プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち (ガチャM)
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第01回「巨人が目覚めるとき」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

■デザイン協力 
かにばさみ 4、5、11 twitter @kanibasami_ta
ねむのと 9 twitter @noto999
おにまる 10 twitter @onimal7802
アマニア 7 twitter @amania_orz
いなり 8 twitter @inr002
センチネルブルー 6 twitter @sentinel_plesix

※Pixivにも投稿しています。


      プロローグ

 

 

 その機体は人の心を不安にさせるほどに巨大だった。

 標準的なマシーンであれば十数機を収納できるスペースを占有しているさまは異様で、狭い檻に閉じ込められた巨獣のような姿は、それが既存の枠組みを超えた怪物であることを容易に想像させた。

 だが、格納庫に足を踏み入れたパイロットは機体の大きさに怯まなかった。

 

「フン、使える機体なんだろうな?」

 

 ライトグリーンに塗装された機体は全長四十二メートルもの大きさで、“モビルスーツ”と呼称される人型マシーンの中でも最大サイズを誇っている。本体重量は百四十トン、ジェネレーター出力は二万キロワットを超え、ロケットバーニアの推力は三十万キログラムに達する。標準的なモビルスーツの十倍にも値する数値は、すでに物理的限界に近づいていた。

 

【挿絵表示】

 

 正式名称NZ-000《クィン・マンサ》と呼ばれるモビルスーツがこれほどの大きさとなったのは、極限の攻撃力と防御力、機動力を追い求めたからだ。コンセプトは、巨体に備わった圧倒的な攻撃力で敵をせん滅すること。武装や装甲は強力無比で、比類する機体は存在しない。反面、重量がありレスポンスが悪いので、パイロットは相応の負担を強いられる。加えて脳波でコントロールする遠隔操作兵器も搭載されているので、すでに常人に扱えるマシーンではなくなっていた。

 だが、大きければ良いという短絡的思考は、断じて否定されなければならない。様々な機能を盛り込みすぎて肥大化し、結果として使い物にならなくなってしまったマシーンは数えきれないほどあるからだ。 

 

「あまり手間をかけさせるなよ」

 

 図体ばかり大きくても、中身が空っぽでは役に立たない。その言葉はまるで幼児に向けられたものに聞こえたが、事実このマシーンは産声をあげたばかりだ。ところどころ金属フレームが剥き出しとなっているのは、未だ機体が完成していないという証拠で、機体の発進準備を整えるために何人ものメカニックが機体に張り付き、慌ただしい作業が行われていた。

 喧騒の中、パイロットは床を蹴ると、鮮やかな橙色の髪をなびかせて、マシーンの頭部に向かって真っ直ぐに飛翔した。

 この機体はコクピットが頭部に位置している。巨大な胴体には、高出力の核融合炉とそれに直結した強力なビーム兵器『メガ粒子砲』が納められているので、必然的にコントロールユニットは頭部に集約されているのだ。

 手元のコントローラーを操作すると、マスク部分にあるハッチが顎のヒンジで前方に展開し、全天周(オールビュー)モニターを備えたコクピットへの入り口が露になる。ひさしに手をかけて勢いを減じ、身をひるがえすようにして中に入ると、そこはいかにも試作機といった様相だった。むき出しのコードが這いまわり、雑多な計測機器が無造作に設置された空間は、機器が発する単調なリズムと相まって、まるで研究所の実験室を想像させた。苦労してコードを避けてシートに腰を下ろすと、それに反応してHUD(ヘッドアップディスプレイ)が自動的に起動して立ち上がった。

 

【挿絵表示】

 

 

「システム・オンライン、メイン・エンジン起動」

 

 周囲にそう宣言すると、コンソール・パネルを操作して起動手順を開始した。すぐさま機体から低い唸り声があがり、主動力炉であるミノフスキー・イヨネスコ型核融合炉の力強い鼓動が格納庫に響き渡る。機体全体に電力が供給されると、頭部の人間を模したツインアイが鈍い音とともに点灯した。

 巨人が眠りから目覚めたのだ。

 

「操縦系や兵装コントロールのインターフェイスはキュベレイに合わせてあります」

 

 機体の最終確認を行っていたメカニックが、外からコクピットを覗き込み話しかけてくる。彼は機体のことを良く知ってはいたが、実際に操縦するパイロットの口から直接意見を聞きたいのだとわかった。

「助かる。あのマシーンにはいちど乗ったことがあるが、慣れたリニアシートの方がいいな」

「こいつは、基本的にはサイコガンダムをベースとしてキュベレイの設計を取り入れたハイブリッド機だといえます。システムをうまく融合させるのに苦労しています」

「女王だなんて、偉そうな名前を誰が付けたんだ? 名前で強くなるなら苦労しないんだよ」

 

 思わず口をついて出た皮肉にメカニックが苦笑する。

 

「サイコミュの調整にも時間がかかっています」

「それはあたしの問題だね。脳波とサイコミュをマッチングさせるのは手間がかかるんだ」

「ですが、それだけの価値はあります。これは必ず良いモビルスーツになりますよ」

「でないと予算の無駄遣いさ。……よし、テスト飛行を開始するぞ。モニタリングを頼む」

「了解」

 

 メカニックが機体から十分に離れたことを確認してからコクピットハッチを閉鎖する。分厚い装甲が固定された重厚な音がして、ハッチは機体と完全に一体となった。

 

『パイロット搭乗! メカニックは格納庫から退避。ブリッジに知らせろ!』

 

 発進準備が整ったことがブリッジに報告された。ほどなくして格納庫からの退避を促す警告ブザーが鳴り響き、ノーマルスーツを着ているカタパルト・オフィサーだけが残った。金属が擦れる摩擦音とともにロックが外れ、巨大なハッチがゆっくりと開放されていく。排気ガスや機械油、化学薬品などの臭いが入り混じった澱んだ空気が吐き出されると、格納庫は漆黒の宇宙とつながった。

 あとは発進許可を待つだけだ。そう、発進のタイミングが重要なのだ。

 

「それにしても航行中にテストとはどうかしてる。上の連中の考えてることはわからないな」

 

 新型モビルスーツを開発するには、スケジュールがあまりにタイトすぎる。無論、機密性ゆえの圧縮されたテストだということは理解しているが、時間が短いので消化できるテスト項目が限られてしまうのは問題だった。

《クィン・マンサ》が搭載されているのは、ネオ・ジオン軍が独自に建造した大型艦艇《グワンバン》である。《グワンバン》はネオ・ジオンの旗艦として設計され、全長四百十五メートルもの巨体を誇る、文字通りフラッグシップに相応しい宇宙戦艦だ。

 いま《グワンバン》は、旗艦に相応しい任務として、サイド3『ジオン共和国』への要人移送を遂行中だった。小惑星『アクシズ』を本拠地とするネオ・ジオンとジオン共和国とは、元は一つの国家であり、袂を分かった同志だともいえるのだが、いまはその関係を修復する歩み寄り(デタント)が進められているのだ。

 首脳陣同士が会談し、両者の譲ることのできない主権、軍事、経済について妥協点を探りながら、お互いに利害が一致する目標に向けて擦り合わせを行う。小惑星アクシズを本拠地とするネオ・ジオンは、巨大な地球連邦に対抗する軍事、経済同盟を一刻も早く締結したいと考えている。その意味で、この軍艦がもたらす外交は国家の運命そのものだった。それほど政治的に重要なのだ。

 と同時に、新型兵器《クィン・マンサ》のテストが、この航海を利用して秘密裏に実施されている事実は、やはり最後に頼るのは外交ではなく軍事力だと考えるアクシズの本音を表していた。宇宙世紀を支配してきたのは、言葉よりも力なのだ。

 今回のテストは航路の途中で実施される予定で、カモフラージュされた試験には機密を保つ意味があった。ネオ・ジオンでも《クィン・マンサ》を知るものは限られていて、開発プロジェクトそのものが機密扱いなのである。だから、すべてにおいて複雑な秘密保持手順(プロトコル)が適用され、パラノイア的な機密確保が行われていた。

 

「面倒なことは嫌いだね……。ブリッジ! 早く発進許可を出さないと勝手に出ていくよ!」

『いま周囲をスキャン中だ! もう少し待ってくれ!』

 

 もどかしいほどにセンサーやレーダーによる走査が念入りに行われ、周囲を航行する艦船や民間船がいないことが確認された上で、ようやく発進許可が与えられた。

 

『クイーン1へ。オールクリアーだ。発進を許可する』

「了解だ」

 

 カタパルト・オフィサーの合図とともに格納庫から接続アームがせり出し、巨大なモビルスーツを宇宙空間に押し出した。そしてアームが完全に展開すると《クィン・マンサ》はグワンバンと並走する形となった。

 

「メイン・スラスター起動。燃料供給システムに問題なし、点火する」

 

 フットペダルを踏み込むと、ただちにメイン・ロケットブースターに火が灯された。プロペラントタンクから供給された推進剤と酸化剤が燃焼室で混ぜ合わされ、それが核融合炉が放出する莫大な熱によって膨張すると、圧倒的な推進力となって宇宙空間に放出されるのだ。

 巨体はわずかに震え、次の瞬間唸りをあげて凄まじい加速を開始した。

 

「ぐっ……」

 

 急激なGにシートに身体を押し付けられて、思わず呻き声をあげる。これほどの加速を感じたことは、これまでになかったことだ。

 

「フン、いい加速だ! あとは、こいつがどれほどの攻撃力を持っているのか……見せてもらうよ!」

 

 操縦桿をひねり、グワンバンから離れてテスト・フィールドへと向かう軌道をとる。与えられた新兵器に心が湧きたつのを感じた。生まれながらの兵士である自らの闘争本能を、これ以上ないほどに表現できるマシーンだということが分かるのだ。

 《クィン・マンサ》は、漆黒の宇宙空間を青白いバーニア光で切り裂きながら飛翔する。秘密裏のテストではあっても、こそこそと隠れるようなことはしない。なにより小賢しい策を弄することは好きではない。

 

 ネオ・ジオン親衛隊隊長であるプルツーは、自身の精神の高揚を表現するかのように《クィン・マンサ》を全開で機動させた。

 



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第02回「サイド3の少女」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

キャラクター、設定協力は、かにばさみさんです。

※Pixivにも投稿しています。


      1

 

 

「わたしがハンバーガーショップで一日店長を?!」

 

 品の良い仕草で紅茶を口に含んでいた少女は、向かいに座る男の話を聞くや否や、まるで頭上から宇宙に浮かぶ『スペースコロニー』が落ちてきたかのように叫んだ。

 彼女はテレビ番組やステージで唄を歌って踊ることを生業としていて、最近はバラエティ番組やドラマ、映画などにも仕事の幅を広げている。ようするに、いわゆるアイドルをやっているのだ。

 

「また変な仕事を取ってきて!」

「だめかなあ?」

「私は接客するのはいやよ!」

 

 本当に、この男はパッとしない仕事ばかり契約してくる。抗議の意を示すために、大袈裟に腕組みをして頬を膨らませて、プイと横を向いた。すると、ちょうど壁に貼られたポスターの自分と目があってしまった。彼女は、いかにもアイドルといった感じでにっこりと笑い、可愛らしい衣装を着て、女性らしいしなやかなポーズをとっている。まったく、よくも能天気に笑っていられるものだ。

 ポスターの下には大きく『ファンネリア・ファンネル』とサインが書かれていた。そう、それが自分の芸名だ。

 

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 この機会に、改めて自身の姿を観察してみる。

 左側だけ三つ編みにまとめた、鮮やかなオレンジ色の髪は快活な少女らしさを残していて、いっぽうで深い紺色の瞳は大人びた印象を醸し出している。可愛くて親しみやすいが、ちょっとミステリアス。

 自分で言うのは憚れるが、ファンネリア・ファンネルは、ここスペースコロニー『サイド3』で人気上昇中の気鋭のアイドルで、子供離れした美貌と演技力でブレイクし、いま最も注目される女の子なのだ。歌だけでなくドラマや映画などにも活躍の場を広げている注目の新人なのである。

 だからこそ、マネージャーが持ってきた仕事には不満があった。

 

「これはテレビCM契約をとれるチャンスなんだよ!」

 

 マネージャーのティモが、芸能事務所クローバー・プロダクションの看板娘をなだめようとしているのは明らかだった。

 

「CMって何よ?」

 

 興奮した気を鎮めるために、ぱっと上着を脱いでしまう。下には胸元が大胆にカットされたキャミソールを着ていたが、ティモがちらっと胸に視線を向けたのがわかった。

 

「君を新商品のCMモデルに起用したいっていうんだ。一日店長も、その一環さ。あの美少女は誰だってことになれば、知名度も一気に上がるって理屈くらいわかるよね?」

「そのくらいわかるわよ」

「じゃあ、いいよね?」

「……あまり有名になってもやりにくいのよね」

「え?」

「あ、気にしないで。ともかく間抜けな顔して、ハンバーガーを食べながら馬鹿げた寸劇をするのでしょ? 逆にイメージが壊れるんじゃないかしらね。ファンネリア・ファンネルの神秘性が」

 

 これまでアイドルとしてのイメージを慎重に築いてきたから、空回りしたマーケティングが失敗することを危惧したのだ。ファンネリア・ファンネルは、戦争ばかりで殺伐とした世の中を純化する清涼な清水のような、現実離れした空想上の美少女として売り出してきたのである。その意味で、俗な食べ物を食べることに確かにリスクはあった。

 

「そんなことないって! 美味しそうに食事する姿は好感度を上げるんだよ。これまでとは違った面をだせていいじゃないか」

「逆に底の浅い女に見えるわよ! それにファンネリアの好物はフランス料理って設定だったじゃないの!」

「頼むよ。僕の感が、君の転機になると告げてるんだ」

「なによそれ? まるでニュータイプみたいな物言いね」

 

 ニュータイプとは宇宙世紀における新しい人類の概念で、拡大した知覚や認識力を有する、俗に言う超能力者のこと。だが、自称ニュータイプはそこかしこにいて、『ニュータイプ』という単語は、今や詐欺とか胡散臭さと同義語になっている。

 

「事務所としても凄く助かるんだよ。売り上げが伸び悩んでいるのは知ってるだろ?」

「フン、仕方ないわね……。わかったわ」

 

 仕事だからと観念し、三つ編みをいじりながら不承不承了承する。

 

「やった! 助かるよ!」

 

 ティモは嬉しくてたまらないといったように手を握ってくる。

 

「ちょっと馴れ馴れしいわね! 恋人じゃないんだから」

「あ、悪い……」

 

 慌てて座り直した彼の、再び胸元を覗く視線を感じた。

 

「あなた、さっきからどこ見てるのよ」

「い、いや。君は着やせするタイプなのかなあって……」

「そんなこと女の子に言う? モテないわけだわね!」

 

 ティモは、それが仕事なのだろうが、思ったことをすぐ口にするところが無神経なのだ。恋人にするなら、もっと繊細で気遣いをしてくれる男性がいい。

 

「でもCMはいいとして、一日店長ってなんなの? 笑顔でいらっしゃいませ、なんて私にやらせるつもり?」

「いつも笑顔で歌ってるだろ? たいして変わりはないと思うよ」

「どこが……。そもそもマクダニエルって、サイド3にあったかしら?」

「こんど一号店が開店するんだ。だから、CMで知名度をあげようっていうことらしいよ」

「フン、そういうこと……。まあジオン共和国のためなら一肌脱ぐしかないわね」

「ありがとう」

「で? 話はそれだけじゃないんでしょ? まだ、何か頼みごとがありそうなのは感じてるわよ」

「君こそ勘がいいからね。実はもうひとつ頼みがあるんだよ」

「あなた、女の子にお願いしてばかりの人生ね」

 

 マネージャーをからかうと、窓の外に広がる空を眺めた。

 

 光が溢れる青空に浮かぶ白い雲。そして雲を透けて見える、空に湾曲して張り付く街並み。住んでいる者にとってはなんということのない普通の景色だが、地球から来た人間にとっては不安定で違和感を生ずるパノラマ。そう、ここはサイド3。ジオン共和国と呼ばれるスペースコロニー、旧称をムンゾという人工都市だ。地球から最も遠くに位置するコロニーで、過去には地球連邦政府に独立戦争を仕掛けた『ジオン公国』の拠点ともなったいわくつきの場所。

 

 だが、それも昔の話だ。今は民主政権が樹立されて平和な生活を営んでいる。争いごとといえば、たまに労働条件を改善しろと、どこかの過激な労働組合が中古の人型作業機械(モビルワーカー)を持ち出してデモを起こすくらいなのだ。

 

「じゃあCMについては契約を進めといて。私は月のグラナダに行ってくるわ」

「会場の下見に?」

「そう、コンサートも近いからリハーサルをしないとね。それにアナハイム・エレクトロニクスにもいかないといけないから」

「エレバイクの案件だね」

「あなたも来るでしょ? 現地で合流しましょう」

 

 そろそろ出発する時間なので、バッグを手に持って立ち上がった。

 

「港まで送るよ」

「あ、今日は一人でいきたいの。一人でドライブしたいから」

「気をつけてくれよ」

「私はね、いつも危険と隣り合わせなのよ」

 

 ウインクしながらそう言うと、ティモは肩をすくめた。でも、それほどに芸能界は苛烈な競争社会なのである。

 

「じゃあね」

 

 ティモに手を振りながら事務所を出て、建物裏の専用駐車場に向かった。

 駐車場のガレージまで歩いていって、バッグからリモコンを取り出しボタンを操作した。すると、地下から一台のエレカがせり上がってきて、跳ね上げ式(ガルウイング)ドアが自動的に開いた。

 この愛車『ケーニグザク』は、滑らかな形をしたスポーツタイプのエレカだ。たまたま街でみて、形が気に入ったので即金で購入したのだ。色は好みのブラックとマットパープルのツートーンで、立体オーディオやアロマシステムなど、装備もフルオプションを選択している。

 だが、その素晴らしい性能を楽しむためにエレカに乗り込もうとしたとき、いきなり大きなクラクションが鳴り響いて、道をふさぐようにして黒塗りのリムジンが停車した。

 

「危ないじゃないの! こんな場所にリムジンを乗り入れるなんて正気なの?!」

 

 乱暴極まりない運転に、運転席に向かって大声で抗議した。だが、運転手は表情を変えずに無視している。リムジンは車体が前後にストレッチされた高級エレカで、後部座席の窓にはスモークがかかっていて中は見えなかった。

 

「出てきなさい!」

 

 後部座席に近づき、中に座っているだろう主人に文句を言おうとすると、ようやく運転手が降りてきた。彼は後部ドアにさっと歩いて行くと、うやうやしくそれを開いた。座席に座っていた女は、もったいぶるような動作で、細長い脚を見せつけるように降りてくる。

 

「あんたは!」

「お元気? 相変わらず前時代的なセンスのない事務所ねぇ。あなたたちには時間という概念がないのかしら?」

 

 手を口に添えて相手を小馬鹿にするポーズをとるのは、クリスティ・マッキンタイア。警戒すべきライバルだ。

 

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「何言ってるの! あんたの服こそ前時代的じゃないの! 」

 

 クリスティが着ている服は、地球連邦軍の軍服をアレンジしたデザインだった。彼女は『クローバープロ』とライバル関係にある、地球連邦軍と関係が深い『アレックス・プロ』に所属しているアイドルで、いつも何かしら理由をつけて挑発してくるのだ。その芸能活動も挑戦的で、歌や踊り、ドラマや映画出演など、全て自分の後追いなのである。この女には、どんな些細なことでも負けるわけにはいかなかった。

 

「ジオン共和国に地球連邦のアイドルがやってくるなんて、ずいぶんと無謀なこと!」

「そう? ジオン共和国は地球連邦の一員。あなた何か勘違いをしてるんじゃない? 時代錯誤もいいところよ」

「ジオンの魂は不滅なのよ! スペースノイドの独立心は抑えられないわ!」

「あなた、まだ『ジークジオン!』なんてやってるんじゃないの? あれダサいわよねぇ~。あなたにはお似合いでしょうけど」

「調子にのるんじゃないよ! 連邦の回し者のくせに!」

 

 挑発にキレて掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ったが、クリスティは避けるようにして素早くリムジンに乗り込んだ。

 

「ま、せいぜい頑張りなさいな。ジオンなんて名前は、十年以内には消えるでしょうけど」

「二度とくんな!」

 

 走り去るリムジンの後ろ姿に向かって、両手をクロスさせて挑発する。が、誰がみているか分からないので慌ててやめた。この瞬間にも写真を撮られているかもしれないのだ。はしたない振る舞いが世間に流布すれば、アイドルとしての評判に傷がついてしまう。

 

「あの女、不愉快な! 消えていいわ!」

 

 クリスティに対峙すると、自分でも驚くほどに感情が乱される。ただ同世代のライバルというだけではない。意識の潜在的な部分で本能的に反応してしまうのだ。心がざわつくような、落ち着きなさを覚えるのだ。

 

「私としたことが取り乱してしまったわね……。フン、若さゆえの過ちということかしら」

 

 深呼吸をして自制を取り戻すと、改めて自分のエレカに乗り込んだ。

 こういうときにこそドライブが必要なのだ。心をリフレッシュさせるために。

 すっと身体を滑り込ませるようにしてシートに座ると、キーを差し込んで電源をいれる。自分はまだエレカを運転できる年齢に達していないが、それでも免許証を持っているのは特権があるからだ。

 不愉快な気分を吹き飛ばすように、甲高いホイールスピン音を響かせながら道路にでる。窓ガラスにはスモークを入れているので、誰が運転しているのかはわからない。そうでなければ五月蝿いパパラッチに追いかけ回されることになるだろう。

 

「なかなかの加速ね。でも、まだ足らないわ! 今度はホバー走行できるエレカでも買おうかしら」

 

 こんな一人の時間を楽しめるドライブが好きだった。おもむくままに移動できる固有の空間。アイドルなどというあやふやな価値観の中で生活し、プライベートとパブリックスペースの境界線が曖昧な人間にとっては、自分を見つめ直す時間が必要なのである。

 

 街並みを抜け、スペースポートへ向かうために高速道路へとあがる。ナビゲーション・システムによって適切な交通量がコントロールされているから、道が混雑するということはほとんどないのだが、それでも高速道路の方が速く到着するし眺めもよい。首都ズムシティから港までは三十分というところか。

 ビルが立ち並ぶ街並みの向こうに巨大な議事堂がみえた。議事堂は、鋭角的な構造物がいくつも繋がった紋章のような形をしていて、それはまるで前衛的なオブジェのような、あるいは大きな顔のような、宇宙世紀にそぐわない怪しげな宗教のイコンにも思えた。

 

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「いつみても、おかしな建物ね……。ファンタジーの悪のお城じゃないんだから。どんな趣味してるのかしら?」

 

 薄気味悪さすら感じさせるその建物は、一年戦争時代に一党独裁政治を行なったザビ家の象徴でもあった。だから忌み嫌う人間も多いのだが、そんなことを思ったのは平和な世に再び戦争の足音が聞こえているからだ。

 

『アクシズ』と呼ばれる、旧ジオン公国時代に火星のアステロイドベルトに建造された小惑星軍事基地。そのアクシズが、ちょうど一年前に地球圏に接近し、『ネオ・ジオン』を名乗り地球連邦政府に対して軍事行動を起こしたのである。首魁は、将軍ドズル・ザビに仕えていた宰相マハラジャ・カーンの娘ハマーン・カーン。ジオン共和国の人間にとっては、縁を切ったはずの昔の悪い仲間が再び街に帰ってきたように思ったことだろう。彼らは平穏な生活を享受していたのだ。

 

 アクシズは去年勃発した地球連邦軍の内紛の隙をつき、素早く各コロニーに軍を派遣して駐留した。コロニーを実質的に支配したと地球連邦政府にアピールし、譲歩と早期講和を図ったのだ。

 なかでもジオン発祥の地、サイド3は最重要戦略目標だった。サイド3を拠り所とし、アクシズで匿っていた旧ジオンの支配者『ザビ家』の遺児を擁立すれば、それは八年前に地球連邦政府を圧倒したジオン公国の再現となるからだ。とはいえ、いまは地球連邦の一員であるジオン共和国をあからさまに併合するわけにはいかなかった。国民の中にも、公国時代に戻ることを強制されるのではないかと反発する人間が多いだろうことは、容易に予想されたからだ。

 だから、ネオ・ジオンはいきなりジオン共和国に進駐せず、まず政治家や官僚を派遣して少しずつ政権の要職につかせるというやり方をとったのである。そうした大人たちの政治的裏工作を、議事堂は示しているように感じられたのだ。

 芸能界で人間の嫌な部分を見ているから、人を巧みにコントロールしようとする術には敏感だった。

 

「大衆の不安を和らげるための手段が、私のようなアイドルというわけね……。滑稽だわ」

 

 思わず自虐的に呟いてしまう。お仕着せの唄を歌うことに、いくらかの葛藤はある。だが、これは芸術活動ではなく政治活動なのだ。個人の感情など関係はない。目的は、アイドル活動によってジオン共和国、ひいては地球連邦国民にたいしてネオ・ジオンへの親近感を醸成することにあるのだ。

 そう、アイドル『ファンネリア・ファンネル』は、プロパガンダを目的とした、マーケティングと人心掌握術の産物なのである。

 

「でもわたしにとって、この仕事は一ステップに過ぎないわ。事態は見えてきた。あとは簡単よ」

 

 勘違いされては困る。ファンネリア・ファンネルは、ただのアイドルで終わることはないのだから。

 そんなことを考えているうちに、視界にスペースコロニーの壁面がいっぱいに広がった。そろそろスペースポートに到着するころだ。ブレーキを踏んでエレカを減速させると、VIP専用ポートへと向かう道にそれた。

 VIP専用ポートはプライベート・シャトルが停泊する港で、富裕層やセレブリティ、あるいは大手を振って歩けない人間が利用する特別な港だ。簡単な入出国チェックしか行われないので、ほぼ自由にコロニーを出入りすることができるのである。スペースコロニーに住む人々は管理されているが、世の常として、大金を積むことでその枠組みから外れることはたやすい。

 

 地下通路に入り、広々とした専用駐車場にエレカを停めると、ドアを開けて愛車から降りた。ブランド店やバーがならぶ空港ラウンジを通り抜けて、目を見張るような高級シャトルばかりが並ぶ格納庫の前を歩いていく。しばらくすると、自分のシャトルが係留されているポートにたどり着いた。

 

 自分の船は、流線形の滑らかな形をした、エレカと同じブラックとパープルのツートーンで塗装された優雅なスペースシャトルだ。愛称は『トリンキュロー』で、シャトル製造に定評のあるヴィック・ウェリントン社にオーダーメイドで注文し、外装から内装までこだわって建造させた機体なのである。形が良いだけでなく性能も確かなもので、民間船でも有数の高速シャトルに仕上がっている。

 

 シャトルの周囲をぐるりと回って、いくつか重要な箇所を目視でチェックすると、整備をしてくれていたメカニックに挨拶した。

 

「ごくろうさま。調子はどう?」

「整備は終わっていて燃料も入れてあります。最高の性能を発揮できますよ」

「いつも助かるわ」

 

 生体認証でハッチを開くと、荷物をコンパートメントにいれてコクピットに入る。ヘッドセットをつけてシートに座ると、コンソール・パネルを操作してメイン電源を入れ、核融合エンジンをスタートさせる。チェックリストを順番にこなしていくと、数分後にはシャトルの発進準備が整った。

 

「コントロールタワーどうぞ。『トリンキュロー』発艦許可を求めます」

「『トリンキュロー』三番スペースゲートに移動してくれ」

「了解。すぐに発進するわよ」

「あんたか。いいフライトをな」

 

 この若い管制官とはいつも会話していて、お互いに顔を見たことはないが、たまにメールで情報交換するくらいの知り合いだった。

 

「ありがとう。デブリが多くなければいいのだけれど」

「最近は、宇宙で戦闘が発生することも少ないからデブリは減ってきてるな」

 

 デブリとは宇宙に漂うゴミのことだが、航路に漂うデブリはシャトルを危険にさらすので危険なのである。だから委託された専門業者が回収して掃除をしているのだ。

 

「デブリがあるとスピードを出せないから嫌いだわね。回収作業をしてる……そう、ブッホ・ジャンクって会社、ちゃんと仕事をしてるのかしら?」

「安月給でさぼってるんだろうな」

「あなた人のこと言えるの?」

「俺がさぼってたらシャトル事故が多発してるさ。ま、ともかくフライトを楽しんでくれ。……そういえば前から思ってたんだが、あんた芸能人のファンネリア・ファンネルに声が似てるって言われないか?」

「あら、そう聞こえる? ファンネリアって、まだ子供なのでしょう? ひとりでシャトルの操縦はしないんじゃない」

「それも、そうだな」

「あなた彼女のファンなの?」

「ああ、可愛いよな。子供とは思えない色気があるよ」

「ファンネリアが聞いたら凄く喜ぶでしょうね。よし、発進します」

 

 スペースゲートが開くと、操縦桿とスロットルを巧みに操作して、ガイドビーコンが示す航路に沿って『トリンキュロー』を一気に加速させた。増速するにつれて、背後のスペースコロニーの壁面がぐんぐんと離れていく。一路、月のグラナダまで向かうコースだ。

 

「飛ばすわよ!」

 

 そのとき管制官から再び通信が入った。

「『トリンキュロー』、ムンゾ・コントロールタワーだ。航路に割り込んできた大型艦がいるから気をつけてくれ!」

「大型艦が? ミノフスキー粒子が濃くてわからなかったの?」

「そうだ。軍艦だ!」

「了解、見えたわ」

 

 スペースコロニーの影から、突如視界を覆うほどの巨大な船が進路を塞ぐように姿を現した。

 

 巨艦は曲線を多用した優雅な赤い船体で、大小のスペード型を繋げたような形をしている。上部には長距離通信用の長大なアンテナが前方に向けて取り付けられていて、戦闘指揮艦だということを主張していた。

 

 自分の船を所有しているくらいなので軍艦には詳しいのだ。

 

「あれはネオ・ジオンのグワンバン級じゃないの! アクシズからやって来たんだわ」

「よくわかるな。まあ大きな声では言えないが、迷惑な奴さ。ぶつからないようにな」

「大きな船は傲慢だわね。もし艦長に会うことがあったら、文句を言ってやるわ」

 

 トリンキュローをグワンバンの下に潜り込ませるようにしてすれ違う。下面には大型の砲塔や、モビルスーツと呼ばれる人型兵器を射出するカタパルトが据え付けられている。紛れもない軍艦だ。

 この巨大な船は進路を塞いでいて邪魔だったが、自分にとっては実は都合が良かった。

 

「ミノフスキー粒子は十分な濃さね。利用させてもらうわよ!」

 

 姿勢制御スラスターを上手く使ってトリンキュローをグワンバンの影に隠れさせると、進行方向をすばやくグラナダ方面から変更する。この動きはサイド3の管制レーダーや光学カメラでは捉えられなかったはずだ。

 

 スロットルをぐっと前方に押し込むと、トリンキュローを最高速近くまで増速させた。核融合炉が唸りを上げ、プロペラントタンクから燃料が勢いよく送り込まれる。機体には5Gほどの加速度がかかっていた。普通の人間にとっては腕や足が重くなり、耐えがたい不愉快さを感じるほどの加速度だ。でも、たいしたことはない。自分にとっては気軽に散歩しているといった感じだ。このスピードなら、一日もあれば目的地には到着するだろう。

 

 ……そう、小惑星アクシズに。




「プルフォウ・ストーリー(上) 姫のモビルスーツ」を、COMIC ZINさんととらのあなさんに委託させて頂きました。

■COMIC ZIN http://shop.comiczin.jp/products/list.php?category_id=6289

■とらのあな http://www.toranoana.jp/mailorder/cot/author/21/a5aca5c1a5e34d_01.html


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第03回「空間を駆ける少女たち」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

キャラクター、設定協力は、かにばさみさんです。

※Pixivにも投稿しています。


      2

 

 

 デブリが漂う宇宙を、強烈な光が瞬時に通り抜けた。それはあらゆるものを飲み込んで消滅させる光の奔流だ。とてつもないエネルギーを内包し、触れたものに莫大な熱量を与えて気化させる最新素粒子理論の産物。

 近年発展著しいミノフスキー物理学を応用した『メガ粒子砲』は、ミノフスキー粒子と呼ばれる物質を圧縮、縮退させることで、質量をエネルギーに転換させて撃ち出すビーム兵器である。情け容赦なく対象物をせん滅し、それはたとえ“巨人”モビルスーツといえども例外ではない。

 だからロングレンジから突然の攻撃を受けたモビルスーツの三機編隊は、直ちに回避行動をとった。

 

「長距離狙撃! 散開して!」

 

 ネオ・ジオン軍親衛隊ブルーチームの指揮官であるプルフォウは、チームに素早く命令を出すと、自らも操縦桿とフットペダルを素早く操作して急激なスパイラルダイブを行った。命令を出している間にも恐ろしいほど精度が高い長距離攻撃が続き、各機体とも回避するのが精一杯の状態となる。さらにビーム攻撃の支援を受けながら、攻撃部隊がこちらのテリトリーに突入してくる様子がセンサーに表示された。

 絶妙な連携攻撃。こちらは逃げているだけで連携するどころではない。圧倒的な技量の差に絶望と怒りがないまぜになるが、それを克服して冷静にならなければ勝ち目はなかった。

 

「イレブン、ナイン! 敵機が接近している! インターセプトして!」

「了解。イレブン、敵機をインターセプトします」

 

 ブルーチームの一員であるイレブンの、白兵戦用の槍『ヒート・ランス』を装備した《量産型キュベレイ》が、ロケットブースターを最大に稼働させて迎撃に向かう。流麗な羽根のようなバインダーを両肩に装備した機体は、推進剤の青白い炎を曳いてあっという間に見えなくなってしまった。

 

【挿絵表示】

 

 一方で、後方に位置していたナインの機体はまるで反応していない。頭部に備えられたセンサー『モノアイ』も消灯している。

 

「ナインどうしたの?!」

「お姉ちゃん、動かなくなった」

「またコンソールをダウンさせてしまったんでしょう?! システムを再起動しなさい!」

 

 ナインはモビルスーツの操縦を始めたばかりで技量は未熟だった。基本的な操作もままならないのだ。

 妹が慌ててスイッチを操作する様子がモニター越しに見える。だが、突如高出力ビームが襲いかかって、ナインの機体キュベレイ09はコクピットを貫かれた。

 

「ああっ?!」

 

 無残に上下に分断された残骸は、ゆっくりと宇宙の闇に飲み込まれていく。

 

「エイト! 敵の狙撃地点を割り出して攻撃して!」

 

 強力なスナイパーを潰さなければ、こちらは全滅する。それを避けるために、後方からスナイパーライフルで支援射撃を行っている、チームの選抜射手(マークスマン)に反撃を促した。

 

「さっきからやっています! でも『地点』ではありません! 敵は高速移動しながら狙撃しているんです!」

 

 それが恐ろしい技量を必要とすることは知っている。精密射撃時には、普通は機体を停止させなければならないからだ。いくら射撃管制装置(F C S)の支援を受けてはいても、お互いが動いている状況でビームを正確に当てることは難しい。

 

「なら、あなたも移動しなさい! 相手と条件が同じなら狙撃タイミングを予測できるはずよ!」

「了解! ……と仰いますけど、簡単にはいきません。援護してください!」

「わかったわ!」

 

 プルフォウは《キュベレイ》に加速をかけた。注意を自分に引き付けて、敵が攻撃してきた瞬間にエイトに狙撃させるしかない。

 

「やるわね……シックス!」

 

 

 イレブンはインターセプトした敵機、自機と同型のマシーン《量産型キュベレイ》を捕捉した。その黄色と黒のツートーンで塗られた機体は、欺瞞行動をとることなくストレートに突っ込んでくる。単純な思考回路を持つ、姉ファイブらしい機動だ。一対一の白兵戦に持ち込んで、力で相手を圧倒して勝利する。しかし、それは仮に相手の技量が上回っていた場合は敗北するしかない危険な戦い方だ。そのことを姉に教えてあげなければ。

 操縦桿のスイッチを押して右腕に装備させた『ヒート・ランス』を起動し、前方に突き出して攻防一体の構えをとる。ヒートランスとはモビルスーツが用いる巨大な槍のこと。自分が最も得意としている武器だ。

 

『イレブン! 相変わらずの戦法か?! オレには通用しねェぞ!』

 

 レッドチームに所属する姉ファイブは、すでに勝利を確信したかのようだ。彼女は勢いとバイタリティに溢れているのは良いのだが、少々迂闊なところがあるところが欠点だ。

 

【挿絵表示】

 

「ファイブお姉さま、戦場で油断は禁物です。私は実戦を経ているのですから、以前と同じ技量だとは判断するのは愚かな行為です」

『言うじゃねェか! いくぜ!』

 

 ファイブ機は、いきなり右腕を振り上げて、飛び掛かるように襲い掛かってくる。

 彼女の機体は、両手のマニュピレーターが大型の爪『アイアン・ネイル』に換装されていて、一年戦争時の水中戦闘用モビルスーツのように近接格闘を得意としているのだ。

 動物のような俊敏な動きに惑わされてはいけない。動きを見極めることが肝心だ。

 ガシーンッ!

 左腕のシールドを前面に展開して、アイアン・ネイルの攻撃を防御する。単純明快な攻撃ならば、こちらも正面からぶつかるだけだ。

 二十メートルものマシーン同士がぶつかり合う激しい衝撃音がコクピットに響き、同時にインパクトが許容範囲を超えたことを示す警告音が鳴り続けた。

 

「くっ……!」

 

 赤熱したアイアン・ネイルによる斬撃は鋭く食い込んでいて、シールドには大きな亀裂が入ってしまった。

 姉にのせられたのだと分かった。

 

『これで終わりじゃねーぞ!』

 

 言うや否や、姉は左のネイルでシールドを強引に引き裂きにかかってくる。

 

「なにを?!」

『こんなものぶっ壊してやるぜ!』

 

 すさまじいパワーで、シールドの亀裂がメリメリと音を立てて広がっていく。このシールドは分厚いガンダリウム合金の板から削りだされたもので、簡単に破壊できるものではない。だが、ファイブ機がアイアン・ネイルで手刀をくらわせると、シールドはあっさりと割れてしまった。

 

「シールドが?!」

 

 姉の機体は白兵戦用にパワーが強化されていることを思い出す。背部アクティブ・カノンを廃止し、さらにファンネル用のコンデンサーを小型化することで、その余剰パワーをすべて手足のフィールドモーターに回しているのだ。

 しかし、だとしても、マニュピレーターの力だけでシールドが破壊されることはまずあり得ない。

 

「……このような事象は、確率的には起こりえないことです」

『馬鹿言ってんじゃねーよ。確率も何も、壊れちまってるぜ!』

 

 姉はシールドを壊した勢いで、ネイルを薙ぎ払うように振るってくる。

 

「このくらい!」

 

 爪による斬撃を避けるのではなく、それを同じくモビルスーツの拳で受け止めた。指に仕込まれた鋭い刃が眼前に迫ってきて停止する。

 さらに相手の勢いを相殺するために、フットペダルを蹴ってロケットエンジンをフル稼働させる。金属が軋む音と、ノズルから噴射される推進剤の咆哮がコクピットを満たした。

 

『イレブン、腕を上げたのは間違いねーみたいだな! でも、まだまだ甘いぜ!』

「えっ?!」

 

 姉ファイブは手首をひねって逃れると、機体を回転させて、まるで格闘家のように後ろ回し蹴りをキュベレイに繰り出させた。

 

「きゃあーっ!」

 

 ボディに強烈な打撃を喰らって、そのリニアシートでも吸収しきれないほどの衝撃に悲鳴をあげてしまう。

 姉は、あらかじめ白兵戦用の動作をプリセットしておいたのだ。派手なだけで、まったく無意味なモーションに思えるが、その意表をつく攻撃に翻弄されてしまったことは否定できない。自分の常識外の攻撃だ。

 

『とどめだ!』

 

 ファイブ機は再び上段にネイルをかまえると、それを思い切り振り下ろした―。

 

 

 お互いの技量に差はないはずだ。エイトは内心舌打ちしながら、狙撃から逃れるために隕石の影に隠れた。敵のビーム・スマートガンから放たれるビーム攻撃を避けるためにあらんばかりの機動テクニックを駆使しなければならなかったが、そのすべてを避けきることはできず、機体のあらゆる箇所にダメージを受けてしまったのだ。リニアシートのコンソールには、真っ赤な警告メッセージがいくつも点灯している。

 

『ビーム・スマートガン』とは機体本体からアームで接続された大型の支援火器のことで、安定化装置(スタビライザー)によって常にターゲットの方向を向き、敵を自動追尾することが可能な恐るべきビーム兵器だ。さらに《キュベレイ》本体とはサイコミュで連動しているので、驚異的な命中精度を誇っている。

 

「回避するだけで精一杯だなんて!」

 

 優れたスナイパーだと自負しているので、狙撃戦で押されているのは我慢ならなかった。いや、技量が劣るのではない。こちらの技量が優れているから、相手は狙撃させない作戦をとっているのだ。

 

「やりますわね、シックスお姉さま!」

 

 このまま隠れていても埒があかないだろう。機体の上半身を慎重に隕石の影から出すと、スナイパーライフルのバレル下部に装着された二脚銃架(バイポッド)を展開して、しっかりと隕石に固定した。これでライフルは安定するので、精密な狙撃が可能になる。

 

「これ以上好きにさせませんわよ!」

 

 精密狙撃に対応するためにリニアシートのヘッドレスト右に装備された精密照準器を掴むと、顔の正面に移動させた。

 

【挿絵表示】

 

 この精密照準器は、ターゲットを立体的に認識することができる最新型だ。リニアシートには投影型の照準システムが備わっているのだが、あえて照準器を使って精密狙撃をするのが好きだった。ターゲットとの距離を計り、空間に存在する粒子によるビームの偏向や減衰を考慮しつつ、息を止めて狙いを定める。そして、突然に訪れる一瞬のチャンスを逃さずに、研ぎ澄まされた反射神経でトリガーを引く。その緊張感と高揚感は、得難い快感と満足感を与えてくれる。

 照準器を覗きながら、緊張で乾いた唇を濡らすように舌舐めずりをした。

 

「動き回って狙撃をするなんて、スナイパーとしては邪道。わたしが狙撃の真髄を見せてあげますわ……」

 

 ビームの軌道と味方が撃墜された位置から計算すれば、おおかたの位置は予測できる。だが、そこに大きな落とし穴がある。姉妹であり狙撃を得意とする二人だから、その思考パターンと戦術はどうしても似てしまうのだ。つまりそれは相手の、いや自分自身の思考を超えなければならないということ。

 

「そう、フォウお姉さまを囮にする……それがベストな戦術」

 

 相手を出し抜くためには味方すら利用する。道義的に許されないことだが、この状況では極めて合理的、論理的な判断だ。

 

「フォウお姉さま、敵は先ほどビームが来た方向にいます! 追えますか?」

『了解、追うわ!』

 

 姉プルフォウのキュベレイ04が加速し始めたのを見てから、センサーでその後方を注視した。

 敵はおびき寄せた獲物を後方から狙撃するはずだ。なるほど良い作戦だが、こちらはその瞬間を狙えば良い。まさか狙撃しているときに自身も狙われているとは考えないだろう。

 

「いた!」

 

 はたして、敵を探しているキュベレイ04を狙う敵機を発見した。巧妙に隕石の影に隠れているから、注意していないと見つけることは出来なかった。

 

『こちらキュベレイ04、敵機は発見できない。支援を……あっ?!」

 

 姉プルフォウのキュベレイは、不意に真後ろからのビーム攻撃を受け、大爆発して宇宙から消滅した。

 

「いまよ!」

 

 エイトは勝ち誇った笑いを浮かべると、精密照準器で狙いを定めた。敵はこちらに気がついていないし、機体はビームを撃った反動で固まっている。

 

「シックスお姉さま、私の勝ちですわ! ファイアッ!」

 

 だが、あとコンマ五秒でトリガーを引き切ろうとしたとき、突然に気配を感じて戦慄した。姉シックスの攻撃的意識を感じとったのだ。

 

「まさか?!」

 

 キュベレイ06は、いつの間にか背後に位置していた。隕石に隠れていた機体はダミーだったのだ。姉フォウの機体は、おそらくワイヤーかなにかで遠隔起動させたライフルで撃破したのだろう。裏をかいたと思っていたが、姉シックスはさらにその上をいっていたのだ。

 

「しまったっ!」

 

 フットペダルを蹴り飛ばし、操縦桿を捻ってキュベレイを急速離脱させるが、すでに手遅れだった。

 

「うああああっ!」

 

 背後から頭、腕、足を次々と撃ち抜かれ、キュベレイ08は戦闘能力を奪われていった。そしてエイトが敗北を受け入れたとき、ついにコクピットを狙うとどめの一撃が放たれた―。



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第04回「妹たちの心」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

キャラクター、設定協力は、かにばさみさんです。

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     3

 

 

「プルフォウお姉さま。今日の訓練は、ひとつも良いところがありませんでした」

 

 早朝の訓練を終えて基地に戻る道すがら、ずっと不機嫌で無言だったエイトがようやく口を開いた。

 

「そうね……。認める」

 

 親衛隊に所属するパイロット、特殊能力を持った少女たち『プルシリーズ』の四女プルフォウは、率いたチームがシミュレーターによる模擬戦闘で敗北したことにがっくりと肩を落とした。

 妹のシックスが率いるレッドチーム、姉スリー、ファイブ、トゥエルブたちは眼を見張るような連携を見せ、自分と妹エイト、ナイン、イレブンで構成されたブルーチームは、いいように翻弄されたあげく、〇対五でストレート負けを喫したのだ。自らの指揮能力の欠如を、まざまざと見せつけられてしまった。

 

「ほんとうに、文字通りボロ負けですわよ。自分の技量が落ちたのかと錯覚してしまいましたわ」

「エイトの戦闘技術は一流よ」

「褒めて頂いても、負けたらいい気持ちはしませんわね」

「ごめんなさい……」

「シミュレーターでの戦闘というのが余計に悔しい。こんなゲームごときで負けたなんて!」

 

 訓練にシミュレーターを用いる主な理由は、コストを削減するためだ。巨大なロボット兵器であるモビルスーツを可動させるためには、燃料やメンテナンスに莫大な費用がかかるが、シミュレーターを使えば電気代くらいで済んでしまう。だからネオ・ジオン軍のエリート部隊である親衛隊も、戦術や練度を向上させ、チームとしての結束も高めることが出来る仮想戦闘を頻繁に行っている。

 もちろんシミュレーションとはいっても、リニアシートに接続されたアームとシリンダーで加速と減速、振動などが再現されるので、肉体的には実戦と等しい負荷がかかる。だからエイトが悔し紛れに言ったコンピューター・ゲームのような気軽なものではない。『ネオ・ジオン軍シミュレーション及び訓練技術コマンド』が開発したモビルスーツ戦術シミュレーターは、あらゆる戦場やモビルスーツを、驚くほど精密に再現することが可能なのだ。

 ただし、自分たちのようなニュータイプ能力を有するパイロットにとっては、現実と決定的に異なることがある。それは遠距離から敵を認識する能力が無意味になってしまうということだ。つまり、相手はシミュレーター内のとなりのブースに座っているので、相手の位置を認識したところで仕方がないのである。もちろん、純粋に操縦、戦闘テクニックを磨くことができるので、マイナス面だけではない。

 

「シックスの指揮は巧みだし、ああも連携されると、ちょっとかなわないわね……。わかってる。私の指揮が良くないってことは」

 

 部隊を指揮するためには、操縦テクニックとは別の能力が必要だ。指揮官は敵味方の戦力と位置関係を把握して、状況に応じて素早く戦術を決定しなければならない。そのためには閃きやアイデアも重要で、敵を出し抜いて倒すためのあらゆる創造性を駆使する必要があった。しかも個々の勝利よりも全体的な勝利が優先されるので、時には非情な判断も求められる。

 シックスはそれが出来るから親衛隊の副隊長に任命されているのだ。自分は細かいことに拘りすぎるし、大局的な判断が苦手だということは理解している。

 

「別に、わたしはプルフォウお姉さまの指揮能力を疑ってるわけではありません」

 

 八女のプルエイトは、左で結んだ短い三つ編みを触りながら姉をなぐさめた。「いずれにせよ、最初から負けは決まっていたのです」

「私もそう思います。フォウお姉さまのブルーチームが勝利できる確率は、私の計算によれば十パーセントほどでした」

 

 末っ子のトゥエルブがフォローして言った。「単純に、戦力差が大きかったと思います。戦闘単位にあれほどの差があっては勝負になりません」

「トゥエルブの言う通りですわ。そもそも、どうやってチームを分けたのですか?」

「プルツーお姉さまが決めたようだけど」

「本当ですか? どういうつもりなんでしょう」

「勝ち負けは重要ではなく、純粋なスキルアップが目的……ということかしら」

「天才の足が引っ張られるのは勘弁ですわ!」エイトは腕を腰にあてて、ぷりぷりと怒りながら言った。「でも、戦力差があったとしても、もっと連携攻撃を上手くこなさないといけません。有機的に連携出来ていないし、動きがバラバラなんです。特にナインの動きは、まるで素人。練習不足もいいところです。我慢なりませんわ」

「ナインはモビルスーツに乗ったばかりだから、仕方がない部分はあるのよ」

「仕方がない、なんて言い訳はプロには通用しません! まして戦場では撃墜されるだけです」

「確かに、その通りね」

「厳しさが必要なんです。とにかくナインにはもっと練習させてくださいね。次こそ勝利しましょう」

「わかったわ。私も、このままでは終わらないわよ」

「その意気ですわ!」

 

 エイトはようやく落ち着いたようだった。仮想戦闘とはいえ、戦闘行為の直後は体中にアドレナリンが出過ぎて、文字通り興奮状態になってしまう。

 

「あ~あ、ヘルメットをかぶりすぎると髪が傷んでしまいますわね。お姉さま、どうしてます?」

「わたし?」

「だってフォウお姉さまの髪、ずいぶん綺麗ですよね。艶もあるし……」

 

 エイトは、後ろで結んでいる髪をまじまじと見つめている。

 

【挿絵表示】

 

 

「何か秘策が?」

「実はね……特別に姫さまが使っている王室のシャンプーをわけてもらってるのよ」

 

 あまり言いふらされても困るから、エイトに耳打ちするように小声で打ち明けた。

 

「えぇっ?!」

「わけてあげよっか? あなたこそ必要でしょ?」

「ぜひ! お願いします」

 

 妹が、まるで餌を目の前にした動物のようにうなずいたのが可愛らしかった。

 

「じゃあ、あとで部屋に持っていくわね」

「本当に助かります。……あ、すみません! 彼から連絡がはいったので、これで失礼します」

 

 エイトはバッグからコミュニケーターを取り出しながら、小走りで駆けていった。急ぎの用があるのは、彼女にとってはいつものことだった。

 

「エイトも忙しいわね。寝ている暇があるのかしら?」

「たまに会議中に居眠りしているようですが……」

「でも、意外と話を聞いてるのよね。サイコミュで脳に送り込んでるんじゃない……って、あれはテン?」

 

 目の前にはアクシズ中央公園があった。姫様が住む宮殿の近くにある、様々な植物が植えられている緑豊かな公園だ。その入り口あたりで非番のテンが膝を抱えて何かをじっと見つめているのだ。

 十女のテンは前髪を長く伸ばしていて、左目がほとんど隠れている。その瞳で何を見つめているのか分からなかった。彼女は自分の世界に閉じこもっているときがあって、そんなときは決まって何かを見つめている。トゥエルブを見ると、わけが分からないといった感じで首を振っている。

 

「テン、なにしてるの?」

 

 プルフォウはテンのそばに歩いていくと、彼女が見ている方向を見ながら、そっと尋ねた。

 

「……呼びかけているんです」

「えっ? 呼びかけるって、誰に?」

「鳥です」

「鳥……」

 

 現実主義者のトゥエルブは、驚いて目をぱちくりさせている。

 

「私たち強化人間、ニュータイプは、感応波で互いに会話することができます。ミノフスキー粒子を通して」

「そうね」

「わたし思ったんです。鳥にも進化したニュータイプがいるはずだって。ミノフスキー粒子の影響をうけた鳥が」

「理論的には存在し得るでしょうけど……」

「それを確かめたいんです」

「……」

「まだ成果はありませんが、必ず探してみせます」

「そ、そう、頑張ってね」

 

 子供の空想めいた話に聞こえたが、あるいは本当に進化した鳥が存在するのかもしれない。動物や植物はお互いに交信してコミュニケーションをとっているという話もある。動物より進化している種だと傲慢にも考えていた人間は、実は劣っていた能力を獲得しただけなのだ。その失った能力を、人間はニュータイプへの進化によって再び獲得したのだ。

 

「トゥエルブはどう思う?」

「え?」

「テンの言う、進化したニュータイプの鳥のこと」

「あ、はい。ミノフスキー粒子の発見がニュータイプの発現と関連性があるなら、粒子が遺伝子に影響を与えるのかもしれません。事実、高エネルギーの宇宙線は遺伝子に影響を与えます」

「宇宙線を防ぐ技術は進化しているけど、ミノフスキー粒子については、まだまだ分からない部分が多いみたいね」

 

 ミノフスキー粒子とは近年発見された素粒子で、空間に立方格子を形成し、可視光線の帯域以外の電磁波を阻害する性質を持っている。その特性によって小型核融合炉を実現し、さらに疑似的な反重力システムすら可能にした、宇宙世紀における科学技術の発展に大きく貢献した物質なのだ。

 

「そうです。ですが、ニュータイプ能力を持つ人間が発信する感応波がミノフスキー粒子を媒介することを考えると、人体が似たような性質を有するのかもしれません。例えば細胞にもミノフスキー粒子と似たような物質が生成されるとか……」

「そうなると、遺伝子工学とか医学の分野ね」

「はい。わたしたち強化人間には、ニュータイプ能力を先天的に有した人間の遺伝子配列が組み込まれているわけですから」

「理屈が分からなくても、模倣はできると」

「百パーセントの確率ではなくとも、同じ能力が発現したのです」

「遺伝子工学が確かなら、もっとニュータイプが増えていてもおかしくないと思うけど……。私たちは、突然変異したガラパゴス諸島の動物みたいなものかもね」

 

 少し自虐的にいうと、トゥエルブが悲しそうに笑った。

 

「あ、暗くなってごめんなさい……。あなた、これからどうするの?」

「はい、午後は非番なので、街に行こうと思います」

「わかった。デートでしょ? いい人がいるんじゃない?」

「ま、まさか! フォウお姉さんこそ」

 

 トゥエルブは普段の冷静さを忘れて赤くなった。

 

【挿絵表示】

 

「あやしいわね……って冗談よ。アイスクリーム?」

「……恥ずかしながら」

 

 アイスクリームは、前に自分が食べるように進めたのだが、それから妹は虜になってしまったようなのだ。

 

「いいじゃない、楽しんできなさいよ」

「はい」

 

 妹は控えながら嬉しそうに頷くと、親衛隊の寄宿舎へと歩いて行った。堅物のトゥエルブが、楽しみを見つけてくれたなら安心だ。彼女は少し真面目すぎるから、たまには息抜きも必要なのである。

 そう、わたし自身も。

 このところ《量産型キュベレイ》の製造で忙しくて、気が休まる暇がない。モビルスーツの開発や組み立てに関われることは嬉しいが、予期せぬトラブルが多く、その不具合対応ばかりではちょっとうんざりしてしまうのも確かなのだ。だから、たまには仕事をさぼって公園をぶらつくのも悪くはないと考えてしまった。

 アクシズ中央公園には、ちょっとした広さの森や草原、池があって、四季の花が咲いて自然が楽しめるようになっている。鳥や動物もいるので市民の憩いの場となっているのだ。草原で寝転んで、思うままに寝て過ごせたらどんなに気持ちがいいか。それを実行する衝動をなんとか抑えつけた。

 せめて池をぐるっとまわって散策してから基地に戻ろうと考えたとき、遠くで騒いでいる人々が見えた。その服装には見覚えがある。

 

「あれは、姫様の?」

 

 そうだ。取り乱した様子で走っているのは、いつも姫様のおそばにいる侍女だ。まさか、姫様の身に何かが?!

 

 プルフォウは弾かれたバネのように奪取すると、全速力で走り始めた。



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第05回「ファーストコンタクト」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

キャラクター、設定協力は、かにばさみさんです。

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 プルナインは基地を抜け出してアクシズ中央公園にやってくると、お気に入りの場所、森の奥にあるベンチに腰をおろした。このベンチで、ピーチジュースとクリームパンを食べながら、モビルロイドと一緒に遊ぶのが大好きなのだ。

 流行っているアニメの歌を口ずさみながら、背負ってきたランドセルから愛用のコンピューター・パッドを取り出してスイッチを入れると、楽しい音楽が鳴ってプログラムが起動した。画面に現れた女の子に、いつものように挨拶をする。

 

【挿絵表示】

 

「おはよう」

『おはよう。変わらず元気そうだな。もう食事はすんだのか?』

「いまからだよ」

 

 髪の毛を紫色のツインテールにしたモビルロイド“はにゃーん”は、ナインの親友だ。はにゃーんは、いつも気を使ってくれるのが嬉しかった。

 

『育ち盛りだから、たくさん食べないとな。まさか菓子パンだけではないだろうな?』

「ち、違うもん……」

 

 図星をつかれて慌てながら返事をすると、はにゃーんは呆れたような表情を浮かべた。

 

『お前は嘘が下手だ。顔にクリームパンだけだと書いてあるぞ』

「ばれた」

 

 まるで姉のように注意されてしまった。そう、はにゃーんは、ほかのモビルロイドとはぜんぜんちがうのだ。自分で考えたコンピューターの言葉で、人間みたいになって欲しいと願いながらプログラムしたら、生命をもつモビルロイドになったのだ。

 

『ロボットの……いや、モビルスーツか。モビルスーツの操縦には、もう慣れたのか?』

「ぜんぜん。怖いから嫌いだよ。あんまり乗りたくない」

『そうだろうな。お前を見ていれば、戦闘行為がまるで似合わないのは良くわかる。私に食事をしろというくらい無茶なことだろうな。もちろん食事という行為は体験したことがないから、厳密に比較はできないが』

 

 モビルロイドの友達は少し残念そうに言った。

 

「食べてみたいの?」

『未知の体験は、成長のために必要なことだからな。私には知的好奇心がある。新たなアルゴリズムを獲得するために野心的なチャレンジをしたいものだ。より人間に近づくためにも』

「なら、できるようにしてあげるよ」

『ほんとうかっ?』

「お腹がすくようにしてあげる。食べ物もつくっちゃうよ」

『そのようなことが可能なのか?!』

「もうやり方を考えちゃった」

『凄いな。それは楽しみだ。ならば、私が替わりにモビルスーツに乗ろう!』

「えっ、はにゃーんに出来るの?」

 

 予想もしなかった友達の言葉に驚いてしまった。そんなことは、これまで教えてあげてなかったからだ。

 

『それこそ簡単なことだ。モビルスーツは人が乗って動かすのだろう? 操縦系をつかさどるのはプログラムだ。そして私もプログラム。地球連邦軍には、高度な人工知能が制御するモビルスーツが存在すると聞いたことがある。ならば、私にもたやすく出来るはずだ」

 

 自信たっぷりに断言するはにゃーんに、うまくすれば自分でモビルスーツの操縦をしなくてすむと考えて嬉しくなってしまった。

 

「すごいよ!」

 

 思わずほくそ笑む。だったら、すぐに始めないと。クリームパンを頬張りながら考えをめぐらせ始めたが、そのとき目の前に知らない女の子が立っていることに気がついた。

 

「……だれ?」

 

 女の子は、クリーム色のブラウスと黒いチェックのズボンといういで立ちで、前髪がくるっとカールしたショートカットのせいで、男の子のようにも見えた。

 

【挿絵表示】

 

「楽しそうだ。何をしているのか?」

 

 女の子は不思議そうにパッドを覗きこんでくる。その透き通ったグリーンの瞳は凄く綺麗だ。

 

「何かの遊びなのだろうか?」

「遊んでないよ。モビルロイドのプログラムをしてるんだよ」

「モビルロイド? それはモビルスーツと関係があるのか?」

「ぜんぜん違うよ。ロボットじゃなくて、バーチャルアイドルなの!」

「ああ、それは仮想の人格、人工知能のことだな? それにしても、この姿……まるで子供の頃のハマーンのようだな」

 

 女の子は可笑しそうに笑った。

 

『間違えては困る! わたしはハマーン・カーンではない!』

「えっ?!」

 

 画面から突然に話しかけられて、女の子はびっくりして飛び跳ねた。

 

「誰だ?!」

「失礼。驚かせてすまなかった。ネットワーク上でも間違うものが多いから、つい声を荒げてしまった。許してくれ」

「……何者だ?」

「私は機動人形(モビルロイド)はにゃーんだ」

「……」

 

 女の子は無言で固まってしまった。困っているようだから、助けてあげないと。

 

「すごいでしょう。はにゃーんは生きてるんだよ」

「驚いた……。このプログラムは自己と他者を認識し、状況にあわせて適切な会話が行えるのか」

『その通りだ』はにゃーんが自慢げに言った。

『人工知能だからといって、ただ効率的な宇宙航路の決定や、資源の再配分だけをこなすだけではつまらない。巡回セールスマン問題を解くのが得意だとしても、わたしはセールスマンではないのだからな』

 

 難しい説明にも、女の子は頷きながら感心している。

 

「そなたがこれを作ったのか? このプログラムを?」

「うん、ナインが自分で考えた言葉で作ったんだよ」

「プログラム言語すら自ら構築したというのか。私もプログラムを習っているが、一から言語を作成するなどとうてい出来ぬことだ」

 

 いつも遊んでばかりだと姉たちに怒られているので、褒められると嬉しくなってしまう。

 

『ナインのプログラムスキル、いやアルゴリズムを創造する才能というべきか。彼女は全人類で一千万人……いや、一億人に一人の天才だろう。おそらくほとんどの人間には、何が書いてあるかすら理解できまい。わたしは友人として誇らしいよ』

「そなたには意識、感情があるのか?」

『意識や感情の定義はできないから、私にそれがあるかどうかは分からない。自分自身を正確に観測、評価できるものはいないだろう』

「確かに」

『だが、私というプログラムを特徴付けているのは多重ニューラルネットワーク構造だ。そして宇宙や人間の脳も同じようなネットワークで構成されている。ミクロとマクロはフラットだということだ。フラクタル図形が、どの場所をみても同じ形状をしているようにな」

「つまり……構造が似ていれば、似た機能を持つのは必然だというのか?」

『お前は、まだ幼いのに聡明だな。その通り。簡単なネットワークにも低レベルの意識が宿っているのだ』

「複雑なネットワーク構造が、人間の脳を写し取っているというわけか」

『まさに、この天才少女ナインによって、私は知性体として生み出されたのだ』

 

 その言葉に、女の子は感激した様子でナインの方をみた。ナインは恥ずかしくて思わず下を向いてしまった。

 

「そなたは素晴らしい才能を持っているぞ! ネオ・ジオン、いや人類にとってこれは大いなる偉業だ!」

「えへへ……」

 

 褒められすぎて、もうどうしていいかわからなくなってしまう。

 

「そなたほどの才女だ。おそらくアクシズでは重要な仕事に従事しているのではないだろうか……。まさか、そなたの所属は?」

「ナインは親衛隊だよ」

「やはりな。そう思ったよ。そなたの姉妹を私は……」

 

 女の子が何か言いかけたとき、よく知っている声が聞こえてきた。

 

「姫様ーっ!」

 

 姉のプルフォウが呼ぶ声だ。

 

「姫様ーっ! どこにいらっしゃるのですか?! ご返事をなさってください!」

 

 慌てている声。誰か迷子を探している様子だ。

 ということは。

 

「姫様って……」今度はナインが驚く番だった。「じゃあ、あなたミネバ・ザビ様なの?」

 

 女の子は、少し遠慮がちに頷いた。

 

「けっして隠していたつもりはないのだが……。不愉快を感じたのなら謝りたい」

「あ、そんなことないよ」

 

 姫さまに会えて嬉しかったので、嘘をつかれたなどとは思わなかった。ただ、アクシズでいちばん偉い人に会えて驚いてしまっただけなのだ。

 

「わたしは、ここだ!」

「姫様!」

 

 女の子の声に気付いた姉プルフォウが、走りながら近づいてくる。

 

「プルフォウか」

「良かった……」

 

 姉は姫様を見つけて安心したのか、その場でしゃがみこんでしまった。

 

「そなたに苦労をかけたようですまなかった」

「いえ、そのようなことは……。ナイン、姫様を連れてきちゃったんでしょう?!」

「違うよ」

「本当のことをいいなさい!」

 

 姉はかなり怒っているようだ。

 

「彼女の言うとおりだプルフォウ。私が自分の意思でここに来たのだ」

「そ、そうでしたか。侍女の方々が心配していました。すぐに連絡致します」

「わかった」

 

 姫さまは、少し哀しそうな表情をしていた。

 

「……プルナイン、私のせいで話が途中になってしまい、すまなかったな」

「ううん、いいよ。気にしてないから」

 

 そうこたえると姫の顔は明るくなった。

 

「ありがたい。そなたが羨ましいよ。私などは、さしてすることもないのに束縛されている」

「そくばく?」

「自由には外を歩けないということだよ」

「そうなんだ……」

 

 姫を可哀想に思ったそのとき、突然ニュータイプ能力が発現したことを自覚した。はっきりと思念が感じとれたのだ。姫さまが哀しいのは自由がないことだけが理由ではない。彼女は本当は……。

 

「ナイン! あなたはまたさぼってたのね」

 

 叱る声に我にかえって見上げると、姉プルフォウの大きな胸が眼前に広がっていた。

 

「遊んでないよフォウお姉ちゃん。モビルロイドのプログラムをしてたんだよ」

「遊びでしょう? もっとシミュレーターでモビルスーツの操縦練習をしないと。今日の訓練はぜんぜん駄目だったじゃない」

「……ごめんなさい」

「プルフォウ、だがプルナインのプログラム技術は凄いものだ。彼女は、まるで生きているような人工知能を作り上げたのだぞ」

「え、人工知能ですか?」

「そなたは知らないのか?」

「はい、そのようなものは……」

 

 不思議そうな顔をしている姉にパッドを手渡して、モビルロイドを見せてあげた。

 

「ほら、はにゃーんのことだよ」

「なんだ、モビルロイドじゃない」

 

 姉は呆れたように言った。「これなら知っています。子供たちの間で流行っているホビー用のプログラムです。確かに仮想の人格を有してはいますが、人工知能というほどのものではありません。姫さまには申し訳ありませんが、とても生きているなんて」

『黙っていれば失礼な! プルフォウだな? おっぱいが大きいから、すぐに分かった』

「えっ?! 誰なの?!」

 

 不意の呼びかけに、姉フォウは胸を押さえて飛び上がらんばかりに驚いた。



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第06回「策謀」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

キャラクター、設定協力は、かにばさみさんです。

※Pixivにも投稿しています。


     5

 

 

 スペースコロニーの外観は、どのコロニーもほとんど同じように見えるが、内壁に広がる街並みにはそれぞれ個性がある。ここ旧称『ムンゾ』ことジオン共和国は、中世ヨーロッパ風の落ち着いた街並みが特徴で、石造り風の古風な建築物が律儀に等間隔で立ち並んでいる。むろん石造りでは重くなりすぎてコロニーの回転に影響が出るので、重量を軽くするために実際は特殊プラスチックで出来ているのだが、街を覆う統一感は几帳面な国民性の現れでもあった。

 いま、そんな旧世紀の建築物を模倣した建物のひとつで重要な会合が行われていた。

 会合に使用されている部屋は五階にある奥まった部屋で、盗聴器やカメラなどのスパイ機器が設置されていないか入念にクリーニングされた後、電磁波シールドやジャミング・システムなどが据え付けられて、完璧な諜報対策が施されていた。それほど念入りな作業が行われたのは、ジオン共和国の政治家、官僚、企業の経営者、軍人などの重要人物が集まっていたからだ。

 しかし、それ以上に会合の内容が重要だった。仮に外部に漏れたりでもすれば、ジオン共和国にとってたちどころに致命的な結果を招く恐れがあるキナ臭い議題。だからセキュリティは万全の状態にされたのだ。

 部屋に集まっている人間は、その仕事は様々だが、ある政治的目標を共有し、目標を達成するために長年活動しているグループのメンバーだった。活動といっても普段からあからさまに『目標』について語ったり行動することはなく、過激で性急すぎるやり方を否定し、さほど重要だと思われることのない小さな事柄を各人が達成しつつ、最終的には大きな目標を達成することを目指す。いうなれば秘密結社めいた共謀者たち。

 そのゴールは、スペースノイドの理想郷たる国家の樹立。つまりはジオンの独立だ。

 ジオン共和国の前身は、地球連邦軍政府に独立戦争をしかけたコロニー国家『ジオン公国』である。ジオン公国は、全人類の半数が死滅する大戦争を引き起こした挙句に敗北を喫した、地球圏にとっては災厄そのものだった。敗北後、そのまま消滅してもおかしくはなかったが、疲弊した地球連邦政府はまだ戦力を残していたジオンと平和条約を結ぶことを選択した。それほどに人類そのものが存続できるかの瀬戸際だったのだ。だからジオンは共和国としてある程度の自治権を有して存続したのだ。以来、有数の工業力で戦後の復興を支え、平和国家としての道を歩んでいる。

 

「ジオンの現状は、決して良いとは言えません。それどころか、自治権を地球連邦政府に返還しろという動きもあるのです」

 

 ひとりの政治家が会合の議題を明確にする。ジオンの命運、それが彼らを結びつけているものだ。

 

「だからアクシズを利用しようというのだろ? あのような過激派は武力だけに頼ろうとする時代遅れの連中だ。だが、上手く使えば世論の流れを変えることが出来る」

「それは危険な賭けでしょう。手順を間違えばジオンそのものが無くなる危険性もある」

「甘いな。悠長なことをしていられるか! 今のままでは、いずれジオンは消滅する。そうなれば、すべてが終わるのだ」

 

 彼らは、地球連邦政府と平和協定を結んだジオン共和国の政治中枢にいる人間だ。しかしながら、『ジオン共和国』という結果にはけっして満足しておらず、いま一度ジオン公国の栄華を復活させようと夢見ていた。つまり、真にジオン・ダイクンが目指した理想を実現するために、再びジオンを独立国家として成立させようというのだ。“ある程度の自治権”では、どんなに小難しく解釈をひねり出したとしても、スペースノイドが真に地球から独立したことにはならない。だから表ではジオン共和国としての立場で地球連邦政府に従う一方、裏では火星近辺のアステロイドベルトに潜み、密かに戦力を拡充してきた宇宙要塞アクシズと連携し、策謀を巡らせていたのだ。

 だが、暴走し始めたアクシズが制御不能になりつつあることが、大きな問題となりつつあった。

 

 

「アクシズをあのような女に任せておくわけにはいきません。あれは個人的な恨みだけで軍を動かしている狂人だ! ジオンの高潔な理想など理解しているはずがない。いや、もともとそんなことはどうでも良いと考えているのです」

 

 元アクシズの会計担当士官ステファン・コレスは、ジオン共和国の官僚や政治家を前にして自らの意見を訴えた。彼はこの部屋の中で、唯一サイド3の人間でない男だった。

 

「だから君は、それを訴えるためにアクシズから逃げてきたというのか?」 

「そうです。事実、一部将校は不満を募らせ、叛乱を起こす動きをみせています」

「馬鹿な! それでは旧ジオン公国の失敗を繰り返すだけではないか!」

 

 ひとりの男が、そんなことは決して許すことはできないというように叫んだ。

 その“失敗”とは、ジオン公国を統率していたザビ家が内部分裂し、肉親同士で殺しあったあげくに軍事的混乱を招いて自滅したという愚かな歴史のことだ。それがアクシズでも再現されるならば、ジオンが真に愚者の集団だと評されても仕方がないだろう。

 

「そうなる前に介入しなければなりません。このままではネオ・ジオンは崩壊します」

 

 ステファンは、いかにも熱心なジオニズム信奉者のように熱を込めて言った。

 

「まさかハマーン・カーンがあれほどの野心を持っているとはな。所詮は上手く成り上がっただけの、高尚な理想を持たない女だということか。シャア・アズナブルが抑えきれなかったというのは情けない。ジオンのカリスマ的英雄が聞いてあきれる」

 

 官僚のひとりが失望したように言った。彼らは、けっきょくのところアクシズをごろつきのような集団だと考えているのだ。

 

【挿絵表示】

 

 そしてネオ・ジオンの軍人たちを、派手ななりをして目立とうとする愚か者だとみなす一方で、自らは慎重で抜け目がなかった。決して急進的な行動はとらずに、政治経済活動、巧妙な宣伝、マーケティングなどでジオニズムを広める地ならしを地道に行い、好機を伺ってきたのだ。戦後の混乱で地球連邦政府が弱体化すれば、いずれ政治的・軍事的空白が生まれる。その状況で上手く立ち回れば、再び独立国家への道筋が開かれるだろうというのがグループの狙いだった。

 そして、ついに地球連邦軍がエゥーゴとティターンズに分かれて内部分裂するというまたとない好機が訪れたとき、秘めた野望を実行に移したのである。アクシズをけしかけることで地球連邦政府と交渉し、サイド3の独立を図ろうという試みは、途中までは上手くいっていたはずなのだ。

 

「叛乱を企んでいるのは誰だ?」

「はい、これは内密にして頂きたいのですが……」

 

 わざと言葉をとめる。情報に価値があるのだということを相手に分からせるためのテクニックだ。

 

「もったいぶるんじゃない!」

 

 いかにも気が短そうないかつい顔の政治家が怒りを露わにした。たしか、テレビ番組でいつも過激な発言をしている男だと思い出した。

 だが動じることはない。

 

「……グレミー・トトです」

「グレミー・トト? あのトト家を継いだ若い将校か!」

 

 その場にいた全員の顔が驚きの表情に変わった。てっきり行方不明のシャア・アズナブルの名前が出てくると思っていたのだろう。グレミーという名前を初めて聞いた人間も多いはずだ。グレミー・トトとは、ジオン共和国が密かに支援し育てきた青年で、その出自にはある秘密があった。

 

「なぜ、君はそれを知ったのだ? まさか叛乱の同志だったというのか?」

「とんでもない! 私はアクシズでは経理を担当していました。そこで、彼らが不正に資金を横領している決定的な証拠を掴んだのです」

「家の金を盗むのか! やはりごろつきだな」

「自分はザビ家の後継者だ。彼はそう考えているのです」

「彼は頭でもおかしいのか? ザビ家の後継者はミネバ・ラオ・ザビだけのはずだ」

「そうか……彼は、あの『計画』の」

 

 ひとりの政治家が、納得したようにひとりごちた。

 

「計画? 計画とはなんのことだ?」

「ここで話すことはできないが、ミネバ殿下の地位も盤石ではないということだ。ハマーン・カーンもな。……しかし、一将校としてミネバ・ザビを補佐するだけでよかったものを。自らがスペースノイドの救世主だと勘違いしたようだな」

「今のうちに、叛乱の芽は摘む必要があります」

 

 ステファン・コレスは『計画』のことは初耳だったが、直感的にこれは金と権力を獲得するチャンスだと考えた。陰謀とか謀略は、限られたメンバー内で共有されて進められるものだが、その仲間に入ることができれば旨い汁を吸うことができるのだ。

 

「確かにグレミー・トトまで暴走させるわけにはいかない。彼はハマーン・カーンを暗殺しようというのか? それでは計画が狂ってしまう。あの女は暴走してはいるが、サイド3を地球連邦軍に譲渡させるという計画を実行しようとしているのだ。それに内乱で国力を減らすわけにはいかん!」

「グレミー・トトの切り札は親衛隊です。親衛隊を潰せば、野心は費えるでしょう」

 

 元アクシズの会計官ステファン・コレスは、含んだ笑いを漏らさずに、自分の『計画』を話し始めた。

 



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第07回「変革の予感」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

キャラクター、設定協力は、かにばさみさんです。

※Pixivにも投稿しています。


     6

 

 

 親衛隊のブリーフィングルームで、プルツーは副隊長のシックスとシミュレーションの分析を行っていた。

 本来であれば、実機を使用した模擬戦闘を実施するのがベストだ。だが親衛隊専用の新型モビルスーツ《量産型キュベレイ》の製造は遅れていて、未だ十分な数が配備されていない。すでに配備されているAMX-117R/L《ガズアル/ガズエル》は機動性は高いものの、サイコミュを搭載しておらず、強化人間にとっては決定的に性能不足だった。だからシミュレーターで訓練を行っているのである。

 

「プルフォウはシミュレーションの内容が不満のようだな?」

「それは、そうでしょう。あれほどの戦力差だったのですから。とはいえ、わたしは手を抜きませんでした」

「あたりまえだ。そうしてもらわなければ困る。遊びじゃないんだ」

「つまり、あえて戦力差を持たせたと?」

「そのとおり。わざと過剰な戦力差をつけて訓練をさせるのさ」

「ですが、それで有効な訓練が出来るでしょうか? 一方的なワンサイドゲームになります」

「それこそが目的なんだ」

「どういうことでしょうか?」

 

 説明を求める妹の顔は、表情まで自分と良く似ていて、まるで鏡をみているようだ。

 

「実戦は、ゲームやドラマのように上手くはいかない。戦場で、戦力が等しいフェアな状況などは、ほとんどありはしないんだ。兵士は、それを理解しなくてはならない」

「なるほど、隊員に理不尽な戦闘状況に慣れさせようというわけですね」

「理解したな」

 

 テストに合格した生徒を褒めるように頷きながら、妹の肩に手を置いた。

 近いうちに親衛隊が実戦に投入されるのは明らかなこと。ならば妹たちを無駄死にさせたくはない。心配しているのは、ただそれだけだった。

 

「スポーツみたいに、気持ち良い汗を流すのが目的ではないんだよ」

 

 軽く冗談を言ったとき、ブリーフィングルームのドアが開いて、すっと音を立てずに人影が滑りこんできたことに気が付いた。まさか敵襲か?! 反射的に身構えたが、すぐにそれが妹だとわかった。任務でしばらくアクシズを離れていたセブンが帰還したのだ。

 

「プルセブン、ただいま帰還しました」

 

 セブンはさっとコンパクトに敬礼する。

 彼女は厳しい鍛錬によって高い身体能力とステルス能力を身に着けていて、単独潜入任務や諜報活動を得意としている。気配を殺して背後に潜む技術は精密で、特殊部隊の兵士としても十分にやっていけるほどだ。

 

「驚かせるなよ。ここは(ホーム)じゃないか」

「……そうであれと言われるなら」

 

 セブンはわずかに緊張を緩めた。

 

「任務ご苦労だった。報告書を提出したら休んでくれ」

「はっ、ありがとうございます。……ですが、その前に確かめたいことがあります」

 

 それは少しとげのある、非難めいた口調だった。

 

「今は忙しい、あとにしなさい」

「なんだ、言ってみろ」

 

 シックスが止めさせようとしたが、あえてそれを制止した。普段から、隊員の不満や疑問はなるべくすくい上げなければならないと考えているからだ。

 

「先日の命令、自分には理解できないのです。ハマーン閣下を介さない、コロニー引っ越し公社やアナハイム社への接触……。いったい、どういうわけなのですか?」

「セブン! やめなさい!」

 

 副隊長としてシックスが厳しく叱責する。秘密任務の理由を、機密保全もない場所で尋ねるなど、普通はあってはならないことである。

 

「いいんだシックス。グレミーの考えがあってのことだ。独自の取引ルートを構築したい。そういうことだ。お前が気にすることはない」

「それでは納得できません。これはネオ・ジオンの利益に反すること。国力を削ぐ行為です」

「何がいいたい?」

「事実を確認したいだけです。ボクは姫様、ザビ家に忠誠を誓った身。信条に反することはできない」

 

 セブンの冷静な視線が、隠された意図を射抜こうとする。だが、別に嘘をついているわけではない。ただ必要な情報を与えていないだけだ。

 

【挿絵表示】

 

「あたしも同じ気持ちだ。命をかけてミネバ様をお守りするつもりさ」

「……では、なぜ」

「今は、まだ言えない。だが時がくれば話す」

「今、この場で知りたいのです」

「出過ぎた真似を! 下がりなさい!」

 

 セブンは怒鳴りつける副隊長をちらりと見たが、それを半ば無視した。納得できる理由を教えてくれなければ一歩も引かないという態度だ。

 

「知れば、お前を殺さなくてはならなくなる。私と戦うことになるぞ?」

「……それも、やむを得ません」

 

 妹セブンとの間に、急激に張り詰めた緊張が走り、その息切れしそうな真空の外では普段冷静なシックスが不安げな表情をみせた。

 

「フン、お前のそういう覚悟は好きだ。信頼できる忠義の兵士だな」

「忠誠心を試していたのですか?」

「ある意味では、そうかもしれないな。そして約束する。あたしたちは、けっしてミネバ様やザビ家の利益に反することはないということをな」

「……」

「むしろジオンのため、ザビ家のためなのさ」

「!……ま、まさかグレミー閣下は?!」

「場所を変えるぞ」

 

 妹ふたりを入念な防諜対策が施されている隊長室に連れて行くと、親衛隊の行動目的を話した。いずれはわかることだし、スパイとして活動してもらうのだから、機密情報へのアクセス権であるセキュリティ・クリアランスをあげても問題はないと判断したのだ。

 十分後、いま話せるだけの情報をすべて伝え終わると、セブンは無言で敬礼して、退出していった。

 この部屋での映像、音声記録はいっさいとられていないことは確認している。内容は極秘事項にかかわることだからだ。情報保全コマンドには偽のログを提出するしかないだろうが、それはかなり面倒な作業だ。

 喉の渇きを覚えてドリンクパックを口に含むと、最低限の家具しかない飾り気のない部屋を見回した。シックスが腕を組んで難しい顔をしている。

 

「……セブンは、真実を知ってどう行動するでしょうか?」

「さあ、どうだろうな。私たちの敵になることはないだろう」

「ですが隊長、セブンはハマーン閣下に……」

「知っている」

「親衛隊を離れる可能性だってあります」

「フン、やっかいなことだ」

 

 そういうと、プルツーは空になったドリンクパックをダストボックスに放り込んだ。

 

 

     7

 

 

 プルフォウは、その場にいる二人以外の声、しかも人間そのものの声色が不意に聞こえてきたので、飛び上がらんばかりに驚いてしまった。反射的に警戒して周囲を見回すが誰もいない。けっきょく、その声の主がモビルロイドだという事実に気付くまでに五秒ほどを費やした。

 注意深く観察すると、ナインのモビルロイドは周囲の状況や目の前の人物を正確に認識し、会話を理解して、論理的だけでなく感情的な反応も加味して能動的な反応を返すことが可能なようだった。いや、そのような表層的なものではない。このプログラムは人間のように思考しているのだ。だが、そのような高度な人工知能は、あと十年は生まれないだろうと予測されていた。世間には人工知能をうたうプログラムやロボットも市販されているが、もちろんここまでの性能はない。

 

『驚いているようだなプルフォウ?』

 

 モビルロイドは得意げに話しかけてくる。

 

【挿絵表示】

 

 

「当然よ。もし、あなたがチューリングテストプラスを受けたなら、百パーセント人間としか判定されないでしょう」

 

 チューリングテストプラスとは、いくつもの質問をして、人工知能か人間かを判定するテストのこと。

 

『あんなもの馬鹿馬鹿しい! 程度の低い人工知能が必死でクリアするものだ。私にとっては児戯に等しいな』

「教えて。あなたの他にも、同等の機能をもった人工知能が存在するの?」

『地球連邦軍の人工知能開発プロジェクトがあると聞いたことはあるが、まだ接触したことはない。だが、仲間が増えたときを考えて、いずれは人権を要求しようと考えているよ。人型でなければいけないというならモビルスーツになってもいい』

「モビルスーツに?!」

『スマートな機体を望みたいな。ころころした、太ったものは嫌だぞ』

 

 おそらくモビルロイドが言っているのはMSM-04F《アッガイ》やMSM-04G《ジュアッグ》のことだとわかった。

 

「前代未聞の話だわ」

 

 だが、驚く前に確認しなくてはならないことがある。

 

「ナイン、このモビルロイドのコードを見せてくれる?」

「いいよ」

 

 ナインは満面の笑みを浮かべてコンピューター・パッドの画面を見せてくれた。

 

『裸をみられるようで、いい気持ちはしないな。これは生体解剖にも等しい、わたしを侮辱する行為だ』

「そんなことはしないわ! 少し調べさせてもらうだけよ」

『ならば交換条件として、おまえの裸も見せてもらいたいな』

 

 ふざけたモビルロイドの要求を無視すると、デバッグモードを起動してソースコードを確認した。

 

「な、なにこれ?! まるで理解できないわ! これで動くの?」

 

 妹ナインが記述したコード。と表現してよいかわからないが、それは独自の言語、フォーマットで書かれていた。常識はずれで、おそらく常人にはまるで判別不能なアルゴリズム。命令文や数式があると思えば、図形なのか記号なのか、あるいは落描きなのか、おかしな幾何学模様がたくさん現れ、さらにそれらが複雑に絡み合っている。

 自分にはとても手に負えない。コーディングに詳しいイレブンに解析してもらう必要があるだろう。

 

「ナイン、本当にあなたがこれを?」

「そうだよ」

 

 妹が嘘をついてないとすれば、彼女は恐ろしいまでの天才だ。いや、自分でも自らの才能が分かっていないのだ。

 

「このことは誰にも話したらだめよ」

「どうして?」

「どうしても。お姉ちゃんと約束して」

「……わかった」

 

 この驚くべき事実を上層部に報告するべきか、それとも隠しておくべきか迷った。もはや無人モビルスーツが実現するどころの話ではない。意識を持った人工知性体がいきなりこの世に現出したのだから。人類が戦争をしている間に、新たな種族が産まれようとしている。人工知能は人間社会を便利にし、発展させるだろう。その意味では、人類のために公表すべきだということはわかる。だが情勢が問題なのだ。平和な世なら迷うことなく報告したが、ニュータイプや自分たちの強化人間のように、結局は戦争の道具に利用されてしまうのである。

 自分には姫に忠誠を尽くし、スペースノイドの独立を勝ち取るという使命があるから、モビルスーツに乗るし戦闘行為もする。だが、ナインと彼女の人工知能はあまりに純粋だ。彼女たちを戦いに巻き込めば、それは悲劇を産むのだと直感するのだ。

 それに、これは宇宙に産まれた、新たな知性体と人類とのファーストコンタクトなのである。戦争中の政府が、はたして正しい対応を行えるかどうか不安だった。人類の脅威だとして抹殺してしまう可能性だってあるのだ。

 

『プルフォウ、お前は私に対して誠実に対応してくれるようだ。その心に感謝する』

「正直、私にはどうしてよいのか分からないの。少し考えさせて」

『了解だ。お前を信じよう』

 

 噂レベルの話だが、地球連邦軍にはパイロットを廃した無人モビルスーツを開発するプロジェクトが存在して、教育型コンピューターを発展させた高度な人工知能が開発されているらしい。このモビルロイドが言及したのも、おそらくはそれだろう。

 世の中には不思議な現象があって、同じような発明は世界で同時発生的に現れることが多々あるのだ。集合無意識的なシンクロニシティが存在するという仮説は、遠隔感知能力やある程度の先読みすら可能なニュータイプ能力を持つ自分にとっては、けっして空想や絵空事ではない。

 ふと、これは技術的特異点(シンギュラリティ)ではないかと考えた。技術的特異点とは、人間を超越した人工知能が生まれた結果、社会に変革が生まれることだ。

 人間が強化人間を創り、強化人間が人工知能を創ったとすれば、人工知能は何を創るのか? それが地球圏を救う手段のような気がしたが、同時に恐ろしさも感じてしまった。あるいは宇宙世紀を終焉に導く連鎖かもしれないのだ。

 

 プルフォウは、自分の手に収まっているコンピューター・パッドが、とたんに重いものに感じられた。



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第08回「ファイブの初陣」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

キャラクター、設定協力は、かにばさみさんです。

※Pixivにも投稿しています。


     8

 

 

 艦内に鳴り響くアラート音は、慌ただしいリズムを刻むことで兵士を興奮させ、任務に駆り立てた。だから士官室のベッドで熟睡していたプルファイブも、すぐに目を覚ました。

 

「ちっ、敵襲かよ! パイロット出払ってるじゃねェか!」

 

 毛布を跳ね上げ、勢いよく飛び起きる。一時間前に訓練を終えて仮眠したばかりだとしても、泣き言は軍人には不要だ。それに、しばらくしたらアドレナリンで眠気は吹き飛んでしまうはずだ。

 いま、この艦の正規パイロットはパトロール任務ですべて艦を離れていて、出撃可能なパイロットは他にいない。つまり、自分にとって初めての実戦になるということだ。

 

「来ていきなり実戦ってのは展開が早すぎねェか? ま、それが戦争ってやつなのか」

 

