る。俺、食えない。

ちなみに具材は良く分からない野菜だった。そもそも、俺は野菜に詳しくないのだ。

 

「モモンさん?」

 

ニニャが不思議そうにこちらを見上げるのだが、まあ、どうにかなるだろう。そもそも、俺は任務中に食事を摂らない事になっているのだ。食べなくても問題は………………ある。何日の滞在になるのか分からないのだ。任務だからと言って一食もしないとか、有り得ないだろ。

…………もしかして、毎回食事の際の言い訳を考えないといけないのか? ……そう考えると、憂鬱な気分になってきたな。…………異世界生活、クソだな。

 

ニニャと共に、ペテルたちの横に座り、食事を始める。

ナーベラルはどうやらルクルットの相手をしているようだが、どうにも表情は硬い。何を話しているのか心配な部分もあるが、ルクルットの様子に不穏な空気は全く無い。ナーベラルも上手くやっているという事だな……。きっと。

 

「…………やはり、労働の後の食事ともなると、期待感が増しますね」

「ふふ、そうですね。こんな生活をしてるとなると、空腹こそが一番の調味料ですよ」

「モモンさんは、お好きな食べ物とかあるんですか?」

「あ、ああ。やはり、肉とか……です……」

 

目の前の食事をどう片付けるかが難問過ぎて、まったく話に集中できない!

いや、まて。今回は使える手段があるじゃないか! そう、飯を食わなくても怪しまれない、完璧な一手…………。ふふふ、やはり俺は、逆境に強い性格のようだ……。

 

「…………うっ! む、胸が……!」

「?! も、モモンさん!!?! どうされましたか?!」

「くっ、申し訳ない。森の賢王との戦闘で負った打撲が……急に……」

 

よし、完璧だ! 胸が痛いから食えない作戦だ!

 

「や、やはりモモンさんと言えど、森の賢王相手では、無傷とは……すみません! ンフィーレアさん! モモンさんにポーションを早く……!」

「森の賢王……。一撃一撃に、こちらには予測できない付加効果があるのかもしれませんね……」

「そんなの無いでござる」

 

ペテルとニニャが慌てて具合を見てくれるのだが…………彼らを騙しているのが非常に申し訳なくなってくる。あと、獣はどこから出てきた! お前は引っ込んでろ!

 

「あ、ああ。平気です。全然、全然、平気なので、そんな大事にしなくても……」

「し、しかし……」

「いや、マジマジ。ちょっと先に休ませていただければ、うん、本当に、平気。平気です。あ、ニニャさんこれどうぞ。お疲れでしょう」

 

心配する二人の相手をそこそこに、申し訳なさそうに集団から離れて行く事に成功したが…………なんだかナーベラルが心配そうな顔でこちらを伺っていたが、まあ説明は後ほどで良いかな。もう、寝よ寝よ。

 



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19話 大森林にて繋がる鎖(2)

スレイン法国の最奥。神聖不可侵の部屋の中心にて行われる会議の議題は、日によって様々である。一貫として人間種の繁栄を願い、他種族を軽んじるという姿勢は(いささ)か問題が無いとは言い切れないのだが、しかしながら彼らの正道はそれ(・・)なのであった。

彼らの本日の議題は、陽光聖典の隊員が見つけ出したという王国領地内の大小様々な大地の隆起であった。地震や地盤の崩壊など、大地が変容する理由は様々であるが、それは長い時を経て完成される現象であり、六色聖典の人間が誤りなく記憶した大地の形状が人生の誤差とも言える時の中で大きく変わる事は有り得ない事であった。それであれば、確実に外因が存在する。そのような外因を用いる事が可能な存在がいるのであれば、それは人に非ざる存在であろう。

彼らの脳裏に浮かんだ一因は、トブの大森林の奥地に封印されている破滅の竜王の存在であった。封印されてるとは言え、今すぐにでも復活しないとは言い切れない。そして、復活の予兆として大地の隆起が起きたのだとしたら、やはり確認に向かう事は間違いのない選択であった。

既に、漆黒聖典は大森林に向かっている。急ぎ、隆起に立ち寄らせることも可能ではあるが、漆黒聖典の目的は破滅の竜王であり、大地の隆起が破滅の竜王とまったく関わりが無かった場合、単純に時間を無駄にしたという事になる。世界平和の為に時間を無駄に使うのであれば、それは(やぶさ)かでは無い。しかし、出発した漆黒聖典は六大神の遺産を身に着けていた。唯一無二の国宝を、未だ情報の不足している場所へ持ち込む事を是とする精神異常者は、当然ながら法国に在籍していなかった。
そこで、漆黒聖典に変わる代案が出された。ある程度の地力を持ち、法国に忠誠を誓っていた、面目躍如の機会を待ち望んでいる、使い勝手の良い人員が、丁度良く存在したのであった。



――――ニグン・グリッド・ルーイン



陽光聖典の隊長である彼は、既に取り返しのつかない失態を二つ重ねていた。
一つ、ガゼフ・ストロノーフの抹殺任務の失敗である。全身全霊を賭して敗北するのであれば、それはそれで役に立つ。しかしニグンは、ガゼフとの一戦に対する明瞭な弁を持ち得ていなかった。「気が付いたら法国に帰還していた」と言うのが本人の弁である。全く以て、論外であった。
そして二つ目。魔封じの水晶をニグンは紛失していた。使用した形跡は無かった。魔封じの水晶等、発動の際に漏れ出す膨大な魔力を、法国に存在している監視役、六神殿の一つに留まる土神殿の巫女姫が見逃すわけが無かった。



―――



「陽光聖典隊長、ニグン・グリッド・ルーインよ。私達の期待を裏切るまいぞ」
「当然でございます」

神官に呼び出され、密命を帯びたニグンは、(たぎ)っていた。
己の失態を挽回する機会が早々に訪れたのである。それも当然であろう。

仔細(しさい)を確認し、退室したニグンであったが、上層部は既にニグンを軽んじていた。そもそも、彼らが信ずるは既に漆黒聖典のみ。そして、彼らが信仰している大御神(おおみかみ)、六大神だけなのだから。


死の支配者(オーバーロード)は眠らない。

現実では一度も実感する事は無かったが、日々に於ける健康的な生活と言うのは、陽が沈んだら眠り、陽が昇ったら起きるという、全く以てシンプルなものなのだと今更になって理解が出来た。

 

この世界に来てから、どうにも厄介事が多すぎる気がしてならない。昨日だけでも、ナーベラルの姉妹発言に始まり、森での獣との戦闘。カルネ村の防衛も考える必要があるし、純粋に復興の手伝いもしなくてはならない。…………そう言えば、ンフィーレア君がポーションがどうとか言ってたけど、森から帰ってからは何も言ってこないから、その件に関しては既に終わった事だと考えても良いのだろうか。どうなのだろうか。考える事が多すぎて混乱してくる。俺に脳味噌は無いのに。

そもそも、寝起きの頭で物事を考える事ほど無駄な事は無い。実際には寝てないのだが、横たわり、数時間も何もしていない状況を寝ていないと言い切れるほどの剛胆さは持ち合わせていない。

 

 

 

―――

 

 

 

昨晩の体調不良を言い訳に、今朝の朝食も華麗にスルーしたところで気付いた。自分の食事問題は、アントルラッセの手助けがあればどうにでも誤魔化せるのだと。彼女の本領は、隠伏(いんぷく)である。今も彼女は、中空―――俺の周りを誰にも気付かれる事無く、フワフワと漂っている。彼女のスキルはその身を消すだけでは無い、触れた物、意図したものを意識的に不可知化出来たのだ。つまり、食事の際は隣に待機してもらい、進行に任せて少しずつアントルラッセに食べてもらうなり、不可知化してもらえば、自然な形で食器から料理を減らしていく事が出来るのだ。

もちろん食べるふりは必要だが、それは人間的な行動の残滓(ざんし)として、残しといて悪い話でも無い。

 

土木作業を手伝っていると、頭が冴えてくるのが分かる。

 

皆と同じ時間に起床し、皆と共に復興の手伝いをし、少しずつ再起していくカルネ村の様子をまざまざと見せつけられると、村民の賑わいにあてられた事も一因か、彼らと同じような胸の高まりを感じる事が出来た。

久しぶりの感覚である。ユグドラシル時代、ギルドの仲間達と共同作業でナザリック地下大墳墓を完成させた事が思い出される。皆が皆、互いの為に働き、協力し、一つの結果を目指す。この一体感、どれくらいぶりか思い出せない。最終的には一人で維持する事に時間を掛けていた為に、寂しさ由来の無味乾燥な感情が強く思い出されてしまうが、そもそもナザリック大墳墓は、それ自体が自分に影響を与えている存在なわけでは無い。使った金額の大きさや細部まで飾られた美しい装飾、練られた設定が大事なのではない。大事なのは、仲間と共に、力を合わせて完成させたというその過程なのである。共に悩み、共に間違え、度重なる試行錯誤の果てにようやく完成させた。その過程において42人のメンバーが団結した、それ(・・)が本質的に大切な事なのである。互いに関与が無く、好き勝手にやるだけだったら、俺はここまでユグドラシルに夢中になっただろうか。ギルドメンバーには嫌な事も色々あったが、それをひっくるめた上での良い思い出なのだ。言い切れるぞ!

 

…………一度、NPCの皆と共に、ナザリック地下大墳墓を改めて探索するのも面白いかもな

 

おっと、頭じゃなくて身体を動かさなくては。

傭兵モモンは寡黙な働き者なのである。ルクルットの様なサボり魔とは違うのだ。

 

「ンフィーレアさんと…………村長。おはようございます」

「おお、モモンさんおはよう。昨晩は不調があったと聞きましたが……」

「いえいえ、今ではすっかり快復致しました。心配かけるとは、不徳の極みです」

「そ、そんな大袈裟ですよ……。モモンさんは、あの森の賢王と争ったわけですし…………あっ、ポーション飲みますか?」

「はっはっは、心配ご無用」

 

彼らと軽い雑談をしながら好感度を稼いだところで、本題に切り出す。面倒事は一つずつ、早々に解消していくのが肝心なのだ。面倒くさいからと言って後回しにすると、自分に帰ってくるんだぞ? ギルド長時代に学んだ、大事な事である。

 

「おっと、忘れない内に渡しておきましょう。セバス様から預かり物です」

 

村長の方へと右手を出すと、戸惑った様子で村長が俺とンフィーレア君の顔を見るのだが、頷いているンフィーレア君に後押しされる形で、どうにか角笛を受け取ってくれた。

 

「こ、これは笛? 何か、呼び出す道具でしょうか…………?」

「ええ、ゴブリンが召喚されます。防衛なり、労力なり…………村の為に使って頂ければ」

 

ゴブリン将軍の角笛。

俺が「寒村だろー…………? 全面覆うタイプの設置型アイテムだと目立ちすぎるし……ああ、使用コストが低いのも大事かな。使用の度に金貨なりアイテムなり消費されても村が赤字になるだけだろうし……強すぎず、弱すぎず…………って、この世界って水準が低いから、本当に弱っちいアイテムじゃないと大変な事になるよなぁ……。ああ、案外難しいなぁ……」と、頭を必死に悩ませた結果の代物である。これなら無償で渡しても、まあ、許せる。

 

「おお、なかなかの角笛ですね…………。手触りも良いし、上手く加工出来るなら、貴族の装飾品としても利用されそうな角ですね」

 

村長から角笛を受け取ったンフィーレア君が、興味津々で観察をし始める。

 

「ふむ……。本来ならば、私達の様な人間には手の出せない代物ですな……」

「ええ、これだけでも金貨数枚程度の価値はあると思いま…………。…………。………………。あれ、モモンさん。何がどうなるって仰られました?」

「ゴブリンを呼ぶ角笛ですが?」

 

耳の悪いンフィーレア君の為に再び説明すると、途端にンフィーレア君の顔色が悪くなり、額に脂汗が浮かんでしまった。徐々に身体も震えてきているし…………何がどうした。

 

「こ、こ、こ、こ、こんなの受け取れません! そ、村長! もう限界です、僕の掌では支えきれない…………!」

「ン、ンフィーレア君! どうしたのだ! この角笛がどうしたというのですか?!」

「村長さん、よく聞いて下さい。僕は職業柄、目利きなどが必要な場合もありますが…………。少なく見積もっても、おそらく金貨数百枚は…………」

「…………」

 

ンフィーレア君の言葉に、そっと村長がこちらから露骨に視線を逸らすのだが…………え? こんな低位のアーティファクトが金貨数百枚って…………嘘でしょ?!

 

「モモンさん! そ、その、ゴブリンと言うのはどのくらいの強さでしょうか?! 僕たちが道中で会ったゴブリン程度の強さですか?」

 

道中のゴブリンは、ペテルやルクルットが単騎で挑んでも倒せる程度であった。が、俺から見れば二人はまだまだ弱い。角笛がユグドラシルの低位アイテムとは言え、ポーションでもあんなに有難がられたのだ。そこそこに強いゴブリンと言っておいても問題は無いよなぁ?

 

「んー……、漆黒の剣の四人が、万全の状態で、それでもやっぱり負けちゃうくらいの強さのゴブリンでしょうか……?」

「そんなゴブリンを一体召喚できる……。受け取れません! 村長さん、悪い事は言いません、これは商会の皆さんに返すべきだと僕は思います」

 

ん? 雲行きが怪しくなってきたか?

 

「そんな大袈裟に考えて頂かなくても。道具は使う物ですし、せっかく別荘を作らせて頂くのです。治安維持や、今後の生活の事も考えれば、これくらいは必要かと。人手は多いに越した事はありません。そもそも、皆の安全は金銭では代えられないものですからね」

「ダメです! 受け取れません! こんな恩、一生返せない! これを受け取ったら、もうポーションの作り方なんて絶対に聞き出せなくなりますよ!」

 

ん? 今なんて言ったのかなこの子は?

しかし、低位アイテムの魅力に取りつかれたのか、ンフィーレア君が興奮状態に陥ってしまったぞ。ふーん、この世界だと、ゴブリン将軍の角笛は混乱効果も相乗されるみたいだなぁ。知らなかったなぁ。世の中には、俺の知らない事がたくさんあるもんなぁ。…………おそらきれい。

 

「モモンさん、騒々しいですが、いかがされましたかな?」

「おお、セバス様、申し訳ございません」

 

俺がンフィーレア君にどのように説得しようかと考えていたら、本当に良いタイミングでセバスが近付いてきてくれた。後ろにはユリも控えさせているし、出来る貴族スタイルのセバスなら、このンフィーレア君、もしくは村長に角笛を受け取らせる事ができるんじゃないか?! できるんじゃないか?! さぁ、頑張れ頑張れ!

 

 

 

―――

 

 

 

「では、後日改めて防衛策を練るという事で……」

「い、いえ、申し訳ございません。わざわざアイテムまで用意して頂いたのに……」

 

負けた。セバスが負けた。六連星(プレアデス)のまとめ役であるセバスでさえ、ンフィーレア君の(かたく)なな固辞には根を上げてしまったようで、防衛策は後日改めてと言う形になってしまった。セバスが悲しそうな顔で俺の方を見るのだが…………いや、今回は仕方がない。ンフィーレア君は本職の商人なのだ。青臭い俺たちが勝てる筈が無かったのだ。

 

「あれー? ンフィーと……村長! セバスさんに何貰ってるの? ……って何それ?! 首飾り?! ねぇねぇ! 見せて頂いても良いですか?!」

 

てんやわんや、朝から疲れが残る話し合いが一旦終息した所で、元気一番のエンリ・エモットがスキップでこちらに近付き、ンフィーレア君の掌に置き去りにされた角笛を手に取る。

 

「あっ! エンリそれは……!」

「すっごーい! 綺麗なだけじゃなくて手触りも…………お、笛じゃん。ねぇ、吹いて良い? 吹いて良い?! 便利だよね、笛って。モンスター避けにもなるし、森で道に迷った時の目印にもなるし、人の注目だって集められるんだよ?」

 

言いながら角笛を口元に持っていったエンリ・エモットは、俺の期待通りの行動をとってくれた。

 

 

 

―――プー!

 

 

 

「…………なんか変な音だったね」

 

苦笑いのエンリと絶望した表情のンフィーレア君が面白すぎて目が離せない。ユリが顔を背けながら身体を震わせているが、俺だって同じ気持ちになりそうだ。

 

「あ、あ、あ、」

 

ンフィーレア君から発せられる言葉は無く、村長に至っては死ぬのではないのかと思うほどの顔色になっている。赤を通り越して、黒に近い。

 

「エ、ンリ。君、君は何て事を…………」

 

ンフィーレア君の膝がガクガクと笑っているのが見える。口からは掠れた声がぼそぼそと聞こえていた。村長の口元からは「ひゅーひゅー」とした息遣いのみ漏れているのだが、大丈夫なのか?

