調の錬金術師(偽) (キツネそば)
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G編
潜入美人捜査官眼鏡…だと…


やっぱり調ちゃんが大好きです。


『錬金術師』。そう呼ばれる者たちには様々な逸話が存在する。

 

一つ、彼らは真理の探究者である。

 

一つ、彼らは不老不死を求めし者である。

 

一つ、彼らは黄金を作り出す者である。

 

一つ、あいつは人でなしである。

 

最後の一つはともかくとして、現代においては多少本を紐解けば誰もが知りえる知識はこれくらいであろう。しかし例え本に手を伸ばした経験がなくとも断言できる知識が一つだけ存在する。

 

錬金術師は存在しない。遠い昔そう呼ばれていた者たちはただの科学者である、それが現代において誰もが知る常識だ。

 

他にも神鳴りと恐れられた雷は電子の移動現象であると、神話や聖遺物は空想上や宗教の産物であると、時代の変化と共に様々な認識が変わりいつしかそれらは幻想と呼ばれるようになっていた。

 

しかし火のない所に煙は立たぬという言葉があるようににそれらは確かに存在した。聖遺物は不完全ながらも世界各地で発掘され、神と呼ばれていた者の存在も判明した。

 

そして錬金術師も一部間違った認識はあれど文献通りに存在していた。ある者は世界を解剖しようとし、ある者は結社を作り、ある者は錬金術師であることを隠し暮らしていた。

 

息を潜め、社会から距離を置き現代まで生き残ってきたのだ。

 

そんな彼らにも一つだけ、例え他者との繋がりが希薄になろうと、その数を時代とともに減らそうとも確かな逸話が存在した。それは錬金術に関わった者なら、それこそインターネットで知識を得ただけの者でも知ることができるようなちょっとした都市伝説のようなものだった。

 

ー曰く、そいつは本当に死なない。

 

ー曰く、そいつは金を作れない。

 

ー曰く、そいつは手口が汚い。

 

ー曰く、お電話一本即商談。

 

といったようにこれは伝説…とまではいかないものの、時々ネットニュースに乗るくらいには有名なとある錬金術師の奮闘物語…

 

 

 

 

 

ではなく、ひとめぼれした少女にかっこつけたり無茶したり慣れないことをして、そのついでに世界を救う手助けをしたりしなかったりするお話です。本当に期待しないでください。

 

 

 

 

 

 

「ねえねえソウ、眼鏡欲しい」

 

とある昼下がり、行きつけのカフェでのんびりしていると目の前の少女から声がかかった。

 

少女の名前は月読調、艶やかな黒髪に透き通った肌、小柄な体躯が特徴のちょっと訳アリの女の子だ。

 

彼女との出会いは後々語るとして俺はその時調にひとめぼれした。正直精神年齢がおっさんの域に達してる俺が幼気な少女に恋するのはいかがなものかと思ったが想いは日に日に強まるばかりであった。もうぞっこんである。

 

そんな訳で何かと理由をつけ彼女と交流を続けた結果一緒にカフェでお茶をしたり買い物をしたりするくらいには仲良くなることができた。できたのだがここから先にどうやって進めばいいのか分からない。その手の参考書を読んでもさっぱりだ。少し前は賢者なんて呼ばれもてはやされていた自分が恥ずかしくなってくる。

 

「ねえソウ、聞いてる?もしかして自分の名前も忘れちゃったの?」

 

「大丈夫だって、ちゃんと聞いてるよ」

 

どうやら反応が鈍かったのがお気に召さなかったようだ。なかなかに棘のあるワードが飛んできた。因みに「ソウ」というのは俺の本名を調がもじったものだ。

 

さて、そろそろ調の話に真面目に返答するとしよう。これ以上棘が増えるのはなかなか来るものがある。

 

「眼鏡だろ、てか調って目悪かったのか?」

 

「ううん、視力は問題ないよ。ただ欲しい眼鏡があるの」

 

なるほど、視力は悪くない。だけど眼鏡が欲しいと、となるとオシャレメガネか。最近はファッションの一環として眼鏡を使うこともあると聞く。試しに脳内でオシャレファッションとメガネをかけポーズを決める調を想像する。うん、かわいい。

 

「デザインとかこだわりとかはあるのか?」

 

「う~んどうだろう、でもちょっと特殊な機能がついてるのが欲しいんだ」

 

特殊な機能か、そう言われて思い浮かぶのはUVカット眼鏡やPC眼鏡だろうか。確かに現代人には必須になりつつある機能だ。調がそういった眼鏡を欲しても納得できる。脳内でスーツ姿に眼鏡をかけ足を組む調を想像する。うん、こっちもかわいい。

 

さて、ある程度の機能をつけれてオシャレなデザインがあるメガネ屋さんと言えば…

 

「駅前のモールにある専門店なんてどうだ?品ぞろえもいいぞ」

 

何より俺もそこで今使っている眼鏡を買ったからな。しかも今なら会員登録したときに貰ったクーポン券が使える。なんと千円引きだ。

 

「あそこはもう行ったんだけど欲しい機能の眼鏡が無かったの」

 

さようならクーポン、使用期限切れまで財布の底で眠っていてくれ。それよりあの店で扱ってないとは一体どんな眼鏡なのだろうか、あの店はこの辺りで最大規模の眼鏡屋だ。そこに無いのなら他の店で取り扱っているとは思えない。調は一体どんな眼鏡を欲しているのだろう…。

 

「調、それは一体どんな眼鏡なんだ?」

 

「私が欲しいのは…潜入美人捜査官眼鏡よ」

 

調はキメ顔でそう言った。

 

俺は調が何を言っているのか分からなかった。

 

「潜入美人捜査官眼鏡よ」

 

調は二度目もキメ顔でそう言った。

 

…うん、いや、なにそれ?

 

潜入・美人・捜査官・眼鏡。個々の意味は理解できる。だが繋げて一つの単語になった途端にさっぱり理解できなくなった。ある意味新しい発見である。

 

「え~っと調さん?それは一体どんな眼鏡なんでしょうか…」

 

「これはね、装着すると誰に見とがめられることなく目的地までの到達を可能とする、そんな眼鏡よ」

 

言い切った調には一切の恥じらいは無かった。そうか、潜入美人捜査官眼鏡ってそうゆうものか…うん、そっか…

 

「それは何処にも売ってないな…」

 

「うん、だからやり手の錬金術師のレリックに作ってもらおうと思ったの。そういうの錬成…できない?」

 

できない。そんなトンデモ眼鏡が錬成できるのならとっくにやってる。そう言ってしまうのは簡単だ。だが調の澄んだ瞳の前でそれを言うのはなんというか良心の呵責があった。

 

しかし真実を伝えなかったせいで調が将来恥をかくようなことは事態も避けたい。

 

どちらを選ぶのが正解か、迷いに迷って俺が出した答えは…

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました~」

 

店員の声を背に袋を抱えて進む調はご機嫌だった。心なしかツインテールもぴょこぴょこ動いている気がする。

 

さっきまで俺たちは駅前の眼鏡屋にいた。そこで手に入れた二つの戦利品が袋の中に入っている。

 

「それでよかったのか?」

 

「うん、だってソウとお揃いがいいから」

 

そう言って調はピンク色の伊達眼鏡を取り出してかけた。非常に似合っている。うん、かわいい。

 

なぜトンデモ眼鏡を求めていた調が普通の伊達眼鏡を買ったのか、それは一時間前、カフェでのやり取りにまでさかのぼる。

 

「…なあ調、哲学兵装ってものがあってだな…」

 

ロンギヌスという槍を知っているだろうか。元々はなんの変哲もない普通の槍だったのだが、イエス・キリストの死を確かめるために使われたことで後天的に神殺しの性質を付与された槍である。

 

つまり俺はそんなトンデモ眼鏡は存在しないがもしかしたらそのような能力を持つ眼鏡をこれから作り出すことができるかもしれないと調に伝えた。そしてそれは錬金術の秘術に関するものだから他人に言ってはいけないとも伝えた。

 

この事が吉と出るか凶と出るかは分からない。だが調が自分でトンデモ眼鏡の有無に気付く時までの時間稼ぎになってくれれば幸いだ。

 

これが俺の出した答えの全容だ。答えを出すことを放棄したと言われても仕方のない回答だが俺にはこれが精一杯だった。

 

そして調がトンデモ眼鏡の元に選んだのが俺と色違いの眼鏡フレームだったのだ。なんでもご利益がありそうだとか何とかと言っていた。因みに友達のは黄緑色らしい。

 

そんなわけで財布の底に埋もれる運命だったクーポン券も無事使用でき調の買い物も何とか達成できた。

 

別れ際にそれとなくトンデモ眼鏡についての助言もしたしこれでめでたしめでたしである。

 

 

 

 

とはいかなかった。

 

ピンポーン。調と眼鏡を買いに行った翌日、朝早くから家のチャイムが鳴り響いた。スマホで時間を確認するとまだ七時を回ったところだった。

 

こんな時間に誰だろうとドアを開けるとそこには調が立っていた。昨日買った眼鏡をかけて。

 

「おはよう、起きてた?」

 

「おはよう、今起きた」

 

うん、本当に今起きた。あまりの急展開に脳が一気に覚醒した。とりあえず現状を一つづつ確認していこう。

 

「あの~調さん?俺家の住所教えたっけ?」

 

いや、教えてないはずだ。家には時々ろくでもない錬金術師がやってくることがある。調があいつらと接触するのだけは断固阻止しなければならない。教育上非常によろしくない。特にあの人でなしは。

 

「それなら昨日眼鏡屋さんで住所が書いてある紙があったからそれを見たの」

 

なんてこった、とんでもないところに伏兵がいやがった。だが知られてしまったのなら仕方がない、これからは家の守りを強化してあいつらが勝手に入ってこれなくすればいいのだから。よし、次だ。

 

「えっと…なんで家にきたんだ?」

 

そう、なぜ家に来たのかが分からない。用があるのならスマホで連絡すればいい。調には電話番号もメアドもラインも教えている。それともスマホが使えず緊急の要件でもできたのだろうか。

「潜入だから」

 

「ん?どゆこと?」

 

「昨日教えてくれたじゃない。私は美人で捜査官で眼鏡かけてるから後は潜入するだけだって」

 

言った。確かに言った。帰る途中、トンデモ眼鏡完成までどれくらいかかるかと聞かれそれとなく焦らなくていい、寧ろそこまで揃っているから潜入はいらないのでは?と言う意味を込めては言った。決して潜入頑張れよという意味で言った訳ではない。そしてまさか翌日から実践してくるとは思わなかった。

 

「それじゃ、お邪魔しまーす」

 

「調、あと聞きたいんだけどさ…」

 

家に入ろうとしたところを引き留められ不思議そうな顔を調には悪いがどうしてもあと一つだけ聞いておかなければならないことがある。

 

それはトンデモ眼鏡や潜入捜査官とは比べ物にならない、もしかしたら今後に大きくかかわるかもしれないことだからだ。そう、それは…

 

「なんでエプロン姿なんだ?」

 

そう、調はエプロン姿なのだ。しかもフリルがついたかわいらしいデザインのを着用している。

 

「どうかな?似合う?」

 

調はそう言ってその場で一回転した。うん、すごい似合ってる。でもミニスカートでクルッとするのはよろしくない。具体的には見えそうで見えないのが非常によろしくない。

 

「似合ってる、一生見ていたいくらい似合ってる」

 

「そ、そう?ありがとう。それじゃあせっかくだからご飯作るね」

 

そう言い残すと調は紅い顔を隠すように家の中に入って行った。

 

それにしても朝からイイものが見れた。調の眼鏡姿にエプロン姿、照れた顔もかわいかった。そして食事も作りに来てくれた。最高の一日だ。

 

こんな幸せな日々がいつまでも続きますように、例えそれが長い生涯の一瞬であったとしても。そう願わずにはいられなかった。

 

そして願わくばまた調の眼鏡エプロン姿が見れますように。そう祈らずにはいられなかった。

 

この日、調限定で眼鏡エプロンという新しい性癖が誕生した瞬間を俺は一生忘れないだろう。

 

 

 

この物語はちょっと有名な錬金術師が月読調に惚れて試行錯誤しながら頑張って、そのついでに世界を救ったり滅ぼしかけたりして結ばれるまでの物語である。

 




お読みいただきありがとうございました。


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Edge works with A①

秋桜祭、始まるよ。


秋本番、そう言っていいほど過ごしやすい気候が続き街のあちこちでカボチャの置物が目立ち始めた、そんな九月のある日のことである。

 

今日も朝から調が作ってくれた朝食を二人で食べ食後のコーヒータイムを楽しむ、そんな至福の時間を楽しんでいる最中、事件は起こった。

 

発端は「フィーネ」、「マリア・カデンツァヴナ・イヴ」、「QUEENS of MUSIC」、「ノイズ」といった最近お馴染みの単語が飛び交う朝の情報番組であった。

 

先日ライブ会場で起こった歌姫マリアによる全世界に向けての宣戦布告。さらに特異災害と呼ばれるノイズを操ったという事実に加えその映像が世界中の主要都市に生中継されていたこともあり十日程経った今でも連日特番が組まれるほど世間の注目を集めていた。

 

この事態を重く見た各国政府は情報規制を敷くものの全く意味を成さなかった。寧ろ情報規制を敷いたせいで人々の関心を更に集めネット等で様々な憶測が飛び交っているまである。

 

何でも奇妙な歌声が聞こえた。

 

何でも少女六人が戦っていた。

 

何でも秘密結社の実験が失敗した。

 

何でも白銀の閃光と爆炎の中心で男が高笑いしていた。

 

強ち間違いでない情報が多いことに驚いたが本当に大切な情報はしっかり規制している辺り流石日本政府である。

 

なぜ俺がそんな事を知っているかって?それは俺もあの時会場にいてドンパチに巻き込まれたからだよ。後は仕事柄情報がよく集まるからとだけ答えておこう。

 

そんな訳であの事件に関しては下手な政府の人間よりも情報を持っている。勿論調がフィーネの一員だということも知っている。というか本人が教えてくれた。

 

さて、ここで俺はある疑問が浮かんだ。ライブ会場での宣戦布告から十日程経った。その期間の間に調がやっていたことと言えば俺と買い物行ったりお茶したり朝ごはん作ったりしてたくらいだが…

 

もしかして世界征服忘れてね?

 

 

 

 

「えっと…今はまだ作戦の準備中なの」

 

それとなく聞いてみると微妙な顔をしながらも教えてくれた。

 

何でも世界征服のための装置を動かすための動力源を育てるのにまだ時間がかかるらしい。しかも動力源は気性が荒く食べさせるもののこだわらないといけないとか。何ともめんどくさい世界征服だ。

 

というか事情を知っているとはいえ俺に作戦の内容まで伝えて大丈夫なのか?

 

「大丈夫、あなたなら信用できるから」

 

そう上目遣いで言ってきた。これは命に変えても守り通さなければならない。

 

「それにそろそろ餌がなくなりそうだから回収に行く予定だったの。だから明日は来れないかもしれないけど…大丈夫?」

 

大丈夫じゃない。朝から調がいないとか調欠乏症になってしまう。自分でも何を言っているのかさっぱり分からないが本当に大丈夫じゃない。絶望感しかない。これはなんとしてでも理由をつけてついていかねばならない。

 

「調、その餌の回収は危なくないのか?」

 

動力源、ネフィリムの餌は聖遺物と呼ばれるレアアイテム。つまりペットショップなどで簡単に手に入れることはできないのだ。その回収には相当の危険が含まれると踏んだ。そこをついてみたわけだが…

 

「そうだね、一応敵の本拠地に乗り込んで奪い取るわけだし危険はあるね。もしかしたら戦闘になるかも…」

 

「なら俺もついて行こうか?もしもの時は護衛にもなるし」

 

「そうだね、じゃあ…お願いしようかな」

 

よし、計画通り。あまりの嬉しさにガッツポーズしてしまったがまあいい。これで明日の絶望とはおさらばだ。

 

「それじゃあ明日は九時に駅前集合ね。服装はいつも通りでいいからね」

 

「分かった、因みにどこまで取りに行くんだ?」

 

「リディアン音楽院」

 

「…はい?」

 

「リディアン音楽院。そこで明日秋桜祭が開かれるからそこで敵奏者の聖遺物を奪取する。私たちだけじゃ不安だったけどソウがいるなら安心できる。だから頼りにしてるね」

 

…え?マジで?思っていたよりガチの戦闘になりそうなんだけど。だが悲しいかな、調の上目遣いのお願いに俺は迷うことなく「安心しろ、命に代えても守ってやる」と言っていた。まったく俺って奴は…ちょろすぎるだろ…

 

とゆうか俺シンフォギア奏者に勝てるのかな…

 

 

 

 

「おまたせ、待った?」

 

「いや、俺も今来たところだ」

 

翌日、駅前で待っていると集合時間の十分前に調がやってきた。予定より早い到着だが問題ない、俺はこの会話をするためだけに待ち合わせの三十分前から待っていたのだから。だが調、なぜ今日は眼鏡をかけてきたんだ?

 

そして今日はもう一人、金髪に溌剌とした印象を受ける少女の暁切歌ちゃんがいた。彼女も世界征服を目論む組織の一人だ。後俺が知っているメンバーはポンコツお姉さまと偏食婆さんくらいだ。よくこんなメンバーで世界征服しようと思ったな。

 

というか切歌ちゃん、なぜ君もその眼鏡をかけてきたんだ?そしてなぜドヤ顔なんだい?だが悲しいかな、それを尋ねる勇気が俺には無かった。

 

「あ!メルクリアデス!久しぶりデス!」

 

「久しぶり切歌ちゃん。元気にしてた?」

 

「元気デスよ!メルクリアも元気そうでなによりデス!」

 

メルクリアというのは俺が仕事の際に使っている名前だ。本名を使うと後々めんどくさくなると言って元上司が適当につけた名前だが中々気に入っている。そして彼女達と知り合ったのも仕事の一環だったので俺のことはメルクリアと呼んでもらっている。

 

但し調だけは別だ。俺と調の二人きりの時だけは本名で呼び合うことになっている。理由としては調には俺の事を本当の名前で呼んでもらいたかったから。後は調のわがままみたいなものだ。

 

それにしても切歌ちゃんは昔のことを思うと大分性格が丸くなったな。初めて会ったときは鋭いナイフみたいな雰囲気を纏っていたというのに今ではお日様のような笑顔を向けてくれるようになった。少しは良好な関係が築けてきたのかと思うとなんだか嬉しくなってしまった。まあこれは調にも言えたことだがな。

 

「じーっ」

 

などと感傷に浸っていたら調から割りとガチなジト目をもらってしまった。あれ、なんか地雷踏んだっけ?

 

 

 

 

 

 

「このたこ焼き美味しいデス!あ、次は綿あめが食べたいデス!」

 

切歌ちゃん提案のリディアン音楽院秋桜祭うまいもんマップの作製は順調に進んでいた。曰くこれで操作対象の絞り込みが行えるらしいのだが流石に全店制覇は胃袋的に無謀ではないだろうか。すでに俺は結構限界が近いんだが。

 

というかこれ完全に縁日に来た兄と妹二人の構図だよな。確かに潜入にはなっているが肝心の聖遺物奪取を忘れていないか心配なところだ。

 

「じーーっ」

 

そして心配事がもう一つ、なぜか調の機嫌が悪い。心当たりがさっぱり無くそれとなく切歌ちゃんに聞いてみるとどうやら原因は俺にあるらしい。しかし何が原因なのかまでは教えてくれなかった。謎は深まるばかりだ。そしてなぜかさらに調の機嫌が悪くなった。本当に謎である。

 

「あー、私向こうのたこ焼き屋行ってくるデス。二人は校舎裏あたりでゆっくりしてるデス」

 

そんな俺たちを見かねてかそう言い残すと切歌ちゃんは走ってどこかへ行ってしまった。恐らくこの時間でなんとかしろということだろう。だが原因が未だ分からないこの状態でいったいどうしろというんだ。

 

「とりあえず…移動するか?」

 

「……。」

 

「たこ焼きおいしかったな」

 

「……。」

 

「思っていたより楽しいな」

 

「……。」

 

ヤバい、話しかけるも全く反応がない。そしてこっちを見ようともしてくれない。一体何が調をここまで怒らせたのか、全く見当がつかない。

 

校舎裏についても俺と調の間に会話は無かった。何を話せばいいのか分からない、沈黙が気まずく感じる。口を開こうにも言葉が出てこない。そんな空気を破ったのは意外にも調からだった。

 

「お祭り…楽しい?」

 

「お、おう…楽しいぞ」

 

「切ちゃんがいるから?」

 

「ん~まあそれもあるな」

 

切歌ちゃんは周りの人を引っ張っていく力がある。引っ張り過ぎることがあるのが玉に瑕だがそれも含めて彼女の良さだ。だから切歌ちゃんといるのは楽しい。だけどそれ以上に…

 

「でも調と一緒にいられるからってのもあるけどな」

 

「…え?」

 

「この祭りに調と来れて、調の友達と来れて、調が友達とお祭り楽しむ姿を見れて、俺はとても楽しいよ」

 

世界征服なんて十字架を背負わなくていい、世界の命運なんて掲げなくていい、今だけでも普通の女の子のようにお祭りを楽しんでいる調たちを見れて俺は満足だ。

 

そして同時に不甲斐なくも思う。もっと早く彼女たちの力になってやれていればとも。同情だと、偽善だと言われようとも何かしてやれればと切に思った。

 

世界の存亡など今までどうでもいいと思っていた。だが調のためなら、彼女たちの願いのためなら俺は動いてもいいと思えた。だから覚悟を決めよう。この一件に介入すると、例え何を失おうと彼女の笑顔のために全力を尽くすと。

 

「そうだったんだ…ありがとう、ソウ君」

 

「ん?おう。ところでなんで機嫌悪かったんだ?」

 

「それは…内緒。そ、そういえば屋台のお金全部出してもらったけど大丈夫なの?私たちも少しくらいなら出せるよ?」

 

「いや、大丈夫だ。昨日臨時収入があってな。中々いい仕事だったからまだ懐も温かいぞ。だから気にせず食べな」

 

そう言って向けてくれた笑顔はいつも通りの調だった。機嫌は治ったようで俺も一安心だ。だが怒っていた理由を聞きそびれてしまったな。一体何だったんだろうか。

 

「おーい調ー!いい作戦を思いついたデスよ!」

 

などと考えていたらちょうどいいタイミングで切歌ちゃんが帰ってきた。なんでも敵奏者から聖遺物を奪取するいい作戦を思いついたとか。そういえばそのために今日来たんだっけか。すっかり忘れてたわ。

 

 

 

「それで勝ち抜きステージ優勝か」

 

学院にあるコンサートホールで行われる歌勝負、そこで優勝すれば生徒会権限で願いを一つ叶えてもらえる。それを利用してペンダントを要求するする作戦…らしい。

 

らしいと言うのはこの作戦穴があり過ぎて予定通り進む確証が全くない。

 

まず一つ、誰が歌うんだよ。これは調と切歌ちゃんがデュエットで参加することで解決した。

 

次に、二人とも歌上手いの?そう尋ねたら思いっきり怒られた。なんでもシンフォギアを纏う以上歌は自然と上手くなるとか。そりゃ四六時中歌いながらドンパチやってたら上手くなるか。

 

そして最後、最大の難関があった。それは…

 

「あの子めっちゃ歌上手いじゃん…」

 

新チャンピオンの子が半端なく上手かった。え?なに?あの子もシンフォギア奏者?

 

…そりゃそうだわな。敵が参加しないとも限らないもんな。

 

あまりの上手さに挑戦しようとする者は全く現れない。これは作戦変えた方がいいんじゃないか?そう尋ねると隣から勢いよく手が上がった。

 

スポットライトの先に会場中が注目する。手の主は金髪ハツラツガール、ではなく黒髪クールガール、そう、紛れもなく調だった。

 

反対側を見れば切歌ちゃんが驚いた顔をして調を見てる。

 

あれ?なんで調の方がやる気になってるの?




もうすぐAXZ終わっちゃいますね…
三か月早かったな…
読んでいただきありがとうございました。


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Edge works with A②

393最終決戦兵器説浮上
しらきりの「ORBITAL BEAT」好きです。


「見ててメルクリア、私の方があなたを虜にできるから」

 

「デ、デース」

 

そう言い残すと調と切歌ちゃんはステージへ上って行った。

 

あれ、なんかドキッとすること言い残して行ったけどなんで急にやる気になってんの?さっきまで調この作戦に反対してなかったっけ?というか主旨忘れてないよね?聖遺物の奪取だよね?どっちが歌上手いかじゃないよね!?

 

だがいざ始まってしまえば作戦など些末なことに思える程に調たちの歌は上手かった。あまりの上手さに思わず聞き惚れてしまうほどだ。先ほどの子も上手かったが俺は調たちの方が聞いてて心に染み渡ってくるような感じがして好きだった。

 

二人が歌い終わるとコンサート会場は鳴り止まない拍手でいっぱいだった。中にはアンコールを求める観客もおり切歌ちゃんは手を振って答えている。

 

調はどうしているかなと視線を移すとこちらをまっすぐ見つめており目が合うと小さく手を振ってくれた。それに俺も手を振って答える。たったそれだけのことなのに気づけば笑みがこぼれていた。

 

そしていよいよ結果発表、となったところで突然二人がステージから下り会場から飛び出していった。急な慌てように何かあったのかと急いで会場を後にして二人の後を追うと幸運にも山車によって道が塞がれていたおかげですぐに見つかった。

 

「調、切歌ちゃん、何があった?」

 

「メルクリア、マムから連絡があって基地がアメリカ軍に襲撃された」

 

「おかげで聖遺物を取りそこなったデス」

 

それは穏やかではないな。それに思っていたより早く居場所を嗅ぎつけられた。あの病院にはかなりの偽装工作を施しておいたはずなんだがな。

 

「浜崎病院なら三日前に敵に襲撃されて放棄したよ」

 

「そうか…ん?俺口に出してたっけ?」

 

「ううん、でも顔を見れば分かるよ」

 

すごい、エスパー調マジすごい。いや、俺が顔に出やすいだけか、それとも調だからこそ分かるのか非常に気になるところだが今はそんな場合でない。

 

現状聖遺物の奪取は失敗、敵の本拠地から逃走しようにも足止めをくらい本拠地も抑えられた。おまけに敵が尾行している可能性も捨てきれない。中々ハードモードな展開だな。

 

だがこっちも無策じゃない。いざとなった時のための交渉カード位は揃えてある。今なら敵の目もまだない、とりあえず聖遺物の件は解決しておくか。

 

「調、これを持っていけ」

 

「これは…赤い石?」

 

「一応それも聖遺物だ。数日はしのげるはずだ」

 

これで敵の本拠地に乗り込んだものの何の手柄もありませんで調たちが怒られることはないだろう。後はどうやって撒くかだが…と考えていると山車の列が終わるのと同時に前後を三人の少女に挟まれてしまった。

 

正面に青髪ロングが、背面をさっき歌ってた白髪ロングと知らない茶発ショートの二人が道を塞ぐように立っている。

 

というかよく見れば正面にいるのアイドルの風鳴翼じゃね?シンフォギア奏者とは聞いてたけどここで出てくるのかよ。

 

「なあ調、もしかしてこの状況かなり不味い?」

 

「うん、かなり…っていうか物凄く不味い」

 

数の上では三対三。とはいっても向こうは正規適合者三人なのに対してこっちは時間制限付きの適合者が二人に錬金術師が一人、それが撤退戦となると確かに不味いわな。

 

「分かった、この場は俺が何とかする。その間に調たちはマリア達と合流しろ」

 

「でっでも…」

 

「安心しろ、俺はお前たちから世界征服の計画について何も聞いてはいないし直接的には手も貸してない。もっと言えば俺はまだフィーネに所属していない。いわば一緒にいるだけの一般人だ。いくらでも誤魔化しはきくさ」

 

まあ実際は何するか知ってるし間接的になら仕事の一環で散々手を貸したが今は関係ない。サービスでかなり色々な事も手伝ったけどそれも関係ない。

 

それにこういう交渉は知らない奴の方が相手が警戒して上手くいく。それが得体の知れない相手ならなおさらだ。

 

「とりあえずお嬢さん方、ここは退いてくれないかな?」

 

「そう言われて素直に通すと思ったか」

 

「そりゃそうだわな…」

 

敵対勢力の主力二人を捕らえれる絶好の機会だ、これを逃がす奴はまずいない。俺でも確実に抑えようとするだろう。

 

「でもさ、ここで戦うのは不味いんじゃない?人がいっぱいいるけどさ…いいの?」

 

だが仕掛けた相手も場所も悪かったな。袖口から白銀の蛇を見せつけ交戦の意思を見せると三人の顔が一斉に青くなった。ここで戦うということは無関係の人間を戦いに巻き込むだけでなく日本政府が頑なに秘匿し続けたシンフォギア奏者の情報を公開することにもなる。そんなことになったら彼女たちもただではすまないだろう。

 

「くそっ汚えぞっ!」

 

「いやいや、汚いなんて酷いな白髪ちゃん。俺はただ本当の事を言っただけだぜ。何なら今すぐやり合ってもいいくらいだ」

 

「…分かった。そちらの言い分に従おう」

 

今度は俺の周りに地面から銀色の針を剣山のように生やすと大人しく退いてくれた。物わかりの良い人たちで助かったよ。

 

その後調達が決闘の申しつけをしてひと悶着あったがなんとか二人を無事に帰すことができそうだ。

 

おっと、そういえば一つ言い忘れていたことがあった。

 

「調、マムに伝えといてくれ。この件、俺も本格的に関わる。詳しくは追って連絡すると」

 

「…分かった。気を付けてね」

 

そう言って調たちはリディアン音楽院を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、んじゃ行こうか。案内よろしくね」

 

「え…どこ行くんですか?とゆうか帰らないんですか?」

 

「どこって君らのアジトだよ茶髪ちゃん。捕まえて情報吐かせる予定だったんでしょ?あの子たちほどじゃないけど俺にも捕まえろって命令出てそうだし君らも手ぶらでは帰れないでしょ?後は時間稼ぎかな、あの子たちが無事家に着くまでの…ね」

 

「…分かった。貴様を拘束する」

 

これで調たちの尾行が付くこともないだろう。敵は未知の能力を使う。それ故どのような手段で自分たちを監視しているか分からない。その上手段も選ばない、卑怯な手段も迷わず使う。そう思ってくれていれば幸いだ。

 

だからこそ俺は暗に言ったのだ。尾行が発覚し次第戦闘になるぞ、と。

 

これで相手の組織にそこそこ頭の切れる人間がいることや敵奏者との会話から風鳴ちゃんがリーダーを務めていることも分かった。まずまずの収穫だ、敵に捕まってもお釣りがくるほどだ。それにいざとなったら逃げればいいし。

 

こうして俺も少女三人に連れられながらリディアン音楽院を後にした。

 

ここだけ見ると中々に犯罪臭のする光景であったとだけ記しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってまたここかーい」

 

とある港に連れてこられた俺の目の前には数日前に見た潜水艦が停泊していた。何を隠そう調に言っていた臨時収入とはこの潜水艦の修理なのだ。錬金術師にとって地形破壊や修理修復など朝飯前だ。その上報酬もかなりの量を貰える。金は錬成するものではなく稼ぐものだとはよくいったものだ。

 

そんな訳で見慣れた潜水艦の見慣れた通路を進み見慣れた管制室に向かうとこれまた見慣れた筋骨隆々の男が待っていた。怒りの形相で。

 

「やっほー弦十郎、三日ぶり。元気してた?」

 

「なぜ敵対勢力と目される彼女たちと行動を共にしていた」

 

「何?シンフォギア奏者の上司ってお前なの?」

 

「なぜ民間人を巻き込むような真似をした」

 

「潜水艦の調子どうよ?ちゃんと直ってた?」

 

「今回の一件、お前が絡んでいるのか」

 

酷い、これは酷い。全く会話がかみ合ってない。キャッチボール以前にドッジボールにもなってない。これじゃただの壁打ちだよ。会話の壁打ちだよ。見てごらん、さっきから茶髪ちゃんがポカンとしてるよ。

 

「つーかあれだよ、いっぺんに質問するなよ。答えられる所と答えられない所があるんだから一つづつ聞けよ」

 

「…一つ目だ、なぜ彼女たちといた」

 

「学園祭に行かないかって誘われたから」

 

嘘はついてない。本当の事の半分しか話してないだけで決して嘘ではない。

 

「奏者達からは聖遺物の強奪が狙いだと聞いたが?」

 

「さあ?でも結果的に強奪できてないんだからいいんじゃねえの?」

 

「次だ、なぜ民間人を巻き込むような真似をした」

 

「だってそうでもしないとお前ら逃がしてくれないじゃん」

 

勿論口にはしないが巻き込む気はさらさらない。あくまでその素振りを見せることが重要なのだ。それに実際に巻き込んだら相手に交戦の口実を与えてしまう。それは俺達も望むところではない。

 

「ライブ会場の宣戦布告、あれはお前の仕業か」

 

「答えられないな」

 

「とある聖遺物が強奪された。知っているか」

 

「答えられないな」

 

「町はずれの病院が敵の拠点になっていた。お前の手引きか」

 

「答えられないな」

 

「病院に性格の悪いトラップを仕掛けたのはお前だな」

 

「答えられないな」

 

「雇い主は誰だ」

 

「答えられないな」

 

「今回の一件、お前はどこまで関わっている」

 

「答えられないな」

 

「…分かった。もういい」

 

やれやれ、やっと終わったか。思ったよりも長かったな。それに依頼に関することばかり聞いてくるもんだから答えられない連発も疲れた。

 

仕事として依頼を受けた以上依頼主から依頼内容、ありとあらゆるものは秘匿せねばならない。だから依頼内容に少しでも抵触する場合俺は一貫して「答えられない」と答えるようにしている。そうすることで依頼主との信頼関係が築かれそこから長い付き合いが生まれる。

 

逆に情報を引き出そうとした側も絶対に情報を吐かないから自分が雇うときの信用に繋がる。そして俺は報酬次第で誰の依頼でも受けるから今度はそういった連中からの依頼も来るようになる。

 

それもある程度の付き合いになれば俺が答えられる範囲と答えられない範囲から依頼に関する情報を割り出そうとするからなんとも言えないが…

 

とりあえず俺の「答えられない」は知ってる、関わっている。だが程度に関しては伝える気はないから諦めてくれ。と言った意味合いで捉えてくれればいい。

 

「あの、師匠。その人と知り合いなんですか?」

 

さて帰ろうか、と腰を上げたところで茶髪ちゃんが声をかけてきた。風鳴ちゃんや職員の人たちがビビるこの空気の中声をかけてこれたことにも驚いたが弦十郎が師匠と呼ばれていることの方が驚きだわ。

 

「そうか、まだ響君達には言ってなかったな。こいつは…」

 

「いいよ弦十郎、自分で言うから」

 

こういった商業柄第一印象は大切だ。最も彼女達に取り返しのつかない危険人物認定されている事実は変えようがないがもしかしたらこれから依頼があるかもしれない。少しでも認識が変わってくれれば幸いだ。

 

「俺の名前はメルクリア、何でも屋を営んでるしがない錬金術師だ。学校の宿題から世界征服までなんでもござれ。報酬は応相談だがお電話一本ですぐ参上。因みに後払いも可だよ。よろしくね」




潜入美人捜査官眼鏡の完成も近い…かもしれない。
今回も読んでいただきありがとうございました。


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Edge works with A③

ちょっとした説明回になっちゃいました。


「俺の名はメルクリア、しがない錬金術師だよ。よろしくね」

 

その一言で指令室中が凍り付いた。ある者は驚きを隠せず、ある者はその突拍子のない発言に首を傾げる。

 

素性を知る弦十郎と小川以外その真意を知る者はおらずそれを確かめる術もない。ただ沈黙がその場を支配する。

 

そんな中一番に声を上げたのはまたしても響だった。

 

「え、その外見で外国人なんですか?」

 

「ちげえだろバカ!驚くのは錬金術師の方だろうが!」

 

そしてすかさず白髪ちゃんのキレのあるツッコミが炸裂した。

 

ありがとう白髪ちゃん、そうだよね、普通はそっちだよね。俺も急なボケに思わず思考停止に陥って焦ったよ。

 

だが彼女の疑問も最もだ。俺の外見は黒髪黒目の典型的な日本人の外見をしている。それに目つきを悪くして調達と色違いの黒縁眼鏡をかければあっという間に完成だ。

 

「メルクリアってのは仕事用の名前だよ。だから本名は別にあるし生まれもちゃんと日本だよ」

 

「そうだったんですか。じゃあ本当の名前はなんて言うんですか?」

 

「それは無理かな、本名がばれると色々めんどくさい事になるから言えないんだ。ゴメンね。仕事関係以外だったら答えられるんだけどね」

 

仕事柄表沙汰にできないような依頼も決して少なくない。潜入、破壊工作、上げ始めたらキリがない。またそのために法を犯すことも頻繁にある。そしてそのような依頼程報酬が弾むのだ。だから顔ばれや身元がばれるのは不味いのだ。

 

「じゃあさっきの蛇や地面から生えた針ってどうやったんですか?」

 

「あれは錬金術だよ。物質を分解したり再構築したりする異端技術の一種だよ。本とかでよく見かけるあれとほとんど同じかな」

 

そう言って先ほどと同じように袖口から白銀の蛇を三匹出すと奏者達の目の前でお辞儀をさせた。

 

「なんだかかわいいですね。触ってもいいですか?」

 

「いいよ。あとそっちの青髪ちゃんと白髪ちゃんもそんな警戒しなくても大丈夫だから。襲ったりしないから。それとも蛇苦手?」

 

「まあ…人並みには…」

 

「でも翼さん、この蛇冷たくて柔らかいですよ!ほらクリスちゃんも!」

 

「やめろバカ!得体の知れない奴が出したもんだぞ!なんかあったらどうすんだよ!?」

 

「本当だ…冷たくて柔らかい。これは一体何なのですか?」

 

「あんたもかよ!?少しは警戒しろよ!?」

 

「水銀だよ。水銀に魔力を通して操ってるんだ。だからこうすればっと」

 

蛇達に魔力を送り指示を出すと三匹は絡まり合い一匹の巨大な蛇となりとぐろを巻いた。そして蛇は天井に向かってとぐろを巻きながら細く長くなっていき終いには学園で生やした針と比べ三倍ほど大きい杭のような形になり床に突き刺さった。

 

次に杭を引き抜き袖口に仕舞い込んで床に手をついて穴を錬金術で塞いでみせた。

 

「これがさっき見せたものの正体だよ」

 

「おおー!なんだかマジックみたいですね」

 

確かに宴会なんかでやったら大盛り上がりだろう。本当にタネも仕掛けも無いんだからな。

 

さて、これで茶髪ちゃんとは何とかなりそうだな。後の問題は青髪ちゃんこと風鳴翼と白髪ちゃんことクリスちゃんだな。特にクリスちゃんは要注意だな。さっきから近寄ろうともしないんだから。

 

弦十郎?あいつは無理だよ。だって仕事だもん、流石にどうしようもないわ。小川は…仕事だからって割り切ってるからいいかな?あいつ忍者だしそういう話で盛り上がったことあるし。

 

「あとこんなこともできるよ。青髪ちゃん、ちょっとゴメンね」

 

「何をっ…痛みが引いた?」

 

風鳴ちゃんの肩に手を置き魔力を流し込む。いきなり触ったからすぐに振り払われてしまったがちゃんと治ったみたいで何よりだ。

 

「治癒能力、錬金術にはこういう使い方もあるんだよね。風鳴ちゃんは左足を怪我していたからね。あとそっちの白髪ちゃんも怪我してるでしょ?治してあげるからおいで」

 

手招きして呼ぶと渋々という顔をしながらもこちらに手を差し出してきた。肩は触らせてくれないものの手ならいいということだろうか。

 

「君は…脇腹かな?鈍器みたいなもので強く打たれたのか。」

 

「そんなことまで錬金術師ってのは分かんのかよ。とんだびっくり人間だな」

 

「そうでもないよ、これは錬金術の中でも解析術ってのを使って調べただけだよ」

 

勿論錬金術の行使には対象をある程度理解してないと厳しいところがある。錬成物の性質、構成要素、原子配列、形状そういった知識がないと上手く術が発動しない。そして人によって得意分野も異なる。解析術はその穴を埋めるための術だがこういう使い方もあるのだ。

 

「これで良しっと、ついでに茶髪ちゃんも診ておこうか。手貸して」

 

「あ、はい。お願いします。あと私立花響です」

 

「そう、じゃあ立花ちゃんは…大丈夫、いたって健康体だね。ただ筋肉が少し炎症起こしてるからしばらくは無茶な動きは止した方がいいよ」

 

「分かりました、ありがとうございます」

 

「他に見てほしい人は…いなさそうだな。んじゃ帰るわ。弦十郎、道案内よろしく」

 

「あの、メルクリアさん、お尋ねしてもいいでしょうか?」

 

そろそろいい時間だしな、と出口に向かうも風鳴ちゃんが道を塞ぐように立ちはだかった。

 

「どうしたんだい?青髪ちゃん。何か聞きたいことでもあるのかい?」

 

「風鳴翼です。なぜあなたはそれほどの力がありながら彼女達に手を貸すのですか?」

 

おっと、ここでそれを聞いてくるか。錬金術で誤魔化せたかと思ったんだけどな、しかしなぜと聞かれてもな…

 

「そういう依頼だからとしか答えられないな」

 

「依頼ならば…頼まれればあなたはなんでもするというのか!それが人殺しであったとしてもか!?」

 

「ん~まあそういう依頼なら仕方ないわな」

 

彼女が言っているのはコンサート会場のノイズ襲撃の事だろうか?あの時は確か被害が出なかったと聞いたがそれ以外に何かあったのだろうか。

 

それにしても彼女も風鳴だな。何かを守るため、そのために己の信念にまっすぐなところが弦十郎によく似ている。これならあの狸親父みたいにならないだろう。

 

「それに彼女たちのやることは必要なことであると俺は判断した。だから俺は協力している。例えそれがどんな手を使うことになったとしてもだ」

 

「あの、メルクリアさん。話し合うことはできないんですか?」

 

「無理だな。まず話し合いでどうにかなる段階ではなくなっている。そもそも彼女たちは君たちと話し合う気は無いよ」

 

先ほどまでの表情が一転し悲しそうな顔の立花ちゃんには悪いが無理なものは無理だ。現在彼女たちが置かれている状況は想像以上に悪い。

 

アメリカだけでなく世界中から追われ敵には正規のシンフォギア奏者が三人。それに対し自分たちは時間制限付きの奏者三人に科学者一人。

 

どこかの組織に協力を求めても受け入れてもらえる確証はない。仮に受け入れてもらえてもいつ裏切られるか分からない。さらにその組織がアメリカに通じているかもしれない。シンフォギアなどという日本政府直轄の組織などなおさらだ。

 

なによりアメリカという大国に敵対する以上弱みを見せるわけにはいかない。だからこそ宣戦布告などという危険な方法をとってでも自分たちを驚異的に見せなければならなかったのだ。

 

「でも手を伸ばしつつければ、話し合えばいつかは分かり合えるって…了子さんが…」

 

「立花ちゃん、人と人が分かり合うのってそんなに大切な事かい?」

 

「え?」

 

「別にそこまでして分かり合う必要なんて無いだろう。生まれも育ちも性別も宗教も人種も何もかもが違うんだ、世界中の人間全員が分かり合う必要なんて無いんじゃないかい?」

 

立花ちゃんがどの様な人生を送ってきたのかは知らない。その生き方に、感じ方に共感することはあれ自分も彼女と同じように生きようなどと思う日は永遠に来ないだろう。俺には俺の生きてきた生がある。その中で感じ、思い、積み上げてきたものを一瞬にして作り替えることなど不可能だ。

 

だからきっと立花ちゃんと調達はこの問題に関しては絶対に分かり合えない。調には調の人生がある。その歩みの結果今の調の、調達の決断があるのだから。

 

「それにさ、君たちと彼女たちとでは置かれている立場も状況も違うんだよね」

 

立花ちゃんたちのように国からのバックアップがあればできることも多いが調達にはそれがない。それ以前に国から追われている。この時点でもうどうしようもない段階まで来てしまっていたのだ。

 

「正義では、正論では守れないものを守るために俺は彼女たちに協力する。それが悪と言われようと、卑劣と言われようとだ」

 

彼女たちが正義で人々を守ると言うならば、調達は悪を成してでも人たちを守る。だからこそ俺は調達の力になろうと決めたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「悪かったな弦十郎、色々迷惑かけたわ」

 

「全くだ。お前が絡むと大体めんどくさい事になる」

 

あの後、指令室の空気が来た時よりも悪くなったため俺は早々に潜水艦を後にした。当初の予定ではそこそこ仲良くなって円満な別れ方をする予定だったんだが…どうしてこうなった?