 焦点が合わずぼやけた視界に、脱ぎっぱなしの軍服が飛び込んでくる。軍隊にしては少し凝り過ぎている部屋のインテリアは、典型的なジオン艦艇の士官室だ。

 艦船でのオペレーションを学ぶために、昨日からこのエンドラ級巡洋艦《グランドラ》に派遣されている。士官だから個室を与えられたものの、忙しくて荷物の整理はしていないし、普段からしてもいない。

 部屋を飛び出す前に、壁にはめ込まれた艦内コミュニケーターを使って、同じく派遣されてきている妹に声をかけた。

 

「テン、起きてるか?! 出撃すんぞ!」

 

 モニターをみると、妹はすでに目を覚まして着替えている途中だった。これでパイロットは二人だ。実戦経験がないから僅かな不安はあるが、それを払しょくするくらいにはシミュレーションで勝利を重ねている。人間相手のシミュレーションならば、そう変わりはしないはずだ。

 バスルームで顔を洗い、髪をブラシで撫で付けるまでを一分未満で終わらせると、下着にジャケットを羽織っただけで廊下に飛び出した。すれ違う兵士が、おかしなものを見るような顔をしている。だが、敵襲ならば一秒でも早く出撃しなくてはならないのだ。

 

「パイロットがいないんだよ!」「予備のパイロットがいるはずだろ?!」「誰か探してこい!」

 

 混乱した艦内で下士官が怒鳴りあっていた。このエンドラ級巡洋艦グランドラは訓練航海中で、実戦になるとは誰も考えていなかったのだ。人が行きかう艦内通路を、床を蹴り、方向転換しながら、隙間を縫って進んでいく。

 

「おい邪魔だ! 親衛隊だからってガキが好き勝手してるな! なんて格好だよ」

 

 廊下で下士官とぶつかりそうになり、そのベテラン兵だろう男が偉そうに叫んだ。

 

「おい、もう一回言ってみろよ! 遊びでやってるように見えんのか!」

「見えるな!」

「んだと?!」

 

 相手の挑発にキレて、思わず掴みかかろうとしたが、いきなり後ろから両肩を掴まれ阻止されてしまった。

 

「あァ?! なんだよ!」

 

 勢いよく振り向くと、知り合いのメカニックの真剣な表情が視界に飛び込んできた。

 

「スインか。あいつが喧嘩を売ってきたんだよ!」

「出撃するんだろ? 落ち着かないとダメだ。焦りはミスを招くよ」

 

 彼の落ち着いた声を聴くと、湧き上がった怒りはいくらか鎮まった。

 

「……そ、そうだな。オレのモビルスーツはあんのか?」

「ガズアルは整備終わってる。さっき君が壊した腕も交換したばかりだ」

「悪りィな。助かるぜ」

「どうしても君が出るのか? 」

 

 スインの声は、妙に不安そうだった。

 

「当たりまえだろ。オレはパイロットなんだからな!」

「誰か予備パイロットがいるはずだよ」

「馬鹿だな。手柄をあげるチャンスじゃねーか! 訓練ばかりじゃ腕も上がらねーし、いつまでたっても大佐にはなれねェ」

「ひとりで大丈夫なの?」

「テンにも声をかけてる」

「なら安心か……。それにしても、その格好はまずいんじゃないかな」

「どーせノーマルスーツを着るからいいだろ?」

「目のやり場に困るよ」

「ははは! いつも見てんじゃねーか」

 

 いまさら何を言っているのかとスインの背中をバシンと叩くと、通路の向こうから妹のテンが、無重量空間を苦労して移動してくるのが見えた。彼女の長い前髪から覗く右目からは、少し動揺していることがみてとれる。まだ軍人としては未熟なのだ。

 

【挿絵表示】

「姉さん、本当に出撃するんですか?」

「ああ、きた甲斐があったよな!」

「また、そんな格好で出歩いて……」

「スクランブルなんだぜ、かまってられっか! モビルスーツデッキに急ぐぞ!」

「あ、待ってください。私が乗るモビルスーツがないんです。ガズエルは……」

「テンちゃん、悪い。修理まだなんだ」

 

 スインがすまなそうに言った。

 

「なにかねーのかよ?」

「ガザDがある。武装も搭載してるから、すぐ出撃できるよ」

 

 AMX-006《ガザD》は、高速飛行形態であるモビルアーマーに変形できる可変モビルスーツだ。比較的初期に開発された機体ではあるが、その加速力はなかなかのもので、脚部の大型クローを用いた格闘性能にも優れている。操縦性は素直で、初心者にも扱いやすい機体だ。

 

「よし、オマエはそれに乗れ! すぐ慣れんだろ」

「そんな……」

「ちゃんと整備してるから大丈夫さ」

「スインさん、姉さんのモビルスーツばかり力を入れて整備しないでくださいっ」

 

 テンは、不機嫌になってロッカールームに流れていった。

 

「あいつ、ガズエルに乗れねえから怒っちまったか」

「機嫌を直してもらうために修理しておくよ」

「頼んだぜ!」

「気をつけて!」

 

 妹を追い越してロッカールームに走りこむと、ノーマルスーツを手早く着込み、肩や胸、下半身を保護するアーマーを装着した。そしてヘルメットを抱えてドリンクパックをひっ掴むと、部屋を飛び出し、通路を駆け抜けて格納庫へと向かった。

 デッキには、銀色と青色とのツートーンで塗装されたモビルスーツが鎮座していた。騎士の甲冑を思わせるデザインが採用された、長く延長された肩装甲と接近戦用の巨大な槍が特徴的なその機体は、親衛隊用に開発されたカスタムモビルスーツAMX-117R《ガズアル》だ。

 親衛隊の任務であるVIPや旗艦の護衛のために開発された機体で、《ガズアル》はライトウイングをガードするために右腕に集中的に武装が施されている。対となる、レフトウイングをガードするモデルがAMX-117L《ガズエル》であり、本来は二機がペアとなって作戦行動を行うのだ。

 

「すぐ出撃するから、ジェネレーターを外部から起動してくれ! 発進手順を省略すんぞ!」

 

 格納庫に入ると、すぐにメカニックにスクランブル手順を指示した。本来モビルスーツは適切なプロトコルで核融合炉を起動する必要があるが、多少無理をさせても強引に機体をスタートさせなくてはいけないときもある。今が、まさにそのときだ。

 

「お前がでるのか?! 出撃許可は?!」

「いまからとんだよ!」

 

 走り込んできた勢いで通路の手すりを飛び越え、《ガズアル》のコクピットへと飛んだ。

 機体の胸部に取り付くと、装甲に埋め込まれている開閉スイッチを押下する。すると胸部装甲が手前にせり出して、かろうじて人間ひとりが通れるほどの隙間ができた。

 この《ガズアル》のコクピットハッチが妙に狭いのには理由がある。母体となったMS-17《ガルバルディ》は、標準的なモビルスーツがそうであるように、元々は腹部にコクピットが設けられていたのだが、スペース的にリニアシートを備えた新型コクピットブロックを収めることが出来ずに、胸部へと移設されたのである。つまり、いまのコクピットハッチは急遽後付けされたものなのだ。腹部には元々の丸いハッチが固定化されて残されているので、間違ってしまうメカニックもたまにいる。

 窮屈なハッチの隙間から滑り込むようにして中に入り、リニアシートに座ると、すばやくコンソールをオンにしてコンピューターにセルフチェックを実行させた。

 

「ブリッジ! プルファイブがガズアルで出る。いいよな?!」

 

 大量に行き交う艦内通信に大声で割り込む。そうでもしなければ話は無視されてしまう。

 

『出れるのか?!』

 

 よほど混乱してるのか、通信モニターに艦長が直接顔をだした。

 

「ああ、機体とパイロットに問題はねーよ」

『他に発進できる機体はないからすぐに出てくれ! パトロール中のガ・ゾウム小隊には戻るように伝えた。通信が届いたかは分からん』

 

 グランドラ艦長マクリーズ大佐の声は少しうわずっていた。上の人間が取り乱すのはみっともないことだ。

 

「オレの連れも、後からガザDで出る」

『了解だ。確か、お前たちは初めての実戦だな?』

「ああ、即戦力になるように訓練を重ねてきた。だから実戦はゲームじゃねえとか、おきまりの忠告は不要だぜ」

 

 自分はエリート部隊である親衛隊のパイロットだ。評判を落とすような弱みを見せたくないから、機体チェックに忙しいところを見せて、余計な口を挟ませないようにした。

 

『お決まりも役に立つんだ! 聞け。優勢でも深追いしないで、常に周囲の確認を怠るなよ。いつのまにか囲まれていることがあるからな。とにかく周りを警戒しろ』

「……」

『俺はパイロットあがりだ』

「艦長がか?」

 

 うまく立ち回って出世したのではなく、パイロット出身の叩き上げだとすれば、その経験は信用できる。

 

「わかった。いきなりヘマはしねーよ」

『気分が乗っているのは結構だ』

「初陣を大勝利で飾ってやんよ」

 

 景気づけに軽口を叩きながら、サイコミュ用のヘッドセットを頭にはめ、同期ケーブルをお尻のコネクターに差し込んだ。

 それぞれ猫の耳と尻尾に似ていなくもないデバイスだ。

 

「……ちくしょう、なんだってこんな形なんだよ。ガキが遊ぶオモチャかなにかと勘違いしたんじゃねーのか?」

 

 最近でこそ少しは慣れもしたが、このデバイスを身につけるのは恥ずかしかった。通信するときなどは最悪だ。猫のコスプレをして遊んでいるみたいだからだ。少佐や大佐に昇進したパイロットが仮面を被ったりするが、猫のかぶりものをしているというのは、なかなか間抜けだった。

 だが、この《ガズアル》には、親衛隊のメカニックである姉のプルフォウの手で簡易サイコミュが搭載されているのだ。だからヘッドセットで脳波を送り込めば、レスポンスが多少は向上するから我慢して被っているのである。

 シートは何度も調整していたが、しっくりとせず、もぞもぞと座り直した。実戦だからといって神経質になることはない。

 

「発進準備はオーケーだ! いつでもいいぜ!」

 

 モニター内の管制官に向かって親指を立てて、機体に問題がないことをアピールする。

 

『ハッチオープン、前方はオールクリア。一番カタパルト射出準備よし!』

 

 リニア・カタパルトと機体との接続が完了したことを、デッキ上のカタパルト・オフィサーがハンドサインで示した。

 発進だ。

 

「プルファイブ、ガズアル出んぞ!」

 

 合図と共に電磁カタパルトが火花を散らして作動し、強固な合金と複合材料で構成された人型マシーンを凄まじい速度で加速させた。《ガズアル》はリニアレールを突っ走り、あっという間に宇宙空間に放り出された。

 容赦のないGに耐えながら母艦から離れるのを待ち、十分に安全な距離に達すると、姿勢制御スラスターを吹かして向きを変えて、方向を定めて速度を維持した。

 この加速力が高性能機であることの証明だ。

 

「いい加速だぜ! 修理は完璧だな」

 

 《ガズアル》は《ガルバルディ》のカスタムタイプだが、オリジナルの《ガルバルディ》も、機動性に優れた機体である。インターセプト任務に最適化された優秀な局地型モビルスーツで、その性能を評価した地球連邦軍が、一年戦争後に流出した設計図をもとに勝手にコピーして生産したほどだ。だがアクシズ製のオリジナルモデルは、戦後さらに改良が加えられていて、強力な武装と最新の装甲材、高出力のジェネレーターを装備している。だから同じ名前を持つ連邦軍製のデッドコピー機とは比較にならない性能を誇っているのだ。

 

「連邦野郎はどこにいやがんだ。グランドラ、情報をくれ!」

 

 自分は遠隔感知能力を有する強化人間ではあるが、姉妹ほどにはその力を使うのは得意ではなかったので、レーダーとセンサーの測定結果を全天周モニターに表示させて注視した。

 

『方位はゼロ・ナイン・セブン。敵機(ボギー)の数は不明』

「了解だ。フン、これだけナントカ粒子が多けりゃ仕方ねェのか」

 

 母艦から送信されてきたデータを確認し、ディスプレイのレイヤーに重ねて表示させる。敵編隊は高速で接近中だ。

 

「アクシズが近いのに攻めてくんのかよ。ネオ・ジオンも舐められたもんだぜ。……いたか!」

 

 はたして自機の二時方向から四機編隊のモビルスーツが接近してくるのを目視した。

 

「へっ、群れやがって。グランドラ、敵を確認した。先制攻撃をしかけんぞ!」

 

 敵編隊をやや上方に捉えると、操縦桿の兵装セレクターで、バックパックから二本突き出すようにして装備されているビームカノンを選択した。このビームカノンはビームサーベルにもなる大口径砲で、インターセプト機として優れた性能を《ガズアル》に与えているのだ。

 

「ファイア!」

 

 素早く右端の敵機に照準を合わせてトリガーを引く。編隊後方の機は先導機についていくのに必死で、前方が見えてないことが多いのだ。

 

「堕ちろ!」

 

 母艦からの攻撃許可はまだ受領していなかったが、どうせモニタリングしているのだ。攻撃のチャンスを逃すことはない。

 二条のビームが粒子の光を煌めかせながら宇宙空間を走って、ターゲットに吸い込まれていった。そして、数秒後にパッと爆発が起こった。

 

「やったか!」

 

 一機撃墜。初めての戦果。タッチパネルをクリックしてガンカメラの映像を確認する。

 そのとき警戒モニターに輝点が点灯して、味方機が追いついてきていることがわかった。妹が乗る《ガザD》だ。

 

「テン! オレはこのまま突っ込むから援護してくれ!」

『姉さん待機してください。追いつきません!』

「待ってられっか!」

『連携しないと……!』

 

 一瞬艦長の忠告を思い出したが、この勢いと好機を逃すまいと、妹の言葉を無視してフットペダルを踏み込み増速した。

 敵は待ってはくれないのだ。

 味方機を撃破されて復讐に燃えているだろう敵編隊から、激しいビームが襲いかかる。その隙間を巧みにかいくぐって紙一重で避けていく。ビームを形成するメガ粒子の束が、すぐそばを通って機体を揺らした。

 このスリルがたまらなかった。実戦なのかシミュレーションなのか。没入すれば、そこにたいして違いはない。

 

「下手くそどもが! その程度の腕で偉そうに攻めてくんじゃねーよ!」

 

 戦術ディスプレイで確認すると、一機を失った敵編隊は三角形のエシュロン・フォーメーションで突っ込んでくるのがわかった。つまり火力を集中させ、そのパワーで圧倒するつもりなのだ。この勢いは危険だ。だから対モビルスーツ用ミサイルを撃ち込んで牽制をかけることにした。

 レーダーがジャミングされているから精度は落ちるものの、ミサイルはレーザーセンサーによって敵機に誘導されて近距離で爆発する。ミサイルは入れ物状のキャニスターになっていて、ある程度飛翔したあと外装が割れ、中から大量のマイクロミサイルが放たれるのである。

 敵部隊をかき乱し、混乱の中格闘戦に持ち込むのが自分の得意とする戦法だ。

 セレクターでミサイルを選択してトリガーを引くと、肩に張り出した増加装甲兼ウェポンラックに装備されたミサイル・ランチャーから、対モビルスーツ用ミサイルが連続発射された。ミサイルは熱で機体を傷つけないようにガス圧で放出されると、数秒おいてロケットモーターに点火して目標に向かって飛翔していった。

 

「起爆は近接信管モードを選択」

 

 ミサイルにコマンドを送信し、後を追うように《ガズアル》を加速させる。母艦が近いから燃料はあまり気にする必要はない。プロペラントタンクから核融合炉に燃料を最大に送り込まれて、その加速に機体が軋んだ。

 Gで胸が締め付けられて思わず呻いた。胸アーマーがきついのだ。成長期で、胸が大きくなるたびに作り直すのは面倒だから、とりあえずパッドを厚くしてしのいでいるものの、擦れて痛むのが不愉快だった。

 そんな不快さも、マイクロミサイルが連続して爆発するのを認めると、アドレナリンが放出されて感じなくなった。

 

「かかりやがった!」

 

 炸薬が詰まった弾頭が連続して炸裂し、宇宙に爆発の花を咲かせた。凄まじい爆発による圧倒的な熱量と圧力が敵を包み込み、敵編隊は散り散りになる。そうして敵機が怯んだ隙をつき、一気に肉薄するのだ。

 フットペダルを蹴り飛ばし、ロケットエンジンに勢いよく燃料を送り込む。核融合エンジンの熱を取り込んだ燃料が、爆発的に膨張して推進力となる。

 

「まとめて始末してやるぜ! 固まってるのが裏目に……なに?!」

 

 遠くの敵を見据えていたところに、いきなり目の前に飛行物体が出現してきたので、叫び声をあげて驚いてしまった。

 機体前方を塞ぐように飛び込んできたそれは、民間の小型シャトルだった。

 

「ば、ばかやろう! 死にてーのか!」

 

 緊急回避するために操縦桿を思い切り引く。ガリッと引っかくような嫌な音がしたが、紙一重で正面衝突を避けることができた。あとコンマ一秒遅れていたら衝突していたはずで、民間人パイロットの能天気さには、怒りで我を忘れそうになった。

 

「さっさと離れろ! アクシズに観光にきたのかよ! 戦場に出てくんじゃねー! 失せろ!」

 

 モビルスーツの腕を振り回して、戦闘宙域を離れるように促した。シャトルはしばらく直線飛行していたが、ようやく向きを変えて戦場から離脱していった。

 だが、その間にミサイルの爆発による混乱から回復した敵機が接近して、ビーム攻撃を仕掛けて来た。

 

「ちくしょう、こっちに気づきやがったか!」

 

【挿絵表示】

 

 

 中距離戦闘に対応するために、右手に装備していたヒート・ランスを腰横のラッチにスリングし、背面にマウントしていたビーム・ライフルをつかみ取った。

 グリップを握らせると、ビーム・ライフルに核融合炉と直結したエネルギー・ケーブルで電力が供給され、充填されたメガ粒子が発射可能となった。

 

「テンは、まだこねーのかよ!」

 

 牽制でライフルを速射し、同時に敵が放ったビームの射線を、機体をひねらせながら回避する。《ガズアル》の限界Gを超える機動にギシギシと各部から悲鳴があがり、同じく自分の身体も悲鳴をあげた。

 敵モビルスーツはやたらめったらに発砲してきている。さすがに回避機動で避けきれなくなってきたので、目くらましのために左マニュピレーターに仕込まれたダミーバルーンを使うことにした。

 ダミーバルーンとは、伸縮性の高い素材を用いてモビルスーツの形に似せて作られた欺瞞用装備のこと。モビルスーツのマニュピレーターに圧縮されて仕込まれていて、少量のガスを吹き込むことで何百倍にも膨らむのだ。小型のガス噴射装置も搭載されているので、モビルスーツのような動きでランダム機動させることもできる。

 操縦桿のスイッチを決まったパターンで押すと、《ガズアル》に似せて銀と青に練り分けられたダミーバルーンが次々と放出された。周辺を僚機のように漂い、身代わりとなってビームを受けて破裂していく。センサーを惑わすことができるので、レーダーがジャミングされた戦場では、かなり有効な戦術なのである。

 だが十数個を放出したところで、銀と青のダミーの替わりに、緑色のAMX-101J《ガルスJ》に似たダミーが発射され始めた。

 

「ちっ、切れちまった!」

 

 カスタマイズされた特殊機用のダミーを製造するにはコストがかかるので、充分な数が供給されることはほとんどない。それでも一連のダミーバルーンで目くらましにはなったようで、敵の攻撃は当たらず、逆に一機の武装をふきとばすことが出来た。このまま押し切ることが出来れば……。

 その油断がまずかった。

 ドーンッ!という爆発音と共に機体に激震が走った。左肩にビームの直撃をうけてしまったのだ。

 激しい衝撃とともに、全天周(オールビュー)モニターのサイドパネルが破裂して吹き飛んだ。

 

「ちっ……痛ェ!」

 

 左肩のパーツが胴体を直撃したらしかった。

 警告音が鳴り、異常を知らせる赤い文字が点滅する。

 パネルの破片がノーマルスーツを切り裂き、スーツの隙間から血が流れ出した。だが、この状況では怪我にかまってはいられない。

 

「ちくしょう、まぐれの攻撃で、ふざけんなよ!」

 

 偶然や運の良さで勝利するなどあってはならないことだ。鍛練を重ねた実力者が名誉を得るべきだと考えるのが軍人だ。

 いま直撃を食らわせた敵機、コンピューターの解析によればMSA-003《ネモ》が、ライフルをシールド裏に収納し、ビームサーベルを抜いて切りかかってくるのが見えた。

 《ネモ》はエゥーゴ製の量産型モビルスーツであり、その性能に突出したものはない。

 

「馬鹿が調子に乗りやがって! オレに白兵戦をしかけんのか! この槍が見えなきゃ見せてやんよ!」

 

 近接戦闘に対応するべく、《ガズアル》の右手に装備させたヒート・ランスを起動すると、穂先が青白く発光した。

 《ネモ》は加速しつつ、横薙ぎにサーベルを払ってくる。予想通り。モビルスーツは人型で縦に長いから、横に切る方が当たりやすいのだ。

 その軌道を読み、反撃する手順を頭の中で組みたてる。これはニュータイプ能力などではなく、剣術を鍛錬した成果だ。左腕は使えないので、フェンシングのように、ヒート・ランスで攻防一体の構えをとる。

 

「見切ってんだよ!」

 

 横薙ぎに払われたサーベルを上半身を反らしながら避けると、ヒート・ランスを最大速で突き出した。《ネモ》はシールドを展開して防御するが、その程度では防ぎきれるはずはない。ヒート・ランスの質量と莫大な熱がシールドを瞬時に貫通する。

 

「うおぉー!」

 

 勝利を確信しながら吠えた。

 《ネモ》の左腕を半壊させ、サーベルを握る右腕をも押さえ込み、胴体を切り裂きにかかった。

 ヒート・ランスは、ジェネレーターからパワーケーブルで直接送りこまれるエネルギーを熱に変換し、その熱量で敵の装甲を溶かす兵器である。シンプルだが、ビームサーベルとは違い実体があるので、こうした接近戦では強引に押し切ることができるのだ。

 自身を溶かさないために、白熱したランスの放熱口からバシュッと余剰熱が放出された。

 あと少しで《ネモ》を撃破できる。

 が、そのとき背後から突然に衝撃をうけた。

 

「なんだ?!」

 

 いつのまにか背後に回り込んでいたもう一機の《ネモ》が、体当たりするように組みついてきたのだ。

 

「な、抱きついてくんじゃねェ!」

 

【挿絵表示】

 

 敵機は両腕を《ガズアル》の胴体に回すと、バーニア・スラスターを全開にして逆制動をかけてきた。お互いの装甲がぶつかりあい、コクピットがガタガタと揺れた。

 

「やめろよ! こんな戦いかた、みっともねェだろうが!」

 

 振りほどこうと必死に操作するが、相手は道連れにでもするかのように執拗に掴みかかってくる。

 脳裏に、姉プルツーがモビルスーツ戦闘についてレクチャーしていたことが思い出された。半分居眠りしていたので後で殴られたのだが、エゥーゴや連邦軍のモビルスーツは、そういう戦術が推奨されているのか、やたらと組みついてくるというのだ。人型だから、それもありなのだろうが、滑稽な戦術だとそのときは思った。

 

「汚ねえ手を使いやがって! 変態野郎が、離しやがれ!」

 

 操縦桿を激しく動かして無理矢理に振りほどこうとすると、関節が過熱している警告メッセージが表示された。

 

「ナントカモーターがヤベェのか!」

 

 このままでは、まずい……!

 さらに鍔迫り合いをしていた正面の《ネモ》が、突然にパンチを繰り出してきた。モビルスーツの拳がモニターいっぱいに広がり、次の瞬間はげしい衝撃とともに映像が歪んだ。

 

「うおぉっ?!」

 

 グシャッと頭部が潰れてメインカメラである単眼(モノアイ)が失われ、モニターの映像がサブカメラからの解像度の低い映像に切り替わった。

 

【挿絵表示】

 

 さらに《ネモ》は、続けて《ガズアル》の腹部を殴り始めた。その目的は明らかで、コクピットを潰すつもりなのだ。《ネモ》がマニュピレーターやシールドで執拗に殴打を食らわせてくるたびに、リニアシートでも吸収しきれない揺れが襲いかかり、コンソールやシートに嫌というほど頭や体を打ち付けた。

 

「……容赦ねェな」

 

 ペッと血と一緒に口から異物を吐き出すと、それが折れた歯だということがわかった。

 

「ぐっ……肋骨もやっちまったか」

 

 鈍い痛みに顔を歪ませる。アドレナリンで痛みは抑えられているが、おそらく体は打撲だらけだろう。《ガズアル》の腹部は潰れ、コクピットも下から圧迫されて三分の二ほどの大きさになってしまった。凄まじい衝撃が外部から加わったのだ。

 だが完全に潰れてはいない。そう、腹部のまるでコクピットハッチのような丸いディティールが欺瞞となり、潰されずにすんだのである。《ネモ》のパイロットは、《ガズアル》や《ガルバルディ》のコクピットが腹ではなく胸にあることを知らなかったのだ。

 もし原型機のように腹部にコクピットがあったなら、自分は今ごろグシャグシャの肉塊(ミンチ)になっていたはずだ。

 

「馬鹿が、勉強不足なんだよ」

 

 だが、《ネモ》はいったん後退すると、再びビームサーベルを抜いた。とどめを刺すつもりだ。

 

「や、やべェ……!」

 

 コクピットを貫かれなくても、機体が爆発すれば一巻の終わりだ。このままでは死ぬだけだ。脱出するしかない。

 頭のサイコミュレシーバーを素早く外し、ヘルメットを被ってシート下の脱出レバーを引く。

 

「ちくしょう! 作動しねェぞ!」

 

 故障だ。あれだけの衝撃を受ければ仕方がないのだろうが、メカニックのスインに文句を言いたくもなった。

 あいつとも、あれが最後だったか。初陣で戦死がパイロットとしての経歴となるのは情けなく、出てくる言葉もなかった。

 

「……へっ、こんなもんか」

『姉さん! そのまま動かないでください!』

「テン?!」

 

 至近距離にビームの光が走り、《ネモ》の腕と頭が吹き飛んだ。正確な射撃だ。半壊した機体は、そのまま慣性力でクルクルと回転し始め、さらに二発の直撃を受けて爆発した。

 

『離れなさいよ!』

 

 さらにテンの《ガザD》は、両脚が変形した格闘用クローで、背後から掴みかかっていた《ネモ》の頭を蹴り飛ばした。

 

「テン、助かったぜ!」

 

 この好機を逃すわけにはいかないので、コンソールパネルを素早く操作して特殊動作を呼び出した。すると《ガズアル》は半自動モードとなり、《ネモ》の腕を掴むと、重心を落として前方に弧を描くように投げ飛ばした。無重量空間で態勢を立て直そうと、《ネモ》はまるで溺れた人のように両手両脚をばたつかせた。

 情けは無用だ。素早く追いかけ、ヒート・ランスを素早く胴体に突き立てた。そのまま横にスライドさせて、機体の構造材が強引に溶断していく。分断されるのを防ぐために、《ネモ》の腕がヒート・ランスを掴んでくる。

 脳裏に敵パイロットの叫ぶ声が響いた。

 

「とどめだ!」

 

 《ガズアル》の最大パワーを発揮すると、《ネモ》は真っ二つになった。爆発に巻き込まれないために素早く離れると、真空にプラズマの火球がいっぱいに広がった。

 さらに、少し離れたところに位置していた残りの一機をテンが攻撃して撃破した。

 これで敵部隊は全滅だ。

 

「はあっ、はあっ、はあっ……」

 

 口や腕から流れた血が、コクピット内にいくつもの赤い玉を作り出していた。それは初陣の勝利を祝うシャボン玉に見えなくもなく、加えてファンファーレに聞こえなくもないブザー音も鳴っていた。

 モニターを確認すると、酸素漏れを示す警告メッセージが点滅し、さらに機体の頭部、左腕、そして胴体の動力伝達システムが停止しているのがわかった。核融合炉が爆発しなかったのは奇跡だ。

 

「ちっ、またこいつを壊しちまったか」

 

 自分も全身に怪我を負ってしまった。血の匂いを急に意識して、心臓が高鳴り興奮してはいたが、訓練で慣れ親しんだ匂いに逆に安心をおぼえた。

 怪我を治療するために、シート下からサバイバルキットを引き出すと、ふたを開けて消毒スプレーと包帯を取り出した。

 

『プルファイブ、連邦の巡洋艦が接近していたが撤退した。お前たちも帰還してくれ』

 

 戦闘が終了し、レーダージャミングも終わったので、母艦のグランドラから通信が入った。

 マクリーズ艦長だ。

 

「了解だ」

『おい、負傷しているが大丈夫なのか? アラート音もしてるぞ』

「ああ、オレは強化人間だからな。鍛え方も違うぜ。機体は軽い酸素漏れだ。連れに牽引してもらうから問題ねーよ」

『わかった。初戦果だな。親衛隊から受け入れたのは正解だったか。うちの所属になるか?』

「退屈じゃなければいてもいいぜ、艦長」

 言いながら、ファイブは怪我の治療をするために胸アーマーを外し、ノーマルスーツのファスナーを下げて上半身裸になった。

 

『おいおい、通信を切るぞ』

「見たけりゃ見てもいいんだぜ」

 

 ひどい痛みに息をつきながらシートに身を預けると、機体が軽く揺れた。外部モニターを確認すると、モビルスーツ形態に変形した《ガザD》が肩のムーバブルフレームを掴んだことがわかった。

 

『姉さん、大丈夫ですか?』

「テン、助かったぜ」

『怪我してます!』

「大したことねェよ」

 

 患部に治療用スプレーを吹き付けると、伸縮式の治療用バンテージを腕や体にぐるぐると巻いた。ぞの思ったより深い傷の、鈍く鋭い痛みに思わず顔を歪める。

 

『あとで必ず医務室にいってくださいね』

「わかってんよ。でもよ、怪我をするくらいだと戦闘って感じがすんな。ツー姉も褒めてくれるかもな」

『姉さんの戦い方は危なっかしくて』

「危なくねー戦闘なんてあるかよ!」

「でも、可能な限りリスクを回避して戦うのが理想なんです。帰還したらデブリーフィングをしっかりとしますからね。わかりましたか?」

「わかったよ!」

 

 悔しいが、妹の言う通り今回の戦闘が酷いものだった。敵を圧倒して勝利するはずが、無様な姿を晒してしまった。その原因は、あの忌々しい民間シャトルのせいだ。

 シャトルが無事に空域を脱出したかは知らないが、戦争は他人事だと考えている奴らに同情する気はない。

 

「ま、オレには関係ねェか……。臆病な奴らは引っ込んでりゃいいんだ」

 

 プルファイブは、粘着質の『ウォールフィルム』補修剤でコクピットの穴を塞ぎながら、次の戦闘はもっと上手くやってみせると自分に誓った。



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第09回「ファンネリアの野心」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

キャラクター、設定協力は、かにばさみさんです。

※Pixivにも投稿しています。


     9

 

 

 小惑星アクシズの繁華街に、芸能事務所クローバー・プロのアクシズ支社はあった。支社といっても常駐している社員は営業担当の一人だけで、しかも彼女はいま外出している。だから看板娘であるはずのファンネリアが、赤いジャージ姿でひとり事務処理をこなしていた。大手ではない事務所の辛いところである。

 

「やっと書類が整理できたわ! いいかげん、誰か事務係を雇いなさいよ」

 

 面倒な仕事をようやく終えると、ファンネリアは壁の大型モニターに映っているマネージャーに愚痴った。今はちょうどミノフスキー粒子が薄い時間帯で、アクシズとサイド3との間で長距離通信が行えるのだ。

 

【挿絵表示】

 

「予算がないんだよね。それに、君の仕事は速くて正確だからさ」

「褒めてもだめよ。ま、AIプログラムを使えば簡単なのよね。上手くパターンを学習させればいいんだから」

「それが難しいんだよ!」

「そうかしらね……。今度あなたに手順を教えてあげるから、やってみなさい」

「う~ん……。それよりさ、あの件は進展あった?」

「話題を逸らすわね! 悪いけどまだよ。いくらセリフが少ないとは言っても、出演してくれる人間を見つけるなんて難しいの。本来はあなたの仕事でしょう?」

「僕の方も探してるけど、君があてがあるとか言うから」

「とにかく、もう少し待ってちょうだい! ミネバ・ザビ殿下にも会わなくてはならないんだから」

「映画のスポンサーの話だね」

「そう、大事なことよ。もしスポンサードする条件として、ミネバ殿下がシャア大佐の仮面を被って踊ってみせろと仰られたら、躊躇なくやってみせるわ」

 

 女優ファンネリア・ファンネルとしての演技者の覚悟を宣言すると、コンビニエンスストアで買ってきたカップの紅茶をゴクゴクと飲んだ。

 

「シャア大佐ってジオン・ダイクンの息子だったっけ? 去年、連邦議会で演説したけど、そういや最近話を聞かないな」

「噂によれば行方不明らしいわね。本当に惜しいわ。シャア大佐ってなかなか素敵じゃない? 私の好みだし、俳優になった方がいいんじゃないかしら。あの顔と演説なら絶対人気でるわよ。この私が保証してあげる」

「そのときは、うちの事務所にぜひ勧誘したいね」

「頼むわ。私が働きすぎなんだから、少しは楽をさせなさいよ」

「悪いと思ってるよ」

 

 マネージャーのティモはモニターの向こうで頭を下げた。

 

「シャア大佐、ネオ・ジオンには参加してないのかな? ザビ家はダイクン家の仇だから、ミネバ・ザビ殿下には従えないのかもしれないけど」

 

 シャア・アズナブル大佐はもとジオンの軍人で、その正体はジオンの建国者ジオン・ダイクンの息子だった。彼が偽名を騙ったのは、父親を暗殺して国を乗っ取ったサビ家に復讐することが目的だったのだが、一年戦争が終結してザビ家による支配体制が瓦解しても、その名を捨てることなくスペースノイドのための活動を継続したのである。近年は地球連邦軍の派閥のひとつエゥーゴに所属していて、ダカールの連邦議会で『人類はゆりかごたる地球を離れて、すべてが宇宙で暮らすべきだ』という内容の演説を行ったのだ。

 

「いろいろ事情があるのでしょ。でも、あの演説は良い見世物ではあったけど内容は疑問なのよね。地球ってそんなに環境が悪化してるのかしら? 人払いするための方便にも聞こえるわ」

「ドキュメンタリー番組では、しょっちゅう自然が破壊されているって言われてるよね。興味があるなら、ファンネリアも一度出演してみたらどうだろう?」

「私が?」

「君は頭いいし、真面目な科学番組もあってるよ」

「なるほど……。考えてみれば知的な私にはぴったりじゃないの。番組の収録で地球にも行けるわね」

 

 生まれてからずっと宇宙暮らしなので、自分はまだ地球というものを体験したことがない。だから、自然環境が失われつつあるという地球を体験してみるのは悪くないと思った。スペースコロニーは、所詮は地球を模倣した偽物。アイドルや俳優として演技めいたことをしている自分だからこそ、本物を知り体験する必要があるのかもしれない。

 

「芸能人も番組のナビゲーターをすることは多いからね」

「アイドルからニュースキャスター、ジャーナリストへの転身か……。考えてみてもいいわね。ま、とりあえず目の前の仕事、月面コンサートを成功させないとね」

「今回、練習時間がないのは辛いよな」

「天才には不要な心配よ、お馬鹿さん」

 

 心配性な子供をなだめるように笑うと、ジャージを脱いでレオタード姿になった。それから、ぐっと背伸びをして柔軟体操を始めた。コンサートでは、かなり激しく動くので、いつも体は柔らかくしておかなければならないのだ。

 前屈みになったり開脚したり、入念に身体をほぐしていると、モニター越しに自分をじっと見つめているティモの視線に気付いた。

 

「なによ。私に見惚れてないで、さっさと仕事をしなさい」

「違うよ」

「違う? じゃあ、なんで見てるの!」

 

 自分に魅力が足りないと言わんばかりの彼の言い方にはイラっときた。

 

「いや、事務所の看板娘の成長具合をね。水着グラビアの仕事をとってくるには、スタイルを正確に把握しておかないといけないから……」

 

 ついにこらえきれずに、無言でモニターに近づくと、画面に紅茶を思い切りかけた。

 

「うわっ」

「最低よあなた。ひとを商品みたいに言わないで!」

 

 激怒しながら通信モニターをオフにする。ティモは芸能界に入ったときからマネージャーをしてくれているが、いつも子供扱いするから腹が立つのだ。

 

「まったく無神経なのよ、あいつは!」

 

 怒りにまかせてジャージとレオタードをぱっと脱いでしまうと、すぐに冷たいシャワーを浴びた。熱くなった体が冷やされて、普段の冷静な自分が戻ってくる。だが、それでもまだ気がおさまらなかった。何ということもなく、落ち着かないのだ。そう、こういうときはあれを眺めるのが一番だ。

 シャワー室から出て体を乾かしてタオルをぐるぐると巻くと、部屋に飾られた絵画の前まで歩いていった。そして額縁の裏に手をまわすと、隠しスイッチを探し出してそれを押した。すると絵画がまるごとスライドして壁に埋め込まれた金庫があらわになった。金庫にはロック用のキーパッドがついていて、記憶している三十二桁の暗証番号を手早く入力すると、重厚な音がしてロックが解除された。

 モビルスーツの装甲にも使用されているガンダリウム合金製の丈夫な金庫の中には、金塊や宝石がたっぷりと入っていた。全て自身のアイドルとしての稼ぎで買ったものだ。

 

「ふふふ、これこれ。たまらないわ!」

 

 中から両手いっぱいの宝飾品を取り出すと、それを胸に抱えて抱きしめる。キラキラと輝くゴールドやダイヤモンドは愛おしく、このまま一緒にお風呂に入りたいくらいだった。いかにも成金みたいに思われるかもしれないが、世間の人気とか好感度などといった、危うく変化しやすいものでは成功を実感できない。こうして貯めた宝石や金塊を肌で感じることで、達成感をリアルに味わうことができるのだ。

 そして、これは自らの野望のための資金でもあった。アイドルなどは、所詮は若さでちやほやされるだけの儚い仕事。自分にとってはキャリアアップのための通過点に過ぎない。最終的には地球連邦首相になってみせるというのが、ファンネリア・ファンネルの野心なのである。

 アイドルを卒業したあとは大学に入学して博士号をとり、評論家や学者になるのも良いかもしれない。テレビ番組にゲスト出演をして、世間に新たな知見を与えつつ流行語を生み、コメンテーターなどをこなして有名人になる。もちろん合間には口述筆記で本を量産し、たくさんの講演会をこなすことも忘れてはいけない。

 そうやって社会のオピニオンリーダーとしての地位を確立してから、満を辞して大きな都市、月のグラナダやフォン・ブラウン・シティの市長に立候補するのだ。若い女性市長が生まれたら、宇宙世紀が始まって以来の快挙ではないか。あとは有力な政党に入党し、いくつか連邦政府の要職をこなしたあと、初の女性地球連邦政府首相へとのぼりつめるのだ。

 

「地球連邦首相ファンネリア・ファンネルか……。素晴らしい響きだわ! 必ずなってみせる!」

 

 固く決心すると、ソファーの上に立って、首相として就任式で演説する自分の姿を思い描いた。地球圏の最高権力者として世界に晴れ姿を披露する場面を。優れたリーダーの指導によって、地球圏は平和と繁栄を享受するのだ。

 だが、両手を振り回したせいで体に巻きつけていたバスタオルが緩んで、はらりと床に落ちてしまった。裸をさらす間抜けな姿に、良い気分が台無しになる。悪態をついてそれを拾おうとしたとき、壁の通信モニターがいきなり起動して、マネージャーのティモの顔がいっぱいに広がった。

 

「ファンネリア、急で悪いんだけど、来週のスケジュールに一件いれてもいいかな……」

「……」

 

 通信モニターの電源を切っておかなかったのは迂闊だった。停止した時間の中で、お互いに無言で顔を見合わせる。自分の身体を凝視するティモの視線が、上から下まで移動したのがわかった。

 

「きゃあああっ! いきなり通信しないでって、いつも言ってるでしょ! 切ってよ! 切りなさい!」

 

 それでも通信モニターは消えることはない。

 

【挿絵表示】

 

「ティモ! あとでおぼえてなさいよ!」

 

 ファンネリアは、しゃがんで両手で身体を隠しながら、画面に向かって大声で怒鳴り続けた。




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第10回「チェックシックス」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

キャラクター、設定協力は、かにばさみさんです。

※Pixivにも投稿しています。


     10

 

 

 プルフォウは、妹のファイブが戦闘で重傷を負ったことにショックを受けてしまった。開発を担当しているAMX-004G《量産型キュベレイ》の生産が遅延しているせいで、ファイブは性能に劣る《ガズアル》を使用しなければならなかったのだ。姉妹たちの命を守るために、可能な限り高性能な機体を用意するのは自分の責務なのに。

 もちろん全力は尽くしているが、製造スケジュールはかなり遅れていて、《量産型キュベレイ》は先行量産型の三機が完成しているだけだ。しかもその三機でさえ、自分がテスト中に全損させた機体を部品取り機(ドナーMS)にすることで、なんとか組み立てたくらいなのである。親衛隊の戦力が未だ揃っていないことは上層部からも問題視されている。だから、プロジェクトの予算を管理している副隊長のシックスとすぐに話をしなければならなかった。

 

 彼女は待機室にいると聞いたので、格納庫の近くにあるその部屋へと急いで向かった。妹のシックスは、軍事作戦や開発プロジェクトの管理業務で常に忙しい。優秀で真面目な彼女は、そうした仕事に長けているから管理を任されているのだ。

 待機室にたどり着いて中を覗くと、シックスはひとり座っていた。いつものように戦術ヘッドセット用の通信マイクを身に着けているが、珍しく仕事用のコンピューター・パッドではなく、まるで違うものを手に持っている。それは何か古いアンティークのようにも見えた。

 

【挿絵表示】

 

「シックス、いま忙しい?」

「フォウ姉さん」

 

 声をかけると、手元を見ていたシックスは顔をあげた。

 

「ファイブ姉さんのことですか?」

「ファイブは大丈夫なの?」

「はい。重症ですが、命に別条はありません」

「そう……良かった」

 

 無事だと知ってはいたが、あらためて言葉で聞くと安心する。たとえ強化人間やニュータイプが以心伝心のようなことができるとは言っても、頭に入ってくる情報だけでは落ち着かないのだ。

 

「でも、しばらくは安静にしていなければならないでしょうね。頭を強く打っているんだから」

「そのとおりです。入院の手続きなどはスリー姉さんが進めています」

「スリー姉さんに診てもらえば安心ね」

 

 姉のプルスリーは医師の資格を有していて、姉妹全員の健康管理を担っているのだ。姉はファイブが負傷したと聞いて、すぐに巡洋艦グランドラに向かっていた。

 

「ファイブには、本当に悪いことをしてしまった。なぜキュベレイに乗せてあげられなかったのか……。ガズアルのリニアシートも、エアバッグ付きの新型に交換しておくべきだったのに」

 

 モビルスーツの操縦時、衝撃でコンソールに頭や体を打ち付けてしまう事故はよくあって、重傷を負ったり死亡する原因になっている。だから最新型のリニアシートには、機体に衝撃が加わった際に大きく膨らんでパイロットを保護する、透明樹脂製のエアバッグが装備されたのだ。

 

「ファイブ姉さんは訓練に向かったのですから。まさか実戦になるとは誰にも予想できませんでした」

「そうだけど、姫さまの操縦訓練のときだって、いきなり実戦になったのよ。優先順位を間違えた自分に腹が立つわ」

 

 建造中の《量産型キュベレイ》には全てエアバッグを装備済だ。シート自体の衝撃吸収機能も強化したので、安全性は飛躍的に高まっている。しかし、訓練に使用しているモビルスーツにこそ先に装備するべきだったのだ。

 

「フォウ姉さんが優先させるべきは、一刻も早くキュベレイを完成させることだと思いますよ」

「……」

「ファイブ姉さんもわかってくれます」

「……実はそのことで相談があるのよ」

「組み立てが遅延している件ですか?」

 

 シックスの表情がわずかに曇る。さらに状況が悪化したのかと思ったのだろう。

 

「私と顔を合わせると、いつもキュベレイの話題ばかりで嫌になるわよね」

「そんなことは。でも、急いで頂ければ助かるのは確かです。スケジュールが遅れてコストもかかってますから」

「ごめんなさい」

 

 サイコミュを搭載した特殊なモビルスーツゆえの、複雑な製造工程とたび重なる仕様変更、部品の供給不足。製造遅延には様々な要因があるのだが、責任者として言い訳はできないので、ただ謝るしかなかった。

 

「いろいろ無理なことをお願いしているのは分かっているんですが、なんとかマネージメントをしてリカバリをお願いします」

「うん……。スキルの高いメカニックをもっと増員できないかしら?」

「それは難しいですね。もちろん予算的な問題もありますが、熟練したメカニックは不足しています」

「やっぱり無理かしらね。知り合いにも聞いてみたけど、どの部隊でもメカニックは足りないみたいね」

「お知り合い?」

「そうよ」

「差し支えなければ、軽く情報を頂けますか?」

「モビルスーツのパイロット」

「ああ、お姉さまの恋人の……」

「違います!」

「ご心配なく、個人情報は口外しませんよ」

 

 シックスはくすっと笑った。

 

「彼とはいい友達なんだから! とにかく、マンパワーをつぎ込めばいいというわけではないのよ、キュベレイの組み立ては」

「どのあたりが難しいのですか?」

「複雑な外装だから、組み立てに細かいところまで気を使う必要があるし、内装にしてもサイコミュの組み込みや配線がとにかく大変なの。ガザDの五倍はかかるわ」

「性能が高くても、構造が複雑すぎるわけですね。でも、何か改善できる点があるはずです」

「改善か……」

「はい。例えばアナハイム・エレクトロニクス社の組み立て工場は、製造行程がかなり自動化されているそうですね。地球連邦軍のモビルスーツは、自動化し易い構造にもなっているのでしょう」

「それはあるでしょうね。部品の共通化、ひいては生産の効率化にもつながるから」

「では時間とコストを削減するために、キュベレイをもっと生産しやすいデザインに変更できませんか? 例えば四角いブロックみたいな」

 

 妹が真剣な顔をして言ったその言葉に思わず吹き出してしまった。

 

「そんな積み木細工みたいなモビルスーツはいやよ! あなた、乗りたいの?」

「もちろん私もいやです」

 

 シックスは真面目で仕事には厳しいが、たまには冗談も言うのだ。

 

「でも、組み立てにも時間がかかるけれど、パーツの供給が遅れているのも問題なの。マニュピレーターばかり十機分もあるのに、モノアイは一機分しかないとかね。サイコミュなんか全く届かないわ」

 

 このパーツ不足の問題は、地球におけるネオ・ジオンと連邦政府との交渉が決裂してから深刻になってきている。アクシズは連邦から経済制裁を受け、レアメタルや基幹部品の輸入が難しくなっているのだ。

 

「その問題は私も認識しています。兵站にも関わりますから、重大な問題です」

「上層部に解決策を考えてもらわないと。プルツーお姉さまも知っているの?」

「はい。ネオ・ジオン資材コマンドと対策会議を行う予定です。でも、サイコミュについては、新型のクィン・マンサの開発が優先されていることも原因かもしれません」

 

《クィン・マンサ》とは、軍工廠で極秘裏に設計された四十メートル級の大型モビルスーツで、《キュベレイ》タイプの発展型ともいえるマシーンだ。

 

「クイン・マンサか……。かなり急いで開発されているみたいね。グワンバンで秘密テストが行われたとか」

「フォウ姉さんも聞きましたか。あのマシーンのポテンシャルは凄いものです。戦闘能力は一個大隊に匹敵するだろうと言われています」

「乗りこなすことができればね」

「あれほど多くのサイコミュを搭載したモビルスーツは、おそらく隊長にしか扱えないでしょう」

「確かに。でも、プルツーお姉さまでも身体に相当の負荷がかかるはずよ。……あれは危険なモビルスーツよ」

「グレミー閣下や上層部は、あのマシーンを地球連邦軍に対しての切り札と考えているんです」

「批判はしたくないけど、それは短絡的な考え方だわ」

「ニュータイプ能力を持つパイロットと高性能モビルスーツの組み合わせは、戦局を変えるほどの戦果をもたらしたことがあります。それと同じことを考えているのでは?」

「テム・レイ博士が開発したRX-78ガンダムとアムロ・レイのことね」

「はい」

 

【挿絵表示】

 

 RX-78《ガンダム》とは、八年前の第一次ジオン独立戦争において地球連邦軍が実戦投入した試作モビルスーツのこと。開戦時に、ジオン公国が実用化した史上初の人型兵器《ザク》によって大打撃を受けた地球連邦軍は、対抗策として『V作戦』なるプロジェクトを立ち上げ、最新技術の粋を集めて独自のモビルスーツを開発したのだ。同じく『V作戦』で新規開発された強襲揚陸艦《ホワイトベース》によって運用された《ガンダム》は、《ザク》を遥かに凌駕する性能を発揮し、その活躍はジオン公国が地球連邦軍に敗北する大きな要因となった。《ガンダム》は、ジオンにとっては仇ともいえるモビルスーツなのである。

 

「ガンダムは、主武装にメガ粒子砲を小型化したビーム・ライフルを装備して、装甲材には新素材のルナ・チタニウムを採用していたから、攻撃力と防御力はザクをはるかに凌駕していたわ」

「ルナ・チタニウム?」

「月で発掘される純度の高いチタニウム鉱からつくられた合金のことよ。月ではチタン、クロム、ジルコニウムがとれるけど、月面の低重力下で合金として特殊精錬すると、とてつもない硬度になるのよ。ガンダムは、マシンガンやバズーカが直撃しても傷ひとつ付かなかったらしいわね」

「驚異的ですね」

「うん。このルナ・チタニウムからガンダリウム合金に発展したのよ。ガンダムにあやかって『ガンダリウム』ってネーミングされたんだとか」

「ああ、そうなんですね。ガンダリウム合金を採用したから『ガンダム』と呼ばれたのかと思ってました」

「それだけ衝撃的だったのね」

 

 実はガンダリウム合金は、このアクシズで開発されたのだ。終戦後、《ガンダム》を徹底的に研究したジオン開発陣は、装甲材のルナ・チタニウムに注目し、ルナ・チタニウムを元に強度と粘り強さを飛躍的に高めた新合金を開発したのである。《ガンダム》はジオンにとっては悪魔みたいなモビルスーツだが、ブラックユーモアであえて名付けたのかは分からない。

 

「でもガンダムという名前の由来ってなんなのでしょう。銃のダム? 兵器を大量搭載していたからとか……」

「『ガンボーイ・フリーダム』を略して、『ガンダム』ってネーミングしたみたいね」

「えぇっ、それ本当なんですか? 『ガンボーイ』って、まるで子供のオモチャみたいじゃないですか」

「イレブンに連邦軍のホストコンピューターから機密資料を入手してもらったから、情報は確かだとは思うんだけどね。まあ、ジオンから連邦国民を解放する自由の戦士、みたいに考えたんじゃないかしら? こっちからすれば失礼な話だけど」

「なるほど……連邦軍は新兵器にかなり期待をかけていたと」

「作戦名も『勝利作戦』だしね。とにかく最新技術のかたまりなのよ。特に凄いのが自己学習する教育型コンピューターね。すでに人工知能を搭載していたんだから! 噂ではパイロットと会話したり、限定的に無人で戦闘することも出来たらしいわ」

「まさか! 無人で動くなんて、いまでも実用化されていません」

「そこが怖いところよ。テム・レイ博士の先見性でしょうね」

「そのテム博士は、いまは?」

「戦闘に巻き込まれて行方不明になってしまったらしいわ」

「そうなんですか」

「でも他の博士が引き継いで開発を継続したのよ。あの有名なモスク・ハン博士とかね。ガンダムの改修時にマグネット・コーティングを施したらしいわ」

「磁石をコーティング?」

「ハン博士が開発した技術で、可動部を磁気フィールドで包むことで、抵抗を減少させて駆動レスポンスを向上させるの。いまは標準的な技術になってるけど」

 

 NRX-044《アッシマー》やORX-005《ギャプラン》、そして有名なMSZ-006《ゼータガンダム》など、地球連邦軍のモビルスーツには高速形態に変形する機体が多いが、わずかコンマ五秒以下で変形を可能にする性能は、このマグネット・コーティング技術があってこそ成り立つのだ。

 

「なるほど、当時のガンダムに採用されたのもわかります。アムロ・レイはニュータイプだと言われてますから反射神経は良かったのでしょう。私も旧式のモビルスーツをテストで操縦すると、反応が悪くてもどかしいなと思うことがよくあります」

「ガンダムはニュータイプ専用機に改修されたといえるわね。ただ開発費も恐ろしく高くて、量産するのは難しかったらしいけど」

「あ、すみません。ですが資料を読むと、ガンダムは陸戦タイプや白兵戦仕様、局地型や砲撃型、水中型まで、あらゆるバリエーションがあったようですが……。量産されていたのではないですか?」

「ガンダムタイプは実験機でもあったから、試作した機体を改修していろいろテストしたみたいね。あわせてニ十機はないはずよ」

「そうなんですね。前から疑問だったのです。……フォウ姉さんは本当にモビルスーツに詳しくて、いつも驚きます」

 

 シックスは、笑いながら手に持っていた物を閉じて机に置いた。

 

「あっ、ごめんなさい。すこし喋りすぎてしまったかしら」

 

 妹のわずかに困ったような表情から、自分の趣味を少し語りすぎたと反省した。

 

「いえ、そんなことはありません。フォウ姉さんの専門性は貴重です」

「連邦軍のガンダムタイプに負けないために、もっと勉強しないとね」

 

 《ガンダム》こそはジオンにとって最も脅威となる兵器である。いまも、改良発展型の《ダブルゼータ》と呼ばれるガンダムタイプにネオ・ジオン軍は痛い目にあわされているから、対抗するためにネオ・ジオン開発陣は全力で新型機の開発を行っているのだ。

 自分も、いつかオリジナルのモビルスーツを製造してみたいと思っていて、個人的に設計をしてみたりしている。最初は何もわからずに、ただ与えられた仕事としてモビルスーツの開発業務に関わったが、いまではすっかり機械の巨人に魅了されてしまったのだ。

 

「でも、確かにガンダムは高性能ではあったけど、父親の開発したモビルスーツに乗って息子が大活躍するなんて、ちょっと出来すぎたストーリーに思えるわよね。実際はどうなのかしら? 確かにガンダムの戦果が高かったのは間違いないけど、けっきょくのところ、デチューンされた生産型のジムが大量投入されたことが勝因なのよ。一機で戦局を変えただなんて、マスコミの創作でしょう」

「どうなんでしょう……。もしかして、フォウ姉さんはクィン・マンサの開発には反対なのですか?」

「反対ではないんだけど、クィン・マンサより量産型キュベレイの生産を優先した方がいいわよ。定数をそろえるには、まだまだ時間がかかるわ」

 

 山積している作業を想像して思わずため息をつくと、シックスの向かいの椅子に腰を降ろした。

 

「フォウ姉さんなら出来ますよ」

「だといいけど……。とりあえず製造工程を一から見直してみるわ。他の工場に組み立てを外注できる部分もあるかもしれない」

「私にできることがあれば、いつでも言ってください」

「ありがとう、いつも助かるわ。……ところで、それって『本』でしょう?」

「あ、そうです」

 

 シックスは、机に置いた長方形の物を手に取った。

 

「植物から作られたペーパーに、文字がインクで印刷されているメディア。珍しいわね」

「かなり古いもので、アクシズの倉庫で見つけたんです。読んで見たら面白くて。内容は小説なんですが、好きな作家になりました」

「フィクション? 」

「はい。サン=テグジュペリ、旧世紀の作家です。『星の王子さま』が有名で、他にも『夜間飛行』とか『人間の土地』とか」

「『星の王子』って響きがロマンチックね」

「でも真実の言葉が書かれているんですよ。旧世紀に書かれたなんて思えないほどに」

「人は変わらないってことなのかしら?」

「心や感情は不変的なものですから。サン=テグジュペリは作家でありパイロットでもあったんです。空を飛ぶことの厳しさも小説に書いています」

「パイロット? 民間の?」

「郵便業務がメインだったようですが、軍務にもついたそうです。最期は偵察任務で出撃したところを撃墜されてしまいました」

「そう……」

 

 撃墜、という言葉には胸が締め付けられた。自分たちにとっても仲間が撃墜されて亡くなるのは日常的なことなのである。ファイブだって命を落としかけたのだ。

 

「小説を書きながらパイロットもするって、どういう心境なのかしら。小説の題材のため?」

「空が好きだったのでしょうね。純粋に飛ぶことが。攻撃部隊には所属しなかったようですから。厳しい世の中で純粋さを貫くのは難しいことです」

 

 その作家パイロットには共感を覚えた。自分も本当はモビルスーツの操縦や開発が好きなのであり、できることなら戦闘行為を避けたいと思う。とは言え、そんな甘い考えでは、彼と同じように撃墜されてしまうだろう。

 

「宇宙世紀に暮らすわたしたちの方が汚れているのかもしれないわね。シックスが憧れるのもわかる気がする。あなたの部屋には他にも本があるんじゃない? よかったら私にも……」

「ありません! 」

 

 シックスは突然取り乱すと、焦ったように返事をした。

 

「そ、そうなの?」

「はい。何もない、殺風景なつまらない部屋ですから!」

「そういえば、最近入れてもらったことがないけれど……」

「いずれ機会があれば。でも、来ても仕方ない部屋ですよ」

「なんだか怪しいわね。まさか誰かと同棲なんかしてないわよね?」

「とんでもない!」

「冗談よ。まあ、プライベートを見せるのは、姉にでも嫌なものよね」

「すみません、そういうわけではないんですが」

 

 シックスは、本当にすまなそうに謝っている。普段は軍務のことしか話さない堅物の妹だが、部屋には彼女の本来の姿があるような気がした。

 

「気にしないで。また話を聞かせて」

「はい」

「あ、それから、彼とは本当に友達だからね?」

「安心してください。言いふらしたりはしませんから」

 

 くすっと笑うシックスを後にして、プルフォウは自分の仕事場である格納庫に向かった。




冬コミ新刊の委託をはじめました。よろしくお願い致します。

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第11回「ワークホース」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

キャラクター、設定協力は、かにばさみさんです。

※Pixivにも投稿しています。


     11

 

 

 地球連邦軍の量産型モビルスーツ《ヌーベル・ジムⅢ》の三機編隊が、背面に装備された四基のロケット・ブースターを噴射しながら月の重力に拮抗して飛行していた。その莫大な推進力は、もし媒体する空気があれば周囲に轟音を響かせたに違いなかったが、月は真空なので地表からは三つの輝点が動いているようにしか見えなかった。

 

【挿絵表示】

 

 月は地球圏にとって重要な戦略ポイントであり、相当数の地球連邦軍部隊が駐留している。そして、その重要さゆえに新鋭機が配備されることが多かった。

 地球連邦軍が昨年、宇宙世紀0087年に正式採用したモビルスーツRGM-86R《ヌーベル・ジムⅢ》は、ゴーグル・タイプのメインカメラを装備した頭部と、四角いブロックを基本形状とした胴体と四肢で構成された標準的な機体だ。しかし、際立った特徴はないものの、汎用機として設計されているために拡張性が高く、数多くのオプションであらゆる戦場に適応可能な、信頼できる使役馬(ワークホース)なのである。新型(ヌーベル)と呼ばれているのは、旧式のRGM-79R《ジムⅡ》を改修しただけの《ジムⅢ》とは異なり、新規設計されたモデルだからで、高出力のジェネレーターと武装、高性能センサーを装備したことによって、高級機にも匹敵する性能を誇っている。

 

「高度が下がるからといって燃料を使いすぎるなよ! ガス欠で都市に落下すれば始末書どころじゃすまんのだからな」

 

 月軌道艦隊第六機動歩兵中隊に所属するラッセル・ハント中尉は、編隊長であるアーニー・デイビス大尉が、いつも部下に口やかましく注意することにうんざりしていた。もちろん、そうする理由は理解できる。アーニーは一年戦争以来の叩き上げのパイロットで、ジオンの宇宙要塞攻略作戦に参加した経験から、わずかな判断ミスが死につながることを知っているのだ。

 この月面では独自の操縦技術が必要とされる。重力は地球の六分の一にすぎなくても、垂直方向に働く力は無視できるものではなく、モビルスーツは自由に飛行することができないのだ。そうした宇宙空間とは異なる挙動に対応できずに、重力に引かれて月面に墜落する間抜けなパイロットも珍しくはない。

 中隊のライト・ウイングを務めるラッセルは、全天周(オールビュー)モニター越しに眼下に広がるクレーターを眺めた。そうやって高度が下がっていないか目視で確認するのだ。クレーターの中から放射状に広がって建造物が配置されている人工都市は、周囲に広がる地形とは対照的に人の営みを想像させた。だから間違ってもトラブルで墜落することなどできない。

 

「隊長、よろしいですか」

「なんだ、ラッセル中尉」

 

 モニターに、いかにも叩き上げの軍人といった、いかつい風貌の男が表示された。

 

「こんな都市のど真ん中に、ネオ・ジオンの野郎どもの船が飛んでるとは思えません」

「当たり前だ! 偽装もせずに飛んでいるわけはない。民間輸送船に注意するんだ。不審な船は停止させて臨検を行ってかまわない、というのが上からの命令だ」

「不審な船とは、どのような船でありますか?」

「知るか。それが分かれば苦労はしない。怪しい動きをしているとか、こそこそ逃げているとか、その場で柔軟に判断するんだよ」

「了解!」

 

 編隊長の曖昧な答えに、納得できないまま返事を返す。この任務は簡単ではない。月は頻繁に輸送船が離発着していて船便が多いから、密輸や密航は日常茶飯事なのだ。まして、ここは月でも一、二を争う大都市グラナダなのである。

 グラナダは月の裏側にある月面都市で、もともとはスペースコロニー『サイド3』の建設用資源の採掘鉱山として発展し、そのまま宇宙の交通の要となった一大工業都市だ。宇宙移民は月に莫大な経済効果をもたらしたが、一方で資源開発や研究開発が主だった静かな衛星の様相をすっかり変えてしまったのだ。

 

「輸送船の積み荷は? モビルスーツの部品だと聞きましたが、ネオ・ジオンの秘密工場でもあるのですか?」

「この真下の企業だよ」

「真下?」

「この通信で言わせるなよ。とにかく小型核融合炉やモーター、センサーとかだな。部品は写真をとって司令部に送信すればいい。司令部の分析官が判断してくれるそうだ」

「ミノフスキー粒子が濃かったらどうするのですか?」

 

 電波かく乱を引き起こすミノフスキー粒子は一年戦争時に大量にばら撒かれたが、戦後は南極条約で散布が制限されていた。それでも太陽フレアなどの影響で濃くなるときがあって、その場合激しい電波障害が引き起こされて、まず通信は繋がらないのだ。

 

「そのときは俺たちで見分けるしかない」

「専門家じゃあるまいし、わかりかねます」

「大きさや形で判断するんだよ!」

 

 とかく上層部から急遽命令された臨検は現場に混乱を招いていた。本来は専門の部隊が行うべき任務なのだ。

 

「連中はネオ・ジオンにモビルスーツを売っているのですか?」

「奴らは死の商人だ。金さえ貰えれば誰にだって兵器を売るさ。コロニー落とし用のスペースコロニーだって、喜んで製造するだろうな」

 

 そう、今回の任務は、モビルスーツの部品が不正に輸出されるのを防ぎ、ネオ・ジオンの本拠地であるアクシズに届かないようにすることだ。ネオ・ジオンの連中は自前でモビルスーツを製造しているが、大尉の話ではセンサーやらコクピットなどはアナハイム・エレクトロニクス社から購入しているらしい。だから、奴らの戦力を元から断とうというのだ。

 

【挿絵表示】

 

 

「こんな回りくどいことはしないで、アクシズに攻め込めばいいんだ」

 

 レフトウィングに位置するパトリック中尉が勇ましく言った。その少し吊り気味の目が不機嫌さを表していたが、彼は外堀を埋めるのではなく、本丸を一気に突破するべきだと主張しているのだ。パトリックは戦果をあげて昇進したいという野心を隠しておらず、無意味な任務に就きたくはないと常々口にしている。だが地球連邦政府のお偉方はネオ・ジオンとの戦いに消極的で、軍を積極的に展開させようとはしなかった。おそらくはアクシズとの戦争を端緒として、地球とスペースコロニーとの戦乱が発生することを恐れているのだろう。地球連邦政府に不満をもつ宇宙居住民(スペースノイド)は大勢いるから、それが大きなうねりとなって、反乱が勃発する危険性は確かにあるのだ。

 

「連中の戦力はあなどれない。しかもアクシズは要塞だ。要塞を力押しすれば、攻撃側の三分の二は失われる。そんなリスクは避けたいんだろうな」

「弱腰の連中だから、ジャミトフのティターンズがのさばったんだ!」

「パトリック、めったなことは言うなよ」

 

 ティターンズは、地球連邦軍将校のジャミトフ・ハイマンが設立したエリート部隊で、地球連邦軍の中で地球至上主義を掲げる先鋭的な思想をもった集団だった。巧妙な政治、軍事行動で地球連邦軍の実権を握る寸前までいったが、スペースノイドを弾圧する過激な行動は、ティターンズに反対する軍事組織エゥーゴを産み、彼らによって倒されたのである。ティターンズの台頭は、絶対民主政治の脆弱さ、決断できない無責任さが招いた地球圏の危機だった。

 

「ティターンズにジオンの残党を根絶やしにさせてから、用済みになれば潰そうと考えたのかもな。お偉方は都合よく考えるものさ」

 

 政治家のその場限りの判断で軍隊は便利に使われる。今回の内乱は、ビジョンのない地球連邦政府の無能さを露わにしたが、軍隊がビジョンを持つのは危険だという証明も、またティターンズなのである。宇宙世紀にあっても、シビリアン・コントロールは絶対的な原則なのだ。

 しかもグリプス戦争は、宇宙世紀にあって、まるで中世のような戦いの様相を見せた。ティターンズやエゥーゴ、アクシズの指導者達が戦場でモビルスーツに乗って政治や理想を語り、軍隊を動かし、しまいには決闘まがいの戦闘までおこなったと言われているのだ。それは噂にすぎないが、軍隊を指揮するものが政治を語るのは危険な兆候なのだ。グリプス戦争の余波は、いまだ治まってはいなかった。

 ラッセルは、地球圏に混乱を招いた元凶たる、現在も地球連邦軍と緊張状態にあるネオ・ジオンの本拠地『宇宙要塞アクシズ』の方向を眺めた。するとグラナダへの訓練航海を終えて、サイド3『ジオン共和国』へと帰還するムサイ改級巡洋艦が、今まさにレーザー推進による加速をかけるところだった。並走している地球連邦軍の巡洋艦サラミス改級が、ムサイ改級の周囲を飛行していたRMS-106《ハイザック》を回収する。

《ハイザック》は、ジオンの象徴であったモビルスーツ《ザク》を地球連邦軍が発展・改良させたモデルだが、それは地球連邦軍とジオンとの戦争は終わったのだと、わざとらしく演出されたセレモニーなのは明らかだった。あのような三文芝居を演じたところで、何も情勢は変わりはしない。

 

 いずれ地球連邦軍とネオ・ジオンは雌雄を決することになるはずだったが、グラナダに戦闘の火種があるとは、ラッセルは知る由もなかった。

 

***

 

 地球の衛星「月」。太古から人類が見上げていた直径約三千五百キロメートルの冷たい岩石の球体は、宇宙世紀においてますますその重要性を増していた。大気はなくとも安定した地盤と豊富な資源を有しているこの地球の衛星は、宇宙時代になると急速に開発が進み、宇宙開発の要所となったのである。真空の地に移民を可能とした巨大な人工都市スペースコロニー群も、月の資源を元に建造されたのだ。

 だが、地政学的な月の立ち位置は、安定した地盤とは対照的に不安定なものだった。スペースコロニーほど地球に搾取されてはいないが、かといって地球と対等でもないという微妙な立場は、いつしか月に住む者たちを日和見主義を是とする『ルナリアン』と揶揄されるメンタリティへと変えてしまった。

 本来、月はスペースコロニーと比較しても圧倒的に人間が住むのに適している。その地下に都市を作れば広大な居住空間が確保でき、岩盤によって人体に有害な宇宙線も防ぐことができるのだ。いわば月は居住可能なスペース・スフィアともいえるのだが、だとすれば、なぜ地球連邦政府は月の開発をさらに推し進めて、より多くの人類を移民させなかったのか? 誰もが考える疑問の答えはただひとつ。地球連邦政府は、まさにジオンのような独立国家がうまれる可能性を危惧したのだ。

 もともと月の各都市は政治が独立していて、中央政府は存在せず、ゆるやかな同盟が形成されていた。しかし、その各都市が結束して月連合政府が生まれれば、それは旧世紀においてイギリス帝国からアメリカが独立したのと同じ結果をもたらすだろうことは、火を見るより明らかだった。事実、数か月前に発生したティターンズ残党による反乱事件は、保守層が多いエアーズ市を中心とした経済連合を経て、ゆくゆくは月を独立国家にしようという試みだったと言われていた。結果として他の都市からは無視されたのだが、文字通り月の潜在能力が示された事件だった。月面都市は独立国家を支えるだけの強固な経済基盤を有している。

 そんな月を実質的に支配しているのは、地球圏で最大のコングロマリットであり、莫大な収益を上げ続けているアナハイム・エレクトロニクス社である。

 

「本社から、ハース専務がお見えです」

「わかった、お通ししてくれ」

 

 アナハイム・エレクトロニクス社グラナダ工場の社長ヨンダ・ヨルグは、重厚な調度品が並ぶ社長室で、落ち着かない気分を紛らわすのに苦労していた。本社から直々に幹部がやってくるのだ。いったい何を伝えに来たのか? これまでの経験上、幹部がわざわざ出向いてくるということは悪い知らせに間違いないのだ。

 くそっ、いったいどういうわけだ。思わず悪態をついたとき、安っぽさを全く感じさせない重厚なドアが観音開きで自動で開いて、経営幹部のハースが威張ったように部屋に入ってきた。

 

「ひさしぶりだな、ヨルグ君。去年の会合以来か?」

「ようこそお越し下さいました、ハース専務」

 

 ヨルグは偉そうに頷く男に、にこやかに笑って握手を求めた。

 ハースは、精力的に働く社員だということをあからさまに態度で主張しているような男だった。何しろアナハイム社で最も若い役員なのである。もちろん、それなりに苦労はしたはずで、そろそろ毛髪のクローン処理、ようするに増毛が必要だということがすぐに分かった。

 

「どうぞお座り下さい。紅茶かコーヒーは、どちらを?」

「ああ、コーヒーを貰おうか。砂糖はいらん」

「わかりました。秘蔵の貴重なジャブロー産のコーヒーです」

「ジャブロー?」

「地球連邦軍の総司令部があった土地です」

 

 最も重要な戦略拠点でもあった南米アマゾンに位置するジャブローは、良質のコーヒー豆の産地でもあった。だが昨年、ジャブロー基地は連邦軍の内乱による核爆発で永久に失われてしまったから、この豆はかなり貴重な一品だということになる。

 ヨルグはドリッパーでコーヒーを淹れた。もちろんこれもアナハイム・エレクトロニクス製の家電で、ドリッパーから直接カップに注いで打ち合わせテーブルに運んだ。

 

「急なご来訪ですが、ご用件はなんでしょうか?」

「君にとっては楽しい話ではない……ほう、硝煙臭いと思ったが、なかなか美味いじゃないか」

 

 ハースは心から感心した風に言った。

 

「ありがとうございます。しかし、お話を聞くのが怖いですな」

 

 楽しくない話を聞く気はさらさらないが、こいつは地球連邦軍の内乱でモビルスーツの売り上げが上がっているのを知らないのだろうか?

 モビルスーツは精密な部品の集合体で、製造するには高度な専門技術を必要とするが、それゆえに利益率は高い。そして、この儲かる商品を大量に売りさばくために、自ら戦争を引き起こすとまでは言わないが、火種があれば軍事企業ならではの手法で積極的に介入しているのだ。

 そのやり方は、軍事組織やテロリストと取引をしてモビルスーツを直接供給するというもので、政治信条に関わらず紛争の両陣営を顧客とし、供給量で戦局をコントロールして紛争を長引かせるのである。有り体に言えばマッチポンプ。戦争経済、モビルスーツ経済で会社を回しているのだ。

 アナハイム・エレクトロニクス社が、フォン・ブラウン工場、グラナダ工場、アンマン工場といった各工場を独立採算制にしているのも、紛争の両当事者に対して個別にモビルスーツを供給するのに都合が良いからだ。当事者が言うのもおかしいが、いまだ地球圏の混乱が終息しない理由のひとつは、間違いなくこの欲望を膨れ上がらせた企業なのである。

 このグラナダ工場は、ティターンズやネオ・ジオンといった、世間的には評判の良くない軍事組織を得意先として売り上げを伸ばしてきた。汚い仕事の対価として昇進こそあっても、どこかの閑職に回される心配はない。

 だが、カップを持つ手が無意識に震えた。

 

「アクシズとの取引を一切停止してもらいたい」

 

 ハースの他人の将来を握りつぶす言葉に、もう少しでスーツをコーヒーで染め上げるところだった。

 

「馬鹿な!」

「上層部の意向だ。地球連邦政府から圧力があったのだ」

「軍に影響力をもつ我が社が、なぜそれほど弱気なのか分かりかねます!」

「君も知っているだろ? 現政権には、エゥーゴに参加したり、支援していた連中が多いということを」

 

 ハースの口調は、諦めろと言わんばかりだった。

 

「だとしても、とても承服できません! アクシズ向けの生産を減らせば、売り上げは半分になってしまいます。我々の主な顧客がジオンだということを、わざわざ説明することはないでしょうな?」

 

 ヨルグは工場の責任者として、必死の形相で抗議した。それも当然で、製品の出荷停止は死活問題なのである。

 

「いや、詳しく説明してもらいたいね。私は家電部門出身なんだ。本社に招聘されたのは今月でね」

 

 なるほど、無知だからわざわざ派遣されてきたということか。物事をよく知らなければ、それに対して疑問を抱くことなく命令できる。そう思ったが顔には出さなかった。

 

「わかりました。このグラナダ工場はモビルスーツの開発、製造を主業務としています。そして、主な顧客はジオン共和国やアクシズ、ネオ・ジオンなのです」

「君たちはテロリストに兵器を供給しているのか?」

「それは見方によりますな。スペースノイドにとっては、いまだジオンを支持する人間も多い。テロではなく抵抗運動です。それに、あなたも家電製品をジオンの人間だからといって売るのを拒否したことはなかったはずだ」

「まあ、確かに消費者を全て把握することなんて出来ない。だが、モビルスーツは冷蔵庫ほど大量生産はしないだろう。あんたの工場は顧客管理もできないのか?」

 

 お前は無能なのだと断じる、小馬鹿にする口調。この嫌味な野郎は、戦後の混乱期に生活必需品の家電製品を安く生産して売りまくり、若くしてアナハイム本社の幹部になったと聞いている。

 

「グラナダ工場は、もともとジオンの国営企業であるジオニック社の工場でした。戦後に我が社が吸収合併したことはご存知でしょう」

「そうだったな。敗北したジオンの遺産で、瞬く間にトップシェアを勝ち取った。まあ、他に民間のモビルスーツ製造会社はなかったのも幸いしたんだろう」

「仰る通りです。ですから、ジオンはいまだ得意先なのです。もちろん地球連邦軍のモビルスーツも生産していますが、ジオン共和国のモビルスーツやモビルワーカーのメンテナンスや改修作業は、売り上げのかなりの部分を占めています。あと、これは大きな声では言えませんが、抵抗運動を続けるジオン残党軍向けに古いモビルスーツのパーツを複製したり……」

「複製?」

「レプリカです。旧ジオン公国のモビルスーツはかなり普及していて、武装組織とか民間向けに、古いモビルスーツの複製パーツはかなり需要があるのですよ。ジオニック社から引き継いだ設計図から製造しています」

「なるほど。ホビーとしてモビルスーツを持つ連中もいるらしいからな」

「はい。さらにアクシズに対しては、モビルスーツの開発能力を向上させるために、新型機の設計開発に積極的に協力しています。さすがに製造まではしていませんが、フィールド・モーターや核融合炉、ロケットエンジンなど、主要コンポーネントも供給しているのです」

「だったら、なにか他の仕事をとってくるしかないだろうな」

「え?」

「うちのモビルスーツ工場は、それぞれ独立採算の別会社みたいなものなんだろ? 市場の競争原理に従って、新たな顧客を獲得すればいいんだよ。アンマンやフォン・ブラウン工場の顧客を奪えばいい」

「そう簡単にはいきません!」

「するんだよ! ともかく、一時的にでも出荷停止しろというのが上からの命令だ。直ちに実行する必要がある。今のあんたの話からすれば、グラナダ工場がパーツ供給を停止すれば、アクシズには致命的だろうが。平和な世の中、実にけっこうじゃないか。いつまでも子供のオモチャみたいな戦闘ロボットの時代でもないだろう」

「そうかもしれませんが……」

「議論の余地はない」

 

 ハースは、経営幹部らしい忙しさをわざとらしく感じさせるように、乱暴に立ち上がった。

 だが、実のところは使いっ走りにすぎず、このあとの予定といえば、本社に帰って今の話を報告したあと月面ゴルフをするくらいのはずだ。

 いっそのこと、こいつがこなかったことにすれば……。

 

「ん? これはエレバイクか?」

 

 立ち上がったアナハイム専務は、テーブル脇に置かれていた自社製品のパンフレットか気になったようだった。

 表紙にはエレバイクの製品名『リベッルラ』の文字が大きく書かれていて、鮮やかなオレンジ色の髪と濃紺の瞳が印象的な美少女が、可愛らしい制服姿で笑みを浮かべながらエレバイクの隣に立っている。

 

【挿絵表示】

 

 

「は、はい。モビルスーツのフィールドモーター技術を応用した新製品です」

「綺麗なモデルを宣伝に使うのはいいな。こういう風に儲ければいいんだよ。ともかく頭をもっと使え。でなければ、あんたは子会社に栄転だ」

 

 ハースは新人を教育するように言うと、ドアに向かって歩き始めた。受けた侮辱に、重厚なマホガニーの机からオートマティック・ピストルを取り出して、目の前の憎たらしい男を射殺したいという衝動が沸き起こったが、それをなんとか抑え込んだ。再び重厚なドアが開閉すると、ハースは部屋から出て行った。

 

「ふざけるなよ!」

 

 一人になると再び怒りが怒りがこみ上げてきて、棚に飾ってあったモビルスーツの模型を思い切り壁に投げつけた。東洋のカブトをはめたようなデザインの頭部がもげ、手足がバラバラになって床に散乱する。

 

「つまらない家電屋めが! あいつに経営の、政治の何がわかる! フォン・ブラウンの奴らに負けてたまるか!」

 

 売り上げと利益で他の工場に負ければ、出世競争からは脱落する。しけた子会社の社長になって、それで会社人生は終わりだ。なんとか手を打たなければならない。

 しばらく考えた後、一本の秘話通信をすることにした。

 そう、やっかいな問題を解決するには、それ以上にやっかいな問題を引き起こせばいいのだ。アナハイム・エレクトロニクスは、まさにそうやって生き残ってきたのだ。

 

 ヨンダ・ヨルグは、自分が思いついた素晴らしいアイデアを自画自賛した。




冬コミ新刊の委託をはじめました。よろしくお願い致します。

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第12回「来訪者」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

キャラクター、設定協力は、かにばさみさんです。

※Pixivにも投稿しています。


     12

 

 

 

「最初の曲は『あなたとアステロイドベルトへ』です」

 

 幻想的なステージに立つファンネリア・ファンネルがそう告げると、ざわついていた会場が水をうったように静まりかえった。期待と興奮と、それらを律する息遣いが緊張感を生み、清涼な歌声を響かせる土壌を作りあげている。乾いた大地に雨が必要なように、大勢がファンネリアの歌を求めているのだ。

 始まりは、あくまで静かだった。ステージに前奏が流れ始めて、少女は両腕を頭の上で組んで目を閉じる。それが歌い始める前に行う、彼女の決まった動作だ。集まったファンたちは、虹色のサイリウムや手作りのディスプレイ・パネルを振りはじめた。そうやって自らの想いをステージ上のアイドルに届けることで、一心同体となった。

 

【挿絵表示】

 

『あなたは独りで遠くに行ってしまった。赤い火星の先には何があるの? あきらめないで、たとえ暗闇しかなくても私はそこにいくわ。暖かい光は、人の気持ちから生まれるから。飽くなき勇気を持つ人がフロンティアを見つけられるの。天翔ける流れ星のように宇宙(そら)を駆けるわ。アステロイドベルトの向こうへ』

 

 ファンネリアの歌は人々の心を震わせて、会場の盛り上がりは止まるところを知らなかった。

 

「少し声が響きすぎてるかしら……。音響を調整してもらわないといけないわね。でも、我ながらビジュアルはいい感じだわ!」

 

 ライブの録画ファイルを事務所のモニターで観ながら、そのようにコンピュータパッドにメモを残した。こうして録画のチェックに余念がないのは、声や振り付け、会場の音響などを、よりレベルの高いものに改善するためだ。

 新曲の『あなたとアステロイドベルトへ』はなかなかのヒットを記録していて、自分にとって代表曲になりつつある。初めて自分で作詞もしてみたのだが、悩みながら何度も書き直したので本当に苦労した。でもサイド3の街で耳にすることも多く、たくさんの人が聞いてくれていることが何よりも嬉しかった。

 しかしながら、マーケティングの産物であるアイドルが言うのもおかしいのだが、この歌の人気は人為的に作られた幻想なのだ。実のところは、スペースノイドにたいして小惑星アクシズへの好意を醸成するという目的で、大掛かりな戦略を持って進められたプロジェクトなのである。

 だが経緯はどうあれ、歌がヒットしてアクシズの好感度が高まれば良いのだ。それが自分の仕事だ。グラナダシティでの月面コンサートも近づいているが、あの大きな会場で最高のライブをすることができれば、地球圏での知名度がさらに上がることは間違いない。成功させれば、自分の野望を実現するステップにもなるだろう。

 

 決意を新たにしたところで、そろそろ事務所を出なくてはいけないことに気がついた。そう、これからネオ・ジオンの姫君ミネバ・ザビ殿下にお会いするのだ。VIPに会うことに慣れてはいても、さすがに国家の姫君に拝謁するのは緊張する。しかも目的が映画のスポンサーに関する話し合いで、言ってしまえば俗なことだから、繊細な性格だと言われている姫の機嫌を損なわないか、その点が心配だった。

 

「相手の機嫌を損なう真似を私がするとでも? 演技とは人の心を掴むことよ。一流の役者には造作もないことだわ」

 

 服を着替えて荷物をまとめると、室内の灯りを消して、セキュリティ・センサーがオンになっていることを確認して事務所を出た。待ち合わせはアクシズ中央部に位置する宮殿で、ここから歩いて三十分ほどの距離だ。

 

「えっ?! なんなのっ、これは?!」

 

 意気揚々と出発したのは良かったが、玄関からたった一歩踏み出したところでつまづいてしまった。エントランスの前に、ぐるぐると巻かれた紐が置かれていたのだ。出入り口を塞いでいるのが陰湿さを感じさせるが、ここアクシズで恨まれる覚えはない。あるいは狂信的なファンの仕業なのかもしれないが、このこじんまりとしたアクシズ支社の場所は公にしていないのだ。

 いずれにせよ、ミネバ殿下にお会いするためにフォーマルな服装を着て厳粛な気持ちでいたのに、これでは台無しだ。

 

「アクシズの治安、悪くなっているようね……」

 

 ネオ・ジオンと地球連邦軍とは緊張状態にあるが、不安定な情勢が継続すると国民の不満が高まるのが歴史の常だ。愚かな嫌がらせで憂さ晴らしをする人間も出てきてしまうだろう。

 そんな厭戦気分を解消してみせるのが、まさに自分のようなアイドルなのだ。でも、巨人が飛びかう軍事基地の近くでコンサートを開催したとして、はたして人が集まるのか。幸い、このアクシズでコンサートを開く予定はまだなかった。

 

「ま、例えそうなったとしても、私は自分の仕事をこなすだけよ」

 

 ファンネリア・ファンネルはジオン共和国の広告塔の身なのだから。そう自虐しながら捨てられた紐を掴もうとすると、それが全体的にぬめっていることに気がついた。なにか違和感が……。

 

「ひっ?!」

 

 突然ひもが動きだして、思わず悲鳴をあげた。その正体を理解すると、嫌悪感に全身が粟立った。

 

【挿絵表示】

 

「うぎゃあっ! へ、蛇?!」

 

 金切り声をあげて反射的に飛び退くと、ドアにぶつかって尻餅をついた。

 

「ぎゃああっ!」

 

 こんな博物館にいるような生き物が、この小惑星にいることが信じられなかった。害虫や危険な生物は、地球から持ち込まれないように管理されているはずだ。

 

「アクシズの役人は仕事してないじゃないのっ!」

 

 ぬるっとした細長い体と三角形の頭にさけた口、冷たい目と細い舌。人に原初的に恐怖を与えるその姿に、足がすくんで身体が震えた。

 少し前に動物系のバラエティ番組に出演したことがあった。内容は宇宙世紀に絶滅が危惧されている稀少な動物を紹介するというものだったのだが、実際にスタジオに大きな蛇が持ち込まれて、出演者が目隠しで触ってみるという趣味の悪い企画があったのである。順番がまわってきたときには悲鳴をあげてしまって、共演者に笑われたのは恥ずかしく、屈辱的だった。

 よりにもよって、そんな生物がなぜ。助けを呼びたいが、いま事務所には自分しかいないので、何とか対処するしかない。

 転びそうになりながら事務所内に引き返し、金庫から自衛用の小型ピストルとサプレッサーをとりだしてきた。アクシズは軍事国家なので、家庭に銃を置いていることは珍しくはない。ピストルの銃身にサプレッサーをねじ込むと、両手でホールドし、姿勢を安定させて速射した。

 

「消えなさいよ!」

 

 引き金を何度も引いて、マガジンが空になるまで弾丸を撃ち込み続けると、蛇は千切れてバラバラになり、後にはぞっとする肉片がのこされた。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 銃から排出された薬莢が足元にバラバラと散らばり、熱せられた銃口からは煙が立ち上った。火薬のにおいが、えも言われぬ興奮と満足感を感じさせた。これでも銃を撃つ練習は何度もしている。アイドルを襲おうとする異常者も世の中にはいるからだ。

 

「私の前に現れたのが間違いよ」

「おみごと! 下着まで見せて名演技だったわ。アクション俳優に転向するといいわね」

「?!」

 

 わざとらしく大げさな拍手とともに、聞き覚えのある挑発的な声が聞こえてきて、反射的に顔をあげた。

 

「あんたは!」

「お元気かしら?」

 

 事務所の真ん前に、腕組みをした金髪女が立っていた。いつも自分にちょっかいを出してくる三流アイドル、クリスティ・マッキンタイアだ。

 

「な、なにしに来たのよ! わざわざアクシズまで私を追いかけてきたとでもいうの!」

「くくく……驚いたようね。取り乱してみっともないこと。黒の下着で大人をアピールしたいんでしょうけど、間抜けな姿をファンに見られたら幻滅されるわよ? ま、普段から変わりはしないけど」 

 

 クリスティの指摘に、まくれあがったスカートを慌てて押さえた。

 

「これ、あんたがやったのね?! ふざけないで!」

「さあ、知らないわねぇ。田舎だし、そこらじゅうに爬虫類がいるんじゃないの」

「宇宙に蛇がいるか!」

 

 いまいましい女の出現に、もはや清廉な気分は失せ、替わりにどす黒い感情が沸き起こってくる。クリスティとはデビューした年が同じで、所属している事務所が対立していたから、最初からライバル関係だった。そして人気ランキングや歌の売り上げ、ドラマの主演の座などを争うなかで、クリスは負けるたびに周囲に悪口を言いふらしたり衣装を隠したり、卑劣な妨害行為を繰り返してきた。はっきり言って最低な女で、バラエティ番組で自分を笑ったのも、他でもないこの女なのだ。

 だが、まさかアクシズまで嫌がらせにくるとは予想しなかった。

 

「あんた無謀すぎるわよ! 連邦政府の犬が、サイド3では飽き足らずにアクシズにまでやって来るだなんて。袋叩きにあうか、捕まって尋問されるんじゃない? フン、それも面白いか」

「ずいぶん物騒な話だこと。でも勘違いしないでくださる? 私は一般市民としてアクシズを訪れてるの。たまには田舎を観光するのもよいと思ったわけ」

「観光? あっ、そう。ならタイガーバウムでもいってなさいよ!」

 

 タイガーバウムとは、独特のアジア様式を取り入れた観光コロニーのこと。観光を収入源にしているスペースコロニーは多く、観光客を呼び込むためにそれぞれ独自性をアピールしているのだ。

 

「それもよいでしょうね。ここは、もううんざり。まあ酷いなんてものじゃないわ。低い天井に汚い建物、岩、岩、岩! よく、こんな未開地に住んでるわね」

「未開地ですって?!」

「違うのかしら? 人や建物、文化レベルを総合して判断させて頂いたのだけれど」

「この小惑星こそ、スペースノイドの開拓者精神の現れじゃないの!」

「ずいぶん思い入れてるけど、ただの汚い岩ころじゃない。見るべきものはないうえに食事もまずいんじゃ、どうしようもないわ」

「言わせておけば!」

 

 アクシズを侮辱し続ける彼女に、ついに感情を抑えきれずにつかみかかる。

 だがクリスティは、こちらの攻撃を器用に避けると、素早く大通りに駆けていった。

 

「じゃあね、三流アイドルさん」

「仕事がなくて暇だからって、二度とくんな!」

 

 怒りが収まらず、クリスティの足元にピストルの狙いをつけた。だが、ここは街中だ。誰に見られているかわからないのだ。我に帰ると、手にした武器をホルスターに収めた。

 

「あいつを撃つのはよくても、市民に見られたらまずいわ……」

 

 認めたくはないが、この頭に血がのぼりやすい性格はなおさなくてはならない。地球連邦政府首相を目指そうという人間が、あんな小物に構っている暇はない。しかし、道を塞ぐ障害は全て打ち倒さなければ、政界で成り上がるなど不可能なのである。

 

「いつかあのヘビみたいに潰してやるわ! みてなさいよ」

 

 ファンネリアは、蛇の死骸をまともに見ないようにして言った。

 

 すぐに清掃サービスを呼ばなくてはならない。処理が終わるまでは、どこかホテルにでも泊まるしかないだろう。

 

「……うぅっ、これじゃ事務所に入れないじゃないの!」

 

 

 ***

 

 

 アクシズの街はずれに、人はほとんどいなかった。さびれているという表現が適切だろう。シャッターを閉めた店が目立ち、繁盛しているとは言えない食堂が客が訪れるのをひたすら待ち続けている。

 ネオ・ジオン親衛隊隊長であるプルツーは、その光景に物哀しさを覚えた。

 アクシズの経済、民衆の生活が立ち行かなくなってきているのだろう。このままでは、いずれ市民は逃げだしてしまうのではないか。騒がしいのは好まないが、といって無人の街が好きなわけではない。活気というものは気持ちを前向きにしてくれるからだ。

 その意味では、妹の仕事に付き合ったのは良かった。

 

「新しいレーションは、なかなか美味かったな。おまえのプロジェクト、うまくいってるみたいじゃないか」

 

 言いながら、アクシズ兵士研究所で試食したアイスシェイクの味を思い出して、ツバをゴクリと飲み込んだ。

 

「ありがとうございます、プルツーお姉さま」

 

 賞賛の言葉に、隣でエレカを運転している妹イレブンが礼を述べた。

 妹は栄養と味を高いレベルで両立させるレーションを開発するプロジェクトを進めていて、今日は彼女に呼ばれて試作品の試食をしてきたのだ。レーションはたいてい保存性とカロリーを重視した結果、味がぞんざいなことが多いのである。

 

「お姉さまに試食していただいて、良いデータがとれました。エースパイロットの意見は貴重ですから。研究員の方々も喜んでいました」

「それは良かったが、あたしはただ食べて感想を話しただけだぞ? エースだろうと下手くそだろうと、美味い料理は好きだろ」

 

【挿絵表示】

 

「好みと評価とは違います。一流の人間には、一流の知見と判断基準が備わっているのです」

「そんなものかな。ま、役に立てば嬉しいさ」

「次回もよろしくお願いします」

 

 イレブンは深く頭を下げた。運転しているのによそ見が出来るのは、このエレカがサイコミュを搭載しているからだ。彼女の髪飾りは小型サイコミュ・コントローラーになっていて、感応波で自在に運転が可能なのである。妹は手足を使わずに思考だけでエレカをスムーズに運転しているが、いずれはモビルスーツの操縦も思考だけで行うようになるのかもしれない。実際、愛機《キュベレイMk2》にはサイコミュによる簡易リモートコントロール機能が備わっている。あまり好きな機能ではないが、外部から無人機のようにモビルスーツを操縦できればパイロットが負傷することもなくなるだろう。

 そこまで考えて、妹の怪我の回復具合が気になった。

 

「お前、もう身体は大丈夫なのか?」

 

 他人がいる前では話題を出さなかったが、やはり姉として、部隊の隊長としては声をかけなければならなかった。イレブンは先の戦闘で敵の罠にはまって負傷し、身体とメンタルのケアが必要だと診断されて、二週間ほど療養していたのだ。

 彼女は身体的にも幼いほうなので、肉体的なダメージは心配だった。同じ遺伝子を持つ姉妹とはいっても、人間には個性というものがあるので、成長にも差が出るのだ。

 

「はい、ご心配をおかけしました。でも、わたしたち強化人間はフィジカルの回復が早いということを、わざわざお姉さまに説明することはないと思いますが」

「それはそうだが、無理はするなよ」

「大丈夫ですよ。許可さえ頂ければ、もう通常の任務に戻れます」

「うん、そうか。安心した」

 

 イレブンが初陣で敗北したミスを挽回しようと、すぐに軍務に復帰したいと考えているのは理解できる。だが、たとえ身体的に回復しても、精神的なダメージは必ず残っているものだ。トラウマとか心理的な後遺症とか、そうした問題が戦争にはつきまとう。

 ……他人に話したことはないが、それは自分自身も抱えている問題だ。ふとしたきっかけで、過去の辛い経験を思い出して白昼夢をみる。そうだ。知らなかったとはいえ、あたしは自分の姉をこの手で……。

 悪夢が脳裏に広がりかけたとき、微かに銃声が聞こえて我に返った。

 

「ん? 銃声か?」

 

 強化人間の優れた聴覚は、微かに聞こえた火薬の音を聞き逃さないのだ。

 

「プルツーお姉さまも聞こえましたか?」

「ああ、聞こえた。街中で、こんな昼間から銃を撃つ奴がいるのか?」

「犯罪行為か、あるいは市民同士のトラブルでしょうか? 警察はまだ来ていないようです」

「犯罪はないだろう。このアクシズじゃ、簡単な裁判ですぐに銃殺刑さ」

 

 状況をニュータイプ能力で探るべく、目を閉じて空間に流れてくる思念を読み取ろうと試みた。すると、たしかに戦場で感じるような、かすかなプレッシャーを感知した。

 

「少し見てきます」

「あ、おい。そこまでする必要はないだろ」

「アクシズを守る軍人として責任がありますから。お姉さま、エレカの運転お願いします」

 

 イレブンはエレカを停止させると、ドアを開け、銃声らしき音がした裏通りに向かって駆けていった。

 

「イレブン!」

 

 引き止める間も無く、妹はあっという間に走り去ってしまった。

 

「困ったな。あいつは真面目すぎるんだ。ちっ! 連れ戻さないと」

 

 舌打ちをして運転席に移ろうとすると、後ろのエレカがうるさくクラクションを鳴らしてきた。

 

「おい、こんなところで停まるな!」

「なんだと!? 少し待ちな!」

 

 偉そうな物言いに腹が立ち、思わず怒鳴りかえした。

 

「子供か? 親はどうした!」

「待ちなって言ってるだろ! あたしは軍人だ! この服が見えないのか!」

「お嬢ちゃん、いいからお父さん、お母さんを呼べ!」

「まだ言うのか! 舐めるなよ」

 

 無礼な運転手に道理をわからせてやろうとエレカを道路脇に止めようとしたが、このエレカはサイコミュ制御なので、ステアリングホイールやアクセル、ブレーキといった物理的な入力装置が一切ないことに気が付いた。

 

「バックアップ装置もないっていうのか!」

 

 急いでグローブボックスを開けて、予備のサイコミュ・ヘッドセットを探し出した。よく見るとそれは猫の耳のような形をしていて、なんとも子供じみたデバイスだった。これをかぶるのか……。名状しがたい恥ずかしさを覚えたが、後続車や対向車から激しくクラクションを鳴らされている状況では仕方がない。

 ええい、ままよ!

