戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない (瀬戸の住人)
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プロローグ~タンカスロン・シーズン最終戦編
プロローグ・前編「私、戦車道から引退します!!」



※お知らせ

活動報告の方でも報告しましたが、2017年10月4日の夜、執筆途中の状態だった本作を誤って投稿してしまいました。

即座に削除しましたが、皆様にはご迷惑をおかけしたと思います。

ここに、完成版を投稿します。

読者の皆様、今回は誠に申し訳ありませんでした。

【報告】2018年6月1日に一部修正(段落と一部の文字)しました。




 

 

 

 

 

 

その日は、朝から雪が降っていた。

 

積もる程ではないけれど、チラチラと白い結晶が山々に囲まれた盆地を包んでいる。

 

普段だったら、凄く綺麗な光景だ。

 

だけど、その時の私は雪に見惚れている訳にはいかなかった。

 

 

 

今の私は、ソ連製の軽戦車T-26・1933年型の砲塔ハッチから顔を出して、前方を警戒している。

 

結構スピードを出しているから、防寒着を着込んでいても凄く寒い。

 

しかも、雪が容赦なく顔を叩いて来るので、頬も痛い。

 

だけど、優秀な戦車長は出来る限り、砲塔から顔を出して外部を見張るのが戦車道の…いや、戦車に乗る者なら誰もが知っている常識だ。

 

今更、寒いだの痛いだのと言っていられない。

 

 

 

それに、今日は…もうすぐ絶対に勝たないといけない大事な試合が始まる。

 

 

 

戦車道の非公式競技・強襲戦車競技(タンカスロン)の今季シリーズ最終戦。

 

私は、この試合を最後に、母からずっと強いられてきた戦車道の世界から引退する。

 

その為には…今日の試合で戦車長として、今季の最多戦車撃破数記録と言う『個人タイトル』を獲得する必要があるのだ。

 

それが、散々ゴネる母からようやく取り付けた、戦車道引退の条件だったから。

 

そしてもう一つ、ある先輩戦車乗りと一騎討ちで決着を付ける為に……

 

 

 

 

 

 

「ねえ、この試合が終わったら本当に戦車道辞めちゃうのぉ…?」

 

 

 

 

 

 

無線で、私に甘える様な口調で言って来たのは、今日は試合に出場せず、私達のチームを陰で支えるマネージャー役としてこの試合会場へやって来た、二階堂 舞(にかいどう・まい)だ。

 

彼女は普段、私のチームで装填手をやっているが、タンカスロンで使っているT-26は、操縦手と砲手、そして戦車長の3人しか乗れない。

 

そして戦車長は、主砲と同軸機関銃の装填手も兼ねなければならないので、装填手は乗れないのだ。

 

だから今日、彼女は試合会場で、主催者や対戦相手との打ち合わせ、必要な予算の管理、車輌整備、砲弾や燃料補給の手伝い等をやってもらっている。

 

『ゴメンね…もう去年の2学期から決めていた事だから…』

 

と、私は無線で舞に返事をしたが…

 

「え~っ…私、みんなとずっと一緒に戦車道したいのになぁ…」

 

と、寂しそうに言い返してくる。

 

舞って、私と同い年なのに甘えんぼさんなんだから…

 

 

 

と思っていたら、ぶっきらぼうな声が左隣から聞こえて来る。

 

 

 

「舞も我儘ばっかりねぇ…『らん』もずっと前から、これで個人タイトルを取ったら戦車道辞めるって、お母様と約束したって言っているのに…」

 

 

 

と言ったのが、砲手で私の隣にいる、野々坂 瑞希(ののさか・みずき)。

 

瑞希とは、幼稚園に入ってからの幼馴染で、戦車道も一緒にやって来た。

 

更に言えば、瑞希は私と違い、自らの意思で戦車道の道へ進んだ。

 

それも小学校に入ってすぐに、だ。

 

そうやって鍛え上げられた、彼女の戦車道の腕前は、私と互角か、あるいはそれ以上…本来なら、この場で戦車長をやっていてもおかしくない。

 

彼女とは、幼い頃からの親友にしてライバル。

 

でも、私が戦車道を嫌いになった訳も彼女は知っていて、その事も理解してくれている…

 

 

 

「まあ…あんたは、お父様があんな事になってから、ずっと戦車道漬けだったし、今年の戦車道高校生大会決勝戦の『アレ』を生で見ちゃったらねぇ…」

 

 

 

と、瑞希は切なそうに呟いたので、私も思わず、済まなそうにこう言った。

 

『ゴメン…瑞希』

 

普段、瑞希の事は「ののっち」ってみんなで呼んでいるけど、私はこう言う真面目な場面ではどんな相手でも絶対仇名で呼ばない事にしている…当然だよね。

 

「あんたが謝る必要ないでしょ。私だって『あの試合』の場に選手としていたら、本当に戦車道辞めちゃうかも知れない…だから、今日は勝つ為に私が砲手を引き受けたのだから、私達の最後の試合、きっちり勝とうね」

 

と、私の思いを汲む様に瑞希はフォローしてくれた…本当は彼女も私が戦車道を辞めると言った時は「何でよ!!」って食って掛かったのに…ゴメン。

 

 

 

するとそこへ、別の少女の声が車内に響く。

 

「あー、それはあたしも同じだよ。今日はマネージャーに回っている舞の分まで、最後まで頑張ろう!」

 

声を掛けてくれたのは、操縦手の萩岡 菫(はぎおか・すみれ)だ。

 

実家の仕事の関係上、いつも週末は1人ぼっちになるから寂しいと言う理由で、戦車道を選んだ娘。

 

 

 

この菫と舞も、私や瑞希と同い年だが、この2人は私が小学3年生になった春に母が立ち上げた、戦車道のユースクラブチームに私や瑞希と一緒に入団した、大切な友達。

 

気が付けば、瑞希とは9年、4人が揃ってからは7年近く、ずっと戦車道をやって来た。

 

私達4人の友情は戦車道で育まれたと言っても、過言じゃないだろう。

 

 

 

だけど、そんな時間はもうすぐ終わる…この試合に勝って、冬が終わり、春が来て高校生になったら、私は故郷(本当の生まれ故郷は日本じゃないけど)を離れて、茨城県の高校へ進学するんだ…10年前に死んじゃった、父さんの生まれ故郷にある女子校に。

 

 

 

『みんな…ありがとう』

 

 

 

と、私は一瞬だけ車内を覗き込んで、操縦席にいる菫の背中と隣で45mm主砲の照準器越しに前方を見つめている瑞希の姿を確かめてから、一言だけ感謝の言葉をかける。

 

そして、再び砲塔ハッチから顔を出して前方を見やると…来た。

 

私達と同じく、チラつく雪の中を突っ切る様に相手側チームの戦車が、前方から勢いよく…パンツァーカイルと言うにはささやかな規模の楔形陣形で、こちらへ突撃を仕掛けようとしていた。

 

どれも、タンカスロンのレギュレーションに合致した、重量10t以内の軽戦車達だ。

 

私は直ちに無線で、自チームの隊長車へ連絡する。

 

 

 

『こちら「みなかみT-26」、原園より隊長車へ。我の前方に敵戦車10輌確認。陣形は5輌1組の楔形陣形が2つ、こちらへ向かって突っ込んでくる。こちらは一旦退却するので、その後の指示を請う、送れ』

 

そして、車内にいる皆に通達。

 

『今から右に回って退却するよ。但しさっき来た道は相手に見られているだろうから、そこは通らずに、少しルートを変える…』

 

 

 

さあ、これで試合開始だ……

 

 

 

ああ…自己紹介が遅れちゃったね。

 

私の名前は、原園 嵐(はらぞの・らん)。

 

出身はドイツだけど、1歳の時に群馬県利根郡みなかみ町から少し離れた山奥へ家族と一緒に引っ越して、今もそこに住んでいます。

 

家族は、10年前の秋に父さんが亡くなってからは、母1人だけです。

 

今日を最後に、5歳の秋から母によって無理矢理続けさせられて来た戦車道から引退して、春からは茨城県の女子校へ…普通の女子高生として進学する予定の15歳。

 

中学3年生の女の子だよ。

 

 

 

 

 

 

雪がちらちらと舞う中、朝10時から始まった、私達のタンカスロンの試合は、正午前に終わった。

 

私達のチームと相手チームは、互いにこの試合の為に編成された、複数の中学校の生徒による連合チームで、相手チームは私達が属する群馬県の隣県チームと言う、急造チーム同士による対戦だった。

 

試合形式は10輌対10輌の殲滅戦だったけれど、急造とは言え、私達群馬県連合チームの方がメンバーのレベルが高い分、終始優位に試合を進め、最後は私達が隣県チームの残った戦車を全滅させて勝利した。

 

ちなみに、私達のチームで『撃破』判定されて白旗を揚げた戦車は、3輌だけだ。

 

もちろん、この試合で最も多くの戦車を撃破し、相手チーム最後の戦車も撃破したのは、私達の駆る、T-26軽戦車だった。

 

 

 

「見事です!! この試合、最後を決めたのは『群馬みなかみタンカーズ』からやって来た、原園 嵐選手率いる『みなかみT-26』でした!! そして、この試合で原園選手は4輌の相手戦車を撃破して、今季の撃破戦車数を通算117輌にまで伸ばし、非公式ながら強襲戦車競技の記録に残っている中では史上最多の年間戦車撃破数を記録した事になります!!おめでとう、原園選手!!」

 

「いやー、原園さんは先日、今季限りでタンカスロン、そして戦車道から引退すると表明しましたが、本当に残念ですね。高校へ進学すれば凄い戦車道の選手になれると思うのですが…」

 

試合会場では、私の気持ちとは無関係に、試合会場で観客向けの実況放送を担当する司会者兼DJと解説者が勝手な事を言っている……

 

まあ、言っている事自体に嘘は無いから、怒る気は無いけどね。

 

 

 

と、ここで気になった人もいるだろう。

 

「どっちも急造チームなのに、何故私達、群馬県連合チームは『メンバーのレベルが高い』分、相手チームに対して終始優位に立っていたのか?」と。

 

答えは簡単だ。

 

私達が所属する戦車道ユースクラブチーム「群馬みなかみタンカーズ」は、群馬県内で戦車道をやっている小中学生や戦車道関係者の間では、非常に知られた存在なのだ。

 

いや、関東でも私達のチームに注目している小中学生や指導者の先生達は少なくない。

 

無論、戦車道チームとして、その知名度に見合った実績も挙げている。

 

学校の戦車道チームではない為、学校での選択教科で履修する戦車道を活動の中心に据えている日本戦車道連盟公式の大会に出る機会は少ないのだが、数少ないユースクラブ同士の大会では、全国大会優勝経験があるし、去年は地区予選を突破して初出場した、戦車道中学生全国大会でいきなり準優勝した事がある(もちろん、この時のメンバーは私達中学生だけで編成された選抜メンバーだった)。

 

それ以外でも親善試合や強化試合の名目で、県内だけではなく県外の小中学校の戦車道チームとも積極的に試合をこなしている。

 

そして、タンカスロンも貴重な実戦経験を積む機会だから、戦車道連盟に対する建前上チーム全体では参加しないが、個人あるいは有志グループでの出場は積極的に行っている。

 

だから、自然と群馬県で戦車道をやっている小中学生は、常に私達のチームの存在を意識し、目標としている。

 

ある娘達は「みなかみタンカーズ」と略して呼ばれる私達のチームに入るのを憧れとし、ある娘にとっては、自らの最大のライバルとして……

 

 

 

つまり、私達「群馬みなかみタンカーズ」がある群馬県では、県内で小中学生の戦車道チーム同士が切磋琢磨する機会が多い。

 

もちろん、その中心にいるのが私達のチームであり、その結果として群馬県で戦車道をしている小中学生は、他県の同じ娘達よりも試合経験が豊富だ。

 

その結果、群馬県では他県よりも小中学生の戦車道のレベルが、近年目を見張る様に高まっているのだ。

 

そんな「群馬みなかみタンカーズ」を7年前に立ち上げ、今や群馬県内だけでなく、関東で戦車道をやっている小中学生やその指導者からも注目される存在に育て上げたのが、私の母…原園 明美(はらぞの・あけみ)。

 

そんな母さんこそ…父さんが亡くなった10年前から、ずっと私に戦車道や強襲戦車競技を強要させ続けてきた、この世で一番嫌いな…たった1人の肉親なのだ。

 

 

 

あっ、話が逸れちゃったね。

 

 

 

さて、自分達の試合が終わり、今日集った群馬県連合チームみんなで昼食を摂った後、私は午後から行われる高校生チームの試合に参加している選手達をじっくり見渡しながら、ある人物がいないか、探していた。

 

「今日はやけに高校生をジロジロ見ているのね…?」

 

と、瑞希が呆れた顔で私を眺めている。

 

でも私は、そんなのを気にせずに独り言を呟いていた。

 

『私からの手紙を読んでいれば、絶対あの人は私に気付くはず…』と。

 

その次の瞬間、瑞希の顔は呆れから驚愕へと変わる。

 

「ちょっと待った…嵐、あんたまさか、マジであの人へ挑戦状を出したの!?」

 

『うん、ののっち。これを最後に、戦車道から引退するつもりで申し込んだんだ。その場所がここ。もちろん1対1でね』

 

 

 

私が平然とした表情で答えると、瑞希は真っ青な顔をして怒鳴り始めた。

 

 

 

「あんたねぇ…マジで、ボコられグマのボコみたいにボコられるわよ!! 相手は単に高校生ってだけじゃない。強襲戦車競技の強豪校エース、それも次期戦車道チーム隊長が決まっている人なのよ!?」

 

『いや、それは分かっているのだけど?』

 

「ねえ嵐?あんたと一緒に、その挑戦に付き合わされるのは、私達なのだけど…どうせなら、あんただけでやってくれない?」

 

『ゴメン、それは無理…って言うか、そもそも戦車で決闘するつもりだから、乗員がいてくれないと困るのだけど?まさか、百発百中の砲手でもあるののっちさん、ここまで来て砲弾を当てられないって訳ではないよね?』

 

「ぐっ…いつも砲術では私に勝てないって口惜しがっているくせに…」

 

と、ののっち…いや、瑞希はがっくりと肩を落として、項垂れていると…

 

 

 

「えっ、じゃあもう1回だけ嵐ちゃんと一緒に戦車戦をやれるんだ、やった!!」

 

と、操縦手の菫が、瑞希とは対照的に喜びの声を挙げた。

 

「ちょっと菫、あんたは平気なの!? 今から高校生相手に果し合いだって言っているのに!!」

 

と、瑞希は反論したが、菫は笑顔を崩さず、事情を知らない人が聞いたら仰天する様な発言をする。

 

「だって私、小学4年生から車に乗ってるから、運転には自信あるもん~♪」

 

「ぐっ…菫…あんたの家はラリー屋で、あんたも実家の裏山を使ってダートラとかジムカーナばっかりやっていたのを忘れていたわ…」

 

そう…今、瑞希が言った通り、菫の実家は、群馬でラリーショップを経営している。

 

それも、ショップの従業員だけでなく家族ぐるみでラリーチームを結成し、全日本ラリー選手権等へ毎年参戦している程の本格派だ(ちなみに、一般には余り知られていないが、群馬県はラリー競技が盛んで、プロのラリー選手も県内から多く輩出している歴史がある)。

 

しかも、このラリーショップにやって来る常連さんの多くも、自前の車でラリーやダートトラック、ジムカーナ等のモータースポーツに参戦しており、その人達をサポートするだけでも結構な収入になると言う。

 

そのせいか、家族で一番年下の女の子である菫までが、小学4年生から実家のチームで使い古したラリーカーに毎日乗って運転の練習をすると言う、世間から見たら非常識な「趣味」を満喫していたりするのだ…もちろん公道を走ったら無免許運転だから、実家が持っている裏山の中にある閉鎖されたコースしか走らないとの事だが。

 

その代わり、週末になると家族は総出で全国各地の競技会場へ転戦する為、最悪の場合、菫は競技のある週の金曜日の朝から翌週の月曜日の午後まで、家族と離れて1人ぼっちになってしまう事があった。

 

そんな娘の為に、家族が薦めたのが戦車道だった、と言うのもアレな話だけど…と思っていたら。

 

 

 

「ああ~っ、ののっちも菫ちゃんもいいなぁ、嵐ちゃんの最後の試合、一緒の戦車に乗れて…」

 

 

 

おっと、その隣で舞が涙ぐんでいたのを忘れていた…

 

それに気付いた私は、苦笑いを浮かべながら舞に寄り添った。

 

『ゴメンね、舞…でも舞もマネージャーを頑張ってくれているから、その分まで私も頑張るね…そして勝ったら、明日の私の最後のチーム練習、一緒の戦車に乗ろう』

 

「うん…嵐ちゃんありがとう…応援するからねっ」

 

と、舞が微笑みながら、目に浮かんでいた涙を拭った正にその時。

 

 

 

これから始まる高校生チームの試合に登場する、あるチームの先頭に立つ仕立ての良いコートを着た女子高生が私に目を合わせる。

 

すると、彼女はその一瞬だけ不敵な笑みを浮かべてから、通り過ぎて行った。

 

その姿を見た舞や菫、そして瑞希も表情が一変する。

 

そう…彼女こそ、私が探していた「相手」だ。

 

戦車道では先輩に当たる、1人の女子高生である。

 

その女子高生の名は、ヤイカ。

 

分かる人には分かるだろう。

 

強襲戦車競技の世界では強豪校として知られ、今季もタンカスロン王者となった、福井県のボンプル高校戦車道チームのエースを張っている、誇り高き少女。

 

既に、新年度からは次期戦車道隊長に就任が決まっている。

 

そんな彼女が、一介の中学3年生、それもこの試合を最後に戦車道から引退を公言している私に視線を送るだけでなく、不敵な笑みを浮かべてさえいた。

 

この瞬間、私は確信した。

 

 

 

間違いない。ヤイカさんは私からの挑戦を受けてくれる!!

 

 

 

(プロローグ・前編終わり、後編へ続く)

 

 





皆様始めまして。

本作は、当ハーメルンにおいて連載された、幾つかのガルパンSSに刺激を受けて書き始めました。

まず、お名前は挙げませんが、自分に本作の執筆を始めるきっかけを与えてくれた、これらのガルパンSS作品の作者様に感謝したいと思います。

そして、もちろんガールズ&パンツァーの製作スタッフや、今ここをご覧になっているファンの皆様にも。

今後の展開ですが、前後編となるプロローグ終了後、原作アニメ版を踏襲するつもりですが、様々なオリジナル設定や設定の独自解釈が入って来ると思います。

但し、これらのオリジナル設定や独自解釈は極力、原作や公式スピンオフ作品の設定を尊重した上で展開するつもりです。

どこまで尊重できるか自信はありませんが…。

と言う訳で、この物語がどこへ向かうかは分かりませんが、お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは次回、プロローグ後編をお楽しみに。


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プロローグ・後編「私の最後の試合は、高校生エースとの一騎討ちです!!」


ガルパンの円盤、まだ劇場版とアンツィオ編OVAしか買っていねぇ…(TV版の特装限定版を買う予定はある・苦笑)。

【報告】2018年6月1日に一部修正(段落のみ)しました。
 なお、現在TV版全6巻と最終章第1話の特装限定版も入手済みであります。



 

 

 

この日の午後1時半から始まった、ボンプル高校と試合会場の地元の高校生チーム(これも複数の高校が連合した急造チーム)によるタンカスロンの試合は、ほんの1時間足らずでボンプル高校の圧勝に終わった。

 

この結果に、試合の主催者は思わぬ悩みを抱えてしまっていた。

 

この試合会場は、地元住民や地権者との交渉で午後6時まで時間を押さえていたのだが、予定していた試合が予想以上に早く終わった為、スケジュール上ではもう1試合やれる位の時間が余ってしまったのだ。

 

普段なら、これだけ時間が余ると会場内にある屋台で、選手達と観客が一緒になってグルメ探訪しながら時間を潰したり(有名選手やチームになるとサイン会や握手会を催す場合さえある)、参加した戦車チームがエキシビション走行をやったりする事が多い。

 

よって、観客は試合会場が閉場するまでの間、概ね和やかな時間を過ごす事が多いが、この時ばかりは普段と雰囲気が違っていた。

 

試合終了直後から、主催者である地元の戦車道関係者とボンプル高校タンカスロンチームの首脳部、そして午前中の中学生チームの試合に参加した『みなかみT-26』のメンバーが、試合会場の本部で話し合いをしていたのである。

 

 

 

 

 

 

「…つまり、余った時間を利用して、これから1対1のタンカスロンをやる、と…?」

 

 

 

私達とボンプル高校側からの提案を聞いた試合の主催者は、余った時間を有効利用出来ると言う期待の中にも、予定外の試合が果して安全に出来るだろうかと、若干不安そうな表情で話を聞いている。

 

「私としては、それで問題ない。元々彼女…いや、原園選手が出した挑戦状は受けるつもりだ…タンカスロンは何が起きても自己責任。その上で受けるつもりでいる」

 

と、厳しい表情ながらもしっかりした口調で主催者を説得しているのは、対戦相手であるボンプル高校のエース、ヤイカさんだ。

 

プライドが高く、他校からは常に尊大な態度を取っていると見られがちな彼女だが、それは戦車道に対する求道心の表れだと私は思っている。

 

正直、今年の第62回戦車道全国高校生大会・決勝戦で起きた「あの事件」が無ければ…ヤイカさんの下で戦車道を学ぶのも良いかも知れないと、戦車道が心の底から嫌いな私でさえ、一時はそんな気持ちが浮かんでいた程だ。

 

長年、母に戦車道を強要され続けて来た件については、別にしてだけど。

 

 

 

ふと、そんな事を思い浮かべた時、ヤイカさんが不意に私へ語りかけてきた。

 

「原園 嵐…一つだけ聞きたい。何故、最後の試合の相手に私を選んだのだ?」

 

その質問は、ヤイカさんへ挑戦状を書いた時から想定していたので、私は澱みなくはっきりと答えた。

 

『今度の高校受験、私はボンプル高校を受けないからです』

 

「ほう?」

 

『実は、今度の高校入試、本命で受ける高校とは別に、サンダース大付属と継続高校、そしてアンツィオ高の3つを受ける予定です…でもそれは、母が私に突き付けた条件でした』

 

「つまり…それは、君がこの試合を最後にタンカスロンから引退する事と関わりがあるのだな?」

 

『はい。私はこの試合を最後に戦車道から身を引くつもりです…母はそうして欲しくない様ですが』

 

「君の母親の噂は聞いている…かなりのやり手だとも」

 

『はい。ですから、私が戦車道から身を引く事と高校は自分が決めた学校を受験する事を母に告げた時、母は相当抵抗しました…そしてようやく、今季の強襲戦車競技で個人タイトルを獲得したら志望校を受験しても良い。その代わり、タイトルが取れなかった時の為に、志望校に落ちた時の滑り止めも兼ねて戦車道のある高校も受けろと言う条件を突き付けられたのです。その結果、今日の試合で私は年間最多戦車撃破数の個人タイトルを獲得したので、母との約束通り自分は志望校を受験します』

 

「なるほど…しかし、君が言った学校の中に我が校の名は無かったな?」

 

『はい。実は、母が受験する様に指定した戦車道のある高校の中に、貴校もあったのです…でも戦車道から離れる決意をしていた私にとって、貴校を受験して仮に合格しても貴校へ入学するつもりは全くありません。ですから…最初から入学するつもりが無いのに貴校を受験する事で、貴校とヤイカさん達を失望させたくなかったのです』

 

 

 

すると、私とヤイカさんが語り合っている所へ、ボンプル高側から一言話し掛けて来る人がいた。

 

「へえ…あなた、そういう所は結構律儀なのね?」

 

話し掛けて来たのは、ヤイカさんの副官で、ウシュカさんと言う人だ。

 

そこへ、ヤイカさんが再び私へ語り掛けてくる。

 

「失望させたくない…君は私達の戦車道を高く買っている様だな?」

 

『はい。ボンプルの戦車道は決して他校のそれに劣っていないと思いますし、ヤイカさんは私が知る限りでは、優れた戦車道の指揮官の1人だと思っています…そして、今の強豪校中心の現代戦車道では、その実力を発揮できる機会に恵まれていないと言う点も』

 

「君ははっきりモノを言うな…だが言いたい事は分かった。つまり、君は我が校を受験しないのを詫びる為に、私へ挑戦状を出したのだな?」

 

『はい…この試合は、私なりの戦車道に対しての、そして貴校とヤイカさん達へのケジメをつける為の試合です』

 

 

 

私とヤイカさんが語り合っている間、私達のチームメンバーと試合の主催者達は、一言も口を挟まず、じっと私達の話を聞いていた。

 

ボンプル高校のメンバーも口を挟んだのはウシュカさんだけだ。

 

そして、ヤイカさんはここまで、終始厳しい表情で私の話を聞いていたが、最後に少しだけ表情を和らげて答えてくれた。

 

「いいだろう…君からの挑戦を受けよう。但し、安直には受けないわよ?」

 

『はい、ありがとうございます!!』

 

私は、ヤイカさんへの済まなさと感謝の想いを込めて、精一杯返事を返した。

 

そんな私の姿を見た瑞希や菫、そして試合には出ない舞さえも表情を引き締めていた。

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして、主催者から発表があった。

 

 

 

 

 

 

「本日のタンカスロン・シリーズ最終戦ですが、予定していた全ての試合が早く終わりました為、急遽エキシビジョンマッチの開催が決定しました。この後、午後3時半より、ボンプル高校次期戦車道チーム隊長・ヤイカ選手と『みなかみT-26』の原園 嵐選手による、1対1での『決闘』を行います!!」

 

 

 

次の瞬間、試合会場が観客のどよめきで騒然となり、そして次の瞬間には大歓声が挙がったのは言うまでもない。

 

片や、今季もタンカスロン王者となったボンプル高校のエースにして、来春からは戦車道チーム隊長に就任が決まっている、誇り高き「騎士団長」こと、ヤイカ。

 

そんな彼女に挑むのは、中学3年生で今季限りでの引退を表明しながらも、今季のタンカスロンで非公式とは言え史上最多の年間戦車撃破数を記録。

 

文字通りタンカスロンの歴史に残るであろう「戦車戦エース」のタイトルを獲得した、若き実力者・原園 嵐。

 

この2人が1対1で激突する。

 

そんな試合が突然決まるのもタンカスロンの醍醐味であり、観客も心の底で期待していた「決闘」が今シーズン最後の最後で突如決まっただけに、会場の興奮はこの日最高潮に達しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

フィールドの中心部にある平地に、2台の戦車が向かい合っている。

 

北側に陣取るのは、ボンプル高校のエース「騎士団長」こと、ヤイカさんの乗る7TP単砲塔型。

 

対して、私達「みなかみT-26」のT-26・1933年型はフィールドの南端近くに指定された場所で試合開始を待っている。

 

 

 

「とうとう、ここまで来ちゃったわね…」

 

瑞希が、少し緊張気味に語りかけて来た。

 

「ののっちは、さっきまで『高校生相手にボコボコにされる~』とか言って、嫌がってたけど、大丈夫かな~?」

 

と、菫が瑞希をからかう様に話しかけてくる。

 

菫はこういう時、いつもこんな風に軽口を叩いてくれるから、助かるな…

 

さすがに戦車乗りとして尊敬する、ヤイカさんとの「決闘」を目前にして緊張していた私も思わず笑みが出る。

 

『だよね~、菫。ののっちって、いつもお姉さんぶっている割に緊張すると結構弱音が出ちゃうタイプだから…』

 

と、私が菫に話しかけたら、瑞希が憮然とした表情で言い返す。

 

「ちょっと2人共…試合が終わったら覚えときなさいよ…もちろん勝ってからだけど、菫と嵐には絶対チョコレートパフェを奢って貰う」

 

『いいよぉ、ののっち。だから、こっちの45mm主砲はアンタに任せるね』

 

「任せなさい…ここまで来たからには百発百中は当然、外すなんて論外だから」

 

「やっぱり、ののっちは一番頼りになるよ、うん!!」

 

「菫…もう手のひら返し…?」

 

菫と瑞希がちょっとした掛け合いをやっているのを微笑ましく思いながら、時計を見た私は、すぐ表情を引き締めた。

 

『さあ…もうすぐ試合開始の時刻ね…始まったら私の合図で前進するよ』

 

その時、観客席にいるであろう、舞が無線で私達に応援メッセージを入れてくれた。

 

「試合が始まったら無線が使えなくなるから、一声かけるね…みんな、高校生相手だからってビビらずに頑張ろうね…あたし、みんなを信じているから!!」

 

 

 

そして午後3時半。

 

昼下がりの空に、ポンポンと3発の号砲が打ち上げられる。

 

試合開始の合図だ…私達の戦車「みなかみT-26」は、フィールド中央付近にある、遮蔽物となり得る茂みへ向かって全速力で前進する。

 

と言っても、T-26は最高速度が30km/h位しか出せないので、観客席から見ると田舎の盆地をノコノコとのどかに走っている様にしか見えないだろう…但し、ヤイカさんの乗る7TP単砲塔型も最高速度は32km/hなので、こっちと似た様な速さのはずだ。

 

 

 

こうして始まったばかりの「決闘」に波乱が起きたのは、前進を始めてから1分も経たない頃だった。

 

「みなかみT-26」がフィールド中央付近の茂みに近づいた、正にその時。

 

突然、2輌の7TP単砲塔型が私達の左右斜め後方からフィールドへ乱入して来た。

 

分かっている…ヤイカさんは「安直には受けない」と言った。

 

その答えが、これね。

 

周囲のギャラリーからは「卑怯だぞ、1対1の決闘だろう!?」と言う怒号が響いているだろうが、私にとっては予想の範囲内だ。

 

実際、乱入上等・裏切りや結託は当然の様に起きるタンカスロンで経験を積んだ戦車長は、文字通り「後ろに目がある」と言って良い位、注意力と判断力に長けている人が多い。

 

これは極端な話、乱入や裏切り等があっても平然と対応出来ない様では、この世界で勝ち続けられないからだ。

 

この状況は、言わば「まずは、この試練を乗り越えて見せろ。でなければ、私との決闘には応じない」と言う、ヤイカさんからのサインだ。

 

OK…さすがは私が尊敬する、強襲戦車競技王者のエース。

 

そうでなければ、私にとっての最後の試合に相応しくない。

 

 

 

と言う訳で、この事態を予測していた私自身は勿論、砲手の瑞希と操縦手の菫も慌てる素振りさえ見せていない…ああ、観客席で見守っている舞は泣きそうになっているかも知れないなぁ……

 

私がそんな事を考えていた時「みなかみT-26」はフィールド中央部付近を通過。

 

前方にはヤイカさんの乗っている7TP単砲塔型がいる。

 

距離は、もう500mを切った辺りか?

 

一方、ポンブル高校が差し向けた乱入者である2輌の7TP単砲塔型は「みなかみT-26」目掛けて約300m後方を左右から追い縋って来ている。

 

この2輌がまだ射撃しないのは、恐らく行進間射撃では命中を期待出来ないから、極端な話、零距離まで接近してから必殺の一撃を見舞おうと言う腹だろう。

 

但し……

 

 

 

『左右からの挟撃は悪くないけれど、ちょっと大胆過ぎるよね…』

 

私はそう呟くと、さり気なく菫へ指示を出す事にした。

 

まず「みなかみT-26」は、私達から見て右側スレスレの位置にいた、ヤイカさんの7TP単砲塔型と衝突寸前の間隔で擦れ違う。

 

当然、ヤイカさんの7TP単砲塔型は急には止まれないから、停止するまでの間にこっちとの間隔は当然開く。

 

だが、後方から追って来る2輌の7TP単砲塔型は徐々に私達との距離を縮めてくる…

 

本来、T-26と7TPの速度はほぼ同等だから、普通は簡単に距離を詰める事は出来ない。

 

しかし、現実に2輌の乱入者はこちらへ近づいて来る…どうやら、ボンプル高校は現代戦車道のレギュレーションに縛られないタンカスロンのルールを利用して、7TPのエンジンや足回り等のチューンナップを施している様だ。

 

これに対して、私達「みなかみT-26」は本来、群馬みなかみタンカーズの所有車で戦車道の公式試合にも使っているから、そんなチューンナップはしていない。

 

それどころか、使っているパーツは全て戦車道連盟適合品ばかりだから、7TPとの性能差は予想以上にあるのかも知れない。

 

つまり、このままだと私達は乱入者にあっけなく追い付かれて撃破される運命が待っているのだが…私はそれを承知の上で、この戦車の性能差を逆手に取ろうとタイミングを計っていた。

 

 

 

あと一息で、乱入者の2輌が追いつこうとする瞬間…私はインターコムで菫に指示を出す。

 

その次の瞬間。

 

「みなかみT-26」は急ブレーキを仕掛ける。

 

同時に、左側にいた7TP単砲塔型が私達へ向けて37mm主砲を発射。

 

その37mm砲弾は狙い過たず私達のT-26を撃ち抜いた…はずだった。

 

 

 

 

 

しかし、その命中弾によって白旗を揚げて停止したのは、私達の右隣にいた、もう1輌の7TP単砲塔型だった。

 

 

 

 

 

そう、私が菫に下した急ブレーキの指示が、左側にいた7TP単砲塔型による零距離からの主砲射撃よりも一瞬早く、更に菫が完璧なタイミングでブレーキングを決めた結果…その砲弾は急停止した私達の目前を通り過ぎて、右側にいたもう1輌の7TP単砲塔型の砲塔リング付近を射貫いてしまったのだ。

 

友軍相撃。

 

結果的に誤射となり、自分が放った砲弾で撃破された僚車の姿を見て呆然となった7TP単砲塔型へ冷静な砲撃を加える瑞希。

 

その次の瞬間、乱入して来た2輌目の7TP単砲塔型から白旗が揚がった。

 

こうして、私とヤイカさんとの「決闘」は、本当の「1対1」となった……

 

 

 

だけど、チャンスをモノにした後はピンチがやって来るのが、この世界。

 

この時、私達の後方から、試合序盤に擦れ違っていたヤイカさんの7TP単砲塔型が既にUターンしており、全速力でこちらへ迫って来たのだ。

 

こちらは、2輌の7TP単砲塔型からの攻撃を躱して同士討ちを誘う為に急ブレーキを仕掛け、そこからほぼ停止状態で同士討ちをやった方の7TP単砲塔型を撃破したから、ヤイカさんから逃げる為に加速する時間の余裕が無いのだ。

 

だから、両者の距離は一気に詰まって来る。

 

あっという間に、ヤイカさんの7TP単砲塔型は私達の後方100m程にまで迫ってきた。

 

 

 

この状況の悪化に、菫はさすがに慌て始めていた。

 

「嵐ちゃん、このままじゃ追いつかれるよ…零距離からやられちゃう!!」

 

『菫、落ち着いて。今から、必死で逃げるけどもうちょっとで逃げ切れない風に走って。方向は右側の林へ逃げ込む様に見せ掛けて…』

 

「『アレ』をやるのね…分かった、絶対に1発で決めるから!!」

 

さすがは菫。

 

私の指示の意味を理解したので、すぐ落ち着きを取り戻してくれた。

 

そして、瑞希にも手短に指示を出す。

 

『お願い…それとののっち、悪いけど砲弾装填よろしく。この1発でケリを付けるから…』

 

「嵐…マジで『アレ』をやるのね?」

 

『うん。躱されたら、まず確実に負けだから…ここで勝負を賭けるよ』

 

 

 

 

 

 

この時、観客席に設置されている大画面スクリーン(但し、戦車道の公式戦で使われている列車砲改造の鉄道車両に搭載した物ではなく、本来はイベント用に使われている大型トラックに搭載されたリフター付きのLEDビジョンである)には、迫り来るヤイカの7TP単砲塔型から必死に逃げようとする「みなかみT-26」の姿が映し出されていた。

 

しかし、ヤイカの7TP単砲塔型もタンカスロン向けにチューンナップされているらしく、「みなかみT-26」が逃げる1分足らずの間に、両者の距離は50mを切る所まで迫られてしまった。

 

仲間が窮地に陥る姿を見て、観客席で目に涙を浮かべながら怯えた表情さえ浮かべる舞。

 

それでも、ヤイカは射撃をしないと言う事は、菫が先程懸念した様に行進間射撃でも外し様が無い零距離から仕留めるつもりなのか…?

 

今や「みなかみT-26」がヤイカからの追撃を逃れるには、フィールド北東方向にある林の中へ逃げ込むしか無い様に思われた。

 

しかし、その状況を見て涙を浮かべていた舞が思わず呟く。

 

「これって…まさか…?」

 

そう呟いた瞬間、彼女は微かな希望を見出したかの様に、観客席前のLEDビジョンへ視線を送る。

 

その目にはもう涙は流れておらず、むしろ表情は毅然としたものへと変わっていた。

 

そう…「みなかみT-26」の車長・原園 嵐は、ここから逆転の秘策を用意していたのだ。

 

 

 

ヤイカさんの7TP単砲塔型に追われていた私達「みなかみT-26」。

 

あと一息で、両者の距離が25m…いや、更に近くなる。

 

しかし、私達の目の前には林が広がってきた…もう少しで林に飛び込んで、ヤイカさんの追跡を逃れられるかどうかと言う瀬戸際か?

 

…と、誰もがそう思ったであろう、正にその時だった。

 

逃げる私達が目前の林の右側にある小道へ向かって、右方向へ曲がりかけた次の瞬間。

 

私はインターコムへ声の限り叫ぶ!!

 

 

 

 

 

『菫っ、行けェ!!』

 

 

 

 

 

T-26は一気に逆方向、左側へ旋回しながら軽やかにドリフトして行く。

 

そして自然に、先頭部はヤイカさんの乗る7TP単砲塔型の左側面に狙いを定める。

 

私達が右へ逃げると確信していたのだろう、ヤイカさんの乗る7TP単砲塔型の操縦手は対応が遅れた様だ。

 

こちらが狙いを定めている左側面が完全な無防備状態となり、砲塔の旋回さえ間に合っていなかった。

 

 

 

フェイントモーション。

 

 

 

コーナー進入時に、一旦旋回方向とは逆にステアリングを切る事により、オーバーステアを意図的に誘発して慣性ドリフトを起こす。

 

ラリーではよく使われているテクニックだが、普通、中学生の私達に出来るはずはない。

 

しかし…小学4年生から古くなった全日本ラリー選手権仕様のブーンX4やインプレッサWRXでダートトライアルやジムカーナの練習を実家の裏山で重ねてきた菫は、こんな事を戦車でも当然の様にやってのけてくれる。

 

だからこそ、私は菫のドライビングテクニックと、常に冷静かつ正確な射撃が出来る瑞希の技量を前提に、ヤイカさんへ「1発かます」チャンスを狙っていたのだ。

 

いや…ヤイカさん相手では、「それ」しか勝つ手が無かった……

 

その次の瞬間、目前に近づいている7TP単砲塔型の砲塔ハッチから頭を出しているヤイカさんの苦い表情が、私からもはっきり見えた。

 

でも…その時の私は、尊敬しているヤイカさんへの哀れみや高校生エースをテクニックで出し抜いて勝利を手にしようとする高揚感すらも一切感じられなかった……

 

だって、これが私にとって最後の試合。

 

私は今日を最後に戦車道の世界から去って、来年の春が来たら「普通の女子高生」として新しい人生を歩むのだ。

 

もう…誰にも邪魔されたくない!!

 

 

 

次の瞬間、瑞希が45mm主砲の一撃をヤイカさんの7TP単砲塔型へお見舞いする。

 

その砲弾は、冷酷なまでの正確さで相手のエンジンルーム左側を射貫いた……

 

 

 

 

 

「勝者、『みなかみT-26』!!」

 

 

 

 

 

このアナウンスが試合会場に響いた瞬間、観客席からは凄まじい歓声が挙がった。

 

舞に至っては、惨敗を覚悟した涙が嬉し涙に変わって「嵐ちゃーん、みんなありがとー!!」と叫びながら、まるでプロのダンサーの様にはしゃいでいる。

 

非公式の強襲戦車競技の「野試合」とは言え、中学生が高校生の、それもタンカスロン王者のエースを撃破すると言う歴史的瞬間。

 

しかし、次の瞬間、観客達は別の意味で更なる感動を味わう事となる。

 

快挙を成し遂げた3人の中学生戦車乗りは、敗者となった高校生達の前へ駆け寄ると整列した。

 

その列に、この試合では出番が無かった4人目の乗員…本来は装填手の二階堂 舞も加わる。

 

その意味に気付いたヤイカは、自らのクルーに「急げ、整列だ!!」と声を掛ける。

 

そして、整列した両チームの乗員による「ありがとうございました!!」の一言。

 

かくして、この歴史的な「野試合」…いや「決闘」は、強襲戦車競技では珍しい終礼を持って終わった。

 

 

 

…この「決闘」は、このシーズンの強襲戦車競技の試合記録には残されなかった。

 

嵐達「みなかみT-26」のメンバーが、ボンプル高校戦車道チームやヤイカの立場を思い遣り、試合前に主催者側へ申し入れた結果である。

 

しかし、その「幻の決闘」は、幻となったからこそ…いや、それだけでなく、その後の彼女達「みなかみT-26」メンバーの歩みの「出発点」とも言える結末を見た事から…その後も戦車道の世界で長く語られる伝説の試合となったのである……

 

 

 

 

 

 

こうして…私、原園 嵐にとっての「戦車道最後の試合」は、終わりを告げた……

 

 

 

 

 

 

筈、だった。

 

 

 

 

 

 

それから少し時間が経って、受験に合格し、父さんの故郷である茨城県大洗町で「普通の女子高生」になった筈の私は…あの試合の終礼の直後、私に歩み寄って来たヤイカさんから受けた忠告の意味を、嫌と言うほど思い知らされる事になった……

 

 

 

「おめでとう…だが、敢えて君に一言だけ言っておこう。戦車道を歩む者は、例え自らの意思で戦車から去ったとしても、必ず戦車と向かい合う時が来る。何故なら、いつか戦車の方からお前を追い掛けて来る時が、きっと来るからな……」

 

 

 

 

 

(プロローグ/終、本編第1話へ続く)

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

プロローグ、これにて終了です。

オリジナル主人公と言う事もあり、原園 嵐と言う娘がどう言う感じの人物なのか表現してみましたが…スキルがチート過ぎたかも知れん(笑)。

あと、本プロローグには「リボンの武者」のヤイカさんが登場していますが、これは個人的に「ヤイカは誤解されがちなキャラクターでは無いか?」と思っておりまして、その辺りについての自分の考えを含めての起用となりました。

まあ、今回は中学生に負けちゃうのですけどね…(逆を言うと、作者的には嵐達のスキルを表現する為に彼女を持ち出す必要があったのですが)。

ちなみに本文でも書きましたが、ヤイカさんは誇り高い性格やタンカスロンでの行動から、傲慢な人物に見えますが、戦車道の隊長としては優秀な人だと思います。

もし嘘だと思うなら「リボンの武者」3巻掲載のボンプル対プラウダ(カチューシャ義勇軍)戦をご覧下さい。

あんな作戦、並みの指揮官ではやり遂げる事はできないでしょう。



さてこの後、嵐ちゃんにはどんな運命が待ち受けているのか…ガルパンファンの皆さんなら、もうお分かりかと思います(笑)。

と言う訳で次回は、いよいよ本編第1話です。嵐ちゃんのお母様もチラリと登場しますので、お楽しみに。



※最新の執筆状況や次回の掲載予定、その他小話などを「活動報告」にて、随時発表しています。ぜひご覧下さいませ。


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TV版~第63回戦車道全国高校生大会編
第1話「私、普通の女子高生です!!」



お待たせしました。いよいよ本編に入ります。

また、プロローグ前編公開から1ヶ月足らずの間に、2100を超えるUAを頂きました。

本当にありがとうございます。

もしよろしければ、感想と評価も頂けますと励みになります。

【報告】2018年6月1日に一部修正(段落と一部の文章の訂正)しました。




 

 

 

その日、私がいた試合会場の観客席は激しい雨が降っていた。

 

 

 

私の視線は、目の前の大画面モニターに釘付けとなっている。

 

既に、観客席からどよめきの声が挙がっていて、観客からは悲鳴さえ聞こえていた。

 

場所は、静岡県御殿場市にある陸上自衛隊・東富士演習場。

 

第62回戦車道全国高校生大会決勝戦、黒森峰女学園対プラウダ高校の試合会場である。

 

試合の最中、増水した川へ転落した黒森峰女学園のⅢ号戦車J型が濁流に飲み込まれて消えて行くのが、観客席の前に設置されている中継用大画面モニターから見える。

 

なのに、試合は中断しない。何故?

 

早く中断して救助作業を始めないと、選手が……

 

思わず私も叫んだ。

 

 

 

『審判団は何をやっているの!? 何故試合を止めないのよ!?』

 

 

 

だが次の瞬間、私は自らの異変に気付く。

 

声が出ない。

 

そして次の瞬間、自分のいる場所が、会場の観客席から川へ転落したⅢ号戦車J型の砲塔上部にある、キューポラの中へと変わっているのに気付いた。

 

そう…今、私が戦車長をしている戦車は濁流に飲まれて水没しようとしている。

 

なのに、私の体は全く動かない。

 

このままだと、私も濁流の中へ飲み込まれる…!!

 

その事実に気付いた私は恐怖の余り、何も考えられなくなる……

 

 

 

 

 

 

『父さん、助けて…私…このままだと…父さんの様に…戦車に!!』

 

 

 

 

 

 

そして、自分は戦車と共に濁流に飲み込まれて……

 

 

 

 

 

 

…その時、朦朧としていた自らの意識が覚醒した。

 

目覚まし時計が鳴っている。

 

ふと目が覚めると、私は手を伸ばしてボタンを押し、目覚まし時計のベルを止めた。

 

時計の針は、朝6時ちょうど。

 

『ふぁぁ…あっ、朝かぁ』

 

次の瞬間、私はさっきまでの奇妙な出来事が、夢だったと悟った。

 

『良かったぁ…戦車の夢で死に掛ける所だった…』

 

ホッとして、こう呟いた瞬間。

 

私はある事実に気付いて、微笑を浮かべる。

 

『そうだ、私はもう戦車道から引退したんだっけ』

 

そうだった…もう、父さんの様な事故なんて、私の身の回りに起こる筈も無い……

 

 

 

すると、隣の部屋からしっかりとした声が響いてくる。

 

「嵐ちゃん、もう朝御飯出来ているよ。早く着替えて来るんだよ」

 

この声は…私の大叔母さんに当たる、原園 鷹代(はらぞの・たかよ)さんだ。

 

歳はもう60過ぎだけど、その事を言うといつも「還暦までまだ3年ある」と言うのが口癖の、厳しいけど優しい大叔母さんだ。

 

ちなみに「大叔母さん」とは、私から見て祖父母(この場合は父方)の妹に対する呼び名である。

 

そんな鷹代さんは、私が進学先の高校を大洗女子学園にすると決めた時「だったら寮生活するよりもウチに来たらどうだい? 寮費もバカにならないし、ウチは学校から近いから丁度良いと思うよ。お父さんも見守ってくれるしね…」と私に言ってくれて、母を説得してくれた。

 

おかげで、この春から大洗女子学園へ進学した私は、下宿先となった鷹代さんの家から徒歩で通学している。

 

そんな大叔母さんが、私は天国のお父さんの次に大好きだ。

 

 

 

『大叔母さん、ゴメン。今行くね!』

 

 

 

そして、居間で鷹代さんと朝御飯を食べた後、私は居間の北側に鎮座する、大きくて真っ黒な仏壇の前へ移動し、正座をしてから鈴を鳴らす……

 

目の前には、小さな写真立てに入った1枚の写真。

 

そこには、銀色に塗られたドイツ製プロトタイプ・レーシングカーの前に集った、世界各国の人々の中心に、メカニック用のツナギを着た1人の若い日本人男性が写っている。

 

その人の名は、原園 直之(はらぞの・なおゆき)。

 

この人こそ、ちょうど10年前の秋に不慮の事故で天国へ旅立った、私のお父さんだ……

 

 

 

 

 

 

『お父さん、行って来ます』

 

 

 

 

 

 

私は小さいけれどしっかりした声で、仏前のお父さんに挨拶をしてから、学生用鞄を持って家を出た。

 

 

 

 

 

 

大叔母さんの家から大洗女子学園までは、北の方向へ歩いて15分程かかる。

 

走れば余裕で10分以内に行けるけれど、大叔母さんからは「車も走る大きな道路があるし、危ないから慌てるんじゃないよ」と、いつも釘を刺されているので、速足で学校を目指す。

 

すると、家から学校までのほぼ中間地点にある、交差点の横断歩道を渡り切った角にコンビニが建っているのが見えて来る。

 

このコンビニ前の横断歩道を渡り始めた、その時だった。

 

目の前を、栗色でショートボブの髪形をした1人の少女がよそ見をしながら歩いていて、コンビニを通り過ぎようとしていた。

 

どうやら彼女は、コンビニのガラス窓に掲示されている、ゆるキャラの「ボコられグマのボコ」のコンビニくじのポスターに見惚れてしまっている様だ……

 

『あ…大丈夫かな?』

 

と思っていると…案の定、見事に彼女の頭が立て看板を直撃した!!

 

私は、急いで横断歩道を渡り切ると、栗毛の少女の方へ駆け寄って声を掛ける。

 

『大丈夫ですか!?』

 

「あっ…ゴメン。私は大丈夫だよ」

 

と、彼女はすぐに答えてくれたけれど…顔が天然ボケ状態ですよ。

 

大丈夫じゃない気がしますけれど…?

 

そうしたら栗毛の少女は、さっき自分がぶつかった立て看板を見て、一言。

 

「うっは~ぶさかわいいー♪」

 

『はい…?』

 

一気に毒気を抜かれた私は、問題の立て看板を見る。

 

すると、そこには大洗名物の深海魚・あんこうをモチーフとしたゆるキャラが描かれている交通標識があった…。

 

まあ…確かに「ぶさいくだけどかわいい」とは思いますけれど、ちょっと美的感覚がアレじゃないですか?

 

と思っていたら、その栗毛の少女、今度は電信柱に隠れて何かを眺めている……

 

その視線の先には「今日、ランチ何食べる?」と親しげな会話をしている、友達同士らしい学園生徒達の姿。

 

そんな様子を羨ましそうに眺めている栗毛の少女を見た私は、ふと不憫に思ってしまい、声を掛けた。

 

 

 

『あの、失礼ですが…友達…いないのですか?』

 

 

 

すると、栗毛の少女は思い切り動揺した表情で、一言。

 

 

 

「ふえっ!?」

 

 

 

うーん…この人、突然のプレッシャーに弱いタイプなのかな?

 

ここは言い方が不味かったのかなぁ…と思った私だったが、そんな彼女の困った表情を見た瞬間、ハッとなった。

 

この人…私、どこかで見た事がある?

 

確か、あれは去年の…いつ頃だっただろう?

 

そう思って、自分の記憶を必死になって探っていた次の瞬間。

 

「あの…私に、何か付いているかな?」

 

しまった…彼女が私の表情を見て、怪訝に思ってしまったらしい。

 

どうも私、かなり難しそうな表情をしていたみたい…ああ、これで私の印象減点2だぁ……

 

思わず、私は頭を抱えてしまったが、その姿を見た彼女は逆に緊張がほぐれたらしい。

 

「あはは…大丈夫だよ。私、気にしていないから」

 

『ゴメンなさい…私、つい考え事をしていました』

 

「考え事?」

 

『ええ…どこかで見覚えがある顔だなぁ…って。だって、結構かわいい人ですし』

 

「えっ?…わっ、私がかわいい!?」

 

私、嘘をつくのは苦手なので、出来るだけ言葉を選んだつもりだったけれど、彼女は「かわいい」と言われて動揺してしまった様だ。

 

う~む、その手の免疫が無い人だったか……

 

『あっ、でもかわいいって言うのは本当ですよ!! と言うか、その分だと中学も女子校だったのですか? 私、小中学校は共学だったので、女子校はここが初めてなのですが…』

 

「あっ…うん。私は中学も高校も女子校…あ、でも実は私、春からこの学校に通う様になった転校生なんだ。あなたは?」

 

慌てて、私はその場を取り繕うのに必死になったが、その甲斐があってか、彼女も落ち着いてくれたみたい。

 

そして、私は肝心な事を伝え忘れているのに気付いた。

 

『あっ、そう言えば自己紹介を忘れていました。私は原園 嵐、この春から故郷の群馬県みなかみ町の山奥から、この大洗に出て来たばかりの15歳、クラスは普通Ⅰ科1年A組です。よろしくお願いします、先輩!!』

 

「先輩…? あっ、そうか」

 

『はい…今、転校生だと仰ってくれましたから、先輩だって分かりました』

 

「うん、そうだね。私は…」

 

と、彼女が自己紹介をしようとした時、私はふと時計を見てとんでもない事に気付いた。

 

『あの先輩、悪いのですが時間が…』

 

「あっ、もうこんな時間!!」

 

『いえ、ここで立ち話をした私が悪かったです。先輩、かくなる上は一緒にダッシュしましょう!!』

 

「う、うん!!」

 

 

 

 

 

 

と言う訳で、コンビニ前での立ち話で遅刻しそうになった私と栗毛の先輩は、そこから駆け足で5分程走った結果、予鈴が鳴る直前に校舎群の前へ辿り着く事が出来た。

 

その代わり、学園の正門にいた園と言う風紀委員の先輩から…

 

「あなた達、幾ら遅刻しそうだからって校内を走っちゃダメよ!!」

 

…って注意されたけれど。

 

 

 

『先輩、済みませんでした!!』

 

と、私は駆け足のままで栗毛の先輩に向かって謝ると……

 

「ううん、気にしていないよ。じゃあまた!!」

 

彼女は、私にそう声を掛けて、普通Ⅰ科の2年生が入る校舎へ向かって行った。

 

そして、私は普通Ⅰ科1年A組が入っている校舎へ行こうとした瞬間。

 

肝心な事を聞くのを忘れていたのに気付いて、立ち止まった。

 

『あっ…私、あの先輩の名前を聞き忘れた…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから少しばかり時間が経った後、場所は大洗女子学園の生徒会長室。

 

そこには、学園の制服を着た3人の少女と、桃色の髪で横髪をおさげ風にまとめた髪型に青色のビジネススーツ姿をした1人の成人女性が机を挟み、向かい合って椅子に座っていた。

 

「この学園に戦車道経験者、しかも昨年度の黒森峰女学園戦車道チームの副隊長が本当に転校して来たなんて…角谷さん、貴女も本当に運がいいわね。これに私の娘達も加われば、それこそ鬼に金棒じゃない?」

 

と、青いビジネススーツをキチンと着こなした成人女性は、目の前に座っている3人組の生徒の真ん中に位置する、背の低いツインテールの少女…大洗女子学園生徒会長・角谷 杏へ向かって、嬉しそうに話しかけた。

 

「いや~さすがに、ここまで上手く事が運ぶとは思わなかったですね」

 

と、杏は少し恥ずかしそうな表情だが、笑顔で答える。

 

「それにしても、彼女の記録に情報操作がされていたのを見抜くなんて、さすがですね…それで原園さん、その転校生の実力は確かなのですね?」

 

と、生徒会の副会長、小山 柚子が念を押す。

 

 

 

「そりゃもう…彼女は、日本屈指の戦車道の名門、天下の西住流師範・西住 しほの娘にして西住姉妹の妹さんだから、戦車道もかなりの実力よ。事実、昨年度の黒森峰女学園戦車道チームのメンバーを支えていたのは、姉で隊長の西住 まほでは無く、彼女だったのだから…」

 

と、柚子から「原園さん」と呼ばれた女性が転校生の人となりを話している所へ、空気を読まないツッコミをしたのは、生徒会の広報、河嶋 桃だ。

 

「その黒森峰は、去年全国大会十連覇を逃したと聞いていますが…」

 

だが、ツッコまれた側の「原園さん」は途端に不機嫌な表情となり、桃へ目線を合わせると説教を始めた。

 

「あのね…去年の全国大会決勝戦で黒森峰が敗れたのは、彼女1人の責任ではないわ。あれは、黒森峰の体質が悪い意味で表面に出た結果なのよ。それを総括せず、副隊長だけに責任を負わせて、他は教師とコーチ陣も含めて頬被りだなんて、最低だわ…」

 

と語りつつ、本当は彼女自身も黒森峰女学園の戦車道OGなのだが、まだ目の前にいる大洗女子学園の生徒会には明かさなくても良いだろうと思っていた。

 

「あ…はい…」

 

一方、「原園さん」に真顔で説教された桃は、余りにも彼女の表情が真剣だったので、それ以上討論するのを止めた。

 

その様子を確かめた「原園さん」は、腕組みをしながら生徒会の3人に向かって、静かな口調でこう語りかける。

 

「とは言え…肝心の転校生と『我が娘』を口説き落とさない限り、話が始まらないのも事実ね」

 

「あの…原園さんの娘さんが抱えている問題は、以前に伺いましたが、転校生の方にも何か問題があるのですか?」

 

と、「原園さん」の発言に対して副会長の柚子が疑問を呈すると、彼女はこう答えた。

 

 

 

「ウチの娘もそうだけど、実は彼女も戦車道に対して、かなりのトラウマを抱えてしまっていると言う、確かな筋からの情報があるのよ…そこで、ひとつ私から提案したいのだけど」

 

 

 

「何でしょう?」

 

生徒会長の杏が問いかけると「原園さん」は、本題を切り出した。

 

「まずは、ウチの娘よりもこの転校生…『西住 みほ』さんを優先して口説いた方が良いと思うわ」

 

「そりゃまた、どうして?」

 

と、杏が当然の疑問を発する。

 

「何故なら…まずウチの娘は、私に似て強情な所があってね。無理やり戦車道へ勧誘しようものなら意固地になって、徹底抗戦するからよ」

 

「それ位なら、私達の方で何とでも…」

 

と、桃が遠慮がちに反論するが「原園さん」は首を横に振って、彼女からの反論を封じる。

 

「それで靡くなら、私も苦労はしないわ。ウチの娘はそう言う場合、周囲を巻き込むから余計にタチが悪いのよ。例えば、職員室へ駆け込んで状況をぶちまけられたりしたら、どうなると思う?」

 

「ああ…つまり、収拾が付かなくなるのですね?」

 

「小山の言う通りだね。もしもそうなったら、こっちは戦車道復活どころじゃなくなっちゃうだろうね…下手をしたら『あの役人』にトドメを刺される可能性だってあるよ」

 

と、柚子と杏がそれぞれ納得した表情で答えると「原園さん」は小さく頷いた。

 

「でも、それと西住 みほとの間に何の関係があるのですか?」

 

と、怪訝な顔をした桃が質問すると「原園さん」は即座にこう答える。

 

 

 

「実はウチの娘…嵐は、去年の戦車道高校生大会の決勝戦を現地で観戦した後、彼女にぞっこんらしいのよ。事実、去年の大会が終わった直後、私に向かって『あの決勝戦、何でみほ先輩だけが敗戦の責任を負わされるのよ!?』とか、色々と西住さんの事ばかり話していた時期があってね…」

 

 

 

「へぇ~♪」

 

話を聞いていた杏は、思わず面白そうな表情を浮かべて、相槌を打っている。

 

「…しかも嵐は、同じ頃に『もしも西住先輩と一緒に戦車道が出来たら…』なんて、うっとりした顔で同級生に話していた事もあったらしいわ。だから、西住さんを先に口説いておけば、きっとウチの娘も断り切れなくなると思うの…だって、嵐はそう言うシチュエーションに弱いタイプだから」

 

「なるほど…つまり原園ちゃんを口説くのは後回しにした方が良いと」

 

「その通り。でも、戦車道を今年度から復活させるから履修をよろしくって程度の事は嵐にも言って良いわよ。その程度のプレッシャーは与えておいて問題ないし、むしろこの場合は効果的だと思うから」

 

「なるほど…原園ちゃんのお母様がそこまで言うのなら、それ試してみますね。アドバイスありがとうございます」

 

「お願いね、角谷さん。この大洗女子学園…そして亡き主人の故郷でもある、この学園艦の運命だけでなく、我が娘を戦車道へ引き摺り戻せるかどうかも、あなたの手腕に掛かっているわ」

 

 

 

ニヤリと不敵に笑いながら、互いを見つめている「原園さん」と杏の間に置かれている机には、様々な資料やファイルが整理されて置かれている。

 

その中には「原園 嵐」の写真と一緒に氏名や経歴が書かれている身上書はもちろんの事、今朝、嵐がコンビニの前で出会った「栗毛の先輩」の写真が貼られた身上書があった。

 

その身上書の氏名欄には「西住 みほ」と書かれている。

 

そして、それらの書類の一番上には、1枚の名刺があった。

 

その名刺には、目の前にいる「原園さん」と同一人物の写真が貼ってあり、こう書かれていた。

 

 

 

「原園車両整備(株) 代表取締役社長 原園 明美(はらぞの・あけみ)」

 

 

 

言うまでも無く、彼女こそ原園 嵐の母親である。

 

そして夫の死後、残された1人娘の嵐に10年もの間、戦車道を強要し続けて来た張本人でもあった。

 

 

 

(第1話/終)

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

第1話をお送りしました。



大洗女子学園へ入学後、戦車道から縁の無い生活を始めた嵐ちゃん。

もうお気付きと思いますが、この時点で彼女は西住殿と似た境遇にあるものの、実は大きく異なる点が一つあります。

それは、父親が既にこの世を去っている事。

更に、その父の死には何らかの形で戦車道が関わっている様です。

この点、単純に「戦車道から逃げた」と言える西住殿よりも重い背景が「戦車道から引退した」嵐ちゃんにはあります……

この真相については、おいおい彼女自身の口から語られますので、注目して下さい。



一方、前回のプロローグ後編で予告した通り、嵐ちゃんのお母様・明美さんも登場しましたが…早くも何やら企んでいる模様。

しかも目的は生徒会とグルになって、西住殿だけでなく嵐ちゃんを戦車道へ再び引きずり込む事にある様です。

しかも、明美さんは会社社長です。金も権力もある模様(笑)。

一体、彼女は大洗女子学園を舞台に何をやらかすつもりなのでしょうか?



と言う訳で次回は、第2話です。
いよいよ生徒会の三馬鹿トリオ(笑)の魔の手が嵐ちゃんに迫ります。お楽しみに。



※最新の執筆状況や次回の掲載予定、その他小話などを「活動報告」にて、随時発表しています。ぜひご覧下さいませ。


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第2話「私に迫る、生徒会の魔の手です!!」


柚子ちゃんゴメン…前回、三馬鹿トリオの片割れと言って…俺、柚子ちゃんのファンなんだよ…(涙)

あと、来週はガルパン最終章第1話が公開ですね(素面)。

【報告】2018年6月2日に一部修正(段落と一部の文章の訂正)しました。




 

 

 

色々あった今朝の登校時間だけど、もう午前の授業が終わって、お昼休み。

 

ここからは、校舎の屋上で友達とお弁当タイム。

 

私の弁当の中身は…鷹代大叔母さんの手作り弁当。

 

炊き込みご飯に、おかずは焼き魚やほうれん草のゴマ味噌和え、そして卵焼きと言う、女子高生にはなかなか渋めのメニューだ。

 

大叔母さんは、毎朝弁当を作ると言ってくれているけれど、朝早くから作ってもらうのは大変だと思うので、週1回は学食で食べている。

 

実の所、大洗女子学園の学食も海鮮丼等が安くて美味しいから、なかなか侮れないのだ。

 

 

 

そんな事を思っていると、屋上に友達が6人、遅れてやって来る。

 

そして、彼女達の真ん中にいる娘が私に向かって謝った。

 

「嵐、ゴメン…みんなを呼ぶのに手間取っちゃって」

 

『梓、こっちこそゴメン。場所取りしようと思って先に教室を出たのは私だから』

 

私も彼女の前で、両手を合わせながら謝る。

 

相手の名前は、澤 梓。

 

入学した時、ちょっと同年代の娘達とのコミュニケーションが苦手で、友達がいなかった私へ最初に声を掛けてくれたクラスメートが、彼女だった。

 

「漢前で何事にも積極的、そして思った事はすぐ口にしてしまう」って、周囲からよく言われる私とは対照的で、面倒見が良くて落ち着いた雰囲気を持つ少女。

 

何事にも慎重な所も私とは正反対だけど、もしも私が男だったら本気で彼女にしちゃいたい位に可愛いと思うけどな…まあ、ここは女子校でしかも学園艦だから、そんな浮いた話は一つも無い。

 

正直、勿体ないなぁ……

 

 

 

 

 

 

それはさて置き、梓と出会ったおかげで、友達が更に5人も増えた。

 

髪の色と髪型は違うけれど性格がボーイッシュで、私と似た所がある、山郷 あゆみ。

 

ちなみに彼女は黒髪のロングヘアーで、私は赤毛のセミロング。

 

でも胸は彼女の方が私よりも2回り以上大きい……(涙)

 

いつも底抜けに明るくて、個性的な趣味を持つツインテールのメガネっ娘、大野 あや。

 

のんびり屋さんだけれど、いつも笑顔を絶やさず、ショートボブの黒髪が可愛い、宇津木 優季。

 

考えるよりも先に行動してしまう所が私に似ていて、特撮&アニメが大好きな、阪口 桂利奈ちゃん。

 

そして普段一言も喋らず、常にあらぬ方向を向いては物思いにふけっている不思議少女、丸山 紗希。

 

…でも私は何故か、紗希が何も喋らなくても彼女が何を考えているのか、いつも大体分かっちゃうんだよね。

 

これって、もしかしたら戦車道の影響かな?

 

私、戦車道の事は正直忘れたいのだけど…戦車の中は常にうるさいから、無線(この場合は車内通話に使う物を指す)を通じてとは言え、声だけで乗員に指示するのは無理がある。

 

しかも古い戦車の中には、無線機さえ装備していない物もあるから、音声だけの指示では自ら限界があるのだ。

 

そこで、ボディランケージ(と言っても極端な場合は乗員の肩を足で蹴る事さえある)を使う事が多いけれど、それだけではなく、何も言わなくてもお互いのやるべき動作をある程度までは以心伝心でこなす事が要求される。

 

まさかと思うけど、戦車道の経験が、いつも無口な紗希とのコミュニケーションに役立っている…のかな?

 

等と想像していると、あゆみが私に向かって話し掛けて来た。

 

 

 

「お弁当を食べる場所取りをしてくれていたんだ、助かったよ~」

 

『うん。昨日はみんな遅く来過ぎて屋上の場所取りに失敗しちゃったから、今日は早めに場所を確保しようと思ったんだよ』

 

すると、あやが申し訳なさそうな声で、私に謝った。

 

「…面目ない。昨日、場所取りの係は私だったのに、来るのが遅くなっちゃったから、みんなが座れる場所が無くなっていて…」

 

『あや、そんな事無いよ…昨日は私も教室を出るのに手間取って、遅く来過ぎたから。誰が悪いって事じゃないと思うよ』

 

「嵐…ありがとう」

 

『うん、あや。次から同じ失敗を繰り返さない様に気を付ければ良いだけの事だよ』

 

「そうだね♪」

 

すると、私の背後から視線を感じる…まさか。

 

「…」

 

『ああっ、紗希が「早くみんなで食べよう」って…』

 

すると、紗希が無言で小さく頷く。

 

「すごーい!! ちょっと表情を見ただけで、紗希ちゃんが言いたい事が分かるなんて!?」

 

「嵐…すごいわ、紗希とは一言も話していないのに」

 

『桂利奈ちゃんに優季…私も何故、紗希と話さないのにコミュニケーションが成立するのか、分からないよ…』

 

すると、様子を見ていた梓がみんなをまとめる様に声を掛けてくれた。

 

「さぁみんな、話ばかりしているとお昼休みが終わっちゃうよ? 早くみんなでお弁当食べよう!!」

 

 

 

 

 

 

とまあ、こんな感じで、今日もお昼の弁当を食べ始めた私達。

 

すると……

 

「ねえ聞いて、昨日ね、私の彼氏がさぁ…」

 

「何? また彼氏の惚気?」

 

と、優季が自分の彼氏の話を始め、それにあやが応えているのだが…自分にはちょっとした疑問がある。

 

優季がいつも話している彼氏の顔を、私達は今まで一度も見た事が無いのだ…直接どころか、スマホの画像ですら見た事が無い。

 

それだけならまだしも…実は昨日の放課後、私はマジで見てしまったのだ。

 

校舎の隅っこで、目の前には誰もいないはずの空間に向かって愛の言葉を呟いていた優季の姿を。

 

まさかと思うけれど…優季の彼氏って、ひょっとすると所謂「エア彼氏」?

 

だが、さすがに私も本人に事の真相を尋ねる訳には行かない。

 

だって「思った事をすぐ口にしてしまう」所が、私の最大の欠点だし…そう言えば、今朝も初対面だった栗毛の先輩にいきなり『友達…いないのですか?』と、かなり失礼な事を尋ねてしまったし……

 

第一、私も含めてこの場にいる全員浮いた噂の一つも無いのだから、言ってしまうとフォローの仕様が無い(大汗)。

 

 

 

そんな優季とあやの会話を複雑な表情で聞いていると、梓が心配そうな表情で私に尋ねて来た。

 

「どうしたの、嵐?」

 

『あ…いや、優季がね…』

 

梓からの思わぬ質問に、危うく優季の彼氏の事を話しそうになってしまった私だったが、慌てて話題の砲口…いや方向をずらす事にする。

 

『え~と、優季に彼氏がいるって聞いたから、ちょっと羨ましくなっちゃって…』

 

そこへ興味を持ったのか、あゆみがニヤニヤ笑いながら話に入ってくる。

 

「おや、嵐さん。優季にジェラシー感じたの?」

 

『いや、そうじゃなくてね…実は私、小中学校は共学だったけれど、男の子から告白された事は一度も無かったの…告白した事も無いけどね。ところが、何故か下級生の女子だけにはモテてさぁ…』

 

「えっ、そうなの?」

 

今の話を聞いた梓が、思わず顔を赤くしながら聞いて来たので、私は話を続ける。

 

『うん…バレンタインデーになると、必ず下級生の娘が集団で私にチョコを送ってくるからもう大変。特に今年は中学卒業を控えていたせいか、やたらたくさん貰って…家に帰って貰ったチョコを数えてみたら40個位あった』

 

「え~っ、ホント!?」

 

「嵐、それは凄過ぎるよ!!」

 

そこへ、さっきまで恋バナをしていた優季とあやが驚いた表情で、私の話に割り込んで来た。

 

すると、今度はあゆみが興味深そうな表情を浮かべて、こんな事を言い出す。

 

「ふ~ん。嵐って、結構漢前でサバサバした性格だから、同性にモテるとは思っていたけれど…そこまでとは」

 

更に、ここまで話に入ってこなかった桂利奈ちゃんが突然、口を開く。

 

「嵐ちゃんって、特撮ヒーローみたいにカッコいい所があるから、きっとモテモテなんだよ!!」

 

これには、私も動揺してしまった…実は幼稚園の頃から、あゆみや桂利奈ちゃんに言われた様なイメージを周囲に持たれていたので、余計恥ずかしくなる(苦笑)。

 

だから、思わず顔を赤くしながら、皆に向かってこう言った。

 

『ちょっとみんな~止めてよ、私、結構気にしている事だからさぁ~』

 

ところがここで、あゆみがトンでもない事を口走る。

 

「でもさ、そう思って見ると、嵐と梓って結構お似合いなカップルだよね?」

 

「えっ…アタシと嵐が!?」

 

『ちょっとみんな、誤解しないでよ…!! 私、そう言う趣味は無いから~』

 

「「「あはは!!!」」」

 

2人揃って、恥ずかしさで真っ赤な顔になった私と梓のカップリング(?)を見て、みんなが笑い出すと追い討ちを掛ける様に、紗希もニッコリ笑いながら頷いた。

 

 

 

 

 

 

こうして、ちょっぴり怪しい雰囲気にはなったけれど(苦笑)、みんなで楽しいお弁当タイムは進んで行く。

 

この時、ふと私の脳裏にある思いが浮かんだ。

 

~やっと、私もこんな感じで学生生活を送れる様になったんだ~

 

だって、中学まで周りにいたのは、群馬みなかみタンカーズで戦車道をやっていた娘達だけで、昼休みや放課後の話題は、大抵が戦車道の話ばかりだった。

 

あの頃、一緒に戦車道をやっていた友達には悪いけれど…私は今の友達の方がずっと良い。

 

5歳のあの日から10年間、母の下で毎日が戦車道漬けだった私には、こんな何でも無い事やちょっと恥ずかしい話題で笑い合える友達が本当にいなかった……

 

大洗へやって来て、やっと手にした普通の女の子でいられる3年間。

 

こうやってみんなと過ごして行きたいな……

 

 

 

 

 

 

しかし。

 

 

 

 

 

 

この時の私は、まだ始まったばかりの「普通の学生生活」が過ごせるのもあと僅かだとは、知る由も無かった……

 

 

 

 

 

 

お弁当を食べ終わると、午後の授業は体育なので、一旦教室へ戻る。

 

そこで準備を済ませてから、更衣室へ向かって体操服に着替え、校庭へ向かう…はずだった。

 

しかし、教室を出ようとしたその時。

 

突然3人の生徒が教室へ入って来た。

 

彼女達は教壇の前で横一列に並ぶと、教室内を少し眺めてから、視線を私の方へ向けて来る。

 

まず、列の左側にいる生徒は、前下がりのショートボブに片眼鏡を掛けた、キツそうな表情をした人。

 

真ん中にいるのは、私よりも背丈がかなり低くて、ツインテールの髪型をした狸みたいな雰囲気を持つ少女だ。

 

しかも、歩きながら大洗の特産品である干し芋を食べている。

 

でも校内で食べ歩きって校則違反じゃ?…と私は思ったが、彼女の右隣に並んだ、胸の豊かなポニーテールの人に見覚えがあったので、この3人は生徒会の役員だと直感した。

 

その人は小山 柚子さん、この大洗女子学園の副会長だ。

 

実は私、この学校の入学試験に合格して大洗へ引っ越した後、入学直前に学園の下見をしたのだが、その時に案内をしてくれたのが彼女だったのだ。

 

今まで山奥の小・中学校で学んでいたから、巨大な学園艦とは言え、いきなり海の上に引っ越す事になって色々と不安だった私に、優しい言葉で励ましてくれた小山先輩には正直感謝していたので、これから私に大事な話があるのかなと思っていた。

 

と同時に、彼女の隣にいる狸みたいなツインテールの少女が誰かも分かった。

 

この学園の生徒会長、角谷 杏だ。

 

入学式の時にしか彼女の姿を見た事は無いが、噂では破天荒な性格で、面白そうな事には必ず首を突っ込む、お祭り好きな人らしい。

 

まあ厄介な一面もあるけれど、恐らくは面白好きで明るい人なのだろうと、その時は考えていた。

 

さすがに片眼鏡の女は一体誰なのか、皆目分からなかったが……

 

 

 

すると、角谷生徒会長が干し芋を食べながら、私に向かって話し掛けて来た。

 

「やあ、原園ちゃん♪」

 

私も人の事は言えないが…初対面にしてはフランクな口調で話しかけて来る角谷会長の態度が気になったけれど、まずは会長に挨拶する。

 

『初めまして…生徒会長の角谷 杏先輩ですね。この間は副会長の小山先輩にお世話になりました』

 

「ああ、そうだったね」

 

角谷会長も私の挨拶に対してそう答えると、会長の隣にいる小山先輩が会長と私に向かって話し掛けて来た。

 

「はい、会長…それより原園さん、この学園にはもう慣れた?」

 

『はい、小山先輩。おかげ様で友達も出来ました…でも、今日は会長もいらっしゃると言う事は、生徒会から私に何か用事があるのでしょうか?』

 

と、私が小山先輩に尋ねた所、今度は片眼鏡の女が私に向かって話し掛けてきた。

 

「ああ、それなら話が早い。実は、君に頼みたい事があるのだ」

 

『何でしょうか?』

 

すると、狸みたいな…いや、角谷生徒会長が私に向けて、衝撃的な一言をぶつけて来た。

 

 

 

 

 

 

「実は、必修選択科目なんだけどさぁ…戦車道取ってね。よろしく」

 

 

 

 

 

その次の瞬間。

 

私は怒りの余り、体全体が炎の様に燃え上がる感覚を味わった。

 

きっと生徒会の3人も、私が顔を真っ赤にして怒りの表情をしているのを見たのではないだろうか?

 

何故なら、その時私の顔を見たであろう小山先輩と片眼鏡の女は、共に恐怖で引きつった様な顔になっていたし、会長も笑顔ではあるものの、少し困った様な表情をしていたからだ。

 

ちなみに、この時の私は会長に直接怒りをぶちまけたかったのだが、ここで喧嘩をしたら何にもならないと思ったので、必死に理性を総動員して話し始めた。

 

『あの…私、小中学校では戦車道を履修していないのですが…』

 

これは嘘ではない。

 

私は学校では戦車道を履修してはいない…だが、片眼鏡の女が即座に反論して来た。

 

「言い逃れをしても無駄だ、原園 嵐。確かに君は学校では戦車道を履修していない。しかし、地元の戦車道ユースクラブ『群馬みなかみタンカーズ』で小学3年生から中学3年生までの7年間、戦車道を修めているな。しかも4年前に行われた戦車道全国ユースクラブ小学生大会でチームが全国制覇を成し遂げた時は、優勝メンバーとして名を連ね、昨年の戦車道全国中学生大会でもチームは地区予選から勝ち上がり、中学校以外のクラブチームとしては史上初の決勝出場を果たして準優勝、君も優秀選手賞も授与されている…違うか?」

 

片眼鏡の女からの指摘を受けた私は、思わず歯噛みをした。

 

あの女の言う事に嘘は無いが、余計に怒りが増幅する。

 

突然、こんな話を聞かされた梓達も驚いている…いずれ分かると思っていたけれど、こんな形でいきなり暴露される事だけは避けたかったのに……

 

だが、言われてしまっては仕方が無い。

 

 

 

『確かにあなたの言う通り、私は中学卒業まで戦車道をやっていました…ですが、この学園は随分前に戦車道を廃止したと聞いていたのですが…まさか、今年から復活させるのですか?』

 

と、私は戦車道経験者である事を認めた上で、無駄と知りつつもこの学園が20年以上前に廃止したはずの戦車道を再開するのか、尋ねてみる。

 

すると、角谷会長は平然とした態度で答えて来た。

 

「うん、そうだよ♪ だから、経験者の原園ちゃんにこうしてお願いしているのだけど?」

 

…あの、私の肩に手を回して馴れ馴れしく話し掛けているけれど、それ生徒会長としてどうかしていると思いますが?

 

しかし、それを言えば生徒会との戦争になりかねない。

 

とりあえず、私は会長批判を胸の中に仕舞い、戦車道への勧誘をきっぱり断る事にした。

 

『あの…角谷会長。申し訳ありませんが、その話はお受け出来ません』

 

私は、拒絶の意志を会長達にはっきり伝えると、自分の肩に掛かっていた会長の手を静かに離す。

 

「原園さん…」

 

「おい、貴様…」

 

すると、小山先輩は心配そうな表情を浮かべながら私へ言葉を掛けて来る一方で、片眼鏡の女は私を睨みながら文句を言って来た。

 

けれど、私もこれだけは譲れないから、こう告げる。

 

『私は、この春で戦車道から引退しました。母の承諾も得ています。その上で戦車道の無い、この大洗女子学園を受験して入学したのですが…もう一度伺います。この学園は戦車道を復活させるのですね?』

 

「そうだよ。詳しい事は今日の放課後に…」

 

と、私の質問に対して角谷会長が答えてきたが、私はそれでもう充分とばかりに彼女の発言を遮った。

 

そして、鋭い口調でこう告げる。

 

『なら、他の方を当たって下さい。但し、戦車道は甘くないですよ。これだけは経験者として忠告して置きます』

 

すると、角谷会長はおどけた口調で、こう切り返して来た。

 

「お~恐い恐い。噂通りの強情な娘だね、原園ちゃん。でも私達もこれ位で諦めたりはしないから、まあじっくり考えてよ。それじゃあね♪」

 

 

 

 

 

 

こうして、教室に襲来した生徒会の3人組が立ち去った後。

 

私達、普通Ⅰ科1年A組は体操服に着替えて校庭に集合、体育の授業を受けていた。

 

まだ新学期が始まってから間もないので、授業の内容は体力検定だ。

 

これからクラス全員で最初に受けるのは、50m走である。

 

実を言うと私、走るのは自信がある…特に、今日みたいに「戦車道を履修しろ」等と言う神経を逆撫でする様な言葉を言われた時は、本気で走って、ストレスを発散したい。

 

そう思っていると……

 

「嵐…大丈夫? 生徒会の人達が来てからイライラしていない?」

 

梓が私を気遣って声を掛けてくれたのだが、今の私はそれを受け入れられない程に苛立っていた。

 

『梓、ゴメン。今ちょっと落ち着かないんだ…』

 

と、素っ気無い返事をした私は、ムシャクシャした気持ちのままコースに入る。

 

そんな私の姿を見た梓とあや、あゆみは心配そうに見守りながら、小声で話していた。

 

「あゆみ、嵐ちゃんがちょっと恐い顔をしているよ…」

 

「あや…嵐はお昼休みに生徒会の人達が来てから、ずっとあんな感じだからなぁ…私も嵐のあんな顔は初めて見る」

 

「2人共…嵐に聞こえていると思うけど?」

 

そんな3人の会話を聞き流しつつ、私は走り出すイメージを脳裏に浮かべながら、仏頂面のままスタート位置に付いて……

 

 

 

 

 

 

用意、ドン。

 

 

 

 

 

 

号砲と同時に思いっ切り走り出した、次の瞬間だった。

 

駆け出した直後の脚が、一瞬不自然にもつれてバランスが崩れた。

 

 

 

『あっ…って、どわーっ!!』

 

「「「あーっ!!!」」」

 

 

 

こうして、私は50m走のスタート直後に思いっ切り転んだのだった。

 

 

 

(第2話/終)

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

第2話をお送りしました。



早速ですが今回、嵐ちゃんとウサギさんチームを絡ませてみました。

独自設定ですが、同じ1年生と言う事で、ちょっと遊んでみようかと。

ちなみに、この後のオリエンテーションの場面を考慮して、ウサギさんチームの内、嵐と同じクラスなのは、梓、あゆみ、あやの3人だけで、残る優季、桂利奈、紗希は嵐達と別クラスであると解釈しています。

今後も作中では、この手の「遊び」を散りばめてみたいと思いますので、もし良ければ感想の方をお願いします。

そして、前回の予告通り「襲来」した生徒会の面々。

西住殿に対しての時と同様、やや強引に戦車道への勧誘を仕掛けますが、嵐ちゃんは、こう言う理不尽な状況になると強い反骨精神を発揮する娘なのです。

その意味で、今の所、生徒会の勧誘は逆効果と言ってよい状況なのですが、果たして…?

と言う訳で次回は、第3話です。

怪我をして保健室へ向かった嵐ちゃんは「あの先輩」と再会します…が、もう相手が誰かは分かりますね?(苦笑)

それでは、次回をお楽しみに。




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第3話「意外な場所で、先輩と再会です!!」


まず、報告です。
2017年12月04日に、UAが5000を突破しました。
ご覧になっている皆様、いつもありがとうございます。

あとガルパン最終章第1話、初日の午後に観ましたが、まさか一部まとめサイトで囁かされていた『桃ちゃん留年説』がネタにされていたとは…(爆笑)。
あと、色々な意味で仰天の内容でしたが、詳細はぜひ劇場で。
それと劇場パンフレットは、お勧めですよ!!

【報告】2018年6月2日に一部修正(段落と一部の文章の訂正)しました。



 

 

 

 

 

 

『ああ、痛っ…ごめんね、梓』

 

「ううん。それよりも嵐は大丈夫?」

 

『まあ、さすがに左膝を派手に打ったから、痛い事は痛い…』

 

「保健室まで、もうすぐだから頑張ってね」

 

『うん…』

 

 

 

 

 

 

何故、こうなったのか。

 

全ては、今日のお昼休み時間が終わる頃に突然、正体不明の片眼鏡の女と生徒会副会長の小山 柚子先輩を引き連れて普通Ⅰ科1年A組の教室へやって来た、角谷 杏生徒会長が私へ向けて放った一言から始まった。

 

 

 

 

 

 

「実は、必修選択科目なんだけどさぁ…戦車道取ってね。よろしく」

 

 

 

 

 

 

母から10年間に亘り強いられて来た戦車道が嫌で堪らなくなり、高校進学を機に戦車から逃げようと故郷の群馬県利根郡みなかみ町を飛び出して、茨城県大洗町にある戦車道の無い大洗女子学園を進学先に選んだ私にとっては、衝撃的な一言だった。

 

とっくの昔に廃止していたはずの戦車道を復活させると言う、生徒会長からの通告。

 

友達やクラスメートの目の前で暴かれた、私の戦車道の過去。

 

そして、私の過去に当惑する友達やクラスメート達。

 

全てが、私にとっては悪夢の様な事態だった……

 

 

 

経験者である私に対して、戦車道を履修する様に迫る生徒会との口論でムシャクシャしていた私は、午後の体育の授業で行われていた体力検定の50m走で、ストレスを解消しようと考えた。

 

だが、思いっきり走ろうとしてスタートした直後、私は一瞬脚がもつれてバランスを崩してしまい、友達の梓とあゆみ、あやが見ている前で派手に転倒してしまったのだ。

 

かくして、私は転倒した際に左膝を強めに打った事もあり、梓に左肩を抱えられながら保健室へ向かっていた……

 

 

 

すると、梓が私の左肩を支えながら心配そうに語りかける。

 

「ねえ、戦車道の事だけど、小学校の頃からやっていたの?」

 

一瞬、私は答えるべきか迷ったが、もう分かっている事だから言葉を選んで答える事にした。

 

『小学3年生…いや、実際は5歳から中学を卒業するまでの10年間、母の下で戦車道をやらされていたのは本当。特に5歳から小学3年生までの間は、母から直接指導を受けていたの。その後は、生徒会の片眼鏡の先輩が言った通りだよ…』

 

「片眼鏡の先輩…生徒会広報の河嶋 桃さんの事だね」

 

あのキツそうな正体不明の女、河嶋って名前だったのかと思っていると、梓が心配そうな表情のまま、更にこう尋ねて来た。

 

「それで…何故、戦車道を引退する事になったの? 何か嫌な事があったの…?」

 

ああ、やっぱりその話をするべき時が来たか…でも避ける訳にはいかないよね。

 

『本当は余り答えたくないけれど…でも、梓にはキチンと話して置きたい。ただ、今は保健室に行くのが先だよね?』

 

「うん、そうだった。じゃあ、後でちゃんと話を聞くね」

 

『ありがとう…』

 

ゴメン、梓…でも梓は優しいから、きっと私が戦車道を引退する原点になった事件を話したら、大きなショックを受けるに違いない。

 

 

 

 

 

 

保健室へ入ると、保健の先生がため息を付きながら治療を始めた。

 

「今日はね、何故か気分の悪い人が3人もベッドで休んでいるの…だから、あなたも静かに休んでいてね」

 

『あ、はい…』

 

先生からの話に、つい私も傷口を水道水で洗浄する事によって起きる痛みを忘れて、聞き入ってしまった。

 

既に3人も気分が悪くなった人がいるとは、今日は一体何があったのだろうか?

 

そんな事を考えていると、傷口は手早く洗浄されて、治療もすぐ終わってしまった。

 

「じゃあ、こっちのベッドで休んでいて良いから、放課後のチャイムが鳴っても左膝の痛みが続く様なら教えてね。家に連絡するから」

 

『はい、ありがとうございます』

 

と、私は保健の先生に礼をしてから梓にこう伝えた。

 

『じゃあ、梓は教室へ帰って良いよ。私は放課後までここで休んで様子を見るから、担任の先生にもそう伝えてね』

 

「うん…無理しないでね」

 

『分かっているよ。痛みが無ければ帰りに教室へ戻って来るから、その時に会おうね』

 

こうして梓を教室へ帰した私は、保健室のベッドがある場所へ入る。

 

すると、左側に並んでいる3つのベッド全てで人が寝ているのに気付いた。

 

あれが、保健の先生が言っていた「気分の悪い人達」なのかと思いつつ、私はその反対側にあるベッドへ入って寝る事にした。

 

すると、左側にある3つのベッドから話し声が聞こえて来る。

 

「みほ…」

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ…」

 

「いいよ寝てれば」

 

「早退されるんでしたら鞄持って参ります」

 

「ありがとう」

 

「一体、生徒会長に何言われたのよ?」

 

「良かったら話して下さい」

 

ベッドに入った直後の私だったが、失礼かも知れないと思いながらも耳を澄ませて3人の会話を聞く事にした。

 

もしかしたら、私と同じ様に角谷生徒会長から戦車道の履修を迫られている人がいるのだろうかと、思い当たったからだ。

 

すると、案の定……

 

「今年度から戦車道が復活するって…」

 

「戦車道とは…乙女が嗜む伝統的な武芸の?」

 

ああ、やっぱり。

 

生徒会から戦車道の履修を迫られている人が、ここにもいたのかと思った次の瞬間、私は思いもよらぬ人の名前を聞く事になった。

 

「それとみほに何の関係があんの?」

 

あれっ…戦車道…みほ?

 

そう言えば、さっきも同じ名前で呼んでいたよね?

 

まさかとは思うけれど、その名前は私が以前から知っている『あの人』と同じなのかな?

 

それに今「みほ」って言われた人、今朝出会った栗毛で転校生の先輩と声が一緒じゃないかしら…ちょっと待って!!

 

あの転校生の先輩、どこかで見覚えがある顔だと思っていたけれど…まさか!?

 

次の瞬間、もう忘れようと思っていた戦車道に関する記憶を一気に呼び覚ました私は、こんな事が有り得るのかと、信じられない思いを抱きながらも更に聞き耳を立てる。

 

そして……

 

「私に戦車道を選択するようにって…」

 

と語る「みほ」と言う人の声を聞いた次の瞬間。

 

ある確信を抱いた私は、思わずベッドから体を起こして、彼女達へ話し掛けていた。

 

 

 

 

 

 

『あの…突然ですが、今のお話、本当でしょうか?』

 

 

 

 

 

 

「「「えっ…」」」

 

 

 

 

 

 

その瞬間、ベッドの中で話していた3人の生徒が驚いた表情で私を見ていた。

 

慌てて、私も元々小さめだった声を更に小さくして、説明する。

 

『あっ…ごめんなさい。実は、私もお昼休みの時間に自分の教室で、全く同じ事を生徒会長から言われたものですから、つい皆さんのお話を聞いてしまっていたのです』

 

そう応えた次の瞬間、3人の生徒は更に驚いた表情で、私に向かって話し掛けて来た。

 

「えっ、それってマジなの?」

 

最初に話し掛けて来たのは、私から見て左側のベッドにいる、ゆるくウェーブした淡い栗毛で少し長めのセミロングの髪形をした人(何だか、小山先輩並みにグラマーな体型だなぁ…羨ましいよ)。

 

「本当ですか?」

 

次に話し掛けて来た人は、右側のベッドにいる、ストレートの黒髪ロングヘアーがきれいな人(この人もスタイルが良さそう…いいなぁ)。

 

そして、私の正面にあるベッドにいる人は…まさしく今朝の登校中、交差点角のコンビニ前で出会った、あの先輩だった。

 

「あれ…もしかしてあなた、今朝登校する時に会った1年生の…原園 嵐さん?」

 

『あっ、はい。今朝は最初先輩だと知らなかったとは言え、大変失礼な事を言ってしまって、申し訳ありませんでした』

 

「ああ、そう言えば私、あなたから『友達…いないのですか?』って、心配されちゃったんだっけ」

 

「みほ…それ、中々失礼な事だと思うよ?」

 

「でも沙織さん、私も原園さんと別れる時に自己紹介をするのを忘れていたから、お互い様だよ。原園さん、こちらこそあの時はごめんなさい」

 

『いえ、とんでもありません…じゃあ、ここで改めて自己紹介から始めても良いですか?』

 

 

 

と言う訳で、私達は互いに自己紹介をする事になった。

 

まず、私から。

 

『私は原園 嵐。故郷は群馬県利根郡みなかみ町の山奥で、この春から大洗に出て来たばかりの15歳、クラスは普通Ⅰ科1年A組です。よろしくお願いします』

 

続いて、私から見て左側のベッドにいる、少し長めのセミロングの髪形をした人から順に、3人の自己紹介が始まった。

 

「私は、武部 沙織。大洗町の出身で16歳、クラスは普通Ⅰ科2年A組だよ。よろしくね」

 

次に、右側のベッドにいる、ストレートの黒髪ロングヘアーがきれいな人。

 

「私は、五十鈴 華と申します。出身は水戸で沙織さんとは同い年で同じクラスです。よろしくお願いしますね」

 

そして…私の正面にあるベッドにいる、今朝登校中に出会った人が……

 

「私は…西住 みほ。出身は熊本で…年齢とクラスは沙織さんや華さんと同じなんだけど、2人とは今日始めて知り合って、友達になったんだ。原園さんも入れたら、これで3人目だね」

 

『そうですね…』

 

と、西住 みほ先輩は、少しはにかみながら話してくれたので、私も微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

…そして、私は西住先輩が何者なのか、完全に思い出していた。

 

日本戦車道の名門、そして最大級の流派で、九州は熊本県熊本市にその本拠を持つ西住流。

 

その現師範で、近く次期家元を襲名するとも噂される、西住 しほの次女。

 

また、熊本県にある高校戦車道の強豪校・黒森峰女学園戦車道チームの現隊長で、戦車道の国際強化選手としてメディアにも登場する事から一般にもよく知られている、西住 まほの妹でもあり、昨年度の黒森峰女学園戦車道チームでは、高校1年生ながら副隊長の重責を担い、隊長である姉を支えていた少女。

 

それが、西住 みほ先輩だ。

 

私にとって、西住先輩は…去年の第62回戦車道全国高校生大会決勝戦を現地で観戦した時、これまで見て来た戦車道をやっている数多くの先輩達の中でただ1人「この人となら、一緒に戦車道を極めてみたい…来年は黒森峰に入って、あの人をこの大会で優勝させてあげたい」と、心の底から憧れた先輩である。

 

それと同時に、私が戦車道から引退する決断をした、直接のきっかけを作った人でもあるのだ……

 

 

 

それぞれの自己紹介が終わると、五十鈴先輩と武部先輩は、私と西住先輩を交互に見ながら話し掛けて来た。

 

「この学校に戦車道をされていた方が、みほさんの他にもいたのですね…」

 

「でも、みほだけでなく、原園さんまで戦車道にって、何で?」

 

だが、続けて武部先輩が妙な質問をして来た。

 

「これって、何かの嫌がらせかな? あ、分かった。生徒会の誰かと三角…いや四角関係?恋愛のもつれ?」

 

「違っ…」

 

武部先輩は何故か、恋愛方面へ話を捻じ曲げようとして、西住先輩を困らせているので、私はすかさずツッこんだ。

 

『あの…失礼ですが、武部先輩。私達はここに来たばかりで彼氏を作る暇なんてありません。あと、ここは女子校ですし』

 

すると、今度は五十鈴先輩が話し掛けてくる。

 

「ぜひ戦車道を選択するよう請われるなんて、もしかして…みほさんと原園さん、数々の歴戦を潜り抜けてきた戦の達人なんでしょうか?」

 

『まあ…私達もある意味では、戦の達人かも知れないですね』

 

「タイマン張ったり、暴走したり、カツアゲしたり」

 

「でもなくて…」

 

『いえ五十鈴先輩、それは違います。私達、戦車の暴走族とかレディースをやっていた訳じゃないですから』

 

五十鈴先輩の発言に西住先輩も当惑していたので、思わずツッこむ私だが…この場合、武部先輩と違って五十鈴先輩の発言の恐ろしい所は、これが単なる「天然な発言」とは言い切れない部分があるからだ。

 

何故なら「戦車を用いてタイマンや暴走行為等を行うレディースや暴走族」はこの世に実在しており、近年では結構な社会問題になっていると新聞やTV、ネットニュース等で連日報じられているのだけれど……

 

五十鈴先輩って本当の所は聡明な人なのか、ただの天然な人なのか、一体どちらなのだろうか?

 

そんな事を考えていると、武部先輩が更に西住先輩へ尋ねて来た。

 

「んじゃ何?」

 

「えっと…」

 

西住先輩は、武部先輩へどう答えて良いのか、困ってしまっている。

 

そこで私は、西住先輩へ助け船を出した。

 

『あの…どうやら西住先輩は言いにくい事情がありそうなので、まず私の方から話しましょうか?』

 

「あっ…」

 

西住先輩は、少し不安そうな表情になったので、私は先輩を安心させる為に優しい口調でこう話した。

 

『多分…ですが、察する限りでは私も西住先輩と同じ理由でここへ来たと思いますから…』

 

「うん…じゃあ聞かせて」

 

西住先輩は少し安堵した表情になり、俯き加減だった顔を上げると、私の提案に同意してくれた。

 

 

 

 

 

 

そこで、私は自分が戦車道から逃げ出した理由を話した。

 

『私の母は、群馬の実家で車両整備工場の社長をしているのですが、実はただの整備工場じゃないのです』

 

私の第一声を聞いた西住先輩達は、意外そうな表情をしながら話を聞いている。

 

特に、武部先輩は怪訝そうな顔をして、こう聞いて来た。

 

「ただの整備工場じゃないって、一体どう言う所なの?」

 

そこで私は、母がやっている事業の詳細を説明する。

 

『母の工場は、普通の自動車やトラック・バスから農業機械の整備もやるのですが、本業は戦車の整備なのです。戦車道で使う戦車の整備や修理・レストアが主な仕事ですが、他にも戦車用部品の製造販売から戦車の買取り・販売、レンタル・リース事業とかその他諸々。戦車に関わる事なら手広くやっています。だから工場は結構大きくて、更に一般人向けの戦車道ショップまで経営しているのです』

 

「と言う事は、原園さんのお母様はやり手の実業家なのですね?」

 

「えっ…じゃあ、原園さんって実は結構なお嬢様?」

 

ここまでの話を聞いていた五十鈴先輩と武部先輩が、驚いた表情で口々に呟いた。

 

西住先輩も、驚いた表情で私を見つめている。

 

そこで、私は話を本題へと進める。

 

『確かに世間から見れば、私の家って五十鈴先輩や武部先輩の言う通りかな…で、実を言うと、母は以前から戦車道にのめり込んでいて、故郷の町に戦車道のユースクラブチームを町の人達と一緒に作ってしまった位なのです。だから私も5歳の時から、母によって無理やり戦車道をやらされ続けて来たのですが…本当は嫌で堪らなかったのです。だから高校進学を機に戦車から逃げ出して、群馬の山奥からこの大洗へ来たのです』

 

 

 

すると、私の話を聞き終わった西住先輩は目を丸くしながら、こう呟いた。

 

「えっ…それって、私と殆ど一緒だ」

 

私は、それはそうだろうなと思った…先輩と似た境遇の後輩が目の前にいるのだから。

 

『西住先輩…これで少しは話しやすくなったでしょうか?』

 

「うん、ありがとう…私はね、家が代々戦車乗りの家系で…でも余り良い思い出が無くて…私も、原園さんみたいに戦車を避けてこの学校へ来た訳で…」

 

実を言うと私は、西住先輩の事はもっと詳しく知っているが、敢えて口を出さずに西住先輩の話を聞いていた。

 

そうすると、話を聞いていた五十鈴先輩と武部先輩がこう言ってくれた。

 

「そうだったんですか」

 

「そっかあ…じゃあ2人共無理にやらなくていいじゃん。第一、今時戦車道なんてさ、女子高生がやる事じゃないよー」

 

『その通りだと思います、武部先輩。私は小学校に入る前の年から戦車道をやっていたから分かりますけれど、確かに女の子がやる武道じゃないですね』

 

「生徒会にお断りになるなら、私達も付き添いますから」

 

『ありがとうございます、五十鈴先輩、武部先輩』

 

これで、武部先輩と五十鈴先輩は、西住先輩や私の思いを理解してくれているのが分かったので、私も西住先輩を励ます様に、こう声を掛けた。

 

『私も生徒会からの誘いは断るつもりなので、西住先輩も困った事があれば相談して下さい。実は、ちょっとした策があるんです』

 

「あ…ありがとう」

 

西住先輩が少し微笑んで応えてくれた次の瞬間、午後の授業の終了を告げるチャイムが鳴った。

 

「授業終わってしまいました。せっかく寛いでいましたのに…」

 

「後はホームルームだけだね」

 

『では、私も自分の教室に帰りますね…』

 

五十鈴先輩と武部先輩が過ぎた時間を名残惜しむ中、私はケガをした左膝に痛みが残っていないのを確かめてから、梓達が待っている普通Ⅰ科1年A組の教室へ帰ろうとした、その時だった。

 

 

 

突然、天井に取り付けられているスピーカーから校内放送が始まった。

 

 

 

「ん…何?」

 

西住先輩が不安そうな声を挙げた時、私はすぐさまこう呟いた。

 

『来ましたね…生徒会の連中』

 

「えっ?」

 

「原園さん、何で、生徒会からだって分かるの?」

 

『放送を聞けば分かると思いますよ、恐らくね…』

 

私は、疑問を口にした五十鈴先輩と武部先輩に向けて不敵な表情を浮かべつつ、保健室のスピーカーを見つめていた…ふん、あの狸の生徒会長がお昼休みに教室で「詳しい事は今日の放課後に…」って言っていた言葉の意味は、これか。

 

そう考えているとスピーカーから、河嶋とか言う生徒会広報の声で、放送が始まった。

 

 

 

 

 

 

「全校生徒に告ぐ。体育館に集合せよ。体育館に集合せよ」

 

 

 

 

 

 

西住先輩達が不思議そうな表情を浮かべて私を見詰めている中、私自身は生徒会に対する闘志を燃やしつつ、小声で先輩達に語りかけた。

 

『来ましたね…恐らくですが、これから体育館で必修選択科目のオリエンテーションをやると思いますよ。でも実際は、戦車道だけのオリエンテーションでしょうけれども…これ位で負けるもんですか』

 

 

 

(第3話/終)

 

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。



第3話をお送りしました。

50m走で転倒、ケガをして保健室へ行った嵐ちゃんを待っていたのは、朝出会ったのに名前を聞けなかった先輩とその友達…そうです、西住殿達でした(笑)。

そして先輩達に自己紹介をして、自らが戦車から逃げ出した理由を話した嵐ちゃんですが…実は、戦車から逃げ出した直接の理由はまだ語られていません。

これに関しては、後々彼女の口から語られる事になりますので、注目して下さい。



と言う訳で、2017年の投稿は今回で最後。

次回、第4話は、2018年元旦に投稿の予定です。

果たして、嵐ちゃんは生徒会の仕組んだオリエンテーションを見て何を思うのか?

お楽しみに。



そして皆様、メリー・クリスマスイブ!!


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第4話「戦車道は、甘くありません!!」


2018年、明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。



※注意(1/1 23:10頃追記)

今回、主人公が戦車道に対して否定的な内容の発言を行なっております。

作者としては物語の展開上、必要な台詞であると考えておりますが、もしも気分を害された場合は、速やかにプラウザバックをお願いします。

【報告】2018年6月2日に一部修正(段落と一部の文章の訂正)しました。



 

 

 

 

 

 

放課後、生徒会による突然の校内放送で体育館へ集められた、大洗女子学園の生徒達。

 

 

 

私は時間に余裕が無かったので、西住先輩達と別れてからは、自分の教室へ寄らずに体育館へ入ると、梓達が座っている普通Ⅰ科1年A組の列に集合時間ギリギリでやって来た。

 

 

 

「あれ嵐、体操服のまま…」

 

 

 

『ゴメン梓、着替える時間が無かったから、担任の許可を貰って直接ここへ来た』

 

 

 

私は、制服に着替えられなかった事を謝りながら、あやとあゆみも座っている列の後ろに座る。

 

すると体育館の壇上には、角谷生徒会長と副会長の小山先輩、そして生徒会広報の河嶋がいる事に気付いた。

 

その直後、壇上から河嶋がマイクで、生徒達に向けて放送を始めた。

 

 

 

「静かに。それではこれから必修選択科目のオリエンテーションを開始する」

 

 

 

ふん、本当は「戦車道のオリエンテーション」でしょ。

 

今すぐ訂正しなさいよ…と、私が心の中で毒つく間もなく、生徒会トリオは壇上から立ち去る。

 

そして、壇上のスクリーンに大きく「戦車道入門」の文字が映し出された瞬間。

 

私は、思わず噴き出しそうになった。

 

これって…文部科学省が業者に委託して作っている、戦車道勧誘のプロモーション映像じゃない。

 

と言うか、去年の同じ時期に「群馬みなかみタンカーズ」でやった新入生歓迎のオリエンテーションで、この映像を見たのですが(笑)。

 

そう言えばあの時、オープニングタイトル画面右下に「えーりん1939年」って書いてあるのに気付いて「まさか、これって戦前の映画フィルムなのかな…いや、1939年当時の日本にカラーフィルムなんてあったかな?」と、不思議に思った記憶がある。

 

その時は、みなかみタンカーズで戦車道の指導をしているコーチに質問してみると「いつの映像かはよく知らないのだけれど、かなり古い作品なのは確かよ」って答えてくれたけれど、本当の所はどうなのかな?

 

しかし、それにしても……

 

 

 

「戦車道…それは伝統的な文化であり、世界中で女子の嗜みとして受け継がれて来ました…」

 

 

 

ふーん。

 

戦車道が伝統文化で、女子の嗜み、ね。

 

 

 

 

 

 

嘘を言うな!!

 

 

 

 

 

 

猜疑に歪んだ、私の暗い瞳がせせら笑う。

 

何だったら、この場ではっきり言ってあげようか…?

 

戦車道はね、所詮は人殺しの武芸でしょ。

 

少なくとも、10年間戦車道を経験した私が知る限りでは、その映像のナレーションを担当している小山先輩が言う様な「礼節のある淑やかで慎ましく、そして凛々しい婦女子を育成する事を目指した、武芸でもあります」では、絶対ない。

 

私に言わせれば…戦車道には、太古の昔から人類が幾度も捨てよう、止めようと思いながらも捨てられない、止められない「心」の一部が凝縮されているんだ。

 

それは、人類の歴史には常に付きまとう「戦い」と言う名の業、そして「狂気」。

 

そんなもの「だけ」を、しかも女性が極めて、一体何になるのよ…?

 

えっ、何故お前にそんな事が言えるのかって?

 

いい質問だね。

 

私は、知っているんだ。

 

10年前に、父さんが死んだ時の出来事を。

 

去年、現地で直接見た、第62回戦車道高校生大会の決勝戦で起きた事故の事を。

 

そして…その決勝戦からしばらく経った後、母に会いに来ていた高校時代の母の同級生である人の口から知らされた、西住先輩の身に起きた出来事を。

 

何が戦車道に「来たれ乙女達!」だ、笑わせるな!!

 

 

 

 

 

 

そこまで思考が及んでいた、次の瞬間だった。

 

プロモーション映像「戦車道入門」が終了すると同時に、体育館の壇上から花火(恐らく、音と煙だけの非可燃性の物だろう)が上がって、皆を驚かせていた。

 

だが、煙が晴れて壇上が再び見える様になると、今度は私が驚く番だった。

 

壇上のスクリーンには<必修選択科目 履修届>と表示されているのだが、その下のおよそ半分近くのスペースに大きく「戦車道」の欄が表示されている。

 

他の茶道、書道から仙道、忍道とか言う訳の分からない科目まである、様々な必修選択科目は、その下の欄に小さくまとめられているだけ。

 

そうまでして、この学園の生徒会は戦車道の履修者を集めたいのかと呆れていると、再び生徒会の3人が壇上へ上がって来た。

 

そして、壇上から再び、広報の河嶋が説明を始める。

 

 

 

 

 

 

「実は数年後に戦車道の世界大会が日本で開催されることになった。その為、文科省から全国の高校・大学に戦車道に力を入れるよう要請があったのだ」

 

 

 

 

 

 

ああ、なるほどね。

 

これだけ派手に戦車道履修者の募集をやっている背景とは、そう言う事だったのか。

 

あと、今の説明で色々と気付いた事がある。

 

まず、河嶋が言っている事自体に嘘は無い。

 

この話は、私も中学卒業前から知っている…と言うか、戦車道を履修している娘達ならば、小学生でも概略は知っている内容だ。

 

でも実を言うと、河嶋の説明には間違いが1つだけあるんだけどな。

 

 

 

あれは、去年の秋頃だったかな?

 

世界的に有名な戦車博物館がある事で知られる、英国のボービントンと言う街にある国際戦車道連盟本部で開催された連盟の定期総会で、次回の戦車道世界大会の開催地が日本に内定したのは事実だけど、実はこれ、まだ決定じゃないんだ。

 

何故かと言うと、戦車道の世界大会開催にはプロリーグの創設が必須条件の1つに挙げられているが、肝心のプロリーグが日本にはまだ無いからだ。

 

一応、今年度末までには日本でも戦車道のプロリーグを発足させる事で、この問題はクリアされる予定になっているけれど、現状では次回の戦車道世界大会の開催地は「日本に内定」と言う段階に過ぎない。

 

えっ、それが何を意味するのかって?

 

それはね、極端な事を言うと可能性はごく低いのだけれど、今後日本の戦車道で不祥事あるいは何らかの問題が起こった場合、国際戦車道連盟の判断次第では開催地が変更になってしまう場合が有り得るからなんだ。

 

実際、去年の定期総会では、その少し前に開催された日本の第62回戦車道高校生大会の決勝戦で起きた事故に対する日本戦車道連盟の対応を巡り、一部の国の代表から「戦車道世界大会を日本で開催するのは、時期尚早だ」とする反対論が出て、これに国際戦車道連盟の副会長(この人は英国出身だ)や一部の理事も同調した事から、各国間で激しい議論が戦わされたって言われている。

 

そして、日本での開催が内定した後も日本開催反対派の国々は、国際戦車道連盟の幹部に対して水面下で様々な働き掛けを行っており、何とか日本での開催を白紙に戻そうとしているらしい…もちろん、その裏でこれ等の国々は「あわよくば自国あるいは自国の友好国での大会開催」を狙っているらしいのだけどね。

 

 

 

と言う訳で、本当は、ここまで言わないとダメなんだけどね……

 

等と思っていると、今度は会長と副会長が相次いで発言をする。

 

だが、それはトンでもない内容だった。

 

 

 

「んで、ウチの学校も戦車道を復活させるからね~、選択するといろいろ特典を与えちゃおうと思うんだ~♪…副会長」

 

 

 

「成績優秀者には、食堂の食券100枚、遅刻見逃し200日、更に通常授業の3倍の単位を与えます!」

 

 

 

「と言う事でよろしく~♪」

 

 

 

えっ?

 

ちょっと待ってよ、角谷会長、小山先輩…いや副会長。

 

食堂の食券100枚はともかく、遅刻見逃し200日とか通常授業の3倍の単位なんて、はっきり言って教育基本法違反だと思うけれど…って言うか、学園艦の生徒会長ってそこまでの権力があるの?

 

これって、独裁者そのものだと思うのだけど?

 

本当にそんな特典が、県の教育委員会や文科省から認められているの?

 

と、私は生徒会による、形振り構わぬ戦車道受講者獲得作戦を知って当惑していた。

 

だが、次の瞬間。

 

私の前の列で、戦車道のプロモーション映像と生徒会からの説明を見ていたあやと梓、あゆみの後姿を見た私は、思わず肩を落としてしまった。

 

彼女達は、プロモーション映像の途中で登場したⅢ号戦車J型が装備する50mm60口径戦車砲の発砲音を聞いた時から、何やら浮ついた表情をしている。

 

ああ、これはちょっとマズいなぁ…戦車道って正直な話、女の子がやる武道じゃないのに。

 

この分だと今日の放課後は、経験者として梓達に戦車道の詳しい説明をしないといけないのかな?

 

 

 

 

 

 

等と思っている内に、生徒会による戦車道のオリエンテーションを最後に今日の学校の授業は終わって、今は放課後の帰り道。

 

私と梓達はseventy fourアイスに立ち寄り、様々なさつまいもアイスを頬張りながら、今日学校で起きた出来事を振り返っていた。

 

案の定、梓達の話題は戦車道のそれになっている。

 

 

 

「どうなんだろうねー、戦車?」

 

 

 

まず、桂利奈ちゃんが興味津々な表情で、みんなに向かって話し掛ける。

 

 

 

「乙女の嗜みなんだってー」

 

 

 

続いて、あゆみはオリエンテーションの内容を鵜呑みにした話を振って来る。

 

 

 

「男子戦車道って、確かに聞いた事ないよねー」

 

 

 

と、スマホで戦車道を検索した結果を眺めながら話すのは、あやだ。

 

みんな…本当に悪いけれど、今は、はっきり言ってウザい。

 

正直、もう戦車道の話は止めて欲しい……

 

せっかく、10年間も強いられ続けて来た戦車道から離れて、普通の女子高生として新たな生活を始めたばかりだったのに。

 

どうして、こんな事になってしまったのだろう?

 

すると、紗希が私に向かって悲しげな表情をしていたので、思わず私は小さく頷いたが、悲しいかな彼女は普段喋らないから、どうやって私の思いを皆に伝えたら良いのだろうかと、困ってしまっている。

 

すると、そこへ追い討ちを掛ける様に話し始める少女が1人……

 

 

 

「彼が私のミリタリールック早く見たいって♪」

 

 

 

優季…悪いけれど、彼にミリタリールックを見せたいなら、本人かスマホの前でやって。

 

あと、周りに他人がいない時に。

 

そう思っていると、今度は、梓がこんな事を言って来た。

 

 

 

「昔はあったんだって、戦車道。この学校に」

 

 

 

次の瞬間、遂に私は我慢出来なくなり、つい大きな声でこう言った。

 

 

 

『あったよ…詳しい事は知らないけれど、大洗女子学園では20年位前に戦車道は廃止になって、それっきりだったのだけど…』

 

 

 

「「「「「あっ…」」」」」

 

 

 

さすがに、そこで皆は、お昼休みに私が生徒会と交わした口論を思い出したらしく、一斉に口を噤んだ。

 

その隅では、話し掛けられないでいた紗希が「やれやれ」と言わんばかりの表情で溜息を吐いている。

 

 

 

そこで私は少し間を置いて、表情は真剣だが出来るだけ優しい口調で話し掛ける。

 

 

 

『みんな…経験者として言って置くけれど、戦車道は甘くないよ』

 

 

 

「甘くないって…どう言う事?」

 

 

 

真面目な表情で話し始めた私を見た梓が、不安そうに話し掛けて来たので、私はもう一度間を置いて話を続ける。

 

 

 

『まず、戦車道はキツくて辛い。例えば砲弾の運搬や装填がね…戦車が積む大砲の大きさにもよるけれど、1発が10kg以上ある重い砲弾も珍しくない。それを試合だけではなく訓練でもたくさん撃つから、狭い戦車の中で砲弾を何回も持ち運びしないといけないの。しかも撃ち終わったら、空薬莢の片付けや使った戦車砲の清掃とかが凄くしんどいんだ…更に、燃料の補給とか部品の点検、交換とかで、力仕事が非常に多い』

 

 

 

「えっ…?」

 

 

 

話を聞いていたあゆみがその内容に驚いている。

 

ようやく、戦車道がどういうものか分かってくれたみたいだね。

 

 

 

『次に汚いし、すぐ汗塗れになる。戦車って、燃料としてガソリンか軽油を大量に使うのだけれど、これがどっちも臭うんだよ。あと、オイルやグリースもたくさん使うから、戦車の中って結構油臭いんだ。しかも大砲を撃つと火薬の匂いも染み込むから…何度も体を洗っても取れないんだよね、油と火薬の匂いが』

 

 

 

油臭いし、火薬臭いと聞いた皆は、一斉に嫌そうな表情を浮かべている。

 

うん、やっぱり身嗜みに関わる話なら、みんな真剣に聞いてくれるね(苦笑)。

 

じゃあ、話を続けよう。

 

 

 

『あと戦車って、早い話が鉄の塊で窓も殆ど無いから、冬は寒くて夏はクソ暑いんだ…特に真夏なんて最悪。しかも安全上、戦車に乗る時は原則として半袖の服を着る事は出来ないから、真夏でも長袖で厚手のパンツァージャケットを着ないといけないの。だから夏場に戦車に乗っていたら例外なく汗だくになる。なので、戦車から降りたらすぐお風呂に入らないとやっていられないよ。ちなみに、私の地元には水上温泉があるから、戦車道の練習や地元で試合があった時は、必ずチーム全員で温泉に入っていたよ』

 

 

 

すると、優季が困った顔をして一言。

 

 

 

「やだぁ…彼氏の前で、油まみれで汗だくのミリタリールック姿なんて…見せられないよぉ」

 

 

 

ちょっと論点がズレている気もするが、優季も戦車道の厳しさが理解出来ている様だ。

 

 

 

『そしてもう一つ…実を言うと結構危険。何故なら戦車道の試合にはね、実弾を使うんだよ』

 

 

 

「「「「「えーっ!!」」」」」

 

 

 

梓達は「実弾」と聞いた瞬間、仰天した表情で一斉に声を上げていた…あと、紗希も無言だが驚いた表情をしている。

 

 

 

『もちろん、実弾と言っても本物の砲弾とは異なるし、戦車には安全対策としてカーボンの内張り等が施されているから、滅多な事では人身事故は起こらないけど。ただ、近年でも大ケガした人が出た事故が稀にだけど起きている様だし、ちゃんと正しく戦車を扱えていないと、最悪の事態も有り得るから油断できないんだよね』

 

 

 

「そ、それって…?」

 

 

 

桂利奈ちゃんが「最悪の事態」と聞いた瞬間に青い顔になって聞いて来たので、私は少し柔らかい表現で答えた。

 

 

 

『うん、ひょっとしたら冗談抜きで「お星様」になってしまうかも知れないよ?』

 

 

 

「「「「「そ、そんな…」」」」」(もちろん紗希も無言だが、かなり驚いた表情をしている)

 

 

 

『あと、戦車の中は狭くて角張っている部分があるし、火薬や燃料にオイルとか可燃物も多いから、注意しないと打撲とか火傷が結構あるね。正直に言うと、戦車道って乙女のやる武道じゃないよ』

 

 

 

「じゃあ、戦車道って結構痛いって事? それは嫌だなぁ…」

 

 

 

ここで、あやが嫌そうな表情で聞いて来たので、私も同意した。

 

 

 

『うん。私も戦車道を始めた頃は、毎日体のどこかに痣や軽い火傷が出来ていたな…さすがに慣れると少なくなったけど、全く無くなった訳でも無かったから、女の子向けではないんだよね』

 

 

 

「「「「「うーん…」」」」」(紗希も無言だが考え込んでいる)

 

 

 

さすがに、梓達も戦車道の実情を知って悩んでいるみたいだ…まあ、実体験を聞けば悩むのが普通でしょう。

 

 

 

『それでも戦車道をやってみたいと思うなら、私は止めないよ。例えば戦車道ってチームプレイだから、一度慣れると仲間との連帯感が強まるのは事実だし。でも、やるからにはそれなりの覚悟が無いとダメ。それ位、キツくて辛いんだ…』

 

 

 

こうして私が語り終えると、梓達は全員無言で考え込んでしまっていた……

 

 

 

 

 

 

さて気が付けば、時刻はもうすぐ午後5時。

 

空は茜色に染まって、陽が沈み始めている。

 

 

 

『さあ、そろそろ日も暮れる時間になるから、みんな帰ろうか?』

 

 

 

早く帰らないと暗くなっちゃうと思って、私は梓達へ学園の女子寮へ帰ろうと提案したのだが…その時、梓が思い出した様に尋ねてきた。

 

 

 

「待って、嵐…今日約束したよね。戦車道から引退した訳を話してくれるって…」

 

 

 

『あ…そうだった。遅くなっちゃうけれど、私が下宿している大叔母さんの家で良ければ…』

 

 

 

ちゃんと話をすると陽が暮れてしまうだろうが、これは約束だからしょうがない。

 

それに、梓達が住んでいる学園の女子寮は私が下宿している鷹代さんの家から歩いて5分程しか離れていないので、遅くなったら鷹代さんか旦那さんである大叔父さんと一緒に女子寮まで送って行くと言う手もあった。

 

そこで、私はその様に梓へ提案したのだが……

 

 

 

「それ、私も聞きたい」

 

 

 

梓の頼みにあゆみも同調して来た…これは正直意外だった。

 

 

 

『えっ…あゆみも聞きたいの?』

 

 

 

「だって、生徒会と戦車道の話をしてから、嵐はずっと不機嫌な顔をしていたでしょ…だから私も友達として知りたい。ずっと戦車道をやって来て、全国大会でも優勝や準優勝をして、賞も貰ったって生徒会の人も言っていたのに、何で高校入る時になって辞めたの?」

 

 

 

…なるほど。これは断る訳には行かない。

 

なら、梓だけではなくあゆみにも話すべきだし、他のみんなも聞きたいのであれば、話さざるを得ないな…ただ、私の話を聞いたらみんな、きっと明日はショックで口が聞けなくなるかも知れないのが心配なのだけれど。

 

 

 

『分かった…じゃあ、あゆみも来ていいよ。みんなはどうする?』

 

 

 

と、梓とあゆみ以外のメンバーにも聞いてみたが、他は寮に帰ってからの予定や宿題があるから、一緒には行けないとの事だった。

 

そこで、私は他のメンバーには「明日、梓とあゆみから私が話した事を聞いても構わない」と伝えた上で、梓とあゆみを連れて、自分の下宿先にしている鷹代さんの家へ向かうのだった。

 

 

 

(第4話/終)

 

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

第4話をお送りしました。

生徒会が仕組んだオリエンテーションで上映された「戦車道入門」を見て、強い拒絶反応を示し、放課後はさつまいもアイスを食べながら戦車道の話題をしていた梓達に戦車道の厳しさを諭した嵐ちゃん。

中学卒業まで戦車道を続けていた彼女は、何故そうなったのか?

そして、彼女が戦車道を忌み嫌う一因となったと言う、父の死の真相とは…?

次回、嵐から梓とあゆみへの告白と言う形で、嵐の両親の過去、そして父の死の真相が明かされますので、注目して下さい。

それでは、次回第5話をお楽しみに。



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第5話「私が、戦車道を引退した理由です…」


※注意

今回、主人公の回想の中で登場人物が死亡する描写がありますので、ご注意下さい。

但し、対象の人物は本作オリジナルのキャラクターです。

ガルパン原作のキャラクターではございませんので、予めご了解下さい。

もしも気分を害された場合は、速やかにプラウザバックをお願いします。

【報告】2018年6月2日に一部修正(段落と一部の文章の訂正)しました。
    2019年11月11日に一部修正(台詞の修正)しました。




 

 

 

夕方、私は梓とあゆみを連れて、大叔母さんである鷹代さんが待つ家へ帰って来た。

 

「あら、嵐ちゃん初めてだね。こんな時間にお友達かい?」

 

鷹代さんは、初めてやって来た私の友達2人を見て、目を丸くしながらも笑顔で迎えてくれた。

 

『大叔母さん、紹介するね。私の友達でクラスメートの澤 梓さんと山郷 あゆみさん。あと、梓とあゆみに紹介するけれど、この人は原園 鷹代さん。私の父方のお祖父さんの妹さんで、私にとってはお祖母ちゃん代わりになってくれている大切な人なんだ』

 

「初めまして。澤 梓と言います」

 

「初めまして、山郷 あゆみです」

 

「こんにちは。2人共、もうこんな時間だけど、暗くなっても大丈夫かい?」

 

大叔母さんが時間を心配していると、梓がはっきりとした口調で答えた。

 

「私達なら大丈夫です。ここから寮も近いので、今日は嵐から話を聞いたら帰ります」

 

「じゃあ、お茶菓子だけでも用意するから、ちょっとだけ待っていてね。遅くなったら私が主人と一緒に寮まで送って行くから」

 

「「はい。それでは、お邪魔します」」

 

 

 

 

 

 

私は、梓とあゆみを居間へ案内した後、台所でお茶菓子を用意している鷹代さんに、今日友達を連れて来た理由を話した。

 

『私、今から梓とあゆみに、自分が戦車道を辞めた理由を話すよ』

 

「大丈夫かい?」

 

『うん、いつかは話さないといけない事だから。それより、私の話で梓とあゆみがショックを受けなければ良いのだけど…』

 

「でも、急にどうしたんだい?」

 

『今日の放課後、学園で生徒会から戦車道が復活するって発表があったから…あと、その前のお昼休みに教室で、生徒会長から「戦車道を履修しろ」って、少し強引な勧誘を受けたんだ』

 

すると大叔母さんは、驚いた表情で答えた。

 

「あの学園、戦車道はもうやらない筈だから、嵐もここへ来たのでしょ…それが何故、今になって!?」

 

『心配しないで。私は明日、生徒会に戦車道はやらないって断って来るから』

 

「分かった。もし生徒会が何か言う様なら私に話しなさい。県の教育委員会や戦車道連盟にも少しは顔が利くから、場合によっては私が学園に行ってもいいよ」

 

『ありがとう…じゃあ、お父さんの写真を借りるね』

 

 

 

こうして、鷹代さんと話し終わった私は、まず用意したシベリアと抹茶入り玄米茶を居間へ持って行った後、仏壇から小さな写真立てを持ち出して、居間のちゃぶ台に座って待っていた梓とあゆみに見せた。

 

『まず、私から話す前に、この写真を見て欲しいんだ』

 

すると、梓とあゆみは用意されたシベリアに手を出すのも忘れて、その写真に見入っている。

 

「外人さんがいっぱいいる…」

 

写真を見た梓が、驚いた表情で呟く。

 

するとあゆみが、ある事に気付いて私へ話し掛けて来た。

 

「真ん中にいる人だけ日本人みたいだけど、結構カッコいいね。誰?」

 

私は、写真の真ん中に写っている短髪姿の男性を見つめると、懐かしい思いで笑顔を浮かべながら答えた。

 

『その人はね…私のお父さんで、原園 直之(はらぞの・なおゆき)。昔、ドイツの名門レーシングチームでチーフメカニックをしていて、凄い腕前だったんだよ。フランスで毎年6月に行われる、ル・マン24時間耐久レースで父さんが整備したマシンは3回も総合優勝したんだって』

 

「凄い」

 

梓は、感嘆の表情で私のお父さんが写った写真を眺めている。

 

「あっ、だからお父さんのすぐ後ろに銀色のレーシングカーが写っているんだね」

 

一方、あゆみは父さんの背後に写っているドイツ製レーシングカーに気付いて、なるほどと頷いていた。

 

そんな2人を眺めながら、私は話を続ける。

 

『父さんは他にも、予選中にクラッシュしてバラバラになったマシンを一晩で組み立て直して、そのマシンは決勝レースで2位に入った事があるとか、色々と凄い事をやっていたんだって…皆は、そんなお父さんを天才メカニックだって尊敬していた』

 

すると、梓が興味深そうに聞いてくる。

 

「お母さんは?」

 

『母さんはね…小さい頃から戦車道をしていたけれど、中学1年の時に試合中の事故で大ケガをしてからは、戦車道の選手から戦車の整備士になった。それから高校卒業後ドイツへ渡り、ドイツの強豪プロ戦車道チームの整備班長になったんだ』

 

「じゃあ、お母さんも凄い人?」

 

今度は、あゆみが質問してきたので、こう答える。

 

『うん…チームは母さんが所属していた時期に、ドイツのプロ戦車道リーグで年間優勝3回、トーナメント戦のドイツ戦車道杯で優勝1回、あと毎年欧州各国のプロ戦車道リーグの上位チームが集って欧州最強のプロ戦車道チームを決める「欧州戦車道チャンピオンズカップ」でも1回優勝したのだけど、母さんも整備班長として活躍したから「チームの影のエース」と言われて、欧州各国のマスコミの注目を集めていた有名人だったって』

 

そして私は、おばあちゃんの本棚にある1冊の古びた「月刊戦車道」を梓とあゆみの前に差し出した。

 

その表紙には、長い金髪が特徴の美しい白人女性と一緒に若い頃の母が写っており、表紙のタイトルには「ドイツプロ戦車道リーグで連覇達成!! ムンスターのダブルエース、ヴィルヘルミナ隊長と整備班長・石見 明美(いわみ・あけみ)」と書かれてあった。

 

『石見は、結婚前の母さんの旧姓だね。ヴィルヘルミナさんは、当時母さんが所属していたドイツのプロ戦車道チーム“ムンスター”のエースで隊長だった人。当時は「欧州最強の戦車道隊長」って言われていたスター選手で、現役引退後もコーチや監督を歴任してチームに残っているそうだよ。母さんとは長年の友達で、今でも連絡を取り合っている、って聞いた事がある』

 

「いいなぁ、嵐、両親が共に凄い人で…」

 

私の両親のプロフィールを知った梓は、羨ましそうな顔をしていたので、私は首を横に振りながら答える。

 

『そうでもないよ。プロと言ってもモータースポーツと戦車道のメカニックって、マニアックな職業だから…むしろ、梓が素直に凄いって言ってくれる方が私的には、凄いかな』

 

「えっ…そうかな?」

 

「で、どうして嵐の両親は結婚したの?」

 

私の答えを聞いた梓が少し赤面している隣で、あゆみが先の話を聞きたいとばかりに尋ねて来た。

 

 

 

『母さんがね、ル・マン24時間耐久レースを観戦中に父さんと偶然知り合い、そこから交際を始めて結婚したんだって。その翌年に私が生まれて、私が1歳になった時に両親はそれまでの仕事を辞めて、母さんの故郷であるみなかみ町に帰って独立したの。山奥にある親戚の土地を借りて、小さな整備工場を立ち上げたんだ…だから私、故郷は群馬県って事にしているけれど、本当はドイツのムンスターと言う街の生まれなんだ。母さんが所属していたプロ戦車道チームがある街なんだけど』

 

 

 

すると話を聞いたあゆみが、からかい半分でこう言って来た。

 

「なるほど、実は帰国子女だったんだね~」

 

『まあ、隠すつもりは無かったけれど、ドイツにいたのは生まれてから1年間だけだから、当時の記憶は無いんだよ』

 

「そっか、じゃあドイツが生まれ故郷って意識も無いよね」

 

と、話を聞いた梓も納得した表情で頷いてくれた。

 

そこへ、あゆみが次の質問を振って来る。

 

「で、ご両親の整備工場は?」

 

『山奥の工場だから、最初はお客さんも余り来なくて大変だったらしいけれど…まず農家の人が故障したトラクターや田植え機、コンバインとかを持ち込んだら、みんなすぐに直してくれるって評判になり、それから町の人達が次々と工場に自動車やバイク、トラックを持ち込んで来たの。しばらく経つと従業員を雇える様になって、工場が出来てから3年目の春には町役場で使う公用車の整備も手掛ける様になり、遂にはみなかみ町や近隣の街の学校が戦車道で使う戦車まで持ち込む様になったんだ』

 

「へーっ、凄い」

 

と、あゆみは感心した表情で私の話を聞いていたが、次の私の一言で、あゆみだけではなく、同じ様に話を聞いていた梓も表情を変える事になった。

 

 

 

 

 

 

『でもね…工場が立ち上がってから4年後、今から10年前の秋に全てが変わっちゃった…』

 

 

 

 

 

 

「「えっ…?」」

 

 

 

 

 

 

こうして、私は自分が戦車道から引退する事になった「原点の話」を始めた。

 

 

 

 

 

 

あの日の事は、今でも覚えている。

 

あれは私が5歳の秋の日、秋空の爽やかな朝の事だった。

 

その日、私達が住んでいるみなかみ町の近隣にある、とある街で戦車道のエキシビジョンマッチが開催されていた。

 

主催者は、その街の高校の戦車道チームで、他県の高校のチームを招いて試合を行う事になっており、公式戦では無いものの戦車道連盟公認の公開試合と言う事もあって、朝から沢山の人々が街へ観戦に訪れていた。

 

当時、両親が経営する整備工場は、試合の主催者でもある高校の戦車道で使う戦車の整備を任されており、その高校と戦車道連盟からの要請で、両親はもちろん当時十数人にまで増えていた工場の従業員も総力を挙げて試合のサポートに参加していた。

 

ただ、試合に参加する両チームの戦車とメンバーが集結している、主催者側の高校から試合会場までは2km程離れており、そこまでは県道を通って行く必要があった。

 

もちろん、地元の警察等が全力で沿道の警備に当たっていたのだが、当日は日曜日と言う事もあり、沿道には主催者や関係者の予想を大きく超える人が集まっていた。

 

 

 

 

 

 

そこで、本来ならば絶対に起きてはならない事故が起きてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

時刻は朝9時過ぎ。

 

集結地である主催者側の高校から、試合に参加する両チームの戦車がパレードを兼ねて、試合会場まで移動を始めていた頃。

 

高校の正門付近で、迷子になった小学生の男の子がいた。

 

その男の子は、自宅から両親と一緒に試合を見に来ていたのだが、両親とはぐれてしまい、必死になって探していた所、ようやく自分がいる高校の正門付近から道路を隔てて反対側の歩道にいるのを見つけた。

 

だが次の瞬間、その男の子は両親に早く会いたいが為に、正門前の道路を勝手に横断したのだ。

 

ちょうどその時、主催者側の地元校と対戦する相手校の隊長車が試合会場への移動の為、正門を出て道路を走り出していた。

 

しかも、その隊長車の乗員は、沿道に集まった観客へ向けて自車を走らせながら手を振っていた為に、全員観客の方へ脇見をしており、誰1人、自らが乗る戦車の目の前に飛び出して来た男の子の存在に気付かなかったのだ。

 

 

 

普通ならば、道路へ飛び出していた男の子は、そのまま走ってきた戦車に轢かれて、その幼い命を落としていただろう。

 

しかし、そうはならなかった。

 

男の子は、彼が道路に飛び出した事に気付いた1人の男性によって、戦車の目の前で突き飛ばされたのだ。

 

その結果、反対側の歩道まで飛ばされた男の子は、転んで膝を擦りむいた程度の軽い怪我で済んだ…そう、男の子だけは。

 

その男の子の命を助ける為に、沿道脇から彼を追いかけて戦車の目の前で突き飛ばした人は、そのまま直進して来た戦車に轢かれて、帰らぬ人となった。

 

それが、私のお父さん、原園 直之の最期だった……

 

 

 

 

 

 

「そんな…お父さん、戦車道の事故で?」

 

話を聞き終わった梓は、顔面蒼白となって、私にそう話し掛けるのがやっとだった。

 

先程まで、色々と私に質問していたあゆみに至っては、真っ青な顔になったまま、一言も言葉を発する事が出来ないでいる。

 

『うん。自分の命を犠牲にして、戦車に轢かれそうになった男の子を助けて、ね…』

 

すると、梓とあゆみがそれぞれ、済まなそうな顔をして私に謝って来た。

 

「ゴメン…私達、嵐の気持ちを考えずに戦車道の事ばかり考えてた…」

 

「私も戦車道のプロモーション映像を見てから、戦車道って面白そうだって浮かれてた…本当にごめんなさい」

 

これには、さすがに私も慌ててしまった。

 

確かに放課後、皆が戦車道の話題で持ち切りだったのがウザいと思ってはいたけれど、私が戦車道を嫌いになったのは、2人のせいでは無いのだから。

 

『いや、梓もあゆみも悪くないよ。そもそも、お父さんの事故を知らなかった訳だし』

 

「うん…」

 

梓はそう言って頷いてくれたけれど、表情は暗いままだ。

 

「で…ご両親の工場は、その後どうなったの?」

 

あゆみも不安そうな声で質問して来たので、私は梓とあゆみを落ち着かせる様に、ゆっくりとした口調で答えた。

 

『父さんの事故は、エキシビジョンマッチとは言え戦車道連盟の公認試合で起きて、しかも状況が状況だったから、連盟から母さんへ多額の補償金が出たみたい。更に父さんが通っていた自動車大学校の恩師だったベテラン整備士の人が事故を知って工場へ入社して来て、父さんの代わりに工場長として母さん達を支えてくれたから、工場はすぐ持ち直したんだ。ただ…それから母さんの様子がおかしくなってしまったの』

 

すると、梓とあゆみが相次いで疑問を述べた。

 

「お母さんの様子がおかしくなった?」

 

「一体、どう言う事?」

 

そこで、私は2人の疑問に対する説明を始めた。

 

『父さんの四十九日が過ぎた頃から、母は毎日の様に戦車道、戦車道って言い出して、私に戦車道を教え込む様になって行ったんだ…普通は逆でしょ?』

 

すると梓が、その言葉の意味に気付く。

 

「ああ、そうか…普通は、お父さんが亡くなる原因になった戦車道が嫌いになるはずだよね」

 

『そう…それなのに母は、まるで私に父さんの仇を取れって言わんばかりの勢いで、毎日私に戦車道を教えて行った。でも私は、そんな母が嫌だった…お父さんは戦車で死んだのに、何故って…』

 

私からの告白に、梓とあゆみも聞き入っているが、徐々に不安そうな表情になって行く。

 

『だから…私はお父さんが死んだ原因を作った戦車に乗るのは嫌だって母に言ったら「戦車は悪くない。悪いのはいつも戦車を理解していない乗り手の方だ」って叱られた。それでも嫌がっていたら、ある時、幼稚園で一緒だった幼馴染を連れてきて…その娘は瑞希って言うのだけれど、その娘と一緒に戦車道をやりなさいって言われて。結局、私は父さんが死んだ直後から中学卒業までの約10年間、母から強制的に戦車道をやらされる事になった』

 

「うわっ…それって、スパルタ教育…」

 

ここまでの話を聞いたあゆみは、驚いた表情で感想を述べたが、私は頷きつつも話を続ける。

 

『それも、只のスパルタ教育じゃないよ。私が小学校3年になった年の春、母は町役場や町の人達、それに近隣の小中学校や群馬県の協力まで取りつけて、戦車道のユースクラブチームを作ってしまったの。もちろん私も否応無しに入団させられて、同じ年頃の娘達と戦車漬けの日々を送ったんだ…チームの名前は、単純に本拠地の名前からだけど「群馬みなかみタンカーズ」。結成から今年で7年目だけど、今では結構強くなって戦車道を知っている人達の間ではちょっとした有名チームになっちゃった…』

 

「そういうチーム、珍しいの?」

 

ここで梓が質問して来たので、私はこう答えた。

 

『海外では戦車道のクラブチームは当たり前にあるけれど、日本の戦車道は小学校から大学まで、学校の必修選択授業の一環として行われているから、戦車道の各種大会に出るチームも実は部活動ではなくて、学校で戦車道の授業を履修している生徒達で構成されているんだよ。だから、みなかみタンカーズみたいに地域ぐるみで活動するクラブチームとして戦車道をやっている所は、日本では珍しいよ』

 

「「嵐のお母さん、何と言う本気ぶり…」」

 

母がやって来た事を知った2人は、感心しているのか呆れているのか、複雑な表情をしていた。

 

だが、2人にはまだ話すべき事があるので、私は話を続ける。

 

『母の本気ぶりは、それだけじゃないよ』

 

「「えっ…?」」

 

更に驚いている梓とあゆみをよそに、私はこう話した。

 

『本業の整備工場も段々と戦車道中心になって…私はいっそ工場なんて潰れてしまえって心の中で毎日祈っていたけれど、私の願いとは逆に母の工場はどんどん大きくなり、手掛ける事業も増えて業績は右肩上がりで伸びて行った…特に去年、次の戦車道世界大会の開催地が日本に内定した事で、母の事業の成功は決定的になった。今、母の工場は120人の従業員を抱えているけれど、それでも間に合わない位仕事が増える見込みで、みなかみ町にある今の工場だけでは敷地も設備も人も足りなくなるから、母は今度、関東地方のどこかに新しい工場を建てるって言っているんだ』

 

「す…凄いやり手だね、嵐のお母さん…」

 

ここまで話を聞いていた梓は、複雑な表情で私の話に答えてくれた。

 

でも、私は悲しげな表情で梓とあゆみに語り掛ける。

 

『うん、でもね…私はそんな母にもう、ついて行けなくなっちゃった…だから高校進学を機に戦車から、そして母から逃げ出したんだ。大好きだった父さんの生まれ故郷でもある、この大洗女子学園のある学園艦へ…普通の女子高生として3年間を過ごしたかったから』

 

「「…」」

 

そんな私の一言を聞いた梓とあゆみは、互いに顔を見合わせるが、もう何も話す事が出来なくなっている。

 

そんな2人を辛そうに見つめながらも、私は戦車道に対する胸の内を2人に告白した。

 

『父さんが亡くなった、あの事故から今年で10年。私はずっと母から戦車道をやらされ続けて来たけれど、結局、戦車道が何なのか、本当はどう楽しいのか、とうとう分からなかったよ…戦車道って結局、戦争とどう違うの? 試合に勝つだけだったら単に人が死なないだけの戦いじゃない…でも、戦車道には他にも大切な事があるって、母も戦車道をやっていたみんなも事ある毎に言っていた。けれど私には、それが何か分からなかった。私には、分かんないよ…』

 

気が付けば、私は自然に涙をぽろぽろと流していた。

 

そして、私の悩みと悲しみを聞いてしまった梓とあゆみは、何も言えないまま、私と一緒に涙を浮かべながら互いを見詰め合うしか出来なかった……

 

 

 

(第5話/終)

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

第5話をお送りしました。



遂に、嵐の口から梓とあゆみへ明かされた、嵐の父、直之の死の真相。

それは、戦車道にまつわる悲劇的な事故でした。

そして、嵐が戦車道を始めた理由は、自身の意思ではなく、母・明美からの強制だった事も判明。

その結果、彼女は父の死の衝撃と母からの戦車道の強制が重なり、戦車道を忌み嫌う様になってしまったと言う、辛い過去の告白でした。

この状況では、彼女が戦車道へ戻る事は有り得そうにありませんが、それで終わっては話が進みません。

次回、衝撃と言うよりは「トンでもない展開」が嵐ちゃんを待ち受けています(苦笑)。

それでは、次回をお楽しみに。



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第6話「私、先輩と一緒に生徒会と戦います…!?」


2018年2月04日、第5話投稿日にUAが10,000を突破しました。

ご覧になっている皆様、いつもありがとうございます。

今回感謝も込めて、第6話を投稿します。

どうか、今後ともよろしくお願いします。

【報告】2018年6月3日に一部修正(段落と一部の文章の訂正)しました。



 

 

 

 

 

嵐が澤 梓と山郷 あゆみに告白をした翌朝の大洗女子学園。

 

梓とあゆみは、教室前の廊下で待っていた友達4人の前に、暗い顔をしたままやって来た。

 

その表情に、2人を待っていた友人達は驚きを隠せなかった。

 

だが…彼女達を更に驚かせたのは、朝の挨拶もそこそこに飛び出した、梓の言葉だった。

 

 

 

「皆…戦車道を履修するのは止めよう…」

 

「「「?」」」

 

「どうしたの梓?」

 

 

 

突然の梓の一言に皆が当惑する中、大野 あやが心配そうに語り掛ける。

 

だが、それに答えたのは、あゆみだった。

 

「嵐のお父さん…10年前に戦車道の事故で、戦車に轢かれて死んだって…」

 

「「「えっ…?」」」

 

 

 

思いもよらぬ回答に、その場にいたあやと宇津木 優季、阪口 桂利奈はショックを受けた。

 

そして梓とあゆみの口から、両親と戦車道に関する嵐からの告白を聞いた事で、彼女達は更に大きな衝撃を受ける事となった。

 

普段から無口でおとなしい丸山 紗希も言葉こそ発しないが、以上の話を聞かされた事で、目を大きく見開いて驚いた表情をしている。

 

「じゃあ昨日、嵐が生徒会と口論してから、ずっと戦車道の事で不機嫌になっていた原因って…」

 

昨日の出来事を思い出した優季は、そう呟いたが、その後はショックを隠し切れない表情で呆然としている。

 

「どうしよう…昨日、みんなで戦車道、戦車道って言ったから…」

 

同じく昨日の放課後、戦車道の話題で不機嫌になった嵐から説教されたのを思い出した桂利奈が、悲痛な表情で皆に問い掛ける。

 

「もしかしたら私達、嵐から絶交されるかも…?」

 

あやが不安そうな表情を浮かべて最悪の事態を想像すると、紗希が突然泣きそうな顔になって首を横に振っている。

 

当惑する4人をよそに、梓とあゆみは辛そうな表情で黙っているだけだった…が。

 

ちょうどその時、遅れて来た原園 嵐が予想外なまでのあっけらかんとした表情で、梓達へ朝の挨拶をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

『おはよー…って、皆、何暗い顔をしているの?』

 

 

 

 

 

 

その日の朝、教室の前で出会った梓達は、まるでお葬式が終わった直後の様な雰囲気だった。

 

 

 

「「「「「嵐…」」」」」

 

 

 

更に、今にも泣き出しそうな顔をした紗希が、私の方へ駆け寄ると目に一杯涙を溜めながら私を見つめていた…まるで、捨てられそうな子犬みたいな表情だ。

 

それで、ようやく私は梓達が暗い表情をしている訳に気付いた。

 

昨日の私の話を聞いた、梓とあゆみが、皆にも話したのだろう。

 

『ああ昨日、梓とあゆみにした話だね…余りにも暗い話だったから、みんなもショックを受けたと思うけど、私は大丈夫だよ』

 

「で…でも…」

 

あやが涙目で話し掛けて来たが、私は敢えて明るく振舞った。

 

『私はいいんだよ。お父さんが戦車道の事故で死んだのは、動かせない事実だし…それに、気持ちの切り替えが早いのが、私の取り柄だしね』

 

だが、そこへ梓が不安そうな声で問いかけて来た。

 

「でも、嵐は戦車道とお母さんの事で、長い間苦しんできたのでしょう…?」

 

これには、私も小さく頷くしかない。

 

『うん…だから、10年間母から強いられ続けて来た戦車道と戦車から逃げた。群馬を出て、ここに入学した理由も、父さんの故郷がこの学園艦だから。ここなら父さんが見守ってくれる気がしたんだよ』

 

梓達は、私の話を辛そうな表情で聞いている。

 

そんな彼女達を代表するかの様に、あゆみがこう告げた。

 

「嵐がそれだけ辛い思いをして来て、やっと戦車から離れたって言うのに、私達だけ出来ないよ、戦車道…」

 

あゆみの言葉を聞いた私は、胸が締め付けられる思いだったが、申し訳無さそうにこう答えるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

『そう…皆、ごめん…』

 

 

 

 

 

 

やっぱり…皆、戦車道の履修を諦めちゃったか。

 

昨日は、そうするつもりで話をした訳ではなかったのだけれど…やっぱり、私の話を聞いたらそうなるよね……

 

 

 

 

 

 

さて、午前の授業が終わって、お昼休み。

 

私達は、学生食堂に集って昼食を食べていた。

 

自分は昨日の事があったから、気分転換のつもりで今日は弁当ではなく、ここの名物メニューの海鮮丼を食べて元気を出そうと思っていたら、梓とあゆみもそのつもりだったらしく、それに他のメンバーも同意したと言う流れだ。

 

すると……

 

 

 

「選択どうした?」

 

「迷ったんだけど、あたし戦車道にしちゃったー」

 

 

 

周囲では、必修選択授業を話題にしている生徒が多い様だ。

 

戦車道の話題を語っている生徒も少なくない。

 

しかし、梓達はそんな生徒達の会話をよそよそしそうに聞いている。

 

そこまで、私に遠慮しなくても良いのだけどな…そうだ、こっちから話題を振るか。

 

『あっ、そう言えば私、選択授業は合気道にしたのだけど、みんなは?』

 

すると、あゆみが今朝とは対照的に、嬉しそうな表情で答えてくれた。

 

「合気道?なら、私と同じだね♪」

 

あゆみもか…同じ選択科目を一緒にやる友達がいるのは、ちょっと嬉しいぞ。

 

『本当? 私も体を動かす方が性に合っているから、一緒にやろうぜ♪』

 

「OK、いいよ♪」

 

その会話をきっかけに、みんなも自分が選んだ選択授業の科目を話し始めた。

 

ようやく笑顔を取り戻した梓は「私、華道に決めた」と言って来た。

 

あやは「手裏剣が使えそう」という理由で忍道。

 

優季は「香道」…ある意味、彼女らしいかも。

 

紗希は何も語らなかったけれど、彼女は昆布茶が好物だって知っていたから、私から『茶道?』と聞いてみたら、笑顔を浮かべて頷いてくれた…う~む、何故紗希とは一言も喋らなくても意思疎通が出来るのだろうか?

 

自分でも謎だ。

 

でも、そんな中で1人だけ悩んでいる友達がいる。

 

『桂利奈ちゃん、どうしたの? もしかしてまだ科目決まってない?』

 

私は、いつもの彼女からは想像できない位に悩んでいる桂利奈に向かって尋ねてみたが、当人から意外な返事が返って来た。

 

 

 

「戦車道…」

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間、梓達はまた青い顔になっていたが、私は普段通りの表情で桂利奈に話し掛けた。

 

『そっか…桂利奈はどうしてもやりたいんだね?戦車道』

 

すると、桂利奈は少し涙目になりながら、こう話してくれた。

 

「うん…私、昨日のオリエンテーションで戦車の映像を見た時から、これしかないって…だから嵐ちゃんが戦車道嫌いだって知っても諦め切れなくて…ごめんね」

 

私は、そんな桂利奈ちゃんの頭を撫でながら優しく話し掛けた。

 

『いいんだよ。自分が本気でやりたいなら戦車道をやっても。確かに昨日、戦車道は簡単じゃないって言ったけど、誰だってチャレンジしたいって思った時はどんな困難があっても止められないじゃない。それを邪魔する事は私にも出来ないよ』

 

「あい…」

 

桂利奈は私の言葉でようやく気持ちが落ち着いたのか、涙を拭いながら頷いてくれた。

 

みんなも、そんな私と桂利奈の会話を聞いて、ようやく朝からの暗い雰囲気から抜け出してくれたと思った、その時。

 

広い学生食堂全体に無粋なブザー音が鳴り響くと、生徒会広報の河嶋らしき声で、校内放送が始まった。

 

 

 

 

 

 

「普通Ⅰ科2年A組 西住 みほ、普通Ⅰ科1年A組 原園 嵐、至急生徒会室に来る事。繰り返す…」

 

 

 

 

 

 

更に、食堂の柱に複数設置されているLEDモニターにも「緊急呼び出し 生徒会」の表示と共に、私と西住先輩の名前が掲示された。

 

『とうとう来たわね…』

 

私は、校内放送とLEDモニターの掲示に驚いている皆へ聞こえる様に呟いた。

 

「とうとう、って…?」

 

と、梓がまたしても不安そうな顔で私に問いかけて来る。

 

『戦車道を履修しろって言う、生徒会からの最後通告でしょうね…負けるモンですか』

 

すると、今度はあやが不思議そうな顔で問い掛けて来た。

 

「でも、嵐だけじゃなくて2年A組の西住さんって人も来る様に言っているよ? この人誰?」

 

『ああ…実は昨日、体育の50m走で転んで、梓に保健室へ連れて行って貰った後で偶然本人に会って知ったのだけど、私の他にもう1人、生徒会から戦車道を履修する様に強要されている2年生の先輩がいて、その人が西住さんなの』

 

「へぇ~。嵐の他にもこの学校に戦車道をやっていた人がいたんだ…って、あれ? もしかして、あの人が西住さんじゃない?」

 

すると、頷きながら答えていたあやが突然、私の後ろの方を指差した。

 

私も思わず振り返ると……

 

 

 

 

 

 

「どうしよう…?」

 

「私達も一緒に行くから…」

 

「落ち着いてくださいね」

 

 

 

 

 

 

意外にも私達が座っていた席の真後ろで、今の放送を聞いて震えている少女…西住 みほ先輩と、彼女を勇気付けている2人の同級生…武部 沙織、五十鈴 華両先輩の3人がいた。

 

私は「じゃあ皆…私はこれから、西住先輩達と一緒に生徒会室へ行って来る」と梓達に告げると、机の上で手を重ねていた3人の後に続いて、右手を重ねた。

 

 

 

『失礼します、西住先輩…それと武部先輩と五十鈴先輩。私も一緒に行きますから安心して下さい。生徒会の奴らをギャフンと言わせてやりますから』

 

「あっ…ありがとう」

 

 

 

生徒会からの呼び出しに震えていた西住先輩は、不安そうな表情のままだが、私に感謝の言葉を掛けてくれた。

 

そして、武部先輩と五十鈴先輩も私に向かって小さく頷きながら微笑んでくれる。

 

西住先輩…私、去年の戦車道大会の決勝戦を現地で見てからずっと、先輩の事を心配していました。

 

まだ、その時の事を話す訳にはいかないけれど、きっと生徒会の魔の手から救い出しますから、安心して下さいね……

 

 

 

 

 

 

それから少し後、場所は生徒会長室。

 

校内放送で呼び出された私と西住先輩は、一緒に付いて来てくれた武部・五十鈴両先輩と共に生徒会の3人と向き合っていた。

 

私は五十鈴先輩の隣にいる。西住先輩は不安そうな表情だが、武部・五十鈴先輩が手を握っており、一緒に頑張ろうとしていた。

 

対照的に私は、手こそ握っていないものの、生徒会長室に入った瞬間から闘志剥き出しの表情で角谷会長を睨んでいる。

 

ここからが勝負。

 

生徒会の連中、特に会長と河嶋に負けてたまるか…自分はもちろんだが、西住先輩も彼女達から守ってみせる。

 

あいつ等、西住先輩がこの学園に来るまで、どんなに苦しい思いをしていたのか知らないくせに……

 

 

 

すると、広報の河嶋が決戦のゴングを鳴らした。

 

「これはどういうことだ?」

 

西住先輩と私が書いた2枚の必修選択科目履修届を突き付けて詰問するが、私はすかさず、西住先輩の分まで言い返してやる。

 

『どうもこうも、西住先輩も私も戦車道を履修する気は一切ありませんが?』

 

「何で選択しないかなー」

 

会長が文句を言ったので、私はこう反論した。

 

『会長、椅子にふんぞり返って足を肘掛けに掛けながら、オマケに目線は私達ではなく机のパソコンの画面を向きながら人にモノを頼むなんて、一体親からどういう躾を受けて来たのですか? いずれにしても西住先輩も私も戦車道なんてやりませんが』

 

これに対して、河嶋は思い切り私を睨み付けたが、会長は全く動じていない。

 

そして小山先輩が首を横に振ると、河嶋は私を睨み付けるのを止めて、会長の方へ顔を向けるとこう報告した。

 

「我が校、他に戦車経験者は皆無です」

 

その時、深刻そうな表情で会長の傍らに立っていた小山先輩が妙な事を喋った。

 

「終了です、我が校は終了です…」

 

えっ…それ、どう言う事?

 

思わず、私はこう問い掛けた。

 

『小山先輩、我が校は終了って…一体どう言う事ですか?』

 

「あ、いえ…何でも無いのよ」

 

小山先輩はそう答えたが、相当動揺した表情を浮かべているので、私はもう少し詰問しようと思った所、武部先輩が会話に割り込んで、会長を非難した。

 

「勝手な事言わないでよ!!」

 

続いて、五十鈴先輩も会長達を非難する。

 

「そうです!! お二人共やりたくないと言っているのに、無理にやらせる気なのですか?」

 

まあ会長の言い分を聞く限り、無理にやらせる気満々としか思えないけどね…と、私が思っている間にも武部・五十鈴両先輩による非難は続く。

 

「みほや原園さんは戦車やらないから!!」

 

「西住さんと原園さんの事は諦めて下さい」

 

だが、その次の瞬間…角谷会長が不敵な表情を浮かべて、決定的な事を言った。

 

 

 

 

 

 

「んな事言ってるとあんた達…この学校にいられなくしちゃうよ?」

 

 

 

 

 

 

一瞬、場の雰囲気が凍りつく。

 

「あっ…」

 

突然の会長の発言に息を呑む、武部先輩。

 

「脅すなんて卑怯です」

 

対照的に怒りを露にする、五十鈴先輩。

 

「脅しじゃない…会長はいつだって本気だ」

 

会長の発言をフォローするどころか、火に油を注ぐ様な発言をしたのは、河嶋だ。

 

一方、問題の発言をした会長本人は……

 

「そーそー」

 

と、まるで他人事の様な口調で河嶋の言葉を肯定している。

 

だが、私はその時、角谷会長の正面に立ちはだかって詰問した。

 

 

 

『会長、脅迫は立派な犯罪ですよ。そんな事を言っても良いのですか?』

 

 

 

実はこの時、私は心の中で『遂に引っ掛かったな、アンタ達…ザマアミロ!!』と快哉を叫んでいた。

 

私は、いつもスマホを持ち歩いているが、スマホのアプリの中には、ボイスレコーダーの機能を持った物があるのだ…もちろん先程の会長の発言はしっかり録音されている。

 

これを職員室へ持ち込んで、今の話を教職員へ訴えたらどうなるか?

 

幾ら学園艦の生徒会が、一般の学校よりも遥かに絶大な自治権を持っているとは言え、この事実が証拠付きで露見したら、今の状況は逆転するだろう。

 

仮に、この学園の教職員が取り合わなかったとしても、県の教育委員会や戦車道連盟へスマホの録音記録を持ち込む手がある。

 

実は、私の大叔母である鷹代さんは以前の仕事の関係で、教育委員会や戦車道連盟とは少なからぬ繋がりがあるのだ…既に鷹代さんは、私の味方になってくれているから、スマホの録音記録を渡せば、確実に証拠として採用されるだろう。

 

そうなれば話がもっと大きくなるから、生徒会の連中にとってこの先の展開は地獄だろう。

 

下手をすれば、この学園は戦車道復活どころではなくなるかも知れない。

 

 

 

私は心の中でせせら笑いながら、生徒会長と河嶋の顔を睨んでいた。

 

但し小山先輩は、入学前の学園見学時に案内をしてもらった恩があるので、目線を外していた…のだが。

 

その直後、当人が私達に向かってトンでもない事を告げたのだ。

 

「原園さん…それと皆も、今の内に謝った方が良いと思うわよ? ねっ、ねっ?」

 

そう言って、小山先輩が西住先輩の方へ近づこうとした次の瞬間。

 

頭に血が昇った私は、小山先輩の正面に立ちはだかると彼女を思い切り睨み付けて、静かな口調だが、こう言い放った。

 

「小山先輩、あなただけは良識があると思っていたのに…見損ないました。そうまでして、西住先輩や私に戦車道をやらせたいのですか!?」

 

多分、その時の私は赤鬼の様な形相だったのだろう。

 

思わず後ずさりした小山先輩だけでなく、彼女の近くにいた河嶋までが「ひっ…!!」と小さく悲鳴を上げると、会長の座っている椅子の後ろまで下がっていた。

 

そんな様子を見ていた武部先輩と五十鈴先輩は、生徒会に対する批判の勢いを盛り返す。

 

「酷い!!」

 

「横暴過ぎます!!」

 

これに対して狼狽したのか、河嶋は反論…いや、結果的に墓穴を掘る発言をした(笑)。

 

「お…横暴は生徒会に与えられた特権だ!」

 

そんな河嶋に、私は苦笑しながらも引導を渡す。

 

『河嶋先輩…今の私の話を聞かなかったのですか? 会長の発言は単なる横暴じゃなくて脅迫、つまり犯罪だと言ったのですが…分かります? 今の先輩は、会長の共犯者なのですよ?』

 

「ゲッ…」

 

河嶋は「共犯者」と言う言葉の意味を悟ったか、絶句したまま何も言わなくなってしまった…ああ、コイツは多分、普段態度がデカいけど根は小心者なのじゃないかな?

 

そんな私と生徒会役員2人の口論を聞いていた会長は、私が相手だと分が悪過ぎると思ったのだろう、矛先を西住先輩に向けて来た。

 

 

 

「さて…原園ちゃんは絶対戦車道やりたくないみたいなのは分かったけど…西住ちゃんはどうかな? そろそろ答えを聞きたいのだけど…」

 

 

 

そこで、私も西住先輩にこう告げる。

 

「西住先輩!! こんな人達の脅迫に屈しちゃ駄目です。戦車道なんて絶対やりませんよね!?」

 

私は、生徒会に対するトドメのつもりで、西住先輩を促す様に問いかけた。

 

私の言葉に続いて、武部先輩と五十鈴先輩も西住先輩に呼びかける。

 

「みほ、原園さんと一緒に、戦車道やりたくないって会長に言おうよ!!」

 

「西住さん、原園さんがここまで頑張ってくれています。生徒会からの脅迫に負けないで、はっきり答えて差し上げましょう」

 

すると、この一連の口論が始まってからずっと不安な表情で俯きながら耐えていた西住先輩は、一度深呼吸した後、はっきりとした口調でこう答えた……

 

 

 

 

 

 

「あの!!…私!!……戦車道やります!!」

 

 

 

 

 

 

「「えええっ!?」」

 

驚きの声を挙げる武部先輩と五十鈴先輩。

 

そして、私はと言うと……

 

 

 

 

 

 

『西住先輩…って、はぁ??!!』

 

 

 

 

 

 

この瞬間、私は危うく顎を外しそうになった。

 

に…西住先輩が、ま…まさかの裏切り~!!??

 

と言うか西住先輩、ここまでの話の流れ、分かっています!?

 

生徒会の奴ら、脅迫まで弄して私達を戦車道へ引き摺り込もうとしたのに…?

 

 

 

「よかった!!」

 

 

 

一方、先程から祈る様な表情だったのが一変して、笑顔で喜ぶ小山先輩。

 

会長はうんうんと頷き、河嶋に至っては片眼鏡を不気味に輝かせながら、ニヤリと笑っている。

 

よ…よくない、良くないって!!

 

あんた達、犯罪覚悟で脅迫までやったでしょうが!!

 

喜ぶな!!

 

と、私が心の中で慌てていると、追い討ちを駆ける様に会長が私にこう詰問してきた。

 

 

 

「と言う訳で、西住ちゃんは戦車道やってくれるって言ってくれたけど…原園ちゃんはどうする? まあ西住ちゃんがやってくれるから断っても良いのだけど?」

 

 

 

『えっ…?』

 

 

 

この一言で、私の精神の平衡は完全に崩壊した……

 

いや、だって……

 

わ…私が西住先輩と一緒にここへ来たのは、西住先輩が戦車道をやりたくないって言っていたからで。

 

それに…私が人生で『この人となら戦車道をやってもいい』って、唯一思った人が、去年の戦車道高校生大会の決勝戦での行動で私を感動させた、西住先輩だった訳で。

 

その西住先輩が、あの決勝戦での行動が原因で戦車道を辞めたと知らされたから、私も戦車から逃げ出す決心をした訳で。

 

だから…その…何が言いたいかと言うと。

 

西住先輩が「戦車道をやります」と言ってしまったら…わ…私は……

 

 

 

 

 

 

私は…西住先輩と…一緒に…!!!!

 

 

 

 

 

 

さっきまでの強気な表情もどこへやら、思いっ切り狼狽した私は、会長に向かって小声でこう呟いた。

 

『えっ…えーと…生徒会長…私は…その…あの…』

 

「ん? 何? 声が小さいから聞こえないよ?」

 

立場が逆転したのを良い事に、追い討ちを掛ける会長。

 

そして、その一言に焦った私は、会長の目の前で土下座をすると、こう宣言する破目になった。

 

 

 

 

 

 

『角谷生徒会長、参りました。私も戦車道やります!!』

 

 

 

 

 

 

「「「え…えええっ!?」」」

 

先程の武部先輩や五十鈴先輩に、今度は西住先輩まで加わって、私の突然の翻意に驚きの声を挙げていた。

 

一方、私は予想外の屈辱に身を震わせる事になった…これで本当に、西住先輩と一緒に戦車道からおさらばするはずだったのが、何がどうしてこうなったのよ!?

 

あのタンカスロンからの引退試合の時、ヤイカ先輩が語っていた忠告「戦車の方からお前を追いかけて来る」時が、本当にやって来るとは…!!

 

 

 

 

 

 

だが、しかし。

 

私が本当の意味で衝撃を受けるのは、この次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

突然後ろの扉が開いたかと思うと、パチパチと拍手が鳴った。

 

そして…私にとっては忘れ様も無い声が響いてきた!!

 

 

 

 

 

 

「あ~、どうなる事かと心配していたけれど、嵐が戦車道に戻ってくれると知って、安心したわ♪」

 

 

 

 

 

 

『か…母さん?!』

 

 

 

 

 

 

「えっ…あの桃色の髪の人が、原園さんのお母さん!?」

 

思わず、その声の主に反応する私と武部先輩だが…驚くのはまだ早かった。

 

更に、母の後ろには…何と、梓達6人が揃って立っているではないか!!

 

私が驚愕の表情でその姿を見ていると、梓が皆を代表して済まなさそうな表情で、こう告白した。

 

「ゴメン…私達、嵐が戦車道の事で生徒会と喧嘩するんじゃないかって思って。そんな事になったら嵐が退学になっちゃうから、みんなで止めようと思って、ここで盗み聞きしてた…そうしたら、突然嵐のお母さんだと言う人がやって来て…」

 

そして、あゆみが続けてこう漏らす。

 

「私も本当にビックリした。だってこの人、昨日嵐に見せてもらった昔の『月刊戦車道』の表紙に載っていた人と顔がそっくりだったから」

 

 

 

 

 

今の状況が、余りにも急展開過ぎて、私は目眩がして来た……

 

 

 

 

 

(第6話/終)

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

第6話をお送りしました。

前回の後書きで予告しましたが、正に「トンでもない展開」となりました事をお詫び申し上げます(苦笑)。

でも、前回が非常に暗い話でもありましたので、ここまではっちゃけた方が良いだろうと思って書きましたが…やり過ぎだったらゴメンなさい。

しかし次回、遂に嵐と西住殿達の前に現れた明美さんが本性を表しますので、どうかご期待下さい(笑)。

それでは、次回をお楽しみに。


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第7話「これが、私の母親です!!」


最近、本業(お菓子工場勤務)が忙しく、更新が少し遅くなりました。

申し訳ありません。

漸く落ち着いたので、投稿します。



 

 

 

ここは前回に引き続き、大洗女子学園・生徒会長室。

 

 

 

 

 

 

今…私・原園 嵐は、15歳の人生で最悪の状況に陥っていた。

 

 

 

 

 

 

昼休みに、必修選択科目で戦車道の履修を迫る生徒会からの呼び出しを受けて、同じく呼び出された西住先輩達と一緒に生徒会室へ行った私は、戦車道履修を強要する生徒会に対して反論した。

 

その結果、角谷生徒会長から「んな事言ってるとあんた達…この学校にいられなくしちゃうよ?」と言う、脅迫の文言を引き出す事に成功した。

 

予め、自分のスマホに入っているボイスレコーダー機能のあるアプリを使って、生徒会室の会話を録音した私は心の中で小躍りしながら、この録音をどうやって公の場に出してやろうかと考えていた。

 

この録音を然るべき所…例えば学園の職員室や県の教育委員会、あるいは戦車道連盟辺りに提出して、戦車道履修を生徒会から強要された事と脅迫の事実を主張すれば、生徒会の目論みは呆気なく潰えるだろうと、私は思っていたのだ。

 

しかし、私と生徒会の口論を聞いていた角谷生徒会長は、私の戦車道履修が無理だと思ったのか、矛先を西住先輩へ向けた。

 

その結果、私にとって予想外の事態が起きた。

 

西住先輩が戦車道をやると、その場で明言してしまったのだ。

 

去年の戦車道高校生大会決勝で起きた事を知っている私にとって、西住先輩の発言は全くの想定外だった。

 

 

 

何故なら…私は母から強要されて戦車道を修めていた中で、西住先輩だけは唯一人「この人となら、一緒に戦車道をやりたい」とまで思った程の憧れの人であった。

 

しかし、私は西住先輩が去年の戦車道高校生大会の決勝戦でとった行動によって、戦車道だけでなく、実家でもある西住流にも背を向けた事情をある人物から知らされていた。

 

その為、私は「西住先輩が戦車道に戻ると言うのは、天地が引っ繰り返ってもあり得ないはず」と、考えていたのだ。

 

 

 

だが、そんな西住先輩が戦車道を履修すると聞かされた結果……

 

精神の平衡を失った私も生徒会長の前で土下座をして、戦車道をやると言ってしまった。

 

「西住先輩と一緒に戦車道をやりたい」と言う、己の心の奥底に秘めていた夢と憧れに、私は負けてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

しかし…私が本当に人生最悪の事態を味わったのは、その直後だった。

 

何と、私の母・原園 明美が拍手をしながら生徒会室に姿を現したのだ。

 

その背後には、私が戦車道履修を巡って生徒会と喧嘩すると思い込み、それを止めようと生徒会室入り口の扉越しに盗み聞きしていたと言う、梓達6人を引き連れて。

 

このトンでもない状況に…私は何が起こったのか、しばらく理解出来なくなっていた。

 

 

 

 

 

 

『母さん…アンタ、一体いつからここにいたの!?』

 

 

 

 

 

 

ようやく状況を把握した私は、やっとの思いで母親に文句を言ったが、母はあっけらかんとした表情でこう言い放った。

 

 

 

「いつからって…ここにあなたと西住さん達が入って来た所から、隣の部屋でずっと事の成り行きを見守っていたのだけど?」

 

 

 

何、だと…!?

 

この生徒会室での言い争いを最初から聞いていた!?

 

まさかと思った私は、母へ向かって怒鳴った。

 

 

 

『と言う事は…母さん、全ての黒幕はあんたかぁ!?』

 

 

 

「黒幕だなんてぇ…人聞きが悪いじゃないの♪」

 

 

 

突如始まった私と母の口論を、西住先輩達はもちろんの事、小山先輩に河嶋先輩、そして先程まで扉越しに盗み聞きをしていた梓達までが唖然とした表情で聞いている。

 

角谷会長に至っては、相変わらず椅子にふんぞり返ったまま、ニヤニヤ笑いながら母娘の口論を聞いている有様だ。

 

そんな会長の姿を見て頭に来た私は、ある疑いをぶつけた。

 

 

 

『会長!! 貴女まさか…最初から母さんとグルになっていたのですか!?』

 

 

 

すると会長は頭をボリボリ掻きながら、こう答える。

 

 

 

「いやあ…さすがに最初からじゃなかったんだけど?」

 

 

 

『本当ですか?』

 

 

 

「うん…最初からグルだった訳じゃなかったんだけどね」

 

 

 

私は更なる疑念を会長にぶつけたが、本人はのほほんとした表情でとぼけるだけだ。

 

だが、その時、今度は母が思わぬ事を口走った。

 

 

 

「ああそうだ、忘れていたわ…あなた達、もうそろそろ入って来ていいわよ♪」

 

 

 

「「「はーい!!!」」」

 

 

 

その次の瞬間、私は本気で心臓が止まりそうになった。

 

私の目の前に懐かしい…いや違う。

 

本来ならば、ここにいる筈の無い3人の元・群馬みなかみタンカーズの戦車道仲間が…しかも、大洗女子学園の制服姿で現れたのだ!!

 

 

 

『そんな、バカな!?』

 

 

 

思わず、私はそう叫んだが、現実は変わらない。

 

 

 

『”ののっち”…いや、瑞希に菫、しかも舞まで、何でアンタ達がここに揃っているのよ!?』

 

 

 

私の驚愕に対して、まず目立つ銀髪と男装の麗人を思わせる印象が特徴の”ののっち”こと、野々坂 瑞希がポカンとした表情で答えて来た。

 

 

 

「えっ? 私、この学園の商業科に入学していたのだけど?」

 

 

 

続いて、紫色の髪をセミロングでまとめている、萩岡 菫が346プロに所属する某・シンデレラな人気アイドルそっくりな微笑を浮かべながら、こう答えた。

 

 

 

「私は情報科~♪」

 

 

 

そしてトドメとばかりに、金髪のポニーテールと高校生にしては小柄な体格で幼い雰囲気を持つ、二階堂 舞が元気一杯な声でこう口走った。

 

 

 

「私は普通科だけど、普通Ⅱ科の1年C組だから、嵐ちゃんとは今日まで一度も会わなかったよ♪ 本当に学園艦って大きいんだね!!」

 

 

 

『な…何だってぇぇ!?』

 

 

 

彼女達からのまさか過ぎる回答に、思わず驚きの言葉を発する私。

 

じゃあ、私はこの間まで戦車道をやっていた仲間達が、この春から同じ学園に入学していたのを今日まで知らずに過ごして来たのか!?

 

そこで、ある事実に気付いた私は、生徒会広報の河嶋先輩を思いっ切り怒鳴りつけた。

 

 

 

『河嶋先輩、さっき「我が校、他に戦車経験者は皆無です」と言っていましたね。あれは嘘だったのですか!?』

 

 

 

すると、河嶋先輩はやや困惑気味な表情で答える。

 

 

 

「いや…彼女達は明美さんからの紹介で、我が校の推薦入試を受けて入学したのだが、実を言うと会長との間で『原園が戦車道を選択しなければ彼女達も戦車道の授業を受けない』と言う約束があったから、あの時は嘘をついた訳では無かったのだ」

 

 

 

その答えを聞いた私は、生徒会長の傍でニヤニヤ笑っている母を睨みつけた。

 

 

 

『母さん!! あんた、もしかして…いや、しなくても最初からこうするつもりで、私がこの学園へ入学するのを許したのね!?』

 

 

 

すると、母はあっけらかんとした表情で答えた。

 

 

 

「えっ、最初からじゃないわよ? 大洗で戦車道が復活するって知ったのは偶然」

 

 

 

『嘘をつくな!!』

 

 

 

「嘘じゃないわよ…と言うか嵐、去年の秋の終わり頃、私貴女にこう言わなかったかしら? 今度、関東地区に新しい工場を建てるって話」

 

 

 

『ああ、その話は聞いたけど…って、まさか!?』

 

 

 

「うん、実はその話をしてから少し後にね、この学園艦の母港であり、10年前に亡くなった主人の故郷でもある大洗に、新しい工場を建てる事にしたのよ♪」

 

 

 

『何だと…?』

 

 

 

「もちろん、最初は千葉や栃木に埼玉とか、茨城でも他の町を候補に入れていたわ。でもなかなか良い場所が見つからなくて…最後に大洗町へ工場進出を打診したら、町長さんが直々に私達を町役場へ招いてくれて、その場で工場の敷地を無償提供しますって提案してくれたから、喜んでこの大洗町に工場を建てる事に決めたの」

 

 

 

すると、今度は角谷会長が笑顔を浮かべながら、こう付け加えた。

 

 

 

「何でもねー、バブルの頃に当時の町役場が工場進出を当て込んで、町外れに造成したけれど、バブル崩壊後の不景気続きで何処も買わないまま雑草だけが生えていた工業用地があったから、それをタダで提供したんだって」

 

 

 

なるほど、そう言う裏があったのか。

 

しかし、大洗の町役場め、何て余計な事をしてくれたのよ……

 

私が心の中で、罪の無い大洗町へ呪いの言葉を吐いていると、母が続けてこう語った。

 

 

 

「でね、町役場で工場建設の契約書を調印した後、町の人達との懇親会に参加した時、町長さんから『地元の大洗女子学園で今度戦車道が復活する』って聞いたの。そこで私は町長さんに、ぜひ学園の生徒会長さんに会いたいと頼んで、その足でこの学園艦に来て、会長の角谷さんから話を聞いた訳…理由はもちろん、亡くなった主人の故郷で20年ぶりに戦車道が復活するって言うんですもの、スポンサーとして名乗りを挙げる事にしたのよ」

 

 

 

そして、ここで角谷会長が再び補足説明をした。

 

 

 

「でね、その時に明美さんから、スポンサードの条件として『戦車道を辞めて、戦車道の無いウチの学校を受験すると言っている娘がいるから、入学して来たら彼女を説得して戦車道に戻して欲しい』って頼まれた訳」

 

 

 

『なっ……!?』

 

 

 

ここまでの事情を聞いた私は、唖然とした表情で固まっていた。

 

いや、私だけではない。

 

西住先輩はもちろんの事、武部先輩に五十鈴先輩、そして梓達6人も、母から語られる予想外の説明に呆然としている。

 

ウチの母以外で、平然とした態度で話を聞いているのは、生徒会の3人と元・群馬みなかみタンカーズの戦車道仲間3人だけだ。

 

恐らく、この6人は事前に母から色々な事情を知らされているのだろうと思うと、私は無性に腹が立ってきた。

 

 

 

 

 

 

だが、母は私に更なる追い討ちを掛けるかの様に、視線を西住先輩へ向けると、こう告げたのだ。

 

 

 

「でも、スポンサーとして名乗りを挙げた後で本当に驚いたのは…西住みほさん、あなたがここへ転校して来るのを知った事。私はこれこそ、天の助けだと思ったわ」

 

 

 

「えっ…?」

 

 

 

突然、母から自分の名を告げられた西住先輩は、驚いた表情で母を見つめる。

 

 

 

「みほさんは覚えていないと思うけれど、私は、あなたが小さい頃に熊本で1度だけ会った事があるのよ。懐かしいわ…それに、あなたのお母様とは色々と付き合いが長いから。しかも、ウチの娘の嵐はね…」

 

 

 

まさか!!

 

ここで、西住先輩と私がそれぞれ抱えている戦車道へのトラウマをバラす気か、と思った私は、顔を真っ赤にして母の前に立ちふさがった。

 

 

 

『やめろ母さん!! 私を戦車道の世界へ引き摺り戻す為に、西住先輩まで巻き込むつもりだな!! 幾ら母親でも、そんな事は絶対に許さない…あっ!?』

 

 

 

しかし、次の瞬間。

 

母は私の背中に回り込んだかと思うと、いきなり後ろから首に右腕を回し、頸動脈を締め上げて来た!!

 

 

 

『くっ…これは、母さんの必殺技、スリーパーホールド…!!』

 

 

 

この技は…私と母が喧嘩をする時、プロレス女子でもある母がフィニッシュ・ホールドとして必ず繰り出す技だ。

 

 

 

「まだまだ甘いわね、嵐…こう言う単純な誘いでも簡単に乗って来るのだから♪」

 

 

 

私の苦悶をよそに、飄々とした表情で首を締め上げて来る母。

 

こう見えても母は、長年戦車整備士として力仕事をやって来たから、その身体能力はかなり高いのだ。

 

何しろ高校時代、乗っていた列車の中で、隣にいた同級生の尻を触っていた痴漢を関節技で締め上げ、肩を脱臼させてから警察に突き出したと言うエピソードがある位だ。

 

そんな母のスリーパーホールドは、非常に強い力で素早く締め上げて来るから、すぐ返さないと…頭に血が行かなくなって…落ちてしまう……

 

 

 

「悪いけど嵐、もう学校は放課後でしょ…これから、皆さんに色々と話して置かないといけない事があるから、ちょっとお寝んねしていてね♪」

 

 

 

『こ…この母親…!! ふ…ざける…な……』

 

 

 

本気で首元を締め上げて来る、生みの母親に対して呪詛の言葉を吐いていた私だったが、情けない事にこの直後、呆気なく意識を失ってしまった……

 

 

 

 

 

 

突如始まった、実の母娘による激しい口論と「生徒会長室プロレス」。

 

その急展開ぶりに皆仰天していたが、娘にスリーパーホールドを仕掛けた母親・明美の表情が余りにも真剣だったせいか、生徒会長室にいた誰もが声を出す事さえ出来ないまま、勝負はあっさりついてしまった。

 

 

 

「「「お…落ちたー!!!」」」

 

 

 

嵐が意識を失った事に気付いた、みほと沙織、華に梓達が、びっくりした口調で一斉に叫んだ。

 

すると、嵐を失神KOさせた張本人が楽天的な口調で答える。

 

 

 

「あ、みんな大丈夫よ。気を失っただけだから♪ さすがに母娘喧嘩で命に関わる事をやったらマズイもの」

 

 

 

明美は、そう言って皆を安心させつつ、一時的に意識を失っている嵐を傍らにいた瑞希と菫に預けた。

 

そして、呆然としているみほや梓達の前で語り始める。

 

 

 

「さてと…生徒会の方々はともかく、ここにいらっしゃる皆さんにはまだ自己紹介をしていなかったわね」

 

 

 

これには、みほ達も「あっ…はい…」と答えるしかない。

 

すると、明美は一度お辞儀をしてから自己紹介を始めた。

 

 

 

「もうお気付きかも知れないけれど、私が原園 嵐の母で、明美と申します。今は群馬県みなかみ町で、車両整備工場を営んでおります…まあ、本業は戦車道で使う戦車の整備や関連部品の製造販売等々、だけどね」

 

 

 

その時、心配そうな口調で質問する者が現れた。

 

 

 

「あの…私、嵐のクラスメートで、山郷 あゆみと言います。失礼ですがお母さん、実は昨日、嵐からお父さんは10年前に戦車道の事故で亡くなったと聞いたのですが…」

 

 

 

「「「えっ…?」」」

 

 

 

その話を初めて聞いた、みほと沙織と華は思わず口を揃えて、驚きを露にした。

 

すると、明美は一瞬寂しそうな表情をするが、すぐに微笑を取り戻すと、こう語る。

 

 

 

「ええ…私の主人、つまり嵐の父親の直之さんはこの学園艦の出身で、私と結婚してから今の工場を一緒に立ち上げたのだけど、今から10年前の秋、嵐が5歳の時に戦車道の試合会場へ移動中の戦車に轢かれそうになった子供を助けた時に、自分がね…でも、夫には夢があったの」

 

 

 

その時、梓が思わず明美に向かってこう問い掛ける。

 

 

 

「夢って…?」

 

 

 

「自分が若い頃に、戦車道を廃止した大洗女子学園で戦車道を復活する時が来たら、必ず力になりたいって、いつも語っていた。そして、もしも自分に何かあったら私にその夢をかなえて欲しいって…だから、生徒会長の角谷さんから戦車道復活の話を聞いた時、迷わず支援するって決めたの。それが主人との約束だったから」

 

 

 

その話を聞いたみほや梓達は、皆胸を詰まらせながら明美を見つめていた。

 

そんな彼女達の表情を見た明美は、敢えて明るい口調で、彼女と一緒にやって来た少女達を紹介した。

 

 

 

「ああそうそう、話は変わるけれど、今、私の隣に並んでいるのは嵐のお友達で、私が地元で代表を勤めている戦車道のユースクラブチーム『群馬みなかみタンカーズ』で小学3年から中学卒業まで戦車道を修めて来た元メンバーよ。右から野々坂 瑞希、萩岡 菫、そして二階堂 舞です。みんな挨拶してあげてね」

 

 

 

「「「よろしくお願いします!!」」」

 

 

 

元気な瑞希達の挨拶につられて、みほや梓達も同じ挨拶を返した。

 

その後、明美の説明が続く。

 

 

 

「この学園で戦車道を再開するに当たって、嵐の他にも戦車道経験者がいたら何かと良いだろうと思って、彼女達を生徒会長の角谷さんへ推薦したのだけど…取り越し苦労だったかもね。まさかその時は、西住さんが転校して来るとは思っていなかったから」

 

 

 

「えっ…?」

 

 

 

再び、自分の名前を言われたので動揺するみほ。

 

しかし明美は笑顔のまま、それ以上みほの事を語らず、ただ彼女へ向かってこう告げただけだった。

 

 

 

「西住さん、突然の事で悪いと思うけれど、嵐やこの娘達の事をよろしくね。きっと貴女やこの学園の役に立つと思うわ」

 

 

 

そして、場が静まったのを確かめた明美は、生徒会長の杏に話し掛ける。

 

 

 

「さてと…もうこんな時間だし、他に用事が無ければ、今日は嵐と一緒に失礼しますね♪」

 

 

 

これに対して、杏は頷きながらこう答えた。

 

 

 

「はい明美さん、この後また…」

 

 

 

すると明美は杏に向かって小さく頷き返すと、生徒会長室にいる全員に向けてこう挨拶した。

 

 

 

「じゃあ皆さん、嵐達の事をよろしく頼みますねー♪」

 

 

 

かくして、明美は失神したままの嵐を抱えた瑞希達を連れて、生徒会室から退出して行った。

 

 

 

 

 

 

その姿を見送った杏は、視線をみほ、沙織、華に向ける。

 

 

 

「さてと…原園ちゃんの方はお母様に任せるとして…改めて西住ちゃん、戦車道を履修するって事でいいかな?」

 

 

 

「あ…はい」

 

 

 

急に質問を振られたみほだが、一瞬動揺したものの、一度戦車道をやると決めた以上、再び翻意する気は無かった。

 

その様子を確かめた、副会長の柚子が今度は、みほ以外の全員に向けて声を掛ける。

 

 

 

「じゃあ、武部沙織さんと五十鈴華さん、そして…そこにいる子達。あなた達は全員、原園さんと同じ普通Ⅰ科の1年生ね?」

 

 

 

「「「「「えっ…あっ、はい…」」」」」

 

 

 

これには、みほと一緒にここへ来ていた沙織と華はともかく、嵐が生徒会と喧嘩するのではと思い込み、生徒会長室内の会話を盗み聞きしようとしてやって来た梓達6人は、副会長から怒られると思ったのか、一言話しただけで(紗希だけは話してさえいないが)、全員震え上がっていた。

 

すると、柚子は震えている梓達1年生に苦笑しながら、こう話した。

 

 

 

「大丈夫よ、別に怒っていないから…その代わり、ここにいる皆さんに確かめたい事があるの。皆も西住さんや原園さん達と一緒に戦車道を履修してみる?」

 

 

 

要するに、この場を利用して1人でも多く履修者を確保しようと言う訳だが、ここまでの展開が急過ぎてよく考える余裕が無かったのか、それとも断り様が無かったのかはともかく、沙織と華だけでなく、梓達6人の1年生達も戦車道履修の意思を示した。

 

その光景を見ていた生徒会広報の桃は、会長へ確認をする。

 

 

 

「では、ここにいる全員、戦車道履修希望と言う事でよろしいですね、会長?」

 

 

 

「うん、河嶋。その様に書類を処理しといて」

 

 

 

杏は、桃へそう指示を出すと、室内にいたみほ達へこう告げた。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、みんな長い時間悪かったね。私達はこれから生徒会の業務があるから、今日は帰っていいよ」

 

 

 

 

 

 

かくして、生徒会長室で起きた戦車道履修を巡る対決(?)は決着した。

 

まず、梓達1年生6人が疲れた表情で部屋から退出すると、続いて沙織と華が並んで退出し、少し遅れてみほが最後に退出して行った。

 

そしてみほは、オロオロしながら廊下を歩きつつ、少し前方で並んで歩いていた沙織と華に向かって、小声でこう呟いた。

 

 

 

 

 

 

「どうしよう…?私、原園さんまで戦車道に巻き込んじゃった…」

 

 

 

 

 

 

みほの呟きを聞いた、沙織と華は思わず「しまった」と言わんばかりの表情を浮かべて、互いの顔を見合わせたが…それ以上、何も言い出す事が出来なくなってしまった。

 

 

 

(第7話/終)

 

 




ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第7話をお送りしました。

まずは、前回に引き続きトンでもない展開となりました事をお詫び申し上げます。
やり過ぎだったら、本当にゴメンなさい。

しかし…今回、明美と杏が明かした「大洗女子学園戦車道復活の理由」には、嘘はありませんが、まだ語られていない部分が。

もちろん原作ファンの皆様なら、それが何か察していらっしゃると思いますが、次回は正にその部分、明美が杏と手を組んで、嵐を戦車道に引き摺り戻す事になった「本当の事情」が明かされます。

それでは、次回をお楽しみに。

【報告1】2018年6月4日に一部修正(段落と一部の文章の訂正)しました。
【報告2】2020年1月23日に明美の台詞の一部を修正しました。
※修正前「悪いけど嵐、もう学校は放課後でしょ…これから、貴女には話しておかないといけない事が色々とあるから、ちょっとお寝んねしていてね♪」
→修正後「悪いけど嵐、もう学校は放課後でしょ…これから、皆さんに色々と話して置かないといけない事があるから、ちょっとお寝んねしていてね♪」



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第8話「これが、戦車道復活の真相です!!」


遂に、大洗女子学園戦車道復活の真相が明かされる…但し、主人公限定で。

※4/16追記・後書きに、緊急のお知らせがありますので、必ずご覧下さい。

【報告】2018年6月5日に一部修正(段落と一部の文章の訂正)しました。




 

 

 

 

 

 

意識が戻ったのは、いつの事だったのだろう。

 

と言っても、目の前に置いてある時計を見る限り、生徒会長室で私が母のスリーパーホールドで落ちてから30分程しか経っていないらしい。

 

ここは、下宿先の鷹代大叔母さんの家にある、私の部屋。

 

どうやら私は、ここへ運ばれてから布団に寝かされていた様だ。

 

だからと言って、さっきまでの出来事が悪夢だった訳ではない。

 

夢ではないのだから…と思って、布団から起き上がった正にその時。

 

目の前に、かつての戦車道仲間3人の姿が見えた。

 

 

 

 

 

 

心配そうに私を覗き込んでいるのは、戦車だけではなく実家のラリーチームが使い古した車両を実家の裏山で毎日の様に乗り回していた、美少女天才ドライバー・萩岡 菫。

 

次に、みなかみタンカーズではチームのムードメーカーで、常に笑顔を絶やさない甘えん坊だが、今は不安そうな表情を浮かべて私を見つめている、二階堂 舞。

 

そして、クールな表情で私を見つめている幼稚園時代からの親友兼好敵手。

 

”ののっち”こと、野々坂 瑞希だった。

 

 

 

 

 

 

「あっ…目が覚めた?」

 

 

 

 

 

 

最初に、瑞希が落ち着いた表情で話し掛けて来たので、私はこう答えた。

 

 

 

『ののっちか…じゃあやっぱり、今日生徒会長室で起きた出来事は夢じゃなかったわね』

 

 

 

「どうやら、今日何が起こったかは覚えている様ね?」

 

 

 

『そりゃもう…全てが完璧な悪夢だったわよ。まさかこの学園で戦車道が復活するだなんて、最悪の予想の更に斜め上って事態ね。しかもののっちだけではなく、菫や舞まで入学していたのに気付かなかったなんて…』

 

 

 

すると、瑞希は澄ました顔で意外な返事を寄越して来た。

 

 

 

「まあ、実を言うと私達、今回の件で明美さんから頼まれなくてもアンタと一緒に、この学園へ進学するつもりだったのだけどね…」

 

 

 

『母さんから頼まれなくてもここへ入学するつもりだった…どう言う事よ? 全ては母さんとグルになって、私を戦車道へ引き戻す為にここへやって来たんじゃないの?』

 

 

 

「それはちょっと違うわね…でも、まずはお母様から話を聞いた方が早いと思うわよ?」

 

 

 

と瑞希が呟いた瞬間、我が母親・原園 明美が、のほほんとした表情で部屋に入って来た。

 

 

 

 

 

 

「嵐、目が覚めた? さっきはゴメンね~でも、ああしないとあなたが生徒会長室で大暴れして、大変な事になる所だったのだからね?」

 

 

 

『母さん!! あんたって人は…いずれこうなるとは思っていたけれど、まさか生徒会とグルになるだけじゃなく、西住先輩まで巻き込んで…許せない!!』

 

 

 

生徒会長室での一件を思い出した私は、頭に来て立ち上がると、母に摑みかかろうとしたが、すぐさま菫と舞が私の腕を摑んで止めに入った。

 

 

 

「嵐ちゃん、落ち着いて!!」

 

 

 

「駄目だよ嵐ちゃん、こんな所でお母さんと喧嘩したら!!」

 

 

 

『離してよ!! この鬼母のせいで、せっかくの高校生活が滅茶苦茶に…!!』

 

 

 

だが、母は泰然自若とした態度で、こう宣言した。

 

 

 

「まあ落ち着きなさい、嵐。これから貴女へのお詫びも含めて、みんなで焼肉を食べに行くわよ」

 

 

 

『母さん!!』

 

 

 

私は思わず抗議をしたが、当人は平然とした顔でこう返した。

 

 

 

「分かっているわ…戦車道の事についても、ちゃんと理由を話すから」

 

 

 

『理由!? 私を戦車道へ引き摺り戻す以外に、一体何があるって言うのよ!!』

 

 

 

だがそこへ、母の背後から大叔母の鷹代さんが仏頂面でやって来て、母に一言釘を刺した。

 

 

 

「明美さん…貴女、一人娘にこれから何をやらせようとしているのか、分かっているのでしょうね?」

 

 

 

「鷹代さん、分かっています。でも私がここへ来たのは、単純に嵐を戦車道へ戻すだけではないのです。詳しい事は、これから向かう場所で夕食を食べながら説明をします」

 

 

 

「仕方ないわね…」

 

 

 

母の説明を聞いた大叔母さんは、憮然とした表情だったが、頷くと着替えをするのだろうか、自分の部屋へ戻って行った様だ。

 

その姿を見た母は、私達にこう話し掛ける。

 

 

 

「じゃあみんな、これから焼肉を食べに行くから支度をしてね。私は車を用意するから」

 

 

 

「「「はい」」」

 

 

 

3人の元・戦車道仲間は、自分達がこの春まで所属していたチームの代表である母に向かって行儀の良い返事をする。

 

 

 

『分かったわよ…』

 

 

 

最早、母と喧嘩をしてもしょうがないので、私も瑞希達と一緒に身支度を整えてから、鷹代さんの家の玄関を出た。

 

すると玄関前には、大型で3列シートを持つ、薄いグレー色の国産ミニバンが停まっており、既に運転席には母が乗り込んでいた。

 

母は本来ドイツ車、それも4WDが好みだから、恐らく学園艦内にあるレンタカー屋で借りたのだろう。

 

そう思っていると、鷹代さんが母の呼び掛けに答えて、助手席へ乗り込んでいた。

 

本当は乗りたく無かったが、私も仕方なく瑞希と一緒に2列目のシートへ乗り込む。

 

続いて、3列目のシートに菫と舞が座ってドアを閉めると、大型ミニバンは家を出発した。

 

 

 

 

 

 

一体どこへ向かうのかと思いきや、目的地へはほんの10分足らずで着いた。

 

しかし、着いた場所は意外にも焼肉屋ではなく、やや年季の入った風格ある旅館だった。

 

思わず、私は運転席の母へ問い掛ける。

 

 

 

『ここでいいの?』

 

 

 

「ええ。ここは今、私が泊まっている旅館でね。今晩はお客様も迎えるから旅館の女将さんに頼んで、9人で焼肉を食べるのに充分な広さの部屋を確保してもらったのよ」

 

 

 

『9人?』

 

 

 

人数を聞いて、気になった。

 

今、このミニバンの中にいるのは私と母、それと鷹代さんに瑞希達3人の合計6人。

 

つまり母は、何らかの理由であと3人を今晩の夕食に招待した事になる訳だが、果たして誰なのだろう?

 

そこまで考えた時、母はシートベルトを外しながら、皆へこう告げた。

 

 

 

「この旅館の『竹の間』と言う部屋を予約してあるから、今から旅館の玄関へ行ってね。そこで待っている女将さん達が部屋へ通してくれるわ。鷹代さんもお願いします」

 

 

 

すると、大叔母さんが母へ疑問を投げ掛ける。

 

 

 

「今晩はここで焼肉を食べるのかい? その分だと、お客さんもその部屋でお迎えする様だけど?」

 

 

 

「その通りです。今晩はここで夕食を食べながら、嵐の戦車道に関する詳しい話をしますから」

 

 

 

母がそう答えると、鷹代さんは「分かった」と小さく呟いて、母と一緒に車を降りる。

 

もちろん、私達も後に続いて旅館へ向かう。

 

すると母の言う通り、旅館の玄関で待っていた女将さん達の案内で「竹の間」に通された。

 

それから5分程が経ち、ようやく私と瑞希達が部屋でリラックス出来た頃だろうか。

 

先程私達を案内した、旅館の女将さんが静かに部屋へ入ると「原園様、お客様が参られました」と母へ告げると同時に、私服姿の少女が3人入って来た。

 

その姿を見た瞬間、私は心底驚いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『会長…それに小山先輩と河嶋先輩じゃないですか!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、部屋に入って来た私服姿の女性3人とは、生徒会のトリオだったのだ。

 

しかも、その表情は先程生徒会長室で私や西住先輩を呼び付けた時とは全く違っていた。

 

3人揃って、深刻な表情をしていたのだ。

 

小山先輩や河嶋先輩はもちろんだが、あの角谷会長でさえ、生徒会長室で見せていたのほほんとした雰囲気は無く、何か思い詰めた表情に変貌していた。

 

…おかしい。

 

あの生徒会室での口論を見た人間なら、私でなくてもそう感じただろう。

 

ここまでの事情を知らされていない、鷹代大叔母さんも何かを察したらしく、角谷会長の顔色を眺めながら表情を引き締めていた。

 

しかし、その場にいた母と瑞希達3人は全く表情を変えていない…やはり、この4人は事前に何かを知っており、ここで今から何が話されるのかも知っているに違いない。

 

そう考えている内に、生徒会の3人が無言で席に着いた。

 

すると母は、鷹代さんに生徒会の3人を紹介した後、皆に「今から話す内容は、一切他言無用でお願いするわね」と念を押してから、角谷会長へこう話し掛けた。

 

 

 

「じゃあ、生徒会長の角谷 杏さん。早速だけど、約束だから嵐に説明してあげて。この学園が何故、今年度になって急に戦車道を復活する事にしたのかと言う『本当の理由』を…」

 

 

 

『本当の理由?』

 

 

 

母の一言で、思わず疑問を発した私に対して、角谷会長はこう告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実はね、原園ちゃん…ウチの学校は、今年度一杯で廃校になるんだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えっ!?』

 

 

 

そんな馬鹿な。

 

私はまだ、この大洗女子学園に入学してからそんなに経っていない。

 

いや、状況は瑞希と菫、舞も同じだ。

 

なのに、学園が今年度一杯、つまり来年3月に廃校!?

 

一体どう言う事?…いや待て。

 

ここで、生徒会長室での会話を思い出した私は、副会長の小山先輩へ尋ねた。

 

 

 

『あの、小山先輩…今日、西住先輩と私を戦車道履修の件で生徒会長室へ呼び出した時に「終了です、我が校は終了です…」って言いましたよね。それって、実はこの事だったのですね?』

 

 

 

すると、小山先輩は私の問い掛けが事実であるとあっさり認めた。

 

 

 

「ええ…原園さん、あの時は話す事が出来なくてごめんなさい」

 

 

 

と言う事は、会長の発言は事実と見て間違いない…この時私は、溜息を吐く事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

一方、会長と副会長の発言には、同席する鷹代大叔母さんも驚いていた。

 

そして、大叔母さんは静かな口調で、角谷会長へ質問する。

 

 

 

「生徒会長の角谷さんと言ったね。今はまだ4月なのに、いきなり学園が廃校だなんて穏やかな話じゃないね…一体何があったんだい?」

 

 

 

すると、会長は静かにこう語った。

 

 

 

「実は…ウチの学園、生徒数が年々減っているし、近年目立った実績や特筆すべき活動が無いと言う理由で、文科省から廃校にすると告げられたんです」

 

 

 

鷹代さんが小さく頷きながら話を聞いている横で、私は当然の疑問を口にする。

 

 

 

『でも会長、それと戦車道に何の関係があるのですか?』

 

 

 

「うん…その時、私達は文科省に呼び付けられて、担当者から廃校を告げられたのだけど、何とかならないかと思って交渉したんだ。すると担当者が『昔は戦車道が盛んだった様ですが…』と口にしたんだよ。そこで、私はすかさず戦車道を復活させる事を提案したんだ。『全国大会で優勝したら、まさか廃校にはしないよね?』って」

 

 

 

『まさか…それで、戦車道を復活させる事にしたのですか?』

 

 

 

すると、会長は無言で頷いた。

 

その後を受けて、今度は母が会長の代わりに、こう話した。

 

 

 

「嵐、私が生徒会長室で、この学園の戦車道を支援すると決めた時に話した内容、覚えているわね?」

 

 

 

『ええ、それがどうかしたの?』

 

 

 

「実は、その時には隠していた事があったの。大洗町に工場進出する事が決まり、町役場で工場建設の契約書の調印式を終えた後の懇親会で、町長さんから大洗女子学園で戦車道が復活すると告げられたって、生徒会長室で言ったわよね」

 

 

 

『まさか…それは嘘!?』

 

 

 

「あの町長さんの話はね、本当は『原園さんの工場が来てくれて本当に助かります。実は先日、文科省から突然、大洗女子学園を来春までに廃校する事が決定したとの通知が来まして…』だったのよ」

 

 

 

『!!』

 

 

 

「驚いた私は、その場で町長さんに事情を話した上で、生徒会長に会って話を聞きたいとお願いをして大洗の学園艦へ向かったわ。そこで角谷さんから詳しい話を聞いたの…内容は今、角谷さんが話したのと同じよ。そこで、私は廃校回避の為に戦車道を復活させる決意をしたこの学園への支援を決めたのよ」

 

 

 

 

 

 

ここで、今度は鷹代さんが不審そうな表情で、角谷会長へこう尋ねる。

 

 

 

「角谷さん、この学園が廃校になると言うのは、今、文科省が進めている学園艦統廃合計画に伴う話だろうね?」

 

 

 

「はい、そうです」

 

 

 

「その計画、私はよく知っているんだよ。元の仕事柄、県の教育委員会や戦車道連盟の関係者に知り合いがいて、今でも時々、そこから仕事や講演を依頼される事があるからね。確かに、ここ大洗の学園艦は他校の物より旧式で小型だから、以前から統廃合計画のリストの筆頭に挙げられてはいたよ。ただ…」

 

 

 

「『ただ?』」

 

 

 

と、ここで私と角谷会長が偶然ハモって、鷹代さんに尋ねると、こう答えてくれた。

 

 

 

「私が知っている限りでは、大洗の学園艦は『他校との統合や新型艦への移行リスト』の筆頭に挙げられていた。つまり、仮に今の学園艦が老朽化等の理由で近い将来廃艦になるとしても、大洗女子学園自体は他校との統合あるいは現在計画中の次世代学園艦への移転と言う形で存続する前提で議論が進んでいたんだよ。少なくとも私と県の教育委員会、そして大洗町の関係者達はそう認識していた。それが何故、急に廃校になると決まったんだい?」

 

 

 

私は、思わずアッと思った。

 

つまり、この学園の廃校話は、茨城県を始めとする関係機関への根回しが充分出来ていない内に進められていると、鷹代さんは指摘しているのだ。

 

その指摘に対して、角谷会長は当惑した表情で答えた。

 

 

 

「それについては…文科省の担当者からは何も聞かされていません」

 

 

 

そこへすかさず、母が代わりに答える。

 

 

 

「それでね、鷹代さん。私も同じ疑問を抱いて調べてみたの。そうしたら、学園の廃校通知をした担当者の正体は、文科省学園艦教育局長の辻 廉太だって分かったのよ」

 

 

 

その途端、ここまで落ち着いた口調で話をしていた鷹代さんが、血相を変えて叫んだ。

 

 

 

「何だって…あの辻か!?」

 

 

 

その瞬間、私だけでなく生徒会の3人も驚いた表情で鷹代さんを見た。

 

 

 

『大叔母さん、その人を知っているの?』

 

 

 

「知っているも何も、あいつは以前から評判が悪くてね。文科省が進めている学園艦統廃合計画の実質的な責任者だが、あちこちで無理矢理な理由を付けては学園艦を次々と廃校・解体して来た極悪人だよ」

 

 

 

「本当ですか!?」

 

 

 

その発言を聞いた小山先輩が驚いて問い掛けると、鷹代さんは更に詳しい事情を説明した。

 

 

 

「表向きは、過去に作り過ぎた学園艦を解体して全体数を減らす事で、経費削減を図るのが計画の目的なんだが、奴は余りにも強引な手段で廃校を強行し続けていてね。地域によっては廃校になった学園艦の生徒が転校しようにも、対象地域内の学校全てが定員オーバーになってしまって転校さえできず、結果不登校になる生徒が増える等して教育に支障が出ている所もある位だよ。だから裏では『実は学園艦解体業者と癒着して甘い汁を吸っている』なんて噂が囁かれている程なんだ」

 

 

 

「「「…」」」

 

 

 

大叔母さんの話を聞いた生徒会の3人は、一言も発せず、固まっている。

 

 

 

『酷い…』

 

 

 

思わず、私は転校さえままならず、不登校になってしまった生徒の事を思って胸を痛めたが、そこへ母が思わぬ事を話して来た。

 

 

 

「実はね…その辻って役人、私にとってもチョットした恨みがあるのよ」

 

 

 

『恨み?』

 

 

 

「昔の話だけど、私が高校を卒業する時、ある理由から私を妬んでいた戦車道の関係者がいてね。そいつが裏で手を回して、私が推薦入学する予定だった大学に圧力を掛けて推薦枠を潰してしまったの。その時、この戦車道関係者の手足となって影でコソコソ動いていたのが、当時文科省の平役人だった辻だったのよ」

 

 

 

これには私だけでなく、生徒会の3人も唖然とした表情で聞いていた。

 

 

 

「まあ、それがきっかけで私は、偶然来日していたドイツの強豪プロ戦車道チーム・ムンスターのスカウトの目に止まり、メカニックとしてドイツ戦車道プロリーグの世界へ行く事が出来たのだけどね」

 

 

 

まさか…母さんがドイツ戦車道のプロリーグへ加入できた裏に、そんな事情があったとは。

 

これは実の娘にとっても予想外だった。

 

 

 

「だから、その話を聞いた時…私は奴に仕返しをするチャンスが来たと思ったわ。しかもそいつが直之さんの故郷を無くそうと企んでいると知れば、尚の事よ」

 

 

 

 

 

 

ここで、ようやく話の筋が何となく分かってきた私は、母に問い掛ける。

 

 

 

『つまり…』

 

 

 

「私が戦車道を復活させた大洗女子学園を支援する事にした理由は3つ。1つ目は、大洗の戦車道が復活したら力になりたいと言っていた直之さんの遺志を継ぐ為。2つ目が直之さんの故郷であるこの学園艦を守る為。そして3つ目は、かつて私に嫌がらせをした一味の1人でもある辻 廉太へ、ちょっとした復讐をする為よ♪」

 

 

 

『それって…まさか!?』

 

 

 

「そうよ、嵐。このままだとお父さんの故郷が無くなってしまうわ…来春にはね。もちろん、この大洗の学園艦は老朽化でいずれは解体されるでしょうけれど、新しい学園艦に学園が引き継がれるのなら、私もまだ納得できるわ。でも跡形も無く消えてしまうだなんて、正直許せない」

 

 

 

『……』

 

 

 

「だったら、例え1%以下の可能性であっても戦車道に賭ける決意をした角谷さんに手を貸すべきだと決断したの」

 

 

 

『じゃあ…母さんが私を戦車道へ引き摺り戻そうとした、本当の理由は…』

 

 

 

「そうよ、嵐。あなたの大好きだったお父さんの故郷を守る為には、あなたも戦わなければならない。戦車道に戻る事でね」

 

 

 

そして、話を締め括る様に角谷会長がこう告げた。

 

 

 

「うん…私達が目指すのは、今年の第63回戦車道全国高校生大会を制覇する事。それ以外に、この大洗女子学園を廃校から守る方法は無いんだよ」

 

 

 

『そんな…!!』

 

 

 

 

 

 

その瞬間、私の脳裏に優しかった父さんの面影が鮮明に思い出された。

 

戦車道へ戻らなければ、戦わなければ…大好きだった父さんの故郷が消えてしまう。

 

そして、戦いを避ける余地は全く無い。

 

真相を知った私は、目の前が真っ暗になった……

 

 

 

 

 

 

だが、その時突然、瑞希が母へ話し掛けて来た。

 

 

 

「明美さん、私からも嵐へ話をして良いですか?」

 

 

 

母は瑞希の話を聞くと頷いたので、私は恨みがましそうな声で瑞希に問うた。

 

 

 

『何よ、瑞希?』

 

 

 

「私、鷹代さんの家を出る前に『実を言うと私達、今回の件で明美さんから頼まれなくてもアンタと一緒の高校へ進学するつもりだった』って言ったよね。あれは嘘でも何でもないわよ」

 

 

 

『どう言う事?』

 

 

 

「去年の秋、アンタが戦車道から引退するって聞いた時から、ずっと考えていた。『これで本当に良いのかな?』って…そして、私は結論を出した。『このままじゃ嫌だ』って」

 

 

 

『なっ…!?』

 

 

 

「嵐は覚えている? 私がアンタと一緒に戦車道をやるって決めた日の事を」

 

 

 

『私とアンタが小学校入学を控えていた冬の日よね…確か、母さんの前で「一度でもいいから、嵐ちゃんの前を歩いてみたい」って、私への挑戦みたいな事を言っていたよね?』

 

 

 

「その気持ちは今でも変わらないわ…嵐は幼稚園の頃から常に私の一歩前を歩んでいて、私は、それが羨ましかった…その思いは嵐と一緒に戦車道をやって来て、確信に変わったわ。嵐は私には無いモノを持っている。それはある意味天性の才能と言って良い位の資質で、特に戦車道で強い力を発揮する。本人は自覚していないけどね」

 

 

 

『……』

 

 

 

「でも、そんな凄い力を持っている嵐が、戦車道を辞めるって現実に私は耐えられなかった…まだ、私は戦車道で嵐の前に出たって自覚は無いから。だから私は、菫と舞に相談して『嵐と一緒に大洗へ進学しよう』って決めたのよ。大洗に戦車道が無いなら、自分達がそれを作れば良いってね」

 

 

 

『…!!』

 

 

 

無いなら、作れば良いと言う瑞希の発想に、私は強烈な衝撃を受けた。

 

すると、菫が私へこう語りかけた。

 

 

 

「私も、嵐ちゃんがこのまま戦車道辞めちゃうのは良くないって思ったの…だから瑞希から話を聞いた時、一緒に大洗を受験しようって決めた。豆戦車が1輌でもあれば高校戦車道の公式戦は無理でもタンカスロンで腕を磨けるじゃない。実際そうやって実業団や海外のプロチームに入団した戦車乗りだっているんだよ」

 

 

 

続いて、舞も目に涙を浮かべながらこう訴える。

 

 

 

「私も、嵐ちゃんと一緒でないと戦車道が面白くないよ…だから嵐ちゃんを追いかけようって決めたの!!」

 

 

 

そして、母が3人の思いを受け継ぐ様に、こう話した。

 

 

 

「で、私が大洗の戦車道を支援すると決めた後、大洗には戦車道の経験者がいないから、嵐だけでなく誰かをみなかみタンカーズから連れて来ようと思った時、瑞希ちゃん達がそう訴えてきたの。だから、私はすぐに角谷会長へ彼女達を推薦したわ」

 

 

 

それに続いて、角谷会長がこう語る。

 

 

 

「でね、明美さんからのオファーを聞いた私は、直ちに学園長に掛け合って、野々坂ちゃん達が推薦入試を受けられる様に手を打った訳。幸い、推薦入試のスケジュールに問題は無かったから、3人は他の受験者と一緒に推薦入試を受けて、結果はもちろん全員合格。それで、何の問題も無くウチの学園に入学できたんだよ」

 

 

 

こうして、ようやく瑞希達が入学した理由を知った私は、疲れ果てた表情でこう答えた。

 

 

 

『瑞希、菫、舞…私は、こんなにも大馬鹿な親友を持って幸せよ…』

 

 

 

もっとも、嫌でたまらない戦車道の世界へ戻らなければならなくなった私自身は、少しも幸せでもなければ嬉しくもなかったが。

 

 

 

 

 

 

そして、大して美味しくもない夕食の焼肉を食べた、翌日。

 

大洗女子学園で復活が決まった、戦車道の最初の授業が始まる。

 

 

 

 

 

 

そして余談だが。

 

母は私が失神している間に、私のスマホに録音してあった生徒会長室での生徒会との口論の記録を消去していた。

 

…ムカつく!!

 

 

 

(第8話/終)

 

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第8話をお送りしました。

今回、嵐に明かされた大洗女子学園・戦車道復活の理由。
もちろん、ガルパンファンの皆様ならご存知の話ですが、本作では設定の細部を膨らませてみました。
この要素がどう言う効果を挙げるか、私も見通せてはいませんが、見守って頂ければ幸いです。

それでは、次回をお楽しみに。


【緊急・4/16追記】
今回、この第8話に関する、ある方からの感想を読んで、作者としてはストーリーの説明不足を感じましたので、次回の投稿は予定を変更して、明美さんサイドの番外編を作る事にしました。
急遽話を作る事になりますので、時間が掛かりますが、しばらくお待ち頂ければ幸いです。
この為、次回(第8.5話となります)の投稿は未定とさせて頂きます。

以上、どうかご了承下さい。
【6/5追記】 第8.5話、5/13に投稿しております。



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第8.5話「番外編~原園 明美の戦車道・その1です!!」


前回の後書きで触れた通り、今回と次回はストーリーを補完する意味も込めて、主人公の母親・明美さんSideの番外編を前後編でお送りします。

物語は前回第8話の終了直後から始まりますので、安心してお読み下さい。

【報告】2018年6月5日に一部修正(段落と一部の文章の訂正)しました。



 

 

 

 

 

4月初旬の夜。

 

ここは大洗女子学園・学園艦。

 

その甲板都市の一角に、学園艦の就役時から営業を続けている老舗旅館がある。

 

この旅館は先程まで、原園 嵐が大洗女子学園で戦車道が復活した真相を母親である原園 明美と学園の生徒会長・角谷 杏から知らされていた場所でもあった。

 

 

 

 

 

 

既に、時刻は午後8時半を過ぎている。

 

嵐は、同席していた群馬みなかみタンカーズ時代の戦車道仲間や大叔母の鷹代、大洗女子学園生徒会役員と共に、旅館で出された夕食の焼肉を食べ終えて、自らの下宿である鷹代の家へ帰宅している。

 

一方、この旅館に宿泊している明美は、まず旅館の玄関で生徒会役員3人を用意したタクシーで送り出してから、レンタカーで嵐や鷹代、そして瑞希達を鷹代の家と学生寮まで送った後、旅館へ戻ると館内に併設されている露天風呂に入って汗を流した。

 

そして、風呂から上がって浴衣に着替えると、自分が宿泊している部屋へ戻ってから、スマホで連絡を取っている。

 

その相手は、自らの個人秘書…正式な役職は、原園車両整備の社長秘書・淀川 清恵 (よどがわ・きよえ)。

 

長いストレートヘアに、アンダーリムの眼鏡がチャームポイントで、それが若く清楚な印象を与えている人物である。

 

 

 

 

 

 

そんな清恵だが、明美の秘書として入社したのには、それなりの理由があった。

 

清恵の父は、明美が社長を勤める原園車両整備の創業以来のメインバンクだった大手銀行の前橋支店長まで勤めた人物であるが、5年前に銀行の次期頭取を巡って起きた内紛に嫌気が差して依願退職し、その後は金融コンサルタントとして独立している。

 

実はその当時、原園車両整備はある事情からこの銀行の内紛に巻き込まれていた。

 

この時、明美は銀行の本店から貸し剥がし…つまり、既に融資されていた資金を期限前に返済する様、強引に迫られたのである。

 

これによって資金面の後ろ盾を失った原園車両整備は窮地に陥ったが、ここで以前から支店長として明美と懇意にしていて、銀行の内部事情も知っていた清恵の父が明美を助けるべく動いた。

 

彼は、大学の同級生である別の大手都市銀行の頭取に連絡を取って、融資交渉の機会を作ったのである。

 

その結果、原園車両整備は、この大手都市銀行へ融資を借り換える事で窮地を脱した経緯がある。

 

当時、大学卒業を控えていた清恵は、父の勤めていた銀行へ就職しようと思っていたが、この事件を通して銀行業界の闇の部分と明美の人柄や原園車両整備の雰囲気の良さを知り、明美の下で仕事をしたいと考えた。

 

丁度、自分の秘書を必要としていた明美も快く彼女を受け入れ、清恵は大学卒業と共に原園車両整備へ秘書として入社したのだった。

 

そんな彼女は、今も明美の有能な右腕として活躍を続けている。

 

 

 

 

 

 

「どう、清恵ちゃん。“あの戦車”は大丈夫?」

 

明美からの問い掛けに、清恵は澱みの無い澄んだ声で答える。

 

「はい社長、既に輸送準備は整いました。明日の早朝、トランスポーター(戦車運搬車)に積み込んで午前8時に本社を出発し、昼前には茨城港日立港区に到着後、停泊中の連絡船に搭載します。その後、連絡船は明日深夜に出航し、明後日の昼頃には社長がいらっしゃる学園艦に到着する予定です」

 

「了解。それじゃあ、後の事はお願いね。私は明朝、チャーターしたヘリでここを出るわ…明日は、午後から大切な取引先との商談があるからね」

 

「はい。明日の午後1時から袖ヶ浦市にある周防ケミカル工業本社へお伺いして、今度購入する戦車用オイルや添加剤等の価格交渉があります…社長、お1人でも大丈夫ですか?」

 

「うん。私も伊達に10年近く社長を続けてきていないからね…それより、清恵ちゃんもしばらくは慣れない整備士用ツナギを着て作業してもらうと思うから、怪我しない様に気を付けてね」

 

「はい。工場長や整備課の方達も付いていますから、無理しない様にします。それでは社長、お休みなさい」

 

「お休みなさい」

 

 

 

 

 

 

全幅の信頼を置く秘書との連絡を終えた明美は、自分の部屋の窓から見える学園艦の甲板都市の夜景をしばらく眺めていたが、不意に目線を1冊の小さなアルバムに移した。

 

これは、明美が嵐を出産したのを機に購入した物で、それからずっと肌身離さず持っている。

 

その最初のページには、自分と今は亡き夫の直之、そして2人の真ん中に、まだ幼い1人娘の嵐が並んで写った写真が収められていた。

 

これは嵐が3歳の春、幼稚園に入園した時に幼稚園の正門前で地元の写真屋さんに頼んで撮影した記念写真だ。

 

明美はそれを眺めながら、切なそうな声で独り言を呟いた。

 

 

 

 

 

 

「直之さん…嵐…」

 

 

 

 

 

 

その表情は、自分の愛娘である嵐や西住 みほを始めとする大洗女子学園の生徒達に見せた、ある意味でふざけたものではない。

 

1人の未亡人、そして母親としての憂いが籠った顔だった。

 

 

 

 

 

 

「直之さん、貴方がいなくなってしまって、もうすぐ10年。あれから私、嵐の育て方間違えてばっかりだよ…」

 

 

 

 

 

 

明美は思わず、辛そうに声を詰まらせる。

 

10年前の秋、直之が戦車道の試合前のパレードで、戦車に轢かれそうになった男の子の命と引き換えに不慮の事故死を遂げて以降、初代社長でもあった夫の後を継いで工場を切り盛りして来た明美には、親戚や友人から再婚を勧める話が幾つかあった。

 

だが、明美にとって、直之以外の夫は有り得なかった。

 

実の所、結婚前から相思相愛だった2人だけに、明美としては夫が急死したからと言って、再婚する事には心理的な抵抗が強かったのである。

 

何より、子供の面倒見は自分よりも遥かに上手だった直之に、幼い頃から何かと懐いていた嵐が、新しい父親を欲しなかった事実が一番大きかった。

 

 

 

 

 

 

『再婚? 別にどっちでもいいよ、私のお父さんは1人だけだもん……それより母さんこそ、自分の幸せを見つけた方がいいと思うけれど?』

 

 

 

 

 

 

以前、明美に再婚を勧める話があるのを知った嵐が、明美に語っていた言葉である。

 

その言葉を思い出した明美は、悲しげな顔で独り言を続ける。

 

 

 

 

 

 

「嵐は生まれた時から、いつも私よりも直之さんの方に懐いていたものね…オマケに私は、直之さんと結婚を誓った時から2人で決めていた約束を守ろうと焦った挙句、お父さんを亡くしたばかりだった嵐に戦車道を無理矢理仕込んじゃったから…きっと直之さん、天国で私の事を嫌っているだろうなぁ」

 

 

 

 

 

 

明美は、アルバムのページをめくりながら、やり切れない気持ちで直之との結婚生活や嵐との日々(そして諍い)を思い出している。

 

まだ彼女自身は気付いていないが、その目には薄っすらと涙さえ浮かんでいた…もっとも、嵐がその姿を見たら『ちょっとお母さん、頭おかしくなったの?』としか言わないだろうが。

 

それ程までに、この2人の母娘は戦車道を巡る長年の諍いで、意思疎通の感覚がズレていた。

 

 

 

 

 

 

そんな時、明美はふと何かを思い出すと、アルバムの最後のページをめくり、そこに収められていた1枚の写真を取り出した。

 

写っているのは、銀色のドイツ製プロトタイプ・レーシングカーをバックにして楽しそうに肩を組んで笑っている、若かりし日の明美と直之の姿。

 

その写真には、2人のサインが並んで書かれてあった。

 

「20XX年6月Y日、サルトサーキットにて。直之さんが整備したマシンがル・マン24耐3回目の総合優勝、やったね!! 明美」

 

「明美、妊娠7ヶ月なのにル・マンまでやって来てくれてありがとう!! 次は人生の優勝を決めるぞ!!(笑) 直之」

 

更に、その写真の裏を見ると、こんなサインが書いてある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達の夢は、これから戦車道を目指す子供達が世界へ羽ばたく為に、自由に戦車道が出来る場所を私達が生まれた日本のどこかに作る事です。 その日まで頑張るぞ!! 直之&明美」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明美は、小声でそのサインを読んだ瞬間、涙を零しながら呟いた。

 

「これが、私と直之さんが結婚を誓った時から、今でも守り続けている約束。そして、私と嵐の仲が険悪になった理由…」

 

続けて、彼女は誰もいない部屋で本音を吐露する。

 

 

 

 

 

 

「直之さんが事故で亡くなった時、状況が状況だったから、戦車道連盟は莫大な額の死亡補償金を残された私達に支払った…私達2人の生活だけでなく、嵐が大学まで進学してもなお余裕がある程の金額を。だからあの時、私はまだ幼かった嵐を育てる為に直之さんと立ち上げた工場を畳んで、母娘2人で慎ましく暮らすと言う選択肢もあった」

 

 

 

 

 

 

ここで明美は涙を拭うと、自分の想いを整理する様に独白を続ける。

 

 

 

 

 

 

「でも、私は工場を畳めなかった。だって、あの工場は私と直之さんが約束した『子供達が自由に戦車道を出来る場所』を作る為の第一歩だったから。例え娘の将来の為であっても工場を畳む事で、直之さんとの約束を破る事になっても良いのか、私は真剣に悩んでしまった…」

 

 

 

 

 

 

そこで一旦言葉を切ると、写真の中で自分と一緒に写っている直之の姿を見詰めながら、更に呟き続ける。

 

 

 

 

 

 

「…そして、私は直之さん、あなたとの約束を守る方を選んだ。でも、その為に私は、嵐を私達の夢の為、戦車道の為の道具にしたと皆から罵られても仕方ないよね…直之さん、あなたもそうするかな?」

 

 

 

 

 

 

ここで、明美は深呼吸をして心を落ち着けると、悟り切った表情で写真の中にいる直之に向かって話し掛けた。

 

 

 

 

 

 

「きっと、私は死んだら地獄の一番深い底に落ちて、天国にいるあなたとは永遠に会えないんだろうなぁ…でも、あなたとの約束だけは破りたくないんだ」

 

 

 

 

 

 

だが、その言葉を口にした、次の瞬間。

 

何かを思い出した明美は、悟り切ったはずの表情を一変させて、あの生徒会長室に現れた時と同じ、飄々とした表情に戻っていた。

 

 

 

 

 

 

「あっ…そうだ。地獄への道連れじゃないけれど、これから仲間に引き込むべき大切な同級生と、明日会うのを忘れていたわ」

 

 

 

 

 

 

そんな一言を漏らすと、明美は若き日の自分と直之が写った写真をアルバムに戻す。

 

続いてアルバムの別のページを開くと、そこに収められている新たな写真へ目線を移した。

 

その写真に写っていたのは、1台の重戦車と3人の少女。

 

まず、写真の背景となっているのは、第2次世界大戦中のドイツ国防軍が世界に誇った伝説的な重戦車、ティーガーⅠである。

 

その前に、3人の少女が並んでいた。

 

左側には、前髪を切り揃えた長い黒髪と鋭い目線が特徴の生真面目な表情をした少女。

 

右側にも同じ髪型を持つ少女がいるが、こちらは前髪が眉間に垂れており、左側の少女とは対照的に明るい表情で、薄っすらとではあるが笑みも浮かべている。

 

ちなみに、この2人は第2次世界大戦初期のドイツ陸軍戦車兵が着用していた黒いジャケットと略帽を模した制服と帽子を着用している。

 

更に、2人の間には薄いグレーの整備士用ツナギを着た、ピンク色の髪をした少女が両手で2人の肩を組みながら、元気一杯な笑顔を浮かべていた。

 

そして、写真の下にあるキャプションにはこう書かれてある。

 

 

 

 

 

 

☆平成XX年3月 黒森峰女学園戦車道チーム・卒業記念☆

 

 しぽりん隊長&整備班長・あけみっち&ながもん副隊長

 

 “私達、一生戦車道します”

 

 

 

 

 

 

何とも珍妙な仇名とスローガンであるが、その中に書かれてある“あけみっち”とは、石見 明美…結婚して、原園姓を名乗る前の明美自身の事である。

 

もちろん3人の真ん中で笑顔を見せている、整備士用ツナギを着た人物こそが“あけみっち”なのであった。

 

そんな写真を眺めながら、明美は先程とは別の思いに浸っていた。

 

 

 

 

 

 

「あれから随分経ったけれど、今でも黒森峰での日々はよく思い出すなぁ…あの3年間は私の戦車道にとって、正に原点だもの」

 

 

 

 

 

 

そう…明美は高校時代、当時から高校戦車道の強豪校として知られていた熊本県の黒森峰女学園で、戦車道チーム整備班の整備士、そして整備班長を勤めていたのだ。

 

そんな彼女は、日本戦車道の世界ではこの頃から有名人だった。

 

特に、明美の整備技量と整備班を纏める為に必要な統率力の高さは、当時から超・高校生級で、大人の整備士顔負けのレベルの高さとカリスマ性を兼ね備えており、戦車道関係者やファンの間では、彼女に「黒森峰戦車道チーム・陰のエース」と言う異名を奉っていた。

 

と言う事は、明美が黒森峰の「陰のエース」ならば、当然本来の意味での「エース」もいる事になる。

 

ここで、賢明な読者の方ならば、先程紹介した写真のキャプションを読んだ時点で、当時の黒森峰戦車道チーム本来の「エース」が誰なのか、察して頂けるのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう…その「エース」の正体とは、当時の黒森峰戦車道チーム隊長“しぽりん”こと、西住しほの事である。

 

今、明美が眺めている写真に写っている3人の内、左側にいる生真面目な表情をした少女が、若き日のしほなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中等部、高等部共に入学から卒業までの間、一貫して戦車道チーム隊長を勤め、通算6年間で黒森峰女学園を中学・高校戦車道の「強豪校」から「絶対王者」へと変革する基盤を作り上げた、黒森峰の至宝にして日本戦車道の王道・西住流の継承者、西住しほ。

 

実は高等部へ進学早々、同級生として出会ったばかりだった明美の整備士としての才能をいち早く見抜いたのも、彼女である。

 

高等部の戦車道チーム隊長としての最初のミーティングで、しほはチーム全員の前で、自らが駆るチームの隊長車であるティーガーⅠの専属整備士に明美を指名した。

 

黒森峰戦車道チームの歴史でも、入学早々の新1年生に隊長車の整備を任せたのは他に例がなく、異例の抜擢であった。

 

この時、明美は地元・群馬の中学を卒業後、故郷を離れて黒森峰に入学したばかりだったが、しほからの期待に全力で答えた。

 

しかも、完璧の更に上を行く程のレベルの高さで……

 

そんな明美の才能は、初めて臨んだその年の戦車道全国高校生大会で遺憾なく発揮された。

 

明美は、しほのティーガーⅠを1回戦から決勝まで完璧に整備して見せた。

 

その結果、しほの駆るティーガーⅠは、大会の最後まで一切のトラブルを起こす事無く、チームの全国制覇まで戦い抜いたのである。

 

この大会終了後、明美は戦車道チームのメンバー全員から推挙される形で、チームの整備班長に就任。

 

隊長のしほが試合でチームの力をフルに発揮して、数々の栄光を勝ち取って行く陰で、整備班長の明美は、黒森峰が装備する強力だがデリケートで故障しがちなドイツ製戦車を試合までに完璧な整備を施して送り出すだけでなく、必要な部品や消耗品の管理体制を強化する事で、チームの戦車にどんなトラブルが起きても迅速に対応できる体制を確立した。

 

その結果、明美達黒森峰の整備班は、しほ達の持てる力を存分に引き出す条件を整える事に成功したのである。

 

こうして、表と裏と言う2枚看板のエースを擁した黒森峰戦車道チームは、その代で戦車道全国高校生大会3連覇のみならず、公式戦でも3年間無敗と言う高校戦車道の歴史に残る偉業を成し遂げた。

 

そして彼女達の偉業と努力は後輩達へ引き継がれて行き、その後の全国高校生大会9連覇へと続く「常勝黒森峰」のイメージを世間に定着させるきっかけを作ったのだった。

 

 

 

 

 

 

そんなしほと明美は、卒業後も長年、立場を越えた親友同士だった。

 

黒森峰を卒業後、しほは西住流後継者としての道を歩み、明美はドイツへ渡ってプロ戦車道リーグの強豪チームで整備隊長として活躍後、帰国してからはドイツで結婚した直之と一緒に、自身の故郷・みなかみ町で立ち上げた整備工場の経営に専念していた為、2人が直接会う機会は少なかったが、少女としての多感な時期に戦車道を極めようと切磋琢磨した者同士の絆は強く、互いに連絡を欠かす事は無かった。

 

 

 

 

 

 

だが…今、明美は写真の中にいる“しぽりん”に向かって、諌める様に話し掛けている。

 

 

 

「しぽりん…あんた去年の秋、嵐に何て言ったか覚えている?」

 

 

 

明美の表情は依然として飄々としているが、その言葉には、少しばかり怒りの感情が込められている。

 

 

 

「去年の戦車道全国高校生大会が終わった後、あんたと私の家で再会したあの秋の日…あんたの一言で、嵐は心が折れてしまった…」

 

 

 

そして、明美は“しぽりん”に向かって怒りをぶつけるかの様に、こう口走った。

 

 

 

 

 

 

「…せっかく、みほさんがあの決勝戦でとった“勇気ある行動”のおかげで、嵐はようやく戦車道に向き合おうとしていたのに…そのツケ、いずれ払ってもらうわよ?」

 

 

 

 

 

 

しかし、言葉とは裏腹に明美の表情には、恨みがましい所が一切無い。

 

むしろ、これからイタズラを始めようとする子供の様な微笑を浮かべているのだった。

 

 

 

 

 

 

だが、ここで明美はまた、何かを思い出すと、苦笑いを浮かべながら目線を“しぽりん”から、別の少女の方へ移した。

 

 

 

 

 

 

「おっと…つい、しぽりん隊長の事をどうしようかとばかり考えていて、明日会う予定の副隊長殿の事を忘れていたわ」

 

 

 

 

 

 

ふと明美は、そんな事を呟くと若き日の自分の写真にしほと一緒に写っている、もう1人の少女の顔に指を触れながら、屈託のない笑顔で、その少女に向けて語り掛けた。

 

 

 

 

 

 

「うふふっ…こう言う時こそ、戦車道で切磋琢磨し合った同級生の絆は大切よねぇ。特に、同じ友が間違いを犯そうとしているのを咎める時はね。あなたもそう思うでしょ、周防ケミカル工業社長の周防 長門(すおう・ながと)さん♪」

 

 

 

 

 

 

そう…明美が明日、戦車用オイル等を購入する為の価格交渉で会いに行く予定の人物・周防 長門とは、黒森峰時代の明美としほの同級生であると同時に、当時の黒森峰女学園・戦車道チームの副隊長“ながもん”の正体だったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原園 明美は、本来聡明な女性である。

 

だから、自らと亡き夫との「約束」の為に、自分が愛娘の嵐に対して何をして来たのか、それが嵐自身にどんな心の傷を残し、周囲から見てもどれだけ不道徳な行為であるのかを理解しており、その事に対して少なからず罪悪感も抱いていた。

 

しかし彼女はそれ以上に、近年少子高齢化や様々な価値観の多様化等の影響で徐々に衰退への道を歩みつつある戦車道の未来を案じていた。

 

それ故、彼女は直之との「約束」を守る為には手段を選ばなかったし、その為にはあらゆる努力や犠牲も厭わない覚悟を固めていたのである…普段はその覚悟を飄々とした(あるいは、ふざけたとも言うべき)表情と態度で、覆い隠していたが。

 

 

 

 

 

 

やはり、そういう意味において、原園 明美は「悪人」ではないとしても「悪党」なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

ちなみに…普通、黒森峰女学園へ戦車道を修める為に進学した、多くの新入生は戦車乗り、特に戦車長を目指すのが普通なのに、何故明美は戦車の整備士を目指したのであろうか?