 

「お前にしてはやけに感情的になってたな、そんなに今回の依頼は入れ込むような内容なのか?」

 

「う~んどうだろうな。なんとも言えんが…最悪お前の組織にも動いてもらうことになるかもしれん」

 

「そうか…そういうレベルか…」

 

入れ込むほどの内容か、と問われれば確かに入れ込まなければ人類滅亡一直線だがどちらかと言えば依頼相手の少女に入れ込んでると言った方が正しい気がするが今は言わなくてもいいだろう。

 

「そういえば…」

 

空を見上げれば太陽が沈み少し前まで無かった環を着た月が輝いているのを見ながら話を進める。

 

「宣戦布告した歌姫マリアってアメリカ出身だったよな」

 

「ああ、そうだな」

 

「アメリカ軍がNASAと協力して必死で追ってるってさ」

 

「そうか…」

 

「NASAって月の観測もしないといけないのに大変だな」

 

「そうだな」

 

「アメリカの聖遺物関係の研究所はどうしたんだろうな、シンフォギア奪われてるのに全く動きが無いな」

 

「そうだな、どうしたんだろうな」

 

「それにしても月がよく見えるな、最近は特によく見える。まるで近づいてきてるみたいだよ。なあ?」

 

「そうだな」

 

そこから先の会話はなかった。ただ波が来ては返す音だけが響き渡り二人して月を眺める。なんともむさくるしい光景だが不思議と不快感はない。俺はそんな弦十郎とのそんな関係は好ましく感じられた。

 

「メルクリア、お前もしかして…」

 

「おっと、独り言が過ぎたな。気にしないでくれ」

 

今日はもう帰るかな、なんかあったらまた来るわ。弦十郎に背を向けさっさと帰ろうと足を動かした矢先、重要な事を言い忘れていたことを思い出した。

 

「弦十郎、あの立花ちゃんって子な…一度精密検査受けさした方がいいぞ」

 

「何、どういうことだ?」

 

「詳しくはなんとも言えんが…最悪死ぬかもしれん。少なくともこのままいくと人間でなくなる可能性があるぞ、気をつけろよ」

 

できれば気のせいであって欲しいがな。そう言い残して俺は港を後にした。




今回も読んでいただきありがとうございました。


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賢者の石

初めてランキングに載りました。これも皆様のおかげです。ありがとうございます。
これからも妄想全開ですが楽しんでいただければ幸いです。



「そうですか…メルクリアがそんなことを」

 

旧リディアン跡地、そこでマリア達と合流した調と切歌は秋桜祭での一件を報告していた。マリアは二人が無事に帰って来た事に安堵し、ナスターシャはメルクリアが計画に参入するということで今後の計画の修正をしていると調と切歌が悲痛な面持ちで声をかけてきた。

 

「マム、メルクリアを助けに行きたい」

 

「メルクリアが私たちの代わりに敵に捕まったデス」

 

「人質に取られてるかもしれない。だから、助けに行きたい。それに決闘も申し込んだから戦わない理由もない」

 

二人が、特に調はメルクリアになついていることをナスターシャとマリアは知っていた。そして調がメルクリアに好意を抱いていることも理解していた。だがそれを許すことはできなかった。

 

「これは遊びではないのですよ。それに彼に限って捕まるなどあり得ません。もし捕まったとしても直ぐに脱出するでしょう」

 

「でも…」

 

「心配デス…」

 

「調、切歌、貴女達が彼を心配するのはよく分かります。ですが彼は強い、それは貴女達も知っているでしょう?」

 

「そうね、彼なら奏者が三人いたとしてもなに食わぬ顔で帰って来そうよね」

 

「そうですねマリア。だから貴女たちも今は彼の帰りを信じてあげてください」

 

そう言ってナスターシャは二人の頭を優しく撫でたがその手は震えていた。口ではそう言っていても本心ではメルクリアを心配していたのだ。ナスターシャ個人としても、フィーネとしてもメルクリアとは長い付き合いであり何度も助けられた過去がある。それでも組織の長として表に出すまいと必死だった。

 

「おやおや、皆さん随分とそのメルクリアという人物に御執心のようですね」

 

「…ドクター、いたのですか?」

 

「ええ、貴重な奏者二人が帰って来たと聞いたものでね。そうしたら聞きなれない名前が聞こえたものでついしゃしゃり出てきてしまいましたよ」

 

そう言いながらエアキャリアから出てきたドクターウェルの表情には怒りの色が見えた。ナスターシャだけでなく奏者三人までもが自分の知らないところで秘密を共有していた。しかも自分の邪魔をしでかさない相手がまた一人増えるかもしれない。その事が英雄志望の彼にとっては看破できるものではなかった。

 

「それで、どなたなんです?そのメルクリアとは」

 

「私達に協力してくれている錬金術師です。とても優秀で頭が切れます。何よりかなりの強者です」

 

「ほう、錬金術師ですか。なんとも胡散臭い奴ですね。今時流行りませんよそんなインチキオカルト野郎なんて」

 

「そうですか、ですか私たちはそんなインチキオカルト野郎を信用しています。少なくとも貴方よりは」

 

「そうですか。それで、その凄腕錬金術師様は敵奏者から聖遺物も奪えず間抜けに敵に捕まったわけですがこれからどうすると?」

 

「それならマム、メルクリアがこれをくれた」

 

「これは…賢者の石ですか」

 

「賢者の石?そんなもの空想上のアイテムでしょ!どうせ偽物ですよ」

 

「いいえ、本物ですよ。証拠ならほら、この通りです」

 

ナスターシャが石を握りしめると拳から赤い閃光が走り空に向かって燃え盛る炎が錬成された。それを見たウェルの顔は先程のような怒りではなく驚愕に染まる。彼も一科学者だ、物理学上いきなり人の掌から火柱が上がるなど考えられない。だからこそ認めるしかなかった。メルクリアなる人物が本物の錬金術師であると。

 

「これならネフィリムの餌として十分でしょう。ではドクター、お願いしますね」

 

「…ええ、分かりましたよ」

 

ウェルは石を引ったくるように受け取ると苦虫を噛み潰したような顔でエアキャリアに戻っていった。

 

「さて、ドクターもいなくなったのでメルクリアの事に話を戻しますが今は彼を信じて待つことしかできません」

 

「そうね、ドクターがいなくなったから言えるけど今の私達にはメルクリアは絶対に必要よ。戦力としては勿論、精神的支えとしてもね」

 

「本当デスよ。ドクターがいても言いそうデスがはっきり言ってメルクリア一人で十分デスよ。ドクターいらないかもデスよ」

 

ウェルがいなくなった途端にこの言いようである。女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ。これがメルクリアの人望のおかげか、はたまたウェルの人望のせいか、あえて言わないのが彼女達のせめてもの優しさである。

 

「それにそれ以外の理由でメルクリアが心配な人もいるデスよね?ねぇ、調?」

 

「え…う、うん…」

 

「また調のヤキモチ?今度は何をしでかしたの?」

 

「それが聞いてほしいデスよ、潜入した学園祭で歌の勝ち抜きステージに出てた他所の女に釘付けになってたんデスよ」

 

「それってさっき聖遺物を奪う作戦のため出場したって言ってたやつよね?」

 

「そうデス、しかもその女は敵でしかも巨乳デスよ!ボインデスよ!まあそのおかげで調もやる気になってくれたんデスが…」

 

「ボイン…やっぱり胸…」

 

調の脳内で再生されるのは動く度に揺れる雪音クリスの胸。それに対して自分はと視線を落とせど目にはいるのは凹凸の少ない胸。試しに手を当ててみてもペタンと音が響くだけであった。勝敗など比べる必要が無いほど明らかである。

 

「だっ大丈夫よ調、メルクリアは胸はあんまり気にしてなさそうだし、きっと胸以外を見てたのよ!そうよね切歌!?」

 

「デス!?そ~そうデスね?多分胸以外を見ていたと思いますよ!うん、きっとそうデス!」

 

「でも見てたんだ…胸以外見てたんだ…」

 

本当はただ歌が上手くてききいっていただけなのだが残念ながらそれを覚えている者はこの場にいなかった。胸に手を当てたまま目から光が消えていく調にマリアは必死にフォローを入れるものの効果は無かった。寧ろかえって悪化したまである。流石ポンコツマリアポンコツである。

 

「ふふふ、大丈夫ですよ。彼ならその心配はいりませんよ」

 

「もう!笑い事じゃないわよマム」

 

「すみませんマリア。ですが今のやり取りを見ていたら彼も随分と変わったなと思ってしまって」

 

「メルクリアが変わった?そんなに今とは違ったの?」

 

「ええ、昔は人付き合いそのものを避けていましたからね。それに今ほど笑いませんでした。笑ったとしても作り笑いがほとんどです」

 

「そうなの?今の彼からは想像できないわね。確かに笑っているところはあまり見ないけど作り笑いでは無かったと思うわ。調はどう?私たちの中では一番メルクリアと過ごした時間が長いわけだし何かないかしら?」

 

「え?えっと…二人っきりの時はよく笑ってくれるよ。それにすごく優しい顔してるから…好き」

 

誰も好きかどうかまでは聞いてない、マリアはその一言をなんとか押しとどめた。フォローはフォローにならず、調は闇落ち仕掛ける。そんな状況に泣きそうになったがメルクリアの昔話のおかげでなんとか調の気を逸らせた。そこに余計な事を言ってまた闇落ちさせる程マリアは愚かではないのだ。ただちょっとポンコツなだけなのだ。

 

「昔の彼ならば誰かと一緒に、しかも長時間いるなど考えられませんでしたね」

 

「そうですね…」とナスターシャは若かりし頃を思い出しながらかつてのメルクリアについて話し始めた。仕事や依頼に関しては今と大して変わらなかったがやはり愛想笑いが多かったこと。

 

とある国にある聖遺物を発掘するチームの護衛として初めて彼に出会ったこと。

 

仕事以外では極力他人と関係を築こうとしなかったこと。

 

依頼内容は完璧にこなすがそれ以外の事は基本不干渉なこと。気が向けばサービスと称して様々な事を手伝ってくれたこと。

 

そして依頼主によって依頼の内容が同じでも報酬が全く違うことなどを話した。

 

「今の彼からは想像できないものばかりでしょう?」

 

「なんだか以外。全く別人みたい」

 

「そうですね、ですが変わるきっかけとなったのはあなたたちなんですよ」

 

「私たちがメルクリアを変えた?」

 

「彼と初めて会った日のことを覚えていますか?」

 

「うん、浜崎医院を改造してもらった日の事だよね?」

 

「そうです、あの日あなたたちに会った彼は私にこう言ったんですよ。「本当にこの子たちにやらせるのか」とね」

 

初めてでしたよ、彼が依頼内容に文句をつけてきたのはね。そう付け加えてナスターシャは微笑みながら話を続ける。

 

「他にも色々聞いてきましたよ。「こんなところに住まわせるのか」や「もっといい場所は無かったのか」と散々文句を言っていましたね」

 

「そういえばあの病院見た目はボロッちいままだったけど中は新品みたいに綺麗にしてくれたデスよ」

 

「そうだね、私たちの部屋まで作ってくれたし。しかもおしゃれだった」

 

「防犯システムや敵奏者の妨害装置も彼の自信作だったわね。サービスで付けとくと言ってたわ」

 

「ええ、私はてっきりあなたたちがまだ幼い少女だから彼なりに気を使っただけなのかと思っていました。ですがその後も彼は足繁く私たちの元へ通ってくれましたよね」

 

ある時は食料品を、ある時は嗜好品を、ある時は実験の手伝いを、またある時はどこかへ連れて行ってくれた。そのおかげかライブでの宣戦布告まで彼女たちは当初予定した以上に充実した潜伏生活を送れていたのだ。

 

「今まで彼が仕事以外のことまで深入りすることはありませんでした。そしてあんなにやさしく笑った顔も見たことがありませんでした。それで彼に尋ねてみたのですよ。「なぜ今回に限ってこんなに深入りするのか、同情でもしたか」とね」

 

「それで、メルクリアはなんて言ったのマム?」

 

「「なんとなくだよ。あの子には、あの子たちには笑顔でいて欲しいと思った。それになんだかここは居心地がいい」そう言っていましたよ」

 

「そっか、そんなこと思ってたんだ」

 

「ですが本当の理由は別にあったんですよ。しかも少し考えればすぐに思いつくような簡単な理由です。分かりますか?調」

 

「え?う~ん、分かんない。マリアと切ちゃんは?」

 

「私たちは分かってるわよ。というか知ってるわ」

 

「そうデスね。あれは分かりやすいデス」

 

自分だけが分からないという状況になんとかしようと頭をひねる調だが一向に答えは出ない。遂には諦め答えを尋ねるとナスターシャが微笑みながら答えてくれた。

 

「恋ですよ。しかもとびっきり質の悪い一目惚れです」

 

「一目惚れ…誰に?もしかしてマリア?それとも切ちゃん?」

 

「どうしてそうなるのかしら…いい調?メルクリアと一緒に過ごした時間が一番長いのは私たち三人の中で誰?」

 

「私だね」

 

「じゃあメルクリアの家に行ったことがあるのは?」

 

「私だけだね」

 

「最近買い物は?」

 

「メルクリアと一緒に行ってる」

 

「彼の料理味付け少し変わったわよね」

 

「私好みの味になった」

 

「彼のスマホの壁紙知ってる?」

 

「私とのツーショット」

 

「もうそれが答えよ…口の中が甘くなってきたわ」

 

「メルクリアが好きなのは…私?」

 

「そうですよ調、彼は完全にあなたに惚れてます。もうぞっこんです」

 

惚れている、ぞっこん、その単語を聞いた瞬間調の顔は火が出るかというほど真っ赤になった。自分はあれだけアピールしておいていざ相手が惚れていると告げられただけでこの反応はどうなのよ…とマリアが頭を抱えているが今の調にそれを気にする余裕はなかった。

 

「ソ、ソソソ…メルクリアが私の事、す、好きってマムどうしよう!?」

 

「貴女のしたいようにすればいいんですよ。それに両思いです、いずれはくっつきます。勿論私たちもサポートしますよ。FISの総力を挙げて応援します」

 

調が壊れたロボットのような挙動をしり目になんとも楽しそうにそう告げるナスターシャ、いくつになっても女性はこういった手の話が好きというが本当であった。最近まれにみる生き生きした顔であった。

 

「それと調、これは私の我儘ですができることなら彼を救ってあげてください」

 

「どういうこと?」

 

「彼には身体にも心にも人には言えない秘密があります。それのせいで長い間彼は孤独に生きることを選んできました。ですが今貴女を愛しこうして関係を持とうとしている。だから調には彼の支えになってやって欲しいのです。彼を愛し、彼が愛している貴女だからこそ頼めるのです。重荷を背負わせるような言い方になってしまいすみませんが頼まれてくれるでしょうか?」

 

秘密と言われて思い当たる節が調にはいくつかあった。世界征服を宣言した自分たちが言うのもあれだがもしあれがメルクリアの抱えている秘密だとしたら確かに他人にそれを伝えるのは憚られるだろう。そしてそれを気づかれないよう他人との関りを避けようとするのも納得ができた。

 

だが調にはそんなことどうでもよかった。メルクリアの秘密を知ったのは偶然だったが彼ならそれがばれないよう上手くやることもできたはずだ。だがそれをしなかった。あの時そうまでして自分のために動いてくれたのだ。それだけで十分だったのだ。

 

だから今度は自分の番だ。立花響と同じ事を言うのは癪だが彼の手を取りたいと思った。繋いだ手を離したくないと思った。彼が好きだから、彼と一緒に進みたいと思ったから。

 

「…分かった、私がメルクリアのためになれるのなら。私にしかできないことをする」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

そう言った調に向けたナスターシャの顔は組織の長ではなく、また彼女たちの母親としての顔でもなく、メルクリアの一友人として彼を任せられる相手を見つけた安心した顔だった。

 

「あの~マム、いい感じのところに悪いんデスが一つ聞いてもいいデスか?」

 

「どうしました?切歌」

 

「さっきから気になってたんデスけど…メルクリアって何歳なんデス?」

 

いつもならこういった色恋沙汰に真っ先に食いついてくる切歌が今回はやけに静かだと思ったらそんな事を聞いてきた。

 

だが切歌の質問ももっともだった。今までの話を冷静に振り返ればおかしな点があるのだ。

 

メルクリアは十代後半から二十代前半といった見た目をしている。だが先ほどナスターシャの口から出てきた言葉は昔のメルクリア、若かりし頃のナスターシャ、そして長い間。

 

歳上であるナスターシャが年下のメルクリアに対する表現としては違和感があるのだ。

 

「そうですね、いずれ分かることです。それにあなたたちも考える時間が必要でしょう」

 

これはメルクリアの秘密にも関わってくる、それを自分が答えていいものかどうか、暫く悩んでいたがやがて意を決したように顔を上げ調達に向き直り衝撃の真実を告げた。

 

「彼は俗に言う不老不死です。私が知る限りではおよそ五十年前から歳をとっていません」




三人称視点って難しいですね…

今回も読んでいただきありがとうございました。


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VS融合症例

メルクリアの正体、発覚(一部のみ)
内容を一部変更しました。(12/25)



「セット・ハーモニクス!」

 

旧リディアン音楽院跡地での戦闘から数日後、逃亡したドクターウェルを巡って繰り広げられる戦いは苛烈を極めていた。

 

始めはエージェント相手にソロモンの杖の力でノイズを召喚し優勢に立っていたウェルだったが偶然近くに居合わせた響の暴走とも言える力により一転して不利に陥る。

 

そして遂に響の拳がウェルの顔面を射抜くかと思った瞬間、なんとか間に合った調と切歌によって攻撃が防がれ戦局は振出へと戻された。

 

しかしこちらは時間制限付きの二人なのに対し相手は正規適合者、しかも謎の暴走により出力がどんどん上昇している。時間の面でも力の面でもこのままでは自分たちが負けるのは明白だった。

 

なんとか戦局を押し返そうとウェルは調と切歌に対し副作用を顧みずリンカーのオーバードースを強行、ナスターシャの事もあり逆らえない二人は絶唱を用いて押し切ろうとするも響の絶唱により調律、エネルギーは吸収され空に向かって虹色の旋風となって放出された。

 

貴重な手持ちのリンカーを二本も使い、奏者にも負担をかけたにも係わらず戦況は動かなかった。しかし意外にもウェルは冷静にこの状況を分析していた。

 

敵奏者は絶唱三人分の負荷を一人で背負い消耗、そして暴走の負荷で動けないまで追い込まれている。一方こちらはそのおかげで当初予定していた負荷は大幅に軽減された。一見硬直状態が続いているように見えるがそれは表面上だけであることを見抜いていたのだ。

 

今なら散々邪魔をしてくれた敵奏者を始末することができる。幸か不幸か手元には丁度リンカーが後二本残っている。そして幸運にも前のリンカーの効果も持続している。敵を確実に始末できるよう絶唱を使わせればリンカーの過剰投与による出力の計測もでき一石二鳥だ。

 

どうせ迎えに来たのも仲間意識などではなくナスターシャの延命のため、ならば自分も利用できるだけ利用してやろう。そう考え二人の首筋にリンカーを押し当てる。

 

「さあ、もう一度絶唱を奏でなさい!そしてその暴威をもってしてあいつを蹂躙しろっ!」

 

これで自分は英雄へまた一歩近づく。夢にまで見た輝かしい存在が手の届く距離に。そんな光景を夢見てトリガーにかけた指に力を入れる。

 

だが次の瞬間リンカーが二人に注入されることはなかった。そしてウェルの視界に映ったのはそんな輝かしいものでもなく薄汚れた瓦礫の山だった。それを認識した瞬間、体に鈍痛が走り肺が押しつぶされたかのように呼吸ができなくなる。

 

何が起こったのか全く分からなかった。なぜさっきまで立っていた自分が地べたに這い蹲っているのか、なぜさっきまで自分がいた場所に見知らぬ男が立っているのか、ウェルには解らなかった。

 

暗転する視界の中、されど一つだけ確信できることがあった。それは意識を失う寸前にも関わらず、いや、意識を失う寸前だからこそ研ぎ澄まされた感覚で、本能で理解したのだ。

 

あいつは敵だ、自分が英雄になるのを邪魔する敵だ、それも最大級に危険な奴だと。

 

そう結論付けるのと同時にウェルは意識を失った。

 

 

 

どうも皆さんこんにちは、メルクリアです。お久しぶりです。学園祭潜入での一件からしばらく経った今日この頃、俺は非常に困ってました。

 

そう、どれだけ頑張っても調達と連絡が取れないのです。原因は分かってます。ええ、神獣鏡のステルスで電波が届きません。

 

今までは調の方から連絡をくれたり浜崎医院に行けば誰かしらいて何とかなってたんですがね。

 

流石の俺も何の手掛かりもなしにあのエアキャリアを追うこともできず試しに浜崎医院に行ってみたものの案の定もぬけの殻、それに加え強面のお兄さん方がいっぱいいるもんだからもうびっくり。なんとか潜入してみたものの中も酷い荒れ具合でした。

 

結構内装とか凝って錬成したんだけどな…。

 

そんな訳で今のうちにできることをや色々と手を回しながら情報収集を続けること数日、突如阿保みたいなエネルギーを感じてその方向に振り向くと虹色の竜巻が空に向かって立ち昇っていくのが見えた。

 

あれって確かライブ会場でも見た立花ちゃんの必殺絶唱融合じゃなかったっけ?

 

それにあの竜巻からは調達のフォニックゲインも感じる。ということは絶賛戦闘中か!?

 

慌てて身体にかけたリミッターを一部解除、それに伴い身体の形状が一部変化する。これのせいで周りに色々厄介なものを観測されるが今はそんなことを気にしている場合じゃない、周りの人間が悲鳴を上げるがそれも気にしている場合じゃない。

 

この機会を逃せば次会えるのがいつかなんて分からない。それに戦闘なら調達が怪我をするかもしれない。考えたくないがすでに怪我をしているかもしれない。それに比べればこの程度の痛手は安いもんだ。

 

慌てて現地に向かって跳躍、飛翔していくと調達が立花ちゃんと向き合っているところだった。そして調達の背後にいる白衣を着た無精髭の男が今まさに注射器のようなもので怪しげな薬品を注射しようとしているのが目に入った。

 

その瞬間、俺の中で何かが切れた。そして気づけば俺は尾骶骨辺りから伸びた鈍く光るそれでその男を吹き飛ばしていた。

 

「なんとか間に合ったか。久しぶりだな、調、切歌ちゃん。大丈夫だったか?」

 

「その声はメルクリア!?どうしてここに、それにその姿は…」

 

「まあ大丈夫だろう見られたってのも一瞬だし。それに今は一秒でも早くここに来ることの方が先決だ」

 

調が俺だと気づいて話しかけるも言葉は最後まで続かなかった。だがそれも当然の反応だろう、なんせ知り合いがいきなり、それも水銀でできた翼と鱗のある尻尾を生やして飛んできたんだ。そうなるのが普通だ。

 

それに加え調には人前にこの姿を表さないようにしていると言ってある。理由としては色々なところに俺の居場所がばれたり厄介なフォニックゲインを観測されたりするからだ。

 

と言っても今回は緊急事態、そんなことを気にしている余裕も無かったが。

 

さて、とりあえず立花ちゃんを止めるか、と彼女に向き直るも何やら様子がおかしい。まず異様に高熱を帯びている。それは近くを舞う木の葉が自然発火して燃え尽きるほどだ。それに彼女が発するフォニックゲインが以前よりはるかに上昇している。

 

まさかと思い解析術をかけると潜水艦で診た時とは比べ物にならないほど聖遺物との融合が進んでいた。この数日間の間に一体何があったのかは分からない、だがこのままでは確実に立花ちゃんは死ぬ。あれはそうゆう状態だ。

 

少なくともあと一歩で自我が崩壊しかねない。つまり戦闘は絶対に避けるべきだ。となると俺がやることは立花ちゃんの捕縛及び冷却、できたら浸食の抑制ってところか。

 

そのためにはいくつか錬金術で地形をいじる必要があるが…と丁度いいものがあった。せっかくだ、使わせてもらおう。

 

「調、これソロモンの杖だよな?借りるぞ」

 

「え?いいけどノイズを呼び出してどうするの?」

 

「まあ見とけ、これはノイズを呼び出すだけじゃない。こういう使い方もあるんだよ。開け、ソロモンの杖!」

 

勢いよく杖を地面に突き刺すとそこからノイズを呼び出すときの光が地面を伝って立花ちゃんの元まで一気に走る。そして彼女のいる地面が光った次の瞬間、そこの地面は陥没し三メートルほどの穴が出来上がった。立花ちゃんはその穴の底で未だうずくまったままだ。ならば今のうちに次の手を打つ!

 

今度は地面に手を付き魔力を穴の底まで流し込む。そこまで届いたら今度は魔力を水の鎖に錬成、立花ちゃんを縛り上げるも予想以上のパワーで暴れ始めたせいで今にも鎖が引きちぎられそうになる。

 

急いで魔力を回し鎖を太く、強く錬成しなおす。そしておまけとばかりに穴の上から錬成した水を滝のように流し込むとようやく立花ちゃんは変身を解き落ち着いてくれた。

 

それにしても尋常じゃない熱量だった。その証拠にあれだけ用意した水がもう茹ってる。普通の人間がそんな熱量に耐えられるわけがない。彼女も確実に人外の、聖遺物の階段を上ってしまっているのだな。

 

「調、切歌、迎えに来たわよ!ってメルクリア!?どうしてあなたまで!?」

 

どうやら丁度いいタイミングでマリア達が迎えに来てくれたようだ。せっかくなんで乗せてもらおう、なんせ俺も今日からフィーネの一員になるわけだからな。前調と別れる前にもそう言っておいたし大丈夫だろう。

 

「調、切歌ちゃん、行くぞ。ってあれ?切歌ちゃん、なんでその不審者抱えてるの?」

 

「えっと…実はこの人前言ってた協力者のドクターウェルなんデスよ」

 

え?マジで?さっき思いっきり吹っ飛ばしちゃったよ。結構キレてたから手加減とかしてないよ?

 

…やべ、死んでないよね?

 

「だ、大丈夫デスよ!ドクターこう見えて結構丈夫デスから、ね!調?」

 

「え、うん。大丈夫だと思う…多分」

 

「そうか…そうだといいな…」

 

「それにメルクリアは私たちを助けるためにドクターを吹っ飛ばしたんだから大丈夫デスよ!正当防衛ってやつデスよ!」

 

「切ちゃん、それ少し違うと思う」

 

うん、ヘリに乗ったらすぐに治療しよう。場合によっては賢者の石を使ってでも治してあげよう。そう密かに心に誓った。

 

そうこうしているうちにエアキャリアからロープが二本降りてきた。うち一本をドクターを抱えた切歌ちゃんが掴む。となると残った一本を俺か調が掴み、もう一方が抱えられるということになるわけだ。

 

ふむ…俺が調に抱えられる構図は無いな。決して切歌ちゃんに抱えられているドクターが恥ずかしいと言っているわけではないがそれは恥ずかしい。というか惚れた女に抱えられるのは男として絶対に嫌だ。

 

となると俺が調を抱えることになるのだが先ほどあんなことがあったばかりだ。もしかしなくても調に嫌がられるかもしれない。ここは一応聞いておいた方がいいだろう。

 

「あ~調、俺がロープに掴まって調を抱えるってのでも大丈夫…かな?」

 

「え!?えっと…その…」

 

調を目を背けソワソワしつつ口ごもりながらそういった。よく見れば若干頬も紅い。ああ、やっぱりね。長年生きて分かるようになった女性がそれとなく拒否する時の仕草だよ。分かってはいたが実際にされるときついものがあるな。

 

「よし、分かった。んじゃ調がロープに掴まりな、俺は自分で飛んでいくから」

 

「え!?いや、その、そういうわけじゃなくって、その…」

 

ありがとう調、でもその気持ちだけで十分だよ。俺は翼を使って空に飛びあがり一足先にエアキャリアに向かった。来る途中風鳴ちゃんと白髪ちゃん他一名がこちらに向かってくるのが見えた。これなら立花ちゃんも大丈夫だろう。

 

こうして俺のフィーネとしての初仕事は無事に終わった。

 

だがこれからみんなとどう接していけばいいのか、そして調とも今まで通り関わっていていいのか、そんなことで俺の頭はいっぱいだった。そのため世界征服やら月の落下などしばらく考える余裕すらなかった。




今回も読んでいただきありがとうございました。


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英雄の想い・怪物の想い

FGOハロウィンイベント始まりましたね。
今度のエリチャンもすごいですね。まさかそう来るとは思わなかった…。


「ふむ、数値も大分安定してきましたね。これなら大丈夫でしょう」

 

「そうですか、それは良かったです」

 

「良かったね切ちゃん。これもメルクリアが早く治療してくれたおかげだね」

 

「そうデスね。おかげで助かったデス」

 

「ここまでリンカーの除染ができるなんて思ってもいなかったから助かったわね」

 

エアキャリアのとある一室、壁を挿んだ向こう側にあるメディカルルームからそんな会話が聞こえてくる。俺が正式にフィーネに加入してしばらくたったある日のことである。

 

最近はマリアちゃんがフィーネではないことが発覚したり調が体調を崩したり切歌ちゃんの元気が無かったりと色々あったがこの数日で調の体調も回復、マリアちゃんもなんとか踏ん切りをつけたようだ。

 

切歌ちゃんは未だ何か悩みがあるようだがなんとか元通りに振舞おうと頑張っている。こういうことは俺よりも付き合いの長い調達に任せた方がいいだろう。

 

「メルクリア、本当にありがとうね。貴重な賢者の石まで使って治してくれて」

 

「大丈夫だよ、石はまた作ればいい。それに手間のかかる物でもないしな。それより調達の身体の方が大切だよ」

 

扉の向こうから調が申し訳なさそうに礼を言ってくれるが本当に大したものじゃない。俺にとって賢者の石などそれこそ蛇口をひねれば出てくる水のようなものなのだ。

 

それに比べれば調達の身体の方が何万倍も大切だ。そのためなら俺はいくらでも惜しむことなく石を使うだろう。それはさておき…

 

「調、俺はまだ部屋に入ってはダメなのか?」

 

「うん、もうちょっと待って」

 

「そうか…」

 

なぜこんな扉越しに会話をしているのか、それは数十分前に遡る。

 

メディカルチェックをするとのことで自分が施した術式がどの程度効果があったのか俺も調やドクター達について行ったのだ。

 

だかいざ検査となるとなぜか俺だけ調によって部屋から追い出されてしまったのだ。

 

理由を尋ねても答えてくれず、マリアちゃんと切歌ちゃんも目を背けるだけ。ナスターシャに至っては頭を抱えていた。俺が一体何をしたというんだ。

 

そんな訳で一人寂しく廊下の壁にもたれかかりながら時間をつぶしていたのだがこれが存外暇である。何かいい暇つぶしでもあればいいのだが生憎この組織にそんな余裕はない。時間的にも、精神的にも、金銭的にも無いのだ。

 

そんなわけで今できる暇つぶしはおしゃべりくらいしかないのだがそれも向こうでは結構な精密作業が行われてるっぽく気軽に話しかけることもできない。さて、どうしようかな…と考えていると意外にもドクターウェルが会話を振ってくれた。

 

「流石ですねメルクリアさん。今までと比べても段違いの数値が出ていますよ。汚染深度、副作用、共にまるでリンカーなど使ったことの無いような数値が出てますよ」

 

「そうか、初めて組んだ術式だったが思った以上に上手くいって良かったよ」

 

「あの小さな石でこんな数値を出せるなんて考えられませんね。一体どうやったんです?」

 

「ああ、あれはただ単に賢者の石でリンカーの副作用を打ち消しただけだよ。後は今まで溜まっていた汚染や浸食を分解、そして身体を元通りに再構築しただけだよ。寧ろデータだけで近いところまで答えを導き出すあんたの方がすごいと思うけどな」

 

回復術と言っても色々ある。自然治癒力の強化、損傷部位の再生、はたまた時間回帰といったものまで多岐にわたる。そして術式体系も様々だ。

 

呪術、魔術、魔法、聖遺物、各体系によってアプローチの仕方も千差万別だ。そして俺が用いた錬金術由来の回復術は損傷、損害、病魔などの原因を解析の後分解、正常な体組織を再構築するものだ。

 

利点としては他の物に比べ低コストで比較的誰にでも覚えられるが一方で正常な状態のサンプルや再生させる対象が少しでも残ってないと難易度が跳ね上がることだろうか。

 

因みに先日のドクターボッコボコ事件の治療をしたのもこの方法だ。それにしてもたった二回見ただけでこの術式の検討をつけることができるあたりこの人は本当に天才なんだろうな。

 

「いえいえ、そんなことありませんよ。それにこの間の戦闘の映像を見ましたが素晴らしい力をお持ちのようで。その上僕ですら知りえなかったソロモンの杖の使い方までご存じだったじゃないですか」

 

「その節はすみません…。それにあれはそんなに珍しいものでもないですよ」

 

「ほう。と、言いますと?」

 

「ソロモンの杖の機能をちょっと逆転させただけですよ」

 

聖遺物は元より万能なものだ。主たる権能の他にそれに類似する、もしくは反転する権能を持ち合わせていることがほどんどである。

 

仮に物質Aを物質Bに変換する聖遺物があったとしよう。この場合本来の権能には劣るものの物質Bを物質Aに再変換する権能も備わっているということだ。

 

例を挙げるとすれば炎を自在に操る剣ならば炎を出すだけでなく消すことも意のままにできるといったところだろうか。

 

ソロモンの杖の場合主たる権能はバビロニアの宝物庫よりノイズを召喚、自在に操るというものだ。だが以外に知られていないが召喚したノイズをバビロニアの宝物庫に送り返す権能も若干ながら備わっている。

 

今回はこれを使い立花ちゃんの足元の地面を宝物庫に転送して即席プールを作ったというわけだ。

 

勿論本来の使用方法ではないから転送したい対象に突き刺すなどして接触させる必要があるし射程距離もさほど遠くない。その上送れる体積、質量にも限界があるけどな。

 

そう付け加えて説明を終えるもなぜか壁の向こう側から反応は無かった。

 

あれ?俺なにか不味い事でも言っちゃったかな?と思ったがそんなのは杞憂だったようで…

 

「す、素晴らしいっ!聖遺物がそのようなことができるなんて今まで考えたことも無かった!」

 

突然ドクターが発狂に近い勢いで話し始めた。いや、怖いんだけど。どうした、そんな驚くようなことか?

 

「当たり前ですよっ!今日において現存している聖遺物など極わずか、その上本来の権能を有している物などその中でも数える程しかありません。我々はそれらを後生大事に保管、解析するだけで実際に試さなかった!いえ、試そうなどとすら思わなかった!そんな固定概念をあなたは打ち破った!素晴らしい!素晴らしいですよ!」

 

そんなに褒められると照れるが怖い、壁越しでもドクターの声とテンションが怖い。きっと顔もすごい事になってるんだろうな。中にいる調達が気の毒だ。

 

「素晴らしいですよメルクリアさん!悠久の時を生き、様々な叡智を持ち、絶対的な力を振るう!あなたこそ真の英雄に相応しいっ!英雄だからこそ成し遂げられたことだっ!」

 

おおっと、今聞き捨てならない単語が聞こえたな。流石の俺もそう呼ばれるのは看過できない。

 

「ドクター、それは違う。俺は英雄なんかじゃない」

 

英雄とは数多の人々に認められて初めて呼ばれるものだ。人々に恐れられ、忌み嫌われ、そうすることでしか存在できない俺には到底なりえない。そんな存在はこう呼ばれるべきなのだ。

 

「化け物だ。俺はただの化け物だよ」

 

悠久の時を生きてこれたのは英雄だからじゃない。呪われた化け物だからだ。

 

叡智を持つのも英雄だからじゃない。化け物だから、生きてこれたからこそ持ちえたものだ。

 

力を持つのも英雄だからじゃない。化け物故力を持つのだ。

 

「俺はどこまでいっても醜い化け物だ」

 

お前たちも見ただろう、水銀の翼を、鱗持つ尻尾を、あれが俺の真の姿だよ。

 

「ならば…ならばあなたが思い描く英雄の条件と一体どんな人物なのでしょう?」

 

英雄の条件…ねえ?そんなもの俺が知りたい。俺が今まで出会ってきた英雄と呼べるような奴らに共通点なんてほとんど無かった。武術も、武力も、威光も、カリスマも、金も、技術も、戦術も、戦略も、人間性も、何もかも違い過ぎた。強くても英雄になれない奴もいたし弱くても英雄になった奴もいた。

 

心の弱い奴も、迷ってばかりの奴もいた。それでも英雄になった奴は大勢いた。英雄の条件など人それぞれ、時代それぞれだ。誰もが大なり小なり持ち得ているといっていい。要はそれをどう伸ばしていくかだ。

 

だがあえて明確な条件を出せと言われれば…そうだな、

 

「とりあえず化け物を殺せるような奴じゃないか?俺みたいなとびっきり醜い奴を、それも大勢の観衆聴衆のいる前で劇的に、後世にそれこそ文献か何かに残るほど鮮烈にな」

 

「ほう、そうですか。それはいいことを…」

 

「そんなことない!」

 

ドクターが何か言おうとしていたがそれが最後まで続くことは無かった。今まで固く閉じられていた扉が開き調が飛び出してきたからだ。

 

「メルクリアは化け物なんかじゃない!醜くなんかない!私の大切な人だから、大事な人だから!だから…そんなこと言わないで…」

 

「調…」

 

ああ、また泣かせてしまった。彼女の泣き顔を見るのはこれで二回目だ。人間の泣く姿など飽きる程見てきたはずだ。その原因が俺にあることだって数えきれないほどあった。だが二回、たった二回見ただけの彼女の泣き顔はやっぱりどうしてくるものがあるな。それにそこまで俺なんかの事を思ってくれて泣いてくれるなんて、本当にいい女だ。だが…。

 

「調、その…なんだ。その恰好はちょっと俺には刺激が強い気がするな、うん」

 

そう、薄い。とても薄いのだ。断じて調の胸がではない。調には若干控えめだが年相応のものが実っている。薄いのは服だ。上は白を基調としピンクのリボンをあしらったキャミソール、下はこれまたすらりと健康的な脚が眩しく見えるホットパンツ。上に至ってはちょっと頑張れば透けるんじゃね?というレベルで非常に眼福である。

 

そして理解した。メディカルチェック、それも精密検査となれば肌を出す必要がある。それを見られたくなかった。だがそれを説明するのも憚られた。だから女性陣揃ってあの対応だったのだ。そりゃ追い出されるのも当然だわな。

 

自分の姿を理解したことで泣き顔なのはそのままだが悲しそうな雰囲気は一変、羞恥に染まった真っ赤な顔になり

 

「み、見ないでっ!」

 

「みぞおちっ!?」

 

丁度いい身長差もあり気合の入ったストレートが俺にきれいに決まった。あれ?俺打撃系は効かないはずだったんだけどな、なんでこんなに痛いんだろう…。

 

薄れゆく意識の中、ふとドクターの方を見ると思いっきりいい顔で笑っているのが目に入った。

 

あの野郎、いつか絶対文句言ってやる。そう堅く決意もしつつ、調のかわいらしい姿を網膜に焼き付け、脳内フォルダにしっかりと保存しながら俺の意識は闇の中へと落ちていった。

 

その夜、フロンティア浮上実験を行ったのだが俺は連れて行ってもらえなかった。原因は明白、調が顔を合わせると機能不全に陥りオーバーヒートしてしまうからだ。俺も気まずく感じていたのでこの措置は助かった。この件については時間が解決してくれるのを祈るばかりである。

 

因みに調達が帰ってきたのは翌日の朝だった。マリア達曰く調をなだめるに相当苦労したらしい。それについては申し訳なく思うし感謝もしている。だから顔がいやらしかったとか目つきが獣だったという汚名は甘んじてかぶろう。

 

だが仕方ないだろう?俺もなんだかんだ言って男なのさ。




聖遺物の機能については独自解釈です。
今回もお読みいただきありがとうございました。


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猜疑心sideS

三人称慣れないとキツイですね

タイトル変更しました(11/5)




「切ちゃん、ご飯できたよ」

 

「調…今日のご飯は何デスか?」

 

「メルクリア特性ソースのサンドイッチだよ」

 

「ごちそうデース!」

 

神獣鏡を使った第一回フロンティア浮上作戦失敗から数日、マリアとナスターシャは更なる資金援助や作戦遂行のための交渉に出かけた。

 

そのため今エアキャリアにいるのは月読調と暁切歌だけである。

 

「そういえばドクターはどうしたデスか?」

 

「多分部屋か研究室にいるはずだよ」

 

「丁度いいデス、いないほうが気が楽デスよ」

 

その点に関しては誰もが納得できた。ドクターは偏食が激しくてせっかく作ったご飯もしょっちゅう残す。そしてお菓子ばかり食べるからいつしかドクターの食事は作らず代わりにお菓子を並べるようになった。はっきり言ってあれは見ているだけで食欲がなくなる。正直いない方がありがたいのだ。

 

そんなことより調には気がかりなことがあった。そう、メルクリアの事である。

 

秋桜祭が終わって自分の気持ちの気づいて以来、調はメルクリアの事ばかり考えていた。どこにいるのか、何をしているのか、そのことが気になって仕方ない。もしかして他の女と、あの敵奏者達と話していないかと思うとむしゃくしゃした。

 

だがいざ一緒に暮らすようになるとメルクリアを見るだけで鼓動が高鳴り身体が熱くなった。そして得も言えぬ恥ずかしさに襲われるのだ。最近は何とかなったが始めの頃はまともに会話もできず顔を見るだけでも一苦労だったのだ。

 

そして今はドクターに話があると言ってここにはいない。遅くなるかもしれないから先に食べていてくれと言って出て行ったのだ。だが調は心配だった。何か変なことをされてはいないだろうか…と。

 

勿論彼に限ってそんな心配は必要ないかもしれない。だがもしものことがあったらと先ほどからそのことで頭がいっぱいであった。

 

「ふふふ、調~?またメルクリアのこと考えてたデスね?」

 

「え!?…また顔に出てた?」

 

「もうばっちり書いてあったデスよ」

 

などど考えていたら切歌がニヤケ顔でそう指摘してきた。最近調はこのことでみんなにからかわれてばかりだ。彼女からしてみれば普通にしているつもりだったがとても分かりやすい顔をしていると言われた。

 

なので一度その時の顔を写真に撮ってもらったが確かにすぐに分かる顔をしていた。自分でもびっくりだった。それ以来気をつけてはいるのだが未だに成功したためしはない。

 

「調は本当にメルクリアが好きなんデスね」

 

「うん、大好き。彼とずっと一緒にいたいと思えるくらい好きだよ」

 

いつもなら照れてしまうような発言だったがこの時は自分でも驚くほど素直に言葉が出た。それだけ調はこの気持ちにだけは嘘をつきたくなかったのだ。

 

例え彼が人間じゃなくても、不老不死だとしてもそばにいたいと思えた。誰に何と言われようと関係ない、偽善と言われても構わない。これは誰のものでもない私だけの想い、私が心の底から思えた本当の想いだという自信があったからだ。

 

「誰のものでもない、調だけの想いデスか…なら私が私じゃなくなったとしてもそのためなら…」

 

「切ちゃん?どうかしたの?」

 

「なっなんでもないデスよっ!?それよりメルクリアの正体にはびっくりしちゃったデスよ!」

 

最近調は「本当の私…」や「私が私じゃなくなる…」と切歌がつぶやいているのを耳にする。その事を聞こうとすると今回のように決まって話題を逸らすのだ。

 

前々から何かあったのか聞いていたが中々話してくれずそのせいで一度怒らせてしまったのだ。それ以来調は切歌が自分から話してくれるまで待とうと決めたのだ。

 

「この間の戦いの時だよね、見るのは二回目だけど私もびっくりしたよ」

 

「そうデスね…って二回目!?前にも見たことあるんデスか!?」

 

「あれ?言ってなかったっけ?初めて見たのはライブ会場だったんだけどね…」

 

あの時は驚いた。自分たちが制御していると思っているノイズが突然襲ってきたのだ。そのノイズたちもメルクリアが片手で撃退してくれたのだがノイズの流れ弾が柱を直撃し天井が崩落してきたのだ。

 

だがそれ以上に驚いたのはその後だった。メルクリアに突然鈍く光る白銀の翼と鱗のある尻尾が生えそれらで調を覆い隠すことで彼女を無事に守り切ったのだ。

 

だが防御を調に全て回したためにメルクリアの下半身は瓦礫の直撃を受け下敷きになってしまったのだ。

 

だがすぐに瓦礫に挟まれ潰れたメルクリアの足はまばゆい閃光を放ち見る見るうちに再生してしまった。

 

その時だった、調がメルクリアの正体を知ったのは。

 

「え!?調知ってたんデスか?メルクリアが人間じゃないって!?」

 

「うん、知ってたよ」

 

「それが分かった上で…好きになったんデスね…すごいデス…」

 

「そんなことないよ。だって私も始めは怖かったもん。でもその後かな?彼の事を好きになったのは」

 

「そうなんデスか?一体何があったんデス?」

 

「う~ん、内緒。これは私とメルクリアだけの思い出だから。ゴメンね切ちゃん」

 

「はあ、しょうがないデスね。だったら二人が付き合い始めたら教えて欲しいデスよ」

 

「うん、じゃあその時に話すね」

 

「と言っても調が告白すればすぐにくっつきそうデスよね…」

 

「そ、そうかな…?」

 

「そうデスよ!この間も調の下着姿見た時顔がいやらしかったデスよ!」

 

そう言われ調は以前のメディカルチェック事件を思い出し別の意味で顔が熱くなった。見られたことで恥ずかしかったのもあるが子供っぽくなかっただろうか、もっと大人っぽいのを着てた方がよかっただろうかと今になっても思い出すと悩んでしまう。

 

「え~?大丈夫デスよ。あの時私やマリアも結構露出してたのに全く見られなかったデスし。寧ろ全く興味を示されなかったデスし」

 

「女としてはちょっと複雑な気分デスが…」と渋い顔で切歌は言うが心配なものは心配なのだ。

 

調はマリアや切歌のように豊満な胸がない事を自覚している。だからこそ他でカバーしようと努力していた。その一環としての大人っぽい下着なのだがあの日は偶然にもそれを着ていなかったのだ。調はそれを非常に悔やんでいた。

 

「だったらこの間の作戦も実行するべきだったデスよ」

 

「あ、あれは…その…いきなりで恥ずかしかったから…その…」

 

あの作戦、とは以前ドクター救出の時に立花響と交戦して帰る時の話である。地上には調、切歌、メルクリア、ついでに動かないドクターの四人である。にもかかわらず垂らされたロープは二本だけであった。

 

ドクターは切歌が抱えてくれていたから残るロープは一本、必然的に調かメルクリアのどちらかが掴まってもう一人を抱えることになる。だがそんな時、調にとんでもない連絡が入った。

 

「調、聞こえますか?」

 

「どうしたのマム?」

 

「諸事情によりロープは二本しか垂らせませんでした。ドクターは切歌に回収をお願いしたのであなたはメルクリアに抱えてもらいなさい」

 

「ちょっ、ちょっと何言ってるのマム!?」

 

「これはチャンスです。どさくさに紛れて密着するのです。そうすれば一発です」

 

そう言ってナスターシャは通信を切った。調はどうすればいいのか分からなくなり取り合えず切歌に助けを求ることにした。さっきの通信はオープンチャンネル、ならば切歌にも聞こえていたはずだ。そう思い彼女のいる方に顔を向けると…

 

さっさとドクターを抱えロープに掴まりいい笑顔でエアキャリアに戻っていった。しかも親指を立ててだ。

 

「あの時はまだ気持ちに気付いたばっかりで恥ずかしくなっちゃって」

 

「でもそのせいでメルクリアは調に嫌われてると思って落ち込んでたデスよ」

 

「えっそうなの!?どうしよう…」

 

「問題ないデスよ、早い段階で私とマリアが説明しておいたから心配しなくて大丈夫デス」

 

「そっか、ありがとう」

 

「全く…世話が焼けるカップルデスよ」

 

「うう…ゴメン…」

 

だが確かに切歌が、マリアが、ナスターシャがいつもサポートをしてくれた。もしそれがいなかったら調は今でも恥ずかしがってメルクリアと顔を合わせることもできなかっただろう。

 

だからこそ調は決めたのだ。もし無事に月の落下を食い止めることができたら告白しよう。自分の精一杯の想いを伝えて支えてくれたみんなへの恩返しをしようと。

 

「切ちゃん、私頑張るよ」

 

「その意気デスよ調!押して押して押しまくるデス!まずは帰ったら手作り料理でアピールデスよ!」

 

「うん、おさんどんしなきゃね」

 

だがその日、いつまでたってもメルクリアは帰ってこなかった。

 

そしてその夜、ドクターによって衝撃の事実が告げられた。ナスターシャが今日行おうとしていた交渉はアメリカ政府に自分たちを売り渡そうとしていたことを。

 

それだけではない、今までの敵による襲撃の全てがメルクリアによって仕組まれていたことを、全てはメルクリアの計算通りだったことを。

 

それを察知したドクターがソロモンの杖を使いメルクリアを撃退、同じくアメリア政府の手によって殺されかけていたマムたちをノイズを使って助けたことを。

 

今頃メルクリアは敵の本部に戻っているかどこかに雲隠れしているだろうと。

 

このことがきっかけでナスターシャは指揮権を剥奪、メルクリアは裏切り者の烙印を押された。そのため全指揮権はドクターウェルに渡りここにフィーネの完全独裁体制が完成してしまったのだ。

 

いつにも増して高笑いをするドクターウェル、その顔は自信の思惑が成功した時のものだった。だがメルクリアという精神的支柱を失った彼女らにそれを察知する心理的余裕は無かった。

 

ただ一人を除いては…。

 

その日の夜、調は荷支度をしていた。といっても持っていくものはほどんどない。着替えと非常食、予備のリンカー数本。

 

そしてナスターシャ、マリア、切歌、調、そしてメルクリアと撮った集合写真。調が家族と思える人たちと撮ったそれを鞄に詰めれば準備完了だ。

 

そして最後にあの眼鏡をかけ部屋をでる。もうこれでここには戻ってこれないだろう、だが調には行かねばならない理由がある。知らなければならない真実がある。そのために向かうは…

 

「リディアン音楽院。そこに私の知りたい全てがあるはず」

 

「やはり行くのですね調」

 

エアキャリア出口、そこにはナスターシャがいた。いや、まるで調がこうするのを理解していたような口ぶりからするに待っていたという表現の方が正しいだろうか。

 

「マム…私を止めるの?」

 

「いいえ、止めません。あなたが選んだ道です。だから調、あなたがやりたいようにやってきなさい。後のことは私が何とかしておきますから。それからこれを持っていきなさい」

 

「これは…USBメモリ?」

 

「月の落下予測及びフロンティアについての情報を入れてあります。後は向こうがどうにかしてくれるでしょう」

 

「そんな貴重なデータを私に渡して大丈夫なの?」

 

「かまいませんよ。大切なあなたと友のためなら安いものです。それに昔私も言われました。『悩んだら自分が一番したいことをしろ。周りの目とか体裁とかは気にせずに、欲望のままに動け。それが一番後悔しない…はずだ』とね」

 

「それって…」

 

「ええ、あの人の言葉ですよ。長い時間を生きてきただけあって彼は本質を付いた発言をしますから。そのせいで大分擦れた性格をしてますけどね」

 

「そうだね、でもそこがメルクリアのいいところでもあるよね」

 

「そうですね、擦れているからこそ彼は今まで本質を見抜いてこれたのかもしれませんね」

 

本人は否定するでしょうけどね、そう付け加えるとナスターシャは車いすを動かし道を調に譲った。これで話すことは終わりという合図だろう。調もそれを理解し出口へと足を向ける。

 

調がハッチをくぐり外に出ようとした瞬間、ナスターシャが背中越しに声をかけてきた。

 

「調、メルクリアの事をお願いします。私たちがアメリカ政府と交渉しようとしたのは事実ですが彼は最後まで反対していました。きっと今もどこかで戦っているのでしょう。どうか彼を救ってあげてください。私にはできませんでした。ですがあなたならできると信じてますよ」

 

「うん、分かった。頑張るね」

 

「それと身体に気をつけてくださいね。最近はとても冷えますから」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

「それと…私にこんなことを言う資格はありませんが今まであなたたちを娘のように思って育ててきました。例え道は違えようと私は母として、あなたをいつまでも愛していますよ」

 

「…今までありがとう。それじゃあいってきます、お母さん」

 

そう言って調は夜の闇へと消えていった。残されたナスターシャは一人、いつまでもその後を見送っていたが次第にその視界はぼやけていく。

 

「礼を言うのはこちらです。あなたと過ごした時間、とても楽しかったですよ」

 

ナスターシャの呟きは風の音で儚くも消えていったが、その想いは確かに調に伝わっていた。

 

調の瞳からも確かに雫が滴っていたのだから。




ちょっとシリアス回でした。それと初めて5000字越えしましたよ。やっぱり三人称すごいな…。

調ちゃん原作よりも早くフィーネ抜けました。ここからちょっとづつオリジナル展開になっていきます。楽しみにしていただければ幸いです。

今回も読んでいただきありがとうございました。


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猜疑心sideM

Q.今回のお話は?
A.前回の補完とアゾットチャンス


「では私たちはこれから交渉に行ってきます。後のことは任せましたよ、メルクリア」

 

「ああ、任せろ。気を付けて帰って来いよ」

 

第一回フロンティア浮上作戦失敗から数日、ナスターシャはマリアを伴ってアメリカ政府との講和に向かった。

 

元より穴だらけでほとんど予定通り進まなかった作戦を今日まで何とか続けてきたが先日の一件でこのことに踏み切ったようだ。

 

勿論それだけが理由ではない。マリアにフィーネであるという重荷を背負わせてしまったこと、優しい彼女たちに重い十字架を背負わせてしまったこと、そんな重圧に苦しむ彼女たちだけでなくナスターシャ自身にも限界が訪れたのだ。

 

今まで自分がしてきたことが正しいのか分からない、自分のせいで彼女たちが苦しむ姿を見たくない。もし仮にこのまま続けても世界を救える確証もない。さらに日に日に増すウェルへの不信感。

 

そんな話を浮上作戦から帰ってきた晩に聞かされた。

 

神獣鏡の出力が足りないのなら賢者の石を使って増幅すればいい。

 

ウェルが信用できないのならば排除すればいい。

 

調達にこれ以上傷ついてほしくなければ俺に代わりに戦えと命じればいい。

 

汚れ仕事だってなんだって引き受けてやる。そういう契約だし俺はすでにフィーネの一員だ。だからお前はやりたいことをやりたいようにやればいい。

 

そう返した俺にナスターシャは泣きそうな顔で微笑みながら言った。

 

あなたもこれ以上傷ついてほしくない大切な人の一人なんですよ…と。

 

だから二人で考えた。ナスターシャが後悔しないような選択を。これ以上調達が傷つかず世界を救える方法を。その結果がアメリカとの講和だった。

 

だが正直言って俺は反対だった。この案はリスクが高い。元々月の落下を隠蔽しようとしたアメリカがそれをどうにかして阻止しようとする俺たちの交渉にタダで乗るとは思えない。

 

それでもナスターシャが決め、危険を承知でもそうしたいと思ったのだ。ならば俺が口を出すのは野暮というものだろう。

 

だがみすみすナスターシャがやられに行くのを見過ごす気もない。だから護衛としてマリアをつけた。三人の中で最も防御能力の高いマリアなら何かあってもどうにか逃げ帰ってこれるだろう。

 

「さて、ナスターシャ達も出かけたし俺もドクターに話をつけてくるかな」

 

「分かった。じゃあ私はお昼作ってるね。切ちゃんは洗濯物お願い」

 

「了解デース!」

 

そして調達にもこのことについて詳しく伝えてない。成功するかどうか分からない交渉に行くといえば必ず反対される。それにドクターも良しとせず何かしらの形で干渉してくるだろう。

 

だからこそ何も告げずに出向き、ドクターは俺が見張る。そういう手筈になったのだ。

 

「悪いな調、任せてしまって」

 

「ううん、大丈夫。それより何の話?」

 

「今後に関わる大事な話だよ。リンカーとか作戦とかのな」

 

「…分かった、気を付けてね」

 

「ああ、行ってくる。遅くなるかもしれないから先に食べててくれ」

 

「一緒におさんどんはまた今度な」そう言い残して俺はドクターのいる離れに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ドクター、いるか?」

 

「おや、メルクリアさんではないですか。どうかしましたか?」

 

「ちょっと相談したいことがあってな」

 

「すみません、今ちょっと手が込んでましてね」

 

ドクターの部屋を訪れると予想通り身支度をしていた。やはりあの話をどこかで聞いていたようだ。これは最悪強行手段も考えておいた方がいいだろう。

 

「すぐ終わるんだがダメか?」

 

「…分かりました。では片づけてから行くので外で待っていてください」

 

「すまないな。焦らなくてもいいぞ」

 

よし、これで少しは時間が稼げたな。後は向こうが上手くやってくれるのを待つだけだ。

 

そう考え部屋から出ようとドアノブに手を伸ばしたその時、「そういえば…」とドクターがつぶやいた。

 

 

どうかしたのか?と立ち止まり振り返ろうとした瞬間、俺は胸に違和感を覚えた。それと同時に金縛りにあったかのように身体の自由が利かなくなる。何とか自由に動かせる目を使い胸元に視線を向けるとそこには見慣れたものが突き刺さっていた。