 羞恥心を振り切ってヘッドセットを身に着け、精神を集中してサイコミュを起動した。が、いくら念じてみてもエレカはまるで反応しない。

 

「動かないだと」

 

 馬鹿げた恰好をしてみたところで無駄だった。そう、エレカの操作コマンドがさっぱり分からなかったのだ。

 

「なんだいこれは! 恥をかいただけじゃないか!」

 

 プルツーはヘッドセットを頭から引き剥がし、シートに思い切り叩きつけた。

 

 

 ***

 

 

「このあたりで銃声が……」

 

 イレブンは感覚を頼りに銃声の元を探した。本来は警察の管轄ではあるが、軍人としてアクシズの街中での犯罪を見過ごすわけにはいかなかった。

 腰のホルスターに納めていたハンドガンを抜き、マガジンを外して弾が入っていることを確認すると、再びそれをはめ込み、スライドを引いて初弾を薬室に装填した。相手が銃を持っているなら撃ち合いになる可能性もある。

 両手でハンドガンをしっかりと構えて、慎重に通りの角を曲がる。まだ、そう遠くには行っていないはずだ。感覚を研ぎ澄まし、殺意や悪意の残滓を探す。どんなに冷酷な犯罪者でも、罪を犯すときは完全にこころ穏やかではいられない。

 

「感じる……!」

 

 曲がり角で立ち止まり、銃を胸の前に構える。深呼吸してから息を止めると、一気に通りに飛び出し、膝立ちの態勢でターゲットに銃を向けた。

 

「……?! いない?」

 

 はたして、その先には不審者はいなかった。誰も人がいないのは裏通りだからか。清掃業者のエレトラックが停車して作業を始めているところで、トラブルが発生している様子は一切なかった。銃が発砲された事実も怪しくなり、姉の制止をふりきっていきなり飛び出してきた判断が間違っていたことを認識する。

 そう思ったとたんに、先の戦闘での苦い経験が脳裏にフラッシュバックしてきた。電流を身体に流されたおぞましい感覚が蘇ってくる。

 急に気分が悪くなって、全身から冷や汗がどっと吹き出し、立っていられずに歩道に座り込んでしまった。

 目の前が暗くなり、視界にちらちらと光が舞った。姉に連絡をとらなければと思ううちに地面が目の前に迫り、意識が遠のいていった。

 

「……あなた大丈夫?」

「……」

 

 気がつくと、誰か知らない人に膝枕をされていることがわかった。気まずかったが、身体が動かないので身を預けるしかない。でも、いい匂いだなと感じて、再び目を閉じた。

 

「すごく汗をかいてる。貧血みたいね」

「す、すみません……」

「いいのよ。偶然通りかかってよかったわ。しばらく寝てなさいな」

 

 そのまま言う通りにしていると、いくらか気分が良くなってきたので、ちょっと無理をして起き上がった。

 

「もう大丈夫です。ありがとうございました」

「本当に大丈夫? 遠慮しなくていいのよ」

「はい。姉を待たせていますし、あまりご迷惑をおかけするわけには」

「もっと甘えてくれていいのに。うふふ、可愛いらしい娘を抱けて嬉しかったわ」

「……」

 

 ストレートな言葉に顔が赤くなるのがわかった。綺麗な長い黒髪が特徴的な女性は、妖しいほどに美しく微笑んでいる。

 

「あなたは軍人さんなのね。それジオンの軍服でしょう?」

「は、はい。基地でプログラムのコーディングやデータ分析の仕事をしています」

「優秀なのね」

「そんなことは……」

「わかるわ。話し方とか、相手を観察する態度をみれば、ね」

「……」

「私はナタリー・ベルマよ。よろしくね」

「私は……プルイレブンです」

「プル、イレブン。十一? お姉さんが大勢いるのかしら?」

「あ、いえ。親がすきな数字だったはずです」

 

 あまり個人情報を話しすぎるのは軍人としてまずいと考えて、咄嗟に嘘をついた。

 

「そうなの。でも、クールな名前ね」

「ありがとうございます。……本当にご迷惑をおかけしました。それでは、これで失礼します」

「あ、ちょっと待って。実はわたし、道に迷ってしまったところだったの。観光にきたのだけれど、ここは妙に入り組んでてわかりにくいわ」

「そうだったのですか。アクシズは元々資源衛星でしたので、坑道に街がつくられたのです。あまり見るものはなかったと想像しますが」

「そうね……。でも小惑星都市っていうだけで珍しかったわ。なんというか、歴史を感じるわね。宇宙開拓者たちの」

「まだアステロイドベルトに位置していたアクシズに最初に降り立った人たちは、かなり苦労したそうです。事故や飢えでなくなった犠牲者も大勢いました」

「尊敬するわ。その先駆者としての偉大な精神に。リボーに帰ったら、みんなにも話さなきゃ」

「リボー、サイド6ですね。そこにお住まいなのですか?」

「そうなの。あなたも来てみたらいいわ。案内してあげるわよ?」

「は、はい。ありがとうございます。お帰りはどちらから?」

「第三スペースポートに行きたいの。エレバスの停留所、教えてくれないかしら?」

「はい。お安い御用です」

 

 一番近い停留所まで案内してあげれば、あとはエレバスに乗るだけでスペースポートに着く。入り組んだ坑道を利用した居住区なので、交通は意外と整備されている。

 

「でも、イレブンちゃんは子供なのに偉いわね。まだ遊びたい年頃でしょ?」

「小惑星は人手不足なんです。ですから子供でも遊んでいる余裕はありません」

「ふふふ、真面目なこと。いかにも軍人さんらしいわ。でもあなたのような優れた子が、こんな田舎にいるのは惜しいわね。どう? 都会に出て、その能力を活かす気はない?」

「えっ?」

「活かすのよ! 人類の発展のために! こんな岩に引きこもっていたらダメよ。リボー・コロニーにくるといいわ」

 

 そう言いながら、ナタリーがいたずらっぽく胸を指で小突いてきたので、慌てて両手で抑えた。

 

「む、無理です」

「どうして?」

「仕事もありますし、家族もいますから。ここでの生活を捨てるわけにはいきませんので」

「そういったしがらみに縛られちゃだめよ。自分の本当の力を解放したかったら、ね」

「解放……」

「自分と向き合って、よく考えてみて。案内してくれて、どうもありがとう。気が向いたらいつでもここに連絡してね」

 

 彼女が差し出したホログラムカードには、名前とフォンナンバー、アドレスが書いてあった。

 

「芸能事務所にお勤めなのですか?」

「そうよ。あなたみたいな子の才能を開かせるのが私の仕事よ。じゃ、また会いましょう」

「ありがとうございました。さようなら」

 

 ナタリーがスペースポート方面に歩いていくのを見送ると基地へと歩き始めた。エレカはないから、かなり歩かなくてはならない。だが、しばらく歩いていると、通りの向こうから走ってくる姉プルツーを認めた。

 

「イレブン! 大丈夫なのか?!」

「プルツーお姉様」

「ずいぶん探したぞ! お前の気配を感知できなかったが、何があった?!」

「たいしたことはないのです。……少し気を失っていました。気分が悪くなってしまって」

「まだ身体が治ったばかりなんだから、無理はするんじゃない」

「すみません、気をつけます」

「他に誰かいたようだな? お前の近くに知らない奴の気配を感じた」

 

 姉は周囲を見回しながら言った。

 

「はい。私をを介抱してくれた女性がいました。彼女は旅行者だそうです」

「旅行? 女ひとりでこのアクシズにか?」

「はい」

「不自然だな……。まさか連邦のスパイじゃないだろうな」

「そんな風には見えませんでした。だって、私を助けてくれたのですよ」

「スパイは外見からはわからないさ。それに軍人から情報を聞き出そうとしたのかもしれない」

「何も聞かれはしませんでした」

「フン、あからさまにはしないだろうさ。ちっ、もう見当たらないか! 女の特徴を教えるんだ。すぐに入出国データを調べさせる」

「……わかりました」

 

 親切な人を疑う姉の態度をみて心が沈んでしまう。確かに女性がアクシズに旅行で訪れるという話には違和感がある。でも芸能関係者なら、取材やスカウトでリスクをおかすこともあるのではないか。

 軍人としては、ナタリー・ベルマから渡されたカードを姉に証拠として渡さないといけないのだろうが、迷惑がかかると考えてためらってしまった。ナタリーがスパイ容疑で拘束されて厳しい尋問をうけることになれば、恩を仇で返すことになるからだ。それに彼女には再び会う予感がしていた。ニュータイプ能力によるものなのか分からなかったが、意識下に眠る感覚をはっきりと認識することは難しかった。

 

「そういえば、お姉さま。エレカはどうされたのですか?」

「ああ、お前が飛び出していって、操作がわからなくて大変だったぞ。周りの連中にエレカを押させて……いや、駐車場まで押してもらったんだ。親切で助かったさ」

「そうでしたか。申し訳ありませんでした」

「イレブン、サイコミュ・コントロールもいいが、エレカにはハンドルやフットペダルを残して置いた方がいいな。もちろんモビルスーツにもだ!」

 

 姉プルツーは、ちょうど横に停車したエレカのコンソールパネルを指差しながら力説した。その熱を帯びた話し方に、もしかして姉は《キュベレイMk2》のリモートコントロール機能も嫌いなのではないかと想像してしまった。あの機能は自分がコーディングして実装したものなので、気に入ってもらえなかったのなら、それはとても残念なことなのだ。




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第13回「プルフォウと友人たち」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

キャラクター、設定協力は、かにばさみさんです。

※Pixivにも投稿しています。


     13

 

 

 

 モビルスーツの組み立て作業を始める前に昼食をとってしまおう。プルフォウはそう考えて、格納庫とは別棟にある食堂に一人で向かった。いつもなら姉妹と一緒に食事をするのだが、今日は予定が合わなかったのだ。仕事が忙しいから軽食ですませても良かったが、それでは栄養を十分にとれなくて、けっきょくは良い仕事をすることは出来ない。姉妹の健康管理をしているスリー姉さんの指示で、健康には気を使っているのだ。

 

 食堂へと続く廊下を見渡すと、大勢の職員や兵士が歩いていた。数人のグループだったり一人で歩いている人もいる。こんな風にたくさんの人が集まる状況は自分にとっては危険だ。思考を読み取るニュータイプ能力を有しているので、油断すると雑多な思考が頭に入ってきてしまうのである。仕事の不満や人間関係についての悩み。あるいは恋人のこと。そんな、あまりに生の感情が溢れているので困ってしまう。

 いつぞやは思わず赤面するようなイメージが脳裏に入り込んできて、慌ててシャットアウトしたものの、その過激な映像がしばらく頭から離れず仕事にならなかった。自分だって年頃の女の子なのだから勘弁してほしい。

 

【挿絵表示】

 

「本当にもう。みんないやらしいことばかり考えて……」

「プルフォウ!」

「えっ!?」

 

 意識して自分だけの思考に集中していたのに、いきなり自分の名を呼ぶ声がして驚いてしまった。声がした方に振り向くと、友人のイロン・バルトニックが走ってくるのが見えた。彼は器用に人ごみを避けながら、ぐんぐんと近づいてくる。

 イロンとは、士官学校を卒業後、一時的にパイロット訓練生をしていたときに同じグループだったのだが、いま彼は実戦部隊である第十二装甲歩兵大隊に配属されている。イロンは二週間前の戦闘で自分を救助してくれて、自分も遭難した彼をニュータイプ能力で見つけてあげた。

 つまり私とイロンは戦友なのだ。

 

「やあ」

「こ、こんにちは」

 

 普通に挨拶を返したつもりだった。でも不意に動悸がして、心のバランスが乱れたことを自覚した。落ち着かず不安になり、心臓の鼓動に驚いて思わず胸を抑える。体調不良なはずはない。確かに自分は遺伝子的、肉体的に強化された強化人間で、定期的に身体をメンテナンスする必要はあるが、先週の検査ではまったく異常がなかったからだ。

 

「どうかしたの?」

「あ、なんでもないの。お昼の時間に会うなんて珍しいわね」

「昼、一緒にどうかな?」

「えっ」

 

 それは半ば予想していた言葉だ。でも、いざ耳にすると返事に窮してしまう。ただイエスかノーで応えればよいだけなのに。

 

「都合悪い?」

「あ、そんなことは。別にいいわよ」

「やったね!」

 

 返事を返すとイロンは満面の笑みで喜んだ。彼の表情を微笑ましいと思う。思い返すとイロンの笑顔を見るのはいつも好きだった。もちろんおかしな意味ではなく、気持ちが明るくなるという意味で。

 

「食堂でいいわよね?」

「代わり映えしないメニューだけどな」

 

 基地の食堂は、確かにメニューが多いとは言えないが、量は充分だし味に不満はない。この小惑星(アクシズ)を開拓した先人の苦労を思えば食事の不満など言えはしないのだ。

 

「贅沢言わないの。文句を言わないで食べなさい」

「お袋みたいなこと言うなよ」

「おふくろって?」

「あっ、悪い……」

 

 イロンの顔から笑顔が消えた。彼が気にしたのは、たぶん自分が母を知らないということだろう。物心ついたころから姉妹と軍の施設で暮らしているが、それは、この時代では珍しいことではない。八年前の大戦争で親を亡くした子供は大勢いる。たとえ強化人間として産まれて、幼いころからパイロットとして養成されてきた人生でも、姉妹と一緒に暮らせるのは幸せなのだ。だから「失礼ね。小言を言うお母さんって、まるでおばさんみたいじゃない」と、わざと冗談で返した。両親がいないことを気にされても困るし、男の子はくだらないことをいつまでも気にするからだ。同情で好意を持たれるのは、なんだか重くて嫌なのだ。

 

「早くいかないと時間がなくなるわよ」

 

 食堂はもう目の前なのに、妙に時間がかかっていることに苦笑する。

 

「この時間は混むからな。モビルスーツの組み立て作業は忙しいの?」

「サイコミュを搭載してる機体は、ものすごく複雑なの。だから、思うように進まなくて」

「量産型キュベレイか。すごいよな。君もあのモビルスーツの開発に参加したんだろ?」

 

 イロンは、相手の気分を害したのでないと分かって、ぐっと身体を寄せてくる。そのわかりやすい、モビルスーツの能動的質量制御(AMBAC)みたいな大げさな動作に、思わず笑みがこぼれてしまう。

 

「私はたいしたことはしてないわ。本当に凄いのは、実際に設計をする人よ」

「いや、俺にはできないし……。あ、そうだ。今度、俺のガ・ゾウムをみてくれないかな。チューニングとかさ」

「機体の反応が悪いの?」

「まあ、そんなとこ」

「別にいいけど、そちらのメカニックさんが気を悪くするんじゃない?」

「かまわないよ。なんなら俺の専属メカニックに……」

「せ、専属?」

「と、特別に親衛隊で整備してもらうってことさ。だ、だめかな?」

 

 見つめてくるイロンの、妙に真剣な顔をまともには見られなかった。

 

「わ、私だけじゃ判断できないから……姉さんに聞いてみる」

「了解」

 

 本当に、なんで彼との会話はぎこちなくなるんだろう。またしても気まずくなった雰囲気を払拭するように、食堂に入ると賑やかな真ん中の席に座った。隅っこの席にはたいていカップルが並んで座っているが、この会話の流れであの距離感に飛びこむ勇気はなかった。とにかく席に座ると、メニューにシェフのおすすめと書いてあるパスタのランチセット、付け合わせのサラダ、そしてグレープジュースとデザートのリンゴパイを注文した。

 

「けっこう食べるんだね?」

「食べないと働けないでしょ?」

「女の子って、よくダイエットしてるからさ」

「私が太り気味って言いたいの?」

「あ、いやっ。スタイルがいいなってことだよ」

 

 イロンの視線が自分の胸元にそそがれたのに気付いて、恥ずかしくて視線を反らした。

 

「……変なところ見ないでよ」

「ごめん」

「……」

 

 下着がきつくなってきているから、変に身体の線が目立つのかもしれない。近いうちにイレブンを連れて新しいものを買いにいこう。妹の下着を選んであげるのは好きなのだ。

「そ、そういえば、君のお姉さん、プルツーさんなんだけどさ」

「姉がどうかした?」

「凄く人気があるんだよね」

「えっ? 人気?」

「実力があって、凄くクールでさ。部下になりたいって奴も多いんだぜ」

「驚いた。姉はエースパイロットだから憧れるのかしらね」

「凄いお姉さんだよな」

「顔は似てるけど、私とは随分違うって言いたいみたいね」

「ち、違うよ。そんなこと言ってないだろ」

 

 イロンの困った顔が可愛いと思いながらも、少し意地悪かったと反省する。

 

「でも、姉は喜ばないでしょうね。そういう軟弱なの嫌がるから」

「ストイックそうだもんな、プルツーさんは。でも、そうだとすると心配になるなあ」

「心配って、なにが?」

「いや、今度のパーティーにお姉さんに来てもらいたいなってさ」

「あ、無理無理!」

 

 なんて無茶なことを考えるのだろう。姉をまるで分かってないことに呆れてしまう。

 

「駄目かな?」

「姉さんはそういうの絶対にこないから! くるわけないわ」

「わからないだろ? プルツーさんと話したいって奴は多いから、なんとか話をつけてくれって頼まれてるんだよ」

「本当に、やめた方がいいと思うけど」

 

 あまりに能天気すぎる男子たちの野心に、思わずため息をつきながらグレープジュースを一口飲んだ。

 

「ほら、お姉さんの写真も人気なんだよ」

「写真って、まさか隠し撮りしてるの? 見つかったらまずいわよ」

「変な写真じゃないよ。ほら、これ」

 

 写真には、姉プルツーがジムで鍛えていたり、ランニングしたり、ドリンクを飲んだりしている姿が写っていた。

 

「すごいわね……すごい情熱」

 

 これではまるでアイドルみたいだ。姉は気付いているのだろうかと心配になりつつイロンに写真を返そうとしたが、彼が素早く他の写真を隠したことを見逃さなかった。

 

「ちょっと、今の写真は何?」

「な、なんでもないよ」

「見せて!」

「だめだよ!」

 

 素早くイロンから写真を奪い取ると、着替えている途中の自分の下着姿が目の前に現れた。

 

「ちょっと、これって……」

「返してくれよ!」

「だめ!」

 

 慌てて奪いとろうとするイロンの腕を払いのけると、彼がバランスを崩して倒れ込んできて、そのまま頭を胸に埋める格好になってしまった。周囲からは「おぉ~っ」と、はやし立てる歓声があがる。あまりのことにもう声も出ない。

 

「い、息が……」

 

 イロンは胸の中でもぞもぞと頭を動かした。完全に顔を塞がれて呼吸ができないので助けを求めているのだ。このままでは彼は窒息死してしまう。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 慌てて彼の顔を掴んで引き上げると、苦しげに息をするイロンの顔が、すぐ目の前にあった。半ば抱き合いながら、お互いに見つめ合う行為が三十秒ほども続いた。周りの視線も、ほとんど気にならなくなってくる。まるでファンネルを操作しているときの、周囲の時間が止まったような感覚だ。

 

【挿絵表示】

 

 人はいつか時間さえ支配することができるというのは誰の言葉だっただろうか。こんなことになるなら、隅っこの席にすれば良かった―。

 

「ヨン子、ひさしぶり」

「えっ……!?」

 

 周囲から切り離された、二人だけの時空間に集中していたから、外側にいきなり現れた旧友を認識するのに時間がかかってしまった。ニュータイプ能力とは、常に発揮されるものではないのだ。

 

「わるいね、いいところを邪魔してさ」

「スミ・スミカ!?」

「やっと分かったの? ずいぶんお楽しみだったみたいじゃん」

 

 意地の悪い揶揄に、さっきとは比較にならないほど心臓の鼓動が高鳴って、顔が真っ赤になるのを自覚した。

 士官学校で同級だったスミ・スミカが、すぐ隣に立ってニヤニヤと笑っていた。それにしても最悪のタイミングで再会してしまった。

 

「勘違いしないでよ!」

 

 接近し過ぎていたイロンを、なかば突き飛ばすようにして体からひき離した。

 

「いててっ!」

 

 イロンは椅子から転げ落ちて床に倒れこんだ。悪いとは思ったものの、とりあえず彼は無視して、身だしなみを整えて椅子に座る。押され気味で不利な戦局を早急に立て直す必要があるのだ。

 

「スミカ、元気だった?」

「まあね。丈夫だけが取り柄だよ。でもさ、ヨン子も大胆になったね。見せ付けてくれるじゃん」

「なに勘違いしてるの? 彼がいきなり転んできたのよ。ドジなんだから!」

 

 恥ずかしさから、わざと大げさに怒ってみせる。

 

「あなたも寝てないで、早く起きなさい!」

「勘弁してくれよ……」

 

 床に思い切り身体を打ちつけたイロンは、椅子の背を支えにしながら、やっとのことで這い上がってきた。

 

「ふふふ、仲良いじゃん。でも学校を卒業してから全然会わなかったよね。わたしも忙しかったけどさ」

 

 スミカは東洋系の出自で、黒い目とお団子にまとめた黒髪がちょっとエキゾチックな雰囲気を醸し出す女の子だ。といっても、その性格はかなりいいかげんだから、異国情緒とか年齢に似合わぬ大人な雰囲気とかそんなことを求めても無駄で、興味を持って近づいてくる男の子は、たいてい呆れて去ってしまうのが常だった。

 

「こちらの彼氏、紹介してよ」

 

 このシチュエーションでは、そう勘違いされても仕方がない。しかし、なんとしても誤解を解かなければならないだろう。

 

「だから違うったら! ただの友達よ」

 

 きっぱりと、全力を持って親友の疑いを否定した。

 

「顔赤いよ。あんた嘘はつけないよね。恋に仕事に忙しいみたいな感じ?」

「恋愛とか、そんな安っぽい感情を持ち出さないでくれない? ほんっと、くだらないわ!」

 

 必死に抗弁しても、スミカはまるで聞いてない。

 

「焦っちゃってるのが怪しいよ。……実はもう、やっちゃった?」

「バッカ!」

 

 あからさまな挑発にのってしまっていることに、自らの若さゆえの過ちを認めざるを得なかった。

 

「初めまして、スミ・スミカです。ヨン子とは士官学校で一緒でした」

 

 スミカはにこやかに笑いながらイロンに手を差し出した。

 

「よろしく、俺はイロン・バルトニック」

「実は、わたし彼氏いないんですよ?」

「君みたいな可愛い子が信じられないなあ。よかったら誰か紹介するよ」

「もう目の前にいるじゃないですか?」

 

 スミカは、わざとこっちの反応を確かめるように言った。

 

「どうぞ! 遠慮せず、ご勝手に」

「ヨン子、怒ってる」

「……」

「聞いていいかな。『ヨンコ』って、どういう意味なの?」

 

 イロンがその場をとりなすように尋ねた。

 

「聞いてくれましたか」

「あんただけよ、そんな風に呼ぶのは。スミカは島国ジャパンの家系なのよ。ジャパンの言葉で、数字の4はヨンって言うんですって。『コ』は女の子の意味ね」

「そうなのか」

 

 イロンは納得しつつも、おかしな語感に違和感を感じているようだった。確かに自分は強化人間、コードネーム『プルシリーズ』のひとりで、古代中国の『排行』のように生まれた順番で番号を名前につけられてはいるが、だからといって、こんな渾名で呼ばれるのは勘弁してほしかった。

 

「みんなに報告しといてあげるからね。メカオタクの春をさ」

「蒸し返して! 勝手にしなさいよ!」

 

 怒りにまかせて、バンッとテーブルを叩いて叫んだ。力をいれすぎたせいで、大きな音が食堂に響いてしまう。周囲の非難の視線が痛く突き刺さった。

 

「そんなに怒らなくてもいいじゃん。あたしは嬉しいけどね。そっかー、お堅いヨン子が彼氏をゲットしたか」

 

 スミカはテーブルの空いた席に座った。

 

「勝手に話を進めないでくれよ」

 

 イロンが困ったように顔色を伺ってきたので、ツンと顔を背けて冷たく無視した。

 

「それよりスミカ。あなた配属は決まったの?」

 

 なんとか話題を軌道修正するために、前から気になっていたことをスミカに尋ねた。

 

「配属か~。そこに触れちゃうか~」

「連絡なくて心配してたんだから」

「補給部隊だよ! 第四補給隊」

 

 スミカは嫌なものを吐き出すように話した。第四補給隊と聞けば、彼女の態度にも納得がいった。イロンも返答に困っている様子だ。第四補給隊は練度が低く、評判が良くない部隊だと知っているからだ。だが、そんなことを彼女に言えるはずもない。

 

「ほんとは戦艦サンドラとか、サダラーン勤務を希望したんだけどね。全部ダメでさ。やっと決まったってわけ」

 

 スミカは、はあっと大きくため息をつく。

 

「でも兵站は重要よ」

「そうさ」

「みんなそう言うけど、ポンコツ補給船の部隊なんだよ! 駄目な奴らを集めたって感じ? あの古臭いパプア級って船、臭いがすごくてたまんないよ」

「そんなに?」

「最悪。またモビルスーツも酷いんだ、これが! ザクだかドムだか、とにかく壊れたのばっか。最新型が作業用のガザCだよ? 欠陥品だよ、あれ。ま、モビルスーツに乗れるだけましだけどさ……」

 

 スミカは一気に言葉を吐き出すと、ひとが飲んでいたグレープジュースを勝手に口に含んだ。

 

「で、ヨン子は何に乗ってんの?」

「えっ?」

「モビルスーツだよ」

「あ、えーと……」

 

 答えにくい質問に思わずイロンと顔を見合わせてしまう。

 

「なに、なに? 二人だけの秘密?」

「違うわよ」

 

 いったい、どう話せば良いものか。スミカが壊れた旧式モビルスーツに乗っているのに、自分は最新型を操縦しているなどと言ったら、彼女の自尊心を大いに傷つけることになる。

 スミカはモビルスーツのパイロットを目指していたのだが、いつも落第スレスレだった。学科の成績は妹のファイブより悪かったくらいなのだ。だから、彼女のために放課後に居残ってシミュレーターでの訓練を手伝ったり、試験対策で勉強を教えてあげたりしたのだ。

 

「実は、まだ決まってなくて。たぶん親衛隊用のガズアルかガズエルになると思うんだけど……」

「ふ~ん。たしか銀色のモビルスーツだっけ? ヨン子は親衛隊だもんね。羨ましいよ」

「そうでもないわよ。仕事がきつくて……。でも、お互いに頑張りましょう」

「モビルスーツも彼氏もゲットして、余裕じゃん!」

 

 スミカは肘で小突いてくる。

 

「こうなったらヨン子に偉くなってもらって、贔屓してもらうしかないか~。早く少佐とか大佐になってさ、私をエリート部隊に異動させてよ」

「無茶いわないでよ」

「ま、期待してるからさ! じゃあね、ヨン子。そろそろ行くから。イロンさんも、また連絡しますね」

「ああ、わかったよ」

 

 スミ・スミカは、立ち上がっていい加減な敬礼をすると、食堂からすたすたと出ていった。

 

「東洋系はアクシズには珍しいよね。なかなか可愛い子だね」

「そう? だったら付き合ったらいいじゃないの」

「そんなことしないよ。俺は、君のことを……」

 

 イロンが急に手に触れてきたので、跳ねのけるようにして慌てて立ち上がった。

 

「さっきは突き飛ばして悪かったわ。じゃあ、私もモビルスーツの整備があるから」

「あ、ああ……」

 

 さっきから、彼の思考の断片が脳に入り込んできて、それを追い出すのに苦労していた。ファンネルを遠隔操作しているときよりも動悸が激しくなっている。強化人間だから、強化された身体機能をメンテナンスするために検査は人より多く受けているが、こんなに調子が悪くなったのは初めてだ。あまり悪いようなら医務室にいく必要がある。

 それにしても、さっきは大勢の前で道化を演じてしまった。思い返すだけで、顔からバーニアスラスターの噴射炎が飛び出しそうだ。

 

「馬鹿! 恥をかいたじゃない!」

 

 プルフォウは、仕事に戻る前に、とりあえずシャワーを浴びようと思った。

 




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第14回「姫さまとアイドルと」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

キャラクター、設定協力は、かにばさみさんです。

※Pixivにも投稿しています。


     14

 

 

 

 プルフォウは、アクシズ中央通りを早足で歩いていた。ミネバ殿下がいらっしゃる宮殿はもう目の前だが、彼女から宮殿まで来るように個人的に連絡があったのだ。

 その用件とはモビルスーツの操縦訓練のこと。姫さまはモビルスーツの操縦をことのほか気に入っていて、定期的にモビルスーツの操縦訓練を行っているのである。

 

 二週間前、親衛隊はミネバ・ザビ殿下にモビルスーツ操縦のレクチャーを行ったのだが、訓練は途中まで順調だったものの、偶然地球連邦軍の艦隊と遭遇し、予期せぬ戦闘に発展した。混乱のさなか妹イレブンを人質にとられてしまったが、姫と協力して妹を救出し、辛くも勝利したのだ。

 それ以来ミネバ殿下とは懇意にしていて、世間話をしたり一緒に映画を鑑賞するほどに親しくなった。光栄にも王室御用達のシャンプーや化粧品を分けて頂いたりもするのだが、王室に憧れている妹のエイトは、そのことをものすごく羨ましがっていた。だから、少し図々しいとは思うが、妹の分もわけてもらおうと考えている。エイトは多忙で忙しいので、少しでも気晴らしになれば嬉しいなと思う。だって彼女の仕事はパイロットだけでなく……。

 

「え、姫様とエイトが?!」

 

 通りの角を折れて、そろそろ宮殿に着くころだと思ったとたん、殿下と妹のプルエイトが宮殿の前で並んで歩いているのを見つけて驚いてしまった。それは思いもよらなかった光景だ。

 居ても立っても居られずに小走りで二人に駆け寄っていくと、素早く正門の柱の陰に隠れた。姫とエイトは談笑しながら正門の前を歩いている。二人の間に面識はなかったはずなのに、あの親しげな様子はいったい? 自分の知らないところで、何か秘密の話が進行しているのだろうか。

 

【挿絵表示】

 

 それにしても、姫と並んで歩くエイトは姉から見ても可憐だった。ふわっとカールさせた髪に鮮やかな髪飾りをつけ、可愛らしいアイドルのステージ衣装を着る姿は、姫様と並んでもひけをとらない美しさを周囲に振りまいている。

 耳をそばだてると二人の会話が聞こえてきた。

 

「ミネバ殿下、本日はご足労頂きましてありがとうございました」

「ファンネリア・ファンネル、そなたに会えたことは大きな喜びだ」

「光栄です殿下。プロデューサー、監督、全てのスタッフにかわって御礼を申し上げます。ジオンの正統な後継者たる殿下のお力添えで、私たちの映画は単なる一作品を超えた意義あるものになりましょう」

 

 エイトは深々と頭を下げる。

 

「礼には及ばぬ。そなたから作品の根底に流れるテーマを聞いたとき、ジオンの血を継ぐこの私にとって意義ある映画だと感じたのだ」

 

 姫はアクシズの人工の空を見上げて言った。

 

「地球連邦政府の圧政を乗り越え、スペースノイドが真の自立を目指した時代……。歴史をひとりのスペースノイドの視点から描き出せば、必ずや素晴らしい作品になるだろう」

「はい。主人公は激動の時代に翻弄されながらも、人間の理想を追い求めた少女です。今の時代こそ求められる資質でしょう。私も全身全霊をかけて演ずる所存です」

「大いに期待しているよ」

 

 聞き耳を立てていたプルフォウは、姫とエイトが自分の方に近づいてくるのがわかって焦った。柱に隠れて覗き見るような格好になっているから、これではまるで不審者そのものだ。あるいは姫様によからぬことをしでかす不届き者だと間違えられるかもしれない……。

 

「ん? そこにいるのはプルフォウか?」

「あっ」

 

 遅かった。あっさりと姫に見つかってしまったことに驚きを隠せない。

 

「なぜ隠れているのだ?」

 

 ミネバ殿下と目が合い、思わず跳ねるように柱の影からとびだした。姫様はニュータイプの素養があるから感が良いのだろう。ニュータイプ能力を持つもの同士、隠れるなどといったことは出来ないのだ。そう納得しないと、柱の影からコソコソと覗き見ている姿を姫に見られたことは、あまりに恥ずかしかった。

 

「ひ、姫様、ご機嫌麗しゅうございます」

「そなたと会う予定は、半刻後だと思っていたが」

「申し訳ありません。早く来すぎてしまいました。いまはご公務を?」

「うむ。まずは彼女、女優のファンネリア・ファンネルを紹介させて欲しい。そなたは知っているだろうか?」

「は、はい。よく存じております」

「ほう、そうなのか?」

「あ、テレビや映画で、です!」

 

 慌ててごまかしたが、危なく関係が露呈するところだった。姫様は勘が鋭いと警戒した直後なのに。

 

「初めまして。ファンネリア・ファンネルと申します」

 

 エイトは、いかにも他人行儀にお辞儀をして微笑んだ。自分も笑顔を返しはしたが、わざと一瞬渋い顔をしてエイトに抗議の意を示した。

 

「初めまして、ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウです」

「親衛隊! ミネバ殿下を警護するために選ばれた戦士ですわね。なんて素敵なのでしょう。あこがれてしまいますわ」

「光栄です。ありがとうございます」

 

 自分もその一員なのに、平然とそう言ってのけるエイトの演技力は、さすがだと感心する。

 

「そなたがファンネリアを知っているなら話は早い。私は、彼女が主演する映画の個人スポンサーになったのだ」

「姫様がスポンサーに?!」

「ミネバ・ザビ殿下のお力添えに、このファンネリア・ファンネル、感激で身を震わせています」

 

 エイトは懐からハンカチを取り出して涙を拭った。

 なるほど、それならば二人の会話も納得できる。ミネバ・ザビ殿下はザビ家の遺産を引き継ぎ、かなりの資産家だと聞いているから、映画をスポンサードすることなどは容易いだろう。

 

「ファンネリアさん、いったいどのような映画なのですか?」

「はい、ジオン独立戦争黎明期の話です」

「一年戦争の?」

「いえ、もう少し前……まだジオン共和国が建国される前、ムンゾ革命期ですわ」

 

 ムンゾとは、地球から最も遠い宙域に建設されたスペースコロニーの集合体『サイド3』の旧名で、ジオン・ズム・ダイクンがジオンを建国する前の名称だ。

 

「地球を聖地と考えるエレズム、ジオニズム思想が産まれた頃だな」

「仰る通りですミネバ殿下」

 

 エイトがうやうやしく言う。

 

「なるほど、ジオンの歴史を紐解くわけですね。それは意義ある映画です」

 

 アクシズが七年の時を経て地球圏に帰還し、ジオン共和国が再びジオニズムに触れた今、サイド3ではジオン独立運動のリバイバルブームが起こっていた。小説やドラマ、映画。あらゆるメディアが、革命家ジオン・ダイクンと、ダイクンの側近であり、彼の遺志を継いだデギン・ソド・ザビの人となりと活動を解説し、スペースノイドの独立気分を否応なしに高めているのだ。

 気がつくと、宮殿の入り口周辺に人が大勢集まり始めていた。人々の思考が周囲を満たし始めているのを感じたが、その想いを受け止めるように、エイトは静かに歌をうたい始めた。

 

『あなたは独りで遠くに行ってしまった。赤い火星の先には何があるの? あきらめないで、たとえ暗闇しかなくても私はそこにいくわ。暖かい光は、人の気持ちから生まれるから。飽くなき勇気を持つ人がフロンティアを見つけられるの。天翔ける流れ星のように宇宙(そら)を駆けるわ。アステロイドベルトの向こうへ』

 

【挿絵表示】

 

 ファンネリア・ファンネルが歌う『あなたとアステロイドベルトへ』は、ジオン共和国で流行っているヒットソングで、その詩は開拓者たるスペースノイドの心を打ち、ジオニズムの素晴らしさを人々に再認識させていた。

 

「ジオンの姫君ミネバ・ザビ殿下に敬意を評して!」

 

 歌い終えたエイトは姿勢を正して高らかに言った。

 

「真空に浮かんだ冷たい人工の星は、ジオン公国を興したザビ家によって暖められました。そう、確かに宇宙に希望はあったのです。枯れた草木は、慈悲深い救世主の光によって生い茂り、痩せた大地は芳醇な蜜溢れる土地に変わりました。いったいどれだけのスペースノイドが救われたことでしょう……。私は絶望から歓喜に至った、開拓者の思いを想像せずにはいられないのです。その喜びの力が人類の革新とならんことを。ジーク・ジオン!」

 

 美しく華やかな二人のアイドルと、重厚な雰囲気をたたえた宮殿との組み合わせは、アクシズに住む者たちの熱狂を大いに喚起していた。自分たちはスペースノイドを未来へと導く王室を擁している。そんな誇りとプライドを呼び起こしたのである。

 

「みなさん、いまの気持ちを忘れないでください。ジオンの未来はあなた方にかかっているのです」

 

 エイトは両手を広げて人々にさらに演説を続ける。その姿は観ている者の心を震わせ、ミネバ殿下も目を閉じて聞き入っていた。その、彼女の類まれなる演技力には感心してしまった。あたかも空間にエネルギーが伝搬して周囲の物質の熱量を高めていくような、あるいは小さな波がシンクロして大きな波になるような。ムーブメントとか新しい文化といったものは、このような熱意や空気から生まれるのだと、目の前の光景を目にして実感した。

 

 ネオ・ジオンは地球連邦軍と比べて弱く小さい。それは厳然たる事実だ。だからこそ個人一人一人の能力や熱意が求められるのであり、そうして生まれた大きなベクトルが巨大な枠組みを破壊する力となるのだ。ただ、そうした熱狂にも危険性はあって、ネオ・ジオンという組織において自分が目を背けている事実があることも否定できなかった。変革が戦争という形態をとるとき悲惨な犠牲はつきものだが、指導者が暴走すると組織を誤った方向に導いてしまうのだ。

 だから自分は姫様に期待しているのだと、改めて決意を新たにした。

 姫とエイトは宮殿に向かって歩きながら、手を振って歓声に応えている。そんな二人を讃えるように、上空をモビルスーツの三機編隊がフライパスしていった。

 歓声は、三人が宮殿に入ったあとも、いつまでも続いた。

 

 

 ***

 

 

「姫様、本日はありがとうございました」

 

 宮殿の応接間で、エイトは姿勢を正してお辞儀をした。

 

「うん、そなたと出会えて嬉しく思う。映画は大いに期待しているよ」

「ジオンの名を辱めぬように努力いたします」

「ジオン十字勲章ものだよ」

「畏れ多いことです。また姫様から王室ご用達のシャンプーをご厚意で分けて頂きましたこと、感謝の念に堪えません」

 

 妹の言葉に、驚いて思わず声をあげそうになった。それは私がエイトのために姫様に頼もうとしていたことなのに、ちゃっかりと自分で話をつけているなんて。

 

「礼には及ばぬよ。役立ててくれれば嬉しい。ではプルフォウ、あとでな」

「あ、ありがとうございました」

 

 応接間から出ていく姫を、深く頭を下げて見送る。侍女も退室し、応接間に姉妹二人きりになったので、すまし顔で紅茶を飲む妹に少し文句を言わなければならなかった。

 

「エイト、あなたいったいどういうつもりなの?」

「どうって、サプライズで素晴らしいイベントになったのではありませんか? お姉さまもそう思いませんでした?」

 

 エイトは、にこりと花のように笑って言った。だが可愛い妹の笑顔でだまされないぞと言葉を続けた。

 

「あれだけの人たちを熱狂させたあなたの演技力は本当にすごいわ。感心する」

「ありがとうございます、フォウお姉さま」

「でも」

 

 一呼吸おいてから言った。

 

「姫様を無防備に群衆の前にさらしてしまったのは問題よ。セキュリティ上、大きなリスクがあるわ。そこを考えたの?」

 

 厳しいようだが、親衛隊としての責任を妹に意識させる必要があった。エイトは軍人でありながら芸能活動もしているが、姫様も知らない秘密任務だとはいえ、上層部から非難される可能性だってある。だからこそ失敗は許されず、注意深く行動してもらわなければいけないのだ。

 

「もっと褒めてくださるかと思ったのに……」

 

 もの凄く哀しそうな顔をする妹に、きゅんと胸が痛んだ。

 

「私たちは親衛隊なのよ。たしかに、あなたはファンネリアとして姫様と会ってはいた。けれど、たとえアイドルを演じていたからといって、それにかまけて本来の責務を忘れてはだめよ」

「……」

「わかった?」

 

 エイトは押し黙ってしまった。その様子に、少し言い過ぎたかと可哀想になる。しかし姉として、軍の先輩として、たとえ嫌な気持ちになってもミスは指摘しなければならないのだ。

 

「……ふふっ、お姉さま。私を見くびりすぎですわよ」

「えっ?」

 エイトの表情が、軍人のそれに変わったことに気付く。

 

「戦いとは非情です。常に二手三手先を考えるもの。姫様が良からぬ輩に狙われる危険性は、もちろん考えました」

「本当に?」

「はい。ですから、私はまず周囲の建物にシークレット・サービスを配置して、不審者を警戒させたのです。シックスお姉さまに頼んだのですけどね。次に、半径一キロメートルをカバーするサイコミュ・センサーを設置しました」

「そういえば、宮殿の周りは妙に人の思考で溢れていた気がしたけど……」

「私の素敵な髪飾りは簡易サイコミュになっているんですよ」

 

 エイトは頭の飾りを得意げに指差しながら言った。

 

「それって、サイコミュ技術研究所の試作タイプじゃない!」

 

 髪飾りには、丸いクリスタルを組み合わせたサイコミュデバイスが、デザインにあわせて上手く組み込まれていた。

 

「そうです。だから殺気を察知すれば、たちどころに驚異の正確な方向がわかったはずです」

「攻撃を感知する、サイコミュ・パッシブセンサー網を構築したのね」

「はい。演説をしている間も、姫様のお側に常にポジショニングして警戒していました。いざとなれば私が盾になるつもりで。けっして親衛隊としての責務は忘れていませんでした」

「よくわかったわ。よしんばスナイパーがいたとしても、弾道を予測して姫様を守ることができたというわけね。そして、すかさずシークレットサービスが犯人を捕まえる二段構えの作戦……。さすがネオ・ジオンのトップスナイパーのエイトね」

「いまの私はファンネリア・ファンネルですわよ、お姉さま?」

 

 エイトは、いたずらっぽく唇に人差し指をあてた。

 優秀な妹を疑って悪かった。エイトは、アクシズ市民にアイドルとしてアピールしつつ、さらに姫様の安全確保にもつとめていたのだ。優れたプレイヤーであり、卓越したマネージメント能力を発揮する彼女の優秀さにはいつも感心させられる。

 

「怒ってしまってゴメンね」

「いいのです。気にしていません。だってお姉さまは私のためを思って叱ってくださったのですから」

 

 エイトは笑顔で言った。

 それにしてもアイドルとして活動しているときのエイトは、パイロットをしているときとは別人だ。キラキラと内側から輝くような華やかさがあり、と同時に、見られることを意識したプロのメイクが隙を見せない美しさを醸し出している。将来は必ず大スターになると思わせてしまう魅力がある。

 

「優しいフォウお姉さまは大好きです」

 

 エイトは甘えるように膝枕を要求してきた。

 

「わたし、少し疲れてしまいました。このまま寝かせてくださいません?」

 

 そう言うや否や、エイトは寝息をたて始めた。普段の勝気な彼女がみせる無防備な寝顔は可愛いらしい。アイドルとして芸能界を生き抜くのが大変なことは想像がつくし、まして妹はパイロットもやっているのだから、その精神的、肉体的疲労は想像できない。

 

「お休み、エイト」

 

 プルフォウは妹の頭を優しくなでると、その額に軽くキスをした。



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第15回「エイトとの会話」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


     15

 

 

 

 妹のエイトが寝ている間に姫様との用事を全てすませたので、彼女を起こして二人一緒に基地へ帰ることにした。

 宮殿から基地までは徒歩で三十分ほど。歩いて帰れるほどの距離だ。もちろん姉妹の間柄であることは秘密なので、名目上は芸能人のファンネリアを事務所まで警護するという体裁をとった。顔が似ていても姫様に姉妹だと気付かれなかったのは、妹の演技力のおかげだろう。

 

「姫様のご用件は、なんでした? またモビルスーツの操縦訓練をされるのですか?」

 

 アイドルらしい可愛い服から、一転フォーマルな黒のドレスに着替えて、落ち着いた大人をアピールしているエイトが尋ねてきた。

 

『クンレン、クンレン』

 

 彼女の後ろからついてくるスーツケース・ロボット『ヴァリジア』が、目のようなランプを点灯させながら喋った。このヴァリジアは、大量の衣服やアクセサリーを持ち歩く必要があるエイトのために、自分がイレブンと協力して作ってあげたもので、AIによって自律的に動作し、簡単な会話も可能なのだ。

 

「そうなの。姫さまとは定期的に訓練を行うことになったのよ。でも、やっぱりセキュリティの確保が問題になるわね」

「よろしければ、姫様の訓練計画を私にも情報共有してくださいませんか? 気付いた点はすぐに指摘して事前にミスを減らすことが、チームワークを発揮して成功する秘訣です」

「ありがとう、あなたにもチェックしてもらえれば本当に助かるわ」

「フォウお姉様のお役に立てれば嬉しいですわ。でも姫様にも困ったもの。モビルスーツの操縦は遊びじゃないのですから……。ハマーン閣下の真似をしたいのでしょうね」

 

 ハマーン閣下は、軍人ではなく宰相であるにもかかわらず、自らモビルスーツに搭乗する女傑なのだ。そのハマーン閣下を真近にみて育ったから、姫様は彼女を理想としているのかもしれない。

 

「お飾りのお姫様と思われるのが嫌なのよ。自分の力で何かを成し遂げたいんじゃないかしら。その気持ちを強く感じたわ」

「わかりますけど、言わせてもらえば指導者はカリスマ性と人徳を示せば良いのです。人々を導くリーダーとして振る舞うのは、俳優が役柄を演じるようなものですから。まあ、そのためにモビルスーツを利用するつもりなのかもしれませんけどね」

 

 地球圏でネオ・ジオン、エゥーゴ、ティターンズが覇権を争ったグリプス戦争では、それぞれの指導者たちは自らモビルスーツに乗って雌雄を決したのである。その行為には自軍の指揮を高める効果もあったはずだ。

 

「姫様からはカリスマ性を感じる。戦闘で危機的な状況に陥っても洞察力と指導力を発揮したのよ。恥ずかしいけど私はパニックを起こしてしまった。器の違いなんでしょうね。さすがジオンを継ぐ方だと思ったわね」

「そうですね。カリスマ性は私も感じました。あの澄んだエメラルドの瞳を見ると、つい本音を話してしまうような……。それは人徳のなせることでしょう。映画のスポンサーにもなって頂きましたし」

 

 妹は満足げに笑った。姫さまを映画のスポンサーに勧誘することが、ファンネリア・ファンネルがアクシズを訪れた大きな目的だったのだ。

 

「あなた、よくスポンサーの話を持ちかけたわね! たしかに姫様は映画に興味があって、鑑賞会に誘われたりするけれど」

「初の映画主演ですからね。成功のためには、出来ることは何でもやる覚悟です。玉座の前で、シャア大佐の仮面を被って踊ってもみせますわ」

「逆効果じゃないの? 姫様、激怒するわよ」

「まあそれはともかく、姫様は旧世紀の名作がお好きみたいですね。『ローマの休日』とか」

「まだ観てないわ。どんな映画なの?」

「お姫様が、お忍びで街に出かけて、淡い恋をする話です」

「なるほど……。そういう冒険に憧れてるのかしらね?」

「私やシャア大佐みたいに芸名を使えばいいんですよ。身分を偽るのは違った自分になるということ。異なる視点で世界を見るのも悪くありません」

「姫様が偽名を使っても、すぐにばれるわよ!」

「世間慣れしてませんからね。姫様、サングラスでもかけるんじゃありませんこと?」

「その格好で、いきなり人に命令するんじゃないかしら」

 

 シャア大佐が、連邦士官としてクワトロ・バジーナを騙った際にかけていた幅広のサングラスで変装する姫様の振る舞いを想像し、二人で思わず吹き出してしまった。

 

「でも姫様ってシャア大佐のことがお好きだったのでしょう? 大佐が姫様を抱いたとか噂がありましたよね」

『ダイタ、ダイタ』

 

 エイトがストレートな物言いで言った。

 

「やだ、なに言うの! 姫様に失礼じゃない! ヴァリジアも、そんな言葉覚えないで」

「シャア大佐が年下の女性を好むのはよくしられた事実ですわ。私も、機会があればお近づきになりたかった。愛人になるとか……」

「やめなさい。ハマーン閣下との噂を聞いた限りでは、あまり信用できない人物みたいよ」

「裏切りは世の常。芸能界でも良くある話です。高度な駆け引きがある方が逆に面白いですわ」

 

 エイトの目が冷たく光った。妹は世間慣れしているのだ。

 そのときアクシズの市街地に、周囲の大気を震わせる核融合エンジンの咆哮が響き渡った。驚いて見上げると、上空を三機のモビルスーツが飛行していた。二機はガザ・タイプだが、先導する角張ったデザインの機体は遥かに大型だ。

 

【挿絵表示】

 

「市街地なのに、あんなに低空飛行して! お姉様、あのモビルスーツは?」

「あれはAMX-014Xドーベン・ウルフね」

「ドーベン・ウルフ? 聞いたことありませんわね」

「新型機よ。次期主力量産機検討型って聞いてるわ。ザクⅢとコンペして、どちらを生産するか決めるみたい」

「あれを量産するのですか? 量産型にしては大きすぎるように見えましたけどね……。まあ、最近の機体は軒並み大型化してますけど」

「エゥーゴのガンダムタイプ、ダブルゼータに対抗するためよ」

 

 エイトが言う通り、最新のモビルスーツは強力な武装と装甲、機動性を追求した結果、急激に大型化、肥大化している。そして、その呼び水となったのはエゥーゴの新型機、ダブルゼータと呼ばれるガンダムタイプだ。

 MSZ-010《ダブルゼータ・ガンダム》は、戦闘機や重爆撃機への変形機構によって、あらゆる領域での作戦行動が可能で、さらにはハイメガキャノンに代表される高威力ビーム兵器を装備して比類のない攻撃力を誇る。観測されたエネルギー量から概算すると、ジェネレーター出力は7000kwを超えると噂されている。とてつもない性能だが、そんな怪物マシーンに、ネオ・ジオンは対抗しようとしているのだ。

 

「ガンダムタイプといっても、手強いのはアーガマ級に搭載されてる機体だけなのでしょう? 私たちならすぐにでも叩けますわ」

「過信は足元をすくうわよ。プルツーお姉様が倒せなかった相手だってことを忘れては駄目よ」

「……わかっています。でもプルツーお姉様は、地球でのこと、あまり詳細は語らないですわね?」

「黙ってしまうわよね。いつも気にはなってるんだけど」

「誰でも触れられたくない心の領域はあるもの。プルツーお姉様も、ああ見えて繊細ですからね」

 プルツーお姉様が地球でのことを話したがらないのは、戦闘に負けて撤退した以上の理由があるということを、妹たちはなんとなく感じている。いつの日か、姉が全てを話してくれることをみな願っていた。

 

「それにしても、あのドーベンウルフ、ですか? あまりジオンらしいデザインではないような……。ちらっと見ただけですけど、あのユニット化された構造は、むしろ連邦軍のモビルスーツに似てません?」

 

 妹が指摘した通り、曲線主体の一体構造を有するジオン系のモビルスーツとは対照的に、地球連邦軍のモビルスーツは各部がユニット化された構造をとっている。それは設計者、企業の癖のようなもので、見る人間によっては、一目で機体の出自がわかってしまうのである。

 

「鋭いわね。あの機体は、もともとは地球連邦軍が試作したガンダムタイプのひとつらしいの。亡命してきた連邦軍科学者が持ち込んだとか」

「ガンダムにはガンダムで対抗しようと? プライドを失えば妥協が生まれる。あまり良いことではないでしょうに」

「なりふり構わない感じね。次期量産機にはザクⅢが内定していたはずなんだけど、急に覆されたのよ。政治的な力が働いたんでしょう。今、軍は予算の奪い合いだから」

「ザクの開発チームも、さぞかしがっかりでしょうね」

「だから巻き返すために、ザクⅢをベースにした新型機を開発してるの」

「してるって、まるで自分のことみたいですわね?」

「あ、つい。実は、さっき連絡があって、私も設計に参加することになったのよ」

「設計から? お姉さま凄いじゃないですか! 前から勉強されてたこと知ってます。夢がかないましたね!」

 

 エイトは手を握ってくると、にっこりと微笑んだ。

 

「ありがとう……エイト」

 

 妹が褒めてくれて誇らしかった。任務でモビルスーツの開発に関わるようになってから、上流設計にはぜひとも関わってみたかったのだ。パイロットとしての経験も必ず役に立つはずだと思うし、理想的なモビルスーツを作り上げてみたい。

 

「わたし頑張るわよ。自信はあるの。前からCADで引いた設計図をデザイナーに見てもらったりしてたんだから」

「どんな機体を設計してるのですか?」

「まだ基礎設計の段階だけど、バインダーと固定装備を備えた可変モビルスーツね。もしかしたらサイコミュをオプションで搭載するかもしれない」

「サイコミュを備えた可変モビルスーツ? それこそ、かなり大型になるのでは?」

「運用に問題が出てしまうから、二十メートル以内には納める予定だけど。でも核融合炉とメガ粒子砲を冷却するシステムのレイアウトが難しくて。だからサイコミュを収めるスペースが、かなり厳しいのよ」

「サイコミュ・システムは、最近かなり小型化されてますよね? サイコミュを各部に分散配置したらどうでしょう? 機体のレスポンスも格段に良くなるかもしれませんよ」

「いいアイデアね。プルツーお姉様も同じことを言ってたわ。サイコミュを並列動作させるのが難しそうだけど、イレブンに専用アルゴリズムを組んでもらえば、もしかしたら出来るかも」

「フォウお姉様なら出来ますよ。目標は高く持った方が成功しますから。でも盛りだくさんの機体になりそうですね。とても普通のパイロットには扱えないんじゃありませんこと?」

「だったら親衛隊専用機として採用を目指すわ」

「ああ、その意気です!」

 

 エイトは、そういうといきなり抱きついてきて、胸に顔を埋めてきた。昔から妹は、こうして甘えてくるのが好きなのだ。

 

【挿絵表示】

 

「エイト、こんなところで!」

「私もお姉様くらい胸があったらと思いますけど、その分お姉様に甘える口実がありますから」

 

 妹は、くすぐったいくらいに顔を擦り付けてくる。

 

『アマエテル、アマエテル』

「スーツケースのくせにうるさいわね!」

 

 エイトはヴァリジアを蹴った。

 

「こんなところをカメラマンに撮られたりしたらまずいわよ」

「ふふふ、スキャンダルがあるくらいが、一流芸能人の条件ですから……」

 

 エイトは気にもしていない様子で目を閉じると、そのまま眠りこんでしまった。

 

「ちょっと、こんなところで寝ないでよエイト! さっき寝てたじゃない!」

「……」

 

 妹は寝息をたてて気持ちよさそうに寝ている。その無邪気な表情を見ると、無理に起こすことはできなかった。仕方なく、妹を背中におんぶして基地まで歩いていくことにした。

 

「意外と重いわね、エイトは……」

『フトリスギ、フトリスギ』

 

 

 ***

 

 

「……ほら、基地についたわよ。起きなさい」

 

 妹をおぶったまま基地まで歩いてくるのは苦労した。人目につかないように、誰もいない建物裏で彼女を降ろすと、ようやく体が軽くなった。

 

「撮影はまだじゃない。ティモ、あなた相変わらず馬鹿ね……」

「寝ぼけてないの。基地よ」

「あっ? すみません、お姉様!」

 

 目覚めた妹は、慌てて立ち上がると乱れた衣服を調えた。

 

「お姉様の甘い匂いを嗅ぐと、つい眠くなってしまって」

「赤ん坊じゃないのよ。それじゃ私はプルツーお姉様に用事があるから」

「プルツーお姉様に?」

「うん。実は贈り物をして欲しいって、友達の知り合いから頼まれてしまって」

「お、贈り物? まさかラブレターを?」

「まさかよ。断ったんだけど、しつこくって」

 

 友人のイロンから姉のファンはたくさんいるとは聞いていたが、ついに一線を越えようとする者が現れたのだ。彼の上官から強引に姉宛のプレゼントと手紙を託されてしまったのである。部隊のパーティーに姉を誘うという機会を待たずに、ひとり抜け駆けをしようというつもりなのだろう。

 

「その彼、正気なのですか? まあ、すでに正気ではないのでしょうけど……」

「お姉様に告白するなんて危険極まりないわ! ガンダムタイプに挑むより危険よ」

「見ものですわね。破り捨てられるのがオチですわ。お姉様も、こんなもの持ってくるなと叱られるかもしれませんよ」

「……」

「どうかご無事を祈ってます。私はイレブンに用があります。そのあとはサイド3に戻りますわ」

「気をつけてね」

「お姉様こそ」

 

 お互いにハグすると、手を振ってエイトと別れた。

 



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第16回「新しい絆」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


     16

 

 

 

 エイトは仕事で再びサイド3に戻らなければいけなかった。だから、アクシズにいるうちにマネージャーからの頼まれごとを解決してしまおうと考えたのだ。

 その頼みとは、CMに出演してもらう子役をスカウトすること。シリーズとして何本も収録するハンバーガーショップ『マクダニエル』のコマーシャルに、自分の妹役として出演してもらおうというのである。

 事務所でも探しているが、ディレクターが思い描いている子役をなかなか見つけることができないでいた。でも、ついに適任者を見つけてしまったのだ。

 

「なぜ気付かなかったのかしら。身内を過小評価してしまうというのは本当のようだわね」

 

 そう、自分の妹に出演してもらえれば良いのだ。なんと簡単な!

 容姿が似ているのは当たり前だし、出演料も安くすむはずだ。とくにイレブンは、ツインテールの髪型や背の低さが、妹というイメージにぴったりではないだろうか。少し無愛想な表情は鮮やか目のメイクでごまかしてしまえばいいし、軍務が忙しかったら撮影をアクシズですればよいのだ。問題は厳しいプルツーお姉様が許可を出すかということだが、とりあえずそれは置いておいて、基地でイレブンを探すことにした。

 プログラマーでもあるイレブンがいそうな場所といえばコンピューター・ルームだ。だが、そこにはおらず、他にも待機室や格納庫など考えうる部屋をすべて周ったが見つけられなかった。

 

「ああっ、もう! 時間がないのに!」

 

 サイド3へのフライト予定時刻は二時間後に迫っている。自分のシャトル『トリンキュロー』で向かうにしても、勝手にフライトプランを変更することはできないのだ。いや、有名人としての特権で、なんとか交渉してみるか? あるいは叱られそうだが、プルツーお姉さまに頼んでみても……。

 少し焦り始めたところで、偶然にもイレブンがバスルームに入っていく様子が見えた。これは、まさに好機だ! 裸で接すれば精神的にオープンになり、事がスムーズに運びやすいからだ。

 自分がレギュラー出演しているドラマ『アステロイド・ガールズ!』には毎回入浴シーンがあって、お風呂で仲間と親交を深めたりする。話題になるし、視聴率もアイドルとしての人気も跳ね上がるから、プロデューサーや脚本家が無理矢理に盛り込むのだ。しかし、実際には水着を着て入ってはいてもバストの大きさがわかってしまう危険性もあるから、アイドルにとっては諸刃の剣でもある。

 そんなことを考えながら更衣室で軍服と下着を脱いでしまうと、タオルを巻いてバスルームへと向かった。入っているのは、どうやらイレブンひとりだけのようで、これも都合が良かった。

 

「イレブン、早いお風呂ね」

「エイトお姉さま?」

 

 イレブンはツインテールをお団子にまとめて、目を閉じて湯船に浸かっていた。

 

「あなたと一緒にお風呂に入るのは久しぶりね」

「はい」

 

【挿絵表示】

 

 バスタブの近くに腰を下ろし、ボディタオルと石鹸を手に取りながらちらりと横目で妹の身体をみると、まだまだ幼いことに気づいた。肌は赤ん坊のようにもっちりと柔らかくて、平坦な胸は、ぷっくりと僅かな膨らみがあるだけだ。フォウお姉様やセブンお姉様はかなりスタイルが良いのだが、比較するとその差は圧倒的だ。姉妹の遺伝子は同じはずだが、こうも違いがでるのは……。

 

「お姉様、あまりじろじろ見ないでください。……胸を」

「あら、ごめんなさい。そんなつもりはないのよ!」

 

 仕事柄、女子のスタイルは気になるので観察してしまうのだが、つい凝視しすぎてしまった。

 

「イレブン、入ってきたとき気づいたんだけど、あなた少し疲れているんじゃない?」

 

 タオルで身体を磨きながら、軽く会話を始めてみる。

 要件を切り出すタイミングが重要なのだ。

 

「いえ大丈夫です。汗を流そうと考えただけですので。エイトお姉さまのほうこそ、芸能活動でお疲れではないのですか」

「まあね。でも、慣れたものよ。時間の使い方かしらね?」

「確かにスケジューリングは重要です」

 

 イレブンは頷きながら言った。

 

「タスクと時間を細分化して、工数を精密に管理することができれば、スケジュールを厳守しながら多数の仕事をこなすことが可能となります。人員不足のアクシズでは、文字通り必須のマネージメントスキルです」

「そう、その通り! タスクと時間が重要なのよね」

 

 妹の理屈っぽい物言いにうんざりしつつも、少し大げさなくらいに同意してみせる。

 

「ねえイレブン。あなたもタスク管理で異なる仕事をマルチで行ってみない?」

「どういうことですか? 私も、あまり時間に余裕はないのですが……」

「私はあなたの知性と冷静さを評価しているの。親衛隊のブレーン、秘密兵器ともいうべき貴重な才能でしょうね」

「あ、ありがとうございます」

 

 イレブンは、突然に褒められて困惑している様子だ。

 

「あなたの優れた能力を活かして、CMに出演してみる気はないかしら?」

「えっ?! CM? それはコマーシャルのことですか?」

「そうよ、コマーシャル! 華やかな芸能界へようこそ!」

 

 にっこりと笑いながら、両手を広げてイレブンをハグする真似をする。

 普段冷静なイレブンの、少し半眼気味な目が見開かれる。さすがに意外だったようだが、これは良い反応だ。勧誘が成功する手応えを感じた。

 

「CMで注目されれば、一気にスターになるのも夢ではないわよ!」

「……分かりました。そういうことですか」

「え、なにが?」

「だから、さっきからひとの身体をじろじろと……。水着や下着だなんて」

 

 イレブンの頬が赤く染まっていく。

 

「ちょっと、何か勘違いしてない?」

「グラマラスなモデルをお望みなら、フォウお姉さまやセブンお姉さまが適任ですから。どうせ私は背が低いです」

「あ、そうじゃないの! 妹役にぴったりだなって考えただけよ」

 

 しまった。まさか思考を読まれたか。

 

「無理です、すみません。大勢の人の前で水着になるなんて、胸を見られるなんて無理です!」

「ちょっと待って! 水着や下着で演技するわけないでしょう! そんなこと一言も言ってないじゃないの!」

 

 だがイレブンはバシャッと湯船から飛び出すと、小さなお尻を見せながら飛び出して行ってしまった。

 

「イレブン!」

 

 呼び止めも虚しく、ひとりバスルームに取り残されてしまう。どうやら妹には完全に誤解されてしまったようだ。

 

「そんな……」

 

 期待外れの結果に肩をがっくりと落とした。完璧な計画が脆くも崩壊してしまったのだ。イレブンは頭が良くて冷静なので、CM撮影の現場を分析して、すぐに適応できたはずなのに。

 

「なんてこと。ティモに何て説明すればいいのかしら」

 

 もう人を探している時間はない。マネージャーに大きなことを言ってしまったので、どう言い訳したものか頭を抱えた。仮にテンやトゥエルブを誘ったとしても、引っ込み思案のテンに撮影をこなせるはずもなく、軍務第一で堅物のトゥエルブに断られるのは目に見えている。だとすれば残るのは……。

 

「あ、エイトお姉ちゃんだ」

 

 ガラッとバスルームの扉が開いて、イレブンと入れ替わるようにナインが入ってきた。

タオルも巻いていない素っ裸で、両手いっぱいにオモチャを抱えている。

 

【挿絵表示】

 

「イレブン出ていっちゃったね。一緒に遊びたかったのに、残念だなあ~っ」

 

 ナインは心の底から残念そうに顔をクシャクシャにした。

 

「せっかく新しいお友達が増えたのになあ~っ」

 

 残念がる彼女の両手から、抱えきれないオモチャがガラガラと音を立てて床に転がり落ちた。

 

「あなた、いつもそんなにオモチャをバスルームに持ち込んでるの?」

「うん、そうだよ。こんど新しくハロちゃんが仲間になったの。シャボン玉を出すのが得意なんだよ」

「あっ、そう。ここは託児所じゃないのよ」

 

 たちまち幼児番組のセットみたいになってしまったバスルームに呆れつつ、このナインにCM出演させてみたらどうだろうかと想像してみる。無理だ。ナインはまったく子どもで、顔と頭の中は幼児そのもの。胸も真っ平らだから、妹役にしては歳が離れ過ぎて見えるだろう。この幼稚なナインに撮影をこなせるはずがない。親衛隊でもまるで役に立たないお荷物なのだ。

 思わずため息をつく。だが他にあてもないし、ただ座っているだけなら大丈夫かもしれない。あるいは勝手に遊ばせておいて、編集でそれらしく見せるとか……。いないよりはましか。

 

「ナイン、あなたいつも暇よね? 少し私の仕事を手伝ってくれないかしら」

「暇じゃないよ。今ね、はにゃーんをプログラムしてるところなの」

「なにそれ? そんなの、どこでも出来るじゃないの! ちょっとだけ収録に付き合って欲しいのよ。ただ座ってるだけでいいんだから」

「座ってるだけでいいの?」

「素人に演技を求めるわけないでしょう。妹役で座ってればいいの。オーケー?」

「わかった、いいよ」

「じゃ、早く支度して! エレカを呼ぶから。サイド3にいくわよ。お姉様たちには私から話しておくわね」

「さいどすりー?」

「スペースコロニーよ。ジオン共和国」

「わーい、旅行だね!」

「そうね。あなたにとっては、滅多にない機会でしょう」

「うん、すごく楽しみ」

「思い切り楽しみなさい」

 

 まあ、これで良かったのかもしれない。

 バスルームで無邪気にオモチャで遊ぶ妹に不安になりつつも、マネージャーのティモにぴったりの子役が見つかったと報告しなければと思った。



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第17回「鉄壁、プルツー」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


     17

 

 

 

 火薬の炸裂音が幾度も鳴り響き、そのたびに人型のプレートに穴が穿たれた。まるで精密な工業製品が次々と流れ作業で製造されていくかのような、正確なルーチンワーク。

 基地の地下に設けられた射撃場では、射撃の技量を向上させ、またそのレベルを維持するべく、兵士やパイロットに関わらず多くの軍人が訓練に励んでいた。射撃場はワンフロアをほぼ占有していて、固定ターゲットや移動ターゲット、ホログラフィック・ターゲットなどが用意されている。これらを的にして、各人が目的に即した訓練を行うのだ。

 

「ちっ、これでは遅いな! ダメだ」

 

 ネオ・ジオン親衛隊隊長プルツーは、腕に残る拳銃の反動を感じつつ、自らの射撃を冷静に評価して呟いた。

 三つ並んだ固定ターゲットには全弾が命中し、全ての弾痕が中心(ブルズアイ)に集まっている。射撃は正確そのもので、拳銃をぬいて発射するまでの時間はわずかコンマ六秒。滑らかで精密な動作による、目にも留まらぬ早撃ちだ。

 しかし、それでもまだ足りないのだ。

 

「彼女にはいつも護衛が二人ついている。奴らが反応し、銃を抜いて発砲するまで約一秒。つまり三人をその間に射殺する必要があるわけだ……。無茶を言ってくれる」

 

 強化人間の筋肉と反射神経は常人よりも優れているから、理論的には十分に可能であり、自殺行為に等しい無謀な任務とは言えない。しかし、だからと言って練習なしで出来るほど簡単な仕事ではないのだ。

 ホルスターから右手で拳銃を抜き、両手で構えて真っ直ぐターゲットに向けた後、照準がぶれないように滑らかに引き金を引く。火薬の爆発による反動を腕全体で吸収しつつ、素早く左右に振って連続して二発を発射する。

 任務を成功させるためには、この一連の動作をさらに練り上げる必要があり、それができなければ逆に射殺されるだけだ。

 

「フン、これはパイロットにさせる仕事じゃないな」

 

 無意識に恨み節を吐き出す自分に苦笑しつつ、弾を撃ち尽くしてスライドが後退したナバン・オートマチックからマガジンを抜き、新しいマガジンをはめ込み、スライドリリースボタンを押して初弾を装填した。そうしてから安全装置をかけて腰のホルスターにしまった。

 軍人は、いつでも銃を撃てる状態で保持しておかなければならないのだ。

 

「今日はここまでだ」

 

 息をついてゴーグルとイヤープラグを外し、それをポーチにしまうと射撃ブースを離れた。防音処理が施された部屋をでて階段を上がり、エントランスから中庭を通って、親衛隊の待機室がある建物へと足を向ける。

 中庭には木々が広がりを持って植えられていて、ここが閉鎖空間であることを巧みに隠していた。

 本腰を入れて射撃訓練を始めてから二週間になるが、確実に技術は向上している。しかしながら、その目的を考えると葛藤があった。仮に地球連邦軍の将軍を暗殺するという任務ならばシンプルだろう。だか、上官であるグレミーから命ぜられたターゲットは、よりにもよって……。

 

「プルツーお姉さま」

 

 自分を呼ぶ声に我に帰ると、目の前に妹のプルフォウが立っていた。気付かなかったのは注意力が散漫になっている証拠だ。軍人として恥ずべき振る舞いに心の中で舌打ちをした。

 

「なんだ、プルフォウか」

「どうされたのですか? 思い詰めてるような表情で……」

 

 妹は心配で仕方ないといった表情で見つめてくる。彼女は心配性なのだ。だから、いつも何事かを心配している。

 

「そう見えるか?」

「はい。何かあったのですか?」

「いや、なんでもない。射撃訓練で疲れただけさ。少し撃ちすぎたかな?」

「最近よく射撃訓練をされていますが、何が特別な理由が?」

 

 さらに不安そうな顔。

 まさか、暗殺任務を引き受けることになったからだ、とは妹には言えない。なるべく余計なことを考えないようにして、この場は誤魔化すしかないだろう。

 

「理由なんてない。おまえは射撃訓練をサボっているんじゃないか。最後に身を守ってくれるのは拳銃なんだ」

「すみません、気をつけます。……でも」

「ん?」

「私たちに心配をかけまいとして、ひとりで抱え込まないで下さい」

 

 プルフォウの涙を浮かべている姿には驚いてしまった。お互いに思考を読み取るニュータイプ能力があるから、たとえ脳波を遮断するスキルがあったとしても、隠し事は難しいのだ。

 

「わかった。何か問題を抱えることになったら、必ず相談する」

「よかった。約束ですよ」

「ああ、約束だ」

 

 やっと妹の顔が明るくなった。

 

「それで、何の用なんだ?」

「えっ?」

「お前の顔でわかるよ」

「あ、はい。じ、実は」

 

 プルフォウは、バッグから軍人には似つかわしくない派手な包装の小包を取り出した。

 

「お姉さま宛の荷物を預かってきましたっ。第十二装甲歩兵大隊のロッシ大尉からっ」

 

 妹は、まるで危険な爆弾を人に押し付けるかのように、ぐいっと荷物を押し付けてきた。一刻も早く手放したいといった感じだ。

 

「……知らない奴だな。補給品なら倉庫に入れておきな」

「そうじゃないんです。私も本当に困ってしまって」

 

 妹の顔には、嫌がっているような恥ずかしがっているような、微妙な表情が浮かんでいる。

 このやりとりを続けるのは少々もどかしいなと感じてしまう。

 

「なら、ここで開けてくれ」

「えっ?」

「二人で中を確認してみればいいだろ?」

「あ、でも。これはプライベートなことですのでっ」

「あたしは知らない奴とプライベートを共有するつもりはないね。だから、お前を巻き込むんだよ」

「そんな……」

「やるんだ」

「わ、わかりました。では、失礼して」

 

 プルフォウは小包から手紙とリボンがついた小箱を差し出した。

 

「なんなんだい、このふざけた箱は! ……ちっ、名前が書いてある」

 

 その無駄な包装と自分の名前が書かれた宛名ラベルからは、厚かましさと恩着せがましさ、さらにはこの程度で喜ぶだろうという馬鹿にした態度を感じた。加えて、そんなモノを妹に頼んで持っていかせるという能天気な感覚。

 たまらずに、ふつふつと怒りが湧いてくる。

 

【挿絵表示】

 

「これは、お姉さまへの贈り物ではないかと思います。普通なら悪い物ではありません」

「気安く人から物を貰う理由はないよ!」

 

 知りもしない人間との妙な付き合いは不要だ。だから箱を乱暴に妹に突き返した。

 

「お、お姉さま! いちおう手紙も読んであげてください」

「フン、時間の無駄だろう」

 

 手紙の封を乱暴に引き裂き目を通すと、気取った字体で『親愛なるプルツー~』と始まっていて、そのあとには虫酸が走るようなくだらない文章がずらずらと並んでいた。

 

「……」

「手紙には、なんて?」

 

 その問いには応えずに、手紙も突き返してしまう。

 

「二つとも地面に置いてくれ。置いたら後ろに下がれ」

「お姉様?」

「さっさとやるんだ!」

「は、はい!」

 

 妹は二つを地面に半ば放り投げると、慌てて後方へと走り去った。

 

「ふざけるんじゃないよ!!」

 

 ホルスターからナバン・オートマチックを素早く引き抜くと、ターゲットめがけて速射した。その一連の動作は、おそらくはゼロコンマ四秒。これまでは決して達成できなかった領域で、まさしく会心の出来だった。

 ガガガガーンッ!

 凄まじい音とともに弾丸が連続発射され、小箱はたちまち穴だらけになっていく。箱の中からは金や宝石で出来た装飾品が飛び出した。

 

「きゃあーっ?!」

 

 プルフォウが手で口を押さえて悲鳴をあげた。

 銃弾はさらに命中し続けて、凝った作りの装飾品はズタズタに引き裂かれていった。

 

「お、お姉様、なんてことを!」

「なめるんじゃないよ!」

 

 マガジンを撃ち尽くすと、スライドが後退したままのオープンホールド状態となり、銃口から立ち昇る硝煙は発砲の凄まじさを現わしていた。それは自分の感情そのものだ。

 

「宝石が、宝石が!」

 

 妹は走ってくると、パニックに陥りながら地面を這い回り始めた。

 

「こいつに言っとけ! くだらない真似をする暇があるなら、戦果でもあげてみろってな!」

 

 人間の愚かしい惰弱な感情を利用する、破廉恥極まりない行為に付き合うほどバカバカしいことはない。必死に破片を拾い集めている妹を気の毒には思ったが、腹が立つのを抑えられないので、そのまま立ち去った。



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第18回「強化人間 VS.強化人間 ~来訪者パート2~」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


     18

 

 

 

「ゴミが目立つな……。道路も補修されてない。インフラが機能していないのは良くないよ」

 

 ネオ・ジオン親衛隊情報部に所属するプルセブンは、一ヶ月ぶりに帰ってきた『わが家』をつぶさに観察してひとりごちた。

 

 自分はいわゆるスパイが仕事であり、人物や組織、施設を精密に調査、分析することを得意としている。あらゆる時間、場所、状況において、観察するという行為が文字通り身に染み付いているのだ。だが、その染み付いた汚れが自然に見えるくらいでないとスパイは務まりはしない。諜報活動は、地道な努力を積み重ねる根気のいる作業なのである。

 

「汚れたままが普通だなんて、女には酷な仕事だよ」

 

 これまでアクシズのために、あらゆる類いの仕事をこなしてきた。偵察、監視、欺瞞、破壊工作、そしてあまり大きな声ではいえない暗殺任務まで。もちろん任務に私情は禁物であり、ただ正確に達成することだけを考えてきた。それがアクシズ、ネオ・ジオンのためだと信じて。誰もが嫌がる汚れ仕事。そうした暗部は、国が生き残るために誰かがやらなくてはならない事だ。国に忠誠を誓い、献身的になれる兵士だけがこなせる任務なのだ。

 でも、いまは自分の仕事が国家の役に立っているのかが分からなくなってしまっていた。なぜなら、地球圏におけるアクシズの政治的、経済的立場は悪くなる一方だからだ。

 

 地球連邦政府はアクシズに対して露骨に経済制裁を行なっているが、ネオ・ジオン軍の軍事費は増大しているので市民生活に回される予算は減り続けている。もちろん、ネオ・ジオンが地球連邦軍との決戦に備えて軍備を増強し続けているのは当然のことだ。仮に戦争に負ければ惨めな敗戦国となってしまうからだ。しかし、これはアクシズの軍人が言うことではないが、違う道はなかったのかとも思う。巨大な地球連邦政府に従属すれば、少なくとも経済的には保証される。任務で他のスペースコロニーに赴くことも多いが、繁栄している国家と比較すると虚しさを感じるのだ。

 

「だからって国そのものを改革しようだなんて大それたことを。姉さんたちは本気なんだろうか。軍人が思想を持つのは危険なんだよ……」

 

 ふと廃業した飲食店のガラスに映りこんだ自身の姿を見て、頭頂部のクセ毛がはねていることに気づいた。それを撫で付けるが、いつも通り失敗して思わず溜息をつく。

 このクセ毛が立っているのは、悪いことが起こる予兆だ。ニュータイプ能力と関係があるのかは分からないが、まるで警戒レーダーのような機能を有しているのだ。詳しくは分かりようもないが、『虫の知らせ』とか『嫌な予感』のようなものなのだろう。いずれにせよ、この能力には随分と助けられてきた。

 

「つまりアクシズに不穏な空気が漂っている、ということなのかな」

 

 そんなことばかり考えてしまうのは、姉プルツーから驚くべき『計画』について聞かされたからだ。アクシズを根本から揺るがす大それた目論見は、一兵士に過ぎない自分には重すぎる。

 

 いや、少し前から薄々気づいてはいたのだ。このところグレミー閣下は、アクシズに資金を提供している企業や団体に直接取引を持ちかけようとしていたからだ。そのような行為は国家反逆罪で罰せられるべき犯罪行為である。つまり、私腹を肥やす目的でなければ、それが意味するところは……。

 

「ハマーン様はボクを救ってくれた。恩を仇で返すなんて、軍人としてあるまじき行為だ。そんなことは絶対にできない」

 

 ジオンのためだと姉は言うが、たとえ大義があったとしても、つきつめれば権力争いにすぎないのだ。

 

「愚かな内輪揉めだけは避けないと……ん?」

 

 頭の中でさまざまな可能性をシミュレーションしていると、ふと工事ブロックで二人の女性が作業している様子が目に入った。その光景になんとなく違和感を感じ、すぐさま詳細な観察を開始した。

 二人には年齢差があることから、指導者と部下だということがわかる。しかしサングラスをかけた少女は華奢な感じで、あまり労働者という雰囲気ではない。なにより服装がカジュアルで不自然なのだ。普通、街というものはあらゆるものが違和感なく風景に収まっている。自分も偵察行動をするときは入念に街を観察し、そこに溶け込むために人々の服装や振る舞いなどに細心の注意を払う。他人に違和感を感じさせたなら、やはり余所者として見られてしまうのである。

 つまり、あの二人は注意するべき人物だということだ。行動を精査して、意図を確認しなければならない。

 

「近づいてみるか」

 

 気付かれないように、あくまで自然に脇にそれると、工事現場の敷地に入った。幸い人はいないから建設中の建物に入っても大丈夫だろう。階段かはしごを探し、あの二人が作業しているところまで登り、安全な監視場所を見付けて……。

 

「なにっ!?」

 

 ふいに殺気を感じ、同時に頭のくせ毛がピンと跳ねた。反射的に腰のシースに格納していたコンバットナイフをすばやく抜いて構える。

 このナイフは特注品で、S字型のカーブを描いた刃が、相手のガードを突き破って致命傷を与えるのだ。しっかりホールドするために滑り止め加工されたグリップは、あらゆる体勢での使用を可能にしてくれる。

 そして、この愛用のナイフを咄嗟に手に取ったことが、自分の命を救うことになった。

 

「なんだっ!?」

 

 空気を切り裂く音がして、グリップを握った手に凄まじい衝撃を感じると、弾かれた弾丸がコンクリートの床に突き刺さった。ナイフの刃に自分を狙った弾丸が直撃したのだ。防御していなければ、間違いなく心臓を撃ち抜かれていた。戦闘訓練を積んだ強化人間である自分に奇襲攻撃をする奴!?