 

「え? え?」

 

理性が壊れてしまったのか、傍らで困惑しているエンリ・エモットの両肩を力強く掴んだンフィーレア君は、焦点の定まらない視線のまま、角笛の説明をし始める。

貴族だからこそのアイテムであり、村民程度には手の出せない代物。金貨なんて何枚あっても足りない。最低価格でも数百枚は超えてしまうかもしれない。他にも難しい事を激しい口調でエンリ・エモットに説明しているようなのだが……。

 

「え…………う、そ…………うそ、でしょ…………?」

 

エンリ・エモットが救いを求める様にこちらに視線を向けるのだが、生憎な事にこの世界の相場が俺たちには分からないのだ。つまり、この場で一番信頼出来る発言をしているのはンフィーレア君なわけだし、ンフィーレア君がそう言うのならば、つまりそう言う事なのだろう。

 

「…………ご、ごべん、ごべんなざい……う、ううっ! わだじ、じらなくで…………」

 

ンフィーレア君の説明に理解が進んだのか、エンリ・エモットがセバスの足元に縋って涙ながらの謝罪を始めてしまった。顔は涙塗れだし、鼻水は垂れてるし、口が回ってないから涎も垂れてるし、セバスも大変だな……。

 

「は、はたらぎまず! いっしょう、はだらぎますから! ね、ねむ! いもうどはだずげ……」

 

ついには脳が理解を拒否したのか、ゴホゴホと咳き込み胃の中の物を戻してしまっている。うん、本当に申し訳ない。こんな事になるなんて、一切、思って無かったからね。チラリと目線をンフィーレア君に向けると、虚ろな視線を空に彷徨わせているし、村長に至ってはパクパクと口を開けたり閉じたりを繰り返すだけの人形になってしまった。本当に、なんでこんな事になってしまったのだろうか。それしか言えない。

 

「…………それが、貴族のやり方なんですね」

 

場にそぐわない、冷たい声。

ハッと声の方向に目を向けると、怒りの色を隠す気の無いニニャが、こちらを見つめていた。

 

「…………エンリさんが言っていた、優しい貴族の正体も…………ふふっ、やっぱり貴族は、貴族なんですね」

 

まるで犯罪者を見るような目つきに、背筋が凍る。

な、なんだよ。なんでだよ……。そんな目で俺たちを見るな、別に俺たちは、良かれと思ってやっているだけで…………ぺ、ペテル……ルクルットでも良い。正解、この世界の正解を教えてくれ…………。

ニニャの失望感を一身に受けた事によって、視界が揺れる。耳鳴りが起き、「ドドドド」と足音の様な何かが絶え間なく鳴り響き、どこからか悲鳴のような声が聞こえてくる。ニニャは冷たい視線を逸らす事無くこちらを…………って、ニニャの後ろから近づく緑の集団は何なんだよ?! もう、理解する前に次々と展開が変わるから、マジでぐちゃぐちゃすぎて収拾がつかなくなってきてるじゃねーか!!!!

 

 

 

――――

 

 

 

「つ、つまりは、私の誤解と言う事……?」

「…………」

「…………」

 

村長の家の一室にて、力なく椅子に沈むわけだが、ニニャの誤解が解けたようで何よりでした。

俺も、セバスも、精神的な消耗が相当です。

村長はようやく自我を取り戻し、ンフィーレア君は目が泳いではいるが納得してくれたようだし、エンリ・エモットについてはゴブリンの大群に取り囲まれて気を失うし、もう何が何だか分からないよ。目の前に置かれたユリが用意してくれた紅茶を口にしたい。焦燥しすぎて口の中パッサパサだよもう…………。あ、元からだった。ははは、ははは……。

 

「……角笛のお返しは」

「ンフィーレアさん! これ以上、話を蒸し返さないでもらえますかね?!」

 

隙あらばの謝罪に、俺もセバスも思考停止だ。これ以上の謝罪は、もう受け止められない。

静かに立ち上がり、窓から外の様子を伺うと、一列に並んだゴブリンが静かに待機していた。エンリ・エモットが笛を吹いた事により登場したわけだが、総数十九匹のゴブリンはなかなか村人も気になるようで、遠巻きに様子を伺っているのが分かる。

 

「では、エンリさんが起きたら、後は彼女にゴブリンは任せるという事で」

「え、ええ……」

 

ンフィーレア君が心配そうにエンリ・エモットの寝ているベッドを見るのだが、俺ももう横になりたい。何も考えたくない。ナザリック地下大墳墓に帰りたい。

 

「では、リュシ様とセバス様は王都に向かわれるという事で」

「ええ。新たな労働力が増え、村長との確認も済んでいますので……、私どもはもう必要なく……ああ、ゴーレムは貸し出したままで結構です。別荘の製図もメイドに渡しておきますので、後はメイドに確認を……」

「ではンフィーレアさん、私達も、ここまでと言う事ですね?」

「はい。モモンさんも、漆黒の剣の皆さんも、エ・ランテルに戻っていただいて結構です。僕は、もう少しここでエンリと…………金貨数千枚分のゴブリンさんたちを見る必要がありますので。ゴブリン。いっぱい召喚されましたね。一体じゃありませんでしたね…………」

「ンフィーレアさん! これ以上、話を蒸し返さないでもらえますかね?!」

 

面白い発見があった。ゴブリンがエンリ・エモット以外の指示を頑なに拒否したのだ。つまり、ンフィーレア君に角笛を吹かせたところでカルネ村の安全は保たれないし、村長は年齢が年齢で無理は出来ない。つまり、エンリ・エモットが吹いたのは、逆に村の為になったようである。

 

「では、他の皆さんに今後の説明をしてきますね」

 

ニニャが席を立ち、家の外に出て行く。

俺もナーベラルと獣に、撤収だと言いに行くか…………。

 

 

 

―――

 

 

 

「それでは、お世話になりました」

「短い間でしたけど、一旦、王都の方へ向かわせて頂きますね。村長さん、奥さんも、ありがとうございました。…………メイド! 別荘の管理は貴方に任せます! 村の皆さんの迷惑にならない様に…………」

「はい、心得ております」

 

カルネ村の入り口、馬車の前にてセバスとソリュシャンが村に別れを告げていた。村中の皆と別れの挨拶をしてる所を見ると、もうカルネ村は実質支配下も同然かな。今後何があっても、悪感情は生まれないだろう。きっとな。

 

「セバス様、リュシ様、カルネ村の為にありがとうございました。…………お金はメイドさんに渡します……。十日に一回ずつで許して頂けないでしょうか……ゴブリンさん達は、リュシ様の別荘の防衛に使いますので安心してください……アンシン……」

 

いけない。エンリ・エモットがまた壊れた。目覚めた時は普通だと思ったが、現実を目の当たりにして再び現実逃避を始めてしまったんだな。次来る時までに、ンフィーレア君にしっかり

修理しといてもらわないとな……。

 

「…………」

 

ほら、ニニャが見てるから……。エンリ、空気読んでくれエンリ……。

 

「で、では私たちも。ンフィーレアさん、短い間でしたが、色々と……」

「こちらでギルドに完了を旨を伝えておきますので、ンフィーレアさんも後ほど。また、ポーションを購入しに伺わせて頂きますので……」

 

ペテルがンフィーレア君と言葉を交わし、別れの言葉を告げた。

ナーベラルはこの感動的な場面を退屈そうに見ているし、隣の獣はスンスンとゴブリンの臭いを嗅いでいる。色々あったが、ナーベラルの成長も感じられたし、良い滞在だったかな―――。

 

 

 

―――

 

 

 

帰路に就く一行。馬車とは向かう先が違うので早々に分かれてしまった。ルクルットがソリュシャンに必死に自分を売り込んでいたが、彼の図太い精神(メンタル)は、逆に何か参考に出来そうな気もしてくる。ペテルとダインの乾いた目を物ともせず、ニニャは…………ニニャは、うん。勘違いが丸く収まって良かった。丸く収まって……。

 

「おい、森の外は珍しいのか?」

 

後方をとっとこ着いてくる獣に声を掛ける。未だに大森林の側、辺りの景色が珍しいとは思えないのだが、獣に落ち着きは無い。…………注意深く見ると、アントルラッセの方に鼻を向け、ヒクヒクさせているのだが、これは偶然だよな?

 

「『おい』じゃないのでござる。名前で呼んでほしいのでござる」

「…………名前? そう言えば、何て名前なんだ?」

「名前はないでござる。殿に付けてほしいでござる」

「……ぐにゃぐにゃ」

「姫、それは名前じゃないでござる」

 

ナーベラルと獣のやり取りを微笑ましい目で見つめてしまう。ああ、こういう事なのか。たっち・みーさんが昔、ユグドラシルに取り込んだ雑誌を読んでいた事を目にした事があるのだが、それはグラビアアイドルと犬とか猫が一緒に撮られた写真集だった。

あの時は、リアルで目にする機会なんて無い動物に目を奪われてしまったけど、そうか、美女と獣の組み合わせ……。今ならたっちさんの趣味も、理解できるような気がするな。

 

「―――」

「――――、――」

「―――?」

 

漆黒の剣の四人も一緒になって獣の名前を考えてくれているようだ。

ああ、楽しいな。こういう、何も無い平和な時間が、とても楽しい。

カルネ村では色々失敗……いや、失敗はしてないけど、エ・ランテルで、また色々と勉強し直さないとな。あーあー。新しい事を経験するのは、生きてる実感がするなぁ! 死の支配者(オーバーロード)だけどね!



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20話 大森林にて繋がる鎖(3)

「そう言えば、ハムスケもモモンさんチームに入んのか? どうするつもりなのよ?」

 

獣の名前をハムスケにする事に成功し、達成感に包まれている所に邪魔が入ってしまった。

何だルクルット? 多数決では完敗だったが、ナーベラルの一言で平和的に俺の意見が通ったところじゃないか。まだ文句があるのか? まったく、見苦しい。

それにしてもこの世界にハムスターがいないとは盲点だった。愛玩動物(ペット)が野生に帰って巨大化したものだと思っていたのだが、そうでないとしたら突発的な突然変異。もしくは、俺より先にこの世界にやってきた人間の仕業か……? まあ、心当たりはある。エ・ランテルにてナーベラルと街を回った際に、原理は異なるが、リアルで慣れ親しんだ電化製品みたいな物が存在していたからな。なるほど、もっとこの世界の根本部分をも、何かしら調査はしといた方が良いのは確かだな。

 

「なあなあナーベちゃん。師匠が無視するんだけど。おこ? おこなの?」

「…………(さえず)るな」

 

ナーベラルがルクルットを睨み付けているが、そうだったそうだった。ルクルットだったな。

 

「ナーベ! ……ああ、申し訳ない。それで、どう、とは?」

 

どうもこうも、仲間が増えたら共に戦うものだと思うんだけど?

 

「いやいや、モモンさんは前衛でナーベちゃんが後衛でしょ? ハムスケは前衛と後衛どっちで動くわけ? それとも、ナーベちゃんの愛玩動物(ペット)になる為に着いて来てるのか? それなら俺もモモンさんのチームに着いて行っていい?」

「ルクルット! 貴様!」

「それがし、殿の為に尽力するでござるよ!」

「ん? ペテルはナーベちゃん派じゃないの? ダインはちょくちょくメイドさんの方に視線が向いてよな……。まったく、男所帯なんだから、ちょっとくらい風紀が乱れても良いと思うよな?」

「私を巻き込まないで欲しいのである!」

 

漆黒の剣の三人がわちゃわちゃし始めたが……楽しそうだな……。

まあ、良い。編成の事をルクルットは言っていたのか。だが……元々、俺が一人でばっさばっさと大剣を振るうつもりではあったが、…………。…………。鈴木悟の精神を保つ為に、これ以上の無駄な殺傷は、避けるべきでは、ある。ハムスケにも前衛を頼めるなら、俺の心的負担も減るし、美味しい所だけ俺が貰えば、傭兵モモンの知名度は徐々に世界に広がっていくとは思うしな……。

 

「言って易々と出来るものでもないですし、一旦、私達のチームを参考にして下さい。単独での突撃が主だった戦闘方法でしたのなら、あまりそのような意識する事も、少なかったのでは?」

 

俺の様子を見兼ねたのか、ルクルットを締め上げているペテルが提案をしてくれる。確かに、ここはユグドラシルでは無い。同士討ち(フレンドリーファイア)は発生するわけだし、コンソールを利用しての対象選択をする事も無い。この世界にて能力(ステータス)が高かったとして、集団戦で味方を巻き込む戦闘なんぞしていたら、単なる厄介者でしかない。なるほど、なるほど。

 

「仰る通りです。お願いできますか?」

「そうは言うけどよぉ、こいつのせいでゴブリンも出てこねーぞ?」

「それがしの髭を引っ張らないで欲しいのでござる! それがし、殿には忠誠を誓っておりますが、その他の奴らは興味ないのでござる! 強さこそが正義でござる! でも、仕方がないでござるな。それがしが森から適当に誘い出してくるでござるよ」

 

ハムスケは言い残すと、とっとこ近くの木々の間に入って行き、姿が見えなくなってしまった。漆黒の剣の四人は互いに頷き合い、慣れ親しんだであろう陣形を組み始める。ペテルが最前衛、ルクルットとダインが中衛に入り、少し離れたところにニニャが立っている。

 

漆黒の剣の四人が森に相対(あいたい)して少し、草木がガサガサと掻き分けられ、ハムスケから逃げてきたのか、急いでいるかの様な雰囲気の二匹のゴブリンと一匹のオーガが、その姿を現した。

 

「ハムスケ! 四人の動きをしっかり覚えるんだぞ!」

「わかったでござる!」

 

俺の大声をどこから聞いているのか、森の方からハムスケの返事だけが聞こえてきた。

 

「ナーベ、お前もだぞ」

「……ハムスケがモモンさんに合わせるのではダメなのですか?」

「戦いは臨機応変の繰り返しだ。そのような考え方では足元をすくわれるぞ。それとも何だ、ナーベよ。お前は今までそのように戦ってきたのか? 私に合わせるだと? 自分で考えていなかったのか?」

 

師弟関係アピールの為にと、少し強めに話し掛けてしまった。見る見るうちにナーベラルの顔がしょんぼりしていくのが分かる。いやいや、怒ってるわけじゃないから!

 

静かに進んでいく四人と三匹の争い。漆黒の剣の四人は危うさも無く、一匹ずつ的確に相手を減らしていた。ペテルが前衛としてオーガの陽動、足止めをしている。ルクルットとダインが適度な間合いを維持。時には近付き、時には離れながらゴブリンを完封していく。その間にもニニャの射線に重なる事は無く、オーガの持つ棍棒が振り上がる度に、ニニャの魔法の矢(マジック・アロー)がオーガの利き腕を撃ち抜いていた。

 

「息ぴったりだな……」

 

意識せずに零れ落ちた言葉は単純な感想だったのか、それとも羨望か。

言葉も無く背中を(たく)せる仲間の存在。意思疎通は既に十分であり、彼ら四人はこれから何があろうとも、共に切磋琢磨し、感情を共有し、成長していくのだろう。

どうしても、ニニャに自分を重ねてしまった。真面目で実直な剣士、お調子者の弓兵、堅実で知恵者な森祭司(ドルイド)……うん、単語が植物っぽいし同じようなもんだよな。

 

「ナーベちゃん、見ててくれたー? 集団戦となるとやっぱり前衛が一番目立つのは仕方ねーけど、俺もナーベちゃんも同じ後衛組なわけだし、やっぱり広い視点で前衛のフォローをしてる俺の魅力に惚れ直しちゃっても良いと思うわけなんだよね。本当にさぁー!」

「チッ、下等生物が耳元でさっきから……」

「どうでしたかなモモン氏、ナーベ女史。単純な戦闘力で言えばモモン氏の足元にも及ばぬであるが、多少の参考になるのであれば幸いである!」

 

過去を重ねていた心奪われる情景から目を覚まし、こちらに近付いて来るルクルットとダイン、ニニャを迎える。ペテルは討伐の証である耳を集めているのか、未だに戦場に留まっていた。

 

「……見事な連携でした。やはり個々が独立して動くのとでは効率面で違いが出てしまいますね。私も腕力任せの立ち振る舞いとなってしまいますから……いやいや、奥が深い……」

 

まさか俺から純粋な称賛を受けるとは思っていなかったのか、三人とも複雑そうな顔をしながらも、口元の笑みは隠せないようであった。さてさて、次は俺たちの順番だろう。ナーベラルにもああ言った手前、格好悪い振る舞いには気を付けなくては。今回は、仲間と協力……協力……。

 

戻って来たペテルと入れ替わるように戦場に立つ。再びハムスケが「それがし、また行ってくるでござる」と木々の間に姿を消していく。ナーベラルの位置を確認すると、先ほどまで立っていた場所から数歩前に進んだくらいであった。あまり乗り気ではないのか?

すぐに音は来た。心の準備をする間もなく、それは現れた。オーガが二匹である。これなら余裕だ。息が合わず、多少の乱れがあったとしても、目をつぶったまま完封できる雑魚である。

さてさて、ジリジリと近付き二匹のオーガと相対(あいたい)し、大剣を構える。息を整え、集中する。完全に注目されているのが分かる。手に汗が(にじ)みそうだぞ? 汗腺無いけど。

 

「殿ーーーーーー!! 殿ーーーーーー!!」

 

なになに?! どうしたハムスケ!! まだ何も始まってないだろ……?! 声の方向、ハムスケに目を向けた瞬間、大きな巨体が俺にぶつかって来た。数歩よろめくが、痛みはもちろんない。

 

「殿の手を煩わせるほどでもないのでござる! ……それがしの強さ、その身に刻むでござる!」

「……」

 

何と言う事でしょう。ハムスケがチームプレーもなんのその。二匹のオーガを相手取り、一方的に攻撃を繰り返しているじゃないですか!

 

「と、殿! 見てくれてるでござるか?! それがしの活躍…………ぐえーーーーーー!!」

 

悲鳴を上げ、閃光を発するハムスケ。もう嫌な予感しかしない。後ろ、見たくない。

チラリと確認すると、やはりそうだった。右手を前に伸ばしたナーベラルが困った顔をしたままこちらを見ている。雷撃(ライトニング)がハムスケを直撃したのだろう……。

痺れているのか、ゴロゴロと地面をのた打ち回っているハムスケ。困惑する俺と、様子を伺っている二匹のオーガ。……仕方がない、俺の手で終わらすか……。

 

「ぐぐぐ、まさかオーガ風情が、それがしにダメージを与えるなど……しかし、油断はもうぐえーーーーーー!!」

 

先ほどと同じように地面をのた打ち回るハムスケ。チラリと背後を見ると、半泣きのナーベラルが同じような姿勢のまま、俺を見ていた。そうだよな、今のは急に立ち上がったハムスケが悪いよな。ナーベラルは悪くないもんな……。

 

「それがし! 不死鳥の如ぐえーーーーーー!!」

 

もうやめて! ハムスケのライフがゼロになるだろ! たびたび身体を発光させるハムスケに、動揺を隠せない! せっかく捕らえた森の賢王をこんな何もない、意味も無い街道で焼肉にするのは止めてあげてくれ! もう、怖くて漆黒の剣の四人の方を見る事が出来ない。俺くらいになると気配で分かるのだ。この後、気を遣ってくれるのが痛いほどに伝わる。もう、終わらせたくない。

だが、そうも言っていられない。四人の批評は甘んじて受け入れよう。だって俺たち、出来たばかりのパーティだから。でもハムスケはもう後衛決定な。お前は前に出てくるな。

 

気合を入れ直しているのか、必死に立ち上がろうとしているハムスケを制し、大剣を構える。横薙ぎに払えば、貴様らの身は即座に両断されるのだが……。ハムスケ、絶対に立つなよ? 立ったらお前もスライスされるんだからな? 重苦しい雰囲気の中、漆黒の剣の四人と焼肉パーティなんてしたくないからな? お前も死にたくないだろ?