 

それは背中から刺され胸元まで貫通していた。槍のように先端の尖った形状、淡く光を反射し輝く表面、そしてわずかながら漏れ出すフォニックゲイン。それは紛れもなくソロモンの杖だった。

 

「あなたは言いましたよね?英雄とは自分のような化け物を殺す者の事だと。丁度いい機会だったので僕の英雄譚の一ページになってもらいますよ。観客がいないのは寂しいですがそういう話があってもいいでしょう。それではさようなら、醜い化け物」

 

ドクターがさらに力をいれたことで杖は俺の身体により深く突き刺さりその穴を広げる。そしてまばゆい閃光と共に杖に吸い込まれそうになる世界が曲がり暗転する。俺が覚えているのはそこまでだった。

 

 

 

 

 

 

「さて、どうしたもんかね…」

 

ぐにゃぐにゃと不定形、されどひんやりと堅い。そんな背中の奇妙な感覚で意識を取り戻した俺の目に最初に入ってきたのは絶え間なく変化し続ける空だった。

 

そしてそこには体躯も形態も配色も様々なノイズがその空間には肉眼では捉えきれない程に溢れ、蠢いている。

 

伝承で伝えられた通りならここはバビロニアの宝物庫だろう。なによりあの時突きたてられたソロモンの杖と未だに胸に感じるこの違和感、それが確かな証拠だった。

 

あれからどれだけの時間が経ったのだろう、日付を確認しようとポケットに手を伸ばすも空を切るばかりで一向に端末をつかめない。

 

違う、掴んだという感覚が無いのだ。指先が、腕が、まるで存在しないかのように何も感じない。恐る恐る右腕があるはずの場所を見れば腕は確かにそこにあった。だがその形は歪だった。

 

折れ曲がり、捻じれた腕だったものがそこに転がっていたのだ。その時俺は初めて気づいた。己の四肢が存在しないことを。そしてへそから下が存在していないことを。

 

辺りを見回せば左腕は少し離れた浮島のようなところまで吹っ飛んでいて右足は上空を未だに漂っていた。

 

残った下半身と左足は未だ見つからないが左足があったところが細かくなっていく感覚に襲われているから大方ノイズに炭素分解されているのだろう。

 

生身の人間をソロモンの杖で転移させるとその負荷に耐えられず爆発四散するようだ。これは実用性に欠けるな、今後のテレポート技術の参考にさせてもらおう。

 

さて、それじゃあそろそろ直すかな。

 

各切断面に魔力を流し四肢との感覚を再接続する。するとねじ切れた右腕は時間を巻き戻すかのように再生、左腕も飛んできて肩口に繋がった。

 

血管、神経、筋線維、接続と修復完了っと。後は下半身だが流石に接続先の無いせいか右脚は繋がらずそこら辺をフワフワしている。

 

もう捜すのもめんどくさいから作り直すか。そう思い下半身との魔力接続を切断すると今まで感じていた下半身の感覚が消え、それと同時に浮遊していた右脚も地面に落ち赤い塵となって消えた。

 

続いて下半身に魔法陣を展開して魔力を流し込み肉体を再構築する。赤い光と共に骨が生え、筋肉が纏わりつき、皮膚が覆いかぶさる。これで今まで通りの身体に戻った。

 

「よっこらせっと。う~ん、少しふらつくな」

 

身体を再生したのはいつ以来だろう、確か前直したのが洞窟の崩落に巻き込まれた時だから約半世紀ぶりだろうか。いや、違うな。ライブ会場で調を庇った時も再生したっけ。

 

あの時も周りはノイズまみれだったよな。宣戦布告の予定時刻より早くに、しかも計画に無い場所でノイズが発生して襲い掛かってくるもんだから焦ったわ。

 

しかもノイズの攻撃で柱が壊れたもんだから天井が崩れてきて巻き込まれたし。なんとか翼と尻尾でとっさに調は守れたから良かったもののあの姿や再生を見られなかったかひやひやしたよ。

 

それにしても暫く引きこもってたから再生能力も身体機能も依然と比べ大分鈍っている。これは運動した方がいいだろうな、調にもしもの事があった時に守れなかったら嫌だからな。

 

とりあえず帰るか、さっき下半身と一緒に端末も分解されちゃったから日付も時間も分かんないけどそこそこ経っているはずだ。忙しい時に心配をかけるのも悪いしな。

 

テレポートの術式を展開、これをくぐれば懐かしのエアキャリアに到着だ。

 

だがいつまでたっても空間は繋がらず、座標の固定すらままならない。普段よりも多めに魔力を流し込んでも一向に繋がる気配すらない。

 

もしやと思い地面に手を付き探知術をかけると最悪の事態であることが発覚した。この空間は完全に独立していたのだ。

 

俺はてっきりバビロニアの宝物庫は現実世界、つまり地球において作られた拡張空間だと思っていた。それも遥か昔に宝物庫の扉は閉じられ今ではソロモンの杖でしかその管理ができないだけだと思っていた。

 

だが違ったのだ。バビロニアの宝物庫は完全に独立した、地球とは切り離された空間だったのだ。

 

ノイズは神々が去ってから人間が作り出したものだと聞いていた。だから人が作ったものなら解析してどうにでもなると思っていた。

 

だが神々が作ったものとなると話は変わってくる。そもそも人間と神ではその格が違う。神が作ったものに人間が干渉、改変するなどどうあがいても一人では不可能だ。

 

そしてどうやらこのバビロニアの宝物庫もその一つのようだ。この空間だけで設定した対象の製造、改変、機能拡張、おまけに自動修復まで備えた全てをやってのける永久機関、これだけで独立した一つの世界なのだ。まさに神々の遺産と言っても過言ではない。ソロモンの杖はその二つの世界を一時的に開く役割を担っているに過ぎなかったのだ。

 

そして俺の使う転移術は龍脈、地脈、そういった流れの繋がりを利用して移動する仕組みだ。流れさえあればどこへでも行けるがそれが途絶えていては何処へも行けない。そしてこの空間にはそもそもそういった流れが外界と繋がっていない。文字通り俺は完全にここに閉じ込められた訳だ。

 

図らずともこんな形で塔に幽閉され世界が終わるその日まで孤独に生きるマーリンの気持ちが分かるとは思わなかった。

 

だがこれで良かったのかもしれない。俺という存在は、メルクリアという道具は過去の産物だ。遥か昔に失われていなければいけないものだ。

 

それを不老不死の力で無理矢理現代まで存在し続けてきたのだ。醜く、みっともなく、自分ではどうしようもできなくなるまで生きてしまった。生き続けてしまったのだ。

 

ならばせっかく与えられたこの機会、無駄にすることなく使わせてもらおう。

 

決して生きとし生けるものは立ち入れず、いるのは作られ、戦うことしかできない悲しい兵器のみ。ならば俺のような者の死に場所としてこれ以上の場所は無いだろう。

 

ここでひっそりと、いつまでも生きていこう。こんなことで今までの行いを償えるとは思えないし償う気もない。だがそれでも悠久の孤独を背負って生きていこう。

 

人生と言っていいのかは怪しいが碌な人生じゃなかった。生まれる時代も、場所も、家も、親も、何もかもを間違えて、その後も碌でもない連中と碌でもない事ばっかりして。

 

人様に顔向けできないことして、好き勝手しまくって、それでも自分の選択だから好きでやったことだからと後悔することなく反省することなく何度も繰り返して。

 

そして金も力も権力も手に入れて、何もすることなく怠惰に過ごしていた時調に出会って。

 

ああ、今思えば調といる時が一番楽しかった、充実していた。

 

あんなにも誰かの事を思ったことはなかった。それまでは自分の事しか考えず生きてきたというのに。

 

調に相応しくなれるように努力した。初めてだった、憎しみや妬みではない理由であそこまで頑張れたのは。

 

彼女の前なら俺は笑えた。いつしか感情が死に絶え、顔見知りからも鉄仮面と、冷血と罵られた俺が初めて心から笑えた。

 

かつて暴虐の限りを尽くし恐れられ、事あるごとに力を振るいその姿を見せつけ誇りに思っていたあの姿をいつしか醜いと思った。見られたくないと思った。知られたくないと思った。

 

そしていつも妬んだ。なぜ自分は彼女と同じ人間ではないのかと。調と共に歳を重ね、共に老いていくことができないのだろうかと。

 

調がいたから、調だから、調じゃなかったら。気づけば空っぽだった俺は調のおかげでこんなにも満たされていた。

 

喜びも、怒りも、悲しみも、楽しみも、昂ぶりも、寂しさも、優しさも、妬ましさも、愛しさも、切なさも、

 

全て枯れたと思っていたものを調が見つけてくれたもの、与えてくれたものだ。

 

ああ、幸せだ。散々な人生で、いつも怯えて過ごして、妬まれて暮らして、疎まれて生きてきた。

 

だけど調に会えた、調と過ごせた。それだけで十分だ。そのために生きてきたのなら満足だ。こんな終わり方でも上等だ。

 

だけど、それでもやっぱり、

 

「もう一度会いたいよ、調…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、私もだよ。ソウ君」

 

声が聞こえた。寂しさのあまり頭がおかしくなったのかと思った。空耳かと、妄想かと思った。

 

それでも、それに綴るかのように顔を上げた。

 

そしてそこには彼女がいた。会いたくて、愛しくて仕方がない、月読調がそこにいた。




漸く書きたかった回までたどり着けました。
次回は口の中が甘くできるようにがんばります。
今回も読んでいただきありがとうございました。


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二人になれた日

遅くなってすみません。初ラブシーンは難産でした…。



「会いたかったよ、ソウ君」

 

そう言って舞い降りてきた調は天使そのものだった。

 

身に纏うシンフォギアは普段とは配色が異なる白を基調とし、刺し色としてピンクを用いたものに。頭部に装着していたアームドギアは翼を模したものになっていた。

 

そして何より調が発するフォニックゲインが依然と比べけた違いになっている。以前賢者の石を使って処置した時にリンカーなしでギアを纏えるように処置をしたがこうも早く纏えるような術式にはしていない。

 

長い年月をかけて、それこそ年単位のスパンでギアを纏いゆっくりと慣らしていくような術式を組んだ。にもかかわらず今の調は正規適合者すら上回る出力でギアを展開している。一体調に何が…もしやリンカーの過剰投与では…!?

 

「大丈夫、無茶はしてないよ。これは響さんの力で世界中のフォニックゲインを束ねてギアのロックを限定解除したエクスドライブモードだから」

 

そうか、よかった。調は時々無茶な事や力業で強引に済ませようとするからな。また今回も無茶したのかと心配した。

 

そして相も変わらず何も言っていないのに俺の考えを読み取ってくるが気にしてはいけない。それよりも聞かなければならないことがある、今はそっちが先決だ。

 

「調、なんでこんな危険なところに来たんだ?」

 

「うん、大体ドクターのせい」

 

「ワッツ!?」

 

なんでもあの後ウェルが俺は裏切ったとか何とか言って調達を騙したらしい。だが調は不信感からフィーネを脱走。その後二課を強襲、奏者を一人で圧倒し弦十郎と直接対決兼交渉を繰り広げたとか。

 

しかし裏切ったはずの俺は政府側にもいなかったのでとりあえず捕虜に。その後神獣鏡を纏える奏者が現れたりそのおかげで立花ちゃんが全回復したとか。

 

しかしフロンティアが浮上、裏切りと裏切りがなんやかんやあって一段落したと思ったら今度はウェルがナスターシャを宇宙に送ったりフロンティアをネフィリムに喰わせたりしたら暴走して今にも爆発しそうに。

 

そこで調がこの間の事を思い出しソロモンの杖でネフィリムを宝物庫に転送、しかしマリアも一緒に巻き込まれみんな宝物庫に来たと。

 

そんな訳で向こうで奏者vsネフィリムが繰り広げられてると。

 

なるほどね…うん、そっか…。

 

「確かに大体ドクターのせいだな」

 

「でしょ」

 

本当に碌な事してないなあのドクター。流石ドクターだわ、さすドク。

 

「それにネフィリムのことが無くても私はここに来たよ」

 

「ん?どういうことだ?」

 

「ソウ君がいるからだよ」

 

「えっと…つまり?」

 

「フィーネにも政府にもソウ君はいなかった。そしてどこに行ったかも分からず痕跡もない。だから知ってそうな人に聞いた。具体的にはドクターとOHANASHIした。シュルシャガナを使って」

 

「え、それドクター死んでない?」

 

「大丈夫、死んではいない」

 

死んで『は』いないんだな。よし、とりあえず冥福祈っておこう。

 

「じゃあ行こっかソウ君、早くしないと宝物庫の扉が閉まっちゃう」

 

「…ああ、そうだな」

 

俺の手を掴んだ調は飛び立とうとヘッドギアの翼を羽ばたかせる。だが俺はすぐにその場を動くことができなかった。

 

そんな俺を不思議に思ったのか羽ばたきを止めた。

 

「どうしたの?みんな待ってるよ」

 

調はこちらをまっすぐ見つめ優しく微笑んでいる。俺は迷った。どちらを選ぶのが正しいのだろうか。遠くない未来で彼女を悲しませる別れか。それとも今、彼女の優しさを踏みにじる別れか。

 

「…悪いな調、俺はここに残る。すまないが一人で行ってくれ」

 

だがするべきことは変わらない。ただそれが早いか遅いかの違いがあるだけだ。ならば早い方がいい。それにこっちの方が調にも被害が少なくて済むはずだ。

 

そうに違いないんだ。

 

「え…どうゆうこと?」

 

「言った通りだ、俺はここに残る」

 

「なんで…なんでそんなこと…」

 

「…ここは俺が生き続けるには丁度いいんだよ。一人で気ままに生きていける、煩わしい人間との関係も無いしな」

 

先ほどの笑顔が一転、困惑顔になったと思ったら今度は泣き顔に。調のそんな表情は見るだけで胸が締め付けられる。だがそれでも手を緩めてはいけない。

 

「それに俺の事はナスターシャからある程度聞いてるんだろ?」

 

だからこそ手を緩めてはいけない。

 

「俺は不老不死だ」

 

緩めたら落ちてしまう。甘えてしまう。

 

「それに見ただろ?あの醜い翼を、尾を、鱗を」

 

調の好意に甘えてしまう。

 

「俺は正真正銘の化物だ。飛びっきり質の悪いな」

 

それだけは絶対に駄目だ。調には明日がある、希望がある。俺のように過去に囚われた化物じゃない。だからこそ俺なんかに縛られてはいけない。

 

「だからそんな化物はな、こうやって人知れず封印され忘れ去られるのがお似合いなんだよ」

 

己を律しろ、箍を外すな、少しでも緩めば俺は逃げてしまう。だから…。

 

「調、俺は今まで散々人を殺めてきた。それだけじゃない、お前に聞かせられないような汚いこともして生き延びてきた。そんな俺が世界と切り離された絶好の機会なんだ」

 

そうだ、これが最初で最後の機会かもしれない。

 

「これで錬金術師メルクリアは過去の産物になれる。もう誰も錬金術師としても怪物としてもメルクリアを必要としなくなるんだ」

 

そうすれば少しは無益な争いも減るかもしれない。

 

「それに俺は数えきれないほどの人を殺した…いくつもの国を滅ぼした…化物なんだ…」

 

今でも思い出す初めて人を殺した夜のあの感覚、いつまでも俺を見つめてくる空虚な瞳、耳にこびりついて離れない断末魔の言葉。

 

何度も追手や刺客を送り込まれた。その度に返り討ちにした。そのせいで名が上がり敵も増えた。怯えながら息を殺し、数えきれないほどの夜を明かした。

 

山を越えど、国境を跨げど、海を渡れどそれは変わらず、そんな日々が数百年続いた。そして何時しか人を壊し、国を滅ぼす災禍の化物に成り下がっていた。

 

「それにいつ調が襲われるかもしれない、そんな危険には晒したくなかったんだ…」

 

今では金次第で何でもやると各国とそこそこ良好な関係が築けてはいるがそうではない国や組織も少なくない。

 

何より俺と深く関わったせいで錬金術師なんて碌でもない連中に目をつけられる可能性を排除したかった。

 

「それに俺の身体はまともじゃない…老いることも死ぬことも赦されない…調と同じ時を生きることができないんだ…」

 

翼も、尾も、鱗も、本来の姿の一部に過ぎない。いつか調をあの爪で、あの牙で傷つけてしまうのではと思うと足がすくんだ。

 

怖かった。調に知られるのが、見られるのが。

 

恐ろしかった。調が離れていくのが、軽蔑されるのが。

 

「だから頼む。もう、もう独りに…」

 

独りにしてくれ。いつの間にか調にではなく自分を抑えるために放っていたその言葉。しかしそれを最後まで紡ぐことはできなかった。

 

口が塞がれてしまったのだ。柔らかく、それでいて温かい何かによって。それに口を塞がれ呼吸もままならず、ただただ頭が真っ白になっていく。

 

五秒か、十秒か、一分が、はたまたそれ以上か、どれだけの時間を重ねたかは分からない。だが息苦しさは心地よく感じ、それが離れる瞬間は名残惜しさすら感じた。

 

「これが私の気持ちだよ、ソウ君」

 

気付けば変身を解除し、頬を紅く染めた調が俺をまっすぐ見上げている。

 

「私はソウ君が好き。だからずっと一緒にいたい」

 

「調、俺は…」

 

だめだ、それ以上はだめだ。もう耐えられなくなる…。

 

「ソウ君が自分の事を嫌いでも、私は好き。例え世界が錬金術師としても、化物としてもメルクリアを必要としていなくても構わない。私はソウ君にいてほしい、大好きなソウ君と…ずっと一緒にいたいの…!」

 

調の想いの一つ一つが響いてくる。今まで築き上げてきたくだらない理屈や計算で固めて守ってきたそれを崩していく。

 

甘えなのかもしれない、縋っているだけなのかもしれない。だけど、だとしても彼女の想いに答えたいと思った。

 

「好き…私はソウ君が好き…好き…」

 

「調…っ」

 

思考が先か、行動が先か。定かではない。だが気づけば俺は調を抱きしめて思いの丈を叫んでいた。

 

「愛してる…っ!愛してるよ調…っ!俺もずっと一緒にいたいよ…っ!」

 

今まで理性で抑え、隠してきた調への想い。だがその箍が外れた今、それは決壊したダムのように溢れ出てくる。もう自分では抑えることができない。

 

「楽しかったんだ!調と過ごす時間が…!嬉しかったんだ!他でもない、俺のために食事を作ってくれることが…!」

 

今までも幸せを感じることは幾度となくあった。友と呼べる人物もできた。兄と慕ってくれる少女もいた。そこそこいい関係になった女性もいた。食事も、酒も、娯楽も、ありとあらゆる経験をした。

 

だがそれだけだった。そこで終わりだった。どこまでいっても人間の真似事をしているようにしか感じらず、満たされることはなかった。

 

そんな俺が化物になって初めて人間らしい幸せを感じられた。色鮮やかな感情も、人肌の温もりも、胸の奥から溢れ出てくるこの想いも。

 

いい歳した男が幼気な少女を泣きながら抱きしめている。旗から見れば異質な光景だがここには誰もいないことが幸いだった。

 

そんな俺に調は優しく背中に手を回してくれた。

 

「私もだよ、ソウ君。私も楽しかった。これからも、いつまでも、何があってもずっと一緒にいよう。だから独りになんてならないで…」

 

「ああ、すまなかった…本当にすまなかった…」

 

まるであやすかのように背中をさすってくれる調。それが無性に嬉しくて、それに応えるように俺は更に強く抱きしめ、お互いの距離がゼロになる。その近さは調の吐息が耳にかかるほどだ。

 

その時に気がついた。調の鼓動をしっかりと感じられる事を、それが早鐘をつくかのような速さだということ、全身が熱を持っていることを。何より調の耳が紅く染まっていることを。

 

そうか、俺のためにこんなにも勇気を振り絞ってくれたのか。そう思うと俺の中から再度熱い思いがこみ上げてくる。

 

ならば俺もそれに応えなければならない。そうでなければ男が廃る、何より調に失礼だ。

 

息を吸い込み心を整える、その時調の髪からいい匂いがしてクラッときたがそこはなんとか別の理性を働かせてこらえる。

 

「んっ…ソウ君…息が…かかって…はぅっ…」

 

調が更に顔を染め身悶えるが俺が抱きしめているため息から逃れられないようだ。だが俺は腕を緩めなかった。

 

愛らしい顔立ち、陶器のような白い肌、吸い込まれそうになる瞳、血色の良い唇、彼女の全てが魅力的に感じられる。それ故その言葉すらも今の俺には蠱惑的に感じられた。

 

「調、愛している」

 

俺は耳元でそう囁く。調はそれに一瞬震えるも、すぐに理解したのか瞳を閉じてくれた。

 

それに習い俺も目を閉じ、顔を近づける。

 

それに至るまでの間に脳裏に浮かぶのは、調と出会ってから今まで過ごした時間だった。

 

嬉しかったことも、怒ったことも、悲しかったことも、嬉しかったことも。俺の中は調の事でいっぱいだった。

 

淋しさも、虚しさも、妬ましさも、切なさも、陶酔も、何より愛しさも、全て調がくれたものだった。

 

独りでは感じることのできなかった世界を調は与えてくれた。もう独りには戻りたくないと思えた。

 

だからこれからも、二人でいよう、いっぱい感じていこう。色褪せない思い出を、鮮やかな感情を。

 

そして願わくば、彼女が俺にくれた以上のものを返していこう、共に感じて生こう。

 

それが俺にできる調への唯一の償いの、感謝の方法だから。

 

俺を受け入れてくれた。ただそのことが嬉しくて、ありがたくて。

 

調への感謝と、いつまでも共といたいと願いを込めて。

 

二度目の、本当のそれは俺に愛情と、温もりと、繋がりを与えてくれた。

 

その日、俺と調は恋人になった。

 




これって甘いのかな…?書いてて不安になりました。
でもようやく書きたかった回が書けて満足です。

今回も読んでいただきありがとうございました。


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紡いだ手

今回から少しずつオリ要素出してきますよ~(調ちゃん強化フラグ)


「さ…さて、そろそろ行くとするか…」

 

「そ、そうだね…」

 

あれから数分、途端に今までのやり取りが恥ずかしくなってきた俺たちはお互いの顔をまともに見れないでいた。

 

顔を見れば全身が熱くなり、ついつい視線が唇に向かい、顔から火が出そうになる。

 

そんなやり取りを何度か繰り返していると殺気と生暖かの入り交じった視線を感じた。そのお相手はノイズさんたちであった。

 

そりゃそうか、自分の家にいきなり上がり込んできて目の前でイチャつかれたら誰でもキレるわな。

 

さらになんとも言えない気まずそうな視線も感じた。遠目だが赤くて山ほどある何かがこちらを見つめている気がする。

 

その時俺たちは思い出したのだ。

 

あ、ネフィリム忘れてた…と。

 

ラスボスっぽい奴をほっといて二人だけの空間創ってたらそりゃ気まずくもなるわな。

 

そんなことがありなんとか平静を保てるようになった俺たちは奏者達が戦っているであろう場所に向けて飛び立とうとしているところだ。

 

「ソウ君、もう大丈夫?」

 

「もちろんだ。俺は調と生きると決めた。だからどんな手を使ってでも生き残る。そして調を守ってみせるよ」

 

「ソウ君…」

 

「調…おっと、続きはまた後でな」

 

いかん、またしても変な世界を創ってしまった。先ほどまで寛容な態度だったノイズさんたちも流石にこれにはお怒りの様子だ。

 

「うん、そうだね。また後で…ね」

 

調も名残惜しそうに会話を切り上げ右手でペンダントを胸に抱く。そして左手を俺に差し出した。

 

今度こそ離さない、絶対に。決意を込めてその手を掴む。するとそれに応えるように調も握り返してくれた。そこから伝わってくる調の想い。それが聖詠となって響き渡る。

 

「行くよ、ソウ君。『Various Shul Shagana tron』」

 

調が光に包まれ、繋がる腕を介して旋律が温もりとなって伝わってくる。

 

なるほど、立花ちゃんが言っていたのはこういうことか。確かに悪くはないかもな。

 

…そういえば立花ちゃんが繋いだ手を介して出力を増幅してたな。

 

なら試しにと体内を流れる賢者の石を再錬成し、俺も紡いだ手を介して調にフォニックゲインを流し込んでみた。

 

すると何かが抜け落ちたかのような激しい虚脱感に襲われる。と同時に光が弾け、中から先ほどと同じ、いやそれ以上の出力でギアを纏う調が表れた。

 

先ほどとは違い翼はヘッドパーツだけでなく背中からも生え、ヘッドパーツの翼も巨大化した。またアームドギアにも錬成陣のような模様が追加されている。半信半疑だったが成功したようでなによりだ。

 

前もすごかったが今回のでより戦女神の聖遺物に相応しい風格になったな。名付けて『アルケミック・エンジェルモード』ってところだろうか。

 

「すごい…さっきよりパワーアップしてる…ってソウ君大丈夫!?顔真っ青だよっ!?」

 

調もギアの変化に驚いていたが突然血相を変えて俺に駆け寄ってきた。そんなに酷い顔をしているのだろうか。

 

「大丈夫大丈夫、ちょっと石使い過ぎて貧血気味なだけだから」

 

「…それって私のパワーアップと関係あるの?」

 

おっと、これは不味い。調に気を使わせてしまいそうだ。なんとか誤魔化さねば…。

 

「いや、大丈夫大丈夫。その…あれだ、あれ。ちょっとあれしただけだから…」

 

「…ソウ君?」

 

「えっと…その…」

 

「…じーっ」

 

「…すみません、ちょっと無茶しました…」

 

うわ~、俺誤魔化すの下手過ぎだろ。いや、この場合は調が相手だから上手くいかないだけで他の相手だったらもっとスムーズに、それこそ暗示とかも…。

 

「ソウ君?」

 

「はい、すみません」

 

いかん、調はなぜか俺の考えを見通す力があったのだ。その前では俺は何をしても無駄だということを忘れてた。

 

「それで?」

 

「…へ?それで…とは?」

 

「どんな無茶したの?」

 

「どんなって…そんな大した事じゃ…」

 

「…ソウ君?」

 

「血管を流れる賢者の石をフォニックゲインに再錬成しました。その時にちょっとごっそり持ってかれちゃって貧血気味です」

 

「うん、それで良い」

 

なぜだろう、恋人になったばかりだというのにもう調の尻に敷かれる。これが惚れた弱みというやつだろうか。

 

「いや、そんな調が心配することじゃないぞ。すぐに回復するし。それにほら、俺人間じゃないし」

 

「そういうところだよ」

 

「ん?何が?」

 

「私が心配なのは。ソウ君そうやってなんでも一人で片づけようとするところだよ」

 

…そうか、気を使ったつもりだったがそれがかえって調を不安にさせてしまったのか。今までは誰かに頼るなんて発想は仕事ではあってもそれ以外は皆無だったからな。

 

「それに普通は賢者の石が血管流れてるなんてありえないからね。もしかしてソウ君の不老不死と関係あるの?」

 

「まあ…そうだな。俺の持つ聖遺物の効果というか呪いというか…」

 

「…分かった、じゃあこれからゆっくりソウ君の事を教えて?」

 

俺の事…か…。正直調には言いたくない話もある。先ほどの事でもぼかして伝えた部分もある。それを調に聞かせるのは正直抵抗がある。

 

頭では分かっている。それでも、どうしても拭いきれないのだ。調に嫌われないか、軽蔑されないか。そう思うと手が震えだし、最悪の想像ばかりが浮かんでくる。俺は…。

 

「だから私の事も知って?私が覚えていることを全て話すから。嬉しかったことも、辛かったことも、…ちょっと恥ずかしかったことも。そうやって…お互いを知っていこう?」

 

ああ、そうか、こういうところだ。何世紀も歳を重ねた俺が躊躇う事を調はあっさりやってのけるんだ。きっと俺は、調のそういうところにも惹かれたのだろう。憧れたのだろう。だがそれでも…。

 

「やっぱり…怖いんだ…。本当の俺を調に知られるのが…」

 

「…うん」

 

「だから時間がかかるかもしれない。それでも…待ってくれるか?」

 

「…うん、分かった。待つよ、少しずつでもいい、ソウ君が話せる時まで…」

 

「すまないな、調…」

 

「でも、ソウ君だけに辛い思いはさせない。私も一緒に背負うよ。ソウ君の過去も、想いも」

 

そう言って調は震える俺の手を握り締めてくれた。その手の温もりが、調の優しさが指先からじんわりと伝わってくる。おかげで先ほどまでの最悪の想像は消え去り、震えも次第に収まっていく。

 

「調…ありがとう…」

 

「どういたしまして。でも彼氏を支えるのも彼女の務めだよ」

 

「そうか…そうだな…。ならば俺は調の彼氏として何時いかなる時も調を守るよ」

 

「そ…そう…あ、ありがとう…」

 

ヤバい、自分で言っておいて死ぬほど恥ずかしい。それにこれって結婚式の誓いの言葉じゃなかっただろうか。

 

きっと今俺の顔は真っ赤になっているのだろう。またまともに顔が見れないな…なんて思っていたら調も同じだったようで顔を耳まで紅く染めていた。

 

その後、俺たちが移動を始めるまでもう少し時間がかかったことは言うまでもないだろう。

 

因みに照れた調も可愛かったことをここに記しておこう。

 

 

 

 

 

 

「見えてきたな、あれがネフィリムか…」

 

調と飛翔すること暫く、眼前にフロンティアを取り込んだネフィリムがはっきりと見えるようになってきた。少し前から蠢く何かは確認できたが近くで見ると想像以上の巨躯だった。始めは山程度のサイズかと思っていたが実物はそれ以上だ。

 

だがそれ以上に厄介なのは内包するエネルギーが規格外なところだ。あれならば地球程度容易く破壊して見せるだろう。

 

「調、いくつか確認しておきたい。あれは聖遺物、基フォニックゲインを喰らい成長する。間違いないな?」

 

「うん、そうだよ」

 

「んでもって俺の渡した賢者の石も喰わせたと…」

 

「うっ…ゴメン…」

 

「いや、別に責めてるわけじゃないだ。ただあれを喰ってあの姿なら納得だな~と思ってな」

 

「…どうゆうこと?」

 

「俺の身体からできる賢者の石はそのままだと火の属性を持つんだよ。だから何も術式を組まないとただ火を放つだけの高エネルギー体だ。それを取り込んだならネフィリムの溶岩みたいな身体は納得って話だよ」

 

「そうだったんだ…だからあの時マムは炎を…」

 

調が何を思い出しているのかは分からないが納得してくれたのならそれでいいか。

 

さて、どうするかな…これといった準備もないし時間もない、おまけに回復したとはいえ使える賢者の石は現状八割…となると手段は二つ、だがどちらにしてもあれの解放は必須だな…。

 

「調、あいつをどうにかする算段だが…」

 

「あ!調ちゃんだ!おーい、メルクリアさんに会えた~?」

 

今のうちに今後の算段を調に伝えておこうとしたところで最近聞いたことのある声が聞こえた。声の主を探せば遠くから急速に近づいてくる人影が五つ、FIS組+リディアン組だった。

 

次第にその姿がはっきり見えてくる。が、俺は思わず面食らってしまった。なんせ奏者全員が羽を生やして飛んできたのだ。もしかして今奏者間で羽が流行ってるのだろうか?

 

っとそういえばなんか調律してエクスドライブモードになったとか調が言ってたな、すっかり忘れてたわ。

 

「調、おかえりデス!どうだった…て何デスかそのギアはっ!?さっきまでと比べ物にならない程出力上がってるデスよ!?」

 

だがこればっかりはどうしようもないだろう。なんせ調を一番に見たんだ、その後に彼女たちを見てもどうしてもインパクトは薄くなってしまう。

 

具体的には今の調は切歌ちゃんたちと比べ二倍から三倍の出力を維持している。やろうと思えばもっと上げることもできるだろう。あれだけ石を使ったからか、それとも調との相性が良かったからなのかは分からない。俺的には後者であって欲しいが…まあそれだけ今の調が纏うギアは規格外だということだ。

 

「久しぶりだな、元気してたか?」

 

「メルクリア!?…バカ、心配したんだから…」

 

「そうデスよ…調も勝手にどっか行っちゃうデスし…」

 

「すまない、心配かけたな」

 

懐かしさから何気なくマリアちゃんと切歌ちゃんに声をかけると二人は目に涙を浮かべて駆け寄ってきてくれた。が、普通に返事をしただけなのになぜか二人は急に固まってしまった。どうかしたのだろうか?

 

「メルクリア?なんだか…変わったわね…」

 

「そうデスね…こう…大胆というか…柔らかくなったというか…別人かと思ったデスよ…」

 

二人は顔をヒクつかせながらそう言った。そんなに変わっただろうか?自分ではよく分からないな。だがしばらく会ってなかった彼女たちが言うのだ、きっとそうなのだろう。

 

「いや、それを言うなら俺もだわ。みんな結構印象変わったな、羽とかさ…羽とか…羽とか?」

 

「羽ばっかりデスよ、メルクリア…」

 

「まあインパクト抜群だからな。でも一番衝撃的だったのはマリアちゃんだな。イメチェン?」

 

そりゃ知り合いがいきなり羽生やして飛んでたら誰でも驚くわな。でもそれ以上にマリアちゃんの変わりようにはびっくりだわ。今まで黒かったギアがいつの間にか真っ白に。それに出力も安定してるな。

 

「これはセレナの遺したギアよ。ガングニールは響に託したの」

 

「なるほどね…んで今更だがなんでみんなそんなにボロボロなんだ?」

 

近づいて初めて分かったが皆翼やギアに細かな亀裂が走っている。調との出力に差についてこのことも起因しているのだろう。まるで何かにエネルギーを吸われたかのような…

 

「そ・れ・は・な、どっかの誰かさんが見つからないからネフィリムやノイズとドンパチやって時間稼いでたんだよ!」

 

「んん?ああ、白髪ちゃんか。元気?」

 

「雪音クリスだ!いい加減名前覚えろっ!」

 

白髪ちゃん…基雪音ちゃんに怒られてしまった。それにしても俺のせいでみんなボロボロになったのか、それはなんというか申し訳ないな…よし。

 

「んじゃお詫びも兼ねてネフィリムの相手はするわ」

 

 

 




次回はネフィリム戦ですよ~。

今回も読んでいただきありがとうございました。


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vs『暴食』

(ちゃんとした)ネフィリム戦はこれで終わりです。


「んじゃちょっくらネフィリム倒してくるわ」

 

「「「「「いや、ちょっと待て」」」」」

 

奏者とはいえ未だ子供の域を出ない子たちばかり。にもかかわらず俺なんかのためにボロボロになってまで時間を稼いでくれた。ならばそれくらいは俺が…と思ったのだがなぜか調以外の全員に止められてしまった。

 

「え?なに、どうしたの?」

 

「どうしたの?じゃないわよ!何考えてるのよ!?あんなのと一人で戦おうとするなんて自殺行為よ!!」

 

「そうデスよ!奏者五人でも無理だったんデスよ、いくらメルクリアでも無理デスよ!」

 

「ここはみんなで力を合わせて乗り切りましょうよ!」

 

上から順にマリアちゃん、切歌ちゃん、立花ちゃんが俺に詰め寄ってきた。が、そんな一度に言われても分からない。だれが代表して言ってくれ。

 

「なら私が言わせてもらうわ、はっきり言って無謀よ。相手は『暴食』の二つ名を持つ完全聖遺物ネフィリムよ。いくらあなたでも勝てないわ」

 

流石マリア、こうゆう時は頼りになる。的確に、それでいて簡潔に全体の意見をまとめてくれる。ちょっと見ない間にオカンレベルがさらにあがったな。だが…。

 

「それなら問題ないよ、完全聖遺物の相手も何度かしたことあるし。確かデュランダルとかネフシュタンとかその辺のやつ」

 

「…はあ!?」

 

あの辺はとにかく頑丈で厄介だったな、最終的に持ち主狙いで倒したんだっけか。

 

「それに二つ名だっけ?どうせ『不滅不朽』とか『無限再生』とかだろ?なら大丈夫だって。俺も持ってるから、二つ名」

 

二つ名なんて所詮その聖遺物の特徴をまとめただけに過ぎない。時々大袈裟に言われたり厨二っぽくなったりするがそんなびっくりするもんじゃないだろう。

 

「あのねメルクリア、今までは担い手が必要な完全聖遺物だったから勝てたかもしれない。でもネフィリムは違うわ、フロンティアを飲み込み、暴走し続ける独立型完全聖遺物よ」

 

マリアちゃんは頭を押さえながらあきれ顔で、まるで子供に言い含めるようにそう続ける。

 

「確かにあなたは凄腕の錬金術師よ。二つ名があったって不思議じゃないわ。でもそれだけなの。限定解除状態の奏者五人でも抑えるのがやっとなのよ、ただの人間一人でどうこうできる相手じゃないわ」

 

この発言には他の奏者達も首を縦に振った。そのことにマリアちゃん、切歌ちゃんはなんとなく理解できた。だが意外だったのは正規組までその意見に賛同したことだった。てっきり時間稼ぎに使えれば儲けもの程度にしか思われてないと思っていたんだが…優しい子たちなんだな。

 

「なら猶更俺がやるべきだろ。その状態の奏者五人でもどうにもならないんだ、他に適任はいないだろう?」

 

「だから無理だって言ってるでしょう!それとも死にたいのっ!?」

 

「いや、死ぬ気は無いよ。せっかく調と恋人になれたんだし」

 

「「「「「…は?」」」」」

 

調律って心まで通わせられるのかな…本日二度目の奏者斉唱にそんな感想を抱いた。

 

「そういえば言ってなかったっけ。調と俺はお互いの想いを伝えあい恋人同士になったんだよ」

 

「…そう、やっとくっついたのね。これでもうもどかしい思いをしなくて済むわ…。でもそれなら尚の事よ、絶対に死なせられないわ」

 

「いや、だから死なないって。勝てるって、多分」

 

「あのね、あれ相手に勝とうと思ったら吸収しきれないほどのフォニックゲインか聖遺物に依らないエネルギーを叩きこむしかないの。どちらを選ぶにしても莫大なエネルギーが必要よ。しかも時間もない、あと少しでネフィリムは自爆するわ」

 

なるほど、さっきからネフィリムがでかくなってる気がしてたが目の錯覚ってわけじゃ無かったってことか。

 

「おまけに地球への扉はあいつの向こう側よ。調が揃った今、奏者六人のユニゾンで一点突破する。それが私たちが出した結論よ。これ以上の案があるのかしら?」

 

「あ~、悪くはないよ。でもさ、そのための時間稼ぎは必要だろ?」

 

「だけどそれ以外に…」

 

「要するにあの化け物並みのエネルギーに対抗できる何かがあればいいんだろ?だったら俺も持ってるから大丈夫だ」

 

ネフィリムが放つ重圧が一段と重くなった。これ以上は本当に時間が足りなくなる。何かを言おうとしたマリアちゃんを遮って、俺はとっておきの言葉を口にする。

 

「だから持ってるんだって、俺も完全聖遺物。そんなわけで調、頼むわ」

 

「うん、分かった」

 

このやり取りに口を挟まずにいてくれた調に手を差し出す。調も分かっていたかのようにすぐに俺の手を取ってくれた。

 

ここに着く前、調には俺の身体の秘密を少しだけ話した。その力を、呪いを。そして恐らくそれをこの場で使わなければならない瞬間が訪れるであろうことも。

 

もしもそうなったら何も言わずに手を繋いで欲しい。そう伝えると調は笑顔で頷いてくれた。

 

恐怖心はある。見られることに、怯えられることに。

 

それでも繋いだ手が、調の温もりが、俺に勇気をくれる。だから俺は、もう迷うことはない。

 

「顕現せよ!汝、己が暴威を誇示せんがためにっ!」

 

高らかに、解呪の文言を叫ぶ。次の瞬間、全身に張り巡らした術式が展開され、その一部が崩れ落ちる。

 

内側からこみ上げてくる破壊衝動、沸々と湧き上がってくる熱いなにかと同時に全身が乾いていく。

 

だがこの程度なら問題ない。

 

慣れ親しんだ殺意を、衝動を、手の上で転がすように支配する。そしてそれらに方向性を、思いに形を与えるかのように纏め、束ねていく。

 

感じる、額からは捩じれた双角が、口には鋭い牙が、指先には堅い爪が、背中からは蝙蝠のような翼が、腰下からは鱗に覆われた尻尾が生えていくのが。

 

分かる、柔らかかった皮膚は鋼のような体色に、表面は堅く、それでいてしなやかな鱗がうっすらと浮かび上がってくる。それらの一つ一つに神経が生えていくかのように、手に取るかのように分かる。

 

これが俺の完全聖遺物の力。鋼を、水を、あらゆるものを壊し造ったとされる蛇の力。その一端である。

 

これは何か?そう尋ねれば世界中の人が答えることができるほどに有名な異形へと。

 

国によって呼び方も扱われ方も違うだろう。だが、それでもすべてが等しく感じるのだ。全身にその畏怖を。

 

「ドラ…ゴン…」

 

誰が言ったかは分からない。誰もが唖然としている。だがそれでも良かった。こんな姿になっても俺の手には繋いでくれる手の温かさを感じることができるのだから。

 

「…調、怖くないか?」

 

あたり一面に俺の声が反響する。身じろぎ一つで地面が震える。

 

「うん、大丈夫だよ。それに思ってたよりカッコイイね」

 

それでも調は変わらず俺の手を握ってくれた。小さくて、柔らかくて、震えていて…それでも離さないでくれた、受け入れてくれた温かくて優しい手。それだけで俺は十分だった。

 

「さて、いきなりで悪いが時間がない。ユニゾンまでの時間は稼ぐから後は頼んだぞ。それと作戦の要は立花ちゃんで合ってるか?」

 

「え…あ、はい!私とマリアさんでみんなの力を調律します」

 

「だったらそのエネルギー、全部調に収束させな。今の最大戦力は調だ、いけるか?」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

「よし、それとアームドギアの形状を変化できるか?」

 

「…うん、やってみる」

 

今回必要なのは相手を切り裂くことじゃない。まっすぐ、一点突破することだ。それにはいつもの無限軌道ではだめだ。薄く、鋭く、それこそ目に見えないような刃をもって突き進む必要がある。大分省いたがそれでも調は俺の意図を汲んでくれた。これは将来できる女になるな。

 

「ソウ君、気をつけてね」

 

「ああ、行ってくる」

 

調からのエールを背中に受けた俺は一気に飛翔してネフィリムに近づく。すると向こうも俺に気付いたのかマグマのような体の一部を切り離してこちらに飛ばしてきた。

 

単調な攻撃だ、よけることなど造作もないだろう。だが俺の後ろには調達がいる。躱せば間違いなく直撃だ。ならばとるべき道は一つだ。

 

俺は翼を使って急制動をかけ、おびただしい数の火球を身を楯にして受ける。腕を、翼を広げ少しでも広範囲を守れるように。

 

自分のことはどうでもいい、俺には鱗がある。それで大概の攻撃は防げるはずだ。全ては調を守るために。

 

直撃の瞬間、火球が衝撃となって全身を襲う。こういう時、無駄にでかい身体は便利だ。これだけあれば調達に爆発の熱も衝撃も届かない。楯として十分に仕事をこなせる。

 

始めは無作為に、ただ出鱈目に打ち出されるだけの火球だった。だがそれでは効果が薄いと見たネフィリムは的を関節や顔など重症になりやすい部位を狙って放ってきた。

 

大したことの無い威力のそれも、ピンボールショットのように放たれると流石にキツイ。二十発を過ぎたあたりから鱗に罅が入りだし、五十発を超える頃には鱗は砕けてしまった。

 

それを見たネフィリムは更に攻撃の手を速めた。鱗の無い部分を集中砲火してくる。爆炎が弾け、肉が焦げる匂いがする。熱が痛みとなって全身を走る。

 

流石は完全聖遺物といったところか、竜の鱗にすらダメージを与えるとは少し侮っていたようだ。

 

だがネフィリム、お前も俺を侮ったな。その程度の攻撃で俺が怯むとでも思ったか。俺の後ろには調がいる。それが分かっていて、調が傷つくと分かっていて尻尾を巻いて逃げだすとでも思ったか。

 

後ろ目で見ると調達の準備も順調に進んでいる。このペースなら後少しといったところだろうか。ならばもうそろそろお返しをしても問題ないだろう。

 

そう判断した俺は全身から魔力を放出し、その余波で迫りくる火球を全て跳ね飛ばした。

 

今までなされるがままだった敵がいきなり攻撃を吹き飛ばした、そのことに動揺したのかネフィリムの動きが僅かに鈍る。

 

その隙をついて俺は放出した魔力を左腕に収束し、あいつを葬るための一撃を展開する。

 

フォニックゲインを際限なく吸収する、故に『暴食』を与えられた存在。だがいくら大罪の二つ名を持とうと肉体に由来するものならば限界は存在する。無限に喰おうとする意志はあれど、無限に食らい続けることなどできないのだから。

 

魔力の半分だけをフォニックゲインに変換、その後双方を水、風、土の属性に錬成。全六種、それらを束ね一つにする。これを一度に放てばいくらネフィリムといえど喰い尽くせないだろう。

 

「穿て」

 

解放の呪文を詠唱、すると溜め込まれていたエネルギーが行く当てを求めるかのように一直線に目標に向かって走る。

 

青、緑、黄色、各属性の象徴色と白色のフォニックゲイン、それに加え俺の魔力の黒を合わせた五色の閃光がネフィリムを貫く。

 

ネフィリムはそれすら食い尽くそうとするが、元来吸収できないエネルギーを取り込んだせいか消化不良を起こし、今まで取り込んだエネルギーも巻き込んだ大爆発を起こした。

 

そして残ったのは今まで何度か目にしたことのある黒くて堅い石のような身体の巨大ネフィリムだった。

 

「チッ!寸前で切り離したかっ!」

 

どうやら爆発の瞬間、フロンティアを切り離しそちらに爆発を押し付けたようだ。ならばもう一発と魔力を再充填する。だがそれを放つことはなかった。

 

「ソウ君、準備できたよ」

 

先に調達の調律が終わったのだ。六人が手を繋ぎ、中心には調が。そしてその頭上には巨大な紅く、所々に金と銀の宝石が埋め込まれた剣が顕現していた。これがシュルシャガナの新しい力か…。

 

「よし、行くぞ!」

 

「うん!」

 

調達が一直線にネフィリムに向かって、その向こうの地球に向かって剣を携え加速する。

 

触れるもの全てを散らし、原初の塵へと切り刻む紅の刃。刃は空気すら切り裂き、迫りくるノイズすら切り刻む。

 

そして残るはネフィリムのみ、しかしして、その幕引きはあまりにもあっけなかった。まるで豆腐を切るかのようにあっさりと、きれいな断面を残し調はネフィリムを一刀の元に両断した。

 

その切れ味は本体だけでなく、その核すらも真っ二つにするほどにだ。

 

まるで伝説の錬金術のようだ。そんな感想を抱きながら、俺は思っていた以上にあっさりと地球へと帰ることができたのであった。




調ちゃん強くしすぎたかな…。
次回は後日談と今回の補足(の予定)です。

今回も読んでいただきありがとうございました。


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さあ、世界戦服を始めよう

今日、妖狐×僕SSのブルーレイボックス発売でしたね。(11/22)
そんな訳で記念投稿です。


人には、誰しもただ見守る事しかできない時がある。

 

手に汗握り、固唾を飲んでその瞬間を祈るしかないこともある。

 

だがそれでも目を背けてはならないのだ。

 

必ず、とは言えない。だがそれでも自分達の祈りが僅かでも彼らの力になるときはあるのだから。

 

そうすれば…。

 

「俺のドリルは、天を突くドリルだ!」

 

いつか、必ず成し遂げてくれるのだから。

 

「…なんなのよ、これ…」

 

「「「グレ◯ラガン」」」

 

「見れば分かるわよ!そうじゃなくてこの状況よっ!」

 

調、切歌ちゃん、俺がテレビにかじりついて男達の勇姿を焼き付けているとマリアちゃんが唐突にそう訴えてきた。何と言われても弦十郎オススメの店で借りてきただけだしな…。理由?調のエクスドライブがロボットだったから参考になるかなと思ってだな。

 

「その前に涙拭いたら?」

 

とりあえず涙目のマリアちゃんにハンカチを渡す。確かアニキが死んだ辺りだっただろうか、後ろから俺達に混じってすすり泣く声が聞こえてきたのは。

 

一緒に見たいのなら来ればいいのに、もしや年を気にしているのだろうか…。

 

「そうじゃないわよっ!なによこの状況はっ!?」

 

「この状況…とは?」

 

はて?なにかおかしいところがあっただろうか。さっぱり分からない。調と切歌ちゃんも不思議そうな顔をしている。

 

「おかしいでしょっ!?私達犯罪者よ!?国連に捕まったはずでしょ!?なのにこの部屋はなによっ!?」

 

そう言われ俺達はおもむろに周囲を見回す。遥か向こうに見える壁とそこに飾られた有名な絵画、磨きあげられた廊下、天井にはシャンデリアが吊られ寝室にはキングサイズの天蓋付きのベッド。

 

外を見ればバルコニーと広大な草原、地下にはトレーニングジムと各種大浴場。…なるほど、そういうことか。

 

「カラオケルームなら地下二階だぞ」

 

「違うわよっ!」

 

え?てっきり奏者兼アーティストだから定期的に唱いたいのかと思ったんだが違ったようだ。

 

「なんで私達がいきなり高級ホテルのスイートルームを貸し切って豪遊できるのよっ!?」

 

「あ~、その事ね。そういえばマリアちゃんには説明してなかったな」

 

てっきりマリアちゃんには調か切歌ちゃんが伝えておいてくれてるもんだと思ってた。

 

「だってマリアも満喫してたから知ってるものとばっかり…」

 

それに加えここに来てそこそこの日数が経っている。今まで何も言われなかったら知ってると思っても仕方がないだろう。

 

「それは…その…」

 

痛いところを突かれたマリアちゃんは顔を赤くして反論するも全く説得力がない。やはりポンコツマリアだったか。

 

「まあ、あれだ。ざっくり言えば脅迫だな」

 

一通りマリアちゃんを弄ったところで俺はネタばらしをした。

 

バビロニアの宝物庫を脱出した後、雪音ちゃんと小日向ちゃんの共同作業でソロモンの杖は宝物庫に投げ込まれ、門は完全に閉じられた。

 

その後国連軍により事態は終息、調達は連行されていった。俺は引き留めようとしたが調が一つの区切りとして必要なことだからと受け入れたので俺もそれにしたがった。

 

だがそれから数日後に開かれた国連総会でとんでもない内容が審議されていると連絡があった。

 

それは調達を死刑にするというものだった。

 

元々アメリカ政府は月の落下に関する隠蔽だけでなく、フィーネとのつながりやレセプターチルドレンなどとても公にできない闇を多く抱えていた。それをこの機会に一掃してしようと思ったようだ。

 

そんなくだらないことのために、口封じのためなんかに調達を殺させるわけにはいかない。

 

すぐさま弦十郎達に連絡を取り、何とか日本で、二課で保護することはできないかと手を回した。

 