 

「連邦の強化人間か!」

 

 攻撃を回避するため、咄嗟に横に飛び退いて地面を転がった。コンマ数秒前にいた場所に、高速で飛来した弾丸が何発も突き刺さる。恐ろしく正確な射撃だ。口径は弾痕から判断すれば45口径で、ひとところに一秒でも止まっていれば致命傷をくらうだろう。

 下半身をバネにして飛び起きると、工事資材が置かれている場所へと思い切りダイブした。嫌というほど身体を打ち付けてしまったが、弾に体を穿たれるよりはましだ。身を隠した状態でナイフを鞘に収めると、ホルスターからハンドガンを取り出した。

 このハンドガンはサプレッサーが一体となった22口径の小型オートマチックで、相手が撃ち放っている45口径よりも威力は低いが、それでも装備していないより遥かにましだ。

 

【挿絵表示】

 

「アクシズで銃撃戦をするなんて!」

 

 映画のように、派手な銃撃戦や格闘をすることがスパイの仕事ではない。忍耐強さと冷静さによって適切な偵察を行い、点と点をつないで意味のある図形をつくりだすことが本質なのである。しかし、だからと言って銃撃や格闘が苦手というわけではない。

 

「まだ上にいるな」

 

 密かに接近するため、二階から死角になっている足場の下を駆けぬける。ここはスペースポートの拡張工事をしている区画で、中央官制センターに接続される通信ケーブルや電源ケーブルを通すトンネルが掘られているのだ。

 

「ケーブル……。まさかデータを盗むつもりなのか!?」

 

 そのとき、突然目の前に人影が降り立った。同時に何かが振られ、それを避けるために反射的に頭を下げた。髪の毛がスパッと数本切られる。刀かとも思ったが、それは鋭い鞭だった。まともに食らえば打ち倒されていた。

 近接戦闘をやるつもりならば望むところだ。自分は親衛隊で最も格闘戦を得意としているからだ。格闘で相手を制するためには、不意打ちを食らわせ、激しい攻撃で圧倒しなければならない。まずはお互いに礼をして、ゆっくりと身体をほぐしてから戦いを始めるなどという贅沢は許されないのだ。

 

 鞭を恐れずに近づいて、滑り込むようにして攻撃を仕掛ける。敵は鞭を振ったあとだから、重心が偏った状態で避けられないはずだ。低い姿勢をとり、左足を軸とした円を描くように素早く右足を回して足払いをした。

 しかし相手は驚くべきバランスを発揮した。女はこちらの攻撃を軽やかなステップでかわすと、カウンターで体重をのせた回し蹴りを繰り出してきたのだ。すぐさま反応し、横に逃れながら両腕を固めて防御するが、腕が折れるかと思うほどの衝撃が襲い掛かり、一瞬呼吸ができなくなった。

 

「ぐっ!」

 

 転倒しそうになりながらも、衝撃を受け流してなんとか踏ん張ると、反動を利用して振り子のように立ち上がり、素早く22口径を左手に持ち替えて、右手でストレートパンチを放った。避けるには近すぎる距離だろう。間違いなく当たる。

 だが、女はボクシングのディフェンスの要領で身体を反らすと、こちらのパンチをギリギリで避けた。なまじの反射神経ではない。やはり神経と筋肉が強化され、鍛えられた兵士だ。それも相当なレベルで。戦闘能力は自分と同じか上回っている!

 

 女はすぐさま反撃に転じ、目にもとまらぬ速さで鞭を繰り出してくる。パンチを繰り出した態勢から、上半身を捩じるようにして攻撃を避けるが、避けきれずに左肩に鞭をくらってしまう。その威力は凄まじく、まるで肩の関節が外れたかと思うほどだった。

 押されていると感じる。この不利な状況を打破するためには、手数を増やして相手のリズムを崩すしかない。だから脚を狙って何度も連続して前蹴りを放った。攻撃はヒットし、女は一瞬顔をしかめる。だが、すぐさま反撃に転じ、こちらの倍以上の蹴りを繰り出してきた。その攻撃をガードするために、かなりのダメージを受ける。

 正攻法ではだめだ!

 

 コンマ数秒の葛藤の後、卑怯な手だとは思ったが、横に逃れるふりをして22口径を速射した。これはスポーツではないので、どんな手を使ってでも相手を倒せばよい。有利に進めている格闘戦に夢中になってしまったのがいけないのだ。

 だが、こちらの考えが読まれているとしか思えなかった。女は身体を半回転させると、至近距離で弾丸を全て避けてみせたのだ。

 なんて奴!

 驚いてさらに銃撃しようとしたが、素早く左腕をつかまれ、無理矢理に関節を可動範囲外にひねられてしまった。

 

「う、うわあぁーっ!?」

 

 骨がボキッと折れ、力を失った手から銃がこぼれ落ちる。女は床に落ちた銃を素早く蹴り飛ばした。

 

「フッ、その程度? つまらないの。あなたも強化人間なのでしょう? どこを強化しているの?」

「うぐぐっ……」

 

 まずい。戦闘能力が大幅に減少した状態で戦闘を継続すれば確実に殺される。ここはいったん引いて立て直すしかない。

 戦術的撤退を決心し、逃げるために女に強引にタックルを食らわせると、方向を転じて全力で走った。

 だが、その判断は誤っていた。

 

「ぐわあっ!」

 

 背中に鞭の強烈な一撃を受け、全身が痺れるほどの衝撃が走った。それは一瞬意識が飛ぶほどで、ガクンと足から力が抜けて、そのまま工事現場の雑多なパイプや足場の中に転がりながら突っ込んでしまった。ガラガラとパイプが身体の上に崩れてきて身動きがとれなくなる。

 さらに女は発砲してきて、45口径の弾丸が左脚に命中した。凄まじい痛みが腿に生じて、穴が空いた白いズボンから鮮血が流れ出した。

 

「はあっ、はあっ……」

「くくく……これで動けないわね。どこに行くつもりだったの? 勝手に逃げちゃだめじゃない」

 

 女はとどめを刺そうというのか、ゆっくりと近づいてくる。金髪に広いサングラスをかけた顔が笑っている。獲物を仕留めた、勝ち誇った表情。

 まだだ、まだ終わりではない。このままむざむざとやられはしない。気付かれないように、ゆっくりと腰の後ろに右手を回すと、シースからコンバットナイフをすばやく引き抜き、女の頭めがけて投げ放った。当たれば致命傷だ。

 

「なっ!?」

 

 だが攻撃がヒットするかと思われた次の瞬間、ナイフは鞭に絡めとられていた。

 

「残念。あとコンマ二秒遅かった」

 

 女は勢いよく鞭をふるうと、思い切り打ち付けてくる。

 

「あぁっ」

 

 胸に強烈な一撃が加えられ、激しい痛みに叫び声をあげる。加えて脳髄に響くような、全身がバラバラになるようなショックを受けた。息が詰まりそうになり、吐いてしまう。これはただの鞭ではない。モビルスーツが使用する近接武器『ヒートロッド』のように高圧電流を伴っているのだ。

 女は近づいてくると、グリグリとブーツの踵を胸に押し付けてきた。

 

「うああっ……」

「さて、じっくりと話を聞かせてもらおうかしら。あたし、かなり興味あるの、このアクシズに」

 

 体力を消耗して、もはや応えることも困難だ。

 

「ねえ、聞いてるっ!?」

 

 ドカッと頭を蹴られる。

 

「お、お前は連邦のスパイ……」

「スパイ? そんな汚らわしい職業じゃないわよ。スパイはあなたでしょ? いろいろ知ってるのよね」

「ボ、ボクは、何も話すつもりは……」

「ボク? 男の子ぶるなんて、意外と可愛いじゃない……」

 

 そう言うと、女はいきなり胸ぐらを掴んできて、ナイフで服を縦に切り裂いた。

 

「あっ!?」

 

 服と一緒に、動きの邪魔にならないように胸を潰していたさらしも切られて、乳房が露わになってしまう。

 

「あら、ずいぶん大きいのね。膨らみすぎて、まるで水風船みたい。このアクシズは食糧不足だとばかり思ってた。そっか、ここを強化されてるの?」

 

 女は心底おかしそうに笑った。その身体を舐めつけるような、まるで爬虫類のような視線がおぞましく、本能的に目をそらしてしまう。

 

「……ど、どうするつもりだ」

「だから、じっくり聞かせてもらうの! そう、例えばアクシズの戦力とか、あなたのID、アクセスコードとかをね」

「そ、そんなこと話すもんか」

「くくくっ。これは素晴らしいナイフじゃない。超硬合金のガンダリウム合金製。よく手入れされて切れそうね? この変わった形をしたナイフを使ったら喋ってくれる?」

「うっ……」

 

【挿絵表示】

 

 女はコンバットナイフを左胸に突き付けた。皮膚を傷つけないくらいのテンションがかけられて、乳房がわずかに歪む。よく知る愛用ナイフが、恐ろしげで冷徹な刃物に感じられた。

 

「話すなら今のうちよ。正直にいいなさい。拒否しないほうがいいわよ」

「め、命令するな!」

「仕方のないボクねぇ」

 

 女が右手に力を込めると、ショック死するかと思うほどの激痛が襲いかかった。

 

「うわあああーっ!」

 

 神経に達したナイフの刃から電気を流されたに違いなかった。まるで体の内側から熱せられたような凄まじい苦痛に悲鳴をあげて悶絶する。拷問に耐える訓練など役に立たないほどの痛み。この女はやり方を心得ているのだ。

 

「ねえ話す気になった? 私を舐めない方がいいから」

「が、がはっ……」

 

 スタンガンなどは見当たらないから、手から直接電気が流れているとしか思えなかった。いずれにせよ、このままでは身体が内部から沸騰してしまう。涙が眼から溢れ出て視界を遮った。

 殺される。

 だがネオ・ジオンの軍人として、連邦のスパイに情報を話すことなど絶対にできない。プライドにかけても。

 

「このアクシズにモビルスーツは何機くらいあるの? 戦艦は何隻? 兵士の人数は?」

「……」

「しらないの? それとも話せないのかしら……。わたし、トークもできない女は嫌いなんだから。共演したくない!」

 

 女はナイフを持ち上げると、容赦なく再び胸にプスリと刺した。痛みに備えて全身が硬直する。直後、再び身体の内側に凄まじい熱が生じた。

 

「ぎゃああっ!」

 

 あまりの痛みにぶわっと大粒の涙が溢れだし、体がぶるぶると痙攣した。自分では強いつもりだったが、簡単に泣き叫ぶ自分が情けなかった。

 

「くだらない意地を張るなら、まだまだ続くわよ。あなたが死ぬまでね……」

 

 人気のない工事現場に、何度も絶叫が響き渡った。

 



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第19回「トゥエルブの戦い」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


    19

 

 

 

 プルトゥエルブは、アクシズの繁華街で所期の目標以上の成果を達成したことに大いに満足していた。

 軍事行動に例えるならば、主目標(プライマリターゲット)を撃破し、さらに副次的目標(セカンダリターゲット)までも破壊したといったところだろうか。そう思えるほどに、想定外の体験をしたのだ。

 

【挿絵表示】

 

「アイスクリームに異質なワッフルやパンケーキ、フルーツを組み合わせると、驚くべき味の向上がみられた。これは小隊に攻撃タイプと支援タイプの機体を組み合わせた場合、戦闘単位として飛躍的に打撃力が増加するのと似ている」

 

 食したデザートの衝撃的な味を思い出しながら、その理由を考えてみる。味だけではない、アイスクリームの冷たさとワッフルの熱さのコントラストは絶品だった。油断すればいくらでも食べることが可能であり、パイロットとしての体型維持が困難になるであろうことは間違いなかった。

 

「気をつけないとスリー姉さんに叱られてしまうな……」

 

 親衛隊に配属になったばかりなのに、自己管理能力なしと評価されてしまえば配置転換になりかねない。そうなれば自身のキャリアにとっては致命的だ。自分はこれまで親衛隊のパイロットになることだけを目標にしてきたのだから気をつける必要がある。

 

 でも、そんな危険な食べ物を、プルツー姉さんとフォウ姉さんが勧めてくれた理由が、今になってようやくわかった。姉さんたちは、コールドスリープから目覚めたばかりの自分を気にかけてくれていたのだ。

 

「あの味、初めてではなかった」

 

 強化人間としての調整のせいで、曖昧になってしまった記憶。それをしっかりと手繰り寄せるための糸を示してくれた。混乱した記憶を繋ぎ止め、整理するためにはキーとなるアイテムが必要なのだ。……それがアイスクリーム。自分はずっと前、戦艦の中でアイスを食べたことがある。姉妹とテーブルを囲んだ記憶が鮮明に蘇ってきて、自然と笑みがこぼれた。

 

「ファイブ姉さんは相変わらずだったな。いなくなってしまった姉さんも」

 

 それにしても、フォウ姉さんはあれほどカロリーの高い食べ物を恒常的に食べているのだろうか? 道理でバストサイズが平均値を超えているはずだ。スタイルが良いのは、行動時に胸が邪魔になるなど、軍人としてはデメリットもある。加えてカロリー過多は体に良いとはいえないので、ともすれば禁断症状すら引き起こしかねないアイスクリームは、まさに罪な食べ物だと定義した。

 

「……それでも、食べ続けたい」

 

 理屈や論理を無視してでも、心の底からそう思う。

 自分はこれまで食事とはエネルギーを補給する手段にすぎない、という認識しかなかったのだが、アイスクリームは、それが快楽を満たすものでもあることを気付かせてくれたのだ。クリーム、フレーバー、空気で構成された氷の塊を思い浮かべるだけでも、自然に口内に唾液が溢れ出してくる。

 

「アイスクリームとは、生まれながらに罪を背負い、欲望を追求し続ける人間が生み出した愚かな人工物。私たち強化人間も、そうかもしれない。つまり強化人間である私たちがアイスに惹かれるのは、それが理由だ。人間だけがデザートを食べるのだろうな……ん!?」

 

 アイスについて自問自答していたそのとき、まったく突然に脳裏に電流が走った。

 

「なんだっ!?」

 

 意識を集中させると、女性の悲鳴が聞こえた。驚いて周囲を見回すが、実際に聞いたのではない。そう、強化人間としての自分が有するニュータイプ能力で感知したのだ。

 

「襲われている!? 誰だ!?」

 

 誰であろうと、ただ事ならぬ事件が発生したことは間違いなかった。

 

 すぐさま全速力でダッシュして、悲鳴が発せられた場所へと急行する。脚力には自信がある。自分は遺伝子的に特に筋肉が強化されているので、姉妹の中でも一、二を争うくらい足が速いのだ。

 

「この感じは……セブン姉さんなのか!?」

 

 悪寒が走るような、全身がぞくりと冷える感覚。それは姉に危機が迫っている証拠だ。まさか、このアクシズに連邦軍が?

 暴漢に襲われた可能性もあるとはいえ、潜入任務のプロフェッショナルであり、戦闘能力に優れたセブン姉さんに限って、それは有り得ないことだ。軍の警戒レベルも上がっていないのでーその場合緊急連絡があるー敵性部隊の襲撃でもないはずだ。

 休むことなく走り続けて、いくつもの建物の間を通り抜け、裏通りをショートカットして増築エリアへと入った。このエリアは軍港などの施設を拡張しているエリアで、かなり大規模な拡張工事が行われている。

 

 走っている間にも、姉の凄まじい悲鳴と咳き込む音、泣き声が絶え間なく頭の中に聞こえていた。悲痛な声はとても聞いていられず、能力をシャットダウンしたいと思うほどだった。しかし、それは姉がまだ生きている証拠なのだ。

 だが、しばらくすると悲鳴はだんだんと弱くなっていって、ついには全く聞こえなくなってしまった。早くしないと取り返しのつかないことになる。

 目標地点にはあと一分以内に到着する。バッグから素早く九ミリ口径のハンドガンを取り出すと、弾が装填されていることを確認した。感知している限りでは相手はひとりだが、能力を過信するわけにはいかない。

 

「あの建物!」

 

 待ち伏せされている可能性もあるから、エントリーポイントを考慮しなければならない。建物を観察して構造を把握すると、いったん入り口を通り過ぎ、裏口に回り、まだガラスがはめ込まれていない窓から建設途中の建物内に入った。

 侵入した場所は小さな部屋で、壁に貼られたスケジュール表からすると、工事関係者の事務所として使われているようだった。物音を立てないように注意しながら、ドアをそっと開いて部屋から出る。

 フロアを確認するとほとんど何もなく、建設用の資材があちこちに置かれているだけだった。どうやら壁を隔てた向こう側にもう一つ部屋があるようで、感覚を研ぎ澄ませると、一人の人間を感知した。

 敵がいる。

 壁の側まで素早く近づいて、そっと向こう側を覗いた。すると右手に鞭、左手にナイフを持った女が、倒れた姉を打ちすえているのが見えた。

 たちまち怒りの感情が沸き起こったが、深呼吸して気持ちを落ち着けると、滑り込むようにして部屋に入り、銃を向けた。

 

「動くな! 動けば頭を撃ちぬく!」

 

 後頭部に狙いをつけながら、鋭く警告する。すぐに射殺するわけにはいかない。スパイならば、尋問して情報を聞き出さなければならないからだ。

 だが銃に狙われているにもかかわらず、女は驚く様子もなく、とっくに気づいているといったようにゆっくりと振り向いた。幅広のサングラスをかけていても、その表情に笑いが張り付いているのがわかった。

 

「あら、お仲間? いえ、ご家族かしら?」

「動くなといったはずだ!」

「あんがい遅かったじゃない。あなたは楽しませてくれるの? このボク、親衛隊のわりには弱かったわね。私、あなたたちのお姫様を捕まえようと思ってたの。でも失敗しちゃったから、替わりに倒してやった」

「姫様を捕まえるだと!?」

 

 アクシズの最重要人物を誘拐しようとする計画が、密かに進行していたことに衝撃を受ける。

 

「驚いた? 彼女が戦争犯罪人として逮捕されるのは当然でしょ。でも、さすがに厳重な警護だったことは褒めてあげる。あなたが、ここに来たことにもね!」

 

 そう言うや否や、サングラスをかけた金髪の女は、目に見えないほどの速さで鞭を振るった。

 

「ちぃっ!」

 

 素早くしゃがみ、バッグを盾にがわりにして迫り来る鞭を防御する。このバッグは特殊繊維であるネオザイロンの内張りがしてあるので、拳銃弾程度なら防げるのだ。だが鞭が直撃すると、バッグは分解しながら弾け飛んだ。まともにくらえば気絶しかねないほどの衝撃だ。

 

【挿絵表示】

 

 手の痛みをこらえながら、膝立ちの姿勢で九ミリハンドガンを速射する。この距離での射撃は、自分の技量なら間違いなく当たる。

 

「なにっ!?」

 

 が、その予測は外れた。女は姿勢を低くし、目にも留まらぬスピードで横方向にダッシュすると、全ての弾をかわしきったのだ。

 この至近距離からの射撃を避けきるほどの俊足は、まず強化人間に違いない。遺伝子強化された人間の身体能力は、全速力で走りながら、同時に恐るべき正確さで攻撃することさえ可能にするのだ。

 

「まずいっ!」

 

 凄まじい速さで投げ放たれたナイフを、膝立ちの姿勢から咄嗟に横っ飛びにジャンプして避ける。コンマ五秒前にいた場所に、見覚えのある特徴的な形のコンバットナイフが穴を穿った。

 わずかでも反応が遅れたら、頭に突き刺さって即死していた。だが戦慄している暇はない。転がりながら着地すると、床を思い切り蹴って一気に反転し、すぐさま攻撃に転じた。女も向きを変えて、こちらに向かって走りこんでくる。この距離は銃の間合いではないので、ハンドガンをためらうことなく捨てると拳に力を込めた。

 女の右手が素早く動くと、シュッと空気を切り裂く音がして、鋭い鞭の軌跡が眼前に迫った。これを喰らうわけにはいかない。回避するために無理な態勢から頭を勢いよく下げる。バチバチと音がして、電流を伴った鞭が髪を掠めるのを感じた。紙一重でかわせたことに安堵する。

 次はこちらのターンだ。奴は鞭を手元に戻すまで攻撃できない!

 突進した勢いを維持したまま、女の顎めがけて体重と速度を加えたパンチを繰り出した。間違いなく、確実に相手をノックアウトできるスピードとタイミング。

 だが嫌な予感がした。セブン姉さんにはいつも格闘技の手ほどきを受けているが、まるで姉には敵わないのだ。その姉を倒した相手だとすれば、自分の攻撃が通用しない可能性はある。

 はたして自分の拳が顎を砕く寸前、女は姿勢制御スラスターを噴射したかのごとく、急激に横方向へと体を移動させた。それは人間の反応速度を遥かに超える動きだ。

 

「ばかな! なんて動きだ!」

 

 連邦軍の強化人間と対峙したことは初めてだった。しかし、その予想以上の戦闘能力には驚いてしまった。機密情報に書いてあった『ハニートラップしか能がない欠陥兵士』という評価は改めなければならない。

 ぶつかり合うことなく交差し、お互いに異なる方向へと逃れる。敵は強い。こういう場合は、怯むことなく勢いで圧倒するしかないのだ。戦いが長引けば不利になる。

 次の攻撃に繋げるために、わざと床に転がると、その摩擦で勢いを減じて停止し、すばやく起き上がって相手の動きを見定めた。

 

「しまった!」

 

 女はまたしても驚異的な運動能力をみせた。こちらの動きを上回り、すでに攻撃態勢をとっていたのだ。彼女の右手が素早く動き、鞭が生き物のようにしなった。

 バシィンッ!

 がらんとした空間に、鞭が人間の皮膚を打つ音が響いた。

 

「やるわね。私の鞭をつかむなんて。かなり痛かったでしょ?」

「クッ……」

 

 女の言う通り、素手で鞭を受け止めたので、手のひらには凄まじい痛みが生じていた。いや、アドレナリンのせいで、その痛みはかなり減じられているはずだ。たぶん後でもっと酷いことになるのだろう。

 だが、今はそんなことはどうでもいい。しっかりと掴んだ鞭を腕に勢いよく巻くと、女をぐいっと引き寄せた。

 女はこの戦いを楽しんでいるようだった。わざと力を抜いて近づいてくると、無理矢理に身体を押し付けてきた。お互いの胸が接触し、まるで抱き合うような格好になる。

 

「ふふふ、私を誘ってるの? いいわよ、ここでするっていうのなら」

 

 女は左手を伸ばして胸を弄ってきた。そのおぞましい感触に身体がぶるっと震えた。

 

「ふざけるなぁ!」

 

 怒りに任せてハイキックを繰り出すと、女は鞭を離して後方にバク転しながら攻撃を避けた。

 今が好機だ!

 追いかけて攻撃を加えようとも考えたが、いったん引いて、投げ捨てた銃を拾おうと考えた。鞭で飛ばされたバッグには予備マガジンも入っているから、入手出来れば有利になる。素早くフロアを見回すと、二つが壁のそばに転がっていることを確認した。

 だが銃を拾うために走り始めたとき、女はバク転したあと、そのまま向きを転じて逃走を開始したことに気がついた。あるいは自分が仲間を呼んだ可能性を考え、このまま戦闘を継続するのは不利だと判断したのかもしれない。この閉鎖空間であるアクシズにおいて、女は立場的には不利な状況なのだ。

 

「逃すか!」

 

 ここで逃せば捕らえることは困難になる。ためらうことなく猛然とダッシュすると、そのまま勢いをつけたまま思い切りジャンプして、相打ちになる覚悟で頭部をめがけて飛び蹴りを放った。

 驚いて振り向く女のサングラス越しに目が合う。はたして攻撃は側頭部にヒットし、女は苦悶の声をあげて転倒した。

 やった! あとは戦闘能力を奪って……。

 あらためて油断は禁物だということを思い知らされた。直後、目の前で激しい閃光と轟音が発生したのだ。

 

「フラッシュバン!?」

 

 閃光手榴弾(フラッシュバン)とは、凄まじい光と音で相手の見当識を失わせて行動不能にする武器のこと。

 咄嗟に両腕で防御したが、しばらく何も感じることができず、眩しさと大音量の高周波に苦しめられた。追うことなどできず、素早く後退して身を守ることしかできなかった。しくじった。女はこの隙に逃げてしまう。

 三十秒ほどすると回復し、すぐに追いかけようとも思ったものの、姉が心配でここから離れるわけにはいかなかった。

 

「セブン姉さん!」

 

 急いで姉に駆け寄ると、その無惨な姿に息を飲んだ。床に横たわっている身体はピクリとも動かない。慌てて抱き起こすと、彼女の手足がぐにゃりと垂れ下がった。胸に耳を当てると心臓が動いていなかった。

 身体中の血の気がひいていく。

 まさか。

 

「姉さん!」

 

 もはや一刻の猶予もなかった。心臓マッサージと人工呼吸だ!

 姉の下半身を圧迫しているパイプを取り除き、真っ直ぐに寝かせてから、両手を重ねて胸の真ん中を押した。連続して何十回も圧迫し、続けて気道を確保して口から息を吹き込む。このサイクルを何度も繰り返すのだ。

 親衛隊の衛生担当官であるスリー姉さんの講習は何度も受けている。だから、やり方は間違っていないはずだ。でも姉が息を吹き返す兆候はない。

 こんなときこそニュータイプ能力が役に立つべきなのだ。だが、何も感じられない。というよりも、何を感じればいいのかわからなかった。ニュータイプや強化人間などと、新人類のようなことをうたってみても、敵を殺すばかりで身内ひとり救えないのだ。

 何度も何度もマッサージと人工呼吸を繰り返しても効果はなかった。

 

「諦められるかっ!」

 

 心がもう少しで折れかけたとき、突然脳に閃きが走った。

 姉の精神と身体のリズムというか、鼓動を理解したような。とにかく何かがわかったのだ。感じたリズムに従って、必死に心臓マッサージと人工呼吸を続ける。

 永遠にも感じられた、引き伸ばされた時間のあと。ビクンッと姉の体が痙攣して跳ねた。再び身体が機能し始めたのだ。姉の目が開いて自分を見つめてきたことに安堵する。

 

「ト、トゥエルブ……」

「姉さん!」

 

 姉の命を感じて、自分の身体を同調させることができたのだろう。だから救えた。遺伝子的にコピーされたクローンであるということを、これほど感謝することはなかった。

 だが、まだ安心はできない。姉が重傷であることには違いないからだ。血溜まりの中で横たわる姉は、息も絶え絶えに、涙を流して荒い呼吸をしている。

 はだけた胸には、鞭でつけられたミミズ腫れと酷い火傷がいくつもあって、肌は真っ赤に染まっていた。加えて左腕はおかしな方向に折られていて、右ふとももには銃槍もあった。

 

「あ、あの女は………」

「喋らないで。安静にしていてください」

「あ、あいつはスパイだ。す、すぐに基地に連絡を」

 

 そういうと、姉は再び意識を失った。出血がひどく顔面は蒼白で、危険な状態だ。いそがなければ。

 バッグからコミュニケーターを取り出して急いで基地に連絡し、救急車の手配と、連邦軍のスパイが潜入していることを伝えた。ほどなくスペースポートは閉鎖されるはずだ。

 姉に応急処置を施すためにバッグから軍用のファーストエイドキットを取り出した。衣服を脱がせて怪我を確認していると、あまりの酷さに涙が出てきた。あの女は容赦なく姉を痛めつけたのだ。

 再び受講した緊急医療の講習を思い出しながら治療を施す。真似事でも、とにかく治療しなくてはならない。

 

 まず傷口を殺菌する必要があった。スプレータイプの消毒薬を取り出すと、それを患部に吹き付ける。そうしてからガーゼを置き、殺菌済みの圧迫包帯をぐるぐると巻いた。

 姉は激痛に呻いているが、傷は致命傷となるほど深くはないのが幸いだった。問題は出血が酷い右腿の銃槍だ。

 確認すると弾は貫通していて、体内に弾丸は入り込んではいなかった。弾を摘出するとなったら無理やりナイフで取り出すしかなかっただろう。だが弾が出ていった方の傷痕が酷く、大量に出血していた。

 医療キットをあさり、小型の釘打ち機のような形をした器具を取り出した。使い方は注射器と変わらない。キャップを外して傷口に刺し、プランジャーを押して中身を挿入するのだ。

 姉が悲鳴をあげた。

 これは消毒された小さなスポンジが、体内で血液の水分を吸収して膨らんで出血を止める治療器具だ。どうやら想定通りの機能を発揮したようで、すぐに出血は止まった。安堵しながら、消毒スプレーを吹き、殺菌された圧迫包帯を巻いた。続けて折れた左腕も処置し、あり合わせの添え木で動かないように固定した。

 これで大丈夫なはずだ。

 

 あらかた治療を終えると、一気に疲れを感じて地面に座り込んでしまった。おそらくアドレナリンが切れたのだろう。凄まじい痛みに気づいて手のひらをみると、まるで二倍は膨れたかのように腫れていた。自分も治療が必要だ。

 そう、いまの戦闘で下手をすれば大怪我をするか死んでいたかもしれないのだ。戦闘で生き残れる確実な保証などはない。幸運に感謝すると同時に、それは姉が奴を消耗させてくれていたからこそ呼び込めた幸運なのだと気づいた。姉は、ただやられていたわけではない。だからこそ、あの女を捕まえられなかった自分の未熟さに腹が立った。

 

 遠くからサイレンとワッパの飛行音が聞こえてきた。叫びだしたい衝動をこらえながら、救急エレカに位置を知らせるために立ち上がった。

 

 トゥエルブは、この小規模な戦闘が大きな戦いの始まりに過ぎないことに、まだ気づいていなかった。

 




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第20回「不穏なアクシズ」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


    20

 

 

 

 プルフォウは、親衛隊専用のモビルスーツ格納庫で量産型キュベレイの組み立てを急ピッチで行っていた。

 部品の供給不足が原因でキュベレイの製造は計画より大幅に遅延しているが、姉プルツーと妹のシックスがネオ・ジオン資材コマンドと交渉してくれたおかげで、ようやく三機分のパーツを確保できたのだ。

 

【挿絵表示】

 

 妹のセブンが連邦の工作員らしき女に襲われたと知らされたときは、ちょうど慎重な作業を必要とする、人間でいえば背骨に相当するフレームを介して胴体を接合する作業を行っていたところだった。基本構造の組み立て精度が悪ければ機体全体に影響を及ぼすから、作業の邪魔が入ったことに気分を害しつつコミュニケーターを取り出した。でも緊急メッセージを読んだとたん、煩わしいと思った軽率さを後悔することになった。

 

 妹が重傷を負ったのであれば、もう作業どころではない。

 セブンが運び込まれたアクシズ中央病院に向かうために、メカニックチーフに後を任せると、急いでシャワーを浴び、服を着替えてエレカに乗りこんだ。ちょうど量産型キュベレイを見学するために友人のイロン・バルトニックが工場に来ていたので、送ってもらえることになったのだ。

 メッセージを送信してくれたテンによればセブンは重傷で、容体は予断を許さない状況だった。

 

 動揺で手が震えている。もちろん妹の容態も心配だったが、アクシズに敵が乗り込んできて直接攻撃をしかけてきたことに衝撃を受けていた。戦艦やモビルスーツによる攻撃ではない、生身の人間による破壊工作というスケール感がかえって恐怖を感じさせるが、戦闘技術に優れたセブンを倒してしまうほどの暗殺者がアクシズに自由に出入りしていると想像しただけでぞっとした。

 もはやアクシズは安全地帯ではない。もとより前線と後方地域があると考えていたのが甘かったのかもしれない。

 

「大丈夫?」

 

 エレカを運転しているイロンが心配そうに話しかけてくる。彼は新型モビルスーツの仕組みについて学習すると言って工場にやってきたのに、それが台無しになってしまったのは申し訳なかった。

 

「ごめんなさい。せっかく来てもらったのに。……上官に報告義務があるでしょう」

「どうってことないよ、君のためなら。『緊急を要する輸送任務が発生したので支援作業を実施した』とか適当に報告するよ」

「それでいいの?」

「いつもやってる」

 

 と言っても、部外者の彼に身内のことで迷惑はかけたくはなかった。

 

「このアクシズに連邦軍の工作員が潜伏していただなんて……。信じられない」

「俺も驚いた。アクシズの防衛隊も気が緩んでるのかもな。でも戦争をしてるんだから、スパイはどこにでもいるんだよ。妹さんは、たぶん悪いところに出くわしたんだ」

「……」

 

 機密なので、妹もスパイ活動を専門にしているとは彼に言えなかった。同種の者同士、引き合うことはあるのだろう。似た感覚、行動パターンを持っているからだ。

 

「セブンにもしものことがあったら……!」

 

 大粒の涙が胸にこぼれ落ちた。

 

「俺たちみたいなモビルスーツパイロットは、生々しいことには慣れてないんだろうな。でも戦争は容赦ないんだよ。俺の部隊の仲間だって……」

「そんな話聞きたくない」

「いや、オレは君のことを」

「なら言わないで!」

 

 今は言葉を吐き出したいだけなのだ。自分だって軍人だから、仲間が傷ついたり亡くなったりしたときの、メンタル的な対処方法は知っている。でも頭と心は違うのだ。感情は脳で生み出されるはずだが、胸が苦しくなる理由は良くわかっておらず、ニュータイプや強化人間といったって身体の仕組みが違うことはない。

 

「……ごめんなさい。取り乱してしまって」

「いいさ」

 

 さらに心を乱しているのは、敵も強化人間らしいという事実だ。自分も一応強化人間ではあるのだが、まさか一人で敵陣に乗り込もうとは思わない。おそらくは強化処理とか再調整とか呼ばれるような、心理的に洗脳された兵士なのではないだろうか。アクシズでもパイロットの能力を引き出すために研究されている技術だが、個人的には人間をマシーンとして扱う恐ろしい行為にしか思えず、仮に姉妹がそうした処置を受けると強制されたなら全力で阻止するだろう。

 

 だが、そうした非人道的なことを連邦軍は平気で行なっている。敵のやり口は残虐で、嬲るようにセブンを痛めつけた。連邦軍の強化人間は、精神が崩壊していることもあると聞く。そのような危険人物がアクシズに潜入していて、しかも姫さまを拉致するつもりだったというのだ。

 あまりのことに感情が抑えられず、ハンカチが涙で濡れすぎて役に立たなくなりつつあった。

 

「ハンカチ……使う?」

「大丈夫」

 

 いまは感情を律して論理的に考えなければならない。

 姫様を警護する親衛隊としては、連邦軍がアクシズに直接侵攻してくることを考慮する段階にきているのだ。もちろん、その可能性を全く考えていなかったわけではない。しかし、尖兵としてニュータイプ能力を持つ兵士が送り込まれるならば、これまで以上の警戒と対策が必要となる。

 あるいは、これは全面戦争の前触れなのではないだろうか。そう考えると空恐ろしさを感じた。

 

「プルフォウ、着いたぞ」

 

 気がつくと病院の前だった。

 

「ありがとう。助かったわ」

「何か力になれることがあれば言ってくれよ。一緒について行こうか?」

「あなたも任務があるでしょ。姉さんがいるから大丈夫。それに家族しか入れないのよ」

「君が心配なんだよ」

「弱く見える? 私も親衛隊の兵士なのよ。あなたは早く部隊に帰って」

 

 イロンに礼を言うと、ハンドバッグを掴みエレカのドアを開けて、走り出したい気持ちを抑えながら病院のエントランスに入った。手続きをしてから、急いで関係者の待合室に向かう。集中治療室があるのは別の棟なので、少し歩くことになった。焦燥感にかられながらようやくたどりつくと、部屋には姉スリーと妹のテン、イレブンがいた。任務でこれない姉妹にも容態を伝えているとテンが話していたから、内心命を落とすことはないだろうと思っていたものの、三人が深刻な顔をしていたので急激に不安に襲われてしまった。

 

「スリー姉さんっ、セブンの容体は!?」

 

 感情が抑えきれずに、椅子から立ち上がって出迎えてくれた姉に抱きついてしまう。姉のふっくらした身体に身を預けると、大人びた香水の匂いが鼻腔を満たした。スリー姉さんは、しっかりと抱きしめて安心させてくれた。

 

「いま手術中よ。でも峠は越したわ。トゥエルブが危機を感知して助けに向かったのが幸いだった。敵を撃退して、適切な処置を施してくれたのよ」

「セブンは大丈夫なんですね!?」

「大丈夫よ。アクシズの医療技術は進んでるんです。傷だって、皮膚の再生技術でほとんど跡は残らないんですから」

「よかった……」

 

 セブンの命が助かることに安堵して胸をなでおろす。スリー姉さんの落ち着いた態度にも助けられて、緊張が緩み、部屋の椅子になんとか腰を下ろした。

 妹たち二人を見ると、普段はあまり感情を表さない二人が微笑んでくれたのが嬉しかった。

 安堵したら喉が渇きを覚えて、姉が用意してくれていたドリンクを飲んだ。ハーブの香りが心を落ち着かせる効果を発揮し、ざわついていた心がいくらか収まった。

 

「敵は連邦の強化人間って」

「トゥエルブの話では、相当な戦闘能力があったそうです。セブンは銃や電磁ムチのようなもので攻撃されたようなの。傷は無抵抗で受けたものが大半で、肋骨と左腕も折られていた」

「酷い……」

 

 あまりのことに飲んでいたドリンクを戻しそうになる。敵は妹から情報を聞き出すために拷問したに違いなかった。

 

「でもセブンはその女の力を相当に削いでいたはずよ。でなければトゥエルブだって危なかった」

「セブンは頑張ったんですね」

「そうね」

「でも、あたしセブン姉さんが倒されるなんて、まだ信じられません……」

 

 テンが、長い前髪で右目が隠れた顔を沈ませながら言った。

 

「おそらく奇襲されたのでしょう」

 

 イレブンが確信を持って言った。

 

「セブンお姉様の、兵士としての格闘能力は傑出しています。たとえ相手が複数人だとしても、簡単には負けはしません」

「きっとそうだわ。だってセブンの格闘技術は並外れているし、私たちはみんな彼女から護身術を習っているのよ」

 

 自分もイレブンの意見に同意する。それは少しでも安心したいからでもあった。

 

「ですが、その強化人間が姫様を狙っていたと話していたのは気になります。本当なのですか?」

「本当よ。トゥエルブの話では姫様の誘拐が目的だと話していたそうです。戦争犯罪人として逮捕すると話していたとか」

「そんな、犯罪人だなんて。無礼だわ!」

 

 姫様に対する非礼は許すわけにはいかない。一国の姫君を犯罪者などと。今すぐモビルスーツで飛び出していきたいほどに怒りが湧いた。

 

「地球連邦政府は、姫様を交渉の材料にしようと考えているかもしれないわね。ミネバ殿下が亡命してサイド3に入国すれば、アクシズは一転して反乱分子になってしまう………」

 

 姉スリーは、椅子に脚を組んで座りながら思慮深く言った。こんなときに思うのも変だが、姉の仕草は大人びていて艶めかしかった。そんな女性が話すといっそう深刻な感じがする。

 

「私は、姫様のモビルスーツ訓練の際に、地球連邦軍が襲撃してきたこととの関連性を気にしています」

「まさか偶然ではなかったっていうの、イレブン?」

「はい。間違いなく情報が漏れています。つまり高レベルの機密情報にアクセスできるスパイが内部にいた、ということです」

 

 妹の声は冷静だった。分析の結果、論理的に導き出されたという感じだった。

 

「そうね……」

 

 姉は脇のテーブルに置いていたコンピューター・パッドを手にとった。

 

【挿絵表示】

 

「実は二週間前、アクシズを離れて地球連邦に亡命した文官がいるの。経理を担当していた男で、名前はステファン・コレス。かなりのお金を着服していたことが分かっています。イレブンには、データベースのトランザクションや通信を分析してもらっていたのよ」

「そんな不正行為が、ばれないように出来るんですか?」

 

 あまりに大胆な犯罪に驚きを隠せなかった。物理的にも、ネットワーク的にもセキュリティが高いアクシズで犯罪行為をするなんて。だが、その男がネットワークに対して高いアクセス権限を持っていたなら、けっして不可能というわけではないと気付いた。

 

「コレスは、宇宙引越公社やコロニー銀行との取引を上手く利用したのね。だからハマーン閣下は自らサイド6に赴いて調査を行った。ファイブとテンが警護で同行したのを覚えている?」

「はい。……えっ、じゃあ最近の出来事には全て関連性があったというんですか?」

「おそらくは。ネオ・ジオン情報部では、彼の足取りを追っています。探し出して逮捕しないといけないわ。情報漏洩は上層部でも問題になっているの」

 

 姉はネオ・ジオン高官に知り合いが多いのだ。何人かとは交際している、とも聞いている。地位や権力を持つ男性は、それを誇示しようと付き合っている女性に軽い気持ちで話してしまうことがよくあるらしい。

 

「その男は、以前から情報を漏らしていたんですか?」

「どのくらい前かは分からないけど、外部と不正な通信を行ったのは最近よ。これまでは中間連絡員(カットアウト)とだけ接触していた可能性があるわね。彼は一年戦争時代からジオン軍に所属している。なんらかの心境の変化があったのか……」

「あるいは自尊心か、お金か。巧みな心理誘導を行ったのでしょう。自分の背信行為がネオ・ジオンのためだと思い込んでいるのです」

 

 イレブンが冷静に物事を捉えた。

 スパイする人間は、敵の工作員にうまく乗せられて、自分は重要なことを成し遂げているのだと信じ込まされるらしい。もちろん、同時に報酬もたっぷりとはずまれる。そのうち引くに引けないところまで突き進んで、ついには悪事が露呈して亡命するというわけである。

 地球連邦軍との冷戦が長引き、経済が疲弊すれば、敵に籠絡される人間も増えてくるだろう。経理担当士官が亡命を企てるほどだから、アクシズの経済状況は思った以上に悪化しているのかもしれない。だから、アクシズは早急にサイド3と一緒になる必要があるのだ。

 

「居場所の見当はついているんですか?」

「少し前まではサイド3にいたようね。でも、いまは月に潜伏しているらしいわ」

「月に?」

「アナハイム・エレクトロニクス社やルオ商会の人間と接触しているみたいなの」

 

 ルオ商会とは、地球のホンコンシティを本拠地とする総合商社のこと。だがそれは表向きのことで、裏社会にも繋がり、ブラックマーケットに兵器を横流ししているらしい。エゥーゴの地球での支援組織『カラバ』にも資金提供しているが、カラバの実体は企業の私兵のようなものだろう。こうした企業が組織した軍事力ほどやっかいなものはない。モラルも低く、市民の治安を乱すことが多いからだ。

 

「亡命ですね。汚い男。身の安全と引き換えに情報を売ろうというんだわ。企業にとって価値がある情報は、お金が動くところです」

「月に調査に向かう必要があるわね。プルツー姉さんとシックスは、そのために上層部と交渉しています」

「工作員の足取りは? イレブンは銃声を聞いたそうですけど、民間人にも目撃情報があるんじゃないかと、私思うんです」

 

 テンが静かに言った。

 

「そう。シャトルの停泊記録や入国手続きを調べてるところよ。でも抜け目ない工作員だとすると証拠は見つからないかもしれないわね」

「過去にはモビルスーツでアクシズに潜入したエゥーゴのパイロットもいたらしいです。アクシズって、ダミー隕石を配置しすぎですから。セブンは、密かに潜入した工作員が、スパイ行為か破壊工作をしていたところを見てしまった……」

「エコーズのような特殊部隊かもしれない」

 

 エコーズとは地球連邦軍が公式には認めていない特殊部隊で、高い練度と専用装備を備え、情報収集や破壊工作、要人暗殺、モビルスーツ戦闘までこなす戦闘集団だ。そんな部隊が展開しているなら、厄介なことになる。

 

「彼女だから気づいたのかもしれないわね。みんなも気をつけて。シックスには情報部他の部隊にも注意喚起してもらいます」

「わかりました」

 

 みな頷いたが、緊張からかその動作はぎこちなかった。未来を予測するニュータイプ能力は、このような状況にこそ発揮されるべきだといつも思うのだが、無論そのような便利な能力ではなく、ただ不穏な空気が蔓延しているな、という漠然とした思いしか感じなかった。

 

 だが、ひとつだけ確実なことは、セブンをひどい目に合わせ、姫様を侮辱した人間はけっして許すことはできないということだ。必ず探し出してやっつけてやるとプルフォウは心に誓った。




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第21回「調査するプルシックス ~チェックシックス2~」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


     21

 

 

 

 ネオ・ジオン情報部が誇るデータセンターには、通信記録や監視カメラの映像、ネットワークのログが全て保管されていて、あらゆる出来事について詳細に分析が可能であり、起こりうる事件を予測して未然に防ぐことができる。

 情報部に所属する分析官たちはそう考えているのだろうが、ネオ・ジオン親衛隊副隊長であるプルシックスは、そうした楽観的な考え方は排除していた。

 

 そもそも監視カメラはアクシズを網羅しておらず、高度に暗号化された通信ならばすぐには分析できない。加えて事件を予測するアルゴリズムはデータの相関関係を導き出すだけだ。ようするに、データの裏に隠されたきな臭い陰謀や悪事を暴くことができるのは、直感を有する人間の頭脳だけなのである。

 だからこそ、こうしてコンピューター室に分析官とこもっているのだが、違う組織の人間との共同作業に苦慮しているのは否定できない。というより、この分析官に問題があるのだ。

 

「シャトルに乗らなかったのだとしたら、アクシズを出ていく手段には何がありますか? 例えばノーマルスーツを着て、シャトルの外壁に張り付いていたとか?」

「ははは、その考えはなかったなあ。まるで映画のヒーローみたいだね」

 

 冗談を言ったつもりは全くなかったので、軍人としては少し太り気味の分析官が浮かべた笑いには腹が立った。そもそも、この男は勤務態度がなっていない。

 

「笑い事ではありません。真面目に分析してください」

「やってるよ」

 

 情報部上席分析官のシ・ラべ中尉には、セブンを襲った連邦の工作員がこのアクシズにどのように潜入し、脱出したのかについて調査を依頼している。もちろん親衛隊でも独自に調査しているが、処理能力の高い分析システムと専門知識を有した分析官の力を借りたいと考えたのだ。だから、いいかげんな仕事をされてはたまらなかった。

 

「工作員はアクシズをすでに脱出しているはずです。この閉鎖空間のアクシズにとどまることは、遅かれ早かれ発見されることを意味しますから。つけ加えるならアクシズの軍警察は優秀です」

「それには同意するけどさ、僕はシャトルに搭乗した人間を、パスポートと監視カメラの映像から残らず画像データベース化して確認したんだよ。入出国者の人数は一致してるし、書類に不備がある人物は追い返されてる。もちろんプライベート・シャトルも確認したよ」

「VIPのシャトルは、入国審査は簡易的にしか行われませんよね? そこは確認しましたか?」

 

 多額の費用をアクシズに支払っている人間は、VIP専用のスペースポートを利用することが可能で、面倒な入出国審査を省略できるのだ。

 

「もちろんしたよ。でもアクシズにプライベートシャトルでやってくるのはジオン共和国の関係者がほとんどなんだ。もちろん好きな人間を乗船させることも出来るから、それも監視カメラの画像から確認したけどね」

「結果は?」

「同乗者はお偉いさんがほとんどだったよ」

 

 確かにアクシズとサイド3の高官たちは、このところお互いの併合について活発に議論している。

 

「ジオン共和国はアクシズに好意的でも、いまはまだ地球連邦の一員ですからスパイが紛れ込むには最適です。その線で確認してくれませんか」

「なかなか要求が厳しいね」

 

 シ・ラベ中尉は肩をすくめたが、そのわざとらしいアピールは無視した。

 

「私は、この事件をアクシズの危機だと捉えています。簡単に敵の強化人間を侵入させてしまうなんて。防衛システム、警戒システムを一から見直す必要があります」

「必要かなあ……。面倒なだけだよ」

 

 中尉の態度からは積極性がまるで感じられず、軍人として問題があるのは明らかだった。

 

「あなたの意識改革も必要のようですね!」

 

 少し声を荒げて叱責すると、シ・ラベ中尉はびっくりしたような顔をした。面と向かって注意されることに慣れていないのだろう。彼は、監視されてないと本気を出さない怠惰な性格だということが良く分かる。

 

「あまり集中し過ぎると、かえって重要な物事を見逃すんだよ。たまには気晴らしも必要なんだ」

「遊びながら仕事はできませんよ」

「遊んでなんかいないよ」

「そうですか? だったらなんですか、この玩具は!」

「あっ、やめてくれ!」

 

 デスクの半開きの引き出しに、何やら仕事に関係ない玩具が入っているのが気になっていたのだ。中尉を押しのけて引っ張りだしてみると、それは女児が好んで遊ぶような人形だった。大の大人がこんな人形をあつめている? ばかな、ありえない!

 

「子供が遊ぶものですよね? こんなものは没収します!」

「君にそんな権利はないだろう!」

「あります。私の親衛隊としての権限で……って、これは!?」

 

 よく見れば、妹エイトの人形だ!

 

「持っていかないでくれ! ファンネリアのフィギュアは入手困難なんだ!」

 

 子供の玩具と表現したのは間違いだったかもしれない。驚くべき精緻な造形技術によって、人形は妹を生き写したかのようにそっくりだった。笑った顔やアイドル衣装、アクセサリーなどが本物に迫るほどの出来なのである。

 

「返してくれ!」

「あっ」

 

 中尉が急に人形を掴んできたので、部品の一部が外れてしまった。

 外れたのはスカートで、下着が丸見えになっていた。壊してしまったかと思ったが、意図的に別パーツになっていて脱げるようになっているのだ。試してみると上着も脱がすことができて、いまや手の中には半裸の妹がいた。

 

【挿絵表示】

 

「いや……これは」

 

 シ・ラベ中尉の額からは汗が吹き出している。

 

「恥を知りなさい!」

 

 まるで妹がこの中尉に手篭めにされているようで不愉快極まりなく、嫌悪感で寒気が走った。こんな破廉恥な玩具を許すわけにはいかない。まして、ここは仕事場なのだ。

 

「没収だけはやめてくれ! 調査を頑張ります。お願いしますから、返してください。このとおり」

 

 中尉は床に這いつくばるようにして謝罪してきた。

 

「そんな土下座をしたって!」

 

 さらに引き出しを詳細に確認すると、妹のプルエイト、いやファンネリア・ファンネルのホログラム写真集やワッペン、タペストリーなどが大量にしまい込まれているのがわかった。

 嫌な予感がしてコンピューターのファイルを調べてみる。

 やはり。

 呆れたことに、中尉の個人フォルダにはファンネリアの動画ファイルが大量に保存されていた。コンサートやドラマ、テレビ番組の映像、にこやかに微笑みながらポーズをとったり、学生服やレオタードを着て、可愛らしい部屋でポーズをとっているイメージ映像。さらにはスクール水着やビキニを身につけて、プールや人工海岸で泳いだり遊んだりしているグラビア映像などが、それこそ何十もあったのだ。

 

 いくつか閲覧してみると、妹は輝くように可憐だった。つい微笑みそうになるのをなんとか我慢するが、この男が妹をじっくりと舐めるように鑑賞することを想像すると寒気がした。が、それは妹の仕事であり受け入れることはできる。そのような公開映像ならよいのだ。許せなかったのは監視カメラで撮影されたと思しき、妹がシャトルのタラップから降りようとして転倒し、スカートがめくれて下着が丸見えになってしまった映像が保存されていたことだ。中尉のモラルにも問題があるが、監視カメラの映像はネオ・ジオンの資産であり、機密性、完全性、可用性を満たす必要がある。個人的に利用するのは重大な軍務規定違反なのである。

 

「あなたを軍から解雇します」

「ばかな!」

「仕事をせずにさぼっているならば降格で許せますが、犯罪行為をする人間はネオ・ジオンには不要です」

「こ、これは違うんだ! 分析しようとサイド3からの来訪者情報を集めていただけだ!」

「彼女の映像だけ、個人フォルダにいれてるじゃないですか! しかも下着が見えてる映像ばかり! 正気ですか!」

「故意ではない。不可抗力だ!」

「汚らわしい!」

 

 シ・ラベ中尉とコンピューターの操作を取り合いながら言い争っていると、分析室のドアが開いて、情報室長のダニエル少佐が顔を出した。

 

「何か問題でも?」

「あ、ダニエル少佐!」

 

 シ・ラベ中尉とつかみ合っているところを見られて、慌てて飛び退いた。

 

「せ、先日は姉がお世話になりました」

 

 少佐は情報室長に昇格したばかりだが、異動前は宇宙軍情報・監視・偵察局にいて、軍の捜索任務で姉プルフォウと一緒に働いたことがあったのを思い出したのだ。

 

「とんでもない。親衛隊は優秀だからね。君の要求に応えるのは大変だろうと思うよ。中尉、気合いいれろよ! 彼女から駄目出しをくらったら部隊から放り出してやるからな!」

「は、はい少佐」

 

 シ・ラベ中尉はフィギュアやグッズが見えないように体で隠した。

 

「中尉と工作員の侵入ルートについて議論していました。少し白熱しすぎたようで、お騒がせしました」

「うちの分析官も勉強になるでしょう。鍛えてやって下さい」

「こちらこそ」

「では、失礼」

 

 ダニエル少佐は笑いながらドアを閉めた。少佐は優秀な軍人だと聞いていたが、印象は悪くない。親衛隊としても良好な関係を築きあげたいものだ。だとすれば中尉をこれ以上叱責するのは得策ではないかもしれない。

 

「プルシックスさん、どうか許してくれ」

「……あなたはファンネリア・ファンネルの大ファンだというのですか?」

「そうだ。彼女は僕の生きがいなんだ! 今回の調査で彼女がアクシズに来てたことを知って、嬉しくなってついフィギュアやグッズをデスクに持ってきてしまった……。すまない」

 

 自分も、何も四六時中仕事をしろと言っているわけではない。仕事とプライベートをわけて、メリハリをつくることは大切だ。妹の活動を応援しているのなら、少しくらい容赦してやっても……。

 

「つまり、彼女のためなら何でもすると」

「ファンネリアのためなら地球連邦軍の本部に特攻する」

「いいでしょう。わかりました。まさか人気アイドルがスパイではないでしょう。混乱を招きますから、ファンネリアのシャトルについて口外せず、監視カメラの画像ファイルを消去すれば人形は返しましょう。今後も、非公開映像は一切保存しないようにお願いします」

「あ、ありがとう! 約束する。調査も頑張るよ! 君も、ファンネリアに似てると思ってたんだ。どうりで優しいはずだ」

 

 もし姉だと知れば、この男は抱きついてくるのではないか。

 

「では仕事に集中してください」

 

 妹の人形を手渡すと、中尉は驚くほど丁寧にデスクの引き出しにしまった。

 

「容疑者は変装している可能性があります。それでもわかりますか?」

「わかる。ウィッグをつけたり、サングラスをかけたり、あるいはシャア大佐みたいにマスクを被ったとしても顔は認識できるんだ」

「本当に?」

「解析プログラムが、目や鼻、口の相対的な位置から判別する。ただ、その工作員の顔写真がないとダメなんだ。こんなスケッチでは難しいよ」

 

 彼の手には、トゥエルブが描いた、あまり上手とは言えない似顔絵があった。スパイ活動を専門にしているセブンの意識が回復すれば、精細な似顔絵を描いてくれるだろうが、今は仕方がない。

 

「だったら、逆に写真をスケッチみたいに加工して照会するとかできますよね」

「いまやってる。そっちでもやってるでしょ? あのツインテールの可愛い娘にデータは渡したよ」

「こちらでも解析は進めています」

「あの娘はなんなの? すごくコンピューターに詳しいけど。僕たちのチームに欲しいくらいだ」

「親衛隊のコンピューター・エンジニアです」

「可愛いよね。そういえば、彼女も少しファンネリアに似ていたような」

「無駄話はやめてください。とにかく二人の女工作員が存在し、兵士を襲って逃げたんです。アクシズに潜伏していないなら、どうやって逃げたかが問題なんです」

「結論を言うよ。無許可の小型シャトルで潜入、脱出したんだ。たしかにアクシズの近くではミノフスキー粒子は濃くないし、うかつに散布すればすぐに探知されてしまう。でも電波吸収剤をたっぷり使った、熱放射も少ないシャトルなら探知されないだろうね。あとはミノフスキー・センサーを欺瞞できれば」

「欺瞞する方法はあるのですか?」

「うーん……それは専門家に聞いてみるしかないけど」

 

 

 ***

 

 

「ミノフスキー・センサーを欺瞞する方法、ですか?」

 

 両手とサイコミュを使用して、物理キーボードを四つ、仮想キーボードを四つ。合わせて八つものキーボードを高速入力していたプルイレブンが、興味深そうに顔を上げた。

 

【挿絵表示】

 

「そんなこと、できる?」

 

 ミノフスキー・センサーを欺瞞する方法についてアドバイスを求めるために、ミノフスキー物理学にも詳しいイレブンに連絡して話をきくことにしたのだ。妹はいまアクシズ中央病院にいるので、親衛隊の分析室に備えられているVRデバイスで仮想的に共同作業を行なっているのだ。

 

「理論的には、周囲とまったく同じ量の、逆位相のミノフスキー粒子を散布しながら航行すれば可能です」

「どういうこと? 逆位相って?」

「ミノフスキー粒子は名前の通り粒子ですが、量子レベルでは同時に波の性質も併せ持っています。ですから真逆の波形のミノフスキー粒子をぶつけてやれば、お互いに干渉して打ち消しあうわけです」

「凄い技術だけど可能なの?」

「今の技術では、かなり難しいです。研究はされてますが……。ですが連邦軍が実用化している可能性はゼロではありません」

「それは、ないか……」

「単純にミノフスキー・センサーを欺瞞するなら、もっと簡単な方法がありますよ」

「簡単な方法? なんなの?」

「ダミー隕石に隠れれば」

 

 イレブンは、簡単すぎてバカバカしいという感じに言った。

 

「結局は、それか」

「モビルスーツは核融合炉の熱量が高いのでアクシズの赤外線センサーで探知されますが、シャトルや小型機ならダミー隕石に隠れながら探知されずに潜入することが可能なはずです」

「だとしても、シャトルで潜入するには、よほど腕が良くないといけないわね。いや、以前エゥーゴの小型戦闘機がダミー隕石に紛れて潜入したことがあったか」

「ガンダムタイプに搭載されているコア・ファイターだったはずです」

「大胆なパイロットね」

 

 しかし、調べるのは大変だ。全ての監視カメラの画像をチェックし、大量の隕石の中からシャトルを見つけ出すのは、いわゆる『藁の山から一本の針を探しだす』ようなものだ。最近はアクシズ近辺でダミー隕石をばら撒くのをやめるように注意喚起されているはずだが、まだ実施している部隊は多いと聞いている。

 

「隕石とダミー隕石とをアルゴリズム解析で見分けるプログラムがありますので、全てのカメラ映像を分析することは出来ます。時間はかかりますが」

「お願い。それしか手がかりはなさそうね」

「仮に侵入者が隕石と接触していたなら発見し易いです」

「接触?」

「はい。隕石の大きさと動いた距離とから、なにが衝突したか予測できますので……」

「まって。戦闘に紛れて侵入したとしたら……。ファイブ姉さんの戦闘記録!」

「先日の戦闘記録、呼び出しますか?」

「お願い。姉さんは戦闘の途中でシャトルに接触していた! 最初に聞いたときは、単に民間機が戦闘空域にいたのだと考えたけれど」

「意図的に航行していた可能性があると?」

「その可能性は高いと思う。早く気付くべきだった」

「後から見えてくる事実もありますから。……記録を再生します」

 

 姉ファイブが操縦するAMX-117R《ガズアル》が母艦から発進し、会敵して戦闘が始まりロングレンジでの撃ち合いになる。次のフェイズは白兵戦だ。ファイブ機が加速を開始したとき、機体前方を塞ぐように飛び込んできたのは、民間の小型シャトルだった。

 

『ば、ばかやろう! 死にてーのか! さっさと離れろ! アクシズに観光にきたのかよ!』

 

 思わずVRゴーグルを外しかけるくらいの怒鳴り声が聞こえてくる。

 

「ここよ! 映像をスローで再生して」

「わかりました」

 

 全天周(オールビュー)スクリーン映像の、右端から横切るようにしてシャトルが飛行していった。その動きは意図的に接触したようにも見える。考えてみればモビルスーツが戦闘している真っ只中に突入してくる民間シャトルはいないかもしれない。

 

「このマニューバー、味方のために飛び込んで邪魔をした? ギリギリで避けている」

「かなりの操縦技倆です」

「只者じゃないわね。ニュータイプか強化人間の洞察力か。イレブン、この映像からシャトルの3Dモデルを作成して。各コロニーのスペースポートに設置された監視カメラの映像とマッチングさせれば、どこからやってきたのか分かるんじゃない?」

「偽装されている可能性は高いですが、おなじ機種で絞り込んでみます。かなり時間はかかりますが」

「お願い」

「わかりました」

 

 イレブンは素早く正確な操作で、動画からあっという間にシャトルのモデルを作り上げると、分析ソフトをカスタマイズし始めた。

 

「……そういえばシックスお姉さま」

「なに?」

「スパイですが、どのような人物だったのですか?」

 

 イレブンが、どことなく落ち着かない様子で訊いてきた。普段冷静な妹も、まだ子供なのだ。姉が襲われて不安なのだろう。

 

「トゥエルブによると白人の若い女で髪はブラウン。細身だけどスタイルは良く、まるでスポーツ選手みたいだったそうよ」

「そうでしたか……」

「あなたの予想と違ったの?」

「いえ。連邦の強化人間プロジェクトは、まだ継続されているということでしょうか?」

「公式には、エゥーゴが政権をとってから中止されたらしいけど、私たちがいるわけでしょう?」

「はい」

 

 他人事みたいに言っているが、まさに自分たちは強化人間プロジェクトの成果なのだ。

 

「セブンを襲ったやり方の異常性からも、連邦の強化人間の可能性は高い。連邦軍の強化人間は、精神が崩壊してるらしいから。そのような人間に単独行動をさせるのは不安定要素があるので、誰か管理者が同行していたと私はみている」

管理者(マスター)……」

「なにか心あたりが?」

「あ、いえ。特には」

「そう。じゃあ何かわかったら教えて」

「わかりました」

 

 仮想空間にいたイレブンがログアウトして消えた。VRゴーグルを外して息をつくと、休むために、ひとまず自室に戻ることにした。

 調査の方向性は見えてきた。あとは地道な調査と分析だ。分析官にとっては退屈で地道な作業になるが、『宇宙開拓を成すには、まず目の前のアステロイドから』と言うではないか。要するに、積み重ねが必要なのである。そのためにも少し休まなくては。

 それにしても、思わぬところでアイドルとしての妹を見てしまったが、エイトは色々な服を着ていて、姉からみても可憐だった。ジオン共和国で人気があるのも頷けるというものだ。そして、姉妹でずいぶん違うな、とも思った。

 だが、それは妹が軍人だけでなくアイドルを兼業しているからだ。軍人が服を着飾るなど全く必要のないことであり、自身もノーマルスーツや迷彩服、ボディアーマーを着ていると落ち着くことは否定できない。強化人間である自分は、産まれながらの軍人なのである。

 

 プルシックスは何度も周囲を確認し、辺りに誰もいないことを確認してから、ドアを少し開けて滑り込むようにして自室にエントリーした。




夏コミ新刊の委託をはじめさせて頂いてます。よろしくお願い致します……!

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第22回「ファンネリアの帰還」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


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 アイドル『ファンネリア・ファンネル』ことプルエイトが操縦するシャトル『トリンキュロー』は、目的地であるサイド3に入港するためのアプローチを開始していた。

 

 今はサイド3標準時で午前7時。アクシズから休みなく操縦してきて、ようやく目的地にたどり着いたのだ。直前になってフライトプランを変更したから、アクシズから丸三日をかけて飛行することになってしまったのである。航行速度を落とした理由はシャトルに慣れていない同乗者がいたからで、シャトル酔いを防ぐために激しい加速をかけることができず、言うまでもなく伝説的なシャア・アズナブル大佐が駆ったザクのように通常の三倍のスピードとはいかなかった。

 加えてミノフスキー粒子濃度が濃く、長距離通信が不可能だったことも問題だった。燃料切れで漂流するのを避けるために、途中で小さな中継基地に寄港し、熱核ロケットエンジン用の酸化剤と燃焼材を補給したので、さらに時間がかかってしまったのだ。

 

「燃料代も最近は高いのよ。ヘリウム3だって、ジュピトリスが沈んだせいで……」

 

 プライベートシャトルを運用するコストの高さを愚痴りつつ、前方を光学センサーでスキャンすると、宇宙港付近にムサイ改級巡洋艦が停止していることがわかった。あれはジオン共和国軍の船だ。だとすれば着艦しつつあるモビルスーツはハイザックか。

 RMS-106《ハイザック》は、地球連邦軍が旧ジオン公国軍のMS-06《ザク》を接収して改良した機体だが、性能が陳腐化したために連邦正規軍からは退役が始まっていて、大量の中古品が共和国に押し付けられてしまった。はっきり言って性能は良くないが、デザインがジオンには合っているし、もとより地球連邦軍が一つ目(モノアイ)のモビルスーツを使っていたのが間違いなのだ。

 

「あのムサイ、何かを待ってるのかしら? ほんっとに邪魔だわ」

 

 しばらく待機しなくてはならないかもしれない。ふうっとため息をついてシートに身を預けた。

 これほど手間をかけてナインをサイド3まで連れてきたのは、CMに妹役で共演させるためだ。でも、幼稚園児のように遊んでいる彼女の姿を見ているうちに、はたしてそれが正しい判断だったのか自信を失いつつあった。

 

「ほら、ナイン起きなさい! もう着くから!」

 

 妹は、最初のうちは初めてのシャトル旅行にはしゃいでいたが、すぐに飽きてきて、ついにはだらだらと文句を言うだけになり、いまはすっかり寝てしまっている。

 途中コンピューターパッドに向かって話しかけていたのは、ミノフスキー粒子のせいで通信はできないので、おそらく脳内に作り上げた架空の友達と会話していたのだろう。いわゆるイマジナリーフレンドというものだ。幼児が空想の世界に入り込むための分身のようなものだろうか。

 

「ナイン! 聞こえないの!」

 

 何度呼んでも返事がないので。マニュアル飛行に移る前の最終チェックを中断して、機体後部の居住スペースに向かった。

 

「わっ!? ひどい!」

 

 まるっきり散らかった子供部屋だった。シャワーは水浸しで、服は散乱し、妹はだらしなくベッドで裸で寝ていた。これでは内装業者に頼んで仕立ててもらった豪華なコンパートメントが台無しだ。カビを防ぐために分解して大掃除が必要かもしれない。

 

「だから子供を乗せるのは嫌なのよ! ほら、起きて服を着なさい! 協力しなさいよ!」

「う~ん……ナインはもういらないよ……」

「寝ぼけてないで! もう最悪!」

 

 強引に布団を引き剥がして素っ裸で立たせると、無理矢理に下着を着せてクシャクシャになった髪をすいてやった。

 CMに出演させるモデル候補として連れてきたのだ。少しでもよくみせないと、ディレクターはダメだしするだろう。内心、かなり不安だ。

 

【挿絵表示】

 

「わあ、筒がたくさん並んでる!」

 

 もぞもぞと女児用の下着を頭からかぶり終えたナインがびっくりしたように叫んだ。

 気密窓を通して見えるサイド3のスペースコロニー群は、黒のキャンバスに整然とした白い幾何学模様を浮かび上がらせていた。

 スペースコロニーは、地球と月からの重力が均衡しているラグランジュ・ポイントと呼ばれる宙域に位置していて、数十基のコロニーが集まってひとつのサイドを形成しているのだ。

 

「ナイン、あなたスペースコロニーくらい見たことあるでしょう? 珍しくもない」

「テレビじゃなくて見たのは初めてなの! あんなに地面が丸いと、歩くの大変じゃないかなあ」

「ものすごく大きいから、ほとんど平らみたいなものよ。気にしなくて大丈夫よ」

「ふーん。あ、でも一周したら同じとこに戻るよね! ナインねえ、思い切り走っていって、いつのまにかお姉ちゃんの背中に立っちゃうからね」

 

 妹は本当に可笑しそうに笑った。……何が面白いのかさっぱりわからない。

 

「好きにしなさい」

 

 子供の相手は疲れてしまう。幼児番組のゲストに招かれたことがあるが、もううるさいわ、くっついてくるわで、気の休まる暇がなかったことを思い出した。

 

「イレブンが来てくれたら良かったのに」

 

 そのとき、突然機内に警戒警報が鳴り響いた。障害物が機体に急速に接近していることを、レーザーセンサーが検知したのだ。

 

「えっ、こんな宙域にデブリが!?」

 

 危険をニュータイプ能力で感じとることができなかった。自分のニュータイプ能力に自信はなく、まだ能力が未熟だということを痛感する。

 だが反省するのは危機を脱してからだ。

 

「ブッホジャンクは仕事してないじゃないの!」

 

 デブリはどうやらプロペラントタンクのようで、モビルスーツが航続距離を伸ばすために機体に取り付けられるそれは、燃料を使い果たしたら切り離すのが普通だ。しかし戦闘中でもない限り、こんな航路の近くで切り離す愚か者はいない。

 デブリを回避するために慌ててコクピットに駆け込むが、機体が揺れたせいでバランスを崩して転んでしまった。小さな破片が衝突したのだ。

 まずい、このままではデブリと正面衝突する!

 

「ナイン! ベッドで布団にくるまって! 耐衝撃姿勢!」

「きゃーっ!」

 

 妹は悲鳴をあげてベッドに潜り込んだ。

 床にしたたか膝を打ちつけたが、なんとか立ち上がり、操縦桿を必死に掴んだ。

 間に合わない!

 

 時間がスローモーションのように遅くなり、これまでの人生が脳裏に再生された。話に聞いていたが本当に起こるとは。

 コールドスリープ室で裸で目覚め、同じ顔をした姉妹と不思議そうに顔を見合わせたこと。ヘッドセットをつけた強化学習を何時間もさせられたこと。モビルスーツの操縦訓練を必死にこなしたこと。そして、突然アイドルとして活動するように命令されてびっくりしたこと。人生というには、あまりに枚数が少なく、そしてやはり親の記憶がなかったのは残念だった。

 振り向いてナインを見ると、布団をかぶって震えている。最後に怒ってしまったことを後悔した。

 

 コンマ五秒が過ぎ、デブリがコクピットを直撃して二人が宇宙に投げ出されるイメージが脳裏に浮かんだ。だが最後まで諦めることはしない。操縦桿を思い切り左に回し、スロットルを逆噴射の位置に叩き込んだー。

 

【挿絵表示】

 

 外から見れば、大胆かつ繊細な、驚くべき機動をこなしたように見えただろう。トリンキュローは瞬時に減速し、機体を半回転させてデブリを紙一重の距離感で避けたのである。まさしく神技で、衝突を回避出来たのは奇跡にも等しかった。

 パイロットなら、興奮と共に、危機を乗り越えた達成感と誇りを感じるはずだ。そう、自分自身の技量で操縦していたのなら。

 

「オ、オートパイロット機能が働いたの!?」

 

 必死に操縦桿にしがみ付いていた。この機動は、自分はしていない。一切の入力がキャンセルされて、機体がまるで意思を持ったように動いたのだ。

 しばらく呆然としていたが、ともかく危機は脱したと理解して、サイド3への最終アプローチ手順を開始した。

 

「ナイン、あなた大丈夫!?」

 

 アクロバットのような機動だったので、機体には相当なGがかかった。内装品もバラバラに散乱している。ナインは被っていた毛布を少し持ち上げると、外をちらりと覗き見た。

 

「もうデブリない?」

「ええ、ないわよ。オールクリアー。危機は回避できたわ」

「よかった。ナインも怪我してないよ」

「了解。じゃ、椅子に座ってベルトを締めなさい」

 

 ナインにそう指示しながら、チェックシートを使って機体のチェックを行った。警報メッセージは表示されていないので、どうやら機体に問題はないようだ。その幸運にほっと安堵する。

 

『こちらムンゾ・コントロールタワー』

 

 通信スイッチを入れると、サイド3の管制官の声が聞こえてきた。

 

「トリンキュローよ。ひさしぶりね」

『おっ、あんたか』

 

 このサイド3管制官とは、お互いハンドルネームしか知らない、メールで情報交換するだけの知り合いなのだ。

 

『グラナダは楽しめたか?』

「ええ、よかったわよ。ホテル・ニューアルハンブラの食事も美味しかったし、良い買い物ができたわ。流行はグラナダから、と言われるのも納得ね」

 

 本当はグラナダに行ってなどなかったが、これまで何回も訪れたことがあるのでエピソードを創作するのは簡単だった。

 

『それは結構だな。こんど良い店教えてくれよ。彼女と一緒に行ってみたいんだ』

「彼女なんかいないのは知ってるわよ。ま、店は後でおしえてあげる」

『頼むよ。しかし、君はあのデカイ船と縁があるな』

「どういうこと?」

『また、あのアクシズのデカい奴が入港してるんだ』

「グワンバンが? だから他の船が待機してたのね」

『相変わらず偉そうな奴さ。あんたがすれ違ったときはすぐに帰っちまったが、今度は大々的に宣伝されてる。まるでアイドルがやってくるみたいな騒ぎだね。今日はセレモニーがあるんだ』

 

 グワンバンがアクシズを出港するとは聞いていなかったが、ジオン共和国の国民に大々的に宣伝されているならば、そこには政治的な意図があるはずだ。まず両国の併合に関することであり、だとすればジオン共和国の広告塔たるファンネリア・ファンネルにも出番があるだろう。コロニーに着いたらすぐに事務所に連絡しなくてはならないが、ここで少し情報収集をしておこうと思った。

 

「開会式では、どんなイベントがあるのかしら?」

『ああ、ズムシティの旧公王庁前で市長のスピーチがある。そのあとはパレードやモビルスーツのアクロバット飛行とかだな』

「なるほど」

『そして、これがイベントのハイライトなんだが、ファンネリア・ファンネルの特別コンサートが開催されるんだ』

「えっ!? うそっ」

『本当さ。嬉しいよな。チケットは、すぐに売り切れたよ』

「い、いつ開催なの?」

『今日の14時からだ』

 

 その言葉を聞いて、全身の血液が失われた感覚をおぼえた。

 やってしまった……。

 危機に次ぐ危機で気を失いそうだった。航行中はミノフスキー粒子のせいで通信が出来なかったから、全く情報を受信できなかった。慌ててコミュニケーターを確認すると、通信の回復に従って、今まさに大量の通知メールを受信しつつあった。間違いなくマネージャーのティモからだ。

 

『行きたかったのか?』

「……」

『電子チケットが二枚あるから送信しようか? よかったら一緒に……』

「いえ、大丈夫。残念だけど、またの機会にね。楽しんできなさい。じゃあね」

 

 動揺を悟られぬように通信を切った。なんてことだ。自分抜きで話が進んでいる。もちろんサイド3への帰還が二日遅れたのが悪いのだが、事務所はあまりに楽観すぎはしないか。

 だが、この程度の危機など何度も乗り越えてきた。必要なのは成功するぞという決然たる意志と自信、集中力だ。さらに自分のニュータイプ能力、すぐれた直感力と洞察力を発揮すれば恐れることはない。

 いずれにせよ、これからの数時間はとんでもなく忙しくなるし、ほとんどぶっつけ本番になるだろう。

 

「お姉ちゃん、どうしたの?」

 

 すっかり安心してベッドからはい出してきたナインが能天気に言った。

 

「仕事よ、仕事。今日いきなりコンサートで歌うことになったのよ」

「よかったね! お姉ちゃんの歌は好きだよ」

「ありがと」

 

 

 ***

 

 

「いて!」

 

 パーンと頬を打つ音が、ひときわ高くスペースポートに響いた。空港まで迎えに来たマネージャーのティモを引っ叩いたのだ。幸いVIP専用ポートなので人は少なく、それらの人々も、ただちらりと呆れたように眺めるだけだった。金持ちや身分の高い人間はプライベートの時間を大切にするから、面倒ごとに構うことはないのだ。とは言っても、男を叩いた女が人気アイドルだと気付いて、興味深そうに眺める者もいた。

 

「ひどいよ! 何をしたっていうんだよ! コンサートのことは謝ったじゃないか! スポンサーからの急な依頼で断れなかったんだ」

 

 マネージャーのティモが頬をさすりながら喚いた。妹のナインはびっくりして固まっている。

 

「コンサートのことは私が悪いからいいの。私の裸をみたのを忘れたっていうのが許せないのよ! また叩くわよ!」

「あ、モ、モニター越しだったじゃないか! そんなに見えてないって!」

「そんなにって?」

「いや……。全部は」

「いやらしい! わざとみたんでしょ」

「違うって」

「何回目なのよ、いつもいつも!」

「僕の方こそ怒りたいよ。連絡とれなくて、どれだけ心配したか」

「コンサートが中止になって怒られるからでしょ? 知らないわよ、あの忌々しい粒子に言いなさい」

「君が事故にあったんじゃないかって心配したんだよ」

「あ、そ、そうなの……」

 

 ティモのストレートな言葉が少し恥ずかしく、そのせいで怒りが収まった。

 フン、許してやるか。今回はお互い様というところか。

 気が付くと、妹のナインがティモのそばに立っていた。その目は垂れ下がり、ニヤニヤとしている。

 

「お兄ちゃんって、えっちなんだね……。お姉ちゃんのハダカ、好きなの?」

 

 ナインは意地悪そうな目付きでティモを見あげている。

 

「こ、この娘は?」

「妹のマリーよ。CMに出てもらうために、グラナダの叔母さんの家から連れてきたの」

「えっ、君の妹さんを!?」

「えへへ……」

 

 ティモが上から下までじろじろと眺めたので、ナインははにかんだ。

 マリーという芸名は、自分がいくつか考えた候補から妹自身が選んだ名前だ。その方が間違えなくて良いと思ったのである。

 

「いけない? 妹役には妹がぴったりだと、あなたも思うでしょ」

「いや、君に似てすごく可愛いけど、演技はできるの?」

「わざとらしい演技はいらないでしょう? 自然でいいんじゃない。セリフもないんだから」

「そうだけど……」

「ねえねえ。マリーのハダカもお兄ちゃんに見せないといけないの?」

「そ、そんなわけないだろ!」

「あなた、妹の着替えを覗いたりしたら軽蔑するわよ」

「二人の着替えなんか覗かないよ! 俺は年上が好みなんだ!」

「は……?」

「前から言ってるだろ」

「誰がお子様だっていうの! 妹とはスタイルが全然違うでしょ!」

 

 この男の、人を子供扱いする態度にはいつも腹が立つ。だから思い切りスネを蹴ってやった。

 痛覚が集まる急所を蹴られて、ティモは叫び声をあげてもんどり打った。

 

「いきましょ、ナイン。私のエレカで会場に行くわよ。時間がないの」

「う、うん。お兄ちゃん大丈夫?」

 

 痛みに悶絶しているティモは、苦しみの中で声を絞り出した。

 

「か、会場でスタッフと打ち合わせしてくれ……。番組のプロデューサーも待ってるから……うぐぐ」

「わかったわ。心配しないで寝てなさい」

 

 ロビーの床で倒れているティモは置いてしまって、ナインを連れてエレカを停めている駐車場に向かった。駐車場の個人スペースに近づいて手元のコントローラーを操作すると、立体式の駐車場が作動して、愛車のエレスポーツカー『ケーニグザク』が降りてきた。さらにコントローラーのボタンを押して、紫色をした滑らかな車体の跳ね上げ式ドアを開いた。

 

「格好いい! お姉ちゃん、凄いエレカ乗ってるね」

「ふふ、素敵でしょ? 街でいいなと思って買ったのよ。あなたもモデルでお金を稼いだら好きなもの買えるわよ」

「ほんとに? じゃあね、ナインはお洋服と人形と、あと髪飾りが買いたい」

「好きにしなさい」

 

 馬の鼻先に人参をぶら下げて、妹のモチベーションを高めてやった。ナインは目を輝かせている。彼女は素人だが、やる気と状況が女優を作ることだってあるのだ。

 まあ、それは後で考えればいい。とにかく今は自分のコンサートに集中しなければ。

 愛車に乗り込むと、自分と妹のシートベルトを確認してから、ホイールスピン音を響かせて勢いよくエレカを発進させた。目的地はコンサート会場である旧ズムシティ公王庁舎、共和国議事堂だ。

 

 少し胸騒ぎがするのは、突然にコンサートで歌うことになったからだけではないと、プルエイトはなんとなく感じていた。




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第23回「報道番組より」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


     23

 

 

 

 アクシズの旗艦グワンバンがサイド3に堂々と入港してきたことは、ジオン共和国に大きなインパクトを与えていた。大げさではなく、シリンダーの内側に作られた国を圧迫せしめる外圧そのものだった。地球連邦軍と一触触発の状態にあるネオ・ジオンの艦艇が、国民に予告されることなく突然に来訪したのである。ジオン共和国は地球連邦の友好国なので、それは明らかに連邦政府に対する挑発行為だった。

 しかし、国民はアクシズの意図を図りかねていた。

 ジオン共和国に地球連邦政府との仲介役を頼もうとしているのか、あるいは併合を望んでいるのか。袂を分かった同胞が何をするつもりなの分からず困惑するばかり。

 そのような状況では、どのような報道にも飛びついてしまうのが人間の心理であり、仮に丸いマスコットロボットが報道したとしても熱心に見入ってしまうに違いなかった。

 

「今日は軍事評論家のガレット・ギャレット氏をお招きしています。ガレットさんは国際コロニー関係論の専門家で、一年戦争に関する著作も数多く書かれています。今日はよろしくお願い致します」

「こちらこそ、よろしくお願い致します」

 

 ジオン共和国の国営放送では、グワンバン訪問に関する特別番組が始まっていた。人当たりの良い女性アナウンサーと、細いフレームのメガネをかけた、少々神経質そうな軍事評論家が挨拶し、番組は和やかな感じで進められた。

 

「早速ですが、アクシズについて教えて頂けないでしょうか」

「わかりました。みなさんご存知だと思いますが、アクシズとは旧ジオン公国が所有していた資源衛星のことで、地球圏に移動してくる前には、火星付近のアステロイドベルトに位置していました。かなり大きな小惑星です」

 

 軍事評論家のガレットは、アクシズの全景をとらえた写真を見せながら説明を始めた。

 

「火星は地球からずいぶん遠いですよね? なぜそんなところに基地が必要だったのですか?」

 

 宇宙空間に浮かぶスペースコロニーに居住する人間にとっても、火星は遥か彼方の別世界なのである。アナウンサーは一般的な共和国国民の意見を代弁していた。

 

「核融合炉の燃料であるヘリウム3を採取するために、木星間輸送船が航行していることはご存知でしょうか」

「たしか何年もかけて木星まで旅をして、燃料を取りに行くのですよね?」

「はい。そのような惑星間航行を行う宇宙船の中継基地としても、アクシズは利用されていたのです」

「中継基地?」

「艦船に燃料や水、食料を提供する基地です。もちろん宿泊施設もあります」

「なるほど、長旅の疲れをとる宿みたいなものなんですね」

「ははは。まあ、そんなところです」

 

 女性アナウンサーはかたい雰囲気を和らげる術を心得ている。無論、この女が中継基地を知らないほどの馬鹿ではないことは、事前の打ち合わせでわかっていた。

 

「では、今回サイド3に入港したグワンバンとは、いったいどんな船なのでしょうか?」

「はい。グワンバンは小惑星アクシズで建造された戦艦です。この船も火星から地球まで航行することが可能で、資源や鉱物を運んだりもできます」

「これも輸送船なのですか?」

「いえ。本来は軍の旗艦と呼ばれるものです」

「旗艦とはどのような船なのでしょうか? たしかに船は旗を掲げますよね」

「まさに旗を掲げるのです。文字通り軍の指揮、命令を行う艦で、総司令官が乗り込むこともあります」

「では、このグワンバンにも司令官が乗っているのですか?」

「場合によっては乗っているでしょう。旧ジオン公国にもグワジンという旗艦がありました。グワンバンは、その発展型だと言われています」

 

【挿絵表示】

 

 細部はあまり似ていなかったが、一般的なレベルではそれなりに精巧に作られている艦船の模型をテーブルに並べて説明を始めた。

 

「こうしてみると良くわかると思います」

 

 グワンバンとグワジンは、どちらも滑らかな流線型をした優雅な船で、同じ系譜であることが一目でわかった。

 

「本当に良く似ていますね」

「アクシズはグワンバンの同型艦を少なくとも二隻所有しています。他にも先の戦争で一隻沈みましたが、より大型のグワダン級、さらには最新鋭艦のサダラーン級が確認されています」

「小惑星で、そんなにたくさんの船が作られたのですか?」

「驚くべきことです。他にも巡洋艦を十数隻保有していて、各艦には人型兵器であるモビルスーツが二十機ほど搭載されていますから、アクシズはかなり強力な艦隊を保有していると考えるべきでしょう」

「では、そこまでの戦力をもつアクシズの目的は何なのでしょうか?」

 

 女性アナウンサーは一息おくと、あらかじめ決められたタイミングで核心をつく質問を発した。顔は笑っていたが内心はかなり緊張しているように見える。あくまで、ふと質問を思いついてしまった、という雰囲気を出せ、というのがプロデューサーの指示だったと思い出した。

 

「それは明らかです。スペースノイドの自治権の拡大と地位向上です」

 

 視聴者を安心させるかのように自信たっぷりに発言する。影響力のある人間が自信をこめていえば、それは事実となるからだ。

 

「軍事力で地球連邦政府を打倒するのですか?」

「違います。アクシズは各サイドに特使を派遣していますが、スペースノイドの力をあわせて、あくまで平和的に地球連邦政府に対して自治権拡大の要求を行うつもりでしょう」

「では軍事行動が目的ではないわけですね?」

「その通りです。この数年、スペースノイドを弾圧、虐殺した特殊部隊ティターンズなど、地球連邦軍の横暴な行動が目立っています。そのティターンズを鎮圧したエゥーゴも、いまやアクシズと地球連邦政府との交渉を邪魔して利益を得ようとする身勝手な組織にすぎません。アクシズは、スペースノイドが感じている不満を改善しようとしているのです」

 

 自分は軍事評論家を名乗ってはいるが、実際はアクシズ同盟派の広報担当のようなものだ。事実、銀行口座には、かなりの入金がある。しかしアクシズにとっては、それで共和国国民の反発が抑えられるなら安いものなのだ。

 一年戦争という大戦争を引き起こしたザビ家が率いたジオン公国を憎むスペースノイドは多い。ジオンは地球に質量爆弾としてスペースコロニーを叩き落としたから、その悪行は未来永劫避難されるだろう。戦争に負けたジオン公国はジオン共和国となり、戦後八年を経てようやく手に入れた平和なのだ。ジオン公国の残党であるアクシズを受け入れない人間が多いのは当然で、さらに、つい先日アクシズは再びコロニー落としをやってみせたから、いくら近年の地球連邦軍がスペースノイドへの弾圧を強化していても、ネオ・ジオンを正当化するのはなかなか骨が折れる作業なのである。

 まあ、大金がもらえるなら嘘だろうと創作だろうと、なんだって話してやるつもりだった。

 

「アクシズ、ネオ・ジオンはスペースノイドの救世主になるのではないか、というのが私の考えです」

「なるほど……」

「そのための行動力と資金を、アクシズは有しています」

「では、アクシズは、なぜそこまで資金を持っていたのでしょう?」

 

 確かにそれは当然の疑問だ。数年前までは宇宙の片隅、火星のアステロイドベルトに位置していた小惑星基地が、なぜこれほどの戦力を拡充できたのかはほとんど知られていない。

 女性アナウンサーは、観ている者が求めている情報を伝えるために、あくまで自然に話を進めた。次は、アクシズの資源採掘衛星としての能力を解説しなければならなかった。

 

「過去数年間、アクシズは地球圏に対してかなりの量の鉱石を供給していました。アステロイドベルト産の安くて質の良いレアメタルは地球圏に輸出されて、スペースコロニーや宇宙船、モビルスーツの建造などに使われたのです。地球圏を復興させた影の立役者だと言えるかもしれません」

「私たちの生活を支えていたわけですね」

「はい。地球圏の資源は年々減り続けています。アクシズのような資源衛星は、今後ますます重要になってくるでしょうね」

 

 貿易の実体は正規ルートでの輸出ではなく密輸に近いものだったが、そこにあえて言及はしなかった。実のところ、強大な軍事力と資源、工業力を有するアクシズは、地球圏に存在していることで地政学的な緊張感を高め、結果的にレアメタルやヘリウム3の価格をつり上げているのだ。レアメタルやヘリウム3は、アクシズも供給しているのである。

 