 

これについては、いずれ詳しく述べるとしよう。

 

 

 

(第8.5話終わり、次回第8.75話に続く)

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
今回は、明美さんメインの番外編の前編に当たる第8.5話をお送りしました。

実は、本編開始直後から明美さんSideの物語を番外編として書く構想はありました。
ただ遅筆が酷い身でもあり、果たして書けるだろうかと思っていた矢先、読者様からの感想を読んで「これは書かないといけない」と思い立った次第です。
ところが、書いて見ると予想外にネタとボリュームが膨らみまして、結果的に前後編と言う形になってしまいました…本編を執筆する時はここまで話が膨らまないので、何だか複雑です。

と言う訳で、次回は番外編の後編ですが、既にある程度まで書けておりますので、出来るだけ早く書き上げるべく努力します。
どうか楽しみにしていて下さい。

それでは、次回をお楽しみに。



【2018/6/5追記】
既に、5月31日付の活動報告にて報告しておりますが、先日本作の設定を見直していた所、主人公・原園 嵐の父親である原園 直之と嵐の祖母である原園 鷹代の年齢と親族関係の辻褄が合わなくなる事が判明しました。

具体的には、直之の年齢と経歴の設定(この詳細はまだ非公開ですが、直之は妻の明美より年上です)を確認していた所、62歳の鷹代の年齢では嵐の祖母ではなく大叔母にしないと辻褄が合わなくなってしまうと言うものです。
つまり、鷹代は直之の母では無く叔母と言う事になります。

その為、既に投稿されている回については6月1日より順次、「鷹代は直之の叔母、嵐の大叔母」であると言う形で訂正を行った結果、本日訂正が終了しました。
今後投稿される回についても、上記の通りの設定となります。

また、これに合わせて段落と文章の語句の一部も修正しておりますが、本作のストーリーに関しては、上記にある原園家の親族関係の説明を除いて影響はありません。

以上、今回はこちらの不手際によって、読者の皆様にはご迷惑をおかけしました事をお詫び申し上げます。

それでは、今後もよろしくお願いします。



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第8.75話「番外編~原園 明美の戦車道・その2です!!」


お待たせしました。

設定の見直し等で遅くなりましたが、ようやく投稿出来ました。

今回は明美さんSideの番外編の後編です。

それでは…ようこそ、陰険漫才の世界へ(笑)。




 

 

 

 

 

 

千葉県袖ヶ浦市。

 

 

 

 

 

 

千葉県のほぼ中央にあるこの街は、東京湾に面している海側には京葉工業地域の工場群が目立つ一方で、山側には観光施設「東京ドイツ村」がある事で知られる。

 

また、車好きならば自動車関連のイベント開催地として、時折自動車雑誌で紹介される事のある「袖ヶ浦フォレストレースウェイ」の所在地として知っている人もいるかも知れない。

 

更に近年は、隣の木更津市に東京湾アクアラインが開通した恩恵で、神奈川県や東京都へのアクセスのし易さや不動産価格の安さに魅力を感じた首都圏の人々が流入して来ており、ベッドタウンとして発展している。

 

 

 

 

 

 

そんな袖ヶ浦市の海側、港湾地区の一角に、原園 明美はやって来た。

 

 

 

 

 

 

「いつ来ても思うけれど、アクアライン様々だよね~。おかげで東京へリポートから東京湾の向こう側にある“ながもん”の会社まで、1時間も掛からない♪」

 

 

 

 

 

 

ここに、今日の訪問先である「周防ケミカル工業株式会社」の本社があるのだ。

 

明美は、これから黒森峰戦車道チーム時代の副隊長にして親友であり、現在は自らの会社にとって重要な取引先である、この会社の社長を勤める周防 長門との間で、今年購入する戦車用オイルや添加剤等の価格交渉をするのだ。

 

その為、明美は今朝チャーターしたロシア製ヘリコプター・カモフKa-32で大洗の学園艦を離れて東京ヘリポートへ向かった後、品川にある自分の会社の営業所から回してもらった社用車を自ら運転して東京湾アクアラインを渡り、ここまでやって来たのだ。

 

 

 

 

 

 

周防ケミカル工業株式会社は、石油元売りの国内大手で、明治時代からの伝統を持つ創業家・周防家が支配する「周防石油グループ」傘下の子会社である。

 

主な事業は、自動車やバイク用のオイル・添加剤を始め、様々な機械用の潤滑油・ケミカル製品類やメインテナンス関連用品の開発・製造・販売であり、自社ブランドの製品だけでなく周防石油グループ全体で販売している一般・法人向け製品のOEM製造も行っている。

 

 

 

そして…この会社の特徴は、自社ブランドの製品ラインナップがマニア&競技向けの高価格・高品質の物とコストを重視した業務用の物に二極化されている点である。

 

特に、主力商品である自動車・バイク用エンジンオイルでは、同業他社が近年、若者のクルマ離れや過酷な価格競争等を理由に縮小・撤退、あるいは大幅な品質の低下を余儀なくされた競技用やマニア向けの高級品に焦点を絞っており、販売価格を引き上げる代わりに最高の品質と性能を追求した製品開発に力を入れている。

 

これにより、撤退した同業他社の製品が手に入らなくなった為に困っていたユーザーを取り込んでいるのだ。

 

 

 

また、安定供給の為に販売は中間代理店を通さず、自社のセールスマンが直接小売店や自動車整備工場に納入する直販方式であり、主な販売店は専門店や整備工場、そして周防石油グループの一部ガソリンスタンド等である。

 

その為、量販カー用品店で同社の商品を見掛ける事は珍しく、ホームセンターではまず販売されていない。

 

そんな周防ケミカル工業の製品は、虹色の製品ラベルと「SUOU’S」のブランド名、そして世界最高レベルの高品質によって、プロの整備士やモータースポーツ関係者、車やバイクマニアの間で熱い支持を受けている。

 

 

 

更に同社では、プロ・アマチュアを問わず、様々なモータースポーツ活動に対して積極的な支援をしている。

 

その中には戦車道も含まれており、実業団チームはもちろんの事、現在高校戦車道の4強として知られている内の3校…神奈川県の聖グロリアーナ女学院、長崎県のサンダース大付属高校、そして昨年の全国高校生大会優勝校である青森県のプラウダ高校に、自社製オイルや添加剤等を供給する程、力を入れている。

 

ちなみに、一昨年まで戦車道全国高校生大会9連覇を成し遂げていた戦車道の絶対王者・熊本の黒森峰女学園や同校と関係の深い西住流にも長年手厚い支援をしていたが、こちらは昨年の全国大会決勝戦で起きた「ある事件」が原因で、黒森峰女学園や西住流の上層部と対立した結果、関係を断絶している。

 

 

 

そんな周防ケミカル工業の社長を勤めているのが、周防石油グループの創業者一族・周防家現当主の長女であり、高校時代は黒森峰女学園・戦車道チームの副隊長を勤めた、明美と西住 しほの共通の親友、周防 長門なのである。

 

 

 

 

 

 

尤も…これから明美が長門と会う本当の目的は、価格交渉とは別にもう一つあるのだが、明美はその事を長門には知らせていない。

 

 

 

 

 

 

さて、本社へ着くと玄関前で、長門が直々に部下も連れず1人で明美を待っていた。

 

普通、長門はそんな事をしないが、明美を迎える時だけはいつもそうしている。

 

 

 

「こんにちわ、長門さん」

 

 

 

「ようこそ、明美。早速だが中へ入ろうか」

 

 

 

形通りだが、にこやかな挨拶の後で入り口に入ると、この会社が長年メインスポンサーになっているレーシングチームのマシンである、スーパーGT・GT500クラス仕様のGT-R NISMOが展示されているが、互いにモータースポーツが好きな筈の2人は、それには目もくれず社長室へ向かう。

 

社長室に入ると、既に応接用セットの机には、長門の秘書が用意したであろうお茶菓子が置かれていた。

 

一方、長門は応接用セットの椅子に座る様に明美へ薦めた後、自らも向かい側の椅子に座ると、生真面目な表情で話を始めた。

 

 

 

 

 

 

「さて…早速だが本題に入ろう。まず、今年の戦車用エンジンオイルとミッションオイルの価格だが、この所の原油価格上昇で、どうしても去年より3%値上げしてもらわないと…」

 

 

 

 

 

 

そこまで長門が言った、次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けて~、ながも~ん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明美が情け無い位の大声を上げると、机の向こう側にいる長門目掛けて回り込んでから抱き付いて来た。

 

その姿はまるで、困った時にはいつも青い猫型ロボットに縋り付く、眼鏡を掛けた小学生の様である。

 

 

 

「おい明美!? そんな事を言ってもダメだぞ!! 今回は本当に値上げしてもらわないとこっちが困るんだ!!」

 

 

 

てっきり、この期に及んで値引き交渉かと思った長門は怒った顔で、抱き付いている明美に向かって怒鳴ったが、彼女は飼い犬の様にブンブンと首を横に振ってから、こう答えた。

 

 

 

「違うわよ、ながもん…まだ値引きの事は一言も言っていないでしょ。私が助けて欲しいのは、それとは全く別の事なの」

 

 

 

「値引き、じゃないのか?…それと、私の事を“ながもん”と言うのは止めろ」

 

 

 

値引き交渉ではないと言われた長門が、予想外の展開に当惑しながらも明美に問い掛けた所、彼女は目をウルウルさせながら、こう頼み込んで来た。

 

 

 

「ねぇ、長門さん…これから私が話す事を聞いて欲しいの。ちゃんと聞いてくれたら、値上げの件は飲むわ」

 

 

 

「何だ、一体…?」

 

 

 

一方の長門は返事をしながら、非常に嫌な予感を感じていた。

 

高校時代からの経験上、明美がこんな表情をして、しかも猫撫で声で頼み込んで来る時は、大抵ロクでも無い内容を押し付けられるのがオチであると知っていたからだ。

 

何しろ自分達の隊長だったしほでさえ、この「頼み事」によって、しばしばエラい目に遭わされていたのだから。

 

すると案の定、明美はロクでもない事を言い出した。

 

 

 

 

 

 

「実はね…この間、嵐が進学した大洗女子学園で戦車道が復活する事になって、色々あったのだけれど、嵐も戦車道を履修する事になったの」

 

 

 

 

 

 

その次の瞬間。

 

長門は猜疑心に満ちた表情で、明美を睨みながら詰問した。

 

 

 

「お前…さては、自分の娘を騙したのか?」

 

 

 

「違うわよ」

 

 

 

「いいや、騙しただろ!? 嵐は『高校に進学したら、戦車道から引退する』と今年の正月に言っていたぞ…私がお前の家に行って、新年の挨拶をした時に!!」

 

 

 

平然とした表情で娘を騙した事を否定する母親に対して、それを疑う親友はすかさずツッコんだが、明美は首を横に振り、こう答える。

 

 

 

「騙した訳じゃないわよ。そりゃあ、理由はあるけれど…それよりながもん、文科省が近年進めている『学園艦統廃合計画』は知っているわよね?」

 

 

 

すると長門は「学園艦統廃合計画」の一言に反応して、明美を睨むのを止めると、小さく頷きながらこう語った。

 

 

 

「それなら知っている。私の一族には、学園艦整備計画に多少関わりがあった者がいるからな…」

 

 

 

少しばかり落ち着きを取り戻した長門は、嘗て戦車道を学ぶ過程で知った学園艦の歴史を振り返る様に語り出した。

 

 

 

 

 

 

戦後間もない頃、日本が無謀な太平洋戦争を引き起こし、自国だけでなく多くの周辺諸国に甚大な被害をもたらした原因の一つが「軍国主義の下で、国際化社会に適応した広い視野を持った人材の育成を怠った事」にあるとした、当時の占領軍・GHQの指令によって日本政府が当時の文部省に命じ、第二次大戦中の航空母艦を主なタイプシップとした『公立超大型学園艦』を大量建造する様になってから、およそ70年が経過した。

 

7つの海を航海し続けながら青少年の教育を行うだけでなく、生徒以外の様々な住民を含めると中小の地方都市に匹敵する人口を擁する学園艦の運営を大人ではなく、学園艦に所在する学園の生徒会(中等部と高等部が併設されている場合は、高等部の生徒会が対象になる)に委ねると言う極めて高度な学生自治を行う事によって、広い視野を持った人材育成と学生の自主独立精神を養う事を両立させた青少年教育システム『公立超大型学園艦』は、ある意味において戦後日本の象徴の一つと言って良かった。

 

一方、戦後の高度経済成長と言う追い風の中、90年代初頭のバブル崩壊まで40年近く続いた『公立超大型学園艦』量産の結果……

 

今日では少子高齢化の影響や国の財政状況悪化により、建造費はもちろんの事、年間維持費でも天文学的な予算を必要とする学園艦の削減が各地の自治体や有識者の間で叫ばれる様になって久しい。

 

更に『公立超大型学園艦』の成功を見た各地の私立校が、より大型かつ設備も優れた新世代の学園艦を競って建造した為、今や全国各地の海には空き教室が目立つ公立の学園艦が多数、本来の役目を失ってダブついている。

 

日本政府もこれらの意見や現状を無視する訳にはいかず、その意向を受けた文科省が『学園艦統廃合計画』の名の下に、これまで作り過ぎた学園艦の整理統合に乗り出しているのが、現在の学園艦教育を取り巻く状況である。

 

 

 

 

 

 

ここまでの内容を長門が語り終えると、席に戻って話を聞いていた明美に向かって、こう切り出した。

 

 

 

「さてと…その分だと大洗の学園艦、遂に廃艦が決まったのか? あの学園艦は戦後間もない頃に建造された『公立超大型学園艦』第一世代の貴重な生き残りだからな。いつ解体されてもおかしくないとは思っていたが…」

 

 

 

その時、明美は先程までの媚びた表情から引き締まった表情へと一変させると、こう答えた。

 

 

 

「でもね、単に学園艦が廃艦になるだけなら、私もこの話に首を突っ込まなかったのだけど…実はこの間、学園艦だけでなく大洗女子学園そのものが廃校になると文科省から通知が来たのよ、それも今年度中に」

 

 

 

すると、長門は驚いた顔で明美を見ながら問い掛ける。

 

 

 

「何だと…それは急過ぎるな? 普通は年度末に新入生の募集を停止するのが先だろう。それをせずに、文科省がいきなり廃校を決定…まさか、学園艦教育局長の辻の差し金か!?」

 

 

 

「そうよ」

 

 

 

きっぱりと返答した明美に対して、長門は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべて語る。

 

 

 

「あいつめ…以前から、あの男は各地で地元の事情を一切無視して、幾つもの学園艦を強引に解体している事は知っていたが、まさか、お前の旦那さんの故郷だった大洗まで…ひょっとしたら奴は、お前が黒森峰を卒業する時に進学予定だった大学の推薦入学枠を潰しただけでは満足していなかったのか?」

 

 

 

「かも知れないわね…でも、私にとってはそれ以上に、大洗の学園艦は直之さんの故郷なのよ。それを跡形も無く消すなんて許せない。だから、私は廃校を阻止する為に立ち上がった大洗女子学園の生徒会に手を貸す事にしたの」

 

 

 

明美がそう語ると、長門はなるほどと頷きながらも不思議そうな口調で質問した。

 

 

 

「その気持ちは分かる…だが、それと大洗で戦車道が復活する事との間に、何の関連があるのだ?」

 

 

 

そこで、明美は大洗女子学園で戦車道が復活した直接の事情を語り出した。

 

 

 

「実はね、文科省から学園へ廃校が通達された際、学園の生徒会長である角谷 杏さんが学園艦教育局へ談判した時に『今年の戦車道全国高校生大会で優勝でもすれば、廃校を免れる可能性がある』と言う言質を取ったのよ」

 

 

 

「それで今年、大洗で戦車道が復活する訳か…しかし、復活早々の段階で全国大会制覇を目指すとは、余りにも無謀だぞ?」

 

 

 

明美の話を聞いて、戦車道を知る者なら当然の指摘をする長門に対して、明美は真剣な表情で答える。

 

 

 

「ええ…その通りよ。でも角谷さんは、例え万に一つの可能性であっても学園を守り抜く為に、20年以上前に廃止されていた戦車道を復活させる決断をしたの…私は、そんな角谷さんの心意気に共感して、彼女達を支援する事に決めたのよ」

 

 

 

明美はそこで一旦言葉を切ると、すっかり温くなった番茶を一口飲んで喉を潤した。

 

そして、少し苦そうな顔を浮かべつつも真剣な表情を保ったまま、こう語った。

 

 

 

「そして、これは『いつか、大洗で戦車道が復活したら力になりたい』と生前語っていた、直之さんの遺志でもあるわ」

 

 

 

その言葉を聞いた長門は、懐かしそうな表情をしながら明美に語り掛ける。

 

 

 

「“万に一つ”か…そう言えば明美は昔、アニメで見た宇宙戦艦の艦長が理想の男性だと言っていたよな。『万に一つでも可能性を発見したらそれを信じて、沈着冷静に行動する人が、自分のタイプの男なの』って…お前の旦那さんは、正にそう言う人だった」

 

 

 

「えへへ…だから、あれから10年経っても再婚する気なんて全然無いんだよね」

 

 

 

自分の話に、亡き夫に対する惚気で答えた明美を眺めながら、長門は苦笑する。

 

 

 

「やれやれ…天国の直之さんもさぞかし、赤面しているだろうな」

 

 

 

そして、長門も手を付けていない内に温くなってしまった番茶を飲むと、生真面目な表情に戻って、こう問い掛けた。

 

 

 

「じゃあ、大洗で戦車道を復活させるのを決めたのは、角谷と言う生徒会長であって、お前の差し金ではないのだな?」

 

 

 

「信じてもらえないかも知れないけれど、その通りよ」

 

 

 

長門の質問に明美がきっぱり答えると、長門は対話をしていて浮かんだ、もう一つの疑問を明美へ投げ掛ける。

 

 

 

「なら明美、お前は何時どこで、大洗で戦車道が復活する事を知ったのだ?」

 

 

 

それに対して、明美は小さく頷くとこう説明した。

 

 

 

「貴女にも既に伝えているけれど私の会社、この間大洗町へ工場進出する事が決まったでしょ? その時よ」

 

 

 

その瞬間、長門はハッとした表情に変わる。

 

 

 

「そうだった…」

 

 

 

その様子を見た明美は、更に説明を続ける。

 

 

 

「大洗町役場で工場建設の契約書の調印式を終えた後、町の人達との懇親会の席上で、町長さんから廃校の話を聞かされたの…そこで、私は直ちに学園艦に向かって角谷さんに会い、彼女から話を聞いた際に廃校の詳細と戦車道を復活させる話を知った訳。だから、大洗で戦車道が復活する事になった過程に私は一切関わっていないわ」

 

 

 

「なるほど…」

 

 

 

明美が大洗の廃校話と戦車道を復活させる事を知った理由を聞いて納得した長門は、そこで更に、何かを思い出すと引き締まった表情になっている明美へ問い掛ける。

 

 

 

「…待て。じゃあ、嵐にも今の話をしたのか?」

 

 

 

「ええ。昨晩、大洗女子学園の生徒会役員や直之さんの叔母である鷹代さん達と焼肉を食べながら、ね」

 

 

 

明美が、彼女にしては真剣な口調で答えると、長門は腕組みをしながら難しい表情になり、少し思案してから、こう呟いた。

 

 

 

「う~む…いずれにしても、大洗女子学園と辻の馬鹿げた企みをこのまま放って置く訳には行かないのは、分かる。だが…」

 

 

 

 

 

 

2人は、辻による『学園艦統廃合計画』の横暴さに関する様々な情報を知っていた。

 

『学園艦統廃合計画』の実態は、昨夜夕食の席で原園 鷹代が指摘した通り、お世辞にも公正に行われているとは言い難い状態だ。

 

しかも、既に廃校にされた幾つかの学園艦の生徒の中には、転校先を見付けられず不登校になったケースが後を絶たない。

 

その数は推定で数万人はいるかも知れないとも言われているが、詳しい不登校生徒の数はハッキリしていない。

 

それと言うのも、文科省がある理由から詳細な調査を拒否している為である。

 

 

 

「学園艦統廃合計画」の実質的な責任者である、辻 廉太・文科省学園艦教育局長は、以上の問題に関するマスコミからの質問に、こうコメントしている。

 

 

 

「我々文科省は、対象となった学園艦の廃校に際して、転校先となる別の学園艦を用意していました。これに対して、一部生徒のご父兄方から『用意された転校先の学園艦は全て県外を母港としているので、生徒の地元から遠く離れて生活する事になってしまう。せめて自分達の出身地の学校へ転校したい』との要望があったのは事実です。しかしながら、この要望に応えようとした場合、地上にある学校を含めた対象地域内の学校全てが定員オーバーとなってしまいますので、残念ではありますが、ご父兄方の要望に応える事は物理的に不可能です」

 

 

 

これに対し、一部の記者から「幾ら何でも他県の学園艦へ転校するしか方法が無いと言うのは、文科省側の明らかな不手際ではないのか?」との批判が寄せられたが、辻局長はこう応えるだけだった。

 

 

 

「学園艦に所属する生徒の転校手続きに関する文部科学大臣からの通達では『文科省は、学園艦に所属する全ての生徒が自らの意思を問わず、何らかの理由によって転校する必要が生じた場合、都道府県を跨って転校する事を指示する事が出来る』となっております。

 

元々、この通達は『学生の自主独立精神を養う』と言う、学園艦運営の基本に沿った措置であり、実際にある学園艦から別の学園艦へと転校する生徒は、その際に都道府県を跨ぐのが殆どです。

 

従いまして、文科省としては廃校になった学園艦の生徒の転校先に県外の学園艦を指定する事は、法的にはもちろん、学園艦の運営規則に照らしても何ら問題ないと認識しておりますし、生徒の個人情報保護の観点からも学園艦廃校に伴う不登校生徒の数の把握は必要ないばかりか、生徒のプライバシー侵害になりかねない事態を招く危険があると考えておりますので、この問題はあくまで不登校生徒全体の対策の中で取り組むべきと判断しております」

 

 

 

ハッキリ言って、辻の回答は悪辣な責任回避としか言い様が無い。

 

 

 

大臣通達だけでなく『学生の自主独立精神を養う』と言う、学園艦運営の基本方針や学園艦で勉学をする生徒の転校に関する実情まで逆手に取って、強引な学園艦の解体を正当化する根拠にしているのである。

 

しかも、その学園艦解体強行によって多数出ている不登校生徒に対する調査でさえ『生徒のプライバシー侵害になる』として拒否し、この問題自体を隠蔽しようとしているのだ。

 

実際、この様な辻局長の見解に対して、一部の不登校生徒の父兄が弁護士に訴訟を相談したが、弁護士側が「裁判をしても文科省側の主張は法的に問題ないので、全く勝負になりません」と答えた為、泣き寝入りするしかなかったと言う。

 

 

 

 

 

 

確かに、この様な事態をこれ以上無視する訳には行かない。

 

この点で、明美と長門は同じ問題意識を共有していた。

 

だが、長門は明美の主張に同意しつつも別の角度から反論する。

 

 

 

「しかしだ…戦車道で大洗女子学園を廃校から救い、辻の馬鹿げた企みを止めようと言う、お前の気持ちは痛いほど分かるが、娘の嵐を無理やり戦車道に戻そうと言う、お前の魂胆は変わっていないだろう…なら、悪いが私は手を貸す訳にはいかん」

 

 

 

長門は、幾ら亡き夫の故郷にある学園を救うと共に、学園艦を強引に解体している文科省役人の所業を止める為とは言え、戦車道から背を向けた自分の娘を騙してまで戦車道へ引き戻そうとする明美の行いを許す訳には行かないという立場だった。

 

長門は、明美の愛娘である嵐の事を幼い頃からよく知っており、彼女が戦車道から引退した事情も知っているだけに、戦車道から離れる事自体については辛い思いを抱いていたが、同時にそれを妨げる事はするべきではないと考えていたのである。

 

 

 

 

 

 

だが…明美にとって、この長門の断り文句は「想定内」だったのである。

 

そこで、明美は微笑みながら、優しげな声でこう切り返した。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、ながもん…実はね、母校の後輩である西住 みほさんも大洗に転校していて、嵐と一緒に戦車道を履修してくれる事になったって聞いても手を貸さない?」

 

 

 

 

 

 

その言葉が放たれた、次の瞬間。

 

険しい表情で明美を睨んでいた長門が、表情を一変させて明美の肩を摑むと、凄い勢いで問い掛けて来た。

 

 

 

「何だと…みほちゃんが大洗に!? 本当か、本当なのかぁ!?」

 

 

 

「うん、本当よ♪」

 

 

 

その時、明美はにこやかに返答しながらも心の中では「よっしゃあ!!…これで“ながもん”はこっちの味方ね!!」と、快哉を叫んでいた…声には出さなかったが。

 

その代わり、朗らかな表情のまま長門へ語り掛ける。

 

 

 

「実はね…私が大洗の戦車道を支援すると決めた直後、生徒会から『情報操作されているらしい生徒の転入届が提出されたので少し調べた所、どうも戦車道を履修していた生徒の可能性があるので、真偽を確かめて欲しい』と依頼されたので確認したら、それがみほさんだったのよ」

 

 

 

その話を聞いて、地獄で仏を見た様な表情を浮かべている長門を眺めながら、更に明美は語り続ける。

 

 

 

「そう言えば、去年の戦車道全国高校生大会決勝戦で黒森峰が負けた直後にあったOG総会に出席した人達の中で、10連覇よりも仲間の命を助ける事を優先したみほさんの行動を弁護したのは、私と長門だけだったものね?」

 

 

 

その言葉を聞いた長門は、そうだと言わんばかりに話し出した。

 

 

 

「当然だ。幾らあの行動が原因で10連覇を逃したからとは言え、みほちゃんに対する黒森峰と西住流の仕打ちは、余りにも酷かった…あっ」

 

 

 

次の瞬間、長門はハッとなったが、もう遅かった。

 

 

 

 

 

 

実を言うと…自らも西住流戦車道を修め、師範代の資格を持っている長門は、西住流の師範にして事実上の次期家元でもある親友・西住 しほの娘であると共に、母校の後輩であるみほの事が大好きで、彼女が幼い頃から何かと可愛がっていたのだ。

 

何しろ、姉のまほよりも彼女の事を「西住流には無い資質を持っている」と言って持ち上げていただけでなく、裏では彼女のファンクラブを結成して会長に納まっていたのだ。

 

それ故、去年の全国大会決勝戦後、みほが母校の敗戦責任を一身に負わされただけでなく、母親にして自らの親友でもあるしほに見捨てられた事を知った、当時の長門はみほを助けようと奔走したが、大勢を動かすには至らなかった。

 

そして、みほが黒森峰を去った時、長門は彼女がどこへ転校したのか、西住家からは一切知らされないまま、空しく時を過ごしていたのである。

 

 

 

 

 

 

そんな長門の事を黒森峰時代から表も裏も知り尽くしている『親友』の明美は、更に笑みを浮かべながら話し掛ける。

 

 

 

「うふふ…ながもんは、大好きなみほさんが黒森峰を去ってから、ずっと彼女の事を心配していたものね♪」

 

 

 

話が始まる前から、明美に決定的な弱みを握られていた事を思い知らされた長門は、ガックリと項垂れると、声を絞り出した。

 

 

 

「くっ…“あけみっち”、一体、何が望みだ…?」

 

 

 

すると明美は、何を今更と言わんばかりの口調で回答する。

 

 

 

「簡単よ。これを機会に大洗…いえ、みほさんを助けようとは思わないの?」

 

 

 

「それは…」

 

 

 

余りにも単純な回答に呆然となり、即答出来ないでいる長門を余所に、明美は去年の全国大会で母校が10連覇を逃した後に親友が取った行動を振り返る。

 

 

 

「みほさんが黒森峰を去った時、ながもんは『勝つ為に死ねと言うのなら、それは最早戦車道ではない、ただの殺し合いだ。もう母校と西住流には愛想が尽きた』と、しぽりんや西住流、そして黒森峰関係者の前で言ったよね。そして、それまで続けていた黒森峰戦車道チームへの支援を昨年度限りで打ち切った」

 

 

 

「ああ…確かにそうだ」

 

 

 

ようやく、気持ちが落ち着いた長門が静かな口調で答えると、明美は更に話を続ける。

 

 

 

「そして、明治時代から西住家と深い交流のあった、長門の本家の人達や当主であるあなたのお母様もあなたの話を聞いて、西住家と黒森峰との関係を断絶した…」

 

 

 

長門は軽く頷くと、その時の事をこう振り返った。

 

 

 

「そうだ…あの時、母上は『例え、勝つ為であっても人命を軽んじる様な所と付き合っていると、私達も同類だと思われて迷惑です。私達だけならともかく、私達の事業を信頼して下さるお客様や取引先、そして社会全体に対しても申し訳が立ちません』と仰って、な」

 

 

 

「ながもんのお母様の仰った事は、今流行りのコンプライアンスって奴だよね?」

 

 

 

「と言うより、社会人として当然の約束事だろう…それで、改めて聞くが私に何をしろと?」

 

 

 

ここで明美は、ようやく長門と交渉に来た2つ目の、そして『真の目的』を明かした。

 

 

 

「ねえ、去年まで黒森峰を支援する為に使っていた予算を全部寄越せとは言わないけれど、せめてその中の1割でも大洗へ回してみない?」

 

 

 

「…新年度が始まっているから、すぐには無理だぞ」

 

 

 

さすがに、戦車道から離れた嵐やみほの辛い気持ちを本人から聞いており、彼女達を戦車道に引き戻す事を善しとしない長門は、建前論を持ち出して最後の抵抗を試みたが、明美は表情を変えずに切り返して来た。

 

 

 

「と言うか、みほさんを助けてあげる貴重なチャンスが回ってきたのよ。それも戦車道でね…これをみすみす見逃す周防 長門じゃないでしょ?」

 

 

 

「確かに『機会を見逃さない』のは、我が家の家訓だがな…」

 

 

 

「なら、決まりね♪ 予算はすぐには組めなくても、それ以外の方法なら幾らでも思い付けるわ」

 

 

 

この一言で、明美の真の目的は大洗女子学園の戦車道への単なる金銭的な支援ではなく、身近な立場にいる自分を大洗廃校阻止の為の仲間に引き入れる事だと知った長門は、これ以上の抵抗は出来ないと悟ると苦い顔を浮かべて、こう言い返すのが精一杯だった。

 

 

 

「あけみっち…最初から、大洗女子学園を助ける為に私を味方に取り込むつもりだったな?」

 

 

 

「正解~♪ まずは、同志として協力を取り付ける事が、今日の目的だったのだよ♪」

 

 

 

明美が、長門の予想通りの答えを返したのを聞くと、長門は目の前の『親友』を恨めしそうに眺めながら愚痴を零した。

 

 

 

「この…悪魔め。私がみほちゃんの事を見捨てられないとずっと思っていたのを知っていて…」

 

 

 

すると『親友』は、天使の様な笑顔と声で、到底そうとは思えない言葉を紡ぎ出した。

 

 

 

 

 

 

「悪魔で…いいわよ。例え、ながもんが手を貸さなくても悪魔らしいやり方で、大洗女子学園と西住流を救うつもりだったから♪」

 

 

 

 

 

 

「全く、お前は相変わらずの『悪党』だな…」

 

 

 

溜息を吐いた長門は疲れた口調で答えたが、その時、明美の発言に予想もしなかった言葉が含まれているのに気付いた。

 

 

 

「…だが、西住流も救うつもりだと?」

 

 

 

そんな長門の問い掛けに、明美は小さく頷くと意外な事を語り出した。

 

 

 

「そうよ。これから始める事は、大洗女子学園やみほさんだけでなく、しぽりんや西住流を助ける事にも繋がるの」

 

 

 

「しほや西住流も助ける…どう言う事だ?」

 

 

 

意表を突かれた長門だったが、明美の目的に思わぬ事柄が含まれている事に気付くと、当惑した表情で問い掛ける。

 

すると、明美は冷静な口調で答えた。

 

 

 

 

 

 

「考えてご覧なさいよ…しぽりんが、今のままのやり方で西住流と黒森峰を動かしていけば、必ずや取り返しのつかない事態が戦車道で起こるわ」

 

 

 

 

 

 

「取り返しのつかない事態…まさか事故!?」

 

 

 

明美の一言で想像を巡らしていた長門が、ある可能性に気付いて驚愕する。

 

それを見越していたかの様に、明美はその「可能性」について言及した。

 

 

 

「ええ、それこそ去年の全国高校生大会の決勝戦で起きた様な事故が、それも犠牲者を伴う形でね…そうなったら、影響は西住流や黒森峰だけに止まらない。ようやく内定した筈の戦車道世界大会の日本開催は確実にオジャンになるわよ?」

 

 

 

「そうか…!!」

 

 

 

明美が予見する「最悪の可能性」を聞いた長門は、頷くと明美に向かって、世界大会の主催者である国際戦車道連盟内部の状況を語り出した…もちろん、これは明美も知っている事だが、敢えて確認の為に長門は口に出す。

 

 

 

「今でも、国際戦車道連盟副会長のスウィントン伯爵は、世界大会の日本開催に反対の立場だしな。他にも一部の国の代表や国際戦車道連盟理事の中には反対派がいるから、私達の側に何かあれば、彼らが騒ぎ出すのは目に見えている」

 

 

 

長門の話を聞いた明美は頷くと、こう宣言した。

 

 

 

「その通りよ。そんな事態を防ぐ為にも、私達が助けないといけないのよ…文科省から廃校を突き付けられた大洗女子学園と、西住流と黒森峰に否定されたみほさんの戦車道を。それは同時に、私達の母校である黒森峰と西住流、そしてしぽりんを行き過ぎた勝利至上主義から救う事にも繋がるわ」

 

 

 

「やれやれ、まさかそんな事態まで想定して、大洗を助けようとしていたとは。“日本戦車道と私達に、逃げ場なし”か…」

 

 

 

明美から自身の真意を聞かされた長門は、大きな溜息を吐いた。

 

 

 

「分かっているじゃない? じゃあ、早速だけどこれからの予定を話すわね…」

 

 

 

にこやかに微笑む明美からの説明を聞きながら、長門は目の前にいる親友が夫の故郷を守ろうと言う単純な理由だけで、今回の行動を起こした訳ではないと言う事実に驚嘆していた。

 

まさか、廃校寸前の女子校を守る為に動いた生徒会を助ける裏に、日本戦車道の将来に影響を与えかねない事態を防ぐ意図が隠されていたとは……

 

そして、親友は大局的な視点からその可能性がある事に気付いて、既に行動を始めている事を知らされた長門は、こう思った。

 

 

 

 

 

 

「これはきっと、トンデモない事になるに違いない…」

 

 

 

 

 

 

(第8.75話終わり、第9話へ続く)

 

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

今回は、明美さんサイドの番外編の後編をお送りしました。
ちょっと説明回の様な展開になってしまいましたが、どうかご了承下さい。
今後の伏線になる話もありますので。

今回、明美さんは大局的な視点から大洗女子学園への支援を決めていた事が明かされました。
もちろん最大の理由は亡き夫の故郷を救う為ですが、同時にしほと西住流をこのままにすると、戦車道世界大会の日本開催すら危うくなると言う危機感も抱いていたのです。

でもまあ、アニメの悪役のボスには、しばしば彼女の様な「大局的な視点と危機感」からモノを言う奴が少なくないですからね…そこが明美さんの『悪党』たる由縁だったりします(笑)。

またこの点が、ガルパン原作との最大の相違点の一つでもあります。
このガルパン原作には無い「外の世界との接点」が何を生み出すのかにも注目して頂ければと思っております。

そして今回、そんな明美さんによって仲間に引きずり込まれた親友・ながもん(爆)。
そのモデルは言わずもがなですが、ご注目下さい。
明美さんの親友ですから真面目そうに見えて、ある意味極端な方ですので(笑)。

そんな番外編ですが、とりあえず今回で一区切りとし、次回からは、嵐ちゃんからの視点による本編に戻ります。
次回第9話ですが、いよいよ大洗女子学園で戦車道の授業がスタートします。
もちろん、最初の授業はあんこうチームが乗る事になるⅣ号戦車D型との出会いと戦車探しから始まりますが、ここで嵐達に思わぬ出来事が?

それでは、次回をお楽しみに。



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第9話「最初の授業は、戦車探しです!!」


お待たせしました。

約2ヶ月ぶりの本編、これよりリスタートです。




 

 

 

学園の片隅にある、煉瓦造りの建物を5つ繋げた様な建造物。

 

かつては戦車道で使う戦車の格納庫として使われていた、この建物の前に少女達が集おうとしている。

 

今日は、大洗女子学園で復活した戦車道の授業初日である。

 

 

 

 

 

 

「思ったほど集まりませんでしたね…」

 

 

 

この授業を主導する生徒会トリオの片割れで、広報担当の河嶋 桃が、不安気な口調で呟く。

 

 

 

「全部で18人です。私達を入れて21人…」

 

 

 

副会長の小山 柚子が、これまた不安気な表情で、傍らにいる生徒会長・角谷 杏に戦車道履修者の数を報告すると、彼女は柚子を励ます様にこう訂正した。

 

 

 

「小山、原園ちゃん達4人を入れたら25人になるよ。そして西住ちゃんも入れると経験者が5人いるから、結果オーライだけど何とかなるでしょ♪」

 

 

 

ちょうどその時、原園 嵐を始めとする1年生4人、元「群馬みなかみタンカーズ」メンバーが、戦車道履修者の集合場所である煉瓦造りの建物の前に遅れてやって来た。

 

 

 

 

 

 

『良かった、ギリギリ時間に間に合った!!』

 

 

 

 

 

 

私、原園 嵐を含めた、みなかみタンカーズの元メンバーは、駆け足でようやく集合場所である煉瓦造りの倉庫前へやって来た。

 

すると瑞希が息を弾ませながら、舞に文句を言う。

 

 

 

「舞、アンタが来るのが遅くなったから…」

 

 

 

「ゴメン…私、みんなで落ち合う場所がよく分からなかったの」

 

 

 

涙目になって瑞希に謝る舞を見かねた菫が、こう告げる。

 

 

 

「仕方が無いよ、ののっち。私達、皆クラスが別々だから集まるのに一苦労だもの」

 

 

 

『あっ…もう皆、集まっているみたいだよ』

 

 

 

その時、目の前には戦車道を共に履修する事になった先輩方や同学年の娘達が集合していた。

 

 

 

まず、西住先輩達、普通Ⅰ科2年A組の3人…あれ?

 

離れた場所にもう1人、癖毛の強いナチュラルボブヘアの人がいる。

 

様子を見ると、西住先輩を眺めながら顔を朱に染めているけれど…もしかしたら西住先輩のファンなのかな?

 

 

 

次に、私の親友で、先日の生徒会長室での一件が切っ掛けで戦車道を履修する事になった、澤 梓達1年生6人。

 

 

 

その隣には、歴史上の偉人のコスプレをしているらしい集団が4人いる。

 

特にその中の1人は、明らかに第二次大戦中のドイツ陸軍装甲部隊の名将、エルヴィン・ロンメル元帥のコスプレをやっているけれど…一体、何者かな?

 

 

 

そして部員不足で廃部になったと言う、バレー部のメンバーが4人。

 

 

 

この時、4人の中で一番身長の高い人が私を見かけると「おーい、嵐!!」と声を掛けて来たので、私も手を振って答えた。

 

 

 

『あっ、忍さん。バレー部も戦車道やるのですか?』

 

 

 

「うん、なかなか部員が集まらないから、これを機会に部を宣伝しようと磯辺部長が思い付いてね」

 

 

 

こう話すのは、隣のクラスの河西 忍さんだ。

 

彼女は身長170㎝の長身を生かして、バレー部ではアタッカーを務めているのだが、部は今年度、肝心の部員が4人となってしまい、あえなく廃部になってしまっていた。

 

それでも部員達は、バレーの試合が出来る最低限の人数である6人まで部員を揃えるべく、あちこちで新入部員の勧誘をしており、実は私にも勧誘の声が来ていたのだ。

 

何故なら、忍さんが「隣のクラスに割と背が高い子がいる」のに気付いて声を掛けた所…それが、身長166㎝と標準の女子より高めの背丈を持つ私だったのだ。

 

私自身はと言うと、その時は戦車道を早く忘れたかったし、高校3年間をバレーに打ち込むのも悪くないと思っていたので、即答こそ避けたもののバレー部に入ってみようと思っていたのだが…その翌日、生徒会が私に戦車道を履修させようと迫ってきたので、入部届を出せないまま今日を迎えてしまったと言う訳だ。

 

そこへ、バレー部々長で2年生の磯辺典子先輩が話に入って来た。

 

 

 

「ああ河西、原園さんと話していたんだ?」

 

 

 

「はい部長。それでね嵐、バレー部の件だけど、どうする?」

 

 

 

『それが…生徒会から戦車道を履修しろって言われてしまって、抵抗したのだけど…』

 

 

 

そこへ、瑞希が口を挟む。

 

 

 

「あれ? 生徒会長に土下座して『戦車道を履修させて下さい』って言ったのは誰だっけ?」

 

 

 

『…ののっち!!』

 

 

 

と瑞希に言い返した私の様子を見た、忍さんは驚いた表情でこう言って来る。

 

 

 

「あれ…嵐って、戦車道経験者だったの?」

 

 

 

すると、今度は菫が笑顔で忍さんと磯辺部長へこう語った。

 

 

 

「そうですよ。私達、小学校から地元のユースクラブで戦車道をずっとやって来たんです」

 

 

 

そして、舞が止めを刺す様にこう喋る。

 

 

 

「私、菫ちゃんやののっちと嵐ちゃんとは7年間戦車道やって来た仲間だよ!!」

 

 

 

そんな私達の様子を見た、忍さんと磯辺部長は、残念そうだが納得した表情で、私にこう告げた。

 

 

 

「ああ、バレーよりも戦車道を取っちゃったか…まあ小学校からずっとやっている仲間同士じゃあ、仕方ないね」

 

 

 

「残念だけど、さすがにバレー部々長としても戦車道とバレーを両方やれとは言えないな…事前に調べたのだけど、戦車道ってかなり体力を使うらしいから」

 

 

 

『磯辺部長に忍さん…本当に申し訳ないです。生徒会がここまで強引に戦車道に勧誘するとは思わなくて』

 

 

 

私は、両手を合わせて磯辺部長と忍さんに謝ったのだが、そこへ空気を読まない舞がいきなりこんな事を言い出した。

 

 

 

「でも、私バレー部に入ってみたい♪」

 

 

 

その一言に、忍さんが歓喜の声を挙げる。

 

 

 

「えっ…思わぬ所に希望者が!?」

 

 

 

だが、舞の身長が156㎝と低い事に気付いた磯辺部長が残念そうに呟く。

 

 

 

「あー、でも彼女身長が低いからなぁ…」

 

 

 

すると舞は「えーっ!!」と泣きそうな顔で嘆いたが、今度はその様子を見ていた、バレー部の残り2人、近藤妙子さんと佐々木あけびさんが、相次いで磯辺部長へ反論した。

 

 

 

「でも部長、今はそんな贅沢言っていられませんよ!!」

 

 

 

「そうです!! いっその事、原園さんも巻き込んで一気にバレー部復活です!!」

 

 

 

『あ…あの…私は戦車道の方へ…』

 

 

 

また、私のバレー部入部を巡る件が蒸し返されそうなので、私は戦車道を優先せざるを得なくなった事を再び話そうとしたが、バレー部は聞く耳を持たずに舞を入部させるべきか否かで議論を始めてしまった。

 

その様子をジト目で眺めていた瑞希は、不意に私へこう語り掛けた。

 

 

 

「嵐…何だかバレー部って、元気だけはありそうな人達ね」

 

 

 

『…』

 

 

 

 

 

 

そんな時だった。

 

戦車道の授業を主導する生徒会トリオが煉瓦造りの倉庫前に並ぶと、河嶋先輩がこう宣言した。

 

 

 

「これより戦車道の授業を開始する」

 

 

 

これで、バレー部を含めた戦車道履修者全員は私語を止めて、授業を聞く態度に変わっていた…こう言う時は、河嶋先輩も役に立つな。

 

そこへ、先程まで西住先輩の後ろにいた癖毛の強い少女が興奮気味に質問する。

 

 

 

「あの、戦車はティーガーですか? それとも…」

 

 

 

だが、この質問に対して角谷会長はこう惚けるだけだった。

 

 

 

「えーと、何だったけな?」

 

 

 

やれやれ…会長、学校にある戦車の名前すら把握していないのかと私が思ったその矢先、煉瓦造りの倉庫の扉が重々しく開かれた。

 

だが、目の前には履帯が外れた状態の古びた戦車が1輌。

 

そして、様々なゴミやゴミの様な物が置かれているだけだった。

 

 

 

「うええ…」

 

 

 

倉庫の中の余りの汚さに、梓達が呻き声を挙げる。

 

 

 

「何これ?」

 

 

 

と、当惑しているのは、優季だ。

 

桂利奈ちゃんは目の前の戦車を見て、一言。

 

 

 

「ボロボロ」

 

 

 

その隣では、あゆみが文句を言っている。

 

 

 

「ありえなーい」

 

 

 

一方、五十鈴先輩は本気か天然なのか、分かりかねる発言をする。

 

 

 

「侘び寂びでよろしいんじゃ」

 

 

 

「これはただの鉄錆」

 

 

 

そんな五十鈴先輩の言葉にツッコんでいるのは、武部先輩だ。

 

 

 

 

 

 

皆、一様にアテが外れた様な感想を抱いている中で、私は目前にある戦車の正体を見極めようと、瑞希に話し掛けてみた。

 

 

 

『ねぇ瑞希、これ…ドイツのⅣ号戦車、それも短砲身の初期型かな?』

 

 

 

すると、瑞希も小さく頷きながらこう語る。

 

 

 

「そうね…でも、レストアしないとマトモに使えそうに無いけれど?」

 

 

 

実の所…私もこの時は「この学園は、この程度の戦車しか置いていないのか」と失望を隠せなかった。

 

だが、その時。

 

西住先輩が1人、目の前に置かれているⅣ号戦車の初期型(これは後でD型だと分かった)へ近づくと周囲を見渡し、静かに手を戦車のフェンダーへ触れる。

 

そして、何か確信を持った口調で、こう呟いたのだ。

 

 

 

「装甲も転輪も大丈夫そう…これで行けるかも」

 

 

 

『えっ…!?』

 

 

 

この瞬間私は、自分の目を疑った。

 

まさか西住先輩…本気で戦車道へ戻る気なんだ!?

 

だから、ボロボロの状態の戦車でもちゃんと修理をすれば使えるのかどうか、自分の手で確かめていたのだ。

 

それと同時に、私は「この学園は、この程度の戦車しか置いていないのか」と思っていた事を心の底から恥じていたが、そう感じたのは私だけでは無い様だった。

 

 

 

「おおお…」

 

 

 

梓達や先輩方だけでなく、瑞希や菫、舞までも西住先輩の一言で、どよめいている。

 

特に、私と同様に西住先輩を慕っているらしい癖毛の強い少女は「あはっ」と、感極まった表情で、西住先輩の後姿を眺めている。

 

そして…西住先輩がゆっくりと顔を私達の方へ向けた瞬間…西住先輩は優しそうな表情で私達を見つめていた。

 

今振り返れば…その時、私達大洗女子学園・戦車道チームの歩む道は定まっていたのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

しかしこの時、肝心の戦車は目の前にあるボロボロのⅣ号戦車1輌しかないのも事実。

 

 

 

 

 

 

皆もその事に気付いて、それぞれに今後の不安を語り合っていた。

 

呆れた事に、それは生徒会も同様だったらしく、小山先輩と河嶋先輩が皆の前でこんな事を話す。

 

 

 

「えっと…この人数だったら…?」

 

 

 

「全部で6輌は必要です」

 

 

 

その会話を聞いた、瑞希がまさかと言う表情でこう問い掛けた。

 

 

 

「角谷会長、まさか…これから『みんなで戦車を探そっか?』って言うつもりですか?」

 

 

 

すると、会長は予想通りの回答を寄越してきた。

 

 

 

「ん~、鋭いねぇ野々坂ちゃん。座布団1枚♪」

 

 

 

「「「「「「「「えーっ!?」」」」」」」」

 

 

 

「探すって…」

 

 

 

「どういう事ですか?」

 

 

 

余りにもあんまりな角谷会長からの回答を聞いた皆が、一斉に当惑していると、今度は河嶋先輩が事情説明を始める。

 

 

 

「我が校においては、何年も前に戦車道は廃止になっている。だが、当時使用していた戦車がどこかにある筈だ。いや、必ずある」

 

 

 

すると、菫が唖然とした表情で、私に向かって小声で話し掛けて来た。

 

 

 

「嵐ちゃん…それって『戦車はどこにあるのか分からない』って事じゃない?」

 

 

 

そこで、私は菫と瑞希、舞にだけ聞こえる声で、逆に問い掛ける。

 

 

 

『アンタ達こそ、母さんから戦車の事で何か言われなかった?「必要な戦車は用意する」とかって?』

 

 

 

だが、その問い掛けに対して3人は何も答えない。

 

なるほど。

 

母はアレで、結構なケチだからね…戦車の手配まではやっていないか。

 

菫達もそこまでは母から知らされていなかったのかと思うと、少しだけ意地悪な笑みが浮かびそうになったが、さすがに表情に出すのは我慢した。

 

そんな会話をしている間にも、河嶋先輩の説明は続いている。

 

 

 

「明後日、戦車道の教官がお見えになるので、それまでに残り5輌の戦車を見つけ出す事」

 

 

 

その説明が終わった直後、歴史上の偉人のコスプレ集団のリーダー格らしい、赤いマフラーを羽織っているショートカットの人が質問して来た。

 

 

 

「して、一体どこに?」

 

 

 

だが、その質問に対して角谷会長がお手上げのポーズで語った答えは無責任過ぎるものだった。

 

 

 

「いや~それが分かんないから探すの」

 

 

 

それを聞かされた梓が、唖然とした表情で問い掛ける。

 

 

 

「何にも手掛かり無いんですか?」

 

 

 

これに対して、会長は真っ平らな胸を張って「ない!!」と言い張るだけだった。

 

会長、私も胸は平甲板ですけれど、胸を張って何にも無いって言うなんて、無責任もいい加減にして下さい……

 

しかし、そんな私達の不安と不満はこれ以上聞かないと言わんばかりの表情で、河嶋先輩が号令を下した。

 

 

 

「では、捜索開始!!」

 

 

 

かくして、私達戦車道履修者は、否応なく戦車探しに出掛ける事となった。

 

私も会長の話を聞いて呆然としている瑞希達と一緒に、戦車探しをするべく倉庫から出ようとした時、武部先輩が不機嫌そうに愚痴をこぼしているのが聞こえて来た。

 

 

 

「聞いてたのと何か話が違う…戦車道やってるとモテるんじゃあ?」

 

 

 

すると、角谷会長が武部先輩の前にやって来て、こう励ます。

 

 

 

「明後日カッコいい教官が来るから」

 

 

 

「ホントですかぁ!?」

 

 

 

急に表情が明るくなった武部先輩からの問い掛けに、会長はこう付け加える。

 

 

 

「ホントホント、紹介すっから」

 

 

 

「行ってきま~す♪」

 

 

 

アッという間に上機嫌になった武部先輩は、ハイテンションで倉庫から駆け出して行ったが…その姿を見た瑞希は、呆れた表情で私に問い掛けた。

 

 

 

 

 

 

「ねえ嵐…戦車道に男の教官、いたっけ?」

 

 

 

『いない、わね』

 

 

 

 

 

一方、そんな会話を交わしながら倉庫から出て行く嵐達の後姿を見つめる生徒会トリオだったが、柚子が心配そうな表情で杏に話し掛けた。

 

 

 

「会長…原園さん達の戦車は既に明美さんが…」

 

 

 

だが、それを聞いていた桃が、心配無用と言う表情で柚子を制する。

 

 

 

「柚子、それをここで言ってはダメだ。それに、あの戦車は原園達の物になると決まった訳ではない。明美さんからもそう言われている」

 

 

 

すると、杏が我が意を得たりと言う表情で、桃と柚子に語り掛ける。

 

 

 

「河嶋の言う通りだよ。経験者だからと言って、原園ちゃん達が特別扱いされていると皆が思ったら、チームがまとまらなくなる」

 

 

 

その一言に、柚子は頭を下げて謝る。

 

 

 

「会長…済みませんでした」

 

 

 

それに対して会長は、微笑を浮かべながら頷くと、こう呟くのだった。

 

 

 

「それにね、こう言うのはみんなで一緒にやるのが、一番楽しいんだよ♪」

 

 

 

 

 

 

Ⅳ号戦車D型が置いてある倉庫を出てから、およそ1時間後。

 

私達のチームは、梓達と一緒に、学園の図書館にいた。

 

生徒会から戦車探しを命じられて倉庫を出た時、梓から「経験者の嵐から、戦車道の事を色々と教えて欲しい」と頼まれたのだ。

 

それを聞いた瑞希、菫、舞も梓達が私の友人である事に興味を持ち、逆に梓達も瑞希達がみなかみ時代の私の友人である事に関心を抱いた事からお互い意気投合して、一緒に戦車探しもやる事になった。

 

そこでまず、互いの自己紹介を終えた後、梓からの提案で学園内にあると思われる戦車の手掛かりを得るべく、図書館で学園の戦車道の歴史に関する資料漁りをする事になったのだが……

 

 

 

 

 

 

「使っていた戦車の記録、見付かった?」

 

 

 

「戦車のセの字も無いよ」

 

 

 

梓からの質問に、あやがガッカリした表情で答えている。

 

そこへ桂利奈が「ウチの学校が戦車道止めた時期からさっぱり」と告げると、舞が不審そうな表情で、みんなへこう話す。

 

 

 

「って言うか、記録が全然残ってないって、おかしいよ? 戦車道に使う戦車って、手放しても犯罪に使われた時とかに警察が調べる必要があるから、文科省や警察庁からの通達で、【必ず全ての記録を残す様になっている】って、明美さんやみなかみタンカーズのコーチも言っていたのに」

 

 

 

確かに、舞の言う通りだ。

 

それに、この学園の図書館、地上の学校にある図書室とは比べ物にならない位に大きくて、蔵書や資料も大量にあるのに、学園の戦車道に関する資料だけが戦車道を止めた時期から全く残っていないと言うのは不自然過ぎる。

 

そう思っていると、優季が皆へこんな質問をした。

 

 

 

「でも、何で突然、戦車道止めちゃったのかなー?」

 

 

 

それに対して、あゆみがこう答える。

 

 

 

「やっぱ、人気無くなったからでしょ? 昔っぽいから」

 

 

 

「そっかー」

 

 

 

と、答える優季。

 

だが、そこへ瑞希が口を挟んだ。

 

 

 

「そうでも無いみたいよ。戦車道を止めるまでの記録を読む限り、余りにも止めるのが突然だし、ここが戦車道止めた当時は、戦車道の人気も今よりは高かったしね。もしかしたら、記録に残したくない程の不祥事をやらかしたんじゃないかしら?」

 

 

 

すると、続いて菫もこう話す。

 

 

 

「うん。舞も言っているけれど、そんな事でもない限り、記録が全く残っていない、と言うのはおかしいよ」

 

 

 

そこへ瑞希と菫の推理を聞いた梓が、何故と言う口調で質問する。

 

 

 

「不祥事、って?」

 

 

 

それに対して瑞希はこう答えた。

 

 

 

「想像するしかないけれど、履修者の間でいじめや暴力事件があったとか、戦車道の予算を誰かが不正に使用したとか、かな? 逆に、試合や練習中の事故が原因なら、まず全国紙に記事が載って、そこで記録が残るから、このケースは有り得ないわね」

 

 

 

瑞希の推理を聞いた皆は「う~ん」と唸りながら、首を捻っている。

 

まあ、現状ではそう想像するしか無いけれど、それで戦車が見付かる訳でもない。

 

だから私は、この状況をどう打開しようかと悩んでいた。

 

その時、本を読んでいる紗希の姿が目に入る。

 

 

 

「あれっ紗希、何を読んでいるの?」

 

 

 

すると、紗希は読んでいる本の表紙を見せてくれた。

 

それは、パンツァージャケット姿の少女が戦車をバックにしているイラストである。

 

 

 

「ああ『萌え萌え戦車道!!』か。それ、見た目はともかく戦車や戦車道に関する内容はマトモだから、初心者にはお勧めだよ…って、えっ?」

 

 

 

その瞬間、紗希の表情の僅かな変化を読み取った私は、ビックリして問い掛ける。

 

 

 

「何…紗希、それ本当なの!?」

 

 

 

私の問い掛けを聞いた紗希は、ゆっくり頷いた。

 

まさか…そんな事って!?

 

 

 

「どうしたの嵐、紗希!?」

 

 

 

その様子を見た梓が驚きながら問い掛けて来たので、私は紗希から『萌え萌え戦車道!!』を渡してもらうと、ある頁を皆へ見せながら、こう告げた。

 

 

 

「それが…紗希がね、最近見たって言うの。この頁に載っている戦車を校内で見たって!!」

 

 

 

 

 

 

「「「えええっっっ!?」」」

 

 

 

 

 

 

紗希の記憶を頼りに、図書館を出た私達が向かったのは、校内で飼育されている動物小屋の鍵を管理している、農業科の一室だった。

 

紗希は先日、ある動物の飼育当番をやった時に戦車らしき物が、その動物小屋に入っているのを見たと言うのだ…いや、実際は紗希がそう語ったのではなく、私が紗希の仕草からそう読み取ったのだが。

 

そのせいで瑞希から、「アンタ…いつの間にテレパシーが使える様になったの?」と、皮肉を言われてしまったが、今はそれどころでは無い。

 

更に、紗希はその戦車を見た場所までは覚えていなかったので、それを思い出してもらう為に農業科へ出向いたのだった。

 

すると、その部屋にはたまたま先生がおらず、代わりに農業科の生徒2人が動物小屋の鍵の貸し出しを担当しているとの事だったので、彼女達に事情を説明した所、長沢さんと言うサイドテールの黒髪に白いバンダナをしている人から思わぬ答えが返って来た。

 

 

 

「あっ…あなた、普通Ⅰ科1年の丸山さんじゃない? 確か丸山さん、先週ウサギの飼育当番だったよね?」

 

 

 

言われた紗希は一瞬、目を丸くするが、すぐに頷いた。

 

更に長沢さんと一緒にいた、名取さんと言う栗色のショートヘアにカチューシャを付けた生徒がこう証言したのだ。

 

 

 

「そう言えば、ウサギ小屋には以前からブルドーザーよりもデカそうな車両がウサギの家代わりに入っているよね。てっきり建設機械かと思ったのだけど、言われてみれば戦車に見えなくも無さそう…?」

 

 

 

その証言を聞いた私達は早速、鍵を用意した長沢さんと名取さんに付き添われて、ウサギ小屋へ向かった。

 

 

 

 

 

 

ウサギ小屋は普段から暗くて、中がどうなっているのか分かり辛い。

 

そこで、菫とあやが持って来た懐中電灯で周囲を照らしてみると、目の前にガッシリとした鋼鉄製の車輌…戦車がそこにあった。

 

車体の各所に巣を作っているウサギ達が私達を見つめている。

 

その姿を見た瑞希が、驚愕しながらも車種を確認する。

 

 

 

「マジであったわ…まさか、こんな所にM3中戦車が眠っていたなんて」

 

 

 

「と言う事は、“リー”かな?“グラント”かな?」

 

 

 

舞が型式について尋ねると、瑞希は上の方を眺めながら答えた。

 

 

 

「37㎜砲塔の上に機関銃塔があるから、“リー”ね」

 

 

 

すると、瑞希と舞の会話を聞いていた梓と優季が共に「やったぁ!!」と喜びながらハイタッチをした。

 

同時に、桂利奈もガッツポーズをして喜びを露わにする。

 

その姿を見た私は、思わずホッとした。

 

そして皆の様子を眺めながら、傍らに居る瑞希に向かってこう呟く。

 

 

 

「この戦車…紗希が見つけたから、梓達の物だね」

 

 

 

「そうね…あの紗希って娘、無口なのに結構やるじゃない」

 

 

 

瑞希はそう答えると、隅の方でM3中戦車リーを眺めている紗希をにこやかな表情で見つめる。

 

そして後ろでは、ウサギ小屋の鍵を用意してくれた農業科の2人が、何故か羨ましそうな表情で私達を見ていた。

 

 

 

 

 

 

だが、その時。

 

私達みなかみタンカーズ組は、自分達の戦車をまだ捜していないと言う事実に気付いていなかったのだ。

 

 

 

(第9話/終わり)

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
2回の番外編を挟んで久しぶりの本編リスタートに当たる、第9話をお送りしました。

今回で、ようやく原作アニメ版第1話を過ぎて、第2話へと入って行きましたが、何とここに至るまで約8ヶ月と言う遅筆ぶり…真に申し訳ありません。

さて、今回戦車探しがありましたが、何と自分達の戦車をまだ探してすらいない、嵐ちゃん達みなかみタンカーズ組はこの後…一体どうなってしまうのか!?(このフレーズ知っている人、いるかなぁ…?)
と言う訳で次回、手前味噌ですが、ご期待頂ければと思います。

ちなみに今回、紗希ちゃんが読んでいた『萌え萌え戦車道!!』。
原作アニメ版では別のタイトルなので「あれ?」と思われた方もおられるでしょうが…あろう事か、元ネタになった本の出版社からリアルに出版されてしまいましたからねぇ(爆)。
一応、利用規約の禁止事項を確認した限りでは、書名をそのまま書いても問題があるとは書かれていない様でしたが、万一の為に、本作では書名を変更いたしました。
以上、どうかご了承願います。

それでは、次回をお楽しみに。



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第10話「戦車の洗車です!!」


どうも皆様、お久しぶりです。
先月末にPCを買い替えてから色々と四苦八苦しておりましたが、ようやく投稿出来ました。
それにしても、Win10ってツンデレなOSですねぇ…(でもSSDはマジ爆速で楽。付けて良かった)

そして、先日の西日本豪雨で被害を受けた皆様へお見舞い申し上げます。
(2018年7月21日記)

それでは、今回もどうぞ。



 

 

 

第10話「戦車の洗車です!!」

 

 

 

 

 

 

皆で戦車探しをした翌日。

 

戦車格納庫の前に、戦車道履修者が全員集まっていた。

 

彼女達の目の前には、昨日の戦車探しで発見した5輌の戦車が揃っている。

 

そんな中、河嶋 桃が5輌の戦車の形式名を確認していた。

 

 

 

「八九式中戦車甲型、38(t)軽戦車、M3中戦車リー、Ⅲ号突撃砲F型、それからⅣ号中戦車D型…どう振り分けますか?」

 

 

 

桃の質問に対して、生徒会長の角谷 杏は適当な口調で答える。

 

 

 

「見つけたもんが、見つけた戦車に乗ればいいんじゃない?」

 

 

 

「そんな事でいいんですかぁ?」

 

 

 

杏の発言に対して、小山 柚子が呆れ顔で答えた直後、桃は西住 みほへこう指示した。

 

 

 

「38(t)は我々が、お前達はⅣ号で」

 

 

 

「えっ…あっ、はい」

 

 

 

38(t)軽戦車は、みほ達のチームの五十鈴 華が見つけた戦車である。

 

従って、桃の指示は先程の杏の発言とは異なる為、みほは当惑したが、特に反論せず指示に従った。

 

引き続いて桃は、発見した各戦車の乗員のチーム分けを発表する。

 

 

 

「では、Ⅳ号Aチーム、八九式Bチーム、Ⅲ突Cチーム、M3 Dチーム、38(t)Eチーム…」

 

 

 

ちなみに各チームのメンバーだが、Aチームはみほ達普通Ⅰ科2年A組の3人に同じく2年生で戦車マニアの少女を加えた4人、Bチームはバレー部の4人、Cチームが2年生の歴女4人組、Dチームは澤 梓達仲良し1年生の6人、そしてEチームは生徒会トリオで構成されている。

 

だが、そのチーム分けには一つ、ある重大な問題点が隠されていた。

 

 

 

 

 

 

ここまで、私達・元「群馬みなかみタンカーズ」の面々は、河嶋先輩からの説明を聞いていた。

 

しかし、私と瑞希、菫は、初めから浮かない表情を浮かべている。

 

何故なら、私達は昨日……

 

ところが、その事をすっかり忘れていた舞が、ワクワクしながら空気を読まない発言をしてしまった。

 

 

 

「じゃあ、私達がFチームだね…って、あっ!!」

 

 

 

次の瞬間、菫が私達を促すと、全員申し訳無い顔で皆に謝罪した。

 

 

 

 

 

 

「「「『ゴメンなさい。私達…自分の戦車探すの忘れていました…』」」」

 

 

 

 

 

 

その理由を知っているDチーム以外の皆は、唖然とした表情で私達の謝罪を聞いていたが、それを見かねた梓が事情を説明する。

 

 

 

「嵐達は悪くないんです。彼女達は、昨日私達の戦車を探すのを手伝ってくれたのだけど、それで時間が無くなってしまって…」

 

 

 

梓の言う通り、私達は紗希がウサギ小屋で見掛けたM3中戦車リーを探すのに時間を取られ、結果的に自分達の戦車を探す暇が無くなってしまったのだ。

 

でも、自らの戦車を見付けられなかった責任が私達にあるのも事実なので、私は梓の肩に手を掛けながら、こう答えるしかなかった。

 

 

 

『ありがとう梓。でも、戦車を見付けられなかったのは私達の責任だから…』

 

 

 

そんな感じで、私達は全員世にも情け無い表情で俯いている。

 

さすがに、戦車道初日の授業が「戦車探し」だったのは想定外としても、経験者である私達の乗る戦車が無いと言う事態は予想出来なかっただけに、私はともかく瑞希達はかなり落ち込んでいる。

 

だが、河嶋先輩はそれを責める事無く、落ち着いた口調で説明を続けた。

 

 

 

「それはともかく、明日はいよいよ教官がお見えになる。粗相のない様、戦車を綺麗にするんだぞ」

 

 

 

一方、横に並んでいる武部先輩はニヤけた顔で「どんな人かなぁ♪」と呟いていた。

 

どうやら、明日来ると言う戦車道の教官の事を想像しているのだろう。

 

でも古来より「乙女の嗜み(私は認めないが)」とされている戦車道の教官に、男はまずいないのだが…それは言うまい。

 

すると武部先輩の隣で、西住先輩のファンらしい癖毛の強い少女がジト目で武部先輩を見ているのに気付いた…やれやれ。

 

そして、私達を除く全チームが自分達に割り当てられた戦車の方へ向かった時。

 

戦車の無い私達の前に河嶋先輩がやって来て、こう指示した。

 

 

 

「お前達Fチームは手分けして、他のチームの作業を手伝ってくれ。戦車探しは今後も続けるから、お前達も諦めるな」

 

 

 

河嶋先輩は、表情こそ真剣だが、戦車を見付けられなかった私達を責めるそぶりは一切見せなかった。

 

 

 

 

 

 

そして、私達が「はい」と挨拶したのを確かめた河嶋先輩が立ち去った後。

 

私は瑞希と菫、舞に向かって問い掛けた。

 

 

 

『じゃあ私達、どのチームの手伝いに行こうか?』

 

 

 

すると瑞希が、ようやく落ち着きを取り戻した表情で、私に話し掛けて来た。

 

 

 

「嵐…ホントは西住先輩の所へ行きたいのでしょ? 行って来ていいんだよ」

 

 

 

『えっ…でも』

 

 

 

確かに、本心は西住先輩のいるAチームへ行ってⅣ号戦車の洗車を手伝いたいけれど…自分のわがままで手伝いに行くのも良くないし…って言おうと思った時。

 

 

 

「大丈夫、私達はちゃんと作業するから」

 

 

 

菫がそう言うと、右腕に力こぶを作って見せる。

 

 

 

「憧れの先輩とお近づきになるチャンスだよ、嵐ちゃん~♪」

 

 

 

舞は、いつも通りの笑顔で、私の背中を押して来た。

 

そこへ、瑞希がニヤニヤしながら「さあ、行くよ♪」と話し掛けた後、私の手を繋いで歩き始めた。

 

 

 

『ちょ…ちょっと』

 

 

 

私の反論を無視するかの様に、私の手を引いて、西住先輩達のいるⅣ号戦車D型の前へ向かう瑞希。

 

その途中、Ⅲ号突撃砲F型の前を通ると、そこに集まっていた歴史系コスプレ…いや、歴女と思われるCチームメンバーの会話が耳に入って来た。

 

 

 

「砲塔が回らないな」

 

 

 

昨日の戦車探しの際に角谷会長へ質問をしていた、メンバーのリーダーらしい赤いマフラーを羽織った人が呟くと、坂本龍馬の服装を真似している人がこう語る。

 

 

 

「ゾウみたいぜよ」

 

 

 

すると、戦国武将として知られる真田家の家紋である“六文銭”をあしらった赤いバンダナを付けた人が「ぱお~ん」と象の鳴き声の真似をする。

 

そこへ、ロンメル元帥のコスプレをした金髪の人が釘を刺した。

 

 

 

「たわけ!! Ⅲ突は冬戦争でロシアの猛攻を押し返した凄い戦車なのだ、フィンランド人に謝りなさい!!」

 

 

 

すると他の3人は、ロンメル元帥の人が指差す方向へ頭を下げて「済みません!!」と謝っていた…が、その様子を見た私と瑞希は、思わず小声で「あー…」と漏らしてしまった。

 

何故なら、フィンランドとソ連との間で戦われた「冬戦争」は第二次世界大戦の勃発から3ヶ月目に当たる1939年11月から翌40年3月にかけて戦われたが、その当時、Ⅲ号突撃砲は試作を終えてから初期型の量産が始まる時期に当たるので、冬戦争に登場する事は出来ないのだ。

 

ちなみに、フィンランドがドイツからⅢ号突撃砲を導入したのは1943年7月から。

 

冬戦争終結後の1941年6月から1944年9月にかけて戦われた「継続戦争」中の事である。

 

私はそんな事を思い出しながら、瑞希に小さい声で問い掛けた。

 

 

 

「ロンメル元帥のコスプレをしている人、歴女デビューしたのは高校入ってからなのかな?」

 

 

 

対する瑞希は複雑な表情で、こう答えた。

 

 

 

「それ以前に、砲塔が無いⅢ突を戦車と言っている時点でお察し…ね」

 

 

 

幸い、私達の会話はCチームのメンバーには聞こえなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

そしてAチームのいる場所に来た時。

 

ちょうど武部先輩がⅣ号戦車の車体フェンダー部を触っていた。

 

 

 

「うわぁ、ベタベタする~」

 

 

 

触った手にベタ付いた油や錆を見たのだろう、嫌そうな目で自分の掌を見ている。

 

その様子を見ていた五十鈴先輩も「これはやりがいがありそうですね」と語る。

 

そこへ、西住先輩が「これじゃあ、中も…」と心配そうに呟きながらⅣ号戦車へ駆け寄ると、一気に砲塔部まで昇って行った。

 

「おー、さすが」と、武部先輩が呟き、五十鈴先輩も感嘆している中、私は一緒に来た瑞希から離れて「失礼します」と2人の先輩へ断ってから、Ⅳ号戦車の左横で西住先輩を見守った。

 

すると、車長用キューポラから車内を眺めていた西住先輩が、思わず鼻をつまみながらも状態を確認している。

 

 

 

「ううっ…車内の水抜きをして、錆取りをしないと…古い塗装を剥がしてグリスアップもしなきゃあ」

 

 

 

ああ、やっぱり長年放置されていたみたいだから、これはしっかり磨かないとダメだね…と思った私は、西住先輩に声を掛けた。

 

 

 

『あの…西住先輩、失礼します。お手伝いに参りました、何か必要な物があれば…』

 

 

 

と、話し掛けたその時。

 

 

 

 

 

 

「あの、どなたでありますか?」

 

 

 

 

 

 

昨日から西住先輩の後ろでときめいていた、癖毛の強いナチュラルボブヘアの人が、車体上部から現れると不審そうな表情で私を睨んでいた。

 

 

 

これが、後の私にとって西住先輩の次に尊敬できる人となる、秋山 優花里先輩との最初の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

「あ~、西住殿の後輩だったのでありますね、それは大変失礼をいたしました!!」

 

 

 

 

 

 

『いえ秋山先輩。私の方こそ、突然押しかけて来てしまって申し訳ありませんでした!!』

 

 

 

 

 

 

西住先輩の傍へ来た為に、秋山先輩から睨まれた私だったが、その場を救ってくれたのも西住先輩だった。

 

 

 

「秋山さん、その人は1年の原園 嵐さんと言って、私達の後輩だよ。だから安心して…あと原園さん、この人は秋山 優花里さんと言って私と同じ2年生。昨日の戦車探しの時から私達のチームに入ったのだけど、凄く戦車に詳しくて、多分原園さんとは話が合うと思うから仲良くしてあげてね」

 

 

 

この説明のおかげで、秋山先輩から嫌われずに済んだのは幸いだった。

 

そして、秋山先輩と私は互いに自己紹介をした後、今は一緒にⅣ号戦車D型の砲塔内部で、主砲や砲塔内部にある設備の磨き出し作業を行っている。

 

 

 

「でも、あれが五十鈴殿だとは思いもしませんでしたー」

 

 

 

『“水も滴るいい女”とは言うけれど、私、武部先輩がああ見えて、ちょっとイタズラ好きな所があるとは思わなかったです』

 

 

 

作業をしながら、私と秋山先輩は武部先輩がⅣ号戦車の洗車を始めた際、放水で五十鈴先輩をずぶ濡れにした事を話題にしていた。

 

 

 

「そうですね、西住殿も結構濡れてしまっていましたし」

 

 

 

『隣のCチームもノリノリでしたね。「高松城を水攻めじゃ!!」とか言っちゃって』

 

 

 

「『戦車と水と言えば、ノルマンディーのDD戦車でしょ!!』って話してた人もいましたね」

 

 

 

『それ、DDシャーマンですね。出撃したら高波ですぐ沈没しちゃった水陸両用戦車…』

 

 

 

すると、秋山先輩が思わぬ事を問い掛けて来た。

 

 

 

「鋭いですね、原園殿。さすがはこの春まで『群馬みなかみタンカーズ』のエースだった人は違います」

 

 

 

『えっ…?』

 

 

 

その瞬間、私はさっきまでの楽しい気分が吹き飛んでしまい、表情が硬くなってしまった……

 

 

 

『秋山先輩…先輩は戦車や戦車道の事に詳しいとは思っていましたけど、私の事も知っているのですね』

 

 

 

「あっ…はい。『群馬みなかみタンカーズ』は、日本では珍しい戦車道のクラブチームですから、色々と…去年の戦車道中学生大会で史上初めて、クラブチームで決勝戦まで進んだ時はTV中継を見ていましたし…」

 

 

 

だが、秋山先輩は私が辛そうな表情をしているのに気付いて、話すのを止めた。

 

そこで、私は辛い表情のまま、秋山先輩へ答える。

 

 

 

『ごめんなさい、秋山先輩…私、今はタンカーズでの事は余り思い出したくないんです』

 

 

 

「原園殿…」

 

 

 

心配そうに話し掛けて来る秋山先輩へ、私は済まなそうな顔でこう返事した。

 

 

 

『ここで戦車道を続ける事になったのも、実は色々あって…いずれはキチンと話したいのですが、今は気持ちの整理が付いていないので、もうしばらく待って下さい』

 

 

 

その時、通信手席で通信機等を磨いていた西住先輩が心配そうに私を見つめていたので、私は笑顔を無理に作って「大丈夫です、先輩」と話すと、操縦手席の方へ移動して作業を続ける事にした……

 

 

 

 

 

 

一方、Aチーム以外のチームによる戦車の清掃作業は、一目見ただけでは洗車なのか、少し時期の早い水浴びなのか、分からない状況になっていた。

 

特に、Dチームは大野 あやが他のメンバーを放水でびしょ濡れにした為、彼女達が着ている体操服が透けて下着が見えてしまうと言う、その場に男性がいたらトンでもない事になりそうな風景が展開されているが…ここは女子校なので心配する必要は無い。

 

そんな様子を眺めていた桃が、呆れた口調で皆へ呼び掛ける。

 

 

 

「今日は戦車を洗車すると言ったろう」

 

 

 

そこへ、干し芋を食べながら皆の様子を見ていた杏が話し掛けて来た。

 

 

 

「上手いねー、座布団1枚♪」

 

 

 

「決してそう言う意味で言ったのではありません」

 

 

 

桃は、駄洒落を言ったつもりは無いとばかりに、真面目な口調で杏へ反論したが、そこへ柚子が困り顔で2人に抗議する。

 

 

 

「それより、ちょっとは手伝って下さいよぉ…野々坂さん達は真面目に手伝ってくれているのに」

 

 

 

柚子の言う通り、生徒会メンバーで構成されるEチームの38(t)軽戦車は、杏と河嶋が皆の洗車の様子を見ているだけで何もしない為、柚子1人が洗車をする破目になっていたのを見かねたFチームの瑞希と菫、舞の3人が応援に来たのだ。

 

そんな生徒会トリオの掛け合いを見た菫は、呆れてこう呟いた。

 

 

 

「ここの手伝いに来たのは、正解だったね」

 

 

 

菫の意見に頷く舞。

 

だが、一緒に洗車をしていた瑞希は、何故か白のビキニ姿で洗車をしている柚子を眺めながら「でも…」と漏らしつつ、泣きそうな顔で愚痴を零した。

 

 

 

「小山先輩…それ、私達に対する当て付けですか?」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

思わず、柚子が瑞希に問い掛ける。

 

すると、瑞希は目に涙を浮かべながら、こう答えた。

 

 

 

「だって、私と舞はご覧の通りの“つるぺた平甲板”…なのに、何故神はこんな不平等をお許しになっているのか…」

 

 

 

そして、瑞希はどこかのオペラ歌手みたいに、ブラシを右手に持ったまま大仰に両手を広げてみせる。

 

 

 

「や…やだ…」

 

 

 

その瞬間、柚子は自分の豊かな胸を瑞希が心の底から羨んでいる事に気付き、顔を真っ赤にしながら、小声で恥ずかしそうに呟いた。

 

すると、瑞希と同じ体型である舞が、瑞希の隣に寄り添って、一言。

 

 

 

「ののっち、気持ちは分かるよ…私と一緒に泣こう!!」

 

 

 

次の瞬間、瑞希と舞は、突然の展開に当惑する柚子と呆れている菫から目を伏せると、しくしくと泣きながら両手で涙を拭っていた。

 

 

 

 

 

 

そんな頃。

 

「戦車の洗車」の様子を戦車格納庫の隅から覗き込んでいる2人の生徒がいた。

 

昨日、ウサギ小屋にあった戦車を探しに来た嵐と梓達を手伝った、農業科の長沢 良恵 (ながさわ・よしえ)と名取 佐智子(なとり・さちこ)である。

 

彼女達は1年生で、しかも実家が親戚同士でお隣さんと言う関係の為、生まれた時からの幼馴染である。

 

 

 

「戦車道、楽しそうだね…」

 

 

 

名取が小麦色の肌を持つ長沢に話し掛けると、彼女が答える。

 

 

 

「うん。戦車を探したり、水浴びしたり…やっぱり私達も戦車道やろうよ?」

 

 

 

しかし名取は諦め顔で、こう呟く。

 

 

 

「でも、戦車道履修者の募集、もう終わっているんじゃないかな?」

 

 

 

だが、そんな彼女を見た長沢は頬を膨らませて、こう言い返した。

 

 

 

「だって…戦車道に誘ったら『私もやりたいけれど、どんなものか分からないから選択出来ない』って言ったのは誰?」

 

 

 

すると、名取は「え、え~と…」と弁解するが、後が続かずに黙り込んでしまった。

 

実はこの2人、先日の生徒会によるオリエンテーション映像を見て、戦車道に興味を抱いたものの、その内容がよく理解出来ていなかった為、あと一歩の所で履修に踏み切れなかったのである。

 

しかし昨日、嵐と梓達の戦車探しを手伝った事で、戦車道への興味が再燃。

 

ウサギ小屋で戦車を見つけた後の彼女達の様子が知りたいと思い、自分達の授業から抜け出して、戦車格納庫までやって来たのだった。

 

そんな状況下で2人がヒソヒソと話し合っていた、その時。

 

 

 

「あ~、そこのお二人さん。もしかして戦車道をやってみたいのかなぁ?」

 

 

 

「「うわっ!!」」

 

 

 

驚く長沢と名取をよそに、背後から突然話し掛けて来た人物はこう語る。

 

 

 

「いや~、別に獲って食べようって訳じゃないよ…今『戦車道やりたいけれど、どんなものか分からない』って言ってたよね。じゃあ、それが分かるまで授業を見てから、戦車道を履修するかどうか決めたら良いよ。ウチもまだまだ履修者募集中だからね」

 

 

 

「「あ…はい」」

 

 

 

かくして2人は、その場で新たな戦車道履修者を狙っていた角谷会長に捕まったのだった。

 

 

 

 

 

 

そして、夕方。

 

一通り洗車が済んだ5輌の戦車を確認した桃が、皆へこう告げた。

 

 

 

「よしっ、いいだろう。後の整備は自動車部の部員に今晩中にやらせる。それでは、本日は解散!!」

 

 

 

「野々坂さん達、ありがとうね」

 

 

 

同じチームの杏と桃が38(t)の洗車をしなかった為に、1人で作業をする破目になった所へ助けに来てくれた瑞希達に、柚子が頭を下げて感謝を述べると、瑞希は「いえ、どういたしまして」と返事をする。

 

そして、同じチームの菫と舞と一緒に「こちらこそ、ありがとうございました」と挨拶をしたのを見た柚子は「ありがとう」と優しい表情で返事をすると、傍らにいた桃に向かって柔らかい口調だが、少々棘のある文句を言った。

 

 

 

「桃ちゃん…少しは瑞希ちゃん達を見習ってね」

 

 

 

文句を言われた当人は、少しばかりバツの悪い表情をしていたが、そこで柚子は近くにいる筈の会長の姿が見えない事に気付いた。

 

 

 

「あれ桃ちゃん、会長は?」

 

 

 

「会長は先程、新たな履修者が見つかりそうだと言って、倉庫の端の方へ向かわれたが…それより、桃ちゃんって言うな」

 

 

 

柚子の質問に対して桃が不満そうに答えた時、杏が見慣れない生徒を2人連れて帰って来た。

 

 

 

「あー、ゴメン。実は倉庫の端っこで授業を覗き見していた農業科の娘達がいたから、こっちで見学しても良いよって呼んで来たんだ…授業終わっちゃったけどね」

 

 

 

「そうだったのですか。では、私達の自己紹介だけでもしておきましょうか」

 

 

 

杏の説明を聞いた柚子は、その場で杏が連れて来た2人の1年生…良恵と佐智子に向かって話し掛けていた。

 

 

 

 

 

 

同じ頃。

 

Aチームでは「早くシャワー浴びたい…」と、沙織が疲れた表情で呟く中、優花里がみほへ「早く乗りたいですねー」と明るく話し掛けていた。

 

だが、みほは俯き加減にこう答える。

 

 

 

「あっ…でも原園さん達が」

 

 

 

みほの答えには、嵐達のチームが乗る戦車が無いと言う事実の他に、自分が戦車に乗るのにまだ迷いがあると言う部分も含まれていたのだが、それを聞いた優花里は「しまった」と言う表情で、嵐達Fチームへ視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 

一方、私達のチームは途方に暮れていた。

 

 

 

「どうしよう…私達だけ戦車が無いよ」

 

 

 

舞が、目に涙を浮かべながら皆へ訴えている。

 

 

 

「明日には戦車道の教官が来るのに…どうする?」

 

 

 

菫も不安そうな表情で、私と瑞希に向かって問い掛けて来た。

 

だが、瑞希は困り顔で答えるのがやっとだ。

 

 

 

「そんな事を言ったって…今から探しても間に合わないし」

 

 

 

そんな仲間の様子を見た私は、溜息を吐きながら話し始める。

 

 

 

『しょうがないわね。戦車が無いなら、いっそ作るしかないでしょ。「オデッサ戦車」とかね』

 

 

 

すると、隣で私達の話を聞いていた秋山先輩が「『オデッサ戦車』…なかなかディープですね、原園殿!!」と、話に加わってきた。

 

だが、その話を聞いた瑞希達は、一斉に複雑な表情をする。

 

それを見た武部先輩が秋山先輩へ問い掛けて来た。

 

 

 

「ねえ秋山さん、『オデッサ戦車』って何? 嵐の友達が皆引いてるけど…」

 

 

 

すると秋山先輩は、素早く回答する。

 

 

 

「『オデッサ戦車』はですね、第二次大戦中のソ連で実際に製造された即席戦車なのであります」

 

 

 

そこへ今度は、五十鈴先輩がちょっと天然な質問をする。

 

 

 

「秋山さん…『即席戦車』って、カップラーメンみたいな物なのですか?」

 

 

 

その瞬間、秋山先輩は少し驚いた表情をしたが、すぐ立ち直って説明を続けた。

 

 

 

「五十鈴殿、さすがにお湯をかけたら3分で出来る訳では無いのですが…急造品には違いありません。第二次大戦の独ソ戦の序盤、ドイツ軍の奇襲で大量の戦車を失ったソ連軍は、現地で苦し紛れにトラクターを改造して装甲板や戦車砲、機関銃等を取り付け、即席の戦車として実戦投入したのです。『オデッサ戦車』はそんな戦車の一つであります」

 

 

 

すると、武部先輩が不思議そうな顔で問い掛けて来た。

 

 

 

「えっ…と言う事は『オデッサ戦車』の他にも、そんな手作りみたいな戦車があるの!?」

 

 

 

そこで、今度は私が秋山先輩の代わりに答える。

 

 

 

『武部先輩、その通りです。「オデッサ戦車」は1941年夏の独ソ戦で、オデッサと言う今はウクライナ領の都市がドイツ軍に包囲された時、そこの工場の人達が急造した戦車ですが、実は同じ頃にスターリングラードと言う街でもトラクターを改造した急造戦車が作られて、実戦にも使われているんです。こっちは「KhTZ-16」と言う名称が付いています』

 

 

 

嘘の様だが本当の史実を聞かされて、呆然としている武部・五十鈴両先輩。

 

すると瑞希が、嫌そうな顔をして私に反論する。

 

 

 

「ちょっと嵐…『戦車を作る』って、本気なの?」

 

 

 

そこで私は、ワザと真面目な口調で答えてやった。

 

 

 

『本気も何も、私はともかく瑞希達の戦車が無いなら、作るしか方法無いじゃない…それこそ有り合わせの部材で』

 

 

 

「えっ…それって、戦車道のレギュレーションでは試合に参加できないんじゃ?」

 

 

 

ここで、菫が正気を疑う様な表情で疑問を投げかけたが、私は親友達に向かってトドメを刺すつもりで答える。

 

 

 

『何を言っているの? 例えレギュレーションに適合出来なくても自前の戦車が無ければ練習にも参加できないんだよ? だったら見かけだけでもそれっぽい物を作った方がまだマシじゃん。そもそもこの学園に戦車道が無いなら自分達がやると言って、私を追いかけて来たのは誰だっけ?』

 

 

 

これに対して瑞希達だけではなく、隣で様子を見ていた秋山・武部両先輩も引きつった表情で「あ…あはは」と、小さな笑い声を上げている。

 

そして、同じく話を聞いていた五十鈴先輩と西住先輩までが、困惑した表情で互いの顔を見合わせていた、その時だった。

 

 

 

 

 

 

突然、力強いエンジン音と共に巨大なトレーラーが戦車格納庫の前にやって来た。

 

その姿を見た皆は、驚きながらもトレーラーを見つめている。

 

すると、秋山先輩が興奮しながら、その車両の形式を素早く見抜いた。

 

 

 

「これ、米陸軍が使っていたM25戦車運搬車“ドラゴンワゴン”ですよ!! 初めて本物を見ましたー!!」

 

 

 

だが私は、その姿を見て、ある事に気付いた。

 

 

 

『これは…母さんの工場の車だ!!』

 

 

 

車体には、小さく「原園車両整備(株)」と表示されていたのだ。

 

 

 

「「「「「「えーっ!?」」」」」」

 

 

 

私の声を聞いた、戦車道履修者全員が一斉に驚いている。

 

この時、私は背後で生徒会の面々が微笑を浮かべながら、到着したドラゴンワゴンを見つめているのに気付いた。

 

 

 

(第10話、終わり)

 

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

今回はアニメ版第2話の「戦車の洗車」のシーンをアレンジしてみましたが、いかがだったでしょうか。
そして、嵐ちゃんと秋山殿が初遭遇。
今後、共に西住殿を敬愛する2人がどういう関係になるかについても、期待して頂ければ幸いです。
あとご存知の方もおられると思いますが、嵐と秋山殿が話の中で触れていた「オデッサ戦車」「KhTZ-16」と言う急造戦車は実在しますので、暇があればググって頂けますと幸いです。

そして次回、遂に嵐達の乗る戦車が登場します。
嵐の母・明美が届けて来た戦車の正体とは?
そして、その戦車には嵐にとって大切な思い出が……

それでは、次回をお楽しみに。


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第11話「これが、私達の戦車です!!」


お待たせしました。
遂に今回、嵐達Fチームの乗る戦車が登場します。
そして、その戦車と嵐の間には、ある深い繋がりが……

それでは、どうぞ。




 

 

 

前日の戦車探しで自分達の戦車を見つける事が出来なかった、私達大洗女子学園・戦車道Fチーム。

 

私は『こうなったら、自分達で戦車を作るしかない』と言い出して皆を困惑させていたが、私自身、そうでもしないと明日からの練習に間に合わないと思っていた。

 

だが…そんな時、戦車道履修者全員が集まっていた戦車格納庫の前に突然、M25ドラゴンワゴン戦車運搬車が姿を現す。

 

しかも、その車体には私の母が経営する会社「原園車両整備(株)」の表記があったのだ。

 

 

 

 

 

 

戦車格納庫の前に到着したドラゴンワゴンから、母の工場の制服である白地に赤いラインが入った作業用ツナギを着用した人々が次々と降りて来る。

 

その先頭に立つ、黒いロングヘアーに眼鏡を掛けた清楚な印象の若い女性が、私に向かって呼び掛けて来た。

 

 

 

「お嬢様!!」

 

 

 

『ちょっと…“お嬢様”と呼ぶのは止めてよ。皆がいるのに…』

 

 

 

私は、嫌そうな声で彼女に返事をした。

 

母さんの工場に勤めている人で、私の事をそう呼ぶ人は1人しかいないからだ。

 

だが、相手はそんな事にお構いなく話し掛ける。

 

 

 

「何を仰っているのですか? 私にとってあなたは立派な『お嬢様』です。だって社長の1人娘ですもの」

 

 

 

すると、その言葉を聞いた戦車道履修者達が、一斉に私の周りに集まると色々な質問をぶつけて来た。

 

 

 

「お嬢様? 原園さん、本当なの?」

 

 

 

「あの車、お母さんの工場の車だって言っていたけれど、一体?」

 

 

 

「原園さんのご実家は、どんな会社を経営しているのだ?」

 

 

 

「それよりも嵐、あのお姉さんは誰なの?」

 

 

 

先輩・同級生・後輩を問わず、皆は私と私を「お嬢様」と呼んでいる女性の関係や私の実家の事で興味津々。

 

西住先輩に至っては「きれいな人…」と呟きながら、私と話をしていた人の姿に見惚れている…ああ。

 

そこへ、追い討ちを掛ける様にもう1人、私を知っている人が現れた。

 

 

 

「あはっ、嵐ちゃんモテモテだね。みなかみ町を出てから心配していたけれど、これならもう大丈夫かな?」

 

 

 

髪を大きな緑のリボンでポニーテールにしている、メロンの様な雰囲気を持つ明るい表情をした女性に向かって、私は大声でその名を呼んだ。

 

 

 

『張本さん!!』

 

 

 

「えへへ、お久しぶり~♪」

 

 

 

『えへへ、じゃないです!! 何も言わずに、いきなりトレーラーを学園に乗り付けて来るなんて…』

 

 

 

余りにあっけらかんとした口調で挨拶をする“張本さん”に向かって、私はつい怒鳴ってしまったが、彼女は悪びれずに笑顔を浮かべているだけだ。

 

それはともかく、突然の来訪者によって戦車格納庫の前は「戦車の洗車」をしていた時よりも騒がしくなって来た。

 

 

 

 

 

 

「お前達、静かにしろ!!」

 

 

 

 

 

 

ちょうどその時、河嶋先輩が大声で皆に呼び掛けて、その場を静かにさせると、角谷会長に話し掛ける。

 

 

 

「会長、ちょうど良いですから、説明も兼ねて自己紹介してもらいましょうか?」

 

 

 

「そうだね。じゃあお2人さん、お願いします」

 

 

 

角谷会長が河嶋先輩の提案を受け入れて、2人の女性に話し掛けると彼女達は丁寧な口調で自己紹介を始めた。

 

 

 

「皆さん初めまして、突然やって来てごめんなさいね。私は、株式会社原園車両整備で総務課長兼社長秘書を勤めている、淀川 清恵(よどがわ・きよえ)です」

 

 

 

「同じく、整備課で主任を勤めている、張本 夕子(はりもと・ゆうこ)です。皆、よろしくね!!」

 

 

 

すると、2人の自己紹介を聞いた山郷 あゆみが戸惑いながら質問をした。

 

 

 

「えっ…と言う事は、淀川さんは原園さんのお母さんの秘書で、張本さんは工場の従業員なのですか?」

 

 

 

その質問に対して、淀川さんと張本さんは澱みなく答える。

 

 

 

「はい、我が社の社長である原園 明美は、お嬢様の母上です」

 

 

 

「私も嵐ちゃんが小さい頃から、社長の下で戦車整備士として鍛えられて来たんだ。だから戦車と嵐ちゃんの事なら、何でも知っているよ♪」

 

 

 

「「「「「「おおっ!!」」」」」」

 

 

 

2人の発言に皆が驚嘆しているのを見せられた私は、本気で頭を抱えた…これじゃあ、私は皆から「お嬢様」扱いされて、これから親しく接して貰えなくなるかも知れないじゃない。

 

そんな私の様子を西住先輩達が心配そうに見つめる中、淀川さんが皆へこう告げた。

 

 

 

「私と張本は今後、社長である明美さんの代理として、時々この学園へ来ると思いますので、皆さんよろしくお願いしますね」

 

 

 

そこへ、武部先輩が淀川さんへ声を掛けて来た。

 

 

 

「あの…淀川さん、質問があります。今日は何の為に、私達の学園へ来られたのですか?」

 

 

 

その質問に対して、淀川さんは少し考えてから返答した。

 

 

 

「本日は、生徒会とお約束をしていた件でここへ来たのですが…生徒会長の角谷さん、もうこの件を話しても宜しいでしょうか?」

 

 

 

「うん…そうだね。この話は私が説明するよ」

 

 

 

淀川さんからの話を聞いた、角谷会長はそう返事をしてから説明を始めた。

 

 

 

「実はね、原園ちゃんのお母様である明美さんは、地元の群馬県みなかみ町で戦車道に使う戦車の整備工場を営んでいるんだ。更に、その工場の初代社長だった原園ちゃんのお父様・直之さんは、今から10年前に事故で他界されたのだけど、そのお父様がこの学園艦の出身で、生前は熱心な戦車道のファンだったと言う縁もあって、今回戦車道を復活させた我が校の支援者になってくれただけでなく、私達の為に戦車を1輌用意してくれたんだよ」

 

 

 

それに続いて、小山副会長が一言、補足説明をする。

 

 

 

「そして今日は、明美さんが私達の為に無償でリースしてくれる戦車が到着する日だったの」

 

 

 

「「「「「「おおっ!!!!」」」」」」

 

 

 

母がこの学園の戦車道の支援者になっただけでなく、新たな戦車まで持って来てくれたと言う話で、履修者全員は一斉にどよめく。

 

だが、そこへ梓が詰問する様な口調で質問をして来た。

 

 

 

「会長、何故それを今まで黙っていたのですか? 嵐達はさっきまで乗る戦車が無いって、あんなにガッカリしていたのに…」

 

 

 

すると、河嶋先輩が理由を説明する。

 

 

 

「今まで黙っていたのは悪かったが、下手にこの事を話せば原園達を特別扱いしていると誤解されかねないので、戦車が到着するまで皆には伏せるつもりだったのだ」

 

 

 

そして、角谷会長が真面目な表情で、こう皆に告げた。

 

 

 

「もちろん、私も経験者とは言え原園ちゃん達を特別扱いする気は一切無いよ。これは原園ちゃんのお母様の意思でもある」

 

 

 

その話を聞いた、バレー部の磯辺先輩が納得した表情で皆に語る。

 

 

 

「確かに、会長や河嶋先輩の言う通りですね。バレー部のキャプテンをしているから分かるけど、チームの中にそう言う人がいるとチームがバラバラになっちゃうから…もちろん原園は、そんな人じゃないのは分かっているけど」

 

 

 

一方、キャプテンの話を聞いているバレー部々員達は互いに「そうだね」と語り合いながら頷いている…確かめ様は無いが、バレー部が廃部となった裏には、その様な事情があったのかも知れない。

 

そして、話を聞いた会長は「うん」と呟いてからハッキリと頷き、皆もなるほどと、それぞれに納得していた。

 

 

 

 

 

 

その様子を見ていた淀川さんは、頃合を見てから、皆にこう告げた。

 

 

 

「それでは早速、私達がお届けした戦車をご覧頂きましょうか?」

 

 

 

「じゃあ淀川さん、今から準備しますね」

 

 

 

淀川さんの隣で控えていた張本さんがそう語ると、すぐさまトレーラーの方へ向かい、待機していた他の社員に指示を出す。

 

 

 

「で、その戦車とは、どんな物なのですか?」

 

 

 

2人の会話を聞いていた、秋山先輩が目を輝かせながら淀川さんへ問い掛けた、その時。

 

 

 

「それは見てのお楽しみ、だな」

 

 

 

女子高生ばかりが揃っているこの場所には、明らかに場違いな壮年の男性が突然現れて、秋山先輩に話し掛けて来た。

 

だが、私はその人が誰なのか、すぐに分かった。

 

 

 

『刈谷さんまで来ていたの!?』

 

 

 

「誰、このおじいちゃん?」

 

 

 

武部先輩が突然現れた、母の会社の作業用ツナギを着用しているおじさんの正体を私に尋ねていると、淀川さんと張本さんがそれぞれの言葉で紹介してくれた。

 

 

 

「この方は、私達の工場で工場長を勤めている、刈谷 藤兵衛(かりや・とうべえ)さん。お嬢様の父上である、初代社長の直之さんが自動車大学校に通っていた時の恩師なの」

 

 

 

「工場長はその後、世界ラリー選手権に参戦していた国内自動車メーカーのワークスチームのチーフメカニックに抜擢されてね、チームの世界タイトル獲得に貢献した程の凄腕整備士なんだ」

 

 

 

すると、刈谷さんは頭をかきながら、人懐っこそうな表情で話して来た。

 

 

 

「いやー、それはもう20年以上前の話だよ。しかし、社長から嬢ちゃんが戦車道に戻って来ると聞かされたから、今回は腕によりをかけてこの戦車を整備したんだ。嬢ちゃんが見たら、きっと驚くぞ」

 

 

 

『えっ…?』

 

 

 

私が見たら、驚く程の戦車を持って来た?

 

そう思いながら怪訝な表情をしていると、刈谷さんが笑いながら私に話し掛けて来た。

 

 

 

「おいおい、もしかして嬢ちゃんは、オデッサ戦車みたいな“手作り戦車”でも持って来ると思っていたのかい? 明美さんが嬢ちゃんの戦車道の為に、そんなケチな事をする訳が無いだろう?」

 

 

 

『うっ…』

 

 

 

ついさっきまで『戦車が無いなら、いっそオデッサ戦車でも作るしかない』と公言していた私は、刈谷さんにその心を見透かされた様な気がして、黙るしかなかった。

 

すると、淀川さんが戦車格納庫の前にある戦車達を眺めながら、刈谷さんへ語り掛ける。

 

 

 

「工場長、今ここに揃っている5輌の戦車もなかなか個性的ですけれど…」

 

 

 

「清恵ちゃん、ハッキリ言おうじゃないか。俺達が持って来た戦車が、ここにある中では一番強い!!」

 

 

 

「あの工場長、そこまで言い切ってしまうと周囲に波風が…」

 

 

 

淀川さんの語り掛けに対して、刈谷さんは笑みを浮かべながら身も蓋も無い事を言ったので、淀川さんは困り顔で反論していたが、その最中に、張本さんの声が響いて来た。

 

 

 

「工場長、準備できました!!」

 

 

 

「そうか。よし、カバーを外せ!!」

 

 

 

そして、刈谷さんの号令でトレーラーに掛けられていたカバーが一斉に外されて、搭載されている戦車の姿が見えた時。

 

皆がどよめき声を上げて、その戦車を見つめる中…私は、それを見て強い衝撃を受けた。

 

 

 

 

 

 

『こ…これって…そんな!?』

 

 

 

 

 

 

何故なら…その戦車とは、私にとって父さんとの数少ない、そして一番の思い出だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれは、今から10年前の夏。

 

父さんが“あの事故”で亡くなる少し前の出来事だった。

 

場所は、茨城県稲敷郡阿見町にある陸上自衛隊・土浦駐屯地。

 

両親が仕事の関係で駐屯地まで出張した時、私も一緒に連れて来たのだ。

 

その仕事の内容は今も知らないままだが、営門から入った後、母だけが駐屯地の建物に入って行き、私は父さんと一緒に、敷地内に展示されている三式中戦車や数々の火砲を見学していた。

 

当時5歳を迎えたばかりの私は、両親が戦車の整備をしている姿を物心付いた頃からずっと見ていたし、ドイツで戦車道のプロチームに所属していた母と実は小さい頃から戦車道が好きだった父さんから、戦車道について色々と聞かされていた。

 

だから、普通の女の子よりも戦車や戦車道に対する興味は持っていたけれど、その頃までは「戦車道をやってみたい」と思う所までには至っていなかった。

 

今思い返すと、当時の私はまだ幼くて「将来何になりたいか」と言うイメージがキチンと浮かんで来なかったのだと思う。

 

もしかしたら、父さんと母さんもその事に気付いていたから、私をここへ連れて来たのかも知れない。

 

 

 

そして、私と父さんは陸上自衛隊がこれまで運用して来た、あるいは現在運用している、様々な戦闘車輌が並んでいる場所を眺めながら、ゆっくり歩いていた。

 

すると、目の前に亀の様な姿をした戦車があったので、それに興味を持った私は、父さんに話し掛ける。

 

 

 

『お父さん~私、この戦車で戦車道やってみたい』

 

 

 

「う~んと、どれどれ?…ああ、これは『61式戦車』だね、残念。これは1945年以降に出来た戦車だから、戦車道には使えないんだ」

 

 

 

『え~っ、これじゃ戦車道できないの~?』

 

 

 

「うん。戦車道の規則では1945年8月15日までに設計が完了して、試作されていた車輌と、同じ時期にそれ等に搭載される予定だった部材を使用した車輌しか参加出来ないんだ」

 

 

 

『そうなんだ…』

 

 

 

目の前にある戦車では戦車道が出来ないと父さんから知らされて、ガッカリした私は、戦車道に使えそうな戦車が無いか探した。

 

だけど、61式戦車の次に並んでいる車輌は砲塔が無くて戦車に見えなかったり、砲塔はあっても別の種類の車輌だったりで、なかなか「戦車」が見つからない。

 

それに、最初に別の場所で見た三式中戦車は、当時の私の目からは強そうに見えなかったので、余り気に入らなかった。

 

まさか…それからずっと後になって、三式中戦車と一緒にチームを組んで戦車道の大会に挑む事になるとは、思っていなかったけどね。

 

 

 

『あっ、あれは?』

 

 

 

ようやく、戦車らしい形をした車輌を見つけた私は、それに近づいて眺めていたが、父さんはその車輌の前にある看板を見て、こう説明する。

 

 

 

「う~ん、これはね。『M36戦車駆逐車』と言って、第二次大戦の末期に登場しているから時期的には大丈夫なのだけど、砲塔の天井に屋根が無いから戦車道には使えないんだよ」

 

 

 

『え~っ、それも戦車道の規則なの?』

 

 

 

「うん、戦車道では砲弾が飛んで来るから、乗っている人の安全の為に屋根の無い車輌は使ってはいけない事になっているんだよ」

 

 

 

『あ~あ、戦車道に使える戦車、ここには無いのかなぁ…あっ』

 

 

 

次の瞬間、つまらなそうな気分で歩いていた私は、その場で石に躓いて転んでしまった。

 

 

 

「大丈夫かい、嵐!?」

 

 

 

『痛たた、ゴメンなさい、お父さん…あれっ?』

 

 

 

その時だった。

 

痛みを堪えて、起き上がろうとした私の目前に、1輌の戦車が山の様に聳え立っていた。

 

 

 

『山みたいな戦車がいる…』

 

 

 

その戦車の姿に圧倒された私は、ゆっくり立ち上がって振り向くと、後からついて来た父さんへ、この戦車について尋ねてみる事にした。

 

 

 

『…お父さん、この戦車何だろ? まるで山みたいにドッシリしているよ』

 

 

 

「じゃあ嵐、その戦車の傍にある看板を読んでごらん」

 

 

 

『え~っと、これ英語だね…「えむふぉー、えーすりー、いーえいと」?』

 

 

 

「うん、よく出来ました。この戦車は米国製でね、前線の将兵から『イージーエイト』って渾名で呼ばれていたんだ」

 

 

 

『いーじーえいと…何だか、カッコいいな♪』

 

 

 

父さんの話を聞いた私は、生まれて初めて「戦車はカッコいい」と思った。

 

そして、この山みたいなドッシリした姿の戦車が、大好きになった。

 

だから、次の瞬間。

 

私は、父さんに向かってこう叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

『お父さん、私…大きくなったら、この戦車に乗って戦車道をやる!!』

 

 

 

 

 

 

すると、父さんは飛び切りの笑顔を私に見せながら大声を上げた。

 

 

 

「お~っ、嵐が初めて戦車道やるって言ったぞ!!」

 

 

 

「ホントだね、直之さん!! 嵐が戦車道をやるって言ったわ!!」

 

 

 

そこへいつの間にか、私達の所へ帰って来た母が父さんの隣で喜んでいる。

 

 

 

『あ~っ、お母さんもう帰って来たの?』

 

 

 

「えへへ、お仕事の方はもう終わったから、ちょっと前から覗き見していたんだよ~」

 

 

 

『え~っ、どこから見ていたの?』

 

 

 

「明美、嵐がシャーマンの前で転んだ辺りから心配そうに見ていただろ♪」

 

 

 

「正解~でも直之さん、やっぱりここへ連れて来て良かったわ。正直、嵐は戦車道が嫌いなのかなって思っていたから…」

 

 

 

『う~ん、戦車は工場でいつも見ているから嫌いじゃないけど、私でもちゃんと乗れるかなって思っていて、自信無かったから…でも、この戦車だったら楽しく戦車道が出来そう!!』

 

 

 

「明美、明日から嵐にキチンと教えてやろうよ、戦車と戦車道を!!」

 

 

 

「そうだね、でも直之さん、今晩はお赤飯だね~嵐が戦車道をやるって決めた記念日だもの!!」

 

 

 

 

 

 

この年も暑かった夏が終わろうとしていた、あの日。

 

確かに、あの時、私と両親の心は1輌の戦車を通じて、一つになっていた……

 

 

 

 

 

 

その戦車は…M4A3E8中戦車、通称「シャーマン・イージーエイト」。

 

第2次世界大戦中の米軍を代表する戦車である、M4シャーマンシリーズの大戦中における最終発展型である。

 

第2次大戦末期の欧州戦線最後の大規模な戦い「バルジの戦い」の終盤に実戦投入されて辛うじて大戦終結に間に合い、戦後は朝鮮戦争で活躍した後、NATO諸国等の親米的な国家に供与されて長い年月に渡り活躍を続け、草創期の陸上自衛隊でも使用されたのだ(だから、土浦駐屯地に展示されていた)。

 

飛び抜けた性能を持っている訳ではないが、M4シャーマンシリーズの一員らしく、高い信頼性とバランスの取れた性能を持つ名戦車である。

 

この戦車こそ、私が生まれて初めて「好きになった戦車」であり、それから間もなくして亡くなった父さんとの数少ない思い出でもあった。

 

そんな大切な戦車を…母はわざわざ皆に見せ付ける様にして、ここへ持ち込んだのだ。

 

 

 

 

 

 

『母さん…いつも戦車道の事ばかり考えていて、私の事なんて、ちっとも構ってくれない癖に!! 何で、こんな事だけは覚えているのよっ!! しかも私と父さんの思い出の戦車をこんな所で、皆が見ている前で…うっ…うわあぁぁぁん!!』

 

 

 

 

 

 

私はこみ上げて来る感情を爆発させると、その場にへたり込んで、思い切り泣き出した。

 

その目からは、滝の様に涙が流れて行く。

 

皆は、突然泣き出した私を見て当惑しているが、私はもう、この状況に耐え切れない。

 

私にとって、一番大切な父さんとの思い出まで持ち出して戦車道へ連れ戻そうとする、母さんの卑怯者!!

 

これじゃあ、二度と戦車道から逃げ出す事なんて出来なくなるじゃない……

 

 

 

 

 

 

そして、私の事が心配になった西住先輩達が「大丈夫…?」と話し掛けて来るまで、私はずっと泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

放課後。

 

西住先輩達が話し掛けてくれたおかげで、ようやく泣き止んだ私だったが、それからも半ば放心状態で、気が付けば瑞希達と一緒に、学園を出て帰宅の途に就いていた。

 

そんな折、瑞希が私達に話し掛けて来る。

 

 

 

「ああそうだ…悪いけど私、これから近所の戦車ショップに寄って、予約していた戦車の新刊本を取りに行くから、皆とはここで別れるね」

 

 

 

『ののっち…いいよ、一緒に行っても』

 

 

 

その時、私は甘える様な口調で瑞希に呟いた…本当は、ここで瑞希と別れたら、また辛くなって涙が出そうな予感がしたからだったのだけど。

 

だが、瑞希は首を横に振ると、諌める様に話す。

 

 

 

「ダメよ、嵐。さっきまであの戦車とお父様の事で、泣きじゃくっていたでしょ…戦車ショップに行ったら、また泣くわよ?」

 

 

 

「そうだよ。嵐って、強情な割に泣き上戸な所があるんだから。それに、まだ目が赤いし、表情も落ち着いていないよ?」

 

 

 

同じく、私の様子を見ていた菫が瑞希の考えに同意すると、舞も心配そうに語りかけて来た。

 

 

 

「うん、今日は私と菫ちゃんと一緒に帰ろう?」

 

 

 

『みんな…しょうがないな』

 

 

 

寂しいけれど、ここは皆の言う通りにしようかと思っていた、その時だった。

 

私達が歩いている歩道から左舷端に張り出している公園のベンチに、西住先輩達がいるではないか。

 

 

 

 

 

 

その次の瞬間、私は一気に元気を取り戻すと『西住先輩~!!』と声を掛けていた。

 

 

 

 

 

 

今振り返れば…あの時の私は、西住先輩達と語り合う事で、戦車道から逃げ出せなくなった自分に、何らかの救いを求めていたのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

(第11話、終わり)

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第11話をお送りしました。

遂に登場した、嵐達が乗る戦車「シャーマン・イージーエイト」。
何故シャーマンがと言う方もいらっしゃるかと思いますが、ちゃんと理由がありまして。
実は「戦車道のレギュレーションで出場可能な外国製中戦車の中で、唯一日本国内で実物が見られる」と言う理由で登場させています。
実際、今回の話の舞台となった土浦駐屯地の他、全国の数か所の陸自の駐屯地で見られる様です…残念ながら私は見に行った事は無いのですが。
まあ、ガルパンの某プロデューサーがシャーマン大好き人間だと言うのも登場理由の1つなのですけれども。

あと今回初登場した方の中に1人だけおじさんがいましたが…。
このおじさんこと『刈谷 藤兵衛』さん。
名前で気付いた方もいらっしゃると思いますが、この方のモデルは、昭和仮面ライダーシリーズの『立花 藤兵衛』こと『小林 昭二』さんです。
原園車両整備の社員の設定を考えている時「ワンポイントでおじさんがいると良いのでは?」と思い、インパクトのあるモデルを検討していた所、昭和仮面ライダーシリーズで多くの仮面ライダー達を見守り、生前最後の出演作となった(註・遺作は「八つ墓村」)映画「ガメラ2 レギオン襲来」を当時劇場で見た時、航空自衛隊三沢基地の先任空曹の役で語った台詞「今度は絶対に守ろうや」のシーンがフラッシュバックしまして「この人しかいないだろうな」と。
この方には今後、物語の中でもある重要な役割を担ってもらう予定ですので、注目して頂ければと思っています。

それでは、次回をお楽しみに。



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第12話「戦車ショップです!!」


今回の序盤は、視点を変えて西住殿の心中を見つめて行きます。
彼女も嵐を戦車道に巻き込んだ事によって、心を痛めている様で……
そしてその後、意外な展開が?

今回は長文ですが、どうぞお楽しみ下さい。

※2018年12月15日、誤字脱字を確認しましたので修正しました。


 

 

 

原園 嵐が、西住 みほへ声を掛ける数分前の事。

 

 

 

みほは、友人達と一緒に下校途中、立ち寄った公園のベンチで缶コーヒーを飲みながら、今日の戦車道の授業で起きた出来事を思い出していた。

 

しかし、その表情は僅かに暗い。

 

もちろんその背景には、二度とやるまいと誓った筈の戦車道に、心ならずも戻った事による精神的な負担もあったのだが、今、それ以上に彼女の心を痛めている理由があった。

 

 

 

 

 

 

「原園さん…」

 

 

 

 

 

 

みほは、下級生の嵐に対して罪悪感を抱いていた。

 

自分と同じく戦車道を修めながら、戦車から逃げ出して戦車道の無い大洗へ転校して来た新入生。

 

経緯こそ異なるが、戦車道を巡って母親と確執が生じた点も共通している。

 

そして、みほが戦車から逃げ出した事情を知ると、戦車道履修を強要した生徒会から自分を守ると誓ってくれた、燃える様な赤毛のセミロングが特徴の勝気な後輩。

 

そんな彼女を…自分は、本人の意思とは無関係に戦車道へ巻き込んでしまった。

 

 

 

 

 

 

「あの!!…私!!…戦車道やります!!」

 

 

 

 

 

 

あの日、生徒会長室で再び戦車道をやると決めた時の言葉を思い出したみほは、無意識の内に苦い表情を浮かべる。

 

あの時、みほは自分を庇ってくれた沙織や華、そして嵐の優しさに心を動かされて、再び戦車に乗る事を決意した。

 

だが、その決断は同時に、自分と同じく戦車道から決別しようとしていた嵐も巻き添えにすると言う、皮肉な結末を招いたのである。

 

更に、その直後に現れた嵐の母親・明美の一言が、みほの心に突き刺さっていた。

 

 

 

「私の主人、つまり嵐の父親の直之さんはこの学園艦の出身で、私と結婚してから今の工場を一緒に立ち上げたのだけど、今から10年前の秋、嵐が5歳の時に戦車道の試合会場へ移動中の戦車に轢かれそうになった子供を助けた時に、自分がね…」

 

 

 

もしも嵐が戦車道から離れようとしていた原点が、父親の事故死であったとすれば、自分は彼女に対して取り返しのつかない事をしてしまったのではないだろうか?

 

自らの下した決断が、同じ境遇にあった者の運命まで左右してしまった事は、みほにとって予想外の出来事であり、それが今、彼女の心に黒い雲を浮かべていた。

 

そして先日の戦車探しを経て迎えた、今日の戦車道の授業「戦車の洗車」が終了した直後。

 

学園の戦車道の支援者になった明美が届けてくれた戦車、M4A3E8“シャーマン・イージーエイト”を見た嵐は突然、人目を憚らず号泣した。

 

その時、嵐の隣にいた野々坂 瑞希から「あの戦車は、嵐にとって亡くなったお父様との思い出なのです」と知らされたみほは、更なる罪悪感に囚われていた。

 

もしかしたら、今まで戦車道で辛い思いをしているのは自分だけだと思い上がっていなかっただろうか?

 

本当は戦車道に対して、多少なりとも心残りがあったのではないか?

 

だからあの時、自分は再び戦車に乗ると決断したのではないか?

 

その決断の結果…戦車から離れようとしていた嵐を戦車道の新たな生贄にしてしまったのでは無いだろうか?

 

実はこの時、沙織が心配そうな表情で、みほの顔を覗き込んでいるのだが、みほはそれに全く気付かない程、罪の意識に苛まれていた。

 

 

 

 

 

 

「みほ…大丈夫? 何だか顔色が悪いよ?」

 

 

 

 

 

 

暗い想いに囚われていたみほは、沙織の一言にハッとなる。

 

 

 

「あっ…ゴメン。実は、原園さんの事で…」

 

 

 

ようやく呼び掛けに気付いたみほからの返事に、沙織は複雑な表情を浮かべる。

 

 

 

「原園さんか…あの時、事情を知らなかった私達も悪かったけれど、可哀想な事をしちゃったね」

 

 

 

「そうですね…まさか、お父様が戦車道の事故で亡くなられていたなんて」

 

 

 

2人の会話を傍で聞いていた華も悲しげな顔でそう語ると、みほが辛い表情のまま呟く。

 

 

 

「うん…原園さん、私達にはそんな事を一切口にしていなかったから、余計に心配で…」

 

 

 

だが、3人はそこから一言も話せなくなってしまう。

 

知らなかったとは言え、ある意味ではみほよりも重い理由によって、戦車道から決別しようとしていた嵐を戦車道に引き戻した一因を作ったのは、自分達なのだ。

 

そんな彼女達の後ろでは、優花里がみほ達と同じ様に、辛そうな表情で佇んでいた。

 

 

 

だがここで、余りの空気の重さに堪りかねた沙織が、思い切って話題を変えて来た。

 

 

 

「ね、ねぇ…話は変わるけど、そろそろ陸に上がりたくない? アウトレットで買い物もしたいし~」

 

 

 

「今度の週末は寄港するんじゃ?」

 

 

 

華がキョトンとした表情で尋ねると、沙織は慌てて答える。

 

 

 

「そ…そうだったね、華!! で、どこの港だっけ? 私、港々に“かれ”がいて、大変なんだよね~」

 

 

 

「それは行きつけのカレー屋さんでしょ?」

 

 

 

そんな2人の掛け合いを眺めていたみほは、沙織が“自分を励まそうと必死になって話しているのだ”と感じて、ようやく微笑を浮かべた。

 

その様子を後ろから眺めていた優花里もホッとした表情を浮かべて、みほ達に向かって話し掛けようとした、次の瞬間だった。

 

 

 

『西住先輩~!!』

 

 

 

みほ達がいる公園のベンチの後方にある歩道側から、原園 嵐が声を掛けながら駆け寄って来た。

 

先程まで、皆の前で泣きじゃくっていたのが嘘の様な笑顔を浮かべて……

 

 

 

 

 

 

学園艦の左舷側にある、公園のベンチ近くにいる西住先輩達を見掛けた私は、すぐさま先輩目掛けて走って行った。

 

そんな私の姿を見た西住先輩は驚いた表情で、駆け寄ってきた私の顔を見ながら問い掛ける。

 

 

 

「原園さん!? もう大丈夫なの?」

 

 

 

『はい、さっきは心配をおかけしました!!』

 

 

 

私は、そんな先輩を心配させまいと、飛び切りの笑顔で答えた。

 

その後ろから瑞希達が追い付いて来ると、瑞希が呆れた口調でこう話す。

 

 

 

「嵐、嘘つかないの。まだ目が赤いでしょ?」

 

 

 

『いや…こればっかりはすぐには、ねぇ?』

 

 

 

慌てた私は、笑って答えたが、その様子を見た菫が微笑みながら話し掛ける。

 

 

 

「でも嵐ちゃん、西住先輩を見掛けてから凄く元気になったね」

 

 

 

ところが、ここで舞がトンでもない事を言い出した。

 

 

 

「ひょっとして嵐ちゃんは、先輩に惚れているのかな~?」

 

 

 

「ふ…ふえぇっ!?」

 

 

 

『ちょっと舞!! アンタ先輩の前で、何て事を言うのよ!?』

 

 

 

舞からのぶっ飛んだツッコミを聞かされた、西住先輩は仰天してしまっているので、私は舞を叱り飛ばさなければならなかった、全く……

 

案の定、そのやり取りを聞いていた先輩達は驚愕の表情を浮かべている。

 

特に武部先輩は、何を勘違いしたのか、更にトンでもない事を口走った。

 

 

 

「えっ…これって、まさかのガールズラブ?」

 

 

 

「と言うか沙織さん、これはまさしく百合百合しいと言うか…」

 

 

 

『武部先輩に五十鈴先輩、待って下さい!! 私、そんな趣味はありません!!』

 

 

 

武部先輩の発言を聞いた五十鈴先輩も誤解を招きかねない事を言い出したので、私は必死になって2人の発言を否定したが、今度は傍にいる瑞希が平然とした表情でこうツッコンで来た。

 

 

 

「そうかな? 嵐って、幼稚園の頃から同性にモテモテだったし」

 

 

 

『ののっち!! それはアンタの話でしょ!? 放課後、いつも下級生と腕を組んで下校していたのは、どこの誰よ!?』

 

 

 

「でも、毎年バレンタインで貰うチョコの数は、いつも私よりも多かったよね?」

 

 

 

『ぐっ…』

 

 

 

すると、先輩達が興味深そうに私と瑞希の口論を聞いているではないか。

 

武部先輩は「へぇ~」と呟きながら、興味津々の表情で私を眺めている。

 

五十鈴先輩も「あらあら…」と呟きながら微笑を浮かべているし、西住先輩に至っては「あ…あはは…」と口ごもりながら、ぎこちなさそうな作り笑顔で固まっている。

 

私にとって、非常に心臓に悪い状況が続いていた、そんな時だ。

 

秋山先輩が突然、目からポロポロと大粒の涙を零しながら私達に訴え掛けて来たのだ。

 

 

 

「原園殿…私の話を聞いて欲しいのであります…」

 

 

 

えっ?

 

まさか秋山先輩、西住先輩を私に取られると思って、嫉妬していませんか!?

 

思わず、そんな想像をした私は「ご、ごめんなさい秋山先輩、西住先輩はお譲りします!!」と叫んでしまい、傍にいた瑞希から「あらあら、もう三角関係の修羅場かな?」とツッコまれてしまった。

 

だがここで、秋山先輩は予想外の返事をしたのだった。

 

 

 

「原園殿…そう言ってくれると助かり…いえ、違うのであります」

 

 

 

「「「「「「『えっ?』」」」」」」

 

 

 

その返事に私達だけでなく、西住先輩達も当惑していると秋山先輩は所謂“目の幅涙”を流しながら、こう語ったのだ。

 

 

 

 

 

 

「実は…せっかく原園殿達が来られたので、戦車ショップに皆さんを誘おうと思っていたのでありますが…実はこの3月一杯で、この学園艦にあった戦車ショップ“せんしゃ倶楽部”が閉店してしまったのであります~!!」

 

 

 

 

 

 

あ…なるほど。

 

そこでようやく、私達は秋山先輩の涙の理由を理解した。

 

ここ最近続いている戦車道の人気低迷で、日本各地の戦車ショップが徐々に閉店を余儀なくされており、業界最大手の“せんしゃ倶楽部”もその例外ではないと聞かされていたけれど、ここもそうだったのか。

 

いや、この学園艦に建つ大洗女子学園は20年以上前に戦車道を廃止していたから、この間まで“せんしゃ倶楽部”の店舗が残っていた事自体、奇跡だったかも知れない。

 

 

 

『そうだったのですか、秋山先輩…』

 

 

 

私は、残念そうに秋山先輩に語りかけた。

 

私自身は戦車道を嫌っているが、だからと言って戦車が好きな人の趣味に干渉するつもりは無い。

 

しかも秋山先輩とは、今日の「戦車の洗車」で出会ったばかりだけど、かなりの戦車マニアで、なおかつ戦車に対する深い愛情を持っている事はすぐに分かったから、学園艦の戦車ショップが閉店してしまった事に対して素直に同情していた…のだが。

 

その様子を見ていた瑞希が、キョトンとした表情で秋山先輩に話し掛けて来た。

 

 

 

「あの…秋山先輩。“せんしゃ倶楽部”って、ここから右舷側に2ブロックほど奥に行った所にあった店ですよね?」

 

 

 

「はい…それが何か?」

 

 

 

すると瑞希は、思わぬ事を語ったのだ。

 

 

 

「実はそこ、閉店したのはオーナーが代わったからなのです。だから今週から、新しい名前でオープンしていますよ」

 

 

 

「ほ…本当でありますかぁ!?」

 

 

 

「はい。実は私、これから予約していた新刊の戦車イラスト集を受け取りに、その店へ伺うのです。皆さんも良かったら一緒に来ませんか?」

 

 

 

こうして、私達は西住先輩達と共に、新たに復活したと言う戦車ショップへ向かう事になった。

 

 

 

 

 

 

「本当であります…店名は変わってもちゃんと戦車ショップとして営業しているであります…野々坂殿、ありがとうございます~!!」

 

 

 

秋山先輩は、辿り着いた新しい戦車ショップの前で興奮しながら、瑞希に抱き付いて喜んでいた。

 

一方の瑞希は、抱き付かれても嫌な顔一つせず、笑顔で秋山先輩の頭を撫でている。

 

しかし…私は「せんしゃ倶楽部特約店・せんしゃ倶楽部で取り扱いの全商品お取り寄せできます」と言う但し書きの上に、大きく店名を書いた看板を見た瞬間、非常に嫌な予感がした。

 

 

 

『ねえ、ののっち。この「みなかみ戦車堂・大洗学園艦店」って看板、故郷でも見た記憶があるのだけど…ま・さ・か!?』

 

 

 

「ピンポーン。この店はね、明美さんが経営している『原園車両整備』のグループ会社『みなかみ戦車堂』のチェーン店よ♪」

 

 

 

『やっぱり…母の魔の手がこんな所にまで!!』

 

 

 

瑞希から店の正体を知らされた瞬間、私は店の前でしゃがみ込むと、本気で頭を抱えた…あの鬼母、ここまでやるとは!!

 

 

 

「原園さんのお母さん、本当にこんな店まで経営しているんだ…」

 

 

 

「凄いですね」

 

 

 

一方、武部先輩と五十鈴先輩は、母が戦車ショップの経営まで手掛けている事に感嘆していた。

 

西住先輩も店の様子を眺めながら、驚いている。

 

すると、瑞希と菫、そして舞がそれぞれの言葉で、この店の説明を始めた。

 

 

 

「『みなかみ戦車堂』は、最近戦車道の人気が下降傾向だから、一般の人にもっと戦車と戦車道を知ってもらおうって考えた明美さんが、4年前から始めたのです」

 

 

 

「今では、みなかみ町にある本店の他に、地元の群馬県に3店舗、栃木県に1店舗あって、ここが6店舗目で、茨城県はここが初出店だそうですよ」

 

 

 

「みなかみ町の本店には、私達がいたタンカーズのグッズも置いてあるから、お休みの日にはファンの人達が集まって来るんだよ~♪」

 

 

 

そこへ、話を聞いていた武部先輩が驚きながら話し掛けて来た。

 

 

 

「えっ!! 戦車道のファンまで来るの? じゃあステキな男の子とか集まって来るのかなぁ~?」

 

 

 

それに対して、皆は唖然とした表情を浮かべる中、瑞希がこう答えるのが精一杯だった。

 

 

 

「いえ…どちらかと言えば、年頃の男の子よりも女の子、またはその娘の親御さんか親戚の方がよく集まりますけれど」

 

 

 

すると、その様子を見ていた秋山先輩が、皆を促す様にこう告げた。

 

 

 

「ここで立ち話を続けていると、他のお客さんの迷惑になりますから、お店の中へ入って見ましょうか?」

 

 

 

 

 

 

と言う訳で…皆で店内に入ってみると、あらゆる戦車関連の書籍やプラモ、それに戦車関連の部品やグッズ等が所狭しと並んでいる。

 

奥には、結構昔に流行った戦車ゲームの筐体が幾つかある様だ。

 

更には映像ソフトも充実しているらしく、店内には戦車に関する映像作品がモニターで上映されていた。

 

 

 

「色々な物がありますね」

 

 

 

店の品揃えを眺めていた五十鈴先輩が感心した表情で語ると、秋山先輩も笑顔でこう返事する。

 

 

 

「ええ、前の“せんしゃ倶楽部”よりも品揃えは良くなっていると思いますよ」

 

 

 

「そりゃあ、明美さん肝いりの戦車ショップだから♪」

 

 

 

続いて瑞希が、秋山先輩に向かってにこやかな表情で語りかけ、更に話が盛り上がろうとした所で、武部先輩がこんな事を言い出した。

 

 

 

「でも戦車って、皆同じに見える」

 

 

 

だがその瞬間、秋山先輩は表情を一変させて反論する。

 

 

 

「ち、違いますぅ!! 全然違うんです!! どの子も皆、個性と言うか特徴があって…動かす人によっても変わりますし」

 

 

 

すると何を思ったのか、瑞希までが呼応して、こう力説した。

 

 

 

「そうです!! 一言で戦車と言っても使用目的や時代背景等で異なる形になりますし、同じ戦車でも使っていた国や部隊によっては全く違う姿になる事だって珍しくないのです!!」

 

 

 

「華道と同じなんですね」

 

 

 

その話を聞いていた五十鈴先輩が、納得した様な表情で答えると、武部先輩もさっきの問い掛けとは対照的な口調でこんな事を言った。

 

 

 

「うんうん、女の子だって皆それぞれの良さがあるしね~目指せ、モテ道!!」

 

 

 

そして、秋山先輩と瑞希の前でサムズアップを決めてみせる武部先輩だが、その様子を見ていた西住先輩は、当惑した表情でこう呟いた。

 

 

 

「話が噛み合っている様な、無い様な…?」

 

 

 

『ですね…』

 

 

 

これには、私も西住先輩の意見に同感だ…と、思っていた時。

 

店内から、私達元・タンカーズ組にとっては、馴染みのある優しい声が響いて来た。

 

 

 

「あら…凄く盛り上がっている生徒さんがいると思ったら、嵐ちゃん達じゃない?」

 

 

 

「「「『ま…間宮さん!?』」」」

 

 

 

気付くと目の前には、戦車ショップには不釣合いな割烹着を着た女性が、朗らかな笑みを浮かべていた。

 

 

 

「えっ? この綺麗な人、誰?」

 

 

 

その人を見た武部先輩が、羨望の眼差しで問い掛けると、菫がにこやかな声で答える。

 

 

 

「この人は、間宮 凛(まみや・りん)さんと言って、みなかみ町にある本店の店長さんなの」

 

 

 

だが、私はふと疑問に思って間宮さんへこう問い掛けた。

 

 

 

『でも間宮さん…みなかみの本店は?』

 

 

 

「この店は開店したばかりで、スタッフも全員新人さんだから、今月一杯までここをサポートする為に来たの…そうだ、今からここの店長さんを呼んで来るわね。伊良坂さーん!!」

 

 

 

すると、店の奥から「はーい!!」と元気な返事が響くと共に、ワイシャツにネクタイを締めた制服姿で、ポニーテールの若い女性が早足で現れた。

 

 

 

「紹介するわね。この人が店長の伊良坂 美崎(いらさか・みさき)さん。私の後輩だけど、戦車道の経験者で私よりも戦車に詳しいから、分からない事があったら何でも聞いてみてね」

 

 

 

「皆さんこんにちは、伊良坂です。私、戦車道は小学4年から大学卒業までやっていたから、何でも聞いて下さい。あっ、もちろん戦車関連の資料や部品とかは是非当店で買って下さいね!!」

 

 

 

「「「「は、はい!!」」」」

 

 

 

伊良坂さんの元気な挨拶に釣られて、西住先輩達も返事をすると、瑞希が「そうだ伊良坂さん、予約してあったKV重戦車の新作イラスト集が届いたと聞いたのですが?」と問うたので、伊良坂さんは「かしこまりました、それではこちらのレジへどうぞ」と瑞希を連れて行った。

 

その様子を見届けた間宮さんは、今度は皆へこう話し掛けるのだった。

 

 

 

「みんな、時間があれば2階に上がってみない? 美味しいお茶菓子を用意してあるわよ♪」

 

 

 

 

 

 

店の2階は和風喫茶になっていて、1階の戦車ショップに用が無い人でも利用できる。

 

間宮さんが割烹着姿をしているのは、主にこの喫茶の厨房を担当している為だった。

 

その喫茶店へ、予約してあったイラスト集を購入後、遅れてやって来た瑞希も含めた全員が席に着いて、それぞれが和風デザートやお茶菓子を注文し、夕方の楽しい一時を過ごしていたのだが……

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 

 

五十鈴先輩が自分で注文したメニューを食べ切った後、両手を合わせて丁寧にお辞儀をすると、ストップウオッチで時間を計測していた間宮さんが「あっ、凄い!!」と驚きの声を挙げつつ、店内にいる人達に向けてこう告げた。

 

 

 

「五十鈴様、おめでとうございます~♪ 『特大しろくま1.5リットルサイズ』、11分43秒で完食しましたー!!」

 

 

 

間宮さんが鈴を鳴らしながら五十鈴先輩を祝福すると、菫と舞が驚愕して、口々にこう叫んだ。

 

 

 

「凄い!! あの特大しろくま、まだどこの店でも完食者が出ていなかったのに!!」

 

 

 

「菫ちゃん、しかも五十鈴先輩は、まだ余裕があるみたいだよ!!」

 

 

 

実は、五十鈴先輩が注文した「特大しろくま1.5リットルサイズ」とは、みなかみ戦車堂各店に併設されている和風喫茶で2年前から1600円で提供されているのだが、15分以内に完食すると無料になるだけでなく、対象者には賞金5千円が出る。

 

しかし、これまで誰一人として時間内に食べ切った者がいない事でも有名なメニューだったのである。

 

だから、瑞希に至っては「五十鈴先輩…今日から先輩を『魔神』と呼んでも良いですか!?」と本人に問い掛ける始末だ。

 

 

 

『ののっち…それ失礼でしょ。北海道の某ローカルTV局がやっている旅番組のチーフディレクターと同じ仇名を先輩に付けるなんて』

 

 

 

さすがに、それはないと思った私がツッコむと、向かい側の席にいた西住先輩も「そ、そうだね」と小さい声で呟いたので、こう返事する。

 

 

 

『ゴメンなさい、西住先輩。瑞希って、幼稚園時代からあの番組の大ファンだから』

 

 

 

すると、今度は瑞希が恨めしそうな顔で言い返して来る。

 

 

 

「嵐…その番組を私に教えたのはアンタでしょ。確かご両親が相当ハマっていて…」

 

 

 

『あれは、元々北海道での仕事が長かった大叔母さんが録画したビデオを送って来たのがきっかけで…あっ、脱線してゴメンなさい』

 

 

 

「あはっ、大丈夫だよ。それより、原園さんと野々坂さんは凄く仲が良いんだね」

 

 

 

『ああ…瑞希とは、幼稚園時代からの腐れ縁ですから』

 

 

 

「腐れ縁とは失礼ね…せめて親友兼ライバルと言いなさいよ」

 

 

 

『ゴメン、確かにそうとも言う』

 

 

 

「全く…あっ、そうだ」

 

 

 

と、不機嫌そうな顔で私の話に反論した瑞希だったが、ふと表情を変えると西住先輩へ心配そうに問い掛けて来た。

 

 

 

「それより西住先輩、もしかして嵐を戦車道に巻き込んだと思っていませんか?」

 

 

 

『「えっ…?」』

 

 

 

思わぬ瑞希からの問い掛けに、西住先輩だけでなく、私も当惑していると瑞希がその理由を話した。

 

 

 

「実は、今日の戦車道の授業の時、嵐が何故イージーエイトを見て泣いたのか、西住先輩に理由を話したのよ。そうしたら先輩、辛そうな顔をしていたから、まさかと思って…」

 

 

 

すると、西住先輩は辛い表情を浮かべながら「うん…」と呟きつつ、小さく頷いた。

 

その姿を見た瑞希は、優し気な表情を浮かべると、西住先輩を励ます様にこう語る。

 

 

 

「大丈夫ですよ。嵐はこう見えて、どんな失敗をしても辛い目にあっても立ち直るのだけは、人一倍早いのです」

 

 

 

『ちょっと瑞希…まあ、それが私の数少ない取り柄なのは確かだし』

 

 

 

「そうなの? でも原園さん、お父さんが…」

 

 

 

『ええ…でも父が亡くなったのは10年前の事だし、いつまでもその事でクヨクヨしていられないですから』

 

 

 

「でも…私が戦車道をやると言ったせいで、原園さんまで巻き込んでしまって…」

 

 

 

『その事なら、もう気にしていませんよ。それに私、本当は一度で良いから西住先輩と一緒に戦車道をやってみたかったのです』

 

 

 

「えっ…私と戦車道を?」

 

 

 

この時、私は当惑している西住先輩を眺めながら『少し喋り過ぎたかな?』と思っていた。

 

何故なら…その理由を語ると、去年の秋の日、私の身に起きた出来事に触れなければならないからだ。

 

でも…その話を今したら、もしかすると西住先輩の心は折れてしまうかも知れない。

 

私はこの時、そうなる事を恐れて口には出せなかった。

 

 

 

 

 

 

~犠牲なくして、大きな勝利を得ることは出来ないのです~

 

 

 

 

 

 

ふと、あの秋の日に、私が『あの人』に言われた時の事を思い出した時、私達の後ろからTVの音声が聞こえて来た。

 

流れている番組は、夕方のニュース&情報バラエティだ。

 

チャンネルは確か、13。

 

「首都テレビ」と言う在京TV局の視聴率ランキングでは万年4位の民放局だっけ?

 

そう考えていると番組はちょうど、スポーツコーナーに変わっていた。

 

 

 

「次は戦車道の話題です。来月、第63回を迎える戦車道全国高校生大会が開幕しますが、本日は昨年の大会でMVPに選ばれて、国際強化選手となった『西住 まほ』選手にインタビューしてみました」

 

 

 

その瞬間、私と瑞希は思わず青い顔になり、西住先輩へ視線を向けた。

 

西住 まほ…西住先輩の実の姉であり、戦車道の強豪・熊本の黒森峰女子学園戦車道チームの隊長を務める、高校戦車道を代表する選手への取材。

 

もしかすると、去年の大会決勝戦で黒森峰が10連覇を逃した件が話題になるのではと、私達は恐れたのだ。

 

だが、無情にも番組のインタビュアーは、西住 まほへこう問い掛ける。

 

 

 

「戦車道の勝利の秘訣とは何ですか?」

 

 

 

すると、画面の西住 まほは毅然とした表情で答えた。

 

 

 

「諦めない事。そして、どんな状況でも逃げ出さない事ですね」

 

 

 

その映像を目の当たりにした西住先輩は、再び暗い表情で俯いてしまった。

 

すると、それに気付いたのか間宮さんがTVのチャンネルを素早く変えて「ゴメンなさいね、いつもはこのチャンネルじゃないのだけれど…」と、済まなそうな表情で西住先輩へ謝った。

 

もしかしたら…間宮さんも母から西住先輩の抱えている事情を知らされているのだろうか?

 

そして間宮さんが立ち去った後、その様子を見ていた武部先輩が西住先輩に、こう語り掛けた。

 

 

 

「そうだ、これからみほの部屋へ遊びに行っていい?」

 

 

 

「私もお邪魔したいです」

 

 

 

「あ…うん!!」

 

 

 

五十鈴先輩も武部先輩の誘いに乗ったのを聞いた西住先輩は、次の瞬間明るい表情を取り戻し、2人からの誘いを受け入れた。

 

一方、その様子を眺めていた瑞希は、私に向かって残念そうな表情で問い掛ける。

 

 

 

「嵐…本当は、私達も一緒にお邪魔したいけれど、もう4人が一遍に来たら、寮の西住先輩の部屋がギュウギュウ詰めどころの騒ぎじゃなくなっちゃうから、今日はここでお別れしようか?」

 

 

 

と同時に、瑞希は無言で、私に対して首を少しだけ横に振っていた。

 

その仕草が「これ以上、西住先輩達に迷惑を掛ける訳にはいかないよ」と言う意味だと察した私は、瑞希に向かって小さく頷きながら答えた。

 

 

 

『うん、ちょっぴり残念だけど瑞希の言う通りだね…菫と舞、食べ終わったら一緒に帰ろうか?』

 

 

 

「「うん」」

 

 

 

「あっ、嵐ちゃん達、みほに気遣わせちゃってゴメンね」

 

 

 

私からの問い掛けに、菫と舞が明るく答えると、武部先輩が済まなそうに答えたので、私もこう返事をした。

 

 

 

『いえ、私の方こそ、いきなり皆さんの所へ押しかけてしまって、済みませんでした』

 

 

 

続けて、瑞希もお辞儀をしながら別れの挨拶をした。

 

 

 

「じゃあ先輩方、明日の戦車道の授業の時に会いましょう」

 

 

 

すると……

 

 

 

「あの~」

 

 

 

その後ろで、私達の話を聞いていた秋山先輩が済まなそうな表情で問い掛けるので、五十鈴先輩も改めて「秋山さんもどうですか?」と誘って来る。

 

 

 

「ありがとうございます~」

 

 

 

秋山先輩は、ホッとした表情で答えている。

 

その姿を見た私と瑞希は、共に顔を見合わせながら微笑んだ。

 

 

 

こうして…私達は「みなかみ戦車堂」を出ると西住先輩達と別れて、瑞希達が住んでいる女子寮の手前にある、鷹代さんの家まで一緒に帰り道を歩いた。

 

 

 

 

 

 

明日の戦車道の授業は、いよいよ陸上自衛隊・富士教導団から来る教官を迎えての本格的な練習だ。

 

 

 

 

 

 

(第12話、終わり)

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第12話をお送りしました。

さて、今回嵐と西住殿達が訪れた戦車ショップの店名が原作TV版の「せんしゃ倶楽部」から変わっていましたが……
これは「せんしゃ倶楽部」のモデルになった店が2017年9月を持って閉店してしまったのを元ネタにしております。
身も蓋もない理由ですが、本作世界では閉店した「せんしゃ倶楽部」の大洗学園艦店は、明美さんが店舗を買い取って自身が経営する戦車ショップ「みなかみ戦車堂」の支店に衣替えしたと言う設定にしております。
また作中でも語られていますが、本作世界の「せんしゃ倶楽部」は大洗学園艦以外の店舗では現在も営業を続けているものの戦車道人気の低迷で、徐々に店舗数を減らしている状況です。
そんな中で、明美さんは「みなかみ戦車堂」を展開する事で、戦車道をもっと多くの人に知ってもらおうと頑張っており、この事から実業家としての明美さんの手腕が優れている事を表現出来ると言う狙いもあります。
ちなみに蛇足ですが「みなかみ戦車堂」も実を言うと、ある実在の書店から名前を拝借しております…そこで自分は本を買った事は無いのですけどね(苦笑)。

そして次回ですが、今回フラグを立てていますけれども、嵐の大叔母さんである鷹代さんの過去と職歴が明かされますので、どうかお楽しみに。
また次回以降の展開については、活動報告の方で報告しておりますので、ご覧頂けますと幸いです。

最後に、去る9月6日に発生した「平成30年北海道胆振東部地震」により被災・避難された皆様へ心よりお見舞い申し上げます。

(2018年9月15日記)



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第13話「いよいよ、戦車に乗ります!?」


第63回戦車道大会総集編も劇場公開された、今日この頃。
おかげ様で、本作も去る10月8日に投稿開始から1周年を迎えました。
活動報告に1周年記念の書き込みをしておりますので、そちらも読んで頂けると幸いです。
また、出来ましたら本作を読んで頂いた後で、投票と評価も付けて頂ければ助かります。
それでは今後とも、本作をよろしくお願いいたします。



 

 

 

泣いたり笑ったり…色々な事があった、あの日の翌朝。

 

昨日と同じく戦車格納庫の前に集まったのは、私達戦車道履修生と会長が見つけて来た履修希望の見学者が2名。

 

今日は、陸上自衛隊・富士教導団から教官を招いて丸一日、戦車道の授業を行う予定だ。

 

しかし、今朝は西住先輩が遅れてやって来たので、私達は心配しながら先輩を待っていた。

 

 

 

「遅いから心配しました」

 

 

 

「私達も心配でした、何かあったのですか?」

 

 

 

「寝過ごしちゃって、つい…」

 

 

 

五十鈴先輩と瑞希が、それぞれ心配そうに出迎えると、西住先輩は済まなそうに謝っていたので、菫と舞もホッとした表情で答えていた。

 

 

 

「西住先輩が寝坊って、ちょっと意外ですね」

 

 

 

「でも、無事に来てくれて良かったです」

 

 

 

その様子を眺めながら、私はホッと安堵の吐息を吐いていた。

 

…だが、実を言うと私には、もう一つ心配事があったのだ。

 

 

 

「教官も遅い~、じらすなんて大人のテクニックだよねー」

 

 

 

それは、富士教導団からやって来る予定の(カッコいい男性)教官を待ちかねている、武部先輩が不満そうに一言漏らした時に現れた。

 

 

 

「あら、教官がまだ来ていないのかい?」

 

 

 

突然、目の前にジャージ姿の、熟女にしては背が高い長髪の女性がやって来たかと思うと、武部先輩へ話し掛けていた。

 

 

 

「あっ…おばさんは、確か?」

 

 

 

その女性に心当たりがあるらしい武部先輩が答える前に、五十鈴先輩が問い掛ける。

 

 

 

「あの、失礼ですがどなた様でしょうか?」

 

 

 

だが…その姿を見た私は、思わずこう口に出していた。

 

 

 

『大叔母さん? やっぱりここへ来たの!?』

 

 

 

「「「「大叔母さん!?」」」」

 

 

 

私の声を聞いた西住先輩達が一斉に驚くと、その女性…大叔母さんは、屈託の無い笑顔を浮かべると、皆に向かってこう答えた。

 

 

 

「ああ、先に名乗らなくて済まなかったね。私の名前は、原園 鷹代。嵐の大叔母…つまり、嵐の御祖父さんの妹でね。嵐が戦車道の授業で皆のお世話になっていると聞いて、ついここへ来てしまったのさ」

 

 

 

そう…私の心配事とは、この事だったのだ。

 

そこで、私も済まなそうな声で説明する。

 

 

 

『実は昨晩、今日は陸上自衛隊から教官がやって来て、戦車道の指導をしてくれるって話したら「何だって…それは心配だね。何なら私もついて行ってあげようか?」と言って聞かなかったの』

 

 

 

すると、鷹代さんが少し怒った顔で、私に文句を言う。

 

 

 

「嵐、余計な事は言わなくて良いんだよ。何でも殆どの娘達は、今日初めて戦車に乗ると言うじゃないか。ちゃんと教官が指導するのか、心配で仕方なかったんだよ…実は、私も戦車を知らない訳じゃないからね」

 

 

 

「「「「えっ!?」」」」

 

 

 

自らの一言で、西住先輩達が不思議そうな反応をするのを余所に、鷹代さんは隣にいる角谷会長へ問い掛ける。

 

 

 

「おはよう、角谷さん。早速だけど、陸自から来るって言う教官はどうしたんだい?」

 

 

 

「もうすぐ来ると思いますよ?」

 

 

 

会長は、素早くそう答えた…但し、干し芋を食べながらだったが。

 

その姿を見た鷹代さんは、眉を顰めながらも、こう返す。

 

 

 

「おかしいねぇ…陸自の教官なら、普段は演習場の下見があるから、前日に使用する戦車と一緒にここへ着いている筈なんだが…ん?」

 

 

 

そこで、鷹代さんが何かに気付いて話すのを止めると、学園上空にジェットエンジンの音が響いて来た。

 

そして、普通科の校舎群方向から白い飛行機が高度を下げながら、こちらへ向かって飛んで来る。

 

その飛行機の姿を、胸に下げていたオペラグラスで確認した鷹代さんは、珍しく驚きの声を挙げた。

 

 

 

「空自のC-2改輸送機じゃないか。まだ岐阜基地で試験中の試作機が、何故ここに?」

 

 

 

すると、C-2改は高度を下げ続けながら機体後部のランプドアを開けて、何かを投下する態勢に入った…その次の瞬間。

 

C-2改は、私達のいる戦車格納庫手前の駐車場上空で突然、10式戦車をパラシュートで投下した!!

 

 

 

「10式戦車を空挺投下だと!?」

 

 

 

その姿を見た、鷹代さんが険しい表情で叫ぶ。

 

一方、投下された10式戦車はパラシュートでスピードを殺しつつも凄い勢いで地面を滑って行く内、駐車場の隅に停めてあった赤いスポーツカーに接触。

 

それを跳ね飛ばしてしまった。

 

 

 

「学園長の車が!!」

 

 

 

「あ~やっちゃったね~」

 

 

 

その様子を見て、悲鳴を挙げる小山先輩と干し芋を食べながら不真面目そうに呟く角谷会長。

 

しかも、悲劇はそれだけでは終わらない。

 

ようやく停止した10式戦車は、あろう事か、後ろで引っ繰り返っていた学園長の車目掛けて後進を掛けると、それを勢いよく踏み潰してしまった。

 

 

 

「ふぅ~♪」

 

 

 

「ああ…」

 

 

 

「ポテチ…」

 

 

 

見るも無残な姿になった学園長の車を見て、三者三様の感想を述べる生徒会トリオ…でも何故、河嶋先輩は大破した車を見て、ポテチに喩えたのだろうか?

 

しかし、その姿を見て一番の悲鳴を挙げたのは、菫だった。

 

 

 

「ああっ…フェラーリF40が!! エンツォおじ様が最後に手掛けた赤い跳ね馬がぁ!!」

 

 

 

そんな菫の悲鳴が余りにもマニアックだった為、周囲にいた全員が唖然としているのに気付いた舞が、仕方なさそうにフォローする。

 

 

 

「菫ちゃん、凄い車オタクだからね…」

 

 

 

「あっ…皆さん、ゴメンなさい」

 

 

 

舞のフォローで、自分がかなりのオタク発言をした事に気付いた菫は顔を真っ赤にすると、小声で皆に謝っていた。

 

その時、鷹代さんが憤懣遣る方無い顔で、独り言を呟く。

 

 

 

「思い出した…私の知る限り、こんな無茶をする馬鹿はこの世に1人しかおらん!!」

 

 

 

そして、鷹代さんは10式戦車が着地した駐車場へ向かって、足早に歩き出す。

 

もちろん、私達戦車道履修生も全員、鷹代さんの後に付いて行った。

 

 

 

 

 

 

駐車場の隅で学園長の車を踏み潰した10式戦車は、そこから急加速すると戦車格納庫からやって来た私達がいる運動場のフェンス近くで急停止した…そして。

 

 

 

「こんにちわ~」

 

 

 

10式戦車のキューポラから顔を出した陸自の隊員が挨拶した、次の瞬間。

 

私達よりも先に、運動場のフェンス際へ来ていた鷹代さんが、10式戦車のエンジン音にも負けない大声で怒鳴った。

 

 

 

「こら~っ!! 蝶野一尉、やはり貴様かぁ!?」

 

 

 

「え、ええっ!! 原園閣下、何故こちらへ!?」

 

 

 

大叔母さんの姿を見た、蝶野と言う名の一等陸尉は、仰天した表情で悲鳴を挙げると、その場で固まってしまった。

 

しかし、鷹代さんは相手の様子に構わず、説教を始める…これは相当怒っているなぁ、無理も無いけれど。

 

 

 

「閣下は止めんか、蝶野。もう退官して2年になる。それに、この学園艦は私の故郷だよ。ここに住んでいて何が悪い?」

 

 

 

「あっ…はい」

 

 

 

先程挨拶をした時の明るい顔とは打って変わり、シュンとした表情で鷹代さんの説教を聞いている蝶野一尉だが、鷹代さんの説教はここからが本番だった。

 

 

 

「しかし蝶野、貴様は相変わらずだな。幹部初級課程を受ける為に富士学校へ入校した頃から変わっとらん。空自が試験中の新型輸送機を無理矢理持ち出すわ、学園の駐車場に10式戦車をLAPES(低高度パラシュート展開システム)で投下するわ…」

 

 

 

そして、鷹代さんは駐車場の隅で大破している学園長の車を指差して、こう糾弾した。

 

 

 

「オマケにあれを見ろ!! 民間人の財産まで破壊しおって!! お前は公務員だぞ、特別職国家公務員。お前が乗車しとるのはエヴァンゲリオン初号機か?98式AVイングラムか?トラウマ持ちの中学生や新米不良警官達が主人公のロボットアニメじゃないんだよ…分かっとるのか本当に!?」

 

 

 

「も…申し訳ありません~」

 

 

 

かくして、蝶野と言う陸自幹部は、鷹代さんの長い説教の前に、涙目になりながら謝罪する破目になっていた……

 

その様子を戦車道履修者全員が唖然とした表情で眺めている中、何かに気付いたらしい西住先輩が小声で私に話し掛けて来た。

 

 

 

「原園さん、ちょっと聞いていいかな…原園さんの大叔母さんって、もしかして?」

 

 

 

さすがは西住先輩、鷹代さんの過去をすぐに察した様だ。

 

そこで、私は正直に答えた。

 

 

 

『はい…鷹代さんは、一昨年の春まで陸上自衛官だったのです。職種は機甲科で、主に北海道や九州の戦車部隊や富士教導団の指揮官をしていて、退官した時は富士学校の校長先生でした…』

 

 

 

すると、今度は秋山先輩が何か思い出したらしく、びっくりした表情で私に話し掛けて来た。

 

 

 

「えっ…まさか!? 原園殿の大叔母様とは、女性で初めて陸上自衛隊唯一の機甲師団である第7師団の師団長を勤められた、原園 鷹代陸将の事でありますか!?」

 

 

 

何と…大叔母さんがかつて所属していた部隊まで知っているとは。

 

さすがは秋山先輩、凄い知識だ。

 

 

 

『秋山先輩…その通りです』

 

 

 

私が観念した口調で返事をすると、感極まった秋山先輩は、突然私に抱き付いて来た。

 

 

 

「嬉しいであります~!! 『陸自のパットン将軍』とも称えられた方のご親戚が、自分の後輩だなんて、最高であります!!」

 

 

 

『あっ…これはどうも…』

 

 

 

この手の免疫が無い私だが、額に汗を掻きながらも何とか秋山先輩へ返事をした。

 

そこへ、鷹代さんが少し不満そうな顔で秋山先輩に話し掛ける。

 

 

 

「私は、パットンじゃなくてロンメル将軍に憧れて機甲科幹部になったのだけどねぇ…あれ? あんたは秋山理髪店のお嬢さんじゃないか? 好子さんは元気かい?」

 

 

 

「あっ…はい」

 

 

 

『大叔母さん、秋山先輩を知っていたの!?』

 

 

 

秋山先輩と鷹代さんの意外な繋がりを知った私が驚いて問い掛けると、鷹代さんは頷きながら答えてくれた。

 

 

 

「私は、いつも秋山理髪店で髪を整えているからね。それで、好子さんから自分の一人娘が相当戦車に詳しいと聞かされていたのだけど、本人には今日初めて会ったよ」

 

 

 

その答えを聞いて、私や西住先輩達以外の戦車道履修者も「ほう」「へぇ~」と納得している。

 

一方、やって来た教官が女性と知らされた、武部先輩は憮然とした表情で「騙された…」とこぼしていたが、それを大叔母さんは聞き逃さなかった。

 

 

 

「あら…誰かと思ったら、武部のお嬢ちゃんじゃないかい?」

 

 

 

すると、武部先輩が鷹代さんの顔を見て驚きながら、こう口に出した。

 

 

 

「あっ…思い出した!! この人、私の幼馴染のお婆ちゃんと友達だったんだ!!」

 

 

 

「「「え~っ!?」」」

 

 

 

かくして、鷹代さんと武部先輩は顔見知りだった事まで判明し、西住先輩達と一緒に私も驚いた。

 

そんな私達の姿を見た鷹代さんは苦笑いを浮かべながら、さっきの武部先輩の発言に関して、こんな事を言い出した。

 

 

 

「そうそう、私もやっと思い出したよ。それで武部ちゃん、まさか戦車道の教官は男だと思っていなかっただろうね? 乙女の嗜みである戦車道の指導者は、大抵女性だよ」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

戦車道に関心を持っている人なら知っている常識を初めて知らされた武部先輩は愕然となったが、隣にいる五十鈴先輩から「でも、教官も原園さんの大叔母様も素敵そうな方ですよね」と慰められていた。

 

但し、秋山先輩は「先程の会話を聞いていなければ、その通りでありますね…」と、小声で率直な感想を述べて、それを聞いた西住先輩も「あはは…」と微笑みながら冷や汗を掻いていたが。

 

そんな中、皆の前に立った鷹代さんが本人に代わって、蝶野教官の紹介を始めた。

 

 

 

「せっかくだから、私が彼女を紹介しよう…特別講師の富士教導団・機甲教導連隊所属の蝶野 亜美一等陸尉だ。さっきも見たと思うが、私が富士学校で指導した教え子の中では一番破天荒な奴でな…しかし、戦車道と戦車の扱いにかけては日本でも屈指の腕前を持っているから、戦車道と戦車の事なら何でも聞いてみなさい」

 

 

 

続いて、鷹代さんから「戦車道と戦車の扱いにかけては日本でも屈指の腕前」と褒められて、元気を取り戻した蝶野教官が、皆へ声を掛けた。

 

 

 

「今、原園元陸将から紹介に預かりました、蝶野 亜美です。皆よろしくね!! 戦車道は初めての人が多いと聞いていますが、一緒に頑張りましょう…」

 

 

 

だがこの時、履修者の中に西住先輩がいる事に気付いた蝶野教官は、急に西住先輩へ話し掛けて来る。

 

それは、私が内心恐れていた事態だった。

 

 

 

「…あれ? 西住師範のお嬢様じゃありません? 師範にはお世話になってるんです。お姉様もお元気?」

 

 

 

「ああっ…はい」

 

 

 

蝶野教官が西住先輩の実家について、無神経に話し掛けて来たので、西住先輩は困惑した表情でようやく答える。

 

すると、その話を聞いた皆が口々に西住先輩の事を詮索し始めたのだ。

 

 

 

「西住師範って…?」

 

 

 

「有名なの?」

 

 

 

ちょっと皆、西住先輩が嫌がっているでしょ、止めようよ…と、私が声を掛けようとした時、追い討ちを掛ける様に蝶野教官が喋り出した。

 

 

 

「西住流って言うのはね…」

 

 

 

『あのっ…』

 

 

 

半ば強引に、西住先輩が知られたくない事柄を喋ろうとする蝶野教官を見て、思わず私が話を遮ろうとした、次の瞬間。

 

恐い顔になった鷹代さんが、西住先輩と私達の目の前で蝶野一尉にヘッドロックを極めると、そのまま戦車格納庫の扉の前で後ろを向いたまま、蝶野一尉をしばらくの間、動けなくしてしまった……

 

 

 

 

 

 

実は、この時。

 

原園 鷹代は、ヘッドロックを極めたままの蝶野にだけ聞こえる小声で、彼女を叱っていた。

 

 

 

「蝶野…貴様も戦車道連盟の公認審判員だろ。去年の戦車道高校生大会決勝の後、みほちゃんに何があったのか、忘れたのか?」

 

 

 

「えっ…えっ~と」

 

 

 

「あの時、みほちゃんがどんなに辛い目にあったか、知らない訳じゃないだろ!? 以後、本件については別命あるまで口外を禁止する、分かったな?」

 

 

 

「あっ…はい」

 

 

 

但し、この2人の会話は小声だったので、他に内容を聞いた者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

そして、鷹代さんと蝶野教官は、先程の一件を忘れたかの様に履修生達の方へ向き直ると、鷹代さんが問答無用と言う表情で皆に通告した。

 

 

 

「ああ諸君。今、蝶野教官が話された西住さんの件は個人情報に当たるので、一切忘れる事。尚、本件に関しては質問も口外も禁ずる。これ以外で何か質問は?」

 

 

 

その通告を聞いて、私は内心ホッとした。

 

大叔母さんは、西住先輩を守ろうとしているんだ……

 

そして西住先輩は、毅然とした表情で通告とした鷹代さんへ微笑むと、鷹代さんも西住先輩に向けてほんの僅かだけ口元を緩めていた。

 

一方、他の皆は鷹代さんによる有無を言わせない通告に唖然としていたが、その空気を変えようと思ったのか、通告を聞いてホッと胸を撫で下ろしていた武部先輩が手を挙げて、蝶野教官へ質問する。

 

 

 

「あの教官!教官はやっぱり、モテるんですか?」

 

 

 

「え? うーん…モテるというより、狙った的を外したことはないわ!! 撃破率は120%よ!!」

 

 

 

武部先輩…戦車道の教官相手に恋バナを振るのですか?

 

よっぽど恋愛に飢えているのかなぁ…と私が思っていたら、突然鷹代さんがこんな事を言い出した。

 

 

 

「あ~諸君。今の蝶野教官の回答だがな…先輩から補足すると、実は『過去12人の男性に告白して、全員に振られた』と言う意味だ」

 

 

 

「閣下ぁ~!!」

 

 

 

武部先輩からの質問に回答したせいで、自らの過去をバラされた蝶野教官は悲鳴を挙げたが、鷹代さんは「蝶野、本当の事だろうが。誤魔化すな…」と逆にツッコむと、更に追い討ちを掛ける様なエピソードを語り出した。

 

 

 

「…あと、貴様が北千歳の第71戦車連隊で戦車小隊長を勤めていた時、同僚の彼氏に手を出そうとしたのがバレて、官舎でその同僚と修羅場になっとったなぁ。今でも連隊の間では有名な話だぞ」

 

 

 

「閣下、止めて下さぁい~!!」

 

 

 

正直シャレにならない失態談までバラされた蝶野教官は、目の幅涙を流しながら鷹代さんに縋り付いていた。

 

 

 

「「「「「「あ…」」」」」」

 

 

 

自分の質問が原因で、教官のとんでもないエピソードを知ってしまった武部先輩以下、話を聞かされた皆は笑うに笑えない表情で蝶野教官と鷹代さんを眺めている。

 

中には、蝶野教官を哀れむ様な表情で見ている娘達もいた。

 

そんな中、ようやく正気を取り戻した秋山先輩が手を挙げて質問する。

 

 

 

「教官…!! 本日はどの様な練習を行うのでしょうか?」

 

 

 

だが、蝶野教官はまだ懲りていないのか、まさかの回答を寄越して来た。

 

 

 

「そうね、本格戦闘の練習試合、早速やってみましょう」

 

 

 

ちょっと待って…まさか、素人揃いの娘達にいきなり戦車戦の練習やらせるの!?

 

経験者である私や西住先輩だけでなく、皆も驚いてざわつく中、小山先輩が心配そうな表情で蝶野教官に問い掛けた。

 

 

 

「えっ!? あの、いきなりですか!?」

 

 

 

すると、蝶野教官は……

 

 

 

「大丈夫よ、何事も実戦、実戦!! 戦車なんてバーッと動かしてダーッと操作してドーンと撃てば良いんだから!!」

 

 

 

このぶっ飛んだ回答を聞かされた私は、開いた口が塞がらなかった。

 

少なくとも戦車と言う乗り物は、ゲームみたいに簡単に動かせる代物ではないからだ。

 

この人、本当に戦車道の教官なのだろうか…?

 

他の皆も、私と同じ思いなのだろうか、蝶野教官を見詰めながら呆然と突っ立っている。

 

だが…次の瞬間、話を聞いていた鷹代さんが蝶野教官の右肩を摑むと、再び恐い顔で説教を始めた。

 

 

 

「おい蝶野…今日初めて戦車に乗る娘達にいきなり練習試合だと!? サバゲーじゃないんだぞ、何を考えとるんだ貴様!?」

 

 

 

「えっ!?…でも」

 

 

 

またしても鷹代さんに詰め寄られた蝶野教官が困惑していた、その時。

 

 

 

「あの…鷹代さん。今日の教官は鷹代さんではなくて、蝶野一尉ですから…」

 

 

 

思わぬタイミングで、教官に助け舟を出す人が現れた。

 

昨日から母さんと入れ替わりでこの学園艦にやって来ていた、母さんの秘書の淀川 清恵さんだ。

 

 

 

「あら、誰かと思ったら清恵さんじゃないかい? 確か明美さんは一昨日の朝、ヘリコプターでここから陸へ帰って行ったわね」

 

 

 

「はい、明美さんはみなかみ町の会社の仕事が多忙なので、昨日から私が代理でこちらへ伺っています。工場長の刈谷さんも一緒です」

 

 

 

「なるほど。確かに清恵さんの言う通り、今日の教官は蝶野だったな…」

 

 

 

淀川さんから話を聞いた鷹代さんは、納得して小さく頷くと、蝶野教官に向き直ってから頭を下げて謝った。

 

 

 

「蝶野、済まなかった。予定をちゃんと組んでいるなら、その通りにやってくれ」

 

 

 

「いえ、閣下…」

 

 

 

「いや、もう退官したから閣下と言わんで言い。せめて先輩と呼んでくれ」

 

 

 

「あっ…はい、原園先輩」

 

 

 

そして、ようやく落ち着きを取り戻した蝶野教官は、地図を皆に見せるとやっと練習開始の指示を出した…が。

 

 

 

「それじゃ、それぞれのスタート地点に向かって…じゃなくて、まずは戦車の基本的な乗り方を教えるから、それぞれの戦車の前に向かってね…ですよね、原園先輩?」

 

 

 

と言う訳で、またしても鷹代さんを怒らせそうな指示を出しそうになった蝶野教官から話を振られた鷹代さんは、困った顔で呟いた。

 

 

 

「やれやれ、しょうがないな…それじゃあ嵐ちゃん達、ここは皆の手本として、戦車の乗り方を見せてやってはくれまいか?」

 

 

 

「「「『あ…はい』」」」

 

 

 

いきなり、鷹代さんから戦車の乗り方の実演を頼まれた私達、群馬みなかみタンカーズの元メンバーは一瞬当惑した。

 

けれど、言われてみればこの中で戦車に乗った経験がある娘達は、私達4人と西住先輩しかいない。

 

そして西住先輩はまだ、あの去年の大会決勝戦の時に負った心の傷から完全に立ち直っていないであろう事は、先程の蝶野教官との遣り取りで容易に想像できた。

 

なら、私達4人がやるしかない。

 

 

 

『瑞希、菫、舞…M4シャーマンに乗るのは今日が初めてだけど、一緒にやろう。まずは私達経験者がお手本を見せて、皆に分かりやすい様に戦車の乗り方を見せてあげようよ』

 

 

 

「「「うん!!」」」

 

 

 

私の指示に、瑞希達が明るい表情で答えてくれるのを確かめてから、私は一瞬だけ西住先輩の方へ視線を向けると、西住先輩と目が合った。

 

その時、先輩は薄っすらと微笑を浮かべながら小さく頷いてくれた……

 

よしっ、今から先輩達の前でしっかり実演するぞ!!

 

 

 

そして私達、群馬みなかみタンカーズの元メンバー4人で編成された“Fチーム”は、成り行きで自分達に割り当てられたM4A3E8中戦車へ乗り込む準備を始める。

 

こうして、ようやく大洗女子学園で復活した戦車道最初の練習がスタートしたのだった。

 

 

 

(第13話、終わり)

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第13話をお送りしました。
ここからは、いつもより長い後書きになります。

実は今回、渾身のネタ回だったりします。
だって蝶野一尉が初登場時にやらかした事って、所属の違う空自の輸送機を勝手に持ち出すわ、周囲への危険を顧みず10式戦車を空中投下するわ、オマケに一般人の車を潰すわと、本来ならどれか一つでも懲戒免職確実の所業なんだもの、やだもー(笑)。
と言う訳で「これは本来、誰かが叱らないと駄目だよね」と、原作を見た時から思っていたので、この為に鷹代さんのキャラを作った様なものです。
元上官で、かつて自分の教官でもあった人から叱られないと、蝶野さんも反省しないだろうし(爆)。
と言う訳で、前回「鷹代さんはかつて北海道で仕事をしていた」と書いたのは、このフラグでした。

さて、今回その経歴が明かされた鷹代さんですが、彼女のモデルは艦これではなく、アニメ版「戦闘妖精雪風」のリディア・クーリィ准将です。
その理由はですね…アニメ版雪風のプロデューサーの1人に、ガルパンの某シャーマン大好きなプロデューサーさんがいるからです(実話)。
なお、鷹代さんと秋山殿のお母様(但し秋山殿本人と会うのはこれが初めて)、そして武部殿が顔見知りだった事が明かされましたが、特に後者に関しては当然「あの娘」と「おばあ」との関係も今後語られますので、ご期待下さい。

ちなみに、ここで鷹代さんが所属していた部隊について紹介して置きます。

第7師団:陸上自衛隊唯一の「機甲師団」。
司令部は北海道千歳市の東千歳駐屯地にある。
ざっくり言うと第71、72、73の3個戦車連隊と第11普通科(=歩兵)連隊、第7特科(=砲兵)連隊が戦力の中核で、一時はこの師団だけで300両近い戦車が配備されていた程、陸自の戦車の多くが集中配備されている。
ちなみに以前、西住殿と秋山殿の中の人がファンの方々と一緒に北海道イベントツアーを行った際、戦車試乗をやった部隊がここです。

富士学校:富士教導団の上部組織で、陸自の普通科(=歩兵)・特科(=砲兵)・機甲科(陸自では戦車乗員だけでなく偵察隊員も含む)の幹部(=将校)は、ここで一度は教育を受けると言う重要な場所。
所在地は、静岡県駿東郡小山町の富士駐屯地内。
鷹代さんは退官時、ここの校長だった。
ちなみに富士教導団は、富士学校にやって来た幹部学生への戦闘訓練支援が主な任務で、富士総合火力演習はその訓練支援の一環として行われる行事。
鷹代さんは実戦部隊だけでなく、富士教導団で教官として勤めていた経験も長いです。
更に富士教導団長を勤めていた事もあり、この頃に幹部学生(鷹代さんは「幹部初級課程」と言っているが、要は戦車小隊長になる為の教育を受ける学生の事)だった蝶野さんと知り合っている様です。
なお、富士学校の校長は方面総監(陸自に5つしかない「方面隊」の司令官に当たる役職)と同格とされており、師団長もしくはそれに相当する要職を勤めた陸将が任命される役職なので、この役職を勤めた鷹代さんは陸自でもかなり偉い人だったのです。
陸自でこれより上の人は、恐らく陸上幕僚長(一般的な軍隊で言う参謀総長)や陸上総隊司令官クラス位だと思います。

最後にもう一つ。
蝶野一尉の所属部隊が原作の「戦車教導隊」から「機甲教導連隊」に変わっていますが、実は富士教導団の戦車教導隊は2019年3月までに富士駐屯地から駒門駐屯地へ移駐の上、偵察教導隊(富士駐屯地)及び第1機甲教育隊(駒門駐屯地)と統合し、機甲教導連隊として再編成される予定の為、それに合わせて部隊名を変更しております。
ちょっとしたこだわりですが、ご了承ください。

それでは長くなりましたが、次回をお楽しみに。



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第14話「初めての練習試合です!!」


お待たせしました。
遂に練習試合の開始です…ここまで、本当に長かった。
それでは、どうぞ。



 

 

私達大洗女子学園・戦車道チームは、陸上自衛隊・富士教導団機甲教導連隊から教官を招いて、この学園で復活した戦車道最初の練習に臨もうとしていた。

 

すると、教官の蝶野 亜美一等陸尉が、私の大叔母で陸自の元・陸将だった原園 鷹代さんの教え子兼部下だった事が判明。

 

しかも鷹代さんから、蝶野教官が実は破天荒かつアバウトな性格であり、しかも過去にあったシャレにならないエピソードまで披露されたので、私達履修生は笑うに笑えなかった。

 

 

 

しかし、とにかく蝶野教官の指示と教官のアバウトさに呆れた鷹代さんからの助言で、まずは戦車道の経験者である私達、群馬みなかみタンカーズの元メンバー4人で編成された“Fチーム”が、私の母によって学園へ無償リースされたM4A3E8中戦車“シャーマン・イージーエイト”に乗り込むと、短時間ながら基本的な戦車の動かし方を他の履修生達の前で実演して見せた。

 

それと同時進行で、蝶野教官と鷹代さんが戦車の動かし方や乗員のポジションとその役割、基本的な戦車関連の用語説明を行い、履修生達がスムーズに戦車に乗れる様に準備を整えた。

 

こうして、操縦の実演を終えた私達Fチーム以外の各チームもそれぞれの戦車に乗り込み、試行錯誤しながら運転を始めると、今度は蝶野教官の指示でいきなりの練習試合に臨むべくレンガ造りの戦車格納庫を離れて、各チーム毎に指示された演習場内にあるスタート地点へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

それから約30分後。

 

私達FチームはM4A3E8中戦車で、山道を歩く様な速度で進んでいた。

 

その前方では、私達より先に戦車格納庫から出発した各チームの戦車5輌も、これから始まる練習試合のスタート地点を目指して前進している筈だ。

 

本来なら、ラリーカーも自在に操る事が出来る菫の運転技術であれば、より速いペースで進む事も出来るが、これから最初の練習…否、いきなりの練習試合を経験する仲間達の事を考えると自分達だけ飛ばして行く訳にも行かない。

 

なので、戦車長の私は他のチームがそれぞれのスタート地点に着くまでの時間を考えて、ごくゆっくりしたペースで進んでいた。

 

もちろん、ゆっくり進む事で練習試合を行う演習場の地形をじっくり確認すると言う理由もあるけれど。

 

そう思いながら、ふと車長用ハッチから周囲を見渡すと、山道の両側には様々な木々が生い茂っており、途中で見た川の水は水量も多く、水面からは魚が泳いでいる姿を見る事が出来る位に綺麗だった。

 

この分だと、林の中にも色々な動物が生息している事だろう。

 

 

 

「ねえ、嵐ちゃん。こうして見ると、ここが船の上だって信じられないね」

 

 

 

私が立っている車長用キューポラの左隣にある装填手用ハッチから、外の光景を眺めている舞が、嬉しそうな表情を浮かべながら話し掛けて来た。

 

 

 

「ホント、ペリスコープで覗いているけれど、ここがみなかみ町の山中だって言われても本気で信じちゃうわね」

 

 

 

砲手席で、照準器とは別に設置されている専用のペリスコープで覗き込んだ学園艦の自然に感心しているのは、瑞希だ。

 

 

 

「うん、本当だね」

 

 

 

車体左側にある操縦手用ハッチから顔を出しながら操縦している菫も明るい声で答える。

 

菫は正面を向いたままなので表情は見えないが、彼女も自然が好きだから、きっと笑顔を浮かべているだろう。

 

 

 

『そうだね…』

 

 

 

山育ちの私達から見ても、ここが海に浮かぶ巨大な学園艦の甲板上だと言う事を忘れさせてしまう程、周囲の自然は豊かだった。

 

これから戦車道の練習試合が無いのなら、途中下車してピクニックしたいのにな……

 

 

 

 

 

 

同じ頃。

 

学園の戦車格納庫の一角にある展望塔では、教官の蝶野 亜美一等陸尉と成り行き上、彼女のお目付け役になった原園 鷹代が格納庫から出発した6輌の戦車の様子を確認していた。

 

その展望塔の下では、原園車両整備の社長秘書であり、社長である原園 明美の代理として昨日から学園に来ている淀川 清恵が、新たに戦車道履修を希望して授業見学に来た農業科1年の長沢 良恵や名取 佐智子と楽し気に会話している。

 

そして戦車格納庫正面では、学園の戦車のレストアを担当した自動車部のメンバーが、清恵と共にM4A3E8を運んできた、工場長の刈谷 藤兵衛や整備課主任の張本 夕子達、原園車両整備のスタッフと戦車やモータースポーツの話題で盛り上がっていた。

 

 

 

そんな中、大洗女子学園戦車道チーム各車の様子を確認していた蝶野一尉が、無線機から元気な声で各チームへ呼びかける。

 

 

 

「皆、スタート地点に着いた様ね」

 

 

 

その声を聞いた鷹代が自分に向かって小さく頷くのを確かめた蝶野一尉は、これから始まる練習試合のルール説明を行った。

 

 

 

「ルールは簡単、全ての車輌を動けなくするだけ。つまり、ガンガン前進してバンバン撃って、やっつければ良い訳。分かった?」

 

 

 

その説明を聞いた鷹代は、呆れた表情で「余りにざっくり過ぎないか?」と小さく呟いたが、蝶野一尉の耳には届かなかった様だ。

 

すると、蝶野一尉はそれまでのざっくばらんな表情を一変させて、真面目な顔になると戦車道の試合前には欠かせない一言を語った。

 

 

 

「戦車道は礼に始まって、礼に終わるの…一同、礼!!」

 

 

 

それを聞いた鷹代は、心の中で「これだけは正しい」と思いながら、これから始まる試合会場の方角へ向けて、深々と頭を下げる。

 

その様子は、展望塔の下にいる人々にもスピーカーで伝わっており、彼等も蝶野教官の言葉を聞くと、直立不動の姿勢で一斉に頭を下げた。

 

そして、各戦車の無線機に蝶野教官からの指示が響く。

 

 

 

「それでは、試合開始!!」

 

 

 

大洗女子学園戦車道チーム、初の実戦練習のスタートである。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、嵐…まず、誰と戦う?」

 

 

 

突然、瑞希が私に話し掛けて来たのは、私達がスタート地点に着いた後、無線で蝶野教官から試合開始の合図を聞いた直後だった。

 

 

 

『どうしたの、ののっち?』

 

 

 

「いやね…試合をやるなら、ぜひ西住先輩と戦いたいな、って」

 

 

 

すると、その会話を聞いていた菫が「あっ、私も同じ事を思ってた!!」と口走り、私の傍らで砲弾のチェックをしていた舞までが「私も!!」と同調して来たので、私は焦った。

 

 

 

『ちょっと皆…西住先輩、戦車長やらないって言っていたわよ?』

 

 

 

私は戦車格納庫を出発する前、Aチームがポジション分けを決める光景を見ていた。

 

その場で、西住先輩が秋山先輩から戦車長をやって欲しいと頼まれた瞬間「はあっ…無理無理!!」と断っていた姿を思い浮かべながら、私は瑞希達へ反論したが、瑞希は何時もの様に落ち着いた口調で答えた。

 

 

 

「ああ、それは私も見てたわ…でも西住先輩って、仲間がピンチになった時は見過ごせない性格みたいだから、途中から戦車長やるかもよ?」

 

 

 

『それは…』

 

 

 

瑞希からの的確な指摘に、私は言葉を失う。

 

確かに西住先輩は去年、当時の母校の10連覇よりも生命の危機にさらされた仲間の命を優先した人なのだ。

 

すると、その会話を聞いた菫と舞も瑞希の考えに同調する。

 

 

 

「私もそう思う、試合中誰かにAチームのⅣ号を撃破されたら勿体無いよ」

 

 

 

「そうだよ、私達も西住先輩が友達の為に『戦車道、やります!!』って言ったの聞いていたもん、必ず友達の為に戦車長やるよ、きっと!!」

 

 

 

その時、ある事実に気付いた私は、少し恨めしそうな口調で仲間達にツッコんだ。

 

 

 

『アンタ達…やっぱり母さんと一緒に、あの生徒会長室での会話を盗み聞きしていたのね?』

 

 

 

すると瑞希が「いやぁ…それはさて措き」と言葉を挟むと、気になる事を私に告げた。

 

 

 

「私ね、さっき戦車格納庫で妙な会話を聞いちゃったから…」

 

 

 

その次の瞬間だった。

 

少し離れた場所から「ドーン」と言う音が響いて来た。

 

恐らく、戦車砲の砲撃音だ。

 

その時、瑞希が緊張した表情で口走った。

 

 

 

「あの方角は…やっぱり!!」

 

 

 

砲撃音がした方角は、確かBチームの八九式中戦車甲型とAチームのⅣ号戦車D型がいる辺りだ。

 

そう直感した私は、瑞希の緊張を解く様に、落ち着いた口調で問い掛ける。

 

 

 

『どうしたの、ののっち?』

 

 

 

「それより、まずは砲撃があった方角へ向かって…訳はすぐ話すから!!」

 

 

 

いつも冷静な瑞希にしては、珍しく叫んでいたので、私は直ちに菫へ前進を命じると、瑞希は深呼吸をしてからようやく説明を始めた。

 

 

 

「実は出発前、戦車格納庫でバレー部の磯辺キャプテンとCチームのロンメル将軍のコスプレをした人がヒソヒソ話をしているのを聞いたの…あのBとCチーム、自分達のスタート地点近くにいる西住先輩達Aチームを真っ先に叩くって言ってたわ」

 

 

 

「それ、もしかして秘密協定?」

 

 

 

『もしかしなくてもその通りね』

 

 

 

私の傍で話を聞いている舞が問い掛けて来たので、私も即座に舞の疑問を肯定すると、瑞希がニヤリと笑いながら話し掛けて来る。

 

 

 

「どうする嵐? 下手すると、愛しの西住先輩を誰かに獲られちゃうわよ?」

 

 

 

「うわ~っ、それってまさかの略奪愛?」

 

 

 

瑞希だけでなく、私の隣にいる舞も誤解を招きかねない発言をしたので、私は照れ隠しも兼ねて、皆にこう指示した。

 

 

 

『ちょっと2人共…でも、そう言う事なら黙っている訳には行かないわね。なら、前進を続けるわ』

 

 

 

すると、今度は菫がおどけた口調でこう返事する。

 

 

 

「了解、これから本車は西住先輩を守る姫騎士・原園 嵐の戦車として前進します!!」

 

 

 

『ちょっと菫まで…誤解しないでよ~』

 

 

 

「いや、こればっかりは()()()()()()()()でしょ♪」

 

 

 

『もう…』

 

 

 

菫までが誤解を招きかねない事を言い出したので窘めた私だが、瑞希から頓智の効いた冗談を言われて、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

まあ、ヒロインを守るヒーローの気分って、大抵こんな感じなんだろうね。

 

だとしたら…今、私の心に湧き上がっている高揚感は、決して悪い気分じゃない。

 

さあ、今から西住先輩達を助けに行くぞ!!

 

 

 

 

 

 

砲声の聞こえた方向を目指して林の中を急行すると、突然前方の視界が開けて来る。

 

そこで私は、前方視界を確保しつつ、相手チームに見つからない様に車体を林の傍へ寄せてから、前方を確認した。

 

その先に、古そうな吊り橋が掛かった小さな谷がある。

 

その吊り橋には西住先輩達Aチームが乗車するⅣ号戦車D型が停車していた。

 

だが、様子がおかしい。

 

ここからでは詳しく分からないが、どうも真っすぐ走れず、少し斜めになって停まっている様だ。

 

もしかしたら、操縦ミスで吊り橋のワイヤーに接触し、ワイヤーを切ってしまったのかも知れない。

 

「これは危ない」と思った次の瞬間、これまでよりも更に大きい砲撃音が響く。

 

スタート地点を出発してからずっと、砲塔上の車長用キューポラから顔を出していた私は、咄嗟に双眼鏡で前方を再確認した。

 

すると、Ⅳ号戦車D型のいる吊り橋の手前には、CチームのⅢ号突撃砲F型とバレー部が駆るBチームの八九式中戦車甲型がⅣ号を狙っており、Ⅲ突の48口径75㎜砲の砲口からは発砲煙が薄っすらと上がっていた。

 

更に、双眼鏡でよく見るとⅣ号の車体後部には命中弾が突き刺さっている。

 

恐らく、これがCチームの撃った弾なのだろう。

 

Ⅳ号からは白旗が上がっていないので、Ⅳ号の後部装甲が薄すぎたのか、それともⅢ突がタングステン弾芯を用いて装甲貫徹力を高めた40式徹甲弾をそうとは知らずに撃った為なのかは分からないが、戦車に装備されている判定装置が「砲弾は命中したが大きな被害を与えずにⅣ号の車体の反対側まで突き抜けてしまった」と判断して、撃破判定に至らなかったのだろう。

 

それでも、西住先輩達Aチームにとっては危険な状況だ。

 

このままでは、Cチームに撃破される前に吊り橋から転落してしまう恐れさえある。

 

 

 

状況を把握した私はその時、去年の第62回戦車道全国高校生大会決勝戦を現地で観戦している時に起きた、黒森峰女学園のⅢ号戦車J型の転落事故を思い出した。

 

そして、今危険な状況に陥っているかも知れない相手を攻撃した歴女達Cチームに対して、怒りが込み上げて来た。

 

 

 

『吊り橋から落ちたら危ないのに、そこを狙い撃つなんて…許せない!!』

 

 

 

私は小声で呟いた後、キューポラのハッチを閉じて車内へ入ってから、鋭い口調で皆に指示を出す。

 

 

 

『全員戦闘準備。まずは前方のCチームのⅢ突を仕留めるよ』

 

 

 

指示を受けた皆は、直ちにそれぞれの持ち場で戦闘準備に入った。

 

菫は操縦席のレバーや計器をチェックし、舞は徹甲弾の場所を確かめる。

 

そして瑞希は、主砲照準器を覗き込んで射撃距離を確認する…だが、その時。

 

吊り橋で停車していたⅣ号戦車D型が、突然動き出した。

 

その瞬間、私は大声で先の指示を撤回する。

 

 

 

『瑞希、砲撃待て』

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

砲撃を待つ様に指示されたので驚いている瑞希に対して、私は理由を説明する。

 

 

 

『Aチームが動き出した。先輩達はやる気みたいだよ…様子を見る』

 

 

 

「ここで助けなくていいの?」

 

 

 

その会話を聞いた舞が、心配そうな表情で問い掛けて来たので、私は落ち着いた声でその理由を答える。

 

 

 

『今、手を出したら練習にならなくなっちゃうからね』

 

 

 

「「なるほど」」

 

 

 

瑞希と舞が納得した表情で呟いたのを聞いた私は、舞に「一緒に外の監視をお願い」と頼んでから、再び車長用キューポラのハッチを開けて車外へ顔を出す。

 

そして、装填手用のハッチから顔を出した舞と一緒に、Ⅳ号とその周囲の様子を監視する事にした。

 

すると、双眼鏡で周囲を眺めていた舞が前方を指差しながら私に報告する。

 

 

 

「嵐ちゃん、生徒会の38(t)と澤さん達のM3リーが橋の向こう側からやって来たよ」

 

 

 

『うん』

 

 

 

私も舞の報告を受けて双眼鏡で吊り橋の向こう側を眺めると、2輌の戦車がやって来るのが確認出来た。

 

これで、Aチームは吊り橋を挟んで包囲された事になる…気を付けないといけないな。

 

その時、砲手席で主砲照準器とは別にある砲手用ペリスコープからAチームの戦いぶりを覗いていた瑞希が、いつもの冷静さを取り戻した口調で、私に問い掛ける。

 

 

 

「それより嵐、Ⅳ号D型の短砲身75㎜砲の徹甲弾じゃあ、Ⅲ突F型の正面装甲に当てても抜けないんじゃない?」

 

 

 

つまり瑞希は、CチームのⅢ号突撃砲F型は正面装甲厚が最大80㎜あるのに対して、AチームのⅣ号戦車D型が持つ24口径75㎜戦車砲の徹甲弾では、射程距離100mから撃っても41㎜の装甲板しか貫通出来ないから、仮にAチームが撃ってもCチームのⅢ突F型を撃破する事は出来ないと指摘しているのだ。

 

だが、その事は私も熟知しているので、すぐ自分が考えていた作戦を瑞希に告げる事にした。

 

 

 

『ののっち、それ知ってた。だからもしⅣ号がⅢ突に命中弾を出したら、そのタイミングでⅢ突のお尻に一発当ててくれる?』

 

 

 

「そう言う事か…じゃあ、やってみますか♪」

 

 

 

私の作戦を聞いた瑞希は、ニヤリと笑みを浮かべながら、再び主砲照準器に目線を移した。

 

そして、外を監視していた舞が徹甲弾を装填する為に車内へ素早く戻って行く。

 

西住先輩達、AチームのⅣ号戦車D型が吊り橋からCチームのⅢ号突撃砲F型目掛けて初弾を発射したのは、それから10秒ほど後の事である。

 

 

 

 

 

 

吊り橋の上で包囲され、ピンチに陥ったものの、逃走劇の途中で偶然加わった冷泉 麻子の操縦で再び走り出し、首尾よくCチームのⅢ号突撃砲F型の正面装甲に命中弾を与えたAチームだったが…Ⅲ突から撃破を示す白旗は上がらなかった。

 

 

 

「あ…」

 

 

 

この時点で、装填手兼戦車長代理としてAチームを纏めていた西住 みほは「しまった」と言う表情を浮かべている。

 

次の瞬間、みほが犯した失敗に逸早く気付いた秋山 優花里が、愕然とした表情で口走った。

 

 

 

「しまった…Ⅳ号D型の徹甲弾では、至近距離から撃ってもⅢ突の正面装甲は貫通しません!!」

 

 

 

「「え~っ!?」」

 

 

 

Ⅳ号戦車D型の24口径75㎜戦車砲でⅢ号突撃砲F型と正面から戦うのは「無理ゲー」だったと知らされて、慌てる沙織と華。

 

一方、この試合の途中からこの戦車に乗り込んで、操縦手まで買って出た麻子に至っては、眠そうな表情を浮かべて「やれやれ…」とボヤいている。

 

だが、Aチーム全員が絶望に突き落とされた、正にその時。

 

突然、CチームのⅢ突F型の後方から爆発音がしたかと思うと、エンジン室付近から煙が上がると同時に、白旗が上がった。

 

 

 

「えっ…やっつけたの?」

 

 

 

車長席で驚く沙織だが、みほは明らかに自分達とは異なる方角からの攻撃を見て、当惑していた。

 

 

 

「今の砲撃は…?」

 

 

 

他の3人もみほと同様、絶体絶命の危機から突然救われた事を不思議に思っていた。

 

その時、撃破されて白旗を上げたⅢ突の後方から、FチームのM4A3E8が現れると、その車長用ハッチから身を乗り出していた原園 嵐が、元気一杯の声でみほに向かって呼び掛けて来た。

 

 

 

 

 

 

『西住先輩、助けに来ました!!』

 

 

 

 

 

 

私は、西住先輩へ向かって笑顔を浮かべながら大声で呼び掛けた。

 

AチームのⅣ号戦車D型の主砲用徹甲弾では、Ⅲ突を正面から撃破出来ない事を知っていた私は、Ⅳ号がⅢ突に命中弾を与えた瞬間を狙って、後方からⅢ突を砲撃したのだ。

 

みなかみタンカーズ時代から凄腕の砲手として、関東だけでなく東日本で戦車道を修めている小・中学生や指導者の間でもその名を知られていた瑞希は、私の指示を完璧に理解しており、西住先輩がⅢ突に砲撃を加えた次の瞬間、冷静にⅢ突の後部を撃ち抜いて見せた。

 

 

 

「原園さん!?」

 

 

 

『吊り橋から戦車ごと落ちそうに見えたので、助太刀する事にしました…次は八九式、今度は私達が囮になりますから、諦めずにしっかり狙って下さい!!』

 

 

 

「ありがとう!!」

 

 

 

私達の出現に驚いている西住先輩に、今度は一緒にBチームの八九式と戦おうと告げると、先輩は笑顔を浮かべて手を振ってから、砲塔キューポラのハッチを閉めて車内へ戻った。

 

多分、先輩は私達Fチームと共闘する事になった事実を秋山先輩達に伝えるのだろう。

 

 

 

 

 

 

一方、Bチームを率いるバレー部キャプテンの磯辺 典子は、共闘していた歴女達Cチームを撃破した相手が原園達Fチームだと知って、驚愕の叫び声を上げた。

 

 

 

「ああっ…原園達だぁ!!」

 

 

 

そもそも単独では勝ち目が薄いと見て、Cチームと秘密協定を結んでまで戦車道経験者である西住 みほのいるAチームを真っ先に撃破しようとしたBチームだったが、今や形勢逆転である。

 

Aチームを撃破し損ねただけでなく、後輩とは言え全員が戦車道の経験者であるFチームが現れてCチームを撃破された以上、単独で2チーム相手に勝てる自信は無いが、こうなったら応戦する他、打つ手は無い。

 

覚悟を決めた磯辺は、相手戦車の姿を確かめながら、バレー部員達に指示を出す。

 

 

 

「来てる来てる…フォーメーションB!!」

 

 

 

だが、その時。

 

チームの砲手である佐々木 あけびが、困り顔で磯辺に指示を仰いで来た。

 

 

 

「あのキャプテン、どっちを狙います?」

 

 

 

「えっと…」

 

 

 

Ⅳ号戦車D型と目の前に現れたM4A3E8のどれを狙うべきかとのあけびからの問い掛けに対して、咄嗟に判断を下せない磯辺。

 

だが、迷っていた一瞬の内に、FチームのM4A3E8が主砲を自分達に向けて来た。

 

その姿を見た磯辺が叫ぶ。

 

 

 

「よしっ、原園達のM4に向かって撃て!!」

 

 

 

「はいっ!!」

 

 

 

意を決した磯辺の指示で、八九式の57㎜砲を放つあけび。

 

その砲弾は、戦車道の初心者とは思えない正確さで、FチームのM4A3E8の砲塔正面に命中し…そして、呆気無く弾かれた。

 

もちろん、M4A3E8からは白旗が上がる気配すらない。

 

 

 

「「「「あれ…?」」」」

 

 

 

確かに命中した筈なのに、相手が撃破されていない事を不思議に思う、バレー部の面々。

 

実は、八九式の短砲身57㎜砲は、戦車はおろか下手をすると装甲車の正面装甲さえ貫通出来ない程、非常に威力が低いのだが、そんな事を戦車道初心者であるバレー部員達が知る筈がない。

 

ましてや、嵐がその事実を知った上で、先程CチームのⅢ号突撃砲に命中弾を与えながらも撃破出来なかったみほ達Aチームに自信を取り戻してもらう為に、自ら囮役を買って出た事など分かる筈もなかった。

 

その次の瞬間、みほ達AチームのⅣ号戦車D型から発射された75㎜砲弾が、装甲の薄い八九式中戦車甲型の正面に命中。

 

そして今度は、Bチームの八九式から白旗が上がり、AチームはFチームのアシストで初撃破を果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

一方、撃破された八九式の車内では……

 

磯辺キャプテンが、自分達の敗因をバレーの攻撃戦術に喩えて、こう呟いていた。

 

 

 

 

 

 

「時間差攻撃をマトモに喰らった~」

 

 

 

 

 

 

(第14話、終わり)

 

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第14話をお送りしました。

前書きでも触れましたが、執筆開始から1年以上経ってようやく最初の練習試合の所までこぎ着けました。
いやもう、勤め人なのでこの小説を書くのが大変だの何のって…でも慣れては来たので亀の如く続けたいと思いますが、果たして完結できるかねぇ(オイ)。

そして、今回もちょっと長い後書きです。
今回の話を書く上で拘ったのは、やはり原作第3話における「Ⅲ号突撃砲F型による背後からの砲撃に耐えるⅣ号戦車D型」と「反撃してⅢ突F型を仕留めるⅣ号D型」の場面です。
これについて、もう少し詳しく書きます。

前者に関しては、Ⅳ号D型の車体後面装甲の厚さはたった20mmなのに対して、Ⅲ突F型の主砲から発射する40式徹甲弾(タングステン弾芯使用の高速徹甲弾、ドイツ軍では「Pzgr.40」と表記する)は500mの距離から撃っても120mmの装甲板を撃ち抜けるので、下手をすれば命中しても薄いⅣ号D型の装甲板を突き抜けて、極端な話穴をあけるだけの被害で終わる事もあるそうです。
なので、原作のあの場面でもⅣ号D型が撃破判定されなかったのは有り得ない事では無いです(確率は低いと思いますが)。
ちなみに、Ⅲ突F型の主砲用徹甲弾にはもう一つ「39式徹甲弾(Pzgr.39)」と言う、弾芯は普通の鋼材で作られた物がある(その分、装甲貫徹力は40式よりやや劣る)のですが、実はこれ、中に微量の炸薬が入っていて、相手の装甲板を貫通すると車内で炸裂する様に出来ています。
ですので、もしも練習試合で歴女達がちゃんと徹甲弾の種類を確かめて撃っていたら、西住殿達はそこで負けていたでしょう。

そして後者の話ですが、あれは本編で書いた通り、Ⅳ号D型の短砲身75mm砲でⅢ突F型の正面装甲を射貫くのは「ラッキーヒット」どころの騒ぎでは無いので、Ⅲ突をやっつけるのは嵐ちゃん達の役目にしました。
こうした方が主人公っぽいし、西住殿達も命中はさせているからね(苦笑)。
これについては、作者がミリタリーおじさん歴36年目だから、今回一番拘りたかった所であります…えっ、成形炸薬弾?
それについては、また次の機会にね(白目)。

それでは、今回も長い後書きでしたが、次回をお楽しみに。



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第15話「練習試合、続いています!!」


この所、風邪気味でしんどいであります…と言う訳で、早速ですが本編をどうぞ。



 

 

 

遂に始まった、私達・大洗女子学園戦車道チーム最初の練習試合。

 

 

 

序盤、バレー部員で構成されたBチームと歴女達Cチームが手を組んで、西住先輩達Aチームに攻撃を仕掛けるが、出発前の戦車格納庫で両チームのメンバーがその相談をしているのを偶然聞いていた瑞希からの情報で、私達は先輩達が戦っている現場へ急行。

 

そこで、吊り橋から落ちかねない状態で停止していたAチームのⅣ号戦車D型へ向けて、Ⅲ号突撃砲F型で砲撃を加えたCチームに対して怒りを感じた私は、吊り橋の上で戦いを再開したAチームの砲撃とタイミングを合わせて、Cチームの後方へ砲撃を加えてこれを撃破した。

 

実は…AチームのⅣ号戦車D型の24口径75㎜砲では、あの時正面にいたCチームのⅢ号突撃砲F型の正面装甲を貫通して撃破する事が出来ないから、手を貸してあげたんだけどね。

 

そして今度は、私達Fチームが囮役をやっている間に西住先輩達Aチームが、Bチームの八九式中戦車甲型を撃破した。

 

 

 

 

 

 

一方、Aチームがいる吊り橋の向こう側には、生徒会役員で構成されたEチームの38(t)軽戦車B/C型がAチームに接近しつつあった。

 

Eチームの後方には、梓達Dチームが乗るM3リー中戦車がいるが、こちらは戦況を静観している様だ。

 

そこで私は、即座にチームの皆へ指示を出した。

 

 

 

『Aチームは、まだ吊り橋の上にいるから自由に動けない…だから、次も私達が囮になって西住先輩達を援護するよ』

 

 

 

そこへ、菫が操縦席から大声で次の指示を仰ぐ。

 

 

 

「じゃあ、吊り橋が掛かっている谷まで近づいてみる?」

 

 

 

『うん、でも谷から落ちない様に余裕を持ってね』

 

 

 

私も菫に負けない位の大声で答えると、続けて舞と瑞希にも指示を出す。

 

 

 

『それから、舞は榴弾を用意して装填。瑞希は舞が装填次第、38(t)の手前で良いから榴弾を地面に当てて頂戴。それで生徒会を挑発してやるわ』

 

 

 

これに対して、舞は無言で頷くと弾庫から榴弾を取り出す。

 

そして、瑞希が不敵に笑いながら答えた。

 

 

 

「OK、嵐…生徒会の面々にたっぷり土を被せてあげるわよ♪」

 

 

 

『頼むわね』

 

 

 

頼りになる瑞希の一言に、私は人の悪い笑みを浮かべて返事をした。

 

入学前から、母さんとグルになって、無理矢理私を戦車道へ引き摺り戻した生徒会には、ここでちょっと戦車道の厳しさを教えてあげないとね……(笑)

 

 

 

 

 

 

こうして、嵐達Fチームが再び戦闘準備を整えていた時。

 

Eチームが駆る38(t)軽戦車B/C型の車内では、砲手となった河嶋 桃が不気味な笑みを浮かべながら、吊り橋の上にいるAチームを狙っていた。

 

 

 

「ふっふっふ…ここがお前等の死に場所だ!!」

 

 

 

戦車道の趣旨から考えると、些か不穏当な発言をしながら、砲の照準をAチームのⅣ号戦車D型へ合わせる桃。

 

だが、その時。

 

別方向から砲弾が飛んで来たかと思うと、砲弾は38(t)手前の地面に落ちて、盛大に炸裂。

 

38(t)は、砲弾の炸裂で巻き上がった土砂をたっぷりと被る破目になった。

 

この時、Aチームへの砲撃を邪魔されて頭に来た桃は、自分達の戦車に土砂を降り掛けた相手がFチームのM4A3E8であると知って、いきなり怒鳴り散らした。

 

 

 

「くっ…あれは原園か、小癪な奴め!!」

 

 

 

そもそも、桃にとって嵐は初対面の時から最悪の相手だった…これは、嵐にとっても同じだが。

 

戦車道へ勧誘する為に教室で嵐と初めて会った時、彼女は生徒会からの命令を頑なに拒否し続けた。

 

その翌日に起きた生徒会長室での口論では、敬愛する角谷会長を脅迫犯呼ばわりされただけでなく、それに同調した自分まで共犯者扱いされた。

 

さすがに、先日の戦車探しで嵐達が戦車を見付けられなかった時は、生徒会役員としての使命と上級生としての立場から嵐を非難せず、むしろ気を落とさない様にと諭したが、今となっては甘やかしたのではないかと思ってしまう。

 

要するに、今の桃には後輩の嵐が生意気に見えて、しょうがなかったのである。

 

かくして頭に血が上った桃は、38(t)の操縦手である小山 柚子からの「ちょっと桃ちゃん、落ち着いて!!」との呼びかけを無視し、FチームのM4A3E8目掛けて37㎜砲を発砲した…のだが。

 

 

 

 

 

 

『何…あのノーコン、一体誰が撃っているのよ?』

 

 

 

 

 

 

私達の挑発に対して、Eチームの38(t)軽戦車B/C型は、予想通り狙いを西住先輩達Aチームから私達へ変えて、攻撃を仕掛けて来た。

 

だが肝心の砲撃は、こちらから見て大きく左方向へ外れ、明後日の方向へ飛んで行ってしまった。

 

まあ、38(t)の37㎜砲ではM4の正面装甲を撃ち抜く事は出来ない(至近距離だと側面は撃ち抜かれる可能性がある)事を知っているので、相手に車体正面さえ向けていれば、もし命中しても砲塔リングを撃ち抜かれない限りは大丈夫と踏んで、今回も囮役を買って出たのだけど…正直私は、相手砲手の下手くそぶりに呆れてしまった。

 

同じ初心者でも、バレー部の八九式はきちんとこっちの砲塔に命中させていたのになぁ…と思っている間に、西住先輩達のⅣ号戦車D型が、吊り橋の上から38(t)へ砲撃を加えた。

 

もちろん、こちらは見事命中。

 

Eチームの38(t)からは、白旗が上がっていた。

 

 

 

 

 

 

その頃、撃破されたEチームの38(t)軽戦車B/C型の車内では……

 

 

 

「あ~っ、やられちゃったね」

 

 

 

「桃ちゃん、ここで外す~?」

 

 

 

通信手席で何もしていない杏が、隣でへたり込んでいる桃に向かって呟くと、操縦手の柚子が自分の忠告を無視して発砲した結果、トンデモない外れ弾を出した桃を冷やかす様な台詞を口にする。

 

すると桃は、柚子から「ちゃん」付けで呼ばれたのが余程気に障ったのか、へたり込んだ姿勢のままジタバタしながら彼女に文句を言った。

 

 

 

「桃ちゃんと呼ぶなぁ~!!」

 

 

 

どうやら、生徒会は平常運転の様である……

 

 

 

 

 

 

一方、B・Cチームに続きEチームの38(t)軽戦車もあっさり撃破された姿を見たDチームは、パニックに陥った。

 

 

 

「やっぱ、西住流もみなかみタンカーズも半端ない~!!」

 

 

 

戦車長である梓が、Aチームと親友である嵐達Fチームの強さに驚愕の一言を発すると、M3リーが持つ37㎜副砲の砲手であるあやが「逃げよ、逃げよ~」とチームの皆へ呼び掛ける。

 

実は…彼女達Dチームは、戦車探しを手伝ってもらった縁で、嵐だけでなく瑞希達Fチームのメンバー全員から戦車道や群馬みなかみタンカーズの事について色々と聞いていたので、嵐達が戦車道で活躍していた事を知っていた。

 

更に出発前、みほの事を話そうとしていた蝶野教官が、嵐の大叔母である鷹代からヘッドロックを受けた光景を見て興味を持ったあやが、携帯電話で蝶野教官が話していた「西住流」を検索した所、日本有数の戦車道の家元であると言う事実も知っていたのである(但し、この時は検索に費やした時間が短かった為に、それ以上の事は分からなかった)。

 

だが、実際に目にしたみほと嵐の強さは、想像を遥かに超えていた。

 

その光景を目の当たりにして、逃げ腰になった彼女達はM3リー中戦車のエンジンを吹かして、この場を離れようとした。

 

その行為が、墓穴を掘る結果になるとも知らずに……

 

 

 

 

 

 

Eチームを撃破して、これで残るは梓達Dチームのみ。

 

私は、DチームのM3リーを視界に捉えながら、自分に言い聞かせる様に呟く。

 

 

 

『梓達には悪いけれど、これも練習だからね…』

 

 

 

梓達には、既に戦車道の厳しさを伝えているだけに、少し可哀想だけど練習試合である以上、きちんと決着を付けなければと考えつつ、瑞希に指示して砲をM3リーへ向けた、正にその時だった。

 

照準器を覗いていた瑞希が報告する。

 

 

 

「あれ…梓達、ちょっと様子がおかしいわよ?」

 

 

 

『えっ?』と思いつつ、双眼鏡で前方のM3リーを改めて見詰めると、瑞希の報告内容がすぐに分かった。

 

 

 

『あ…まさか、泥濘でスタックした?』

 

 

 

梓達のM3リーは、林の端に停車していたのだが、どうやらそこに泥濘があったらしく、右側の履帯が泥濘にハマって抜け出せなくなってしまった様だ。

 

こちらからは距離があるので、それ以上の詳しい状況は分からないが、幾らエンジンを吹かしても履帯が空転して前進出来ない事はハッキリ分かる。

 

 

 

「あらら…」

 

 

 

砲弾を装填後、私と瑞希の会話を聞いていた舞が、装填手用ハッチを開けて砲塔から顔を出すと、ポカンとした表情で泥濘から抜け出そうと藻掻くDチームの光景を見詰めながら呟いていた。

 

だが…戦車は一般の想像とは異なり、一度泥濘にハマると自らの重量が仇になって動けなくなる。

 

その為、別の戦車か戦車回収車で引っ張り上げない限りは、まず自力で泥濘からは脱出出来ないのだ。

 

しかしその事を知らない、梓達のM3リーが更にエンジンを吹かして、強引に泥濘を抜け出そうとしているのに気付いた菫が悲鳴を上げる。

 

 

 

「あーっ、駄目だよ!! 動けないのにエンジンを吹かしたら!!」

 

 

 

だが菫の叫びも空しく、M3リーは次の瞬間エンジンルームから黒煙を吐くと、その場にへたり込んでしまった。

 

ここからは見えないが、多分履帯は、無理に泥濘から抜け出そうとした結果、切れてしまっているだろう……

 

 

 

「あ~あ、エンジンブローしちゃった…」

 

 

 

「せっかくレストアしたのに、またエンジン載せ替えかなぁ?」

 

 

 

舞がガッカリしながら梓達が自らの戦車のエンジンを壊した事を嘆いていると、菫は不安そうな表情で、レストアしたばかりなのにまた壊れたM3リーを心配していた。

 

 

 

しかし私は、エンジンブローした梓達Dチームの心配ばかりをする訳には行かなかった。

 

今、残っているチームは、私達Fチームの他は、西住先輩達Aチームのみ。

 

しかもAチームは吊り橋の上に居て、行動の自由が効かない状態だ。

 

そんな状態で自由に行動できる私達と試合を続ければ、結果は目に見えている…だけではない。

 

今Aチームがいる吊り橋は、ワイヤーの一部が切れている。

 

そんな所で砲撃戦を展開したら、AチームのⅣ号戦車D型が吊り橋から落ちかねない。

 

つまり、このまま試合を続けると危険なので、私は腹の底から大声を出して、西住先輩に向かって呼び掛けた。

 

 

 

『西住先輩、試合は一旦止めましょう!!』

 

 

 

「えっ?試合を止めちゃっていいの?」

 

 

 

私からの呼び掛けを聞いた西住先輩は、急に試合を中断する事を不思議に思ったのか、きょとんとした表情で答えて来た。

 

そこで、私は更に語り掛ける。

 

 

 

『このまま続けても、吊り橋の上にいる先輩達が圧倒的に不利なだけです』

 

 

 

「あっ…」

 

 

 

自分達の状況が、非常に不利である事を指摘されたのに気付いて、驚く西住先輩。

 

そして私は、もう一つ大事な点を指摘する。

 

 

 

『それに、吊り橋のワイヤーが切れているから、このまま試合を続けたら、谷に落ちちゃうかも知れないじゃないですか?』

 

 

 

「うん…そうだね」

 

 

 

後輩が、自分達が危険な状態にある事を心配して試合を止めてくれたのだと知ったのか、西住先輩は私に向かって微笑を浮かべながら返事をしてくれた。

 

ホッとした私は、西住先輩へ向かってこう呼び掛ける。

 

 

 

『じゃあ先輩、今からその橋から落ちない様に、ゆっくりとこちら側へ渡って下さい』

 

 

 

「うん、心配してくれてありがとう」

 

 

 

『それでは、私は蝶野教官に状況を報告します』

 

 

 

笑顔で私の提案に同意してくれた西住先輩からの返事を聞いた私は、直ちに蝶野教官へ状況報告と意見具申をするべく、無線交信を始めた。

 

 

 

 

 

 

『蝶野教官、意見具申があります』

 

 

 

 

 

 

「何?」

 

 

 

『現在、BとC、DとEチームが白旗を上げて行動不能となり、残っているチームは西住先輩達Aチームと私達Fチームだけですが、Aチームは今、吊り橋の上で移動の自由が効きません。ですので、この状態で戦いを続けるのはフェアじゃないと思います』

 

 

 

そこで私は、一度言葉を切ってから報告を続ける。

 

 

 

『更に、現在Aチームのいる吊り橋はワイヤーの一部が切れていて、このまま試合を続けると転落事故が起きかねない危険な状態です』

 

 

 

「なるほど…」

 

 

 

蝶野教官は、私からの報告を聞いて考え込んでいる様なので、続けて自分の意見を述べる事にする。

 

 

 

『そこで提案ですが、試合を一旦中断して全員運動場に戻り、車輌の回収と整備補給をしてから演習場の別の場所で、改めて生き残った2チームによる一騎討ちをやるべきだと思います。今日は一日中戦車道の授業と聞いていますので、時間は充分あると思いますが、教官、いかがでしょうか?』

 

 

 

「う~ん…」

 

 

 

無線越しに聞こえる蝶野教官の声には、何か迷いがある様に感じられたので、少し不安を覚えた、その時。

 

無線に鷹代さんの声が割り込んで来た。

 

 

 

「嵐、よく言った。このまま試合を続けても西住さん達を危険に晒すだけだ…蝶野、ここは嵐の言う通りに一旦試合を止めて、別の場所で再試合をしようじゃないか?」

 

 

 

「あっ、はい」

 

 

 

教官の嘗ての上官である鷹代さんが説得してくれたおかげで、私の意見具申に納得してくれた蝶野教官は、改めて無線で皆に指示を出した。

 

 

 

「今、試合中だけれどFチームの原園さんから、このまま試合を続けると事故の恐れがあるとの報告があったので、ここで一旦試合を中断します。回収班を派遣するので、行動不能の戦車はその場に置いて、戻って来て」

 

 

 

 

 

 

それから、およそ10分後。

 

 

 

「ゴメンね原園さん。私達が橋から落ちるかも知れないと心配して、試合を止めてくれて」

 

 

 

『いえ、こういう時って、試合中と言えども安全第一ですから』

 

 

 

今、私達は試合を中断した後、吊り橋を渡って来たAチームと共に、乗っていた戦車を撃破されて停車しているBチームとCチームメンバーが集まっている場所にいた。

 

教官からは戻る様に指示されてはいるが、念の為、回収班が来るのを待ってから学園の戦車格納庫へ戻るつもりだ。

 

一方、吊り橋の向こう側で撃破されているDチームとEチームにも、別の回収班が向かっている筈である。

 

 

 

こうして4つのチームのメンバーが集まった時、西住先輩は真っ先に、自分達を心配して試合を止めようとした私にお礼を言ってくれた。

 

その一言に、私は心の底からホッとした。

 

 

 

西住先輩はもちろんだと思うが、私も黒森峰や西住流の「あの師範」とは違う。

 

そもそも戦車道は戦争じゃないのだから、例え試合であっても犠牲者を出してまで勝とうだなんて、間違っている。

 

だから西住先輩も、あの決勝戦の時に10連覇よりも仲間の命を優先したのだと思う。

 

もちろん、試合に敗れた責任は負わなければならないだろうけれど…あの時、黒森峰や西住流の関係者が先輩に対してやった仕打ちは、正直度を越していたと思う。

 

副隊長解任だけならともかく、先輩が助けたⅢ号戦車J型の乗員を追放同然に転校するよう仕向けたとか、先輩本人にも嫌がらせがあったとか…幾ら何でも酷過ぎる。

 

しかもあの時、先輩は実の母親である西住流の師範に…いや、これについては正直何も言いたくない。

 

 

 

ならば、黒森峰や西住流の人達に、一度聞いてみたい事がある。

 

あそこで、Ⅲ号戦車の乗員はチーム10連覇の為の犠牲になればよかったの?

 

そして…10年前、子供の命と引き換えに戦車に轢かれて死んだ父さんは…一体、何の為に死んだの?

 

事故とは言え父さんの命を奪い、そして西住先輩をこの大洗へ追い遣った人達の答えが絶対に聞きたい。

 

でないと、私は……

 

 

 

そんな物思いに耽っていた時。

 

私の前に、Cチームのメンバーであるロンメル将軍のコスプレをした人が現れて、私に話し掛けて来た。

 

その両側には、Cチームの他のメンバーも並んでいる。

 

 

 

「原園 嵐さん、だったかな? 私はCチームの戦車長をやっている2年生の松本…いや、エルヴィンだ」

 

 

 

『エルヴィン先輩ですね。仰る通り、私が原園です』

 

 

 

「一つ聞きたいのだが…あの時、我々を真っ先に砲撃したのは、何故だ?」

 

 

 

『ああ、それはですね…』

 

 

 

エルヴィン先輩からの質問は、話し掛けられた時に内容が予想出来ていたので、言葉を選んで答えようとした時、瑞希が突然会話に割り込んで来た。

 

 

 

「その事ですか? 実は、バレー部の人達と秘密協定を結んでいたのを私が偶然聞いていまして…それを嵐に話したら、凄い勢いで前進しろって命令されたんですよ」

 

 

 

『ちょっと、ののっち!?』

 

 

 

私は、会話に割り込んだ瑞希に対して嗜める様に話し掛けたが、瑞希はそんな私の態度を気にせずに話し続ける。

 

 

 

「でも、橋の上で落ちそうになったⅣ号をⅢ突が砲撃した時『こんなの許せない』って口走って、Ⅲ突への攻撃を命じたのは嵐だよね?」

 

 

 

『あ…あれは、砲撃のショックで橋からⅣ号が落ちたら大変だと思ったから!!』

 

 

 

するとそこへ、菫が思わぬ事を言い出した。

 

 

 

「ホントは、愛する西住先輩に何かあったら許さないと思ったからだよね♪」

 

 

 

『ちょっと菫!! その言い方じゃあ皆が誤解するでしょ!?』

 

 

 

「え~っ? 嵐ちゃん、西住先輩にゾッコンなの皆知っているよ!?」

 

 

 

いや、菫…確かに西住先輩に何かあったら許さないと思って、Ⅲ突を後ろから砲撃してやろうと思ったけれど、その前に「愛する」は無いでしょ…と思いつつ、私が菫にツッコんだ途端、今度は舞がトンでもない発言をしたので、私は顔を真っ赤にして2人へ言い返した。

 

 

 

『舞、菫と一緒にそんな事を言っているから皆が誤解するのよ!! 私はそんな趣味無いから!!』

 

 

 

しかし私の反論に対して、2人だけでなく瑞希までがニヤニヤしながら聞き流している。

 

その為、周囲にいる皆も笑みを浮かべながら私の話を聞いている始末だ。

 

すると、私達の言い争いを聞いていたエルヴィン先輩が、笑うに笑えない表情で語る。

 

 

 

「な…なるほど。どうやら我々は『藪をつついて蛇を出してしまった』みたいだな…」

 

 

 

その一言で、自分達が真っ先に私達から攻撃された理由を納得してしまったらしいCチームの歴女の皆さんは、口を揃えてこう呟いた。

 

 

 

「「「それだ…!!」」」

 

 

 

その後、Cチームの先輩方だけでなくBチームのバレー部員達やAチームの先輩方までが、これまた複雑そうな笑顔で私を見詰めていたので、それに気付いた私は非常に恥ずかしくなった。

 

実はこの時、エルヴィン先輩を始めとする歴女先輩達とバレー部員達は、この光景を眺めながら全員「今後、原園達を敵に回すのは絶対に止めよう」と心に誓ったそうだが、もちろんこの時の私はそんな事を知る由もない。

 

 

 

と、そんな事で皆が盛り上がって、私が大恥を掻いていた時。

 

私達の頭上を、白い軽飛行機が高速で通過して行く。

 

そして、軽飛行機は学園へ向かって飛んで行ったかと思うと、間もなく着陸態勢に入ったらしく、徐々に高度を下げて行って、見えなくなった。

 

しかし、この学園に飛行場なんて無かった筈だけど…?

 

 

 

『何だろ?』

 

 

 

「小さい飛行機ですね、鳥みたい」

 

 

 

「みぽりん、あの飛行機は何だろう?」

 

 

 

「う~ん、よく見えなかったから分からないよ」

 

 

 

「西住殿、あれはフィーゼラーFi 156“シュトルヒ”だと思いますが?」

 

 

 

私がその飛行機の姿を目で追いながら呟いた時、西住先輩達だけでなく皆がそれぞれの言葉で「あれは一体何なのか」と口にしていたが、誰も明快な解答を持ってはいなかった。

 

この時私は、もうちょっとあの飛行機を注意深く見守るべきだったと後悔するのだが、それはまた後の話だ。

 

 

 

 

 

 

その頃。

 

蝶野教官と共に、双眼鏡で各戦車の様子を確認していた鷹代は、嵐達Fチーム以外の履修生がごく短時間の操作練習だけで山中の演習場までキチンと到着しただけでなく、練習試合までこなした様子を見て、少なからず驚いていた。

 

 

 

「あの娘達…たったあれだけのレクチャーで、練習試合までこなせるとは、正直思わなかったよ」

 

 

 

「えっ、そうですか?」

 

 

 

自分の呟きを聞いて、思わず返答した蝶野一尉を、鷹代は胡散臭そうに見返しながら、こう指摘した。

 

 

 

「何をトボケとるんだ。陸自で3ヶ月間の前期教育を受けた新隊員が機甲科へ行ったら、戦車限定の大型特殊免許と戦車乗員としての特技を取る為に3ヶ月の教育期間をかけるだろうが。新隊員の後期教育と言うやつだ」

 

 

 

「あ…はい。確か、戦車道を始める娘達がマトモに隊列を組んで行進するまでに、同じく3ヶ月位かかると言われていますから…」

 

 

 

「そうだろ。普通は、初日の練習で戦車をキチンと動かせる所まで行かない筈なんだ。それが、経験者の嵐や西住さんだけならまだしも、他の素人娘達も戸惑ってはいたが、それなりに戦車を動かしただけでなく、試合までこなして見せた。もしかしたら…」

 

 

 

鷹代はそう語りながら、1年生で構成されたDチームのメンバーの1人であるツインテールで眼鏡を掛けた少女が、携帯電話を使って戦車の操縦方法を検索しようとしていたのを見た時の事を思い出した。

 

この時鷹代は、彼女を呼び止めて「お嬢ちゃん、ネットの情報に頼っていても分からない事は一杯あるよ。まずはこのマニュアルを皆でしっかり読むんだよ」と諭した後、戦車道連盟北関東支部から許可を得て持ち出した、M3リー中戦車の日本語版マニュアル(これは戦車道用に連盟が翻訳した物である)を渡していた。

 

あの時は「この調子では、彼女達が戦車を真面に動かすまで、どれ位の日数が掛かるだろうか…?」と心配していたが、やってみると彼女達は予想外のペースで戦車の操縦をマスターしつつある。

 

 

 

ひょっとすると、この学園の娘達は、戦車道の天才なのかも知れない……

 

 

 

鷹代がそこまで考えていた時。

 

戦車格納庫手前の運動場上空に軽快なエンジン音が響き渡ると、第二次大戦時にドイツ空軍が偵察兼連絡機として重用した事で知られる、フィーゼラーFi 156“シュトルヒ”が虹色のストライプと「Suou Petroleum Group」と書かれた青色のロゴを纏った白い姿を現して、学園の運動場へ着陸態勢に入った。

 

“シュトルヒ”は固定翼機ではあるが、抜きん出た短距離離着陸性能(STOL性能)を備えており、一説によると離陸には向かい風で50m、着陸には20mあれば十分であった、と言われている。

 

つまり、学校の運動場位の広場があれば離着陸出来るのである。

 

その様子を見た鷹代が、怪訝そうな表情を浮かべながら呟く。

 

 

 

「あのFi 156は、周防石油グループの専用機? まさか…」

 

 

 

「周防石油って、我が国の戦車道にも深く関わっている石油元売り大手ですよね?」

 

 

 

自身の言葉に頷きながら答える蝶野に向かって、鷹代は心配そうに語り掛けた。

 

 

 

「ああ…だとすると、何だか悪い予感がするんだけどね?」

 

 

 

その言葉を聞いた蝶野一尉が怪訝な表情をする中、運動場に着陸したFi 156から見覚えのある2人の女性が降りて来た。

 

その姿を見た鷹代は「悪い予感が当たったよ…」と蝶野に呟くと、珍しく頭を抱えるのであった。

 

 

 

(第15話、終わり)

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第15話をお送りしました。

さて早速ですが、次回はシュトルヒに乗って空からやって来た“誰かさん”のおかげで、練習試合がとんでもない展開を迎えます。
一体、何が起きるのか?
それでは、次回をお楽しみに。



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第16話「練習試合は、まさかの展開です!!」


2018年最後の投稿になります。
この秋から毎月第3日曜日に投稿する事を決めて執筆していた所、予定よりもペースが進んだ為、今回は本編の臨時掲載と言う形になりました。
今後も執筆が上手く進めば、この様な形の投稿を続けたいと思います。
それでは皆様、年末年始の息抜きにどうぞ。



 

 

 

西住先輩達Aチームが、ワイヤーの一部が切れている吊り橋から戦車ごと転落する危険があった為、蝶野教官に事情を説明して練習試合を一旦中断してもらった後、Aチームと私達Fチームはそれぞれの戦車に乗り、乗っていた戦車を撃破された他のチームよりも先に学園の戦車格納庫へ戻りつつあった。

 

この後は、格納庫で燃料や砲弾の補給と戦車の整備を行ってから、他のメンバーが集まるのを待って昼食を摂った後、午後から勝ち残った2チームで再試合を行う予定だ。

 

 

 

その道中、私は見覚えの無い人がAチームのⅣ号戦車D型を操縦しているのに気付いたので、西住先輩に尋ねてみた所、その人は冷泉 麻子さんと言って、武部先輩の幼馴染なのだそうだ。

 

何でも練習試合の時に、演習場内で夏目漱石の作品集を読みながら居眠りしていた所、危うくⅣ号戦車に轢かれそうになったが、飛び乗って事なきを得たと言う。

 

するとCチームからの砲撃で、本来操縦手だった五十鈴先輩が失神した際、何と自ら操縦マニュアルを一読しただけで戦車の操縦を覚えて、危機に陥っていたAチームを救ったのだそうだ。

 

もっとも当人は、操縦手のハッチから顔を出して外を見ながら「太陽が眩しい…」と呟きつつ、眠そうな顔でⅣ号を操縦しているのだが…あれ?

 

 

 

 

 

 

私…以前にこの人とどこかで、出会った事がある気がするのだけど?

 

 

 

 

 

 

いや、思い出せない…一体、何時の事だったかな?

 

 

 

 

 

 

そんな疑問を抱えながらも、その事ばかり考えていると事故を起こしかねないので、私はすぐ頭を切り替えて自分の戦車の周囲と安全に注意しながら前進を続けると、程なくして出発地点であった戦車格納庫に到着した。

 

すると格納庫前の校庭に、先程私達が集まっていた吊り橋前の草地上空を飛行していた白い軽飛行機…フィーゼラーFi 156“シュトルヒ”が着陸している。

 

その周囲には蝶野教官や鷹代さんだけでなく、戦車道を履修するかどうかを決める為、見学に来ていた農業科の長沢さんと名取さん、そして2人を見守る為に傍にいたのであろう、母さんの秘書の淀川さんも来ており、Fi 156から降りて来たらしい2人の女性と会話をしているのが見えた。

 

一方、私達がここを出発する時には格納庫の前にいた工場長の刈谷さんや張本さん達、原園車両整備の人や自動車部の部員は、撃破されたB~Eチームの戦車とメンバー回収の為に、ここにはいない様だ…と思いながら戦車を降りた、その時。

 

 

 

蝶野教官や鷹代さんと立ち話をしていた人が、突然私に向かって声を掛けた。

 

 

 

「嵐~、高校生になって初めての練習試合どうだった♪」

 

 

 

『か…母さん!?』

 

 

 

何と…声を掛けて来たのは、私の母親・原園 明美だったのだ。

 

まさか、ロシア製のヘリでこの学園艦を離れてから僅か2日で戻って来るとは!!

 

その次の瞬間、母の後ろに駐機している“シュトルヒ”に、虹色のストライプと「Suou Petroleum Group」のロゴが描かれているのに気付いた私は、思いっ切り後悔した。

 

あれは、周防石油グループ…母の親友の実家がオーナーである大企業の所有機ではないか…と言う事は、母と一緒に飛行機に乗ってやって来た人とは!?

 

何で、さっきアレが飛んでいるのを見た時に気付かなかったのよ、私の馬鹿!!

 

そんな感じで、私は心の中で自分を責めながらも母に向かって毒のある文句を言った。

 

 

 

『何しに来たのよ!? 学園の授業参観はまだ先の筈よ!?』

 

 

 

すると母は、皆に同情を買いたいのか涙目になりつつ(但し、ウソ泣きだろう)、悲し気な声音で泣き真似をしながら返事をした。

 

事実、その様子を見ていた鷹代さんは胡散臭そうな顔で、秘書の淀川さんは苦笑いを浮かべながら母の姿を眺めている。

 

 

 

「え~っ、だって今日がこのチームの初練習だって生徒会長さんから聞いたから、時間を作ってここへ来たのに…って、あら?」

 

 

 

そこで突然、母が話すのを止めると目線を私から外した。

 

その視線の先には、母と同年代と思われる長い黒髪が美しい女性が…何と、西住先輩に抱き付くと涙を流しながら喜んでいた。

 

 

 

「み…みほちゃん、会いたかった~!!」

 

 

 

「ふ…ふええっ!!」

 

 

 

いきなり抱き付かれた西住先輩は瞬間的に固まってしまい、どうしたら良いか分からなくなってしまっている。

 

また、この場にいる人達や丁度遅れて帰って来ていたB~Eチームの人達もこの光景を見て、唖然となっていた。

 

だが次の瞬間、私は西住先輩をフリーズさせてしまっている女性が自分のよく知っている人だと気付くと、その人に向かって怒鳴った。

 

 

 

『誰かと思ったら…母さんの親友である“長門さん”じゃないですか!! 西住先輩に何をしているんですか!?』

 

 

 

「だ…だってぇ、みほちゃんがいなくなってから随分心配したんだもの~」

 

 

 

こう私に反論しつつ、西住先輩に抱き付いたまま目の幅涙を流して泣いている母の親友…「周防 長門」さんに向かって、今度は母が憮然とした表情で問い掛けた。

 

 

 

「“ながもん”…あんた、もう子供を2人作っているでしょ?確か中学2年と小学6年だったっけ?」

 

 

 

「だって2人共、男の子なんだも~ん」

 

 

 

母からの問い掛けに対して、身も蓋もない返事をする“ながもん”の姿に、集まって来た履修生全員が呆れ果てていると、母も呆れた口調でこう指摘した。

 

 

 

「あんた…さすがは、みほさんが去年、熊本から離れて転校するって知った時『私がみほちゃんを養子に迎える!!』って言い出しただけの事はあるわね」

 

 

 

そこへ、この話を私達と一緒に最初から聞いていた秋山先輩が“ながもん”を警戒する表情で、私に問い掛けて来た。

 

 

 

「あの…原園殿、今西住殿に抱き付いている怪しい人は、何者なのでありますか?」

 

 

 

『秋山先輩…あの怪しい人は、周防 長門と言って、母さんの高校時代からの親友なんですけど』

 

 

 

「そこの2人、怪しい人って言うのは止めろ…」

 

 

 

ここで、私と秋山先輩の会話に気付いた長門さんが、ジト目で私達を睨みながら文句を言ったが、実は母の親友と言う事で、幼い頃から長門さんと親しくしている私は、逆にこう切り返した。

 

 

 

『周防さん、思いっ切り怪しいじゃないですか? 西住先輩、急に抱き付かれて固まっていますよ?』

 

 

 

そして秋山先輩も、西住先輩に抱き付いたままの長門さんを睨みながら詰問する。

 

 

 

「原園殿の言う通り、いきなり西住殿に抱き付くなんて、やっている事が怪しいです。一体、西住殿とはどう言うご関係なのですか!?」

 

 

 

「うっ…」

 

 

 

私と秋山先輩からの詰問を受け、涙目のまま狼狽えている長門さん。

 

だがここで、遅れて戦車格納庫に帰って来た後、私達の話を途中から聞いていた生徒会副会長の小山先輩が、驚いた顔で私に問い掛けて来た。

 

 

 

「原園さん、もしかして周防 長門さんって…あの周防石油グループ創業家所縁の方ですか!?」

 

 

 

さすが、小山先輩。

 

皆、長門さんが何者なのか分からずにいる所で、彼女の姓と“シュトルヒ”に描かれているロゴから、長門さんの正体の見当を付けた様だ。

 

そこで、私が詳しく説明する事にした。

 

 

 

『はい、小山先輩。長門さんは日本の石油元売り業界第2位である周防石油グループの創業家で、現在もグループの実質的なオーナーである周防家現当主の長女であると同時に、次期当主でもあるのです』

 

 

 

すると、小山先輩と共に戻って来ていた河嶋先輩と最初から話を聞いていた秋山先輩が同時に驚いて、私に話し掛けて来た。

 

 

 

「えっ…じゃあ原園、あの人は日本有数の大企業である周防石油グループの後継者なのか!?」

 

 

 

「原園殿、周防石油グループと言えば日本戦車道との関わりが深くて、学生・社会人を問わず戦車道大会のスポンサーや戦車道チームへの支援を長年行っている事で有名な大企業ですよね…? まさか、この怪しい人がその後継者?」

 

 

 

『その通りです』

 

 

 

「「「「「「え~っ!?」」」」」」

 

 

 

私の言葉に、履修生の皆が驚いていたその時、ようやく落ち着きを取り戻した西住先輩がこう付け加えた。

 

 

 

「実は…長門さんと私の実家は、明治時代の初め頃から深い交流があって、その繋がりで長門さんと私のお母さんは長年の友人同士なの。それで長門さんは、私が生まれた時から自分の娘みたいに可愛がってくれた人なんだ」

 

 

 

すると、母が更に一言付け加える。

 

 

 

「まあ彼女は、早い話がみほさんを可愛がり過ぎて、いつもストーカー紛いの事ばかりやっていた“変態”なのよ」

 

 

 

「変態言うな、あけみっち!!」

 

 

 

母の余計な一言に憤慨した長門さんが文句を言うが、母はニヤニヤ笑いながら長門さんをからかい始めた…これは、2人が口喧嘩をする時の典型的なパターンだ。

 

 

 

「いや、久しぶりに会った途端、すぐ抱き付いている時点で充分変態だって…よく言うでしょ? 『淑女と言う名の変態』って」

 

 

 

「それは『紳士という名の変態』だろ!? 勝手に言葉を作るな!!」

 

 

 

すると母は、両手を広げつつ長門さんに背を向けると、皆に向かってこう言った。

 

 

 

「と言った所で摑みはこの位にして、本題に入りましょうか…戦車を撃破されたチームの皆も、ここに集まって来た様だし」

 

 

 

「あけみっち…貴様!!」

 

 

 

「ながもん、悪いけれど異論も反論も聞かないわよ♪」

 

 

 

こうして、長門さんからの異論を封じた母は、皆の前で改めて自己紹介を始めた。

 

そう言えば、ここには生徒会長室での騒動の時にはいなかった履修生もいるから、その人達にも挨拶をするつもりだろう。

 

 

 

「さてと、これで全チーム戻って来たみたいね…早速ですがAチームとDチーム、そして生徒会の皆さん、こんにちは。そして他のチームの皆さんは初めまして。私はFチームの原園 嵐の母、明美と申します」

 

 

 

「「「「「「こ…こんにちは」」」」」」

 

 

 

いきなりの挨拶に、皆は当惑しながら返事をしたが、母は笑顔を浮かべて話を続ける。

 

 

 

「私の事は、昨日戦車を届けた時に会長の角谷さんから説明があったと思うので、詳しい事は省きますが、今回この学園で戦車道が復活する話を聞いて、皆さんの力になろうと決めました。それはこの学園艦で生まれ育ち、10年前に不慮の事故で亡くなった主人の直之さんとの約束だったし、私自身も戦車道が大好きだからね♪」

 

 

 

次の瞬間、年甲斐もなくウインクしたついでに、その年齢に不釣り合いな位の若々しい笑顔を見せた母は、こう語り掛けた。

 

 

 

「それでね、ここへ到着した時に練習試合が中断していたので、ここにおられる陸上自衛隊の蝶野 亜美教官から事情を聞いたら、ちょうどAチームとFチームの2輌が生き残っているので、この後、皆でお昼ご飯を食べてから2輌による再試合で決着を着ける予定だ、と聞いたのだけど…」

 

 

 

そこで一旦言葉を区切った後、母は笑顔のまま履修生の皆に向かって、こんな事を言い出した。

 

 

 

 

 

 

「皆、単純に試合をやるだけじゃ、面白くないと思わない?」

 

 

 

 

 

「「「「「「???」」」」」」

 

 

 

突然の母からの一言に皆が困惑していると、母は笑顔を保ちながら話を進める。

 

 

 

「特にAチームとFチーム以外の皆はこの後の再試合に参加出来ない訳だし…何だったら、戦車道と言えども皆で楽しくやりたいよね?」

 

 

 

「「「「「「……!!」」」」」」

 

 

 

私は、これが母による「悪魔の誘惑」であると気付いたのだが、再試合に参加出来ないメンバー達は顔を見合わせながらも、母からの提案を前向きに受け取ってしまっている……

 

マズイと思ったその時、私の悪い予感は見事的中した。

 

次の瞬間、母はこう口走ったのだ。

 

 

 

 

 

 

「と言う訳で、これから始まる再試合は…全校生徒全員参加の公開試合にしようと思います!!」

 

 

 

 

 

その瞬間、私は大声で母に反論を始めた。

 

 

 

『ちょっと待て、母さん!!』

 

 

 

「嵐、悪いけれど異論も反論も聞かないわよ♪」

 

 

 

強引に反論を封じようとする母に対して、私も母を睨みながら言い返した。

 

 

 

『母さん…皆がいるのに勝手過ぎるわよ、教官でも無いのに!!』

 

 

 

さあ、ここから私と母の果てしない口論のスタートだ…と思ったその時、角谷会長が母さんに話し掛けて来た。

 

 

 

「あの~明美さん、今日初めての練習試合なのに、いきなり全校生徒に試合を見せるんですか? それはいきなり過ぎると思うんですけどね…?」

 

 

 

だが母は、澄ました顔を会長へ向けると、逆に問い掛ける。

 

 

 

「そうかしら、角谷さん? じゃあ聞くけど、今回戦車道履修者を募集して何人来たかしら?」

 

 

 

「えっと…」

 

 

 

母からの質問が意表を突く内容だったのか、角谷会長はバツの悪い顔をしながら考え込んでしまっている。

 

すると、そんな会長の姿を見た小山先輩が代わりに答えた。

 

 

 

「原園さん達Fチームの4人を除くと、21人。それに今日戦車道を履修するかどうか決める為に見学に来ている人が2人です」

 

 

 

実はこの時、Aチームにもう1人、偶然加わったメンバーがいるのだが、小山先輩はまだそれに気づいていない。

 

尤もその人は、戦車道を履修するかどうか、まだ分からないのだが……

 

それはともかく、母は小山先輩の答えに頷くと、ある事実を指摘した。

 

 

 

「そう、そしてこの学校は高等部だけで9000人程いるわよね。なのに戦車道履修希望者が高等部全体の1%にも満たなかった…それはやはり、戦車道がどんなものか分からないから履修したいと決められなかった人が大半だったからじゃないかしら?」

 

 

 

「「「は…はあ」」」

 

 

 

痛い所を突かれた生徒会の面々は、母の説明に同意するしかない。

 

ああ…何時もの事だが、母に文句や異論を言うと、それが誰であろうが、あの様に母からの論理的な反論で常に論破されてしまうのがオチなのだ。

 

そこへ、角谷会長の傍らで話を聞いていた河嶋先輩が、複雑な表情で一言付け加える。

 

 

 

「確かに、明美さんの仰る通りですね…戦車道履修者の募集は派手にやりましたが、戦車道の説明については広報用映画を見せるだけに留まりましたから」

 

 

 

すると母は生徒会の3人の前でウンウンと頷くと、回れ右をして私達に向き合うや否や胸を張ってこう提案した。

 

 

 

「なら、今からやる事は一つ!! 戦車道がどんなものか実際に、全校生徒の前で実演するのよ!!」

 

 

 

「「「「「「おおっ!!」」」」」」

 

 

 

母からの提案を聞かされた履修生全員が騒然となる。

 

 

 

「ですが、今から公開試合をやっても…」

 

 

 

ここで、小山先輩が不安そうな表情で口を挟んだが、母は小山先輩の前で人差し指を立てると、それを左右に振りながら、こう語る。

 

 

 

「ノンノン、小山さん。今回は、例え履修生が増えなくても良いのよ…どの道、校内で戦車道をやるには、学内の理解と応援が必要不可欠なの」

 

 

 

「「「「「「……?」」」」」」

 

 

 

母の一言に、私達Fチームを除く履修生全員が頭に「?」マークを浮かべながら戸惑っていると、母はその理由の説明を始めた。

 

 

 

「戦車道はね、格納庫や整備場、更に演習場として広い敷地が必要だし、学園艦内の移動だけでも騒音等で他の生徒や住民の迷惑になる事が多いのよ。それに年間予算も馬鹿にならないわ…だから戦車道をやっているどんな学校でも、常に学内の生徒や周囲の応援が無いとやっていけないの」

 

 

 

「それで…?」

 

 

 

事実上、母の聞き手になっている小山先輩が問い掛けると、母は続けてこう話した。

 

 

 

「実際、巨大な学園艦でも他の部活や一般生徒、あるいは生徒会から『戦車道が広い場所を使うせいで、私達の部活の練習場やクラブハウスの敷地が足りない』とか『戦車道で部活の予算の大半が喰われる』と言われたり、更には学園艦の住民から『練習中の戦車のエンジン音や砲撃音がうるさくて迷惑』と言う批判があって、戦車道を廃止せざるを得なくなった学校が結構あるのよ」

 

 

 

「「「「「「なるほど…」」」」」」

 

 

 

「知りませんでした、戦車道の人気低迷にそんな事情があったとは…」

 

 

 

私以外の皆が母からの説明を聞いて頷いており、秋山先輩に至っては心の底から納得してしまっている。

 

ああ…母は、他人を口車に乗せる天才だと昔から知っていたけれど、まさかこれ程とは!!

 

こうして、皆が頷きながら母の考えに同意しつつある中、私はここで文句を言った…と言うか、私が何か言わないとなし崩し的に公開試合が決まってしまう。

 

 

 

『ちょっと母さん、試合の当事者を抜きにして勝手に話を進めないでくれる!? それに、西住先輩はまだ戦車道に戻って間がないのに、いきなり公開試合をやったら緊張し過ぎて震え上がってしまうわよ!!』

 

 

 

だがその時、話を聞いていた西住先輩が予想外の答えを語り掛けて来たのだ。

 

 

 

「原園さん、私の為に心配してくれてありがとう…でも、もう大丈夫だよ」

 

 

 

『先輩…無理しなくてもいいんですよ!?』

 

 

 

「大丈夫…確かに、今日の授業の最初は戦車に乗る事に抵抗があったけど、今は皆と一緒なら楽しく戦車道が出来そう」

 

 

 

『先輩…』

 

 

 

西住先輩は笑顔で大丈夫だと言ってくれているけれど、実は無理をしているのではないか…西住先輩が何故戦車から離れたのかを知っている私は心配でたまらず、先輩の笑顔を不安そうに見詰める事しか出来なかった。

 

だが西住先輩は、私に向けて予想外の事を問い掛けて来た。

 

 

 

「それに、試合中は原園さんも楽しそうに戦車に乗っている様に見えたし」

 

 

 

『えっ!?』

 

 

 

私が…楽しそうに戦車に乗っていた?

 

そんな馬鹿な。

 

私が楽しく戦車に乗っていたなんて、あり得ないはず…いや、よくよく思い出してみれば、西住先輩の言う通りだ。

 

確かに、今日の練習試合は「西住先輩がピンチに陥っているから助けなきゃ」と思って必死になっていたけれど、今までよりもリラックスした気持ちで戦車道が出来ていた気がする。

 

母とマンツーマンで戦車道を教え込まれた頃はもちろん、みなかみタンカーズにいた頃までの私が戦車道をやる時は、いつも肩肘張っていて、ギスギスした気持ちで常に自分の事ばかり考えていたし、練習や試合の時もチームプレイなんて一切考えず、目の前の相手を1輌でも多く倒すつもりで戦っていた。

 

だから、タンカーズ時代に私と対戦した相手チームの娘達や戦車道の熱心なファンからは「みなかみの狂犬」と呼ばれて、恐れられていた程だ。

 

それが、今日は西住先輩達Aチームを助ける為に行動していたなんて。

 

私の戦車道にとっては前代未聞の事態だ。

 

でもそれって、やっぱり西住先輩と一緒に戦車道が出来ると思ったから気持ちを切り替える事が出来たのかな?

 

 

 

と思っていた時、突然母が口を挟んで来た。

 

 

 

「ああ嵐、ここで言い忘れていた事があったのだけれど」

 

 

 

『何よ!?』

 

 

 

「あなたが今乗っている“シャーマン・イージーエイト”、まだあなた達の物と決まった訳じゃないからね…忘れていない? 会長さんはあなた達を特別扱いしないって言ったと思うけれど」

 

 

 

『……!!』

 

 

 

た…確かに昨日、角谷会長は「もちろん、私も経験者とは言え原園ちゃん達を特別扱いする気は一切無いよ。これは原園ちゃんのお母様の意思でもある」と言ったけれど…と、思い返していた次の瞬間、母は私に衝撃的な事を告げた。

 

 

 

「つまりね、もしもこの再試合に負けたらイージーエイトは西住さん達Aチームの物になるわ…あっそうそう、他のチームもイージーエイトに乗りたかったら再チャレンジしていいわよ♪」

 

 

 

『!!』

 

 

 

「「「「「「……!!」」」」」」

 

 

 

いきなりの母からの提案に、当事者である私と西住先輩達はもちろんの事、他の履修生も当惑しているが、私と西住先輩達以外に再試合に挑戦しようと声を上げるチームはいない…これは後で知ったのだが、この時、他の人達は先程までの試合で私達と西住先輩達の強さが半端ないと感じており「例え再挑戦しても勝てない」と考えていたそうだ。

 

それはともかく、この母親…私と西住先輩に公開試合を受けさせる為には手段を選ばないってか!!

 

再試合に負けたら父との思い出であるM4A3E8から降りなければならないと言うのにもショックを受けたが、西住先輩達Aチームのメンバーも互いに顔を見合わせている…西住先輩も瑞希から私と父とイージーエイトの話を聞かされているので、もし私達に勝ったらその戦車が自分達の物に出来てしまうと言う点に困惑している様に感じた。

 

そして、自分と父との思い出の戦車を取られたくない思いと西住先輩達が困っている姿を見て、頭に来た私は覚悟を決めて、母に向かって啖呵を切った。

 

 

 

『分かったわ、母さん…勝てば良いのでしょ? 公開試合でも何でもやってやろうじゃない!!』

 

 

 

「じゃあ、決まりね!! 会長さん、早速放送部を抱き込んで…いえ、放送部の協力を仰いでもらって、全校生徒にすぐ通知しましょう」

 

 

 

「あ、はい…」

 

 

 

こうして、西住先輩達Aチームと私達Fチームによる練習試合の再試合は、母の思惑によって全校生徒を対象にした公開試合になると決まってしまった。

 

そして…公開試合が決まって喜んでいる母親を見ながら、私は心の中で誓った。

 

 

 

あの母親…試合が終わったら、タダじゃ済まさないんだから!!