だがどうしても時間が足りなかった。アメリカは何が何でも強行採決に持ち込もうと躍起になり、他国もアメリカの外交面から強く出れずにいる。

 

どこもかしこも自国のこれからの利益だけに夢中になり、過ぎ去った厄災には目を向けることすらなかった。

 

そこでとりあえず外務省の斯波田さんがアメリカの闇を糾弾することで採決までの時間を稼ぎ、その間に何とか策を練ることになった。

 

だが正攻法では到底太刀打ちできない。これはそれこそ全世界を一度に相手取っての戦いになるだろう。だからこそ俺も部下を総動員して手を回しているが政治系には職業柄どうしてもうまく立ち回ることができない。できても精々各国首脳の弱みを握りそれで脅迫するくらいだ。

 

妙案も浮かばず、ただただ時間が過ぎていく。そんな時、弦十郎が何気なくこぼした一言が逆転の一手を導いた。

 

「はあ…書類も手続きも障害が多すぎる。何より他国が相手すらしてくれない。我々の交渉に乗るメリットがないという返答がほとんどだ。」

 

「そうだな…メリットか、絶対に交渉に乗りたくなるような対価か…」

 

あ、あったわ。対価。

 

「弦十郎ナイス、それだ」

 

「ん、策でも思いついたのか!?」

 

「ああ、おまけに意趣返しにもなるとっておきだ。とにかく時間がない。お前らは政府と協力して受け入れ態勢と他国への対応を整えろ。それと俺とは無関係ってことにしておけよ。後々めんどくさくなる」

 

「え?お前一体何する気だっ!?」

 

「決まってるだろ?もちろん…世界征服だよ」

 

そもそも俺が書類とにらめっこして策を練っている段階で間違いだったのだ。俺には俺のやり方がある、だったらそっちを取った方が早くて確実だ。

 

目には目を、歯には歯を、そして裏工作には裏工作を。

 

さあ、忙しくなるぞ。まずはあいつからだな。

 

 

 

「まあそんなこんなで国連に乗り込んで脅迫した。んで罪も組織も何もかもなかったことにした」

 

「またとんでもない事をやらかしたわね…」

 

細かいところは省いたがざっくりと説明するとこんなところだろうか。

 

審議の内容については強引に押し通すこともできた。

 

だがあの場であえて俺が適当に日本政府に調達の保護を一任したことを他国から怪しまれないためにも日本がアメリカを擁護するような案を出すために、何よりその場合調達の活動の内容を世間に公表しなければならなくなるためそこまではしないことにした。

 

アメリカに対し一切の慈悲は無いが、調達の未来に比べれば些末なことだ。

 

そして細かいところについては意図的に調達にも話していない。かなり汚い内容が含まれているからだ。世の中にはまだ知らなくてもいいことだってあるのだ。

 

もっとも調はなんとなく気が付いているだろうが今はあえてそれを言わないでいてくれる。つまりここで言う必要は無いということだ。

 

「…でも、それなら私はこれからどうすればいいの…」

 

今までのやり取りを経て、マリアちゃんは沈痛な面持ちでそうこぼした。一段落したから、緊張の糸が切れたからか、はたまた燃え尽き症候群のようなものだろうか。

 

「なにかやりたいことはないか?どんなことでもいいぞ」

 

何はともあれせっかくの機会、思いっきり楽しむべきだ。

 

「アーティストに戻るのはどうだ?それとも大学にでも行くか?もちろん金の心配はいらないぞ」

 

俺が払ってもいいしなんならアメリカや国連から経費としてせしめてもいい。使い放題だ。

 

「もう自由なんだ、何も背負う必要は無い。これからは思いっきり楽しめばいいよ」

 

もうFISにもフィーネにも縛られることはない。生きたいように生きればいいのだから。

 

「無理よ…」

 

だがマリアちゃんの答えは否定だった。そう告げる表情は先ほどよりも暗く、それこそフィーネを演じていた時に見せる顔とよく似ていた。

 

「私たちは罪も無い大勢の人々を手に賭けたわ。直接的にしろ間接的にしろその事実は変わらないわ」

 

ポツリ、ポツリとマリアちゃんの想いと共に涙が零れ落ちる。その勢いは止まらず、次第に増すばかりだ。

 

「いたずらに不安と恐怖を振りまいて、世界を混乱に陥れて、その挙句私たちだけでは月の落下を止められなかった。その上マムも犠牲になったのよ」

 

ナスターシャの事は彼女たちにとって大きな支えだった。それを失ったことは確かに辛いだろう。さっきまで笑っていた調や切歌ちゃんも沈痛な面持ちになっている。

 

「そんな私たちがこれからどんな顔して生きていけばいいのよっ!?」

 

それでもマリアちゃんは止まらなかった。そこにいるのは歌姫でもフィーネのリーダーでもない、ただの少女のマリアだった。

 

悔いているのだろう、自分の選択を、力の無さを。そのせいでナスターシャを失ったことを。

 

ならば俺はその想いにまっすぐ答える義務があろう。ナスターシャの娘からの問いとして、俺が持ち得る解を答える義務が。

 

「くだらないな」

 

「え…」

 

泣きじゃくっていたマリアちゃんは自分の耳を疑うような顔になるも、すぐに険しい顔をして俺につかみ掛かってくる。

 

「くだらないだと…失われた命がくだらないだとっ!?」

 

鬼気迫るとはまさにこの事だろう、そう言い切れるほどの表情のマリアちゃんに俺は胸倉を掴まれ、壁に押し付けられた。背中が壁に当たり、装飾の一部が割れる感覚が伝わってくる。それでもマリアちゃんは手を止める気配はない。

 

「マムがっ!罪のない人たちの命がっ!くだらないだとっ!?」

 

「ああ、そうだ。何度でも言ってやる。くだらないは、くだらないだ」

 

「この…この人でなしがっ!」

 

そうだ、俺は人でなしだ。だがそれでも俺には彼女に伝えなければならないことがある。

 

「大体、ナスターシャが自分の死を予想していなかったとでも思っているのか」

 

いつもどおりでいい、気負うな。淡々と告げる、それだけでいい。それが俺のやるべきことだ。

 

「あいつはいかなる状況でも最善の結果を求めて行動していた。そのためにお前たちに危険な仕事をこなさせたりもした」

 

マリアちゃんの目には、いや、調達の目にも俺はどう映っているのだろうか。無表情で、冷酷に、ただ現実を突きつける俺をどう思っているのだろうか。だがそれでも言わなければならない。彼女から託された思いを。

 

「だがそれでもお前たちが死ぬような作戦は行わなかった。どうしても行わなければならない時は少しでもその確率の低い作戦を考えた。そして危険な作戦にはあえて自分が参加した」

 

少しでもお前らを生きる確率を上げるためにな。そう言うとマリアちゃんは掴んでいた手を離し、床に崩れ落ちた。

 

多少躊躇ったが俺は震える背中に向かってさらに言葉を続ける。

 

「死を覚悟して、それでも尚己のできることをやり遂げたんだ。悲しんでもいい、嘆いてもいい。だがあいつの娘ならばいつかそのことを誇りに思ってやれ。そして絶対に後悔してやるな」

 

マリアちゃんだけでなく調と切歌ちゃんからも鼻をすする音が聞こえる。やはりいままで気丈に振舞っていただけで溜め込んでいたのだろう。

 

「失われた命も同じだ。絶対に後悔だけはしてやるな。それは失った者にも、今を生きる者にも失礼だ。だからこそ後悔せず、やりたいことをやればいい。罪を背負いたいのなら、それでもいい」

 

行いの償いを求める者もいれば誰かに救済を求める者もいる。罪そのものを忘れて生きる者も、忘れたくても忘れられずにいる者もいる。

 

だけど俺は、自分の行いに悔いを持たないことが、散って逝った者達へのためになると思っている。

 

それが弔いであり、償いであり、救いだと思うから。

 

とはいえマリアちゃんには少し厳しく言い過ぎただろうか。さっきから俯いたままピクリとも動かないし大丈夫だろうか。なにか優しい言葉でもかけた方がいいのだろうか。

 

「あ~、そのなんだ。まああれだ。どうしても無理ってなったら俺がなんとかしてやるから…その…一人で背負うなよ?俺じゃ不満なら調とか切歌ちゃんに相談すればいいわけだし…」

 

「…ふふっ、大丈夫よ」

 

だがそんな心配は杞憂だったようで、立ち上がったマリアちゃんの顔は涙の痕はあるものの憑き物が落ちたかのように晴れやかな顔をしていた。

 

「ありがとう、なんだか吹っ切れたわ」

 

「…そうか、それは良かったよ」

 

「それにメルクリアの焦った顔も見れたし。ちょっと得した気分だわ。さあ調、切歌、続きを観るわよ!」

 

そう言ってマリアちゃんはテレビのスイッチを入れ続きをかじりつくかのように見入っていた。

 

調と切歌ちゃんもそんな姿に安心したのかマリアちゃんを挿むように座り、仲良く続きを見始めた。

 

こうしてみると本当の姉妹のようだ。

 

今なら分かる、あいつが守りたかったのは世界なんかじゃない。

 

本当に守りたかったのは、あの娘達の笑顔だったのだろう。己の命を懸けてまでそれを守ったんだ。母は強しというが本当だな。

 

彼女たちの後ろ姿を見ながら俺はそっと部屋を後にする。これ以上ここにいるのは無粋というものだろう。

 

今は家族水入らずで過ごすべきだ。

 

だからきっと、ドアを閉める瞬間、車いすに座り、三人の後ろから画面を優しそうに見つめる女性が見えたのは、間違いじゃなかったんだ。




グレンラガンかFate/Zeroかで悩みました。
次回は三日後に…書ききれればいいな…。
今回も読んでいただきありがとうございました。


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暴威の蹂躙

前回の補完回となってます。久しぶりの三人称視点です。


国連本部、そこでは先日終結した通称『フロンティア事変』に関する対応、及び世界に向けてどのように公表するかの緊急会合が連日開かれていた。

 

とは言ったものの、中を覗けばそんなものはあくまで建前でしかなく、本当の議題…といってもよいのかどうかは分からないが話し合われているのは年端もいかない三人の少女の処断についてだった。

 

その上熱心に議題について語っているのはアメリカだけである。議題初日には加盟国全てが事の重大さに恐れ慄き、日本などのごく一部以外の国がアメリカに賛同していた。

 

だがそれも二日目、三日目となるにつれその数を減らしていき、遂にはアメリカの太鼓持ちと言われた国までもが賛同せず、ただ傍観するのみとなっていた。

 

理由は明らかだろう、アメリカが黒すぎたのだ。

 

月落下に関する隠蔽、レセプターチルドレンの存在、聖遺物の無断使用、きな臭い話が叩けば叩くほど出てくる。

 

だが誰もそのことについては指摘しなかった。理由は一つ、怖いからだ。こんなところでアメリカの機嫌を損ねたくない。今後得られる利益を考えれば例えそれが間違っていたとしても、三人の少女の命が失われようとしても、国を背負う者ならば当然の判断といえるだろう。

 

そんな中、ただ一人アメリカに反論するものがいた。日本の事務次官、斯波田氏だ。彼は頭が切れ、策に優れると有名だ。日本が聖遺物を用いた特務災害チームを国内で管理できているのも彼の手腕あってのものと言ってもいいだろう。

 

だがそんな彼でも今回はいくら粗をつつこうともアメリカの強行姿勢は止められず、時間稼ぎが関の山だった。

 

だがこの場において、その時間稼ぎこそが真の目的だと知るものは一人もいなかった。

 

「もういい、採決を取れ!あの三人を世界に対する反逆者として死刑にしろっ!」

 

アメリカが議長に対して声をあらげて要求する。議長も本来中立の立場とはいえ、大国の要求には逆らえずおどおどと採決を取り始めた。

 

「え~では、この採決に反対する者は…挙手願います」

 

国連の性質上、採決を覆すには常任理事国の反対が少なくとも一つは必要である。

 

だが反対の意を示したのは日本だけだった。

 

どこからどう見て要求が通った。アメリカはその光景に口許が緩んでいた。

 

だが忘れてはいけない。現代には、単独で世界と対等に渡り合える存在がいることを。

 

「異議ありだ」

 

その声は会議場の扉を吹き飛ばしながら、悠然と現れた。

 

男は黒かった。黒髪黒目、黒縁眼鏡、黒のコートを纏い、何食わぬ顔でその場に現れた。

 

会場全体が騒然となる。彼を知っている者は登場の仕方に驚き、知らない者は不審者の侵入に憤りを抱く。

 

そんな中、この男に始めに声をかけたのはアメリカだった。

 

「なっ何しに来た錬金術師っ!?ここは貴様が来ていいような場所ではない!」

 

「ああ、ちょっと用事があってな」

 

すさまじい形相で睨まれても錬金術師と呼ばれた男は何食わぬ顔で答える。だがその余裕すら感じさせる対応がアメリカには気に食わなかった。

 

「大体なんなのだ貴様っ!散々我々の邪魔ばかりしおってっ!」

 

アメリカの役員数人が罵声を浴びせる。それにより男に好意を持たぬ国からも次第に不満の声が上がり始めた。

 

大方あの大国が言ったのだ、ならば自分達も大丈夫とでも思ったのだろう。男は黙ってその罵詈雑言をただ受け入れ続ける。右から左に、馬の耳に念仏と言わんばかりに受け入れ続ける。

 

そんな態度に気を良くしたのかアメリカはさらに言葉を続ける。

 

「今度はなんだ!ばばあと小娘三人と一緒に愚かなことをしおって!ほだされたか!?」

 

これには会場中が嘲笑う声で溢れた。その中には先程口にはしなかったが彼に不満を持つ国も含まれていた。

 

だが忘れてはいけない。誰にでも逆鱗は存在することを。

 

「だまれ」

 

一言、たった一言で会場は波を打ったかのように静まり返った。

 

声を出そうとする者はいない。いや、出せる者は一人も

いなかった。

 

金縛りにかかったかのように全身が硬直してしまったのだ。

 

あるものは声を出す途中なのか口を開けたまま、あるものは立ち上がろうとしたのか中腰のまま、誰も彼もが鎖で縛られ錠をかけられたかのように微動だにすることも出来ず、瞬き一つすることすら許されなかった。

 

「…お前らがなんと言おうが自由だ」

 

男はゆっくりと、まるで言い聞かせるかのように続ける。

 

「だが忘れるなよ、今、この場において支配者は俺だ。それを理解した上で口を開けよ」

 

そして周囲をぐるりと見回し、指を鳴らす。すると枷が外れたかのように会場中が動きだし、荒い呼吸がそこかしこから聞こえる。中には泡を吹いて白目をむいている人もいた。だが男は何食わぬ顔でこう告げた。

 

「さあ、話し合いを続けようか」

 

ここに国連始まって以来、たった一人によって世界の行方を左右される総会が始まった。

 

これが数世紀ぶりに、そして初めて錬金術師によって世界征服が成された瞬間である。

 

 

 

 

 

「んで、アメリカはそんな事実は一切無かったと言いたいわけだ」

 

「は…はい…」

 

あれから数時間、議長席にどっかりと座る錬金術師メルクリアによって各国は尋問されていた。

 

といっても回答を求められたのはほとんどアメリカだけである。始めはそんな事実はないとつっぱねていたものの、メルクリアが指を掲げれば怯えたように震えすぐに質問に答えだした。よっぽどあの金縛りが堪えたようだ。

 

だが大国としての意地があるのか、それとも上層部からの命令なのかは分からないがそれらの事実は存在しなかったという点だけは曲げなかった。

 

その対応に飽きたのかメルクリアは大きく聞こえるようにため息をつく。そしておもむろに立ち上がり、アメリカの役人の耳元でこう囁いた。

 

「いいだろう、そういうことにしておいてやろう。今のところは…な」

 

そして今度は会場全体に響き渡るように叫んだ。

 

「FISも月の落下も存在しなかった。故に三人に処罰を下す必要はない。なぜなら存在しない組織が行動を起こせるはずがないからだ。え~っと、日本の斯波田さんだっけ?おかしいところはないか?」

 

「ああ、問題ない」

 

「他に付け加える点は?」

 

「今のところ問題ないだろう。後は三人の保護についてだ」

 

「分かった。ならそれは日本で受け持ってくれ。確かあんたの国には他にも奏者がいたよな?それをあの三人にも適用してやってくれ」

 

「分かった。全力を尽くそう」

 

「よし、ではこれに意見がある奴は前に出ろ。俺が相手してやる…っているわけないよな?んじゃ可決ってことで」

 

二人のやり取りは事前に打ち合わせがあったと言えるほどスムーズだった。だがそれを指摘するものはこの場にいない。誰もがこの場を早く離れたい一心だった。貰えるものだけ早くもらって帰りたいばかりだった。

 

だが現実はそう上手くいかない。特に相手が蛇ならば尚更だ。

 

「んじゃ次だ。あの三人に対する今後一切の干渉、接触を禁ずる。それと自由国籍を認め、恒久的に人権を保証すること。後はいかなる活動においてもそれを制限されないってところか。勿論必要に応じて変えたり増やしたりするがな」

 

これで会合は終わり、目的のものが手に入ると思っていた国は大いに動揺した。これでは話が違うではないかと。

 

三人の処断を決めるために総会が開かれた夜、各国首脳や王族、皇族の元を訪れたメルクリアはこう言った。

 

ー取引しよう、そうすれば賢者の石をやろうーと。

 

メルクリアとの契約は四つ。

 

一つ、アメリカの誘いに乗らないこと。

 

二つ、総会の場での要求はいかなる内容でも承認すること。

 

三つ、この契約、及び石の存在を生涯他言しないこと。

 

四つ、他言した場合呪いが発動し死に至ること。

 

不老不死、誰もが求める甘美なそれに殆どの国が契約を結んだ。

 

確かに呪いは恐ろしい、だがメルクリアが気にかけているあの三人を手に入れれば解呪など容易だ。各国はそう考えていた。

 

だがこれでは手に入れるどころか接触すらままならない。他国に協力を仰ごうとしても他言した場合には呪いが発動してしまう。おまけに要求を呑め、とは言ったがその数までは言って無いのでいくらでも要求ができる。あえて縛りを緩くすることで自由度を上げた非常に性格の悪い契約である。

 

だが彼らにはもうどうすることもできない。契約を破棄することもできず、一生呪いを背負いながら生きていくしかない。

 

だが一国だけ、たった一国だけメルクリアと契約を結んでいない国があった。それは今しがた世界中が見る中たった一人の男に成す術の無かったあの大国だった。

 

「ふざけるな!あの三人は、少なくともマリアだけはアメリカ国籍を持っている!それにわが国でアーティストとしても活動している!そんなことは認められるかっ!」

 

メルクリアはアメリカとは契約を結んでいなかった。理由は一つ、交渉するより脅迫した方が早くて確実だと思ったからだ。

 

だが奇しくもマリアがアーティストとして活動する際に取得したアメリカ国籍が思わぬ形でアメリカに活路を与えてしまったのだ。

 

これ発言で会場は二分化した。アメリカと友好を結ぶ国はその発言に便乗しメルクリアに反対意見を発し始めた。

 

例えば、法に抵触する可能性がある。

 

若しくは、不穏分子に加担、または利用される可能性がある。

 

曰く、個人に権力を与え過ぎている。

 

会場の半分以上、軒並み大国や先進国、独裁国家が異議を申し立てる。

 

だがそれでも決して動かない国も僅かながら確かに存在した。それは日本のような島国や小国、発展途上国や未だ伝承が語り継がれる国だった。

 

両者を分けたのは権力か、驕りか。そのどれもが正解であり、間違いであった。

 

ただ彼の恐ろしさを理解しているか否か。答えは様々であれ、本質的にはそれだけだった。

 

そしてそれは訪れた。突如会場中が眩い光に覆われる。それと同時に何かが吹き抜けるような圧を感じる。

 

光が収まり、視力が戻る。突然の事態に動揺する各国が目にしたのは、大きく穴の開いた天井と巨大な竜だった。

 

「選ばせてやるよ。国がこうなるのと自分から金縛りにあうの、どっちかをな」

 

忘れてはいけなかったのだ。話し合いや権力でどうにかなる相手ではないことを。圧倒的な暴威の前では何もかもが無力だということを。

 

「国とか、地位とか、名誉とか、そんなものはどうでもいい。お前らが好きなようにすればいい。だがこれだけは覚えておけ」

 

そして彼にも逆鱗が存在することを。

 

「俺の女に手を出すな」

 

 

 

 

「斯波田さん、お疲れ様でした」

 

「おお、メルクリアか。いい芝居だったぜ」

 

会議が終わった後、メルクリアは斯波田の控室を訪れていた。今日の一件の感想を聞くためだ。

 

「しっかしお前さんもやるね。今まで不干渉を貫いてきたってのに惚れた女のためにここまでやるとは正直見直したよ!」

 

「ありがとうございます。そう言っていただけるなら光栄です」

 

「あれなら他所の国も容易に手出しはできないだろう。だが問題は…」

 

「アメリカ…ですか?」

 

あの後の採決でメルクリアの要求は反対意見が出ることもなく可決、そして契約に基づき各国には賢者の石が贈与された。

 

これからは世間に対してフロンティア事変をどのように開示するかを話し合わねばならないがそれはメルクリアには関係のないことだ。彼にとって大切なのは調と、調の大切な人や物だけでそれ以外はどうでもいいものでしかないのだ。

 

だが斯波田はメルクリアの答えに首を縦には振らなかった。

 

「アメリカも、だ。俺はお前のことも心配してるんだぜ」

 

「俺を…ですか?」

 

「そうだ。いくら世界を相手にするとはいえ身を削って賢者の石なんて伝説級の聖遺物を世界に配っちまったからな。これから不老不死がわんさか出てくるかもしれん」

 

「大丈夫ですよ。不老不死なんて無理ですから」

 

「…は!?」

 

「あの石には仕掛けがしてありましてね」

 

斯波田の悩みにメルクリアはあっけらかんとした顔で解説を始めた。

 

なんの知識もない人間がいくら賢者の石を使おうと不老不死にはなれない。それこそいつぞやのナスターシャのように炎を放つので精一杯だ。

 

石の力を利用するには錬金術師の知識とそれを制御する術式が必要である。だが錬金術師の力を借りるにしても契約による縛りがあるためそれもできない。

 

仮に何らかの方法で石についてを話したり錬金術師の協力を得られたとしても渡した石には使用時に自壊するように設定してある。

 

つまり彼らはタダでメルクリアの提案にのってしまったというわけだ。そう伝えると斯波田は呆気にとられた顔をしていたがすぐに沈痛な面持ちで言葉を発した。

 

「なら尚のことだ。契約を逆手にとった呪いや脅迫、個人への過度の肩入れ。それに加え偽物の賢者の石ときた。お前さん、本格的に世界中に狙われるぞ?」

 

斯波田の凄みのある声は本心からメルクリアを案じているのが理解できる程だ。だがそれでもメルクリアは何食わぬ顔だった。

 

「ありがとうございます。ですがそれで彼女を守れるのなら俺は何度だって、どんな危険な事だってやりますよ」

 

悔いのない顔でそう言い切ったメルクリアに斯波田は今度こそ本当に呆れ顔になってしまった。

 

「そうかい。なら俺達も頑張らねえとな。お前さんをそこまで変えたマリアちゃんと、その妹達を守るためによ」

 

「ん?」

 

「ん?」

 

「いや、斯波田さん勘違いしてません?俺の彼女はマリアちゃんじゃなくて調ですよ」

 

 

 

後に斯波田はこう語っていた。

 

先史文明の巫女は依り代だけでなく彼女を愛した男も数奇な運命を歩ませる。

 

それは幾度となく繰り返される、同じ運命。

 

先代は多くを失い、代償として力を得た。しかし最後は袂を分かち、巫女は死を迎えた。

 

今代は巫女を守る代償に世界を敵に回した。だが巫女は自ら死を受け入れた。ならばこそ、願わくば今度こそ彼らには幸せがあらんことを。




今回も読んでいただきありがとうございました。


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Before meets the Girl①

ちょっと過去編第一弾、今回は調ちゃんとの出会い回です。


ーイギリス・ロンドンー。

 

ビック・ベン、世界的にはこの名称で知られる国会議事堂の地下。そこに俺、メルクリアはアジトを構えていた。

 

俺は基本、依頼が入るとその依頼主に最寄りのアジトで仕事を片付けるようにしている。そのためこのようなアジトは世界中に存在している。その中の一つ、イギリスのアジトは大英帝国時代の調度品で纏めたデザインで仲間内からも『時計塔』の別称で親しまれるほど評判の良かったアジトだ。

 

だが今ではそれも無残な姿になり果ててしまっている。天井まで積み上げられた書類の山々、散乱するカップ麺や携帯補給食の残骸、そして机に突っ伏す俺。正にザ・徹夜明けといった部屋である。

 

全ては一か月前に発生した月落下事件、通称『ルナアタック事変』から始まった。それからひっきりなしに事件の事後処理に始まり月の調査依頼や異常災害への対処などの依頼が舞い込んできた。

 

おまけに世界中から依頼がくるためその数が尋常じゃない。到底一人で捌ききれるはずもなく昔所属していた組織の部下や知り合いに連絡を取り協力してもらった。

 

もちろん報酬は払うと言ったのだがなぜか受け取りを拒否されてしまった。そのことが気がかりだが今度何かお礼の品でも送っておけばいいだろう。

 

そんな訳で一か月近く引きこもり生活を送っていたがそれも今日で終わりだ。先ほど纏めた書類でこの一件の仕事は全て片付いた。偶々最初の依頼をここで取り、そのまま流れで缶詰めになっただけだがそれでも愛着は湧く。もうしばらくここに居たいが悲しかな、それ以上に俺は自宅のベットが恋しいのだ。

 

辛うじて無事なソファが視界に入り睡魔が襲い掛かってくるがなんとか堪え、アジトの出口に足を向ける。だが悲しい事にドアノブに手が届くことは無かった。ポケットに入れてあるスマホが振動を始めたからだ。

 

俺の電話番号を知っている人間は少ない。そしてかけてくる人間はそれ以上に少ない。最早いないと言っても過言でないくらいだ。

 

単に俺がプライベート用の番号を教えず仕事用の番号しか教えてないのも理由かもしれないがそれでもプライベートで用事がある奴は少ないのだ。はっきり言ってボッチである。

 

だが時と場合を考えて欲しい。今の俺は徹夜続きでフラフラなのだ。頭も痛く視界も定まらない。もしくだらない内容だったらブチギレてやろう。そう思い端末を開けばそこには『ナスターシャ』と表示されていた。

 

ああ、これ厄介事だわ…。名前だけで分かってしまう。嫌な予感がこれでもかと伝わってくる。思わず地下にいることを忘れて天を仰いでしまった。

 

あいつからのプライベートな依頼は本当に碌な内容じゃない。聖遺物の発掘やネフィリム暴走の事後処理など重手沙汰にできないことがほとんどだ。絶対に出たくない相手の一人だ。だがここで無視すると後がもっとめんどくさい。具体的には馬車馬のようにこき使われる。

 

散々悩んだ結果、俺は渋々通話ボタンを押すことにした。

 

「…もしもし」

 

「久しぶりですね。今時間ありますか?」

 

「あると思うか?このクソ忙しい時だってのに」

 

「ええ、あなたならそろそろ片づけ終わったころだと思いましたから」

 

このババア、そこまで読んで電話してきやがったのか。本当に趣味が悪い。絶対碌な老後を送らねえな。

 

「んで、どうしたんだよ?よりにもよってこっちにかけてくるなんてよ」

 

「…あなたに依頼があります。アメリカの人間ではなく私個人からの依頼です。勿論報酬はあなたが望む限り努力します」

 

言いにくい内容なのか若干渋ったものの、ナスターシャはそう告げた。電話越しながらも不安と悔しさが入り混じった声だった。なるほど、それでプライベート用に電話してきたわけか。

 

「分かったよ。報酬は依頼内容を聞いて決める。少し準備があるから遅れるが待ち合わせはアメリカのいつもの研究所でいいか?」

 

「いえ、今は別の場所にいます。そちらにお願いできますか?」

 

「そうなのか。となるとイギリスか?フランスか?」

 

「いえ、日本です」

 

ではお待ちしていますね。そう言い残してナスターシャは電話を切った。

 

いや、待て。なんかとんでもない場所を指定してこなかったか!?日本。それはつい先日、ルナアタックが起きた世界が今絶賛注目中のホットスポット。ナスターシャはそこにいると。そっか…。

 

やはり電話に出るべきじゃなかった…。

 

 

 

 

 

「なるほど、月が落下する…ねぇ」

 

数時間後、俺はナスターシャの指示に従って浜崎医院という廃病院にきていた。海に面した見晴らしのいい病院なのだが色々と黒い事をしていて廃業になったらしい。

 

そこで聞かされた依頼はこうだ。

 

月の公転軌道がルナアタックの影響により変化、観測データを元にアメリカが計算を行った結果遠くない未来に月は地球に落下することが分かった。にもかかわらずアメリカはそれを隠蔽し、異常はないと全世界に公表した。

 

それを知ったナスターシャは政府から離反、フロンティアを用いて可能な限り救える人間を増やそうという計画を立てた。

 

そしてそのための潜伏先にここ、浜崎医院を選び俺にここの改修と作戦遂行の補助を頼みたいというものだった。

 

確かにその目論見は悪くない。一部の特権階級のみが助かるようになっているのはいつの世も同じだ。ならばアメリカとこれ以上交渉しなかったことも他国に協力を要請しなかったのも正解だろう。だが…。

 

「いや、無理だろ」

 

「ええ、ですからあなたに協力してもらおうと思ったわけです」

 

「おい、話聞け」

 

一体どこにですからの要素があったのかさっぱり分からない。第一なにが悲しくてばあさん一人と少女三人で世界を敵に回さないといけないんだよ。しかもアジトが廃病院って古いわ。

 

流石にこれは無理だ。他の方法を考えた方がいいだろう。そう言いかけた時、部屋の扉が開き三人の少女が入ってきた。

 

「紹介しましょう。マリア、切歌、調です。こちらはメルクリア、この作戦の補助をしてくれます」

 

断ろうとした矢先、まさかの外堀が潰されてしまった。ナスターシャは俺をほくそ笑んで見てやがる。野郎、図りやがったな。

 

いや、まだだ。まだ立て直せる!彼女たちは作戦の中心戦力、ならば説得すればまだ勝機は見えるはず!

 

「あ~、お嬢ちゃんたち?この作戦もうちょっと考えた方が…」

 

いいんじゃない?そう言いかけた俺だったが、一人の少女が目に入り思わず言葉に詰まってしまった。

 

一番端っこにいる綺麗な黒髪を二つに結んだ一際小さな女の子、くっきりとした目と陶器のように白い肌。思わず吸い込まれそうになる。なんだ、この全身が熱くなる感覚は…。

 

「どうかしましたか?メルクリア」

 

「っ!?いや、何でもない」

 

「…続けますよ、彼女たちはレセプターチルドレン。次代のフィーネの依り代になるはずだった少女達です」

 

「なるはず…だった?」

 

「ええ、ルナアタックで先代のフィーネが死亡してから早一か月経ちます。しかしいくらレセプターチルドレンにアウフヴァッヘン波形に接触させても覚醒しませんでした。つまり彼女たちはフィーネには選ばれなかったということです」

 

「なるほど、つまりこのままいくと…」

 

「ええ、彼女たちはアメリカにとって闇と成り得ます。処分されるのは時間の問題でしょう」

 

確かフィーネとアメリカが極秘で結んだ効率良く依り代を見つけるために集められた子供達、それがレセプターチルドレンだったか。それなら時間はあまり残されていないだろう。なんせバレたら一発で国が滅ぶ、それだけ人道的にも外交的にもヤバい内容なのだから。

 

「ですがこの計画ならそれを回避できるかもしれません。そのためにはあなたの協力が不可欠です。やってくれませんか?」

 

先ほどとは一変、真剣な表情でナスターシャはそう言い俺に頭を下げてきた。だが俺は知っている。その顔が未だにほくそ笑んでいることを。それを隠すために頭を下げたことを。なぜならこいつは俺がなんと答えるかなんて知った上でこう言ってくるのだから。

 

「お前、本当に性格悪いな」

 

「そうですね、でもお互い様ですよ」

 

仕方ない、ここまで踏み込んでおいて断るのも気が引ける。それになぜかあの娘の事も気になる、そのついでとして付き合ってやってもいいだろう。

 

この日、俺の武装組織フィーネへの仮参加が決定した。

 

 

 

「ここが入り口、あっちが指令室。こっちが…」

 

手短に自己紹介を終えた後、俺は病院の中を案内してもらっていた。案内主は幸運にも俺が気になっていた娘、調ちゃんである。だが問題がここで一つ、先ほどから事務的な内容を淡々と話すだけでこれと言った会話が無いのだ。話題を振ってもそっけなく返されるだけで一向に続かない。

 

そんな得も言えぬ気まずさを感じていると調ちゃんは足を止めこちらを振り返った。

 

「なにか質問はある?」

 

「え、いや、大丈夫だ。ありがとう」

 

「そう、なら修繕は任せた」

 

「了解…ってちょっと待った!」

 

どうやら案内は終わってしまったようだ。ならば用は無いと言わんばかりにスタスタと言ってしまう調ちゃんをなんとか引き留める。別にもう少し話していたいというわけではないがそれ以前に聞いておきたいことがいくつかある。

 

「…何?」

 

「なにか要望はないかな?デザインとか質感とか、後は…好きな色とか?」

 

「…別に。あなたの好きにすればいい」

 

「え~。好きって言われてもな…」

 

「あなたの仕事はここを直すこと。なら好きなように直せばいい」

 

「まあ、そうなんだけどさ。できるなら君が気にいる内装にしたいからさ」

 

そう言うと調ちゃんは一際不機嫌さが増した顔をした。あれ?なにか変な事聞いたっけ?

 

「…私はあなたが嫌い。あなたは偽善者だ」

 

そう言った調ちゃんの目は俺がよく知っている目をしていた。あれは「疑心」の目だ。

 

「マムはあなたを古い知り合いで報酬次第でなんでもこなせるすごい人って言ってたけど私はそうは思わない。困っている人から何かを奪って、その代わりに助けるなんて人の痛みを知らない偽善者だから」

 

 

彼女は俺をまっすぐに見つめそう言い切った。その瞳の力強さからそれが彼女の本心なのだと嫌でも伝わってくる。

 

そうか、俺初対面から嫌われちゃってたのか…。なぜだろう、こんなこといくらでも慣れているはずだ。それなのに胸が苦しい、思っていた以上にショックを受けている.何よりそのことに自分でも驚いている。なぜだ、なぜ俺は彼女に嫌われてここまで悲しいと感じているのだろうか…。

 

だがそれ以上になぜだか高揚感も感じた。彼女はたったそれだけで俺の本質をある程度見抜いてくれたのだと。今までそれができたのは本当に一握りの人間だ。そしてそれをこうも短時間で見抜いたのは彼女が初めてだ。そのことがなぜかとても嬉しく思えた。

 

だからだろうか、俺は気づけば柄でもなく自分の事を話していた。

 

「すごいね月読ちゃん、その通り。俺は偽善者だ。利己的で、打算的な…偽善者だ」

 

「…え?」

 

いきなり何言ってんだこいつ?という顔で調ちゃんがこちらを見てくる。その蔑んだ目すらもなぜか魅力的に感じるあたり俺は本当にダメかもしれない。

 

「俺は別に誰かを助けるために~とか誰かのために~なんて理由でこの仕事をしてないよ。ただ俺がしたいことのためにやってるだけだよ」

 

始めはただ生きるための金を得るために。それが次第に名声を得るために、権力を得るために。次第にはただ目的を果たすために。理由は時間と共に変わっていったがそれでも根幹にあることは同じだった。

 

人助けも依頼も全て俺の目的を果たすための副産物やついででしかない。それは目的ではなくあくまで手段でしかないのだ。

 

俺のために。俺がやりたいから。俺に必要な物を得るために。そんな人様に誇れない理由で俺は生きている。

 

「…なにそれ、偽善者よりも質が悪い」

 

そう伝えると調ちゃんはムッとした顔で俺に言葉を返した。

 

まあそれが普通の反応だよな。別にこの反応には慣れている。それでもこれだけは譲れない俺のポリシーだ。本当に柄でもない、言えば間違いなく嫌われるようなことを俺は堂々と言い切った。後悔はない。だがその顔を見ると…少し胸が痛むな…。

 

「でも…ちょっと好きかも、そういう生き方。偽善者より酷いけど、まっすぐ捻くれてる感じがして…好き」

 

だが次の瞬間、調ちゃんは今までの不機嫌そうな顔ではなく、見惚れてしまうような笑顔でそう言った。

 

この娘の笑顔のためにならタダ働きでも悪くないな。そう思えたのは初めてだった。そして気づけば胸の痛みも消えていた。

 

この時は分からなかった。なぜそう思えたのか、彼女の表情一つでこうまで心が揺れるのか、俺はその理由を知らなかった。気づいていない振りをしていた。




今回も読んでいただきありがとうございました。


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Before meets the Girl②

ちょっと過去編第二弾、ライブ編です。


「遂にこの日が来たな…」

 

「ええ、本当にありがとうございます。あなたがいなければここまではこれませんでした」

 

「Queens of music」開催当日、とある一室に俺とナスターシャは待機していた。壁一面に設置されたモニターには監視カメラの映像がリアルタイムで送られてきており、興奮しきった観客たち表情から作戦開始まであと僅かという事を嫌でも理解させられた。俺も観客にあてられたのか汗を手にかき、時計から目が離せない。

 

全てはこの日のために。そのために費やした三ヶ月だった。今思えば刺激的で、充実した日々だった。今まで過ごした時間よりもこの三か月の方が何倍も素晴らしい、それこそ人としての幸せを享受できたと錯覚してしまうほどに濃密だった。そのため今の時間の流れにはもどかしさを感じる。一秒一秒が果てしなく思えてしまう。

 

「ですが…やり過ぎではありませんか?」

 

作戦開始まで残り僅か、だというのにナスターシャは唐突にそう口にした。今になって作戦に不満でも感じたのだろうか?。とりあえず話を聞いてみるか、もしここで解決せず後々作戦に支障をきたされる方が厄介だろう。それならここで解消、もしくは作戦を変更した方がまだマシだ。

 

「…何がだ?」

 

「今回気合入り過ぎではありませんか?それにアジトとして使えるように直してほしいとは言いましたが誰も要塞にしろとは言って無いのですが…」

 

違った。作戦じゃなくて俺が原因だった。こんな時にそんな話をするのは集中が切れそう気が引けるが…ナスターシャがしこりを抱えたまま作戦に入るよりかはいいか。

 

確かに俺は今回の依頼に過去類を見ないほどの気合を入れて取り組んだ。まず世界中からの依頼は全てキャンセルしナスターシャの依頼一本に集中した。

 

そしてアジト周辺のマンションに部屋を借り、連日アジトの改修や作戦のサポートに努めた。その結果浜崎医院は劇的に変化を遂げた。

 

見た目は以前と変えてないが内部には赤外線、熱センサー、重量センサーに始まり網膜認証や指紋認証といった最先端のセキュリティを搭載している。

 

さらに外壁を錬金術で加工し戦車が戦闘機でも突破は容易ではない。侵入されても内部には錬金術、呪術、科学技術、妖魔、式神、ありとあらゆる角度からトラップを仕掛けてある。

 

そして地下には賢者の石を設置し、それを触媒にした障壁・自動修復術式を組み込んである。

 

これなら侵入される恐れは無いし、仮にシンフォギア奏者が出張ってきても五分は持ちこたえられるだろう。その間に脱出することは十分可能だし、なんなら地下の賢者の石を爆破すれば浜崎医院を奏者ごと海に沈めることもできる。正に完璧の布陣だ。

 

「アジトも要塞も似たようなもんだろ?サービスだよ、サービス」

 

「インテリア凝り過ぎでは…」

 

「青春真っ盛りの女の子が過ごすんだ。それくらい気を使わないとな。サービスだよ、サービス」

 

「風呂は錆びたシャワー室が使えたはずですが…」

 

「あんなの使えるに入るかよ。どうせだから温泉引っ張ってきた。サービスだ」

 

もちろん各部屋もこだわり抜いた。最近のモデルルームや流行を参考にし、錬成に錬成を重ねた。地下には大浴場やスポーツジムを完備、ストレスなく作戦決行まで過ごせるようにした。

 

「食料品だけでなく日用品まで買っていただいて…」

 

「生活に潤いは必要だからな。もちろんサービスだ」

 

これは完全にマリアちゃんと切歌ちゃん対策だ。試しに食べ物で釣ったら驚くほど懐いた。調ちゃんが俺に懐いているのを見ていたのもあるだろうがそれでも驚きの懐き具合だった。今ではみんな名前で呼べるほどの仲である。

 

そんなやり取りをしているとナスターシャは意外な物を見るような眼で俺を見てきた。

 

「…なんだよ」

 

「いえ、ただ本当に変わったな、と思いましてね」

 

またその話か、と俺はため息をつく。

 

以前俺はナスターシャに作戦の中核、戦闘面での主力を俺に変えないかと打診したことがある。理由は調ちゃん達が傷つく可能性をできる限り減らしたかったからだ。だがなぜか気恥ずかしさがあり、ナスターシャにはなんとなくだと答えた。その時も同じような事を言われたのだ。

 

実はこの三か月の間、そう言ってきたのはナスターシャだけではない。部下や同僚にも似たようなことを言われたのだ。

 

「そんなに変わったか…?」

 

「ええ、変わりましたよ。あの娘があなたに惹かれたのか、あの娘があなたを変えたのか、どちらにしても柔らかく、優しくなりました。捻くれたところは変わってませんけどね」

 

自分に投げかけるつもりがいつの間にか口から出ていたその問いに、ナスターシャは笑顔で答えを返してくれた。

 

柔らかく…優しい…か、そういえば昔はよくそう言ってくれる人がいた。でもいつからかそれじゃ駄目だと思って、そんなのは自分じゃないと思い始めて。でもあの͡娘には優しく接したいと、自分が傷ついても何かしてやりたいと思えて…いや、やめよう。大事な作戦の前に考えることじゃないな。集中が乱れそうだ。

 

「…悪い、風に当たってくる。ついでに見回りに行ってくるわ」

 

そう言い残して俺は逃げるように車を出た。

 

 

 

 

 

「調ちゃんお疲れ様。疲れたでしょ?これミルクティー」

 

「ありがとう、メルクリア」

 

会場地下駐車場、そこを巡回している調ちゃんに先ほど自販機で買った温かいミルクティーを手渡す。まだ九月とはいえこの時間帯は冷え込む。温かいものを選んで正解だった。因みに切歌ちゃんは先ほどホットカフェオレを差し入れ済みだ。この三か月でみんなの好みは完璧に把握した、抜かりは無いのだ。

 

「…計画、上手くいくかな?」

 

ミルクティーをチビチビ飲みながら調ちゃんはそう尋ねてきた。だがこればっかりはなんとも言えないな。万全の準備をした。逃走経路も確保した。確率計算も何度も繰り返した。それでも失敗する時は失敗するのだ。俺はそういう場面を何度も経験してきた。だからこそ確答はできない。

 

だが敢えて言うならば…

 

「なるようなる。としか言えないな」

 

「ふふっ、なにそれ」

 

「いや、マジで。頑張ってもどうにもならない時はあるし努力が実らない時もある。祈ったって叶わない時がほとんどだ。だから流れに身を任せるしかないな。後ヤバくなったら逃げな」

 

「そうだね、でも今日ばっかりは逃げられないね。逃げて、失敗しちゃったら計画の要を起動させる機会はもうないから。だから…頑張らないとね」

 

「いいよ、頑張らなくて。ヤバくなったら逃げて。後は俺が何とかしてやるから、助けてやるから、守ってやるからさ」

 

「…そうだね。じゃあその時は…お願いしようかな」

 

「お、おう。任せな、絶対守ってやる」

 

今、「お願いしようかな」の時に見せた笑顔に思わずクラッときた。あの女として意識してしまう笑顔を見るだけで不思議と力が湧いてくる。なんでもできるような気になってしまう。いかんな、今までこんなことは無かったと思うんだがな。一体何に浮かれているのだろうか…。

 

その後も調ちゃんとの会話は続いた。料理の話、動物の話、マリアちゃんの歌の話。大した中身の無い話がほとんどだ。だがそれでも嬉しくて、楽しかった。

 

初めて会った日の気まずさも時間の流れも嘘のようだ。こんなにも心躍ることは無い。彼女といるだけで幸せになれる。今では時間がこれでもかというほど早く流れていく。

 

そうこうしているうちに上階から歓声が聞こえ始めた。どうやらライブが始まったようだ。

 

俺達はお互いを見つめ頷く。ここからは仕事だと。

 

予定では一曲目を歌い終わった段階でノイズを操り会場を掌握、マリアちゃんが正体をバラし世界に宣戦布告する算段となっている。

 

俺達の仕事はその補助、主に妨害の阻止や敵奏者が来た時の足止めだ。といっても敵が来たらナスターシャから連絡が入ることになっている。なので今のところ心配はない。

 

と思っていたら突如足元から透明な何かが多数滲み出してきた。俺達はこれを知っている。なんせ今回の作戦の鍵の一つなのだから。

 

「なんでノイズがこんなところにっ!?」

 

突然のノイズ発生に一瞬慌てるも、すぐに落ち着いた調ちゃんは俺の側に駆け寄ってくる。生身ではどれだけ頑張ろうとノイズには勝てない。幸いにも俺たちはそれに打ち勝つ力があるがお互いが離れていると色々行動に支障が出るのだ。主にフレンドリーファイアという意味で。

 

「メルクリア、マムに連絡は?」

 

「…駄目だ。妨害されてる」

 

何度試しても通信は繋がらず、耳元のインカムはノイズを吐き出すばかり。こんなことなら錬金術で通信媒体作っとけばよかったな。

 

「仕方ない。まずはここを切り抜けるっ!」

 

「いや、ここは俺がやろう。調ちゃんは後で一戦あるかもしれないし消耗は少ない方がいい」

 

調ちゃん達はリンカーで適合係数を無理矢理引き上げてギアを纏っている。だがリンカーは使えば使うほど使用者の身体を蝕む。ならばどうしようもない時以外は俺が引き受けた方が賢明だろう。何よりそんな危険な物を彼女には使ってほしくない。

 

俺は魔法陣から愛用の杖を取り出し床をコツンと突く。すると前方のノイズの足元から魔法陣が展開され、そこから夥しい剣が射出された。

 

錬金術で生成された物には魔力が通っている。つまり理論上シンフォギアと似たような効果があるはずなのだ。ぶっつけ本番だったが上手くいったようで一安心だ。

 

さてこの調子で一気に片づけますか!

 

先ほどの攻撃で俺を危険と判断したのかノイズの群れ全体が俺達に向かって進行を始め。鞭のような腕を持つノイズは先制攻撃を仕掛けてきた。

 

それに対し俺は再び杖を付き床を錬成、分厚い壁にしてその攻撃を防いだ。続いて三度床を突く。だが錬成するのは床ではない、己の魔力だ。

 

魔力を決められた術式に流し込み定められた対象を錬成する。これが錬金術の基本だ。今回はその基本に忠実に、それでいて大質量を錬成する。足元から青色の巨大魔法陣が展開され夥しい量の水が噴き出す。俺の特異な水属性の錬金術だ。

 

そして錬成した水に更なる術式を重ねる。すると大量の水が意思を持つかのように蛇を形どりノイズたちを切り裂いていく。その威力は盾型ノイズも容易く切断できるほどだ。

 

「とはいってもキリが無いな…」

 

だが倒しても倒してもノイズは際限なく現れる。その上次第に攻撃を重ねて障壁を突破したりこちらの動きを阻害するようになってきた。先ほどまでとは明らかに違う、統率された軍隊のような動きだ。

 

正直これからのことを考えるとこのまま戦闘を続けるのは得策ではない。ここは一度転移して逃げることも視野に入れていると、上階から先ほど以上の歓声が聞こえた。どうやら一曲目が終わったようだ。

 

すると突如その歓声に呼応するかの様にノイズの攻撃の手が止んだ。だがそれは一瞬の事で、すぐに攻撃は再開された。

 

だがその攻撃が俺達に直撃することは無かった。頭上を越え、車が破壊される音だけが響き渡る。それでもノイズたちは先ほどの統率されて動きはそのままに、俺達には目もくれず無駄玉を吐き出し続ける。

 

だがそれが無駄などではないことを俺達はすぐに思い知らされた。ノイズの攻撃が放たれた方向から音が聞こえだしたのだ。始めは小さく、だが次第に大きくなっていくその音。そしてそれは遂に亀裂となって姿を現した。

 

「狙いは支柱かっ!?」

 

ノイズが必死になって攻撃していたもの、それはこの階を支える支柱だったのだ。車の破砕音はその余波で生じたものだったのだ。

 

もちろんたった一本の支柱が壊れたところでフロア一つ分がまるまる降ってくるわけではない。だが支柱の崩落と共に天井の一部が崩れ落ちることもある。例えば今回のように衝撃で亀裂が全体に走る場合だ。

 

このままでは直撃は免れない。そう理解した瞬間、俺は調ちゃんを庇うように抱きしめていた。そして背中に鈍痛が走り、倒壊音はどんどん大きくなっていく。そして痛みは背中だけでなく全身に広がる。降り注ぐ瓦礫によって足は潰れ、頭は切れ鮮血が額をつたう。

 

自分でもなぜこんな行動に出たのか理解できていない。だが気づけば身体が勝手に動いていたのだ。ただ彼女を守りたい、その一心だけで動いていたのだ。

 

「メルクリア、危ないっ!」

 

調ちゃんがそう叫んだ先には今までとは比べ物にならない程巨大な瓦礫が俺に向かって降ってきていた。

 

これは流石に無理だ。俺一人ならともかく調ちゃんは潰れてしまう。すると俺はまたしても無意識に術式を展開していた。これは発動の術式ではない、解除の術式だ。

 

魔法陣が砕け、全身の魔力が跳ね上がるのを感じる。そしてそれを背中に集め形を成し、鈍く光る白銀の翼を調ちゃんを覆うように展開する。

 

調ちゃんが何か言っているが俺には聞こえなかった。巨大な瓦礫に押しつぶされ、それが砕ける音でかき消されてしまったからだ。だがそれでも俺は膝をつかなかった。

 

依頼だからではない。子供だからではない。彼女には傷ついてほしくない、その一心で俺は瓦礫を背中で受け止め続けた。

 

 

 

『調、メルクリア、大丈夫ですか!?』

 

ナスターシャとの通信が復旧したのは天井の崩落が終わった直後だった。あたり一面が瓦礫にまみれ、ここが駐車場だったとは到底信じられないほどの荒れ具合だ。そしてノイズも一体たりともおらず、残された灰だけがその存在を物語っていた。

 

『急に通信が途絶したかと思えば駐車場が崩落したとの報告が来たのですが何があったのですか?』

 

「ああ、ノイズに襲撃された。しかも動きが統率されていた。あれは裏で操っている人間のいる動きだ」

 

『…そうですか。詳しく話を聞きたいところですが今は時間がありません。先ほどマリアが宣戦布告を行い現在は敵奏者と交戦中です。調はその援護に』

 

「了解、マム」

 

『メルクリアは敵奏者の妨害と脱出経路の確保をお願いします』

 

「了解した」

 

そう言ってナスターシャは通信を切った。俺達がノイズの相手をしている間に随分と事が動いたようだ、これはうかうかしていられないな。

 

「調ちゃん、怪我は無いか?」

 

「うん、私は大丈夫。メルクリアが守ってくれたから。でも…」

 

「よし、ならここからは別行動だ。後で集合場所で落ち合おう。それじゃあ健闘を祈るよ」

 

幸いにも傷の自動修復は完了している、これならすぐに動き出せるだろう。俺は調ちゃんにそう言い残して足早にその場を離れた。

 

なぜだろう、彼女と言葉を交わすことを怖く感じた。翼を見られたからか?それとも再生を見られたからか?