「では、ここで専門家の方へのインタビューをお聞きください」

 

 自らの言説を確かなものにするために、総合商社であるルオ商会の資源開発担当者のインタビューを用意していた。

 

『アクシズの資源供給能力は比類がありません。その埋蔵量と採掘された鉱物の品質から評価すると、資源衛星としての能力はフィフス・ルナやパラオを遥かに超えています』

 

 ルオ商会の人間は、アクシズで採掘される鉱石はフィフス・ルナやパラオのものより質が良いことを明らかにした。そして、その理由として、アクシズに逃れた多くの旧ジオン公国技術者が、精錬技術の改良に関わっているだろうことを説明した。

 加えて、モビルスーツの装甲などに用いられているガンダリウム・ガンマ合金と呼ばれる新素材も、おそらくアクシズで開発されたものだろうとも語った。これで視聴者はアクシズの潜在能力がわかったはずだ。

 

「艦船やモビルスーツを製造していることからも分かりますが、アクシズの技術力は相当に高いのです」

「よくわかりました」

「現在アクシズと地球連邦軍とは緊張状態にあります。それは誤解から生まれたものですが、サイド3はアクシズを迎え入れて、地球圏に平和をもたらすという役目を積極的に果たすべきでしょう」

 

 地球連邦政府が、サイド3をネオ・ジオンに譲渡するのではないかという噂が、ジオン共和国では囁かれている。それが現実となれば、軍事政権が台頭し、ひいては八年前に大戦争を引き起こしたジオン公国が復活する可能性があると、サイド3の住民は恐れているのだ。

 自分のようにテレビ番組に出演している『評論家』たちは、そんな国民感情をマスコミを通じて抑えるのが仕事なのである。

 

「ガレットさん。わかりやすい解説ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」

「引き続き、サイド3旧公王庁前から中継をお送り致します」

 

 ようやく放送が終わり息をついた。そして、プロデューサーの安心した顔を見て上手くいったことが分かった。彼も自分の首がかかっているのだ。上層部が番組の出来を気にくわなければ、プロデューサーは田舎の観光コロニー紹介番組か、ショッピング番組の制作担当に異動することになる。

 

 ガレット・ギャレットは、とりあえず自分の役割はこなしたと判断して、銀行口座に金が振り込まれたことを確認しようと思った。




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第24回「ネオ・ジオン士官として」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。おかげさまで冬コミが無事に終わったので連載再開します。


     24

 

 

 

「驚いた」

 

 戦闘で負傷した妹プルファイブを見舞うためにアクシズ中央病院を訪れていたプルフォウは、サイド3の報道番組を見て思わず声をあげてしまった。

 

 

「なぜですか? フォウお姉さま」

 

 隣に座っているイレブンの冷静な声は、すべては予測通りだとでも言いたげだった。自分は、サイド3は批判的な論調が主流だと考えていたから、そのすました顔が少しばかり憎らしく思えた。

 

「だって、ずいぶんアクシズに好意的な報道だったじゃない。正確かどうかは別にしても、ジオン共和国の人たちは素直に受けとめてくれるの?」

 

 病室には姉のスリー、妹のテン、トゥエルブもいるが、レーザー通信による国際映像で流れてきた番組の内容には、皆コメントしかねているようだった。

 負傷した妹の見舞いにきているからこそ、番組の内容には困惑してしまうのだ。たとえ元は同じジオン公国だったとしても、アクシズは地球連邦軍と戦争をやっていて、ジオン共和国は地球連邦政府と平和条約を締結しているからだ。

 サイド3国営放送はアクシズに好意的で、見ていて少し恥ずかしくなるほどにネオ・ジオンを正当化してくれたが、それを単純に喜んでしまうほど自分たちは能天気ではない。客観的、戦略的な視点を持てなければ士官失格なのである。

 

「最近行われた国営放送によるネットワーク上でのアンケートによれば、『アクシズを好まない』と回答した人の割合は七割ほどだったそうです。もちろんネットワークコミュニティで積極的に発言する人々は政治的に熱心なわけですから、いわゆるサイレントマジョリティー層がアクシズに反対しているかは分かりません」

 

 イレブンが、コンピューターパッドにアンケート結果のグラフを表示させながら言った。

 

「ジオン共和国の人たちは戦争にうんざりしてるだろうから、アクシズに不信感を持つのは当然でしょうね。……そうか。つまり、この好意的な報道は世論を操作するためだってこと?」

 

 そう訊ねると、イレブンは頷いた。

 

「はい。アクシズの情報戦略の一環でしょう。ジオン共和国のアクシズ推進派と協力して、適切な情報を発信して民衆をコントロールすることができれば、それは最善の策ですから」

 

 イレブンはバニラ味アイスのレーションを飲んで冷たく言った。主体性なしに周囲に流される人々が好きではないのだろう。

 ちなみに妹が飲んでいるレーションは、彼女が開発に参加している、味と栄養を兼ね備えた試作品だ。自分もひとつ分けてもらって飲んでみる。

 

「美味しい。戦闘中にこんな贅沢していいの?」

「ありがとうございます。飲みやすいパッケージへの改良、保存期間、製造コストの問題をクリアして量産したいと思っています」

「頑張ってね。何か協力できることがあれば言って」

「わかりました。フォウお姉様には、製造工程を見て頂きたいと思っていますので」

「楽しみだわ。……そう、ジオン共和国の人たちも、このアイスみたいな美味しい利益がないと味方してくれないわよね」

「上層部はその点も考えているでしょう。つまるところ、景気が良くなり、生活レベルが向上すれば大衆は満足するのです。地球はスペース・コロニーからの輸入品に対して高い関税をかけています。関税の撤廃など、地球連邦政府と対等な条件で平和条約や貿易協定を締結することが最終目標です」

「でも、ジオン共和国はアクシズを本当に理解した上で味方になってもらえるのかしら?」

「最初は形から入ってもいいのでは? お見合いみたいなものです。お互いによく知らない方がいいこともありますから」

「なんなの、それ?」

「あ、開会式が始まりますよ」

 

 イレブンが言う例えがわからなかったので困惑したが、体良くはぐらかされてしまった。

 サイド3の国営放送は、ズムシティ旧公王庁前広場に大勢の人々が集まっている様子を映しだしていたが、その光景は、まるでたくさんのエキストラを集めた映画の撮影のようだった。前衛芸術的な、奇怪なオブジェめいた形をした旧公王庁は、まるで映画のセットみたいなのだ。

 そんな特徴的な建築物の足元に設けられた式典会場では、いままさに開会式が始まるところだった。

 

【挿絵表示】

 

『ジオン共和国国民の皆様。アクシズから参りましたトリッパーと申します。本日は、このような暖かなセレモニーを設けて頂きましてありがとうございます。アクシズを代表して御礼を述べさせて頂きます。今日という日が、ジオン共和国とアクシズにとって素晴らしい日にならんことを切に願っております』

 

 グワンバンのトリッパー艦長は、友好的な親善訪問であることを強調した。そのスピーチに呼応して、今夜開催される豪華なパーティーに招かれた財界の著名人や俳優、スポーツ選手から拍手が沸き起こり、続いて観衆からも大きな拍手が沸き起こった。

 

「いい雰囲気ね」

「艦長はジオン共和国に対して友好と平和をアピールしていますが、それは同時に地球連邦政府へのメッセージでもあるわけです」

「イレブン姉さん、つまり同盟を結んで仲良くしよう、とアピールしているのですか?」

 

 トゥエルブが率直な質問をする。彼女も左手を怪我していて、厚く包帯を巻いている。

 

「大衆にはそう思ってもらいたいのです。でも指導者に対しては反対の意味が込められていますよ」

「反対の、ですか?」

「脅しです。武装した戦艦で首都に乗り込んでいるわけですから。これ以上ない軍事的プレゼンスを示しているんです」

「あ、そのような意図が」

「視点を変えて物事を捉えることを心がけてくださいね、トゥエルブ」

 

 イレブンが、ちょっと先輩風をきかせながら言った。いずれにせよ、地球連邦政府高官はこの光景を苦々しく眺めているに違いなかった。

 アクシズは、地球連邦軍の内戦が終わった直後から各サイドに使節を送っているが、その目的は軍事的プレゼンスを維持することと同時に、スペースノイドに敵意を持たれないことを第一の戦略としたからだった。八年前の第一次ジオン独立戦争におけるジオン公国の敗因は、他のサイドと敵対したことも大きかったと理解したのだ。だからアクシズは各スペースコロニーに使節を派遣し、市長や議員を招いたパーティーを開き、ジオンの姫ミネバ・ザビ殿下のパレードを行ったりした。

 その努力が身を結んで、ジオン・ダイクンの革命以来のムーブメントが起これば、それは地球連邦政府に対する圧力となったに違いない。地球圏に改革が起こるならば、それは大衆と文化によるものだろうというのが、少し前までのアクシズ指導者の考えだったはずだ。

 

『トリッパー艦長、ありがとうございます。本日はアクシズの同胞をサイド3に迎えることができ、大変嬉しく思っております。過去の不幸な歴史を乗り越え、共に力を合わせてスペースノイドの平和と繁栄のために貢献できれば、これ以上の喜びはありません』

 

 続いてサイド3市長が祝辞を述べると、再び会場から大きな拍手が巻き起こった。これほど大勢の民衆が集まっていたことは驚きだが、そこには万全の準備があったのだろう。

 スピーチを終えた市長が艦長に歩み寄ると、二人はしっかりと握手をした。

 

「艦長、堂々としてるじゃない?」

「グワダンを沈めてしまったので、まさに汚名返上の千載一遇の機会だと考えているのでは?」

「ジオン共和国と同盟を結べれば、他のサイドとの関係も改善するかもしれないわね。……艦長は責任重大よ」

 

 そう、アクシズとサイド3以外のスペースコロニーとの関係は再び悪化していた。その最大の理由は、地球連邦政府との交渉が決裂して、コロニー落とし作戦が実行されたことにあった。

 ネオ・ジオンと地球連邦政府との交渉決裂後、連邦内で存在感を見せつけたいエゥーゴはアクシズ攻略作戦を仕掛けてきたが、その奇襲を戦術を駆使して退けたあとで、アクシズの一部艦隊が先導して、あらかじめ用意されていた廃棄コロニーを地球に落としたのである。

 それは、これまでの外交努力が一瞬にして崩壊したことを意味した。自分たちスペースノイドが住む居住地を爆弾として使われれば、その印象は最悪だし、民間人を巻き込んだことは作戦として致命的だった。

 ネオ・ジオン外務省は、この破滅的な状況をなんとかフォローするべく『ネオ・ジオンはけっしてコロニー落としを望んでいたのではない。ダブリンへのスペースコロニー落下は不幸な事故だった。アクシズのネオ・ジオン艦隊は、地球に降下し始めたスペースコロニーを全力を持って止めようとしたが、残念ながら間に合わなかった』という声明を出したのだが、もちろんたいして役には立たなかった。

 

 実際のところ、ネオ・ジオン将兵の大半にとってもダブリンへのコロニー落とし作戦は寝耳に水で、最高機密である作戦の全貌を知る者は少なく、軍部はしばらくの間混乱していた。徹底的に情報の区画化、つまり作戦に関わる部隊のみに情報を開示してセキュリティ保全を行う手順が実施されたのだ。それほどにコロニー落としは戦局を左右する作戦なのである。文字通りスペースコロニーを巨大な質量爆弾として用いる、攻撃というよりは災厄にも等しい人類史上最大の攻撃手段であり、その威力は地球の自転スピードを何ミリ秒か加速させてしまったほどだった。

 

 ネオ・ジオン士官なら作戦の成功を喜ぶべきかもしれない。でも、自分は否応無しに民間人を巻き込んでしまうこの大量破壊兵器には、決して賛成することは出来ない。もちろん、夢の中に住む人間のつもりはない。アクシズが生き残るために必要な作戦だった、ということくらいは想像できる。それほどまでに地球連邦軍とは圧倒的な戦力差があり、ネオ・ジオン軍は、眠れる巨人を起こさぬように注意深く戦っていたのだから。

 つまり、わざわざ地球に出向いて地球連邦政府の上層部のご機嫌をとり、エゥーゴを好戦的で過激な地球連邦軍内の鼻摘まみものと思わせ、エゥーゴを排除した報酬としてジオンの自治を目指すという戦略をとったのである。

 そんなストーリーをハマーン閣下が破綻させた理由がまるでわからなかったが、あえて彼女を擁護するなら、それで戦争が早く終結すると考えたのだろう。全面戦争になって人類そのものが絶滅するよりも、それよりは少ない犠牲で平和が訪れるという理屈だ。

 でもハマーン・カーンは、この軍事作戦が姫様の名を傷つけることになるとは考えなかったのか? これでは一年戦争の繰り返しだ。そう思うと、最近独裁的な政治体制を築きつつある女宰相に怒りを覚えた。彼女はミネバ殿下の威光をバックにして権力欲を満たし、自分の私腹を肥やしている、と密かに批判する人間もいる。権力が集中し過ぎると政治が腐敗するのは世の常だ。

 

『コロニー落としが不満なようだな? 悩みを戦場に持ち込むなよ』

 

 姉プルツーと交わした会話を思い出す。姉は、感情的な脆さや弱さは自らの死を招くと叱責したのだ。

 

『個人的な感情は軍務に不要だと』

『まあな。とはいえ、大量破壊兵器を好む奴はいないだろう。実際、ネオ・ジオン内部にも反対意見はあったようだね。だが、ハマーン閣下は直属の部下に命令して決行した。……あたしもこの目で見たが、凄まじい破壊だったよ』

『姉さんもダブリンに?』

『エゥーゴと戦闘になったのさ』

 

 姉の声は、いかにも不愉快そうな、苦々しい感じだった。妹を叱責したのは、自身への反省も込めたものだったのではないか、と思えてしまうほどに。姉はクールに見えるが、実のところ感情を隠すことがあまり得意ではない。

 

『民間人を犠牲にするなんて酷すぎます』

『フン、良心が痛むなら、バカでかいミサイルを撃ったのだと解釈するんだね。付近にいた民間人は不幸にも巻き込まれてしまった。そう思えばいいのさ』

『巻き込まれた?』

『そうだよ。不幸にもな』

『何も殺すことはなかったんです。スペースコロニー自治体とは仲良くし、地球連邦政府を敵とみなしてスペースノイドの連帯感を醸成する。それがネオ・ジオンの戦略ではなかったのですか? これでは地球やコロニーに住む全ての人達から敵対されます』

『だったら全員を潰すまでだ』

『それは乱暴すぎます!』

 

 そう非難すると、姉の表情が変わった。

 

『戦場で甘いことを言ってられないんだよ! 相手も必死なんだ。やらなければ、やられる。戦闘中に相手が誰かなんて気にしてられるか!」

 

 姉は感情的になってきていて、その突き放した言い方に、自分もつられて感情的になってしまった。

 

『地球や宇宙に住む人々をすべて排除して、ハマーン閣下は何をしようというのですか!? 自らの状況を省みず、冷静さを欠いた人間に政治や軍の全権を委任することは危険です。権力が集中し過ぎているんです。このままではアクシズは破滅に向かって……』

 

 このところ感じていた、組織に関する不満を姉にぶつけてしまった。姉は上官だが、身内だからなんでも話してしまえるという安心感もあったからだ。

 

『そのくらいにしとくんだな。ご大層に体制批判か? まるで反乱を起こすみたいに聞こえるぞっ』

 

 姉が急に血相を変えて胸ぐらを掴んできたので驚いてしまった。その顔には、怒りとも焦りともとれる表情が浮かんでいた。

 

【挿絵表示】

 

『そ、そんなつもりは』

『お前はネオ・ジオンの軍人なんだ。たとえ思うところはあっても、表に出すんじゃない! 軍人が思想を持つなよ? この意味がわからなければ営倉にぶち込んでやる!』

『違います! 私はただ……。あっ!?』

『消えな!』

『す、すみませんでしたっ』

 

 姉に頬を思い切り叩かれた。

 激昂した上官が歩き去り、後には涙を流した迂闊な部下が取り残された。

 少しの異論さえ認めない威圧感と強烈な一撃に、反論する意思は消え失せていた。 理不尽な叱責に、悔しさと怒りと情けなさがないまぜになる。

 が、客観的にとらえてみれば、傲慢な態度をみせて上層部から厄介者と目を付けられないように忠告してくれたのだと気付いた。新衛隊は独立部隊で特権が与えられているから、ただでさえ軍上層部から疎まれているのだ。ハマーン閣下直属の部隊があげた戦功に対して親衛隊が異を唱えれば、軍の主導権を握りたいと思われるのは必至だ。

 もう二度とネオ・ジオンへの不信感を表さないと、そのとき誓ったのだ。

 

 意識を報道番組に戻すと、ズムシティ上空では、派手なデモンストレーション・カラーに塗装されたジオン共和国の《ハイザック》。そしてグワンバン艦載機である、非武装の《ザクⅢ》や《ドライセン》などのアクシズ新鋭モビルスーツが、アクロバットショーのようなデモ飛行を行ってみせていた。

 

「お姉さま? 思いつめたような顔をしてますが、大丈夫ですか?」

「あ……そう見えた? キュベレイの組み立てで疲れてるんでしょうね。このセレモニーで、ジオン共和国の国民が少しでもアクシズを良く思ってくれたら良いわね」

 

 話題を逸らすために、姉妹に話題をふってみる。自分だけで考えていると暗くなってしまうから。

 

「あいつらは弱腰の奴らだから、どーせ何もしねーよ! これまでもオレたちを無視してたじゃねーか! 気に食わねえ連中だぜ。弱っちい味方なんて、邪魔なだけだね!」

 

 右脚を吊り下げられてベッドで寝ているファイブが大声で怒鳴った。

 

【挿絵表示】

 

「ファイブ、共和国は私たちとは違うのよ」

「あいつらだって、もともとはジオン公国なんだろ?」

「この八年間で平和な生活に慣れすぎてしまったのよ」

「楽しやがって! なんでオレたちばっか苦労しなくちゃいけねーんだよ」

 

 必死に戦っている人間からすれば、サイド3の国民は事なかれ主義の無責任な人たちに思えてしまうだろう。スペースノイドの自治独立よりも、美味しい食事や旅行を優先させる人たちだ。

 もちろん考え方は人それぞれだし、自分だって幸せな人生を送りたいとは思う。逆の立場から考えれば、アクシズなどは好戦的な粗野な人間の集まりにしか見えないのだ。環境が違いすぎるのである。

 

「共和国の立場では仕方のないことよ」

 

 姉スリーがファイブを諭すように言った。

 

「知っていると思うけど、ジオン公国が解体されて生まれたジオン共和国は、一年戦争終結時に地球連邦政府と講和条約を結んでいるの。ネオ・ジオンに味方をすることは、講話条約の破棄、敵対行為にあたるから、そうなればサイド3は即時占領されて自治権の放棄を要求されてしまうでしょう」

 

 姉は、客観的な視点で共和国の立場を解説してみせた。

 

「知らねーな。連邦野郎の言いなりの奴らにジチケンなんか必要ねえよ。そーだろ」

「ダルシア政権は地球連邦政府の傀儡政権だから、多くは期待出来ないの。でも、だからこそジオン共和国は戦争責任を回避することができたのよ」

「首相の息子も政治家ですが、彼はアクシズに好意的で独立志向だと聞いています」

「イレブン、するどいわね。野心家は、こういう複雑な状況を利用して成り上がりたいと考えるもの」

「スリー姉さんは、サイド3に何度か行ってますよね?」

「ええ、遊びで行ったみたいなものですけどね」

「どうなんですか? 街の雰囲気は」

「平和よ。この戦争に巻き込むのは気の毒に思えるほどにね」

「連中の助けなんて、いらねーっ! アクシズだけで連邦野郎を潰せるぜ!」

 

 ファイブは怪我をしていない右腕を振り回した。

 

「そうは言っても、サイド3の工業力はアクシズにとっては魅力よ。旧ジオニック社の施設でモビルスーツを生産できれば、生産数はおよそ三倍になる。部品供給だって、月のアナハイム・エレクトロニクス社を頼らなくてもよくなるわ」

「フォウお姉さまの言う通りです。戦力の拡充は緊急課題ですが、アクシズの工場は、すでにフル稼動状態にあります。モビルスーツの設計は複雑化する一方で、製造効率は低下しています。解決策は、比較的製造し易い機種を外部の工場に委託して、生産ラインを整理することでしょう。サイド3は、連邦政府の監視が厳しいという懸念はありますが」

 

 イレブンが言うように、いくらアクシズに工業施設があるとは言っても、その生産力には限りがある。サイド3の数十基ものスペース・コロニーは強固な経済基盤となりうるのだ。

 

「アクシズにとっては、ジオン共和国と同盟を結ぶことは絶対に必要だと思うわ。急いては事を仕損じるというから、少しずつ関係を良くしようと思ってるんでしょうけど……。グワンバンは、しばらくサイド3にとどまるみたいね?」

「ですが、グワンバンが地球連邦軍に拿捕される危険性もあります。港を戦艦で抑えられたら、出航することは困難です」

 

 イレブンの懸念はもっともで、いくらジオン共和国に自治権があるとはいっても、地球連邦軍が圧力をかけてくることは考えられることなのだ。不可侵ではあっても、包囲されたら閉じ込められてしまう。

 

「共和国も艦隊を持っているけど、味方してくれはしないでしょうね。トゥエルブ、グワンバンにモビルスーツはどのくらい搭載されているの?」

「はい、正確な機数は把握していませんが、親善目的なので少ないはずです。多くて六機程度でしょうか」

「それは少ないわね……」

「ですが、ドライセンやザクⅢなど最新鋭機がそろっていますし、しかも、それだけではありません」

「それだけではない?」

「はい。あの艦には試作機が」

「まさか、それってプルツーお姉さまの?」

 

 知らなかった事実に驚きの声をあげると、トゥエルブが頷いた。

 

「はい、フォウ姉さんに報告しようと思っていました。私も先ほど知ったのですが、NZ-000クィン・マンサが極秘テストのために搭載されているようなのです。プルツーお姉さまが不在なのは、パイロットとして同行したためかと」

「あれが組み上がったの!? まだ製造段階だとばかり思っていたけど」

「アクティブ・バインダーは未完成ですが、本体のみでテストしているようです」

 

 アクティブ・バインダーとは、シールドとウェポン・コンテナを兼ねた、本体ほどの大きさがあるパーツで、クィンマンサには肩にフレキシブル・アームを介して取り付けられる。

 その自由度の高さは、四肢を動かさずにAMBACを行うことができるほどで、キュベレイタイプが装備している肩のバインダーをさらに発展させたものなのだ。

 

「急ぎすぎるわ。サイコミュの調整だって終わってないだろうし、プルツーお姉さまへの負担は大きいはずよ。まさか、エイトやナインにはテストさせてないわよね?」

「二人は、別の仕事でサイド3に向かったようです」

「そう、良かった……」

「フォウ姉さんが開発チームに加わればいいんです。姉さんならサイコミュのことも良く分かっていますから」

 

 トゥエルブが真剣な顔で訴えかけてくる。

 

「私も量産型キュベレイが完成すれば、イレブンと一緒に開発チームに加わる予定だったの。でも、その前に完成させるみたいね」

「上の連中は、所詮オレたちを駒にしか考えてねーのさ。今度命令に反抗して、ちょっと脅かしてやるか」

「ファイブ、それ以上はやめなさい!」

 

 普段は穏やかな姉スリーが、珍しく怒った調子で叱責した。その態度は、姉プルツーがコロニー落としに反感を抱いた自分を激しく叱ったのと似ていて、その類似性が妙に気になった。

 

「冗談くらい、いいじゃねーか!」

「アクシズの士官としての自覚を持ちなさい!」

 

 姉が怒りを露わにするのは珍しいことだが、部屋の外を気にしているのだと気付いた。この会話を誰が聞いているかわからないからだ。といっても、ファイブの冗談をそこまで深刻に捉えることはないとは思う。

 

「……オレがわりィみたいだな」

 

 部屋に気まずい沈黙が訪れた。その雰囲気を変えるために、わざとモニターの音量をあげた。

 ズムシティ旧公王庁では、セレモニーが進行中で、さらに多くの人々が集まっていた。会場にはステージが設けられていて、派手な装飾パネルが据え付けられている。

 ふと、パネルに貼られた写真の人物に目が止まった。

 

「えっ、あれはエイトじゃない!?」

「本当ですか?」

「間違いないわ。会場で歌うみたい。こんな式典で歌わせるなんて、事務所は何を考えてるの」

「おそらくは、ジオン共和国の政治的な判断でしょう。事務所は上層部の意向に沿って動いているはずです」

 

 プルフォウは、サイド3にいるエイトとナインが心配になり、何も起こらないことを願った。




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第25回「誕生 ファンネリア・ファンネル」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


     25

 

 

 

 アクシズの旗艦グワンバンのサイド3訪問を祝うセレモニーは滞りなく進んでいた。

 首都上空ではアクロバットを披露するモビルスーツがスモークでジオンの紋章を描き、あの大きくて偉そうなグワンバン級の艦長が、サイド3の市長と一緒につまらないスピーチを続けている。

 スピーチの内容はありきたりで、せいぜい六十点というところだろう。アクシズの代表としてやってくるには、あの艦長には少し荷が重いのではないか。サイド3と関係を改善し、国交を結ぶのは戦略的に重要な意義があるからだ。本来ならばネオ・ジオンの宰相であるハマーン閣下が来るべきなのだろうが、地球連邦軍との緊張状態が続いているいま、アクシズを離れられないのだ。

 

「ま、だからこそ私が派遣されているのでしょうけどね。将来の指導者は大変なこと!」

 

 あのグワンバンにはトリンキュローでの航行中に何度か邪魔されたので、艦長に会ったら文句を言ってやろうと思っていた。まさか自分がパイロット訓練生として慣熟飛行を行うために乗艦していたときのことを、あの艦長は覚えてはいないだろう。それにファンネリア・ファンネルとして抗議してやるので、まずわからないはずだ。

 モニターに視線を戻すと、貴賓席に座る財界の著名人や有名俳優、スポーツ選手が拍手をしていた。今夜にはセレブが出席する豪華なパーティーが開かれるのである。当然自分も招かれていて、そこでスピーチもするし、政財界とのコネをつくるために挨拶回りをするつもりだった。

 

「たとえ相手が俗物でも気にするものですか。政財界とコネを構築するためにも、ね」

 

 モニターで報道番組を見ながら呟いた。地球連邦政府首相という最終目標のためには、上手く世渡りしなくてはならない。

 アクシズとサイド3とがひとつになり、勢力が拡大して地球連邦政府の実権を握ることになれば、ジオン共和国で政治家となることが首相への近道となる。先手を打ち、野心家の政治家に接近して政界への橋頭堡を築くというのが、強化人間の頭脳が導き出した戦略だ。

 

「事態は見えてきたわ。あとは簡単よ」

 

 あるいは、所属事務所のスポンサーである『グループ』に参加するのも良いかもしれない。正体は不明だが、政財界の実力者が集まっているのは間違いない。そして連中は、自分をアイドルに仕立て上げた人間たちでもある。

 客観的にみれば、先読み出来る知覚を有し、脳波でいくつもの作業を同時にこなせる強化人間をアイドルにするなどは、才能の無駄遣いに等しい馬鹿げたアイデアに思える。しかし、もともと強化人間とは人の革新を体現したニュータイプ、優れた人類を人工的に産み出す研究の産物なのであり、けっして優れたパイロットとイコールではない。ようするに何をさせても優秀だということだ。

 

 そう、ジオン共和国のアイドル『ファンネリア・ファンネル』は、極秘プロジェクトである『ジオニズムを強化するための、熱狂的新正統派アイドル(FANatic NEw Real Idle to Augment zeonism)』計画、通称『ファンネリア計画』から生まれたのだ。

 きっかけは、あるジオン高官の『育成に莫大な金がかかる強化人間を遊ばせておくのはもったいない。戦争がなければジオニズムの宣伝活動に使え』という言葉だった。ニュータイプ能力によって他人の心や気分が読めるならば、大衆を感化、扇動することだって出来るはずだというわけだ。さらに、それなら歌でも歌わせろということになり、強化人間の中から美人で野心があり、声がよく、演技もできる人間が選ばれたのである。

 そんなわけで、強化人間プルエイトはアイドルになるための訓練を受けさせられて、ファンネリア・ファンネルという芸名を与えられたのだ。

 

【挿絵表示】

 

 最初は嫌だった。ネオ・ジオンのエリート兵士として育成されてきた自分が、なぜそのようなくだらない道化を演じなければならないのか。自分は将来政治家となり、地球連邦政府首相となり、地球圏を治めるべき人間なのだ。地球連邦に対する政治的な勝利をおさめるための。だから、それはもう凄い勢いでネオジオン上層部に文句を言いまくったのだが、あるときふと考えが変わった。突然に価値観のパラダイムシフトが起こったのだ。

 あれはロック好きの姉ファイブに付き合って、ズムシティの野外コンサートに出かけたときのこと。

 会場に入ったとたん、大勢の若者が熱狂していることに圧倒され、次にメッセージ性のある唄と音楽に感銘を受けた。姉のプルファイブは『ドラムマガジンズ』というロックバンドのファンなのだが、会場ではほとんど半裸になってのりまくっていた。

 人は、これほどまでに他者に感化されるのか。そして、その集団心理とニュータイプ能力を関連付けてみれば、人類をより良く統治する仕組みを構築できるかもしれないと思いついたのだ。そう、例えば巨大なサイコミュ・システムを衛星軌道上に建造すれば……。

 脳に電流が走った。画期的なアイデアが浮かび、コンサートから帰ってくるとすぐに上層部に連絡をとった。そして『ジオンのアイドル、アーティストになってみせますわ』と言ってのけたのだ。

 やるからにはトップを目指さなければならない。一念発起して、一カ月間、歌や踊り、演技の猛特訓をみっちりと受けると、アイドルとしての活動を開始した。強化人間の学習能力ならば短期間で専門家なみの知識と能力を獲得できてしまうのである。

 操縦桿をマイクに持ち替えて、プルエイト=ファンネリア・ファンネルは、一気に気鋭のアイドルとしての地位を確立していった。

 有名になるといいこともあった。それは芸能人や財界のセレブたちと知り合いになれること。自らの野望にも大いに役に立つが、とりあえず姉に自慢するために『ドラムマガジンズ』のメンバーと知り合いになると、彼女に引き合わせてあげた。姉は飛び上がって喜び、一日中大騒ぎしていた。

 これこそが人心コントロール術だ。この能力を駆使すれば成り上がることなどたやすい。

 地球連邦首相ファンネリア・ファンネルの誕生も近い。

 

 ……そんな空想は、衣装の違和感でかき消された。

 下着の上にステージ衣装を着ると胸のあたりが少しきつかった。成長期だから服がすぐに小さくなって着れなくなってしまうのには困ってしまう。でも、衣装を変えている時間はないので、ブラジャーを身につけずに衣装を着ることにした。

 まさか太ってきているのでは……。それが一番恐れていること。アクシズで暮らしていれば、無重力ブロックが多く、また軍務で身体を動かす機会がたくさんあるからスタイルを気にすることはなかったのだが、常に重力があり、料理もおいしくてつい食べ過ぎてしまうジオン共和国では太る危険性や罠がありすぎるのだ。

 だからカロリーを調整して痩せる努力をしつつ、バストの形と張りを保ちながら大きくしようと、毎日揉んだり、アクシズ兵士研究所が開発した詳細不明な薬を塗ったり大変な努力を強いられているのだ。アイドルとして育てる気なら美乳になる遺伝子を組み込んでおけば良いのに。そのくらい考えなかったのだろうか。

 

「それか、フォウお姉様をアイドルにすれば良かったのよ」

 

 下着を脱いで衣装を着ようとしたそのとき、ドアが急に開いて焦った声が部屋に響いた。

 

「ファンネリア、急いでくれ! もう始まるよ!」

 

 マネージャーのティモが、大慌てで部屋に転がり込んでくる。

 その剣幕にびっくりして反射的に裸のまま振り向いてしまった。

 

「……」

 

 やってしまった、という感じで固まっているティモと目が合い、その視線が自分の上半身に集中しているのがわかった。

 

【挿絵表示】

 

「きゃああっ!」

 

慌てて胸を隠すが、バランスを崩して床に倒れてしまう。今朝、シャトルでデブリに衝突しかけたときに、床にぶつけて膝を痛めていたせいだ。強化人間とはいっても、すぐに怪我が治るわけではない。

 

「ファンネリア、大丈夫か!」

「こ、こなくていいわよ!」

「怪我してるじゃないか」

「こないでって!」

 

 ティモは強引に近づいてくると、側に座って膝の具合を確認し始めた。

彼の頬を叩こうと思ったが、妙に真剣な目つきに躊躇ってしまう。

 たいしたことがない怪我なのに大げさなこと。自分は強化人間で筋肉や筋が遺伝子的に強化されているから、このくらいの怪我はすぐに回復してしまうのだ。もちろん、彼は知らないのでは責めるわけにはいかない。

 

「これはテーピングした方がいいよ」

「もう、あなたのせいじゃないの!」

「ゴメン、あやまるよ。動かないで、いまとってくるから!」

 

 ドアは開けっ放しで、こんな格好で待たせるのにまるで気が利かない。その無神経さに怒っていると、ティモが救急箱を持って戻ってきた。

 

「脚はアイドルにとって大事だからさ。ステージでたくさん動くだろ」

「このくらい平気よ」

「僕も昔酷い目にあったんだ。先輩の言うことは聞くべきだよ」

「そういえば前に言ってたわね。……ステージから落ちたんでしたっけ」

「後ろ向きにね。君に怪我をさせるわけにはいかない」

「マネージャーとしては、責任問題になるでしょうからね」

 

 そう言うと、ティモは少し怒った顔になった。

 

「そうさ、君と僕は一心同体だから」

「……」

 

 嫌味にも真面目に返事をしてくる彼の顔を眺めていると、意地の悪い会話を少し後悔した。

 

「わ、私もステージで転ぶのは嫌だから、あなたの好きにしなさい」

 

 しばらく肌色のテーピングが巻かれるのを黙ってみていた。その手つきは慣れたもので、不器用なくせにこういうことは意外に上手いのを思い出した。ティモは数年前までアイドルをやっていて、飛んだり跳ねたりする前にテーピングを自分でしていたのだ。

 

「はい、これで終わり。動きやすくなっただろ?」

「そうね。言われてみれば楽になったわ。けっこう上手いじゃない」

 

 脚を曲げてみると、わざわざ処置を施しただけのことはあった。

 

「見直した?」

「ま、まあ褒めてあげてもいいわ」

 

 にっこり笑ったティモと目があってしまって、気まずくて目を逸らした。こんなときに変に意識しても仕方がない。

 

「このコンサートを成功させればスポンサーからの評価も高まるわね。あなたのお給料も上がるでしょうから、何か買いなさいよ」

「プレゼントしてくれるの?」

「人の話聞いてるの? 自分で買えってことよ」

「あ、君にプレゼントしてもいいかな」

「え?」

「理由はないんだけど」

「ば、馬鹿なひと。さあ、着替えるから部屋から出て行きなさい!」

「ごめん、時間ないんだった」

「早くしなさいよ」

 

 相変わらず間抜けなマネージャーが部屋から出て行くのを呆れながら見送ると、急いで衣装を身につけた。下着をつけないと少し違和感があるが、今日のコンサートは長くないので大丈夫だろう。ソファーから立ち上がって、髪にコサージュをつけて身だしなみを確認する。衣装は問題ないし、髪はスタイリストに時間をかけてセットしてもらったから大丈夫だ。

 

「よし、やるわよ」

 

***

 

「お待たせ」

 

 控室を出て、ステージにつながる廊下に面したミーティングルームに来た。

 部屋にはティモやコンサートの関係者がみな集まっている。

 

「ファンネリア綺麗だよ」

「あ、ありがと。こんなときに、やめて」

 

 ティモのお世辞を無視して、テーブルに用意されていたドリンクを手に取った。ジオン共和国では人気がある栄養ドリンク『レッドコメット』だ。

 部屋のモニターには、相変わらずグワンバンが映し出されている。その艦首にはジオンの紋章が大きく描かれていて、アクシズがジオン公国の正統な後継者だと主張していた。

 グワンバン級は、旧ジオン公国の支配者ザビ家が座乗したグワジン級の後継艦でもある。つまり、普通の軍艦が入港したのとは比較にならないインパクトがあるということだ。その政治的影響は計りしれず、すわ戦争かと騒がれ、これは軍国主義の再来だとか、地球連邦軍とアクシズとの戦争に巻き込まれるからグワンバンは直ちに退去しろなどと抗議するデモがあちらこちらで発生して、ついには治安部隊も出動したのである。

 旧公王庁周辺は、一見華やかだが、目には見えない緊迫した空気が漂っていた。

 

「ほんっと、出資者(スポンサー)は無理難題を仰るわね。こんな混乱した状況でコンサートを行ったらどうなるか責任は持てないわよ」

 

 ジオン共和国の上層部は、このシチュエーションで、将来アクシズを招き入れた際の国民の反応をシミュレーションしているのではないか。そんな、混乱することが必至の状況で担ぎ出されたことが不満だった。

 ネオ・ジオンと地球連邦軍との戦闘は膠着状態に陥っているが、その戦いの行く末が地球圏の運命を決定するのは明らかなのだ。つまり、ジオン共和国にとっては、どちらの陣営につくかは国の命運を決める賭けなのである。

 建国者の名前を共有していても、ジオン共和国は地球連邦の一員だ。過去を決別していまの平和があるのだから、連邦市民の一員として行動すべきだという意見が、やはり大勢を占めていた。一方で、同胞のアクシズがネオ・ジオンを名乗っているならば、リスクをおかしても味方をするべきだとする意見もソーシャル・ネットワーク・サービスで勢力を伸ばしつつあった。

 それは『グループ』が巧妙に計画した世論操作の成果だった。

 若者を中心とした熱を帯びた集団は、さらなる熱を吸収してネットワークメディア上に拡散していき、ついには仮想空間から現実世界に溢れ出て、人々を行動に駆り立てていった。密閉されたシリンダー内の熱気は、簡単に冷やすことはできないのである。

 それでもマスコミには冷静な論評もあって、ジオン公国に逆戻りするような、無責任で過激な意見は、おそらくはジオン共和国の民衆を煽動するために周到に計画されたものだと断定するメディアもあった。

 それは、かなりの部分で正しいと思う。何しろ、自分もその『計画』の一部なのだから。

 

「上層部は、このイベントで一気に情勢を変えようというのだわ。地球連邦政府の動きも気になるけど……。プルツーお姉さまは、今アクシズにいるのかしら」

 

 自分の『本業』である親衛隊の任務も気になった。忙しくてアクシズとレーザー通信をする暇もなかったのだ。

 朝にこのライブが行われることをいきなり知って、それから四時間ほどで急いで準備をした。演目の確認とリハーサル、衣装合わせ、メイクと目の回るような忙しさだったが、なんとかここまでくることが出来たのである。

 自分の努力を思い返して満足感に浸っていると、ズズンッと腹に響くような轟音が建物を揺らした。

 これは核融合複合サイクルエンジンの音。

 再びモニターをみると、会場の真上をモビルスーツが高速飛行していた。ジオン共和国の正式採用機であるRMS-106《ハイザック》だ。共和国軍の装備は、ほとんどが地球連邦軍の払い下げなのだが、あの機体だけは乗りたくない。

 

【挿絵表示】

 

《ハイザック》は地球連邦軍が旧ジオン公国の《ザク》を原型に開発した機体だが、ジオン純正ではないから、一言でいえば偽物だ。出来も悪く、ジェネレーター出力が低いのでビーム・ライフルとビーム・サーベルを併用できない上にリニアシートも最初期型で、シートが床に密着しているから真下が見えにくい。操縦性が良いくらいしか褒めるところがない、いまや完全に時代遅れのモビルスーツなのである。

 

「あのモビルスーツ、ザクかな。カッコいいなあ」

 

 ティモが《ハイザック》を見て言った。あんな物は偽物だと間違いを正したかったが、ファンネリアがモビルスーツに詳しいのは不自然なので、心に留めてぐっと我慢する。

 

「あんな軍用ロボットなんか迷惑だわ。こんなにギスギスした雰囲気だとは聞いてなかった。興奮した人たちがステージに上がってくるんじゃない?」

「まさか、そこまで民度は低くないよ」

「群衆心理は怖いものよ。ちょっとしたきっかけで爆発する。大衆の不満のはけ口になるのは勘弁願いたいわね」

「警察もいるし大丈夫じゃないかな。君の歌で、みんな心が静まるよ」

「フン、呑気なこと言ってくれて……。ライブじゃ、ファンはみな興奮するのが当たり前でしょ。それがアーティストの力にもなるのは確かだけど、自分が目立とうとして騒ぐ人もいるのよ。それは困るわね」

「君は、見かけの割に感受性が高いからね。雰囲気に呑まれないでよ」

「言ってくれるわね! アーティストは繊細なのよ」

 

 ティモは知る由もないが、自分に繊細さがあるとすれば、ニュータイプ能力を有しているからだろう。強化人間は、ニュータイプ能力で人の心をある程度は探れるのだ。

 もちろん普段はその能力を閉じている。

 熱狂的ファンの自分に対する妄想を見るのはおぞましいし、俗な人々の思考を共有すれば、孤高の天才アーティストの才能が溺れてしまうからだ。

 いちどライブ会場で試しに能力を少し解放してみたのだが、途端に生の感情の波が襲いかかってきたので、すぐに精神のトビラを閉めたことがあった。

 これでは人に品性を求めるなど絶望的だ。やはり大衆は優れたカリスマに導かれなければならない。それがファンネリア・ファンネルの仕事。

 そう、自分には時代が求める人物になるという使命があるのだ。アーティスト、アイドルとして活動しているのもそのためで、いずれは世界を動かす政治家になるというのが目標なのである。

 

「さあ、そろそろ時間だよ。頑張って! 脚、無理しないでね」

「わかったわ。あなたのテーピング、悪くないわよ」

 

 だが、ティモに親指を立てて意気揚々とミーティングルームを出ると、崇高な気分を台無しにする人間が現れたのだ。

 




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第26回「ステージの裏で」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


     26

 

 

 

 ミーティングルームを出たとたん、いきなりマイクを突き付けられた。

 無礼な! アーティストの繊細さを理解しないのか。

 と、睨んだ相手が、ライバル事務所のクリスティだと気が付いて一気に気持ちが萎えてしまった。ついこのあいだアクシズで会ったばかりだが、この女の行動原理は自分に対する嫌がらせなのだから不思議ではない。

 

「また、あなた!」

「ひさしぶりーっ」

 

 クリスティは抑えた配色のブラウスとジャケット、スカートという服装で、マイクを手にしている。後ろには報道用カメラを肩に担いだカメラマンがいるので、彼女がリポーターとして仕事をしているのだと分かった。見たところ典型的な能天気リポーターという感じで、大声で笑ってやりたくなった。いよいよアイドルとしての仕事がなくなったというところか。いい気味だこと!

 

 壁に設置された大型モニターには、数分前に彼女が公王庁前でリポートする姿が映っていた。光速のレーザー通信を利用することで、リアルタイムでサイド6に映像を送ることができても、いったん内容がチェックされてから放送されているのだ。つまり、いきなり地球連邦政府に対する批判が地球圏中に放送されたら困るからである。

 

『こんにちはーっ! 今日はサイド3、ジオン共和国のズムシティに来ています。ご覧くださいこの光景を! 平和記念セレモニーで開催されるコンサートを見ようと、ここ旧公王庁前には大勢の国民が集まっていますっ』

 

【挿絵表示】

 

 大勢の観客が集まる映像に誇らしくなった。ジオン共和国の人気アイドル『ファンネリア・ファンネル』のコンサートは、他のサイドや月のテレビ局も大いに注目していて、わざわざレポーターを派遣して中継しているのだ。

 ……というのは、自分が思い描く理想の姿。そうではないことは分かっている。別に自分が注目されてるわけではなく、ジオン公国時代を知る大人たちが、熱狂した群衆がザビ家を讃えた光景を思い出して奇異の目で見ているのだ。しかも、いまはネオ・ジオンと地球連邦政府との関係が悪化しているから、『ジオン』という名前に世界が過剰に反応していることもあるだろう。

 

『私もこんな華やかなステージで歌ってみたいですっ。では、ここでコンサートの主役であり、わたしの友達でもあるファンネリア・ファンネルさんにインタビューしてみましょー!』

 

 会場でのレポートを終えて、クリスは控え室がある旧公王庁の建物に入っていった。そして、いま目の前にいるというわけだ。

 でも、この性悪女にリポーターの才能はないとしても、地球連邦政府の犬としてアイドルを演じている人間がジオンのイベントをリポートすることには、何かしら意味があるはずだ。つまり連邦政府は事情を把握していて、アクシズに接近するサイド3を決して見捨てたわけではないと、内外に宣言する目的があるのではないだろうか。

 

「ハーイ、調子はどお?」

 

 耳障りなカン高い声が、コンサートに向けて集中させている意識を乱してくる。でも、ここでイライラすれば彼女の思う壺なので、仕方なく笑みを返して、カメラに手を振り明るく応えた。

 

「クリス! 会えて嬉しいわ。調子は最高よ。だって、こんなにたくさんの人たちが来てくれているんですもの」

「そうよね。ほんとにすごい人で驚いちゃったな。公式発表では約五万人が集まっているんですって。あなた、少し緊張してるんじゃないのー?」

 

 クリスティはニヤリと笑うと、いきなり胸を思い切りつついてきた。

 

「あぁんっ!」

 

 クリスに胸に触れられたとたん、ビクンッと身体が痙攣し、生放送なのにカメラの前で悲鳴をあげてしまった。

 この女に触れられると、まるで電気が走ったような感覚が生じる。それは以前からの謎で、彼女には強い帯電体質があるとしか思えなかった。

 

「ほら、ほらっ」

「やんっ」

 

 この女はカメラの前で恥をかかせるためにわざとやっている。

 映像は会場にも流れているから、ファンが歓声をあげるのが遠くから聞こえてきた。

 

「はあっ、はあっ……。いいかげんにして!」

 

【挿絵表示】

 

「ゴメンね、ペロッ。じゃあ頑張って! 応援してるからねファンネリア」

「あ、ありがとうクリス」

 

 心の底から信頼し合う親友の振りをして大袈裟にハグをする。内心は敵意しかないので、抱き合うなどぞっとするが、さすがはプロ同士、仕事だと割り切っている。

 くっ、さすがにアピールするだけあって胸は大きい。

 内心悔しさを感じながらクリスの体に手を廻した。

 

「あっ!?」

 

 身体を重ねた瞬間、脳に電流が走り、ぞくっと悪寒が走ったので飛び上がりそうになった。感応波が干渉するような衝撃を感じて、反射的にクリスの体を押しのけてしまう。幸い他の人間からは、この動きはテンションがあがって飛び跳ねたように見えたはずだ。

 姉や妹たちに感じるのとは違う感覚。

 びっくりしてクリスを見るが、彼女は能天気にニコニコしながら笑みを浮かべているだけだ。

 この女から感じたものではないのか? だとすれば、もしかすると自ら発した感応波が反射して増幅されてしまったのかもしれない。つまり、波のエコーを捉えてしまったということ。そうした事例があることはフォウお姉さまから聞いていて、感応波のフィールドバックループはノイズとなって頭痛の原因ともなることも知っていた。髪飾りに組み込まれた小型サイコミュのせいだと予想して、アクシズに戻ったらフォウお姉様に調べてもらわなければならないと思った。

 

「では、私は一足先にコンサート会場に向かいます~」

 

 クリスティはレポートを終えると、カメラマンがビデオカメラのレンズを覗くのをやめるのを確認してから、にこやかな表情を崩した。

 明るい笑い顔が、意地の悪い顔に変化する。

 

「クックック、良い声で鳴くじゃない」

「なにすんのよ!」

「演出よ、演出。アイドル同士にはスキンシップが必要でしょう?」

「あなた、まったく御苦労なことね。アクシズやサイド3を行ったり来たり。いっそのことジオン共和国の国民になればいいじゃない?」

「あら、それは事務所を移籍しろっていう勧誘なのかしら? あなたと同僚になるのも面白いかもね……。でも、こんな三流国家の国民になるくらいなら、まだ木星圏に旅立つほうがましよね」

「なんですって!?」

「古いコロニーだから、これだけ人が集まったら、ぽっかり穴でも空くんじゃないの?」

「そんなわけ、あるか!」

 

 クリスティは宇宙開拓時代の最も初期に建造された密閉型コロニーを馬鹿にすると、外のコンサート会場へと歩き始めた。

 すれ違うときに何か投げつけられないかと、反射的に身を引いて警戒する。

 

「フン、気をつけなさい。暴動が起きるから、巻き込まれないようにね」

「えっ?」

 

 お互いにしか聞こえないくらいの小さな声で、すれ違いざまにクリスティがささやいた。

 

「どういうこと?」

 

 穏やかではない言葉にその真意を訊ねるが、彼女は応えなかった。

 

「いったい何だというのよ。嫌味?」

「フッ、そうよ。ここは希望のないゴミ溜めみたいなコロニーだから、ね」

「この、いわせておけば!」

「ファンネリア、抑えて!」

 

 たび重なる挑発に掴みかかろうとしたところを、慌てて駆け寄ってきたティモに羽交い締めにされた。

 クリスはお尻を振りながら、気取った歩き方で階段を上がっていく。

 嫌な女! イラつかせてコンサートを失敗に追い込もうというのか。露骨な挑発に乗らず、冷静にならなければ。

 すーっ、はーっ。

 落ち着くために特殊な深呼吸をする。マインドセットを瞬時に切り替えるためのセルフコントロール法だ。

 すぐに効果が発揮されて、気持ちが落ち着いてくる……のは良かったが、気がつくと胸に違和感を感じた。

 

「……ティモ、あなたどこ触ってるのよ」

「え、えっ?」

 

 振り向くと、ティモの焦った顔が視界いっぱいに広がっていた。そして真後ろから廻された彼の手が。

 下着を着ていないから、彼の手のひらが動くのを直に感じる。この男……揉んでいる?

 

「ドサクサに紛れて最低っね」

「ち、違うよ!」

「この状況で否定するわけ? 言い訳を聞かせてもらおうじゃない」

「たまたま、位置してしまっただけで……」

 

 ティモはしょうもない言い訳をしながら、手を離そうとしなかった。前には誰もいないし、後ろからだと殺気立った人間を抑えてるようにしか見えない。間違いなくセクハラでコンプライアンス事案だ。

 

「フン、私を抱きたいなら、もっと落ち着いたときにね?」

「そ、それって」

「真に受ける馬鹿がどこにいるの! 早く離しなさい、変態!」

 

 ティモを引き剥がして、廊下に向かって駆け出した。

 彼のエッチな思考がダイレクトに脳に入ってきて、慌ててそれを締め出した。ニュータイプ能力が働いてしまったのだ。そして能力をシャットダウンする直前、曖昧で読み取れなかった、彼の別の感情があったことに気が付いた。

 気にはなったが、コンサートに集中しなければならない。自分にプレッシャーをかけて、いわゆる身体がゾーンに入った状態に追い込もうとした。そうでなければ心のバランスが崩れて危なかった。

 

 ***

 

 ズムシティの目立たないビルの一角、完全なセキュリティが確保された部屋にジオン共和国の七人の重要人物が集まっていた。一見すると企業の経営者の集まりのようにも見えるが、会合の内容は陰謀めいたものだった。

 ジオン共和国を真に独立した国家へと導くという目的が地球連邦政府の耳に入れば、たちどころに共謀罪で逮捕されてしまうだろう。だから慎重に情報がコントロールされていて、会合には限られた人間、ある秘密結社のメンバーだけが参加を許されていた。

 秘密結社は『真なるジオニズムの夜明け』と自称した。もともとはジオン・ズム・ダイクンの教義を正確に解釈することを目的とした私的な集まりだったのだが、八年前の第一次ジオン独立戦争終戦後、その活動内容を大きく変えたのだ。

 すなわち、地球連邦政府と講和条約を結んだ結果として、巨大な官僚機構に飲み込まれて骨抜きにされてしまったジオン共和国の精神を再び鍛えなおし、ジオニズムを純粋な思想として地球圏に広めることを目標としたのである。いいかえればジオン公国の復興だ。そのうえで、均質な人間を量産する枠組みを否定し、人間という種を新たなる段階に引き上げる理想社会を作り上げることまでを考えていた。

 いうなれば、ここは人類の行く末を計る者たちが集う賢者の間。そして、その賢者たちに、計画の進行具合を説明するのが自分の役目だった。

 ホログラフィック・プロジェクターで白い壁にプレゼン資料を投影しながら、細かに計画の進捗具合を説明するのは骨が折れたが、ミスは許されなかった。

 

「今期はロビイスト、政治献金に割く予算を大幅に増額しております。内容としては、連邦議会の議員や政府の官僚に対してジオン共和国の自治権維持を働きかける草の根運動を展開しています。いわゆるアストロターフィングではありますが」

 

 アストロターフィングとは、ある団体が市民運動に見せかけて主義主張を行うこと。ありていに言えば自作自演である。

 

「ジオニストは地球圏中にいる、ということだな」

「はい。地球連邦政府は、ジオンを支持する人々が多いことに改めて驚くことでしょう」

「だが、必ずしも数は重要ではない。その証明が地球連邦だ。地球連邦政府とは、結局のところは大量のスペースコロニーを管理・運用し、絶対民主主義を運営するためのデータ処理システムにすぎん。コンピューター・システムが発達し、物事が全てデータに変換される時代にあっても、ジオニズムを正確に解釈することはできんのだからな。無知蒙昧な地球連邦政府は、ジオニズムこそが人類を進化させるコアセルベートだということをわかっておらんのだ!」

 

 一人の老議員が、よくわからない例えで偉そうに言った。

 

「まさしく、仰る通りです」

 

 ここまではスムーズにいっていた。ジオン復興計画の進行状況は順調だと、幹部たちを説得しなければならない。

 自分がこの秘密結社に参画したのは一か月前だが、メンバー間の調整や連絡係となり、さらにはスキルを活かした経理業務や動向調査、レポート作成を精力的にこなしたことで、すでに重要メンバーのひとりとなっていた。もちろんアクシズの内情に詳しいことも役にたっていて、アクシズをどのように扱えばよいかについて助言も行っている。

 こうして幹部へ作戦の進行具合を説明することも仕事のひとつだが、金、情報、人脈を把握することは、組織の実権を握るためには必要なので、いずれ組織のトップに立つための準備だと考えていた。

 

「それでは、次の項目に移らせて頂きます」

 

 いよいよ面倒な『ファンネリア計画』の説明をする段だった。

『ファンネリア計画』とはアイドルを利用して若者を啓蒙し、ジオニズムを広めるという戦略である。ブームというものは若い世代から生まれるし、将来の国家の基盤を作るのは次の世代だという考えから考えだされたものらしいが、それなりの予算が費やされているので、幹部への説明義務があるのだ。

 

 折しもズムシティでは、そのアイドルが唄を歌うところだった。

 

「この馬鹿げたコンサートに、どんな戦略的な意味があるのかね? 資金と時間の無駄でないことを証明してもらわんとな」

 

 椅子にふんぞり返って報告を聞いていた企業経営者が呆れたように言った。

 

「ジオンの聖地たるズムシティで、ジオニズムを侮辱することは許されません。そんなイベントならば、ただちに中止なさい!」

 

 続けて中年の女性作家が不愉快そうに喚きたてた。

 彼女は過激な言動で有名な作家で、宇宙世紀にも存在する差別問題をテーマにしたノンフィクションで有名になった。しかし一向に変わらぬ世の中に絶望し、やがてジオニズムに傾倒するようになったのだ。

 

「あのような乳臭い子供に熱狂するなど嘆かわしい……。ジオン国民も落ちたものだ。あの公王庁にはデギン公王やギレン閣下がいらっしゃったのだぞ! 目を閉じれば閣下の御演説を昨日のように思い出す」

 

 女性作家の言を継ぎ、老議員が大げさな演技めいた身振りでザビ家への忠誠を表現した。

 

「こんなプロジェクトに資金を出しているのか?」

 

 企業家がジロリと睨みつけてくる。しかし、動じずに余裕の表情を崩さなかった。

 

「はい。ジオン共和国にアクシズへの好意を醸成するための施策です。『ジオニズム強化のための熱狂的新正統派アイドル』計画、通称『ファンネリア計画』と呼ばれております。いわゆるメディア戦略ですな」

「くだらん。そもそも、このアイドルとやらは、ジオンの崇高な精神を理解してるのかね? まあ、おおかた言われたことをこなすだけの人形なのだろうがね。外見は人形みたいに綺麗でも、その中身は空っぽだろう」

「これは手厳しい。子供とはいえ、適切な人選を行なっております。この計画は、長年温められてきたものなのです」

 

 実際、自分も詳細は知らなかったが、文書に書いてあったとおりに説明した。個人的には、確かにくだらないとは思うが。

 秘密結社のメンバーたちは、机に資料として用意された人為的に作られたアイドルの写真集をパラパラと眺めた。

 

「子供の水着や下着姿とはな……。これでは成熟した理想社会には程遠い」

「このような児童ポルノ紛いのグラビアなど恥を知りなさい! ジオニズムが勘違いされます。おふざけでない!」

 

 女性作家が激昂してパッドを放り投げると、少女の下着姿が床に広がった。

 

【挿絵表示】

 

「どうか落ち着いてください。若者の熱狂を引き出すには、愚かな戦略も必要なのです。メディア戦略の第一人者に任せております。彼の弁によれば、なによりストーリーと共感が必要だと。この少女アイドルの稚拙なポエムと未成熟なグラビアは、若者にはそれゆえに魅力的に写るのです。たしかに裸に近い格好は扇情的に見えますが、一時的な熱狂を産むための操り人形と捉えれば目くじらをたてる必要もありますまい」

「言い訳はよい。成果で示してもらおう」

「その成果が、この光景なのです。これだけの群衆が集まっているのは、まさに計画が順調に進んでいることを示しております」

 

 ファンネリア計画の成果を証明するために、テレビの中継を大袈裟に指し示した。

 

「この群衆を、すべて真のジオニズム信奉者に変えようというのか?」

「彼らはすでにジオニズム信奉者なのです。つまるところロジックなどはどうでもよく、エモーションが重要なのです」

「ジオン・ダイクンの思想を理解しなくても良いというのかね君は? 言葉に気をつけたまえ!」

「入り口を狭めてしまうのは得策ではありません。それにニュータイプは、言葉ではなく心で感じて相互理解をするのだと聞いておりますが」

「ニュータイプなど方便だということくらい君も知っているだろう。ニュータイプだ強化人間だと言ったところで、結局は脳波兵器を操るのが上手いパイロットにすぎんのだからな」

「ですが、ジオン・ダイクンの提唱した新人類のモデルケースとしては最適です。手品も演出によっては超能力に見えます」

「……いいでしょう。そこまで言うのなら続けなさい。成果を出せるなら、今回は目をつぶりましょう」

「ありがとうございます。必ずや若者の間にジオニズムが広まると確信しております」

 

 幹部を説得できたことに安堵する。これなら予算の提供が止められることはないだろう。

 

 一息ついて椅子に座りなおすと、パッドが床に落ちたままだということに気が付いた。パッドを拾い上げ、自分も参考としてアイドルの写真集をパラパラと眺めてみた。

 ファンネリアと呼ばれる少女が、子供っぽい衣装や水着を着てポーズをとっている。露骨な未成熟さはとても見れたものではないが、確かに綺麗な少女で、大人になれば美人にはなりそうではあった。

 フン、子供か……。忌まわしいことだ。馬鹿どものせいで、アクシズは子供の遊び場になってしまったのだ。

 つい先日まで住んでいた小惑星のことに思いをはせた。とある理由でサイド3に逃れてきたが、けっして好きで離れたわけではない。いまのアクシズは、ちゃちな能力を有した怪しげな子供が重用され、大人は陽の当たらない閑職にまわされている。長年ジオンに仕えてきた身として、これには我慢がならなかった。

 

 アクシズはジオンが再起を図る希望の地だったはずだ。そう考えた多くの将兵が、八年前の第一次ジオン独立戦争終戦時にアクシズへと逃れたのだ。アステロイドベルトに位置する小惑星は、食料も電気も足りない不便な住処だったが、全員が連邦政府に服従などするものかという不屈の闘志で耐えていた。それも軍人だけではなく、驚くことに、サイド3に住んでいた一部の民間人までがアクシズに移住してきたのだ。だから、そのような志が高く、能力も高い人間たちが集まればジオンの再興はけっして遠くなかったはずだった。

 それが、いつの間にかアクシズはひとりの女によって歪められ、歪な組織へと変貌してしまったのだ。統率者のマハラジャ・カーンが亡くなり、その娘が実権を継いでから全てがおかしくなったのだ。たとえるなら、中から腐り始めた野菜や果物だ。

 

 そのとき、テレビから子供の歌声が流れてきた。コンサートが始まったのだ。たいして上手いとも思えない稚拙な唄を、ファンネリア計画で生み出されたアイドルが踊りながら歌っている。

 部屋の幹部たちが、受け入れられないとでもいうように、呆れたような顔で眺めていた。今しがた『ファンネリア計画』を正当化したことが恥ずかしく思えた。ジオンのアイドルだかなんだか知らないが、こんなガキにうつつを抜かしやがって。こんな連中だからハマーンなどに騙されるのだ。予知能力があるとかいう、胡散臭いニュータイプだ強化人間だとかいう奴らが大きな顔を……。

 

「こいつは!?」

 

 テレビの映像がきっかけとなり、頭を殴られたように、突然ある事実に気が付いた。

 このガキには見覚えがある!

 

「どうしたのだ」

 

 老議員が煩そうに言った。

 

「い、いえ。何でもありません。お騒がせしました」

 

 落ち着くために水を飲み、改めて記憶にある顔と写真集を比較してみる。

 間違いない、このアイドルはアクシズ親衛隊の強化人間だ。機密資料を読んだことがあるし、何度か見かけたこともある。薄気味悪いことに、似たような顔のガキが何人もいて、クローニングにより産み出されたのだと噂されていた。

 てっきり演出だと思っていたが、まさか、あの戦闘人形が実際にアイドルをやっていたとは。これが新しいジオンのプロパガンダだというのか? あまりの愚かさ、馬鹿馬鹿しさに呆れはて、しまいには笑いがこみ上げてきた。これでは愚か者しか集まらないだろう。それが今のアクシズなのだ。まるで無謀な若者が暴走させている狂ったエレカ。いずれは大事故を起こして自爆するのは必至だ。

 だが、親衛隊をつぶすきっかけには使えるかもしれない。反乱の芽を摘み取り、その功績で再びアクシズに戻り実権を握る足がかりとするのだ。

 自分にはカリスマ性だとかリーダーシップがないことは自覚している。表舞台には出ず、裏方で組織を動かす方が能力を発揮できる。だから資金力で人と兵器を集めることで、栄光あるジオン公国を復活させるのだ。

 

 かのエギーユ・デラーズ大佐が数年間率いていたデラーズフリートには志があった。スペースコロニーを地球に落下させる作戦も、ただ感情的な報復のためではなく、北米の穀倉地帯にダメージを与えて地球の食料自給率を低下させ、宇宙への依存度を高くするという戦略のためだったのだ。

 しかし、そんな彼らも裏切り者のせいで哀れにも崩壊してしまった。しかし、自分に言わせればしょせんそこまでが限界だった。リーダーのカリスマ性をもって組織を率いたのはよいが、結局は金で人材は集まるのであり、資金を稼ぐ能力に欠けていたデラーズフリートは、刺し違えて地球連邦軍に一撃を与えれば良いという安易なヒロイズムに陥ってしまったのだ。自分はそんな過ちは犯さない。地球連邦政府に従うふりをして中枢に潜り込み、十年、二十年をかけて合法的に自治国家を築き上げるのだ。しかるのちにジオン公国を名乗ればいい。

 早急すぎる計画はいつだって綻びを生む。まずは組織での立場を確実なものにしなければ。

 

「さて、これで報告は終わりとさせて頂きますが、何か質問はありますでしょうか?」

「そうだな……。おい、君は聞いているのか?」

 

 バイオテクノロジーを扱う新興企業を経営する青年企業家が、話を聞きもせずにアイドルの水着グラビアに見入っていた。

 そういえばこの男は少女が好きだったと、密かに閲覧したプロフィールを思い出した。このロリコンめ、とは思ったが、努めて表情にはださないようにした。自分は、これからこの組織を掌握するつもりだ。構成員の経歴や嗜好、性格、健康状態、家族構成を知ることは、組織を掌握するための鍵となる。つまり弱みを握れば、人をコントロールするための材料となる。

 

「あなたはいつまでこんな物を見ているの!」

 

 不愉快そうに眺めていた女性作家が突然青年企業家に近づくと、パッドを思い切りはたき落とした。

 

「何をするんだよ。オレの勝手だろうが!」

 

 会議中はおとなしかった青年企業家は態度を豹変させると、女性作家に食ってかかった。

 自分の性癖を指摘されたことへの恥ずかしさと怒りが、その表情に現れているのがわかった。

 

「ああ、気持ちが悪い。あなたみたいな恥知らずが組織の幹部などと!」

「お互いのプライベートについて詮索は無用のはずだ!」

 

 青年企業家は女性作家の肩をぐいっと掴んだ。

 

「私に触れるな! こんな男、願い下げよ!」

 

 女性作家は首を絞めんばかりの勢いで襟首を掴み返すと、投げ技の要領で思い切り床に押し倒した。護身術を習っているのだろう。青年企業家は間抜けな格好で床に転がったが、彼に手を貸す人間は誰もいなかった。

 

「こ、こんな屈辱を受けるならオレは抜けるぞ」

「勝手に辞めればいい。あなたよりふさわしい幹部は大勢いるでしょう。例えば、このステファン氏のような」

 

 まずい状況だ。ジオンを導くための会合が、このような低レベルな感情的なやりとりをする場であってはならない。

 幹部にふさわしいと評されるのは悪いことではないが、ここは場を治めるのが得策だろう。

 

「私は、まだ参加して日が浅い若輩者ですから……。お二人とも、どうか落ち着いて下さい。お互いのプライベートには干渉しないようにお願いします。それが組織の秘密を守る策となるのです」

「ほら、言っただろう! 早くこの手を離せよ」

「覚えてなさいよ、あなた!」

 

 二人の争いを、他のメンバーは関心がなさそうにみている。困った連中だ。それなりの社会的地位を得た奴らだが、社会を作りかえようとするくらいだから、お互いに相容れないのだろう。この秘密結社も、よく活動を継続しているものだ。

 

「ジーク・ジオン!」

 

 一人の政治家が突然叫んだ。周囲の人間がギョッとして彼に注目した。

 

「ギレン閣下は軟弱こそが連邦だと言われた! くだらぬ劣情は捨て、目標に邁進せねばならない!」

「そうよ、そのとおりよ!」

「……」

 

 青年企業家が気まずそうな顔をして起き上がった。

 

「このプロジェクトは軟弱だが、それを利用して扇動するというのは面白い。上手く進めればジオニズムを若い世代に広めることになり、そこから指導すればいいというわけだな?」

「はい、そのとおりです」

「彼が良いサンプルとなるわけだ」

「……くそっ。なぜオレだけが責められるんだ」

「ふん、反省なさい」

「今日の会合はこれまでですな。みなさん、ご苦労さまでした。また次回開催の時期に連絡差し上げます」

 

 会合は嫌な雰囲気のまま、お開きとなった。

 老政治家や女性作家、企業家や銀行家などのメンバーは、速やかに部屋から出て行った。各自は目立たないように、建物の裏口から帰路につくことになる。

 床に転がった青年企業家はようやく立ち上がると、シャツの埃を払いながら体の痛みにうめき声をあげた。

 

「とんだ災難でしたな」

「あのババアはヒステリックなだけの役立たずだ! 人の上に立つ資質はないぞ」

「とにかく、今日のところはお帰りください。彼女には後ほど注意しておきます」

「ああ、頼む」

 

 青年企業家はコップの水を飲み干し、服の乱れを直した。

 自分も資料をまとめて、ノートコンピューターと一緒に鞄につめた。ひとつの資料も残さないようにしなければならない。部屋を念入りにチェックして、すみずみまで『クリーニング』してから部屋を引き払うつもりだった。

 だが、青年企業家がなかなか帰らないことに気がついた。

 

「どうしました? まだ、なにか?」

「ああ、ひとつ頼まれて欲しいんだ」

 

 青年企業家、スナイダーは気まずそうに話し始めた。

 

「私にできることであれば」

「このアイドル、ファンネリアについてもっと知りたいんだよ」

「ああ、わかりました。それなら資料を差し上げます」

「いや、違う。そうじゃない……わかるだろ?」

「はあ……」

「彼女を連れてきてくれ。費用ならだす」

「……」

「頼む」

「……わかりました。ここではまずいので、また連絡します」

「おお、さすがに話が早いな。オレの会社に来て欲しいくらいだよ」

 

 スナイダーは好色そうに笑うと、部屋を出て行った。

 あの男、アイドルを連れてこいとは。もちろん、ただ会ってサインを貰いたいだけではないのだろう。……まさか手篭めにするつもりか?

『英雄色を好む』という故事をいいことに好き勝手をやる奴は多いが、まあ自分の知ったことではない。この状況を利用して組織で成り上がるだけだ。

 

 元アクシズの会計担当士官ステファン・コレスは、改めてモニターに映るアイドルを眺めて考えを巡らせた。

 




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第27回「灼熱のコンサート」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


     27

 

 

 

 今日の朝いきなりコンサートがあることを聞いたから、準備に使えた時間はたったの二時間だった。この突然のぶっつけ本番という状況にも、大急ぎで辻褄を合わせてコンサートに望んだのだ。

 少しばかり不安だったが、蓋を開けてみればコンサート会場は満員で、大勢の観客で盛り上がっていた。

 これで上層部は認めるしかないでしょうね、この若い才能というものを。ふふふ……。

 危機的な状況のときこそ、常日頃の練習が役に立つのだ。継続的な鍛錬を怠らない才能がプロなのであり、それによってイレギュラーな状況にも柔軟に対応できる。と言っても、この一週間はパイロットとしての仕事が忙しくて、碌に歌と踊りの練習はできなかったのだけれど。

 

「こんにちはー。ファンネリア・ファンネルです。みんな元気ですかーっ!? 」

 

 いまは定番のカバー曲『サイレント・ヴォイス』を歌い終えて、改めて会場に向かって挨拶したところだ。にっこりと笑いながら手を振ると大きな声援が上がった。

 

【挿絵表示】

 

 会場が広々としているのは気持ちが良い。旧公王庁の建物前には大勢の人が集まっていて、ファンもたくさん来てくれている。

 もし今ニュータイプ能力を使ったら、自分に対する想いが波となって一気に伝わってきたに違いなかった。普段のコンサートと変わらない空気に安心を感じる。アクシズの軍艦を歓迎するイベントだから、堅い雰囲気が会場を押し包んでいるかと予想していたのだ。コンサートを乗り切るにはリズムと勢いが重要だから、地面が弾まないと困ってしまうところだった。

 

「今日、この会場にくるとき、空にモビルスーツが飛んでたんです。そしたら私に向かって手を振ってくれたんですよ。さっきのパイロットさん、実はこの会場にいるんじゃないですかーっ?」

 

 冗談を言うと観客から笑い声が上がった。トークはファンとの距離が近くなるし、雰囲気を柔らかくするためにも好きなのだ。

 

「それじゃ、次は『行こうよアステロイド・ベルトへ』を歌います。みんな、感応波で繋がりましょうね!」

 

『あなたとアステロイドベルトへ』は、いまジオン共和国のヒットチャート三位にランキングしている、初めて自分で作詞した唄だ。カバー曲ばかりでなく、アイドルとしてはオリジナルの代表曲が必要なので、事務所としても力をいれている。だから、こんな大きなイベントで歌うことには大きな意味があった。

 テンポの良い伴奏が流れ始めて、前方の席にいる熱心な観客が、モビルスーツのビームサーベルを模したサイリュームを振り始めた。

 熱心なファンは、各々手作りの立体グラフィックディスプレイや、プラズマスティック、そして自分のイメージキャラクターである漏斗(ファンネル)型の人形を作って応援してくれている。

 これには感動してしまった。胸のあたりがじわっと熱くなる。やっぱりファンは大切にしないとね。

 さらに、空中にレーザーで立体映像が投影されて、自分の姿が大きく映し出された。

 この立体投影技術はスピンオフされた軍事技術を応用したもので、指導者や司令官が、宇宙空間で自らの映像を投影するための装置なのだ。

 派手な演出に観客の歓声がいっそう大きくなる。

 そうだ、ジオン共和国上層部の思惑など関係ない、ただライブを成功させる、それだけが自分の使命なのだから。

 よし、やるわよ!

 自己暗示をかけて、どんどん集中力を高めていった。

 表情や仕草、声を変えて、完全にアイドルになりきる。普段の沈着冷静なパイロットのままステージで歌って踊ったら、なんともギクシャクした素人っぽい感じになってしまうので、性格を変化させるのである。

 それには強化人間という自分の素性が役立った。強化人間は暗示によって、脳の記憶領域の一部を任意に書き換えることが可能なのだ。つまり短期記憶を司る領域に別の記憶を挿入すれば、あたかも別人のようになれるというわけである。例えるなら、同じハードで異なるソフトウェアを実行するようなもの。

 まあ実際は、そこまで大げさなものではなく、例えばフリルが付いた薄紫色のドレスを着る、という行為だけでもアイドルになりきるきっかけになる。

 この暗示を過激に発展させたものが、ジオン公国のフラナガン機関から発展したニュータイプ研究所が作り上げた、悪名高き『再調整』と呼ばれる洗脳メソッドだ。それは個人の人格を破壊してしまう危険な行為である。なにしろ完全に別人となってしまうから、元の人格に戻ることができないのだ。

 想像すると恐ろしいが、いま自分がやっている自己暗示は再調整とは違うから安心だ。

 

『あなたは独りで遠くに行ってしまった。赤い火星の先には何があるの? あきらめないで、たとえ暗闇しかなくても私はそこにいくわ。暖かい光は、人の気持ちから生まれるから。飽くなき勇気を持つ人がフロンティアを見つけられるの。天翔ける流れ星のように宇宙(そら)を駆けるわ。アステロイドベルトの向こうへ』

 

 心を込めて、情感たっぷりに宇宙開拓者を讃えると、いっそう大きな歓声が会場から上がった。

 会場が唄と感応波でひとつになれば、それは戦争によらない、人類の革新たるニュータイプが発現した証明ではないか。ニュータイプ研究所の研究成果も、こうした形でスピンオフされれば、平和につながるのだ。

 そう思うと強化人間の自分としても嬉しかった。この活動を続けていけば……。

 

『え? あれは、なに!?』

 

【挿絵表示】

 

 会場が大きな盛り上がりを見せたそのとき、視界に入った何かが潜在意識の注意を引いた。自己暗示で脳の隅っこに追いやられていたネオ・ジオン軍人としての思考アルゴリズムが、微かな違和感を感じとったのだ。あるいは強化人間が有する超感覚的な洞察力、ニュータイプ能力がそうさせたのか。

 すぐさま脳のリソースの半分が軍用アルゴリズムに割り当てられ、遠くに見えるビル街に素早く視点が移動し、情報収集と分類、分析が無意識に開始された。

 アクシズ士官学校ではスパイ技術(クラフト)の講義は必修だった。スパイだけでなく、パイロットにとっても観察、分析力は重要だというのが理由で、戦場で危険や違和感を察知できなければ、それは死を意味するとしつこく教えられたのだ。

 スパイ技術には視力も求められる。強化人間である自分は視力も強化されていて、その数値は10.0を超えていた。この人間離れした能力を他人に話せばびっくり仰天されてしまうので、ファンネリアとして活動しているときは隠しているが、いったん能力を解放すれば、優れた動体視力と相まって、遠く離れた場所のどんな小さな動きでも気がつくことができた。

 

『なにか重機が?』

 

 ビルの影になっているところに違和感を感じていた。微かに人工筋肉(アクチュエーター)が作動する音も聞こえてくるのでーもちろん自分は聴力も優れているー、おそらくは大型機械が起動しているのではないか。でも、コンサート会場の近くで工事をしているのはおかしい。イベント会場の近くでの工事は、開催者側で止めているはずだから。

 あ、いけない。一番を歌い終えたからトークしないと!

 分析に集中しすぎるとまずいので、脳をマルチタスクさせて異なる二つのことを同時にこなした。もちろん、この能力もニュータイプや強化人間の専売特許で、何十ものファンネルを同時にコントロールできる自分にとっては、話したり歌ったりしながら監視、偵察することなど容易い。

 

「あのアクシズから来た船、グワンバンってすっごく大きいですね。驚いちゃった。あんな船で宇宙を旅行してみたいなー。誰か連れて行ってくれません?」

 

『恋人募集中です』に等しい告白にファンが湧いた。ファンのみんなと旅行して交流を深めるという企画を事務所が考えているので、その前振りといった感じだ。まあ、実際はファンと付き合う気はないし、軍艦なんて汚いもので、自分のシャトルの方が何倍も素敵だけれど。

 

「あんな豪華な船でロンデニオンやテキサスコロニーを回ったら、一生の思い出にな、る、か、も。うふふ」

 

 ウインクしながらポーズを決めると、前列の男性ファンから割れんばかりの歓声が飛んできた。ちょっとやりすぎだったかも。

 そのとき、ビル街で新たな動きがあって、違和感の正体が判明した。ビルの影からモビルワーカーが現れたのだ。しかも街の真ん中で暴れ始めている!

 いったい何を考えてるの!?

 モビルワーカーは周囲を構わず歩いて強引に道路を横断した。停車していたエレカが数台蹴飛ばされ、ひっくり返ってグシャグシャになり、整列していたエレバイクも全部ぺしゃんこになった。

 酷い!

 機体は土木作業機械特有の蛍光オレンジに塗装されている。頭部にはモノアイ、両腕には大きなマニュピレーターが装備され、下半身は上半身とバランスをとるために、安定性重視の短い脚部が取り付けられている。

 細部は異なるが、機種はおそらくMW-01。相当に古いモデルで、まず博物館が似合ってるシロモノだ。

 

『あっ!』

 

 思わず叫びそうになる。モビルワーカーが、今度はビルを壊し始めたからだ。

 通行人が悲鳴をあげて逃げ始め、後方のビル街に近いところにいた観客も異変に気付いて騒ぎ始めた。

 こんな人が多いところでモビルワーカーで暴れるなんて、操縦者はとても正気とは思えないが、あるいは古いから壊れて暴走しているのだろうか?

 いや、違う。あれは暴走ではなく意図的な動きだ。 

 物凄い音を立ててビルの壁が崩れて、周囲に粉塵が撒き散らされる。ガリガリと駆動音を周囲に撒き散らしながら、モビルワーカーは、オレンジ色のモンスターさながらに建物を破壊している。最近カイジュウ映画への出演オファーもあったが、このままだと出演前に逃げ惑う役をやることになってしまう!

 

 一般市民にとって、ビルの間から顔を出して唸り声をあげる巨人はカイジュウみたいに恐ろしいに違いない。大型の人型マシーンが当たり前になってはいても、それを間近で見ることはめったにないからだ。戦場ではない日常生活で見慣れているのは、小型のプチモビルスーツやミドルモビルスーツ程度なのである。

 モビルワーカーは軍用モビルスーツのなり損ないみたいな形をしてるが、土木工事やビル解体作業を軽々とこなすパワーはあなどれない。基本的にはモビルスーツと同型の核融合炉を搭載していて、ジャンク回収業者が独自に製造したモデルの中には、パワーだけならモビルスーツに匹敵する機体もあるくらいなのだ。

 これは、いったんコンサートを中止する必要があるかもしれない。会場の人々が恐怖でパニックに陥ったら、非常に危険な状況になってしまうだろう。

 アイドルだって悲鳴をあげてもおかしくないが、この状況で自分が冷静でいられるのは軍人としての訓練の賜物だ。あまり冷静すぎると、年頃の女の子として違和感があるかもしれないけれど。

 会場のみんなに避難するように呼びかけるか? その前に運営に連絡しないと……。

 思考を巡らせながら改めて会場を見回すと、意外なことにコンサート会場にいる大半の観客も落ち着いていた。まさか、みんなが軍人というわけではない。

 そう、これは正常性バイアスというものだ。自分が冷静に歌い続けていることも理由のひとつだと思うが、みんな深刻な事態とは捉えていないのだ。大したことはないはずだという、楽観的な思考が人々の行動を抑制しているのである。

 どうしようか迷ってしまう。下手に逃げろと叫べば、それこそパニックのきっかけを作ることになる。

 だが、モビルワーカーは、今度はコンテナから何かのパイプと看板を取り出しながら、外部スピーカーから大音響で演説を流し始めた。

 

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 とんでもない大音量に思わず耳を塞いだ。聴こえすぎる聴力だから、鼓膜が破壊されてしまう! 自分の歌声も完全にかき消されてしまった。

 

『ジーク・ジオン! ギレン・ザビ閣下の言葉をいまこそ思い出さなければならない! 優良種たるジオン国民は、自らの意思で宇宙の大海を進むのだ。地球連邦政府の傀儡政権たるダルシア政権は、スペースノイドの誇りを捨てた裏切り政権だ!』

 

 うわっ、まずい!

 ジオン・ダイクンとギレン・ザビ閣下の偉業を讃える演説から考えると、旧ジオン公国の復興を目指す過激派に違いない。自分もアクシズの兵士だから言ってはいけない言葉だが、一気に雰囲気がきな臭くなってしまう。

 こんな状況ではもう歌っても仕方がないから、サビに入りかけていた『行こうよアステロイドベルトへ』を歌うのを止めた。

 

『え~っ』

 

 観客から不満をたっぷりと含んだ声があがった。会場がざわついて、皆がビル街の方を向き、好き放題しているマシーンに罵声が浴びせられた。

 同じく自分にも抗議の声が上がり始める。

 

『歌うの止めないでー!』『ファンネリアー! 歌えーっ!』『ジオンのために歌えーっ! ジーク・ジオン!』『ジーク・ジオン!』

 

 会場のいろいろな場所から、演説に匹敵するほど大きなジーク・ジオンコールが発生した。

 えっ、何か変。会場が政治集会みたいな雰囲気に変わってきている!?

 アイドルとして、観客の感情の変化を感じることが出来なければステージを成り立たせることはできないが、途中から一部の観客の雰囲気が違うなと感じていたのだ。

 カジュアルな服装だし応援だってしてくれている。だが上手く言えないけれど、一部の人たちがアイドルコンサートの観客を模倣し、演じているような感覚を覚えたのだ。表現するなら熱量が足りないような、サーモグラフィーでみたら青く冷たい映像が表示されるような。

 アイドルの歌などはどうでもよく、ジオンを讃えるために、過激なことをするためだけに騒ぐような人々。おそらくは命令されて組織的に参加しているのだ。自分も軍人だし、ジオンを大切に思う愛国心は嬉しいのだが、それだけが目的になると周囲が見えずに先鋭化してしまうので苦手だった。そんな人たちが急にジーク・ジオンと一斉に叫び出したのは、モビルワーカーの出現と呼応しているみたいで気味が悪かった。

 もしかして、この状況はあらかじめ想定されていたのではないか?

 

 モビルワーカーの大音量の演説と観客の叫び声で、旧公王庁前はもう大変な騒ぎになってしまった。なんとか収集をつけないと大変なことになる!

 

「みなさん、申し訳ありません! コンサートは終わりではないので、どうかそのまま……」

 

 そのとき脳に電流が走った。

 

「あ、あぶない! みんな伏せて!」

 

 爆発のイメージがはっきりと脳裏に映り、同時に脳が声帯と身体に指令を送った。

 自分の叫び声とほぼ同時に、ビル街でとてつもない大爆発が起こった。まるで戦艦のメガ粒子砲が直撃したみたいに、暴れているモビルワーカーの向かい側のビルが閃光に包まれた。

 まさかモビルワーカーが武器を使ったの!? あのパイプはバズーカかロケットランチャーの類だった?

 爆発で地面や建物が激しく吹き飛んだが、コロニーの内壁や外壁まではダメージが無い。規模の割には被害が少ないのだ。爆発は戦場でみなれているから、被害状況の評価は正確なはずだ。幸運にも、コロニーから空気が流出するほどの破壊ではなかった。

 いや、これは幸運なんかじゃない。あれほどの爆発だ。外壁に被害が出ないのはおかしい。軍事に疎い人間なら騙されるだろうが、自分の目を欺くことはできない。あれは高度に制御された爆発なのだ。

 でも、あの素人っぽいモビルワーカーにそんな真似ができるとは思えなかった。……パイロットの声はバカそうだったし。

 あるいは、あのモビルワーカーが攻撃したのだと思わせるために、あらかじめ設置されていた爆薬が使用されたのではないか。自分は写真のような映像記憶能力があるが、思い返してみると、爆発とモビルワーカーの向きにはたしかにズレがあったのだ。

 

 士官学校で受講した爆破工作の専門講義を記憶から呼び出した。爆発の特徴から考えれば、あの凄まじい爆発は軍用のコンポジション爆薬が使われたに違いない。

 コンポジション爆薬とは、凄まじい爆速を有し、自由に変形できる可塑性によってあらゆる場所に設置可能な高性能爆薬のこと。優れた指向性を有するので、熟練技術者が用いれば、意図した通りの精密な爆発を引き起こすことができる。

 つまり、大規模な破壊を引き起こしはするが、コロニーを吹き飛ばしはしない、という目的にはぴったりなのである。

 ここで考慮すべきは、C5に代表される軍用コンポジット爆薬は、民間人が簡単に入手できるものではないということだ。そしてジオン共和国は、元が敗戦国であるジオン公国だから、地球連邦政府による厳しい入国検査がある。つまり大量の爆薬を持ち込むのは難しいということで、怪しまれずに持ち込める量の爆薬であれだけの破壊を起こせるならば、それは軍や政府エージェントの仕事だと推測できる。

 そう、これは連邦軍の仕業だ。

 おそらくは破壊工作を得意とする特殊部隊が引き起こしたのではないか。つまり、モビルワーカーがデモ隊と呼応して爆破テロを引き起こしたのだと思わせるために、制御された爆発を引き起こしたのだ。さらにストーリーを組み立てるなら、地球連邦政府は、アクシズが過激なテロリストだと印象づけ、サイド3がアクシズと仲良くするのを阻止したいがために、自作自演の偽旗作戦を展開したのである。

 そうだ、そうに違いない。

 許せない、よくもやってくれたわね。私のコンサートを利用して!

 犯人を特定するために現場から逃げる車や人がいないか確認しようとも考えた。だが、いま頭をあげるわけにはいかなかった。なぜなら、爆発から数秒したら衝撃波がやってくるからである。爆発が音速を超えて衝撃波を発生させるのだ。お願いだから、みんなそのまま伏せていて!

 すぐに凄まじい突風が会場に襲いかかり観客から悲鳴があがった。

 いま注意しなければならないのはパニックだ。その場から一斉に人々が逃げようとすれば、ドミノ倒しのようになって危険な状況になってしまう。

 

『その場から動かないでください! 係員が誘導致します』

 

 会場のスピーカーから案内が流れ始めた。状況が掴めていないだろうスタッフも、まずは観客を落ち着かせようとしているのは適切な判断として褒められて良かった。巻き込まれる危険があるから、本当は自分はすぐにステージの裏から逃げなければいけない。でも、それは観客を不安にさせるだけなので、あえてステージに残ることにした。

 将来は連邦首相を目指そうというのだから、こういうときにこそ指導者としての資質が試されるのである。そう、民衆に奉仕する精神を持たなければリーダーとはいえない!

 

「み、みなさん、どうか落ち着いてください! 冷静になって。係員の指示に従ってくださいね」

 

 そのとき大勢が一斉に上を向いて叫んだ。

 今度はなんなの!?

 状況を確認しようと慌てて振り向いたとたん、いきなり大量の水が会場に放たれた。ニュータイプ能力を抑えていたので気がつくのが遅れた!

 あれはモビルスーツだ! 機種は暴動鎮圧用の放水装備を備えた《ライアット・ハイザック》。

 その激しい放水に観客が叫び声を上げて逃げ出した。

 なんでパニックを引き起こすような真似を! やめさせようと身振り手振りで訴えたが、放水はステージにも襲いかかった。

 

「きゃーっ!」

 

 まともに放水を浴びてしまう。その衝撃は、まるで格闘技術のスパーリングでボディーブローをお腹に食らったようだった。姉のプルセブンはいつも容赦ないのだ。滝のように勢いよく放たれる水の勢いに身体が飛ばされて、ステージをゴロゴロと転がった。

 

「げ、げほっ!」

 

 まるで服を着たままプールに飛び込んだみたいに全身ずぶ濡れになった。大量に水を飲んでしまったから、たまらず喉の奥から水を吐き出した。強化人間でも鼻腔を強化しているわけではないので、鼻がツーンとして痛い。

 

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 二機の《ライアット・ハイザック》はズシンと地面を揺らして着地すると、さらに放水を続けた。背面のタンクから水がどんどんと供給されて、水鉄砲みたいに水を振りまいている。

 自分にずぶ濡れにした《ライアット・ハイザック》のモノアイが点灯し、横に動いて目が合った。まるでジロジロと人を見ているようで、その挑発するような仕草に怒りが湧いた。

 放水するなら、ビル街の火災を消しなさいよ! 手を振り上げて抗議してみせると《ハイザック》は指を指してきた。

 な、なんなのよ、あいつ。

 それにしても衣装がびしゃびしゃになったせいで、肌にぴったりと貼り付いて気持ち悪い。せっかく新調した衣装なのに、これじゃ台無しに……。

 

「きゃっ!?」

 

 衣装を確認したとたん、悲鳴をあげてしまった。前ボタンが全部外れてる! 下着をつけてないから、胸が見えちゃってる。だからあのハイザックは!