 

 

 

(第16話、終わり)

 





ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
第16話をお送りしました。

済まん皆、本作の“ながもん”は西住殿が大好きな変態だ…後悔はしていない(本音)。
もちろん明美さんと一緒に、大洗の為に助力をする役どころだから、安心してね(何でもやるとは言っていない)。

また今回の冒頭で、嵐ちゃんが冷泉殿に「出会った様な気がする」と思った件は、後々真相を明らかにしますが、それ程大した伏線ではありません。

そして今回、明美さんのせいで嵐ちゃんと西住殿による練習試合の再試合は、何と全校生徒参加の公開試合に…怒りに震える嵐ちゃんと巻き込まれた西住殿の運命はいかに!?
と言う訳で、この公開試合は次回(開始前)と次々回(開始後)の前後編で展開する予定ですので、お楽しみに。

それでは、皆様良いお年を。



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第17話「これから、西住先輩と対決です!!」


2019年の初回となりますが、ここで御礼とお詫びを申し上げます。

toshi-tomiyamaさん、えりのるさん、先日は誤字報告をありがとうございました。
特にtoshi-tomiyamaさんからは、高評価9も併せて頂きました。本当に感謝します。
そして、暦手帳さん。
本作の連載開始当初に高評価10を頂きましたのにも関わらず、本日まで御礼を申し上げる事が出来ず、誠に申し訳ございませんでした。

それでは、今回もごゆっくりどうぞ。



 

 

 

原園 嵐の母・明美からの提案で急遽、大洗女子学園の全校生徒に公開される事となった戦車道チームの練習試合。

 

その準備は、昼休み中のごく短時間で整えられて行った。

 

そして午後の授業が始まる直前には、学園所有の山林の一角に500m四方の長さを持つ正方形状の特設フィールドが設けられたのである。

 

更にフィールドの周辺には、多数のレジャーシートが用意され、学園高等部の生徒全員が集まっても余裕を持って試合観戦が出来る様になっている。

 

それだけではない。

 

フィールドから少し離れた場所にはオーロラビジョンまで用意されており、学園の中等部生徒だけでなく、学園艦の住民までが試合を観戦出来る状態だった。

 

裏を返せば、明美はこの公開試合を実行するべく、事前に周到な準備を整えていた事が窺えるが、基本的に純朴な少女が多いこの学園の生徒達は、その点について何も気付いていなかった…明美の娘、嵐ただ1人を除いて。

 

 

 

 

 

 

試合が行われる特設フィールドの中央部には、これから対戦する西住先輩達Aチームと私達Fチームの戦車と乗員が配置されている。

 

午後の授業開始のチャイムを聞きながら、私・原園 嵐は腸が煮え繰り返る思いで、特設フィールドの真ん中から周辺の様子を眺めていた。

 

 

 

あの母親…最初からこうなる様に仕組んでいたのね!!

 

 

 

午前中、私達が練習試合をしていた山林の一角に特設されたフィールドの四方には、昼休み中に流された放送部からの告知で集まった高等部の生徒がレジャーシートに座って、これから始まる「戦車道の公開試合」がどんなものになるのか、楽しそうに語り合っている。

 

更に、そこから少し離れた場所にはオーロラビジョンがあって、その周りには中等部の生徒や学園艦の住人らしい大人までが集まり出している。

 

おまけに、その一角では「みなかみ戦車堂・大洗学園艦店」と書かれた幟を立てた屋台が出現していて、そこでは間宮さんと伊良坂さんが呼び込みをしながらソフトクリームやしろくま等を売っていた…さすがは我が母親、チャッカリしているわね。

 

 

 

その一方で、私は非常に苛ついていた。

 

初めての練習試合が、いきなり全校生徒が見る前での公開試合。

 

しかも、対戦相手は西住先輩達だ。

 

本当の事を言えば、西住先輩と戦車道で一騎討ちがしたいと心の底から願ってはいたけれど、まさかこんな事になるとは……

 

その先輩達Aチームのメンバーは、私達Fチームの反対側に整列しているが、フィールドの周囲を学園生徒が観客として取り囲んでいる状況に、緊張している様だった。

 

特に、戦車道へ心ならずも戻って来た西住先輩は不安そうな表情を浮かべているので、私は心配でたまらない。

 

そこへ、いつの間にか母が私達と西住先輩達のいるフィールド中央部に現れると、全校生徒を前にマイクパフォーマンスを始めた。

 

 

 

「大洗女子学園の皆さん、こんにちは~!!」

 

 

 

途端に周囲の生徒達から「わーっ!!」と歓声が上がる。

 

母は年齢を感じさせないパワフルな声で、皆を盛り上げて行く。

 

その姿は、まるで日本を代表するロックバンドのボーカリストみたいだ。

 

 

 

「今日は突然、ここに集まってもらって驚いたと思いますが、これからスペシャルなイベントをご覧頂きたいと思います!!」

 

 

 

ここで、一旦言葉を区切って、歓声を上げる生徒達の様子を眺めた母は、自己紹介を始めた。

 

 

 

「あっ、そうそう…自己紹介を忘れていましたね。私は原園 明美と申します。今は出身地である群馬県みなかみ町で『原園車両整備』と言う、戦車道で使う戦車の整備等を営む会社の社長をしています。実は今年度から約20年ぶりに復活した、この大洗女子学園の戦車道チームの力になりたいと思い、このチームをサポートする事を決意しました!!」

 

 

 

「「「おおっ!!」」」

 

 

 

自己紹介で、母が学園で復活した戦車道の支援者である事を知らされた生徒達からどよめきの声が上がる中、母は生徒達に優しく語り掛ける。

 

 

 

「でも、ここにいる皆は先日、生徒会が主催した戦車道のオリエンテーションを見た時『戦車道って一体何?』とか『戦車道なんて今時流行らないっつ~の』って考えていたと思うけれど、どうかな?」

 

 

 

そんな母からの問い掛けに、観客である生徒達はざわつきながらも頷いたりして、大半が同意している様だ。

 

 

 

「そこで本日は、学園の皆さんに戦車道を知ってもらいたくて、生徒会の協力の下、あるイベントを行う事にしました…これから、本学園で復活した戦車道チームによる練習試合をお楽しみ頂きます!!」

 

 

 

これで、午後の授業が戦車道の試合観戦になったと知った生徒達は「わーっ!!」と嬉しそうに歓声を上げた。

 

全く、授業が事実上レクリエーションになったと知ったら元気な声を出すなんて、皆現金だよね…と思っていたら、母がまたマイクパフォーマンスを再開した。

 

 

 

「それでは早速、本日の試合のカードを紹介しましょう。試合形式は1対1による戦車同士の決闘スタイルです。既に午前中、我が学園の戦車道チーム6組がサバイバル戦で戦っており、そこで勝ち残った2チームがこれから対戦します」

 

 

 

本当は、途中でAチームが吊り橋から谷に落ちる恐れがあったから、私が蝶野教官に頼んで試合を中断させて、再試合になる筈だったのだけどね…と、私が心の中でツッコむ中、母は対戦カードの発表を行った。

 

 

 

「そして、これから対戦するのは…まず学園艦の艦首側が普通Ⅰ科2年A組、西住 みほさんを中心とするAチーム!! 乗車する戦車は、第二次大戦の開戦から終結までずっと戦い続け、まるで日本海軍の名戦闘機・零戦の様にドイツ陸軍の装甲部隊を支え続けた名戦車『軍馬』ことⅣ号戦車の初期モデル、D型です!!」

 

 

 

「「「きゃ~!!」」」

 

 

 

観客からの歓声が鳴り響く中、母は引き続き戦車長である西住先輩を始めとするAチームのメンバー紹介を行っていく。

 

そのアナウンスには、観客が戦車道に関しては素人だと言う点を計算に入れており、時折対戦チームが使う戦車や基本的な戦車用語についての簡単な説明が入っている。

 

それを聞いた観客は歓声を上げながら頷いたり、スマホで検索して戦車道やⅣ号戦車についての情報を調べたりしている様だ。

 

 

 

そこで、私は向かい側に並んでいるAチームメンバーの様子を眺めると、母のアナウンスを聞いている西住先輩が試合のプレッシャーからなのか、少し怯える様な仕草をしていて、隣にいる武部先輩や秋山先輩が心配していた。

 

あの母親…本当に許せない!!

 

西住先輩がこの場から逃げ出しても知らないんだから!!

 

だが、私が肉親の所業に憤っている暇も無く、我が母親は私達のチーム紹介を始めた。

 

 

 

「そして艦尾側は、普通Ⅰ科1年A組、原園 嵐を中心とするFチーム!! 乗車しているのは、第二次大戦における米軍勝利の原動力の一つであり、戦後陸上自衛隊も使っていたM4シャーマンの大戦中におけるファイナルエディション、M4A3E8・通称“シャーマン・イージーエイト”よ!!」

 

 

 

「「「わあ~!!」」」

 

 

 

私達のチーム紹介を聞いた観客からの歓声が上がる最中、母はこんな事を言い出した。

 

 

 

「え~と、ここで気付いた方もいると思うけれど、実を言うと嵐は私の1人娘でもあります…但し、戦車道の腕前は親の七光り関係無し、半端なく強いわよ!! 昨年の戦車道全国中学生大会では地元・群馬県みなかみ町から初出場した戦車道クラブチーム『群馬みなかみタンカーズ』を準優勝に導いたエースだもの!! そして近年注目されつつある非公式の戦車競技『強襲戦車競技・タンカスロン』の昨シーズンにおいて、年間最多戦車撃破記録を樹立して年間最優秀選手に選ばれた程の強者なんです!!」

 

 

 

「「「おおっ!!」」」

 

 

 

「「「凄~い!!」」」

 

 

 

観客が私達に向かって一斉にどよめく中、私は怒りで顔を真っ赤にしていた…この母親、いきなり私の過去をバラしやがった!!

 

これじゃあ、もう普通の女子高生生活なんて過ごせなくなるじゃない!!

 

思わず私は、母に向かって拳を突き上げると、大声で叫んだ。

 

 

 

「母さん、娘のプライバシーをバラしてどうするの!? おまけに相手の西住先輩は緊張で震えているわよ、私はともかく西住先輩の事を心配しなさいよ!!」

 

 

 

だが、どこまでも鬼畜な母は「ええと、Fチームの車長から抗議がある様ですが、時間の都合上無視します♪」と言いつつ、私をほったらかしにして瑞希達Fチームメンバーの紹介を続けた。

 

そんな母娘のやり取りに、観客からは笑い声まで上がっている有様だ。

 

もう…これって、完全な恥晒しじゃない。

 

 

 

そして、対戦チームのメンバー紹介が終わると母は、この試合の具体的なルール説明を行った。

 

 

 

「それでは、この試合のルールを説明します。今回はアメリカの戦車道競技を参考にした特別ルールで行うわ…これから試合に挑む両チームもしっかり聞くのよ!!」

 

 

 

さすがにこうなると、母に対する怒りでイライラしていた私も説明を聞かざるを得ない。

 

 

 

「まず、四方が500mで仕切られた特設フィールドの両端から試合開始の号砲と同時に、双方の戦車がフィールドの中央へ向かって全速力で突っ込みます。但し、この時点では発砲禁止です。そして、両車がフィールド中央で擦れ違ってから攻撃開始。ここからは、どう動いても良いし発砲もOKよ」

 

 

 

そこで、少し言葉を区切った後、母は試合の決着の着け方について説明する。

 

 

 

「そして今回は、車体のどこに当てても良いので、相手より先に砲弾を命中させた方が勝利!! 但し、装甲板の端を掠った程度では命中判定が出ない様に実弾の信管を調整してあるから、しっかりと相手に直撃させるのよ!!」

 

 

 

その説明を聞いた時、私はなるほどと思った。

 

Ⅳ号戦車D型とイージーエイトは、特に火力と装甲の厚さに差があるので、普通に戦ったらⅣ号戦車D型に乗るAチームに、まず勝ち目は無い。

 

そこで母は、フィールドの広さを500m四方と戦車戦としては接近戦に当たる近距離に設定した上で、砲弾の命中に関しては現実の砲弾の威力と相手戦車の装甲厚等に即して撃破したか否かを機械判定する戦車道のルールではなく「先に砲弾を命中させた方の勝ち」とする単純明快なルールにした訳か。

 

それなら、戦車の性能差は余り関係なくなるから、西住先輩達Aチームにも勝機はあるかも知れない。

 

 

 

でも母さん…それはちょっと甘いと思うけどね。

 

私達、みなかみタンカーズ組の4人が戦車道の公式戦やタンカスロンでどれだけの修羅場を潜って来たか、母さんが知らない筈はないでしょ?

 

そもそも、私や瑞希に幼い頃から手取り足取りで戦車道を教え込んだのも、みなかみタンカーズを創設したのも、そして私達を戦車道の選手として育成する為にタンカスロンへ送り込んだのも母さんよ?

 

幾ら西住先輩が昨年度の黒森峰女学園の戦車道チームで、1年生ながら副隊長を務めた程の実力者と言っても、一緒に組んでいる武部先輩に五十鈴先輩、冷泉先輩や秋山先輩は悪い言い方だけど、今日初めて戦車に乗ったばかりの素人。

 

まさかと思うけれど母さん、そんな西住先輩達が私達を相手に互角の勝負を繰り広げると思っているのなら…私は、本気で母さんをガッカリさせる自信があるわ。

 

 

 

そんな事を思いながら、私がこの試合を仕組んだ母に対する闘志を燃やしている時、母のマイクパフォーマンスもクライマックスを迎えていた。

 

 

 

「そして最後に、本日の試合を裁くレフェリーを紹介します…日本戦車道連盟の公認審判員でもある、陸上自衛隊富士教導団・機甲教導連隊所属の蝶野 亜美一等陸尉です!!」

 

 

 

その瞬間、周囲から選手紹介にも劣らない大歓声が上がり、母から派手に紹介された蝶野一尉も「どうも~!!」と大声で答えながら、観客に向かってノリノリで手を振っている…ああ。

 

こうして、試合会場に集まった生徒全員は母の扇動に乗せられて、これから始まる試合を楽しそうに待ち侘びていた。

 

 

 

「それでは、もう間もなく試合開始です!! 皆も思いっ切り楽しんでね~!!」

 

 

 

最後に、母がマイクパフォーマンスを締め括ると、もうすぐ試合開始だ。

 

 

 

 

 

 

観客のボルテージが、最高潮に達している試合開始直前。

 

私は最後に車内へ乗り込むと、先に車内に入っている皆へ聞こえる様に、物騒な事を呟いた。

 

 

 

『あの母親…試合が終わったら、榴弾を1発ぶち込んでやる!!』

 

 

 

だが、その言葉を聞いた瑞希が嫌そうな顔をして文句を言う。

 

 

 

「止めなさいよ、嵐…私、この歳で犯罪者にはなりたくない」

 

 

 

それを聞いた菫や舞も、私を諭す様な口調で話し掛けて来た。

 

 

 

「嵐ちゃん、西住先輩と試合が出来るだけでも幸せだと思わないの?」

 

 

 

「そうだよ、嵐ちゃんも楽しみにしていたんでしょ?」

 

 

 

『いや、確かに2人の言う通りだけど、母さんがせっかくの試合をぶち壊しに…』

 

 

 

だが、私の文句に対して瑞希がいつもの様に、澄ました顔でこう返した。

 

 

 

「いやむしろ、私は気持ち良いけどな…だって練習試合で、これだけ多数のお客さんに見てもらえるのって滅多に無いし」

 

 

 

『やれやれ…』

 

 

 

あ~あ…これじゃあ手抜きも出来ないわねと思いながら、私は皆に指示を出した。

 

 

 

『じゃあ、最後のチェックを始めますか。それぞれの持ち場の計器類や装備品に異常が無いか確認して。試合開始まで時間が無いけれど、焦っちゃダメだよ』

 

 

 

 

 

 

一方…AチームのⅣ号戦車D型の車内では、西住 みほが緊張した面持ちで試合開始を待っていた。

 

嵐の前では大丈夫だと言ったが、やはり衆人環視の中での試合はみほにとって久しぶり…否、二度と無いと思っていただけに、微かに自分の体全体が震えている。

 

それに気付いた瞬間、みほは自らの体を抱き締めてプレッシャーに耐えていたが、その姿は通信手席から後ろを振り返った武部 沙織に見られていた。

 

 

 

「みほ…体、震えているよ。大丈夫?」

 

 

 

嵐の母親である明美のマイクパフォーマンスの時に、みほが怯えた表情をしたのを見ていた沙織は、小刻みに震えているみほの姿を見た瞬間、心配そうに話し掛けて来た。

 

 

 

「あっ…ゴメン」

 

 

 

みほは、沙織に返事をするが、そこへチームの仲間達がそれぞれの言葉でみほに語り掛けて来る。

 

 

 

「みほさん、調子が悪ければ棄権した方が良いと思いますよ」

 

 

 

砲手席に着いている五十鈴 華が優し気だが、はっきりした口調でみほを諭すと、みほの隣に立っている秋山 優花里が、心配そうな表情で華の意見に同調する。

 

 

 

「五十鈴殿の仰る通りです。原園殿もお母様に向かってあんなに怒っていましたし、棄権しても大丈夫ですよ」

 

 

 

そして、操縦席に座っている冷泉 麻子が、先程までの眠そうな表情からは想像出来ない位の真面目な顔を、みほに向けて話し掛けて来た。

 

 

 

「西住さん、皆の言う通りだ…無理しなくていい。原園さんもこんな試合は望んでいないと思う」

 

 

 

そんな麻子の言葉を聞いた沙織と華、優花里の3人は、みほに向かって揃って頷くと、麻子自身もみほに向かって小さく頷いた。

 

 

 

ちなみに、Aチームの乗員配置は午前中の練習試合が中断した後、メンバーが昼食前に汗を流す為、艦内の大浴場で入浴した際に皆で話し合った結果、午前中とは異なる配置になっている。

 

この為、午前中は戦車長だった沙織がコミュニケーション力の高さを評価したみほの薦めで通信手に、操縦手だった華は自身の希望で砲手に、砲手だった優花里は戦車長になったみほに代わって装填手となり、途中から成り行きでチームに加わった麻子が操縦手を務めている。

 

そんなAチームのメンバーは、全員明美がこの試合を強引に公開した事で、みほの心中を案じており、最悪みほと一緒にここから逃げ出しても構わない、とさえ思っていた。

 

その点では、みほの仲間達の心は対戦相手のリーダーである原園 嵐と同じである。

 

だがみほは、そんな仲間達の心遣いに感謝しながらもこう答えた。

 

 

 

「みんなありがとう…でも大丈夫。こんなに沢山のお客さんがいる中で試合をするのは久しぶりだから、つい武者震いしちゃった」

 

 

 

無論、このみほの答えは嘘である。

 

この試合を全校生徒に公開すると明美が宣言してから、みほの心には不安が募っていたが、先程の選手紹介で、その不安はピークに達していた。

 

正直、出来るならばここから逃げ出したい…だが、みほの心は逃亡寸前の所で踏み止まっていた。

 

そしてみほは、今度は嘘偽り無く、試合に臨む本当の理由を仲間に告げる。

 

 

 

「それに私達、午前中の試合で原園さんに助けられて、今ここにいるんだよね」

 

 

 

「でも…」

 

 

 

ここで、みほの話を聞いていた沙織が「…試合で原園さんへ恩返しをしようと思っているのなら、それこそ無理していない?」と告げようとした時、みほは続けてこう話した。

 

 

 

「それに午前中の試合、原園さんはずっと笑顔で私達と一緒に試合をしてた…お父さんを戦車道の事故で亡くされているのに」

 

 

 

「「「!!」」」

 

 

 

「西住さん、それ本当なのか!?」

 

 

 

みほからの指摘を聞かされた仲間達は、皆衝撃を受ける。

 

特に、他の3人とは異なり嵐の父の事故死を知らなかった麻子は、驚いてみほに問い掛けて来たので、みほは頷くとこう麻子に告げた。

 

 

 

「うん、冷泉さん。原園さんのお父さんは今から10年前に、戦車道の試合前のパレードで、戦車に轢かれそうになった男の子の命と引き換えに戦車に轢かれて亡くなったって…だから私、辞めようとしていた戦車道を受けるって会長さんに告げた時、同じく戦車道を辞めようとしていた原園さんも巻き込んでしまったって後悔してた。でも、原園さんは私達との練習試合を楽しんでくれてたんだ」

 

 

 

みほは仲間達にそう告げると、決意を新たにして、こう語る。

 

 

 

「だから、この原園さんとの1対1の試合、私も楽しみたいんだ…まさか戦車道の試合がこんなに楽しいと思うなんて、初めてかも知れない」

 

 

 

みほの決意を聞かされた、Aチームの仲間達は心に熱いものを感じると、みほと一緒に試合に臨む覚悟を決めていた。

 

 

 

 

 

 

その頃…場面は試合直前のフィールド中央部の端、学園艦方向では左舷側に当たる場所に変わる。

 

ここには放送部によって試合中継用の実況席が設けられ、その中央には大洗女子学園放送部員の王 大河がアナウンサーとして座っていた。

 

また、彼女の隣には元・陸上自衛隊陸将で機甲部隊指揮官の経験が豊富な原園 鷹代と元・黒森峰女学園戦車道チーム副隊長で、現在は周防ケミカル工業社長の周防 長門が解説役として着席しており、その周りには大洗女子学園の生徒会役員以下、試合には参加しない戦車道チームのメンバー全員が着席している。

 

 

 

「西住先輩と嵐、どっちが勝つかな?」

 

 

 

梓が楽しそうな表情で試合の行方について周りにいるチームメイトへ問い掛けていると、彼女のすぐ前方にある実況席に座っている鷹代が、履修生達に向けて鋭い口調で語った。

 

 

 

「皆、悪いけれどこの試合は間違いなく嵐達が勝つ」

 

 

 

表情は憮然としているが、確信に満ちた声で嵐達Fチームの勝利を断言した鷹代を見た戦車道履修者達が驚いている。

 

 

 

「えっ、何故分かるんですか?」

 

 

 

バレー部キャプテンで、Bチームの戦車長でもある磯辺 典子が不思議そうに問い掛けると、鷹代は当然の様な口調で答えた。

 

 

 

「戦車乗員の経験と連携の差が段違いだからさ」

 

 

 

その言葉を聞いた典子は、バレー部での経験から鷹代の言葉が意味するものを悟って、ハッとなったが、戦車道についてはまだ素人である他の履修生達は意味が分からず、皆当惑していたので、鷹代は憮然としていた表情を少し緩めると、優し気だがはっきりした口調で、自分の発言の意味を説明した。

 

 

 

「まず嵐と瑞希ちゃんはね、小学校入学直前の冬からずっと、明美さんに戦車道を仕込まれて来た…もう10年になるね。菫ちゃんや舞ちゃんも小学3年生の春から群馬みなかみタンカーズの第1期生として7年間戦車道を学んで来て、中学3年の時には4人全員が戦車長としてタンカーズ中等部チームのレギュラーを張っていたんだ。年季が違う」

 

 

 

鷹代から、嵐達Fチームの経歴を聞かされた履修者達は予想していたとは言え、彼女達が高校1年生ながら豊富な戦車道の経験を持っている事に驚愕した。

 

特にCチームで車長兼通信手を務めるエルヴィンは、第二次世界大戦に関する自らの知識から、その言葉の持つ重大さに気付いて、こう口に出す。

 

 

 

「それは…まさか原園達は、全員がヴィットマンやカリウス級の腕前を持つ戦車乗りなのですか!?」

 

 

 

すると、鷹代の隣に座っていた長門が感心しながら返事をする。

 

 

 

「ほう、さすがはロンメル将軍のコスプレをしているだけはあるな、その通りだよ。中でも嵐は地元の中学を卒業するまで、群馬みなかみタンカーズのエースとして皆を引っ張って来た実力者だ…そして、他の3人も嵐に負けない位の腕前の持ち主だ」

 

 

 

「「「「「「えっ!?」」」」」」

 

 

 

戦車道履修者全員が自分達の知らない嵐達の実像の一端を知らされて驚きの声を上げる中、いつの間にか生徒会役員の隣の席に着席していた、明美の秘書の淀川 清恵が美しい声で、Fチームメンバーの経歴を簡単に説明した。

 

 

 

「鷹代さんや長門さんの言う通りよ。まず瑞希ちゃんは、凄腕の砲手として小学生時代から東日本の戦車道関係者の間で名を知られていた天才少女なの。菫ちゃんは実家が全日本ラリー選手権に毎年参戦しているラリーチームを運営していてね、その関係で小さい頃から車の運転が大好きで、遂には実家の裏山で毎晩車の運転技術を磨いている内に戦車の操縦も全国の中学生でトップの腕前になった努力家よ。そして舞ちゃんは小柄だけど力持ちで、更にはストリートダンスの全国中学生大会に出場した程の運動神経の持ち主だから、装填手として抜群の技量を持っているの」

 

 

 

「「「そ…それじゃあ!?」」」

 

 

 

嵐やFチームメンバーをよく知る、3人の女性からの話を聞いた大洗女子学園戦車道チームの全員が不安そうな声を上げた、その時。

 

放送席の端で麦茶を飲みながら彼女達の話を聞いていた、原園車両整備の工場長・刈谷 藤兵衛がはっきりした口調で語り始めた。

 

 

 

「それだけじゃないぞ。嬢ちゃん達4人は小学4年生の秋から中学卒業まで、群馬みなかみタンカーズでの戦車道活動と平行して、非公式の戦車競技『タンカスロン』にチームを組んで毎年出場していたんだ…もちろん、これは明美さんの発案でね。嬢ちゃん達の育成の為に専用の軽戦車まで用意して試合に出していたんだ。つまり嬢ちゃん達は都合5年間、ずっと同じチームで1台の戦車に乗って戦い続けたんだよ。もっとも嬢ちゃん達が使っていたのは3人乗りのソ連製T-26軽戦車だから、常に1人は交代でマネージャー役をやっていたそうだが、それで嵐の嬢ちゃんは中学最後のシーズンにタンカスロンの年間最優秀選手になり、他の3人も優秀選手に選ばれたよ」

 

 

 

そして最後に、鷹代が皆に向かって断言した。

 

 

 

「つまり、幾ら西住さんが戦車道の経験者だからと言っても、他の乗員は今日戦車に乗ったばかりの素人じゃあ、まず勝負にならないね」

 

 

 

「「「「「!!」」」」」

 

 

 

かつて、陸自きっての猛将兼機甲科随一の女傑として、陸自内部だけでなく米軍やNATO軍、それに世界各国の軍事専門家からその名を知られ、長年富士教導団や富士学校等で後輩の教育に力を入れて来た事から、現在でも多くの現役陸上自衛官から慕われている鷹代や嵐達をよく知る人達からの話を聞かされた戦車道履修生達は、嵐達Fチームメンバーの実力の高さに震えあがっていた……

 

 

 

(第17話、終わり)

 

 

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第17話をお送りしました。

明美さんの陰謀で一騎討ちをやる破目になった、西住殿達と嵐ちゃん達。
マジで明美さん、鬼畜です。
誰か彼女を止めて下さい(迫真)。
でも、西住殿は嵐ちゃんの笑顔を見て「私も楽しみたい」と思って戦いに臨みます。
しかし、ここでAチームとFチームの実力差が想像以上に大きい事が判明。
このままでは西住殿達に勝機は無い様に思われますが…果たして?

それでは、次回をお楽しみに。



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第18話「公開試合で、西住先輩と対決です!!」


お待たせしました。
遂に始まった西住殿対嵐ちゃんによる一騎討ち。
「相手より先に1発当てれば勝ち」と言う、戦車の性能差が実質上無いに等しいルールで行われるガチンコ対決の結末は?
それでは、今回もごゆっくりどうぞ。



 

 

 

「お待たせしました!! これより生徒会主催の戦車道チームによる公開練習試合、普通Ⅰ科2年の西住 みほさん率いるAチーム対普通Ⅰ科1年の原園 嵐さん率いるFチームの試合のカウントダウンが、間もなく始まります!!」

 

 

 

フィールド中央部の端、学園艦の方向では、左舷側に当たる場所に設置された実況席から試合の実況を担当する大洗女子学園放送部員の王 大河が元気な声を響かせると、フィールド周辺に集まっている観客達は、本日何度目かの歓声を上げた。

 

その歓声が鳴り止むのを待ってから、大河が解説者を紹介する。

 

 

 

「そして本日の試合解説は、この学園艦出身で陸上自衛隊唯一の機甲師団・第7師団長等を歴任された元・陸将の原園 鷹代さんと高校戦車道の強豪・熊本県の黒森峰女学園戦車道チームの元・副隊長で、現在は周防ケミカル工業社長として戦車道の発展に努められている周防 長門さんです。御二人共よろしくお願いします」

 

 

 

紹介を受けた鷹代は、憮然とした顔で頷きつつ「はい」と答え、長門も険しい表情ながら「お願いします」と返事をする。

 

この2人が嫌そうな顔をしているのは、明美によって無理矢理解説を頼まれたからであった。

 

その周りには、試合に参加しない戦車道履修生全員が着席しているが…その表情は、楽し気な観客達とは対照的に強張っていた。

 

無理もない。

 

彼女達は、つい先程まで嵐達Fチームメンバーをよく知る大人から彼女達の戦車道の実力の高さを知らされて、震え上がっていたのだから。

 

この中では一番楽観的な考えの持ち主である、生徒会長の角谷 杏でさえ冷や汗を掻きながら「これ、幾ら何でも勝負になるのかなぁ?」と、隣にいる小山 柚子や河嶋 桃に向けて不安そうに呟いていたのである。

 

だが、そんな事に関係なく試合は始まる。

 

既に戦車道の試合には欠かせない対戦相手同士による礼は、審判を担当する蝶野 亜美一等陸尉の号令によって済まされており、両チームの戦車はスタート地点に当たるフィールドの両端で試合開始を待っていた。

 

ちなみに、両者は学園艦の艦首側と艦尾側に分かれており、艦首側がAチーム、艦尾側がFチームである。

 

そして……

 

 

 

「3、2、1、0、スタート!!」

 

 

 

蝶野一尉による号令と同時に、何故かフィールドの外に置かれていた米国製のM2A1・105㎜榴弾砲が試合開始の号砲を放つと、両チームの戦車がスタート地点から勢いよく発進した。

 

 

 

 

 

 

試合開始と同時に、艦尾側からスタートした私達Fチームは、艦首側から発進したAチーム目掛けて一直線に突き進んだ。

 

最初に操縦手の菫と打ち合わせた通り接触ギリギリ……僅か数センチの間隔を保って、両車はフィールド中央部で擦れ違う。

 

その瞬間、車長用キューポラから上半身を乗り出している西住先輩が少し驚いた様な表情で、同じく上半身を車長用キューポラから出している私の顔を見ているのに気付いた。

 

そして、両車が擦れ違った時点で攻撃開始となった次の瞬間。

 

 

 

『菫、Jターン!!』

 

 

 

「OK!!」

 

 

 

菫が何時もの様に鋭く叫ぶと、私達が乗るM4A3E8“シャーマン・イージーエイト”を右方向へ急旋回させた。

 

その瞬間、スピードに乗っていたイージーエイトが転覆するかと思う位に右へ傾くが、そこから一気に180度方向転換する。

 

上空からその様子を見ていれば、この時の私達の戦車は、英語の「J」を書いた様な動きをしていただろう。

 

そして方向転換を終えると、目の前にはようやく右方向へ曲がろうかと言う、AチームのⅣ号戦車D型の後ろ姿が見える。

 

もちろん逃すつもりは、無い!!

 

 

 

『撃て!!』

 

 

 

私が号令した直後、長年の相棒である瑞希がイージーエイトの52口径76.2㎜戦車砲M1を発砲する。

 

弾種は当然、舞が装填した徹甲弾だったが……残念。

 

旋回直後の発砲だったので、ほんの少しだけ狙いが甘く、Ⅳ号の砲塔右側を掠って行っただけだった。

 

 

 

『ゴメンののっち、発砲の指示が早過ぎた……』

 

 

 

私は早口で謝罪したが、瑞希は逆に大声で励ましてくれた。

 

 

 

「気にしない。初弾で相手の砲塔掠めたから上出来、次は当てるわよ!!」

 

 

 

そんな親友からの励ましに、背中を押される様にして、私は次の指示を出す。

 

 

 

『よしっ、次は急加速で前進。右方向のⅣ号に並びかけたら仕留めるよ!!』

 

 

 

「了解!!」

 

 

 

私からの指示に反応した菫がアクセルを踏み込むと、私達のイージーエイトは一気に加速して、右旋回で逃れようとするⅣ号へ迫って行った。

 

 

 

 

 

 

西住 みほは、嵐の大胆かつ素早い指揮ぶりを見て驚嘆していた。

 

互いに接触寸前の状態で擦れ違ってから攻撃開始となった途端、嵐はJターンで素早くイージーエイトを自分達のⅣ号戦車D型の後方へ付けると、いきなり発砲。

 

旋回から発砲までの時間的余裕が殆ど無かったにも関わらず、初弾でⅣ号の砲塔右側を掠めて見せた。

 

掠っただけなので命中判定は下らないが、この試合は1発でも被弾すれば負けなので、その瞬間は車長用キューポラから上半身を出しているみほだけではなく、車内にいる仲間達も肝を冷やしていた。

 

しかも嵐達のイージーエイトは、初弾発砲からの勢いのまま加速すると、右旋回で逃げようとする自分達のⅣ号を追って来る。

 

その動きは、まるで獲物を狙う猟犬の様に隙が無かった。

 

 

 

「凄い…」

 

 

 

嵐達Fチームの技量の高さと連携の良さを見て、思わず感嘆するみほ。

 

その瞬間、彼女の脳裏にある記憶が蘇る。

 

それは、黒森峰女学園の中等部へ入学し、戦車道チームの副隊長に任命されてすぐの頃。

 

「みほは、西住流らしくないから、副隊長に相応しくない」と主張した、逸見エリカと言う同学年の少女と学内で2対2の試合をやった時の出来事だ。

 

その試合は、自分が負ければ副隊長を辞任、エリカが負ければ自身が戦車道から身を引くと言う“真剣試合”だったが……あの時、既に戦車道と言うものに深い懐疑心を抱いていたみほは、「この試合に負けたら戦車道を辞める」とまで言ったエリカに対して手加減をした。

 

あの時みほは、「自分以外の誰かが副隊長をやった方が黒森峰の皆の為になるから、自分は勝たない方が良い」と思ったのだ。

 

しかし、みほの不器用なまでの優しさによる行動は、逆に真剣勝負を望んでいたエリカの怒りを買う結果に終わったのだが。

 

そこまで思い出した瞬間、みほは我に返る。

 

 

 

「ハッ…手加減なんて出来ない!! 原園さんはエリカさんよりも間違いなく強い!?」

 

 

 

みほは、この試合でも一瞬だけ嵐に対して「手加減」をしようと考えていた事に気付き、その浅はかさを酷く恥じた。

 

と同時に、何故自分がエリカとの試合の事を思い出していたのか……その理由を悟ったみほは、真っ青になった。

 

今、目の前にいる原園 嵐と言う少女は、あの頃のエリカどころか、今まで戦車道で戦って来たどの相手よりも強い。

 

いや……この強さは、もしかすると!?

 

 

 

「もしかしたら原園さんは、お姉ちゃんの次位に強い!?」

 

 

 

嵐による鋭い機動を見たみほは、自身の経験から彼女の戦車道の実力が、自分の姉であるまほに次ぐと直感し、驚愕していた。

 

 

 

「凄いよ…本当に私の後輩なのかな?」

 

 

 

相手の技量の高さを見抜いて、心の底から嵐を羨ましく思うみほ。

 

実を言うと、嵐が戦車道を始めたのは5歳からなのに対して、みほが戦車道を本格的に始めたのは10歳、小学5年生の2学期に入ってからである。

 

みほは、以前保健室で休んでいた時に嵐の口から彼女が戦車道を始めた年齢を聞かされているのだが、今のみほは試合に集中している為に戦車道のキャリアでは、自分よりも嵐の方が先輩だと言う点に気付いていない。

 

だが、時にはその方が良い方向へ物事を考えられる場合もある。

 

この時のみほが、正にそうだった。

 

まだ素人だが、自分の為にどんな事が出来るか考えてくれている仲間達の事を思い出したみほは、自分も手加減はしないと決意した。

 

 

 

「正直、勝ち目は無いかも知れない……でも、こうなったら、“今出来る事”を全て出し切るしかない!!」

 

 

 

そして覚悟を決めたみほは、操縦手の冷泉 麻子に鋭い声で指示を出す。

 

 

 

「麻子さん、今すぐ旋回を止めて直進してください。そして次の指示で……」

 

 

 

 

 

 

異変が起こったのは、加速した私達のM4A3E8が、緩い右旋回を終えてから直進で逃げようとするAチームのⅣ号戦車D型へ並びかけようとしていた瞬間だった。

 

旋回を終えた地点から、直進で100m程の距離を逃げていたⅣ号の姿が、突然消えた。

 

いや、消えたのではない。

 

その理由に気付いた私は、思わず叫ぶ。

 

 

 

『くっ、急ブレーキでオーバーシュートさせた!?』

 

 

 

西住先輩は、Ⅳ号の操縦手に急ブレーキを命じて、追って来た私達をつんのめらせたのだ。

 

当然、全速力で並びかけていた私達の戦車は、Ⅳ号の前方に飛び出してしまった。

 

だがここで、相手の次の行動を予測した私は、車内無線で怒鳴る。

 

 

 

『菫、ジグザグ走行!!』

 

 

 

その指示で、私達のイージーエイトが蛇行し始めた途端、鋭い轟音と共に私の頭上を砲弾が飛び去って行った。

 

それは、AチームのⅣ号戦車D型が放った初弾だった。

 

つまり、西住先輩は急停止で私達をオーバーシュートさせた直後に砲撃を仕掛けたのである。

 

しかも、その砲弾は外れたものの、狙いが不正確だったのは上下方向だけで、左右の照準はキチンと合っていた。

 

この時、相手の砲手が誰かは知らなかったけれど、西住先輩以外のAチームの乗員4人は全員素人だ、と言う点を考えると、決して侮れない技量だと感じた。

 

そして、今度は私達がAチームに追われる番となる。

 

 

 

『先輩達、やるな……』

 

 

 

ふと私は、素直に今の感想を述べていた。

 

だって車長の西住先輩でさえ、戦車道は久しぶりのはず。

 

それが、午前中の練習試合では僅かな時間の間に、先輩達は的確に行動して勝ち残って来た。

 

そして今、この場で私達と戦っているのだ。

 

西住先輩、この大洗へ転校してから日が浅いのに武部先輩や五十鈴先輩、それに秋山先輩と凄く仲が良いんだろうな。

 

あっ、ひょっとして冷泉先輩とももう仲良くなったのかな?

 

冷泉先輩は武部先輩と幼馴染だと言っていたし。

 

えっ……友達間の仲の良さが、戦車道に関係するのかって?

 

その通りだよ。

 

戦車道では、乗員間の仲の良さは重要なんだよね。

 

何故なら、仲が良いと言う事は、普段からコミュニケーションが出来ていると言う事なので、それが車内での連携の良さに繋がって行く。

 

その結果、試合では常に相手よりも的確且つ素早く動ける要因になり得るからなんだ。

 

ひょっとしたら、この試合が思った以上に縺れているのは、西住先輩達の仲の良さが連携の良さに繋がっていて、経験不足をかなりの所まで補っているからだと思う。

 

つまり、戦車道では私達の様な経験者であっても楽な勝負は存在しないんだよ。

 

 

 

 

 

 

みほ達Aチーム対嵐達Fチームの試合は、当初の予想に反し、開始から15分以上経っても決着が着く気配がなかった。

 

それどころか、ある時は戦っている2輌の戦車が期せずしてツインドリフトを披露する事になった。

 

予想以上の白熱した試合に、熱い声援を送る観客達。

 

その熱気は、不安そうに試合を見学していた戦車道履修生達にも伝わり、彼女達も徐々に元気付けられて両チームへ声援を送れる様になっていた。

 

 

 

「嵐達も西住先輩達も頑張れー!!」

 

 

 

「「「頑張れー!!」」」

 

 

 

特に嵐と同じクラスの澤 梓が両チームへ精一杯の声援を送ると、他の皆も釣られて大声を出して行く。

 

だが解説役の鷹代と長門は、Aチームの健闘ぶりに目を見張ったものの、不安そうな表情を隠さなかった。

 

 

 

「みほちゃん……いや、西住さん達がここまでやれるとは、正直予想外です」

 

 

 

長門が、校内放送で自分の声が流れている事を考えてコメントをすると、隣に座っている鷹代がこう返した。

 

 

 

「うん。だけど嵐は、この位の相手なら負けはしないよ。必ず勝つ手を用意して、それを使う時を窺っている」

 

 

 

「えっ……そうなんですか?」

 

 

 

実況の王 大河が2人のコメントを聞いて不思議そうに話し掛けると、鷹代が「そうだよ。何故なら……」と語った所で、凄いどよめきが起こって会話が遮られる。

 

試合が大きく動いたのだ。

 

 

 

 

 

 

試合は、予想に反して膠着状態に陥っていた。

 

西住先輩達の乗るⅣ号戦車D型は、時間が経つにつれて動きが良くなっており、私達のイージーエイトがⅣ号に追われる時間帯が長くなっている。

 

それを間近で見せられた仲間達は、試合開始直後の冷静さを失いつつあった。

 

 

 

「何で~!? 私、小4から6年もの間、家の裏山で車の運転を磨いて来たのに……素人の操縦するⅣ号を振り切れないよ!! ひょっとしたらあの操縦手は、秋名のハチロク使い並みの天才ダウンヒラーなの!?」

 

 

 

幼い頃から、戦車と一緒に自動車の運転技術も磨いて来た美少女ドライバーの菫が、自分とほぼ互角の技量を持つ相手(しかも戦車は初めての素人)に直面して、車内でパニクっている。

 

 

 

「私、装填速度には自信があったのに……あっちの装填手も装填が速いよ、どうしよう!?」

 

 

 

得意なダンスだけでなく、体幹や体力トレーニングも毎日欠かさず行っているので、筋力のみならずバランス能力にも優れている為、走行中はよく揺れる車内でもバランスを崩す事無く装填作業をこなせる実力を持つ装填手の舞も悲鳴を上げる。

 

 

 

「くっ…菫や舞の言う通りAチームは半端ないわ。砲手も下手じゃないし、西住先輩以外は素人の筈なのに何故、あんなに戦えるのよ!?」

 

 

 

いけない……瑞希までが冷静さを失って弱音を吐き始めた。

 

このままだと試合のペースが、相手の方へ行ってしまう!!

 

 

 

『皆、落ち着いて!! 私達の動きの方がまだ一枚上手だから!!』

 

 

 

私は動揺する仲間達を抑える様に声を上げるが、確かにこの膠着状態を打開するのは簡単ではない。

 

だがこのまま負けるのは論外だし、もしも燃料か弾切れで引き分けになってしまえば、私だって納得出来ない。

 

こうなったら……もう時間は掛けられないな。

 

そう覚悟を決めた私は、ここで勝負を仕掛ける事にした。

 

 

 

『菫……次に私が合図したら、フェイントモーション抜きで慣性ドリフトをやってくれる?』

 

 

 

「あっ……そうか。だから試合前に『試合が始まったらドリフトする時は、必ずフェイントを使え』って指示していたんだね!!」

 

 

 

「ようやく落ち着いたわね。難しいけどお願い……ここは、菫が頼りだから」

 

 

 

「うん、任せて!!」

 

 

 

私が事前に指示していた策に気付いた菫が元気に返事をすると、それを聞いていた舞と瑞希もようやく落ち着いたのか、微笑みを浮かべながら私に向かって頷いてくれた。

 

そう……私は、西住先輩に本気で勝つべく、試合開始直後からある“駆け引き”を仕掛けていた。

 

それは、“Fチームの戦車がドリフトする時は、フェイントモーション……つまり、進行方向を変える時に一瞬だけ進みたい方向の逆に向いてドリフトしやすくするテクニックを使う”と、西住先輩に印象付ける為の駆け引きを。

 

だが、本当は菫のテクニックがあればそんな事をしなくても、ドリフトは出来る。

 

難易度は若干高まるが、問題なく出来るレベルだ。

 

では、何故そんな事をしたのか。

 

よく、格闘技の達人は相手の動きを見ただけでその強さや戦い方が分かる、と言われているが、戦車道でも熟練した戦車長なら相手戦車の動きを見ただけで、その乗員のレベルは概ね推察する事が出来る。

 

なので、例え自分と組む他の乗員が素人でもある程度の動きが出来るのであれば、相手戦車との技量差を計算に入れた上での対応が出来る為、最悪勝てなくても簡単には負けない試合運びが出来る…それが今、西住先輩がやっている事なのだ。

 

だがそこへ、相手戦車が突然自分が見た事の無い動きをしたらどうなるか?

 

当然、対応は“一瞬”でも遅くなる。

 

そこを狙って、私はここまでワザと菫にフェイントモーションしながらのドリフトをやらせていたのだ。

 

ここでフェイント抜きの慣性ドリフトをすれば……西住先輩と言えども、咄嗟の対応は出来ない筈。

 

そして、そこで生じる一瞬の隙を利用すれば、西住先輩から勝利を手にする事も十分に可能なのだ。

 

 

 

『先輩…勝負です!!』

 

 

 

私は、心の中で西住先輩に告げると勝負を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

西住 みほが、原園 嵐の仕掛けた駆け引きに直面したのは、試合開始から20分が過ぎようとしていた頃。

 

みほ達のⅣ号戦車D型から逃げようとするM4A3E8のノーズが左を向いた瞬間だった。

 

 

 

「よしっ! じゃあ次は、フェイントをかけて右へドリフト」

 

 

 

ここまでの嵐の動きのパターンから、彼女の次の動きに確信を抱いたみほは、無線で鋭く麻子へ呼び掛ける。

 

 

 

「麻子さん、次は右へ回って下さい…あっ!?」

 

 

 

だが次の瞬間、嵐のM4A3E8はフェイント抜きで左へ大回りのドリフトをして行った。

 

 

 

「フェイントせずにドリフトだと!?」

 

 

 

みほにとって予想外の嵐の動きに、同じく意表を突かれた操縦手の麻子が叫ぶ。

 

 

 

「しまった!! 麻子さん、停止してから時計回りで“信地旋回”!!」

 

 

 

慌てて、右方向への信地旋回で大回りをしている嵐を狙おうとするみほ。

 

実は、みほ達のⅣ号戦車D型は、火力でも装甲でも嵐達のM4A3E8に劣っているが、一つだけM4A3E8に出来ない事が出来る。

 

それが信地旋回だった。

 

信地旋回とは、旋回させたい側の履帯だけを動かして反対側の履帯は止める事により、止めている側の履帯を軸にして、その場で旋回する事なのだが、実を言うとM4シャーマンは操向装置の機構に差動歯車を使っている関係上、左右の履帯が連動しているので“片側の履帯だけを止める事”が出来ないのだ。

 

ちなみに、左右の履帯をそれぞれ逆方向に回転させる事により、車体の中心を軸にして更に小回りの利いた旋回をさせる事を“超信地旋回”と言うが、これはⅣ号もM4も出来ない……と言うか、戦車道に参戦可能な戦車でこれが出来る物はごく限られており、その代表例が独のティーガーⅠとティーガーⅡ(ケーニッヒティーガー)重戦車である。

 

つまりみほは、相手よりも小回りの利く信地旋回をすれば、まだ嵐のイージーエイトの動きに対応できると判断したのだ。

 

だが嵐は、そんなみほの反応を読み切っていた。

 

嵐のイージーエイトは、みほの予想を裏切る高速ドリフトで、みほのⅣ号へ迫って来たのだ。

 

 

 

「相手が速過ぎて、撃てません……」

 

 

 

その動きの素早さに対応できない砲手の華が、悔しそうに一言洩らす。

 

そして、既に信地旋回を終えて停車してしまっているⅣ号へ横付けするかの様に、嵐のイージーエイトが接近して来た。

 

もちろん、その砲塔は真横を向いており、停車したⅣ号の横腹を狙っている。

 

その時、みほは悟った。

 

自分達が、嵐の計略によって絶望的な戦況に陥れられてしまった事を。

 

 

 

「しまった……フェイントを印象付けて私を油断させてから、フェイント抜きのドリフトを仕掛けて、その後私がどう動くかも読んでいた!?」

 

 

 

全ては、みほが小声で呟いた通りだった。

 

試合開始直後、嵐から駆け引きを仕掛けられていたのに気付かなかった上、自分の動きも読み切られていた。

 

その結果、高速ドリフトで振り切られた挙句、自らの懐まで飛び込まれてしまった。

 

今まで、みほは「お姉ちゃん」こと姉のまほ以外の人にここまでやられた経験は無い。

 

 

 

「ああ…」

 

 

 

まさか自分の後輩が、これ程までの実力の持ち主だったとは。

 

みほは、この時「天才」と言う言葉の意味を実感すると共に、心の底から敗北を自覚していた……その時だった。

 

 

 

「負けちゃった…って、あれっ?」

 

 

 

負けたと思っていたみほの口から、意外な一言が零れる。

 

それは、自分の抱いた最悪の予想が思わぬ方向へ転がったのに気付いた瞬間だった。

 

そう。

 

試合が急展開するのは、ここからだったのだ。

 

 

 

 

 

 

それは、私にとって予想外の展開だった。

 

菫が、高速ドリフトを決めてⅣ号D型の真横に並んだ……と思った次の瞬間。

 

私は、トンデモないミスを犯したのに気付いた。

 

確かに、私達FチームのM4A3E8は、西住先輩達AチームのⅣ号戦車D型の“真横”に並んだ。

 

だが、問題はその“間隔”だった。

 

2輌の戦車は、まるで駐車場で隣り合って駐車しているかの様な間隔で並んで停車したのだ。

 

その結果起こったミスの、直接の被害者である瑞希が、私に向かって怒鳴った。

 

 

 

「嵐……これじゃあ、こっちの砲身が邪魔して、Ⅳ号撃てないんだけど!?」

 

 

 

そう、瑞希の言う通り。

 

両車並んで停車した結果、Ⅳ号を狙って砲塔を“3時方向”へ向けていた私達のイージーエイトは、皮肉にもⅣ号よりも主砲の砲身が長い為に、そのままでは自車の主砲がⅣ号の車体に当たってしまう。

 

そこで、砲塔の向きをやや車体正面寄りに向け直さなければならなくなっていた。

 

当然、この状態ではⅣ号を撃つ事は出来ない。

 

もちろん、これは私が思い切って相手の懐に飛び込もうとした結果、勢い余って相手に近付き過ぎてしまったからなので、私は慌ててこう指示した。

 

 

 

『あっ…ゴメン菫、ちょっとだけ後進!!』

 

 

 

「う、うん!!」

 

 

 

菫が、私からの指示を的確に読み取ってくれたので、私達は大きな時間のロスをせずにバックして、Ⅳ号との距離を5m程だけ離す事が出来た。

 

だが……その時には既に、Ⅳ号D型の24口径75㎜砲が、こちらの砲塔基部に狙いを定めていたのだ!!

 

皮肉にもイージーエイトより砲身が短いⅣ号は、私達と異なり殆ど並んで停車している状態でも砲身の長さに邪魔されず、私達に狙いを付ける事が出来たのだ。

 

その事に気付いた私達全員は、一斉に悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

「「「『あ…あ~れ~!!』」」」

 

 

 

 

 

一方、嵐達が悲鳴を上げていた正にその瞬間。

 

 

 

「撃てっ!!」

 

 

 

即座に状況を把握したみほが、華に号令を掛けると、彼女は素早く発砲した。

 

砲手としての華は素人同然だが、さすがに相手との距離が5m程と来れば当たらない訳がない。

 

しかも華は、この時自らの生活の基盤である華道の教えを思い出し、冷静且つ落ち着いて照準する事を心掛けたので、発射された75㎜砲弾は見事FチームのM4A3E8の砲塔基部に命中。

 

すると、M4A3E8の砲塔から白旗が揚がった。

 

その瞬間を確認した審判の蝶野 亜美一等陸尉の声が、マイクを通じて会場全体に響き渡る。

 

 

 

「Fチーム、シャーマン・イージーエイトに命中弾、走行不能。よってAチーム、Ⅳ号の勝利!!」

 

 

 

予想外の結末に一瞬静まり返っていた観客は、蝶野一尉の声を聞いた瞬間、今日一番の大歓声を上げたのである。

 

 

 

 

 

 

一方、特設試合会場の片隅では、原園 明美と部下の整備士である張本 夕子が試合について語り合っていた。

 

 

 

「社長、西住さん達が勝っちゃいましたよ。今見ても信じられないです!!」

 

 

 

明美は、戦車長のみほ以外の全員が素人のAチームが、嵐達みなかみタンカーズの前年度レギュラーで構成されたFチームに勝利したのを見て興奮気味に喋っている夕子に向かって、普段とは対照的な落ち着いた表情で試合の感想を語った。

 

 

 

「ええ。私もみほさん達が勝つとは思っていなかったけれど……彼女達は、最後まで諦めなかったわ。だからあそこまで競り合う事が出来たし、最後絶体絶命の状況に陥った時も、嵐達に生じた一瞬の隙を見逃さなかったのよ」

 

 

 

「はい!!」

 

 

 

明美の言葉を聞いた夕子が元気良く答えると、明美は夕子に向かって意味深な言葉を呟いた。

 

 

 

「それに、嵐がみほさんにゾッコンな理由を再認識したわ……やっぱり彼女は“誰も見捨てない”タイプのリーダーなのよ。これは、もしかすると楽しい事になりそう♪」

 

 

 

「あっ、社長何か企んでいますね? くれぐれも彼女達を驚かさない方が良いと思いますけれど」

 

 

 

明美の意味深な発言を聞いて、みほ達大洗女子の生徒達に迷惑を掛けるべきでは無いと進言する夕子。

 

しかし明美は、いつもの様に不敵を笑みを浮かべたまま何も答えようとはしなかった。

 

 

 

(第18話、終わり)

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

第18話をお送りしました。

試合中、西住殿達を相手に圧倒的な実力の高さを発揮していた嵐ちゃん達でしたが、最後の最後で僅かなミスを犯してしまった結果、それを見逃さなかった西住殿達が逆転勝利。
これは、正に「弘法にも筆の誤り」…勝負の世界では、例え強者であっても僅かな隙が切っ掛けで弱者に負ける事があります。
ですが、その僅かな隙を的確に突いて勝利へ繋げた西住殿も優れた戦車乗りです。
そんな西住殿に対して明美さんは、何を思うのでしょうか?

そして次回は、お風呂回です。
但し、そんなにエロくはなりませんのでその点は、ご了承下さい。
それでは、次回をお楽しみに。



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第19話「試合が終わって、皆とお風呂です!!」



お待たせしました、今回はお風呂回です。
エロはありませんが、ちょっとした女性同士によるセクハラはあります。
さて…どうなるか?

それでは、どうぞ。



 

 

 

ここは、学園艦内にある大浴場。

 

公開試合終了後、学園内の戦車格納庫前に集合した戦車道履修生達は、講評を行った蝶野教官から「みんなグッジョブ、ベリー・ナイス!! 初めてでこれだけガンガン動かせれば上出来よ!!」と褒められた後、生徒会の計らいでこの大浴場へ向かった。

 

そして今、本日2度目の入浴をして試合の汗を流そうとしている。

 

実を言うと彼女達は、午前の練習が中断した後、昼休み中に1度入浴していたのだが、戦車に乗れば必ず汗だくになる。

 

だから女の子としては、その都度入浴しなければ色々とマズイのは言うまでもない。

 

更に昼休み中の入浴では、その後で昼食も摂る必要があり、結果として時間に限りがあったので各チーム間の交流を深められなかった。

 

そこで今回は、午後の公開試合には参加しなかったA・Fチーム以外のメンバーも再び入浴して、互いの親睦を深める事になった。

 

 

 

 

 

 

皆が大浴場へ入ると早速、角谷会長が西住先輩と私達に向かって、母がしでかした「練習試合を全校生徒に公開した件」について謝罪した。

 

 

 

「いや~ゴメンね、西住ちゃんに原園ちゃん達。初めての練習試合が、まさかこんな事になっちゃうとは思ってもいなかったよ」

 

 

 

その姿を見た私は、会長からの謝罪を受け入れて頷きながらも、一言指摘して置いた。

 

 

 

『会長も分かったでしょう。ウチの母親は、あんな事を平気でやる人ですから油断しないで下さいね?』

 

 

 

「うん、原園ちゃん。明美さんがあんなにノリの良い人だとは想像してなかったよ」

 

 

 

「でも明美さん、会長と性格が似ていて初めて会った時から気が合うなって思っていたけれど、まさかあそこまで会長に似ているとは思わなかったわ」

 

 

 

会長が笑顔を見せながらも済まなそうな口調で私の母の事を語ると、小山先輩も苦笑いを浮かべながら会長と我が母親の共通点について話してくれた。

 

 

 

「小山~、幾ら私でも明美さんのノリには負けるよ。実際、練習試合を公開するのには反対だったけど、一発で論破されちゃうんだもの、参ったよ」

 

 

 

『会長、ウチの母に論争仕掛けても大抵負けますよ。母は戦車道が絡むとどんな手を使ってでも他人を巻き込んだり丸め込んだりするんです。次からは、母から何を言われても問答無用で断って下さいね?』

 

 

 

「参ったなぁ…一応、明美さんはウチの戦車道のスポンサーだし」

 

 

 

小山先輩から指摘を受けて、顔は笑っているが反省しているらしい会長に向かって、私は「母の取り扱い方」について説明した。

 

それに対して会長は困った顔をしていたが、次の瞬間、自分に向けられている話題を強引に変えたかったのか、西住先輩に向けて気になる事を言い出した。

 

 

 

「それより西住ちゃん。原園ちゃん達に勝ったのに、Ⅳ号からイージーエイトに乗り換えなくて本当に良いの? ウチで一番強い戦車だって明美さんも言ってたから、試合に勝った西住ちゃん達が乗るのが良いと思うけどなぁ」

 

 

 

実は、今日の公開試合の際の約束で私達Fチームに勝った西住先輩達Aチームは、私達が乗っていたM4A3E8“シャーマン・イージーエイト”を獲得する権利を得たのだが、試合後に西住先輩は会長と母の前で、その権利を放棄すると宣言していたのだ。

 

それに関する会長からの質問を受けて西住先輩は、少し考えてから理由を話し始めた。

 

 

 

「ええ…でも皆がⅣ号に慣れて来たのに、いきなり戦車を乗り換えるとなると練習を一からやり直さないといけないですし、それに……」

 

 

 

「あれが原園ちゃんとお父様の思い出の戦車だからかな? それは明美さんも気にしなくていいって言っていたけど?」

 

 

 

話の途中で、会長が口を挟んで来たが、西住先輩は首を横に振ると、先程よりハッキリとした口調で答えた。

 

 

 

「いえ、それだけではないんです。原園さん達は凄くM4を乗りこなしていました…私達、あの試合の最後に起きた一瞬の隙を見逃していたら、負けていました」

 

 

 

「ふ~ん。つまり西住ちゃんは、イージーエイトは原園ちゃん達が扱った方が一番力を発揮出来るって考えているんだね」

 

 

 

先輩の話を聞いた会長が尋ねると、西住先輩は小さく頷いてから「はい」と答えてくれた。

 

そこへ秋山先輩も会話に加わって、西住先輩の考えを支持する。

 

 

 

「そうです。私達も原園殿のドリフトで振り切られた後、私達のⅣ号の至近距離にまで迫られた時は、間違いなく負けると思っていました」

 

 

 

すると五十鈴先輩や武部先輩も秋山先輩と同じ意見を述べた。

 

 

 

「秋山さんの言う通りです。私も原園さん達がドリフトした時は、余りに速過ぎて主砲の照準が付けられないまま、何も出来なくて……」

 

 

 

「私もだよ…目の前で原園さんの戦車が見えなくなった後、皆真っ青な顔をしていたから、負けちゃうのかと思ってた!!」

 

 

 

仲間達の意見を聞いた西住先輩が「うん」とはっきりした口調で同意すると、私も西住先輩達に向かって励ます様に話し掛けた。

 

 

 

『先輩達、胸を張って良いですよ。公開試合が終わった後の講評でも蝶野教官が西住先輩達のチームを一番褒めていたんですから』

 

 

 

ここで私の話を聞いた会長も「ああ、そうだったねぇ」と思い出す様に語った時、私の隣で入浴している瑞希が相槌を打った。

 

 

 

「そうですよ。私達が最後に犯したミスだって、大抵の相手だったら見過してしまって、そのまま撃破されるまで何も出来ない事が多いんですから」

 

 

 

続いて舞も瑞希に向かって、Aチームとの試合の感想を述べる。

 

 

 

「うん。だからⅣ号から離れた時にⅣ号の主砲がこっちを狙っていると分かった瞬間、皆仰天したもんね」

 

 

 

その時、舞の隣にいる菫が少し悔しそうな声を上げた。

 

 

 

「それより……Ⅳ号の操縦手、凄過ぎます。私、小学4年から戦車だけでなく自動車の運転も極めて来たのに、自分と同じ位のドライビングテクニックを持つ先輩がいたんだもの!!あの操縦手の先輩は、誰なのかなぁ?」

 

 

 

すると、私達の向かい側で眠そうな顔をしながら入浴していた冷泉先輩が、右手を小さく上げて答えた。

 

 

 

「ああ…それは私だ」

 

 

 

「ええっ!?冷泉先輩、どうやって運転技術を学んだんですか!?」

 

 

 

冷泉先輩がAチームの操縦手だと知った菫が驚いて質問すると、冷泉先輩はもっと驚く内容の答えを寄越して来た。

 

 

 

「ああ、実はⅣ号に乗り込んだ時、車内に操縦マニュアルがあったから、それを全部読んだ。それだけだ」

 

 

 

「そ…操縦マニュアルを読んだだけで、あの動きが!? 私が6年間、戦車と自動車の運転技術を極めて来た経験って、一体……」

 

 

 

「「「「えっ!?」」」」

 

 

 

冷泉先輩からの回答を聞いた菫が茫然として肩を落とすと、彼女の話を冷泉先輩の隣で聞いていたAチームの残り4人が一斉に驚きの声を上げたので、菫は慌てて「何故自分が戦車だけでなく自動車の運転が出来るのか」についての説明を始めた。

 

 

 

「あっ、実は私、実家がラリーチームを運営していて、そこで使い古したラリー用の車に乗って小学4年生から中学卒業するまで、実家の裏山でずっとドライビングテクニックを磨いて来たんです。特にダートトライアルやジムカーナとかは毎日…」

 

 

 

と、そこで西住先輩が驚いた表情で菫に質問して来る。

 

 

 

「いえ、そうじゃなくて…菫さん、小学4年生から戦車の運転をしていたって言ったよね?」

 

 

 

「みほ、女子高生が車を運転出来る事に驚いてるんじゃないんだ……」

 

 

 

西住先輩の質問を聞いていた武部先輩が、西住先輩の驚いているポイントが自分と違う点にツッコミを入れていたが、菫はその事には触れず、西住先輩に対して小さく頷いてから質問に答える。

 

 

 

「あっ…はい、西住先輩。みなかみタンカーズは、小学3年生から入れるけれど体が小さ過ぎて戦車に乗るにはまだ早いから、小3で入団した時は最初の1年間、戦車には乗らずに座学やシミュレーター訓練をしたり、体力作りをメインにしたカリキュラムを受けるんです。そして小4になってから戦車に乗って本格的な戦車道の訓練を受けるんです」

 

 

 

そこへ菫の隣にいる舞が一言付け加える。

 

 

 

「私も菫ちゃんと一緒の訓練を受けたから、戦車には6年間ずっと乗って来たんだ」

 

 

 

すると、私達から少し離れた所で話を聞いていた、Bチームの近藤 妙子さんが舞へ念を押す様な質問をした。

 

 

 

「舞ちゃん、それって…戦車道を6年間やって来たって事?」

 

 

 

「うん!!」

 

 

 

「近藤さん、その通りです。正確には小3の1年間だけ、さっき言った理由で戦車には乗らないけれど、戦車道の他のカリキュラムはきっちり受けるから、私達はみなかみタンカーズでの7年間、戦車道漬けの生活を送って来たの…但し、嵐と瑞希はもっと前から戦車道をやっているけどね」

 

 

 

近藤さんの質問に舞が元気良く返事すると、菫が詳しい事情を説明してから、瑞希が更に補足説明をする。

 

 

 

「ちなみに、嵐は5歳の秋から明美さんとマンツーマンで戦車道の指導を受けて来て、私も小学校入学直前の冬から嵐と一緒に明美さんから直接指導を受けて来たのです」

 

 

 

「そして私達が小3になった春に、みなかみタンカーズが創設されてね。その時に私は隣町から戦車道をやる為にみなかみ町へやって来て、地元に住んでいた嵐ちゃんと瑞希ちゃんや菫ちゃんと一緒に入団したから、嵐ちゃんはもう10年近く戦車道をやっているんだよ」

 

 

 

最後に、舞が私達Fチームメンバーの戦車道の経歴に関する説明を締め括った時、西住先輩は心底驚いた顔で、浴場にいる皆へ衝撃的な告白をした。

 

 

 

「えっ…私、戦車道を始めたのは小学5年生の夏休みが終わってからだよ!!」

 

 

 

「「「『はいっ!?』」」」

 

 

 

西住先輩からの告白を聞いた私達Fチームメンバーは、一斉に驚きの声を上げる。

 

 

 

「と言う事は…嵐や私はおろか、菫や舞の方が西住先輩よりも戦車道の経験が長い!?」

 

 

 

「じゃあ、私達…先輩とは言え、戦車道では『後輩』に当たる人が戦車長で、他の乗員は今日初めて戦車乗った方のチームと試合をして負けた事になる訳で……」

 

 

 

瑞希が戦車道では自分達の方が西住先輩よりも「先輩」だったと言う事実に驚愕し、菫はお風呂でのぼせている訳では無いのに目をグルグル回して、信じられないと言う調子で独り言を呟いている。

 

そこへ舞が目を輝かせて、西住先輩達に話し掛けて来た。

 

 

 

「凄いです、先輩方…全員尊敬します!!」

 

 

 

「あっ…舞ちゃん、私達ってそんなに凄くないよ」

 

 

 

「本当に凄いです!! 嵐ちゃんのチームは、公式の戦車道でも野試合のタンカスロンでも1対1なら殆ど負けた事が無くて、特に去年は一度も撃破された事が無かったんですよ!!」

 

 

 

「特に、高校受験前にあったタンカスロンの昨シーズン最終戦では、そのシーズンのチャンピオンになった高校生チームのエース相手に決闘して勝ったんです!! あの時戦車長をやった嵐と砲手だったののっち、カッコ良かったなぁ~♪」

 

 

 

「「「な…何だってー!?」」」

 

 

 

舞からの賛嘆に対して、西住先輩は謙遜する様に答えたが、逆に舞は私達Fチームの過去の戦歴を簡潔に説明した上、更に菫があのタンカスロンシーズン最終戦での「ヤイカさんとの決闘」の話をしたので、大浴場でその話を聞いていた戦車道チーム全員は一斉に驚愕の叫びを上げていた、その時。

 

ふと瑞希が小山先輩の胸元を見て、羨ましそうな表情を浮かべると両手を合わせて小山先輩を拝みながら、妙なお願いをした。

 

 

 

「あの、小山先輩…今日から先輩を『乳神様』として崇めさせて下さい」

 

 

 

「ええっ!?」

 

 

 

『ちょっと、ののっち!?』

 

 

 

瑞希からの奇妙なお願いに小山先輩が驚きの声を上げたので、私は思わず瑞希を叱ったが、今度は舞が瑞希と同じ様に小山先輩を拝みながら、こんな悩みを打ち明けた。

 

 

 

「小山先輩…実は、私と“ののっち”と嵐ちゃんは、()()()()()の体形だから、タンカーズで『みなかみヒンヌー同盟』なんて渾名を付けられた事があって……」

 

 

 

『舞、私を巻き込むな』

 

 

 

「でも、嵐も言われたでしょ?」

 

 

 

『まあ…それは確かに』

 

 

 

舞からの告白に巻き込まれる形になった私は文句を言ったが、すぐさま瑞希からツッコミを入れられて、それを認めざるを得なかった時、今度は菫が私達の渾名についてのエピソードを語った。

 

 

 

「みなかみタンカーズで、嵐達3人の事をそう呼んでいた失礼な後輩達がいたんだよね。でも瑞希や舞も、わざわざそれを言う?」

 

 

 

すると瑞希は、右手で拳を握りしめて軽く突き上げると、目に涙を溜めながらこう宣言した。

 

 

 

「私だって…せめて小山先輩の半分位の胸は欲しいもの!!」

 

 

 

それに続いて、舞も涙目で小山先輩へ訴える。

 

 

 

「そうだよ、私もこの真っ平な胸のまま大人になるのは嫌だよ!!」

 

 

 

「あ…そうだね」

 

 

 

瑞希と舞からの訴えを聞かされた小山先輩は、笑うに笑えない表情で相槌を打つのが精一杯だったが、そこへ冷泉先輩と角谷会長が2人へ励ます様に話し掛けて来る。

 

 

 

「心配するな…貧乳は“ステータス”だ、希少価値だ。だから諦める必要は無いぞ」

 

 

 

「それに、小山から聞いているけど胸が大きいと色々と困る事もあるしねぇ」

 

 

 

すると、瑞希が両目を潤ませながら会長と冷泉先輩に向かって妙な事を言い出した。

 

 

 

「会長に冷泉先輩…なら、私達の同盟に入りませんか!?」

 

 

 

「「……」」

 

 

 

『ちょっとののっち、それはやり過ぎだって』

 

 

 

瑞希から変な勧誘を受けた会長と冷泉先輩は、目を点にしていたので、私が瑞希を嗜める事になった。

 

 

 

 

 

 

丁度、そんな感じで皆、楽しそうな語らいのひと時を過ごしていた頃。

 

今度は、私達の目の前に2人の女子がやって来た。

 

戦車道の授業見学に来ていた農業科1年生の長沢 良恵さんと名取 佐智子さんだ。

 

すると長沢さんが勇気を振り絞る様な表情で、深呼吸をしてから大声で私に話し掛けて来た。

 

 

 

「あ…あの原園さん、お願いがあります。私、皆さんと一緒に戦車道がやりたいです!!」

 

 

 

続けて、名取さんも長沢さんに負けない位の大声で話し掛けて来る。

 

 

 

「お願いします、私も戦車道がやりたいです!!」

 

 

 

私が呆気に取られて2人の顔を見詰めていると、長沢さんが真剣な表情で決意表明を始めた。

 

 

 

「私…今日、西住先輩と原園さんの試合を見て感動しました。どちらも一生懸命に頑張っていて、凛々しくて…だから私も皆と一緒に戦車道で輝きたいです!!」

 

 

 

続いて、名取さんも自らの決意を述べる。

 

 

 

「私、実は体育館であったオリエンテーションを見た時から戦車道には興味があって、長沢さんからも誘われたけれど、その時は戦車道がどんなものか分からなかったので、選択する勇気が出なかったんです…でも先日、澤さんと原園さん達が戦車を探しに私達の農業科へ来た時に戦車道の事を思い出したんです」

 

 

 

そこで名取さんは、一旦言葉を区切ってから息を吸って気持ちを落ち着けると、再び語り始めた。

 

 

 

「そしてウサギ小屋で戦車を見つけて喜んでいる姿や翌日戦車を楽しそうに洗車しているのを長沢さんと一緒に格納庫の影で見ていたら、角谷会長から勧誘されて皆さんの授業を見学している内に『私もやってみたい』って心に決めたんです!!」

 

 

 

2人の決意表明を聞いた私は、なるほどと思った。

 

これは、長沢さんも名取さんも本気で戦車道をやる気になったみたいだな…しかも私達の姿を見てその気になったと言う事は、こちらも真剣に答える必要がある。

 

私は、小さく頷くと落ち着いた口調で2人に尋ねた。

 

 

 

『うん、それで私に声を掛けて来たのは、何か理由があるのかな?』

 

 

 

すると長沢さんがハキハキした口調で、こう答える。

 

 

 

「私、あの公開試合を見て、AかFチームに入りたいと思ったんです。でも西住先輩達のAチームは全員埋まっているみたいで、頼めるのは原園さんしか……」

 

 

 

続いて、名取さんも自らの言葉で語り出した。

 

 

 

「私はどのチームでも良いのですが、良恵ちゃんは公開試合を見た後『西住先輩か原園さんのチームに絶対入りたい!!』って言い出しちゃって」

 

 

 

2人の真剣な表情を見た私は、即座にこう答えた。

 

 

 

『あ…いいよ。丁度私達のイージーエイト、乗員に1人分空きがあるから長沢さん、どうかな?』

 

 

 

「本当ですか!?やったぁー!!」

 

 

 

「その代わり、ウチの自主練はキツイから覚悟してね~♪」

 

 

 

希望のチームに参加出来ると分かって喜ぶ長沢さんに、瑞希がちょっと軽口を叩いていると、名取さんが不安そうに尋ねて来た。

 

 

 

「あの…私は?」

 

 

 

そこで、私は彼女を安心させる為にゆったりとした口調で答える。

 

 

 

『大丈夫だよ、名取さん。実はもう一つ乗員に空きがあるチームがあるのだけど、そこへお願いしてみる?』

 

 

 

「どこですか?」

 

 

 

名取さんがそう尋ねて来た次の瞬間、私と瑞希は互いに頷くと、あるチームのメンバー3人組へ向けて指を指した。

 

その指の先を見た彼女は、驚いた表情で私達に話し掛ける。

 

 

 

「あの…生徒会の皆さんと一緒に?」

 

 

 

私が『うん』と話してから頷くと、瑞希がその理由を名取さんへ説明した。

 

 

 

「生徒会が使っている38(t)軽戦車は元々3人乗りだけど、もう1人追加で装填手が乗り込める様に改良されているから、大丈夫よ」

 

 

 

生徒会トリオで構成されたEチームが乗る38(t)軽戦車は、元々チェコスロバキアで開発されたが、開発当時はLTvz.38と言う名称だった。

 

しかし、生産開始直後の1939年3月15日、チェコがドイツに併合(スロバキアは分割の上でドイツの保護国にされる)された為、ドイツ軍が製造工場ごと接収して自軍向けに生産したのであるが、この戦車、チェコスロバキアで開発されていた当時は操縦手、通信兼機銃手、砲手兼戦車長の3人乗りだった。

 

だがこれを接収したドイツ陸軍は、3人乗りだと乗員不足だと判断。

 

砲塔内部を、追加で装填手が乗り込める様に設計変更してから採用したのだ。

 

なのでEチームは、あと1人乗員を受け入れる余裕があった。

 

 

 

「えっ…私、会長さん達と一緒で大丈夫かな?」

 

 

 

生徒会三役と一緒にチームを組んでやって行けるのか、不安な表情を浮かべた名取さんだったが、すかさず角谷会長が笑顔を浮かべながら誘って来た。

 

 

 

「大丈夫だよ名取ちゃん、別に獲って食べたりしないから♪」

 

 

 

会長に続いて、小山先輩と河嶋先輩も笑顔で名取さんを勧誘する。

 

 

 

「うん、私達もメンバーが増えると助かるわ」

 

 

 

「私も大歓迎だ」

 

 

 

生徒会トリオから励まされた名取さんは、不安そうだった表情を一変させると、生徒会の3人に負けない位の笑顔を見せて、Eチームへの加入を承諾した。

 

 

 

「はい、先輩方!! よろしくお願いします!!」

 

 

 

こうして、授業見学をした2人の農業科1年生も戦車道を履修する事が決まり、大浴場は和やかな雰囲気に包まれていた。

 

すると、その様子を見守っていた武部先輩が今日一番の笑顔を浮かべたかと思うと、西住先輩達や長沢さんと名取さんに向かって、こんな事を言い出した。

 

 

 

「ふふっ…じゃあ、やっぱあそこ行かなきゃ!!」

 

 

 

『あそこ?』

 

 

 

私は、武部先輩が皆を誘って一体どこへ行くのか気になったので、問い掛けようとしたのだが…その時、西住先輩と武部先輩にはトンデモない危機が迫っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

「みほちゃ~ん、久しぶりだから一緒にアレやろ♪」

 

 

 

 

 

 

唐突に長門さんがバスタオルを巻いた姿でやって来たかと思うと、機嫌良さそうな声でニヤニヤしながら西住先輩に向かって話し掛けて来た。

 

 

 

「えっ…長門さん、まさか“アレ”ですか!? ここじゃダメです!!」

 

 

 

「みほ…“アレ”って、何!?」

 

 

 

長門さんからの「アレ」を聞いた途端、西住先輩が顔を真っ赤にして嫌がる様な仕草をしたので、武部先輩が「アレ」とは一体何なのか問い掛けて来た次の瞬間。

 

長門さんは、余りにも怪しげな表情を浮かべながら「アレ」の内容について喋ったのだった……

 

 

 

「そう…ち・ち・く・ら・べ~♪」

 

 

 

乳比べ、である。

 

要はこの人、西住先輩と武部先輩の胸を触って大きさを比べようとする「セクハラ」行為を仕掛けようとしていたのだ!!

 

恐らく、武部先輩が巻き込まれたのは単に西住先輩の隣にいただけではなく、胸部装甲が西住先輩よりも格段に分厚いからだろう…と言うのは、さて置き。

 

 

 

「「「な…何だって~!!」」」

 

 

 

大浴場に響く長門さんの卑猥そうな声を聞いた戦車道チーム全員が驚愕する中、西住&武部先輩に迫る長門さんの魔の手!!

 

 

 

「ふええ~っ!!」

 

 

 

「ひ…ひえ~っ!!」

 

 

 

そして、長門さんによる、まさかのセクハラ攻撃に思いっ切り怯える西住先輩と武部先輩。

 

 

 

だが、次の瞬間。

 

背後から忍び寄った私と秋山先輩から風呂桶でドツかれた長門さんは、頭に大きなタンコブを作り、まるで水死体の様にうつ伏せになってプカプカと浮かぶのであった……

 

 

 

『まさか、西住先輩相手にそんな事を……』

 

 

 

「全く…本当に“怪しい変態”じゃないですか」

 

 

 

普段の長門さんからは想像も出来ない醜態を見た私と、初対面から長門さんを「西住先輩に近付くストーカー」だと見做しているらしい秋山先輩は、互いの顔を見ながら溜め息を吐いた。

 

この直後、浴場の別の場所で入浴していた母と淀川さんが騒ぎを聞き付けたらしく、バスタオル姿でやって来ると無言のまま浮かんでいる長門さんを引き揚げて、その場から立ち去って行った……

 

 

 

だがこの時、私は武部先輩が、放課後どこへ行くつもりなのか聞けなかった事を、翌朝後悔する事になる。

 

 

 

(第19話、終わり)

 

 

 

 





と言う訳で、今回はお風呂回でした。
今回、長門さんが「実はかわいい娘好きの変態」である事が発覚しましたが(笑)、これはモデル準拠です。
ビッグ7は伊達じゃない(爆笑)。
なお西住殿と武部殿にセクハラ攻撃しようとした挙句、風呂桶でどつかれた長門さんの姿は「けいおん!」アニメ版第10話「また合宿!」のさわちゃん先生を元ネタにしています。
まあ脚本家がガルパン原作と同一人物ですから(爆)。

あと西住殿が「戦車道を始めたのは小学5年生の夏休みが終わってから」と語っていますが、これは公式コミカライズ「リトルアーミー」第1巻から引用しています。
リトルアーミー、実は原作最終話と深くリンクしている場面があるので、侮れない作品なんですよね。

そして次回ですが、お待たせしました。
あの「痛戦車」騒動です。
そして聖グロとの練習試合を巡って、何かが起こる!?
それでは、次回をお楽しみに。


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第20話「まさかの痛戦車、大集合です!!」



お待たせしました。
今回は、渾身のネタ回でございます(苦笑)。
さおりんの「あの台詞」も原作より早めに登場します…理由は、読んで頂ければ分かるかと。
それでは、どうぞ。

※2019/4/22 本文の一部(バレー部の八九式中戦車甲型に関する記述と誤字)を修正しました。



 

 

 

色々な意味で、大騒ぎだった練習試合の翌日。

 

今日も戦車道の授業を受ける為に教室を出た私は、途中で西住先輩達Aチームのメンバーや農業科1年生コンビの長沢さん&名取さんと合流し、皆で雑談をしながら戦車格納庫を目指していた。

 

因みに私と同じクラスだが、戦車道ではチームが異なる梓、あゆみ、あやの3人は、別のクラスにいる友人兼チームメイトの優季、桂利奈、紗希と合流する為に別行動を取っている。

 

そんな時、武部先輩が私に向かって“変な渾名”で呼び掛けて来た。

 

 

 

「実はね、“らんらん”……」

 

 

 

『らんらん?もしかして私の事ですか、武部先輩?』

 

 

 

今まで渾名を付けられた事が無かった私は、目を点にしつつ武部先輩へ問い掛けると先輩は、苦笑いを浮かべながら渾名の理由を教えてくれた。

 

 

 

「うん、名前が嵐(あらし)と書いて『らん』だから“らんらん”って呼んだら可愛いかなって思ったのだけど…ダメだった?」

 

 

 

「沙織…それじゃあ、まるで上野動物園に昔いたパンダみたいだぞ?」

 

 

 

「え~っ!?」

 

 

 

すると冷泉先輩が呆れ声で私の渾名を批評したので、武部先輩はガッカリした声で返事をしたが、そこへ西住先輩が私に問い掛ける。

 

 

 

「原園さん、私は可愛いと思うけど…もしかしたらダメかな?」

 

 

 

『いえ…今まで、そんな渾名で呼ばれた事が無かったからつい、戸惑っただけで…私は別に構いませんよ?』

 

 

 

そうしたら武部先輩は、ホッとした表情となり、私と西住先輩に向かってこう語った。

 

 

 

「あっ、良かった~じゃあこれからは、みほの事も“みぽりん”でよろしくね?」

 

 

 

「ふえっ…みぽりん?」

 

 

 

今度は、武部先輩から“みぽりん”と呼ばれた西住先輩が目を丸くしていると話を聞いていた長沢さんと名取さんがポカンとした表情で、武部先輩へ問い掛ける。

 

 

 

「あの…確か昔、そんな渾名で呼ばれていたアイドルがいた様な気がしますけど?」

 

 

 

「武部先輩って、意外と古い話を知っているんですね?」

 

 

 

「古い話…私、そんなに年増に見られているのかな?」

 

 

 

「「あ…ごめんなさい」」

 

 

 

2人の農業科1年生から、ある意味で“絶妙な”ツッコミを受けた武部先輩は、目を点にして呟きながら落ち込んでしまう。

 

その落ち込みぶりは、ツッコんだ方の下級生2人も思わず口を揃えて謝る程だったので、私は話題を変える事にした。

 

 

 

『そうだ、武部先輩。昨日お風呂から上がる前に西住先輩達を誘ってどこかへ行こうとしていましたよね?あの時私は、瑞希達と一緒に真っ直ぐ下宿へ帰ったから、その後どうなったのか知らないのですよ』

 

 

 

「ああ、そうそう。実は、その事なんだけどね……」

 

 

 

私からの質問を受けた武部先輩は、話題が変わったせいか気を取り直すと昨日お風呂から上がった後、西住先輩達と一緒にどこへ行ったかを語ってくれた。

 

 

 

「実は、あの後みぽりん達と一緒にホームセンターへ行って、クッションやアクセサリーを買って戦車に持ち込む事にしたんだ。だって戦車のシートは、硬くてお尻が痛いし車内もキレイにした方がいいでしょ?」

 

 

 

「私は、その時沙織さんと相談して芳香剤や鏡を買って来たんですよ」

 

 

 

「私も自分用のクッション買って来ました」

 

 

 

『はあ…クッションや芳香剤に鏡、ですか』

 

 

 

武部先輩に続いて五十鈴先輩と長沢さんも買って来た物について説明してくれたが、私は「戦車道では役に立たない物」のオンパレードを聞かされた気がして、呆気に取られていた。

 

すると今度は、冷泉先輩と秋山先輩がホームセンターでの出来事を語ってくれる。

 

 

 

「あと沙織は、戦車の中を()()()()にしようとしたから、それはやり過ぎだと言って止めたんだ」

 

 

 

「おまけに武部殿は、戦車の色を塗り替えたいなんて言い出して…戦車は、あの迷彩色が良いんですから“私は嫌だ”と言ったら武部殿は、不機嫌になってしまわれて困りました」

 

 

 

「もう、ゆかりんは…女の子ならもうちょっとかわいい物に興味を持とうよ?」

 

 

 

『あの…“ゆかりん”って、秋山先輩の事ですよね?』

 

 

 

その時、西住先輩が興味深そうな表情で私に質問して来た。

 

 

 

「原園さん、私は戦車にクッションとかを持ち込んだ選手は見た事が無いんだけど、原園さんがいたみなかみタンカーズではどうだったかな?」

 

 

 

なるほど…確かに、戦車道経験者だとそこが気になりますよね。

 

そこで私は、先輩達にタンカーズでのオシャレ事情を説明する事にした。

 

 

 

『はい。みなかみタンカーズだと毎年新入団する娘達の中に必ずいるんですよね、クッションやアクセサリーを買って来て戦車に持ち込む娘。でも……』

 

 

 

「でも?」

 

 

 

『戦車って車内が油臭いし、結構角が立っている場所があるので、クッションをシートの上に敷いても大体半月位で、あちこちに油汚れや鉤裂きが出来てボロボロになっちゃうんですよね』

 

 

 

「えっ…そうなの!?」

 

 

 

武部先輩が私の話を聞いて驚いていたので、私は小さく頷きながら話を続ける。

 

 

 

『ええ…それに戦車の中は、狭くて動いている時はよく揺れるから鏡とか芳香剤等のアクセサリー類もすぐ床に落ちて割れたり壊れたりしちゃうし、小さな物だと無くしてしまう事があるので、新入団の娘は大抵そこで泣いちゃうんです…でも水筒は、熱中症対策で持ち込みOKだから、そこでオシャレをする娘が多かったですよ。お気に入りの柄の水筒を選んだり、名札代わりに好きなアクセサリーを水筒のバンドの所に付けたりとか』

 

 

 

「水筒でオシャレをする所は、私が見て来た戦車道の選手とはちょっと違うね」

 

 

 

ここで西住先輩が話に反応して、感心しながら他の戦車道の選手とは異なる点を指摘してくれた。

 

そこで私は、こう付け加える。

 

 

 

『うちの母は、何時も「戦車道は楽しんでナンボ」って言っているから、そんな所では少し融通を効かせてくれるんですよ……』

 

 

 

ところが、話が盛り上がっていたその時。

 

前方から瑞希が、慌てた表情でこちらへ駆け寄って来た。

 

その後ろからは菫と舞も付いて来ている。

 

 

 

「嵐―!!大変よ、私達の戦車が!!」

 

 

 

『瑞希…まさか戦車が盗まれたの!?』

 

 

 

私は、戦車が盗難に遭ったのか?と思ったので、瑞希に向かって尋ねてみた。

 

実際、私達がタンカーズに入団したばかりの頃、夜中に酔っ払いが戦車格納庫に忍び込み、チーム所有のⅢ号戦車N型を動かそうとしている所を警備員に見付かり、御用となった事件があったのだ。

 

幸い、この時酔っ払いが乗り込んだ戦車には、燃料も弾薬も搭載されていなかったので、大事には至らなかったのだけど。

 

だが瑞希は、首を横に振って否定する。

 

 

 

「違うわよ。でも…ある意味、それより()()()()()()()()()

 

 

 

「「「『はあ?』」」」

 

 

 

「とにかく、百聞は一見に如かずだから、先輩方も一緒にこちらへ来て下さい」

 

 

 

突然の事で、しかも一体何が起きたのか理解出来ない私達は、瑞希に連れられて戦車格納庫前の運動場へやって来ると…次の瞬間、その場にいた全員が言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

目の前にある5輌の戦車の内、4輌までが“異様なカラーリング”を施されていたのである。

 

左から砲塔と車体側面に“バレー部復活!!”と大書された八九式中戦車甲型。

 

車体全体がピンク一色に染め上げられたM3中戦車リー。

 

何やら“訳の分からないカラーリング”と“幟”が特徴のⅢ号突撃砲F型。

 

そして何故か、金色に塗り上げられた38(t)軽戦車B/C型。

 

因みに最後の1輌であるⅣ号戦車D型は、特にカラーリングが変わった訳でも無く、外観に変化は無いが…内部は、先程説明した通り武部先輩達が購入した“ファンシーな小物類で埋め尽くされている”と聞かされていた私は、頭がクラクラして来た。

 

 

 

「はあ~」

 

 

 

西住先輩も、戦車道をやる娘ならまずやらないであろう“痛戦車”の姿を見て、目を丸くしている。

 

 

 

『こ…これって、一体誰がこんな事を?』

 

 

 

私も呆然とした表情で、その姿を眺めながら呟いていると“痛戦車”を作った面々が色々な事を喋っていた。

 

 

 

「これで自分達の戦車がすぐに分かる様になったー」

 

 

 

やり方は兎も角、理由自体は割と真面目だったのが、バレー部の磯辺キャプテン。

 

 

 

「やっぱ、ピンクだよねー♪」

 

 

 

普通の女の子らしい理由を述べているのは、梓だけど…この間、私言ったよね。

 

『戦車は、敵に見付かり難い様にする為、周辺の風景に溶け込み易い色にする事が多い』って。

 

まあピンクも、実は“特定の状況下”では迷彩効果が結構ある、とされているけれど、日本では恐らく鳥取県へ行かないと、“その効果”は発揮出来ないだろう。

 

そして「カワイイー」と喋っているのは、梓と同じ1年生チームのあやだ。

 

あやもこの間、私が説明した戦車道の事をもう忘れているのだろうか…凄く不安だと思っていたら武部先輩が、頬を膨らませて不満をぶち撒けた。

 

 

 

「む~う…私達も色塗り替えれば良かったじゃ~ん!!」

 

 

 

続いて秋山先輩が悲鳴を上げ、瑞希は怒りの声を上げる。

 

 

 

「ああっ、38(t)が、Ⅲ突が、M3が八九式が何か“別の物”にー!?」

 

 

 

「全くもう、最初の練習試合が済んだと思ったら…秋山先輩、すぐに塗り直させましょう!! 皆、戦車道を舐め過ぎているわよ!!」

 

 

 

「同感です、野々坂殿!!」

 

 

 

その様子を見た私は、すかさず秋山先輩と瑞希を諫める様に口を挟んだ。

 

 

 

『あーっ、秋山先輩にののっちも落ち着いて…まずは、深呼吸してから皆の戦車をじっくり見ようよ』

 

 

 

秋山先輩と瑞希は、このままだと“痛戦車”を作り上げた仲間達目掛けて()()()()をやりかねない形相だったので、私はゆったりした口調で問題の戦車達を検分しようと提案したら、瑞希が憤懣遣る方無い表情で、“ある戦車”を指差した。

 

 

 

「じゃあまずは、バレー部の八九式!!何よ、あの『バレー部復活!』ってスローガンは!?」

 

 

 

『あー、でも“砲塔にスローガンを書いた戦車”ってWW2のソ連軍によくあるよね。「ファシストに死を!!」とか「同志スターリンの為に!!」とか、色々あるじゃない?』

 

 

 

「あっ……」

 

 

 

「言われてみればそうでした、原園殿……」

 

 

 

瑞希と彼女のツッコミを聞きながら頷いていた秋山先輩も、史実を元にした私からの指摘を受けると、互いに顔を見合わせて頷きながら、納得せざるを得なくなっていた。

 

特に、この手のスローガンが数多く書かれていた事で知られる、『KV-1重戦車』が好きな瑞希は「私とした事が……」と呟きながら反省している様だ。

 

 

 

『だから、バレー部の八九式中戦車は、セーフ。じゃあ、次行ってみよう』

 

 

 

続いて瑞希と秋山先輩は、ピンク色の戦車を指差して怒りをぶち撒ける。

 

 

 

「じゃあ梓達のM3リーは?全面ピンクなんて目立ち過ぎよ!?」

 

 

 

「そうですよね、野々坂殿」

 

 

 

『う~ん、でも戦車じゃないけれど、確か英陸軍の特殊部隊SASが使っていたランドローバーにも、ピンク色の仕様があったよね…確か“砂漠迷彩の一種”で』

 

 

 

「「あっ……」」

 

 

 

先程私が思った様に、日本では鳥取砂丘で戦車道の試合をやらない限り、その迷彩効果は発揮出来ないだろうけれど、ピンク色が砂漠迷彩として効果がある事に気付いた秋山先輩と瑞希は、これまた絶句したまま黙り込んでしまった。

 

 

 

『なので梓達のM3リーは、色の選択が間違っているとは思うけれど、“ギリセーフ”ね』

 

 

 

これで、4輌中2輌の“痛戦車”が「現実でも全く有り得ない訳では無い」と私に論破されてしまった瑞希は、次の車輌を指差してこう指摘した。

 

 

 

「それじゃあ…歴女先輩達のⅢ突は?幾ら何でも、これは無いわよ!?」

 

 

 

『ゴメン、ののっち…これは弁護出来ない』

 

 

 

流石に、これ程“派手な()()()”は私も肯定出来なかった…と言うか、砲塔を廃止した分、“全高を低くして待ち伏せ攻撃を容易にした”のが突撃砲のデザインなのに、それを否定するかの様に幟を立てたり目立ち過ぎる塗装をしたりするのは……

 

すると、Ⅲ号突撃砲F型の乗員であるCチームの歴女先輩の内の1人が、土佐弁で私と瑞希に向かって文句を言って来た。

 

 

 

「何故ぜよ?これが“カッコエエ”と思わんのか?」

 

 

 

『済みません、おりょう先輩…これは、ハッキリ言って“何処かのチンドン屋”にしか見えないのですが?』

 

 

 

「うっ……」

 

 

 

私から“当たり前のツッコミ”を喰らって、言葉に詰まるおりょう先輩だが、そこへ2人目の歴女先輩“カエサル”が抗議をする。

 

 

 

「チンドン屋とは失礼な。この姿から“支配者の風格”を感じられないのか?」

 

 

 

だが、その抗議に対して、瑞希がこれ以上無いツッコミを返して来た。

 

 

 

「あの、カエサル先輩…カッコイイとか支配者の風格とか言う以前に、これじゃあ目立ち過ぎて、試合では“タダの的”にしかならないのですが?」

 

 

 

「えっ…おい左衛門佐、お前も何か文句を言え!?」

 

 

 

瑞希からのツッコミに狼狽えたカエサル先輩は、傍らにいた3人目の歴女先輩“左衛門佐”に抗議をするよう促したが、彼女は……

 

 

 

「…それだ」

 

 

 

「「納得するな!?」」

 

 

 

私達のツッコミに、呆気無く同意した左衛門佐先輩に対して、おりょう先輩とカエサル先輩が文句を言う中、私と瑞希の目の前に歴女先輩達のチームで車長を担当するエルヴィン先輩が現れると、こんな話を始めた。

 

 

 

「聞いてくれ、2人共…私は“アフリカ軍団仕様が良い”と仲間達に訴えたのだが、受け入れてもらえなくて…結果、Ⅲ突がこんな姿になってしまったのだ」

 

 

 

実際には、北アフリカ戦線に配備されたⅢ号突撃砲は短砲身のD型だけらしいのだが、その気持ちはよく分かるので、私と瑞希は互いに顔を見合わせてから、エルヴィン先輩に同情の言葉を送った。

 

 

 

「『エルヴィン先輩…私達も先輩の案が一番妥当だったと思います』」

 

 

 

「「「あっ…そうだったのか」」」

 

 

 

私達とエルヴィン先輩の会話を聞いた3人の歴女先輩達はガックリと肩を落としていたが、次の瞬間、瑞希がハッとした表情になると私に向かってこう訴え掛けて来た。

 

 

 

「そうだ嵐、実はこのⅢ突よりもっと酷いのがあるの…これよ!!」

 

 

 

そして瑞希が怒りの表情で指差した先には、見事な金色に染め上げられた生徒会の38(t)軽戦車B/C型が鎮座している。

 

これには、流石の私も頭に来た。

 

直ぐ様、この“トンデモない戦車”を思い付いた()()()であろう人物目掛けて、大声で怒鳴る。

 

 

 

『会長…何ですか!?この金ピカの38(t)は!?』

 

 

 

その直前、私が怒鳴り付けた相手である角谷会長は「いいねぇ…この勢いでやっちゃおうか?」と河嶋先輩に何事か指示しており、指示を受けた河嶋先輩は「はっ、連絡して参ります」と返事をして、その場から立ち去って行くのが目に入った。

 

そして2人の会話を聞いた小山先輩が困惑しながら「えっ、何ですか?」と会長に問い掛けるのを見た私は、一体何が始まるのかと考えたが、その時はこれと言った答えが浮かばないまま気が付けば、会長を怒鳴っていた。

 

 

 

「あー、原園ちゃんに野々坂ちゃん。これ位“目立つ色”にした方がイイかなって思ったんだけど…ダメだった?」

 

 

 

私の怒鳴り声を聞いた筈の角谷会長だが、悪びれない様子で返事をしたので、カチンと来た私は、こう言い返した。

 

 

 

『これじゃあ、まるでZガンダムの百式じゃないですか!会長は、クワトロ・バジーナ大尉のつもりですか!?』

 

 

 

「ちょっと待った、嵐。幾ら何でも百式は古過ぎるわよ?」

 

 

 

『はあ?』

 

 

 

そこへ突然、瑞希が口を挟んで来たので当惑する私。

 

すると瑞希は、予想外の喩えを口にしたのだ。

 

 

 

「喩えに出すなら、せめて『SEED DESTINY』のアカツキにしなさいよ?」

 

 

 

更に、隣にいる菫と舞も楽し気な表情で“余計な”ツッコミをする。

 

 

 

「瑞希ちゃん、それを言うなら『OO』のアルヴァアロンでしょ?」

 

 

 

「3人共、それだったら『UC』のユニコーンガンダム3号機フェネクスだよ!」

 

 

 

『アンタ達!?』

 

 

 

明らかに、私が会長に言った文句で遊んでいる瑞希達へ怒鳴り返す私。

 

その様子を見た会長も、自分に向けられた批判が誤魔化された事に安心したのか「ほう…面白いねぇ」と呟きながらニヤニヤ笑っていると……

 

 

 

「あの…皆、それを言うなら……」

 

 

 

新たに私達のチームメイトになった長沢さんが、突然右手を上げながら小声で話に加わろうとして来るので、私達は一斉に長沢さんへ視線を向けた。

 

 

 

「「「『何?』」」」

 

 

 

私達からの視線を一身に浴びて、恥ずかしそうな表情を浮かべた長沢さんは、一言……

 

 

 

「ええと…それを言うなら、ゴッドガンダム……」

 

 

 

「「「『何故、()()()で“明鏡止水”を知ってるの!?』」」」

 

 

 

「あっ…実は、お兄ちゃんがGガンの大ファンで……」

 

 

 

「「「『あっ…なるほど』」」」

 

 

 

思いもよらぬ、長沢さんからのツッコミとその理由を聞いた私達Fチームの面々は、一斉に納得すると同時に38(t)戦車を金色にした会長の所業に対する怒りも失せてしまった。

 

 

 

『会長…戦車をこんな色にした件については、取り敢えず後回しにして、今から自分達の戦車を格納庫から出して来ます』

 

 

 

「うん♪」

 

 

 

と言う訳で、私は会長に一言伝えてから、Fチームの面々と一緒にまだ戦車格納庫から出していない、自分達の戦車を運動場へ移動させるべく格納庫へ向かう事にしたのだが…その時、ふと後ろを振り返ると、何故か菫と舞がコッソリ逃げ出そうとしているのに気付いた。

 

ここで“嫌な予感”がした私と瑞希は、ジト目で2人を睨みながら問い掛ける。

 

 

 

『ちょっと2人共。これから私達のイージーエイトを格納庫から出すのに、何で逆方向へ向かうの?』

 

 

 

「それに菫、アンタ操縦手でしょ?もしかして、舞と一緒に何か隠し事でもあるのかしら?」

 

 

 

「「え…え~と」」

 

 

 

私と瑞希に睨まれた菫と舞は、明らかに“何かを隠している”様子で脅えていた…まさか!?

 

私は次の瞬間、瑞希と傍らで心配そうに私達を見守っていた秋山先輩に目配せすると、戦車格納庫へ向かった。

 

そして格納庫の扉を開けて、まだ庫内にあるイージーエイトの姿を確認すると…私と瑞希、そして菫と舞を監視しながら一緒に格納庫へやって来た秋山先輩は、互いに呆然となった。

 

 

 

 

 

 

それから数分後。

 

戦車格納庫から、運動場にいる西住先輩達の前へと引き出されて来たイージーエイトの車体前面には……

 

 

 

何とも愛くるしい“猫の顔”がデカデカと書かれてあった。

 

 

 

勿論、私と瑞希は怒髪天を衝く形相で、この“痛M4戦車”を描いた犯人と思われる2人へ詰問した。

 

 

 

『菫…これは、どう言う事?』

 

 

 

「舞…まさか、アンタ達がやったの!?」

 

 

 

すると2人共あっさり頷くと、その理由を其々の言葉で告白した。

 

 

 

「ごめんなさい…でも私達ね、昨日の放課後皆が“楽しそうに”自分達の戦車をデコレーションしていたから、私と舞もついやってみたくなったんだ」

 

 

 

「だって…朝鮮戦争の時に、米陸軍がシャーマン・イージーエイトやM26パーシング等で虎さんや妖怪さんの顔を書いた事があるもん!だから猫さんの顔なら大丈夫だと思ったの!」

 

 

 

『うっ……』

 

 

 

「た、確かに二階堂殿の言う通り、戦車に動物や妖怪の顔を描いた例は実際にありますし……」

 

 

 

菫が真剣な表情で、そして舞は目に涙を溜めながら実例を挙げて“痛いシャーマン・イージーエイト”を描いた理由を告白したものだから、私と秋山先輩は2人の気持ち(気迫)に押されてしまった。

 

だが瑞希は、ポーカーフェイスのまま2人に向かってこう諫める。

 

 

 

「でも舞が言った“アレ”は、当時の北朝鮮軍兵士が“虎や妖怪を怖がると言う()()”を信じた米軍がやっただけの事よ。戦車道でこれをやったらどうなるか、菫も舞も分かるわよね?」

 

 

 

「「うん……」」

 

 

 

瑞希から諫められて、しょんぼりしながら返事をする2人。

 

その姿を見た秋山先輩は、困惑した表情で西住先輩へ問い掛けた。

 

 

 

「確かに、萩岡殿と二階堂殿の気持ちも分かりますが…西住殿、これは幾ら何でもあんまりですよねぇ!?」

 

 

 

でも、話を聞いた西住先輩は、不意に微笑みを浮かべていた。

 

 

 

「うふふ……」

 

 

 

「に…西住殿?」

 

 

 

その姿を見て、不思議な顔をする秋山先輩や皆に向かって、西住先輩は()()()その理由を語った。

 

 

 

「戦車をこんな風にしちゃうなんて、考えられないけど…“何か楽しいね”。()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 

「「西住先輩!!」」

 

 

 

「「あ…うふふ」」

 

 

 

先輩の笑顔とその言葉に触れて、嬉し涙を浮かべながら感動している菫と舞。

 

そして、朗らかな笑みを見せる武部先輩と五十鈴先輩。

 

そんな西住先輩達の姿を見た私は、“痛戦車”の事について批判する事が出来なくなってしまった。

 

だって、西住先輩が「戦車で楽しいなんて思ったの初めて!!」って言うのだもの。

 

先輩が“戦車道を辞めた理由”を知っている私にとって、まさか先輩からそんな事を聞かされるとは、想像すらしていなかった。

 

 

 

『ののっち…西住先輩の顔を見ていると、私、何か怒れなくなっちゃった』

 

 

 

私は、隣にいる瑞希に向かって正直な気持ちを伝えると、彼女も仕方無さそうな顔で返事をしてくれた。

 

 

 

「仕方無いわね…西住先輩の気持ちを考えると、皆がやった事を全否定する事は出来ないし」

 

 

 

だが瑞希は、そこで表情を一変させると負け惜しみの様な感じでこんな事を呟いた。

 

 

 

「まあ、これから練習試合の一つでもこなせば、自分達が如何に“罪深い事”をやったのか“体で覚える”でしょうから、良しとしましょうか…うふふ」

 

 

 

『ののっち、顔が引き攣っているわよ?』

 

 

 

「別にいいでしょ?」

 

 

 

西住先輩や菫に舞達が、其々の“痛戦車”を眺めながらガールズトークに花を咲かせている中、不気味な微笑みを浮かべている瑞希を見詰めていた私は、“廃校問題”は別にしても、この先私達の学園の戦車道がどうなるのか、正直不安になっていた。

 

 

 

 

 

 

さて嵐やみほ達が“痛戦車”を巡る騒動に翻弄されていた頃。

 

舞台は、とある洋上に浮かんでいる聖グロリアーナ女学院・学園艦へ移る。

 

その巨大な艦内の艦首部、広大な森に覆われている場所の一等地にある、戦車道チーム用のクラブハウス「紅茶の園」。

 

それ自体、一見すると英国の名門ホテルを想像させる程の、瀟洒な洋風建築の建物だが、内部も学生用とは到底思えない程、豪華且つ歴史の長さを感じさせる部屋ばかりだ。

 

その中でも特に、上質かつ年代物の調度品に囲まれた一室で、この学院の生徒である1人の少女が電話で会話をしていた。

 

 

 

「大洗女子学園…戦車道を復活されたんですの?おめでとうございます…結構ですわ。受けた勝負は逃げませんの」

 

 

 

少女は最後に、優雅ではあるが強い決意を秘めた言葉で会話を締め括ると、アンティークな装飾が施された電話を静かに切った。

 

ここで、彼女の様子を他の学院生徒2人と一緒に見ていた1人の成人女性が、透き通った声で電話を切ったばかりの少女へ話し掛ける。

 

 

 

「ありがとう、ダージリン隊長。全国大会が近いから、日程的に厳しいと思っていたのだけど?」

 

 

 

「いえ、“私達の先輩”からの()()()()()()とあれば。それに“どんな相手でも全力を尽くす”のが、私達の礼儀ですから」

 

 

 

聖グロリアーナ女学院・戦車道チーム隊長を務める金髪の少女、ダージリンが“先輩”と呼んだ成人女性に向けて答えると……

 

 

 

「その通りね」

 

 

 

“先輩”と呼ばれた女性もダージリンへ相槌を打った時、同席している2人の学院生徒の片方、金髪ロングヘアーの少女が彼女へ問い掛けて来た。

 

 

 

「それで先輩、今回対戦する大洗女子学園のデータについては既に頂きましたが、試合の方は準備出来ているのでしょうか?」

 

 

 

それに対して“先輩”は、淀みの無い声で返答する。

 

 

 

「大丈夫よ、アッサムさん。今回の練習試合は、周防石油グループがメインスポンサーに付きますから、そちらには一切負担を掛けさせません。既に、周防ケミカル工業の周防 長門社長が、山口県防府市にある本家へ向かわれていて、お母様でもある周防家当主様と、細かい打ち合わせに入っています」

 

 

 

「それは心強いわね」

 

 

 

“先輩”からの説明を聞いて微笑むダージリン。

 

すると今度は、アッサムの隣の席にいるもう1人の学院生徒…オレンジ色の髪を隊長に合わせたのか独特の形をした三つ編みで纏めている少女が“先輩”に質問した。

 

 

 

「と言う事は…今回の練習試合はもしかして、周防石油グループが毎年全国各地で行っている『高校生戦車道チャレンジ』の一環として行われるのですか?」

 

 

 

「その通りです、オレンジペコさん」

 

 

 

「凄い…高等部に進学してすぐなのに、“伝統ある試合”に参加出来るなんて、夢の様です」

 

 

 

オレンジペコが目を輝かせているのを見た“先輩”は、彼女へ向けて小さく頷くと、更に説明を続けた。

 

 

 

「また、試合会場となる茨城県大洗町との調整についても、大洗女子学園の生徒会が担当している他、サポートとして群馬みなかみタンカーズ代表・原園 明美と原園 鷹代元陸将が付いていますから、安心して大洗町へお越し下さい」

 

 

 

「なら私達は、手ぶらでも大丈夫ね…でも安心し過ぎて、戦車に乗るのを忘れて来ない様に注意しなきゃ」

 

 

 

「「ダージリン様……」」

 

 

 

「くれぐれも、戦車にはキチンと乗って、試合会場へお越し下さるようお願いしますね♪」

 

 

 

ダージリンの、冗談とも本気ともつかない発言に呆れているアッサムとオレンジペコを余所に、“先輩”と呼ばれた女性…原園車両整備社長・原園 明美の秘書である淀川 清恵は、笑顔を絶やさないまま語り終えると、静かに紅茶を口に含んだのである。

 

 

 

(第20話、終わり)

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第20話をお送りしました。

今回は色々とネタを仕込んでみましたが、いかがだったでしょうか(苦笑)。
特にあの“痛戦車”の中に史実ネタが微妙に混じっている点については、意外と語られていないかも知れません(強いて言えばピンク色のM3中戦車リー=SAS仕様のランドローバー“ピンクパンサー”は原作にも出ていたけれど、バレー部が八九式に書いたスローガンにも元ネタがあると指摘した人は余りいないはず)。
更に史実ネタについて付け加えるとシャーマン・イージーエイトの一部車輛が朝鮮戦争時、虎や妖怪の絵を車体前面に書いていた事に関しては、模型でもこれらの車輌をモデルにしたキットが複数あります(それを踏まえて“痛戦車”騒動のエピソードを改変したのは言うまでもない)。

あと清恵さんが何故ダージリン達がいる「紅茶の園」に来ていて、彼女達から“先輩”と呼ばれていた理由については、次回語られます。

それでは、次回をお楽しみに。



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第21話「親善試合のお知らせです!!」


お待たせしました。
ここ数日、風邪でしんどい思いをしています…皆様もお体には、気を付けてお過ごし下さい。
それでは、どうぞ。



 

 

 

あの“痛戦車”騒動の後、私達・大洗女子学園戦車道チームは、連日走行訓練と砲撃訓練を中心にしたメニューで、基礎練習を繰り返していた。

 

また私達の学園には、戦車道の顧問の先生がいないのを知った鷹代さんが、ボランティアの講師を引き受ける事になり、毎週月・水・金曜日に学園を訪れて、戦車道に関する授業を行ってくれる事となった。

 

鷹代さんによる授業の主な内容は、戦車道の歴史や試合に関する様々なルールの説明、そして戦車の構造・歴史や戦術理論に関する講義だ。

 

そんな鷹代さんは、最初の授業で「実はね…私は、防衛大学校に入学してから戦車に興味を持ったので、皆と違って高校卒業するまで、戦車道をやった事は無かったんだよ」と笑いながら話してくれた。

 

だが、陸上自衛隊時代の鷹代さんは、富士教導団や富士学校で機甲科の教官を長年務めており、戦車道実業団リーグの富士チーム(その実態は、陸自の女性戦車乗りによる選抜チームだ)では、コーチや監督として幾度も“実業団日本一”に輝いた経験のある日本戦車道界有数の指導者なので、皆、鷹代さんの講義を真面目に聞いていた。

 

まあ…鷹代さんの前で、居眠りしたり授業を聞いていない娘がいたら、即座に鷹代さんの大声が飛んで来るのだけどね。

 

 

 

そんな日々が、2週間程続いただろうか。

 

この日の放課後の戦車道の練習も、チーム全体で陣形を組む訓練と砲撃訓練を1時間ずつこなして終了したのだけど、授業の終礼をする為に集合した仲間達は皆、疲れた顔をして並んでいた…私とFチームメンバーの内、新加入したばかりの長沢さん以外の3人を除いて。

 

 

 

「凄いね…皆、疲れているのに、原園さん達だけピンピンしているんだもの」

 

 

 

皆が並んでいる様子を見ていた長沢さんが、不思議そうな顔で私達4人に問い掛けて来たのを聞いた私は、普段通りの口調で答えた。

 

 

 

『えっ、そう?私、毎朝筋トレやジョギングをしてから登校するからね…良恵ちゃんもやってみる?』

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

多分、トレーニングなんてやった事もないであろう長沢さんは驚いていたが、そこへ瑞希が口を挟む。

 

 

 

「私達、タンカーズ時代からその手のトレーニングを欠かした事は無いわよ…戦車道は体力が資本だもん、今度教えてあげようか?」

 

 

 

「は、はい。やってみます……」

 

 

 

私と瑞希の薦めを聞いて、戸惑いながらもトレーニングを受けると長沢さんが答えてくれた、丁度その時。

 

 

 

「今日の訓練、ご苦労であった」

 

 

 

「「「お疲れさまでした~」」」

 

 

 

事実上、毎日の練習の教官役を務めている河嶋先輩が訓練終了の挨拶をして、皆も疲れた様子で返事をすると突然、河嶋先輩がある通達をした。

 

 

 

「え~急ではあるが、今度の日曜日、練習試合を行う事になった」

 

 

 

「「「え~っ!?」」」

 

 

 

次の瞬間、私やFチームのみなかみタンカーズ組3人を除く各チームの皆が驚きの声を上げる中、河嶋先輩や角谷会長と一緒に私達の前にいる小山先輩が「うふ♪」と微笑んでいる…まさかと思いますが小山先輩、実は結構、Sの気があるのかなぁ?

 

だが、続いて河嶋先輩が対戦相手の発表をした時、私達タンカーズ組も思わず表情が硬くなった。

 

 

 

「相手は、聖グロリアーナ女学院」

 

 

 

「「「『えっ!?』」」」

 

 

 

そして、私達同様に硬い表情で俯いている先輩が1人いる…そう、西住先輩率いるAチームの戦車大好き少女、秋山 優花里先輩だ。

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

「?」

 

 

 

そんな秋山先輩の姿を見た武部先輩が声を掛け、五十鈴先輩が不思議がっていると、秋山先輩は顔を上げてから、険しい表情で対戦相手の説明をする。

 

 

 

「聖グロリアーナ女学院は、全国大会で準優勝した事もある強豪です」

 

 

 

「準優勝!?」

 

 

 

話を聞いた五十鈴先輩が驚くと、武部先輩も表情を変える中、秋山先輩は小さく頷いた後、厳しい表情のまま、再び俯いてしまう。

 

そして西住先輩は…元々、自信無さそうな様子で河嶋先輩の話を聞いていたが、秋山先輩の話を聞いた結果、更に自信を失ってしまった様な表情に変わってしまった。

 

“ああ、不味いなぁ”と私が思った、その時。

 

目の前に生徒会3役だけではなく、もう1人…よく知っている人が並んでいるのに気付いた私は、その人に向かって、呆れた口調でボヤいた。

 

 

 

『何故、聖グロが戦車道を復活させたばかりの私達と試合をするのかと思っていたら…ブッキングをしたのは淀川さん、貴女ですね?』

 

 

 

「あっ、バレちゃいました~♪」

 

 

 

すると、その相手…淀川 清恵さんは、私の追及を受けた瞬間“てへぺろ”のポーズで照れ隠しをしていた。

 

 

 

「えっ…原園さん、どう言う事なの?」

 

 

 

その遣り取りを聞いていた西住先輩が、不思議そうに私へ問い掛けて来たので、私は小さく頷きながら、淀川さんの過去を語った。

 

 

 

『実を言うと淀川さんは、聖グロのOGで、OG会の幹事も務めているのです』

 

 

 

続いて、私の隣にいる瑞希が、こう付け加える。

 

 

 

「淀川さんは、聖グロの中等部と高等部で戦車道をやっていて、高等部ではマチルダⅡの戦車長と兼任で、対戦チームの戦力分析等をやっていたのですよ」

 

 

 

「「「へぇ~」」」

 

 

 

「でも結局、全国大会は、高等部3年の時に準優勝するのが精一杯だったけどね」

 

 

 

「えっ…淀川殿は、準優勝メンバーだったのでありますか!?」

 

 

 

「「「おおっ!」」」

 

 

 

「おい…お前達、私からの話はまだ終わっていないぞ!」

 

 

 

私と瑞希の話で皆が盛り上がる中、淀川さんは、少しはにかみながら答えると秋山先輩が驚きの声を上げたので、皆がまたざわつき始めたのを見た河嶋先輩は、慌てて皆を叱り飛ばさなければならなくなった。

 

そこへ突然、横にいた瑞希が右手を挙げる。

 

 

 

「河嶋先輩。ちょっとここで、対戦相手について説明してもよろしいでしょうか?」

 

 

 

瑞希からの提案を聞いた河嶋先輩は、一瞬淀川さんや角谷会長と目を合わせてから「ああ、いいぞ。丁度その話をしようと思っていた所だ」と許可を出した。

 

そして瑞希は、秋山先輩に「済みません、ここから先は、私が説明しますね」と話し掛けると秋山先輩も「そうですね。戦車道では、野々坂殿の方が先輩ですから」と答えた。

 

 

 

 

 

 

こうして、河嶋先輩と秋山先輩の許可を得た瑞希は、皆の前で軽くお辞儀をすると対戦相手の説明を始めた。

 

 

 

「聖グロリアーナ女学院は、神奈川県の横浜港を母校とする学園艦で、英国流の教育方針を持つ日本有数のお嬢様学校ですが、戦車道も盛んなのです」

 

 

 

すると何故か、菫が前へ出て来て、瑞希の左隣に並ぶと口を挟んで来る。

 

 

 

「確か、長崎のサンダーズ大付属、青森のプラウダ高校、そして熊本の黒森峰女学園と並ぶ“高校戦車道4強”の一角で、ファンからは、“聖グロ”の愛称で親しまれているね」

 

 

 

「菫の言う通り…で、実を言うと聖グロは、()()()()()()()()()()()()()()のです。何しろ、その上の黒森峰や去年の優勝校であるプラウダの方が強過ぎるから」

 

 

 

「「「へぇ~」」」

 

 

 

突然の菫の登場に、瑞希は少し困り顔になりながらも彼女の後を受けて、聖グロの説明を続ける。

 

その話を、皆は感心しながら聞いていたが、今度は舞も前に出て来ると、瑞希の右隣に並んで聖グロの話を始めた。

 

 

 

「でも聖グロの戦車道は、色々なエピソードがあるし、戦い方は常に優雅且つしっかりしたポリシーを持っていて、選手も個性派揃いなんだ。しかも大学や実業団の選手として活躍している卒業生が一杯いるんだよ」

 

 

 

「ちょっと、菫も舞も呼んでもいないのに前へ出て来ないでよ…でも2人の言った通り、聖グロは、日本戦車道の歴史に数多くの足跡を残して来た名門校だから、優勝経験が無くても“高校戦車道4強”の一角を占めている訳。だから戦車道ファンの間では、聖グロの事をこう呼んでいるわ…『高校戦車道・無冠の女王』って」

 

 

 

「「「うっ!?」」」

 

 

 

ちょっとコントの様な展開になった瑞希達の説明だったが、それを聞いた各チームのメンバーは、最後に聖グロの凄さを知って全員緊張…いや、ビビっている様だ。

 

まあ、戦車道をやって来た私達にとっては、“基礎的な情報”なのだけど。

 

でも西住先輩は、瑞希達が楽しそうに聖グロの紹介をしていたのを聞いて、少し元気を取り戻したみたい。

 

「野々坂さん達、楽しそうに話してくれていたね」と、私に話し掛けてくれたので、私も『あの娘達、小さい頃から戦車道大好きだから、ずっとあんな感じで母から教えを受けて来たので……』と答えると、西住先輩は少し羨ましそうな顔をしながら「私も戦車道であんな笑顔、出来るかな?」と呟きながら、瑞希達の笑顔を見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

そんな瑞希達の説明が終わって、彼女達が列に戻ると河嶋先輩は、次の指示を出した。

 

 

 

「では話を戻すが、今度の日曜は、学校へ朝6時に集合」

 

 

 

「そんなに朝早く~!?」

 

 

 

“試合当日は、早朝6時に学校へ集合”と言う、河嶋先輩からの指示に仲間達が戸惑っていた、その時。

 

Aチームの操縦手・冷泉先輩が嫌そうな表情を浮かべると突然、思いもよらぬ事を言い出した。

 

 

 

「や…辞める」

 

 

 

唐突な発言に、五十鈴先輩が「はい?」と冷泉先輩に問い掛けるが、当人は「やっぱり戦車道辞める」と、やる気を無くした様な返事をしてしまっていた。

 

 

 

「「「あー……」」」

 

 

 

Aチームの皆が冷泉先輩を見詰めながら、心配そうに溜め息を吐いていると、再び五十鈴先輩が「もうですか!?」と問い掛けながらも、呆れてしまっている。

 

そこへ武部先輩が困った顔で、冷泉先輩がこんな事を言い出した理由を説明してくれた。

 

 

 

「麻子は朝が弱いんだよ」

 

 

 

それで、『あっ、要するに冷泉先輩は“寝坊助さん”なのかな?』と、私が思った時だ。

 

 

 

「あ…ま、待って下さい!」

 

 

 

冷泉先輩がAチームの並んでいる列を離れて立ち去ろうとしたので、慌てた西住先輩が冷泉先輩に声を掛けながら駆け寄って行ったが、冷泉先輩の返事はつれないものだった。

 

 

 

「6時は無理だ」

 

 

 

でも、そこへ秋山先輩と五十鈴先輩も加わり、冷泉先輩を説得に掛かる。

 

 

 

「モーニングコールさせて頂きます」

 

 

 

「家までお迎えに行きますから」

 

 

 

だが冷泉先輩は、振り返ると真剣な表情(?)で、西住先輩達からの説得を拒否した。

 

 

 

「朝だぞ…人間が朝の6時に、起きれるか!」

 

 

 

あっ…でも私は毎朝6時に起きているし、それはあくまで冷泉先輩の基準では、と心の中で思った、その時。

 

秋山先輩が肝心な事を冷泉先輩へ指摘した。

 

 

 

「いえ。6時集合ですから、起きるのは5時位じゃないと……」

 

 

 

すると冷泉先輩は、一瞬倒れそうになったが、まるで起き上がり小法師の様に起き上がると、西住先輩達からの説得を再び拒否した。

 

 

 

「人には出来る事と出来ない事がある…短い間だったが、世話になった」

 

 

 

だがここで、武部先輩が心配そうな表情で、幼馴染でもある冷泉先輩を説得に掛かる。

 

 

 

「麻子がいなくなったら、誰が運転するのよ~!?それにいいの単位?このままじゃ進級出来ないよ…私達の事、先輩って呼ぶ様になっちゃうから。私の事“沙織先輩”って言ってみ!?」

 

 

 

その時冷泉先輩は、この場から立ち去ろうとしていたが、武部先輩の説得を聞いて再び立ち止まったかと思うと、辿々しい口調で話し始めた。

 

 

 

「さ・お・り・せん……」

 

 

 

まさか、()()()幼馴染の事を“先輩”と呼ぼうとするとは思わなかったのか、武部先輩は暗い顔で溜め息を吐いたが、次の瞬間、冷泉先輩に向かって、より“決定的な事”を話した。

 

 

 

「それにさぁ、ちゃんと卒業できないと、お婆ちゃん滅茶苦茶怒るよ?」

 

 

 

「おばあ…!」

 

 

 

その瞬間、冷泉先輩は自分の祖母の事を思い出したのか、震え上がるとその場で固まってしまう。

 

だが、そんな冷泉先輩の様子を見た私は、ふとある事を思い出すと武部先輩に問い掛けた。

 

 

 

『おばあ…そう言えば武部先輩。この間、冷泉先輩のお祖母様と私の大叔母の鷹代さんが友達だ、って言っていましたよね?』

 

 

 

「うん。年は結構離れているけど、小さい頃からずっと仲良しだ、って」

 

 

 

私からの問い掛けに、武部先輩が頷いて2人の関係を簡単に説明してくれた時、その話を聞いた冷泉先輩が、震え声で私に問い掛けて来た。

 

 

 

「えっ…原園さん。今、何て言った?」

 

 

 

『だから“鷹代さんは私のお祖父ちゃんの妹さんで、冷泉先輩のお祖母様と友達だ”って言ったのですけれど…確かに、戦車道の授業で鷹代さんが学園に来た時は、何も言わなかったけれど、多分、冷泉先輩を特別扱いしたくなかったのでしょうね』

 

 

 

「鈍いなあ麻子、いつも麻子が遅刻したりおばあちゃんに迷惑を掛けると、鷹代おばさんも麻子の事叱っているでしょ?」

 

 

 

冷泉先輩からの質問に、まず私が答えて、武部先輩も呆れた顔で鷹代さんがいつも冷泉先輩の事を気に掛けている…つまり、冷泉先輩も鷹代さんの事を知っているだろうと告げた、その時。

 

冷泉先輩は、再び震え声で私に問い掛けて来た。

 

 

 

「まさか…原園さんと原園のおばあは、親戚同士なのか!?」

 

 

 

『そうだって言いましたよ、冷泉先輩。大叔母さんは、陸自時代からの癖で、他人に迷惑を掛ける人には、必ず説教をするからなあ……』

 

 

 

と、私が鷹代さんの性格の一端について、皆に説明した直後。

 

冷泉先輩は体をガクガク震わせながら、こう口走った。

 

 

 

「おばあと原園のおばあからの…ダブル説教!」

 

 

 

そして冷泉先輩は、一瞬真っ青な顔をしながら震え上がった後、慌てた表情で西住先輩達と傍にいた私に向かってこう明言した。

 

 

 

「わ、分かった!やる、戦車道やる!だからおばあと原園のおばあには……」

 

 

 

すると、そのタイミングで武部先輩が一言。

 

 

 

「あっ、麻子の真後ろに鷹代おばさんが?」

 

 

 

「うわあああ!?」

 

 

 

自分の後ろに鷹代さんがいると言われた冷泉先輩は次の瞬間、激しく脅えながらその場でしゃがみ込んでしまった…ああ、この分だと鷹代さんからいつも怒られているのかなぁ、と私は思いながら、しゃがみ込んでいる冷泉先輩の肩を優しく叩いて話し掛ける。

 

 

 

『冷泉先輩、大丈夫ですよ。今のは、武部先輩がそう言っただけですから』

 

 

 

続いて、武部先輩も済まなそうな顔で一言、冷泉先輩に謝った。

 

 

 

「ゴメンね、麻子…でも鷹代おばさんも、この事を知ったら絶対に怒るよ?」

 

 

 

結局、鷹代さんがこの場に来ていると言う話は、武部先輩による「冗談」だったのだが、冷泉先輩はその事に怒る事は無く、寧ろホッとした表情で、こう語ってくれた。

 

 

 

「ああ良かった…それより、戦車道を辞めるのは止めるから、今の話は、おばあと原園のおばあには、内緒にしてくれ」

 

 

 

『あ…はい』

 

 

 

私に縋る様な姿勢で頼み込む冷泉先輩を見た私は、頷きながら先輩の頼みを聞き入れる事にした。

 

だけど冷泉先輩、鷹代さんの名前を聞いて凄く脅えていたな…でも、仕方ないか。

 

鷹代さんは、陸自時代から『この世で寝坊助と遅刻魔が大嫌い』って、いつも言っているからなぁ……

 

 

 

 

 

 

こうして、今日の練習の終礼が終わった後。

 

生徒会長室に、生徒会3役と各チームのリーダーが集まっていた。

 

これから、聖グロとの親善試合に備えた作戦会議を行うのだ。

 

但し、淀川さんは「こう言うのは、大人がいると皆の知恵が湧いて来ないから、私は席を外すわね」と言って、どこかへ立ち去ってしまったが…恐らく、この学園の戦車道チームの支援者である母に、今の状況を報告するつもりだろう。

 

それは兎も角、この会議の進行役である河嶋先輩が、早口で対戦相手である聖グロの特徴について説明を始めた。

 

 

 

「いいか。相手の聖グロリアーナ女学院は、強固な装甲と連携力を生かした“浸透強襲戦術”を得意としている」

 

 

 

河嶋先輩からの説明を各チームの代表として真剣な表情で聞いているのは、西住先輩、磯辺先輩、カエサル先輩、梓と私、そして角谷会長と小山先輩だ。

 

流石に今回は、いつも不真面目な態度を取っている角谷会長も、席に座って腕を組みながら、()()真面目な表情で説明を聞いている。

 

そんな中、河嶋先輩は双方の戦車の戦力差に関して説明する。

 

 

 

「兎に角相手の戦車は固い。主力のマチルダⅡに対して、我々の砲は“100m以内でないと通用しない”と思え!」

 

 

 

この説明の最中、西住先輩は、急に河嶋先輩から目線を外すと自信無さそうに俯いてしまう。

 

すると、それに気づいた角谷会長が「うん?」と独り言を呟きながら、西住先輩を心配そうに見詰めているのに気付いた。

 

その様子を見ながら、私は西住先輩が俯いてしまった理由をすぐに察した。

 

何しろこっちには、射程距離100mどころか0mから戦車砲を撃ってもマチルダⅡ歩兵戦車の装甲を撃ち抜けない、八九式中戦車甲型と言う代物があるからね。

 

しかもマチルダⅡは、第二次大戦前に登場した比較的古い形式の戦車で、機動力は低く火力も並だが、装甲だけは分厚い事で有名だ。

 

恐らく西住先輩は、双方の絶望的な火力と装甲厚の差に気付いて、自信を失ってしまっているのだろう。

 

私がそこまで考えていた時、河嶋先輩の大声が室内に響いた。

 

 

 

「そこで1輌が囮となって、こちらが有利になるキルゾーンに敵を引き摺り込み、残りが高低差を利用して、これを叩く!」

 

 

 

そして河嶋先輩は、具体的な試合の戦術について語り終えると、待ち伏せ地点の地図が書かれたホワイトボードを拳で強く叩いた。

 

そんなに強く叩かなくても良いんですよ、先輩…と、私は若干呆れながら思ったが、出席していた仲間達はそう思っていなかったらしく、梓は「はーっ」と息を吐きながら身を引き締めていたし、バレー部の磯辺先輩は「よしっ!」と気合を入れていた。

 

だが、そんな雰囲気の中で、角谷会長が隣にいる西住先輩に向かって声を掛ける。

 

 

 

「西住ちゃ~ん、どうかした?」

 

 

 

「あ…いえ」

 

 

 

「いーから、言ってみ?」

 

 

 

西住先輩は自信無さそうに答えるが、会長からの更なる声掛けで勇気を貰ったらしく、顔を上げると今回の待ち伏せ作戦を立案した河嶋先輩に目を合わせてから、“この作戦の問題点”について指摘した。

 

 

 

「聖グロリアーナは、当然こちらが囮を使って来る事は想定すると思います。裏を掻かれて逆包囲される可能性があるので……」

 

 

 

すると話を聞いていた皆は「ふーん」と唸りながら西住先輩からの問題提起に同意し、小山先輩も顎に親指を当てながら「あーっ、確かにね」と納得している。

 

勿論私も頷きながら、心の中で「確かに、“あの聖グロ”がこんな作戦を想定した対策を立てない、とは思えないな」と考えていた。

 

 

 

だが、次の瞬間。

 

何を思ったのか、河嶋先輩は、白目を剥きながら西住先輩目掛けて、怒鳴り散らしたのだ!

 

 

 

「黙れっ!私の作戦に口を挟むな!そんな事言うのならお前が隊長をやれ!」

 

 

 

なっ…何て事を!?

 

 

 

この時、参加していたメンバーは、普段の河嶋先輩からは想像出来ない形相と怒鳴り声を目の当たりにして呆然としており、角谷会長に至っては、ジト目で興奮している河嶋先輩を見詰めていたが、自らの発言を全否定された西住先輩は、ショックを受けて「えっ…済みません」と謝罪すると、また俯いてしまった。

 

だが、この一幕を見て思わず“カチン”と来た私は、すぐ立ち上がると西住先輩を庇う様に河嶋先輩の前へ立ちはだかった。

 

 

 

『河嶋先輩!そうやって、“人の反論を潰して持論を貫いている”と()()()()()()()()()()()()()鹿()になって、連戦連敗ですよ!?』

 

 

 

「何だと原園、口答えをするのか!?」

 

 

 

河嶋先輩は、私からの指摘を「口答え」だと言い放ったが、私は、その発言を逆手に取って、こう言い返す。

 

 

 

『ええ、しますとも。特に、()()()()()()()()()()()()()()()()()と尊敬する西住先輩を、()()()()()()()鹿()()()()()にはね!』

 

 

 

「何だと!?」

 

 

 

私からの逆襲に興奮する河嶋先輩を冷たい目で睨みながら、私は“河嶋先輩の作戦に関する()()()()()()()”を指摘した。

 

 

 

『いいですか?まず、“待ち伏せ作戦”は簡単そうに見えて、実は“一番度胸が要る”のです。何故なら、“絶対に相手を撃破出来る距離まで、()()()()()待ち構えないといけない”からです

 

 

 

この時私は、河嶋先輩とは対照的に、極力興奮せず、“出来るだけ静かな口調で話す事”を心掛けた。

 

そのおかげか、心配そうに私の様子を見ていた西住先輩や他のメンバー達も、私の発言を静かに聞いてくれている様だ。

 

そこで私は、一度言葉を切って深呼吸してから、再び話を進める事にした。

 

 

 

『もし、ちょっとでも怖気付いてしまうと、“相手を見付けた瞬間に撃ってしまう”から、距離が遠い分撃っても当たらないし、例え当たっても相手の装甲を撃ち抜けず、逆に相手から逆襲されてやっつけられる事が多いのです』

 

 

 

ここで私は、待ち伏せ作戦で“初心者がよくやる失敗例”を紹介した後、皆の様子を一瞥する。

 

すると河嶋先輩は、依然私を睨んでいたが、他の皆は真剣に私の話を聞いてくれていたので、私は再び河嶋先輩を睨むと彼女に向かって、“捨て台詞”を吐いた。

 

 

 

『そんな()()()()()()()、河嶋先輩に出来ますか?ま、最初の練習試合の時、私達Fチームを見つけた途端すぐ撃って、しかも()()()()()()()()()()()()をやらかした先輩じゃあ、無理だと思いますけど?』

 

 

 

「原園…貴様、表に出ろ!」

 

 

 

『いいですよ。今から先輩と一緒に、表へ出ましょうか?で、決着は何で着けます?殴り合い?それとも、戦車砲でロシアンルーレット?』

 

 

 

予想通り、私からの捨て台詞で激昂した河嶋先輩を冷たく睨みながら、私は止めとばかりに彼女からの“喧嘩”を買うつもりだと宣言した。

 

だって…先輩とは言え、戦車道は()()のクセに、“経験者と言うだけではない凄い戦車乗り”でもある西住先輩の意見を否定する、なんて私は、絶対に許せなかった……

 

だが今、私と河嶋先輩が睨み合いながら喧嘩を始めそうな雰囲気になり、その光景を見ていた西住先輩達が不安そうな表情を浮かべていた時。

 

突然、角谷会長が少しおっとりした口調で話し掛けながら私と河嶋先輩の間に割って入って来た。

 

 

 

「まあまあ2人共、幾ら何でも喧嘩は駄目だよ…でもまあ、隊長は西住ちゃんが良いかもね」

 

 

 

「はい?」

 

 

 

「『会長?』」

 

 

 

突然、話を振られた西住先輩だけでなく、西住先輩の発言を巡って喧嘩寸前になっていた私と河嶋先輩も、思わず戸惑いの言葉を会長へ掛けた。

 

その時会長は、朗らかな表情をしながらも“意外なまでに真面目な口調”で、西住先輩にこう指示した。

 

 

 

「西住ちゃんがウチのチームの指揮執って」

 

 

 

会長からの突然の指示に、西住先輩は「はえっ!?」と声を上げながら当惑していたが、指示を出した当人は構わずに「ふふん♪」と鼻を鳴らすと、笑顔で拍手を始めた。

 

すると出席しているメンバーも釣られる様に笑顔を浮かべて、拍手をする。

 

その様子を見た私も、一瞬戸惑ったが、すぐに決断した。

 

 

 

会長、私も会長の意見に賛成です…本当にありがとうございます。

 

 

 

そして私も“心の底からの笑顔”で拍手をすると、右手で片眼鏡を押さえながら突っ立っている河嶋先輩を除く全員が、西住先輩をチームの隊長に推薦した会長の発言に賛成する拍手を送っていた。

 

そのタイミングで、西住先輩が隊長になる事で異議なしと判断したらしい会長は、自分の席に戻ると西住先輩に、一言発破を掛ける。

 

 

 

「頑張ってよ~勝ったら素晴らしい賞品あげるから」

 

 

 

そこへ、会長の言葉を聞いた小山先輩が驚いた表情で問い掛ける。

 

 

 

「えっ、何ですか?」

 

 

 

あっ…その分だと「素晴らしい賞品」って、たった今会長が思いついたのかな?と私が想像していると、会長はVサインを出して、こう宣言した。

 

 

 

「干し芋3日分!」

 

 

 

その発言を聞いた小山先輩は、唖然とした表情で「あっ…」と漏らしていたが、私は西住先輩を隊長に推薦してくれた会長をフォローするつもりで、敢えて口を挟んだ。

 

 

 

『会長、私は、干し芋大好きですよ。特にバターを乗せて焼くと美味しいですよね…でも干し芋って、結構高かった筈では?』

 

 

 

「おっ、原園ちゃん喰いつくねぇ」

 

 

 

『いえ会長。実は、この学園に入学する少し前、大洗町で食べましたから』

 

 

 

私が干し芋を話題にしたのが嬉しかったのか、角谷会長は笑顔で私に話を振ってくれたので、私は、この春の入学前に大洗町で過ごした時に食べた干し芋の事を語った時、バレー部キャプテンにしてBチームのリーダーである磯辺先輩が心配そうな顔で、ある質問をした。

 

 

 

「あの会長…もしも負けたら?」

 

 

 

すると会長は、腕組みをするとぶっきら棒な口調で、こんな事を言った。

 

 

 

「大納涼祭りで“あんこう踊り”を踊ってもらおっかな?」

 

 

 

その言葉が出た途端…問題の発言をした会長と西住先輩と私を除く全員が、まるで“この世の終わり”の様な表情になっていた。

 

大半のメンバーが「「「うぇっ……」」」と青い顔をしながら呻き声を上げ、梓に至っては「あの踊りを!?」と叫んでからは“お先真っ暗”な表情で呆然となっている。

 

その様子を見た西住先輩も皆の顔を見て「あ…えっ!?」と戸惑っていたので、私も思わず皆へ問い掛けねばならなくなった。

 

 

 

『えっ…皆さん、どうしたのですか?梓、“あんこう踊り”って、一体何?』

 

 

 

しかし、誰も西住先輩や私からの問いに答えてくれない。

 

ただ1人、梓が暗い表情のままで、私に向かってこう語ってくれるだけだった……

 

 

 

「御免、嵐…それだけは、聞かないで」

 

 

 

えっ…“あんこう踊り”って、そんなにあんまりな代物なの?

 

 

 

(第21話、終わり)

 

 

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第21話をお送りしました。

さて今回は、聖グロとの親善試合決定の通知から作戦会議までをお送りしましたが、色々と物語を捻っております。
まず、実は、聖グロOGだった淀川さん。
この理由ですが、原作アニメ第3話を見た際「幾ら何でも、プライドが高そうな聖グロのOG会が、戦車道を復活させたばかりの大洗との練習試合をあっさり認めるだろうか?」と思い、その“ブッキング”役として、明美さんが自分の秘書でもある淀川さんを通じて、聖グロOG会へ働きかけたと言う裏設定を用意した為です。
ちなみに、聖グロは英国流なので、モデル的には金剛さんか足柄さんと言いたい所ですが…聖グロ持ち前の「優雅さ」の点ではどうか、と言う疑問があり、ここは、御淑やかなイメージのある大淀さんをモデルにして、淀川さんの設定を作りました。
なお、聖グロ時代の淀川さんも“ニックネーム”を持っていたのですが…それは、今後のお楽しみと言う事で。
更に作戦会議中、西住先輩を巡って口論になった、嵐ちゃんと桃ちゃん。
元々、この2人は互いに相手を快く思っていなかったのですが、遂にぶつかってしまう事に…この口論が、この後の展開の伏線になりますので、ぜひ注目していて下さい。
そして、あの“あんこう踊り”の存在を知った嵐ちゃんは、この後、この踊りについて、ある娘に質問をするのですが…一体、どうなるのでしょう?

と言う訳で次回は、作戦会議終了後の出来事と親善試合当日の朝の話になります。
それでは、次回もお楽しみに。



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第22話「あんこう踊りと親善試合当日の朝です!!」


ガルパン最終章・第2話、地元は初日が大雨だったのですが、見に行きました…楽しかったですよ。
第1話からの18ヶ月間の焦燥は、無駄ではありませんでした。
特に、あの女学院の“あの人”が出ていたりとか、あの学園がカッコ良かったりとか…ここから先は、ぜひ劇場なり円盤なりで確かめて頂ければと。

と言う訳で、今回の本作もどうぞ。



 

 

 

「えっ…負けたら、あんこう踊り!?」

 

 

 

それが、私からの質問を聞いた長沢さんの第一声だった。

 

聖グロとの親善試合へ向けた作戦会議終了後の夕刻、私は待ち合わせ場所の公園で待っていた瑞希達FチームのメンバーとEチームメンバーの内、生徒会役員ではないので唯一作戦会議には参加しなかった名取さんと落ち合った。

 

そこで私は、作戦会議では参加者から一切聞けなかった「試合に負けた時の罰ゲーム」である“あんこう踊り”について、学園艦の母港である大洗町出身の長沢さんと名取さんに質問したのだが…その途端、2人共生徒会長室で作戦会議に参加した仲間達と同じく“この世の終わり”の様な顔をして、先程の長沢さんの発言に繋がったのだった。

 

更に長沢さんは、私達の目の前でしゃがみ込むと両手で耳を塞ぎながら、悲鳴を上げる。

 

 

 

「恥ずかし過ぎる…あんなの踊らされたら、もうお嫁に行けないよ!」

 

 

 

おまけに名取さんも脅える様な仕草で、こんな事を言い出した。

 

 

 

「そんな…あの会長、まさか露出狂の気があったの!?」

 

 

 

2人の様子が尋常ではないので、瑞希や菫、舞は状況が摑めず、ポカンとした表情で立ち尽くしている。

 

その為、代わりに私が長沢さんと名取さんに対して、肝心な点をもう一度質問する事にした。

 

 

 

『あの…2人共“あんこう踊り”って、そんなにあんまりな踊りなの?』

 

 

 

するとしゃがみ込んでいた長沢さんは、意を決して立ち上がると名取さんに「佐智子ちゃんのタブレットから“あの動画”が見れるよね。出してくれないかな?」と頼むと、名取さんは「うん…分かった」と頷いて、学生カバンを開け始めた。

 

その様子を確かめた長沢さんは、私達に目を合わせると真剣な表情でこう伝える。

 

 

 

「皆、今から佐智子ちゃんがタブレットを用意するので、まずは、そこから流れて来る動画を見てくれる?」

 

 

 

「「「『あ…うん』」」」

 

 

 

長沢さんの表情が余りにも真剣なので、私達みなかみタンカーズ組も背筋を正して、名取さんが私物のタブレットを用意する姿を見守った。

 

そして、準備の出来た名取さんがタブレットを差し出すと私達は、そこから流れる動画をしばらく見ていたのだが……

 

 

 

「「「『えっ…これは!?』」」」

 

 

 

その“あんまり過ぎる光景”に、私達は絶句するしかなかった。

 

画面から流れて来たのは、騒々しい祭囃子をバックにピンク一色のタイツに身を包んだ…と言うか、それしか“穿いていない”私達と同世代の少女が、集団で体をくねらせる様に動く、正体不明の踊り。

 

しかもその踊り自体、どう見ても“エロい”としか言い様が無い。

 

勿論、この動画を見せられた仲間達も一斉に驚愕する。

 

 

 

「何、この破廉恥な格好と踊りは!?」

 

 

 

「と言うかこれ、猥褻物陳列罪じゃないの?」

 

 

 

「こんなのみなかみ町で踊ったら、すぐお巡りさんに捕まっちゃうよ!」

 

 

 

動画を見た瑞希がド直球な感想を口走ると、菫はこの踊りが法に触れるのでは、と乙女なら当然抱く疑問を口にし、最後に舞がみなかみタンカーズのある町でこんなのをやったら、間違いなく地元警察のお世話になってしまう、と悲鳴を上げていた。

 

しかし…私達の感想を耳にした長沢さんは、暗い表情を浮かべながら「実はUFOも宇宙人も実在しました」と言わんばかりの口調で、私達に見せた動画の説明を行った。

 

 

 

「実は、これが…()()()()()“あんこう踊り”なの」

 

 

 

「「「『!?』」」」

 

 

 

その一言に、私達が衝撃を受けた次の瞬間。

 

今度は、名取さんが止めを刺す様に、こう言った。

 

 

 

「因みにこの踊り、猥褻でも破廉恥でも無く、()()です」

 

 

 

「「「『な…何だってー!?』」」」

 

 

 

こうして、長沢さんと名取さんの口から“あんこう踊り”の正体を聞かされた私達は、驚きの余り開いた口が塞がらなかった。

 

だがここで、ある事に気付いた私は、震えながら皆へ告げる。

 

 

 

『ちょっと待って…と言う事は、もしも今度の試合に負けたら、西住先輩達もこの踊りを踊らされる事になるわ!』

 

 

 

「「「「「え…えーっ!?」」」」」

 

 

 

その一言で、聖グロとの親善試合で負けた時の罰ゲームの「真の恐ろしさ」に気付いた皆は、揃って叫び声を上げた。

 

 

 

「そんな!?私も佐智子ちゃんも西住先輩が頑張っている姿を見て戦車道やろうと決めたのに…そのせいで西住先輩が!」

 

 

 

長沢さんが先程以上の真っ青な顔で西住先輩の身を案じていると、名取さんが最悪の事態を想像して絶望的な悲鳴を上げる。

 

 

 

「そんな事になったら…西住先輩達、戦車道辞めちゃうかも!?」

 

 

 

すると、今度は菫が震え声で叫ぶ。

 

 

 

「そ…それはヤバ過ぎるよ!」

 

 

 

更に、舞も両手の握り拳を自分の胸の前で作りながら、皆の前で呼び掛ける。

 

 

 

「この試合は負けられない…じゃなかった、絶対に勝たないといけないよね!?」

 

 

 

そして、皆の話を聞いていた瑞希が真剣な表情でこう締め括った。

 

 

 

「そうね…こうなったら舞の言う通り、相手が聖グロだろうと問答無用で勝ちに行くしかないわ!」

 

 

 

『同感…私も西住隊長の為に、出来る事は全てやって置かなくちゃ』

 

 

 

皆が西住先輩達をあの“エロい踊り”から守る為に、一致団結しているのを見た私も決意表明したその時、瑞希が不思議そうな顔で私に問い掛けた。

 

 

 

「えっ?嵐、さっき“西住隊長”って言わなかった?」

 

 

 

『ああ…実は、作戦会議中に会長が私達の隊長に西住先輩を推薦してね。皆も賛成したからチームの隊長は西住先輩に決まったよ』

 

 

 

「「「「「おおっ!」」」」」

 

 

 

瑞希からの質問に私が答えると、西住先輩が私達のチームの隊長に就任した事を知った皆が一斉に盛り上がる中、長沢さんが皆に檄を飛ばした。

 

 

 

「じゃあ今度の試合、西住隊長の為にも絶対勝ちましょう!」

 

 

 

「「「「『うん!』」」」」

 

 

 

皆が長沢さんの檄に答えると、瑞希がノリノリの表情でもう一声掛ける。

 

 

 

「よしっ、じゃあ円陣組んで皆で手を合わせよう…嵐、アンタが一番下ね!」

 

 

 

『分かった!』

 

 

 

そして夕日が水平線の向こう側へと消え掛けていた頃、私達は最後に皆で「エイエイオー!」と気合を入れてから、それぞれの家路に就いた。

 

 

 

 

 

 

こうして迎えた試合当日の日曜日、朝5時50分。

 

私達Fチームのメンバー全員は、学園内の戦車格納庫に集合していた。

 

その中には、鷹代さんの姿もある。

 

私達戦車道チームのメンバーが全員時間通りに来ているか確認する為、私と一緒に家からここへ来たのだ。

 

まあ、流石にトンデモない色に染められたチームの戦車を見た時の鷹代さんは、かなり顔を顰めていたけれども、西住先輩がその戦車を見て嬉しそうにしていた時の事を話すと「やれやれ…」と呟きながら苦笑いを浮かべていた。

 

勿論Fチーム以外の各チームのメンバーも格納庫でそれぞれの戦車に乗り込んで、出発の準備を進めていたのだが……

 

 

 

「何だって、西住さん。冷泉さんがまだ起きない!?」

 

 

 

西住さんと朝の挨拶をした後、話を聞いていた鷹代さんの鋭い声が格納庫に響くと、西住先輩が済まなそうな表情で答える。

 

 

 

「はい…さっき、武部さんから連絡があって。冷泉さんの家で起こそうとしているのですが、なかなか起きて来ないので、今から私達が戦車に乗って冷泉さんを迎えに行こうと思います」

 

 

 

すると鷹代さんは頷きながら優し気な声で、西住先輩を気遣う様に答えた。

 

 

 

「うん、それは良い判断だよ…なら、私も付いて行こう」

 

 

 

「えっ、鷹代さんもですか!?」

 

 

 

鷹代さんも一緒に冷泉先輩の家へ行くと聞いた西住先輩は驚いたが、当人は気にしないとばかりに笑顔を浮かべながら話した後、私に向かって指示を出した。

 

 

 

「うん。あの子は、祖母の久子さんか私が怒鳴らないと起きない位の寝坊助さんだからね…嵐、今から西住さん達と一緒に冷泉さんの家へ行くよ!」

 

 

 

『はいっ、了解です!』

 

 

 

鷹代さんからの指示に、思わず敬礼をしてしまう私だった。

 

 

 

こうして自らの愛車であるスーパーカブに跨った鷹代さんの先導で、AチームとFチームの戦車2輌が学園の格納庫から出発すると、10分足らずで冷泉先輩の家に到着した。

 

その直前、先にAチームのⅣ号戦車D型から降りた秋山先輩が起床ラッパを吹くと同時に、冷泉先輩を起こそうとしていた武部先輩が冷泉先輩宅の縁側の窓から姿を現す。

 

そして、秋山先輩が「おはようございます」と挨拶すると同時に、乗って来たスーパーカブから降りていた鷹代さんが冷泉さんの家に入ろうとした時。

 

突如、Ⅳ号戦車D型の24口径75mm戦車砲が火を噴き、轟音が朝の住宅街に轟いた。

 

 

 

「何だ!?」

 

 

 

「どうしたの!?」

 

 

 

「済みません、空砲です!」

 

 

 

早朝、いきなりの砲撃音で驚いた近隣の住宅に住んでいる人達が何事かと騒ぐ中、西住先輩が突然の砲撃を謝罪していると、私達のイージーエイトの砲手席からペリスコープで様子を眺めていた瑞希がニヤリと笑いながら、独り言を呟いていた。

 

 

 

「西住先輩もやるなぁ…“早朝バズーカ”を知っているなんて♪」

 

 

 

しかし、その様子を見た鷹代さんは顔を顰めながら、Ⅳ号戦車のキューポラから上半身を出している西住先輩に向かって丁寧な口調ではあるが、しっかりと叱っていた。

 

 

 

「駄目だよ西住さん。早朝から砲撃だなんて、近所迷惑だよ?」

 

 

 

「あっ、鷹代さんゴメンなさい。つい……」

 

 

 

鷹代さんから叱られた西住先輩は、申し訳ない表情で謝っていたけれど、鷹代さんの顔は笑っているから本気で怒ってはいない様だ。

 

そう考えていると鷹代さんは、私の想像通り西住先輩に、にこやかな口調でこう答えた。

 

 

 

「まあ本当に悪いのは、寝坊した冷泉さんだからね、次からは気を付けるんだよ。さて、冷泉さん宅へ乗り込むとするか」

 

 

 

そして鷹代さんは、武部先輩が開けた縁側の窓から冷泉さんの家に入ると、恐らく家の中で寝ているであろう冷泉先輩に向かって、先程の砲撃に負けない位の大声で叫んだ。

 

 

 

「こらっ、麻子ちゃん!あんたまた寝坊して、皆に迷惑を掛けているのかい!?」

 

 

 

「は…原園のおばあ!」

 

 

 

すると予想通り、家の中から冷泉先輩の大きな震え声が響いて来た…これは冷泉先輩、本当にいつも鷹代さんから叱られているのだな、と思っていると、再び鷹代さんの怒鳴り声が響いて来る。

 

 

 

「今日は、大事な試合だって言うのは分かっているだろうね…さあ、今すぐⅣ号に乗り込むんだ。西住さん達はもう来ているよ!」

 

 

 

その直後。

 

 

 

「「「「『おはようございます』」」」」

 

 

 

丁度、冷泉先輩の家に横付けする形になったⅣ号戦車に乗っている西住先輩と五十鈴先輩、そしてすぐ後ろにいるM4に乗る私達が一斉に冷泉先輩に向かって、朝の挨拶をした。

 

すると冷泉先輩は、パジャマ姿のまま大慌てで西住先輩達が待っているⅣ号戦車へ乗り込んで行く。

 

続いて、秋山先輩と武部先輩がⅣ号へ乗り込むのを確認した鷹代さんが、皆に指示を出す。

 

 

 

「もう時間が無いから、今直ぐ出発して陸に上がりなさい。私は自力で会場まで行くから心配しなくていいよ」

 

 

 

「「「「『はい、行って来ます!』」」」」

 

 

 

その直後、鷹代さんは出発の挨拶をした皆に向かって、見事な敬礼を返してくれた。

 

 

 

 

 

 

それから私達Fチームは、西住先輩率いるAチームの後に付いて、2輌で陸上を目指して学園艦内の住宅街を前進する。

 

コンビニの横を通ると通過時の振動で、出入口の自動ドアが反応して開くのが見える。

 

電信柱の下にあるゴミ捨て場からは、猫が顔を出して驚いている光景が一瞬目に入ったので、私はちょっと楽しかった。

 

やがて2輌の戦車は、2階建ての住宅が数多く立ち並ぶ地区を進んで行く。

 

その時、右手にある住宅の2階の窓から小さな男の子と母親と思われる女性が不思議そうな顔で、私達に向けて声を上げていた。

 

 

 

「何、何~!?」

 

 

 

「どしたの?」

 

 

 

「す、済みません~」

 

 

 

先頭を行くⅣ号戦車のキューポラから西住先輩がその母子へ謝っていると、他の住宅の窓や玄関からも人が出て来て、私達の様子を眺めている。

 

その中で、左手にある家の玄関からジョウロを持って現れた小母さんが懐かしそうな声で西住先輩へ話し掛けて来た。

 

 

 

「あら、Ⅳ号?久しぶりに動いているの見たわね~」

 

 

 

だがその小母さんは、私達が乗っているイージーエイトを見ると、今度は不思議そうな顔をして、キューポラから顔を出している私に向かって問い掛ける。

 

 

 

「あら…でも、後ろにいる猫顔のM4は、見た事ないわね?」

 

 

 

でも、その一言で小母さんが何を知りたがっているのかを理解した私は、元気な声で返事をした。

 

 

 

『あっ、実はこのM4中戦車、私達と同じ新入生なんです』

 

 

 

「あらそうなの、新しい戦車も入って来たのね~嬉しいわ♪」

 

 

 

私の声を聞いた小母さんは、凄く嬉しそうな顔で私達に手を振ってくれた。

 

もしかしたらあの人、嘗ては大洗女子学園で戦車道を履修していたのかも知れないな、と思っていると、先程右手の家の2階から西住先輩に声を掛けていた男の子が嬉しそうに喜んでいる。

 

 

 

「すご~い、戦車が2輌もいる。後ろのは猫の顔を描いてあるよ!」

 

 

 

そして、その男の子の母親も笑顔で「戦車道、復活したって本当だったのね」と話し掛けて来た。

 

更に、その母子の家の隣にある家の小父さんが、2階の窓から「試合かぁ、頑張れよ!」と激励してくれた。

 

早朝から突然の戦車の走行音で皆迷惑しているのでは、と思っていたのに、学園艦に住んでいる人達は、私達へ激励までしてくれたのだ。

 

正直、あの時は嬉しかったなあ。

 

だから西住先輩と私は、住民の皆さんへ戦車に負けない位の元気な声で答えた。

 

 

 

「ありがとうございます、頑張ります!」

 

 

 

『私達も頑張ります!』

 

 

 

こうして西住先輩と私達の戦車は、途中で梓達DチームのM3リー中戦車と合流して、学園艦の右舷艦橋第2トンネル出口までやって来た所で、渋滞に遭っていた。

 

今日は大洗港への上陸日なので、学園艦に住んでいる人達やトラックで学園艦内の流通を支えている運送・配送業者にとっては、陸上と直接連絡出来る貴重な機会となる。

 

その為、上陸日はどうしても学園艦から寄港する港までを繋ぐ連絡道路が大変な混雑になるのだ。

 

と言う訳で、渋滞の待ち時間を潰す為にAチームのⅣ号戦車からは、車長の西住先輩だけでなくメンバー全員が、車体のハッチから顔を出したり外へ出たりしている。

 

特に冷泉先輩は、何時の間にやらパジャマから制服姿に着替えていたけれど、操縦手用ハッチから外へ出ると砲塔の傍で正座しながら居眠りをしていた…大丈夫かな?

 

そんなⅣ号のすぐ隣に、私達のM4A3E8は停車していた。

 

だから、Ⅳ号の様子を見た瑞希が「私も外を見たいな」と言い出して、私がいるキューポラの隣にある装填手用ハッチから外へ出ると、そのまま砲塔の外側に体を凭れ掛けている。

 

すると武部先輩が、まだ海の向こうから微かに見える大洗の町を眺めながら、待ち切れない表情で声を上げる。

 

 

 

「久しぶりの陸だー、シーサイドステーションで買い物したいなぁ」

 

 

 

そこへ五十鈴先輩が丁寧な口調で「試合が終わってからですね」と指摘すると、武部先輩は不機嫌そうな顔で文句を言う。

 

 

 

「え~っ、昔は学校がみ~んな陸にあったんでしょ~いいなぁ私、その時代に生まれたかったよ」

 

 

 

だがその時、瑞希が笑顔で武部先輩へ話し掛ける。

 

 

 

「でも私達、中学卒業までみなかみ町の山の中に住んでいましたけどね」

 

 

 

「えっ、嘘…小学校を出たら、皆学園艦で海に出るんじゃないの!?」

 

 

 

今日、中学・高校に通う生徒は全員学園艦に住んでいるのだ、と思っている武部先輩は驚いて瑞希に問い掛けたが、ここでM4の操縦席ハッチから顔を出していた菫が理由を説明する。

 

 

 

「実は、山間部や島嶼部等の過疎地域に当たる市町村に住んでいる中学生は、“中学卒業まで学園艦へ行かずに、住んでいる地域の陸上にある学校へ通っても良い”と言う法律があるんです」

 

 

 

すると瑞希が、更に詳しい事情を語る。

 

 

 

「何故かと言うと、過疎地域を持つ市町村から『ただでさえ過疎化で数の少ない児童が中学進学で学園艦へ行ってしまうと、児童の家族も学園艦へ付いて行ったり学園艦の母港がある地域へ引っ越したりするので、その地域はアッという間に消滅してしまう』と言う声が大きくなって来たので、国と文科省が“過疎地域の対策”として法律を作ったのです」

 

 

 

「へぇ~そんな事情があったんだ」

 

 

 

菫の右隣にある、M4の機銃手ハッチから顔を出して話を聞いていたFチームの新人・長沢さんが意外そうに呟いた時、私は“ある事”を思い出して瑞希と菫へ問い掛ける。

 

 

 

『菫にののっち、今の話って確か【へき地教育振興法の学園艦通学に関する特別条項】って奴じゃない? 中学の社会科の授業で習った気がする』

 

 

 

「うん、その通り」

 

 

 

「なるほど、小さな町や村を過疎から守る為の法律なのですね」

 

 

 

瑞希が私の問い掛けに同意すると、五十鈴先輩も感心した表情で話し掛けて来たので、私は『そうです』と頷いたが、そこで更にある事を思い出して、話を続ける。

 

 

 

『でも過疎地域の中学生も、自分が学園艦へ行きたい、と言えば行けますよ。あと、舞みたいに小学生の間に都市部から過疎地域へ引っ越す事で、中学へ進学しても地上の学校に通います、って言う娘もいるし』

 

 

 

すると私の隣にある装填手用ハッチから顔を出していた舞が、何時もの元気な声で自身の事情を説明した。

 

 

 

「私は、小学2年生の秋に戦車道をやりたい、って両親にお願いしていた時、みなかみタンカーズ結成と創設メンバーの募集が決まったから、タンカーズへ入団する為に小学3年の春から、それまで住んでいた高崎市からみなかみ町へ、両親と一緒に引っ越して来たの」

 

 

 

『そうそう…母さんが「群馬みなかみタンカーズ」を作った時、さっき話した法律を逆手に取る形で「みなかみ町に戦車道を目指す子供を集めれば、町の過疎化が少しでも食い止められる!」とか言って、当時のみなかみ町の役場の人や住民達に加えて、群馬県庁や教育委員会まで丸め込んだのよね』

 

 

 

舞の身の上話を聞きながら、私はみなかみタンカーズ結成当時に母が地元を説得する為にやった説法を思い出し、自分でその話をしながら憂鬱な気持ちになったが、それを聞いた瑞希が余計な事を付け加えた。

 

 

 

「でも嵐、町の皆は“明美さんがタンカーズを結成したおかげで、町に元気な子供達が増えて、町全体が活気付いた”って喜んでいるわよ?」

 

 

 

『それはそうなんだけどねぇ…私は良くないわよ。おかげで町の人達から「みなかみの星」「お母さんに続け」とかって、騒がれちゃったし』

 

 

 

私と瑞希でそんな事を言っている時、武部先輩はガッカリした表情で高校に入ってから初めて学園艦へやって来た私達を羨んだ。

 

 

 

「あ~あ、らんらんやののっち達はいいなぁ。田舎に住んでいる娘達が羨ましいよ」

 

 

 

でもそこへ、秋山先輩が笑顔でフォローしてくれた。

 

 

 

「私は海の上が好きです。気持ちいいし、星も良く見えるし」

 

 

 

そこで私も秋山先輩に向かって頷きながら、この学園艦へ来てからの印象を語った。

 

 

 

『そうですね。特に私達は、海の無い群馬県からやって来たから、最初は不安だったけれど、海は綺麗で海産物が美味しい上に艦内の自然も豊かだし、今は学園艦が天国みたい』

 

 

 

そんな時、海上から漸く姿を現してきた大洗の町をずっと見詰めている西住先輩に気付いた五十鈴先輩が、西住先輩に語り掛けていた。

 

 

 

「西住さんは、まだ大洗の町、歩いた事ないんですよね?」

 

 

 

「あっ…うん」

 

 

 

西住先輩は、何か物思いに耽っている様子だったが、五十鈴先輩に話し掛けられると優し気な顔で答える。

 

すると武部先輩も「後で案内するね!」を声を掛けたので、嬉しそうに「ありがとう」と返事をしていた。

 

その様子を眺めながら私も笑みを浮かべていると、漸く前方の交通渋滞も解消されたので、私達のチームの戦車6輌は大洗港へ上陸するべく、右舷側から車輌用のボーディング・ブリッジを渡って行った、その時。

 

 

 

 

 

 

目の前に、大洗の学園艦よりも更に巨大な艦船が姿を現した。

 

その姿を見た西住先輩達や私達が「あっ」と声を上げる中、その艦は艦首からゆっくりと錨を下ろしながら、その優美な巨体を私達に見せ付ける。

 

これこそが、今日の親善試合の対戦相手である聖グロリアーナ女学院の学園艦だった。

 

 

 

「デカッ!」

 

 

 

「あれが…聖グロリアーナ学院の戦車ですか」

 

 

 

Ⅳ号戦車D型の車体前方右側にある無線手席から武部先輩が思わず声を上げると、Ⅳ号の砲塔左側のハッチから身を乗り出して外の様子を眺めている五十鈴先輩も驚嘆の声を上げた。

 

2人が驚きの声を上げている中、聖グロ学園艦の開口部からは、チャーチル歩兵戦車を先頭にマチルダⅡ型歩兵戦車が4輌…そして何故か最後尾にクルセイダー巡航戦車が1輌の合計6輌が列を作り、艦首方向へ行進していた。

 

恐らく、あの戦車隊が今日の対戦相手で、私達と同じくこれから大洗港へ上陸するのだろう。

 

その様子を見せられたAチームの先輩達は勿論、戦車は見慣れていても他校の学園艦を間近で見るのは初めての私達Fチームも皆、行進する聖グロ戦車道チームの姿に圧倒されている。

 

戦車が好きな秋山先輩でさえ、言葉を発する事が出来ないまま聖グロの戦車隊を眺めていた。

 

西住先輩でさえ、武部・五十鈴両先輩の言葉に「うん」と返すのが精一杯だ。

 

だがそんな中、落ち着いた表情で西住先輩達に「はい、先輩方」と話し掛けて来た娘が私達の中にいた。

 

Fチームのクールな凄腕砲手、野々坂 瑞希である。

 

その一言に西住先輩や私達の視線が集まる中(操縦手の冷泉先輩や菫は聞き耳だけを立てているが)、瑞希は冷静さを保ったまま聖グロの戦車と学園艦について説明する。

 

 

 

「聖グロは、英国のパブリックスクールをお手本にしているので、戦車は主に第2次大戦中の英国製、学園艦も第2次大戦中にドイツ戦艦ビスマルク追撃戦等で活躍した英国海軍の航空母艦『アークロイヤル』をモデルにしているのですが…秋山先輩、あれにはちょっとしたエピソードがあるのをご存じですか?」

 

 

 

「何ですか、野々坂殿?」

 

 

 

「実はですね…聖グロの学園艦のモデルになった『アークロイヤル』は1()9()3()8()()()()()で、“この名前が付いた英国軍艦”としては()()3()()()なのですが、全国の学園艦について紹介した『月刊戦車道』の別冊特集号や日本戦車道連盟の資料では、間違えて第2次大戦終結後の1()9()5()5()()()()()した()()4()()()の『アークロイヤル』が聖グロの学園艦のモデルだと書いてあって、()()()()()()()()()()のです」

 

 

 

「えっ、そうなのですか!?」

 

 

 

瑞希から、聖グロの学園艦について思わぬエピソードを知らされて皆が驚く中、秋山先輩は特に驚きながら問い掛けて来たので、瑞希は頷きながら話を続ける。

 

 

 

「この話、私の父が教えてくれたのですが…実を言うと、父はプロのモデラーで、“模型雑誌に連載を持っている程の実力者”なのです。だから細かい所には煩い人なのです」

 

 

 

その瞬間、秋山先輩は更に驚く。

 

 

 

「えっ…もしかして、野々坂殿のお父上は野々坂 隼人(ののさか はやと)さんですか!? 私、その人の作例が大好きで、何時も月刊『模型グラフィックス』で拝見していますよ!」

 

 

 

「そうですよ~♪」

 

 

 

驚愕する秋山先輩からの問い掛けに、瑞希はおどけた口調で答えると、今度は舞が何時もの元気な声で、瑞希の父について補足説明する。

 

 

 

「ののっちのお父さん、何時もは大洗戦車堂のみなかみ町本店にある模型コーナーのスタッフとして働いているよ!」

 

 

 

「「「おおっ!」」」

 

 

 

「原園殿だけでなく、野々坂殿もお父様が凄い人だったのですね!」

 

 

 

「野々坂さんのお父さん、凄い人なんだね」

 

 

 

「いえ、ウチの父なんて明美さんに比べたら、大した事ないですよ」

 

 

 

皆が瑞希の父親の事を知って驚く中、秋山先輩は感激の声を上げながら瑞希を見詰めていたので、当人は照れながら謙遜していたが、私はその言葉の中に母の名が出て来たので、つい不機嫌になって瑞希に文句を言ってしまった。

 

 

 

『ののっち…そこでまた、ウチの母さんの話をする? ウチの母はああ見えて、実はトンデモない悪党なんだから』

 

 

 

「また、嵐はお母様の事を悪く言う…西住先輩が心配そうに見ているよ?」

 

 

 

『うっ……』

 

 

 

だが、瑞希にはいつもの冷静な口調で切り返された上、彼女の言う通り西住先輩が私に向かって「原園さん……」と、本気で私と母の仲を心配して来たので、私は何も言えなくなってバツの悪い思いをしてしまった…ゴメンなさい、西住先輩。

 

 

 

全ては、あの母が悪いのです。

 

 

 

それは兎も角、瑞希が話したエピソードから始まった会話のおかげで、皆は聖グロの学園艦と戦車道チームの姿を見せられた時に感じた緊張感を吹き飛ばしていた。

 

そして、私達はこの後、リラックスした気分で試合会場へ向かう事が出来た。

 

 

(第22話、終わり)

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第22話をお送りしました。

今回はタイトルの通り、嵐達があんこう踊りの実態を知る所から、寝坊助の麻子を迎えに行く場面までを描写してみましたが、いかがだったでしょうか。
ここからは、やや長い後書きになります。

ガルパン本編では「この時代の中学・高校の生徒は皆、学園艦に乗って勉学に励んでいる」と言う設定がありますが、嵐達みなかみタンカーズ組は中学卒業までみなかみ町の中学校に通っていたと言う、設定上の“矛盾”があります。
そこで今回、瑞希達の台詞の中で、その理由を解説しております。
本編の様に小学校を卒業したら皆学園艦へ行ってしまうと言う設定だと、過疎地の自治体の中には、地域社会を維持出来なくなる所もありそうですから、それを防ぐ為の政策を国が整備しないはずがないと思い、この点についてオリジナルの設定を書き起こしてみたのですが、いかがだったでしょうか。

次に、今回の終盤で瑞希が語っていた聖グロの学園艦のモデル「アークロイヤル」の件ですが、実は調べてみると面白い事が分かりました。
まず、TVシリーズ特装限定版ブルーレイ第4巻に封入されているブックレット「鑑賞の手引き」34頁とBVCのホームページで期間限定販売されていた「月刊戦車道別冊 ガルパン入門」74頁では、戦後に完成した通算4代目のアークロイヤルの図面が聖グロの学園艦として掲載されています。
しかも、この両者に掲載されていた大洗港の設定図でも聖グロの学園艦は通算4代目のアークロイヤルの図面を使っているのです。
その上でTVシリーズ第3話とブルーレイ/DVD版に収録のOVA「スクールシップ・ウォー!」に登場する聖グロの学園艦を見直すと、その飛行甲板の形状は通算3代目よりも通算4代目のアークロイヤルの方が近く、特に後部甲板の形状は明らかに通算4代目の物なのですが、艦首のデザインは丸みを帯びており、これは通算3代目のアークロイヤルの物に近くなっています。
どうやら制作者側もこの点を巡って、混乱があったのかなと感じさせる部分です。
但し、これが劇場版になると艦全体のデザインが通算3代目のアークロイヤルになっています。
個人的に、これは意外な発見でした。
と言う訳で、本作の聖グロの学園艦は劇場版準拠として、通算3代目のアークロイヤルがモデルであると見做した上で、瑞希が語るオリジナルエピソードを書いております。

あと余談ですが、英海軍には「アークロイヤル」と名付けられた軍艦が5隻あります。
初代は、1587年竣工のガレオン船で、翌年起きた「アルマダの戦い」で、スペイン無敵艦隊を撃破した英蘭連合艦隊の旗艦。
2代目は、1914年に建造中だった貨物船を改造して竣工した水上機母艦(当時は、これが「航空母艦」と呼ばれていた)で、第1次大戦中は地中海方面で活躍。
1934年に3代目のアークロイヤルに名前を譲って「ペガサス」と改名後、第2次大戦を生き抜いて1946年に退役。
3代目は、1939年竣工の航空母艦で、第2次大戦中の1941年にジブラルタル沖でドイツUボート・U-81の魚雷攻撃で沈没するまで活躍。
4代目は、1955年竣工の航空母艦で、1978年に退役するまで「英海軍最後のCTOL空母」として活躍。
更に5代目は、1985年に竣工後、2011年に退役するまで活躍したインヴィンシブル級航空母艦の3番艦で、軍艦に詳しい方であればシーハリアーやハリアー垂直離着陸式戦闘攻撃機を搭載したV/STOL空母として、ご存知の方がおられるかも知れません。
ちなみに、アークロイヤルの1/700WL版キットは、今でこそアオシマから通算3代目が発売されていますが、私の世代だとフジミから出ていた通算4代目(竣工当時の姿をキット化)の方が馴染みあるんですよね。
でも、私が好きなアークロイヤルは、通算4代目でも1969年に大改装を受けた後、ファントムFG.1やバッカニアS.2を搭載していた晩年の姿だったりします…どこかのメーカーがキット化してくれないかなぁ?

そして次回からの展開についてですが、次回から暫くの間、週刊連載を2019年7月中旬頃までの期間限定で行う事にしました。
詳しくは、活動報告の方でお知らせをしておりますので、そちらもご覧頂けますと幸いです。

それでは長くなりましたが、次回をお楽しみに。


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第23話「これから、親善試合です!!」


ガルパン最終章第2話・公開記念週刊連載の第2弾ですが、今回からタグに「この世界の片隅に」を追加しました。
その理由については、本編を読んで頂ければ分かるかと…それでは、どうぞ。

※2019年6月25日に、本文内容の一部(序盤の「“高校生戦車道チャレンジ”とは…」についての解説部分)を改訂の上、記述を追加しました。




 

 

 

―ピンポンパーン― 「本日、周防石油グループ・プレゼンツ『高校生戦車道チャレンジ・大洗女子学園対聖グロリアーナ女学院』の親善試合が午前8時より開催されます。競技が行われる場所は立ち入り禁止となっておりますので、皆様でご協力をお願い致します。尚、シーサイドステーション他に見学席を設けておりますので、応援される方はそちらをご利用下さい」

 

 

 

 

 

 

大洗町の一角にある、電気店前に設置された町内放送用スピーカーから女性のアナウンスで、これから行われる地元・大洗女子学園戦車道チーム復活後初の対外試合“高校生戦車道チャレンジ”の案内放送が行われていた。

 

 

 

“高校生戦車道チャレンジ”とは…毎年、戦車道全国高校生大会が開幕する直前の時期に、全国数か所で行われている高校戦車道チームを対象にした親善試合…事実上の“強化試合”である。

 

この試合は、日本戦車道連盟と周防石油グループの共催で行われるが、周防石油グループは特別協賛も兼ねており、試合に必要な費用の全額を拠出している。

 

その為、試合に参加する高校にとっては「全国大会直前の大事な時期に、“費用負担無し”で練習試合が出来る」と言うメリットがあった。

 

更に、この試合に参加する高校は、毎年主催者側から“招待”される形式を取る為、例え戦車道強豪校であっても毎年参加出来るとは限らない。

 

事実、これから大洗女子学園と対戦する聖グロリアーナ女学院は、今回が5年ぶり12度目の出場である。

 

その一方で、過去には長野県の中立高校や福島県の伯爵高校等、諸事情で全国大会には参加していない高校が招かれた例もあるのだが…これは実を言うと、この親善試合が始まった切っ掛けでもあるのだ。

今から数十年前に『戦車道の強豪校が有利になる様に示し合わせて作った暗黙のルール』が蔓延ったせいで、“戦車道の科目が在っても全国高校生大会に出場しない高校”が増えた為、日本の高校戦車道が今後衰退の道を辿る怖れがあると悟った当時の周防家当主(周防石油グループの会長でもある)が救済策として考え付いたのが、この“高校生戦車道チャレンジ”の開催だったのである。

 

その為、戦車道に日々励む日本の女子高生にとっては、この試合に招待される事がある種の“ステータス”であると認識されている程だった(だからこそ、本作第20話で聖グロのオレンジペコがこの試合に出場できる事を知って「夢の様です」と語ったのである)。

 

以上の理由から戦車道ファンの間では、“全国高校生大会の開幕を告げる行事”として長年親しまれているイベントの今年度第一弾が、この大洗町で開かれる事になったのである。

 

 

 

 

 

 

試合会場となる大洗町一帯は、既に試合の準備が整っており、朝早くから青空市や様々な屋台が立っている。

 

その周囲を家族連れや子供、若い女性等、色々な姿をした観客が試合開始を待ち切れない雰囲気で、町を散策していた。

 

そして、この試合のメイン・パブリックビューイング会場となる大洗シーサイドステーションでも、多くの観客が広場に設置された巨大な屋外用スクリーンに注目している。

 

そこには、大洗女子学園で約20年ぶりに復活した戦車道チームの戦車6輌とその戦車長達の姿が映し出されていた。

 

 

 

「地元チームの試合は久しぶりだねぇ♪」

 

 

 

地元の人だろうか、会場の広場に敷いたシートに座っている中年女性が嬉しそうに、友人らしい同年代の女性に話し掛けている。

 

また、大洗女子学園の制服を身に着けた生徒達の姿も多い。

 

やはり、先日生徒会が行った“公開練習試合”の効果だろうか?

 

生徒達は、母校のチームが神奈川県の強豪校相手に、どこまで通用するのか興味深々の様だ。

 

そんな中、中等部の生徒らしい4人の少女がスクリーンを見ながら、隊長車のメンバーについて語り合っている。

 

 

 

「ねぇ、華恋の従姉が隊長車の砲手で、詩織のお姉さんが通信手なんだよね?」

 

 

 

「そうだよ、由良ちゃん。沙織お姉ちゃんたら『これで、試合が終わったら男子にモテモテよ!』って、気合入れていたよ」

 

 

 

「うん。華姉ぇの集中力なら、戦車砲も恋も百発百中だよ!」

 

 

 

「おう、今日も五十鈴の従姉好きに磨きが掛かってるね~」

 

 

 

「鬼怒沢ちゃん、そんな事を言うから、華恋ちゃんがむくれているよ?」

 

 

 

「もう…鬼ちゃんったら、揶揄わないでよ!」

 

 

 

「武部も五十鈴も怒るなよ、どっちもお姉ちゃん大好きっ娘じゃん……」

 

 

 

そんな話題で盛り上がっている観客達の後方で、その様子を眺めながらメモを取る成人女性の姿があった。

 

彼女の名は、北條 青葉(ほうじょう あおば)

 

広島県呉市出身の27歳。

 

5年前に大学を卒業後、広島市内の新聞社に記者として入社したが、入社時「カープやサンフレッチェの様な地元プロスポーツチームの取材担当」を希望したのに、実際の配属先は、呉市や江田島市にある海上自衛隊の基地・各種学校や海田市にある陸上自衛隊の駐屯地と言った県内にある自衛隊と…“反戦平和運動”担当の記者だった。

 

それだけなら未だしも、社の方針として当時の編集長から「自衛隊については常に批判的に書く事」「反戦平和を常に主張する事」を記事を書く条件として押し付けられた結果、彼女は“ジャーナリズムの在り方”について大きな疑問を抱く事になった。

 

特に、彼女が新人記者として接して来た自衛隊員の多くは誠実な人間が多かったのに対して、反戦平和団体の構成員はそれとは真逆の輩が少なくなく、自らの主張の為なら他人の迷惑を顧みない姿勢が目に付いたにも関わらず、その事実を報道出来ない事が彼女の苛立ちを募らせた。

 

結局入社から3年後、上司等の編集方針に反発して新聞社を退社し、フリーのスポーツライターとして活動を始めてから約1年後。

 

彼女は、ある事件に遭遇した。

 

 

 

第62回全国戦車道高校生大会決勝戦・プラウダ高校対黒森峰女学園。

 

 

 

試合中、黒森峰女学園戦車道チームのⅢ号戦車J型が競技場である陸上自衛隊・東富士演習場内の川へ転落し、同チームの副隊長が乗員救助へ向かったにも関わらず、試合は中断される事の無いまま、副隊長が不在となった黒森峰フラッグ車を撃破したプラウダ高校が優勝した、あの戦い。

 

フリーのスポーツライターになってからも、新聞記者時代に培った自衛隊への取材経験と人脈がある程度生かせる為、自然と戦車道の取材を数多く熟して来た青葉にとっても、この事件は衝撃的だった。

 

そして試合終了後、大会10連覇を逃した黒森峰女学園と主催者である日本戦車道連盟は、様々な議論に曝された。

 

だが、その最中に黒森峰側が「全ての責任は“敵前で()()()()”した副隊長に在る」として、当該生徒を副隊長から解任した後、一切の弁明をしなかった事でその議論は宙に浮く形となり「日本戦車道連盟は何故、あの事故が起こった時に試合を中断しなかったのか?」と言う根本的な問い掛けは為されないまま終わってしまった。

 

一方、優勝したプラウダ高校に対しても「あの状況下でのフラッグ車攻撃は、人命軽視・スポーツマンシップに悖る行為ではないか?」と批判する者がいた。

 

だが間もなく、彼等は優勝校の地元・青森県を始めとする東北地方の人々から上がった「“あの大震災”から立ち上がって、栄冠を勝ち取った彼女達を中傷するな」との声によって、沈黙してしまった。

 

実は…本大会の少し前に起きた“あの大震災”では、東北各県を中心に東北地方から関東地方に掛けての太平洋側一体で甚大な被害が発生しており、プラウダ高校の地元・青森県も南部地方の一部が被災していた。

 

更に、東北の甲子園出場校でも当時成し遂げられなかった「全国制覇」を彼女達が実現した事から「震災の被災者達に勇気を与えてくれた彼女達を批判するのは許せない」と言う論調が東北地方では主流だった為、その声に世論が押される形となったのである。

 

この様な、ある意味で不条理且つ、悪く言えば情緒的とも言える混乱した状況を目の当たりにした彼女は、戦車道に対して根本的な疑問を抱く事になった。

 

 

 

一体、戦車道とは何なのか?

 

 

 

この事件を機に、青葉はその答えを得るべく、全力で戦車道を追う事を決意した。

 

それから1年が経ち、彼女は今年から全国戦車道高校生大会の新しい特別後援社となった全国紙「首都新聞社」と専属契約を結び、同社の編集局・運動部々長付の“戦車道担当・専属契約ライター”として活動していた。

 

勿論現時点における主な仕事は、全国戦車道高校生大会関連の取材と、その取材を元にした記事原稿を執筆して「首都新聞」のスポーツ欄に寄稿する事である。

 

実を言うと首都新聞社は、大会の特別後援社となった今年度から本格的に戦車道へ関わる事となった為、戦車道の取材に関するノウハウが不足していた。

 

その為、同社にとっては戦車道の取材活動歴が2年程の彼女でも、喉から手が出る程欲しい人材だったのである。

 

尤も彼女の場合、自らの経歴よりも自身の親戚の方が有名過ぎて、その方で自身の知名度も高かった為、新聞社側もそれに肖ろうと言う意図が彼女との契約の背景に透けて見えると言う、本人にとっては困った問題があったのだが……

 

 

 

 

 

 

「あの…ひょっとして北條さんは、“北條 すず”さんのご親戚ですか?」

 

 

 

 

 

 

今から30分程前。

 

試合前の僅かな時間を割いて、大洗女子学園戦車道チームの取材をした時の事だった。

 

隊長は試合準備の為に多忙と言う事で、代理として応対した生徒会メンバー3人の内、生徒会副会長である小山と言うポニーテールの少女からそう問われた時、青葉は“またか”と思いつつ、返事をした。

 

 

 

「はい、すずさんは私の親戚です…でも実は、血が繋がっていないのですけどね」

 

 

 

そして彼女は、自らのルーツを簡単に説明した。

 

青葉の直接の先祖は、終戦直後にすずと彼女の夫が広島駅で拾った女の子の孤児で、名をヨーコと言う。

 

因みに、すずとヨーコは共に高齢だが、今も健在である。

 

その為、青葉とすずは血縁関係にはないのだが、幼い頃から青葉にとってすずは「少しおっちょこちょいだけど、いつも優しくて色々な事を教えてくれる大切なお婆ちゃん」だ。

 

そんなすずは、もう90歳を軽く超えていると言うのに大変元気で、毎朝「またカープが負けたわ~」とぼやいていると生徒会の3人に告げた所、生徒会長の角谷 杏が感心した表情で答えた。

 

 

 

「へぇ~凄く元気なお婆ちゃんだねぇ」

 

 

 

青葉は複雑な表情を浮かべながら「ええ……」と生返事をすると、小山が角谷会長へ話し掛ける。

 

 

 

「会長もすずさんの手記は読んだでしょ?」

 

 

 

「えーと、確かタイトルは『この世界の……』だったかな?」

 

 

 

副会長の話を聞いた生徒会広報の河嶋と言う少女が、青葉の親戚が書いた手記のタイトルを思い出そうとしている仕草を眺めながら、青葉本人は心の中で憂鬱な気持ちを思い浮かべていた。

 

 

 

「ああ…やっぱり取材に行くと、必ず“この話”になっちゃうよね」

 

 

 

実は今から7年前、すずが地元の小学校から頼まれて、自らの戦争体験を“平和授業の一環”として小学生達に語った所、それが口コミで予想外の人気を集めたのだ。

 

それからすずは、広島県内各地の小中学校や公共施設へ招かれては子供達やその父兄に戦争体験を語り継ぐ様になり、遂には噂を聞き付けた地元出版社からの薦めで、その戦争体験を手記として出版する事が決まった。

 

そして出版された手記は、更なる口コミで話題を集めて全国的な人気となり、活字離れが深刻化しているこのご時世にも関わらず何度も重版され、“地方出版社から発行された本”としては異例のロングセラーとなった。

 

しかもすず本人は「この話は、私だけの話じゃないけぇ、お金は受け取れんよ」と、広島弁で語ると手記の印税は一切受け取らず、世の中の恵まれない子供達の為に全額寄付し続けている。

 

その為、すずの人柄は世間の注目を集めて、皆から尊敬される様になったのであるが―その結果として、すずとは義理の親戚関係に当たる青葉が取材に行くと、必ず“すずに関する話”を取材対象者から聞かれる事になってしまったのである。

 

それは―青葉にとって「親戚の七光りのお蔭で、自分の仕事が出来ている」と言う事から来る“劣等感”にも繋がっていた。

 

 

 

そんな流れで、生徒会への取材を手短に終えた後、憂鬱な気持ちのまま大洗シーサイドステーション内の広場で大型モニターを眺めていた青葉は、大洗女子戦車道チームの戦車長達の中に並んでいる、1人の少女を見て驚いた。

 

 

 

「あっ…あれは、西住 みほさん」

 

 

 

それは、彼女にとっては忘れ様もない顔だった。

 

去年の全国大会でチームの10連覇よりも仲間の生命を優先した結果、チームの敗戦責任を一身に負わされて母校を、そして自らの実家である西住流からも追われた少女。

 

あの決勝戦が終わった直後、チームが敗れる原因を作ってしまった事から来る仲間達への済まなさと、仲間の命を救ったと言う安堵感が入り混じった“彼女の複雑な表情”は、青葉の記憶の中に今でも鮮明に残っている。

 

その少女が、学校は変われども戦車道の世界に再び姿を現した事を、彼女は実感した。

 

 

 

「みほさん、本当に戦車道へ戻って来たんだ!」

 

 

 

勿論、青葉は今回の試合に関する情報を事前に収集した際、西住 みほが大洗女子学園戦車道チームの隊長に就任した事を察知していた。

 

そこで、先程の取材の時にもみほへの直接取材を試みたが、生徒会長の角谷 杏から「ゴメン。今、西住ちゃんは試合の準備で忙しいから」と断られてしまい、彼女と直接会う事が出来なかっただけに、モニター越しに彼女の姿を見た時、青葉の心には熱いものが込み上げて来た。

 

 

 

「よしっ…今日はこの試合の様子をしっかり取材して、きちんとした記事に仕上げよう!」

 

 

 

青葉はそう決意すると、シーサイドステーションの広場から少し離れた場所にある来賓用客席へ向かった。

 

 

 

人生には、時に“運命を変える出会い”があると言う。

 

その出会いが無ければ、その後の人生は有り得なかった、と後々になって思い返す程の……

 

北條 青葉もまた、大洗女子学園戦車道チームとの出会いによって、その後の運命が大きく変わる事になる人々の1人であるが、その物語は、また後に語る事になるだろう。

 

 

 

 

 

 

先に試合会場へ到着していた私達、大洗女子学園戦車道チームの目の前に、聖グロリアーナ女学院の戦車が6輌、一列の横隊を組んで現れると、ゆっくりとこちらへ向かってやって来た。

 

恐らく隊長車であろうチャーチル歩兵戦車が1輌、マチルダ歩兵戦車が4輌、そしてクルセイダー巡航戦車が1輌…あれっ?

 

何故か、このクルセイダーだけが暴れ牛の様に動き回っている?

 

他はしっかりとした隊列を組んで前進しているのに、何故あの1輌だけ…と思っている間に、6輌の戦車は私達の手前で停車した。

 

そして、チャーチル歩兵戦車から独特の三つ編みアレンジの髪型を決めた1人の少女が降り立つと、流石の私も緊張した。

 

 

 

聖グロリアーナ女学院・戦車道チーム現隊長、ダージリン。

 

 

 

全国有数のお嬢様学校にしては、個性的な歴代メンバーが多い事で知られるこのチームの中でも、彼女の存在感は群を抜いている。

 

格言や諺を大いに好み、会話の中でも場面に合わせてそれらを素早く引用して見せる頭脳の冴えは、高校戦車道ファンの間でも有名で、中には「聖グロの歴代隊長の中でも五指に入る才能の持ち主」と評価する者さえいる程だ。

 

勿論、戦車道の腕前も全国トップクラス。

 

戦車長としての技量も去る事ながら、チームの隊長としての指揮能力は“全国の高校生の中でも屈指の実力者”と評価されている。

 

そんな事を考えていると、ダージリン隊長以下、聖グロリアーナ女学院・戦車道チームの各戦車長が先に整列している私達のチームの戦車長と向かい合って並び、そこから両チームの代表者が挨拶を始めた。

 

 

 

「本日は、急な申し込みにも関わらず試合を受けて頂き、感謝する」

 

 

 

「構いません事よ……」

 

 

 

冒頭、河嶋先輩が()()()上から目線でダージリン隊長へ挨拶したので、私は心の中で「ダージリンさん、怒らないかな?」と心配したが、当人は特に気分を害した様子も無く、笑顔で返事をしていた…だが突然、ダージリン隊長は口元を手で押さえると、あくまでも優雅な口調ながら河嶋先輩へ()()()()()をぶつける。

 

 

 

「…それにしても個性的な戦車ですわね♪」

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 

私達の“痛戦車”を皮肉られた河嶋先輩が、思わずダージリン隊長を睨み返したが、睨まれた本人は優雅な表情と口調を変えないまま、更に語り掛けて来た。

 

 

 

「ですが、私達は()()()()()にも全力を尽くしますの…サンダースやプラウダみたいに“下品な戦い方”は致しませんわ。騎士道精神でお互い頑張りましょう」

 

 

 

ダージリン隊長からの言葉を聞いた私は、心の中で『あ~あ』と思いつつ、その場で固まっている河嶋先輩を眺めていた。

 

どうやらダージリン隊長は、私達の“痛戦車”達をある種の“挑発”と捉えた様だ。

 

実を言うと、聖グロって裏では「試合になると、例え()()()相手でも本気を出す」と言われている位、常にガチンコ勝負を挑んで来るチームなんですけど?

 

唯一の救いは、ガチンコ勝負であっても騎士道精神は決して忘れない、と言う点位かな?

 

そんな事を思っている間に、今日の審判団の審判長である戦車道連盟審判員の篠川 香音さん(この人とは、みなかみタンカーズ時代から試合を通じての顔見知りである)が、試合開始の号令を発した。

 

 

 

「それでは、これより聖グロリアーナ女学院対大洗女子学園の試合を始める。一同、礼!」

 

 

 

号令と同時に、両チームの戦車は集合場所から試合のスタート地点まで移動した。

 

それからは、試合開始の予定時刻である午前10時まで、両チームはそれぞれが指定されたスタート地点で待機する。

 

待機中の車内は静かで、これから激しい走行音と砲撃音等で騒然となる運命にあるとは、到底思えない。

 

この試合前の緊張感ある静けさが、私にとっては戦車道で一番好きな時間だ…と言うか、戦車道ではこれ以外に好きな時間は、無いけれど。

 

そして、ふと車内にいる私達Fチームのメンバーに目を移すと、皆静かに試合開始を待っていた。

 

 

 

 

 

 

そうだ…丁度良いから、ここで改めて、Fチームのメンバー紹介と各ポジションの簡単な説明をしておこうか。

 

 

 

まず私の前方、砲塔前部の76.2㎜戦車砲を挟んで、右側の砲手席に着席しているのが、私達の中で一番頼りになる“ののっち”こと、砲手の野々坂 瑞希。

 

砲手は、言うまでもなく戦車砲の射撃全般を司る攻撃の要で、車長とのコンビネーションが重要視される事から軍隊の戦車部隊では勿論の事、戦車道でもある程度の経験を積んだ娘が任命される事が多く、ここから戦車長へ昇格する娘も多い重要なポジションだ。

 

 

 

その隣、戦車砲の砲身を挟んで砲塔後部左側の装填手席に着いているのが、装填手の二階堂 舞。

 

装填手は、76.2㎜砲弾や搭載機関銃の弾薬の装填作業の他、戦闘時以外では砲手用ハッチから身を乗り出して車長と一緒に車外を警戒するのが主な仕事だが、実を言うと大抵は駆け出しの新人が担当する「下積みのポジション」である。

 

でも舞は、みなかみタンカーズでは戦車長の経験もある娘なので、決して舞が駆け出しと言う事では無いが、彼女は小柄ながらウェイトトレーニングとストリートダンスの練習を毎日欠かさず続けて来た事から来る筋力と体幹・バランス能力の高さで、走行中の揺れる車内でも確実に主砲弾の装填作業を熟せる実力を持っているので、私達のチームの中では、彼女が装填手を務めている。

 

 

 

続いて、車体前方左側の操縦席でエンジンをアイドリングしているのが、操縦手の萩岡 菫。

 

操縦手は、言うまでもなく戦車の操縦を司るのだが、ある意味“専門職”と言えなくもない。

 

何故なら、操縦手も砲手と同様に車長とのコンビネーションが重要なのだ。

 

特に、戦闘中は車長が一々指示する事が出来ないと言う理由で、戦車の移動に関する判断の一切を任される程重要な役目を担うから、美少女天才ドライバーの菫にとっては打って付けのポジションだろう。

 

 

 

そしてついこの間、副操縦手として新しくメンバーに加わった長沢 良恵ちゃんも、一言も発さないまま真剣な表情で、車体前方右側の副操縦席から前方を眺めている。

 

因みに副操縦手は「機銃手」と言う別名が在って、主な仕事は車体前方に装着されている7.62㎜機関銃の操作だが、それ以外にも彼女の背後には76.2㎜砲用の弾薬庫があるので、必要に応じて装填手の補助もする。

 

また、試合中に他の乗員がケガ等で治療や休憩をする必要が生じた時は、彼女がその代役を務める事になっているので、実は一通りのポジションを経験する必要があるのだが、良恵ちゃんはまだメンバーに加わったばかりなので、彼女の訓練が今後の私達の課題だ。

 

因みに…ここで気付いた方もいると思うが、私達Fチームが駆るM4A3E8には「通信手」のポジションが存在しない。

 

これはM4シャーマンの場合、無線機が砲塔後部にある関係も在って、無線機の操作は、基本戦車長が担当するからである。

 

但し、シャーマンを装備した部隊によっては、装填手も無線手の訓練を行って車長を補助する事が行われていたので、Fチームでも中学卒業の時点で第3級アマチュア無線技士の免許を取得している舞が、私の補助として無線を操作する場合がある。

 

 

 

そして、これ等4人のメンバーを纏めて、私達の戦車であるM4A3E8“シャーマン・イージーエイト”の全てを指揮し、他のチームの戦車長や隊長である西住先輩との連絡を司るのが、Fチームの戦車長である私、原園 嵐の役目なのだ。

 

 

 

 

 

 

さて、メンバーのポジションと役目も説明出来たから、そろそろ話を本題に戻すとしよう。

 

試合開始前の静かな緊張感を味わいながら、私がFチームの皆を見守っていた時…突然、無線で河嶋先輩の声が響く。

 

 

 

「用意はいいか、隊長」

 

 

 

「あっ…はい」

 

 

 

河嶋先輩からの呼び掛けに当惑した様子で返信する西住隊長の声が、こっちのヘッドセットにも聞こえて来た。

 

どうやら河嶋先輩、まだ無線の操作に慣れていないのか西住隊長だけと交信しているつもりで、チームの全車に通信が聞こえる状態で無線を発しているな……

 

私がそう思っていると、再び河嶋先輩が西住隊長に呼び掛けて来る。

 

 

 

「全ては貴様にかかっている、しっかり頼むぞ」

 

 

 

「うっ……」

 

 

 

あろう事か河嶋先輩は、わざわざ西住隊長に余計なプレッシャーを与えて、隊長を不安にさせてしまっていた。

 

幾ら試合前だからって、私達の隊長に不必要な負担を掛けてどうするのよ?

 

聞いていられなくなった私は「全く…河嶋先輩は」と怒りを抑えながら呟くと、砲塔後部にある無線機を操作して西住先輩と交信する。

 

 

 

「西住先輩、聞こえますか…河嶋先輩の事は、気にしても仕方ないですよ」

 

 

 

「原園さん?」

 

 

 

西住隊長は、突然私が交信して来た事に驚いた様子だったが、私は構わず隊長に話し掛けた。

 

隊長を安心させたいと言う一心で……

 

 

 

「私、隊長の事を信じていますから、誰が何と言おうと隊長が一番良いと思う事をやって下さい。私は、どこまでも隊長に付いて行きますから」

 

 

 

「あ…ありがとう」

 

 

 

私からの呼び掛けに、西住隊長はぎこちないが少し安心した様な声で返事をしてくれたので、ホッとした直後。

 

無線機に審判の声が大きく響いた。

 

 

 

「試合、開始!」

 

 

 

その声と同時に、私達を含めた各チームの全車が前進を開始した。

 

(第23話、終わり)

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第23話をお送りしました。

今回は、大洗女子学園から見た親善試合開始直前の状況と共に、新たなキャラクターを登場させましたが…もう、その正体は分かりますよね?
まず、艦これでは「青葉、見ちゃいました…!」でお馴染みのパパラッチ(爆)、そして「この世界の片隅に」ではヒロイン(!?)の彼女(笑)。
これは、彼女を出そうと思った時から考えたネタだったりします。
本作での彼女は「大洗女子学園を外から見た人物」の1人として、今後もちょくちょく出て来る見通しですので、見守って頂ければ幸いです。
そして、序盤で登場した中等部の生徒らしい4人娘も追々出番がありますので、ご期待下さい。

と言う訳で次回ですが、少し視点を変えて、西住殿と嵐ちゃん以外の視点から試合開始直前の光景を綴って行く「番外編」となります。
それでは、次回もお楽しみに。



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第23.5話「番外編~親善試合の舞台裏です!!」


前回も少し触れましたが、実は聖グロとの親善試合を始める前に、その舞台裏を書いていたら嵐も西住殿も出て来ない話が一つ出来上がってしまいまして…と言う訳で、今回は番外編です。

あと、それだけでは味気ないと思いまして、物語の最後にちょっとしたコントを書いておりますので、そちらもお楽しみ頂ければ幸いです。
以上、イレギュラーな回ですが、宜しくお願いします。



 

 

 

茨城県大洗町を舞台に始まろうとしている地元・大洗女子学園と神奈川県の聖グロリアーナ女学院による戦車道親善試合“高校生戦車道チャレンジ”。

 

だが、ここで時間は試合開始の10分程前に遡る。

 

 

 

この試合の取材を担当する、首都新聞社の契約ライター・北條 青葉が、屋外スクリーンの置かれている広場から少し離れた場所にある「大洗女子学園」の名前が入った学校用テントの中に設置された来賓席へ、速足で駈け込んで来た。

 

 

 

「良かった、試合開始に間に合った…あっ!?」

 

 

 

息を弾ませながら来賓席へ入った青葉が小声で呟くと、目の前に着席している来賓達の中に、見覚えがある女性達の後ろ姿がある事に気付く。

 

そこには、近年全国の戦車道関係者や戦車マニアの注目を集めている新進気鋭の戦車整備工場「原園車両整備」の社長にして、昨年初出場した戦車道全国中学生大会でいきなり準優勝した戦車道のユースクラブチーム「群馬みなかみタンカーズ」の代表でもある“原園 明美”。

 

その明美の夫の親戚にして陸上自衛隊の元・陸将であり、陸自機甲部隊の指揮官として長年日本の戦車道の発展にも貢献して来た事で知られる“原園 鷹代”。

 

嘗て、聖グロリアーナ女学院戦車道チームの主要メンバーとして全国高校生大会準優勝に貢献し、現在は明美の秘書を勤める“淀川 清恵”。

 

そして、今日はこの試合の主催者兼特別協賛を務める周防石油グループの代表として出席している「周防ケミカル工業株式会社」社長の“周防 長門”。

 

近年の日本戦車道を知っている者ならば、名前位は知っている4人の女性が、他の来賓と共に並んで着席していたのだ。

 

勿論、青葉も戦車道の取材を続ける中で、彼女達の事は熟知している。

 

特に長門は、“ある理由”によって青葉の事を生まれた時から知っており、青葉が新聞記者を経てスポーツライターになってからも、親交が続いていた。

 

すると長門が突然振り返り、青葉に声を掛ける。

 

 

 

「後ろから気配がしたと思ったら…青葉ちゃんか。こっちへ来ないか?」

 

 

 

「あっ…いえ、今日は仕事ですから」

 

 

 

一瞬、長門からの誘いに乗り掛ける青葉だったが、今日は大事な取材の日。

 

幾ら親しいからと雖も、彼女とだけ一緒にいる訳には行かない。

 

青葉は済まなそうな声で長門からの申し出を丁重に謝絶しようとしたが…その時、背後から声が上がった。

 

 

 

「“ながもん”…もしかしてこの娘が、スポーツライターの北條さん?」

 

 

 

「えっ、原園 明美さんですよね…私の事を知っているのですか!?」

 

 

 

青葉にとって、ドイツの戦車道プロリーグで強豪チームの整備班長として活躍した明美は、日本戦車道のレジェンドの中でも“雲の上の人”だ。

 

勿論、本人に会うのは初めてなのにいきなり声を掛けられた事で、青葉は立場を忘れて舞い上がる。

 

すると明美は、思わぬ話を青葉に語り掛けた。

 

 

 

「うん。貴女や北條家の事は、周防さんから色々と聞いているわよ…周防さんのご先祖の方が終戦の夏に、偶々呉の北條家で一泊した時の話とか」

 

 

 

「えっ、その話をご存じなのですか?」

 

 

 

実は、今明美が語った話こそが、青葉と長門が親交を結んでいる理由だった。

 

時は、太平洋戦争末期の昭和20年8月5日…現在の周防石油グループの前身である“周防石油”の創業家である周防家の当主を戦前と戦後の2度に亘り務め「中興の女傑」と呼ばれた長門の先祖・イトと言う女性(周防家は明治時代からの家訓により、当主は代々女性が務めている)が、燃料問題の打ち合わせの為に海軍の呉鎮守府を訪れたが、本家のある防府へ帰る列車の切符が手に入らなかった為、鎮守府関係者の伝手で一晩、呉の北條家に宿泊した。

 

その翌朝、イトは当時結婚したばかりでホームシックだったすずと、すずの夫の姉である黒村径子と一緒に互いの身の上話をしていた時、広島へ投下された原子爆弾によるキノコ雲を目の当たりにする事になる……

 

北條家の歴史に残る大きなエピソードとして、すず達青葉の先祖から語り継がれている話を、明美から聞かされた青葉はビックリして問い返した。

 

すると、長門が笑みを浮かべながら青葉へこう指摘する。

 

 

 

「青葉ちゃんは忘れていないかな…私と明美は、“黒森峰女学園高等部の同窓生”なんだ」

 

 

 

「あっ…済みません!西住流師範の西住 しほさんと共に、高校戦車道で“公式戦3年間無敗”の伝説を作った話、忘れていました!」

 

 

 

「あら~♪記者さんにその事で名前を覚えてもらえていないなんて、まだまだ私も未熟だわ~♪」

 

 

 

「いえ明美さん、私の方こそ未熟で申し訳ありません!まさかお声を掛けてもらえるなんて思ってもいなくて……」

 

 

 

長門からの指摘に青葉は恐縮した表情で謝罪したが、その様子を見た明美が笑いながら揶揄った為に、彼女は赤面しながら釈明する羽目になった。

 

そんな青葉の姿を見た長門は苦笑いを浮かべつつ、助け舟を出す。

 

 

 

「まあ、青葉ちゃんも仕事だろ?なら、私達と一緒に試合を見ると良い。終わったら取材も受けよう」

 

 

 

「なら、私も取材を受けるわね」

 

 

 

「あ…ありがとうございます」

 

 

 

長門からの提案に明美も乗った事で、青葉は漸く安堵した顔でお辞儀をしてから、長門の隣に着席した。

 

その一部始終を、心配しながら見ていた鷹代と清恵が、互いに顔を見合わせながらホッとした表情を浮かべ、漸く場が落ち着き掛けた、その時だった。

 

 

 

「試合、開始!」

 

 

 

審判からの号令と同時に、大洗女子学園戦車道チームの戦車6輌が前進を開始する姿が、来賓席に設けられたモニターに映し出される。

 

その姿は、メイン・パブリックビューイング会場の、大洗シーサイドステーションに設置された巨大な屋外用スクリーンにも映し出された。

 

 

 

「始まったー!」

 

 

 

「動いたー!」

 

 

 

約20年ぶりとなる、地元戦車道チームの試合に熱狂する観客達の歓声が来賓席にも響いて来る。

 

その時、来賓席専用のモニターで始まったばかりの試合を観戦している鷹代が、明美へ静かに話し掛けて来る声が青葉の耳に届いた。

 

 

 

「始まったよ…明美さんは、この試合をどう考えているんだい?」

 

 

 

()()で聖グロ相手に勝てる、だなんて私も思っていないわ…幾ら何でも、そこまでやれる実力は、未だあの娘達には備わっていないもの」

 

 

 

鷹代からの問い掛けに、明美は普段のざっくばらんな雰囲気とは異なる真剣な表情で答えたので、鷹代だけでなく話を聞いていた青葉も思わず表情を引き締めた。

 

そこへ、鷹代の隣に座っている清恵が、心配そうな表情で明美へ問い掛ける。

 

 

 

「社長…それって、“私の後輩達”に気を遣っていませんか?」

 

 

 

だが、明美は先程までとは対照的に、何時も通りのにこやかな笑みを浮かべてから、“聖グロ戦車道チーム時代”の()()()()()()で語り掛けて来た。

 

 

 

「そんな事は無いわよ、先々代の“()()()()”ちゃん♪」

 

 

 

「やだ社長、昔の呼び名を使うのは止めて下さい……」

 

 

 

一昔前、戦車道に打ち込んでいた聖グロ時代の“呼び名”で呼ばれた清恵は、恥ずかしさの余り顔を真っ赤にしたが、その表情から笑顔が滲み出ていたのに気付いた明美は、微笑みながら更に語り掛ける。

 

 

 

「清恵ちゃん、顔が笑っているわよ。でも先輩としては、ここで後輩達にしっかり勝って欲しいでしょ?」

 

 

 

「え…ええ」

 

 

 

明美から「ダージリン達には母校の後輩として、是非勝って欲しい」と言う、自らの本音を見抜かれた清恵は、顔を赤くしたまま苦笑いを浮かべていたが、そんな遣り取りを複雑な表情で眺めていた青葉は、“記者としての立場”から明美に向かって厳し目の質問をする。

 

 

 

「明美さん…じゃあ大洗の娘達は、一体何の為に?」

 

 

 

だが、明美はその様子に気付いており、青葉が質問を始めた所で、その先を読んでいたかの様に自らの思いを打ち明けた。

 

 

 

「御免なさい、青葉さん。でも大洗の娘達にはどんな()()()()でも良いから、この試合で“何かしらの輝き”を見せて欲しいんです…特に、みほさんにはね

 

 

 

明美の言葉をメモに書き取りながらも「みほ」の単語を聞いて、思わずハッとなる青葉。

 

その会話を聞いていた鷹代が「成程ね」と、表情を和らげながら小さく頷くと、ずっと無言で4人の会話を聞いていた長門が、口元に笑みを浮かべてこう語った。

 

 

 

「皆、みほちゃんなら大丈夫だ。例え勝てなくても、聖グロに一泡噴かせる位の事は出来るさ。それに嵐もいるしな…しかし、聖グロリアーナはまだ動かないな?」

 

 

 

「えっ…あっ!?」

 

 

 

その言葉に戸惑った青葉が、来賓席専用のモニターの両端に表示されている両チームの動きを見ると、長門の指摘通りである事に気付いて驚きの声を上げる。

 

大洗の戦車隊は、試合開始と同時にスタート地点を出発しているのに、聖グロの戦車隊は未だスタート地点から動き出そうとしていない。

 

 

 

「何かあったのでしょうか?」

 

 

 

何らかのトラブルで動けないのかと訝しむ青葉を余所に、明美は薄っすらと笑みを浮かべながら、長門に自らの考えを述べた。

 

 

 

「“ながもん”、聖グロは恐らく“()()()()”じゃないの?」

 

 

 

「“例の時間”…ああ、ティータイムか。但し、ここで“ながもん”と呼ぶのは止めろ。他の来賓方も見ている」

 

 

 

「えっ…長門さん、“放課後ティータイム”って、何ですか?」

 

 

 

「青葉さん…それ、最近人気のガールズロックバンドですよ?」

 

 

 

「やれやれ……」

 

 

 

明美と長門の会話を聞いて、思わず大ボケをカマしている青葉に清恵がツッコミを入れる様子を見た鷹代は、苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

一方、これと同時刻。

 

聖グロリアーナ女学院側のスタート地点では、隊長のダージリンが愛車であるチャーチル歩兵戦車Mk.Ⅶの砲塔上で、未だ優雅なティータイムを楽しんでいた…いや、彼女は寧ろ“落ち着きを取り戻す為”に紅茶を飲んでいる、と言うべきだろう。

 

大洗女子学園戦車道チームは、彼女にそれ程までの衝撃を与えていた。

 

何しろ、出場している戦車の色が戦車道…否、“戦車を知っている者”なら、まずやらないであろう()()()()()だったからだ。

 

だが、それだけではない。

 

実はこの試合を申し込まれた時、大洗側の使者として同席していた明美の秘書で、学院の先輩でもある淀川 清恵から提供された“大洗女子学園戦車道チームのデータ”が、彼女に更なる混乱を齎していたのだ。

 

 

 

ダージリンは、今回の試合を大洗女子学園から申し込まれた翌日に「紅茶の園」で、チームメイトであるアッサムやオレンジペコと共に、対戦相手の戦力分析を行った時に交わした議論を振り返っていた。

 

勿論、この日の議題の中心は、清恵から提供されたデータの内容と信憑性についてだったが、実の所、大洗女子学園の保有戦車の中に飛び抜けた性能を持っている物があった訳では無い。

 

問題は、チームメンバーの中に在った2()()()()()であった。

 

 

 

「アッサム、まずは大洗女子の隊長とM4の車長について、もう一度確かめたいのだけど?」

 

 

 

まず、ダージリンは自らが乗る隊長車の砲手にして、チームの情報分析も担当する同級生・アッサムへ情報の確認を求めた。

 

 

 

「はい、西住 みほと原園 嵐ですね。淀川先輩から提供されたデータに関しては、GI6のグリーン部長にも確認を取りましたが、部長は『ここまでデータを明かして良いのか?』と驚かれていましたよ。勿論データの内容は正確で、GI6が全く摑んでいなかった情報まで含まれていたそうです」

 

 

 

アッサムからの報告を聞いたダージリンは、溜め息を吐くと微かに悲し気な表情を浮かべた。

 

 

 

「そう…西住 みほさんが、去年の全国大会決勝戦でプラウダに敗れた責任を取らされて、黒森峰のみならず実家からも見捨てられたと言う、淀川先輩からのレポートは事実だったのね」

 

 

 

「はい。私も、淀川先輩のレポートを読んだ時は驚きました」

 

 

 

隊長の悲しそうな呟きを聞いたアッサムも、彼女の心中を思い遣る様な表情を浮かべつつ、敢えて簡潔に報告する。

 

そこへ、同じく隊長の表情を心配そうに見ていた、後輩のオレンジペコが声を掛けて来た。

 

 

 

「ダージリン様、大丈夫ですか?」

 

 

 

「ああ、御免なさい。心配しなくていいのよ…ただ、去年の大会の決勝戦での出来事を思うと、みほさんの事が不憫に思えて仕方ないわ」

 

 

 

自分の傍に置いている下級生を心配させた事に気付いて、即座に安心させる様に諭すダージリンだが、その表情は未だ晴れない。

 

彼女にとって、西住 みほは姉のまほと同様、よく知っている存在だからだ。

 

何しろ去年の全国大会に、西住姉妹は“黒森峰女学園の隊長と副隊長”として出場していたのだ。

 

だから、あの大会の決勝戦での出来事と10連覇を逃した黒森峰が暫くの間混乱していた事は知っていたが、まさかみほが敗戦のスケープゴートにされていたとは…淀川先輩からのレポートを読むまで、その事実を全く知らなかったのは、彼女にとって不覚だった。

 

だが、このままの気持ちを引き摺る訳には行かないし、ましてや()()()()()()()()訳にも行かない。

 

何しろ試合を申し込まれた日、淀川先輩から別れ際に「もしも今度の試合、万が一にも負けたらウチの社長(原園 明美)が『罰ゲームをプレゼントするわね♪』と仰っておられましたから、頑張って下さいね」と告げられているのだ…肝心の“罰ゲームの正体”は、不明だが。

 

そんな事を思いながら、ダージリンは紅茶を一口味わってから気持ちを切り替えると、アッサムに母校の先輩の話を振る。

 

 

 

「でも、流石は先々代の“()()()()”だった淀川先輩。彼女が纏めた情報の正確さは今も変わらないわね」

 

 

 

「あ…それ、止めて下さい。昨日先輩から『頑張ってね、私の2代後の()()()()ちゃん』って、ハッパを掛けられて緊張しているんです」

 

 

 

隊長から、自分の呼び名が母校の名選手兼情報部員として名を馳せた先輩から引き継がれている点を指摘されて困り顔になるアッサムを眺めながら、ダージリンは漸く笑顔を取り戻すと、話題は大洗にいるもう1人の“要注意人物”へと移る。

 

 

 

「うふふ…そして、戦車道の名メカニックとして知られる明美さんの娘であり、昨年度まで“群馬みなかみタンカーズのエース”として活躍した、1年生の原園 嵐」

 

 

 

「えっ…ダージリン様、原園さんの事をご存じなのですか?」

 

 

 

嵐の名前が出た途端、実は彼女と同学年に当たる為、周囲から幾度となく彼女の名を知らされているオレンジペコが、意外そうな表情で問い掛けたので、ダージリンは当然の様に答える。

 

 

 

「勿論よ。去年の戦車道全国中学生大会で初出場ながら準優勝した“群馬みなかみタンカーズ”の快進撃は、チームのエースだった彼女の力に負う所が大きかったもの」

 

 

 

「はい。特に彼女の“戦車長としての実力”は、中学生のレベルを大きく超えていました。更に噂では、この春非公式の強襲戦車競技で、ここ数年王者に君臨している福井県のボンプル高校戦車道チーム現隊長・ヤイカと野試合で決闘して勝った、と言われています」

 

 

 

ここでアッサムが、古くから母校と友好関係にあり、現在でも交換留学が行われている程交流が深い、ボンプル高校からの留学生経由で仕入れた情報を披露すると、オレンジペコも「それは本当ですか!?」と驚きながら、自らが知っている嵐に関する噂話を語った。

 

 

 

「私は彼女と直接試合をした事はありませんが、小学生時代から有名な娘で非常に強い選手だって聞かされていました…実は、原園さんは漢っぽい感じの娘らしくて、下級生からの人気が凄かったのですけれど、戦い方が激しい上に一匹狼タイプなので裏では“みなかみの狂犬”と呼ばれていたから、ちょっと恐い人かなと思っていたのですが」

 

 

 

オレンジペコからの噂話をダージリンも興味深そうに聞いている中、アッサムが然り気無く嵐に関する情報を付け加える。

 

 

 

「周囲の評判もオレンジペコの話と同じで、実力と人気を兼ね備えている分、ライバルからは随分と恐れられていた様です。ところが、去年の秋頃から周囲に『中学を卒業したら戦車道からは引退して、高校は戦車道の無い所へ進学する』と公言したから、彼女を知る者は皆驚いたそうです」

 

 

 

オレンジペコも、アッサムからの情報に頷きながら「私もそう聞いていましたから、何があったのだろうと思っていました」と、不思議そうにダージリンへ語る。

 

すると、当人は微笑みながら紅茶を口にすると、オレンジペコの疑問に対して明快に答えた。

 

 

 

「何でも原園さんは、以前からお母様の明美さんと仲が悪くて、本人は常々“戦車道を辞めたい”と言っていたそうよ。今度の、大洗への転校や戦車道からの引退宣言も、実は“母親との諍い”が原因だったみたい」

 

 

 

ダージリンからの説明に、オレンジペコが納得した表情で頷くと、今度はアッサムが嵐の母親についての情報を口にした。

 

 

 

「その母親の明美さんは、みなかみ町に本社のある『原園車両整備』と言う戦車整備工場の社長ですが、この会社は近年、東日本の小中学校を中心に年間120輌以上の戦車のオーバーホールやレストアを手掛けていて、急速に業績を伸ばしています」

 

 

 

「と言う事は…明美さんの戦車整備工場は、今や全国でも五指に入る規模になるわね。急成長していると言えるわ」

 

 

 

アッサムからの説明を聞いたダージリンが、明美の経営する工場は全国の戦車整備工場の中でも有力な存在になりつつある事を語ると、オレンジペコは小さく頷きながら、こう語った。

 

 

 

「成程…そんな方が大洗の戦車道復活に手を貸しているのですか?」

 

 

 

「何でも、今度大洗町に新しい工場を建設する事が決まったので、その縁で大洗女子学園の戦車道復活のスポンサーに立候補したそうよ。でも案外、原園さんはお母様に騙されて大洗女子学園へ進学させられた、と思っているのかもね…これこそ『親の心子知らず、子の心親知らず』ね。なると痛いのは“親知らず”の方だけど」

 

 

 

「「はあ……」」

 

 

 

オレンジペコの語り掛けに対して、ダージリンは本気とも冗談ともつかない駄洒落付きの諺を交えながら答えたので、アッサムとオレンジペコは共に呆れた様な口調で相槌を打つ事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

そして、時は現在。

 

ここまで、紅茶を味わいながら物思いに耽っていたダージリンは、一気に気持ちを試合モードへと切り替える。

 

試合が始まってからもティータイムに興じていたのは、単に“英国流の格式と作法を重んじる母校の伝統”に従っていたからでは、ない。

 

対戦相手の隊長である西住 みほとその仲間の1人である原園 嵐の境遇に対して“同情の念”を抱いているからこそ、()()()()に気持ちの整理を付けてから、試合に臨みたかったのだ。

 

それが出来なければ、高校戦車道4大強豪校の一角を占める母校の隊長は勤まらないし、何よりも毎日切磋琢磨しているチームの仲間達に申し訳が立たないではないか。

 

だが、ダージリンは隊長としての威厳と優雅さを保つ為か、そんな感情を表に出さない。

 

代わりに、砲塔のハッチから彼女を心配そうに見詰めているオレンジペコに向かって静かに微笑むと、共にチャーチル歩兵戦車Mk.Ⅶの車内へ入った。

 

 

 

すると、それを待ちかねていたかの様に無線機から、元気そうと言うよりはやんちゃな少女の声が響いて来る。

 

 

 

「ダージリン様~!まだ前進命令は下さらないのですの~!?」

 

 

 

今回のチームで、唯一のクルセイダー巡航戦車Mk.Ⅲを預かる事になった1年生の戦車長、ローズヒップである。

 

何でも、中学時代は“デコチャリで地元を徘徊していたヤンキー女子”だったらしいが、中2の初夏に偶然、戦車道高校生大会の生中継で聖グロの試合を見たのをきっかけに「これだ!」とばかりに戦車道の世界へやって来ると、その無謀…いや、勇気ある操縦テクニックを短期間で磨き上げ、聖グロへ“一芸入学”を果たしたと言う少女。

 

その過剰なまでの勇気と積極性を買ったダージリンは、入学したばかりのローズヒップをクルセイダー隊のリーダーに抜擢したのだが、今日が彼女の“初陣”と言う訳である。

 

とは言え、聖グロの一員にしては多少はしたない発言をした彼女に対して、ダージリンは無線で釘を刺す。

 

 

 

「ローズヒップ、“慌てる乞食は貰いが少ない”と言うわ」

 

 

 

「あっ…ダージリン様、申し訳ありませんですわ」

 

 

 

隊長からの“お叱り”を受けたローズヒップは、途端に恐縮した口調で返事をした。

 

何時もの事だが、彼女は聖グロの一員としては数々の欠点を持っているものの、“隊長からの命令は忠実に聞く”と言う美点を持っている。

 

そんな彼女からの返答を聞いたダージリンは、微笑を浮かべながら優し気な口調でこう告げる。

 

 

 

「でも、このまま待つのも相手に失礼ね。そろそろ前進を始めるから、ローズヒップは先頭をお願い…何をすべきかは、言わなくても分かるわね?」

 

 

 

「はい、ダージリン様!クルセイダー6号車は先陣を切って前方の偵察任務を遂行。相手の位置と布陣を確認次第、報告致しますわ!」

 

 

 

任務確認を兼ねた問い掛けに、完璧な回答を伝えて見せたローズヒップに対して、ダージリンは愛おし気な気分を抱きながらも、それを表情と言葉に出さないまま、明快な命令を下した。

 

 

 

「その通りよ。では、前進の命令が下り次第、出発しなさい。本隊との間隔は100ヤード(約91.44m)を保つのよ」

 

 

 

「了解ですわ!」

 

 

 

何時もの元気の良いローズヒップからの応答が無線に響いた直後、今度は彼女と隊長の無線交信を聞いていたアッサムが、少しばかり不安そうな表情でダージリンに問い掛ける。

 

 

 

「ダージリン様、ローズヒップを試合に出すのは、少し早過ぎたのでは?」

 

 

 

それに対して、ダージリンは試合特有の緊張感ある表情を保ったまま、信頼の置ける同級生へ静かに答える。

 

 

 

「確かにね…ただ、今の私達には“みなかみの猟犬”に対抗出来る人材があの娘しかいないのよ。なら、起用せざるを得ないわ」

 

 

 

そう…ダージリンが語った通り、ローズヒップは“本来であれば”今日の親善試合には、選抜する予定が無かった。

 

何故なら、彼女は入学したばかりと言うだけでなく性格上の問題も在って、未だ「母校生徒らしい気品」を備えていない。

 

その為、周囲からは“まだ試合に出すには相応しくない”と、思われていたのである。

 

だが…大洗に原園 嵐と言う“狂犬”がいると言う情報を得たダージリンは、自チームのメンバーに“嵐に対抗出来そうな積極性”を持つ選手が、ローズヒップしか見当たらない事に気付いた。

 

その結果、ダージリンは“勝つ為”に彼女を起用せざるを得なかったのである。

 

 

 

「成程…今の原園さんは“狂犬”ではなく“猟犬”であると」

 

 

 

アッサムが隊長の発言を聞いて、嵐の事を“みなかみの狂犬”ではなく“猟犬”と表現した事を指摘すると、ダージリンは真剣な表情で前方を見据えつつ答えると同時に、指示を出した。

 

 

 

「ええ。ある意味に置いて、彼女はみほさんとは()()()()()で警戒すべき相手ね…では、全車前進」

 

 

 

こうして、聖グロリアーナ女学院戦車道チームの戦車6輌は、ダージリン隊長の号令の下、試合開始から5分近く経って、漸くスタート地点から出発した。

 

先頭を行くクルセイダー巡航戦車Mk.Ⅲが、戦車長の性格そのままにあちらこちらを蛇行したりジャンプしたりを繰り返しながら、ハイテンポで前進する。

 

そこから100ヤード(約91.44m)後方の位置では、隊長車であるチャーチル歩兵戦車Mk.Ⅶが4輌のマチルダⅡ歩兵戦車Mk.Ⅲ/Ⅳを従えた傘型隊形で、ゆっくりとだが着実に進み始めた。

 

 

 

(第23.5話、終わり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ガルパン最終章第2話公開記念・ミニコント】

 

 

瑞希:武部先輩…実は私、“先輩に似合う男性って、誰か居るのかな?”と考えていたら、あるTV番組を見ていて“お似合いな方”を1人思い付いたのですが。

 

沙織:えっ…誰?

 

瑞希:それはですね…「機動戦士ガンダム THE ORIGIN 前夜 赤い彗星」のドズル・ザビ中将。

 

沙織:ののっち…私に何か、恨みでもあるの!?

 

瑞希:えっ!?

 

嵐:はーい、ののっちさん。ここは素直に謝りましょうね~(暗黒笑顔)

 

 

(コント・完)

 

註・このコントのヒントは“ガンダム THE ORIGINのゼナ・ミア(ドズルの奥様でミネバのお母様)とさおりんの中の人が同一人物”と言う点にあります(爆)。

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
今回は番外編に当たる第23.5話をお送りしました。

今回は冒頭でも書きましたが、青葉ちゃんと長門さんとの関係やダージリン様からの視点から見た西住殿と嵐ちゃんに、原作の親善試合には出場していないローズヒップが本作に登場している理由等を書いて行く内に、嵐ちゃんや西住殿が全く出て来ない話が1話分出来てしまった訳でして。
とは言え、この様な場面は本作のテーマの一つとしてやって行こうと思っていますので長い話になりますが、お付き合い頂ければ幸いです。

と言う訳で、次回から漸く親善試合へ入りますので、皆様お楽しみに。



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第24話「こそこそ作戦です!!」


お待たせしました。
聖グロとの親善試合、スタートです。
それでは、どうぞ。



 

 

 

鳥の囀り声(さえずり)が聞こえる、大洗町内のとある山中。

 

その一角にある丘の上から、2人の少女が下方に見える擂鉢状(すりばちじょう)の平地を走る6輌の戦車を見詰めていた。

 

大洗女子学園・戦車道チーム隊長兼Aチームの戦車長・西住 みほとチームメイトで装填手の秋山 優花里である。

 

彼女達は現在、地元・大洗町で神奈川県の聖グロリアーナ女学院と親善試合中であり、相手チームの動きを偵察しているのだ。

 

その背後には、自分達Aチームが乗るⅣ号戦車D型と味方チームの戦車5輌の姿がある。

 

 

 

「クルセイダー1輌、マチルダⅡ4輌、そしてチャーチル1輌前進中」

 

 

 

「流石、綺麗な隊列を組んでますねぇ…先頭のクルセイダー以外は」

 

 

 

みほが双眼鏡で見詰めている前方右手から左手に向かって、聖グロリアーナ戦車隊6輌が前進しているのを優花里に告げる。

 

しかし優花里は、綺麗な傘型隊形を組んでいるチャーチル歩兵戦車Mk.ⅦとマチルダⅡ歩兵戦車Mk.Ⅲ/Ⅳの姿に感嘆しながらも、その隊列の前方で妙に(はしゃ)いでいるかの様に、蛇行したりジャンプしながら前進しているクルセイダー巡航戦車Mk.Ⅲの姿を見て呆れていた。

 

 

 

「う~ん…でも、あれだけ速度を合わせて隊列を乱さないで動けるなんて、凄い。先頭のクルセイダーは“戦車長の性格”がああなのかも?」

 

 

 

「成程」

 

 

 

だが、自らの呆れ声を聞いたみほからの返事を聞いた優花里は、敬愛する戦車道の“先輩”の言葉に納得すると、この試合における最大の問題点を指摘する。

 

 

 

「此方の徹甲弾だと、クルセイダー以外の正面装甲は抜けません」

 

 

 

優れた機動力の代償として、装甲が薄いとされているクルセイダー巡航戦車Mk.Ⅲだが、それでも砲塔部の正面装甲は最大51㎜ある。

 

一方、みほ達Aチームが駆るⅣ号戦車D型が持つ24口径75㎜戦車砲の徹甲弾では、射程距離100mで41㎜の装甲板しか貫通出来ないので、クルセイダーにさえ撃ち勝つのは難しい…それでも、車体正面や側面部なら何とかならない事も無いが。

 

況してや、砲塔部の正面装甲が75㎜あるマチルダⅡや152.4㎜もあるチャーチルに至っては、ボクシングに例えると“戦う前からレフェリーストップでTKO負けが決まっている”様な戦力差だ。

 

事実、大洗女子学園が保有する6輌の戦車の中で、マチルダⅡやチャーチルに対して“常識的な射程距離”から撃破が期待出来るのはCチームのⅢ号突撃砲F型と、FチームのM4A3E8“シャーマン・イージーエイト”の2輌しか無かった…しかし。

 

 

 

「そこは、戦術と腕かな?」

 

 

 

みほは、絶望的な戦力差など気にしないかの様に優花里へ語り掛けると、優花里は笑顔を浮かべて元気に答えた。

 

 

 

「えへへ…はいっ!」

 

 

 

こうして偵察を手短に終えた2人は、素早く愛車であるⅣ号戦車D型へ駆け戻って行った。

 

事前に、チームの皆と打ち合わせていた作戦を遂行する為に……

 

 

 

 

 

 

その頃。

 

聖グロリアーナ女学院戦車道チームの先鋒を務めるクルセイダーの戦車長・ローズヒップは、初の対外試合に心を弾ませながらも敬愛する隊長からの指示を忠実に守っていた。

 

 

 

「ダージリン様からのご指示は『先陣を切って前方の偵察任務を遂行し、相手の位置と布陣が分かり次第、素早く報告する事』…必ず、相手より先に見付けますわ」

 

 

 

元気一杯なその表情からは窺い知れないが…入学以来、周囲から「我が校らしい優雅さと気品が足りない」と、しばしば手厳しい評価をされている自分を、“今日の試合に起用してくれた隊長の期待”に応えたいと願う彼女は、必ずやこの任務を果たそう、と前方を注意深く睨み付けていた。

 

すると前方の左側にある切り立った崖の上に、不自然な人工物…WW2初期のドイツ戦車特有の“ジャーマングレイ”で塗装された戦車の姿が見えた。

 

 

 

「こちら6号車。ダージリン様、前方11時方向、距離710ヤード(約649.2m)にⅣ号戦車を発見…あっ、今撃って来ましたわ!」

 

 

 

ローズヒップからの警報を無線で受信したダージリンは、即座に操縦手のルフナへ指示を出し、愛車であるチャーチルの進路を僅かに右へずらした。

 

その直後、先程までチャーチルが走ろうとしていた場所に砲弾が着弾し、激しい土煙が巻き起こった。

 

命中こそしなかったが、かなり近くに落ちた至近弾だった為、チャーチルの車内は激しく揺れる。

 

しかしそこは、歴戦の聖グロ戦車道チームの隊長車。

 

乗員は誰一人悲鳴を上げる事無く、自らの役目に集中する。

 

そんな中、装填手兼隊長車の乗員に紅茶を注ぐ役を司るオレンジペコが、冷静な口調で戦況をダージリンへ告げた。

 

 

 

「仕掛けて来ましたわね」

 

 

 

すると、相手が先に攻撃して来た事を意外そうに思っていたダージリンもティーカップを手にしたまま、不敵な表情を浮かべて「こちらもお相手しますか」と後輩の装填手へ答えた後、全車へ指示を出した。

 

 

 

「全車輌、前方Ⅳ号へ攻撃開始」

 

 

 

最初の砲撃失敗直後、隠れていた崖から素早く離れて荒地へ逃げるⅣ号戦車を狙い、全車右旋回で追い掛ける聖グロ戦車隊。

 

間も無く、先頭のクルセイダーを始め6輌の戦車から次々に砲撃が開始されるが、命中精度に難のある行進間射撃である事と、相手が巧みなジグザグ走行で砲撃を回避する為、発射した砲弾が命中する事は無かった。

 

そのままジグザグ走行を繰り返しながら、両側の崖に挟まれた一本道を激走する大洗女子学園のⅣ号戦車。

 

 

 

「思っていたよりやるわね…速度を上げて、追うわよ」

 

 

 

その様子を見ていたダージリンは、相手の回避機動に感心しつつも鋭い声で味方に指示を出した後、ローズヒップへ追加の指示を出した。

 

 

 

「但し、ローズヒップはⅣ号から500ヤード(約457.2m)程の間隔を保ったまま追跡しなさい…そして、“Ⅳ号の進む先に何があるのか”を見極めるのよ」

 

 

 

そしてダージリンは、車内で僅かに揺れながらも決して自らが持つティーカップから零れない紅茶の水面を眺めながら、こう(うそぶ)く。

 

 

 

「どんな走りをしようとも我が方の戦車は、一滴たりとも紅茶を零したりはしないわ」

 

 

 

それは、まるで毎晩秋名峠を猛スピードでドリフトするAE86“パンダトレノ”のカップホルダーに挿した紙コップから決して水を零さなかったと言う、群馬県出身の某・ダウンヒルスペシャリストを連想させる様な光景であった。

 

 

 

 

 

 

こうして、偵察兼囮役である西住先輩達Aチームが奮闘していた頃。

 

私達・大洗女子学園戦車道チームの戦車5輌は、待ち伏せ地点である丘の上で待機…と言うよりは、暇を持て余していた。

 

勿論、私はチームの愛車であるM4A3E8の砲塔にある車長用キューポラから身を乗り出して、周囲の監視をしているが……

 

例えば、私達Fチームの右隣では、梓達Dチームの6人がM3中戦車リーのエンジンルーム上で、トランプゲームの“大富豪”をやっている。

 

丁度今、あやが「革命~♪」と大富豪の特殊ルールを決めたので、優季は「しまった、どうしよう」と困っているが…緊張せずにリラックスしているのは良いけれど、試合中にカードゲームをやるのは、ちょっとねぇ。

 

更に、左端にいるBチームのバレー部員4人は戦車から降りて、磯辺部長の「いつも心にバレーボール!」の掛け声と共にラリーの練習をしている…今、「そ~れ!」と掛け声を上げたのは、ブロッカーの佐々木 あけびさんだな。

 

でもバレー部の皆さんも、今は「心に戦車道」を忘れて欲しくないのだけど…まあ、これは仕方ないか。

 

こんな状況なので、今の所私以外に周囲を真面目に監視しているのは、Cチームのエルヴィン&カエサル両先輩と私達の左隣にいる生徒会Eチームの…と思った、その時。

 

 

 

「遅い!」

 

 

 

そのEチームの38(t)軽戦車B/C型の砲塔キューポラから、半身を出して前方を見ていた河嶋先輩が待つのに焦れたのか、大声で西住先輩達Aチームがやって来るのが遅いと一喝した。

 

 

 

『全く……』

 

 

 

先日の作戦会議での一件もあり、“そんなに西住先輩が憎いのか”と思った私は、河嶋先輩を怒鳴ってやろうかと思ったが、そこへ38(t)軽戦車のエンジンルーム上にビーチチェアを持ち出して日向ぼっこと言う、()()()()()()()()()()()をやっている角谷会長が、のんびりした声で河嶋先輩を諭した。

 

 

 

「待つのも作戦の内だよ~」

 

 

 

「いや…しかし」

 

 

 

会長の言葉に対して、河嶋先輩は尚も食い下がろうとしたので、私がここで一言口を挟む。

 

 

 

『会長の言う通りですよ、河嶋先輩。“急いては事を仕損じる”と言うじゃないですか、今がその時だと思いますよ…そうですよね、小山先輩?』

 

 

 

「そうだね、原園さん」

 

 

 

「そうですよ、河嶋先輩…ここで短気を起こしたら、折角の待ち伏せが台無しじゃないですか?」

 

 

 

私は河嶋先輩へ進言しつつ、38(t)軽戦車の右側後部の端に座って休んでいる小山先輩へ問い掛けると小山先輩も同感だったらしく、私へ相槌を打ってくれた。

 

更に、この間の練習試合終了後よりEチームの新メンバーとして加入した、農業科の名取 佐智子ちゃんも座っていた38(t)軽戦車の左側後部から立ち上がって、砲塔の後部へ体を預けながらの姿勢で河嶋先輩へ忠告すると……

 

 

 

「原園、お前はなぁ……」

 

 

 

河嶋先輩は“自分の味方”がいなくなったのが気に障ったのか、私へ文句を付けようとした、その時。

 

 

 

「Aチーム、敵を惹き付けつつ待機地点にあと3分で到着します」

 

 

 

河嶋先輩が待ち兼ねていた、西住先輩からの報告が飛び込んで来た。

 

すると河嶋先輩は、表情を一変させて「Aチームが戻って来たぞ、全員戦車に乗り込め!」と皆へ叫ぶ。

 

この時、大富豪をやっていたDチームでは優季が「え~っ、ウソ~」と困り顔になり、あやは「せっかく革命起こしたのに」とガッカリしていたが、今は其れ処ではない。

 

勿論私は、無線でチームの皆へ『敵との接触まであと3分、全員戦闘準備!』と号令を下す。

 

 

 

「此方、瑞希。照準器と主砲の準備はOK、何時でも撃てるわよ!」

 

 

 

「此方は菫、点検終了。何時でもエンジンスタート出来ます!」

 

 

 

「此方、舞。弾薬庫と主砲閉鎖器の点検完了、何時でも行けるよ!」

 

 

 

「此方、長沢…車体機関銃と此方側の弾薬庫…えーと、準備出来ています!」

 

 

 

イージーエイトに乗り込む仲間4人が次々と返事をする中、新メンバーの長沢さんだけが少し手間取っていたので、私は一言励ます。

 

 

 

『良恵ちゃん、もう少し落ち着いて。ゆっくりで良いよ…誰だって初陣は緊張するから、安全確実にね』

 

 

 

「うん…有り難う」

 

 

 

話を聞いた長沢さんが、ホッとした様子で返事をしたのを聞いた私は、少し安心すると無線で河嶋先輩へ『こちらFチーム、戦闘準備完了です!』と告げた。

 

そして河嶋先輩が「原園、了解した!」と鋭い返事を返した直後、西住先輩からの続報が入電する。

 

 

 

「あと600mで敵車輌射程内です!」

 

 

 

残り600mと言う事は、イギリスの歩兵戦車が鈍足だと言う点を考慮しても、あと2分程でこちら側の射程内へ入る事になる。

 

この時、私は待ち伏せ攻撃を()()()成功させるべく、瑞希に一声掛けた。

 

 

 

『瑞希、ギリギリまで発砲は粘るよ』

 

 

 

「ええ、敵の先頭までの距離が500ヤード(約457.2m)を切るまでは……」

 

 

 

瑞希も私の意志を汲んで、M4A3E8の照準器用目盛りの単位に合わせたヤードで射撃開始予定距離を告げていた時。

 

 

 

「撃て、撃てぇ~!」

 

 

 

無線から、河嶋先輩の声で()()()()()()()()が飛び出した。

 

 

 

『えっ!?』

 

 

 

私がその指示に驚愕した途端、Eチームの38(t)軽戦車B/C型の37㎜主砲が盛大に発砲した!

 

それに釣られて、私達Fチームを除く各チームも砲撃を開始するが…その砲撃は、あろう事か西住先輩達AチームのⅣ号戦車を目掛けて飛んで行くではないか!