 

いや、その前になぜ俺は彼女にそんな姿を見られたくないと思ってるんだ?

 

今まで散々振るってきた、頼りにしていた能力を、なぜ今になって恐れるんだ?

 

分からない、なぜ彼女の前ではこんなにも自分が狂ってしまったかのような感覚に陥るのかが分からない。

 

集中しなければならないことは分かっている。依頼だけでなくあのノイズのこともある。あの動きに加え瓦礫の落下位置を計算するなどノイズには到底できない。つまり操っている人間が確実にいる。しかもそいつはそういった計算ができる頭のキレる奴だ。もしくは俺を狙う錬金術師なわけだがどっちにしても厄介だ。

 

気を引き締めなければならないことは嫌でも分かっている。それでも調ちゃんのあの顔が脳裏から離れないのだ。

 

上手く言葉にできない悶々とした気持ちは作戦が終了しても、翌日になっても晴れることはなかった。




今回も読んでいただきありがとうございました。


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Before meets the Girl③

遅くなってすみません。今後の展開の調整してました…。
そんなわけでちょっと過去編第三弾、終幕です。


ライブ会場での一件から数日たった。世間は連日マリアちゃんやフィーネの事で騒がれており一向に静まる気配を見せない。

 

あの日の作戦は完璧…とまではいかないものの当初の目的であった完全聖遺物の軌道には成功した。しばらくは息を潜め各国からの追跡をやり過ごすことになった。

 

俺も次の段階に移るまで自由にしていいと連絡があった。今までだったら彼女たちのいる浜崎医院に向かうのだが、ここ最近はその足取りは重く気も進まなかった。

 

理由は分かっている。調ちゃんのあの顔だ。あの怯えを孕んだ表情が忘れられないのだ。

 

今まで幾度となく見てきたはずだ。幾度となく向けられてきたはずだ。それが今になってなぜこうも心をざわつかせるのか、なぜ彼女だけは特別なのか、それが理解できなかった。

 

どうしても振り払えない。研究にも実が入らず眠ってもあの顔が夢に出てきてろくに熟睡できない。かといっていくら酒を飲んでも忘れられない。そんな夜を何度も繰り返した。

 

気付けば部屋は荒れ果てお気に入りの酒の空き瓶が転がり、魔導書は乱雑に積み上げられ食料は尽きていた。鏡を見れば隈がくっきりと浮かび、冷たい目をした男が映っている。

 

なんだ、安心した。いつも通りの俺だ。調ちゃん達と出会う前の、俺らしい俺がそこには立っていた。

 

なら大丈夫だ。いつも通りなら問題ない。きっとこの三か月がおかしかっただけなんだ。これが本当の俺だ。利己的で、自己中心的で、計算で行動する。それが錬金術師メルクリアの本性だ。

 

ならば元通りの生活に戻らなければならない。今までの俺ならこんな時はどうしていただろう。数百年変わらなかったんだ。今まで通りやればいいはずだ。

 

そうだ、まずは掃除だ。それから食料を買いに行こう。なんなら新しい魔導書を探しに行くのもいい。そうと決まればすぐに行動に移すべきだ。着替えて…いや、まずは風呂に入ろう。このままでは酒臭いな。急がないと。

 

急がないと。じゃないと、自分がどうするべきなのか分からなくなってしまう。

 

 

 

 

 

「はあ…」

 

一体何がいつも通りだ。ちっともいつも通りではない。これでは数日前と同じだ。駅前のベンチ、そこでエコバックの中身を確認する。

 

中にはステーキ用の肉、タイムセールの魚、旬の野菜、調味料、お菓子、色とりどりの食材がそれぞれ五人分。しかも以前の俺の好みの味のものは一つも無い。醤油、砂糖、出汁、全てあの娘、調ちゃんが好んで使うメーカーの調味料ばかりだ。

 

だが今ではこの味の方が好きだ。この味付けは不思議と昔を思い出すやさしい味がする。

 

だがそれでは駄目なのだ。それでは前の俺には戻れない。一体どうすれば俺は以前の俺に戻れるのだろうか。だがいくら考えてもその答えは出てこなかった。今まで錬金術師メルクリアがどうやって生きてきたのか、自分の事だというのに全く分からなかった。

 

空虚だった。まるで大切な何かが胸から零れ落ちてしまったようだ。そのくせ自分ではそれが何なのか分かろうともしていない。そのくせそれに縋ろうとしている。

 

ああ、なんと醜いのだろう。分かっているのに分からない振りをする。分かりたくないのに分かろうとしている。こんなことなら無知でいる方がどれだけ楽だっただろうか。

 

自問自答はいつしか自己嫌悪に変わっていた。奇しくもそれはかつての俺の癖で、一人で全てが完結する孤独で他社を拒絶する世界なわけで。

 

 

「あれ、メルクリア?」

 

だからだろうか。狂おしいほどに会いたくて、それでも顔を合わせたくないと感じた彼女が正面から近づいてきても声をかけられるまで全く気付くことができなかったのは。

 

 

 

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

目の前に置かれたコーヒーの香りが充満する。普段なら心安らぐ瞬間だろう。だが今日ばっかりはそうもいってられない状況である。

 

あの後、「来て」とだけ言った調ちゃんに手を掴まれた俺はある場所に連れてこられた。そこは以前から二人でよく来ていた行きつけで俺はコーヒーを、調ちゃんはミルクティーがお気に入りの喫茶店である。

 

勿論店員さんともある程度は顔なじみなのだが、今日は俺達のただならぬ雰囲気から何も言わずに表通りからも店内からも見えない個室に近い席へと案内してくれた。そして注文の品を持ってくるとすぐに引き返していき、おまけにパーテーションで通路からも見えないようにしてくれた。

 

心遣いとしてはありがたいが今回ばっかりはそうもいかない。なにより彼女と二人っきりというのが非常に堪えた。

 

「なにかあったの?」

 

不意に彼女が発した言葉に俺はドキリとした。まるで見透かされているような気がしたからだ。一体彼女は何を意図してそれを言ったのだろう。それを知るのがたまらなく怖い。

 

「…いや、特に何も無いよ」

 

「その顔で言われても説得力無いよ。それにライブの日からアジトに来なくなったしあの日に何かあったんだよね?」

 

「…まああれだ。今後の生き方について考えさせられることがあってな」

 

「ふーん。じゃあそういうことにしておいてあげる」

 

流石の俺も原因は貴女です、あれ以来どう接していけばいいのか分からなくて困ってます。それでこの状態です。なんてことを本人の前で言えるような神経は持ち合わせていない、

 

「でも三日も顔出さないから心配してたんだよ?」

 

「そうだな、すまなかった」

 

「みんな心配してたからなるべく早く顔出してあげてね?」

 

「そうだな、そうするよ」

 

とは言ったものの今の俺は彼女たちに会わせる顔があるのだろうか。俺の本性、俺の正体、この三か月でそのことを忘れそうになったことは幾度となくあった。だがどうあってもそれは覆らない、俺は人間ではないということは変わらないのだ。

 

今はなし崩し的に調ちゃんに会い会話をしているが、本来俺は人と会話する資格など持ち合わせていない。それがこんな自分を犠牲にしてまで世界を救おうとする優しい心の持ち主ならなおさらだ。

 

何よりそんな優しい人と接するのが怖い。自分がその在り方に引っ張られそうになる。分不相応に憧れてしまいそうになる。なにより彼女の笑顔はそれ以上に俺の心を惹きつけるものがある。

 

「…メルクリア、私あなたに言いたいことがあるの。ライブ会場で言えなかったことなの」

 

息が詰まった。身体が呼吸を忘れた。その一瞬で全身に緊張が走った。

 

言いたいことに大体の予想はついている。あの時の事だろう。もしかした再生の瞬間も見られたかもしれない。となれば罵倒、失望、拒絶だろう。人間じゃない、化物だ、気持ち悪い、近づくな、過去幾度となく浴びせられてきた言葉だ。それが怖くてこの数日、彼女を避けてきた。

 

だが安堵もしている。これから彼女に嘘をつかなくていいからなのか、それとも俺を知ってもらえたからなのかは分からない。

 

しかし俺が彼女を騙していたのは事実だ。ならば彼女には俺を責める資格があり、俺はそれを受け止める義務がある。彼女の口がゆっくりと開く。頬を冷や汗が流れ、喉が鳴る。俺は耐えきれずに目を瞑ってしまう。

 

「助けてくれて、ありがとう」

 

「…え?」

 

しかしながら、俺にかけられた言葉は感謝だった。どうゆうことだろう、あまりの驚きに目を見開き、すっとんきょんな声が出てしまう。

 

「あの時私を庇ってくれたでしょ。そのお礼が言いたくて」

 

お礼?あの姿を見てなんとも思わなかったのだろうか?怖くは無かったのだろうか?そう尋ねると意外な答えが返ってきた。

 

「うん、あんなの初めて見たから怖かった。でもそれ以上にあなたが守ってくれたことが嬉しかったの」

 

彼女が何を言っているのか分からなかった。今まで奇異の目で見られてきた、忌み嫌われてきたこの姿を見てなぜ礼を言うのだろうか、理解ができなかった。

 

あの翼はいくつもの村を壊滅させた。あの尾は数えきれないほどの人間を砕いた。何世紀にもわたり負の感情を向けられ続けてきたこの身になぜ彼女はそんな言葉をかけてくれたのか、分からない。分からない。

 

「だから、ありがとう。メルクリア」

 

なぜこんなにもその一言でこんなにも胸が熱くなるのか分からない。気づけば視界がぼやけ、頬を熱いものが伝っていた。

 

「メルクリアどうしたの!?」

 

調ちゃんが慌ててハンカチで拭ってくれて、初めて自分が涙していることに気付いた。

 

俺はこんなにも、それも誰かの目の前で涙を流すような性格だっただろうか。

 

分からない。でも自分がそんな素直な感性を持ち合わせているなんて思っていなかった。それこそ自分でも気が付かないうちに変わってしまったような…ああ、こういうことか。ナスターシャが、同僚が言っていたのは。

 

「ありがとう、調ちゃん」

 

調ちゃんのおかげで俺の世界は広がった。今まで見ることの無かった視点で物事を見るようになった。彼女の想いに共感するようになった。まるで関心の無かった世界に色がついていくようだった。

 

「俺は怖かったんだ。あの姿を見られて、調ちゃんに嫌われてしまったかと思うと恐ろしかったんだ」

 

誰かのために、大切な人のために自分を犠牲にしても力になりたい。その想いにも憧れた。だからこそあの時とっさに彼女を庇ったのだ。俺は何時しか彼女の事を大切な、愛しい存在だと思っていたのだから。

 

「だけど調ちゃんは俺にああ言ってくれた。そのことがすごく嬉しかったんだ」

 

初めて会った時から、一目見た時から俺は彼女に特別な感情を抱いていたのだろう。でもそれは叶わないから。彼女は人間で、俺は化物。けして分かり合えない者同士だから。

 

だからきっと、これからも俺は俺は調ちゃんに本当の事を隠し続けるのだろう。もしそれが原因で嫌われ、道を違えることになったとしても俺は彼女を騙し続けるのだろう。

 

それでも、少しでも彼女の側にいたい。叶うのならば彼女を守りたい。いつか俺から離れていっても、陰ながらでも守っていきたい。

 

「だからこれからも、ずっと調ちゃんを守っていくよ。命に代えても」

 

今まで散々誰かを騙し、欺き、虐げて生きたきた俺が初めて心からそう思える相手に出会えたのだから。

 

 

 

 

「急にすまなかったな…」

 

気付けば店に入って一時間以上が経過していた。慌てて店を出ると空はすっかり赤く染まっており、日は大きく傾いていた。

 

「ううん、気にしないで。私もちゃんとお礼を言いたかったし」

 

「そっか…ありがとう調ちゃん」

 

「調でいいよ」

 

「ん?」

 

この時間帯だと人通りも多い。そのためかなり密着して歩いているためお互いの声は割かしはっきり聞こえる。だがそれでも俺は聞き返してしまった。

 

「だから名前、調でいいよ。」

 

…これはあれだろうか。彼女との距離を少しは縮めることが出来たと思っていいものなのだろうか。だとしたらすごくうれしい。

 

「そうか…」

 

内心興奮と喜びで胸が張り裂けそうになる。そうか、名前を呼んでもいいのか。そう思うと今にも表情がニヤケそうになってしまう。必死になって平静を装って入るが今にも崩れそうだ。

 

調、調か…。なら、俺も少しだけ彼女に近づいてみてもいいだろうか。自分の気持ちに気付かせてくれて、世界を広げてくれた感謝を込めて伝えてもいいだろうか。

 

「…調、ちょっといいか?」

 

「どうしたの?」

 

俺は意を決して調を呼び止める。そして振り返った調の耳元で俺しか知らない秘密の言葉を一字一句、ゆっくりと囁く。

 

「え?今のって…」

 

「ああ、俺の本当の名前だ」

 

それは俺がメルクリアになる前、人間として生きていた頃に使っていた名前だ。

 

誰も知らない、文献にも残されなかった俺だけが知っている名前。

 

「誰にも教えてない、俺と調だけの秘密だ。だから…その…」

 

分かってる。こんなものは唯のエゴだ。今さら俺の名前を知ってもらったって、どんな崇高な理由を考えたって過去は変わらないし現状だってそのままだ。

 

それでも俺のことを知ってほしかった。隠しておかなければならないことばかりの俺だけどこれだけは知ってほしかった。

 

だからー。

 

「そっか、じゃあこれから二人っきりの時はそう呼ぶね。ソウくん!」

 

もう一度、愛する人に名前を呼んでもらいたかった。

 

「ああ、ありがとう調…」

 

こんなにも胸が熱くなるなんて、しかも一日に二度もだ。やっぱり俺は変わったな。調に魅せられて、感化されて。

 

今なら分かる。ナスターシャが、同僚が言っていた意味が。

 

「もう、いい大人が二回も泣かないの」

 

調はハンカチを取り出してまた俺の頬を拭ってくれた。また俺は泣いてしまっていたようだ。不意に昔を思い出した。前にも俺の顔を拭ってくれた、あの感じによく似ていて…。

 

「いつか、あなたの全てを受け入れてくれる日が来るといいわね。お兄ちゃん」

 

「え、今の声って…調まさか…」

 

「え?私何か言った?」

 

「…いや、気のせいだ。早く帰ろう」

 

もしあれが本物だとしても関係ない。俺は調を守ると決めたのだ。決して傷つけないと誓ったのだ。例えその魂が奪われたとしても必ず奪い返す。もうあんな悲劇は繰り返さないために。

 

「行くよソウくん」

 

そう言って繋いでくれた調の手は暖かくて、まるで俺が迷わないように道標になってくれているように思えた。

 

叶わないと分かっていても、いつか彼女と同じ道を進み隣に並び立てたら。その温もりが分不相応にも俺にそんな憧れを抱かれてくれた。




寒くなってきましたね。皆様も病気に気をつけてくださいね。
今回も読んでいただきありがとうございました。


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明日のために

遅くなってすみません。師走の忙しさを甘く見てました…。
それと「VS融合症例」を一部修正しました。


「ソウ君、この本持っていっていい?」

 

「ああ、それとあっちの本棚も同じ段ボールに入れておいてもらえるか?」

 

十一月下旬、最近はすっかり寒くなり防寒着が手放せなくなった。朝晩は吐く息も白くなりいよいよ冬到来といったある日のことである。

 

俺達は引っ越しの準備をしていた。今住んでいるこの部屋はナスターシャの依頼を受けた時に浜崎医院に近いからと借りた部屋だ。そのため住んだ期間は三ヶ月ちょっとだ。だが詰まっている思い出は三ヶ月とは到底思えないほど濃密だ。

 

調が遊びに来て、調が食事を作ってくれて、調と過ごすうちに色々なことを感じるようになって。

 

テーブルの傷を見るだけでも何があったか思い出せる、そんな大切な場所だ。

 

さて、ではなぜそんな部屋を引っ越すことになったのか、それは数日前に遡る。

 

 

 

 

「ホテルを出ていけだと?」

 

昼下がり、調達とのんびりとお茶をしていると斯波田さんが申し訳なさそうな顔でやって来た。

 

だがそれはおかしな話だ。国連の予算は搾り取れば後二週間は滞在できるはずだ。最悪予算が降りなくなってもその時は請求先を俺に切り替えるよう指示してある。

 

一体何があったのか、そう尋ねると原因は思わぬところにあった。

 

しばらく前、とある富豪一家がこのホテルに滞在しようとしたらしい。だがホテルはそれを断った。

 

何故か?それは俺が他の客を入れないように指示したからだ。何かあってマリアちゃんの居場所がバレたらメディアがここに押し掛けてくる。それを避けるための指示だったのだか今回はそれが裏目に出てしまったらしい。

 

ホテルはほぼ無人、だというのに満員だと言い張りそれが数週間も続いている。

 

そのことを不審に思った富豪は様々な手段でホテルを調べ上げた。

 

すると宿泊客は国連の重要人で、しかもたったの三人だということを突き止めてしまった。

 

そして運の悪いことにその富豪は金の流れに詳しく、無駄に正義感が強かったのだ。国連が予算を浪費してたった三人のために高級ホテルを貸し切りにするとは何事だ。そう言って情報を世界中にリークした。結果国連は民衆から非難の目を向けられ、今も昼夜問わずに抗議の電話が鳴り止まない日が三日も続いているらしい。

 

全く持ってめんどくさい、今時正義感だの公平だの何だの言って正論を振りかざすバカがいるとは。

 

「それで、国連は今後どう動くつもりなんです?」

 

「一番はそんな事実は無かったと突っぱねる事だが…明細や請求書も流れちまったから厳しいだろうな」

 

「なるほど、ではどうします?」

 

「…今の最有力は宿泊客はマリアちゃんで、国連に協力してもらった礼として国連が支払った事にさせる案だが…」

 

「もちろん却下です」

 

「はぁ…だよな…」

 

当然だ、そんな事をしたらマリアちゃんが国連に金を払わせて豪遊した女だと思われてしまう。

 

それに宿泊客は三名となっている。その場合調や切歌ちゃんの情報もバレるかもしれない。そうなったら彼女達のプライベートが侵害されかねない。

 

「分かりました、宿泊料は全て俺が受け持ちます。斯波田さんは国連に帳簿や予算の修正、それと請求書の始末をお願いします」

 

「ああ、だが宿泊客はどうする?」

 

「それは…架空の人物を作ってそいつに全部押し付ければいいでしょう。とりあえず国連創始者の知り合いとかでどうです?」

 

「分かった。直ぐに提案してくる」

 

話が纏まると斯波田さんは足早に部屋を出ていった。これで上手くいけばいいんだがな…。さて、じゃあこれからどうしようかな…。

 

と、思案していると袖をクイッと引かれ、そちらに顔を向けると調が申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「ソウ君、大丈夫なの?」

 

「何がだ?」

 

「その…お金とか高いんじゃないの?」

 

高い、確かに高い。単純計算で宿泊料だけで数億はいっているだろう。

 

だがそれがなんだ、たったそれだけだ。

 

「心配することは無いよ。伊達に長生きしていない、多少の貯えはあるさ」

 

三人は世界を救うという大役をやり切ってくれたのだ。その礼だと思えば妥当だ。おまけにそれで調達の安全が買えるのならば安いものだ。

 

何より惚れた女の前では格好つけたいのが男というものだ。

 

「…そっか、ありがとう」

 

「どういたしまして。それより調達はこれからどうするか考えないとな」

 

「そうだね、ここを出たらどこに住もうか?」

 

金銭面ではどうにでもなる。それこそ俺の職業は錬金術師だ。ちょっとした裏技を使えば金銭など簡単に錬成できる。

 

だが住む場所となると話は別だ。今現在マリアちゃんの顔は世界中の人間が知っていると言っても過言ではないだろう。そのため世間が落ち着くか、もしくは他の話題で気が逸れるの待ちたかったのだがそうもいかなくなってしまった。

 

もし今マリアちゃんが街中を歩いたら大パニックだろう。その上記者やカメラも集まってきてストーカーも出てくるかもしれない。

 

となると人の少ない場所に身を隠す必要があるがそう言った場所は決まって治安が悪いかはぐれ者ばかりが流れ着く。一時たりとも気を休めることが出来ない。

 

もちろん安全で人の少ない場所が無いわけではない。ヨーロッパの片田舎にでも行けばそんな場所は数えきれないほどあるだろう。

 

だが同時にヨーロッパには厄介な連中が大量に生息している。そう、錬金術師どもだ。あの人格破綻者や人でなしに顔を知られるのは今後にも精神的にもよろしくない。

 

俺のアジトに連れていくという手もあるがいずれにしても場所を知られているためニアミスする可能性が捨てきれない。かといって今からアジトに張っている結界の術式を切り替えても間に合わないだろう。最悪無理矢理突破してきそうだ。

 

さて、どうしたものか…と再び頭をひねる。すると以外にも答えはあっさりと調の口から出てきた。

 

「ねえ、ソウ君の家に泊めてくれない?」

 

 

 

 

 

そんなことがあり調達は俺の家に転がり込んできた。幸いにも、元々長期滞在する予定は無かったので誰にもここを教えておらず、結界も最低限のものと認識阻害しか張っていなかった。これなら気づかれることはまずないだろう。

 

だがその後も大変だった。借りた部屋が2DKなのもさることながら、一部屋を資料室、もう一部屋を錬金実験室として使っており、更に入りきらない本や資料をダイニングにも置いていた。

 

はっきり言ってしまうと人が複数人寝泊まりできるだけのスペースが無い、そんな汚部屋なのだ。

 

その日は資料室の中身を全て他のアジトに転送してなんとかやり過ごしたがそれからも大変だった。

 

狭い部屋に男が一人と少女が三人、何かと気まずい瞬間が多々あった。風呂場でだったり、洗濯物だったり、寝起きだったり、着替え中だったりetc…。

 

そんなことがあり俺は引っ越しを決意したのだ。差し当たって弦十郎に電話して二課の社宅を用意してもらい、信用できる一部の部下に連絡を取り錬金術で様々な補強を施し守りを固めてもらった。

 

そして先日それが完成したとの連絡が入ったので俺達はこうして荷物をまとめているというわけだ。

 

それにしてもこうして荷物をまとめていると懐かしいものがいっぱい出てくる。こっちに来た頃に読んだ建築関連の錬金術書やトラップ・防衛装置の術式大全、果てには錬金術で今日のお料理なんてタイトルの本まででてきた。

 

と、山を崩して仕分けをしているとこれまた懐かしいものが出てきた。

 

「へえ、これこんなところにあったのか」

 

「ソウ君、それ何?」

 

「これか?これは錬金すごろくだ」

 

昔仲間内で悪乗りと悪意とゲスい成分百パーセントを酔った勢いで作り上げた逸品、それがこの錬金すごろくである。しかもその使用目的が非常にゲスいのだ。作った奴もゲスいが使う奴もゲスい、そう太鼓判が押された品だ。

 

「これは錬金術を応用して作ったすごろくでな。実は…」

 

そう続けようとした矢先、隣の部屋からマリアちゃんと切歌ちゃんの悲鳴が聞こえた。隣の部屋は確か錬金実験室、もしや実験器具の暴走や危険な術式を発動してしまったのでは!?

 

慌てて話を切り上げ部屋を飛び出しドアを蹴り破る。するとそこにはある一点を見つめ固まる二人がいた。そしてその表情は恐怖で満ちていた。

 

二人の見つめる方向を目を向けると俺と調も二人と同じように固まってしまった。いや、正確には俺だけは別の理由で固まっていた。

 

そこには暴走した実験器具も危険な術式も発動していなかった。あるのは写真だけだった。

 

だがその数が尋常ではない。部屋の壁一面を埋め尽くさんばかりの写真だった。

 

思わず頬を冷や汗が流れる。なにせそこに映っていたのは…。

 

「これって…私?」

 

全て調なのだから。

 

ヤベえ、なんて言えばいいんだろう。

 

「ソウ君?これってどういうこと?」

 

「あ~そのだな…」

 

不味い、ここでなんかいい感じの言い訳を考えなければこのお宝写真が捨てられてしまうかもしれない。現に調の瞳から光が消えている。それに意識を取り戻したマリアちゃんと切歌ちゃんがゆっくりと俺から距離を取りながら写真の方へ向かっている。これは早急に手を打たねば!

 

「調、これは我儘なんだ」

 

「…我儘?」

 

「そうだ。知っての通り俺は人間じゃない、不老不死だ。つまり調達と同じ時間を生きることが出来ない。だから少しでも調との思い出を形にして残しておこうと写真を集めていたんだ」

 

「そ、そうだったんだ…」

 

「それに調と交際を始めてからしばらく会えない日が続いただろ?あの時は寂しくて寂しくて夜も碌に眠れなかったんだ。また自分が一人になってしまう気がしたんだ。そんな時調の写真を見ていると心が安らいだんだ。それ以来なるべく部屋を調の写真でいっぱいにして寝ているんだ…」

 

「そうだったんだ…ゴメンね、寂しい思いをさせちゃって」

 

「いいんだ、これからは一緒だろう?それに俺も人間に戻る研究を始めた。だからそれまでの励みになるように写真はあのまま飾っておいてこれからも集めていきたいんだが…いいだろうか?」

 

「うん、いいよ。思い出いっぱい作っていこうね」

 

「ありがとう、調」

 

良かった。なんとか危機を乗り切ることが出来た。ついでにこれからも調の写真を撮る許可も貰えたし飾ることも許してもらえた。これで罪悪感なく調の写真を収集できるな。

 

「マリア、なんかいい感じの話に纏まっているデスが傍から見たらかなりヤバいデスよね?」

 

「そうね…それにこれって白い孤児院の時の写真もあるわよ。データは全部消されたはずなのにどうやって手に入れたのかしら?」

 

「こっちはシンフォギアを纏っている時の写真もあるデスよ。それに私服姿も季節問わずいっぱいデスよ」

 

「…私たちには分からない世界ね。でも本人たちが幸せならいいんじゃないかしら?もう考えるのも疲れたわ」

 

「そうデスね…。ん、これって…」

 

二人が後ろで何か言っているが気にしてはいけない。今俺は調の手を取り見つめ合っているので忙しいのだから。

そんな俺達を尻目に部屋から出ていこうとする二人だったが、またしても何かを見つけたらしい。

 

「メルクリア、この地図って何デスか?」

 

切歌ちゃんがいつになく真剣な表情で差し出してきたのは写真やメモがびっしりと書き込まれた世界地図だった。全く、あれだけ危ないからこの部屋には入るな言っておいたのに…どのみちここまで見られたら変に誤魔化すよりも正直に言った方がいいだろう。

 

「切歌ちゃんが思っている通りだよ。FISに入らざるを得なかった子供達、その身元を割り出すために集めた情報がそれだ。と言ってもまだ全然足りないがな」

 

「そうだったんデスか…じゃあもしかして調の昔の写真を持っているのもそのために?」

 

「いや、そっちは俺の趣味だ」

 

「デスよね…知ってたデス…」

 

部下に電子系錬金術の得意な奴がいて助かった。頼んだ時は渋い顔をされたがそっちの目的も話したら快く引き受けてくれたから良かったよ。

 

「でもなんでこんな事を…」

 

「…あれだ、生きてるにしろ生きてないにしろ家族ならそれを知る権利がある。そして選ぶ権利もある。俺はその手助けをしてるに過ぎないよ」

 

「ソウ君…」

 

「それにこれを調べ始めたのも元々は俺と調のためだ。どのみち結婚するならきちんと報告しておきたいからな」

 

「「「…へ?」」」

 

あれ?言って無かったっけ?…そういえば予行演習は何度かしたが実際に調に言うのは初めてだったな。

 

「俺は調と結婚するつもりだったんだが…調は嫌か?」

 

「う、ううん。そんなことない、すごく嬉しいよ!でも急だったからびっくりしちゃって…それに心の準備もできてなかったし…」

 

そう言われればそうだな。それに調はまだ十四歳だ。これからの事はこれからゆっくりと考えていけばいいだろう。

 

「そうか、それはすまなかった。ならまた今度改めてプロポーズするよ」

 

「うん、お願いね」

 

「ああ。その時は俺は人間に戻ってて、みんなの身元を特定できてるといいな」

 

「そうだね、頑張ろうね」

 

人間に戻れる保証なんて全くない。それどころかいつ聖遺物の力が失われて機能が止まるかも分からない。もしかしたらそれは明日かもしれない。

 

でも調となら、そんな明日でも怖くないと思えた。そんな明日でも温かいと思わせてくれた。だから俺も明日を恐れず人間に戻ろうと思えた。

 

きっと、そう思わせてくれるから俺は調を好きになったのだろう。そしてこれからも、好きでいるんだろう。

 

だから、ありがとう。調のおかげで俺は優しくなれたよ。

 




もしかしたら一月ほど投稿ペースが落ちるかもしれません。ご容赦ください。
それでは遅くなりましたがメリークリスマス。
今回も読んでいただきありがとうございました。


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鍋事変

せっかくなんで季節ネタです。


師走、それは昔々偉いお坊さんですら走る程に忙しい季節であったことを語源としているという説がある。そしてそのことは現代においても変わらない。寧ろお坊さんでなくても日を追うごとに早足で過ごす人を見る機会が多くなっていた。

 

もちろん俺達もその例に漏れず多忙な日々を送っていた。と言っても年末恒例の大掃除にではない。今年は引っ越しをしたのが十一月下旬ということもあり部屋、もとい家はさほど散らかっていない。

 

にも関わらず多忙だった理由、それは新生活の準備である。引っ越しもさることながら家具や生活必需品の購入、並びにマリアちゃんの就職先の研修や調と切歌ちゃんの高校入学の手続きなどだ。

 

と、大袈裟に言ったが実はそう大したことはしていない。マリアちゃんの就職先は特務二課で、調と切歌ちゃんの入学先はリディアンだ。つまり二課の力、よりはっきりと言ってしまえば鶴ならぬ弦十郎の一声で簡単に解決することだ。

 

ではなぜか、それはひとえに俺が現代日本の書類制度に慣れておらず、錬金術も使えなかったことだ。これまで当たり前に使えていたものがこうもあっさり使えなくなると自分でも思っていた以上に不便に感じるものだ。

 

今までだったら書類やサインなどは魔法陣に転写して送ったり術式を使った認証システムを使っていたため同じ内容を何度も書かねばならないというのは想像以上に苦痛だった。

 

それが終わった後は研修が一週間ほど続き、全てが終わったのは十二月の中旬ごろだった。それには流石の調達もストレスが溜まったのか、クリスマスではみんな想像以上に弾けて盛り上がった。

 

そして二十五日も無事終わり、いよいよ年越し。という時にそういえばやってなかったな…ということを思い出した。そのため急遽日程を合わせた結果、その行事を大晦日に執り行うことになった。

 

して、その行事とは…。

 

「うおー!大きいですね!」

 

「そうだろ?名目上では二課の社宅として購入したからな。…と言っても俺が取引した時の原型は全く留めていないがな」

 

そんな良く通る声で会話しながらやってきたのは恐ろしいくらいに目立つ集団だった。先頭に根性バカコンビこと弦十郎と立花ちゃん。その後ろに風鳴ちゃんと雪音ちゃん。そして数名のスタッフ。二課で俺達の内情を詳しく知る全員だ。

 

「いらっしゃい、忙しい時に悪いね」

 

「メルクリアさん!今日はお招きありがとうございます!年越しパーティー楽しみです!」

 

そう、その行事とは自宅紹介だ。本来ならはがきを出すなり軽くお茶する程度でいいのだろうが多忙なためすっかり忘れていた俺達。ならば時期も時期なので年越しも一緒にしてしまおうという計画になった。

 

ついでにこの機会で親睦でも深めれれば御の字だろう。それにもし来たくないのならばすでに用事が入っていると言って断るだろう。そんな軽い気持ちで誘ったのだがなんのなんの、全員がこうして参加してくれたわけだ。これは非常にありがたい。

 

「俺からも感謝する。だがいつの間に改築…というより新築したんだ?」

 

「ああ、それなら錬金術でパパっとやったよ。それに防犯とか脆弱だったからその辺も強化する必要があったからな」

 

このマンション、外からならば一見普通のマンションだ。だが一歩踏み込めばそこは魔境だ。防御結界、隠蔽結界、迎撃結界、多種多様な結界で守りを固め、更に幻術や使い魔などで悪意を持って立ち入ったものを排除する機構になっている。

 

それに加え地下には地脈と賢者の石を使って術式を循環させており俺がいなくても半永久的に万全の守りが保たれるようになっている。要はマンションタイプの浜崎医院と言ったところだろうか。

 

それに外観からでは分からないが内部は壁を取っ払ったり天井を突き破ったりして部屋も元の数倍広く使えるようにしてある。最早マンションの外観をした一軒家といってもいいくらいだ。

 

「…そうか、ほどほどにな」

 

内情を詳しく伝えると弦十郎を頬を引き攣らせていた。だがこれだけやってもまだ足りないと思えてしまう。それだけ変態錬金術師は手ごわいのだ。きっと弦十郎もあいつに会ったらそんなことは言えなくなるだろう。

 

 

 

リビングに案内するとすでにパーティーの準備は整っていた。部屋の中央にはこの日のために用意したこたつが鎮座し、その上にはこれまた美味しそうな鍋が今か今かと蓋を揺らしている。そして手の届く範囲にうず高く積まれたミカンの山、テレビからは年末特有のバラエティー番組が流れている。

 

「これは…鍋パーティー?」

 

「そうなのか?俺も詳しくは知らないがこれが現代の正式な年越しなんだろ?」

 

元々海外で、主にヨーロッパを拠点にしていた俺は日本の正月文化というものにあまり詳しくない。そのため調達と資料をかき集めたのだ。それによるとこれが日本の正式な年越しの準備だと書いてあったのだが…違っただろうか?

 

「そもそも正式な年越しなんてなんて無いぞ。ただ時期や料理の手間を省くために鍋やおせちを準備するだけだ」

 

「それと三箇日まではゴロゴロ過ごすのがポイントですよ!」

 

そうか、俺が知らない間に日本の文化が大きく変わったのかと思ったがどうやら違うようだ。それに数百年錬金術師やってたら常識なんてあてにならないしな。

 

だがネットに載っていた他の正月の過ごし方も中々に楽しそうだった。今回はこれになったが機会があれば色々と試してみたいものだ。

 

「まあ細かいことはいいか。んで弦十郎、そろそろその子紹介してくれない?俺初めて会うと思うんだけど」

 

「そうだったな。紹介しよう、彼女は小日向未来君。響君の友人で一時的に神獣鏡の奏者でもあった。もちろん俺達の仕事についても知っている」

 

「初めまして。小日向未来です」

 

「そ、そうか。俺はメルクリア、しがない錬金術師だ。よろしく。ところで小日向ちゃん、神獣鏡ってまだ使えるの?」

 

「いえ、もう聖遺物が無いので使えませんが…どうかしましたか?」

 

「いや、それならいいんだ。寧ろ使えない方がありがたい。俺と神獣鏡って相性最悪だからさ」

 

「それってどういうことです?」

 

「あ~それはだな…」

 

「お待たせ、食器持ってきたよ」

 

ヤバい、これ以上聞かれると不味い。ここから先は俺の不老不死に関わってくる話だ。さて、どうやって誤魔化そうか。そう思案しているとタイミングよく調達が全員分の箸やコップを持ってきてくれた。

 

「じゃあ食べよっか?」

 

「そうだな、冷めたらもったいないし早く食べよう」

 

少々話の切り上げ方が雑だがそんなことは些末なことだ。みんな俺の話より調特性の鍋の方が大切だろう。現に立花ちゃんなど俺のことなど忘れて炬燵に入り蓋が開くのを今か今かと待ちわびている。そんな彼女のおかげか他の面々も席についてくれた。

 

「ありがとう、調。助かったよ」

 

「ううん、あの話は流石にまだ聞かれたくないよね」

 

隣に座った調の耳元で礼を言う。すると調も分かっていたかのように返してくれた。やはりあれはわざとだったか。流石調、気配りができるイイ女だ。

 

「さて、んじゃ年越しを始めるか」

 

「ちょっと待ってくれ、メルクリア」

 

「どうかしたか?風鳴ちゃん」

 

「緒川さんがまだ来てないんだ。もう少し待っていただけるか?一体どこに行ったのだか」

 

「それならあれだ。俺がさっきお使いを頼んだからだな。っと、噂をすればなんとやらだ」

 

「お待たせしました。メルクリアさん、これご注文の品です」

 

「悪いな、助かったよ」

 

「いえいえ、ですが結構重かったですよ」

 

口ではそう言いつつも、その実汗一つ流していない。やはり忍者は伊達じゃないな。

 

「それでその袋は一体何なんだ?」

 

「これか?これはな…酒だ」

 

俺は受け取った袋を全員が見えるように広げる。すると中には色とりどりの瓶や缶が詰まっていた。

 

「すごい…日本酒にワイン、ウィスキー。ビールもいっぱいある!」

 

この催しを開くにあたって弦十郎と小川に連れてくるメンバーの好みをある程度聞いてそれを注文しておいた。そして小川にはそれを取ってきてもらったというわけだ。

 

「藤尭は…これだろ?」

 

「これって俺が好きなチューハイだ!ありがとうございます!」

 

「んで緒川は日本酒と焼酎だろ」

 

「ありがとうございます」

 

「それで弦十郎は…てどうしたんだよ?」

 

「いや、いくら年末とは言え二課全員が酒を飲むのは不味いんじゃないか…」

 

「細かい事を言うなよ、せっかくの年末だ。無礼講でパーッと行こうぜ。ほら、お前のビールだ。ついでに女子高生に注いでもらうんだな」

 

小言が始まりそうな弦十郎にはさっさとビール瓶とコップを押し付ける。これで文句も出ないだろう。後は緒川だが…と見回すとちゃっかり担当アイドルの横に陣取り日本酒が注がれたコップを持っていた。ちゃっかりしてるな。

 

では俺も、と瓶に手を伸ばす。だが自分で注ぐ必要は無かった。

 

「はい、ソウ君」

 

その前に調がグラスにワインを注いでくれたからだ。これはありがたい。この日のためにそこそこ上等な酒を仕入れたがそれを調が注いでくれたとなれば格別だろう。

 

「ありがとう、調」

 

「どういたしまして。じゃあ乾杯しようか」

 

「そうだな。では、一年間お疲れさまでした。乾杯!」

 

『乾杯!!』

 

 

 

鍋パーティー、もとい年越しパーティーは順調に進んだ。以前は衝突のあったメンバーもいたがここしばらくの研修や交流会を経てそれも無くなった。今までで一番楽しい時間を過ごしたと言えよう。

 

誰もが笑い、楽しく食事をする。そのおかげか成人組はいつもより早いペースで酒を煽った。もちろん俺もそれ漏れず気づけばもうすぐ瓶が一本空くというくらい飲んでいた。

 

そろそろ新しい瓶を開けるか、そう思い立ち上がろうとする。だが立ち上がれなかった。視界が安定せず、ふらふらする。まるで酔っているかのような感覚だ。

 

俺はこの身体になって酔った記憶はそう多くはない。恐らく元々酒にはそこそこ強いのだろうが不老不死になったことで更にそれが顕著になった。そのためワイン一本で酔った記憶など全くないのだ。試しに全身に解析をかけてみる。だかこれと言っておかしな点は無く、酒からも錬金術などの痕跡は見当たらない。

 

正確に術を行使できることから頭はまだしっかりしている。とはいえここでこれ以上呑むのもよろしくないだろう。

 

「…すまん調、水を一杯貰えるか?」

 

「うん。でも大丈夫?」

 

「ああ、どうやら思ったよりも早く酒の回ったらしい。今日はもう止めとくよ」

 

一息に水を煽る。すると少しは楽になった。だがここで更に酒を煽っては同じ事だ。いや、むしろ悪化するかもしれない。それでせっかくの鍋を戻すなど言語道断だ。少々名残惜しいものの背に腹は代えられず酒瓶に栓をする。

 

今日は純粋に鍋を楽しむことにしよう。そう思い箸を伸ばす。だが一足遅かったようですでに鍋は空になっていた。数分前に見た時にはまだ鍋は残っていたはずだ。にもかかわらず眼前の鍋には肉一枚どころか白菜一枚すら残っていない。この短い時間で一体何があったというのだ。

 

「ふー、もう食べられない」

 

「もう、響ったら。口にいっぱいついてるよ」

 

「ったく、いつ見てもこいつの食欲は底なしだな」

 

なるほど、どうやら犯人は立花ちゃんだったようだ。確かに調から立花ちゃんは大食いだと聞いてはいたがここまでだとは思っていなかった。それにメンバーの多くが女性とは言えそのほとんどが育ち盛りの食べ盛り、今度からはもう少し量を作るとするか。

 

しかしどうするかな。まだ食べ足りない感はあるが調にわざわざ追加を作ってもらうってのも悪いしな…。

 

「メルクリアさん、二次会しませんか?」

 

そんな時声をかけてきたのは藤尭だった。これまであまり接点を持っておらず、まともに会話をしたのも今日が二回目かどうかの彼が誘ってくれたのは意外だった。だが断る理由もない。せっかくの機会なので俺も親睦を深めるとしよう。手早く調達と鍋の片づけを終わらせリビングに戻るとそこはカオスだった。

 

そう思い席を移るとそちらにはすでに出来上がった大人が並んでいた。弦十郎は顔を真っ赤にして高笑いを始めており、そのそばでなぜか雪音ちゃんが嬉しそうにお酌をしている。そしてなぜかマリアちゃんと友里さんが肩を寄せ合いさめざめと泣いている。なんだこれ?

 

「来たかメルクリア。さあ、二次会を始めるぞ!」

 

始めはあんなにも酒を呑むのをためらっていた弦十郎が浴びるかのようにビールを煽る。その光景に俺は昔を思い出していた。あれは確かヨーロッパ、新年のお祝いと称して錬金術師仲間たちと浴びる程酒を飲んだ時の事だ。

 

その時も二次会だのなんだの言って結局三日三晩宴会が続いたのだ。そしてそれが終わって三日間は誰もまともに仕事が手につかなかった。

 

弦十郎だから大丈夫だとは思うがこれは一応気をつけておいた方がいいだろう。

 

「そうだな。だがほどほどにしておけよ」

 

あの時はああ言った。だが今ならこう言えるだろう。今すぐその酒瓶に栓をしろ、そしてトイレ行って全部出してこいーと。それだけ年末は普段よりいっそう気を引き締めるべきだったということだ。そして不用意に錬金術師の作った物に手を出すべきではない、と。

 




今年もあっという間でしたね。来年も皆様にとってよい一年でありますように。
今年も読んでいただきありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。
では、よいお年を。


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錬金すごろく

遅くなりましたがあけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。


錬金すごろく、それは錬金術師の錬金術師による錬金術師のために編み出された遊戯盤である。

 

錬金術師の結婚率は低い。錬金術の研究は基本個人個人で行うものである。一つの属性を扱うといっても個人個人によってそのアプローチがまるで違うからだ。家や血統、魔力の質、それによって術式は千差万別だ。

 

さらにそこから研究内容が細分化されていくので同じ属性を扱っている者同士が集まっても話が合わないことは良くある事だ。そのため錬金術師は己の研究を他人に話すことは滅多になく、自分の代だけでそれを完成させようとする。錬金術師が不老不死を求めるようになったのはこれに起因するところが大きいだろう。

 

そして不老不死の法が確立されてからはさらにそれが顕著になった。それに伴い出生率も低迷した時代が数世紀続いた。だが錬金術師も人間だ。いくら他人と交わる必要が無いとはいえ人肌恋しくなる夜が無いわけではない。

 

だが必要も無いのにそんなことを求めるなど不合理だ。だがあるバカがその不合理を逆手に取るような閃きをしたのだ。

 

ー必要があれば求めてもいいのではーと。

 

それによりとある組織の錬金術師が全勢力を上げて開発したのがこの錬金すごろくだ。名目上これは錬金術師同士の交流を図り、親睦を深め、研究に新たな刺激を得るために開発されたことになっている。もちろんそれだけではあまり必要性は感じないだろう。

 

だがこのすごろくにそれに加えてある術式が組み込まれている。それは参加者の魔力の質や属性、更に人間性を加味してペアを作り、盤面のマスを作成し、そこそこいい雰囲気にしてカップルができやすくなるようにするものだ。

 

これにより研究や術式の発展のために他人と交わるという大義名分を得た錬金術師たちは大手を振って人間関係を広げるようになり結婚率や出生率も一時と思うと持ち直した。

 

その後全ての術式に通ずる基礎の錬金術、通称基本錬金術が発明され各血統の固有術式は衰退していくことになったのだがそれはまた別の話だ。

 

 

 

 

鍋も食べ終わり、二次会と称してグダグダしながら年が明けるのを待つ。そんな空間に耐えきれなくなったエネルギー有り余る少女達がいた。その筆頭が立花ちゃんと切歌ちゃんだ。

 

「メルクリアさん、なんか遊ぶ物ありませんか?」

 

「それならいいものがあるデスよ!この間の引っ越しで見つけたデス!」

 

切歌ちゃんが持ってきたのはこの間片づけたはずの錬金すごろく、部屋に見当たらないと思ったら切歌ちゃんが持っていたようだ。

 

「切歌ちゃん、それ危ないから開けるのは…っ!?」

 

止めようと思ったものの一足遅かったようで切歌ちゃんはすごろくが入った箱を開ける。すると部屋中が光で包まれる。光が収まり恐る恐る目を開ける。だがこれと言って変わったこともなく、危険な物も無かった。

 

ただ見知らぬ空間に机とその上にすごろく盤が置いてあり、全員が椅子に座り強制的にペアを組まされていた。俺と調、藤尭と切歌ちゃん、弦十郎と雪音ちゃん、緒川と風鳴ちゃん、そして立花ちゃんと小日向ちゃんのペアが出来上がっていた。

 

だが見当たらないメンバーもいる。マリアちゃんと友里さんだ。どこだろうと辺りを見回すとすぐに見つかった。二人とも酒瓶を抱えて横になっていた。そういえばあの二人だけはずっとハイペースで呑んでいた。それで寝てしまったから今回は参加者にはならなかったのだろう。

 

「メルクリア、ここは一体どこなんだ?」

 

「すごろく専用の結界だ。危険はない。ただ誰かがすごろくで上がらないと解除できないから厄介だがな」

 

「そうか、それでこのすごろくに危険はないのか?」

 

「大丈夫だ。錬金術を使っているのは参加者の思考を読み取りペアを決めたりマスの内容を決めるくらいだ。マスの内容の強制力はあるがそんな危ないものじゃない」

 

指令としての務めか弦十郎が尋ねてくる。だが以前遊んだ時もさほど危険は無かった。だがら今回も大丈夫だろう。

 

「とりあえずやってみるか。調、手始めに回してみてくれ」

 

「分かった。えっと…5だね。1、2、3…『ゲームクリアまで膝の上に座る』」

 

「……どうぞ」

 

「……どうも」

 

「…まあこんな感じだ」

 

「本当に安全なのか?」

 

「多分な。マスの内容は参加者が望む内容がランダムで反映されるからこういうマスもあるってだけだよ」

 

「そうなのか、ならそのマスは…」

 

「まあ十中八九俺だろうな。俺はこのすごろくやったことあるからある程度把握してるし。だからお前の希望のマスもどこかにあるとは思うぞ」

 

「そうか。では頼んだぞ、クリス君」

 

「おう、え~っと…」

 

こうして始まった錬金すごろく。実はこのゲームについて四つほど伝えていないことがある。一つはマスの内容についてだ。内容は相性の良い相手、言い換えれば意中の相手にしてほしい内容が表れること。二つ目はマスの色で誰が望んでいる内容なのかが分かること。そして三つめは各ペアが望んだ内容が描かれたマスに止まりやすくなるようルーレットに細工がしてあることだ。

 

すごろくのマス目はピンク、緑、赤、青、オレンジの五色。先ほど俺達が止まったマスはピンク色だったので俺か調のどちらかが相手にしてもらいたいことだと分かった。

 

先ほどマスの内容を一通り見たが中々に際どい内容が多かった。これが思春期か。そのため敢えて名言することをさけたのだが…果たしてこれが吉と出るか凶とでるか。ほぼ答えは確定しながらも俺達はゲームを進めていった。

 

「おいメルクリア、これは本当に安全なのか?」

 

「そうだな。俺達男性陣の理性が働いている内は安全なんじゃないのか?」

 

そしてやはり凶とでた。幾度となくルーレットを回し、確実にゴールには近づいている。だがそれ以上に俺達男性陣の理性の方が先にゴールしそうになっていた。

 

では現状を順番に見ていこう。トップバッター、藤尭・切歌ちゃんペア。まず切歌ちゃんの服装がマントや角、尻尾が付いているハロウィンの仮装のようなものになった。そして布面積がかなり小さい。本人は魔女のコスプレと言い張っていたがどこからどう見てもあれはサキュバスだろう。そんな彼女は藤尭の膝の上に座っている。そしてなぜか藤尭は手錠をはめられていた。どちらの趣味なのかは追及しないでおこう。

 

二番、緒川・風鳴ちゃんペア。ここは防人と忍者ということもあってか和を好む二人だ。そのためマスの内容も安定しておりある程度は予想できていた。できていたはずだ。

 

風鳴ちゃんは花魁の装いになり肩を大きく出しシャボン玉が出てくるキセルを吹いている。そしてなぜか緒川に猫のように喉を撫でらている。そんな緒川も服装はスーツからお代官が着るような着物になっている。だが持ち物が酷かった。ろうそくと荒縄を持っているにも関わらず表情はいつもと変わらない。それが底知れぬ風格を感じさせて俺達を戦慄させた。きっと忍者だからそういった拷問にも慣れているからだ。そういうことにしておこう。

 

三番、弦十郎・雪音ちゃんペア。薄々ムッツリではないかと疑惑が上がっていた雪音ちゃんだったがこの一件でそれが証明された。その豊満なバストを生かすかのようにバニーガールの装いに身を包み、髪形も普段のように結ばずそのままだ。そして弦十郎にお姫様抱っこなのだが…なぜか弦十郎は上半身裸だった。

 

普段からむさ苦しい男が脱ぐと更にむさ苦しくなる。だが雪音ちゃんはご満悦なようで弦十郎の胸板に顔をこすりつけていた。そして今の雪音ちゃんの服装は弦十郎の好みと完全にマッチしていた。趣味が変わっていなければ昔あいつが持っていたエロ本の中身と同じようなシチュエーションだ。口では文句を言いつつもやはりこいつもムッツリだ。似た者同士である。