心がざわめき、悦びの感情が湧き立った瞬間、ゴロリと二匹のオーガはその場に崩れ落ちた。俺は未だに何もしていない。ナーベラルもそうだろう。で、あれば…………。

 

「アインズ様を、お守りさせて頂きました」

「…………御苦労」

 

自分もパーティの一員のつもりなのか、背後からアントルラッセが声を掛けてくる。その言葉は平坦で、何を考えているのか伝わらない。恐らく、こちらを見つめる瞳も、表情も、いつも通りの無表情なのだろう。感情を出さない彼女は、一体何を考えているのだろうか?

 

「おーい、モモンさん、オーガ……どったの?」

 

戦場が落ち着いたと判断したのか、ルクルットが不思議そうにこちらに近付いて来た。

 

「おそらく、ハムスケが繰り出したパンチが鳩尾(みぞおち)にでも当たって気絶したのでしょう。呼吸はあります。再び立ち上がる前に、距離を取りましょう。再び立ち上がりましたら……責任を持って私が……」

「……つまり、その前に反省会ってことだな? おお、良いぜ良いぜ! よし、ペテル! 先輩として今の戦闘でダメダメのダメダメだったところ、全部言ってやれよ! ペテルが先輩面出来るのなんて、もうエ・ランテルに帰るまでの間なんだから、今のうちに話の種でも作っておこうぜ!」

「何かお前のダメな所ばっかり目につくよ最近は! ……ええ、モモンさん。…………はい、今のは冒険者組合が発布(はっぷ)している初級者用指南書に載せられるくらいの、理想的な一戦でしたね。まずは、武勲を気にし過ぎての単独突撃。仲間とぶつかるなんて言語道断です。そして、ナーベさんの射線に前衛が障害物として立ち塞がり…………」

 

苦笑い交じりのペテルの説明に、「はい、はい」と返事をする事しか出来ない。恥ずかしくて顔を上げられない。ナーベラルはさっきからルクルットに悪態をついているし、ハムスケなんかは呑気に「殿、やらかしたでござるか?」などと(のたま)っていやがる! クソっ、俺が気にしすぎなのも自覚してるけど…………お前らも気にしてくれよ?! 特にナーベラル!!

 

 

 

「…………おっと、モモンさん。そろそろお目覚めのようだぜ」

 

ペテルの有難いお言葉に俺が小さくなっている間に、どうやらオーガの二匹の睡眠が解けた様であった。緩んだ雰囲気は一気に消え去り、冒険者としての空気が再び流れ始める。

 

「では、もう一度ハムスケさんも交えて……」

「ペテル! ハムスケ氏を外して始めるのが最善である! 二人の息が合っておらぬ間に、ハムスケ氏を加えるのは少々酷であろう!」

「あー、俺も二人の純粋な連携を見たいな。ハムスケと戦った時、協力してたんだよな? それなら、前衛とか後衛とか気にしないで、自然体の二人の共闘を見てから、ペテルが色々ハムスケに編成の妙を教えてやれば良いんじゃない?」

「私も魔法詠唱者(マジック・キャスター)として、ナーベさんの挙動を見ておきたい気持ちはあります。年齢もそれほど離れてないのに、既に第三位階魔法を使っているわけですから……」

 

漆黒の剣の四人から、期待感の様な眼差しを向けられるのを感じる。しかし、それであれば都合が良い。街に森の賢王(ハムスケ)を連れて行ったとしても、どのようなやりとりの果てに森の賢王(ハムスケ)が俺の軍門に下ったのか、と言う物語(ストーリー)は非常に重要である。強大さを感じさせながらも、魅せる戦闘を意識しないとな。ふっふっふっふっふ。

 

「……気を引き締めろナーベ! たかがオーガ、と言う場面では無いぞ!」

「か、畏まりました!」

 

俺の気迫に当てられたのか、慌てた様子で深呼吸をし始めるナーベラル。

そんなナーベと離れ、一歩、二歩と、意識を戻し始めたオーガに近付いて行く。……魅せる戦いって、そもそも何だ? いや、弱気は禁物だ。たっちさんを思い出せ。思い出せ……。

ふと、背後に気配を感じる。振り返ると、アントルラッセが付いて来ていた。どうせまた「アインズ様を、お守りさせて頂きます」とでも言われると思うのだが、今回は眠らされては困るのだ。傭兵モモンの妙技(みょうぎ)が相手を気絶させて終わりとか、技巧派にもほどがあるじゃない?

 

「アントルラッセよ。不要だ。ハムスケと応援でもしていてくれ」

「…………畏まりました」

 

フワフワとハムスケの方へ飛んで行くアントルラッセを見送り、再び前を見る。既に臨戦態勢なのか、荒い息を吐いているオーガと目が合う。涎を垂らし、ギラギラとした視線はまるで猛獣である。しかし、相手は子ウサギじゃないぞ? 単細胞とて、相手の力量くらいは察してほしいのだが……。

 

「行くぞナーベ!」

 

一足、右側のオーガに近付き逆袈裟。一撃では殺さない。表皮を裂くような浅い斬撃だが、毛細血管がプツプツと切れたのか、薄い鮮血が見える。続けざまに大剣の柄から右手を外し、顎を目掛けて殴り付ける。まだ壊さない。固い感触を感じるが、ダメージは通っているはずである。大剣を払いながら、襲い掛かって来た左側のオーガの一撃を受け流す。ここまではどうだ? 前衛として百点満点の動きなんじゃないか?

 

「ナーベ! 射線は開ける! 分かるな?!」

 

一旦、後退。釣られるように前に出てきたオーガに反撃(カウンター)を合わせる。踏み込み、土手っ腹(ボディ)に拳の一撃。体重を掛けて振り上げると、オーガの身体が浮くのを感じた。そのまま蹴り込み、遠くへ飛ばせば、さあ! (まと)の完成だ!

 

後方に立つナーベラルに視線を向ける。魔法詠唱者(マジック・キャスター)らしく両手を前に差し出し、詠唱。魔力がナーベラルの身体を包み込み……収縮し腕へと集まり…………集まり…………集まり……?

 

「いきます! 雷撃(ライトニング)!」

 

ナーベラルの咆哮と共に、バチバチと両腕から雷光が輝く。収縮されたそれ(・・)は輝きを白色とし、荒れ狂った力強さのままにナーベラルの腕だけではなく、既に肩口まで覆っていた。

 

「ちょ、ちょっと! こんな輝き……?!」

 

ニニャが目を見開き、わなわなと身体を震わせる。ニニャの口から出た言葉はナーベラルの雷光の音にすぐさま掻き消されてしまった。直視するのが辛くなるほどに輝きを増したナーベラルの両腕から放たれたそれは、既に雷撃(ライトニング)の様相を超える代物と化していた。

 

 

 

―――刹那、――――――落雷

 

 

 

ナーベラルの両指から放たれたそれ(・・)は、中空を遊び、二匹のオーガへ向かって飛来した。そして、轟々とした響きを伴った一撃は、オーガを即死させるには十分すぎるほどの威力を誇っていた。先ほどまでオーガが立っていた大地は抉れ、死体は消し炭の如く。円状に焦げ目が広がっており、大きな落雷、不慮なる自然災害、天空の怒りが(とどろ)いたと言われても、信じざるを得ない

 

「…………」

 

誰も口を開かない。開けない。だって俺も何が起こったか理解が出来ていないから。いや…………えっ? ナーベが使える魔法は第三位階の雷撃(ライトニング)までだよね? 何がどうなれば雷撃(ライトニング)をこんな威力にしてしまうのかな………………?

 

「…………」

 

茫然としているのは俺だけでは無い。(はな)った張本人。ナーベラルも目の前の現象が信じられないのか、虚ろな目で身体を震わせ、それでも決して俺の方に視線を向けない様に……。

 

「な、何が起きたのであるか……」

 

ダインの声がこもっているのは、雷撃の轟音が耳に響いているからだろう。

 

「モ、モモンさん、ち、違っ…………違っ……」

 

口の動きでどうにか判断できた。今の一撃はナーベラルの意図した一撃では無い。その証拠にナーベラルの瞳からは涙が溢れている。己の失態に気付いているのだろう。しかし……。

 

と、ここで気付いた。自分の、やらかし(・・・・)に、気付いてしまった。

 

慌ててアントルラッセの方を見る。俺は彼女になんて言った?! 彼女の特性は何だ?! 妖精種の純粋サポートキャラの彼女に対し、『応援でもしててくれ』なんて言ったらどうなるかなんて…………考えなくても…………クソっ! クソっ! あああああああああああああ!

 

 

 

「や、やりやがったぜ……!」

 

ははは、と乾いた笑いが聞こえてくる。茫然としている俺とナーベラルの視線が引き寄せられるように音の正体に目を向けると、そこには興奮したかのような様子のルクルットが、乾いた笑いを漏らしながらナーベラルを見つめていた。

 

「や、やりやがった! ナーベちゃんが覚醒しやがった! 予断も許さねぇ死闘の果てに…………森の賢王(ハムスケ)との死闘の末……ついに魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての才能が開花したんだぜ……!!」

「ま、誠であるか……?」

「あったり前じゃねぇか! お、おい! ニニャ! 今の魔法はどれくらい凄いんだ?! ナーベちゃんも茫然としてるじゃねーか! しっかり先輩として説明してやれよな!」

「え、えっと……」

 

慌てた様に、思い出すかの様に指を折るニニャと、いつの間にかそこに立っていたのか、大地の様子を観察しているペテルの二人。ルクルットとダインは興奮した様子でナーベラルを称えており、どうやら俺の想像とは違う方向に物事が動き始めたようであった。

 

「し、師匠が持っていた魔導書には……ナーベさんの放った魔法は『龍雷(ドラゴン・ライトニング)』と書かれていたと思います。もちろん、うろ覚えになっちゃいますけど……」

「で、で、それで第何位階なんだよ、それは!!」

「魔法自体は……第五位階。でも、一度に片腕でしか放てないと思うから、それを両手で……二発同時に放ったナーベさんは……」

「少なくとも第六位階相当って事かぁ?! おいおい、帝国に存在するって噂の……」

「噂ではないのである! 逸脱者と呼ばれているフールーダ・パラダイン氏と……、いや、年齢を考えればそれ以上であるな……」

 

……流れは読めた!

 

「……ナーベよ。共に長い旅を重ねてきたが、ついには私と同程度の……」

「ちげーよモモンさん! 英雄の領域を超えちゃってるんだぜ?! 認めたくないのはわっかるけどさぁ……これ、完璧に超えちゃってるでしょ!」

「うむ! ナーベ女史が師であるモモン氏を超えた瞬間である!」

「ね、ねぇナーベさん! 少しで良いので、魔法の事を聞かせて頂いても……」

 

……おや?

 

「……わ、私は、モモンさんを超えてなんて……」

「謙遜するなよナーベちゃん! 逆に、嫌味になっちまうぜ?!」

「そうである。そもそも、仲間とは共に高め合う存在である。今まではナーベ女史がモモン氏を追いかけていた。今度は、モモン氏がナーベ女史を追いかけるだけである。モモン氏も、今まで以上に錬磨(れんま)をする事で……」

「……貴様らにモモンさんの何が分かる。下等生物が……!」

 

怒りの瞳。和やかになりかけた空気が、ナーベラルの一言で凍ってしまう。だが、ナーベラルに負担を強いてしまったのは俺の責任である。彼女の言葉が人間種に対して多少、強い事は今に始まった事でもない。彼女は既に責務を果たしている。俺の尻は、俺が拭う。

 

「すみ」

「……あっはっは! 確かにナーベちゃんから見たら、俺たちは下等生物だよなぁ!」

「ナーベ女史の見てる世界、既に我々とは目指すべき地点が違っていたのであるな……」

「ナーベさん。今までルクルットの勝手を許してしまい、申し訳ございませんでした。リーダーとして謝罪します。下等生物、仰る通りです。しかし、それでも私達、(シルバー)級冒険者は……」

 

ナーベラルを漆黒の剣の四人が取り囲み、口々に様々な事を言っている。ナーベラルのツンケンな態度も、なぜか知らないが好意的に受け入れられている。…………おーい、皆の憧れ、傭兵モモンさんはこっちですよー。将来の英雄、傭兵モモンの伝説の語り部となれるチャンスですよー……。…………。…………。

 

 

 

俺の立場って一体…………。

 

 

 

―――

 

 

 

エ・ランテルの関所を超えた時には、既に日も暮れていた。

本来ならば、数日必要なエ・ランテルとカルネ村の距離。馬車を使っても野営はした。徒歩なら倍以上の時間が掛かっても仕方がないはずだった。しかし、カルネ村を立ってから、その日のうちにエ・ランテルに到着してしまった。それはなぜか。ナーベラルのおかげである。

 

「ナーベ女史、飛行(フライ)が使えるのも当然であるが……」

「まさか私達、全員を同時に飛ばすほどだなんて…………本当に信じられません!」

 

ある程度の強引さも、ナーベラルの魔力を使えば周囲を納得させることが容易となったのだ。

 

「モモンさん、ナーベさん。今回はありがとうございました。……本来ならば時間も時間です。冒険者組合への報告は明日が望ましいのですが……」

「ああ、今すぐにでも行こうぜ! 俺たちがナーベちゃんの凄さを説明してやるからよ! アダマンタイト級、間違いないよな! ニニャ!」

「第五位階魔法……それ以上となれば、王都リ・エスティーゼから宮廷魔術師の確認も必要になると思います。……でも、王国の宮廷魔術師に確認できるのでしょうか?」

 

浮足立つ漆黒の剣の四人と、不安そうにこちらを見るナーベラル。俺の脳内にて綿密に計算されていた計画は、どうやらおじゃん(・・・・)になってしまっている気もするが……。いや、まだ勝機はある。ナーベラルだけでなく。俺も同時にアダマンタイト級に上がる事が出来れば、まだまだ傭兵モモン伝説を続ける事が出来る。…………って言うか、森の賢王(ハムスケ)を従えているんだから、アダマンタイト級、当確だと思うんだけどなぁ。

 

「ではモモンさん、冒険者組合へ依頼を完了した旨を伝えに行きましょう。ハムスケさんの魔獣登録も必要になると思いますし……。話は関所から既に回っていると思いますので、今日中に終わると思います。ナーベさんに関しては、もしかしたら日を跨ぐ可能性も……」

 

薄情なルクルット、ダイン、ニニャと違い、ペテルは大人だった。英雄級のナーベでは無く、俺に話し掛けてくれているのだ。彼の優しさが心に染みるなぁ……。いや、違う! ペテルの視線は俺の方を向いていない! 俺の方を見てると思わせて……さり気なく先行している四人の方をしっかり気にしていやがる! な、なんだよなんだよ! ナーベの方に行きたいなら、そう言えば良いだろ! ちゅ、中途半端な優しさが一番堪えるんだぞ!