 

勿論、敵戦車には1発も向かって行かない。

 

車長用キューポラの上からこの有様を見た私は、思わず…今まで控えていた、河嶋先輩への罵倒の言葉を口にした。

 

 

 

 

 

 

『あの…バカ先輩!』

 

 

 

 

 

 

「こんな安直な囮作戦、私達には通用しないわ」

 

 

 

一方…聖グロ戦車道チーム側では、隊長のダージリンが紅茶を一口飲んだ後、ほくそ笑みながら相手チームの作戦の浅はかさを一人語っていた。

 

実はダージリンは、Ⅳ号戦車が単独で自分達の前に現れた時点で、大洗女子が“待ち伏せ攻撃に出る可能性を予見していた。

 

そこで、自らの予見が正しいか否かを確かめるべく、ローズヒップのクルセイダー巡航戦車を先鋒に出して、大洗女子の布陣を見抜こうとしたのである。

 

ローズヒップは、その性格上チームの一員としては様々な欠点を持っている為、この任務が務まるかどうかは疑問の余地があったが、ダージリンは入学当初から“隊長の命令には常に忠実であろう”としている彼女の態度に賭けた。

 

そして…ローズヒップは隊長の期待に応えただけでなく、自らは欠点が多いものの、()()()()()()()()()()()()()()()()()事を、次の報告で証明して見せた。

 

 

 

「こちら6号車!ダージリン様、Ⅳ号の前方1000ヤード(約914.4m)地点の丘の上に、幟を立てたⅢ号突撃砲と金色の戦車を…いえ、大洗女子の残りの戦車5輌全てを発見しましたわ!」

 

 

 

自分達が、大洗女子の待ち伏せていた一本道の先のT字路前にある丘へ突入する約3分前に(もたら)されたローズヒップからの報告と、その直後に囮役のⅣ号戦車D型を“敵と誤認した”と思われる大洗女子側の砲撃によって、ダージリンは大洗女子の布陣を把握しただけでなく、大洗側の射撃技量が()()()()である為、こちらが接近戦を挑んでも差し支えない点を喝破した。

 

こうして…大洗女子の河嶋 桃が立案して、隊長の西住 みほが実行しようとしていた「こそこそ作戦」は、()()()()()()()()のである。

 

 

 

 

 

 

「あっ、待って下さい!」

 

 

 

「味方撃ってどうするのよー!?」

 

 

 

「撃てぇ!撃て撃て撃てぇ~!」

 

 

 

無線には、味方に撃たれた西住先輩からの呼び掛けと武部先輩からの抗議が響くが……

それも()()()()()()である河嶋先輩からの返事…いや、怒鳴り声で掻き消されてしまう。

 

本来、河嶋先輩が立てた“丘の上から真下にある逆T字路へ向けて砲撃を加える”と言う待ち伏せ作戦をベースに、西住先輩が「こそこそ隠れて、相手の出方を見て、こそこそ攻撃を仕掛けたいと思います」との方針で行われるはずだった「こそこそ作戦」。

 

しかし、それは皮肉な事に()()()()()()であるにも関わらず、「姑息な作戦だな」と試合開始直後の移動の際にボヤいていた河嶋先輩による()()()()()によって崩壊した。

 

更に河嶋先輩に続いて砲撃を開始した他の味方チームも、ここまで充分な射撃訓練が出来ていなかった事が災いして、まるで命中弾が出せていない。

 

 

 

『あの…バカ先輩!』と、諸悪の根源である河嶋先輩へ呪詛の言葉を吐いた次の瞬間、砲撃を試みようとしていた砲手の瑞希から悲鳴が上がる。

 

 

 

「嵐、これじゃあ皆の砲撃による土煙が邪魔で、砲の照準が出来ない!」

 

 

 

『そうね…ちょっと待って』

 

 

 

それを聞いた私は砲撃を諦めて、代わりに視界に入った聖グロの先頭車・クルセイダーが向かう方向を見極める…西住先輩達の後に従いて来た、すばしっこい巡航戦車だ。

 

これは単なる直感だが、あの戦車は“真っ先に潰さないと後々困った事になる”気がしたのだ。

 

 

 

「そんなバラバラに攻撃しても…()()()()()()()()()!」

 

 

 

一方、聖グロ戦車隊はご丁寧にも、緩やかなスロープ状の坂になっている丘の両側から頂上にいる私達を包囲しようとする中、自陣へ到着した西住先輩が皆へ指示を出しているが…()()()西()()()()()()()()()()()()()()

 

何故なら、履帯を狙おうにも私達のチームは()()()()()()()()()()ので、車体や砲塔に比べて遥かに小さい()()()()()()()事なんて出来ないのだ…私達Fチームの砲手にして“みなかみのバルタザール・ヴォル*1”と呼ばれ、東日本中の戦車道乙女達の間で恐れられていた、野々坂 瑞希只一人を除いて。

 

そう…私達は、“この待ち伏せ作戦に必要な準備”が全く出来ていなかった。

 

 

 

相手を絶対に撃破出来る距離まで、何もせずに待ち受けられる度胸。

 

戦車を敵に発見されない様、周辺の地形に隠れる為の迷彩塗装と偽装の準備。

 

例え短距離であっても、正確に相手へ命中弾を送れる射撃技量と砲撃圏内の地理条件の把握。

 

 

 

その()()が備わっていなかった私達にとって、待ち伏せ攻撃は「最悪の戦法」だったのだ。

 

しかし…この待ち伏せ攻撃を失敗させた張本人は、完全な()()()()()()に陥っていた。

 

 

 

「もっと撃てぇ~!」

 

 

 

河嶋先輩は、自分の叫び声が無線でチームの全車に聞こえているのに()()()()()()()

 

 

 

「西住撃てぇ、見える物は全て撃てぇ!」

 

 

 

『あのトリガーハッピー…一体、何処の特車2課第2小隊の2号機フォワードよ!

 

 

 

思わず、河嶋先輩の馬鹿さ加減に毒吐く私だが、当人は気にもせず喚き散らしている。

 

その声を聞いた私は、()()()()()()()()()()()と目の前の状況を整理してから、決断を下した。

 

 

 

『よしっ、右から来る奴を押さえる…瑞希、先頭のクルセイダーを狙って!』

 

 

 

「よし来た!」

 

 

 

私からの号令を聞いた瑞希が、漸く出番が来たとばかりに返事をする。

 

聖グロが、戦車隊を3輌ずつ二手に分けて丘の両側にある坂から攻め上がって来るのを見た私は、取り敢えずDチームのM3中戦車リーとEチームの38(t)と組んで、右側から攻めて来るクルセイダーとマチルダⅡ2輌を相手にする事に決めた。

 

隊長車のチャーチルはマチルダⅡ2輌と一緒に左側から攻めて来るが、そこはCチームのⅢ突と西住先輩がいるから何とかしてくれるだろうと思っていた…のだが。

 

その時、私は梓が戦車長を務めるDチームのM3リーに危機が迫っている事に気付き、無線で叫ぶ。

 

 

 

『梓、戦車をすぐ相手の正面に向けて!でないと側面を撃ち抜かれる!』

 

 

 

この時、Dチームは岩場で僅かに前進と後退を繰り返しながら、聖グロの攻撃に対して右側面を曝していた。

 

戦車は普通、正面よりも側面の装甲が薄い。

 

M3中戦車リーの場合でも正面装甲が最大51㎜あるのに対して、車体側面の装甲は38㎜しかない。

 

しかも、戦車は正面よりも側面の面積が広いので、相手から見ると側面を狙って撃った方がよく当たるし、確実に撃破し易い。

 

その為、私は梓へ“直ちに戦車を相手の正面に向けて応戦し、極力やられない様に”と注意した。

 

丁度その時、西住先輩も「落ち着いて下さい、攻撃止めないで!」と皆へ必死の指示を出していた…ところが。

 

この時、無線にDチームメンバーの声が微かに入って来たのに気付いた私は、驚愕した。

 

 

 

「無理です~」

 

 

 

「もういや~」

 

 

 

誰かは分からないが、Dチームでパニックになっている娘がいる…と思った、次の瞬間。

 

梓の声が無線に響いて来た。

 

 

 

「待って~あっ、逃げちゃダメだってば!」

 

 

 

えっ…これは、まさかの敵前逃亡!?

 

慌てた私が無線で梓へ叫ぼうとした時、M3リーの車体側面にあるハッチが開け放たれると、何とDチームの面々が操縦手の桂利奈ちゃんを先頭に、一斉に逃げ出しているではないか!

 

 

 

『ちょっと皆…今は外へ逃げる方が危ないよ! 直ぐ戦車へ戻って!』

 

 

 

仰天した私は、あらん限りの大声で戻る様に叫んだが、皆を戦車へ戻そうと追い掛けている梓は兎も角、Dチーム全員があっと言う間にその場から逃げ出してしまった。

 

でも…実は、戦車道で使用されている戦車は、特殊カーボンのコーティングに代表される安全対策が充実しているから、去年の全国大会決勝戦の様に川へ落ちて水没したと言うなら兎も角、()()()()()()()()()()()はまず有り得ない。

 

寧ろ“戦車道の試合中”は、砲弾が飛び交っている()()()()()()方が余程危険なのに…あの当時の梓達は、まだ素人だったから仕方ないか。

 

 

 

それはさて置き、乗員が逃亡してしまったM3中戦車リーは、聖グロの攻撃で呆気無く撃破されて白旗を揚げてしまったが、私達大洗女子の損害はそれだけに留まらなかった。

 

私達Fチームの背後で、37㎜砲の乱れ撃ちを続けていたEチームの38(t)軽戦車B/C型が、突然後退したかと思うと左側履帯が外れて暫く迷走した挙句、付近の窪地に擱座してしまったのだ。

 

後日、38(t)の車内で「何もしていなかった」と言う角谷会長に聞いた所、どうやら聖グロの攻撃による至近弾で履帯が外れてしまったらしい…まあ、38(t)は履帯が外れやすいから、これも仕方ないとは言えるけど、生徒会長とは言え“車内で仕事をしていない”とは。

 

でも、これで私達Fチームは単独で丘の右側から攻撃する聖グロの戦車3輌相手に戦わなければならなくなった…その時だ。

 

 

 

「Fチーム、Fチーム聞こえますか!?」

 

 

 

Aチームの通信手である武部先輩の声が響いて来た。

 

どうやら、西住隊長から各車の状況確認を命じられたらしいと察した私は、直ちに報告した…周辺にいる2輌の戦車の状況も含めて。

 

 

 

『こちらFチーム。私達は無事ですが、Eチームは履帯脱落で現在擱座。そしてDチームは……』

 

 

 

一瞬、私は親友である梓達の事を報告するのを躊躇ったが…嘘を言う訳には行かないので、覚悟を決めて報告した。

 

 

 

『…Dチームは全員、戦車を見捨てて逃げ出しました!』

 

 

 

「ええっ!?」

 

 

 

最後にDチームの状況を聞いて驚いたのか、武部先輩が息を呑む声が無線から聞こえた直後、河嶋先輩の無粋な声が響いて来る。

 

 

 

「無事な車輌はドンドン撃ち返せ!」

 

 

 

『全く…あの先輩は!』

 

 

 

そう毒吐いた時、無線に生き残っているB、Cチームの戦車長を務める磯辺部長とエルヴィン先輩から、西住先輩へ指示を求める交信が相次いだ。

 

 

 

「私達、どうしたら!?」

 

 

 

「隊長殿、指示を!」

 

 

 

「撃って撃って撃ちまくれ~!」

 

 

 

だが、そこへ河嶋先輩が戦況を読まない発言をしたので、私が口を挟む。

 

 

 

『河嶋先輩は、黙って38(t)の履帯を修理して下さい!』

 

 

 

「何をぉ!?」

 

 

 

河嶋先輩が言い返して来たが、私は無視すると西住先輩へ決断を後押しすべく、語り掛ける。

 

 

 

『西住先輩…いえ隊長!何でもやりますから、命令をお願いします!』

 

 

 

そして一瞬の間が空いた後…西住隊長から待っていた命令がやって来た!

 

 

 

「B、CとFチーム、私達の後について来て下さい。移動します」

 

 

 

「分かりました!」

 

 

 

「心得た!」

 

 

 

「何、許さんぞ!」

 

 

 

『了解、では私達が殿を務めます!』

 

 

 

西住隊長からの命令に、希望を取り戻した磯辺部長とエルヴィン先輩が返事をする中、河嶋先輩は相変わらず隊長を軽んじていたが、私はもう河嶋先輩を()()()()すると“皆の殿”として撤退援護する事を決意した。

 

そして西住隊長が、新たな作戦の発動を命令する。

 

 

 

“もっとこそこそ作戦”を開始します!」

 

 

 

この命令が届いた瞬間、私は皆へ指示を出した。

 

 

 

『今から前方のクルセイダーへ1発撃ったら左旋回して、八九式の後ろに付いて撤退する…その間に、砲塔を6時方向へ回して煙幕弾を用意!』

 

 

 

「「「「了解!」」」」

 

 

 

『では瑞希、前方のクルセイダーを撃て!』

 

 

 

次の瞬間、イージーエイトから発射された76.2㎜砲の徹甲弾が、前方のクルセイダーを掠めて行く。

 

命中はしなかったが、こちらへ突入しようとしたクルセイダーと2輌のマチルダⅡを、一瞬だけ足止めする事には成功した。

 

その隙に、菫が左へ急旋回しながらBチームの八九式中戦車甲型の後ろへ付く。

 

同時に、瑞希は砲塔を6時方向…真後ろへ向けると、舞が砲塔前方左側へ移動して、そこにある煙幕弾発射機に取り付いてから、私に報告する。

 

 

 

「煙幕弾、何時でも撃てるよ!」

 

 

 

そして私は、自分達の戦車が撤退する味方の最後尾に付いた事を確認しつつ、瑞希と舞へ命令を出した。

 

 

 

「瑞希、砲塔を今直ぐ3時方向へ回せ…よし舞、撃て!」

 

 

 

次の瞬間、3時方向へ回した砲塔の前方左側にある煙幕弾発射機から、煙幕弾が発射される。

 

それは丁度、前方正面にいた聖グロ隊長車であるチャーチル歩兵戦車の手前に着弾すると、派手な煙を噴き上げた。

 

多分、これで逃げ出した私達を追撃しようとしたダージリンさんは、出鼻を挫かれて悔しがっているだろう。

 

 

 

一時的ではあるが、追って来る聖グロ戦車隊の目を眩ます事に成功した私達は、丘から脱出すると大洗磯前神社参道目指して駆け降りた。

 

こうして、私達は漸く混乱から抜け出して、大洗町内へ撤退を始めたのだった。

 

 

 

(第24話、終わり)

 

 

*1
1922生-1996没。WW2のドイツ武装SSの戦車エース、ミハエル・ヴィットマンSS大尉の砲手として知られ、1944年1月16日には敵戦車を通算80輌撃破。“ヴィットマンの戦果に大きく貢献した”として騎士鉄十字章を授与された。その後はティーガーⅠの戦車長となり、WW2を生き残った。最終階級はSS曹長、通算敵戦車撃破数は推定100輌以上。





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第24話をお送りしました。

原作の親善試合もそうでしたが、この「こそこそ作戦」最大の見せ場は「トランス状態に陥った桃ちゃんの本性が露になる」点に尽きますね(爆笑)。
そんな桃ちゃんが最終章では“ヒロイン”的立場とは…時代は変わった(笑)。
それと「こそこそ作戦」の様な待ち伏せ作戦は、地味な見た目以上に忍耐力と咄嗟の判断力、そして射撃能力と偽装技術等、高い技量が問われる難しい作戦なので、実は「素人同然の大洗女子にとっては“最悪の作戦”」に過ぎなかったのですが、これが今回上手く表現出来たかどうか…皆さんは、どう思われたでしょうか。

そして次回は、いよいよ大洗町市街戦。
大洗女子の面々と共に市街戦に挑む嵐ちゃん達Fチームは、いかに戦うのか?
それでは、次回をお楽しみに。



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第25話「もっとこそこそ作戦です!!(前編)」


期間限定週刊連載も今回を入れてあと2回となりました。
今回は、親善試合その2…いよいよ大洗市街戦に突入です。
それでは、どうぞ。



 

 

 

私達・大洗女子学園戦車道チームは、待ち伏せに失敗して丘から撤退した後、大洗磯前神社参道を抜けて鳥居下の交差点を左折。

 

そこから大洗岬を望む急カーブを右に曲がり、サンビーチ通りへ入った。

 

追跡して来る聖グロリアーナ女学院・戦車道チームから砲撃を受けつつも、西住隊長が乗るAチームのⅣ号戦車D型を先頭に、CチームのⅢ号突撃砲F型、Bチームの八九式中戦車甲型、そして私達FチームのM4A3E8“シャーマン・イージーエイト”の順で、サンビーチ通りの長い直線道路を駆け抜ける。

 

そんな中、私達の前にいるBチームの八九式が時々、道路からコースアウトして中央分離帯を越えたり、大洗マリンタワー付近の草地に入ったりしながら前進しているので、心配した私は無線で、チームの戦車長であるバレー部の磯辺部長と交信した。

 

 

 

『磯辺先輩、大丈夫ですか?』

 

 

 

「ああ、原園ゴメン。ちょっとパワーに振り回されちゃってるけれど、河西が頑張ってくれているから心配していないよ」

 

 

 

磯辺先輩からは余裕のある返信が届いたが、Bチームの八九式中戦車甲型は自動車部によるレストアの際、戦車道連盟が推奨する電装品の交換だけでなく、エンジン本体や吸排気系等にライトチューンが施されているので、八九式が本来出せる最大速度25km/hを軽く超えるスピートが出せるから操縦手の忍さんは大変だな…と思っている内に、八九式は前にいたⅢ突を追い越して、Ⅳ号戦車の後ろにポジションを変えていた。

 

そして隊列が大洗シーサイドステーション前に差し掛かった時、西住隊長からの指示が全車へ飛ぶ。

 

 

 

「これより市街地へ入ります。地形を最大限に生かして下さい!」

 

 

 

Bei Gott!(神に誓って!)

 

 

 

「大洗は庭です、任せて下さい!」

 

 

 

それに対して、コスプレ元のロンメル将軍らしくドイツ語で応答したのは、Cチーム戦車長のエルヴィン先輩。

 

そして地元だけに、気合の入った応答をしたのはBチームの磯辺部長だ。

 

勿論、私も2人の先輩に負けない様に気合を入れて応答する。

 

 

 

『了解です!』

 

 

 

すると私の応答を聞いた瑞希が、不安そうに問い掛ける。

 

 

 

「了解って、嵐…私達、大洗の町は初めてなのだけど?」

 

 

 

『実を言うと私、入学前の春休みに大叔母さんから紹介してもらった大洗の民宿で、手伝いをしながら一週間宿泊していたの。だから大洗の町並みは大体分かるし、試合前に泊めてもらった民宿の女将さんから手作りの地図を頂いているので大丈夫だよ…それに、良恵ちゃんもいるしね』

 

 

 

私が、瑞希からの不安を払拭する様に明るい口調で説明すると、副操縦手の良恵ちゃんも元気良く答える。

 

 

 

「はい!大洗は地元ですから、詳しい事は何でも聞いて下さい!」

 

 

 

「「「あ…ありがとう」」」

 

 

 

こうして、大洗の地理に問題が無い事を確かめた瑞希達3人が返事をする中、チームの残存戦車4輌は、大洗シーサイドステーションの端にあるマリンタワー南交差点を右折して大貫勘十郎通りへ入った後、郵便局の先にある交差点から各車バラバラに方向を変えて、商店街と住宅街が混在する地域へ逃げ込んだ。

 

 

 

 

 

 

丘での待ち伏せを難無く退けた後、接近してからの砲撃で大洗女子学園のM3中戦車リーを仕留め、38(t)軽戦車B/C型を脱落させた聖グロリアーナ女学院・戦車道チーム。

 

だが、大洗女子が丘から撤退した際に殿を務めたM4A3E8からの砲撃と煙幕弾射撃で、行き足を一瞬止められた影響から距離が開いてしまい、その後の追撃戦では戦果を挙げる事が出来ないでいた。

 

そうしている内に大貫勘十郎通りへ入って行った彼女達は、郵便局の先にある大きな交差点で、大洗女子の戦車4輌を見失ってしまった。

 

 

 

「うん…消えた?」

 

 

 

相変わらず、ティーカップを手にしながら“()()()()()()()()()()()()()()()()”と訝しむダージリン。

 

だが…実はこの時、消えたのは大洗女子の戦車()()ではなかった。

 

 

 

「ローズヒップも消えましたわ」

 

 

 

彼我の状況を確認していた砲手のアッサムが、隊長へ“一番懸念していた事項”を伝えると、ダージリンは渋い表情を浮かべながら小声で呟く。

 

 

 

「あの娘、“深追いだけは避ける様に”と言ったのに……」

 

 

 

ダージリンも予想はしていたが、ローズヒップは聖グロでもトップクラスの操縦技能を持つ反面“飛ばし屋”でもある為、練習でもしばしば周囲の状況を把握せずに突出した結果、思わぬ失敗をしでかす事があった。

 

しかしこの試合では、大洗女子に“みなかみの狂犬”と呼ばれていた勇猛な戦車乗り・原園 嵐がいる事を考慮した結果、同じく積極性があるローズヒップを起用する事にしたのである。

 

それは、丘の攻防戦では有効に機能したのだが…どうやら移り気な勝負の女神は、彼女の欠点もご覧になりたいらしい。

 

とは言え、これは“事前に予想していた事態”だったので、ダージリンは無線も担当する装填手へ指示を出した。

 

 

 

「オレンジペコ、無線でローズヒップに呼び掛けて」

 

 

 

だが…この時、聖グロ戦車道チームには()()()の危機”が迫りつつあったのである。

 

 

 

 

 

 

それは、私達Fチームが郵便局の先にある交差点から住宅街へ飛び込んだ時だった。

 

1輌のクルセイダー巡航戦車Mk.Ⅲが私達を追って、凄い勢いで住宅街の狭い路地へ入り込んで来たのだ。

 

 

 

『あのクルセイダー…さっきから様子がおかしいと思ったら、私達をストーキングしているつもり?』

 

 

 

「ずっと派手な動きをしているクルセイダーの事?()しかしたら、戦車長は“あの娘”かな?」

 

 

 

私達を追って来るクルセイダーの事を(いぶか)しんでいると、砲手の瑞希に思い当たる節があった様なので、尋ねてみた。

 

 

 

『ののっち、その娘を知っているの?』

 

 

 

「うん。実は、この試合が決まった後で聖グロの近況を“戦車道WEB”の投稿掲示板で調べている時、気になった事があってね……」

 

 

 

瑞希の話によると、今年の聖グロの1年生の中に“聖グロの暴走乙女”なる異名を持つ、クルセイダーの戦車長がいると言う。

 

その名は“ローズヒップ”…本来はバラの果実の事で、ハーブティーの材料としても用いられるそうだ。

 

何でも彼女、中学時代はデコチャリで地元を徘徊していた“ヤンキー女子”だったのだが、中2の初夏に偶然、戦車道高校生大会の生中継で聖グロの試合を見たのがきっかけで「これだ!」とばかりに戦車道の世界へやって来ると、その無謀…否、勇気ある操縦テクニックであっと言う間に頭角を現したと言われている。

 

そして高校入試では、そのドラテクを生かして聖グロへ“一芸入学”を決めたのだと、聖グロファンの間では噂になっているらしい。

 

尤も…そうでなくても“常に礼儀正しく優雅で上品な態度”を心掛けている聖グロ生徒の中に在って、彼女は“真逆の性格と態度”の持ち主なので普段から目立つ…否、校内では“浮いている”だけに、周囲からはすぐ名前を覚えられている様だ。

 

実力を評価されているかどうかは、兎も角……

 

 

 

『ふ~ん…蠅みたいに五月蠅い奴ね。正直苛つくわ!』

 

 

 

瑞希から相手の戦車長と思われる人物の素性を聞かされた私は、しつこく追って来るクルセイダーに一瞬目を遣りながらも、“この試合に対する怒り”が沸々と湧いて来ていた。

 

 

 

「嵐…アンタ、まさか!?」

 

 

 

付き合いが長い分、私が怒っているのに気付いたのか、瑞希が脅える様な声音で私に問い掛けるが、私は“聞く耳持たない”と言う気持ちで、この試合に対する鬱憤をぶちまけた。

 

 

 

『それだけじゃない…彼奴らは丘の上で梓達が戦車から逃亡した時、梓達が安全圏へ逃げるまで待ってから、梓達のM3リーを狙い撃った。ドタバタしていた私達とは対照的に、聖グロは“腹立つ位に”冷静じゃない!』

 

 

 

あの丘での待ち伏せの時、トンデモないミスの連続で攻撃を失敗した私達とは対照的に、冷静且つ相手チームの身の安全にまで配慮した攻撃で戦果を挙げた聖グロの反撃を振り返りながら、自分達の不甲斐無さと情けなさを激白した次の瞬間…私の心の中で、“何か”がプツンと音を立てて切れた。

 

 

 

「嵐が…キレた!」

 

 

 

「ヤバいよ、ヤバいよ…嵐ちゃんがぁ~!」

 

 

 

「嵐ちゃん、落ち着いて!?」

 

 

 

完全にブチ切れた私の様子を悟った瑞希、舞、菫が、其々震える声で私を諫めようとしている中、初めての試合で状況が今一つ分からない新人の良恵ちゃんが「えっ…皆、一体原園さんに何が?」と無線で呼び掛けている。

 

そこで私は早速、良恵ちゃんに()()()()()を頼む事にした。

 

 

 

『大丈夫よ、皆…ちょっとした悪巧みを思い付いただけ。そこでね、これから良恵ちゃんの知恵を借りたいのだけど?』

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

いきなり私から頼み事を託された良恵ちゃんが当惑している中、私は人の悪い笑みを浮かべながら、これから始める作戦を簡潔に説明した。

 

 

 

 

 

 

『今からこの路地を利用して、あのクルセイダーをきりきり舞いさせてやるのよ』

 

 

 

 

 

 

それから数分後。

 

嵐のイージーエイトを追い掛けて、住宅街の路地を走り回っていたローズヒップのクルセイダーは…案の定道に迷った挙句、住宅が立ち並ぶ路地の奥にある袋小路に辿り着いてしまった。

 

 

 

「ああ、いけませんわ…あの忌々しいイージーエイトを見失っただけでなく、現在位置も分からなくなってしまっただなんて」

 

 

 

と、ローズヒップが愚痴った次の瞬間。

 

無線から隊長の側近であるオレンジペコの声が響いて来た。

 

 

 

「隊長車より6号車ローズヒップ、直ちに応答して下さい」

 

 

 

「はい、こちら6号車ですわ…申し訳ありません。()()()()()()()のに、あのイージーエイトを深追いし過ぎましたわ」

 

 

 

ローズヒップが悄然とした声で応答すると、隊長車からの無線の声はダージリン隊長に切り替わっていた。

 

 

 

「その分だと道に迷った様ね…直ぐに路地を出て、大きな通りに出てから位置を再確認しなさい」

 

 

 

「はい、ダージリン様……」

 

 

 

「まだ大丈夫よ。確かに“深追いはするな”とは言ったけれど“みなかみの狂犬をマークしろ”と言ったのも私だから…過ぎた事は気にしなくていいわ」

 

 

 

ダージリンからの命令を聞いた後、彼女から試合前に出されていた「深追いだけは避ける」との指示を守れなかった事を悔やむローズヒップだったが、ダージリンはその事を責めようとはせず、むしろその失敗を引き摺らない様にと慰めていた。

 

 

 

実際、ローズヒップにとって原園 嵐の駆るM4A3E8は、()()()()()()()()()だった。

 

そもそも、自分がこの試合に起用された理由は“みなかみの狂犬”の異名を持つ一匹狼でありながら、公式戦車道だけでなく非公式の強襲戦車競技でも優れた実績を誇る“天才・原園 嵐対策”である事を隊長のダージリンから直接告げられた時から、彼女は嵐を強烈に意識していた。

 

更に先程の丘の上での戦いで、自分達が優勢に試合を進めていたにも関わらず、大洗女子が丘から撤退を始めた際、それを追撃しようとした絶好のタイミングで嵐が駆るイージーエイトからの砲撃によって自分達は行き足を止められ、ダージリン達も発煙弾を見舞われて視界を遮られた結果、相手との距離を離されてしまい“更なる戦果を挙げられなかった事実”が、ローズヒップの心に火を付けた。

 

聖グロのメンバーの中でもトップクラスの闘争本能の持ち主であるローズヒップにとっては、それだけで“嵐の駆るイージーエイトを仕留める事”がこの試合の必須事項となり、その結果彼女は、試合前に“ダージリン隊長から出された指示”を破ってイージーエイトを深追いしてしまったのである。

 

 

 

「了解です、ダージリン様……」

 

 

 

こうして隊長へ返信をしたローズヒップが、チームに迷惑を掛けてしまった事を反省しつつ袋小路から抜け出そうと後進を掛けて手前の十字路へ出た、その時。

 

砲塔のキューポラから頭を出して周囲を監視していた彼女の目の前、車体右側面方向の道路から突然、ファンシー且つ()()()()()()が現れた。

 

 

 

「えっ…猫!?」

 

 

 

その巨大な猫の顔を見て驚いたローズヒップだったが…直ぐに、それが“猫ではない”事に気付いて、真っ青になった。

 

何故なら…ローズヒップが見た“巨大な猫の顔”とは…実は()()()()()()()()()()()()M4A3E8中戦車」だったのである。

 

しかもご丁寧な事に、そのM4の76.2㎜砲はこちらをバッチリ捉えており…その砲塔のキューポラからは、対戦相手の隊長である“西住 みほ”と同様に、車外へ顔を出して自らの戦車の指揮を執っている戦車長の少女“原園 嵐”の姿があった。

 

 

 

「あっ、失敗(しくじ)ったですわー!」

 

 

 

“猫の顔”の正体に気付いたローズヒップが間抜けな声で絶叫した、次の瞬間。

 

猫の顔を描いたM4の戦車砲から物凄い発砲音が轟く。

 

そして、クルセイダーの車体右側面中央部に盛大な着弾煙が上がった後、砲塔から白旗が上がった。

 

こうして…ローズヒップのクルセイダーは、大洗女子学園Fチームの“イージーエイト”によって、呆気無く撃破されたのだった。

 

 

 

 

 

 

『アホか……』

 

 

 

 

 

 

こちらの攻撃によって撃破されたクルセイダー巡航戦車の砲塔キューポラ上で、目を回して伸びている相手の戦車長らしき人物(後で知ったが、彼女こそが“ローズヒップ”だった)を目の前で眺めながら、私は思わず呆れていた。

 

相手が大洗の町をよく知らないはずである事を利用して、私達を親の仇の様に追い回していた彼女のクルセイダーを迷路の様な路地へ誘い込み、“迷子にしてから隙を見て仕留めよう”と思ったのは事実だが、こうも()()()()引っ掛かってくれるとは予想外だった。

 

 

 

「原園さん、やったね!」

 

 

 

一方、この路地の道順を移動しながら教えてくれた副操縦手の長沢 良恵ちゃんが、無線から嬉しそうな声で私に呼び掛けて来た。

 

 

 

『良恵ちゃんが、この住宅街の道を教えてくれたおかげだよ。私達だけだったらこんなに上手く行かなかったよ』

 

 

 

「やるじゃん長沢さん、初陣にしては上出来よ」

 

 

 

早速、私が良恵ちゃんに御礼を言うと話を聞いていた瑞希も良恵ちゃんを褒めたので、当の本人は「えへへ♪」と嬉しそうに呟いていると、無線から更なる戦果が伝わって来た。

 

 

 

「こちらCチーム、1輌撃破!」

 

 

 

「Bチーム、1輌撃破!」

 

 

 

歴女先輩達CチームのⅢ突とバレー部員達Bチームの八九式からの戦果を聞いた舞が、興奮しながら皆に戦況を伝える。

 

 

 

「わーっ、凄い!聖グロの戦車を3輌も撃破したよ!」

 

 

 

「「「おーっ!」」」

 

 

 

舞の言葉を聞いた皆が歓声を上げる中、私は冷静さを保ちつつAチームの西住隊長へ簡潔に報告した。

 

 

 

『こちらFチーム、クルセイダーを1輌撃破しました』

 

 

 

「こちらAチーム、了解しました。皆頑張ろうね!」

 

 

 

私からの報告の後、Aチームの通信手である武部先輩からのエールが無線で届くと、Fチームの皆は「「「「頑張るぞー!」」」」と気合の入った掛け声を掛け合っていた。

 

だが…この時私は、この後の展開が容易ならざるものになると直感して、気を引き締めつつ操縦手の菫へ前進を命じる事にした。

 

 

 

 

 

 

この時…聖グロの隊長車にも、その凶報は直ちに届けられていた。

 

 

 

「こちら2号車ニルギリ、攻撃を受け走行不能!」

 

 

 

「こちら5号車ルクリリ、被弾につき現在確認中!」

 

 

 

「こちら6号車ローズヒップ…申し訳ありません、攻撃を受けて走行不能ですわ」

 

 

 

一瞬にして6輌あった戦力の半数が被弾、内2両が撃破されたのである。

 

親善試合とは言え、聖グロの長い戦車道の歴史でも一度にこれだけの損害を被った事例は、そう多くない。

 

しかも相手が“殆ど()()()()()”である事を考えると“屈辱的な事態”と言って良いだろう。

 

各車からの報告を受けたダージリンは、驚愕の余り「なっ…!?」と口走ると同時にティーカップが彼女の手から滑り落ちて、真っ二つに割れた。

 

 

 

「ダージリン様が、ティーカップを落とした!?」

 

 

 

その様子を見たオレンジペコが、驚愕の叫びを発する。

 

「どんな走りをしようとも私達の戦車は、一滴たりとも紅茶を零したりはしない」が最大のモットーである聖グロの戦車道にとって、“試合中に隊長がティーカップを落として割る”と言うのは、あってはならない事なのだ…しかし。

 

 

 

「おやりになるわね…でもここまでよ!」

 

 

 

これまで以上に真剣な表情で呟くダージリンの姿を見て、ハッとなるオレンジペコ。

 

それは「高校戦車道・無冠の女王」とも称される戦車道の名門・聖グロリアーナ女学院が、本気を出した瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

その頃、私達Fチームはクルセイダーを撃破した十字路から少し外れた街角で、周辺の監視も兼ねて小休止していた。

 

尤も、試合中だから小休止と言っても5分経ったらこの場所を離れる予定である。

 

そんな中、市街戦に入ってから立て続けに戦果を上げて意気上がるM4A3E8の車内で、良恵ちゃんが元気良く私に話し掛けて来た。

 

 

 

「これで聖グロが3輌に対して、こっちは4輌残っているから逆転ですね、原園さん!」

 

 

 

だが…ここで私は、皆の雰囲気に水を差す覚悟で、こう答える。

 

 

 

『あ~皆、悪いけれど多分現状は4対2で、こっちが圧倒的に不利だと思う』

 

 

 

その答えを聞いた良恵ちゃんが「えっ、何故ですか?」と、驚いた表情で問い掛けて来たので、私は、それを待っていたかの様に状況を説明しつつ瑞希へ質問する。

 

 

 

『まず、Bチームの撃破報告だけど…ののっち、八九式の短砲身57㎜砲でマチルダⅡを撃破出来たっけ?』

 

 

 

「あっ…それ、絶対無理」

 

 

 

『その通り。八九式の57㎜砲って、口径20㎜の対戦車ライフルより少し()()な威力しか無いのよね。更に八九式は装甲も薄いから、例えマチルダⅡへ命中弾を与えても即座に返り討ちに遭うのが()()ね』

 

 

 

瑞希からの返答を受けて、私が更に詳しく説明すると聞いていた良恵ちゃんが「えっ!?」と驚くと共に、菫と舞がほぼ同時に「「そうだった…」」と呟きながら、まるで“この世の終わり”の様な表情で俯いていた。

 

だが私は、冷静さを保ちつつ更なる状況説明を続ける。

 

 

 

『あとCチームのⅢ突だけど、あんな()()()()()みたいな幟と車体色じゃあ、幾ら町の中に隠れていてもすぐ見付かってやられるわね…多分、エルヴィン先輩達「Ⅲ突は、車高が低いからな」とか言いながら油断しているんじゃないかな?』

 

 

 

「「「「!」」」」

 

 

 

私の説明で、車内の皆が嫌な予感を感じていた、その時。

 

無線で、正しく私が予想した通りの報告が飛び込んで来た!

 

 

 

「Cチーム走行不能!」

 

 

 

「Bチーム敵撃破失敗及び走行不能、済みません!」

 

 

 

「「「「ああ……」」」」

 

 

 

いきなり天国から地獄へと突き落とされた様な戦況の中で、皆は思わず落胆している。

 

そんな彼女達を奮い立たせる様に、私は大声で号令を下した。

 

 

 

『これで残るは、西住隊長達Aチームと私達だけ。菫、すぐ発進して!』

 

 

 

「了解!」

 

 

 

号令を受けた菫が、直ちにイージーエイトを急発進させると同時に、私はAチームのⅣ号戦車に無線連絡を入れた。

 

 

 

『こちらFチームより西住隊長、現在地を教えて下さい。今直ぐそちらへ向かいます!』

 

 

 

「原園さん!」

 

 

 

連絡を入れた直後、西住隊長から切迫した声で返信が入る。

 

 

 

「こちらは現在、永田商店街から曲がり松商店街方向へ移動中。急いで下さい!」

 

 

 

『了解!こちらは今、大勘荘を通過して若見屋交差点へ向かっています、以上!』

 

 

 

「了解!」

 

 

 

慌しく交信を終えると、私は春休み中に宿泊していた、大洗町内にある民宿の女将さんから試合前に頂いた手書きの地図で現在の位置関係を大まかに把握した後、どうやって西住隊長達Aチームと合流すべきか、考えを巡らせ始めていた。

 

 

(第25話、終わり)

 

 

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第25話をお送りしました。

待ち伏せ失敗を受けて、地の利を生かした大洗市街地へのゲリラ戦へ移行した大洗女子戦車道チーム。
この展開は原作同様ですが、嵐ちゃん達も地理面でのハンデを大洗の民宿の女将さんからの心遣いと地元メンバーの良恵ちゃんのサポートで克服、見事にローズヒップ車を撃破します。
しかし、これで本気を出した聖グロの反撃で、大洗側の残りの戦車は西住殿のⅣ号と嵐ちゃん達のM4のみに……

そして次回、白熱する大洗町内の市街戦で“大変な事態”が。
嵐ちゃんだけでなく、ダージリン様と桃ちゃんにも衝撃の展開が待ち受けています。
一体、試合中に何が起こったのか?

それでは、期間限定週刊連載企画のラストとなる次回をお楽しみに。



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第26話「もっとコソコソ作戦です!!(後編)」


期間限定週刊連載も今回でラストとなりましたが、大洗市街戦も終盤です。
“本気”を出した聖グロの前に、大洗側で残るは西住殿達のⅣ号と嵐ちゃん達のM4のみ…?
そして、試合の最後にトンデモない展開が!?
それでは、どうぞ。

※余談:先日更新されたコミックウォーカーの「プラウダ戦記」最新話に、「戦車どうでしょう」の文字が…同志よ!



 

 

 

『向こうの残存戦力は、マチルダⅡが3輌にチャーチルが1輌。その内、マチルダⅡの2輌がAチームの直ぐ近くにいるはず…菫、急いで!』

 

 

 

隊長車であるAチームのⅣ号戦車D型を追って、全速前進を続けるFチームのM4A3E8のキューポラ上で状況を確認しつつ、車内無線でチームのメンバーに指示を出している戦車長の原園 嵐。

 

その嵐からの無線を砲手席で聞いていた野々坂 瑞希は、ふと独り言を呟いた。

 

 

 

「あれが嵐の持って生まれた“天性の才能”…断片的な情報から、現在の戦況をまるでその場で見て来た様に把握する“状況認識能力”と、そこから味方にとって最も危険かつ重要な場面を見抜いて、誰よりもそこへ素早く駆け付けて対処出来る“洞察力と決断力”

 

 

 

ここで瑞希は、一旦言葉を切って溜め息を吐くと嵐を羨む様な表情を浮かべて、再び呟く。

 

 

 

「それが、嵐が“みなかみタンカーズ”でずっとエースを張って来た理由。私は…どんなに努力しても、あの娘の持つ力を超える事は出来なかった」

 

 

 

その時、瑞希の傍にいる装填手の二階堂 舞がキョトンとした表情で、話し掛ける。

 

 

 

「ののっち、どうかした?」

 

 

 

「あっ…いや、私の話聞こえてた?」

 

 

 

「ううん…何か独り言?」

 

 

 

「うん、只の独り言だった。ゴメン」

 

 

 

瑞希は、舞にそう答えてその場を誤魔化すと心の中で「今の独り言、皆に知れたら死ぬ程恥ずかしくなるわ……」とボヤいていた。

 

 

 

 

 

 

その頃、大洗女子学園戦車道チーム隊長である西住 みほが指揮するAチームのⅣ号戦車D型は、聖グロ戦車隊の追撃を躱すべく曲がり松商店街へ飛び込んでいた。

 

そして、この商店街に入って直ぐの場所にある旅館「肴屋本館」玄関前のS字コーナーを駆け抜けると、後から追って来たマチルダⅡ歩兵戦車Mk.Ⅲ/Ⅳの1輌が旋回中にアンダーステアを発生。

 

曲がり切れなくなったマチルダⅡは、其の儘「肴屋本館」の玄関へ突っ込んだ。

 

 

 

「ウチの店がー!…これで新築出来る♪」

 

 

 

「縁起良いなぁ~♪」

 

 

 

「ウチにも突っ込まねぇかな?」

 

 

 

パブリックビューイング席の一角で、肴屋本館の主人らしき人物が歓声を上げる中、その友人と思われる2人の小父さんがボヤいていた。

 

彼らは“戦車道連盟が認可した試合において発生した競技区画内の建造物等の破損に関する原状回復費用は、日本戦車道連盟が全額補償する”事を知っているのである。

 

更に、今回の「高校生戦車道チャレンジ」では、試合の特別協賛である周防石油グループがこれらの補償費用を全額負担しているので、普段は“補償費用を負担する側”である日本戦車道連盟も自らの懐が全く痛まないのである。

 

因みに…その隣の席で、小父さん達の様子を眺めていた原園車両整備の張本 夕子は「その内、何処かのWRC(世界ラリー選手権)ファンみたいに『俺のウチに凄い戦車道の選手が突っ込んだ事があるんだぜ!』って自慢する為に壊れた入り口、ワザと修理させなかったりして……」と小声でツッコんでいた。

 

 

 

 

 

 

そんな中、逃走を続けるみほは無線で、Fチームの原園 嵐へ何度目かの状況報告を入れる。

 

 

 

「こちらAチーム、現在肴屋本館を抜けて福本楼の前を……」

 

 

 

だがその時、嵐が切迫した声でみほに警告を発して来た。

 

 

 

『隊長!その先は、工事中で行き止まりです!』

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

突然の報告に吃驚したみほが前方を見ると…嵐の警告通り、目の前の道路が工事中の状態で封鎖されており「全面通行止」の看板まで立てられていた。

 

 

 

「あれ…原園さん、地元じゃないのに何故、大洗の地形に詳しいのだろう?」

 

 

 

大洗出身ではない嵐からの警告が、余りにも的確なので不思議がるみほだが…嵐は入学前の春休み期間中、一時的に大洗町の民宿に宿泊しており、その時世話になった女将さんから手作りの地図を貰っていて、実はその地図の中に道路工事中の区間も書かれてあったとは知る由もない。

 

だが兎に角、みほは退路を確保する為にⅣ号戦車を右方向へ信地旋回させて、元来た道へ戻ろうとした…しかし。

 

 

 

「!」

 

 

 

みほ達の前方にある商店街の鮮魚店「魚剣」の前に、聖グロのチャーチル歩兵戦車Mk.Ⅶと2輌のマチルダⅡ歩兵戦車Mk.Ⅲ/Ⅳが横一列の隊形で現れる。

 

更に、その直ぐ後ろには3輌目のマチルダⅡ歩兵戦車Mk.Ⅲ/Ⅳも続いて来た。

 

そして、道路中央に位置するチャーチルの車長用キューポラから隊長のダージリンが上半身を出すと白いティーカップ(実は、先程車内で割った物の予備である)を持ったまま、みほに向かって慇懃無礼とも取れる口調で言い放つ。

 

 

 

「こんな格言を知ってる?英国人は恋愛と戦争では、手段を選ばない!」

 

 

 

目の前に、マチルダⅡの40㎜砲3門とチャーチルの75㎜砲1門を突き付けられたみほは、逃げられる所がないか周囲を見回したが、そんな場所は何処にも無い…はずだった。

 

ところが。

 

 

 

「あっ!?」

 

 

 

次の瞬間、みほは聖グロ戦車隊の後方に“異変”が起きた事に気付いた。

 

そう…この時、ダージリンの身に“想定外の危機”が訪れたのである。

 

何故なら……

 

 

 

 

 

 

『聖グロ全車、そこを動くな!』

 

 

 

 

 

 

何と聖グロ戦車隊の後方に、何時の間にか到着した“猫顔”のイージーエイトのキューポラ上から、メガホンを持って聖グロ全車へ警告する原園 嵐の姿があったのだ。

 

そして()()ダージリンの手からティーカップが中身の紅茶と共に零れ落ちると、小さいが鋭い音と共に、ティーカップがチャーチルの砲塔の上で砕け散っていた

 

 

 

 

 

 

今振り返れば、あの出来事はある意味で“笑える”展開だった。

 

それと言うのも、西住隊長から「工事中で通行止めとなっていた福本楼の前の道路に来た」との連絡があって直ちに警告を発した直後、私達は若見屋交差点を渡って永田商店街へ入ろうとしたのだが…何と、その前方に聖グロのマチルダⅡ歩兵戦車が後部をこちらに向けて前進していたのだ。

 

しかも相手の戦車長(後で知ったが、此の人は“ルクリリ”さんと言う方だった)は、前方にばかり注意を向けていて、後方監視を怠っていた。

 

そこで私は、操縦手の菫に「こっちのエンジン音で相手に気付かれない様に、ゆっくり進みながらあのマチルダⅡの後を付けて行って」と指示した後、他の全員には戦闘準備を指示しつつ微速前進でマチルダⅡを尾行したら「魚剣」さんの前で聖グロの全車が西住隊長のⅣ号戦車を包囲していたと言う訳だった。

 

本来なら、此処で隊長車のチャーチルを撃破しても良かったのだが…この時、私は思う事があって、敢えて備品として車内に用意して置いたメガホンを手に取ると聖グロの全戦車長に向かって警告を発した。

 

 

 

『少しでも動くと、あなた達の大事な隊長車のお尻に、熱い1発をお見舞いするわよ!』

 

 

 

するとチャーチルのキューポラから、上半身を出していた聖グロ隊長のダージリンさんが私に向かって、不思議そうな顔で語り掛けて来た。

 

 

 

「一体…何の用かしら?」

 

 

 

恐らく彼女は、此方がいきなり発砲せずに警告を発して来たので、その意図を摑み兼ねたのだろう。

 

そこで、私は自らの要求を伝える。

 

 

 

『西住隊長が此処を離れるまで、一切手を出さないで下さい。それが出来たらこの場は見逃します…そして、今度は4対2で試合を仕切り直しましょう』

 

 

 

するとダージリンさんは小首を傾げた後、私に向かってこう問い掛けて来た。

 

 

 

「貴女が原園さんね。でも何故、此処で私を撃たないのかしら?」

 

 

 

目の前で戦車砲を突き付けられているにも関わらず、凛とした表情を崩さずに問い掛けるダージリンさんの姿に凛々しさと力強さを感じた私は、一瞬気後れしたが、すぐ平常心を取り戻すと自分の考えを伝えた。

 

 

 

『それは…公式戦なら兎も角、今日は「騎士道精神でお互い頑張りましょう」と仰ったのは、貴女ではないですか?ならば、“後ろから撃つのは騎士道精神に反する”と思いましたので。それに、今日は()()()ですから、隊長車を撃破しても勝ちにはなりません』

 

 

 

するとダージリンさんは微笑を浮かべながらも、冷静な口調で私の提案の問題点を指摘する。

 

 

 

「あら、私達に情けを掛けるのね。でも、ここで情けを掛けても我々の戦車は4輌で、貴女方は2輌…貴女方の不利は変わらないわよ?」

 

 

 

そう…ダージリンさんの言う通り、もし私の要求が通っても私達大洗女子の形勢が有利になる訳では無い。

 

だが、私はこの時()()()()()()、ダージリンさんへ自分の気持ちを告げる事が出来た。

 

 

 

『はいダージリンさん、その通りです…でも私、信じているんです。西()()()()()()()()()()()()()()()、この試合、西住隊長が何とかしてくれる…いえ、()()()()()()()()()って、心の底から信じていますから!』

 

 

 

「!」

 

 

 

その瞬間、ダージリンさんは私の言葉に衝撃を受けた様だ。

 

彼女は、驚きの表情で私を見詰めたまま…それは、ほんの数秒間だったと思うが、一言も発しなかった。

 

更にその後ろでは、私の行動を心配そうに見ていた西住隊長が、私に向かって目を見開いている姿も見えていた。

 

すると突然、ダージリンさんが無線機のマイクを手にすると聖グロの各戦車乗員に向けて命令を下し始めた。

 

 

 

「全車、そのまま発砲せずに待機。相手隊長車が、この場を離れるまで一時休戦……」

 

 

 

だが、この命令が終わる前に試合は、“トンデモない展開”を迎える事となる。

 

 

 

 

 

 

その“事態”は、ダージリンが味方各車に一時休戦を命令しようとした時に起きた。

 

 

 

「参上~!」

 

 

 

角谷 杏の無線による掛け声と共に、みほのⅣ号戦車D型と聖グロ戦車隊の間にある福本楼の横道から突然、大洗女子学園Eチームの38(t)軽戦車B/C型が飛び出すと聖グロ隊長車であるチャーチル歩兵戦車Mk.Ⅶの目前に停車したのだ。

 

その姿を見た聖グロ戦車隊のマチルダⅡ・5号車では、車長のルクリリが原園 嵐に向かって「貴様、裏切ったな!」と大声で罵ったが…次の瞬間、嵐が慌てた表情でEチームの38(t)へ、ルクリリ以上の大声で呼び掛けた。

 

 

 

『あっ会長、絶対に撃たないで下さい!聖グロの隊長と話を付けましたから、今直ぐ西住隊長を連れて此処から離れて下さい!』

 

 

 

その様子を目撃したダージリンは、ルクリリの発言を踏まえて、チーム各車へ落ち着いて対処する様に指示を出す。

 

 

 

「どうやら裏切りでは無さそうだわ。もう少し様子を見守りましょう」

 

 

 

その頃、大洗Eチームの38(t)軽戦車の車中では……

 

 

 

「会長、撃っちゃダメですって!」

 

 

 

嵐の呼び掛けを聞いた装填手の名取 佐智子が、通信手席に座っているが“実は何もしていない”生徒会長の角谷 杏に向かって忠告すると、杏も頷きながら砲手兼車長を務める河嶋 桃へ話し掛けようとした。

 

 

 

「ああ名取ちゃん、私も聞いたよ。と言う訳で河嶋、撃っちゃダメだよ……」

 

 

 

ところが……

 

 

 

「発射!」

 

 

 

「桃ちゃん!?」

 

 

 

肝心の河嶋は、目前にいる敵隊長車撃破の功を焦ったのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()38(t)に備えられた46.7口径37㎜砲を発射してしまった!

 

その“暴挙”を目撃した操縦手の小山 柚子が河嶋を諫めたが、もう遅い。

 

突然の事態に両チーム共、一瞬その場に固まってしまい、誰も動き出す事さえ出来なかった……

 

 

 

 

 

 

それから数秒後。

 

一時停戦となる直前に起きた突然の発砲に「すわ、大洗側の裏切り行為か!?」と身構えた聖グロ各車の乗員だったが、直ぐに“ある事実”に気付いた。

 

 

 

「あれ…どの戦車にも当たっていない?」

 

 

 

聖グロのメンバーの中で、その事に逸早く気付いたルクリリが拍子抜けした表情で呟く。

 

その直後、隊長車のチャーチルの無線機に3輌いるマチルダⅡの戦車長から「此方被弾有りません」との報告が次々と飛び込んで来た。

 

勿論、隊長車のチャーチルも被弾していない。

 

そう…聖グロの戦車4輌全てに、先程の発砲によって行動不能に陥った事を示す白旗が上がった車輌は無かったのである。

 

それを各車からの無線報告で確認したオレンジペコは、大洗の38(t)軽戦車が発砲した砲弾は外れたのだろうと思い、先輩である砲手のアッサムへ「隊長へ被弾した戦車が無い事を報告します」と告げると、砲塔上部にある装填手用のハッチを開けた。

 

そして、キューポラから上半身を乗り出しているダージリン隊長へ報告する。

 

 

 

「ダージリン様、どうやら敵弾は命中しなかった様です」

 

 

 

だが、次の瞬間。

 

オレンジペコは、敬愛する隊長の表情に異変が生じているのに気付いた。

 

この時ダージリンは、原園 嵐が駆る大洗側のM4A3E8を眺めながら右手を口元に当てていた。

 

いや正確には…右手で口元を隠しながら、必死になって笑いを堪えていたのだ!

 

 

 

「ダージリン様、一体どうしたのですか…って、ええっ!?」

 

 

 

その瞬間、ダージリンが何故笑いを堪えているのかと不思議がっていたオレンジペコは、視線をダージリンが見ているのと同じ方向へ向けた時に“その理由”を知って、仰天したのである。

 

 

 

 

 

 

ハッキリ言うと生徒会Eチームの38(t)軽戦車が発砲した時の私は、心臓が止まる思いだった。

 

包囲されていた西住隊長達Aチームを救い出す為、荒っぽい手段だったけれど一時停戦に持ち込む寸前だったのに…これでは、完全な裏切り行為じゃない。

 

人の言う事を聞かずにいきなり37㎜砲をぶっ放した、あの38(t)の砲手…恐らくは“あの先輩”だろうが、試合が終わったらどうしてやろうかと、その時は思っていた。

 

ところが38(t)が発砲して数秒…あの時の私の感覚では、もっと時間が経っていた気がするが、その間に周囲を見渡していた時、周りにいる4輌の聖グロの戦車で白旗を上げた車輌がいないのに気付いた。

 

そして…再び私が、正面にいる聖グロ隊長車のチャーチルのキューポラから上半身を出しているダージリン隊長の顔を見た時。

 

何とダージリンさんは、ずっと私の方を見詰めつつ口元に手を当てたまま、“必死になって笑いを堪えていた”のだ!

 

 

 

『えっ…私の方を見て笑っている!?一体、何が?』

 

 

 

ダージリンさんの表情を見て、一瞬訳が分からなくなった私は、ふと視線を自分の戦車へ向けて細部を確認していた所…()()()()()()()を目の当たりにする事になった。

 

 

 

『へっ…って、ええっ!?』

 

 

 

余りにも予想外の光景を目撃して、私は呆然となった。

 

何と…イージーエイトの砲塔リングに、38(t)が撃った37㎜砲弾が突き刺さっていたのだ!

 

そして次の瞬間、私達のイージーエイトの砲塔後部から無情にも白旗が上がった。

 

 

 

 

 

 

「大洗女子学園、M4A3E8、走行不能!」

 

 

 

 

 

 

その時、パブリックビューイングが行われていた大洗シーサイドステーションでは、地元チームの隊長を救う為に対戦相手の隊長へ情けを掛け、その場に乱入して「裏切り」と取られかねない行動をした味方の38(t)を止めようとした原園 嵐の行動に、観客の多くが称賛の声と拍手を送っていた。

 

勿論、「勝てそうなのに余計な事を……」と思った観客もいるが、そう考えた者は極少数であり、“戦車道は戦争ではない”事を知っている戦車道ファンや観客の殆どは「原園選手の行動は間違いとは言い切れない」と考えていた。

 

特に、来賓席にいた周防 長門に至っては、明美達や取材担当の「首都新聞社」契約ライター・北條 青葉に「嵐は、騎士道精神を貴ぶ対戦相手の聖グロへ彼女なりの敬意を表したんだよ」と語り、理解さえ示していた。

 

それだけに…大洗女子の38(t)がチームメイトである嵐の警告を無視して発砲した上、その嵐が乗るイージーエイトに“味方撃ち(フレンドリー・ファイア)”を()()()()()瞬間…観客からは大洗女子に対する悲鳴と落胆の声が上がったのは言うまでもない。

 

 

 

一方…まさかの味方撃ち(フレンドリー・ファイア)と言う大失態”を演じた大洗女子学園Eチーム・38(t)軽戦車の車内では、柚子が桃に向かって恨めしそうな声で怒鳴っていた。

 

 

 

「桃ちゃん…()()()当てる!?」

 

 

 

「えっ…って、ええっ!?」

 

 

 

()()()()()()()である桃は、柚子に怒鳴られてから自分が犯した()()に気付いたが、まさか以前からいがみ合っていた嵐の戦車へ命中弾を与えて撃破してしまったと言う現実に、意識がフリーズしてしまっていた。

 

桃ですらこの有様だから、同乗している杏と佐智子に至っては、完全に絶句してしまっていた……

 

 

 

そして…この“味方撃ち(フレンドリー・ファイア)”の直後、「魚剣」の前は大混乱に陥った。

 

まず、問題の大洗女子学園Eチームの38(t) 軽戦車B/C型は、聖グロ戦車隊4輌からの一斉射撃で、直ぐ様撃破された。

 

 

 

「やられた~」

 

 

 

と、38(t)の車内で声を上げたのは、Eチームのメンバーで唯一、試合中は何もせず干し芋を食べているだけだった杏である。

 

ところがこの時…聖グロ全車の戦車砲が38(t)へ向けられていたのに気付いた大洗女子学園AチームのⅣ号戦車D型が、その隙に脱出を敢行したのだ。

 

 

 

「前進、一撃で離脱して。路地左折!」

 

 

 

戦車長のみほが乗員に指示を出すと、出会い頭にルクリリが率いる聖グロのマチルダⅡ・5号車目掛けて砲撃する。

 

本来、みほが率いるⅣ号戦車D型が持つ24口径75㎜戦車砲の徹甲弾では、至近距離からでもマチルダⅡ歩兵戦車が持つ75㎜の車体正面装甲を撃ち抜く事は叶わないのだが…実はこの試合前、みほは聖グロの持つ英国製歩兵戦車対策として「成形炸薬弾」の入手を支援者の原園 明美に頼んでいたのである。

 

Ⅳ号戦車の初期型が持つ24口径75㎜戦車砲用の成形炸薬弾で一番威力がある「Gr38 Hl/C」であれば、射程距離に関係なく最大で100㎜厚の装甲板を撃ち抜ける為、マチルダⅡなら十分撃破できる可能性がある…それでも砲塔前面の装甲板が152.4㎜、車体側面も95㎜ある重装甲のチャーチルを撃破するのは至難の業だが。

 

其れは兎も角、みほの頼みを快諾した明美の手配で成形炸薬弾を搭載(勿論、試合前に戦車道連盟による検査にも合格している)したAチームのⅣ号戦車D型は見事、聖グロのマチルダⅡ・5号車を撃破。

 

そして先程、38(t)が入って来た横道を通って脱出に成功したのである。

 

因みに…この様子を来賓席のモニターで見ていた原園 明美と周防 長門は其々「よっしゃー!」「いいぞ、みほちゃん!愛してる~!」と口走りながら、2人揃って得意満面の笑みを浮かべつつ“ガッツポーズ”を決めていたとの事である。

 

 

 

「回り込みなさい、至急!」

 

 

 

この直後、自らのミスに気付いたダージリンの号令の下、聖グロの残存戦車3輌が大洗女子のⅣ号戦車を追って「魚剣」前の道路から姿を消すと、そこには撃破された3輌の戦車…大洗の38(t)とM4A3E8、そして聖グロのマチルダⅡ・5号車だけが残された。

 

 

 

「あーあ…八九式に狙われたかと思ったらイージーエイトに後を付けられて、隊長を人質に取られ、最後は隙を突かれてⅣ号に撃破されるだなんて…最悪だわ」

 

 

 

周囲から自分も含めて、白旗を上げていない行動可能な戦車がいなくなったのに気付いた、聖グロのマチルダⅡ・5号車の車長ルクリリが砲塔キューポラから顔を出した後、溜め息を吐きながらガッカリした表情で呟いたその時。

 

彼女のすぐ後方で、同じく撃破されて白旗を上げている大洗女子のM4A3E8のキューポラから戦車長らしき赤毛のセミロングの少女が上半身を出して、前方で擱座している38(t)軽戦車を睨んでいるのに気付いて、思わず声を上げた。

 

 

 

「何かしら…あっ!?」

 

 

 

そしてこの後、ルクリリは()()()()に於いて“この試合最大の見せ場”を目撃した数少ない聖グロ側メンバーの1人となる。

 

 

 

 

 

 

…こうして、全てが終わった後。

 

私は、イージーエイトの砲塔キューポラから身を乗り出したまま車外の様子を見ていたが、場が静かになったのを見計らって、舞に『無線機のマイクを頂戴…今直ぐ!』と怒鳴った。

 

 

 

「ら…嵐ちゃん?」

 

 

 

舞はマイクを渡したくないのか、車内で脅えながら私に呼び掛けたが、私が改めて『マイクを頂戴!』と恨めしそうな口調で迫ると震える手でマイクを渡してくれた…ゴメンね、舞が悪い訳じゃないけれど、今はどうしても怒りが抑えられない。

 

そして私は、無線機のマイクを口元に向けると38(t)の通信手席にいるであろう角谷会長へ詰問する。

 

 

 

『会長…今、38(t)の主砲を撃ったのは、誰ですか!?』

 

 

 

「あっ、え~とね…撃ったのは河嶋」

 

 

 

私からの詰問に対して、会長は呆気無い程正直に回答してくれたが…その瞬間、今までの河嶋先輩との確執を思い出した私の心は、怒りで爆発寸前になった。

 

そこで私は、会長へこう返信する…戦後の広島県呉市を舞台にした、ヤクザ映画シリーズの主人公並みにドスの効いた口調で。

 

 

 

『そうですか…じゃあ河嶋先輩に無線を代わって下さい。それと河嶋先輩には「キューポラから顔を出せ」と伝えて下さい!』

 

 

 

すると、38(t)のキューポラから河嶋先輩が世にも情けない顔をしながら姿を現すと、必死になって自らの失態に対する弁明を始めた。

 

 

 

「は、原園…あの…その…わ、悪気は無かったんだ!…と言うか、こんなはずじゃなかったんだ!」

 

 

 

ええ、そうでしょうね。

 

戦車道をやっている人で、“試合中に味方撃ち(フレンドリー・ファイア)なんて事を()()()やる奴”はいませんから!

 

だが…私は、初めて出会った時からここまでの間、ずっと煮え滾っていた河嶋先輩に対する怒りをそのままぶつけるべく、こう言い放った。

 

 

 

 

 

 

『河嶋先輩…何て事をしてくれたのよ、この“ダメ人間”!』

 

 

 

 

 

 

その直後。

 

38(t)の車内では、嵐からの怒鳴り声を聞いた桃が真っ白に燃え尽きた様な表情になって、キューポラから直行で車内へへたり込んでから、心配そうに近づいて来た柚子に向かって涙声で訴えた。

 

 

 

「柚子ちゃん…後輩から“ダメ人間”って言われたぁ~!」

 

 

 

「桃ちゃん……」

 

 

 

桃に泣きながら抱き付かれ、困惑の声を上げている柚子を余所にその様子を眺めていた杏も、困り果てた表情でこう呟くのが精一杯だった。

 

 

 

「でも流石に…これは河嶋が悪いよね~」

 

 

 

だが、その隣で杏の言葉を聞いていた装填手(兼仕事をしない杏の監視役でもある)の名取 佐智子は、憤懣やるかたない表情で杏を批難していた。

 

 

 

「ああ…これからどうするんですか、会長!西住隊長や原園さんに何てお詫びするつもりですか!?」

 

 

 

こうして…味方撃ち(フレンドリー・ファイア)と言う“不名誉な事件”を引き起こした、大洗女子学園戦車道チームのEチームが乗る38(t)軽戦車の車内は、正しくカオスそのものの状態となったのである。

 

 

(第26話、終わり)

 

 





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第26話をお送りしました。

と言う訳で、親善試合終了であります。
おめでとう桃ちゃん、劇場版よりも早く初撃破…但し、相手は味方だけどな!
と言うか、これをやりたかった為に嵐ちゃんと桃ちゃんが初めて出会った時から互いにいがみ合わせていたのです(ゲス顔)。
さあ、次回の桃ちゃんの運命はどっちだ!

そして今回、嵐ちゃんによって一時“人質”にされそうになったダージリン様…でも、この人だったらそんな時でも冷静に振舞いそうだったので、あのシーンになりました。
次回は、そんなダー様の試合後の様子にも注目して下さい…ああ、勿論“大洗名物のアレ”にもね!(不気味な微笑)

それでは、次回からは平常通りの月刊連載となりますが、お楽しみに。



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第27話「これにて親善試合、終了です!!」


皆様、お待たせ致しました…今回は“大洗名物のアレ”が登場しますよ♪(ゲス顔)
更に、その“アレ”に絡んである方が恐ろしい事を……(顔面蒼白)
それと共に、今回は北海道の某ローカル局の“旅番組”ネタが増えています(苦笑)。

それでは、どうぞ。



 

 

 

「あ~あ、負けちゃったね」

 

 

 

「うん……」

 

 

 

「まあ、ラストで西住隊長がマチルダⅡを3輌撃破して隊長車のチャーチルと1on1の勝負にまで持ち込んだから、初陣としては悪い結果ではなかったわ」

 

 

 

「Ⅳ号の75㎜成形炸薬弾ではチャーチルの砲塔を撃ち抜けなかったけど…でも皆、頑張ったよね」

 

 

 

激戦(?)だった聖グロリアーナ女学院との親善試合が終わった後。

 

私達Fチームのメンバーは、茨城港大洗港区にあるコンテナトレーラー用駐車場内を歩きながら試合を振り返っていた。

 

舞がションボリしながら試合に負けた事を呟いて、良恵ちゃんも泣きそうな顔で頷いている中、瑞希と菫が2人を慰める様に話し掛けている。

 

だが、私は今日の試合で起きた「最大の事件」を振り返りつつ、瑞希と菫の話に釘を刺した。

 

 

 

『あの“ダメ人間”が、あそこで()()()()をしなければね!』

 

 

 

そう…“ダメ人間”こと河嶋先輩が、私の提案した一時休戦に応じようとした聖グロのダージリン隊長が乗るチャーチル歩兵戦車を狙って発砲した所、その左後方にいた私達Fチームのイージーエイトを味方撃ち(フレンドリー・ファイア)すると言う「暴挙」をしなければ、例え負けたとしてもまだ納得が出来たのに!

 

 

 

だが、此処で菫が真面目な口調で反論する。

 

 

 

「嵐ちゃん、幾ら何でも河嶋先輩を“北海道の某・芸能事務所会長兼タレント”みたいに言うのは止めようよ」

 

 

 

けれども、私は自分の考えを否定された事もあって、苛付きながらこう言い返した。

 

 

 

『ふん…()()()()をされる位なら、サイコロで6の目を出して新宿から“キング・オブ・深夜バス”で博多まで連れて行かれる方がよっぽどマシよ!』

 

 

 

「「「「うわっ…!」」」」

 

 

 

その瞬間、私の文句を聞いたチーム一同は、河嶋先輩に対する私の恨みが深い事に気付かされたのか、真っ青な顔になっていた。

 

丁度その時、目の前を聖グロ所有の英国製戦車回収車“スキャメル・パイオニア”2輌が大洗女子学園戦車道チームの戦車3輌ずつをトレーラーに乗せた状態で通過すると、その先に西住隊長達Aチームの5人が並んでいるのが見える。

 

そこで私は、“河嶋先輩に対する恨み節”は脇に置いて、西住隊長へ駆け寄ると深々と頭を下げてから謝罪した。

 

 

 

『西住隊長、申し訳ありませんでした。私があんな事をせずに直ぐチャーチルを撃破していれば、こんな事には…ん?』

 

 

 

だがその時、後ろから気配を感じたので会話を打ち切って振り返ると、対戦相手だった聖グロのダージリン隊長が2人の生徒(後で知ったが、この2人はダージリンさんの戦車の乗員で、3年のアッサムさんと1年のオレンジペコさんだった)を伴って、此方までやって来ていた。

 

そしてダージリンさんは、西住隊長の前まで歩み寄ると声を掛ける。

 

 

 

「貴女が隊長の西住 みほさんですわね?」

 

 

 

「あっ、はい…でも何故、私の事を?」

 

 

 

声を掛けられた西住隊長が、何故自分の名前を知っているのかと問うた所、ダージリンさんは“私にとってトンデモない答え”を寄越して来た。

 

 

 

「実は、原園 明美さんの秘書の方から、試合前にそちらのチームの資料を頂いていたの」

 

 

 

あの母親、余計な事を!

 

この分だと、母さんは去年の戦車道大会の事も…いや、それはダージリンさんも知っているか、彼女3年生なのだし。

 

でも去年の大会の事が話題になると西住隊長が心配だ…と私が思っていた時、ダージリンさんは西住隊長へ“意外な事”を語り掛けた。

 

 

 

「でも貴女は、姉の“まほさん”とは随分違うのね」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

意表を突かれたのか、西住隊長も答えに詰まっている様子で居ると、ダージリンさんは何と、私に向かって話し掛けて来た。

 

 

 

「そして、貴女が原園 嵐さんね?」

 

 

 

『えっ…はい。何でしょうか?』

 

 

 

「貴女の事も色々と聞いていたけれど、噂とは随分違っていたわね。以前は“みなかみの狂犬”と言われていたそうだけれど、今は“大洗の騎士”と呼んだ方が相応しいわ」

 

 

 

『えっ!?』

 

 

 

正直、ダージリンさんが私の過去を知っていたのも衝撃だった(恐らく母が言い触らしたのだろう)が、他人から“騎士”と呼ばれたのも初めてだったので、私も西住隊長と同様に返事が出来ないまま突っ立っていると、ダージリンさんは御付の生徒2人と共にその場から立ち去ってしまった。

 

 

 

その姿を、私達は西住先輩達と共に呆然としながら見送っていたが、そこへ“聞き覚えのある呑気な声”が聞こえて来る。

 

 

 

「いや~負けちゃったね、ドンマイ♪」

 

 

 

我等が生徒会長、角谷 杏がやって来たのだった。

 

その隣には、副会長である小山 柚子先輩や生徒会と同じEチームで38(t)軽戦車の装填手に任命された名取 佐智子ちゃんもいる。

 

だが私達の視線は…会長の後ろに隠れて怯えている“片眼鏡の先輩”に向けられていた。

 

 

 

「ああっ!?」

 

 

 

その先輩…生徒会広報の河嶋 桃は、私達と目線を合わせた瞬間、怯える表情で呻き声を上げるのが精一杯だった。

 

本来なら西住先輩や私達へ「約束通りやってもらおうか、罰ゲームの“あんこう踊り”を」とでも宣告するつもりだったのだろうが…その当人が敗戦の直接原因である味方撃ち(フレンドリー・ファイア)をやらかしたのである。

 

今や立場逆転、周囲からの冷たい視線を浴びて俎板(まないた)(こい)も同然となった河嶋先輩は、目に涙を溜めながら震えていたのだが、そこへ意外にも瑞希が声を掛けて来た。

 

 

 

「あの…河嶋先輩?」

 

 

 

「ギクッ!?」

 

 

 

恐らく“味方撃ちの件で罵倒される”と思ったのだろう。

 

瑞希の声を聞いた河嶋先輩はあからさまに震え上がったが、瑞希は特に怒る訳でも無く、彼女へ“あるお願い”を告げたのだった。

 

 

 

「約束の罰ゲームの件ですが…河嶋先輩、西住隊長と私達に“あんこう踊り”の踊り方を教えて下さい」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

予想外の展開だったのか、怯えていた河嶋先輩が呆気に取られていると、瑞希が畳み掛ける様に話を続ける。

 

 

 

「えっ、じゃないですよ?西住隊長や私達は“あんこう踊り”を踊った事が無いし、しかも()()()()()()なのですから…勿論、皆に味方撃ちの件を謝罪してからですが。ちゃんと踊りを教えてくれたら、味方撃ちの件は許してあげますよ」

 

 

 

すると瑞希は「嵐もそう思うよね?」と語り掛けた直後、私にしか聞こえない位の小声で忠告して来た。

 

 

 

「私達が試合に負けたのは事実だし、この辺りで許してあげないと河嶋先輩、きっと“大声で泣き出して収拾が付かなくなる”わよ?」

 

 

 

まあ…今回の味方撃ちの件は兎も角「河嶋先輩は根が小心者」だと言う第一印象は、これまでの行動を見て確信に変わっていたし、余り追い詰めると後々困った事になるのは目に見えていたので、私も止むを得ず瑞希の考えに同意した。

 

 

 

『うん、分かった…河嶋先輩、瑞希の言う通りにしてくれたら試合の件は許してあげます』

 

 

 

「野々坂、原園…本当に済まない!」

 

 

 

私と瑞希の話を聞いた河嶋先輩は、直ちに私達の前に出ると“土下座”をして謝罪したが、それを見た私は、先輩へ一言釘を刺して置いた。

 

 

 

『先輩…謝罪するならまず、西住隊長が先ですよ?』

 

 

 

「そ…そうだったな。西住、そして皆も今日は、本当に済まなかった!」

 

 

 

そして河嶋先輩は、その場で“土下座”をしたまま涙声で皆へ謝罪してくれた…まあ、少なくともあの味方撃ちには“悪気が無い”事が分かったから、私も味方撃ちの件はこれ以上追及しないと心に決めた。

 

ところが、此処で会長が思わぬ事を口にする。

 

 

 

「まあまあ、でもこう言うのは()()()()だから……」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

「会長、まさか!?」

 

 

 

突然“連帯責任”と聞かされて仰天する河嶋先輩と小山先輩。

 

それを余所に当人は「うん♪」と嬉しそうに公言したが、次の瞬間生徒会トリオの後ろで憮然とした表情で話を聞いていた佐智子ちゃんが、恨めしそうな声で会長へ詰問した。

 

 

 

「会長…やっぱり、自分が一番“あんこう踊り”を踊りたいのでしょう!?」

 

 

 

「あっ、名取ちゃん…バレてた?」

 

 

 

その途端、本心を見抜かれた会長はバツの悪い表情を浮かべつつ返事をしたが、佐智子ちゃんは顔を真っ赤にしながら、会長目掛けてこう叫ぶのだった。

 

 

 

「バレバレです!」

 

 

 

 

 

 

それから数十分後。

 

騒々しい祭囃子に乗って、大洗町の商店街に陸上自衛隊の重装輪回収車をベースにした国産トラックとドイツMAN社製のRMMV HX 8×8戦術トラック*1の2輌がやって来た。

 

罰ゲームの“大洗名物・あんこう踊り”がスタートしたのである。

 

先頭の国産トラックには、Cチームの左衛門佐とおりょうが法被姿で太鼓を叩く中、西住隊長以下Aチームの全員とEチームの角谷会長に小山 柚子、そして名取 佐智子が鮟鱇(あんこう)を模したと言うピンク色のタイツ姿で踊っており、続くドイツ製トラックにも、法被を着たエルヴィンとカエサルが太鼓を叩いている隣で、Fチームの面々が河嶋 桃の踊りに合わせて、全員タイツ姿で“あんこう踊り”を踊っている。

 

 

 

「何、この踊り…想像以上にハードなのですけれど!?」

 

 

 

「野々坂に原園…しっかり踊らないと、“()()()恥ずかしくなる”ぞ!」

 

 

 

地元伝統の踊りにしては、妙にハイテンポな踊り方に瑞希が戸惑っていると、それを見た桃が瑞希だけでなく嵐に対しても厳しく指導する。

 

 

 

「『は、はいっ!』」

 

 

 

瑞希と嵐(前方の国産トラックで踊っている西住 みほもそうだが)にとっては、これがぶっつけ本番の“あんこう踊り”であるが、“味方撃ち(フレンドリー・ファイア)”の謝罪も兼ねて振り付けを教える役になった桃の指示に逆らう訳にも行かず、2人共大声で返事をしながら一生懸命に踊っていた。

 

一方、その隣で踊っている舞と菫に良恵の3人はと言うと……

 

 

 

「菫ちゃんに良恵ちゃん、これってまるで北海道ローカル局の旅番組でやっていた『トリオ・ザ・タイツ』みたいだね!」

 

 

 

「お願いだから、それを言うのは止めて~!」

 

 

 

「その話を聞くと普通に踊るよりも遥かに恥ずかしいよ!」

 

 

 

何を勘違いしたのか、北海道の某ローカル局の“人気旅番組”が西表島で激闘を繰り広げた回の前枠・後枠で有名な“あるシーン”を思い出しつつ、嬉しそうに踊りながら話し掛けて来る舞に対して、菫と良恵は其々顔を真っ赤にしながら悲鳴を上げていた。

 

そして…国産トラックの上で杏や柚子と一緒に踊っている佐智子は、心の中でこう絶叫していた。

 

 

 

「やっぱり会長は、ノリノリで踊ってる…この()()()~!」

 

 

 

 

 

 

かくして、彼女達が必死になって“あんこう踊り”を踊っている最中、商店街の一角では数人の女性がその光景を眺めていた。

 

周防 長門と明美の秘書である淀川 清恵に、首都新聞社の契約ライター・北條 青葉が呆れ顔でその様子を眺めている横では、原園 鷹代が天を仰ぎながら“何とも言えない表情”で突っ立っており、その隣では原園 明美が、何とデジタルビデオカメラで、みほや娘の嵐達が踊っている姿を撮影している。

 

更に、その傍らには聖グロのダージリン隊長とアッサムにオレンジペコまでおり、3人共呆然とした表情でその光景を見ていた。

 

実を言うとダージリン達は、みほと嵐達から別れた後、真っ直ぐ自分達の学園艦へ帰る途中で出会った明美から「これから凄く面白いモノが見られるわよ♪」と誘われて此処までやって来たのだが…対戦相手の恥ずかしい姿を見せられた彼女達は正直“来るのではなかった”と後悔しつつあった。

 

その時ダージリンは、試合前に“紅茶の園”で、先輩にして母校のOG会幹事でもある清恵から聞かされていた話を思い出すと、震え声で明美に問い掛ける。

 

 

 

「あ…あの、明美さん。これってもしかして?」

 

 

 

「ああ、淀川さんから『負けたら()()()()をプレゼントするわね』って聞いていたでしょ?“その正体”がこれよ♪」

 

 

 

「「えっ!?」」

 

 

 

その瞬間、2人の会話を聞いていたアッサムとオレンジペコが驚愕する中、自身が抱いていた()()()()()が的中したダージリンも、対戦相手だったみほと嵐達を哀れみながら明美へ向けて率直な感想を述べた。

 

 

 

「これは、余りにも残酷過ぎる罰ゲームですわ……」

 

 

 

だが、明美は笑顔で動画撮影を続けながら、ダージリンへこんな返答をする。

 

 

 

「そうかな?大洗では、結構昔からこの踊りを踊っているみたいよ。鷹代さんも、若い頃は毎年の様に踊っていたそうだし、私も主人と結婚した頃にあの恰好で踊った事があるし」

 

 

 

「明美さん…貴女が此処で、()()()()で初めて“あんこう踊り”を踊った時、結婚したばかりの直之は道端で『そこまでしなくても良いのに……』と言って泣いていたよ…まあ、私も直之が小学生の頃までは、同じ様に踊っていたけどね」

 

 

 

明美の返答を聞いていた義叔母の鷹代が、亡き兄の息子である直之が生前嘆いていた時の事や自分が踊っていた頃の話を明美に語ると、2人の会話を聞いていたアッサムが、ふと明美の行動に疑問を抱いて質問をした。

 

 

 

「それで原園さん。お伺いしたいのですが、何故動画撮影を?」

 

 

 

「ああこれ?撮影したら直ぐ、自分が持っている動画サイトのアカウントから投稿するのよ」

 

 

 

「「「はあ!?」」」

 

 

 

次の瞬間、聖グロの3人は“明美の行動の意図”が読めずに仰天する。

 

何故彼女は、“自らが支援している戦車道チームメンバーの()()()()()()()”をネットで公開すると言う“トンデモない行動”に出たのだろうか?

 

すると明美が人の悪い笑みを浮かべながら、その意図を彼女達へ説明した。

 

 

 

「あら知らない?“動画サイトへ自分が撮ったオリジナル動画を投稿すると()()()()が得られるサービス”があるでしょ?それで得られた収益を、全額大洗女子学園へ“戦車道の運営費”として寄付するつもりなの」

 

 

 

「まさか!?」

 

 

 

罰ゲームの“あんこう踊り”を動画撮影している理由を知らされたダージリンは心底驚愕しているが、明美はそれに構わず説明を続ける。

 

 

 

「戦車は、“維持する()()”でもお金が掛かるからね~♪聖グロみたいに、OGが積極的にお金を出してくれる所では想像も付かないでしょうけれど、世の中そんなに裕福な卒業生を抱えている学校は少ないからね…だから、“運営費を確保する為”には正直、“手段を()()()いられない”わ

 

 

 

「そ、そうですか……」

 

 

 

話の内容が余りにも“斜め上”だった為、呆れ果てたアッサムが辛うじて相槌を打ったが、次の瞬間明美は、更なる“驚愕の事実”を明かした。

 

 

 

「それに私のアカウント、実は日本語以外に英語とドイツ語、あとフランス語とイタリア語とロシア語版があってね…ドイツのプロリーグ時代からのファン達が翻訳してくれているから、事実上“世界中の人達”が見る様になっているのよ。だから広告収入もそこそこ期待できるのよね」

 

 

 

「「「!」」」

 

 

 

その瞬間…聖グロのメンバー3人は明美が本物の“悪党”だと言う事を思い知らされて、心の底から大洗女子学園のメンバーに同情した。

 

幾ら“戦車道の運営費調達の為”とは言え、彼女達が日本中処か()()()()()()()にされると言う事実は、彼女達の想像を遥かに超えていたからである。

 

一方、その様子を頭を抱えながら見ている長門や鷹代、そして苦笑いを浮かべている清恵と共に眺めていた北條 青葉は……

 

 

 

「こ、これは…絶対記事には出来ないよ!」

 

 

 

明日の関東版の朝刊に乗せる予定の親善試合の記事には、“到底掲載出来ない事実”を見せられて、心底困惑していた。

 

 

 

 

 

 

余りにも恥ずかしかった“あんこう踊り”が終わった後。

 

私達Fチームのメンバーは大洗シーサイドステーションの一角に集まり、この後何処でお昼ご飯を食べようかと相談するつもりだったのだが…そこへ、我が校の制服を来た4人の少女達がやって来ると、先頭にいるスタイルの良さそうなツインテールの黒髪の少女が、私へ向けて元気な声で話し掛けて来た。

 

 

 

「あの~初めまして。高等部・戦車道Fチームの原園 嵐先輩ですか?」

 

 

 

何処となく、五十鈴先輩に似ている様な印象がするのは気のせいだろうか、と思いながら、私は彼女へ問い掛ける。

 

 

 

『そうだけど…もしかして貴女達、中等部かな?』

 

 

 

「あっ、はい!私、中等部3年の五十鈴 華恋(いすず かれん)と言います!」

 

 

 

すると、彼女を見た瑞希が不思議そうな声で質問する。

 

 

 

「あれ…ひょっとして貴女は、五十鈴 華先輩の?」

 

 

 

「はい、五十鈴 華は私の従姉です。だから私は従姉の事を何時も華姉(はなね)ぇ”って呼んでいます!」

 

 

 

華恋ちゃんからの答えを聞いた私達は、一斉に「「「「『ほぉ~』」」」」と感心した様に呟いた。

 

道理で、中学生にしては五十鈴先輩に劣らぬスタイルの良い娘だと思った…本当に羨ましいです(涙)。

 

すると華恋ちゃんは、私達へ向けて再び話し掛ける。

 

 

 

「それで、此処にいる3人は私の友達です…自己紹介しても宜しいでしょうか?」

 

 

 

それに対して私は『うん、いいよ』と答えると、華恋ちゃんと一緒に来た3人が次々に自己紹介を始めた。

 

 

 

最初に、ツインテールと言うには御団子や輪っかが付いていて、かなり複雑な髪形をした茶髪の少女が自己紹介をする。

 

 

 

「私は、中等部3年の武部 詩織(たけべ しおり)です。私も姉の沙織が其方のチームで隊長車の通信手をしています!」

 

 

 

その瞬間、彼女が武部先輩の妹だと知った私達は思わず「「「「『おぉ~』」」」」とどよめいた…言われてみれば、彼女の茶髪は武部先輩の栗毛に近い色だと言えなくもない。

 

 

 

続いて、薄い桃色の髪をポニーテールにしているが、テール部分をリボンでぐるぐる巻きにしていると言う珍しい髪型をした少女だ。

 

 

 

「2人のクラスメートの若狭 由良(わかさ ゆら)と言います」

 

 

 

最後に、鈍い赤色のボブヘアー姿で勝気な印象のある娘が元気な声で話し掛けて来た。

 

 

 

「同じく鬼怒沢 光(きぬさわ ひかる)、宜しくお願いします」

 

 

 

彼女達の自己紹介が終わった後、私達も自己紹介を行って和やかな雰囲気になった時、華恋ちゃんが今日の親善試合を見に来た理由を語り始めた。

 

 

 

「今日は、私の従姉の華姉ぇと詩織の姉の沙織さんが、戦車道を始めてから最初の試合だと聞いていたので、友達の由良と光を誘って試合を見に来たのだけど……」

 

 

 

すると詩織ちゃんがこう説明する。

 

 

 

「そうしたら、華さんと沙織お姉ちゃんが乗った隊長車のⅣ号のピンチに駆け付けて来た皆さんのM4がカッコ良くて……」

 

 

 

其処へ、今度は由良ちゃんが2人の会話に加わって来た。

 

 

 

「しかも聖グロの隊長車を敢えて見逃して、もう一度試合を仕切り直そうって言ったから、皆原園さんに“一目惚れ”しちゃったんだよね!」

 

 

 

次の瞬間、話をしていた中学生3人はうっとりした表情で「「「うんうん♪」」」と頷きながら私へ熱い視線を送って来た…その視線を浴びた私は百合の趣味が無いので、一瞬『あ、はい……』と呟きながらたじろいたが、瑞希はニヤニヤしながら「流石嵐、モテる女は辛いね~♪」とツッコんで来る。

 

だが、其処へ光ちゃんがざっくばらんな口調で思わぬ事を語り出した。

 

 

 

「でも、あの金ピカの38(t)の砲手は最悪だったよな!」

 

 

 

その瞬間、私を含むFチームの全員が「「「「『あっ!?』」」」」と口走ったが、光ちゃんはそれに構わず話を続ける。

 

 

 

「折角、良い雰囲気で試合が仕切り直しになると思った時に乱入した上、味方撃ち(フレンドリー・ファイア)だろ…あの砲手の顔が是非見たいもんだよ!」

 

 

 

「光ちゃん、その話は止めようよ……」

 

 

 

流石にそれは不味いと思ったのか、華恋ちゃんが光ちゃんに口を挟んだが、当人は不機嫌そうな顔で言い返す。

 

 

 

「華恋、そいつのせいでお姉ちゃんや原園先輩達は試合に負けた様なもんじゃないか。そいつを庇うのか?」

 

 

 

その姿を見た私は、思わず鬼怒沢ちゃんへ話し掛けていた。

 

 

 

『あっ…河嶋先輩の事は許してあげて。あの人、今日は頑張ろうとして一寸失敗しただけだから…あっ!?』

 

 

 

しまった。

 

つい、河嶋先輩の名前を…と思った時には、時既に遅し。

 

 

 

「へぇ~河嶋先輩って、生徒会広報の人だよね?」

 

 

 

味方撃ちの犯人の名前を聞いてしまった鬼怒沢ちゃんは人の悪い笑みを浮かべていたが、直ぐ優し気な表情に変わると納得した様な口調で、こう語った。

 

 

 

「まあ、“あの人らしい”ね。河嶋先輩は見た目の割にポンコツだ、って噂は私達中等部の間でも有名だから、ああなったのは仕方が無いか」

 

 

 

ホッとした私は、中学生達に向けてこう語る。

 

 

 

『そうなんだよね…正直、戦車道を始めてから余り時間が経っていないのに、あそこまでやれるとは私も思っていなかったから、次は勝ちたいって思っているよ』

 

 

 

「じゃあ、次の試合も見に行きますね!」

 

 

 

すると詩織ちゃんが元気な声で答えてくれたのに続いて、華恋ちゃんが「折角、こうしてお話が出来たので、もし宜しければこれから一緒に昼食を食べに行きませんか? 地元の美味しいお店を知っていますよ」と誘って来たので、話を聞いた舞と瑞希が嬉しそうに返事をした。

 

 

 

「わーい、私行くー♪」

 

 

 

「いいわね、それ♪」

 

 

 

良恵ちゃんも笑顔を浮かべながら「これだけ人数がいれば楽しそうだし、私も行きますよ」と華恋ちゃんからのお誘いに同意する。

 

こうして皆で「何処のお店へ行こうか?」と盛り上がっていたその時、菫のスマホに着信音が鳴り響いた。

 

 

 

「はい…あっ、ナカジマ先輩ですか?」

 

 

 

菫がスマホに出ると、どこかで聞いた様な先輩の名前を出した直後、嬉しそうな口調で会話を続ける。

 

 

 

「えっ、本当ですか!? じゃあ、お昼御飯が終わってから学園艦に戻りますので、後1時間半位で其方へお伺いします…それでは点検整備をお願いしますね」

 

 

 

そして菫は、形通りに「では先輩、失礼します」と会話を締め括ってスマホを切ると、私達へ済まなそうな表情で会話の内容を説明した。

 

 

 

「今、自動車部のナカジマ先輩から連絡があって『菫ちゃんのお父さんが送って来た車を大洗港で受け取って自動車部の部室へ持って来たから、これから取りに来て』って連絡があったの」

 

 

 

『一寸待って菫。実家の裏山じゃないのに、一体何処で走らせるのよ?』

 

 

 

小4から“実家の裏山”で車に乗って運転技術を磨いていたとは言え、女子高生だから“無免許運転”には違いないと思った私は、何故車を学園に持ち込んだのか疑問に思って菫に問い掛けると、彼女は“こんな答え”を寄越して来た。

 

 

 

「学園艦だと“生徒専用の免許証”が取れるから、この間学園艦の交付センターで手続きをして免許証を貰って来たよ」

 

 

 

思わぬ回答に、私が『そ、そうなの……』と“学園艦の自主独立性”に驚愕する一方で、華恋ちゃん達中学生組は「「「「凄い、菫先輩は車を運転出来るんだ!」」」」と感心してしまっていた…いや、それ処の騒ぎじゃないと思うけれど。

 

すると今度は、瑞希が菫に気になる質問をした。

 

 

 

「菫、練習用の車って…一体何を持って来たの?」

 

 

 

「2004年型のインプレッサWRX STI spec C、皆から“涙目”って呼ばれている子だよ。高校入学に合わせて新調したんだ、中古車だけど」

 

 

 

そこへ、今の会話を聞いていた良恵ちゃんが「何ですか、その車?」と菫が持ち込んだ車について質問すると、菫は笑顔でこんな事を言い出した。

 

 

 

「“お目目が可愛い国産車”だよ。良恵ちゃんもきっと気に入ると思う」

 

 

 

「私、どっちかと言うと鉄道車輌の方が…でも可愛い車なら見たいな」

 

 

 

私は、嬉しそうに自分が学園艦で乗る予定の「可愛い車」の事を聞いて胸をときめかせている良恵ちゃんの姿を見て、何とも言えない気分になった。

 

彼女は知らないだろうが…インプレッサWRX STI spec Cとは、()()ハイパワー車で知られるインプレッサWRX STIに、ラリー等のモータースポーツで勝つ為に必要な軽量化等を施した“メーカー純正の改造車”と言うべき“ガチのスポーツセダン”。

 

ハッキリ言って、女子高生以前に()()()()()()じゃありません。

 

でも菫は「280馬力ある4WD車なのに重量がR34GT-Rより200㎏近くも軽いし、コーナーでは独楽鼠みたいにクルクル回ってくれるから、()()()()()()()」と言うのだから、世の中恐ろしい…勿論、“そんな車”を自在に操る菫が。

 

だが私がそんな事を思っている最中、良恵ちゃんがそれよりも気になる事を皆に問い掛けた。

 

 

 

「そうなると…これから、如何する?」

 

 

 

すると華恋ちゃんが「あっ」と言う表情を浮かべながら、こう呟いた。

 

 

 

「あっ…私と詩織は、元々華姉ぇと沙織さんを探しに此処へ来ていたから…どうしよう?」

 

 

 

『五十鈴先輩と武部先輩なら、多分隊長の西住先輩と一緒にいると思うけれど…皆、どうする?』

 

 

 

その会話を切っ掛けに皆が3分程考えた結果…私達一行は、二手に分かれる事になった。

 

菫達は由良ちゃんや光ちゃんと一緒に昼食を摂ってから、菫の愛車を見る為に学園艦へ戻り、私は華恋ちゃんや詩織ちゃんと共に3人で、五十鈴先輩と武部先輩と一緒にいるであろう西住先輩を探しに行く事になった。

 

 

 

(第27話、終わり)

 

 

*1
陸上自衛隊が2019年度から調達を開始した“装輪155㎜榴弾砲”の車体部分に使われている実在の軍用車輌。本車はドイツ車だが、日本と同じ左側通行の英国やオーストラリア・ニュージーランド向けに既に右ハンドル仕様が製造されており、陸自の“装輪155㎜榴弾砲”の車体やこのシーンに使われている車輌もこの仕様である。





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第27話をお送りしました。

今回は親善試合終了後の話ですが、桃ちゃんによる“味方撃ち”の謝罪の件については、瑞希が助け船を出す形にしました。
桃ちゃんはプライドが高い割に小心者のイメージがあるので、“こうなるときっと怯えてマトモな謝罪が出来ないだろう”と思った瑞希が、桃ちゃんが進んで謝罪出来る様にお膳立てをした結果です。
実は瑞希ちゃん、結構気配りが出来る良い娘なのですよ。

そして遂に明美さん、一線を越えてしまった…(白目)
戦車道の運営費を稼ぐ為とは言え、あの踊りを全世界へ発信するとは…この後、大洗女子の面々にこの事がバレたら如何なるかについては、ご想像にお任せします(ゲス顔)。

と同時に、この話を書いていて気付いた事ですが。
あの「あんこう踊り」のコスチューム、よく考えたら某・北海道ローカルTV局の旅番組(笑)の企画「激闘!西表島」の前枠・後枠で出演タレントがやっていた「青タイツ・茶タイツ・黄タイツ」の衣装に似ているのですね、マジで。
ちなみにその企画の初回放送は2005年10月で、ガルパンは2012年の製作…まさか、これがあんこう踊りの元ネタなのか!?(大げさ)

それは兎も角(苦笑)、次回はファンの方ならお察しの通り、華さんの話がメインになりますが本作オリジナルの展開を仕込んでおりますので、ご注目頂ければ幸いです。

それでは、次回をお楽しみに。



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第28話「勘当です!!」


令和最初の夏は9月に入ってから、また暑くなるとは…どう言う事だ(疲労困憊)。
其れは兎も角、今回は華さんのターンです。
では、どうぞ。



 

 

此処は、茨城県水戸市の閑静な住宅街にある立派なお屋敷。

 

その広い一室で、西住先輩や秋山先輩に武部先輩、そして詩織ちゃんに加えて、何故か私までもが揃って正座をしている。

 

その向かい側には五十鈴先輩が正座をして座っており、傍らでは従妹の華恋ちゃんが手に持っている急須で、皆にお茶を注いでいた。

 

 

 

「済みません。私が口を滑らせたばっかりに……」

 

 

 

「いえ、此方こそ御免なさい。先輩方まで巻き込んでしまって」

 

 

 

『あの…私は構わないのですが、五十鈴先輩の方こそ、大丈夫ですか?』

 

 

 

秋山先輩と華恋ちゃんが、其々の言葉で皆に謝っているので、私は自分よりも五十鈴先輩の事を心配していると、当の先輩が済まなそうな表情で謝罪する。

 

 

 

「そんな…私が、母にちゃんと話していなかったのがいけなかったんです」

 

 

 

実は今、私達は五十鈴 華先輩のご実家*1に居るのである。

 

何故、こうなったのかと言うと…それは、今から2時間程前に遡る。

 

 

 

 

 

 

聖グロリアーナ女学院との親善試合終了後、大洗シーサイドステーションの一角で、私達大洗女子学園戦車道チームのFチーム5人と中等部の仲良し4人組が出会った。

 

すると、中等部4人の内2人が西住先輩率いるAチームのメンバーと血縁関係にある事が分かった為、そこから皆で意気投合して、一緒に昼食を食べに行こうとした。

 

しかし、この時菫が学園艦内で乗る為に父から送ってもらった“愛車”が自動車部の部室に届いたと言う連絡があり、菫は自動車部の部室へ行く事に決めたので、私達は二手に別れる事となった。

 

まず、瑞希と舞、良恵ちゃんに中学生の由良ちゃんと光ちゃんは、菫と一緒に昼食を摂ってから彼女の愛車を見学する為、学園艦へ戻る事になった。

 

一方、私は五十鈴先輩の従妹である華恋ちゃんと武部先輩の妹である詩織ちゃんの中学生2人と一緒に、西住先輩達を探しに行く事にした。

 

尤も、本当の所は瑞希が「嵐は、西住先輩と一緒に昼食が食べたいんだよね。じゃあ私達は邪魔しない方がいいね~♪」と周囲に言い触らした結果、皆が私に気を遣ったのだけれど…もう、言われたこっちが恥ずかしいじゃない。

 

幸い、詩織ちゃんがスマホで姉の武部先輩と連絡を取った結果、西住先輩達も大洗シーサイドステーション内にいる事が分かったので、直ぐ合流する事が出来た。

 

但し、冷泉先輩だけは「おばあに顔見せないと殺される」との事で、既にその場にはいなかったのだけれど…気持ちは分かります。

 

と言う訳で、私達3人はシーサイドステーション内で行われていた……

 

 

 

『ご当地アイドル・磯前(いそまえ) 那珂(なか)ちゃんオンステージ』

 

 

 

……の会場前で、西住先輩達4人と合流。

 

ステージ上の那珂ちゃんが「恋の2-4-11」を唄っている最中に皆で挨拶をした後、昼御飯を何処で食べようかと相談を始めたのだが…そこへ1台の人力車が登場したのが、全ての始まりだった。

 

突然現れた人力車の若い俥夫が私達に目を合わせると、笑顔を浮かべて、人力車を牽きながら、此方へやって来た。

 

 

 

「あっ…目が合っちゃった!?」

 

 

 

すると、武部先輩がドキッとした表情で呟くが、妹の詩織ちゃんは呆れた表情で「また、お姉ちゃんの悪い癖が……」とボヤいている。

 

そう言えば武部先輩、恋愛に大変興味があるらしいけれども…と思っていると。

 

 

 

「うひゃ、やだぁ♡」

 

 

 

若い俥夫が人力車を牽きながら此方へやって来るので、武部先輩が声を上げると、顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。

 

私は、その姿を眺めながら「先輩、恋愛好きなのに男性経験はまるで無いのか?」と思っていると、突然五十鈴先輩がこんな事を言い出した。

 

 

 

「新三郎!?」

 

 

 

その声を聞いた武部先輩が「知り合い!?」と驚愕の一言を放つが、人力車を牽いて来た若い俥夫は人力車を止めてから、此方へ向かって来るので、武部先輩は胸をときめかせながら自己紹介を始めた。

 

 

 

「は、初めまして。私、華さんのお友達の……」

 

 

 

だが無情にも(?)、若い俥夫は武部先輩の前を通り過ぎて行く。

 

 

 

「はい、お姉ちゃん玉砕」

 

 

 

その姿を見た詩織ちゃんが何時もの事なのか、明らかに止めを刺す一言を発した時。

 

若い俥夫は五十鈴先輩の前に来ると、感極まった笑顔を浮かべながら、挨拶をした。

 

 

 

「お嬢、元気そうで!」

 

 

 

その姿を見た武部先輩が五十鈴先輩へ「何、聞いてないわよ!?」と抗議をする一方、詩織ちゃんは「やれやれ…」と呆れている所へ、五十鈴先輩がこの若い俥夫を皆へ紹介してくれた。

 

 

 

「ウチに奉公に来ている新三郎」

 

 

 

そして紹介された奉公人の新三郎さんも「お嬢がいつもお世話になってます」と、皆へ挨拶をしたので、私も直ぐお辞儀をした…確かに武部先輩が惚れてしまう位、実直そうな感じの人だ。

 

すると後ろに停めてある人力車から、和服姿の女性が日傘を差しながら此方へやって来た。

 

人力車を牽いて来た新三郎さんが五十鈴先輩の実家の奉公人と言う事は、この女性はきっと…と、私が想像を巡らせていた、その時。

 

 

 

「華さん」

 

 

 

「お母様」

 

 

 

互いに朗らかな笑みを浮かべて挨拶をする、和服姿の女性と五十鈴先輩。

 

この遣り取りで、この女性が五十鈴先輩のお母様である事が明らかとなり、私も納得した。

 

確かに、年齢差を考えれば五十鈴先輩によく似た雰囲気を持つ方だ。

 

すると……

 

 

 

「良かったわ、元気そう…此方の皆さんは?」

 

 

 

五十鈴先輩のお母様が先輩の周りにいる方々に目を留めたので、五十鈴先輩が西住先輩達の紹介を始める。

 

 

 

「同じクラスの武部さんと西住さん」

 

 

 

「「こんにちは」」

 

 

 

まず、紹介された西住先輩と武部先輩が挨拶をした…ところが。

 

此処で秋山先輩が自己紹介のつもりで「私はクラスが違いますが、戦車道の授業で……」と言った途端、五十鈴先輩のお母様の表情が一気に険しくなったのである。

 

 

 

「戦車道!?」

 

 

 

「はい、今日試合だったんです……」

 

 

 

五十鈴先輩のお母様が驚きの声を上げる中、何も気付いていないらしい秋山先輩が今日の試合について話そうとしたので、慌てた私は秋山先輩へこう耳打ちした。

 

 

 

『秋山先輩…多分、此の方は戦車道が御嫌いみたいですよ?』

 

 

 

「…はっ!」

 

 

 

流石に秋山先輩も私からの耳打ちと百合さんの表情から、状況を察して口を両手で塞いだが、もう遅かった。

 

今日の試合の事を聞いた五十鈴先輩のお母様は、険しい表情のまま五十鈴先輩を詰問する。

 

 

 

「華さん…どう言う事?」

 

 

 

「お母様……」

 

五十鈴先輩が声を落とすと、先輩のお母様は先輩の右手を手に取って、直ちにその掌の匂いを嗅ぐ。

 

そして……

 

 

 

「鉄と油の匂い…あなた、もしや戦車道を!?」

 

 

 

「あっ…はい」

 

 

 

母親の追及の前に、五十鈴先輩が戦車道を履修している事実を認めると、先輩のお母様は怒りに震えながら、先輩を叱り始めた。

 

 

 

「花を生ける繊細な手で戦車に触れるなんて…ああっ!?」

 

 

 

ところが次の瞬間、五十鈴先輩のお母様の目が焦点を失ったかと思うと、お母様は白目を剥いて、そのまま倒れ込んでしまった。

 

 

 

「奥様!?」

 

 

 

「お母様!?」

 

 

 

新三郎さんと五十鈴先輩が倒れたお母様に声を掛ける。

 

同時に只ならぬ状況を察した私は、皆に向かって大声を上げた。

 

 

 

『皆さん、救護室か事務所を探して下さい…急いで!』

 

 

 

だが、その次の瞬間。

 

私は、大声を出したのを後悔した。

 

と言うのも……

 

 

 

「あの…後ろの方にいらっしゃるお客様が倒れたみたいですけれど、大丈夫ですか!?」

 

 

 

つまり…此方の様子に気付いたステージ上の磯前 那珂ちゃんが歌を中断して私達に呼び掛けており、ステージのスタッフも此方へ向かっていたのだった。

 

その後…私達は那珂ちゃんのオンステージのスタッフさん達の協力で、倒れた五十鈴先輩のお母様を介抱したり医者の手配をしたりするなどして、大騒ぎだった…那珂ちゃんやスタッフの皆さん、あの時は本当に済みませんでした。

 

 

 

 

 

 

そして、気付けば私達は、倒れた五十鈴先輩のお母様や御付きの新三郎さんと一緒に先輩のご実家に来て、今に至る。

 

幸いにも、五十鈴先輩のお母様はショックで倒れただけの様で、医者からも「家でゆっくり休めば大丈夫ですよ」と告げられた為、今はご実家の部屋で休んでいる様だ。

 

ふと気付くと、西住先輩が床の間に置かれている活け花を見詰めていたので、私も釣られて、その花に視線を向けていた…そして、ある事を思い出した私の口から、自然に言葉が零れる。

 

 

 

『あの…五十鈴先輩。失礼ですが、先輩のご実家は華道の家元ですか?』

 

 

 

「ええ…そう言えば原園さんには、未だ話していませんでしたね」

 

 

 

私の質問に五十鈴先輩が答えると、華恋ちゃんが「でも原園先輩、よく分かりましたね?」と問い掛けて来たので、私はこう答えた。

 

 

 

『実は、中学の同級生に華道を習っていた娘がいて、何度かその娘の活けた花を学校で見た事があるから、“もしかして”と思ったの…五十鈴先輩、床の間の花はシンプルだけど、凄く綺麗に活けていますね』

 

 

 

「あれは、お母様が活けた華なの」

 

 

 

すると、私の答えを聞いた五十鈴先輩が微笑みながら話してくれたので、私も笑顔で、先輩の母親の印象について語った。

 

 

 

『成程、何となく分かります…先輩に似て、真っすぐな感じの方みたいですね』

 

 

 

だが、その言葉を聞いた五十鈴先輩は再び表情を暗くして「ええ……」と呟くと、悲しげに俯いてしまう。

 

しまった…と思った私は、五十鈴先輩に謝ろうと「御免なさい、私……」と話し始めた、その時。

 

新三郎さんが部屋の襖を開けると、五十鈴先輩に声を掛けて来た。

 

 

 

「お嬢、奥様が目を覚まされました…お話があるそうです」

 

 

 

だが、五十鈴先輩は俯いたまま、新三郎さんの頼みを断る。

 

 

 

「私、もう戻らないと」

 

 

 

でも、新三郎さんは真剣な表情で「お嬢!」と呼び掛けるが、それでも五十鈴先輩は従わない。

 

 

 

「お母様には、申し訳ないけれど……」

 

 

 

“お母様には会いたくない”と、五十鈴先輩が意思表示をした時、私は思わずハッとなった。

 

えっ…それは不味いよ。

 

自分も人の事は言えないが、幾らお母様が戦車道に反対だからって、話さえ聞かないのは…と、私が心配し始めた、その時。

 

 

 

「差し出がましい様ですが、お嬢のお気持ち、ちゃんと奥様にお伝えした方が宜しいと思います!」

 

 

 

それは、絶妙のタイミングだったと思う。

 

五十鈴先輩の後ろで、正座をしながら控えていた新三郎さんが、真剣な表情で先輩を諫めたのである。

 

その言葉は、私がその時思っていた事を、私よりも的確に語っていた…なので、次の瞬間私も新三郎さんの後を追う様に、五十鈴先輩へ声を掛けていた

 

 

 

『五十鈴先輩、新三郎さんの仰る通りだと思います。私も母とはずっと仲が悪いから分かるけれど、どんなに親の事が嫌いでも、何も言わないでいると…きっと取り返しの付かない結末が待ち受けていると思うのです』

 

 

 

「!?」

 

 

 

その瞬間、五十鈴先輩は新三郎さんだけでなく、私からも同じ事を告げられたのに驚いていたが…その後直ぐ、新三郎さんに向かって小さく頷くと席を立って、お母様が休んでいらっしゃる部屋へ向かって行った。

 

 

 

 

 

 

それから、数分後。

 

私達は、五十鈴先輩が向かって行った部屋の前にいた。

 

 

 

「いいのかな?」

 

 

 

「偵察よ、偵察」

 

 

 

困り顔の西住先輩が小声で話し掛けると、武部先輩が“盗み聞き”を“偵察”と言い換えて誤魔化していたが、その傍では秋山先輩と華恋ちゃんに、武部先輩の妹の詩織ちゃんまでが同じ様に、襖越しに部屋の会話を盗み聞きしている。

 

私はと言うと、武部先輩達の後ろにいる西住先輩の隣で、武部先輩達が聞き耳を立てているのを、半ば呆れながら眺めていた。

 

 

 

「申し訳ありません」

 

 

 

部屋から、五十鈴先輩の声が聞こえる。

 

その様子は、襖に閉ざされているので此方からは分からないが、これから五十鈴先輩が今後も戦車道を続ける為に、お母様の許しを得ようと真剣になっているであろう事は、容易に窺えた。

 

 

 

「どうしてなの…華道が嫌になったの?」

 

 

 

「そんな事は」

 

 

 

悲し気に語り始めた先輩のお母様は、娘が華道から逃げ出す為に戦車道を始めようとしたのかと疑っているが、五十鈴先輩はそれを否定する。

 

 

 

「じゃあ、何か不満でも?」

 

 

 

「そうじゃないんです」

 

 

 

あくまで娘が華道を辞めようとしているのではないかと思っているお母様に対して、改めてそれを否定する五十鈴先輩だが、お母様はその答えでは曖昧だと思ったのか、苛立つように声を荒げた。

 

 

 

「だったら、どうして!?」

 

 

 

その問いに対して、五十鈴先輩は悲し気な声で、その理由を語る。

 

 

 

「私…活けても活けても、“()()が足りない”様な気がするのです」

 

 

 

「そんな事は無いわ。あなたの花は、可憐で清楚…“五十鈴流そのもの”よ」

 

 

 

先輩のお母様は、先輩が語った不安を打ち消すかのように語り掛けたが、それに対して五十鈴先輩は意を決した様に“自らの真意”を打ち明けた。

 

 

 

「でも…私はもっと力強い花が活けたいんです!」

 

 

 

「!」

 

 

 

その時、五十鈴先輩の告白を襖越しに聞いていた西住先輩が、心を動かされた様に表情を変えていたのを私は見逃さなかった。

 

そして私は、五十鈴先輩の決意の内容が理解出来た。

 

 

 

『そうか…五十鈴先輩は、()()()()()()()()んだ』

 

 

 

私や西住先輩とは異なり、華道から“逃げる”のではなく、更に“力強くする為”に戦車道を修める。

 

そうする事で“「自分の華道」をより()()()()()()()”にする。

 

五十鈴先輩にとって、戦車道とは「自己を確立させる為の手段」なのだ、と私は理解した。

 

その瞬間、私は素直に「凄いなぁ」と感心した。

 

五十鈴先輩に比べたら、私はまだまだ子供だな、って。

 

確かに私は、お父さんが戦車道の事故で亡くなったと言う事情があるから、五十鈴先輩とは条件が異なるかもしれないけれども、ずっと“戦車道から()()()()としていた”事に違いはない。

 

それに対して、五十鈴先輩は実家の華道から逃げずに、「どうすれば自分の思い描くものに出来るのか」を模索し続けている…その時、私は「自分もあの様に成長したい」と願っている事に気付いた。

 

と同時に、私は五十鈴先輩とお母様が“()()対立しているのか”が、分かった。

 

簡単に言えば、これは“母娘の考え方の擦れ違い”だ。

 

五十鈴先輩は、言わば“独り立ち”をする為に戦車道をやろうとしているのだが、お母様は“それに気付いていない”。

 

お母様は、単に“娘が自分の跡を継いでくれる筈”と、()()()()思っているに過ぎない…“流派のやり方や考え方”も含めて。

 

でもそれは、“娘を「自分の分身かコピー」としか認識していない”と言う点に、先輩のお母様は気付いていない…厳しい言い方だけれども「子離れしていない」のだ。

 

 

 

だが、五十鈴先輩のお母様は、未だ“娘の決意の()()”を理解していないし、“娘と自分の間にある擦れ違い”にも気付いていない。

 

だから、先輩の決意を聞くと、お母様は悲し気に「あっ…ああっ」と呻いてから、倒れ込んでしまった。

 

 

 

「お母様!?」

 

 

 

「素直で優しい貴女は何処へ行ってしまったの?」

 

 

 

倒れ込んだお母様を心配して近付いた五十鈴先輩に対して、お母様は娘が変わってしまったと言わんばかりに、娘が差し伸べる手を拒絶する。

 

 

 

「あっ!?」

 

 

 

「これも戦車道のせいなの!?」

 

 

 

母親から拒絶されて衝撃を受けた五十鈴先輩を余所に、感情的になってしまった先輩のお母様は娘の決意に向かい合うのではなく、戦車道へその感情をぶつけてしまった。

 

 

 

「戦車なんて、野蛮で不格好で五月蠅いだけじゃない…戦車なんて、皆鉄屑になってしまえばいいんだわ!」

 

 

 

その瞬間、秋山先輩が殺気を帯びた表情で「鉄屑!?」と口走ったので、慌てた私は小声で『秋山先輩、落ち着いて下さい!』と諫めなければならなかったが…その時、五十鈴先輩とお母様の話し合いもクライマックスを迎えていた。

 

襖の奥から、五十鈴先輩の声が小さいながらもはっきり聞こえて来る。

 

姿は見えないが、その声からは毅然とした態度で母親に語り掛けているであろう先輩の姿が容易に想像出来た。

 

 

 

「御免なさい、お母様…でも私、戦車道は辞めません」

 

 

 

同時に、先輩のお母様と新三郎さんが息を呑む声まで聞こえて来た…そして。

 

 

 

「分かりました…だったらもう、ウチの敷居は跨がないで頂戴!」

 

 

 

遂に母娘の対話は、母による娘への“勘当”と言う取り返しの付かない結末を迎えてしまった……

 

 

 

「奥様、それは!?」

 

 

 

「新三郎はお黙り!」

 

 

 

その結末の重大さに気付いた新三郎さんが、五十鈴先輩のお母様へ諫める様に話し掛けるが、既に感情的になってしまっているお母様には伝わらなかった。

 

新三郎さんもその事に気付いたのか「あっ……」と声を出したまま、身動きもできない。

 

 

 

「失礼します」

 

 

 

五十鈴先輩の声が静かに聞こえる中、私は胸を詰まらせる。

 

 

 

『ああ……』

 

 

 

やっぱり、こうなってしまった。

 

自分自身、母との諍いの経験があるから、こんな事になるのではと想像していたが、今更ながら、新三郎さんが先輩を諫めた時に同じ事を言わなければ良かったと、私は後悔する…ところが、その時。

 

私達が聞き耳を立てていた部屋の襖を強引に開けて、怒鳴り込んで来た少女がいた。

 

 

 

「百合伯母さん!」

 

 

 

先程まで、私達と一緒に聞き耳を立てていた、五十鈴先輩の従妹の華恋ちゃんである。

 

 

 

「ちょっと、華恋!?」

 

 

 

「「ああっ!?」」

 

 

 

「華恋ちゃん、貴女まだ居たの!?」

 

 

 

突然怒鳴り始めた華恋ちゃんの姿を見て驚く、同級生の詩織ちゃんと武部・秋山両先輩、そして五十鈴先輩のお母様…それは兎も角、これで漸く五十鈴先輩のお母様の名前が「百合」であると分かった。

 

一方、華恋ちゃんは怒りが収まらない様子だ。

 

 

 

「まだ居たわ、じゃないわよ伯母さん…華姉ぇを勘当するつもり!?」

 

 

 

先程までの会話を聞いていた華恋ちゃんは、従姉を勘当した百合さんを激しく非難する。

 

だが百合さんは、厳しい表情ながらも落ち着いた声で華恋ちゃんを諭そうとした。

 

 

 

「華恋ちゃん、これは私達“親子の問題”なのよ」

 

 

 

確かに、常識で考えれば百合さんの説諭は正しいだろう。

 

例え親族でも親子同士の口論に口を挟むのは、良くないだろう…だが、従姉が勘当された事で頭に血が昇っている華恋ちゃんにとって、その言葉は“火に油を注ぐ”様なものだった。

 

 

 

「伯母さん、分かってない!華姉ぇは、“自分の華道に欠けている物を求める”為に戦車道を修めると決めたんだよ。伯母さんは、華姉ぇに“自分の理想を()()()()()()()()()()だけ”じゃないの!?」

 

 

 

「華恋ちゃん!」

 

 

 

姪の言葉が正鵠を射ていたせいか、百合さんがそれを無理に否定するかの様に怒鳴る。

 

 

 

「!」

 

 

 

「例え従妹でも、親子同士の問題には口を挟んではいけないのよ。分かるかしら?」

 

 

 

怒鳴られて一瞬、脅える表情をした姪に対して百合さんは、正論を持って諭した…ところが。

 

その直後に華恋ちゃんは、伯母である百合さんに向かって、“斜め上の宣言”をしたのだ。

 

 

 

「ああそうですか…じゃあ、私も此処の敷居は跨ぎませんから!」

 

 

 

「えっ…ええっ!?」

 

 

 

次の瞬間、姪()()“勘当”を言い渡される形になった百合さんは、それが想定外だったのか、それとも実の娘と同じ位に華恋ちゃんを可愛がっているからなのかは分からなかったが、その場で目を回して、再び倒れ込んでしまった。

 

 

 

「奥様!」

 

 

 

「「「あわわ……」」」

 

 

 

またしても倒れてしまった百合さんを介抱する新三郎さんと、その様子を目の当たりにした武部先輩と秋山先輩に詩織ちゃんが心配そうに部屋の様子を眺めている中、私達の目の前では、驚いた表情で先程までの母親と従妹の口論を見詰めていた五十鈴先輩が、華恋ちゃんと向かい合いながら会話を始めていた。

 

 

 

「華恋……」

 

 

 

「御免ね、華姉ぇ…でも百合伯母さん、華姉ぇが“自分の華道の為に戦車道を修める”と決意したのに()()()していたから、ついお灸を据えたくなっちゃった」

 

 

 

五十鈴先輩が先程の百合さんと同じ様に華恋ちゃんを諭そうとするかの様な表情で声を掛けると、華恋ちゃんは頭を下げて謝罪した後、伯母さんに“勘当”を言い渡した理由を告げた。

 

そして、一旦言葉を区切った後、五十鈴先輩に向かって語り続ける。

 

 

 

「だって、華姉ぇは華姉ぇだもの。“誰かのコピー”でも無ければ“操り人形”でもない、()()()()()だもの…百合伯母さんは、“そこが分かっていない”んだよ。“只の五十鈴流の後継者”としてしか見ていないもん!」

 

 

 

「!」

 

 

 

その瞬間、ハッと表情を変える五十鈴先輩。

 

同時に、その後ろでは新三郎さんに介抱されていた百合さんが一瞬、苦い表情をしているのを私は見逃さなかった…遅過ぎたとは言え、漸く娘や姪が“自分の言う事を聞かなくなった()()”に思い当たったのだろうか?

 

それは兎も角、五十鈴先輩の表情の変化を見た華恋ちゃんは、目に涙を溜めながら敢えて明るい口調で従姉に向かって語り続ける。

 

 

 

「だから華姉ぇ、いつか百合伯母さんや私にも見せてね…華姉ぇが目指す力強くて美しい花を。華姉ぇならきっと、そんな花を活ける事が出来ると信じてるから」

 

 

 

「華恋ちゃん……」

 

 

 

従妹から励まされた五十鈴先輩が、これまで固かった表情を和らげていると華恋ちゃんが元気な声で、この場にいた私達に向かってこう宣言した。

 

 

 

「だから私…華姉ぇや西住さん、それに原園先輩達の戦車道を応援するね!」

 

 

 

その宣言に詩織ちゃんも呼応して、華恋ちゃんの手を握ってから「華恋、私もお姉ちゃん達を応援する、一緒に応援しよう!」と語り掛けると華恋ちゃんも「うん!」と頷いて、詩織ちゃんと喜び合った。

 

そんな従妹とその友人の姿を見た五十鈴先輩は、感極まった表情を浮かべると一言、華恋ちゃんへ御礼を言った。

 

 

 

 

 

「ありがとう、華恋」

 

 

 

 

 

再び倒れ込んでしまっていた百合さんだったが、幸いな事に今度は、直ぐ落ち着きを取り戻すと、新三郎さんに「彼女達を送ってあげなさい」と指示した。

 

流石に娘への勘当を取り下げる事はしなかったが、その表情は華恋ちゃんの訴えを聞いてから、ずっと苦いままだった…やはり、娘を勘当した事を後悔しているのだろうか?

 

こうして私達は、新三郎さんと相談して帰りの車の手配をした後、暫く休んでからお屋敷の玄関に集まった。

 

 

 

「じゃあ、皆で帰りましょうか?」

 

 

 

「でも……」

 

 

 

皆が集まったのを確かめた五十鈴先輩が呼び掛けると、西住先輩が心配そうな表情で問い掛けたが、五十鈴先輩は落ち着いた表情で答える。

 

 

 

「私は大丈夫…華恋に背中を押して貰えたから」

 

 

 

そして、一度言葉を区切ると、穏やかな口調で自らの考えを語ってくれた。

 

 

 

「何時か、“お母様を納得させられる様な花を活ける事”が出来れば、きっと分かって貰える」

 

 

 

「あっ!?」

 

 

 

五十鈴先輩からの答えを聞いた西住先輩は、驚きながら目を見開いて五十鈴先輩を見詰めていると、同じく話を聞いていた新三郎さんと華恋ちゃんが、目に涙を溜めながらもそれぞれ声を掛けて来る。

 

 

 

「お嬢!」

 

 

 

「華姉ぇ!」

 

 

 

その声を背中越しに聞いていた五十鈴先輩は、静かにこう述べた。

 

 

 

「新三郎、そして華恋…笑いなさい。これは、新しい門出なんだから…私、頑張るわ」

 

 

 

「はいっ!」

 

 

 

「うんっ!」

 

 

 

すると、その背中を見詰めていた新三郎さんが、まるで昭和のヤクザ映画の登場人物みたいに正座して男泣きしながら答え、華恋ちゃんは涙を堪えながら返事をした…でも、二人共母親から勘当された五十鈴先輩を思って悲しそうだったけれど。

 

すると……

 

 

 

「五十鈴さん」

 

 

 

「はい?」

 

 

 

西住先輩が五十鈴先輩に話し掛けて来たので、五十鈴先輩が問い掛けると西住先輩は素直な表情ではっきりとこう答えた。

 

 

 

「私も…頑張る」

 

 

 

そんな西住先輩を見て、五十鈴先輩が微笑んだ瞬間。

 

私も静かな声で、先輩達に向かってこう宣言していた。

 

 

 

『五十鈴先輩、西住先輩…それに皆さん、私も頑張ります。私、此処にいない娘達も含めて、“()()()()()戦車道がやりたい”です』

 

 

 

“戦車道がやりたい”…それは、お父さんが亡くなる直前の夏、土浦駐屯地で初めて両親に告げて以来、人生で2度目の宣言だった。

 

すると…五十鈴先輩や西住先輩達も皆、一緒に微笑んでくれた。

 

 

 

(第28話、終わり)

 

 

*1
冒頭でも書かれているが、公式設定では五十鈴 華の出身地は茨城県水戸市なので、五十鈴家の実家も水戸市にある可能性が高い。因みにGoogle Map検索によると、大洗町から水戸市までは車で約22~23分程掛かる。





ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
第28話をお送りしました。

今回は華さんメインの話でしたが、原作とは異なり、母親である百合さんから勘当された華さんの前に、従妹である華恋ちゃんが味方として登場。
百合さんに向かって強烈な啖呵を切って“勘当返し”をした結果、百合さんは倒れ込んでしまいました(苦笑)。
実を言うと、このシーンは原作アニメ版を見ている過程で、華さんと百合さんの対立に関して自分なりの考えを纏めていた時「華さんに味方がいた方が良いよね」と考えて作ったシーンです。
因みに、原作での華さんと百合さんの対立に関する自分の考えは、今回の嵐ちゃんと華恋ちゃんの台詞で表現しておりますので、気になった方はもう一度ご覧頂けますと幸いです。

そして、今回の大ネタは“ご当地アイドル・磯前 那珂ちゃん”…分かる人には分かるよね!(断言)
ガルパン劇場版にも、大洗磯前神社にある“軍艦那珂忠魂碑”がちょっとだけ登場していたし、某サメさんチームのリーダーと那珂ちゃんの中の人は同一人物だから、これ位やってもいいよね!(錯乱)

と言う訳で、親善試合篇は次回で終わりますが、次回学園艦へ帰って来た嵐ちゃん達の前に“ある物”が…そして、親善試合後の話も少し有りますので、ご期待下さい。

それでは、次回をお楽しみに。



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第29話「全国大会、間近です!!」


この度の台風19号で亡くなられた方のご冥福をお祈りすると共に、ご遺族の皆様に謹んでお悔やみを申し上げます。
また、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
(令和元年10月20日)

今回で、聖グロとの親善試合篇が終わり、物語は全国大会へ進んで行きます。
尚、今回はガルパンならではの「登場人物が超人的な身体能力を発揮する場面」がありますが、ツッコまずに読み流して下さい(苦笑)。
それでは、どうぞ。



 

 

 

此処は、大洗町内の()()()道路上。

 

既に日も暮れて、学園艦に集合する時間が迫っている中、私達は五十鈴先輩のお屋敷から、学園艦へ急いでいるのだが……

 

 

 

「うっ…何時迄も待っています、お嬢様~!」

 

 

 

私達が乗っている車の前を行く人力車から、新三郎さんが泣きながら“主人の娘”であり、先程主人である五十鈴 百合から“勘当”された五十鈴 華先輩を案じる声が聞こえて来る。

 

しかし…その声を聞いた萩原 菫が呆れた表情で、私に話し掛けて来た。

 

 

 

「嵐ちゃん…()()()車の制限時速40キロで、人力車を走らせているよ?

 

 

 

『気にしない…それよりも、運転に集中して』

 

 

 

新三郎さんの人並外れた()()に驚いている菫の姿を見て、思わず余所見をしない様に注意する私。

 

実は…私と中学生の華恋ちゃんと詩織ちゃんの3人は、私がスマホで学園艦から呼び出した菫の運転する白いインプレッサWRX STI spec Cに乗って、新三郎さんが西住先輩達4人を乗せて牽いている人力車を後方から追い掛けているのだが…何と、4人乗りの人力車を牽いている新三郎さんが車道の真ん中を走っているにも関わらず、“この道路の()()()()()()のスピード”で走っているので、それを自分の車のスピードメーターで確認した菫が呆れているのであった。

 

因みに、五十鈴先輩のお屋敷で帰りの車の相談をした時、新三郎さんは「皆さんを人力車でお連れしますよ」()()()私に話し掛けて来たのだが、私は『それは、幾ら何でも無謀だと思います』と告げて断り、今日愛車が届いたばかりの菫へ迎えに来てもらう様、スマホで連絡したのである。

 

 

 

「と言うか、あの人イケメンなのに、残念な所は…北海道の人気劇団ユニットに居る“ミスター残念”みたいだね?」

 

 

 

私から注意されたにも関わらず、今度は新三郎さんが“北海道出身の某ローカルタレント”に似ていると発言する菫。

 

その言葉を聞いて、詩織ちゃんも「お姉ちゃんも同じ事を言ってそう……」と呟く。

 

実はこの時、西住先輩達と一緒に、新三郎さんが牽く人力車に乗っていた武部先輩も「顔は良いんだけどなぁ……」と、初対面の際、胸をときめかせていた時の印象とはギャップのある新三郎さんの性格に触れて、思わず落胆したと、後日本人から直接聞かされたのだが…それは兎も角、私は菫の発言を聞いて、“ちょっとした皮肉”を呟いた。

 

 

 

『菫…それ、北海道のローカルTV局がやっている“グルメ番組”の見過ぎよ?』

 

 

 

すると、私の皮肉を聞いた華恋ちゃんが、こんな問い掛けをして来る。

 

 

 

「えっ、それ“おにぎり何とか”って奴?」

 

 

 

次の瞬間、私は“此処にも()()()()のファンがいたのか”と思いつつ、天ならぬインプレッサWRXの天井を仰ぎながら、こう答えた。

 

 

 

『聞かぬが華よ……』

 

 

 

 

 

 

五十鈴先輩のお屋敷からの道程は意外に遠く、集合時間に若干遅刻してしまったが、私達は学園艦の出港直前に、何とか学園艦が停泊する大洗港の岸壁に到着する事が出来た。

 

 

 

「遅い!」

 

 

 

其処には、冷泉先輩が左足を係船柱に掛けていると言う、まるで昭和の大スター(石〇裕〇郎)みたいな姿で待っており、私達が来たのを見て、不機嫌そうにツッこんで来た。

 

 

 

「夜は元気なんだから~!」

 

 

 

武部先輩が、幼馴染の冷泉先輩にツッコミを返す中、西住先輩と私達は、新三郎さんが牽いて来た人力車と菫の愛車であるインプレッサWRXから降りると、急いでラッタルを上って、学園艦へ乗り込む。

 

そして、菫は愛車に乗ったまま、学園艦に備え付けられているランプウェイから車ごと乗り込んで行く。

 

そんな中、ラッタルから学園艦の乗降口に乗り込むと、乗艦者の記録を取りながら私達を待ち受けていた風紀委員長の園 みどり子先輩から、お小言を言われてしまった。

 

 

 

「出港ギリギリよ?」

 

 

 

先頭の西住先輩が急ぎ足で進みながら「済みません」と謝って行く中、冷泉先輩も謝っていたのだが…そこで、園先輩へ一言。

 

 

 

「済まんな、ソド子」

 

 

 

ソド子?

 

何、その渾名…って、まさか?

 

“「ソドムとゴモラ」と園先輩の苗字を引っ掛けたのでは?”と思っていると、案の定、園先輩が冷泉先輩に向かって、怒りの声を上げた。

 

 

 

「その名前で、呼ばないで!」

 

 

 

想像が当たり、“あ~やっぱりね”と思いつつ、私も『遅くなって、済みませんでした』と園先輩に謝りながら、皆と一緒に学園艦の甲板まで上がると…西住先輩達が立ち止まっており、その前には梓達Dチームの1年生6人が並んでいる。

 

そして、Dチームの戦車長である梓が済まなそうな表情で、話し掛けて来た。

 

 

 

「西住隊長」

 

 

 

梓に呼ばれて、思わず「えっ?」と、小声を上げて当惑する西住先輩の後ろ姿と、梓の表情を眺めながら、私も『?』と小首を傾げた、その時。

 

梓はハッキリした口調で、今日の親善試合で、“チームが犯した失態”について謝罪した。

 

 

 

「戦車を放り出して逃げたりして、済みませんでした!」

 

 

 

「「「「「済みませんでした!」」」」」

 

 

 

梓以外のメンバーも先輩達に向かって謝罪する中、皆が其々に今の気持ちを語り出した。

 

 

 

「先輩達、カッコ良かったです!」

 

 

 

「直ぐ負けちゃうと思ってたのに……」

 

 

 

「私達も次は、頑張ります!」

 

 

 

「絶対頑張ります!」

 

 

 

あゆみを皮切りに優季、あや、桂利奈ちゃんの順で、其々の言葉を先輩達に伝える姿を見て、微笑む西住先輩…あっ、紗希も喋ってはいないけれども、済まなそうな顔をして謝っていましたので、念の為。

 

その様子を見た私も、思わず笑みを浮かべそうになったのだが…その時、今日の“ある出来事”を思い出した私は、敢えて表情を引き締める。

 

そして、このタイミングで梓達に向かって、話を切り出した。

 

 

 

『ねえ…梓達、一寸いいかな?』

 

 

 

「「「「?」」」」

 

 

 

今日の敵前逃亡の件を西住先輩に許してもらえたと思って、ホッとしていた梓達は、真面目な顔で話し掛けて来た私を見て、思わず不安な表情になる。

 

 

 

『実を言うと、私ね…皆に、“()()()()だけ”謝って欲しい事があるのだけど?』

 

 

 

「「「「えっ!?」」」」

 

 

 

「嵐…私達が戦車から逃げた事じゃなくて?」

 

 

 

親友である私から“謝って欲しい事がある”と言われて、一斉に脅える梓達。

 

特に梓は、敵前逃亡の件を私が許していないと思って、問い掛けているが…私はそこで、笑顔を見せると、梓の不安を打ち消す様に説明した。

 

 

 

『ああ…私、その事については別に怒っていないよ。戦車に乗っていても、今日みたいに四方八方から撃たれると、例え撃破されなくても大の男でさえ、ビビッて逃げ出す位なんだから』

 

 

 

すると、あゆみが「じゃあ、何の事で謝って欲しいの?」と質問して来た。

 

そこで私は、ここぞとばかりに悲しいと言うか、“友人に裏切られた”と言わんばかりに、泣きそうな顔になると、涙を拭いながら“謝って欲しい事”の内容を告白した。

 

 

 

『だって…梓達、今日の試合の罰ゲームだった“あんこう踊り”からも逃げたよね…私、皆も一緒に踊ってくれると、信じていたのに!』

 

 

 

「「「「「そ…そっちかぁ!?」」」」」

 

 

 

次の瞬間、“私が謝って欲しい事”の中身を知った梓達は、一斉に私に向かってツッコんだ。

 

一方、その様子を見た西住先輩達も唖然としている。

 

そんな中、私は涙を拭くと梓達に向けて、微笑みながらこう話した。

 

 

 

『そうだよ。だって私、梓達が敵前逃亡した事よりも“そっち”の方が、ずっとショックだったんだから!』

 

 

 

そう…実際、私にとっては試合後の罰ゲームで梓達が“あんこう踊り”を一緒に踊ってくれなかった事の方がショックだったのだ。

 

一緒に戦車道をやる仲間なのに…何故、私や西住先輩達だけがあんな恥ずかしい踊りをやるのか、と。

 

その気持ちに気付いた梓が再び、済まなそうな表情で私に謝る。

 

 

 

「気付かなくて御免…嵐達にだけ恥ずかしい思いをさせて、本当に御免ね」

 

 

 

「「「「「本当に御免なさい」」」」」

 

 

 

梓に続いて、あゆみ達も一緒に謝ってくれたのを見た私は、今日一番の笑顔で梓達にこう伝えた。

 

 

 

『と言う訳で、次に踊る機会があったら、その時は罰ゲーム関係無しで、一緒に踊ってね♪』

 

 

 

「「「「「うん!」」」」」

 

 

 

すると、元気良く返事をしてくれた梓達だけではなく、西住先輩も微笑んでいたので、私は凄く嬉しかった。

 

そこへ角谷会長達生徒会トリオが、愛車を学園艦内の駐車場に停めてから、此処まで戻って来た菫や、先に学園艦へ戻っていた瑞希や舞に良恵ちゃんと一緒にやって来ると、会長が皆にこう告げた。

 

 

 

「これからは、作戦は西住ちゃんに任せるよ」

 

 

 

その通告を聞いた河嶋先輩は「えっ!?」と驚いているが…先輩、私達への味方撃ち(フレンドリーファイア)の件を除いても、今日の試合の“戦犯”は、“()()()()()()()()を蔑ろにした”貴女ですよ?

 

それを分かっているのかなぁ…と、私は考えながら河嶋先輩を睨んでいると、会長が今度は、西住先輩に話し掛けて来た。

 

 

 

「で、これ」

 

 

 

同時に、小山先輩が小さめのバスケットを持って来ると、西住先輩達の前で蓋を開けた。

 

バスケットの中身は、丁寧に梱包された5人分のティーセットだ。

 

そこには、表に「to friend」と書かれた1枚の小さな手紙が一緒に挟んであった。

 

 

 

「今日は有難う。

 

 貴女のお姉様との試合より面白かったわ。

 

 また公式戦で戦いましょう。

 

 ダージリン」

 

 

 

西住先輩達の前で、ダージリンさんからの手紙を読んでいた武部先輩の声を聞いた私は、西住先輩達に贈られたティーセットの“正体”に気付いて、驚きの声を上げた。

 

 

 

『これは…聖グロの戦車道チームメンバーが、御茶会で使っているティーセット!?』

 

 

 

その声を聞いた秋山先輩が私に向かって頷くと、嬉しそうな声でこう付け加える。

 

 

 

「凄いです、聖グロリアーナは()()()と認めた相手にしか紅茶を贈らないとか!」

 

 

 

それを聞いた武部先輩は「そうなんだー」と神妙な表情で返事をしたが、その姿を見た瑞希は小刻みに体を震わせながら、皆へ“贈り物の価値”を説明した。

 

 

 

「『そうなんだー』処じゃないです!私が知る限りでも1年に1つ出るかどうか位の数しか贈られない物なのです…それ位、凄い贈り物なのですよ!?」

 

 

 

そんな瑞希の話を聞いて、菫と舞も体を震わせながら、“ブンブン”と何度も頭を縦に振っている。

 

それを知ってか知らずか、秋山先輩は笑顔で「“昨日の敵は、今日の友”ですね♪」と皆に向かって話し掛けていたが…次の瞬間、会長が何かを思い出した様な表情で私達に向けて、こんな事を言い出した。

 

 

 

「あっ、忘れてた。実はね…小山、持って来て」

 

 

 

すると、小山先輩がバスケットをもう一つ持って来て、私達に向けて衝撃的な一言を告げる。

 

 

 

「実はね、原園さん達の分のティーセットもあるのよ♪」

 

 

 

「「「「『えっ!?』」」」」

 

 

 

その言葉を聞いた私達、Fチームの5人は驚きの余り、絶句してしまった。

 

戦車道を始めたばかりの良恵ちゃんも秋山先輩の話を聞いて、ダージリンさんからティーセットを贈られる意味を何となく理解出来ているらしい。

 

そして、小山先輩が持って来たバスケットの中には、西住先輩達に贈られた物とは少しデザインが異なるものの、5人分のティーセットと1枚の手紙が入っており、手紙にはこう書かれてあった。

 

 

 

「今日は有難う。

 

 隊長のみほさんを守った貴女達こそ、“大洗の騎士”に相応しいわ。

 

 また公式戦で戦いましょう。

 

 ダージリン」

 

 

 

その手紙を読んだ瑞希は、嬉しさよりもショックの余り目を回しながら、喋り出した。

 

 

 

「あわわ…私達、ダージリンさんに“目を付けられちゃった”わ、どうしよう!?」

 

 

 

「凄いよ…私達入学したばかりなのに、西住先輩達と一緒に“高校生全国トップクラスの戦車乗り”だって、認められちゃった!?」

 

 

 

「私達、聖グロの隊長さんから褒められちゃった…胸がドキドキしちゃうよ!?」

 

 

 

瑞希に続いて菫と舞の順で、其々が高校進学早々に現役の聖グロ戦車道チーム隊長からティーセットを贈られてしまった事について、感激の余り声を震わせていると、私達Fチームの中で、唯一の戦車道初心者である良恵ちゃんが心配そうな声で、「そ、そんなに凄い事なの?」と質問して来た。

 

それに対してようやく、落ち着きを取り戻した瑞希が答える。

 

 

 

「そりゃ、もう…このティーセット、実は英国王室御用達で知られる工房の製品だから、1セット20万円以上はするのよ」

 

 

 

回答を聞いて「ええっ!?」と良恵ちゃんが驚いていると、瑞希が続けてこう説明する。

 

 

 

「そして何より、聖グロの隊長さんからティーセットを贈られたって“名誉”の方が凄いのよ…これは、公式戦負けられないわね!」

 

 

 

すると、作戦参謀を解任されたショックから立ち直った河嶋先輩が皆に向かって「ああ…公式戦は、勝たないとな!」とハッパを掛けると、西住先輩も元気良く「はいっ、次は勝ちたいです!」と答えてくれた。

 

すると、武部先輩が不思議そうな声で、会長に向かって「公式戦?」と質問したので、秋山先輩が武部先輩に向けて、こう答えた。

 

 

 

「戦車道の…全国大会です!」

 

 

 

そう…あと半月程で、『第63回戦車道全国高校生大会』の組み合わせ抽選会が開催されるのだ。

 

その事に気付いて、思わず緊張する私。

 

だが、その時だった。

 

 

 

「あーっ、その事なんだけどねー♪」

 

 

 

角谷会長がニヤニヤ笑いながら、武部先輩と秋山先輩の会話に口を挟むと、こんな事を話し始めた。

 

 

 

「実はね…今日の試合は、長門さんの実家の周防石油グループが費用を全額出してくれたので、本来この試合の為にウチが用意していた予算が丸々残ったんだ。そこでね…♪」

 

 

 

そこで会長は、小山先輩へ向けてウインクをすると、小山先輩がこう説明した。

 

 

 

「全国大会の前に、もう1試合、練習試合を組める余裕が出来たの」

 

 

 

「「「「『本当ですか!?』」」」」

 

 

 

その話を聞いて、一斉に問い掛ける私達。

 

すると会長は、何故か苦笑いを浮かべながらも私達の疑問に答えてくれた。

 

 

 

「今更、嘘吐かないって…只、大会が間近だから、相手が見付かるかどうか分からないけれど、出来るだけ早い内に相手を見付けるつもりだから、そこの所、宜しくね♪」

 

 

 

そして、小山先輩が笑顔で話を締め括る。

 

 

 

「相手が決まり次第連絡するから、明日から早速、練習と次の試合の準備をお願いね」

 

 

 

「「「『はいっ!』」」」

 

 

 

今日の聖グロとの試合では、自分達の練習不足やケアレスミスが原因で敗れただけに、大会前にもう1度練習試合が出来る事を知って、皆喜びながら、明日からの練習に真剣に向き合おうと決意を固めるのだった。

 

 

 

 

 

 

そして、翌朝の戦車道の授業。

 

仲間達全員が戦車格納庫前で整列している中、毎週月・水・金曜日限定でコーチ役を勤める鷹代さんが、皆の前で昨日の試合の教訓を話していた。

 

但し…この授業には私の母も来ていたのだけど、授業の冒頭で鷹代さんが「明美が親善試合の罰ゲームとして、皆で踊った“あんこう踊り”の模様を動画撮影した上、自身が持っている動画サイトのアカウントへ投稿して、()()()に公開した」と言う“母の悪事”を暴露した為、西住先輩がその場で「ふぇぇ!」と叫んで目を回してしまい、武部先輩は「そんな…もうお嫁に行けないよ!」と絶叫した直後に、失神してしまった。

 

それを見て、激怒した私と仲間達が逃げ出した母を追って、校内を走り回ると言う“アクシデント”があったのだけど。

 

しかも、鷹代さんの話によると「生徒会は“母の悪事”を事前に知らされていたが、母から口止めされていた」とか、「母が全世界に“あんこう踊り”の模様を公開した目的は『動画サイトからのアフィリエイト収入で、大洗女子戦車道チームの経費の一部を賄う為』であり、それが生徒会に口止めをした理由でもある」とか…何時もの事ながら、母のやる事はエグ過ぎる。

 

更に、「もしも親善試合で私達が勝っていたら、ダージリンさん達聖グロの代表が罰ゲームとして“あんこう踊り”を、あのタイツ姿で踊る筈だった」だなんて!

 

ウチの母は、一体何を考えて生きているのか…いや、それは兎も角。

 

母を巡る騒動が終わった後で始まった鷹代さんの説明が、“昨日の試合の戦訓”で()()()()()()()に差し掛かって来た。

 

 

 

「さて、皆。昨日の試合で、身に染みて分かっただろうね…自分達が乗る戦車を目立つ色に塗っているのは『撃って当てて下さい』って、周りに言い触らしているのと同じなんだよ」

 

 

 

「「「「「はい」」」」」

 

 

 

口調こそ、落ち着いていて優し気だが、昨日の試合の敗因を的確に指摘する鷹代さんからの説明に対して、これ迄は遊び半分の気持ちだったチームの仲間達も全員、真剣な表情を浮かべながら、大きな声で返事をしている。

 

その姿を見た鷹代さんは、小さく頷くと鋭い声で、最初の指示を出した。

 

 

 

「折角、皆がやる気になっても肝心の戦車がこの有様じゃあ、どんなに練習しても絶対に勝てない…だから今日は、まず皆の乗る戦車の塗装を元に戻すよ!」

 

 

 

「「「「「はいっ!」」」」」

 

 

 

指示を受けたチームの皆は、まるで陸自時代の鷹代さんの部下の様に一斉に返事をすると、自分達が乗る戦車のデコレーションを落として、元の塗装に戻す作業を始めた。

 

あの聖グロとの試合に敗れた事が、皆に「勝ちたい」と思う気持ちを生じさせ、真剣に戦車道へ向き合う決意を固めさせたのだ。

 

そんな中、鷹代さんの所へ梓がやって来て、ある提案を始めた。

 

 

 

「あの…鷹代さん。提案があるのですが、やっぱりチーム毎に誰の戦車か分からないと困るので、車体にマークを付けようと考えて、幾つか案を描いたのですが、駄目でしょうか?」

 

 

 

「パーソナルマークか…どれ、出来上がっているのなら、見せてみなさい」

 

 

 

梓から出されたマークの案を見た鷹代さんは、表情を和らげるとこう答えた。

 

 

 

「ふむ。確かに、これはチーム毎の識別の役に立つし、これ位の大きさなら、私が勤めていた戦車部隊でも付けていたから、大丈夫だろう」

 

 

 

「有難う御座います!」

 

 

 

こうして、鷹代さんからの快諾を得た梓は、チームの皆で予め決めていたのか、愛車であるM3中戦車リーの車体色を元のオリーブドラブ(OD)色に戻した後、車体や37㎜砲塔にピンク色の兎のマークを塗り始めた…あれ?

 

 

 

『このピンク色の兎、両手に包丁を持ってかなりヤバい目をしているけれども…何処かで見た覚えが?』

 

 

 

思わず、そのマークを見た私が呟いていると、Dチームで37㎜()砲手を務める大野 あやが笑顔で、私に答えてくれた。

 

 

 

「ああ…それ、私がコレクションしているストラップの中から、選んだんだ♪」

 

 

 

『ああ、道理で見覚えがあった訳だ…で、その分だとチームの名前は?』

 

 

 

「うん、これから私達Dチームは『ウサギさんチーム』に変える事にしたよ♪」

 

 

 

『“ウサギさんチーム”…ああでも、これはこれで覚えやすそうだから、良い名前だね』

 

 

 

あやからの説明を聞いて、ファンシーなチーム名に戸惑いながらも納得する私に、あやは「良かった、嵐が気に入ってくれて……」と話すと、続けて、こんな伝言を告げた。

 

 

 

「そうだ、実は嵐達も含めて、“全部のチーム名とマークを今日中に決めて置いて”って、西住隊長が言っていたから、宜しくね」

 

 

 

『えっ、そうなの…分かった。今直ぐ、皆を集めて相談するね』

 

 

 

こんな調子で、その後、梓達Dチーム改め“ウサギさんチーム”以外の各チームも自分達の戦車を元の塗装に戻す作業に続いて、新たなチーム名とパーソナルマークを考える事になった。

 

その結果、各チームの新しいチーム名は、以下の様に決まった。

 

Aチーム(Ⅳ号戦車D型)は、大洗の特産品であるあんこうから、“あんこうチーム”。

 

Bチーム(八九式中戦車甲型)は、“アヒルさんチーム”。

 

Cチーム(三号突撃砲F型)は、“カバさんチーム”。

 

Dチーム(M3中戦車リー)は、先程説明した通り“ウサギさんチーム”に決定。

 

そして、Eチーム(38(t)軽戦車B/C型)は、“カメさんチーム”と名付けられて、其々のパーソナルマークも“チーム名に使われている動物”をモチーフとする事に決まったのだが…ここで、私達Fチームに“事件”が起きた。

 

チーム名とパーソナルマークを考案する為に集まったFチーム全員の前で、瑞希が何か案を考えていたらしく、真っ先に手を上げると、こんな提案をしたのだ。

 

 

 

「私達のチームは…鶏をパーソナルマークにして、“ニワトリさんチーム”と命名したいと思います!」

 

 

 

「「「『ニワトリ?』」」」

 

 

 

突然の提案に、提案者である瑞希の意図を読み取る事が出来ない私達は、一斉に疑問の声を上げたが…それを聞いた瑞希は、人の悪い笑みを浮かべながら、こう言い放ったのだ。

 

 

 

「その理由はね…嵐の()()が、鶏の()()にソックリだからよ♪」

 

 

 

その瞬間、私以外のチームメンバー3人は、瑞希の発言がツボにハマったのか、思わず「「「ぶっ!」」」と、噴き出しながら笑いを堪えていたが、幼稚園時代から、しばしばそう言われる事を気にしていた私は、瑞希を睨みながら、こう言い返した。

 

 

 

『ののっち…アンタ、今直ぐ表に出なさい!』

 

 

 

「あっ、嵐…怒った?」

 

 

 

私から睨まれているのに気付いて、思わず「てへぺろ♪」のポーズをする瑞希…当然、私は彼女に向かってこう宣言する!

 

 

 

『も・ち・ろ・ん・よ~!』

 

 

 

「アハハ!ゴメンね~♪」

 

 

 

私に怒鳴られた瞬間、笑いながら戦車格納庫から運動場へ逃げ出した瑞希を追って、私は『待てー!』と叫びながら、走り出した。

 

でも、瑞希を追い掛けていた私も、顔は()()()()()()()()()()()

 

何故なら…今までずっと、()()()()()()()戦車道をやって来て、相手の戦車を1輌でも多く撃破する事しか興味が無かった私にとって、こんな風に“心の底から、戦車道を楽しむ時間を過ごす”のは、初めての経験だったからだ。

 

だから、瑞希を追い掛け回した後、私は笑顔で「でも面白かったから、私も瑞希の言う通り“ニワトリさんチーム”でいいよ!」と返事をしたので、その様子を眺めていた菫や舞、良恵ちゃんも笑顔で同意してくれた。

 

結果、私達Fチームは…この時から“ニワトリさんチーム”がチーム名になり、パーソナルマークは、何処かのコンビニで売っている唐揚げのキャラクターみたいな鶏の絵に決まった。

 

 

 

 

 

 

そして…その週末の土曜日。

 

遂に待ちに待った、2度目の練習試合の日がやって来た。

 

その結果は……

 

 

 

「マジノ女学院全車行動不能…よって、大洗女子学園の勝利!」

 

 

 

この練習試合で、私達は山梨県の古豪・マジノ女学院を相手に“初勝利”を収める事が出来た。

 

マジノ女学院側は、隊長のエクレールさんや副隊長のフォンデュさん、それにルノーB1 Bis重戦車を駆るエース格のガレットさん以下、全員悔しそうな表情をしているが、これも試合…実際、此方も楽勝と言う訳では無かったけれど、何とか勝てたのは有難かった。

 

これで皆、自信を持って全国大会に臨めるといいな。

 

 

 

と言う訳で、これから数日後には、第63回戦車道高校生全国大会の組み合わせ抽選会が私達を待ち受けている。

 

 

 

(第29話、終わり)

 

 





此処まで読んで下さり、有難う御座います。
第29話をお送りしました。

さて今回ですが、色々とネタを仕込んでありますので、一寸説明しようと思います。

☆その1:新三郎さんの体力(笑)。
だって、ガルパンって「西住殿による驚異のジャンプ力+砲弾やパンチからの回避能力と喧嘩の強さ(笑)」「ごく短期間の筋トレで、トンデモないパワーを手に入れるアリクイさんチーム(爆笑)」「クソ重いティーガーⅡの転輪や履帯交換を迅速に実行できる黒森峰の皆さん(苦笑)」と言ったシーンで分かる様に、「登場人物が訓練次第で、超人的な身体能力を発揮出来る世界」な訳ですよ。
と、言う事は…新三郎さんも人力車を極めた事により、大洗から水戸までの約22~23kmの距離を、4人乗りの人力車で走破する事は不可能では無い!
…あくまで、ガルパン世界だからこそのジョークでありますが(爆死)。

☆その2:北海道のグルメ番組(爆)
これは、私の趣味です(迫真)。
と言うか、本作でもネタにしている「某“旅番組”で有名な北海道のローカルTV局」が放送しているグルメ番組が元ネタですね。
因みに今回、菫が新三郎さんの事を“ミスター残念”と言っていましたが、これもそのグルメ番組に登場する“豚一家”のメンバーである、北海道出身のタレントさんの“番組内での渾名”から拝借しています。

☆その3:梓達があんこう踊りから逃げた点。
これは、割と真面目な理由でして「梓達一年生チームは、試合に負けた罰ゲーム踊っていなかったのに、西住殿は何も言わなかった」事が気になったので、此処を嵐ちゃんにツッコんで貰う形にしました。
西住殿は優しい娘だから、罰ゲームから逃げた事については責めようとは思わなかったのでしょうが、此処は梓達の親友である嵐ちゃんに「怒る」のでは無く「一緒に踊って欲しかった!」と言うニュアンスで語ってもらって、結果として皆が更に仲良くなる方向に持って行こうと思いましたが、これで良かったかな?

☆その4:そして、今回最大の“ネタ”。
皆様済みません…練習試合のマジノ女学院戦を“出オチ”にしました!(苦笑)
当初は漫画版の「激闘!マジノ戦ですっ!!」から、アレンジする事も考えたのですが、そうなると執筆量が多くなる上、内容的にも才谷屋先生の漫画版を超えられないと判断した結果、TV版のアンツィオ高と同じ扱いに…でも後悔はしていない。
その代わり、対アンツィオ戦についてはガッツリやるつもりなので、ご期待下さい…あっ、もしかしてフォローになっていない!?(大汗)。

そして次回ですが、実はその前に、今回までの間に登場した、本作オリジナルキャラクターと嵐達が乗る戦車の設定を“プロローグ~戦車道大会直前版”と題して公開する予定で、現在執筆を進めていますが、少々手間取っています。
その為、次回は投稿が何時もより遅くなるかも知れませんので、どうかご了承下さい。
また、このキャラ&戦車の設定に関しては、公開日時が決まり次第、活動報告にて報告させて頂きますので、宜しくお願いします。

それでは、次回をお楽しみに。



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【特別編#1 オリジナルキャラクター&戦車設定:プロローグ~戦車道大会直前版】


今回は、プロローグから第29話までの間に登場したオリジナルキャラクターと、主人公である嵐が率いる“ニワトリさんチーム”(練習試合時はFチーム)が使う戦車の解説をします。
尚、解説の中には一部、第29話終了時点では言及されていない設定も含まれていますが、ネタバレは避けておりますので、安心してお読み下さい。



 

【ニワトリさんチーム・メンバー】

 

練習試合と聖グロとの親善試合時は“Fチーム”と呼称していた。

親善試合の翌日、大洗女子の各チームがチーム名とパーソナルマークを決める事になった際、砲手の野々坂 瑞希の提案で、チーム名が決まると同時に、パーソナルマークも「何処かのコンビニで売っている唐揚げのキャラクターみたいな鶏の絵」となった。

 

 

原園(はらぞの) (らん)

年齢:15歳

身長:166㎝

ポジション:戦車長

出身地:ドイツ連邦共和国・ニーダーザクセン州ハイデクライス郡ムンスター(現在の戸籍上の本籍は、群馬県利根郡みなかみ町)

外見のモデル:艦隊これくしょんの嵐

好きな戦車:M4A3E8“シャーマン・イージーエイト”

 

概要

本作の主人公。

性格は、漢っぽくて姉御肌。

どんな失敗や辛い事があっても、翌日には立ち直れる“ハートの強さ”が取り柄。

スポーツ万能で、大洗女子学園入学時には、バレー部から勧誘を受けていた。

尚、本人によると「喧嘩は母親以外の相手なら、男女問わず負け無し」との事。

容姿は、スレンダーな“モデル体型”で、同性から羨望の眼差しで見られているが、本人は「胸が小さい」と思っており、それがコンプレックスとなっている。

髪型は、燃える様な赤毛のセミロングだが、小さい頃から「鶏の鶏冠に似ている」と弄られており、非常に気にしている。

本人は黙っていても同性から“モテモテ”であり、「群馬みなかみタンカーズ」時代から、全国各地に熱狂的なファンが存在するものの、本人に百合の趣味は無い為、中学生時代のバレンタインデーには周囲から大量のチョコを貰って、処分に困っていた過去がある。

戦車道に於いては、自らが持つ“天性の才能”である“状況認識能力”と、母から戦車道の奥義を徹底的に仕込まれた事によって育まれた“ずば抜けた洞察力と決断力”を併せ持つ“天才的な戦車長”としての技量を誇るが……

 

略歴

1歳の時、両親が車輌整備工場を立ち上げるべく、それまでの仕事を辞めて独立した為、ドイツから母の故郷であるみなかみ町へ両親と共に移住する。

両親の工場に入って来る戦車を毎日眺めていた為、早い段階から戦車道に興味を持っていたが、明確に戦車道を志したのは、10年前の夏、両親と共にやって来た陸上自衛隊土浦駐屯地(茨城県)で、展示されていた1輌の戦車と出会った時の事である。

しかし、その年の秋に、父が戦車道で起きた事故により死亡した事と、その直後から母によって強引に戦車道を学ばされた上、その成果を実証する為に強襲戦車競技(タンカスロン)へ否応なく参戦させられた事から、戦車道と母に対して強い葛藤を抱いて来た。

その結果、小学3年生の春に母が創設した戦車道のクラブチーム「群馬みなかみタンカーズ」に入団後は、隊長の指示にも従わない“一匹狼”として試合に臨んでおり、味方が狙っている相手チームの戦車にまで手を出す程の獰猛な戦いぶりから、公式戦車道・強襲戦車競技を問わず、ライバル達から“みなかみの狂犬”の異名で、恐れられていた。

そんな彼女は、幼い頃から一緒に戦車道を学んで来た野々坂 瑞希や共にタンカスロンを戦って来た萩岡 菫、二階堂 舞等、極一部の親友以外の人々とは距離を置いていた。

そして、1年前。

第62回戦車道全国高校生大会・決勝戦での“事故”を現地で目の当たりにした後に起きた“ある出来事”が原因で、彼女は戦車道から決別する決意を固めると、渋る母に対して「今季のタンカスロンで“シーズン最多戦車撃破数記録”と言う“個人タイトル”の獲得」を条件に、戦車道からの引退を認めさせる。

その結果、このシーズンのタンカスロン最終戦で、タイトル獲得と同時に非公式ながら、タンカスロンでは史上最多の年間戦車撃破数記録を樹立。

戦車道引退と同時に高校進学を決めると、亡き父の故郷にある大洗女子学園へ入学する。

ところが、同学園の戦車道復活に伴い、1年先輩の西住 みほと共に経験者だった為、生徒会長の角谷 杏から戦車道の履修を強要されると2度に亘り拒否するが、2度目の拒否をした直後、今度はみほが戦車に乗る事を決意した為に断り切れなくなり、再度戦車に乗る羽目になる。

これは、前年の戦車道全国高校生大会・決勝戦で、チームの勝利よりも仲間の命を優先したみほの行動に心酔して、密かに彼女を慕っていた為であり、この事が、その後の彼女に大きな影響を与えて行く事になる。

因みに、家族は父親であった原園 直之の死後は、母親である明美だけである。

 

 

野々坂(ののさか) 瑞希(みずき)

年齢:15歳

ポジション:砲手

出身地:群馬県利根郡みなかみ町

外見のモデル:艦隊これくしょんの野分

好きな戦車:KV-1重戦車シリーズ

 

概要

嵐とは、幼稚園時代からの親友兼ライバルであり、殆ど口には出さないが、嵐の才能に対して、強いジェラシーを抱いている。

外見と性格は“男装の麗人”と言うのが相応しい印象で、嵐とほぼ同様のスレンダー体型だが、彼女も胸が小さい事を気にしている。

同性からの人気も嵐に優るとも劣らないが、本人は嵐とは対照的に“同い年か年下の娘が好み”で、小学校時代から何人もの同級生や下級生と付き合って来たが、これについて本人は「男嫌いと言う訳では無い」と語っている。

一方で、母から強要されて戦車道を修めていた嵐とは対照的に、物心付いた時から自らの意思と家族の暖かい応援の下で、戦車道の道へ進んだ求道心のある少女であり、一匹狼の嵐とは異なり、先輩後輩への気配りも出来る“良い子”でもある。

嵐と共に小学校入学を控えていた冬のある日、嵐の母である明美の前で「一度でいいから、嵐ちゃんの前を歩いてみたい」と宣言して以降、嵐と共に明美から戦車道の指導を受けて来たが、嵐が戦車道に対して強い葛藤を抱いて来た事も理解している。

嵐の母が設立した戦車道ユースクラブチーム「群馬みなかみタンカーズ」では、嵐と共に常にレギュラーで戦車長を張っていた他、砲手としての実力も全国トップレベルを誇り、東日本中の戦車道乙女達の間では“みなかみのバルタザール・ヴォル”と言う異名で恐れられていたが、みなかみタンカーズの仲間達からは、今でも“ののっち”の渾名で親しまれている。

そんな彼女だが、高校入試の際、嵐の母からの依頼と自身の「もう一度、嵐と一緒に戦車道をやりたい」との願いから、嵐には何も言わないまま密かに大洗女子学園の商業科へ入学していた。

因みに…彼女は「北海道の某ローカルTV局のマスコットキャラクターである『黄色い物体*1』」と「同局の“旅番組”を担当する『髭面で、番組内では、よく大声で笑うディレクター』」の大ファンである。

家族は、両親がみなかみ町在住で、原園 明美が経営している戦車道ショップ兼喫茶「みなかみ戦車堂」のスタッフとして働いており、父が模型コーナーの責任者、母は喫茶コーナーのパティシエを担当。

尚、父親(後述)はプロモデラーとして、月刊模型雑誌での仕事もしている。

 

 

萩岡(はぎおか) (すみれ)

年齢:15歳

ポジション:操縦手

出身地:群馬県利根郡みなかみ町

外見のモデル:艦隊これくしょんの萩風

好きな戦車:T-26軽戦車

 

概要

ニワトリさんチームのメンバー中、一番女の子らしい容姿と、どんな事でも努力を惜しまない性格の持ち主だが、実は小学生時代から、実家が持っている裏山(外部から完全に閉鎖された私有地)でダートラやジムカーナの練習を繰り返しており、女子高生なのに車の運転が得意と言う「美少女版・秋名のダウンヒルスペシャリスト」。

実家は、地元で主に全日本ラリー選手権へ参戦しているラリーチームを運営しており、週末は末娘の菫以外の家族総出で全国各地で開催されるラリーへ参戦する為、家族が“一人で寂しい思いをしない様に”と彼女へ薦めたのが、「群馬みなかみタンカーズ」で戦車道を修める事だった。

その為、彼女にとっては“自動車の運転と戦車道”が生活の基本になっている。

因みに、現在の愛車はスバル・インプレッサWRX STI spec C(2004年型で白色)だが、過去には実家のラリーチームが使い古したラリーカーで運転の練習を続けていた。

大洗女子学園へ進学後も学園艦内で自動車の運転をする為に、“学園生徒専用の免許証”を学園艦内の交付センター(学園の風紀委員会が管轄する組織)で取得している。

「群馬みなかみタンカーズ」に入団後、努力家としての性格が開花した結果、戦車の操縦で全国中学生トップの腕前になっただけでなく、レギュラーで戦車長を張る程の実力者となったが、高校進学時嵐の母からの依頼と本人の「嵐と一緒に戦車道を続けたい」との希望で、嵐には黙って大洗女子学園の情報科へ入学していた。

家族は、両親の他に社会人の姉と兄が1人ずついるが、実家には祖父母と叔父家族の三世帯が住んでおり、更に近所に住んでいる親戚も合わせるとその人数は20人近くになる。

しかも、一族全員がラリーチームの運営に関わっている、筋金入りの“モータースポーツ”好きである。

 

 

二階堂(にかいどう) (まい)

年齢:15歳

ポジション:装填手

出身地:群馬県高崎市(概要も参照)

外見のモデル:艦隊これくしょんの舞風

好きな戦車:Ⅱ号戦車L型“ルクス”

 

概要

小柄な体格と幼い容姿、そして甘えん坊な性格を併せ持つ“ロリっ娘”。

普段は、チームのムードメーカー的ポジションだが、日々のウェイトトレーニングを欠かさない力持ち。

更に、ストリートダンスの全国中学生大会に出場した程の運動神経と体幹の持ち主である事を活かして、ニワトリさんチームでは装填手を務める。

群馬県高崎市出身だが、戦車道を修めるべく小学3年生の春に、当時みなかみ町に創設された「群馬みなかみタンカーズ」の第1期生として入団した際、家族と共にみなかみ町へ引っ越して来た。

尚、当人は胸が“ほぼ無い”事から、「群馬みなかみタンカーズ」では同じく胸が小さい嵐や瑞希と一緒に、口さがない後輩から「みなかみヒンヌー同盟」なる渾名を付けられ冷やかされていた“黒歴史”がある。

しかし、みなかみタンカーズ時代の彼女も、最終的には戦車長まで務めていた実力者であり、戦車の乗員の全てのポジションをこなす事が出来る(これは舞だけでなく、嵐、瑞希、菫も同じである)。

そして高校進学時、嵐の母からの依頼と本人の「嵐ちゃんと一緒でないと戦車道が面白くない」との思いから、嵐には何も告げないまま大洗女子学園の普通Ⅱ科へ入学していた。

家族は、会社員で共働きの両親の他に、現在前橋市に住んでいる大学生の兄がいる。

因みに、彼女は中学卒業の時点で第3級アマチュア無線技士の免許を持っているが、これは戦車道では通信手として必須の資格である、と言うだけでなく、無線マニアである兄の影響によるもの。

 

 

長沢(ながさわ) 良恵(よしえ)

年齢:15歳

ポジション:副操縦手(車体機銃手)

出身地:茨城県大洗町

外見のモデル:艦隊これくしょんの長良(2015年浴衣mode)

好きな戦車:ルクレール

 

概要

実家は、主に稲作やメロン・サツマイモ等を栽培している農家で、大洗女子学園では農業科に通っている。

ニワトリさんチームで唯一、「群馬みなかみタンカーズ」の出身ではない為、高校進学まで戦車道の経験が無い。

全校生徒を集めたオリエンテーションでの戦車道履修者募集の際、戦車道に興味を持つが、内容がよく分からなかったので、最初は履修を希望しなかったものの、戦車道履修生達が戦車探しをしているのを偶然見掛けて再び興味が湧き、事情を生徒会に話した上で、全車対抗の実戦練習を見学。

そこで、みほと嵐による一騎打ちを見て感動し、戦車道履修を決意(この時、彼女の従妹である名取 佐智子も一緒に戦車道履修を決意している)。

丁度、乗員に1人空きがあった嵐達のチームに加入する。

性格は、基本的には大人しいが実は「鉄子」で、蒸気機関車やローカル線の鉄道車輌が大好き。

その為、鉄道に関する事になると興奮して、“パンツァーハイ”になった秋山 優花里の様に、前後の見境が付かなくなる。

因みに、家族は両親とロボットアニメの大ファンである兄がいる。

 

 

 

【ニワトリさんチーム以外の大洗女子学園関係者】

 

 

名取(なとり) 佐智子(さちこ)

年齢:15歳

所属チーム&ポジション:カメさんチーム・装填手

外見のモデル:艦隊これくしょんの名取(2015年浴衣mode)

出身地:茨城県大洗町

好きな戦車:T-90A

 

概要

実家は主に、野菜やイチゴ・スイカ等を栽培している農家で、大洗女子学園では農業科に通っている。

同学年の長沢 良恵は、母方の従姉(誕生日が佐智子よりも早い)に当たり、彼女とは家族ぐるみの付き合いがある。

戦車道を履修する事になった経緯は良恵と同じだが、彼女は乗員に1人空きがあった38(t)軽戦車を使うカメさんチームに加入した。

カメさんチームでの彼女の役割は、公式には「装填手」であるが、実際の役目は、戦車の中で干し芋を食べるだけで全く仕事をしない杏に、仕事をさせる為の“監視役”である。

更に彼女は、小山副会長の下で、戦車道関連の業務を管理するマネージャーも担当する為、カメさんチーム加入と同時に生徒会に入っており、生徒会では「戦車道担当・副会長補佐官」の肩書を持っている。

普段の性格は落ち着いているが、時折毒舌を吐く事があり、その事で良恵から注意される事もしばしば…例えば、聖グロリアーナ女学院戦車道チームとの親善試合でチームが敗北後、罰ゲームとして“あんこう踊り”をピンクのタイツ姿で、嬉しそうな表情で踊る生徒会長の角谷 杏の姿を見て、心の中で「この露出狂!」と叫んでいた。

 

 

 

※大洗女子学園・中等部3年生4人組

 

 

五十鈴(いすず) 華恋(かれん)

年齢:14歳

外見のモデル:艦隊これくしょんの五十鈴・改二

出身地:茨城県水戸市

好きな戦車:L6/40軽戦車

 

概要

あんこうチーム砲手・五十鈴 華の従妹で、父親が華の母親である百合の弟に当たる。

華恋には兄弟姉妹がいない為、幼い頃から従姉の華を「華姉ぇ」と呼んでずっと慕っており、戦車道を始めた華の事も応援している。

叔母の百合とも仲が良かったが、百合が自分に無断で戦車道を始めた華を勘当した際、怒りの余り百合を“勘当返し”した結果、彼女に大きなショックを与えた。

因みに、容姿は従姉の華に勝るとも劣らぬスタイルの良さを誇り、初対面の嵐を嘆かせた(笑)。

尚、中等部入学時からの彼女の親友である武部 詩織(後述)曰く「性格は優しいけれど、男の子に対しては、ちょっとだけ小悪魔な態度で接する事がある」との事。

 

 

武部(たけべ) 詩織(しおり)

年齢:14歳

外見のモデル:艦隊これくしょんの阿武隈・改二

出身地:茨城県大洗町

好きな戦車:M41“ウォーカー・ブルドッグ”軽戦車

 

概要

あんこうチーム通信手・武部 沙織の実妹。

性格的にはやや幼い雰囲気を残している少女で、趣味は“髪型のセット”と公言しており、複雑怪奇な髪型をよく手入れしている。

姉の沙織とは基本的に仲が良いが、“恋に恋する”姉の性格については多少閉口しており、本人曰く「お姉ちゃんは、何時も結婚情報誌を隅々まで読んでいるのに、男の人と付き合っているのを見たのは今迄一度も無い」との事。

 

 

若狭(わかさ) 由良(ゆら)

年齢:14歳

外見のモデル:艦隊これくしょんの由良・改二

出身地:茨城県大洗町

好きな戦車:AMX-13軽戦車

 

概要

武部詩織とは小学校時代からの親友で、その繋がりで詩織の姉・沙織が始めた戦車道に興味を持つ。

髪をポニーテールにし、テール部分をリボンでぐるぐる巻きにするという特徴的な髪型をしているが、本人によると「詩織の髪型から影響を受けている」との事。

性格は基本的に温厚で礼儀正しいが、時折無邪気な態度を見せる事がある。

また、実はかなりの“オジサン好き”であり、好みのタイプを見掛けると、思わず声を掛けるらしい。

 

 

鬼怒沢(きぬさわ) (ひかる)

年齢:14歳

外見のモデル:艦隊これくしょんの鬼怒・改二

出身地:茨城県守谷市(※鬼怒川の河口が利根川と接続する場所である)

好きな戦車:T-70軽戦車

 

概要

華恋、詩織、由良とは、中等部入学からの親友。

“鬼怒沢”と言う姓に加えて、自身は漢っぽい性格と口調を併せ持つ為、クラスの皆からは“鬼ちゃん”の渾名で親しまれている。

性格はざっくばらんだが、面倒見が良い姉御肌タイプなので、周囲からは何かと頼りにされている。

特技はスポーツ全般で、特に足が速い。

 

 

 

【原園車輌整備・社員及び関係者編】

 

 

原園(はらぞの) 明美(あけみ)

※結婚前の旧姓は石見(いわみ)。尚、幼稚園~高校時代にかけての友人達からは、“あけみっち”と言う渾名で呼ばれている

年齢:聞こうとすると、必ずスリーパーホールドを極められます(笑)

所属:原園車輌整備株式会社・社長兼戦車道ユースクラブチーム「群馬みなかみタンカーズ」代表

外見のモデル:艦隊これくしょんの明石・改

出身地:群馬県利根郡みなかみ町(出生当時は、旧・水上町)

好きな戦車:マウス

 

概要

嵐の母親。

実年齢よりも遥かに若々しい容姿を誇りつつ、何時もざっくばらんな性格で、常に飄々とした表情を崩さない女性だが、実は自身の目指す戦車道の「夢」の為なら、如何なる手段も躊躇わず選ぶ。

その「夢」の為に、一人娘の嵐に対してスパルタ式の教育で戦車道を仕込んで来た事から、嵐との関係は最悪であるが、彼女の戦車道に賭ける情熱と手腕は本物。

凡そ14年の間に、自らの工場である「原園車輌整備」を全国で五指に入る規模の“戦車道用・戦車整備工場”に育て上げただけでなく、7年前には地元の住人や町役場まで巻き込んで、戦車道ユースクラブチーム「群馬みなかみタンカーズ」を創設し、その代表に就任。

するとチームは、4年前に行われた「戦車道全国ユースクラブ小学生大会」で全国制覇を達成。

1年前には、「第61回戦車道全国中学生大会」に初出場し、“中学校以外のクラブチーム”としては史上初の決勝出場を果たして、準優勝の快挙を成し遂げており、今やチームは関東で戦車道をやっている小中学生や指導者からも注目される存在となっている。

尚、本人は大のプロレスファンにして、自身のフィットネスも兼ねたレスリングの練習を定期的に行っている為、男相手でもあっさりKOしてしまう程喧嘩が強い。

好きなプロレス選手は「世界一性格の悪い男」であり、自身の必殺技もその選手と同じ“スリーパーホールド”。

 

略歴

幼い頃から戦車道で才能を発揮していたが、中学1年生の時に参加したある大会で起きた事故で重傷を負い、長期療養を余儀なくされたのを機に、戦車整備士へ転向。

高校受験時、整備士としての道を究める為に、“整備士の負担が大きい”とされるドイツ製重戦車を主力として使用する九州熊本の強豪校・黒森峰女学園を志望して、入試に合格。

真面目な態度と確かな整備技術から、同級生で入学直後から戦車道隊長を勤めていた西住しほの目に止まり、彼女の駆るティーガーⅠ戦車専属の整備士に抜擢されると、その年の戦車道高校生大会で、明美が整備したしほのティーガーⅠは大活躍。

決勝では、聖グロの隊長車であるブラック・プリンス重戦車との一騎討ちを制して優勝すると、チームのメンバー全員から推挙される形でチームの整備班長に就任。

以後、彼女の率いる整備班は影で黒森峰の重戦車軍団を確実にバックアップし、結果的にしほと彼女の代で黒森峰女学園は戦車道高校生大会3連覇、公式戦3年間無敗と言う栄光に輝いた事から、周囲から「黒森峰戦車道チーム・陰のエース」の異名を奉られた。

高校卒業を控えていた時期に、ある理由から彼女を妬んでいた戦車道関係者による策謀で、推薦入学する予定だった大学に圧力を掛けられて推薦枠を潰されるが*2、それが切っ掛けで、ドイツ戦車道プロリーグの強豪チーム・ムンスターからのスカウトを受け、高校卒業と同時にプロの整備士としてドイツへ渡る。

すると、入団から1年足らずでチームの整備隊々長に就任。

チーム在籍中に、彼女はドイツプロリーグ優勝3回、トーナメント戦のドイツ戦車道杯*3優勝1回、毎年欧州各国の戦車道プロリーグ王者が集って欧州戦車道最強プロチームを決める大会「欧州戦車道チャンピオンズカップ」制覇1回を経験。

「チームの影の大黒柱」として、ドイツ国内だけでなく欧州のマスコミからも注目される存在になる。

そんな頃、フランスでルマン24時間耐久レースを観戦中、ドイツの名門レーシングチームでチーフメカニックを勤めていた原園(はらぞの) 直之(なおゆき)と出会い、翌年結婚&娘の嵐が誕生。

その後、愛娘の嵐が1歳の時に夫と共に仕事を辞めて独立し、自身の故郷であるみなかみ町に帰って「原園車輌整備」を立ち上げる。

夫・直之は10年前、嵐が5歳の時にある戦車道の試合で起きた事故により他界するが、その悲しみを乗り越えて夫が勤めていた「原園車輌整備」の社長を引き継ぐと、夫と共に約束した「夢」の実現に向けて、日夜奮闘している。

 

 

原園(はらぞの) 直之(なおゆき)

年齢:享年38歳

所属:株式会社原園車輌整備・初代社長

外見のモデル:宇宙戦艦ヤマト2199に写真だけの姿で登場する、沖田十三の息子

出身地:茨城県大洗町(大洗女子学園・学園艦)

 

概要

嵐の父親だが、本作開始の時点で既に故人となっている。

戦車道とモータースポーツを心から愛した“ナイスガイ”であり、「何があっても決して諦めない」性格と高度な整備技術を併せ持った人物として、同時代を生きた世界各国のレーサーやレーシングチーム関係者を魅了した天才メカニック。

その人柄と戦績は、今日でもモータースポーツファンの間では伝説的な人物として語られている。

また、妻の明美によると「子供好きで、特に娘の嵐の扱いは、自分よりも遥かに上手かった」と言う。

そんな彼の生き方は、明美と嵐の母娘に今尚強い影響を与え続けている。

 

略歴

整備士学校を卒業後、国内のF3チームを経て、若くしてドイツの名門レーシングチームにメカニックとして所属。

ルマン24時間耐久レースでは、チーフメカニックとして3回総合優勝を経験する等数々の栄冠に輝き、国内外を問わず「世界的な天才メカニック」と称えられた。

その最中、フランスでルマン24時間耐久レースに所属チームと共に参戦中、観戦に来ていた石見 明美と出会い、翌年結婚すると、間もなく愛娘の嵐が誕生。

その後、嵐が1歳の時に、妻と共に仕事を辞めて独立すると、妻の故郷である群馬県みなかみ町に移住して「原園車輌整備」を立ち上げ、初代社長に就任する。

その温厚な人柄と自動車整備士としての確かな技量で地域の信頼を勝ち取り、数年の内に事業を拡大させる事に成功したが、嵐が5歳の時に隣町の高校主催で行われた戦車道の試合前のパレードで、隣町の高校の対戦相手である他県の高校戦車道チームの隊長車に轢かれそうになった男の子を救い出した直後、自分がその戦車に轢かれてしまい、38歳の若さでこの世を去った。

 

 

淀川(よどがわ) 清恵(きよえ)

年齢:20代後半なのは間違いないが、聞こうとすると確実に手を抓られます(笑)

所属:株式会社原園車輌整備・総務課長兼社長秘書。また、聖グロリアーナ女学院OG会幹事も務める

外見のモデル:艦隊これくしょんの大淀

出身地:神奈川県横浜市

好きな戦車:クロムウェル

 

概要

清楚な表情と容姿、落ち着いた性格を兼ね備えている“大人の女性”。

情報収集と分析力に長けており、明美にとっては懐刀的存在。

大洗女子学園の戦車道履修者の中には、彼女に憧れている者も多く、隊長の西住 みほもその1人。

実は、中学から大学卒業まで戦車道を履修しており、特に中学と高校時代は聖グロリアーナ女学院の戦車道チームに所属。

聖グロの高等部時代には、「アッサム」*4のティーネームで呼ばれており、マチルダⅡ戦車の車長と兼務で、相手校の情報収集・分析を担当。3年生の時には、チームの全国大会準優勝に貢献した。

その為、彼女は現在でも“母校の偉大な先輩の一人”として、聖グロの後輩達や関係者から尊敬されており、その縁で同学院のOG会幹事も務めている。

家族は、両親が現在も横浜で健在。

父親は、大手銀行の前橋支店長も経験した金融の専門家の為、実家は割と裕福であり、一人娘の彼女も父の勤めていた大手銀行に入行するつもりだったが、“ある出来事”が切っ掛けで原園明美の事を知り、大学卒業後に明美の工場へ社長秘書として入社した。

明美から、一人娘である嵐を「お嬢様」と呼ぶ事を許されている数少ない人物で、嵐はそれを嫌がっているが、当人は改める気配が無い。

 

 

張本(はりもと) 夕子(ゆうこ)

年齢:20代後半らしいが、聞こうとすると確実にスパナで殴られます(笑)

所属:株式会社原園車輌整備・整備課副班長

外見のモデル:艦隊これくしょんの夕張

出身地:群馬県渋川市

好きな戦車:ポルシェティーガー

 

概要

地元の工業高校を卒業後、当時明美の夫の直之が社長を務めていた原園車輌整備に入社した為、同社の従業員として“直之が健在だった頃”を知っている人物の1人。

現在は、主に同社の工場長である刈谷 藤兵衛(後述)の補佐役を勤めている。

技術者気質の強い人物だが、世話焼きな性格でもある事から、幼い頃の嵐にとっては両親が仕事で忙しかった事もあり、家での数少ない遊び相手だったので、現在も2人は親しい間柄。

 

 

刈谷(かりや) 藤兵衛(とうべえ)

年齢:60歳前後

所属:株式会社原園車輌整備・工場長

外見のモデル:立花藤兵衛(昭和版仮面ライダーシリーズ・演:小林昭二)

出身地:愛知県岡崎市

好きな戦車:61式戦車(若い頃、勤めていた自動車メーカーの関連会社の戦車修理工場へ出向した時、実際に整備をしていた為)

 

概要

嵐の父・直之が整備士学校で学んでいた当時の教官。

仕事には厳しいが温厚な性格で、面倒見の良い人物。

自身も嘗て、世界ラリー選手権(WRC)を戦っていた国内自動車メーカーのワークスチームでチーフメカニックを務め、チームのメイクス&ドライバーズタイトル獲得に貢献した実力派の技術者。

その後、WRCから撤退したメーカーでリコール隠しを始めとする不祥事が続発した為、会社の将来に見切りを付け、会社が経営建て直しの為に行った勧奨退職に応じて退職した直後、目を掛けていた後輩の直之が不慮の事故で逝去したのを知り、弔問の為に明美の下を訪れた際、彼女から身の上話を聞いた事から、工場長として直之が遺した工場に入る。

それから現在まで、社長の明美を実務面で支えている。

因みに、彼は嵐の事を「嬢ちゃん」と呼んでいる。

家族は、自分と同年代の妻がおり、現在もみなかみ町にある自宅で一緒に暮らしている。

また、夫婦の間には息子が2人居るが、現在は2人共独立して其々家庭を築いている。

 

 

間宮(まみや) (りん)

年齢:20代前半~半ばと思われるが、聞こうとすると確実に軽蔑されます(笑)

所属:明美の工場の関連会社「みなかみ戦車堂・本店」の店長

外見のモデル:艦隊これくしょんの間宮

出身地:群馬県前橋市

好きな戦車:全部(笑)

 

概要

幼い頃から、“お菓子作りの天才少女”として群馬県内でその名を知られ、和菓子の全国コンテストでは幾度も入賞した経験を持つ、若きお菓子職人。

その一方で、熱心な戦車道ファンでもあると言う繋がりから、事業拡大を考えていた明美に誘われて、現在は「みなかみ戦車堂・本店」の店長を務めている。

「大洗戦車堂・学園艦支店」の出店に伴い、開店時のヘルプとして開店から4月一杯まで、みなかみ町の本店から出張しており、その後は本店に帰っている。

因みに、彼女は朗らかで優しい性格とスタイルの良さを兼ね備えている事から、初めて彼女に会った武部 沙織は、その姿に魅了されて現在では、「憧れの間宮さんを目指して、もっと綺麗になる!」と誓っているとか。

 

 

伊良坂(いらさか) 美崎(みさき)

年齢:20代前半(凛より年下)だが、聞こうとすると笑顔ではぐらかされます(笑)。

所属:明美の工場の関連会社「大洗戦車堂・学園艦支店」の店長

外見のモデル:艦隊これくしょんの伊良湖

出身地:茨城県かすみがうら市

好きな戦車:38(t)軽戦車

 

概要

「みなかみ戦車堂」の支店である「大洗戦車堂・学園艦支店」の店長に抜擢された、元気さと戦車道への情熱が取り柄の新人店長。

小学4年生から大学卒業まで戦車道を続けていた経験があり、戦車や戦車道に関する知識は豊富である為、店を訪れる客に対して的確な情報を伝える能力に長けているが、其れだけに止まらず元々は趣味だったお菓子作りの腕を現在も磨き続けており、将来は「自分が作ったお菓子を店内の和風喫茶のメニューに採用して貰う」事を目標に、日々奮闘を続けている。

彼女の勤める「大洗戦車堂・学園艦支店」は、「せんしゃ倶楽部」の大洗学園艦店が今春閉店となったのに伴い、この店を引き継ぐ形で出店した。尚、「学園艦支店」とある様に大洗町内にも店舗があり、此方が「大洗戦車堂」の本店舗になる。

因みに、「みなかみ戦車堂」各店舗の看板には、「せんしゃ倶楽部特約店・せんしゃ倶楽部の取扱商品全てをご注文出来ます」と書かれてある他、店内の憩いの場として和風喫茶が必ず併設されている。

 

 

 

【その他の登場人物】

 

 

原園(はらぞの) 鷹代(たかよ)

年齢:62歳

元・陸上自衛隊陸将。

外見のモデル:戦闘妖精雪風(アニメ版)のリディア・クーリィ准将

出身地:茨城県大洗町

好きな戦車:八九式中戦車

 

概要

嵐の父・直之の叔母で、嵐の大叔母に当たる。

決まり事には厳しいが、面倒見の良さと統率力には定評のある人物。

一昨年まで陸上自衛隊に奉職しており、職種は機甲科だった。

陸上幕僚監部に幕僚として勤務していた時期を除くと、ほぼ全ての期間戦車部隊一筋で、陸上自衛隊の女性幹部として、史上初めて第7師団(陸自唯一の機甲師団)の師団長を勤めた他、富士学校長等を歴任し、「陸自版パットン将軍」との渾名で、米軍やNATO諸国の軍人の間でも知られた猛将だった。

主な配属先は次の通り。*5

幹部任官時・戦車小隊長時代:第8戦車大隊(大分県・玖珠駐屯地、現在の西部方面戦車隊の前身)

→戦車中隊長時代:第2戦車大隊(北海道・上富良野駐屯地、現在の第2戦車連隊の前身)

→戦車連隊長時代:第71戦車連隊(北海道・北千歳駐屯地)

→富士教導団長時代:富士教導団(静岡県・富士駐屯地)

→師団長時代:第7師団(北海道・東千歳駐屯地)

→退官時・富士学校々長時代:富士学校(静岡県・富士駐屯地)

 

尚、蝶野 亜美一等陸尉とは、彼女が幹部学生*6だった頃からの“教官*7と生徒=腐れ縁”の関係であり、彼女の武勇伝や失態談は全て把握している。

 

 

周防(すおう) 長門(ながと)

年齢:明美と同い年だが、歳を聞こうとするとプロレス技を掛けられます(笑)

所属:周防ケミカル工業株式会社・社長

外見のモデル:艦隊これくしょんの長門

出身地:山口県防府市

好きな戦車:ティーガーⅡ(ポルシェ砲塔タイプ)

 

概要

日本の石油元売り業界第2位で、日本有数の大企業でもある「周防石油グループ」の創業家で、現在もグループの実質的なオーナーである周防家現当主の長女であると同時に、次期当主でもある女性。

現在はグループ傘下の子会社で、戦車道の世界でも人気のある高性能オイル・ケミカル製品類の製造メーカー「周防ケミカル工業株式会社」の社長を務めている。

高校時代、黒森峰女学園・戦車道チームの副隊長を務めており、当時の隊長であった西住 しほと、整備班長だった石見(現・原園) 明美とは、戦車道の同志であると共に、長年に亘る親友同士でもある。

尚、黒森峰時代の友人からは“ながもん”の渾名で呼ばれているが、本人は「公の席ではそう呼んで欲しくない」と、困惑しているとの事。

性格は基本的に生真面目で、内にも外にも厳しいが、仲間や後輩、部下への気配りは欠かさない為、周囲からは慕われている。

更に、理不尽な行いや不正を嫌う正義感の持ち主で、時には先輩や目上の人へ苦言を呈する事も辞さない硬骨漢。

また、大企業の創業家の一員として、両親や親族・その友人知人である各界の第一人者から様々な帝王学を学んでおり、経営者としても優秀である。

但し、西住 しほの次女であるみほを生まれた時から溺愛しており、彼女が絡むと、途端に“危ないストーカー”(秋山 優花里・談)へ変貌すると言う、()()()()()がある。

特に、みほが第62回全国戦車道高校生大会決勝戦時の行動によって、黒森峰を離れて転校すると知った時には、『私がみほちゃんを養子に迎える!』と公言した“前科”がある。

この時、しほは長門の発言を危険視した為、彼女や親友の明美達には、みほが何処へ転校したのか一切知らせなかった。

尚、彼女は親友である明美の影響で、自らもフィットネスを兼ねてレスリングの練習を行う程の熱心なプロレスファンであり、男も簡単にKOする程喧嘩が強い。

因みに、好きなプロレスラーは“制御不能”で知られる、某・プロレスラーユニットのリーダーであり、自身の必殺技もその選手と同じ“デスティーノ”。

 

 

北條(ほうじょう) 青葉(あおば)

年齢:27歳

所属:フリーのスポーツライター

外見のモデル:艦隊これくしょんの青葉

出身地:広島県呉市

好きな戦車:74式戦車

 

概要

戦車道の取材と記事執筆を主な仕事にしているフリーのスポーツライターだが、今年から戦車道全国高校生大会の新しい特別後援社となった全国紙「首都新聞社」と専属契約を結んでおり、現在は同社の編集局・運動部々長付の“戦車道担当・専属契約ライター”の肩書を持っている。

大学卒業後、広島市内の新聞社に“プロスポーツ担当”の記者を目指して入社したが、希望と異なり、県内にある自衛隊と“反戦平和運動”の担当に配属されると、会社や編集局の方針と自身が目にした現実との落差に愕然とした結果、入社から3年後、上司等の編集方針に反発して新聞社を退社し、以後はフリーとしての活動を始める。

その1年後、第62回全国戦車道高校生大会決勝戦の取材中に発生した、黒森峰側の戦車転落事故を現地で目撃。

その事件を巡って、混乱したマスコミや各界の議論を目の当たりにした事で、「一体、戦車道とは何なのか?」と言う根本的な疑問を抱いた彼女は、この事件を機にその疑問の答えを得るべく、本格的な戦車道の取材活動を進める事になる。

本来は陽気且つ積極的な性格だが、自らの仕事が太平洋戦争中の手記で全国的に知られている義理の親戚の“北條 すず”の知名度のお陰で成り立っている事から来る“劣等感”が強い為、余り表面に出て来ない。

因みに、周防 長門とはすずとの繋がりで幼い頃から親しい関係にある。

 

 

磯前(いそまえ) 那珂(なか)

年齢:永遠の17歳(自称)

所属:水戸市内にある、弱小プロダクションのローカル(地下)アイドル

外見のモデル:艦隊これくしょんの那珂

出身地:茨城県大洗町

 

概要

大洗町出身のローカル(地下)アイドル。

常に明るくハイテンションな性格で、良くも悪くも“アイドル向き”な少女。

幼少の頃から歌が上手く、大洗町だけでなく茨城県内のカラオケ大会を荒らし回って来た実績から、水戸市内にあるプロダクションの社長にスカウトされた直後、“あの大震災”が発生。

故郷も大きな被害を受けた姿を目の当たりにした彼女は、「那珂ちゃんが故郷の皆を元気にします!」と奮起、スカウトを受けてアイドルになる。

デビューしてから1年程しか経っておらず、所属プロダクションも地方の弱小企業なので、活動はライブ中心だが、その歌唱力は評価されつつあり、毎月関東各地で定期的に開催するライブでは、常に300人以上の動員数を誇る実力派。

彼女のファンやアイドルマニアは、彼女を“ローカル(地下)アイドル”と見做しているが、本人はストレートに“大洗のアイドル”と呼ばれたいらしい。

 

 

ヴィルヘルミナ・ビスマルク

年齢:原園 明美と同世代

所属:ドイツ・プロ戦車道チーム“ムンスター”の監督

外見のモデル:艦隊これくしょんのビスマルク

出身地:ドイツ連邦共和国

好きな戦車:Ⅳ号戦車J型

 

概要

第5話「私が、戦車道を引退した理由です……」にて、嵐の台詞中に登場した人物。

明美が整備班長として所属していた、ドイツのプロ戦車道チーム・ムンスターの当時の隊長兼エースであり、当時「欧州最強の戦車道隊長」と言われていたスター選手。

現役時代、ドイツのプロ戦車道リーグ年間優勝通算5回、トーナメント戦のドイツ戦車道杯で優勝3回、更に毎年欧州各国のプロ戦車道リーグの上位チームが集って欧州最強のプロ戦車道チームを決める「欧州戦車道チャンピオンズカップ」で2回優勝した他、戦車道世界大会ではドイツ代表の隊長として2連覇を達成した功績で、「戦車道欧州年間最優秀選手賞・通称“クローラ・カップ”」を通算3回受賞している。

現役引退後も戦車道のコーチや監督を歴任し、現在も古巣のチームの監督を務めている。

嵐によると「母とは長年の友達で、今でも連絡を取り合っている、って母から聞いた事がある」との事。

 

 

野々坂(ののさか) 隼人(はやと)

年齢:40代後半?

所属:明美の工場の関連会社「みなかみ戦車堂」本店の店員兼プロモデラー

外見のモデル:名前と概要にヒントがある

出身地:群馬県みなかみ町

 

概要

第22話「あんこう踊りと親善試合当日の朝です!!」にて、野々坂 瑞希と秋山 優花里の会話の中に登場した人物で、野々坂 瑞希の父親。

普段は、大洗戦車堂のみなかみ町本店にある模型コーナーの責任者を務めているが、プロモデラーでもあり、月刊模型雑誌『模型グラフィックス』に連載を持っている程の実力者である。

因みに、本人は細かい所には煩いものの、ストイックで優しい性格だが、其れとは対照的に外見は“スキンヘッドの巨漢”で、常にサングラスを掛けている事から、周囲だけでなく初めて会った人からも“海坊主”と呼ばれている(笑)。

家族は、娘の瑞希の他に妻がおり、その名は“美樹”と言う。

 

 

 

【ニワトリさんチーム(練習試合時はFチーム)が使用する戦車】

 

 

M4A3E8 シャーマン・イージーエイト

 

主要諸元*8

全長:7.7m(車体長:5.905m)

全幅:2.997m

全高:2.971m

装甲厚:砲塔防盾及び前面88.9㎜、車体前面上部63.5㎜、車体前面下部107.9~50.8㎜、車体側面及び後面38.1㎜

戦闘重量:30.254t

エンジン:フォードGAA・水冷V型8気筒450HP/2600rpm(毎分の回転数)

最高速度:41.834㎞/h

航続距離:209㎞

乗員:5名

武装:76.2㎜52口径M1戦車砲×1、砲弾数71発

   7.62㎜機関銃・M1919A4×2(主砲同軸部と車体部)、銃弾数6250発

   M3発煙弾発射機×1、弾丸数18発

 

概要

M4シャーマン中戦車シリーズ中、米軍系列のオリジナル形式としては最終発展型に当たる。

M4の欠点の一つだった「履帯の幅が狭過ぎて接地圧が高い分、悪路踏破性に劣る」点を解決する為、懸架装置をこれ迄のVVSS(垂直渦巻きスプリング式サスペンション)から新型のHVSS(水平渦巻きスプリング式サスペンション)に変更。

履帯幅を増やして、接地圧を低下させたのが最大の改良点。

1944年12月のバルジの戦い以降欧州戦線に配備され、大戦末期の米陸軍戦車戦力の一翼を担った。

また1950年の朝鮮戦争では、北朝鮮軍のT-34-85に対して互角以上の戦闘力を発揮した他、エンジンが同じ形式で重い分、アンダーパワーのM26パーシングに対して機動性に優れている事を実証しており、他のM4中戦車のイメージとは異なり、決して「やられ役」の戦車ではない。

戦車砲はサンダース大付属が使用するM4A1・76㎜砲型*9と同じ物だが、この砲は高速徹甲弾(M93HVAP-T)を使用した場合、貫通力だけならティーガーⅠ重戦車の88㎜56口径砲用徹甲弾に匹敵する力を持つ*10

本車は第二次大戦終結後、米国の友好国向けに多数が売却・供与されており、日本の陸上自衛隊にも草創期に供与され、1970年代後半まで現役に在った。

原園 嵐にとっては幼い頃、両親に連れられて行った、陸上自衛隊土浦駐屯地に展示されている車輌と出会った事が、亡き父との数少ない思い出の戦車である。

 

(特別編#1:終)

*1
余談だが、黒森峰女学院戦車道チーム隊長の“中の人”は以前、そのTV局のマスコットキャラクターが主役のアニメで、『札幌出身』と言う繋がりから、そのマスコットの“中の人”も担当した事がある (実話)。

*2
その時、この戦車道関係者の手足となって、影でコソコソ動いていたのが、当時文科省の平役人だった辻廉太・学園艦教育局長である。

*3
日本のサッカー・天皇杯と同じ試合形式で、ドイツ戦車道連盟が定める出場資格を満たせば、ドイツ国内にある社会人や大学のアマチュア戦車道チームも参加出来る大会である。

*4
尚、ガルパン原作の「アッサム」の本作における位置付けは、清恵の2代後の後輩である。

*5
各時代の間にも幾つかの部隊へ配属された経験があり、特に富士教導団へは教官として、幾度か配属されていた時期がある。

*6
戦車小隊長になる為の教育を受ける学生の事。

*7
幹部学生だった蝶野と初めて会った当時の鷹代は、富士教導団長を勤めていた。

*8
主に、月刊「PANZER」2003年3月号(アルゴノート社/刊)から参照。

*9
第63回戦車道全国高校生大会1回戦で、アリサが乗っていたフラッグ車である。

*10
弾丸重量が違うので、命中時に同じ威力を発揮するとは限らない。




※尚、今回の特別編の記述内容は、今後の本編の展開次第で、アップデートされる可能性があります。




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第30話「あの人と遭遇です!!」


お待たせしました。
今回は、全国大会の抽選会の模様から始まりますが…実は会場内で“思わぬ事件”が嵐ちゃんを待ち構えています。
因みに、この事件のヒントは“出場校”の中に隠されています。
一体、主人公の身に何が起こるのか…それでは、どうぞ。



 

 

 

 

 

 

「大洗女子学園、8番!」

 

 

 

 

 

 

埼玉県さいたま市にある「さいたまスーパーアリーナ」で行われた「第63回戦車道全国高校生大会・組み合わせ抽選会」。

 

其処で私達大洗女子学園は、隊長の西住先輩が籤を引いた結果、大会1回戦の第4試合で、長崎県代表の「サンダース大付属高校」と対戦する事が決まった。

 

“高校戦車道四強の一角”と、初戦から激突するのである。

 

抽選会場となっているホールの席に座っていた私の目の前にあるステージ上で、西住先輩は“強豪校との対戦の籤”を引いてしまった所為か、抽選箱の前で籤を持ったままオロオロしている…助けに行ってあげたい。

 

一方、私の隣の席には生徒会トリオが座っており、小山先輩が「初戦から強豪ですね」と、隣で座ったまま瞑想しているらしい角谷会長に語り掛けた所、河嶋先輩が小声で「どんな事があっても負けられない…負けたら我々は…!」と呟いていたが…今の私は、それ処では無かった。

 

 

 

何故なら…サンダース大付属は、私が高校入試の時に、母から「大洗を受けるのなら、此処だけは受けて置く様に」と命じられて“入学試験を()()()()()()()戦車道のある3つの高校”の内の1つであり…更に、あそこには……

 

 

 

抽選会が終わった後もそんな事を思い出しながら、西住先輩率いる“あんこうチーム”や瑞希達“ニワトリさんチーム”の仲間達と一緒に会場を出てアリーナ内の通路を歩いていると、良恵ちゃんが楽し気な表情を浮かべながら、周囲を眺めている。

 

 

 

「良恵ちゃん、如何したの?」

 

 

 

その様子に気付いた菫が不思議そうな表情で問い掛けると、彼女は嬉しそうな声で答えた。

 

 

 

「あっ…実はですね、この“さいたまスーパーアリーナ”のデザインの一部は、JR九州の新800系新幹線“つばめ” やクルーズトレイン“ななつ星in九州”等をデザインした事で有名な鉄道デザイナーの方が担当しているんですよ~♪」

 

 

 

おっと…この表情は、まるで“戦車の話をしている時の秋山先輩”みたいだ。

 

すると、2人の会話を聞いていた舞が何か思い出したらしく、笑顔で良恵ちゃんに話し掛ける。

 

 

 

「そう言えば良恵ちゃん、この間菫ちゃんの車を見に行った時、自分は列車が好きな“鉄子”だって言っていたよね?」

 

 

 

「うん。一番好きな列車は、やはり地元・鹿島臨海鉄道の6000形だよ…あっ!?」

 

 

 

菫に続いて舞からの問い掛けにも嬉しそうに答えていた良恵ちゃんだったが…その声は西住先輩達にも聞こえており、全員唖然としながら聞いているのに気付いたらしく、急に顔を真っ赤にすると、恥ずかしそうに下を向いてしまった。

 

そこへ武部先輩が一言。

 

 

 

「良恵ちゃん…列車の話をしている時、戦車の話をしている()()()()と同じ位、活き活きしていたよ?」

 

 

 

「御免なさい……」

 

 

 

「良恵は、鉄道の話をしていると“周りが見えなくなる”からね」

 

 

 

武部先輩から指摘を受けた良恵ちゃんが俯き加減に謝ると、良恵ちゃんの幼馴染で生徒会トリオとは別行動をしている名取 佐智子ちゃんが、彼女の癖について仕方無さそうな表情で説明した。

 

その佐智子ちゃんだが、現在は“カメさんチーム”の4人目のメンバーとして38(t)軽戦車B/C型の装填手…いや、正確には車内で干し芋食べてるだけの角谷会長に仕事をさせる為の監視役を務めている他、小山副会長の下で戦車道関連の業務を管理するマネージャーも兼任する事になった為、カメさんチーム加入と同時に生徒会に入っており、生徒会では「戦車道担当・副会長補佐官」の肩書を持っている。

 

 

 

「確かに…鉄道の話をする時の良恵の表情、本当に秋山先輩そっくりね♪」

 

 

 

「あ~ん、恥ずかしいよぉ!」

 

 

 

更に瑞希が、佐智子ちゃんの説明に相槌を打ちながら良恵ちゃんを揶揄ったので、可哀想な彼女は顔を真っ赤にしながら、か細い声を出すと顔を両手で覆ってしまったが、その仕草が余りにも“可愛かった”所為か、その様子を眺めている西住先輩達や瑞希の話のネタにされた秋山先輩も、笑うに笑えない表情だ。

 

勿論、私もその様子を見て思わず苦笑いを浮かべてしまったが…ふと、抽選会で決まった組み合わせを思い出した途端、体全体に悪寒が走った。

 

そして思わず、隣にいる瑞希へ問い掛ける。

 

 

 

『ねえ、ののっち。突然だけど、ボンプル高校もこの大会に出場しているよね…どうしよう!?』

 

 

 

「どうしようって…仕方ないじゃない。ボンプル高も出場しているんだし?」

 

 

 

私の震え声に対して緊張感の無い声で答えた瑞希の返事を聞いた瞬間、私の心に“レッドアラーム”が響いた。

 

 

 

『ま…不味い!?』

 

 

 

「原園さん…急に震え出したりして、如何したの?」

 

 

 

『えっ…えーと、それは…!』

 

 

 

思わず声を上げた私に向かって、西住先輩が不思議そうに問い掛けて来たので、私はその問いに答えるべく、必死になって落ち着きを取り戻そうとしていたが…そこで瑞希が、人の悪い笑みを浮かべながら、先に“答え”を話してしまった。

 

 

 

「実はですね、嵐は大洗に入学する直前に参加した強襲戦車競技(タンカスロン)の引退試合で、ボンプル高の現隊長…当時は“次期隊長”だった“ヤイカ先輩”と言う、その世界ではエース級の選手と1対1の決闘をやって勝ったのですが、その時彼女の前で『この試合を最後に戦車道から引退します』って、宣言しちゃったんです」

 

 

 

『ののっち…人が話す前に、全部バラすな!』

 

 

 

だが、私が瑞希に抗議した次の瞬間、瑞希と同じ様な笑みを浮かべた菫と舞が追い討ちを掛ける様に、当時の事を証言してしまった。

 

 

 

「しかも決闘する()()に宣言しちゃったんですよ…因みに私と瑞希は、嵐と同じチームを組んでいたから、その時の事は全部見ていたよ♪」

 

 

 

「私はその時、チームのマネージャーだったから試合には出られなかったけれど、嵐ちゃんの話は聞いていたよ…と言う事はヤイカ先輩、此処に嵐ちゃんがいると知ったら“引退すると言ったのは嘘だった”と思うよね…きっと、凄い顔で怒ると思うよ~♪」

 

 

 

『菫に舞まで口を挟まないでよ…あの人、怒ると半端無く怖いのは皆知っているでしょ!?』

 

 

 

瑞希に菫、更に舞までもが人の悪い笑みを浮かべながら私を揶揄っており、西住先輩達は“何故か”その様子をハラハラしながら眺めているが、私はヤイカ先輩が“他人にも自分にも厳しい”性格だというのを熟知しているので、瑞希達に言い返す処ではない。

 

思わず私は、この後自分の身に降り掛かるかも知れない“最悪の事態”を想像しながら、震え上がる……

 

 

 

『殺される…私が此処にいるのがバレたら、ヤイカ先輩にビール瓶で殴られて殺される!?』

 

 

 

思わずそう呟きながら、私の心の中で恐怖感がピークに達しつつあった、その時。

 

 

 

「ああ…そうだな。抽選会の時に、()()()()ぞ」

 

 

 

背後から、“聞き覚えのある声”が響いて来た!

 

 

 

『えっ…ギャアアア!?』

 

 

 

何と…私の直ぐ後ろに、ヤイカ隊長本人が副隊長のウシュカさんとピエロギさんを引き連れてやって来ていたのだ!

 

と言う事は、瑞希に菫、舞が人の悪い笑みを浮かべながら、私を揶揄っていたのは…若しかしてヤイカ先輩達は、その頃から今の話を聞いていた!?

 

だとしたら、西住先輩達が私と瑞希達の会話の様子をハラハラしながら眺めていた理由も説明が付く。

 

これ、絶体絶命じゃない!?

 

そう悟った次の瞬間、ヤイカ先輩に「戦車道を引退する」と宣言した事が嘘だったと思われて“間違い無くこの場で殺される”と覚悟した私は、ヤイカ先輩の前で土下座をすると、必死になって弁解を始めた。

 

 

 

『ご…御免なさい、許して下さい!まさか、“こんな事に”なるとは思っていなかったんです!だから、せめて“ビール瓶で殴る”のは勘弁して……』

 

 

 

だが、ヤイカ先輩は予想外の微笑を浮かべると、こんな事を私に告げた。

 

 

 

「ふふ…知っているぞ。まさか、進学先で“戦車道が待ち受けていた”とは思っていなかったそうだな?」

 

 

 

『!?』

 

 

 

先輩からの意外な言葉に、土下座をしたままの私が絶句していると、彼女は穏やかな口調で理由を語った。

 

 

 

「先日、君の母上と会って事情は聴いたよ…君の進学先の大洗女子で20年振りに戦車道が復活したから、其処を支援する事に決めた、と。如何やら、明美さんに騙された様だな?」

 

 

 

『…はい』

 

 

 

嗚呼…まさか母から、全てを知らされていたとは。

 

ヤイカ先輩が怒らなかった理由を悟った私は、精魂尽き果てた表情でヤイカ先輩を見詰めながら、一言返事をするのが精一杯だった。

 

するとヤイカ先輩は、表情を引き締めつつ私に向かってこう告げる。

 

 

 

「まあ、結果として私へ宣言した“戦車道からの引退”は()()()()()()()()()訳だから…その“贖罪”は、試合でしっかり見せて貰うぞ」

 

 

 

『はいっ!』

 

 

 

これで、ヤイカ先輩によって“この場で殺される事が無くなった”と知った私は、元気を取り戻すと大声で返事をした。

 

するとヤイカ先輩は、小さく頷いた後、視線を私から西住隊長へ移すと……

 

 

 

「そして、君が隊長の西住 みほか?」

 

 

 

「あっ…はい」

 

 

 

ヤイカ先輩からの突然の問い掛けに、西住先輩は戸惑っていたが、ヤイカ先輩はその姿を見詰めながら、不思議そうな表情でこう語る。

 

 

 

「ふむ…“あの原園”が、君の何処に惚れ込んだのかは分からんが、明美さんが君の事を自慢気に話していたからな。何れ、理由は分かるだろう」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

話を聞いていた西住先輩は、当惑気味の表情でヤイカ先輩へ問い掛けていたが、ヤイカ先輩はその問いには答えず「では諸君、運が良ければ試合で会おう」と不敵な表情で語ると、ウシュカさんとピエロギさんを引き連れてその場から立ち去ろうとした、その時。

 

私の傍らで話を聞いていた瑞希が、心配そうな表情でヤイカ先輩へ話し掛けて来た。

 

 

 

「あの、ヤイカ隊長。失礼ですが確か、ボンプル高の1回戦の対戦相手は……」

 

 

 

「ああ、我々の初戦の相手は、プラウダだ」

 

 

 

「「「「『!?』」」」」

 

 

 

瑞希からの質問に、ヤイカ先輩が毅然とした表情でハッキリと答えた瞬間、私達みなかみタンカーズ組と秋山先輩、そして西住隊長は、声にならない悲鳴を上げた。

 

 

 

「あの…皆、プラウダってそんなに強いの?」

 

 

 

私達や西住先輩の只ならぬ様子を見た良恵ちゃんが心配そうな顔で問い掛けると、秋山先輩が真面目な表情で答えてくれた。

 

 

 

「プラウダ高校は…前回大会優勝校です!」

 

 

 

「「「「「優勝校!?」」」」」

 

 

 

その説明を聞いた良恵ちゃんに佐智子ちゃん、そして武部・五十鈴・冷泉先輩の3人が、息を呑む。

 

すると、そのタイミングで瑞希が険しい表情を浮かべながら、補足説明を加えた。

 

 

 

「プラウダは青森県にある高校で、高校戦車道では『西の黒森峰、東のプラウダ』と呼ばれる位の強豪校なのだけど、ここ最近の全国大会では中々優勝出来なくて、色々言われていたの…でも、去年久しぶりに優勝したのよ」

 

 

 

その話を聞いた皆が真っ青な顔になっている中、菫が悲壮な表情でヤイカ先輩へ訴える。

 

 

 

「それより、ヤイカさん。初戦がプラウダだなんて…何とかならないのですか!?」

 

 

 

「そうです。プラウダの戦車は皆強過ぎるから、試合にならないですよ!?」

 

 

 

「お前達…心配してくれるのか?」

 

 

 

菫に続いて舞も泣きそうな顔で訴えたのを見たヤイカ先輩は、不意に微笑みを浮かべながら、2人に向かって答えたが、直ぐ表情を引き締めると諭す様に話し掛ける。

 

 

 

「だがな…私達の心配をする()()が有るなら、まず自分達の心配をしろ!」

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

ヤイカ先輩からの檄にハッとなる菫と舞を余所に、ヤイカ先輩は話を続ける。

 

 

 

「例え、相手が“強豪校”だからと言って、逃げるつもりは無い…それにプラウダも、過去の大会では相手の単純な作戦に嵌まって、初戦敗退した事が少なくないからな。勝ち目が全く無い訳でも無い」

 

 

 

「「……」」

 

 

 

ヤイカ先輩が、毅然とした表情で語るのを心配そうに見詰める菫と舞に向かって、今度は瑞希が辛そうな顔でこう諫める。

 

 

 

「2人共、知っているでしょ…戦車道では、どんなに戦力差があっても“試合からは逃げられない”わ」

 

 

 

その言葉に、悲し気な表情を浮かべながらも黙り込む菫と舞。

 

そして、彼女達の会話を聞かされた西住先輩達も“戦車道の現実”を見せられて何も言う事が出来ないまま佇んでいる……

 

 

 

すると、そんな私達の姿を見たヤイカ先輩が、皆を叱咤する様にこう告げた。

 

 

 

「それより、お前達大洗女子は“今年復活したばかりの無名校”だろう?戦車道の世界は、無名校には厳しいぞ。与えられた時間は短いが、“周囲からの冷たい視線”を撥ね退ける為にもしっかり練習と準備をして置け…じゃあな」

 

 

 

そしてヤイカ先輩達は、この場から立ち去って行った…その姿を見詰めながら、菫と舞が泣きそうな顔で先輩達を見送っている。

 

 

 

「初戦の相手がプラウダの大戦車軍団だなんて……」

 

 

 

「ボンプル高は、秋山先輩が好きな7TPの双砲塔型や単砲塔型と言う軽戦車にTKS豆戦車が主力だから、T-34やIS-2重戦車が主力のプラウダ相手の試合なんて自分から殺されに行く様なものだよ……」

 

 

 

「菫さん、舞さん……」

 

 

 

菫と舞は、ヤイカ先輩達とボンプル高の運命を思いながら、遣り切れない気持ちを抱えていた。

 

その雰囲気は、私や西住先輩達にも伝染していて、思わず西住先輩も2人に向けて悲し気に呟いた、その時。

 

秋山先輩が沈んだ気持ちになっていた私達へ、こんな提案をしたのだ。

 

 

 

「そ、そうだ!実は、此処の近くに戦車喫茶『ルクレール』があるのです。今から、皆でケーキを食べに行きませんか?」

 

 

 

「「「ケーキ!」」」

 

 

 

“ケーキ”と聞いて、沈んだ気持ちになっていた西住先輩達は、一斉に元気を取り戻す。

 

すると……

 

 

 

「「「ルクレールでケーキ…本当ですか?行きまーす!」」」

 

 

 

「おおっ、あっという間に元気になった!?」

 

 

 

つい先程まで悲壮感漂う表情だった戦車道経験者3人組も、一瞬にして笑顔を取り戻した。

 

その姿に驚く武部先輩を余所に、瑞希・菫・舞が其々の言葉で理由を語る。

 

 

 

「だって、地元の群馬県にはルクレールの支店が、前橋と高崎にしか在りませんから!」

 

 

 

「だから、みなかみタンカーズが県外遠征をする時には、試合会場の近くに店舗があるのか、必ず皆でチェックしていた位ですもん!」

 

 

 

「試合が終わったら、相手チームの娘達と一緒にケーキを食べに行ってたよね!何時も明美さんがお店を貸し切りにしてくれるのが、県外遠征の“お約束”だったんだよ♪」

 

 

 

「おおっ…ルクレールの店舗を貸し切りにするとは、凄いです!」

 

 

 

そこへ舞が語った“貸し切り”と言う言葉に反応した秋山先輩が興奮した表情で羨ましがっていると、瑞希が楽し気な表情で話し掛けて来た。

 

 

 

「それじゃあ秋山先輩、早速お店まで案内をお願いします♪」

 

 

 

「分かりました、野々坂殿!」

 

 

 

こうして皆は、秋山先輩の提案に乗って近年人気の戦車喫茶で何を食べようかと語り合いながら、店へ向かうのだった…やれやれ。

 

 

 

 

 

 

と言う訳でやって来ました、戦車喫茶「ルクレール・さいたまスーパーアリーナ店」。

 

落ち着いた雰囲気の店内に在るテーブル席に皆が座った後、秋山先輩が第一次大戦中のイタリアで開発された“フィアット2000試作重戦車”の形をした呼び鈴を押すと、砲声が轟く。

 

 

 

「「「おおっ!」」」

 

 

 

西住先輩達あんこうチームのメンバーがその凝った演出に驚く中、呼び鈴を押した秋山先輩は嬉しそうに「えへっ♪」と呟いた。

 

すると、これまた軍服風の制服姿をしたウェイトレスが「ご注文はお決まりですか?」と聞いて来たので、あんこうチームは五十鈴先輩、私達ニワトリさんチームは菫が代表して注文をする。

 

そして、注文(オーダー)をWW2中のドイツ軍将兵が携帯していた“俸給手帳(ゾルトブーフ)”風のメモ帳に記録したウェイトレスが敬礼をして「承りました、少々お待ち下さい」と告げると、静かに立ち去った。

 

そこへ、今度は武部先輩が先程秋山先輩の押した呼び鈴について質問する。

 

 

 

「このボタン、主砲の音になっているんだ~」

 

 

 

「この音は90式ですね」

 

 

 

秋山先輩が戦車マニアらしく、呼び鈴の音が陸上自衛隊の国産第3世代戦車の砲撃音であると答えると、同じく戦車好きである瑞希が驚いた表情で問い掛けて来た。

 

 

 

「秋山先輩…レオパルド2やM1A1とA2エイブラムスも、“90式と()()ラインメタル120㎜滑腔砲”を使っているのに、区別が付くのですか!?」

 

 

 

「ええ。実は、音源にちょっと“心当たり”がありまして♪」

 

 

 

秋山先輩が楽しそうな表情で答えたのを見た瑞希が、呆気に取られた表情で「凄い!」と呟くと、2人の話を聞いていた五十鈴先輩が感心した顔で「流石、戦車喫茶ですね」と話し掛ける。

 

そこへ周囲の席からウェイトレスを呼ぶ鈴の音…ならぬ砲声が次々と轟く中、武部先輩が何を思ったのか、“ときめいた表情”でこんな事を言い出した。

 

 

 

「あぁん!この音を聞くと、最早ちょっと()()()自分が怖い~♪」

 

 

 

その発言を聞いた私は、『何ですか、その性癖は……』と、口には出さずに心の中でツッコんだが…丁度その時、席の窓際にあるスペースから、“見覚えのある車輌”のミニチュアが注文したケーキを運んで来た。

 

 

 

「あっ、これは確か……」

 

 

 

「はい、ドラゴンワゴンですよ♪」

 

 

 

「可愛いー♡」

 

 

 

その車両…M25戦車運搬車“ドラゴンワゴン”のミニチュアの姿を見た武部先輩と秋山先輩の会話を聞きながら、西住先輩もケーキを運んで来た“ドラゴンワゴン”の姿が健気なのか、その様子を愛でていたが…私は、この車を見ると何時も母を思い出すので憂鬱な気分になり、つい一言呟いてしまった。

 

 

 

ウチの母の会社(原園車輌整備)には、これが5輌もあるから見慣れています……』

 

 

 

「原園さん…本当に、お母さんが苦手なんだね」

 

 

 

そんな私の様子を見た西住先輩は、済まなそうな表情で私に話し掛けて来たので、私も申し訳ない気分になり、慌てて弁解する事となった。

 

 

 

『まあ…母は苦手と言うか、“何もかも見透かされている”と言うか。戦車道も厳しく仕込まれたし、余り()()()()()()()()んです』

 

 

 

「そうなんだ……」

 

 

 

西住先輩が私からの弁解を聞いて小さく頷いていると、五十鈴先輩が場の雰囲気を和ませようと、皆へこう語り掛けて来た。

 

 

 

「でも皆さん、ケーキも可愛いです♪」

 

 

 

この一言は、母の事を思い出して気持ちが沈んでいた私にとっては、ラッキーだった。

 

そこで私は、五十鈴先輩に向かって相槌を打つ。

 

 

 

『ですね。タンカーズの仲間達も皆、此処のケーキは大好きだったし、味も美味しいですよ♪』

 

 

 

「それは、期待出来そうだな」

 

 

 

そこへ私の話を聞いた冷泉先輩が笑顔を浮かべて答えたので、再び場の雰囲気が明るくなった。

 

 

 

 

 

 

そうしている内に、漸く注文したケーキセットが皆へ行き渡った頃。

 

 

 

「御免ね…1回戦から、強い所に当たっちゃって」

 

 

 

西住先輩が済まなそうな表情を浮かべると、全国大会の組み合わせ抽選会でサンダース大付属との対戦を引き当てた事を皆へ詫びた。

 

 

 

「サンダース大付属って、そんなに強いんですか?」

 

 

 

それに対して、戦車道の強豪校の事をよく知らないあんこうチームを代表して五十鈴先輩が問い掛けると、秋山先輩が対戦校について簡単に説明する。

 

 

 

「強いって言うか、凄くリッチな学校で“戦車の保有台数”が全国一なんです。チームの数も一軍から三軍まで在って」

 

 

 

すると瑞希が、秋山先輩の説明に頷きながら、こう補足説明した。

 

 

 

「でも、ボンプル高が当たるプラウダよりは、()()()がありますよ…あっ西住先輩、“さっきの事”は気にしないで下さいね。私は今、どうやってサンダースに勝つべきか、それしか考えていませんから」

 

 

 

此処で瑞希からのフォローを受けた西住先輩が笑顔を取り戻すと、瑞希に向かって相槌を打った。

 

 

 

「うん、瑞希さんの言う通り。公式戦の1回戦は、戦車の数は10輌までって限定されているから。砲弾の総数も決まっているし」

 

 

 

だが此処で、“ある事”に気付いた武部先輩が、不安そうにこう指摘する。

 

 

 

「でも10輌って…ウチより随分多いじゃん!それは勝てないんじゃ?」

 

 

 

「あっ……」

 

 

 

現状、戦車が6輌しかない私達に対して、サンダース大付属が“数的優位”に立っている事を指摘されて、また不安そうになる西住先輩の隣で、今度は冷泉先輩がこんな事を武部先輩へ質問した。

 

 

 

「単位は?」

 

 

 

「負けたら、貰えないんじゃない?」

 

 

 

「むう……」

 

 

 

そこで一言唸ると、自分のケーキ目掛けてフォークを豪快に刺してから、ケーキを食べ始める冷泉先輩。

 

その姿を隣で見た西住先輩は、思わず「はっ!?」と声を上げて驚いていたが、此処でその様子を見ていた瑞希が苦笑いを浮かべながら、皆のフォローに入った。

 

 

 

「でも、“サンダースの強み”が出るのは、参加可能台数が増える準決勝からで、参加台数が10輌までと制限されている初戦と2回戦では、意外と“あっさり負けたりする傾向”があるのです。だから、諦めずに喰らい付けば、必ずチャンスはあります

 

 

 

更に、瑞希の話を聞いていた菫と舞も、頷きながら相槌を打つ。

 

 

 

「うん。“全国大会は()()()()()”だから、最悪こっちがボコボコにされても、相手のフラッグ車さえ仕留めれば()()()()()()()からね」

 

 

 

「だからヤイカさんも、『プラウダ相手でも“勝ち目はある”』って言っていたし、皆も諦めなければチャンスは絶対来るよ」

 

 

 

そんな瑞希達からのフォローを聞いて元気が出たのか、西住先輩達も「「「うん!」」」と呟きながら、笑顔で頷いたのだが…此処で瑞希が、何を思ったのか私に向けて“思いも寄らぬ事”を言い出したのだ。

 

 

 

「でも嵐にとって、サンダースはちょっと“遣り辛い相手”かもね?」

 

 

 

『あっ!?』

 

 

 

その瞬間、抽選会が終わって会場を出る時に思い出していた“私の過去”を思い起こした私は、慌てて声を上げる。

 

だが、その様子を見た良恵ちゃんが、直ぐ様瑞希に向かって問い掛けて来た。

 

 

 

「如何言う事なの?」

 

 

 

「嵐が“大洗を受験する時の条件”として、明美さんが『滑り止めに受けろ』と言って受験を指示した“戦車道のある高校3校”の内の1つが、サンダースだったよね?」

 

 

 

思わぬ形で、瑞希の口から自分の過去を明かされた私は、仕方なく頷くとこう説明した。

 

 

 

『うん…因みに後2つは、栃木県のアンツィオと石川県の継続で、結局“入試は全部()()()()けれど”、此処へ来た』

 

 

 

その言葉に、瑞希は“うんうん”と頷くと、皆に向かって更なる事実を告げる。

 

 

 

「そしてサンダースには、みなかみタンカーズ時代の嵐や私達の親友が進学しているの♪」

 

 

 

「「「ええっ!」」」

 

 

 

『そ…それは!?』

 

 

 

瑞希からの暴露話を聞いて一斉に西住先輩達が驚きの声を上げる中、言われてしまった私は非常に困惑していた。

 

正直、今それを言われるのは、非常に困る!

 

私が困り果てた表情で『あ…あの……』と小声を上げながら、隣の席に座っている西住先輩達へ助けを求めようとした時。

 

武部先輩が私と目を合わせると、一瞬“任せて!”と言う感じの表情でウインクをすると、瑞希の話に割り込んで来た。

 

 

 

「それより~、全国大会ってTV中継されるんでしょ?ファンレターとか来ちゃったら、どうしよう♪」

 

 

 

その話を聞いた五十鈴先輩が、武部先輩へ「生中継は決勝だけですよ?」と窘めたが、そこへ先程武部先輩に話を遮られて少々不機嫌になっていた瑞希が、ニヤリと笑いつつ口を挟んで来た。

 

 

 

「ところがですね、五十鈴先輩。それは“去年までの話”なのです」

 

 

 

「「「?」」」

 

 

 

瑞希からの突然の発言に、あんこうチームの先輩方や良恵ちゃんと佐智子ちゃんがキョトンとしていると、瑞希が笑顔で理由を説明した。

 

 

 

「実は、去年まで戦車道全国高校生大会の実況は、“衛星放送の専門局”で中継していたのですが、今年から『首都テレビ』が大会の独占放映権を買ったので、()()()()()()()()()()する事が決まったのですよ♪

 

 

 

「おおっ!」

 

 

 

瑞希からの最新情報を聞かされた武部先輩が、嬉しそうな表情で(どよめ)く。

 

それを見た私は、瑞希に向かって頷きながら、こう問い掛ける。

 

 

 

『そう言えば、今朝首都テレビの朝番組「朝おは!」のスポーツコーナーで、その事をニュースにしていたよね?』

 

 

 

これに対して瑞希が「うん」と頷いていると、武部先輩が目を輝かせながら、私に向けて質問をして来た。

 

 

 

「ねえ、“らんらん”…今日は月曜日だけど、『朝おは!』の月曜ってOPで“ニュージェネレーションズ”の島村卯月ちゃんがモーニングコールをしているあの番組?私、毎週其処だけは必ず見てから、登校してるんだ~♪」

 

 

 

『はい。首都テレビは346プロダクションとの繋がりが深いから、あそこのアイドルを番組に起用する事が多いのです。だから、在京キー局では視聴率万年4位の首都テレビも朝番組だけはソコソコ強いらしい…それは兎も角、武部先輩?』

 

 

 

「何?」

 

 

 

『TVに出るのは良いのですけれど、“初戦敗退”なんて事にならない様、頑張りましょう?』

 

 

 

私は、武部先輩からの問い掛けに答えつつもTV出演に憧れているらしい先輩へちょっとした“ツッコミ”を入れる。

 

すると五十鈴先輩も同感だったらしく「原園さんの仰る通りですね」と相槌を打って来た。

 

そんな“ダブルツッコミ”を受ける形になった武部先輩は、一瞬苦笑いを浮かべると「そ、そうだね…じゃあ、負けない様に頑張ろうー♪」と気合を入れてから、ケーキを一口食べる。

 

そして、此処までケーキを食べる暇もなく私達の様子を見守っていた西住先輩へ、ケーキを薦めた。

 

 

 

「ほら、みぽりんも食べて~♪」

 

 

 

「うんっ♪」

 

 

 

こうして今日は色々な事があったけれど、漸く私達も和やかな雰囲気でケーキを食べ始めた…のだが。

 

そこへ飛び込んで来た“突然の一言”が全てをぶち壊しにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「副隊長?」

 

 

 

 

 

 

(第30話、終わり)

 

 





此処まで読んで下さり、有難う御座います。
第30話をお送りしました。

と言う訳で今回、嵐ちゃんを待ち受けていた“事件”とは、「プロローグで戦ったボンプル高校のヤイカ隊長と再会する」でした。
この場面、ヤイカさんをカッコ良く書きたかったので書きました…と言うか、この後彼女達ボンプル高は、プラウダ相手にボコボコにされる運命ですからね。
せめてこれ位の見せ場があって良いのではないかと。

と言う訳で次回は…遂に嵐ちゃんや西住殿達の前に“あの女”が登場。
そして原作以上の一触即発の事態が!?。
一体、戦車喫茶ルクレールで何が起きたのか?

それでは、次回をお楽しみに。



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第31話「一触即発です!!」


プラウダ戦記の富永…彼奴は何れ、本作中で“ぶっ飛ばす”(宣言)。
それでは手前味噌ですが、どうぞ。




 

 

 

「副隊長?」

 

 

 

その声は、突然“ルクレール”店内に響き渡った。

 

 

 

「あっ!」

 

 

 

声に気付いた西住先輩が、視線を通路の方へ向ける。

 

その先には、銀色に近い薄いベージュ色のセミロングと濃い茶色で西住先輩に似たショートカットの女子高生2人が、WW2中のドイツ軍兵士を思わせるデザインの制服姿で、西住先輩達が座っている席の前に立っていた。

 

すると……

 

 

 

「ああ、“元”でしたね」

 

 

 

セミロングの女が西住先輩を蔑む様な口調で“皮肉”を言った…この女、思い出した。

 

確か名前は、“逸見 エリカ”。

 

黒森峰女学園の現・副隊長で高1の時から、ティーガーII(ケーニッヒティーガー)重戦車に乗っていた逸材である。

 

そして…彼女の隣にいるショートカットの女性も知っている人だった。

 

 

 

「お姉ちゃん……」

 

 

 

「「「「「あっ!?」」」」」

 

 

 

西住先輩が自分に似た髪型をした女性の姿を目の当たりにして、“自分の姉”であると呟くと他の先輩方や瑞希達が驚いている。

 

その様子を見た私は、敢えて彼女の正体を口にした。

 

 

 

『黒森峰女学園戦車道チーム、現・隊長“西住 まほ”』

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

 

私からの一言に皆が驚く中、西住 まほは冷たい口調で実の妹に向けて言い放つ。

 

 

 

()()、戦車道をやっているとは思わなかった」

 

 

 

「あっ……」

 

 

 

実姉からの冷たい言葉に、西住先輩は悲し気な表情を浮かべながらも姉の姿を見詰める事しか出来ない。

 

流石に私も居た堪れなくなり、西住 まほへ一言言おうと思った、その時……

 

 

 

「お言葉ですが“あの試合”のみほさんの判断は、間違ってませんでした!」

 

 

 

秋山先輩が毅然とした表情で席から立ち上がると、去年の全国大会決勝戦で起きた出来事を引き合いに出し、西住先輩を弁護する。

 

流石、秋山先輩…私も指摘しようとした事をストレートに言えるなんて凄いなと、その時は思ったものだ。

 

一方、西住先輩は“あの試合”の事を秋山先輩が知っているとは思っていなかったのか、驚いた表情で「あっ!?」と口に出していたのだが…そこへ“あの女”が秋山先輩を威嚇する様に吠えた。

 

 

 

「部外者は、口を出さないで欲しいわね!」

 

 

 

「済みません……」

 

 

 

エリカからの一声で、あっさりと引き下がってしまう秋山先輩。

 

この瞬間、私は思わず“カチン”と来た。

 

ふざけるな…そっちこそ、去年の全国大会決勝戦でアンタ達は“何をやっていた”っけ?

 

此処で一切合切ぶち撒けてやろうか…と私は心の中で闘志を燃やしていたが、相手の隊長は妹の顔を見る以外に興味が無かったらしい。

 

 

 

「行こう」

 

 

 

西住 まほはそう告げると、エリカを促して、その場から立ち去り始める。

 

 

 

「はい、隊長」

 

 

 

エリカも同意すると、隊長の後に続いて立ち去ろうとした。

 

歴史に“IF”は無いと言うけれど…もしもあの時、逸見 エリカが此の儘()()()()()()私達の前から立ち去っていたとしたら、その後の私と彼女の関係はずっと違ったものになっていたと思う。

 

何故なら…その直後、彼女は西住先輩に向かって、()()()()()()()()()()()を口にしたからだ。

 

 

 

「1回戦は、サンダース大付属と当たるんでしょ?()()()()()()をして西住流の名を穢さない事ね!」

 

 

 

その言葉を受けた西住先輩が「あっ」と口にして、少し脅える様な仕草をした次の瞬間。

 

 

 

「何よ、その言い方!」

 

 

 

「余りにも失礼じゃあ!?」

 

 

 

武部先輩と五十鈴先輩が席から立ち上がるとエリカに対して怒りの抗議を行ったのだ。

 

だが、エリカは先輩達を睨むと再び“許し難い事”を言い出した。

 

 

 

「貴女達こそ、戦車道に対して失礼じゃない…()()()()()()!」

 

 

 

更に彼女は、先輩達へ侮辱的な発言を続ける。

 

 

 

「この大会はね、戦車道のイメージダウンになる様な学校は参加しないのが暗黙のルール…何よ、アンタ?」

 

 

 

そこで突然、話を止めるエリカ。

 

そう…此処で私は、遂に我慢出来なくなって席を立ち、彼女に威嚇されていた先輩達に代わって“あの女”の前へ立ちはだかったのだ。

 

その時、向かい側の席に居る冷泉先輩が「原園さん!?」と口走りながら、私を止めようとしたが…私はそれに構わず“あの女”の前に立つと、努めて冷静な口調でこう告げる。

 

 

 

『黒森峰戦車道チーム副隊長・逸見 エリカ“先輩”とお見受けします…逸見先輩、私達の隊長と先輩達をこれ以上侮辱するのは、止めて頂けますか?』

 

 

 

「侮辱するな…誰よ、アンタ?」

 

 

 

いきなり目の前に現れた私の姿を見て、苛ついた表情で名前を問うエリカに向けて、私は毅然とした口調で自己紹介をする。

 

 

 

『大洗女子学園1年、原園 嵐』

 

 

 

その瞬間、エリカの傍で話を聞いていた西住 まほが驚いた表情を浮かべながら「原園 嵐…まさか!?」と小声で呟いていた。

 

恐らく、黒森峰では“伝説の整備班長”としてその名を知られている母の事を思い出し、私の正体を察したのだろう。

 

だがエリカは、自分の隊長の呟きを聞いていないのか、或いは下級生である私を侮ったのか、私を睨み付けながら威嚇する。

 

 

 

「アンタ、()()()の癖に口を出さないで欲しいわね?」

 

 

 

だが…それは西住先輩達には効果的だっただろうが、私にとっては正に“想定内”の反応に過ぎなかった。

 

そこで私は、エリカを睨み返しつつも冷静さを保ったまま、こう切り返す。

 

 

 

『失礼ですが逸見先輩。私、去年の全国大会決勝戦は()()()()()()()()()のですけれど?』

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

その瞬間、エリカと西住 まほの表情が真っ青になるのが分かった…“この件”で私に“部外者では無い”と宣言されたのが、余程“想定外”だったのだろう。

 

そこで私は2人を睨み続けながら、鋭い口調でこう言い放った。

 

 

 

『勝つ為なら、仲間を()()にしても構わないのが“黒森峰の戦車道”…ですよね?』

 

 

 

「「!」」

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

 

私からの指摘を受けて驚愕する黒森峰の2人と西住先輩達。

 

その時、私は一瞬だけ視線を後ろに向けて西住先輩の顔を見ると“あの全国大会決勝戦”を私が現地で見ていたのを知った所為か、衝撃を受けている様に見受けられた…黙っていて御免なさい、西住先輩。

 

でも先輩方を愚弄した“この女”だけは、絶対に許せません。

 

心の中で私は西住先輩に詫びながら、逸見 エリカに向けて一言、啖呵を切った。

 

 

 

『でも私達の隊長は、絶対にそんな“()()()命令”を出さない人ですから!』

 

 

 

「アンタ!今、何て言ったの!?」

 

 

 

その瞬間、エリカが私の胸倉を摑みながら叫んだ。

 

その叫び声で、店内の客も私達が只ならぬ様子になっていると気付いたのか、私達に注目している。

 

だが私は、エリカとは対照的に冷静さを失わない様に意識して、ゆったりした口調で話し続けた。

 

 

 

『何って、()()()()()()()()ですよ…もう1度言わないと分かりませんか?()()()()?』

 

 

 

「ア…アンタ!」

 

 

 

胸倉を摑まれながらも一歩も引かない私の表情を見たエリカが、焦りの表情を見せているのが私にはよく分かった。

 

その上で私は、彼女へ向けて静かに告げる。

 

 

 

『如何やら、私が言った事は理解出来ている様ですね…貴女達は去年の大会で“あんな事”をしでかしたのに、私達を無名校扱いしたり、西住隊長や先輩達を愚弄する資格があるのですか?

 

 

 

「…くっ!」

 

 

 

私から“キツイ事実”を指摘されたエリカは、歯噛みをしながら一言零すと右手で私の胸ぐらを摑んだまま、体を震わせつつ突っ立っている。

 

ふと視線を彼女の左手の方へ移すと、拳が固く握られており、必死になって“何かを堪えている”様な印象を受けた。

 

その時、西住 まほが焦った声で「おいエリカ、もう止めろ!」と話し掛けているが、彼女は私の胸倉を摑んでいる右手を放さない…多分、“止めるに止められない”のだろう。

 

そう思った時、私の心にある“どす黒い考え”が浮かぶ。

 

 

 

さあ、逸見 エリカ…早く私に手を出せ。

 

誰だって大会で勝ちたい、優勝したいって思っているのは分かっている。

 

特に黒森峰は去年10連覇を逃しているだけに、今年は絶対に全国制覇をして完全復活を成し遂げたい筈だ。

 

アンタもそう願っているから、去年の事を蒸し返した私に摑み掛かって来たのでしょう?

 

なら、ここで“アンタ”が手を出せば…ライバルを1人、試合前に消す事が出来る!

 

 

 

だが、その考えに私の心が染まり掛かっていた時だった。

 

 

 

「西住隊長、逸見副隊長、此方に居られましたか!?」

 

 

 

突然、店の奥から鋭い声が上がったかと思うと、西住 まほや逸見 エリカと同じ黒森峰の制服を着た1人の小柄な少女が姿を現した。

 

その瞬間、副隊長を止めようと焦っていた西住 まほが、小柄な少女へ声を掛ける。

 

 

 

()()か。丁度良かった…如何した?」

 

 

 

「顧問が御二人を呼んでおられます…何か、あったのですか?」

 

 

 

自分達の隊長の声を聞いた小柄な少女は、私の胸倉を摑んだままの副隊長の姿を見ると、怪訝な表情で西住 まほ隊長へ問い掛けた所、まほは冷静さを取り戻したかの様な口調で返事をした。

 

 

 

「ああ、済まない。ちょっとしたトラブルがあってな」

 

 

 

そして西住 まほは、エリカへ視線を向けると忠告する。

 

 

 

「エリカ、その娘から手を放してやれ」

 

 

 

「あっ…申し訳ありませんでした隊長」

 

 

 

そこで漸く、自分がやっている事の()()()に気付いたエリカは、まず隊長に詫びると私の胸倉を摑んでいた右手を放した。

 

その様子を確認した西住 まほは、一歩前に出ると私に頭を下げてから、謝罪と事情説明を行った。

 

 

 

「原園と言ったな…済まなかった。私達も去年の事では()()あってな、特に副隊長は“神経質になっている”んだ。済まないが、その点だけは察してやってくれ」

 

 

 

その姿を見た私は、素直に『はい』と返事をして、軽く会釈した。

 

これがエリカとの1対1ならば、これで許そうとは思っていなかったのだが…相手は黒森峰の隊長、それに西住流の後継者候補でもある。

 

更に私は、“西住流の内情”をある程度知っているので、妹である西住先輩に対する冷たい言動も流派の後継者である立場上、“そう言わざるを得ない”のであろう、と考えていた。

 

なので、西住 まほに対してはエリカ程悪い感情を抱いていなかったし、これ以上話を大きくすると私達のチームにも悪影響が出るのは確実なので、彼女からの謝罪を受け入れる事にした。

 

すると、私と西住 まほの会話を聞いていたエリカが落ち着いた表情を取り戻すと、軽く会釈をしてから私達に向けてこう語る。

 

 

 

「原園さん。胸倉を摑んだのは、悪かったわ…でも、もし貴女達と試合で戦う事があれば、その時は“完膚無きまでに叩き潰してやる”から、覚悟しなさい」

 

 

 

つまり“謝罪はするが、此処で言われた事は忘れない”と言う意味だろう。

 

その言葉を聞いた私は、彼女に向かって毅然とした表情で軽く会釈すると黒森峰の隊長は「では、行こう」と副隊長を促した後、私達の前から立ち去って行く。

 

そして副隊長も「はい……」と少し元気が無さそうな声を上げていたが隊長の後に続いて立ち去って行った…その直後だ。

 

 

 

「あっ…そうだ。貴女に一言」

 

 

 

何故か、隊長達と一緒に立ち去ろうとしなかった黒森峰の3人目の“小柄な少女”が私に話し掛けて来る。

 

 

 

『何?』

 

 

 

彼女からの唐突な話に、思わず問い掛ける私。

 

すると…彼女は鋭い視線で私を睨みながら、啖呵を切った!

 

 

 

「止めてよね…私達の副隊長相手に挑発してから、先に手を出させて“暴力行為で出場停止”に追い込もう等と言う“セコイ真似”をするのは!」

 

 

 

「「「『!』」」」

 

 

 

あの時…私が心の中に抱いていた“どす黒い考え”を見抜かれて、動揺する私。

 

そして私の考えを知らされた西住先輩達も皆、驚愕している。

 

そこへ彼女は畳み掛ける様にもう一言、付け加えた。

 

 

 

「じゃあ、またね…去年の戦車道全国中学生大会で()()()に終わった“群馬みなかみタンカーズ”の原園 嵐さん?