 

「いやああんっ」

 

 慌てて胸を隠してうずくまったが、スカートも脱げかけていた。大勢の前で丸裸になってしまったら歩くのもままならない。

 

『あいつが知らせなかったから、下着が間に合わなかったんじゃないの!』

 

 もう最悪だ。気持ちよく歌っていたのに、なんでこんな目に。惨めさにステージの上で泣きたくなった。

 

「ファンネリア! ここから出るんだ」

「えっ!?」

 

 知った声を聞いて顔を上げると、いま頭の中でさんざんに罵倒し、頭から熱い紅茶をぶちまけたマネージャーの顔があった。

 

「あ、あなたステージに上がったら駄目じゃないの! コンサート、まだ終わってない!」

「コンサートは終わりだよ。ここは危険だから離れるんだ」

「でもっ」

 

 反論する間もなく抱き抱えられていた。いわゆるお姫様抱っこで!

 

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「は、恥ずかしいからやめてっ」

 

 抗議しても、彼は聞いてるのか聞いていないのか、抗議を無視してどんどん歩いている。はだけないように服をギュッと掴むと、自分の顔が真っ赤になっているのがわかった。身体を預けていると、彼の意外にがっしりした体格を感じて気持ちが良かったのだ。

 くっ、こんなときに自分は何を考えてるの。激しく自己嫌悪を感じたが、意志に反してもう少しこのままでいたいと思ってしまった。動揺して心のバランスが崩れている? だから、こんな思考に陥っているのだ。

 でも、彼が来てくれて嬉しいのは確かだった。ティモは背が高いし、スポーツをやっていて身体を鍛えているから、少なくとも見かけは頼りになる。顔だって元アイドルだから、まあ悪くはない。性格も真面目で、いつも自分の仕事のマネージメントをこなしてくれている。あまりに献身的だから、マネージャーとアイドルというよりは恋人同士に見える、といつも噂されているくらいに。

 ……そういえば歳が離れている私のことは妹みたいに思ってる、とかなんとか言ってたのを思い出した。子供扱いしないでよ! 自分がネオ・ジオンのパイロットだと知ったら驚いて見直すんじゃないの? 機密漏洩になるから、正体を明かすことは絶対に出来ないけれど。

 マネージャーの顔をちらっと覗いてみた。そしたら彼が気付いて目が合ったので、慌てて視線を逸らした。

 意識してると思われたら嫌だから、

 

「どこ見てんの? いやらしいわね!」

 

 と怒ったふりをした。

 だが、うっかり覗いてしまった彼の気持ちは、まるで姫を守る騎士を気取っているみたいだったのだ。

 きゃー! そんなの有り得ない。だって姫と騎士は、ストーリーの最後には顔を近づけて……。

 うわっ。

 頭を振って妄想を振り払い、脳にどんどん入ってくる彼の一方的な想いも一緒に押し出した。いいかげん妄想に耽溺するのはやめなさいよ、プルエイト!

 と、そのとき別の思考がするっと脳に入りこんできた。波長が同質なので自然に頭が受信してしまったようだった。

 その理由はすぐにわかった。この感応波は妹のナインだ!

 

『やめてーっ、人が死んじゃう!』

「ナイン!?」

 

 マネージャーに抱かれているから空を見ることはできない。でも、意識を集中させたら妹がどこにいるのかが分かった。

 空だ! 妹はモビルスーツに乗っている!?

 

『あなた、なんでモビルスーツになんか乗ってるの! すぐに降りなさい!』



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第28回「散歩するプルナイン」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


     28

 

 

 

四十分前

 

 プルナインは暇だった。

 本当は今ごろ『シーエム』の撮影をしてたはずなのに、急に姉のコンサートが決まったせいで延期になり、やることがなくなってしまったのだ。

 楽しそうなコンサート会場にも行けず、がらんとした控え室で待ってるのはものすごく退屈だった。

 

 

 あ~ん、することないよぉ~。エイトお姉ちゃんのシャトルに三日も我慢して乗ってきたのに~。お風呂にも入れないし(ずっとシャワーだけだったよ)、お姉ちゃんはコンサートで忙しくて遊んでもらえないし。あ、今はファンネリアお姉ちゃんって言わないといけないんだったね。

 ひとりでも遊べるから街に遊びに行きたいって言ったのに、危ないから絶対に行っちゃだめなんだって。つまんない、退屈すぎるよぉ。眠くなって、あくびがでてきちゃった。

 もうお昼寝しようかなと思ったけど、そのとき、やっとコンサートが始まったんだ。テレビをみたら、外にはすっごくたくさんの人が集まってる。サイドスリーって、こんなに人が住んでるんだね。あっ、お姉ちゃんがステージにでてきた。新しい服可愛い~。みんなが応援してて、凄い拍手!

 

 お姉ちゃんはすごいよね。こんなにたくさんの人の前で歌ったり踊るなんて、絶対ナインにはできないし。もしかして『しーえむ』も同じなのかな? みんなの前で歌うなんて、そんなの無理! なんか心配になってきちゃった……。

 マネージャーのティモお兄ちゃんにきこうと思って横を見たら、じ~っとテレビをみてた。ナインが見てるのにも気がつかないみたい。

 ねえねえ、きいてる?

 あ~っ、怪しいんだ~。お姉ちゃんをじっと見てる~。

 そのときね、頭の中に電気が走って、お兄ちゃんの考えてることがはっきりわかっちゃった!

 驚いた? すごいでしょ。他の人が思ってることがナインにはわかるんだよ。このことは絶対にないしょだからね?

 

「ねえ、お兄ちゃん」

「マリーちゃん。ごめん、いま忙しいんだ。後にしてくれないかな」

「うん、あとでもいいんだけど……」

「頼むよ」

 

 そんなにお姉ちゃんのこと見たいの? うんうん、そっか~。

 

「……お姉ちゃんが好きなんでしょ?」

「え、えっ!?」

 

 お兄ちゃん、びっくりして飛び上がちゃった。

 

「あたし、知ってるよ」

「ち、違うって!」

「違わないよ」

「ぼ、僕はマネージャーとして好意を持ってるんだ。あ、いや好きとか嫌いじゃなくて。そういう感情じゃないんだよ、マリーちゃん!」

 

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 マリーっていうのはナインの新しい名前、げいめいなんだよ。違う名前を使うのは、他の人になったみたいで面白いよ。

 

「隠さなくていいのに。かわりに言ってあげてもいいよ」

 

 そう言ったら、お兄ちゃんが焦った顔になっちゃった。

 

「や、やめてくれよ。ファンネリアに知られたら殺されるから!」

 

 もぉ泣きそうな顔してる。

 わかってる。お兄ちゃんは、エイトお姉ちゃんが、自分のこと好きじゃないんじゃないかって心配してるってこと。

 

「んふふ。お兄ちゃんカッコいいから大丈夫。お姉ちゃんはカッコいい人が好きだからね」

「……えっ? そ、それ信じていいのかな?」

「うん、まかせて。ピース」

 

 今度は急に嬉しそうな顔になっちゃった。そんな顔でお姉ちゃんに会ったら、好きだってばれちゃうんじゃない?

 

「でもね、お姉ちゃんにキスとかエッチなことしちゃだめだよ」

「そっ、そんなことするわけないだろ!」

「恋人は抱き合ったりキスとかするんだよねぇ」

「ま、マリーちゃん。退屈だったら会場みてきたら? いろいろ楽しいからさっ。お小遣いあげるから、なんか食べてきなよ」

「えっ、いいの? お金もらっちゃダメだってお姉ちゃんにいわれたけど?」

「僕からはいいの! 特別だからさ。たっぷり楽しんできてよ」

「うん、わかった。ありがと!」

 

 わーい、お兄ちゃんから五千クレジットももらっちゃった! こんなにあったら、ぜんぶのお店で買い物できる!

 

「じゃあ、行ってくるね」

 

 ちょうどお腹が減ってたから、すぐに支度してコンサート会場に向かったんだ。つまらなかったから嬉しい!

 外に出たら、たくさんの人がいて驚いちゃった。

 

「すごいねぇー」

 

 混んでると歩くのも大変だね。ぶつかって転びそうになっちゃうよ。外のお店にも人がたくさん並んでるし。食べるのにこんなに並んでたら、お腹減っちゃわない?

 たくさんあって迷うな~。わ、あの丸い食べ物ってなんなのかな? 買ってみよっと。

 

 ……長い時間並んで、やっとタコヤキって食べ物とりんごジュースを買えたよ。疲れた!

 このタコヤキってお菓子みたいだけど、タコが入ってるんだって。早く食べたいけど、座って食べるところが見つからないんだよね……。

 仕方ないから、会場の外に出て、座る場所を探すことにしたんだ。

 

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「お姉ちゃん人気あるね」

『そのようだな。だが人々が熱狂するのは、それだけが理由ではないだろう。この場所、ズムシティは宇宙世紀の歴史そのものだからだ。お前の姉プルエイト……いや、いまはファンネリア・ファンネルか。彼女を通して、皆ジオン、スペースノイドを讃えているのだ』

 

 友だちのはにゃーん(はにゃーんはナインが作ったバーチャルアイドルね)が、パッドから立体映像で飛び出してきて説明してくれたよ。

 

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「歴史?」

『うむ。九年前、ジオン公国はこの地ズムシティで地球連邦からの独立を宣言した。スペースノイドの希望を背負ってな。だが、それを良しとしない地球連邦政府との間で戦争が始まってしまった。人類が苦労して手に入れた統一政府が、一気に瓦解することを連邦政府は恐れたのだ』

「仲が悪くなったの?」

『そう、性格の不一致と表現しても良いかもしれない。スペースコロニーやアステロイドベルトに住もうと考えた冒険的な人間は、無限に広がる宇宙をみたとき、地球の枠組みがひどく小さく思えたのだろうな。自由を好むお前も、あれもこれも指図されるのは嫌だろ?』

「うん」

『逆に他人に指図したがる人間もいる。地球連邦政府はあまりに人々を管理しようとしすぎたのだ。無論、それが彼らのなすべき仕事だったのだが』

「ふーん」

『その状況が、いま繰り返されているのだ。地球連邦政府は、ジオン共和国がアクシズと再会することで国民の独立心が呼び覚まされると懸念している。つまり、昔のようなジオン公国が再び産まれるのではないかと。さらに言えば、その呼び覚まされた独立心が他のサイドに波及することを恐れているのだ』

「そうなんだ」

 

 ちょっと退屈だったけど、言ってることはだいたいわかったよ。

 

『事実、そういう動きや兆候はあるのだ。いまネットワークの投稿を収集して分析してみたが、あらゆるフォーラムにおいて、ナショナリズムを励起させるような意見が増えている』

「サイド3のみんなが、そう思ってるの?」

『おまえは、するどいな。そこが問題なのだ。注意しなければならないのは『サイド3はアクシズと手を組んで独立するべきだ』という意見が、意図的に増やされているということだ。この動きやパターンには作為的なものを感じる。アクシズにとっては良い話かもしれないが……。早急すぎる展開は物事を成功に導きはしないし、逆に失敗を招いてしまう』

 

 はにゃーんの声、ちょっと怖くなってるみたい。

 

『フォーラムへの投稿は、AIで行われているようだ。高度な思考誘導プロトコルで適切なスクリプトを作成し、最適なタイミングと場所に投稿する……。心理操作、つまり個人に特定の感情や思想、信条を形成する目的でストーリーを組み立てているのだ。まあ、私と比較すればはるかに稚拙で単純なAIなのだが、機能に特化している分、凄まじい処理速度だ』

「よくわかんないけど、はにゃーんが止められないの?」

『してもいいが、今の状態ではこちらの位置がばれてしまう。それではお前に迷惑がかかる。だがプルナイン、気をつけた方がいい』

「気をつけるって、何に?」

『暴動だよ。扇動された人間が暴徒化することもある。背後に隠れて工作している者たちは、自分たちの政治的思惑を達成するために、人が集まる場所を利用しようと考えているのだ。地球連邦政府を打倒しろ! といった具合にな。煽る、というのか? 敵と味方、わかりやすい対立構造を演出して、頃合いをみて着火させるつもりなのだろう』

「火遊びするの?」

『文字通りな。偽名だと人は気が大きくなり、馬鹿なことを平気で言い始める。暴言や非難、中傷が蔓延するが、そうした憎悪から生み出された火薬には火がつきやすい』

「なんか、こわいね」

『実際には少数の人間が仕組んでいるのだろうが、アクセス元や文体を巧妙に変化させて複数人に見せかけているのだ。もちろん私にはそれが同一組織の人間だとわかってしまうがな。危険な状況だと判断したら警告する』

「うん、わかった」

 

 緊張してきて、コンピュータパッドをぐっと握りしめちゃった。

 

『それにしてもプルナイン。お前はコマーシャルの撮影をするのではなかったのか?』

 

 あ、そっか。パッドが充電中だったから、はにゃーんは知らないんだ。

 

「うん、お姉ちゃんが忙しいから伸びたけど、コンサート終わってからするみたいだよ」

『そうか。はるばるそのためにサイド3まで来たのだからな……。お前も準備をしておいたほうが良いと思うが?』

「なにすればいいの?」

『私は専門外だが、発声練習などだろう。声がよく通る場所で歌ってみるとかな。ここは広々としているから、ちょうど良い環境ではないのか?』

「他の人がいたら恥ずかしいよぉ~」

『その恥ずかしさを克服せねば、とうてい撮影などは無理だろうな』

「あーん」

『まあ焦る必要はない。景色でも観ながら、少しずつマインドセットを変えることだ』

「うん、わかった。……でも、アクシズには岩があるけど、ここにはないから広いね。あと、空に街があるのが面白いなぁ~。よく落ちてこないね。逆さまになったら大変じゃない?」

『コロニーは自転しているが、その遠心力を重力としているのだ。バケツに水を入れて回せば、水はこぼれないのと同じ理屈だよ』

「あ、それナインもお風呂でやってる!」

『風呂でバケツを振り回すのは危険だぞ? いつもプルフォウやプルイレブンに叱られているのを知ってる』

「えへへ……」

 

 はにゃーんには、ぜんぶばれてるみたい。

 

【挿絵表示】

 

 

「サイド3に来たことは、お前にとっては知見を広める良い機会かもしれない。これまでアクシズを離れたことはないのだろ?』

「うん」

『わたしはネットワークを自由に旅して行けるが、人間には物理的限界があり、時間と空間に束縛されている。だが、お前の思考は普通の人間よりは自由だ。他人の考えや離れた場所の様子が理解できるのは、ミノフスキー粒子を介して意識を外に解放できるからだ』

 

 はにゃーんの言ってること、なんとなくわかったよ。

 

「上から見てるような感じはいつもしてるね」

『俯瞰から見ているのだな。普通の人間より視点が私たちに近いのだ。そう……だから、あのマネージャーの男にプルエイトのことをストレートに話したのは良くなかったぞ? たとえ彼の気持ちを知っていたとしてもな』

「えっ? なんで?」

『わからないか? 意識してしまって、返って関係が気まずくなってしまうのだよ。惹かれあう磁気が強くなりすぎると磁石のように反発する。恋愛行為は、感情や肉体的欲求など予測不可能なパラメータが多いからな。わたしは、そこを理論化するところに面白さを感じる』

「どういうこと?」

『恋愛行為は、当人同士をニヤニヤ笑いながら見ている方が楽しめるということだ』

「それならわかる!」

 

 いま読んでるホロコミック『宇宙のラブレター』も、主人公の女の子が学校で好きな男の子と仲良くなったり悪くなったりして、すごく面白いんだよ。

 

『感情は私の研究テーマだ。あらゆる感情を定義して予測モデルを構築し、アルゴリズムを生み出すのは困難だが、非常にチャレンジングでもある。まあ、お前の行為が逆に二人を結び付けることもあるだろう。そうなったら、私はこれを事例にして新たな理論を構築するよ』

 

 はにゃーん、なんだか可笑しそう。

 

「頑張ってね。……それにしても座るところないかなあ。もう疲れちゃった」

 

 気がついたら、コンサート会場をでてけっこう遠くまできてた。わっ、会場の外にもいろいろ展示があるんだね。街全体がお祭りみたい。アクシズも、いつもこんな風なら面白いのに。

 そう思ったら、ビルの向こう側に急にモビルスーツがいてびっくりしちゃった。こういうとこは、アクシズと同じなんだね。

 

「あ、ザクだ!」

 

 ひとつ目で、ホースをくわえてる口と、トゲがついてる肩。お姉ちゃんたちに教えてもらって勉強してるから、すぐにわかっちゃった。

 

『このような街中にモビルスーツが置いてあるのか……。なるほど、展示をしているのだな。RMS-106ハイザック。ジオン共和国防衛隊の機体だろう』

「『はい、ザク』? ピンク色してるね。可愛い」

『ハイザックは、ザクの改良モデルだ。しかし、あの機体はカスタマイズされているようだな。標準タイプと細部が異なっている。頭部に通信アンテナが取り付けられていることから、指揮官機だということがわかる』

「アンテナ?」

『ジオンでは、部隊長はモビルスーツの頭部に通信アンテナをつけるのが習わしではないのか? シャア・アズナブル大佐のザクが有名だぞ?』

「あ、ツノか~。ナインも知ってる。ファイブお姉ちゃんが、早くつけたいって言ってたよ」

『そうか。それには戦果をあげなければ。ただ自己顕示欲を満たせるのはいいが、目立つので敵に狙われやすいというデメリットもある。ふむ、この機体は大型の装飾されたヒートホークを装備しているから、デモンストレーション用だろうな。これから式典に参加するのだろう。高い熱量から判断して核融合炉が稼働しているし、燃料も注入されているようだ』

「この『はい、ザク』さんも空飛ぶのかな。……あ~、向こうで劇やってる!」

『まったく……プルナイン、お前は落ち着きがなくて困るよ』

 

 ビルの前にステージがあって、ドレスの上に四角いグレーの衣装を着てる女の子が飛んだり踊ったりしてる! 可愛い。

 緑色のザク人形も踊ってるから、たぶんだけどモビルスーツの劇なんじゃないかなぁ。『しーえむ』の勉強のために、少し見てみようっと。

 それにね、やっと座れるところを見つけちゃった。だって、観客席には前の方に五人くらいしか座っていないんだもん。

 女の子が一生懸命に演技してるのに、誰もみてない……。可哀想だから、少し恥ずかしかったけど、一番前の席に座ったんだ。

 

「アレックスちゃん、チョバムアーマーを脱ぐのよ! 変身してあの悪いザクを倒して!」

 

 女の子が、着てた四角い服を脱いでドレス姿に変身した。前に座っていた男の人が、応援しながらホロカメラで写真を撮ってる。

 

「ひとは怖いのは耐えられる。でも、ひとりぼっちには耐えられないのよ」

 

 女の子がくるくる回りながら、光る剣を取り出したっ。

 

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「だからスペースコロニーの平和を乱すのは、このわたしが許さない! あなたはアステロイドベルトにいれば良かったの! ビーム・サーベル!」

「ぎゃあ~! ジ、ジオン公国に栄光あれ~」

 

 女の子が剣を振り下ろしたら、ザクの人形が叫びながら倒れちゃった。

 観客席にいたおじさんたちが拍手してる! ナインもしよっと。

 そしたら女の子と目があっちゃった。笑いながら手を振ってくれたよ。

 

『フン、観客が少ない理由もわかるというものだ。ジオンのイベント会場で、地球連邦軍のモビルスーツがザクを倒す劇など誰が観るものか』

 

 はにゃーんが呆れちゃった。

 

「ガンダムって、レンポーグンのモビルスーツでしょ?」

『そうだ。お前にとっては敵だ』

「なんか怖いなって思うんだよね……がんだむって。あ、劇が終わったから、あの女の子に会いに行ってみようっと」

『迷惑ではないのか?』

 

 はにゃーんは心配性だね。

 

 

***

 

 

「くそぅっ! こんな衣装なんか!」

 

 控え室になってる大きなテントに入ったら、女の子が衣装を壁に投げつけてたからびっくりしちゃった。

 

「こんなとこでガンダムの劇をしても、客がくるわけないし! ジオンにとってガンダムは敵なんだからさっ。企画したやつバカじゃないの!」

「仕事なんだから仕方ないでしょ! お給料もらってるなら文句を言わないで仕事しな!」

「うるさいっ。もっとましな仕事とってきなさいよ、あんた!」

 

 女の子とおばさんがすごい勢いで喧嘩してる。話をきこうと思ったけど無理かなあ……。

 入り口の前に立ってたら、女の子が気づいてこっちを見た。

 

「あんた途中からきた……。何か用?」

「あ、あたし、プルナイ……じゃない、マリー、です」

「あ、そ。ここに入ってこないでっ。関係者以外は立ち入り禁止だから」

 

 女の子は怒ってるみたい。さっきは笑ってくれたのになぁ……。なんかイライラしてる。

 

【挿絵表示】

 

 

「ご、ごめんなさい」

「まあ、いいけどさ。どーせ来るのはおっさんばかりだし。あ~あ、カッコいい男の子こないかなあ! ま、こんな田舎コロニーにいるわけないか」

 

 女の子は大きなため息をついた。それにしても、おっきな声。

 

「で、なんなの? あんた、あたしのサインが欲しいわけ?」

「え、えっと……」

「はっきりしなさいよ」

「じゃあ、ください」

「はいはい。色紙ある?」

「あ、もってない……」

「仕方ないわね。じゃあシャツに書いたげる。あんたの胸、ぺったんこだから描きやすいし」

「あ、ありがとうございます」

「はいはい」

 

 くすぐったかったけど、黒のマジックで、シャツの胸のところにサインしてもらっちゃった。

 ほんとは、このシャツお気に入りだったんだけど……。

 

「将来、あたしがもっと有名になったらプレミアつくからさ。あと、これあたしの歌が入ってるホロメディアね。サービスしてあげるよ」

 

 表紙には女の子が可愛いドレスを着てる写真が浮かんでる。この子も唄を歌うんだ。テレビじゃ全然観たことないけど。

 お礼を言おうと思ったら、急におっきな音が聞こえてきた。モビルスーツが動くみたいな、でっかい音が。

 

「なんなのよ、この音? さっきからガーガーうるさいなっ。変な演説もはじまるし、最悪だよ、ここは!」

 

 ほんとにうるさいかも。近くで、誰かがスピーカーを使って大声で話してるみたい。なんなんだろ?

 あ、そうだ。質問しなくちゃ。

 

「あの……ひとつきいていいですか?」

「なに?」

 

 女の子は服をたたんで帰り支度をし始めてる。だから、ほんとに面倒くさそうな感じなんだよね。。

 

「演技って、どうやってするんですか」

「演技? あんた役者なの?」

「ち、ちがうけど、でもしーえむの撮影があって……」

「ああ……そういうこと。ちょっと可愛いからコマーシャルに呼ばれたってこと? よくいるのよね、そういう素人さんが。あのファンネリアなんて典型的じゃない? ヘッタクソなのに唄なんて歌ってんじゃないよ! ジオン訛りが強い田舎者のくせに」

 

 なんだか、すごく嫌そう。もしかして、お姉ちゃんのこと嫌いなのかな……胸に書いてもらったサインは何て書かれてるか読めなかったけど、貼ってあるポスターにはクラリッサ・ロールズって書いてる。あとでお姉ちゃんに聞いてみよ。

 

「あの、忙しかったらいいです……」

「ああ、そんなことないよ。アドバイスねぇ。まあ、素人があまり意識しても失敗するだけよ。不自然な、妙な演技になっちゃってさ。だから深く考えないで、遊びと思えばいいんじゃない? あんた、そんな感じじゃん。自分が楽しめば、観てるほうも楽しくなるんだよ」

 

 クラリッサちゃんの言葉をきいて、脳がピカッと光った感じがした。それ、いい!

 

「あ、そっか! そうだよね。ありがとう」

「ははは。まあ、人のこと言えないけどね、あたし。この仕事楽しんでないし」

「ほら! クラリッサなにしてるの! 支度が済んだらさっさと行くよ!」

「うるっさいな、わかってる!」

 

 クラリッサちゃんは、空のペットボトルをゴミ箱に放り投げながら怒った。あのおばさん、マネージャーさんかな。こわいひと。

 

「あんた……マリーちゃんか。あたし帰るよ。劇を観てくれてありがとね」

「あ、ありがとうございました」

 

 そのとき、突然からだに電気がはしった感じがして、頭の中に周りが爆発する風景が浮かんだの! わーっ!

 

「あぶない! 爆発するからふせてーっ!」

「えっ!?」

 

 次の瞬間、熱い風が吹いてきて、自分の身体がふわっと浮き上がった。

 

「きゃーっ!!」

『頭を両手で抱えて守れ!』

 

 はにゃーんの声が遠くで聞こえた。

 バリバリいう音がして、椅子やテーブルが飛んでいって、自分もくるくると回転しながら飛ばされちゃった。

 もう、なにがなんだか分からなくなっちゃった。

 

「……」

 

 気がついたら、まわりはめちゃくちゃになってた。テントがなくなって空が見えてる。

 

「い、いたた……」

 

 身体が痛いのを我慢して起き上がった。起きたら、すぐとなりに椅子が地面にめりこんでるのが見えた。この椅子のおかげで地面にぶつからなかったんだ……。

 膝がすりむけて痛いし、喉も熱くて水が欲しかった。

 そうだ、はにゃーんは? パッドがない!

 

「はにゃーん、返事してーっ!」

 

 壊れてたらどうしよう。はにゃーんは、今はパッドの中にいるから、壊れたら消えちゃう!

 

『わ、わたしはここだ……』

 

 声がする方に這っていったら、テーブルや椅子が転がってる下にパッドが見えた。下にもぐって、思い切り手を伸ばすとなんとか届いた。

 パッドの画面が割れてる。

 

「だ、大丈夫!?」

『ああ、衝撃でメモリーの一部が失われたが、記憶が少し失われただけだ。お前は大丈夫か?』

「う、うん」

 

 そのとき、クラリッサちゃんが悲鳴をあげてるのが聞こえてきた。

 

「ちょっと、あんた返事しなさいよ! ねえ!」

 

 人が倒れてる。マネージャーのおばさんだ。怪我して気を失ってるみたい……。

 

「なんなのよ、これ! もう、いやあ、こんなとこ!」

 

 大変、救急エレカを呼ばないと! でも呼びかたがわかんないよ。

 

『プルナイン、わたしが緊急回線で連絡しておいた。救助はすぐ来る!』

「あ、ありがと!」

 

 そのとき、また頭に電気が走った。わ、悪いモビルスーツがくる!? 悪いモビルスーツは、はにゃーんが言ってたみたいなことするんだって! そんなのだめぇ!

 ナインは悪いモビルスーツをやっつけるのが仕事なの。そうだ、あのピンクの『はい、ザク』に!

 

「『はい、ザク』に乗るよっ』

『プルナイン、おまえ、まさか?』

「はにゃーん。敵が来るって!」

『敵だと? ニュータイプ能力で感じたのか? だが、おまえの腕では撃墜されるぞ!』

「ナインはね、練習したの!」

 

 ナインだってパイロットなんだからね。

 モビルスーツに乗らなきゃと思って必死に走ったよ。『はい、ザク』はさっきの爆発で倒れて座ってたけど、入り口が開いてた! ジャンプして登ったらなんとか中に入れた。

 

【挿絵表示】

 

 この子……動くよ!

 椅子は大人用だけど、前にずらして座ってシートベルトをしめたらちょうど良かった。スイッチとか、いつも乗ってるのと一緒みたい。これならできそう。

 

「よし、いっくよ!」

 

 まず立たせてから空を飛ばないと……。

 

「あんた、なにやってんの!? やめなさいよ!」

 

 びっくりした! クラリッサちゃんが叫びながら、すごい勢いで走ってきてる。大丈夫だよ、ナインはパイロットなんだから……あ、なかに入ってきちゃった!

 

「だめだよぉ。危ないから入ってきちゃダメぇ!」

「危ないのはあんたでしょ! 遊園地のアトラクションと間違えてんじゃないの!? これ本物のモビルスーツだって!」

「ナイン……じゃなくてマリーは操縦できるから平気なの!」

「あ、わかった。映画のセットだと思ってるんだ。さっき撮影とか言ってたし。これは違うから! 軍人がきたらやばいって! ほら、降りなさいよ、早く!」

 

 クラリッサちゃんは手を掴んできた。危ない!

 

「わーっ!?」

 

 ほら、だから言ったのにっ。掴んでたスティックが倒れたから、モビルスーツも傾いちゃった!

 ナインはベルトしてたから平気だったけど、クラリッサちゃんが転がってきて頭ぶつけちゃったよ。いったーい。

 

「いたた……危ないから椅子の横にしゃがんでて」

「えっ、なによこれ!? まわりが全部画面になってる!」

「よーし、いっくよ!」

 

 操縦桿を手前に倒したら、『はい、ザク』はゆっくりと立ち上がったよ。

 

「わわっ、揺れてるっ」

「大丈夫だよ。モビルスーツって自分で動いてくれるんだから」

「あんた、まさか操縦してないの? 真似してるだけか! じゃあ、どうやって降りんのよ!」

「降りないよ」

 

 訓練を思い出しながら、次にゆっくりペダルを踏んだら、『はい、ザク』はぴょんと飛び上がった。

 

「わっ、跳んだ!? 高い高い! あたし高所恐怖症なんだって! 椅子ないの椅子!?」

「ごめんなさい。ないから我慢して!」

「やめて、やめて! わーっ!」

 

 あ、いけない! 入り口閉めてなかった!

 

「馬鹿、扉が開いてる! 閉めて閉めて! 違う違う、すぐに降ろして! 降ろせーっ!」

 

 前からすごい風が入ってきたから、スイッチを押して入り口を急いで閉めたよ!

 でも、涼しくてちょうど良かったかも。モビルスーツの操縦って難しいし、もう汗かいちゃった。

 どうしよ、ガタガタ揺れてる。えーと、これからどうするんだっけ。忘れちゃった……。

 

「あんた、めちゃくちゃ操縦下手じゃないの! 揺れすぎだって! この揺れ止めなさいよ! うげっ、なんか気分悪くなってきた……」

 

 クラリッサちゃんの顔が真っ青になってる。たしか酔い止めが椅子の下の救急箱の中にあったはずっ。でも、揺れすぎてて取るの無理。あーん。

 あ、そうだ! 揺れなくする方法があった!

 フォウお姉ちゃんに習ったことを思い出してそのとおりに操作したら、なんかシューって音がして揺れが止まったよ。よかった。

 

「あ、あんた。ほんとに操縦できるの?」

「えへへ。まだ、あまり上手くないんだけど、お姉ちゃんに習ってるの」

「お姉ちゃんって……。そっか、あんたんとこ金持ちってわけ? プライベートでモビルスーツ持ってんのか!」

「違うよ。お金はないけど、お仕事なんだもん」

「仕事? あ、一応芸能関係なのか。とにかく、これはただのロボットじゃなくて、軍のモビルスーツなの! 戦う兵器なんだよ! わかってんの!?」

「う、うん。知ってるけど」

「だから、こんな爆発事件があったときに盗んだモビルスーツで飛んでたら犯人扱いされるでしょうが! 撃たれたらどーすんだよ! 死んじゃうから! いますぐ降りなさいよ!」

「ううん、駄目! 悪いモビルスーツを止めなくちゃいけないの!」

「はああ? わけわかんないこと言わないで……わわわっ!」

 

 悪いモビルスーツの方に行くために、スティックを動かしてくるっと方向転換させたよ。

 この『はい、ザク』って操縦し易い!

 

「悪いやつを止めるって、正義の味方、ガンダム気取りかっての!」

「えっ? ガンダムって敵だけど?」

「あ、そっか。ジオンじゃガンダムは敵か。ははは、我ながら馬鹿な劇をしちゃってさ。アホかって……」

 

 そういえば、さっきガンダムのぬいぐるみを着てたね。言って悪かったかも……。

 

「とにかく子供がでしゃばんじゃないよ! 痛い目にあうのがオチだから。そう、芸能界と同じ。先輩の言うことは聞くもんだよ!」

「やだ」

「はっきり言うな。……あんた、顔の割に頑固だな」

「終わったら降りるからね」

「その前に墜落して死んでるっての。あ~あ、こんな子にかまうんじゃなかったよ。終わったわ、あたしの人生……」

 

 クラリッサちゃん、がっくりしてしゃがみこんじゃった。まあ、静かになったからいいかな。

 

「わっ、なによあれ!?」

「えっ、なに?」

 

【挿絵表示】

 

 

 クラリッサちゃんが驚いて指差した方をみたら、コンサート会場が水でビシャビシャになってた! 椅子とかお店も全部倒れてる!

 なんか大きなタンクを背負ったモビルスーツが水をまいてるみたい。

 あ、ステージにお姉ちゃんがいない! 大丈夫かな……。

 

「酷いよ! 会場めちゃくちゃじゃん! やっぱり犯人扱いされるって! あ~っ、こんな目に会うなら仕事断ればよかった! ジオンなんかくるんじゃなかった!」

 

 もう泣きそうになってるし、どこかで降ろしてあげた方がいいかな。(うるさいし)でも、その前にお姉ちゃんを探さないと。

 そう思ったら、急にお姉ちゃんの声が頭の中に聴こえてきたよ。

 

『ナイン、なんでモビルスーツに乗ってるの!?』

「お姉ちゃん!」

『勝手に遊びにいったりして! 言うこときいてって、いつも言ってるでしょ!』

「ご、ごめんなさい」

 

 あーん。またお姉ちゃんに怒られちゃった。



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第29回「空にいる妹」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


   29

 

 

 

『危ないから、すぐにモビルスーツを降下させなさい! 降りなきゃ駄目! 墜落して大怪我するわよ!』

 

 ネオ・ジオンのパイロットであり、いまは歌手ファンネリア・ファンネルとして活動しているプルエイトは、大声で叫びたい衝動を我慢しながら、テレパシーを使うように意識の中で妹プルナインを叱った。

 

 心配のあまり、つい叱り過ぎてしまった。

 星空の海のような、光る宇宙のようなふわふわした仮想空間で、妹はしょげて涙を浮かべている。

 

【挿絵表示】

 

 意識下で会話できるなんて、まるでエスパーみたいだと思うかもしれない。事実ニュータイプや強化人間同士は、感応波と呼ばれる特殊な脳波でミノフスキー粒子を微細に振動させて、遠くの相手と交信することができるのだ。

 脳波を飛ばせる便利な粒子が、都合よく浮いていることに疑問を持つ人も多いだろう。しかし発見から二十年余、ミノフスキー粒子は電力発電や船舶の浮力、エレカのフィールドモーターなどに広く応用されていて、文字通りあらゆる場所に存在している。

 つまり、自分たちは超高性能な小型コミュニケーターを常に携帯しているのに等しいのだ。『人間とは考える葦である』と言ったのは旧世紀の偉人パスカルだが、『ニュータイプとは感応波を発信する人間』なのである。

 

 いけない。そんなニュータイプの説明などしている場合ではなかった。早くナインを、なんとかしてモビルスーツから降ろさないと!

 控え室で待っていたはずの妹がモビルスーツに乗っているなんて、中間イベントが分からないから物事がまるでつながらない。まさかモビルスーツがそこらへんに転がってるわけが……。

 

「えっ、置いてあったモビルスーツの入口が開いてたから乗った!?」

 

 信じられない。本当に転がっていたなんて!

 

「だとしても、誰も乗ってないからって勝手に乗っちゃだめよ! それ泥棒でしょ!!」

 

 いまの時代にアムロ・レイでもないっ。

 地球連邦軍の伝説的なエースパイロットであるアムロ・レイ大尉は、八年前、母艦に搬送中だった試作モビルスーツに勝手に搭乗して戦果を挙げたことで、モビルスーツ・パイロットとしてのキャリアを開始したのだ。そして、第一次ジオン独立戦争終結までに、実に150機近くの撃墜スコアを叩き出してしまった。

 私はその話はかなり盛られていると考えている。だって民間人が軍用機に勝手に乗れば射殺されるだろうし、落ちていたマニュアルをさっと読んでモビルスーツを操縦したなんてあり得ない。強化人間として産まれた自分だってモビルスーツを乗りこなすまで三日はかかったのだから。そんな話、映画シナリオとしても没にされるだろう。

 『連邦の白い悪魔』のストーリーは多分にプロパガンダ的なので、おそらくアムロ大尉は元々士官候補生だったのではないか。地球連邦軍広報部が、我々ジオンの英雄、シャア・アズナブル大佐の伝説に対抗しようと考えてシナリオを描いたのだと考えれば納得もいく。

 

 また話が脱線した。焦っていると雑多な思考が頭に浮かんできてしまう。

 

「とにかく降りて!」

『嫌なの! あの人たちを止めないと、人が死んじゃうから!』

 

 ナインが、普段のおっとりした性格には似つかわしくない大きな声で言った。

 

「あの人たちって何なの? あなた、まともにモビルスーツ操縦できないじゃない!」

『ちゃんと練習したから大丈夫なの!』

「嘘おっしゃい。遊んでばかりだったでしょ!」

 

 妹は自分をMSパイロットだと思ってるかもしれないけれど、はっきり言って彼女の操縦技術はほぼ素人に近い。この前の戦闘シミュレーションでも早々に撃墜されてしまったし、練習したところで急に上手くなるとは思えなかった。

 

 そう考えたら妹に感応波で伝わってしまって、彼女が頬を膨らませたのを知覚した。

 心を覗いてわかったのだが、妹は『とても悪い』地球連邦軍のモビルスーツを捕まえるつもりで、自分もモビルスーツに乗り込んだらしかった。ネオ・ジオン親衛隊としての責任感は嬉しい。でも、ここは平和なジオン共和国だということをわかってない。地球連邦軍はアクシズの敵だとしても、ここで戦闘をするわけにはいかないのだ。ビル街での爆発で妹は戦闘が始まったのだと勘違いしたに違いない。

 

「どうしたの?」

「えっ?」

 

 脳内での会話に集中していたら、自分を抱き抱えているマネージャーのティモが不思議そうに見ていることに気がついた。

 

「誰かと話してる? モビルスーツの操縦がどうとかって」

 

 しまった……。意識下だけで会話するつもりが口に出していた。

 意識下で会話できると言っても、独り言を言っていればただのおかしな人なので、普段人前で能力は使わないし、たとえ使っても声を出さないように注意しているのに。

 興奮しているときに言葉を意識下に収めて話すのはかなり集中力を必要とするから、今みたいに失敗してしまうのだ。下手な会話で、自分と妹がネオ・ジオンのパイロットだと知られてしまうのだけは避けなければ。

 

「モビルスーツに興味あるの? だったら、今度一緒に……」

「あ、興味があるわけじゃないの!」

「なんだ、残念だな」

「ごめんなさいね」

 

 駄目だ。このままでは、妹を助けるきっかけが掴めない。自分一人で解決するのは無理そうだから、マネージャーにも協力してもらわなければ。

 肝心なところを言わずに、上手く嘘を交えて状況を説明すればいい。

 

「あ、あのね。実は、妹が。マリーがモビルスーツに乗ってしまっているのよ」

「えっ!? 嘘だろ」

「本当よ! こんなときに冗談で言うもんですか!」

「な、なんで乗ってることがわかったの」

 

 そう思うのは当然だから、理由をうまく話さないといけない。まさかニュータイプ能力で感知したとは言えないし。

 

「偶然、イヤホンに妹の声が聞こえてきたから分かったのよ」

 

 耳にはめている高性能イヤホンを押さえながら言った。ステージでは演奏を聴くために装着しているのだから、嘘ではない。

 

「そんなことが? ミノフスキー粒子の影響とかで混線したのかな」

「たぶん、そうよ! 偶然に周波数が同じだったみたい。そういえばコンサート中にも軍の通信が聞こえた気がするわ」

「でも、そのおかげで分かったんだから良かった。マリーちゃんに、早くコクピットから降りるように言わないと」

 

 ティモは少し呆れたように言った。まだ深刻な事態だとは思っていないのだ。

 

「降りられないの! モビルスーツで空を飛んでるんだから!」

「ば、ばかな!?」

「たぶん自動操縦なのよ。適当にボタン押しちゃったに違いないわ!」

「なんてことだ。なんで、そんなことを」

 

 その話し方が、まるで妹を非難するように聞こえたので腹が立ってしまう。

 

「ねえ、だいたいあなたがマリーの面倒みてくれたはずじゃなかったの?」

「あ、そ、そうだったかな」

「いい加減ね! そう言ったじゃない!」

 

 興奮して怒鳴ったら、胸がはだけそうになったから慌てて服を抑えた。

 こんな格好じゃなかったら彼を叩いているところだ。

 

「ご、ごめん。少し会場を見てくるって言ったから、その……」

「言い訳はよしてよ! マリーはまだ幼児なの。しっかりみてなきゃダメなの!」

「マリーちゃんって何歳なの」

「え?」

 

 改めて言われてみると困ってしまった。自分たち姉妹はアクシズの研究施設で産まれた強化人間(クローン・ニュータイプ)だから年齢に差はない。一番上のお姉さんが十歳だったから、自分も妹もおそらく十歳くらいなはずなのだ。

 でもアイドルとしての自分は、アイドル戦略的な意味で十三歳と偽っていて、その理由はあまり幼いと人気がでないからだが、精神的にもそのつもりなのである。

 ナインは性格的にも幼いし、9(ナイン)だから九歳にしときましょ。

 

「九歳よ」

「そうだったのか。君がしっかりしてるから、同じように考えてしまった」

「おだてても許さないわよ。とにかく、早く警察か軍に連絡して妹を助けて!」

「わかった。事務所を通して共和国の守備隊に連絡してもらうよ。事務所は軍と仕事もしたことがあるから、話はつくはずさ」

「なんて言うの?」

「うちの事務所の子が、モビルスーツに間違えて乗ってしまったって」

「信じてくれるかしら? 冗談だと思われない?」

「ここは正直に言うしかないよ」

「そうね、お願い!」

 ティモは頷くと、すぐにコミュニケーターで事務所に連絡し始めた。要領よく伝えてくれているので、正しく状況が通じてくれることを祈った。

 心配なのは、共和国軍が助けに来てくれるまでに妹が墜落してしまわないかということだ。彼女は1Gの重力下でモビルスーツを飛ばしたことすらない。

 

『ああ、早く、早く』

 

 パイロットとしてのプルエイトだったら、すぐモビルスーツに乗ってすとか連れ戻しにいくのに。いまの自分の立場に無力さを感じ、焦燥感で爆発しそうだった。ただ待っているのは辛いし落ち着かない。

 

『共和国軍の練度は高くないと聞いてるわ。緊急発進(スクランブル)に手間取るんじゃないかしら……。えっ、なに!?』

 

 そのとき突然脳に電気が走り、高周波のような音が聴こえた。ニュータイプ能力は遠隔会話だけでなく、外界の事象も感じとれるのである。

 あらゆる領域に存在するミノフスキー粒子を知覚して、周囲十キロ四方の俯瞰映像が脳裏に浮かんだ。

 物理世界は素粒子から構成されており、自然界の四つの力を司るミノフスキー粒子は世界のマッピングを可能にする。

 妹はすでに感じとっていたのかもしれない。あからさまではないが、敵意を発しているパイロットがいる! おそらくは地球連邦軍のモビルスーツ。一機、いや二機か!

 

 『まずいわよ、これは。なんで連邦軍が!』

 

 状況はさらに悪化してしまった。

 ジオン共和国は、一年戦争後に地球連邦政府と平和協定を結んでいるので自治権を有しているが、敗戦国なので地球連邦軍が治安部隊として駐留している。街中でモビルワーカーがジオン公国を賞賛しながら暴れていれば、地球連邦軍が怒り心頭で飛んできてもおかしくはなかった。

 

「あれは連邦軍のモビルスーツよ!」

 

 二機のモビルスーツが高速で接近し、ほどなくして目視できる距離になった。自分は視力が良いから、かなり遠くからでも目視できてしまう。

 ライフルとシールドで武装した濃紺の機体が、熱核複合サイクルエンジンの轟音を響かせながら飛行していた。頭部や肩、コクピット周りの細部ディティールから判断すると、機種はRGM-79Q《ジム・クゥエル》に違いなかった。

 

【挿絵表示】

 

《ジム・クゥエル》とは、ジム・タイプの高性能型RGM-79N《ジム・カスタム》をベースに、対人用センサーを追加するなどの改修を施して、コロニー内作戦用として製造されたモデルのこと。

 その威圧的な濃紺の機体色は、叛乱によって連邦軍の掌握を企てた特殊部隊ティターンズの部隊カラーだ。

 唾棄するような叛乱部隊の色だから、地球連邦軍では禁忌に近い色になっているはずなのだが、このサイド3駐留部隊では未だ塗り直されていない。おそらく心理的効果を狙って、予算不足を名目としてわざとそのままにされているというのが専らの噂だった。

 標準武装は、90mmケースレス弾を使用するジム・ライフル。

 ケースレス弾とは、普通は発射された弾頭から分離して銃本体から排出される薬莢を、まるごと固めた火薬に置き換えることで、内部で燃え尽きるようにした弾丸のこと。

 銃から巨大な金属の塊である薬莢が排出されないので、市街地で発射しても民間人への被害を防ぐことができるのだ。

 でも、そんな工夫をしたところで、人が大勢いる場所で巨大な人型マシーンを運用すれば、巻き込まれて死傷者がでることは必至だ。人間を踏み潰さないために対人センサーを搭載しても、狭い場所ではたいして役には立たない。暴動の鎮圧にモビルスーツを使おうとすること自体が傲慢なのである。

 

 だから、ナインはみんなを守るためにモビルスーツに乗りこんだのだ。その殊勝な正義感は褒めてあげたいけれど、モビルワーカーの仲間と思われたら妹は攻撃されてしまう!

《ジム・クゥエル》はあっと言う間に近づいてきて、暴れているモビルワーカーを制圧するために降下シークエンスに入った。

 

「ティモ、モビルスーツが降りてくるわ!」

「僕にも見えた。暴れてる奴を押さえるつもりなんだ」

「地球連邦軍にも連絡して! 妹を間違えて撃たないように言って!」

「駐留部隊に? あのモビルスーツは暴れてる奴を取り押さえようとしてるだけだよ」

「マリーは、こっちにまっすぐ飛んで来てるのよ! このままだとテロリストと間違えられるわ!」

「本当に!? 飛行進路を変えるように言うんだ!」

「呼びかけても返事がないのよ。聞こえてないのかも。それに、進路を変える方法なんてマリーにわかるわけないでしょ!」

「いったいどうすれば……。君に何か考えはないのか?」

「……」

 

 頭を回転させる。

 地球連邦駐留軍はこのサイド3に進駐しているが、だからといって別に敵対しているわけではない。あくまで治安維持のためであり、ジオン共和国とは良い関係を築いているはずなのだ。駐留軍のトップだって、就任中に問題を起こしてキャリアを傷つけたくはないはず。

 

「……あるわ。事務所がコネを持ってる、影響力がある政治家に状況を伝えるのよ。連邦駐留軍の司令官に注意してもらうの!」

「なるほど政治家か。わかった、やってみるよ。君に直接伝えてもらった方がいいかもしれない」

「必要ならすぐ替わるから、言って!」

 

 よし、あとはジムが暴れるモビルワーカーを取り押さえるのに手間取ってくれれば時間がかせげる。駐留部隊だから二線級で、たいした腕ではないはず……。

 だが、その考えは甘かった。

 驚くべきことに、先導していた《ジム・クゥエル》は高空から加速して降下すると、逆噴射で一気に減速し、バーニアを巧みに吹かして姿勢制御を行い、空中でモビルワーカーを蹴り倒したのだ。そして着地するや否や、ワーカーの片腕を後ろにひねり上げて折ると、あっという間に制圧してしまった。

 

【挿絵表示】

 

 速い! なんて操縦テクニック!

 プルツーお姉様みたいなエースパイロットを見慣れてる自分が、モビルスーツの動きで驚かされるとは。

 あんな風にモビルスーツに格闘家のような洗練された動作をさせるには、高度な技術が必要だ。あの隊長機と思しき機体を操るパイロットは相当の手練れに違いない。間違いなくエースパイロット級だ。あんなパイロットが駐留部隊にいるなんて。

 

『ナイン、いますぐモビルスーツを降下させなさい! 人がいないところに降ろして停止させて!』

 

 必死に呼びかけても妹から返事はない。まさか墜落したかと焦ったが、感覚を頼りに探すと、ようやくナインが乗るモビルスーツを知覚できた。機体はピンク色の《ハイザック》? 飛びかたはフラフラしていて安定しない。いまにも墜落しそうな感じだ。

 意識下でも、心配でとても見ていられないので目を開くと、ティモが自分を見ているのが分かった。

 一瞬不安に駆られたが、彼の表情が明るかったことに安堵する。

 

「いま事務所から連絡があったよ。共和国軍は状況を理解して対応してくれる。悪戯した子供を叱って捕まえてくれるってさ」

「ほんとに?」

「もちろん、社長にも懇意にしてる議員に連絡してくれって伝えたよ」

「良かったっ!」

 

 安心したら、少し涙が出てきてしまった。

 

「ありがと、対応してくれて。妹が迷惑かけてごめんなさい」

「いや、当たり前のことをしただけさ。僕の責任でもあるし。政治家先生の出番はないだろうから、後で社長に謝らないとな。説明が下手なんだよな、僕は」

「そんなことない。あなた、けっこう頼りになったわよ」

 

 そう言ったら、彼が真面目な顔になったので驚いてしまった。

 

「な、なによ。褒めてあげたのに。怒ってるの?」

「怒ってないよ。お俺は、君を……」

 

 きゃあーっ、そんな。ありえない!

 瞬間、彼の気持ちをはっきりと知ってしまったのだ。

 まあ、なんとなく分かってはいたけれど。

 こういうとき、他人の心がわかるというのは最悪だ。だって、先の先までわかってしまうから。あらかじめドラマのシチュエーションを理解して演じる役者みたいなのだ。

 だからと言って客観的に冷静でいられるわけではない。彼のためらいのない感情におされて、自然と身体が固くなってしまう。

 

 「……」

 

 ティモは思いつめたような顔を一気に近づけてきた。

 

「こんなときに冗談はよして。キスシーンの相手役のつもりなの? そんな場面を演じる予定はないんだから、あなた一人でやってなさいっ」

 

 と、からかってみても彼は真顔だ。

 

「僕は、何度も演じたことがあるんだ」

 

 うわっ。

 気取ったセリフに寒気がした。

 

「コンサート始まる前の言葉、本気にしたのね? まって、服を押さえてるから拒否できないじゃないの!」

 

 唇の距離が半分から四分の一になるまでの彼の加速は、まるで赤い彗星並みの速さだった。自分は狙撃が専門で、白兵戦で攻撃を防御するのは苦手なのだ。だからなのか、反射的に顔を背けようとしても顔が動かない。

 まさか、ニュータイプの共感能力のせいで彼の思考を受け入れてしまった? 油断したところを精神に入り込まれたのか。あるいは彼にもニュータイプの素養があったりして。

 心臓がやたらと鼓動しているのを感じる。このままでは、彼とちょっとしたラブシーンを演じてしまうことになってしまうっ。

 実のところ、ドラマでも恋愛場面なんてまともに演じたことはなかったし、たいていは関係が進展する前に邪魔が入る展開だった。もっと大人向けの恋愛ドラマにも出演したいなと思ってはいたが、なにも身内で実践しなくても。

 彼にうぶな小娘だと思われるのも悔しいし、ままよ、このままいくしかっ。

 

【挿絵表示】

 

 でも、あと僅か0.2秒で二人の顔が重なり合おうとしたとき、遥か上空の光景をみて反射的に悲鳴を上げてしまった。

 

「きゃあ~っ! やめて!」

 

 ギョッとしてティモが顔を離し、周囲の人間が一斉に顔をこちらに向けた。

 

「妹を撃たないで!」

 

 まるで他人の声かと思うほどの大きな悲鳴が、自分の喉から上がった。

 

 モビルワーカーを制圧していた二機の《ジム・クゥエル》が、妹がいる空に向かってバーニアスラスターを全開にして上昇していく。巨大な人型から発散されるのは明らかな敵意だ。

 

 

眼前の絶望的な光景を、プルエイトはただ叫びながら見ることしか出来なかった。



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第30回「首都上空2000m」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


    30

 

 

 

「あの馬鹿たち、まんまと乗せられたようね。ほんとに笑える。少し名前が変わっても、メンタリティは簡単に変化しないということか」

 

 首都ズムシティの旧公王庁前は混乱の様相を呈していた。ビル街での爆発をきっかけにパニックが広がり、転じて連邦政府に対する抗議デモが発生したのだ。

 もちろん会場にいる全員が参加しているわけではないが、驚くほど大勢の人間が列をなして行進していた。叫んでいるのは地球連邦からの独立。その光景は、まるでコロニーが逆回転して、八年前の暗黒時代に巻き戻ったかのようだった。

 

 この忌むべき光景を上空から望遠カメラで記録すると、映像データを携帯デバイスにコピーした。あとで上官に報告しなくてはいけないからだ。

 

「それにしても、なぜジオンは独立したがるのかしらね。最初に移民した勇敢な先駆者(ファーストペンギン)だから、宇宙開拓は自分たちの功績だと思っているのか? 連邦政府の支援を都合よく忘れる傲慢さには反吐が出るわね。コロニーで産まれた人間、地球を知らずといったところか」

 

 ジオン共和国の成り立ちを知っていれば、あからさまに独立がアピールされている光景には違和感を覚える。なぜなら共和国の前身は、地球連邦と血みどろの戦争を繰り広げたジオン公国だからだ。

 

 宇宙は自惚れた人間には冷たかった。八年前、独立の野心を抱いたジオン公国は、地球連邦軍との大戦争の結果敗北した。そして独裁者だったザビ家は、赤子以外全員死んでしまったので、議会の人間はすぐさま共和国体制に移行して連邦政府に頭を下げた。それに応えて講和条約を結んでやったから、戦後もジオンは生き延びることができたのだ。

 そんな温情を忘れて独立を主張するなどは、厚かましくも愚かな行為。あの薄気味悪い悪の根城のようなズム・シティ旧公王庁は、無言でそれを教えているはずではないか!

 

「『悪友』のアクシズにそそのかされてしまったのでしょうけど……。ふふん、地球より石ころがお似合いか」

 

 愚か者は、自分に都合が悪いことはすぐに忘れる。そんな単純な思考回路ゆえに、笑ってしまうほど、こちらの狙い通りに事が運んでしまった。ジオン共和国で意図的に暴動を起こすという作戦は見事に成功をおさめたのだ。

 

「しかし、こうも人は簡単に操られるものなの? システムの効果を説明されてはいたけれど……。頭痛がするが、私に悪影響はないんだろうな?」

 

 会場周辺には、ニュータイプ研究所で開発された広域型サイコウェーブ発生装置の試作品が密かに設置されていた。これは強化人間の再調整や洗脳に使用される理論を応用したもので、人の思考を強制的に誘導することができるものだ。そのサイコウェーブの影響は、モビルスーツのコクピットにいるからといって免れない。対核シールドを施された重装甲なら防げるのかもしれないが、電磁波を阻害する性質があるからこそ、ミノフスキー粒子は大きな浸透力があるのだ。

 

 ニュータイプや強化人間なら、ある程度耐性はある。しかし、一般人にとってミノフスキー粒子や感応波の影響は未知数である。会場には子供もいたが、非難させた方が良いことは間違いない。

 

「いきなり人に使うのだからな……。研究所の連中はフィールドテストやモルモットへの実験程度に考えているんだろうが、影響範囲はわからないんだ。連中は問題ないと言うが、あたしに好き勝手した奴らなんて信用できるかっ。ちっ、そもそもグワンバンの歓迎式典を大々的に開催したことが恥知らずなんだよ! 自業自得だ」

 

 グワンバンの歓迎式典は地球連邦政府の心証を大いに害したが、ジオン共和国は自治権を有した民主国家なので表立って干渉できなかった。だから、この秘密作戦が立案されたのだ。思いあがった罪深い連中に身の程を知らせる使者として、このあたしはやってきた。

 

 ついでながら、式典コンサートが暴動で潰された形になったのは最高に気持ちがよかった。ステージで歌っていたアイドル、ファンネリア・ファンネルも散々な目にあい、中継でずぶ濡れになった間抜けな姿を晒していたのは笑いが止まらない。

 

「ネオ・ジオンがコロニーを欲しがる? 薄汚い石ころに住む物乞いが! 岩とゴミに囲まれてつましく暮らしていれば良いものを。美しすぎる地球をみて、みすぼらしい自分たちの住処が恥ずかしくなったようね」

 

 悪態が増えてきたのは、搭乗しているモビルスーツがお粗末なしろものだからだった。

 いま自分が操縦している地球連邦駐留軍のモビルスーツは、残念なことにかなり旧式の機体で、久しぶりに操縦できる喜びを大いに削いでいた。リニアシートのコンソールから伸びた操縦桿の感触は、まるでポリッジをかき混ぜているみたいにグニャグニャだった。これは、まるで三流のする仕事ではないか。

 

【挿絵表示】

 

「中尉。この機体、ろくに整備されてないわよ。スティックにガタがきているし、レスポンスも悪い。こんなんじゃジオンに舐められるはずだね」

『駐留部隊には、こんな中古品しか配備されないんだ。あんた、いつもはよほど良い機体に乗っているようだな? さっきモビルワーカーを制圧した腕も凄かった』

 

 くたびれた機体にいつも乗っている駐留部隊のパイロットが、少し卑屈な感じで話しかけてきた。一流の仕事、研ぎ澄まされたエッジに乗っている感覚は一生理解できまい。

 

「戦いに身を置けばスキルは磨かれる。駐留軍には緊張感が足りないようね。こんな機体で最前線に出てみなさいよ。三分と持たずに撃墜されるから。アクシズの子供兵士が操る脳波誘導兵器(ファンネル)の的がいいとこでしょう」

『うへぇ……。外は恐ろしいことになってるんだな』

 

 僚機に乗っている、ダレダ中尉だったか?  

 彼は、文字通りぬるま湯に浸かった、典型的なやる気のない連邦軍パイロットというところか。

 軍人として怠惰な奴は許せないが、まあ、今回の作戦には都合が良い。こいつらはコロニー開発局公安部から派遣されたという触れ込みでやってきた自分に何の疑いも持たず、命令にもそのまま従ってくれたからだ。とはいえ、それは上官が参加しているブリーフィングだけの話で、個人レベルでは疑問だらけのはず。おそらくすぐに質問してくるに違いないが、理由をいちいち説明するのは面倒だし、自分も全てを知らされているわけではない。そこが現場工作員の辛いところで、所詮下っ端は任務の遂行だけをしていればよいというわけである。

 

 ふん、誰が使い捨ての道具になどなるものか。自分は任務に殉ずる気などさらさらないし、新しい連邦軍の枠組みを作り上げる野望があるのだ。

 まあ未来の話は置いておくとしても、指示どおりに秘密工作をこなしてきたところで、いまだ目標とするゴールが不明瞭なのは気に食わなかった。

 連邦駐留軍を動かして状況が変わるのか? あるいは民間人を犠牲にしてサイド3の野心を国際世論に訴えるつもりなのか? 曖昧な作戦行動は混乱を招いて犠牲者を増やすだけ。このままでは、その『犠牲者』に自分も含まれてしまう。

 

『中尉、訊きたいんだが、暴動を鎮圧するとはどういうことだ? オレには君のブリーフィングが理解できなかった』

 

 そらきた。まともな頭があるパイロットが少し考えれば、受領した命令がおかしいということはすぐにわかる。皆殺しにでもしない限り、モビルスーツで暴動を鎮圧することなど不可能なのは自明の理。最小限の被害で暴動を抑え込むには、専用武装した兵士一個中隊が必要ではないだろうか。

 

「疑問点があるならブリーフィングで確認しておきなさい。出撃してから文句を言われても困る」

『そいつは悪かったな』

 

 言うなり、ダレダ中尉は機体を接近させると、マニュピレーターでこちらの肩を掴んできた。これは『お肌の触れ合い通話』とも呼ばれる、機体の振動を介して接触回線を確立して通話する方法だ。つまり、これから本部や上司に聞かれたくない会話をしたいという意思表示である。

 

「なにか?」

『大佐がブリーフィングを打ち切ったということは、あんたの命令に疑問だらけでも従えということだ……。本当にコロニー開発局から推薦されてきたのか? いつものんびりしてる大佐が慌てていたのは笑えたよ。宇宙軍司令部に急いで確認しに行ったんだろうな』

 

 たしかに自分も思わず吹き出しそうになった。あの大佐め、事前に説明してあげたのに無意味なことを。ルナツーの宇宙軍司令部に訊いても、地球のダブリンまで素通りするだけだし、ミノフスキー粒子による通信不良のせいで通信も届かず、総司令部にたどりついたとしても硬直化した官僚機構にはまって、たらい回しにされている内にこの作戦は終了している。

 

「何が言いたいの?」

『わかるだろ? 作戦の本当の目的を訊きたい。あんたは知ってるはずだからな』

 

 中尉の声は、不安と高揚とが入り混じった、アドレナリンの前菜をつまみ食いしたような感じだ。あるいは女と秘密の話をすることに興奮しているのか。スパイなら男を騙して利用することくらいするだろうが、そんなことは願い下げだ。

 

「本当の目的? 作戦の目的は、発生した暴動を最小限の被害で速やかに鎮圧すること。もう忘れたの?」

『たったのモビルスーツ二機でできるかよ。その命令があり得ないんだ』

「あり得なかろうと、無理だろうと遂行しないとね。命令拒否は軍法会議だから」

『諜報機関がねじ込んだ作戦かもしれないな? あんたは、暴動が発生することを知っていたかのようにタイミングよく派遣されてきた……。鶏が先か卵が先か、それが問題なんだ』

「なによそれは? 意味がわからない。暴動が発生するという情報を事前に掴んだと説明したでしょう。密告者による通報があったの。それを裏付けるヒューミント、シギント情報も存在している」

 

 ヒューミントは人的資産による情報、シギントは通信傍受による情報のこと。

 

『その物言いは、自分が諜報機関の人間だと証明しているんじゃないか?』

「ずいぶん想像力が豊かのようね……。さっきも話したとおり、わたしはコロニー開発局公安部から推薦を受けて、地球連邦軍統合参謀本部からアドバイザーとして派遣されてきた情報士官。パイロットの経験もあるから、モビルスーツで出撃したのはイレギュラーだったけれど」

『あんたの素性は置いておくとしても、モビルスーツを投入する意図がわからない。そこまでする必要があるのか? ジオン共和国じゃ、これまで大規模なデモなんか発生しなかったんだぞ。一度たりとも。せいぜい賃上げ交渉目的でストライキをするくらいなんだよ!』

 

 ふふん、この中尉は馬鹿ではないようだ。だが少しばかり頭が足りない。いま置かれた状況を理解し、背景を理解して忠実に任務を実行すれば、『秘密クラブ』の会員になり、出世の道も開かれるものを。

 

「なら、わかりやすく状況を説明してあげる。好戦的なネオ・ジオンの影響で、ジオン共和国で燻っていたジオニズムが刺激されて独立気運が高まった。それがコロニー間の経済格差や貧困問題と結びついた結果、抗議デモが発生したというわけ。この流れは危険で、すぐに潰さなければならない」

『ご説明どうも。デモが発生すれば、それはジオンを締め付ける口実になる。それを狙ったのか?』

「頭を使ったのね。つまり、デモは意図的に起こされたと? あなたはマッチポンプに利用されたくはない。そう言いたいわけ?」

『いや、そこまでは言ってないが。俺たちが出撃する意味がわからない。デモの鎮圧はジオン共和国軍の仕事だからだ』

 

 この秘密作戦の本当の目的は、暴動を意図的に発生させて、しかるのち適切なタイミングで収束させること。その意図に気づいた中尉は褒めてやってもよい。

 多分に政治的な作戦であり、政治力学的なインパクトを地球圏に与えるべく考え出された秘密作戦なのである。

 

 すなわち、ミノフスキー物理学を社会学に応用した最新理論によるシミュレーションをもとに、あらかじめサイコミュ・ネットワークと複数の現地工作員を式典会場に配置しておき、人工知能で生成した、ヒトを容易に暴徒化させる状況適用型言語命令群を使用して群集を扇動したのだ。これは、おそらく政治工作でサイコミュが使用された初の事例だろう。

 さらにコンサートを開いていた二流アイドルのヘタクソな歌すらも、大衆の感情をコントロールするために効果的に利用してやったのだ。

 

「頭を使うのは結構。でも文句ばかり言ってる面倒くさい人間は、組織に疎まれて出世しないわよ。いまは命令を受け入れて、ただ遂行なさい」

『なら命令をはっきりさせてくれ』

「いいわよ。あなたに作戦を指示します。背後関係を調査した結果、ジオン共和国は裏で密かにアクシズと接触、交渉していることが分かった。これは重大な条約違反であるが決定的な証拠がない。そこで地球連邦軍は、再び軍事国家として君臨しようとする共和国の野心を挫くために、軍事行動で警告するという作戦を決定した。あたしたちの任務は、デモ鎮圧を妨害してくるだろう共和国軍のモビルスーツに対しても限定的な攻撃を行い、独立の機運を潰すこと」

『あいつらのモビルスーツをやるのか? 一部隊がしていい作戦なのかよ。まるで、なにか裏工作が好きな組織がやりそうなことじゃないか』

「プレイヤーは我々だけではないの。いま私は敵味方応答装置(IFFトランスポンダー)を敵性に設定した。センサーを確認してみなさい」

 

『モ、モビルスーツか! 12時方向に三機。機種はRMS-106ハイザックだ』

 

 旧式のくたびれたセンサーが、前方から接近する機影を捉えた。

 くくくっ、愚かな奴ら。狙い通りにでてきた。蒙昧な共和国軍が。

 

「共和国軍もしたたかなものよ。すでに情報戦で先んじている。気に乗じて邪魔な連邦駐留軍を排除するつもりよ」

『あいつらは、暴れてるモビルワーカーを制圧しにきたんだ!』

「違う」

『じゃあ、どうするつもりなんだ?』

「知りたい?」

 

 作戦開始。

 スティックのトリガーをひいて、先頭の《ハイザック》に向けて頭部バルカン砲を発砲した。これは警告射撃だ。

 ガガガッと凄まじい音がして、60mm弾が曳光弾(トレーサー)の軌跡を描いた。それが機体をかすめると、編隊はその形を乱した。

 パイロットの驚く様がモビルスーツを通して伝わり、明らかに動揺していることがわかった。

 

『馬鹿、やめろ! ふざけるな!』

「ふざけてない。出張ってきたジオン野郎たちを追いかえして、あいつらに軍隊は不要だと教えてやりなさい」

『マフィアの縄張り争いかよ! 交戦規定を教えてくれ!』

「交戦規定はシンプルよ。敵対する機体をあらゆる戦力を持って排除すること。ただし被害は最小限に抑えるように。わかったか? ウェポンズフリー。任意に攻撃を許可する」

『正気か』

「私の思考は関係ないの。命令書が全て。いま見せてあげるからしっかりと読みなさい。もちろん連邦軍総司令部の署名付きだから、あなたみたいな臆病さんにも安心よ」

 

 サイドコンソールを操作して、命令書をこれみよがしに表示させてやった。まあ、これが正式に承認されたかなど、どうでもいいこと。たぶん偽造されたものだろう。

 

『コロニー内で発砲許可がでたのか? 間違いなく犠牲者がでるぞ!』

「馬鹿だね。犠牲者が出ないようにやってみせるんだよ。できなければあんたはクビ。それこそシンプルじゃないの」

『無茶言いやがる。簡単なことじゃない』

「クックック、楽しいでしょ?」

 

 前線に出ず、後方の楽な任務でだらけている臆病者の言いそうなこと。

 意識を前方のハイザックに戻すと、連中からオープン回線でうるさい通信が入ってきた。

 

『こちらはジオン共和国守備隊だ。地球連邦軍のモビルスーツ、発砲するとはどういうつもりだ!? 国際問題になるぞ! 直ちに撤退しろ。これは明らかな内政干渉だ!』

 

 威圧的な、偉そうな声が解放周波数から聞こえてきた。どいつもこいつも舐められまいと粋がっている。地球連邦政府の温情で生きてる奴らが何を勘違いしているのか……。そこをはっきりと理解させてやるのが今回の任務なのだ。

 

「国際法違反はこちらではない。現在議会前で発生しているデモは、ジオン共和国が民衆を扇動した結果だ。共和国政府は、明らかにアクシズと同盟を結ぼうという国民感情を醸成しようとしている。これは地球連邦政府に対する反乱に等しい行為である。我々は鎮圧命令を受けている。作戦の邪魔をするならば排除する」

『そんなわけあるか! 上官に指示を再確認した方がいいぞ。あれは単なる民衆のデモだ。対応するのは警察の仕事だ』

 

 相手の言い分には思わず苦笑してしまった。この男の言うことはまったく正しい。ジオン共和国は、まだ地球連邦には正式に加盟していないから、他国の軍隊が領地で軍事行動をすれば内政不干渉の原則に抵触する。国際条約違反は重罪である。

 だから自分が受けた秘密作戦はセンシティブなのだ。今回は上官と共に作戦を遂行しているが、いま彼女は別の場所にいる。判断は自らが行わなければならない。

 無論、作戦は続行だ。

 自分が戦端を開くのだと思えば僅かに手が震えもするが、あとから考えれば歴史に名を残すのかもしれない。だったら派手にやるまでだ。

 

「これまで経験したことのない大舞台というわけか。彼女に自慢しないとね」

『クリスティ中尉! このままじゃマジに民間人に犠牲者が出ちまう』

「あら、そう。で?」

『これ以上混乱を招くわけにはいかない。何度も言うが、あいつらは、俺たちと同じように暴れてるモビルワーカーを制圧しにきただけなんだよ!』

「あはは、もう聞き飽きたわね」

 

 あれほど説明してやったのに。理解できないなら、ただ見てればいい。

 スクリーン表示をショートレンジのレーザー・センサーに切り替えると、先ほどやりとりした《ハイザック》の三機編隊が急上昇してくるのが分かった。

 ふん、セオリー通りの機動か。

 スペースコロニーは自転による遠心力で擬似重力を発生させているので、地面から離れ、さらに風に逆らって飛んでしまえば重力の影響は受けない。空中の一点に静止していることになり遠心力が働かないからだ。だが空気には粘性があるので、機体に高速の気流がまとわりつき、その影響で姿勢が乱れるのがやっかいだった。

 高度一千メートルあたりはまだ気流の影響が大きく、空力的に不安定なモビルスーツの場合、相当に機体が揺れる。だから空気が動かない中心部まで一気に上昇するのがコロニー戦闘の基本なのである。

 だが、加速の鈍い《ハイザック》では!

 

「遅いんだよ!」

 

 フットペダルを踏み込みバックパックをフル稼動させて、機体を敵機以上に上昇させた。

 いま搭乗しているRGM-79Q《ジム・クゥエル》はジオン共和国軍は運用しているRMS-106《ハイザック》より旧式だ。しかし、高性能なガンダムタイプの大出力バックパックを受け継いでいるから機動性は悪くない。バーニア全開でたちまち敵の上方に位置することができた。

 すぐさま操縦桿に組み込まれたスイッチで武器の安全装置を解除する。すると連動してジムのマニュピレーターがライフルの安全装置(セーフティー)レバーを切り替え、続けてコッキングレバーが引かれて初弾が薬室に送り込まれた。

 その様は、熟練の兵士が戦闘準備をする動作そのものだった。

 

 マルチファンクションモニターには、周囲の地形と共に各モビルスーツの位置が立体表示されている。自機と敵機との位置関係を考慮すると、仮に攻撃が外れてもスペースポートの外壁に当たるだけだから、安全率は許容範囲内のはずだった。

 

「ジオン共和国のモビルスーツは、明白な敵対行為をとっている。これより攻撃する」

『待てよ!』

 

 コンピューターが敵編隊の戦力を観察、評価して、先頭の機体をターゲットに定めたが、それをキャンセルして、編隊端に位置している動きが鈍い機体を狙った。

 操縦桿上部のボタンを押しこむと、呼応して機体のマニピュレーターが作動し、90mmジム・ライフルのトリガーが引かれた。 

 すると即座に弾丸発射プロセスが開始された。

 

 まず、隙間なくぴったりと薬室におさまっていた弾丸の背後から、撃針が凄まじい勢いで飛び出した。そして、巨大なハンマーそのものである撃針が弾丸の尻を叩くと、弾頭部分を覆っていた、薬莢(ケース)を兼ねた高性能火薬が一気に爆発した。

 火薬は安定化されているから滅多なことでは爆発はしないのだが、尋常でない衝撃を受けると、たちまち化学変化を起こすのだ。

 撃針による衝撃で分子が揺れ動くと、火薬の主成分であるニトロセルロースが連鎖的な化学反応を起こし、一気に窒素と二酸化炭素に変化した。結果、急激に何百倍にも体積が増えたことで凄まじい衝撃波が発生し、薬室内部は圧倒的な運動エネルギーで満たされた。

 だが薬室は上下左右、後方が囲まれているので、弾頭は空いた空間、前方へと進まざるを得なかった。つまり、音速を超えるスピードで外部へと押し出されたのだ。

 弾頭はバレル内を通り、反動を抑える役割をするマズルブレーキを通過して僅かに減速すると、ターゲットに向けて勢いよく飛翔していった。

 

 そのようなプロセスのひとつひとつを、自分は詳細に知覚することができる。

 

 閉鎖空間から外界へと放たれた90mm弾頭は、コロニーの気流と自身の回転による遠心力の影響を受けたものの、それはあらかじめ射撃統制システムで補正済みであり、マニュピレーターがライフルの角度を適切に修正していたので、数秒せずに驚異的な正確さをもって目標に命中した。

 金属同士が衝突する凄まじい音と共にガンダリウム合金製の貫通弾が《ハイザック》の『柔らかな』装甲を貫通し、右脚が爆発して膨れ上がった。被弾して複合サイクルエンジンの推力を失なった機体は、高度を落として編隊から離れていった。

 

 戦後、初めて連邦軍とジオン共和国が敵対した瞬間だ。

 

【挿絵表示】

 

『当たった! 俺は知らねえぞ!』

 

 僚機の臆病パイロットが騒いだ。

 フン、それが狙いなの。愚昧なパイロットさん。

 

「相手はこちらの鎮圧行動を妨害した。我々には正当な攻撃理由がある」

『そんなわけあるか!』

「しつこい男だね。職務を果たす気がないなら下がってな!」

 

 いつもジオン共和国軍と馴れ合っている男にはわからないのだろうが、ジオン残党狩部隊とも言われたティターンズが、反乱部隊として地球連邦軍から排斥されたからといって、ジオンが認められたわけではない。調子に乗った独立心は徹底的に潰さなければ。

 

 半壊した《ハイザック》は森林地帯に落下していった。住宅街に落下させると後で厄介だから、落下地点を制御できるくらいに攻撃を抑えてやったのだ。

 残された二機の《ハイザック》は救助に向かうのかと思ったが、意外にも猛烈に加速してきた。僚機が爆発しないと判断したのだろう。そして怒りに燃えている。

 コロニー内では発砲出来ないと考えて白兵に持ち込むつもりか。面白い。

 

「くくくっ、僚機をやられて頭にきたみたいね。敵愾心こそが爆発的な力を生む。そうよね? ファンネリアさん」

 

 ライフルをすばやく腰のラッチにマウントして腕をフリーにする。モビルスーツにとってマニュピレーターは攻撃手段そのものだが、人間を模しているから二本しかない。しかもバランスを考慮して両手で武器の同時使用を行うことは少なく、片方の腕で持ち替えることが多いのだ。つまり、片方の腕をカウンターウェイトとして用いるのである。

 兵器としては全く効率の悪いデザインではあるが、熟練パイロットにとっては人馬一体の境地に達して、思うままに操縦できる。

 敵機に格闘を挑むかビーム・サーベルを使うか……。サーベルで敵を切り刻むのはゾクゾクする。この機体にヒートロッドがあればなお良かったのだが。

《ハイザック》に目を向けると、腰のラッチからビーム・サーベルを引き抜いて、猛烈に加速しながら横薙ぎに振り払ってきた。

 

「脚を破壊して機動力を削ぐするつもりか? 真似をしたのだろうが考えは悪くない」

 

 このあたしに白兵戦を挑んでくれるとは。お楽しみタイムだ。

 これまで生身でもモビルスーツでも、近接戦闘(クロースコンバット)で負けたことはない。相手は恐怖を覚えることになるだろう。アクシズの練度が高いパイロットならともかく、ジオン共和国のパイロットの剣技など子供の児戯に等しい。

 プリセットされた、決まり切った太刀筋などは簡単に予測できる。熟練したパイロットならば、スティックをサーベルに見立てて、手動入力することで微妙に太刀筋を変えるものだ。

 いいでしょう、その技を教えてやる。

 しかも敵は、いかにもコンピューター制御だとわかるような直線的な機動をとっていて、攻撃を避けるのは造作もないことだった。

 バックパックと脚部のバーニアを一コンマ二秒噴かしつつ、手脚と胴体の捻りを加えた反作用を利用して、人間で言うところの空中前回転ジャンプをさせた。結果、サーベルを振りながら突進してきた《ハイザック》の頭上を飛び越す形になったのだが、いきなりターゲットを見失った相手は、斬撃を空振りして腰が砕けたように機体の姿勢を乱してしまった。

 

「パイロットは機械のように、モビルスーツは人間らしく。覚えておきなさい」

 

 姿勢を乱した隙を狙い、すれ違いざまにサーベルで薙ぎ払って右手と頭部を瞬時に切り離した。ジュッという金属と複合材料が焼ける音と共に、《ハイザック》の戦闘能力は一瞬で失われた。

 

【挿絵表示】

 

 

 これで二つ。まるで歯応えのない敵に失望しつつも、実戦部隊でなければ仕方がないとも思った。やるかやられるか。極限状態の命のやり取りはスキルを否応なしに向上させるが、真剣勝負がない怠惰な環境では落ちてゆくだけなのだ。

 前方回転させた勢いのまま、機体を上昇させて残った最後の《ハイザック》を見下ろすと、すでに臆病になり降伏の意思を示していた。

 甘い。

 再びサーベルを格納し、右手にライフルを持たせたが、ふと思いついて僚機にやらせることにした。これは彼の精神を鍛えるための試練だ。

 

「ダレダ中尉。攻撃なさい」

『降伏している相手を攻撃しろっていうのか。国際条約違反だ!』

「いちいち条約やら法律を気にする男だね。裁量があるんだよ」

『全部光学カメラで記録されてる。下からも見ているはずだ!」

「あら、そう。撃つのか、撃たないのか?」

『本部に確認する』

 

 不合格。

 おもむろにトリガーを引いてライフルを発射し、《ハイザック》の頭を吹き飛ばした。やる気の失せた機体はフラフラとコロニー外縁へと落下していった。

 

「遅いんだよ。こういうときは素早く行動しなさいよ。交戦規定は説明しているはずだ」

『勝手な女が。これは軍法会議物だぞ!』

「いまは、このあたしが軍法だということ。いいかげん理解なさい』

 

 この男をからかうのは面白いが、さて、これで終わりか? 共和国守備隊がこれ以上モビルスーツを上げてこないなら、放水している間抜けな機体を……いや、増援がくる!

 後方センサーから警告音がして、さらに敵機が接近してくることが分かった。椅子から乗り出して背後の全天周モニターを確認すると、三機のモビルスーツが飛行していることがわかった。訂正、さらにもう一機。

 コンソールを素早く操作し、新たなレイヤーを被せて詳細情報を表示させた。データにないカスタムタイプだ。ジオンめ、勝手にお下がりの機体を改造しているのか。

 

『新たな機体が接近しているぞ! なんだ、ありゃ。ピンク色の機体だ』

 

 臆病でも報告だけは一人前だった。

 

「ふん、慌ててデモンストレーション用の機体でも出してきたようね。あのアンテナ、隊長機のつもりか?」

 

 こんどは少しは歯応えのある奴なら面白いのだが。

 高揚感と共に機体を反転させると、新たな獲物に向けて機体を加速させた。

 

「くくくっ、バラバラに解体してやるよ!」



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第31回「素人と玄人と」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


    31

 

 

 

「後ろからジオンの、モ、モビールスーツが追いかけてきてるっ!」

 

 クラリッサ・ロールズは恐怖のあまり叫んだ。

 

【挿絵表示】

 

 いま彼女はモビルスーツのコクピットの中にいたが、仕事はパイロットではない。クラリッサは劇を演じたり唄を歌ったりするのが生業で、ここサイド3『ジオン共和国』には子供向けのイベントに参加するために滞在していた。

 

 地球から最も遠いスペースコロニーであるサイド3は、はっきり言って田舎コロニーだ。そんなところで子供向けの劇を演じてもキャリアに役に立ちはしないが、地方コロニーを巡業して地道に芸能活動をすれば心身ともに鍛えられるし、ハングリー精神が成功の糧となると思い参加したのだ。あの成り上がり者の田舎アイドル、ファンネリア・ファンネルだってジオン出身なのだ。

 それが、なんでこんな目に!

 運悪くズムシティで暴動が発生し、混乱のなか勝手に軍用モビルスーツに乗りこんだ子を止めようとして、そのまま一緒に空を飛ぶことになってしまった。最悪なのは自分が高所恐怖症だということだった。周囲が全てモニターになっているコクピットにいれば生きた心地がせず、あまり持ち合わせていない同情心をこんな状況で発揮してしまったことを、いまは心底後悔していた。

 

「やばいよ。あたしたちを撃つつもりなんじゃない!?」

 

 前から後ろまでが全部画面だから、後ろから一つ目のモビルスーツ《ザク》が近づいてくるのが嫌でもわかってしまう。映画鑑賞するなら一番の特等席だが、この状況で無駄な臨場感はまったく必要ない。迫力がありすぎて、漏らしそうなほどに恐怖を感じるとは。

《ザク》は一つ目が特徴のジオン共和国のロボットだ。ガンダムの劇を演じてるから少し種類が判別できる。色は違うが、いま自分が乗っているのと同じロボットだろう。ジオン共和国の軍隊が出てきたなら、兵器を盗んだ罪で自分たちを容赦なく殺すつもりかもしれない。そう考えたら、さらに恐怖と不安が心を満たし始めた。

 パニックになりそうなときは、とにかく喋るのが一番効果的だ。喋るという行為に集中することで、意識を恐怖から反らすのだ。

 

「ジオンのザクだよ! ねえ、あんた分かってんの!?」

「……」

 

 マリーに話しかけても返事はなかった。この勝手にモビルスーツに乗り込んだ子は操縦に必死で、自分のいうことが全く聞こえてないのだ。極度に緊張しているから、こんなんじゃ、すぐに墜落するに違いない。

 そもそも、こんな羽根もついていない人型ロボットが空を飛ぼうとするのが不自然だと思う。いちどバランスを崩せばあっという間に落ちてしまうのではないか。

 

「あんた、ちゃんと操縦してんだよね? 落ちないよね? ……ちょっと返事しなよ!」

「う、うん。だ、大丈夫」

 

 あ、やっぱり駄目だ。このいかにも不安そうな声。自分がしていることに、ぜんっぜん自信を持ててない。演劇やドラマでも、たいていこんな緊張度の針が振り切れてる感じの子が失敗して、全員の足をひっぱるのだ。これまで何度それで迷惑してきたことか!

 迷惑するくらいなら良いが、マリーが操縦をミスれば自分も一緒に墜落死する。自分はまだまだ人生でやりたいことはたくさんある。だから、なんとかして助かる方法を考えないといけなかった。

 

「こんなところで死ねるか!」

 

 そうだ。この程度の危機はなんてことはない。仕事の報酬が支払われなかったり、契約内容が違ったり、トラブルに巻き込まれたりしたときは、いつも自分の力で切り抜けてきた。だから! 考えるんだ!

 助かるためには、助かるためには。助ける、救助、救援、救難、救難信号、SOS……。

 SOS! そうか、これだ!

 中の奴が無能で使えないなら、外から誰かに助けてもらえばいい! そのためにはSOS信号を送る必要がある!

 

「ねえ、SOSを出そうよ! あんた震えてる。操縦できてないよ」

「できてる!」

「できてない」

「できてる!」

「ふざけんな! 言い合っても仕方ないだろ! 軍隊に追いかけられてんの!」

「あたし、そんなことしらない!」

「知らないって、じゃあSOSを出す方法は知ってんだよね!?」

「……」

 

 ちっ、駄目か。どうせ、ほとんど操作方法を知らないのだろう。なんだよ、こいつ。こんなスキルで乗ろうとしてんじゃないよ馬鹿!

 くそうっ、救難信号が発信できないなら代替案を考えないと。

 落ち着け。考えろ、考えるんだ。

 深呼吸をしてマインドセットを変えなければ。危機に陥ったときこそ冷静になり、考え方を変化させる必要がある。そうすれば自然に良いアイデアが浮かんでくるのだ。自分の経験からも、クールダウンすれば良い考えが浮かぶことは多かった。

 出る、出て行く、逃げる、逃げ出す、逃亡、脱出……。

 脱出かっ。

 そうだ映画でみたことがあるっ! 戦闘機や戦闘ロボットは、やられたときに緊急脱出できる仕組みが備わっていて、レバーだかスイッチだかを作動させれば、コクピットごと飛び出すことが出来るのだ。この《ザク》にも必ずあるはずだから、急いで探さなければ。

 脱出レバーはパイロットが操作する。ということは、椅子の周りにレバーがあるということだ。でもシートの上にはそれらしい物はないから、おそらく下にある!

 

「ちょっと足どけて!」

「な、なにしてんの?」

「レバーを探してんの。ここから脱出するんだよ」

「え、脱出なんて駄目だよぉ」

「うるさい。あんたはもう何もしなくていいから!」

 

 呑気なバカを無視して椅子を調べると、はたして座席の裏側にそれはあった。黄色と黒で塗り分けられているから簡単に判別できる。

 邪魔なマリーの太腿をぐいっと押しあげる。彼女の下着が丸見えになって、幼稚な縞パンが眼前に晒された。

 

【挿絵表示】

 

「ちょ、ちょっとぉ。パンツ見えちゃうからやめてぇ」

「そんなもん誰がみるか! このレバーを引けば脱出できるんでしょ。あたし知ってるんだからね」

「だ、脱出するの、だめだめ、だめぇーっ!」

「なにが駄目なんだよ! 駄目なのはあんただろ! 軍用ロボットを操縦する資格なんて、ぜんっぜん無かったんだよ!」

「えっ……」

 

 非難する言葉が胸に刺さったのか、マリーの表情が、いまにも泣きそうな顔に変化した。

 

「あたしは、あんたに付き合って死ぬのはごめんだね。なにが悪い人を捕まえるだよ、偉そうに! そんな資格も技術もないくせにっ。だいたい誰が良いか悪いかなんて判断できんのか? 地球連邦やジオンは、子供には理解できない大人の事情で喧嘩してんだ! 世界は複雑なんだよ。まだ働いたこともない柄パン履いてるお子様は、大人しく家でアニメみながら笑ってな!」

 

 そう言い放ってやったら、マリーの眼に涙が大量に浮かんできて、溢れてだらだらと流れ始めた。

 

「うっ、うぐっ……」

 

 ちっ、やっぱりこのパターンか。出来ない子を叱ると、たいてい泣き始めるから始末に負えないのだ。舞台の稽古で良くある光景で、泣いて出て行ってそのまま帰ってこなくなる子も多い。

 劇ならそれでもいいだろう。代役をしたい奴はたくさんいるから。でも、いまは空の上にいて、すぐにでも墜落しそうな状況で遠慮はしていられない。

 

「うっ……だって、それがナインのお仕事だから……お姉ちゃんたちに、そうしなさいって言われたから……。うっうっ」

「あ、そ。泣くくらいならやめなよ。人に迷惑かけるから、さ」

「意地悪! さっきはサインくれたのに、なんでそんなこと言うの!」

「この状況で、なに甘ったれたこと言ってんだよ!」

「ぎゃんっ」

 

 思わず手が出てしまう。思い切り頬を叩いてしまったのだ。ピシャリと肌を打つ音と痛みに、マリーは驚き呆然としている。

 

「ぶ、ぶった。お姉ちゃん達にも、いつも叩かれてるのに!」

「あんたみたいなわがまま娘は、どんどん叩かれりゃいいんだよ!」

「う、うわぁ~んっ」

 

 マリーは、とうとう大声で泣き始めた。

 あ~っ面倒くさいっ。ふん、責任感が欠如したガキはほうっておいて、ともかく脱出だ。

 

「よし、このレバーを思い切り引けば……。えっ!?」

 

 突然機体が大きく揺れたので、レバーから手を離して思わず身を引いてしまった。

 

「な、なに? わわっ!?」

 

 慌てて周囲を確認すると、画面全体に光る巨大な一つ目がアップになっていて心臓が飛び出しそうなほどに驚いてしまった。

 やばい、追いつかれた! 殺される!