 

 

 

冒険者組合で受付を終えた際、ふと、今後の予定が頭の中に浮かんでしまった。

ナーベラルはどうやら皆に認められているようである。人間種に対して時折(ときおり)出る言葉遣いも、どうやら実力のせいか、個性の範疇(はんちゅう)に収まっているようでもある。それならば、冒険者組合での確認や登録、進行はナーベラルに任せても良いのではないか? 俺はこの世界の文字が読めない。それに対して不信感を与える可能性が無くは無い。ナーベラルの今後も考えれば、彼女を信頼し、任せる事も、必要な事であろう。

 

「殿、魔獣登録とやらが終わったら、それがしはどうすれば良いでござるか」

「ん……? ああ、そうだな。俺たちの宿に泊まる事は難しいからな……」

「一旦、近場の厩舎(きゅうしゃ)に事情を話して、ハムスケさんを預けさせてもらえば……」

「ん? そんな事が出来るのですか? それなら、そうするか……」

 

ペテルの案を、通す。

さてさて、俺は宿に戻り、ナザリック地下大墳墓に一度帰らせてもらうか。

期間としては数日なはずだが、アルベドやデミウルゴスにナザリック地下大墳墓の全てを任せておくのも、(いささ)か気分が悪い。二人が信用できないというわけでも無いが、ギルド長として、信頼される為にやる事もあるだろう。

 

「…………ナーベよ、後は任せた。すまないが、転移門(ゲート)が必要だ。伝言(メッセージ)を頼めるか?」

「畏まりました。組合での雑事が終わりましたら私は……」

「宿にいろ。一人にさせて申し訳ないが、私は一度戻る」

 

隙を見てナーベラルに話し掛け、組合の出口に向かう。漆黒の剣の四人に軽く会釈を済ませ、扉を開き、人通りの少なくなった街並みを一望する。至る所の街灯が早足の人々を照らし、少し離れたところには酒場でもあるのか、賑やかな喧噪が聞こえてくる。

 

「……一度、落ち着くのも悪くは無いな」

 

異世界の生活。急ぎ過ぎた部分が無かったとは言えない。いくら手探り状態だったとは言え、もう少し工程を考え、落ち着いて動くのも悪くは無いはずだ。そもそも、早々に楽しみを味わい尽くしてしまったら、以降の生活をどうやって過ごせば良いと言うのだ? 隠居(スローライフ)というわけでは無いが、俺には長い時間が与えられているはずである。俺は死の支配者(オーバーロード)だ。時間なんて、腐るほどあるに決まっている。富は今すぐ無くなるわけでも無い。滅びる肉体も無い。精神が摩耗する可能性はあるが、目的を持って生きていればなんとかなるだろう。少しずつ名誉を集め、この世界の人間と共に生きようじゃないか……。



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21話 イジョウナリ、フショウ

武骨。巨大な戦士像から放たれる気配を拒絶と見るか歓迎と見るか。既にその時点で、現世と他界の境目に連なる黄泉比良坂(ナザリック地下大墳墓)に足を踏み入れるに足る存在かの見極めは済んでいるだろう。

 

霊廟入口。空間がぐにゃり(・・・・)と歪んだと思えば、そこから現れるは漆黒の鎧に全身を包まれた大男。奥に連なる通路の両端にはいつの間にか現れたのか、それとも最初から存在していたのか、様々なモンスターが膝を着き、(こうべ)を垂れながら静かに一列に並んでいる。身動(みじろ)ぎ一つ無く、呼吸の気配も無い。

 

「出迎え、御苦労」

 

漆黒の鎧から発せられた言葉は短い。しかし、それが合図となったのか、列の先頭にて(こうべ)を垂れていた一人の女性、純白のドレスを身に纏った美しい女性が立ち上がり、口を開く。

 

「お勤めご苦労様、あ・な…………いえ、失礼致しました。我が主の帰還、随喜(ずいき)の涙で御座います。本来であれば、このような慎ましさの残る奉迎(ほうげい)、不敬であると存じてはおりますが…………」

「いや、構わぬ。面を上げよ」

 

大男が右手を払う。時は一瞬。漆黒の鎧の大男の存在は消え失せ、そこには漆黒のアカデミックガウンを羽織った禍々しき存在、ナザリック地下大墳墓の主である死の支配者(オーバーロード)が存在していた。

斯様(かよう)な早着替えを目にする者はいない。先ほどまでは主が現地人と戯れる為の身形(みなり)であった。『傭兵モモンとして扱え』との通達もある。故に、目を通す事は叶う。しかし、主が襟を正すのであれば話は変わる。アインズ(・・・・)が襟を正すのでは話が変わる。直視すら不敬となる。只々(ただただ)その存在、息遣いや気配を感じる事でさえ、下々たる階層守護者やシモベ達にとっては十分すぎるほどの僥倖(ぎょうこう)なのであった。

 

再び(こうべ)を垂れる存在に何か思う所があるのか、アインズが小さく息を吐く。しかし、何も言わない。アインズは当然の様に歩みを進め、その身をナザリック地下大墳墓へ向かわせるのであった。

 

下賤(げせん)な者との共同生活に息が詰まるのも、当然の事で御座いますね。本来であればそのような事が無いよう、守護者統括である私が早々に情報を精査し、アインズ様にお伝えできれば良いのですが…………」

 

三尺(さんしゃく)下がって師の影を踏まず。

純白のドレスの女性、アルベドが付添人(つきそいびと)としてアインズの後方に付く。

更にその後ろにはシャルティアとアントルラッセが付き従っており、計四人が長い廊下を共にしているのであった。

 

「……そう言うなアルベド。階層守護者の十分な働きは私も感じ入っている。そして、これはこれで楽しい部分もあるのだ。もちろん、私の我儘のせいでお前たちに負担を強い、情けなく感じているのもまた事実。故、顔見せの意味合いだけでなく、本日は自室にて執務を行う予定である。(おさ)たるもの、言葉だけでなく行動で示さんとな。人間もまだ眠らぬ時間だろう。夜は長いのだからな」

 

何が面白いのか、小さく笑うアインズ。それを紅潮した顔をしながら見つめていたアルベドは、不敬ながらも静かに内股をモゾモゾと動かすのであった。

 

「ああ、忘れぬ間に尋ねておくか。アルベドよ、守護者統括として問う。現在ナザリック地下大墳墓、他、防衛の任を任されているNPCやシモベの状況はどうなっているのだ? 私が頼めば、階層守護者や六連星(プレアデス)……もちろん現地での行動を許していない者だが、彼らを一堂に会させる事は可能か? 多少の時間を貰いたいのだが……」

「アインズ様のお望みのままに。もちろん、今すぐにでも集合させますが、場所は玉座の間に致しましょうか?」

 

アルベドの無垢なる笑顔と共に返された言葉を聞いたアインズは、内心「今すぐかよ……」と驚きの色を見せるのだが、もちろん(おもて)に出す事はしない。静かに考える素振りを見せると、「結構。だが、私も多少の準備がいるからな。それでは二時間後にでも玉座の間にて待ち合わせだ。そちらの準備が整ったら、メイドでも使って呼んでくれ」と言葉を残し、指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)の力を使ったのか、姿をその場から消すのであった。

 

 

 

「…………はぁ、久々にアインズ様の御言葉を聞けるなんて、これで更なる従事に至る事が出来るわね。それとも、私の疲労が割と洒落になっていない事を見抜いての慰労かしら……ふ、くふふ……アインズ様に仕える、それ以上の誉れは無いというのに……ああ、愛されてる。私、アインズ様に愛されてる……」

「アインズ様は特別扱いをしない御方でありんす。アルベドの言う慰労が正しいなら、他の階層守護者にも(ねぎら)いに行ってるんじゃありんせん? アインズ様の愛をそんな軽々しく扱うなんて、まったく、アルベドの不敬さも大概でありんすな」

「うっさいわね!! 人の至福の時間を邪魔しないでちょうだい! そんなの言われなくても……言われなくても分かってるわよ! でも、でもでも! 常々アインズ様のお側にいる連中が…………羨ましい! 正直に言ってしまうけど、憎しみを覚えるほどよ。私は!」

 

アルベドがジロリとアントルラッセの方へ視線を向けるのだが、当のアントルラッセはアルベドの敵意の正体が分からないのか、首を小さく傾げるだけなのであった。

 

「アルベドさん。私はアインズ様のお側に仕えているだけで何もしてないです。一番の実利を(むさぼ)っているのは、誰がどう考えてもソリュシャンさんとナーベラルさんなのでは?」

「ふん……。そんなの知ってるわよ。……それで、二人はアインズ様に何をされているのかしら?」

「シモベを用いての監視はなさっていんせん? そいつらに聞けば……」

「監視って言わないでよ聞き捨てならないわ! …………アインズ様に害意が近付かない為の措置的存在よ。それ(・・)でアインズ様の私事(プライベート)を覗き見するなんて事はしないわ。不敬で打ち首よ」

 

アルベドが首ちょんぱの仕草をする。

 

「…………ソリュ様もナーベさんも、手を繋いだり、頭を」

「あ ゛あ ゛あ ゛あ ゛あ ゛あ ゛あ ゛あ ゛」

 

突然、狂ったように廊下に頭を打ち付け始めるアルベド。若干引いたような感じでそれを見つめるシャルティアとアントルラッセの二人。時折、シモベやメイドも通るのだが、見てはいけないモノだと認識しているようで、アルベドの方に視線を向ける輩は誰もいなかった。

 

「頭?! 頭をどうしたの?! 殴ったの!? (しつけ)目的で……」

「撫でられたり」

「あ ゛あ ゛あ ゛あ ゛あ ゛あ ゛あ ゛あ ゛!!!!!」

 

顔面蒼白になり、頭を抱えながらドスの利いた叫び声を上げるアルベド。シャルティアは目を逸らし、アントルラッセは顔を(しか)めながら、羽根で耳を塞ぐのであった。

 

「アントルラッセ、こういう時は正直に言わんで良いでありんす。アルベドの戯言(たわごと)は今に始まった事じゃないから」

「分かりました。お姉さま」

「……アルベドも遊んでいないで、防衛責任者のデミウルゴスに声を掛けないと不味いんじゃないの? アインズ様、二時間後って仰っていんしたけど、間に合うの?」

「間に合わせるのよ!!!!」

 

興奮冷めやまず、荒々しい鼻息で言葉を返すアルベド。アルベドは別れの挨拶もそこそこに、ドスドスとした足音が聞こえてきそうな歩みで、デミウルゴスのいる第七階層へと向かうのであった。

 

 

 

―――

 

 

 

「失礼致します、アインズ様。玉座の間にて、皆の集合が叶ったと……」

「もうそんな時間か。……すまない、片付けを頼む」

 

室内に鳴ったノックの音。要用を伝えに来たメイドの言葉を聞いたアインズが、静かに執務机から立つ。傍らに仕えていたメイドが嬉しそうに机に広がった資料を片付け始めるのだが、アインズの視線は既に廊下に向かっていた。

 

「…………私が執務を始めて、どれくらい経ったか?」

「はっ、一時間と五十八分。四十二秒で御座います」

「…………ここから玉座の間に移動する事がゴールだとするならば、どうなる」

「はっ、アインズ様の指に輝いております指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を用いられるのであれば、丁度、二時間と言う事に……」

 

アインズは思った。「この会話も計算の内か」と。しかしそのような態度をおくび(・・・)にも出さず、小さく「そうか」と呟くと、静かにその姿を自室から消すのであった。残された二人のメイドはアインズの突然の行動に臣下の礼を取るのが遅れるのだが、暫しの時間が経てば静かに立ち上がり、二人仲良くアインズの使った室内を整頓し始めるのであった。

 

 

 

―――

 

 

 

「アインズ・ウール・ゴウン様の御到着です」

 

アルベドの言葉が発せられた瞬間、地下九層は更なる静まりに帰る。高み、玉座に座るアインズは静かにその様子を見ている。視線は左から。シャルティア、コキュートス、アウラ、マーレ、デミウルゴス、アントルラッセ。後方には三人、ルプスレギナ、シズ、エントマである。

暫しの空白。アインズが「面を上げよ」と口にすれば、一切の乱れなく、皆がアインズの方へ視線を向けるのであった。

 

「急な用立て、申し訳ない。最初に謝罪しておく」

 

アインズが軽く、会釈程度に頭を下げる。それを見た階層守護者と六連星(プレアデス)は慌てた様子にて再び頭を下げようとするのだが、それはアインズの静止によって叶えられる事は無かった。

 

「防衛責任者であるデミウルゴスよ。どの程度、私はこの時間を楽しめるのか」

 

アインズに声を掛けられたデミウルゴスが内面の感情を必死に押し殺しながら、静かに立ち上がる。アルベドが悔しそうな顔でデミウルゴスを見るのだが、玉座の横に立っている為、アインズがその表情を見る事は無かった。

 

「では、手短に説明させて頂きます。ナザリック地下大墳墓の防衛、並びにこの世界の監視に於きましては、万全の態勢を取らせて頂いております。現時点で、階層守護者、六連星(プレアデス)の予定は完全に無くなっております。アインズ様の御望みであれば、最低でも五日ほどは時間の猶予を作る事が可能で御座います。…………具体性を持たせますと少々、アインズ様に御時間を取らせる事となってしまいます。故に、こちらの資料に軽く目を通して頂ければ」

 

デミウルゴスが懐から出した数枚の資料を受け取ったアルベドが、玉座に控えるアインズに恭しく献上する。数枚の資料ではあったが、それに記載されている情報は非常に膨大な物であった。質問を挟みながら、真面目に読み込めば軽く数時間は超えるであろうそれ(・・)を、アインズは軽い感じで流し見、満足そうに頷いた。

しかし、実際問題。階層守護者と六連星(プレアデス)の予定を五日間も空けるという荒業は、シモベや眷属にかなりの負担を求めていた。それでも、ナザリック地下大墳墓はギルド長であるアインズを中心に回っており、アインズが求めるのであれば実情を顧みず、仲間を犠牲にしてても叶えるのが、守護者統括のアルベドと防衛責任者のデミウルゴスの総意であった。

 

「無理をしたのではないか……? だが、その心遣いに感謝する。デミウルゴスよ、貴様はいつもそうだ。私の行動が円滑になるよう先回りし…………いや、後にしよう。私が欲するのは数時間。モモンとしての生活もある。故に、現在から明朝までの時間だな」

 

ちらりとアインズが腕に嵌めている時計を見れば、残るは八時間程度と言ったところであろうか。アインズは簡単に今後の予定を計算すると、静かに口を開き始める。

 

「本題は別にあるのだが、物事には順序がある。すまないが、せっかくなので定期報告会と言う形から始めさせてもらう。モモンとしての生活をして感じたのだが……」

 

アインズの口から話される数日の感想。最初は淡々と説明していたアインズも徐々に熱が籠ってきたのか、少しずつ興奮したかのように身振りや手振りを交え始める。所々、アウラやマーレ、コキュートスに話を振り、互いの見識を確かめる様に己の考えや経験を伝えていくのであった。

アインズの様子に、最初は緊張した面持ちであった階層守護者と六連星(プレアデス)の面々であったが、少しずつ(やわ)らぐアインズの様子に感化されたのか、楽しそうな顔となり、時には話を促す為の相槌を打つなど、地下九層の玉座の間は、和気藹々とした雰囲気に包まれていたのであった。

 

「ふふふ、あの時のナーベラルの顔も皆に見せたがったぞ……と、まあ、こんな感じか。すまない、少し話し込んでしまったようだな」

「アインズ様、お疲れ様です」

 

一息。アインズが玉座に座り直したタイミングで、横に控えていたアルベドがアインズにピンクのハンカチを手渡す。それはアインズにプレゼントされたハンカチに酷似した物だったが、良く見れば刺繍が「I LOVE ALBEDO」となっており、アインズの持つ物とは異なっているようであった。しかし、その違いに気付く者は手渡した本人以外、この場に存在しなかった。

そして、一つの項が終わったのだと理解した階層守護者と六連星(プレアデス)身形(みなり)を正し、再びアインズの口が開かれるのを待つのみであった。

 

「…………本題といこうか。さて…………」

 

アインズが(おもむろ)に立ち上がり、玉座の間を見下ろす。又と無い緊張感が漂い始める。しかし、アインズは易々と言葉を紡がない。何度か口を開こうとするのだが、再び閉ざす。慎重に言葉を選んでいるようにも見えるが、一方、長引く溜めに、階層守護者も六連星(プレアデス)も、大きな間違いを犯した事に対する、誰かしらに向かう最終警告を躊躇しているようにも見えてしまうのであった。

 

「……私は、分からないのだ。アルベド、そしてデミウルゴスの事が全く分からん」

 

予想は当たった。やはり後者であった。途端、両手で顔を覆い、膝を着くように崩れ落ちるアルベド。デミウルゴスは辛うじて姿勢を崩す事は無かったのだが、顔色は完全に亡失していた。

主による最終警告と受け取った各々の行動は早かった。シャルティアがアルベドを、マーレがデミウルゴスを引き摺るように移動させ、玉座の間の前面にてアインズに首を差し出させるかのように両名を(ひざまづ)かせ、隣同士に並ばせるのであった。

「シュー」と冷たい息遣いが響く。広がる冷気とは逆に、コキュートスの腕に込められる熱量は相当であった。仲間の時を終わらせるのは、道具である己の役割である。しかし、コキュートスは無機物では無い。胸に生まれる感情から目を逸らし、何度も切り捨て、その両腕に持つ白銀のハルバート―――断頭牙を高々と振り上げるのであった。

何がアインズの癇に障ったかは分からない。分かる必要も無い。しかし、何であれ、不要だと判断されたのならば処刑は早々に行うべきなのだ。ナザリック地下大墳墓は、至高の御方に存在を許されている者しか立ち入る事が出来ぬ桃源郷。それ以外の者には、即刻の死、以外、有り得ない。

 

「ふふふ、素晴らしい連携だな」

 

アインズの感嘆の声に喜ぶ、シャルティア、マーレ、コキュートスの三人。であれば、これ以上の言葉は不要となる。時間は有限であり、至高の御方を束ねていたアインズにとっては非常に貴重な物である。故に、行われた。処刑は一瞬である。

 

「が、早計でもある」

 

アルベドとデミウルゴスの毛髪の一部分がハラリと床に落ちるのだが、致命傷では無い。寸前の所で、コキュートスの刃が、動きが、完全に停止していた。渾身の一撃を振り下ろした両腕を止める事は容易では無い。故に、コキュートスの関節部に負荷が掛かり、相応の痛みが全身を襲っていた。それでも微動だにする事の無い刃は、生みの親である武人建御雷に対する敬愛の表れの様にも見えた。

 

「物事には、順序がある。最初にそう言ったと思うのだが……」

 

アインズの言葉に臣下の礼を取る、シャルティア、マーレ、コキュートスの三人。己の失態に言葉も出ない。身動ぎも出来ない。身体中の水分が即座に蒸発したかのように目の前が暗くなり、ジワジワと全身に浮かぶは汗なのかそれ以外なのか、本人達には区別する事が出来なくなっていた。続き、アウラが動く。双子の弟がやらかしたのであれば、それは当然、姉の管理不行き届きと言う事になる。であれば、処罰は当然である。そう判断したアウラは躊躇する事も無くアインズに首を差し出すのであった。

玉座の間に並んだ首は六人分。否、七人分。自分の先輩となる存在が首を差し出しといて、自分が何もしない訳にはいかない。アントルラッセも当然の如く首を差し出す。まさかの階層守護者コンプリートであった。この光景にアインズは「ふふふ、ふふふ」と笑いを零す事しかしない。死の支配者(オーバーロード)にとって死は救済となる。アインズが易々と己に対する不敬を許すかどうかなど、この場に存在する誰もが考えられない。考える事が出来ない。至高の御方の思考を想像するなど、不敬も同然なのだから。

 

「……六連星(プレアデス)はどう思う」

 

この言葉に、ルプスレギナ、シズ、エントマの三人は即座に悟った。ナザリック地下大墳墓を治める主、アインズ・ウール・ゴウンに献上する首が足りていない事を。当然、動きは早かった。そして、アインズに手間を掛けさせるという事を彼女達には許されていなかった。であれば当然、並ぶはアルベドとデミウルゴス、アウラの隣と言う事になる。最前列に並んだ六人の首に気付いたシャルティア、マーレ、コキュートス、アントルラッセの四人は顔面を蒼白にしながら、当然の様にその一列に加わるのであった。

 

 

 

―――

 

 

 

「アインズ様の慈愛に触れる事により……」

「いや、構わぬ。元はと言えば私の言い方が悪かったのだ」

「そのような事は全く御座いません。私達が至高の御方のお考えに到達できていない未熟な部分。その一点で御座います」

 