 

 

 

『…くっ!』

 

 

 

相手に自分の考えを見抜かれた上、“私は、お前を知っているぞ”と釘を刺された私は、エリカと対峙した時とは逆に、何も言えないまま彼女を見詰める事しか出来なかった。

 

そして彼女は、立ち去り際に西住先輩と顔を合わせたが、彼女は西住 まほやエリカとは対照的に、無表情ながらも西住先輩に対して丁寧なお辞儀をしてから、その場を立ち去ろうとする。

 

その瞬間、彼女の()()に気付いた瑞希が立ち上がると血相を変えて相手の名を叫んだ。

 

 

 

五代 百代(ごだい ももよ)…やっぱり、アンタか!」

 

 

 

「あら、漸く気付いたみたいね?でも今日は時間が無いから、これで失礼するわね…“みなかみのバルタザール・ヴォル”、野々坂 瑞希さん♪」

 

 

 

「くっ…全部、お見通しって事なのね!?」

 

 

 

瑞希から言われた相手…五代 百代は、瑞希を揶揄うかの様な微笑を浮かべながら返事をすると、私達の前から立ち去って行った。

 

それに対して、瑞希が珍しく苛立ちながら百代を罵るが、当人は一切反応せずに店から姿を消してしまった。

 

 

 

「ねぇ、瑞希さん…あの娘、一体何者なの?」

 

 

 

その様子を呆気に取られながら見ていた仲間達の内、良恵ちゃんが真っ先に瑞希へ質問をすると、瑞希が忌々しそうな表情で説明する。

 

 

 

「五代 百代…佐賀県出身の15歳で、私達と同い年なのだけど、幼い頃から九州だけでなく西日本中の戦車道の小学生大会を総ナメにして、“戦車道の神童”って言われた位の実力者なの」

 

 

 

すると此処で、意外な人物が言葉を継いだ…西住先輩である。

 

 

 

「それでね…彼女は、小学4年生の夏休みから私のお母さんの推薦で、親元を離れて私の実家で戦車道の修行を始めたの。その時私は小学5年生で…その後、私もその年の2学期から黒森峰の中等部に入学するまでの約1年半の間、彼女と一緒に実家で戦車道を修めていた」

 

 

 

「西住先輩、先程五代さんが先輩にお辞儀をしていたので、ひょっとしたら…と思っていましたが、やはり彼女の事を知っていたのですね?」

 

 

 

とそこで、西住先輩からの話を聞いていた佐智子ちゃんが問い掛けると、先輩は頷きながら話を続けた。

 

 

 

「うん…私が黒森峰の中等部に入ってからの1年間、彼女は1人でお母様から直接指導を受けていたのだけど、次の年から彼女も中等部に入学して…それからは、去年まで“先輩と後輩”の関係だった」

 

 

 

此処迄で西住先輩からの話が終わった後、瑞希が“その後”の話を続ける。

 

 

 

「そして去年、『第61回戦車道全国中学生大会』に初出場した私達・群馬みなかみタンカーズは、決勝戦で当時中3だった彼女が隊長を務めた黒森峰女学園中等部に敗れた…その年の全国高校生大会・決勝戦が行われる1週間前の話です」

 

 

 

「「「!」」」

 

 

 

瑞希から因縁めいた話を聞かされた仲間達は、一斉に驚きの声を上げる。

 

そこへ、秋山先輩が不安そうな表情で話を付け加えた。

 

 

 

「野々坂殿の言う通り、黒森峰中等部は去年、それで中学生大会10連覇を果たしたのです。そして、今の黒森峰高等部は去年の高校生大会の準優勝校で、それまでは9連覇してて……」

 

 

 

「えっ、そうなの!?」

 

 

 

「あ……」

 

 

 

「「「『……』」」」

 

 

 

その瞬間、武部先輩が黒森峰の実績を知らされて驚くと、西住先輩がまた不安そうな表情で俯いてしまった為、私を含めてこの場にいる全員が西住先輩を心配そうに見守るが、皆も不安を抱えてしまっている…そこへ、五十鈴先輩が皆を落ち着かせようと“ある提案”をした。

 

 

 

「ケーキ、もう1つ食べましょうか?」

 

 

 

するとこの間、殆ど会話に加わらなかった冷泉先輩が手を上げると、意表を突いた一言を発した。

 

 

 

「もう2つ、頼んでも良いか?」

 

 

 

「おおっ…此処にも“魔神”が!?」

 

 

 

そこへすかさず瑞希が、驚きながら冷泉先輩の事を“北海道ローカルTV局の甘いもの好きディレクター”呼ばわりしたので、それを聞いた菫と舞が呆れた口調でツッコんだ。

 

 

 

「「瑞希ちゃん…そこで言う?」」

 

 

 

 

 

 

その頃…此処は、「戦車喫茶ルクレール・さいたまスーパーアリーナ店」から少し離れた場所にある別の喫茶店。

 

勿論、戦車喫茶では無く普通の喫茶店である。

 

此処に、先程大洗女子学園の生徒達とトラブルになった黒森峰女学園戦車道チームの3人が集まっており、そこでは隊長を務める西住 まほが、副隊長・逸見 エリカに向かって、怒ってはいないが毅然とした口調で、先程のトラブルについて諫めていた。

 

 

 

「エリカ。今回は五代が間に入ったから助かったが、また同じ事が起これば取り返しが付かなくなる…次からは、気を付けるんだぞ」

 

 

 

「はい、隊長…本当に申し訳ありませんでした」

 

 

 

確かに、昨年の雪辱を果たすべく今大会に臨んでいる黒森峰にとっては、例え試合の外であっても今回の様なトラブルが表面化すれば、事は“エリカ1人の問題”では済まなくなる。

 

下手をすれば、母校や西住流にとって昨年の決勝戦敗退()()のイメージダウンになりかねないだろう。

 

あの時、その点に思い至らないまま相手選手に摑み掛かった事を思い出したエリカは、改めて隊長に謝罪すると下唇を嚙み締めたまま俯いている。

 

すると、その様子をエリカの隣で聞いていた1年生の五代 百代が、()()()()()()()()()()()について説明を始めた。

 

 

 

「隊長、副隊長…あの“原園 嵐”って娘は、単に“戦車道が強い”だけじゃなくて“頭も良い”娘です」

 

 

 

百代の発言に、まほが無言ながらも小さく頷くと、エリカが「どう言う事なの?」と、自分の後輩に話の続きを促す。

 

そこで百代は、2人の先輩を前に冷静な口調で語り始めた。

 

 

 

「実は彼女、一昨年の秋に“群馬みなかみタンカーズ”が岡山県岡山市へ遠征した時、現地で対戦した地元中学校のエースで今はBC自由学園に居る“安藤”と言う選手とトラブルになった際、今日()()()()()()()()()()()()()()()で、“相手から先に手を出させた”事があるのです」

 

 

 

その話を聞いたエリカが、思わず「まさか、その時は?」と問い掛けると、百代は頷きながら事件の結末を語った。

 

 

 

「2人の喧嘩を止めようとした、タンカーズの“野々坂 瑞希”って娘に“安藤”が平手打ちをした格好になり、それが『暴力行為』と見做されて“安藤”は出場停止処分。そして地元の中学は、“エースを失った状態”でタンカーズ相手に試合をやった結果、惨敗したそうです」

 

 

 

「と言う訳だ…もし五代が、『顧問が私達を呼んでいる』と()()()()()私達をあの場から離れる様に仕向けなかったら、恐らくエリカも同じ目に遭っていただろう」

 

 

 

「!」

 

 

 

百代が話を締め括り、まほが今回の事件について一言付け加えると、事件の舞台裏を知ったエリカは、真っ青な顔で当時を振り返った。

 

 

 

「もう少しで、自分はあの()()()()()()()に陥れられる所だったのね…隊長、反省しています」

 

 

 

だが此処で、エリカが敬愛する隊長は意外な事を語り出した。

 

 

 

「しかし、エリカはまだ気付かないのか…あの原園 嵐と言う娘は、我が校の戦車道の輝かしい歴史を作った“偉大な先輩”の一人娘だぞ?」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

あの生意気そうな娘の母親が…母校の偉大な先輩?

 

隊長から告げられた言葉の意味が理解出来ず、呆然とした表情で自分を見詰めているエリカを見たまほは、苦笑しながら説明した。

 

 

 

「ああ、原園と言う姓だと分かり難いな…実は、あの娘の母親は“原園 明美”と言うのだが、私達やOGの間では旧姓の“石見 明美”の方が有名だ」

 

 

 

“石見 明美”…まさか!?」

 

 

 

此処で漸くエリカも、“あの生意気そうな娘の母親”が、母校では伝説的なOGであると言う事実に思い当たった。

 

そこで2人の会話を聞いていた百代が、この事について説明する。

 

 

 

「はい、副隊長…“石見 明美”さんは、当時の我が校の戦車道チーム隊長だった西住師範、同じく副隊長で現在は周防ケミカル工業社長である周防 長門さんと共に、“伝説の整備班長”として高等部3年間無敗の金字塔を作り、後の戦車道高校生全国大会9連覇への礎を築いた、私達にとって尊敬すべき3人の先輩方の1人です」

 

 

 

「あの赤毛の娘、そんなに凄い先輩の娘さんだったの!?」

 

 

 

百代から詳しい説明を聞かされたエリカは、()()とした表情で返事をすると、まほが苦笑しながらこう付け加える。

 

 

 

「だから彼女が名乗った時に、私は『まさか!?』と思ったんだ…私が彼女に会ったのは今回が初めてだが、母親の明美さんには3回程会っている。だから彼女の名前を聞いた瞬間、“明美さんに雰囲気が似ている”と思ったので、私はハラハラしながらエリカを見詰めていたんだぞ?」

 

 

 

「それは…全く気付きませんでした」

 

 

 

敬愛する隊長からの説明を聞かされたエリカは、額に汗を掻きながら心底反省していた。

 

すると今度は、その様子を隣で見詰めていた後輩の百代が再び語り出す。

 

 

 

「それで話を続けますが、原園 嵐は母親が代表を務める戦車道ユースクラブ『群馬みなかみタンカーズ』に、小学3年生で入団してから中学卒業までエースを張っていた娘です」

 

 

 

するとエリカは、ハッとした表情で自らの記憶を探り出す。

 

 

 

「あっ、思い出したわ。確か“みなかみタンカーズ”って、去年の戦車道全国中学生大会の決勝戦で、百代が隊長を務めたウチ(黒森峰)の中等部と戦って負けた相手よね?」

 

 

 

だが、それに対して百代は真剣な口調で返事をする。

 

 

 

「ええ…でもあの戦いは、正直言うと私の判断が一瞬でも遅れていたら、原園 嵐の迂回攻撃によって、私が乗っていたフラッグ車が撃破されていたと思います。それ位、“紙一重の戦い”でした」

 

 

 

「そうだな…だからエリカ、去年の中学生大会で“負けたチームのエース”だからと言って侮るのは危険、と言う事だ」

 

 

 

「はい」

 

 

 

去年、嵐と中学生大会の決勝戦で戦った経験のある百代からの説明にまほが一言付け加えると、エリカは表情を引き締めながら頷いた。

 

だが、此処で百代が考え込む様な表情で2人に話す。

 

 

 

「隊長の仰る通りです…ただ」

 

 

 

「「ただ?」」

 

 

 

百代からの話に、まほとエリカが怪訝そうな表情で問い掛けると、百代は表情を変えないままこんな話を語り始めた。

 

 

 

「原園 嵐は、去年『中学を卒業したら戦車道から引退する』と公言して、()()()()()()()()()()()()()筈だと聞いていたのですが…でも、彼女が()()()()()()()とは思えません」

 

 

 

「何故、そう言えるの?」

 

 

 

百代からの話を聞いたエリカが、不審そうな表情で問うと、百代は確信を持った表情でその根拠を語った。

 

 

 

「と言うのも、彼女は幼い頃から母親との仲が非常に悪くて、以前から『母からずっと戦車道を無理矢理やらされているから、何時かは辞めたい』と、友人に何度も話していた事があったそうです」

 

 

 

その話を、隊長と副隊長が頷きながら聞いているのを見た百代は、そこで一度テーブルに置かれたカフェオレを口に含むと話を続ける。

 

 

 

「そして彼女が進学した大洗女子学園の学園艦は、聞く所によると10年前に事故で亡くなった父親の故郷なのだそうです。そんな大洗女子に彼女が()()()()()()、20年以上も前に廃止されていた戦車道が復活…()()()()と思いませんか?」

 

 

 

「…確かに妙ですね、隊長」

 

 

 

チームの後輩達の中でも、最も抜きん出た実力を持つ為、高等部進学当初から“隊長の命”によって()()()()()()に任ぜられている百代からの話を聞いたエリカは、頷きながら隊長のまほへ、“原園 嵐と大洗女子の関係”に不審な点があると告げる。

 

するとまほも真剣な表情で頷くと、2人に向かってこんな提案をするのだった。

 

 

 

「私も少し、大洗女子に興味が出て来た。勿論みほの事もあるが、それと同じ位に原園 嵐の存在が気になる…今度の大洗女子とサンダース大付属の試合、3人で観戦に行くか?」

 

 

 

敬愛する隊長からの“お誘い”に、エリカと百代は揃って頷きながら「「はい」」と返事をするのだった。

 

 

 

(第31話、終わり)

 

 





此処まで読んで下さり、有難う御座います。
第31話をお送りしました。

遂に戦車喫茶で遭遇した、エリカと嵐。
原作では、エリカが散々西住殿達を愚弄した訳ですが、本作では西住殿を敬愛する嵐の逆鱗に触れて危うく、暴力行為を起こす寸前にまでなってしまいました…まあ、因果応報ですけれどね。
この様に最悪な出会いをした2人ですが、今後数奇な運命を辿る見通しになりますので見守って頂けると幸いです。

そして今回、初登場した本作オリジナルキャラ・五代 百代。
今後、1年生ながらエリカの補佐役兼黒森峰の若きエースとしてまほとエリカの間を取り持つ役目を担うと共に、嵐や西住殿達・大洗女子のライバルとして立ちはだかる事になります。
因みにモデルは、ドイツからやって来た潜水艦娘です(尚、呂500になる前の状態)。
此処で気付いた方もおられると思いますが、嵐と百代のモデルになった艦娘は中の人がさおりんと同じであると言う真実…キャスティングした後で気付いて爆笑したのは、此処だけの話であります。

それでは、次回をお楽しみに。



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第32話「秋山先輩と一緒に…です!!」


皆様、2020年最初の投稿となります。
旧年中はお世話になりました。
何が起きるか分からない世の中ですが、皆様に楽しんで頂ける様に頑張りたいと思います。
それでは、どうぞ。



 

 

 

「嵐ちゃん、高校はサンダース大付属へ行かないの?」

 

 

 

『御免ね…でも私、やっぱり戦車道を辞めたいんだ』

 

 

 

「如何して…ずっと一緒にやって来たじゃない?受験で“向こう”の学園艦へ行った時も次期隊長のケイさん達から『こっちにおいでよ♪』って、言われたでしょ?」

 

 

 

『うん…でも私は、お父さんの故郷にある大洗女子へ進学したいんだ』

 

 

 

「あっ…御免ね、嵐ちゃん」

 

 

 

『ううん、私こそ…()とは、“みなかみタンカーズ”が出来た時から、ずっと一緒だったもの。此処で、お別れしたくないのは分かるよ』

 

 

 

「うん…でも、本当に戦車道を辞めちゃって、いいの?」

 

 

 

『後悔はしていない…去年の戦車道全国高校生大会の決勝戦、()()()()()()()()でしょ?』

 

 

 

「うん……」

 

 

 

()()()()が罷り通るのが戦車道よ…仲間の命を助けた人が誹謗中傷されて“犠牲者を出してでも試合に勝つのが良し”とされているのが戦車道。でも、それはハッキリ言って “人殺し”じゃない!』

 

 

 

「!」

 

 

 

『御免ね。キツイ事を言って…でも私、絶対にそんな人間にはなりたくないんだ。特に、()()()()()()()西()()()()()()みたいな人間にはね』

 

 

 

「嵐ちゃん、気持ちは分かったよ…でも、一つだけ約束をしてもいいかな?」

 

 

 

『何?』

 

 

 

「来年の戦車道全国高校生大会、もしも()()サンダース大付属からレギュラーで出場出来たら…応援してくれる?」

 

 

 

『うん、いいよ』

 

 

 

「本当に!?」

 

 

 

『だって、戦車道をやりたくないのは私だけだからね。()の試合なら、何時だって応援に行ってあげるよ』

 

 

 

「有難う!それじゃあ、サンダース大付属に入ったらレギュラー目指して頑張るぞ!」

 

 

 

『サンダース大付属はレギュラー争いが激しいから、大変だぞ?』

 

 

 

「えへへ♪でも、()()の学校だから頑張るよ!」

 

 

 

『ふふ…私の分まで、頑張ってね』

 

 

 

「有難う!」

 

 

 

 

 

 

私は、今春にみなかみ町の中学校を卒業した日の出来事を思い出していた。

 

中学校からの帰り道、みなかみタンカーズが出来た時からの数少ない“戦車道で出来た親友”と、桜の花びらが舞う公園の広場で、桜の木を一緒に眺めながら交わした会話。

 

あの日、確かに私は『二度と戦車道はやらない』と心に誓っていた……

 

 

 

 

 

 

此処は、夕焼けが迫る太平洋上。

 

全国大会の組み合わせ抽選会を終えた私達は、120年以上前の日清戦争で活躍した旧・日本海軍の防護巡洋艦「松島」を模した連絡船に乗って、大洗女子学園・学園艦への帰路に就いていた。

 

私は連絡船の左舷側甲板に置かれた黄色い椅子に座り、夕闇迫る太平洋を眺めながら、卒業式の日に親友と交わした会話と共に、何時も子犬の様な表情を浮かべながら私に付いて来ていた親友の姿を思い出す。

 

 

 

『“あの娘”…私が戦車道へ戻って来た事を知ったら、絶対怒るだろうな…如何しよう?』

 

 

 

そう…今日、戦車喫茶「ルクレール」で瑞希が語った通り、“あの娘”は戦車道全国高校生大会の1回戦で私達と戦う、長崎県の「サンダース大学付属高校」に()()()()()()()として進学しているのだ。

 

サンダース大付属の戦車道チームは、M4“シャーマン”系列の中戦車だけでも常時50輌以上が稼働しており、戦車道履修者も500人以上いて一軍から三軍まであるから、“特待生”として進学したと言っても、未だ入学したばかりの彼女が一軍のレギュラーに定着しているとは限らないのだが…でも、例え試合に出場していなくても、試合会場の応援席で彼女とバッタリ出会ったとしたら?

 

私は勿論、“あの娘”も非常に気不味い思いをする事だろう…如何したら良いのかな?

 

そんな感じで、私が深く悩んでいた時。

 

自分が座っている席から前方の甲板に、沈んで行く夕日を眺めている人が目に入る。

 

 

 

『西住先輩!』

 

 

 

先輩の横顔に気付いた私は“そうだ、悩んでいるのは私だけじゃない!”と思い直す。

 

今日は、西住先輩もお姉さんとの事や“あの副隊長”の事とかで、色々と悩んでいたではないか。

 

そう考えた私は、自分の悩みは取り敢えず横に置いて、左舷甲板の手摺の方にいる西住先輩の所へ行って話をしようとした時。

 

 

 

「寒くないですか?」

 

 

 

「ああ、うん、大丈夫」

 

 

 

私よりも先に、西住先輩に声を掛けて来た人がいた。

 

 

 

『秋山先輩……』

 

 

 

西住先輩を誰よりも敬愛する秋山先輩の姿を見て、私は羨ましくなる…やっぱり、私なんかよりも秋山先輩の方が西住先輩には、お似合いだと思うんだよね。

 

きっと結婚式には、()()()()()()()()()()を…って、()()()()()()()()()()()()()!?

 

急に“トンデモない妄想”を思い浮かべた私は、頭を抱えながら必死になってその妄想を振り払っていたのだが、その最中に秋山先輩が西住先輩に語り掛ける声が聞こえて来た。

 

 

 

「全国大会…出場できるだけで、私は嬉しいです」

 

 

 

その一言に、先程まで思い浮かべていた“妄想”が全部吹き飛んだ私は、更に語り続ける秋山先輩の声に耳を傾けた。

 

 

 

「他の学校の試合も見られるし、大切なのは“ベストを尽くす事”です。例え負けたとしても……」

 

 

 

その様子を聞きながら、秋山先輩の大会に対する純粋な思いに触れた私は、胸が熱くなった。

 

この大会、優勝しなければ母校が廃校になると言う事実とは()()()()“先輩達の力になりたい!”と言う強い思いが、私の心に生まれる。

 

だが、その時。

 

 

 

「それじゃ困るんだよねー♪」

 

 

 

「絶対に勝て!」

 

 

 

私が気付かない内に、何時の間にか生徒会トリオがやって来たかと思うと、角谷会長と河嶋先輩が西住先輩と秋山先輩に、()()()プレッシャーを掛けて来た。

 

事実、秋山先輩は会長達の方を振り向くと、驚いた顔で「えっ!?」と当惑した声を上げているが、河嶋先輩はそんな事はお構いなしに、更なるプレッシャーを掛ける。

 

 

 

「我々は、“()()()()()勝たなくてはいけない”んだ!」

 

 

 

ところが此処で、副会長の小山先輩が思わぬ()()をしてしまった。

 

 

 

「そうなんです。だって負けたら……」

 

 

 

「シーッ!」

 

 

 

「はっ!?」

 

 

 

慌てて会長が小山先輩の発言を遮ったので、その場は収まったが…この先輩達、本当に大丈夫だろうか?

 

「全国大会で優勝出来なかったら、母校が廃校になる」と言う()()()()()()()()()身としては、“何時か何処かで、この秘密がバレてしまうのでは?”と言う予感がして、心配でならない…と思っていたら、再び会長が西住先輩へ()()()プレッシャーを掛けて来た。

 

 

 

「まっ、兎に角、全ては西住ちゃんの肩に掛かっているんだから。今度負けたら何やって貰おうか~考えとくね♪」

 

 

 

こうして会長は言うだけ言うと、河嶋先輩と「あはは……」と呟きながら多少呆れている様子の小山先輩を引き連れて、私達の前から姿を消してしまった。

 

そして西住先輩は、「あっ…」と声を漏らした後、立ち去って行く会長達を見送る事しか出来なかった…流石に、秋山先輩が心配そうに声を掛けて来る。

 

 

 

「あっ、大丈夫ですよ、頑張りましょう!」

 

 

 

此処で私も声を掛けようと思い、私の存在に気付いた秋山先輩に目配せをしてから、西住先輩の近くへ駆け寄った。

 

けれど西住先輩は、()()()()()()私の顔には一切気付いていない様子で、独り言を呟いている……

 

 

 

「初戦だから、ファイアフライは出て来ないと思う…せめてチームの編成が分かれば、戦い様もあるんだけど……」

 

 

 

目の前にいる私の存在に()()()()()()()まま、試合の作戦を立てようとしている西住先輩の表情に、私は衝撃を受けた。

 

何だか、“私なんて何の役にも立たない”と思われている様で、凄く悲しい思いが私の心に湧き上がる。

 

遣り切れない気持ちで、隣にいる秋山先輩に視線を移したその時。

 

私はハッとなる…私と同じ様な顔で、西住先輩を見守っていた秋山先輩が私と目を合わせると、何か“決意した表情”を浮かべつつ、私に向かって頷いて見せたのだ。

 

それは、無言ではあるが「これから一緒に、西住殿を助けませんか?」と言いた気な表情だった。

 

勿論…私も無言で、秋山先輩へ向かって頷いて見せた。

 

 

 

 

 

 

その翌日の午後。

 

此処は、放課後を迎えた大洗女子学園。

 

西住 みほ達“あんこうチーム”メンバーの内、秋山 優花里を除く四人は、今日学校に来なかった優花里の事を心配しながら下校していた。

 

 

 

「秋山さん、結局練習に来ませんでしたね」

 

 

 

「メールは、返って来た?」

 

 

 

「全然…電話掛けても圏外だし」

 

 

 

華が今日戦車道の練習に来なかった優花里の事を心配していると、みほが沙織へ優花里と連絡が取れたかと問い掛けたが、沙織は困惑した表情で“全く連絡が取れない”と告げる。

 

 

 

「如何したんでしょう?」

 

 

 

その会話を聞いた華が、更に心配そうにしていた時。

 

麻子が、“今日、戦車道の練習に来なかった娘”が()()()()()()のを思い出す。

 

 

 

「そう言えば…今日、秋山さんだけじゃなくて、原園さんも練習に来なかったな。如何したのだろう?」

 

 

 

その言葉を聞いたみほが頷きながら「そうだね。まさか……」と、何か考え込んでいた時。

 

嵐と同じニワトリさんチームの砲手・野々坂 瑞希が息を弾ませながら、駆け寄って来た。

 

 

 

「ああ、丁度良かった…秋山先輩、未だ帰って来ていないみたいですね?」

 

 

 

「あっ、“ののっち”。何かあったの?」

 

 

 

みほ達の前で、荒く息を吐きながら呼吸を整えている瑞希に向かって、沙織が心配そうな表情で問い掛けると、瑞希は深呼吸をしてから思わぬ事を言い出した。

 

 

 

「何かあった処じゃないですよ。実は……」

 

 

 

「「「「ええっ!?」」」」

 

 

 

瑞希からの話を聞いたみほ達は、一斉に驚く事となった。

 

 

 

この時の瑞希の話を総合すると、以下の通りである。

 

実は、嵐も今日学校に姿を見せていないのである。

 

そこで先程、瑞希がニワトリさんチームのメンバーを代表して、嵐が下宿している鷹代の家へ電話(スマートフォン)を掛けて鷹代から事情を訊いた所、「今朝早く嵐が家を出た時、()()()玄関に秋山 優花里が待ち合わせており、二人は一緒に登校した筈だ」と聞かされたのだ。

 

 

 

「ですから秋山先輩は、恐らく今朝から“嵐を連れて何処かへ行っている可能性が高い”と思われるのです」

 

 

 

みほ達が驚きの声を上げ終わったタイミングで、漸く落ち着いた表情に戻った瑞希が説明を締め括ると、みほが瑞希に“ある質問”をした。

 

 

 

「それで、鷹代さんは?」

 

 

 

「それが不思議な事に、“今朝の出来事”を話した後は意味有り気に惚けるだけで、何も教えてくれないのです。如何やら、何か知っている様なのですが……」

 

 

 

瑞希は、みほの質問に対して困惑気味に答えると、今度は華が問い掛けて来た。

 

 

 

「それで、チームの他の皆さんは?」

 

 

 

「現状では、これ以上探し様が無いので、取り敢えず私の判断でチームの皆を学園の寮へ帰らせてから、皆さんに相談しようと思っていたのです」

 

 

 

華からの質問に、瑞希がみほ達に縋る様な口調で答えると、みほがこう話し掛ける。

 

 

 

「それなら、今から私達、秋山さんの家へ行こうと思っているのだけど、一緒に行く?」

 

 

 

「そう言えば、秋山先輩の家はこの学園艦にあるのでしたね…はい、お願いします」

 

 

 

みほからの誘いを受けた瑞希はそう答えると、安堵の表情を浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

 

それから暫く後。

 

みほ達“あんこうチーム”の四人と瑞希は、学園艦の甲板に設置された住宅街の一角に在る「秋山理髪店」と書かれた家へやって来た。

 

 

 

「あれっ…秋山さん家、床屋さんだったんだ」

 

 

 

「年季が入っていますね…丁度良いから、此処で髪を切っておこうかな?」

 

 

 

玄関を見て、初めて優花里の実家が床屋であると知った沙織が驚いている中、瑞希は自分の髪を弄りながら、散髪を此処でやろうかと思案している内に、みほ達が店の中へ入って行く。

 

すると客のいない店内では、暇を持て余している夫婦らしい男女がいた…如何やら、この二人が優花里の両親であり、この店を切り盛りしている様だ。

 

 

 

「あっ」

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 

 

散髪用の椅子に座って新聞を読んでいたパンチパーマの中年男性がみほ達に気付くと、その隣で座っていた妻らしい女性が声を掛けて来た。

 

 

 

「済みませーん。あの、優花里さんはいますか?」

 

 

 

店に入ったみほが話し掛けると、パンチパーマの中年男性は「あんた達は?」と問うたので、沙織が「友達です」と答える。

 

すると……

 

 

 

「友達…と、友達!?」

 

 

 

中年男性は、“自分の娘の友達がやって来た”と知らされた瞬間、慌てて椅子から立ち上がったので、その妻らしい女性が「お父さん、落ち着いて」と声を掛けたが、中年男性は慌て顔で反論する。

 

 

 

「だって、お前…“優花里の友達”だぞ!?」

 

 

 

しかし妻…優花里の母親は冷静さを保ったまま、夫…つまり優花里の父親へ「分かってますよ」と語り掛けた後、みほ達に向かって丁寧な挨拶をした。

 

 

 

「何時も優花里がお世話になってます」

 

 

 

そこへ優花里の父親が慌てた表情のまま、土下座をしてみほ達へ挨拶をする。

 

 

 

「お…お世話になっております!」

 

 

 

「あ…あの」

 

 

 

父親の慌てぶりを目の当たりにしたみほ達が呆気に取られている中、辛うじてみほが声を掛けた所、優花里の母親がみほ達に向けて、こう答えた。

 

 

 

「優花里、朝早く家を出て、未だ学校から帰ってないんですよ…どうぞ、二階へ」

 

 

 

こうしてみほ達は優花里の母親の案内で、秋山家の二階にある優花里の部屋へ通された。

 

部屋には、第二次世界大戦末期の東部戦線で戦ったドイツ陸軍戦車中隊を舞台にした大ヒット劇画の主人公のポスターが貼られており、その左斜め上には、この作品の主人公を“女体化”した事で有名なある同人作家が描いたキャラクターのサイン入りポスターまで貼られている。

 

更に部屋の周囲には、戦車や自走砲を始めとする戦闘車輌のプラモデルの完成品や未組み立てのキットが多数置かれているだけでなく、本棚は戦車関係の資料で一杯。

 

おまけにジェリカンやら実物と思われる砲弾や対戦車地雷に軍服類、そして弾薬箱に年代物の無線機まであって、それを見たみほ達は「あーっ……」と、声を上げて驚いている。

 

特に瑞希は呆れた表情で、「此処まで“ガチ”の戦車マニアは、みなかみタンカーズにも居なかったですね……」と呟いていた。

 

すると、部屋の入り口から優花里の母親がお菓子を持ってやって来て「どうぞ、食べて頂戴」と声を掛けて来たが、そこへ優花里の父親が散髪用の鋏と櫛を持って現れると、こんな事を言い出す。

 

 

 

「あの~良かったら、待ってる間に散髪しましょうか?」

 

 

 

「お父さんは、いいから!」

 

 

 

優花里の父親による、お節介な発言を聞いた母親がすかさず叱ると、父親は「あっ……はい」と呟いて、トボトボと退出して行くが…その時、瑞希が苦笑いを浮かべながら、優花里の父親へ話し掛けた。

 

 

 

「あの…私、今度散髪しようと思うので、帰る時に予約しますね」

 

 

 

「あ…有難う!」

 

 

 

次の瞬間、優花里の父親は嬉し涙を浮かべると、瑞希に感謝しながら部屋から退出して行ったが、その様子を見た優花里の母親は、苦笑しながらみほ達へ謝った。

 

 

 

「済みません。()()()()()()()()()()()()のなんて、初めてなもんで…何しろずっと戦車、戦車で、気の合うお友達が中々出来なかったみたいで。戦車道のお友達が出来て、随分喜んでいたんですよ」

 

 

 

すると優花里の母親の話を聞いていた、みほと沙織が顔を向けあって喜ぶ。

 

その姿を見た瑞希も頷きながら微笑んでいると、優花里の母親が「じゃあ、ごゆっくり♪」と告げてから、部屋を出て行った。

 

 

 

「良いご両親ですね」

 

 

 

優花里の母親が部屋を出るのを見送った華がみほ達に告げると、瑞希が「そうですね」と答えてから、視線を麻子の方へ向ける。

 

すると麻子は、部屋の棚にあるIV号突撃戦車“ブルムベア”の模型の隣にある写真を見詰めていた…その写真は優花里が大洗女子学園に入学した時に、両親と一緒に撮影された物の様だ。

 

 

 

「……」

 

 

 

「冷泉先輩?」

 

 

 

その時瑞希は、優花里と両親の写真を見ていた麻子が、一瞬“辛そうな表情”になったのに気付いて心配そうに声を掛けるが、麻子は「いや…何でも無い」と、ぶっきら棒に答えただけだった。

 

その次の瞬間である。

 

突然、二階にある部屋の側面の窓が開いたと思ったら、そこから優花里が「よいっしょ……」と声を上げながら、部屋へ入って来た。

 

 

 

「あっ!」

 

 

 

「“ゆかりん”!?」

 

 

 

その様子を目撃したみほと沙織が仰天しながら優花里へ声を掛けると、某コンビニチェーンの制服姿の当人はキョトンした表情で、「あれっ、皆さんどうしたんですか?」と、みほ達へ問い掛けて来る。

 

だが…そこへもう一人、優花里と同じ制服姿の少女が、続けて同じ窓から入って来た。

 

 

 

『ああ、死ぬかと思った…って、先輩方!?』

 

 

 

「秋山さん…それに原園さんまで!?」

 

 

 

その少女…原園 嵐の姿と声を目の当たりにしたみほは、信じられない表情で彼女を見詰めながら、驚愕の声を上げたのである。

 

 

 

 

 

 

漸く“帰って来た”と思いつつ、秋山先輩宅の二階の窓から先輩の部屋へ入った私は、目の前に西住先輩達が座っているのを見て、思いっ切り驚いた。

 

勿論、西住先輩も秋山先輩と私がコンビニの制服姿でやって来たのを見て驚いていたし、更に五十鈴先輩が「連絡が無いので、心配して……」と問い掛けて来たので、まず秋山先輩から“連絡が出来なかった理由”を答える。

 

 

 

「済みません、電源を切ってました」

 

 

 

『と言うか、秋山先輩から“隠密行動だから、スマホ使用禁止”と言われていました……』

 

 

 

続けて、私も連絡が付かなかった理由を補足説明すると、武部先輩が怒った表情で「ってか、何で玄関から入って来ないのよ!?」と、私達へ向けてツッコんで来る。

 

すると秋山先輩は、「こんな格好だと、父が心配すると思って……」と弁解したので、皆は「「「「あー……」」」」と納得したが、更に私は自身の事情も説明した。

 

 

 

『流石に私は、前の晩鷹代さんに事情を説明したけれど…でないと、鷹代さん凄く怒るし』

 

 

 

「あー、だから鷹代さん、さっきの電話では意味有り気に『如何したんだろうね?』と惚けた振りをして、私達には黙っていたんだ」

 

 

 

すると、瑞希が“やれやれ”と言わんばかりにボヤいているのに気付いたので、私も「“ののっち”、アンタも居たの……」と、ボヤき返したその時。

 

秋山先輩が一本のメモリースティックを取り出すと、元気一杯な声で皆へこう告げた。

 

 

 

「でも、丁度良かったです…是非、“見て頂きたい物”があるんです!」

 

 

 

しかし此処で、瑞希が何故か胡散臭そうな表情を浮かべながら、私達に質問をする。

 

 

 

「あの…その前に、秋山先輩と嵐に伺いたい事があるのですけれど?」

 

 

 

「『はい?』」

 

 

 

「その分だと、秋山先輩は嵐を“拉致”して、“旅”に出ていたみたいですね。秋山先輩がチーフディレクターで、嵐がカメラ担当のディレクター。そして行先は…サンダース大付属の学園艦かな?」

 

 

 

突然の問い掛けに、戸惑っていた私達に向かって、瑞希が彼女なりの“推理”を披露すると、秋山先輩が驚いた表情で答える。

 

 

 

「おおっ…流石は野々坂殿、鋭いです!」

 

 

 

でも私は、此処で今日一日の“旅”の中で起きた出来事を思い出すと、疲れ切った表情を浮かべながら瑞希に向けて、一言愚痴を零した。

 

 

 

『そうなのよ、瑞希…私、秋山先輩に誘われて付いて行ったら、トンデモない目に……』

 

 

 

だが此処で、私からの愚痴を聞かされた秋山先輩から、不満そうな声が上がる。

 

 

 

「昨日話をしたら、“一緒に行きます”って言ったのは、原園殿ではないですか?」

 

 

 

『いや、それはそうですけれど……』

 

 

 

私も、思わず秋山先輩へ言い返そうとしたので、そこから先輩との間で口論が起こりそうになったが、此処で話を聞いていた冷泉先輩が、呆れた表情で一言私へツッコんで来た。

 

 

 

「原園さんは、まるで“北海道ローカルTV局の旅番組”で、“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”みたいだな?」

 

 

 

先輩からのツッコミを受けた私は、一瞬でそれが“()()()()()()()()”分かったので憮然となったが、直ぐ気を取り直すと、済まない気持ちのまま西住先輩達へ説明をした。

 

 

 

『それは兎も角、先輩方。秋山先輩が動画を用意していますので、これからそれを見ながら、今日一日先輩と私が“何をしていた”のかについて、説明をします』

 

 

 

「はい、是非ご覧下さい!」

 

 

 

私とは対照的に、秋山先輩は元気一杯な表情で、これから動画を見せる事を西住先輩達に告げた。

 

こうして、秋山先輩と私は“命懸け”で撮影して来た動画を西住先輩達に見せながら、今日一日、何をやっていたのかを説明する事になったのである。

 

 

 

(第32話、終わり)

 





今回も最後まで読んで下さり、有難う御座います。

2020年最初の回は、第32話をお送りしました。
今回は全国大会の抽選会が終わってから、次の展開へ繋げる話となった為、少々内容が薄いかも知れませんが、次へ繋げる伏線もありますので、色々と妄想して頂けると幸いです。
特に「サンダースに居る嵐ちゃんの親友」の正体…この親友のモデルは艦これを知っている人なら、察する事が出来るはずですが…一体誰なのでしょうね?(オイ)

それでは、次回「実録!突撃!!サンダース大付属高校・舞台裏スペシャルです!(笑)」をお楽しみに。



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第33話「実録!突撃!!サンダース大付属高校・舞台裏スペシャルです!(笑)」


前回投稿後、通算UAが50.000を突破しました。
何時もご覧になっておられる皆様のおかげです。
誠に有難う御座います。
ここ最近は公私共に厳しい状況ですが、今後も頑張りますので宜しくお願いします。

追伸・遂に地元のTV局でも「水曜どうでしょう」最新作放送開始だぜ…って先日、偶々YouTube見ていると、どうでしょうD陣がWoTやっているので仰天して居たら、どうでしょう祭り2019にWoT出展していたんだな(歓喜)。



 

 

 

これは、今朝の出来事である……

 

 

 

『あの…秋山先輩?』

 

 

 

「何でしょうか、原園殿?」

 

 

 

『今、私達が乗り込んだコンテナ船は、陸の港と学園艦を結んでいるコンビニの定期便ですよね?』

 

 

 

「そうですよ」

 

 

 

『で、私達もコンビニの制服を着ていますけど?』

 

 

 

「それが如何かしましたか?」

 

 

 

『あの…若しかして、今からこのコンテナ船に乗って密航……』

 

 

 

「密航じゃありません。“潜入”です!」

 

 

 

『はあ?』

 

 

 

「だから昨日、“西住殿とチームの皆の勝利の為にも、明日は対戦相手であるサンダース大学付属高校に関する()()()()()()()と話したではありませんか?」

 

 

 

『確かに、そうですが…まさか!?』

 

 

 

「そうです。今から、これに乗ってサンダース大付属へ潜り込むのです♪」

 

 

 

『いや、こら拉致だよ!誘拐だよ!帰してよ!』

 

 

 

「落ち着いて下さい、原園殿!?」

 

 

 

次の瞬間、秋山先輩は話を聞かされて仰天した私の口を塞ぐと小声で、「今の声が聞こえたら、折角の作戦が台無しです。気を付けて下さい」と忠告したので、私も黙って頷くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

全ての始まりは、昨日の夕方の事だった。

 

戦車道全国高校生大会・組み合わせ抽選会からの帰りに乗った連絡船の甲板上で、生徒会から「絶対に勝て!」とのプレッシャーを受けた西住先輩が、全国大会初戦のサンダース大付属との対戦へ向けて作戦を考えている様子を目の当たりにした私は、その場に居合わせた秋山先輩に誘われて連絡船内の一室へ連れて来られた。

 

そこで秋山先輩から「西住殿やチームの皆を助ける為、明日は学校へ行かずに、()()()()()()()()()()()()()()()()を行おうと思うのです」と告げられると同時に、「原園殿にも是非、私の助手として同行して頂きたいのです」と頼まれたのだ。

 

私が『成程……』と頷くと、秋山先輩は話を続ける。

 

 

 

「特に原園殿は、今日喫茶店で野々坂殿から伺いましたが、この春の高校入試ではサンダース大付属も受験されたとか?」

 

 

 

『はい…母から“大洗へ行くなら、()()()()として絶対に受けろ”って言われて、嫌々でしたが入試は向こうの学園艦まで行って受けました。それに……』

 

 

 

「それに?」

 

 

 

『実を言うと、その試験は()()()()()()()()()()()だったのです。母が勝手に手続きをして…その関係で私は入試の後、当時の次期隊長と次期副隊長に呼ばれて、そこの戦車道チームへオリエンテーションに行ったのです』

 

 

 

「おおっ…本当ですか!?」

 

 

 

『はい…ですから、サンダースの事ならある程度までは分かります』

 

 

 

「それは心強い!是非一緒にお願いします!」

 

 

 

と言う訳で、秋山先輩からの頼みを引き受けた私は、帰宅すると大叔母さんの鷹代さんへ「明日は、こう言う事情で学校をズル休みしてしまうのだけど……」と恐る恐る告白したが、てっきり怒ると思っていた鷹代さんは、()()()人の悪い笑みを浮かべると、「そうかい…学校には、私が適当に理由を作って伝えて置くから、くれぐれも事故には気を付けるんだよ」と語り、呆気無く許してくれた。

 

今にして思えば…戦車道に詳しい鷹代さんは、私の話から秋山先輩の企みを見抜いていたのかも知れない。

 

何故なら、戦車道では“試合前の偵察・スパイ行為はルール上承認されている”のだ…だからこそ、何時もは“学校をズル休みするなんて以ての外”と考えている鷹代さんが珍しく許してくれたのだろう。

 

何故、秋山先輩から話を聞いた段階で気付かなかったのよ、私の馬鹿!

 

と言う訳で、単純にも“対戦相手の()()()()”だと思い込んでいた私は、秋山先輩に騙されて(?)、一緒に大手コンビニチェーンが学園艦に有る各店舗への物資輸送用に定期運航している“配送用大型コンテナ船”に乗り込むと、サンダース大付属の学園艦へ()()…いや“潜入作戦”を決行する事になったのだ。

 

 

 

 

 

 

それから数時間後、私達は無事にサンダース大付属の学園艦へ辿り着いた。

 

この学園艦は、現在日本に存在する学園艦の中では、最大且つ最新鋭である事で知られており、学園艦に詳しい人達の間では「この艦は建造計画が立てられた当時、横須賀を事実上の母港としていた米海軍の原子力空母『ジョージ・ワシントン』をモデルに設計された」と伝えられている。

 

そんな学園艦へ足を踏み入れた私と秋山先輩は、徒歩でサンダース大付属の正門へやって来た。

 

 

 

「私達は今、サンダース大学付属高校へ来ています…では、潜入します」

 

 

 

艦内に入ってからは、私が秋山先輩から託されたハンディカメラで周囲の撮影を担当し、秋山先輩は都度都度、私に撮影ポイントの指示をしながらナレーションを吹き込んでいる。

 

その様子を見た私は、撮影の合間に呆れ顔でこんな質問をした。

 

 

 

『潜入作戦をやる以上、撮影をするのは分かりますが…こんなに手の込んだナレーションまでやって如何するのですか?』

 

 

 

「帰りに編集して、西住殿やチームの皆さんに見て貰うのですよ」

 

 

 

『はあ……』

 

 

 

そんな秋山先輩の徹底ぶりには、呆れる他ない。

 

まるで“髭面と甘い物好き”として知られる()()()()()()()T()V()()()()()()()()()()みたいだ…私を騙してサンダース大付属の学園艦へ連れ込む悪どさまで、そっくり(苦笑)。

 

等と思っている内に、私達は校内のトイレに入ると、潜入作戦を遂行するべく、コンビニの制服からサンダース大付属の制服へ着替えようとしていた。

 

そんな中、秋山先輩は未だナレーションを続けている。

 

 

 

「では、無事潜入出来ましたので、サンダースの制服に着替えたいと思い……」

 

 

 

でも私は、北海道ローカルTV局の名物旅番組に出て来る“騙され易いローカルタレント(もじゃもじゃ頭)と違って、遣られっ放しでは済まさない性格なんだよね。

 

 

 

『騙されて連れて来られた腹いせに、秋山先輩の着替えを盗撮してやる!』

 

 

 

着替え中の秋山先輩は、私のハンディカメラが回り続けている事に気付いていない。

 

それを良い事に()()()()を思い付いた私は、柄にも無く邪悪な笑みを浮かべると、壁越しにハンディカメラで隣のトイレで着替えていた秋山先輩を撮影し続けたのだが……

 

 

 

「…ハッ!」

 

 

 

はい、あっさり気付かれました。

 

 

 

パコン☆

 

 

 

「これで、何処から見てもサンダース校の生徒です…駄目ですよ、原園殿。盗撮なんかしちゃあ?」

 

 

 

トイレから廊下へ出た後、妙に明るいテンションで話し掛けて来る秋山先輩。

 

そして……

 

 

 

『ゴ…ゴメンなさ~い(涙)』

 

 

 

こうして着替えの盗撮がバレた私は、頭に大きな瘤を作ると、心の底から秋山先輩へ謝罪しました…頭の瘤は誰が作ったのかは、言わなくても分かりますよね?

 

 

 

そんな事をしている内に、“本物”のサンダース大付属の生徒達が私達の目の前までやって来た。

 

すると、機先を制して秋山先輩が手を振りながら“サンダース流”の挨拶をする。

 

 

 

「ハーイ!」

 

 

 

「「ハーイ!」」

 

 

 

堂々とした態度の秋山先輩を見た“本物”の生徒達は、私達の正体に気付かないまま手を振って答えていた。

 

 

 

「皆フレンドリーです、バレてません♪」

 

 

 

『わ…私のウィッグ(カツラ)もですか?』

 

 

 

「勿論です♪」

 

 

 

何時正体がバレるのかと、不安で堪らない私に向かって、笑顔で安心する様にと答える秋山先輩。

 

因みに私と秋山先輩は、この時点でサンダース大付属の制服に着替えているが、私は更に“金髪で毛先がカールしたセミロングのウィッグ”を被っていた。

 

何故なら、私の地毛である癖の強い赤毛は遠くから見ても目立つ為、この様な潜入作戦では隠さないと不味いと思っていたし、もう一つ隠さないといけない理由があった。

 

 

 

『良かった…私は入試の時、此処の隊長達に顔を覚えられている上に“みなかみタンカーズ”時代の親友も進学しているから、何時バレるのかと不安で……』

 

 

 

「この分なら大丈夫ですよ、堂々としていましょう…それで戦車道チームが使う戦車の格納庫は、この先で間違いありませんね?」

 

 

 

『はい、此の儘真っすぐです』

 

 

 

私は、地毛を隠している“もう一つの理由”を秋山先輩へ小声で語ったが、秋山先輩は心配要らないとばかりに私を励ましながら、戦車道チームの戦車が置かれている格納庫への道順を確認していた。

 

 

 

 

 

 

こうして私達は、戦車道チームの戦車格納庫の中へ入って行った。

 

此処は、私が推薦入試を受けた後に当時の次期隊長…今は正式な隊長である“ケイ”さんの案内で訪問した事がある為、場所を知っている私が秋山先輩を案内したのだ。

 

すると、格納庫の中を見た秋山先輩が、興奮しながら格納庫内に駐車している、M4“シャーマン”中戦車の各形式について説明した。

 

 

 

「凄いです、シャーマンがズラリ…あれはM4A1型、あっちはM4無印、ああっ、僅か75輌しか造られなかったA6があります!」

 

 

 

その様子を目の当たりにした私は、呆れ顔を浮かべながら小声で秋山先輩へ向けて囁く。

 

 

 

『秋山先輩、M4の細かいバリエーションの違いまで分かるのですか…私、M4の形式は搭載砲が75㎜と76.2㎜と105㎜のいずれかと、サスペンションがVVSS*1とHVSS*2のどっちかの組み合わせでしか区別しないのですが?』

 

 

 

「それはいけませんねぇ、原園殿。今度その違いを細かく…あっ!」

 

 

 

この時、私にM4“シャーマン”各型の見分け方で説教しようとした秋山先輩だったが、次の瞬間格納庫に並んでいるM4A6を点検しているらしいサンダース大付属の生徒三人と目が合ったので、直ぐ様彼女達へ声援を送る。

 

 

 

「あのっ、1回戦頑張って下さーい!」

 

 

 

すると、三人の生徒が秋山先輩へ向かって笑顔で“サムズアップ(親指を立てる)”サインを決めていた時、戦車格納庫内に放送が響き渡る。

 

 

 

「戦車道履修生へ告ぐ。これより戦車道全国大会1回戦のブリーフィングを行う。戦車道履修生は全員、ブリーフィングルームへ集合せよ」

 

 

 

その放送を聞いた秋山先輩が「原園殿、早速ですがブリーフィングルームまで案内して頂けますか?」と私に問うて来たので私も頷くと、“本物”の生徒達と一緒にブリーフィングルームへ向かう事にした。

 

 

 

私達がブリーフィングルームに着いた頃には、ちょっとした講堂と同じ位の広さがあるブリーフィングルームは、既にサンダース大付属の戦車道履修生で一杯だった。

 

 

 

「全体ブリーフィングが始まる様です」

 

 

 

席に着くと、私がカメラを隠し撮りする準備を手早く済ませたタイミングで、秋山先輩がナレーションを入れて来る…ホントに先輩、肝が据わっているなあ。

 

すると、ブリーフィングルームの壇上に三人の生徒が登壇する。

 

あれは隊長の“ケイ”さんと、副隊長でチーム№2の“ナオミ”さん、同じく副隊長でチーム№3の“アリサ”さんだ。

 

私は入試の時、あの三人に案内されてこのチームの見学をしているので三人の顔を知っているが、同時に私の顔も彼女達に知られている。

 

そこで私は、赤毛を隠す為に金髪のウィッグを被っているが、更に顔を俯き加減にして向こうから自分の表情が分かり難い様にした。

 

丁度その時、“アリサ”さんが落ち着いた口調で、全体ブリーフィングを開始する。

 

 

 

「では、1回戦出場車輌を発表する」

 

 

 

続いて“アリサ”さんの口から、私達との試合で出場する戦車の形式と数が告げられた。

 

 

 

「ファイアフライ1輌、シャーマンA1・76.2㎜砲搭載型1輌、75㎜砲搭載型8輌」

 

 

 

“アリサ”さんの説明に合わせて、壇上にある巨大モニターに出場する戦車(全てM4“シャーマン”のバリエーションだけど)の画像が映し出されると同時に、秋山先輩が「容赦無い様です」と、的確なナレーションを入れる。

 

事実、昨日西住先輩は、「初戦だから、ファイアフライは出て来ないと思う」と予想していたので、これを覆す情報を入手出来たのは、こちら側としては非常に大きい。

 

すると今度は、隊長の“ケイ”さんが気合の入った声で、ある“重要な議題”を発表した。

 

 

 

「じゃあ次は、フラッグ車を決めるよ!OK!?」

 

 

 

「「「Yeaaaah!」」」

 

 

 

“ケイ”さんの掛け声に、履修生全員がノリノリで返事をする様子を見た秋山先輩がすかさず、「随分とノリが良いですね。こんな所までアメリカ式です」と、ナレーションを入れたその時。

 

 

 

「Waaaaa!」

 

 

 

履修生全員が再び歓声を上げる。

 

その姿を見た秋山先輩が、「あっ、フラッグ車が決まった様です」とナレーションを入れて来たので、私も壇上の巨大モニターを見た所、M4A1・76.2㎜砲搭載型がフラッグ車に決まったらしいと直感した次の瞬間。

 

 

 

「何か、質問は?」

 

 

 

「あっ、はい!小隊編成は如何しますか?」

 

 

 

何と“アリサ”さんからの“質問タイム”に、秋山先輩が真っ先に手を上げたのだ。

 

私は「下手をしたら正体がバレる!」と思い、気が気でなかったが、秋山先輩が堂々と質問した所為か、壇上にいる“ケイ”隊長は、私達が“スパイ”である事に気付かないまま質問に答え始めた。

 

 

 

「Oh!良い質問ね♪今回は()()()2個小隊は組めないから、3輌で1小隊の1個中隊にするわ」

 

 

 

秋山先輩の質問に対して、ハキハキした口調で答える“ケイ”隊長の説明を聞きながら、私は「成程……」と思った。

 

フラッグ車を“中隊長車”扱いにして、残り9輌で3個小隊を組む…これは、現在のロシア陸軍の戦車中隊と同じ編制だね。

 

因みに、“ケイ”隊長が「完全な2個小隊は組めない」と言ったのも理由がある。

 

これは、第2次世界大戦中の米陸軍戦車中隊が5輌で1小隊の3個小隊と中隊本部に2輌の合計17輌で編制されていた事に由来する。

 

今回の試合の場合、出場出来る戦車の最大数は10輌だが、此処で“5輌で1小隊”の2個小隊編成にすると、フラッグ車を()()()()()()()に配属しなければならなくなる。

 

だがサンダースとしては、フラッグ車は小隊に配属せず、独立して動かしたいのだろう。

 

勿論、そうした方が相手からフラッグ車を狙われた時、直ぐに逃げられると言うのもあるだろう…兎に角、全国大会では“フラッグ車を撃破されると負け”なのだ。

 

と言う訳でサンダースは、“フラッグ車の独立行動が可能な部隊編成”にしたと考えられる。

 

 

 

続いて秋山先輩は、“ケイ”隊長に「フラッグ車のディフェンスは?」と、具体的な作戦に関する質問をぶつける…私、正直何時バレるか心配で堪りません。

 

だが“ケイ”隊長は、未だ私達の正体に気付かないらしく、自信たっぷりに右手で“L”の字を作って前方へ突き出すと、こう言い放った。

 

 

 

「Nothing!」

 

 

 

その答えを聞いた秋山先輩も驚いて「敵には、Ⅲ突とイージーエイトがいると思うんですけど?」と問い掛けたが、“ケイ”隊長は胸を張ると、こう豪語する。

 

 

 

「大丈夫!1輌でも全滅させられるわ!」

 

 

 

「「「Oh!」」」

 

 

 

周囲から、隊長の発言を聞いた仲間達のどよめき声が上がる。

 

そんな中、私は一人『へぇ…大した自信じゃないですか?』と心の中で呟きながら、顔は俯いたままだけど、不敵な表情を浮かべた。

 

流石の“ケイ”さん達も、私が対戦相手の大洗女子に居るとは夢にも思っていないだろうから当然か…と思っていたその時!

 

 

 

「見慣れない顔ね!?」

 

 

 

壇上から、隊長と秋山先輩の会話を聞いていた副隊長の“ナオミ”さんが、秋山先輩の顔を見て“自分達の仲間では無い”と勘付いたのだ!

 

 

 

「へっ!?」

 

 

 

『!?』

 

 

 

思わず驚きの声を上げる秋山先輩と、声には出さないが心中穏やかではない私。

 

そして次の瞬間!

 

 

 

「一寸、そこの貴女…貴女も見た事の無い顔だけど!?」

 

 

 

私の隣の席から、秋山先輩の左隣に座っていた私を怪しむ声がした!

 

 

 

『え…えっ!?』

 

 

 

次の瞬間、弁解しようとして声がした方へ振り返った私は、()()()()()()()()()()を受けた。

 

其処に座っている少女は…セミロングの黒髪を後ろで一つ三つ編みにして、更にその先を赤いリボンで括っている。

 

更に、前髪の一部は左右に広がり気味でこれが子犬の様な“可愛い”印象を与えているのだが、今は金髪のウィッグ姿の私を睨んでいる。

 

その姿は、まるで自分の飼い主の家の玄関に知らない人が来たので、今にも吠えようとしている子犬の様だ。

 

実は、その少女こそ…群馬みなかみタンカーズ時代の私の数少ない“親友”だったのだ!

 

 

 

『え~と、あの、その……』

 

 

 

「直ぐに答えられないだなんて怪しいね…誰!?」

 

 

 

思わず、この場を取り繕うつもりで言葉を選んでいる私と、私に対して男の子っぽい口調で追求を続ける彼女の様子を見て、ブリーフィングルームに集まっていた履修生達もざわつきながら、私達へ疑惑の視線を向ける。

 

そこへ壇上の“ナオミ”さんが、止めとばかりに私達を詰問して来る。

 

 

 

「所属と階級は?」

 

 

 

その瞬間、秋山先輩は立ち上がると、大声で素早く回答した……

 

 

 

「えっ、あのー、第6機甲師団()()()()()()3()()()()であります!」

 

 

 

な…何だってー!

 

余りにもバレバレな“偽名”を聞かされて、仰天する私。

 

そして……

 

 

 

「あっ!」

 

 

 

「偽物だー!」

 

 

 

“アリサ”さんが驚き、“ナオミ”さんが大声で叫ぶ中(但し“ケイ”さんは秋山先輩の()()がツボに嵌まったのか、口を押えて笑っていたが)、秋山先輩が「わぁー!」と叫びながら、『あわわ…!』と口走りつつパニックに陥っていた私の手を引くと、脱兎の如き勢いでブリーフィングルームから逃げ出した。

 

 

 

「一寸待ちなさい…追え!」

 

 

 

直ぐ様、壇上から“ナオミ”さんが履修生達へ“私達を捕まえる様に”と指示を出すが、当然私達も黙って捕まるつもりは無く、必死になってブリーフィングルームの出口を目指して走り出す。

 

だが其処へ、私の隣の席に居た少女が「待てっ!」と叫んだ直後、猛烈なダッシュで私の直ぐ後ろまで迫ると、いきなり私の“髪の毛”を摑んだ!

 

だが…それは、私が被っていた金髪のウィッグだった。

 

当然、彼女が摑んだウィッグは外れて、私の赤い地毛が露になる。

 

 

 

『ああっ!』

 

 

 

「えっ…嵐、君なの!?」

 

 

 

正体がバレて悲鳴を上げる私を見た“彼女”は、一瞬目を大きく見開いて驚愕の表情を浮かべたが、直ぐに怒りの表情へ変わると、犬が吠える様な勢いで叫びながら、私達を追い続ける。

 

 

 

「嵐、何でアンタが此処に居るんだよ!?待ちなさい!」

 

 

 

『ああ…御免なさい!』

 

 

 

追って来る“彼女”へ詫びを入れながら、秋山先輩の先導で逃げる私は、ブリーフィングルームの出口から艦内通路へ飛び出すと、秋山先輩の後ろから必死になって艦内通路を走り抜けた。

 

追って来た“彼女”も私に続いて艦内通路へ駆け出したが、何故か直ぐに追跡を諦めた…いや。

 

彼女は恐らく、艦内通路の各所にある隔壁扉の段差に躓いて転倒すると自分が大怪我をする危険があるのに気付いて、追跡を断念したのだろう。

 

 

 

「嵐!この裏切り者ー!」

 

 

 

逃げる私達の後ろから、“彼女”が腹の底からの金切り声で私を責めるのが聞こえた……

 

 

 

一方、その声を聞いた私も、逃げながら秋山先輩へさっきの“偽名”について文句を言う。

 

 

 

『秋山先輩、何が悲しくて「2()4()()()()()()()()()()()()()()()()()*3がやった役を偽名にしたのですか!?』

 

 

 

「えっ、そうなのですか?」

 

 

 

『もう!戦車の事は詳しいのに、そう言う事は全然ですか…信じられない!』

 

 

 

私のツッコミが今一つ理解出来なかったらしい秋山先輩の返答に呆れた私は、先輩へ文句を言ったが当人はそれに答えず、代わりにカメラマン役である私に走りながら指示を出した。

 

 

 

「まあ、それは兎も角、カメラを此方へお願いします」

 

 

 

『!?』

 

 

 

先輩からの指示に呆れながら、私は走りながらカメラを先輩の方へ向けると…秋山先輩も逃げながら、カメラに向かってこんなナレーションをやったのだ。

 

 

 

「有力な情報を入手しました。これでレポートを終わります!」

 

 

 

『先輩!この後捕まったら、一体如何するのですか!?もうやだぁ!』

 

 

 

余りにも現実離れした秋山先輩の行動を目にした私は、今日一番の悲鳴を上げながら、秋山先輩と共に“死にそうな思い”でサンダース大付属の学園艦から脱出したのだった……

 

 

 

(第33話、終わり)

 

 

*1
水平渦巻スプリング・サスペンションの略。M4中戦車の多くのモデルが採用していた懸架装置の形式。古い貨車の台車の様な印象の外観が特徴。

*2
垂直渦巻スプリング・サスペンションの略。1944年9月以降に生産されたM4中戦車の一部形式で採用された、改良型の懸架装置の形式。外観はVVSSよりも近代的で、トラックのトレーラーの車台の様にも見える。因みに“ニワトリさんチーム”のM4A3E8は、この懸架装置を採用している。

*3
これ、実話である。この人もアカデミー栄誉賞、ハリウッド殿堂入りを果たしている名俳優。




ここまで読んで下さり、有難う御座います。
第33話をお送りしました。

と言う訳で、今回は原作第5話の目玉(笑)「実録!突撃!!サンダース大付属高校」の模様を舞台裏込みでお届けしました。
原作では、秋山殿1人で“潜入”をやった訳ですが、本作でも同じでは芸が無い!(迫真)
と思いまして、本作では秋山殿が嵐ちゃんを“拉致”(爆)する形にして、2人で作戦を決行する事となりました。
おかげで、嵐ちゃんは酷い目に遭った訳ですが、主役だからちかたないね(笑)。
一方、今回姿は見せたものの名前は明かされなかった嵐の“親友”ですが、彼女の正体は次々回明かされる予定ですので、もう暫くお待ち下さい。

そして、次回はサンダース大付属の学園艦から秋山殿と嵐ちゃんが帰って来た後の大洗女子の様子を綴って行きますので、楽しみにして下さい。



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第34話「もう直ぐ、全国大会1回戦です!!」


今回はタイトル通り、全国大会前最後の話となります。
それでは、どうぞ。



 

 

 

此処は、前々回から引き続き「秋山理髪店」の店舗兼住宅の2階にある秋山 優花里先輩の部屋。

 

今日、学校に来なかった秋山先輩と私を探しに、この部屋までやって来た西住先輩達“あんこうチーム”のメンバーと瑞希は、秋山先輩と私が撮影した「実録!突撃!!サンダース大付属高校」なるタイトルの動画を部屋にあるTVで見ていた。

 

その動画の最後に、次の様なテロップが流れる。

 

 

 

出演 秋山 優花里

 

   原園 嵐

 

撮影 原園 嵐

 

編集 秋山 優花里

 

協力 みんなのコンビニ・ファミリーサンクル

 

   サンダース大学付属高校

 

協賛 秋山理髪店

 

 

 

こうして、秋山先輩と私が(命懸けで)撮影した動画の再生が終了すると、TVの前に座っている冷泉先輩が、呆れた口調で動画を見た率直な感想を語った。

 

 

 

「何という無茶を……」

 

 

 

それに対して、秋山先輩が元気一杯な声で「頑張りました!」と返事をしたが、今度は武部先輩が不安そうな声で秋山先輩へ「いいの…こんな事して?」と問い掛ける。

 

すると、秋山先輩は“心配無用”とばかりに、こう語った。

 

 

 

「“試合前の偵察行為”は、承認されています」

 

 

 

確かに…戦車道では、試合前に相手側の情報を収集する為の“偵察或いはスパイ行為”を行う事が認められている。

 

だが秋山先輩の説明には“語られていない部分”があるので、代わりに私が補足説明する事にした…私を“拉致”同然の手段で、対戦校の潜入作戦へ巻き込んだ秋山先輩に対する文句も兼ねて。

 

 

 

『でも本当に捕まるかと思いました…秋山先輩、若しも相手側に身柄を拘束されたら、()()()()()()()()()()()()のですよ!?』

 

 

 

「原園殿、ちゃんと逃げ出せたから良かったでは無いですか?」

 

 

 

『それは、そうですけど……』

 

 

 

しかし、当の秋山先輩はキョトンとした表情で答えたので、私は困惑した表情で言い返すのが精一杯だった。

 

そんな中、秋山先輩は再生が終わった動画を収めたメモリースティックを、差し込んでいたTVから抜き取ると、それを西住先輩の前に差し出して、こう語る。

 

 

 

「西住殿…オフラインレベルの仮編集ですが、参考になさって下さい」

 

 

 

すると西住先輩は、嬉しそうな表情で秋山先輩が差し出したメモリースティックを受け取った後、明るい声で御礼を言った。

 

 

 

「有難う。秋山さんのお陰でフラッグ車も分かったし、頑張って戦術立ててみる!」

 

 

 

私は、西住先輩の嬉しそうな声と表情を見て、こう思った。

 

ああ、やっぱり秋山先輩は凄いよ…私も“西住先輩の為に何とかしなきゃ”とは思っていたけれど、此処迄やろうとは考えもしなかった。

 

“秋山先輩、私を拉致しただなんて文句を言って済みませんでした”と、心の中で秋山先輩へ謝罪していた所、西住先輩達の直ぐ後ろに座っている瑞希が私に向かってニヤニヤ笑っていたので、思わず私は瑞希を睨み返すが、当人は悪びれずに“てへぺろ”顔を私に見せ付けて居る。

 

すると、その様子を見ていた武部先輩と冷泉先輩が、心配そうな表情で秋山先輩と私へ声を掛けて来た。

 

 

 

「無事で良かったよ。“ゆかりん”に“らんらん()”も」

 

 

 

「2人共、怪我は無いのか?」

 

 

 

『はい…秋山先輩も私も、奇跡的に掠り傷一つ無く』

 

 

 

「ドキドキしました」

 

 

 

私は直ちに、心配を掛けた先輩達へ申し訳無い表情で返事をすると、五十鈴先輩が私達の“潜入作戦”についての感想を率直に述べた。

 

その次の瞬間である。

 

 

 

「心配して頂いて恐縮です…態々家まで来て貰って」

 

 

 

先輩達の声を聞いた秋山先輩が少し目を潤ませながら、嬉しそうに感謝の言葉を述べたのだ。

 

その言葉を聞いた五十鈴先輩が「いいえ、お陰で秋山さんの部屋も見れましたし」と返事をしたが、秋山先輩は目を潤ませ続けながら、話を続ける。

 

 

 

「あの…部屋に来てくれたのは、皆さんが初めてです。私、ずっと戦車が友達だったので……」

 

 

 

すると話を聞いていた武部先輩が、何時の間に持ち出したのか、秋山先輩のアルバムを眺めながら一言。

 

 

 

「ホントだ…アルバムの中、殆ど戦車の写真」

 

 

 

その姿を見た秋山先輩が、「えっ?」と不意を衝かれた表情で武部先輩へ問い掛けた所、武部先輩は不思議そうな声で、こんな事を言い出した。

 

 

 

「何で、パンチパーマ?」

 

 

 

実は、武部先輩が広げているアルバムのページの右上に、陸上自衛達の駐屯地祭で親が撮影したと思われる「赤外線投光器を装備した74式戦車をバックに、小学生時代の秋山先輩が写っている写真」が収められているのだが…確かに髪型が“パンチパーマ”である。

 

その写真を武部先輩の傍から覗き込んだ瑞希が「こ…これは!?」と絶句していると、秋山先輩が髪の毛を弄りながら、パンチパーマにしていた理由を説明した。

 

 

 

「癖毛が嫌だったし、父がしているのを見て“カッコイイ”と思って…中学からはパーマ禁止だったんで、元に戻したんですけど」

 

 

 

だが…その理由を聞いた武部先輩は、呆れた表情でこんな事を言い出す。

 

 

 

「いや…友達出来なかったの()()じゃなくて、この()()の所為じゃ?」

 

 

 

「同感です」

 

 

 

次の瞬間、同じく呆れ顔をしていた瑞希も武部先輩の意見に同調した結果、秋山先輩は意表を突かれた表情で「えっ!?」と当惑していた。

 

すると、その様子を五十鈴先輩と一緒に眺めていた冷泉先輩が、落ち着いた口調で話題を変える。

 

 

 

「何にせよ、1回戦を突破せねば」

 

 

 

その一言で、話題が戦車道全国大会初戦へ向けての話に変わると、冷泉先輩の隣に座っている五十鈴先輩がファイティングポーズを“可愛く”決めて「頑張りましょう!」と皆へ呼び掛けた。

 

 

 

『そうですね!』

 

 

 

五十鈴先輩の呼び掛けに、私も元気良く答えたが、此処で武部先輩が心配そうな表情を浮かべると、冷泉先輩へ“ある忠告”をする。

 

 

 

「一番()()()()()()()()()()のは、麻子でしょ?」

 

 

 

「何で?」

 

 

 

親友である武部先輩からの忠告に、冷泉先輩が平然とした表情で問い掛けると、武部先輩が不安そうな表情で、今後の冷泉先輩にとって“決定的な課題”を告げた。

 

 

 

「明日から、()()始まるよ!?」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

斯くして…“寝坊助にして遅刻魔”であるにも関わらず、明日から“全国大会へ向けての早朝練習”があると言う現実を理解出来ないまま、武部先輩へ一言洩らした冷泉先輩を見兼ねた私は、こうツッコまざるを得なくなった。

 

 

 

『冷泉先輩、“えっ”じゃないです!』

 

 

 

でも私は…このお陰で、潜入動画によって“みなかみタンカーズ時代の親友がサンダース大付属に居る”と言う事実を西住先輩達に知られたにも関わらず、この点について先輩達から問い詰められずに済んでいる事に、心の中で安堵していた。

 

勿論、何れは皆に告白しなければならない事を覚悟しながら……

 

 

 

 

 

 

こうして、何とか成功を収めた(?)サンダース大付属・学園艦への“潜入作戦”から数日後の放課後。

 

 

 

「それでは、本日の練習を終了する。解散!」

 

 

 

「「「お疲れ様でしたー!」」」

 

 

 

この日も戦車道全国大会へ向けての練習が終わり、集合場所の戦車格納庫の前で生徒会広報の河嶋 桃から練習終了の号令と皆の挨拶が終わると、各チームのメンバーは其々、この後の予定や下校中の帰り道に何処へ寄るかの話題で盛り上がっていた。

 

勿論、西住 みほ隊長率いる“あんこうチーム”も例外では無い。

 

 

 

「お疲れ様」

 

 

 

みほが皆へ声を掛けると、沙織がホッとした表情で答える。

 

 

 

「疲れた~“みなかみ戦車堂”の喫茶店で甘い物が食べたい!」

 

 

 

其処で、みほは「何か食べて帰る?」と問い掛けた所、沙織も「うん♪」と返事をしたのだが…次の瞬間、沙織の後ろに居た華がみほに気付かれない様に沙織の背中を押すと、彼女は“何か”を思い出したらしく、慌てて約束をキャンセルした。

 

 

 

「あっ…私達、一寸用事があるから“みぽりん”、先に帰って良いよ?」

 

 

 

「えっ…うん」

 

 

 

沙織の急な“心変わり”を目の当たりにしたみほは、その様子を不思議がりながらもチームの仲間達と別れて、戦車格納庫から立ち去った。

 

 

 

しかし…この直後。

 

何処からともなく戦車道履修生メンバーの内、生徒会三役を除く全員が隊長であるみほに気付かれない様に、再び戦車格納庫の前に集合したのだ。

 

そして、集まった皆の前に“ニワトリさんチーム”の天才砲手・野々坂瑞希が姿を現すと、彼女は真剣な表情で皆の様子を確認した後、鋭い口調で皆へ呼び掛けた。

 

 

 

「皆さん、集まりましたね。では、これより…!」

 

 

 

 

 

 

それから暫く経った、夕暮れ時。

 

“あんこうチーム”の皆と別れて下校した筈の西住 みほは、自分のクラスである普通Ⅰ科2年A組の教室に戻っていた。

 

実は下校中、戦車道全国大会1回戦・サンダース大付属との試合に勝つ為の情報やアイデア等を纏めた“作戦ノート”を教室の自分の机に置き忘れてしまった事に気付いた為、教室へ戻って来たのである。

 

 

 

「良かった……」

 

 

 

幸い、みほの予想通り“作戦ノート”は自分の机の中に在ったので、ホッとした彼女はそれを回収して教室を出ようとした時。

 

 

 

「あれっ?」

 

 

 

自分の席の右後ろにある沙織と華の席に視線を向けたみほは、2人の鞄が机の左側のフックに掛けられたままである事に気付いて不思議に思った。

 

 

 

「2人共、未だ帰っていないのかな?」

 

 

 

もう夕暮れ時だと言うのに、沙織や華は学校で何をしているのだろう?

 

みほがその様に考えていた次の瞬間。

 

校庭から()()()()()戦車のエンジン音が響いて来た。

 

それも“あんこうチーム”のⅣ号戦車D型だけでは無く、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「!?」

 

 

 

驚いたみほは直ぐ様教室を飛び出すと、校庭目指して走り始めた。

 

 

 

 

 

 

西住隊長が、教室から駆け足で戦車格納庫前へ向かっていた頃。

 

私は戦車格納庫の前で、“あんこうチーム”のⅣ号戦車D型がスラローム走行の練習をしている様子を見守っていた。

 

其処へ、今日の放課後の()()として何度目かのスラローム走行の練習を終えたⅣ号戦車が私の前で停車すると、私の隣で走行タイムをストップウォッチで計測していた名取 佐智子ちゃんが嬉しそうな表情で、今のスラローム走行に要した時間を報告した。

 

 

 

「9秒16!さっきよりコンマ4秒も短縮出来ましたよ!」

 

 

 

“あんこうチーム”が、前回よりタイムを更新した事を我が事の様に喜ぶ佐智子ちゃん。

 

彼女の笑顔を見た私も嬉しくなって微笑むと、“あんこうチーム”のメンバーがⅣ号戦車のハッチを開けて其々顔を出すと同時に、秋山先輩が「やった!」と歓声を上げる。

 

 

 

「次は、もっと速く動いて見せます!」

 

 

 

続いて、西住隊長の代理として臨時の車長を務めている五十鈴先輩が、砲塔上のキューポラから気合の入った宣言をしたのを聞いた私は、先輩方へこう告げた。

 

 

 

『先輩方は、最初の時よりも着実に速くなっていますから…じゃあ、今度は9秒切りを目指しましょう!』

 

 

 

すると“あんこうチーム”の先輩方は私に向かって一斉に「「「「うん!」」」」と、大きな声で返事をしてくれた。

 

戦車道では、私の方が経験者とは言え後輩から“指導”を受けるのは、先輩方にとって決して面白くない筈なのに“あんこうチーム”の皆さんは、私からの指導を素直に聞いてくれている。

 

これ、責任重大だよ…と、我ながらプレッシャーを感じていた時だった。

 

 

 

「皆?」

 

 

 

そこへ、先程武部先輩に薦められて下校した筈の西住隊長が私達の前に現れたのだ。

 

 

 

「「「『あっ!?』」」」

 

 

 

「未だ練習していたんだ…それに、()()()()()()()()()!?」

 

 

 

西住隊長に隠していた()()の様子がバレて慌てる私達だが、隊長も私達の様子を見て驚いている。

 

それも其の筈…この場には、あんこうチームのⅣ号戦車D型だけでなく、アヒルさんチームの八九式中戦車甲型、カバさんチームのⅢ号突撃砲F型、ウサギさんチームのM3中戦車リーの合計4チームの戦車とメンバーが揃っており、其々テーマを決めた()()を行っていたのだ。

 

しかも特訓中の各チームには、“教官”役として唯一の戦車道履修経験者のチームである、私達“ニワトリさんチーム”のメンバーが1人ずつ付いて指導している。

 

“アヒルさんチーム”には萩岡 菫が付いて、基本操縦の訓練。

 

“カバさんチーム”には野々坂 瑞希が付いて、発砲こそ行わないものの射撃動作や移動等の反復訓練。

 

“ウサギさんチーム”は、二階堂 舞の指導の下、基本的な動作を叩き込んでいる。

 

そして“あんこうチーム”は、私・原園 嵐の指導で、スラローム走行等の“操縦の応用動作”をテーマに練習をしており、私の補佐として本来は“カメさんチーム”の装填手である名取 佐智子ちゃんが付いて“あんこうチーム”の走行タイムを計測していた。

 

そこへ我らが“ニワトリさんチーム”の副操縦手である長沢 良恵ちゃんが、クーラーボックスを積んだリヤカーを牽いて西住隊長の前にやって来る…これは生徒会の計らいで、この特訓に参加した履修生達の為に用意された、冷たい飲み物を持って来たのだ。

 

 

 

「皆さん、生徒会からの差し入れです…あっ、西住隊長!?」

 

 

 

「皆…如何したの?」

 

 

 

目の前に西住隊長が居るのに気付いた佐智子ちゃんが驚きの声を上げる中、西住隊長は不思議そうな表情で私達に向かって、“自分に内緒で特訓していた理由”を問い掛ける。

 

すると、武部先輩が済まなそうな表情を浮かべながら、釈明を始めた。

 

 

 

「私達、“みぽりん”の足を引っ張らない様にしなきゃと思って……」

 

 

 

続いて、Ⅳ号戦車のキューポラから顔を出している五十鈴先輩が、両手で握り拳を作りつつ、事情を語る。

 

 

 

「“みほさんのお姉さん達を見返してやりましょうね”って“あんこうチーム”の皆で話していたのです」

 

 

 

其処へ、何時の間にか私の隣までやって来ていた瑞希が、気合の入った表情で説明を続けた。

 

 

 

「で…その先輩方の話を偶然通り掛かった私が聞き付けて『ならば、メンバー全員を巻き込んで放課後に特訓をしましょう!』って、提案したのです!」

 

 

 

「それで、皆で特訓を?」

 

 

 

皆の話を聞いていた西住隊長が、驚いた表情で更に問い掛けると、「放課後特訓の()()()である瑞希が、“それ”を提案した理由について語った。

 

 

 

「先日の組み合わせ抽選会の後、戦車喫茶ルクレールで隊長と“あんこうチーム”の先輩方が、黒森峰女学園の副隊長(逸見 エリカ)から無礼極まりない仕打ちを受けたじゃないですか…私もあれは、正直許せなくて!」

 

 

 

「それで、今朝の朝練が終わった後、野々坂殿が西住殿には内緒で皆に呼び掛けて、昼休みにこの格納庫の前に集まった皆の前で凄い演説をぶったのですよ!」

 

 

 

瑞希の話の後を受けて、秋山先輩が皆に“秘密の特訓”の事を伝えた時の瑞希の行動を説明した途端、瑞希本人がその時の演説の一節を再現する。

 

 

 

「黒森峰女学園の無礼なる者共(逸見 エリカと五代 百代)に思い知らせ、西住隊長や先輩方の名誉と母校の未来の為に、我が大洗女子学園は立たねばならんのである!」

 

 

 

だが…その演説が「某・宇宙世紀を舞台にしたロボットアニメの名場面」()()()()である点を知る私は、即座にツッコミを入れた。

 

 

 

『ののっち…昼休みの時も言ったけれど、そこは“ア・バオア・クーでのギレン総帥の演説”からのパクリでしょ!?』

 

 

 

「あっ、バレてた?」

 

 

 

『バレバレよ!』

 

 

 

呆れた表情を浮かべる私と“てへぺろ”顔で()()()瑞希による掛け合いで、緊張していた皆の表情が和んだ後、他のチームのリーダー達が次々と()()に参加した理由を語り始めた。

 

「それで、私達は野々坂の演説を聞いて、全員()()に参加する事にしたんだよ」と語るのは、“アヒルさんチーム”のリーダーにしてバレー部キャプテンでもある磯辺先輩。

 

「私達もまだまだ未熟だから、もっと鍛えなければと思ってな」と腕組みしながら答えたのは、“カバさんチーム”のリーダーで、Ⅲ号突撃砲F型の装填手を務めるカエサル先輩だ。

 

そして“ウサギさんチーム”のリーダーである梓も握り拳を作りながら「私達も、もう二度と試合中に逃げ出したくないから、()()に参加しようって、皆で決めたんです!」と、大声で西住隊長に告げた。

 

各チームの仲間達も其々のリーダーの話を聞きながら、真剣な表情で頷いている者もいれば、梓と同じチームのあゆみの様に「私もです!」と、決意を語る者もいる。

 

そんな各チームのリーダー達の“決意表明”を聞いた西住隊長が目を見開いていると、更に瑞希がこんな事を語り出す。

 

 

 

「勿論…私達“ニワトリさんチーム”も、此の儘引き下がっちゃあ居られません!」

 

 

 

それに続いて、今度は菫、舞の順で、みなかみタンカーズ組のメンバーが()()でやっている事についての説明を始めた。

 

 

 

「そこで、()()()の私達が、隊長の代わりに皆へ戦車の動かし方や戦い方を教える事にしたんです!」

 

 

 

「私達も去年の中学生大会の決勝戦では、黒森峰の中等部(百代達)相手に悔しい思いをしているから、皆と一緒に頑張ろうと思って…知っている事は全部教えるつもりです!」

 

 

 

此処で、仲間2人の発言を聞いて頷いた瑞希が説明を続ける。

 

 

 

「あと、生徒会三役は生徒会の業務があるので、今日の特訓には参加出来ませんが、明日は参加してくれるそうです」

 

 

 

すると此処で、瑞希は言葉を切ると私に目配せをして来たので、私は西住隊長に視線を合わせてから、この()()を黙っていた理由を告げた。

 

 

 

『そして…西住隊長には、今度の全国大会へ向けての作戦立案に専念して貰おうと思って、私達だけで()()をやろうって話になったのです…隊長、黙っていて済みませんでした!』

 

 

 

「「「「「済みませんでした!」」」」」

 

 

 

話の最後に、私が深々と頭を下げて謝罪したのに続いて、この場にいた仲間達全員も一斉に頭を下げて謝罪すると、西住隊長は一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、次の瞬間薄っすらと目に涙を浮かべながら、笑顔で私達に御礼を言ってくれた。

 

 

 

「皆…有難う!」

 

 

 

 

 

 

こうして…私達はこの日から、“通常の”戦車道の授業とは別に、毎日朝練と放課後の2回の“特訓”を1時間ずつ熟す事になった。

 

最初、私達タンカーズ組は「練習時間が長くなる分、皆の疲労が溜まって逆効果になるのでは?」と心配していたが、やってみると意外な事に、皆が自発的且つ“楽しそう”に練習に取り組んでいたので、仲間達の疲労の問題は杞憂に終わった。

 

そんなある日、私達戦車道履修生全員は体育館に呼ばれて、風紀委員の園先輩から「被服科の協力で、戦車道用のパンツァージャケットを制作する事になったわ」と告げられた後、風紀委員によって全員の体のサイズを採寸された。

 

因みに、その時秋山先輩は、園先輩が後輩の風紀委員に報告している西住先輩の3サイズを聞いて興奮していたが…秋山先輩、まさかそんな(百合の)趣味があるのですか?

 

それは兎も角、()()を重ねる内に各チームの技量は聖グロとの練習(親善)試合時に比べても格段に進歩し、練習の指導に来ている鷹代さんが「ほんの少しの練習期間で、これだけ上手くなるとは…凄いじゃないか!」と驚きの声を上げ、陸自の機甲教導連隊から再び視察にやって来た蝶野教官も満足する程の出来栄えになった。

 

こうして、チームの雰囲気が全国大会へ向けて盛り上がる中、風紀委員によって採寸されたサイズに従って新調された“パンツァージャケット”が私達の手元に届く日がやって来た。

 

 

 

「「「わーっ!」」」

 

 

 

“あんこうチーム”を始め“パンツァージャケット”を着用した全員が喜びの声を上げる中、五十鈴先輩が“あんこうチーム”の仲間達に話し掛ける。

 

 

 

「皆さん、とってもお似合いです♪」

 

 

 

すると、武部先輩が頷きながらこう語った。

 

 

 

「いーじゃん、気に入っちゃった!」

 

 

 

そこへ、二人の会話を聞いた瑞希も笑顔でこう語る。

 

 

 

「他のどの高校とも違うデザインなのが良いですね。私も気に入りました!」

 

 

 

その言葉を聞いた菫と舞が「「私も!」」も元気良く返事をすると、良恵ちゃんが私へ「私もそう思うけど、原園さんはどう思います?」と問い掛けて来たので、私も笑顔を浮かべながらこう答えた。

 

 

 

『うん!私も瑞希の言う通り、良いデザインだと思うな♪』

 

 

 

実は…戦車道をやっている高校の“パンツァージャケット”のデザインは「自分達の学校がリスペクトしている国の軍隊の制服」、つまり“軍服”をモチーフにしているのが常識なのである。

 

その為、“どの国の軍服とも異なるデザイン”を用いている大洗女子のパンツァージャケットは、私や瑞希達戦車道経験者にとっては非常に新鮮であり、同時にそれが嬉しかったのだ。

 

 

 

 

 

 

そして遂に、大洗女子学園戦車道チームは「第63回戦車道全国高校生大会」の第1回戦・対サンダース大付属戦を迎える事になったのだ。

 

 

 

(第34話、終わり)

 





此処まで読んで下さり、ありがとうございます。
第34話をお送りしました。

まず、今回のネタですが…「実録!突撃!!サンダース大付属高校」のスタッフロール、協力のコンビニの名称がアニメ版と変わっているのは、察して下さい。
そのコンビニも現在は合併により、存在しませんし(苦笑)。
次に特訓のシーンですが、本作では瑞希達が他のチームも巻き込んだ全体練習の形にしてみました。
こう言うのは、皆が揃ってやった方が“熱い”じゃないですか。
そして、原作とは異なる特訓の成果も試合の中で出るかも…?

そして次回から、全国大会の初戦が始まります。
前回予告した通り、試合に臨む嵐ちゃんの前にサンダース大付属へ行った“嘗ての親友”が現れますが…そこでまた、一触即発の事態が。
どうなる、嵐ちゃん!?

それでは、次回をお楽しみに。



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第35話「強豪・シャーマン軍団登場です!!」


お待たせしました…漸く、全国大会開始で御座います。
此処まで来るのに二年以上も掛かるとは、私も未熟で御座いますが、今後共精進しようと思いますので、応援宜しくお願いします。

そして、もう一つ。
月刊コミックフラッパー2020年3月号のリボンの武者で、ムカデさんチームが“サイコロ”をやりやがった!
どうでしょう藩士としては…ヒヤッホォォォウ!最高だぜぇぇぇぇ!!(歓喜)


 

 

 

遂に開幕した、“第63回戦車道高校生全国大会”

 

此処は、大会の第一回戦・Aブロック第四試合「サンダース大学付属高校(長崎県)対大洗女子学園(茨城県)」が行われる試合会場である。

 

会場内は、対戦校の生徒や父兄だけでなく、全国各地から集まった戦車道ファンや一般の観客で賑わっている。

 

近年、種々の事情による戦車道の人気低迷によって、高校生全国大会も各試合会場の観客席は空席が目立っていたが、今年は満員とまでは行かないものの、空席の数が例年よりも減っていた。

 

やはり今年の大会から、在京TVキー局の「首都テレビ」が、久しぶりに地上波生中継を全国ネットで復活させた事が客足にも影響したのだろうか?

 

それは兎も角、会場の一角に設置された大洗女子学園の生徒・父兄用応援席に、大洗女子学園の制服を着た少女達がやって来た。

 

五十鈴 華恋・武部 詩織・若狭 由良・鬼怒沢 光の“中等部仲良し四人組(カルテット)”である。

 

彼女達は、大洗町で行われた聖グロリアーナ女学院との親善試合を見たのを機に、母校で戦車道を復活させた先輩達を応援しようと心に決めた“たった四人の応援団”であった。

 

 

 

「やっと着いた!」

 

 

 

「他の皆より、席に着くのが遅くなっちゃったね」

 

 

 

応援席に辿り着いた華恋と詩織が、会場到着から応援席に着くまで時間が掛かった事を語り合うと、二人の後に付いて来た由良が友人を窘める様に、その理由を語った。

 

 

 

「“鬼ちゃん”が試合会場前の屋台で、何を買うか迷ったから……」

 

 

 

「御免、皆…お好み焼きか焼きそばかで、迷っちゃった」

 

 

 

“鬼怒沢”と言う姓と漢っぽい性格と口調で、皆から“鬼ちゃん”と呼ばれている光は、由良から文句を言われると、済まなそうな声で“応援席に着くのが遅くなった理由”を告げた後、華恋達に頭を下げて謝罪した…その時。

 

 

 

Let's go, Saunders Fight(レッツゴー サンダース ファイト)!」

 

 

 

「「「「!」」」」

 

 

 

対戦相手であるサンダース大付属側の応援席から、元気の良い声援が響いて来た。

 

その声に驚いた四人が、サンダース大付属側の応援席に目を向けると、更なる衝撃を受ける。

 

其処には、サンダース大付属のチアガール達がボンボンを持って、自分達の母校のチームへ声援を送りながら、見事なパフォーマンスを決めていた。

 

それだけでは無い。

 

応援に来ている生徒の数も大洗女子学園より遥かに多く、生徒達は「GO GO!サンダース!」等と書かれた応援幕まで用意して来ている。

 

 

 

「あっ……」

 

 

 

その威容を見て、衝撃を受けた華恋が戸惑いの声を上げていると、詩織も同じ様に「凄い……」と、一言零しただけで、相手校の応援に圧倒されている。

 

その隣では、由良が「私達、何の準備も出来ていなかったのに……」と、悔し気な表情で涙を滲ませていると、彼女達の様子を見た光が励ます様に声を掛けた。

 

 

 

「何言ってんだよ。今日は平日で、中等部はウチのクラスも含めて皆都合が付かないし、私達も学校の許可を取るのが大変だったじゃないか?此処へ来られただけでもラッキーなんだから、私達だけでも頑張ろうぜ!」

 

 

 

実は…光の言葉通り、今日の試合は平日開催と言う事もあって、本来なら中等部は全員学園艦で通常授業の筈だった。

 

だが、「どうしても先輩達の応援がしたい!」と願った四人が学園長へ掛け合った結果、高等部戦車道チームの支援者である原園 明美の口添えもあって「校外授業の一環」との名目で、学園長から「応援の許可」を貰い、此処までやって来たのだ…その代わり、彼女達を除く中等部の生徒は、全員学業を優先したのだが。

 

しかし、声を掛けた光も自分達の側の応援席の様子を見て、絶句する。

 

大洗女子学園側の応援席に座っている人数が疎らで、他のどの観客席よりも明らかに空席が目立っていたのだ。

 

しかも、大洗女子学園側の応援席に座っている人数は、大洗女子の生徒やその父兄よりも一般の入場者の方が多い位である。

 

如何やら、この間学園艦で行われた「戦車道チーム・公開練習試合」や大洗町で行われた聖グロとの親善試合を間近で見学したにも拘らず、大洗女子学園の中等部だけでなく高等部の生徒の大半も「幾ら生徒会の肝入りとは言え、約20年振りに復活した戦車道チームがいきなり全国大会に出場して、初戦突破出来る筈がない」と考えている様だった…尤も、普通はそう考えるのが“常識”であるけれども。

 

 

 

「こ…こりゃ、流石にヤバいかな?」

 

 

 

母校の応援席の有様を見た光が困惑の表情を浮かべて、親友達に“何と言って誤魔化そうか?”と、思案していた時。

 

何と応援席から、自分達に向かって呼び掛けて来る人達がいた。

 

 

 

「あら…ひょっとして、優花里達を応援してくれている中等部の娘って、貴女達かしら?」

 

 

 

「えっ…この娘達が、優花里の言っていた“中等部の応援団”かい?」

 

 

 

「「「「えっ!?」」」」

 

 

 

“自分達を知っている人”が居たのを知って、驚く中等部四人組だが、直ぐ様華恋が自分達に呼び掛けてくれた婦人と中年男性へ問い掛ける。

 

 

 

「あの、私達の事を知っているのですか?」

 

 

 

すると、まず婦人の方から、その問いに答えてくれた。

 

 

 

「ええ。私達、“あんこうチーム”で装填手をしている秋山 優花里の両親なの…私は、優花里の母の好子と言って、隣に居るのが優花里の父の淳五郎です」

 

 

 

「まさか、優花里達を応援してくれる娘が居てくれるとは、私も嬉しいよ!」

 

 

 

好子に続いて、淳五郎も笑顔で華恋達に答えると、今度は華恋と詩織が好子に向かって、嬉しそうな声で話し掛ける。

 

 

 

「本当ですか!実は、私の従姉が“あんこうチーム”で、砲手を務めているんです!」

 

 

 

「私の姉も“あんこうチーム”で、通信手をしています!」

 

 

 

それに対して、好子が「あら、そうなの!」と喜びの声を上げていると、今度は由良が淳五郎に向かって、思わぬ事を告げた。

 

 

 

「其方の方、淳五郎さんと仰いましたか…オジサン、結構カッコ良いですね!」

 

 

 

「えっ…私がカッコ良い!?」

 

 

 

「あら、お父さん!?」

 

 

 

由良からの“ラブコール”とも取れる発言に動揺する淳五郎と驚く妻の好子を他所に、様子を眺めていた光が呆れ顔をしながら、由良達へこう語り掛けた。

 

 

 

「おい由良…お前、本当に()()()()()()()()だな…それより私達、自己紹介未だだったよね?」

 

 

 

「「「あっ!」」」

 

 

 

光からの指摘で、自己紹介していなかった事に気付いた華恋達。

 

其処で、彼女達は其々の自己紹介を済ませてから、優花里の両親と一緒に戦車道の事で盛り上がっていた時だった。

 

 

 

「あれ?」

 

 

 

華恋が応援席の外れにある野原で、屋外には場違いな英国風のソファーやパーティション等を用意して、ティータイムを楽しむ二人の女子高生が居るのに気付いた。

 

しかも彼女達の隣には、何故か“ピンク色をした()()()()()()()()()()()()()”が停まっている。

 

この車は、1970年代に英国陸軍特殊部隊・SASが砂漠地帯での作戦で隊員の移動等の為に使用した軍用オフロード車輌“ランドローバー・シリーズ1”で、“ピンクパンサー”の綽名で呼ばれていたのだが、兵器に関する知識に乏しい華恋達は、その事を知らない。

 

だが彼女達は、紅茶を飲んでいる二人の正体を知っていた。

 

 

 

「あの人達、聖グロリアーナ女学院戦車道チームの隊長さんと、その御付きの人だよね?」

 

 

 

「君達、あの娘達の事を知っているのか?」

 

 

 

詩織が二人の正体を述べると、淳五郎が驚いた表情で問い掛ける中、何時の間にか彼の左隣の席に座っていた由良が、ダージリン達を知っている理由を説明する。

 

 

 

「だってあの人達、この間の親善試合で対戦したチームのメンバーですから」

 

 

 

「あら、本当だわ!」

 

 

 

由良の説明を聞いた好子が親善試合の相手選手の顔を思い出すと、後ろの席に座った光がこう語った。

 

 

 

「確か、金髪の人が隊長の“ダージリン”で、オレンジ色の髪の娘が“オレンジペコ”って名前だっけ。でも、本当に英国貴族みたいな雰囲気で紅茶を飲んでいるな…堅苦しくないのかな?」

 

 

 

中等部員達と秋山夫妻は其々、不思議そうな表情を浮かべながら、優雅に紅茶を飲むダージリンとオレンジペコの様子に見入っていた。

 

しかし…この時中等部生徒達と秋山夫妻の隣に、お団子付きのショートカットと言う髪型をした大洗のアイドル(那珂ちゃん)が、サングラスと帽子で顔を隠した“プライベートモード”で着席している事を知る者は、()()()()では誰も居ない。

 

 

 

 

 

 

その頃、私達大洗女子学園・戦車道チームは、試合前最後の戦車の整備・点検作業を行っていた。

 

 

 

「整備、終わったかぁー!?」

 

 

 

河嶋先輩が、皆の前に立って号令を出すと、皆が其々返事をする。

 

 

 

「「「はーい!」」」

 

 

 

先ず、梓達“ウサギさんチーム”全員が元気良く返事すると、“カバさんチーム”を代表してカエサル先輩が「準備完了!」と返答する。

 

続いて、“アヒルさんチーム”リーダーの磯辺先輩が右手を上げて、「私達もです!」と報告した。

 

そして、“あんこうチーム”リーダーも務める西住隊長が「Ⅳ号も完了です!」と告げると、私も気合を入れて河嶋先輩へ報告する。

 

 

 

『“ニワトリさんチーム”、只今準備出来ました!』

 

 

 

その瞬間、河嶋先輩が皆の様子を一瞥すると、(此処だけは)副隊長らしく、「じゃあ試合開始まで、待機!」と、鋭い声で皆に指示を送った…その時である。

 

 

 

「待って下さい、河嶋先輩!」

 

 

 

私達“ニワトリさんチーム”の砲手である野々坂 瑞希が右手を上げて、河嶋先輩を呼び止めた。

 

 

 

「如何した、野々坂?」

 

 

 

河嶋先輩が鋭い目で瑞希に問い掛けると、彼女は何時の間にか“ウサギさんチーム”の通信手兼75㎜砲装填手である宇津木 優季の隣に立つ。

 

すると、瑞希は()()()()()()()()()()()で、優季の右肩に軽く左手を添えてから、耳元でこう囁き掛けたのだ。

 

 

 

「優季…M3リーの砲弾の積み込み、忘れているわよ?」

 

 

 

その瞬間、瑞希の囁き声を聞いて持っていたクリップボードに挟んだチェックリストに目を通した優季が、「あーっ、ホントだ!」と、驚きの声を上げる。

 

すると、優季のチームメイトでM3リー中戦車の37㎜砲々手である大野あやが「あっ…それ、一番大切じゃん!?」とツッコミを入れた所、優季は頭を掻きながら「ごめ~ん」と、緩そうな口調で謝った。

 

それを聞いた梓達“ウサギさんチーム”の皆(無口な紗季を除く)が、一斉に「「「あはは~!」」」と笑い声を上げて、その場が和んでいた時。

 

 

 

「呑気なものね」

 

 

 

「それでよく、ノコノコ全国大会に出て来れたわね?」

 

 

 

突然私達に向かって、二人の女性の無粋な声が響く。

 

皆が、その声がした方向へ目を向けると…其処には、サンダース大付属の制服を着た女子生徒が二人。

 

 

 

『はっ!』

 

 

 

次の瞬間、私はこの二人に見覚えがあるのに気付いて、息を呑んだ。

 

あの二人は…サンダース大付属の副隊長コンビ!

 

向かって右側に居る背の高い()()()()()()()が、戦車道の世界では“高校生屈指の名砲手の一人”と噂されている、チーム№2のナオミさん。

 

そして左側に居る、ツインテールにしては短めの髪型をしている人が、“サンダース一の()()”とも噂される、チーム№3のアリサさんだ。

 

因みに…以前にも言ったけれど、私は高校の推薦入試でサンダースの学園艦を訪れた際、現・隊長のケイさんの案内でサンダースの戦車道チームを見学した時に、この二人と会っているので、先日の秋山先輩の潜入作戦に巻き込まれた事件も含めると、これで会うのは通算三度目になる。

 

 

 

『ヤバい…潜入の件で怒られるかも!?』

 

 

 

その瞬間、私が心の中で震え上がっていると、“潜入作戦の首謀者”だった秋山先輩も突然、「あっ!」と口走ると、冷泉先輩の後ろに回って姿を隠してしまった。

 

でも私は、近くに隠れる場所が無かったので、『これは私が謝るしかない!』と、覚悟を決めていたが…そこへ事情を知らない河嶋先輩が鋭い口調で、サンダースの副隊長コンビに向かって詰問する。

 

 

 

「貴様等、何しに来た!?」

 

 

 

だが、河嶋先輩の剣幕を見た菫が吃驚した表情を見せると、先輩へ諫める様な口調で説明した。

 

 

 

「河嶋先輩、言葉を慎んで下さい…その方達は、サンダースの副隊長ですよ!」

 

 

 

「何!?」

 

 

 

菫からの忠告を聞いた河嶋先輩は、一言叫ぶと真っ青な顔になったが、ナオミさんは先程の河嶋先輩の発言は“気にしない”とばかりに、私達へある“お誘い”を告げた。

 

 

 

「試合前の交流も兼ねて、食事でも如何かと思いまして?」

 

 

 

そこへタイミング良くやって来た角谷会長が「あっ、良いねぇ♪」と応じてくれたので、私達はそれ以上、場の雰囲気を悪化させる事無く、ナオミさんとアリサさんの案内でサンダース大付属の野営地へ向かう事が出来た。

 

因みに…この時私は、初めて「会長って、実は凄い人なんだな」と思ったのだけど…それは、決して間違いでは無かった事を後々知る事になる。

 

 

 

 

 

 

こうして、サンダース大付属の野営地にやって来た私達。

 

其処には、様々な支援車輌が集まっており、試合に臨む戦車道チームのメンバーだけでなく、応援に来た生徒のサポートまで行っていた。

 

 

 

「スゴっ!」

 

 

 

その様子を見た武部先輩が驚く中、秋山先輩は並んでいる支援車輌を眺めつつ「救護車にシャワー車、ヘアサロン車まで!」と叫びながら、サンダースが用意した支援車輌の豊富さに舌を巻いているが…サンダース側はこれだけでなく、ハンバーガーやホットドッグ、アイスクリームやコーラ等の“アメリカンフード”の移動販売車まで、ズラリと揃えていた。

 

 

 

「ホントに、リッチな学校なんですね」

 

 

 

その様子を見た五十鈴先輩が感心した様に感想を語ると、西住先輩以下“あんこうチーム”のメンバーが皆、呆気に取られた表情でサンダース側の野営地を眺めているので、私は先輩達に事情説明を始めた。

 

 

 

『リッチと言うか…サンダースの戦車道の()()の一つは「世界中の何処へ行っても、()()()()()()()()()()()で戦車道の試合が出来る」点にありますから』

 

 

 

すると、私の隣に居た瑞希が頷いて、更なる説明を続ける。

 

 

 

「あれだけの支援車輌を揃えているから、どんな場所で試合をしても常に選手のコンディションを最高の状態に保てるので、“サンダースは強い”って言われているのです…その為にはお金や手間を惜しまないのが、サンダースの戦車道なんですよ」

 

 

 

瑞希の言う通り、サンダースが“リッチ”なのは、単に()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

要は、“自分達の教育方針を貫く為なら、惜しみなく資金と人材を注ぎ込んで必要な準備を整える”のが、サンダース流の考え方。

 

それが端的に表れているのが、サンダースの戦車道なのだ。

 

そうで無ければ、M4“シャーマン”と言う「戦車道では決して弱くは無いが、強力でもない戦車」だけでチームを構成しているサンダースが、“高校戦車道四強の一角”を占めている筈が無い。

 

すると、話を聞いていた西住先輩が感心した表情で、私と瑞希に問い掛けて来た。

 

 

 

「原園さんも野々坂さんも、サンダースの事に凄く詳しいね?」

 

 

 

「いえ、みなかみタンカーズ時代に明美さんやコーチから、高校戦車道については色々と教わっていますので」

 

 

 

先輩からの問い掛けに、瑞希が即座に返答すると、私も高校入試の時の出来事を思い出しながら、複雑な表情で答えた。

 

 

 

『私は…高校入試の時に、母から“サンダースは()()()受けろ”って言われたので、その時に貰った資料を読んでいましたから』

 

 

 

この時、中学時代の“嫌な思い出の一つ”を思い出しながら答えていた私の憂鬱な表情を見た西住先輩が、「原園さん……」と不安そうに呟く中、他の“あんこうチーム”のメンバーも私に向かって心配気な表情を浮かべていたので、私も『あっ、いえ……』と呟きながら戸惑っていると……

 

背後から、“チームメイトでは無いが、聞き覚えのある声”が響いて来た。

 

 

 

「Hey, Angie!」

 

 

 

『!?』

 

 

 

あの声は…サンダース大付属高校・戦車道チーム隊長のケイさん!

 

一瞬、その声が“自分に向けられているのでは!?”と感じた私は震え上がったが、その直後、小山先輩と河嶋先輩が此方へやって来たケイさんを見て、こんな事を語り出した。

 

 

 

「角谷 杏…だから、アンジー!?」

 

 

 

「馴れ馴れしい!」

 

 

 

確かに、サンダースの“フレンドリー”な校風を知らないと、こんな感想しか浮かんで来ないだろうが、そのお陰で私は、ケイさんが私にでは無く生徒会トリオに話し掛けていたのだと知って、安堵する。

 

すると、角谷会長が目の前にやって来たケイさんに向かって、挨拶をした。

 

 

 

「やあやあ“ケイ”、お招きどうも♪」

 

 

 

「何でも好きな物を食べて行って。OK?」

 

 

 

ざっくばらんな口調で挨拶をした会長に対して、ケイさんもフレンドリーな態度で会長へ話し掛けているので、私はホッとしていると……

 

 

 

「OK,OK…“おケイ”だけに♪」

 

 

 

「アハハ!ナイスジョーク!」

 

 

 

我らが会長、思わぬ所で“北海道の某・芸能事務所会長兼ローカルタレント並みの駄洒落”を持ち出して来た途端、ケイさんが腹を抱えて笑い出したのだ。

 

尤も、彼女の傍らにいるアリサさんは“寒い”表情を浮かべているけれど…まあ交流が深まっているみたいだから、良いでしょうと考えていた時。

 

 

 

「Hey,オッドボール三等軍曹!」

 

 

 

「ああっ、見付かっちゃった!」

 

 

 

近くに秋山先輩が居るのに気付いたケイさんが、先輩に向かって“あの偽名”で呼び掛けて来たので、可哀想な先輩は驚愕しつつも逃げ出す事が出来ないまま、彼女がやって来るのを眺めているしかない…ところが!

 

 

 

「それに、嵐もいるじゃない!まさか()()()()()()()()()()()()()()なんて、アンビリバボーね!」

 

 

 

『ああっ…私もバレていた!』

 

 

 

私が此処に居るのに気付いたケイさんが、私にも呼び掛けて来た…如何しよう!

 

私、ケイさんに「中学を卒業したら、戦車道は引退します」と言って、サンダースへの推薦入学を断ったのに。

 

これって、大ピンチじゃない!

 

しかも、其処へ秋山先輩が私に抱き着きながら、助けを求めて来たのだ。

 

 

 

「原園殿…如何したら良いでしょうか!?」

 

 

 

『如何したらって…スパイをした事を、謝るしかないじゃないですか!』

 

 

 

思わず、私と秋山先輩は一緒に抱き合いながら、“この後、一体如何なってしまうのか!?”*1と想像しつつ、震え上がる。

 

その様子を見ていた武部先輩も心配そうな表情で、「怒られるのかな?」と呟いていた時。

 

 

 

「二人共…この間、大丈夫だった?」

 

 

 

「『えっ?』」

 

 

 

ケイさんは私達を叱る処か、サンダース大付属の学園艦へ“潜入作戦”を行った時に怪我をしなかったのか、心配していたのだ。

 

予想外の問い掛けに戸惑った私達だったが、直ぐ落ち着きを取り戻すと、其々の言葉で彼女へ返事をする。

 

 

 

「えっ…はいっ」

 

 

 

『お陰様で…御覧の通り、無事です』

 

 

 

すると、ケイさんはニッコリと笑うと、一言。

 

 

 

「また何時でも遊びに来て。ウチは何時だってOpen(オープン)だからね。じゃあ!」

 

 

 

と、元気良く語ると手を振りながら、私達の前から立ち去ってしまった。

 

その姿を見た西住先輩達が、「「「あっ……」」」と漏らしながら呆気に取られている中、冷静にその様子を見ていた五十鈴先輩がホッとした表情で「良かった~」と呟くと、武部先輩は「隊長は良い人そうだね」と語り、冷泉先輩は「フレンドリーだな」と、其々の言葉でケイさんの印象を語っている中、先輩達の話を隣で聞いていた菫が笑顔を浮かべながら、こう語った。

 

 

 

「ケイさんは、フェアプレーを大切にする人だから、例え対戦相手であっても、ああやって気さくに接してくれる方なんですよ♪」

 

 

 

そして瑞希は、ケイさんが立ち去ってからも呆然としている私と秋山先輩を眺めながら、ケイさんについて、こう語る。

 

 

 

「“事前のスパイ行為”も()()()()()()()()()()()()()()()以上、ケイさんが怒る訳ないでしょ…嵐も秋山先輩も、ビビり過ぎですよ?」

 

 

 

そこへ、瑞希からの指摘を聞いた舞も笑顔で「うんうん♪」と頷いたから、その場に居た全員がケイさんと遭遇した事による緊張感から解放されて、ホッとした気分になった…その次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

突然私達の目の前に、“子犬”の様な印象を持つ少女が現れた。

 

しかも、先程のケイ隊長や副隊長コンビと同じサンダース大付属高校の制服姿で。

 

だが、その姿を見た私達だけでなく、西住先輩達“あんこうチーム”のメンバーも全員驚いている。

 

そう…彼女こそ、私達みなかみタンカーズ組にとっては、嘗ての同期生にして、私にとっては、()()()()()()

 

そして、“あんこうチーム”のメンバーにとっては、先日秋山先輩と私がサンダースの学園艦へ潜入した時に撮影した動画に映っていた“スパイである事がバレた私達を追い掛けて来た少女”、その人だったのだ。

 

今、その少女は怒りの表情で私を睨み付けながら、こう口走る。

 

 

 

「嵐…本当に、戦車道に戻って来たんだ!」

 

 

 

『あっ!』

 

 

 

その怒りの声を聞いて、私はショックを受ける。

 

 

 

時雨(しぐれ)、これには理由があって……』

 

 

 

何とか説明しようと言葉を選ぶ私だったが、彼女は聞き入れようとしなかった。

 

 

 

「嵐の嘘吐き…“もう二度と、戦車道はやらない”って、言ったじゃない!」

 

 

 

『うっ!』

 

 

 

時雨に糾弾され、言葉を失う私。

 

だが、此処でみなかみタンカーズの同期生だった瑞希が、私に代わって反論する。

 

 

 

「時雨!この場では、()()()()()()()()()()があるんじゃないかしら?」

 

 

 

更に、同じく同期生の菫と舞も、何とか時雨に私の話を聞いてもらおうと説得に掛かって来た。

 

 

 

「そうだよ時雨、嵐ちゃんの事は許してあげて!」

 

 

 

「時雨ちゃん、嵐ちゃんも戦車道に戻って来るまで、色々と苦しんだから…とにかく話を聞いてあげて!」

 

 

 

「“ののっち”…それに、菫や舞まで!?」

 

 

 

それは、時雨にとって予想外の出来事だっただろう。

 

目の前に“嘗ての親友達”が揃っている事実を知った彼女は、驚愕の表情で私達を見詰めて居る。

 

そして、私は彼女の表情を見詰めながら、申し訳ない思いで一杯だった。

 

 

 

『時雨……』

 

 

 

だが、そんな私や嘗ての仲間達の思いも虚しく…時雨は“犬が吠える様な怒りの表情”で私達に向かって叫んだ!

 

 

 

「君達には失望したよ!」

 

 

 

「「『あっ!』」」

 

 

 

その言葉に衝撃を受ける私と菫、舞の三人。

 

 

 

だが、その中で唯一人…瑞希だけは冷静さを保ったまま、私達を睨み付けて居る時雨に向かって悲し気な口調で、こう語り掛けた。

 

 

 

「時雨…“言いたい事”は分かるけれど、此処から先は、試合で語り合いましょう」

 

 

 

その瞬間、時雨は意表を突かれたのか、一瞬だけ瑞希を見詰めながら当惑していたが、直ぐ視線を私に向けると、険しい表情でこう言い放つ。

 

 

 

「分かった…だけど、試合では容赦しないからね!」

 

 

 

そして、時雨は即座に“回れ右”をすると、速足でその場を立ち去って行った。

 

その様子を私達と共に不安そうに見守っていた“あんこうチーム”の先輩方の中で、一番心配そうな表情を浮かべている武部先輩が私に問い掛ける。

 

 

 

「ねえ、“らんらん()”…一体あの娘と、何があったの?」

 

 

 

『あの娘は…原 時雨(はら しぐれ)。私達と同じ“群馬みなかみタンカーズ”の第1期生で、ののっち達を除くと、数少なかった私の親友』

 

 

 

「「「えっ!?」」」

 

 

 

秋山先輩が作った動画と彼女の発言を目の当たりにした事で、予想はしていたであろうが、私の発言で改めて“時雨”の正体を知った西住先輩達が驚いている中、私は先輩達へ彼女の過去を語り始めた。

 

 

 

『時雨は、長崎県佐世保市…つまり、サンダースの母港がある街の出身なんです。幼い頃から“サンダースで戦車道をやる”のが夢だったのだけど、小学校に入学した直後から酷い虐めに遭って、不登校になってしまったの……』

 

 

 

すると、私が辛そうな顔で話しているのを見兼ねたのか、瑞希が小さく頷くと、私に変わって話の続きを語る。

 

 

 

「でも、『群馬県みなかみ町に戦車道のクラブチームが出来る』と言う話を聞いた御両親が縋る思いで、彼女を佐世保から送り出した…それは、時雨が小学校3年になった春の出来事です」

 

 

 

そこで、瑞希の話を聞いていた冷泉先輩が「小学3年生で、親元から遠く離れた場所で戦車道を始めたのか……」と、悲し気な表情で呟いていると、瑞希が頷きながら話を続ける。

 

 

 

「はい、冷泉先輩…みなかみタンカーズには創設時から、そう言う娘達を受け入れる為の寮が準備されていたから、時雨も其処からみなかみ町の学校に通って、戦車道の練習はタンカーズで受けていたのです」

 

 

 

と、瑞希の話が一区切り付いたタイミングで、私が時雨との出会いを語る。

 

 

 

『そして、みなかみタンカーズ創設の日に、佐世保からやって来た時雨と初めて友達になった娘が、私だった…あの時、虐めの影響で他人と接する事が苦手になっていた時雨に、私が「名前がどっちも『原』で始まるね♪」って話し掛けてから、「友達になろう!」って言った時に涙を流しながら「うん!」って、答えてくれたあの娘の笑顔、今でも覚えている』

 

 

 

すると、今度は菫と舞の順でその後の時雨の事を語ってくれた。

 

 

 

「それから、時雨ちゃんは凄く元気になって、何時も嵐ちゃんの傍に居たね」

 

 

 

「そうする内に、時雨ちゃんは戦車道の腕も上達して、小学4年生になると戦車長になった。戦車道の練習や試合の時も、嵐ちゃんが指揮する戦車の動きに一番付いて行けてたのが、時雨ちゃんの戦車だった」

 

 

 

そして、瑞希が私達の話を纏めるかの様に、中学卒業の頃の話をする。

 

 

 

「だから高校入試の時、時雨は戦車道の成績優秀者だったから、地元のサンダースへ“特待生”として推薦入学したの…そして、実は嵐もサンダースの特待生として行ける資格があったから、時雨は『高校は、嵐と一緒にサンダースへ行けるね!』って、楽しみにしていたのだけど」

 

 

 

と、瑞希が語り終えたタイミングで、私は辛い表情のまま中学卒業の頃を思い出すと、先輩方へ当時の事を語ったのだった

 

 

 

『でも、その時の私は、もう戦車道を引退するつもりだったから、時雨に理由を話した上で、歩む道を別れた…其の筈だったんだ』

 

 

 

私達が語った時雨と私の過去を聞いて、西住先輩達は全員悲しそうな顔で私を見守っている。

 

特に、西住先輩は「そんな事が……」と呟きながら、私からの話に衝撃を受けてしまっている様だ。

 

だが、私は自分の事で西住先輩を不安にさせてしまっている事を承知しながらも今、自分が抱いている不安をどうしたら良いのか、先輩へ相談せざるを得ない状態に置かれていた。

 

 

 

『如何しよう…理由は兎も角、結果的に時雨を裏切ってしまった。先輩、私は如何すれば?』

 

 

 

「私は……」

 

 

 

私からの相談を聞いた西住先輩も、私と同じく辛そうな表情を浮かべながら、必死になって答えようとしていた、その時。

 

 

 

「嵐…今は、チームの勝利を優先するべきよ。その上で、時雨とは“試合中のプレー”で語り合いましょう。それしか、あの娘の心を開く方法は無いわ」

 

 

 

西住先輩と私の間に、瑞希が割って入ると毅然とした口調で、私に向かって一言諫めると、今度は西住先輩に向かって「西住隊長。私は、この様に考えますが、如何(いかが)でしょうか?」と問い掛けて来た所……

 

 

 

「野々坂さん。私も、そう思う」

 

 

 

先程まで私からの質問に困惑していた西住先輩の表情が凛々しい感じに一変すると、はっきりした口調で瑞希の意見に同意した。

 

 

 

『はい、隊長……』

 

 

 

瑞希と西住先輩からの毅然とした言葉に背中を押されて、私は不安を抱えながらも先輩に向かって小さく頷くと…私の後ろから、思わぬ人物の声が響いて来る。

 

 

 

「西住ちゃんに原園ちゃん…悪いけれど、今の話は聞いたよ」

 

 

 

何時の間にか、此処へやって来た角谷会長が、先程までのざっくばらんな態度からは想像出来ない程の真面目な口調で、私達に語り掛けて来た。

 

 

 

「その分だと、二人共ちょっと緊張しちゃってるみたいだから、試合前の挨拶は私が代わりに行くよ」

 

 

 

その言葉を聞いた西住先輩は、「えっ…私なら、もう大丈夫です!」と会長に話し掛けるが、角谷会長は首を横に振ると、こう語る。

 

 

 

「チームの隊長と()()()が不安を抱えたままじゃあ、とても試合に勝てないからね…なら、私が少しでも不安を解消出来る様に、手伝ってあげるよ」

 

 

 

『済みません、会長!私の所為で…隊長や先輩方だけじゃなくて、会長にまで迷惑を掛けて!』

 

 

 

その話を聞いた瞬間、私は反射的に角谷会長へ頭を下げてから謝罪したが、会長は微笑を浮かべると、こう述べた。

 

 

 

「いやぁ、そんなに大した事じゃないよ…でも原園ちゃん。若しも私達に()()()()()()()()()()()()のなら、この試合に勝つ為に、西住ちゃんや皆と一緒に頑張って欲しいんだけど…約束出来るかな?」

 

 

 

そう語る角谷会長は、何時もと違って真剣な表情を見せているのに気付いた私は、直ぐ様その場で背筋を伸ばすと、気合を込めて『はい!』と答えた。

 

すると、角谷会長は満足気な表情を浮かべてから、私達に一言。

 

 

 

「じゃあ皆、行って来るね♪」

 

 

 

そして角谷会長は、何時の間にか用意されていたWW2中の英国製4輪装甲車“ディンゴ”こと“ダイムラー偵察車”に乗って、一足先に試合会場へ向かって行った。

 

こうして、私達の戦車道高校生大会の初戦、サンダース大付属との一回戦が始まったのである。

 

 

 

(第35話、終わり)

 

 

*1
このフレーズを多用していた某バラエティTV番組を知っている人は、居るのだろうか?





此処まで読んで下さり、有難う御座います。
第35話をお送りしました。

遂に始まった、戦車道全国高校生大会の一回戦。
初戦に挑む嵐ちゃんの前に現れたのは、嘗ての親友“時雨”。
言うまでも有りませんが、彼女は“サンダースの学園艦の母港”繋がりでの選出で御座います(苦笑)。
しかし、彼女は戦車道の世界へ帰って来た嵐を「裏切り者」と見做し、恨んでいた。
戦車道で違えた二人の友情は、戦車道で向き合う事でしか仲直り出来ないと瑞希は言いましたが…その結末は?

それでは、次回をお楽しみに。



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第36話「1回戦、スタートです!!」


この所、色々と多忙なので執筆が中々進まないのであります…助けてー!
と言う訳で、どうぞ。



 

 

 

「説明した通り、相手のフラッグ車を戦闘不能にした方が勝ちです。サンダース大付属の戦車は攻守共に私達より上ですが、落ち着いて戦いましょう」

 

 

 

第63回戦車道全国高校生大会の初戦・サンダース大付属高校との試合直前。

 

西住隊長による作戦説明が続いている。

 

 

 

「機動性を生かして常に動き続け、敵を分散させてⅢ突の前に引き摺り込んで下さい」

 

 

 

「「「「『はいっ!』」」」」

 

 

 

無線による西住隊長からの指示に、各チームの戦車に乗り込んだ私達メンバー全員が元気良く返事をした時。

 

 

 

「さあ、行っくよー!」

 

 

 

試合開始の挨拶を終えて、英陸軍の“ディンゴ”ことダイムラー偵察車に乗ってやって来た角谷会長が皆を後押しする様に声を掛けると、“カメさんチーム”の38t軽戦車B/C型へ乗り込んだ。

 

そして此方の準備が整った次の瞬間、上空に「パァーン!」と1発の号砲が轟く。

 

これを合図に、私達大洗女子学園戦車道チームは、“アヒルさんチーム”の八九式中戦車甲型を先頭に、スタート地点から勢い良く出発した。

 

遂に、試合が始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

「試合開始!」

 

 

 

会場に号砲が鳴り響いた直後、場内アナウンスで“試合開始”が告げられると観客席前に設置された巨大モニター(それは、第二次大戦中のドイツ軍が使った“28cm列車砲K5・Leopold”の車台部分を模した特製貨車に乗せられて、鉄道用の引き込み線で運び込まれていた)に、指定されたスタート地点から発進する両チームの戦車が四分割で映し出された。

 

 

 

「始まりましたね」

 

 

 

「ああ」

 

 

 

この時、観客席の外れではSd.Kfz.222装甲偵察車*1に乗って会場へやって来ていた黒森峰女学園戦車道チームの西住 まほ隊長と逸見 エリカ副隊長が、持ち込んだ折り畳み椅子に座って試合観戦をしている。

 

エリカは、大洗女子学園側をやや侮る様な口調で試合が始まった事を告げたが、まほは特に何の感情も籠めず、冷静に答えるだけだ。

 

其処へ、副隊長(エリカ)の補佐を務める一年生の五代 百代が出来立てのコーヒーが入った金属製のコーヒーポットを持って来て、「両チームが接触するまで時間があるでしょうから、コーヒーをお淹れします」と告げた後、隊長と副隊長が着席している椅子の前にある机に置かれた金属製のカップにコーヒーを注ぎ終わった時。

 

 

 

「あらぁ、()()()()()お久しぶりー♪」

 

 

 

突然、楽天的な掛け声と共に、桃色の髪が印象的な“年上の女性”が笑顔を浮かべつつ、三人の前に現れた。

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

突然の“闖入者”の登場にエリカと百代は驚くが、まほは僅かに表情を緩めると、少し当惑気味の口調で相手の名を問うた。

 

 

 

「あの…明美さんですか?」

 

 

 

「うん♡最後に会ったのは、貴女が中一の時だから、もう5年振りね♪」

 

 

 

「はい…お久しぶりです」

 

 

 

此処までのポーカーフェイスな表情は何処へやら、まほは明美の顔を見ながらも戸惑い気味の表情を隠さない…彼女も明美とは、過去に色々あったのだろう。

 

すると、今度は隊長と副隊長の傍らに立っていた百代が緊張気味の声で、明美に話し掛ける。

 

 

 

「あの、原園さん…初めまして。私、副隊長補佐の五代 百代と申します!」

 

 

 

「ああ、貴女が五代さんね?去年の全国中学生大会での戦い振り、見事だったわよ♪」

 

 

 

「いえ、あの時の対戦相手のチーム代表から、そんなお言葉を頂くなんて…恐縮です!」

 

 

 

「別に緊張しなくて良いのよ。貴女も私の母校の大切な後輩なのだし♡」

 

 

 

昨年、黒森峰女学園中等部・戦車道チームの隊長として、戦車道全国中学生大会10連覇の偉業を成し遂げた自分を褒めてくれた“母校の偉大な先輩 (OG)”(しかも、決勝戦の相手チームの代表でもある)からの言葉に、思わず顔を赤くする百代。

 

一方、突然目の前に現れた“偉大な先輩(原園明美)”が気さくな態度で、隊長や後輩と語り合っている姿を見たエリカは、仰天しつつも“先輩”に向かって挨拶をする。

 

 

 

「あの…初めまして、原園先輩!副隊長の逸見です!」

 

 

 

すると明美は、エリカに顔を向けてから、丁寧な口調で挨拶をした。

 

 

 

「初めまして…貴女が逸見 エリカさんね?先日は、ウチの馬鹿娘()がまほさんや貴女達に大変失礼な事をしたそうで、本当に御免なさいね」

 

 

 

先輩であり、先日戦車喫茶で危うく手を上げる寸前まで口論した相手()の母親でもある明美からの()()()に触れたエリカは、その“()()”に気付くと、恐縮した表情で返答した。

 

 

 

「いえ…あの時は私も、彼女達大洗女子を『()()()』と蔑んだ上、先輩の娘さんと喧嘩までしてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 

 

「まあ、幾ら私達の母校が戦車道の()()()でも、相手を見下していると思わぬ所で足を掬われる事になるわ…貴女も黒森峰の一員である以上、()()()()発言に気を付けないとダメよ」

 

 

 

「はい!」

 

 

 

自らの謝罪に対して楽天的な笑顔のままだが、其れとは対照的に真剣な口調で語られる明美の言葉を聞いたエリカは、戦車喫茶での嵐との口論を思い出すと「あの時は、みほに拘っていたとは言え、本当に取り返しが付かなくなる所だった」と振り返りつつ「次は、もう少し“文句の言い方”を考えよう」と心に決めた、その時。

 

 

 

「前進、前進!ガンガン行くよ!」

 

 

 

観客席周辺のスピーカーから、サンダース側のチームラジオ(無線)が流れており、其処から隊長であるケイの指示が聞こえて来た。

 

米国のモータースポーツでは、観客がサーキットでチームラジオを聞きながら観戦するのが当たり前になっているが、戦車道でも“無線による選手同士のコミュニケーション”はオープンにされている。

 

その為、観客は試合会場に受信機を持ち込んだり、主催者側が貸し出している受信機を借りたりして、好きなチームの無線を聞きながら観戦する人が多いのだ。

 

主催者から、各車輌毎の周波数等のデータリストが公開されているので、観客は特定のチームの車輌の無線に合わせて無線交信を聞き続ける事が出来る。

 

また、試合会場やTVの実況中継でも無線交信の一部が流される事もある。

 

これは、“()()()()()()()()()()”を防止する意味合いもあるのだ。

 

 

 

 

 

 

その頃、私達はスタート地点から然程離れていない森林地帯に布陣して、サンダース大付属を迎え撃つ準備を整えていた。

 

その準備完了のタイミングで、西住隊長から先ずはサンダース大付属の攻撃意図と布陣状況を摑むべく、“ウサギ&アヒルさんチーム”へ偵察に向かう様、指示が出る。

 

 

 

ウサギさんチーム(M3中戦車リー)、右方向の偵察をお願いします。アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)は左方向を」

 

 

 

「了解しました」

 

 

 

「此方も了解!」

 

 

 

両チームの戦車長である梓と磯辺先輩からの報告を確認した西住隊長は、他のチームへ指示を出す。

 

 

 

カバさん(Ⅲ号突撃砲F型)ニワトリさん(M4A3E8)は、我々あんこう(Ⅳ号戦車D型)と共にカメさん(フラッグ車)を守りつつ前進します」

 

 

 

『此方ニワトリさんチーム、了解しました』

 

 

 

私は、西住隊長からの指示を受信した後で“了解”の返信を送ると、車内に居るメンバー全員へ指示を出す。

 

 

 

『皆、これから私達は、あんこうとカバさんと共にカメさんを守りつつ前進する。準備はいい?』

 

 

 

「「「「了解!」」」」

 

 

 

私の指示に対して、メンバー全員元気良く返事をしたが…その時、操縦手の菫が視線を前方へ向けたまま、皆へ車内無線でこんな事を語り出した。

 

 

 

「そう言えば河嶋先輩、試合前に『()()()()()()は何とかならんかったのか?』って文句を言っていたけど、可愛くて良いよね?私は好きなんだけど」

 

 

 

「うん。楽しいし、私も大好き!」

 

 

 

「会長も『いいじゃん、可愛くて♪』と言って、賛成していましたしね」

 

 

 

「皆、そんな事を言っていると命令を聞き逃すわよ?」

 

 

 

菫の語り掛けに対して舞と良恵が賛同する中、皆の様子を見ていた瑞希が苦笑しながら、三人に向かって釘を刺した時。

 

 

 

Panzer vor(パンツァー・フォー)!」

 

 

 

西住隊長から、“戦車、前進!”を意味するドイツ語の号令が私のヘッドセットに響いた。

 

勿論、私も反射的に皆へ向かって同じ号令を叫ぶ。

 

そして、私達は対戦相手(サンダース)を探し出すべく、前進を始めた。

 

 

 

 

 

 

同じ頃、サンダース大付属側では、隊長のケイが率いる主力部隊と“フォックス(Fチーム)*2の戦車長が率いる別動隊に別れて、大洗側が布陣していると思われる森林地帯を包囲しようとしていた。

 

主力部隊はM4“シャーマン”中戦車(75㎜砲型)5輌と副隊長のナオミが砲手を務める“シャーマン・ファイアフライⅤC”1輌で編成され、別動隊はM4(75㎜砲型)のみ3輌で編成されている。

 

尚、もう一人の副隊長であるアリサが戦車長を務めているフラッグ車のM4A1(76.2㎜砲型)は、単独で主力部隊の後方に居る。

 

その時、ケイ隊長車の無線機に、主力部隊のM4の1輌である“イージー(Eチーム)”の戦車長を務める一年生・原 時雨の声が響いて来た。

 

 

 

「“イージー(Eチーム)”より、“エイブル(Aチーム)*3へ。隊長、お願いがあります」

 

 

 

「“シーズー(時雨)”…急に、如何したの?」

 

 

 

ケイはチーム期待の一年生で、何時も本名との語呂合わせで“シーズー”と言う綽名で呼んでいる時雨からの頼みを不思議そうに聞きながら、彼女の過去を思い出す。

 

 

 

時雨は、サンダース大付属高校学園艦の母港・佐世保出身である。

 

サンダースには付属幼稚園から通っていた事もあり、幼い頃から“サンダースで戦車道を修める”のが彼女の夢だった。

 

しかし、付属小学校に進学した直後、その夢を聞かされた上級生や同級生達に“サンダースの戦車道は誰でも出来る訳じゃないのに、入学早々“戦車道をやりたい”と言うなんて生意気だ”と嫉妬された上、酷い虐めに遭ったのが原因で引き籠もりになってしまう。

 

そんな時、「群馬県みなかみ町に戦車道の新しいクラブチームが結成される」話を聞いた両親の薦めで、小学3年生の春に結成されたばかりの“群馬みなかみタンカーズ”に入団したのが、彼女の転機になった。

 

それから時雨は、みなかみ町の中学校を卒業するまでタンカーズの寮で生活をしながら戦車道を7年間続けて来た結果、レギュラーの戦車長として優秀な成績を挙げると共に、念願だったサンダース大付属高校へ「戦車道特待生」として“里帰り”を果たしたのだ。

 

その技量の高さは、五百人以上もの戦車道履修者を擁し、戦車道チームも一軍から三軍まであって毎年激しいレギュラー争いが繰り広げられているサンダースで、入学早々()()()()()()に抜擢されただけでなく、先日行われた福島県の伯爵高校戦車道部との練習試合でも活躍しており、この全国大会一回戦でも()()()()()としてこの場に居る事で実証済みだ。

 

因みに…小学校時代に時雨を虐めていた連中の“その後”だが、今春彼女が“付属高校に戦車道特待生として帰って来る”との噂が流れた途端、戦車道を履修していなかった者達はサンダースの学園艦から蜘蛛の子を散らす様に姿を消した、と言う。

 

そして、サンダースの戦車道チームに所属していた連中は、新学期最初の新入生との交流試合で、()()が時雨の実力の前に“惨敗”。

 

中には、ケイ隊長の判断で「()()()()()()()()」として、最初から()()()()()()()()()()()()()者さえいた。

 

その結果、嘗て時雨を虐めていた()()()()()()()()()()()()()()の過去と交流試合での醜態がアッと言う間に学園艦内で噂となり、チームに居辛くなった彼女達は時雨本人と他のチームメイトの前で過去の虐めを土下座して謝罪した後、戦車道を辞めて別の学科へ転入するか、自主退学したのである。

 

 

 

そんな過去を持つ時雨だが、此処で思わぬ事を言い出した。

 

 

 

「隊長、私達“イージー(Eチーム)”も別動隊に加えて下さい!」

 

 

 

「駄目よ、“シーズー”。貴女は嵐が出て来た時、彼女をマークする為に私の傍に居る様、命じてあるでしょ?」

 

 

 

“自分達も別動隊へ行かせて欲しい”との時雨の懇願に対して、何時もの様に快活な口調ながら後輩の役目を再確認した上で、その願いを却下するケイ。

 

だが、普段なら素直に隊長の命令に従う筈の時雨が、珍しく激しい口調で反論して来た。

 

 

 

「しかし今の大洗なら、必ず原園さんを先頭に立てて来る筈です!」

 

 

 

だが、ケイは口調を真剣なものに変化させると、彼女へ言い聞かせる様に語り掛ける。

 

 

 

「“シーズー(時雨)”…嵐に対する気持ちは分かるけれど、()()を試合に持ち込んでチームワークを崩しちゃ駄目。いいわね?」

 

 

 

Yes,ma'am(イエス・マム)……」

 

 

 

サンダース大付属の戦車道の鉄則である“チームワーク”を守る様、ケイから諭された時雨は落ち込んだ口調で“了解”の返信をすると、通信を切った。

 

 

 

「やれやれ…親友に“裏切られた”と()()のも無理は無いけどね」

 

 

 

ケイは、自分の命令に大人しく従わなかった時雨の心情を理解していた。

 

何故なら、虐めで引き籠もりになっていた時雨が、新天地であるみなかみ町で立ち直る切っ掛けを与えた少女…原園 嵐の事をケイも知っているのだ。

 

実は、嵐もサンダース大付属高校への「戦車道特待生推薦入試」に合格していたが、入試後に行われた戦車道チームへのオリエンテーションへ嵐が時雨と共に参加した際、当時は“次期隊長”だった自分に向かって『申し訳ありませんが、私は高校進学したら戦車道から引退するつもりなので、其方へ入学するつもりはありません』と告げられたのである。

 

一応、ケイは母親の明美から事前に“嵐の事情”を聞かされていたものの、その話を聞いて衝撃を受けた時雨の姿を目の当たりにしている事もあり、「この娘()()()()()()()を理解出来ていないのね。ウチでチームワークを学べば戦車道の楽しさを知る事が出来るのに……」と、嵐の決断を惜しんでいたのである。

 

しかし嵐は今、対戦相手である大洗女子学園の一員として、自分達と対峙している。

 

その事も理解しているケイは直ぐ気持ちを切り替えると、頼りになる副隊長兼“シャーマン・ファイアフライⅤC”の砲手へ新たな指示を出した。

 

 

 

「ナオミ、2輌を率いて左側面へ回り込んでくれる?アリサの情報通りなら、此処で大洗の先鋒を包囲出来る筈だわ」

 

 

 

一方その頃、時雨は……

 

 

 

「“シーズー”だなんて…私の見た目が犬みたいだからって、犬の名前を綽名にするのは止めて欲しいな」

 

 

 

“駄洒落好き”な隊長が、語呂合わせが良い所為か何時も自分を“シーズー”と呼んでいる事に辟易としていた。

 

 

 

 

 

 

それは、私達がサンダース大付属の部隊を捜索する為に森林地帯で前進を始めてから10分近く経った頃だったと思う。

 

初夏の陽気で車内が蒸し暑くなっている中、先発して偵察に出ていたウサギさんチームの戦車長・梓から最初の報告が入って来た。

 

 

 

「此方B085S地点、シャーマン3輌を発見。此れから誘き出します…キャッ!」

 

 

 

だが報告の直後、無線越しに砲弾が飛翔する音と共に、梓の悲鳴が響く。

 

 

 

『!?』

 

 

 

一瞬、私は“ウサギさんのM3リーが被弾した!?”と思い緊張したが、直ぐに梓から次の報告が飛んで来た。

 

 

 

「シャーマン6輌に包囲されちゃいました!」

 

 

 

最初のM4中戦車“シャーマン”3輌を発見した直後、別の3輌が加わって包囲された…確かに“悪いニュース”だが、敵情が分かったので偵察任務は果たしてくれた事になる。

 

勿論、此の儘ウサギさんチームを見捨てる訳には行かないと私が思った、その時。

 

 

 

「ウサギさんチーム、南西から援軍を送ります!アヒルさん、ニワトリさんチーム、付いて来て下さい!」

 

 

 

流石は西住隊長。

 

事態の深刻さを把握すると、直ちに隊長自ら3輌の戦車を率いて救援に向かうと告げた。

 

 

 

「はい!」

 

 

 

『了解!』

 

 

 

“アヒルさんチーム”の磯辺先輩と共に私も返信を送ると、あんこうチームの後を追う。

 

こうして、Ⅳ号戦車D型を先頭に八九式中戦車甲型と私達のM4A3E8(イージーエイト)の3輌が“ウサギさんチーム”の救援に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

その頃、試合会場の外れでは聖グロリアーナ女学院戦車道チームの隊長・ダージリンが御付きの後輩・オレンジペコと共に紅茶を楽しみながら、観客席前の巨大モニターに映された試合のライブ映像に見入っていた。

 

今、試合はサンダース大付属の戦車隊に追われている大洗女子のM3中戦車リー(ウサギさんチーム)の映像を流している。

 

 

 

「流石サンダース、数に物を言わせた戦い方をしますね」

 

 

 

試合の様子を眺めていたオレンジペコが率直な感想を述べると、彼女が敬愛する隊長は朗らかな表情のまま、こう返答する。

 

 

 

「こんなジョークを知ってる?米国大統領が自慢したそうよ。『我が国には何でもある』って。そうしたら、外国の記者が質問したんですって…『“地獄のホットライン”もですか?』って」

 

 

 

だが、その時“聞き覚えのある”透き通った女性の声が二人の耳に聞こえて来た。

 

 

 

「その“地獄のホットライン”の正体は、“ソ連へのスパイ活動用ホットライン”だったんだけどね♪」

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

背後から、“母校の偉大な先輩”である淀川 清恵がダージリンの語ったジョークの“ネタ”を明かしつつ、驚いている二人の前に現れる。

 

すると辛うじて「あ…先輩。今日は明美さんや長門さんも試合を観戦に来られているのでしょうか?」と、彼女にしては珍しく困惑した表情で返答したダージリンに向かって、清恵は笑顔のまま、こう答えた。

 

 

 

「ああ、明美さんなら今、黒森峰の方へ()()に行っているわ。長門さんは仕事で来られないから、今頃“みほちゃんの試合を生で見られない!”とか言って、悔しがっていると思うけれど……」

 

 

 

だが此処で、清恵は視線をダージリン達から試合会場の上空へ移すと、笑顔から一転して険しい表情へ変化させると同時に、一言呟いた。

 

 

 

「でも、今日のサンダースは()()()()()()()()をしているわね?」

 

 

 

その一言を聞いて、無言で頷くダージリン。

 

一方、険しい表情で()()()()()()を睨んでいる淀川の視線を追っていたオレンジペコは、その視線の先に“ある物”を見て目を細めた。

 

その上空には、“サンダースらしくない()()()が浮かんでいたのだ。

 

 

 

 

 

 

この時、6輌のM4“シャーマン”中戦車からの追跡を“やれば出来る子”(by 宇津木 優季)桂利奈ちゃんの操縦で必死に躱している“ウサギさんチーム”を救援するべく、森の中を急行していた私達は、右からⅣ号を先頭に八九式、M4A3E8の順で、左下がりの雁行陣を組んで進撃していた。

 

だが突如、西住隊長と殆ど同時に私も左方向から“殺気”を感じ、直ぐ様視線を左へ向けると……

 

 

 

「『!?』」

 

 

 

左側から戦車砲の発砲の閃光と音を感じ取った次の瞬間、砲弾が私達の周囲に弾着して土煙を上げると、後方からサンダース大付属からの新たな刺客…M4中戦車2輌と副隊長のナオミさんが駆る“シャーマン・ファイアフライⅤC”の合計3輌が襲い掛かって来た。

 

 

 

「3輌…囲まれた!?」

 

 

 

『北東から6輌、南南西から3輌…おかしい!()()()()()()()()9()()()()がこの森に来るなんて!?』

 

 

 

味方が窮地に陥った事に気付いた西住隊長の言葉を無線で聞きながらも、私はサンダース側が()()()()()()()私達を包囲出来た上、フラッグ車が包囲陣に()()()と言う“相手に都合が良過ぎる展開”に不審を抱いていた。

 

其処へ砲手の瑞希が私の呟きを車内無線で聞いていたらしく、こんな事を言い出す。

 

 

 

「幾ら何でもそれ、大胆過ぎるでしょ…まさか、()()()()()()()()()()()()って事!?」

 

 

 

瑞希の“推測”は私から見ても“正論”だが、今此処で議論しても始まらない…と思った時、西住隊長が無線で“ウサギさんチーム”へ呼び掛けた。

 

 

 

「ウサギさん、此の儘進むと危険です!停止できますか!?」

 

 

 

「「「無理で~す!」」」

 

 

 

「6輌に集中砲火浴びてるって!」

 

 

 

隊長からの呼び掛けに対して、“集中砲火を浴びているので応じられない”と悲鳴を上げるウサギさんチームからの返信を“あんこうチーム”通信手の武部先輩が的確に西住隊長や私達に伝えた次の瞬間、西住隊長は決断すると私達に指示を伝えた。

 

 

 

「分かりました!ウサギさん、アヒルさん、ニワトリさん。あんこうと間も無く合流するので、合流したら南東に進んで下さい!」

 

 

 

その直後、梓が「分かりました!」と西住隊長へ返信したのを確かめた私は、直ちに『了解!』と発信した後、ウサギさんチーム目指してスピードを上げた。

 

勿論、“アヒルさんチーム”も戦車長の磯辺先輩が「了解!」と返信しつつ、私達と一緒に前進を続けている。

 

 

 

 

 

 

だが、この時サンダース側では、フラッグ車(M4A1)の戦車長・アリサ副隊長から、次の指示が飛んでいた。

 

 

 

「南南西に2輌回して下さい」

 

 

 

「OK!」

 

 

 

アリサからの通信を受信したケイ隊長は即座に返信すると、手持ちの戦車から2輌のM4を南南西に回す…だが、その時。

 

 

 

「此方“イージー(Eチーム)”、我々も行かせて下さい!」

 

 

 

先程、ナオミ率いる別動隊への編入を懇願した時雨が再び、大洗への矢面に立とうと南南西に向かう部隊へ志願して来た。

 

だがケイは、今度は少し怒る様な口調で時雨を諫める。

 

 

 

「駄目よ、“シーズー”!」

 

 

 

「!」

 

 

 

隊長から強い口調で諫められた時雨は、一瞬息を呑んだが、その直後にケイ隊長は優し気な口調に戻って再び、彼女へ指示を出した。

 

 

 

「御免。ついカッとなって…でも作戦は予定通り。嵐が出てきたら、彼女をマークして絶対に()()()()()()()()()事。“シーズー”には、必ずあの娘と勝負させる機会は作るわ。だから、もう暫く私の傍に居て」

 

 

 

「…済みません、隊長」

 

 

 

隊長から改めて指示を受けた時雨は、自分が指揮するM4の車内で飼い主に叱られた飼い犬の様に項垂れ乍ら返信したが、ケイはそんな時雨を労る様に語り掛ける。

 

 

 

「ううん…親友に“裏切られた”って思う気持ちは、私にも分かる。でもあの娘が戦車道に戻って来た以上、()()()()()()がある筈よ?それを理解する為にも、此処で嵐と勝負してみなさい。OK?」

 

 

 

その言葉に、時雨は勇気を貰うと気合を籠めた口調で、ケイに宣言した。

 

 

 

Yes,ma'am(イエス・マム)!そして必ず、嵐に勝ちます!」

 

 

 

するとケイは、満面の笑みを浮かべてから、何時もの快活な口調で時雨に命令する。

 

 

 

「OK!じゃあ、しっかり私に従いて来なさい!」

 

 

 

そして、ケイが率いるM4“シャーマン”の隊長車を先頭に、時雨車ともう2輌から成る本隊が大洗女子のM3リー中戦車(ウサギさんチーム)を追うと同時に、本隊から分離した2輌が南南西に向かう…此の儘だと大洗女子の隊長車を含む戦車4輌は、この森を出た所でサンダース側の戦車9輌に包囲されるだろう。

 

 

 

 

 

 

この頃、西住隊長率いる3輌の大洗女子の戦車は、サンダースからの追跡を逃れて来た“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”の姿を捉えていた。

 

 

 

「あっ、いた!先輩!」

 

 

 

「はいっ、落ち着いて!」

 

 

 

“ウサギさんチーム”の戦車長・梓からの切迫した通信が入ると、西住隊長は梓を落ち着かせると同時に、目前に迫って来た“ウサギさんチーム”との合流のタイミングを計る。

 

そして“ウサギさんチーム”と擦れ違った次の瞬間、西住隊長の“あんこうチーム”と私達“ニワトリさんチーム”“アヒルさんチーム”の3輌は追って来るサンダース側へ応射しながら、右旋回をして“ウサギさんチーム”と合流。

 

其の儘、森の出口を目指して全速前進を始めた…のだが。

 

 

 

「嵐ちゃん、前方に敵戦車!」

 

 

 

操縦手の菫が切迫した声で叫び、隣に座っている副操縦手の良恵も「前方の森の出口に2輌、回り込んで来ます!」と緊張した声で報告して来る。

 

勿論、西住隊長と同様に車長用キューポラから身を乗り出して周囲を監視している私も、前方の森の出口で2輌のM4“シャーマン”が此方に向かっている姿を既に確認していた…やはり、サンダース側は私達の動きをほぼ完璧に摑んでいる。

 

しかし、見通しの悪い森の中を進撃している私達の動きを把握しているのは、幾ら何でも不自然過ぎる…一体、サンダースはどんな手を使ったのだろうか?

 

だがこの時、目の前の状況に対処しなければならない仲間達からの声が車内無線に入って来る。

 

 

 

「如何する?」

 

 

 

「砲撃はまだ?」

 

 

 

『!』

 

 

 

装填手の舞と砲手の瑞希から、私へ指示を求める声が飛び込んで来た時、私は一瞬躊躇したが、其処へ西住隊長からの指示が飛んで来た!

 

 

 

「此の儘全力で進んで下さい!敵戦車と混ざって!」

 

 

 

その瞬間、今度は私も躊躇せずにチームの皆へ次の指示を伝えた。

 

 

 

『了解…皆、此の儘突っ込む!菫、敵戦車とぶつかる覚悟で突っ込んで!』

 

 

 

「「「「了解!」」」」

 

 

 

私の指示に“ニワトリさんチーム”の仲間達四人が一斉に返事をすると、瑞希が小声で「西住隊長…結構過激ねぇ♪」と戯けていたが、私は彼女に向かって一瞬微笑むだけに止めた。

 

何しろ、いきなりのピンチの場面…思い切った事をやらないと、無事では済まされないのだから。

 

 

 

(第36話、終わり)

 

*1
第二次大戦中のドイツ軍が使った4輪装甲車。

*2
此処で使われているサンダース各車のコールサインは、1941年から1956年まで米軍で使われていた「統合陸軍/海軍フォネティックコード」のアルファベット発音を使用しており、現在NATO軍が使っている「NATOフォネティックコード」とは発音が異なる。

*3
この場合は、隊長車を意味するコールサイン。




此処まで読んで下さり、有難う御座います。
第36話をお送りしました。

遂に、全国大会初戦がスタート。
原作通り、サンダースが“らしくない戦い方”を展開して来て、大洗はピンチですが…片やサンダースの戦い方に不審を抱く嵐と、嘗ての親友との戦いの中で血気に逸る時雨。
更に、その試合を母校の後輩達と一緒に眺めている明美さんと清恵さん。
今回は、色々な人間模様が現れて来ましたが、此処から如何なるか?

あと、今回は作中にガルパンコミカライズ「樅の木と鉄の羽の魔女」からのネタを一つだけ入れています。
個人的には野咲ちゃん可愛いから、ナデナデしたい…いや、本作にも登場させてあげたい(苦笑)。
それと、むらかわ先生…“戦車は勿論、ミリタリーに全く素養が無い”ってコミック上巻のカバー裏に書いていたけれど、嘘やろ!
伝説のミリタリー漫画誌「コンバットコミック」を毎号読んでいた俺から見ても作画と描写の出来が良いのだけど!(錯乱)

それでは、次回をお楽しみに。



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第37話「相手の卑怯な作戦に反撃です!!」


遂にコロナウイルス緊急事態宣言が全国に発令されましたが、此方は未だ感染していませんので、皆様ご安心くださいませ(色々としんどいけれど)。
そんな今の俺の希望は、Eテレの銀河英雄伝説 die neue theseであります…まあ、内容的には色々不満があるけれど文句は言うまい。

それでは第37話、大洗女子対サンダース戦を引き続きどうぞ。



 

 

 

第63回戦車道全国高校生大会一回戦。

 

私達大洗女子学園戦車道チームは、対戦相手であるサンダース大学付属高校を迎え撃つべく、試合会場内に在る森の中を進撃していた。

 

しかしサンダース大付属は、此方の動きを()()()()()おり、私達は森の中で包囲の危機に見舞われる。

 

これに対して西住隊長は、相手の包囲網を突破すべく森の出口で待ち構えているサンダース大付属の別動隊目掛けて突撃を敢行した。

 

だが…この時私は、サンダース大付属の“読みの周到さ”に不審を抱いたのだった。

 

 

 

 

 

 

一方、此方は大洗女子学園側の応援席。

 

先程、サンダース大付属が大洗女子の“ウサギさんチーム”に攻撃を始めた時から、秋山夫妻は勿論の事、華恋・詩織・由良・光の中等部四人組と、その隣に座っている“OFFモードの大洗のアイドル(磯前 那珂)”も一斉に「「「ああっ!」」」と、大洗女子が窮地に陥りつつある状況を大型モニターで眺めながら、悲鳴を上げていた。

 

そんな中、観客席前の大型モニターには森の出口に回り込んだサンダース大付属のM4“シャーマン”中戦車2輌が走行間射撃で37.5口径75㎜戦車砲“M3”を撃ちながら、包囲網からの脱出を図る大洗女子学園戦車隊の突撃を阻もうとする姿が映し出される。

 

 

 

「「「うわぁー!」」」

 

 

 

その時、M4中戦車からの一弾がM3中戦車リー(ウサギさんチーム)の左側面前方の装甲板を掠ると、観客席周辺にあるスピーカーから金属同士が擦れ合う時に生じる“嫌な音”と共に、梓達“ウサギさんチーム”メンバーの悲鳴が車内無線から響いて来る。

 

更に、サンダース大付属のケイ隊長が無線で「今日のアリサの勘、ドンピシャね♪ナイス冴えだわ!」と仲間に呼び掛けている声が聞こえて来る頃には、大洗側の“応援団”の危機感はピークに達しており、全員悲鳴さえ上げられなくなっていた。

 

 

 

しかし…私達大洗女子学園戦車チームの4輌は、“あんこうチーム”のⅣ号戦車D型を先頭に、臆する事無く正面から迫り来るサンダース大付属のM4中戦車2輌目掛けて突き進んでいた。

 

勿論、私も西住隊長が率いるⅣ号戦車の後方右側で、自分が指揮する“ニワトリさんチーム”のM4A3E8(イージーエイト)を加速させる…前方にいる相手戦車(M4)に衝突する覚悟で突っ込むのだ。

 

その次の瞬間、先に森を抜けて平原に出た西住隊長のⅣ号戦車が前方から来た2輌のM4の内、左側に居る車輛に自らのⅣ号の左側面を接触させながら通過。

 

更に、私達のM4A3E8も右側に居たM4と自らの車体側面左側を接触させて、火花を散らしつつ擦れ違った。

 

そして私達の後ろから“アヒルさんチーム”の八九式中戦車甲型と“ウサギさんチーム”のM3中戦車リーも続いて行く。

 

こうして私達は、サンダース大付属の包囲網を突破すると、前方に在る丘を勢い良く登り切って、危機を脱したのだった。

 

 

 

 

 

 

「ドンマイ、深追いNGよ!」

 

 

 

結果的に大洗女子の戦車の撃破には失敗したものの、サンダース大付属の隊長・ケイはこれ以上の攻撃を戒めた。

 

未だ試合は始まったばかりであり、この後も先手を打つチャンスは幾らでも有るからだ…しかし、そうは考えていなかった者がサンダース大付属の中に一人だけいた。

 

サンダースに二人居る副隊長の一人で、チームではケイとナオミに次ぐNo.3の立場にある“アリサ”である。

 

 

 

「チッ!」

 

 

 

チームのフラッグ車であるM4A1中戦車(76㎜砲型)の車内で、隊長からの指示を聞いた彼女は、不服そうに舌打ちする。

 

何故なら…アリサは序盤の包囲戦で、“一切の勝負の決着”を付けるつもりだったからだ。

 

その為に敢えて彼女は、公式戦車道のルールでは罰則化されていないものの、戦車道をやっている学校では“マナー違反”として戒められている「通信傍受」を実行していたのだ。

 

勿論、隊長のケイにもこの事は()()告げていない。

 

ところが……

 

 

 

「あ~っと、サンダース大付属のフラッグ車から気球が上がっています…如何やらサンダースの選手が通信傍受をやっているみたいですね?」

 

 

 

「一寸、信じられないですね。サンダースのケイ隊長は“フェアプレイ”をモットーとする選手なので、ルール違反では無いとは言えこんな“マナー違反”を許すとは思えないのですが……」

 

 

 

何と、アリサのフラッグ車(M4A1)からケーブルを介して空へ上がっている通信傍受用の気球の姿が、首都テレビの実況中継によって試合会場の観客席前に在る大型モニターは勿論の事、全国のお茶の間にも生放送されてしまっていたのだった。

 

今、観客席前の大型モニターと連動しているスピーカーや全国のテレビの前では、この試合の実況を担当する首都テレビの加登川 幸太(かとがわ こうた)アナウンサーと解説を担当する戦史研究家兼戦車道解説者の斎森 伸之(さいもり のぶゆき)の声が流れているが、二人共サンダース大付属のフラッグ車の行動を見て首を傾げていた。

 

一方、先程までの危機的状況を切り抜けた母校の奮闘に、ホッと胸を撫で下ろしていた大洗側応援席の“応援団”の中等部生徒達はこの光景を見て、一斉に怒りの声を上げる。

 

 

 

()()だなんて…この卑怯者!」

 

 

 

「お姉ちゃん達、負けるなぁ!」

 

 

 

()()するんじゃないよ、サンダース!」

 

 

 

()()()()()するサンダースなんて、ぶっ飛ばせ!」

 

 

 

華恋・詩織・由良・光の中等部四人組が、其々大声で対戦相手への野次と母校への声援を送ると、その様子を眺めていた秋山好子・淳五郎夫妻も続いて応援を始める。

 

 

 

「頑張って、優花里!」

 

 

 

「優花里、卑怯な事をする奴等に負けるなぁ~!」

 

 

 

すると、その声を聞いた他の観客達からも「通信傍受だって!?」「サンダースらしくないぞ!」「フェアプレイは何処に行った!」と、サンダース大付属への野次が次々に上がる。

 

その結果、先程まで勢い良く母校を応援していたサンダース大付属の応戦席も“アッ”と言う間に静まり返ってしまった。

 

 

 

 

 

 

その頃…此処は、サンダース大付属の包囲網を突破した私達“ニワトリさんチーム”の車内。

 

 

 

「何とか、切り抜けたわね」

 

 

 

瑞希の呟きで車内は安堵に包まれた…多分、他のチームも同じだろう。

 

しかし、私は先程の森での戦闘を思い出しながら、ずっと考えて来た“或る疑惑”が膨らんでいた。

 

 

 

『如何考えてもおかしい。10輌中9輌に包囲され掛けて、しかも相手のフラッグ車だけは包囲に参加していないなんて…まさか!?』

 

 

 

そんな考えを巡らせながら“ウサギさんチーム”の救出を始めた時から、ずっと車長用キューポラから外を眺めている私が“或る可能性”に思い当たって、視線を真上へ移した次の瞬間。

 

 

 

『やっぱり…通信傍受機!』

 

 

 

頭上に、1基の白い気球がワイヤーに繋がれた状態で空に浮かんでいた…案の定、相手側は私達の無線交信を傍受する事で、先手を打っていたのだ。

 

私は思わず小声で呟くと、西住隊長へ通信傍受の事実を伝えようとしたが、“相手に傍受されている無線では、隊長にこの事を伝える事が出来ない”事に気付いて、一瞬『如何しよう!?』と思いながら困惑する。

 

でも、ふと隣にいる“あんこうチーム”のⅣ号戦車D型を見ると、砲塔のキューポラから西住隊長も上半身を出して私と同じ様に上空を見上げているのに気付いて、ハッとなる。

 

その時の西住隊長は…後にも先にも私達に見せた事が無い、“怒りの表情”を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「確かに…原園殿の言う通り、ルールブックには“傍受機を打ち上げちゃいけない”なんて書いて無いですね」

 

 

 

西住隊長と私が“サンダース側が打ち上げていた通信傍受機”を発見してから、少し後。

 

私達“ニワトリさんチーム”と “あんこうチーム”は、合流後近くの林の中に隠れると、現在の状況と打開策について打ち合わせていた。

 

其処で、私が状況説明の中で「公式戦車道では、通信傍受は反則ではありません」と語ったのを受けて、秋山先輩が財団法人日本戦車道連盟発行の「戦車道るーるぶっく」を読んでルールを確認した結果、私の発言内容を肯定すると……

 

 

 

「酷い!幾らお金が有るからって!」

 

 

 

「抗議しましょう!」

 

 

 

武部先輩と五十鈴先輩が怒りの声を上げたが、私は首を横に振りながら、二人に事情説明をする。

 

 

 

『武部先輩、五十鈴先輩…無駄ですよ。公式戦車道のルールでは、()()()()()()()は禁止されていません

 

 

 

「そんな!」

 

 

 

「原園さん、何とかならないんですか!?」

 

 

 

私の説明を聞いた五十鈴先輩が“ルールで禁止されていないのは不条理だ”とばかりに憤り、良恵ちゃんも同調するが、通信傍受と言う()()()()がルールで認められている以上、抗議する事は出来ない。

 

しかし此処で、私達のM4A3E8の操縦席ハッチから顔を出して話を聞いていた菫が、不思議そうな表情で皆に語り掛けて来た。

 

 

 

「でも、戦車道をやっている大抵の学校は、“卑怯だからマナーに反する”と言う理由で、通信傍受なんて()()()やらない筈だけど?」

 

 

そう…戦車道では“例え、()()()()()で禁止されていなくても、客観的に見て()()とされる行為は、()()()()()として極力やるべきでは無く、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”と言う()()()()()()があるのだ。

 

更に、私の隣に在る装填手用ハッチから顔を出している舞も、“別の角度”からサンダース側の問題について触れる。

 

 

 

「其れに、サンダースのケイ隊長と言ったら“常にフェアプレイ”がモットーの人だよ…其れが何故、通信傍受を?」

 

 

 

「「『?』」」

 

 

 

そう…サンダース大付属は元々フェアプレイを尊ぶ上に、現隊長のケイさんは“常に正々堂々と戦い、卑怯な事はしない”人だ…そんな人が、何故()()()()()()通信傍受等と言う“何処の学校もやらない様なマナー違反”を許しているのだろうか?

 

そんな疑問が私や仲間達の頭を過っていた時。

 

 

 

「西住隊長、少し宜しいでしょうか?」

 

 

 

M4A3E8には専用のハッチが無い為、已む無く車内から無線を介して話を聞いていた砲手の瑞希が、西住隊長へ“或る進言”をした。

 

 

 

「これは私の推測ですが、若しかすると、この通信傍受はサンダースの()()がケイ隊長の許可を得ないまま“勝手にやっている”のかも知れません…其れ以外に、サンダースが()()()()をやる理由が見当たらないのです」

 

 

 

その言葉を聞いた西住隊長が、次の瞬間「ハッ…だったら!」と表情を変えると、何かを決心した様に“凛々しい表情”を私達に見せながら、一言指示を出した。

 

 

 

「皆さん、これから“私の話す通り”に動いて下さい」

 

 

 

 

 

 

「全車0985の道路を南進、ジャンクション(交差点)まで移動して!…敵は交差点を北上して来る筈なので、通り過ぎた所を左右から狙って!」

 

 

 

「了解です!」

 

 

 

「こっちも了解!」

 

 

 

みほからの新たな指示を受けて大洗女子の各チームが動き出す中、サンダース大付属のフラッグ車々内では、副隊長のアリサが無線機を操作しながら、大洗女子の無線交信を傍受して彼女達の作戦内容を把握すると、ケイ隊長へ向けて状況報告と対抗策を進言する。

 

 

 

「目標は交差点、左右に伏せているわ。囮を北上させて、本隊はその左右から包囲!」

 

 

 

「OK、OK!でも何で、そんな事迄分かっちゃう訳?」

 

 

 

一方、隊長のケイは信頼するチームNo.3からの進言を受け入れると、()()()()()()()筈のアリサ(フラッグ)車が何故其処まで知っているのかと言う“当然の疑問”を口にしたが、アリサは()()()()した口調で、こう答えるだけだった。

 

 

 

「女の勘です」

 

 

 

「アハハ!そりゃ頼もしい!」

 

 

 

アリサからの回答が余程()()にハマったのか、ケイは笑いながら納得したが……

 

 

 

彼女は、未だアリサが通信傍受を勝手にやっている事を知らない処か、其れが()()()()()()()()()()()事さえ気付いていない。

 

 

 

一方、此処は三つ又の交差点が一望できる丘の上。

 

私達“ニワトリさんチーム”は、“ウサギさんチーム”や“カバさんチーム”、そして西住隊長達“あんこうチーム”と共に、丘の上で待機している。

 

そして西住隊長は、“あんこうチーム”のⅣ号戦車のキューポラから双眼鏡で交差点周辺の様子を確認している…隊長は此方の無線が傍受されている事を逆手に取り、“交差点の左右で待ち伏せをする”と言う内容の“偽通信”を流した上で、相手が如何動くかを見極めているのだ。

 

其処で私も西住隊長と同様に、砲塔のキューポラから双眼鏡で見落としが無い様に周囲を監視していると…サンダース大付属の戦車隊が3つの道路を通って、交差点の左右で()()()()()()()()()()()を、挟み撃ちにするかの様に進撃して来た。

 

中央の道路に、3輌のM4。

 

右側の道路には“ファイアフライ”を先頭に、続いて3輌のM4がやって来る。

 

更に左側の道路からは、2輌のM4が進撃していた…フラッグ車のM4A1は、やはり()()()()()()()

 

そして相手の動きを確認した西住隊長は“味方の通信が傍受されている”と確信すると、新たな“偽通信”を発信した。

 

 

 

「囲まれた!全車後退!」

 

 

 

みほからの通信が発信された直後、交差点左側の道路脇にある大きな茂みに隠れていた“アヒルさんチーム”の八九式中戦車甲型が発進した。

 

その八九式は、ワイヤーで括り付けた丸太や木の枝を牽引しており、其れを引っ張りながら草地を走行する事で、派手な砂煙が舞い上がる…実はこれこそが、“交差点の左右で待ち伏せていた部隊”である、とサンダース大付属側に誤認させる為の“トリック”であった。

 

実は、このトリックは第二次大戦中の北アフリカ戦線でドイツ軍の名将エルヴィン・ロンメル元帥が砂漠地帯で用いており、対戦相手であった英連邦軍を欺いた事で知られている。

 

すると、 “アヒルさんチーム”が隠れていた茂みへ近付きつつあったサンダース側の別動隊に所属する2輌のM4がその砂煙に導かれる様に、通行していた道路を外れて追跡を始めた。

 

其処で今度は、みほが次なる通信を発信する。

 

 

 

「見付かった…皆バラバラになって退避!38(t)はC1024R地点に隠れて下さい!」

 

 

 

この“自軍に都合の良い情報”を、傍受していたアリサが聞き逃す筈が無かった。

 

 

 

「38(t)…敵のフラッグ車、貰った!」

 

 

 

何も知らずに勝利を確信したアリサは、先程の砂煙を手掛かりに追跡をしている別動隊へ命令を下す。

 

 

 

チャーリー(C)ドッグ(D)、C1024R地点に急行。見付け次第攻撃!」

 

 

 

「「はいっ!」」

 

 

 

2輌のM4中戦車で編成された別動隊の乗員は元気良く“了解”の返事を送ると、直ちに試合会場の地図に表示された位置座標“C1024R”地点へ向かった。

 

近くに居る筈の大洗女子のフラッグ車(38(t)軽戦車)を発見すべく、周辺の捜索を始めたサンダース別動隊は互いを援護しつつ、砲塔を旋回させて周囲を警戒しながら“C1024R”地点と呼ばれる小さな窪地に到着した。

 

此処で2輌のM4は一旦停止すると、チャーリー(C)チームが右側を、ドッグ(D)チームが左側の捜索をする為に、其々砲塔を旋回させながら周囲の様子を窺う。

 

だがその時、左側の捜索を担当していたドッグ(D)チームの砲手が見た物は…其処に居る筈の大洗女子のフラッグ車(38(t)軽戦車)ではなく、少し高い場所に在る茂みに隠れていた“丸い物体”だった。

 

 

 

「ん…?」

 

 

 

その“丸い物体”に不自然さを感じたドッグ(D)チームの砲手が目を凝らして“物体”のある茂みを見詰めると…その正体は“真ん丸に見える火砲の砲口”だった!

 

 

 

「Jesus(ジーザス)!」

 

 

 

この瞬間、“自分達は大洗女子の()()に待ち伏せされている”と悟ったドッグ(D)チームの砲手が絶望的な悲鳴を上げた直後。

 

 

 

()ぇー!」

 

 

 

ドッグ(D)チームの砲手が見た“真ん丸に見える火砲の砲口”の正体…大洗女子学園戦車道チームのⅢ号()()()F型を駆る“カバさんチーム”の車長・エルヴィンが、裂帛の気合で射撃命令を下した!

 

轟然たる砲声と共に、Ⅲ号突撃砲F型の48口径75㎜突撃砲“Stuk40”から徹甲弾が発射されると、窪地の周辺に隠れていた“あんこうチーム”のⅣ号戦車D型と手近な草木を車体に架けて擬装していた“ウサギさんチーム”のM3中戦車リーも発砲する。

 

その結果、彼女達の待ち伏せ攻撃を受けたサンダース別動隊・ドッグ(D)チームのM4中戦車は、車体左側面に3発も命中して呆気無く撃破され、白旗を揚げてしまった。

 

 

 

「撤退しろ、撤退!」

 

 

 

余りにも予想外の事態に遭遇したサンダース別動隊・チャーリー(C)チームの戦車長は、幸いにも自車の近くに敵弾が1発着弾(これは、実を言うと75㎜砲と37㎜砲の2門を持つ“ウサギさんチーム”のM3中戦車リーが放った37㎜砲弾だった)しただけだった為、大慌てで指示を出すと、その場を離脱し始めた。

 

その姿を“ウサギさんチーム”が捉えたが、M3中戦車リーの固定式28.5口径75㎜戦車砲“M2”では方角の関係で攻撃出来ない為、車体上部の旋回砲塔に搭載された50口径37㎜戦車砲“M5”で砲撃したものの、初弾は目標であるM4中戦車の後方へ外れてしまった。

 

 

 

「逃げちゃうよ!?」

 

 

 

一方、M3中戦車リー(ウサギさんチーム)の車内では通信手の優季が叫ぶと、固定砲座なので左方向へ逃げるM4を撃てない75㎜砲の砲手・あゆみが「撃て、撃てっ!」と37㎜砲の砲手を担当するあやを急かす。

 

するとあやは、先程の汚名返上とばかりに「えーい!」と気合を入れて2発目を撃ったが…此処最近、特訓に付き合ってくれた“ニワトリさんチーム”の二階堂 舞の指導のお蔭か()()()()()()()()()()()()ものの、無情にも御椀型で避弾経始に優れたM4の砲塔部装甲板に弾かれてしまった。

 

その様子を見ていた操縦手の桂利奈が悔しそうに「あっ、惜しい……」と呟いた時!

 

窪地の坂を登って彼女達の待ち伏せから逃れようとしたM4のエンジンルームに“何か”が飛び込むと、其処から突然“炎”が上がった。

 

その炎は一瞬で消えたが、続けてエンジンルームから激しい黒煙が噴き上がる。

 

そしてM4はその場に停止した後、砲塔から白旗が上がった。

 

 

 

「「「えっ?」」」

 

 

 

取り逃がし掛けた相手戦車を撃破した事を喜ぶよりも“自分達の攻撃は効果が無かったのに、何故相手を撃破出来たのか?”と、互いに首を傾げる“ウサギさんチーム”の面々。

 

だが此処で、“或る事”に気付いた車長の梓が嬉しそうな表情で皆に呼び掛けた。

 

 

 

「嵐だよ…“ニワトリさんチーム”が倒してくれたんだ!」

 

 

 

「「「あっ!」」」

 

 

 

その瞬間、嵐達の存在を思い出した仲間達が喜ぶ中(但し、紗希は何時もの様に一言も発していない)、梓は真上にあるキューポラのハッチを開けて外を見回す。

 

すると…その傍らで停車していた“ニワトリさんチーム”のM4A3E8の車長用キューポラから、同じく顔を出していた原園 嵐が優し気な笑みを浮かべて、梓を見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

梓達の砲撃に耐えて脱出しようとしていた相手のM4中戦車を此方が撃破した後、私はM3中戦車リーのキューポラから私を見詰めていた梓に向かって手を振りながら車内へ戻ると、梓へ向けて次に繋げるアドバイスをスマホメールで送る。

 

 

 

『ドンマイ梓。命中はしていたから、次は相手の()()を狙える様に集中しようね』

 

 

 

其れから間も無く、梓からメールで「うん!」と返事がやって来たのを確かめてから私が車内を見回すと、瑞希が小声で「あのM4、敵に後ろを見せて逃げるなんて…粗忽者!」と撃破した相手戦車に向かって毒吐いている。

 

実は先程の待ち伏せ攻撃の際、瑞希から「この配置だと、私達の手前に居るM4にだけ射弾が集中して、その奥に居るもう1輌のM4は狙い難い分、取り逃がす恐れがある」との進言が有った為、私が独断で初弾発射を遅らせていたのである。

 

その瑞希の予測は“大当たり”で、手前に居たM4には3発も当たったのに対して、奥にいた2輌目のM4は“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”の37㎜砲弾が手前に外れた事もあり、逃亡しそうな所で瑞希が必殺の一撃を見舞ったのだが…その時撃破されたM4は、私達から見て後部のエンジンルームが “丸見え”の状態で逃げていた為、その姿を見た瑞希が「相手戦車のクルーは警戒心が足りない!」と怒っているのだ。

 

なので私は、彼女へ「ののっち、未だ試合は始まったばかりだから、この後如何なるか分からないよ?」と諭すと、瑞希も小さく頷いて「そうね、一寸気にし過ぎたわ」と呟いた後、落ち着いた表情に戻ってくれた。

 

一方、車内前方の副操縦手席に座っている良恵ちゃんは「やった…先輩達の作戦、大成功ですね!」と喜び、皆も頷いている。

 

この時、私達は武部先輩の言葉を借りると「無線じゃなくてスマホメールで連絡してたんだも~ん♪」と言う訳で…要するに、傍受されていた無線を“囮”にして、サンダースの別動隊を誘き出し、“無線を聞いている限り”では此方のフラッグ車が居る()の窪地で待ち伏せていたのだ。

 

因みに、本来戦車道では“各戦車間の通信”は原則として『乗っている戦車に装備されている無線機』のみ使えるのだが…近年、携帯やスマホの普及で、肝心の“アマチュア無線資格”を持つ学生が殆ど居ない、と言う現実から、戦車道連盟も最近ルールを一部改訂し、「アマチュア無線資格所持者が不足している場合、()()()()()()()携帯やスマホを使用しての連絡を認める」事になっている為、今回の様な作戦が実行出来たのだ。

 

 

 

 

 

 

その頃、試合会場では大型モニターに撃破されたサンダース大付属のM4中戦車の姿が映し出されると共に、チャーリー(C)チーム戦車長から「チャーリー(C)ドッグ(D)チーム、共に行動不能…済みません!」との無線連絡がスピーカーで流された。

 

続けて、その連絡を受けたサンダース大付属の隊長と副隊長の反応も、生中継で音声が流される。

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

「何っ!」

 

 

 

アリサとナオミの順で、思わぬ損害に驚く副隊長2人の発言の直後、隊長のケイが“そんなバカな!?”と言う表情で叫ぶ。

 

 

 

Why(ホワイ)!?」

 

 

 

その瞬間、会場も“大洗女子が先制した”と言う予想外の試合展開にざわつき始めた。

 

勿論、大洗女子を応援していた中等部四人組や秋山夫妻は大騒ぎである。

 

 

 

「「「やった!」」」

 

 

 

「先制したぞー!」

 

 

 

「良いぞ、優花里!」

 

 

 

「お父さん、他の皆も褒めてあげましょうよ!」

 

 

 

華恋、詩織、由良が一斉に喜びの声を上げ、光はガッツポーズを決めて母校が先制したのを喜ぶと、秋山 優花里の父・淳五郎が娘を褒めちぎって居た為、妻の好子が他のメンバー達も褒めてあげようと言った所、淳五郎は慌てて「あっ、そうだ!皆凄いぞー!」と、更なる声援を送っていた時。

 

 

 

「よォし!大洗女子学園の皆行けぇー!()()()()()も応援するよー!」

 

 

 

「「「な…那珂ちゃん!?」」」

 

 

 

何と、中等部四人組や秋山夫妻も名前と歌声位は知っている“大洗のアイドル” こと磯前 那珂が、帽子と伊達眼鏡で変装しているものの、私服姿で自分達の隣の席から立ち上がっており、この応援席の誰よりも大声で大洗女子の娘達を応援しているでは無いか!

 

すると彼女は、自分の隣の席で呆然としている中等部四人組と秋山夫妻に向けてウインクすると、済まなそうな表情でこう告げた。

 

 

 

「あっ…今日は“OFFモード”だから、サインは勘弁してね?」

 

 

 

 

 

 

一方、観客席の外れで試合を観戦していた戦車道強豪校の面々も大洗女子が先制したシーンを目撃した。

 

先ず、野外でティータイムを楽しみながら試合観戦をしていた聖グロでは、オレンジペコが「やりましたわね」とダージリン隊長に話し掛けると彼女も「ええ」と呟き、喜びを後輩と分かち合っていた…二人共、表情こそ僅かに微笑んでいるだけだが、()()()()()()大洗女子の奮戦を喜んでいる様だ。

 

その証拠に、彼女達の様子を眺めていた淀川 清恵は苦笑いを浮かべつつ「二人共、未だ試合は終わっていないわよ♪」と口を挟みながら、アッサムから紅茶のお替りを貰っている…如何やら聖グロOGの清恵から見ると、ダージリンとオレンジペコは結構燥いでいる様に見えるらしい。

 

これに対して黒森峰女学園では、副隊長の逸見 エリカが大型モニターからの生中継画像を見て、「大洗女子が2輌も撃破!?」と呟きながら驚愕する横で、エリカの補佐役である五代 百代も「しかも通信傍受を逆手に取って待ち伏せを決めるなんて!?」と、大洗女子が展開した作戦の周到さに驚きを隠し切れないでいた。

 

だが、其れとは対照的に隊長の西住 まほは冷静な表情のまま「その様ね」と二人に向けて呟くだけだ…しかし其処へ、彼女達と一緒にちゃっかり百代が先程淹れたばかりのコーヒーを飲みながら試合観戦をしている明美が、明るい口調で話し掛けて来た。

 

 

 

「ふふ…後輩達、驚くのは此処からよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う事を教えてあげる!」

 

 

 

だがこの時、先手を打たれたサンダース大付属のケイ隊長は、味方にとって不利な状況を楽しむかの様に、搭乗している隊長車のM4中戦車の車長席で不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 

「うふふ…さあ、面白くなって来たわね!」

 

 

 

そう…彼女は“不利な状況からの逆転劇”を狙っているのだ。

 

そして、サンダース大付属の隊員の中でもう一人、ケイとは真逆の心理状態で“逆転”を誓う少女がいた。

 

 

 

「嵐…アンタは私が倒す!そして私達が勝つ!」

 

 

 

その少女…原 時雨は試合の勝利以上に、嘗ての親友・原園 嵐の“裏切り”に対して決着を着けるべく、激しい闘志を燃やしていたのである。

 

 

 

(第37話、終わり)

 




ここ迄読んで下さり、有難う御座います。
第37話をお送りしました。

サンダース大付属の“アリサ”が仕掛けた通信傍受作戦に苦しめられながらも、その作戦を逆手に取り、見事待ち伏せを決めた西住殿と嵐ちゃん達。
今回は、この場面に関しては原作に微妙なアレンジと小ネタを加えていますが、お気付きになられましたら幸いです…気付かなかったら如何しよう(大汗)。
しかし、サンダース大付属も此処から反撃を伺います…ケイと共に戦う時雨にも注目です。

それでは、次回をお楽しみに。



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第38話「ニワトリさんチームの囮作戦です!!」


コロナウイルス緊急事態宣言で上映延期となっていた『T-34 レジェンド・オブ・ウォー ダイナミック完全版』IMAXバージョン、遂に近所の映画館へ見に行ったぜ!
ハッキリ言って「男だらけ(一人だけ美女含む)の実写版ガールズ&パンツァー」でした、有難う御座います(本音)。

でも“コウモリを食べたことはある?”は、時節柄ヤバ過ぎて思わず吹きましたわ(爆)。

それでは、どうぞ。


 

 

「第63回戦車道全国高校生大会1回戦の第4試合『長崎県代表サンダース大付属高校対茨城県代表大洗女子学園』は、サンダース大付属副隊長でチームのフラッグ車の戦車長でもあるアリサ選手が相手の無線通信を傍受すると言う“戦車道のマナー違反”を犯した事もあり、序盤はサンダース大付属が試合を有利に進めていました」

 

 

 

今、試合会場の観客席前に在る大型モニターと連動しているスピーカーや全国のテレビから、この試合の実況を担当する首都テレビのベテランアナウンサー・加登川 幸太の声が響いて来る。

 

 

 

「しかし、サンダース大付属の包囲網を果敢な突撃で突破した大洗女子は、相手チームによる“通信傍受”の事実を察知すると、其れを逆手に取って偽通信を流し、サンダース大付属に“相手フラッグ車の位置を摑んだ”と思い込ませた後、自分達が待ち伏せていた窪地へ誘い込んだ結果、大洗女子がサンダース大付属のM4中戦車2輌を撃破して先制!現在試合は大洗女子学園のペースで進んでいます」

 

 

 

此処で加登川アナウンサーは一旦言葉を切ると、隣の席に居る解説者に話し掛ける。

 

 

 

「解説の斎森 伸之さん。“サンダースが快勝する”と言う戦前の予想とは異なり大洗女子が奮闘していますが、此処からの展開は如何なるでしょうか?」

 

 

 

「そうですね。戦車の数は大洗が6輌に対してサンダースは8輌となりましたが…只、サンダースは未だ充分に逆転出来ますから、この先も見逃せないと思います」

 

 

 

「有難う御座います…試合は此処から新たな展開へと続いて行きます。さあ、次に動くのは何方でしょうか?」

 

 

 

戦史研究家兼戦車道解説者の斎森 伸之が冷静な口調で両校の形勢を簡潔に述べると、加登川アナウンサーは礼を述べた上で、試合が新たな展開を迎えつつある事を試合会場の観客や全国の視聴者に告げた。

 

その声は“低音の効いた独特の声”であり、長年スポーツ実況で全国の視聴者に親しまれて来た彼の特徴でもある。

 

一方、試合会場の観客や首都テレビによる地上波TV生中継を見ていた視聴者の多くは、予想外の試合展開に驚きと興奮を隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

一方、私達大洗女子学園戦車道チームはこの時、待ち伏せ地点だった窪地の坂の上から移動を始めていた。

 

 

 

「嵐ちゃん、西住先輩達やったね!」

 

 

 

「まさかチームの撃破第一号が西住隊長やカバさんチーム達だったなんて!」

 

 

 

『ふふっ…皆が先輩方や梓達の特訓を指導した成果だと思うよ?』

 

 

 

菫と舞が其々の言葉で仲間達の快挙を褒め称えている中、私はあの戦車喫茶でのトラブルを発端に、瑞希が仲間達に向かって檄を飛ばした事から始まった“大会直前の特訓”を事実上指導した“みなかみタンカーズ組”の頑張りを褒めてあげていると、その“特訓”の発案者である瑞希が、頷きながら車内無線で皆に話し掛ける。

 

 

 

「そうね…皆、経験者の私達が驚く位に成長しているし、私達もボヤボヤしていられないわ」

 

 

 

「「『うん!』」」

 

 

 

瑞希の一言に私達も同意する中、“ニワトリさんチーム唯一の戦車道未経験者”・良恵ちゃんが少し不安そうな声で、私に向けて話し掛ける。

 

 

 

「でも原園さん…この大会は、フラッグ車を撃破しないと勝ちにならないんでしょ?」

 

 

 

『うん。だから、何としても相手のフラッグ車を見付け出さないと……』

 

 

 

良恵ちゃんの指摘通り、この勢いをフラッグ車撃破に繋げないと何の意味も無い…だから、私もこの後如何すべきか考えようとしていた時。

 

 

 

「“あんこう”です。此れから、皆さんに()()()()をお願いします……」

 

 

 

西住隊長からのスマホメールで、私達に“ある任務”が下されようとしていた。

 

 

 

 

 

 

その頃…サンダース大付属のフラッグ車・M4A1(76㎜砲型)中戦車は、試合会場内のとある竹林に在る竹材置き場の中に身を隠していた。

 

 

 

「いい気になるなよ!」

 

 

 

フラッグ車の戦車長でもある副隊長・アリサは、大洗女子の鮮やかな攻撃に対して毒吐きながらも未だに“通信傍受が相手側にバレている”事を知らないまま、備え付けの無線機を操作して大洗女子側の通信を探っていた。

 

その時、無線機から相手側の隊長の声が雑音交じりの状態で聞こえて来る。

 

 

 

「全車、128高地に集合して下さい」

 

 

 

その声に、思わず無線周波数を調整する為のつまみを操作するアリサの指の動きが速くなる…そして。

 

 

 

「“ファイアフライ”が居る限り、此方に勝ち目は有りません。危険ではありますが128高地に陣取って、上から一気に“ファイアフライ”を叩きます」

 

 

 

勿論…それは、大洗女子の西住 みほ隊長による“偽通信”なのだが、そうとは気付かないアリサは通信を聞き終えた瞬間、周囲に居たフラッグ車の乗員が仰天する程の大声で高笑いを始めた。

 

 

 

「ふふふ…アーハッハッハ!捨て身の作戦に出たわね!でも丘に上がったら、いい標的(マト)になるだけよ♪」

 

 

 

まさか、その“捨て身の作戦”“罠”だとも知らず、味方の勝利を確信し切っているアリサは興奮を抑えつつ、隊長のケイへ新たな指示を出す。

 

 

 

「128高地に向かって下さい」

 

 

 

「如何言う事?」

 

 

 

アリサから“確信に満ちた指示”を聞いて思わず問い掛けるケイ隊長に対して、アリサはキッパリとした口調で「敵の全車輌が集まる模様です」と報告したが、此処で“()()()()()任務をしていない筈のフラッグ車に乗っている彼女が、何故敵の行動を予測出来ているのか?”と言う疑問を抱いたケイが、不審そうに彼女を詰問する。

 

 

 

「一寸アリサ、其れ本当?如何して分かっちゃう訳?」

 

 

 

しかしアリサは、またしても確信に満ちた口調でこう答えるだけだった。

 

 

 

「私の情報は確実です」

 

 

 

するとケイは、意表を突かれたのか驚きの表情を浮かべると「あっ…OK!」とアリサへ返信した後、改めてチームの全車へ“命令”を出すのだった。

 

 

 

「全車、Go ahead(ゴー・アヘッド)!」

 

 

 

 

 

 

一方この時、大洗女子は“アヒルさんチーム”の八九式中戦車甲型を先頭に、5()()の戦車でサンダースのフラッグ車が居ると思われる“オボコリ窪”方面へ向かっていた。

 

此れから、サンダースのフラッグ車を捜索するのである。

 

 

 

「恐らくフラッグ車は、此処か此処…其れかこの辺りの筈」

 

 

 

隊長車・“あんこうチーム”のⅣ号戦車D型の車内では、隊長のみほが手元の地図を指差しながら“フラッグ車が居そうな場所”を確認しているが…その場所は全て“推測”に過ぎない為、果たして相手フラッグ車を見付けられるかどうか確信が持てない状況だ。

 

事実、Ⅳ号の砲塔側面右側のハッチから身を乗り出して双眼鏡で周囲を窺っていた装填手の優花里から「未だ視認出来ません」との報告が入って来る。

 

すると、みほは心配そうな表情を浮かべながら、こんな事を呟いた。

 

 

 

「囮は出しているけれど、1()()()()だから…()()()()()、大丈夫かな?」

 

 

 

そして、同じ頃。

 

 

 

「何も無いよ~!」

 

 

 

アリサの指示通り“128高地”に到着したサンダース大付属本隊だったが、周囲には大洗女子の戦車処か鼠一匹居ない事に気付いた隊長のケイが、無線でアリサに向かって絶叫していた。

 

だが…この時、ケイが率いるサンダース大付属本隊7()()*1の乗員は、()()()に気付いていなかった。

 

此処に居る自分達の戦車の数が、7()()()()()()8()()()()()事に。

 

 

 

「そんな筈有りません!…まさか嵌められた?」

 

 

 

一方、確信を持って伝えた筈の情報が“間違っている”と隊長から知らされて初めて、“通信傍受が相手にバレている”可能性に思い当たったアリサは、此処でふと“或る疑問”に思い当たる。

 

 

 

「じゃあ、大洗の車輌は何処に?」

 

 

 

若しかすると…“最悪の可能性”を考えたアリサが、不安気な表情でM4A1の車長用キューポラ上から周囲の竹林を見張りつつ、考えを巡らせていた時。

 

彼女の背後からエンジン音が響いて来る…アリサは其れに気付いた瞬間、音がした方向へ視線を向けた。

 

すると、M4中戦車よりも一回り小さくて古めかしいスタイルをした1輌の戦車が、アリサのM4A1が隠れている竹材置き場の側面に在る竹柵を壊しながら姿を現した。

 

その戦車には周囲を見張る為だろうか、戦車長と思われる人物が砲塔部にしがみ付い(タンクデサントし)ている。

 

 

 

「『?』」

 

 

 

しかし余りにも突然な遭遇だった為、アリサも相手の戦車長らしき人物も呆気に取られたまま、互いの顔を見詰めるのが精一杯だった。

 

そんな二人が次の行動に移ったのは、其れから約20秒後。

 

アリサの目の前にいる“小さな戦車”の砲塔部にしがみ付いている少女…サンダース大付属のフラッグ車を捜索していた大洗女子“アヒルさんチーム”の八九式中戦車甲型の戦車長・磯辺 典子が砲塔上部を軽く叩いて、車内の仲間達に合図を送った後発した一言が切っ掛けだった。

 

 

 

「右に転換、急げ!」

 

 

 

「蹂躙してやりなさい!」

 

 

 

典子の一言で急発進する八九式を逃すまいと、アリサが自らのフラッグ車(M4A1)の乗員に対して“物騒な指示”を出すと同時にM4A1の砲塔が大急ぎで旋回する中、乗員からは「連絡しますか!?」と“自分達が大洗女子に発見された事を隊長へ報告すべき”との意味を込めた進言が上がるが、アリサは構わず「するまでも無いわ!撃て、撃て~!」と叫んでM4A1の76.2㎜戦車砲を発砲させた。

 

 

 

 

 

 

「敵フラッグ車、0765地点にて発見しました!でも、此方も見付かりました!」

 

 

 

「!」

 

 

 

一方、サンダース大付属のフラッグ車からの攻撃を躱した“アヒルさんチーム”から敵フラッグ車発見の吉報と同時に“敵に発見された”との凶報も受け取ったみほは、相手チームに自分達の位置を把握された事に衝撃を受けつつも直ぐに立ち直り、チームの全戦車長へ次の指示を送った。

 

 

 

「0765地点ですね。“アヒルさん”は逃げ回って敵を惹き付けて下さい!“()()()()()()()()()()()()は0615地点へ前進!」

 

 

 

そして、地図上にペンで印を付けて位置を確認する…“アヒルさんチーム”が相手フラッグ車の追跡を受けている以上、余り時間の余裕は無い。

 

其処でみほは、この状況を逆手に取り“アヒルさんチーム”に相手フラッグ車を0615地点まで誘き寄せて貰い、其処で“あんこう”“カバさん”“ウサギさん”“カメさん”の4()()()()による待ち伏せ攻撃を決行する事にした。

 

サンダース本隊が自チームのフラッグ車を救援に向かう前に、フラッグ車を倒す決断をしたのである。

 

 

 

「武部さん、メールをお願いします!」

 

 

 

「分かった!」

 

 

 

次なる作戦を指示するべく、通信手の沙織へメール発信を依頼するみほ。

 

するとみほは、沙織にもう一言だけ指示を付け加える。

 

 

 

「それと武部さん、“ニワトリさんチーム”には別の指示をメールで送って下さい。内容は……」

 

 

 

 

 

 

その()()()が私の手元に届いたのは、“アヒルさんチーム”から敵フラッグ車発見の報告が来て間も無い時だった。

 

 

 

「“あんこう”より“ニワトリ”へ、そろそろ始めて下さい。1輌撃破したら、直ぐその場を離脱して構いませんので、兎に角相手を混乱させて下さい」

 

 

 

『OK、良恵ちゃん。武部先輩には一言「了解」とだけ送ってね』

 

 

 

「はい」

 

 

 

『じゃあ皆、そろそろ始めるよ』

 

 

 

今回“無線では無くスマホのメールで通信する”作戦の為、臨時の通信手を務めている良恵ちゃんへ返信の指示を出すと、私は改めて皆へ戦闘準備を命じる。

 

すると瑞希が、不敵な笑みを浮かべながらこんな事を呟いた。

 

 

 

「うふふ…まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()なんて強豪校でも予想していないでしょ♪」

 

 

 

そんな瑞希の呟きに、舞が何時もの笑顔で反応している。

 

 

 

「そうだね~さっきケイさんが『何も無いよ~!』って叫んでいたもん♪」

 

 

 

そう…今、私達が居るのは“128高地”

 

西住隊長の偽通信でサンダース大付属本隊が誘き出された正に()()()()であり…何と私達は、其処に居るサンダース本隊の最後尾に平然と付いているのだ。

 

しかし、何故敵部隊が居る場所に私達が紛れ込んでいるのだろうか?

 

その答えは、最初の待ち伏せが成功した後、次の作戦の為に移動しようとした私達へ、西住隊長からメールによる命令が届いた時にまで遡る。

 

 

 

「“あんこう”です。此れから、皆さんに大事な事をお願いします。此れから“ニワトリさんチーム”は128高地に移動して下さい。其方へサンダースの本隊を誘き寄せますので、囮になって欲しいのです。無理なお願いをして御免なさい」

 

 

 

そのメールを読んだ私は、思わず武者震いをした。

 

これから、私達はサンダースのフラッグ車を探し出さないといけないが、それにはサンダースの()()が邪魔だ。

 

これを放っておけば、当然フラッグ車を発見する前に彼女達によって返り討ちに遭ってしまう。

 

其処で、チームの中で一番戦車道の経験豊富な私達が、囮となってサンダース本隊を食い止めて欲しい、と言う訳だ。

 

勿論()()で考えれば、たった1輌の戦車で最大7輌居るサンダース本隊の戦車を食い止めるのは“無謀”である。

 

だが私は、西住隊長を安心させるべく良恵ちゃんへこう告げた。

 

 

 

『良恵ちゃん。一寸長いけれど、西住隊長へこう返信して。「了解です。こう言う1対多数の戦いは強襲戦車競技(タンカスロン)で慣れています。絶対無事に帰ってきますから、必ず相手フラッグ車を倒して下さい!」って』

 

 

 

「はい…でも、大丈夫なんですか?」

 

 

 

私が自信満々で隊長への返信文を読み上げた後、良恵ちゃんが不安気な表情で問い掛けたので、私は笑みを浮かべながらこう語る。

 

 

 

『うん、実は私にちょっとした策があるんだ♪』

 

 

 

「「「「えっ?」」」」

 

 

 

その瞬間、良恵ちゃんだけでなく瑞希や菫に舞までが一斉に戸惑いの声を上げたので、私は人差し指を上に立てつつ、にこやかな声でこれから始まる“作戦名”を告げた。

 

 

 

『私達もサンダースの戦車も、同じM4でしょ?だからその名も…“ソックリさん作戦”!』

 

 

 

「「「あっ!」」」

 

 

 

「そうか!形は少々違っているけど、これも立派な“シャーマン”だもんね♪」

 

 

 

その瞬間、私の作戦の意味を知った皆が驚愕する中、その意味を真っ先に理解した菫が嬉しそうな声を上げる。

 

そんな皆の様子を一瞥した私は、此処で威勢の良い声で皆へ命令を出した。

 

 

 

『ピンポーン♪じゃ、先ずはサンダース本隊を探しに、128高地手前の道路へ進出するよ!』

 

 

 

いよいよ“ソックリさん作戦”のスタートだ。

 

 

 

 

 

 

先ず私達は、128高地に通じる最も大きな道路…と言っても平凡な田舎道にしか見えない未舗装路だが…兎に角、其処へ進出する。

 

其れから近くの茂みに“イージーエイト(M4A3E8)”を隠した後、私が車長用キューポラの上から双眼鏡で道路の周辺を観察していると……

 

 

 

「前方にエンジン音多数…いた!」

 

 

 

私の隣、砲塔上の装填手用ハッチから顔を出して双眼鏡で周囲を見張っていた舞が、高地目指して進撃するサンダース本隊の姿を確認したので、私は操縦手の菫へ指示を出す。

 

 

 

『菫、隊列の最後尾に付けて。舞、備え付けのクラッシュヘルメット(戦車兵用)を被って』

 

 

 

「チェ!“転校”かぁ…サンダースの食事はカロリーばかり多くて、直ぐ太っちゃうんだよ!」

 

 

 

私が舞へ指示を出した瞬間、彼女は思い切り頬を膨らませながら、“サンダースに(まつ)わる他愛無いジョーク”を言ったので、私も微笑みながらこう言い返した。

 

 

 

『ブーブー言わないの。前から見れば“イージーエイト(M4A3E8)”も立派なM4無印よ。此れなら、サンダースに気付かれずに奇襲が出来るわ。舞、ヤンキー(米兵)みたいにだらしない感じでヘルメットを被っていて』

 

 

 

こうして、今私達は128高地に居るサンダース大付属本隊の最後尾に紛れ込んでいる。

 

勿論気付かれるリスクは有ったが、結果的に茂みから出る際、極力静かに動き出したのが良かったのか、其れとも舞が私の指示通りだらしない感じでクラッシュヘルメット(戦車兵用)を被っていたのが良かったのかは分からないものの、此処まで私達の存在がサンダース側に気付かれる事は無かった。

 

 

 

『よし…じゃあ皆、これから攻撃を始めるよ。先ず、前方の隊長車を撃破して相手を混乱させてから、可能ならばファイアフライも狙う』

 

 

 

「そうね。本当はファイアフライを狙いたいけれど、此処からだと他のM4の陰に隠れているから直接狙えないものね」

 

 

 

西住隊長からは「1輌撃破したら直ぐその場を離脱して構わない」との指示を受けてはいるが、私としてはチームにとって最大の脅威である“シャーマン・ファイアフライ”も重要目標として撃破すべきと意識した上で、皆に指示を出していた。

 

其処へ砲撃準備を始めた瑞希が頷きながら現在の状況を語ったので、私は『うん…皆、準備出来た?』と最後の確認をする。

 

 

 

「「「「OKだよ」」」」

 

 

 

こうして皆の戦闘準備が整った事を確認した私は、相手チームの本隊を混乱に陥れるべく、ケイさんが乗っている隊長車のM4を攻撃しようとした。

 

だが……

 

 

 

 

 

 

この時、サンダース大付属のケイ隊長は“128高地”に大洗の戦車が居ない事が判明した為、副隊長兼フラッグ車々長のアリサを叱責した後、事実上孤立しているフラッグ車と合流するべくフラッグ車が隠れている“0765地点”へ移動しようと決断し、無線で全車に向けてこう指示した。

 

 

 

「皆、若しかしたらさっきの待ち伏せと同様に謀られたのかも知れない…取り敢えず、全車でアリサを救援に行くわよ」

 

 

 

「隊長、待って下さい!」

 

 

 

ところが此処で、ケイの決断に異論を唱える者が現れた。

 

“E”(イージー)チームの戦車長、原 時雨である。

 

 

 

What(ホワット)?」

 

 

 

いきなりの異論に、ケイが英語で“何?”と聞き返した所、時雨は冷静な口調でこう語る。

 

 

 

「今、気付いたのですが…現在、私達の残存戦車数は8()()で、此処に居るのは7()()の筈ですよね?」

 

 

 

「ええ。8()()()()()()()()()()()()()だから…其れが如何かしたの?」

 

 

 

時雨の話を聞いたケイは、その内容が“当たり前な事”だったので、訝し気に思いつつ時雨へ問い掛けた所、彼女は或る“重大な事実”をケイに告げた。

 

 

 

「此処には“シャーマン”が8()()居ます」

 

 

 

「!」

 

 

 

()()()()()1()()()()()()と言う“単純だが重大な事実”を知らされて、戦慄するケイ。

 

と言う事は…と、此処まで考えを巡らせていた彼女は、更なる“重大な事実”を思い出して、思わず大声で無線に向かって叫んだ。

 

 

 

「しまった…確か、大洗にも“シャーマン(M4A3E8)”が1輌居たのを忘れていたわ!」

 

 

 

悔やんでも悔やみ切れない事実。

 

待ち伏せを喰らって先制を許しただけでなく、相手チームに“自分達と同じ形式の戦車”が居り、其れが味方の戦車を装って本隊に忍び込んでいた事に気付かなかったとは!

 

ケイは無線では聴き取れない程の小声で「ホント、私もアリサの事をどうこう言えないわね……」と自嘲すると、時雨に向けて礼を述べた。

 

 

 

「有難う、“シーズー”。直ちに皆へ警告を……」

 

 

 

だが時雨は、切迫した声でケイが仲間達へ警告を発しようとするのを止める。

 

 

 

「駄目です、隊長。皆に告げたらパニックになって、収拾が付かなくなります!」

 

 

 

Shit(シット)!」

 

 

 

時雨の言葉に、思わず悪態を吐くケイ…だが彼女は、時雨の進言が正しい事に気付いている。

 

若しもこの事を仲間達に告げたら、混乱した彼女達は何処に居るか分からない“同じM4に乗っている敵”目掛けて友軍相撃(フレンドリー・ファイア)をやらかしかねない。

 

自分達の置かれている状況が、想像を遥かに超える難局である事を悟ったケイは「何て事!これじゃあ、アリサを救援に行く処じゃないわ……」と珍しく弱気になっていたが、此処で時雨が静かな声で話し掛けて来た。

 

 

 

「隊長、落ち着いて下さい…多分、これは嵐の作戦だと思います。でも彼女の戦車は“イージーエイト(M4A3E8)”ですから、私達と同じM4でも“見た目”が少し違います」

 

 

 

「あっ、そうか…でも如何やって見分けるの?」

 

 

 

時雨の進言で“大洗のM4A3E8”と “自分達のM4”を見分ける事は可能だ、と気付かされたケイは胸を撫で下ろしながらも、具体的な対策について問い掛ける。

 

すると時雨は、落ち着いた声で自ら立てた作戦を説明した。

 

 

 

「大丈夫です。隊長は、取り敢えず“何も気付いていない振り”をして皆へ前進を命じて下さい。嵐の“イージーエイト(M4A3E8)”と私達の“シャーマン(M4)”は“()()()()()()()”が全く違いますから、横から見れば直ぐ見分けが付きます」

 

 

 

その作戦を聞いて自信を取り戻したケイは、直ちに決断すると時雨へこう命じた。

 

 

 

Wow(ワォ)!流石は“シーズー”、みなかみタンカーズの第1期生は一味違うわね!じゃあ、その手で行くわ。そして嵐を見付けたら地獄の底まで追い掛けるのよ!」

 

 

 

Yes,ma'am(イエス・マム)!」

 

 

 

時雨が力強く返答すると同時に、サンダースはこの危機を乗り越えるべく行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

其れは、私達“ニワトリさんチーム”がケイさんが乗っているサンダース大付属隊長車のM4を攻撃しようとした時に起きた。

 

突然、“128高地”に集結していたサンダース本隊が動き始めると、傘型隊形になって道路から外れた後、草原をゆっくりとしたペースで前進を始めたのだ。

 

 

 

『皆、攻撃は中止。取り敢えず車列の最後尾に尾ける』

 

 

 

攻撃直前に肩透かしを喰らった形になったが、私は冷静さを保ちつつサンダース本隊の後を尾ける…某ステルスゲームで有名になった“ストーキング”と言う奴だ。

 

だが次の瞬間、私は草原の右側を見て驚愕する。

 

何故なら、其処にサンダースのM4“シャーマン”が何故か1輌だけ、車列に加わらずに停車していたのだ。

 

そして…このM4と横に並んだ時。

 

その車長用キューポラ上に、“猛犬の様な恐い顔”で私を睨んでいる“みなかみタンカーズ時代の親友・時雨”の姿が見えた!

 

 

 

『はっ…“イージーエイト”とサンダースの“シャーマン”は、サスペンションの形状が違う!』

 

 

 

次の瞬間、私は“ソックリさん作戦”が時雨に見破られたのだと悟り、戦慄した。

 

実はM4“シャーマン”中戦車シリーズは、第二次大戦中の1942年から45年の約3年間に5万輌近くが製造されただけ在って、部品工場の生産能力の都合や製造中の改良等で様々なバリエーションが存在し、各サブモデル間でも細かい違いが存在する。

 

その中でも、特に大きな違いの一つがサスペンションだ。

 

実は、サンダース大付属のM4とファイアフライ(ベースの車体はM4A4)のサスペンションはVVSS(垂直渦巻スプリング・サスペンション)と言って、大雑把に言えば“古い貨車の台車”の様な外観なのに対して、私達のM4A3E8のサスペンションはHVSS(水平渦巻スプリング・サスペンション)と言う新型サスでこれも大雑把に言うと“トラックのトレーラーの台車”の様な外観をしており、特に転輪はタイヤの様にも見える。

 

その為、サンダース側が自分達のM4やファイアフライと私達のM4A3E8を見分けようとする場合、真横から両車のサスペンションの形状を見比べれば、簡単且つ確実に見分けが付くのだ。

 

後から振り返れば長い話になるが、この時私は瞬時に“作戦失敗”を悟ると、操縦手の菫へこう叫んだ。

 

 

 

『菫、左旋回!サンダースの隊列から離れて!』

 

 

 

次の瞬間、「あっ、こら待てー!」と絶叫する時雨の叫び声を背に、私達の“イージーエイト”はサンダースの隊列から離れる。

 

だが此処で、サンダース本隊は一旦停止すると、私達が追い越して行くのを待ってから、再び前進を始めたのだ。

 

勿論、追跡を始めたサンダースのM4中戦車の中には、私達の“イージーエイト”を発見した時雨のM4の姿も在る。

 

 

 

「しまった、喰い付かれた!」

 

 

 

こうして私達は、サンダース本隊と時雨の乗るM4を相手に、“壮大な鬼ごっこ”を始める破目に陥ったのである。

 

 

 

(第38話、終わり)

 

*1
この時点で、サンダース大付属の残存戦車数は8輌だが、フラッグ車が単独行動を取っている。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第38話をお送りしました。
今回の話、実は原作アニメ第6話で西住殿が語った或る台詞がヒントになっています。
それは、サンダースのフラッグ車が居ると思われる“オボコリ窪”方面へ向かっていた時に呟いたこの台詞。

「あと1輌あれば、囮に出せるんだけど……」。

そう…本作の大洗女子はその“あと1輌=6輌目”である“ニワトリさんチーム”が自分達の戦車・M4A3E8の特徴を活かした“囮作戦”を実行しました。
しかし、その作戦は時雨の機転によって暴かれてしまい、嵐ちゃん達“ニワトリさんチーム”はサンダース本隊に追い立てられる破目に!
さあ、大ピンチに陥った嵐ちゃん達と大洗女子の運命はどっちだ!?

それでは、次回をお楽しみに。



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第39話「勝利を賭けた鬼ごっこです!!」


前話投稿後に感想を読んでいた所、ニワトリさんチームの囮作戦に注目が集まっていたので急遽ストーリーを練り直したのは秘密です(自爆)。
と言う訳で、一回戦も佳境に入ります。
それでは、どうぞ。



 

 

 

私達“ニワトリさんチーム”は、西住隊長からの偽通信で“128高地”に誘き寄せられたサンダース大付属高校・戦車道チーム本隊を喰い止める為の“囮”となるべく、愛車であるM4A3E8“シャーマン・イージーエイト”がサンダース大付属のM4“シャーマン”と同系列で形状が似ている点を利用し、サンダース本隊の車列へ忍び込むと言う“ソックリさん作戦”を決行した。

 

だが、サンダースの隊長車を奇襲しようとした私達は群馬みなかみタンカーズ時代の私の親友で、今はサンダース大付属チームの戦車長である原 時雨の機転によってその姿を発見されてしまった結果、逆にサンダース本隊からの追撃を受けてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

『此方“ニワトリ”より“あんこう”へ。済みません隊長、サンダース本隊に発見されました。“ソックリさん作戦”失敗です!』

 

 

 

「原園さん!大丈夫なの!?」

 

 

 

『私達は健在ですが、今後ろからサンダース本隊のM4“シャーマン”6輌と“シャーマン・ファイアフライⅤC”1輌に追われています!』

 

 

 

「了解!其の儘逃げながら随時情報を送って下さい」

 

 

 

『此方“ニワトリ”了解しました!其方へ近付かせない様、出来る限り粘ってみます!』

 

 

 

緊急事態につき、此処迄使って来なかった無線で現在の状況を西住隊長へ報告した私・原園 嵐は、操縦手の萩岡 菫に『隊長達が居る地点から徐々に離れる様に逃走して!』と指示した。

 

此処からは、私達が“囮”として出来る限り、サンダース本隊を隊長達の所へ行かせない様に行動しなければならない。

 

 

 

 

 

 

だがこの時、サンダース本隊を率いるケイ隊長は嵐の意図を完全に見抜いていた。

 

 

 

「ウフフ…仲間達の為に体を張るなんて、()()()()()()()()()()♪」

 

 

 

味方フラッグ車(M4A1)が待機していた“0765地点”を目指しているケイは不敵な表情で独り言を呟くと、敢えて進路を一時的に“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”寄りに変更して相手の思惑に乗ったかの様に見せ掛けた直後、再び部隊の進路を本来の方角へ戻すと言うフェイントを見せる。

 

その為、嵐達による必死の“囮作戦”もケイには通用せず“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”はサンダース本隊に追い越されない様に彼女達の前を走り回るのが精一杯、と言う状況に陥って行く。

 

こうして、大洗女子学園は相手フラッグ車撃破のチャンスから一転、大ピンチに立たされようとしている。

 

しかしこの時、サンダース大付属の副隊長・アリサが指揮するフラッグ車(M4A1)も“ニワトリさんチーム”に優るとも劣らぬ()()に見舞われていた。

 

 

 

「何をやっている!相手は八九式だぞ!?」

 

 

 

アリサは、自分達を発見した大洗女子の八九式中戦車甲型(アヒルさんチーム)を追撃しながら乗員に檄を飛ばしたが、此処で操縦手が悲鳴を上げる。

 

 

 

「視界が!」

 

 

 

これは“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”の戦車長・磯辺 典子がフローターサーブでM4A1の正面目掛けて投げた発煙筒が、偶然M4A1の車体前部右側のフェンダーに引っ掛かった結果、発煙筒の煙が上がり続けている所為でM4A1の乗員の視界が奪われてしまった為である。

 

だが、相手を仕留めようと焦っているアリサは操縦手の悲鳴にも関わらず「いいから撃て!」と叫び、八九式への砲撃を続ける。

 

一方、M4A1からの砲撃による至近弾で震えながらも逃走を続ける“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”の車内では、砲手の佐々木あけびが本来の所属であるバレー部のキャプテンで戦車長の典子へ新たな発煙筒を渡しながら「キャプテン、激しいスパイクの連続です!」と悲鳴を上げるが、典子は真剣な表情でこう指示する。

 

 

 

「相手のスパイクを絶対受けないで!()()()()よ!」

 

 

 

典子は、バレーボールの選手のポジション・“リベロ”の役割が相手のサーブやスパイクをレシーブする事だけに特化した“守備専門の選手”である事から「相手の砲撃を全部躱せ」と言う意味で“()()()()”と言ったつもりだったが…言われたあけびは唖然とした表情で「あ…意味分かりません」と零すしかなかった。

 

バレーボールでは、相手のスパイクやアタックを“受けなかったら”即失点に繋がる為、あけびが戸惑うのも当然である。

 

 

 

そんな中、M4A1(76.2㎜砲型)の車内ではアリサが不機嫌そうに左足を踏み鳴らしていたかと思うと、装填手へ「早くしなさい!」と叫ぶと同時に彼女を蹴る。

 

だが装填手は、砲塔バスケットの床に寝そべった状態でこう返事するのが精一杯だった。

 

 

 

「済みません、砲弾が遠くて……」

 

 

 

そんな彼女の様子を見たアリサは唖然とする。

 

実はこの装填手の言葉には、M4中戦車(76.2㎜砲型)の弾薬庫配置が関係しているのだ。

 

先ず砲手席の下に6発分の76.2㎜砲弾が入った弾薬ケースが在り、これは直ぐ撃てる様ケース内に収められている*1のだが、問題は之を()()()()()()()だ。

 

その場合は、車体左側に在る砲弾ラック*2から砲弾を取って来れば良いのだが…何と装填手は、()()()()()を探っていた。

 

何故なら、M4中戦車(76.2㎜砲型)でも後期型の弾薬庫は、“湿式弾薬庫”と言って被弾時の砲弾誘爆を防ぐ為、凍結防止のグリセリンを混ぜた水が弾薬庫の周囲に張ってあるのだが、実はこのタイプの弾薬庫を持つ後期型のM4中戦車(76.2㎜砲型)は、車体左側では無く()()()()()に弾薬庫が在る。

 

つまり…この装填手は“一軍に上がって来たばかりで経験不足”の為、“湿式弾薬庫”を持っているM4中戦車(76.2㎜砲型)後期型の()()()()()()()()()()()()のだ。

 

この為、そのタイプに当て嵌まらないアリサのM4A1(76.2㎜砲型)には()()()()()“車体の床下にある弾薬庫”のハッチを探し回っていた、と言う訳である。

 

そんな装填手の有様を見たアリサは苛立ちながら「機銃で撃ちなさい!」と言い出すが、今度は砲手が「機銃で撃つなんてカッコ悪いじゃないですか!」と抗議して来た。

 

これは“鉄の塊である戦車の中から機銃掃射をするなんて非人道的行為だ!”と言う“第二次大戦後に女性の間で浸透した思想”によるものだが、勝負に拘るアリサは激怒してこう言い放った。

 

 

 

「戦いにカッコ良いも悪いも有るか!?手段を選ぶな!」

 

 

 

その瞬間、大洗女子の八九式中戦車甲型が放った57㎜弾がアリサのM4A1に命中し、撃破判定こそ下らなかったもののM4A1の車体が揺れた。

 

 

 

「「ウワッ!」」

 

 

 

いきなりの被弾による衝撃で悲鳴を上げるアリサと砲手。

 

これに怒ったアリサは、砲手に同軸機銃の射撃を命じつつ大洗女子の八九式を必死に追っていたのだが…その時既に、大洗女子学園の主力部隊はサンダース側のフラッグ車を待ち伏せる準備を整えていたのである。

 

 

 

 

 

 

準備完了を確認した隊長の西住 みほが、待機している各チームと自らが率いる“あんこうチーム”のメンバーへ攻撃開始の指示を出す。

 

 

 

八九式(アヒルさん)来ました。突撃します!但し、カメさん(38t)ウサギ(M3リー)さんとカバさん(Ⅲ突F型)で守って下さい…パンツァー(Panzer)フォー(Vor)!」

 

 

 

そして……

 

 

 

「車長、煙幕晴れます!」

 

 

 

乗員からの報告を受けたアリサが車長用キューポラの中に在る視察窓から前方を見ると…開けた平野部の右側へ逃走する八九式の隣に、前方から迫って来る3輌の戦車の姿が見えた!

 

勿論其れは、大洗女子のM3リー中戦車・Ⅲ号突撃砲F型・38t軽戦車B/C型である。

 

 

 

「ああっ!」

 

 

 

驚愕するアリサが慌ててキューポラの視察窓越しに周囲を見回すと、左方から1輌の戦車…大洗女子のⅣ号戦車D型が迫って来るのが見える。

 

その姿を認めた瞬間、アリサは車内の乗員に向けて絶叫した!

 

 

 

「うっ、ストップ、ストップ!」

 

 

 

その御蔭で、大洗女子のⅣ号戦車D型からの砲撃を辛うじて躱したサンダースのM4A1(フラッグ車)(76㎜砲型)。

 

その車内でアリサは再び「後退、後退!」と叫んだ後、急ぎ無線でケイ隊長へ状況報告を行った。

 

 

 

「大洗女子の戦車5輌、此方に向かって来ます!」

 

 

 

すると、先程から本隊の戦車7輌で大洗女子の“イージーエイト(M4A3E8)”を巧妙に追い立てながら味方フラッグ車(アリサ)が待機していた“0765地点”を目指して前進を続けているケイ隊長が怪訝な口調でアリサへ返信して来る。

 

 

 

「一寸アリサ、薄々おかしいとは思っていたけど、やっぱり話が違うじゃない?こっちは“128高地”に何も居ないと思ったら何時の間にか大洗の“イージーエイト(M4A3E8)”がこっちの隊列に潜り込んでいたし…何で?」

 

 

 

このケイからの詰問に、アリサは貧乏揺すりをしながら遂に“事の真相”を隊長へ告白した。

 

 

 

「はい。恐らく、無線傍受を…逆手に取られたのか、と」

 

 

 

その次の瞬間…“真相”を知らされたケイからの(怒号)が、アリサの無線のヘッドホンに飛び込んで来た!

 

 

 

「馬っ鹿もーん!」

 

 

 

「申し訳有りません!」

 

 

 

隊長を「女の勘です」との一言で()()つつ、無線傍受と言う“アンフェアな行為”を行っていた事を涙目で謝罪するアリサ。

 

これに対してケイは、自分達の“モットー”を口に出して副隊長(アリサ)が仕出かした行為を強く諫める。

 

 

 

「“戦いはフェアプレイで”って、何時も言っているでしょ!」

 

 

 

だが、その最中にアリサのフラッグ車から轟く砲声が無線を通じて飛び込んで来た事に気付いたケイは、軽く舌打ちするとアリサへ新たな指示を出した。

 

 

 

「いいからとっとと逃げなさい!Hurry(ハリー)Up(アップ)!」

 

 

 

Yes,ma'am(イエス・マム)!」

 

 

 

こうしてケイからの指示を“了解”したアリサは、フラッグ車(M4A1)を一気に加速させて大洗女子の包囲網からの突破を開始する。

 

一方、隊長のケイは大洗のM4A3E8を追撃しながらも或る“気懸かりな事”を考えていた。

 

 

 

「う~ん。無線傍受しといて()()()()()()ってのも“アンフェア”ね……」

 

 

 

そしてケイは少し考えた後、或る“決断”を下す。

 

 

 

「こっちも()()()で行こうか!」

 

 

 

このケイの“決断”は、()()()試合の勝敗だけを考えるなら、寧ろ“悪手”だろう。

 

だが彼女の…そしてサンダース大付属の“戦車道”のモットーである“フェアプレイ”を()()()()()()()()ならば、全く異なる論理が生まれる。

 

 

 

「こっちが先に“アンフェア”な行為な行為をした結果“返り討ち”に遭ったのに、相手よりも多い戦車で反撃するのは、到底“フェアプレイ”とは言えないのでは無いだろうか?」

 

 

 

そんな“勝利”が、自分達にとって意味が有るのだろうか?

 

そんな“勝利”で、自分達は()()()()()次の試合へ臨めるだろうか?

 

勿論…之について議論をしても、万人が納得する答えは出ないだろう。

 

何故なら“戦車道”も人間が行う行為である以上、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

しかし…これだけは言える。

 

この時ケイは、彼女なりの“私の戦車道”に従って決断を下した。

 

そして、自らが率いる本隊の7輌の戦車へ次の指示を出したのだ。

 

 

 

「敵は6輌だけど、目の前に居る“イージーエイト”は“囮”だから、先ず4輌だけ私に従いて来て。次に“シーズー(時雨)”は1on1で“イージーエイト”をマークし、私達から出来るだけ引き離す事。そしてナオミ、出番よ!」

 

 

 

次の瞬間、隊長からの指名を受けた“シャーマン・ファイアフライⅤC”の砲手兼チームの副隊長・ナオミが、チューインガムを噛むのを一旦止めると気合の入った声で答えながら、隊長に忠告を入れる。

 

 

 

「漸くか…だが隊長も嵐には気を付けろよ。アレは“闘犬”並みにしぶといぞ!」

 

 

 

信頼するナオミからの忠告を受けたケイは、不敵な笑みを浮かべると冷静な口調でこう返信した。

 

 

 

「OK。嵐は私達の車列に忍び込んだ位、度胸のある娘だからね。油断出来ないわ…そして“シーズー(時雨)”、今の聞いたわね?嵐は絶対に逃がしちゃ駄目よ!」

 

 

 

するとケイからの返信を聞いたナオミが不敵な笑みを浮かべて「Roger(ラジャー)!」と返信した直後、同じくケイから指示を受けた時雨も、先程のナオミ以上に気合の入った声で返信して来た。

 

 

 

Yes,ma'am(イエス・マム)!必ず嵐を仕留めます!」

 

 

 

そして時雨からの返信を受信したケイは、表情を引き締めると前進を阻もうと苦心しながら動いている大洗女子のM4A3E8(ニワトリさんチーム)の姿を睨みながらこう呟いた。

 

 

 

「さあ嵐、貴女に付き合うのは此処までヨ…後は“シーズー(時雨)”に任せるわ!」

 

 

その次の瞬間、サンダース本隊は2輌のM4をその場に残しつつ、ケイが率いる4輌のM4とファイアフライが大洗女子の5輌を追って速度を上げる。

 

すると、其れを喰い止めようとした大洗女子の“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の背後に回った時雨のM4が牽制射撃を加える。

 

その結果、急旋回で時雨の砲撃を躱した“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”はケイ達の後方へ下がってしまい、更に自車の後ろから時雨のM4に追われる態勢に変わっていた。

 

 

 

 

 

 

「まさか、こんな展開になるとは」

 

 

 

「うふふ…まるで鬼ごっこね」

 

 

 

一方、会場の外れでは聖グロのオレンジペコとダージリン隊長が試合観戦をしながら会話を楽しんでいた。

 

予想外の試合展開に半ば当惑しているオレンジペコに対して、ダージリンは上品な態度こそ崩さないが、笑顔で現在の両チームの状況を“鬼ごっこ”に喩えている。

 

だが此処で二人の会話を眺めていた“もう一人の観戦者”である聖グロOG・淀川 清恵が口を挟む。

 

 

 

「でも二人共忘れていないかしら…鬼を追っている()達の後ろにも()()()()()()()()()?」

 

 

 

その瞬間、オレンジペコは「ハッ!」と息を呑みながら不安気に会場前の巨大モニターを見詰め、ダージリンも清恵に向かって小さく頷くと、表情を引き締めてオレンジペコと共にモニターに映されている戦況を見詰めていた。

 

 

 

一方、其処から少し離れた一角では、陸上自衛隊のNBC偵察車と並んで駐車している10(ひとまる)式戦車の砲塔上で、陸上自衛隊の常装冬服*3を着用した若い女性が巨大モニターに映っている試合中継を観戦している。

 

だが彼女は、何と胡坐をかいて座っており、しかも到底“乙女”とは言い難い大きな笑い声を響かせていた。

 

 

 

「アッハハハ!新鮮で良いわ!こんな追いかけっこ、初めて見たわね!」

 

 

 

その“若い女性”とは…ご存知、陸上自衛隊駒門駐屯地に駐屯する機甲教導連隊からやって来た蝶野 亜美一等陸尉である。

 

すると、蝶野一尉が座っている10式戦車の前にポニーテールをした女性がやって来て、蝶野一尉へ声を掛けた。

 

 

 

「あの…蝶野一尉、そんな所で胡坐を掻いて大丈夫ですか?」

 

 

 

その声を聞いた蝶野一尉は、以前から戦車道を通じての顔見知りである女性に向けて声を掛ける。

 

 

 

「あら、首都新聞社の青葉ちゃんじゃない。何?」

 

 

 

すると、その女性…北條 青葉は非常に気拙そうな表情を浮かべながら、蝶野一尉へこう()()した。

 

 

 

「あの、此処からだと、その、スカートの中が…と言うか、()()()()()()()()()

 

 

 

「え…え~っ!?」

 

 

 

青葉から()()()()()()指摘を受けて10式戦車の砲塔上で赤面する蝶野一尉。

 

何れにしても、彼女は()()()()の様である……

 

 

 

 

 

 

一方、試合会場一帯では砲撃音が次々と轟いている。

 

その大半が、サンダース大付属のフラッグ車(M4A1)を狙う大洗女子からの攻撃によるものだ。

 

そんな中、サンダース大付属のフラッグ車(M4A1)内では、副隊長兼フラッグ車長であるアリサが正気を失う寸前の精神状態で“意味不明”な事を口走っていた。

 

 

 

「このタフな“シャーマン”がやられる訳無いわ!何せ、5万輌も作られた大ベストセラーよ!丈夫で壊れ難いし、おまけに居住性も高い!馬鹿でも乗れる位操縦が簡単で、馬鹿でも扱えるマニュアル付きよ!」

 

 

 

その瞬間、大洗女子の砲撃による至近弾でフラッグ車(M4A1)が揺れる中、砲手がアリサへ文句を言う。

 

 

 

「お言葉ですが、自慢になってません!」

 

 

 

「五月蠅いわよ!」

 

 

 

砲手の文句に言い返すアリサだが、口論した所で大洗女子の戦車5輌に追われている現状が変わる筈も無い。

 

今は、初夏の日差しが眩しい昼下がり。

 

南の島にある試合会場では、観客の大半が必死になって逃げるサンダース大付属のフラッグ車(M4A1)を全力で追う大洗女子の戦車5輌の姿を巨大モニターで見詰めながら大洗女子へ「いいぞー!」「頑張れー!」「サンダースなんてやっつけろ!」等々、惜しみ無い声援を送っており、その中には勿論、秋山夫妻や華恋・詩織・由良・光の大洗女子学園中等部四人組に、プライベートでやって来た“大洗のアイドル”こと磯前 那珂の姿も在った。

 

一方、そんな試合を観客席の外れで観戦していた黒森峰女学園副隊長・逸見 エリカは、半ば呆れ顔で「ある意味、予想外の展開ですね」と隊長の西住 まほへ語り掛けるが、まほは無言を貫いている。

 

其処へ二人の様子を眺めていた一年生の五代 百代が「でも、直にサンダース本隊の救援が来ますよ?」と試合の戦況を述べて二人に注意を促すと、彼女達の様子を眺めていた黒森峰OGにして嵐の母親でもある原園 明美が、不敵な笑みを浮かべながら百代へこう告げた。

 

 

 

「流石は百代ちゃん…勝負は此処からよ♪」

 

 

 

一方、大洗女子の追撃に音を上げたアリサは、半ばキレ掛けた状態で更なる文句を言い始めた。

 

 

 

「何で、あんなしょぼくれた戦車に追い回されるワケ!?」

 

 

 

続いてアリサは、砲手の肩を叩きながら砲撃を指示する。

 

 

 

「其処、右!私達の学校はアンタ達とは()()()()のよ!撃て!」

 

 

 

だが、折角撃った砲弾は大洗女子の戦車隊を飛び越え、後方へ大きく外れてしまう。

 

 

 

「何よ、その戦車!小さ過ぎて的にもならないじゃない!当たればイチコロなのに!修正、右3度!」

 

 

 

その有様を見たアリサは、状況を考えれば理不尽な文句を言いつつ、砲手へ照準を修正する様指示をしながら、装填手にも新たな指示を出す。

 

 

 

「装填急いで!全く、何なのあの娘達!力も無い癖にこんな所出て来て!どうせ直ぐ廃校になる癖に!さっさと潰れちゃえばいいのよぉ!」

 

 

 

実は…アリサは自分が持っている各地の戦車道履修者からの情報網によって「大洗女子学園は文科省の学園艦統廃合計画に伴い、今年度限りで廃校になる()()()」との“噂”を摑んでいた為、つい「廃校」の一言が出たのだが…実の処、“噂”は“噂”であって、アリサも確証は全く摑んでいなかった。

 

その為、まさかその“噂”が“真実”だったとは、()()()()ではアリサも全く知らなかったし、隊長のケイや同じ副隊長であるナオミにも報告していなかった。

 

そして大洗女子学園にとっては幸いな事に、この時のアリサの発言は無線で発信されていなかった為、会場内の観客には聞こえなかったし、首都テレビの実況中継でも放送される事は無かった…其れは兎も角。

 

 

 

「あっ?」

 

 

 

同じ頃、サンダース大付属のフラッグ車(M4A1)を追撃中の大洗女子“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”の戦車長にして、大洗女子戦車道チーム隊長でもある西住 みほは、M4A1の乗員(アリサ)が車長用キューポラから顔を出して自分達に向かって何やら叫んでいる様子を見て不思議に思った。

 

同時に“あんこうチーム”の砲手・五十鈴 華も、唖然とした表情でみほに話し掛けて来る。

 

 

 

「何か…喚きながら逃げてます」

 

 

 

その言葉を聞いたみほは、華に向けて苦笑いを浮かべながら「うん」と答えたが…その時、サンダースの本隊を追っている“ニワトリさんチーム”の戦車長・原園 嵐が切迫した声で最新情報を伝えて来た。

 

 

 

『此方“ニワトリ”より“あんこう”へ。今サンダース本隊に振り切られました!現在其方迄の距離は約6000m。こっちは今1輌のM4に喰い付かれて振り切れません…気を付けて下さい!』

 

 

 

「了解、でも無理はしないで!」

 

 

 

『此方“ニワトリ”、了解!出来るだけ早く敵戦車を振り切ってから援護に行きます!』

 

 

 

遂にサンダースの本隊が此方へ近付いて来たのを知ったみほは、嵐へ可能な限りの遅滞行動を命じると、残りの各チームに相手フラッグ車への攻撃準備を指示する。

 

 

 

「目標との距離、詰まって来ています。60秒後攻撃を再開予定。順次発砲を許可します!」

 

 

 

自らの指示を通信手の武部 沙織がスマホメールで発信しているのを確認したみほは、続いて操縦手の冷泉麻子へ新たな指示を出す。

 

 

 

「前方に上り坂!迂回しながら目標に接近して下さい!」

 

 

 

其れに対して、麻子はぶっきらぼうな口調ながら「分かってる」とみほへ返事をすると、素早くレバーを操作して指示通り相手フラッグ車目指して機動を始める。

 

その動きは全く無駄が無く、戦車の操縦を始めてから間が無い少女が乗っているとは到底思えない程の素晴らしさだった。

 

 

 

一方“あんこうチーム”のⅣ号戦車D型を先頭に、大洗女子の各チームの戦車がサンダースのフラッグ車を単縦陣で追う中、車列の最後尾に着いた“カメさんチーム”の38(t)B/C型の車内では、車長兼砲手である河嶋 桃が操縦手の小山 柚子へ発破を掛けていた。

 

 

 

「柚子、遅れるな!」

 

 

 

「分かってるよ、桃ちゃん!」

 

 

 

車内で二人が気合の入った声を掛け合っている中、何故か車内では干し芋を食べる以外に何もしない生徒会長の角谷 杏が「頑張れー♪」と声を掛けながら隣に居る桃に干し芋を差し出そうとするが、此処でチームでは装填手を勤める一年生の名取 佐智子が、“鬼の様な形相”で会長に向かって“普段の彼女なら絶対に言わない様な文句”を言った。

 

 

 

「其れより、今は()()()頑張って下さい!」

 

 

 

「こ…怖いなぁ、名取ちゃんは(汗)」

 

 

 

そんな佐智子の形相を見た杏は、珍しく冷や汗を掻きながら返事をしたが、佐智子は顔を引き攣らせたままもう一言文句を言うだけだった。

 

 

 

「当たり前です!」

 

 

 

 

 

 

だが、その頃。

 

観客席前に在る巨大モニターには、サンダースのフラッグ車を追っている大洗女子主力部隊の後方にサンダースの本隊が迫っている姿が表示された。

 

そのやや後方には大洗女子の“ニワトリさんチーム”が居るが、彼女達の直ぐ後ろにはサンダースの新鋭・原 時雨が率いる“E(イージー)”チームが迫っている。

 

その情報を見た観客からは「サンダースが来たぞ!」「やばいな、大洗女子は」と、口々に大洗女子に危機が迫っている事を語り合っており、大洗女子の応援に来ている秋山夫妻や中等部四人組に磯前 那珂達は「ああっ……」と不安を口にしていたのだが…その時突然、サンダースのフラッグ車々長・アリサの声が会場内のスピーカーから響いて来た。

 

 

 

「何で“タカシ”は()()()が好きなのぉ…如何して、私の気持ちに気付かないのよぉー!?」

 

 

 

そう…全ては“不幸な偶然”だった。

 

何とこの時、アリサのフラッグ車(M4A1)の無線が何かの“偶然”でスイッチが入っていた為に発信状態となっており、しかも首都テレビによる実況生中継が丁度両チームの無線交信を流すタイミングだった事も重なった結果、彼女の悲鳴は試合会場だけでなく全国のお茶の間にも流されてしまったのだ…更に。

 

 

 

「あ…如何やらサンダース大付属のフラッグ車が()()()()になっている様です」

 

 

 

アリサの悲鳴を聞き付けた実況担当の加登川アナウンサーによる“天然ボケ”を思わせる様な解説も相俟って、会場内は大爆笑に包まれた。

 

勿論、TVで試合中継を見ている全国の視聴者も同様だ。

 

 

 

だが次の瞬間、試合会場に特徴的な重々しさの有る砲撃音が轟いた。

 

其れと同時に、爆笑していた試合会場の観客やTVの前の視聴者も、あっと言う間に静まり返る。

 

一方、その砲撃音を聞いた大洗女子“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”の車内では、みほが「今のは?」と呟いてから音がした方向を振り返ると、装填手の秋山 優花里が緊張した表情で“砲撃音”の正体をみほに報告した。

 

 

 

「“ファイアフライ”、17ポンド砲です!」

 

 

 

「何か凄い音だったよ?」

 

 

 

優花里の報告に続いて通信手の沙織も不安そうな表情で報告すると、意を決したみほは車長用キューポラから顔を出して後方を確認する。

 

同時に優花里も砲塔右側面の乗員用ハッチを開けてみほと同じ様に後方確認をすると、自分達からやや離れた丘陵の上に数輌の戦車が姿を見せているのが分かった。

 

その時みほは、“或る事”に気付いて不思議そうに呟く。

 

 

 

「こっちに来ているのは…4()()だけ?」

 

 

 

すると、みほの無線のヘッドホンに嵐から切迫した通信が入る。

 

 

 

『“ニワトリ”より“あんこう”へ。其方迄の距離凡そ5000mです!』

 

 

 

同時に優花里からも「距離、約5000m!原園殿の報告と一致します!」との報告を聞いたみほは、厳しい表情を浮かべながらも優花里へこう告げる。

 

 

 

「“ファイアフライ”の有効射程は3000m。未だ大丈夫です!」

 

 

 

みほはこの時、何故“ファイアフライ”が有効射程距離()からの砲撃を行ったのかを悟った。

 

サンダース大付属の切り札“シャーマン・ファイアフライⅤC”が戦場に到着した事をフラッグ車(M4A1)へ伝えるべく、“ファイアフライ”の砲手・ナオミが()()()17ポンド砲を一発発砲したのである。

 

(第39話、終わり)

 

*1
この様に、即座に撃てる様準備された砲弾の事を“即応弾”と呼ぶ。

*2
実はこの他にも車体右側に在る副操縦席の背後に別の弾薬庫が在るのだが、此処から砲弾を取り出すには副操縦手が装填手へ手渡しする必要がある。

*3
冬の制服。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第39話をお送りしました。

前回、時雨の機転で“ソックリさん作戦”がバレた嵐はサンダース大付属の本隊を喰い止めようとしますが、流石に“高校戦車道四強”の一角、サンダース大付属のケイ隊長にはお見通し。
逆にケイからのフェイントと時雨の行動によって振り切られてしまいました。
頼みの“ニワトリさんチーム”が機能せず、大ピンチの大洗女子学園…一体、如何なってしまうのか!?
そして“不幸な偶然”によって自分の片思いの相手へのジェラシーが全国放送されてしまったアリサの運命は…あっ、之はネタでした(爆)。

何れにしても次回、試合は緊迫した状況へと進んで行きますが、是非お楽しみ下さい。



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第40話「一回戦、正念場です!!」


色々有りますが、無事脱稿出来ました。
“色々有る”件に関しては、7月15・16日付の活動報告をご参照下さい。

また今回は、後書きの方で重大なお知らせが有りますので、必ず最後までご覧下さい。

それでは、どうぞ。



 

 

 

第63回戦車道全国高校生大会・一回戦“サンダース大学付属高校対大洗女子学園”の試合は、大洗女子による“予想外の健闘”から新たな局面を迎えようとしていた。

 

サンダース大付属本隊を偽通信で明後日の方向へ向かわせた後、単独行動中のサンダース大付属のフラッグ(M4A1)車を追撃していた大洗女子主力の後方に、サンダース本隊が味方フラッグ(M4A1)車を救援すべく接近して来たのだ。

 

しかも、その後方にはサンダース本隊に潜入して攪乱すると言う“囮作戦”を遂行する筈だった大洗女子の“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”が居る。

 

彼女達はサンダース本隊のメンバーで、チームの戦車長・原園 嵐とは“群馬みなかみタンカーズ”で親友だった原 時雨によって正体を暴かれた結果サンダース本隊から引き離され、後ろからは時雨が率いる“E(イージー)”チームのM4“シャーマン”の追撃を受けると言う状況に陥っていた。

 

 

 

 

 

 

一方、追われる立場だったサンダース大付属のフラッグ(M4A1)車の車内では……

 

 

 

「キター!」

 

 

 

「「よっしゃー!Yeah(イェイ)!」」

 

 

 

待ち望んでいた、本隊からの救援が到着したのに気付いた副隊長兼戦車長のアリサが涙目から一転、歓喜の声を上げると嬉し涙を流している砲手と共にハイタッチを決める。

 

その横では、先程までアリサに怒鳴られていた装填手も涙を浮かべながら笑顔を見せていた。

 

()()()()()が招いた、“通信傍受”のピンチからの逆転劇。

 

正に今の状況は、彼女達にとって“地獄に仏”…いや、サンダース風に言うなら“God in hell”と言うべきだろうか?