 

四番、立花ちゃん・小日向ちゃんペア。ここは本当に酷い。その一言に尽きた。まず立花ちゃん、服装が犬のコスプレになっていた。しかも耳や尻尾などかなり高いクオリティで仕上がっており彼女も喜んでいた。だがその首輪は一体何なんだ。そしてつながったリードを女王様の仮面をつけて笑顔で持っている小日向ちゃんは何者なんだ。

 

なぜ小日向ちゃんは鞭を持っているのだろう。なぜそうも扱いに慣れているのだろう。そしてなぜそのことに立花ちゃんは疑問を持たずに笑顔でいられるのだろうか。今日一番戦慄したのはそこだった。そして俺は改めて思った。小日向ちゃんが神獣鏡を使えなくなって本当に良かったと。

 

やはりきちんと全てを伝えた方が良かっただろうか。特に四つ目、それはこの空間には特殊な成分が混ざっていていること。危険なものではないのだがそれを吸うとちょっとした酩酊状態に似た感覚に陥る。つまり自分の気持ちに正直になったり、積極的になれるのだ。その結果がこれだ、本当に酷い。

 

「おい、お前が一番酷いからな」

 

「何処がだよ。俺らのペアが一番健全だろ」

 

「ふざけんな、鏡見てから出直してこい」

 

なにやらお怒りの弦十郎がそう言ってくるがそんなに酷いだろうか。調の服装はメイド服で、始めから変わらず藤尭達と同じように膝の上に座っている。だが俺達はもう一歩先へ進んだ。調と俺は向かい合い、抱きしめ合っている。そのためお互いの身体が密着していてお互いの体温が常に感じられるが…うん、いつも通りだな。超健全。

 

「その体制を誰かに見られたら即通報だな」

 

「お前が言うなムッツリ。それにそうなったらここに居る全員道ずれだ」

 

「ムッツリだと!?…いや、話は後だ。今はこの状況を何とかする方が先だ」

 

「え~?本当に終わらせていいの?お前も満更じゃないくせに」

 

「うるさい!大体子供に手なんて出せるか!」

 

「お、おっさん。私は別に…」

 

「く、クリス君!?」

 

「だってよ。大人なんだからちゃんとしろよ」

 

だが流石にそろそろシャレにならなくなってきたな。これ以上は一線を超えそうなペアが出てきそうだ。雰囲気でそういった流れになるのに反対ではないがこの空間ではよろしくないだろう。きっかけはあくまでもきっかけに過ぎない。最後は自分の意志で踏み出すべきだ。

 

「調、名残惜しいが上がるぞ。ルーレットを頼む」

 

「分かった。…はい、上り」

 

調がコマをゴールに置く。すると再び空間が光に包まれ気づけば元居た部屋に戻っていた。服装も魔力で編まれたものなので空間の消滅と共に消え去り、興奮作用のある成分も完全に抜けきった。全てすごろくを始める前に元通りである。

 

「ようやく終わったか…」

 

部屋にはなんとか理性を保ち切り安堵する男性陣と、満更でもなく顔を赤らめる女性陣にきれいに別れていた。

 

「あれ?これなんだろう?」

 

「ああ、それは優勝賞品だな」

 

一つだけ違った点、それは始める前には無かった瓶が調の手に握られていたことだ。瓶を借り振ってみると液体が入っていることが分かった。

 

「これはあれだな。ざっくり言うと自分に正直になって身も心もオープンになっちゃう霊薬の原液だな。使用時は三倍に希釈しろってよ」

 

「それって…」

 

「まあそういう類の時に雰囲気を出すためのものだな。因みに現役で使うとヤバい」

 

何がヤバいって色々とヤバい。具体的にはどこかの光明結社の局長が悪乗りして作ったからヤバい。

 

「そう。じゃあ使う時は気をつけるね」

 

「おう。…待って、それ俺に使うの?」

 

「必要な時はね」

 

「…せめて調が成人するまでは待ってくれないか?」

 

「どうして?」

 

「どうしてって…この国だとそういうの未成年とか十八歳以下相手だと色々めんどくさいんだろ?だからそれまでは手を出さないよ。まあそこに十八歳超えてる人いるけどな」

 

誰とは言わない。ただここには十八歳越えの歌姫が二人いることを記しておこう。そしてもうすぐ十八歳を迎える赤い少女がいることも記しておこう。

 

なんやかんやあり、こうして年は明けていった。願わくば、今年も俺達にとってよい年でありますように。

 




正月ピックアップはいい文明でした。
今回も読んでいただきありがとうございました。


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初めてのデート

お久しぶりです。ようやく試験が終わりました。やはりテストは悪い文明…。


その日、月読調の様子はどこかおかしかった。しかしそれに気が付けたのは長い付き合いであり、かつ実際に手合わせした切歌だけであった。そしてその事実に気が付いたのも完全なる偶然出会った。

 

いつもと同じ時間に起き、食事をとり、もうすぐ始まる高校生活に向けての課題をこなし、二課の仕事と日課である潜水艦内のシミュレーションルームで訓練を行う。二人がそれに気が付いたのはそんな時だった。

 

「今日の調はいつもより攻撃が重かった気がするデス」

 

「そうだった?モニターで見てるだけじゃ分からなかったけど…」

 

「私もいつも通りだと思ったよ」

 

同じ時間を過ごしてきたマリアに尋ねてもモニター越しででは分からなかったようだ。同じ事を響たちにも尋ねたが返ってきた回答は同じだった。

 

「でもやっぱり、いつもと違う感じがするデスよ」

 

「ふむ…私たちには分からないが月読のどのあたりが違うのだ?」

 

「それは…私にも上手く言葉には出来ないデス。でも何かが違う気がするデス」

 

調と最も付き合いの長い切歌がそう言うのだ。ならば間違いないのだろう。そう思い各々が調のいつもと違う点を探すのだが全くっと言っていいほどに見つからない。

 

「ん?なんだお前たち、まだそんなところにいたのか」

 

「おっさんか。って随分と時間が経ってやがる」

 

気付けば訓練が終わってからすでに三十分以上が経過していた。弦十郎が来なければこのままシミュレーションルームで延々と頭を悩ませることになっていただろう。

 

「反省会もいいが先にシャワーを浴びてきたらどうだ?身体が冷えて風邪をひくぞ」

 

「了解、ンじゃさっさと汗を流してくるか」

 

会話を適当なところで切り上げぞろぞろと乙女たちが移動を開始する。そんな後姿を見ながら弦十郎は安堵していた。それは先ほど調にとあるお願いと関係あり、もっと言えばメルクリアに頼みという脅迫をされていたからだ。

 

弦十郎は調の違和感の正体を知っていた。それ故に切歌たちが調の違和感を突き止める前に話題を逸らすべくあの場に現れたのだ。

 

しかしながら、乙女の嗅覚は男の想像もつかない程に鋭く、なおかつそれが色恋に関するものであればそれ以上であるわけで。結局のところ弦十郎の努力は翌日には水の泡になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、俺はとある用事があり駅前で人を待っていた。相手はもちろん調である。今日は土曜日、世間一般は一応の休日である。そのため街には学生で溢れている。普段ならこんな日の外出は控えるのだが今日の用事にはその学生が大手を振って出歩ける日である必要があった。

 

「お待たせ、ソウ君。待った?」

 

「いや、俺も今来たところだよ」

 

人込みの中から出てきた調はいつもより大人っぽい装いだった。チェックのスカートに今流行のピンクのコートを羽織り、ブーツを合わせた調は周りの男たちの視線を釘付けにするほどだ。他の男にジロジロみられることにいい気はしないがそれだけ俺の彼女が可愛いという証拠でもある。今回はぐっとこらえてやろう。ただし次は無い。

 

「今日も可愛いな。それに似合ってるぞ」

 

「そうかな…ありがとう」

 

ありきたりな言葉しか出てこない自分が情けないがそれでも調が喜んでくれるのならば何よりだ。そんな調をこのまま眺めているのも悪くは無いが今日は予定が詰まっている。

 

「それじゃあ行こうか」

 

「そうだね」

 

喜んでいる調の写真を空間念写で撮影し保存する。それから調と手を繋ぎ目的地へ移動しよう。そう思った時だ。とある一角にやけに目立つ集団がいることに気が付いた。

 

せっかくだと近づいてみると日本人離れした赤髪の大男が職質を受けている。誰であろう弦十郎だった。国家権力相手におろおろする弦十郎の背後には切歌ちゃんを筆頭の奏者全員と小川、藤尭がいた。

 

おい、何やってんだよ特異災害機動部二課。

 

「調、あれってさ…」

 

「うん、気付かれちゃったみたい」

 

今日仕事を休むことは弦十郎にしか伝えてない。しかも絶対に言うなと脅しておいたから情報が漏れることも無いはずだ。調にも弦十郎に今日は訓練に参加できないことを前日まで伝えるなと言ってある。一体どこでばれたというのだ。

 

そうこう考えているとスマホの着信が入った。画面には弦十郎の文字が表示されている。顔を上げると電話をかけながら手で謝罪のポーズをとる弦十郎がいた。どうやら警察のご厄介になることだけは避けられたようだ。

 

「なにがあった」

 

『すまん、まさかここまで行動が早いとは』

 

「は?」

 

『その…今日の訓練で調君がいないことを聞かれてな…そこから芋づる式にだな…』

 

「なるほど、それで全て吐いたと」

 

『本当にすまん』

 

「気にするな、いずれはバレることだ」

 

それにあの弦十郎が経った数十分で情報を吐いたのだ。彼女たちの尋問は相当に恐ろしいものだったのだろう。

 

「それでどうするんだ?」

 

『そうだな…とりあえずみんなついて行くそうだ』

 

「だろうな。ちょっと待ってろ」

 

一度電話から耳を離し今までの会話を調に伝える。と言ってもここまでバレては致し方ない。それに今ここで返したら帰ってから根掘り葉掘り聞かれることも目に見えている。ならば適度なところまで尾行された方が得だろう。

 

「弦十郎、待たせたな」

 

『おお、どうだった?』

 

「尾行していいってよ。ただし邪魔はするなよ。あと小川に余計なことするなって言っとけ」

 

『ああ、分かった』

 

「…というわけだ。すまんな調、当初とは予定が変わりそうだが」

 

「いいよ。私はソウ君と出かけれるだけで楽しいから」

 

「そうか、そう言ってくれるなら嬉しいよ。んじゃ改めて行くか」

 

スマホをポケットに押し込み再び調と手を繋ぐ。その光景を見ていた背後の集団から歓声が上がるがもう無視だ。今日は調と楽しい一日を過ごすために計画してきたのだ。予想外の出来事がしょっぱなから起きたがこれからは調だけを見ていればいいだろう。そうでなければもったいない。

 

なぜなら今日は、付き合い始めて初めてのデートなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

集合場所から三十分、俺達は駅と隣接している大型ショッピングモールにやってきた。ありきたりだが初めてのデートならば無難なところだろう。それに調も数か月したら高校が始まる。そう、花の女子高生だ。言い方は古いが一生に一度の高校生活、周りもオシャレに気を遣うだろう。ならば今から服を見ておくのもいいだろう。

 

そんなわけで今俺達はモールで人気の洋服店に来ていた。

 

「どうかな?似合ってる?」

 

「ああ、似合ってるぞ。驚きの可愛さだ」

 

「じゃあこっちは?」

 

「素敵だぞ。調はフリルも似合うな」

 

「これは…ちょっと…」

 

「そうだな、少し露出が多いかな。それは家の中で来てくれるとありがたい。もちろん似合ってるぞ」

 

何がすごいってどの服を着ても調は全て着こなしてしまうことだ。これはもう惚れているとかどうとかいう問題じゃない。完全完璧美少女の域だ。現に店員が次々に服を持ってきてファッションショーが開かれるほどだ。おかげで店の外まで人込みが溢れちょっとした騒ぎになっている。

 

俺はそんな光景に満足しつつ、次々に着替える調を全て写真に収めている。一枚たりとも取り逃すものか。

 

「ソウ君、そろそろ行こうよ」

 

俺が写真撮影に熱心になっていると調が恥ずかしそうに袖を引いてきた。確かにこれはやり過ぎたかな。反省しつつ残りの写真を撮り終える。

 

「それじゃあこれよろしくお願いします」

 

「はっはい!承りました!」

 

店員に調が厳選した服と俺が個人的に調に着てほしいと思った服を渡し会計を済ませる。よくよく見るとこの店で売っていない、他店の服も交じっていたがどうせ店員が持ってきた奴だ。そこらへんは向こうに任せても問題ないだろう。

 

「さて、次だが…少し早いが昼ごはんにするか」

 

店をでて人目につかない所で買った荷物を転移で自宅に送りつつ時計を見ながらこれからを思案する。針は丁度正午前を指しており一番人でにぎわう時間帯であり、腹の虫も同様であった。

 

「うん、いいよ。でもどこ行く?」

 

調も同じことを思ったのだろう。どこの店に行ったとしても少なくとも三十分は待たねばなるまい。そういった意味を含んだ問いかけだった。だが今日の俺に抜かりはない。そこについてもばっちり準備してある。

 

 

 

 

「う~ん、おいしい」

 

おいしそうにパンケーキを頬張る調を眺めながらコーヒーを飲む。うん、幸せ。

 

俺達がいるのは最近話題のカフェだった。ここは軽食とコーヒーを売りにしているのだが最近は別の理由で爆発的な人気を誇っている。その訳が今調が食べているパンケーキだ。

 

綺麗に盛り付けられ、生クリームで飾られたとても写真映えするパンケーキ。これがその理由だ。勿論味も折り紙付きである。

 

「でもいつの間に予約なんてしてたの?」

 

口コミでパンケーキが広がって以来、雑誌やテレビで事あるごとに取り上げられるこのカフェは通常二時間待ちが常識となりつつある。今現在午後一時過ぎ、だというのに未だ店の外には若い女性が長蛇の列をなしている。あまりの行列に警備員が出動するほどだ。

 

俺達が店に着いたのが正午過ぎ、にも関わらず俺達はすんなりと店に入ることが出来た。来店時に予約した者だと告げたからすんなり通してくれたのだが…。

 

「ああ、あれはちょっとした裏技だ」

 

「裏技?」

 

「ああ、こいつを使った」

 

俺は予約に使ったものを懐から取り出し調に手渡す。それは奇妙な文様が描かれた一枚の紙だった。

 

「何これ?…人…式?」

 

「式神、名前くらいは聞いたことあるだろう?」

 

調は目を細めて描かれた文様を解読しようとしている。だが式神を知らない者がいきなり理解できるわけないだろう。そう高をくくっていたらあっさりと二文字まで解読してしまった。もしかしたら調は巫女やそっち方面の才能があるのかもしれないな。

 

「それは人の形になるタイプの式神でな。モールに来た時に並ぶように放っておいたんだ」

 

「そうだったんだ。でも大丈夫?」

 

「ん?何がだ?」

 

「ここ、あんまり量ないけどお腹いっぱいになった?」

 

「大丈夫だよ、結構パスタボリュームあったし」

 

正直に言えばあまり膨れたとは言えない。元々が軽食も扱うカフェだからということもあるが、パンケーキが広まってからは女性客が圧倒的に増え、男性客は減った。今も店の外に並んでいるのは女性ばかりだし、何なら店内も男性客は俺だけという状況だ。

 

そのためメニューの量も女性向けのものがほとんどで俺が注文したパスタもサイズを大きくしてもらった。だがそれでも少々食い足りない感はある。

 

だが腹が鳴って仕方がないというほどでもない。それにコーヒーもお代わり自由だ。もう一杯程飲めば大丈夫だろう。

 

「よかったら食べる?」

 

そう言って調はパンケーキを切って差し出してくれた。まるで俺の心中を察してくれたかのようなその優しさがありがたい。ならばありがたくいただくとしよう。

 

「じゃあもらおうかな」

 

「分かった。じゃあはい、あーん」

 

え、ここでやるの?調の「あーん」で店内は水を打ったかのような静けさとなり、店外に並んでいる客までも俺達を凝視している。

 

「し、調。ここでそれは…」

 

「あーん」

 

どうやら拒否権は無いらしい。それに客全員からのいつやるのだオーラが身に染みる。それと店員、その構えた一眼レフはなんだ。まさか店に飾るつもりではないだろうな。ネガごと没収してやる。

 

「あーん」

 

三度目の「あーん」に俺も腹をくくる。いいだろう、俺も不老不死とは言え男だ。それくらい覚悟を決めてやってやろう。

 

「あ、あーん」

 

『おおーー!!』

 

「どう、おいしい?」

 

「…おいしい」

 

羞恥で味など分からなかったよ。分かるのは頬の熱さと、謎の歓声と、店員がシャッターを切る音だけだった。ここ数百年で一番恥ずかしいかもしれない思い出が出来上がってしまった。

 

「ねえねえソウ君」

 

あまりの恥ずかしさに悶えていると調に呼ばれる。今度はなんだと顔を向けると不意に柔らかい感触が唇に触れた。

 

「クリーム、ついてたよ」

 

再びの静寂。と、次の瞬間爆発したような黄色い歓声がフロア中を駆け巡る。その声量はあまりの大きさに一時パニックが起きる程だったとか。

 

そんな鼓膜が破れそうな爆音の中心にいる俺は耳はほどんど使い物にならなかった。爆音が原因ではない。

 

目の前で頬を赤らめ微笑む調を映し出す瞳、それと未だ柔らかな感覚が残る唇、それは体中の神経がそれだけになってしまったような感覚だった。

 

恋をすると心を奪われる、なんてよく言うが実際はそんな生易しいものでないことを俺はこの日初めて理解した。

 

心どころか神経も、感覚も、全て奪われてしまうのだ。そして質の悪い事に、これからもずっと奪ってほしいと願ってしまう。

 

恋とは本当に恐ろしいものだ。

 

 

 

 

 

 

「これからどうしようか」

 

本来の予定では午後からは雑貨などを見て回る予定だった。だが喫茶店でもちょっとした騒動を起こしてしまった俺達は流石にこれ以上居るのも不味いだろうということでショッピングモールを後にすることにした。

 

とは言えこんなことになるなど露程思っていなかったこともあり、せっかくのデートにも関わらずこれからの予定は真っ白だった。

 

随分前から二人で計画して休日を合わせたのだ。どうせなら思い出に残るような一日にしたかった。だが仮に他のモールやアウトレットに行ったとしても同じ事になるかもしれない。

 

「調はどこか行きたいところは無いか?」

 

最悪いつも通りになるがお家デートなんてのもいいかもしれない。普段と変わり映えはしないがゆっくりと二人で過ごすこともデートの醍醐味の一つではあるだろう。

 

「どこか静かでゆっくりできるところがいいかな」

 

調も同じことを思っていたようだ。ならば電車が込み入る前に早く自宅に帰ろう。そう思ったところで俺は厄介な尾行がいることを思い出した。

 

そういえば今までのやり取りの全部あいつらに見られてるんだよな、家や職場で会ったらなんて言われるやら。想像しただけで胃が痛くなってきた…。

 

それに今帰るってことはあいつらも着いてくる可能性がある。俺は二人っきりで静かに過ごしたいのだ。何か自宅以外にいい場所は無いだろうか。

 

「あ、いい場所あったわ」

 

そうだ、あそこがあるではないか。自宅と同じくらい静かで思い出が詰まった場所が一つだけあった。あそこなら結界も張ってあるしどうにかなるだろう。尾行はそれこそ式神にもう一度頑張ってもらえばいいだろう。

 

「調、最後にあそこへ行かないか?」

 

 

 

 

 

「綺麗だね」

 

「そうだな」

 

夕暮れ時、二人で地平線の向こうに沈んでいく太陽を眺める。ここは周りに建物もなく見晴らしがいい。少々壁に穴が開いてたり崩れているところに目を瞑れば中々のデートスポットだ。

 

とは言え元廃病院からこれ程綺麗な景色が見えるなんて誰も思わないだろう。なんせ外観が心霊スポットそのものなのだ。おまけに潰れた理由が理由だけにこんな廃病院には誰も近づかないだろう。

 

「まさかここからこんな綺麗な景色が見えるなんてあの時は気が付かなかったね」

 

「そうだな、あの時はみんな切羽詰まってたしな」

 

「私たち、こんな素敵なところに住んでたんだね」

 

「まあ案外一度離れたり無くしてみないと分からない物もあるからな」

 

それにあの時はまだ調と付き合ってなかったし自分の想いにも整理をつけることが出来ていなかった。だからこそ綺麗だと感じることが出来るのかもしれない。

 

「今度はこういうところに住みたいね」

 

「…あの家じゃ不満か?」

 

「ううん、楽しいよ。でもあの家だとほら…音漏れとか気にしないといけなさそうだし。外には良くても中には響くから」

 

「あ~、確かにな」

 

そっちの方の防音は考えていなかった。それに見た目がマンションとは言え中身は完全な一軒家だ。そのため基本各自の部屋に自由に行き来ができる。今はいいかもしれないがこれからはそうもいかない時がいずれ来るだろう。

 

「切ちゃんももしかしたら彼氏を呼ぶかもしれないし…」

 

「藤尭か…実際どうなんだ?」

 

「切ちゃん曰く順調らしい。でも相手はヘタレだからって嘆いてた」

 

高校生にヘタレ呼ばわりされる藤尭、俺が言うのもなんだがあいつもヘタレだ。同じ人間なんだから何を迷う必要があるのだろうか。最悪もう一度例のすごろくをやらせてみるか。

 

「とりあえず近いうちに改装するか」

 

「そうだね、その方がいいよ」

 

今度は防音と耐震をしっかりした造りにしておこう。

 

「ソウ君、今日はありがとうね」

 

太陽は彼方に沈み、代わりに月と星たちが空を彩る。波の音だけが響き、あたりが静寂に包まれたころ、調は先ほどまでの感じとは打って変わり落ち着いた声色でそう言った。

 

「今日の事もだけど今までもありがとう。ソウ君がいなかったこんなにも幸せな生活なんて手に入らなかったと思うんだ。だから、ありがとう。いつか言おうと思ってたんだけどせっかくここに来たなら今言おうと思って」

 

「それを言うなら俺の方だ。調がいなかったら今の俺はいない。一生過去に囚われたまま永遠に生きていくことになってた。それを変えてくれたのは調だ、本当にありがとう」

 

この場所で、俺達は変わった、変われた。もしあの時出会わなかったきっと今感じている幸福感は一生得られなかっただろう。

 

もし出逢わなかったら、そんなもしもの世界だけど今の俺はそれが怖い。だからこそ今の俺はこの出会いに感謝している。例えそれが偶然でも、奇跡でも。

 

「調、これを受け取ってほしい」

 

「これは…綺麗、ネックレスだ」

 

だからこそ、その想いをせめてもの形にしようと思った。調が小さなケースを開ける。中に入っていたのはルビーのような宝石が目に埋め込まれた兎を模したネックレスだった。

 

「給料三か月分とまではいかないが初めて真っ当な仕事で稼いだ金で買ったんだ。どうだろうか」

 

「すごい素敵だよ。ありがとう。もしかしてこれのために最近家にいることが少なかったの?」

 

「まあそんなところだ」

 

交際を始めて思ったのがこれからの生き方だった。俺一人の頃なら全く問題は無かった。だが調の事を思うのならこれからの生き方は帰るべきだろう。錬金術やあくどい商売からは手を引くべきだと思った。

 

幸い貯えはまだあるがそれでもそんな手で稼いだ金で贈り物をするのはなんだか気が引けた。だから弦十郎に頼み込んで二課のスタッフとして雇ってもらったのだ。

 

勿論機密や奏者の事に関しては教えてもらっていない。そもそもこの間まで世界に敵対していた奴をいきなり組織の中枢に入れるのはまともな司令官のすることではないだろう。俺もそれに同意して雇ってもらっている。

 

それ故今の俺の立ち位置は弦十郎が個人的に知り合っている外注業者といったところだ。依頼一つで国中を駆け回ると注釈が入るが俺にはそれくらいで十分だ。

 

さて、プレゼントも渡した。これでもう後には退けない。この日に合わせて計画してきた一世一代の告白を目前に心臓が今にも張り裂けそうだ。前は流れで言うことが出来たが今回は雰囲気も相まってなぜか緊張してしまう。

 

手汗がすごい事になっている。喉が鳴る。だが今言わねばこれからも言うことは叶わないだろう。それにこれだけのシチュエーションだ、今言わずしていつ言うのだ。

 

「…調、俺はこれからの人生全てを君に捧げよう、だから…ずっと俺と一緒にいてほしい」

 

「…はいっ!」

 

一瞬の静寂の後、調の声が聞こえた。瞳には涙を浮かべている。良かった、受け入れてもらえた。頭が理解したところで俺も涙があふれ出てくる。

 

どちらからだったか、気づけば俺達はお互いを抱きしめ合っていた。夜の海辺ということもありお互いの体温と鼓動がこれでもかというほど伝わってくる。

 

こんな幸せがずっと続いていきますように。その夜、二人きりで星を眺めながら二人で願った。

 

切なく、淡い、そんな願いはいつか叶う気がした。




次回から多分GXに入ると思います。
それでは、今回も読んでいただきありがとうございました。


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GX編
厄災、始動


お久しぶりです。ちょっと入院してました。感覚が戻ってなくて拙いところもありますがご容赦ください。では、GX編スタートです。


「調、掃除はこんなもんでいいか?」

 

「うん、完璧」

 

とある昼下がり、俺と調は大掃除に明け暮れていた。と言っても別に今日が大晦日とかそういう訳ではない。だからと言って日常的に大掃除をするほどきれい好きというわけでもない。

 

調はこまめに掃除をするタイプだ。だからそこまでがっつり掃除をする必要性が無い。だが今日はお客さんが来て、その上一大イベントの日だ。

 

今日はマリアちゃんと風鳴ちゃんのライブの日だ。それで大きなテレビのある家に調の友達を呼んでみんなで見ることになったのだ。と言っても来るのはいつもの奏者メンバーと立花ちゃんの友人らしいが。

 

そんな訳で調はいつも以上に掃除に余念がない。因みに切歌ちゃんは掃除が苦手なので早々に調に命じられて買い出しに出かけていった。少し多めに持たせていたからどこかで遊んで時間を潰してこいという事だろう。

 

「それにしても早かったな」

 

「そうだね。一年前はこんな生活ができるなんて思って無かったよ」

 

「俺もだよ。…学校は楽しいか?」

 

「うん、まだちょっと噂されることはあるけど」

 

「それは…すまん」

 

早いものでフロンティア事変から随分時間が経った。仕事面ではナスターシャ救出作戦が決行されたりその副産物で山が削れたり二課が国連所属になったりしたくらいだろうか。

 

そういえば藤尭が給料が上がったとかなんとか言ってたのが記憶に新しいな。

 

プライベートで言えば調と何度かデートした。そして調と切歌ちゃんがリディアンに入学した。入学式の時に藤尭と一緒にフラッシュをたきまくったのはいい思い出だ。

 

そのせいで調達は未だに学校で時々噂されているらしい。その点については反省である。

 

「大丈夫か?そのせいでいじめられたりしてないか?」

 

「それは大丈夫だよ。噂されてるのはそれとは別の事だから」

 

「別?あれ、俺他にも何かやらかしたっけか?」

 

ヤバい、本当に心当たりがない。無自覚に調がいじめられるような原因を作ってしまったのだろうか…。

 

「ううん、あの後入学式の事でからかわれたから『彼氏が迷惑かけてゴメンね』って言ったの。そしたらそれが学校中に広まっちゃって…」

 

違った。俺じゃないけど原因俺だった。

 

でもそっか…彼氏か…。

 

「なんかいい響きだな」

 

「でも私が何も言わなくても噂が広がっちゃうんだよね…主に二年生から…」

 

「そうか…それは悪い響だな…」

 

だがこんな会話ができることも幸せだ。いつまでもこんな日々が続けばいいのにな…。時々切歌ちゃんやマリアちゃんに怒られることはあるが。

 

だがマリアちゃんはともかく切歌ちゃんは人の事を言えないだろう。最近帰りが遅い時があるからな。何がとは言わないが心配だ。もういっそのこと藤尭も家に住まわせるべきだろうか…。

 

「っとすまん、電話だ」

 

ポケットに入れていたスマホが振動し着信を告げる。調に断りを入れ画面を見るとしばらく見ることもなく、できれば見たくなかった同僚の名前が表示されていた。

 

出るべきか、出ないべきか。たっぷり迷った挙句俺は渋々通話ボタンをタップした。

 

「…もしもし」

 

「ふっ、やけに嫌そうな声だな。そんなに私からの電話は嫌か?」

 

「切っていいか?」

 

「そう言うなよ。せっかくの同僚との会話を楽しむ心の余裕は無いのかい?」

 

「心に余裕はあるがお前に向ける余裕はない」

 

「おや、お取込み中だったかい?最近噂の彼女とイチャイチャしているところに電話があってイラついているとか」

 

「その通りだよ。おまけにその相手がお前だから余計イラついてるんだよ。てか要件なんだよ、早く言えよ万年黒電話」

 

「そうだね…では簡潔に言うとしよう。今夜暇かい?」

 

「忙しい、超忙しい。それじゃ」

 

有無を言わさず電話を切ると少しすっきりした。が、電話を終えて振り返ると調が意外な物を見るような目で俺を見ていた。

 

「ソウ君ああいう喋り方もするんだね。ちょっとびっくりした」

 

「あ~すまん。そういえば調の前では初めてだったか。仕事仲間相手だと大体あんな感じだな。永い付き合いでな、いい奴なんだが面倒事ばっかり押し付けてくるから気づけばあんな感じになってた。これからは気をつけるよ」

 

女性は乱暴な言葉遣いを好まない人が多い。調もそうだろう。これはあまり見られたくない姿を見られてしまったな。

 

「ううん、大丈夫だよ。寧ろ今まで知らなかったソウ君を知れてちょっと得した気分かも」

 

「そ、そうか?」

 

「うん、それに言ったでしょ?私からソウ君の事を知れるようにもっと近づくって。あれから色々教えてもらったけどまだ隠していること結構あるでしょ?」

 

「それは…まあ…」

 

それにどうしても調にはまだ見せられないような内容もあるわけだしな。

 

「でも少し成長したね。前ならそんなことないって隠してたけど今日は素直に認めてくれた。えらいえらい」

 

そう言って調は俺の頭を撫でてくれた。ヤバい、超うれしい。何がヤバいって語彙力がなくなるくらいうれしい。俺今日から素直に生きよう、そうしよう。

 

俺マジチョロイわ。

 

「ってまたかよ」

 

調に甘やかされているとまたしても電話が鳴った。相手はまたしても奴だ。調もそれに気が付いたのか手を止めてくれた。これはもう出るしかないだろう。

 

だが今の俺は機嫌がいい。少しくらいならこいつにも優しく接してやってもいいだろう。

俺は努めて優しい声で電話に応じた。

 

「もしもし?」

 

「おや、やけに機嫌がいいな。彼女に甘やかしてもらったのかい?」

 

訂正、やっぱりこいつに優しさはいらない。後無駄に勘がいいから嫌いだ。

 

「うるさい、それで要件は何だよ?」

 

「ふむ…先ほどより言葉のチョイスが優しめだな。だがこれ以上は言わないでおこう。また電話を切られても大変だ」

 

「おい、声に出てるぞ」

 

「先ほどの件だが実は続きがあるんだ」

 

こいつ、何事も無かったかのように続けやがった。

 

「唐突に呼び出したのは他でもない。局長が動く可能性がある」

 

「…続けてくれ」

 

先ほどとは打って変わって真剣な声になったのが自分でも分かった。あいつが動くかもしれない。それだけで話を聞くには十分な情報だ。

 

「ここだと盗聴の可能性がある。できれば専用の空間で話したんだが…」

 

さて、どうするべきだろうか。今日は前々から楽しみにしていたライブだ。調も楽しみにしている。それをいきなり仕事が入ったと言ってすっぽかすのは憚られる。

 

だが今回は相手が相手だ。もし出遅れたりすればそれだけで甚大な被害が出ることは目に見えている。

 

どうするべきか。電話越しに悩んでいると不意に袖を引っ張られる。顔を向けると調がメモ帳を手渡してきた。

 

内容を確認するとそこには、行ってきていいよ。でもできるだけ早く帰ってきてね、と書かれていた。

 

「…分かった。ただしなるべく手短に頼む」

 

「…すまないな。では座標だが…」

 

その後転移先を伝えられて俺は電話を切った。

 

「すまない調。楽しみにしていたのに」

 

「いいよ、大変なお仕事なんでしょ?」

 

「まあ…そうだな…」

 

「なら気にしなくていいよ。でもなるべく早く帰ってきてね」

 

「すまない。じゃあ行ってくるよ」

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

一秒でも早く話を終わらせよう。そして早く調の元に帰ってこよう。その想いを胸に俺は指定された座標へと転移した。

 

 

 

 

 

 

 

転移光が晴れ、最初に目に入ってきたのはその歪ともいえる空間だった。不確かな足場、捻じ曲がった空、そして見ているだけで不安になってくる彩色、それら全てがこの空間が錬金術で作られたものだと物語っていた。

 

「にしてももう少しどうにかなっただろう」

 

と言ってもいくら錬金術で空間を錬成したとしてもここまで酷い空間はそうそうない。まだ技術が出来上がっていなかった数百年前ならまだしも体系化された現代にこんな空間を作る奴なんでよっぽど性格が悪いか初心者のどちらかだ。

 

後は別の術式が干渉している場合もあるが今回は性格の問題だろう。

 

さて、それで待ち合わせの相手は何処だろうか。だが辺りを見渡してみるもそれらしい人影は何処にもいない。あるとすればテーブルと椅子が四脚あるだけだ。

 

とりあえずそこに行ってみると紅茶が入ったカップとしばらくお待ちくださいと書かれたメモがあるだけだった。

 

椅子が四脚の段階でなんとなく察してはいたが呼び出したんなら客を待たせるなよ。

 

だが文句を言ってどうにかなるものでない。俺は渋々椅子に掛け紅茶に口を付けた。

 

 

 

 

「お前ら遅すぎだろ」

 

「そうか?」

 

あれから同僚がやってきたのは俺の体感時間で三十分以上経ってからだった。因みにやってきた内訳は黒電話一人、気怠げ一人、ハイテンション一人だ。結局予想道理だった。

 

「んでさっそく情報頼むわ。俺も急いでるんでな」

 

「ああ、例の彼女さん?あなた変わったわね」

 

「長い間生きてると色々あるんだよ。後男は女一人でコロッと変わるもんなんだよ。それより早く本題入れよ」

 

「あのメルクリアが小娘一人で変わるとは、人生何があるか分からないわけだ。聞いたぞ?相当デレデレらしいじゃないか」

 

「うるせえよ。いいから早く本題入れよ」

 

全くもってめんどくさい連中だ。元男が二人とはいえ女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ。

 

「では本題に入ろうか」

 

黒電話、基サンジェルマンが席に着く。それにならいカリオストロとプレラーティも腰を据えた。ようやく本題に入れるらしい。

 

「局長の件だが近いうちに動くことになるだろう。だがいつになるかは分からない」

 

「…随分と不確かな情報だな。まあ相手が相手だけに仕方ないが何か無いのか?」

 

「そうだな…では一つ。近いうちにとある錬金術師がとある計画を実行する。その結果次第で動くかどうかが変わってくる」

 

「いや、誰だよ。とあるとある言い過ぎだろ。具体名で言えよ」

 

「いいのか?聞いたらお前はもう引き返せないぞ」

 

「いいから言えよ。引き返せないかどうかは俺が決める」

 

「…キャロル。キャロル・マールス・ディーンハイム」

 

「そいつは…穏やかじゃねえな」

 

よりにもよってあいつか。確かあいつは世界を解剖し理解することを目的として錬金術の研究していたはずだ。となるとやるとすれば地球そのものの分解だろう。だがそれはおかしい、話が見えてこない。

 

「キャロルの目的と局長の目的は一致しない。それどころか正反対だろう。それはお前も同じはずだ、サンジェルマン。一体何を企んでいる」

 

「そうでもないさ。私が望むのは支配なき世界。世界が分解されるのならばそれはそれで支配なき世界だろう。それに私が望む世界にならなさそうなら止めればいい。私たちにはその力がある」

 

「…なるほど」

 

確かに理には適っている。そして言葉通りこいつらにはそれを実行するだけの力もある。もしそれで駄目でも最悪あの変態が出張ってきてどうにかするだろう。

 

最も、なぜキャロルの作戦があいつの作戦実行に関係するのかの答えにはなっていないが。

 

恐らくそれがこいつらの狙いだろう。そこらへんにも気を使わないとな。

 

「それで、他にはないのか?」

 

「ああ、これで全てだ」

 

「そうか、なら俺は帰るよ。待たせてる相手がいるんでな。情報感謝する」

 

「いや、感謝するのは我々の方だよ。まんまと罠に引っかかってくれて助かったよ」

 

「…何?」

 

「この空間、どう思う?」

 

「作った奴はさぞかし性格が悪いか腕の悪い奴だと思ったよ」

 

「これを作ったのはプレラーティだ。そしてこの空間にしたのはわざとだ」

 

「…だから何だよ」

 

「まだ分からないのか?この空間には仕掛けがしてある。と言ってもそんな質の悪いものじゃない。ちょっと時間の流れを変えるだけのものだ」

 

「だから…まさか!?」

 

「そう、私たちの狙いは始めからあなたの足止めだ。とある錬金術師に頼まれてね。それにしても弱くなったな、メルクリア。昔の君が嘘のようだ」

 

「そうね、昔のあんたなら真っ先に空間の異常に気付いて何かしらの対策を施したでしょうしね」

 

「全く、あのメルクリアが随分と甘くなったわけだ。平和ボケでもしたか?」

 

「それになんだその魔力は。まるで安定していない、完全聖遺物が聞いて呆れるぞ」

 

俺の全盛期を知る同僚からすれば今の俺は相当腑抜けて見えるらしい。言われたことのいくつかは自覚があるとはいえ実際に面と向かって言われると中々に堪えるものがあるな。

 

「…そのようだな。確かにそれは認めざるを得ない」

 

「ふん、多少は昔の面に戻ったか。今日はそれでよしとしてやろう。そろそろ時間だ、もうじきこの空間は解除される。そうすればすぐにでも愛しの彼女のところに迎えるぞ?」

 

全くもって腹立たしい。あいつらの喋り方も、話す内容も、この空間も、全てが忌々しい。

 

だがそれ以上に、そんな簡単なことにすら気が付けなかった自分自身が腹立たしい。気が緩んでいた、平和ボケしていた。その通りだ、言い返せない。今すぐにでもあいつらの顔面に一発ぶち込んでやりたい。

 

だがそれよりも調達が心配だ。俺の個人的な感情よりもそちらが先決だ。

 

大丈夫、今やるべきことはきちんと理解している。身体も抑えることが出来ている。緩んでいてもここは緩んでいないようだ。

 

最速で、最短に、調の元へ向かう。今はそれだけ考えればいい。

 

結界の端が綻び始めた。崩壊まであと少しだ。そうすれば転移が使える。いつでも発動できるように、魔力を常に循環させる。

 

そして遂に、結界の起点が崩れた。それと同時に転移魔法陣を展開する。転移光に包まれ、あいつらの姿が霞む。

その刹那、不意に奴が口にした言葉がやけに耳に残った。

 

「忘れるな、貴様の終わりは近いぞ」




暫く遅筆が続きますが温かい目で見守っていただければ幸いです。

今回も読んでいただきありがとうございました。


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力が欲しい

誤字報告、感想ありがとうございます。少しですが体調も戻ってきました。
そんな訳で予定よりも少し早い投稿です。


転移光が収まり俺の目に入ってきたのは見慣れた街並みだった。

 

「ここは…うちの近所か」

 

なるべく調達の側に転移しようとして自宅近くに出たようだ。

 

とりあえず無事に帰れたことに一安心する。だがすぐに違和感を感じた。

 

太陽の位置が低いのだ。まるでつい先ほど昇ってきたばかりのような高さだ。電線には鳥が何羽も止まっており囀りが聞こえる。そして町の方から上がる黒い煙。

 

嫌な予感がする。と、その時ポケットに入れていたスマホが震える。今まで異空間にいたせいで電波を受信できていなかったからなのか画面には一気に夥しい量の着信履歴が表示される。

 

画面をスクロールするとそのほとんどが弦十郎と二課からだった。これでキャロルから何かしらの襲撃を受けたことは確定だな。

 

なるべく少ない被害であってくれ、そう願いながらやけに長く感じるコール音を耳に電話をかける。

 

「メルクリアか!?お前今どこにいるんだ!?」

 

「すまん、錬金術師の襲撃を受けた。そっちはどうだ?」

 

「お前もかっ!?…こちらも襲撃を受けた。翼君、クリス君、切歌君、そして調君が負傷した」

 

「…どこだ」

 

「これから端末の方に場所を転送する。俺達もこれから向かう。詳しい話はそこで聞かせてくれ」

 

「すまない」

 

電話を切るとすぐに調達が入院している病院の住所が送られてきた。ここから少し距離があるが空を飛べば数分で着くだろう。俺は人目を気にせず住宅街の真ん中で術を発動する。

 

どうか無事であってくれと祈りながら。

 

 

 

 

「調、大丈夫か!?」

 

「ソウ君…来てくれたんだ」

 

慌てて病室に駆け込む、するとそこにはベットの上でいくつかの機械に繋がれた調と切歌ちゃんが休んでいた。二人にはこれと言って目立った外傷はないものの憔悴しきっているのが一目で分かるほどだった。

 

「遅くなってすまなかった」

 

調の側に近寄り頭を撫でる。すると手のひらにいつもより高い体温を感じた。恐らく相当な無茶をしたのだろう。そのことが一層己の力の無さと不甲斐なさを情けなく感じる。

 

向かっている最中、弦十郎や二課と連絡を取っている最中に偶然見つけた一件だけ残されていた調からの留守番電話。

 

その内容は悲痛な声で立花ちゃん達を助けてやってくれとのメッセージだった。きっと自分では何もできない情けなさを押し殺して、俺に頼んだのだろう。

 

だが結局俺は調の力になることは出来なかった。そして調に余計な負担を強いてしまった。全く、あいつらの言っていた通りではないか。

 

「メルクリア、そろそろいいか?」

 

「…弦十郎か、すまなかったな」

 

「いや、気にするな。それより何があった?」

 

どうやら物思いにふけっている間に随分と時間が経っていたようだ。いつの間にか背後には弦十郎と小川が立っていた。声をかけられるまで気づくことが出来ないとは、本当に駄目になったな。

 

「すまなかった。俺が不甲斐ないばかりに」

 

「どうしたんだ急に?」

 

珍しく弱気な事を言う俺に訝し気な顔をする弦十郎達、だが俺が次に発した言葉でその表情はすぐに驚愕へと変わった。

 

「今回の襲撃、もしかしたら未然に防げたかもしれない」

 

「…どうゆうことだ?」

 

「今回俺を誘い出した連中が情報を流してきた。近いうちにキャロルが動くと。だがその時にまんまと罠にはまっちまってな。それで連絡が取れなかった」

 

「お前が抜け出せないほどの罠だと…一体それは…?」

 

「何、そんなに難しいものじゃない。少し時間の流れが外界と違う空間を作るだけの初歩的な奴だ。少し気をつければ察知できるようなものなんだが…完全に気が抜けていて気付けなかった。平和ボケした俺のミスだ」

 

「そうか…では連絡がつかなかったのもその空間のせいか?」

 

「ああ、異空間という性質上外部との通信は遮断される。電波が届かなかったのはそれが原因だろう。そっちはどうだったんだ?」

 

「ああ、オートスコアラーを名乗る奴らと新型ノイズに襲撃を受けた。しかも奴らはギアを破壊する能力を持っている。その影響で翼君とクリス君のギアがやられた」

 

「そいつは…穏やかじゃねえな」

 

「奴らは新型ノイズをアルカノイズと言っていた」

 

「…そうか」

 

アルカノイズか…、確かにあれを使って出力をいじればギアを分解することもできるか。

 

だがあれの調整はそこそこ難しかったような気がする。だが相手がキャロルならあるいは…。敵として警戒するべきなのだろうが同業者としては技術の向上に少なくない喜びを感じるな。

 

「よし、情報交換も済んだし俺達は本部に戻ってこれからの対策を考える」

 

「そうか、なら俺も行く。錬金術師に対抗するには錬金術師が必要だ」

 

腰を上げ弦十郎について行こうとする。だが弦十郎はそれを手で制した。

 

「いや、いい。お前はここにいろ。俺達よりお前を必要としている人がここにいるだろう?」

 

そう言って俺の背後に目配せする。どうやら気を使わせてしまったようだ。

 

「すまない、ありがとう弦十郎」

 

「何、お前から素直に感謝の言葉が聞けただけで満足だよ」

 

「…そうか」

 

「とりあえず名目上お前は調君と切歌君が回復するまでここで警護と治療をしてやってくれ」

 

「すまない、ありがとう」

 

「何、気にするな。そこら辺も含めて指令の仕事だ。それと出来たら錬金術師やアルカノイズ対策を考えておいてくれ。こちらも頼れる協力者を得たが一人より二人の方が助かる」

 

「分かった。幸い時間はある。できるだけの対策を考えておこう」

 

病室を後にする弦十郎達を見送りながらアルカノイズ対策を考える。とりあえずギアに分解無効化術式を組みこむくらいしか思い浮かばないがそれでいいだろうか。

 

「それとな、メルクリア」

 

対抗策を考えて言うと出て言ったはずの弦十郎が扉越しに声をかけてきた。何か伝え忘れたことでもあったのだろうか。

 

「平和ボケしたと言っていたがそれは悪い事じゃない。それは今のお前は安心できる日々を送っているという証拠だ。だから自分を責めるな。お前が一人で対処できなくてもいい、俺達は仲間だ。全員で対処すれば何も問題ないのだからな」

 

そう言うと弦十郎は病院に似合わない足音の響かせながら帰っていった。全く、余計な気ばかり使いやがって。

 

 

 

 

 

 

「すまん、マリア君も負傷した。今からそっちに搬送するから治療を頼めるか?」

 

あれから数日後、弦十郎からかかってきた電話に出ると開口一番にそう言われた。おい指令、いったい何があった。

 

「響君がガリィと名乗るオートスコアラーの襲撃を受けたんだがギアを纏えなくなってしまってな。それでマリア君がガングニールを纏ったんだがリンカーなしだったためにフィードバックが大きい」

 

「了解、それなら俺のところに連れてきた方が早いな。部屋はここでいい。一応機械だけは調達と同じものを用意してくれ」

 

さて、忙しくなるぞ。とりあえず治癒術式と再生術式を用意してっと…。

 

「ソウ君、マリア大丈夫なの?」

 

そんな俺を見て調が心配そうな顔をする。リンカーなしでギアを纏う苦しみを誰よりも知っているからこそだろう。

 

「…大丈夫だ、絶対に俺が治してやる」

 

そんな調に応えるため、俺は調の頭を優しく撫でる。数日前と同じ行動、だがそこに込められた思いは違う。あの時は後悔にまみれていた。だが今は確かな決意と覚悟を持っている。

 

「だから信じろ」

 

「…うん、お願いね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「力が欲しいわ」

 

あれから数時間後、無事治療も終わり目を覚ましたマリアちゃんが放った第一声がこれだった。

 

「開口一番がそれか。もっと他にないの?お腹空いたとかどこか痛いとかさ」

 

「大丈夫。治療は完璧よ」

 

「それはどうも。んで、力とは?」

 

「ギアを纏って…あいつらを倒せるだけの力よ」

 

どうやら相当手酷くやられたようだ。表情からも発言からもそれが伝わってくる。だがここでその要求を呑むわけにはいかない。焦って何かをしても思うような結果は出ないからだ。

 

「それなら前にも言っただろ?三人にはいずれリンカーなしでもギアを纏えるようになる術式を施したって」

 

「それで、それが完成するのはいつなの?」

 

「そうだな…大体三年後ってところかな」

 

「遅すぎるわ。私は今すぐ力が欲しいのよ。あなたなら何とかできるでしょ」

 

なんて無茶苦茶な歌姫だ。そんなもの無理に決まっているだろう。しかも問いかけではなく断言しやがった。

 

「焦っても身体を壊すだけだ。辛いかもしれないが今は耐えろ。んでどうしても駄目なら俺が戦ってやる」

 

「戦えるの?聞いたわよ。今回の敵はあなたの知り合いだって」

 

「…戦えるさ。元よりそのつもりだ」

 

そもそも俺が蒔いてほったらかしにした種が原因だ。なら俺が摘み取るのが筋ってもんだろ。

 

「そう、ならいいわ。あなたがそのつもりなら私たちにも考えがある。例えリンカーを過剰投与したとしても戦い続けるわ」

 

「おい、バカなことを…まて、私たちだと?」

 

「そうよ、これは私と、切歌と、そして調の総意よ」

 

慌てて二人を見ると、二人同時にマリアちゃんに同調するように頷いた。

 

「…なんでいけると思った」

 

「それはもちろん」

 

「私がいけると思ったから」

 

「え?発案者調なの?」

 

意外にも言い出したの調だったようだ。あまりの驚きに二度見をしてしまう。

 

「ソウ君ならきっとできると思った。だから」

 

「そうか。だが調、もし本当に俺が何も案が無かったときはどうするつもりだったんだ?」

 

「その時はリンカーごり押し。それで終わってからソウ君に治してもらう作戦」

 

なるほど、調が相手なら確かに勝てないな。

 

「分かった、完敗だ。だがそれでもすぐに成果が出るわけじゃない。それでもいいか?」

 

「うん、それで少しでも力になれるのなら」

 

「分かった。ならまず今は身体を少しでも回復させな。結構体力使うし相当きついからな」

 

「「「はーい!」」」

 

 

 

 

 

 

 

「それでどうするの?」

 

「そうだな…とりあえずギアを纏ってもらうか」

 

「ここでデスか?」

 

「うん、ここで」

 

「リンカーなしで?」

 

「うん、なしで」

 

調に上目づかいでねだられ三人の体調を万全にした翌日、俺達は戦力増強作戦を決行した。といっても今いるのは昨日と同じ病室だ。機械が撤去されて多少は広くなったがそれでもギアを纏うには狭いだろう。なにより部屋が簡単に吹っ飛びかねない。

 

「とにかく時間がない。詳しい話はそれからだ」

 

俺にせかされて三人とも渋々と聖詠を口にしてギアを纏う。マリアちゃんのギアは昨日のうちに修復しておいたが無事に起動できたようでなによりだ。

 

「ソウ君、これちょっとキツイよ」

 

「あ~、やっぱりか」

 

だがすぐに三人ともギアがスパークを放ちだし、顔を苦痛に歪め、脂汗を浮かべる。さてここからが正念場だ。

 

「そこから自分に負荷が来ないレベルまで出力を落とせ。ただしゆっくりだぞ」

 

指示に従いながら、ゆっくりと出力を落としていく三人、すると前回のエクスドライブでパワーアップしたギアがそれ以前の旧態になり、アームドギアも消滅した。

 

だがそれと引き換えに負荷は大分減ったようで先ほどとは比べようもないくらい表情をしている。

 

「どうだ?動けそうか?」

 

「うん、これなら何とか大丈夫」

 

「よし、今日から時間の許す限りその状態で生活してもらう」

 

「え?」

 

「まずは座りな。話はそれからだ」

 

三人に腰掛けるよう促し飲み物を渡す。一息ついて呼吸が落ち着いたころを見計らって俺はこの状態の説明を始めた。

 

「まずこの状態で生活する意味だが、とにかく体を聖遺物に慣らすためだ」

 

聖遺物とは本来一人の人物しか扱えないものだ。そうでなければ聖遺物を巡って争いが起きるしその権能を振るった神々の威厳もあっという間に失われてしまうからだ。

 

現代における適合係数とはその聖遺物を扱った人物にどれだけ似通っているのかに起因する。だが同一人物でない以上その力を十全に引き出すことは出来ない。

 

そのため正規適合者の風鳴ちゃんや雪音ちゃんも幾度となくギアを起動し、身体に慣らすことでアームドギアを顕現させるに至ったと聞いた。

 

ならば起動はできるが適合係数の低い調達はどうするか。答えは一つ、それ以上に慣らすしかない。元々完全に適合しないのは全員同じ、ならば如何にその正規使用者に近づけるのかが勝負だ。

 

リンカーとはそもそも使用者の身体や魔力、フォニックゲインを元来の使用者に酷似させるため薬だ。それ故使用後は除染を行わなければその人そのものが変質してしまう可能性があった。

 

だがこの方法ならその心配はない。ギアを纏って日常生活を送ることでギアと身体が一体となりフィードバックを抑えられるようになる。それでいて時間をかけてゆっくりと慣らすから変質の心配もない。

 

いわば聖遺物と適合者、双方を同時に慣らしていくイメージだろうか。

 

「そんな訳だ。俺が前に組んだ術式はギアを纏っている間だけ発動するように組んだものだ。今回はそれを四六時中行うというものだ。もちろん負荷は以前より大きいがヤバくなったら俺がすぐに治してやる。だから少しでも異変を感じたらすぐに言えよ」

 

「うん、分かった」

 

こうして俺達の戦力増強作戦は始まった。はてさて、これの成果が出るのはいつの事になるのやら。願わくば三年以内に出て欲しいものだ。

 




すみません、エルフナインの出番は次回になりそうです。
今回も読んでいただきありがとうございました。


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お兄様?