先ほどの光景が嘘だったかのようである。

守護者統括のアルベドが言葉を作れば、デミウルゴスが仰々しく頭を下げる。シャルティアとアウラは安心したかのようにその表情を緩めるのだが、マーレは未だに信じられないのか、不安そうに周りの雰囲気を窺っていた。

そう、全て勘違いだったのだ。思わせぶりのアインズの態度が悪かったのか、アルベドとデミウルゴスの受け止め方が悪かったのか、シャルティア、マーレ、コキュートスの行動が悪かったのか、全てが有耶無耶になっていた。階層守護者も六連星(プレアデス)も安心したかのような、しかしながら敬意を払った態度となっており、アインズも再び玉座に座っていた。

 

「では、改めて……。……私は、分からないのだ。アルベド、そしてデミウルゴスの事が全く分からん」

 

チラリと玉座の間の様子を確認するアインズ。しかし、場が荒れる雰囲気は無い。それに満足したのかアインズが小さく頷き、言葉を続ける。それは、過剰とも思えるアルベドとデミウルゴスへ対する感謝の言葉であった。自分を支えてくれている事実。率先して世界の未知を追及する姿勢。仲間を重んじ、不出来な自分をも見限らないでくれるその精神性。止まらないアインズの言葉に、アルベドもデミウルゴスも、呼吸を忘れるほどに、その言葉に聞き入っていた。アインズなりの御世辞と言う事は理解が出来ていた。しかしながら、至高の御方の手で創造された彼らにとって、ギルド長であるアインズに仕える事は当然であり、それこそが自分が生まれた意味なのである。しかし、それでもアインズは二人を褒め称え、感謝の言葉を作り、(ねぎら)った。アインズの言葉がアルベドとデミウルゴスの感情を動かすのは全く以て容易であった。二人は人目も気にせずポロポロと涙を零し、更なる忠誠をアインズに誓うのも当然の事であった。

 

「だからこそ、分からない。アルベド、デミウルゴスだけでは無い。私は、この場にいる皆の事を、心から分かっているとは言えない。……故に、分かりたい。私は皆の事を、アルベド、シャルティア、コキュートス、アウラ、マーレ、デミウルゴス、アントルラッセ、ルプスレギナ、シズ、エントマ。ナザリック地下大墳墓に所属しているお前たちの事を、もっと知りたいのだ」

 

一拍。

玉座の間は既に、すすり泣く音で埋め尽くされていた。象徴的な存在であり、ナザリック地下大墳墓に所属していた至高の御方を統べる絶対者。そのような存在が、慈悲深く、配下である自分に手を差し伸べてくれているのである。共に歩こうと、手を差し伸べてくれているのである。これ以上も無い、誉れであった。

 

「……泣くな泣くな! …………伝えたからな。私の言葉は、伝えたからな」

 

玉座に座るアインズ。表情は変わらず、その深淵に秘めている思いを感じ入る事は誰にとっても不可能である。しかしながら、伝えた。言葉に出したのだ。本意がどうであれ、アインズは少なからずの心の内を見せたのである。この思いに対して階層守護者、六連星(プレアデス)がどう答えるかは各自の自由である。『そうあれ』と創造されているなら、アインズに対する反抗もあるかもしれない。しかし、アインズは覚悟を決めたのだった。何が起ころうと、全力で受け止めると。

 

感情が落ち着いたのか、玉座の間に静けさが戻ってくる。皆、表情に現れる感情を我慢できない。しかし、アインズは何も言わない。それどころか、好意的に受け取っているようにも見える。しかし、だからと言って甘えて良いと思わないのが階層守護者、六連星(プレアデス)の強さである。己の主が胸襟を開いてくれたのであれば、全力で返す。それだけなのだから。

 

「色々あったが、本題はここからだ。私が本当にしたい事は、これからだ。…………まだ時間もそんなに経ってないな。…………良かった」

 

アインズが静かに立ち上がり、玉座の間に心地良い緊張感が生まれる。

 

「私は、ナザリック地下大墳墓を回りたい。アインズ・ウール・ゴウンに所属していた皆で作ったこの究極を、細部まで漏らす事無く、全て見て回りたい。このような状況に陥ってしまったからこそ、初心に帰りたい。私は、ギルド・アインズ・ウール・ゴウンのギルド長である。この世の全てを統べる者である。共に戦った仲間の事を一生忘れる事は無い。私の事だけでは無く、仲間の事も後世に残していきたい。故に…………私が教える。このナザリック地下大墳墓の全てを。………………いや、宝物殿の合言葉とか、八層とか桜花聖域とか言えない事もあるけど……あるけどさぁ」

 

威勢の良い言葉が、ごにょごにょと小さくなっていく。しかし、アインズは頭を振り、再び言葉を作り出す。玉座の間に立つ皆に、言葉を伝えていく。

 

「まあ、それは置いといて! ……私は皆に伝えるのだ! このナザリック地下大墳墓の全てを、歴史を、創造主を。我が仲間が妥協せずに完成させたこのゆりかご(・・・・)に、意味が無い部分なぞ存在しない。一つ一つ、説明したくなったのだ。本日はその一回目と言う事になるが…………はい、文句は無いよな?! はい、今日は無礼講だからね!」

 

気恥ずかしさを隠す為か、途中から急ぎ気味の説明となり、早足に地下九層の入り口に向かうアインズ。一瞬、呆気に取られる階層守護者、六連星(プレアデス)の皆だったが、それでもアインズの心持ちは伝わったのか、思い思いの顔をしながらアインズの背中を追うのであった。

 

「ああ、地下九層からではなく、霊廟入口から……」

 

説明しようか? とは続かなかった。アインズの視線が左手に向かう。その手には、可愛らしい手が握られていた。頬は赤く染まり、遠慮深そうにチラチラと上目遣いをしながらアインズの様子を窺うも、それでも手を離そうとしないその存在は……。

 

「マ、マーレ! ちょっとどうして……?!」

 

慌てた様にアウラがアインズとマーレの手を引き離そうとするのだが、マーレは頑なとしてその手を離す事をしない。アルベドとシャルティアは困ったように二人の騒動を見守っており、アントルラッセは周囲をフワフワと漂っていた。

 

「だ、だって、アインズ様が無礼講って!」

 

マーレの大声が響いた。いつもの様子では考えられない、力強い発言であった。アウラは虚を撞かれた様にその手を弱め、デミウルゴスは静かに頷いた。

 

「私はマーレが正しいと思うがね? もちろん、アインズ様が嫌でなければ、と言う前提に基づいての考えですが」

「アインズ様ぁ……」

 

マーレが不安そうにアインズを見上げるのだが、そんなマーレをアインズは優しく撫でるのであった。つまり、許可は出た。で、あれば、次なる標的は右手となるのだが……。

 

「これからアインズ様が直々に私達にご解説を賜って下さるのだ。で、あれば、当然の様に右手は残しておくべきだろう。アインズ様の御解説に差支えが出る可能性が残ってしまうし、そもそも、せっかくの機会です。私は、アインズ様が全力でなされるナザリック地下大墳墓の御解説を、聞き入れたいと思っているのだがね?」

 

デミウルゴスの言葉にぐうの音も出ない残りの面々。アルベドが、シャルティアが、アウラが、ルプスレギナが、シズが、エントマが、失望感の入り混じった表情をあからさまにするのだが、コキュートスは疲れた様に息を吐き、アントルラッセは小首を傾げる。それを見たデミウルゴスは、楽しそうに笑みをこぼすのであった。

 

 

 

―――

 

 

 

「―――このギミックもそうだ。タブラさんとガーネットさんが没案にしたのだが、ペロロンチーノが勝手に組み合わせて…………そしたら悪ふざけだと勘違いしたたっちさんが激怒して……」

「そうだったでありんすか……」

「ガーネット様……」

 

一切を聞き漏らす事の無いよう、殊更、己の守護階層であるシャルティアと、己の創造主であるガーネットの名前が挙がった事で、シズが身を乗り出すような形で質問を重ねていく。

 

「元より、この墳墓はグランデラ沼地に存在していたが、我がギルドの侵攻により牙城を崩して…………ああ、クソっ。もうこんな時間か、全然話し足りないぞ……」

 

ふと、アインズの目に入った腕時計の数字。徐々に陽が昇る時間帯が訪れる事を示していた。

霊廟の入り口から始まったアインズの解説は、辛うじて第一階層。『墳墓』の説明をしていた所で終了を余儀なくされた。階層守護者や六連星(プレアデス)が興奮気味に耳を傾ける事も相まり、その言葉は止まる事無く延々と続いたのであった。定期的に入るデミウルゴスやシャルティアの相槌が心地良かった事は言うまでもない。アインズ本来が持つ気質によるモノも大きく含まれていただろうが。

アインズは名残惜しそうに皆の方へ向かう。思いがけず、ナザリック地下大墳墓。そして、ギルド・アインズ・ウール・ゴウンの歴史を知る事が出来た階層守護者、六連星(プレアデス)の皆も満足げ、充実した表情を残している。

 

「すまないな。こんなに時間を使ったのに、まだまだ第一階層だ。そして第一階層も終わる気配が全く無い。こんなペースじゃ、玉座の間に戻るまでどれほど掛かるやら……」

「アインズ様が直々に教えてくれているでありんす…………時間など気にせず、好きなだけ語って頂けば……」

「その意見に同意できる部分もあるが、私達の気持ちも考えて頂きたいな、シャルティア。第一階層は君の領分だ。それならどれだけ時間を頂いても足りないくらいだろう。私だってそうだ。だからこそ……」

「わ、分かってるでありんす……」

「ふふふ、すまない。私のせいだな。だが、私は死の支配者(オーバーロード)だ。時間は無限にもあろう……お前たちの(はや)る気持ちも理解は出来る。だが、だからこそ……」

「私達はアインズ様と同じ空間に存在する事、それだけで至福の時となるのです。感謝する事こそあれど、その反対など有り得ません。ですので、気に病まずに、これからも……」

 

アルベドの遠慮の入り混じった言葉に、アインズは「ふふふ」と満足げに笑う。

 

「こんな事がお前たちの褒美になるとは私は思っていない。お前たちが知っていて当然の事を教えているだけだからな…………だが、これが多少の気休めになったのであれば、これ以上言う事もあるまい。そろそろ私はエ・ランテルに向かう準備もしなくてはならない。後の事は任せたぞ、アルベド、デミウルゴス」

 

口を開けば終わらない。その事を察したアインズが空間に残る心残りを振り払うように、無理やりに指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を使い…………。

 

「……デミウルゴスよ。お前が多忙な事は重々に理解している。その上で、その上で頼みたい。この世界にて、私以外の……」

「既に、手配はさせて頂いております」

 

アインズの言葉に、即答を返すデミウルゴス。その言葉に思う所があるのか、アインズはデミウルゴスの顔を穏やかな表情で見つめ、そしてその頬に触れる。

 

「言わずもがな、か。さすがは忠臣と言ったところか……。それで、進展は」

「申し訳ございません。手掛りは、未だ」

 

デミウルゴスの重々しい雰囲気と言葉。しかし、アインズは落胆する事も無く、努めて明るい言葉でデミウルゴスを(ねぎら)う。

 

「ふふ、至高の御方だぞ。しかも御隠れになっているのだ。自身の為だと言うのであれば何も言わないが、私の為に探しているのであれば、そのような顔をする事もないぞ」

 

肩を叩き、今度こそ本当にその姿を消すアインズ。

残された階層守護者、六連星(プレアデス)は当然の様に臣下の礼を取り、己が如何に主に恵まれ、大切にされているかと言う事をその身に刻ませるのは、どれほどの時間があっても足りないくらいであった。



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22話 貫く嘴、意思なき調

何度かお邪魔したクーデリカとウレイリカの家であったが、その日はどうやら俺が恋い焦がれていた人物とようやく会う事が出来たので、記念日と言っても差し支えが無いだろう。双子ちゃんの様子を見ると彼女が二人の姉である事は確定し、つまりは三人姉妹が俺の姿を認識できるのも、把握できるのも、当然と言う事なのだろう。この一家の血統には、何かしらの能力が備わっており、遺伝しているのだ。しかし、双子ちゃんの両親の態度を見るに、それはどうやら大人になると消失してしまう性質なのだろう。現実は悲しいね。

それにしても、「あなたは、何」と聞かれても、「鳥人(バードマン)です」としか答えようがない。答えようがないのだが、答えても聞こえているのかが分からないのでは、答える意味も無い。だが、問い掛けておいて聞こえないなんて馬鹿な話は無いだろう。俺は期待感を胸に抱きながら、名を告げる。

 

「ぼくクロワゼ。わるい鳥人(バードマン)じゃないよ。お姉ちゃんの名前は?」

「アルシェー」

 

名前を知らないと呼べない。尋ねるが、どうした事か。ウレイリカが(さき)んじて教えてくれた。しかも、何が面白いのか、笑いながらである。クーデリカは他に並ぶ三人を指差し、「ヘッケラン、イミーナチャン、ロバー」と教えてくれるのだが、なるほど、興味が湧かない。俺の存在を認識できない存在は、お呼びで無いのである。これから四人で幸せ家族計画を話し合う予定なのだ。部外者は立ち去れ、立ち去れ。

 

「クーデ、ウレイ! ダメっ!!」

 

アルシェーが慌てた様子で双子ちゃんの腕を引き、その身を大き目のソファの背後に隠す。ダメって何がダメなの? 教えてくれた名前が違うって事なの?

ふと、気付いた。目線の先にある絵画の額縁が、微妙に斜めになっていた。これは良くない。メイドも満足に呼べない、成金一家と馬鹿にされてしまう可能性がある。足元に気を付けながら、壁際に掛けられたそれに手を掛けると、やはりと言っては何だろうか、鳥人(バードマン)には細かい作業が出来ないのだ。額縁は重力に従う様に落ちてしまい、床にガラス片を飛び散らせてしまう結果となってしまったのだ。

 

「ひっ!」

 

大袈裟に驚くイミーナチャン。君は何かね? 人の失敗を殊更(ことさら)大きく騒ぐタイプの人間なのかね? いや、半森妖精(ハーフエルフ)だったね。まあ、種族はこの際置いておいて、人間と共に生活しているのであれば、その嫌味な性格は直した方が良いと、声を大にして教えてあげたくなってしまった。

なので、実際に「おーい」と耳元に囁いてみたのだが、彼女は頬を染める事も無く、やはり俺の存在に気付く事は無いようであった。

 

立っているのも疲れるし、手持無沙汰になる。俺はアルシェーの向かいのソファーに腰を下ろすと、目の前のテーブルに茶菓子や紅茶が置かれている事に気付いた。なるほどなるほど、俺を客人と認めてはいるようである。これから家族になるのは違いないのだが、最低限の礼儀は大事にしていきたいからね。それでは、と、遠慮も無く手を伸ばすと、案の定テーブルごとひっくり返してしまった。力加減が難しくて嫌になるね、この身体は。はっはっは、悪意がない事を伝える為に、笑って謝る事しか出来ない。

 

「もう、嫌……。許して……」

 

アルシェーが頭を抱えて(うずくま)ってしまった。許してほしいのは俺なのだが、意思疎通が上手くいかない事に、頭を悩ませてしまう。

ふと、視線を感じた。チラリと左に目を向けると、ヘッケランが腰に差したショートソードに手を掛けながら、こちらを睨み付けている。ここで勘違いをしてはいけない。いつものパターンである。俺を見ていると見せかけて、俺の背後に立つ人物に目を向けているのだろう。つまりは、そう言う事だ。立ち上がり、ふらふらと部屋の中を移動すると、追う様にヘッケランの視線が俺を追いかけているのを感じた。なるほど、こいつはすげぇや。

 

「アルシェ、イミーナ、ロバー。……動くな。呼吸を止めろ。意識を止めろ。気が散…………」

 

一閃。いや、三回か。ヘッケランが俺から数メートル離れた場所に飛び掛かり、虚空に向かってその刃を走らせているのである。全く、勘弁してほしい。俺がそっちの方にちょっとだけ殺気を飛ばしただけの話である。ちょっと期待させてくれたのに、ほとほと残念。期待値が高い時ほど、損なわれた時の喪失感は大きくなるのだ。そもそも、室内で武器を振り回すのはマナー違反なんじゃないかな?