 

 

 

「百倍返しで反撃よ!」

 

 

 

元気百倍になったアリサが気合の入った号令を仲間達に下すと、彼女達のフラッグ車(M4A1)が再び52口径76.2㎜戦車砲を撃ち始める。

 

更に、後方から大洗女子戦車隊を追い上げるサンダース本隊のM4“シャーマン”からも行進間射撃が始まり、M4中戦車の37.5口径75㎜戦車砲から発射された砲弾が、次々と大洗女子各戦車の周囲に着弾し始めた。

 

 

 

 

 

 

その時私は、“イージーエイト(M4A3E8)”の車長用キューポラから顔を出したまま前方を眺めつつ、自分の失敗で仲間達を窮地に陥れてしまった事を後悔していた。

 

 

 

『ああっ…サンダースの本隊が皆の所まで来ちゃった!』

 

 

 

心の中で“如何しよう!?”と思い乍ら、頭がフリーズし掛かっていた次の瞬間。

 

 

 

「しょうが無いわよ嵐!兎に角、隊長に報告しなさい!」

 

 

 

砲手の瑞希の怒鳴り声で我に返った私は、彼女に「御免……」と謝りつつ、副操縦手の良恵ちゃんに車内無線で新たな指示を出す。

 

 

 

『良恵ちゃん。今から“あんこうチーム”へ私の言う通りにメールを打って…此方“ニワトリ”、“あんこう”からサンダース本隊までの距離が1000mを切りました!』

 

 

 

すると、良恵ちゃんが「了解!」と返事をしてくれた。

 

私は、その返事を聞きつつ車長用キューポラから顔を出したままの状態で、ずっと前方を見詰めている…此処からサンダース本隊までの距離は500m足らず。

 

更に此処から400m後方には、時雨のM4“シャーマン”が私達に追い縋っている。

 

 

 

 

 

 

一方、大洗女子学園戦車道チームの隊長車・“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”の車内では、通信手の武部 沙織が切迫した口調で“ニワトリさんチーム”からの緊急連絡を隊長兼戦車長の西住 みほへ伝えた。

 

 

 

「“ニワトリさん”から、サンダース本隊と此方迄の距離が1000mを切ったって…如何する、“みぽりん”!?」

 

 

 

其れに対してみほは、一瞬真剣な表情で考えると直ぐ様決断を下す。

 

 

 

「“ウサギさん”、“アヒルさん”は後方をお願いします。“カバさん”と我々“あんこうチーム”は引き続きフラッグ車を攻撃します!」

 

 

 

直ちに、メールの早打ちで各チームへみほからの指示を送る沙織。

 

その指示で大洗女子本隊の5輌の戦車の内、最後尾を走っていたフラッグ車“カメさんチーム”の38(t)軽戦車B/C型が隊列の中央へ入り、その後方を“アヒルさんチーム”の八九式中戦車甲型と“ウサギさんチーム”のM3リー中戦車が固める。

 

その内、M3リー中戦車の車内では“ウサギさんチーム”の戦車長・澤 梓が聖グロとの親善試合で自分達が犯した“敵前逃亡”を繰り返すまいと気合を入った決意を叫んだ。

 

 

 

「今度は逃げないから!」

 

 

 

「「「うん!」」」

 

 

 

梓の言葉に全員で頷く“ウサギさんチーム”のメンバー達。

 

 

 

一方、隊列の前方で“あんこうチーム”のⅣ号戦車D型と共にサンダースのフラッグ車を追う歴女集団“カバさんチーム”のⅢ号突撃砲F型の車内では。

 

 

 

「この状況は“アラスの戦い”に似ている!」

 

 

 

チームの車長を務めるエルヴィンが、現在の状況を第二次世界大戦中の1940年5月、ドイツ軍のフランス侵攻時に起きた仏英連合軍による反撃作戦を自らが敬愛するドイツ陸軍のエルヴィン・ロンメル将軍が撃退した戦いに喩えると、Ⅲ突の操縦手を担当するおりょうがこんな事を言い出す。

 

 

 

「いや“甲州勝沼の戦い”だ」

 

 

 

此方は戊辰戦争中の1868年3月、甲府城の確保を巡って板垣退助率いる新政府軍と近藤 勇率いる旧幕府軍が激突した戦いに喩えていると……

 

 

 

「“天王寺の戦い”だろう?」

 

 

 

今度は砲手を務める左衛門左が、1576年5月に織田信長が石山本願寺や雑賀衆を中心とした一向一揆勢を迅速な攻撃によって撃破した戦国時代の戦いに喩えた途端、適当な戦いが思い付かなかったのか此処まで黙っていたカエサルを含む残り三人の歴女達が一斉に左衛門左へ向かって「「「其れだ!」」」と同意した…この状況下でも、彼女達は()()()()()()

 

 

 

同じ頃、大洗女子のフラッグ車・“カメさんチーム”の38(t)軽戦車B/C型の車内では、砲手兼戦車長の河嶋 桃が「此処で負ける訳には行かんのだ!」と気合の入った声と共に37㎜砲を後方へ向けて発射したが……

 

 

 

「桃ちゃん、当たって無い」

 

 

 

操縦手の小山 柚子の言葉通り、桃の撃った弾は当たらない処か目標である筈のサンダース本隊の手前、其れも大きく左へズレた場所に着弾した…深刻な“ノーコン”である。

 

しかし撃った本人は「五月蠅い!」と文句を言う中、相変わらず車内では干し芋を食べる事しかしない通信手(名目上)の角谷 杏生徒会長が「壮絶な撃ち合いだね~♪」と呑気な口調で喋っていたが…其処へチームの装填手・名取佐智子が“鬼の様な形相”で角谷会長を叱り付けた。

 

 

 

「会長は干し芋ばかり食べてないで、仕事をして下さい!」

 

 

 

これには、流石の会長も「あ…名取ちゃん、ゴメン」と、苦笑いを浮かべながら返事をするのであった。

 

 

 

 

 

 

一方、試合会場では大洗女子が追い詰められて行く戦況が伝わると共に、観客達の間で緊張感が高まっていた。

 

 

 

「優花里……」

 

 

 

「皆…頑張って!」

 

 

 

観客席前の大型モニターを見詰めながら、愛娘とその仲間達の勝利を祈る秋山夫妻。

 

中等部四人組も声を枯らさんばかりの勢いで「「「「先輩達、頑張れー!」」」」と大型モニターに向かって声援を送り続ける。

 

その隣では、“大洗のアイドル”こと磯前 那珂が手を組みながら「神様、お願いします…あの娘達を勝たせて下さい」と、何時もポジティブな彼女にしては珍しく“静かな祈り”を捧げていた。

 

そして、観客席の外れで戦況を見守る聖グロのオレンジペコも不安そうな声で、隊長のダージリンに語り掛ける。

 

 

 

「大洗女子、ピンチですね」

 

 

 

だが此処でダージリンは“奇妙な発言”をする。

 

 

 

「サンドイッチはね、パンよりも中の胡瓜が一番美味しいの」

 

 

 

「はい?」

 

 

 

唐突な隊長の発言にオレンジペコが当惑していると、ダージリンは澄まし顔でこう(のたま)った。

 

 

 

「挟まれた方が、良い味出すのよ♪」

 

 

 

そんな二人の会話を眺めていた清恵が微笑みながら「胡瓜は“最もローカロリーな()()”としてギネス認定もされているしね♪」“奇妙な発言”をすると、隣で紅茶の準備をしているアッサムが「先輩までダージリンの真似をなさるのですか?」と心底呆れていた。

 

 

 

 

 

 

そんな中、サンダース大付属の攻撃を必死に凌いでいた大洗女子学園だったが…遂に、彼女達にも被害が発生する瞬間が訪れた。

 

 

 

「左!」

 

 

 

“アヒルさんチーム”の戦車長・磯辺 典子がサンダースからの砲火を見定めて回避機動を指示すると、操縦手の河西 忍が八九式中戦車甲型を左へ一輌分スライドさせる。

 

その瞬間、寸前まで八九式が進んでいた場所に砲弾が着弾し、彼女達は辛うじて被弾を免れると、すかさず典子が砲手の佐々木 あけびへ発砲を命じる。

 

 

 

「撃てー!」

 

 

 

バレー部らしくキャプテンである典子の命令に続いて部員三人が気合を入れた「「「アタック!」」」の掛け声を掛けると同時に、砲手のあけびが57㎜砲を発砲する。

 

八九式の18.4口径57㎜砲の威力では、M4を撃破する事は先ず不可能だが、相手を牽制する程度なら出来る…と思われたその時!

 

サンダース側が撃ち返して来た砲弾が八九式のエンジンルームを撃ち抜いた!

 

 

 

「「「ア~ッ!」」

 

 

 

“アヒルさんチーム”に所属するバレー部員の悲鳴と共に、八九式はエンジンルームから黒煙と火の粉を噴き上げながら隊列から離れると、目の前に在った岩に衝突して停止した。

 

 

 

「『!』」

 

 

 

その様子を目撃したみほと嵐が衝撃を受ける中、この試合の大洗女子にとって最初の“損害”となった八九式は、エンジンルームから激しい炎を上げると同時に白旗を上げた…戦闘不能、“撃破”である。

 

 

 

「アヒルチーム、怪我人は?」

 

 

 

みほが切迫した表情で炎上した八九式の中に居る“アヒルさんチーム”のバレー部員へ安否確認をすると、直ぐ様バレー部員達から返事が届いた。

 

 

 

「「「大丈夫です!」」」

 

 

 

更に、エンジンからの出火を備え付けの消火器で消火中の典子が「済みません、戦闘不能です!」と自分達の八九式は撃破されたが、チームのメンバーは全員無事である事を無線でみほへ伝えると、彼女はホッと溜め息を吐いて安堵の表情を浮かべた。

 

みほにとっては、“試合の勝敗”よりも試合中の事故で“仲間達が負傷する事”の方が一番の心配事なのだ…去年の“全国大会決勝戦”がそうであった様に。

 

 

 

しかし“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”を撃破して勢いに乗るサンダースは、更なる攻撃を仕掛ける。

 

副隊長のナオミが砲手を務める“シャーマン・ファイアフライVC”が手前の坂を下りると、ファイアフライの車内でガムを噛みながら集中力を高めていたナオミが、先程大洗の八九式を仕留めたのと同じ様に、今度は行進間射撃でM3リー中戦車を狙う。

 

 

 

 

 

 

その時サンダース本隊の後方に居た私は“ウサギさんチーム”のM3リーがサンダースのM4“シャーマン”の1輌から狙われているのに気付いた。

 

 

 

『梓、後方4時方向からM4が狙っている!』

 

 

 

私が無線で梓に警告すると、彼女は「了解!桂利奈、少し左へ!」と操縦手の桂利奈ちゃんへ回避機動を指示。

 

するとM3リーが進行方向を僅かに左斜めへ変えた瞬間、サンダースのM4が放った75㎜砲弾がM3リーの右隣に着弾して土砂を跳ね上げた。

 

 

 

「良かった。皆が無事で……」

 

 

 

取り敢えず梓達を救った事に安堵していた私だったが…次の瞬間、此方から11時方向の場所に激しい発砲炎を目撃して、私は悲鳴を上げた!

 

 

 

「ああっ!」

 

 

 

其れは、先程75㎜砲を発砲したM4の傍らに隠れて発砲のチャンスを窺っていた“シャーマン・ファイアフライVC”が、必殺の17ポンド砲を発射した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

“群馬みなかみタンカーズ”時代から戦車長として天才的な実力を発揮していた原園 嵐だが、この瞬間に悲鳴を上げたのは無理もない事だろう。

 

何しろ、専用の装弾筒付徹甲弾(APDS)を使えばドイツのティーガーⅠ重戦車を撃破する事も可能な58.3口径17ポンド砲を持つ“シャーマン・ファイアフライVC”からの砲撃である。

 

大威力の17ポンド徹甲弾が第二次大戦前半の時期に登場した“中戦車”に過ぎないM3リーのエンジンルームを射抜くのは造作も無い事だった。

 

呆気無く撃破された“ウサギさんチーム”のM3リーは、先程撃破された八九式と同様にエンジンルームから黒煙を噴き上げて車列から離れた直後、右側の履帯が外れると同時に先程のサンダース側の砲撃によって地面に出来たクレーターへ転落して停車。

 

其れから間も無く車体から白旗が上がった…これで大洗女子の損失は2輌目、残る戦車は4輌である。

 

 

 

「済みません、鼻が長いの(ファイアフライ)にやられました!」

 

 

 

“ウサギさんチーム”の戦車長・澤 梓から撃破された報告を受け取ったみほの表情が固まる中、みほと同じ“あんこうチーム”の装填手・秋山 優花里が落胆した表情で「ファイアフライですね……」とみほに語り掛ける。

 

 

 

「M3も……」

 

 

 

“作戦失敗”の責任を感じつつあるみほが俯きながら呟く中、砲手の五十鈴 華が心配そうにみほを見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

この時、試合の行方は完全に決した…と、この試合を観戦していた人々は思っていた。

 

依然フラッグ車が大洗女子からの追撃を受けているものの、サンダース大付属は大洗女子の残存戦車を追尾しており、大洗女子の戦車はサンダースからの砲撃で“袋叩きに遭っている”様に見えたからだ。

 

その為、本来なら“未だ、()()()()()()()()()()()()()()可能性に気付くべき“戦車道の絶対王者”黒森峰女学園戦車道チームの逸見 エリカ副隊長でさえ、隣に座っている隊長の西住 まほへこう語る有様だった。

 

 

 

「もう時間の問題ですね」

 

 

 

だがこの時…この試合を見ている人間の中で、恐らく()()()冷静な視点を持っている黒森峰OG・原園 明美が“試合のカギを握る、或る重大な要素”を指摘する。

 

 

 

「あら、そうかしら?“フラッグ車が一発喰らったら終わり”なのはサンダースも同じよ?」

 

 

 

「!」

 

 

 

その指摘を聞かされたエリカが、思わず“ハッ”と表情を変える。

 

彼女の隣では、まほが微動だにせず巨大モニターに映っている試合状況を見詰めているが、その傍らではエリカの補佐役・五代 百代が、小さく頷き乍ら明美に向かってこう呟いた。

 

 

 

「明美さん、次の“一発”を()()()当てるのか…其れが勝敗を分けるのですね?」

 

 

 

「そうよ、五代さん♪流石は“戦車道の神童”と呼ばれ、しほさんから()()スカウトを受けただけの事は有るわね」

 

 

 

「いえ…ですが明美さん、大洗女子は()()()()()()()()()()()()事を理解出来ているのでしょうか?」

 

 

 

明美は、百代からの問い掛けに答えないまま、巨大モニターに映る試合状況を真剣な眼差しで見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

結論から言うと、この時の大洗女子は百代が指摘した通り、迫り来る敗北に怯えて戦意を失いつつあった。

 

その為、大洗女子の各チームでは“目の前に居るサンダース大付属の()()()()()()()()()()()()()()()と言う現実を忘却しつつある。

 

皆の心が“絶望”と言う名の恐怖に陥りつつある中、彼女達を代表する様に“あんこうチーム”の車内では通信手の沙織が「もうダメなの…?」と縋る様な口調でみほに語り掛けるが…みほも車長席で俯き加減に座ったまま、一言も発しない。

 

逆にサンダースのフラッグ(M4A1)車内では、車長のアリサが自分の無線のスイッチが先程から“偶然”入ったままの状態である事に気付かずに傲慢とも取れる発言をした。

 

 

 

「ほ~ら見なさい!アンタ達なんか蟻よ蟻!呆気無く象に踏み潰されるね!」

 

 

 

当然…この発言を首都テレビの実況中継スタッフが聞き逃す筈は無く、アリサの発言は()()()()()()()()()試合会場のみならずTVを通じて全国に流されてしまった。

 

勿論、この言葉を聞いた観客達が黙ってはいない!

 

 

 

「対戦相手を“蟻”扱いだなんて…見損なったぞ!サンダース!」

 

 

 

「先に“マナー違反”の通信傍受をして置いて何だ、その言い草は!」

 

 

 

「此の儘じゃ、大洗の娘達が可哀想だわ…何とかならないの!」

 

 

 

其処から一気に、絶望的な状況に陥った大洗女子へ絶叫に近い声援を送る観客達。

 

 

 

「「「頑張れ、大洗女子っ!」」」

 

 

 

そんな観客達の声援が、応援席で絶望感に打ちひしがれていた大洗女子学園中等部四人組の心に響く。

 

 

 

「観客席の皆が…先輩達を応援してくれている!」

 

 

 

観客席からの大歓声に感動した華恋が皆にその思いを告げると詩織がこう答える。

 

 

 

「私達も頑張って応援しよう!」

 

 

 

「「うん!」」

 

 

 

その言葉に反応した由良と光が頷きながら答えると、再び勇気を奮い起こして母校の応援を始めた。

 

その姿を見た秋山夫妻や“大洗のアイドル(磯前 那珂)”も有らん限りの声援を大型スクリーンに映っている大洗女子に向けて送る。

 

だが、幾ら観客達の大半が味方に付いても大洗女子にとって“絶体絶命の状況”が変わる訳では無い。

 

その証拠に、周囲から撃たれ続けている大洗女子のフラッグ車“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”をカバーするべく同チームの後方へ回った“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”では砲手の左衛門左が覚悟を決めたのか、こんな事を言い出していた。

 

 

 

「弁慶の立ち往生の様だ」

 

 

 

「最早これ迄……」

 

 

 

その声を聞いた車長のエルヴィンも同じ思いで一言呟くと操縦手のおりょうが“思わぬ事”を言い出した。

 

 

 

「蜂の巣に されてボコボコ サヨウナラ」

 

 

 

其処へ彼女の言葉を聞かされた装填手のカエサルが“縁起でも無い”と言わんばかりの表情で、おりょうに向けて文句を言う。

 

 

 

()()()()を詠むな!」

 

 

 

そんな中…相手側からの砲撃で激しく揺れながら逃避行を続けている“カメさんチーム”の38(t)軽戦車B/C型の車内では、装填手の名取 佐智子が“或る異変”に気付いていた。

 

 

 

「河嶋先輩、大丈夫ですか…顔色が良くないですよ?」

 

 

 

だが言われた当人は、真っ青な表情のまま車内の皆を不安にさせかねない一言を発する。

 

 

 

「ダメだ…もう終わりだ」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

その深刻そうな発言に、不安を感じた佐智子がもう一度、先輩の桃へ問い掛けた次の瞬間、38(t)軽戦車B/C型の砲塔側面左側を敵弾が掠める!

 

 

 

「ヒッ!」

 

 

 

敵弾によって生じた振動と擦過音に怯える桃の悲鳴を聞いた佐智子は「大丈夫ですか、河嶋先輩!砲手替わりましょうか?」と呼び掛けたが、当人は今にも泣き出しそうになり乍ら固まってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

尤も…この時河嶋 桃が抱いていた“絶望感”は、彼女一人()()のものでは無く、大洗女子戦車道チームのメンバー全員が多かれ少なかれ抱いていたものであった。

 

何故なら同じ頃、隊長の西住 みほも自身の左手が小刻みに震えているのに気付いた事で、自身も絶望感に囚われつつある事を自覚していたのである。

 

 

 

(分かってる。此の儘じゃ勝ち目が無い事は……)

 

 

 

心の中で自分達が絶体絶命の局面に立たされている事を理解し乍ら、自問自答するみほ。

 

だが、今の戦況では自分に出来る事は殆ど無い事をみほは理解しているし、同時に其れが一番辛い事も知っている。

 

 

 

(今は状況が変わるまで我慢する事しか出来ないし…皆の為にも、此処で投げ出す訳には行かない!)

 

 

 

心の中で答えの出ない問答を繰り返していたみほだったが、其処へ突然、仲間達からの悲鳴が無線で飛び込んで来る。

 

 

 

「あんなに近付いて来た!」

 

 

 

「追い付かれるぞ!」

 

 

 

「ダメだ、やられたー!」

 

 

 

その切迫した悲鳴を聞いたみほは、震えている左手を右手で押さえながら眼を瞑ると必死になって絶望感に耐えていたが、呼吸を整えると意を決して無線で仲間達へ向けて呼び掛ける。

 

 

 

「皆、落ち着いて!」

 

 

 

その声の大きさに驚いた華と優花里が自分に視線を向ける中、みほは皆への呼び掛けを続ける。

 

 

 

「落ち着いて攻撃を続けて下さい!敵も走り乍ら撃って来ますから、当たる確率は低いです。フラッグ車を叩く事に集中して下さい!」

 

 

 

隊長からの呼び掛けに意表を突かれた仲間達が無心になってその声を聞いている中、みほからの呼び掛けが続く。

 

 

 

「今がチャンスなんです!当てさえすれば、勝つんです!」

 

 

 

そして、みほは念を押す様に皆へ向けてこう叫んだ。

 

 

 

「諦めたら、負けなんです!」

 

 

 

 

 

 

『西住隊長!』

 

 

 

西住先輩からの必死な呼び掛けを聞いた途端、自分が考え付いた“ソックリさん作戦”の失敗が招いたピンチで沈み込んでいた私の心の中で、()()が弾けた。

 

 

 

『そうだ…私達、()()()()()()()()()()!』

 

 

 

さっきまで「自分が招いたピンチでチームが負けてしまう!」との責任感で圧し潰されそうになっていた私だったけれど、先輩は全く諦めていない、と知って勇気を奮い起こす。

 

でも実はこの時、西住先輩も“勝つ為の作戦”が思い付かず、隊長としての重圧に負けそうになっていた所へチームの先輩方が声を掛けてくれたお陰で辛うじて立ち直る事が出来たって、後で西住先輩や“あんこうチーム”の先輩方が教えてくれたのだけど、当然この時の私はそんな事が有ったとは知る由も無かった。

 

其処で、私が取った次の行動は……

 

 

 

『“勝つチャンス”が何処に有るか…もう一度、周囲を確認しよう!』

 

 

 

戦車長なら必ずやるべき鉄則…砲塔部の車長用キューポラから身を乗り出して周囲を確認する。

 

敵味方の位置は勿論、周囲の地形や状況等を把握して此方が付け入る隙を見付け出すのだ…と言うより、()()()()()()()()()()()()

 

 

 

そう思って前方を見ると……

 

 

 

「あれっ…“あんこう(Ⅳ号戦車)”が前方の丘へ向かっている?」

 

 

 

あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”が味方の車列から離れて、前方右側に在る小さな丘を駆け登って行く。

 

一方、逃げているサンダース大付属のフラッグ車はその丘の稜線に沿って迂回しようとしているらしい…その時、私は“西住隊長の意図”を察知した。

 

 

 

『そうか…西住隊長は、丘の頂上から相手フラッグ車を撃ち下ろすつもりなんだ!』

 

 

 

これは後になって知ったが、この時“あんこうチーム”は“相手フラッグ車をどうやって撃破すべきか”と考えた結果、砲手の五十鈴先輩が私と全く同じ考えを西住隊長へ提案し、隊長は私達よりも少しだけ早く行動に移していた、と言う訳だった。

 

勿論、この時の私はそんな事情を知る由も無く当然の様に「“あんこうチーム”の動きは西住隊長の考えである」と理解していたのだけど。

 

でも、その時私は隊長達の作戦の“問題点”に気付く。

 

 

 

『でも、其れだと“あんこう”は相手から狙い撃ちされるんじゃ…そうだ!』

 

 

 

此処で直ぐ様対処法を考え付いた私は、直ちにチームの皆へ新たな指示を出した。

 

 

 

『菫、“あんこう”に続いて前方の丘を登って!其れと皆、私達は此れから隊長達を援護する!』

 

 

 

「原園さん、後ろから敵戦車が1輌追って来ているけど、如何するの!?」

 

 

 

「もうそんな事を言ってられないわ、此の儘()られるよりはマシよ!」

 

 

 

私の考えに対して副操縦手の良恵ちゃんが“追手”である時雨のM4を気にして不安を示したが、すかさず砲手の瑞希が“これをやらないと勝てない”と指摘したのを聞いた私は、即座に皆へ次の指示を出した。

 

 

 

『皆、敵の攻撃は私が見張るから其々の役目に集中して!』

 

 

 

「「「了解!」」」

 

 

 

私からの指示に、一斉に応えてくれる仲間達。

 

要は、良恵ちゃんが抱いた“不安”に対しては車長の私が“責任を持つ!”と宣言する事で不安を払拭した形になる…勿論、相手の砲弾は其れとは関係無しに飛んで来るが、私だって黙って撃破されるつもりは無い。

 

“例え百発飛んで来ても全部躱してやる!”と、決意を新たに目前の丘を登り始めた時。

 

 

 

『私…西住隊長の為なら何でも出来るもん♡』

 

 

 

「はいはい。隊長に惚気るのもその辺にしなさい」

 

 

 

無意識の内に、頬を少し赤く染めつつ呟いた私の独り言を車内無線で聞いた瑞希が、憮然とした口調で返事をする。

其れを聞いた私は、直ぐ気持ちを切り替えると新たな指示を出した。

 

 

 

『じゃあ良恵ちゃん、此れから私達が“あんこう”を援護すると、メールで隊長に伝えて!』

 

 

 

「了解!」

 

 

 

こうして“ニワトリさんチーム”の皆が私の指示に従って其々の役目を果たそうとしてる中、私は心の中でこの任務に立ちはだかる相手に思いを馳せていた。

 

 

 

「サンダースはフラッグ車を守る為に此方を潰しに来る筈。相手は多分、ファイアフライともう1輌……」

 

 

 

 

 

 

一方、大洗女子を追撃しているサンダース大付属本隊も“あんこうチーム”と“ニワトリさんチーム”の動きを見過すつもりは無かった。

 

本隊を率いる隊長のケイが、即座にフラッグ車(M4A1)車長兼副隊長のアリサへ警告を送る。

 

 

 

「上から来るよ、アリサ!」

 

 

 

「!」

 

 

 

その無線を受信して思わず身構えるアリサ。

 

更にケイは、フラッグ車を狙う2輌を迎撃すべく、頼りになるもう一人の副隊長(ナオミ)と原園 嵐を追う一年生の戦車長(時雨)に指示を出した。

 

 

 

「ナオミ、“シーズー”。頼んだわよ!」

 

 

 

「「Yes,ma'am(イエス・マム)!」」

 

 

 

隊長からの指示に即座に答えるナオミと時雨(シーズー)

 

 

 

ナオミは“シャーマン・ファイアフライVC”の砲手席で、時雨も車長を務める“M4シャーマン”の車内で其々表情を引き締めると、其々が目の前で丘を登って行く敵戦車(ナオミは“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”、時雨は“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”)を追撃するべく其々の乗員へ指示を出すのであった。

 

 

 

(第40話、終わり)

 




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
最後に、以下のお知らせを必ずお読み下さい。

【重大なお知らせ】
諸事情により、本作の公開方法を今回より『お気に入りユーザー登録限定公開』へ変更させて頂きます。
現在、本作をご覧になられている方は直ちに「お気に入りユーザー登録」をお願い致します。
急なお知らせで申し訳御座いませんが、どうか宜しくお願いします。



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第41話「隊長は、絶対に守ります!!」


先日公開された「T-34レジェンド・オブ・ウォー 最強ディレクターズ・カット版」を見に行ったぜ…この間見た「ダイナミック完全版・IMAX」が「この世界の片隅に」なら、このディレクターズ・カット版は「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」だったぜ!(興奮)
…あっ、分かる人にだけ分かれば良いです(苦笑)。

それでは、今回もどうぞ。


 

 

 

第63回戦車道全国高校生大会一回戦・“サンダース大学付属高校対大洗女子学園”の試合も大詰めを迎えようとしている頃。

 

大洗女子学園戦車道チーム隊長の西住 みほが率いる“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”が「自分達の進路前方にある丘を登り、頂上から逃走を続けるサンダースのフラッグ車(M4A1)を狙撃する」と言う起死回生の攻撃を仕掛けるべく丘を登っていた時、原園 嵐率いる“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の()()通信手・長沢 良恵から“あんこうチーム”通信手・武部 沙織のスマートフォンに一通のメールが着信した。

 

 

 

<長沢 良恵:原園さんより緊急です。此れから私達は“あんこう”を援護すべく丘を登ります!>

 

 

 

着信したメールを確認した沙織は、直ちにみほへ報告する。

 

 

 

「みぽりん、“ニワトリさん”が援護するって!」

 

 

 

すると、みほは「えっ!」と呟きながら一瞬だけ驚いた表情を見せたが、直ちに沙織へ指示を送った。

 

 

 

「沙織さん、原園さんへ『了解!此方はフラッグ車(M4A1)を狙うので護衛をお願いします!』って返信して下さい!」

 

 

 

「分かった!」

 

 

 

みほからの指示を受けた沙織は、頷きながら返事をすると得意の早打ちで“ニワトリさんチーム”宛にメールを送る。

 

そのメールを発信した直後、再び“ニワトリさんチーム”から返信が届いた。

 

 

 

<長沢 良恵:原園さんから、返信不要です。了解!隊長と“あんこう”の先輩方は、絶対守ります!>

 

 

 

 

 

 

逃走するサンダースのフラッグ車を丘の頂上から狙撃すると言う「成功率が高い反面、相手の砲撃で撃破される確率も高い殆ど博打(バクチ)に近い作戦」を決行すべく、フラッグ車である“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”と護衛役の“カバさんチーム(三号突撃砲F型)”から別れて丘を登っている“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”の後を追って、私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”も進路を前方の丘へ向けた。

 

その時私は、イージーエイト(M4A3E8)の砲塔上に在る車長用キューポラから身を乗り出していたが、一瞬だけ周囲を確認する。

 

すると私達の前方には、サンダース大付属の“シャーマン・ファイアフライⅤC”が居て、その前を行く“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”を追撃中であり、逆に私達の後方からは1輌のM4“シャーマン”がピタリと追って来る。

 

恐らくファイアフライに乗っているのは、副隊長の一人で高校戦車道でも“屈指の名砲手”として知られるナオミさん。

 

そして私達を追うM4の車長用キューポラからは“群馬みなかみタンカーズ”時代の親友・原 時雨が“猛犬”そのものの表情で私を睨み付けていた。

 

 

 

「時雨…やっぱり、君とは決着を着けないと行けないよね!」

 

 

 

此処で私は、ある決断を下す。

 

敢えてナオミさんの乗るファイアフライでは無く、先ずは時雨のM4と勝負する事に決めたのだ。

 

本当は“最大の脅威”であるファイアフライを片付けたいが、恐らく時雨も其れを読んでいるだろう。

 

そうなると、時雨は徹底して私をマークして、ファイアフライに手出しをさせない様に粘るだろう…其処で私は“ならば先に時雨と勝負をするべき”と判断した後、操縦手の菫に素早く指示を出す。

 

 

 

『菫、右へ急旋回!』

 

 

 

先ず右方向へ急旋回し、時雨のM4の後方へ回り込もうとした。

 

 

 

 

 

 

「残念だったね。その程度の対応ならお見通しさ!」

 

 

 

サンダース大付属・“イージー”(E)チームの戦車長を務める原 時雨は、この時の嵐の行動を読み切っていた。

 

 

 

「嵐、みなかみタンカーズで7年間一緒に“同じ釜の飯”を食べて来た日々を忘れていないよね?」

 

 

 

群馬みなかみタンカーズで嵐と一緒に戦車道を学んで来た時雨は、嘗ての親友との“決着”を着けるべく、試合前にこれ迄の嵐の戦い方を全て御浚(おさらい)して来たのだ。

 

其処で時雨は、嵐が右旋回を始めた直後、彼女とは逆に自分のM4を左旋回させる。

 

その結果、右旋回中の嵐のM4A3E8と自分のM4が互いに正面を向け合う態勢になった次の瞬間、時雨はM4の75㎜砲の発射を砲手に命じた。

 

 

 

『!』

 

 

 

私にとって時雨が取った行動は、自分の予測を超えるものだった。

 

てっきり、時雨はナオミさんのファイアフライを守る為に私を追うか、其の儘直進してファイアフライを守る位置に着くと思っていたのに、彼女は私とは逆方向へ急旋回をしてから私達のM4A3E8と相対した瞬間に発砲した。

 

明らかに「味方のファイアフライを守る」事よりも「私達のM4A3E8を撃破する」事を優先した積極的な戦い方だ。

 

但し、私もやられるつもりは無い。

 

時雨のM4が正面を此方へ向ける寸前、左旋回を命じたので時雨からの砲撃は躱す事が出来た。

 

でも…その結果、私達とファイアフライの間の距離が開いてしまった。

 

しかも時雨は、私達の後方からまるで猟犬の様に速いペースで追撃を始めている。

 

 

 

「しまった…あっ!」

 

 

 

その瞬間、ふと不安になった私が周囲を見回した時…辛うじて視界の中に“シャーマン・ファイアフライⅤC”が停車している姿を見た私は、その位置関係から“あんこうチームが真後ろから狙われている”と直感し、思わず無線で絶叫した!

 

 

 

『西住隊長、6時方向!』

 

 

 

その時背後に“得体の知れない悪寒”を感じていた西住 みほが車長用キューポラ内で後を振り返った瞬間、無線から聞こえた嵐の絶叫に反応して「停車!」と叫ぶ。

 

同時に“あんこうチーム”操縦手の麻子がⅣ号戦車D型を右方向へスライドさせた。

 

その直後、みほ達のⅣ号がスライド走法で通過したばかりの場所にナオミのファイアフライから放たれた17ポンド徹甲弾が弾着、大きなクレーターを穿つ。

 

 

 

「危なかった!」

 

 

 

心の中で警告を発してくれた嵐に感謝しつつも、みほはこの先の“大勝負”に集中する。

 

 

 

「ファイアフライが次の弾を撃って来る迄が勝負!」

 

 

 

華へ“此処から先は任せます!”と言わんばかりの指示を出すと、華が冷静な口調で「分かりました」と返答する。

 

遂に…この試合に於ける大洗女子の命運は“あんこうチーム”の砲手・五十鈴 華一人に託されたのだ。

 

 

 

 

 

 

「へぇ…あの隊長車(Ⅳ号戦車D型)の乗員、ナオミ先輩の砲撃を躱したのは凄いけど嵐が“警告”しなければ躱し切れなかっただろうね」

 

 

 

サンダース大付属“イージー”(E)チーム戦車長の時雨は、副隊長であるナオミが率いる“シャーマン・ファイアフライⅤC”からの砲撃を“あんこうチーム”が躱したのを見て感心しつつ、その裏に原園 嵐の存在が在る事を見抜いていた。

 

彼女の“警告”を直に聞いていなかったにも関わらず、時雨は自身の“直感”で其れが有った事を確信していた。

 

 

 

「嵐は、状況が錯綜している中でも僅かな情報から彼我の戦車の位置やその状態を“まるで見て来た様に”把握出来る力を持っている…単に記憶力や分析力、状況判断が優れているだけじゃない。()()()()()()()()

 

 

 

群馬みなかみタンカーズで7年間、常に嵐と一緒に戦っていた時雨だからこそ知っている彼女の“実力”。

 

 

 

「だから、みなかみタンカーズは結成から僅か7年で“戦車道全国中学生大会準優勝”を成し遂げる事が出来た…其れは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだ」

 

 

 

其れは、時雨自身にも「到底勝ち目が無い」と思わせる位の力であった。

 

だが……

 

 

 

「でも、そろそろ決着を着けようか…戦車道を辞めるなんて“嘘”を吐いて()()()()()()()()()()を受けて貰うよ!」

 

 

 

時雨は自らの心に溜まった“ドス黒い情念”を吐き出す様に呟くと、再び攻撃を指示した。

 

 

 

 

 

 

其れは、私がM4A3E8の車長用キューポラから“あんこうチーム”のⅣ号戦車D型がファイアフライの砲撃を辛うじて躱す姿を見た時だった。

 

 

 

『良かった。警告が間に合って…あっ!』

 

 

 

隊長達が助かったのを見て安堵したのも束の間、私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”を追って来た時雨のM4“シャーマン”が、後方から再度砲撃を加えて来る。

 

走行間射撃だから命中する事は無かったけれど、此の儘では時雨からの追撃を振り切る事は難しい。

 

 

 

『如何しよう…此の儘じゃあ、先輩達のⅣ号がナオミさんのファイアフライにやられてしまう!』

 

 

 

“あんこうチーム”を守る心算(つもり)が、逆に時雨によって分断された上に各個撃破されようとしている!

 

私の心の中で“最早、私達が西住隊長達を守る為に打てる手は無いのか!”との焦りが募っていた時。

 

突然時雨のM4“シャーマン”が停止したかと思うと、車長用キューポラから顔を出していた時雨の姿が消えた。

 

と言う事は…彼女、間違い無く“精密射撃”で此方を狙って来る!

 

 

 

『時雨…此処で勝負する気ね。分かったわ、やってやろうじゃん!』

 

 

 

この瞬間…私は“西住隊長を守る為の大勝負”を仕掛ける事を決断した。

 

 

 

 

 

 

一方、此方は丘の上に登った“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”の車内。

 

既に、丘の下に在る平原を逃走中のサンダース大付属のフラッグ車(M4A1)の姿は捉えており、照準を調整する為に必要な車体の位置と砲塔の旋回角度の修正も済ませた。

 

そして……

 

 

 

「花を活ける時の様に、集中して……」

 

 

 

隊長のみほから全てを託された、砲手の五十鈴 華が冷静な表情で呟きながら24口径75㎜砲の照準器を睨む。

 

 

 

「装填完了!」

 

 

 

装填手の優花里がやや上擦った声で砲弾が装填された事を伝えるのとは対照的に、華は相手を照準する為に集中し切った状態を維持しつつ、“発砲”のタイミングを窺っている。

 

 

 

「華さん、お願い!」

 

 

 

祈る様に、車長用キューポラ内部の覗き窓から相手フラッグ車を見詰めるみほ。

 

だが…この時“あんこうチーム”の後方では、サンダース大付属の“シャーマン・ファイアフライⅤC”が砲撃準備を完了していたのだ。

 

 

 

 

 

 

その少し前。

 

 

 

「御免“一美(かずみ)”、砲手を代わってくれるかな?」

 

 

 

“ニワトリさんチーム”を追っていたサンダース大付属“イージー(E)”チームの戦車長・原 時雨は、突然自チームの砲手にポジションを代わって貰う様、頼んでいた。

 

 

 

「時雨…OK!親友との決着、キッチリ着けて来てね!」

 

 

 

その砲手の名は白露(しらつゆ) 一美(かずみ)

 

時雨と同じ佐世保出身の同級生だが、サンダースとは別の小学校に在学中“群馬みなかみタンカーズ”のファンになったのが切っ掛けで、戦車道を目指す事を決意した少女である。

 

そんな彼女は中学入試の時、地元の学校である事と同じく九州の戦車道強豪校である黒森峰女学園よりも、“自由な校風”であると言う理由からサンダース大付属中学校へ入学、戦車道中学生大会ではベスト4まで行った事の有る実力者だ。

 

そして更なる飛躍を目指してサンダース大付属高校へ進学した所、何と自分に取っての「タンカーズの“推し”」であった時雨本人が入学(正確には“復学”である)して来たのを知り、新入生のオリエンテーリングで積極的にアプローチを掛けた結果、極短期間で仲良くなった事もあり、彼女のチームの乗員に選ばれたのである…勿論、その実力を時雨に評価されたのが決め手であるが。

 

そんな彼女だが、“群馬みなかみタンカーズ”のファンである事から時雨と原園 嵐の関係も知っており、その流れで時雨本人から嵐との“因縁”も知らされる程仲が良い事も在って、時雨の頼みを快諾したのだ。

 

 

 

「有難う!じゃあ一美、車長を宜しく!」

 

 

 

こうして時雨は、“本来の”砲手である白露とポジションを入れ替えると、砲手席に着いて砲撃準備を急ぎつつチームの乗員へ次の指示を出す。

 

 

 

「此処で停車、前方のイージーエイト(M4A3E8)を仕留める!」

 

 

 

「「「了解!」」」

 

 

 

他の乗員達も“此処が勝負処”と理解したのだろう、時雨の指示を受けて素早い行動を始める中、時雨本人は勝利へ向けての決意と共に、心の中で自らの感情を一気に吐き出した。

 

 

 

「嵐…之が“戦車道には二度と戻らない”と言いながら、貴女と一緒に戦車道を続けたかった私の気持ちを裏切って転校先で戦車道を始めた“裏切り者”に対する私の回答だよ!」

 

 

 

そして“親友の裏切りに対する復讐”を胸に、一気に集中力を高めた時雨は、照準器のど真ん中に目標のM4A3E8を捉えた次の瞬間、躊躇無く発砲した。

 

 

 

 

 

 

『もう直ぐ時雨からの砲撃が来る!』

 

 

 

時雨のM4“シャーマン”が停車した瞬間から、私・原園 嵐の覚悟は出来ていた。

 

彼女の実力は、他ならぬ私が良く知っている。

 

タンカーズでの7年間の内、最初の年は同じチームの一員として基礎訓練を共に過ごし、2年目に戦車長となって以降は、チームでは常に単独行動をしていた私を心配して頼まれもしないのに私の戦車の僚車として戦う事が多かった彼女の実力はかなり高い。

 

特に、砲手としての技量はタンカーズの中でも瑞希の次に高かった…しかも、東日本の小中学生チームに所属していた戦車道選手の中でも有数の腕前だったのだ。

 

そんな彼女が今、車内に潜っていると言う事は…()()砲手として砲撃する可能性が高い。

 

だから、幾ら私でも中途半端な事をしていたら時雨からの砲撃は回避出来ない。

 

だけど…其れ故に私は時雨の技量を覚えていたし、先程の2度の走行間射撃を見た事で、時雨の砲撃の技量を()()()()()()

 

ランバ・ラル大尉じゃないけれど“正確な射撃だ。其れ故コンピューターには……”いや、戦車道で鍛錬された()()()()()を以てすれば、予想し易い!

 

その“感覚”と短時間の戦いで得られた自らの“確信”を頼りに、私は操縦手の菫に指示を出す。

 

 

 

『よしっ…菫、少し右に曲がって直進。その後四つ数えたら左へスライドして!』

 

 

 

「了解!」と菫が元気良く返事をするのを聞きながら、私は思考を進めた。

 

之は“誘い”だ…実を言うと砲手としての時雨は、“移動目標への砲撃時、常に()()()()()()()()()()への砲撃を得意とする”癖が有る。

 

つまり()()()考えれば、時雨のM4が真後ろにいる状況で右へ曲がれば、“撃って当てて下さい”と言うのと同じであり、自滅する様なものである。

 

だが、其れこそが私の狙いだった。

 

何故なら私は、さっきも述べた様に“時雨の砲撃の技量を()()()()()()”のだから。

 

其れ故、私は敢えて時雨に“撃たせる”様に誘った上で、自分から見て“撃たれる”ギリギリのタイミングで菫に次の指示を出したのだ。

 

 

 

『1・2・3・4、行けっ!』

 

 

 

その直後…指示通り左へスライドした私達のM4A3E8の傍らに、M4からの砲弾が着弾する!

 

その着弾音が響く中、私は車長用キューポラから出していた頭を砲塔内へ引っ込めてキューポラのハッチを閉めると、菫へ新たな指示を出す。

 

 

 

『よしっ、其処から直進、突き進め!』

 

 

 

私からの指示でスライドしながらの左旋回を終えてから、一気に最大速度で丘を駆け抜けるM4A3E8。

 

そして、その前方には…“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”の車体後部を狙うサンダース大付属・ナオミ副隊長の“シャーマン・ファイアフライⅤC”が車体側面を見せていた。

 

 

 

 

 

 

「えっ…躱された!?」

 

 

 

その時、M4“シャーマン”の車内では、時雨が裂帛の気合で放った必殺の一撃を躱されて動揺する。

 

その隣の車長席では、臨時の車長を務める“本来の砲手”・白露が「嘘…時雨の砲撃を躱した!」と叫んでおり、他の乗員も動揺を隠せないでいた。

 

時雨の砲撃が正確であるが故に、まさか“嵐に見切られていた”とは知らない彼女達は呆然としていたが…其処で“或る事”に気付いた時雨が皆に向かって絶叫する。

 

 

 

「直ちに前進、急いで!」

 

 

 

流石に時雨は“この後何が起こるのか”を予測出来た為、直ちに嵐達のM4A3E8を追跡すべきと判断したのだ。

 

だが…此処で、命中精度を高める為に停車砲撃をした事が裏目に出た。

 

既に嵐達のM4A3E8は、全速力でナオミが乗る“シャーマン・ファイアフライⅤC”目掛けて突き進んでいたのである。

 

今更急発進しても、嵐達のM4A3E8に追い付く処か、ナオミのファイアフライを守り抜けない事は明白な状況だった。

 

 

 

「ああっ、間に合わない!」

 

 

 

M4A3E8の後ろ姿を見て、悲鳴を上げる時雨。

 

この時、既に時雨は“最悪の事態”が起こり得る事に気付いていた。

 

 

 

“此の儘だと、ナオミ副隊長のファイアフライが相手の隊長車を砲撃する前に、嵐のイージーエイト(M4A3E8)が激突する!”

 

 

 

 

 

 

『よしっ、其の儘真っ直ぐ突き進んで!敵弾は気にするな!』

 

 

 

停車砲撃を逆手に取って、相手の砲弾を躱しつつ左旋回からの急加速で時雨のM4を振り切った私達。

 

其処へ操縦席の菫が前方を見詰めながら、大声で私に問い掛ける。

 

 

 

「嵐ちゃん、まさか此の儘前に居る“ファイアフライ”へ体当たりするの!?」

 

 

 

「相手戦車への体当たりと言う危険な攻撃をやるのか?」との菫の問い掛けに瑞希と舞の表情が凍り付き、副操縦手席の良恵ちゃんが「えっ!」と叫ぶが、私は首を横に振ると皆に“この試合最後の指示”を出した。

 

 

 

『違うわ!私達が目指すのは…!』

 

 

 

 

 

 

そして、次の瞬間。

 

 

 

「!」

 

 

 

ナオミは驚愕した。

 

極限まで集中した状態で自チームのフラッグ車(M4A1)を狙っていた大洗女子のⅣ号戦車D型目掛けて17ポンド砲の引き金を引いた瞬間、彼女の目の前に“有り得ない物”が飛び込んで来たのだ。

 

その時、ナオミが覗いていた照準器の右側から大きな黒い物体…いや、()()()()()M()4()A()3()E()8()が物凄い勢いで通過したのだ。

 

その結果、発射された17ポンド砲弾は大洗女子のⅣ号を庇う様に滑り込んで来たM4A3E8の車体側面部へ吸い込まれて行き、そして……

 

 

 

 

 

 

「「「「『うわぁーっ!』」」」」

 

 

 

その瞬間“ファイアフライ”からの17ポンド砲弾を被弾して右方向へ激しく横転したM4A3E8の車内では、私達“ニワトリさんチーム”のメンバー全員が悲鳴を上げながら振り回されていた。

 

でも其れは長く続かず、私達のM4A3E8は右へ横倒しになった状態で停止した。

 

 

 

『皆…大丈夫?』

 

 

 

「あ痛たた…何とかね」

 

 

 

「一瞬、天国へ行ったのかと思った……」

 

 

 

「私…一瞬だけ三途の川を渡っちゃった」

 

 

 

「私…地獄でちょっとだけ、()()()()()の顔を見ました!」

 

 

 

私からの呼び掛けに対して瑞希・菫・舞の順で返事が返って来る中、最後に良恵ちゃんだけが“()()()”を見てしまったらしいが、如何やら全員無事の様だ。

 

そんな中、瑞希が呆れ顔で私に向かって語り掛けて来た。

 

 

 

「でも嵐…まさか“あんこうチーム”を()()()()()()()つもりだったなんて予想外だったわよ」

 

 

 

そう…彼女の言う通り。

 

私が最後に皆へ指示した内容は『違うわ…私達が目指すのは、ファイアフライの()()()()!体を張ってでも西住先輩達を守るから、皆は何かに摑まって!』だったのだ。

 

 

 

其処へ瑞希の話を聞いていた菫が“うんうん”と頷きながら話し掛けて来る。

 

 

 

「そうそう、先輩達を庇うだなんてホントに予想外だったよ」

 

 

 

ところが、此処で舞が“余計な事”を言い出した。

 

 

 

「でもこれは、西住先輩に対する嵐ちゃんの“愛”だよね♪」

 

 

 

その瞬間、副操縦手席で話を聞いていた良恵ちゃんが当惑した口調で「えっ…“愛”って?」と皆へ問い掛けると、瑞希&菫が揃って“トンデモない事”と言い出したのだ。

 

 

 

「「そう、良恵ちゃん。正に“愛の力”なの♪」」

 

 

 

『ちょっと皆…誤解しないでよ。隊長達を守り抜かなければ負けちゃう所だったんだから!』

 

 

 

「嵐ちゃん、“そう言う事にして置く”ね♪」

 

 

 

余りにも誤解に満ちた発言で良恵ちゃんに妙な事を吹き込んだ瑞希達三人に向かって、私は顔を真っ赤にして反論したが、舞が澄まし顔で返事をする他は瑞希と菫がニヤニヤ笑うだけ。

 

良恵ちゃんに至っては、私の事を完全に誤解したのか、私以上に顔を真っ赤にしてしまっている…嗚呼。

 

でも試合が未だ終わっていない事に気付いた私は、ふと寂しい気持ちになると皆に向けて一言呟いた。

 

 

 

『でも隊長達…大丈夫だったかな。試合、負けちゃったかな?』

 

 

 

その瞬間、菫・舞と良恵ちゃんの三人が辛そうな感じで黙り込んだ中、瑞希だけが達観した様な表情でこう呟いた。

 

 

 

「まあ…隊長達の作戦も博打だった訳だしね。“その時はその時”よ」

 

 

 

『ののっち……』

 

 

 

瑞希からの一言で「この試合に負けたら、母校が廃校になる」と言う現実を思い出した私は、何を言って良いのか分からなくなり、瑞希を渾名で呼ぶのがやっとだった…その次の瞬間だ。

 

無事だったらしい車載無線機から審判の声が入電して来た。

 

 

 

「大洗女子学園の…勝利!」

 

 

 

『えっ?』

 

 

 

「今、私達が勝ったって言ったわよね?」

 

 

 

思わぬ情報に信じられない気持ちで一杯の私に向かって、瑞希がその情報を確かめる様に皆へ確認を求めたので、私が『そ…そうみたい』と答えると……

 

 

 

「「「と、言う事は!」」」

 

 

 

菫・舞と良恵ちゃんの三人が一斉に呟いた、次の瞬間……

 

 

 

「「「「『や…やったー!』」」」」

 

 

 

私達“ニワトリさんチーム”全員は、横倒しになった車内で勝利を喜ぶのだった。

 

 

 

(第41話、終わり)

 




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第41話をお送りしました。

遂に決着が着いた一回戦の対サンダース戦。
必死に追って来た時雨の追撃を振り切り、最後は体を張って西住殿達を守った嵐ちゃん。
ええ、愛の力ですとも(迫真)。
この物語の性格上、如何しても原作準拠の結末になるので、話の展開には苦労しましたが、如何だったでしょうか。
次回は、試合終了後の両チームの様子をお伝えします…嵐ちゃんと時雨の行方は如何なるのか?
そして試合後に思わぬ事態が…と言っても“あの事”です、ハイ(意味深)。

其れでは、次回をお楽しみに。



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第42話「一回戦、決着です!!」


今回の投稿準備中に『ガルパン最終章第3話・2021年春上映決定!』を知って狂喜乱舞している作者で御座います…ティザービジュアルの西住殿と西殿の表情が“昭和の刑事ドラマ”みたいで良いよね!(来月で48歳の作者語る・笑)

さて話数的には縁起が悪いのですが(苦笑)、全国大会・一回戦は今回で終わりです。
今回は前回の後書きで触れた通り試合後の各校の様子、そして嵐と時雨の関係にも決着が着きます。
そして原作をご覧になった方ならピンと来るでしょうが、“ある事件”が起きますが更に……
それでは、今回は長い話になりますがどうぞ。



 

 

 

「ああっ…負けちゃった」

 

 

 

第63回戦車道全国高校生大会一回戦「サンダース大学付属高校対大洗女子学園」の終了直後、サンダース大学付属高校戦車道チームの“イージー(E)”チーム戦車長“代理”・白露 一美が涙を零し乍ら呟くと、元々の一美のポジション・砲手席に着いて居る“本来の戦車長”・原 時雨が、俯いた儘涙声で車内の仲間達に詫びる。

 

 

 

「御免、皆。私のミスで……」

 

 

 

此の試合で、時雨は対戦相手である大洗女子学園の隊長車・Ⅳ号戦車D型を狙っていた味方の副隊長・ナオミが駆る“シャーマン・ファイアフライVC”の護衛役として、同じく大洗のⅣ号を護衛していた嘗ての親友・原園 嵐が戦車長を務める“シャーマン・イージーエイト(M4A3E8)”を仕留めるべく、自身の判断で戦車長から砲手にポジションチェンジをしてまで嵐のM4A3E8を撃破しようとした。

 

だが、嵐は時雨からの砲撃を間一髪で躱すと、ナオミのファイアフライ目掛けて突き進み、最後はファイアフライの射線を遮って()()()()()()()形で大洗の隊長車を守り抜いた…その結果、大洗の隊長車であるⅣ号戦車D型からの砲撃で、自チームのフラッグ車だったM4A1“シャーマン(アリサ車)”(76㎜砲型)が撃破され、現在に至る。

 

しかし時雨の仲間達は皆、自分達の戦車長を慰める様に優しく声を掛けていた。

 

 

 

「時雨、そんな事無い!相手の“イージーエイト(M4A3E8)”の動きが“凄過ぎた()()”だから!」

 

 

 

「うん、アレは“化け物”みたいな動きだったよ!」

 

 

 

「でも……」

 

 

 

装填手と操縦手が互いに声を掛け合い、副操縦手も涙を浮かべつつ時雨に向かって頷いて見せるが、“敗戦の責任は自分に在る”と信じて疑わない時雨は、仲間達の声に戸惑った儘だ。

 

しかし此処で、“或る事”に気付いた一美が声を掛ける。

 

 

 

「だけど時雨、あの“イージーエイト(M4A3E8)”凄かったね…私はてっきり、ナオミさんのファイアフライ目掛けて体当たりするのかと思っていたら、“自分のチームの隊長車を庇う”なんて……」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

自分の言葉に鋭く反応した時雨の声を聞いた一美は驚きながら「如何したの?」と問い掛けるが、時雨は「あっ、何でも無い」と取り繕う様に返事をすると黙り込んでしまった…だが、時雨は一美からの一言で“或る事”に気付くと、心の中で自問自答する。

 

 

 

「そうだ…嵐は今迄、試合の時は兎に角“相手の戦車を()()()()()()()()”に集中していて、相手や味方を思い遣る事はしない()だったから、てっきりあの時もナオミさんのファイアフライに()()()()()()と思っていたのに、まさか隊長さんを庇うなんて…あっ!」

 

 

 

その瞬間“ハッ”となった時雨は、去年“嵐の身に起きた出来事”を思い出す。

 

 

 

「そうだ!嵐は去年の“全国高校生大会の決勝戦”を現地で見た時、()()()()()()()()()()()()()()()を見てから、“戦車道の戦い方”が急激に変わって行ったんだったっけ…そうか、()()()()()()()()()って!」

 

 

 

そして、時雨は涙を拭うと砲手席の照準器から、撃破されて横倒しになった大洗女子のM4A3E8の姿を見詰める。

 

其処には、試合を決めた隊長車のⅣ号戦車D型から降りた一人の少女が、M4A3E8へ向かって必死に駆け寄って行く姿が見えた。

 

 

 

「そうだ…試合の終礼が終わったら、嵐と()()()に挨拶をしなきゃあ!」

 

 

 

すると時雨は、“試合に負けた”とは思えない程の明るい表情で、嵐が戦車長を務めたM4A3E8へ駆け寄る少女…西()() ()()の姿を照準器越しに見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない

 

第42話「一回戦、決着です!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一同、礼!」

 

 

 

「「「有難う御座いました!」」」

 

 

 

第63回戦車道全国高校生大会一回戦「サンダース大学付属高校対大洗女子学園」の終了を告げる“終礼”が、審判長・高島 レミの号令で試合に参加した選手達によって行われた瞬間、試合会場の観客席からは凄まじい歓声が上がった。

 

 

 

「大洗女子の皆、有難う!」

 

 

 

「サンダースも最後頑張ったね!」

 

 

 

「大洗やったね!最高!」

 

 

 

「次の試合も見に行くよ!」

 

 

 

“弱小校”の大洗女子が“高校戦車道四強の一角”・サンダース大付属を倒したと言う“番狂わせ”も在ってか、観客席のボルテージも試合中以上の盛り上がりを見せている。

 

 

 

「凄い拍手!」

 

 

 

「勝ったー!」

 

 

 

「シャーマン相手に勝てるなんて!」

 

 

 

五十鈴先輩が観客席からの拍手を聞いて感嘆し、武部先輩は両手を挙げてストレートに勝利を喜び、その隣では秋山先輩が涙を浮かべながら九州・佐世保のシャーマン戦車軍団(サンダース大付属)に勝った喜びを嚙み締めている中、私・原園 嵐は他の仲間達と一緒に自然な笑顔を浮かべている西住隊長の姿を見詰めながら少し前の出来事を思い出していた。

 

実は試合終了直後、私達“ニワトリさんチーム”は横倒しになったイージーエイト(M4A3E8)の車中で勝利を喜んでいた所、西住隊長が泣きそうな顔で車内へ入って来たかと思うと「皆さん無事ですか!?」と呼び掛けて来たので、私も含めたチーム全員が驚きながらも「無事でーす!」と返事をしてから外に出た所、西住隊長が私達を心配していた()()が分かった。

 

何故なら、M4A3E8が横倒しになって停車した場所から100m程先の場所に崖が在り、若しも“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”の真後ろを通過した時にナオミさんの“シャーマン・ファイアフライVC”に()()()()()()()()()、其の儘崖から転落していたに違い無かったからだ。

 

その事を知ったチームの仲間達が真っ青になる中、私は恐縮した表情で「あ…西住隊長、危ない事をして済みませんでした」と頭を下げた所、西住隊長はホッとした表情で頷いた直後、各チームの皆が西住隊長の周りに集まって来て勝利を喜んだ。

 

そして今、私達は西住隊長達と一緒に試合会場の観客席前で対戦相手のサンダース大付属の選手達と共に試合の終礼を終えた所である。

 

 

 

そんな感じで私が物思いに耽っていた時、突然西住先輩に向かって“聞き覚えの有る声”が飛び込んで来た。

 

 

 

「貴女がキャプテン(隊長)?」

 

 

 

その声に“あんこうチーム”の先輩方が「?」と戸惑っている中、私はその声を掛けた人が誰か直ぐ分かった。

 

 

 

『あっ…サンダース大付属のケイ隊長!』

 

 

 

つい先程迄全力で戦っていた対戦相手の隊長が私達の前に現れたので、西住隊長も緊張した面持ちで「あっ、はい」と答えると…ケイさんは突然“ニヤリ”と笑った次の瞬間、興奮気味に叫びながら西住隊長へ抱き着いて来た!

 

 

 

Exciting(エキサイティング)!こんな試合が出来るとは思わなかったわ!」

 

 

 

あの…ケイさん、西住隊長は“そう言う趣味(百合)が有りませんから固まってしまっていますけど。

 

オマケに“色々と誤解されそうな光景”を目の当たりにした“あんこうチーム”の先輩方も驚いている中、その様子に気付いたケイさんが西住隊長の肩を叩いて落ち着かせると、西住隊長は戸惑い気味の表情でケイさんに問い掛けた。

 

 

 

「あの……」

 

 

 

「何?」

 

 

 

4()()…いえ、()()()()()()()()()()5()()しか来なかったのは?」

 

 

 

「貴女達と()()()()()だけ使ったの!」

 

 

 

試合の後半で、私達と同じ数の戦車しか使わなかった事を明言したケイさんに対して、西住隊長は「如何して?」とケイさんの判断について疑問を呈すると、彼女は笑顔でこう答えたのだ。

 

 

 

That's(ザッツ)戦車道!これは()()じゃない。道を外れたら戦車が泣くでしょ?」

 

 

 

「わあ…!」

 

 

 

『!』

 

 

 

最後まで勝利に拘り過ぎず、“フェアプレイ”に徹したケイさんとサンダースの“戦車道の神髄”に触れて感動する西住隊長の横で、私も衝撃を受けつつケイさんの事を再認識させられた。

 

 

 

『ケイさん、試合の勝利だけに拘らない人だったんだ。この人の事をもっと良く知っていれば、入試後のオリエンテーリングでサンダースへの入学を断っただろうか…あの時は、本当に失礼な事をしてしまった』

 

 

 

心の中でそんな事を考えていると、ケイさんが西住隊長へ“試合中のマナー違反”を詫びている。

 

 

 

「“盗み聞き”なんて()()()()()()して、悪かったわね」

 

 

 

其れに対して、西住隊長は“試合中のマナー違反”については一切非難をせず、代わりに「いえ、全車輌来られたら負けてました」と、率直に胸の内を語った。

 

その一言に“あんこうチーム”の先輩方や私達は頷くが、ケイさんは落ち着いた口調でこう言い切る。

 

 

 

「でも勝ったのは貴女達!」

 

 

 

そして、静かに右手を差し出すケイさん。

 

すると西住隊長は、意を決したかの表情でケイさんの右手を両手で握ると……

 

 

 

「あ、有難う御座います!」

 

 

 

と、勇気を振り絞る様な声でケイさんにお礼を述べたのだった。

 

その姿を見て私もつい……

 

 

 

『ケイさん、有難う御座いました!』

 

 

 

と、ケイさんに声を掛けていた…すると。

 

 

 

「あっ、嵐!実は貴女と話がしたい娘達が居るのよ!」

 

 

 

『えっ?』

 

 

 

ケイさんからの声で私が動揺していると、突然ナオミさんが私に呼び掛けて来る。

 

 

 

「おい、嵐!」

 

 

 

『あっ…はいっ!』

 

 

 

ナオミさんからの呼び掛けに対して、当惑気味に返答する私。

 

するとナオミさんは、勢い良く駆け寄ると私を抱き締めて来た。

 

 

 

「こいつ~!自分達の隊長の為に()()()()なんて、凄くCool(クール)Crazy(クレージー)だったぞ!」

 

 

 

『そ…其れは如何も』

 

 

 

西住隊長と同じく“そう言う趣味(百合)が無い私も固まり掛けながら返事をすると、ナオミさんがニヤリと笑いながら語り掛けて来た。

 

 

 

「フフ…でも時雨は気が気で無かったみたいだけどな。其れで一つ、聞きたい事が有るんだけど?」

 

 

 

『はい?』

 

 

 

「最後に隊長を庇った時、時雨はてっきり私のファイアフライへ体当たりをするんじゃないかと思ったんだけど、そうしなかったよな。何故だい?」

 

 

 

『其れは…体当たりしちゃったら、私達だけで無くナオミさん達()“怪我をしちゃう”じゃないですか。だから、“危ない目に遭う”のは私達だけで充分だ、と思ったのです』

 

 

 

「成程、私達の事も考えていた訳か…こりゃ、自分達の勝利しか考えていなかったアタシ達の負けだな。納得したよ

 

 

 

『いえ……』

 

 

 

私は、ナオミさんからの質問に答えつつ物思いに耽っていた。

 

 

 

『そうだ…私の戦車道は、去年の“全国高校生大会の決勝戦”を()()()目の当たりにする迄は、相手の事を考えず兎に角“相手戦車をやっつける事”だけを考えていた。あの時、黒森峰の副隊長だった西住先輩の“()()姿()”を此の目に焼き付ける迄は』

 

 

 

だがその思いは、ナオミさんの次の一言で中断する事になる。

 

 

 

「そうだ、時雨からも言いたい事が有るらしいよ!」

 

 

 

『!?』

 

 

 

ナオミさんからの思わぬ一言に私は驚いて周りを見ると、ナオミさんの後ろから時雨が優しい表情を浮かべつつ私の前へやって来る。

 

そして、私に謝罪の言葉を紡ぎ始めた。

 

 

 

「嵐ちゃん御免ね…“裏切り者”だなんて言っちゃって。本当は“嵐ちゃんと一緒に戦車道が出来る()達”を見て、つい嫉妬しちゃったんだ。本当に御免ね」

 

 

 

その瞬間、私も自然に“自分と一緒に戦車道を続けたかった”と言う時雨の心を裏切った事に対して、心の底から謝罪を口にした。

 

 

 

『ううん…私も御免。“二度と戦車道には戻らない”って言っていたのに、嘘を吐いてしまって』

 

 

 

すると、時雨は目に涙を浮かべながら感動した表情でこんな事を私に告げた。

 

 

 

「でも…さっきナオミ先輩からの質問の答えを聞いて、ハッキリ分かったよ」

 

 

 

『えっ?』

 

 

 

「嵐ちゃんは、戦車道で初めて()()()()()()()()()()()()()()()()に巡り会えたんだね」

 

 

 

『あっ…うん!』

 

 

 

時雨の一言に私は心の底から笑顔を見せて答えると、時雨は涙を零しながらも嬉しそうな表情を浮かべてから、西住隊長に向き合うと隊長へ声を掛ける。

 

 

 

「と言う訳で、西住さん!」

 

 

 

「は、はい!」

 

 

 

突然時雨から声を掛けられた西住先輩が緊張気味に答えると、時雨は笑顔でこんな事を言い出した。

 

 

 

「嵐はちょっと乱暴で試合ではスタンドプレーばかりするけれど、凄く頼りになる娘だから仲良くしてあげて下さいね…それに嵐は隊長さんに“ラブラブ”みたいですから!

 

 

 

『ちょっと待って時雨!余計な事を言わないでよ!』

 

 

 

時雨からトンでも無い(隊長にラブラブな)事”を言われた私は顔を真っ赤にして反論するが、当人は不思議そうな表情で追い討ちを掛ける様な事を言い出す。

 

 

 

「あれ~?さっきから“隊長さんが大好き”って、顔に出ていた気がするけどな?」

 

 

 

『で…出てない!そんな事無いって!』

 

 

 

時雨からのツッコミを必死になって否定する私…だが時雨は“今イチ納得出来ない”と言わんばかりの表情で“群馬みなかみタンカーズ”時代の仲間三人に話を振って来る。

 

 

 

「ののっちに菫と舞…本人はそう言っているけど、本当は如何なの?」

 

 

 

その瞬間三人は、揃って()()な笑みを浮かべると“余計な事”を言い出した!

 

 

 

「「「勿論…“ラブラブ”に決まってるじゃん!」」」

 

 

 

三人からの“爆弾発言”が出た途端「ふええっ!」と驚いてしまう西住先輩の姿を見て「「「おーっ!」」」と歓声を上げる“あんこうチーム”の武部・五十鈴・冷泉先輩方や他チームの仲間達、そして「何ですと!?」と()()()()寸前の表情で叫ぶ秋山先輩を余所に、私は必死になって仲間の発言を否定する。

 

 

 

『こらー!アンタ達、嘘を言うんじゃない!』

 

 

 

でも私の反論に対して、時雨やののっち達“みなかみタンカーズ”時代からの仲間四人は一斉に「「「アハハ!」」」と笑い出すと、他の仲間達も釣られて笑顔を浮かべる有様だった。

 

嗚呼…私、完全に誤解されちゃったみたいです。

 

 

 

 

 

 

その頃、聖グロリアーナ女学院のダージリン隊長達は、試合会場の一角で試合終了後の大洗女子とサンダース大付属の交流を眺めていた。

 

 

 

「わあ♪」

 

 

 

「ふふっ」

 

 

 

オレンジペコとダージリンが其々の言葉で試合が終わった両校選手の交流を感動しつつ見詰めていると、一緒に試合観戦をしていた母校OG・淀川 清恵が頷きながら一言声を掛ける。

 

 

 

「例え、どんな結果になっても試合が終われば互いを称え合うのが戦車道の醍醐味よね♪」

 

 

 

先輩からの一言に、ダージリンやオレンジペコだけでなく、紅茶を用意して来たアッサムも笑顔で頷いていた。

 

 

 

一方、此方は観戦終了後の後片付けを終えて帰り支度をしている黒森峰女学園のメンバー達。

 

ダージリン達と同様に試合後の選手の交流を見ていた副隊長の逸見 エリカが、呆れた表情でみほやケイ達の発言を批判していた。

 

 

 

「甘っちょろい事言って……」

 

 

 

しかし、此処で彼女の言葉を聞いた副隊長補佐の百代が副隊長を諫める。

 

 

 

「でも“最後の一発”を決めたのは大洗の()達です。其れが無ければ彼女達は勝てませんでした」

 

 

 

その発言の裏には「この試合は副隊長が言う様な“甘い試合”では無かった」と言う指摘が含まれていたのだが、その意味を逸早く察したのは母校OG・原園 明美である。

 

 

 

「その通り。どんなに苦しんでも諦めずに勝負を捨てなかった大洗の娘達が勝者よ♪」

 

 

 

その言葉に隊長のまほも「はい、明美さん」と母校の偉大な先輩に向けて語りながら小さく頷いた為、流石のエリカも「えっ…あっ、はい」と戸惑いながらも相槌を打つ事しか出来なかった。

 

一方、その様子を眺めていた明美は心の中でこんな事を考えていた。

 

 

 

「しかし今迄、勝つ為なら体当たりも平気でやっていた嵐が攻撃では無く仲間を庇うなんて…()()()()()()()()()()()()()()()()これは嵐の戦車道…そして私が求める戦車道にとっても幸運だわ♪」

 

 

 

 

 

 

同じ頃、試合が終わって観戦客が帰りつつある観客席では大洗女子学園中等部四人組と秋山夫妻や“大洗のアイドル・磯前 那珂ちゃん”も帰り支度を始めていた。

 

その時突然、一緒に応援していた一般客から中等部四人組に向かって声が飛んで来る。

 

 

 

「大洗女子の皆、二回戦でも会おうね!」

 

 

 

「次の試合の相手はマジノ対アンツィオの勝者だけど、どっちが来ても負けないでね!」

 

 

 

「また、一緒に応援しような!」

 

 

 

「「「はい!」」」

 

 

 

大洗の小さな応援団(中等部四人組)は、観客からの温かい言葉に“次の試合も応援を頑張ろう!”と心に誓い、その隣にいる秋山夫妻や那珂ちゃんも笑顔で中等部四人組を見詰めていた。

 

“母校の先輩達を応援してくれる人がこんなに居るんだ”と言う希望を胸に抱いて。

 

 

 

 

 

 

一方、此方は試合後の対戦相手(大洗女子)との交流を終えて仲間達の所へ戻りつつあるサンダース大付属・戦車道チーム隊長のケイと副隊長のナオミ、そして時雨である。

 

 

 

「“シーズー(時雨)”、今日の試合の感想、後でちゃんとレポートに纏めてね」

 

 

 

「はい。明日迄にレポートを仕上げますが、その前に()()()でも報告します」

 

 

 

ケイが歩きながら時雨に次の要件を告げると、時雨も小さく頷きながら答える。

 

其れを聞いたケイは「OK!」と笑顔で返事をし、ナオミも「次は勝てる様にしっかり対策を考えて置けよ!」と時雨に発破を掛けたので、時雨も「はい!」と元気良く答えた。

 

そして三人は仲間達の所へ辿り着くと、目に涙を浮かべながら反省している様子の“もう一人の副隊長”アリサにケイが軽く肩を叩きながら彼女を慰めたかと思うと……

 

 

 

「反省会、するから」

 

 

 

「ひえっ!」

 

 

 

優し気な顔から毅然とした表情へ一変したケイからの“宣告”に、真っ青になったアリサに向かって時雨が「当然じゃないですか、アリサ先輩……」と呆れ顔でツッコミを入れる中、ナオミはアリサの頭を優しく撫でて慰めていた。

 

 

 

 

 

 

こうして、気付いたら時刻も夕方となり日も沈み始めていた頃。

 

 

 

「さあ、こっちも引き上げるよー♪お祝いに特大パフェでも食べに行く?」

 

 

 

学園艦へ帰って行くサンダース大付属の車列を皆で眺めていると、武部先輩が“此れから初戦突破のお祝いに行こう”と皆を誘った所、冷泉先輩が真っ先に「行く♪」と返事をした時だった。

 

 

 

“ニャー、ニャー”

 

 

 

「「『?』」」

 

 

 

突然の猫の鳴き声に皆が驚く中、沙織先輩が冷泉先輩に向かって「麻子、鳴ってるよ。スマホ」と告げている。

 

冷泉先輩って猫好きなのか…私も猫が好きだから、今度一緒に話をしたいなと思った時、武部先輩が「誰?」と冷泉先輩に掛かって来た着信の相手を問い掛けると……

 

 

 

「原園のおばあだ」

 

 

 

冷泉先輩とは以前から顔見知りである大叔母の鷹代さんからの着信だと知った私は、此処で皆に説明をする。

 

 

 

『そう言えば大叔母さん、今日は冷泉先輩のお婆さんと一緒にこの試合の生中継をTVで見るって言ってたっけ』

 

 

 

その説明に皆が納得する中、冷泉先輩がスマホを操作して鷹代さんとの通話を始めたのだが。

 

 

 

「はい。えっ?…分かった」

 

 

 

冷泉先輩は一言喋った途端、表情が一変すると俯いてしまった。

 

 

 

「如何したの?」

 

 

 

冷泉先輩の只ならぬ様子に武部先輩が問い掛けるが、冷泉先輩は「いや…何でも無い」と答えるだけだ。

 

だけどスマホを持つ冷泉先輩の手は震えていて、先輩は間も無くスマホを落としてしまった。

 

其れを見た武部先輩が「何でも無い訳無いでしょ!」と冷泉先輩を詰問すると……

 

 

 

「おばあが倒れて、病院に!」

 

 

 

「「『えっ!』」」

 

 

 

皆が冷泉先輩からの告白に動揺する中、武部先輩が「麻子、大丈夫!?」と呼び掛けていると、我が母親(明美)が私達の前に飛び込んで来た。

 

 

 

「皆、居るわね!?」

 

 

 

『母さん!冷泉先輩の御婆様が倒れたって本当?』

 

 

 

突然やって来た母に私が説明を求めると、母は厳しい表情で説明を始める。

 

 

 

「じゃあ、冷泉さん達もスマホで鷹代さんから連絡を受けたのね…実は、ついさっき私の所にも鷹代さんから連絡が有ったの」

 

 

 

此処で母は一旦言葉を区切ると、早口で一気に状況説明をした。

 

 

 

「今日、冷泉さんの御婆さんは学園艦にある自宅で鷹代さんと一緒に貴女達の試合を見ていたのだけど、試合が終わった直後に突然胸を押さえて…鷹代さんが直ぐ応急処置をしてから救急車を呼んだのだけど、学園艦内の病院では手に負えないって言われて海上保安庁のヘリ*1で学園艦から設備の整った陸上の病院へ緊急搬送されたのよ!」

 

 

 

「「『えっ!』」」

 

 

 

想像以上に深刻な病状を聞かされて一斉に驚く私達。

 

その中で五十鈴先輩が「早く病院へ!」と冷泉先輩へ声を掛けるが、それを聞いた武部先輩は「でも大洗まで如何やって?」と告げる。

 

そう、今日の試合会場は大洗からかなり離れた南の海上に浮かぶ島なのだ。

 

其れを知っている西住先輩は「学園艦に寄港して貰うしか……」と率直に状況を語り、秋山先輩も「撤収迄時間が掛かります」と告げたので、私は苛立ちながら母に問い掛けた。

 

 

 

『母さん、今日はヘリに乗って来なかったの?』

 

 

 

「流石にヘリは運賃が掛かるから今日は乗って来ていないわよ。秋山さんのご家族や中等部の娘達と一緒に連絡船で来たから……」

 

 

 

『もう、肝心な時に役に立たないんだから!』

 

 

 

母からの答えに、理不尽と思い乍らも文句を言うしか無い私。

 

其れに対して瑞希が「嵐、幾ら何でもお母様に文句を言うのは筋違いよ」と私に注意する中、突然冷泉先輩が「えいっ!」と叫んだかと思うと靴を脱ぎ始めた。

 

 

 

「麻子さん!?」

 

 

 

「何やってるのよ!?麻子!」

 

 

 

その様子を見た西住先輩と武部先輩が驚く中、冷泉先輩はトンデモない事を言い出した。

 

 

 

「泳いで行く!」

 

 

 

「「『ええっ!』」」

 

 

 

突然の冷泉先輩の宣言に五十鈴先輩が「待って下さい冷泉さん!」と叫んで止めに入るが、冷泉先輩は構わずに靴下を脱ぐと制服迄脱ごうとするので、慌てた私も五十鈴先輩と一緒に止めに入りながらこう叫ぶ破目になった。

 

 

 

『冷泉先輩、この島から大洗まで何海里あると思っているのですか!?』

 

 

 

ところが丁度その時、“思わぬ人”から声が掛かった。

 

 

 

「私達が乗って来たヘリを使って!」

 

 

 

予想外の申し出をしたのは、黒森峰女学園戦車道チーム隊長・西住 まほさんだった。

 

 

 

「「『?』」」

 

 

 

私達が驚く中、西住先輩も「えっ!?」と呟き乍ら実姉の申し出に戸惑っていると、まほさんは毅然とした表情を崩さずに「急いで!」と私達に呼び掛ける。

 

 

 

「隊長!こんな娘達にヘリを貸すなんて!」

 

 

 

其処へ副隊長の逸見 エリカが厳しい表情で隊長の判断を批判したが、まほさんは表情を崩さないままエリカを諭す。

 

 

 

「此れも“戦車道”よ」

 

 

 

更に、エリカの隣に立っていた後輩の五代 百代も「其れに“緊急事態”ですよ、副隊長!」と先輩に諫言した結果、彼女は黙り込んでしまった。

 

 

 

「お姉ちゃん……」

 

 

 

こうして、西住先輩が実姉からの申し出を意外そうな表情で聞いている中、まほさん達が乗って来た黒森峰女学園所有のヘリコプター“フォッケ・アハゲリス Fa 223”が私達の居る試合会場外れの広場にやって来た。

 

 

 

「操縦頼んだわね」

 

 

 

「はい」

 

 

 

まほさんが既にFa223の操縦席に座っているエリカと手短に打ち合わせた後「早く乗って!」と冷泉先輩に呼び掛ける中、クリップボードを手にした五代 百代が西住先輩達へ大声で呼び掛ける。

 

 

 

「大洗女子の皆さん、あと一人だけなら付添の方をお乗せ出来ますが、誰かいらっしゃいますか!?」

 

 

 

その呼び掛けに「はい、私が行きます!」と応じて百代の所へ駆け寄るのは武部先輩。

 

 

 

「畏まりました。ではこの欄に住所氏名と連絡先を記入して下さい」

 

 

 

すると百代は、手にしていたクリップボードに挟んだ書類にサインを求めたので、武部先輩は「分かりました」と答えてから即座にサインをすると、百代は武部先輩をヘリの機内へ乗り込ませる…そんな中、まほさんがFa223から離れるとゆっくりと西住先輩の方へ向かって歩いて来た。

 

 

 

「有難う……」

 

 

 

通り過ぎる瞬間、西住先輩が実姉にぎこちない口調で御礼を言ったが、まほさんは何も答えずにその場を去ってしまう。

 

その姿を見た私は“幾ら()()()()があると言っても、返事さえしないなんて”と思い、悲しい気持ちになっていたその時。

 

 

 

「あの、()()()()。お久しぶりです」

 

 

 

離陸して行くFa223をバックに、五代 百代が少し朗らかな表情で西住先輩に挨拶をしたのだ。

 

 

 

「あっ…五代さん」

 

 

 

『!』

 

 

 

その姿を見て西住先輩が驚くと共に、私も先日戦車喫茶で見た時には見せなかった百代の表情を見てショックを受ける…“あの娘もこんな笑顔を見せる事が有るのか”と思いながら。

 

そんな中、百代は西住先輩へ穏やかな口調で話し掛けて来た。

 

 

 

「先日の戦車喫茶では挨拶だけしか出来なくて、申し訳有りませんでした。あの時先輩に“お伝え出来なかった事”が有ったので、此処でお話しします」

 

 

 

「えっ、何?」と、嘗ての後輩からの話に戸惑う西住先輩を余所に、百代はこう告げる。

 

 

 

「去年の全国高校生大会決勝戦の事です」

 

 

 

「『!』」

 

 

 

その内容にショックを受ける西住先輩と私だが、百代はゆったりした口調で言葉を続けた。

 

 

 

「私はあの時、みほ先輩が行った行為を非難するつもりは有りません」

 

 

 

「『……』」

 

 

 

てっきり“あの決勝戦の時の出来事を批判するのか?”と思っていた私は、予想外の発言に戸惑ったが、それは西住先輩も同じだったらしく百代の言葉に返事をしない。

 

そして百代は更に話を続ける。

 

 

 

「あの時、みほ先輩が行かなければ、黒森峰は()()()()()()()()()()()を招いたと思います。ですから、“先輩の行為自体”は責められるべきでは無いと思います。只……」

 

 

 

「只?」

 

 

 

此処で西住先輩が思わず問い掛けると、百代はキッパリとした口調に変え乍ら西住先輩に問い掛けた。

 

 

 

「あの試合中に先輩が戦車から離れた際、“同じ戦車に乗っていた仲間達には()()()()()()()()()()()()”よね?」

 

 

 

「…うん」

 

 

 

自らの問い掛けに西住先輩が自信無さげに答えた次の瞬間、百代が鋭い口調で()()()()をした。

 

 

 

「あの時何故、仲間に()()()()()()()儘行ってしまわれたのですか?」

 

 

 

「!」

 

 

 

西住先輩はその指摘が意外だったらしく、思わず目を見開いた表情で百代を見ると彼女は“指摘”の続きを語る。

 

 

 

「せめて、一言でも良いから『後の事は頼みます』とでも皆に告げていれば“あんな事”にはならなかったと思いますし、例え試合に敗れて十連覇を逃したとしても、あんなに責められる事は無かったと思います…私は、今でもその事が残念で仕方が無いのです」

 

 

 

「五代さん……」

 

 

 

“指摘”を終えた百代の真剣な表情を見た西住先輩は、居た堪れない様子で辛うじて百代に呼び掛けると、彼女は表情を変えないまま話を締め括った。

 

 

 

「いえ、私は“その事”だけでもみほ先輩にお伝えしたかったのです。其れでは失礼します」

 

 

 

そして西住先輩へ一礼すると、百代はその場を離れようとしたが…その時、私は百代からの指摘を聞かされて悲し気に俯いている西住先輩を見ていた事もあり、つい百代に憎まれ口を叩いてしまった。

 

 

 

『百代…貴女、如何言うつもりで此処へ来たの?』

 

 

 

だが百代は表情を皮肉気な感じに変えると、私に向かってこう言った。

 

 

 

「あら原園さん。若しかして、大洗の()達に“去年の全国大会決勝戦で起きた事”を未だ話していないのかしら?

 

 

 

『!』

 

 

 

西住先輩だけでなく私にとっても“触れたくない過去”を言われてショックを受けた私を余所に、百代は視線を秋山先輩に向けながら更に私の心を抉って来る。

 

 

 

「少なくとも貴女と“オッドボール(秋山 優花里)三等軍曹”は知っているみたいだけど?」

 

 

 

「『!』」

 

 

 

その言葉に今度は私だけでなく“サンダース大付属に潜入した時に使った偽名”で呼ばれた秋山先輩も衝撃を受ける中、百代はその場にいた西住先輩や私の仲間達に向かってこんな事を言い出した。

 

 

 

「大洗の皆さん。丁度良い機会だから貴女達に一言忠告して置くわね」

 

 

 

そう前置きすると、百代は話を聞いていた仲間達に向かって思いも寄らぬ事を語る。

 

 

 

「貴女達の隊長…西住 みほさんは、戦車道を戦う上で()()()()“致命的な弱点”を抱えているわ」

 

 

 

「「「!」」」

 

 

 

その言葉に動揺する西住先輩や仲間達を余所に、百代は更に話を続ける。

 

 

 

「その“弱点”を克服しない限り、貴女達はこの先勝つ事は出来ないわ」

 

 

 

「!」

 

 

 

自分達の隊長(西住 みほ)ではこの先勝ち進む事は出来ない”と宣告されて衝撃を受けた仲間達の心を見透かした様に、百代は私と秋山先輩に向けてこう言い放った。

 

 

 

「みほさんの“弱点”が何か知りたいなら、去年の全国大会決勝戦で何が起きたのかを其処に居る二人に聞いてみると良いわ」

 

 

 

「!」

 

 

 

百代の言葉に、一瞬怯える表情を見せる西住先輩と衝撃を受ける仲間達。

 

あの女、“あの事”で先輩だけじゃなく私達大洗女子のチームワークにヒビを入れるつもりなのか!?

 

 

 

『百代…アンタ!』

 

 

 

仲間達に動揺を誘う発言をされた苛立ちをぶつけるしか無い私に対して、百代は冷笑を浮かべながら「じゃあね、忠告はして置いたわよ」と語り掛けると、其の儘私達の前から立ち去った…その時にはもう、冷泉・武部両先輩を乗せた黒森峰女学園所有の“フォッケ・アハゲリス Fa 223”は夕焼け空の向こう側へ消えていた。

 

 

 

 

 

 

その後、百代は隊長であるまほの所までやって来た。

 

 

 

「五代、話は済んだか?」

 

 

 

百代の毅然とした態度を見詰めながら、淡々と問い掛けるまほに対して百代は落ち着いた声でキッパリと返答する。

 

 

 

「はい、隊長…これで、みほ先輩に対して“一切()()()をせずに戦えます”

 

 

 

自分の胸の内をハッキリと語った百代の顔を見たまほは、無表情ながらもしっかりと頷いて見せるのだった。

 

 

 

(第42話、終わり)

 

*1
学園艦が洋上を航行中の為、茨城県のドクターヘリでは無く付近を航行していた海保の大型巡視船搭載のヘリで搬送されたらしい。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第42話をお送りしました。

試合が終わって対戦した両校が交流する中、嵐ちゃんと時雨も仲直りが出来ました。
しかしその後、麻子の祖母が倒れたとの連絡が。
如何やって麻子の祖母が入院した本土の病院へ向かうか困惑していた西住殿達の前に、まほ達黒森峰側からヘリコプター使用の申し出と言う助け舟が出されて事態は解決したものの、其処へ今度は百代が登場。
西住殿とあんこう&ニワトリさんチームの娘達を前に「西住 みほが隊長である限り、大洗はこの先勝ち進む事は出来ない」と宣告!

様々な思惑と感情が渦巻く中、大洗女子は一体何処へ向かうのか?

そして次回ですが、ちょっとした番外編として大洗側は生徒会メンバーのみ登場して貰います。
実は今回のサンダース戦で、彼女達にちょっとした事件がありまして…そして一回戦の他の試合の内、二試合の模様を少しだけご覧頂きます。
実は今後の展開の伏線も有るので見逃さないで下さい。

それでは今回は長くなりましたが、次回もお楽しみ下さい。



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第42.5話「番外編~一回戦終了後の生徒会とその他の試合です!!」


今回は主人公の嵐ちゃんも西住殿も登場しない為、番外編と成ります。
但し今後の展開のフラグとなりそうな話が出て来ますので、お楽しみに。
其れでは何時もより短めですが、どうぞ。

そして…いよいよ“水曜どうでしょう最新作2020”の放送が10月28日に迫って来ましたねぇ。
実はウチの地元の朝日系列局、先月下旬に“初めてのアフリカ”の再々放送が終わった翌週から何故か“ヨーロッパ21カ国完全制覇”を放送しているんですよ…と言う事は、此れが終わったらウチの地元でも最新作の放送と言う事になるんですかねぇ(迫真)。

※2020年10月22日に、以下の様に本文内容の一部を改訂の上、記述を追加しました。
一・新たな登場人物の名前を強調。
二・後半のプラウダ高校についての解説部分を改訂の上、記述を追加。



 

 

 

大洗女子学園戦車道チームが、全国大会初戦でサンダース大付属高校に劇的な勝利を収めた翌日…此処は大洗女子学園・生徒会長室。

 

其処では、四人の女子高生と一人の成人女性が応接セットのソファーに座って何やら話し合って居る。

 

 

 

「明日はプラウダ高校、明後日は黒森峰女学園が其々一回戦の試合だな」

 

 

 

先ず、大洗女子学園生徒会広報にして“カメさんチーム”では車長兼砲手と言う“一人三役”を()()()()遣らされている河嶋 桃が、会長室の応接用セットの前に置かれているホワイトボードに張り出された、「第63回戦車道全国高校生大会・トーナメント表」に時折目を遣りながら今後の一回戦の日程を説明すると、学園の生徒会長・角谷 杏が興味無さそうな声で呟く。

 

 

 

「まっ、順当に勝つだろうね」

 

 

 

其の言葉に桃と副会長の小山 柚子、そして“カメさんチーム”の装填手にして生徒会では一年生ながら「戦車道担当・副会長補佐官」の肩書で柚子の補佐を担当している名取 佐智子が頷くが、此処で原園 明美の親友にして大洗女子学園戦車道チームのスポンサーの一人でもある周防ケミカル工業株式会社・社長の周防 長門が冷静な声で指摘をした。

 

 

 

「いや、戦車道は“単に勝つ”()()()()()()試合内容も重要だ」

 

 

 

其の声に杏達が注目する中、長門は話を続ける。

 

 

 

「試合内容をしっかり見て行けば、相手チームが抱えている“弱点”や“綻び”も見えて来る…其処から、君達が“次の試合で勝つ為のヒント”も見えて来るんだ」

 

 

 

鋭い視線を生徒会の面々に浴びせつつ、今後の試合に向けて必要な準備を的確に指摘する長門。

 

“本来の”彼女は、仕事の時も戦車道の時も相手に対して適度な緊張感を与えつつ、萎縮しない様に配慮しながら必要な指示やアドバイスを与える事で、部下や戦車道の後輩達を指導する術に長けているのだ…但し夫と二人の息子()()()()()()()“西住 みほ”が絡んだ途端、彼女は“危ないストーカー”へ変貌するのだが。

 

其の話を聞いた角谷会長は、不敵な表情を浮かべながら長門へ返事をする。

 

 

 

「流石は長門さん、黒森峰で副隊長をしていた人の言葉は違いますね」

 

 

 

「煽てても何も出ないぞ。其れより今、みほちゃん達は明美や嵐と一緒に冷泉さんの御婆様の入院先へお見舞いに行っているんだったな?」

 

 

 

角谷会長の発言に、長門が苦笑いを見せながらツッコミを入れつつ副会長の柚子にみほ達の様子を窺うと彼女は「そうです」と答える。

 

すると、此処迄発言をしていなかった少女・名取 佐智子が真剣な表情で長門へ質問した。

 

 

 

「其れより周防さん。()()()ですが、本当なのですね?」

 

 

 

其の時、角谷会長に向けて苦笑いを浮かべていた長門は、()()()苦い表情に変えると、佐智子へ向かって頷きながら質問に答えた。

 

 

 

「ああ…本当は、生徒会三役と嵐達“みなかみタンカーズ”組の四人以外には知られて欲しく無かったのだが」

 

 

 

「確かに、そうですね」

 

 

 

長門からの苦渋に満ちた返答を聞いて頷く佐智子だが、此処で彼女が切り出した()()()とは一体何なのだろうか?

 

実を言うと、此の話はサンダース大付属との一回戦の最中(さなか)に“カメさんチーム”の車内で起きた出来事が原因で佐智子が知る事になった、()()()()を巡る話なのである。

 

 

 

 

 

 

其れは、サンダース大付属との一回戦で大洗女子が追い詰められ試合を諦め掛けていた時、隊長のみほがチームの皆へこう呼び掛けた直後だった。

 

 

 

「諦めたら、負けなんです!」

 

 

 

此の時“カメさんチーム(38t軽戦車B/C型)”の車内では、みほからの必死の呼び掛けを聞いた柚子が「諦めたら…負け」と呟き、其れを聞いた角谷会長が「ウンウン」と頷いたのを見た佐智子が先輩達を鼓舞する様に「そうですよね、()()()()()()()ですもんね!」と声を掛けた…ところが此処に、一人の“()()()”が居たのである。

 

 

 

「いや、もうダメだよ柚子ちゃ~ん」

 

 

 

真っ先に戦意を喪失したのか、河嶋 桃が泣きながら弱音を吐いているではないか。

 

 

 

其れを見た柚子がすかさず「大丈夫、大丈夫……」と声を掛け、角谷会長は桃の頭を撫でて慰めていたが、其の時()()()()()()()()である事に気付いた佐智子は、思わず涙ぐんでいる桃に向かって叱咤する。

 

 

 

「河嶋先輩、何で()()()()諦めるんですか…このダメ人間(●スター)!」

 

 

 

ところが…其の時桃は、後輩の佐智子に向かって()()()()を口走ったのだ!

 

 

 

「何だと、名取!此処で我々が負けたら、我が校は()()…あっ!」

 

 

 

「「!」」

 

 

 

次の瞬間、自分達が学園生徒に対して隠して来た「秘密」を()()()()()()()()事に気付いて愕然となる生徒会三役。

 

だが、時既に遅し…桃の発言を聞いてしまった佐智子は、驚愕の表情で生徒会三役に向かって叫んだ。

 

 

 

「えっ…“()()()()()()()()()()”って、一体如何言う事ですか!?」

 

 

 

何と…有ろう事か、桃は自分達生徒会三役と原園 嵐達“群馬みなかみタンカーズ”のメンバーや明美達“チームのスポンサーとその関係者”以外には秘匿していた「この全国大会で負けたら母校は廃校になる」と言う事実を佐智子に漏らしてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

そして、舞台は再び生徒会長室に戻る。

 

 

 

「まさか文科省から今年度一杯で学園の廃校が通告されていて、其れを()()()()為の手段が“戦車道全国高校生大会で優勝する”だったなんて」

 

 

 

佐智子が試合中に聞かされた()()()()()を思い出していると、角谷会長がバツの悪そうな表情で説明をする。

 

 

 

「まあ…本当は、私達“生徒会と原園ちゃん達だけの秘密”だったんだけどね」

 

 

 

其れに対して佐智子は「分かっています。この話は墓場の中迄持って行く心算です」と答えた。

 

既に佐智子は、一回戦終了後に角谷会長達生徒会の面々から“真相”を知らされた段階で「この秘密は絶対に守ります」と宣言していたが、此処で佐智子は改めて自らの決意を語る。

 

 

 

「例えこの秘密を、仲間達にバラしたとしても良い事は何も無いし、下手をすればチームがバラバラになってしまうと思います。其れよりも、今は目の前の試合を勝って行く事の方が大事ですから、“皆で出来る事”を遣り切るべきだ、と考えます」

 

 

 

そんな佐智子からの決意を聞いて、先程迄とは表情を一変させて真面目になった角谷会長が頷きながら「済まないね、名取ちゃん。今後も、其の意気で小山の補佐を頼むよ」と答えると、佐智子と共に頷いていた長門が、一回戦の今後の試合について指摘をする。

 

 

 

「其れとさっきの話の続きになるが、首都テレビで実況中継される予定の一回戦の残り試合は全て“録画した上でチェック”した方が良い…例え一回戦でも、“異変”は()()()()()()()()()()()だからな

 

 

 

其の話を聞いた生徒会の面々は、一斉に長門に向かって頷いたが…其の後、一回戦の残り試合の“内容”が長門の指摘通りの展開になるとは、此の時は誰も想像出来ていなかったのである。

 

 

 

 

 

 

大洗女子学園の生徒会長室で密談が交わされた翌日、日本国内某所の試合会場では第63回戦車道全国高校生大会の一回戦第五試合が行われていた。

 

 

 

「試合終了…青森県代表・プラウダ高校が福井県代表・ボンプル高校を破って二回戦へ進出です!」

 

 

 

試合の実況を担当する、首都テレビの加登川 幸太アナウンサーの声で試合終了が告げられる…ところが次の瞬間、加登川アナウンサーは“意外な”発言をした。

 

 

 

「しかし解説の吉山さん、ボンプル高校も良い所まで行ったんですけどね」

 

 

 

そう…プラウダ高校はボンプル高校に“圧勝”した訳では無かったのだ。

 

其れに対して、此の試合の解説を担当した軍事研究家兼戦車道解説者の吉山 和則(よしやま かずのり)が簡潔に説明する。

 

 

 

「ええ。ボンプルは一本道を進撃していたプラウダの不意を突いて、丘の上で待ち伏せていた7TP軽戦車でプラウダのフラッグ車を狙撃、()()()()()()()所までは良かったのですが…如何せん37㎜砲では、T-34/76の砲塔部装甲板を射抜く事は叶いませんでしたね」

 

 

 

此の吉山の解説に対して、加登川アナウンサーは「其れは“若しもボンプル高校に()()()()()()()が有ったなら?”と言う事でしょうか?」と指摘をすると、吉山は頷きながらこう答えた。

 

 

 

「戦車道に“若しも(IF)”は有りませんが、そう“()()()()()()()()()()内容の試合”だった事は確かです」

 

 

 

一方、試合が終わった直後のフィールドでは……

 

 

 

「フッ…原園。一矢報いる事は叶わなかったが、()()は残したぞ」

 

 

 

プラウダ高校のソ連戦車軍団の前に、一輌も撃破出来ない儘全滅した()のボンプル高校隊長・ヤイカは、“敗者”とは思えない程不敵な表情を浮かべている。

 

そんな彼女は、相手側のフラッグ車を見詰めつつ、前日初戦を突破した大洗女子の原園 嵐の顔を思い浮かべながら呟いていた。

 

そしてヤイカの周りには、副隊長のウシュカやピエロギ・マイコを始めとするボンプル高校の仲間達が“悔しそうだが納得した表情”を浮かべている。

 

何故、彼女達は「負けて悔しいのに()()()()()()()()」のだろうか?

 

其の理由は…彼女達の視線の先に在るプラウダ高校のフラッグ車・T-34/76中戦車の砲塔右側面装甲板に刻まれた()()を見れば、一目瞭然だった。

 

 

 

「ノンナ、フラッグ車は大丈夫だった?被弾したのは此方からでも分かったけれど」

 

 

 

一方、此の試合に勝利したプラウダ高校側だが、隊長のカチューシャが試合終了後真っ先に、試合の“実際の”指揮を執った副隊長のノンナを気遣う様に無線で呼び掛けると、ノンナが済まなそうな声で返信して来た。

 

 

 

「申し訳有りません、カチューシャ様。相手を“弱小校”と見て侮っておりました…まさか、ひまわり畑に隠れて此方を奇襲すると同時に、別動隊が一本道の右側に在る丘の上から“フラッグ車狙いの()()”を仕掛けるとは」

 

 

 

そう…実は此の試合、ノンナが語っている通り、プラウダ高校はボンプル高校から思わぬ()()()()を受けていたのである。

 

試合開始前、プラウダ高校はボンプル高校の戦車が“豆戦車と軽戦車のみ”である為、プラウダが誇るT-34/76とT-34/85中戦車やKV-2重戦車の()()()()()事を考慮に入れ、“(わざ)と”試合フィールド内の(ほぼ)中央に在る“『築堤上の一本道』を前進する作戦”を立てた。

 

此れにより、築堤の左右に広がる背の高いひまわり畑に隠れて前進するであろうボンプル高校の全戦車を、“距離300mの地点迄誘き寄せてから一網打尽にする”つもりだったのだが…ボンプル高校隊長・ヤイカは、プラウダの策に乗りつつも()()()を仕掛けていたのだ。

 

其れは、築堤上の一本道からやや離れた場所に在る丘の上に37㎜砲装備の7TP軽戦車を潜ませ、チームの主力が“突撃”をするタイミングでプラウダのフラッグ車を狙撃する、と言う()()()()だった。

 

そして…()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

丘の上に潜んでいた37㎜砲装備の7TP軽戦車からの狙撃は、ヤイカの狙い通りプラウダのフラッグ車・T-34/76の砲塔右側面に命中弾を与えたのである。

 

尤も、狙撃地点からプラウダのフラッグ車迄距離が有った為、発射された37㎜砲弾は52㎜の装甲厚を持つT-34/76の砲塔側面装甲板で弾かれただけに終わり、その直後にボンプル高校の戦車隊は、プラウダ側の砲撃によって丘の上に居た7TP軽戦車も含めて全て撃破されたが、“自軍フラッグ車の被弾”が勝利を収めた()のプラウダ側に“予想外の衝撃”を与えたのも事実だった。

 

其れに対して、プラウダのカチューシャ隊長は、努めて冷静な口調でノンナへ語り掛ける。

 

 

 

「貴女達の責任では無いわ。私が“ボンプルの豆戦車なら大した事は無い”と読んで、()()()無警戒を装ってボンプルを誘い出そうとしたら、相手は“其の裏を掻こうとした”迄の事よ」

 

 

 

「はい。ですが、試合に勝ったにも関わらず、隊員達には動揺が広がっています」

 

 

 

カチューシャからの言葉に対して、ノンナは同意しつつもチーム内の動揺を指摘したが、此れに対してカチューシャは冷静さを失う事無く、“試合後にやるべき事”をノンナに指示した。

 

 

 

「うん。だから、今日は反省会を行って“問題点”をキチンと整理しましょう。やってしまった事は仕方が無いけれど、()()()()()()()()()()()のは“同じ失敗を繰り返す事”よ。皆にはその点を徹底して、次の二回戦はピシッと決めましょう」

 

 

 

「はい、カチューシャ様」

 

 

 

敬愛する隊長からの指示に、ノンナは安堵しながら返答を終えた。

 

だが其の頃、試合会場の大型モニターと首都テレビの実況中継放送では、実況担当の加登川アナウンサーが試合内容をこう締め括っていた。

 

 

 

「今年連覇が懸かっているプラウダ高校ですが、初戦は大勝したとは言え、若干不安の残る内容だった様です。次の二回戦では、盤石な試合運びを見せる事が出来るでしょうか?」

 

 

 

其の実況を聞いていた試合会場の観客達の中からは、こんな声が聞こえて来る。

 

 

 

「ボンプル高校、あの儘勝てば面白かったのにな」

 

 

 

「プラウダ、やっぱり大した事無いんじゃない?去年の優勝が()()だったから……」

 

 

 

「そうそう。プラウダが連覇したら、日本の戦車道は()()()だもんな

 

 

 

観客達の多くは口々に、昨年の覇者・プラウダ高校の戦い振りを批判していた。

 

実の処、昨年の全国大会決勝戦で起きた()()で当事者となったプラウダ高校への()()は同高校の地元・青森県を始めとする東北地方の人々による感情論によって()()()()にされていたのだが…其の経緯を知っている戦車道ファンは当時の事を覚えていたし、更に今大会の実況中継放送を担当する首都テレビが大会開始前から、“視聴率UP”の為に放送した特別番組やニュース番組のスポーツコーナーでこの事件を蒸し返した結果、此れ等の番組や実況中継を見て“初めて戦車道に興味を持った視聴者”や戦車道ファンの中には、昨年の覇者・プラウダを()()と見做している者が少なく無く、其の事が観客達の反応にも影響しているのだ。

 

果たして次の二回戦…プラウダ高校は、その本領を発揮出来るのであろうか?

 

 

 

 

 

 

其れから約24時間後。

 

昨日の試合とは別の会場で行われた一回戦第六試合では、観客や戦車道関係者を戦慄させる光景が展開されていた。

 

 

 

「今、試合が終わりました!熊本県代表・黒森峰女学園、開始から僅か15分足らずで千葉県代表・知波単学園の戦車10輌による突撃を隊長車(西住 まほ)のティーガーⅠ・()()()()で殲滅し、二回戦進出です!」

 

 

 

此の試合の実況を担当する、首都テレビの若手スポーツアナウンサー・飯塚 武司(いいづか たけし)が、まるでプロレス中継の様な“絶叫”で試合終了を告げる。

 

其の時フィールド内中央に在る高地では、黒森峰女学園戦車道チームの隊長・西住 まほが愛車であるティーガーⅠ重戦車の車長用キューポラから身を乗り出して前方の平原を見詰めており、其処には試合開始直後から自分達のチーム目掛けて突撃を仕掛けた知波単学園の九七式中戦車(旧砲塔)4輌、九七式中戦車(新砲塔)5輌、九五式軽戦車1輌の合計10輌が揃って白旗を上げていた。

 

此の様子を見た実況中継の解説者も、興奮気味の口調で試合内容を簡潔に語る。

 

 

 

「いや、正直驚きました。確かに、知波単学園は日本製の九七式中戦車が主力で、ティーガーⅠ相手では非力なのですが、其れにしても“()()()()()()()で知波単得意の突撃を殲滅する”なんて、長い大会の歴史の中でも前代未聞ですよ!」

 

 

 

此れに対して、飯塚アナウンサーは解説者の言葉が終わったタイミングで、先程とは打って変わった冷静な口調で解説者に話し掛けた。

 

 

 

「そうなると、今大会では“王者復活”が掛かっている黒森峰ですが、隊長の西住 まほ選手は次の試合も“凄い事”をやってくれそうですね?」

 

 

 

他局のスポーツアナウンサーに有りがちな、“()()()()()()()”とは異なり、TPOに応じた緩急の付け方が上手い飯塚アナウンサーの実況は、若手ながら既に多くの戦車道ファンや視聴者の心を摑んでいる。

 

其の飯塚アナウンサーから話を振られた解説者も、落ち着いた口調で答えるのだった。

 

 

 

「はい。きっと彼女が、黒森峰の“絶対王者復活”を成し遂げてくれると思います」

 

 

 

同じ頃試合会場内では、黒森峰による余りの圧勝劇に観戦していた観客だけでは無く、()()()()()()()までもが全員沈黙している。

 

敗れた知波単学園は元より、勝った黒森峰女学園戦車道チームのメンバーも()()()()()()()()で決着が着いてしまった”事実に圧倒されていたのだ。

 

其の証拠に、黒森峰の副隊長を務める逸見 エリカでさえ、愛車であるケーニッヒ・ティーガー(ティーガーⅡ)の車長用キューポラから呆然とした表情で仲間達や敬愛するまほ隊長を見ているだけで、声を掛ける事さえ出来ない。

 

しかしそんな中で、エリカ(副隊長)の補佐役を務める五代 百代だけは、真剣な表情でまほの後ろ姿を見詰めながら試合を振り返っていた。

 

 

 

「私達、()()()()()()()()()()()()()()()()()。西住流の稽古でなら兎も角、試合で此処迄()()を出した隊長の姿は初めて見る」

 

 

 

心の中でそう呟きながら「次の試合は私達も隊長以上に頑張らねば!」と決意する百代。

 

 

 

一方、西住 まほは何時も以上に毅然とした表情で、自らの手で殲滅した知波単学園戦車隊を眺めていた。

 

 

 

(第42.5話、終わり)

 




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
今回は番外編、第42.5話をお送りしました。
実は今回、TV版第6話のラスト1分程のシーンを膨らませたのですが…いやあ膨らみましたわ(笑)。
大洗女子学園廃校の話を知ってしまった佐智子ちゃんと教えてしまった桃ちゃん(爆)。
実は圧勝じゃなかったプラウダ。
そして、まほ殿が駆るティーガーⅠだけで知波単の突撃を全滅させた黒森峰。
原作とは一味違った展開を目指しましたが、如何だったでしょうか。
この意気で次回以降も…頑張れれば良いな(弱気)。

次回ですが、勿論冷泉殿のおばあの入院先へ行く話から始まりますのでお楽しみに。



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第43話「お見舞いです!!」


前回は番外編でしたが、今回は嵐ちゃんと西住殿も登場する通常回です。
それでは、どうぞ。



 

 

 

「もういいから帰りな!何時迄も病人扱いするんじゃないよ!あたしの事は良いから学校行きな!遅刻なんかしたら許さないよ…何だ其の顔、人の話ちゃんと聞いているのかい?全くお前は、何時も返事も愛想も無さ過ぎなんだよ!」

 

 

 

此処は、茨城県水戸市内に在る総合病院の病棟個室“1029号室”。

 

此の部屋に入院中の患者が、付き添いの()に向かって怒鳴っていた。

 

 

 

「そんなに怒鳴ってると血圧上がるぞ、“おばあ”……」

 

 

 

其の入院患者の孫で、大洗女子学園二年生の冷泉 麻子が相変わらずのぶっきら棒な口調で、入院中の“おばあ”こと冷泉 久子を落ち着かせようとするが、久子はベッドの上から更に麻子を怒鳴り付ける。

 

 

 

「あたしの血圧心配する前に、()()()()()()を心配するんだね!」

 

 

 

「久子さん…今朝まで意識不明で集中治療室(ICU)に居たんだから、今はゆっくり休んだ方が良いよ。其れに、沙織ちゃんも居る前で麻子ちゃんを怒鳴る事は無いじゃないか?」

 

 

 

其処へ、病室に居る熟年女性・原園 鷹代が困惑顔で久子を諫めたが、彼女は鷹代に向かって怒鳴りこそしないがこう言い返す。

 

 

 

「鷹代ちゃん…気持ちは分かるけど、私に取っちゃあ“自分の体”よりも()()()()()の方がよっぽど心配なんだよ!」

 

 

 

「久子さん…私はそれよりも、“久子さんの体の方”が心配だよ」

 

 

 

久子に言い返された鷹代は、更に困惑した表情でボヤいていた。

 

実は、久子と鷹代は10歳程歳が離れているが、幼い頃から家が近所同士で互いに仲が良く、まるで実の姉妹の様に親しかった。

 

その後、陸上自衛官になった鷹代が大洗を離れて以降二人が会う機会は減っていたが、一昨年の春に鷹代が陸自を定年退官して大洗へ帰って来てからは、二人でゲートボールや盆踊りをやったり、一緒に温泉旅行へ行く程親しい関係を続けており、周囲からも二人の仲の良さは知られていた。

 

昨日も、二人は久子の家で今は久子の付添に来ている麻子や武部 沙織も出場していた戦車道全国高校生大会の一回戦“大洗女子学園対サンダース大学付属高校”の試合をTV観戦していたのだが、試合終了直後突然久子が胸を押さえて倒れた為、鷹代は直ちに救命処置を行った上で救急車を呼んだのである。

 

だが、搬送された学園艦内の病院の主治医から「久子さんは心筋梗塞の疑いがありますが、此処の設備では充分な診断と治療が出来ないので、此れから設備の整った陸上の病院へ緊急搬送します」と告げられた結果、久子は付添人となった鷹代と共に付近を航行していた海上保安庁の巡視船(あきつしま)から急遽学園艦へ飛来したヘリコプター(ユーロコプターEC.225LP)に乗せられた後、水戸市内の総合病院へ搬送されたのである。

 

 

 

「倒れたのは此れが“初めて”じゃ無いんだし、先ずはしっかり体を治さないと…あら?」

 

 

 

()()の親友である久子に向かって諭す様に話していた鷹代だったが、次の瞬間病室のドアが静かに開かれる音に気付く。

 

すると病室の入口から五人の女性が静かに入って来て、その中心にいる長い黒髪の少女・五十鈴 華が丁寧な口調で挨拶をした。

 

 

 

 

 

 

私達が病室の入口の前に来た時、()()()()の“冷泉先輩の御婆様”らしい方の怒鳴り声が聞こえて来たので、西住先輩と共に怯えている秋山先輩が「か…帰ります?」と話し掛けて来たのだけど、お見舞いの花を自ら用意して来た五十鈴先輩は、意を決して「いえ、折角来たんですから此処は突撃です!」と宣言すると「五十鈴殿って、結構肝据わってますよね?」と呟く秋山先輩と苦笑する西住先輩を余所に、自ら先頭に立って病室へ入った。

 

 

 

「失礼します」

 

 

 

「あっ、華!」

 

 

 

五十鈴先輩の挨拶に武部先輩が笑顔で出迎えると、続いて西住先輩が「失礼します」と挨拶をして病室へ入る。

 

其れを見た武部先輩は、私達を見て「“みぽりん”に“ゆかりん”、其れに“らんらん”まで!入って入って~♪」と呼び込んでくれたのだけど、天邪鬼な私・原園 嵐はつい“余計な事”を言ってしまった。

 

 

 

(明美)もくっ付いて来ましたけどね』

 

 

 

すると母が私に「オイ!」とツッコミを入れたけど、武部先輩は笑顔の儘「明美さんもどうぞ♪」と母も招き入れたので、母は「ありがとね♪」と、これまた笑顔で答えながら病室へ入った。

 

そんな中、病室のベッドで上体を起こしている患者さん…冷泉先輩の御婆様・久子さんが私達を見て不思議そうな表情で話し掛ける。

 

 

 

「何だい、アンタ達…って、奥に居るのは鷹代ちゃんの甥の直之君の嫁さんじゃないか。確か、明美さんだったね?」

 

 

 

「はい。お久しぶりです、久子さん」

 

 

 

私は久子さんに見覚えが無いが、久子さんは母に会った事があるらしく、ぶっきら棒な口調ながらも口元に微かな笑みを浮かべながら母へ話し掛けると、母は丁寧な口調で久子さんへ挨拶した。

 

すると……

 

 

 

「そうだね…じゃあ明美さんの隣に居るのが、“娘”の嵐ちゃんかい?」

 

 

 

『あっ…はい!』

 

 

 

突然、久子さんが私に話し掛けて来たので慌てて答えると、久子さんは()()()懐かしそうな表情で私を見詰めながら、こう呟く。

 

 

 

「そうかい。“直之君の一人娘”が此処まで大きくなったんだねぇ…で、この二人と一緒に来た()達は一体何者だい?」

 

 

 

その問い掛けに冷泉先輩が「戦車道、一緒にやってる友達」と答えると、久子さんが「戦車道?アンタがかい?」と意外そうな表情を浮かべながら問い掛ける。

 

其れに冷泉先輩が「うん」と答えつつ頷くと、久子さんが私達へ視線を向けたタイミングで、西住先輩達が自己紹介を始めた。

 

 

 

「あっ…西住 みほです」

 

 

 

「五十鈴 華です」

 

 

 

「秋山 優花里です」

 

 

 

そして私も先輩達に続いて『あの…私は先輩達の一年後輩の高校一年生ですが、一緒に戦車道をやっています』と説明すると、病室の入り口のドアを閉めた武部先輩が西住・五十鈴両先輩の背中を軽く叩きながら、久子さんへ昨日の試合の報告をした。

 

 

 

「私達、全国大会の一回戦勝ったんだよ!」

 

 

 

「一回戦位勝てなくて如何すんだい…で、“戦車さん達”が如何したんだい?」

 

 

 

「試合が終わった後、原園のおばあから“おばあが倒れた”って連絡が…其れで心配してお見舞いに」

 

 

 

此処で久子さんがぶっきら棒な感じで返事をすると、冷泉先輩もお婆様(久子さん)と同じ様な口調で試合後の出来事を報告したが、其れを聞いた久子さんは突然、冷泉先輩に向かって怒鳴り出した。

 

 

 

()じゃなくて、()()()の事を心配してくれたんだろ!?」

 

 

 

其の怒鳴り声に、冷泉先輩は思わず視線をお婆様(久子さん)から外しながらも「分かってるよ」と返事をすると、久子さんは諭す様な口調で一言話し掛ける。

 

 

 

「だったら、ちゃんと御礼を言いな」

 

 

 

其処で冷泉先輩は少し頬を赤く染めながら「態々…有難う」と“小声で”私達へ御礼を言ったが……

 

 

 

「少しは愛想良く言えないのかい!?」

 

 

 

声が小さいのが気に障ったのか、久子さんが御礼をやり直す様に冷泉先輩へ向かって怒鳴ると、先輩は再び「有難う」と答えるが…未だ無愛想な返事だった所為(せい)か、また久子さんが「さっきと同じだよ!」と怒鳴り出した。

 

 

 

「だから、怒鳴ったらまた血圧上がるから……」

 

 

 

お婆様(久子さん)が怒鳴り続けるので、却って体調を心配した冷泉先輩が口を挟む中、武部先輩が仕方無さそうに微笑みながら、今朝からの久子さんの様子を説明する。

 

 

 

「御婆ちゃん、今朝まで意識が無かったんだけど、目が覚めるなり“これ”なんだもん」

 

 

 

「寝てなんか居られないよ!明日には退院するからね」

 

 

 

「いや。だから、未だ無理だって……」

 

 

 

すると、久子さんが元気処か凄い気迫で退院を目指すと言い出したので、慌てた冷泉先輩が止めに入るが、久子さんはまた冷泉先輩目掛けて怒鳴り出した。

 

 

 

「何言ってんだい!?こんな所で寝てなんて居られないんだよ!」

 

 

 

そんな久子さんの言葉に、孫の冷泉先輩と鷹代さんが慌てた表情で説得に掛かる。

 

 

 

「おばあ、皆の前だから其れ位にしてくれ」

 

 

 

「そうだよ久子さん。今回は()()不整脈だったけど『心筋梗塞の疑いも有るから、あと一週間は検査入院する』って、今朝お医者さんから言われたばかりじゃないか」

 

 

 

こうして、久子さんと冷泉先輩&鷹代さんとの間で言い争いが繰り広げられる中、五十鈴先輩が武部先輩へ「あの、花瓶有ります?」と問い掛けると、武部先輩が「無いけど、ナースセンターで借りられると思うよ。行こっ♪」と五十鈴先輩を誘って病室を出る。

 

続いて五十鈴先輩も「はい」と武部先輩に返事をしながら病室を出た後、冷泉先輩と鷹代さん相手に退院の是非を巡って言い争っていた久子さんが、今度は私達に向かって“一寸した説教”を始めた。

 

 

 

「アンタ達もこんな所で()売ってないで、戦車に()差したら如何なんだい?」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

急に話の矛先を向けられた西住先輩が戸惑っていると、久子さんは再び冷泉先輩に向かってこう諭す。

 

 

 

「お前もさっさと帰りな…どうせ“皆さんの足引っ張ってるだけ”だろうけどさ」

 

 

 

でも此処で、日頃冷泉先輩を見ている西住先輩が助け舟を出した。

 

 

 

「えっ…そんな!冷泉さん、試合の時何時も冷静で助かってます」

 

 

 

続けて秋山先輩も「それに凄く戦車の操縦が上手で、憧れてます!」と“あんこうチーム”の頼れる仲間である冷泉先輩をリスペクトするが、久子さんは「戦車が操縦出来たって、おまんま食べらんないだろ!」と文句を言ったので、私も久子さんへお孫さん(冷泉先輩)の実力と将来性について説明を試みた…だって冷泉先輩の“操縦手としての実力”は、みなかみタンカーズ時代に“全国の中学生で屈指の戦車操縦手”と呼ばれていた菫でさえ憧れている位の“天才”なのだから。

 

 

 

『いえ、実は来年度から日本でも戦車道のプロリーグが発足するので、冷泉先輩の実力なら“プロの戦車道選手”として食べて行けるかも知れません』

 

 

 

只、久子さんは「何だい、“プロの戦車道選手”って?」と私に問い掛けたが、その直後“何か”を思い出したらしく「そう言えば」と呟きながら、私の顔をまじまじと見詰め始めた。

 

 

 

『はい?』

 

 

 

直前まで、私達や冷泉先輩へ険しい顔を向けていた久子さんが、急に私に向けて優し気な表情を浮かべたので当惑していると、久子さんは懐かしそうな声でこんな事を語り出したのだ。

 

 

 

「あの可愛かった嵐ちゃんが()()高一かい…9年前の()()()、ウチの(麻子)と一緒に鷹代さんの家で泣いていたのが昨日の事の様だよ。ねぇ、鷹代ちゃん?」

 

 

 

「そうだねぇ、久子さん」

 

 

 

「『えっ?』」

 

 

 

意外な話の成り行きに、思わず久子さんに向かって問い掛ける冷泉先輩と私。

 

一寸待って…私、9年も前に大洗でそんな事をしていたっけ?

 

確か最初の練習試合の時、冷泉先輩に会った際『何処かで出会った気がする』*1とは思ったが、其れが“9年前の事”だと言う記憶は無いのだけど?

 

 

 

「おばあ、私は9年も前に原園さんに会った覚えが無いのだが?」

 

 

 

記憶が無いのは冷泉先輩も同じだったらしく、胡散臭そうな表情で久子さんに問い掛けるので、私も自分の記憶を探りながら呟く。

 

 

 

『えーと…私も冷泉先輩に出会ったのは、()()()()()()()()()だし』

 

 

 

だが…この時、久子さんは心底呆れた表情で、孫の冷泉先輩と私に向かって“決定的な一言”を語ったのだ。

 

 

 

「ありゃあ…二人共覚えていないのかい?アンタ(麻子)と嵐ちゃんはね、()()()9()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「『はい?』」

 

 

 

久子さんから“記憶に無い過去の出来事”を知らされて、揃って問い掛ける冷泉先輩と私。

 

すると今度は、我が母・原園 明美も呆れ果てた表情を私に向けながら語り掛けて来た。

 

 

 

「あちゃ~ 二人共()()覚えていないのか…嵐、“9年前の夏”と言ったら“()()()()()()()で大洗へ帰った”時の事よ?」

 

 

 

『あっ…そう言えば』

 

 

 

母に指摘されて漸く思い出した…私の父・直之がこの世を去った()()の夏

 

私の父が亡くなってから迎えた最初のお盆であり、確かに私は母と共に父のお墓が在る大洗へ行った記憶が有る。

 

そんな私の様子を確かめた母は、微笑を浮かべながら病室に居る皆へ語り掛ける…其れは丁度、お見舞いの花を飾る為の花瓶をナースセンターから借りて来た武部・五十鈴両先輩が戻って来たタイミングだった。

 

 

 

「嵐も麻子さんも忘れているみたいだから、教えてあげようか?」

 

 

 

こうして母は、9年前に私と母がお父さんの故郷である大洗へ“里帰り”した時の出来事を語ってくれた。

 

 

 

 

 

 

今から9年前。

 

直之さんが戦車道の事故で亡くなった次の年の夏、私は車に嵐を乗せて直之さんの墓が在る大洗へ向かっていたの。

 

だけど北関東自動車道を走っている時に、当時6歳だった嵐が急に愚図りだしてね。

 

 

 

『グズッ…お父さん、お父さーん!』

 

 

 

って、お父さんが生きていた頃を思い出した嵐がずっと泣き止まないから、私は仕方無く笠間に在るサービスエリアのレストランで、早めの昼食を摂る事にしたの。

 

そして、昼食を食べ終わったら嵐も機嫌を直して『お父さんのお墓へ手を合わせに行く』と言ってくれて、漸く大洗へ向かおうとした時…レストランの出口付近に人が集まっていて、大騒ぎをしていたの。

 

何か有ったのかと思って、集まっていた人に訊こうとしたら…携帯に鷹代さんからの着信が入ったの。

 

当時、鷹代さんは陸自の戦車連隊長として北海道の駐屯地に住んで居たのだけど、直之さんの初盆に合わせて大洗の実家に帰っていたのを知っていた私は、何か有ったのかな?と思って携帯を取ると……

 

 

 

「明美さん、無事だったんだね!嵐も居るかい!?」

 

 

 

「ええ…私も嵐も無事だけど、何か有ったの?」

 

 

 

何時も冷静な鷹代さんが、この時ばかりは慌てて私と嵐の安否を聞くから何が有ったのかと思って問い掛けたら、鷹代さんは切迫した声でこう言ったの。

 

 

 

「今、TVのニュース速報で“笠間のサービスエリア近くの高速道路で玉突き衝突事故が有った”と伝えているんだよ!何でも、タンクローリーが横転炎上した所に後続の車が複数台突っ込んで、死者が何人も出ているらしいんだ!

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

驚いた私は、嵐を連れて人混みを掻き分けながらレストランを出ると…サービスエリアからやや離れた大洗方向の道路上で、激しい黒煙が天高く舞い上がっていたわ

 

 

 

其れから高速道路は閉鎖されたので、私と嵐は閉鎖が解除される迄の間サービスエリアで数時間待たされた後、夕方になって漸く大洗に在る鷹代さんの実家へ辿り着いたわ。

 

すると、鷹代さんが珍しく泣きそうな顔で「二人共無事だったんだね!」と叫びながら駆け寄って来ると、嵐を抱き締めて泣き出したの。

 

 

 

「鷹代さん、如何したの?急に泣き出すなんて」

 

 

 

「ああ…御免なさい明美さん。実はね、さっきの高速道路での玉突き衝突事故で、()()()()()()()()()が巻き込まれて……」

 

 

 

「えっ…まさか!?」

 

 

 

その時、鷹代さんは悲し気な表情で首を横に振ったわ。

 

 

 

「そんな!」

 

 

 

「少し前に病院から連絡が有ってね…だから、若し明美さんや嵐も巻き込まれていたら?と思うと、他人事(ひとごと)じゃ無かったんだよ」

 

 

 

「確かに私達も…若し嵐が道中で愚図り出さなかったら、きっと笠間のサービスエリアに寄らずに真っ直ぐ大洗へ向かっただろうから……」

 

 

 

「そうだったんだね…あら?」

 

 

 

其処で、鷹代さんが“或る事”に気付いたの。

 

 

 

「如何したの?」

 

 

 

「明美さん、嵐が居ないけど?」

 

 

 

「えっ!ついさっきまで鷹代さんが抱き締めていたから、家の中へ入って行ったんじゃ?」

 

 

 

鷹代さんの問いに、私が自分の考えを伝えた途端、涙を拭っていた鷹代さんが突然“或る事”に気付いて叫んだの。

 

 

 

「はっ、いけない…今、私の家には!」

 

 

 

そして、慌てた鷹代さんと私が居間へ入ると…二人の女の子が抱き合いながら亡くした親の事を思い出して、一緒に泣きじゃくっていたわ。

 

 

 

 

 

 

「『思い出した!私、あの時……』」

 

 

 

母が語り終えた瞬間、私と冷泉先輩はほぼ同時に、9年前の記憶を取り戻した。

 

あれは、鷹代さん家の玄関で母と鷹代さんが話している間に、私が玄関を上がって一人で居間へ入った時だった。

 

目の前に、長い髪をした女の子が体育座りをした儘顔を伏せて泣いていた。

 

年齢は私と同じ位…いや、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

『如何したの?』

 

 

 

私が話し掛けると、相手の()は顔を上げてから掠れた声で返事をした。

 

 

 

「貴女は?」

 

 

 

『私はこの家の親戚の()。去年、お父さんが事故で死んじゃって、今年が最初のお盆だからお墓参りに来たの。貴女は?』

 

 

 

「私…()()、お父さんとお母さんが死んじゃった」

 

 

 

『えっ!?』

 

 

 

「車に乗って高速道路を走っていたら…事故に巻き込まれたって」

 

 

 

『あっ…御免なさい』

 

 

 

「私も御免。今日が“貴女のお父さんのお盆(初盆)”だって知らなかった」

 

 

 

『……』

 

 

 

互いに相手の身の上話を聞いた上で、其々の言葉で謝る私と相手の()…つまり彼女が冷泉先輩だったのだけど、直ぐに互いの目から涙がポロポロと零れ落ちて行くと同時に、お互いに“大切な親を失った悲しみ”が膨れ上がって来て…私も冷泉先輩も堪え切れなくなった。

 

 

 

「『うっ…うわ~ん!』」

 

 

 

私と冷泉先輩はその日、互いに抱き合い乍ら、一晩中泣きじゃくった。

 

 

 

 

 

 

そして、舞台は9年後の現在に戻る。

 

 

 

「まさかあの時…お父さんが一年前に死んだって言っていた赤毛の()って!」

 

 

 

『じゃあ、あの時ご両親が事故で亡くなったって言っていた女の子って!』

 

 

 

9年前の出会いを思い出した冷泉先輩と私は、お互いに指差し合い乍ら、当時()()()()()をしていた事に気付いた。

 

 

 

「あの時の原園さんはぶっきら棒な口調だったから、()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

『先輩だって、あの時は子供っぽい喋り方だったから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!』

 

 

 

丁度其処で、話を聞いていた武部先輩が呆れ顔で冷泉先輩へ問い掛ける。

 

 

 

「えっ…じゃあ、麻子が以前言っていた『9年前に両親を亡くした日の夕方に、互いに親を亡くしていた事を知って一晩中泣き明かした時の相手の娘』って、“らんらん”だったの!?」

 

 

 

「如何やら、そうらしい」

 

 

 

冷泉先輩が武部先輩へ向かって頷くと、私も皆に向けて9年前に冷泉先輩と会っていた事を覚えていなかった事を語った。

 

 

 

『其れからはずっと会っていなかったから、すっかり忘れていました』

 

 

 

「私もだ」

 

 

 

同様に、自らも私と過去に出会っていた事を忘れていたと認めた冷泉先輩は、続けてこう語った。

 

 

 

「でも…確かに、原園さんと“()()()初めて会った時”に『何処かで会った気がする』と思っていたのだが、如何しても思い出せなかった。原園さん、済まない」

 

 

 

私と出会った事を覚えていなかった事を謝罪した冷泉先輩だったが、其れは私も同じなので、直ぐ私も心から謝罪する。

 

 

 

『いえ、私も同じです!練習試合の時に出会った際“以前に何処かで出会った事がある気がするのだけど?”と思ったのですが、如何しても思い出せませんでした。冷泉先輩、本当に御免なさい!』

 

 

 

謝罪の言葉と同時に頭を下げた私の姿を見た冷泉先輩は、不器用そうだけど嬉しそうな微笑を浮かべると、私にこう語り掛けた。

 

 

 

「原園さん…私の事は“麻子”と呼んで良いぞ」

 

 

 

『はい!じゃあ、私の事も“嵐”と呼んで下さい、麻子先輩!』

 

 

 

「“先輩”は付けるんだな…まあ、いいぞ。改めて此れからも宜しくな」

 

 

 

『はい!』

 

 

 

ぶっきら棒な口調と不器用そうな笑顔の組み合わせだったけれど、冷泉…いや“麻子先輩”が頬を赤らめながら話し掛けて来る姿を見た私は、元気良く返事をすると麻子先輩は嬉しそうに頷いてくれる。

 

其の姿を見た西住先輩達は皆、笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

そして麻子先輩と私の話が盛り上がった後で、五十鈴先輩がお見舞いに持って来た花を花瓶に生けて、久子さんのお見舞いを終えた私達が帰り支度を始めた時。

 

 

 

「じゃあおばあ、また来るよ」

 

 

 

麻子先輩が相変わらずのぶっきら棒な口調でお婆様(久子さん)に挨拶すると、無言で見送る久子さんの前を通り過ぎて病室を出て行った。

 

 

 

「あ……」

 

 

 

『あの、今日は本当に有難う御座いました。また来ます』

 

 

 

そんな麻子先輩の姿を心配そうに見詰める西住先輩を眺めた後、私は視線を久子さんへ向けると挨拶をして、其れから病室を出ようとした時。

 

久子さんが、視線を私達とは反対方向に在る窓を通して外の風景を眺めながらポツリと一言、私達へ語り掛けた。

 

 

 

「あんな愛想の無い()だけどね…宜しく」

 

 

 

「『はい!』」

 

 

 

久子さんから、お孫さん(麻子先輩)の事を託された西住先輩と私は、笑顔で久子さんへ答えるのだった。

 

 

 

因みに…その日の夕方、私と麻子先輩は病院からの帰りの列車と連絡船の中で仲良く眠ってしまっていたので、病院から学園艦へ帰るまでの間、私は大洗駅から大洗港までの乗り継ぎで歩いていた時を除いて、何をしていたのか殆ど覚えていません(苦笑)。

 

 

 

(第43話、終わり)

 

*1
第16話「練習試合は、まさかの展開です!!」を参照の事。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第43話をお送りしました。
今回は随分前の話ですが、第16話で張った伏線の回収回となりました。
実は幼い頃、大洗で出会っていた嵐と麻子。
最初からちょっとしたネタとして語るつもりだったので、これ以上話を膨らませる事はしなかったのですが、それを語るタイミングが遅過ぎたと言うか…それは兎も角、オリジナルのエピソードとして楽しんで頂けましたら幸いです。

それでは、次回をお楽しみに。


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第44話「連絡船でお話しします!!」


2020年最後の投稿なのですが…今、執筆が進んでいない。
如何しよう(如何しようも無い)。
とは言え、今回から新展開が待っておりますので、お楽しみ下さい。
それでは、どうぞ。



 

 

 

此処は、旧・日本海軍の防護巡洋艦「松島」を模した大洗女子学園所有の連絡船。

 

今、大洗港から太平洋上に浮かぶ学園艦を目指して航行中である。

 

其の左舷甲板で、西住 みほがすっかり暗くなった洋上を眺めながら、冷泉 麻子の祖母・久子の入院している水戸市の総合病院へお見舞いに行った帰りに乗った鹿島臨海鉄道の気動車(6000形)の中で仲間達と交わした会話を思い出していた。

 

 

 

「麻子さんの御婆さん、思ったより元気で良かったね」

 

 

 

「ええ」

 

 

 

みほと五十鈴 華が会話を交わす中、秋山 優花里が「何か、冷泉殿が“絶対単位が欲しい、落第出来ない”って言う気持ちが分かりました」と、車内に居る皆に向けて話し掛けた。

 

因みに、車内には“あんこうチーム”のメンバー五人の他に、原園 嵐と明美の母娘が乗っていたが、二人の親戚で久子の親友でもある原園 鷹代は「久子さんの容態が心配だから、明日の朝まで付き添うよ」と皆に告げて、病院に残っている。

 

すると、再び華が沙織に向かって語り掛けた。

 

 

 

「御婆様を安心させてあげたいんですね」

 

 

 

これに対して、沙織は自分の膝を枕にして眠っている麻子を見詰めながら「うん。“卒業して早く傍に居てあげたい”みたい」と答えながら熟睡中の麻子の頭を優しく撫でた…尚、沙織と麻子が居る座席の向かい側に座っている華の隣には、原園 嵐が座ったまま眠っており、彼女の頭はやや窓側に向かって傾いている。

 

そんな中、沙織は皆に向けて語り続ける。

 

 

 

「麻子、余り寝ていないんだ…御婆ちゃん、もう何度も倒れていて」

 

 

 

すると華が「御婆様がご無事で安心したのかも」と沙織に話し掛けると、みほの隣に座っていた原園 明美が心配そうな表情で「きっと御婆様の事が心配で、夜も中々寝られないのね」と呟いた所、沙織が明美に向かって小さく頷くと「そうなんです。実際夜中に倒れた事もあって」と答えた。

 

其処へ優花里が「でも、この前は凄く動揺していましたね…あんな冷泉殿を見たのは初めてです」と皆へ話し掛けると、沙織はこう呟く。

 

 

 

「“たった一人の家族”だから」

 

 

 

「えっ、じゃあ……?」

 

 

 

その瞬間、みほが“病院で明美さんが語った話”の内容を思い出しつつ沙織へ問い掛けると、彼女は頷きながらこう答えるのだった。

 

 

 

「うん。今日病院で明美さんが話した通り、小学生の時の交通事故でご両親が亡くなってからは、御婆ちゃんだけが()()()()()なの」

 

 

 

「やはり…そうだったのですか」

 

 

 

沙織の話を聞いた優花里が悲し気に呟くと明美が小さく頷いたが、其れからは誰も言葉を発する事が出来なくなった。

 

そしてみほは、更に回想を続けて行く。

 

 

 

(確か其の後、私達は大洗駅に着いてから連絡バスで大洗港へ向かい、其処から連絡船に乗船して……)

 

 

 

「みぽりん♪此処に居たんだ」

 

 

 

連絡船の甲板上で、回想に耽っていたみほを現実に引き戻したのは沙織の声だった。

 

 

 

「あっ、皆は?」と問い掛けるみほに、沙織は「寝てる♪」と笑顔で答える。

 

みほが、視線を自分のいる甲板近くに在る長椅子へ向けると、左から嵐・麻子・華・優花里の順で四人で並んで寝ており、右端で寝ている優花里はリックサックを抱き締めながらこんな“寝言”を言っている。

 

 

 

「もう…其処はレオパルド2の滑腔砲ですよ♪」

 

 

 

すると嵐が、()()()“優花里と同じ夢”を見ているらしく、まるで“優花里に向かって話しているかの様な寝言”を喋っていた。

 

 

 

『秋山先輩…レオ2の120㎜APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 

 

其れは兎も角、沙織が「如何かした?」とみほに問い掛けると、彼女は戸惑いながらも「えっ…ううん。別に何でも…只、皆“色々有るんだな”って」と答えたので、沙織はすかさずこう問い掛ける。

 

 

 

「麻子の事?」

 

 

 

「うん……」

 

 

 

先程迄、大洗駅へ向かう列車の中での会話を思い返しつつ麻子の事を心配していたみほは、素直にその事を告げると、沙織がこう告げる。

 

 

 

「麻子ね、前にみぽりんの事心配していたよ」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「みぽりん、“一人で”大洗に来たじゃない?“家族と()()()”」

 

 

 

「あっ……」

 

 

 

“自分()心配している相手が自分()心配していた”事を知って驚いたみほは、ハッとなると同時に沙織へ視線を向けると、沙織は続けてこう語った。

 

 

 

「麻子のお母さんってさあ、御婆ちゃんにソックリで、亡くなる前に喧嘩しちゃったんだって。『謝れなかった』って、ずっと後悔しているの…麻子」

 

 

 

“母親と分かり合えなかった”事に、()()()()()()()()()()が有る事に気付いたみほは、自らの過去を振り返ろうとしたが…次の瞬間“もう一つの心配事”を思い出すと、沙織へこう語る。

 

 

 

「そうだったんだ…それとね、沙織さん」

 

 

 

「何?」

 

 

 

「私ね…実は麻子さん()()じゃ無くて、原園さんの事()心配しているの」

 

 

 

「あっ、“らんらん”の事だね?」

 

 

 

「うん。原園さん、お母さんと分かり合えていなくて何時も喧嘩ばかりしている所が、麻子さんに似ていて……」

 

 

 

「確かにそうだね」

 

 

 

みほの“もう一つの心配事”が嵐の事であると知った沙織が納得した表情で頷くと、みほは不安気な表情でこう告白する。

 

 

 

「其れに私、実は原園さんの御父さん(原園 直之)の事がずっと気になっていて……」

 

 

 

ところが其処へ、“思わぬ声”が二人の耳に飛び込んで来た。

 

 

 

「ほう、直之さんの事が気になるのかな?」

 

 

 

「「わっ!」」

 

 

 

予想外のタイミングで、嵐の父・直之の妻であった明美が目の前に現れた事に驚くみほと沙織。

 

しかし当人は、至って明るい声で話し掛けて来た。

 

 

 

「みほさんは、以前から何となく直之さんの事を気にしているかな?と思っていたのだけど、久子さんのお見舞いで余計に気になったみたいね…知りたい?」

 

 

 

「「あ…はい」」

 

 

 

みほは“今、一番知りたいが()()()()話”である嵐の父の過去について、予想外の明るさで語ろうとする明美の態度に圧倒されつつ話を聞く事にした。

 

そして沙織も、明美の“明るい表情と声”に背中を押されたのか、「其れで明美さん、直之さんと御付き合いを始めたのは何時ですか?」と、積極的な態度で話を聞き出そうとする。

 

尤も沙織の場合、“強烈な結婚願望”から「明美の馴れ初め話」を聞きたいだけかも知れないが、明美は笑顔を見せ乍ら夫と出会った当時の話を始めた。

 

 

 

「直之さんと出会ったのは、今から16年前の6月…フランスのル・マンにあるサルト・サーキットで毎年開催されている“ル・マン24時間耐久レース”を見に行った時だったの♪」

 

 

 

「“ル・マン24時間”って…()()()()()()()()()ですか?」

 

 

 

みほが“戦車道の世界”では有名なイベントの名を挙げたが、明美は首を横に振り乍ら説明を続ける。

 

 

 

「ノンノン♪豆戦車の24時間耐久レースはね、ル・マンでは()()()()()()()の一週間前に行われる()()()()()()。普通“ル・マン24時間”と言えば、『スポーツカーの耐久レース』の方が()()()()()()()よ…当時、直之さんはル・マンで歴代最多勝を誇るドイツのレーシングチームで()()()・メカニックをしていたの」

 

 

 

明美の説明にみほと沙織が互いに「「へえ……」」と呟き乍ら頷くと、明美は当時の話を続ける。

 

 

 

「当時の私は、高校卒業と同時にドイツへ渡ってドイツのプロ戦車道リーグ『Deutschland-Panzerliga(ドイッチュランド・パンツァーリーガ)*1の強豪チーム・ムンスターの整備隊長をやっていてね。その年のシーズンでリーグ優勝した御褒美として、チームの仲間達と一緒にル・マン24時間を初日のフリー走行から観戦に来ていたの。実はウチのチームのメインスポンサーであるドイツの自動車メーカーが当時のル・マンで無敵の強さを誇っていてね、その縁で私達を特別に招待してくれたのよ」

 

 

 

そう語ると、明美は右手の人差し指で空中に()()()()を描きながら話を続けた。

 

 

 

「そして、チームの仲間達と一緒に私達を招待してくれたスポンサーである自動車メーカーのワークス活動を請け負っていたレーシングチームのピットを見学に行ったら、そのチームの1号車のチーフメカニックが日本人だと気付いて、思わず日本語で『こんにちは!』と声を掛けたら、向こうも嬉しそうな顔で『ようこそ、ル・マンへ!』と大声で返事をしてくれたの…其れから彼の事が気になっちゃって、其処で彼の仕事の手が空いた時に楽しく会話をしたのだけど、其の人が直之さんだったの」

 

 

 

「其れって“運命の出会い”じゃないですか!」

 

 

 

此処で、話を聞いていた沙織が羨ましそうな声で明美に話し掛けると、明美は笑顔で話を続ける。

 

 

 

「うん、そうなの♪ あの頃から直之さんは“仕事が出来る”()()では無くて、“誰とでも親しく接する事が出来る人”だったわ。欧米人ばかりのチームの中でも、皆から“ナオユキ”と呼ばれる位慕われていて、何かと頼りにされていたっけ」

 

 

 

「へえ……」

 

 

 

明美からの話を聞いていたみほは、生前の直之が海外で外国人の仕事仲間から信頼される人柄であった事を知って感嘆している。

 

そんな中、明美は夜空に浮かんでいる月を眺めながら話を続けた。

 

 

 

「その後フリー走行*2の時刻が近付いたので、私は仕事に戻った直之さんと別れて当時の私のチームの隊長兼エースで親友のヴィルヘルミナ・ビスマルクと一緒に、ミュルサンヌ・コーナーの近くでフリー走行中のマシンを眺めていたの。其処はユノディエールの2番目のストレートから走って来るマシンが急減速しながら右旋回する場所だから、結構迫力ある場面が見られるのよ。ところが……」

 

 

 

「えっ…何か有ったんですか?」

 

 

 

此処で、明るい表情だった明美が少し悲し気な表情に変わったのに気付いた沙織が不安気に問い掛けると、明美は苦笑いを浮かべながらこう答えたのである。

 

 

 

「そのフリー走行中に、直之さんが整備した1号車が、私達が居たミュルサンヌ・コーナーで減速し損ねたのが原因で空中を一回転する程の大クラッシュをしちゃってね。勿論、1号車は吹っ飛んでバラバラに。乗っていたドライバーも、命に別状は無かったけど其の儘病院送りになって、決勝は欠場になっちゃった」

 

 

 

「「ええっ!」」

 

 

 

まさかのアクシデントに仰天するみほと沙織を眺めながら、明美は努めて明るい声でその先の話を続ける。

 

 

 

「其の瞬間は、私も呆然となったわよ…直之さんが仕立てた1号車は優勝候補だったから、予選でポール・ポジション*3を獲れるかな?と思っていたら、マシンはバラバラ。三人居るドライバーの内一人は病院送り。此れでは、決勝には出られず其の儘リタイアだ、と思ったもん」

 

 

 

其処へみほが「それで…如何なったのですか?」と、心底心配そうな声で問い掛けると、明美は意外にも微笑みながらこう答えたのだ。

 

 

 

「ところがね、夜になって直之さんを慰めようと思ってチームのピットへ行ったら、1号車が入っているガレージに沢山のメカニックが集まって仕事をしていたの。其れを見て『あれ?如何したのかな?』と思っていたら、チーム監督と直之さんが“ドイツ語で話している声”が聞こえて来たの」

 

 

 

「「えっ?」」

 

 

 

意外な展開に戸惑うみほと沙織を余所に、明美は話を続ける。

 

 

 

「其れ迄に私は、ドイツで数年間過ごしていて、この頃にはドイツ語も不自由無く話せたから、会話の内容も聞き取れたわ。そうしたら……」

 

 

 

そして明美は、その時聞いた“直之とチーム監督の会話”を再現した。

 

 

 

 

 

 

「ナオユキ、1号車だがモノコックの検査結果は如何だった?」

 

 

 

「監督、1号車ですがモノコックは奇跡的に無傷です。組み直せば再び走れます」

 

 

 

「そうか!それでナオユキ、明日の公式予選二回目のスタート時刻迄に、修復は間に合うのか?」

 

 

 

此処で明美は一旦言葉を切ると、当時を懐かしむ様に静かな声でこう語った。

 

 

 

「直之さんは不敵に笑って、冷静な声でこう言ったの…『直して見せます』って!」

 

 

 

「「!」」

 

 

 

みほと沙織が驚く中、明美は更に語り続ける。

 

 

 

「直之さんからの答えを聞いたチーム監督は、直ぐ様決断したわ」

 

 

 

「分かった!此処に無い部品はメーカーに連絡して揃えるから、ナオユキ達は直ちに組み立ての準備と修復に必要な部品のリストを用意してくれ!」

 

 

 

「了解!」

 

 

 

 

 

 

こうしてチーム監督と直之の会話を再現した後、明美は其処から先の話を続ける。

 

 

 

「そうして、チームのメカニック全員が直之さんの指示で1号車に取り付くと、凄い勢いでマシンを直し始めてね…徹夜で修復作業を続けて、翌日の昼過ぎには()()()()()()()()筈の1号車が綺麗に修復されていたわ。直之さん達メカニックは全員泥の様に眠っていたけれど、公式予選二日目の走行が始まる頃には、病院送りになったドライバーの替わりの人がやって来て、直之さん達メカニックも眠そうな顔をしながら仕事に戻って行ったわ」

 

 

 

「凄い……」

 

 

 

「最後迄諦めずに壊れた車を直したんだ」

 

 

 

一回転して大破したマシンを、“一晩で”修復した直之達の闘いを聞いて感嘆するみほと沙織。

 

そんな二人の姿を見詰めつつ、明美はその時の感動を有りの儘に伝えた。

 

 

 

「あの時は私、本当に痺れたなあ…レースと戦車道の違いは有れども、同じ“メカニック”として胸が熱くなったもん。もう“レースに戻れない位に壊れた筈”のマシンが、()()()()()()でピカピカに直っていたんだから」

 

 

 

そして明美は、みほと沙織に“直之達の戦いの結末”を語った。

 

 

 

「そして決勝では、直之さんが直した1号車は優勝こそ出来なかったけれど2位に入ってね。しかも、チームメイトの2号車が優勝して、3号車が3位に入ったから、直之さんのチームの3台が“表彰台を独占しちゃった”のよ。レースが終わった後の祝勝会で、直之さんのチームメイト達が直之さんに抱き付き乍ら大声で叫んだ言葉、今でも覚えているわ」

 

 

 

「ナオユキのお陰で、絶体絶命のピンチから表彰台独占だぜ!」

 

 

 

「其のレースを生で見た私は、一発で直之さんに惚れ込んじゃって…レースが終わった後、其の儘の勢いで告白してから付き合い始めたら、秋にはもう“出来ちゃった”♪」

 

 

 

「「まさか…其の“出来ちゃった子”が!?」」

 

 

 

明美による“突然の告白”に、みほと沙織が驚愕の叫び声を上げると、明美はこれ以上無い笑顔で答えた。

 

 

 

「ピンポーン!お察しの通り、其の時に出来ちゃったのが嵐なの♪ 妊娠したのが分かった直後に婚約して次の年の始めに結婚、其の年の夏の終わりに生まれたの…其の後、嵐が1歳になった年の秋に私達は其々の仕事を辞めて独立し、私の故郷であるみなかみ町に移住して今の会社を立ち上げた、って訳」

 

 

 

笑い乍ら、自分の結婚と嵐の誕生について語る明美の姿を見た沙織は「そうだったんですか!」と感心していたが、対照的にみほは明美の話に頷きながらも、心配そうな声で“或る疑問”を口にした。

 

 

 

「でも原園さんは、何時も“母とは凄く仲が悪い”って言っているけれど?」

 

 

 

すると明美は、苦笑いを浮かべながら意外な事をみほに話す。

 

 

 

「ああ、あれね。実は十年前に直之さんが亡くなってから嵐とは()()()有って…でも此処から先は、“本人から”直接聞かないと駄目だ、と思うわ」

 

 

 

嵐の母親から“本人に聞かないと分からない”と告げられたみほは、意外そうな表情で「何故ですか?」と問い掛けたが、明美は苦笑いを続けながらこう答える。

 

 

 

「私が言うとね、必ず嵐が『母さんは嘘ばかり吐いている!』とか言い出して、私と喧嘩になっちゃうのよ…其れに」

 

 

 

その瞬間、苦笑いを浮かべていた明美が一気に生真面目な表情へ変わると、其れ迄の明るい声が嘘の様に口を噤んでしまった。

 

 

 

「其れに?」

 

 

 

そんな明美の変貌に、みほは戸惑いながらも問い掛けるが、明美は少し悲し気な顔をみほに向けると、申し訳無さそうな声でこう答えるだけだった。

 

 

 

「あっ…御免。やっぱりこの話は、“()()()()()聞かないと、みほさんは()()()()()()()()()()()()”と思うわ」

 

 

 

「「えっ?」」

 

 

 

明美からの思わぬ返事にみほと沙織は当惑したが、明美は其れっきり何も語る事無く、二人の前から立ち去ってしまった…其の時みほと沙織は気付かなかったが、二人の後ろでは明美の会社(原園車両整備)の工場長・刈谷 藤兵衛とその部下・張本 夕子が心配そうな表情で彼女達を見守っていた。

 

 

 

 

 

 

一方、私・原園 嵐は連絡船で学園艦に戻った後、下宿先である鷹代さんの家に帰ったのだけど。

 

 

 

その夜、私は西住先輩と一緒に戦車道を始めて以降は見ていなかった()()()を見た。

 

 

 

試合会場に降る激しい雨。

 

その最中(さなか)()が戦車長を務める“黒森峰女学園のⅢ号戦車J型”は川沿いの獣道を通っていたが、相手チームからの突然の待ち伏せ攻撃によって獣道が崩れてしまい、其の儘濁流が流れる川へ転落してしまう。

 

 

 

(皆、直ちに戦車から脱出して!)

 

 

 

咄嗟に、車内に居る仲間達に向かって叫ぼうとするが…声が出ない。

 

そして次の瞬間、Ⅲ号戦車J型の砲塔上部のキューポラから上半身を出して周囲を見ている私の目の前に川の濁流が襲い掛かって来ると、一瞬の内に私が戦車長をしている戦車は濁流に飲まれて水没する。

 

私の体も全く動かないまま、濁流の中へ飲み込まれて行く内に、私は恐怖に駆られて必死に叫ぼうとする…“濁流の中では声が出せない”のが分かっているのに。

 

 

 

『父さん、助けて…私、此の儘だと父さんの様に…戦車に…()()()()()()()()

 

 

 

そう…此の儘だと私は“殺される”…()()のでは無い。

 

()()()()()()()()のだ。

 

誰が何と言おうと、父さんがそうであった様に私も戦車道で命を失ってしまう。

 

だが、濁流の中で必死の叫びさえ上げられない中、此の儘自分の命が儚く消えてしまうのかと覚悟したその時、目の前に一人の少女が私に向かって泳いで来る。

 

 

 

『?』

 

 

 

まさかの救いの手に、一瞬信じられない思いを浮かべ乍ら、その少女を見詰める私。

 

その少女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を着ているが、水の中なのに私に向かって器用に泳いで来る。

 

そして彼女は、徐々に私に近付いて来ると、右手を私に向けて差し伸べて来た。

 

 

 

()()()()が私を助けに来てくれた!』

 

 

 

その瞬間私は、自分を助けに来てくれた少女が私の“()()”だと気付いて、ホッとする。

 

良かった…命を失わないで済んだ、此れなら仲間達も助けられる。

 

そう信じて、自分の右手を“()()”に差し出して“()()”の右手をしっかり握ろうとした、その時。

 

相手の顔がはっきり見えた…だが、その顔は“()()”では無かった!

 

私に向かって近付いて来た相手の正体は、“少女”では無く“大人の女性”であり、私に顔を向けると険しい顔で私を睨み付ける。

 

 

 

『!』

 

 

 

その厳しい視線に睨まれて固まった私に向かって、長い黒髪と険しい目付きをしたその女性はこう宣告した!

 

 

 

「犠牲無くして、大きな()()を得る事は出来ないのです!」

 

 

 

正に“死の宣告”を受けた私は、衝撃の余り慟哭する!

 

 

 

『うわあああ!』

 

 

 

…その時、朦朧としていた自らの意識が覚醒した。

 

目覚まし時計が鳴っている。

 

必死の思いで目覚めると、私は素早く手を伸ばしてボタンを押し、目覚まし時計のベルを止めた。

 

時計の針は、朝6時丁度。

 

 

 

『ゆ…()だったの?』

 

 

 

次の瞬間、私はさっきまでの恐ろしい出来事が()だったと悟った。

 

同時に私は、自分の体を抱き締め乍ら()()()の恐怖を思い出しつつ呟く。

 

 

 

『何故…西住先輩と一緒に戦車道を始めてからは一度も見なかった“()()()”が、今になって出て来るのよ!?』

 

 

 

実は、其れこそが()()だった。

 

この()こそが、私が戦車道から逃げ出した()()()理由”を西住先輩や仲間達へ告白する事になる“最初の切っ掛け”だったのだ。

 

(第44話、終わり)

 

*1
ドイツの戦車道プロリーグで、1部から3部まで各16チーム、合計48チームがドイツ各地に存在する。その実力・知名度から戦車道の世界では「世界最高峰のリーグ」と呼ばれる。(註・本作独自の設定)

*2
公式予選前の練習走行に相当する。ル・マンでは水曜日にフリー走行と公式予選1回目、木曜日に2回目と3回目の公式予選を行い、決勝は土曜日の午後にスタートする。

*3
予選1位の事。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第44話をお送りしました。
今回は、嵐ちゃんの亡き父・直之さんの過去話を明美さんに語って貰いました。
しかしこの話は、まだ直之さんの生涯の一部分。
此処から暫くの間、物語は基本的にみほの視点で進み、嵐ちゃんのお父さんの生涯と明美さんや嵐ちゃんとの関係を徐々に知る事となります。

そして、今回の後半で綴った嵐ちゃんが見た夢。
この夢は今後の物語の重要な要素になるので覚えていて下さい。
今後の物語でみほは、直之さんの生涯を知った後、嵐ちゃんが戦車道から逃げ出した“本当の理由”を知る事になります。

それでは、次回をお楽しみに。



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第45話「取材です!!」


2021年の正月三が日に、地元TV局が“水曜どうでしょう2020”を全話放送と言う暴挙(誉め言葉)をやってくれたんですが…何で、アイルランドへ行ってロンドンへレンタカーを返しに行くだけの話があんなに面白いんですかねー(笑)。
あと、ラストでアビーロードを行くどうでしょう班を見て映画「けいおん!」を思い出したのは秘密です(爆)。

それでは今回も手前味噌ですが、どうぞ。


 

 

 

みほ達“あんこうチーム”のメンバーと“ニワトリさんチーム”のリーダー・原園 嵐、そして嵐の母・明美が水戸市の総合病院に入院中の冷泉 麻子の祖母・久子を見舞いに行った後、学園艦へ帰った翌朝の事である。

 

西住 みほは何時もの様に、大洗女子学園を目指して登校中だったが、表情は冴えなかった。

 

昨日の久子のお見舞いの際、久子と原園 明美の口から「九年前の夏に麻子と嵐が大洗で出会っていた」事を知らされたみほは、自分との間に“母親と分かり合えなかった”と言う共通点が有る事に気付くと同時に、一年前に実家を出て大洗へ転校する原因となった母・しほとの口論を思い出していたのだ。

 

 

 

「貴女も“西住流の名を継ぐ者”なのよ?西住流は“何が有っても前へ進む”流派。強き事、勝つ事を尊ぶのが伝統」

 

 

 

あの時、母から第62回戦車道全国高校生大会の決勝戦で自らが起こした“()()”によって母校・黒森峰女学園が大会十連覇を逃した事を叱責されていたみほは、以前から抱いていた母の考えに対する疑問をぶつけようとした。

 

しかし、母は自分の疑問に対して答えようとせず、“西住流の戦車道”を押し付けて来るだけだった。

 

更に母の隣には、此れ迄共に戦車道を歩んでいた姉・まほも居たが、彼女も冷たい表情でみほを見詰めており、其の事がみほに“戦車道との決別”を決意させたのである。

 

昨夜、其の事を思い出したみほは中々寝付く事が出来ない儘一晩を過ごした結果、眠気と不安を抱えながら学園目指して通学路を歩き続けていたが、此処でもう一つの“心配事”を思い出す。

 

 

 

「あっ…“お母さん”と言えば、昨晩明美さんから直之さんの話を聞いたけど」

 

 

 

みほが抱いている“もう一つの不安”とは、自分を慕っている後輩・原園 嵐と彼女の亡き父・原園 直之の過去である。

 

以前から嵐は母親の明美と(いが)み合っており、常々明美の事を『ロクデナシ』とか『信用出来ない』等と酷評していた。

 

そして、嵐は明美と出会うと時折プロレス技の掛け合いをするのだが、母の前に()()()()である。

 

其れは兎も角、みほは原園母娘の諍いを心配しており、“何とか仲直り出来ないかな?”と考えている中で、嵐の亡き父・直之の過去にも興味を抱いていたのだが…昨夜明美から直之との馴れ初め話を聞いた時、“何故嵐と明美との仲は悪いのか?”と質問した所、意味深な事を言われてしまった。

 

 

 

「あっ…御免。やっぱり嵐から直接聞かないと、みほさんは()()()()()()()()()()()()と思うわ」

 

 

 

其の一言が気になったみほは、歩きながら悩み続けている。

 

 

 

「如何言う事なんだろう?“原園さんから直接聞かないといけない”なんて…其れに“()()聞かないとキチンと受け止められない”って、何故明美さんはそんな事を言ったのかな?」

 

 

 

自分は嵐と明美の仲が悪い理由を聞いただけなのに、何故“あんな事”を言われたのか…思い当たる理由が浮かばない。

 

そんな事を考え続けながら、みほは「如何しよう…原園さんに直接聞くには如何したら良いのかな?原園さん、怒らないかな?」と、不安を募らせていていた時だった。

 

 

 

「あっ!」

 

 

 

人の気配に気付いたみほが声を上げると、目前に見えるコンビニの交差点から彼女が心配している“赤毛の可愛い後輩”原園 嵐がやって来て、朝の挨拶をした。

 

 

 

『あっ…お早うございます』

 

 

 

だがみほは、嵐の挨拶を聞いてハッとなる。

 

何時もなら“元気一杯の笑顔”で挨拶をする筈の嵐が、今朝は沈んだ声でみほへ話し掛けるのが精一杯の状態だったのだ。

 

しかも嵐の顔は何時もの笑顔では無く、調子が悪いのか青い顔をしている。

 

 

 

「お早う…原園さん。顔色が悪いよ、大丈夫?」

 

 

 

みほが心配そうに嵐へ声を掛けると、嵐は済まなそうな声でこう答えた。

 

 

 

『えっと…大丈夫です。実は今朝、“凄く怖い夢”を見ちゃって』

 

 

 

「怖い夢?」

 

 

 

『ええ。実は、夢の中で戦車に……』

 

 

 

「戦車に?」

 

 

 

“怖い夢”“戦車”と聞いて、其の関わりに疑問を抱くみほ。

 

だがみほの問い掛けは、二人の後ろから聞こえて来た少女の声によって遮られた。

 

 

 

「みぽりん~」

 

 

 

「『あっ!』」

 

 

 

其の声に気付いたみほと嵐が後ろを振り返ると、其処には眠っている冷泉 麻子を負んぶしながら千鳥足で歩いて来た武部 沙織の姿が在った。

 

 

 

「お早う~」

 

 

 

「沙織さん!」

 

 

 

『武部先輩?』

 

 

 

寝言を呟きながら眠る麻子を背負う沙織が、重そうな声で挨拶するのを見たみほと嵐が心配そうに話し掛けると、沙織がしんどそうな声で答える。

 

 

 

「何とか……」

 

 

 

「大丈夫!?」

 

 

 

そんな沙織の姿を見たみほが心配そうに駆け寄ると、続いて駆け寄って来た嵐も沙織に向かって心配そうな声で話し掛けて来た。

 

 

 

『何とか、じゃないですよ、武部先輩…そんな風に負んぶしていたら腰を痛めちゃいますよ?』

 

 

 

そして嵐は、沙織が背負っていた麻子の肩を借りると『後は私に任せて下さい』と静かな声で沙織に告げた後、麻子を立たせつつ右肩で支えて歩かせようとする。

 

其処へみほも「私も手伝う、沙織さんは楽にしていて!」と話してから自ら麻子の左肩を支えて、彼女を歩かせる様にした所、二人に助けられた沙織が「みぽりんも“らんらん”も有難う!」と礼を言いつつ麻子を支え乍ら歩き出した二人の後に続いた。

 

こうして四人が学園の正門へ向かうと……

 

 

 

「“寝ながら登校”とは、良い御身分ね?」

 

 

 

学園の風委委員長・園 みどり子(そど子)が正門前で仁王立ちになっており、寝ながら登校した麻子を叱ったのだった。

 

ところが此処で、みほ達に支えられていた麻子が目を覚ますと、一言。

 

 

 

「おおっ、()()()…ちゃんと起きてるぞ~」

 

 

 

そして、麻子は寝惚けた儘千鳥足で歩くと、行き成り()()()に抱き着いて来た。

 

 

 

「ちょっと、()()()って呼ばないでって言ってるでしょ!」

 

 

 

()()()()()()♪」

 

 

 

抱き着かれた()()()は悲鳴を上げるが、麻子はそんな事はお構い無しに寝言を呟く。

 

其の姿を見たみほと沙織が微笑んでいると、彼女達の前に“ニワトリさんチーム”の瑞希・菫・舞の三人が並んでやって来た。

 

 

 

「「「お早う御座います!」」」

 

 

 

「「『お早う』」」

 

 

 

朝の挨拶をした瑞希達にみほ達も揃って挨拶を返すと、“ニワトリさんチーム”の装填手・二階堂 舞が元気な声で正門の奥に在る校舎を指差しながら、皆にこう呼び掛けた。

 

 

 

「其れより先輩方に嵐ちゃん、あれを見て!」

 

 

 

舞の声を聞いて校舎を見たみほは、思わず「あっ!」と感嘆の声を上げる。

 

 

 

其の校舎の壁には「祝・戦車道全国大会一回戦突破!」と大きく書かれた垂れ幕が掲げられており、更に奥の校舎からは「祝!戦車道」の幕を掲げた巨大な“戦車のバルーン”が浮かべられていて、登校中の生徒達が興味深そうに眺めていた。

 

 

 

「あっ、スゴーイ!私達注目の的になっちゃうかな?」

 

 

 

垂れ幕とバルーンを見た沙織が嬉しそうな声で皆に話し掛けると、瑞希が笑顔で返事をする。

 

 

 

「いや~っ、みなかみ町でも大会の一回戦勝っただけで、あんな垂れ幕は出ないですよ。凄いですね!」

 

 

 

すると……

 

 

 

「生徒会が勝手にやっただけだから…其れより冷泉さんを何とかしてよ!」

 

 

 

正門前で麻子に抱き着かれた儘困り果てている()()()が困惑した声を上げるが、其の姿を見たみほは苦笑するしかなかった…だが、隣の嵐に視線を向けたみほはハッとなる。

 

何時も笑顔が絶えない筈の嵐が、此の時だけは校舎から揚がっている戦車のバルーンを一瞬見ただけで、直ぐ沈んだ表情になると其の儘俯いてしまっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

其の後、()()()に抱き着いていた麻子も含めて無事登校したみほと嵐達は其々の教室でホームルームを済ませた後、他の戦車道履修生と共に戦車格納庫前へ集まった。

 

今日は午前中戦車道の授業が有り、放課後も全国大会の二回戦へ向けた特訓がある為、戦車道チームの副隊長である河嶋 桃が皆へ訓辞を垂れていた。

 

 

 

「一回戦に勝ったからと言って、気を抜いてはいかん!次も絶対に勝ち抜くのだ、いいな“腰抜け共”!」

 

 

 

毅然とした態度で訓示を述べた桃に対して、先ず“アヒルさん(バレー部)チーム”が一斉に「はいっ!」と応えると、“ウサギさん(一年生)チーム”のツインテール娘・大野 あやが元気良く返事をする。

 

 

 

「頑張りまーす!」

 

 

 

続けて、“カバさん(歴女)チーム”のリーダー・カエサルが「“勝って兜の緒を締めよ”だーっ!」を気合を入れると、チームの残りのメンバー達が「オーっ!」を気勢を上げた。

 

其のノリに釣られて、“ウサギさん(一年生)チーム”の特撮好き操縦手・阪口 桂利奈も「エイエイオー!」と掛け声を挙げると、周囲からも気合の入った声が次々と上がり、場の雰囲気が盛り上がって来た。

 

そんな仲間達の雰囲気を見たみほが驚いて周囲を見回す中、五十鈴 華が「皆、凄いですね」と感心した声で語り掛けて来たので、みほは「うん」と答えていたが…此処で()()()()()だけが違う雰囲気になっている事に気付き、ふと呟く。

 

 

 

「あれっ、原園さん達?」

 

 

 

そう…“ニワトリさんチーム”のメンバーの内、未だ沈んだ表情をしている嵐を除く瑞希・菫・舞・良恵の四人が、何やら言いた気な表情で目の前に居る桃の顔を睨んでいたのだ。

 

其れに気付いたみほと華が心配気な顔で彼女達を見ていると、嵐に次ぐチームのサブリーダー格である砲手の野々坂 瑞希が、桃に向かって挑発的な発言をしたのである。

 

 

 

「あの…河嶋先輩。()()()()()()()()()()皆を“腰抜け”呼ばわりって、良い度胸ですね?」

 

 

 

「な…何だ、野々坂!それにお前達(ニワトリさんチーム)、何故私を睨んでいるんだ!?」

 

 

 

瑞希達に睨まれた桃は、聖グロとの親善試合で起きた“同士撃ち”の際に嵐から“ダメ人間!”と言われた事を思い出したのか狼狽した顔で言い返したが、瑞希は桃を睨んだ儘語り続ける。

 

 

 

「河嶋先輩、皆知っていますよ。一回戦でサンダースの追撃に遭って大ピンチになった時……」

 

 

 

と瑞希が語った直後、瑞希本人と菫・舞・良恵の四人が一斉にこう叫んだ。

 

 

 

「「「いや、もうダメだよ柚子ちゃ~ん!」」」

 

 

 

其の瞬間、集まっていた戦車道履修生の内、未だ沈んだ表情の儘の嵐を除く全員が爆笑するか、みほや華の様に呆気に取られた表情で、一回戦での()()をバラされた結果「ヒッ!」と短い悲鳴を上げつつ赤面している桃の姿を見詰めていた。

 

此れに対して醜態をバラされた当人は「な、何故其れをお前達が知っている!?」と絶叫したが、其処へ“ニワトリさんチーム”の副操縦手を勤める長沢 良恵が“してやったり”の表情でこう説明した。

 

 

 

「佐智子から聞きましたよ。何でもあの時、『河嶋先輩、何で真っ先に諦めるんですか…この“ダメ人間”!』って佐智子に言われたんですよね?」

 

 

 

此れで自らの醜態を暴露した張本人が、自分も所属する“カメさん(生徒会)チーム”の仲間で後輩の名取 佐智子だと知った桃は小声で「オイ名取…あの時の事を!」と、自分の傍らに居る佐智子を叱ったのだが…本人は澄まし顔で桃の怒声を聞き流し乍ら、桃の耳元で()()()()()()()()()()()でこう言ったのだ。

 

 

 

(良いんですか、河嶋先輩?“あの件(廃校)”を此処でバラしても?)

 

 

 

「何!?」

 

 

 

“生徒会の最重要機密(学園の廃校)をバラすぞ”と佐智子から脅された桃が驚愕の視線を会長と柚子へ向けると…二人共苦笑いを浮かべた儘だ。

 

そして先程まで自分を睨んでいた瑞希達四人も、今は一転して人の悪い笑みを向けている。

 

其の瞬間、桃は悟った。

 

 

 

(今の話、小山に会長迄承知していたのか!)

 

 

 

“今年の戦車道全国高校生大会で優勝出来なければ、大洗女子学園は廃校になる”と言うのが生徒会の最重要機密だが、実は“ニワトリさんチーム”のメンバーの内、長沢 良恵を除く“群馬みなかみタンカーズ”の卒業生四人は事前に其の事を知らされている…其れが彼女達を大洗女子学園の戦車道チームに加入させる条件だったからだ。

 

と言う事は…恐らく、佐智子が幼馴染の同級生である良恵を通じて瑞希達へ全国大会一回戦での自分の醜態を伝えたのは、会長の杏と副会長の柚子も了承済みだったと言う事だ。

 

勿論、良恵は此処迄の事情を知らされていないから単純に“自分()の醜態”を佐智子から教えられた上で瑞希達へ伝えただけだろう。

 

恐らく自分が敬愛する生徒会長は、普段の自分の態度と練習や試合での振る舞いのギャップに不満を抱いているかも知れない他の戦車道履修生を宥める為に、敢えて自分を()()にする事で皆の不満を笑いに変えようとしているのだ…会長なら其処迄考えてもおかしくない。

 

そんな事を思い浮かべた桃が驚愕している最中、“ニワトリさんチーム”の砲手である瑞希がにこやかな笑みを浮かべながら桃へ告げる。

 

 

 

「先輩として皆をちゃんと練習させたい気持ちは分かりますけれど、其の前に“先輩が()()を示して下さい”ね♪」

 

 

 

そんな彼女の“()()”に、皆も「うんうん♪」と頷いている中、桃は「グッ!」と唸ると、皆の前で項垂れるしか無いのであった。

 

だが、桃はこの時「何時もなら真っ先に私の事を()()筈の原園が、今は何故沈んだ表情の儘何も言わないのだ?」と心の中で訝しんだが、其の理由まで察する事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

斯くして桃の話題で盛り上がった後、今度は生徒会長の角谷 杏が皆の前に出て来て「え~と皆、河嶋の事はこの辺で許してあげて」と皆へ告げると、皆が「は~い!」と返事をすると静かになる。

 

こうして場を仕切った角谷会長は、続けてこんな事を言い出した。

 

 

 

「で、此れから練習に入る前に()()()()があるから伝えて置くね…小山」

 

 

 

此処で会長の指名(呼び出し)に合わせて副会長の柚子が前に出ると、皆へ“今日のお知らせ”を告げたのである。

 

 

 

「はい。実は今日と明日、戦車道全国大会の特別後援社である“首都新聞社”の記者(ライター)の方が私達の取材を行います」

 

 

 

「「「おおっ!」」」

 

 

 

“自分達を取材する為に新聞記者がやって来る”と知り、一斉に盛り上がる履修生達。

 

其処へ角谷会長が苦笑いを浮かべながら、今回の取材に至る事情を説明する。

 

 

 

「実はね、其の記者さんは聖グロとの親善試合の時にも取材に来てくれたのだけど、其の時は時間が無かったから私達生徒会役員だけが取材に答えたんだ…でも、この間首都新聞社さんから“其れだけでは十分な取材にならないので、一回戦を突破したこのタイミングで改めてチームの皆さんの練習を取材したい”との申し出が有ってね。戦車道連盟からの要請も有って引き受ける事になったんだよ」

 

 

 

そして更に、桃が真面目な顔で一言付け加える。

 

 

 

「首都新聞は全国紙だから、今度の取材は二回戦の直前頃の朝刊に掲載されるそうだ。つまり私達の活動が全国に伝えられる事になる」

 

 

 

「「「おおっ!」」」

 

 

 

桃からの一言で“自分達が全国紙の朝刊に載る!”と知った履修生達のほぼ全員が歓声を上げた。

 

特に沙織の喜び様は尋常では無く「やった!全国紙に私が紹介されちゃう!」と口走っていると、華が「沙織さんが取材されるか如何か、未だ分からないのですよ?」と辛辣なツッコミを入れていたので、其の様子を見たみほは「アハハ……」と照れ隠しの様に苦笑いを浮かべている。

 

そんな中、優花里が「それで、記者さんはもう来られて居るのですか?」を期待を込めて生徒会役員達に質問すると、柚子が微笑みながら「じゃあ皆、静かにして下さ~い」と呼び掛けて、皆を落ち着かせてからゆっくりした口調で話し出した。

 

 

 

「と言う訳で…其れでは御紹介します。首都新聞社の“北條(ほうじょう) 青葉(あおば)”さんです!」

 

 

 

すると生徒会役員達の前に、薄いグレイッシュピンクの髪をポニーテールに纏めた若い女性が現れた。

 

キュロットスカートを履いた姿が印象的な其の女性は、履修生の前に立つと明るい声で皆に自己紹介をした。

 

 

 

「皆さんお早う御座います。首都新聞社の“戦車道担当・専属契約ライター”、北條 青葉です。今日と明日、皆さんの練習を中心にこの学校と皆さんのチームを取材しますので、宜しくお願いします!」

 

 

 

すると周囲から拍手と共に「あっ、若い!」「結構美人!」と好意的な歓声が上がったせいか、青葉はハニカミ乍らこう答える。

 

 

 

「えへっ、此れでも今年で27歳ですよ♪」

 

 

 

其の瞬間、再び周囲から「おおっ!」「お姉さん可愛い!」等と言ったどよめきが起こった。

 

そんな中、優花里が目を輝かせながら「あの、北條さんは戦車道が好きなのですか?」と質問すると、青葉は笑顔で返答する。

 

 

 

「小さい頃はそうでも無かったけど、仕事で自衛隊関連の取材をしている内に興味を持って…今では戦車道の取材がメインの仕事で、プライベートでも戦車が好きになりました」

 

 

 

其の答えを聞いて「わあ!」と、目を輝かせながら喜ぶ優花里。

 

続いて“ウサギさんチーム”のリーダー・澤 梓が「御出身は?」と問い掛けられた青葉は、一瞬複雑な表情をしたが、直ぐ笑顔に戻って返事をする。

 

 

 

「出身は広島県の…呉市。()()()()()()()()()()()()()()()()()()に在って、毎朝呉港と戦艦大和の生まれ故郷のドックが在った場所を見て育ったわ」

 

 

 

其の瞬間優花里が「戦艦大和のドックが在った場所を毎朝見ていたのですか!」と嬉しそうな声で返事をしたのを聞いた青葉は、苦笑しながらこう説明した。

 

 

 

「ドック自体は随分前に埋め立てられたけど、ドックを隠していた建物の屋根の部分が今も現役だからね」

 

 

 

「「「へぇー」」」

 

 

 

青葉の説明に皆が盛り上がる中、当人は笑顔を絶やさずに皆を見ていたが、直ぐに視線を角谷会長の方へ向ける。

 

すると会長も頷いたタイミングで、青葉は改めて皆へ説明をした。

 

 

 

「えーと、本当はもう少し皆さんとお話したいのですが、此れから練習の時間との事なので、この後私は皆さんの練習の様子を安全な場所から取材させて頂きます」

 

 

 

「「「はーい!」」」

 

 

 

青葉からの説明に皆が元気良く返事をする中、青葉は視線を西住 みほへ向けると挨拶をする。

 

 

 

「其れと、初めまして。隊長の西住 みほさん」

 

 

 

「はい?」

 

 

 

突然の挨拶にみほが戸惑っていると、青葉は再び笑顔を浮かべながらこう語る。

 

 

 

「実は西住さんには、明日の放課後に私の単独インタビューを受けて頂く予定を組んでいますので、宜しくお願いします」

 

 

 

そしてみほに向けて御辞儀をする青葉を見たみほは、突然の“お願い”に「ふえっ?」と声を上げつつ戸惑っていたが、此処で青葉が今回の“お願い”の事情を説明した。

 

 

 

「実はこのインタビュー、本当は聖グロとの親善試合の後に予定していたのだけど、()()()()から出来なくなってしまったの」

 

 

 

「ああ、私達が試合後の罰ゲームで“あんこう踊り”をやった所為(せい)で、インタビューの時間が無くなっちゃったんだよね♪」

 

 

 

青葉の説明に続いて、彼女の後ろに控えていた角谷会長が人の悪い笑みを見せながら補足説明をした所、青葉は困り顔で今回の取材の“裏事情”を語る。

 

 

 

「御蔭で、私の上司であるデスクの中村さんからは『今度はちゃんと西住隊長からインタビューを取って来い。取って来る迄社には帰って来るな!』と怒鳴られてしまって……」

 

 

 

青葉からの“告白”に履修生達から「あーっ……」と同情の声が上がる中、会長が明るい声で誤魔化しつつ皆へ指示を出した。

 

 

 

「じゃあ、此れから午前の戦車道の練習を始めるから、各チームは其々の戦車に乗り込んで演習場へ出発する準備を整えてね~♪」

 

 

 

会長からの指示に、「はーい!」と元気良く答えてから其々の愛車へ乗り込む準備を始める履修生達。

 

しかし、そんな中で原園 嵐だけは沈んだ表情の儘、トボトボと自分達の愛車・M4A3E8(イージーエイト)へ向かって歩いて行く。

 

其の姿を見た青葉は、心配そうな表情を浮かべるとみほに向けて問い掛けた。

 

 

 

「西住さん…あの娘、原園 嵐さんだよね?この間の試合とは全然違う様子だけど、何があったのかしら?」

 

 

 

「いえ…今朝から様子がおかしいのだけど、私にはちょっと分からないです」

 

 

 

「御免ね、変な事を訊いて…でも私、彼女が中学時代の時から知っているのだけど、あんなに沈んだ表情を見るのは初めてだから」

 

 

 

「はい。原園さんは“何時も明るい声で皆を励ます娘”だから、心配で……」

 

 

 

だが此処で、みほによる嵐の話を聞いた青葉が意外そうな声でみほに問い掛けた。

 

 

 

「えっ、皆を励ます?」

 

 

 

其の一言にみほは戸惑い乍ら「あっ…はい、そうですよ?」と答えたが、青葉は怪訝な表情を浮かべると、みほへこう語り出したのだ。

 

 

 

あの娘()、群馬みなかみタンカーズに居た頃は“一匹狼”で、野々坂さんやこの大会の一回戦で戦ったサンダースの原 時雨さんの様な“(ごく)親しいチームメイト以外の娘”とは余り親しくしていなかった筈よ?」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

青葉の口から、意外な事を聞かされて戸惑うみほ。

 

だが青葉は、そんなみほの表情を見ながらもこう語る。

 

 

 

「ええ…だから彼女、“()()()()()()()随分変わったな”って思っていたのだけどね」

 

 

 

(えっ…其れって、大洗に来る前の原園さんは“今と違う”って事?)

 

 

 

青葉からの話を聞いて“自分が知らない原園 嵐の過去”の一端を知ったみほだったが、此れから練習を控えているので其れ以上の詮索は出来ず「済みません、練習が有るので失礼します」と青葉へ告げて其の場を立ち去るしか無かった。

 

 

 

(第45話、終わり)

 




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第45話をお送りしました。
前回、嵐の父・直之さんの過去話を聞く中で、謎めいた発言をした明美の言葉の真意が分からず悩むみほ。
そんな彼女の前に、何故か元気の無い姿で現れた嵐。
しかし、そんな状況下にも関わらず大洗女子学園に来客が。
其の正体は、今回の戦車道全国高校生大会の特別後援社である首都新聞社の契約ライター・北條 青葉。
気さくなお姉さんである青葉の登場に皆が盛り上がる中、戦車道の練習が始まりますが、嵐は何時もの元気が無い儘……
そんな時、みほは青葉の一言から嵐の嘗ての姿を知り、現在の姿とのギャップに疑問を抱くが……

そして次回、戦車道の練習で思わぬトラブルが彼女達を襲います。
一体何が起きたのか?

それでは、次回をお楽しみに。



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第46話「訓練が大変です!!」


今回は、若干衝撃的な展開が待ち受けていますので御了承下さい…但し、誰かが死んだり大怪我をしたりと言う話では無いので、ご安心を。
只、今後暫くの間はシリアスな話が続きます。
其れでは、どうぞ。


 

 

 

其の日、大洗女子学園・戦車道チームは、学園艦甲板上に在る戦車道演習場で訓練を行っていた。

 

訓練は、先ず隊長車である“あんこうチーム”のⅣ号戦車D型を先頭に、六輌の戦車が一列縦隊を組んでの行進練習から始まった。

 

其処から西住 みほ隊長の指示で隊列を一列横隊に、続いて傘型隊形へと素早く変化させ乍ら演習場を駆け巡る各チームの戦車達。

 

其々の戦車に乗る仲間達は、戦車道を始めてから一カ月余りしか経っていないが、其の練度は当初の頃に比べれば格段に高まっている。

 

そんな演習場内の一角には、第二次大戦中にドイツ陸軍装甲部隊が使っていたハーフトラック・Sd.Kfz.251/3D型装甲無線車が停車しており、其のオープントップのキャビンから大洗女子学園・戦車道チームの練習風景を眺めて居る人物が三人居た。

 

チームの支援者・原園 明美が社長を務める“株式会社原園車輌整備”の工場長・刈谷 藤兵衛(かりや とうべい)

 

藤兵衛の部下で、整備課副班長の張本 夕子(はりもと ゆうこ)

 

二人は、今日の練習終了後に全国大会二回戦に備えて、大洗女子学園が保有する戦車を整備する為に、群馬県みなかみ町に在る明美の会社から出張して来ているのである。

 

そして、二人の隣でデジタル一眼レフカメラを駆使し乍ら訓練中の戦車の動画撮影を試みている若い女性が居た。

 

彼女こそ、今日と明日の日程で戦車道全国高校生大会の特別後援社・首都新聞社から大洗女子学園・戦車道チームの密着取材の為にやって来た“戦車道担当・専属契約ライター”の北條 青葉(ほうじょう あおば)である。

 

彼女は、訓練開始直後から各チームの戦車の動きを戦車道履修生達の行動と共に撮影していた。

 

 

 

そんな中、訓練は演習場内を流れる川を渡河する練習へと移る。

 

各車渡河の順番を待つ中、最初に“カメさんチーム”の38(t)軽戦車B/C型が川を渡って行くと、同車と刈谷達が乗っているSd.Kfz.251/3Dの間で無線交信が交わされる。

 

 

 

「如何だ? 水漏れは起きていないか?」

 

 

 

「操縦席の覗き窓から水が漏れていますね」

 

 

 

刈谷からの通信に対して、“カメさんチーム”の通信手兼機銃手(但し、何時も干し芋しか食べていない)の角谷生徒会長が38(t)軽戦車B/C型に防水上の問題が有る事を報告すると、刈谷は小さく頷き乍ら返答した。

 

 

 

「そうか…やはり覗き窓のシーリングの具合が思った以上に悪いな。角谷ちゃん、川を渡り終えたらこっちに来てくれ。状況を確認してから放課後に戦車格納庫で修理しよう」

 

 

 

すると通信を聞いていた角谷会長が「承り~♪」と返信したタイミングで、夕子が上司である刈谷へ問い掛ける。

 

 

 

「今日の訓練、此の後は砲撃訓練だけですから、38(t)の修理は其れが終わってからで宜しいのですね?」

 

 

 

「ああ。本当は直ぐ修理したいが、今日の訓練内容なら放課後迄待っても差し支え無いだろう」

 

 

 

「そうですね。“カメさんチーム”は生徒会の業務の都合で、今日の放課後の特訓には参加出来ないと言っていましたから」

 

 

 

夕子との間で“カメさんチーム”の38(t)軽戦車B/C型の修理のタイミングを話し合った刈谷は小さく頷くと、渡河訓練の撮影を続けている青葉へ視線を移して「如何だい青葉ちゃん。良い画像()は撮れたかい?」と話し掛けた処、青葉は一旦撮影を止めるとこう答えた。

 

 

 

「はい。後は砲撃訓練をしている所を撮れば…でも」

 

 

 

其の直後、表情を若干曇らせる青葉の姿を見た刈谷は「でも?」と問い掛けると、青葉は表情を変えない儘答える。

 

 

 

原園()さん、今日は元気が無いみたいですね?」

 

 

 

「そうか…分かるかい?」

 

 

 

「はい…去年の戦車道全国中学生大会では、“初戦から()()()彼女を見て来ました”から」

 

 

 

刈谷の問い掛けに対して心配そうな声で答える青葉。

 

そんな二人は、共に戦車の隊列の最後尾に居る“ニワトリさんチーム”のM4A3E8(イージーエイト)の車長用キューポラ上で俯いている嵐の表情を見詰めていた。

 

 

 

「嵐ちゃん…如何しちゃったのでしょう?」

 

 

 

其の様子を見た夕子は不安気に呟いたが、刈谷と青葉は何も答えなかった。

 

 

 

 

 

 

渡河訓練終了後、チームは一旦学園内の戦車格納庫へ戻ると、引き続き砲撃訓練の準備を始めた。

 

例えば“カバさんチーム”のⅢ号突撃砲F型の周りでは、カエサル達チームのメンバーが砲撃訓練場の地図と睨めっこし乍ら議論を交わしている。

 

一方、“ウサギさんチーム”は愛車であるM3リー中戦車用の75㎜砲弾の搭載作業を進めていた。

 

 

 

「う、う~ん……」

 

 

 

其処では、通信手兼75㎜砲装填手の宇津木 優季が、乙女にはやや重い75㎜砲弾を持って四苦八苦している。

 

何しろ彼女は、木箱に入った75㎜砲弾を取り出すと真っ直ぐ持ち上げ、M3リーの車体後部左側で腰を下ろしているチームメイトの大野 あやへ受け渡さなければならなかったのだ。

 

そして、優季から75㎜砲弾を受け取ったあやも必死の形相で砲弾を持ち上げると、37㎜砲塔の横で膝を着いている丸山 紗希へ75㎜砲弾を渡していた。

 

こうして、彼女達が75㎜砲弾をリレーし乍らM3リーの車内へ搭載していた時、優季の耳元へ()()()()()()にしては“妙にカッコイイ声”が響いて来る。

 

 

 

「優季…一寸いいかな?」

 

 

 

突然“下手な()()()()()()()()()()”で話し掛けられた優季は、思わず頬を赤く染め乍ら声を掛けた()()に呼び掛ける。

 

 

 

「み…()()()()()?」

 

 

 

其の相手は、“ニワトリさんチーム”の砲手・野々坂 瑞希である。

 

優季は、瑞希からの“()()()()()”を受けた影響でドキドキし乍ら瑞希を見詰めていたが、彼女は突然“M3リーの()()()()()にある大きなハッチ”を開けた後、砲弾を積み込んでいた優季・あや・紗希の三人に向かって仏頂面でこう指摘した。

 

 

 

「M3リーはね、此処に大型のハッチが有るから楽に砲弾を積み込めるわよ?」

 

 

 

「「マ…マジですかー!?」」

 

 

 

瑞希からツッコまれて驚愕の叫び声を上げた優季とあや、そして何時もの如く無言だが流石に驚いた表情をしている紗希の姿を見た瑞希は、呆れた表情で一言呟くのだった。

 

 

 

「やれやれ……」

 

 

 

そして、迎えた砲撃訓練。

 

訓練は、先程移動と渡河訓練を行った場所から更に離れた地点に在る射撃場で行われる。

 

此の射撃場では様々な条件下での砲撃訓練を実施出来るが、今回は砲撃地点から1000m先に在る土堤に設置された標的に向かって、一度に三輌の戦車が同時に砲撃をすると言う“基礎的な砲撃訓練”だった。

 

勿論、原園車輌整備の二人と共に密着取材中の青葉も同行しており、三人は安全な場所から訓練の様子を見守っていたが、其の時青葉がデジタルカメラで訓練の様子を撮影していると、()()()に気付く。

 

 

 

「あっ…砲撃の腕前は“未だ未だ”か」

 

 

 

今、射撃場ではⅢ号突撃砲F型(カバさんチーム)Ⅳ号戦車D型(あんこうチーム)八九式中戦車甲型(アヒルさんチーム)の三輌が停止状態で砲撃訓練を続けているが、中々標的に直撃弾を与えられないでいる。

 

 

 

「まあ、砲撃は“撃った砲弾(タマ)の数だけ上手くなる”からね。彼女達、訓練を始めてから一カ月余りだから、こんなモンよ」

 

 

 

「そうですね」

 

 

 

青葉の隣に居る夕子が苦笑いを浮かべ乍ら大洗女子の選手達をフォローすると、自身も聖グロとの親善試合を取材した事で、大洗女子の選手達の経験不足を知っている青葉は納得した表情で頷き乍ら返事をした後、再び彼女達の砲撃の様子を撮影し続けていたが…其の時、射撃場内の標的に連続して命中弾を出した戦車が現れた事に気付いて、驚きの声を上げた。

 

 

 

「あっ!あれは“アヒルさんチーム”の八九式!」

 

 

 

バレー部員四人で構成される“アヒルさんチーム”の八九式中戦車甲型が次々と命中弾を出す光景を撮影した青葉は驚嘆するが、其の姿を見た刈谷工場長は苦笑し乍ら呟く。

 

 

 

「確かに、バレー部の嬢ちゃん達の集中力は凄いんだが、肝心の戦車砲が短砲身の57㎜じゃあなあ…アレだったら、20㎜機関砲を使った方が未だマシだ」

 

 

 

「工場長、其れを言っちゃあ駄目ですよ!」

 

 

 

八九式の主武装・「九〇式五(センチ)七戦車砲」の威力が低過ぎる事を知っている刈谷が“アヒルさんチーム”の腕前を惜しんでいると、話を聞いた部下の夕子が口を挟む中、青葉も夕子に同調してこんな事を語り掛けた。

 

 

 

「そうですよ。貫通力に劣る57㎜砲でも攪乱位なら出来ますし、相手にとっては鬱陶しい存在だと思いますよ?」

 

 

 

二人の若い女性からツッコミを受けた刈谷だったが、ニヤリと不敵に笑い乍ら「張本も青葉ちゃんもバレー部の娘達が好きなんだな?」と話し掛ける。

 

すると、夕子は微笑み乍ら砲撃訓練の様子を眺め続けており、其れに対して青葉も微笑んでいたが、取材中と言う事も在って直ぐにデジタルカメラを構え直すと、訓練の撮影を再開したのだった。

 

 

 

 

 

 

そして、此の日の訓練も最後の種目に移る。

 

今度はチームの戦車を“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”・“ニワトリさん(M4A3E8)チーム”の二輌と、其れ以外の四チーム・四輌の二つに分けて、“あんこうチーム”と“ニワトリさんチーム”が“標的役”になって演習場内を逃げ回る中、残りの四チームが“標的役”の戦車二輌を戦車道専用の訓練弾*1で撃つと言う、かなり“実戦的な訓練”だ。

 

 

 

「うわっ…結構危なくないですか?」

 

 

 

一緒に練習を見ている夕子から訓練内容を聞かされた青葉が心配そうな表情で問い掛けるが、夕子は微笑み乍らこう答える。

 

 

 

「使う砲弾は専用の訓練弾だから、乗員がキューポラやハッチから顔を出さない限りは大丈夫ですよ。後、戦車道で使う戦車にはカーボンコーティングの内張りも有りますから」

 

 

 

其処へ、夕子の上司である刈谷工場長が補足説明をする。

 

 

 

「其れに、さっきの砲撃訓練を見ただろう?次の二回戦迄に練度を上げる為には、“思い切った訓練”も必要なんだ」

 

 

 

「そうですね…たった一カ月余りの訓練で全国大会に出場している以上、これ位の特訓は積み重ねないと不味いですね」

 

 

 

夕子と刈谷から指摘を受けて、青葉も戦車道ライターとしての経験から大洗女子が短期間にどれだけの努力を積み重ねているのかに気付いて、頷き乍ら返事をする。

 

だが…三人がそんな会話を交わした直後、標的役の戦車の内の一輌に“或る異変”が起きたのだ。

 

 

 

 

 

 

「麻子さん、次はもっと手前に着弾すると思うので、スピードを上げて敵弾を躱して下さい」

 

 

 

「分かった」

 

 

 

其の時、みほは“あんこうチーム”の車長として操縦手の冷泉 麻子に砲撃回避の指示を出し、麻子も即座に応答していた。

 

此の訓練では、みほが車長を務める“あんこうチーム”のⅣ号戦車D型と“ニワトリさんチーム”のM4A3E8(イージーエイト)が“標的役”を務めている。

 

此れは、全チームの中で技量が高い二チームが“標的役”となる事で、残り四チームの技量を引き上げようと言う狙いである。

 

そんな中、みほは此の訓練の“相棒”である“ニワトリさんチーム”の戦車長・原園 嵐へ向けて無線で警告を送る。

 

 

 

「あんこうよりニワトリ、次は其方へ砲火が集中すると思うので、回避機動の準備をして下さい!」

 

 

 

『……』

 

 

 

だが、何時もなら即座に嵐から返信が来る筈なのに、此の時だけは全く返信が来なかった。

 

ほんの数秒間の沈黙だが、戦車道では其の沈黙が命取りになる事を知っているみほは、嵐の“沈黙”に不安を抱き乍ら、もう一度彼女へ交信を試みる。

 

 

 

「あれ…原園さん、聞こえますか?」

 

 

 

しかし、みほの願いも空しく嵐からは全く返信が来ない。

 

そして次の瞬間、“ニワトリさんチーム”のM4A3E8(イージーエイト)に二発の訓練弾が立て続けに命中した!

 

 

 

「あっ!麻子さん、急ブレーキ!」

 

 

 

みほが叫んだ直後、被弾したイージーエイトは派手にスピンすると“あんこうチーム”のⅣ号戦車D型に正面を向けた状態で停車する。

 

幸い“あんこうチーム”のⅣ号は、イージーエイトが被弾した瞬間にみほが操縦手の麻子に急ブレーキを命じた為、余裕を持った車間距離で停車出来たので両車の正面衝突は避けられたが、此の時みほは“イージーエイトの()()()()()()”から“車長の嵐に異変が起きた”と確信し、不安気な声で無線に向かって叫んだ。

 

 

 

「原園さん、如何しました…原園さん!?」

 

 

 

其処から、少しの間だが沈黙が続き、更なる不安を感じるみほ。

 

だが次の瞬間“ニワトリさんチーム”のM4A3E8(イージーエイト)から返信が流れて来たが、返信して来たのは車長の嵐では無く、砲手の瑞希だった。

 

 

 

「此方ニワトリより全車、直ちに訓練を中止して下さい!」

 

 

 

「如何しました野々坂さん、原園さんは?」

 

 

 

返信を聞いた瞬間、みほは真っ先に嵐の状態を尋ねるが、瑞希は何時もより鋭い声で状況を報告する。

 

 

 

「済みません、隊長。嵐ですが“熱中症”みたいです…車内で立った儘意識が朦朧として居た様で、大量の汗も掻いています!」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

瑞希からの報告を受けて、衝撃を受けるみほ。

 

確かに、此処数日間は気温が例年よりも高く、戦車の中に長時間居ると熱中症になる恐れが有る事は今日の訓練開始前のミーティングで周知徹底していたが、まさか戦車道経験者の嵐が熱中症になるとは予想していなかったみほは「如何しよう……」と呟き乍ら動揺する。

 

しかし、此処で瑞希が落ち着きを取り戻したらしく、何時もの冷静な声でみほに指示を求めて来た。

 

 

 

「大丈夫です、西住隊長。今停車して嵐を休ませる準備をしています。申し訳有りませんが、隊長達も手伝って頂けますか?」

 

 

 

瑞希からの報告で落ち着きを取り戻したみほは、安堵すると瑞希に問い掛ける。

 

 

 

「了解。でも、“熱中症の対処法”は知っているの?」

 

 

 

「はい隊長。熱中症の対処法はみなかみタンカーズで教わっているので、取り敢えず隊長は私達の対処がキチンと出来ているか見ていて下さい…其れと誰でも良いので、スポーツドリンクか経口補水液、其れからバケツかペットボトルに冷たい水を汲んで持って来させて下さい」

 

 

 

「了解!後、刈谷さん達と救急車も呼んだ方が良い?」

 

 

 

「お願いします!」

 

 

 

「了解!今から私は其方へ向かいますが、此の無線はオープンにして置くので、何か有ったら沙織さんに連絡して下さい!」

 

 

 

熱中症を起こした嵐の対処法を瑞希と打ち合わせたみほは、瑞希から「了解しました!」との返信を聞いた後、沙織に瑞希からの要請を全車に伝えると共に、救急車の要請と刈谷達にハーフトラック(Sd.Kfz.251/3D)で来てもらう様に伝えた直後、愛車であるⅣ号戦車D型から降りると“ニワトリさんチーム”のM4A3E8(イージーエイト)へ駆け寄って行く。

 

すると、其の近くに有る大木の下に人だかりが出来ており、周囲には“ニワトリさんチーム”からの無線連絡を受けたのか、他のチームのメンバーも何人か駆け付けていた。

 

そして彼女達が集まっている中心部では、嵐が瑞希達の手でM4A3E8(イージーエイト)から降ろされており、近くに在る林の中で濡らしたタオルを体の各所に巻いた状態で寝かされている。

 

其の傍らには、各チームのメンバーが沙織からの無線連絡を聞いて用意したのだろう、バケツで汲んだ冷水と其の冷水に浸してから絞った濡れタオルや経口補水液等が持ち込まれていた。

 

 

 

「野々坂さん、原園さんの容態は?」

 

 

 

嵐の様子を見たみほが心配そうに嵐の傍らに居る瑞希に問い掛けると、瑞希は安堵した声で嵐の容態を告げた。

 

 

 

「隊長。嵐ですが、かなり疲れていたみたいで今は眠っています。さっき迄経口補水液を飲んでいたので、意識はしっかりしているみたいですが」

 

 

 

「有難う。救急車は呼んであるし、もう直ぐ刈谷さん達がハーフトラックで此処へ来るから、後一寸の辛抱だよ」

 

 

 

瑞希からの報告を聞いてホッとしたみほは、もう直ぐ助けが来る事を瑞希に告げると、彼女は「有難う御座います!」とみほに向かって頭を下げた。

 

丁度其の時、体の各所を冷やした状態で眠っている嵐の口から、微かな譫言(うわごと)がみほの耳に聞こえて来る。

 

 

 

『父さん、助けて……』

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「父さん」の一言に当惑するみほだが、其の直後嵐の譫言(うわごと)を聞いた瑞希の顔が強張っているのに気付いた。

 

 

 

「野々坂さん?」

 

 

 

瑞希の表情を見て更に戸惑うみほだったが…其の時、みほの耳に嵐からの“思わぬ一言”が飛び込んで来た。

 

 

 

『私…此の儘だと…父さんの様に…戦車に、戦車道に殺される!』

 

 

 

「!」

 

 

 

「戦車道に殺される!」との“衝撃的な一言”にショックを受けるみほ。

 

 

 

だが其の時、強張った顔をした瑞希がみほに向かって小声で話し掛ける。

 

 

 

「隊長…落ち着いて下さい。此の娘、“()()()事情が有ります”から」

 

 

 

「あ…うん。でも一体何が?」

 

 

 

瑞希の話を聞いて動揺するみほだが、瑞希は悲し気な表情を浮かべ乍ら、みほに詫びる様にこう語る。

 

 

 

「済みません。でも()()()()()()()()()()……」

 

 

 

其の一言にみほが戸惑う間も無く、背後から鋭い声が響いて来た。

 

 

 

「おい皆、嬢ちゃん()達は大丈夫か!?」

 

 

 

明美の会社(原園車輌整備)の工場長・刈谷 藤兵衛がハーフトラック(Sd.Kfz.251/3D)に乗って駆け付けて来たのだ。

 

更に、刈谷と一緒に来た助手の夕子がみほ達に向かって叫ぶ。

 

 

 

「もう直ぐ演習場の出入口に救急車が来るから、此処から演習場の出入り口迄私達が乗って来たハーフトラックで嵐ちゃんを運ぶよ!」

 

 

 

そして、刈谷がみほ達に向かって鋭い声で指示を出す。

 

 

 

「取り敢えず、みほちゃんと瑞希ちゃんは嬢ちゃんと一緒に俺達が乗って来たハーフトラックに乗ってくれ!其れと悪いが、北條さんは俺と一緒に此処に残ってくれ!後で迎えを出す!」

 

 

 

取り敢えず此の場に居残る事になった青葉が真剣な表情で「分かりました!」と答えると、刈谷は次の指示を出した。

 

 

 

「じゃあ張本、今からハーフトラックを指揮して演習場の出入口迄行ってくれ!其処に着いたら救急車に嬢ちゃんを乗せるんだ!みほちゃんと瑞希ちゃんも付き添いで乗せるんだぞ!」

 

 

 

「了解!」

 

 

 

刈谷からの指示を受けた夕子は、直ちにハーフトラックから持ち出した担架に嵐を乗せると、付添を指示されたみほや瑞希と一緒にハーフトラックに乗せてから演習場の出入り口を目指してハーフトラックを発車させた。

 

其の時ハーフトラックから外を見たみほは、青葉が()()()()()()()()()()嵐と自分達が乗ったハーフトラックを見送っているのに気付いた。

 

 

 

 

 

 

そして放課後の学園内。

 

下校準備中の“あんこうチーム”のメンバーは、今日起きた嵐の熱中症について語り合っていた。

 

 

 

「大変だったね」

 

 

 

「ええ、沙織さん…今日の放課後の特訓は中止になりましたけれど、原園さんが無事で良かったですね」

 

 

 

「そうですね五十鈴殿。原園殿は念の為に救急車で病院へ搬送されましたから、心配していました」

 

 

 

沙織・華・優花里の順で、嵐の熱中症が大事に至らなかった事を語り合い乍ら安堵していると、嵐の付添を終えて瑞希と共に病院から午後の授業が始まる直前の学園に帰って来ていたみほも安堵の表情を浮かべ乍らこう語った。

 

 

 

「さっき病院から会長さんに連絡があって、『幸い軽症だったので、夕方には帰宅出来ます』って言われたって。今、鷹代さんが病院へ迎えに行っているらしいよ」

 

 

 

すると、其の言葉を聞いた麻子が落ち着いた表情でこう呟く。

 

 

 

「“原園のおばあ(鷹代)”か…きっと嵐は今晩、こってり絞られるだろうな」

 

 

 

だが、其の呟きを聞いた沙織が一言。

 

 

 

「其れ、麻子が()()()()()()()()でしょ?」

 

 

 

其のツッコミは()()だったらしく、麻子は「うっ……」と呻いた後、憮然とした表情で黙り込んでしまった。

 

其処へ華が皆に呼び掛ける。

 

 

 

「其れより、今日は原園さんの事が有りましたから、皆で真っ直ぐ帰りましょうか?」

 

 

 

すると、沙織からツッコまれて黙っていた麻子が「ああ。流石に今日は、皆でさつま芋アイスを食べる気分じゃ無いしな」と呟き乍ら頷くが、此処でみほが何か思い出したらしく、済まなそうな表情で皆へこう説明した。

 

 

 

「あっ…私、一寸戦車格納庫の方へ行って来る。“カメさんチーム”の38(t)軽戦車、渡河訓練の時覗き窓から水が漏れるトラブルが有って、放課後修理するって聞いたから様子を見に行かなきゃ」

 

 

 

其処へ、みほの説明を聞いた優花里が小さく頷き乍ら語り掛ける。

 

 

 

「其れ、刈谷さんと張本さんが話していましたね?」

 

 

 

すると、みほも頷き乍ら皆に事情を説明した。

 

 

 

「会長さんからも『明日は生徒会も放課後の特訓に参加するから、修理が間に合うか聞いて来て』って言われているんだ…御免ね」

 

 

 

そして、みほが済まなそうな表情で頭を下げると、沙織が“大丈夫!”と言わんばかりの笑顔でこう返答した。

 

 

 

「いいよ、用事があるなら仕方無いね…じゃあ今日は、此処で別れようか?」

 

 

 

「「「うん」」」

 

 

 

皆が沙織からの提案で其々の自宅や寮へ帰る事を決めると、用事で学園に残るみほは皆へ「じゃあ、また明日ね」と呼び掛けると、チームの皆も一斉に「じゃあ、また明日!」と挨拶してから別れて行った。

 

そして皆を見送ったみほは、戦車格納庫へと向かった。

 

 

 

だが其処で、みほは嵐と彼女の父親・直之の過去の一端を垣間見る事になる。

 

 

 

(第46話、終わり)

 

*1
OVA「これが本当のアンツィオ戦です!」の練習中の場面で、“あんこうチーム”のⅣ号戦車D型が“カバさんチーム”のⅢ号突撃砲F形に向けて撃った物と同じ砲弾である。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第46話をお送りしました。
今回は、原作第7話の訓練シーンからアレンジしましたが、前々回のラストで悪夢を見てから元気が無くなっていた嵐ちゃんが訓練中、熱中症に…やはり、精神的に相当参ってしまっていた様です。

そして次回、戦車格納庫へ向かった西住殿は、嵐ちゃんの父親・直之さんの過去と嵐ちゃんの抱える秘密の一端を知る事になります。
それを伝えるのは誰でしょうか?

それでは、次回をお楽しみに。



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第47話「原園 直之さんと大洗と戦車道です!!」


いよいよ最終章第3話の公開間近と言う事で、此の3月は再来週にもう一回投稿すると思います。
そして今回、西住殿は嵐の父親である直之の過去を垣間見る事になります。
其れでは、どうぞ。

※2021/3/20:本文中、原園 直之の生い立ちに関する台詞の内容に分かり辛い部分が有りましたので、修正しました。


 

 

 

嵐が戦車道の授業中、熱中症になって学園艦内の病院へ担ぎ込まれた日の放課後。

 

予定されていた戦車道の特訓が中止となった為、大洗女子学園・戦車道チーム隊長の西住 みほは、生徒会長の角谷 杏から「“覗き窓から水が漏れる”と言うトラブルを抱えて修理する事になった“カメさんチーム”の38(t)軽戦車B/C型の状況確認」を指示されて、一人戦車格納庫へ向かった。

 

 

 

「失礼します~」

 

 

 

みほが煉瓦造りの戦車格納庫の入口を開けて挨拶をしてから中に入ると、其処には黄色い作業用ツナギを着た四人の生徒が38(t)軽戦車B/C型の周囲で整備作業をしていた。

 

彼女達は自動車部の部員であるが、其の傍らでは白地に赤いラインが入った作業用ツナギを着用した原園車輌整備の整備士・張本 夕子が自動車部の作業を見守っていた。

 

大洗女子学園・戦車道チームの戦車は普段、自動車部が整備を担当しているのだが、チームの支援者である原園 明美が経営する戦車整備工場「原園車輌整備」の整備士も、必要に応じて群馬県みなかみ町に在る本社から出張扱いで派遣されており、自動車整備の経験は豊富でも戦車の整備は初めてな自動車部員の指導や彼女達では手に負えない作業を無償で請け負っている。

 

特に今日と明日は、工場長の刈谷 藤兵衛と彼の部下である夕子が自動車部の指導を担当しており、一部を除くと弱小戦車と素人の集団である大洗女子学園・戦車道チームにとって全国トップレベルの戦車整備士である二人の存在は心強かった。

 

すると、みほの前に()()()()()が現れて挨拶をする。

 

 

 

「西住先輩、何か御用ですか?」

 

 

 

「あれ…萩岡さんも此処に居たの?」

 

 

 

みほは、目の前に現れて挨拶をした“ニワトリさんチーム”の天才操縦手・萩岡 菫の姿を見て、驚いた顔で問い掛ける。

 

何時もなら、菫は“ニワトリさんチーム”の仲間達と一緒に学生寮へ帰っている筈。

 

特に今日は、チームリーダーである原園 嵐が熱中症で一時入院しただけに、真っ直ぐ寮へ帰ったのかと思っていたみほだったが、菫は微笑むとこう答えた。

 

 

 

「えへっ…実は私、先日“自動車部に入部した”んです」

 

 

 

「本当?」

 

 

 

菫からの告白を聞いたみほが再び問い掛けた処、彼女は頷きながら事情説明を始めた。

 

 

 

「ええ。私、子供の頃から自動車が大好きだし、今乗っているインプレッサWRX(GDB Spec-C E型) STIを此の学園へ搬入した時にも自動車部の先輩方に助けて貰ったので、絶対入ろうと思って申し込んだら、“入部試験”として『“大洗一速い女”ホシノ先輩と車で学園艦一周タイムアタック対決』をしたんです」

 

 

 

「えっ…?()()()()()、自動車部の人と勝負したの?」

 

 

 

「はい!其れで()()()()()()()()()らナカジマ先輩達が驚いていたので、自分が持っている日本自動車(JAF)連盟発行の『カート国際Cセニア・ライセンス*1』を見せて『去年、レーシングカートの全日本選手権・東地域のFS125クラス*2に参戦して全日本チャンピオン*3になりました』って言ったら、先輩方から『じゃあ、今日からウチ(自動車部)のテストドライバーを宜しくね!』って言われちゃって」

 

 

 

「す…凄いね」

 

 

 

菫から入部時のエピソードと、彼女が実は“去年のレーシングカート全日本選手権のFS125クラス王者(チャンピオン)である”と言う事実を聞かされて驚愕するみほだが、その時菫が自動車部の黄色い作業用ツナギを着用しているのに気付くと「菫ちゃん、そのツナギ似合っているね」と菫に告げる。

 

すると彼女は笑顔で「有難う御座います!」とお辞儀をした所、後ろから整備の指導役である張本 夕子がやって来て「ああ、西住さん。若しかして38(t)の修理の事かな?」とみほに話し掛けて来たので、菫は「じゃあ、私は失礼します」と二人に告げた後、38(t)を修理している自動車部の先輩達が居る場所へ向かう。

 

其の姿を見たみほは、夕子に向かって「はい」と答えてから38(t)軽戦車の状態を尋ねた。

 

 

 

「会長さんからも“明日の放課後の特訓迄に間に合うかな?”って訊かれました」

 

 

 

「大丈夫だよ。調べて見たら操縦席の覗き窓のシーリングが不充分だっただけだから、もう直ぐ修理出来ると思う」

 

 

 

「有難う御座います」

 

 

 

だが、みほがお礼を言った所で、夕子は彼女が複雑な表情をしているのに気付いて「如何したの、西住さん?」と問い掛ける。

 

 

 

「あっ、いえ……」

 

 

 

夕子からの問い掛けに、みほは目を伏せながら口籠るが、其の姿を見た夕子は気遣う様に語り掛けた。

 

 

 

「ひょっとして、嵐ちゃんが熱中症で倒れちゃった事を心配してる?」

 

 

 

其れに対して、みほは顔を上げると済まなそうな表情で答える。

 

 

 

「はい…原園さんの異変に気付かなかったのは、隊長である私の責任ですから」

 

 

 

すると夕子は、微笑み乍らこう語る。

 

 

 

「大丈夫だよ。さっき本社に居る社長(明美さん)に報告したら『全ては嵐の体調管理が成っていないのが原因だから、みほさんには気にしないでって伝えて』って言われたわ」

 

 

 

「えっ…そんな事で良いんですか?」

 

 

 

嵐の母・明美の話を聞いたみほが驚いているのを見た夕子は、小さく頷き乍ら話を続ける。

 

 

 

「うん。明美さんは、戦車道では例え“自分の娘”でも特別扱いや手加減をしない人だから。みなかみタンカーズでもそうやって嵐ちゃんに接していたよ…あれっ、西住さん如何したの?」

 

 

 

其の時、夕子はみほが目に大粒の涙を浮かべているのに気付いて、ハッとなりつつみほに呼び掛けていた。

 

するとみほは、ハンカチを取り出して涙を拭ってからこう語る。

 

 

 

「私、御二人の仲が悪いと聞いて居るから、何とかならないかなって思っていて……」

 

 

 

「う~ん、あの二人は“()()有る”からね。“戦車道()()じゃ無く”……」

 

 

 

みほの問いに対して、遠い目をしながら何かを思い出す様に答える夕子の様子に気付いたみほは、縋る様な思いで夕子に問い掛ける。

 

 

 

「戦車道()()じゃ無い…やっぱり、そうなんですか?」

 

 

 

「まあ、此処から先は“家族のプライバシー”に関する事だから、其れ以上は……」

 

 

 

更なるみほからの問いに、夕子は難しい表情を浮かべ乍ら呟いたので、みほは其れ以上の問い掛けを止めると済まなそうに答えた。

 

 

 

「そうですね。変な事を訊いちゃいました。実はこの間、明美さんから嵐さんの御父様の事を聞いて“此の人の事をもっと良く知ったら、二人を仲直りさせる事が出来るかな?”って思っていたのですけど……」

 

 

 

だが其の時、会話を続けていた二人に話し掛けて来る少女が現れた。

 

 

 

「西住さん、()()()って“原園 直之”さんの事だよね?」

 

 

 

彼女が自動車部のリーダー・ナカジマだと気付いたみほは、不思議そうな顔で問い掛ける。

 

 

 

「ナカジマさん、原園さんの御父様の事をご存知なのですか?」

 

 

 

「うん。実は私達、嵐ちゃんの御父さんの事は()()()()()()()んだ」

 

 

 

すると、ナカジマの後ろからやって来た自動車部員のスズキもそう語る。

 

 

 

「直之さんは、私達モータースポーツファンの間では“()()()()メカニック”だからね」

 

 

 

続いて、ナカジマ達と一緒にやって来ていた自動車部員のホシノが直之の経歴について説明した。

 

 

 

「若い頃から海外で活躍して、ル・マン24時間だけで無く米国のデイトナ24時間*4とベルギーのスパ・フランコルシャン24時間*5の“世界三大耐久レース”の()()()()()()()()()()()()日本を代表する名メカニックだもん。私達自動車部員にとっては憧れであり目標だよ」

 

 

 

其処へ、菫と共に最後にやって来た自動車部員のツチヤが頷きながらこう話す。

 

 

 

「亡くなってから今年で十年経つけど、今でもレース専門誌で特集記事が掲載される位の人なんですよ」

 

 

 

其の言葉に自動車部の新入部員である菫が“うんうん♪”と嬉しそうな顔で頻りに頷いているのをみほが見詰めていると、“自動車部員の指導役”である夕子が困り顔で自動車部員達にツッコミを入れる。

 

 

 

「ナカジマさん達、38(t)の覗き窓の修理は出来たのかな?」

 

 

 

すると、ナカジマが恐縮した顔で「あっ、御免なさい。38(t)の覗き窓のシーリング、取り換えて置きました」と答えた所、夕子は柔らかな笑みを浮かべると自動車部員達にこう指示した。

 

 

 

「宜しい。じゃあ今日の作業は此れで終わりだから、直ぐに戦車と作業場の後片付けをしてね♪」

 

 

 

其の言葉に、菫を含む自動車部員()()全員が「「「はい!」」」と答えて後片付けに入ると、様子を眺めていたみほは先程の会話を思い出して、夕子にこう話し掛ける。

 

 

 

「張本さん、原園さんの御父さんは凄い人だったのですね」

 

 

 

すると話を振られた夕子は、少し沈んだ表情を浮かべると「うん、まあね……」と小声で呟いたので、みほは「やっぱり、訊いてはいけなかったのかな?」と心の中で少々後悔していたのだが…その時、戦車格納庫の扉の方から大声が響いた。

 

 

 

「何だ、誰か来ていると思ったらみほちゃんだったのか?」

 

 

 

「あっ、工場長!」

 

 

 

「刈谷さん!」

 

 

 

原園車輌整備の工場長・刈谷 藤兵衛が両手にダンボール箱を持ってやって来ていた。

 

 

 

「張本、探していたM3リー用の部品が見付かったんで持って来たぞ。そっちは今、“直之の事”で何か話していたみたいだが?」

 

 

 

「いえ工場長、今38(t)の修理が終わったので自動車部の()達は……」

 

 

 

「いや、悪いが今の話は俺も聞いて居たからな。話し掛けるタイミングを逸していたんだ」

 

 

 

「はい……」

 

 

 

藤兵衛と夕子の会話を聞いたみほは、藤兵衛が先程の直之に関する話を聞いて居た事を知った夕子が沈んだ顔で俯いたのを見て思わず声を掛けようとしたが、其の時藤兵衛がみほに話し掛けて来た。

 

 

 

「其れでみほちゃん、()ちゃんの御父さ(直之)んの事が知りたいのかい?」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

自分が、“今知りたかった事”について話してくれそうな人が突然現れた事に驚くみほを余所に、藤兵衛は意外な事情を説明した。

 

 

 

「実はな…盗み聞きをしていた訳じゃないんだが、昨日の晩連絡船で君と沙織ちゃんが明美さんと直之の事で話していたのを偶然張本と一緒に聞いて居たんだよ」

 

 

 

「そうだったんですか?」

 

 

 

思わぬ事実に目を丸くするみほに対して、藤兵衛は頭を掻きながら申し訳無さそうな表情を浮かべつつ話し続ける。

 

 

 

「だから、何れみほちゃんには話すべき時が来るだろうと思っていたんだ…其れに張本は、直之が未だ健在だった頃にウチの会社(原園車輌整備)へ入社したから、彼には思い入れが有るんだよ」

 

 

 

すると、みほの隣で二人の話を聞かされていた夕子が顔を真っ赤にしながら藤兵衛に愚痴を零した。

 

 

 

「工場長、止めて下さい…恥ずかしいから」

 

 

 

其の姿を見た藤兵衛は苦笑いを浮かべると「まあ其れは兎も角…みほちゃん、直之の話は他の娘達に聞かせるのは何だから、あっちのプレハブ小屋で話をしよう。張本は後片付けが終わったら自動車部の()達を帰して、其れから俺の所に来てくれ」とみほと夕子に告げると、夕子は「分かりました」と返事をしてから作業後の後片付けをしている自動車部員達の方へ向かう。

 

そしてみほは「はい。刈谷さん宜しくお願いします」と藤兵衛に告げると、彼と共に戦車格納庫の一角に在るプレハブ小屋へ向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

藤兵衛とみほが向かったプレハブ小屋は、学園で戦車道が復活した時に支援者となった明美が、生徒会と学園長の許可を得た上で戦車格納庫内に建てた物である。

 

主に戦車道チームが使う戦車の整備や自動車部の指導の為に原園車輌整備から出張して来た整備士達が事務や休憩・食事等に使う他、各種作業に使う機材の保管に必要なスペースも確保されていた。

 

其処へ最初に入った藤兵衛は、作業机の傍に置かれているパイプ椅子を用意すると、続いて室内へ入って来たみほへ「どうぞ」と告げて、その内の一脚をみほに薦めて座る様に促した後、二人分のお茶を淹れる。

 

そしてみほに淹れたてのお茶を薦めてから、自らもお茶を一口飲むとゆったりとした口調で話し始めた。

 

 

 

 

 

 

俺が直之と初めて出会ったのは、今から三十年程前になる。

 

俺が当時勤めていた自動車メーカーが運営していた整備士大学校で教官をしていた時、生徒として入学したんだ。

 

直之は、入学当初から明らかに他の生徒達から、やる気と技術が頭一つ抜きん出ていて、成績も常にトップクラスで周囲から注目されていた。

 

しかも、授業に従いて行けない同級生の為に、授業が終わった後も彼等の予習復習の面倒を見ていたから、同級生や先輩達・其れに教官からも人気が有ったんだ。

 

其れで興味を持った俺は、或る日の昼休みに直之を誘って、一緒に弁当を食べ乍ら直接訊いてみたんだ。

 

“何故、其処迄頑張れるんだ?”って。

 

そうしたら、アイツは思わぬ事を語り出した。

 

 

 

「俺、茨城県大洗町に母港が在る“大洗女子学園の学園艦”の出身なんですが、こう見えても子供の頃は体が弱かったんです。其れに幼い頃両親は飛行機事故で他界して…其れで、実家と同じ学園艦内に在った叔父さんの家に預けられたのですが、其の事で小学校では同級生から毎日虐められていました」

 

 

 

其処で俺は「其れで、其の事と整備士を目指す事が如何繋がるんだ?」と問うと、直之は微笑みながらこう説明したんだ。

 

 

 

「実は小学四年生の或る日、何時もの様に虐められたので学校の授業を途中で抜け出した後、大洗女子学園の敷地内をブラブラしていたんです。そうしたら目の前で何輌もの戦車が動き回っているんです。後で気付いたのですが、俺はブラブラしている内に戦車道の演習場迄来ていたんです」

 

 

 

そして、直之は笑顔を浮かべ乍ら当時の状況を説明し続けた。

 

 

 

「其の時は驚きましたが、当時から乗り物が大好きで戦車の名前も覚えていたから“何が”走っているかは直ぐ分かりました。確かドイツのⅣ号戦車が一番多くて、他にはチェコ製の38(t)軽戦車や八九式中戦車にⅢ号突撃砲、あとフランスのルノーB1bis重戦車も居たっけ…其れ等が揃って走っているのを見るのが楽しくて、演習場の外れに在る丘から時間が経つのも忘れて戦車の群れを眺めていたら、突然戦車の乗員から声を掛けられたんです」

 

 

 

「僕、其処で何をしているの?此処は演習場内だから立ち入り禁止だよ!」

 

 

 

「其の乗員の顔を見たら…“女子高生”でした。つまり僕が見た戦車の正体は、住んで居た学園艦の持ち主である“大洗女子学園”の戦車道チームの車輌だったんです」

 

 

 

其処で直之は少し恥ずかしそうな表情で、大洗女子学園の生徒に見付かった時の話をした。

 

 

 

「其れで、戦車道の御姉さん達へ正直に事情を説明したら、僕はあっと言う間に御姉さん達と仲良くなりました。そして“授業中に学校を抜け出さない事”を条件に、放課後や土日の練習日は“顔パス”で戦車道の練習を見学出来る事になったんです。其れから暫く経った或る日、僕が戦車道の練習を見学している事を知った同級生達が僕を揶揄う為に僕の後を尾けて来たのですが…そうしたらチームの御姉さん達全員が同級生達を取り囲んだんです」

 

 

 

「君達が直之君を虐めているんだって?」

 

 

 

「弱い者虐めをしちゃ駄目だよ!」

 

 

 

「今度、君達の家に戦車で押し掛けてやろうか?」

 

 

 

「いや、皆で戦車に乗って君達の学校を訪問しようかな~?」

 

 

 

「戦車道チームの御姉さん達に睨まれた同級生達は皆震え上がっちゃって…そうしたら、チームの隊長さんが同級生達に向かってこう言ったんです」

 

 

 

「私達の戦車に追い掛けられたくなかったら、直之君に虐めの事を謝って仲良くしなさいね?そうしたら次からは、私達の練習を見に来ても良いよ」

 

 

 

「其の日から同級生達が僕を虐める事は無くなり、僕と一緒に戦車道の練習を見学して行く内に、皆友達になってくれました。だから俺に取って戦車道の御姉さん達は『自分を()()()()()()恩人』です。そして中学卒業を控えた頃、俺は戦車道の御姉さん達に恩を返す為に“或る決断”をしました」

 

 

 

「決断?」

 

 

 

其処迄話を聞いて居たみほが戸惑い気味に問い掛けると、藤兵衛は静かな声でこう答えた。

 

 

 

直之は其の時、俺にこう語った。

 

 

 

「大洗女子の戦車道チームの皆やその先輩達の前でこう宣言したんです。『本当は俺も戦車道をやりたいけど、戦車道って()()()()()だから男は出来ないでしょ?でも恩を返したいから如何すれば良いかって考えて、“其れなら整備士になって、何時か学園の戦車を整備をする事で、あの時の恩返しをしよう”って決めました。戦車の整備なら男の俺でも出来るでしょう?』と。そうしたら御姉さん達は皆『直之君頑張れ!一人前の整備士になって大洗へ帰って来てね!』って励ましてくれました…こうして俺は、先ず自動車整備士になる為に高校は自動車科のある工業高校へ進学して、其処から更にこの自動車大学校を目指そうと思ったんです」

 

 

 

 

 

 

此処で藤兵衛の話をずっと聞いて居たみほは、目を丸くしながら一言問い掛けた。

 

 

 

「じゃあ…直之さんがメカニックになったのは、『此の学園の戦車道への恩返し』なのですか?」

 

 

 

すると藤兵衛は微笑みながら頷くと、こう答えた。

 

 

 

「うん、その通り。そして、直之の“情熱と才能”は凄まじく、更にアイツの()()は其れ以上に凄まじかった」

 

 

 

其の答えを聞いたみほが目を丸くしていると、藤兵衛は直之の其の後の話を始めた。

 

 

 

「入学してから二年後に二級自動車整備士の資格を取った直之は、其の後もう一年、整備大学校のモータースポーツ科を受講して首席で卒業後、国内でも指折りのレーシングチームにスカウトされて入社した。すると其の年の全日本F3選手権*6に其のチームからエースドライバーとして出場するドイツ人選手担当のメカニックの一人が偶々病気で抜けてしまったんで、幸運にも直之がその職を引き継ぐ事になった。そうしたら直之は担当したエースドライバーのメカニックをキチンと熟しただけでなく、其のドライバーが年間チャンピオンを獲得する原動力にもなったんだ…直之はメカニック()()()なのに、マシンを常に完璧な状態に仕立てていたからな。此れにはチームの先輩達も驚いていたよ。普通は“有り得ない事”だからな」

 

 

 

話を聞かされたみほは、モータースポーツの事は良く知らないものの藤兵衛の表情を見て話の内容を悟ると「凄い事なんですね、其れって……」と呟くと、藤兵衛は「そうなんだ。“普通は”先輩の下で数年は修業しないとメカニックとしては一人前にならない筈だからね」と答えてから、再び話を続けた。

 

 

 

「そして、其の年の秋にチームは“F3の世界一決定戦”と言われるマカオグランプリ*7に出場し、其のレースで直之が整備したマシンに乗ったエースドライバーは三位表彰台に上がった…しかも彼のマシンは予選で派手にクラッシュしていて、決勝出場は絶望的と言われていた状態だったのを直之が他のメカニック達を率いて修理した結果、其のマシンは予選最後尾からゴボウ抜き*8をやって表彰台に入ったんだ。あのレースを見ていた者達が皆“若しも予選のクラッシュが無ければ()()()()()優勝していた”って言う程の内容だったよ。そしてレースが終わった後、思わぬ出来事が直之を待っていた」

 

 

 

其の話を聞いたみほが「えっ?」と驚きの声を上げると、藤兵衛は“直之を待っていた思わぬ出来事”について説明した。

 

 

 

「其のレースが終わった日の夜、“レースを見ていた或る人物”が直之の所属するチームが宿泊していたホテルを尋ねて来て、直之やチーム監督・オーナーと交渉した後、直之を自分が率いるレーシングチームへ引き抜いた…其の人はル・マン24時間耐久レースで最多勝を誇るドイツのレーシングチームの代表だった。直之は“耐久レースの世界で一番強いと言われているチームの()()”に其の腕を認められたんだ。そして直之は新たなチームの本拠地が在るドイツへ渡り、耐久レースの世界で優秀なメカニックとして活躍する様になった」

 

 

 

静かな声で語る藤兵衛の話を聞き続けていたみほは「凄い……」と呟いていたが、藤兵衛は小さく頷き乍ら説明を続けた。

 

 

 

「其れから暫くして、俺が勤めていた自動車メーカーが世界ラリー選手権(WRC)に参戦する事になり、俺もラリーチームのチーフメカニックとして世界で戦う様になってから直之とは年に一・二回会って話をする様になった…そんな付き合いを十年程続けている内に、直之が明美さんと結婚して嵐の嬢ちゃんが生まれて暫く経った頃、ドイツのビアホールで偶然直之と再会して一緒にビールを飲み乍ら世間話をしていたんだが…其処で“思わぬ話”を聞いたんだ」

 

 

 

「実は俺、今シーズン限りで今のチームを辞める予定なんです」

 

 

 

「突然の話だったから、俺は『何?ひょっとしてチームに居辛くなったのか?』と問い掛けてみたら、直之は笑い乍ら首を横に振ってこう答えたんだ」

 

 

 

「違いますよ。去年、明美()が女の子を出産して、名前は彼女の希望で“嵐”と名付けたのは話しましたよね?」

 

 

 

「其れで理由を察した俺は、『ああ…ひょっとして、()()()()()()()()()()()のか?』と訊いてみたら、今度は首を縦に振って理由を説明してくれた」

 

 

 

「はい。実は明美が妊娠した頃から決めていた事なんですが、職場を変えると言うよりは“独立”ですね…レースチームじゃ無くて、自動車整備工場ですけど」

 

 

 

其処でみほが「嵐ちゃんの為に仕事を変える?」と不思議そうな声で問い掛けると、藤兵衛は頷きながらこう説明した。

 

 

 

「日本じゃ()()()()()()と思うが、欧米では子供が生まれたのを機に親が転職したり独立したりするのは結構有るんだ…でも大変な事には違い無いから、心配した俺は『そりゃ、また如何して…色々と大変だろう?』と訊いてみると、直之は笑顔でこう答えたんだ」

 

 

 

「勿論理由は有ります。此れも以前話したと思いますが…俺の故郷(学園艦)に在る大洗女子学園の戦車道が五年程前に廃止されたって話はしましたよね?」

 

 

 

「話を聞いた俺は『ああ……』と呟きながら、直之から悔しそうな表情で“五年前にこの学園の戦車道が廃止になった話”を聞かされた時の事を思い出していたが、当人はその時とは対照的な笑顔でこう語ったんだ」

 

 

 

()()()からずっと考えていた事が有ったんです。“時期が来たら日本に帰って独立して…何時か大洗女子学園で戦車道が復活する時が来たら、その娘達を助けてあげよう”って。そして、実はその話を結婚前の明美にしたら凄く喜んでくれて…しかも彼女から“素晴らしい夢”を聞かされたんです」

 

 

 

其の瞬間、みほが「“素晴らしい夢”?」と問い掛けると、藤兵衛は静かな声で其の“夢”の内容を説明した。

 

 

 

“此れから戦車道を目指す子供達が世界へ羽ばたく為に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”…明美の夢を聞いた俺は“其れなら僕の夢と一緒に叶えよう”と告げたら彼女もOKしてくれて、其れを機に“一緒に互いの夢を叶えよう”と誓ったんです」

 

 

 

「自由に戦車道が出来る場所?」

 

 

 

“直之と明美が抱いた夢”を聞いたみほが不思議そうな声で問い掛けると、藤兵衛はこう説明した。

 

 

 

「二人共、“日本の戦車道は『其々の流派の教え』に縛られ過ぎていて、自由に戦車道が出来ないが為に()退()()()を歩んでいるんじゃ無いか?”と言う疑問を持っていてね。其れなら“もっと()()()()()()で戦車道が出来る場所を作ろう”と言う発想を持っていたんだ。つまり、直之と明美さんは『夫婦』であると同時に、“戦車道と戦車道を頑張る女の子達を愛する”『同志』でもあったんだ」

 

 

 

其の説明を聞いたみほは「そうだったんですね」と答えた後、漸く納得した表情を浮かべつつ再び藤兵衛へ問い掛ける。

 

 

 

「でも…嵐ちゃんは“戦車道を辞めたがって居た”んですよね?今迄の話と嵐ちゃんとの間に、どんな関わりが有るのですか?」

 

 

 

「其れは、十年前に直之が戦車道の戦車に轢かれて亡くなった時に遡るんだ。実を言うと…“嬢ちゃんがああなった”のには、()()()()()()()()んだ」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

“嵐が戦車道を辞めたがって居た責任が、自分にも有る”と言う藤兵衛からの告白に、みほは戸惑いを隠せなかった。

 

 

 

(第47話、終わり)

 

 

*1
レーシングカートの国際ライセンスの一つで実在する。15歳以上で取得可能だが、実は此れと同格で14歳以上で取得可能な「カート国際Cリストリクティッド・ライセンス」も有り、菫は14歳の時点で此れを取得後、15歳になった時に切り替えた。

*2
レーシングカート全日本選手権のクラスの一つ。選手権の最上級クラスで国際カテゴリーでもあるOKクラスの下に当たる日本独自のクラスで、2011年から行われている。使用するカートの特徴はエンジンの形式が2ストローク125cc水冷リードバルブ吸気の()()()ワンメイクで、タイヤも市販品のワンメイク。

*3
FS125クラスの全日本選手権は西と東地域に分けられていて、先ず両地域で其々5戦を戦って入賞時に獲得出来るシリーズポイントを積み重ねた後、両地域のドライバーが一つのサーキットに集まって東西統一競技会(入賞すると第1戦〜第5戦の1.5倍のシリーズポイントが貰える)を行い、全6戦の内有効5戦で集計したシリーズポイントによって東西両地域を通じた年間ランキングが決まる。要するに、菫は前年の全日本FS125クラス王者(チャンピオン)。因みに、彼女の参戦費用の半分は家族と親戚が集めたが、残りの費用は明美が出した。

*4
毎年一月下旬から二月初旬にかけて米国・フロリダ州に在るデイトナ・インターナショナル・スピードウェイで行われる耐久レース。

*5
毎年七月頃にベルギーのスパ・フランコルシャンサーキットで行われるスポーツカーの耐久レース。因みにこのサーキットは第二次大戦中の古戦場として知られるアルデンヌの森付近に在る。近年SUPER GTで某ボーカロイドの痛車を走らせている日本のチームが参戦した事で一部のマニアの間でも知られる様になった。

*6
1979年から2019年迄行われていた日本のレーシングカテゴリー。排気量2000ccの4気筒ガソリンエンジンを積んだ“F3”と呼ばれるフォーミュラーカーを使用し、若手ドライバー育成を主な目的としていた。諸事情により2020年からは名称が「スーパーフォーミュラ・ライツ」に変わり、日本最高峰のフォーミュラーカーレース・全日本スーパーフォーミュラ選手権の下位カテゴリーとなっている。

*7
毎年11月中旬頃に、マカオの中心部に在る公道を利用して行われる市街地レース。レース自体は1954年から始まったが、1983年にフォーミュラカーのF3マシンによるレースを導入した事により「F3の世界一決定戦」として知名度を高めて現在に至る。因みにF3マシンで行われた最初のレースである1983年の勝者は、後にF1ドライバーとして知られる事になるアイルトン・セナで、其れ以後このレースに出場した多くの選手がF1ドライバーになっており、F1チャンピオンになった選手も多い。尚、此のグランプリ開催期間中はF3以外にもツーリングカー・GTマシン等のスポーツカーやバイク等のレースが複数併催されている。

*8
マカオグランプリで使われる市街地コース「ギア・サーキット」は道幅が狭い区間が在る上、先の見通せないブラインドコーナーも多い事等から追い越しが難しい事で知られる。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第47話をお送りしました。

今回は、嵐ちゃんの父親・直之さんの過去話で御座いました。

其れと自動車部に五人目の部員として菫ちゃんが入部しましたが、同時に彼女がトンデモない経歴の持ち主だった事が発覚(笑)。
元々菫ちゃんは“ニワトリさんチームの中では一番女の子らしいけれど、実は最も女の子離れした才能の持ち主”として考えていたので、遂に彼女の“本性”が明かされた訳であります。
因みに、菫ちゃんが王者になったレーシングカート全日本選手権・FS125クラスは注釈でも書いた様に最上級クラスであるOKクラスの下ですが、現実にはFS125クラスを卒業後OKクラスに行かずに本格的なレーシングドライバーになる人も居るそうです。

そして次回、“嵐ちゃんと明美さんの過去”を藤兵衛さんと夕子さんが語りますが、其処から“新たな謎”が浮かび上がる事に。
一体“新たな謎”とは何なのか?
そして、その謎には西住殿も絡んでいる可能性が!?