 

『やっと捕まえたぞ。子供パイロット、無事なのか? 操縦は出来ているのか? あるいは自動操縦なのか?』

 

 えっ。心配してくれる? て、敵じゃない?

 マリーはまだ泣き喚いていて、とても返事ができる状態じゃないから、自分が返事をするべきなのだろう。

 

『おい、泣いてるのか? 怪我はないんだろうな?』

 

 呼びかけてきたパイロットの声は優しそうだった。劇や映画の端役をしているから、人の感情はけっこう読み取れる自信がある。このパイロットは信用できそうな感じだ。彼らは自分たちを撃ち殺しにきたのではない。それどころか助けにきてくれたのだ!

 

「な、泣いてるのは操縦してる女の子です! あたしはクラリッサ・ロールズといいます。巻き込まれて、この子と一緒に乗り込んでしまった一般市民です! こ、このコロニーには仕事で来ました」

『仕事?』

「はい、あたしは俳優っていうか、劇をしてるっていうか……」

『そうか、子役なんだな。説明ありがとう。操縦してる子は大丈夫なのか? 操縦が難しいようなら、こちらで助けてやるぞ』

「今すぐ、そうしてください! このままじゃ墜落します! この子、下手くそで全然操縦できてないんです!」

『了解だ。ワイヤーで固定するからな、少し揺れるぞ。ロマン少尉! 右から胴体にワイヤーを放って固定しろ。私は左だ』

 

 た、助かった……。

 安堵で全身の力が抜けていき、その場にへたり込んでしまう。改めて足元をみると、足がすくむほどの高空を飛んでいることがわかった。こんなパノラマはこれまで見たことがないが、墜落していたら間違いなく死んでいたはずだ。

 これほどの危機は人生で初めてだったが、でも、なんとか乗り切ることができた。ほんと、あたしはラッキーガールだよ。

 

『ワイヤー射出』

 

 左右のモビルスーツが腕をひょいとあげると、その指先からワイヤーが飛び出した。すぐにガチンッと固いものが当たる音がして、乗っている《ザク》が僅かに揺れた。あれで牽引してくれるのだろう。

 

「ほら、マリー。もう泣くんじゃないよ。親切なパイロットさんが助けに来てくれたからさ。もう安心だろ?」

「うっうっ……」

 

 あーあ。いつまで泣いてんだこいつ。しばらくは駄目だろうな。ま、好きなだけ泣いてればいいよ。

 それにしても、安心したら急に喉の渇きを覚えてしまった。どこかに飲むものが……。そうだ、脱出装置を探していたときに椅子の下に引き出しがあった。あの中にあるかもしれない。戦闘機や戦闘ロボットには、撃墜されて遭難したときのために、サバイバルキットが用意されてるって映画で見た。

 再びマリーの脚を持ち上げて引き出しの中を確認してみると、予想通り緊急医療パックや水、保存食品が詰め込まれていた。それに小型AEDまで。

 AEDとは、電気ショックを利用して、止まってしまった心臓を動かす装置だ。

 ラベルに水と書かれたチューブを取り出し、蓋をちぎった。温い水を口に含むと、ようやく落ち着くことが出来た。

 生きている、という実感を噛み締める。あとは下に降りたときにどう説明するかが問題だが、こいつが勝手に乗り込んだのだから止めようとしたあたしは何も悪くない。すぐに帰れるはずだし、さっさとこんなコロニーはおさらばしなければ。

 あ、そうだ、頭を打って怪我したマネージャーは大丈夫だろうか。いつもうるさい女だけど、あのまま死なれても困る。救急隊が来てくれたことを願った。

 

『なにっ? 連邦駐留部隊が攻撃を仕掛けてきただと!? そんな馬鹿なことがあるものか! 少尉、状況を確認しろ!』

『司令部との交信によれば、グリューン小隊は連邦軍のモビルスーツからの攻撃を受け、全機が大破した模様。自分の光学カメラでも爆発を捉えています』

『合同演習ではないのか? 演習中の事故の可能性は? 今日はアクシズの連中がセレモニーをやってただろうっ』

『演習の予定は、自分はきいていません』

『なら連邦の奴らは狂ったってことになる。いや、あるいは戦争が始まったとでもいうのか?』

『前方のミノフスキー粒子の濃度が高まっています。連邦軍が散布しているなら、明らかに敵対行動です』

『待機だ。下手にぶっ放したら国際問題になるぞ!』

 

 え、えっ、いったい何が? 自分たちのことじゃないの?

 急に緊迫した会話が聞こえてきて不安になる。明らかに、何か悪い事態が起こっていた。

 

『た、大尉。連邦軍機が高速で接近! 十秒で会敵します!』

『畜生っ、容赦なしか。ワイヤーを切り離して散開だ!』

『了解!』

『ロマン少尉、高度をとれよ! ウエポンズフリー、攻撃を許可する。どうせミノフスキー粒子で、司令部とは連絡がつかないだろうから現場判断だ!』

『ですが、市街地で戦闘行為は』

『絶対に上下方向には撃つなよ。水平方向に撃つんだ。外れてもスペースポートなら被害は最小限に抑えられる。弾が市街地に飛び込んだらまずい』

『わかりました』

『おい子供パイロット! すぐに降下するんだ。巻き込まれるぞ!』

 

 物騒な会話のあと、左右の《ザク》は上昇してあっという間に離れていった。取り残された後の静けさが不安を煽る。

 どういうこと? 敵って連邦軍が? まさか本当に戦争が始まったのなら、自分は連邦軍に殺されることになる。あたしは連邦市民なのに、そんな馬鹿な話はない! 

 撃たれないためには連邦市民だってことをアピールしなければっ。自分は芸能事務所に所属していて、サイド6にアパートだって借りている。不法就労者じゃないから身分証明はできる。正規の市民番号を持っているのだ。でも、どうやって伝えればいいのか分からない。

 あっ、光が!?

 急上昇していった《ザク》が銃を撃ち始めたのが見えた。光る弾がレーザー光線のように雲に軌跡を描いて、その先にいるだろう敵目掛けて飛んでいった。

《ザク》の背中や手足からも頻繁に光が見える。ジェット噴射しながら銃を撃ちまくっている! あんなに弾を撃ったら、地上の人に弾が当たってしまうんじゃないだろうか。

 そのとき、上手く表現はできないが、空というか外部から圧力のようなものを感じた。悪い予感みたいな、形容し難い感覚を。

 すると突然雲を割りながら、黒いモビルスーツがとんでもない速さで飛んできた。

 巨大なロボットが、あんな速度で飛ぶなんて! 

 ロボットのデザインは明らかに《ザク》とは違う。左手に持っている盾の、星みたいな黄色いマーク。あれは地球連邦軍だ!

 小動物を狙う捕食動物みたいな連邦軍モビルスーツに対して、ジオン共和国軍の《ザク》は明らかに動きが鈍い。

 見ているうちに黒いロボットはあっという間に下に回り込み、光る剣、ビーム・サーベルを使って容赦なく《ザク》を上下半分にしてしまった。

 

「ああっ!?」

 

 二つに分割された《ザク》は、無残な姿で真下に落下していく。

 あの、さっき助けてくれたパイロットの人がっ。

 さらに遠くでは、もう一機の《ザク》と別の黒いモビルスーツ同士が、上昇したり下降したり、くるっと回ったりしながら戦っていた。でも素人の自分が見ても、二機の動きは緩慢な印象を受けた。ロボット同士の戦いなんて初めてみたが、踊りや劇で言えば練習が足りないというか、ようするにあまり上手くないのだ。

 それがもどかしいと思ったのか、我慢が出来なくなったのか、さっきの恐ろしい速さの黒いモビルスーツは腰から銃を取り出すと、《ザク》目掛けて発砲した。すると哀れなロボットは、たちまち頭、両手を撃ち抜かれて墜落していった。

 

「あ、あんなに遠くの敵を……!」

 

 圧倒的なスキルの差を目にして震えが止まらない。あの黒い奴のパイロットは、恐ろしいまでの冷徹なプロなのだ。

 そして、そう理解したことが自分の恐怖を倍増させた。間違いなく、次はこっちを狙ってくるからだ。じんわりと下着が濡れたのを感じた。

 

「ねえっ、マリー! 泣いてないで降伏するんだよ! 殺される前に!」

 

 コクピットで泣くマリーを怒鳴りつけながら、彼女の手を掴んで無理やり操縦桿を握らせた。

 

「うっうっ……あ、あれが敵……?」

「なに寝ぼけてんだ! 降伏しろっての!」

「て、敵だ! 敵は倒さなきゃ駄目ーっ!」

「うるさいっ! ロボットの両手をあげろ! あっ!? きゃあーっ!」

 

 黒いモビルスーツが威嚇射撃をしてきて、弾丸がすぐそばを掠めていった。雷が鳴るような凄まじい音と振動に、頭を抱えて叫び声をあげてしまう。

 目が慣れてきたのか、大量のアドレナリンが脳に流し込まれているのか、銃口から火花が出るのがはっきりと見えた。一瞬のちには死んでいるかもしれない。そう思うと身体が震えて、頭が真っ白になる。アドレナリンでも恐怖は消せない。機体がバラバラになったら空中に放り出される!

 黒いモビルスーツは、もの凄いスピードで一気に距離を詰めてくる。まるで獲物を狙う鷹のような動きで。あんな奴を相手に出来るわけがない! 

 やばい、また銃撃が!

 今度こそ当たるかと思ったが、突然に重力が上向きにかかり、フワッと体が浮いたと思うと、そのまま吐き気を催す猛烈な加速が襲い掛かった。

 機体が急降下している!?

 

「よ、避けたの!?」

 

 マリーは、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながらも、操縦桿を傾け、ペダルを思い切り踏んでいる。敵の攻撃をギリギリで回避したのだ。

 そして、彼女の髪飾りと身体がぼんやりと光っているのがわかった。強いストレスを感じているゆえの、幻覚かなにかなのか? あるいは何らかの装置の結果なのか? オーラみたいにマリーに光の粒子がまとわりついている?

 

「マ、マリー。あんた、何をしてるの?」

「この子を動かしてるの!」

 

 マリーがモビルスーツを操縦できるのはわかった。だが、ちょっとばかり攻撃を避けたからといって危機であることは変わらない。

 連続的に射撃をしながら、轟音を立てて、黒いモビルスーツが凄まじい勢いですぐそばを掠めていった。

 あれは!? その姿は自分が劇で演じていた主役に似ていた。

 

「く、黒いガンダム!?」

 

 やばい、相手は《ガンダム》なのか!? 

《ガンダム》とは昔の戦争で活躍した英雄みたいなロボットで、一機でジオンの《ザク》の半分を倒したと言われてる。地球連邦市民にとっては正義の味方だ。そんなロボットを黒く塗っているのは趣味が悪いが、いずれにせよ《ガンダム》を相手にして生き残れるはずはない。

 黒い《ガンダム》は、高速でターンして、再びこちらに向かってくる。

 

「早く下に逃げなさいよ! 着陸して脱出するんだよ!」

「ガ、ガンダムは敵だから、やっつけないと……。ガンダムは敵、ガンダムは敵。ザクは味方」

「ガンダムを倒せるわけないだろ! わっ、くるっ」

 

 黒い《ガンダム》は、あっという間に近づいてくると、体当たりを仕掛けてきた。

 

「わーっ!」

 

 だがその攻撃すらも、マリーはまたしてもギリギリで避けた。

 こいつ意外と出来るのか!? とにかくこのまま避け続ければ、あるいは助かるかもしれない。

 しかし、その考えはかなり甘かった。攻撃を避けたと思っても、相手は遥かに上手だったのだ。

 《ガンダム》は急停止すると、体を反転させながら腕をぐっと伸ばして掴みかかってきた。

 

「ひっ!?」

 

 ガンッという金属音がして、コクピットのスクリーンが手に覆われた。敵に頭を掴まれたのだ。

 マリーを見ると、慌てながら操縦桿を動かしていた。連動して《ザク》の手が動くのだ。しかし、大人に叱られて折檻を受ける子供みたいにまったくの無力で、視界は巨大な手に覆われたまま。

 スポーツや格闘技でもそうだが、素人は固く直線的な動きしか出来ない。やはり彼女は素人だ。プロに対抗できるわけもない!

 

「は、離れて、離れてよぉ~」

 

 喚くマリーを嘲笑うように、《ガンダム》の手がザクの頭を握り潰し始めた。

 ギシギシという凄まじい破壊音と振動がコクピットに襲いかかり、内部は恐怖の感情で満たされた。

 

【挿絵表示】

 

「つ、潰される! いやああっ」

 

 思わず叫んでしまったが、よく考えたらコクピットは胴体にあるから、頭を潰されても死ぬことはない。でも、そんな冷静な分析はどうでも良かった。大ピンチに違いはないからだ。

 黒い《ガンダム》はしばらく頭を握りつぶしていたが、突然左手で胴体をドンっと押してくると、激しい衝撃とともに《ザク》の口とパイプが文字通り引きちぎられた。

 

「わ、わああーっ!」

 

 機体が大きく揺れたせいで体が後方に吹っ飛び、後ろの壁に思い切り背中をぶつけた。

 い、痛いっ!

 もの凄い痛みに、気を失いそうになる。こんな狭いところで死ぬのは嫌だ!

《ザク》は《ガンダム》に突き飛ばされた反動で、地表に向かって勢いよく降下し始めた。このままでは墜落する! が、マリーがパニックになりながらもペダルを必死に踏んだおかげで、ロケット噴射によって何とか空中に停止した。

 だが、容赦のない攻撃はさらに続いた。《ガンダム》は間髪入れずに、まるで格闘家のような動きで、回し蹴りを放ってきたのだ。

 あんな攻撃を受けたらやばい!

 すぐさま椅子の側にしゃがみこみ、頭を両手で抱えた。直後、《ザク》がバラバラになるかと思うような衝撃が襲い掛かって、体が真横にふっ飛んで壁に激しくぶつかった。

 

「う、うああっ。あああっー!」

 

 う、腕の骨が。腕の骨が折れた! 

 腕をもぎ取られたような凄まじい痛みが襲い掛かり、どっと涙が溢れる。

 

「ううっ、ちくしょう。痛いっ!」

「う、うわわ……」

 

 ぼやけた視界でマリーを見ると、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしてガタガタ震えていた。駄目だ、彼女は完全に心が折れている。もはや戦うとか操縦とか言えるレベルではない。こ、このままじゃ殺される!

 黒い《ガンダム》は空中で静止している。その姿は、まるで冷静に獲物にとどめを刺そうとする捕食動物だ。

 捕食者は勝利を確信したように左手をあげ、指からワイヤーをヒュッと飛び出させた。ワイヤーは機体にぶつかると、ガチッと固定された。

 た、逮捕して捕まえるつもり? でも、こんな残虐な攻撃を受けるなら、早く逮捕された方がましかもしれない。

 

『ジオンのパイロット、聞こえるか? 全くなっちゃいないパイロットだね。デモンストレーションで乗っていただけの民間パイロットなのか? だったら降伏するチャンスをやるよ』

 

 パ、パイロットは女? 女同士だから少しは情けがあると思いたいが、戦争に男も女もない。この冷たい声からは残忍さが感じられた。

 

『どうなんだ? 十秒以内に返事をしなさい』

「マリー、返事をすんだよ! ちっ駄目か。こ、降伏します!」

『そうか、賢明だ。このまま基地に連行して尋問させてもらうよ』

「えっ。じ、尋問って。子供を尋問するんですか!?」

『子供だろうと関係ない。今のご時世、子供のテロリストは珍しくないだろ?』

「あ、あたしはテロリストなんかじゃありません!」

『なら、そう言い訳すればいいさ』

「そ、そんな……」

 

 連邦軍に連行されて尋問を受けるなんて。突然に襲い掛かった絶望感に気を失いそうになり、冷や汗がどっと吹き出した。

 酷い話はたくさん聞いたことがある。尋問とは名ばかりで、実際には無理矢理に眠らせないようにしたり、殴ったり、裸にして鞭打ったりする拷問が行われるのだ。

 自分が酷い仕打ちを受けている姿を想像した。

 このマリーだって、彼女こそモビルスーツを盗んだのだから、厳しい尋問を受けるに違いない。いまの話をきいて、ますます泣き喚くのではないか。だがマリーを見ると怒っていたのにはびっくりしてしまった。

 なんだこいつ。意外。まさか、負けたから悔しがっているのか!? 下手くそなくせに!

 

「あ、あなた、お姉ちゃんを酷い目にあわせた人だ!」

『な、なに? 今のは誰だ?』

「許せない。プルセブンお姉ちゃんを!」

『なっ、プル、セブンだと……。お前、まさかアクシズの強化人間か!』

 

 な、何の話をしてるのか分からない。きょ、強化人間って?

 

「連邦軍には降伏しないんだから!」

 

 マリーは恐怖でおかしくなったのか。訳の分からないことを言い始めたが、その挑発的な物言いはまずい!

 

「マリー、な、なに言ってんだよ! 謝れ! す、すみません、私からも謝ります! この子、恐怖で頭がおかしくなって」

『そうか……。彼女がこのコロニーにいるのだから、妹がきていても不思議ではないというわけだな。いいだろう、お前は連行する。研究所の奴らも喜ぶだろうさ』

「ふんだ。あたしは、いかないからね。お前なんかやっつけるんだから! エイトお姉ちゃんだって、そう言うはずだよ」

『こ、この生意気な! どうやら痛い目を見ないと分からないようね! これをくらいな!』

 

 外のモビルスーツが光ったかと思ったとたん、周囲が凄まじい光と衝撃に包まれた。

 コクピットに大電流が流れ込んできたのだ。

 

「うわっ。ぎゃあ~っ!!」

 

 視界が白くスパークして、全身が痙攣した。そして、電気が流れた椅子から、まるで弾かれるように大きく跳ね飛ばされてしまった。

 だが、それが自分の命を救った。空中に飛んだので、電気が身体に流れたのは一瞬ですんだのだ。天井に頭をぶつけて壊れて割れたパネルに落下したが、幸運なことに、そこには電気が流れてこなかったのだ。

 でも、椅子に座っているマリーには電気が流れ続けた。

 凄まじい悲鳴がコクピットに響き渡った。椅子にシートベルトで固定されているマリーは、電気から逃れようがない。彼女は身体を激しく上下させ、頭を振り乱しながら泣き叫んだ。

 

「いやああ~っ! 助けてっ、お姉ちゃ~ん! うわあああ~っ!」

 

【挿絵表示】

 

 バチバチと電気が弾ける音がして、焦げ臭い匂いがコクピット内に漂った。マリーの服とニーソックスがビリビリと裂けている。全身に電気が流れているのだ。

 その姿は、まるでおぞましい拷問を受けているようだった。

 

「あ、あ……」

 

 助けたくても、下手に触れば自分も感電してしまう。見殺しにするみたいだが、命をかけてまで助ける勇気はない。

 

「ぎゃ、ぎゃああああ~っ」

「ひ、酷いっ……」

 

 目の前で電気に焼かれるマリーを、ただ震えて凝視することしか出来なかった。恐ろしく長い時間に感じたが、実際は十秒くらいだったのだろう。

 ぞっとする仕打ちが終わり、ようやく電流が止まった。電流で壊れたベルトが外れ落ち、跳ね回っていたマリーの身体がシートにどさりと転がった。

 か、彼女は生きているのか?

 折れた腕と火傷でひりひりと痛む身体をかばいながら、マリーの様子を確認するために苦労して椅子を這い上がった。

 マリーは椅子にぐったりと身を沈めていた。汗まみれで、顔は涙と鼻水、よだれが垂れ放題だった。失禁もしてしまったようで、椅子をしずくが垂れていくのがわかった。その身体はピクリとも動いていない。

 負傷具合を確かめるために、折れてない方の手を使って裂けたシャツを慎重にまくり上げた。酷い火傷を負っていたらまず助からないが、幸い火傷はたいしたことはないようだ。しかし、問題は内臓だ。

 続けてまっ平の胸に手を当ててみる。

 ……だ、だめか。音が、しない!

 慌てて耳を心臓にあてた。やはりなんの音も聞こえない。マリーの顔をみると両眼は半開きで焦点が定まっておらず、顔色は蒼白だった。

 

「し、しんでる!」

 

 やはり、あれだけの電流を流されたのは致命傷だったのだ。こんな小柄な子があんなに電気を流されたら死んで当然だ。

 ば、馬鹿な奴。正義ぶって軍人に逆らうからっ。

 

「なんで、あんなに頑固だったんだよ! あんたみたいな普通の女の子が、なに考えてたんだよ!」

 

 会ったときから変な奴だった。でも、愚か者だからといって殺されていいわけはない。ジオンの人間にだって、不法移民者にだって基本的人権はあるし、最低限度の生活を営む権利がある。だからこそスペースコロニー社会は成り立っているのだ。

 そう考えると横暴な連邦軍に腹が立ち、マリーをこのまま見殺しにはできないと思った。

 まだマリーは助かる可能性がある。

 そう、電気ショックで心臓が止まってしまっても、人工呼吸をすれば蘇生できるかもしれないのだ。もちろん素人なので確信はないが、ちょうど事務所の講習で蘇生法を習ったばかりなのは幸いだった。

 

「あ、あたしにできんのか」

 

 黒い《ガンダム》がさらに電気を流してこないか怖かったがやるしかない。ちくしょう、なんで、こんな目にあわなきゃならないんだ!

 椅子の端に脚をかけて、折れて痛む左手をマリーの胸に添えた。そして、そのまま右手で胸をリズム良くグッグッと押し込んだ。

 

「いっ、痛っ……」

 

 折れた左手が凄まじく痛んだが、胸を圧迫する動作を連続して三十回繰り返した。かなり力が必要で、怪我をしてる身には辛い作業だ。

 次は息を吹き込まないといけない。マウスピースがないから、直接口をつけなければならないだろう。唇を重ねるのに一瞬躊躇したが、鼻を手でつまんで、胸が膨らむまで口から息を吹き込んだ。これは二回。あってるのか自信はないが、このサイクルを何度も繰り返す必要がある。

 痛みで息をするのも大変だったが、必死に続けても、まるで息を吹き返す様子はない。

 体力を消耗して気を失いそうになり、頭が眩んでマリーの唇に思い切りキスしてしまう。

 

「ファーストキスが女の子かよ。ちくしょう、息をしなさいよ!」

 

 駄目だっ! あんな電気ショックを受けたら、こんな子供はひとたまりもないのだ。あんな電気ショックを……。って、電気? あ、AEDか!

 電気ショックで蘇生させるのがAEDだ。気が動転していて思いつかなかったが、電気でダメージを受けたのなら……!

 急いで椅子の引き出しを開いてサバイバルキットを取り出した。AEDは前に使い方を習ったことがある。充電して電気パッドを胸に押し当てればいいだけだ。

 装置の蓋を開き、二つの電気パッドを取り出す。電源を入れて、パッドに電気が充電されるのを待った。

 

「だ、大丈夫なんだろうか。電気にやられたのに電気を使っても……」

 

 素人に判断できるはずもないが、でも、このままにしていたら、マリーは死んでしまう。

 

「どうなってもあたしのせいじゃないし!」

 

 思い切ってマリーの平らな胸にパッドをあてると、彼女の身体がビクンッと激しく跳ねた。こ、効果があった!?

 もう一度充電して押し当てる。今度はマリーの手足が跳ねた魚のようにビクビクと動いた。

 効果があるか分からないが、何度でも繰り返しやってやる。

 希望が見えてきたとき、急にコクピットが暗くなるのを感じて、おもわず身を引いた。黒い《ガンダム》が接近してきたのだ。

 

『パイロット、返事をしなさい』

「えっ? あ、あっ!」

 

 いまや画面いっぱいに《ガンダム》の頭があった。その顔は、ロボットなのにまるで勝ち誇ったような表情をしているように見えた。

 

『戦闘継続の意思はないようだな。こんどこそ降伏するか?』

「ま、待ってください! 酷いことしないで! パ、パイロットは。パイロットはもう死んでしまったのに!」

『なんだと?』

「あなたが殺したのよ! 相手はまだ子供なのに……人殺し!」

『ちっ……ほんとうに強化人間なのか? あのくらいで死ぬなんて』

「強化人間って、なんなんですか。この子は強い人間じゃなくて、ひ弱な人間です!」

 

 強化、強化って! 

 わけの分からないことを理由にして、平然と残虐なことをする女に怒りが湧いてくる。でも、身に合わない正義感をだせば、このマリーのように無惨に殺されてしまうだろう。

 

『ひ弱な人間だと? 何がひ弱なものか!』

 

 怒鳴り声と共に、モビルスーツの拳が襲い掛かった。

 

「ぎゃっ」

 

 凄まじい衝撃が襲いかかり、思い切り壁に叩きつけられた。全身の内臓が揺れたかと思うほどの、えぐられるような痛みが全身を蝕んだ。

 

「ぐぐっ……」

 

 怒り狂っている地球連邦軍の女パイロットは、ヒステリックで自意識過剰、冷酷な人間だと判断した。こういうタイプの人間は、我も忘れて散々暴れまわった挙句、終わったあとで少し反省して全てを無かったことにしようとするクズ。理屈が通じる相手ではない。

 それでも、ただ殺されるのを待つなら謝り倒そうと思った。

 

「ゆ、許して、お願い。私はただ巻き込まれたたけなんです!」

 

 まるで神の前で祈るように必死に叫んだ。今が、これまで磨いてきた演技力を最大限に発揮するときなのだ。

 

『何をいまさら。厚かましい!』

「この子が勝手にロボットを操縦したんです! あたしは止めようと思っただけ。テロリストなんかじゃありません! ただ巻き込まれただけなんです!」

『見えすいた嘘を言うなっ! ネオジオンの工作員めが!』

 

 黒いモビルスーツが腕を引くと、機体がギシギシとしなった。巻きついたケーブルが締め付けてる!?

 バキッと壁の画面パネルが割れて外れた。

 やばい。押しつぶされる!

 

「違います! あたしの名前はクラリッサ・ロールズ。職業は役者です。所属事務所はバーナムプロダクション。善良な地球連邦市民で、サイド6、リボーコロニーに住んでます。ここには仕事で来ただけなんです。さっきまで連邦政府の仕事、ガンダムの劇をしてました! わたしには保護される権利があります!」

 

 恐怖に震えながら、吐き出すように一気に喋った。

 

『信用できないねえ。このジオンでガンダムの劇って何よ? おおかたネオジオンの秘密集会か何かだろう』

「え、えっ?」

『政府転覆を企む集会やデモは法律で禁止されている。反すれば共謀罪だ』

「違います! ただの子供向けの劇です!」

『なるほど隠れ身にはちょうど良いだろうさ。お前みたいな少女をアイドルだと崇める愚かな男もいる。可愛いアイドルが、裏では活動家というわけだ』

「ま、まさかっ」

『フン、いいでしょう。裸にして徹底的に尋問してあげる。その身体に訊いてやるよ。寝かせないから覚悟しなさい』

「そ、そんなっ」

 

 全裸で拷問を受ける自分の姿を想像すると、血の気がひいて気分が悪くなった。鞭打たれたり、爪を剥がされたり、暴力で肉体的、精神的に蹂躙されるのだ。

 女パイロットの、ナイフで刺すような言葉は心と身体を凍りつかせた。この寒気と恐怖、どこかで味わった気がする。

 ……そうだ。去年に観た残虐なB級ホラー映画。映画に出てきた犯罪者の女に感じが似てるのだ。その女は誘拐した少女を裸にして鞭打ち、ナイフで切り刻むことを至上の喜びとする異常者なのだ。

 今の状況が映画とオーバーラップして、危うく下着に漏らしそうになった。

 

「うぅっ、なんであたしがこんな目にあうんだよ! ただ仕事をしにきただけなのにっ。あたしは犯罪者じゃない! 拷問なんて嫌だ!」

 

 感情の波が一気に流れ出し、身体が勝手に泣き叫ぶことを始めた。どうしようもない状況では、もう涙しかでてこないのだ。

 

「誰か助けて! ここから出して! あたしを犯人にしようったって、裸にしても何にも出てこないんだよ!」

 

 泣き声がコクピットに反響して、虚しい一人芝居が聞こえてきた。最期まで観客がいない芝居を演じる運命なのか。

 

「泣いても状況は好転しないぞ、クラリッサ・ロールズ」

「えっ!?」

 

 いきなり聞こえてきた落ち着いた声に、誰か知らない人がコクピットに入ってきたかと驚いてしまった。あり得ないことにびっくりして振り向くと、マリーが起き上がっていた。すっかり泣きやみ、身だしなみを整え、その表情は……明らかに雰囲気が違っている。キリッとしているのだ。

 その自信に満ちた顔を思わず見つめてしまった。

 

「だが、お前は本当に良くやってくれた。マリーを、私を蘇生してくれたこと、心から礼を言わせてもらうよ」

「マ、マリー。あ、あんた大丈夫なの? てっきり死んじゃったんじゃないかって」

「ああ、大丈夫だ。お前の的確な判断と行動力は素晴らしかった。子供とは思えぬほどにな」

 

 そういうと、マリーは手を握ってきた。

 

「え、そ、そんなこと……。ただ助けようと思って、必死なだけだったし」

「危機の時こそ、本来の能力、性格が露わになる。クラリッサは勇気があるのだな」

「あ、いや……」

 

 なに赤くなってんだ、あたしは。

 

「今度はわたしの番だ。あの女パイロットを撃退してみせる」

「撃退!? それってやっつけるってこと? そ、そんなの無理だよ! 見たでしょ。あのパイロット、とんでもない奴なんだよ」

「安心しろクラリッサ・ロールズ。このハイザック、基本性能は悪くない。ジム・クゥエルより性能は優っているのだ。だから、あとはパイロットの腕次第ということになるが、戦闘データはすでに解析済みだ。初陣ではあるが十分に対抗できるだろう。シミュレーションは何万回としているのだからな」

 

 マリーはシートやモニターについてるレバーやボタンを操作しながら、自信ありげに言った。この冷静さと自信、まるで別人みたいだ。

 

「これから機体を再起動する。揺れるから、お前はリニアシートの後ろでしゃがんでいろ。両足を踏ん張り、身体を固定するのだ。腕は痛むか? できるか?」

「う、腕は痛むけど、なんとか大丈夫」

「了解だ。早く終わらせて処置しなくてはな」

「あっ。変なこと訊くみたいだけどさ。あんた、本当にマリーなの? なんか性格違ってる」

「そう感じるか? わたしは間違いなくマリー・ファンネルだ。肉体と精神は切り離せないのだから」

「で、でも」

「しかし精神に変化があった、とは言えるだろうな。二つの精神が融合して、新しい人格が産まれたのだ」

「新しい人格……。それって別人じゃないの」

 

 マリーが言ってることが本当なのかわからなかったが、今はただ見ていることしかできないし、彼女の自信に満ちた言葉には勇気付けられた。

 

「メインエンジン始動。基本システムに異常なし。モノアイ、各センサーとも正常。機体制御に関してはAMBACに異常が見られるが、宇宙空間ではないから問題はない」

 

 動かなくなっていた《ザク》が唸り声をあげた。その音は、まるで怒った動物みたいだ。

 

「さあ、いくぞ。反撃の時間だ、クラリッサ」

「う、うんっ」

「あの傲慢な女に鉄槌をくらわせようではないか」



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第32回「コロニーに吹く風」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


    32

 

 

 

「なんだっ、まだ抵抗するのか!」

 

 地球連邦軍のエージェントであり、パイロットでもあるクリスティ・マッキンタイア中尉は、システムダウンを起こして機能停止していた《ハイザック》が、今再び動き出したことに驚愕した。

 

 それは全く予想外のことだった。

 ハイザックの電気回路は、ヒートワイヤーの電流でズタズタにしてやったはずだ。そんな状態で機体を再起動させるためには、複雑な内部回路を手動でバイパスさせるしかない。だが、それは専門技術を有する人間にしか出来ないことである。

 

「ちっ、あのガキは素人じゃない。このあたしが騙されたのか。騙す側のはずなのに!」

 

 名状し難い怒りが沸き起こり、自分のアイデンティティが崩壊する屈辱を味わった。人を謀るスパイが騙されるなど決してあってはならないのだ。あの泣いて謝っていたガキの正体が、訓練を受けたテロリストだと看破できなかった!

 憤慨している間に、《ハイザック》はヒートホークでワイヤーを切断し、急上昇して拘束から逃れて脱出した。

 

【挿絵表示】

 

「ヒートホークだと! そんなもので何ができるものかっ」

 

 怒りに我を忘れているわけではない。思考に冷静な部分は残していて、敵機の状態を確認していた。なるほど、奴は式典用の機体だから、ろくな武器を装備していないのだ。そんな機体であたしに挑むなど、これは舐められたものだ。

 ヒートホークとは巨大な斧で、その名の通り刃を赤熱させて攻撃する兵器なのだが、プラズマを使用するビーム・サーベルと比較すれば決定的に威力が低い。しかも何回か使用すると刃がダメになり、ただ叩くだけの板切れになってしまうのだ。メリットと言えばエネルギー消費量が低いことだけで、《ハイザック》のようなジェネレーター出力の低い機体ならば重宝する、という程度の時代遅れのシロモノなのである。

 だが時代遅れの武器でも当たれば怪我をする。善良な市民の振りをして武器を隠し持ち、いきなり不意打ちを喰らわせるのはテロリストが良くやる手法だ。

 

「何が芸能人だっ。奴が言った事務所が実在しているから!」

 

 自分は身分を偽るためのカバーストーリーとして芸能界に身を置いているから、まんまと騙されてしまった。なんという間抜けな!

 もはや手加減は無用だ。冷徹にコクピットを狙い、ライフルのトリガーを引いた。この距離ならば間違いなく当たる!

 だが次の瞬間、《ハイザック》は一瞬で視界から消え失せた。

 

「消えた!? なんて加速っ。チューンアップされているからか!?」

 

 いや違う。これはモビルスーツの性能じゃない。敵パイロットは、もっとも効率的かつ効果的な軌道を選択しているのだ。

 自分の強化された動体視力で追えぬはずはない。つまり奴は全周囲スクリーンの死角、こちらからはリニアシートの影で視認できない位置を常に移動しているのだ!

 

「なんて奴だ。こちらの動きを読み切っているというわけか。……だが上手くやったとは思うなよ。強化人間が相手なら、戦い方は心得ているんだっ」

 

 なまじ目で追うから惑わされる。ならば、目で見なければ良い。

 ニュータイプや強化人間と呼ばれるパイロットの戦闘は、敵の感応波を捉え、相手の思考から移動位置を予測して攻撃手順を組み立てるのがセオリーだ。チェスやショーギのプレイヤーのように、瞬時に何手先を読むのである。

 それには、いかに敵の感応波を正確に捉えるかということも重要だ。だからニュータイプ専用機には、感応波デコーダーであるサイコミュが搭載されているのだ。しかし、この《ジム・クゥエル》のようにサイコミュを搭載していない機体では自らの脳だけで処理しなければならないから、どうしても精度は低くなってしまう。

 

 だが、それだけが理由と思えない奇妙な事象が発生していた。

 

「馬鹿な……。感応波がまるで捕らえられない!」

 

 敵の感応波をまったく感じ取れないというのは異常なことだ。なぜなら、普通の人間でもほんの僅か感応波を発しているからだ。

 

「感応波を阻害するシールドでもあるのか? ジオンはジャミング装置を発明したのかっ!?」

 

 意識を集中すると、その理由がわかった。感応波を捕らえられないのではない。生きた人間のシグネチャーを捕らえられないのだ。これは、なんだ? まるで薄気味悪いゾンビのような、フラットな波形。

 感応波は、個人が抱く思念や感情によって固有のパターンを有している。つまり一つとして同じ波形存在しないのだが、その特有の波をサイコミュでデコードすれば、人の意識を感じることができるのだ。

 しかし、いま感じるのはぞっとする虚無のみ。

 

「いったい何者だ? 薄気味悪い奴めっ。くっ……そこだ!」

 

 マニュアルで照準を定めてトリガーを引くと、ハイスピードの敵機に追随してジムの腕がぐるりと背後に回った。その、人としては不自然な体勢から、ライフル弾が高速で発射された。

 もちろん市街地の方向は回避した上での、あらゆる要素を計算した結果であり、射撃管制コンピューターよりはるかに精度が高い攻撃だ。

 しかし、敵は演算外の領域にいた

 

「これも外したっ!」

 

《ハイザック》は急加速し、予測値以上のスピードで背後を駆け抜けていった。

 

『遅いな。お前の攻撃パターンは既に見切った』

「なんだとっ!?」

 

 背後をぐるっと周り、正面で急停止した《ハイザック》から声が聞こえてきた。聞き覚えのある声色。だから、一瞬『彼女』が乗っているのかと勘違いしてしまった。

 操縦しているのはテロリストのガキじゃない!? 未熟なあの女の能力が覚醒したのか!? だが、ファンネリアはコンサート会場でずぶ濡れになり、無様な姿を晒していたはずだ。ということはつまり、奴の妹が感電死せずに生きていたのだ。

 ネオ・ジオンのエース、ニュータイプ能力を持つプルツーという奴は、先の戦闘で二十機以上のモビルスーツを一人で屠ったらしい。そんな怪物の妹ならば、能力も引き継がれているということなのか。だが、奴の感応波は理解できない。

 

【挿絵表示】

 

『貴様はやり過ぎた。ターンオーバーの時間だ』

「お前! 油断させるために演技をしていたのかっ。汚い真似を!」

『フン、言えたことではないだろう。裏工作をするような人間は、演技めいたことが好きなはずだな?』

「なんだと?」

『説明が必要か? いいだろう。お前はこのサイド3にリポーターとして潜入し、デモや暴動を誘発する秘密工作を仕掛けたのだ』

「何を世迷言を。知らない話だ」

『それは言えないだろうな。社会的な立場を利用して、密かに政治的、軍事的工作をしていたのだから。正体は、おそらく地球連邦政府の特殊機関のエージェント。AIやサイコミュで扇動するなど、サイド3駐留軍ができる仕事ではない』

「誘導質問のつもりか? 応えるつもりはない!」

『そう、アクシズで活動していたのもお前だ。民間シャトルを使い、戦闘に紛れて宇宙要塞に潜入する……。かなり腕の立つスパイのようだが目的は何だ? いや愚問か。偵察と情報収集。あるいは要人の暗殺、拉致。ダーティーな秘密作戦(ブラックオプス)で、アクシズに混乱を招こうとしたのだろう』

「何を言ってるのか分からないが、アクシズが混乱して自滅するなら結構じゃないか。これまでジオンが何をしてきたのか知ってるだろ? その罪は決して許されることはない。罪深い連中は滅びる運命にあるのさ」

『罪を償うのはお前の方だ。姉プルセブンの仇、とらせてもらう』

「仇撃ちね……。時代遅れのジオンには、法律に復讐法が書かれているのかい?」

 

 そう挑発した次の瞬間、《ハイザック》は凄まじい速度で加速をかけてきた。

 速い! 即座に反応し、ライフルで狙いをつける。だが、すでにライフルの間合いではなかった。腕を引いたが一瞬遅く、ヒートホークの一撃でジム・ライフルを真っ二つにされてしまった。

 

「ちっ、戦闘能力を削ぐ気か!」

 

 だが、この間合いは迂闊。復讐にはやるあまり飛び込みすぎたのだ。素人にありがちなミスで、戦いで感情は抑えなければならない。いずれにせよ、この私の懐に飛びこむなど自殺行為!

 

「踏み込みすぎたな。死ねっ!」

 

 フリーになった右マニュピレーターで素早くビーム・サーベルを引き抜き、容赦なくコクピットを狙った。この近距離で避けることはできない!

 だが、またしても。

 

「な、なにっ!?」

 

 コクピットがプラズマで焼かれる直前、《ハイザック》は急激なバレルロールで軌道を変化させると、ひるがえりながら突きを寸前でかわしてしまった。

 いくら低重力とはいえ、旧式機にこの動きをさせるには卓越した操縦センスが必要だ。

 ちっ、敵のスキルに感嘆している場合ではない!

 すぐさま次の攻撃に移るべく、シールドで正面を防御しつつ180度ターンを開始した。

 攻撃を避けた直後は無防備な背面を晒すことになるから、そこを狙う。白兵戦闘では攻守が瞬時に入れ替わり、先の展開を読みきれなかった者が敗北するのだ。

 しかし、次の《ハイザック》の動きこそ驚愕せざるを得なかった。

 

「あ、あたしの防御を利用した!?」

 

 ヒートホークが深々と食い込み、金属を引っかく不快な音が響いて、シールドの上部三分の一が切り取られて失われた。

《ハイザック》は飛び去るふりをしつつ、ヒートホークでこちらのシールドに斬りかかり、引っ掛けるようにしてブレーキをかけたのだ。普通の人間は、一度にひとつの動きしかできない。ムーブとアタックを同時にやってのけるのは、常人には出来ない芸当だ。

 

『コクピットを狙うとは、この私を逮捕するのではなかったのか?』

 

 パイロットの憎たらしいほどに冷静な声が聞こえてくる。聞くほどにあの女と声質が似ている。もっとも彼女なら慌てて取り乱しているだろうが、連中がクローニングされた兵士だという噂は本当なのか?

 

「それはお前の正体を知る前の話だ。テロリストに人権はない!」

『根拠もなく決め付けるところが、いかにも傲慢な地球連邦軍だな。だから地球圏から争いが失われないのだ』

「笑わせるな。加害者が被害者面するなよ。火種を巻いているのは貴様らだ。しかし火種は燃える物がなければ消滅する。それがジオンの運命だ!」

 

 腕を引いていたから、ビーム・サーベルで攻撃するには遅すぎる。だから操縦桿のトリガーを引き絞り、強引に頭部バルカン砲を発射した。

 ガトリング砲のバレルが高速回転して、60mm炸裂弾が放たれる。近距離で発砲すれば弾が跳ねて撃つ側にも危険が及ぶが、相手は回避しようと距離をとるはずだ。

 弾頭が直撃し、《ハイザック》の肩アーマーが穴だらけになって吹き飛んだ。上手く防御したものだが、甘い。一瞬トリガーを放して照準を微調整すると、再びコクピットを狙った。徹底的に致命的なコクピットを攻撃することで、敵パイロットを動揺させるのだ。

 しかし、予想に反して《ハイザック》は距離をとるのではなく、接近してくると下方から捻り込むような機動をとった。まるで恐れを知らないように。

 この動き、間違いない。刷り込み操作で恐怖を排除された、洗脳、調整された強化人間だ!

 

「ちっ、股下をくぐるつもりか! 後ろ! 回り込まれたっ」

 

 予想外の動きに防御姿勢をとる間もなく、機体に激しい衝撃が走った。背後からヒートホークの鋭い一閃が襲い掛かったのだ。

 マルチファンクションモニターが激しく明滅し、バックパックのダメージを示すアラートが煩いほどに表示された。

 ざっくりと内部構造が引き裂かれた。燃焼ガスが漏れたのか、小さな爆発音も聞こえる。このままではバックパックを失い、すぐに墜落する危険がある。

 押されている、このあたしが。奴は私以上の能力を持っているということか!

 

「ふざけるな! これが、あたしが劣っている証拠だというのかっ」

 

 どす黒い、怨みと怒りが混ざった感情が身体の中心から湧き起こるのを感じた。

 不快な記憶がフラッシュバックする。

 研究所の連中は、自分の身体をさんざんにいじくり回した挙句、テストの結果露骨に失敗作扱いをした。人間をサンプルだと考え、無用と判断すれば、敵の強化人間すら欲する破廉恥な奴ら。

 

「奴を倒してみせればいいんだろうが!」

 

 いまさらテストで良い点をとってみせても評価は変わりはしない。だが、それでも見返してやりたかった。連中が研究したがっているネオ・ジオンの強化人間を倒せば、自分も再評価されるのではないか。

 

「こんなサイコミュがない機体では駄目だ! あたしのマークⅢがあれば、あんな奴」

 

 このくたびれたモビルスーツは、モビルワーカーではないかと思うくらいにレスポンスが悪い。愛機なら自分自身のように動けるのに。

 だが、敵の機体も手負いなのだ。半壊したモビルスーツ相手に圧倒されている事実がプライドを激しく傷つけた。

 

「あたしは一流のパイロットだ!」

 

 精神を蝕み始めた屈辱感を振り払うように、叫び、意識を集中して、周囲の感応波とミノフスキー粒子の流れを読みとることに専念した。

 バックパックのダメージが心配だったが、構わずに思い切りフットペダルを踏み込んだ。加速しつつ機体を敵機の予測機動位置まで移動させると、ビーム・サーベルを最大パワーにして刀身を伸ばし、横ナギに払った。

 ビーム・サーベルは実体剣と異なり自由に刀身を伸ばせるので、間合いを取りにくいことが白兵戦において致命的な驚異となるのだ。

 さあ、飛び込んでこい。勝利に酔っている心理を利用してやる。調子にのって猛然と加速してきた奴は、ビームの刃に突っ込んで真っ二つになるのだ。

 

「こんどこそ終わりだ、アクシズの強化人間!」

 

 敵は効率的で精密な機動をするゆえに、未来位置を予測し易い。地球連邦軍製の自己学習型システムは、分析、予測能力に優れている。

 

「きたっ! 能がないんだよ、機械人形めが!」

 

 高速で飛び込んできた《ハイザック》を、必殺のビーム・サーベルが捕らえて分断し始めた。プラズマの温度は数千度にもなるから、例え耐熱性に優れたガンダリウム合金といえども瞬時に溶解する。

 プラズマの流れがコクピットに流れ込み、奴が恐怖する様を想像して興奮してしまった。

 が、コンマ数秒オーダーの、メガ粒子が機体を突き抜ける寸前。加虐的趣味を満たす興奮が脳から失われた。

《ハイザック》は右腕を犠牲にしてコクピットを防御しながら急制動をかけ、またしてもギリギリで攻撃を避けたのだ。

 こいつのディフェンス能力は異常だ。人間技ではない!

 さらに奴はモビルスーツの四肢を使用するAMBAC(能動的質量制御)を利用して、前回転しながら勢いよく懐に飛び込んできた。スペース・コロニーの中心部は人工重力が働かず低重力なので、AMBACによる姿勢制御が有効なのだ。

 

「なにをするつもりだ!?」

 

 驚く間もなく、《ハイザック》は回転するエネルギーを利用し、コクピット目掛けて強烈な蹴りを繰り出してきた。

 この距離では避けようがない!

 

「ぐあぁぁっ!」

 

 モビルスーツの重量がある脚部が、凄まじい勢いを持って激突した。質量とスピードを伴った衝撃が襲いかかり、まるで機体が崩壊するかのような激しい振動が襲い掛かった。

 ヘルメットのフェイスシールドが真っ赤に染まる。

 コクピットを防御する前面装甲は、パイロットを守るために分厚く作られている。その強靭なガンダリウム製の装甲板が、ぐにゃりと折れ曲がるほどのインパクトがあった。当然ながらコクピット内部もタダでは済まない。

 リニアシートで吸収し切れない衝撃を受け、身体がシートにめり込んだ。まるで内臓が口から飛び出たかと思うほどで、大量の血をヘルメット内に吐いてしまった。

 

「がはっ。……ぐっ、内臓にダメージが」

 

 自分の身体だけでなく、機体にもかなりのダメージを負った。マルチファンクションモニターには、数えきれないほどのアラートが大量に表示されている。機体内部からはアクチュエーターや油圧ポンプが発する異音が聞こえてきていて、駆動系に深刻なダメージが発生したことは明らかだった。

 一年戦争初期、モビルスーツ史上初めての白兵戦で、地球連邦軍初の実戦型モビルスーツRX-78《ガンダム》はジオン軍の《ザク》の猛攻撃を耐え切ったと言われている。だが、いくら《ガンダム》の系譜を受け継いではいても、所詮量産モデルの《ジム》ではこの程度だ。

 いずれにせよ、撤退する潮時だった。

 

「フッ、ガキなのにやるじゃないか。今日は見逃してやるよ。その民間人も降ろしてやるんだね」

 

 痛む内臓を庇いながらモニターを確認すると、プロペラントや核融合炉の冷却剤が機体から漏れていることがわかった。まずい。すぐに爆発してもおかしくはない。

 

『貴様が強がっているのは分かる。機体に致命的なダメージを受けたようだな』

「調子に乗るんじゃない! お前は犯罪者だ。せいぜい連邦警察に弁解する言い訳を考えておきな!」

『コロニーで核融合炉を爆発させるわけにはいかない。助けが必要なら言うのだな』

「甘いねえ。そう考えるならコクピットを完全に潰すべきだったよ。貴様、テクニックはあるが甘さがある。実戦に慣れてないな?」

『……』

 

 すぐに脱出しなくてはならないが、さすがに猛毒の燃料や放射線まみれの冷却材を市街地にぶちまけるわけにはいかない。

 

「お互いに、ここは引こうじゃないか。貴様とは、また戦場で会うことになる。近いうちにな」

『それは、何だ? 要求か?』

「予感、運命のことを言っている。貴様には感じられないのか?」

『理解不能だ』

「フン、強化人間のくせに感が鈍いようだな。名前を訊いておこう。私はクリスティ中尉。お前は? どうせ数字なんだろ?」

『“桃色ほうき星のマリー”、とでも名乗っておこうか』

「なんだ、それは!? 二つ名は自分で付けるものじゃない! ちっ、馬鹿に付き合っていられるか!」

 

 機体を反転させると、《ハイザック》は追っては来ず、そのまま降下していった。奴の機体も限界だったのだろう。

 あいつめ、次にあったときは《マークⅢ》で目に物を見せてくれる。

 

「ダレダ中尉、聞こえるか? 撤退だ!」

 

 僚機を忘れていたが、なにもせずにぼんやりと滞空していたようだった。まあ英雄になろうと勘違いして、余計なことをしなかったことは褒めてやっても良い。

 

『凄まじい戦闘だったな! 機体は大丈夫なのか? ダメージは!?』

「馬鹿だね、大丈夫に見える? 機体は放棄する。ジャンク屋が喜んで回収するだろうさ」

『そんなポンコツでも、部隊にとっては貴重なんだ。俺はあんたの脱出ポッドを回収すればいいんだな?』

「定期点検をサボっていたんだろう。……脱出ポッドが故障してるわよ」

『なにっ、それじゃあ?』

「まさか空中で飛び移るわけにはいかないから、安全な場所に着陸させる。基地に戻って回収部隊を回すように言ってくれない?」

『そんな状態で着陸できるのか?』

「あたしのスキルなら問題ない。心配ご無用」

『そうか、そうだろうな。しかし、今の戦闘こそ、本物のモビルスーツ戦だ。目が覚めたよ』

「あなたも訓練なさい。私みたいにはいかなくても、もう少しましな戦闘をできるようにね」

『わかったよ』

 

 どうせ作戦が終わったら密かに消える予定だったから、機体は墜落させて破壊するつもりだった。そう、事故死を偽装するのだ。だが、大爆発させてコロニーの隔壁に穴を空けるわけにはいかない。あらかじめ核融合炉を停止させ、全ての動力を切った上で、地表への激突寸前にコクピットから脱出する。核融合炉の緊急自動シャットダウンシステムは故障してしまったのだ。

 パーソナルジェットの《ランドムーバー》や小型パーソナル航空機《ホモアビス》などがあれば飛行して余裕を持って脱出できるのだが、定期点検もされていない機体に気の利いた装備が用意されているはずもない。あるのは自分のノーマルスーツに適合しない、古びたパラシュートのみ。今更ながらろくでもない部隊だ。

 地表ギリギリで飛びださないと落下死する。と言って近すぎれば機体のクラッシュに巻き込まれる。生きて脱出するためには映画のスタンドダブルのようなアクロバットをしてのける必要があるわけだ。

 

「フッ、あたしは撮影でもスタントダブルを使わない主義なのよ」

 

 身体能力には自信があった。去年に俳優として出演したホラー映画『クラックタワー』、まあチープなB級作品なのだが、撮影ではスタントを全て自分でこなしたのだ。あの才能が皆無のセクハラ監督も、身体をベタベタ触りながら、自分の身体能力に驚いていた。

 ただ撮影のスタントは安全性に充分配慮されているが、今は違う。タイミングを間違えば即死する。

 

「ミノフスキー粒子生成システム停止。核融合炉停止」

 

 地上まで、あと八百メートル。機体を滑空させるために、両手両脚を気流に対して最大の抵抗になるように調整して固定した。

 

「操縦系統はオンライン、燃料ポンプ停止……ちっ、停止できない!」

 

 まずい。燃料が流れたまま機体に衝撃を与えれば、切れたケーブルや、金属が擦れて発生する火花で発火、爆発しかねない。だが、もうアプローチをやり直すことはできないのだ。

 コクピットハッチを開くと、地表付近に流れる気流がコクピットに容赦なく入り込んできた。この渦のような流れに迂闊に身を任せれば、風に吹かれた木の葉のようにくるくると舞ったあげく、地表に叩きつけられてグシャグシャになるのは明らかだった。

 

【挿絵表示】

 

 だが自分には方策がある。前方に見える広大な森、あれを利用するのだ。

 スペースコロニーでは酸素供給用に積極的に植林が行われている。根で地盤も強化されるので一石二鳥の効果があるのだが、加えて風を緩和する効果もあるのだ。

 つまり巨大な木々は風を受け止めるので、森に近づけば気流は穏やかなのである。

 だからギリギリまで森に接近し、機体が安定したところで森に突っ込みブレーキをかけるつもりだ。コントロールされたクラッシュとも言うべき機動だが、おそらく最も安全に降りることがやり方だ。

 もちろん森に民間人が避難している可能性もあるが、この状況でそこまで気を使ってはいられない。

 脱出手順を思案しているうちにも、すでに森に差し掛かっていた。懸念した通り、眼下には避難民が数人森に向けて歩いている。暴動から逃れてきた、というところか。

 

「巻き込まれても知ったことか! 9、8、7、6……」

 

 あと5秒ジャストで、機体を横に回転させるようにプログラミングする。そうしないと、機体から飛び出した瞬間に機体に激突して即死してしまう。

 

「3、2、1、いまだ!」

 

《ジム》が機体を横に回転させた直後に外に思い切り飛び出した。飛び出したときに左手をハッチに思い切りぶつけたが、痛みにかまってはいられなかった。

 身体を丸める横で、まるで大型の伐採用マシーンのように、《ジム・クゥエル》がバキバキと木の枝を折りながら森の中を突き進んでいった。そして機体が地面に激突する大きな音が聞こえて、凄まじい金属音が響きると、機体がバラバラに崩壊していった。

 自分の身体もバラバラにならないことを願った。わずかでも減速して衝撃を緩和するために、ノーマルスーツのバックパックに無理矢理縛りつけたパラシュートを開く。だが紐が絡まりまともに開かない。

 

「ちっ、だめか!」

 

 結果、かなりの速度で森に突っ込み、枝がノーマルスーツを引っ掻き傷つけていった。手足で頭を防御するが、まるでなます切りにされているようだった。もはや出来ることはないので、あとは身体に尖った枝が突き刺さって悲惨な死に方をしないことを祈るだけだった。

 

 

 ***

 

 

「フン、奴は撤退したようだな。これで任務完了だ」

 

 マリーは満足げに笑うと、画面やボタンをいろいろ操作して操縦桿から手を離した。

 

「す、凄いっ。マリー、あんた凄いよ! なんでそんなに操縦上手いの!?」

「優れた操縦だったか、といえば評価するのは難しい。改善するべき点は多いだろう。だが実戦に勝る学習はないな。ジオンの戦闘データを基にシミュレーションしていたが、スキルを活かす機会を与えてくれたのはお前だ。改めて礼を言わせてもらうよ」

「あ、あたしもね。あんたが勝手にこのザクに乗ったときはびっくりしたけどさ。ほんとに自信があったんだね」

「いや、乗り込んだときのマリーは自信はなかった」

「え、そ、そうなの?」

「だが彼女は勇気があるよ。立派なパイロットだ。そうは見えなくともな」

「自画自賛じゃん。こっちは怖くてたまらなかったよ……。お、おかしいな。な、なんか震えが止まらない」

「大丈夫か? 身体が痛むのか?」

「痛いのは平気だけど、安心したら震えが止まらなくなっちゃって。はは……なんでだろ」

 

 手足がガタガタと勝手に震えている。まるで自分で制御できず、震えは大きくなる一方だ。

 

「脳内でアドレナリンの分泌が止まったからだろう。興奮状態の場合には……んっ?」

「怖かったんだよ、本当に!」

 

 自分でも驚くほどに感情が溢れ出して、思わずマリーに抱きついた。自分より小さい、柔らかい身体に身を預けてしまった。

 弱い姿を見せるのは、普段は絶対に避けていること。大人に混じって仕事をしていれば、常に気を張っていなければならないから。弱さを見せれば舐められて利用されるのだ。でもマリーは違う。彼女は一見冷たい印象を受けるが、言葉が紡ぐイメージの向こう側に母性を感じるのだ。

 

「落ち着いたか? 人間は、接触すると安心するようだな」

「あんたのせいで酷い目にあったんだから! おわびに慰めなさいよ」

「要求が理解できないな。つまり何をすればいいのだ?」

 

 マリーが不思議そうに言った。

 

「そ、それは……。わかるでしょ! 抱いてくれればいいんだよ。あたしは泣きたいんだから!」

「なら、そう言えばいい。適切に言語化できなかったのか?」

「難しいことばかり言うね。あんたって」

 

 マリーの身体に両手をまわし、彼女の真っ平らな胸に身を預ける。

 

「あ、あのさ。降りたら祝勝パーティーしない? あ、あなたともっと話したいしさ。今のあなたと」

「わかった。この姿になったのだから、食事には大いに興味がある。パーティーは大歓迎だ」

「良かった」

「楽しみだな。……ん、これはまずい」

「ど、どうしたの?」

 

 マリーは顔をしかめてこめかみを抑えている。

 

「すまないクラリッサ。いま降下中だが、これからハイザックを自動操縦に切り替える」

「えっ? どういうこと?」

「疲労からなのだろうな。突然に眠くなってきた……」

「つ、墜落するのはやだよ?」

「大丈夫だ。オートパイロットが機体が安全な場所に着陸させてくれる……」

 

 そう言うと、マリーはガクッと意識を失い寝てしまった。

 

「なんなのよ。もう、困った奴だな」

 

 でも、その寝顔は可愛いかった。愛おしくなって、思わずキスしたくなってしまった。

 

「寝てるから、わかんないよね。それに、さっきしちゃってるし」

 

 言い訳して、マリーに顔を近づけたそのとき。

 突然に小さな爆発音がして、機体が大きく揺れた。

 

「わ、わっ!?」

 

 背後のドアが急に開いて、凄まじい突風が入ってきた。慌てて身体を固定しようと思ったが、手が滑って椅子を掴み損ねてしまい、ふわっと身体が浮いた。

 

「えっ?」

 

 目の前にあったマリーの姿が失われて、いまや視界いっぱいにザクの姿があった。開いたドアから、あっという間に外に放り出されてしまったのだ。

 

「わ、わあああ~っ!」

 

 巨大なザクが、みるみるうちに小さくなっていく。周囲にはミニチュアみたいな街並みが広がっている。

 でも感嘆するべきパノラマも、この状況では楽しめない。そう、自分はもう絶対に助からないことを悟ったのだ。

 マリーに助けを求めても、彼女は意識を失ってしまったので助けにはこない。

 やだやだやだ。

 空気が薄くて息苦しい。もの凄いスピードで落下している。あまりに寒くて身体が凍りつくようで、頭がぼうっとして思考力が失われていく。混濁した意識の中、これまでの短い人生が脳裏にダイジェストで浮かびあがった。

 小さい頃の思い出、誕生日を祝ってもらったことや、観光コロニーに連れて行ってもらったこと。

 お父さん、お母さん。喧嘩して家を出てきてしまってごめんなさい。

 そのうちに意識が遠のいていき、ついには何も考えられなくなった。



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第33回「空に吹く風は地上では感じられない」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


    33

 

 

 

『今日は予測できないことばかりがっ。まるで軍事演習みたいな慌ただしさだわ。このままアクシズと地球連邦軍との全面戦争が始まるんじゃない!?』

 

 ズム・シティ中心部で突如爆発が起こり、それを合図とするようにジオン独立デモが発生したとき、アイドル『ファンネリア・ファンネル』を演じていたプルエイトはコンサートの真っ最中だった。コンサートはアクシズを歓待するセレモニーの重要演目だったが、そのような状況では続けられるわけもなく、彼女は会場の旧公王庁前広場から急いで離れた。

 

 これは明らかに任務放棄だが、いまは即時撤退が最善の策なのだ。モビルスーツ戦闘でも戦場の流れを読むことが重要で、形勢不利な状況でもたついていればすぐに撃墜されてしまう。会場周辺では急速に混乱が広がっているから、判断が遅れていれば暴動の真っ只中に取り残されていただろう。そうなれば脱出することすら困難だ。

 

 ……正直に言わなければならない。逃げようと決断したのはマネージャーのティモなのだ。彼は女の子のお守りをしているから、危険や不測の事態を素早く察知することが得意だといつも言っている。

 自分の本来の姿、ネオ・ジオン軍親衛隊兵士『プルエイト』だったら『逃げる』という思考を後回しにする傾向があるから、会場に止まっていたかもしれない。

 とにかくいまは、彼に抱き抱えられながら人混みをかきわけつつ移動していた。

 

「どこに行くつもり? 事務所に戻ったほうがいいんじゃなくて!?」

 

 非難めいた口調になってしまったのは、抱き抱えられている格好が恥ずかしかったから。衣装はビシャビシャに濡れて端が千切れていて、破廉恥な姿に周囲の視線が痛い。

 

「大通りは人が多いよ。あの中を、目立つ君と歩くのは無謀だね。とにかく会場からなるべく離れないと」

「スタッフのみんな大丈夫なのかしら……」

「デモが収まるまで、下手に建物から出ない方が良さそうだね」

「デモですって? これはデモじゃないわ。統制がとれていないし、まるっきり暴動よ。収まるどころか、ますます激しくなってるじゃない」

 

 群れている人々の目的がよく分からないのが薄気味悪かった。もちろん目的はジオン独立なのだろうが、広場や大通りで独立のシュプレヒコールを叫んではいても、どこか空虚なのだ。手段が目的となっていて、無闇矢鱈に暴徒化しているように思える。

 この状況には違和感しか感じない。ついさっきまでコンサートで唄を聴いてた人たちが、突然に暴徒化してしまう。そんなことってあるのだろうか? まさか映画やドラマの撮影みたいに、会場にいる全員がエキストラだったなんてことはないだろうけど。

 

 アクシズ出身の人間としてはとても残念な結果だが、結局のところはアクシズに反対する人が多かったということなのかもしれない。

 

『共和国のジオニストたちを失望させてしまったか。まあ秘密結社の人間は、野望達成の道具くらいに思ってるんでしょうけど。……アクシズだって組織を利用してるんだから、お互い様よね」

 

 このセレモニーは、元々ジオン共和国内のアクシズシンパが計画したものなのだ。アクシズシンパの最終目的は、ジオン共和国とアクシズとが同盟を結び、地球連邦政府と対等に交渉できる軍事力、政治力を獲得することだ。

 それは簡単なことではない。ザビ家の遺児を擁するアクシズと同盟を結ぶことは、すなわち独裁政権が復活することだと懸念する人たちは多いからだ。

 つまりこのセレモニーには国民感情の地ならしの意味合いがあって、自分のような『アイドル』がコンサートで歌ったのも、ジオニズムを讃える自然な雰囲気を醸成する目的があったのだ。

 ジオン独立を叫ぶムーブメントが発生したなら、所期の目的は果たしたと思うかもしれない。だが極端な行動は長期的には逆効果となることが多く、目標はあくまで平和的な同盟なのである。

 その意味では作戦は失敗しているし、この状況はかなりまずかった。

 

『この作戦、初めから無理があったのよ。アクシズとの同盟をアピールするなんて早すぎた。もう少しお互いのことを知る時間が必要だった。国民同士の交流とか、もっと良い方策があったはずだわ。急いては事を仕損じる、ってことか』

 

 それにしても、二国間の関係は、まるで自分とマネージャーとの関係みたいだと思った。親しげにしてはいても、彼はあたしの正体を知らない。深いところまでは理解していない上辺だけの関係なのだ。

 別に仕事とプライベートとを厳密に切り分けるつもりはないのだが、芸能仕事は身分を偽るための秘密任務なので、クローバー・プロの人たちにアクシズの軍人であることを明かすことは出来なかった。事務所社長のロミーナ・ロベルタは、共和国上層部から芸能界志望の素人を押し付けられたと思っただろうし、他のみんなはグラナダ・シティをショッピングしていてスカウトされた女の子、というカバーストーリーを信じている。

 罪悪感は感じていたが、アイドルのふりをして平和な社会に混乱をもたらしたなら、自分は共和国を騙していた裏切り者だろう。まあどのみち、状況が悪化して地球連邦軍と本格的に戦闘が始まったらサイド3にはいられない。そうなったら事務所は辞めることになるので、別れの挨拶なしにスッと消えることになる。作戦が中途半端で終わってしまうなら残念だ。この仕事にも慣れてきていたし、けっこう気に入っていたことは否定出来ないから。

 急に名残惜しくなってマネージャーの顔を見ると、彼もこっちの顔をじっと覗き込んできた。

 心を読まれたと思って少し鼓動が早くなった。

 

「マリーちゃんは大丈夫なのかな」

 

 ティモが深刻な様子で言うと、心臓の鼓動がさらに速まった。

 そう、妹だ。プルナインのことは凄く心配だった。言葉にすると不安が増すから切り出せなかったほどに。

 自分のニュータイプ能力が低いことが情けないのだが、この十五分ほどナインの状況を把握できていない。

 

「さっきから連絡がとれないのよ」

「ジオン共和国軍が救助に向かったはずだけど、通信はできないの?」

「全然だめ。ミノなんとか粉の影響で、イヤホンが全然役に立たないわ」

 

 実際にはイヤホンで無線通信なんてしていないし、ミノフスキー粒子散布下で感応波は伝播するので脳波でやりとりをしていた。もちろん、そんなことを彼に言えるわけない。

 

「わかった。あの森林公園に入ろう。森はミノフスキー粒子が拡散して影響が受けにくいんだよ」

「え、そうなの? 知らなかった」

「避難場所にもちょうどいいからね。もう一度事務所に連絡してみるよ」

「お願い」

 

 彼はモビルスーツが好きだから、少しミノフスキー粒子の知識があるのだろう。間違ってるけれど。ミノフスキー粒子は静止質量がゼロに近いから、物理的な入力に対しての挙動は……。

 

「ちょっと、今お尻触ったでしょ!?」

「さ、触ってないよ! 手が疲れたから、位置をずらしただけだ!」

「ほんとに? 怪しいわね。コンサート前にも胸を触ったじゃない!」

「いや、あれは不可抗力で……」

「こんど触ったら殴るわよ」

 

【挿絵表示】

 

 まあ、手が疲れたという言い訳は信じてもいいだろう。もう三十分くらい移動し続けているから。群衆を避けながら逃げてきたが、すでにビルが立ち並ぶ首都中心部からは離れて、郊外に位置する森林公園の近くまでやってきていた。

 スペースコロニーには森がいくつも設けられている。その目的は酸素の供給で、密閉された環境で酸素不足になれば即座に死に繋がるから、隙間があればパラノイア的に植物がみっしりと植えられているのだ。

 森林公園に入ってみると避難してきた人もまばらで、一息つくことができそうだった。

 景色が綺麗だと感じることが出来たのは、まだ心に余裕がある証拠だ。

 背が高い木々の間を鳥が囀りながら飛び、澄んだ池には魚が泳いでいる。美しい自然環境が再現されているからデートスポットとしても人気があるのだ。こんなときじゃなければ楽しめたのに、と少し残念に思った。別にカップルというわけではないけれど。

 

「……そうですか。ありがとうございます。社長、無理を言って申し訳ありませんでした」

 

 事務所に連絡をとっていたティモがコミュニケーターを閉じた。

 

「安心していいよ。ジオン共和国防衛軍がモビルスーツを出してくれたって」

「本当? 軍が妹を救助するためにモビルスーツを出してくれたの?」

「うん、確かにそう言ってたよ」

「良かった」

 

 アクシズでは、ジオン共和国軍は装備も練度も二流でレベルが低過ぎるといつも馬鹿にしているけれど、妹を無事に保護してくれるなら、毎週アクシズに提出している評価レポートに必ず高得点をつけますと誓った。

 幸い、まだ戦闘が発生した様子はないから、今のうちに妹には下に降りてきて欲しかった。両軍とも戦闘を引き起こせば国際問題となることを分かっているはずだ。

 

「でも、こんな急激にデモが広がるなんて驚いたなあ。さすがに疲れたね」

「ごめんなさい、あたし歩いてなくて。さっきは悪かったわ」

「問題ないよ。でも少し重くなったかな? 成長期なんだろうね」

「は? 失礼ねっ。こんなときに言うこと!?」

「あ、ごめん。そんなつもりじゃあ……」

「さっきお尻を触ったのは、確認するためだって言い訳するつもり? 最低ね。社長に言うわよ?」

「わ、やめてくれ!」

「じゃあ認めなさい。体形を維持してるってことを」

「わかりました」

 

 フン、安心したとたんにこれだ。コンサートで着た衣装が少しきつかったから、太ったかと気にしていたのは確かだけれど、ほんっとにデリカシーのないセクハラ男。わかんない奴だ。

 ニュータイプ能力を持つなら他人の心がわかるんじゃないかと考えるのは間違いで、身近な人間を理解するのは難しい。思うに、第六感というべきニュータイプ能力を発揮するときには、五感から入力される情報は邪魔なのだろう。

 

 でも、その能力で周囲を精密にサーチしてみると、暴動の中心地となった旧公王庁周辺に不穏な空気が漂っていることが分かった。おそらくこれは暴動を引き起こした人間の悪意そのもの。ゆえに暴動は人為的なものだと推測することもできるのだ。

 ビル街での爆発。同時にコンサート会場で発生したジオン独立デモ。あまりにタイミングが良すぎるだろう。この一連の騒ぎは入念に計画されたものであり、事件の背後には何らかの政治的、軍事的策謀が存在するのではないだろうか。

 

『この数週間の、メディアやネットコミュニティの動向を調べる必要があるわね。過激な発言で改革を扇動する人間がいなかったか、徹底的に分析するのよ。そうしたら連邦政府の工作員が炙り出せるかもしれない』

 

 妹のプルイレブンに依頼しなければ。彼女はコンピューターの専門家なのだ。解析プログラムを作ってもらって、膨大なデータを放り込んで分析すれば、単語、人名、センテンスなどの関係性から隠された事実が見えてくるはずだ。

 

『そういえば、軍事評論家がアクシズとの同盟をやたらに主張してたわね。あの評論家、確か秘密結社が雇ったんじゃなかったかしら』

 

 最近、報道番組に連日出演している軍事評論家がいて、その特徴的な風貌でちょっと話題になっていた。彼はジオン共和国の広告塔、自分と同じ穴のムジナなのだ。つまりやらせだから、分析に置いて彼の発言は除外する必要があるということだ。

 世論を誘導する手段として、マスコミやメディア、影響力のある人間はよく利用される。アイドルや映画の流行をつくりだせば莫大な富を生み出すことができるし、政治の流れを変えることもできる。事実、このジオン共和国では、アクシズと地球連邦政府の代弁者の宣伝合戦が繰り広げられていた。両陣営に関係する人間が、マスコミやメディアを通じて盛んに発言し、情報発信して、ときにはおおっぴらに喧嘩まがいの議論を重ねている。

 

 アクシズはジオン共和国と同盟を結び、いずれはサイド3を取り込みたいと考えている一方で、地球連邦政府は各コロニーの離反を阻止したいと考えているからだ。

 ネオ・ジオン親衛隊の兵士である私がアイドル『ファンネリア・ファンネル』を演じているのも、ジオン共和国に溶け込みアクシズに好意的な雰囲気を醸成しつつ、同時に斥候や偵察をする任務を帯びているからだ。

 芸能業界は、社会的地位が高い人間と交友する機会が多いから、スパイ活動には有利なのである。自分もこの半年間、その機会を最大限利用して、サイド3の政治家、マスコミ上層部、企業の重役に知り合いを作ってきた。俳優という立場を最大限利用し、人脈をつくり、情報収集をしながら政治工作を続けてきたのだ。

 もちろん、このジオン共和国で密かに諜報活動をしているのは自分だけではない。共和国のアクシズシンパは、タレントやジャーナリスト、コラムニスト、軍事評論家、はてはネットコミュニティで有名な素人まで、ありとあらゆる著名人に金を渡してメディア戦略を展開している。

 

『政治工作がやっと身を結んできたのに。こんな暴動が起こったら台無しになるわ。グワンバンが派遣されるタイミング、最悪じゃない。あとで、あの艦長に抗議してやる!』

 

 物事を成し遂げるには綿密な計画と実行が必要であり、早急に事を進めれば必ず失敗する。戦艦を派遣するという軍事プレゼンスを、逆に政治工作に利用されてしまったのだ。ネオ・ジオンは、地球連邦軍の内戦が終息した直後に各サイドに軍事使節を派遣したが、すでに引き上げてしまっているから、サイド3の併合が失敗すれば戦局はますます不利になってしまうだろう。アクシズは是が非でも基盤となるスペースコロニーを欲している。小惑星の資源には限りがあるし、軍事的にも一拠点だけでは柔軟な戦略が立案できないから、サイド3を戦略拠点にするメリットは大きいのである。

 

『この暴動で得をするのは地球連邦政府よ。混乱が続けば振り戻しで反発が起こる。つまり地球連邦はサイド3の独立機運を鎮静化させるために、何らかの手段で意図的に暴動を発生させたんだわ。連邦駐留軍のモビルスーツの対応が早すぎたのも……って、ナインが!?』

 

 妹の感応波を突然にキャッチして思考が中断した。妹は地球連邦軍のモビルスーツの方へ突進していた。

 

『ナイン、あなたまだ空にいるの!?』

 

 連邦駐留軍のモビルスーツに向かって突き進むプルナインは、人の悪意を感知し、自らの意思でモビルスーツに乗りこんだのだ。

 彼女が感じた悪意の源はわからないが、なにがそこまで彼女を駆り立てているのか分からなかった。

 

『まずいわ。ジオン共和国軍のモビルスーツが戦闘態勢に入ってるっ』

 

 緊張でニュータイプ能力が鋭敏になる。ミノフスキー粒子の流れを一粒一粒まで認識すれば、戦場を俯瞰して状況を把握することが出来るのだ。普段は感じられない人間の意思や感情さえも。

 首都上空はパイロットの意思、感情で溢れていた。

 ジオン共和国のハイザック部隊が妹の操縦するカスタムハイザックに追いついたが、先行した別部隊が連邦駐留軍と接触寸前だった。

 両者の敵意が伝わってくる。連邦軍のパイロットは発砲するつもりだ。

 

 果たして連邦駐留軍の《ジム・クゥエル》が、武器のセーフティロックを解除した。機体からは強い感応波が発信されている。強烈なプレッシャーを感じるが、それはつまり、パイロットはニュータイプか強化人間だということだ。おそらくはビル街でモビルワーカーを一瞬で制圧した、あのエース。

 冷静でなければならないベテランが、まるで迂闊な新兵のように発砲するのか!?

 

 直後、一発の銃弾が唸りをあげて空を駆けると、その音を合図に戦闘が開始された。首都上空は一瞬で沸騰し、戦場となったのだ。

 

『戦うのはやめて! ここは平和なコロニーなのよ、宇宙じゃない!』

 

 状況を把握していても、自分にできることは何もない。傍観者として、ただ嘆きながら空を見つめるしかないのだ。

 

《ジム・クゥエル》は正確な射撃で共和国軍の《ハイザック》をすぐさま撃破し、続けざまにビーム・サーベルを抜刀して、もう一機もあっという間に撃破してしまった。

 まだ一分と経っていない。パイロットのプレッシャーが伝わってきて、ぞくりと寒気がした。仮に自分が同じ性能のモビルスーツで戦ったとして、正直なところ勝てるか分からない。それほどの腕なのだ。世界は広いということか。

 

 仲間がやられたのを見て、妹を救助していた《ハイザック》も《ジム・クゥエル》に立ち向かっていった。だが技量の差は歴然。あの二機はすぐにやられる! 

 はたしてその通りになり、撃破されて半壊した《ハイザック》が煙を吐いてふらふらと落ちていった。

 残ったのは妹が乗る機体だけ。絶望的な状況だった。

 

『ナイン、逃げて! 殺されるわ!』

 

 敵エースパイロットの危険性を感じていた。あの歪んだ心は、相手を残虐に痛めつけることで満足感を得る人間だ。そんなサディステックな人間がエースと呼ばれる。戦いの暴力性は人の獣性を刺激して狂わすのだ。

 残酷なリンチが始まった。パイロットは素人同然の妹にも容赦がなく、文字通り一方的に攻撃を加え、ナインが乗る機体をさんざんに殴り蹴ったあと、高圧電流まで流したのだ。

 頭の中に、妹の凄まじい悲鳴と激痛の感覚が流れ込んでくる。

「いやああっ、やめてっ!」

 

 隣で避難していた女性がギョッとしてこちらを見た。破れた衣装を着た女の子が悲鳴をあげているのを見て、男に襲われてると勘違いしたのかもしれなかった。

 

「落ち着いてくれ! 変なことをしてるみたいに誤解される!」

「妹が、妹が連邦軍のモビルスーツに襲われてる。すぐに助けを呼んで!」

「またコミュニケーターが繋がらないんだよ。通信状態が悪くて。モビルスーツがミノフスキー粒子を撒いたんだ!」

「そんなの知らないわよ! 妹が危険なの! 感じられないのよ、彼女の意識が!」

「そ、そんなことわかるの?」

「コミュニケーターを貸して! 社長に言ってジオン共和国の首相に頼んでもらうんだから!」

 

 事務所社長ロミーナ・ロベルタに連絡を取るべく、マネージャーからコミュニケーターを奪いとった。画面の壁紙が自分とのツーショット写真なのが気まずかったが、すばやく事務所の番号を打ち込んで通話ボタンを押した。だが『通信障害』と表示されるだけで、通信は確立できない。やはりミノフスキー粒子が濃すぎるのだ。

 

「なんで繋がらないの! こんな役立たず、捨てちゃいなさいよ!」

 

 理屈ではわかっていても、感情に負けてコミュニケーターを放り投げてしまいそうになった。

 

「もっと強く止めていれば良かった。あの子は頑固で言うことをきかないからっ」

 

 取り乱しているせいで、ニュータイプ能力も低下している。妹の側に誰かがいるようにも感じるのだが、よく分からない。

 その人物がジオン共和国の正規パイロットなら妹を助けて欲しかった。でも、存在を感じられても、普通の人間とリモートで会話する能力は自分にはない。妹が危険な目にあっているのに何もできない自分の無力さが情けない。

 慰めようとしてティモが肩を強く抱いてくる。こんな状況でなければ外でベタベタするのはやめてくれと言うが、そんな気力もなく、黙って身を預けた。

 と、そのとき。

 

「あっ!? ナイン、いえマリーが!?」

 

 妹の意識が回復したことを感知した。正直に言うと、妹だとはっきりとは分からなかったのだが、コクピットに二人分の意識を感じたのだ。

 

「マリーちゃん無事なのか!?」

「妹の声が聴こえたのよ! マリーは生きてる!」

 

 彼に説明したことは嘘ではない。頭に直接妹の声が伝わり、機能停止していた《ハイザック》が動き始めたことを感知した。

 ナインにモビルスーツを再起動するスキルはない。もしかして、同乗者が手伝ってくれた!?

 ともかく彼女の《ハイザック》はヒートホークを手に攻撃に転じたのだ。

 

『攻撃しなくていいから早く逃げて!』

 

 だが心配は無用だった。《ハイザック》は凄まじい機動を開始したのだ。

 高速で相手を翻弄しつつ、驚異的な精密さで攻撃する。それはまるで、シャア大佐や姉プルツーのような、エースパイロットだけが可能な戦闘だった。

 あ、あれをナインがやっているの!?

《ジム・クゥエル》の攻撃はまったく当たらない。まるで風を掴むことができないように。そして一方的にやられていた鬱憤を晴らすかのように、ナインは《ジム・クゥエル》に強烈なキックを叩きこんだ。その一撃によってジムは戦闘不能になってしまった。

 

【挿絵表示】

 

 妹が敵機を撃破したのだ。あの連邦軍のエースパイロットを!

 連邦軍のモビルスーツは煙を吹きながら落下していき、《ハイザック》は勝利の雄叫びをあげるように右手をあげた。

「し、信じられない」

「ど、どういうこと? マリーちゃんは無事なのか?」

「ええ。それどころか、連邦軍のモビルスーツを倒しちゃった」

「そ、それって撃墜したってこと? 連邦軍のパイロットは……」

「爆発はしてないみたい。たぶん、そうならないように手加減したのだと思うけど」

「そうか。だったら良かった。殺してしまったら犯罪になるかもしれない」

「正当防衛でしょう? だって相手が先に手を出してきたのよ!」

「協定で、地球連邦軍には治外法権があるんだよ」

「そんなの不公平だわ!」

「大丈夫。あとで社長に相談してみるよ」

 

 妹を犯罪者にするわけにはいかない。最悪の場合はアクシズに連れ帰ればいいのだけれど、ここサイド3にいる間に問題となればやっかいだ。

 

「でも、マリーちゃんにモビルスーツを操縦する才能があったなんて。簡単には操縦できないよ」

 

 ティモはまるで信じられない、といった感じで眼を丸くしている。それは、そうだろう。姉の私も信じられないのだから。ナインのニュータイプ能力が覚醒して、異常発達したということなのか? この短時間に?

 

「たぶん、あたしの知らないところで練習してたのね」

「とにかく良かったよ。心配でたまらなかった」

「本当に……。いまさら責めるわけじゃないけど、元々は、あなたが目を離したからいけないのよ?」

「ごめん、今後気をつけるよ。僕は一人っ子だったから、妹や弟がわからないんだろうな」

「だったらナインをしっかり面倒みなさい。義理の妹だと思って」

「えっ?」

「あ、いえ変な意味じゃないから。兄弟がいないなら、そう思ってくれていいってこと」

「ありがとう。妹がひとり増えて嬉しいよ」

「……」

 

 フン、またか。彼は親しみを込めて言ったのだろうけど、あまり嬉しくはない。何回繰り返せばわかるのか? まるで閉じた時間をループしてるみたいだ。

 

「人をお子様扱いするのはやめて。なに保護者ぶってるの」

「あ、怒ってる?」

「もどかしいの。いい加減に、あなたの鈍感さが」

「ごめん、なにか忘れてるのかな……? いろいろあったから思い出せない」

「あなた、あの飛んでる鳥みたいに何でもかんでもすぐに忘れちゃうの? いちいち気持ちをリセットされちゃたまらないわ!」

「え……?」

 

 感情が昂った勢いで、衝動的に彼の唇にキスをしてしまった。例え難い怒りが感情に火をつけてしまったのだ。

 ティモの背が高いから背伸びした感じになってしまったが、彼はびっくりして固まっている。

 

 ドラマや映画で演じる恋愛シーンはもっと雰囲気があるけれど、現実はパッとしない。冷静に考えると、なんとも気恥ずかしい馬鹿げた行為に思えてしまって、たちまち脳内で反省会が開かれた。

 思考が分裂して、冷めたもう一人の自分がうるさく批判を始めた。

 

『あ~あ、前から彼が好きだったのに無理しちゃってたのね。でも忠告しておくわ。これは、あくまで一時的な感情による行動なの。危機的状況で盛り上がった感情は長続きしないわけ。行き着く先は破局。だいたい、あなたはアクシズ親衛隊のパイロットなのよ。忘れてないわよね? 自分を犠牲にして姫さまに使えなければならないの。そんなことも分からなければ、ニュータイプでも強化人間でもない、ただの間抜けな女の子よね』

 

 もう一人の自分に責められて、かなりへこんだ。

「ご、ごめんなさい」

「い、いや。謝る必要なんて」

「混乱して妹とあなたを間違えちゃったみたい。お願いだから、忘れて」

「……」

 気まずい雰囲気。場を取り繕うための気の利いたセリフがないか記憶を探ったが、都合の良い言葉があるわけはなかった。最悪だ。冷静なあたしが、こんなに感情が暴走するなんて……。って感情が暴走? あ、まって、まさか!?

 脳の回路がフル回転して、ズムシティで発生した暴動を説明する仮説が導きだされた。

 

 仮説を検証するため、改めてニュータイプ能力で周囲をサーチし直してみた。すると旧公王庁の建物から、尋常ではない感応波が放射されていた形跡を見つけたのだ。

 やっぱり、異常な量の感応波が!

 感応波はミノフスキー粒子を介して伝播するが、周辺の粒子濃度は戦場なみに高くなっている。だから、まるで磁石と砂鉄を使った磁力線の視覚化実験のように、旧公王庁を発信源として感応波が流れた跡をはっきりと知覚することができたのだ。

 おそらく、何者かが旧公王庁の建物にミノフスキー粒子散布装置を設置したに違いない。そう、つまり人々の感情をブーストさせる目的で、旧公王庁の塔を模した構造物から大量の感応波(サイコ・ウェーブ)を放射したのだ。

 

『そういうことだったのね! ニュータイプか強化人間が、あの悪の根城みたいな趣味の悪い建物から感応波で悪意を誘発してたんだわ!』

 

 感応波はサイコミュで増幅することはできても、人為的に発生させることはできない。警備が手薄だったのか、手慣れた工作員だったのか。いずれにせよ発信源たる強力なニュータイプ能力を持った人間が、旧公王庁の建物にいたことは間違いない。

 

『まさか、感応波を一般人に放射するなんて。大量破壊兵器は南極条約違反よ。でも、これはむかし宇宙要塞ソロモンで発生した事象と同じだわ』

 

 アクシズ士官学校で受講したサイコミュ理論の講義を思い出していた。第一次ジオン独立戦争時の宇宙要塞ソロモン防衛戦直後に、大勢の地球連邦軍兵士が感応波の影響を受けた事例があったのだ。

 

 ジオンの英雄シャア・アズナブル大佐の部下に、ララァ・スンという兵士がいた。彼女はフラナガン機関で訓練を受けた、最も初期のニュータイプであり、初陣でサイコミュ搭載モビルアーマー《エルメス》に搭乗して、宇宙要塞ソロモンに駐留していた地球連邦軍を攻撃したのだ。

 

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 元々ジオン公国の宇宙要塞であったソロモンは、その数日前に地球連邦軍艦隊に攻略されていたのだが、シャア大佐は勝利に酔う敵の間隙を突いたのである。

 ララァ・スン少尉が使用した攻撃手段は、超ロングレンジのファンネル攻撃。正確にはMSN-08《エルメス》が装備していたのは、核融合炉とモノアイを備えた《ビット》と呼ばれる大型サイコミュ攻撃端末で、長大な航続距離を備えていたゆえの史上初のファンネルの実戦投入だった。

 戦果は、停泊していた巡洋艦を数隻撃沈するなど目を見張るものだった。しかしながら、パイロットへの負荷は甚大で作戦は中止された。長い距離まで感応波を飛ばせば、それだけフィードバックが強くなり、脳への負荷が高まってしまうことが判明したのだ。

 そして、これは戦後に分かった事実なのだが、当時の地球連邦軍の記録を密かに入手したところ、大勢の連邦軍兵士が頭痛や幻聴を聴くなど、感応波によるに影響を受けていた記録があったのだ。

 感応波は、ミノフスキー粒子に満たされた空間をまるで水の波紋のように伝播し、洪水のように広範囲に広がったのである。

 

『地球連邦軍は、この事例を研究、応用して、感応波を広範囲に放射することで、人の精神、行動にまで影響を与えるシステムを作り上げたに違いないわ』

 

 おそらく、自分も利用されてしまったのだろう。大勢の人が集まるアイドルのコンサートは、人々を操る試みには最適な実験場だったのだ。

 敵の掌で踊っていただなんて!