 

興奮しているヘッケランを無視し、先ほどまでヘッケランが座っていたソファに、大げさすぎるほどの動きを伴って座ってみた。「バフン」と音が鳴ったこちらに注目が集まるのを感じる。不思議そうにクーデリカとウレイリカがこちらを見ているが、特別に伝える言葉も無い。

 

「寂しいのですか? 貴方は?」

「…………言ってくれるね」

 

売られた喧嘩に、反応してしまった。聞こえる言葉で、話してしまった。失態だと口を塞ぐが、もう遅い。ヘッケラン、イミーナチャン、アルシェーが顔を上げ、こちらに視線を飛ばす。先ほどからロバーは目を瞑り、動きを見せない。だが、もう、どうでも良い。姿を現すつもりは毛頭ないが、言葉だけのやり取りなら付き合ってやらない事も無い。気晴らしに、茫然と突っ立ってるヘッケランにティーカップを投げつけるも、それは容易に避けられてしまった。

 

「貴方は殺しをしない主義なのでしょう?」

「人と話をする時は、目を開こうよ。ロバーさん」

 

俺の軽口に付き合い、目を開くロバー。視線は付近を彷徨っており、言葉の出所を掴みかねているようであった。

 

「はぁ…………。挨拶代わりに喧嘩を売られちゃったから、ぶっ殺そうと準備運動していた所なんだよね、実際」

「では、私からどうぞ。最期の願いを聞き入れて頂けるのであれば、そこの女性陣……。彼女達は許して頂けないでしょうか」

「嘘だよ。殺さねぇよ。マジでふざけんなよお前…………」

 

こちらを値踏みするかのような態度に、腹が立つ。現実の俺と比較しても、恐らく相手の方が年上なのだろう。ロバーの余裕ぶった態度は一体何に起因しているのか、知りたくて仕方がない。

 

「…………それで、貴方は何をしに?」

「主導権を取るなら、アルシェーちゃんにさせろよ。何で俺は男とばかり話をしなくてはならないのか。全く、理解が出来ないよ」

「これはこれは、申し訳ございません。では、アルシェさん……」

「いや、その前に水浴びしてくる。こんな散らかった部屋の中じゃ話をする気も起きないね。クーデリカ、ウレイリカ、水浴びできる場所教えてよ」

「おそとー」

 

気分が落ち着き、口が回ってくる。もう平気。それはそれとして、クーデリカとウレイリカが笑顔で外を指差すのだが、えっ、もう暗くなってき始めてるよ? それとも何、このお屋敷にはお風呂って物が存在しないの? マジで水浴びとか、勘弁してほしいんだけど。

 

 

 

―――

 

 

 

入水自殺(よろ)しく、川にその身を浸ければ頭は冷え込んだ。身を震わせながら家路に戻ると、アルシェーちゃん家の客間はどうやら元通りになっていた。分かり易く、大きなソファが向かい合わせに二つ。テーブルには俺の為なのか、大小様々な形の容器が並べられていた。チラリと覗くと、湯気の立つ紅茶が注がれていた。他人行儀な気もするが、他人の家のおもてなし(・・・・・)にケチをつけるほど、心の狭い人間では無い。

部屋の片隅に備えられたグランドオルガンの椅子を引き摺り、ソファの横に置く。これ見よがしに座ってみるのだが、四人は何も言うことなく、こちらに視線を向けるだけであった。

 

「俺が見える人、手を挙げて」

 

誰も手を挙げない。ある意味当然である、俺はスキルを使って姿を隠している。声は通すが、サービスはそこまでだ。そこで、質問を変えてみる。これであれば手を挙げる人間がいても驚きは無い。この世界の人口がどれほどなのかは知らないが、動物にも出来ているのだ。知恵を持つ人間に出来ない事は無いはずだ。

 

「気配を感じられる人、手を挙げて」

 

静かにアルシェーが手を顔の横まで上げる。先ほどまでの男気はどうしたのか、ヘッケランは手を挙げない。やはり、スキルを強めすぎているのが原因か。少しずつ弱めると、半信半疑なのだろうか、ヘッケランが反応しているように見えた。とはいえ、アライグマ君に見せた時よりもだいぶスキルを弱めている。つまり、そう言う事なのだろう。

 

「俺からの質問は以上です。双子ちゃんがこの場に居ないのが不服ですが……」

「い、妹に何の用?! 何が目的…………?!」

「勘違いしないでほしいけど、俺から手を出したわけじゃ無いんだよ? 向こうが俺の身体をペタペタペタペタと……。俺だから良かっただろうけど、怖い人だったらどうしてるの? ちゃんと妹の世話をしないとダメだよ? 事故が起きちゃうよ?」

 

優しく忠告してあげるのだが、どうした事でしょうか。アルシェーは瞳に涙を浮かべ、静かに泣き始めてしまった。そんな彼女を誰も介抱する事が無い。イミーナチャンは同じ性別なんだから、彼女の悲しみを分かち合ってあげても良いと思うのだが、半森妖精(ハーフエルフ)にそのような分別は無いのかも知れない。やはり種族が違うと分かり合えないのだ。自分で考えといて何だけど、俺にとっても非常に残酷な宣告となってしまった。

 

「貴方は、どうなさるおつもりでしょうか?」

 

女性陣、特にアルシェーに主導権を握らせろと言ったはずなのに、それでもロバーが口を開く。アルシェーは泣いてるし、モノにならないのは分かるが、だからと言ってここぞとばかりにロバーが出てくるのは違うと思うんだ。俺は何の因果か、女性と話をしようとすると、男性がしゃしゃり出てくる星の元に生まれてしまったのだろうか。ああ、悲しい。涙なしには語れない。そう言えば、ユグドラシル時代もペロロンに関わっていたせいか、女性陣の視線に何とも言えない冷たさが混じっていた事が何度かあった。ああそうか。生まれ変わってもそうなのか。自分の薄幸に、泣きたくなってくる。

 

「何をすると思う? 世界征服とか格好良くない? それとも、この世界には俺よりも強大な何かが潜んでいるのかな。それなら教えてほしいよ。どっちが強いか頂上決戦しないといけないからね。いや、本当は暴力なんて嫌いなんだけど、世界平和の為には仕方がない事で……」

「なるほど。では、今後の予定は」

「予定も何も、双子ちゃんに誘われてるんだから、この家で四人楽しく暮らしていくよ。ああ、良かった。今までは厩舎(きゅうしゃ)に暮らしていたんだよ。でも、やっぱり獣臭くて参っちゃうよね。それなら、子供特有の甘ったるい匂いを嗅ぎながら寝た方が、何倍もマシかな。いや、一人で寝られない訳じゃないよ? だって僕も良い大人だし、お化けもモンスターも怖くないからね」

「貴方、構って欲しいのですか?」

「マジでぶっ殺して良いか?」

 

どうもロバーは人をイラつかせるのが上手いらしい。こんなん、早死にするタイプの人間を、どうしてこの三人は仲間に入れているのかが分からない。イラつかないのか? こいつと話してて。

 

胸倉を掴まれ、持ち上げられてもロバーは平然としている。もちろん、殺すとしてもこの場では無い。ヘッケランが殺気を飛ばし、イミーナチャンが怯えた表情をし、アルシェーが頭を抱えていたとしても、この場で殺す気はないから安心してほしい。己の寝室を血で汚す愚か者は野生動物の中でも愚の愚である。俺は知恵のある鳥人(バードマン)だからキチンとお外でぶっ殺します。そもそも、殺さないけどね。

 

「この家、と言うか、帝国に住まう予定なのでしょうか」

「不本意だけどね」

 

本音を言えば、俺は森で暮らしたい。獣のフレンズと、静かに暮らしていきたいのだ。

 

「では安心しました。私達……いえ、アルシェさん達ですね。彼女と二人の妹さんは、もうすぐ帝国から出て行きます。この家は貴方が自由に使って良いのでは? もちろん、家主はいますので、本当の意味での自由にはならないと思いますが」

 

思わず、ロバーを落としてしまった。ロバーはソファの上に尻もちを着くのだが、元より高さも無い。痛みも無く、平然とした様子である。それで、こいつは今なんて言ったのかな? 鳥人(バードマン)はさっさと森に帰れって言ったのかな? まったく、ロバーは家庭内問題に口を挟み過ぎじゃないかな?

 

「…………俺が原因か?」

「そうとも言えますし、そうでないとも言えます」

 

要領を得ない言葉に殴り飛ばしたくなってしまうが、落ち着いて深呼吸をする。ロバーを殴った所で、男らしさを発揮する事は出来ない。ロバーを殴っても、双子ちゃんも、アルシェーも、俺の事を好きになってはくれないのだ。それはおそらく、俺が鳥人(バードマン)どうこうの問題を無くしても、おそらくそうであろう。つまり、つまり、つまり?

 

「それは、嫌だなぁ」

 

言うつもりの無かった言葉が口から出てしまった。自分の弱みを見せた気分になるのだが、この場に座る四人は気にした様子も見せない。意図的に感情を隠しているのであれば大した物だろうが、実際の所はどうか分からない。お城で会った王直轄の四人よりも弱い事はレベル的に確定しているのだが、だからと言って先ほどのヘッケランの姿を見るに、雑魚とも言い切れない。つまり、人間は多種多様。みんな違ってみんな良いのだ。

 

「二つほど、それを避ける革新的なアイデアがあります」

「言ってみよ。許す」

「私たちは冒険者ではありません。請負人(ワーカー)です。様々な思想を持ち得ていますが、端的に言うと『お金の為に働いている』と言っても過言ではありません。貴方の手を貸してください。それが一番の平和的解決だと思います」

「断る」

 

思ったより語気が強まってしまった。ヘッケランが顔をこわばらせ、イミーナチャンも泣きそうになっている。……て言うか、俺はイミーナチャンの言葉を聞いていない気がする。彼女がどのように美しい言葉を(うた)い、柔らかな表情をするのか知らない。ムサい男の相手は十分しただろう。もう、そろそろお開きで良いんじゃないの? 貴様らはさっさと帰ってくれよ、本当に。

 

「では、二つ目。私達に関わらないで下さい。それが一番の平和的解決だと思います」

 

思わず、ロバーの顔をまじまじと見る。視線はやはり定まっていない。続き、ヘッケランやイミーナチャンの様子も観察する。ヘッケランはどうにか気配で俺の存在を感じているようだが、それはだいぶ俺が手加減してやっているからである。もう少しスキルを強めれば、途端に見失い、気付いた頃には己の四肢が爆散しているはずだろう。辛うじてアルシェーは別みたいだが、俺を目の当たりにすると胃の内容物を吐き出すあたり、その観察眼もアライグマ君に真珠であろう。つまり、全員が全員、今後迫る死の結末に、抗う事が出来ない存在なのである。

 

「…………じゃあ、一回だけテストして良い? いや、テストってほどでも無いんだけど」

 

軽快に指を鳴らし、上位転移(グレーター・テレポーテーション)を使う。刹那、視界は多数の木々を映す。四人は慌てた様に周囲を見渡すが、別に彼らの全く知らない場所というわけでも無いだろうに、演技過剰な所があるよね。そんな反応が見たいから移動したわけじゃないんだけど、意図が伝わっているのか徐々に不安になって来てしまう。

 

「て、手前! 俺たちをどこに……」

「落ち着いてよヘッケラン。名称は森としか言いようがないけど、帝国近くの森なんだから森なんじゃないの?」

「気安く名前を呼ぶんじゃねぇよ! それで、お前は……」

「この人数を易々と…………申し訳ございません。私の責任です」

「違う。狙われていたのは私」

 

悲劇のヒロインにでもなったつもりなのだろうか、この四人は。しかし、茶番をさせる為にここまで移動したわけでは無い。そもそも、早く帰らないと可愛い妹たちがお腹を空かせるんじゃないかな? それとも、別室で既に何かを食べているのかな? ああ、それなら俺もあの家に残れば良かった。わざわざご丁寧に、こいつらと移動してくる意味、無かったんじゃない? でもまあ、一人で考えても、それはそれで(らち)が明かない。なので、俺は唯一の友達に声を掛けるのであった。

 

「ねぇ、アライグマ君はどう思う?」

 

しかしその空間にアライグマ君はおらず、一人寂しく独り言を言った感じになってしまったのだ。

 

 

 

―――

 

 

 

「待った? それとも今来たところ?」

 

何か相談でもしていたのか、四人で丸くなっている彼らに気安く声を掛ける。恋愛でもそうなのだが、人からの興味を引きたい場合は、押すだけでなく引く事も大事なのである。つまり、俺がちょっと探し物をしていた間の時間が、皆の距離を縮めていたとしても、それは有り得ない話では無いのである。そして、俺はお土産も持参している。彼らの前にゴロリとそれを転がすと、喜ぶどころか顔を引きつらせ、それでも身体を動かし一つの陣形を作り出すのであった。

 

「ほら、可愛いでしょ。俺の友達なんだ。いや、本当に可愛いのかこいつ? この世界の美的センスが分からないから、俺だけはしゃいでるのも違うよね。とりあえず、交流を深めようか」

「ん……何でござるか…………? それがし、寝てたで……ご……?」

 

スキルを使ってアライグマ君の目を覚まさせてあげると、嬉しそうに周囲を窺い始める。目の前の四人に警戒心を露をするのは当然だが、それは向こうの四人も同じだったようで、嫌な緊張感が互いの間に生まれてしまっている。俺は純粋に仲良くなってほしいと思っているんだけど、やっぱり種族間の違いは大きいようであった。

 

「な、なんで、それがしは森に…………」

「なんでも何も、君の家はここだろう? 迷子にしても酷すぎるんじゃない?」

「…………?! き、貴殿は何時ぞやの…………!!?! と、殿はどこで……」

「ほら、夜更かしも大概にしなよ。君は森の賢王なんだろ? 睡眠で頭を休めなきゃ」

 

わなわなと震えるアライグマ君なのだが、感謝の言葉も無いようで何よりである。

そもそも、アライグマ君が帝国とはまた違う場所。空の闇が少々広がっていながらも、そこそこに活気の生まれていた酒場の近くを歩いていた意味が分からない。ついつい一撃で気絶させ、ここまで運んで来てしまった。いや、まあ、探し物は彼だったのでこの工程は必要だったのかも知れないけど、人に労力を課しながらも謝罪の言葉も無いとか、森の賢王も大概だなぁ。

茫然としているアライグマ君を放置し、ヘッケランに話し掛けてみる。血気盛んな男の子である。多少は発散させてあげないと、隣のイミーナチャンに夜這いを仕掛けかねない。もしかしたら、さっきまでの四人の相談は、誰がどの組み合わせで寝るかを決めていたのかもしれない。異世界、結構進んでるよね。

 

「……つまり、私達の力を示せと?」

「どう受け取ってくれても、構わないよ?」

 

ロバーの挑戦的な言葉を静かにいなす(・・・)。放っておくとロバーの言葉は俺を傷つけ続けるのだ。ふとした拍子に俺が原因でロバーが死んでしまったら、謝る事しか出来ない。いや、蘇生(リザレクション)と言う手段もありますけど。

 

「…………不服ではあるでござるが、それがし、こいつらを殺せば殿と姫の元に帰れるのでござるか? であれば、早々に片付けたいのでござるが……」

「はい、じゃあ、用意、ドン」

 

俺の掛け声が合図となったのかは定かではないのだが、それでもヘッケランが森の賢王に襲い掛かってくれたので話は早い。本格的な夜間になる前に家に帰りたいから、ヘッケランみたいに空気を読める人間は大事にしていきたい。さてさて、俺が邪魔になってはいけないと思い、静かに身体を浮かせ、木の上にて観察を始める。そもそも、今の俺をアライグマ君は見えていたのかな? まあ、きっと見えていたんだろうな。だからこそのあの反応だろう。

 

 

 

争いは思ったよりも均衡していた。

何が良いって、ヘッケランが口だけの男じゃなかったのが良い。果敢に距離を詰め、アライグマ君の前脚での引っ掻きを(すん)での所で回避している。その際、右手に持ったショートソードを使う事は無い。上体を前に屈ませ、身体を左右に、ダッキングでの回避に成功させている。レベル差がある為、一撃が致命傷となると思ったのだが、ヘッケランは死ぬ事も怖がっていないのか、果敢に攻める姿勢を見せ続けてくれるのであった。

先ほどまでは何の役にも立たず、存在感も無かったイミーナチャンも相当であった。地の利を生かす為か必死に木々を盾にしながら移動し、その場に留まる事をしていない。アライグマ君の尻尾が生き物の様に四人を狙って動き回るのだが、イミーナチャンが上手くヘイト管理をしているのか、詠唱を続けるアルシェーとロバーにその矛先が向かう事は非常に少なかった。

 

「こりゃ、引き分けで終わるかな」

 

動きの停滞している戦闘ほど退屈なものは無い。俺は太めの枝の上でごろりと横になり、精神統一、妹ちゃんが今何しているのかを頭に浮かべながら、静かに空腹を紛らわせるのであった。

 

 

 

―――

 

 

 

「終わったかな?」

 

独り言を言いながら、地上に目を向ける。精神統一の邪魔になる為、早々に静寂(サイレンス)の効果があるアイテムを使ったのが間違いであった。現状を見て、一人納得してしまう。現実はゲームとは違うのである。引き分けなんぞ、存在しないのである。なるほどなるほど。闘争心はどちらかが折れるまで燃え続けるのである。しかも、種族間の問題もある。人間同士の喧嘩なら手打ちで終わる場合もあるが、異種族間ともなれば殺し合いになるのだ。これはうっかりしていた。

 

ヘッケランは既に左腕を失っていた。切られたのか、千切られたのか、爆ぜたのかは分からないが、それにしても重体である。それでも尚、彼の顔から戦意が失われている様子は見られなかった。むしろ、先ほどまで以上に、(たかぶ)っているように感じられた。

アライグマ君の死角になっている木々の裏。アルシェーとイミーナチャンが静かに息を潜めているようだが、どちらの血液かは分からないが、周囲はおびただしい血の色で真赤に染まっていた。森の中、土色や緑が生える場所なのに、真赤にさせるほどの出血とは、どれほどのものなのだろうか。現実で何度か行った事がある売血でも、こんなになるまで血を抜かれた記憶は無い。まあ、非正規の売血屋を利用したわけじゃ無いから、当然と言えば当然か。

アルシェーが腹部を抑えているのが気になるが、もしかしたら産気づいたのかもしれない。妊娠している彼女をこのような過酷な場所に連れてくるなんて、とんでもない鬼畜がいたもんである。

 

一方、アライグマ君は優勢に見えた。身体に目立った傷は見当たらず、口元や爪先、尻尾が赤く染まっているのが気になるのだが、それは恐らくアライグマ君の攻撃が有効打として通った事の証明に見えなくも無い。つまりはアライグマ君がその可愛らしい口元でヘッケランの腕を噛み千切り、可愛らしい尻尾でアルシェーの腹部を貫いたのだろう。

 

だが、根本として暴力的な展開にするつもりは無かったのに、なぜこんな惨状になってしまっているのかが良く分からない。とりあえず、手遅れかもしれないが、死人が出る前に止めといた方が良いのは当然だろう。気怠(けだる)くなった身体をどうにか奮い立たせ、枝の上に立つ。そして、アライグマ君の爪によって頬が裂け、体当たりによって地べたをゴミ袋と見間違えるほど汚らしく転がり、アライグマ君の尻尾によって喉を貫かれたヘッケランの膝が完全に折れた瞬間に、俺は二人の間に飛び降り、仲裁を始めたのであった。

 

「アライグマ君。君には手加減と言う言葉を知らないのかな? 人間を虐殺する事について、思う所は無いのかな」

「それがしにそんな事を言われても困るのでござる。こいつらがそれがしの弱い所ばっかり狙うのが悪いのでござる。そもそも、それがしは連れて来られただけでござる……。本当にクソ野郎に目を付けられてしまったのでござる……」