五期発表になりましたね。来年の四月までにはこの小説も完結出来ればなと思いました。


「どうだった?」

 

「あっという間だったね。本当、あっという間だった」

 

病院のフロント、俺と調はそこで退院手続きをしていた。だが病院の朝は特に忙しい。なので待ち時間に治療の感想を聞いてみるとおおむね予想通りの答えが返ってきた。

 

常にシンフォギアを纏って過ごした入院生活、初日は数時間で全員が疲労で意識を失いそれを俺が治癒するのを何度も繰り返して終わった。

 

この時厄介だったのが治療する際に術式を再生ではなく回復にしなければならなかったことだ。再生と回復では前者の方が効率がいい。魔力を使って身体を負傷する前の状態に戻すからだ。

 

だが今回それは出来なかった。今回の目的は聖遺物と身体との拒絶反応の抑制、それを元に戻してしまっては意味がない。だからこそ回復術式を組んだのだがこれがまた厄介だった。

 

時間もかかれば一人一人によって展開速度も変えなけばならず、こまめに調整が必要だった。そんな術式なのもあるが、それに加え彼女たちは時間を選ばない。しかも治療が必要になるインターバルもまちまちなためろくに睡眠時間も確保できない。

 

これが後何日も続くのかと思うと気が滅入った。だがその予想はいい意味で裏切られた。

 

二日目になると前日と比べ出力が上がっていた。それは僅かだったが確かなものだった。しかも訓練を始めて数時間でそれが更に上がったのだ。

 

中でも一番成果があったのは調だった。当初調は三人の中で最も適合係数が低かった。だがこれを始めてたった二日でそれをひっくり返したのだ。流石の俺もこれには驚かされた。

 

これが三日、四日と続き、退院当日には三人ともアームドギアを展開しなければ今までと同様のギアを纏えるようになった。三年かかると言った手前認めたくはないが若さってのは凄いなと認めざるを得ない一件だった。

 

とは言えそれでも俺の術式の処置は定期的に必要にわけで、おかげでここ数日まともに寝れてない。

 

だがそれ以上に確かな成果があった。この処置はこれからも続けていった方がいいだろう。もちろんそれ相応の準備をしてからという一文を付け加えさせていただきたいが。

 

「でもソウ君、アームドギアはどうするの?私たち武器なしじゃ戦えないよ?響さんじゃないんだし」

 

「そうなんだよな…。とりあえず錬金術でレプリカ作れるかどうかやってみるかな。それまでは悪いがリンカーでどうにかしてもらうしかないな」

 

「そっか、でもイガリマやアガートラムはどうにかなってもシュルシャガナは厳しいんじゃないの?」

 

「あ~、そっか。数や形か…」

 

「それか武器を新しい形にするとか?」

 

「…まあそこらへんも含めて試行錯誤していくしかないな」

 

それに魂を切り刻む刃ってどうやって作るのか俺知らないしな。シュルシャガナなら最悪アルカノイズと同じ錬金術の分解術式を組みこめばどうにかなりそうなんだがな。幸い両方とも紅だし。

 

 

「二課本部?」

 

「安全と防衛のためにしばらくは潜水艦暮らしだってよ。必要な物があったら帰ってもいいらしいが一言言ってくれってさ」

 

手続きを終え、自宅に戻ると思っていた調達、だが迎えの車が向かったのは二課の潜水艦が停泊している港だった。

 

錬金術師は今までの敵とは違い空間転移ができる。それに対応するためにはなるべく固まって行動していた方がこちらも対応しやすい。

 

病み上がりで悪いが事態を終息させるまでは我慢してもらうしかない。もちろん調達の安全を保障するためにも俺も最大限協力する所存だ。

 

とりあえず詳しい話は指令室に行ってからだろう。

 

潜水艦に乗り込み指令室までの道を歩く。すると何人かのスタッフとすれ違ったのだがなぜか態度がよそよそしい。

 

はて、何かそんな扱いを受けるような事をしただろうか。そんなことを考えながら指令室へと足を進める。

 

 

 

 

「三人とも退院おめでとう!そして新しい仲間を紹介しよう!」

 

「初めまして、僕はエルフナイン。ずっとお会いしたく思っておりました、メルクリアお兄様!」

 

『お兄様?』

 

「ソウ君?」

 

「うん、待って?ちゃんと説明するから少しでいいから待って?」

 

指令室に入り弦十郎がまた何か言い出したと思ったらとんでもない爆弾が飛び出してきた。お前も碌でもない事ばっかりするな。

 

とりあえずここは一度ちゃんとした自己紹介をしてもらった方が…いや、俺が話した方がいいパターンだな。きちんと説明しておかないと後々面倒くさくなりそうだ。

 

「いいか?まず今回の敵だが名前はキャロル・マールス・ディーンハイム。そいつも長い年月を生きる錬金術師だ。その方法はホムンクルスの作成と記憶の転写、ここまではいいな?」

 

周りを確認するとみんな一様に首を縦に振る。ある程度の基礎知識はエルフナインが説明してくれたようだ。

 

「それでエルフナインだが恐らくキャロルのホムンクルスの制作過程で何かしらの不備があった素体にキャロルの記憶を転写して作られた労働力ってところか?」

 

「はい、その認識で大丈夫です」

 

「え~っと、つまりどういうことですか?」

 

立花ちゃんが申し訳なさそうに解説を求めてくる。さて、どうやって説明したものか…。あんまり彼女たちの前で調整不良の話はしない方がいいしな…。

 

「ざっくり言えばキャロルのそっくりさんで同じ記憶を持ってるけど本人程の力はない別人ってところかな?」

 

「なるほど!なんとなく分かりました!」

 

「んじゃ次行くぞ。なんでエルフナイン、基キャロルが俺のことを知っているかというと昔ちょっと知り合う機会があってな。それで面識があるって感じだ」

 

「ふ~ん、そうなんだ」

 

よし、調も何とか納得してくれたようだ。後は話題を変えて詳しい事は二人っきりの時に話せばいいだろう。あんまり大っぴらにするような話でも…。

 

「そんなあっさりしたものではありませんよ!キャロルにとってお兄様は全てだったんです!」

 

あれ?

 

「幼少期から面倒を見ていただき、錬金術の師事もしてくださって、あのお兄様との日々は今でもキャロルだけでなくホムンクルス全ての支えになっています!」

 

ちょっと、エルフナインさん?

 

「それだけではありません!お兄様の開発した様々な術式により錬金術のレベルが数百年進歩したとも言われてるんですよ!そのすごさにお兄様の歴史を綴った本まで刊行される程なんですよ!もうお兄様は全錬金術師の憧れなんです!」

 

お願い!落ち着いてエルフナインさん!

 

「今回皆さんがやられたアルカノイズも元々お兄様が開発したものなんですよ!他にもテレポートジェムや錬金術の体系化、ホムンクルスの技術革新も全てお兄様のおかげなんです!」

 

そう言ってエルフナインは何処から取り出したのかメルクリア録と記された分厚い本を何冊も取り出した。

 

「因みにこちらは最近発売されたばかりの恋の章です!最近お兄様に恋人ができたとのことで急遽刊行されたんですよ。ですので錬金術の世界で月読調さんは超有名人なんですよ!あのメルクリアを口説き落とした素晴らしい女性だと!」

 

え、あれまだ作られてたの!?いや、まずは調をどうにかするべきだ。さっきから俯いていて顔が良く見えないがきっと怒っているに違いない。なんとかしなければ!

 

「あ~、調…さん?これはだな…その…」

 

「…いい」

 

「へ?」

 

「そこまで有名になってるならいい。錬金術師の世界に私が彼女だと知れ渡っているなら満足」

 

よく分からないがどうやらご満悦のようだ。顔がいつも以上に綻んでいてご機嫌だ。まあ調が満足しているならそれでいいか。

 

「でもキャロルとの昔の事は後でじっくり教えてもらうから」

 

「…はい」

 

ああ、やっぱり忘れてなかったか…。でもそんなに怒ってないみたいだし良かったよ。これで一安心かな。

 

「いや、一安心みたいな顔してんじゃねえよ!お前がアルカノイズ作ったってどういうことだよ!?」

 

「あ、やっぱり覚えてた?」

 

「たりめえだ!きっちり説明してもらうぞ!」

 

くそ、せっかくいい感じに話が流れたと思ったのに。風鳴ちゃんや立花ちゃんはやり過ごせても雪音ちゃん駄目だったか。流石に一筋縄ではいかないか。

 

「いやね、アルカノイズって元々錬金術の素材集めのために考案したものなんだわ」

 

ノイズは触れたものを炭素に分解する。それを基に考案されたのがアルカノイズだ。アルカノイズは触れた対象を赤い塵に変換する。

 

実はこの赤い塵、錬金術の研究でとても重要な物質なのだ。万物を構成する分子、ノイズは対象をその一つ、炭素に変換する。

 

ではアルカノイズが変換する赤い塵とは何か、それは万物の素である。錬金術とは様々な物質を錬成し、最終的には最高純度の黄金を錬成することを目的とした学問だ。

 

しかしある時期からその研究は停滞することになる。それ原因の一つとして黄金に錬成できる物質が圧倒的に足りなかったのだ。

 

計算上では道端に転がっている石ころでも黄金に錬成することは可能だった。ただしそれによって錬成できる黄金は極々微量で肉眼で捉えるのも難しいほどだ。

 

それは黄金と石ころの純度や価値、魔力など様々な要素を計算し、錬成に際しての消費エネルギーを差し引いた結果が大きさとして現れためだ。

 

では錬成する石ころを山に代えてはどうか。結果はどのみち失敗だった。そうすると今度は術者自身の魔力や処理能力が追い付かずにパンクしてしまったのだ。

 

そのため錬金術は何度目かの低迷期に陥ることになったのだが、そんな時、とある錬金術師が奇跡的な発見をしたのだ。

 

それはなんとなく石ころや鏡、木材、果ては食料まで気まぐれに分解できるところまで分解していたところ、最終的に全ての物質から同じものが出来上がった。それがあの赤い塵だ。

 

これにより万物は分解しきると最終的に赤い塵になることが発見されたのだ。これにより逆説的に赤い塵を必要数集めればこの世の全ての物質を錬成することも可能であることが証明されたのだ。

 

これにより錬金術はまた一歩進歩したのだが、今度は別の問題が発生した。錬金術師全てが赤い塵ができるまで分解を行えるほどの技術を持ち合わせていなかったのだ。

 

そのため術師によって研究に大きく差が出始めたのだ。その当時俺も赤い塵まで分解することは何とかできたのだが一つの物質を錬成するのに数日を要していた。

 

これでは効率が悪い、そこでノイズを参考に紅い塵まで分解するだけの術式を考案し、形を与えた。それがアルカノイズの原点だ。

 

そして長い年月を経てアルカノイズはシンフォギアシステムですら分解しきるほどの出力を持つ兵器になっていたというわけだ。

 

「だから俺は始めのアルカノイズを作っただけで現代のアルカノイズには全く関わってないんだよ」

 

「…本当だな?」

 

今の説明を受けてみんな一応は納得してくれたようだ。だが雪音ちゃんだけは別なようで未だに疑いの眼差しを俺に向けてくる。

 

だが何と言われても俺はこれと言って現代のアルカノイズには関わっていない。だがしいて言うのならば…。

 

「アルカノイズの製造方法を売ったりパワーアップ、その他改造を有償で引き受けたことはあるけどそれ以外に心当たりは無いな…」

 

「あるじゃねえか!それで十分だよ!」

 

「え?」

 

「え?じゃねえよ!そのせいでシンフォギアも分解されちまったじゃねえか!」

 

あ~、確かに言われてみれば昔どんな物でも、それこそ聖遺物でも分解できるほど強力にしてほしいって依頼があったような無かったような…うん、確実にそれが原因だな。

 

「安心しろ、作ったのが俺ならその対策も分かっている。アルカノイズ対策、俺が完璧に仕上げてやろう」

 

じゃないと調にも危険が及ぶってことだしな。

 

「それについてだがメルクリア、エルフナイン君からも提案があるんだ」

 

「そうでした。お兄様、こちらを」

 

そう言ってエルフナインが手渡してきたのはルーンが刻まれた小箱だった。おもむろに蓋を開けてみると、僅かな欠片とはいえ未だに背中に汗をかくほどの呪いを放つ何かが入っていた。

 

「これは…中々の逸品だな」

 

「ドヴェルグ・ダインの遺産、魔剣ダインスレイフの欠片です。これをシンフォギアシステムに組み込めば大幅なパワーアップが望めるかと思います。僕はこれは『プロジェクト・イグナイト』と名付けました」

 

なるほど、確かにこれをものに出来れば奏者の実力は一回りも二回りも強化できるだろう。だがこれは少々危険すぎる。俺が調に対して過保護というのもあるが十代の少女たちに背負わせるには少々重すぎる呪いだ。

 

セーフティを三つ…いや、四つはかけておく必要があるな。

 

「分かった、そのプロジェクト・イグナイトはお前が主導で行え。俺はサポートだ」

 

「ええっ!?でも僕なんかがやるよりお兄様がやった方が確実では…」

 

「危険を冒してでもそれを持ってきたのはお前だ、ならばお前がやれ。それに俺はいつまでもサポートしてやれるわけじゃない。いずれは戦線に出なければならない時が必ず来る。だがらお前がやれ」

 

エルフナインの目を見つめ、諭すように伝える。しばらく視線が宙を泳ぎ、オドオドするエルフナイン。だが俺の目を見て意思を固めてくれたのか首を縦に振ってくれた。

 

「お兄様…分かりました!僕やってみます!」

 

「ああ、頼んだぞ」

 

こうしてキャロル一派に対抗するべく強化型シンフォギア開発計画『プロジェクト・イグナイト』が始動した。




お兄ちゃんっていい響ですよね。
今回も読んでいただきありがとうございました。


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イグナイト

少しずつ暖かくなってきましたね。でも花粉もいっぱい飛びはじめて毎日涙が止まりません。


薄暗い一室、数少ない光源となっている眼前のディスプレイと空中に展開された魔法陣。それらに表示されるは不安定な数値、定着しない魔剣とそれに抗うように放出される六つの聖遺物の波動、そして極めつけは定期的に響き渡るエラーと警報音。本日何度目になるかも覚えていない溜息を吐く。

 

「駄目だな。エルフナイン、そっちはどうだ?」

 

「だ、駄目です…こっちもエラーが収まりません…」

 

「そうか…」

 

後ろにいるエルフナインからも同様に警報音が響き渡る。同様に展開される魔法陣もエラーの表示を吐き出しながら真っ赤に染まっていた。

 

床に散乱した魔導書の山、机の上には気分転換がてら綺麗に並べられた栄養剤と携帯補給食の空き箱、そして血走った瞳にくっきりと浮かんだ隈。

 

『プロジェクト・イグナイト』は完全に手詰まりだった。

 

計画が始動して四日、早急に機密へのアクセスを許可してくれた弦十郎のおかげでダインスレイフの呪いのメカニズムの解析とシンフォギアへの組み込みのための設計図は完成した。

 

だが順調に事が進んだのはそこまでだった。

 

元より計算上どうにかなるのでは、と言われるものを実行した正に机上の空論を地で行く計画だったのだ。

 

未だ解明されていないシンフォギアの暴走メカニズムの解析、それによるセーフティの設定、ダインスレイフの呪いの弊害。

 

そもそも複数の聖遺物の同時使用が可能なのか、それすら分からない状況だ。

 

「やっぱり僕じゃ無理なんじゃ…」

 

不安定な精神状態のためかエルフナインもネガティブモードになりつつある。今回の相手はかなりの難敵だ。

 

「大丈夫だ、データが無ければこれから集めればいい。時間も無いがそこは腕でどうにかすればいい。それにお前はキャロルの作ったホムンクルスだ、なら大丈夫だよ」

 

「お兄様…分かりました、僕やってみます!」

 

「おう、その意気だ。んじゃ気分転換に現在の進行度をまとめておこうか」

 

「はい。と言っても進行度は数日前とさほど変わってません。ダインスレイフとシンフォギアの適合、呪いの影響で本当に暴走状態になれるのか。そして何より…」

 

「データが足りない…か」

 

そう、圧倒的にデータが足りない。何をするにしてもその一言に尽きてしまった。

 

二課にある暴走の資料は立花ちゃんの起こした数例だけ。その症例も完全聖遺物によるものと腕を失った時など極端なものだ。参考にはならない。

 

仮にこれからデータを取ろうと思っても気軽に実行できるものではない。理屈では強制的に暴走状態になるのだ。彼女たちなら頼めば嫌な顔一つせず協力はしてくれるだろう。だが碌な計算結果が出ていないにも関わらずそれを頼むのは憚られた。何よりそんな負担を背負わせるなんて許せなかった。

 

だがデータがない事には進展することが出来ない。何か打開策は無いか、そんなありもしない希望に縋る悪循環に陥って早数日が経ってしまった。

 

最も方法が無いわけでは無いのだが打開策と成り得るのかのどうか分からないのに加え少々危険こともあり実行に移せていないのだが…。

 

とは言え相手は待ってくれない。時間も刻一刻と削られている。これ以上頭を捻っても代案が出ることはないだろう。

 

「…なあエルフナイン、各聖遺物の波形って出せるか?」

 

「はい、ちょっと待ってくださいね」

 

エルフナインは端末を操作し各象徴色にならった六色のアウフヴァッヘン波形を表示する。

 

「ならさ、次はこの六つを重ね合わせるとどうよ?」

 

「え~っと、ちょっと待ってくださいね」

 

エルフナインは再びパソコンに向き直り検証を開始する。だが程なくして先ほどまで聞き親しんだエラー音が発せられる。

 

「駄目です…イガリマ、シュルシャガナはお互いを増幅しますがそれ以外は反応なし、もしくは打ち消し合ってしまいます。共鳴させるためのフォニックゲインが足りないのが原因だと思われますが…」

 

「なるほど…」

 

となるとある程度の出力を維持しながら検証ができるようにする必要もあるな。

 

「なら各種聖遺物と同等のフォニックゲインを発生させる装置って作れるか?」

 

「それなら何とか…でもそれは疑似的なもので何の効果もありませんよ?」

 

「大丈夫だ。データのサンプルを取るだけだから」

 

打開策は天から降ってくるものではない。今まで自分が得てきたものを組み合わせて導き出すものだ。

 

今必要なのは聖遺物とダインスレイフを掛け合わせた場合に得られる効果と弊害、そして稼働時のデータだ。

 

ならばそれができる奴がデータの収集をするべきだろう。

 

「俺はイグナイトモジュールのモデルケースを作る。それが完了し次第実践データを取るぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ…ゲホッゲホッ…」

 

「お兄様大丈夫ですか!?」

 

「あ~なんとかな。クソ、呪い舐めてたわ。思ってたよりキツイわ」

 

「当たり前です!生身でイグナイトの実験体になるなんて!しかもセーフティ無しで一度に六本も起動させるなんて!」

 

研究室、さっきまでも物が散乱し中々の汚部屋だったが今は違った意味での汚部屋となっている。物が散乱しているのは変わらないがパソコンの画面が割れたり本棚が崩れたりとまるで小型の台風が通り過ぎたかのような有様だ。

 

エルフナインに作らせた各聖遺物と同等のフォニックゲインを発生させる装置、それを俺の体内に埋め込み今度は俺が作ったプロトイグナイトモジュールを起動させる。

 

軽い気持ちで始めた検証実験だったのだがこれがまた想像以上にいいデータが取れた。そんな訳で一気に六本刺ししてまとめてデータを取ったのだが想像以上にフィードバックがきつかった。

 

それが原因で俺は今エルフナインに怒られている。

 

「でもそっちの方が効率良さそうだし同時使用のデータも取れるしさ」

 

「それでも限度があるでしょう!どうしてあなたは昔からそう無茶ばっかりするんですか!?」

 

「だってな…今こうしている間にもあの娘達は力を求めている。そしてキャロルの襲撃も待ってくれない。そうだろ?」

 

 

「それは…そうですけど…」

 

「それにできる範囲で無茶する。無茶できる奴が無茶する。それが俺の仕事だからな。さて、少し休めたしもう一回逝ってみようか」

 

多少ふらつくが身体に鞭打って何とか立ち上がる。こうでもしないとカッコつけた手前示しがつかない。とはいえ六人分の呪いは冗談抜きで死ねるほどのだった。今も賢者の石で身体を高速修復しているが未だに全快とは言えない。

 

だがこの実験は何があってもやり遂げないといけない。恐らく遠くない未来、六人全員がイグナイトを発動しなければならない状況が必ずやってくる。だから俺ができる無茶なら背負わなければならない。

 

「エルフナイン、計測大丈夫か?」

 

「大丈夫です。でも今度は一本ずつにしてくださいよ」

 

俺の身体に配線や計測機器を繋ぎながら心配そうな顔をするエルフナイン。だがその期待には応えられそうにない。なんせ…。

 

「プロトイグナイト・デュアル抜剣!」

 

俺は躊躇わずシュルシャガナとイガリマのフォニックゲインを発生させる装置にモジュールを二本突き刺す。瞬間、全身からあふれ出すどす黒いオーラと強烈な破壊衝動。忘れたい、思い出したくない過去が強制的にフラッシュバックしどうしようもない奔流に身を任せたくなる。

 

「どうしていきなり二本刺ししてるんですか!?」

 

「だっているだろ?ユニゾンのデータ」

 

この二つの聖遺物はその逸話上共鳴増幅、ユニゾンを起こしやすい。だから他の聖遺物同士の共鳴や干渉に何らかの転用できるデータが取れるのではと思ったわけだ。

 

だがユニゾンが増幅するのは出力だけではない。同時に呪いの出力も相乗効果が適用される。これは早急に解決するべき課題だと思ったんだが…。

 

「さっきよりはマシだが…やっぱりキツイな」

 

「当たり前です!呪いの出力が規定値を大幅に上回ってます!早く解除してください!」

 

「いや、お前はこのままデータをとれ。そして必要なプロテクトの強度を割り出せ」

 

「でもっ…!」

 

「いいからやれ。キャロルを止めたいんだろ」

 

「…分かりました。すぐに割り出します」

 

今にも泣きだしそうなエルフナインを睨みつけデータ収集を続行させる。少々心が痛むが致し方ない。俺達には時間も余裕もないんだから。

 

部屋にカタカタとキーボードを叩く音だけが響き渡る。俺もある程度身体が久しぶりの暴走状態に慣れてきたのか魔力が暴走することなく少しだが自由に動けるようになってきた。

 

これならもう一本いけるかと思った時、突如施設全体から警報が発せられた。

 

「もしかしてキャロルたちがここに!?」

 

「いや、近くに魔力反応はない。となると遠隔地か」

 

厄介だな。ようやくイグナイトが完成に一歩近づいたところでみすみすこちらの戦力を失うと分かっていて出撃せざるを得ないのは。いや、いっその事俺が出るか?この状態での戦力確認もしたいし。そう考えれば寧ろグットタイミングか。

 

「メルクリア、エルフナイン君、いるか?」

 

「丁度いいタイミングだな弦十郎、敵襲は何処からだ?」

 

「それはもう終わった。現在負傷した響君を搬送中だ。お前たちも治療にあたってくれ」

 

そう言って弦十郎は通信を切った。なんだよ、もう終わった後か。しかもガングニールも破壊された後か。

 

「しょうがない、さっさと治して研究に戻るぞ。エルフナイン、データは取れたか?」

 

「はい、プロテクトの割り出しも完了です」

 

「よし、なら立花ちゃんが到着し次第ガングニールの修理を始めてくれ。治療は俺がやる」

 

「分かりました!」

 

研究室を出て急いで医務室に向かう。扉を開けると既に機械に繋がれた立花ちゃんと数名の医療スタッフ、それと付き添いか小日向ちゃんもいた。

 

「ちょっとごめんよ」

 

スタッフに断りを入れ道を譲ってもらう。小日向ちゃんも俺に気が付いたのか縋るように俺に助けを求めてくる。

 

「メルクリアさん!響を、響を助けて!」

 

「はいはい、何とかするから。おっと、これは酷いな…破損個所多数、機能不全、これは新調した方がいいな。エルフナイン、オーバーホール頼むわ」

 

立花ちゃんの首からガングニールの欠片を引きちぎりエルフナインに投げ渡す。受け取ったエルフナインは一度頷くとすぐに研究室に帰っていった。

 

「さて、やるか。と言ってもちょっとグロいから見ない方がいいんじゃない?」

 

「え…」

 

右手に麻酔替わりの魔力を纏わせ一思いに立花ちゃんの古傷に思いっきり突き刺す。意識がないはずの立花ちゃんがくぐもった声を上げるが気にせずズブズブと手を押し込み手首まで埋まるまで押し込む。

 

「何を…何をしてるんですか!?響を殺すつもりですか!?」

 

「こうするのが一番手っ取り早いんだよ。いいから黙ってろよ」

 

魔力を巡らし全身をスキャンする。ギアも酷いがこっちも酷いな。骨折、内臓破裂、肋骨が肺に刺さってる。それと古いが切り傷や打撲もある。特に拳とふくらはぎが重傷だ。これはギアのせいか。とにかく早く治さないとこっちもヤバいな。

 

自分の治療に使っている賢者の石を立花ちゃんに回す。補助魔法陣をいくつか展開し血圧、脈拍、心拍数をモニターしながら治療を続ける。

 

時々スタッフに点滴や固定などの指示を出すこと十分、なんとか峠は越えたので腕を引き抜く。もちろんその際の穴もあの傷を残して綺麗に塞ぐ。でないと視線だけで人が殺せそうな程睨んでいる小日向ちゃんに何をされるか分からない。

 

「んじゃ俺研究に戻るから」

 

「お疲れ様です、メルクリアさん。助かりました」

 

医療スタッフが頭を下げて礼を言ってきたので手を上げて応える。小日向ちゃんには何も言わなくていいだろう。あの娘俺のこと嫌ってそうだし。

 

「メルクリアさん。響、治療中ずっと顔を歪めてましたよ」

 

「はい?」

 

そう思っていたのだが予想に反して向こうから声をかけてきた。

 

「痛みに耐えるために血がでるまで手を握りしめていましたよ。意識がないのに何度も悲鳴を上げてましたよ!」

 

「そうか」

 

「あなたは!調ちゃんにも同じことをするんですか!?」

 

「するわけないだろう。調は何があっても、どんな手段を使っても必ず守る。こんな状態にはさせない。だがそうだな…次からこれをする時は痛覚遮断の術式も併用することにするよ」

 

「…っこの人でなしっ!」

 

小日向ちゃんの罵声を背中に俺は医務室を後にした。こう言っては悪いが今は小娘一人のために時間を使ってやれるほど余裕がないのだ。

 

「そんなにヤバいのか?」

 

「…弦十郎か」

 

薄暗い通路を歩き研究室に戻る途中、うっすらと人影が見えた。誰かと思えば壁にもたれかけた弦十郎だった。どうやら治療が終わるのを待っていたらしい。

 

「そんなに大きい叫び声だったのか?」

 

「そこそこ、な」

 

それで、と早く続きを言えと促してくる。向こうも時間が無いのだろう。後処理に追われているはずなのに態々こんなところにまで来るなんて弟子思いな師匠だ。

 

「奏者もギアも似たようなものだ。一度ばらして治した方が早いくらいだったよ。まあ一週間もあれば目を覚ますでしょ」

 

「そうか」

 

「相手は赤髪のオートスコアラーか?」

 

「そうだが…知っているのか?」

 

「まあな、恐らくキャロルのオートスコアラーの中で最強の個体だろう。名前はミカ、操る属性は火だ」

 

四大元素を元に作られたオートスコアラー、その中で最も苛烈な火の属性を操るのだ。戦闘力で言えば最強だろう。

 

「それと、立花ちゃん拳とふくらはぎに結構ダメージ溜まってたぞ」

 

「む、そうか…何から何まですまんな」

 

「気にするな、それが俺の仕事だ」

 

それじゃあな、と研究室への歩みを再開する。だが数歩と進まぬうちに弦十郎が言いにくそうに声をかけてくる。

 

「一体どうしたんだよ」

 

「いやな、確かに響君やガングニールの事も聞きたかったんだが…お前は大丈夫なのか?」

 

「は?何言ってんだよ。俺はいつも通り絶好調だよ」

 

「…そうか、ならいい。だが何かあったらいつでも言えよ」

 

「はいはい、エルフナインにちゃんと伝えておくよ」

 

これ以上はお説教になりそうだなと思いつつ、俺は足早に研究室へと足を進めた。背後の普段とは比べ物にならない程不安そうな弦十郎に気が付かないままに。

 

 

 

 

 

「ただいま、エルフナイン」

 

「おかえりなさい、お兄様。どうでした?」

 

「かなりヤバかったな。現代医学じゃかなり厳しいレベルだった。おかげでかなり手荒になって小日向ちゃんに怒られちまったがな」

 

「そうでしたか…」

 

「そっちはどうだ?」

 

「コンバーターや回路の修復は終わりました。後はイグナイトを組み込んで外装で覆うだけです」

 

「よし、それじゃあさっそくイグナイトを…あれ?」

 

気が付けばさっきまで立っていたエルフナインが真横になっていた。

 

「どうしたんだエルフナイン、いきなり倒れて…」

 

いや、違う。エルフナインだけじゃない。ドアも、壁も、本棚も、パソコンも、全てが真横になっている。ようやく理解した。倒れたのは、俺だ。

 

「お兄様!?大丈夫ですか!?」

 

「ああ、大丈夫だ。ちょっと無茶しすぎただけだ」

 

「無茶って…まさか!」

 

エルフナインに強引に上着を脱がされる。ワイシャツのボタンが部屋に飛び散るが気にせず手を動かし胸元をはだけさせらる。

 

「やっぱり!どうしてイグナイトを解除してないんですか!?」

 

「いや~限界耐久時間と出力増加の計測をしたくてつい、な。普段と魔力の質が変わったから治療も大変だったよ」

 

そこには先ほど起動させた二本のイグナイトモジュールが深々と突き刺さったままだった。長時間使用したためか刺した周辺には呪いが紋様となって浮き上がってきている。

 

「…すぐに、すぐに人を呼んできます!」

 

「…駄目だ!」

 

前身に力が入らない。だが今にも部屋を飛び出そうとするエルフナインの腕をなんとか掴んで引き留める。

 

「今二課はボロボロだ。各地で被害を受け、立花ちゃんもやられた。そんな状態で俺が倒れたとあっちゃこの組織は瓦解する。みんないっぱいいっぱいで回してるんだ、だから俺もこれくらい…」

 

「…分かった。お前は昔からそういうところがあったからな。だが今は少し休め。それくらいなら誰も咎めまい」

 

「悪いな、そうさせてもらうよ」

 

次第に暗くなっていく視界。その最中、ふとエルフナインの口調がキャロルに似ているなと思いながら俺の意識は落ちていった。




デュアル抜剣は二本同時使用です。三~六本同時使用もいつか出したいですね。
今回も読んでいただきありがとうございました。


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膝枕

近所に梅の花とうぐいすを見つけました。もう春ですね。


「どうして、どうしてパパを見殺しにしたんだ!?」

 

人の気配のしない町、取り残された生活の名残。それらを洗い流すように降りしきる雨と白壁にへばりついた煤と肉が焼けた臭い。

 

そして今まで見たことが無いほどの剣幕で俺の胸倉を掴みながら涙を流す少女。

 

ああ、俺はこれを知っている。あの時の、幼き日のキャロルだ。

 

俺が私情を優先し、キャロルたちをないがしろにした。そのせいでイザークさんは火あぶりにされて死んだ。

 

「お前なんか嫌いだ、もう顔もみたくない!どこかへ行け!二度と私の…俺の前にその顔を見せるなっ!」

 

それを最後に俺はキャロルの声を聞いたことは一度もない。

 

その後人伝で強力な錬金術になり不老不死も体得したと聞いた時は生きていることに安堵したのと錬金術の深淵に近づいてしまったことに悲しみを覚えたものだ。

 

だが結局の所俺は少しでもキャロルの力になればと人伝に支援をしたり誕生日に賢者の石を送ったりしていた。

 

だが、もし俺がそんな回りくどい事をせずにきちんと向き合っていたら、違った未来があったのかもしれない。

 

 

 

 

目を覚ますと側に目を真っ赤に腫らし、涙にぬれた手で俺の手を握り締めるエルフナインがいた。まだはっきりしない頭で何があったのかを順番に思い出していく。

 

イグナイトの実験をしていて、立花ちゃんを治して…そうか、呪いに呑まれたのか。それで意識を失ったってわけか。情けないな。

 

「エルフナイン、手を貸してくれないか?一人で起き上がれそうにない」

 

「お兄様!目が覚めたんですね!?」

 

「ああ、どれくらい寝てた」

 

「いえ、十分くらいですから大丈夫ですよ」

 

「すまないな、心配をかけてしまったな」

 

「本当ですよ。でも、目を覚ましてくれてよかったです」

 

「それもお前が手を握っていてくれたおかげかな」

 

意識を失っている時、全身が冷たくなり海に沈んでいってしまう感覚に襲われた。一度沈んだら二度と浮かんでこれない、そんな感覚だった。だけどなぜか左手だけは温かかった。その温もりのおかげで俺は意識を引き上げることが出来たのだ。

 

目が覚めて分かった。どうやらエルフナインがずっと握っていてくれたおかげで助かったようだ。

 

「いえ、僕はそんな…」

 

エルフナインは頬を紅らめ謙遜するが俺にとっては十分に効果があった。

 

「何よりいい夢を見れたんだ」

 

「夢…ですか?」

 

「ああ、キャロルの夢だ。久しぶりにあの娘の顔を見れた。おかげで覚悟が決まったよ」

 

「覚悟…ですか?」

 

「ああ、二課は世界の平和のためにキャロルを止める。だが俺は、俺の理由で、俺の方法でキャロルを止める。だからエルフナイン、協力してくれ」

 

「…分かりました。僕の全力を持ってご期待に応えたいと思います!」

 

「よし、それじゃあ作業に戻るか!」

 

そういえば気を失う直前聞こえたあの声、口調も声もキャロルそのままだったがあれはやはり…。

 

 

 

 

 

 

 

 

収集したデータのおかげで作業がようやく軌道に乗り始めた頃、弦十郎から通信が入った。そこで近況報告と開発状況に進展が見られたことを報告すると今日はもう切り上げるように言われた。

 

何事も起動に乗り始めた頃に休むことが大切だとやけに力説された。どうやら俺達が来る前にいた女性技術者に相当苦労させられたらしい。

 

毎度毎度気を失うまで研究にのめり込み、その後始末をいつもしていたようで言葉の節々からその苦労が感じられた。

 

だが弦十郎よ、その割にはやけに嬉しそうな顔をしているではないか。あれは相当イイ思いをしたに違いない。恐らく偶然を装って胸を触ったりとか尻を撫でたりとかだろうか。それか逆に相手から押し付けてきたかのどちらかだが案外後者だったりしてな。

 

そう指摘すると顔を赤らめて否定してきた。流石おっぱい星人、職権乱用とはこの事か。

 

そんなことがあり部屋に戻ると立花ちゃんを除く奏者全員が待っていた。なぜか俺の部屋の中で。

 

何か用か?そう尋ねようとするがその前にベットに腰掛けている調に手招きされる。招かれるがままに隣に腰掛けるといきなり腕を引かれベットに寝かされる形になった。

 

来客がいるとは言えしばらく徹夜が続いていたためすぐに睡魔が襲ってくる。だが現状と向けられる生温かい視線がどうしても意識を落とすことが出来ない。

 

「それで調さん、これは一体…」

 

「何ってもちろん、膝枕だよ」

 

「いや、それは分かるんだけどね、なぜ今?それとなんで俺の部屋に?」

 

「みんなはイグナイトの開発状況を聞きに来たのとエルフナインと仲良くなれればと思ってきたの。膝枕は…なんとなく?」

 

「ああ、だからその…私たちには気にせずにどうぞ…」

 

「そ、そうだな。好きなだけそうしてればいいと思うぞ。うん」

 

「俺は全く気にしてないんだが…寧ろ気にしてるのはそっちじゃね?」

 

風鳴ちゃんと雪音ちゃんは顔を赤らめ目を逸らす。と思ったらチラチラとこちらを見てくる。

 

「見たかったら見ていいんだぞ。俺は気にしない」

 

「私も別に気にならないから…良かったらどうぞ」

 

『きょ、興味なんて無い!』

 

そう言うと二人して更に顔を赤らめ否定する。

 

そんな二人とは対照的にマリアちゃんと切歌ちゃんはいつも通りだ。これと言って動揺するわけでもなくエルフナインと会話に花を咲かせている。

 

「マ、マリア!お前たちは平気なのか!?」

 

「別に…今更よそんなの。この二人所構わず世界を作り出すから。しかも自然とやってのけるから厄介なのよ」

 

そんな二人に助けを求める風鳴ちゃん、だがこの二人はこの状況に慣れきってしまっているため助け舟を出すのではなく諦めるように説得を始める。

 

そして雪音ちゃんは一人で悶々とし始めた。きっと弦十郎を膝枕することを考えて恥ずかしくなったのだろう。まあこればっかりは回数こなしていけば自然とできるようになるしな。

 

「あの、ここはお二人だけにして差し上げた方がよろしいのでは…?」

 

「そ、そうだな!それがいい。よし、行くぞ雪音!別室でエルフナインと親睦を深めるぞ!」

 

「そうだな先輩!それがいい!」

 

そんな二人に助け舟を出したのはエルフナインだった。暗闇の中で見つけた一筋の光、それを掴むために風鳴ちゃんと雪音ちゃんはその提案に乗りすぐに部屋から出ていった。

 

「それではお兄様、僕はここで。今日はお疲れさまでした」

 

「ああ、お疲れさま。また明日もよろしくな」

 

ペコリと頭を下げ部屋を後にするエルフナイン、それに続くように切歌ちゃんとマリアちゃんも調と会話を交わし部屋から出ていった。

 

次第に足音が遠ざかる。そして完全に聞こえなくなったころ、俺はなけなしの魔力を使って部屋に遮音と侵入阻害の結界を張る。

 

「んで、どうしたんだ一体?」

 

そう問いかけるも調は答えない。代わりに俺の頭を撫で始める。カチコチを時計の針が進む音だけが聞こえる。そんな時間が少し続いた。

 

「聞いたよ。無茶して倒れたんだってね」

 

「…エルフナインか」

 

「うん」

 

なんとなく予想はしていた。部屋に入った時から調の様子がなんとなくおかしかった。だがそれは徹夜明けやイグナイトの連続使用の疲労を見抜かれての事かと思ったがそもそもの事の顛末を聞いていたからみたいだ。

 

「いつ頃聞いた?」

 

「響さんが運ばれてきた後かな。でもエルフナインを責めないであげて。偶々通りかかった時に物音が聞こえて入ったらソウ君が気を失ってたの」

 

「そうだったのか」

 

「それでソウ君がエルフナインに膝枕されてたから…」

 

「なるほど、それでこうなったのか」

 

ということはエルフナインは始めから知っていた訳か。だから二人だけにしてやれと言ったのか。これは気を使わせてしまったな。

 

「それで、どう?」

 

「ん?何が?」

 

「膝枕。私とエルフナインどっちがいい?」

 

「いや、どっちがいいって聞かれても俺気を失ってたからそんなの覚えてないし…」

 

「どっちがいい?」

 

先ほどのしんみりした雰囲気が一転、真面目そうな顔をした調が俺の顔を覗き込むようにそう問い詰めてくる。

あまりの迫力に視線を逸らそうとしても撫でていた手で頭をホールドされているため逃れることが出来ない。

 

だが本当に覚えていないのだ。エルフナインの膝枕で覚えていることと言われても懐かしい感じだったとしか表現できないのだ。

 

「寧ろあれはエルフナインの膝枕とは言えない気がするんだが…」

 

「どういうこと?」

 

「上手く言えないんだがエルフナインじゃない感じだったな。それに夢みたいなの見てたから本当に覚えてないんだ」

 

「ふ~ん」

 

腑に落ちないという顔をしながらジト目を向ける調だがこればかりは仕方ないだろう。とりあえず一度起き上がろうと上半身に力を入れる。

 

が、再び調の腕によって後ろに引っ張られ膝の上へと頭を預ける体制になってしまった。

 

「あの…調さん?」

 

「まだ感想聞いてないんだけど」

 

「あ、やっぱり覚えてた?」

 

「当然」

 

こんなやり取り前にもあったな~と思いつつ真面目に調の問いに対しての回答を模索する。とはいえ答えなんてもう決まっているわけで。

 

「それはもちろん調だな。どっちがいいとかそういう話じゃなくて兎に角安心する。もちろんエルフナインも安心できたが調の安心感とエルフナインの安心感は別物だったからな」

「というと?」

調は首をコテンと傾け続きを聞いてくる。正直こんなことを本人の前で言うのは流石の俺も恥ずかしいのだが言わないと解放してもらえなさそうだ。

 

「二人とも根本は同じなんだよ。只それがエルフナインは妹として、調は彼女としてってだけでさ」

 

「…ふ~ん」

 

どうやら満足してもらえたようだ。先ほどと同じ反応だが表情が違う。今はニヤケそうになるのを必死で抑えようとしている顔だ。

 

こうなった調はちょっとしたことでも顔に出てしまう。せっかくだ、日ごろの感謝をここで示しつつ表情豊かな調を楽しむとしよう。

 

「ちょ、ちょっとソウ君!?」

 

意識をそっちに集中している調をベットに押し倒す。それにより上下が交代し俺が上になる。そのまま調を抱きしめシーツを被り、部屋の電気を落とす。

 

「調、いつもありがとう。調がいるから俺はいつも頑張れるんだ」

 

「ひゃっ!そこ…耳は…」

 

顔を調の耳に近づけ吐息が当たるように想いの丈を囁く。調は身体を震わせ嬌声を上げる。

 

「調のためだから頑張れるんだ。調が笑顔でいられるためなら俺は全てを捧げられるんだ」

 

「あ!…んっ!だ、だめ…!」

 

それでも俺は囁くのを止めない。そのたびに腕の中で震える調の反応を楽しみながらわざと大きく吐息を吹きかけたり調の耳を食んだりする。今更だが防音の結界張っておいてよかったわ。ついでに録画用の術式も展開しておこう。

 

「だけど調、俺は心配なんだ。今開発しているイグナイトのせいで調が更に危険なところへ行ってしまうのが。だから調、俺に君を守らせてほしい。いつまでも、どこまでも、どんな手を使ってでも、それを許してくれるだろうか」

 

「う、うん…!許す、許すから…耳は…んっ!や、やめっ…!」

 

「ありがとう、調。それじゃあ今日はこのまま寝ようか。俺、今日は疲れているせいか調と寝たい気分なんだよね…」

 

翌日、顔を真っ赤にした調とスッキリした俺が同じ部屋から出てきたことでまたひと騒動あったがそれは言うまでも無いだろう。自分でもかなりギリギリだったがなんとか手は出していない。そういうのは調が成年と認められるまでは我慢すると二人で話をしてある。

 

とはいえ弦十郎が言っていた徹夜明けで研究が軌道に乗り始めた頃は必ず休めと言った理由を身をもって理解した。そんな一日だった。

 

それから一週間、作業は連日夜を徹して続いた。弦十郎のアドバイス通り適度に休みを入れたことで暴走することもなく研究は予定よりも順調に進んだ。

 

その間にキャロルの襲撃が無かったのは幸運か、それとも嵐の前の静けさなのか、その答えは唐突にやってきた。

 

鳴り響く警報、そういえば一週間くらい前にも同じようなことがあったなと思い出しつつ弦十郎に回線をつなぐ。

 

「弦十郎、何があった?」

 

『アルカノイズに各地の変電所を襲われている。今はまだ大丈夫だが完全に落ちたら基地機能もダウンする。そうなったら響君の処置も新型ギアの開発もままならなくなる』

 

「分かった、今はありったけの電力をここに送らせて繋げ。立花ちゃんは前渡した液状賢者の石を点滴しろ。少々負荷がかかるが全快になるはずだ。電力もヤバくなったら同様に錬金術で賄いたい。以前頼んだ魔力発電機の完成度は?」

 

『五十パーセントといったところだ』

 

「ならこの一件が片付いたら速攻で完成させろ。電力は指令室とこの研究室だけに回せ」

 

各地の発電所は正直に言えば無視したい。それが落ちてもこちらとして痛手はそんなにない。むしろそんな遠隔地を襲撃するということは戦力をこちらと分断しようとしてる気がする。

 

「弦十郎、調と切歌ちゃんを絶対に出撃させるなよ。恐らく敵の狙いは…」

 

『調ちゃん、切歌ちゃんが敵と交戦中。医務室のリンカーを持ち出したと思われます』

 

戦力の分断、消耗だ。そう言おうとしたところで最も聞きたくない藤尭の報告が電話越しに聞こえてきた。最悪だ。

 

「弦十郎、調に繋いでくれ」

 

『分かった。…繋いだぞ』

 

「調、聞こえるか?」

 

『ソウ君…私は…』

 

「最悪死ぬかもしれない。それは分かってるのか」

 

『…うん。でも今これができるのは私たちだけだから』

 

「そうか…」

 

繋がっているのは音声だけで画像は送られてこない。そのため調がどの様な表情をして今の言葉を口にしたのかは分からない。だが、きっとその表情は覚悟を決めた顔をしているのだろう。それだけの力が画面越しからも伝わってくる。

 

『それに、守ってくれるんでしょ?いつまでも、どこまでも、どんな手を使ってでもね』

 

「…そうだったな。調、君は必ず俺が守る。とりあえず調につけている位置確認用と録画用と撮影用の式神全てを護衛モードにする。これである程度はアルカノイズの攻撃も防げるだろう。だがオートスコアラーの攻撃はそんなに長くはもたないぞ」

 

『うん、分かった』

 

『…調君、嫌なら嫌だとはっきり言うことも大切だぞ?』

 

『そうね…はっきり言って変態、オブラートに包んで…やっぱり変態ね』

 

『確かにちょっと過保護かもだけど…それもソウ君の愛情表現の一つだし…』

 

随分好き勝手言ってくれるじゃないか、指令と歌姫には後でお話が必要だな。

 

「…弦十郎、俺とエルフナインはここでイグナイトを完成させる。支援は完成までできない」

 

『だがメルクリア、調君達が…』

 

「だからこそだ。あの二人は危険を承知で時間稼ぎのために出撃した。なら俺達のすることはその時間を一秒たりとも無駄にしないことだ」

 

「メルクリア…お前…」

 

「それに調には俺特性の防衛術式が詰まった賢者の石ネックレスも持たせてある。だからある程度は大丈夫だ」

 

「…そうか」

 

「今急ピッチで天羽々斬、イチイバル、ガングニールの改修を進めている。現状九十五パーセントが完了だ。終わり次第奏者に出撃してもらうから準備させておけ」

 

『分かった』

 

「聞いていたなエルフナイン、全開で終わらせるぞ!」

 

「はい!」

 

回路の整備、完了。コンバーター、異常なし。イグナイトシステム、正常稼働。セーフティ及びアンダーパス、接続確認。

 

キーボードを叩く音だけが部屋に充満する。一文字たりともミスは許されない。正確に、最速でプログラムを打ち込む。

 

そして最後にエンターキーを叩きつけギアの外装が完全に癒着するのを確認する。

 

「よし、出来たぞ!」

 

「こっちも完了です!」

 

「よし、じゃあ後は任せた!」

 

改修が終わったギアをエルフナインに投げ渡し足元に液体の入ったアンプルのようなものを投げ落とす。すると魔法陣が展開され視界があっと言う間に光に包まれる。

 

「それってキャロルのっ!?」

 

「弦十郎達には内緒にしておいてくれよ?」

 

エルフナインのそんな驚きを最後に俺は調の待つ戦場へと転移した。




朝晩の寒暖差が大きいので皆様ご自愛くださいね。
今回も読んでいただきありがとうございました。


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手の内

戦闘回+シリアス=三人称。
ええ、一人称は無理でした。シリアスなんてもっと無理です。
それといつも誤字報告ありがとうございます。



窓が割れ、崩れ落ちる建築物。地面は陥没し砂埃が舞う。そんな空間を大小様々な紅い丸鋸が触れるもの全てを切り刻まんとせんばかりの勢いで放たれる。だがそれは相対者の前では無意味だった。割られ、弾かれ、砕かれる。

 

それでも調は攻撃の手を緩めなかった。すでにギアを破壊され変身が解除された切歌を守るために、延命装置に繋がれた響に少しでも多くの電力を送るために、そしてメルクリアとエルフナインが進める新型ギアの改修のため時間稼ぎをするために。

 

近づきすぎず、離れすぎず。攻め過ぎず、それでいて逃がさず。そんな絶妙な距離を保ちつつ戦闘を継続していた。一本目のリンカーの効果はすでに切れている。過剰投与の二本目も少しずつだが効力を失いつつある。

 

「またその攻撃か、もう飽きたぞ」

 

永い時を生きる錬金術師キャロルが作り上げたオートスコアラー、その中で最も高い戦闘能力を誇るミカを相手にその戦法は悪手だった。

 