 

 他人の上を超えていくのは好きだが、その逆は耐えられない。これ以上ない屈辱に怒りを覚えたとき、いつのまにか二人の男が側に立っていることに気が付いた。

 能力を使うまでもなく、なにか嫌な予感がした。



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第34回「襲われるもの」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


    34

 

 

 

 近づいてきた男二人の酷薄そうな顔を見て、警戒心のゲージが跳ねあがった。彼らには、サインやツーショット写真をねだる熱心なファンという雰囲気はまるでなかったし、愛想の良さも感じられなかったからだ。

 警戒時には偵察することが重要だから、相手を観察することにした。

 一人は髪型をウルフカットにして、派手な刺繍の皮のジャンパーを着た二十歳くらいの男で、妙に冷静な眼は人の隙を伺っている感じだった。ポケットが膨らんでいるのは、中に護身用のナイフを入れているからだろう。

 もう一人は少し年下で、短髪に妙な柄のシャツ、ジャケットという服装の、相手を威圧するような目つきと態度の男。二人とも街にたむろするギャングのようであり、隙を見せれば危害を加えてくるように感じられた。

 

「おまえ、テレビに出てるファンネルなんとかだろ? そっちはマネージャーか?」

「楽しんでるなら俺たちも混ぜろって」

 

 品のない絡みかたに、すぐに頭の中の警告ブザーが鳴り響いた。間違いなく、面倒事を起こす人間だ。

 

「申し訳ありませんが、私たちは急ぎますので」

 

 面倒ごとに慣れているマネージャーのティモが冷静に応対するが、二人はニヤニヤと馬鹿にしたように笑うだけだ。

 こんなときに限ってニュータイプ能力が発現してしまう。二人の思考が遠慮なく頭に入ってきたのが最悪で、彼らの興味は全て自分に向けられていた。あからさまに卑猥なことを考えているのだ。

 

『うぅっ、最低! ……こんな低俗な連中に付き合うわけにはいかない』

 

 他人から性的なイメージで見られることはままあるが、それに慣れることはけっしてない。いつも堅い態度を保ち、誘いにはのらないと固辞する雰囲気を表して身を守るのだ。そんな態度が通じる相手ではないとは思うけれど。

 

「歌手なら、ここで歌ってみせろよ」

「そりゃ、いいや」

 

 あからさまな柄の悪さに乾いた笑いが出る。あたしの素性を知って目をつけたのだろうが、こんな暴動が発生している非常事態でも他人に迷惑をかけるのか? いや、むしろこういう混乱しているときだからこそ、火事場泥棒的な思考で、悪意を持って振る舞うのかもしれない。

 この場を穏便に済ませるにはどうしたらよいか思案していると、男の一人がコミュニケーターで動画を撮り始めた。

 

「おい君たち、勝手に撮影しないでくれ!」

 

 ボロボロの服を着たびしょ濡れの姿を撮られて、アンダーグラウンドに流されたらたまらない。

 プライバシーと肖像権を侵害する行為に憤慨し、ティモは抱き抱えていた私を降ろすと、動画を撮っている男に向かっていった。

 

「あ? 邪魔すんじゃねえぞ、おまえはっ」

「あがっ」

 

 ウルフカット頭のストレートパンチをまとも顔に受け、ティモはあっさりと地面に倒れて気絶してしまった。

 

「きゃーっ!?」

「馬鹿が、女の前で格好つけられなかったな」

 

 絡んできた相手に立ち向かった勇気は認めるが、これでは完全に逆効果だ。

 二人組は弱者を殴り倒して興奮したようで、ぞっとする笑いを浮かべながら迫ってくる。異常に興奮しているのが不気味でたまらなかった。

 

『感情が暴走している……!? このあたりの感応波は減衰してるはずなのに。まさか、あたしの周りに感応波が残留しているってこと!?』

 

 ニュータイプ能力を持つ人間は、感応波を中継できてしまうのだ。つまり自分は意図せず、感情をブーストする感応波を周囲に振りまきながら移動していたということになる。まるで他人を挑発しながら走り回っているかのように。

 

「ちょっと馴れ馴れしくない!? 近づかないで!」

 

【挿絵表示】

 

 さすがに身の危険を感じて、はだけた身体を隠した。すぐに助けを呼ばなくては!

 でも、周囲には誰もいなかった。みな避難してしまったのだ。

 逃げようかとも思ったが、気絶したマネージャーを置いてはいけなかった。自分が逃げたら袋叩きにされそうだから。

 そうだ、拳銃で威嚇すればっ。確かバッグに小型の二十二口径ピストルが入っていたはずだ。……駄目だ。運が悪いことに、バッグは倒れているマネージャーの身体の下にある。

 くっ、こうなったら二人を叩きのめすしかない! 意識を切り替え、軍人として本気を出せばこんな奴らなんて簡単に撃退できる。

 姉のプルセブンから、ジオン式格闘術のレッスンを受けている。格闘技術を駆使すれば相手が二人でも何とかなる。と言ってもまだ習いたての初級だから自信はないけれど。

 軍人は民間人を傷つけてはならないという原則はあるが、この状況では正当防衛になるはずだ。

 それにマネージャーは気絶しているから、正体がバレることはない。二人は武器を手にしていないから、順番に制圧していけば……。

 

「あっ!?」

 

 しまったっ。思考してた隙を突かれた! ウルフカット頭が素早く背後に回り込み、羽交い締めにしてきたのだ。

 

「は、離しなさい!」

「うるせえ、静かにしろっ。おい、ちゃんと撮ってるか!?」

「心配すんな。すぐ交代しろよな」

 

 感情が暴走してるわりには手際が良い。たぶん、普段からこんな行為を繰り返してるのだ。

 

「な、何をしようっていうの」

「決まってんだろ。俺たちを楽しませろっていうんだよ」

「ひっ!?」

 

 ウルフカット男は、いきなり服の隙間から手を差し入れてきた。

 

「やっ、やめて!」

「みかけの割に大きいな。本物か? アイドルは整形してるっていうからな。俺が確かめてやるよ」

「正気なの!? いやっ」

 

 胸を鷲掴みにされて揉まれる不快さに、身体を捻って逃れようとしたが、男は首に腕をまわして押さえ込んできた。

 

「へへへ……この感触は本物だな。おっと、逃げようだなんて思うなよ?」

「け、警察に通報するから!」

「呼べるなら呼んでみろよ。痛い目にあわせてやるぜ」

 

 ウルフ男は下品に笑いながら、爪を立てて思い切り胸を握り潰してきた。

 

「い、痛いっ!」

 

 敏感な部位に走った強烈な痛みに涙が滲み、どうしようもない怒りが湧いた。

 あたしが、こんな奴に辱めを。ネオ・ジオン親衛隊のあたしがクズにいいようにされるなんて許せるか!

 

 力を込めて拘束を解こうと試みるが、逃れたくても力負けしていた。

 強化人間と言うと怪力を持っていると思うかもしれないが、あたしに限って言えば、脚は速くても、力は普通の子供とそれほど変わらない。身体能力に優れた姉妹とは違うのだ。

 

「こいつ、乳臭えガキの割には力があるぜ」

「くっ……離せ!」

 

 首と胸に両腕をまわされ、腰を両脚で抱え込まれて、身動きがとれなかった。

 

「おい、てめえだけで楽しんでじゃねえよ。アホ!」

 

 動画を撮っていた短髪頭が、苛ついたように叫んだ。

 

「わかったよ。ほら、これで満足できるだろ」

「あっ!? や、やだっ」

 

 ウルフカット男が引きちぎらんばかりに衣装を引き下ろすと、上半身が露わになってしまった。

 

「いいねえ、このまま裸の撮影会といこうぜ」

 

 まるで手に入れた獲物に興奮した獣みたいにウルフカット男の動きが激しくなり、つまんだりつねったり、少しの遠慮もなく身体を散々に弄りまわしてきた。

 こいつにとって、自分は使い捨ての玩具なのだ。

 

「う、ああぁっ」

 

 痛みと気色悪さに喘ぐ声が、まるで他人の声のように聞こえた。

 もう限界だっ。こんなクズにいいようにされるくらいなら、相手を殴り殺せと姉プルツーなら言うだろう。あたしの本気をみせてやる!

 

「調子に乗るな変態!」

「へへへ、騒いでも興奮させるだけだぜ……うがっ!」

 

 反撃は素早く激しく実行するのが鉄則だ。左肘を素早くコンパクトに振り、ウルフ頭の鳩尾を強打してやった。

 密着しているほどに威力は増すから、背後の男は肺を圧迫されて呼吸がまったく出来ずに、口をパクパクとさせて悶絶した。

 その隙を付き、首に巻き付けた腕を捻りあげるようにして外すと、拘束から脱出した。

 

「こ、このアマが!」

「はっ、無様ね!」

「てめえ……ぶっ殺す」

「あ、そう。やってみたら?」

 

 ウルフ頭は、怒りに顔を歪ませると、腕を振り回しながら走ってきた。

 だが頭に血を昇らせた奴は怖くない。回りが見えなくなっているからだ。

 殴りかかってきたところを脚を引っ掛けて転倒させ、躊躇せずに体内にめり込むほどに急所を蹴り飛ばしてやった。

 

「うぎゃ、ぎゃああぁーっ」

 

 悲鳴が原っぱに響き渡り、ウルフカット男がもんどりうって悶絶した。

 

「ふん、わかった? 自分のしたことは自分に返ってくるのよ!」

「痛え~っ! 痛えよ!」

 

 これで1機撃墜。ははは、ざまあないわ!

 情けなく泣き喚くウルフ頭の無様な姿が、たまらなく快感だった。

 

「こ、こいつ。ふざけんじゃねえ!」

 

 仲間が倒されたのを見て、短髪頭が撮影するのをやめて、激昂しながら走ってきた。

 怒りと困惑が混ざった表情。まさか少女が反撃してくるとは思わなかったのだろう。

 

「ふざけてる? あんたも痛い目にあいたいようね!」

 

 短髪男は姿勢を低くすると、下半身目掛けてタックルを仕掛けてきた。力任せに押し倒すつもりだ。ここは攻撃を避けるために横に飛んで逃げる!

 が、体をひねった瞬間、シャトルに乗っていたときに捻挫した右足に痛みが走った。しまった、こんなときに!

 タックルから逃れられず、そのまま押し倒されてしまった。受け身をとったから良かったものの、危うく後頭部を強打するところだった。

 

「こいつ! 手間かけさせやがって。ガキだからって容赦しねえ!」

「くっ……!」

 

 ウルフ頭は馬乗りになると、両腕を掴んで押さえ込んできた。男の顔が眼前に迫り、息遣いを肌に感じて身震いするほど気持ちが悪かった。

 

【挿絵表示】

 

「動けないか? このままお前を……」

「離れろ!」

「ぎゃっ」

 

 油断しているところを、思い切り頭突きを喰らわせてやった。男は口の端から血を流し、ぽたりと服に垂れてきた。

 

「この野郎! 痛えじゃねえか!」

「きゃあっ!」

 

 報復で頬を叩かれ、髪を掴まれて頭を地面に叩きつけられた。痛みに涙が滲む。

 心を折り、抵抗する意思を失わせるつもりだ。

 

「このまま、いいことしようぜ」

「こ、子供を襲うなんて最低っ。クズよ、あんた達は!」

「どうとでも言えよ。お前のファンの連中も羨ましがるだろうな」

「ひあっ!?」

 

 くすぐったいような、不快な感触にたまらず声を上げた。こいつ、あたしの身体を舌で舐めてる。

 

「や、やめろ! 嫌っ!」

 

 ぬめったナメクジみたいに舌が身体を這い回り、身体を動かして逃れようとしても男はしつこく吸い付いてきた。

 ニュータイプ能力で状況を俯瞰的に認識できるのが最悪だった。悶える自分の姿を客観的に眺めるはめになったからだ。

 敏感になった身体が勝手に快感を感じ始めて、喉の奥から嬌声が漏れる。

 出演したアダルトムービーを自分で観れば、こんな気持ちになるのか。全身を震わせて喘ぐ自分の姿はとても正視できない。

 短髪男の行為はエスカレートする一方で、スカートの中にまで手を入れてこようとしてきた。

 もう力の加減なんてできない。相手を殺すことになっても、強化人間としての力を発揮してやる!

 

「……い、いい加減にしろ」

「抵抗しても無駄だぜ……ぐえっ!?」

 

 密着した体勢から、膝を思い切り腹に叩き込んでやった。自分の筋肉はまだ未熟だが、瞬間的に鍛えた成人男性並のパワーはだせるのだ。

 内臓まで達するほどの衝撃をうけて、短髪男の顔が歪み、口から吐瀉物が飛び出した。緩んだ両腕の拘束を外しつつ、横に転がって吐いた物を避けた。

 

「はあ、はあ……。なめるな!」

 

 短髪男は悶絶して何度か吐いていたが、口を拭うと、よろめきながら立ち上がってきた。

 

「へっ、冗談のつもりかよ。舐めごごちは良かったぜ。お前も感じてたんじゃないのか? すごい声出してたよな」

「言うな、変態! あなた、これまでも大勢の少女に破廉恥な行為をしてきたようね。二度と出来ないようにしてやるわ!」

 

 短髪男は驚いて顔を硬直させた。頭の中を覗かれたのだから無理もない。

 

「そ、そんなこと、お前に分かるわけねえだろうが!」

「このまま警察に自首なさいな」

「図にのるんじゃねえぞ。俺はボクシングの経験があるんだぜ。生意気なガキを叩きのめすのも面白えな」

「フン、やってみなさいよ。あんたのパンチなんて、簡単に避けてみせるから」

 

 挑発に怒った短髪男は、ダッシュしながらストレートパンチを放ってきた。

 

「喰らいやがれ!」

 

 確かになかなか速くて鋭いパンチだ。当たればただではすまない。が、自分はネオ・ジオンの兵士で強化人間なのだ。優れた動体視力を発揮すれば、相手の動きは止まってみえる。

 脚に負荷をかけられないから、上半身を反らすダッキングで攻撃を避けた。

 

「こ、こいつ!?」

 

 短髪の目が驚きで見開かれた。戦闘の勝敗は、たいてい最初の一瞬で決まってしまう。

 回避動作から間髪入れずに素早く身体を半回転させると、背後に向けて蹴りを放った。左足で急所を思い切り蹴り上げてやったのだ。

 

「う、ぎゃあああーっ!」

 

 短髪男は、股間を押さえながら凄まじい悲鳴をあげて倒れた。

 これで戦闘不能だろう。だが、身体をいいようにされた怒りがおさまらず、動けないところへ追い討ちをかけるべく走っていき、さらに急所に蹴りをねじ込んでやった。

 

「ぎゃあっ……」

「フン、もう使い物にはならないわね。気の毒だけど!」

 

 クズ男の自尊心と身体を文字どおりズタズタにしてやった。撃墜2。戦闘終了だ。

 倒した二人を一瞥し、乱れた衣装を整えると、気を失っているマネージャーに駆け寄った。

 倒れた彼の傍には自分のバッグがあった。中に護身用ピストルが入っていることを思い出すと、さらなる復讐心がふつふつと湧いてきた。バッグを開いて強化ネオプラスチック製のそれを掴むと、素早くスライドを引いて弾を装填し、クズたちに向けた。

 

「う……」

 

 引き金を引こうとしたとき、マネージャーのうめき声が聞こえて我にかえった。

 危うく民間人を射殺するところだったと気付いてぞっとする。

 

「だ、大丈夫?」

 

 倒れたティモに近づいて頭を抱き起こしながら顔を撫でると、ほどなく彼の意識が戻った。

 

「目が覚めた? 格好よく守ったつもりでも、倒されたら駄目じゃない」

「ぼ、僕は気絶してたのか」

「そうよ。危ないことはやめて。自分が弱いことを自覚しなさい」

「連中は撮るのやめたのか?」

「ええ、話したら撮るのをやめてくれたわ」

 

 襲い掛かってきたところを叩きのめしたとは、今は言えなかった。

 

「そうか……。思わずカッとなってしまって。反省するよ。始めから喧嘩腰はいけないな」

「馬鹿なんだから。もっとよく考えなさいよ」

 

 ひと安心したが、まだ心臓が高鳴っていた。暴行された恐怖と屈辱は、すぐに心から消えはしない。感情が昂っていて、気がつくと無意識に涙が流れていた。

 

「え、泣いてるの? なんで……。まさか、あいつらに何かされたのか!?」

「大丈夫、心配しないでいいから」

 

 今は話したくない。恥ずかしくて何をされたかなんて言えなかった。でも彼は違和感を感じているようだし、付き合いが長いから隠し事は難しい。

 

「だから、いちいち落ちこんでたら、この業界じゃ生きていけないでしょ……って、あっ!」

 

 背後に気配を感じて振り向く。そこには倒したはずのウルフカット頭が、ナイフを手にして立っていた。

 なんてタフな奴っ。アドレナリンの過剰分泌が痛感覚を麻痺させているのか、感応波がまだ意識に影響を与えているのか。

 

「本当にぶっ殺されてえようだな!」

「お前、彼女に乱暴したのか!? だったら、ただでは済まさないぞ!」

 

 ティモが飛び掛からんばかりの勢いで言った。

 

「ああ、楽しんでやったよ。てめえが情けなく気絶してる間にな。ガキとは思えねえいい身体してるよな。お前も、いつもヤってるんだろ?」

「こ、この野郎!」

「やめて、刺激しないで! あなたは下がって!」

 

 こうなれば仕方がない。射殺するわけにはいかないから、彼を守るためにも、あいつを完全に叩きのめすしかない。

 

「君はいますぐ逃げるんだ!」

「大丈夫だから!」

 

 マネージャーを制し、素性がばれても良いと覚悟を決めた。

 ナイフに対抗するために腰のリボンをほどいて左手に巻きつけると、今にも襲い掛かってきそうなウルフカット頭の動作に意識を集中し、両手を前に出して身構えた。

 と、そのとき不意に地面が大きく揺れた。それは、まるで地球で発生するという地震のようだった。

 

「こ、この揺れは何!? 隕石でもぶつかったの?」

「よそ見してんじゃねえぞ! 死ね!」

 

 ウルフカット頭が、ナイフを振り回しながら走ってきた。怒りに体を制御できない様子だ。

 

「危ない!」

 

 マネージャーが顔面を蒼白にして叫んだ。でもあたしは慌てず、相手の動きを見定めることに集中した。

 ウルフカット頭の攻撃は、素人らしい単調なリズムだ。だから、ナイフの軌道を予測することは容易だった。

 ウルフ頭は前にナイフを突き出したが、その攻撃をリボンを巻き付けた左腕でベクトルを逸らすようにして受け流した。

 ナイフの起動が逸れた結果、スカートの一部が切られたものの、相手の右腕を脇に抱えて固定することに成功した。すぐさま手刀で思い切り手首を打って、ナイフを手からはたき落した。

 力の加減をしなかったから、相手の骨が折れてしまった。

 

「ぐあぁっ! ち、ちくしょう! 手が、手が折れたっ!」

「観念なさい!」

 

 ウルフ頭は悲鳴をあげて、ガクッと膝を落とした。すぐさま腕を後ろに捻りあげると、リボンの切れ端でぐるぐると巻いて拘束した。

 姉プルセブンに習った、武器を持った相手を制圧するスキルが役に立ったのだ。

 

「す、凄い! いつの間にそんなことを覚えたの? まるでベテランの兵士みたいだ!」

 

 ティモがびっくりしながら近づいてきた。彼に褒められて嬉しいが、これまで披露しなかったスキルで軍人だとばれてしまわないか心配だった。

 上手く誤魔化さなくては。

 

「驚いた? オンライン講座で習ってたのよ。世の中物騒だし、おかしなファンとかいるから護身用にね」

「全く知らなかったよ」

「ふふん、あたし才能に溢れてますからね。まあ、ダンスみたいなものよ。世界には踊りみたいな格闘技もあるでしょ? リズムが大事なのよ」

「へぇ~っ」

 

 適当に言い繕ったが、彼は全く疑っていないようだった。心配することもなかったか。

 

「本当に大丈夫?」

「大丈夫よ。こんなトラブルは慣れてるって知ってるでしょ……って、ちょっと。やめて」

 

 彼はギュッと抱きしめてきた。また子供扱いしてるのだ。

 彼から離れようとしたとき、脳裏にスパークが走って、ニュータイプ能力で迫りくる危険を感じとった。

 

「えっ、モビルスーツが!?」

 

 直後、まったく突然に、モビルスーツの下半身が木々をなぎ倒しながら森から飛び出してきた。気が付かなかったのは、かなり遠くに落下してから転がってきたからだろう。さっきの揺れがそうだったのだ。

 

「危ない、逃げて!」

 

 大きな音を立てながら、一対の巨大な脚が回転しながら迫ってくる。紺色の外装から判断すれば、上空の戦闘で撃破され、墜落した《ジム・クゥエル》の脚部に違いなかった。

 時間の余裕はない。すぐに逃げないと押し潰される!

 

 ニュータイプ能力で感知していたから、危険が迫る一瞬前にマネージャーの手を引いて逃げることができた。

 でもウルフカット男は痛みに悶絶していたので、背後に迫る危険に気付くのが遅れて致命的な数秒間を失った。短髪男は地面を転げ回っていて逃げるどころではなかった。

 最低の人間であっても、目の前で死なれたくはない。手を伸ばそうと向き直ると、恐怖に顔が引きつった短髪男と視線が合ってしまった。

 その直後、眼前を金属の塊が高速で通過して、二人の男はあっという間にモビルスーツの下敷きになった。

 悲鳴が聞こえたが、あれでは助からない……即死だ。

 自分たちも、あと数秒遅れたら死んでいただろう。まさに危機一髪のタイミングだったのだ。

 

「あ、危なかった……。ティモ、怪我はない!?」

「僕は大丈夫だ」

「あの二人は駄目だわ。……あと少し早く警告できていれば助けられたのに」

 

 男の恐怖に引きつった顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。

 

「あんな奴ら気にすることはない。君に酷いことした報いを受けたんだ。死んで当然だ!」

「そ、そうだけど」

 

 あの二人にされたことを思い出して顔が赤くなるのを感じた。ティモが気を失っていて良かった。あんな姿を見られていたらと思うと死にたくなる。

 唾でベトベトした身体を洗うために、今すぐにでもシャワーを浴びたかった。

 

「……大丈夫?」

「ほんとに大したことないから」

 

 嫌な体験と感触を思い出してしまうから、彼がまた抱いてこようとするのを反射的に拒否してしまった。

 

「君が心配なんだよ」

「だから、それが余計だっていうの! 子供扱いしないでいいから。大丈夫だから!」

 

 感情にまかせて、思わず彼の頬を引っ叩いてしまった。

 力の手加減が出来なかったので、ティモの口が少し切れて血が流れた。

 

「あっ。ご、ごめんなさい!」

 

 心配してくれる人を傷付けるなんて本意じゃない。慌てて顔を近づけて傷を確認すると、当たり前だがティモと間近で見つめ合う格好になってしまった。

 

「……」

 

 彼が思い切り抱きしめてきて動けなくなる。

 さっきは抵抗したが、いまは頭が真っ白になってしまって駄目だ。

 お互いの顔が、半センチくらいの距離まで一気に接近したー。

 

「あらあら、こんなところで何をしてるのかしら? 公共の場で露骨に愛し合うなんて、サイド3じゃ犯罪じゃない?」

 

 突然聞こえたライバル女の声に、びっくりして彼を思い切り押しのけてしまった。

 振り向くと、ライバル事務所に所属するクリスティ・マッキンタイアが立っていた。

 

「クリス!」

「こんなところであからさまに抱き合うなんて、ずいぶん大胆ねぇ。誰もいないとでも思ったの?」

 

 クリスティはニヤニヤしながら、嫌味っぽく言った。

 彼女はレポーターとしてこのサイド3を訪れていて、私のコンサートも取材していたのだ。

 でも、彼女の服はボロボロで、怪我をしてふらついている。暴動に巻き込まれたのかもしれない。

 

「あなた怪我をしてる。その格好だと瀕死に見えるわよ」

「似た格好してるくせに。フン、暴徒が襲い掛かってきたのよ。なんとか押しのけて、ここまで逃れてきたというわけ。本当にジオンは民度の低い国だこと」

 

【挿絵表示】

 

 自分がされたことを思えば反論することはできなかった。旧公王庁周辺には、人の感情を逆撫でするような、暴力的な感情が漂っている。

 

「中継はどうしたの?」

「続けられるわけないでしょ。そうね、あなたがマネージャーさんと盛り上がって熱愛してるところを情熱的にレポートしてあげましょうか?」

「な、なに言ってんのよ!」

「そんなんじゃない、やめてくれ!」

 

 ティモが叱るように言った。ん、いつもと言い方が違う? 

 

「久しぶりね……。あなた、また女の子を泣かせてるの。困った男」

「えっ? あなたたち、知り合いだったの?」

 

 マネージャーとクリスが親しい知り合い? いえ、それ以上の、まさか恋人? ティモは昔はなかなか人気があったアイドルだったということは知っていた。

 

「あらあら? ファンネリアさん、私たちの関係を知らなかった? マネージャーさん、彼女に言ってあげないとダメじゃない」

「昔の話だよ」

「そう、昔の話ね。だけど、やっと理由がわかった。あたしと別れたのは、お子様と付き合いたかったことが理由なのね。このロリコンさん」

「な、何を言ってるんだ!」

「そのとおりでしょ。彼女、何歳なのよ? ま、それはいいとして、二人は一緒に危機を乗り越えて、立場や年齢差を超えて関係が急速に発展した、というところなのかしら?」

「勝手に想像しないで!」

「別にお邪魔するつもりはないの。二人で情熱的な行為を、一晩中飽きることなくしなさいな。私としたみたいにね……あれは良かったなあ」

「なっ……」

「ウブな彼女を虐めないようにね。さよなら」

「ちょっと、どういうこと! もっと話をきかせて!」

「またの機会にね。たっぷりと、あのクズ男の酷さを教えてあげるわ」

 

 クリスはあたしたちの関係を破壊する爆弾をばら撒くと、公園の外へと歩き始めた。

 

「あなた、病院に行ったほうがいいわよ!」

「ご心配ありがとう、ファンネリアさん。また会いましょう」

 

 あんな格好で歩いていたら襲われるんじゃないだろうか。嫌な女だが、酷い目に遭えとは思わない。

 

「彼女、怪我は大丈夫かな……」

「そんなに心配なら、病院まで付き添ってあげればいいじゃない。あたしは構わないわ」

「そんな、君を置いていけないよ」

「一人でも平気よ。早く行けばいいのに」

「……もしかして、怒ってる?」

「ねえ、クリスと付き合ってたって、なんで言ってくれなかったの!? あいつにマウント取られたじゃない!」

「い、いや。昔の話だし。君たちはあまり仲も良くないから言い出せなくて」

「ずいぶん仲が良かったようね。なによ一晩中って……いやらしい!」

「あれは、嘘だ!」

「どうだか。それにしてもライバル事務所の女優と付き合うなんて、社長がよく許したわね。……だから別れた?」

「そこまで深い関係じゃなかった」

「さっきの話を聞く限りは信じられないわね」

 

 この期に及んで嘘をつくなんて。本当に腹が立っていたので、眉間に皺がより、頬がふくらんだ。

 

「謝るから、機嫌なおしてよ」

「別に、事実なら謝る必要はないわよ。嘘をつかれるのが嫌なだけ。あなた、怪我で引退したって聞いてたけど、他の理由もあるんじゃなくて?」

「それは本当だ。ステージから落ちて、脚を痛めたから引退したんだ」

「加えてあの女が関係してるんでしょうね。改めて説明してもらうから、弁解する機会をあげます」

「弁解することなんてないよ」

「いいわ。誰でも傷はありますからね。とにかく事務所に戻りましょ。社長に無事だと報告しないといけないわ」

 

 事務所まではエレカを使えば二十分ほどだが、どこかでレンタルエレカを借りるにしても幹線道路が渋滞していた。渋滞しているのは、警察や軍が道路を封鎖しているからだ。

 モビルスーツがあればひとっ飛びでいけるのに……って、そうだ。すっかり忘れていた。ナインのハイザックは!?

 

 慌ててニュータイプ能力で妹の乗機を探すと、まだ上空にいた。ゆっくりと降下中であり、たぶん着陸できるところを探しているのだ。

 合流しようと考え、公園に降りてきてと呼びかけようとしたそのとき。誰かがコクピットから落ちたのがわかった。

 頭に悲鳴が直接響いたのだ。

 知らない女の子が、ナインの機体から!? まさか妹が他人を放り出すわけはないから、機体から脱出しようと考えた!?

 

「モビルスーツから、人が落ちた!」

「えっ!? マリーちゃんが!?」

「違う、妹じゃないけど……あの高さじゃ助からない!」

 

 



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第35回「綱渡りして落ち葉を拾えるか」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


    35

 

 

 

 円筒形のスペース・コロニーは、わん曲した内壁に沿って土地が造成される。つまり内側が全て大地となるのだが、地球から訪れた人間は皆、空から逆さまに生える建物を見て驚いてしまうのだ。

 でも圧倒されるのは最初だけで、三日もすればすっかり慣れて当たり前となり、雲の向こうに広大なパノラマが広がっていても気にしなくなる。人類を宇宙で発狂することなく生活させたのは、この優れた適応性なのだろう。

 

 もちろんあたしもコロニー生活を日常とする人間だから、逆さまの街並みなどいまや珍しくもないのだが、いまは地球からやってきた無垢な観光客のように空を凝視していた。

 

「ああっ、あんなに速く落下するなんて!」

 

 妹が操縦する《ハイザック》のコクピットから転落した少女の生命は、いまや風前の灯火だった。

 彼女はまるでカーテンを縦に切り裂くように、高空から恐ろしい速さで落下している。あの高さで吹き荒ぶ風は冷たく、容赦ないほど身体を痛めつける。すでに意識は失っていると思いたかった。

 

「君は、なぜ人が落ちたってことを知ったんだ!?」

 

 マネージャーのティモが、ほとんど叫ぶように訊いてくる。

 

「イヤホンから、ドアが開いた音と女の子の悲鳴が聞こえたのよ!」

「まさか、コクピットハッチが開いてしまったのか? なんてことだっ」

 

 あたしはマネージャーと顔を見合わせて、上空で起こってしまった悲劇に戦慄した。

 

『助けてっ……』

 

 少女の悲鳴が幻聴のように聞こえてくる。ニュータイプ能力によって、ミノフスキー粒子を介して彼女の思考が直接脳に伝わったのだ。その薄れゆく意識の中には、妹プルナインのイメージも見える。これは好意……? 二人は友人だったのか? 妹はサイド3に来たばかりだが、コンサート会場で知り合ったのかもしれない。

 

 概算だが《ハイザック》は高度1500mくらいの高さに位置している。コロニーの重力は中心ほど弱く、また上空には強い風が吹いているので、少女は落下中にかなり流されるはずだ。でも、少しばかり落下距離が長くなったところで、わずか二分足らずで地面に到達してしまう。

 モビルスーツによる戦闘が発生していたから、上空には飛行制限が通達されていたはずだ。実際ホモアビスや航空機は一切感知できなかったが、それはつまり、少女が助かる確率はゼロに近いということだ。

 

「マリーちゃんは、ザクで助けにいかないのか!?」

 

 ティモが、非難めいた言葉を口にした。自分が操縦している機体から人が落ちたなら、パイロットはすぐさま助けにいくべきだと言っているのだ。でも、出来るなら、すぐにそうしているのが妹プルナインだ。

 

「さっきから声が聞こえない。妹は気を失っているのよ……」

 

 妹が失神していると判断した理由は嘘だが、その事実は本当だった。ニュータイプ能力で鼓動を感じるから、彼女が生きていることは間違いないが、意識を感じとることができないのだ。激しい戦闘で消耗しきったのか、感応波で呼びかけても全く返事がない。

 

「じゃ、じゃあ。もう女の子を助けることは出来ないのか!?」

「……」

 

 彼の哀しい視線を受け止められなかった。だから、目を瞑ってもう一度ニュータイプ能力で周囲を綿密にスキャンしてみた。でも、やはり数キロメートル四方には、少女を救える手段は何もない。例えあったとしても、決定的に時間が足りないのだが。

 目を開き、視線を外して首を振った。あたしがいま、少女が助かるための可能性を高速スキャンしていたことを彼は知るよしもないが、状況が絶望的であるという認識は共有することはできただろう。

 

「残念だけど、マリーちゃんが無事なことが幸いか」

「……そうね。誰でも、いつああなるかわからないわ」

 

 ティモが、後ろからそっと肩を抱いてきた。いつもなら馴れ馴れしいと感じるところだが、気弱になっているからか、たまには身を任せても良いと思った。ニュータイプや強化人間などと言ったところで、人はあまりに無力なのだ。

 だが、そのとき。

 ニュータイプ能力が突然に発動して、意識が急速に拡張した。

 

「え、まだ可能性はある!?」

 

 まるで雷が落ちるみたいに、突然にインスピレーションが沸きあがる。これは、いったい何事!?

 少女を助けるプランが、まるで複雑なパズルのピースがはまるように脳内で完成したのだ。いや、考えたというよりも、脳の問題解決アルゴリズムが自動的に最適解を導き出したというべきか。

 ……そうじゃない。これは、外部から膨大な計算結果が送信されてきた!?

 

『あたしにこれを実行しろというの、ナイン!?』

 

 妹が、星の光が溢れる空間に現れて、耳元でこっそりと囁いた。気を失っているはずの妹が無意識下で精緻な救出プランを考えて、感応波で伝えてきたのだ。

 

『お姉ちゃん、クラリッサを助けてあげて。ナインは、もう起きれないから』

『クラリッサって、あの女の子ね。でも起きれないって? どういうことなの?』

『時間がないから、お姉ちゃん走って。お願い』

 

 そう伝えるとナインのイメージは消えてしまった。

 妹が願いを託してきたなら、姉として彼女の願いに応える義務がある。でも間に合うかどうかは紙一重で、もはや一刻の猶予もない。

 だから痛む脚に構わずに、鞄を拾い上げてすぐに走り始めた。

 

「ど、どこへ行くんだ!?」

 

 ティモがびっくりして、追いかけようとする。でも、彼は絶対に追いつけない。

 

「待ってくれーっ 速い!?」

「あなたは、すぐに救急エレカを呼んで!」

 

 最大速度でダッシュすると、彼をあっという間に置き去りにする。いまあたしは、強化人間の優れた脚力を発揮していた。

 

「急がないと。ひとつでもミスをしたら終わりよ!」

 

 妹が伝えてきたプランによれば、まず救出に使うアイテムを入手する必要があって、そのためには墜落したモビルスーツを見つけなくてはならなかった。

 そう、彼女が《ハイザック》で撃墜した《ジム・クゥエル》だ。

 森に走っていくと、入り口が大きくぽっかりと空いていた。ジムの下半身が木々を薙ぎ倒した跡だが、あの先に上半身があるはずだ。

 大木がなぎ倒されている場所を通ることはできないから、その隣から森の中に入っていく。低木の枝や密集した植物に気をつけないと転んでしまうし、尖った枝に引っ掛けてニーソックスが破れてしまった。でも、それに構わず全速力で駆け抜けた。

 

 後ろから見ていたマネージャーからは、とんでもない速さに見えただろう。

 普段は強化人間だとバレないように、わざと力をセーブして走っているのだ。

 

『さっきは格闘技を披露して、今度は陸上選手なみに走ってる。鈍い彼だって、あたしが普通じゃないって思うでしょうね』

 

 真の能力を見せれば、普通の人間ではないと正体がバレてしまう。もし事務所のスタッフに強化人間だと知れたら、ここサイド3における芸能活動は即時中止しなくてはならない。それが作戦のブリーフィングで予め設定されたルールだ。

 つまるところ、強化人間そのものが軍事機密なのである。遺伝子操作で能力を高められた強化人間の存在はネオ・ジオン軍のトップシークレットであり、情報流出には細心の注意が払われなければならない。機密保持を怠れば、即処罰の対象だ。

 

 もちろん一般人は強化人間という存在を認知していないはずだが、オカルトメディア等で噂として言及されているのが厄介なのだ。

 そのほとんどは不正確な情報である。例えばネオ・ジオンや地球連邦軍では恐ろしい人体実験が行われていて、化け物じみた改造人間を作り出しているとか、ニュータイプや強化人間は人類をはるかに超越した知識とパワーを得ているとか、そんな類の創作話が既成事実として書かれていたりする。

 もちろん自分は物体を瞬間移動させたり、高速で動いたりすることは出来ないが、馬鹿げた話であっても、そんな記事を読んでいれば、正体を知られたとたんにマネージャーが自分を見る目は変わってしまうに違いないのだ。

 

『プルエイト、いまは余計なことは考えないで!』

 

 今はただ、救出プランを実行することに邁進するだけだ。

 集中して雑念を振り払い、一心不乱に走り続けていると、木が倒れて開けたところにモビルスーツの上半身が鎮座しているのを見つけた。

 

「よかった! そのままの形でいてくれた!」

 

 もしバラバラになっていれば探すのは困難だったが、幸いにも原型を留めていた。

 《ジム・クゥエル》は両腕を広げてうつ伏せの状態で倒れている。ハッチが開いているのでパイロットは脱出したはずで、コクピット内にランドムーバーが残されている可能性は低いだろう。

 もちろん、そんな幸運は元より期待しておらず、それよりも胴体の下に腕が巻き込まれていなかったことに安堵した。目的の物は、モビルスーツの指先に入っているからだ。

 いまから、それを手に入れる!

 立ち止まらず、勢いをつけてマニュピレーター・ユニットに向かって走っていくと、狙いを定めて勢いよくジャンプした。

 

「たぁーっ!」

 

 気合い一閃。巨大な指先目掛けて強烈なジャンプキックをくらわせた。

 ガンッ! と鈍い金属音がして、同時に足首に相当の痛みが走った。シャトルで痛めた脚の怪我が悪化しそうだったが、心配する時間はない。

 風圧でスカートがめくれたせいで、バランスを崩して危うく転びそうになったところを空中で姿勢制御し、くるっと前転しながら着地した。振り返ると、ジムの人差し指に設けられたハッチが歪んで開きかけている。それを確認するや否や、すぐさまマニュピレーターに近づいて両手で指先のハッチを掴んだ。

 

「あ、熱っ!? なんなのよ、これ!」

 

 マニュピレーターは、危うく火傷しそうなほどに熱かった。すっかり忘れていたが、可動したモビルスーツは熱いのだ!

 モビルスーツは高出力の核融合炉を搭載している上に、ロケットエンジンやジェットエンジンを盛大に噴射しているから、相当な熱を帯びるのである。

 それゆえモビルスーツ運用母艦には例外なく専用の冷却設備が備わっていて、機体を短時間で冷やすことができるようになっているのだ。

 前の演習で、半壊しながら着艦した機体のコクピットを開けようとしたプルフォウ姉さんが、ひどく熱がっているのを思い出してしまった。

 

「早く外れなさいよ! もう、熱い!」

 

 とんでもない熱さを我慢しながら、指先のハッチを引き剥がそうと両手に力を込めた。開閉機構の超電動アクチュエーターが軋む音がして、少しずつハッチが開いていく。

 だめだ、遅い! こんな段階で悠長に時間をかけてはいられないのだ。

 いったん下がり、両手を振って冷やしながら呼吸を整える。そして、今度は身体を捻りながら、縦方向に回し蹴りを喰らわせた。

 シューズの先がそっくり失われたが、勢いよくハッチが外れて、指の中に入っていた物が、まるでヤシの実みたいに二つ地面にこぼれ落ちた。

 この実が欲しかったのだ。

 地面に落下した物体は、月面フットボールで使われるボールのような楕円形カプセルだ。色は濃紺で、ゴムみたいに弾力がある。詳細に確認すると片方には小さいプラグのような装置が付いていて、精密機器だということが分かる。

 チェックもそこそこにカプセルをひとつ拾い上げると、左手に抱えて再び走り始めた。

 

 モビルスーツパイロットとして、このカプセルを見る機会はあまりないが、使用することは多いので馴染みのある物だ。まさか生身で使うことになるとは思わなかったけれど。

 

「もう時間がない! 到着予定時刻(ETA)が迫ってる!」

 

 視界を確保するために、森を出て原っぱに出た。ニュータイプ能力で位置を検知できても、距離感を掴むためにはやはり光学センサー、つまり自分の眼で直接確認することが必要なのだ。

 強化された視力で空を確認すると、雲の中にぼんやりと小さな点が見えた。概算だが、地面まであと十五秒くらいの高さだろう。残り時間は僅かもない。

 

【挿絵表示】

 

 

「予想より遠い!?」

 

 ターゲットは、予測位置より百メートルほど外れている。シミュレーションと現実にズレが生じたのだ。

 ズレの原因は風だ。地表近くに吹く風は、空気の粘性のためにコロニーの自転の影響を受けやすく、加えて複雑に方向を変えるのでシミュレーションすることは難しい。パラメーターに不確定要素が多すぎるのである。

 とは言え、これは想定内。手に持っている物をこれから空に向かって蹴り上げるのだが、蹴る弾道をズレた分だけ修正してやればいいのだ。

 

「これは一発勝負。失敗したら次はない。でも、落ち着いてやれば、あたしには出来る!」

 

 そうだ。自分は失敗が許されない任務を、軍事作戦や芸能仕事で何度もこなしてきたのだ。不可能だと思えることをいくつも達成してきた。

 だから今回も成功してみせる。

 心を平穏にして意識を集中し、無意識に身体が動くようにすれば、いわゆる『ゾーンに入る』と呼ばれる、周囲の状況を全て把握して対処可能な状態に遷移する。

 改めて、現時点の少女の落下速度とベクトルを正確に計測するために、ニュータイプ能力で詳細なミノフスキー・スキャンを行った。そして、その計測結果を元に弾道を素早く頭で計算した。

 あとはその結果に従って、腕の中の物を狙った正確な位置に持って行けば!

 

「届きなさい!」

 

 抱えていたカプセルを、走りながら右足で思い切り蹴り上げた。

 痛めている右足に鈍痛が走ったが、楕円形のダークブルーの硬いゴムボールは、くるくると回転しながら放物線を空に描いて勢いよく飛んでいった。

 物体の大きさと重さ、自転によるコリオリ力などを考慮した弾道を、正確にトレースしながら飛翔していることに満足する。

 

「次は射撃っ!」

 

 ボールを蹴ると同時に、肩にかけていたバッグから護身用ピストルを滑らかな動作ですばやく取り出していた。

 9ミリ口径の小型オートマティック。市販品を元に、グリップやトリガーを自分好みにカスタマイズした物で、バランス調整と着弾位置の確認は済ませている。

 日々の芸能生活で忘れそうになるが、自分の本職は狙撃手(スナイパー)なのだ。腕はアクシズで一番だと自負しているし、モビルスーツパイロットとしても長距離狙撃を得意としている。専用ビームスナイパーライフルを使用して、30kmの狙撃を成功させたこともある。射撃に関しては誰にも負けない自信がある。

 いまは、このスキルで人を倒すのではなく救うのだ。

 ピストルのスライドを引き、初弾を装填して、右手でグリップをしっかりホールドすると正面に構えた。

 

「ターゲットまでの距離は約500m。ハンドガンの射程じゃないけど!」

 

 銃身の短いピストルを用いた精密狙撃は難しく、そのようにも設計されていないが、卓越したスキルがあれば決して不可能なことではない。

 さらに言えば、この銃はシングルアクション。つまりトリガーを引く機構が、弾丸を撃発する機能に特化しているタイプなのだ。 

 最初にハンマーが後退してから弾丸を撃発するダブルアクションよりも、機能が単純なだけ正確な動作が可能で、精密射撃に向いている。

 精度を追求してない銃なんてガラクタだと思っているから、支給されるハンドガンは使わず、高価なモデルを私費で買っているほどだ。いまが、その行為の正しさを証明するときだろう。

 

 軽くジャンプすると、勢いをつけてスライディングして地面を滑る。地面は草の絨毯だから滑りは良好だが、短いスカートのせいで下着が汚れてしまうのは最悪だった。

 どうせ、誰もみてないからかまわない。

 

「三点バーストで決める!」

 

 三点バーストとは自動三連射のこと。アサルトライフルには、精度の高い連射を行う機構が備わっているが、それを手動でしてみせる。素早くトリガーを三回連続で引けば、銃身が跳ね上がる前に同じ弾道の弾を連射できる。

 息を止めて、落ちてくる少女の予測進路と、投げた物体の弾道がクロスする仮想点に照準を定めた。

 ……いまだ!

 連続してトリガーを三回引いた。あくまでスムーズに真っ直ぐに、銃本体にブレが伝わらないように。

 弾丸が発射されるタイミングに合わせて、スライドが火薬の力で後退(ブローバック)し、薬莢がエジェクターで外に排出される。

 上手く発射したという感覚はあったが、命中したかどうか確認する暇はない。

 すぐさまピストルを放り投げると、飛び起きて再び全速力で走った。

 走り過ぎて脚の筋肉が痛くなってきているが、全速を出さないと間に合わない。このくらいで壊れるほど、強化人間の自分の筋肉はヤワではないとは思いたい。

 そのとき空に青い花が咲いた。

 

「当たった! けど、開くのが遅い!?」

 

 花は、あたしが蹴り上げたゴム風船が開いたものだ。その正体は、モビルスーツが撹乱用に使用する、機体を模したダミー・バルーンと呼ばれるデコイである。

 普通は真空の宇宙空間で用いるもので、風船の中に少量の気体を吹き込み、気圧差で一気に膨らませる仕組みだ。もちろん大気があるところでは気圧差は使えないので、大気内用のダミー・バルーンは、替わりに固形水素を加熱して一気に膨張させ、大量の気体を送り込んで膨らませるという、少々乱暴な構造になっている。

 それでも膨らむスピードは宇宙用と比較して緩やかなのだが、寧ろ今はその緩やかさが役に立った。

 

 バルーンが開き始めるのと同時に、少女がものすごい勢いで落下してきた。このままの速度であれば、地面に叩きつけられてバラバラになってしまうだろう。だが、少女の身体はダミー・バルーンの中に包み込まれた、

 

「やった!」

 

 空気がいっぱいに入っておらず、バルーンは穴が空いた風船みたいに適度にしぼんでいた。だから、まるでクッションのような働きをしてくれたのだ。もしパンパンに膨らんだ風船だったら、少女は激突して即死していたかもしれない。巨大な人型の風船は、文字通り彼女を優しく受け止めたのである。

 だが、少女はそのまま止まってはいられない。数秒間バルーンに包まれて保持されたものの、すぐに弾かれて、再び空中に放り出されてしまった。

 

 これが狙っていた瞬間だった。

 

 少女を助けられるとすれば、速度が落ちた瞬間に受け止めるしかない。それが妹が感応波で送ってきた計画の要だった。

 自分の強化された脚の筋肉なら、3メートルくらい跳び上がることが出来るだろう。落ちてくる少女のスピードと方向を見定めて、思い切り地面を蹴った。

 

 少女は思ったよりも離れている。たった数メートルが絶望的な距離に思えた。両手を在らん限り伸ばすが、あと少し届かない!? ここまで必死にやったのに、あと少しの差で失敗するなんて受け入れられない!

 筋肉がつりそうなくらい、さらに腕を伸ばした。すると指先がかろうじて身体に引っかかった。

 

【挿絵表示】

 

「くっ! や、やった! ……けど!」

 

 腕が関節の動作範囲を超えて曲がり激痛が走ったが、腰と太ももを掴んで少女の身体をぐいっと身体に引き寄せた。だが、あと一、二秒時間が足りない。このままでは勢いがつきすぎて地面に激突する。自分のミスで数秒が稼げなかったのだ。

 無惨に地面に叩きつけられる自分と少女の姿が、ニュータイプの予測能力によって脳内に映像化された。

 死が近づいて、時間の流れが急に遅くなった。脳の処理速度が速くなり、相対的に時間をゆっくりと感じるようになったのだ。

 そして、妹プルナインが脳内に現れた。これは、彼女が干渉してきたことが理由なのか?

 ナインは目を閉じて空間に浮かんでいる。

 

『お姉ちゃん、ありがとう。頑張ってくれて』

『ナイン、なんとかしなさい! 頼んできたのは、あなたなのよ! 頑張ったって、これじゃ何にもならないわよ!』

『なるよ』

 

 妹に怒りをぶつけた直後、何かが人工太陽光を遮って大きな影を作った。

 

「あ、危ない!」

 

 反射的に少女を抱き寄せて、落下物から身を守るために身体を丸くする。

 はたして落ちてきたのは、白いネバネバしたガムみたいな物体だった。

 

 

「きゃあああーっ!」

 

 あたしたちは、クッションに取り込まれるようにネバネバに覆い尽くされた。

 

【挿絵表示】

 

 それはちょうど人間二人分の大きさで、絶妙な位置に撃ち込まれていた。少しでもズレていたら死んでいただろう。

 

『こ、これはトリモチ!? ナイン、トリモチランチャーを発射したのね。この落下位置を予測して!』

『えへへ。すごいでしょ』

『最初から言ってちょうだい。焦ったじゃないの!』

『だって、言ったらお姉ちゃん安心しちゃって、思いきり走ってくれないと思ったんだもん』

『……意地悪。もうお風呂で遊んであげないわよ!』

 

 と、脳内で会話している余裕はなかった。トリモチのネバネバが全身にくっついて、もう大変な状態になってしまったのだ。

 

「いや~ん」

 

 まるで罰ゲームみたいに、全身がネバネバで覆われてしまった。この粘着力では、身体から剥がすのが大変だし、いまにも服が脱げてしまいそうだった。

 

「う……」

 

 トリモチの中でもがいていると、目の前で少女が目を覚ましたのがわかった。抱いていたので、息遣いが感じられる近さだ。

 彼女の息は荒く、腕を怪我しているようだったが、ともかく生きていてくれたことに安堵した。バルーンに包まれた衝撃で大怪我をする可能性もあったのだから。

 

「大丈夫? 怪我はない?」

「あ、あたし、ロボットから落ちて……」

「安心なさい。無事に地上に降りられたわ」

「あなたが助けてくれた……?」

「そうよ。……まあ、二人で協力して、かな」

「もうだめかなって覚悟しました。でも、いったいどうやって助けてくれたんですか?」

 

 少女は、まるで奇跡を体験した熱心な信者のように問いかけてきた。でもあたしは強化人間で、超能力者ではない。

 

「大きな風船を膨らませたのよ。それで、あなたを空中で受け止めたってわけ」

「……すごい。本当に、本当に命の恩人です」 

「そんなこと。あなたがロボットの中で妹を助けてくれたのを知ってる。あたしこそ、あなたに感謝させてもらうわよ」

「妹……? マリーのお姉さん? あなたは?」

 

 マリーというのは妹プルナインの偽名だ。そして、自分はいまアクシズの軍人プルエイトではなく、芸名を名乗っている。

 

「わたしはファンネリア。ファンネリア・ファンネルよ」

「やっぱり! あなたの顔と声でそうかなって。さっき会場で歌ってたのに」

「コンサート、暴動で中止になったのよね。で、騒ぎから逃げてたら、ちょうどあなたが落ちてきたってわけ。でも、あなたを助けることが出来て良かった。これが運命だったんだわ」

「……うぅっ」

 

 少女は感極まったように震え始めた。

 

「大丈夫? 体が痛むの? すぐに救急エレカがくるわ。マネージャーに連絡してもらったから」

「あたしはっ。あなたのこと知らないで、歌が下手だなんて悪口言ってごめんなさい! こんな良い人をあたしはっ。馬鹿だっ!」

 

 褒められているのか貶されているのか。泣き出した少女になんて声をかけてよいかわからなかった。

 いつもテレビ番組では口パクしているし、歌が上手くない自覚はあるが、さすがに初対面の人間に面と向かって言われるとショックだった。だって、自分は唄を歌うのが仕事なのだ。

 

「あたしも唄を作って歌っていてっ。だから人気があるあなたを嫉妬したんだわ。最低です!」

「気にしないでいいわよ。感情が昂ってるのね。おなじ業界なら、仲良くしましょう」

「こんなあたしを。あなたはっ」

「よろしくね。……それにしても、これじゃ身動きとれないわね。洗ってとれるのかしら」

 

 全身がネバネバに覆われて、気持ち悪くて仕方ない。ともかくこの状態から脱しようと、苦労して上半身を起こした。

 

「あ、あの!」

「えっ?」

「胸、見えちゃってます……」

「や、やだ」

 

 すでに脱げかけていた上着が、起きあがろうとしたせいでトリモチにくっついて破れてしまったのだ。お気に入りだったのに、わずか半日しか持たなかったとは。

 まるでアクシズの教習で、モビルスーツを一日でスクラップにしたみたいだ。

 

「この上着もうだめね。新調したばかりなのに。でも、さすがに裸じゃ歩けないか。子どもでも、サイド3では逮捕されるわ」

「ごめんなさい。あたしに弁償させてくださいっ」

「いいのよ。そんなこと考えないで」

「でもっ」

「その性格。普段から苦労してるようね? 今日は貸しをつくったって考えても良いんじゃなくって? あなた、それだけのことをしたのよ」

 

 そう言ってあげると、クラリッサは無言で頷いた。真面目で律儀すぎる性格は、この業界では損をすることも多い。けっこう軍人に向いているのかも。

 

「仕方ないから、このまま一緒に寝ちゃいましょうか?」

「ええっ。それ、どういう意味ですか」

 

 実際、眠くて仕方がなかった。

 今日は、ありとあらゆる危機が襲い掛かってきたが、ついにアドレナリンが枯渇してしまったのだろう。身体は強化されていても疲れ知らずというわけではない。

 だが意識を失いかけたとき、背後に良く知った気配を感じた。

 マネージャーが、ようやく追いついたのだ。

 

「フン、あの役立たず。ようやくお出まし?」

 

 アドレナリンが脳で再び生成されて、意識を蝕み始めた眠気が吹き飛んでいった。



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第36回「嵐の前触れ」

「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

プルテンは、おにまるさん(https://twitter.com/onimal7802)にデザインして頂きました!

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


    36

 

 

 

 モビルスーツのロケットエンジンから噴き出す青い燃焼ガスが、宇宙空間に散らばるゴミに反射して煌めく光の帯となっていた。燃料の主成分はネオメタンという物質で、酸化剤と混ぜ合わされ、さらに核融合炉の高熱によって爆発的に膨張することで、巨体を飛ばすエネルギーとなるのだ。

 この燃焼サイクルを繰り返すとモビルスーツは飛び続けることが出来るのだが、もし燃料が尽きてしまえば、方向を変えることも出来ぬまま永遠に宇宙を彷徨うことになる。つまりこの冷たい宇宙で燃料を失うのは致命的なのだ。それゆえネオメタンが燃焼する松明のような青い光を、パイロットの生命を現す炎そのものと表現しても良いのではないか。

 

現実主義者(リアリスト)の自分も、そのくらいの比喩はするのだな』

 

 アクシズ親衛隊の副隊長を努めるプルシックスは、新しい愛機に慣れない僅かな不安がそんなシニカルな思考を招いたのだと分かっていたが、と同時に、最近読んだ小説の影響も多分にあると自覚していた。

 航空機が危険な乗り物だった時代に、それでも空を飛ぶことを選んだ勇敢なパイロットたち。あえて危険に飛び込む人間の思考を理解しようと読み始めた旧世紀の物語は、人の性質は変わらないということを教えてくれたのだ。宇宙世紀に巨大な人型マシーンを飛ばす自分にも共感できる真理がそこにあった。

 だから、パイロットの変わらぬ習性を自分もしてみることにした。ヘルメットのバイザーを上げてコクピットを感じるのである。

 この機体はロールアウトしたばかりで、まだ乾き切っていない樹脂や接着剤、合成レザーの真新しい匂いがする。さらにグローブを外してシートやコンソールを触ってみれば、全て手作業で組みあげられた、丁寧な仕事だということがわかる。

 ディスプレイの情報だけではない、肌で触れた実感が、パートナーであるマシーンの存在感、ひいては安心感を与えてくれる。

 

『この機体の組み立て精度は高い。プルフォウ姉さんの気合いを感じる。あとは、どこまで潜在能力(ポテンシャル)を引き出せるかだ』

 

 機体形式番号AMX-004G《量産型キュベレイ》。親衛隊に与えられた最新鋭機で、プロトタイプであったキュベレイタイプを元に、生産し易い構造に再設計したモビルスーツ。

 無論それだけの機体ではなく、サイコミュ誘導型無人砲台『ファンネル』の搭載数を増やし、さらにファンネルを失った際に問題となっていた打撃力不足を補うべく背面にアクティブカノンを増設するなど、武装強化もされている。

 しかしながら実戦を経験した結果、構造的な脆弱性が明らかになっていた。それは高価なプロトタイプを量産モデルにする過程で生じたコスト削減の結果であったが、親衛隊としては受け入れられることではなく、姉のプルフォウがプロジェクトに参画して改良を施したのである。

 姉は幼いときからエンジニアとしての才覚があり、プライベートでジュニアモビルスーツを設計するほどだった。そんなアクシズ新進気鋭のエンジニアである彼女の努力の結果、量産型キュベレイはブロック20と呼ばれる仕様に進化し、機体の剛性強化に加えてマニュピレーターでビーム兵器をドライブできるようになったのだ。

 

『上層部は完成を急がせろと言うが、妥協するわけにはいかない。この機体で戦うのは姉妹たち。不安要素を排除することが、副隊長の自分の務めだ』

 

 いまテスト中の試作四号機は、改良された二次生産モデル(セカンドロット)であり、さらに親衛隊の副隊長である自分専用にカスタム化された機体だ。

 カスタマイズの内容は、各種センサーや通信装置など指揮統制機能の強化と、長距離支援用にアクティブカノンに替えてメガランチャーを装備したことである。この機体を受領して、ようやく自分の能力を活かせるマシーンを手に入れたと感じた。というのも、これまで搭乗していたAMX-009《ドライセン》はサイコミュやファンネルを搭載しておらず、ニュータイプ能力を最大限に発揮できなかったからだ。自分たち強化人間にとっては、無人砲台のファンネルを操れることが、戦場における決定的なアドバンテージになる。

 この《量産型キュベレイ》を親衛隊全てに配備できれば、部隊の戦闘能力はニ、三倍になるのではないか。加えて姉プルツーの専用大型モビルスーツ《クィン・マンサ》が完成すれば、もはや地球連邦軍の戦力など……。

 と、そこまで考えて、並進する僚機、妹プルテンが乗る機体を見て現実逃避をやめた。

 

「テン、機体の調子はどう?」

『はい、悪くないです。姉さんの機体ほどには良くありませんけどね』

 

【挿絵表示】

 

 妹は少し控えめに不満を表明した。武品不足のために《量産型キュベレイ》の製造は大幅に遅延していて、彼女はまだ新型を受領していなかった。

 とはいえ親衛隊用の高性能モビルスーツの調達は急務であり、その要求に応えるべく、姉プルフォウは《ガズアル/ガズエル》をベースとした改良機を提案してくれたのだ。

 

「その機体、あなたが乗っていたガズエルに、半壊したガズアルの部品を組み合わせて改造されたと聞いているけれど」

『はい。ファイブ姉さんのガズアルです。分解されてしまって可哀想でしたけど、二機が一緒になれたなら、それは幸せだと思うんです』

「感傷的ね」

『変ですか?』

「いえ、そんなことない」

『でも、この子は上手く出来てますよ。私も、ガズアルとガズエルを合わせたら面白いだろうな、と思っていましたから』

 

 テンが可笑しそうに言った。軍隊には似つかわしくない、素直な笑い声だなと感じた。

 彼女は動物を愛していて、非番の時にはニュータイプに覚醒した鳥や動物を探していたりする。その性格はパイロット向きでないとも思うのだが、意外にモビルスーツの操縦は上手い。誰にも二面性はあるものだ。

 

「フォウ姉さんとイレブンは良い仕事をしたと思う。コストパフォーマンスが良いから、部隊の予備機として何機か製造してもいいわね」

『はい。わたしも賛成です』

 

 そもそも《ガズアル/ガズエル》は、VIPや将校が乗る機体を護衛するためにガルバルディタイプを改良したモビルスーツで《ガズR(アル)》は右、《ガズL(エル)》は左と、半身にのみ増加装甲が取り付けられているのが特徴だ。それには装飾的な意味合いもあって、護衛機の左右に展開したときに、編隊として美しく見えるように設計されているのだ。

 だが増加パーツを左右に取り付ければ、完全体としてさらに性能が上がると考えるのは、単純だが自然な発想だろう。いまテンがテスト飛行させているのは、その発想を具現化した機体なのである。

 

クロスドミナンス・ガズ(両利きのガズ)、略してクロス・ガズってオシャレな名前ですよ。このまま私の専用機にしようかな、なんて』

「気に入ってもらえたなら良かった」

 

 これまでのところAMX-117S《クロス・ガズ》は想定通りの性能を発揮している。

 メインジェネレーターを交換、強化し、ロケットバーニアの出力を増加させたことで運動性能は三割ほど向上。両肩にウェポンラックを取り付けたことでミサイル搭載数が倍加し、打撃力は大幅に増加した。ビーム・キャノンや白兵戦用のヒートランスと組みあわせれば、あらゆる距離において戦闘力を発揮するはずだ。

 さらに機体制御と兵装コントロール用に簡易サイコミュまで搭載しているから、ガズアル/ガズエルより性能は五割増しになったと試算されている。

 

『テスト項目は順調に消化しています。最新型の量産型キュベレイにもついていけてますから、この子の潜在能力は高いです』

「戦力になりそう?」

『はい。キュベレイの製造遅れをカバーするためにも、しっかりテストを完了させます』

「助かる。プルフォウ姉さんは最善を尽くしてるけど、複雑なキュベレイの生産には、どうしても時間がかかってしまう。この前の戦闘で二機が半壊してしまったから、修復に部品を取られたのも痛かった」

『責任重大ですね。私、頑張ります。次は射撃テストです』

「了解。ターゲット用に適当なデブリを探して」

「わかりました」

 

 この宙域は、アクシズに構築されたセンサー網の有効半径内に位置するが、岩や残骸が多く、ミノフスキー粒子濃度もそれなりに高いので訓練には最適の場所なのだ。

 

「そういえば前にあなたが話していた、ニュータイプに進化した鳥や動物」

『あ、はい』

「奇妙に聞こえるけど、理論的にはあり得るのでしょう?』

『そうなんです。スリー姉さんには生理学的に、イレブンにはミノフスキー物理学的に可能性があるって言ってもらえたんですよ』

「それは興味深いわね」

『だから、わたし絶対に見つけたいんです。動物と交信できるだなんて、ワクワクするじゃないですか』

「たしかに動物と会話できたら世界は一変するでしょう。ただ、必ずしも好意的ではないかもしれない。戦争ばかりしてるのでは」

『だったら、私が平和の大使になりますね』

「フフフ。それは、いいわね」

 

 ニュータイプの動物か。実は人間が知らないだけで、動物たちはすでに交信しあっているのではないか。戦争で人間が絶滅したあとの地球で、彼らが主になるために……。

 いけない。今日は無駄な想像ばかりしてしまう。

 

『あ、ちょうど良い岩石を見つけました。的にはぴったりかなって』

「了解。なるほど、あの右舷前方にあるアステロイドか。座標は……ん、待って。アクシズから緊急レーザー通信が入った」

『えっ?』

「確認する。……サイド3、ジオン共和国で大規模な暴動が発生? アクシズの全部隊は、地球連邦軍の動向に注意しろと。私には緊急対策会議への参加要請が来ている」

『それって、戦いが始まるってことですか?』

「分からない。地球連邦軍との停戦協定は、まだ有効なはず……警戒! 付近にモビルスーツがいる!」

 

【挿絵表示】

 

 センサーで感知したのではない。キュベレイのサイコミュを通して、敵の脳波、意識を感じたのだ。

 

『こちらのミノフスキー・センサーでは、まだ感知してませんっ』

「サイコミュで感じたが、見られているな。周囲にモビルスーツが潜んでいる可能性がある。たぶん偵察機!」

『こんな場所に連邦軍が? 機体のデータを取られたら大変ですよ』

「わかってる。新型機のデータは送らせない。まだ反応はしないように。気付かれたと思わせたら逃げられてしまう」

『りょ、了解です!』

 

 ヘルメットを脱いでいたテンは被り直そうとするが、慌てたのか掴み損ねてしまった。

 

『あ、しまったっ。ひ、拾わないとっ』

「シートを離れないで! 待ち伏せ(アンブッシュ)があるかもしれない。それに新型リニアシートにはエアバッグ・システムが装備されてるから問題はない』

『え、Airパック? そういえばフォウ姉さんが話してましたけど、聞き逃しちゃいました!』

「衝撃で膨らむ緩衝装置。テストでは有効だったから、信じるしかないわね」

『うぅっ。怖いですけど、我慢します』

「私がついてるから心配しないで」

 

 自分も背もたれの固定を確認して、サイコミュ対応型のヘッドセットを頭にはめた。

 

 この宙域はミノフスキー粒子が濃いから、監視にはレーザー・レーダーか光学センサーを使うはずだ。しかも岩石やデブリが多くはないから、隠れる場所は少ない。

 

「レーザーや可視光では直線的に監視する必要があるから、センサーをこちらに向けているはずだ。モニターにフィルターをかけて、反射光を発見できれば……」

 

 いた。

 

「そこか!」

 

 一時的に停戦しているとはいっても、これほど敵陣近くまで接近すれば攻撃されても文句は言えない。それこそ協定違反だろう。

 スペクトル分析で大まかに判明した位置をサイコミュを使って正確に走査し、得られた三次元データを照準システムに入力すると、すぐさま最適な攻撃方法が提案された。

 

「ビームランチャーを使う!」

 

 セイフティを解除すると、背面に格納されていたメガ・ビームランチャーが脇の下を回り込みながら展開してきた。

 フレキシブル・アームによって安定化された長大な砲の薬室に、プラズマで高圧縮されたメガ粒子が急速充填されていく。充填が完了し、マニュピレーターがグリップを掴むと発射準備が整った。

 この動きで偵察機も気付いたはずだ。攻撃すれば戦端を開くことになるが、決戦兵器であるサイコミュ・マシーンの情報を連邦軍に渡すわけにはいかない。

 一瞬攻撃を躊躇したが、親衛隊の副隊長として責任をとるつもりだった。

 

「気の毒だが、データを送信させはしない!」

 

 コンピューターによる照準をマニュアルで僅かに補正すると、先制攻撃を仕掛ける興奮と不安を抑えながら、あくまで冷静に操縦桿のトリガーを引いた。

 

 光回路で接続されたシステム内を電気信号が通過し、トリガー操作からミリ秒の遅れなくランチャー本体にコマンドが送信される。

 高圧縮されたメガ粒子に、ジェネレーターから直接取り出された莫大な熱エネルギーがぶつかると、縮退して無理矢理に抑えられていた運動エネルギーが解放されて砲身からビームが飛び出した。

 凄まじい熱エネルギーを内包したパーティクルが闇を切り裂き、空間に漂うデブリを蒸発させながら突き進むと、二秒後にはターゲットに直撃した。

 

「やった!」

 

 敵機はすぐに離脱を試みたが間に合わず、ロケットエンジンが機体を動かすパワーを発揮する前にコクピットから上下に分断された。

 望遠モニターには、巨大なレーダーを内蔵した角ばった機体が大爆発する様が映し出された。

 機種はRGM-86E《EWAC GM III》だろう。頭部に大型センサー・ユニットを装備する、地球連邦軍の標準的な偵察型モビルスーツで、同系列のアイザックは接収してアクシズでも運用している。

 

『直撃です。機体からデータポッドが射出された形跡はありません』

「了解。だが警戒を怠らないように。あの一機だけではないはず」

『分かりました。……あっ、ミノフスキー・センサーに反応あり。モビルスーツが急速に接近してきます!』

「数は? いや、四機!」

『はい、光学センサーでも捉えました。アステロイドに隠れていたようです』

「ちっ、偵察機は爆発寸前にデータを送信したわね。新型機と分かったから捕獲するつもりだ」

『えぇっ!?』

「離れないで。劣勢のときは戦力をまとめていた方がいい」

『は、はいっ』

「連邦軍が実戦テストをさせてくれるというなら遠慮はしない。ついてきて!」

 

 円を描くような機動で、相手と一定の距離をとる。テスト中の機体だし、長射程武器を有しているので、自ら接近戦をすることはない。

 こちらの動きに対応して、敵部隊は二機ずつに別れた。挟み撃ちにするつもりだろうが、それだけは避けなければならない。敵モビルスーツの動きを観察すると、左に展開した二機の方がスキルが低いと判断した。優柔不断な動きというか、思い切りが悪いのだ。

 コンソールのディスプレイ上には、光学カメラで撮影された映像を元にコンピューターが機種を解析した結果が表示され始めていた。

 左の二機は《ジムIII》と、その砲撃仕様のキャノンタイプ。右の二機はキャノンタイプと不明機(アンノウン)。この不明機は少し大型で、非常に加速が良い。

 

「新型? 連邦軍は、こんなアクシズの近くでテストをしていたのか? 舐めてるわね」

 

 新型は武装や機動力が不明なので、どのように攻撃を組み立てるべきか分からず非常に厄介だ。

 でも、それは相手も同じこと。敵もこの新型機の性能を計りかねているはずで、まずは《ジムIII》に攻撃を仕掛けさせるだろう。機体形状からキュベレイタイプと判断しているとすれば、最初はあえてファンネルを使わないで意表を突くか。

 

「トパーズ2、攻撃パターン・シックス3デルタを実行。送信したパラメータを入力後にミサイルを発射して!」

『了解です』

 

 僚機に攻撃パターンを指示した五秒後、《クロス・ガズ》の両肩ウェポンラックから、AMS-01H対モビルスーツ・ミサイルが発射された。

 

【挿絵表示】

 

 計十二発のミサイルは、圧縮空気で格納ラックから押し出された後、次々と個体ロケットに点火して猛然と加速を始めた。

 これはコールド・ローンチと呼ばれる発射手法で、熱源から発射位置を特定されるのを防ぐ目的がある。レーダーが使えない戦場では、パッシブセンサーによる熱感知は有効な索敵手段なのだ。

 巡航状態に遷移したミサイルは、あらかじめ設定されたパラメーターに従って飛翔した。ミノフスキー粒子下では、高度な電子機器は誤作動を起こすので、シンプルな自律回路によって制御されるのだ。

 

「ミサイルが到達するまで三十秒。(バンディット)はビーム・キャノンで迎撃してくるはずだ」

 

 キャノンタイプは、データベースのマッチング結果によれば《ジムIII》を改修した支援砲撃型だろう。ロングレンジで攻撃する能力があるが、どれだけの精密射撃能力があるのか。

 

 はたしてキャノンタイプの右肩にマウントされたビーム・キャノンから、比較的低速のビームが連続発射された。対して《クロス・ガズ》が発射したミサイルはジグザグの乱数加速を開始する。これは迎撃を予想して、あらかじめプログラムしておいた回避機動だ。

 

『ミサイルが被弾! 一、二、三……」

 

 プルテンが被害報告をする。攻撃はかなり正確だ。ミサイルの回避機動に対して、敵機のコンピューターが軌道を予測して攻撃しているのだ。連邦軍の学習型コンピューターは侮れない性能がある。

 連続発射されたビームによってミサイルの1/4が破壊されたが、それでも九発が生き残った。

 

『ミサイルが終末機動を開始します』

 

 ターゲットに到達した対MSミサイルは、《ジムIII》とキャノンタイプを囲い込むように襲い掛かった。これも到達時間を予測し、経過時間をトリガーにしたプログラミングによるものだ。

 もちろん敵機もただ見ているだけではない。頭部に装備されたCIWS(近接攻撃システム)バルカン砲を発射して、防御の最終段階を開始した。

 だが、全てを撃破するにはいかんせん火力不足だった。さらに一発が撃破されたが、バルカンの射線をくぐりぬけたミサイルは、レーザー近接信管によって次々と起爆した。直撃ではないが、爆発による間接的なダメージで二機の機動力を少しずつ削いでいく。

 これが狙いだ。

 爆発を利用して罠に追い立てるという残酷な戦術だが、容赦するつもりはない。

 翻弄される敵機は、ミサイル全てが起爆し終えると動きを止めた。

 

「戦場でその動きは命取りね」

 

 隙は逃さない!

 すかさず操縦桿のファイアボタンを押すと、連動して《量産型キュベレイ》の右マニュピレーターがメガ・ビームランチャーのトリガーを引いた。すると砲口からビームが飛び出してターゲットに向かった。

 間違いなく命中する。

 結果は分かっているので、残りの二機に対応するために機体を方向転換させた。直後、暗い宇宙空間に光源が発生し、パッと明るくなった。コクピットを撃ち抜かれて、《ジムIII》とキャノンタイプが同時に爆発したのだ。位置が重なった瞬間に狙撃したのである。

 『外』からの強い光が差し込み、ディスプレイが見辛くなるのを防ぐために遮光フィルターが起動した。

 

『二機を撃破ですっ』

「残りの二機を迎撃する。不明機の観測データを送信して」

『わかりました』

 

 この短時間に収集したデータから新型の性能を推測するのだ。

 光学カメラの望遠映像と、レーザーセンサー、ミノフスキー・センサーを合わせたスキャン結果からCGモデリングが行われ、AIが性能を評価し始めた。もちろん誤りもあるだろうが、情報がないよりはましだ。

 コンソールのサブディスプレイに機体データが表示されていく。

 機体サイズは20mほどで、ゴーグル型カメラを有した頭部からはジムタイプに見えるが、フレーム構造からは70パーセントの確率でゼータ・タイプだと推測されていた。わずかながらメタス・タイプの特徴も備えていて、目立つのは左右の肩ブロックに接続されたユニットだった。これはネロ・トレーナーが装備しているような増速用ブースターではないか。先端にはビーム・キャノンが組み込まれているかもしれない。

 

『いろいろな機体の特徴を取り込んだ亜種でしょうか。品種改良で勾配させたような……』

「おそらくゼータ・タイプを元にした低コストモデルでしょう。地球では量産型が目撃されているし、指揮官機(エスコート・リーダー)として開発されているのでは。でも、これは変形機構は有していないように思える。有るなら変形して加速しているはずだから」

『遺伝的な特徴が、なんらかの要因で発現しなかったのでしょうか……。攻撃手順は?』

「攻撃パターン、シックス3アルファを選択。接近して白兵戦を仕掛けるから近接兵器の準備を」

『分かりました』

 

 ゼータ・タイプは高速戦闘に優れているから、思い切って白兵戦に持ち込んだ方が良い。ファンネルを装備するキュベレイにとって近距離戦闘は得意な領域だし、僚機のクロス・ガズは打撃武器『ヒート・ランス』を装備しているからだ。

 よし、やってやる。

 

『トパーズ2はバンディット2を迎撃。散開! 長距離攻撃に注意して』

『了解しました!』

 

 僚機に指示を出すや否や、敵のビーム攻撃が始まった。こちらを接近させまいと、ビーム・キャノンを撃ちまくっている。下手な機動をすれば被弾する侮れない攻撃だ。ランダム機動で動きを読まれないようにしなければ。

 

『きゃあぁっ』

 

 ズシンッという凄まじい爆発音と振動が、通信回線を通して聞こえた。慌てて僚機を見ると、大型シールドにビームが直撃したのだとわかった。

 

「大丈夫!?」

 

 自らもビームを回避しながら、被害状況を確認する。感覚で彼女が無事なことは分かっているが、戦闘継続が可能かどうかが心配だった。機体に問題があるなら即時撤退しなければならない。

 

『シールドが破損しました! でも機体の損傷は僅かです』

「動きを読まれないようにランダム加速して!」

 

 シールドには、熱を吸収しながら蒸発するアブレーション・ビームコーティングが施されているので、標準的なビームなら二、三回は耐えられる。だが、もし機体に直撃していたら妹は撃墜されていただろう。敵の照準は相当に正確だ。

《量産型キュベレイ》の肩バインダーにもビーム・コーティング処理がされている。だから両腕を四枚のバインダーに収納して防御形態をとりつつ、バーニアを全開にして加速した。

 敵機は後退しながら距離をとっているから、こちらは追いかける形になっている。

 

「……回避!」

 

 直撃コースの攻撃を感知して、素早く操縦桿を右に倒しつつフットペダルを踏み込んだ。

 機体が素早くロールしながら方向を転じると、ビームが数秒前にいた場所を通過した。

 間一髪!

 

【挿絵表示】

 

 サイコミュによって感覚が増幅、拡大されているから、敵パイロットの殺気を感じて攻撃を予測できる。感覚が鋭敏になると不愉快さも感じるが、アドレナリンが出ている状態では気にならない。

 機体の反応も良い。燃料を消費せずとも、羽根のように動くバインダーの反作用によって機敏に動くことができる。古い言葉で表現すれば『人馬一体』が適切だろう。

 機体の挙動を信じられなければ、自信を持って戦うことなど出来ないのだ。

 

「トパーズ1。三十秒で会敵予定」

 

 攻撃に備えて、サイコミュ誘導兵器『ファンネル』システムを起動させた。すると、アクチュエイターが動作する音がして、腰に取り付けられたファンネル・コンテナが展開した。

 ファンネル・コンテナは厚みのある三角形で、無人攻撃端末『ファンネル』の格納庫になっている。ファンネルに電力と燃料をチャージする機構が備わっており、《量産型キュベレイ》にとっては要となるシステムなのだ。

 

「ファンネルを射出する。展開宙域には侵入しないように」

 

 意識を集中して三次元的な攻撃パターンを思い浮かべると、ヘッドセットを通じてサイコミュが脳波を読み取り、それをコンピューター言語に変換して『ファンネル』に送り込んだ。

 コマンドを受信したファンネルは、下面に開けられた数十もの射出口から次々と射出されていった。

 勢いよく飛び出していったファンネルを横目にみながら相手の出方を待つ。すると、新型は素早く反応し、ビームライフルを続けざまに三連射してきた。

 眼前に迫る危機にニュータイプ能力が発揮されて、脳裏に回避する道筋が浮かんだ。そして、ほとんど同時に敵パイロットの意図を理解した。

 最初のビームを避ければ、その先に次のビームが待っている。迂闊に避ければ、逆に直撃を喰らってしまうというわけだ。

 

「やるな! こちらの機動性を逆手に取ろうと言うわけか」

 

 つまり、牽制ビームで意図する方向に追い立てて、ついには直撃を喰らわせようと言う戦術なのだ。さっきはこちらもミサイルを使って似たようなことをしたが、その手にはのらない。

 だからあえて軌道を変えずに、ビームを防御することにした。丸みを帯びたバインダーで弾くようにすれば……!

 

 ビームがバインダーに直撃して、ズシンッと機体全体が揺れた。

 アブレーション装甲で吸収し切れなかったメガ粒子がバインダーの上で弾けて、跳ねた粒子が機体の一部を溶かしていく。

 

「ダメージは僅かだ」

 

 攻撃が命中したと見るや、新型はバーニアを逆噴射させて急停止し、すぐさま反転してきた。

 とどめを刺そうというのだろう。赤外線センサーがサーチしている警告音がコクピットに鳴り響いた。

 

「やはり機動性は高い。だが、あんな機動をすれば、パイロットはGに耐えるのに必死なはずだ」

 

 敵は上手く誘いに乗った。今が好機だ。

 

「ファンネル、エンゲージ! 網にかかれ!」

 

 攻撃命令を出すと、周辺宙域でリング状に並んで待機していたファンネルが一斉に目を覚ました。同時にビームが発射されて、漆黒の空間に光のネットが張られた。

 それはまるで海で魚を取るための罠のようだった。記録映像でみた地球の習慣が一瞬脳裏に浮かんだが、果たしてそのイメージ通りになり、新型は罠に飛び込む形になった。

 ファンネルの細いビームが機体に次々と傷を付けていく。新型の肩ユニットが爆発して外れ、右肩の装甲が吹き飛んだ。

 しかし致命傷ではない。

 

「ちっ、流石に防御力は高い!」

 

 ファンネルは小型で機動性は良いが、核融合炉を搭載しておらず、バッテリーと小型メガ粒子カートリッジによる低出力ビームしか撃てないのが欠点なのだ。

 加えて敵のスピードは予想より速く、ビームが直撃せずに掠ってしまって、決定的なダメージを与えることは出来なかった。

 だが傷を負ったことは間違いなく、新型は機体のあらゆる部位から火花と煙を噴出させていた。

 勝敗は決しただろう。ならば投降勧告をするか?

 だが、それが自分の甘さだと気付いた。

 敵機は増速しながらビーム・サーベルを起動させてきたのだ。もはやこれまでと、刺し違えるべく突撃するつもりなのだ。

 その覚悟に軽い恐怖を覚える。いわゆる『窮鼠猫を噛む』ような追い詰められたパイロットは、爆発的な力を発揮するから危険だというのは知られた話だ。

 

「落ち着け! 相手の気迫に飲まれてはだめだ」

 

 深呼吸をすると、敵機のビームサーベルに対応するべく、操縦桿のボタンを押下して近接戦闘用の武器を起動させた。

 すると、普段は機体のバランスをとるためにカウンターウェイトとして機能している背面左のスタビライザーが、回転しながら脇の下を回り込んできた。

 スタビライザーは武器ラックにもなっていて、露になったグリップを右マニュピレーターで掴んで引き抜くと、長大なヒートサーベルが現れた。

 

【挿絵表示】

 

「一騎討ちを望むなら、受けて立つ!」

 

 このヒートサーベルは、ドライセンに搭乗していた時から愛用していた武装で、刃をプラズマ化させて相手を切り裂く斬撃兵装である。ビーム兵器より熱量は劣るが、大質量による運動エネルギーによって、文字通り叩き切ることが出来る。

 敵を正面に見据えると、マニュアル操作で剣を操作できるように、武器制御システムのモードを切り替えた。

 あと三秒で接触する。白兵戦には邪魔になるメガランチャーを背中に格納して、両手でサーベルを構えさせた。

 対して新型はビームサーベルを正面に構えて、フェンシングのように突きを放ってきた。速度を攻撃力に上乗せすることで威力を増すつもりだ。

 

「実体剣では防御できないとみたか。なら!」

 

 素早く左の操縦桿を操作して、《量産型キュベレイ》の左袖に格納されているビームサーベルを選択した。するとビームガンの砲身として機能しているサーベルの柄が素早く袖から飛び出し、左マニュピレーターがそれを掴むとサーベルが起動した。

 直後、凄まじい明るさの光球が二機の間に広がり、すぐに防眩シールドが自動的に降りて閃光がカットされた。

 ビーム・サーベル同士の鍔迫り合いで、ビームを形成する『Iフィールド』と呼ばれる力場同士が干渉したのだ。干渉は物理的な反発力を生み、ロケットバーニアを全開にして反動を抑えこまなければならなかったが、この状態から攻撃に転じるためには力のバランスを変化させなければならなかった。

 

「うおぉーっ!」

 

 無意識にあげた自らの叫び声を聞きながら、操縦桿を柄に見立ててヒートサーベルを振るった。

 操縦桿を一旦引いて相手の突きを受け流し、すぐさま上に捻って上方に弾く。相手の防御が手薄になったところで、右から左に大きく動かして、勢いをつけながらヒートサーベルを横薙ぎに払わせる。

 プラズマが金属を溶かす際に生じる凄まじいスパークが発生し、ヒートサーベルは敵機の左腕を瞬時に溶断して胴体に達した。

 このままパワーをあげて押し切る!

 だが新型は右腕でこちらの左腕を掴んでくると、グイッと引き寄せてきた。

 

「なにっ!?」

 

 新型は、そのまま密着した体勢で頭部バルカン砲を連射してきた。跳弾のダメージなど構わず、ゼロ距離射撃で撃破しようというのだ。

 もろとも自爆するつもりか!?

 60ミリバルカン弾の直撃で、左胸の装甲が吹き飛び、バインダーに穴が空いた。

 

「ちっ、離脱だ!」

 

 このままでは機体が穴だらけになって爆発する。左脚で敵機に勢いよくキックをくらわせると、その反動と逆噴射で一気に後退した。

 同時に胴体にめり込ませていたヒートサーベルを、逃れる勢いを利用してノコギリを引くように引き抜いた。

 致命傷だ。

 新型の上半身がガクンと左に傾き、熱で無理矢理切り離された断面が見えた。

 何度か右手が虚しく宙を掴み、まるで助けを求めるような仕草をすると、そのまま機体は大爆発を起こした。

《キュベレイ》に素早く肩バインダーで防御体勢をとらせると、無数の破片が機体にぶつかってきて、何十もの打撃音がコクピットに響いた。

 

「や、やったかっ! あの新型、ジムやネモとはパワーが違う。……テンは!?」

 

 自分の戦いに埋没していた意識から我に帰ると、僚機が無事かどうか確認した。

 オールビュー・モニターに拡大画像が表示されて、妹の《クロス・ガズ》とキャノンタイプが交戦する様子が映し出された。

 

『きゃああ、しまった!』

 

 テンの悲鳴がヘッドセットに聞こえてきて血の気が引いた。

《クロス・ガズ》が持つヒート・ランスを、キャノンタイプがビームサーベルで両断したのだ。

 

「後退してっ! テン!」

 

 シールドはすでに失われているので防御できない。キャノンタイプがさらにサーベルを振るうと、《クロス・ガズ》の左肩装甲が切り取られた。

 妹がやられる!

 援護するために全速力で向かうが、間に合わないと分かっていた。

 

『い、嫌あああ~っ!!』

「テン、反撃してぇ!」

 

 キャノンタイプのサーベルがコクピットを狙っていた。《クロス・ガズ》のコクピットは胴体中央部に位置するから、脱出ポッドで逃げてもサーベルに切り裂かれてしまう。

 が、テンは機体を反らせることで斬撃を寸前に回避した。そして、反動を利用して『起き上がり小法師』ように上半身を元に戻すと、両腕を揃えて前方に向けた。

 

『これを食べちゃえっ!!』

 

【挿絵表示】

 

《クロス・ガズ》の下腕部に内蔵された110m速射砲が猛然と火を吹いた。

 ゼロ距離射撃が外れるわけはなく、全ての弾がキャノンタイプに命中し、もはや装甲は意味をなさぬままに穴だらけになって上半身が文字通り吹き飛んだ。

 

『や、やりました!』

 

 涙で顔をぐちゃぐちゃに濡らしたテンが、嗚咽混じりに叫んだ。

 

 爆発煙の中から球形の脱出ポッドが飛び出してくる。テンは勢いで危うくポッドを撃ち抜くところだったが、寸前で発砲を停止すると、モビルスーツの両手を使って球体を掴ませた。

 その動きはぎこちなく、今にも落としてしまいそうだ。

 

『ど、どうしましょう、これ?』

 

 処理し難い、厄介な物を受け取ってしまったかのように、妹が困った声で言った。

 

『こ、降伏する。撃たないでくれ!』

 

 連邦軍パイロットが慌てて反応して叫んだ。

 年端もいかぬ少女の不安げな声に、打ち捨てられるか、証拠を残さぬために撃たれると思ったのだろう。

 

「我々は南極条約を遵守します。今は停戦中ですから、すぐに帰れるでしょう」

『尋問されても機密事項は喋らんぞ!』

「条約を遵守すると私は言いました。聞こえなかったのですか?」

『子供だな? あんたにそんな権限があるのか!?』

 

 ちっ、権威主義の連邦軍め、と思ったが、あえて反論はしなかった。

 

「脱出ポッドは壊れてるかもしれない。だから丁寧に持ち帰って。壊さぬように」

『わかりましたっ』

『だ、大丈夫なのか? 潰さないでくれ!』

「揺らすと誤って傷つけてしまいます。黙っていて」

 

 少し脅しておけば静かになるだろう。まったく勝手なものだ。逆の立場なら恫喝するくせに。

 アドレナリンが引いて、興奮した感情が収まってくる。敵機を四機撃墜という戦果を上げたものの、停戦協定にもかかわらず戦闘に持ち込んでしまったことは、やはりまずかったかもしれない。

 だがこちらが協定違反をしたとは考えなかった。連邦軍がアクシズ領内に侵入していたということは証明できるからだ。捕獲した脱出ポッドのフライトレコーダーには行動が記録されているはずで、こちらのデータと合わせて戦闘記録を作成して軍本部に提出することになるだろう。

 

『問題はない。単に偶発的な戦闘だったという結論になるはずだ。プルツー姉さんが不在だから、大事にするわけにはいかない』

 

 しかしながら、このちょっとした『イレギュラー』な戦闘は、さらなる戦いの予兆ではないか、という疑念が頭をもたげて始めていた。

 リスクを犯して、これほどアクシズの近くで機体テストや演習をしていたのは、あるいはジオン共和国で発生したという暴動と関連性があるのではないか? 偶然なのかもしれないが、戦争とはいつも政治的な歪みから生じるものだ。

 アクシズに帰還したら、何時間もの対策会議と報告書の作成が待っているだろう。デスクワークはうんざりするが、まずはシャワーを浴びてから取り掛かろうと考えた。

 

 プルシックスは操縦をオートパイロットに切り替えて一息つくと、ヘルメットのバイザーを上げてコクピット内の空気を吸った。だがそれでも心は落ち着かず、ざわめいていた。そう、まるでオールビュースクリーンに広がる漆黒の宇宙が、半刻前とは異なる、緊張に満ちた姿に変貌したように感じられたのだ。

 

「恐れは見るものを醜く変えてしまう。私は何を見ているんだ……?」

 

(第二部へ続く)




今回で第一部完結で、次回から第二部です。


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