 

ヘッケランをクソ野郎呼ばわりするあたり、未だに闘志は治まっていない様子である。

しかし、相対していた四人は俺の知り合いなのである。知り合いをこんなにぼろ布の様になるまで痛めつけられて、黙っていられるほど大人では無いのである。しかし、そんな事も言っていられないのもまた事実である。ヘッケランは死にそうだし、アルシェーもイミーナチャンも恐らく死にそうだし、ロバーに至っては存在を感じられない。あんなに人に喧嘩売ってきたくせに、一番最初に敗退するとか、ロバーもなかなか面白い奴のようである。

 

「……ヘッケラン! 死なないで!」

 

俺の言葉が届いたのか、ヘッケランの身体がピクピクと動くのが分かった。良かった、死んではいないようである。そして、木々の陰に隠れるアルシェーとイミーナチャンの様子を確認すると、既に「ヒューヒュー」と息をするだけの生き物となっていた。呼吸をするだけ偉い。その身体を持ち上げ、ヘッケランの横に並べてあげた。皆、仲間なのである。死ぬ時も一緒の方が良いだろう。

そして、ロバー。きょろきょろと辺りを見回すと、見かねたアライグマ君がその方向を指し示してくれた。大樹の枝に引っ掛かるように腰を折っているロバーは内臓が撒き散らされており、どう見ても死んでいるのだが、物は試しと呼吸を確認するのだが、やはり臓物が撒き散らされると人間は駄目になるのか、完全に死んでいた。

 

「アライグマ君、森の賢王と言うだけはあるね。流石は森の治安を守る……」

「もう良いのでござる。返してほしいのでござる……」

 

もう、お休みの時間なのかな? 疲れているのか、眠いのか、消耗感のあるアライグマ君の頬を突いてその感触を楽しむ。しかし、約束は約束なのである。俺は嘘をつかないし、嘘をつく理由も特に思い浮かばない。面倒くさいが、アライグマ君を拾ってきた場所に戻す事に決めました。おそらく、時間にしては数分だろう。本気を出せばもっと早いのだろうが、本気を出し過ぎてアライグマ君の身体を風圧でズタズタにしても仕方がない。常識的な速度で、近くの川にぶち込んであげる事に決めました。

 

 

 

―――

 

 

 

森に帰ると、辛うじてイミーナチャンだけが生きていた。ヘッケランもアルシェーも事切れていた。死に際を見ていなかったので、あとどれくらい放置すればイミーナチャンも死ぬのか確認したかったのだが、それは人道的に許される事では無いのは分かっている。しかし、物事には順序があり、ロバーを枝から降ろしてあげないといけないのだ。死んでるとは言え、仲間と離れ離れになるのは辛いだろう。えっちらおっちら、労働を始める。

 

そして、頑張った甲斐があった。イミーナチャンもどうにか耐えていたのか、未だに生きていた。さてさて、これからどうしましょうか。とりあえず、使う位階魔法の問題がある。おそらく蘇生(リザレクション)で十分だとは思うが、案外、死者復活(レイズデッド)でもどうにか出来るのではないかな? そもそも、ユグドラシルには数種類の蘇生魔法があり、この世界ではどのような差異があるのかが分からない。レベルダウンのペナルティはどうなるのだろうか。頭の中が『知りたい』でいっぱいになってしまった。しかし、遊んでばかりじゃいられない。ここで下手をして、生かせる者をも殺してしまったとなれば、双子ちゃんが今まで通り俺に接してくれるかが分からなくなってしまう。

 

 

 

―――クーデリカ、ウレイリカ

 

 

 

それならば、これ以上遊んでいるのも時間の無駄である。ちょいちょいと蘇生(リザレクション)を使えば、もれなく三人は損傷した身体を元に戻し、意識を取り戻すのであった。そしてイミーナチャンにちょいちょいと大治癒(ヒール)を使えば、もれなく損傷した身体を元に戻し、意識を取り戻すのであった。

 

 

 

―――

 

 

 

「それで、テストの結果……」

 

アルシェーの家にて身体を(くつろ)がせていると、暗い顔をしたアルシェーがこちらに質問をしてきた。しかし、俺は双子ちゃんと遊ぶのに忙しいので、もうどうでも良かったのである。それにしても、ヘッケランも、イミーナチャンも、アルシェーも、ロバーも、酷く暗い顔をしているのだが、その理由が良く分からない。生きていれば丸儲けだと思うのは、俺だけなのだろうか。人の身体に飛び込んできたと思えば、羽根を楽しそうに触る二人を見ていると、徐々に睡魔が襲ってきてしまった。だから、テストとか本当にどうでも良くなっていたので、「そんなんどうでも良いし……」と小さく返事をしてあげれば、四人は互いに顔を見合わせ、納得したかのように頷き合ったのであった。その頷きは何の意味があるのかな? 余所者には到底解明できない、何かの合図なのかな?

 

「じゃあ、お休み。外で寝るのでお気遣いなく」

 

そう言い残し、立ち上がると、身体に小さい痛みが生まれた。目を向けると、クーデリカとウレイリカの手には、数枚の羽根が握られていた。俺の身体から離れた事によって魔力の類が消失したのか、それ自体を見る事が四人にも出来る様になっていたようだが、それよりもアルシェー達の引き攣った顔の方が面白かったから、クーデリカとウレイリカのイタズラには、目を瞑る事とする。

 

ああ、今日は人間とたくさん話が出来て楽しかったな。それにしても、自分の身体が鳥人(バードマン)に近付いている事実に目を背ける事が出来ず、どうにも言いようの無い気分になってしまうのだが、そういう時は寝れば良いのだ。大概の悩みは、睡眠で解消できるはずなのである。



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23話 冒険者の集う場所

ナザリックの皆と顔を合わせ、自分の言葉を伝える事が出来たおかげで、憑き物が落ちる様な感覚が身を包んでいた。自分の心の弱さが原因だった部分もあったけど、もっと早くに皆と話をしていれば良かったのかも知れないな。まあ、だからと言ってギルド長としての役割を捨てる気は毛頭ない。俺は皆を幸せにする為に、求められるがままの死の支配者(オーバーロード)としての生き様を見せ付け、皆と幸せに共存していくのだ。

 

チラリとベッドの方を見る。

ナーベラルが眠っている気配どころか、利用された形跡が無いのはどういう事なのか。

一人でこの場に佇んでいても仕方がない。空気の入れ替えがてら窓を開放し、廊下から階下に。宿屋の親父に挨拶をすれば、意味あり気にニヤつかれた。

 

大通りを歩けば朝日が気持ち良いが、そう言えば俺はアンデットだ。陽の光でダメージって受けないのか? 全く気にしていなかったが、全身鎧のおかげなのだろうか。それとも死の支配者(オーバーロード)は日光程度には負けないのだろうか。すごくどうでも良いな。

 

「アントルラッセ、必要はないと思うが周囲の警戒を頼む」

「畏まりました」

 

ふわりと飛び去るアントルラッセ。ハムスケを探すかナーベラルを探すか、という所で、足元をふらつかせたニニャがこちらに近付いて来るのに気付いた。初めは病にでも侵されたのかと心配してしまったのだが、近付いて来ればどうって事も無い。赤らんだ顔と、酒の混じった吐息は、彼女が楽し気な一夜を過ごしていた事を表している

 

「宴会でもしていましたか? ンフィーレアさんから受け取った報酬は、たしかに少なくはありませんでしたが……」

 

だからと言って、仕事内容の割に多くも無かった気もする。まあ、ハムスケとの戦闘や笛を渡した事はこちら側のサービスだから、元々ンフィーレア君の計算にも無かった事だろう。その面を付いて金銭を強請るのは、新参冒険者だからと言って許される振る舞いでも無い。

それにしても、こんなに散財するような使い方してたら、貯蓄も出来ないんじゃないか? 冒険者ってのはそんなに刹那的な人生を歩んでいるのか? 宵越しの金は持たねぇ主義者なのか?

 

「今回はとくべちでつよ。なーべひゃんをお祝いしなくつぁって……」

 

呂律が回ってないぞ、ニニャ!

それよりも、まさかナーベラルが漆黒の剣の四人と一晩も酒場にいられるほど、人間種に対しての悪感情が薄くなっているとは知らなかったな。うむうむ、ナーベラルも大人の階段を順調に上っているという事なんだろうな。ナーベと言う存在が第五? 第六? 階層の魔法を使える伝説的な存在として扱われる自覚も出来たのかな。

 

「それで、ナーベの様子はどうでしたか? 人見知りするタイプなので……」

「えっと、すごかったれふよ。なーべひゃん、綺麗な人にゃないですか。口説こうとひゅる荒くれ達を…………酒瓶で殴り飛ばしたい」

 

うん?

 

飛行(フライ)のまひょうで酒樽にぶち込んでったり……」

 

うん?

 

「でもでも! ヘテルが仲裁に入って! はいっへくれたんへ…………」

 

楽しそうに話す内容では無いと思うのだが、ニニャ的には笑い話らしい。つまり、これが王国の冒険者の民度と言う事なのか? 規格化された現実世界、(いさか)いには厳罰が課せられていたが、この世界は多少のいざこざ(・・・・)など日常茶飯事なのかもしれないな。まあ、冒険者ってのも気性が粗そうな人間が多そうだし、それも仕方がない事か。

 

 

―――

 

 

 

「邪魔するぞ」

「ただみゃー!」

 

呂律の回っていないニニャに案内してもらい、酒場にお邪魔してみるも、乱痴気騒ぎここに極まれり、と言った惨状であった。冒険者らしい風体の人間がごろりと床やテーブルの上で寝ており、数人の女性給仕が困った顔を隠そうともせずに片付けをしている。

足元の大男を踏まない様に注意深く見回すと、奥の座席に憮然とした表情のナーベラルの姿が目に入った。テーブルの上には空のグラスなどが大量に置かれているのだが、誰かがナーベラルを酔い潰そうとして無理やり飲ませたのか? 今の俺は弐式炎雷さんからナーベラルを預かっている身も同然である。大切なお嬢さんを傷物にする不埒者(ふらちもの)はブチ殺すぞ。

 

「ナーベ、ゆうべはお楽しみでしたね」

「モモンさん! はい、確かに下等生物の頭部を酒瓶で殴った時に多少の爽快感を得る事は叶いましたが、それでも…………それでも下等生物に……クソッ、モモンさんを愚弄した下等生物の息の根を止めなかった事を……お許しください! やはり、この身とはいえ、我が主を……」

「ナーベ、ストップだ。熱くなるとボロが出るぞ」

 

昨晩何かがあったのだろう。沸々とした怒りの表情を見せるナーベラルを落ち着かせ、深呼吸をさせる。ハッとした顔で周囲を窺い、必死に怒りを抑えようとするナーベラルの健気さに、子供の成長を見守る親心的な何かを感じる事が出来るが、まずは人間種に対する短気さをちょっとだけ我慢してほしいなと思ったり、思わなかったりするのだが。傭兵モモン的には、ね。

 

「まあ、良い。出るぞ、こんな(よど)んだ空間に長居する事もあるまい」

「そうですね」

 

己の身体を揺らしながら、ペテルやダインの身体を揺さぶっているニニャを放って、ナーベラルの手を引き、出口の方へ向かう。

俺が来たことで安心しているのか、ナーベラルの表情に柔らかさが戻って来たような気がする。さてさて、お次はハムスケでも探すかな……。

 

「モモンさんにお伝えする事があります。正午頃、下等生物の巣窟にて、クソほどな反吐野郎がモモンさんにご挨拶をしたいとの事でした。私としてはゴミ虫風情にモモンさんを会わせる事など言語道断なのですが、しかし…………」

 

ナーベラルの怒りが相当だが、そんなに酷い組織なのか冒険者組合ってやつは?

ペテルやニニャの話では、第五位階魔法の使い手など滅多に出てこないという話だったのだが、だからと言って実績を残さないと待遇が良くはなったりはしないのか? まあ、実際に話を聞いてからそこら辺は判断すべきだろう。あまりにも実入りが無さそうなら、違うアプローチで傭兵モモンとしての働きを見せれば良いからな。王国以外にも国はある事だし、この場所に固執する必要性もあるまい。

 

「とりあえず、ハムスケと合流だ。厩舎(きゅうしゃ)を覗いてみるぞ」

「はい、モモンさん」

 

ナーベラルと二人でエ・ランテル郊外の馬車置き場に向かう。未だ人通りは少なく、(まば)らに開いている店先には客の姿は無く、店主や手伝いが道端の掃き掃除をしている様子が見て取れた。

 

「そういえば、二日酔いとかは平気なのか? 眠くは無いか?」

「はっ! 我が至高の御方から授けられたこの身体、あの程度の状態異常に屈する事なぞありません!」

 

はきはきと元気よく答えるナーベラルなのだが、微妙に口外無用な内容を口にしている当たり、酔ってるんじゃないかな? チラリとナーベラルの顔を見れば頬が少し赤らんでる気もするし、酔ってるんじゃないかな? 籠手(こて)の上からだとナーベラルの手が温いのかすら分からんが、そもそも俺は骨だから籠手(こて)が無くても分かんないよね。はいはい、骨ジョーク骨ジョーク。

 

しかし、なんだ。ニニャと共に歩いていた時には感じなかったが、ナーベラルを連れ始めた途端、急に一目を集めた様な気配がするぞ。若い男や子供は露骨に見てくるが、それ以外もこちらを窺っている。ふむ、昨晩の間にナーベラルが何かをやらかしたか、それとも俺たちの武勲が少しずつ広まり始めているのか……?

 

行き交う人目を無視しながら歩けば、すぐにでも厩舎(きゅうしゃ)に到着する。傍らで用務の準備をしている親父に軽く会釈し、中を覗くのだが……。

 

「いないぞ……?」

 

ハムスケがお世話になっていると噂の厩舎(きゅうしゃ)を覗いてみるも、馬はいるのだがハムスケの気配が全く無くなっていた。野生動物の習性的に、早起きをしてその辺を散歩しているのか? しかし、あの見た目だと昼過ぎくらいまでグーグー寝てそうな感じもするのだが、俺の見当違いだったのか? まあ、ハムスケも馬鹿じゃあるまい。頃合いになったら冒険者組合の前にでも勝手に待ち始めるだろう……。

 

「……一旦、宿へ戻るか」

「モモンさんの仰せのままに」

 

繋いだ手を離そうとしないナーベラルと共に、俺たちは仲良く宿屋へ向かうのであった。

 

 

 

―――

 

 

 

「――――それで、階級(クラス)……? オリハルコンだのミスリルだの(さえず)っていましたが、そんな程度の低い鉱石の情報をモモンさんの耳に入れる必要も無い事だと考え、早々に目の前の下等生物にグラスに入った水をぶちまけ、退席という形を取りました。ただでさえ狭い空間。三匹も群れる下等生物の吐く息が、至高の御方によって作られた我が身に触れる事を懸念し…………ふにゅっ?!」

 

どうやらナーベラルは本調子じゃないらしいな。余計な事ばっかり言う口にはお仕置きだ。ナーベの両頬をムニムニと揉めば、ナーベラルから可愛らしい声が漏れた。それにしても、宿の一室だからと言って密室では無いのだ。周囲の物音は断片的に聞こえてくるし、こちらの話し声も外に漏れる可能性がある。昨晩、何が起こったかを教えてもらう程度の日常会話で静寂(サイレンス)を使う必要が無いと高を(くく)った俺が悪かったのか? いや、やはり本調子じゃないナーベラルが悪いんだな。ほら、反省するまでムニムニし続けてやるからな……。

 

「も、もうひわけ」

「ごめんなさいだ。ナーベ」

「ご、ごめんなひゃい。ごめんなひゃいモモンひゃん」

 

よし。

 

「まあ、冒険者組合の事は分かった。私が呼ばれた理由も多少は予想が付く」

「さすがはモモンさん」

「…………」

「す、すごいわモモン!」

 

ナーベラルが両手を合わせながら可愛らしく微笑む。しかし、慣れていないのか口元がピクピクと引き攣っているのは何故なのだろう。ナーベラルは凛々しい表情ばかりしているから、あまり笑ったりしないのかもしれないな。まあ、それはそれでギャップが………………!!?! こ、これですね! タブラさん……!!!

 

「それで、酒場の一件はどうしたんだ? 誘われたのか?」

「そうですね。私が下等生物の巣窟から出たタイミングで、待ち伏せしていたのでしょうか。あの、ヘラヘラと緩んだ口元の腐れ生物が私に声を掛け、断る間もなく強引に…………」

「ん? ナーベなら無理にでも引き離せたのではないか?」

「はい……。でも、モモンさんが人間種との共存を目指せと言っていたので、あの四匹は少なからずモモンさんの、覇道、を、手伝う気のある奴らでしたので……」

「なるほど! 偉いぞナーベ! 私の真意を汲み、そのような行動をとれるとは!」

「はっ! 有難き幸せ!」

「それで、交流を深めただけで終えたのか? 手応えはあったのか? 組合に所属する以上、横の繋がりも必要不可欠になってくるかもしれないからな」

 

言って思い出した。今朝の酒場の惨状を。床には数人の大男が転がっていたが、その中の何割がナーベラルの一撃によって葬られたのか、聞きたくも無いぞ? 治療費とか弁済とか、訳の分からない事で詰め寄られたら俺はどうすれば良いんだ? 知らぬ存ぜぬを貫き通すか? それとも、現実世界で養った営業話術(トーク)を駆使し…………ダメだ! 俺は末端の平社員だった!