それに加え敵はそれ以外にもいた。

 

水の鞭が跳ね、氷柱が地面からせり上がる。風の刃が地面を抉り、触れるもの全てを切り刻む。金のコインが弾丸の如く飛び交い空を切る。ガリィ、ファラ、レイア。各地の発電所を襲撃し終えた四体のオートスコアラー全てがここに集結していた。

 

それでも調が戦い続けることが出来たのはメルクリアの特訓のおかげであろう。三人の中で最も適合係数が低く、それ故最も伸びしろがあった。更に高速機動ができる、遠距離攻撃ができる、多様な技を持ち合わせている。

 

そんな調だからこそここまで持ち堪えることが出来た要因の一つであろう。マリアや切歌、クリスにも翼にも、もちろん響にもできない。調だからできることだった。

 

だがそれも限界を迎えつつある。時間の経過と共にじりじりと、まるで詰将棋のように追い詰められていく。始めは避けることが出来ていた攻撃が身体を掠るようになり、防御しなければならなくなり、そして防ぎきれなくなった。

 

それでもメルクリアの式神が楯となり何度かしのぐことは出来た。だがそれも四人のオートスコアラーの猛攻には耐えきれず今は調の足元に魔力が抜けた紙切れとなってしまっている。

 

それでも調は諦めない。自分にできることをやり遂げるため。罪を償うため。

 

「ふむ、よく我ら相手にここまで耐えた。だが月読調、そこまでして守る価値がお前の後ろにはあるのか?」

 

「…どういう意味?」

 

次攻撃を受ければ間違いなく変身が解除される。それどころかギアも破壊されかねない。相手もそれを理解しているのか攻撃の手を止め一か所に集まる。

 

その中からファラが調に賞賛と問いを投げかけてきた。その問いかけ方に調は違和感を感じた。

 

「では言い方を変えようか。メルクリアの益にならない奴らの元にあの方をこれ以上縛り付けることをどう思っているのだ?」

 

「それは…」

 

「貴女は知っているはずだ、彼の悲願を。ならば、貴女が真にあの方を愛するのであれば今すぐ彼の願いを叶えるためにその組織を抜けるべきではないのか?」

 

調は何も答えられなかった。ファラの言うことは最もだったからだ。

 

調はメルクリアの願いを知っていた。そしてそれは未だ叶わず今後も叶うかどうか、手が届くかどうかも分からない状況であることを。

 

そしてその願いを調以外は知らない。そのため二課の面々はメルクリアの願望のために協力するどころかそんなものがあることすら知らなかったのだ。

 

だが調はそれを言うことが出来なかった。メルクリアが望まなかったからだ。それは己の罪でもあるから。自分一人で解決しなければならないことだから、と。

 

「だんまりか、それも一つの答えだろう。今は目的を果たさせてもらおう」

 

沈黙を貫く調に落としどころを見つけたファラは調のギアを破壊するべく攻撃態勢をとる。それにならい他の三人も同様に狙いを定める。

 

「ひとまずはそのギア、破壊させて貰う」

 

「しまったっ!?」

 

集中を切らした一瞬の隙を狙って放たれた攻撃、調が気づいた時にはすでに目前まで迫ってきていた。

 

もうここまでか。ギアを展開する猶予もなく、数秒もしないうちに訪れるであろう衝撃。それでも調は恐怖を意思でねじ伏せ瞳を見開く。

 

ここで目を逸らせば逃げたことになる。必ず守ると言った彼を疑うことになる。それだけは許せなかった。

 

景色がスローモーションのように流れていく。今ならどの攻撃が一番に当たるのかまで分かりそうだ。そんな限界状態の調の視界に、突如割り込んでくる白があった。その白は調と迫る攻撃との間に盾のように身体を滑り込ませる。

 

そして一言、

 

『落ちろ』

 

それだけでオートスコアラー達の放った攻撃が全て地面へと叩きつけられた。

 

弦十郎のように気合の入った一喝ではない。だが耳にした者をゾクリとさせる静かで冷徹な声だった。

 

調はその声の主を見上げる。それはずっと待ち望んでいた優しくて、温かい白だった。

 

「ソウ君…来てくれたんだ」

 

「ああ、来るのが遅くなってすまない。よく耐えたな」

 

攻撃を防いだ衝撃で白衣をたなびかせながらもメルクリアはオートスコアラー達から視線を外さず会話を交わす。調のそれを見て緩みかけた緊張を再度張り詰め状況を思案する。

 

メルクリアは強い、そのことは調が一番よく知っている。だがいくら強くても現状必要なのは人数だ。

 

今この場にはオートスコアラーが四人、対してこちらは三人。しかも切歌はギアを破壊され自分もそう長くは戦えない。

 

そして周りを取り囲むように展開されたアルカノイズ。奏者が後二人は欲しいところだ。

 

「調、まずは周りを一掃する。俺の側から離れるな」

 

「…うんっ!」

 

それでも彼ならなんとかしてくれるかもしれない。メルクリアの言葉で調の顔は知らず知らずのうちに綻んでいた。

 

「凶刃よ、刃持ちて眼前の敵を切り払え!」

 

調が自分の側まで寄ってきたところでメルクリアは袖口から四枚の札を投擲する。それは黄色い輝きを放った後巨大な剣となり、旋回しながらアルカノイズたちを切り刻んでいく。

 

そして最後のアルカノイズを切り伏せたところで今度は中央のオートスコアラー達に磁石で引き合うかのように四方から剣が弧を描きながら向かっていく。

 

だがオートスコアラー達もただではやられない。突然の攻撃にも関わらず各々の武器を手に一人一本確実に防いでいく。

 

メルクリアは更に魔力を込め剣を加速させる。オートスコアラー達もそれに反応し火花が勢いよく散る。

 

調だけでなく、モニター越しに見ている弦十郎達もその速さに驚愕している中、メルクリアは再び袖口から札を五枚投擲する。

 

四枚が青色に輝き水流を発生させ一直線にオートスコアラー達に襲い掛かる。

 

水には水を。そう思ったガリィが剣を他の三人に任せ水流を防ごうと自信も水を操り楯を作る。

 

水流と楯がぶつかる。始めは拮抗していた両者だったが、メルクリアが放った剣を水流を飲み込ませた途端水流が勢いを増し一回り大きくなる。勢いを増した水流は意図も容易くガリィの楯を打ち破りオートスコアラーを押し流した。

 

「すごい…これが錬金術なんだ」

 

自分たちが今まで散々手こずってきた相手を一瞬であしらって見せたメルクリアに調は驚きを隠せなかった。以前彼が言っていた錬金術師の相手は錬金術師が、という意味を改めて実感させられる。

 

そんな羨望と期待の籠った眼差しで見つめる調にメルクリアはどこか申し訳なさそうに顔を掻きながら弁明する。

 

「いや、実はこれ錬金術じゃなくて呪術とか陰陽術とかそっち方面なんだわ」

 

「えっと…つまり?」

 

「前使った式神と同系統の術式だな。それより切歌ちゃんに服着せて連れてきてくれ。その間に俺はあいつらの相手をしておくから」

 

「うん、分かった」

 

メルクリアは魔法陣から布を取り出し、それを受け取った調は切歌の元へ走っていった。

 

「んで、そろそろ起きたらどうだ」

 

オートスコアラーを押し流した方向を見つめそう言い放つメルクリア。すると倒れていた四人がムクりと起き上がった。

 

「…やはりバレていましたか」

 

「当たり前だ。衝撃の瞬間に威力落としたからな」

 

「流石、見事な手腕ですね」

 

そう言ってレイアは片膝をつく。他の三人もそれに習うように膝をついた。

 

「お久しぶりです。またこうしてお会いできたことに胸が張り裂けんばかりでございます、兄貴」

 

「お兄様」

 

「お兄ちゃん」

 

「兄ちゃん」

 

「…ああ、久しぶりだな。元気そうで何よりだよ」

 

上から順番にレイア、ファラ、ガリィ、ミカ。それぞれが思い思いの呼び方でメルクリアを呼んでくる。

 

オートスコアラーやホムンクルスはキャロルの記憶を複写して造られる。そのためメルクリアを兄と呼ぶことは理解できるのだがなぜ人によってこうも呼び方に違いが出るのか、メルクリアにもそれは未だに理解できていない。

 

とはいえ今は戦闘中だ。思考を切り替えできる限りの情報を引き出し時間を稼ごうとする。

 

「キャロルは元気か?」

 

「ええ、最近は特に元気ですよ」

 

「へぇ、ならお前たちが出張ってくるのも納得だな」

 

「そうですね。特に私に地味は似合わないのでね」

 

「ああ、映像で見たぞ。派手だったよ」

 

「よしっ!兄貴に褒められた」

 

「あ!ちょっとズルいですよ!お兄ちゃん、私も褒めて褒めて!」

 

「ズルいぞガリィ、私も兄ちゃんに褒めて欲しいぞ!」

 

「あらあら」

 

褒められて嬉しそうにガッツポーズをするレイア、自分もとねだるガリィとミカ。そしてそんな三人を見て笑みをこぼすファラ。旗から見れば完全に年相応の少女達。

 

だがそれでも緊張の糸だけは切らさないようにしているのをメルクリアは感じ取っていた。それは彼女達の目的も自分と同様に時間稼ぎだということを意味している。

 

「ソウ君、お待たせ」

 

「待たせたな、メルクリア」

 

調が切歌ちゃんを連れてくるのとキャロルが転移してくるのは同時だった。それを合図に先ほどまで繰り広げられていた姦しい雰囲気は霧散し再度戦闘態勢をとる。

 

だがそんな彼女達をキャロルは手で制し、

 

「お前たちは下がれ。奴が札を使うということは本気だ。今お前たちを失うわけにはいかないからな」

 

「…分かりました。ご武運を、マスター」

 

オートスコアラー達は転移結晶を使い消えた。

 

戦場に残された四人。敵の頭数は減った。だがメルクリアは更に意識を集中し魔力を練り上げる。今二人を守りながらキャロルと刃を交えるのは不利だからだ。

 

「久しぶりだな、キャロル。元気か?」

 

「ああ、元気だとも。今日も憎きお前を殺せるかと思うとうずうずして抑えが効かないくらいにはな」

 

「そうか、それは何よりだ」

 

「そういうお前はどうなんだ、随分調子が悪そうだな。しかも後ろの娘を常に気に賭けながら戦うとは、余程その娘が大事なようだな」

 

「そうだな。彼女は俺の大切な人だよ」

 

「ふん、俺の時は我欲を優先し父親諸共見殺しにしたのにか」

 

「そうだな。それはすまなかったと思ってるよ」

 

「ならばあれか?その女で罪滅ぼしのつもりか?偽善者め」

 

「いや~、そこを突かれると痛いな」

 

衝撃的なワードにより通信機越しに二課の面々が驚きの声を上げる。だがメルクリアはまるで他人事のようにどこ吹く風だ。むしろキャロルの発言により先ほどまで張り詰めていた緊張を解き自然体になる。

 

「相変わらずお前のそういうところは見ていて虫唾が走るわ」

 

「悪いな、必要な時は私情を排する。それが俺の強みらしいからな」

 

「そうか、ならば今日ここでその強みも終わりにしてくれるっ!」

 

それを皮切りにキャロルの魔力が爆発的に上昇する。メルクリアも魔力を練り上げるがその様はキャロルと真逆だ。

 

キャロルが荒れ狂う嵐とするならばメルクリアは静かな湖面。必要な時に必要な分だけ使う。徹底的に合理性を追求するように魔力を練り上げる。

 

キャロルは緑色の魔法陣を展開し竜巻を襲わせる。狙いはメルクリアではなくその後ろの調と切歌だ。

 

それを察知したメルクリアは袖口から札を取り出し投擲する。投擲するは先ほどと同じ黄色に光る札、それが剣となり竜巻と衝突する。

 

呪術の世界において五行思想というものが存在する。木火土金水、全てはこの五つの属性のどれかに属するというものだ。

 

風は木か金の属性。そしてそれを打ち破るには金か火の属性となる。だが今回キャロルが展開したのは緑色の魔法陣。そこからメルクリアは木の属性と判断し金の属性の剣を放ったのだ。

 

始めは拮抗していて両者、だが次第にメルクリアの放った剣がキャロルの竜巻に押され始めた。錬金術と呪術の違い、それは呪術には様々な組み合わせが可能な代わりに出力が錬金術と比べ若干低いということだ。

 

それでも呪術にはそれを補って余りある利点が存在する。

 

それが五行相生だ。ある属性に別の属性を重ねることでその威力を増幅する。先ほど行った剣を水流に呑ませたことで威力を上げたのもその一つだ。

 

五行相生、金生水。金属は水を生みその力を増大させる。

 

メルクリアは再び青く輝く札を投擲し水流を巻き起こし剣を呑みこむ。水流は竜巻を打ち破りキャロルに迫る。

 

「ちっ!だが今ので幾分かは威力が削がれた!これで押し返す!」

 

五行相生が威力を強めるようにその逆も存在する。五行相克、苦手とする属性をぶつけることでそれを打ち破る。

水には土の属性が強い。キャロルは土の錬金術をもって水流を防ごうとする。

 

だがメルクリアはそれも読んでいた。三度札を投擲する。それは緑色の光を放ちながら水流に呑みこまれ、水流は大樹へと姿を変える。大樹は根や枝を鞭のようにしならせ土の壁を粉砕し、キャロルまで打撃を届かせた。

 

五行相生水生木、メルクリアが放った木行符は木を操る。それに水流を吸わせて急成長させたのだ。そして五行相克、木克土。木は土を打ち破る。それにより木の鞭は水の力を得たのもあり意図も容易くキャロルの攻撃を打ち破ったのだ。

 

「全く、相変わらず厄介な事ばかりしてくる奴だ」

 

だがキャロルも凄腕の錬金術師、たった一度の直撃でやられてくれるほどやさしい敵ではない。とっさに防壁を張り攻撃をやり過ごし態勢を整える。

 

メルクリアも魔力を練り次の手を模索する。両者が動き出し衝突する。その時二人の間に無数の剣と銃弾が降り注いだ。

 

お互いに距離を取り攻撃が来た方向を睨みつける。そこにいたのは三人の奏者だった。

 

「メルクリアさん、お待たせしました!」

 

メルクリアの元に駆け寄ってくる奏者達、彼女たちの登場にどこか残念そうな顔をしつつも調達を守り切ることが出来たことにメルクリアは安堵する。

 

「叔父様から伝言です。月読、暁を連れて一時帰投せよとのことです」

 

「了解、なるべく早く戻ってくる」

 

「お願いします。それと後で詳しく聞かせてもらうぞ、とも言ってました」

 

「…気が向いたら話すわ」

 

翼から伝言を聞いてメルクリアはうんざりとした。人には誰しも知られたくない過去の一つや二つはあるものだ。メルクリアの場合それが人より多々少々多いのだが。

 

どうやって誤魔化そうかと思案しながら調と切歌を呼び寄せ転移の準備をする。

 

「気をつけろよ。キャロルもそうだがイグナイトもだ」

 

「分かりました」

 

「そういう訳でいったん帰るわ。すぐ戻ってくるから心配するなよ」

 

「だれが心配するか。お前は必ず俺が殺してやる」

 

「そうか、そいつは楽しみだな」

 

メルクリアはキャロルにそう言い残し転移光に包まれていった。

 

「さあ、この間のリベンジマッチといこうか!」

 

クリスがボウガンタイプのギアを展開しキャロルに向ける。翼も剣を構え響もファイティングポーズをとる。

 

「来い、奇跡の体現者共!呪われた旋律では何も救えないことを教えてやる!」

 

 

 

 




真面目な戦闘はこれが初めてな気がする…。
読みにくくてすみません。これが筆者の限界です。
今回も読んでいただきありがとうございました。


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呪われた旋律

桜が咲き始めましたね。お団子片手にゆっくり楽しみたい今日この頃です。


「呪われた旋律では誰も救えない事を身を以って教えてくれる!」

 

キャロルは展開した魔法陣からハープを取り出し音色を奏でる。するとハープを媒介に音色がフォニックゲインを高め始める。

 

それを変換しキャロルを身体を急速に成長させ、ハープをシンフォギアのように身に纏った。

 

「錬金術はあんなことまで出来るのかよ!」

 

「それでも私たちのやることは…一つ!」

 

「ああ!いざ参る!」

 

始めに飛び出したのは翼は猛スピードでキャロルをかく乱し、袈裟斬りにせんと上段からいっきに距離を詰める。

 

キャロルは弦を束ねた鞭でそれを防ぎ、水の錬金術で地面から氷柱を生やし翼を追い詰める。

 

だがそれこそが翼の狙いだった。意識を自分に集中させスナイパーライフルでキャロルへのヘッドショットを狙うクリスの時間稼ぎをする。そしてキャロルと翼、そして自分が一直線になる瞬間を狙って、クリスは信頼する先輩ならば言葉などなくても躱してくれると信じて引き金を引いた。

 

その一射は分厚い氷柱を貫き一直線にキャロルの眉間に走る。翼は首を数センチ傾け、今まで頭があったところを銃弾が通り過ぎる。完璧に敵の虚を突いた攻撃だった。

 

だがそれはあと一歩のところで届かない。キャロルの眉間すれすれのところで見えない壁に阻まれるかのように止まってしまった。

 

「どうした、届いていないぞ?」

 

キャロルは挑発するように笑みを浮かべる。だが奏者二人は動じない。それどころかその言葉に笑みを以って返す。

 

「ああ、だからこそ…」

 

「とっておきだ。行け、立花!」

 

「うおぉー!!」

 

上空からギアを展開し、ジェット噴射の如く火を吹く巨大な拳がキャロル目掛けて降ってくる。

 

始めの翼によるかく乱はクリスが響を上空に打ち上げるためのものでもあったのだ。

 

インパクトの瞬間、撃鉄を打ち更に威力を増す拳、キャロルの回りに展開された見えない壁もプツン、プツンと音を立て崩れていく。

 

「なるほど、確かに強い。だが…想定の範囲内だ」

 

今にも破られそうな壁にキャロルは人差し指を向け魔法陣を展開する。すると崩れそうだった壁がみるみる修復していく。そして更に厚みを増し響の攻撃を完全に防ぎ切った。

 

「あれは…弦か…」

 

今までは透明に見えていた壁、それの正体は薄く張り巡らされたハープの弦だった。

 

細くてしなやか、それでいて完全聖遺物を用いた防壁、それならばイチイバルの銃弾を受け止めても不思議ではないと翼は納得する。

 

 

 

「強い、今までの敵よりも…」

 

通信機越しの奏者の呟きが指令室に響き渡る。

 

それは二課の面々も、それこそ弦十郎ですら感じているが口に出さないようにしていた一言だった。

 

錬金術による肉体の急速成長や聖遺物を媒介に魔力を増幅するファウストローブ等未知の力で奏者達を追い詰めていく。

 

それでいて油断なく、慢心なく、部下だけでなく自分すらも手札の一枚と見なし必要なタイミングでためらいなく切ってくる。

 

見方ならば頼もしいが敵に回すと厄介なタイプだ。どちらかというと直情的で一点突破の二課にとってキャロルのような相手が一番厄介であった。

 

「戦局はどうなってる?」

 

そこに治療を終えた調と切歌を連れてメルクリアが戻ってきた。

 

「苦戦中だ。敵が未知の聖遺物を用いて急激なパワーアップをした。錬金術と弦を使って攻防自在な戦法に苦しめられている」

 

「なるほどね。…ん、あれダウルダブラじゃね?」

 

「知っているのか?」

 

「ああ、昔キャロルが何でもいいから完全聖遺物が欲しいって言ったから誕生日プレゼントに上げたんだわ。へ~、ファウストローブにしたのか」

 

考えたな、あいつ。と感心しながら画面を見るメルクリアに弦十郎を含むスタッフ全員が殺意を思える。

 

「お前…何敵に塩を送ってるんだ…」

 

「だって欲しいって言われたしそれ数百年前の話だしこんなことになるなんて思ってなかったし」

 

「…そうか。それで、何か打開策は無いのか?」

 

ひとまず怒りをそっと沈め弦十郎はダウルダブラの聖遺物の弱点を聞く。が、メルクリアはあっけらかんと、

 

「とりあえずいつも通りに行けばいいんじゃないの?」

 

と言い切った。

 

その言葉に弦十郎もやはりか…とため息をつく。

 

強大な敵なら今までいくらでもいた。今回もそうだ。だがただではやられる奏者達ではない。策を練るならその策ごと打ち破り、戦局を支配しようとするのならその戦局ごと破壊する。

 

それが二課の、SONGのやり方なのだから。

 

そして今回はその方法が胸元に下がっている。

 

『イグナイトモジュール・抜剣!!』

 

呪いと戦う覚悟を決めた奏者達がモジュールを一回クリックし宙へ放つ。そこから呪いの刃が展開され使用者の胸元目掛けて一直線に襲い掛かる。

 

瞬間、全身からどす黒いオーラが噴き出し人ではない獣の咆哮を上げ、指令室の画面には危険を意味する単語が所狭しと表示され制限時間を示すタイマーが高速で減少する。

 

呪いに呑まれ暴走するか、それとも呪いに耐えきれずセーフティにより変身が解除されるか。正に二つに一つ、そう思った時響たちは手を取り合い呪いを跳ね除けることに成功した。

 

今ここに彼女たちは三つ目の選択肢、呪いをはね除け乗りこなすという可能性を掴みとったのだ。

 

また送られてくる映像や画面の数値から呪いの制御に成功を知ったことで指令室全体からも歓声が上げる。普段司令として私情を押さえている弦十郎も珍しく弟子や姪っ子、気になる少女の成長にガッツポーズをとっている。

 

「やったぞメルクリア!これで勝機が…ってどうしたお前!?顔色悪いぞ!?」

 

ここ一週間、弦十郎は顔色の悪いメルクリアを何度か見かけたことがあった。そのたびに会話をし、体調を確かめてきたが今回は確かめる間もなく一目で重傷だと分かる程で慌ててメルクリアの元へ駆け寄る。

 

スタッフ達も弦十郎の聞きなれない慌て声にモニターを注視しつつも意識をそちらに割いてくる。

 

たがメルクリアは手でそれを制した。

 

「大丈夫大丈夫、イグナイトが上手くいったと思ったら気が抜けてさ」

 

そう言いながらもフラフラとよろめき、調に支えられなければろくに立っていられない程弱ったメルクリアの言葉に説得力は全く感じられない。

 

「…詳しくはキャロルの件も含めて後で話してもらうぞ」

 

「だから気が向いたらって言っただろ」

 

今は奏者の戦闘を優先するべきだと判断した弦十郎はオペレーティングに戻る。

 

そこには今まさに三人がキャロルの防御を打ち破り決定打を入れる瞬間だった。

 

モニターに映るイグナイトのタイムリミットは半分を切っている。だがそれでも十分な程にキャロルは限界だった。

 

そろそろ頃合いか、体力も調が支えていてくれたおかげで回復した。これなら少しは戦えるだろう。

 

そう思ったメルクリアは調にアイコンタクトをする。すでに調と切歌の治療は完了しており後はリンカーの除染が終わるのを待つだけだ。

 

調も意味を理解したのか支えていた腕をそっと離す。そのままメルクリアはゆっくりと後退していき周りの注意が完全に逸れたところで転移結晶を使い再度戦場へと転移した。

 

 

 

 

 

何度かの浮遊感の後戦場に戻ってきたメルクリア。そんな彼が目にしたのは変身が解除され胸元から血を流しているキャロルだった。

 

「キャロルっ!」

 

ある程度の覚悟を決めてきた、自分がとどめを刺すつもりで来たというのに。気づけば奏者達をそっちのけでキャロルの元へ駆け寄り治療を始めていた。

 

「なんのつもりだ…離せ」

 

喀血し呼吸するのも辛そうなキャロルが必死になって身を捩る。だがすでにそんな力は残っておらずメルクリアの腕からは逃れることは出来ない。

 

「…分からないのか、俺はもう助からない」

 

暫く暴れていたキャロルだったが諦めたのか動くのを止める。そして自分を支えているメルクリアの腕に身を任せそう諭す。

 

だがそれでもメルクリアは治療の手を止めない。あまりの鬼気迫る表情に奏者達も、通信機越しの弦十郎達も声をかけれずにいる。

 

「分かってるさ。無駄だってことも、必要ないってこともな」

 

「ならばなぜ手を止めない。昔のお前なら無駄な事はしなかったはずだ」

 

「そうだな、でも意外と無駄な事でも意味があったりするもんなんだよ。それにまだ約束を果たしてもらってないからな」

 

「…約束?」

 

「ああ、俺を殺すんだろ?なあキッチリ殺してもらわないとな。俺はお前の憎しみを全部受け入れて…そして死んでやる」

 

「そうだったな…安心しろ、俺はこんなところでは死なない。必ずお前の前に現れてキッチリ殺してやる」

 

その言葉に安心したのかキャロルは身体の力を抜いた。そしてもうほとんど見えていない目を開き何度も宙を掴みながらメルクリアの頬にそっと手を添える。

 

「…一つ教えてやる、覚えておけ。呪われた旋律では誰も救えない、奇跡は必ず俺が殺すと。そうあの奏者共にも伝えておけ」

 

「分かった、必ずそう伝える」

 

「頼んだ。俺はそろそろ眠る、次会える日を楽しみにしているぞ」

 

「ああ、おやすみ。ゆっくり寝な」

 

「うん。おやすみ、お兄ちゃん」

 

メルクリアはまるで寝る子供をあやすかのようにキャロルの頭を撫でる。それに満足したのかキャロルは瞳を閉じ、奥歯に仕込んだカプセルをかみ砕く。

 

パキンー、という音と共にキャロルの身体が炎に包まれ端から灰になっていく。それでもメルクリアは彼女を離さなかった。そしてキャロルも成就目前でこと切れたというのに満足そうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

空を見上げる、そこには雲一つなく満点の星と満月があるだけだ。二課本部の潜水艦上部、更に周りが大海原という状況がそれらをより一層際立たせている。

 

手元に視線を落とせばすらっとしたグラスと濃い赤紫色の液体。グラスを弄ぶように揺らすと空気と触れ合ったことで芳醇な香りが漂う。

 

空に浮かぶ星を眺め、それを線で繋ぐ。永い時間を生きると求めていなくても得てしまうのが知識というものだ。以前は全くと言って興味の無かった星座についての知識も気が付けばそれなりに理解し気づけば愛着が湧く程度にはなっていた。

 

そしていくつか物語を繋いだところでグラスの液体を流し込む。瞬間渋みと酸味、ほのかな甘みが口いっぱいに広がる。

 

そして空になったグラスにボトルから液体を注ぎ再び星を眺め酒を煽る。

 

キャロルが自害した夜、メルクリアは布団に入る気が起きなかった。

 

理由はなんとなくだった。イグナイトの開発が一段落着いたからか、ひとまずはキャロルという巨大な敵を打ち倒せたからか。それとも分かっていたとはいえキャロルの死を目にして現実から逃げたかったからか。

 

そんな事を思い出しながら何度目か分からないがすでに半分ほどになっているボトルを傾けグラスに注ぐ。

 

あの戦いの後、事後処理は滞りなく終わった。錬金術で壊れた地面を直し、ビルを再建する。

 

たったそれだけでだった。二課本部に戻ってからの聴取もなく、戦闘の反省会も行われなかった。

 

弦十郎は一言、

 

「今日はゆっくり休め」

 

そう言ってメルクリアの仕事を取り上げ定時前に仕事を上がらせた。

 

変に気を使われているようでいい気はしなかったがそれが弦十郎達の優しさなのだから素直に受け取るべきだろう。

 

メルクリアは言われた通り大人しく部屋に帰ったがそこから特にこれと言ってすることもなく、気づけば日は傾き事後処理に追われていたスタッフ達も寝静まっていた。

 

こんな時は酒の力を借りてもいいだろう。そう思い適当にボトルを選ぶ。すると奇しくもそれはキャロルの出身地のそばで醸造されたワインだった。

 

それから昔を思い出しながら変わらない味に舌鼓を打ちつつただ空を見上げながらグラスを煽った。

 

理性はまだある。呂律も回る。思考回路もはっきりしている。だが薄膜がかかった感覚も確かにある。少し飲み過ぎただろうか。

 

これで最後にしよう、そう思いグラスの中を一気に飲み干そうとする。

 

そんな時、背後のドアが開いた。

 

「ここにいたんだ」

 

「まあね。眠れないのか?」

 

「うん、ちょっと風にあたりたくって」

 

振り返らなくともメルクリアには足音だけで誰が来たのかが分かった。背中越しに会話を交わし、寄り添うように隣に座る。

 

「結構飲んだね。家じゃそんなに飲まないのに」

 

「そうだな、少し酔った。だがせっかくの節目だ、少しくらいいいだろう」

 

メルクリアは比較的アルコールには強い方だ。元の肉体的にも、不老不死的にもだ。だが最近ふとした時に酔いが回っている時がある。飲む回数が減ったからか、それとも別の理由なのかはまだ分からないが。

 

だからだろうか、柄にもなく調にらしくないことをポツリポツリとこぼし始めた。

 

「調、俺のしたことは間違いだったのだろうか」

 

「え?」

 

「あの時キャロルを助けた。立花ちゃん達が必死になって与えたダメージを俺は回復しようとした。弦十郎達も何も聞かなかった」

 

「ソウ君…」

 

「だがあいつらに無駄な気を遣わせてしまったのは事実だ。それが分かっていても、俺は我欲を優先してキャロルを助けた。あの時と同じ間違いを再び繰り返したんだ…」

 

「それは…それは違うよ!」

 

調はメルクリアの言っているあの時というのがキャロルの言っていた内容と同じであることを理解した。そしてメルクリアと記憶の共有をしたことでその内容も知っている。

 

だからこそ調はメルクリアの言葉を否定する。

 

「確かにキャロルの事は悲しいよ。でもソウ君にも事情があった、やらなくちゃいけないことがあったんだよ!」

 

「調…」

 

「だからソウ君は悪くないよ、みんなもそれを分かってる。キャロルとだってちゃんと話せば分かってくれるよ!」

 

「…だが調、だからと言って俺がキャロルと助ける理由にはならない。俺は今仕事としてこの二課にいる。それは許されないことだ」

 

「そんなことない!大切な人が傷ついて助けようとするのは当然だよ!みんなだって分かってくれるよ!」

 

調は涙を流しながらそう言った。それは家族同然の大切な人を失った調だからこそ流せた誰かのためを思っての涙だった。

 

「…いや、いい」

 

「…え?」

 

「みんなに分かってもらえなくていい。俺は、調さえ分かってくれてさえすればそれでいい」

 

自分のために、愛する女性が涙を流してくれる。メルクリアにはそれだけで十分だった。

 

「調、俺がこれからすることは二課に喧嘩を売るどころか下手したら居られなくなる。それだけじゃない、俺と関係のある調も何かしらの害が出るかもしれない」

 

「うん」

 

「何も言わずに調の前からいなくなるかもしれない、それでも俺を信じてくれるか?」

 

「うん、信じるよ。でも終わったらちゃんと説明してね」

 

「ああ、約束する」

 

「なら大丈夫、私はソウ君を信じるよ」

 

その言葉でメルクリアの覚悟は決まった。キャロルを救う、どんな手を使ってでも。

 

例えそれで世界の終わりが加速しようとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスターがやられたか」

 

「ええ、これより作戦は最終段階に移行しますわ」

 

「ということはガリィちゃん達の命も…」

 

「もうすぐ終わりだぞ」

 

チフォージュ・シャトー、主なきその玉座に四人のオートスコアラーはいた。

 

世界を解剖し万象黙示録を完成させる。その第一段階は成された。ならば次は己が身を以って呪われた旋律を

受け止めるべく行動を起こす。

 

だが彼女達には一つだけ心残りがあった。

 

「それで、お兄ちゃんの事どうするんですか?」

 

「そうですね、どうしましょうか」

 

先ほどの戦闘の一部始終を見ていた四人は主と兄の今後に眉根に皺を寄せる。

 

キャロルのホムンクルスと思い出の転写を使った不老不死は一般的ではない。思い出の焼却を何度も行える反面必要なコストと時間、それに手間が多すぎるからだ。

 

だがそれを見抜けないメルクリアでもない。だからこそ別れ際の最後の言葉でメルクリアがキャロルが再び蘇ると読み、今度はキャロルを救うべく行動を起こすと直感したのだ。

 

兄と慕う彼が主を救おうとするのだ。不肖作り物の妹だとしても何か力になりたかった。

 

だが主であるキャロルの救うとなると黙示録の完成を阻止し、世界への復讐を妨げる以外に方法はない。それでいて思い出の焼却もさせず、生産を止めた事で代えの身体もないため傷も負わせられない。

 

もし方法があるとしてもそれが出来るのはメルクリアだけだ。だが彼に協力することは主への反逆を意味する。それは造られた物としては絶対に許されない。

 

「とか言っても本当は答え出てるんでしょ?」

 

沈黙を破ったのはガリィだった。やれやれと呆れたようにオーバーアクションを取る。

 

他の三人もそんなガリィを見てやはりか、と表情を緩ませる。

 

「私たちが表立って主の邪魔は出来ない。だが…」

 

「兄ちゃんにその方法を伝えることなら出来るぞ」

 

「そうね、でもそのために私たちはお兄様に茨の道を歩ませる事になるわよ」

 

「大丈夫だファラ、私たちはあくまで手段を伝えるだけだ。どうするか選ぶのは兄貴だ。それに兄貴なら別の方法を思いついているかもしれない」

 

「そうですよ。それに幸いその方法でも呪われた旋律は収集できそうですし」

 

「他の連中にやられる位なら兄ちゃんの方がいいぞ」

 

「…分かりました。では次動くときに私からお兄様にお伝えしてきます。認識阻害が使える私なら他にバレる心配もないでしょう」

 

全員の意見を聞きファラは仕方なさそうな顔をする。しかしその実喜びを隠しきれず、付き合いの長い三人は分かる程度に口角が上がっていた。

 

「それではお兄様に、私たちを殺していただきましょう」

 




誤字報告いつもありがとうございます。
今回も読んでいただきありがとうございました。


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水の旋律

GX後編スタートです。
そしてシリアス三人称は力尽きました。恐らく戻ってくることはないでしょう。…多分。


空を見上げれば太陽がこれでもかと存在感を放っている。視線を正面に見据えればそんな太陽の光を受けて跳ね返す大海原ば地平線の先まで続いている。足元では同じく太陽に焦がされた砂浜がジリジリと靴裏を焦がす。

 

まさに夏真っ盛り、そう言わんばかりの景観だ。四季の色濃い日本だからこそ感じられる煩わしくもありがたい暑さだ。

 

さて、ではここでこの夏一番のお楽しみに目を向けるとしよう。

 

そこには太陽と海からの光を受け眩しく輝く一人の少女、胸元に大きなピンクのリボンの付いたワンピースタイプの水着を纏い砂のお城を築く調がいた。

 

胸の奥底から湧き上がってくる感情のせいだろうか、気づけば俺は涙を流していた。

 

「調、かわいいよ。すごく似合ってるよ」

 

「そうかな…ありがとう」

 

「いやいや、こちらこそありがとうだよ。これでこの夏は思い残すことは無いな」

 

たかが水着、されど水着。愛する人が水着を着る、たったこれだけのことがこんなにも素晴らしく感じるなんて思ってもみなかった。

 

「はぁ…」

 

頬を紅く染め表情が崩れないようにお城作りに集中する調、それを熱心に見つめる俺、そしてそれらを見つめ死んだ目で切歌ちゃんがため息をつき頭を押さえる。

 

「どうしたの切ちゃん?せっかくの海なのに」

 

「もしかして暑さにやられたか?」

 

「いや、ちょっと寒気がしただけデス…」

 

「それ熱中症じゃない?」

 

「何か飲むか?眩暈は無いか?」

 

「飲み物は頂くデス。眩暈は…この惨状を見ればだれでも起きるデスよ」

 

「惨状…?」

 

「二人して分かってないとかホント重症カップルですよ…」

 

俺と調は二人して首をかしげる。はて、このザ・夏の代名詞のビーチのどこに惨状があるというのだろうか。

 

「まずなんでメルクリアがここに居るんデスか?確か緒川さんと一緒に筑波に行くとか言ってなかってデスか?」

 

「それなら抜け出してきたよ」

 

「…一応理由を聞いておくデス」

 

「調の水着姿が見たかったから」

 

「そうデスか…」

 

研究員の話を聞いて緒川と二人で頭を抱えるより調の水着姿を見た方がよっぽど有意義だ。それに調の水着のおかげでモチベーションも上がるしもしかしたらいい閃きがあるかもしれないからな。

 

「じゃあ次デス。その右手の物、何デスか?」

 

「何って…」

 

「ねえ…」

 

何って言われてもそんな珍しい物でもないはずだ。一応調に確認を取るも同じように不思議そうな顔が返ってきた。どちらかと言うとなぜ切歌ちゃんはそんな事を聞くのか、もしかしてこれが何なのか本気で分かっていないのか心配している顔だ。

 

姉妹同然に育てられて、同じように見聞きしてきたはずなのにどうしてこんな事になってしまったのか。帰ったらもう少し切歌ちゃんに世間を教えてあげるよう弦十郎と藤尭に進言した方がいいかもしれない。

 

でもそう考えると二課って常識知らずというか箱入りとかそう言った人種が多い気がする。自称剣とかポンコツアイドルとか巨乳ツンデレとか脳筋腹ペコとか。その嫁も病んでるし…もしかしてとんでもないブラック企業に入社してしまったのかもしれない。

 

いまからでも元の職場戻ろうかな。あっちは割かし自由主義だったし調を養っていくだけならそれでも十分そうだし。

 

「何か失礼な事考えてないデスか?」

 

「ん、何がだ?それよりこれが何かって話だったな。これはビデオカメラだよ」

 

「そんなことは見れば分かるデス!」

 

「え」

 

「え」

 

「『え』ってどういう意味デスか!?」

 

良かった。俺達はてっきり本当にビデオカメラが何なのか分からないのかと思っていた。それがいきなり切歌ちゃんがビデオカメラという単語を口にしたからビックリして思わず心の声が漏れてしまった。

 

「私は何で海で水着の調をビデオカメラに撮っているのかを聞いているんデス!」

 

「なぜって…ねえ?」

 

「うん、そんなおかしいかな?」

 

俺達にとって日常を映像として残すのは当然になっていた。今まで一人だったから、職業柄いつ記憶を無くしてしまってもおかしくないから。それは一緒に住むようになってから切歌ちゃんとマリアちゃんにも話してある。それをなぜ今更聞いてくるのだろうか。

 

「おかしいデスよ!まずメルクリアが四人もいる段階でおかしいデス!」

 

ビシッと音が聞こえそうな勢いで切歌ちゃんが指さす方向には一眼レフを構えた俺とパラソルを立てサンオイルの準備をする俺、そして飲み物や団扇を用意している俺がいた。

 

「いや、あれ式神だし」

 

「それと撮影機材の数と質が異常デス!」

 

次に指さした方にはテレビ局もびっくりな撮影機材の山があった。だが密着で撮影するとなるとこれくらいあった方が楽だろうと思った次第だ。

 

「最後に撮り方がなんかヤラシイデス!」

 

「そうか?」

 

俺は今まで撮った映像を確認してみる。ふむ、確かにローアングルだったり結構際どいショットがあったりはするな。

 

「よし、じゃあこれは俺の秘蔵ファイルにしまっておこう」

 

「調、流石に言った方がいいデスよ…」

 

「うん、でもソウ君が楽しそうだからいいかなって思うんだ」

 

「…もういいデス」

 

そう言い残して切歌ちゃんはポカンとした表情をして俺達を見つめる立花ちゃん達の元へ帰っていった。

 

「なんだったんだろうな?」

 

「さあ?」

 

本当に不思議である。幾度となく見てきたはずの光景に今更疑問を持つとは。あれだろうか、人前ではやらないとでも思ったのだろうか。だがせっかくの海だ、夏に一度有るか無いかのこの機会を逃すわけにはいかないのだ。

 

もっとも毎日の出来事でも人前でも撮影は続けるがな。錬金術に呪術をフル活用して撮影してやる。

 

「さて、そろそろ筑波に帰るわ」

 

「そっか、お仕事頑張ってね」

 

「ああ、昼休みにまた来るよ」

 

着信に気が付きスマホを開くと緒川からのメールでナスターシャの残したデータの解析が終わったの事だった。

 

名残惜しいが俺は調に別れを告げ筑波に向け転移魔法陣を展開する。さて、さっさと仕事を終わらせて海に戻ってくるとするかね。

 

 

 

 

 

「フォトスフィアか」

 

「ええ、フロンティア事変でナスターシャ教授は地球のレイラインに沿って世界中のフォニックゲインを収束しました。その際に観測したものと思われます」

 

レイライン、龍脈、地脈。呼び方は様々だがいかなる術式体系においてもそういった流れを組むことは力の流れを意識するためや研究のために必要だ。

 

だが現代においてそれらはほとんどが各国政府によって建物や要石で制御、管理されている。それだけレイラインの上には豊穣や利益をもたらすからだ。

 

それ以外でも昔から続く錬金術や呪術の名門の家計が管理している。とはいえ彼らが地球上の全てを管理しているわけでは無い。むしろ管理できているのは極一部だ。

 

レイラインは人間の血管によく似ている。一度ばらして詳しく見ない限り細部までは分からないのだ。そのため管理されているのは表面に近い主要で強力なレイラインのみとなっている。

 

だがこれにはそれ以外の細かい脈や空中、天体間のものまで正確に記録されていた。これが外部に渡れた相当な痛手になるだろう。

 

例えば世界を解剖しようとしている奴とか、神の力を手に入れたい奴とか。

 

「…ん」

 

などと考えていると突然胸元に鋭い痛みが走った。胃がムカムカして、締め付けられるようで無性に腹が立つ痛みだ。となると…

 

「大変です!オートスコアラーが奏者達を襲撃しました!」

 

やっぱりか。なんとなくそんな気がしてた。あの雰囲気でイグナイトの特訓なんて絶対しないもんな。

 

「相手は?」

 

「水を操るオートスコアラーとのことです」

 

となると襲撃者はガリィか。キャロルが死んでいる今オートスコアラー単体で動くとなると何か裏がありそうだな。

 

「なおマリアさんが負傷とのことです」

 

「あ~了解、んじゃ治療の準備しとくわ」

 

こりゃ遠くの妹の裏を読むより近くの少女の治療が先だな。

 

 

 

 

 

 

「イグナイトの制御に失敗したか」

 

マリアちゃんの治療を終えた俺は調と一緒に屋上にいた。

 

そこでマリアちゃんとガリィの戦闘の詳細を聞いていた。その上での感想はやはりか、と納得できるものだった。

 

改修に加え以前のエクスドライブモード発動によりセーフティロックがいくつか解除されておりギアの出力は以前より上昇はしている。仮に今後もエクスドライブを発動することが出来るのならばそのたびに出力は上昇し続けるだろう。

 

だが現段階では通常モードではオートスコアラーとはまともにやり合うことは出来ない。イグナイトを発動させて初めて戦闘が成立するのだ。もっともそれも検証結果を基に計算したでどこまで信用していいのかも分からない。

 

そもそもイグナイト自体が出力の掛け算的な要素が強いため元が弱かったら話にすらならないんだがな。

 

「さて、どうするかね」

 

何がカギとなって呪いを克服するのかは俺にとっても未知の部分だ。跳ね除けるのか、飲み込むのか。身を任せるのか。はたまた呪いを乗りこなすのか。

 

とは言え俺に出来ることは何も無い。あるとすれば多少の負荷を別方面で引き受けてやることくらいだ。

 

後は…

 

「大丈夫、マリアならきっとイグナイトを使いこなせる」

 

「…そうだな」

 

調達が友として支え合って乗り越えてもらうしかないな。

 

ふと、風が吹いた。ひんやりとした風だ。それが頬を撫でるようにゆっくりと吹き抜けていく。海か近くにあるため別に不思議でない。それどころか昼の日差しで火照った身体にはありがたいものだ。

 

だがそれは異様な濃度の魔力が含まれていなければの話だが。

 

風が収まると同時に施設中に警報音が響き渡った。と同時に海辺の方からも爆発音が聞こえてくる。

 

「ソウ君、これってまさか…」

 

「ああ、本日二度目の襲撃だ。俺は施設に結界を張ってから行くから調はみんなと先に行ってくれ」

 

「分かった!」

 

走って階段を駆け下りていく調と俺。それを俺は冷めた目で見送った。屋上から浜辺を見ると時期的にふさわしくない氷柱がいくつも乱立していた。やはり今回の襲撃もガリィか。

 

そうこうしているうちに調を含む奏者と緒川が玄関から飛び出していく。反対側の出口からは非戦闘員やスタッフが避難車両に乗り込んでいるところだ。

 

俺は念のため施設全体に解析をかけ人が残っていないことを確認する。それから防音と認識阻害、ついでに申し訳程度の防御結界を張った。

 

「これくらいで十分か」

 

「そうですね。エルフナインもここにはいませんし問題ないでしょう」

 

空間の一部がゆらりと揺れる。その中心からファラが風で編まれたドレスを脱ぐかの様に出てきた。

 

「全くお人が悪いですね、大切な彼女さんに幻術をかけるなんて。しかもご丁寧に式神のダミーまで付けて」

 

「そう思うんならあんな風よこすなよ。どぎつい濃度の魔力込めやがって」

 

「申し訳ありません。ですがお兄様へ向けるものと思うとつい愛を込めてしまって…」

 

「いや、にしては重すぎない?一般人なら下手したら即死だよ?しかも感知の難しい術式組みやがって」

 

「ですがお兄様ならお気づきになられると信じておりましたわ」

 

「お、おう…」

 

まあおかげで調に結界張るついでに幻術かけられたから今回はいいけどさ。

 

「それで、態々そんなめんどくさい真似して、収集能力の高いガリィを囮にまでして俺に何の用だ?」

 

「あらあら、お兄様こそこんなにも周到に結界を張られて私に何か御用でも?もしかして聞かれると不味い内緒話ですか?」

 

「それはそっちもだろ。じゃなきゃそんなリスクを冒すかよ。ガリィも、お前も」

 

「…そうですわね。では率直に申しますわ。マスター・キャロルを救ってくださいませんか?」

 

 

 

 

戦況は終盤に差し掛かっていた。始めはガリィに圧倒されていたマリア。だがエルフナインの言葉を聞き弱さを受け入れイグナイトモジュールの発動に成功した。

 

「ようやく発動ですか。でもそんなんでガリィちゃんに勝てるんですかぁ?」

 

「勝ってみせる!私は弱さと共に前に進む!」

 

マリアはアームドギアを、ガリィは腕に氷柱の剣を手につばぜり合う。

 

一合、二合、互角の切り合いがが続く。だがそれは一瞬にして終わりを迎えた。陸から海に向かって一筋の風が吹く。それによって浜辺の砂が舞い上がる。

 

浜辺から海へ砂が飛ぶ。たったそれだけのことだ。だが一秒一瞬を争う戦闘では大きな意味を持つ。それがほんの瞬き程度でも相手の姿が視認できなくなるのだから。

 

「そこっ!」

 

そんな一瞬の隙を縫い決定打を放ったのはマリアだった。一閃でガリィの左腕を切り飛ばし本体には蹴りを叩きこむ。切り飛ばされた左腕は空中で爆発し、ガリィは砂浜に膝をつく。

 

偶々ガリィが海側に、マリアが浜辺側に。もしも立ち位置が逆だったら倒れ伏していたのはマリアの方であっただろう。マリアは冷や汗を流しつつも剣先をガリィに向ける。

 

「ふん、いい気になるんじゃないよ。その力はお前の物じゃない、お兄様がいて初めて機能する力に縋っている奴が!」

 

意味深な発言に動揺するマリアだがそれでも剣先はぶらさずガリィの脳天を一直線に狙い剣を振り上げる。

 

「おいおい、ヤバいんじゃないのあれ?」

 

本体は一体何をやっているのやら。ヒヤヒヤしながら俺は木の上から戦況を見守る。

 

「悪い、待たせた」

 

その時だった。本体がファラを連れて俺の元へ転移してきたのは。

 

「どうする?悠長に話している時間は無いぞ」

 

「ガリィを助ける。変化と相転移で頼む」

 

「了解」

 

本体の命令を受け俺はガリィそっくりに変化する。そしてマリアちゃんの剣が振り下ろされるギリギリのタイミングを狙ってガリィと自分の座標位置を入れ替えた。

 

瞬間、目の前には夥しい魔力を孕んだ剣があった。そして切られたという感覚も無いまま俺の意識は落ちていった。

 

 

 

 

 

「…ふう、何とか成功したようだな」

 

「それで、これはどうゆうことですか?お兄ちゃん?」

 

式神がマリアちゃんに斬られ爆発するのを見届けて俺は大きく息を吐く。そしてガリィはそんな俺とファラを訝し気な目で見つめる。

 

「お兄様との契約は成功したわ」

 

「そんなこと見れば分かりますよ!私が言っているのはそういう意味じゃなくてですね!」

 

ファラは作戦の成功を告げるもガリィは未だ不機嫌そうな顔のままだ。

 

「大丈夫だ。呪われた旋律は回収できるしキャロルも救える。それでいてお前達が望まぬ死を迎える必要も無い」

 

ファラが当初俺に告げた作戦はどうあってもオートスコアラー達は死を迎えなければならなかった。だがそれは呪われた旋律を回収するためだ。ならば別の方法で旋律を収集すればいいのだ。

 

「そんなこと出来るんですか?しかもマスターにバレずになんて」

 

「仮にもイグナイトを半分作ったの俺だよ?なんとかなるさ」

 

「そうですか。じゃあお兄ちゃんの言葉を信じますわ。それより!なんでファラはお兄ちゃんに肩を抱かれてるんですかね?」

 

「あらあら、だってお兄様が転移した方が速いからおっしゃいましたから」

 

「ん?ああ、そうだな。急いでたしな」

 

「ズルい!私もしてくださいよ!」

 

「別にいいけど?」

 

ガリィからの謎の要望を聞きファラと同じように肩を抱く。するとガリィは満足そうな顔をするが反対にファラは難しそうな顔になった。

 

「その…お兄様?私が言うのもなんですが調さんという彼女がいらっしゃるのですからそのようなことは控えられた方がよろしいのでは?」

 

「ん、そうか?」

 

「ええ、女性はそう言ったことを気にしますし」

 

「そうか、家族同士でも止めた方がいいのか」

 

「…え?なんとおっしゃいました?」

 

「家族だけど?だってお前らキャロルの記憶持ってるんだろ?俺はキャロルの兄貴だしお前らはキャロルから生まれた。ならお前らも俺の妹だろ。それにお前らも俺の事を兄と慕ってくれるからいいかと思ったんだが…」

 

「…そうですね。家族なら大丈夫ですね」

 

「ああ。それとキャロルには俺があいつのこと妹だと思ってること内緒にしておいてくれよ。それ言うとあいつ嫌がるんだよな」

 

そう言うとファラは笑っていたがどこか悲しそうだった。その時の笑い方は、やっぱり昔のキャロルにどこか似ていた。

 




このままいくとAXZはドシリアスになりそう…。
今回も読んでいただきありがとうございました。


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