其れでは、次回をお楽しみに。



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第48話「嵐ちゃんと明美さんと新たな謎です!!」


ガルパン最終章第三話公開記念として、今月は二回目の投稿となりました。
で、第三話を土曜日に見たのだけど…戦車戦の密度がいいぞ(笑顔)。
そして、大洗対知波単戦の結末と其の後のラストは衝撃的でいいぞ(迫真)。

其れと…あの小林閣下が描いていた「劇画ガールズ&パンツァー」が出たので読んだけど、此れは「リボンの武者」以上のガルパンの極北ですぞ、心して読みなされ(爆・個人的には顔を引き攣らせながら読んだ)。

其れでは皆様、どうぞ。



 

 

 

「如何言う事ですか? 嵐ちゃんが“戦車道を辞めたがって居た責任”が刈谷さんにも有るって…一体?」

 

 

 

藤兵衛からの“告白”を聞いて、驚いたみほが問い掛けると、彼は苦い表情を浮かべて語り始めた。

 

 

 

「うむ。実は、俺が原園車輌整備の工場長を引き受ける事になった切っ掛けが……」

 

 

 

だが其の時、プレハブ小屋のドアがノックされると、整備士用ツナギを着た一人の女性がやって来て、藤兵衛へ報告する。

 

 

 

「失礼します。工場長、先程片付けが終わったので、自動車部の()達は帰しました」

 

 

 

其の声で驚いたみほは「えっ?」と声を上げたが、藤兵衛は声の主が自分の部下・張本 夕子だと気付き、少し強い口調で注意する。

 

 

 

「何だ、張本か…急に入って来たから、みほちゃんが驚いているぞ?」

 

 

 

すると、夕子は二人に向かって頭を下げた後、申し訳無さそうな声で返答した。

 

 

 

「済みません…実は此処へ入る前に、少しだけ話を聞いて居ました」

 

 

 

其の返事を聞いた藤兵衛は、苦笑いを浮かべ乍ら夕子へ語り掛ける。

 

 

 

「やれやれ…だが、丁度良かった。実は俺の話をする前に、みほちゃんに“話して欲しい事”が有る」

 

 

 

「工場長が“ウチの会社(原園車輌整備)”に()()()の嵐ちゃんと御両親の話ですね?」

 

 

 

夕子が“みほに話して欲しい事”の内容について述べると、藤兵衛は無言で頷く。

 

其の様子を見たみほは、怪訝な表情で夕子へ問い掛けた。

 

 

 

「あの…張本さんは、嵐ちゃんと御両親の事を?」

 

 

 

すると夕子は、みほに向かって頷くとこう語る。

 

 

 

「うん。私は、直之さんが亡くなる半年程前に入社したから、其の頃の嵐ちゃんと御両親の事はよく知っているんだ」

 

 

 

続いて、夕子は自らパイプ椅子を起こした後、みほの前に座ると当時の話を始めた。

 

 

 

 

 

私は小さい頃から戦車が好きだったんだけど、私が小学校へ入学する前に両親が離婚して、一人娘の私は母に引き取られてね…母は一人で私を育てていたから“戦車道をやりたい”って母には言えなかった。

 

幾ら“学校の授業”と言っても、“万一の事故”を考えると母を悲しませたく無かったし、家も二人が食べて行くだけで精一杯だったから、言い出す勇気が無かった。

 

だから戦車道を諦める代わりに、工業高校の自動車科に進学して3級自動車整備士の資格を取り、卒業したら“戦車の整備士を目指す事で戦車道に関われば良い”と考えたの。

 

此れなら、給料が貰えて母に仕送りも出来るから一石二鳥だしね…其れで、高校卒業時に就職先となる戦車の整備工場を探したら、実家に近いみなかみ町に在る“原園車輌整備”が新たに戦車の整備士を募集していると知って面接に行ったら…其の面接官が、当時の社長の直之さんだったの。

 

 

 

 

 

「おい、話をするのは“()ちゃんと御両親の事”だぞ?」

 

 

 

夕子の話が“自分の身の上と直之との出会いについて”であるのに気付いた藤兵衛が、話を本筋へ戻す様に夕子へ注意すると、慌てた彼女は彼に向かってこう釈明する。

 

 

 

「あっ、御免なさい。只、“入社迄の話”をしないと、みほさんには分かり難いかな?と思って……」

 

 

 

だが其の時、藤兵衛は人の悪そうな笑みを浮かべると、みほへこう告げた。

 

 

 

「実を言うと張本はな、面接の時に出会った直之に()()()()して入社したんだ。此の時既に、()()()()()()()()()()()()()()に、な」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

「工場長!其れ止めて下さい!」

 

 

 

藤兵衛の話に仰天したみほを見た夕子は、顔を真っ赤にし乍ら話を止めようとしたが、彼は笑い乍ら「“若さ故の過ち”って奴だな」とツッコむと、彼女は頬を膨らませて「もう…じゃあ、入社してからの話に戻りますね!」と藤兵衛へ文句を言ってから、再び当時の話を始めた。

 

 

 

 

 

其れで面接に合格して入社した私は、早速直之さんや明美さん達に指導を受け乍ら仕事を始めたのだけど…其の頃から嵐ちゃんは、何時も工場の二階から整備されている車輌や御両親の仕事振りを眺めていたな。

 

勿論嵐ちゃんは毎日保育園に通っていたから、保育園へ行く前と帰って来た後の時間だけどね…でも時々友達も連れて来ていて、工場の近くに住んで居た瑞希ちゃんと一緒に、工場の中を眺め乍ら整備されている自動車や戦車の名前を当てる遊びをしていたよ。

 

でも、其の頃から嵐ちゃんは明美さんよりも直之さんに懐いていたな。

 

嵐ちゃんは、“御両親が一緒に居る時”は何時も「御父さん」と呼んで、直之さんの方に従いて行くの。

 

だから、明美さんは何時も「嵐は中々私に懐いてくれないの……」って、私に向かって涙目でボヤいていたっけ。

 

そんな嵐ちゃんだったけど、其の年の夏の終わり頃に、御両親の仕事の関係で茨城県土浦市に在る陸上自衛隊武器学校へ一緒に行った後、ニコニコ顔になって私達会社の従業員に「私、此の秋から戦車道を始めるんだよ!御父さんと御母さんが教えてくれるんだ!」って触れ回る様になったの。

 

「戦車道を始めたら“イージーエイト(M4A3E8)”に乗って、新しい友達を一杯作るんだ!」って言っていた。

 

其の様子を見た私達は、“嵐ちゃんはきっと、ご両親と一緒に戦車道を始めて幸せに暮らすんだろうな”って思っていた。

 

でも、そんな矢先に“あの事故”が起きてしまった……

 

 

 

 

 

其処で夕子は、一旦話を止めるとツナギのポケットからハンカチを取り出して目に溜まっていた涙を拭った。

 

其の様子を見たみほは、涙を拭っている夕子を心配し乍ら、こう問い掛ける。

 

 

 

“あの事故”…直之さんが戦車道の試合の時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()ですね?」

 

 

 

其の時、夕子が「みほさん、知っていたの?」と驚き乍ら問うたので、其れに気付いた藤兵衛が彼女に向かって事情説明をする。

 

 

 

「ああ…みほちゃんは戦車道を履修すると決めた時に、明美さんから事故の話を聞いたんだっけな?」

 

 

 

「はい」

 

 

 

すると夕子は、みほに向かって「そうだったんだね」と話し掛けると、静かにこう語った。

 

 

 

「其れで、私達工場の従業員は社長の直之さんが事故で亡くなった後、“工場は如何なるのか?”と心配し乍ら葬儀に参列していた時に…工場長に出会ったの」

 

 

 

そして、夕子は小声で「其れでは工場長、此処から先の話をお願いします」と藤兵衛へ告げると、彼は当時の状況を語り出した。

 

 

 

 

 

実は、直之が亡くなる少し前から俺が勤めていた自動車会社は業績が悪化していたんで、経営立て直しの為に世界ラリー選手権(WRC)から撤退していたんだ。

 

其れで、俺も愛知県岡崎市に在った会社の研究所へ移り、新車開発担当部門のチーフメカニック兼副主任として勤務していたんだが…其の最中に、会社が“大規模なリコール隠し”をしていた事が発覚したんだ。

 

其れも乗用車だけでは無く、トラックやバス等対象となる車輌の数が数十万台に(のぼ)った上に、()()()()()()()()()()迄起きていたにも関わらず、会社の上層部はリコールを公表せずに隠していたんだ…結局、奴等(上層部)は全員警察に逮捕されて、裁判で有罪が確定したけどな。

 

だが、車を作る事に憧れて“乗っている人達の命を一人でも多く守る為に車を作ろう”と思って会社に入った俺にとっては、()()()()()()()()だ。

 

正直、ラリー(WRC)で負けるよりも悔しかったよ。

 

其れで、会社に愛想を尽かした俺は、当時会社が始めた勧奨退職に応じて退職金を多目に貰って退職したんだが…当然、次の仕事を探さなければならない。

 

とは言え、俺も既に結構な歳だったから、幾ら自動車整備士が長年人手不足で“売り手市場”だからと言っても、そうそう簡単に再就職が出来る訳じゃ無い。

 

其れでついつい焦っていると、長年連れ添っている女房が笑い乍らこんな事を言ったんだ。

 

 

 

「貴方…焦っても仕方無いですよ。(とし)なんだし、此処は何処かの温泉にゆっくり浸かり乍ら“此れから如何するか?”をじっくり考えれば良いじゃないですか?」

 

 

 

そう言われて、我に返った俺は「其れもそうだな。今度の週末は一緒に温泉にでも行くか」と女房に返事をした時、ふと「そう言えば、直之が四年前に独立して開いた“原園車輌整備”の在る群馬県みなかみ町には、良い温泉が在るって言ってたな。其れなら温泉に行く(ついで)に直之に会いに行くか」と考えた時に、突然直之の会社から電話が掛かって来て「直之が戦車に轢かれて亡くなった」と知らされたんだ…其の時は愕然としたよ。

 

そして翌朝、俺と家内は告別式に参列する為に、東海道と上越新幹線を乗り継いでみなかみ町へやって来たら、魂消たな。

 

斎場には沢山の人達が集まって居て、足の踏み場も無い状態だった。

 

聞けば、直之は明美さんと一緒にみなかみ町にやって来てから、僅か()()の間にみなかみ町だけで無く、近隣の地域からも“地域に欠かせない人材”として人々から慕われていたので、みなかみ町や近隣の市町からも参列者が沢山やって来たそうだ。

 

しかも、()()からも参列者が来ていたんだ…目の前で“ドイツ戦車道のスーパースター”ヴィルヘルミナ・ビスマルクが明美さんと一緒に泣いていたし、直之が所属していたドイツのレーシングチームの代表や監督に当時の同僚達迄来ていたから、“同じモータースポーツ仲間で、()()()()()”と言う事で彼等から名前を知られていた俺も、話し掛けられたんで英語で会話していたら、みなかみ町役場からやって来た職員に「役場には英語に堪能な人間が少ないので、もし宜しければ通訳をお願い出来ますか?」って頼まれてしまったよ。

 

其れで俺は、役場の職員からの頼みを引き受けて告別式が終わる迄海外から来た参列者のサポートをしていたんだが…気が付くと、もう日が暮れていたよ。

 

 

 

 

 

「大変だったんですね」

 

 

 

藤兵衛から、直之の葬儀の際のエピソードを聞いたみほは、小さく頷き乍ら話し掛けると、藤兵衛は頷き返し乍ら話を続けた。

 

 

 

「ああ。告別式には二百五十人位が参列したと言うから、三十八歳の若さで此の世を去った人間としては此れ以上無い位、皆から慕われていたと思うよ…実際、群馬県の山の中に在る田舎町に、地元の娘と結婚してやって来た“余所(よそ)者の男性”が()()()()()()あれだけ慕われていた、と言う事が凄いと思う」

 

 

 

其処で、藤兵衛は用意したお茶を飲んで喉を潤すと、其の先の話を続けた。

 

 

 

「そして告別式が終わった後、俺は女房と一緒に予約した宿に泊まろうとしたんだが、其処で直之の会社(原園車輌整備)の従業員に呼び止められて『社長の奥様(明美)が、「生前、主人が大変お世話になっただけで無く、本日は無理な申し出にも関わらず海外から来られた方の通訳迄引き受けて頂いた御礼に、若し宜しければ奥様と御一緒に“精進落としの御膳”を食べて行かれませんか?」と仰っておられます』と言われたんだ」

 

 

 

「其れ…呼び止めたの、私です」

 

 

 

此処で夕子が“藤兵衛を呼び止めた人物”が自分であるとみほに明かすと、藤兵衛は苦笑し乍ら「そうだったな」と答えた後、再び当時の話に戻った。

 

 

 

「本来“精進落としの御膳”は葬儀の後、僧侶や親類のみで行う食事だから俺は断ろうとしたんだが、張本が『実は“今後の事で、如何しても刈谷さんに御相談したい事が有るのです”奥様(明美)が仰って居られます。実は故人が生前奥様(明美)に“自分に何か有ったら、刈谷さんを頼ると良い”と仰って居られたそうです』と言うものだから、“其れなら話だけは聞こう”と思って誘いを受けたんだ」

 

 

 

そして藤兵衛は、一瞬苦い表情を浮かべ乍ら話し続ける…其の表情を見たみほは、不安な表情で話を聞き続けた。

 

 

 

 

 

直之の葬儀に集まった親族達が“精進落としの御膳”を食べ終えた後、皆が直之の思い出話をしている中に俺も入って、整備士大学校での日々やレースチームのメカニック時代の話を直之や明美さんの親族に語っていると、明美さんの会社(原園車輌整備)の人がやって来て「刈谷様、奥様(明美)が話をしたいので、其方の奥様と御一緒に奥の部屋へ来て頂けないでしょうか?」と呼ばれたので、俺は其の人の言われる儘、女房と一緒に指示された部屋へ入って行った。

 

すると其処では、明美さんが硬い表情を浮かべ乍も涙を浮かべる事無く畳の上に正座をしていて、直之の遺骨が入った小さな骨壺をじっと見詰めていたよ。

 

実は、明美さんと会ったのは其の時が初めてだったんだが、彼女は私の顔を見ると初対面にも関わらず、ホッとした様な表情を浮かべ乍ら丁寧な口調で挨拶をしたんだ。

 

 

 

「初めまして、刈谷 藤兵衛さんですね…本日は、突然主人が此の様な事になったにも関わらず、本当によくお越し下さいました。きっと主人も喜んでいると思います」

 

 

 

そして、明美さんは涙を滲ませ乍らも薄っすらと“笑みを浮かべていた”のを覚えているよ。

 

其の姿を見た俺と女房も直ぐ正座をしてから挨拶と御悔みの言葉を伝えたんだが、其の時の明美さんは“思った以上に気丈に振舞っているな”と感じたよ。

 

其の後、俺が呼ばれた用件について明美さんへ質問する処から、本格的な話が始まったんだ。

 

 

 

 

 

「早速ですが明美さん、私に“相談したい事”が有るそうですね。私は直之君は兎も角、貴女とは初めてお会いしますが?」

 

 

 

「はい。ですが、主人は生前“刈谷さんは僕の恩師と言うだけでは無く、メカニックとしてもリーダーとしても凄い人だ。だから、若しも僕に何か有ったら刈谷さんを頼ると良い。きっと助けになってくれるだろう”と常々申しておりました…ですので、主人を亡くした今、縋る思いで御相談したいと思っております」

 

 

 

「そうでしたか…実は、直之君も私に貴女の事をよく話していて、必ず貴女の事を褒めていましたよ。其れで相談についてですが、どの様な話なのですか?」

 

 

 

「私、今後“如何するべき”か迷っているんです」

 

 

 

「迷っている?」

 

 

 

明美さんからの言葉を聞いた俺は不思議に思いつつ問い掛けると、彼女は真剣な声で詳しい相談内容の説明を始めた。

 

 

 

「夫と一緒に立ち上げた今の工場を畳んで、娘である嵐の養育に専念すべきか、其れとも今後も工場の経営を続けるべきか、本当に迷ってしまって…自分だけで考えても如何にもならないので、同じメカニックであり、直之さんが信頼していた貴方に打ち明けたかったのです」

 

 

 

其処迄の話を聞いた俺は、明美さんに“或る疑問”を問い掛けた。

 

 

 

「成程…と言う事は失礼ですが、“貴女と()さんの今後の生活”については問題は無いのですか?」

 

 

 

すると明美さんは、頷き乍らこう答えたんだ。

 

 

 

「はい。実は今回、主人が巻き込まれた事故は状況が状況なだけに、戦車道連盟が間に入って下さった結果、連盟からかなりの額の補償金が支払われる事になりまして」

 

 

 

彼女の話を聞いた俺は、当惑し乍ら「補償金…そんな事を私に話してしまっても宜しいのですか?」と問い返すと、明美さんは生真面目な表情でこう答えた。

 

 

 

「流石に、具体的な話は此れからですので金額迄は申せませんが、連盟の方の話ですと、『嵐が大学を卒業する迄の学費や、私と嵐の生活費を充分に賄えるだけの額は提示出来る』と聞いて居ります」

 

 

 

「つまり、“今の工場を畳んでも御二人の生活は維持出来る”と…其れでは、明美さんが悩まれているのは、“工場経営に今だ未練が有る”と言う事ですね?」

 

 

 

明美さんからの話を聞いて納得した俺は、彼女と()ちゃんの今後に当面不安が無い事を確かめた上で話を続ける様に促すと、彼女はハッキリした口調でこう語った。

 

 

 

「其の通りです。ですから、普通なら“今の工場を畳んで母娘二人で慎ましく暮らした方が良い”と思うのですが…でも、其れでは()()()()()()()()()()()()()()()()()()んです。其れが本当に辛くて……」

 

 

 

其の時、気丈に振舞っていた明美さんの目から涙がポロポロ零れて来た…其の様子を見ていた女房が心配気に「大丈夫ですか?」と問い掛け乍らハンカチを差し出す中、俺は明美さんにこう答えた。

 

 

 

「御主人との()()…無理はなさらない方が良いと思いますが、其れでも“工場を続けたい程の理由”なのですね?」

 

 

 

すると、明美さんは女房が差し出したハンカチで涙を拭いた後、落ち着いた声で再び語り出した。

 

 

 

「はい、刈谷さん。“主人が戦車道で死んだ事実”は動かせませんが、だからと言って私は如何しても()()()()()()()()んです。私は小学三年生で戦車道を始め、中学一年生の春迄は選手として、其れ以降は戦車整備士として戦車道に関わって来ましたが、其の頃は戦車道の安全性も今程高くは無かったですし、毎年の様に全国で戦車道の履修生や選手だけで無く整備士等の関係者が亡くなる事故が起きていました*1私自身、中学一年生の春に出場した戦車道の練習試合中の事故で、橋から戦車諸共川に落ちて重傷を負った事もあります…今でも、其の時の手術痕が背中に残っているのです」

 

 

 

其の言葉に女房が「まあ……」と呟き乍ら驚いて居るのを余所に、明美さんは更に話を続けた。

 

 

 

「そして主人も、モータースポーツの世界で事故死したドライバーやメカニック等の仲間達の姿を何度か目の当たりにしていましたから、主人と()()した時に“何時か二人の身に()()()()()()諦めずに頑張ろう”って誓っていたんです」

 

 

 

其の時、俺は直之と明美さんが交わした()()について“心当たり”が有るのを思い出すと、明美さんにこう告げた。

 

 

 

「明美さん、まさかとは思いますが…実は以前、直之君から“貴女と一緒に二つの夢を叶えようと誓った”と聞いた事が有ります。其れは“直之君の故郷・茨城県に在る大洗女子学園で廃止になった戦車道が復活したら、其の履修生達を助ける”事と“此れから戦車道を目指す子供達が世界へ羽ばたく為に、自由に戦車道が出来る場所を日本の何処かに作る”と言う事だった、と。若しかして貴女が直之君と交わした()()とは此の事ではありませんか?」

 

 

 

すると、明美さんは涙を浮かべ乍らも救われた様な笑みを見せて、こう語ったんだ。

 

 

 

「ああ…主人は刈谷さんにも話していらっしゃったのですね、其の通りです」

 

 

 

そして、明美さんは続けてこう語ったんだ。

 

 

 

「私としては、今後戦車道で此の様な事故が起こらない様に、戦車道に関わる女の子達をしっかり育てて行ける場所を作りたいと考えています。其れが“主人への最高の()()”だと思うのです。そして主人との()()を果たす為には、今の工場をしっかり経営し続ける事で、みなかみ町や周辺の町の人達の信頼を得るのが必要不可欠なのです」

 

 

 

其処で漸く明美さんの考えを理解した俺は、「成程、話が見えて来ました」と彼女へ答えると、彼女は漸く“俺に頼みたい事”の全貌を明かしてくれた。

 

 

 

「其れで、無理なお願いかも知れませんが、若し宜しければ刈谷さんに()()()()()…“原園車輌整備”の()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

「工場長…ですが、私は“自動車の整備”が主な仕事で、戦車は殆ど扱っていませんが?」

 

 

 

つまり、明美さんが迷っていたのは“社長の直之亡き後の会社を支える為”に、俺に直之が遺した会社に入って欲しいと告げるべきか否かだったのだと知った俺は、自らの経験を元に即答を避けたのだが、明美さんは落ち着いた声でこう答えた。

 

 

 

「主人は何時も“若しも自分に何かあった時、助けになりそうな人は刈谷さんしかいない”と、()()()()()()語っていました…其れに主人によると、刈谷さんは若い頃に勤め先の関連会社である陸上自衛隊向けの戦車工場で、“61式戦車の整備”をされていたそうですね?」

 

 

 

確かに、俺は勤めていた自動車会社に入社した直後、研修の一環として会社の傘下に在った戦車の整備工場で、主に61式戦車の整備を一年間勤め上げた経験が有り、其の当時の事を直之に話した事も有った。

 

俺は、其の当時の事を思い出し乍ら明美さんに説明する。

 

 

 

「ええ。ですが“20年以上前の事”ですよ。果たして、今でも戦車の整備が出来るかどうか……」

 

 

 

だが、明美さんは確信に満ちた声で、俺が抱いていた不安を打ち消した。

 

 

 

「61式戦車の整備をされていたのなら大丈夫です。あの戦車は第二次世界大戦後の生まれですが、内部構造は戦車道で使われている“1945年8月15日迄に設計が完了し、試作に着手していた車輌”と殆ど変わらないですから、問題無く戦車道用の戦車の整備は勤まると思います…あっ、でも刈谷さんは御勤めの会社が御有りでしたね?」

 

 

 

其処で漸く、明美さんは俺の勤めていた会社の事を思い出したらしく「済みません。勝手な事を申してしまいました」と告げて頭を下げたんだが…其の直後、寄りにも寄って女房が“余計な事”を言ってしまったんだ。

 

 

 

「明美さん。其の事ですが、既に御存知だと思いますけれど、主人は勤めていた会社が起こした不祥事(リコール隠し)に腹を立てて、先日退職したばかりなんですよ」

 

 

 

慌てた俺は、「こら、あっさり言うんじゃない!」と女房を叱ったんだが、彼女は悪びれもしない表情でこう(のたま)ったんだ。

 

 

 

「あら…明美さんは、真剣にご自分の事業と戦車道の事を考えておられるじゃないですか。こう言う時に“義を見てせざるは勇無きなり”*2が貴方のモットーじゃありませんでしたか?」

 

 

 

女房に胸の内を読まれていた俺は、仕方の無い表情で「やれやれ…女房に言いたい事を先に言われてしまいました」と明美さんに告げると、彼女は希望を見出した様な表情で問い掛けて来た。

 

 

 

「其れでは……」

 

 

 

「明美さん、流石に即答する訳には行きませんが、明日にでも工場の詳しい状況を見てから御答えしようと思います」

 

 

 

其の瞬間、明美さんは俺と女房に向かって正座した儘深く頭を下げ乍ら礼を述べたよ。

 

 

 

「有難う御座います!此れで、工場に勤めている人達も安心させられます!」

 

 

 

 

 

「こうして俺は、明美さんからの頼みを聞いて“原園車輌整備”の工場長として入社する事になったんだ」

 

 

 

自らの“明美の会社へ入社した経緯(いきさつ)”を語った藤兵衛がお茶を飲んで一息入れていると、ずっと話を聞いて居たみほが彼に問い掛けた。

 

 

 

「其れで…刈谷さんが工場長になったのと、嵐ちゃんとの間に何の関係が有るのですか?」

 

 

 

「其れはな…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ

 

 

 

そして藤兵衛は、自らが原園車輌整備に入社して以降の()()()()()()()を語り始めた。

 

 

 

 

 

若しもあの時、俺が工場長を引き受けなかったら、当然原園車輌整備と言う会社は解散して、其の代わりに()ちゃんは母子家庭ではあっても“普通の女の子”として過ごす事が出来ただろう。

 

だが、俺が工場長を引き受けた結果、初代社長の直之を失った“原園車輌整備”は何事も無かった様に事業を継続する事が出来た。

 

社長の任は、未亡人の明美さんが引き継いで会社経営を担当し、工場長となった俺は“会社のナンバー2”として実務を担当する事になった。

 

だが…其れから明美さんは、時間を作っては()ちゃんに対して1対1(マンツーマン)で戦車道を教え込む様になったんだ。

 

父親を喪ったばかりの()ちゃんは嫌がったが、明美さんは聞く耳を持たなかったよ。

 

今振り返ると、あの頃の()ちゃんは“戦車道が好きだった父親が()()()()()()()”と言う事実について、じっくり考える時間が欲しかったのだ、と思う。

 

でも、あの頃の明美さんは何か“思い詰めている”節があってな…“何としても一人娘の嵐を立派な戦車乗りにしたい”と考えて、焦っている様だった。

 

そうやって、()ちゃんが戦車道を嫌がるのを明美さんが説諭し乍ら過ごしていた冬の或る日、明美さんが()ちゃんの親友である瑞希ちゃんを連れて来たんだ。

 

すると、瑞希ちゃんは()ちゃんに向かって「一度でいいから、嵐の前を歩いてみたい」と告げた後、「私も戦車道をやる。だから昨日両親に許可を貰った後、さっき明美さんに“私にも戦車道を教えて欲しい”って頼んで、了承して貰ったんだ。だから、明日から私と一緒に戦車道をやろう」と宣言したんだ。

 

其の結果、()ちゃんは瑞希ちゃんと一緒に明美さんから直接戦車道の指導を受ける様になり…其の結果、徐々に()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

更に明美さんは、会社経営と()ちゃんと瑞希ちゃんへの戦車道の個人指導の傍ら、『自身の夢を実現する為の手段』として考え付いた“地域密着型の戦車道ユースクラブチーム”を結成すべく、みなかみ町だけでは無く周辺の町の人々や群馬県庁・教育委員会・戦車道連盟の関係者に迄足を運んで、徐々に味方を増やして行った。

 

そして()ちゃんと瑞希ちゃんが小学三年生になった春、閉校した町の中学校の校舎を改造して作ったクラブハウスで、戦車道ユースクラブチーム“群馬みなかみタンカーズ”が結成されると、明美さんはチーム代表に就任し、()ちゃんも創設メンバーとして否応無く入団させられたんだ。

 

こうして()ちゃんは、東日本中の戦車道乙女から“みなかみの狂犬”の異名で恐れられる程の戦車乗りになった…本人にとっては不本意な事だったんだがな。

 

だけど、()ちゃんが()()()()()()()()()()()()()のは、去年の秋の事なんだ。

 

だが、其の事については……

 

 

 

 

 

「如何したんですか?」

 

 

 

其の時、話を突然止めた藤兵衛の姿を見たみほは、不安な表情で藤兵衛に問い掛けたが、彼は苦い表情を浮かべた儘、こう答えるだけだった。

 

 

 

「済まない…此れだけは、俺の口からは言えない」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

藤兵衛からの“思わぬ答え”に戸惑うみほだったが、彼は苦い表情の儘“嵐が戦車道から逃げ出した真相”について語る事を拒んだ。

 

 

 

「“去年の秋に起きた出来事”()()は、()ちゃんから直接聞くしかない。いや、()()()()()()()()()()んだ」

 

 

 

「そうしないといけない理由が有るのですか?」

 

 

 

「ああ。何故なら……」

 

 

 

藤兵衛の話に対して、みほが其の理由を問い質すと、彼は真剣な表情で彼女を見詰め乍ら、“思わぬ事”を告げた。

 

 

 

「みほちゃん、其の話は君にとって“凄く辛い話”になるからだ」

 

 

 

「えっ?其れって、如何言う事ですか?」

 

 

 

藤兵衛から“嵐が戦車道から逃げ出した真相を知る事が、自分に取って凄く辛い話になる”と知らされて、思わず問い掛けるみほ。

 

 

 

だがみほの問い掛けには、藤兵衛と同席する夕子も、何一つ答えようとはしなかった。

 

 

 

(第48話、終わり)

 

 

*1
ガルパンの原作では、過去の戦車道の安全性については語られていないが、恐らく原作より二十年程前になるであろう明美の少女時代に於ける戦車道の安全性は、原作の開始時点よりも低かったと思われる。

*2
孔子が『論語・為政』の中で書いた言葉で「人として為すべきものだと知りながら、其れをしないことは勇気が無いからだ」と言う意味がある。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第48話をお送りしました。

今回、藤兵衛と夕子の口から語られた、嵐ちゃんと御両親の関係。
そして直之さんの死後、戦車道を無理に教え込もうした明美さんによって、戦車道から逃げ出せなくなってしまった嵐ちゃんの過去。
しかし、話が最も重要な所で有る筈の“去年の秋に嵐ちゃんが戦車道から本気で逃げ出そうとした理由”に差し掛かった時、藤兵衛は謎の言葉を残して沈黙してしまう。
「みほちゃん、其の話は君にとって“凄く辛い話”になるからだ」
一体、嵐が戦車道から逃げ出した真相とは、何なのか?
そして、その事が西住殿にとって何故“辛い話”になるのか?
次回、西住殿は其の謎を嵐ちゃん本人に聞くべきか否かで迷うのですが……

其れでは、次回をお楽しみに。



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第49話「真相です!!(前編)」


此の物語も漸く重要な局面に差し掛かって来ました。
今回は、此れ以上の前置き無しで行きます。
其れでは、どうぞ。

追記:毎回多数の誤字が有るのですが、今回は特に「原園 嵐」を「原園 青葉」と書き違える等の誤りが有りましたので、4月19日に誤字訂正をしております。
非常に恥ずかしい話ですが、毎回御指摘をして下さる方々には心から御礼申し上げます。



 

 

 

「如何しよう…原園さんが戦車道から逃げ出した真相を知るには、“本人から直接聞かないといけない”だなんて」

 

 

 

其の日の昼休み。

 

大洗女子学園・戦車道チーム隊長の西住 みほは、学生食堂へ通じる校舎内の廊下を歩き乍ら悩んでいた。

 

前々日と前日に原園 嵐と彼女の家族の過去の事で、原園 明美と刈谷 藤兵衛から聞かされた話が頭の中を駆け巡っており、如何すれば良いか分からなかったのである。

 

発端は、「嵐が母親(明美)と仲良くするには如何したら良いか?」と言う、みほが抱いた“少々お節介な悩み”だった。

 

彼女は其の悩みを解く鍵として、嵐の父親であった原園 直之に関して知りたいと思っていた処、“あんこうチーム”の操縦手・冷泉 麻子の祖母で病院に入院中の久子を見舞いに行った帰りに学園の連絡船内で偶然、明美から直之との馴れ初め話を聞いたが、話題が「嵐と母親(明美)の仲が悪い理由」に及んだ時、彼女から思わぬ事を聞かされたのだ。

 

 

 

「あっ…御免。此の話は、やっぱり嵐から()()聞かないと、みほさんはキチンと受け止められないと思うわ」

 

 

 

翌日、嵐が戦車道の練習中熱中症になって病院へ一時入院した後の放課後、みほは用事で戦車格納庫へ行った際、原園車輌整備・工場長の刈谷 藤兵衛と彼の部下・張本 夕子から直之や嵐の過去に関する話を聞いた。

 

更に藤兵衛からは、戦車道の事故で亡くなった直之の葬儀に参列した際に、初めて明美と出会って会社の工場長を引き受ける迄の経緯(いきさつ)と、直之が亡くなった後の嵐と明美の関係を聞く事が出来たが、其の後話が“嵐が戦車道から()()()逃げ出したのは、去年の秋の事だ”と言う所迄進んだ途端、藤兵衛からこう告げられたのだ。

 

 

 

「“去年の秋に起きた出来事”()()は、()ちゃんから直接聞くしか無い。いや、()()()()()()()()()()んだ」

 

 

 

其の時、嵐を良く知る二人の人物(明美と藤兵衛)から同じ答えを聞かされて戸惑ったみほは“其の理由”を藤兵衛へ問うた処、彼は真剣な表情でみほを見詰め乍ら、又しても“思わぬ事”を告げた。

 

 

 

「ああ。何故なら…みほちゃん、其の話は君にとって“()()()()()”になるからだ」

 

 

 

こうしてみほは、“嵐が母親(明美)と仲が悪い理由”“嵐が去年の秋に戦車道から逃げ出した理由”を知る為に、嵐本人から直接話を聞かなければならなくなった。

 

だが、普段は引っ込み思案のみほに取って、当事者から“聞き辛い事”を聞き出す事は容易では無い。

 

そして、“此の話を聞けば()()()()()()()()()と言う藤兵衛の発言の真意。

 

此れに関して、みほは全く心当たりが無いだけに戸惑うばかりである。

 

 

 

「何故、二人共そんな話をしたのだろう…でも、こうなったら原園さんから直接聞くしか無い」

 

 

 

分からない以上は嵐に聞かねばならないが、一体どんな話なのか見当が付かない上、抑々(そもそも)嵐がキチンと話してくれるのだろうか?

 

言い知れぬ不安が、みほの心を覆っていた時だった。

 

 

 

「西住先輩、如何かしたのですか?」

 

 

 

「先輩、顔色が悪いですよ?」

 

 

 

突然二人の“後輩”から声を掛けられたみほは、驚き乍らも落ち着いた声で返事をした。

 

 

 

「あっ、澤さんに野々坂さん…御免。何でも無い」

 

 

 

尤も、みほの答える声音(こわね)は“()()()()()”様には聞こえなかったが、二人には其れ処では無かったらしい。

 

何故なら、此の時みほから見て左側に居た“ウサギさんチーム”のリーダー・澤 梓が、不安気な声でみほに尋ねて来たからだ。

 

 

 

「西住先輩、嵐を見掛けませんでしたか? 実は午前の授業中『気分が悪い』と言って保健室へ行ったのですが、さっき保健室へ様子を見に行ったら居なくて。何時もは午前の授業が終わったら、必ず私達と一緒に御弁当を食べるのに、今日は何処にも居ないから心配で……」

 

 

 

続いて、梓の隣に居る“ニワトリさんチーム”の砲手・野々坂 瑞希も、少し沈んだ声で事情を説明した。

 

 

 

「其れで、澤さんは食堂に居た私達“ニワトリさんチーム”の所へ来たのですが、私達も嵐が何処へ行ったのかは知らなくて…其処で、私も澤さんと一緒に嵐を探す事にして、西住先輩から手掛かりが無いか聞こうと思いまして、此処迄来ました」

 

 

 

話し終えた後、不安な表情を浮かべている二人の後輩の姿を見たみほは、ふと“或る事”を思い出すと、二人に自らの考えを話した。

 

 

 

「若しかしたら…“戦車格納庫”へ行ったのかも?原園さん、時間が有ると何時もM4A3E8(イージーエイト)の点検や洗車をしているから」

 

 

 

実を言うと、みほは昼休みや放課後の時間に戦車格納庫に在るM4A3E8(イージーエイト)を愛おし気に磨いている嵐の姿を何度も見掛けた事が有ったのだ。

 

すると、瑞希も納得した表情でこう語る。

 

 

 

「そう言えば、嵐は“みなかみタンカーズ”に居た時も、何か有ったら自分の戦車の点検や洗車を一人でやっていましたから、先輩の言う通りかも知れません」

 

 

 

其の言葉を聞いたみほも頷き乍ら、「実は、私も原園さんとお話をしたい事が有るから、一緒に戦車格納庫へ行ってみようか?」と二人に向かって問い掛けた処、瑞希は無言で頷き、梓も「はい、一緒に行きます」と答えた時、背後からもう一人の女性が話し掛けて来た。

 

 

 

「ああ、丁度良かった。西住さん、インタビューは今日の放課後に行う予定だけど、若し良ければ私と一緒に昼食を食べても良いかな?」

 

 

 

其の女性は、昨日から学園の戦車道チーム取材の為に滞在している首都新聞社の契約ライター・北條 青葉である。

 

彼女は笑顔で話し掛けて来たが、其の姿を見た瑞希が、嫌そうな声で青葉からの申し出を断ろうとした。

 

 

 

「北條さん、申し訳無いですが取材は……」

 

 

 

だが青葉は首を横に振ると、みほ達三人に向かってこう語る。

 

 

 

「大丈夫。私は何処かの“()()()()()()”みたいにTPOを弁えない取材はしないわ。私、“他人のプライベートタイム”の時に取材はしない事にしているの」

 

 

 

同時に青葉は両手を広げて見せて、カメラも手帳も持っていない事を示そうとしたが、右手にお買い物用と思われるマイバッグを持っている事に気付いた瑞希が、彼女を睨み乍ら「何ですか、そのマイバッグは?」と詰問すると、青葉は申し訳無さそうな声で釈明した。

 

 

 

「あっ、バッグの中にはお弁当を入れているの…コンビニ弁当だけど」

 

 

 

そんな青葉の声を聞いた梓が申し訳無さそうな声で「あの、私達は今から原園さんを探しに行く心算(つもり)なので……」と青葉に告げて昼食の件を断ろうとした処、今度は青葉が嵐の事で何か気付いたらしく、三人に向かってこんな申し出をした。

 

 

 

「原園さん? そう言えば彼女、今朝も会った時元気無かったから、私も心配していたの。若し良ければ、()()()()で探すのを手伝うけど良いかな? 皆休み時間に限りが有る以上、探す人は一人でも多い方が良いでしょ?」

 

 

 

青葉からの申し出を聞いた梓と瑞希は予想外の展開に驚いていたが、みほはその瞬間に曇っていた表情を一変させると、明るい声でこう答えた。

 

 

 

「はい、()()()()()()のであれば良いですよ」

 

 

 

すると青葉も笑顔で「有難う」と、みほに答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

こうして、みほ達四人は戦車格納庫に辿り着くと中へ入った。

 

だが、格納庫に入ったみほは目の前に在る“あんこうチーム”のⅣ号戦車D型の姿を見て、「二回戦…此の戦車で勝てるのかな?」と不安気な声で呟く。

 

其の姿を見た梓が「先輩……」と心配気な声で呟いた直後、彼女達の後ろから別の少女が声を掛けて来た。

 

 

 

「西住殿?」

 

 

 

「あっ、秋山さん!」

 

 

 

声の主が“あんこうチーム”の装填手・秋山 優花里だと気付いたみほがホッとした声で答えると、戦車格納庫へ入って来た優花里が「今日は、戦車と一緒に御弁当を食べようと思って」とみほに告げた時、今度は同じく“あんこうチーム”の通信手・武部 沙織と砲手の五十鈴 華が相次いで戦車格納庫の中へ入って来た。

 

 

 

「あっ、いたいた♪」

 

 

 

「教室にも食堂にも居ないから、きっと此処だと思って」

 

 

 

格納庫の中へ入って来た沙織と華がみほに話し掛けると、沙織がみほに向けて話の続きを語り出す。

 

 

 

「“みぽりん”、パン買って来たよ…って、澤ちゃんや“ののっち(瑞希)”に青葉さん迄?」

 

 

 

「あら、皆さんも此処でお弁当ですか?」

 

 

 

「西住殿、何か有ったのですか?」

 

 

 

此処で、みほに話し掛けていた沙織と華、そして優花里が格納庫の中にみほと自分達の他にも人が居るのに気付いて驚いていたので、みほが其の理由を説明した。

 

 

 

「実は、澤さんと野々坂さんから“原園さんが午前中の授業を休んでから行方が分からない”と聞かされて、心配だから一緒に捜しに来たの」

 

 

 

「でも…新聞記者の北條さんもいらっしゃいますが?」

 

 

 

其の時、華が此の場に青葉が居る事に戸惑っていると、当の青葉がお辞儀をしてから事情を説明した。

 

 

 

「御邪魔しています。私も原園さんの事が心配で、西住さん達と御一緒しているのだけど良いかな?今はプライベートタイムなので、取材はしないから安心して」

 

 

 

其処へ、話を聞いた沙織が笑顔で「あっ、いいですよ。其れに取材も……」と調子の良い事を言い出したので、すかさず華が窘める。

 

 

 

「沙織さん、北條さんは()()()()()()()とは言っていませんよ?」

 

 

 

すると、沙織が苦笑いを浮かべ乍ら「いや華、流石に冗談だって……」と語ると、今度はみほに向かってこう告げた。

 

 

 

「其れより“みぽりん”。此れから皆で一緒にパンとお弁当を食べようと思ったのだけど、其れなら先に“らんらん()”を捜そうか?」

 

 

 

更に優花里も「そう言えば、原園殿はよく此処に置いて在るM4A3E8(イージーエイト)の点検や清掃をしていますから、此の戦車格納庫の何処かに居るのかも知れません」と説明すると、みほはホッとした声で「秋山さんの言う通りだと思うから、先ずは皆で原園さんを捜しましょう」と此の場に居る全員に告げると、青葉は無言で頷き、沙織・華・優花里に梓と瑞希の五人が一斉に「「「はい!」」」と返事をした…其の時だった。

 

 

 

「いや…一寸待ってくれ」

 

 

 

次の瞬間、みほ達の目の前に駐車している“あんこうチーム”のⅣ号戦車D型の砲塔部に在る車長用キューポラのハッチが開いたかと思うと、其処から“あんこうチーム”の操縦手・冷泉 麻子が眠そうな声で皆に話し掛けて来たのだ。

 

 

 

「あーっ、麻子!授業サボったの!?」

 

 

 

其の姿を見た沙織が大声で叫ぶが、麻子は眠たそうな声の儘「()()()()休養した」と“苦しい言い訳”をしたので、呆れた沙織が「もう、“おばあ”に言い付けるよ!」と告げると、麻子は眠気が吹き飛んだらしく「ヒッ…其れは困る」と嫌そうな声で呟くと、其の儘俯いてしまった。

 

此の様子を見ていた瑞希が「其れなら時間にも限りが有りますから、今直ぐ皆で嵐を捜しましょうか?」と皆に告げ、梓が「うん……」と、小声で瑞希に話し掛けた時。

 

 

 

「皆…実は、此処にもう一人()()()()()を取っている()が居てな」

 

 

 

突然、麻子が皆に向かって()()()()を告げると…Ⅳ号戦車の通信手席ハッチが開き、其処から“赤毛の少女”・原園 嵐が元気の無い表情で姿を現した。

 

 

 

「「嵐!」」

 

 

 

「原園さん!」

 

 

 

『あ……』

 

 

 

梓と瑞希が揃って嵐の名を呼び、続いてみほも嵐に呼び掛けたが、当人は小声で何か喋ろうとしただけで、直ぐ黙り込んでしまう。

 

そんな嵐の姿からは、何時もの元気一杯な雰囲気は欠片も見られなかった。

 

 

 

 

 

 

こうして捜していた嵐が見付かった後、みほ達は全員でⅣ号戦車D型と隣に駐車している“ニワトリさんチーム”のM4A3E8(イージーエイト)の上で御弁当を食べる事にした。

 

 

 

(好子)が、此れ“戦車だ!”って言い張るんです」

 

 

 

「凄い!“キャラ弁”じゃん!」

 

 

 

「食べるの勿体無いですね」

 

 

 

「あっ、其の御弁当見せて下さい!」

 

 

 

優花里が母・好子が作った“手作り弁当”のご飯の上に、海苔と薄切りのウインナーで“戦車の様な絵”を描いてある事について語ると、隣に居る沙織と華が羨ましそうな表情で感想を述べ、次いで隣に駐車しているM4A3E8(イージーエイト)の上に居る瑞希も其の弁当を見せて貰うと「とても良く出来てますよ! 秋山先輩いいな~♪」と、優花里を羨望の眼差しで見詰め乍ら感嘆していた。

 

すると、沙織が「一寸イイかな?」と優花里に告げてから彼女の“戦車キャラ弁”をスマホで撮影しているのを、瑞希と一緒に見ていた梓が「私にも撮らせて下さい!」と優花里に声を掛けて、自分もスマホを用意していると優花里が皆に話し掛けて来た。

 

 

 

「そう言えば皆さん、掲示板見ました?生徒会新聞の号外!」

 

 

 

其の言葉に、みほが少し恥ずかしそうな顔で「う…うん。凄かったね」と語る中、瑞希が憤懣遣る方無い表情で皆に向かってこんな事を語り掛けて来る。

 

 

 

「でも、あの記事に出ている河嶋先輩のコメントは()()と思いませんか!『西住は、所詮“戦術レベル”で作戦を立てたに過ぎない。今回の勝利は、“()()レベルでの私の作戦立案”が元になっている』とか、平気で“大嘘”()いちゃってさ。嵐もそう思うよね?」

 

 

 

『……』

 

 

 

だが、瑞希から話を振られた嵐は、俯いた儘沙織から貰った菓子パンを見詰めるだけで、何一つ語ろうとはしなかった。

 

 

 

「うわっ、()()だ……」

 

 

 

そんな嵐の姿を見た瑞希が頭を抱えて嘆く中、優花里が皆の雰囲気を盛り上げようとしたのか大きな声で皆に語り掛ける。

 

 

 

「ですけど皆さん、サンダース大付属に勝ったんですから!」

 

 

 

其れに対して、みほは困った表情を浮かべて「“勝った”と言うより、“何とか勝てた”…って言う感じだけど」と優花里に答えたが、当の優花里は元気な声でこう力説するのだった。

 

 

 

「でも、勝利は勝利です!」

 

 

 

だが、みほは顔を俯かせると、皆に向かってこう呟いたのである。

 

 

 

「そう…だよね」

 

 

 

「「「?」」」

 

 

 

其の時、みほの表情が嵐と同じ位暗くなっているのに気付いた一同が心配気にみほを見詰める中、此の場に居る唯一の大人である青葉が「西住さん?」と話し掛けると、みほは沈んだ声で皆に向かって呟いた。

 

 

 

「勝たないと()()が無いんだよね……」

 

 

 

其の言葉を聞いた青葉は、()()()()が有ったのか表情を曇らせたが、其処へ優花里がみほに問い掛けて来た。

 

 

 

「そうですか?」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

優花里からの“思いも寄らぬ返答”にみほが戸惑っていると、再び優花里が明るい声でみほに語り掛ける。

 

 

 

()()()()()じゃないですか?」

 

 

 

其の言葉に沙織が呼応して「うん!」と答えると、今だ戸惑っているみほに向かって、優花里が此れ迄の大洗に於ける戦車道の日々を振り返り始めた。

 

 

 

「サンダース大付属との試合も、聖グロリアーナとの試合も、其れから練習も、戦車の整備も、練習帰りの寄り道も皆!」

 

 

 

「うんうん♪最初は狭くてお尻痛くて大変だったけど、何か戦車に乗るの楽しくなった!」

 

 

 

続いて沙織も戦車道の日々が“楽しかった”と皆に語った時、二人の話を聞いたみほの表情も和らいで、落ち着いた声で此れ迄の日々を振り返った。

 

 

 

「そう言えば…私も“楽しい”って思った。前はずっと“勝たなきゃ”って思ってばっかりだったのに」

 

 

 

しかし、此処でみほは再び顔を俯かせると、沈んだ声でこう語る。

 

 

 

「だから負けた時に、戦車から逃げたくなって……」

 

 

 

だが其の時、優花里がみほに向かってこう告げたのだ。

 

 

 

「私、()()()()TVで見てました!」

 

 

 

「!」

 

 

 

考えてみれば当然だが、優花里は大洗女子学園で戦車道が復活する前から戦車と戦車道に詳しく、更にみほの事を慕っている以上、彼女が昨年の“第62回戦車道全国高校生大会・決勝戦”で起きた“事故”を知っているであろう事は、全国高校生大会抽選会の後に行った“戦車喫茶・ルクレール”での一件を見ているみほなら容易に想像出来た。

 

そして同時に、みほはM4A3E8(イージーエイト)のエンジンルーム上に元気無く座っている嵐の姿を見て、或る決意を抱く。

 

 

 

“私、原園さんが何故御母さん(明美)と仲が悪いのか、そして何故戦車道から逃げ出そうとしたかを知りたかったけど、よく考えたら『自分が戦車道から逃げ出した理由』をちゃんと皆に話していなかった…なら、先ず私が自分の事を話さないといけないよね。自分の事を話したからと言って、原園さんから話を聞けるとは限らないけど、此処は兎に角()()()()をキチンと皆に話さなくちゃ”

 

 

 

そして、みほは勇気を奮い起こすと、優花里に向かってこう告げた。

 

 

 

「優花里さん…其れじゃあ去年の全国大会決勝戦で、私と黒森峰の仲間達に何が起きたのか、良く知っているよね?私、今からその事を皆に話そうと思う」

 

 

 

其れは、みほが初めて皆に告げる“告白”だった。

 

そしてみほは、M4A3E8(イージーエイト)のエンジンルーム上で元気無く座っていた嵐が、“驚愕”の表情で自分を見ているのに気付いた。

 

 

 

 

 

 

みほの“告白”は、決勝戦のTV中継を見ている優花里に状況を確かめ乍ら進んで行った。

 

一年前、母校の戦車道全国高校生大会十連覇が掛かった決勝戦で、黒森峰女学園・戦車道チームの副隊長を務めていたみほは、当時も黒森峰の隊長だった姉・まほの命令によって別動隊を率いて崖と川に挟まれた狭い道を進撃していた所、自分達の動きを察知していた対戦相手・プラウダ高校の待ち伏せを受けた。

 

其の結果、黒森峰別動隊の先頭を走っていたⅢ号戦車J型がプラウダ高校からの待ち伏せ攻撃で前方の進路を遮られた途端、停止しようとして横滑りしてしまい、其の儘前日からの大雨で増水していた川へ転落した所迄話が進むと、優花里が皆に向かってこう解説した。

 

 

 

「あの時、西住殿は“戦列を離れて()()()()()()()()()()()んですよね?」

 

 

 

「でも、私の戦車は“フラッグ車”だったから、其の所為(せい)で撃たれて負けて…十連覇出来なかった」

 

 

 

其れに対して、みほが沈痛な表情で当時を思い返していた時、優花里がキッパリとした口調でこう断言した。

 

 

 

「私は、西住殿の判断は間違っていなかった、と思います!」

 

 

 

「?」

 

 

 

其の言葉を聞いたみほが戸惑っていると、優花里は微笑み乍らこう告げたのである。

 

 

 

「前にも言いましたけど、助けに来て貰った選手の人達は、西住殿に感謝していると思いますよ?」

 

 

 

其の言葉にみほも微笑み乍ら「秋山さん…有難う」と告げると、優花里は飛び上がりそうになる程驚くと両手で頭髪を掻き混ぜ乍ら「ハッ!ああっ、凄い!私、西住殿に“有難う”って言われちゃいました!」と一人悶えるのであった。

 

しかし、其処で我に返った優花里は“或る事”を思い出す。

 

 

 

「ハッ…でも二度目かな?偵察に行った時も言って貰えた様な?」

 

 

 

自らの記憶を探る様に呟いていた優花里に向かって麻子が「オッドボール軍曹」と囁くと、優花里は恥ずかし気な声で「ああっ、其れ言わないで下さいよ~!」と言い出したので、皆が和んでいると華が皆にこう語り掛けて来た。

 

 

 

「“戦車道の道は()()じゃ無い”ですよね」

 

 

 

すると、沙織も勢いの有る声で皆にこう語るのであった。

 

 

 

「そうそう!“私達が歩いた道が戦車道になる”んだよ!」

 

 

 

そして、勢い良く右手を突き上げると人差し指を戦車格納庫の屋根に向ける姿を見たみほ達は、一斉に格納庫の屋根を見詰めるのだった…その先に“希望”が有るのを信じるかの様に。

 

 

 

 

 

 

だが、そんな和やかな空気に水を差す重苦しい声が、格納庫の中に響いた。

 

 

 

「皆…私も秋山さんと同じく、あの時の西住さんの行動は“間違っていなかった”と思っているわ」

 

 

 

「「「?」」」

 

 

 

其の声に驚いたみほ達は、一斉に“声の主”に視線を向ける…首都新聞社の戦車道担当契約ライター・北條 青葉に。

 

すると、彼女は沈痛な表情を浮かべた儘語り始めた。

 

 

 

「実はね、私も“あの試合”…去年の第62回戦車道全国高校生大会の決勝戦は現地で取材していたんだ。其れも“()()()()”が起きた現場から少し離れた場所でね」

 

 

 

「えっ!?其れって、若しかして!?」

 

 

 

其の時、青葉の言葉の()()に逸早く気付いた優花里が驚きの声を上げると、青葉は優花里に向かって頷くと更に語り続けた。

 

 

 

「秋山さんは分かったみたいだね…実は、()()()()が起きた日に放送された各TV局の全国ニュースで、みほさんと水没したⅢ号戦車J型の乗員達が()()()()()のヘリコプターで救助されている場面を撮影した“現地映像”を撮ったのは、私なの」

 

 

 

「「「えっ!?」」」

 

 

 

其の言葉に優花里だけでなくみほ達も驚いていると、青葉は再び重苦しい声で当時の状況を語り始めた。

 

 

 

「あの事故はね…みほさん達を救助する為に、静岡県浜松市に在る航空自衛隊・浜松救難隊から救難ヘリコ(UH-60JⅡ)プターが()()()()()()()()()程の“大事故”だったの」

 

 

 

先程みほが告白した“決勝戦での人命救助”に隠されていた事実を指摘した青葉は、一旦言葉を切ると更に詳しく説明する。

 

 

 

「空自の航空救難隊はね、警察や消防は勿論の事、自衛隊でも“他の部隊では救出不可能な”人命救助を行う場合に出動する事から、“救難最後の砦”と呼ばれる程のプロ集団なの…あの決勝戦で起きた事故は、“()()()()()()()()()()()()()()程困難で切迫した状況”だったわ」

 

 

 

みほによる“人命救助”が、実は想像以上の“大事故”によるものだったと知った“あんこうチーム”の仲間達と梓が絶句している中、優花里だけが不思議そうな表情を浮かべ乍ら青葉に質問を試みた。

 

 

 

「あの…其れで以前から気になっていたのですが。何故、あの時“会場に居た戦車道連盟や陸上自衛隊の車輛とヘリ”が救助に来れなかったのですか?」

 

 

 

「簡単な事よ…会場に居た連盟や陸自の装備では、()()()()()()()()()()()()()()()の」

 

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

優花里の質問に対して、青葉は即答すると、其の場に居た者達の内、嵐と瑞希、そしてみほ以外の全員が当惑の表情を浮かべているのを確かめてから、当時の詳しい状況について語り始めるのだった。

 

 

 

「あの日、会場の静岡県御殿場市に在る陸上自衛隊・東富士演習場の一帯は、前日から停滞していた低気圧の影響で大雨が降り続いていてね。でも決勝戦当日の朝になって、雨は一旦止んだから予定通りに試合が始まったのだけど、会場は富士山に程近い場所に在るから、試合開始から一時間も経たない内に天候が急変して…みほさんが率いた黒森峰の別動隊が、プラウダの待ち伏せに遭った時にはかなりの大雨が降っていたわ」

 

 

 

「確かに、あの時の状況は北條さんの仰る通りです」

 

 

 

青葉の説明を聞いた優花里が当時の状況を思い出し乍ら相槌を打つと、青葉は小さく頷いてから話を続けた。

 

 

 

「問題は、みほさんが川へ転落したⅢ号戦車J型の乗員5名を救助した()だったの。実は、みほさんが乗員を引き揚げた川岸にも川から溢れた水が押し寄せようとしていて、みほさん達は“其の場に孤立してしまった”…更に、大会本部は“みほさん達を救助する手段”が無い事に、直ぐには気付かなかったのよ」

 

 

 

「「「!」」」

 

 

 

青葉の言葉に、みほが当時を思い出したのか唇を嚙み締め、他の仲間達も深刻な表情を浮かべ乍ら話を聞いて居ると、青葉は更にこう語った。

 

 

 

「実はⅢ号戦車の水没事故が起こった場所()()でも、川の氾濫による洪水や小規模な土砂崩れが起きていて、試合会場内の道路が寸断されていた為に、連盟や自衛隊の車輌ではみほさん達を救助に行く事は不可能だった。当然徒歩では間に合わないし、却って“救助に行く人達の方が危険な状態”よ…実は、其の様子を手持ちのデジタルカメラで撮っていた私が居た場所にも川の氾濫で溢れた水が近くに来ていて、其の時は正直、命の危険を感じたわ」

 

 

 

「飛行機やヘリコプターは使えなかったんですか?」

 

 

 

其の時、梓が“救いを求める”様な声で青葉に問い掛けると、彼女は「澤さん、良い質問よ」と返事をしてから答えた。

 

 

 

「東富士演習場の近くに在る富士山の周辺はね、『山岳波』と呼ばれる“特殊な乱気流”が発生する事が有るから、迂闊に航空機で接近すると墜落事故を起こしてしまうのよ。尤も、“悪天候の日は『山岳波』が起こり(にく)い”とされているのだけど絶対では無いし、悪天候下にヘリで飛行する事が非常に危険なのは言うまでも無いわ」

 

 

 

其の言葉の()()に気付いた梓が真っ青になって優花里に視線を送ると、彼女は“北條さんの言う通りです”と言わんばかりの真剣な表情で頷く。

 

青葉も、其の様子を確かめてから静かに話を続けた。

 

 

 

「しかも、試合会場で救難用に待機していた陸自のヘリコプターは古いUH-1Jで、悪天候下でも飛行出来る性能を持った気象レーダーが装備されていなかった*1。だから其の時初めて、大会本部は“みほさん達を救助する()()()()()”事に気付いて、大混乱に陥ったのよ」

 

 

 

「「「えっ!?」」」

 

 

 

青葉からの説明で、みほが仲間達を助けに行った状況が想像以上に厳しかった事を知って衝撃を受ける優花里達だったが、其処で青葉は表情を少し和らげると“みほ達が助け出された理由”について語り出した。

 

 

 

「でも其の時、会場に来賓として来ていた地元・静岡県の知事さんが大会本部に居た戦車道連盟の責任者にこう告げたの」

 

 

 

「私が“知事の権限”で自衛隊に災害派遣を要請します!浜松市の航空自衛隊浜松基地に、此の様な状況に打ってつけの部隊が居ます。“()()()()()()”と謳われる人達が!」

 

 

 

「そして、“静岡県知事からの災害派遣要請”で浜松救難隊が出動した結果、川の氾濫に由る濁流に呑み込まれそうになっていたみほさん達は、間一髪で駆け付けた救難隊のヘリコプ(UH-60JⅡ)ターに救助されたの」

 

 

 

みほの回想や優花里の説明では語られなかった“真実”を知る青葉からの“告白”。

 

其れは、みほの行動が自分自身をも危険に晒す行為だったと同時に、()()()()()()()()()()()()でもあった事を証明する“証言”であった。

 

其の“証言”に、みほ以外の“あんこうチーム”のメンバーや梓が圧倒される中、青葉は静かな声で“其の後”の話を語る。

 

 

 

「そして、私は後日此の件で浜松救難隊を取材した際に、みほさん達を救助した隊員から当時の事を聞いたのだけど、皆『あの時自分達が現場に駆け付ける前に、みほさんが()()()で川に沈んだⅢ号戦車から乗員を引き揚げてくれていなかったら、例え自分達でも彼女達を救い出す事は出来なかったって証言していたわ」

 

 

 

そして青葉は、沈んだ表情のみほに「だからみほさん、貴女はあの試合で()()()()()()()()()をしたと思っているわ。だからもっと自信を持って良いのよ」と励ました。

 

 

 

「北條さん……」

 

 

 

青葉からの思わぬ激励に、みほは涙が零れそうになるのを堪え乍ら笑顔を作ろうと必死だった。

 

 

 

だが、其処から青葉は皆に向かって忌まわし気な声で「だけどね、実はあの後黒森峰は……」と語り出した時だった。

 

 

 

「青葉さん…其処から先は、私が話します!」

 

 

 

其の時、原園 嵐が先程迄の俯いた表情からは想像出来ない程の大声で青葉の発言を遮った。

 

 

 

「原園さん、貴女顔色が悪いわよ?」

 

 

 

「いえ、此の話は…()()()()()()()()()()んです!“最初からそうしないといけなかった”んです!」

 

 

 

「原園さん?」

 

 

 

自分の発言を遮られた青葉だが、相手である嵐の顔が真っ青になっているのを見て、彼女を気遣う言葉を掛けたものの嵐は其れに構わず話を続ける。

 

其の姿を見たみほが、一体何が始まるのかと不安になっていると、嵐は泣きそうな顔で皆に向かって語り始めるのだった。

 

 

 

「西住先輩…そして皆さん。私、実は去年の決勝戦、現地で観戦していたんです」

 

 

 

(第49話、終わり)

 

*1
同じ陸上自衛隊のヘリでも、UH-60JAやCH-47JAなら気象レーダーが有る為、或る程度の悪天候下でも飛行可能。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第49話をお送りしました。

今回、みほ殿が助けに行ったⅢ号戦車の水没事故に関して考えたのですが…此れについてはファンの間でも賛否両論がある為、本作ではみほ殿が助けに行った状況を原作より肉付けする必要が有ると判断しました。
個人的に、あの事故は原作アニメでは描写されていない部分で、より切迫した状況があったのではないかと考えており、今回は其の考えを反映して書いています。
其の中で考え付いたのが「救難最後の砦」と呼ばれる、航空自衛隊・航空救難団の登場。
しかも東富士演習場がある静岡県内には航空自衛隊浜松基地が在り、其処に航空救難団の浜松救難隊が在る為、今回登場させました。
因みに、ガルパンのシャーマン戦車大好きな某・プロデューサーは嘗て、此の航空救難団を取材した映像作品をレーザーディスクで販売した事が有り、更には航空救難団・小松救難隊(石川県小松市に在る航空自衛隊小松基地に所在)を舞台にしたアニメ作品を担当したり、月刊航空雑誌と隔月刊の飛行機模型雑誌に航空救難団に関する連載も書いたりしていますので、航空救難団はガルパン原作には登場していないものの全くの無縁でも無かったりします。

其れでは、次回をお楽しみに。



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第50話「真相です!!(中編)」


前回「主人公の名前を誤記する」と言う大ボケをかました作者です。
其の節は、大変失礼を致しました。
そして本編50回目を迎える今回、遂に主人公の口から“戦車道から逃げ出した真相”が語られます。

そう…真実とは、常に残酷だ。

其れでは、どうぞ。

※今回も本文中に不可解な表現となっている個所が有りましたので、訂正致しました。
詳しくは後書きをご覧下さい。
(2021年5月19日記)


 

 

 

『西住先輩…そして皆さん。私も去年の戦車道全国高校生大会決勝戦を()()()観戦していたんです』

 

 

 

みほ達が気付いた時、嵐は語り始めていた。

 

“自分が戦車道から逃げ出した()()()()を。

 

 

 

 

 

 

私は、あの試合で西住先輩が()()()()()()よりも()()()()()()()()を選んで行動する姿を目の当たりにする迄“戦車道を続けるべきか否か”を真剣に悩んでいました。

 

私は五歳の夏に、土浦の陸上自衛隊武器学校に置いて在るM4A3E8(イージーエイト)の前で両親に『戦車道をやる』と誓ってから暫く経った後の秋の日に、父を戦車道の事故で亡くしてから“何の為に戦車道をやりたいと思ったのか?”が思い出せ無くなってしまったんです。

 

今思い返すと、私は“父が、()()()()()()戦車道の事故で死んだ”意味を“子供なりに”考えたかったのだけど、母はそんな私に耳を貸さずに戦車道を教え込もうとしました。

 

其の頃の母は、私を“立派な戦車乗りに育て上げる”と言って聞かなかったのです。

 

だから、気持ちの整理が付か無かった私は反発していたのだけど…小学校入学を控えた冬の或る日、母が瑞希を連れて来て「此れから二人一緒に戦車道を教える」と告げた事で、徐々に戦車道から逃げ出せなくなって行きました。

 

 

 

 

 

 

其の時、皆の視線が嵐の隣に居る瑞希に集中すると、彼女は遣り切れない口調で嵐が語った話の内容を認めた。

 

 

 

「うん。私、嵐とは保育園で出会った時から色々と張り合っていたから、嵐が戦車道をやるか否かで明美さんと言い争っていると知った時“一度でいいから、嵐の前を歩いてみたい”と思う様になって…そして気が付いたら両親を説得した後、明美さんに“嵐と一緒に戦車道をやりたい”って御願いをしていたわ。今思えば、私も酷い事をしたわね」

 

 

 

瑞希からの“告白”を聞いた皆が遣り切れない表情を浮かべる中、嵐は辛そうな表情を浮かべている瑞希の姿を見てから、再び語り始めた。

 

 

 

 

 

 

其れから二年後、小学三年生に進級した春に「群馬みなかみタンカーズ」が結成されると、私も否応無く入団させられて瑞希や私達と同じ町に住んで居た菫、高崎市から家族と一緒に引っ越して来た舞に佐世保からやって来た時雨と共に、去年の戦車道全国中学生大会でみなかみタンカーズが準優勝する迄戦車道漬けの日々を送って来ました。

 

だけど、如何しても“何の為に戦車道をやりたいと思ったのか?”が思い出せない儘月日が流れて…去年の中学生大会が終わった頃には“もう、如何にでもなれ!”って思っていました。

 

でも、そんな時タンカーズの恒例行事として毎年行っている“戦車道全国高校生大会決勝戦・現地観戦旅行”に、私もチームの全員と一緒に行きました。

 

其処で私は、()()()()()での西住先輩の行動を見て“自分が何の為に戦車道をやりたいと思ったのか?”を思い出したんです。

 

 

 

 

 

 

「思い出した?」

 

 

 

此処でみほが戸惑い気味の声で嵐に問い掛けると、彼女は少し元気を取り戻したらしく、明るい声で語り始めた。

 

 

 

 

 

 

あの時、仲間を助ける為に増水した川へ飛び込んだ西住先輩の姿が、()()()戦車に轢かれそうになった子供を助ける為に命を投げ出した()()姿()()()()()()のです。

 

勿論、父と先輩が同じと言う心算はありませんが、私の心の中で“()()姿()”が重なった時、あの土浦での夏の日に『御父さん、私…大きくなったら、此の戦車(イージーエイト)に乗って戦車道をやる!』と言った理由を思い出したんです。

 

其れは、何時も父さんが言っていた“口癖”でした。

 

 

 

“戦車道はね、試合に勝つ為にやるんじゃ無くて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

私、幼い頃に父から此の言葉を聞いた時が()()()()()()()()()()()()()()()()()だったんです。

 

更に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を聞かされて“何時か、私も其の時の御姉さん達の様になりたい。だから戦車道を始めて友達を一杯作ろう!”と思い、其処から“戦車道をやりたい”って父さんに言った時の事迄を思い出したんです。

 

そして、決勝戦での西住先輩の姿を見て『こんな自分でも戦車道を続けて良いんだ。もう一度初心に帰って、戦車道を続けよう!』と思ったのです。

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 

 

嵐の話を聞いたみほは、先日刈谷 藤兵衛から聞かされた“嵐の父・原園 直之の逸話”の内容と()()()()()が有る事に気付いて驚く。

 

同時に、みほは“戦車道は、試合に勝つ為にやるのでは無く、戦車に関わる事で皆が仲良くなる為にやるんだ”と言う、直之の言葉に共感する。

 

 

 

「原園さんの御父さん、本当に立派な人だったんだ」

 

 

 

みほがそう思った時、北條 青葉が目に涙を滲ませながら嵐に語り掛ける。

 

 

 

「原園さん…戦車道にも()()()()()()()が有る事を知ったのね?」

 

 

 

『はい…御恥ずかしい話ですが、其の時迄私は此の事を全く忘れていました。其れを思い出させてくれたのが、西住先輩なんです』

 

 

 

青葉からの語り掛けに、嵐は頷きながら答えると皆に向かってこう語った。

 

 

 

『でも夏休みが終わって、中学三年生の二学期を迎えた或る秋の日に……』

 

 

 

だが、此処で瑞希が嵐に向かって叫ぶ。

 

 

 

「嵐、あの話は!」

 

 

 

しかし、嵐は瑞希に向かって首を横に振ると静かな声でこう語った。

 

 

 

『良いんだよ、瑞希。どの道、皆には話さなければならない事だったんだ。特に西()()()()()()()()……』

 

 

 

其の時、みほと梓が同時に「「えっ?」」と不安気な声を上げると、嵐は真剣な表情でこう語るのだった。

 

 

 

『御免、梓。以前、梓達“ウサギさんチーム”の皆には、私が戦車道から逃げ出した理由を話した事が有るけど、実はあの時、“話していなかった理由”が有ったんだ』

 

 

 

そして嵐の“告白”は、“自身が戦車道を辞めようとした()()へと移って行くのだった

 

 

 

 

 

 

あれは、中学三年生の二学期が始まったばかりの秋の日の夕方。

 

父の十一回忌が近付いていた頃でした。

 

みなかみ町の中学校から自宅へ下校する途中の私に、瑞希が話し掛けて来たんです。

 

 

 

「嵐、今日は進路指導の先生に進路相談をする日だったけど、嵐は卒業後の進路決めた?」

 

 

 

『そう言う“ののっち(瑞希)”は決めたの?』

 

 

 

「そりゃあもう、高校は“黒森峰女学園の機甲科”一択よ。今日進路指導の先生に其の事を告げたら『野々坂さんの成績なら全く問題無いわ』って、太鼓判押して貰っちゃった!」

 

 

 

『へえ…じゃあ、私も気合入れないとね』

 

 

 

「えっ…若しかして、嵐()黒森峰!?」

 

 

 

『ピンポーン!進路指導の先生からは『数学の成績が一寸だけ厳しいけれど、其れ以外の教科は問題無いわ。今から数学を集中的に勉強すれば十分間に合うから頑張りなさい』って言われたんだ』

 

 

 

「何と!嵐は戦車道が嫌いだから、まさか黒森峰とは予想外だったわ。でも何故……って、若しかして?」

 

 

 

『えへへ。実は、今年の全国高校生大会の決勝戦を、タンカーズの皆と一緒に“現地で見た時から”ね♪』

 

 

 

「やっぱりか!母校の十連覇を捨てて、川に落ちたⅢ号戦車の乗員を救出した副隊長の西住 みほさん!」

 

 

 

『あれから、西住先輩の事で頭が一杯になっちゃって』

 

 

 

「ハイハイ…あの決勝戦から暫くの間、皆に“西住先輩と一緒なら、本気で戦車道をやりたい!”って公言して居たもんね。でも西住さんは、あの時()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って聞いたけど?」

 

 

 

『うん、知ってる…でも私、高校へ進学したら西住先輩と一緒に戦車道がしたい。“勝つ事だけが戦車道じゃ無い”って言っていた御父さんと()()()をした先輩となら、本気で戦車道をやれると信じているんだ。其れに……』

 

 

 

「其れに?」

 

 

 

『黒森峰の機甲科に進学したら、絶対戦車道チームのレギュラーになる!そして来年の戦車道全国大会で優勝して、今度こそ西住先輩を胴上げしたいんだ!』

 

 

 

「ほ~っ、其処迄西住さんに()()()()だったとはね。でも、私も黒森峰を目指すから其の夢は厳しいと思うよ?」

 

 

 

『何で?』

 

 

 

「何故なら、私も西住先輩を胴上げする心算だから♪」

 

 

 

『言ったな、“ののっち(瑞希)”!』

 

 

 

「えへへ♪じゃあ今日は、嵐の家で数学の勉強会しよっか?」

 

 

 

『うん!』

 

 

 

 

 

 

「「!」」

 

 

 

其の時、嵐の話を聞いて居たみほと優花里は目を見開いて驚いていたが、此処で梓が不思議な表情を浮かべ乍ら嵐に問い掛けて来た。

 

 

 

「あれ…其れじゃあ、嵐は最初黒森峰に入る心算だったの?」

 

 

 

続けて沙織と華が嵐に向かって疑問をぶつける。

 

 

 

「ねえ“らんらん()”。だとしたら、少し話がおかしくない?」

 

 

 

「ええ…其処から何故“戦車道から逃げ出そうとした”のか、話が繋がらないのですが?」

 

 

 

すると嵐は小さく頷いた後、重苦しい声で話の続きを語り出した。

 

 

 

でも其の時は、まさか家に帰った時に、()()とって“絶望的な事実”を“()()()”から突き付けられるとは思いも寄らなかったんです。

 

 

 

其の一言に、話を聞いて居た全員は“此れから、如何なるのか?”と思いつつ戸惑う。

 

特に、みほは思わず「()()()?」と口に出し乍ら嵐の顔を見たが、其の時彼女はみほに向かって泣きそうな顔をしながら“告白の核心”を語り始めたのである。

 

 

 

 

 

 

『只今、母さん。今日は…あれ?』

 

 

 

瑞希を連れて帰宅した私が玄関に入ると、“何時もとは違う雰囲気”を感じ取りました。

 

其の“理由”を教えてくれたのは、瑞希の一言でした。

 

 

 

「見た事の無い靴が有る…誰か、来ているわね?」

 

 

 

瑞希の視線の先、玄関前の土間には一足の靴が置いて有ったけれど、其れは(明美)や私が何時も履いている物とは全く異なるデザインでした。

 

 

 

『うん。女物の高そうな靴…普段の母さんはスニーカー派だし、誰だろ?』

 

 

 

其の靴が私や母の物では無い事を確かめた私は“母に来客が来ているのかな?”と思ったのだけど、次の瞬間“母の怒鳴り声”が私達の居る土間に迄聞こえて来たのです。

 

 

 

「ちょっと()()()!其れ本当なの?」

 

 

 

「嘘では無い」

 

 

 

町でも“怒鳴ると恐い”事で有名な母に対して、女性と思われる相手は冷静と言うよりも冷徹な口調でキッパリと答えていました。

 

怒鳴っている母に対してそんな受け答えが出来る人は、私の知る限り殆ど居ないので“若しかして、()()()()()()()()()()かな?”と思い乍ら、声がすると思われる家の応接間へ足を踏み入れた時、母が“思いも寄らぬ話”を始めたのです。

 

 

 

「幾ら戦車道高校生大会()()()()()()()()()()()()()だからって、()()()()()()()()()()だなんて酷過ぎるんじゃないの?其れじゃあ、まるで()()()()()()()じゃない!」

 

 

 

()()がそう言ったのだ」

 

 

 

『!?』

 

 

 

“西住先輩が黒森峰から転校する!”と言う“衝撃的な話”に私がショックを受ける間も無く、母は相手の女性に向かって更なる怒りの声を上げました。

 

 

 

「みほさんが“そう言った”んじゃなくて、アンタが“そう言う様にみほさんを仕向けた”んでしょ?オマケに、みほさんが助けたⅢ号戦車の乗員が()()()()()()()()()()って如何言う事よ!?しかも、其の娘達は“全国大会の事故の件で虐められていた”って、“ながもん(周防 長門)”から聞いたわよ!」

 

 

 

でも相手の女性は母の怒鳴り声にも一切動じず、逆に厳しい視線で母を睨み返し乍らこう断言しました。

 

 

 

「イジメは無かった。黒森峰は規律が行き届いているから誰も()()()()()()()()()()

 

 

 

だけど次の瞬間、相手の態度と言葉に対してブチ切れた母が、もっと衝撃的な話をしたのです。

 

 

 

「嘘を吐くんじゃない!周囲が“陰口や悪口に暴言、それに無視やシカト、仲間外れ”をするのも()()()()()()()よ!オマケに、Ⅲ号戦車の乗員達をイジメていた奴等の中には、ネットやSNSで()()()()誹謗中傷を垂れ流した奴迄居たって、“ながもん(周防 長門)”から聞いて居るわよ!」

 

 

 

『母さん、西住さん達に何が有ったの!?』

 

 

 

「嵐、帰って居たの!? 此れは()()の話だから貴女は聞かなくても良いの……」

 

 

 

母の話に居ても立っても居られなくなった私は、同じくショックで棒立ちになっている瑞希を余所に、母に向かって問い掛けたのだけど、私が帰宅した事に気付いた母は其の場から私を引き離そうとしたので、私は咄嗟に母の()()()()に向かって叫びました。

 

 

 

『西住先輩とⅢ号戦車の乗員達が転校って、如何言う事ですか!?貴女、何か知っているんですか!?』

 

 

 

今思い返すと、此の時の私は非常に無礼な物言いをしてしまったのだけど、そんな私からの問い掛けに対して、相手は表情こそ険しいけれど私に向かって静かな声で話し掛けて来たのです。

 

 

 

「君は…若しかして、明美の娘の嵐か?だとしたら初めて会うな」

 

 

 

『はい。私が原園 嵐、原園 明美の娘です…今、無礼な事を言って済みませんでした。失礼ですが貴女は?』

 

 

 

私も相手に合わせる様に、先程彼女に向かって叫んだ事を詫びつつ相手の名前を問うと、彼女は私にとって“()()()()()”を告げました。

 

 

 

 

 

 

そして次の瞬間、嵐から告げられた()()()()を聞いた西住 みほは、ショックの余り「えっ!」と叫んだ。

 

 

 

 

 

 

西住 しほ…君の(明美)とは、黒森峰女学園高等部・機甲科時代の同級生同士だ」

 

 

 

『えっ…じゃあ貴女は、西()()()()西()()()()!?

 

 

 

其の瞬間、相手の正体を知った私は、驚きの余り大声を上げました。

 

彼女が母の高校(黒森峰)時代の同級生だと言う事は、母から“知識”として知らされていたけれど、流石に西住流の次期家元にして西住先輩(みほ)や先輩の御姉様であるまほさんの御母様が此の場に居るとは予想外でした。

 

そして彼女は鋭い視線を私に向けた儘、話し掛けて来ました。

 

 

 

「私の名を覚えているとは光栄だ。それで、みほの事で何か聞きたい事がある様だが?」

 

 

 

其れに対して私は、胸が詰まりそうな思いで必死になり乍ら彼女に質問しました。

 

 

 

『では西住師範、教えて下さい。“西住 みほさんが黒森峰から転校”って如何言う事ですか?其れと、今年の戦車道全国高校生大会決勝戦で事故に遭ったⅢ号戦車の乗員達が“イジメられて転校”って……一体、何が有ったんですか!?』

 

 

 

すると、彼女は私に向かって厳しい表情を崩さない儘、こう答えたのです。

 

 

 

「みほは大会十連覇を逃した責任を取って、戦車道を辞めて転校すると言いました。あの時川へ落ちたⅢ号戦車の乗員達も同じです」

 

 

 

『そんな!幾ら大事な試合に負けたからって、みほ先輩は川に転落して死ぬかも知れなかった仲間達を命懸けで助けたのに!Ⅲ号戦車の乗員達だって、プラウダからの砲撃であんな目に遭ったのに……』

 

 

 

彼女から“冷酷な答え”を聞かされた私は、先輩やⅢ号戦車の乗員達を弁護しようとした時、母が鋭い声で彼女を糾弾したのです。

 

 

 

「一寸待て“しぽりん(西住 しほ)”!私の娘()に迄()()()()()()()()()!」

 

 

 

『母さん!如何言う事?』

 

 

 

母の声に驚いた私が問い掛けると、母は真っ赤な顔で“しぽりん(西住 しほ)”に向かってこう言いました。

 

 

 

「今年の全国大会で母校(黒森峰)が負けたのは、“西住流の教義に拘り過ぎて、隊員達が創造的な発想と咄嗟の判断力を養っていなかったからだ”って、嵐が来る前にも言ったでしょ? そうでなければ、みほさんが降りた後のフラッグ車(ティーガーⅠ)が撃たれる迄其の場から動かない筈が無いでしょ?」

 

 

 

『!』

 

 

 

其の時、私も“母の話”の意味が分かりました。

 

あの決勝戦の時、確かに先輩のフラッグ車(ティーガーⅠ)は先輩が降りた後、プラウダの待ち伏せ部隊に撃たれる迄、其の場から一歩も離れなかった。

 

あの時、フラッグ車の護衛に就いていたもう1輌のⅢ号戦車は、プラウダの更なる攻撃からフラッグ車(ティーガーⅠ)を守る為にフラッグ車(ティーガーⅠ)の前へ出ようとしていたのに。

 

若しも先輩のフラッグ車(ティーガーⅠ)の乗員達に“咄嗟の判断力”が身に付いて居れば、プラウダからの攻撃を避ける為に其の場から離れていた筈。

 

なのに、何故西住先輩や川に落ちたⅢ号戦車の乗員達だけが責められるのか?

 

此処迄思い出していた私は()()()()()に思い当たり、呻く様な声で母に向かって叫んだのです。

 

 

 

『其れって…まさか、西住先輩達は()()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃあ!?』

 

 

 

すると、母は私に向かって苦い表情を浮かべ乍ら、こんな事を言ったのです。

 

 

 

「そうよ…嵐。今年の全国大会で()()()()()()()()()()()()は、()()()()()()()()()()()()()()()()()のをプラウダ高校に突かれたからであって、決してみほさん達が悪い訳じゃ無かった。でもみほさんと彼女が助け出したⅢ号戦車の乗員達は、十連覇の悲願を阻まれただけで無く『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』事に激昂した母校の同窓OG会、そして校内の生徒や教師達の批判を躱す為の“敗戦の贖罪の生贄(スケープゴート)にされたのよ」

 

 

 

『酷い!』

 

 

 

こうして母から“西住先輩と其の仲間達が転校させられる理由”を知った私は、其の理不尽さに憤り乍ら西住師範に向けて抗議しました。

 

 

 

『西住師範!“十連覇を逃して、其の上遭難しそうになった”からと言う理由で()()()()()()()()なんて酷過ぎませんか!?』

 

 

 

しかし、相手はそんな私と母を冷たい視線で睨み乍ら、更に信じ難い言葉を放ったのです。

 

 

 

「愚問ですね」

 

 

 

『愚問!?貴女は何を言っているんですか!?』

 

 

 

西住師範の言葉に憤った私が叫ぶと、彼女は冷たい表情を変えない儘、こんな事を言いました。

 

 

 

「みほは“西住流の名を継ぐ者”なのよ? 西住流は“何が有っても前へ進む”流派。強き事、勝つ事を尊ぶのが伝統」

 

 

 

其の言葉を聞いて“或る事”に思い当たった私は、怒りを腹に収め乍ら彼女に向かって問い掛けました。

 

 

 

『つまり、西住流は“戦車道をやるのは勝つ為だ”と言いたい訳ですね?』

 

 

 

「其の通りです」

 

 

 

私の問い掛けに冷たい声で答えた西住師範に対して、私は“父との思い出”を思い出し乍ら、こう言い返しました。

 

 

 

『でも、其れは間違いだと思います! 父はそんな事を一言も言っていない!』

 

 

 

「何!?」

 

 

 

『私の父・原園 直之は、何時も“戦車道は、試合に勝つ為にやるんじゃ無くて、戦車に関わる事で皆が仲良くなる為にやるんだ”って言っていました!』

 

 

 

其の言葉を西住師範は黙って聞いて居たので、私は話を続けました。

 

 

 

『確かに、みほさんは母校の十連覇を捨てたのかも知れません。だけどあの時、みほさんは仲間達の命を助ける為に命懸けで川へ飛び込んだんですよ!幾ら試合で勝つ事が重要でも仲間の命の方が遥かに大事じゃないですか!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?』

 

 

 

しかし其の時、西住師範は私を睨み付けると、こう言いました。

 

 

 

「貴女は()()()()()()()()()()を分かっていないわね?」

 

 

 

其の言葉に怒りを覚えた私が『何ですって!』と叫んだ次の瞬間…彼女は私に向かって()()()()()()()()()()()を放ったのです。

 

 

 

()()無くして、大きな勝利を得る事は出来ないのです!」

 

 

 

『そんな!?』

 

 

 

「しほ!もう止めて!私の娘に何て事を……」

 

 

 

“仲間の命よりも試合での勝利が重要だ”と聞かされて頭に来た私が怒りの声を上げた瞬間、母が私と彼女の間に割って入りましたが、怒りに震える私は母の手を振り払って西住師範の前に立つと、こう叫びました。

 

 

 

『貴女は、あの決勝戦でみほさんの仲間達は()()()()()()()()()()()()()()()()と言いたいのですか!?信じられない!』

 

 

 

しかし、西住師範は私の糾弾に対して黙った儘、何も言いませんでした。

 

其の瞬間、私の頭の中で“何か”が音を立てて切れると同時に、彼女に向かってこう叫んでいました。

 

 

 

『此の…人殺し!()()()()()()()()だ!そんなの()()()()()()()()()()()()()!』

 

 

 

「嵐、落ち着きなさい!」

 

 

 

其の時母が私を摑み乍ら叫びましたが、私は構わずに『父を亡くしてから十年間胸に秘めていた()()()()』を西住師範にぶつけました。

 

 

 

『アンタの様な人が戦車道に居るから、私の父さんを…十年前に()()()()()()()んだ!』

 

 

 

其の言葉を聞いた西住師範が目を見開いた瞬間、私は畳み掛ける様にこう言い放ちました。

 

 

 

『戦車道は、そう言う人間達の集まりなのか!?此れじゃああんまりだ、父さんやみほ先輩や転校させられるⅢ号戦車の乗員達が可哀想だ!』

 

 

 

「嵐!」

 

 

 

私の心からの叫びに対して、母が慌てた表情で咎めましたが、西住師範は私を見詰めた儘何も言いません。

 

其の態度に怒りを覚えた私は、こう叫びました。

 

 

 

『帰れ!…父さんを戦車で轢いただけで無く、勝利の為に仲間の命を蔑ろにする“()()()は出て行けぇ!』

 

 

 

其の時私を摑んでいた母が「嵐、一寸待ちなさい!」と怒鳴りましたが…私は、母の手を振り解くとこう叫びました。

 

 

 

アンタ(母さん)だって、アイツ(西住師範)()()()()()じゃないの!?其の心算で私に戦車道を教え込んだんでしょ!?

 

 

 

其の言葉に衝撃を受けた母が棒立ちになるのを見た私は、更にこう宣言しました。

 

 

 

『もう…()()()()()()()()()()()()()!』

 

 

 

「!」

 

 

 

そして私は、茫然としている母と黙っている西住師範を残し、部屋の入り口で呆然と立っていた瑞希の手を引っ張ると、駆け足で家を出て行きました……

 

 

 

 

 

 

(第50話、終わり)

 

 





此処迄読んで下さり、有難う御座います。
今回は、物語のターニングポイントとなる第50話をお送りしました。

幼き日の嵐が戦車道を始めようとした原点は、「戦車道はね、試合に勝つ為にやるんじゃ無くて、戦車に関わる事で皆が仲良くなる為にやるんだよ」と言う父・直之の口癖でした。
此の直之の口癖は、ガルパンを見続けて来た自分なりの“作品に対する答え”でもありまして、今後の本作を書いて行く上でのキーワードになるだろうなと思っています。
しかし父が戦車道の事故で亡くなった後、母・明美は嵐に対して立ち直る暇を与えない儘戦車道を教え続けた結果、明美の考えに反発していた嵐は自暴自棄になり掛かる…そんな彼女を救ったのが、西住殿でした。
つまり本作では、第62回戦車道全国高校生大会決勝戦で西住殿はⅢ号戦車の乗員だけで無く、嵐の心も救った形になります。
そんな西住殿に“救い”を見出し、戦車道を続ける決意をした嵐は黒森峰を目指そうとしますが…其の直後に彼女の想いを打ち砕いただけで無くトラウマ迄植え付け、戦車道から逃避させる原因を作ったのが西住殿の母・しほだったのです。
其の事実を知ってショックを受ける西住殿。
そして次回、嵐の告白は完結を迎えます…果たして、嵐と西住殿達は如何なるのでしょうか?

其れでは…次回迄、待機せよ。

※追記(2021年5月19日)
今回、本文中で主人公・原園 嵐の父親である直之の年忌と死後の満年数を共に「九年」と書いてしまって居ましたので訂正しております。
正確には「没後満十年で、十一回忌」となります。
今回も誤った記述をしまして、大変失礼致しました。
又、此の件に関する御指摘をされた読者様に心から感謝申し上げます。



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第51話「真相です!!(後編)」


此処最近、東京五輪開催の是非を巡る情報を見ていて、溜め息を吐いております…まさか、現実世界に“あのしほの台詞”と同じ考えをしている者が、あろう事か五輪関係者の中に居たとは。
人命よりも五輪開催を優先するって、正に「犠牲無くして、大きな勝利を得る事は出来ないのです!」と言うしほの台詞と同じではないですか?

其れは兎も角、今回は“嵐の告白”の最終回です…どうぞ。



 

 

 

嵐による“自分が戦車道から逃げ出そうとした()()理由”の告白。

 

 

 

其の内容は…余りにも残酷だった。

 

 

 

父親を戦車道の事故で喪った後、気持ちの整理が付かない儘母・明美から否応無く戦車道を教え込まれた嵐は、“何の為に戦車道をやりたいと思ったのか”を思い出せなくなってしまう。

 

そして、明美が創設した“群馬みなかみタンカーズ”に入団後も戦車道漬けの生活を送るが、“自分が戦車道を始める決意をした理由”が思い出せない儘自暴自棄に成り掛かっていた中学三年生の初夏、みなかみタンカーズの恒例行事・“戦車道全国高校生大会決勝戦・現地観戦旅行”に参加した嵐は、其の試合を観戦中に黒森峰女学園・戦車道チーム副隊長だった西住 みほが母校の全国大会十連覇を()()()Ⅲ号戦車ごと川に落ちた仲間の命を救うと言う“命懸けの行為”を目の当たりにした事で、()()()()()()()()()()()()()()()()()を思い出す。

 

 

 

其れは、父・原園 直之の口癖だった「戦車道はね、試合に勝つ為にやるんじゃ無くて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う言葉だった。

 

 

 

みほの行動に父・直之の面影を感じた嵐は、()()()()()でも戦車道を続けて良いんだ。もう一度初心に帰って、戦車道を続けよう!”と決意し、“来年の全国大会で、西住先輩を胴上げするんだ!”との想いを胸に、黒森峰女学園への進学を志す。

 

だが…彼女の想いは、無残にも打ち砕かれた。

 

其れは中学三年生の二学期に入り、父・直之の十一回忌が近付いていた或る秋の日の出来事。

 

親友兼ライバルの野々坂 瑞希と一緒に、高校受験に備えて数学の勉強をする為に自宅へ帰宅した嵐は、其処で明美と()()()()()()()による口論から「西住先輩とⅢ号戦車の乗員達が母校の十連覇を逃した事による“スケープゴート”として、黒森峰から転校させられる」事実を知る。

 

そして激昂した嵐は、明美と一緒に居た女性に向かって『同じ戦車道をやる仲間を何だと思っているのですか!?』と叫んだが…其れに対する女性の返事は、嵐の想像を超えるものだった。

 

 

 

()()無くして、大きな勝利を得る事は出来ないのです!」

 

 

 

余りにも冷酷な言葉に、嵐は十年前に父親・直之が高校戦車道の戦車に轢かれて亡くなった事実を思い出し、相手の女性に“人殺し!”と叫ぶと、自分を止めようとした明美に向かって母さん(明美)だって、あの人(アイツ)の仲間だったんじゃない!其の心算で私に戦車道を教え込んだのでしょ!?』と叫んだ後、『例え、神にだって私は従わない!』と啖呵を切り、明美と戦車道から決別する事を誓った……

 

そして嵐の心を折り、母・明美との決別を決定付ける言葉を放った“女性の正体”は、明美の同級生兼親友である西住流師範・西住 しほ…つまり、みほの母だったのである。

 

 

 

 

 

(そんな…御母さん(しほ)、何て事を!)

 

 

 

此の時、嵐の話を聞いたみほは、“頭をティーガーⅠ重戦車の88㎜徹甲弾で撃ち抜かれた”様な衝撃を受けた。

 

まさか…あの事故の後で、母・しほは“自分が言われた”のと同じ言葉を他の人にも言っていたのか!?

 

其れと同時に、みほは明美や藤兵衛達が“「嵐が戦車道を辞めようとした理由」については、()()()()()()聞かなければならない”“此の話を聞けば自分が辛い目に遭う”と語った理由を理解した。

 

 

 

(原園さんが戦車道を辞めようとした原因を作ったのが、御母さん(しほ)だったなんて!)

 

 

 

一方で自分の母(しほ)の発言を聞いた、みほ(自分)以外の仲間達や戦車道ライターの北條 青葉も真っ青になる中、嵐は両手で顔を覆って嗚咽を漏らし乍ら呟く。

 

 

 

『正直、此の話は西住先輩には言いたく無かった…折角”戦車道をやりたい“と言った先輩の心を折りたく無かったから』

 

 

 

其処で何も言えなくなり、泣き続ける嵐の姿を見た瑞希が辛そうな表情で当時を振り返った。

 

 

 

「あの時、其の場に居た私は西住師範と明美さんの口論に恐怖を覚えて、一言も口に出す事が出来なかった…其の時私は初めて“戦車道の負の一面”を知らされて恐くなったんだと思う。其の後、嵐は私を連れて彼女の家の近くを流れる川の岸辺迄行くと、私にこう告げたのです」

 

 

 

『私、高校に行ったら戦車道を辞める。私は()()()()()を磨く為に戦車道をやって来たんじゃない!』

 

 

 

「其れに対して、私は何も言えなかった。そして私も、高校受験では黒森峰を受けるのを辞めました…嵐の言う通り“仲間の命よりも()()()()()()が大事”とする黒森峰と西住流の考え方に、私も従いて行けなかったのです」

 

 

 

語り終えた瑞希が唇を嚙み締めていると、嵐が涙を拭い乍ら再び話し始めた。

 

 

 

 

 

 

こうして、私は戦車道から逃げ出す決意をすると渋る母を説得して「今季の強襲戦車競技(タンカスロン)で個人タイトルを獲ったら、戦車道を引退する」と言う条件を捥ぎ取りました。

 

実は私、母の肝煎りで瑞希や菫・舞とチームを組んで、小学五年生から強襲戦車競技(タンカスロン)に参戦していました。

 

其れは“みなかみタンカーズで培った戦車道の成果を実証し、更なる技量の向上を図る為”と言う母の意志に依るものでしたが、此の時私は“戦車道を辞める為に其の事を()()()()()()”のです。

 

こうして私は、去年の強襲戦車競技(タンカスロン)のシーズン最終戦迄必死になって戦った結果、“年間最多戦車撃破数”の新記録を作って戦車道から引退しました。

 

そして、高校は父さんの故郷である大洗女子学園を選びました…父さんの故郷で“普通の女の子”として人生をやり直そうと思っていたんです。

 

でも…高校受験に合格した直後から、私は毎晩()()を見る様になりました。

 

其の夢の中で、私はあの決勝戦の時に水没したⅢ号戦車の戦車長になっているんです。

 

そして戦車が川へ沈む中、助けを呼ぼうとしても声が出せなくて…更に“助けが来た”と思ったら、目の前に西住師範が現れて、()()()私に放った言葉を投げ付けて来るのです。

 

 

 

「犠牲無くして、大きな勝利を得る事は出来ないのです!」と。

 

 

 

だから、私は最後に“父さん、助けて!私、()()()()()()()()()()()!”と心の中で叫ぶと…目が覚めて現実に戻っている、と言う日々を過ごしていました。

 

 

 

 

 

 

其の時、みほは嵐が戦車道の練習中、熱中症になって休んでいた時に呻いた“譫言(うわごと)”の()()を知り、心の中で母に向かって(酷い…酷いよ、御母さん(しほ))と涙乍らに呟いていると、嵐が“自分(みほ)と出会った時の事”を語り出していた。

 

 

 

 

 

 

だから、新学期が始まったばかりの日に西住先輩とコンビニの前で出会った時、私は先輩の事を思い出せなかった…毎朝見る“()()”から逃れる為に“もう、戦車道の事は一切忘れよう”と思っていたから。

 

でも其の日、生徒会が私を戦車道へ強引に勧誘しようとした後、体育の授業で怪我をして保健室へ行った時、偶然武部先輩と五十鈴先輩と一緒に話をしている西住先輩を見掛けて…全てを思い出しました。

 

其れと同時に“絶対に西住先輩を戦車道の()()()から救い出さねば!”と決意したんです。

 

其の為に、翌日生徒会が西住先輩と私を校内放送で呼び出した時、スマホを使って生徒会の発言を録音する準備もして。

 

でも、あの時生徒会長室で西住先輩が「あの!…私!……戦車道やります!」と言った瞬間、全てが崩れ去りました。

 

去年、”師範(肉親)から理不尽な言葉を言われて転校せざるを得なかった“先輩が、“其の原因となった戦車道に復帰する”と言った瞬間…私も“西住先輩と一緒に戦車道をやりたかった”と言う“夢と憧れ”に抗う事が出来無くなってしまったんです。

 

そして、学園で復活した戦車道の授業初日、ボロボロになったⅣ号戦車D型の車体に触れて其の状態を確かめた時に呟いた言葉。

 

 

 

「装甲も転輪も大丈夫そう…此れで行けるかも」

 

 

 

其の後、西住先輩が優しそうな表情で私達を見詰めた時…私は決めたんです。

 

“もう、二度と先輩を一人ぼっちにしたくない。だから私が何処迄も先輩に従いて行こう。そうしたら、きっと()()()()()()()()が見付かる筈だ”って。

 

そして私も、もう一度戦車道に取り組もうって決めました。

 

其れから暫くの間、()()は見なくなったけど…この間、麻子先輩の御婆様の御見舞いから帰った晩に再び()()を見る様になって、如何したら良いか分からなくなったんです。

 

其れで悩んでいる内、昨日戦車道の練習中に熱中症になって…此れから如何すれば良いのか分からなくなって教室から逃げ出して、戦車格納庫へ行ったら偶々居合わせた麻子先輩が何も聞かずに「落ち着く迄此処に居た方が良い。私も寝ているから」と言ってくれたので、兎に角落ち着こうと思っていたら西住先輩達がやって来て、其処から先輩の話を聞いて居る内に“全てを話すしか無い”と覚悟を決めたのです。

 

 

 

 

 

 

こうして嵐は“告白”を終えると立ち上がり、自分が座って居たM4A3E8(イージーエイト)からⅣ号戦車D型へと乗り移る。

 

そしてみほの前で座り込むと、縋る様な声で話し掛けて来た。

 

 

 

『西住先輩…そして皆さん。此れからも皆と一緒に戦車道を続けても良いですか?私、先輩達と一緒に戦車道を続けていれば、何時か必ず()()()()()()()()が見付かると思う…いえ、きっと見付けられると思うんです』

 

 

 

「原園さん!」

 

 

 

嵐の言葉を聞いたみほは、一瞬“信じられない”思いで彼女を見詰めるが、其処にはポロポロと涙を零し乍ら自分を見詰める彼女の姿が在る。

 

 

 

『西住先輩…父を亡くしてから、如何しても戦車道が好きになれなかった私に、“戦車道を好きになって良いんだよ”と言う“希望”をくれたのが先輩なんです!こんな私ですが、若しも先輩が皆と一緒に戦車道を続ける心算なら、私は何処へだって従いて行きます!』

 

 

 

「でも…私の御母さん(しほ)は貴女を」

 

 

 

嵐からの願いに、みほは“嵐の心を折ったのは、自分の母・しほである”と語って“本当に私で良いの?”と問い掛けたが、彼女は首を横に振り乍らハッキリとみほに告げた、

 

 

 

『其の事なら、心配無いです!先輩は先輩、御母様は御母様です!私は何が有っても先輩の味方です!だから…先輩、皆と一緒に戦車道を“楽しんで”も良いですか?』

 

 

 

其の時、みほは嵐の言葉に“心が反応して”嬉しくなった。

 

 

 

(“皆と一緒に戦車道を楽しむ”…そうだ、私も皆と戦車道をやって楽しいと思った様に、原園さんも私達と一緒に戦車道を楽しみたいと思っている。其れなら!)

 

 

 

そして、みほは涙を拭うと、薄っすらと笑顔を浮かべて嵐に答える。

 

 

 

「うん…有難う」

 

 

 

『先輩!』

 

 

 

嵐は叫ぶと、みほに抱き着いて泣きじゃくった。

 

みほはそんな嵐を優しく抱き締めると、心の中で母・しほに向けて“自分の決意”を呟いた。

 

 

 

(御母さん…私も()()()()()()()()を見付けてみせる。だって、こんな私を頼りにしている()がいるから!)

 

 

 

 

 

 

こうして、みほの仲間達がみほに抱き着いて泣いている嵐の姿を見詰めて居る中、此の場に居る唯一の大人の女性・北條 青葉に向かって冷泉 麻子が詰問する。

 

 

 

「北條さん…此処で貴女が聞いた事、記事にする心算なのか?」

 

 

 

麻子の冷たい声と“若しも記事にするのなら、私は許さない”と言わんばかりの険しい表情に、みほ達だけでなく彼女の胸の中で泣いていた嵐も驚いた顔で青葉に視線を向けるが、当の青葉は首を横に振ると優し気な表情で語り始めた。

 

 

 

「皆、心配しないで。私、此処で聞いた事は記事にはしない…と言うより()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わ」

 

 

 

「えっ…青葉さん、貴女はジャーナリストですよね?」

 

 

 

青葉からの一言に皆が安堵する中、武部 沙織が驚いた表情で問い掛けると、青葉は諭す様な声で答えた。

 

 

 

「武部さん、ジャーナリストだからと言って“()()()()()()()()()()()()”訳では無いのよ」

 

 

 

其処で青葉は一旦言葉を切り、沙織の表情が落ち着いたのを確かめると、再び語り始めた。

 

 

 

「私ね…西住さんと原園さんの話を聞いて、改めて“自分が如何に()()()()()()()か”って事を思い知らされたわ。今の私じゃあ、みほさんと原園さんの話を“皆が納得出来る形で記事に書く事”は出来ないよ」

 

 

 

其の言葉を聞いた皆が戸惑う中、彼女は自らの過去を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

私は5年前に地元・広島県内の大学を卒業後、新聞記者を目指して広島市内に在る新聞社に入社したのだけど、其の時「野球やサッカー等、地元プロスポーツチームの取材担当」を希望したのに、県内に在る海上自衛隊の基地や陸上自衛隊の駐屯地と“反戦平和運動”担当の記者に回されたの。

 

しかも当時の編集長から“社の方針”として「自衛隊については常に批判的に書く事」「反戦平和を常に主張する事」()()()()()()()として押し付けられたの…つまり()()()()()沿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う事なの。

 

 

 

 

 

 

「そんな…新聞記者でも事実を有りの儘に書けないのですか?」

 

 

 

青葉の話を聞いて居た五十鈴 華が、其の話の内容に義憤を感じて問い掛けた処、青葉は小さく頷き乍らこう答えた。

 

 

 

「ええ。()()マスコミ(マスゴミ)ジャーナリスト(売文屋)の間ではね、“()()()()()()()()()()()()沿()()()()()()は書かない”と言う不文律があるのよ。そして中には、()()()()()()()()()()()()に記事の内容を捻じ曲げたり捏造する事を平気で(当たり前に)やる人達が居る事も知ったわ」

 

 

 

そして青葉は、更に自らの過去を語り続けた。

 

 

 

 

 

 

新聞社に勤め出して半年足らずの内に、私は“報道って、一体何だろう?”って疑問を抱く様になったわ。

 

特に、私が取材で接して来た自衛隊員の多くは誠実な人間が多かったのに、反戦平和団体の運動家達には其れとは真逆の輩が少なくなかったの。

 

特に取材現場では“自らの主張の為には、他人の迷惑を顧みない運動家達”が、()()()()()()()()()()()()()()姿()を度々目撃したのだけど、そんな事実を幾ら書いても“社の方針にそぐわない”と上司や先輩に言われて、()()()()()()()()()()()()()…次第に自分の仕事が嫌になって行ったわ。

 

結局、入社から3年後に私は其の事で上司と大喧嘩して新聞社を退社し、フリーのスポーツライターとして活動を始めた次の年に…あの全国大会決勝戦・プラウダ高校対黒森峰女学園の試合を現地取材していたの。

 

当時の私は未だ駆け出しのスポーツライターだったけれど、戦車道なら新聞記者時代に培った自衛隊への取材経験と人脈が生かせるので、自然と自分の仕事も戦車道の取材が増えて来て、少し自信が付いて来た頃だった。

 

結果的に、私はあの試合でみほさんがⅢ号戦車の乗員達を救助する迄の一部始終を撮影した事で、仕事仲間やマスコミから注目される様になった…だけど私は、“自分の取材“に全く満足出来なかった。

 

何故なら、試合後に大会十連覇を逃した黒森峰女学園と主催者である日本戦車道連盟は様々な議論に曝されたけれど、私を含めた大人達は其の事に対して“キチンとした結論”を出せなかったの。

 

何故かと言うと、黒森峰側が「全ての責任は“敵前で試合放棄”した副隊長に在る」として、みほさんの副隊長解任後は“一切の弁明をしなかった”事から全ての議論が宙に浮いちゃったのよ。

 

だから「日本戦車道連盟は何故、あの事故が起こった時に試合を中断しなかったのか?」と言う“根本的な問い掛け”が為されないまま終わってしまって…私も其の事について満足な記事を書く事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「でも…青葉さん、()()()は優勝したプラウダも色々と言われていましたよね?」

 

 

 

此処で、青葉の話を聞いて居た秋山 優花里が当時の議論の中で“プラウダ高校も批判されていた事実”を指摘すると、青葉は小さく頷いてから其の事を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

勿論、優勝したプラウダ高校に対しても「あの状況下でのフラッグ車攻撃は、人命軽視・スポーツマンシップに悖る行為ではないか?」と批判する者が居たけれど…“其の人達は直ぐ様非難されて沈黙してしまった”わ。

 

何故なら、優勝校の地元・青森県を始めとする東北地方の人々から「“()()()()()”から立ち上がって栄冠を勝ち取った彼女達を中傷するな!」との声が上がったのよ。

 

皆は忘れているかも知れないけれど、“()()()()()”は全国大会が始まる()()()に起きていたでしょ?

 

 

 

 

 

 

其の瞬間、皆が「あっ!」と声を上げる中、青葉は当時の状況を説明する。

 

 

 

 

 

 

()()()()()”では、東北各県を中心に東北地方から関東地方に掛けての太平洋岸一帯で甚大な被害が発生して、プラウダ高校の地元・青森県でも南部地方の一部が被災したわ…此の学園艦の母港・大洗町も津波で大きな被害を受けた事は知っているよね?

 

そんな中、東北の“甲子園出場校”でも成し遂げられなかった「全国制覇」をプラウダ高校の戦車道チームが達成した事で、地元の青森県や東北地方では「震災の被災者達に勇気を与えてくれた彼女達を批判するのは許せない!」と言う論調が主流だったから、世論も其の声に押されてプラウダへの批判が()()()()()()()のよ。

 

 

 

 

 

 

去年の戦車道全国高校生大会決勝戦で起きた“みほの行動”に関する議論の結末を知らされて、何とも言えない表情を浮かべているみほや嵐達の顔を見た青葉は、其処で自らの表情を引き締めると、其れからの自分の事を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

其の光景を目の当たりにした私は、戦車道に対して“根本的な疑問”を抱いたわ。

 

「一体、戦車道とは何なのか?」

 

あの決勝戦で起きた事件で「キチンとした結論」を記事に書けなかった私は、“其の答えを探るのが、自分の使命ではないか?”と考えて、全力で戦車道を追う事を決意したわ。

 

そして今年の春、私は今年度から全国戦車道高校生大会の新しい特別後援社になった全国紙「首都新聞社」と専属契約を結んで、“戦車道担当・専属契約ライター”になった…戦車道全国高校生大会関連の取材と、其の取材を元にした記事原稿を執筆して「首都新聞」のスポーツ欄に寄稿するのが私の主な仕事になったの。

 

でも…記事を読んだ読者からの手紙を読んだり、取材先で出会った人達と話している内に、“どんなに有りの儘に事実を書いても上手く読者に伝わらない。自分の力で仕事が出来ていない”事に気付かされて、壁にぶつかってしまったの。

 

 

 

 

 

 

其の時、青葉の話を聞いて居たみほが彼女に向かって話し掛けて来た。

 

 

 

「其れ…何となく分かります。私も御母さん(しほ)御姉ちゃん(まほ)が凄くて、其れに比べたら“自分なんて大した事が無い”って思う事が良く有りました。もしかして青葉さんもですか?」

 

 

 

みほの言葉に青葉が小さく頷くと、其の理由が分からない他の皆が心の中で「?」を浮かべ乍ら戸惑っていたので、其れに気付いた青葉が苦笑いを浮かべ乍らこう説明した。

 

 

 

「私ね、読者や取材に行った人達から()()こう尋ねられるの。『貴女は、“北條 すず”さんの御親戚ですか?』って」

 

 

 

其の瞬間、彼女の言葉の意味に気付いた澤 梓がハッとなった顔でこう尋ねた。

 

 

 

「あっ…もしかして北條さん、それって“すず御婆ちゃん”の事ですか?」

 

 

 

其処へ華も何かを思い出したらしく、青葉に向かって落ち着いた声で問い掛ける。

 

 

 

「其れは若しかして、すずさんが書かれた()()()()()()の事ですか?」

 

 

 

すると青葉は、再び頷くと静かな声でこう答えた。

 

 

 

「二人共正解…“すず御婆ちゃん”はね、血は繋がっていないのだけど、私にとって大切な御婆ちゃんなの」

 

 

 

そして彼女は、自らのルーツを簡単に説明した。

 

 

 

 

 

 

私の本当の御先祖様は“ヨーコ御婆ちゃん”と言って、終戦直後にすず御婆ちゃんとその旦那さんが広島駅の近くで拾った“女の子の孤児”なの…因みに、二人の御婆ちゃんはかなりの高齢だけど、今も元気で呉市の実家に住んで居るわ。

 

だからすず御婆ちゃんが居なかったら、きっと私は生まれて来なかった筈だし、幼い頃から私に“色々と大事な事”を教えてくれる大切な人なんだ。

 

でもね…皆も知っていると思うけど、今から7年前にすず御婆ちゃんは地元の小学校から頼まれて戦争中の体験を “平和教育の一環”として小学生達に語り始めたら、其れが口コミで人気になって、次第に広島県内の彼方此方(あちこち)で話をする様になったの。

 

其れが更に人気になると、今度は地元の出版社からの依頼で戦争中の体験を手記に纏める事になって、其れが出版されたらベストセラーになったの。

 

私も、最初は其れが嬉しかったのだけど…新聞記者の仕事を始めてから、自分が“すず御婆ちゃんの親戚”と言う目で他の人達から見られる様になっている事に気付いたの。

 

実を言うと、今の御仕事を頂ける様になったのも、私の実力よりも知名度の高い“すず御婆ちゃんの親戚”と言うイメージに新聞社が(あやか)ろうした結果なんだ…首都新聞社は今年から本格的に戦車道へ関わる事になったから、戦車道の取材に関するノウハウが不足していて、其れをカバーする為に私の御婆ちゃんのイメージを利用したいと言う意図が透けて見えるんだ。

 

結局…私はどんなに仕事を頑張っても『親戚の七光りのお蔭で、自分の仕事が出来ているに過ぎない』って事が嫌でも分かってしまって、自己嫌悪に陥っていたんだ。

 

 

 

 

 

 

此処で青葉は一旦言葉を切ると、改まった表情でみほや嵐達に向かって、こう宣言する。

 

 

 

「でも、今日此処で西住さんと原園さんの告白を聞いて『自分がそう思っているのは、“未だ自分が半人前だって事実を認める事が出来ない”だけなんだ』って事を思い知らされたわ。だから、今日此処で見聞きした事は記事にはしない…若し書いたとしても、西住さんや原園さんと其の仲間達を傷付ける事になるだけだから。“今の私がすべき事”は、『今行われている戦車道全国高校生大会と出場している皆の活動を通じて“戦車道とは何か?”を問い掛ける事』だから」

 

 

 

そして、青葉は再び言葉を切ると優しい表情で一言付け加えた。

 

 

 

「でも…若しも西住さんや原園さんが何時か“此の事について、キチンと皆に語りたい”と思う時が来たら、其の時は私に連絡してね。スポーツライターとして全力でサポートするから」

 

 

 

すると、其の言葉を聞いて居たみほが「有難う御座います」と青葉に向かって御礼を言うと、“あんこうチーム”の仲間達や梓、そして嵐が次々に頷いた…其れは、青葉が“信頼出来る人物”だと認めた証だった。

 

そして、彼女達の答えを聞いた青葉は笑顔で、みほに向かってこう告げたのである。

 

 

 

「と言う訳で西住さん。今日の放課後のインタビュー、宜しくお願いします」

 

 

 

勿論、みほの答えは決まっていた。

 

 

 

「はい!」

 

 

 

そして此の日の放課後。

 

普段は“口下手でインタビューが苦手だ”と自他共に認める西住 みほだったが、此の日の青葉とのインタビューでは“私って、こんなに喋るのが上手だったかな?”とみほ自身が思った程、青葉に対して“自分の言葉”を伝える事が出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

…そして私が、あの時の西住 みほさんと原園 嵐さんからの告白を此の本に纏める迄には八年の歳月を要した。

 

其の間、日本の戦車道は大きく飛躍した。

 

あの日から二年後、日本で行われた戦車道世界大会で戦車道日本代表チームは世界の強豪国を次々と破って初優勝を果たした後、一昨年ドイツで行われた世界大会でも連覇を成し遂げた。

 

今や、欧州や北米の戦車道プロリーグで活躍する日本人選手も数多い。

 

そんな現在の日本戦車道を盛り上げているのが、西住 みほ選手と原園 嵐選手を中心とする“黄金世代”の活躍である事は誰もが知っていると思うが、そんな二人が少女時代に“一度は戦車道を辞めようとした”事実は、此れ迄語られて来なかった。

 

今回、“此の事をキチンと説明したい”と申し出た西住さんと原園さん、そして彼女の仲間達や日本戦車道連盟並びに戦車道関係者からの多大な協力によって、此の本を世に出す事が出来たのは、私にとって身に余る光栄だと感じています。

 

同時に、此れ迄私が毎日の取材活動で追い求めて来た“一体、戦車道とは何なのか?”と言う問いについての自分なりの答えも見付ける事が出来ました。

 

最後に、其の答えとなった故・原園 直之さんの言葉を紹介して本書の締め括りとさせて頂きます。

 

 

 

「戦車道はね、試合に勝つ為にやるんじゃ無くて、戦車に関わる事で皆が仲良くなる為にやるんだよ」

 

 

 

(北條 青葉/著、首都新聞社/刊『冷たい雨―第62回戦車道全国高校生大会決勝戦・黒森峰女学園対プラウダ高校の真実』後書きより抜粋。尚、本書は20XX年夏に日本で出版後、英語・ドイツ語・フランス語等十一カ国語に翻訳され、戦車道に限らず“日本人が執筆したスポーツドキュメンタリーの傑作”として世界的なベストセラーとなった)

 

 

 

(第51話、終わり)

 

 




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第51話をお送りしました。

今回、此の物語で“一番書きたかった事”を漸く書いた様な気がします。
其れは“もしも、あの時しほがみほに言った台詞を他の人物にも言っていたら?”と言う問い掛けでした。
ある意味、原園 嵐は此の問い掛けから生まれたと言っても過言ではありません。
果たして、此の意図が成功したか如何かは…読者の皆様に判断を委ねます。

後、今回のラストに書かれた青葉による“著作の後書き”ですが、実を言うと此の場面は本編ラストシーンのネタバレです。
果たして本作で、主人公の嵐や西住殿達が如何なるのかは…書けると良いな(爆)。

そして次回ですが、この嵐ちゃんの告白を聞いた西住殿が明美さんと御話しをする事になります。
其れでは、次回をお楽しみに。



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第52話「西住 みほ、決意します!!」


地元は梅雨明けを迎えましたが…正直クソ暑くて死にそうであります。
其れは兎も角、今回は西住殿と明美さんがメインの話です。
何時もより長い話になりますが、どうぞ御覧下さい。



 

 

 

原園 嵐が西住 みほ達に“戦車道を辞めようとした理由”を告白すると共に、“皆と一緒に戦車道を楽しみたい“との願いを告げ、みほが其の願いを聞き届けた後、彼女へのインタビューを終えた北條 青葉が大洗女子学園・学園艦を離れて首都新聞社へ帰った翌日の事である。

 

此処は、大洗女子学園・生徒会室。

 

目立つ場所に『三十六計逃如(さんじゅうろっけいにげるにしかず)』と書かれた額縁が掛けられている此の部屋は、学園だけで無く学園艦内に在る街の行政をも担当する生徒会の中枢部である。

 

其の一角で、パソコンに情報入力をしている数人の生徒が会話を交わしていた。

 

 

 

「はあ…今の戦力で二回戦勝てるかな?」

 

 

 

「絶対勝たねばならんのだ!」

 

 

 

生徒会副会長・小山 柚子が溜め息を吐き乍ら、近日中に予定されている“戦車道全国高校生大会・二回戦”の見通しについて不安を吐露すると、彼女が使っている物よりも大きな机で執務をしている生徒会書記・河嶋 桃が柚子の不安を打ち消すかの様に鋭い声を浴びせたが、柚子は不安な表情の儘桃に向かって話し掛ける。

 

 

 

「二回戦は、アンツィオ高校だよ?」

 

 

 

其処へ、生徒会では“戦車道担当・副会長補佐官”の肩書を持ち、事実上“大洗女子学園戦車道チーム・マネージャー”を務めている農業科一年生・名取 佐智子が二人に向かって語る。

 

 

 

「アンツィオ高校は栃木県が本籍地の学校で、イタリア製の戦車ばかり持っている所です」

 

 

 

すると、生徒会長の角谷 杏がオフィスチェアに座った儘三人の居る場所迄やって来て、一言。

 

 

 

()()()()()()()は…有るからねぇ」

 

 

 

角谷会長が、何時もの“軽く調子の良い口調”だが“相手校の伝統的な特徴”について的確な指摘をすると、桃が生真面目な表情で頷く。

 

更に、二人の顔を見た柚子も「調子に乗られると手強い相手です」と語り、生徒会三役の話を聞いて居た佐智子も真剣な表情で頷いた時。

 

 

 

「其の事だが…今年のアンツィオは()()()()()だけじゃ無いぞ」

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

背後からの“突然の発言”に驚いた生徒会四人組だが、其の正体に気付くと視線を相手の方へ向ける。

 

其の発言者の正体は、自分達の学園の戦車道チームの支援者の一人・「周防ケミカル工業株式会社」社長・周防 長門だった。

 

更に彼女の隣には、もう一人の支援者で原園 嵐の母親でもある「株式会社原園車輌整備」社長・原園 明美の姿もあった。

 

如何やら二人共、暇を見付けて遊びに…否、戦車道履修生達の様子を見に来たらしい(笑)。

 

すると、生徒会の視線に気付いた長門が“今のアンツィオ高校の状況”について、更なる発言をした。

 

 

 

「今のアンツィオの隊長は中々の()()だ。実際、一回戦では君達が練習試合で苦戦した山梨県のマジノ女学園を相手に勝利を収めている」

 

 

 

「其れ、()()()()って事じゃないですか!?」

 

 

 

長門の発言を聞いた佐智子が驚きの余り悲鳴を上げるが、其処へ明美が苦笑いを浮かべ乍らこう語った。

 

 

 

「まあ、()()()()については野々坂さん達に聞いてみると良いわ」

 

 

 

すると桃が「野々坂達は、アンツィオについて何か知っているのですか?」と問うと、明美は微笑み乍ら()()を説明する。

 

 

 

「みなかみタンカーズが在る()()()とアンツィオ高校の本籍地で在る()()()()()()()だから、向こうの情報が色々と入って来るのよ」

 

 

 

其の説明を聞いて落ち着きを取り戻した柚子が「成程」と呟くと、桃が角谷会長へ自分の意見を述べた。

 

 

 

「会長、其れなら早速野々坂達から話を聞きましょう」

 

 

 

「そうだね」

 

 

 

ところが此処で突然、長門がこんな事を言い出した。

 

 

 

「いや、其の前にみほちゃんからチームの状況を聞かないのか?」

 

 

 

だが、長門の隣に居た明美がジト目で彼女を睨み乍らこうツッコむ。

 

 

 

「“ながもん(長門)”…其れ、“()()()()西住さんに会いたい”から言っているだけでしょ?」

 

 

 

「ゲッ!」

 

 

 

明美のツッコミは()()だったらしく、長門は呻き声を上げて絶句したが、其処へ角谷会長が助け船を出した。

 

 

 

「でも、長門さんの言い分も正論ですね。“孫子の兵法”にも“彼を知り己を知れば百戦危うからず”と言うじゃないですか?」

 

 

 

しかし、明美は笑い乍ら反論する。

 

 

 

「角谷さん、“ながもん(長門)”を甘やかしちゃダメよ~この()、隙を見せると本気でみほさんを襲いかねないわよ♪」

 

 

 

「オイ、“あけみっち(明美)”!幾ら何でも私がみほちゃんを襲う訳が無いだろ!?」

 

 

 

明美の発言に対して血相を変えた長門が反論するが、明美は悪びれ無い態度でこう言ってのけた。

 

 

 

「如何だか?確か学園内で練習試合を公開した後、皆で御風呂に入って居た時にみほさんや一緒に居た武部さんも巻き込んだ“乳比べ”をやろうとして嵐と秋山さんに風呂桶でド突かれたのは、アンタでしょ?*1

 

 

 

「ウッ……」

 

 

 

明美から以前やらかした()()()()()()についてツッコまれた長門が再び絶句する中、“此の儘では話が進まない”と直感した角谷会長が明美に話し掛けた。

 

 

 

「あ~明美さん。先ずは味方の状況を把握する為に西住ちゃんを呼びましょう。其れと長門さん、西住ちゃんに()()()()()()()N()G()()()()?」

 

 

 

「あ…うん」

 

 

 

会長からの“御願い”を聞いた長門が“神妙な顔”で頷く中、三人の会話の様子を眺めていた桃が呆れた表情で会長に声を掛ける。

 

 

 

「会長…ウチは何時から()()()()()を始めたんですか?」

 

 

 

だが桃による“ピント外れの皮肉”を聞かされた会長と長門が苦笑する中、明美・柚子・佐智子の三人は、偶然にも桃に向かって()()()()()()を言い返していた。

 

 

 

「「いや、()()()が未成年を雇ったら、其の時点でアウトでしょ?」」

 

 

 

…生徒会四人組と明美&長門のコンビは、今日も“平常運転”の様である。

 

 

 

 

 

 

そして、十分後。

 

此の日の戦車道の練習を終えた西住 みほが柚子と桃からの“呼び出し”を受けて生徒会長室に入ると、其処には執務机の椅子に座って干し芋を食べている角谷会長と、先程迄生徒会室に居た面々が揃っていた。

 

其処で、角谷会長がみほに問い掛ける。

 

 

 

「西住ちゃん、チームも良い感じに纏まって来たじゃないの?」

 

 

 

「あっ、はい」

 

 

 

「西住ちゃんの御蔭だよ~ありがとね♪」

 

 

 

みほが答えると、会長は笑顔で礼を述べた。

 

すると、みほは戸惑い乍らも「いえ、御礼を言いたいのは私の方で……」と語った後、両手を胸に当て乍ら語り続けた。

 

 

 

「最初は如何なるかと思いましたけど…でも私、“今迄とは違う戦車道”を知る事が出来ました」

 

 

 

其処へ桃が鋭い視線をみほへ向けつつ「其れは結構だが、次も絶対に勝つぞ」と“余計な一言”を告げた為、長門が桃を睨んでいるのに気付いた明美が「河嶋さん、余計なプレッシャーを掛けちゃダメよ?」と苦笑いを浮かべ乍ら桃に注意すると、角谷会長が皮肉気な声で「勝てるかね~?」とみほに問い掛けて来た。

 

其れに対して、みほは少し俯き加減になり乍ら答える。

 

 

 

「チームは纏まって来て、皆のやる気も高まっていますけど…正直、“今の戦車だけ”では」

 

 

 

其の言葉に明美と長門が互いに頷く中、右手を口元に当てて考え事をしていた桃が皆を代表する形で答える。

 

 

 

「ふむ…分かった。戦車の事は直ぐに解決は出来ないが、考えて置こう。西住、今日は時間も遅いから帰って良いぞ」

 

 

 

すると、角谷会長が頷いて無言の裡に“今日の結論が出た”と桃と柚子に伝えると、今度はみほに向かって「じゃあ西住ちゃん、明日の放課後も此処に来てくれるかな?」と告げた処、みほは「分かりました」と答えた直後、明美に向かってこう告げた。

 

 

 

「其れと、今日は明美さんに『御願い』が有ります」

 

 

 

「何?」

 

 

 

其の言葉に明美が笑顔で問い掛けると、みほは真剣な表情でこう述べるのだった。

 

 

 

「嵐ちゃんの事で“御話ししたい事”が有るので此の後、もう一度御会い出来ませんか?」

 

 

 

其の時、みほは明美の表情が一瞬引き締まったのに気付いたが、彼女は直ぐ笑顔に戻るとみほの頼みを快諾した。

 

 

 

「良いわよ。場所だけど…今日のみほさんは練習上がりだから、此の後艦内の大浴場で御風呂でしょ?良かったら、一緒に御風呂に入り乍らでも良いかしら?」

 

 

 

だが其処へ、長門が口を挟んで来る。

 

 

 

「みほちゃん、私も一緒では駄目か?」

 

 

 

みほは長門からの頼みに一瞬戸惑ったが、直ぐ頷くとこう答えた。

 

 

 

「あっ…長門さんが“如何しても”と言うなら大丈夫ですよ。其れでは失礼します」

 

 

 

そしてみほが会長達に一礼して生徒会長室を出た後、角谷会長は難しい表情で部屋の扉を見詰めている明美と長門に向かって心配気な声で問い掛けた。

 

 

 

「御二人共…如何かしました?」

 

 

 

すると、長門が不安気な声でこう語る。

 

 

 

()()()()がするんだ…ひょっとしたら、みほちゃんは嵐から()()()()()()()()()()()()()を聞かされているのかも知れない」

 

 

 

「長門さん、其れって!?」

 

 

 

「其の話、会長や私達が明美さんから聞かされた()()()ですか!?」

 

 

 

長門の話を聞いた柚子と桃が揃って驚く中、佐智子が戸惑い乍ら問い掛ける。

 

 

 

「小山先輩に河嶋先輩、()()()って何ですか?」

 

 

 

其の問い掛けを聞いた柚子と桃が揃って動揺する中、角谷会長が落ち着いた声で答えた。

 

 

 

「ああ、名取ちゃんは知らないから仕方無いね…実はね、私達生徒会は明美さんと初めて会った時に、西住ちゃんと原園ちゃんが“戦車道を辞めてウチの学園(大洗女子学園)に来た理由”を明美さんから聞かされているんだ。此の際、名取ちゃんにも知って貰った方が良いね」

 

 

 

其の時、明美の表情から笑顔が消えて唇を嚙み締める表情に変わると、長門が真剣な表情で佐智子に向かってこう語り掛けた。

 

 

 

「だが、此の話は“残酷”だから心して聞いてくれ。其れと此の話は、当事者であるみほちゃんと嵐の二人以外には“他言無用”で頼む」

 

 

 

「はい…分かりました」

 

 

 

長門の説明を聞いた佐智子は、戸惑いつつも表情を引き締めてから頷いた。

 

其の後、佐智子は会長や明美と長門から“みほと嵐が大洗へ来た理由”…つまり、先日戦車格納庫でみほと嵐が行った“告白”とほぼ同じ内容の話を聞かされて、絶句する事となる。

 

 

 

 

 

 

其の日の夕刻。

 

学園艦内の大浴場で、みほと明美・長門の三人は並んで入浴していた。

 

彼女達が大浴場へ来た時、其処には三人の他に誰も居なかったが、みほは念の為に周囲を見廻して他の人が居ないか確かめてから入浴しようとした時、先に浴場へ入る明美の背中を見て“ハッ”とする。

 

彼女の背中の中央部に大きな傷跡が一つ有り、其れは僅かに右斜めの角度で一直線に走っていた。

 

 

 

「あっ、みほさん。“此の傷”に気付いちゃった?」

 

 

 

明美が振り返り乍ら、自分の背中を見て棒立ちになって居るみほに向かって笑顔で話し掛けると、みほは悲し気な声で答える。

 

 

 

「はい…最初の練習試合で嵐ちゃん達と一騎打ちをした後で入浴した時は明美さん、体にバスタオルを巻いていたから気付きませんでした」

 

 

 

すると明美は、笑顔の儘“背中の傷”について説明する。

 

 

 

「此の傷はね…中学一年の初夏に行われた“戦車道全国中学生大会”の一回戦に出場した時に起きた事故で出来たの」

 

 

 

其処で明美は一旦言葉を切ると、悲し気な表情で話を聞いて居るみほを気遣う様に語り続ける。

 

 

 

「試合中、味方の全戦車がフィールド内の川に架かる橋を渡る途中、相手チームから砲撃を受けて偶々橋桁に相手の砲弾が当たって橋が崩落してね。其の時私が車長をしていた戦車が橋の崩落に巻き込まれて川に転落して…私は其の時、乗っていた戦車の砲塔上に在るキューポラから上半身を出して指揮を執っていたから、其の儘戦車から投げ出されて川へ落ちて、其れから収容先の病院で目を覚ます迄の丸一日、意識不明だった」

 

 

 

「明美さん……」

 

 

 

中学一年の時、“命に係わる戦車道の事故”に遭遇した事実を語る明美の告白に、みほが泣きそうな顔で聞いて居る中、明美は笑顔の儘“其の後の話”を語った。

 

 

 

「で、後遺症は残らなかったんだけど、全治二か月の重傷で更に手術後のリハビリに一カ月程掛かったから、退院して中学に戻った時にはもう二学期が始まって居てね…入院中“此の儘戦車道を続けていても仲間達に追い付けない”って気付いていたから、色々考えた結果、戦車乗りから戦車整備士への道を目指す事にしたの。元々、私の親戚が自動車の解体屋を営んでいて、私は小さい頃から其の解体屋へ入り浸っては廃車になった車やバイクを弄るのが大好きだったから“此れなら()()()()()()を続けられる”って確信が有ったのよ」

 

 

 

「明美さん…凄いです。戦車道で大怪我をしたのに“其れでも()()()()()()を続けたい”って考えるなんて…あっ、私、此れから明美さんに御話する事を忘れていました」

 

 

 

明美の告白を聞いたみほは、彼女の戦車道に賭ける情熱を知って感嘆しつつも“明美と御話ししたい事”を思い出すと、明美と二人の話をじっと聞いて居た長門にだけ聞こえる程の小声で語り出した。

 

 

 

「明美さん。私、昨日戦車格納庫で嵐ちゃん達に“戦車道を辞めて大洗へ来た理由”を話しました」

 

 

 

みほは其処で一旦言葉を切り、明美と長門が小さく頷いたのを確かめてから話を続けた。

 

 

 

「そして嵐ちゃんからも“戦車道を辞めて大洗へ来た理由”を聞きました。他にはあんこうチームの皆と澤さん、野々坂さん、そして先日取材に来ていた北條さんも聞いて居ます」

 

 

 

其の時、みほの言葉を聞いた長門が「青葉も聞いて居たのか?」と問い掛け、明美は心配気な表情で「みほさん、まさか青葉さんは……」と問うと、みほは首を横に振って二人の質問に答える。

 

 

 

「いえ、青葉さんは私と嵐ちゃんの話を聞いた後“今の私には此の話を記事に書く事は出来ないし、外には一切出さない”と言っていました。其の代わり、“何時の日か、私と嵐ちゃんが自分の意志で此の事を語りたい時が来たら、其の時はスポーツライターとして協力する”と言ってくれました」

 

 

 

すると明美が安堵の表情で「青葉さんが“節度の有る人”で良かったわ」と答えると、長門も苦笑いを浮かべ乍ら「そりゃそうだ。あの娘(青葉)が高校卒業時に“ジャーナリストを目指す”と私に告げた時から、彼女には色々とアドバイスをしているからな」と答えたのを聞いたみほが、更にこう語る。

 

 

 

「はい。だからあの時、私と嵐ちゃんの話を聞いて居た人全員が“此の話は他言無用”とする約束をしています」

 

 

 

其の言葉に、明美と長門は安堵の溜め息を吐いた後、明美がみほを労る様に語り掛けて来た。

 

 

 

「そう…みほさんは、“嵐が大洗へ来た理由”を知ったのね」

 

 

 

明美の言葉に、みほは真剣な表情で頷くと、改めて明美に向かって語り出す。

 

 

 

「明美さん、一つ訊いても良いですか?」

 

 

 

「ええ…()()()()()の想像は付くけどね」

 

 

 

明美が“来るべき時が来た”と言わんばかりの表情で僅かに視線を下へ向けた時、みほは“去年の戦車道全国大会決勝戦の事で(しほ)に叱責された時の事”を思い出し乍ら、明美に向けて問い掛けた。

 

 

 

「明美さんの“戦車道”では、私の御母さん(しほ)と同じく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えておられますか?」

 

 

 

「其れは!?」

 

 

 

其の時、みほの問いを聞いて衝撃を受けた長門が声を上げたが、明美は二人に向かって「大丈夫よ」と明言した後、こう語った。

 

 

 

「みほさん、()()私は西()()()()()()()()()()()()()()()()だと確信しているから、心配しないで」

 

 

 

明美の言葉を聞いたみほがホッとした表情で「其れじゃあ……」と語ると、明美が苦笑しながらこんな“告白”をしたのだった。

 

 

 

「と言うか、貴女の御母さん(しほ)とは其の件で大喧嘩をして、只今絶交中なのよ」

 

 

 

其の言葉を聞いたみほが「えっ!?」と驚いた次の瞬間、長門がこんな発言をする。

 

 

 

「私もだぞ」

 

 

 

だが此処で、明美が長門の発言を補足した。

 

 

 

「いや、アンタ(長門)の実家は今、()()()()()西()()()()()()()()じゃない?」

 

 

 

明美の発言に、長門があっけらかんとした声で「ああ、そうだが」と答えた為、驚いたみほは大声で「長門さんの御実家もですか!?」と叫んだ直後“話が他の人に聞こえてしまったかも知れない”と思い、慌てて大浴場の周囲を見渡したが、誰も居なかった…実は生徒会が気を利かせて、みほ達三人以外は入れない様、大浴場の出入り口に「貸し切り中」の表札を掛けていたのだ。

 

一方、慌てるみほの様子を見た明美は、頷き乍らこう話す。

 

 

 

「そうか、みほさんは大洗へ転校する迄の()()()()で知らなかったのね?」

 

 

 

其の言葉に、落ち着きを取り戻したみほが「はい」と答えると、長門は小さく頷き乍ら「しほから聞いていないのなら仕方無いか……」と語ると、みほへ事情を説明した。

 

 

 

 

 

 

長門によると、去年の戦車道全国大会決勝戦で黒森峰が十連覇を逃した直後に行われた“黒森峰女学園・OG総会”の席上で明美と長門はみほの行動を擁護したが、其の結果OG総会の出席者から不興を買い、其れ以降西住流だけで無く黒森峰女学園や同学園OG会とも絶縁状態が続いているのだ。

 

 

 

 

 

 

「そんな事が……」

 

 

 

自分やⅢ号戦車の乗員達だけで無く、“仲間達の命を救った行動”を擁護した明美と長門迄が()()()()()になっている事に、みほは驚く。

 

特に、明美と長門は自分の母であるしほと並んで“黒森峰戦車道の偉大なる先輩”と母校で長年称えられて来たにも関わらず、“みほの行動を擁護しただけ”で母校や同窓生にOG、そして西住流からも縁を切られたのだ。

 

其れは“西住流と黒森峰・戦車道チームの考え方は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う事実を浮き彫りにしていた。

 

其処へ明美が“OG総会の内幕”を暴露する。

 

 

 

「みほさんには一寸辛い話になってしまうけれど…あのOG総会の時、西住流の関係者だけで無く黒森峰女学園やOG会の関係者の殆どが()()戦車一輌如き、見捨てても勝ちに行くのが普通だろう”とか“十連覇を逃した上、自衛隊のヘリに救助されるだなんて()()()()()()()()()()とか言っていたから、私は正直馬鹿(バッカ)じゃないの!?”って思ったわ」

 

 

 

「えっ、そんな!?」

 

 

 

明美からの暴露話を聞いたみほが驚愕の余り絶句していると、今度は長門が其の後に起きた事を話した。

 

 

 

「其の様子を見た私も呆れ果てて、総会終了後に私の母…いや、()()()()()()()()に事の次第を報告したら、直ぐ様家族会議を開いて『直ちに西住流と黒森峰への援助を打ち切り、此の問題が解決する迄絶縁する』と決めたんだ。あの時の決断の素早さには本当に驚いたな」

 

 

 

其の言葉を聞いたみほが「長門さんの“()()()()”って、日向(ひなた)小母さん”?」と問うた処、明美が頷くとキッパリした声で答えた。

 

 

 

「そうよ。“ながもん(長門)”の御母様にして、周防石油グループの現・会長」

 

 

 

だが、其処でみほが明美の発言内容を聞いて戸惑いの声を上げる。

 

 

 

「えっ…“()()()()”って?」

 

 

 

すると、長門がみほの疑問に答えた。

 

 

 

「ああ御免。私達は黒森峰女学園で初めて出会った時から、御互いを渾名で呼び合っているんだ。名付け親は明美でな、私を“ながもん”、しほは“しぽりん”、そして自分の事は“あけみっち”と呼んでいるんだ」

 

 

 

更に、明美も補足説明をする。

 

 

 

「因みに、私の渾名は小学3年に戦車道を始めてから中学校卒業迄の間、“一緒に戦車道をやっていた友達”が付けてくれたのよ…其の娘の名前は一寸()()()したけど、確か皆から“()()()()”って呼ばれていたっけ」

 

 

 

其の答えを聞いたみほは、頷き乍ら「そうだったんですか」と答えたが、直ぐ心配気な表情に変わると明美と長門に向かって再び問い掛ける。

 

 

 

「でも、何時も優しい日向小母さんが…御母さん(しほ)達の事で、そんなに怒っていたの?」

 

 

 

すると、長門が当時を思い出す様に、静かな声でこう答える。

 

 

 

「ああ…しかも母上(日向)だけで無く、伊勢美(いせみ)伯母様も“怒髪天を衝く勢い”で怒っていた。私もあれ程怒っている母上と伯母様は初めて見たよ」

 

 

 

「そう…日向さんの御姉さんだけど “()の方が大きな組織を動かす仕事に向いている”と言って、実家の当主と周防石油グループの会長職は妹の日向さんに譲り、自分は“戦車道を教える各種学校への支援や戦車道を学ぶ学生向けの奨学金・支援事業”を行っている事で有名な“周防記念財団”の理事長を務めている伊勢美さんも怒らせたんだよね」

 

 

 

「伊勢美小母さん迄……」

 

 

 

長門に続いて明美がみほに話し掛けると、みほは小さい頃から自分の事を可愛がってくれていた周防家の二人の姉妹・伊勢美と日向の面影を思い出して一言呟くと、自分達西住家と周防家の繋がりに思いを馳せていた。

 

明治時代の初め頃、当時は馬上鉄砲術と薙刀術の流派の家元だった西住家の当主が、中国地方に新たな道場を作る為に現在の山口県防府市を訪れた際、当時“周防屋”と言う屋号で油売りをしていた周防家の子女と出会った事が切っ掛けで周防家の当主と出会うと、二人は意気投合。

 

此れにより、西住家が中国地方の道場で使う油を“周防屋”から定期的に購入した事から両家の交流が始まった。

 

其の後、大正時代に西住流が戦車道を始めると、当時会社名を“周防石油”と変えていた周防家一族が戦車道に必要な大量の燃料を西住家へ手配した事で、両家は共に繁栄したのである。

 

こうして、約一世紀半の長きに亘り親密な関係に在った両家だが、去年の第62回戦車道全国高校生大会・決勝戦でのみほの行動を巡って深刻な対立を引き起こした結果、絶縁状態に陥っているのだ。

 

みほが、そんな事を考え乍ら不安を抱いていると、長門が先日起きた出来事を話してくれた。

 

 

 

母上(日向)伯母様(伊勢美)も、みほちゃんの事を心配していたから“此の間の大洗女子対サンダース戦を首都テレビの生中継で見た際に、みほちゃんの姿を見付けた時は本当に安心した”って、私に電話で話して来た位だよ」

 

 

 

「御免なさい…私、皆に心配ばかり掛けてしまって」

 

 

 

「心配無い、大丈夫だ。私もそうだが、周防家の女達は揃って心配性だからな」

 

 

 

長門の話に、みほは済まなそうな声で詫びたが、長門は笑顔でみほを励ますと明美も微笑み乍ら話し掛けた。

 

 

 

「そうそう。だからみほさん、貴女は一人じゃ無い。此の大洗女子の娘達だけじゃ無く私や私の会社の仲間達に長門達も味方に付いているから、もっと自信を持って良いのよ♪」

 

 

 

「あっ、有難う御座います!」

 

 

 

自分達の戦車道チームを物心両面で応援している二人の女性に励まされたみほは、二人を心配させまいと笑顔を見せ乍ら思い切り大きな声を上げて御礼を言ったのだが、此処で“明美に訊きたい事”を思い出すと、一度深呼吸してから明美に話し掛けた。

 

 

 

「そうだ…明美さん。実はもう一つ聞きたかった事が有るのですが?」

 

 

 

「何?」と明美が問い返したタイミングで、みほは()()()()()()()に入る。

 

 

 

「あの、明美さんは嵐ちゃんと仲が悪いのは知っているのですが、其の…仲直りは出来ないのですか?」

 

 

 

すると、明美はバツの悪そうな表情を浮かべ乍ら“困った声”でこう答えた。

 

 

 

「う~ん、出来ない訳では無いけど、一寸難しいかな?」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

明美からの思わぬ返答の内容にみほが戸惑う中、明美はみほの質問に答えようとする。

 

 

 

「いや、実はね。私と嵐がギクシャクしているのは……」

 

 

 

「直之さんが死んだ後も二人で彼の()()()()をしているからだろう?」

 

 

 

「はい!?」

 

 

 

突然明美の話に長門が割って入って来た上、其の内容が“予想外”だった為、驚いたみほが長門に向かって叫ぶと、明美が真っ赤な顔で怒鳴り出した。

 

 

 

「一寸“ながもん(長門)”、()()()()言わないでよ!?」

 

 

 

だが長門は、不敵な表情を浮かべ乍ら明美に向かって「何時も私をおちょくっている仕返しだ」と言い返すと、みほに向かってこんな事を言ったのだ。

 

 

 

「みほちゃん。“あけみっち(明美)”はな、嵐が小さい頃からよく直之さんに懐いて居たのに、自分には全く懐か無かったから“何時か、(直之)()に盗られる”()()()思っていたんだ」

 

 

 

「えーっ!?」

 

 

 

“予想外の告白”に大声を上げるみほを見て、笑みを浮かべた長門は更に話を続けようとする。

 

 

 

「で、嵐が5歳の時に両親と一緒に戦車道をやると約束した時……」

 

 

 

「ストップ!其処から先は私が話すから!」

 

 

 

此処で、長門に“自分と()の間の()()()()()を暴露されたのが余程恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にした明美が大声で長門の話を遮ったが、当の本人は笑い乍ら「漸く素直になったな♪」と揶揄うと、明美は更に顔を赤くし乍ら小声で長門に文句を言った。

 

 

 

「もう…“ながもん(長門)”のいけず~」

 

 

 

其処で漸く話の主導権を取り戻した明美は、深呼吸してから“自分と嵐の諍いの理由”を語り出した。

 

 

 

「でね、嵐が“戦車道をやる”と私と直之さんに約束した時、私は“自分だって直之さんと同じ位に嵐の事を愛しているんだよ!”と言う思いを、()()()()()()()伝える心算だったの。でも其の矢先に直之さんが事故に遭って…私、()()()()()()()()

 

 

 

此処でみほが「焦った?」と問い掛けると、明美は頷き乍ら話を続ける。

 

 

 

「うん。実は直之さんが亡くなった後、私は“工場を畳んで嵐の養育に専念するか、工場を続けて私と直之さんの夢である『此れから戦車道を目指す子供達が世界へ羽ばたく為に、自由に戦車道が出来る場所を日本の何処かに作る』を追い求めるべきか”で悩んでた…其の後、工場は刈谷さんが来てくれた事も在って続ける事が出来たから、私は工場経営の傍ら嵐に()()()()()()を叩き込む事にしたの」

 

 

 

()()()()()()……」

 

 

 

明美の話の内容に“()()()()()”ものを感じたみほは、不安を感じ乍ら一言呟くと明美も頷き乍ら話を続けた。

 

 

 

「ええ。其れと同じ時期に私は、後に“群馬みなかみタンカーズ”として実現する事となる“地域密着型の戦車道ユースクラブチーム”の設立構想を抱いて、周囲に其の構想を説いたのだけど、周囲から“其の為には「勝てる戦車道」を子供達に教える為のメソッド(教え方)が必要だ“と言われたの。其処で私は、嵐を“実験台”にした…()()()()()()()を育てる為のね」

 

 

 

「!」

 

 

 

明美からの告白を聞いて衝撃を受けるみほ。

 

其れは、嵐からの告白で知った“幼い頃の自分が戦車道を始めようとした”切っ掛けとは真逆の話である事に気付いた為であった。

 

そして、明美の話は更に続いて行く。

 

 

 

「でも、嵐は其の考えに反発した…無理無いわ。御父さんが亡くなった直後に、其の死の原因になった戦車道をやれだなんて。でも当時の私は、そんな事を考える余裕さえ無かった」

 

 

 

此処で嵐からの告白を元に“話の先”を察したみほは明美に向かってこう問い掛けた。

 

 

 

「だから、其の話を聞いた野々坂さんを巻き込んで、嵐ちゃんを戦車道から逃げ出せない様にしたのですね?」

 

 

 

「うん。だから私、()()()()()よね…“しぽりん(しほ)”の事を悪く言えないわ」

 

 

 

みほの問い掛けに、明美が珍しく弱気な声で答えると、みほが彼女を労る様に声を掛ける。

 

 

 

「そうだったんですか…でも明美さんは、私の御母さん(しほ)と違って“其れが間違っていた”事に気付いたんですよね?」

 

 

 

其れに対して明美は、苦笑いを浮かべ乍ら頷くとこう語るのだった。

 

 

 

「ええ…でも私が其の“愚かさ”に気付いたのは去年の秋、みほさんの転校の事が“しぽりん(しほ)”の口から嵐に告げられた時だったわ。其の時初めて私は、嵐が戦車道を始めたいと思った理由が、直之さんの口癖だった“戦車道はね、試合に勝つ為にやるんじゃ無くて、戦車に関わる事で皆が仲良くなる為にやるんだよ”と言う言葉に在った、と知ったのよ」

 

 

 

「明美さん……」

 

 

 

明美の言葉の意味が“戦車道に対する母の願いと娘の想いが擦れ違っていた為に、取り返しの付かない結果を招いた”事で在ると知ったみほは、居たたまれない気持ちで明美に声を掛けると、彼女は自嘲気味にこう答えた。

 

 

 

「本当に、私は()()()よね。自分の夫の言葉も()の気持ちも忘れて()を“最強の戦車乗り”に育てようと躍起になっていたのだから。挙句の果てに嵐から『御前も()()()の仲間だ!』って決め付けられて…御免なさい、みほさん」

 

 

 

其の時明美は、嵐が『()()()』呼ばわりした自分の同級生が、みほの母親のしほである事に気付き、即座にみほに向かって謝罪したが、みほは首を横に振ると優し気な声で明美に向かって答えた。

 

 

 

「いえ、気にしないで下さい。御母さん(しほ)の事は私も“酷い”と思っていますから」

 

 

 

「みほさん……」

 

 

 

みほの答えに対して明美が一言呟くと、“私は、みほさんとしほの仲を引き裂いてしまったのでは無いか?”と思い乍ら悲し気な表情を見せる中、長門は戸惑い気味に「みほちゃん…まさか、私達の事も嫌いになったのか?」と問い掛けたが、みほは再び首を横に振ると二人に向かってこう答えた。

 

 

 

「そうじゃ無いです。でも、嵐ちゃんが何故“明美さんの事を嫌っているのか”は分かりました」

 

 

 

「御免ね。我ながら()()()()なのは分かっているわ」

 

 

 

其れに対して明美が済まなそうな声で答えると、みほは小さく頷いた後 ()()()()()()()()()()()()()を思い出しつつ、自分の考えを明美と長門に向けて語り出した。

 

 

 

「でも、嵐ちゃんは私に『皆と一緒に戦車道を“楽しんで”も良いですか? そうすれば何時か必ず()()()()()()()()がきっと見付けられると思うんです!』と言ってくれました」

 

 

 

()()()()()()()()と言うみほの言葉に反応した明美が、“ハッ”となってみほを見詰める中、みほは更に自分の考えを語り続ける。

 

 

 

「私も…嵐ちゃんや皆と一緒に()()()()()()()()を見付けようと思います。其れが『御母さん(しほ)の考え方に対する回答』にもなると思うんです」

 

 

 

「!?」

 

 

 

みほの言葉に驚きの声を上げる明美。

 

其処へ長門が、普段の真剣な表情から一変して感極まった表情と声でみほに話し掛ける。

 

 

 

「みほちゃん、其の通りだと思うぞ。他の誰とも違う()()()()()()()()を見付けて、其れをしほに見せてあげるのが、しほや西住流の戦車道に対する答えになると私は思う」

 

 

そんな長門の言葉に、明美も小さく頷いていた…其の目に涙が光るのをみほに気付かれない様に。

 

 

 

(第52話、終わり)

*1
此の時の長門の行動と其のオチについては、本編第19話「試合が終わって、皆とお風呂です!!」を参照の事。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第52話をお送りしました。

今回は、嵐ちゃんの告白編の後日談です。
遂に、西住殿も“自分だけの戦車道”を見付けるべく動き出しました。
其の為に、西住殿は今回明美さんと御風呂で話をした訳ですが…そうしないと、今度は此の二人の間がギクシャクしてしまいますからね。
結果として、明美さんだけで無く長門さんからの共感も得られて、自分一人では無いと勇気付けられた本作の西住殿がどうなるか、嵐ちゃんと共に見守って頂ければと思います。

それと、今回はさり気無く今後の展開への伏線も入れています。
例えば、黒森峰のOG総会で起きた出来事…しほが言う“犠牲無くして、大きな勝利を得る事は出来ないのです”と言う考え方は、本作ではしほ個人だけで無く、西住流や黒森峰OGにも染み着いています。
当然、此の解釈は今後の物語の展開に影響すると思います。
次に、“群馬みなかみタンカーズとアンツィオ高校は隣県同士なので、様々な情報が入って来る”と言う点。
と言う事は、アンツィオ高校にも…?(意味深)
更に、明美の渾名“あけみっち”を付けた戦車道の友人の渾名が…?
まあ、此の伏線が明らかになるのはずっと後ですから、今は気にしなくても良いでしょう。

そして、次回は戦車格納庫での話になりますが…其の中で“ニワトリさんチーム”のメンバーの内の一人の“本性”が明らかに。
果たして、“本性”を顕わにするのは誰なのか!?

其れでは、次回をお楽しみに。



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第53話「皆にレクチャーします!!」


今回、“ニワトリさんチーム”メンバーの中の一人の“或る本性”が明らかになりますので、心して読んで頂ければと…あっ、でも此の話はコメディタッチで書かれていますので、念の為。
其れと、後書きでは之に関連して“一寸だけ真面目な話”をしておりますので、気になる方は御一読下さい。

其れでは、今回もかなり長い話になりますが、どうぞ。



 

 

 

皆さん御久し振りです、原園 嵐です。

 

先日、戦車格納庫で西住先輩達に“戦車道を辞めようとした理由”を告白した後、“先輩達と一緒に戦車道を続けて『自分だけの戦車道』を見付けたい”との願いを西住先輩に聞き届けて貰い、随分気持ちが楽になりました。

 

御蔭で、毎晩見ていた()()を見る事は無くなりました。

 

只、先日西住先輩は母さん(明美)に、“私の告白”の事で何やら話をしたらしいのだけど…大丈夫かな?

 

先輩は私に「明美さんの事なら、心配しなくても良いよ」と言ってくれたけど、ウチの母さん(明美)は他人を言い(くる)めるのが上手いから、先輩も母の考えに染まって居なければ良いのだけど…心配だ(大汗)。

 

でも、やっぱり“ですます調”で話すのは苦手だな。

 

此処からは、何時もの調子で話すから、宜しくね。

 

 

 

 

 

 

さて、私達・大洗女子学園戦車道チームは全国大会の二回戦が近いので、毎日早朝と放課後に戦車道の特訓を続けている。

 

そして此の日も放課後の特訓が終わり、戦車格納庫に到着した私達“ニワトリさんチーム”も乗って来た戦車を降りると、後片付けを済ませてから解散しようとしていた。

 

 

 

「「御疲れ様でしたー!」」

 

 

 

皆で終礼をした後、私は良恵ちゃんに声を掛ける。

 

 

 

『良恵ちゃんも御疲れ様!』

 

 

 

「いえ、原園さんも御疲れ様です」

 

 

 

良恵ちゃんも疲れを見せずに挨拶すると、菫が彼女に声を掛ける。

 

 

 

「良恵ちゃん。今週は装填手の練習をして貰ったけど、如何だった?」

 

 

 

「良い汗を掻きました~♪」

 

 

 

菫の声掛けに、良恵ちゃんが笑顔で答えると舞からも一言。

 

 

 

「良恵ちゃん、“実家が農家だから力仕事は結構得意”って言ってたけど本当だね。此れなら大丈夫だよ!」

 

 

 

笑顔の舞から褒められた良恵ちゃんは、「でも野菜と砲弾では持った感じが違うから、もう少し慣れる迄頑張ります!」と私達に告げると、其れを聞いて居た瑞希も笑顔で一声掛ける。

 

 

 

「其の調子だよ、良恵!」

 

 

 

実は、全国大会二回戦を控えた特訓の中で私達“ニワトリさんチーム”は、メンバー中唯一“群馬みなかみタンカーズ”の出身者では無い“戦車道初心者”である長沢 良恵ちゃんの()()()()()()の為に“()()()()()()()()()()()()()()()”と考えて、先ずは装填手の練習を集中的にやって来たのだけど、如何やら効果が出て来た様だ。

 

“此の分だと、そろそろ砲手の練習を始めても良いかな?”と私が考えていた時、良恵ちゃんがこんな事を言い出した。

 

 

 

「そう言えば武部先輩、“戦車道を始めてから瘦せたよ~♪”って言ってたから、私も昨日体重を計ったら戦車道を始める前から3キロ程痩せたんですよ♪」

 

 

 

其れに私も反応して、『ああ、戦車って力仕事が多いから、みなかみタンカーズに入ったばかりの新入生も同じ事を言ってたなあ』と呟くと、瑞希が皮肉を一言。

 

 

 

「でも武部先輩、胸は痩せる処か()()()()()()()()気がするけれど?」

 

 

 

其の瞬間、“瑞希が自分の平たい()()()()に劣等感を感じている”事を知る菫と舞が青い顔で「「あっ……」」と口走ると、其の様子を見た良恵ちゃんも慌てて「えっと…御免なさい」と瑞希に向かって謝ったので、私も彼女に声を掛ける。

 

 

 

『“ののっち(瑞希)”…其れは()()()だから』

 

 

 

すると、気を取り直した瑞希が「いや、つい武部先輩が羨ましくて…と言うのは兎も角」と語った後、こんな事を話し始めた。

 

 

 

「嵐、冷泉先輩から“戦車道を始めてから低血圧が少しだけ改善された”って言われたんだって?」

 

 

 

そう…私は、今朝の登校時に珍しく“武部先輩と一緒に、()()()()()()()()()()()()()()”から其の事を聞かされたのだ。

 

其処で私は、此の時に()()()()に語った話をする。

 

 

 

『うん。だから私、()()()()に“戦車乗りって勇猛果敢な分、血の気の多い人が集まっていると言われているから、血の気が多くなっただけ血行が良くなったんじゃないかな?”って言ったのだけど』

 

 

 

すると話を聞いて居た良恵ちゃんが「其れ、関係有るんですか?」と私に話し掛けて来た…実は、朝に武部先輩から“全く同じ事”を言われたんだよね。

 

其処で、私が良恵ちゃんに其の時の事を話そうとした時、生徒会の河嶋先輩と小山先輩が戦車格納庫へやって来ると、私達の隣に居た“あんこうチーム”の戦車長兼隊長・西住先輩へ呼び掛けた。

 

 

 

「西住、昨日の会議の続きをするぞ」

 

 

 

「其れと交換した方が良い部品のリストを作るの手伝って欲しいのだけど?」

 

 

 

両先輩からの呼び掛けに「あっ、はい」と答える西住先輩。

 

ところが此のタイミングで、“アヒルさんチーム”の砲手・佐々木 あけびさんと同チームの操縦手・河西 忍さんが、西住先輩に“自らの抱えている課題”についての相談を始めたのだ。

 

 

 

「先輩、照準をもっと速く合わせるには如何したら良いのですか?」

 

 

 

「如何しても上手くカーブが曲がれないんですけど?」

 

 

 

二人からの相談に対して、西住先輩が戸惑い乍らも「えっと、待ってね。順番に……」と答えようとするが、其処へ他のチームの人達も次々に西住先輩の所へやって来ると様々な頼み事を始めたのだ。

 

 

 

「隊長、躍進射撃の射撃時間短縮について!」

 

 

 

「ずっと乗ってると臀部が擦れて痛いんだが、如何すれば?」

 

 

 

“カバさんチーム”の車長兼通信手・エルヴィン先輩と操縦手のおりょう先輩が西住先輩を質問攻めにしていると、“ウサギさんチーム”のメンバー達迄やって来た。

 

 

 

「隊長、戦車の中にクーラーって付けられないんですか?」

 

 

 

“ウサギさんチーム”の車長・澤 梓が“戦車の中の暑さ対策”についての相談をすると、37㎜砲々手の大野 あやと通信手の宇津木 優季も相談事を持ち掛ける。

 

 

 

「先輩、戦車の話をすると男友達が引いちゃうんです!」

 

 

 

「私は彼氏に逃げられました!」

 

 

 

あやと優季からの相談事を聞かされた私は、其の内容に思わず頭を抱えてしまった…此の二人、若しかして西住先輩に恋愛相談をする心算なのか?

 

此の間、私が“あんこうチーム”の先輩方に『地元の中学校は男女共学だった』と話したら、西住先輩は「黒森峰は女子校だから男子が居なくて……」と言って私の事を羨ましがって居たのだけど?

 

しかし、仲間達から次々に頼み事を持ち込まれた西住先輩は困り顔で「え~と……」と考え込んでしまって居た。

 

そんな西住先輩の姿を見兼ねた私は、彼女に声を掛けようとしたが、其れより先に“あんこうチーム”装填手兼戦車マニアの秋山先輩が声を掛けて来た。

 

 

 

「あの、メカニカルな事でしたら私が多少分かりますので……」

 

 

 

続けて、何時の間にか秋山先輩の隣に居た瑞希が「後、私と嵐もメカと戦術関係ならアドバイス出来ますよ!」と皆へ声を掛けると、舞も元気の良い声で「私も戦車の話は得意だよ!」と皆へアピールする。

 

すると、今度は五十鈴先輩が落ち着いた声で「書類の整理位でしたら、私でも出来ると思うんですけど」と生徒会の小山先輩と河嶋先輩に向かって話し掛けると、良恵ちゃんも笑顔で「私も農業科の野菜直売所で経理を担当しているから、書類整理は得意ですよ!」と声を掛けたので、河嶋先輩が「よしっ、じゃあ後で生徒会長室へ来てくれ」と二人の申し出を了承した。

 

更に、麻子先輩も「操縦関係なら私が」と申し出ると、菫が「私も操縦を教えるのは得意ですから、何でも訊いて下さい!」と皆に告げたので、共に“天才操縦手”の二人が戦車の操縦教官役を買って出ると知った“アヒルさんチーム”のメンバーが元気良く「「宜しく御願いします!」」と返事をする中、麻子先輩の隣に居た武部先輩が手を挙げると……

 

 

 

「恋愛関係なら任せて!」

 

 

 

えーと、()()()()()にどんな関係が有るのかは知らないけれど、あやと優季が聞きたがっていた事でもあるし、此処は武部先輩に任せましょうか…と思っていると、仲間達からの申し出を聞いて居た西住先輩が「あっ!」と声を掛け乍ら嬉しそうな表情を見せて居る。

 

すると、五十鈴先輩が「皆で分担してやりましょう」と西住先輩へ声を掛け、瑞希も「後輩だからって遠慮しなくて良いですよ!」と“後輩だが戦車道経験者である”事をアピールしつつ西住先輩をサポートする決意を述べる。

 

そして、武部先輩も「“みぽりん”、一人で頑張らなくても良いんだからね♪」と笑顔で西住先輩を励ますと、私も秋山先輩に向かって目配せをしてから西住先輩に向かってこう告げたのだった。

 

 

 

『先輩、私達に頼っても良いんですよ』

 

 

 

其の時の西住先輩からの「皆…有難う!」の一言と共に、私達に向けた笑顔は今でも忘れられない。

 

 

 

 

 

 

こうして、秋山先輩達“あんこうチーム”と私達“ニワトリさんチーム”のメンバーは西住先輩の負担を軽減する為に、仲間達からの頼み事や戦車道の練習等についてアドバイスをする事になったのだが、此の時私は秋山先輩と一緒に“カバさんチーム”のメンバーから出される“戦車に関する様々な質問”に答えていた。

 

そんな中、“カバさんチーム”砲手・左衛門佐先輩がこんな事を尋ねて来た。

 

 

 

「そう言えば、Ⅲ号()()()と言うのは“()()”なのか?」

 

 

 

此れに対して秋山先輩が「いいえ、『砲兵科扱いの歩兵直協車輌』ですから“支援車輌”ですよ」と答えると、“カバさんチーム”リーダー兼装填手・カエサル先輩が“古代ローマ史好き”らしく「軽装歩兵の様だな?」と秋山先輩へ話し掛けるが、先輩はキョトンとした表情で“戦車好き”らしい返事をした。

 

 

 

「単純に“()()()”じゃないですか?」

 

 

 

其の時、“カバさんチーム”メンバー全員が秋山先輩を指差して「「其れだ!」」と叫んだので驚いた彼女は「えっ!?」と声を上げた儘棒立ちになってしまったが、私はふと“()()()”を思い出すと、秋山先輩と“カバさんチーム”の先輩方へ向かって語り始める。

 

 

 

『でも、第二次大戦中のドイツ軍には“()()()”と全く同じ形をした“()()()()”と言う戦闘車輛が有るんですよね』

 

 

 

其れに対して、秋山先輩が「そう言えば、原園殿の言う通りですね」と納得した表情で答えると、カエサル先輩が困り顔で「何だって…其れは又ややこしいな」と話し掛けて来た。

 

更に、左衛門佐先輩とおりょう先輩が興味深そうな表情で私達の会話を聞いて居る中、エルヴィン先輩が頷き乍らこんな事を尋ねて来た。

 

 

 

「秋山さんに原園。実は私も色々と調べて見たのだが、如何しても“()()()”と“()()()()”の区別が付かないんだ…当時のドイツ軍は如何やって此の二つの戦闘車輌を区別していたのか分かるか?」

 

 

 

すると、秋山先輩は「えーと、搭載している火砲の照準器が“突撃砲では砲兵用”、“駆逐戦車では戦車用”の物だって位しか違いは無いんですが……」と、歯切れの悪い表情で答えたので、私は“此の問題に関する説明”を始める事にした。

 

 

 

『実は、砲兵が管轄するのが“()()()”なのに対して、当時のドイツ陸軍で“戦車兵”を意味する兵科である“装甲兵”が管轄するのが“()()()()”であって、両車の形に本質的な違いは無いんです』

 

 

 

すると、左衛門佐先輩が驚いた表情を浮かべ乍ら「えっ?じゃあ形に違いは無いのに、何故呼び分ける事になったんだ?」と私に尋ねて来たので、私は()()を元にこう答えた。

 

 

 

『第二次大戦中の1943年2月、ドイツ陸軍の装甲兵総監に就任したハインツ・グデーリアン将軍が“()()()()()()()を使っている突撃砲の生産ラインを使って戦車の増産態勢を強化したい”と言う理由から“突撃砲の管轄を砲兵から装甲兵に変更しよう”と画策したのですが、突撃砲を奪われる事を恐れた砲兵と突撃砲に信頼を寄せる歩兵の側からの反対に遭って頓挫したんです*1

 

 

 

すると、エルヴィン先輩が遣るせ無い表情で「成程…要は、軍内部の縄張り争いか」と語ったので、私は小さく頷き乍ら『はい』と答えると()()()()()()()()()()を皆に説明した。

 

 

 

『ところが此の結果に憤懣遣る方無いグデーリアン将軍は、当時“()()()()”の名称で開発が進んでいた“エレファント”・“ヤークトパンター”・“ヤークトティーガー”や後に開発された()()()()()()を装甲兵管轄の“()()()()”と呼ぶ様に、軍の規則を変えちゃったんです*2*3

 

 

 

すると、私の話を聞き終わった秋山先輩と“カバさんチーム”一同は一斉に「「な…何だってー!?」」と叫んだのだった。

 

 

 

 

 

 

一方、戦車格納庫の片隅では冷泉 麻子と萩原 菫の操縦手コンビが“アヒルさんチーム”に戦車の操縦講習を行っていた。

 

先ず麻子が、“アヒルさんチーム”の八九式中戦車甲型に乗り込むと、嵐の大叔母で現在は大洗女子学園戦車道チームの“非常勤講師”を務めている原園 鷹代が戦車道連盟関係者からの伝手で入手してくれた操縦マニュアルを一読しただけで八九式を動かす。

 

すると彼女の乗る八九式は、まるで長年乗り慣れているかの様な動きで“車庫入れ”の動作を一発で決めて見せた。

 

其の様子を見ていた“アヒルさんチーム”メンバーともう一人の講師役である菫が麻子の乗る八九式の前に駆け寄ると、“アヒルさんチーム”通信手・近藤 妙子が「凄いです!」と感嘆する。

 

更に、チームリーダー兼車長・磯辺 典子が「如何やったら、そんなに上手く操縦出来るんですか!?」と問い掛けて来た。

 

其れに対して、車体前方左側にあるハッチから顔を出した麻子の答えは……

 

 

 

「マニュアル通りに()()()()遣れば出来る」

 

 

 

何とも()()()()とした回答に、“アヒルさんチーム”砲手・佐々木 あけびが思わず「普通は出来ません!」と抗議した為、言われた麻子は「えっ?」と呟き乍ら戸惑うしか無かった…如何やら、麻子は操縦が得意だが其の技術を他人に教えるのは苦手な様だ

 

其の事に気付いた“ニワトリさんチーム”の天才ドライバー・萩岡 菫が、直ぐ様“アヒルさんチーム”メンバーに向かって説明を始める。

 

 

 

「あ~麻子先輩、此処は私が解説しますね。戦車の操縦はレバー操作が主体だから、操縦の仕方は自動車と言うよりもブルドーザーやコンバインの方が近くて……」

 

 

 

戦車のみならずレーシングカートや自動車の運転も得意な菫の解説に、“アヒルさんチーム”メンバー全員が「「あっ、そうなんだ」」と納得し乍ら聞いて居ると、其の様子を眺めて居た麻子も一言。

 

 

 

「私も勉強になるな」

 

 

 

其の言葉に、菫は思わず呆れた表情を浮かべると「冷泉先輩…もう一寸分かり易く説明してあげて下さい」と愚痴を零すのだった。

 

 

 

 

 

 

そして戦車格納庫内の駐車エリアでは、“ウサギさんチーム”のM3リー中戦車の前方部に腰掛けた武部 沙織が“ウサギさんチーム”メンバーと“ニワトリさんチーム”装填手・二階堂 舞を前に、戦車道ならぬ“恋愛講義”を行っていた。

 

 

 

「恋愛も戦車と一緒だと思うんだ。前進あるのみって感じかな?」

 

 

 

沙織からの“アドバイス”に、“ウサギさんチーム”75㎜砲々手・山郷 あゆみが「凄い、恋愛の達人!」と褒め称えると、同じチームの通信手・宇津木 優季が独特の口調で「先輩、今迄何人位付き合ったんですか?」と尋ねて来たのだが……

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

実は“恋愛の()には詳しくても恋愛経験は一切無い”沙織は、思わず絶句した後、“ウサギさんチーム”メンバーや舞に背を向けて落ち込んでしまった。

 

 

 

「武部先輩、実は()()()()()()()だったんだ……」

 

 

 

落ち込む沙織の様子を見た舞が思わずこう口走ると、隣に居た“ウサギさんチーム”リーダー兼車長・澤 梓が「こら舞ちゃん、武部先輩がもっと落ち込んじゃうよ?」と注意する。

 

すると舞が沙織に向かって「御免なさい」と謝り、“ウサギさんチーム”メンバー達も次々と沙織を慰める。

 

 

 

「武部先輩、大丈夫ですよ!」

 

 

 

「戦車が恋人で良いじゃないですか~♪」

 

 

 

「そうです、元気出して下さい!」

 

 

 

チームの37㎜砲々手・大野 あやが声を掛けると、優季が少々ピントがズレているものの励ましの言葉を送り、そしてチームの操縦手・阪口 桂利奈も沙織を励ましていたのだが…ところが此処で、舞が()()()()を言ったのだ。

 

 

 

「でも、恋愛なら“ののっち(瑞希)”の方が経験豊富だよ?」

 

 

 

「「はい~!?」」

 

 

 

舞の()()()()を聞いた沙織と“ウサギさんチーム”メンバー全員が驚愕の叫びを発する中、何時の間にか舞の隣に来ていた“ののっち”こと野々坂 瑞希が真面目な顔でこう言ったのである。

 

 

 

「如何にも。不肖・野々坂 瑞希、小・中学生時代に合計五人の男子と付き合った事が有ります!」

 

 

 

突然現れた瑞希の“告白”を聞いて、一気に「「おおっ!」」と盛り上がる沙織と“ウサギさんチーム”メンバー達。

 

其れに対して、瑞希は沙織達を前にこう述べたのである。

 

 

 

「そんな私の経験から言わせると…此の世の中で“男”程()()()()()()()は居ない!」

 

 

 

此の一言に、沙織と“ウサギさんチーム”メンバー達が「「ええっ!」」と驚くのを余所に、瑞希は其の“理由”を説明する。

 

 

 

「先ず、“自己中で相手の気持ちを考えようとしない”。次に“こっちから自分の気持ちを伝えても答えない”。そして挙句の果てに“直ぐ浮気をする”!」

 

 

 

瑞希による()()()()()()()()()()()()()を聞かされた沙織と“ウサギさんチーム”メンバー達は「「成程……」」と思い乍ら頷く中、当の瑞希は更なる自論を展開する。

 

 

 

「こんな奴らに振り回される位なら、戦車砲でブッ飛ばした方がマシ!断言するけど、“今”彼氏が居なくても大丈夫!本当に好きな男なら“向こうから()()()やって来る”から!」

 

 

 

「「おおっ!」」

 

 

 

瑞希による“恋愛に関する持論”を聞かされた沙織と“ウサギさんチーム”の面々は、其の迫力に圧倒されつつも彼女の意見に同調した。

 

すると突然、瑞希が宇津木 優季の前迄やって来ると、“下手な男よりもカッコイイ声”で囁き掛ける。

 

 

 

「と言う訳で…話は変わるけれど、優季。貴女戦車道を始めたら彼氏に逃げられたんだって?」

 

 

 

「…うん」

 

 

 

瑞希からの囁きに、優季が小声で答えると瑞希は彼女を励ます様に、こう話し掛けた。

 

 

 

「大丈夫、そんな奴は大した事無いから忘れちゃえ!」

 

 

 

だが、優季は少し悲し気な声で「うん…でも、未だ忘れられないんだ」と、瑞希に向かって呟く。

 

すると、彼女はあっけらかんとした声で一言。

 

 

 

「ああ、やっぱり寂しい?」

 

 

 

其の言葉に、優季が沈んだ声で「うん」と答えると、瑞希は明るい声で……

 

 

 

「よしっ、じゃあ…優季、今から()()()()()()()()?」

 

 

 

「「えっ!?」」

 

 

 

「瑞希ちゃん!?」

 

 

 

瑞希による“まさかのプロポーズ”に、舞と優季を除く全員が驚愕の叫び声を上げ、“プロポーズ”を受けた優季が驚き乍らも縋る様な表情で瑞希を見詰めていた、其の時だった。

 

 

 

『一寸待て、“ののっち(瑞希)”!』

 

 

 

瑞希と沙織達の会話を聞き付けた原園 嵐が、瑞希の前にやって来たかと思うと“()()()()()()”で、彼女に向かって吠えていた。

 

 

 

 

 

 

此の時、私は秋山先輩と一緒に“カバさんチーム”の先輩方から出されていた“戦車に関する様々な質問”に対する回答が一段落付いていたのだが、丁度其のタイミングで瑞希が武部先輩や舞に“ウサギさんチーム”の皆と一緒に会話をしているのを聞いて居たのだ。

 

其の中で…有ろう事か瑞希が()()の優季を()()()している”姿を見た瞬間、私は彼女の居る場所へ駆け寄ってから大声で怒鳴ったのだが……

 

 

 

「ああ嵐、悪いけど今取り込み中で……」

 

 

 

瑞希は悪びれない表情で私の怒鳴り声を遣り過ごそうとした為、腹を立てた私はこう叫んだ。

 

 

 

『取り込み中じゃない!と言うか“ののっち(瑞希)”、()()()()()()()()()()

 

 

 

だが瑞希は、平然と一言。

 

 

 

「何言ってんの嵐。()()()()()でしょ?」

 

 

 

アンタ(瑞希)の言う()()()()()()()()()とは違う!』

 

 

 

瑞希の言葉に私が言い返していると、隣で私達の口論を聞いて居る梓が舞に向かって問い掛けていた。

 

 

 

「ねえ、舞ちゃん…嵐と“ののっち(瑞希)”、何で言い争っているの?」

 

 

 

すると、舞が私に向かって「嵐ちゃん、梓ちゃんが不思議がっているよ?」と問い掛けて来たので、私は“しまった、皆にちゃんと説明せずに怒鳴っちゃった”と反省すると、其の場に居る武部先輩と梓達“ウサギさんチーム”の皆に向かって説明を始めた。

 

 

 

『ああ、そうだった…皆、怒鳴って御免。其れと、今から私が話す事を良く聞いて』

 

 

 

其処で私は一呼吸置くと、私を見詰めて居る武部先輩と“ウサギさんチーム”の皆に向かってこう述べた。

 

 

 

『実を言うとね、瑞希は…“()()()()()()()”なの』

 

 

 

「「はあ?」」

 

 

 

私の説明の内容に戸惑っている武部先輩と“ウサギさんチーム”の様子を見た私は、更に詳しい説明を始めた。

 

 

 

“バイセクシャル”とは、“両性愛者”の事!つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の事よ!』

 

 

 

だが、其の説明を聞いた瑞希がすかさず反論する。

 

 

 

「一寸嵐!偏見に満ちた事を言わないでよ!?私はね、“()()()()()()()()()()()()”と言う考えの持ち主なの!」

 

 

 

『其れを世間では“バイセクシャル”と言うんでしょ!?』

 

 

 

瑞希の“自論”に対して私が言い返すと、彼女は真顔で反論を続けた。

 

 

 

「嵐、中学校でも先生から習ったじゃない?“バイセクシャル”“LGBT”*4の一種で()()なのだから其れを理由に差別しちゃいけない”って」

 

 

 

流石に、人権問題を楯に反論して来る瑞希の主張は、武部先輩や“ウサギさんチーム”の皆も共感したらしく、武部先輩は「言われてみれば……」と呟き乍ら考え込んでいるし、梓や紗季と並ぶ私の親友・山郷 あゆみに至っては「嵐、一寸落ち着いた方が良いよ?」と話し掛けて来る。

 

其処で、私も一旦頭を冷やしてから『瑞希が言った事は、私も覚えているけど……』と答えた後、議論の切り口を変える事にした。

 

 

 

『じゃあ訊こうか?アンタ(瑞希)、小・中学生時代に何人の()()と付き合った?』

 

 

 

「五人」

 

 

 

『じゃあ、同じ頃に付き合った()()の数は?』

 

 

 

「…十五人位かな?」

 

 

 

『嘘を吐け!軽く()()()()()()()()わよ!?』

 

 

 

其の瞬間、武部先輩と“ウサギさんチーム”の皆が「「ええっ!?」」と、驚愕の叫び声を上げた。

 

但し、当の瑞希は「そうだっけ?」と惚けていたが、すかさず私は彼女に向かってこう叫んだ。

 

 

 

『惚けるな!?其れも付き合い出してから二、三週間で相手の娘を振って次の娘に乗り換えていたじゃない!? 其れで皆がアンタに付けた渾名が「みなかみのオスカー・フォン・ロイエンタール」!』

 

 

 

「因みに、()()()()()()()()()()()だよ♪」

 

 

 

舞…私が()()()()()をしている時に、()()()()を言うんじゃない。

 

と、私が心の中で呟き乍ら“余計な事”を言った舞を睨んだ時、再び瑞希が冷静な声で答える。

 

 

 

「よく憶えているわね?」

 

 

 

『当たり前よ!中三の時、アンタが振った娘が泣き乍ら教室に殴り込んで来た時、其の娘を止めたのは此の私なんだからね!?』

 

 

 

だが、私が“中学生時代の瑞希が起こした有名な事件”を持ち出した時、瑞希が思わぬ“事実”を突き付けたのだ。

 

 

 

「で、其の後傷心の()()とデートしたのは嵐、アンタだったよね?」

 

 

 

『えっ!?』

 

 

 

瑞希からの“指摘”に私が動揺する中、武部先輩と“ウサギさんチーム”の仲間達は、私に向かって一斉に「「何ですと!?」」とツッコんで来る。

 

一方、瑞希は冷静な表情を崩さない儘「私が知らないとでも思っているの?」と、余裕の一言。

 

其れに対して追及される側に立たされた私は、しどろもどろになり乍らこう答えるのが精一杯だった。

 

 

 

『え~と、確かに相手の娘が“瑞希ちゃんの事を忘れたい”と言って…()()()()デートしたけど』

 

 

 

其の答えを聞いた瑞希は微笑み乍ら「ふふ…嵐は私が“()()()”だと印象付けたいんだろうけど、実は私よりも嵐の方が女子に()()()()だったからねと、余裕の“ツッコミ”を加えると、舞が追い討ちを掛ける様にこんな事を言い出す。

 

 

 

「うん。みなかみタンカーズ時代の嵐ちゃんには、“ファンクラブ”も有ったしね!」

 

 

 

『“ののっち(瑞希)”も舞も止めてよ、私は百合の趣味無いんだから!?』

 

 

 

二人の()()からの“ツッコミ”に、情け無い悲鳴を上げる私。

 

其の直後、今度は瑞希が優季と向き合うと、再び“下手な男よりもカッコイイ声”でこう囁く。

 

 

 

「其れより優季、私のプロポーズを受ける?」

 

 

 

其の声を聞いた優季は、次の瞬間泣きそうな顔で……

 

 

 

「“ののっち(瑞希)”~!」

 

 

 

と叫んだ後、瑞希に抱き着いていた。

 

 

 

「わ~い、()()()()誕生だぁ!」

 

 

 

舞が笑顔で誕生したばかりの“同性カップル”を祝福する中、自分の親友である優季が“女好き”で有名な瑞希の()()に掛かるのを阻止出来なかった上に、自分の()()()迄バラされた私は、思い切り頭を抱える事になった。

 

 

 

『ああ…此処(大洗)でも瑞希の毒牙に掛かった娘が。しかも私の親友が……』

 

 

 

私が頭をクラクラさせ乍ら呟いている隣では、何を思ったのか武部先輩と“ウサギさんチーム”の仲間達が瑞希と優季に向かって神妙な顔で拍手を送っていたが…其の中で()()()()()()()()()()()()のが妙に記憶に残っていた。

 

 

 

「嵐、ホントにモテるんだ…()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

梓…私、“百合の趣味”は無いから誤解しないで、御願いだから!

 

 

 

 

 

 

斯くして、「野々坂 瑞希による宇津木 優季へのプロポーズ」により、瑞希の親友でもある“ニワトリさんチーム”リーダー・原園 嵐が頭を抱えていた頃。

 

生徒会長室に生徒会副会長の小山 柚子が入ると、目の前の机で書類を作成していた“あんこうチーム”の砲手・五十鈴 華が問い掛けて来た。

 

 

 

「グリースは、一ダースで良いですか?」

 

 

 

華は柚子からの依頼で“交換が必要な部品や補充が必要な消耗品の発注リスト”を作成していた為、柚子は「はい」と答えると、華は小さく頷いてから再び彼女へ問い掛ける。

 

 

 

「名取さんと長沢さんは何方へ?」

 

 

 

華は、柚子が会長室を出る時に一緒に居た“カメさんチーム”装填手兼副会長補佐官(戦車道担当)・名取 佐智子と彼女の従姉で“ニワトリさんチーム”の副操縦手・長沢 良恵の“農業科一年生コンビ”の姿が無い事が気になっていたのだ。

 

此の内、佐智子は“柚子の補佐役兼戦車道のマネージャー”と言う仕事が有る為、最近では生徒会役員トリオ(杏&柚子&桃)と共に生徒会室で執務をする事が多いのだが、今日は学園の戦車道チーム隊長・西住 みほの負担を軽減する為、華や従姉の良恵と共に戦車道関連の書類仕事を手伝っていたのだった。

 

其処で柚子は、「二人共“戦車道関係の古い資料を整理する”と言って、資料保管庫に行ってる」と答えた処、華も「私も御手伝いします」と申し出た。

 

其れを聞いた柚子が「本当!?二人共喜ぶと思うよ♪」と笑顔で答えると、彼女は椅子に座っている華の前の机に置かれた一輪挿しの花瓶に活けた“一輪の花”に気付いて、嬉しそうな声で華へ話し掛ける。

 

 

 

「やっぱり、御花が有ると良いね♪私も華道やって見たいな」

 

 

 

すると、華も笑顔で「小山先輩、御花の名前付いてますものね。確か、()()()……」と答えた処、“華に名前を間違えて覚えられている”事に気付いた柚子が「ああ、私は()()」と訂正してから()()()()()()()()()()()に向かって呼び掛けた。

 

 

 

()()()()はねえ…()()()()~!」

 

 

 

其の瞬間、“()()()()”こと河嶋 桃が大声で「呼ぶな!」と叫んだ…実は彼女、“()()()()”と呼ばれるのを嫌うのだが、柚子は一向に改めようとしないのである。

 

そんな二人の遣り取りに、今日は生徒会長の角谷 杏や桃と一緒に“新しい戦車を如何やって入手するべきか”について打ち合わせを行っていた学園の戦車道チーム隊長・西住 みほが「えっ?」と驚きの声を上げた時だった。

 

 

 

「「失礼します」」

 

 

 

丁度其処へ、佐智子と良恵が書類を抱えて生徒会長室へやって来た。

 

 

 

すると執務机に備え付けの大きな椅子に、左足を御行儀悪く掛け乍ら座っていた角谷会長が干し芋を食べつつ、「ああ、名取ちゃんに長沢ちゃん。如何だった?」と二人に呼び掛けた処、佐智子が真剣な声で報告を始めた。

 

 

 

「今、資料保管庫に残っていた戦車道関係の資料を全部持って来たのですが、実は其の資料を整理する為に内容を調べた処、“他にも戦車が有った形跡”が残って居たんです」

 

 

 

続いて良恵も、“資料の分析で得られた情報”について報告する。

 

 

 

「書類の記述が“曖昧な表現”だったので調べるのに苦労したんですが…良く読んで見ると、如何やら此の学園艦内に今だ複数の戦車が残されている可能性が有る事が分かったんです!

 

 

 

「本当か!?」

 

 

 

二人の報告を聞いた桃が驚きの声を上げると、佐智子が頷き乍ら“資料を調査した結論”を述べる。

 

 

 

「断定は出来ませんが、書類の記述内容から判断するに“約二十年前に我が校の戦車道が廃止されて以降も処分されない儘行方不明”と記載されている戦車が複数有るので、()()()()()()()()!」

 

 

 

すると、話を聞いて居た角谷会長が小さく頷いてから“決断”した。

 

 

 

「じゃあ、明日は皆でもう一度学園艦内を捜索するかぁ」

 

 

 

其の瞬間、生徒会の小山副会長と河嶋広報、そしてみほの三人が揃って「「はいっ!」」と答える。

 

其の姿を見た佐智子は、此処で角谷会長に向かって進言する。

 

 

 

「会長、其れでは明日に備えて捜索すべきエリアをリストアップしたいと思います。前回の捜索では探さなかった場所を中心に捜索エリアを絞り込みたいと考えますが、如何でしょうか?」

 

 

 

其の時、角谷会長が桃へ目配せをすると、彼女は一度頷いてから生徒会長室に居る皆へ向かってこう指示した。

 

 

 

「良いぞ名取。今直ぐ“捜索エリアの候補リスト”を作ってくれ。其れと此処に居る会長以外の全員も名取の仕事を手伝ってくれ!」

 

 

 

こうして、生徒会長室は俄かに慌しくなった。

 

 

 

(第53話、終わり)

 

 

*1
此の台詞については、「歴史群像」(学研プラス/刊)2018年8月号掲載・古峰 文三「ドイツ陸軍装備変遷史」の記述内容を参照している。

*2
嘘の様だが本当の話である。実際、駆逐戦車として知られる“エレファント”・“ヤークトパンター”・“ヤークトティーガー”は開発当初、“重突撃砲”と呼ばれていた。更に“ヘッツァー”軽駆逐戦車も開発当初は“軽突撃砲”と呼ばれていたが、要は“装甲兵の管轄に変更する為”に名称を変えたのである。

*3
尚、第二次大戦後半のドイツ軍では、戦車不足から戦車部隊に戦車の代わりとして突撃砲や駆逐戦車を配備する事は日常的に行われていた。又、武装SSでは陸軍と異なり突撃砲の管轄は砲兵では無く装甲兵が担当していた。其の為、武装SSの戦車エースとして知られるミヒャエル・ヴィットマンも、独ソ戦初期にはⅢ号突撃砲・短砲身型の車長として従軍している。

*4
性的少数者の中でもレズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダーを指す言葉。近年世界的な人権問題としてクローズアップされており、彼等の社会的地位の向上が急務となっている。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第53話をお送りしました。

今回、遂に“本性”が明らかになったのは“ニワトリさんチーム”の天才砲手で、嵐の親友兼ライバルでもある野々坂 瑞希。
実は彼女、“バイセクシャル”…男性も女性も共に恋愛対象として見る事が出来る人だったのです。
何故、こう言う設定にしたのかと言いますと、真面目な話、セクシャルマイノリティ(性的少数者・LGBTsとも表記される)の課題が日本は勿論の事、世界的にも重要な『人権問題』になっている事を踏まえて“内容的にはどうあれ、此の様なキャラクターを書く必要が有る”と考えた為です。
尤も、結果的に上手く書けてはいませんが“世の中には、こう言う人も居るけれど、差別する事無く接して欲しい”と言う事を頭の片隅にでも置いて頂ければ幸いです。

因みに…現実の話ですが近年の調査によるとLGBTsの中でも代表的な性的少数者であるLGBT(ゲイ・レズビアン・バイセクシャル・トランスセクシャル)だけでも、全人口の5~8%は居るのだとか。
日本の人口比で換算すると、ざっと600万~960万人も居ると言う事になります。
今、日本ではLGBTsだけで無く様々な障がいや特性を持っている人を差別・排除する傾向が世界の中でも根強いのですが、今、少子高齢化で日本が立ち行かなくなりつつある時に未だそんな事をしていると、近い将来日本の社会や経済が回らなくなるのは必至でしょうね。

以上、一寸だけ真面目な話をさせて頂きました。
其れでは、次回をお楽しみに…果たして、二度目の戦車捜索の結果は?



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第54話「再びの戦車探しと、其の結果です!!」


そう言えば、2021年のクリスマス・イブにBD&DVDが発売予定の最終章第3話、収録されるOVA「ダイコン・ウォー」が農業科の話だそうで。
本作で良恵&佐智子の大洗農業科コンビをオリジナルで書いた身としては感無量ですが…いや、大洗とは限らないよね。
知波単?
其れ共、まさかの継続?

其れは兎も角、今回もどうぞ。



 

 

 

其れは、私達“ニワトリさんチーム”メンバーが、“あんこうチーム”の先輩方と共に、“戦車講座”を行った翌日の夕方の事だった。

 

私達・大洗女子学園戦車道チームは、生徒会からの指示で行った“二回目の戦車探し”を終え、戦車格納庫の前で秋山 優花里先輩と一緒に“今回の捜索で得られた()()()”を眺めていた。

 

此処に居るのは“カバさん”・“アヒルさん”・“カメさん”チームの全員と、“あんこうチーム”の内、武部 沙織先輩を除く全員。

 

そして、私達“ニワトリさんチーム”の内、装填手の二階堂 舞を除く全員である。

 

 

 

“ルノーB1bis重戦車”に、“43口径75㎜戦車砲KwK40”か…探して見た価値は有ったなあ』

 

 

 

「そうですね原園殿。此れで新しいチームが作れるし、私達“あんこうチーム”のⅣ号もパワーアップ出来ます♪」

 

 

 

『ええ…でも秋山先輩、本当に嬉しそうですね?』

 

 

 

「はい♪愛しの戦車が増えて、私は幸せですぅ~♪」

 

 

 

『あ…そうですね』

 

 

 

今回の捜索で得られた()()()()()()を前に、私は秋山先輩と会話し乍ら先輩の“()()()”に圧倒されつつも、今日の“戦車探しの時に起きた出来事”を思い出していた。

 

 

 

 

 

あれは確か、生徒会の指示で“戦車探し”をスタートした時の事。

 

私は、西住先輩と一緒のグループに入りたかったのだが、其処へ野々坂 瑞希が立ちはだかるとこんな事を言い出したのだ。

 

 

 

「嵐、アンタは最近西住隊長と()()()()して居る事が多いから、秋山先輩が()()しているわよ?だから、今日は秋山先輩と一緒に居なさい」

 

 

 

親友の言葉に『えっ!?』と驚き乍ら後ろを振り向くと…何と秋山先輩が“()()()()()()”を浮かべ乍ら私を見詰めているでは無いか!?

 

其の瞬間、私はこんな事を口走ってしまった。

 

 

 

『あっ、秋山先輩!? 私は()()()みたいな事は致しません!西住先輩と秋山先輩は()()()()の…ああっ!?』

 

 

 

此の結果、私は西住・秋山両先輩を含む周囲の仲間達から()()()()()で見られたのだが、此の原因を作った瑞希だけは人の悪い(腹黒い)笑みを浮かべていた…瑞希、アンタ何時か仕返ししてやるからね!(迫真)

 

斯くして、私は秋山先輩&“カバさんチーム(歴女先輩四人組)”と組んで学園艦の甲板上を捜索する事になったのだが…此の時、“カバさんチームの()()()()()()()”が()()()()()()()()で“戦車探し”を始めたのだ。

 

 

 

「はっ!」

 

 

 

先ず“カバさんチーム”のリーダー・カエサル先輩が気合を入れて“妙なデザインをした八角形の板”の上に、指で立てていた棒を倒すと……

 

 

 

「“東が吉”と出たぜよ」

 

 

 

おりょう先輩が“占い”の結果を告げた処、驚いた秋山先輩が「此れで分かるんですか!?」と、“カバさんチーム”の先輩方に問い掛ける。

 

そして私も、半ば呆れ乍らこう問い掛けた。

 

 

 

『“()()()()()()()()()()()()()”の“()”ですか?』

 

 

 

そう。カエサル先輩がやったのは、古代中国伝来の占い“()”である。

 

すると、エルヴィン先輩が答える。

 

 

 

「こう見えても、カエサルの占いは結構当たるんだ。馬鹿にならないんだぞ」

 

 

 

其の答えを聞いた秋山先輩が半信半疑な口調で「本当ですか?」とエルヴィン先輩に再度質問するが、此の時私は自分のスマホに入れてある“()()()()()”で検索した結果を見て“まさか!?”と思いつつ、こう告げた。

 

 

 

『でも秋山先輩、スマホアプリの“学園艦地図”に由れば、此処から東へ行くと“沼地”が在るんですが、此処は以前小山副会長が、“ゴミの不法投棄が後を絶たない”と言って困っていたのを聞いた事が有ります』

 

 

 

すると、左衛門佐先輩が笑顔で「其れなら、戦車も捨てられているかもな♪」と答えたので、カエサル先輩が「よしっ、行くぞ!」と元気良く号令を掛けると、“カバさんチーム”のメンバー四人は意気揚々と東の方に在る“沼地”へ向かう。

 

そんな先輩達の後を追い掛け乍ら、私と秋山先輩は共に“大丈夫かな?”と心配していたのだが…結果的には私達の心配は杞憂に終わった。

 

 

 

 

 

「見付かりました!“ルノーB1bis”です!」

 

 

 

『本当に戦車が在った!?』

 

 

 

何とカエサル先輩の占い通り、ゴミだらけの“沼地”の端にフランス軍の重戦車“ルノーB1bis”が、半ば沼に沈んで居る姿で発見されたのだ。

 

秋山先輩が喜び乍ら見付けた戦車の名前を呼ぶと、私も“カエサル先輩の占い”の腕前が()()だと知って驚きの声を上げた時、カエサル先輩が秋山先輩に向かってこう呼び掛けた。

 

 

 

「流石は“モントゴメリー”」

 

 

 

しかし、そう呼ばれた秋山先輩は嫌そうな表情で「あのー、其れは一寸……」と抗議した為、私も加勢する。

 

 

 

『幾ら何でも“第二次大戦の米英軍一の愚将(モントゴメリー)の名前を“ソウルネーム(魂の名前)”にするのは…第一、彼が立てた“マーケット・ガーデン作戦”が失敗した所為(せい)で、米英軍は其の後“バルジの戦い”に直面してベルリンを占領出来ず、ソ連(スターリン)に因る東西ドイツ分断と其の後半世紀近く続いた冷戦を招いたんですよ?*1

 

 

 

英陸軍のバーナード・ロー・モントゴメリー元帥に関しては様々な評価が有るだろうけれど、私は“【マーケット・ガーデン作戦】の失敗が第二次大戦の欧州戦線の結末と戦後の東西冷戦に与えた影響”を考えると“愚将”と言わざるを得ないと思っているので自論を述べた処、左衛門佐先輩とおりょう先輩が揃って「「其れだ!」」と叫ぶ中、エルヴィン先輩がこんな提案をして来た。

 

 

 

「其れなら“グデーリアン”では如何かな?」

 

 

 

「はいっ!」

 

 

 

“ドイツ装甲部隊の生みの親”ハインツ・グデーリアン上級大将を“ソウルネーム(魂の名前)”にして貰って喜ぶ秋山先輩。

 

でも私は『グデーリアンも実は“極端な極右主義者”で、第一次大戦終結直後の混乱期に自分が参謀として所属していた義勇兵部隊“鉄師団”を脱走させて内戦中のソ連へ渡り、ロシア白軍に合流して赤軍と戦おうと企んだ事がドイツ軍上層部にバレて左遷された過去*2が有るからなあ……』と思ったけれど、其れを言うと秋山・エルヴィン両先輩に怒られそうなので、此処は黙って置いた。

 

すると、カエサル先輩が「原園、済まなかったな」と私に呼び掛けると、こんな事を言って来た。

 

 

 

「そうだ…原園はどんな“ソウルネーム(魂の名前)”が良い?」

 

 

 

『えっ!?』

 

 

 

自分も“ソウルネーム(魂の名前)”を付けられると聞かされて驚いた私だったが、少し考えてからこう答える。

 

 

 

『私ですか…なら、“ヴィリィ・ラングカイト”*3で御願いします』

 

 

 

其の答えを聞いたカエサル・左衛門佐・おりょう先輩が首を傾げる中、秋山先輩が笑顔で答える。

 

 

 

「おっ、ドイツ陸軍のエリート装甲部隊だった“グロースドイッチュラント装甲擲弾兵(パンツァー・グレネイド)師団”*4の戦車連隊長だった方ですね!原園殿ってやはり“通”じゃないですか!?」

 

 

 

其処へ、第二次大戦に詳しいエルヴィン先輩も納得した表情で私に問い掛けて来た。

 

 

 

「ほう…ラングカイト少将とは中々渋いな。だが、あの人は“田舎の学校の教頭先生”みたいな “冴え無い雰囲気のオジサン”*5だが、何処が好みなのだ?」

 

 

 

其の問いに対して、私は一瞬顔を赤らめ乍ら、こう答えたのだった。

 

 

 

『私…実は、“オジサン好き”なんです』

 

 

 

 

 

あの時、私の“告白”を聞いた秋山先輩と“カバさんチーム”の先輩方が驚いていたのを思い出していると、何時の間にかやって来た瑞希が私に向かって話し掛けて来た。

 

 

 

「ねえ嵐、聞いてよ!まさかKwK40戦車砲が部室棟の片隅で物干し竿代わりに使われていたなんて…此れじゃあまるで“日清戦争前に来日した時の清国・北洋水師の戦艦『定遠』『鎮遠』”みたいじゃない!*6

 

 

 

「“ののっち(瑞希)”、落ち着いて。嵐ちゃんが戸惑っているよ?」

 

 

 

其処へ私達“ニワトリさんチーム”の操縦手・萩岡 菫が瑞希を宥めると、私達に事情説明を始めた。

 

菫によると、彼女と瑞希は“アヒルさんチーム”のメンバー四人と西住・麻子両先輩のグループに入り、今は使われていない旧・部室棟の捜索を行ったのだが、此れと言った手掛かりが見付からず諦め掛けていた時、麻子先輩が部室の窓を開けて外を見たら……

 

 

 

「何処の部だ、こんな所に洗濯物を干したのは!?」

 

 

 

此の時、麻子先輩の隣に居た菫が窓の外の庭に在った“物干し竿”を見た時、其の正体がⅣ号戦車F2型(或いは初期G型)が装備していた事で知られる“43口径75㎜戦車砲KwK40”だと気付いて……

 

 

 

「あっ、此れは…西住先輩、“ののっち(瑞希)”~!」

 

 

 

…と言う訳で、旧・部室棟を捜索した西住先輩達のグループは“あんこうチーム”のⅣ号戦車D型の“パワーアップパーツ”を見付けたのである。

 

 

 

 

 

そんな頃、五十鈴先輩が心配そうな表情で“あんこうチーム”の皆に話し掛けていた。

 

 

 

「戻って来ませんね…沙織さんと“ウサギさん(一年生)チーム”に舞さんのグループ」

 

 

 

其れに対して西住先輩も「うん……」と答えていると、突然“ニャー、ニャー”と猫の声が…此れは麻子先輩のスマホの着信音だ。

 

早速、麻子先輩がスマホを操作すると……

 

 

 

「遭難…したそうだ」

 

 

 

「『えっ!』」

 

 

 

麻子先輩からの“悪い知らせ”に、西住先輩達“あんこうチーム”の皆と共に私や瑞希・菫も驚いていると、ワンテンポ遅れて私達の傍に来ていた長沢 良恵ちゃんがキョトンとした表情で一言……

 

 

 

()()()()()()()…って、ええっ!?」

 

 

 

「良恵、そんな時に()()()を言っちゃ駄目よ!?」

 

 

 

無意識の内に“トンだ大ボケ”をかましてから驚いている良恵ちゃんを従妹の名取 佐智子ちゃんが叱ると、秋山先輩が麻子先輩に向かって「何処でですか!?」と問い掛ける。

 

其れに対して麻子先輩は少し困り顔で「船の底だが…何処に居るのか分からない、と」と答えた処、話を聞いて居た河嶋先輩が右手で後頭部を掻き乍ら指示を出した。

 

 

 

「何か“表示”が在る筈だ。其れを探して伝えろ、と言え」

 

 

 

其れに対して麻子先輩が「うん」と答えてからスマホを操作していると、何時の間にか西住先輩の隣迄来ていた角谷会長が「はい」と声を掛けると、丸めた古い紙を差し出す。

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

其れに対して西住先輩が戸惑うと、会長はこんな事を言った。

 

 

 

「此れ、船の地図ね。捜索隊、行って来て~♪」

 

 

 

「ええっ!?」

 

 

 

会長からの“無茶振り”に呆然としている西住先輩を見た私は、すかさず会長に向かって意見を述べた。

 

 

 

『あの会長、御言葉ですが…私のスマホには“学園艦地図”と言うアプリを入れてあるので、多分其の地図と同じ内容の地図でルート検索とか色々出来ますよ?』

 

 

 

「えっ、そうなの?」

 

 

 

私の意見に、意表を突かれたらしい会長がキョトンとしていると、小山先輩が真顔で「原園さんの言う通りです」と口添えをする。

 

其処へ話を聞いて居た瑞希も会長に向かって、こう述べた。

 

 

 

「其れに、学園艦内部に居る筈の武部先輩達のスマホが通じたと言う事は、多分Wi-Fiが通じてますよ。学園艦内部の各所には艦内でもスマホや携帯電話が通じる様に携帯電話会社が設置したWi-Fiスポットが在る筈ですから」

 

 

 

すると、会長は済まなそうな表情を浮かべ乍ら「御免、じゃあ原園ちゃん達も捜索隊に入ってくれる?」と頼んで来たので、私も頷き乍ら『はい』と答えた処、瑞希も右手を挙げて「私も行きます!」と声を上げた。

 

 

 

『如何したの、“ののっち(瑞希)”?急に張り切っちゃって』

 

 

 

私は、瑞希が捜索隊に加わりたがっている理由を図りかねていると、菫が私に“こんな事”を告げる。

 

 

 

「ほら、()()()()()()()()も遭難しているから

 

 

 

其処へ、すかさず瑞希が「当然よ、此処で助けに行かなきゃ男…いや、()()の名が廃る!」と断言して腕組みしたのを見た私は、呆れた表情でこう呟いた。

 

 

 

『はいはい……』

 

 

 

こうして、私と瑞希は遭難している武部先輩を除いた“あんこうチーム”の四人と共に、学園艦の船底部を探索する事になった。

 

 

 

 

 

「何か、お化け屋敷みたいですね……」

 

 

 

照明が殆ど無く暗闇が支配する艦内を歩く為に、“サーチライト付きの軍用ヘルメット”を被った秋山先輩が怯えた表情で語り掛けて来たので、私はスマホに表示している“学園艦アプリ”収載の地図をチェックし乍ら答えた。

 

 

 

『此の辺りは、余り人が立ち入らないらしいですから』

 

 

 

其の時、突然の物音が!?

 

 

 

「「きゃああ!」」

 

 

 

“何か”が床に落下して生じたと思われる音が響いた瞬間、恐怖に耐えかねた西住・秋山両先輩が叫び乍ら抱き合っている中、其の横を五十鈴先輩が「大丈夫ですよ」と呟くと、平然とした表情で其の場を通過する。

 

そして、私も同じく……

 

 

 

『何かが落ちただけですね』

 

 

 

と呟くと、私の隣に居た瑞希も「うん」と頷き乍ら其の場を通り過ぎたので、秋山先輩が私達三人に向かってこう言った。

 

 

 

「五十鈴殿に、原園殿と野々坂殿も本当に肝が据わってますよね?」

 

 

 

其の言葉に、西住先輩も複雑な表情を浮かべ乍ら「うん」と答えてから、後ろを振り向くと……

 

 

 

「あれ?麻子さん、大丈夫?」

 

 

 

其の視線の先には、思い切り怯えている麻子先輩の姿…そして彼女の口からは、こんな言葉が。

 

 

 

「お…お化けは、早起き以上に無理!」

 

 

 

真っ青な顔で怯える麻子先輩を見た私は、彼女を励まそうと声を掛けた。

 

 

 

『大丈夫ですよ、麻子先輩。私は毎年“みなかみタンカーズ”の夏祭りでやっていた“肝試し大会”で慣れていますから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!』

 

 

 

「「えっ!?」」

 

 

 

其の時、私の一言に西住・秋山・五十鈴先輩の三人が驚きの声を上げたのを見た瑞希が苦笑いを浮かべ乍ら“私の発言の意味”を説明した。

 

 

 

「ああ、思い出した。嵐は一昨年の“肝試し大会”で、お化け役をしていた町の青年会議所の御兄さんを()()()()()()()()K()O()しちゃった事が有るんですよ

 

 

 

『なっ!?』

 

 

 

思わぬ所で()()()()()()を暴かれた私は、瑞希に向かって一言叫ぶと、慌てて今の彼女の発言について弁解する。

 

 

 

『一寸止めてよ、“ののっち(瑞希)”!? アレは私と一緒に居た娘が“お化け”に手を触られた瞬間“痴漢”だと勘違いして騒いだから、つい本気を出して……』

 

 

 

「でも、其の御兄さんは()()()()()を持っていたのに、嵐は難無くやっつけたじゃない?

 

 

 

すると、私の弁解に対する瑞希の反論を聞いた西住先輩達四人全員が「「ええっ!?」」と驚愕の叫び声を上げたので、観念した私は()()()()()()()()()()()()()を説明する破目に陥った。

 

 

 

『いえ…実を言うと私、喧嘩は“母親(明美)以外の相手には負けた事が無い”んです』

 

 

 

私からの“告白”に西住先輩達が驚いていると、私の隣に居た瑞希が人の悪い(腹黒い)笑みを浮かべ乍ら“トドメのエピソード”を披露した。

 

 

 

「そうだったね…で、“肝試し大会”のラストは毎年“お化けの大ボス役”の明美さんと嵐の一対一(タイマン)によるプロレス大会で、必ず()()()()()()()()()()()のが“御約束”だったわね♪

 

 

 

『ぐっ……』

 

 

 

瑞希に“トドメを刺された”私は、西住先輩達からの“生暖かい視線”を浴びるのを実感すると、ガックリと肩を落とし乍ら学園艦内部を捜索する先輩達と瑞希の後に()いて行くのだった……

 

 

 

 

 

一方、此方は学園艦内部の奥深く。

 

学園艦の艦内配置図で“第17予備倉庫”の近くに当たる場所に、少女達の一団が座り込んで居た。

 

“あんこうチーム”通信手・武部 沙織と“ウサギさん(一年生)チーム”メンバー六人、そして“ニワトリさんチーム”装填手・二階堂 舞である…但し、此の中で一人だけ座らず、“立った儘天井の辺りを見つめ続けている()()”が居るが、其れはさて措き。

 

何故、彼女達が此処に居るのかと言うと…“道に迷って帰れなくなった”のである。

 

彼女達は“戦車捜索”の為に、学園艦の甲板から下…つまり艦内を探索していたのだが、手掛かりが無かった事も有り、途中で出会った船舶科の生徒二人に沙織が「あのー、戦車知りませんか?」と尋ねた処、思わぬ回答が得られたのである。

 

 

 

「戦車か如何かは分からないけど…何か、其れっぽい物を何処かで見た事有るよね。何処だっけ?」

 

 

 

「もっと奥の方だったかな?」

 

 

 

船舶科の生徒からの“有力な証言”を得て、元気付けられた沙織達は学園艦内部の奥深くへ足を踏み入れた…其の結果、途中で道が分からなくなってしまい、彼方此方を歩き回った末、此の場所に辿り着いて現在に至るのである。

 

そんな中、“ウサギさん(一年生)チーム”37㎜砲々手・大野 あやが寂しそうな声で呟いた。

 

 

 

「御腹…空いたね」

 

 

 

すると、隣に居るチームメイトで操縦手の阪口桂利奈も「うん……」と答える。

 

だが、何時もは元気が取り柄の彼女も今は元気が無い。

 

其処へ、チームリーダー兼戦車長の澤 梓も悲し気な声で皆に向かって語り掛けた。

 

 

 

「今晩は、此処で過ごすのかな?」

 

 

 

すると、梓の隣に座って居たチームの通信手兼75㎜砲装填手・宇津木 優季が涙を零し乍ら呟く。

 

 

 

「グスッ…“ののっち(瑞希)”~!」

 

 

 

“新しく出来たばかりの彼氏(瑞希)”の名を出して助けが来る事を願う優季の涙声に、“ウサギさん(一年生)チーム”のメンバー達が啜り泣きを始める中、チームでは37㎜砲装填手を務める丸山 紗季だけは立った儘天井方向の一点を見詰め続けている…()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そんな彼女達の様子を見た沙織が、彼女達を励まそうと話し掛けた。

 

 

 

「だ、大丈夫だよ…あっそうだ。私、チョコ持ってるから皆で食べよう?」

 

 

 

すると、其の様子を見ていた舞が「武部先輩、私も持っていますよ!」と声を掛けると、背負っていたリュックサックからチョコレートやキャンディーを取り出して来た。

 

 

 

「“まいまい()”、そんなに御菓子を沢山持って来たの?」

 

 

 

舞が取り出した御菓子の数を見て驚いた沙織は、自ら考え付いた“渾名(まいまい)”で呼ぶと、彼女は笑顔で“御菓子を持って来た理由”を説明した。

 

 

 

「沙織先輩、“探検”するなら()()()準備は必要じゃないですか…其れに、私は一度()()した事が有りますから

 

 

 

「「えっ!?」」

 

 

 

舞の“告白”に、沙織と“ウサギさん(一年生)チーム”の面々が驚く中、舞は“当時のエピソード”を語るのだった。

 

 

 

「私が小学三年になった春、“群馬みなかみタンカーズ”に入って直ぐの頃、タンカーズのオリエンテーションでみなかみ町が作った戦車道練習場近くの山へハイキングに行った時、山道で足を滑らせて、傾斜のきつい坂を滑って行った先の林の中へ落ちちゃったんです」

 

 

 

舞の話に沙織達が聞き入っている中、舞は当時の話を続けて行く。

 

 

 

「其の時、私は足を挫いてしまったから其の場で動けなくなってしまって…でも直ぐに、嵐ちゃんと瑞希ちゃんが気付いてくれて、引率に来ていた大人達を連れて助けに来てくれたんだ」

 

 

 

此処で舞の話を聞いて居た優季が目を輝かせ乍ら「本当?」と問い掛けると、舞は笑顔でこう答えた。

 

 

 

「うん。こう言う時、嵐ちゃんと瑞希ちゃんは頼りになるんだ…二人は幼稚園からの()()()()だから。其れに西()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”から、絶対助けに来てくれる。だから皆も諦めちゃ駄目だよ」

 

 

 

“助けは必ず来るから、希望を捨ててはいけない”と言う舞の話に、先程迄泣いていた“ウサギさん(一年生)チーム”のメンバー達は涙を拭うと、沙織と舞に向かって「「うん」」と答えた後、二人が出した御菓子を皆で分け合ってから食べ始めた。

 

其の時、沙織は舞に向かって“他の人には聞こえない小声”で問い掛ける。

 

 

 

「“まいまい()”、若しかして貴女は去年の“みぽりん(みほ)”の事…?」

 

 

 

「去年の戦車道全国高校生大会・決勝戦の事なら、私も現地で試合を見ていたから知っています…只、此の話は今、他の皆には聞かせたく無いので、救助された後で改めて話をしませんか?」

 

 

 

沙織の問い掛けに、舞も沙織以外には聞こえない小声で答えると、沙織も「うん、分かった。今は此の事は御互い言わない様にしようね」と話題を切り上げると、二人は御菓子を食べ始めた……

 

 

 

 

 

其の頃、私達のグループは、学園艦内部の奥深くを進んでいた。

 

 

 

「第17予備倉庫近くだったら、此の辺りだと思うんだけど……」

 

 

 

西住先輩が、私のスマホを見て呟き乍ら現在地を確認していると、“突然の轟音”が響く。

 

 

 

“ドーン、ドーン”

 

 

 

「ひえっ!」

 

 

 

辺りに砲声が轟いたかと思うと、麻子先輩が“お化けが出た”と思ったのか、真っ青な顔で叫ぶと其の儘固まってしまった…しかし。

 

 

 

「あっ、カエサル殿だ…はい!」

 

 

 

秋山先輩が一言呟くと、スマホを操作して着信を確認している…如何やら“砲声の正体”は、彼女のスマホからの“人騒がせな着信音”だった様だ。

 

其の様子を見た麻子先輩が胸を押さえ乍ら深呼吸をしているのを余所に、秋山先輩がスマホからの音声を聞いて居ると、其の声が私にも聞こえて来た。

 

 

 

「西を探せ、“グデーリアン(優花里)”」

 

 

 

「“西部戦線”ですね、了解です!」

 

 

 

カエサル先輩からの“アドバイス”に、秋山先輩が()()()()()な表現で返事をすると、漸く落ち着いた麻子先輩が秋山先輩に問い掛ける。

 

 

 

「誰だ、其れは?」

 

 

 

「“魂の名前(ソウルネーム)”を付けて頂いたんです」

 

 

 

麻子先輩の質問に、秋山先輩が下手をすると“中二病”と思われかねない返事を元気良く返していると、五十鈴先輩が辺りを見回し乍ら「西と言っても……」と呟いて方位が分からない事を悩んでいると……

 

 

 

「大丈夫です。コンパス(方位磁石)持ってます」

 

 

 

秋山先輩が軍用の本格的なコンパス(方位磁石)を取り出して皆に見せたのだが、私は其処で“或る問題点”に気付いたので、秋山先輩に問い掛ける。

 

 

 

『あの…艦内だと金属だらけだから、コンパス(方位磁石)が正確な方位を示さないと思いますが?』

 

 

 

「あっ!?」

 

 

 

しかし、秋山先輩が叫んだ処へ素早く瑞希がフォローに入る。

 

 

 

「幸い、スマホアプリの“学園艦地図”に現在位置が表示されているから、其れに従った方が良いですね…学園艦内部ならWi-Fiが使えるから助かったわ」

 

 

 

瑞希のフォローの御蔭で、秋山先輩は「野々坂殿、助かりました~♪」と呟くと、私達は方位をスマホで確認してから再び歩き始めた。

 

そんな時……

 

 

 

「でも、何で西なんだ?」

 

 

 

「“()”だそうです」

 

 

 

麻子先輩からの問い掛けに秋山先輩が答えると、西住先輩が「えっ!?」と驚きの声を上げる中、五十鈴先輩が……

 

 

 

「“()()()()()()()()()()()()()”ですね」

 

 

 

奇しくも、カエサル先輩が卦を行っていた時に()()()()()()()()()()()を呟いていた。

 

其処で、私は“実際にカエサル先輩の()の結果を見た”時の話をする。

 

 

 

『いえ、五十鈴先輩。実はカエサル先輩の“()”で“ルノーB1bis”重戦車が見付かったんです』

 

 

 

すると、私の言葉に五十鈴先輩が「まあ、凄いですね」と感嘆し、西住先輩は「原園さん、本当なの!?」と驚いていると、秋山先輩が「私も原園殿と一緒に見ました」と、私の話が事実である事を証言してくれた…そんな会話を続け乍ら艦内を歩いて居た時である。

 

 

 

「「あっ!?」」

 

 

 

みぽりん(みほ)!」

 

 

 

前方を見ていた西住先輩と瑞希が声を上げると、向こう側から武部先輩の声が聞こえた…遂に、彼女達を見付けたのだ。

 

すかさず私が大声で『皆、お待たせ!』と呼び掛けると、続けて瑞希が「御免優季、待たせたわね」と“下手な男よりもカッコ良い声”で呼び掛けると……

 

 

 

「“ののっち(瑞希)”~!」

 

 

 

「救助隊だ!」

 

 

 

「助かった!」

 

 

 

瑞希の声を聞いた優季が立ち上がると駆け寄って来た瑞希に抱き着き、あやとあゆみが喜ぶ中、舞がニッコリ笑って「来てくれると信じてたよ」と私と瑞希に向かって優しく声を掛けてくれた。

 

そして、瑞希に優しく抱き締められて泣いている優季以外の“ウサギさん(一年生)チーム”の仲間達も泣き乍ら武部先輩の周りに集まると、先輩は「もう大丈夫だよ」と後輩達に声を掛けている。

 

そんな武部先輩と瑞希の姿を見た秋山先輩は、「武部殿に野々坂殿、モテモテです♪」と呟き、其れを聞いた五十鈴先輩も「ホントね」と相槌を打っている。

 

其処へ、麻子先輩が一言指摘をした。

 

 

 

「瑞希は兎も角、沙織は希望していたモテ方と違う様だが?」

 

 

 

『何を勘違いしているんですか、先輩方……』

 

 

 

私は、先輩方の話を聞いて“皆さん、一寸論点がズレている様な気がするのですが?(大汗)”と思って呆れ乍らも、武部先輩達のグループの中で唯一、立った儘天井方向の“或る一点”を見詰め続けている紗季の傍に行くと彼女へ呼び掛けた。

 

 

 

『紗季。助けに来たからもう帰るよ…って、何を見ているの?』

 

 

 

「……」

 

 

 

だが、声を掛けても反応しない紗季の顔を見た処、私は彼女の表情から“思わぬ事実”を読み取ったのだ…勿論紗季は一言も言っておらず、私に向けた表情だけで私は“彼女が伝えたい事”を読み取ったのだが。

 

 

 

『“あの先に何か在る”って…ええっ!?』

 

 

 

紗季からの“伝えたい事”の内容を読み取って、彼女の視線の先を見た私が大声を上げた為、西住先輩が慌てた声で「如何したの、原園さん!?」と私に呼び掛ける。

 

其処で私は、皆に向かって大声でこう叫んだのだ。

 

 

 

『皆、紗季が見ている方向に…“()()()()()()()()()*7が在る!』 

 

 

 

「「ええっ!?」」

 

 

 

 

 

「皆、遅く迄御苦労だった。次の試合には間に合わないが、此れで先を勝ち抜く希望が見えて来た。次のアンツィオ戦もやるぞ!」

 

 

 

此処は、学園艦内の大浴場。

 

“二度目の戦車捜索作戦”を終えた私達・戦車道履修生全員は、此処で今日一日の汗を流していた。

 

皆で背中を流し合ったり、今日の“戦車捜索”についての思い出を語り合ったりしたのが一段落した処で、河嶋先輩が“今日の戦車捜索の総括”と“次の試合への意気込み”を語った後、西住先輩に向かって一言。

 

 

 

「西住…やれ」

 

 

 

河嶋先輩から話を振られて「えっ!?」と戸惑う西住先輩を余所に、「締めろ」と指示する河嶋先輩。

 

其の指示に、西住先輩はおずおずと立ち上がると、大浴場に入って居る仲間達の姿を見て「あ…ううっ」と圧倒されていたが、意を決すると大声で皆に呼び掛けた。

 

 

 

「み…皆さん、次も頑張りましょう!」

 

 

 

「「『おおっ!』」」

 

 

 

西住先輩の“檄”で私達全員が一斉に腕を突き上げて鬨の声を上げると、河嶋先輩が「よしっ、此の後は夕食の時間迄自由行動だ!」と皆に伝えて“今日の戦車捜索”が終わった…と思った、其の時である。

 

 

 

「処で、原園殿♪」

 

 

 

『秋山先輩?』

 

 

 

何時の間にやら私の隣にやって来た秋山先輩が、微笑み乍ら話し掛けて来たのだ。

 

 

 

「実は、原園殿に“御願い”が有るのですが……」

 

 

 

『何でしょう?』

 

 

 

其処から暫くの間、私は秋山先輩とヒソヒソ話をした…其の結果。

 

 

 

『また…()()ですか?』

 

 

 

「はいっ♪今度は二回戦の相手であるアンツィオ高校へ行きますから、時間を空けて置いて下さい。勿論潜入の準備は此方でちゃんとやって置きますので、心配しなくて良いですよ♪」

 

 

 

『はい……』

 

 

 

斯くして、私は再び“秋山先輩と一緒に、全国大会の次の対戦相手・アンツィオ高校学園艦へ潜入する”事になったのだ。

 

 

 

(第54話、終わり)

 

 

*1
此の嵐の台詞は、あくまで作者の見解です。後書きも参照の事。

*2
実話である。詳細は「戦車将軍グデーリアン」(角川新書/刊、大木毅/著、2020年)を参照の事。

*3
1907生-1969没。1944年2月にドイツ陸軍のエリート部隊“グロースドイッチュラント装甲擲弾兵(パンツァー・グレネイド)師団”・戦車連隊長(階級・装甲兵大佐)を務め、45年には紆余曲折を経て“クーアマルク装甲擲弾兵(パンツァー・グレネイド)師団”の師団長(装甲兵少将)を務め上げ、敗戦直前に米軍の捕虜になるが数年の捕虜生活の後、1951年6月に西独・連邦国境警備隊に奉職して准将迄進級してから退役している。実戦で功績を挙げた軍人の昇進が早い事で知られるWW2のドイツ陸軍(ヴェールマハト)でも珍しい“士官学校を経ずして、一兵卒からの実績と戦功のみで将軍(装甲兵少将)になった人物”でもある。尚、第二次大戦中に柏葉付き騎士十字章を授与された他、大戦末期には75回の戦車戦を記録して金色戦車戦章も授与されている。

*4
WW2のドイツ陸軍のエリート部隊の一つ。元々は歩兵連隊だったが1942年に自動車化歩兵師団に改編された後、1943年6月には装甲兵員輸送車やティーガーⅠ重戦車等の配備を受けて装甲擲弾兵(パンツァー・グレネイド)師団に改編された。其の戦力はドイツ陸軍の装甲師団処か武装SSの装甲師団よりも優れており、特に戦車連隊は通常の装甲師団が2個戦車大隊編成なのに対して3個戦車大隊で編成されており、しかも3番目の戦車大隊はティーガーⅠ重戦車で編成されていた。其の後、同師団は“ブランデンブルク装甲擲弾兵(パンツァー・グレネイド)師団”を加える形で軍団に改編されたが、敗戦直前にソ連軍との戦闘で壊滅している。

*5
本当である。後世に残るラングカイト少将の写真が正に其れなので、気になった方は是非ググって欲しい。

*6
日清戦争前の明治24(1891)年、清国・北洋水師(艦隊)は日本側を威圧する為に、親善訪問の名目で当時“東洋一の軍艦”と言われた戦艦「定遠」「鎮遠」を中心とする艦隊を日本に派遣した。ところが此の艦隊を見た、後の連合艦隊司令長官・東郷平八郎は清国軍艦の砲に洗濯物が下げられており、甲板が不潔極まりない状態なのに気付き、「恐るるに足らず」と直感したと言う。瑞希の台詞は此のエピソードが元ネタ。

*7
賢明なガルパンおじさんであれば、此の重戦車の正体は分かるでしょう(笑)。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第54話をお送りしました…漸く、アニメ本編の第7話迄の話が終わったぞ!
此処へ来る迄約4年!
本当に私の遅筆に御付き合い頂き、誠に有難う御座います。

と言うか、今回は次回への繋ぎの話になってしまいましたが、其の替わりとして今回は色々と話を盛ってみました。
只…果たして面白いのか如何、私も分からなくなっています(オイw)。

因みに、史実ではロンメル将軍のライバルとして知られるモントゴメリー元帥ですが、個人的にはロンメルと比較するのは如何かと思う位の“愚将”だと思っています。
ロンメルに関しても近年“其の能力が戦術面に偏っていて、戦略面での能力が不足している”等の批評がされる様になりましたが、モントゴメリーも大戦中米軍と散々衝突している(シシリー島上陸作戦で有名なパットンとの確執だけで無く、アイゼンハワーとも対立している)上、マーケット・ガーデン作戦の失敗が後世に与えた影響を考えると、到底名将とは評価出来ないですね。

そして、次回からアンツィオ戦が始まりますが、勿論出オチにはしません!
ガッツリやります!
どんな内容になるかは…次回をお楽しみに!(錯乱)



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第55話「此れが、アンツィオ高校です!!(前編)」


先週、ガルパン最終章第3話の4DX版を見て来たのですが、座席が場面に合わせて巧みに動いていたのは流石だと思いました。
後、入場特典の福田殿の手紙…封筒を見ただけで笑い転げた挙句、未だ手紙の本文を読んでいない(白目)。

さて本作はタイトル通り、今回からアンツィオ篇です。
此のアンツィオ篇は、ガルパンおじさんなら御存知の“イタリア先生”に捧げたいと思います(真面目)。
其れでは、どうぞ。



 

 

 

此処は、太平洋上のと或る海域を航行する“アンツィオ高校”・学園艦。

 

其の甲板街の一角…イタリア・ローマ市内の名所をモデルにした“スパーニャ風広場”近くに在る“スペイン階段風階段”の前である。

 

今、此処でアンツィオ高校・戦車道チームが“御昼前のミーティング”を始めようとしていた。

 

 

 

「全員、気を付け!」

 

 

 

アンツィオ高校・戦車道チームに二人居る副隊長の内の一人である()()()()()()()()()()()の号令と共に、階段の入り口付近に整列した40人の戦車道履修生。

 

彼女達の前には、“トリニタ・ディ・モンティ教会”を思わせる建物をバックにして、左右に二人の副隊長を従えたツインテールの少女が“アンツィオ高校の制服に黒マント”と言う出で立ちで、“スペイン階段風階段”の最上段の場所を演壇代わりにして立っている。

 

彼女こそ、仲間達からドゥーチェ(統帥)の名で慕われているアンツィオ高校戦車道チーム隊長・アンチョビである。

 

そして、階段中央部に陣取ったアンチョビが右手に握った指揮用の鞭を突き出すと同時に、チームの仲間達へ向けて演説を始めた。

 

 

 

「きっと奴等(大洗)は言っている。“ノリと勢いだけは有る”・“調子に乗ると手強い”

 

 

 

「「おーっ!」」

 

 

 

「強いって♪」

 

 

 

「照れるなー♪」

 

 

 

アンチョビの演説が上手い事も有り、“自分達は強い”と思われていると知ったアンツィオの戦車道チームメンバー達は、皆一様に喜んでいる。

 

 

 

「……」

 

 

 

だが…其の中で一人だけ、複雑な表情を浮かべ乍ら黙っている少女が居た。

 

髪は揉み上げが長く、濃い茶色のショートボブ。

 

瞳は茶色だが、体付きは華奢で幼い印象を与える彼女は、他の仲間達とは違う考えを持っている様だ。

 

だが、“ノリと勢い”に乗っている仲間達は誰も彼女の想いに気付かない儘、其の中の一人であるリコッタと言う少女が不審な表情を浮かべつつアンチョビに質問して来た。

 

 

 

「でも姐さん(隊長)“ノリと勢い”()()って、如何言う意味っすか?

 

 

 

すると、アンチョビは凛とした表情で質問に答える。

 

 

 

「つまり、こう言う事だ。“ノリと勢い以外は何も無い、調子が出なけりゃ総崩れ”!」

 

 

 

「何だと!?」

 

 

 

「舐めやがって!」

 

 

 

「言わせといてイイんすか!?」

 

 

 

アンチョビから“自分達が相手チームから如何思われているか”を知らされた瞬間、チームの主力メンバーであるアマレット・ジェラート・パネトーネの三人が次々に怒りの声を上げる中、同じくチームの主軸の一人であるリコッタが「戦車でカチコミ行きましょう!」と叫んだが…此処で先程迄黙っていた“ショートボブの少女”が鋭い声で皆を諫めたのだ。

 

 

 

「一寸皆、落ち着こうよ! 私達は“()()()()()()()()()()()”じゃ無いんだし、私達の相手は“()()()()()()()()()()()()(兄妹)()”じゃ無いんだから!?」

 

 

 

「「あっ!?」」

 

 

 

彼女からの指摘を受けて、ハッと我に返る仲間達。

 

更に、皆の話を聞いて居た“金髪ロングヘアーの副隊長”が「皆、()()()()()()の言う通りよ。其れに、“ドゥーチェ(統帥)”の話は()()言われた訳じゃ無いから」と告げると、もう一人の副隊長で左の揉み上げを三つ編みにしている“黒髪ショートの少女”が冷静な声で説明する。

 

 

 

「あくまで“ドゥーチェ(統帥)”による“冷静な分析”だ」

 

 

 

そして、アンチョビが淡々とした口調で「そう…()()()()だ」と話を締め括ると、仲間達は「何だ……」「あーっ、吃驚した」と、口々に安堵の声を上げる中、先程“金髪ロングヘアーの副隊長”から名前を呼ばれた“ショートボブの少女”・マルゲリータが呆れた表情で、一言呟いた。

 

 

 

「もう…皆、“こうと決めたら一直線”なんだから」

 

 

 

すると、仲間達は口々に「悪かったよ」「御免、マルゲリータ」「つい本当の事かと思っちまった」と笑顔で謝っていた…如何やら、此の少女は仲間達からも一目置かれている様だ。

 

すると、仲間達の騒ぎ声が静まったのを確かめたアンチョビが再び演説を始める。

 

 

 

「良いか、御前達。“根も葉も無い噂”に一々惑わされるな…私達は、()()“マジノ女学院”に()()()んだぞ!

 

 

 

「「おーっ、そうだった♪」」

 

 

 

アンチョビの演説で、先の戦車道全国高校生大会・一回戦で山梨県の古豪・マジノ女学院を撃破して二回戦に進出したのを思い出した仲間達が盛り上がる。

 

但し、アンチョビの右側に控えて居る“金髪ロングヘアーの副隊長”が「苦戦しましたけどね」と小声で付け加えるが、もう一人の副隊長でアンチョビの左側に控えて居る“黒髪ショートの少女”が仲間達を鼓舞する様に大声で言い放つ。

 

 

 

「勝ちは勝ちだ!」

 

 

 

其の言葉に、アンチョビは軽く頷き乍ら「うん」と呟くと、演説を再開した。

 

 

 

「“ノリと勢い”は何も悪い意味だけじゃ無い。此の“ノリと勢い”を二回戦に持って行くぞ。次はあの“西住流”率いる大洗女子だ!

 

 

 

だが“其の一言”を聞いた途端、仲間達は不安気な表情を浮かべ乍らこんな事を言い出した。

 

 

 

「“西住流”って、何かヤバくないすか?」

 

 

 

「勝てる気しないっす……」

 

 

 

先ずジェラートとアマレットがやる気の無さそうな声でアンチョビに話し掛けた時、“大洗女子”と聞いて()()を思い出したパネトーネがこんな事を言った。

 

 

 

「そう言えば…大洗女子には()()()()()()()()() ()が居るんじゃなかったっけ!?」

 

 

 

「「ゲッ!?」」

 

 

 

其の言葉を聞いた途端、一昔前のヤンキー並みに威勢が良かったアンツィオ高の戦車道チームメンバー達が、一斉にビビり出した。

 

特に、リコッタは真っ青な顔になり乍ら、震え声で語り出す。

 

 

 

「不味いっすよ…原園って言ったら、去年の戦車道全国中学生大会に初出場していきなり準優勝した“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃ無いっすか!?

 

 

 

「「ヤバイ!」」

 

 

 

リコッタの話を聞いて震え上がる仲間達。

 

そして、彼女達の口から次々と“原園 嵐に関する噂”が語られる。

 

 

 

「そう言えば、みなかみタンカーズはウチの地元(アンツィオ高)栃木の隣県・群馬に在るから、そっち経由で原園の噂は色々聞いた事が有るけど……」

 

 

 

アイツ()、確か公式戦の時に、自分の戦車1輌だけで相手の戦車10輌をやっつけた事があったよな?」

 

 

 

「其れ処か、一人で試合を決めた事も珍しく無いぞ!?」

 

 

 

「其れにアイツ()強襲戦車競技(タンカスロン)も得意で、昨シーズンの最終戦ではボンプル高校のヤイカ相手に野試合やって勝ったって聞いたぞ…しかも1対3の絶対的不利な状況で!」

 

 

 

「原園相手じゃあ、()()1()()1()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 

 

口々に“去年迄みなかみタンカーズのエースだった原園 嵐の噂”を語り合って固まってしまったアンツィオ高・戦車道チームのメンバー達。

 

だが、此処で“マルゲリータ”が毅然とした声で仲間達に向かって叫んだ。

 

 

 

「皆、心配しないで!嵐の事は()が良く知っているわ。確かにあの娘は強いけど無敵じゃない、皆が力を合わせれば絶対勝てる!」

 

 

 

彼女の声に、震え上がっていた仲間達は落ち着きを取り戻すと、其の中の一人であるアマレットがホッとした表情でこう呟いた。

 

 

 

「そうだった…マルゲリータは去年“みなかみタンカーズの()()をやっていたんだっけ」

 

 

 

そして、此処迄仲間達の話をジッと聞いて居たアンチョビが皆に語り掛ける。

 

 

 

「マルゲリータの言う通りだ!だから皆、心配するな!…いや、一寸はしろ? 何の為に三度のおやつを二度にしてコツコツ倹約をして貯金をしたと思っている?」

 

 

 

だが、其のタイミングでリコッタが「何ででしたっけ?」()()()をカマした為、アンチョビは顔を真っ赤にしてこう叫ばなければならなかった。

 

 

 

「前に話しただろ!? 其れは()()()()を買う為だ!」

 

 

 

「「おーっ!」」

 

 

 

此処で、アンチョビは改めて「コホン」と咳払いをした後、皆に訓示をする。

 

 

 

「“秘密兵器”と諸君の持っている“ノリと勢い”、そして“少しの考える頭”が有れば、必ず我らは悲願の準決勝進出*1を果たせるだろう!」

 

 

 

すると、既に広場の前にはオリーブドラブ(OD)色のシートで隠された一輌の戦車が停車しており、二人の副隊長がシートの端を持ってアンヴェイル*2の準備を整えていた。

 

そして、仲間達の注目が集まる中でアンチョビが一言……

 

 

 

「皆驚け! 此れが我がアンツィオ高の“必殺・秘密兵器”だ…あれ?」

 

 

 

“キーン、コーン”

 

 

 

何と、アンチョビが“秘密兵器”である戦車の正体を明かそうとした、将に其の時、正午のチャイムが広場近くの時計塔から鳴り響くと、集まって居た仲間達が広場から走り出してしまった。

 

 

 

「御飯、御飯!」

 

 

 

「パスタ食べよ♪」

 

 

 

色気…否、“戦車より食い気”盛りの仲間達が昼食を求めて勝手に走り出すのを見たアンチョビが「オイコラ、御前等其れで良いのか!?」と叫ぶが……

 

 

 

「今の季節、食堂のランチ売り切れ早いっすから、遅れると()()()()()()って事になっちゃうっすよ!」

 

 

 

リコッタが“今の仲間達の気持ちを代弁する台詞”を口走ると、自分も仲間達と一緒に走り去ってしまった。

 

 

 

「あーっ…まあ、自分の気持ちに素直な娘が多いのが此の学校(アンツィオ高)の良い所なんだけどなあ……」

 

 

 

 

 

 

仲間達が昼食を求めて走り去ったのを見たアンチョビは溜め息を吐き乍らボヤいたが、ふと前を見ると目の前には二人の副隊長しか居ない…いや、もう一人だけ昼食を食べに行かなかったメンバーが居た。

 

マルゲリータである。

 

 

 

「あの、“ドゥーチェ(統帥)”。申し訳有りません…先輩達が長年苦労して貯めた御金で手に入れた“秘密兵器”を“見せ金”にする様な真似をして

 

 

 

隊長であるアンチョビを前に、済まなそうに頭を下げ乍ら()()()な事を語るマルゲリータだが、アンチョビはそんな彼女を労う様に語り掛けた。

 

 

 

「いや、心配するな。昔から“敵を欺くには先ず味方から”と言うじゃ無いか…西住流だけで無く、“みなかみの狂(原園 嵐)犬”も居る大洗女子に勝つ為には、奴等を欺くしか方法が無い」

 

 

 

すると、アンチョビの傍らに控えていた“黒髪ショートの副隊長”が頷き乍らこう語る。

 

 

 

「私も原園の噂は知っているし、試合も見た事が有るが、正直今のウチの戦力じゃあ例え“秘密兵器”が有っても、アイツ(原園 嵐)を相手に()()()()()()のは無理だ」

 

 

 

アンチョビの次に敬愛する二人の副隊長の一人から声を掛けられたマルゲリータは、「ペパロニ先輩……」と“黒髪ショートの副隊長”の名前を呼ぶと、もう一人の副隊長である“金髪ロングヘアーの少女”が声を掛けて来た。

 

 

 

「だから、“ドゥーチェ(統帥)”も()()()()を採用したのよ。だから気にしなくても良いわ」

 

 

 

二人の副隊長の話を聞いて、涙を浮かべ乍ら小さく頷くマルゲリータの姿を見たアンチョビは、彼女に向けて静かな声で“檄”を飛ばした。

 

 

 

「そう言う事だ、マルゲリータ。だから次の試合は頼むぞ」

 

 

 

其の励ましに、マルゲリータは白いハンカチで涙を拭くと、毅然とした声でこう答えた。

 

 

 

「はい、“ドゥーチェ(統帥)”。()() ()()()()()()()()()()!」

 

 

 

 

 

 

【戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない】

 

第55話「此れが、アンツィオ高校です!!(前編)」

 

 

 

 

 

 

其の頃、此方は大洗女子学園・学園艦の生徒会長室。

 

“カメさんチーム”のメンバーでもある“生徒会役員四人組(杏&柚子&桃&佐智子)”が“あんこう”&“ニワトリさん”チームのメンバーを此処に招集して「戦車道全国高校生大会二回戦・対アンツィオ高校戦対策会議」を始めようとしていた。

 

但し、()()()“あんこうチーム”装填手・秋山 優花里と“ニワトリさんチーム”リーダー兼車長・原園 嵐は此の場に居ない。

 

更に、“あんこうチーム”操縦手・冷泉麻子は皆が集まって居る応接間のソファーの上で気持ち良さそうに眠ってしまい、会議に参加する気が全く無かった。

 

 

 

かーしまー(河嶋)、次のステージ何処?」

 

 

 

此の学園の生徒会長兼“カメさんチーム”通信手(但し、普段は干し芋を食べるだけである。)・角谷 杏が応接間に在る上座の椅子にだらしなく座って干し芋を食べ乍ら、生徒会広報兼チームの車長兼砲手・河嶋 桃に、“戦車道全国高校生大会・二回戦の試合会場”について何時もの様にのんびりした声で質問すると、桃は生真面目な声で「はっ、アンツィオとの対戦は“山岳と荒地ステージ”に決まりました」と答えた。

 

其処へ、桃から見て左側に在る応接間のソファーに座って居る“あんこうチーム”の通信手・武部 沙織が挙手をして問い掛ける。

 

 

 

「ハーイ、質問。アンツィオってどんな学校?」

 

 

 

其れに対して、角谷会長が「あーっ、確か創始者がイタリア人だった筈」と答えると、桃が補足説明をする。

 

 

 

「イタリアの文化を日本に伝えようとした、イタリア風の学校だ。だから戦車道もイタリアの戦車が中心。先の一回戦で使用した車輌は……」

 

 

 

「あの、河嶋先輩。()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

ところが、桃が説明をしている最中に“あんこうチーム”とは反対側のソファーに座って居た“ニワトリさんチーム”砲手・野々坂 瑞希が挙手すると、桃に問い掛けて来たのだ。

 

 

 

「何だ?」

 

 

 

行き成り質問して来た瑞希に対して、少し苛立ち気味に答えた桃だったが…次の瞬間、瑞希は桃の後ろに有る“第二回戦 アンツィオ高校対策会議”と書かれたホワイトボードに記されている“一回戦・アンツィオ高校対マジノ女学園の試合結果”の内容について()()()()()をしたのだ。

 

 

 

「河嶋先輩の後ろのホワイトボードに書かれている、一回戦でマジノ女学院が出した戦車の種類とフラッグ車の説明、()()()()()()()()()()()()()よ?」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

「ホワイトボードには、マジノ女学院は()()()B()1()を2輌投入したと書いて有りますが、正しくは()()()B()1()b()i()s()です。其れとフラッグ車は()()()()S()3()5()と書いて有りますけど、此れも正しくは()()()B()1()b()i()s()ですよ?」

 

 

 

「何っ!?」

 

 

 

仰天する桃を余所に、瑞希は“ホワイトボードに書かれている間違い”を指摘の上で訂正すると、彼女の左隣に座って居た“ニワトリさんチーム”操縦手・萩岡 菫が“更なる指摘”をする。

 

 

 

「試合翌日の首都新聞朝刊のスポーツ欄には、瑞希ちゃんの言う通りの内容が書かれていましたよ?」

 

 

 

「ゲッ!?」

 

 

 

菫からも戦車道全国高校生大会・特別後援社である「首都新聞」の朝刊と言う“証拠付きの指摘”をされて絶句する桃を余所に、彼女の隣に居た生徒会副会長兼“カメさんチーム”操縦手・小山 柚子が、傍に居るチームメイトで装填手兼生徒会副会長補佐官(戦車道担当)の農業科一年生・名取 佐智子に問い掛ける。

 

 

 

「名取さん…確か、此のホワイトボードに書き込んだのは?」

 

 

 

「桃ちゃん…いえ、()()()()です」

 

 

 

柚子からの質問に後輩の佐智子が答えると、立った儘“エドヴァルド・ムンクが描いた『叫び』に登場する両耳を塞いだ男をモチーフにした人形*3の様な姿で白目を剥いて居る桃に向けて、“ニワトリさんチーム”装填手・二階堂 舞が()()()()()()()()を入れた。

 

 

 

「桃ちゃんが、まさかの“()()()()()”に!?」

 

 

 

流石に、其のツッコミに対しては舞のチームメイトで副操縦手を務める長沢 良恵が「コラ舞ちゃん、そんな事を言っちゃダメだよ!」と叱ったが、時既に遅し。

 

言われた桃は、両耳を塞いだ儘「ムンクさん…イ、イヤー!?」と小さく呻き声を上げてフリーズしてしまった。

 

 

 

「あちゃーっ、こりゃ解説役交代だね…野々坂ちゃん、後は宜しく~♪」

 

 

 

「と言う訳で、此処からは不肖・野々坂 瑞希が解説を担当致します」

 

 

 

此処で、フリーズしてしまった桃の姿を見兼ねた角谷会長が、“此の中に居るメンバーの中ではチームの隊長・西住 みほの次に戦車道に詳しく、みほよりも解説が上手い”瑞希に解説を任せると、彼女は態々自己紹介をしてから解説を再開した。

 

一方、“一回戦でマジノ女学院が出場させた戦車の名前とフラッグ車の車種を書き間違える”と言う()()()をして解説役を降ろされた桃は、応接間の隅で体を丸めると「私、出番が無い~」と呟き乍ら泣き崩れており、其れを柚子が「桃ちゃん、よしよし」と慰めているのだが…其れは兎も角、瑞希が説明を始める。

 

 

 

「其れで、一回戦のアンツィオ対マジノの一戦ですが、此の試合でアンツィオが出した車輌はCV33豆戦車7輌とセモヴェンテM41突撃砲3輌でしたが、相手の意表を突いた作戦でマジノに勝ちました」

 

 

 

すると、其処で舞が頷き乍ら補足説明を行う。

 

 

 

「確か試合開始直後、アンツィオのCV33部隊が高速でマジノの戦列を突破したので慌てたマジノの本隊がCV33を追い掛けようとした時、フラッグ車で低速のルノーB1bis重戦車が出遅れて孤立したから……」

 

 

 

其処で、舞が話を菫に振ると、彼女も頷き乍ら“其の後の試合展開”を語る。

 

 

 

「其の隙に、相手フラッグ車(ルノーB1bis)に接近したアンツィオのセモヴェンテ隊が挟撃を仕掛けたんだよね」

 

 

 

すると、二人の補足説明を頷き乍ら聞いていた瑞希が“試合の結末”を述べた。

 

 

 

「其の通り…只、マジノも馬鹿じゃ無いから、フラッグ車(ルノーB1bis)が狙われているのに気付いた時点で本隊の一部の戦車が救援に向かったのですが、其の時セモヴェンテの一輌が救援に来たマジノの戦車隊を相手に“体を張って喰い止めた”のです」

 

 

 

「此のセモヴェンテは撃破されたけど、其の隙に隊長のアンチョビさんが乗る別のセモヴェンテが成形炸薬弾(HEAT)の近距離射撃でマジノのフラッグ車(ルノーB1bis)を撃破したの」

 

 

 

瑞希の説明後、菫が“試合の最終局面”について更に詳しく述べると、瑞希は頷き乍ら“アンツィオがマジノに勝った理由”について語った。

 

 

 

「此のアンツィオの作戦をサッカーに喩えると、“ゴール前でのフリーキックの時、味方選手の一人がキックをする振りをして相手守備陣の目を其の方向に集めた隙に、本当のキッカーがゴールに直接フリーキックを決める”のと発想が同じですね」

 

 

 

此処で、瑞希の説明を聞いて居た沙織が「凄い、其れって頭良い作戦じゃん!?」と感嘆して居ると、桃を慰めている柚子の代わりに話を聞いて居た佐智子が「流石はカルチョ(サッカー)の国・イタリアをリスペクトしている学校ですね」と皆に話し掛ける。

 

其れに対して皆は一様に頷いていたが、其の時華がふと何かを思い出したらしく、自分の左隣で寝息を立てている麻子の更に左側に座る沙織に向かって、嬉しそうな声で“先程迄とは違う話題”を話し始めた。

 

 

 

「そう言えば私、CV33が大好きです。小さくて可愛くて、御花を活ける花器にピッタリです♪」

 

 

 

「幾ら何でも、花器には大き過ぎない…向日葵(ひまわり)でも活けるの?」

 

 

 

“豆戦車・CV33を花器代わりに使いたい”と言う華に対して、呆れ顔で答えた沙織だったが、其処へ彼女の向かい側に座って居た良恵が微笑み乍らこう語る。

 

 

 

「でも武部先輩。私も其れが気になって調べたら、CV33って軽自動車よりも小さい*4から花で飾ったら綺麗だと思いますよ。鉄道にも“花電車*5”が有る位ですから♪」

 

 

 

「へぇ…電車も花で飾る事があるんだ」

 

 

 

鉄道を愛する“鉄子”でもある良恵の話を聞いた沙織は“世の中には、華と似た様な事を考える人が居るのか”と思い乍ら納得していると、今の話を聞いて居た佐智子が苦笑いを浮かべ乍ら、応接間の隅で未だシクシク泣いている桃に向かって“ある問い掛け”をした。

 

 

 

「そう言えば河嶋先輩。アンツィオ高に先日“()()()()”が入ったと言う情報が有りましたが、其の後何か分かりましたか?」

 

 

 

其の発言に、角谷会長も「どんなの?」と問い掛けると、桃は少し愚図り乍らも柚子の手を借りて漸く立ち上がってから質問に答えた。

 

 

 

「グスッ…残念乍ら、未だ続報は入って居ません。西住、そっちは何か分かったか?」

 

 

 

そして桃は、自分とは別ルートで“アンツィオの新型戦車”について調べて貰っていた西住 みほ隊長に問い掛けたが、彼女も首を横に振り乍ら「一寸分からないです」としか答えられなかった。

 

其の話を聞いた柚子も「一回戦には出なかったもんね」とみほに語り掛けると、角谷会長が何時もののんびりした調子でこう答える。

 

 

 

「だからこその“秘密兵器”かぁ…まっ良いか。()()()()()()()

 

 

 

会長の言葉に、みほが「えっ!?」と驚きの声を上げ、続けて沙織が「何で分かるの!?」と問い掛けて来た時。

 

突然、生徒会長室入口の扉が勢い良く“バン”と開かれると、()()()()()()()()()()()()()()()が入って来た。

 

 

 

 

 

 

「秋山 優花里、只今戻りました!」

 

 

 

『同じく…原園 嵐、()()帰還しました』

 

 

 

そう、彼女達の正体は此の会議に出席して居なかった“あんこうチーム”装填手・秋山 優花里と“ニワトリさんチーム”リーダー兼車長・原園 嵐だったのである。

 

 

 

「御帰りー♪」

 

 

 

優花里と嵐の姿を見た角谷会長が何時もの調子で二人に応えると、桃も「おおっ、二人共待っていたぞ」と、先程迄泣いて居たのが嘘の様な笑顔で二人を出迎える。

 

更に柚子も「御疲れ様♪」と労いの言葉を掛けると、佐智子も「御無事で何よりです」と声を掛けて来た処で、コンビニの制服姿の優花里と嵐の姿を見て驚いた沙織が大声で二人に呼び掛けた。

 

 

 

「其の格好!?」

 

 

 

そして、其の様子を見たみほは“サンダース戦前の潜入作戦”の時の事を思い出し、思わず仕方無さそうな表情で優花里に話し掛ける。

 

 

 

「優花里さん…ひょっとして、()()原園さんを連れて?」

 

 

 

「はいっ!」

 

 

 

其の問い掛けに対して、“()()()”の優花里が元気良く答えると、彼女の作戦に巻き込まれた嵐が疲れ果てた表情で、こう答えるのだった。

 

 

 

『はい…私は去年、学園祭と高校入試と二回アンツィオの学園艦へ行った事が有るので、秋山先輩に案内役を頼まれました』

 

 

 

其れに続いて、嵐とは対照的に元気一杯な優花里がみほ達に向かって、高らかに宣言する。

 

 

 

「今回も原園殿の御蔭で無事潜入に成功しました!是非、此の動画を見て下さい!」

 

 

 

すると、優花里の隣で疲れ切った表情をした嵐が、仕方無さそうな声でこう説明した。

 

 

 

『今回は時間に余裕が有ったので、秋山先輩の映像編集も前より良くなっていると思います…疲れた』

 

 

 

 

 

 

斯くして、「戦車道全国高校生大会二回戦・対アンツィオ高校戦対策会議」に参加していた面々は、此の後優花里と嵐が撮影した動画『秋山優花里のアンツィオ高校潜入大作戦』を視聴する事になったのである。

 

 

 

(第55話、終わり)

 

 

*1
原作では、アンチョビは「三回戦進出」と言っている。

*2
“秘密のベールを脱ぐ”と言う程の意味。

*3
北海道某ローカルTV局の「移動」番組・放送開始25周年記念ネタ(笑)

*4
本当である。実際、CV33はスズキ・ワゴンR(6代目)やダイハツ・ムーヴ(6代目)よりも寸法が小さい。

*5
イベントや祭事の際に、デコレーションを施して運航される電車の事。路面電車に多く、嘗ては様々な鉄道会社が専用の花電車を保有していたが、路面電車の廃線に加えて近年ではより手軽にデコレーションが出来るラッピング車輛の登場等で其の数を減らし、2021年現在では函館市企業局交通部に三輌、広島電鉄・長崎電気軌道に一輌ずつ存在する。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
遂にアンツィオ編の初回・第55話をお送りしました。

今回もネタを色々とぶち込んでみましたが、如何だったでしょうか?
因みに、今回桃ちゃんを弄った時に使った“ホワイトボードに書かれたマジノ女学院の戦車の数と種類”の件ですが、あれはアンツィオ篇OVAと以前バンダイビジュアルの公式HPで限定販売されていた「『月刊戦車道』第63回戦車道全国高校生大会総決算特別号1」及びイカロス出版から出ている「萌えよ!戦車道学校」の記述内容の間に食い違いが有るのをネタにした物でして、本作では「アンツィオ篇OVAでホワイトボードに書かれていたマジノ女学院の記述内容は、桃ちゃんが間違えて書いたに違いない!」と判断して書いております…桃ちゃんらしくて良いでしょ(爆)。
それと、今回は北海道の某・ローカルTV局の“移動”番組・放送開始25周年記念のネタをぶち込みましたが…まさか、ムンクさん人形が全長120センチの番組公式グッズとして販売されているとは知らなかったよ!(大マジ)

そんな本作のアンツィオ篇ですが…本作のアンツィオは、“ノリと勢い”だけではありません!
何と、アンツィオには“群馬みなかみタンカーズ”時代の嵐の同級生“マルゲリータ”が居る…しかも彼女、タンカーズでは“隊長”だった!?
そして、彼女とアンチョビ達が大洗相手に仕組んだ“策略”とは、一体?
あと余談ですが、今回マルゲリータが言った台詞の中にあった“イタリア絡みのネタ”に気付いた方、居たら嬉しいで有ります。

其れでは、次回をお楽しみに。



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第56話「此れが、アンツィオ高校です!!(後編)」


此処最近、中々執筆が進まないので弱っています…鎮守府の妖精さん、助けて!(オイw)
其れでは、どうぞ。



 

 

 

只今、大洗女子学園・生徒会長室では一本の動画がプロジェクターで流されており、其れを“カメさんチーム(生徒会四人組)”と“あんこう&ニワトリさん”両チームのメンバーが見ている。

 

其の動画のタイトルは……

 

 

 

「秋山優花里のアンツィオ高校潜入大作戦」

 

 

 

之は、秋山先輩が生徒会からの依頼で行ったものであり、其れに“巻き込まれた”私・原園 嵐も()()()()()として秋山先輩と共にアンツィオ高校へ潜入した結果…無事情報を入手して帰還する事が出来た。

 

更に、帰還途中秋山先輩がノートパソコンで編集して完成した動画は、丁度アンツィオ高校の学園艦*1をバックにしたタイトル場面が終わり、イタリア・ローマ市内の名所をモデルにして建設された“アンツィオ高校の広場”の映像に切り替わると、いよいよ本編が始まる。

 

 

 

 

 

 

「はい、秋山優花里です。今日はアンツィオ高校に来ています。ワンパターンで済みませんが、今回もコンビニ船を使って上手く潜入する事が出来ました」

 

 

 

『そして、今回も潜入に付き合わされた、カメラマンの原園 嵐です』

 

 

 

“潜入動画”と言うよりは、まるで()()()()()()()()T()V()()()()()(())()()』”を彷彿とさせる様な広場の映像に、アンツィオ高校の制服を着た秋山先輩がチラリと映り乍ら自己紹介をすると、私も映像には出ていないが声だけで自己紹介を済ませる。

 

ところが……

 

 

 

「因みに、今映像で御覧頂いていると思いますが、原園殿は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”ので、其の腹いせにコンビニ船内で着替えをした時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()~♪*2

 

 

 

其の言葉通り、秋山先輩の説明と共に“潜入に使ったコンビニ船”と“私が()()した秋山先輩の着替映像”が一瞬だけ流れると、場面が切り替わって……

 

 

 

『御免なさーい!もう二度としませ-ん!』

 

 

 

頭に大きなたん瘤を作った私が目の幅一杯の涙を流し乍ら、秋山先輩に謝罪している姿が映って居た…秋山先輩、本当に御免なさい!