 

「はい! あの席で、生まれながらの才能(タレント)の話を耳に入れる事が出来ました!」

「素晴らしいぞナーベ! お前がここまで立派な冒険者になれるとは! 最初は不安も少なからず持っていたが、やはり私の目は正しかった! お前を共に連れて正解だったぞ!」

「モモンさま……」

 

つい興奮してしまい、力強く立ち上がってしまった。身に着けた全身鎧がガチャリと小さくない音を立て、すかさず我に返る。今は静寂(サイレンス)を使っていないのだ。(はや)る気持ちを抑え、必死に冷静に努める。

再びベッドに座れば、ナーベラルの瞳が潤んでいる事が分かった。そうかそうか、俺の熱い思いが伝わったんだな。うんうん、この一件でナーベラルが更に大きくなってくれれば、俺としては何も言う事は無いな。この世界でも、NPCは成長できるんだ。それがどれほどに素晴らしい事かを理解できる朋友(ほうゆう)がいない事が心残りだが、まあ、それはそれとして。

 

「それで、何と言っていた?」

「はい。ニ………………あの小柄な生物は、魔法の取得が早いらしいです」

「……なるほど」

「そして、んへー…………にあ……? んへーにあとか言うポーション売りは、様々なアイテムを使えるそうです」

「……なるほど。それで?」

「それで…………?」

「いや、具体的に……」

「ぐたいてき…………?」

 

ナーベラルが難しい顔をしてしまったが、一体どういうことなのだろうか。見るからに、頭の上に疑問符が浮かんでしまっている。……いや、これはまあ、セーフ。ぎりぎりで良しとしようじゃないか。俺が収集していなかった情報を、ナーベラルが俺の為に聞いて来てくれたんだから。ああ、その事実が大きいんだ。そう、千里の道も一歩からって言うしな! ああ、これからのナーベラルの頑張りには期待できそうな点がいっぱいあるぞぉ!

 

「…………。そろそろ組合に顔を出してくる。ナーベはどうする? ここに留まっても良いが、問題を起こさない自信があるのであれば、露店を回っても構わないぞ? …………ああ、そう言えば昨晩はアルベドに定期報告を行わなかったよな。もしも現時点で行う予定があるのであれば、伝えてもらいたい事がある。アルベド、デミウルゴスには指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を渡すつもりだ。言い忘れてしまってな。業務に役立てるべく早々に手渡す予定だが、叙勲(じょくん)式? 親授式? …………まあ、そのような形式ばった式典は改めて行う予定だ。とりあえず、私が戻り次第…………お、おいナーベ。なぜ泣いている……」

「うっ…………ううっ……わ、私じゃ……私だけじゃ……っ、ダメでしょうか……」

「うん? ナーベ、私はお前に指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)など…………」

 

いや、覚えている。ナーベラルの左手に嵌められた指輪を。

だが、用途が違うのだ。ナーベラルに渡してる指輪は探知阻害の指輪である。現地で魔力を感知されると非常に面倒くさくなると考えたからこそ渡した物であり、アルベドとデミウルゴスに渡す指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)とは意味合いが異なってくるのだ。

 

だが、そうか。大事そうにしていたもんな……。

ナーベラルも女の子である。自分で言うのも何だが、慕っている相手から送られた指輪という物は、何にも代え難い代物なのだろう。ナーベラルがこちらの目を盗み、頻繁に口付けしているのを俺は知っているんだ。だからこその、彼女の涙か。そうか、そうだよな。色んな人に指輪を渡すなんて、そんな不義理な人間がギルドの長とか、そんなの許されないよな。俺はナザリックの皆を幸せにすると決めたんだ。それは、ナーベラルも含まれている。だからこそ、指輪はナーベラルに授け、アルベドとデミウルゴスには代替の何かを渡すべきなのかも知れないな。うむ、そうだ。そうに決まっている。そうと決まれば、ナーベラルにそう伝えないとな。

 

 

 

 

 

なわけが、無い。

 

 

 

 

 

「その話は後にする。伝言、頼んだからな。頼んだからな! ナザっ…………皆の為だからな!」

 

すんすんと無くナーベラルを後にし、廊下に出る。閉じた扉は薄く、防音性に信頼感は無いはずなのだが、まさに別空間と思えるほどに自室からの音漏れは無く、これから先も漏れ出るだろうという心配は無さそうに感じた。ちょいちょいと確認すると、使った覚えも使わせた覚えも無い静寂(サイレンス)が使われていた。おそらくアントルラッセが気を利かせたのだろう。なかなかの働き具合である。

 

 

 

―――

 

 

 

危うく現実世界の癖で、手土産を準備しそうになってしまったが、どうにか真っ直ぐに冒険者組合に到着する事が出来た。さて、受付にて俺の名前を言えばそのまま待合室にでも通されるのか? 冒険者が集う空間(フロア)しか知らんから、ちょっとドキドキするな。

 

「モモン、だ。どうやら用向きがあると……」

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 

受付嬢が一礼し、受付の背後に見える階段へ案内してくれた。受付嬢と共に三階まで上がると質素ながらも他とは作りの違う扉の前に案内された。ちらりと横に立つ受付嬢に視線を向けるが、開けてくれる様子は見られない。つまり、ここからは自分で、か。

数回ノックをすると、返事はすぐに来た。

 

「開いている」

「失礼する、お声を掛けられたようで」

 

軽く頭を下げながら、入室する。ここから先は傭兵モモンとして動かなくてはならない。力を持つ物としての振る舞いは必要かもしれないが、不必要なまでに非礼と受け取られないよう、注意も必要だ。さてさて、この世界の上層部の人間は、どのような程度か……。

 

「ノック、は出来るのだな。東国の人間は礼儀知らずだと思っていたが、それはあの女だけかね」

「東国……?」

「違うのかね? ここらでは見ない身形(みなり)や外見。昨夜の彼女は最低限の礼儀も知らぬようだったが……」

「いえ、正しい。私共の出身は東の小さな集落でしてね。私は商会を通して全国を回っていますが、彼女はまだまだ小さい世界の中で生きていました為……」

 

東国。思いもよらぬ所から利用できる単語を発見してしまった。これから困ったら、この単語を有効活用して知識を蓄えていくかな。……さて、目の前のソファには座っても良いものか、相手からの促しがあるまで待つべきか……。

 

「まあまあ、アインザック。彼は話が通じる人間でありそうだ。そう邪険にする事もあるまい。さて、立ちっぱなしでするような話でも無い。座ってくれ」

「失礼する」

 

豪胆ながらも繊細にソファに座り込めば、この場の三人の人間と対面する事になる。そう言えばナーベラルも『三匹』とか言っていたし、つまりはこいつらがこの組合のトップ連中で、昨日とは変わりも無く、と言う事か。それにしても、無遠慮なまでにこちらをジロジロと見られるのも良い気分はしないな。やはり、人の上に立つ人間は、どのような世界も根本的に性根は一緒らしいな……。

 

「私は冒険者の組合長を務めている、プルトン・アインザックだ。中央に座るは都市長のパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア様」

「よろしくね」

「そして、魔術師組合長のテオ・ラケシル」

 

目線を向ければ、静かに頭を下げる男が一人。

 

「ご丁寧にありがとうございます。私はモモン。東国からこちらに参り、未だ日も浅く…………それで、御話とは?」

「その前に、せめてヘルムを脱ごうという意思はないのか?」

 

アインザックがこちらを非難するかのような視線と飛ばす。だが、用意は周到なのだ。

 

「申し訳御座いません。非礼とは存じていますが、過去に相対した悪魔との一戦により、全身に大怪我を負いまして……。灼熱に身を包まれるも、一命はどうにか。しかし、その時に皮膚が焼け爛れてしまい、呪いのせいか、どうにも人目に晒せる状態でも無く。噂では、こちら西方に治癒の手掛り(ヒント)があると聞きまして、傭兵業をしながらも、旅をしているというわけでございますが……」

「…………あいんざっくくんがすまなかったね」

「いえ、予め説明をしていない私が悪かったまでで」

 

よし。通ったぞ。

それにしても都市長、鼻がぴーぴーと煩わしいな。

 

「こちらの配慮不足だ。申し訳ない。さて、何から話したものか……。ああ、君も冒険者なら階級(クラス)の事が気になって仕方がないか? それならば先に伝えておこう。また確定とはしていないが、ナーベ君はオリハルコン。君は(シルバー)級に昇格だ。おめでとう」

(シルバー)級……?!」

 

まさかの評価に、動揺が走る。俺が漆黒の剣の四人と同じ技量として扱われるだと……?

 

「やはり、納得は出来ないか。だが、そもそも、君の功績を証明するモノが残念ながら存在しないのだよ。……言わんとしている事は分かる。漆黒の剣から受け取ったモンスター討伐の証明は六分割すればそこまで多量とも言えない。まさか、自分一人で狩り殺したとは言うまい? 仮にそうだとしても、漆黒の剣と口裏を合わせられるとこちらとしては真偽の判断が付かないからな。……時折、いるのだよ。早々に階級(クラス)を引き上げたがる無法者が。確かに、上位に位地した方が報酬の貰いは良くなる。しかし、階級(クラス)とて私達、ひいては王国の人間が無駄な死人を増やさない為に規律したルールである。無法に行きたいのであれば、請負人(ワーカー)になるべきだ。何の保証も受けられなくなるがね。そもそも、王国としてはこれ以上の労働人口の低下は最優先に改善すべき……ああ、すまない。これは別の話だったな。

そして、森の賢王の支配にも成功したと話に聞いている。そして、実際に登録をされ、彼は君に大そう懐いているようだった。しかし、君だけでは無くナーベ君にも懐いているのだよ。ナーベ君、彼女は目に見える実力があった。頼めば、目の前で見せてくれたよ。第五位階の魔法をね。もちろん、正式には王宮魔術師の見極めが必要だが、それでも暫定的にはオリハルコンだ。こちらとしても非常に頑張ったよ。英雄級と言っても間違いは無いからな。しかし、オリハルコン級だ。理由は分かるかね?」

「身分が定かでは無い、と」

「その通り! モモン君、君は彼女と違って話が早い。では、続く言葉も分かるはずだ。出自の定かではない人間に、易々と渡せるほどの軽さがアダマンタイト級には無いのだよ。アダマンタイト級は地力のみで辿り着ける領域では無いのだ。現時点、君達が帝国、法国の手先では無いという確証が私達には得られない。魔法を使おうとも、第五位階まで使えるのだ、何かしらの誤魔化しが可能かもしれない。信用ならない人物をアダマンタイト級に引き上げる事は、不可能だ。アダマンタイト級ともなれば、隠密性のある依頼が舞い込む場合もある。王国の弱みを流出させられるわけにはいかないのだよ。これでも、一つの国家だからな。しかし、それを踏まえてのオリハルコンと言う事を考えてもらいたい。ナーベ君の待遇、悪くないと思うが?」

「で、私の(シルバー)級の理由とは」

「有り(てい)に言うと、『ナーベ君の力添えなのでは』と言うことだよ。君が彼女と行動をすればするほど、君の実績に疑いが出てしまうのは事実だ。もちろん、公の場にて力を示してもらう事が可能ならば、階級(クラス)は規則に則って上がっていくだろう。だが、君も子供では無い。無用な特別扱いが起きる事は無いと分かっているはずだ」

「なるほど、な……」

 

不服ではあるが、納得できない話と言う事も無い。

 

「アインザックの言葉が多少強かった事は、申し訳ない。しかし、彼の言っている事は私達も感じ入っている事なのだ。ナーベ君の魔力の高さには感服させてもらった。危うく、ペロペロするところだったが……」

「ペロペロ……?」

「ああ、気にしないでもらいたい。……階級(クラス)の話は一先(ひとま)ず、だ。……彼女の性質を、一体どう私たちは判断すれば良いのか……?」

「人とも思わぬ口の悪さに、尊大な態度。最期にはこちらに水をぶっかけるとは、不敬にもほどがある。まったく、秀でているからと言ってあのような態度では他の者に示しも付かん! 謙虚になれとは言わん! だが、せめて蒼の薔薇くらいの協調性は見せるべきではないか……?」

 

どうやら、空気が不穏になって来たようである。

昨夜を思い出してか、苦々し気な表情に変わっている三人。先ほどまで威勢よく話をしていたアインザックは、こめかみに青筋まで立てている。なるほど、ナーベラル……。

 

「連れ合いとして謝罪させて頂きます。彼女は少々協調性が無く……」

「協調性……?」

「そして、頑固な一面もあり、多少の驕り(プライド)も持ち合わせ……」

「頑固……驕り(プライド)……?」

「さらには、小さな世界で生きていた故の、礼儀知らずの面や見識の浅さなど……」

「なるほど……」

 

こちらの言葉に多少の理解を得たのか、静かに頷いている三匹のクソ共。

しかし、それにしても酷いなこいつらは。貴様らがナーベラルに失礼な態度を取ったからナーベラルがへそを曲げたって話なんじゃないのか? そもそもは。

年功序列か何だか知らんが、だからと言って偉ぶれば許されるという立場なのか? その椅子に座っていれば権力が何者からも身を守ってくれると勘違いしているのではないだろうな? 俺が背負った大剣を軽く一振りすれば、貴様らなぞ一瞬にて絶命するんだぞ? いや、ナーベラルを愚弄した事実を俺は許す事が出来ない。殺すだけじゃ足りないか。大切な仲間がたくさんの労力を使って完成させた存在だ。欠点だって彼女の大切な個性なんだ。その一片を見ただけで、どうしてそこまで悪者に出来るのだ? それにしても不愉快な面構えだな。こんなカスみたいな人間が仕切っていて、正常に機能しているのかこの組合は。ナーベラルが不満に思うのも当然の奴らだ。こんな腐った性根の奴らに頭を下げるくらいなら、ナーベラルと共に違う場所に移った方が精神衛生を保てるような気がするが、さて、他国もこんな感じだったらどうしようかな? 顔色を窺うのも面倒くさいから、潰すか?

 

「では、そちらのお伝えしたい事にも納得しましたので……」

「あ、ああ。すまんがももんくん。すこし、ふたりではなしをさせてもらっても?」

「では、私どもは先に失礼させてもらうよ」

「パナソレイ様、変な企てを起こさないで頂ければ……」

 

すぐにでもこの不愉快な空間から出て行きたかったのに、引き留められてしまった。それにしても、この肥満体は酷いな。鼻も詰まっているような声で喋りやがるし、最低限の礼儀を弁えてないのは、手前らも一緒じゃねぇかよ、クソ。

 

「すまないね、ももんくん。かれらもわるいやつ、というわけでもないんだ」

「はぁ」

「で、だね。わたしは、あいつらとはちがう。きみのちからをしんじているのだよ」

「……ほぉ」

「わたしはこんなみためだ。ちいはあるが、ふたりからもかろんじられている。だからこそ、ぎゃふんといわせたい! ふたりのみるめが、なかったと! そういうことを、くみあいにしらせていきたい!」

「なるほど」

「ももんくん、てをくもう! きみに、ゆうせんてきにしごとをわりふる! わりのいいしごとだ! きみならふつうにやっても、かいきゅうはあがる! だが、じかんがもったいないと……」

「非常に魅力的な提案でしたが、申し訳ない。私は規律を重んじていきたい故」

 

一礼し、退室する。腐った豚野郎が悲しげな顔でこちらを見ていた様だったが、癪に障る。

だが、形式的な話の後に、すぐさま不正に誘い込むとは、本当に救いようのない組合のようだな。これを知れただけでも、豚野郎に付き合った価値はあったか。仮に、こちらを揺さぶる一手だとしたら悪くない行動だったのかもしれんが、それはそれで不愉快だった。時間を無駄にしたな。

 

「…………アントルラッセ、いるか」

 

静かに呼びつければ、組合の廊下の窓からアントルラッセが現れる。

 

「こいつらの監視を頼みたい」

「畏まりました」

 

アントルラッセは一礼すると、何のためらいも無く扉を開け、中に入って行ってしまった。不可知化の魔法だけでなく、閃輝暗点(シンチーレーティング・スコトーマ)静寂(サイレンス)の魔法も同時に使用したらしいが、玄人が好みそうなスキル振りに在りし日の友人たちを思い出し、自然と笑みが浮かんでしまった。




部屋の一室に、落ち込んだ様子のナーベラルの姿がある。同部屋のアインズは未だに戻っていないのか、姿が見えない。ベッドの上には丸められた薄い毛布が残されており、行き場の無い感情がぶつけられたのだと、分かる。

「………………アルベド様、定期報告です」

誰に聞かせるつもりも無いのか、小さな呟きが部屋に消える。しかし、繋がってしまった。ナーベラルの言葉は意味を成し、相手の言葉が返る。

「あらあら、アインズ様に指輪を頂いて調子に乗っているナーベラルさんじゃありませんか。噂では、て、て、て、手を繋いだり、あ、頭? 頭を撫でて貰ったりしているようで? へっ、へーへー。楽しそうで何よりですけどねぇ、何の御用ですかぁ? またまた惚気でしょうかぁ?」

ピタリとナーベラルの身体が固まる。

「ふふふ・・・・・・ううっ、か、階層守護者である、アルベド様が……、私のような…………そのっ、六連星に、………ぐすっ。そ、そのような言葉遣いをされなくても、良いと思いますが。え、モモン? …………ううっ、モ、モモン…………。ももんさん……」
「……何? もしかしてナーベラル、泣いているのかしら?」
「そ、そんな……事」
「ふーん…………」

ナーベラルの様子に、守護者統括としての頭脳をフル回転させるアルベド。そして、彼女は簡単に辿り着いた。ナーベラルが何の目的を持って、このようなタイミングで定期報告をしているのか。

「あんたアインズ様に………………捨てられたわね!!! いやっほおおおおおおおおおおおおおおお!! ねぇねぇ、今どんな気持ち? どんな気持ち? ええ、ナーベラルの事はナザリックの一員として、本当に大切な仲間なの。でも、それでも私、こんな風に喜んでしまうの。ねぇねぇ、軽蔑する? 軽蔑しちゃう?」
「う…………ち、違っ! ぐすっ……捨てられて……ない!」
「もしかして、指輪? 指輪の話でしょ?! ほら、教えて教えて! アインズ様に、どのような御言葉を授けられたのか、早く教えて頂戴! ナザリックの繁栄に繋がるお言葉を、共に分かち合いましょうよ! ふ、ふひひっ!」
「……あああああああ!!!!」

アルベドの本音に、心折れるナーベラル。伝言(メッセージ)を瞬時に切り、その空間に鼻をすする様な音だけが残るのであった。


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