 

但し、映像での私は“自分の赤毛”を隠す為に栗毛のウィッグをしているのだけど、其処からでもたん瘤が見えるのだから、秋山先輩の腕力は凄い。

 

先輩が“あんこうチーム”の装填手になってから、毎日筋トレを欠かさないのは私も知っているけれど、先輩の拳骨は想像以上に痛かったです…いや、今語るべきはそっちじゃない。

 

今、映像はアンツィオ高校の敷地内に在る“戦車道訓練場兼運動場兼舞台兼お祭り広場”…つまり「多目的広場」として使われている“コロッセオ”入口前の通りに切り替わっているが、秋山先輩が不思議そうな声でこう語る。

 

 

 

「其れにしても、平日なのに屋台が沢山出ていますが、学園祭か何かなのでしょうか?」

 

 

 

確かに、此の日は平日の“御昼休み”時間中だが、広場は沢山の屋台で大盛況だ…屋台で調理をしている“店員”も“御客さん”も皆“アンツィオ高校の制服を着た生徒”だと言う点を除けば。

 

其処で、“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”私は秋山先輩に声を掛けようとしたのだが、其れより先に先輩が近くに在る「ミラノ風ジェラート・200円」と書かれた露店の前で買い食いをしていた二人のアンツィオ高校生徒*3に話し掛けていた。

 

 

 

「あのー、私転校して来たばっかりで良く分からないんですけど、今日って何かのイベントでしたっけ?」

 

 

 

すると二人の“本物の生徒”の内、おかっぱ風の茶髪をした()がぶっきら棒な声で答える。

 

 

 

「は?何時もの日だよ」

 

 

 

其れを聞いた秋山先輩が「随分と出店多いですね?」と更に問い掛けると、黒髪ショートヘアの“もう一人の本物の生徒”が“屋台街の実情”を教えてくれた。

 

 

 

ウチ(アンツィオ)は何時もこんなモンだって。色々な部や委員会が片っ端から店出してんの…ウチの学校()()だから、少しでも予算の足しにしないとね」

 

 

 

「そうでしたか、如何もであります!」

 

 

 

質問を終えた秋山先輩が“本物のアンツィオ高生徒二人”に御礼を言って其の場を離れた後、屋台街の周りを見回してから楽し気な声で「何と、此れは賑やかで楽しそうですね~」と私が操作しているデジカメの前で語ったので、私は“アンツィオ高の生徒が屋台を出している理由”について詳しい説明をした。

 

 

 

『実は此の学校、今の学園艦を建造した時に観光客目当てにイタリア各地の名所を再現したまでは良かったんですけど、其れに建造費を掛け過ぎた所為で莫大な借金を抱えてしまって…今も貧乏なんですよ』

 

 

 

すると、秋山先輩が「じゃあ、其れで生徒達が部や委員会の予算を稼ぐ為に屋台を?」と問い掛けたので、私はこう答えた。

 

 

 

『ええ。食材は学園艦内の各種プラントや農場で育てられますし、人件費も“生徒の自主活動”だから無償(タダ)ですから、校外でもアンツィオ高を知っている人達の間では“此処の屋台は安くて美味くてボリュームが有る”って事で有名ですよ。一部では“関東や中部地方に在るイタリアンの御店で働いている女性従業員の大半はアンツィオ高の屋台出身じゃないか?”って言う“都市伝説”が囁かれている程です』

 

 

 

「其れは凄いですね…あっ、()()を飾っている御店が在ります!」

 

 

 

私の回答を聞いた秋山先輩が“アンツィオ高の屋台の凄さ”に感嘆していた時、ふと目に入った“セモヴェンテ()()()の形をした屋根を持つ屋台”を見ると嬉しそうな声を上げ乍ら其の店に向かって行った…あれ?

 

 

 

『私、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!だとしたら“()()()()()()()”は確か!?』

 

 

 

秋山先輩を追って、其の屋台へ来た私が()()()()()を思い出した時、屋台の主人が大声で呼び込みをした!

 

 

 

「アンツィオ名物・鉄板ナポリタンだよ~!美味しいパスタだよ~!」

 

 

 

あっ…やっぱり!

 

此の屋台の主人にして、“アンツィオ高校戦車道チーム・副隊長”のペパロニさんだ!

 

()()()()()()()()()()だけど、姉御肌で後輩の面倒見が良い人”で学内では有名…と言うか、私は過去に二回程彼女に会った事があるけれど『ざっくばらんで、初めて会った人でも親しく話し掛ける性格の方だったなあ』等と“出会った当時”を思い出していると、当人が自分の屋台にやって来た秋山先輩と私を見付けた途端……

 

 

 

「あっ、其処の()()食べて来な♪」

 

 

 

と、まるで“女子に声を掛ける()()()()()()()()()”みたいな口調で秋山先輩と私に声を掛けて来た。

 

しかも声掛けの途中で()()()()迄している…其の姿は、まるで女子を口説こうとする“ののっち(瑞希)”みたい(苦笑)。

 

其れは兎も角、ペパロニさんは秋山先輩と私を呼び込むと、目の前で“アンツィオ名物・鉄板ナポリタン”の調理の実演を始めた。

 

 

 

「先ず、オリーブオイルはケチケチしなーい。具は肉から火を通す。今朝採れた卵をトロトロになる位。ソースはアンツィオ高秘伝・トマトペースト♪」

 

 

 

調理法を解説し乍ら、素早い手付きでフライパンと杓文字を使って調理するペパロニさん。

 

其のテクニックは、調理が素人の私から見ても直感で“上手い”と分かる程だ。

 

 

 

『ああ、アンツィオの学園祭の時、一緒に来ていた時雨があの鉄板ナポリタンを美味しそうに食べていたなあ…()()()()()()()は、あの某・北海道ローカルTV局の『移動()番組』に出て来る“髭のチーフディレクター”の出身地・()()()()()()()()()()

 

 

 

そんな事を私が思い出していると、ペパロニさんが調理する“鉄板ナポリタン”も仕上げの段階だ。

 

 

 

「パスタの茹で上がりとタイミングを合わせて…はい、3()0()0()()()()

 

 

 

料理を仕上げたペパロニさんからの“()()”に、秋山先輩が「えーっ、()()()為替レートですか!?」と驚きのツッコミをすると、私も思わずこうツッコんだ。

 

 

 

『と言うか、()()()()()()()()()()()()()()()()()*4()()()()()()()()()()()()?』

 

 

 

すると、ペパロニさんは“()()()()()()()()()”と言いた気な表情で「いや…300円」と私達に向けてボソッと呟いた…でもペパロニさん、其の()()()()は充分通じていましたよ。

 

 

 

 

 

 

「では、早速…美味しいです♪」

 

 

 

出来立ての“鉄板ナポリタン”を食べて、其の美味しさに喜ぶ秋山先輩を見たペパロニさんが「だろ!」と“ドヤ顔”で答えると、一緒に食べていた私も頷き乍らこう語る。

 

 

 

『秋山先輩、若しも此れと同じ物を東京で食べようとしたら、4~5倍位の料金が掛かるそうですよ』

 

 

 

其の話に、秋山先輩が「其れは凄い!」と答えると、ペパロニさんも嬉しそうな声で「おっ、君も良く知ってるね~♪」と私に向かって話し掛けて来たので、私は自分の正体がバレない様に気を付け乍ら、こう答えた。

 

 

 

『いえ、()が此処の事に詳しくて、よく聞かされていましたから』

 

 

 

…実を言うと、()()()()()()()()()()()()()()()()()私の(明美)()()()()()()()()()である。

 

其れに対して、ペパロニさんがウンウンと頷き乍ら私の話に聞き入っていた時、秋山先輩が彼女に向かって……

 

 

 

「処で、戦車って言えば新型が入ったって聞いたんですけど?」

 

 

 

余りにも“ストレート過ぎる”質問に対して、ペパロニさんの表情が一変する!

 

 

 

「何!?何処で聞いた!?」

 

 

 

さっき迄の嬉しそうな表情とは全く異なる鋭い視線で、秋山先輩と私を睨むペパロニさん…ああっ、秋山先輩!

 

先輩が()()()()()()()()をするからですよ!?

 

此の時、私は心の中で『嗚呼…此れで私達、此の場で身柄を拘束されて試合が終わる迄母校へ帰れない!』と覚悟していると、秋山先輩が沈んだ声で……

 

 

 

「ハッ…済みません」

 

 

 

と謝罪したのだが、私は心の中で「もう遅いですよ、先輩の馬鹿ぁ!」と思っていた時、何と……

 

 

 

おめえ(優花里)、“()”だねぇ~♪ ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 聞いて驚け、え~と、イタリアの…何だっけ?」

 

 

 

ペパロニさんが先程迄の表情とは打って変わった“笑顔”で、“母校の戦車道チームの秘密”を呆気無くバラしてしまったのだった。

 

まあ、私も秋山先輩もアンツィオ高の生徒に変装していたので“大洗女子からのスパイ”だとは思わなかったのだろうけど、仲間達の秘密をこうも呆気無くバラすのは不味いと思うんだけどなあ……(大汗)

 

そんなペパロニさんのあっけらかんとした表情を見乍ら、私が心中複雑な思いを抱いていると、ペパロニさんがド忘れした“自分達のチームが手に入れた()()()の名称を秋山先輩が当てて見せた。

 

 

 

()()()()()()()()と言えば“P40”ですか?」

 

 

 

すると、ペパロニさんがオーバーアクションをし乍ら、今日一番の笑顔で秋山先輩の肩を叩くと、「そう、其れ其れ!P40をそりゃもう気も遠くなる位昔から貯金しまくって、アタシ達の代で漸く買えたんだ♪」と答えつつ、更に先輩の肩を叩きながら話を続ける。

 

 

 

「アンチョビ姐さん…いや、ウチ(アンツィオ)の隊長なんだけどもう喜んじゃって、毎日コロッセオの辺り走り回ってるよ。燃料も余り無えのに♪」

 

 

 

其の話を聞いた私は、思わず『隊長のアンチョビさんも重戦車が手に入って、本当に嬉しいんですね』と語ると、ペパロニさんも「うん、是非一度見てやってくれよ!“ドゥーチェ(統帥)”も喜ぶと思うよ!」と発破を掛けて来たので、“鉄板ナポリタン”を完食した秋山先輩と私は声を揃えて「『はいっ!』」と答えてからペパロニさんの屋台を離れる事にした。

 

 

 

 

 

 

Arrivederci!(アリヴェデールチ)(じゃあ、またね!)」

 

 

 

イタリア語で“別れの挨拶”をしたペパロニさんに見送られ乍ら、「『御馳走様でした!』」と返事をして屋台を離れた私達は、“コロッセオ”を目指して歩く。

 

其の時、“コロッセオ”前の通りを一輌のCV33豆戦車が通過して行くのを見た秋山先輩が私の持つデジカメに向かってナレーションを始める。

 

 

 

「何か凄い街でありますね。あっ、カルロ・ベローチェ( CV33 )です!箱乗りしてますよ!まるで小さい“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”みたいであります♪」

 

 

 

『乗っている()の一人が、何か赤い幟を持っていますね…私にはアレが“()()()()()アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”に見えます♪』

 

 

 

秋山先輩のナレーションに、私も思わず声を掛けると先輩は「そうですね。で、“コロッセオの入口”は此の儘真っすぐですか?」と尋ねて来たので、私は『そうです、私が案内しますから安心して下さい』と声を掛けた。

 

此処へ来るのは去年の学園祭の時以来だけど、其の時とは全く違う緊張感を感じ乍ら私達は“コロッセオ”入口の階段を昇って場内中央部に在るアリーナへ入ると……

 

 

 

「うわ~、コロッセオの中広いですね!」

 

 

 

秋山先輩が“コロッセオ”の広さに驚嘆して居たので、私は『戦車道の練習にも使っているから、かなり広いですよ』と説明した時、“本物”のアンツィオ高校生徒が取り囲んで居るアリーナのド真ん中に一輌の“()()()”が停車しており、其の砲塔上部に“アンツィオの戦車道チーム隊長用パンツァージャケット”を着た一人の少女がノリノリで演説を始めた。

 

 

 

「此れが我々の()()()()だ!」

 

 

 

之こそ“アンツィオ高校戦車道チーム隊長・アンチョビ”と、彼女達が長年貯金を続けて遂に入手した“()()()()P()4()0()()()()”の姿だった。

 

 

 

其れを見た秋山先輩が興奮して「おおっ、P40の本物初めて見ました!」と叫ぶ中、“本物”のアンツィオ高校生徒達はアンチョビさんに向かって黄色い声を上げ乍らP40重戦車とアンチョビさんの“勇姿”をデジカメやスマホで撮影している。

 

個人的には『良いのかな…校内とは言え“秘密兵器”を皆に見せびらかしちゃって?』と思ってしまうのだが、アンツィオ高の生徒達は嬉しそうに撮影をしているし、アンチョビさんもP40の砲塔上で指揮用の鞭を振り乍ら「Hi!」と掛け声を上げてポーズを決めている。

 

そんな彼女達の姿を見ると、“此処の戦車道チームは、母校の生徒達に愛されているんだな”と思って、一寸羨ましくなった。

 

何せ、私達の戦車道チームが先の全国大会一回戦でサンダース大付属と対戦した時、ウチの学園(大洗女子)の生徒で応援に来た()は中等部の華恋・詩織・由良・光の四人しか居なかったのだから。

 

そんな事を思っていた時、アンチョビさんが生徒達に向かって自信に満ちた宣言をした。

 

 

 

「まあ、此れさえ有れば大洗なぞ軽く一捻りだ!」

 

 

 

其の時、私はアンチョビさんを鋭い目で見詰め乍ら、皆に聞こえない程の小声で呟いた。

 

 

 

『へえ…其れは大きく出ましたね、アンチョビさん?』

 

 

 

そう…第二次大戦に於けるイタリア軍最強の重戦車・P40が加わったアンツィオ高校なら、()()()()()()が多い私達・大洗女子学園に対して“互角以上の戦いが出来る!”と考えても不思議は無いだろう。

 

私達“ニワトリさんチーム”のM4A3E8(イージーエイト)の存在を除けば、だが。

 

ハッキリ言うと、アンツィオ高校手持ちの豆戦車であるCV33は勿論の事、セモヴェンテM41突撃砲やP40重戦車でさえ、正面から戦う限り“イージーエイト”と“群馬みなかみタンカーズ”で戦車道の腕を磨いて来た私や瑞希・菫・舞、そして最近迄戦車道未経験者だったが私達の指導で着実に腕を上げている良恵ちゃんで組んだ“ニワトリさんチーム”の敵では無い。

 

だから私は、“何なら私達のイージーエイトだけでアンツィオ高の十輌を相手にしたって構わない”とさえ思っていたが…其処でふと、“或る疑問”が浮かぶ。

 

 

 

『あれ…アンチョビさんも私や瑞希・菫・舞が“群馬みなかみタンカーズ”出身だって言うのは知っている筈なのに?』

 

 

 

何故なら、アンツィオ高校の本籍地は群馬の隣の栃木県に在るので、アンチョビさんの耳にも私達の情報は色々と入って来る筈。

 

其れに、私達“群馬みなかみタンカーズ”のメンバーは毎年行われるアンツィオ高の学園祭によく行っていたし、私自身去年の学園祭に行った時に、アンチョビさんや副隊長のペパロニさんと()()()()()()()()から「卒業したらウチのチームに来ないか?」ってスカウトされていたので、アンチョビさん達も私の顔を知っている筈。

 

其れに、今年のアンツィオ高校には“みなかみタンカーズ時代の仲間”の一人が進学して戦車道チームに居るし…あれ?

 

そう言えば、“みなかみタンカーズ時代の仲間”が、()()()()()()()()()()のは何故だろう?

 

だが、其処迄考えを巡らせていた時……

 

 

 

「「ドゥーチェ(統帥)~♪」」

 

 

 

“必勝宣言”をしたアンチョビさんに向けて、“本物”のアンツィオ高生徒からの大声援が飛び交い始めたので、私は考えるのを止めてしまった。

 

更に、生徒達からの声援に対してアンチョビさんが“ピース”サインを送って応える中、秋山先輩も「現場は大変な盛り上がりです」と、私が構えているデジカメに向かって笑顔で解説する中、私達が居る“コロッセオ”のアリーナでは……

 

 

 

「「ドゥーチェ(統帥)ドゥーチェ(統帥)♪」」

 

 

 

“本物”の生徒達からの“ドゥーチェ(統帥)”コールが響く中、アンチョビさんと生徒達がノリノリで手を振り上げている。

 

そんな中、「以上、秋山 優花里がお送りしました♪」と、秋山先輩が締めのナレーションを終えると、最後に……

 

 

 

出演・編集・題字 秋山 優花里

 

 

 

出演・撮影 原園 嵐

 

 

 

後援 大洗女子学園 生徒会

 

 

 

協力

 

 みんなのコンビニ・ファミリーサンクル

 

 アンツィオ高校

 

 

 

協賛 秋山理髪店

 

 

 

制作・協力者や団体のテロップが流れて、動画「秋山優花里のアンツィオ高校潜入大作戦」は終了した。

 

 

 

 

 

 

「一寸…強そうですね?」

 

 

 

動画を見終わった後、先ず五十鈴先輩が “率直な感想”を述べた処、河嶋先輩が「一寸じゃ無いだろ!?」と危機感を露わにし乍ら言い返す。

 

すると西住先輩も「私、P40初めて見ました……」と、自信無さ気な表情で皆に語り掛けて来た。

 

其の姿を見た私が、“大丈夫ですよ先輩、P40は私達『ニワトリさんチーム』がやっつけますから!”と話し掛けようとした時、皆の一番前で動画を見ていた角谷会長が“何時ものざっくばらんな口調”で語り掛ける。

 

 

 

「こりゃ、もう少しガッツリ考えないと駄目だね♪」

 

 

 

其の言葉に、私も思わず『はい』と答えた時だった。

 

 

 

「一寸待って、嵐!」

 

 

 

突然、瑞希が右手を挙げて私に問い掛けて来る。

 

其の姿を見た私は『何?』と問い返すと、瑞希はこう言ったのだ。

 

 

 

「今見た映像の中に、()()()()の姿が全く映って居なかったんだけど?」

 

 

 

其の言葉に、不意を衝かれた私が答えに詰まると、菫と舞が更なる問い掛けをした。

 

 

 

()()()()、映って居ない筈は無いんだけどな?」

 

 

 

「うん。嵐ちゃん、()()()()には会ったの?」

 

 

 

“群馬みなかみタンカーズ”時代からの仲間の問い掛けに、“カメさん(生徒会)”・“あんこう”両チームメンバーに加えて、チームメイトである良恵ちゃんも当惑し乍ら私達の会話を聞いて居る中、私は首を横に振り乍らこう答えた。

 

 

 

『会って無い…アンツィオへ行けば絶対()()()()に出会すと思っていたから、ウィッグも茶髪の物を用意して正体がバレ無い様に変装したんだけど、結局彼女は何処にも居なかった』

 

 

 

すると、河嶋先輩が()()()()?御前達、()の事を言っているのだ?」と、私・瑞希・菫・舞の四人に向けて詰問すると、瑞希が彼女の質問に答えた。

 

 

 

「実は、アンツィオ高校には“群馬みなかみタンカーズ”時代の()()()が進学して居るんです」

 

 

 

其れに続いて、菫がこう付け加える。

 

 

 

「しかも、()()()()()()()()()()()()()()が」

 

 

 

「「えっ!?」」

 

 

 

菫の発言に、先輩方や良恵&佐智子ちゃんが動揺する中、小山先輩が不安気な声で問い掛ける。

 

 

 

「其れって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って事!?」

 

 

 

「はい」

 

 

 

其れに対して、何時もの天真爛漫さとは全く異なる真剣な声で答えたのは、舞だ。

 

此の直後、佐智子ちゃんがショックを隠し切れない表情で「其の娘、何者なんですか!?」と問い掛けて来たので、私は()()()()()を説明する事にした。

 

 

 

『其の()の名前は、大姫(おおひめ) 鳳姫(ほうき)。出身は栃木県宇都宮市で、姓と名の両方に()の字が入っていたから、皆から()()()()の渾名で呼ばれていたんだ』

 

 

 

すると、瑞希が私に目配せをしてから“説明の続き”を始める。

 

 

 

「実は彼女の御両親、地元では結構な有名人で…先ず、御父様の俊家さんは宇都宮の本店の他に埼玉や茨城にも支店を出している“Torta(トルタ)大姫”のオーナー兼パティシエなの」

 

 

 

其処へ今度は、菫が笑顔でこう話す。

 

 

 

「其のケーキ屋さん、イチゴショートケーキが凄く美味しくて、TVの情報番組で何度も紹介された事が有る“名店”なんだよね」

 

 

 

其の瞬間、応接間のソファーの上で寝ていた麻子先輩が跳ね起きると、大声でこう叫んだ。

 

 

 

「其の店の水戸店なら知ってるぞ!あのイチゴショートケーキは絶品だ!」

 

 

 

「麻子…そう言う時は直ぐ目が覚めるんだ」

 

 

 

何時も“暇が有れば寝ている”麻子先輩の性格を熟知している武部先輩が呆れ顔で麻子先輩に語り掛けると、舞が嬉しそうな声で「栃木って、イチゴの生産が日本一の“イチゴ王国”だからね♪」と話した処、五十鈴先輩も「そうですね。私の母も普段は和菓子贔屓なんですけど、“彼処のイチゴショートケーキは、洋菓子の中では唯一美味しい”と言っている位の大ファンですから」と答えたので、此処迄不安気な表情で“私達の嘗ての仲間(鳳姫)”の話を聞いて居た皆も表情を和らげていた。

 

其の姿を見た私は、“皆、御菓子の話は好きなんだなあ”と思ったが、ふと“或る事”を思い出すと、此の事について詳しい菫に問い掛ける。

 

 

 

『菫、確か“()()()()”の御母さんも凄い人だよね?』

 

 

 

「うん。御母様の龍江さんは、“Auto 大姫”と言うイタリア車専門の販売店兼チューニングショップを経営していて、関東のイタリア車好きの間では有名人なの」

 

 

 

其の言葉に皆が「「へぇ~」」と感心していると、舞が菫の説明を補足する。

 

 

 

「で、龍江さんは大阪出身だけど、小学四年生の時に御父さんの転勤で宇都宮に来て以来ずっと其処に住んで居て、アンツィオ高校戦車道チームのOGでもあるんだよ」

 

 

 

すると、今度は瑞希が笑顔でこんな話を紹介した。

 

 

 

「更に、大姫さん御夫妻は揃って戦車道が大好きで、地元に“戦車博物館”を造っちゃったんだよね」

 

 

 

「あっ、其処は知ってます!其の博物館は小さいけれどイタリアの戦車を中心に十数輌有って、“其の全てが稼働状態で保存されている”んですよね!」

 

 

 

「流石は秋山先輩、御存知でいらっしゃる!」

 

 

 

すると瑞希の話に反応した秋山先輩が“()()()()”の両親が造った“戦車博物館”の概要を説明したので、瑞希も相槌を打つと菫&舞も二人の会話に加わる。

 

 

 

「其れで、大姫さん御夫妻は栃木県内に住んで居る戦車道をやっている()達の為に、博物館で保管している戦車を貸し出したり、様々な援助をしたりしている篤志家でもあるんだよ」

 

 

 

「そんな御両親の下で育ったから、“()()()()”も小さい頃から戦車道が大好きで、其の流れで“みなかみタンカーズ”へやって来たんだよ」

 

 

 

そして、再び瑞希が“何か”を思い出す様な表情でこう語る。

 

 

 

「確か、龍江さんは明美さんや長門さんと同い年で、高校時代に公式戦で何度も対戦した事が有って、御互いに親しいから明美さんに“()()()()”を預ける気になった、って御本人が言っていたわね」

 

 

 

其の時、話を聞いて居た武部・河嶋両先輩が不思議そうな表情で問い掛けて来た。

 

 

 

「でも、そんな()が何でアンツィオに進学したの?」

 

 

 

「其れに、其の()は隊長として“全国中学生大会準優勝”の実績が有るんだから、強豪校からスカウトが来たんじゃ無いのか?」

 

 

 

其処で、私は“当時の事”を思い出し乍ら、二人の質問に答える事にした。

 

 

 

『ああ…其れは、本人が“やっぱり高校は地元へ進学したい”って言うのともう一つ…“単純に()()()()()()()()()()()()()()()()()今度は弱いチームへ行って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”と言って、他の強豪校からの推薦を蹴ってアンツィオへ進学する事にしたんだって。其れに……』

 

 

 

すると、私が一旦言葉を区切った処で菫が“話の続き”を喋り出した。

 

 

 

「“()()()()”、去年アンツィオの学園祭に行った時、隊長の“ドゥーチェ(統帥)”ことアンチョビさんに会って話をした後、彼女にゾッコンになったんだよね♪」

 

 

 

“話の続き”をいきなり喋られて唖然とする私を余所に、舞が天真爛漫な表情で「うんうん♪」と頷くと瑞希が当時の光景を懐かしむかのような表情で、こんな事を語る。

 

 

 

「アンチョビさん…あの人も結構な苦労人だから、彼女(鳳姫)()()()んだろうな」

 

 

 

そんな瑞希による“百合百合しい”話に、皆が一様に頬を赤く染め乍ら(但し、角谷会長だけはニヤニヤ笑っていた)、話の続きを聞こうとした時……

 

 

 

“キーン、コーン”

 

 

 

丁度此の時に下校時間を知らせるチャイムが鳴った。

 

そして、角谷会長が皆に向かって“何時もののんびりした口調”でこう述べた。

 

 

 

「あー、皆残念だけどチャイムが鳴ったから、今日は此処迄ね。アンツィオのアンチョビさんの事については、明日改めて野々坂ちゃん達から聞く心算だから、宜しく~♪」

 

 

 

会長さん以外の皆は“瑞希の話”の続きが聞けなくて残念そうだったが、もう夕方を迎えている事も有って皆口々に「じゃあ、さようならー」「また明日ねー」と挨拶をし乍ら生徒会長室を出たのだった。

 

 

 

 

 

 

…此処で、時間は秋山 優花里と原園 嵐がアンツィオ高校への潜入を終えて、アンツィオの学園艦を離れた直後に遡る。

 

此処は、アンツィオ高校・学園艦の某所に在る戦車道チーム用の戦車格納庫。

 

此処で、二人の少女が目の前に停車しているP40重戦車を見詰め乍ら()()をしていた。

 

 

 

「どうだった、“マルゲリータ”。()()()()()()()()は帰ったか?」

 

 

 

「はい、“ドゥーチェ(統帥)”。彼女達は先程、連絡船で此処(学園艦)を離れました」

 

 

 

「間違い無いな?」

 

 

 

「はい。嵐は栗毛のウィッグを付けて居たので直ぐには分かりませんでしたが、“オッドボール(秋山 優花里)三等軍曹”の隣に居ましたので、二人共正体を確認する事が出来ました…()()()()()()()()()()()()()()()()()()。事前に、サンダース大付属に居る“みなかみタンカーズ時代の仲間・原 時雨”から事情を聞いて置いて正解でした」

 

 

 

「よし、良くやった。これで、大洗は“アンツィオの秘密兵器はP40()()だ”と思い込むだろう…ああ、気にするな。私は()()()()()()()()()為なら“先輩達が長年貯金して漸く買えた重戦車(P40)”を()()()にしても一向に構わないと思っている」

 

 

 

「“ドゥーチェ(統帥)”!?」

 

 

 

「何水臭い事を言っているんだ。そもそも“大洗は先のサンダース戦と同様に、スパイを我が校へ送り込んで来る可能性が高い”と進言した上で、()()()()()()()()()()を提案したのは御前だろ?」

 

 

 

「はい……」

 

 

 

「そして私は、“此の作戦は勝つ為に必要だ”と判断して御前の提案を採用した。採用した以上、全ての責任は隊長(統帥)たる此の私が取る。だから“マルゲリータ”、後の事は気にせず大洗との試合に集中してくれ。其の為に御前の御母様に()()()()()()()()()を用意して貰ったんだからな」

 

 

 

「はい、“ドゥーチェ(統帥)”!」

 

 

 

次の試合に備え、対戦相手である大洗女子を“油断”させる為の()()が成功したの確かめた隊長・アンチョビは、其の作戦の提案者であり、其れが採用された事に責任を感じている“群馬みなかみタンカーズ”元隊長・大姫 鳳姫…今は、アンツィオ高・戦車道チームの流儀に従い“マルゲリータ”のソウルネームを名乗る少女の心を落ち着かせると、二人は揃って戦車格納庫の奥を見詰める。

 

其の視線の先には、P40重戦車の隣に停車している“アンツィオ高校・もう一つの秘密兵器”…P()4()0()()()()()()()()()()()7()5()()()を装備した戦車の姿が在った。

 

 

 

(第56話、終わり)

 

 

*1
第二次大戦時、イタリア海軍が貨客船・ローマを改造途中、休戦によって未完成に終わった航空母艦・アクィラをモデルにしている。

*2
前回、サンダース大付属へ潜入した際に、嵐が優花里の着替えを盗撮しようとした件については、第33話「実録!突撃!!サンダース大付属高校・舞台裏スペシャルです!(笑)」を参照の事。

*3
勿論本物である。

*4
イタリアの通貨がリラからユーロへ切り替わったのは2002年である。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第56話を御送りしました。

先ず、今回判明した“マルゲリータ”の本名・大姫 鳳姫の群馬みなかみタンカーズ時代の渾名が“姫ちゃん”となっている件について。
此の渾名、「リボンの武者」の主人公・鶴姫 しずかを相棒の松風 鈴が呼ぶ時の渾名である“姫”と被っていますが、これは鳳姫の名前を考えていた時に凄くしっくり来た渾名だった為、敢えて此の渾名にしてありますので、此の点については御了承頂けますと幸いです。

一方、秋山殿と嵐ちゃんの潜入作戦でアンツィオ高に関する情報を得た大洗女子の面々ですが…実は、アンツィオ高校の“秘密兵器”はP40重戦車だけでは無かった!?
しかもP40は大洗女子を油断させる為の“見せ金”!?
更に、“マルゲリータ”とアンチョビの会話の中に出て来た“もう一つの秘密兵器”の正体とは、一体!?
そして“マルゲリータ”が仕掛けた罠に掛かってしまった大洗女子の運命は!?

其れでは、次回をお楽しみに。



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第57話「此れから、カバさんチームを訪問します!!」


2021年最後の投稿になります。
早速ですが、どうぞ御覧下さい。

…さあ皆、今年のクリスマスはガルパン最終章第3話の発売日だ。
貯金は充分か?(迫真)



 

 

 

此処は、大洗女子学園・学園艦の艦橋近くに在る住宅街。

 

此の日は学校が休みで、更に梅雨の合間の快晴だった為、日差しの眩しさと暑さを感じる中、私は西住 みほ先輩と野々坂 瑞希と共に住宅街の路地を歩いていた。

 

今、私達は明日に迫った“戦車道全国高校生大会第二回戦”の対戦相手であるアンツィオ高校の“秘密兵器・P40重戦車”の情報を収集する為、第二次世界大戦中のイタリア軍に関する資料を持っている“カバさんチーム”の車長・エルヴィン先輩がチームメイトの歴女達と共に住んで居るシェアハウスを目指している。

 

此れは、角谷生徒会長によれば「最近、学園の生徒数が減少している影響で学園艦の住民の数も減って空き家が増えているから“学園生徒3人以上が一組になって学園長に願い出れば、学園艦内の空き家を『シェアハウス』として()()()()()()()に居住する事が出来る”って規定を作ったんだよ。そうする事で学園艦内の空き家を減らせるからね♪」との事で、“カバさんチーム”のメンバー四人も此のルールを利用して空き家になった民家で共同生活をしているのだ。

 

すると突然、住宅街から()()()()()()が連続して響き渡る。

 

 

 

「えっ…あれっ!?」

 

 

 

其の時“カバさんチームのシェアハウス”の場所が書かれた地図を見乍ら路地を歩いていた西住先輩は、()()()()()に驚いて不安気な声を上げつつ周囲をキョロキョロし乍ら見回していたが、其処へ瑞希が穏やかな声で話し掛ける。

 

 

 

「先輩、あれは()()()()()の音ですよ。懐かしいな~♪」

 

 

 

「野々坂さん…()()()()()って、何なの?」

 

 

 

瑞希の言葉に対して西住先輩が首を傾げ乍ら問い掛けると、瑞希は詳しい説明を始めた。

 

 

 

「“群馬みなかみタンカーズ”が出来た頃、当時のチームは御金も戦車も無かったし、明美さんの方針で“一年目はメンバーの体力作りと戦車の基礎的知識や技術の習得に専念し、戦車に乗るのは二年目から”と決まっていたので、入団したばかりの私達の為に明美さんやコーチ達が手作りで“戦車乗員の動作を練習出来る機械”を作ってくれて、私達は其れを使って一年間基礎練習をしたんです。()()()()()()()()()()()()で、戦車砲の砲弾装填作業の動作を練習する為の機械なんです」

 

 

 

すると西住先輩が「其れって、“シミュレータ”とかじゃ無くて?」と瑞希に問うと、彼女はこう答えた。

 

 

 

「一般的な“シミュレータ”とは少し違っていて、コンピューターとかビデオ動画とかは一切無い()()()()()()()ですよ。でも明美さんは今でも“此の練習法が大事なの”と言って、此れ等の練習用機械をタンカーズで使い続けています」

 

 

 

そして瑞希は、“戦車道初心者の小学生達に()()()()()()()()()()()使()()()()について「此れは明美さんが常に言っている事なんですけどね」と前置きしてから話し始めた。

 

 

 

小さい頃からコンピューターを使わせたら、本人もコンピューターみたいに感情が乏しくなり、“他人の心や物を大事にしない人間”に育つわ。だから戦車道も最初は()()()()()()()()()()()()()()を使って練習した方が他人の心や物を大事にする()に育って行くの…其れに()()()()使()()()()()()()()()()()()()()の代表格だしね。

 

 

 

すると瑞希が語った“我が母親(明美)の言葉”に感動した西住先輩が明るい声でこう語る。

 

 

 

「凄いね、明美さん…あっ、じゃあ“此の音”の先に、“カバさんチーム”のシェアハウスが?」

 

 

 

「はい!実は此の間、カエサル先輩に“今の話”をしたら『ウチも()()()()()が欲しい!』と言って来たので、先日私と舞の二人で組み立てに行ったんです。そうしたらカエサル先輩は毎日欠かさず練習しているそうですよ」

 

 

 

西住先輩からの問い掛けに、瑞希が笑顔で答えると先輩が「良かった!じゃあ野々坂さん、道案内を御願いします」と答えたので、瑞希は「はいっ!」と元気一杯な声で返事をすると私達の先頭に立って歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

「此処も“ソウルネーム(魂の名前)”なんだ……」

 

 

 

此れが“カバさんチーム”のシェアハウスに辿り着いた時の西住先輩の第一声だった。

 

私達の目の前には、二階建てで風情有る和風建築の民家が建っており、其の門には“カバさんチーム”メンバーの表札が有るのだが、どの表札も其々の“ソウルネーム(魂の名前)”で表記されているのだ。

 

そんなシェアハウスの前では、今だに“大きな金属音”が連続して響いている為、カエサル先輩による“装填練習機を使った砲弾の装填練習”は続いているらしい。

 

そうしている内に、私達は玄関前に進んでから西住先輩が「御免下さーい!誰か居ませんかー!?」と呼び掛けると……

 

 

 

「「「いらっしゃい」」」

 

 

 

玄関が開いて“カバさんチーム”メンバーの内の三人…エルヴィン・左衛門佐・おりょう先輩が挨拶してくれた。

 

 

 

 

 

 

「御茶、入ったよ」

 

 

 

「「『有難う御座います』」」

 

 

 

挨拶の後、居間へ通された私達三人は畳の上に敷かれた座布団に座って左衛門佐・おりょう先輩と他愛無い話をしていると、遅れてやって来たカエサル先輩が冷たい御茶を持って来てくれたので西住先輩と私達は御礼を述べる。

 

其処へ、エルヴィン先輩が“第二次世界大戦中のイタリア軍に関する資料”を持って居間へ入って来た。

 

 

 

「P40の資料は余り無いけど……」

 

 

 

資料の内容について済まなそうに語るエルヴィン先輩だが、西住先輩は机に置かれた資料の数を見て「こんなに沢山!」と感嘆する。

 

すると西住先輩の隣に座って居る瑞希が「あっ、私も少しですが日本語の書籍を持って来て居ますので、比較して見て下さい」と、自分のリュックサックから取り出したイタリア軍関係の書籍を並べて見せた処、左衛門佐先輩が「気が利くね、“ののっち(瑞希)”」と褒めたので、瑞希は笑顔で「はい!」と答えた。

 

其処へ、エルヴィン先輩が持ち出した資料を見たおりょう先輩が「英語じゃ無いぜよ!?」と驚きの声を上げると、西住先輩も不思議そうに資料の表紙を眺め乍ら「イタリア…語?」と呟いた時。

 

 

 

Le Forze armate italiane(レ・フォルツェ・アルマーテ・イタリアーネ)(イタリアの軍隊) 」

 

 

 

何と、カエサル先輩がエルヴィン先輩が持って来た資料のタイトルを流暢に喋って見せたのだ。

 

 

 

「「「「『えっ!?』」」」」

 

 

 

カエサル先輩の“意外な特技”に、其の場に居た全員が驚愕する。

 

更に、左衛門佐先輩が「イタリア語、読めたんだ!?」と驚きの声を上げ、おりょう先輩も「ビックリぜよ!?」と叫んだ処、当のカエサル先輩は驚いている私達に対して少々呆れ顔を浮かべつつ、こう言ったのだ。

 

 

 

「イタリア語・ラテン語は読めて常識だろ?」

 

 

 

此れには左衛門佐先輩が「常識じゃ無い!」と叫ぶと、瑞希も呆れ顔で「其れはもう“()()じゃ無くて()()()の領域”ですよ!?」とツッコんだ為、カエサル先輩は困惑してしまった。

 

 

 

 

 

 

…そんな事があった、約三十分後。

 

 

 

「図面やスペック(性能)は分かるから、コンビニコピーにしよう。キリが無いけどこんな所かな?」

 

 

 

「イタリア語・ラテン語は読めて常識」騒動が落ち着いた後、カエサル先輩はエルヴィン先輩が持ち込んだ資料の中からP40重戦車に関するデータの主な内容を翻訳した上でメモ書きした後、其れを西住先輩に手渡した。

 

其れに対して、西住先輩が「如何も有難う」と御礼を言った後、私と瑞希も「『有難う御座いました』」と御礼を言った時、カエサル先輩は右手で頬杖を突き乍らこんな事を言ったのだった。

 

 

 

「本当は、()()()()()()がアンツィオ高に居るから訊いてみる方が早いんだけどな」

 

 

 

すると左衛門佐先輩が「そんなの居たのか!?」と驚きの声を上げ、おりょう先輩も「初耳ぜよ!?」と言った時、瑞希も驚愕の表情でこう叫んだのだ。

 

 

 

()()()()だけじゃ無かったんだ!?」

 

 

 

「「「えっ!?」」」

 

 

 

()()()()()に、エルヴィン・左衛門佐・おりょう先輩が驚愕の叫びを発するとカエサル先輩も「あれ?若しかして野々坂や原園も()()()()がアンツィオ高に居るのか?」と訊いて来た…そう。“カバさんチーム”のメンバーは、先日生徒会室で行われた「全国大会・対アンツィオ高校戦対策会議」に出席して居ない為、其の時私や瑞希達が語った“姫ちゃん”こと“元・群馬みなかみタンカーズ隊長・大姫 鳳姫(おおひめ ほうき)”の話を知らないのだ。

 

 

 

『えーと、実は……』

 

 

 

と言う訳で私は、カエサル先輩の質問に答える形で、嘗てはみなかみタンカーズ時代の仲間であり、今はアンツィオ高に居る鳳姫について一通り説明したのだった。

 

 

 

「へえ…みなかみタンカーズで原園や野々坂達を率いて、去年の戦車道全国中学生大会でチームを準優勝に導いた()なんだ」

 

 

 

私の説明を聞いたカエサル先輩が感心した表情で答えると、私はみなかみタンカーズ時代の“姫ちゃん(鳳姫)”の姿を思い出しつつ『はい…彼女はどっちかと言うと、“チーム全員の力を合わせて勝つ”って考え方だったかな?』と語ったが、其処へ瑞希が“腹黒い笑み”を浮かべ乍らこんな事を言い出す。

 

 

 

「其れに対して嵐は“一匹狼”だったから、“姫ちゃん(鳳姫)”とは何時もぶつかって居たよね?」

 

 

 

『いや…まあ、確かに』

 

 

 

瑞希からのツッコミを受けた私は、当惑し乍ら当時を振り返っていると、エルヴィン先輩が意外そうな声で、私に話し掛けて来る。

 

 

 

“一匹狼”…私が知ってる原園のイメージとは一寸違うな?」

 

 

 

『はい……』

 

 

 

エルヴィン先輩から“私のイメージ”の()()について指摘された事で、私は関東中の戦車道乙女から“みなかみの狂犬”と呼ばれていた当時の事を思い出して沈んだ気持ちになっていると、其れに気付いた瑞希が「まあ、此の()も色々と苦労しましたから」と語った後、西住先輩に目配せをして話題を変える様に御願いしてくれた。

 

そして、今度は話題を振られた形になった西住先輩がカエサル先輩に質問をする。

 

 

 

「其れでカエサルさんの御友達は、どんな方なんですか?」

 

 

 

「原園や野々坂の友達(鳳姫)と同じだよ。小学校の同級生で、ずっと戦車道やってる()だ」と語った上で、「実は丁度西住さん達が来た時、其の友達からSNSで“明日の試合前に、会いに行くからね”って連絡が来たんだ」

 

 

 

西住先輩からの質問に、カエサル先輩が笑顔で答えていると、エルヴィン先輩が少し不満気な表情で「そんな情報源が有るなら、最初から訊けば良かったのに~」とカエサル先輩に問い掛けたが、其れに対して彼女は“情報収集に友達を使わなかった理由”を述べた。

 

 

 

「いや、()()()()()()()()()正々堂々と情報を集めたいな、私は」

 

 

 

すると、其の言葉を聞いたおりょう先輩が感心した表情で「成程。“友情は友情、試合は試合”ぜよ」と語ると、西住先輩も笑顔で「“ライバル”ですか…羨ましいです!」とカエサル先輩に答えた途端、おりょう先輩がこんな“返し”をして来た。

 

 

 

「じゃあ、“坂本龍馬と武市半平太”!」

 

 

 

其れに続いて、エルヴィン先輩が「“ロンメルとモントゴメリー”!」と返すと、左衛門佐先輩は「“武田信玄と上杉謙信”!」と返して来る。

 

此処で、私はふと『あれ…此れって“ライバル”をテーマに、“先輩達の得意分野”に沿った内容で言い合っている?』と心の中で思っていると、瑞希迄が「なら私は、“乃木希典とアナトーリイ・ミハーイロヴィチ・ステッセル”!」と返して来た。

 

そんな彼女達の掛け合いを聞き乍ら、私は呆れ顔を浮かべつつ『やれやれ…幕末の土佐藩の志士と第二次世界大戦時の北アフリカ戦線、戦国時代の川中島合戦に日露戦争の旅順攻防戦か』と小声で呟いて居ると……

 

 

 

「“ミハエル・ヴィットマンとジョー・エイキンス”!」

 

 

 

『はあっ!?』

 

 

 

何と、西住先輩が参戦して来たのには驚いた…しかも“第二次世界大戦の戦車兵ネタ”で。

 

 

 

おまけに、其の一言でカエサル・左衛門佐・おりょう先輩は一斉に西住先輩を指差して「「それだ!」」と叫ぶわ、此の()()の意味を知っている第二次世界大戦ファンのエルヴィン先輩は腕組みし乍ら「うんうん」と頷くわ、瑞希に至っては感心した表情で拍手をしていた…但し、此処で“西住先輩の()()の意味が分からない”事に気付いたおりょう先輩が、困り顔で呟く。

 

 

 

「…()()()()()って、誰?」

 

 

 

と言う訳で、私が“おりょう先輩からの問い”に答える事にした。

 

 

 

『第二次大戦後半、ノルマンディー上陸作戦後の西部戦線でドイツ武装SSの戦車エースだったヴィットマン大尉の乗ったティーガーⅠ重戦車を仕留めたとされる英陸軍のシャーマン・ファイアフライに乗っていた砲手がエイキンスですね*1

 

 

 

おりょう先輩の問いに答えると、彼女は「成程」と納得した表情で頷く一方、瑞希も其の事を思い出したのか、こんな事を言い出した。

 

 

 

「そうだった。西住先輩、実は“秋山先輩並みの()()()()()だったんだ…先輩、御免なさい」

 

 

 

瑞希が西住先輩が出した“ライバルネタ”から、()()()()()()()()を言ってしまったので先輩に詫びた処、彼女が笑顔で「大丈夫だよ。気にしてないから」と答えた直後、瑞希は私の姿を見て心配気な表情で話し掛けて来た。

 

 

 

「如何したの嵐、急にブルブル震え出しちゃって?」

 

 

 

そう…実は私、西住先輩が出した“ライバルネタ”の説明をした直後、“或る事”に気付いて恐くなってしまったのだ。

 

其の事を知らない皆が、心配気な表情で見詰める中、私は“震え出した理由”を静かな声で告げた。

 

 

 

『御免なさい、カエサル先輩。私も“正々堂々”とやる心算が、秋山先輩と一緒にアンツィオ高へ潜入する破目に……』

 

 

 

しかし、私の告白を聞いたカエサル先輩はキョトンとした表情で「何だ、そんな事で震えていたのか?」と話し掛けると、西住先輩も「大丈夫だよ原園さん、戦車道では対戦相手をスパイする事自体は問題無いし」と言ってくれたので、呆気に取られた私は目を点にした儘固まってしまった。

 

そして、ふと気付くと私以外の全員が固まっている私の姿を見て、込み上げてくる笑いを必死になって堪えているのに気付いた……

 

 

 

 

 

 

こうして、私の“取り越し苦労”が原因で起きた()()が落ち着いた後、今度は瑞希がイタリア語で書かれた“イタリア軍の書籍”を読み乍ら、こんな事を語り出した。

 

 

 

「でもエルヴィン先輩が持って来られたイタリア軍の資料、充実していますけど…()()()()()()について書いた物は見当たらないなぁ」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

瑞希からの指摘に、イタリア軍の資料の持ち主であるエルヴィン先輩が当惑しているのを見た私は、瑞希が言った()()()()()()の事を思い出すと、瑞希に向かってこう問い掛ける。

 

 

 

『“ののっち(瑞希)”、其れは若しかして…“レオネッサ”?』

 

 

 

「うん。“姫ちゃん(鳳姫)”…じゃ無くて、大姫さんが一番好きだった話」

 

 

 

瑞希は私からの問い掛けに答えた後、自分のリュックサックから日本語で書かれた一冊の“同人誌”を取り出すとエルヴィン先輩に渡す。

 

同人誌のタイトルは、「イタリア軍最強・幻の機甲師団“レオネッサ”」である。

 

そして、エルヴィン先輩は同人誌を受け取るとパラパラとページを捲って内容を確かめた時、()()()()()に気付く。

 

 

 

「此の本に写って居る戦車はⅣ号戦車G後期型だけど、“乗員が着て居る軍服”がドイツ軍の物じゃ無い!?」

 

 

 

するとエルヴィン先輩に続いて、瑞希が持ち込んだ同人誌を読んだカエサル先輩も考え込み乍らこう答える。

 

 

 

「如何やらドイツ製戦車を装備したイタリア軍・機甲部隊の本みたいだが…本当にこんな“部隊”が有ったのか?」

 

 

 

すると、瑞希が小さく頷いてから皆に向かってエルヴィン・カエサル先輩が抱いた疑問の答えを説明した。

 

 

 

「本当に有ったんですよ。第二次世界大戦の後半、イタリアが降伏する直前のイタリア軍に短期間だけ存在した()()()()()()()()()()()()()()()()()が…其の機甲師団は“レオネッサ”と呼ばれていました」

 

 

 

「「「「な…何だって!?」」」」

 

 

 

“ドイツ製戦車を装備したイタリアの精鋭機甲師団”と言う話に、“カバさんチーム”の先輩方が驚いている中、西住先輩も「私もそんな話を聞くのは初めて」と瑞希に問い掛けると、彼女は皆に向かってこう告げたのだった。

 

 

 

「じゃあ、此れから“レオネッサ”がどんな部隊だったのか、其の歴史を“群馬みなかみタンカーズ”のコーチが当時小学生だった私達に話したのと同じやり方で話しますね」

 

 

 

そして瑞希は、“()()()()()()()()()()()()()”の様な語り口で“ドイツ製戦車を装備したイタリア軍機甲師団・レオネッサ”の歴史を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

1943年5月13日。

 

1941年2月のドイツ・アフリカ軍団の登場から2年以上に渡り、北アフリカ戦線で連合軍と戦い続けて来た北アフリカ方面のドイツ・イタリア枢軸軍はチュニジアのボン岬で降伏し、其れと共にイタリア陸軍の“虎の子部隊”として北アフリカで戦った「チェンタウロ」「アリエテ」「リットリオ」の三個機甲師団は壊滅しました。

 

其の少し前から、“北アフリカの次は、連合軍によるシチリア島・そしてイタリア本土上陸作戦が行われる”事が確実視される中、戦争継続を決めた統帥・ムッソリーニ率いるイタリア政府は、迫り来る“本土決戦”に備えた防衛体制の再建を急いでいました。

 

特に、北アフリカ戦線で失った機甲師団の再建は“敵上陸部隊を水際で叩き、首都ローマを始めとする本土防衛を担う”為にも急務とされていましたが…当時のイタリア軍には、必要な人員と戦車を始めとする装備が不足していたのです。

 

其処で、ムッソリーニを始めとするイタリア政府・軍上層部は“新たな陸軍機甲師団編成までの繋ぎ”として、当時の世間に広まる厭戦気分に反して依然高い士気とファシズム体制への強い忠誠心を維持していた“第四の軍隊”・ファシスト国防義勇軍(以下、MVSNと表記)・通称“黒シャツ部隊”から人員を集めて“新たな機甲師団”を編成する事にしました。

 

彼等“黒シャツ部隊”は正規軍では無いものの、対空砲部隊や予備兵力としてイタリア陸軍の各師団に一個連隊が配属されており、既に北アフリカやロシア戦線で実戦経験を積んで居た為、新たな機甲部隊の人員を集めるのに打って付けだったのです。

 

 

 

しかし“黒シャツ部隊”は、此れ迄戦車処か装甲車の運用経験すら無く、更に当時のイタリアの乏しい国力では、機甲師団創設に必要な戦車等の装備を調達する事すら儘成りません。

 

其処でムッソリーニは、ファシスト党書記長カルロ・スコルツァを秘密裏にドイツに派遣し、親衛隊(SS)長官ハインリヒ・ヒムラーと会談し、彼の指揮下にある“武装親衛隊(SS)”所属の武装SS装甲師団から“機甲師団創設に必要な装備と訓練を指導する人員”を借りる約束を取り付ける事にしたのです。

 

之に対して、ドイツ側は“或る思惑”から此の申し出を受ける事にしました。

 

実は、当時ヒトラーは敗戦に向かうイタリアが裏切る可能性を懸念しており、水面下で“ドイツ軍によるイタリア占領作戦”を計画して居たのです。

 

其の為、ドイツ側にとってムッソリーニの提案は“渡りに船”だっただけで無く“枢軸軍が共同して連合軍を迎え撃つプロパガンダ部隊”としても理想的な存在でした。

 

こうして独伊双方の思惑が一致した結果、ロシア(東部)戦線で大損害を受けてイタリア本国に帰還後再編成中だったMVSNの“レオネッサ”大隊集団が『新たな機甲師団の基幹部隊候補』に選ばれます。

 

早速“レオネッサ”やファシスト青年団からの志願兵を元に、ドイツ軍の装甲師団を参考にした新たな機甲師団の編成が始まり、やがてドイツから戦車や突撃砲等の装備が教官と共に届けられました。

 

そして編成を完了した新たな機甲師団は、“M”(ムッソリーニの略)第一黒シャツ機甲師団「レオネッサ」と命名されて訓練が開始されました。

 

 

 

こうして誕生した機甲師団「レオネッサ」の編成表には、Ⅳ号戦車G後期型12輌を持つ第一戦車中隊、Ⅲ号戦車N型12輌を持つ第二戦車中隊、Ⅲ号突撃砲G型12輌を持つ第三自走砲中隊と、何れもドイツ製戦車と突撃砲で編成された部隊から成る“M”「レオネッサ」戦車集団が有り、此れが師団の中核部隊でした。

 

之に加えて、2個機械化歩兵大隊と1個砲兵大隊で編成された“M”「モンテベッロ」と“M”「タリアメント」大隊集団、2個集団編成で対戦車戦闘にも有効なドイツ製のFlak37型88㎜高射砲を24門装備した“M”「ヴァッレ・スクリヴィア」砲兵団や爆破工兵大隊・混成工兵部隊・支援部隊等が指揮下に置かれていました。

 

此れ等機甲師団「レオネッサ」が装備するドイツ製戦車は、Ⅳ号戦車G後期型とⅢ号突撃砲G型が長砲身の48口径75㎜砲、Ⅲ号戦車N型が短砲身の24口径75㎜砲を搭載しており、今だに実戦配備が進まないイタリア国産の重戦車・P40に匹敵するか其れを上回る火力と装甲を備えている事から、機甲師団「レオネッサ」は事実上“イタリア最強の機甲師団”としての実力を持っていました。

 

実際には、厳しい戦局からドイツ製戦車は編成表に有る定数通り揃っていなかったとも言われていますが、其れでも部隊の士気は旺盛でドイツ人教官の指導の下、迫り来る本土決戦に備えて激しい訓練を続けていました。

 

 

 

しかし…彼等機甲師団“レオネッサ”のドイツ製戦車部隊に、(つい)に出撃の時は訪れませんでした。

 

 

 

1943年7月10日に始まった連合軍によるシチリア島上陸作戦と、其の後の枢軸軍の敗北が決定的な情勢となっていた7月27日の事です。

 

ファシズム大評議会の席上、突然起きた“事実上のクーデター”により統帥・ムッソリーニは罷免され、翌日逮捕されてしまいました。

 

此れに対してヒトラーは、水面下で計画していた“ドイツ軍によるイタリア占領作戦”を発動しましたが、政権を奪取したイタリアのバドリオ将軍は、当初戦争継続を宣言していた為、機甲師団「レオネッサ」はMVSNから陸軍へ所属を変更した上でイタリア陸軍第136機甲師団「チェンタウロⅡ」と改名し、イタリア製の装備を保有する別の戦車・装甲車・自走砲部隊を指揮下に加えて訓練を続けました。

 

しかし9月8日、バドリオ政権は休戦を宣言。

 

首都・ローマはドイツ軍に包囲されます。

 

此れにより、「チェンタウロⅡ」と名称を改めていた「レオネッサ」の将兵はローマ防衛戦には参加せず、進駐して来たドイツ空軍第2降下猟兵師団に装備を引き渡して9月16日に解散・復員しました。

 

こうして、ドイツ製戦車・突撃砲を装備した“イタリア最強の機甲師団”・「レオネッサ」は短い歴史を閉じたのです。

 

 

 

其の後、監禁中ドイツ軍に救出された統帥・ムッソリーニが北イタリアで建国した「イタリア社会(R.S.I)共和国」に於いて、「レオネッサ」は再び機甲集団として編成されますが、其の装備は旧式のイタリア製M13・M14・M15中戦車やCV33・CV35型豆戦車、そしてAB41・AS43装輪装甲車が主力で、Ⅳ号戦車G後期型やⅢ号戦車N型・Ⅲ号突撃砲G型は一輌も無く、往時の戦力には到底及ばない物でした…こうして「レオネッサ」の歴史は第二次世界大戦の終結と共に終わりを告げたのです。

 

 

 

 

 

 

こうして、瑞希が「機甲師団・“レオネッサ”の歴史」を語り終えた時、“カバさんチーム”の歴女先輩達は、皆泣いていた。

 

先ずエルヴィン先輩が「一度も戦え無かったとは、さぞ無念だっただろう……」と泣き顔で呟くと、カエサル先輩も涙を浮かべ乍ら「まさか、こんなに悲しい話だったとは……」と呟いてから、二人共声を詰まらせる。

 

更に、左衛門佐先輩がハンカチで涙を拭き乍ら「一度も戦う事無く開城か……」と“戦国時代好き”らしい表現で感想を述べると、“幕末好き”のおりょう先輩がこんな事を言い出した。

 

 

 

「一度も戦う事も無い儘部隊が解散…或る意味白虎隊や二本松少年隊よりも惨いぜよ!?」

 

 

 

『あの…仮に戦ったとしても、段違いの戦力を持つ敵相手に壊滅するだけなのは共通ですから、“レオネッサ”は戦わずに済んだだけマシだったと思うんですが?』

 

 

 

私は、“流石に、おりょう先輩の言う事は一寸極端過ぎる”と思ったので、言葉を選び乍ら反論した処、歴女先輩達みたいに泣いては居なかったが悲し気な顔で瑞希の話を聞いて居た西住先輩も「うん…皆が戦いで死んじゃうよりは良かったと思う」と呟いたので、おりょう先輩も「…そうだな、一寸言い過ぎた」と反省していた。

 

其処へ瑞希が「まあ、大姫さんは御母様がアンツィオ高OGだし、学園祭の時に隊長のアンチョビさんに出会った時から彼女を慕っていますから、きっとカエサル先輩の御友達同様、私達相手でも本気で戦って来ると思うので、私達も締めて掛からないと不味い事になると思います」と告げた処、私を含めた全員が「『うん』」と呟き乍ら頷いた。

 

 

 

此の後、私達は午後から学園の戦車道演習場に集合し、試合前最後の戦車道の練習に臨む事になる…私達は「アンツィオ高と“姫ちゃん(鳳姫)”が仕掛けた罠」に今だ気付いていない。

 

 

 

(第57話、終わり)

 

 

*1
但し、近年の研究ではエイキンスでは無く、彼の近くに居たカナダ陸軍のラドリー・ウォルターズ少佐(車長)が乗っていたシャーマン・ファイアフライの方が射距離が近かった事を理由に、彼がヴィットマンの乗ったティーガーⅠを仕留めたとする研究者も居る。因みにヴォルターズ少佐は第二次大戦終結迄に18輌の敵戦車を撃破したとされる連合軍有数の戦車エースの一人。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第57話を御送りしました。

今回瑞希が語っていた「第二次世界大戦末期のイタリア軍に存在したドイツ製戦車・突撃砲を装備した機甲師団“レオネッサ”」の話ですが、此れは実話です。
今回、此の話を書くに当たって同人誌「写真集レオネッサ機甲師団/付録:P40型重戦車」(吉川 和篤/著、伊太利堂/発行、2017年)と「Benvenuti! 知られざるイタリア将兵録・上巻」(吉川 和篤/著、イカロス出版/刊、2018年)所収の「第二次世界大戦編4・幻の最強機甲部隊『レオネッサ』」を参照しています。
同人誌の方は現在ほぼ入手不可ですが、「Benvenuti! 知られざるイタリア将兵録・上巻」は割と最近の本ですので入手は比較的容易かと思います。
尚、機甲師団“レオネッサ”の記述内容は二冊ともほぼ同じです。

そして次回、嵐ちゃんと西住殿達・大洗女子学園戦車道チームの面々は対アンツィオ戦前最後の戦車道の練習に臨みますが…此処で大事件が発生!?
一体、何が起きたのか!?

其れでは、次回をお楽しみに。



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第58話「対アンツィオ戦に備えて、練習です!!」


ガルパンとは関係無い話なので恐縮ですが……
先日、ある日本国召喚×艦これSSで“ゴルシ”って言葉が出て来たので「ん?アドミラル・ゴルシコフ…旧・ロシアの空母で現・インド海軍の空母ヴィクラマーディティヤ?其れ共ロシア海軍の最新鋭フリゲート艦?」と思っていたら、実はウマ娘のゴールドシップの事だったと言うオチ。
いやあ、ミリオタやっているとこんな事も有ります(爆笑)。

其れでは唐突ですが、どうぞ。



 

 

 

其の日の午前中、西住隊長は私や瑞希と共に“カバさんチーム”メンバーの歴女先輩達が共同生活をしているシェアハウスを訪れるとエルヴィン・カエサル両先輩の協力の下、戦車道全国高校生大会・第二回戦の相手であるアンツィオ高校の秘密兵器“P40重戦車”の情報を収集した後、午後から始まる“対アンツィオ高校戦前最後の練習”の為、“カバさんチーム”メンバーや私達と一緒に戦車格納庫へ行くと其々の車輛に乗り込んでから学園艦内の戦車道演習場へ向かった。

 

そして各チームの車輌が演習場に到着すると、西住隊長・生徒会三役(杏&柚子&桃)や各チームの代表が集合して戦車道臨時講師を務める鷹代さんと共に練習の打ち合わせを始める…但し“ニワトリさんチーム”は“或る理由”から瑞希が打ち合わせに参加し、私は他の仲間達と共に乗車する“イージーエイト(M4A3E8)”の点検作業を行った。

 

 

 

 

 

 

「で、()()()の装甲はどんな感じ?」

 

 

 

打ち合わせの席上、先ず角谷会長が対戦相手である“アンツィオ高校のP40重戦車の防御力”について隊長のみほに質問すると、彼女は冷静な声でこう答えた。

 

 

 

「P40の前面は、“カバさん(Ⅲ号突撃砲F型)”と“ニワトリさん(M4A3E8)”チームなら相手の有効射程距離の外から貫通可能です」

 

 

 

其れに対して装填手だが“カバさんチーム”リーダーを務めるカエサルが「心得た」とみほに告げると、角谷会長がみほに対してこんな事を言い出す。

 

 

 

「じゃあ、“()()()()”の相手は“カバさんチーム”だね。“ニワトリさんチーム”は遊撃隊的な感じで使うから」

 

 

 

其れに対して、みほも「はい。“ニワトリさん”は他のチームよりもスキルが高い分、其の様な使い方が合っていると思います」と答えた処、“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”車長兼リーダー・澤 梓が二人の話の内容について質問する。

 

 

 

「あの…“()()()()”って?」

 

 

 

すると“カメさんチーム”操縦手で、リーダーである角谷会長の代理として其の場に居た小山 柚子が「P()4()0()の事ですか?」と角谷会長に問い掛けると、彼女は頷き乍ら「そうそう、“()()()()”」と答えた。

 

 

 

すると、今日は“或る理由”から嵐の代わりに“ニワトリさんチーム”・リーダー兼車長を務める野々坂 瑞希がこう語る。

 

 

 

「まるで日露戦争の日本海海戦直前に、連合艦隊が鎮海湾で猛訓練した時みたいですね?」

 

 

 

すると“アヒルさんチーム”・リーダー兼車長の磯辺 典子が「何だ、其れ?」と尋ねて来た為、瑞希はこう答えた。

 

 

 

「連合艦隊の将兵は鎮海湾での訓練中、敵であるロシア・バルチック(太平洋第二・第三)艦隊の艦艇を識別する為、ロシア語の艦名を日本語の語呂合わせにして覚えたんですよ。例えば戦艦“アレクサンドル三世”は“呆れ三太”、“ボロジノ”は“襤褸(ボロ)出ろ”、“アリョール”は“蟻寄る”って感じです」

 

 

 

其の話を聞いた典子が「へぇ~」と感心していると、会長が笑い乍ら「流石は瑞希ちゃん、座布団一枚♪」と言った後、“P40重戦車に()()()()()()()()を告白した。

 

 

 

「実は、昨日『坂の上の雲』を読んでいて『其れならP40は“()()()()”だね』って思い付いたんだ」

 

 

 

其の告白に、鷹代が笑顔で「角谷さん、意外と歴史小説が好きなんだね」と語り掛けた処、会長は恥ずかし気な表情で「人前では読まないですけどね」と答えた為、其の場に居た全員が「「へぇ~」」と感心する中、会長は一呼吸入れてからみほに問い掛ける。

 

 

 

「じゃあ敵味方に分かれて練習してみよっか?“ぴよぴよ(P40)”役、どれが良い?」

 

 

 

其れに対してみほが「P40に比較的近いのは、Ⅳ号ですね」と答えると、会長は“練習の具体案”を提示した。

 

 

 

「じゃあ、“あんこう(Ⅳ号D型)”が“ぴよぴよ(P40)”、“アヒルさん(八九式)”が“カルロベローチェ(CV33)”って処で」

 

 

 

其の案に対して、みほが「では、Ⅳ号と八九式を仮想敵として模擬戦をやってみましょう」と答え、各チームからの出席者全員が「「はい!」」と返事をした直後、出席者の一人である瑞希が手を挙げたので、みほが「はい、野々坂さん。何か有りますか?」と問い掛けた処、瑞希は出席者全員に向かってこう説明した。

 

 

 

「既に西住隊長と角谷会長、そして鷹代さんには話していますが、今日の“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”は長沢さんのスキルアップの為、車内のポジションを一時的に変更しています。具体的には長沢さんが砲手で嵐が装填手、舞が操縦手で菫は副操縦手、そして車長は自分が担当しますので、皆さん宜しく御願いします」

 

 

 

此れに対して、みほが「そう言えば、昨日迄長沢さんは装填手の練習をしていたよね。大丈夫?」と瑞希に問い掛けると、彼女は頷いてからこう答える。

 

 

 

「問題無いです。実は“群馬みなかみタンカーズ”では“複数のポジションを経験しないとレギュラーに選ばれない”と言うルールが有り、私達も其のやり方で鍛えられて来ましたので、長沢さんも同じやり方で鍛える事にしています」

 

 

 

すると、説明を聞いていた桃が腕組みをし乍ら「成程、自分の担当以外のポジションも習得する必要が有るのか…厳しいな」と瑞希に語り掛けると、彼女はこう答えた。

 

 

 

「其れが“()()()()()()”ですから。因みに此のルール、明美さんによると『第二次世界大戦の前半に欧州を席巻したドイツ機甲部隊の乗員の多くも複数のポジションを習得する様に訓練されていたから、其れに倣って“ウチも此の教え方でやる”って決めたのよ』と仰っておられました」

 

 

 

此処で話を聞いていたみほが「了解です、野々坂さん。只、何時もと違うポジションなので、くれぐれも事故には気を付けて下さい」と指示すると、瑞希は一礼してからこう答えた。

 

 

 

「了解です。此の間の“嵐の熱中症”の事も有るので、特に注意します」

 

 

 

そしてみほは小さく頷くと鷹代に向かって「以上で打ち合わせを終えたいと思いますが、鷹代さんから何か有りませんか?」と問い掛けた処、彼女が「特に無いよ。皆、模擬戦とは言え、くれぐれも事故には注意しなさい」と指示をした後、皆が鷹代に向かって「「はい!」」と答えたタイミングで、みほは全員に対して号令を下した。

 

 

 

「では皆さん、此れから模擬戦を始めます!」

 

 

 

こうして“対アンツィオ高校戦に備えた模擬戦”が始まった。

 

 

 

 

 

 

「始まったわね…舞、前方各車の動きに注意しつつ、全速前進!」

 

 

 

「了解!」

 

 

 

模擬戦開始と共に、“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の砲塔キューポラ上から上半身を乗り出して指揮を執る“車長”の瑞希が指示を出すと操縦手の舞が元気良く応答すると同時に、全速力で隊列の後方から前進を始める。

 

今、私達・大洗女子学園戦車道チームは“仮想・アンツィオ高校”役を演じる“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”と“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”を先頭に、残る四チームが菱形隊形で“あんこう”・“アヒルさん”両チームを追う展開になっている。

 

因みに、先頭を行く“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”は砲塔側面に“ぴよぴよ”と書かれてあり、其れに続く“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”は車体下部に平仮名で“かるろべろーちぇ”と書いてあるが、此れはアンツィオ高校の保有戦車である“P40重戦車(ぴよぴよ)”と“カルロベローチェ(かるろべろーちぇ)(CV33)”をシミュレートする為、一時的に書かれた識別表示である。

 

此れに対して、残る四チームは菱形隊形の先頭が“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”、続いて右翼が“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”、左翼が“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”、そして後方が私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”だ。

 

 

 

『“ののっち(瑞希)”、今日は如何する?』

 

 

 

今日は装填手を担当する私・原園 嵐が瑞希に“今日の作戦”を質問すると、瑞希は何時もの澄ました表情でこう答える。

 

 

 

「本来なら“あんこう”と“アヒルさん”を追撃して撃破する…と行きたい処だけど、今日は“良恵のスキルアップ”がテーマだから、先ずは良恵が“砲手としての動作に慣れる”事を優先するわ」

 

 

 

「御免なさい。私の為に……」

 

 

 

瑞希の回答に、今日初めて砲手を担当する長沢 良恵ちゃんが“自分がチームの足手纏いになっている”と感じたのか済まなそうな声で謝るが、此れに対して副操縦手の菫が明るい声で励ます。

 

 

 

「心配しなくて良いよ。先ずは砲手のポジションに慣れるのが大事だからね」

 

 

 

其れに続いて、舞も元気な声で「うん!」と菫の声に同調する。

 

其処へ瑞希も「其の通りよ。良恵、今日は結果を気にせず、砲手の役割と射撃動作をキチンと体に叩き込む事に集中しなさい。チームの皆でサポートするから」と話し掛けると、良恵ちゃんも元気を取り戻したのか、明るい声で「はい、頑張ります!」と返答した処で、瑞希は皆に向かって新たな指示を出した。

 

 

 

「と言う訳で、今から皆の力を合わせて“あんこう”と“アヒルさん”をしっかり追うわよ。良恵は焦らず、相手を確実に照準出来る様に練習すれば良いからね」

 

 

 

其の指示に対して良恵ちゃんが元気良く「了解です!」と応答した直後、副操縦席で操縦手の舞をサポートしていた菫が車内無線で報告を送って来た。

 

 

 

「前方、“アヒルさん”が右から左へ蛇行…あっ、今機銃を撃って来た!」

 

 

 

突如、“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”の後方に居た“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”が蛇行運転を始めたかと思うと、砲塔後部の車載機銃を撃ち出した…此れは明らかに“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”の逃走を援護する為の“妨害射撃”だ。

 

すると其の“妨害射撃”が“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”の車体前面に次々と命中した途端、“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”が急加速して“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”を猛追し始めた。

 

 

 

『あっ…此れは多分、河嶋先輩が「小癪な、報復してやる!」とでも言って追跡を始めたのかな?』

 

 

 

と、“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”の動きを見た私が彼女達の車内の様子を想像して呟いた直後、“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”が“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”目掛けて37㎜戦車砲を撃ち込んだ…但し、其の砲弾は前方右側に居る“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”を狙った()なのに、左側へ大きく逸れてしまっている。

 

 

 

『あ~あ、アッサリ挑発に乗っちゃって(苦笑)』

 

 

 

何時もの事だが、“砲手としての河嶋先輩の()()()()()振り”に、私は思わず笑いを堪え切れ無くなっていた…小山先輩、きっと河嶋先輩に「桃ちゃん、当たって無い!」って叫んでいるんだろうな。

 

そう思っていると“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”は“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”から離れた後、此方から見て右側の平原目指して爆走している。

 

其れを挑発に乗った“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”が追跡して行く…残念。

 

アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”が豆戦車のCV33を演じている以上、此処はより戦力の高いP40重戦車(ぴよぴよ)を演じている“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”を追うべきなので、此の行動は“不正解”だ。

 

多分、“カメさんチーム”メンバー全員には練習が終わったら“鷹代さんの説教”が待っているんだろうな。

 

一方、梓達“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”は“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”の挑発には乗らず、“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”や私達と共に連続する坂道を上り下りし乍ら逃げる“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”を追っている…と思った時、突然“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”がフラフラと左方向へ蛇行してしまい、“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”を追っている“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”や私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”から遅れてしまった。

 

だが此処で、周囲の様子を窺っていた瑞希が無線を通じて鋭い声で梓を叱咤する。

 

 

 

「梓、桂利奈がテンパってるから真っ直ぐ進まなくなっているわ。指示してあげて!」

 

 

 

「了解!」

 

 

 

瑞希の指示に梓が応答すると、瑞希は無線で更なるアドバイスを送る。

 

 

 

「其れと車長は危険が無い限り、常にキューポラから頭を出して外の様子を見て!キューポラの中に居るのとでは得られる情報量が全く違うから!」

 

 

 

「はい!」

 

 

 

瑞希のアドバイスに対して梓が応答した時、彼女の声に“()()()()()”を感じ取った私は、瑞希に対して“アイコンタクト”を交わして無線交信の許可を取ると、砲塔後部に有る無線機を操作して、梓に“もう一つのアドバイス”をゆったりした声で送った。

 

 

 

『其れともう一つ。車内の皆に“出来る範囲で桂利奈ちゃんをサポートしてあげる様に”指示してあげて。戦車は皆で気配りしないと()()()()()()()()から』

 

 

 

「嵐…有難う」

 

 

 

私からの“アドバイス”に、梓がホッとした声で応答したのを聞いた私が胸を撫で下ろした時、砲塔上部のキューポラから顔を出して指揮を執る瑞希が車内無線で私に()()()を言い出した。

 

 

 

「嵐~。そう言えば此の間、梓がアンタと“デートしたい”って言ってたわよ…受けちゃいなよ。()()()()()()()()()()でしょ?

 

 

 

其の一言に、梓が無線越しに「えっ!?」と驚きの声を上げているのを聞いた私は、思わず絶叫する!

 

 

 

『“ののっち(瑞希)”、いきなり何言い出すのよ!?オマケにアンタ、梓との無線を繋いだ儘喋っているじゃない!?』

 

 

 

だが、瑞希は私の叫びも何処吹く風とばかりに、“もっとトンデモ無い事”を言い出した!

 

 

 

「其れに嵐。以前、梓の事をこう言ってたじゃん。『もしも私が男だったら、本気で彼女にしちゃいたい位に可愛いと思うけどな』って♪」

 

 

 

「ええっ!?」

 

 

 

『一寸“ののっち(瑞希)”!?こんな時に、何て事を言うのよ!?』

 

 

 

瑞希からの“爆弾発言”に、梓が更なる驚きの声を上げたのを聞いた私は顔を真っ赤にして叫んだが、当の瑞希は平然とした声で「へえ~っ。否定はしないんだ?」と私にツッコんで来る。

 

 

 

『ぐっ…!』

 

 

 

瑞希からのツッコミに反論すら出来ない私は歯噛みをし、梓に至っては一言も喋らない(後に本人が語った処によると「チームの仲間達から冷やかされて恥ずかしさの余り何も言えなかった」との事)中、“()()()”に気付いた瑞希が無線で私と梓に“現在の模擬戦の状況”を告げて来た。

 

 

 

「おっと…今、“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”が“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”を追って突出しているわね。梓、“カバさん”の動きを良く見ていなさい…多分、“カバさん”は次の坂を登り切ったら“あんこう”に仕留められるわよ」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

瑞希からの“予想”を聞いた梓は其の理由が分からず戸惑いの声を上げていたが…“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”が坂を登り切った直後、彼女達の前方左側から突如現れた“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”が至近距離から75㎜訓練弾を発射するとアッと言う間に“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”に命中弾を与えたのだ。

 

 

 

「ホントだ!」

 

 

 

瑞希の“予想”がズバリ的中した事に、梓が驚きの声を上げると“予想をした当人(瑞希)”が理由を説明する。

 

 

 

「今見た通り、突撃砲は“背が低い”分周囲の見通しが普通の戦車よりも悪いから、坂や窪地等の稜線を登る時は前方が死角になり易いの」

 

 

 

「そうか。でも私達のM3リーは背が高いけど、坂を登る時に前方が見え難いのはそんなに変わらないから……」

 

 

 

「其の通りよ、梓。だから戦車で稜線を登る時は、登り切る手前で一旦停止後、前方を確認してから登り切るのが定石(セオリー)ね」

 

 

 

瑞希の説明に、梓が「成程」と呟いて居るのを無線で聞いた私は、砲塔上部の装填手用ハッチを開けて顔を外へ出すと無線で梓に“追加のアドバイス”を送った。

 

 

 

『場合によっては、戦車を降りて前方を偵察する必要が有るのを覚えて置くと良いよ』

 

 

 

其の言葉に、瑞希が頷くと梓が笑顔で「二人共、有難う!」と答えた時、“あんこうチーム”の西住隊長から無線が入った。

 

 

 

「“あんこう”より“ニワトリさん”へ。其の様子だと“ウサギさん”へのアドバイスで手一杯みたいですが、大丈夫ですか?」

 

 

 

其れに対して、直ぐ様瑞希が応答する。

 

 

 

「あっ、済みません西住隊長。御察しの通り、今は模擬戦よりも良恵や“ウサギさん”のサポートで手一杯なので、模擬戦に集中するのは一寸無理そうです」

 

 

 

「じゃあ、今から“ニワトリさん”と“ウサギさん”は、“カバさん”と一緒に砲撃訓練をやりませんか?」

 

 

 

此の西住隊長からの提案に、瑞希と梓は「「はいっ、御願いします!」」と無線で答えた。

 

 

 

 

 

 

こうして、私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”と“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”は模擬戦を打ち切った後、“あんこう”・“カバさん”両チームと共に戦車道演習場内の射撃訓練場へ移動してから砲撃訓練を開始した。

 

訓練は、先ず“カバさんチーム”が西住隊長の指導の下、Ⅲ号突撃砲で“あんこうチーム”のⅣ号戦車D型を目標に射程距離1500mと言う“戦車道初心者には高難度の砲撃訓練”を行っていたが、中々命中弾を出せず苦労していた。

 

此れに対して、“あんこうチーム”は西住先輩が“カバさんチーム”に具体的な指導をし乍ら砲手の五十鈴先輩が“カバさんチーム”に的確な命中弾を与えている。

 

 

 

「五十鈴先輩、凄い!あんなに遠い距離から一発で決めるなんて!」

 

 

 

其の様子を自分達“ニワトリさんチーム”の訓練の休憩時間を利用してM4A3E8(イージーエイト)の車内から見学していた良恵ちゃんが羨ましそうに叫ぶと、同じく見学中の菫が溜め息を吐きながらこんな事を言った。

 

 

 

「何だか“カバさんチーム”が可哀想になって来た…“ののっち(瑞希)”は、如何思う?」

 

 

 

其の問いに対して、瑞希も溜め息を吐きつつこう答える。

 

 

 

「私も驚いているわ…砲身長がたったの24口径しか無くて、撃つと弾道が山なりになり易いⅣ号D型の75㎜砲で1500mの距離から命中弾を出す五十鈴先輩はかなりの腕前よ」

 

 

 

そんな瑞希の様子を隣で見て居た私も『しかも五十鈴先輩は、“砲手を始めてから数カ月しか経っていない”もんね…私もビックリしてる』と呟くと、舞が嬉しそうな顔でこんな事を言い出した。

 

 

 

「五十鈴先輩、嵐ちゃんと同じ位“()()”だから、あれだけ砲撃が上手く成ればきっと()()()()に成るよ♪」

 

 

 

『舞…其処で()を持ち出さないで』

 

 

 

「えへっ♪」

 

 

 

舞の()()()()に巻き込まれた私は棘の有る声でツッコミを入れたが、当人は全く反省の色が無い…舞、アンタが言った“()()()()”の対象に()()()()()()()()()でしょ!?

 

 

 

「さて…無駄話は此の辺にして、私達も訓練に戻るよ」

 

 

 

と言った処で瑞希が話を切り上げると、私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”は休憩を終えて自分達の訓練を再開した。

 

今、私達は“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”と共に、“あんこう”・“カバさん”両チームが訓練をしている場所の隣に有る射撃場で基礎的な砲撃訓練を行っているのだ。

 

 

 

「ああっ、又外した……」

 

 

 

そんな“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”では、砲手を務める良恵ちゃんが落胆の溜め息を吐いて居た。

 

私達が居る射撃場では、1000m先の地点に在る土堤に設置した標的目掛けて“ニワトリさん”・“ウサギさん”両チームが戦車砲で砲撃を続けており、“ニワトリさん”の“シャーマン・イージーエイト(M4A3E8)”では52口径76.2㎜戦車砲“M1”の砲手を良恵ちゃんが担当し、“ウサギさん”のM3中戦車“リー”では28.5口径75㎜戦車砲“M2”を山郷 あゆみ、50口径37㎜戦車砲“M5”を大野 あやが其々砲手を担当しているのだが…中々標的に砲弾が当たらない。

 

特に良恵ちゃんは、初弾から10発連続で標的を外し、今だ命中弾を出せていなかった為にかなり焦って居たけれど、其処へ瑞希が励ましの声を掛ける。

 

 

 

「大丈夫よ、良恵。左右の誤差は最初より小さくなっているから、後は76㎜砲の()を計算に入れて撃てば当たるわよ」

 

 

 

そして、私も『次は、さっきより少しだけ左寄りに照準すると、多分当たるよ!』と具体的なアドバイスをし、其れに良恵ちゃんも「了解!」と応答して11発目の76.2㎜砲弾を発射した処……

 

 

 

「当たりました、やったぁ!」

 

 

 

遂に“初めての命中弾”を出した良恵ちゃんが歓喜の声を上げたのを聞いた私と瑞希・菫・舞が揃って「「『おめでとう!』」」と祝福する。

 

そして良恵ちゃんが「此の調子で“イージーエイト”の戦車砲の癖を摑んでみます!」と応答した頃、砲塔上部のキューポラから訓練の様子を見ていた瑞希が独り言を呟いていた。

 

 

 

「さて、“ウサギさん”は…未だ未だか」

 

 

 

瑞希が呟いた通り…“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”も私達と同じ条件で砲撃訓練を続けているのだが、此方も中々命中弾を出せないでいた。

 

そんな時“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”の車長・梓から無線通信が入って来る。

 

 

 

「“ののっち(瑞希)”…私、一寸考えた事が有るんだけど」

 

 

 

「何、言ってみ?」

 

 

 

「こっちには折角二つ砲が有るんだから、“37㎜砲で誤差を調整してから75㎜砲を撃てば良いんじゃ無いか?”って思ったんだけど」

 

 

 

「おおっ、其れって“スポッティング・ライフル”じゃん。梓も考えたわね」

 

 

 

此の時、梓の提案した“アイデア”を聞いた瑞希の返答に、梓が驚きの声で「えっ?同じ事を考えた人が居たの?」と訊き返した処、瑞希は明るい声で「うん♪」と返した後、“スポッティング・ライフル”について説明した。

 

 

 

“スポッティング・ライフル”とは、「火砲の照準器の代わり」として対象となる火砲の傍に取り付けた機関銃や専用の小口径銃の事だ。

 

使い方は、対象となる火砲を撃つ前に“スポッティング・ライフル”から対象となる火砲に()()()()で飛翔する曳光弾を撃つ事で、「事前に当たりを付けてから対象となる火砲を発射する」と言う物だ。

 

元々は、1950~70年代に掛けて対戦車用無反動砲で広く用いられた方法だが、実は少数ながら戦車や対戦車車輛でも使われており、英国のセンチュリオン Mk.5/2戦車やチーフテン戦車の他、米国のM50オントス自走無反動砲や日本の陸上自衛隊が運用していた60式106㎜自走無反動砲にも搭載されていた。

 

其の後、“スポッティング・ライフル”は小型のレーザー式距離計に取って代わられたが、現在でも米海兵隊が歩兵用の携行火器として使っている“SMAW ロケットランチャー”に取り付けられており、此方は射撃訓練でも活用されている。

 

 

 

「へえ……」

 

 

 

其の説明を聞いた梓が感心する中、瑞希は彼女に“或るノウハウ”を授けた。

 

 

 

「只…M3リーの37㎜と75㎜の弾道は同じとは限らないから、一度、両方の砲で同じ場所を同じ距離から狙って撃って、其々の砲の弾着を調べて記録した後、其処で出た誤差を元に照準を修正する必要が有ると思うけど、やってみる?」

 

 

 

すると梓は「了解、やってみる!」と返信後、チームの仲間達と一緒に砲撃の準備に入った。

 

其れから暫くの間、“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”は標的に向かって37㎜と75㎜砲を交互に射撃する事で“双方の砲の弾着データ”を収集してから砲撃訓練を再開した結果、漸く命中弾が出せる様になり、梓が無線で「有難う、此れで皆自信が付いて来た!」と御礼を言って来た。

 

 

 

「さて、私達も訓練に戻りますか」

 

 

 

ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”の様子を見て安心した瑞希が自分達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”も砲撃訓練を再開すると指示した処、砲手の良恵ちゃんも反応して「はい。此方も砲撃用意……」と、号令を掛けようとした時。

 

 

 

「あっ、砲撃中止!」

 

 

 

「あれは!?」

 

 

 

突然、良恵ちゃんが大声で皆に“砲撃中止”を命じると、砲塔上から顔を出して前方の様子を見ていた瑞希も緊迫した声で叫んだ直後、再び良恵ちゃんが叫び声を上げた。

 

 

 

「標的の前を“アヒルさん”と“カメさん”が横切るから、撃てません!撃ったら何方かに当たります!」

 

 

 

何と射撃場内に、模擬戦を続けていた“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”と“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”が乱入して来て、私達の砲撃訓練を妨害(邪魔)したのだ。

 

更に、梓が無線で「これじゃあ、私達も撃てないよ!」と悲鳴を上げたのを砲塔後部に在る無線機で聞いた私は、思わず怒りの声を上げた。

 

 

 

『全く!磯辺先輩(アヒルさん)河嶋先輩(カメさん)()()()()し過ぎよ!“ののっち(瑞希)”、こっちのポジションを元に戻そう!今から“アヒルさん”と“カメさん”を止めに行く!』

 

 

 

すると瑞希を含めた“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”全員が「「了解!」」と返事をした後、無線機で私の声を聞いて居た梓も「じゃあ私達、先に行って来る!」と返信して来た。

 

そして、私達は何時ものポジションに戻ると“アヒルさん”・“カメさん”両チームの模擬戦を止める為、直ちに発進した。

 

 

 

 

 

 

其の頃、今だ模擬戦真っ只中の“アヒルさん”・“カメさん”両チームは、他のチームが砲撃訓練をしていた射撃場のど真ん中を横切ると、其の隣に在る演習場エリア内で急旋回し乍ら格闘戦(ドックファイト)を続けていた。

 

 

 

「ウオォォォー!」

 

 

 

アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”の車内では、車長の磯辺 典子が気合の入った雄叫びを上げると、車内に居る仲間達に「もっと旋回スムーズに!」 と、自分達を追って来る“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”への対応を指示する。

 

 

 

此れに対して、左へ急旋回中の車内では操縦手の河西 忍が「はいっ!」と必死の声で応答するが、此処で砲手の佐々木 あけびが悲鳴を上げた。

 

 

 

「此の速度では狙えません!!」

 

 

 

其の声を聞いた典子があけびに向かって「少しだけ頭使って、後は根性……」と叫びかけた時、以前嵐から教わった“戦車長の心得”を思い出す。

 

 

 

『戦車は、皆で気配りしないと直ぐ動かなくなるから、“根性”()()ではダメですよ。だから、車内の各メンバーには“常に出来る範囲で他のメンバーをサポートする”様に指示をして、戦車長も率先して仲間達を助けてあげて下さい』

 

 

 

其の言葉を思い出した典子は「そうだった!」と思い直すと、直ぐ様指示の内容を変えた。

 

 

 

「皆、次の旋回で一寸だけ大回りするから、佐々木は其のタイミングで一発、根性で撃て!」

 

 

 

「「はいっ!」」

 

 

 

最後は“根性”で締め括るのが、バレー部出身のメンバーで構成された“アヒルさんチーム”らしい処だが、嵐からの“アドバイス”を元に出した典子の指示は効果的だった。

 

何故なら、一瞬だけ大回りをした八九式の動きに“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”が戸惑った結果、八九式から発射された57㎜砲弾が38(t)B/C型の砲塔・左側面部を掠めたのだ。

 

直撃こそしなかったものの、其の光景を見れば“アヒルさんチーム”の練度が予想以上に高まっているのは明らかだった。

 

実際、“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”の車内では通信兼機銃手席に座って居る角谷会長が干し芋を頬張り乍らも呑気な声で「やるねぇ♪」と呟くと、隣の操縦席に居る柚子が文句を言う。

 

 

 

「会長も少しは手伝って下さい!」

 

 

 

しかし当の会長は相変わらずの調子で「今度ねー♪」と返事をするだけだったが…其処へ装填手の佐智子が「()、手伝う気は無いんですか!?」と後輩とは思えない程の大声で会長を叱った時、無線機から“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”車長・梓と37㎜砲々手・大野 あやの声が飛び込んで来た。

 

 

 

「先輩!そろそろ模擬戦は止めて下さい!」

 

 

 

「砲撃訓練の邪魔になるから、嵐が怒っていますよ!」

 

 

 

其れと同時に“アヒルさん”・“カメさん”両チームが模擬戦を行っている渦中に“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”が割って入って来た。

 

ところが“アヒルさん”・“カメさん”両チームは梓とあやからの忠告が聞こえないのか、今度は演習場内に停車した“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”の周りを右方向にグルグル回り乍ら模擬戦を続けたのである。

 

特に、必死に逃げ回る“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”の巧みな動きに業を煮やした“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”車長・桃が無線で「待てぇー!」と叫ぶが、相手の車長・典子が「嫌です!」と言い返すと、今度は典子のチームメイトで無線手の一年生・近藤 妙子が三年生の先輩・桃を煽って(挑発して)来た。

 

 

 

「止めたければ力尽くで止めれば良いじゃないですかー、何ちゃって♪」

 

 

 

後輩からの“煽り(挑発)”に桃が無線を通じて「言ったな、此奴(妙子)!?」と激昂するが、其の通信を偶々傍受していた“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”75㎜砲々手・山郷 あゆみが無線で桃と典子に向かって“忠告”した。

 

 

 

「何やってんですか、先輩!?早く止めないと、嵐が来ますよ!」

 

 

 

更に、あゆみのチームメイトで通信手の宇津木 優季が「バターに成っちゃいますよ?」と“()()()()”をした、次の瞬間!

 

 

 

『“カメ()さん”に“アヒル(典子)さん”、もう()()()()は終わりにして下さい!』

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

無線機から大きな怒鳴り声が響き、其れを聞いた典子が驚くと其の“声”を上げた相手…“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”車長・原園 嵐が再び無線で怒鳴ったのだ。

 

 

 

()()()、さっき射撃訓練場を横切って行ったのに気付かなかったんですか!?私達が気付かなかったら砲撃訓練に巻き込まれて危うく大事故になる所だったんですよ!?』

 

 

 

一年生乍ら、嵐の“真剣な怒鳴り声”に気圧された典子が呆然としていると、梓も「嵐の言う通りです。凄く危なかったんですよ!?」と()()()()()を嗜める。

 

其の声を聞いた典子は、八九式中戦車甲型(アヒルさんチーム)を停車させた後、キューポラから頭を出すと“ニワトリ()さん”・“ウサギ()さん”両チームの後輩二人に向かって「あっ…御免。模擬戦に熱中し過ぎて、全然気付かなかった」と謝罪した…処が!

 

 

 

「チャンス!」

 

 

 

此処で()()()()()()()()()()()()()()()()()()鹿()が、()()()()()()()()()()()を犯した!

 

あろう事か“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”を追うのに熱中して居た“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”車長・河嶋 桃が()()()()()()を上げると、“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”を撃破するチャンスとばかりに、“周囲の状況や無線交信を()()()()()()()()儘発砲した”のだ!

 

 

 

「「ああっ!?」」

 

 

 

桃の()()を目の当たりにして悲鳴を上げた典子と梓だったが…()()は其れだけでは終わらなかった。

 

何と…桃が発砲した38(t)軽戦車B/C型の37㎜砲弾は狙った筈の“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”を大きく逸らして、模擬戦を止めようとした“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の砲塔正面に命中したのだ!

 

 

 

「えっ…ひぇぇ!?」

 

 

 

自分がやらかした()()()()()を見て、流石の桃も悲鳴を上げたが…次の瞬間、被弾したM4A3E8(イージーエイト)の砲塔キューポラから自らの髪の色とソックリな位真っ赤な顔をした嵐が“()()()()()()”で、桃に向かって無線で吠えた!

 

 

 

『河嶋先輩…聖グロとの練習試合での友軍相撃(フレンドリー・ファイア)に続いて、又ですか。()()()()()()()!?』

 

 

 

其れに対して桃は、嵐とは対照的に真っ青な顔で「あっ…原園、誤解だ!?」と必死になって弁明したが…彼女が乗る38(t)軽戦車B/C型の車内では、“カメさんチーム”の仲間全員が「「二度も撃っといて、()()()()()()()()でしょ!?」」とボヤいていると、車載無線機から嵐の怒鳴り声が響いて来た!

 

 

 

『問答無用!今から地の果て迄追い詰めて、()()()()にして差し上げます!』

 

 

 

次の瞬間、“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”目掛けて突撃を始めた“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の姿を見た角谷会長が又しても呑気な声で桃に話し掛けて来た。

 

 

 

「あっ…此れは()()()()()だねえ、かーしま♪」

 

 

 

其れに対して桃は震え声で「ヒィ…に、逃げろ!」と仲間達に指示すると“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”は其の場で180度旋回してから全速力で逃げ出したのだが、車内では……

 

 

 

「何て事したのよ、桃ちゃんの馬鹿ァ!」

 

 

 

「もう…河嶋先輩の“ダメ人間(ミ●ター)”!」

 

 

 

操縦手の柚子と装填手の佐智子が、又しても“トンデモ無い事”を仕出かした桃に向かって罵声を浴びせるのだった……

 

 

 

 

 

 

こうして、“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”リーダー・原園 嵐を怒らせた桃達“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”は、此の後事態を知った戦車道臨時講師で嵐の大叔母でもある鷹代が“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”を連れて止めに入る迄、“ニワトリさんチーム”の猛追を受けて演習場内を逃げ回る羽目に陥ったのである。

 

 

 

(第58話、終わり)

 




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第58話をお送りしました。

早速ですが、今回はアンツィオ戦直前練習の場面を膨らませてみましたが、瑞希があろう事か嵐と梓目掛けて“百合の花の種”をバラ撒く事案が発生(笑)。
果たして嵐と梓は瑞希の陰謀に抗えるのか?(勿論無理w)

そして桃ちゃん…又しても嵐ちゃん相手にやらかす(ゲス顔)。
と言うか、砲手としては超絶ノーコンな桃ちゃんが何故、嵐ちゃん相手だと命中弾を得られるのでしょうか…作者の私にとっても謎です(遠い目)。

そして、次回はアンツィオ戦前最後のエピソードになります。
桃ちゃん相手に大立ち回りをやっちゃった嵐ちゃん達に、角谷会長が?

其れでは、次回をお楽しみに。



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第59話「会長さん、ゴチになります!!」


今回は、嵐ちゃん達“ニワトリさんチーム”が“カメさんチーム”に連れられてガルパンおじさんなら御馴染みの“ある御店”へ行きますが…さあ、何処でしょう?
ノーヒントですので御店の名前が気になる方は、是非本編を御読み下さい。
其れでは、どうぞ。
※尚、今回は“実在の国内自動車・バイクメーカーと其の関連会社”が複数登場しますが規約違反にならない様、社名は伏せておりますので如何かご了承下さい。
何故そんな事になっているのかは…読めば分かる(迫真)。



 

 

 

『ああ…今日は、やり過ぎちゃった』

 

 

 

「嵐…練習中()()()()()()()()、流石に鷹代さんも怒るわよ」

 

 

 

『瑞希…正直、今回は反省してる』

 

 

 

此処は、大洗女子学園・戦車格納庫。

 

私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”は、此の日の午後に行った“対アンツィオ高校戦前・最後の練習”を終えて帰り支度をしているのだが…実を言うと、私達は練習中“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”・“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”と共に“或る事件”を起こした結果、先程迄大洗女子学園戦車道チーム・臨時講師を務める大叔母の鷹代さんから説教を受けていた為、他のチームよりも帰りが遅くなったのだ。

 

其の“事件”とは、“アヒルさんチーム”と“カメさんチーム”が練習の一環として行った“模擬戦”に熱中し過ぎて仲間達が砲撃訓練中の射撃場を横切ると言う“重大な危険行為”を犯した為、私達“ニワトリさんチーム”と“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”が彼女達の“模擬戦”を止めに向かったのだが…私達の説得をロクに聞かなかった “カメさんチーム”車長兼砲手の河嶋先輩が私達の説得を聞き入れて停車した“アヒルさんチーム”目掛けて発砲したのだ。

 

処が砲手としては“()()()()()”の河嶋先輩が撃った“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”の37㎜砲弾は、狙った()の“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”を大きく外して…何と私が車長を務める“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の砲塔正面に命中。

 

聖グロとの練習試合に続いて起きた河嶋先輩による“友軍相撃(フレンドリー・ファイア)に激怒した私は弁明しようとする先輩に向かって……

 

 

 

『問答無用!今から地の果て迄追い詰めて、()()()()にして差し上げます!』

 

 

 

と啖呵を切った上で、演習場内を逃げ回る“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”をイージーエイト(M4A3E8)で追い掛け回したのだ。

 

其の結果、事態を知った鷹代さんが西住隊長率いる“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”を連れて止めに入ると、私を含む“()()”の関係者全員を戦車格納庫に集めて()問した後、其々の“過ち”を具体的に指摘した上で「御前達、二度と同じ事を繰り返すんじゃないよ!」と叱ったのだった。

 

 

 

そんな事を私が思い出していると、隣に居た菫が「御免ね…私も“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”を追い掛けるのに夢中になっちゃった」と謝罪した後、舞も「嵐ちゃん、ドンマイだよ♪」と元気付けてくれた。

 

更に、良恵ちゃんと瑞希が頷き乍らこう語る。

 

 

 

「そうですよ。元はと言えば、河嶋先輩が又“友軍相撃(フレンドリー・ファイア)”をやったのが原因なんですから…実際、鷹代さんも『河嶋が一番悪い!』と怒鳴っていたじゃないですか?」

 

 

 

「良恵の言う通りよ。其れに、角谷会長も叱られていたじゃない。『リーダーとして、河嶋をちゃんと指導しなかった角谷さんも同じ位悪い!』って」

 

 

 

其処へ菫も「そうそう、あの時会長さんが見せた“()()()()()”は見物だったよね♪」と語るが、私は如何しても納得出来ず『でも…模擬戦で暴走した先輩達(磯辺&河嶋)を止めようとして()()()しちゃったのは私だし』と俯き加減で呟いた時だった。

 

 

 

「ああ、原園ちゃん達♪」

 

 

 

「「『はいっ!?』」」

 

 

 

何と、角谷会長が私達に声を掛けて来たのだ。

 

其れに驚く私達を余所に、会長は済まなそうな声で謝罪する。

 

 

 

「今日は御免ね。私達が模擬戦をやる場所を確かめなかったから原園ちゃん達だけで無く皆にも迷惑を掛けちゃって」

 

 

 

其処へ私の隣に居た瑞希が「勿論、()()()()も反省していますよね?」と問い質すと……

 

 

 

「あの…原園、そして皆、()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

河嶋先輩が会長の隣に控えて居る小山先輩と名取 佐智子ちゃんの後方に隠れつつ、ブルブル震え乍ら謝罪していた…河嶋先輩、殴ったりはしませんから安心して下さい。

 

其れは兎も角、私達“ニワトリさんチーム”メンバー全員が生暖かい視線を河嶋先輩に向けていると角谷会長がこう告げた。

 

 

 

「其れでね。今日は御詫びとして、原園ちゃん達に()()()()()()()んだけど…良いかな?」

 

 

 

すると私の仲間達が一斉に「「「えっ、本当ですか!?」」」と歓喜の声を上げたのを聞いた私は済まなそうな声で角谷会長に質問をする。

 

 

 

『あの…其れなら、他のチームも誘った方が良くないですか?』

 

 

 

すると小山先輩が小さく頷き乍ら()()を説明してくれた。

 

 

 

「実はね、他のチームにも話をしたんだけど…西住さん達“あんこうチーム”は『今晩学生寮の武部さんの部屋でイタリア料理を作る』って言っていたし、他のチームも其々“戦車道の勉強会”や“明日の試合に向けての作戦会議”とか、後は“()()()()()()()()()”が有るから来れないって」

 

 

 

其の説明を聞き乍ら、私は心の中で『“アヒルさんチーム(バレー部の面々)”は夜でもバレーの練習をするのか…磯辺先輩達、本当に体力が保つのかな?』と“心配”をして居たのだが、此処で角谷会長が説明を続ける。

 

 

 

「と言う訳で、最初は学食を借り切って皆に夕食を奢ろうかなと考えていたんだけど…其れならアタシ達()()()()()()()()()()が在るから、其処へ招待しようかなと思ってね」

 

 

 

すると瑞希・菫・舞の三人が元気良く「「「本当ですか、ゴチになりまーす!」」」と返事をする声を聞いた良恵ちゃんが「原園さん、野々坂(瑞希)さん達は何時も元気が良いですね?」と話し掛けた為、私は憮然とした声でこう答えた。

 

 

 

『全く…あの三人、こう言う事になると“何時も()()”なんだから』

 

 

 

 

 

 

こうして私達は学園を出た後、“生徒会四人組(杏&桃&柚子&佐智子)”の案内で暫く学園艦の甲板を歩いていると、舷側沿いの海が見える道端に建つ一軒の御店に辿り着いた。

 

 

 

「此処だよ♪」

 

 

 

先頭を歩いていた角谷会長が目的地に着いた事を告げると其の御店の正面には「とんかつRestaurant “Cook Fan”」と書かれた看板が掲げられていた。

 

 

 

其れを見た私が『とんかつ専門のレストランですか?』と呟くと瑞希が笑顔で「みなかみ町にも精肉店が営んでいるレストランが在って其処でも美味しいとんかつを食べられるけど、とんかつ専門店は無いから興味が湧きますね♪」と角谷会長に話し掛けたので、私も頷く。

 

すると御店の前を見た菫と舞が語り合っている。

 

 

 

「あっ、御店の前にミニ・クーパーが停まってる。可愛くて素敵だね♪」

 

 

 

「御店も可愛い雰囲気だね♪」

 

 

 

うむ…舞は兎も角、車好きの菫は停まっている車(ミニ・クーパー)の方に興味が湧くのかと思っていると、良恵ちゃんが佐智子ちゃんに何やら問い掛けていた。

 

 

 

「あれ?佐智子、此の御店は何処かで見た事が!?」

 

 

 

「そうだよ。此処のメニューには、良恵の実家で採れた御米や私の実家で採れたキャベツ等の野菜が使われているんだ*1

 

 

 

其の話を聞いた私が“へえ…流石は、実家が農家で従姉妹同士の二人だな”と思っていると、小山先輩も「そうなんだ♪」と二人に話し掛ける中、角谷会長を先頭に皆が店内へ入ると……

 

 

 

「いらっしゃい!」

 

 

 

店内のカウンターに居た壮年の男性が挨拶したので、角谷会長も挨拶すると皆に向かって此の人を紹介してくれた。

 

 

 

()()()()()()()()で、学園艦街の商工会議所の相談役でもあるんだ」

 

 

 

続いて、皆が自己紹介を行っていると瑞希が「店長さんの御名前、“旧日本海軍の装甲巡洋艦(浅間型二番艦)”や“海上自衛隊の補給艦(AOE-423)”と一緒じゃないですか!私は模型好きの父の影響で船が好きなので親近感が湧いちゃいます♪」と喜びの声を上げた為、店長さんは頭を掻き乍ら「そんな事を言われるのは初めてだよ~」と答え乍ら笑っていたが、其処で彼は私に視線を向けると“意外な事”を語り出す。

 

 

 

「でも驚いたな…まさか直之の娘さん()が戦車道大会に出場して、隊長の西住さん達を守り抜いてサンダース大付属に勝つなんてさ」

 

 

 

『えっ…私の御父さん(直之)の事を知っているのですか!?』

 

 

 

店長さんの一言に私が驚きの声を上げると、彼は更に意外な事を話してくれた。

 

 

 

「直之はね、俺の小・中学校の後輩なんだ」

 

 

 

「「「『本当ですか!?』」」」

 

 

 

店長さんの話に皆が驚くと、彼は当時の事を語り始めた。

 

 

 

「うん。直之はね、小学校四年生の頃迄は体が細くて学校も休みがち、其れに両親も小さい頃に亡くしていたからクラスメートによく虐められていてさ…でも大洗女子の戦車道チームの御姉さん達と友達になってから体を鍛え出して勉強も頑張る様になったから、中学卒業の頃には“文武両道のカッコイイ奴”になっていたよ」

 

 

 

そして店長さんは、部屋の奥に置いて有る写真立てを持ち出すと其れを私達に見せた。

 

 

 

「此れ、直之が学園艦内の中学を卒業した時に俺が撮った“直之の記念写真”だよ」

 

 

 

「「「おおっ!?カッコイイ!」」」

 

 

 

店長さんが見せた写真に写っている中学時代の御父さん(直之)の学生服姿を見て興奮する仲間達…まあ、御父さん(直之)は昔からカッコ良かったから♪

 

すると店長さんが再び当時の話を語ってくれた。

 

 

 

「直之は、中学を卒業する少し前から『大洗女子の戦車道チームの皆に恩返しをする為に、戦車の整備士を目指す』って決めていて其処から戦車の整備工場迄作ったんだよな…そんなアイツが亡くなってもう直ぐ十一年。嵐ちゃん、若しかしたら君は御父さん(直之)に導かれて此の大洗へ来たのかも知れないね」

 

 

 

『あっ…そうかも知れませんね』

 

 

 

店長さんの言葉に、不意を突かれた私が戸惑い乍ら答えると其の様子を眺めていた角谷会長が声を掛ける。

 

 

 

「店長さん。其れより注文聞かないと閉店迄話が終わりませんよ?」

 

 

 

すると店長さんも気を取り直して返事をした。

 

 

 

「御免、つい直之の話で懐かしくなってたよ!じゃあ皆さん、御注文を御願いします!」

 

 

 

 

 

 

こうして、店長さんに注文の品を伝えた私達が店内の御座敷に移動してから暫く経つと店員さんが注文した料理を持って来てくれた。

 

そして皆が夕食を食べ始める中、私は角谷会長と河嶋先輩・瑞希と一緒の御座敷に座り、御店で一番人気と言う“カツカレー”を食べ始めたが、ふと『今日の練習で“カメさんチーム( 河嶋 桃 )”を追い掛け回した事』を思い出すと向かい側に座る会長と河嶋先輩に向けて謝罪した。

 

 

 

『御免なさい。今日は練習で先輩方を追い掛け回してしまって……』

 

 

 

すると河嶋先輩が慌てた声で「いや、原園は悪く無いぞ。元はと言えば、私達(カメさん&アヒルさんチーム)が戦車で射撃場を横切ったのが悪かったんだから」と釈明したが、隣に居た角谷会長が河嶋先輩を制すると「如何したの原園ちゃん?何だか元気が無さそうだけど?」と訊いて来た為、私は“今の心境”を告白する。

 

 

 

『はい…私、店長さんから御父さん(直之)の話を聞いた時、今日先輩方を追い掛け回した事と一緒に“群馬みなかみタンカーズでの日々”を思い出して辛くなってしまったんです』

 

 

 

すると私達の隣の御座敷に座って居る小山先輩が「みなかみタンカーズでの日々?」と問い掛けたので、私はこう答えた。

 

 

 

『私…みなかみタンカーズでは毎日勝手な事ばかりやっていたんです。練習は真面目にやって居たけど試合では隊長や副隊長の言う事は()()聞かなかった。何時も“一匹狼”を気取っていて、試合中はチームの作戦は全て無視して()()()()()を頼りに戦っていたし、仲間が狙っていた相手チームの戦車を横合いから撃破する、なんて事も平気でやっていました』

 

 

 

すると河嶋先輩が「えっ!?原園、確かに私は御前の事を“生意気だ”と思った事は有るが西住隊長の指示を無視した事は無いだろう!?」と驚きの声を上げ、同じく小山先輩も「そうだよ原園さん、如何したの!?」と戸惑っている中、角谷会長が珍しく真面目な声で「原園ちゃん、其れ本当なんだろうね?」と問い掛けた処、瑞希が私の代わりに答えた。

 

 

 

「嵐の言う通りです。彼女はタンカーズでは“チームのエース”であると同時に“誰にも縛られない一匹狼(女王様)でした。当時のチームメイトである私達が証人です」

 

 

 

そして瑞希・菫・舞が頷くと佐智子ちゃんが不安気な声で「えっ…原園さん、如何してそんな事をしていたんですか?」と問い掛けたので、私は沈んだ声で答える。

 

 

 

『私が戦車道を始めようと思ったのは戦車道が好きだった御父さん(直之)の影響なのだけど、5歳の夏、両親に“戦車道をやる”って告げた直後に御父さん(直之)が戦車に轢かれて亡くなって…其の上母さん(明美)に無理矢理戦車道を教え込まれた所為(せい)で“()()()()戦車道をやりたいと思ったのか?”が分からなくなったんだ』

 

 

 

私の答えに“生徒会四人組(杏&桃&柚子&佐智子)”が真剣な表情で聞き入っているのを見詰め乍ら、私は更に答え続けた。

 

 

 

『だから“みなかみタンカーズ”に入ってからは()()()()()()()()()()()()()()()()()!”って気持ちが強くて…だから隊長や副隊長の言う事は全然聞かなかった。何故なら私は“みなかみタンカーズ”に入る前から母さん(明美)に戦車道の事を徹底的に教え込まれた結果、試合ではチームの作戦よりも“()()()()()”を信じて戦った方が上手く行くのを体験的に知っていたから』

 

 

 

其の時、河嶋先輩が驚愕の表情で「チームの作戦よりも()()()()()に頼った方が勝てるだと?」と呟くのを聞いた私は、小さく頷くとこう答えた。

 

 

 

『だから…()()()()()()()()()。去年の“戦車道全国中学生大会・決勝戦”で黒森峰女学園・中等部に』

 

 

 

すると小山先輩が心配気な声で「一体、何が起きたの?」と問い掛けた為、私は更に語り続けた。

 

 

 

『あの試合中、私が何時もの様に“直感”で黒森峰(中等部)の側面を奇襲した時、()()()()()()()()()()()が私では無く私達の隊長・大姫 鳳姫(“姫ちゃん”)さんが乗るフラッグ車目掛けて突っ込んで来て“隊長兼フラッグ車同士の戦い”になって…其れで私達の隊長兼フラッグ( 大姫 鳳姫 )車が撃破されてみなかみタンカーズが負けた。私がチームの作戦を無視して勝手に動いたから、大姫さん(“姫ちゃん”)を孤立させてしまったんだ』

 

 

 

其処へ良恵ちゃんが「其の()()()()()()()()()って、此の間戦車喫茶“ルクレール”で会った()() ()()さんですね?」と問い掛けると、私は彼女に向かって頷いてからこう答えた。

 

 

 

『うん…あの時、私は初めて“()()()()()”が通用しない相手に出会った。そして、隊長の大姫(“姫ちゃん”)さんが何時も言っていた“チームプレイ”の意味を漸く知ったんだ』

 

 

 

すると、瑞希が当時を思い出して「そう言えば“姫ちゃん(鳳姫)”は、何時も試合中勝手な事をする嵐を根気良く叱って居たわね」と語ると、菫もこう語る。

 

 

 

「“姫ちゃん(鳳姫)”は、何時もチームの皆に『試合に勝つ為には“チーム一丸となって戦うのが大事だ”』って言って居たもんね」

 

 

 

其処へ瑞希が「其処は、一寸だけ西住先輩に似ているかな?」と私に向かって呟くと、御座敷の外れに座って居る舞が「だから“姫ちゃん(鳳姫)”はアンチョビさんの心意気に惚れて、複数の強豪校から来たスカウトを蹴ってアンツィオ高へ進学したんだよね」と話した処、瑞希が頷き乍らこう語った。

 

 

 

「アンチョビさん…あの人も結構な苦労人だから、“姫ちゃん(鳳姫)”も惚れ込んだんだろうな」

 

 

 

すると、角谷会長が私達に向かって問い掛ける。

 

 

 

「そう言えば、此の間対アンツィオ戦の作戦会議をやった時に野々坂ちゃん達から()()()()の事を聞こうと思っていたんだけど、つい忘れていたから此処で話して貰おうかな?」

 

 

 

此の時、私は角谷会長の言葉の意味が分からず『()()()()?』と問い返した処、会長は「ああ御免。アンツィオ高の隊長さんの事だよ…アンチョビだから“()()()()”♪」と答えたので私は呆気に取られたが、隣に座って居る瑞希は微笑み乍ら「そうでした♪」と呟くと、皆に向かって“アンツィオ高戦車道チーム隊長・アンチョビ”の話を始めた。

 

 

 

「“アンチョビ”と言うのは、アンツィオ高進学後に後輩から付けられたソウルネーム(魂の名前)で、本名は“安斎(あんざい) 千代美(ちよみ)”。()()()()()()出身で小学生から戦車道を始め、小・中学生の全国大会でも活躍して将来を嘱望されていた頃、当時衰退していた戦車道チームの再建に着手したアンツィオ高からスカウトされたのです」

 

 

 

其処へ舞が右手を挙げると、瑞希の話の続きを語った。

 

 

 

「でも、アンチョビさんが入学した当時のアンツィオ高の戦車道は学校が財政難と言う事もあって履修生が数人しか居なくて、翌年戦車道に入って来た後輩もたったの二人(ペパロニと金髪の少女)しか居なかったんだ」

 

 

 

此処で話を聞いて居た角谷会長が「何で?」と問うと、瑞希が其の理由を語った。

 

 

 

「一つは、舞が言った通り“学校が財政難だから充分な数の戦車や燃料等が買えない”からですが、実はもう一つ()()()()()が有って…此れについては菫が詳しいのですが」

 

 

 

『ああ…菫が大好きな“アレ”に(まつ)わる話ね』

 

 

 

「「「?」」」

 

 

 

瑞希の話に私が相槌を打った様子を見た生徒会四人組(杏&柚子&桃&佐智子)と良恵ちゃんが首を傾げていると、瑞希から話を振られた菫が“アンツィオ高戦車道低迷の()()()()()について説明を始めた。

 

 

 

「アンツィオ高の本籍地・栃木県は私達の出身地である群馬と同じく“海無し県”だから、学園艦の母港は静岡県の清水港なのです。だからアンツィオ高には地元の栃木県だけで無く静岡県や其の隣県である愛知県出身の生徒も数多く居るんですが…此れが“()()”だったんです

 

 

 

此処で話を聞いて居た河嶋先輩が「其れが如何したんだ?」と菫に問い質すと、彼女は小さく頷いてから説明を続ける。

 

 

 

「先ず、生徒の主な出身地が三県に跨るから、其々の県民性の違いで“生徒達が一丸となって(まと)まり難い”と言う欠点が有るんです」

 

 

 

其の説明に皆が頷く中、菫は「更に……」と前置きしてから()()()()()を語り始めた。

 

 

 

「アンツィオ高の本籍地・栃木県は“()()()()()”で、県内には自動車メーカーや関連部品メーカー各社の工場や研究所が幾つも在ります。しかも県内には“大手自動車兼バイクメーカー*2が運営する国際サーキット*3”迄在るんです」

 

 

 

此処で、舞が菫に目配せをしてから“話の続き”を簡潔に語る。

 

 

 

「つまり、アンツィオ高の生徒の中には“ライバル関係にある自動車メーカーや関連会社の従業員の子供達”が結構居るんだよ」

 

 

 

二人の言葉に、生徒会四人組(杏&柚子&桃&佐智子)と良恵ちゃんが呆気に取られる中、菫が“更なる話の続き”を語り出した。

 

 

 

「オマケに、アンツィオ学園艦の母港・清水港が在る静岡県と言えば、磐田市に“国内第二位のオートバイメーカー*4”の本社が在り、浜松市には“軽自動車とオートバイで有名なメーカー*5”の本社が在ります。そして愛知県と言えば“()()()に本社が在る日本最大の自動車メーカー*6”の地元で、更に此の会社はさっき言った磐田市と浜松市に本社が在る二つのメーカーとは親密な関係にあるから……」

 

 

 

其処で、菫は一旦言葉を区切ると悲し気な声でこう語った。

 

 

 

「アンツィオ高では、其々の地元(愛知&静岡県対栃木県)に在る自動車・バイクメーカーに勤めている“生徒の保護者”間で“長年に亘る確執”が有ったんです」

 

 

 

其処へ、今度は瑞希が“此の問題に関する重要な証言”をする。

 

 

 

「要は、保護者の勤め先がライバル関係にある“同業者”だから、其の延長線上で“アンツィオ高のPTA”の間にも軋轢が在ったんです。其処へ豊田市出身のアンチョビさんが“学校からのスカウト”と言う形で入学した事で、栃木県出身の生徒の保護者の一部から()()()()をした者が現れたんです」

 

 

 

瑞希の証言に、生徒会四人組(杏&柚子&桃&佐智子)と良恵ちゃんが戸惑う中、再び菫が説明を始める。

 

 

 

「何故なら、アンチョビさんの御父さんは地元・豊田市に本社が在る“日本最大の自動車メーカー”のグループ企業である“国内最大手の自動車部品メーカー*7”の常務さんなんだよ」

 

 

 

其の発言に、佐智子ちゃんが「えっ!?じゃあアンチョビさんは“中々の御嬢様”じゃないですか!?」と驚きの声を上げると、瑞希が頷き乍ら“アンツィオ高にやって来たアンチョビさんの身に起きた事件”について説明した。

 

 

 

「だから栃木県出身の保護者で“日本最大の自動車メーカーのライバル会社”に勤めている人達が根拠も無いのに、“彼女は父親の親会社の手先で、アンツィオ高を乗っ取る気だ!”って陰口を叩いたらしくって…其の影響で罪の無いアンチョビさんが二年生になった時は後輩が二人しか来なかったんだって」

 

 

 

瑞希達の説明を聞いた生徒会四人組(杏&柚子&桃&佐智子)と良恵ちゃんが、皆遣り切れ無い表情を浮かべる中、小山先輩が「其れって…酷いね」と悲し気な声で呟いたので、私もこう答える。

 

 

 

『まあ、アンツィオ高のモデルになったイタリアも1861年に統一される迄は沢山の小国に分裂していたし、今でもイタリアの北部と南部の人達は経済格差を背景に仲が悪いって聞きますから…そう言う所も似てしまっている様なんです』

 

 

 

其処へ、菫が私の話に頷き乍ら“其の後の話”を語った。

 

 

 

「でも、アンチョビさんは諦めずにアンツィオ高の内外で戦車道の活動を続けた結果、保護者達の誤解も徐々に解けて戦車道を応援してくれる様になり、戦車道に対する生徒達の関心も高まって今年は40人の新入生が戦車道に入って来たんだって」

 

 

 

其れに対して、私も菫に向かって相槌を打つ。

 

 

 

『そう言えば“姫ちゃん(鳳姫)”も去年のアンツィオ高の学園祭に来た時、必死になって新入生の呼び込みをやっていたアンチョビさんの姿を見てから彼女と一緒に話し込んで居たよね』

 

 

 

其処へ瑞希が「そうそう…あの頃、“姫ちゃん(鳳姫)”は『みなかみタンカーズで全国の舞台を経験したから、高校戦車道は弱いチームへ入って“其処を何処迄強く出来るのか自分を試してみたい”』って言っていたわ」と当時を振り返っていると、舞も「そんな“姫ちゃん(鳳姫)”にとって消滅寸前だったアンツィオ高・戦車道チームを蘇らせたアンチョビさんは“憧れの存在”なんだよね♪」と語っていた。

 

 

 

そんな二人の会話を聞いた菫は頷くと「実際、今のアンツィオ高・戦車道チームの主力は一年生だけど、皆アンチョビさんの事を“ドゥーチェ(統帥)”と呼んで慕っているんだよ」と語った処、今度は私達の話を聞いて居た河嶋先輩が、頷き乍らも私達に向けて“檄”を飛ばした。

 

 

 

「成程…彼女達が苦労して大会を勝ち上がって来た事は分かったが、だからと言って私達が負けてやる訳には行かないぞ!」

 

 

 

そんな彼女の言葉を聞いた私は笑顔を浮かべ乍ら『河嶋先輩、久しぶりに()()を言ってくれましたね♪』と答えた処、彼女は顔を真っ赤にして「久しぶりとは、何だ!?」と叫んだので、私はキョトンした表情でこう語る。

 

 

 

『いえ、先輩を褒めた心算ですけれど?』

 

 

 

すると河嶋先輩は恐縮した表情で「あっ…済まない。つい()()を言われたと思ってしまったんだ」と弁解した途端、向こうの御座敷に座って居る小山先輩からこんな事を言われたのだった。

 

 

 

「桃ちゃん、“()()()()”は止めよう♪」

 

 

 

其の直後、今度は恥ずかしさで顔を真っ赤にした河嶋先輩の姿を見た全員が笑い出したのは言う迄も無い。

 

 

 

 

 

 

こうして夕食を終えた後、皆で飲み物を飲み乍ら“最近の話題”について語り合って居た時、良恵ちゃんがこんな事を話して来た。

 

 

 

「そう言えば佐智子ちゃん、昨日“気になる事”が有ったんだよね?」

 

 

 

「うん。実は昨日の昼休み中、校舎で西住先輩達(みほ&沙織&華)と擦れ違った時に、“戦車道をやりたい”って先輩達に声を掛けようとした人に出会ったんだけど」

 

 

 

其の話を聞いた私が『如何したの?』と佐智子ちゃんに其の先の話を促した処、彼女はこう語ってくれた。

 

 

 

「其の人は“かなりの人見知り”らしくて、西住先輩達に声を掛けられなかったから私が彼女に『戦車道志望ですか?』と問い掛けたら凄く驚かれてアッと言う間に私の前から逃げ出しちゃったんです。それで私、“何かいけない事をしたのかな?”って気になっていて……」

 

 

 

其の話を聞いた私も気になって『其の人、何か特徴とか無かった?』と佐智子ちゃんに質問した処、彼女は自信無さ気な声で「其れが、長身で長い金髪の人なんだけど瓶底眼鏡で頭には猫耳を着けている“一寸変な人”で…ああそうだ。確か自分の事を“ねこにゃー”って言っていました」と答えた時、瑞希が「“ねこにゃー”?まさかね……」と独り言を呟き乍ら考え込んで居たのを見た私は『如何したの“ののっち(瑞希)”、何か心当たりが有るの?』と問い質したが、彼女は首を横に振り乍ら「いや、多分私の“()()()”だと思うわ」と答えると話題を変えて来た。

 

 

 

「そう言えば会長、此の間の戦車捜索で見つけた“ルノーB1bis”の乗員が決まった事、未だ皆に言って無いですよね?」

 

 

 

『何、其れ?』

 

 

 

突然の“新しい戦車の乗員”の話題に、何も知らなかった私が瑞希に向かって問い掛けた処、角谷会長が笑顔で詳しい内容を語り出した。

 

 

 

「ああ、野々坂ちゃんは私と一緒に其の場に居たから此の事を知っているんだよ…実はね、“ルノーB1bis”は風紀委員に任せる事にしたんだ」

 

 

 

『風紀委員…まさか、園先輩(ソド子)達にですか!?』

 

 

 

角谷会長の話を聞いて“風紀委員”に心当たりが有った私は、毎朝登校時に学園正門で挨拶をしている内に、私の事を“何時も元気の良い挨拶で遅刻をしない”と褒めてくれたのを切っ掛けに親しくなった風紀委員長の園 みどり子(ソド子)先輩の姿を思い出して問い質した処、瑞希が腹黒い笑みを浮かべ乍ら、こう答えたのだ。

 

 

 

「ピンポーン。風紀委員長で三年生の園先輩(ソド子)と二年生の後藤・金春(ゴモヨとパゾ美)両先輩の三人よ♪」

 

 

 

余りにも“まさか過ぎる答え”を聞かされた私は、呆気に取られつつ『大丈夫?』と問い掛けたが、瑞希は「園先輩(ソド子)渋る後輩二人(ゴモヨとパゾ美)に向かって『戦車道を切っ掛けに、一層レベルアップした“ハイブリッド風紀委員”に成れるかも知れない!』と言って励ましていたから、やる気は有ると思うわよ?」と答えた処、其の話を聞いた菫が戸惑い気味にこんな事を言った。

 

 

 

「“ハイブリッド風紀委員”って…トヨタ・プリウスじゃ無いんだし」

 

 

 

其の瞬間、皆が自動車好きな菫の“天然ボケ”に釣られて「「「アハハ!」」」と笑い声を上げる中、ふと私は“戦車捜索で発見されたもう一輌の戦車”の事を思い出し、角谷会長へこう問い掛けた。

 

 

 

『あっ…其れと、紗季が見付けた()()()()()()()()()、あれは如何なったのですか?』

 

 

 

すると、角谷会長に代わって河嶋先輩が複雑な表情を浮かべつつ「実はな…アレは見付かった場所が学園艦内の奥深い場所だったので、原園車輌整備の刈谷さんに頼んで専門のクレーン業者を呼んで貰ってから引き揚げる心算だったんだが……」と答えている途中で、菫が済まなそうな声で“其の結末”を告白した。

 

 

 

「其の前に自動車部の先輩(ナカジマ)達が()()()引き揚げようとして…()()したの」

 

 

 

『ええっ!?』

 

 

 

菫の告白に仰天した私が叫んだ処、角谷会長が笑顔で“其の先の話”を語ってくれた。

 

 

 

「まあ、戦車は甲板を一枚ブチ抜いて落ちただけで済んだんだけど、刈谷さんが酷く怒ってねえ。引き揚げを止めようとした萩岡()ちゃんを除く自動車部の四人(ナカジマ達)を正座させて『御前達、勝手に作業するんじゃない!肝心の大型クレーン車が未だ来ていないんだぞ!』って怒鳴っていたよ」

 

 

 

其処で私は『それで引き揚げ作業は大丈夫なんですか?』と問い掛けた処、小山先輩がこう答えてくれた。

 

 

 

「さっき、刈谷さんから連絡があって『専門のクレーン業者が学園艦に到着したから、明朝から作業に入る』んですって。其れと戦車の方は“相当()()()()()()()()な気がする”から修理したら自動車部が乗りたいって言って来たので、刈谷さんも『其れだけの覚悟が有るなら戦車の引き揚げに失敗した件は勘弁してやる。其の代わり、俺が修理を指導するから覚悟しろよ』って言っていたわ」

 

 

 

其の言葉に、私は『うわ~っ、刈谷さんの指導は厳しいから自動車部の皆は大丈夫かな?』と呟いたが、其処へ菫が「ナカジマ先輩達、本気であの戦車に乗りたがっているから大丈夫だと思うよ」と笑顔で答え乍ら自動車部の話を語り続けた。

 

其の為、私はつい“()()()()()()()()()()()()について聞くのを忘れてしまった…其の結果、後日私は此の戦車の正体を知って呆然となるのだけど、此れは又別の話だ。

 

 

 

こうして生徒会役員達との夕食を終えた翌日、遂に“戦車道全国高校生大会第二回戦”・アンツィオ高校との試合の日がやって来た。

 

 

 

(第59話、終わり)

 

*1
※此れは本作独自の設定です。御注意下さい。

*2
最近飛行機や宇宙ロケットに迄手を出している会社。

*3
茂木町に在る“アレ”。

*4
裏で自動車用エンジンの開発・生産請負もやっている。

*5
某・鈴菌で有名なあの会社。

*6
言わずと知れたあの会社。

*7
※此の会社、実は戦後間もない頃、豊田市に本社が在る日本最大の自動車メーカーの赤字部門だった電装部を独立させて作った為、独立時に一億四千万円の累積赤字があり、其の結果独立直後に社員の30%を人員整理していると言う、まるでアンツィオ高みたいな歴史がある。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第59話をお送りしました。
と言う訳で…今回は、ガルパンおじさんなら御存知のとんかつレストラン“Cook Fan”を舞台に御送りしました。
勿論、実在する方の御店と店長さんとは全く無関係の本作オリジナル設定ですので混同しない様に御願いします(苦笑)。
其れと今回は「アンチョビがアンツィオ高で苦労した話」を菫と瑞希が語っていますが…実はアンツィオ高の生徒が多い栃木・静岡・愛知三県は自動車・バイクメーカーや関連会社の工場が多い所なので「もしかするとアンチョビはこんな苦労もしていたのでは?」と想像しつつ書きました(嵐の語っている様にアンツィオ高のモデルのイタリアも色々ある国ですし)。
勿論、此方も本作オリジナルの設定ですので原作や現実と混同しない様に御願いします…でも、きっとアンチョビは苦労してアンツィオ高をあそこ迄強くしたのは間違い無いと思います。

そして次回、いよいよ戦車道全国大会二回戦が始まりますが…遂に“マルゲリータ”が大洗女子の前に現れると同時に「アンツィオ高が大洗女子に仕掛けた“罠”の正体」が明かされます。
其の時、一体何が起きるのか!?
其れでは、次回をお楽しみに。



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第60話「私達に迫るアンツィオ高の罠です!!」


御待たせしました。
遂に今回、「アンツィオ高が大洗女子に仕掛けた“罠の正体”」が明かされます。
一体、マルゲリータはどんな“策略”を考え付いたのか?
其れでは、どうぞ。

※追記:私、瀬戸の住人はロシアによるウクライナ侵攻を非難します。
 戦車を無駄に歩兵や民兵の餌食にしているんじゃねーよ、プーチン!(割と本音)



 

 

 

「此れより、“第63回戦車道高校生全国大会”二回戦・Aブロック第二試合『栃木県代表・アンツィオ高校対茨城県代表・大洗女子学園』の試合を開催致します!」

 

 

 

場内アナウンスが流れると、試合会場に集まった観客達の熱気は最高潮に達する。

 

近年の戦車道人気低迷で“戦車道高校生全国大会”も観客席の空席が目立っていたが、今年は様子が違う。

 

一回戦の時も例年より観客数が増えていたが、二回戦では更に増えており、各試合会場の観客席は何処もほぼ満員の状態だった。

 

何故、今大会は例年よりも観客動員数が増えたのだろうか?

 

先ず、在京TVキー局の“首都テレビ”が久しぶりに“大会の()()()生中継”を全国ネットで復活させた事に伴い、同局に於いてニュースや情報バラエティ番組の中で本大会の特集企画を連日放送した結果、例年よりも戦車道に対する世間の関心が高まっていた。

 

首都テレビとしても、開局以来「在京TV局視聴率ランキング万年四位」と呼ばれ続けている原因である「スポーツコンテンツが弱い」と言う弱点を克服するべく今大会の独占放送権を手に入れただけに、二年後に日本で開催予定の“戦車道世界大会”をも視野に入れた“戦車道人気回復”を狙い、長年親密な関係にある“346プロダクション”から“シンデレラプロジェクト”出身アイドルを複数ゲスト出演させる等して、大会のイメージアップを図って来た。

 

其処へ、大会の第一回戦「サンダース大学付属高校(長崎県)対大洗女子学園(茨城県)」で“今年約二十年ぶりに戦車道を復活させた無名校・大洗女子学園”が“高校戦車道四強の一角・サンダース大付属”を破ると言う“大波乱”が起きた結果、首都テレビによる大会生中継や関連番組の視聴率が大幅にアップしただけでは無く、戦車道とは関係の無いドラマや音楽・アニメ等の番組視聴率も上向いて来た。

 

更に、首都テレビの大会生中継を見て戦車道に興味を持った視聴者が“戦車道高校生全国大会・第二回戦”の試合会場へ直接足を運んだ為、大会の観客動員数が更に増加すると言う好循環も生んでおり、戦車道連盟や大会関係者を喜ばせていたのである。

 

 

 

 

 

 

そんな外野の声を一切知らない私・原園 嵐と西住隊長率いる大洗女子学園・戦車道チームは、試合会場の一角に在る待機場所でアンツィオ高校との試合前最後の打ち合わせを行っていた。

 

 

 

「此処がポイントです」

 

 

 

西住隊長が皆の前で地図を見せ乍ら、試合を行うフィールド内のポイントを説明していると、私達の後ろから“聞き覚えの有る声”がした。

 

 

 

「失礼します…こんにちは、西住さん。一寸良いかな?」

 

 

 

「あれ…“那珂ちゃん”?」

 

 

 

私達が後ろを振り返って声がした方へ視線を送ると同時に、西住隊長が相手の名を呼ぶ…何と相手は“大洗のアイドル”・磯前 那珂()()だった。

 

 

 

「良かった、名前覚えていてくれて♪西住さんは丁寧な方だから“磯前()()”とか言われたら“アイドル失格”だもん」

 

 

 

西住隊長に向けて笑顔で丁寧な挨拶をする彼女の姿を見た私と瑞希は思わず「()()()()?」と呼び返した処、怒り顔の本人から「違う、“()()()()()”だから!」と言い返された時、菫が戸惑い気味の声で問い掛ける。

 

 

 

「其れより、那珂ちゃんは何故此処へ?」

 

 

 

其れに答えたのは、意外にも角谷会長だった。

 

 

 

「実はね、那珂ちゃんから“試合前に会って欲しい子達が居る”って頼まれて」

 

 

 

すると那珂ちゃんの後ろから十人の子供達が私達の前に現れて、一斉に「「「今日(こんにち)は!」」」と元気良く挨拶した後、那珂ちゃんがステージでの元気一杯な姿からは想像出来ない“丁寧な口調(言葉)”で子供達の紹介を始めたのだ。

 

 

 

「実はね…此の子達、私の両親が勤めている“児童養護施設”で暮らしている子供達なんだ」

 

 

 

「『えっ!?』」

 

 

 

“那珂ちゃんの御両親の意外な職業”を知らされて驚く西住隊長や私達を余所に、彼女は連れて来た子供達についての説明を続ける。

 

 

 

「此の子達は、皆色々有ってね…“去年起きた()()()()()”で保護者を亡くしたり、家族に虐待されている所を救い出される等して施設へやって来た子供達なんだ。だから皆、普段は笑顔でも心の中ではずっと辛い思いを抱え続けていたの」

 

 

 

「『!?』」

 

 

 

那珂ちゃんが語る“子供達の身の上話”に私と西住先輩達が衝撃を受ける中、彼女は思わぬ事を話した。

 

 

 

「そんな子達がね、此の間のサンダース大付属戦で頑張る西住さん達をTVで見て、皆が必死になって“大洗の御姉ちゃん達、頑張れっ!”って声援を送ったんだよ…そして西住さん達が勝った時、皆泣き乍ら喜んでたの」

 

 

 

すると那珂ちゃんが連れて来た施設の子供達が口々に“当時の事”を喋り始めた。

 

 

 

「うん!御姉ちゃん達、皆凄かった!」

 

 

 

「TVの中継で“サンダース大付属は高校戦車道四天王の一角”だって聞いて居たから『絶対勝てない』と思っていたのに、私達と同じ大洗で暮らしている御姉ちゃん達が勝ったから凄く嬉しかった!」

 

 

 

「だから私達“今日の試合も御姉ちゃん達に勝って欲しい”と思ったから、那珂ちゃんの御両親や施設長先生に御願いして私達が施設に居る皆の代表で御姉ちゃん達の応援にやって来たんだ!」

 

 

 

子供達の声に感動した私達が皆「「『わあ…!』」」と感嘆の声を上げる中、那珂ちゃんが「其れで、私は御父さんに引率を頼まれて此処へ来たの」と事情を説明すると、再び子供達がこんな事を言い出した。

 

 

 

「そうだ、那珂ちゃんも今度()()()があるんだろ?」

 

 

 

「そうそう!明後日、“346プロダクション”主催の音楽フェスティバル“全国ローカルアイドルバトル”の予選に出場するんだよ!」

 

 

 

「其処で優勝したら、“346プロダクション”のプロデュースでメジャーデビュー出来るんだよ!」

 

 

 

子供達の話を聞いた私達が、那珂ちゃんに向けて一斉に「「『おおっ!?』」」と歓声を上げると、何時もはハイテンションな声で話す那珂ちゃんが珍しくオドオドした声で「いや、先ずは予選を突破しないといけないし……」と呟いた時、子供達の中の一人が元気の良い声で喋り出す。

 

 

 

「那珂ちゃん、折角()()()()()()から脱出するチャンスなのに、そんな声じゃあ優勝出来無いよ!?」

 

 

 

「ち…()()()()()()は止めて!気にしているんだから!」

 

 

 

子供達からの“容赦無いツッコミ”に那珂ちゃんが困惑していると、もう一人の子供が西住隊長や私達に向けて“或る御願い”をした。

 

 

 

「そうだ、みほ御姉ちゃんや戦車道の御姉ちゃん達も、那珂ちゃんに“頑張れ”って言ってあげて!」

 

 

 

すると、話を聞いて居た西住隊長が笑顔で那珂ちゃんに「あの…私達も頑張りますから、那珂ちゃんも頑張って下さい!」とエールを送ったので、私や他の仲間達も一斉に那珂ちゃんへエールを送った。

 

 

 

「「『那珂ちゃん、メジャーデビュー目指して頑張れ!』」」

 

 

 

勿論、那珂ちゃんの返事は……

 

 

 

「は、はいっ!那珂ちゃん、メジャーデビュー目指して頑張ります!」

 

 

 

 

 

 

こうして私達との面会を終えた那珂ちゃんと施設の子供達が此の場から立ち去るのと入れ替わりに、一台の装輪車輛が私達の居る待機場所へやって来た。

 

其の車輛は、第二次世界大戦中にイタリア軍が使った車輛の中でも優秀とされる“SPA-ヴィベルティAS42偵察車・サハリアーナ”だ。

 

其のオープントップの車体前面に備え付けられた窓ガラスの上枠に足を掛け、腕組みをして立っている軍服風の制服を着た少女が居た。

 

彼女こそ、今日の対戦相手・アンツィオ高校戦車道チーム隊長“ドゥーチェ(統帥)”ことアンチョビさんだ。

 

でも、あの人はずっと走っていた“サハリアーナ”の上に立って居たけど、だとしたら凄いバランス感覚の持ち主だな…あの車、ずっと未舗装の路面を走っていたから、もしも路面の凹凸で揺れた時に転倒したら大怪我するのに。

 

其処へアンチョビ隊長が「頼もうー!」と“サハリアーナ”の上から声を掛けると、居合わせた角谷会長が手を挙げて……

 

 

 

「ああ、“チョビ子”♪」

 

 

 

其の瞬間、アンチョビ隊長は停車した“サハリアーナ”から飛び降りると「“チョビ子”と呼ぶな、“アンチョビ”!」とツッコミを入れて来た。

 

 

 

『そりゃ対戦相手に向かって変な渾名(チョビ子)で呼んだら誰だって怒りますよ、会長』

 

 

 

私が心の中でボヤいていると、今度は会長の後ろに付いて来た河嶋先輩が……

 

 

 

「で、何しに来た“安斎”?」

 

 

 

其の瞬間、私は心の中でアンチョビ隊長の()()を言った河嶋先輩へ向けて()()()()は止めて下さい!』と悲鳴を上げていると、案の定……

 

 

 

「“アンチョビ”!試合前の挨拶に決まっているだろ!?」

 

 

 

アンチョビ隊長が会長と河嶋先輩を怒鳴り付けると、不敵な微笑を浮かべ乍ら自己紹介を始めた。

 

 

 

「私はアンツィオの“ドゥーチェ(統帥)・アンチョビ”。()()()()()()は?」

 

 

 

そして、アンチョビ隊長が私達に向かって右手の指を差すと、河嶋先輩が「おい、西住」と西住隊長に向かって呼び掛ける。

 

其れに対して、西住隊長は表情を引き締めて「はい」と答えてからアンチョビ隊長の方へ向かって行った。

 

 

 

「ほう、アンタが()()西()()()か」

 

 

 

「西住 みほです」

 

 

 

自信たっぷりな表情で西住隊長に向き合うアンチョビ隊長と、少し緊張し乍ら自己紹介をする西住隊長…すると、アンチョビ隊長が挑発的な態度でこんな事を言って来た。

 

 

 

「フン!相手が“西住流”だろうが“島田流”だろうが、私達は負けない…じゃ無かった、勝つ!」

 

 

 

其の“挑発的な発言”に、私は心の中で『アンチョビ隊長…そんな事を言って居られるのも今の内ですよ!』と呟き乍ら闘志を燃やしていた。

 

でも、此処でアンチョビ隊長は表情を和らげると西住隊長に握手を求めつつ一言。

 

 

 

「今日は()()()()と勝負だ」

 

 

 

「はい。此方こそ宜しく御願いします」

 

 

 

アンチョビ隊長からの“フェアプレイ”精神溢れる言葉に西住隊長も笑顔で答えて、二人が握手をする姿を見た瑞希が「良かった…アンチョビ隊長が西住隊長をもっと挑発していたら嵐が怒鳴り込むんじゃ無いかって心配だったわ」と声を掛けたので、私は呆れ顔で『いや…試合前に騒動を起こす気は無いから』と答えた時。

 

 

 

「あっ、其れで実はな…“()()()()と勝負する”と言った以上、()()()()()()()()()()()()()()()()が……」

 

 

 

『えっ、未だ他に何か言う事が有るんですか!?』

 

 

 

アンチョビ隊長の“妙な発言”に、私が不安を感じた時だった。

 

アンチョビ隊長が乗って来た“サハリアーナ”偵察車の運転手がアンチョビ隊長の傍をウロウロしているの見たカエサル先輩が、運転手の金髪少女に向かって声を掛けたのだ。

 

 

 

「あれ…()()()()()!?」

 

 

 

たかちゃん(カエサル)!久しぶり~♪」

 

 

 

()()()()()、久しぶり!」

 

 

 

するとカエサル先輩と金髪の運転手が嬉しそうに駆け寄ると、両手を組んで勢い良く会話を始めた。

 

 

 

『そうか…“()()()()()”が、此の間カエサル先輩が言っていた“ずっと戦車道をやっている小学校の同級生”なのか』

 

 

 

二人の様子を見た私が、此の間“カバさんチーム”のシェアハウスでカエサル先輩から聞いた話を思い出していると“()()()()()”が、カエサル先輩へ話し掛けて来る。

 

 

 

たかちゃん(カエサル)、ホントに戦車道始めたんだね。吃驚♪ねえ、どの戦車に乗っているの?」

 

 

 

「秘密~♪」

 

 

 

「え~っ、まっ、そうだよね。()()()だもんね♪」

 

 

 

明るい声で語り合う二人の雰囲気が余りにも“百合百合しい”為、私は唖然としたが、其処へカエサル先輩のチームメイトである“カバさんチーム”操縦手・おりょう先輩も呆気に取られた声で「“たかちゃん”って、誰ぜよ?」と呟く。

 

すると同じチームの砲手・左衛門佐先輩が「カエサル(鈴木 貴子)の事だろ?」と的確なツッコミを入れる一方で、同じチームの戦車長兼通信手・エルヴィン先輩は「何時もとキャラが違う……」と呟いて“カエサル先輩の変貌ぶり”に驚愕している。

 

更に、何故か其の場へ紛れ込んでいた瑞希が明るい声で「此れは明らかに“カップル(百合)”ですね♪」と“余計な事”を口走っていた。

 

一方、そんな外野の声を知らない“()()()()()”は、カエサル先輩に向かって語り続ける。

 

 

 

「でも、今日は敵でも私達の()情は不滅だからね♪」

 

 

 

其の言葉を聞いた瑞希が()()()()()を浮かべている中、カエサル先輩も……

 

 

 

「うん!今日は正々堂々と戦おうね!」

 

 

 

“百合百合しい”口調で答えた処、“()()()()()”は「試合の前に会えて良かった。もう行くね、バイバイ♪」とカエサル先輩に別れを告げた。

 

そして、カエサル先輩も「バイバイ♪」と答えて、後ろを振り向くと……

 

 

 

「アッ!」

 

 

 

其処には、“()()()()()”との()()を見ていた“カバさんチーム”の仲間達が意味深な笑顔で待ち受けていたのだった。

 

 

 

「たかちゃん♪」

 

 

 

「カエサルの知られざる一面発見♪」

 

 

 

「ヒューヒュー♪」

 

 

 

おりょう・エルヴィン・左衛門佐先輩の順でカエサル先輩を冷やかす仲間達。

 

其の言葉で“()()()()()()()()()”の一部始終を見られたと悟ったカエサル先輩は「な…何だ、何が可笑しい!?」と悲鳴を上げたが、其の瞬間。

 

 

 

「可笑しく無いですよ、カエサル先輩。其れより先輩も隅に置けないじゃないですか♪同じく()()()()()()()として応援します♪

 

 

 

目の前に現れた瑞希が目を輝かせ乍ら、カエサル先輩を“百合仲間”に引き込もうと思ったのか、鋭い“ツッコミ”を入れて来た。

 

そんな“ツッコミ”を聞かされたカエサル先輩は顔を真っ赤にすると、瑞希に向かってこう言い返したのだった。

 

 

 

「ブルータス…いや野々坂、御前もか!?」

 

 

 

 

 

 

一方、“ひなちゃん”とカエサル先輩の再会で“話”を遮られてしまったアンチョビ隊長だったが、二人の会話を聞き終わったタイミングで“ハッ”とすると、再び西住隊長へ話し掛けて来た。

 

 

 

「ああそうだ…一寸忘れていたんだが、実は“正々堂々と勝負する”と言った以上、此処で言って置かないと行けない事が有るんだ。出来れば此処に原園 嵐も呼んで来て欲しいんだが」

 

 

 

「原園さんも?」

 

 

 

西住隊長が当惑した表情で答えると、アンチョビ隊長は「ああ。実は“其の件”で、原園に話がしたいと言う()が居るんだ」と語ったので、西住隊長が「原園さん。アンチョビ隊長が呼んでいますが、宜しいですか?」と私に話し掛けて来た。

 

其処で、私の他に“ニワトリさんチーム”の仲間達もアンチョビ隊長の前に来て「「『アンチョビさん、御久し振りです』」」と挨拶をした時。

 

突然、私達の目前に背の低い少女が現れた。

 

 

 

「皆、久しぶり♪」

 

 

 

「「『“姫ちゃん”……』」」

 

 

 

彼女こそ“姫ちゃん”こと、元・群馬みなかみタンカーズ隊長・大姫 鳳姫(おおひめ ほうき)だった。

 

しかし彼女は澄まし顔の儘、私達に向けてこう語る。

 

 

 

「ああ…今の私は“姫ちゃん”じゃないわ。アンツィオでは“マルゲリータ”と名乗っているの」

 

 

 

「其のソウルネーム(魂の名前)…“ピザ(ピッツァ)の名前になったイタリアの王妃様”*1の事だから、やっぱり“姫ちゃん”だね?」

 

 

 

“アンツィオでのソウルネーム(魂の名前)”を明かして、“今はアンツィオの一員である”と釘を刺した鳳姫に対して、舞が笑顔で“ソウルネーム(魂の名前)も御姫様の名前だ”と指摘した処、鳳姫は苦笑し乍ら「舞は相変わらずね……」と呟いた後。

 

私達に向けて()()()()()()を告げた。

 

 

 

「…其れより嵐、如何だった?()()()()()は?」

 

 

 

「「『えっ?』」」

 

 

 

“思いも寄らぬ一言”に当惑する私や仲間達を余所に、鳳姫は薄笑いを浮かべつつ問い掛ける。

 

 

 

「其方に居る“オッドボール三等軍曹( 秋山 優花里 )”と一緒に、ウチの学校(アンツィオ高)へ潜入した感想は?」

 

 

 

「「『!?』」」

 

 

 

“秋山先輩と私がアンツィオ高へ潜入した事実を知っているぞ”と告げられて驚愕する私と西住隊長を始めとする仲間達の姿を見た鳳姫は、不敵な笑みを浮かべ乍ら語り続ける。

 

 

 

「貴女達が一回戦の試合前、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか、私が知らないとでも思っていたの?」

 

 

 

「「『アッ!』」」

 

 

 

鳳姫からの指摘に更なる衝撃を受ける私達。

 

そして鳳姫は“サンダース大付属への潜入作戦を知った理由”を説明した。

 

 

 

「私ね、一回戦が終わった後、()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()()()()。其れで私は“大洗女子は、必ずや我がアンツィオ高にも潜入して来るに違いない”と確信して、“ドゥーチェ(統帥)”に進言したの…“彼女達の潜入作戦を逆手に取って、大洗女子を罠に嵌めよう”ってね」

 

 

 

だが其処で、私は鳳姫の説明に対して浮かんだ“疑問”をぶつける。

 

 

 

『一寸待って!? 戦車道のルールでは“他校へ潜入したスパイが相手校の生徒に捕まった場合、対象となる試合が終わる迄は母校へ帰れない”筈でしょ。だったら何故、校内で私達を捕まえなかったの!?』

 

 

 

すると鳳姫は私を諭す様な声で、こう答えたのだ。

 

 

 

「嵐…私はこう言ったわよ。()()()()()()()()()()って。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のよ」

 

 

 

其の時、“アンツィオ高が仕掛けた罠の正体”に気付いた秋山先輩が鳳姫を問い質す。

 

 

 

「ま…まさか、私達を捕まえなかったのはディスインフォメーション( 欺瞞情報 )を摑ませる為ですか!?」

 

 

 

すると鳳姫は小さく頷いてから「正解です。“オッドボール三等軍曹殿( 秋山 優花里 )”」と答えた後、こう問い返した。

 

 

 

「じゃあ私が貴女達に摑ませたディスインフォメーション( 欺瞞情報 )の正体も分かりますよね?」

 

 

 

此れに対して秋山先輩は「其れは、“アンツィオの秘密兵器はP40重戦車”…でも、イタリアで重戦車と言ったら其れしか有りませんが!?」と半信半疑な声で答えたが鳳姫は再び不敵な笑みを浮かべ乍ら語り出した。

 

 

 

「フフッ…貴女は戦車に御詳しいんですね。確かに、()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()P()4()0()()()()()()()()。でも其処が()()なのですよね」

 

 

 

其の時、話を聞いていた瑞希が驚愕の叫びを発した。

 

 

 

「姫ちゃん…アンタまさか!?」

 

 

 

すると鳳姫は、“我が意を得たり”と言わんばかりの声でこう答えたのだ。

 

 

 

「流石は“ののっち(瑞希)”。貴女なら此処で気付くと思ったわ…菫に舞、そして嵐も思い出したんじゃない?私が一番好きだった“幻のイタリア軍最強機甲師団の話”

 

 

 

「「『“レオネッサ”…アッ!?』」」

 

 

 

鳳姫の話を聞いて“彼女が好きだった話”を思い出した私・瑞希・菫・舞の四人が一斉に“幻のイタリア軍最強の機甲部隊・レオネッサ”の名を叫ぶと、鳳姫は小さく笑い乍ら()()()()()()()()()()()を語り始めた。

 

 

 

「アハハ、やっと気付いた?確かに戦車道をやっている学校ではね、提携校等の関係で“特定の国の戦車”を使う所が多いわ。私達・アンツィオ高が常にイタリア製の戦車を使う様に。でも“他国の戦車を使っては()()()()”と言うルールも無い…貴女達大洗女子学園がそうである様に。だから私は“幻のイタリア軍最強機甲師団・レオネッサ”の故事に倣って“大戦中イタリア軍が使用した、最強の外国(ドイツ)製戦車”を我がアンツィオの“真の秘密兵器”に仕立て上げたのよ。そしてP40は貴女達を油断させる為の“()()()”にした!

 

 

 

「「『!?』」」

 

 

 

其の時…私達の目の前に“Ⅳ号戦車G後期型”が姿を現した。

 

 

 

其れを見た秋山先輩が「そんな…アンツィオに、長砲身のⅣ号が!?」と悲鳴を上げる中、鳳姫は「何を今更?」と小さく呟くと、澄まし顔で語り続ける。

 

 

 

「言った筈です。第二次世界大戦で連合国に降伏する直前のイタリア軍に短期間だけ存在した“ドイツ製戦車を装備した最強の機甲師団・レオネッサ”が装備していた()()()()()()()()()()がこの“()()()()G()()()()”です。だから私達・アンツィオが使っても何の問題も有りません」

 

 

 

『そうか…此れが“アンツィオ・()()秘密兵器”だったのね!』

 

 

 

其処で、漸く“罠の正体”に気付いた私が鳳姫に向かって叫ぶと、彼女は私を正面に見据え乍らこう語った。

 

 

 

「嵐。幾らウチが“強い”と言っても、豆戦車のCV33や短砲身の75㎜砲しか持たないセモヴェンテM41突撃砲にP40では貴女の率いる“ニワトリさんチーム”のM4A3E8(イージーエイト)だけでも荷が重いわ…だから、私は貴女達に勝つ為に“罠”を仕掛けさせて貰った!」

 

 

 

此処で話の中に入って来なかったアンツィオ高のアンチョビ隊長が「済まない…ウチも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思ったから、マルゲリータの提案に乗ったんだ」と申し訳無さそうな声で私達・大洗女子の仲間達に告げると鳳姫が私に向かってこう宣言した。

 

 

 

「嵐、私達に勝ちたかったら私と勝負しなさい!私が乗るⅣ号戦車G後期型を倒さない限り、貴女達大洗女子には“次”が無いわよ!

 

 

 

 

 

 

「「「ど…如何しよう!?」」」

 

 

 

鳳姫の“宣言”後、アンツィオ高のメンバーが其の場を離れてから私達・大洗女子学園戦車道チームはパニック状態に陥っていた。

 

アンツィオ高に潜入して相手の戦力を把握した筈が逆に欺瞞情報を摑まされて、Ⅳ号戦車G後期型と言う“予想外の秘密兵器”迄突き付けられたのだから、全員如何したら良いのか分からなくなったのだ。

 

 

 

「折角此方も長砲身の75㎜砲を見付けたのに、アンツィオに先を越されるなんて……」

 

 

 

五十鈴先輩が困惑気味の声で呟くと、麻子先輩が「試合直前になって()()()()が増えた様な物だな……」とボヤく中、秋山先輩は西住隊長へ「申し訳ありません西住殿、私達の潜入作戦を逆手に取られてしまいました!」と謝罪していたが、この三人は不安を口に出来ただけでも未だ良い方で、他の仲間達は殆どが真っ青な顔で突っ立って居るだけだ。

 

特に、先程迄幼馴染の“ひなちゃん”と旧交を温めていたカエサル先輩に至っては「まさか…“ひなちゃん”達があんな罠を……」と呟いた切り、絶句してしまって居る。

 

そんな仲間達の状況を見た武部先輩が「如何する“みぽりん”!?皆、動揺しちゃているよ!?」と西住隊長へ話し掛けたが、其の間にも“ウサギさんチーム”リーダーの梓が「如何しよう…P40よりも強い戦車が出て来るなんて!?」と皆に向かって語ると、河嶋副隊長が「うわーっ、もうダメだぁ!?」と叫び出す有様。

 

其の様子を心配気に見守っていた優季が縋る様な声で()()の瑞希に「“ののっち(瑞希)”…」と話し掛けると、彼女は沈痛な声で「あの娘(こ)(鳳姫)、昔から“勝つ為には手段を選ばない”処が有ったけれど、此処迄やるとは思っていなかったわ」と伝えると西住隊長も……

 

 

 

「まさか、イタリア製以外の戦車をアンツィオが使うなんて…其れに、あの長砲身のⅣ号戦車に対抗出来るのは“ニワトリさんチーム”のM4A3E8(イージーエイト)しか無いし」

 

 

 

と不安を露にした瞬間…私の心に火が灯いた。

 

 

 

『そうだ!私達のチームで鳳姫が乗るⅣ号戦車G後期型に対抗出来るのは、私のM4A3E8(イージーエイト)だけだ!なら、私が鳳姫を倒すしか無い!』

 

 

 

こうして意を決した私は、皆に向かってこう叫んだ。

 

 

 

『皆、落ち着いて!あの娘(こ)(鳳姫)とアンツィオのⅣ号G後期型は私が倒す!あんな罠を仕掛けた奴等には絶対負けない!』

 

 

 

(第60話、終わり)

 

 

*1
マルゲリータ・ディ・サヴォイア=ジェノヴァ(1851年生~1926年没)の事。サヴォイア=ジェノヴァ家出身の王族で、本家に当たるサヴォイア=カリニャーノ家の当主で従兄のウンベルト1世と結婚後、彼の第二代イタリア国王即位に伴いイタリア王妃となった。彼女は病弱な反面、貴族より庶民の食事であるピッツァ(ピザ)を好み、中でも彼女が気に入っていたレシピが後に「マルゲリータ・ピッツァ(ピザ)」と名付けられた。因みに、二人の間には一人息子が生まれたが、彼が第三代イタリア国王にして1943年7月に統帥(ドゥーチェ)・ムッソリーニを政権の座から引き摺り下ろした内の一人、ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世である。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第60話をお送りしました。

いよいよ今回からアンツィオ高校との二回戦が始まりますが、其の前にまずは那珂ちゃんに登場して貰って“意外な事実”を語って貰いました。
今後、那珂ちゃんもアイドル人生を賭けた“大勝負”が待ち受けていますので、此の話にも御期待頂ければと思います。

そして遂に明かされた、アンツィオによる“罠”の正体。
其れは、何と“イタリア軍が使った事がある外国(ドイツ)製のⅣ号戦車G後期型を「真の秘密兵器」として投入する”事だった!
ガルパンでは、大洗女子やスピンオフ作品に登場する一部の学校を除いて提携校等の関係から特定の国の戦車で戦車道チームを編成する学校が殆どですが、本作のアンツィオ高ではマルゲリータが其の事を逆手に取って“イタリア軍が実際に装備していたドイツ製の戦車を「秘密兵器」として使う”と言う策を編み出し、其の事実を隠して大洗女子を騙す為に、P40を“見せ金=囮”にした訳です。
流石の大洗女子も潜入作戦を此の様な形で返されるとは思っていなかったでしょう。

だが此の時、動揺する仲間達の姿を見た嵐の心に火が灯いた!

一体、大洗女子とアンツィオ高の試合の行方は…と言いたい所ですが、次回は其の前に試合会場内で起きる様々な出来事を“番外編”として御伝えしたいと思います。
と言う訳で回り道になりますが、次回をお楽しみに。



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第60.5話「番外編~全国大会第二回戦・スタートです!!」


今週は突然の腰痛で仕事がロクに出来ませんでした…皆さんも腰には気を付けて下さいませ。

今回は、主人公の嵐と西住殿が登場しないので“番外編”として御送りします。
只、代わりに何故か“意外なキャラ”が登場する事に…如何してこうなった(汗)。
其の代わり、試合会場内の様々な光景を御楽しみ頂ければと思っています。
其れでは、どうぞ。



 

 

 

此処は“第63回戦車道全国高校生大会第二回戦・「アンツィオ高校(栃木)対県立大洗女子学園(茨城)」”の試合会場である。

 

ファンファーレが鳴り響く中、いよいよ試合が始まろうとしているが、会場内は()()()()()に包まれていた。

 

其の()()を全国の御茶の間に伝えるべく、此の試合の実況を担当する首都テレビアナウンサー・加登川 幸太が軍事研究家兼戦車道解説者・吉山 和則に問い掛ける。

 

 

 

「解説の吉山さん。アンツィオ高が()()()()のⅣ号戦車G後期型を投入すると言う()()()()()()()に打って出ましたね」

 

 

 

此れに対して、長年のイタリア在住経験を持ち、イタリア軍やイタリア製戦車の歴史に詳しい吉山が、興奮を抑えつつこう語る。

 

 

 

「私もイタリア戦車が大好きですから、此の試合にアンツィオ高が()()()()G()()()()を投入した事には驚いています。只、直前のインタビューでアンツィオ高の“マルゲリータ(大姫 鳳姫)”選手が話していた通り、第二次世界大戦(WWⅡ)で降伏する直前のイタリア軍には、Ⅳ号戦車G後期型を始めとするドイツ製戦車とⅢ号突撃砲を保有した機甲師団“レオネッサ”が存在しましたから、アンツィオ高が()()()()()()()()()()()()()んですよ

 

 

 

其れに対して、加登川アナウンサーは頷き乍ら「そうですね。実際、対戦相手である大洗女子学園は“各国戦車の寄せ集め”ですからね」と語り、“アンツィオがドイツ製のⅣ号戦車G後期型を持ち出した事は戦車道のルール違反では無い”事を全国の視聴者に向けて伝えた処、実況席に座って居る()()()()()()()が心配気な表情で実況席のモニターを見て居るのに気付き、優し気な声で彼女に話し掛けた。

 

 

 

「そして本大会のテーマソングを歌っている“トライアドプリムス”のメンバーで、本日は“此の実況のゲスト”として御越し頂いている“渋谷 凛さん”。何か気になる事が有りますか?」

 

 

 

すると、凛は行き成り呼ばれた所為(せい)か戸惑い気味の表情を見せたが、其処は日本を代表する芸能プロ“346プロダクション”の所属アイドルだけに、直ぐ様落ち着いた表情を取り戻すと明るい声で返事をした。

 

 

 

「はい。アンツィオ高が長砲身のⅣ号戦車(G後期型)を持っている事を知った大洗女子の皆が凄く動揺して居るみたいで心配だけど、頑張って欲しいです。実は一回戦のサンダース大付属戦も事務所の皆と一緒に見て凄く感動したので…絶対、彼女達に勝って欲しいな」

 

 

 

そんな彼女に対して、吉山も「渋谷さんの言う通り、此処からは“アンツィオの秘密兵器(Ⅳ号戦車G後期型)”に不意討ちを喰らう格好となった大洗女子がどうやってチームを立て直すのかにも注目したいと思います」と語り、対戦相手である大洗女子学園のファンにも配慮を示す発言をした事で、首都テレビの生中継の視聴者は“アンツィオがドイツ製戦車を持ち出した事は戦車道のルール違反では無い”事を理解して、此れから始まる試合の行方に注目していた。

 

 

 

 

 

 

尤も、此れが“試合会場の観客”だと立場が異なる為、こんな話をする()が出て来る。

 

 

 

「アンツィオの卑怯者!イタリア製()()()()戦車を使うなんて!」

 

 

 

大洗女子学園側応援席の一角では、“アンツィオ高校がドイツ製のⅣ号戦車G後期型を秘密兵器として送り出した”事を知った“あんこうチーム”通信手・武部 沙織の妹で中等部三年の詩織が正面に設置された大型モニターに向かって叫ぶ姿を見た親友兼同級生で沙織と同じチームの砲手・五十鈴 華の従姉・華恋が詩織を諭した。

 

 

 

「でもアンツィオがイタリア製戦車を使うのは“ルール違反じゃない”って実況も言っていたよ?」

 

 

 

すると二人の親友である鬼怒沢 光が「そうそう。(たか)がⅣ号戦車の一輌位、一回戦の対サンダース戦の時に出て来た“M4シャーマンの群れ”に比べたら何でも無いって!」と語って二人を励ますと、今度は三人の共通の親友である若狭 由良が「じゃあ私達もアンツィオに負けない様に、西住先輩や原園さん達に声援を送ろう!」と呼び掛けた処……

 

 

 

「「「任せて!」」」

 

 

 

彼女達の後ろから心強い返事を聞いて、思わず後ろを振り向く四人の大洗女子学園・中等部三年生(詩織・華恋・由良・光)

 

すると其処には、一回戦の時は詩織・華恋・由良・光の四人しか来なかった大洗女子学園の生徒が、今日は中等部・高等部合わせて千人以上も来ており、彼女達が由良の“声掛け”を聞いて一斉に声を上げたのだ。

 

更に……

 

 

 

「「「オーッ!」」」

 

 

 

観客席からは、()()()よりも力強い声援が上がる。

 

実は、大洗女子学園側応援席には中等部・高等部の生徒だけで無く、“あんこうチーム”装填手・秋山優花里の両親である淳五郎・好子夫妻の他、数千人もの()()()()()()()が控えていたのだ。

 

其の一部は秋山夫妻以下、大洗女子学園の地元である大洗町の住人であり、其の中には先程西住 みほ達・大洗女子戦車道チームを激励に訪れた“大洗のアイドル”磯前 那珂と彼女の両親が勤めている“児童養護施設”で暮らしている子供達の姿も在るが、大半は一回戦の対サンダース戦を現地観戦したか首都テレビの生中継で見て“大洗女子のファン”になった人達であり、其れ以外の接点は全く無い人々であった。

 

しかし、観客達は()()()()で声援を送る。

 

 

 

「大洗女子の皆、約束通り来たよ!今日は皆の力でアンツィオを倒そうね!」

 

 

 

此の声を送ったのは、一回戦の時応援に来て試合に勝った直後、詩織達四人に向かって「大洗女子の皆、二回戦でも会おうね!」と言っていた若い社会人の女性*1だ。

 

彼女からの声援に、大洗女子・中等部四人組(詩織・華恋・由良・光)が一斉に「「「「はいっ!」」」」と答えると、観客席に陣取る()()()()()()()から更に心強い声援が飛んで来る。

 

 

 

「アンツィオの秘密兵器なんぞ、P40も長砲身Ⅳ号(G後期型)も纏めてブッ飛ばせ!」

 

 

 

「サンダースのシャーマン(M4)軍団に勝った大洗を舐めんなよ!」

 

 

 

「アンツィオの戦車なんか、皆パスタの具にして食っちまえ!」

 

 

 

生徒よりも遥かに多い一般人からの“気合の入った声援”を次々に送る大洗女子学園・応援団の前に、“二つの秘密兵器”の登場で勢い付いて居たアンツィオ高校の応援団は圧倒されて声が出せなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

そんな中、観客席から少し離れた場所では二つの高校の戦車道チーム隊長と仲間達が試合観戦をしていた。

 

一つは、先日行われた二回戦で群馬県代表のヨーグルト学園に勝利して準決勝進出を決めている聖グロリアーナ女学院のダージリン隊長と彼女が乗るチャーチル歩兵戦車の装填手・オレンジペコで、二人は英国陸軍が偵察用に使用していたフェレット四輪装甲車で試合会場に乗り付けて来たが、今回も英国風のソファーやパーティション等を用意してティータイムを楽しんでいる。

 

もう一つは、一回戦で大洗女子学園と戦ったサンダース大付属高校のケイ隊長と副隊長のナオミ&アリサ、そしてケイからは“シーズー”の渾名で呼ばれているチームの次期エース候補・原 時雨である。

 

彼女達も第二次大戦中に米軍がノルマンディー上陸作戦等で使用したGMC DUKW六輪水陸両用車で試合会場へ乗り付けて来ており、此方は折り畳み式の机と椅子を用意し、更に軽食代わりのKレーションや瓶詰のコーラ等を持ち込んでいた。

 

しかし、両校の生徒達は観客席正面に設置された“28cm列車砲K5・Leopold”の車台部分を模した特製貨車に乗せられた巨大モニターに映し出されている“アンツィオ高校戦車道チームの陣容”を見て驚きを隠せなかった。

 

 

 

「まさか…アンツィオが“イタリア製じゃない戦車(Ⅳ号戦車G後期型)”を投入するなんて」

 

 

 

聖グロの観戦席では、オレンジペコが不安気な声でダージリンに語り掛けると彼女は冷静な声で答える。

 

 

 

「アンツィオも勝つ為とは言え、思い切った手段に出たわね…しかも其の策を考えた“マルゲリータ(大姫 鳳姫)”と言う()は一年生。此れは流石の私も予想外だったわ」

 

 

 

其の声を聞いたオレンジペコは「はい」と答えつつ「ダージリン様が驚く程の策をアンツィオの一年生が打って来るとは……」と心の中で呟いた後、先程観客席正面の巨大モニターに映し出されていた“両チームの選手の様子”を思い出し、こう問い掛ける。

 

 

 

「大洗女子はかなり動揺していた様です。大丈夫でしょうか?」

 

 

 

其の問い掛けに対して、ダージリンも表情を引き締めると自分に言い聞かせる様な声でこう答えるのだった。

 

 

 

「でも此処を凌げなければ先は見えないわ。みほさん達にとっては正念場ね」

 

 

 

 

 

 

一方、聖グロの隣に居るサンダース大付属高校の面々も同じ話題で会話を交わしていた。

 

 

 

「“イタリア軍・幻の最強機甲師団(レオネッサ)”が使っていたⅣ号戦車G後期型をアンツィオ高が投入…確かに()()()だな」

 

 

 

サンダース戦車道チーム・副隊長兼チームNo.2のナオミが真剣な声で呟くと、同じく副隊長兼チームNo.3のアリサが冷や汗を掻き乍ら答える。

 

 

 

「アタシも()()は予想出来なかったわ…アタシが大洗女子戦でやった無線傍受よりも相手が受けるショックが大きいし、何より“()()()()()()”にも引っ掛からない」

 

 

 

すると、二人の会話を聞いて居たケイ隊長が重苦しい空気を振り払うかの様な明るい声で“シーズー”こと原 時雨に向けて声を掛けた。

 

 

 

「流石は“シーズー(時雨)”の同級生にして前・群馬みなかみタンカーズ隊長(大姫 鳳姫)だった()が仕掛けただけの事は有るわね…そして彼女が立てた策を受け入れたアンチョビもガッツが有るじゃない?」

 

 

 

だが、時雨は済まなそうな声でこう答えるのが精一杯だった。

 

 

 

「御免なさい。“姫ちゃん(鳳姫)”から電話が掛かって来た時、つい私が“嵐とオットボール三等軍曹(  秋山 優花里  )の潜入作戦”の事を話しちゃったから、こんな事に……」

 

 

 

処が、更に時雨が語り続けようとした時。

 

 

 

「時雨ちゃ~ん♡其れは気にしなくても良いのよ♪情報を集めて策を練るのは()()()()()()()()()なんだから♪」

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

行き成りの能天気な掛け声と共に、其の場に居たケイ達が仰天していると“()()()()()”に気付いた時雨が叫んだ。

 

 

 

「明美さん!?其れに長門さんや清恵さん迄来ているじゃないですか!?」

 

 

 

そう…此の場に、原園 明美・周防 長門・淀川 清恵の三人が並んでやって来たのだ。

 

 

 

「うん♡今日は嵐と前・隊長の鳳姫ちゃんが対戦するから観に来たのよ♪」

 

 

 

明美があっけらかんとした声でサンダースの面々に答えた後、長門が胸を張ってこう語る。

 

 

 

「一回戦は仕事の都合で来られなかったから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からな!

 

 

 

其の発言に対して、明美はジト目で長門を見詰め乍ら「“ながもん(長門)”は、みほさんが絡むとホントにブレないわね……」と呟くと、明美の秘書である清恵が苦笑いを浮かべつつこんな事を言った。

 

 

 

「だから、今回は私が観戦場所をセッティングしました。聖グロとサンダースの間に私達が陣取る形に……」

 

 

 

其の言葉通り、明美達は右側にサンダース、左側は聖グロに挟まれた状態で正面の大型モニターを見乍ら試合観戦をする形になっており、其の姿を見た聖グロのダージリンとオレンジペコも呆気に取られていたが、此処でダージリンが明美達の中に“見知った顔”が居る事に気付いて声を掛ける。

 

 

 

「あら…貴女はマジノ女学院の“エクレール”隊長じゃなくて?」

 

 

すると、彼女は戸惑い気味の声で答えた。

 

 

 

「ええ…実は明美さんから誘われました。『大会直前の練習試合(大洗女子)大会一回戦(アンツィオ)で貴女達が負けた相手が対戦するのだから、“貴女達のチームの今後の為”にも絶対見るべきよ♪』と言われまして」

 

 

 

其処へ、エクレールの副官格でマジノ女学院戦車道チーム副隊長・フォンデュが詳しい事情説明をした。

 

 

 

「実を言うと、明美さんは大洗女子との練習試合の時にも来て下さり、試合後も負けた私達の事を気遣って下さったのです…結構押しの強い方ですけどね」

 

 

 

そんな二人の話を明美がニヤリと笑い乍ら聞いている中、彼女の傍に居る長門が軽く咳払いをした後、皆にこう告げる。

 

 

 

「皆…実はもう一人、私達と一緒に試合を観に来た人が居るんだ」

 

 

 

すると、明美と長門の間から“妙に背が低くてツインテールの髪形をした”一人の女性が現れると、大声で挨拶をした。

 

 

 

「こんちわ~♪ウチがアンツィオ高で戦車道をやってる“マルゲリータ( 鳳姫 )”のオカン(母親)大姫(おおひめ) 龍江(たつえ)や~♪皆、よろしゅうなあ♪」

 

 

 

行き成り()西()()()()()()を聞かされて呆気に取られる聖グロとサンダースの面々を余所に、先ず明美が龍江を紹介する。

 

 

 

「彼女はね、群馬みなかみタンカーズの前・隊長で、今はアンツィオ高校の“マルゲリータ”こと大姫 鳳姫さんの御母様で、私達は()っちゃん”って呼んでいるの」

 

 

 

続いて長門も「彼女はアンツィオ高OGで私や明美と同学年だったから、高校時代は公式戦・練習試合を問わず何度も激突したライバル同士だったんだ」と説明した処、龍江は当時を思い出したのか憮然とした表情でこう語るのだった。

 

 

 

「でも高校三年間、黒森峰には一度も勝てんかったけどな~」

 

 

 

すると明美が笑顔で“()()()()”を言い出す。

 

 

 

「でも高校戦車道では“カルロ・ベロ(CV33)ーチェの龍江”って呼ばれる程の腕利き戦車長だったじゃん…確か高三の時、全国大会・一回戦で継続高校の隊長兼フラッグ車だったソ連製のT-28中戦車*2を機動力で翻弄した上、崖から落として白旗を上げさせて試合に勝った事が有ったよね?」

 

 

 

此れに対して龍江は「アレはな、こっちが逃げ回っている間に相手が勝手に崖から落ちただけや!」()西()()()()()()()()()を入れたが、其処へ長門が「其れでも試合終了後、皆から“奇跡だ!”と騒がれたじゃ無いか?」と口を挟んだ処、龍江は当時を思い出したのか顔を赤くして「まあ…そうやけど?」と白状した為、明美が「そうよ♪」と()()()()()()をした後、こんなエピソードを紹介した。

 

 

 

「其れで次の二回戦、私達黒森峰と()った時もヤークトパンターの履帯をCV33の8㎜連装機関銃の集中射撃で切断して戦線離脱させたじゃん?アレは整備班長として試合を観戦していた私も凄いと思ったわよ♪」

 

 

 

其れに対して龍江は「あれも苦し紛れに撃ったら、偶々上手く行っただけや!其れに試合はアッと言う間にウチ等アンツィオの負けやったし!と言い返したが、其処へ長門が優し気な声で龍江を褒めた。

 

 

 

「でも私達・黒森峰の全員は、あの試合の“()っちゃん”の戦い方を見て感心させられたな…“戦車が弱くても戦う手段は有る”って事を思い知らされたよ」

 

 

 

二人の元・ライバルからの話を聞いて一瞬微笑んだ龍江だったが、直ぐ表情を引き締めると明美に向かって指を差してからこう言い放った。

 

 

 

「でもな、“あけみっち(明美)”。今回はウチ等アンツィオ高が勝つで!其の為にウチと旦那が建てた戦車博物館のコレクションの中から取って置きのⅣ号戦車G後期型をアンツィオ高に貸し出したからな!勿論戦車道連盟の車検も通って登録済みやで!

 

 

 

すると明美の傍で話を聞き続けていた清恵が頷き乍ら「成程。“資金難のアンツィオ高が何故長砲身のⅣ号戦車を手に入れたのか”が不思議だったのですが、そう言う事だったのですか」と語った処、此処迄珍しく口を挟んでこなかったダージリンも頷き乍ら「成程…確か大姫さん御夫妻は戦車博物館を個人で運営されているわね」と呟いた後、長門が簡単な事情説明を行った。

 

 

 

「実は、“()っちゃん”と夫の俊家さんはイタリアのミラノで初めて出会った際、共に“()()()()()()”だと知ったのが切っ掛けで交際を始めて結婚したんだよ」

 

 

 

其の話を聞いた皆が興味津々になって居るのを見た長門は、小さく頷くと話を続ける。

 

 

 

「当時大学生だった“()っちゃん”はイタリアで戦車道留学の傍ら自分の夢だった“イタリア車のディーラー”を目指して勉強の日々を過ごしていた時、パティシエを目指してミラノに在る御菓子作りの名店で修業をして居た俊家さんに出会ったんだ。そして帰国後結婚した二人は、其々イタリア製自動車のディーラーと洋菓子店を経営して財を築き、遂には“子供達に戦車道の楽しさを伝えたい”との思いから宇都宮市の郊外に小さな戦車博物館をオープンしたんだ」

 

 

 

すると、今度は龍江が「其れとな……」と口を挟んだ後、自らの経歴について補足説明をする。

 

 

 

「ウチは大学時代、イタリアだけじゃなくドイツへ短期留学した経験も有ってな。其の時からイタリアやドイツ等に有る大手戦車バイヤーや戦車工場との間に独自のコネクションを築いて来たんや。今回、ウチがアンツィオ高に貸し出したⅣ号戦車G後期型もウチの知り合いのドイツ人が経営するバイエルンの戦車工場でレストアされた物をウチと旦那(俊家)が戦車博物館のコレクションにする為に買って来た処へウチの娘(鳳姫)から『大洗女子に勝つ為に、ドゥーチェ(アンチョビ)とチームの仲間達に力を貸して欲しい』と頼まれたんで、アンツィオ高へ貸してあげたんや」

 

 

 

其処へサンダースの次期エース候補・原 時雨が「大姫さん御夫妻の博物館、小さいけど持っている戦車は全部稼働するし、更に手持ちの戦車コレクションを惜しげも無く戦車道を目指す前途有望な女子に貸し出しているもんな……」と呟くと、ケイ隊長も「其れは凄いわね…そんな御両親の下で育った“マルゲリータ(大姫 鳳姫)”って()も戦車道が強いんじゃない?」と問い掛ける。

 

すると時雨は頷き乍ら「はい。みなかみタンカーズでも彼女(鳳姫)…私達は“姫ちゃん”と呼んでいたけど、彼女は隊長として優秀だっただけでは無く戦車長としてもタンカーズで五本の指に入る実力者でした」と語った処、サンダースの副隊長コンビ・ナオミとアリサが互いに顔を見合わせて「「あの嵐と同じ位の実力者なのか!?」」と、嵐と戦った一回戦を思い出しつつ呟いた。

 

だが、此処で明美が不敵な笑みを浮かべ乍ら龍江に向けてこう宣言する。

 

 

 

「“()っちゃん”…悪いけど、今の大洗女子は嵐だけのチームでは無いわ。“あの”西住 みほさんが隊長なのよ?彼女は“戦車の数や性能の違いが、戦車道の実力の決定的差では無い”事を先のサンダース戦で実証したわ。だから大洗女子は“秘密兵器”の一つや二つで勝てる程甘く無いわよ♪」

 

 

 

明美の言葉に、彼女の傍に居る長門や清恵だけで無く周囲に居た聖グロ・サンダース・マジノの戦車道乙女達全員が一斉に頷くが、龍江は其の姿を見ても怯む処か薄笑いを浮かべ乍ら反論した。

 

 

 

「フフッ…皆甘いで。忘れたんか?我がアンツィオ高の“伝統”を。此れから其れを皆に見せたるで!」

 

 

 

其の瞬間、試合会場に号砲が鳴り響いた…大洗女子学園対アンツィオ高校の試合が始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

「行け行け!何処迄も進め!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

アンツィオ高校戦車道チームは試合開始早々、全戦車が勢い良くスタート地点から出発すると隊長のアンチョビが隊長車兼フラッグ車であるP40重戦車の砲塔上部キューポラから身を乗り出して無線マイクを手に持った後、威勢の良い声でチームを鼓舞する…()()()()()()()は兎も角。

 

すると副隊長の一人で豆戦車・CV33に乗っているペパロニが無線で「最高っすよ!アンチョビ姐さん!」とノリノリの声で答えた後、仲間達に向けて手前(テメエ)等モタモタすんじゃ()えぞ!」と叫ぶと、CV33やセモヴェンテ突撃砲・M41に乗車している仲間達が一斉に「「オーッ!」」と返答した。

 

其の返答を聞いたペパロニは、続いて仲間達に指示を出す。

 

 

 

「此のペパロニに続け!地獄の果て迄進め!」

 

 

 

其の指示に仲間達が「「ヤーッ!」」と答えた後、3輌のCV33と2輌のセモヴェンテ突撃砲・M41、そして“マルゲリータ( 鳳姫 )”が乗るⅣ号戦車G後期型がペパロニの乗るCV33に続いて先行すると、其の様子を確認したアンチョビ隊長が自信たっぷりの表情で“次の指示”を出した。

 

 

 

「良しっ、此の儘()()()()()()開始!」

 

 

 

此処で、アンチョビ隊長からの指示を聞いたもう一人の副隊長・“ひなちゃん”が無線でCV33に乗る仲間達に向けて詳細な指示を出す。

 

 

 

カルロ・ベローチェ(CV33)各車は“()()()()”展開して下さい!」

 

 

 

すると、ペパロニ副隊長が“漢前(おとこまえ)”な声で返事をした。

 

 

 

「OK!()()()()()()で行くぜぇ!」

 

 

 

そして、ペパロニ副隊長が率いる4輌のCV33は試合会場中央部に位置する十字路へ急行した後、其の場で乗員が降り、CV33のエンジンルーム上部に載せた“()()()()()()”を持って何処かへ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

こうして、アンツィオ高校は試合開始早々、伝統の必殺技である()()()()()()を開始した。

 

果たして、大洗女子学園はアンツィオ高の“二つの秘密兵器(P40とⅣ号戦車G後期型)”と“マカロニ作戦”に対して如何に戦うのだろうか?

 

 

 

(第60.5話、終わり)

*1
第42話「一回戦、決着です!!」を参照。

*2
T-28は「中戦車」と名乗っているが、実態は総重量27.8t、76.2㎜を装備する砲塔一個に機関銃塔二個を持つ大型多砲塔戦車である。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
今回は番外編・第60.5話をお送りしました。

と言う訳で、今回“マルゲリータ”の母・龍江さんが初登場しました。
彼女のモデルは「やたら関西弁を喋る平甲板胸の軽空母=RJ」です…何でや!(御約束)
其れとマジノ女学院からエクレール隊長とフォンデュさん、そして“アイドルマスターシンデレラガールズ”から“しぶりん”こと渋谷 凛さんにも登場して頂きました!(拍手)
因みに、今回登場した“しぶりん”ですが時間軸的にはアニメ版デレマス第25話ED後の初夏と言う設定になります(其の為、年齢は西住殿と同じ16歳となります)。
尚、今後もデレマスアイドルの登場を予定していますので御期待下さい。

次回、P40とⅣ号戦車G後期型と言う“二つの秘密兵器”を目の当たりにして荒ぶる嵐。
しかし彼女の姿を見た西住殿が“一寸意外な指示”をします。
一体、西住殿は何を感じ取ったのか?
其れでは、次回をお楽しみに。



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第61話「此れが、マカロニ作戦です!!(前編)」


ゴールデンウィーク初日に3回目のコロナワクチン接種をしたら…翌日高熱でダウンしたよ!
但し其の次の日には回復出来た為、ゴールデンウィークは久しぶりにモスバーガーで“てりやきバーガーセット”を食べ乍ら静養しておりました…執筆は止まった儘。
助けて、ボコ!(自業自得)

其れでは、今回はアンツィオ戦の始まりです。
どうぞ。

註・2022年6月17日、サブタイトルに(前編)を追記しました。


 

 

 

此処は“第63回戦車道全国高校生大会第二回戦・「アンツィオ高校(栃木)対県立大洗女子学園(茨城)」”の試合会場。

 

此処で私達・大洗女子学園戦車道チームは、会場中央部に在る街道の十字路を目指して山岳地帯を一列縦隊で前進していた。

 

先頭は、偵察任務を担当する“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”で、其のやや後方を隊長車である“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”・“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”・“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”の順で進み、其の後ろに私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”と一回戦に続いてフラッグ車を務める“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”が()いて行く。

 

そんな中、“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”戦車長兼戦車道チーム隊長・西住 みほ先輩が無線で「先行する“アヒルさん”、状況を教えて下さい」と告げると即座に交信相手である“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”戦車長・磯辺 典子先輩から返信が来た。

 

 

 

「十字路迄後1㎞程です」

 

 

 

此れに対して、西住隊長は冷静な口調で「充分注意し乍ら街道の様子を報告して下さい。開けた場所に出ない様、気を付けて!」と指示を送ると、磯辺先輩も落ち着いた声で「了解!」と返信した。

 

其の交信を聞いて居た私は、M4A3E8(イージーエイト)の車長用キューポラから頭を出して外の様子を見乍ら『磯辺先輩、きっとバレー部キャプテンらしく仲間達へ「グッとコート外行くよ!」と指示を送っているんだろうな』と考えつつ、試合開始前の西住隊長達との遣り取りを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

試合前の挨拶をする為、アンツィオ高校戦車道チーム隊長・アンチョビさんと共に私達・大洗女子学園戦車道チームの待機場所へやって来た“元・群馬みなかみタンカーズ隊長・大姫(おおひめ) 鳳姫(ほうき)”…今はアンツィオ高校戦車道チーム隊員・“マルゲリータ”の口から私に告げられた一言は、私達全員に衝撃を与えた。

 

 

 

「其方に居る“オッドボール三等軍曹(秋山 優花里)”と一緒に、ウチの学校(アンツィオ高)へ潜入した感想は?」

 

 

 

マルゲリータ( 鳳姫 )”は一回戦終了後、私達と対戦したサンダース大付属高校の選手で群馬みなかみタンカーズ時代の同期生でもある原 時雨との電話で“秋山先輩の発案で彼女と私が実行したサンダース大付属高校への潜入作戦の顛末”を知り、“大洗女子は、必ずや我がアンツィオ高にも潜入して来るに違いない”と確信。

 

そして、アンチョビ隊長に自らの考えを進言して彼女の了承を得た上で、私達に罠を仕掛けた。

 

“秋山先輩と私の潜入作戦を逆手に取って、大洗女子にディスインフォメーション( 欺 瞞 情 報 )を摑ませよう”と企んだのだ。

 

其の“ディスインフォメーション( 欺 瞞 情 報 )”とは「アンツィオ高校は、二回戦の対大洗女子戦で先輩達が何代にも亘って貯金した資金で購入したイタリア製のP40重戦車を“秘密兵器”として投入する」と言う物であり…しかも()()()()()()()()()()()()

 

では何故、此の情報が()()だったのか?

 

其れは“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”事を隠す為の“()()()”だったからだ。

 

つまり、P40をアンツィオ高学園艦内に潜入した秋山先輩と私()()()()()アンツィオ高の一般生徒が多数見ている前で見せびらかす事で、()()()()()()()()()()()()を隠したのだ。

 

()()()()は…イタリア製では無く()()()()()()()()()G()()()()

 

同じⅣ号戦車でも、“あんこうチーム”のD型が装備する24口径75㎜砲より砲身長が2倍有り、装甲貫徹力にも優れた48口径75㎜砲を持ち、Ⅴ号戦車パンターと並んで第二次大戦後半のドイツ陸軍戦車部隊の主力を担った名戦車であり、其の性能はイタリア製P40重戦車よりも遥かに優れ、私達“ニワトリさんチーム”のM4A3E8(イージーエイト)にも対抗可能だ。

 

しかも此の戦車は、“マルゲリータ( 鳳姫 )”が幼い頃から好きだった“第二次世界大戦で連合国に降伏する直前のイタリア軍に短期間だけ存在した「ドイツ製戦車を装備した最強の機甲師団・レオネッサ」”が装備していた為、アンツィオ高が使っても問題無いのだ。

 

こうして、試合開始直前に()()()()()()()()の存在を相手から知らされて動揺する大洗女子学園戦車道チームの仲間達を前に、“マルゲリータ( 鳳姫 )”は私に向かって挑発をした。

 

 

 

「嵐、私達に勝ちたかったら私と勝負しなさい!私が乗るⅣ号戦車G後期型を倒さない限り、貴女達大洗女子には“次”が無いわよ!

 

 

 

 

 

 

此の後、アンツィオ高のメンバーが其の場を離れてから大洗女子学園戦車道チームの仲間達に西住隊長迄が不安を露わにした瞬間…“心に火が灯いた”私は、皆に向かってこう宣言した。

 

 

 

『皆、落ち着いて!あの娘(鳳姫)(こ)とアンツィオのⅣ号G後期型は私が倒す!あんな()を仕掛けた奴等には絶対負けない!』

 

 

 

だが、此の時私は、西住隊長から()()()()を言われたのである。

 

 

 

「原園さん、落ち着いて下さい!」

 

 

 

『えっ!?』

 

 

 

隊長からの言葉に驚く私を余所に、西住隊長は私や仲間達に向けて自分の考えを丁寧に説明した。

 

 

 

「若しかしたら…原園さんを(おび)き出すのが“マルゲリータ( 鳳姫 )”さんの狙いかも知れません

 

 

 

『“姫ちゃん(鳳姫)”の狙いが、私?』

 

 

 

西住隊長からの指摘に私が戸惑っていると、隊長は再び自分の考えを皆に語った。

 

 

 

「Ⅳ号G後期型の存在を明かして私達にショックを与えた上で、原園さんが“マルゲリータ( 鳳姫 )”さんの乗るⅣ号G後期型を倒す為に()()()攻撃を仕掛けて来る時を狙っているのかも知れません」

 

 

 

其の瞬間、瑞希が“ハッ”とした表情で「隊長、其れは充分有り得ます!」と叫ぶと、私も心の中で“過去の経験”を思い出した。

 

 

 

『そうだ!確か去年の“戦車道全国中学生大会”の決勝戦、黒森峰と戦った時に、私は“単独で”黒森峰の側面を奇襲しようとした。でも……』

 

 

 

其の時、西住隊長が私の表情から“何か”を察したのか、私に向かってこう告げた。

 

 

 

「原園さん、御願いが有ります」

 

 

 

其れに対して、私が『はい!』と答えると、西住隊長が具体的な指示を出す。

 

 

 

「此れから“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”は“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”とコンビを組んで行動して下さい。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

其の瞬間、全てを察した私は『はい、分かりました!』と答えた…西住隊長からの指示の“()()”が“()()()()()()()()()()()()()()”である事を理解したのだ。

 

其の様子を見た瑞希が、笑顔で「成程。嵐は西住隊長と同じ位、梓の言う事を聞くから“良い手”だと思いますよ♪」と西住隊長に告げると、彼女は微笑み乍ら私と“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”の戦車長・澤 梓の二人に指示を出す。

 

 

 

「原園さんは澤さん達と仲が良いから、澤さん達を守りつつ行動して下さい。澤さんも作戦中に気になる事が有ったら必ず原園さんに相談して下さい。良いですか?」

 

 

 

其の指示を聞いた私と梓が同時に「『はいっ!』」と答えた後、西住隊長はチーム全員に向かって()()()()()()()()を出す。

 

 

 

「皆さん。アンツィオ高は予想外の“秘密兵器”を繰り出して来ましたが、此れに動揺せず自分達に出来る事を着実に進めて行きましょう。先ずは“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”を偵察に出して、相手の布陣を確実に発見する事から始めたいと思います」

 

 

 

こうして、私達は試合へ向けての行動を開始した。

 

此れは結果論だが…西住隊長が此の時洞察した「“マルゲリータ( 鳳姫 )”の狙いは、自らが乗るⅣ号戦車G後期型を倒す為に突出するであろう私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”を誘き出して狙い撃つ事である」は、後に“ほぼ事実だった”事が分かる。

 

 

 

 

 

 

「嵐、西住隊長も気が利いているわね♪」

 

 

 

其の時、試合開始前に西住隊長から受けた指示を思い出していた私に向かって、砲手の瑞希が明るい声で話し掛けて来たのを聞いた私は小さく頷くとこう答えた。

 

 

 

『“ののっち(瑞希)”、其れって私が“ウサギさんチーム(梓達一年生)”の面倒を見ている限り、“勝手な行動”はしないだろうって事?』

 

 

 

「うん。嵐はタンカーズに居た頃も、後輩や同級生でも上手く戦車を扱えない()達には優しく指導して居たものね」

 

 

 

『其れは…タンカーズに居た頃は、“後輩や上手く戦車道が出来ない同級生達には、私みたいに戦車道が嫌いになって欲しく無い”って気持ちが強かったから。其れに、梓達は大洗に来てから初めて出会った親友達だから余計に“戦車道が好きになって欲しい”と思っているんだ』

 

 

 

すると突然、瑞希は“腹黒い笑み”を浮かべると“トンデモ無い事”を言い出した。

 

 

 

「其れに、()()()()()()()()()()だから♪」

 

 

 

『一寸待て!“ののっち(瑞希)”!?』

 

 

 

瑞希からの()()()()に、私が慌ててツッコミを入れたが、彼女はキョトンとした表情の儘「あれ?そうじゃないの?」とツッコミ返しをした時…私は瑞希が手に持っている()()()に気付くと大声で叫んだ。

 

 

 

『今、()()()()()()()()()()!?』

 

 

 

何と…瑞希の手には何時の間にか無線機の送信用マイクが握られており、()()と無線交信していたのだ。

 

だが瑞希は私の叫びにも動じず、悪びれない表情の儘()()()()()()()()()()に向かってこんな事を言い出したのだ。

 

 

 

()~聞いてた?良い機会だから言っちゃいなよ♪“此のアンツィオ戦に勝ったら、嵐とデートしたい”って!」

 

 

 

『ええっ!?』

 

 

 

何と、瑞希は“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”戦車長の梓と無線交信し乍ら、彼女に対して“()()()()()()()()()()()()()”と煽っていたのだ!

 

待って…私、“百合の趣味”は無いのに、何時の間に“そんな話”になっているのよ!?

 

其れに、瑞希もさっきはカエサル先輩を“百合仲間”に引き込もうとしていたと思ったら次は私か…“百合の花の種”を彼方此方にバラ撒くんじゃない!

 

だが此の直後、無線機を通じて“瑞希が無線交信している相手(澤 梓)”から“もっとトンデモ無い告白”が飛び込んで来た!

 

 

 

「嵐…此の試合に勝ったら私とデートして下さい!」

 

 

 

『ふえーっ!?』

 

 

 

まさかの“梓からの告白”によってパニックに陥った私に向かって、瑞希が今日一番の“腹黒い笑み”を浮かべつつ「さあ嵐、如何する!?」と迫って来た。

 

更に、“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の車内では、其の様子を聞いて居た菫と舞がニヤニヤ笑い乍ら私を見詰めており、良恵ちゃんに至っては顔を真っ赤にし乍ら「うわ~っ!?」と黄色い悲鳴を上げつつ、三人揃って“梓の告白の行方”を見守っている有様。

 

其の結果、私は……

 

 

 

『ぐっ…分かった。此の試合に勝ったら一緒にデートしよう……』

 

 

 

多勢に無勢、私は梓の想いにそう答えるしか無かった。

 

 

 

「有難う嵐、試合頑張るね!」

 

 

 

無線で梓が明るい声で返事をした後、私は大きく溜め息を吐き乍ら項垂れていた…未だ試合が序盤なのに、私は心底疲れてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

「街道手前に到達しました。偵察を続けます!」

 

 

 

私達に先行して偵察任務を遂行していた“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”の戦車長・磯辺 典子先輩から報告が入ったのは、瑞希の差し金で私が梓と“試合に勝ったらデートをする約束”を交わしてから数分後だった。

 

そして、間も無く磯辺先輩から続報が入る。

 

 

 

「アッ…セモヴェンテ( M41 )2輌、カルロ・ヴェローチェ( CV33 )3輌、もう既に十字路へ配置!」

 

 

 

此の報告に対して“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”では通信手の武部先輩が「十字路の北側だね?」と確認の連絡を行っていた頃、私は“()()()()”を感じていた。

 

 

 

『あれ…?幾らアンツィオの機動力が優れていると言っても、こんなに早く十字路で待ち伏せの準備が出来ているなんて?』

 

 

 

其の時、通信機から“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”戦車長・河嶋先輩の声で「其れなら南から突撃だ!」と“単純過ぎる戦法”が提案されるが、此れに対して西住隊長が「でも全周警戒の可能性が有ります」と指摘すると、河嶋先輩は「アンツィオだぞ、有り得ん!此処は速攻だ!」と言い返して来た。

 

因みに、此の時“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”の車内では角谷会長が何時もの様に干し芋を食べ乍ら「突撃、良いね~♪」と呑気な声で河嶋先輩の提案に同調した為、装填手兼会長の見張り役である佐智子ちゃんが「会長も河嶋先輩も()()()()()()()()()()()をして全滅したら如何するんですか!?原園さんも何か言って下さい!」と会長と河嶋先輩だけで無く無線で私に迄ツッコミを入れた所為(せい)か、河嶋先輩は顔を真っ赤にして「何ぃ!?」と佐智子ちゃんに文句を言って来たので、私も此の場を落ち着かせる為に無線で西住隊長へこう進言した。

 

 

 

『西住隊長…アンツィオですが、何だか()()()()()()()感じがします。なので此処は行き成り攻撃をするべきでは無いと思います』

 

 

 

すると、西住隊長から即座に指示が飛んで来た。

 

 

 

「分かりました、十字路へ向かいましょう。但し進出ルートは今の儘で行きます」

 

 

 

此の時、西住隊長の傍に居た“あんこうチーム”装填手の秋山先輩は「直行しないんですか?」と西住隊長に問い掛けたそうだが、実は私も同じ趣旨の返信を無線で西住隊長へ送っていた。

 

 

 

『直行しないんですね。其れなら、待ち伏せされるのを防げるので良いと思います』

 

 

 

其れに対して西住隊長は「はい」と私の考えに同意すると、続けて新たな指示を出す。

 

 

 

「今から“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”と“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の2輌のみ、ショートカットで先行して貰います。()()()()()()で、原園さんは“ウサギさん”のサポートを御願いします」

 

 

 

此れに対して両チームの戦車長を務める梓と私が「『了解!』」と元気良く返答すると、西住隊長は引き続き皆へ今後の作戦行動の意図を伝える。

 

 

 

「未だP40とⅣ号戦車G後期型の所在も分かりませんから、我々はフィールドを押さえ乍ら行きましょう。“ウサギさん”と“ニワトリさん”、十分気を付けて下さい」

 

 

 

「頑張ります!」

 

 

 

『任せて下さい!』

 

 

 

西住隊長からの指示に梓と私が応答すると、M3中戦車リーとM4A3E8(イージーエイト)の2輌が他の仲間達から離れて、街道上の十字路へ通じるショートカットルートに在る坂を一気に登って行く。

 

そんな中、十字路近くの林で偵察活動をしている“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”から新たな報告が入る。

 

 

 

「此方“アヒルさん”、変化無し。指示を下さい!」

 

 

 

其れに対して“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”通信手・武部先輩から「本隊が向かいますので、引き続き待機で御願いします」との返信が入ったタイミングで、私は“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”戦車長・磯辺先輩へ無線で質問をした。

 

 

 

『此方“ニワトリ”より“アヒルさん”へ。未だアンツィオに動きは無いんですか?』

 

 

 

「原園か…そうなんだ。今、佐々木(あけび)と一緒に様子を見ているんだが、エンジンも切っているみたいで何の動きも無い」

 

 

 

『じゃあ、乗員がハッチから顔を出して外の様子を窺っていませんか?』

 

 

 

「いや、誰一人ハッチから顔を出していないよ」

 

 

 

『了解です。有難う御座います』

 

 

 

磯辺先輩との交信を終えた後、私は“十字路上で待ち伏せをしていると思われるアンツィオの動き”に()()()を感じて考え込んでいた。

 

 

 

『おかしいな…“待ち伏せ中にエンジンを切っている”上、“乗員がハッチから顔を出して外を監視していない”なんて?』

 

 

 

何故そう思ったのかと言うと、待ち伏せの場合“一発撃ったら直ぐ後退して相手の反撃を躱す”のが定石(セオリー)なので、普通はエンジンをアイドリング状態*1の儘待機する事によってエンジン再始動の手間を省き、素早く移動出来る準備をする事が多い。

 

更に待ち伏せでは、“相手が此方へ来るのを逸早く見付けて先制攻撃する必要が有る”為、乗員は車輛のハッチを開けて身を乗り出しつつ外の様子を窺っている事が多いのに、アンツィオ高は“待ち伏せ中の全車がエンジンを切っていて、しかも各車のハッチから乗員が身を乗り出して外を監視していない”と言うのだ。

 

 

 

『其れじゃあ、こっちがやって来た時は如何するんだろう?先ず相手を先に見付けられないから待ち伏せなんて上手く行かないし、仮に待ち伏せに成功しても、エンジンを再始動して後退しようとする間に相手の反撃に遭って撃破されちゃうのに…何故?』

 

 

 

其処迄考えた時、私の頭の中に“アンツィオ高・()()()()()()が思い浮かぶ。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()?』

 

 

 

だが其の時、“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”戦車長・梓の慌てた声が無線から聞こえて来た。

 

 

 

「出過ぎ出過ぎ!もう街道だよ、停まって停まって!」

 

 

 

気が付くと、私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の前方を走っていた“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”が猛スピードで林の中を駆け抜けており、慌てた梓の指示を余所に街道手前の坂を一気に駆け登って街道へ出てしまった。

 

 

 

「ああっ…後退後退!?」

 

 

 

街道上へ飛び出してしまった“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”は、梓の指示でやっと後進を始めると坂を下って身を隠す。

 

其の姿を見た私は『多分、此れは“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”操縦手・阪口 桂利奈ちゃんが()()()()()()()()()結果、ハイペースで前進した所為(せい)だな…多分彼女の隣に居るあゆみと優季もちゃんとサポートしていないな?』と思い乍ら溜め息を吐いた時、梓が無線で西住隊長へ報告を入れる。

 

 

 

「街道南側、敵発見!済みません、見られちゃったかも!?」

 

 

 

其れに対して隊長が「発砲は?」と問い掛けると、梓は「未だ有りません」と報告を入れたので、隊長が改めて私に問い掛ける。

 

 

 

「原園さん、其方は如何ですか?」

 

 

 

其処で私は、冷静な口調で報告を入れた。

 

 

 

『此方“ニワトリ”、梓の報告通りアンツィオの動きは有りません』

 

 

 

すると西住隊長から「“ウサギさん”と“ニワトリさん”、くれぐれも交戦は避けて下さい」との指示が入った為、私と梓が同時に「『分かりました!』」と返信を入れる。

 

そして、私は直ちに梓に向けて無線を入れた。

 

 

 

『梓、今から戦車を降りて前方で待ち伏せをしているアンツィオ高の様子を偵察しよう』

 

 

 

其れに対して梓が「了解!」と返信してくれた処、砲手の瑞希が私に向かって……

 

 

 

「あら嵐、そんな所へ“デート”へ行くの?幾ら何でも試合中に……」

 

 

 

『そんな訳無いでしょ!』

 

 

 

勿論、私は()()()()()()を言い出した瑞希に向かって怒声を浴びせてからM4A3E8(イージーエイト)を降りると、先にM3中戦車リーから降りて偵察に向かった梓の後を従いて行く。

 

其の時、M4A3E8(イージーエイト)の車内からは「今の言葉、不味かったかな?」と言う瑞希のボヤキと「“雉も鳴かずば撃たれまいに”だね♪」と彼女を揶揄う装填手・舞の声が響いていた。

 

 

 

 

 

 

私が偵察任務の為、停車した“ウサギさんチーム”のM3中戦車リーの前方に在る茂みへ行くと、其処には既に梓が居て「紗希、出過ぎ!」と慌てた声を上げ乍ら、もう一人の偵察要員・丸山 紗希の頭を押さえていた。

 

 

 

『じゃあ梓、早速彼処に居るアンツィオの戦車の数を確認しようか』

 

 

 

二人が落ち着いたタイミングで私が声を掛けると、梓が頷いて自分が持って来た双眼鏡を使い、前方に居るアンツィオ高の戦車の数を確認する。

 

勿論私も自分の双眼鏡で梓と同じ事をしていると、梓が小声で報告して来た。

 

 

 

カルロ・ヴェローチェ( CV33 )4輌、セモヴェンテ( M41 )2輌が陣取っているよ」

 

 

 

『!?』

 

 

 

其の瞬間、私の中で先程浮かび上がった()()()()に変わると同時に、私は梓に向かってこう指摘した。

 

 

 

『一寸待った、梓。確か“アヒルさん”の報告では十字路上にセモヴェンテ( M41 )2輌、カルロ・ヴェローチェ( CV33 )3輌が居たから、()()()()()()1()1()()()()()()()()んだけど?』

 

 

 

すると、梓も首を傾げ乍ら私に向けてこう呟く。

 

 

 

「あれ…?確か、二回戦で使える戦車の最大数は一回戦と同じ10輌だったんだよね?」

 

 

 

其れに対して、私は梓に向けて頷くとこう告げる。

 

 

 

『オマケに、秘密兵器の筈のP40重戦車とⅣ号戦車G後期型の姿も無い…梓、()()()()()()!』

 

 

 

其の言葉に、梓が「えっ、何が分かったの?」と小声で問い掛けると、私は真剣な声でこう答えた。

 

 

 

『今から其れを西住隊長に報告する!』

 

 

 

 

 

 

私と梓&紗季は其々の戦車へ戻ると、直ちに梓が無線で西住隊長へ「此方“ウサギさん”、“ニワトリさん”と共に偵察から戻って来ました!」と連絡した処、西住隊長から「“ウサギさん”・“ニワトリさん”、相手の正確な情報を教えて下さい」と返信が来たので、梓は直ぐ様偵察結果の報告を入れた。

 

 

 

カルロ・ヴェローチェ( CV33 )4輌、セモヴェンテ( M41 )2輌が陣取っています」

 

 

 

其処で梓は一呼吸入れると、西住隊長へ向けてこう告げた。

 

 

 

「其れと()()()について、嵐から報告が有ります」

 

 

 

其の直後、私は無線で西住隊長に()()()()()を告げた。

 

 

 

『隊長、此方と“アヒルさん”が見付けた戦車だけで11輌も居ます。恐らく此れは“()()()()()()”です!“アヒルさん”と私達が見付けた戦車は()()かも知れません!』

 

 

 

(第61話、終わり)

 

 

*1
エンジンを無負荷で稼働させた状態の事。近年の自動車では排出ガスによる環境問題や近隣への騒音被害の問題が有る為、信号待ち等の一時停車中に自動でエンジンを停止させる「アイドリングストップ」機能が付いている車種が多い。





此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第61話をお送りしました。

遂に始まった、全国大会第二回戦・対アンツィオ戦。
“マルゲリータ”こと鳳姫からの挑発に対して“心に火が灯いた”嵐。
しかし、此処で西住殿が“マルゲリータ”の作戦を洞察して機転を利かせた結果、嵐は梓達“ウサギさんチーム”とコンビを組んで偵察に行く事に…此処ではガルパン主人公らしい事を西住殿に言って貰いました。
其の途中、嵐は“ののっち”の“策略”で“試合に勝ったら梓とデートをする”と言う約束をさせられましたが……(爆)
御陰で、嵐は冷静さを失う事無くアンツィオ高が“伝統の得意技=マカロニ作戦”を仕掛けて来た事を逸早く察知する事に成功。
と言う訳で…ペパロニ、御前のミスについては次回詳しく解説するから覚悟する様に(迫真)。

ペパロニ「ええっ!? アタシ、あの試合でミスしたのは看板の数を間違えただけじゃ無かったのかよ!?」

実は彼女、此の試合ではもう一つデカいミスをやって居ますので、其れをネタにします。

其れでは次回・白熱するアンツィオ戦を御楽しみに。



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第62話「此れが、マカロニ作戦です!!(後編)」


今、職場が閑散期なので長期休暇中ですが、此れを機会に先日、人生初の“ケンタッキー”を食べに行きました…美味いですねえ、ケンタランチの和風カツサンドとてりやきツイスター。
個人的に骨付きチキンが嫌いなので、今迄ケンタッキーには近付かなかったのですが、認識が一変しましたわ。
此れ以上書くと宣伝になりかねないので前置きは此の辺にして…其れでは、どうぞ。



 

 

 

此処で、少しだけ時間を巻き戻そう。

 

原園 嵐が西住 みほ隊長へ“重大な報告”を告げる直前の出来事である。

 

此の時、大洗女子学園戦車道チーム隊長車・“あんこうチーム”が乗るⅣ号戦車D型の車内では、“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”と共に街道の中心部に在る十字路左側へ偵察に出した“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”戦車長・澤 梓からの報告を受けたみほ達が戸惑っていた。

 

梓の報告内容は「カルロ・ヴェローチェ(CV33)4輌、セモヴェンテ(M41)2輌が陣取っています」だったが、其れを聞いたチームの砲手・五十鈴 華と装填手・秋山 優花里が訝し気な声で()()()()を指摘する。

 

 

 

「数が合いませんね。()()()()1()1()()()()()

 

 

 

「其れにP40もⅣ号戦車G後期型も居ません。二回戦のレギュレーションでは“10輌迄”と……」

 

 

 

二人の言う通り、戦車道全国高校生大会のレギュレーションでは“一回戦と二回戦に各チームが出場させる事が出来る戦車の数は10輌迄”と決められているが、先程自分達の前方に在る十字路右側へ偵察に出した“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”の報告によれば、十字路右側にはアンツィオ高のセモヴェンテ(M41)2輌、カルロ・ヴェローチェ(CV33)3輌が陣取っている。

 

此れに“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”からの報告を合わせると…アンツィオ高は十字路の左右にカルロ・ヴェローチェ(CV33)7輌、セモヴェンテ(M41)4輌を配置して居る事になり、()()()()()()()()()()()()()1()1()()()()()()()()()

 

オマケに優花里が指摘した通り、自分達(大洗女子)は未だアンツィオ高のP40重戦車とⅣ号戦車G後期型を発見していない為、アンツィオ高が此の試合に投入している戦車は“13輌”になってしまうのだ

 

華と優花里の意見を聞いたみほが、不安気な表情で地図を見乍ら現在の状況を確認していると、華が“()()()()”をみほに告げる。

 

 

 

()()()()をしているのでは?」

 

 

 

其の言葉を聞いて“()()()()()()”が有るのに気付いたみほが「若しかして……」と呟いた直後、“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”戦車長・梓から追加の報告が来た。

 

 

 

「其れと此の事について、嵐から報告が有ります」

 

 

 

其れに対して、みほが「えっ?」と戸惑いの声を上げた時、“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”戦車長・嵐から()()()()()()が飛び込んで来た。

 

 

 

『隊長、此方と“アヒルさん”が見付けた戦車だけで11輌も居ますが、恐らく此れは“()()()()()()”です!“アヒルさん”と私達が見付けた戦車は偽物かも知れません!』

 

 

 

其の時、みほは“先程自分が気付いた事と嵐の報告内容が一緒だ”と確信すると、大声を上げる。

 

 

 

「やっぱり!原園さんも私と同じ考えなら間違いない!」

 

 

 

そして、みほは自分の声に驚く華と優花里を余所に通信手の武部 沙織へ指示を出した。

 

 

 

「“ウサギさん”・“ニワトリさん”、其れと“アヒルさん”。退路を確保しつつ斉射して下さい!反撃されたら直ちに退却!」

 

 

 

 

 

 

西住隊長からの指示を受けた直後、私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”・“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)” が十字路の左側から、“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”は十字路の右側から一斉に攻撃を行った…軍事用語で言う「威力偵察」だ。

 

そして、私達の攻撃は前方に待ち伏せていたアンツィオ高のカルロ・ヴェローチェ(CV33)セモヴェンテ(M41)を直撃し…次の瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

『やっぱり!十字路に居た戦車は皆マカロニ(偽物)だった!』

 

 

 

攻撃結果を確認した私が無線で仲間達に状況を告げると、十字路の右側から攻撃した“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”のリーダー兼戦車長・磯辺先輩からも「原園、こっちに居た戦車も偽物だ!全部看板に書かれた書き割りだった!」との返信が飛び込んで来た。

 

続いて、私達と一緒に十字路左側の攻撃に加わった“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”のリーダー兼戦車長・梓が車内の状況を報告する。

 

 

 

「まさか、全部板に書かれた偽物だったなんて…皆も『看板!?』『偽物だー!』って大騒ぎだよ!」

 

 

 

『うん。其れより西住隊長からの指示が来るだろうから、今から移動の準備をしよう!』

 

 

 

私は梓に対して“次の行動の準備をすべき”と返信した時、西住隊長から“次の指示”が飛び込んで来た。

 

 

 

「“ウサギさん”・“ニワトリさん”・そして“アヒルさん”!恐らく、相手は十字路に私達を惹き付けて置いて機動力で包囲する心算です!直ちに其の場を離れて十字路の後方を捜索して下さい!其処に本物の戦車が居ると思われます!」

 

 

 

其の指示を聞いた私は、直ちに梓へ指示を飛ばした。

 

 

 

『よしっ!梓、直ぐに十字路の後方を捜索するよ!』

 

 

 

「了解!」

 

 

 

梓から気合の入った返信が入ると同時に、私達2輌の戦車は行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

一方、此処は試合会場内・観客席の外れに在る広場である。

 

此処には聖グロリアーナ女学院(ダージリン・オレンジペコ)&サンダース大付属高校(ケイ・ナオミ・アリサ・時雨)の面々の他、原園 明美・周防 長門・淀川 清恵と明美に誘われて此処へやって来たマジノ女学院のエクレール隊長&フォンデュ副隊長に加えて、今アンツィオ高戦車道チームの一員として大洗女子と戦っている“マルゲリータ(鳳姫)”の母親(オカン)大姫(おおひめ) 龍江(たつえ)の姿が在り、全員が試合会場内の大型モニターに表示される試合の実況に見入っていた。

 

其処へ、もう一人の女性がやって来ると皆に声を掛ける。

 

 

 

「あっ、アンツィオ高伝統の“マカロニ作戦”がバレちゃったみたいですね?」

 

 

 

彼女は首都新聞社の契約ライターとして、今回の戦車道全国高校生大会の取材をしている北條 青葉である。

 

 

 

其の言葉を聞いて、試合を観戦中だった明美が笑顔で答える。

 

 

 

「そうよ~♪ 今、アンツィオ高のペパロニ副隊長が率いるカルロ・ヴェローチェ(CV33)4輌が大洗女子のアヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)に追われて居るわ」

 

 

 

更に長門が「何故かは知らんが、アンツィオ高の連中、十字路に“マカロニ(偽戦車の看板)”を11輌分も立てていたんで直ぐバレたんだ」と語った処、先程迄「どや、アンツィオ高の“マカロニ作戦”の凄さは!大洗の奴等はビビって十字路で立ち往生しているやろ!“戦いは火力や無い、御頭(オツム)の使い方”なんやで!」と関西弁で(まく)し立て乍らドヤ顔で(無い)胸を張っていた龍江が驚きの声を上げた。

 

 

 

「ええっ!?何で“マカロニ(偽戦車の看板)”の数を間違えたんや!?」

 

 

 

しかし、其処は関西人の龍江である。

 

直ぐ立ち直ると、青葉に向かってこう言い返した。

 

 

 

記者(青葉)さん、アンツィオの機動力を舐めるんや無いで!此処からが勝負や!」

 

 

 

だが其の時、龍江は傍らに居る嘗てのライバル二人(明美&長門)がヒソヒソ話をし乍ら笑っているのを見て思わず「“あけみっち(明美)”に“ながもん(長門)”、何を笑っとるんや!」とツッコミを入れたが…此処で“或る事”に気付いた青葉がこう答えたのだ。

 

 

 

「あっ…若しかして副隊長のペパロニさん、“マカロニ作戦”がバレて八九式中戦車甲型(アヒルさんチーム)に追われているのを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

すると、明美と長門は小さく頷いた後、先ず明美がこう答える。

 

 

 

「流石は青葉さん、良く気付いたわね。私に言わせれば、ペパロニさんの“()()()()”は“マカロニ(偽戦車の看板)の数を間違えた”時以上の()()()()よ♪

 

 

 

続いて長門もこう語る。

 

 

 

「ああ。大洗女子の“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”は敵発見の報告をしっかりしていたのにな」

 

 

 

其処へ清恵が、聖グロのオレンジペコから注いで貰った紅茶を飲み乍らこう付け加えた。

 

 

 

「アンツィオ高の持ち味である“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()♪」

 

 

 

其の結果、“ペパロニが犯した重大ミスの中身”を知った龍江は頭を抱え乍ら「あーっ!あの“アホの子(ペパロニ)”、何やっとんねん!マジでド突いたろか!?と観客席前の大型モニターに向かって吼える中、ティータイムを楽しみ乍ら此処迄の一部始終を眺めて居た聖グロのダージリン隊長が溜め息を吐きつつ、こう呟いた。

 

 

 

「成程、確かに明美さんの言う通りね」

 

 

 

其れに対して、オレンジペコが「如何言う意味ですか?」とダージリンに問い掛けたが、其の疑問に答えたのは彼女では無く、明美達を挟んで自分達の反対側に陣取っていたサンダースのケイ隊長だった。

 

 

 

「ペパロニがやった()()よ…確かに“マカロニ(偽戦車の看板)の数を間違えた”のは()()()だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だわ」

 

 

 

すると、ナオミも頷き乍らこう語る。

 

 

 

「確かに、こんな時は“()()()()”程迅速に報告しないとな」

 

 

 

更に、アリサも頷きながらこう語った。

 

 

 

「素人は“ペパロニがマカロニ(偽戦車の看板)の数を間違えた”事を面白可笑しく言うでしょうけど、選手の目から見ると“()()()()()()()()()()()()()…下手をすると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かも知れないのに」

 

 

 

更に、此処迄先輩達の会話を聞いていた時雨が群馬みなかみタンカーズ時代の経験を思い出して、こう語った。

 

 

 

「タンカーズでも“マカロニ(偽戦車の看板)の数を間違えた”程度の単純ミスは『次はやらない様に気を付けてね』ってコーチから注意されるだけで済んだけど、必要な報告や連絡を怠ったら即座にレギュラーから外されました…明美さん、そう言う所のメリハリはしっかりしているんです」

 

 

 

時雨の話を聞いて、聖グロの二人とサンダースの先輩達三人は納得した表情で頷いていた。

 

一方、明美に誘われて此処へやって来たマジノ女学院のエクレール隊長とフォンデュ副隊長は“高校戦車道四強”の内の二校・聖グロとサンダースの隊長達や明美達戦車道OGが語る試合解説を聞きつつ、互いに「今の話、凄く勉強になるわね」「はい、エクレール様。試合中のミスについての議論が此れだけ奥深い話になるとは思っても見ませんでした」と語り合い乍ら必死にメモを執るのだった。

 

 

 

 

 

 

其の頃、私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”は“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”の後ろに()いて十字路後方の森林地帯を偵察していた。

 

私達を襲おうとしているアンツィオ高の“本物の戦車”を捜しているのである。

 

そんな時、私に“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”リーダー兼戦車長の梓から通信が入った。

 

 

 

「ねえ嵐。さっきアンツィオの“偽物の戦車”を“マカロニ”って呼んでいたけど、其れって意味が有るの?」

 

 

 

此処で、私は“意識せずに「偽物の戦車」を「マカロニ」と呼んでいた”事に気付くと其の理由を梓に説明する。

 

 

 

『ああ…其れはね。“マカロニ”って()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょ。其処から転じて“()()()()()()()()()()”の事をアンツィオ高では“()()()()()()”って呼ぶ伝統があるんだよ』

 

 

 

「成程。欺瞞作戦をやって来るなんて凄いね…()()が甘かったけど」

 

 

 

私の説明に対して、梓が“アンツィオ高のマカロニ(欺瞞)作戦”に感心しつつ“詰めの甘さ”を指摘したのを聞いた私は、此処で一言付け加える。

 

 

 

『でも本来の“マカロニ作戦”はね、今のとは違って“本物の中に偽物(マカロニ)を混ぜる事によって「相手に此方側の戦車の数を誤認させて正確な状況判断を出来なくさせる」効果を狙ったもの”なんだ*1

 

 

 

すると話を聞いた梓が更に感心し乍ら「そうか。“マカロニ(偽物)”と“具材(本物)”を絡めて料理を作るのと一緒だね」と的確な答えを返した処で、私は彼女にこう忠告した。

 

 

 

『其の通り。でも今回、彼女等(アンツィオ)は十字路で“マカロニ(偽物)”だけを見せて来た…と言う事は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に違い無いよ』

 

 

 

其の忠告を聞いた梓が「そうか……」と呟いていた時、突然彼女が私に向かって叫ぶ。

 

 

 

「あっ、2時方向に敵影!」

 

 

 

『!?』

 

 

 

梓の報告に反応した私が双眼鏡を向けると、林の中にセモヴェンテ(M41)が2輌居る。

 

其処で私が梓に指示を出そうとした時だった。

 

 

 

『よし梓、発砲はせずに様子を…って、ええっ!?

 

 

 

突然“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”の砲塔に備えられた37㎜砲と同軸機関銃が、林の中に潜んで居る2輌のセモヴェンテ(M41)目掛けて火を噴いたのだ。

 

其の光景を目撃した私は、思わずこう呟いた。

 

 

 

『あやの馬鹿!“またセモヴェンテ(M41)、さっきと一緒(偽物)だ!騙されるもんか!”と思い込んで撃っちゃったのか!?』

 

 

 

…試合後、私は此の件で梓と37㎜砲々手の大野 あやから聞き出した処、此の時“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”に起きた出来事の内容は私の呟き通りだった事が分かった。

 

先程と同様、林の中で発見した2輌のセモヴェンテ(M41)も偽物だと勝手に思い込んだあやは、梓が止めるのも聞かずに発砲してしまった結果、彼女が撃った37㎜砲弾を車体前面装甲板で弾いたセモヴェンテ(M41)に気付かれて反撃され、其処で初めて“相手が本物だ”と知って「ゲッ…本物だぁ!」と呻いたが時既に遅しだったと言う訳である。

 

其れは兎も角、“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”から梓が「もう!」と叫ぶ声(此れは先程の勝手な発砲をしたあやを叱る声だった)が無線から聞こえたが…其の時、私は“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)を狙うもう1輌の戦車”の姿に気付くと絶叫した。

 

 

 

『梓、直ぐ左旋回!』

 

 

 

其の直後、“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”が素早い左旋回を決めると、直前迄彼女達が居た場所の地面に砲弾が炸裂した。

 

そして、砲撃を回避した梓が無線で叫ぶ。

 

 

 

「嵐、もう1輌の戦車が…()()()()()()が居る!」

 

 

 

そう…梓と私の視線の先には、ダークイエロー一色に塗られた“アンツィオ高()()秘密兵器・Ⅳ号戦車G後期型”の姿が在り、其の48口径75㎜戦車砲の砲口が梓達の乗るM3中戦車リーを狙っていた。

 

勿論、其の車長用キューポラからは“マルゲリータ(鳳姫)”が不敵な笑みを浮かべ乍らM3中戦車リーの車長用キューポラから頭を出している梓を睨んでおり、其の姿を見た彼女の横顔は真っ青だった。

 

 

 

()らせない!』

 

 

 

其の瞬間、私は本能的に“イージーエイト(M4A3E8)”をⅣ号戦車G後期型の正面に向けると、梓に向かって叫んだ。

 

 

 

『梓、Ⅳ号G型は私に任せて!1対2になって悪いけど、2輌のセモヴェンテ(M41)は宜しく!』

 

 

 

すると梓が心配気な声で「了解…嵐、西住隊長には報告するから頑張って!」と呼び掛けて来た為、私は梓の不安を振り払う様に大声で返信した。

 

 

 

『了解!』

 

 

 

そして、私は車内の皆(ニワトリさんチーム)に聞こえる様、声を張り上げた。

 

 

 

『皆、“姫ちゃん(鳳姫)”…いや“マルゲリータ”に仲間を()()()()訳には行かない!アイツは此処で倒す!』

 

 

 

其の時…私の心の中には、大洗で戦車道を再開してから封印していた()()()()()()()時代の気持ちが蘇り始めていた。

 

 

 

 

 

 

其の頃、此方は大洗女子の主力部隊・“あんこう(Ⅳ号戦車D型)”・“カバさん(Ⅲ号突撃砲F型)”・そしてフラッグ車の“カメさん(38(t)軽戦車B/C型)”の3チームである。

 

彼女達は十字路を通過して前進を続け、恐らくは其の前方に居るであろうアンツィオ高のフラッグ車を捜索していた。

 

其の時、十字路左側を捜索していた“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”リーダー兼戦車長の梓から、急報が“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”に入った。

 

 

 

「A23地点、セモヴェンテ(M41)2輌とⅣ号戦車G後期型を発見。今度は本物です!勝手に攻撃してしまいました。済みません!交戦始まってます!」

 

 

 

梓の報告から彼女が焦って居るのに気付いたみほは「大丈夫。御蔭で敵の作戦が分かりました」と返信して梓を落ち着かせていたが、其処へ彼女から“続報”が入る。

 

 

 

「其れよりも今、嵐がアンツィオのⅣ号と交戦中です!私達がⅣ号に狙われたので私達を庇って…今、私達はセモヴェンテ(M41)2輌に追われています!」

 

 

 

其の報告を受けたみほは“ハッ!”と表情を変えると鋭い声で梓へ指示を出した。

 

 

 

「分かりました!セモヴェンテ(M41)とは付かず離れずで交戦して下さい。西に行動を始めたら其れは合流を意味します。全力で阻止して下さい!」

 

 

 

其の指示に対して、梓から「自信無いけど、やります!」と覚悟の籠った返信が届くと、みほは次の指示を出す。

 

 

 

「其れと“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”に御願いが有ります。直ちに“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の救援に向かって下さい!アンツィオに勝つ為には“ニワトリさん”と力を合わせて敵のⅣ号戦車G後期型を倒す必要が有ります!」

 

 

 

みほからの“鋭い指示”を聴いた“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”車長・エルヴィンがドイツ語で「Jawohl! Herr Kapitän(ヤヴォール! ヘル・カピテーン)(隊長殿、了解!)」と返信すると、みほは更なる指示を出した。

 

 

 

 

「そして“あんこう(Ⅳ号戦車D型)”・“カメさん(38(t)軽戦車B/C型)”チームは、此の儘直進します。包囲される前にフラッグ車を叩きましょう。当然此方は2輌だけですしフラッグ車も標的となりますが、逆に囮として上手く敵側を惹き付けて下さい」

 

 

 

そして最後に、みほは各車に向けて送信する。

 

 

 

「其れでは皆さん、健闘と幸運を祈ります!」

 

 

 

そして通信が終わった後、みほは心の中で“チームで一番心配な()”の姿を思い浮かべ乍ら、心の中でこう呟いた。

 

 

 

「原園さん…()()()()()()()()()()から、待っていて!」

 

 

 

 

 

 

一方、此方は十字路の行き止まりに在る小さな高台で待機して居るアンツィオ高・本隊の戦車2輌と突撃砲1輌。

 

其の編成は、隊長車兼フラッグ車でアンチョビ隊長が乗るP40と護衛のカルロ・ヴェローチェ(CV33)、そしてペパロニと並ぶ副隊長の“ひなちゃん”が乗るセモヴェンテ(M41・突撃砲)が各1輌である。

 

其処に、自分達から見て前方の右翼方向から大洗女子を包囲しようとしていた部隊を率いるマルゲリータから()()()()()(もたら)された。

 

 

 

「何っ!其れは本当か、マルゲリータ!?」

 

 

 

「はいっ、ドゥーチェ(統帥)!現在此方は十字路右翼外れの林の中で嵐が乗るイージーエイト(M4A3E8)と交戦中!セモヴェンテ(M41)2輌は嵐と一緒に居たM3リー中戦車を追撃中です!」

 

 

 

「何だって…もしかして“マカロニ作戦”がバレたのか!?」

 

 

 

本来の作戦では“自分達が十字路に仕掛けた「マカロニ(デコイ)」に大洗女子が足止めされている間に、アンツィオ高から見て十字路の左側からペパロニ副隊長の部隊が、右側からはマルゲリータが率いる部隊が大洗女子を奇襲する”筈が、十字路の外れで大洗女子に発見されたと言う“異常事態”に気付いたアンチョビ隊長は“作戦失敗”の懸念を抱きつつ、マルゲリータを問い質すと彼女から返信が届いた。

 

 

 

「其の可能性が高いです。何しろ、ペパロニ副隊長は“北海道のローカルTV局の移動番組に出て来る()()()()()()()()()()()()”と一緒で()()()()()()()()()ですから心配で…済みません!念の為、ペパロニ副隊長に確認を御願いします!」

 

 

 

マルゲリータからも“作戦が失敗した可能性有り”との報告(と愚痴)を受けたアンチョビは「了解!」と返信後、無線のチャンネルをペパロニが乗るカルロ・ヴェローチェ(CV33)に切り替えてから十字路左翼の攻撃を担当する部隊を率いる彼女を詰問した。

 

 

 

「オイ、ペパロニ。マカロニ作戦は如何なっている?たった今、マルゲリータから“大洗のM3中戦車リーとイージーエイト(M4A3E8)に遭遇した。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”って()()が来たぞ?」

 

 

 

処が此れに対して、ペパロニが「済みませーん、其れ処じゃ無いんで後にして貰えますか?」と“場の空気を読まない”能天気な声で報告したのを訝しんだアンチョビは再び「何で?」と問い掛けた処、ペパロニが“トンデモ無い報告”を寄越して来た。

 

 

 

Tipo(ティーポ) 89(八九式中戦車甲型)と交戦中です。如何してバレちゃったのかな~?」

 

 

 

其処で初めて()()()()を抱いたアンチョビは苛立ち乍らペパロニに「十字路にちゃんとデコイ置いたんだろうな!?」と問い掛けた処、案の定ペパロニは能天気な声で、アンチョビに取って()()()()()を返して来た!

 

 

 

「ちゃんと置きましたよ、()()!」

 

 

 

其の瞬間アンチョビは“ひょっとするとペパロニは「十字路にデコイを置いていなかった」のかと思っていたが、まさかデコイを全部置いてしまったのか!?”と“自分の悪い予感が更に悪い方向へ外れた”のだと理解した後、ペパロニに向かってこう怒鳴った。

 

 

 

「はあ!?1()1()()()()()()()()()()()()()()()だろうが!?」

 

 

 

だが…ペパロニはアンチョビからの叱責にも「そうか!?流石姐さん(アンチョビ)、賢いっすね!」と()()()()()()の返事を寄越して来たので、頭に来たアンチョビは無線でこう叫んだ。

 

 

 

「御前がアホなだけだ!マルゲリータが()()するのも当然だ!*2

 

 

 

そして、アンチョビは“マカロニ作戦がバレた”事を悟ると次の対応策をもう一人の副隊長である“ひなちゃん”へ告げた。

 

 

 

「オイ、出動だ!敵は其処迄来ている!其れとそっち(ひなちゃん)はマルゲリータの援護に行ってくれ!」

 

 

 

だが此処で、“ひなちゃん”がアンチョビへ“其の指示の問題点”を指摘する。

 

 

 

「ですがドゥーチェ(統帥)、そうすると()()()()()()()()()カルロ・ヴェローチェ(CV33)1()()()()になりますが!?」

 

 

 

「うっ!?」

 

 

 

“アホの子”・ペパロニよりも遥かに信頼出来る“もう一人の副隊長(ひなちゃん)”からの指摘に絶句するアンチョビ。

 

此処で“ひなちゃん”が乗るセモヴェンテ(M41)を分派すると、隊長車兼フラッグ車のP40を守るのは、8㎜機関銃を2挺しか持たない豆戦車・カルロ・ヴェローチェ(CV33)1輌しか居なくなるのだ。

 

其の事に気付いて一瞬悩むアンチョビだったが、直ぐに首を横に振ると改めて“ひなちゃん”へ指示を出した。

 

 

 

「いや、やはり御前はマルゲリータの援護に行ってくれ。相手は“みなかみの狂犬(原園 嵐)”だ。マルゲリータだけでは荷が重いし、其れに()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

其れに対して“ひなちゃん”もアンチョビの指示に反対する事は無く「はい!」と返事をすると乗車しているセモヴェンテ(M41)の車内に入って移動を開始した。

 

其の姿を確かめたアンチョビも、本隊の移動を開始させると砲塔上部のハッチを開けた儘前方を直接視認し乍ら、ペパロニがやったミスを思い出して独り言を呟く。

 

 

 

「2枚は()()だってあれ程言ったのに、何で忘れちゃうかなあ?」

 

 

 

だが、其の直後。

 

自分達が待機していた小さな高台を降りて十字路方向へ前進を始めたアンチョビ達の目前に2輌の戦車が見えたと思った瞬間。

 

 

 

「「あっ!?」」

 

 

 

何とアンツィオ高と大洗女子の本隊が、其々フラッグ車と護衛車が1輌ずつの状態で互いに擦れ違ったのだ!

 

 

 

此れには大洗女子の西住 みほ隊長も驚いたが、もっと驚いたのはアンツィオ高のアンチョビ隊長だった。

 

 

 

「全車停止!隊長車とフラッグ車を発見!」

 

 

 

直後に本隊へ指示を出すアンツィオ高のアンチョビ隊長。

 

同時に、大洗女子の隊長車・Ⅳ号戦車D型とフラッグ車・38(t)軽戦車B/C型も停止して此方側へ方向転換するのを視認し乍ら、アンチョビは先程下した“決断”を後悔しかけた。

 

 

 

「此処でセモヴェンテ(M41)をマルゲリータの援護へ行かせたのは…いや、違う!」

 

 

 

だが此処で、アンチョビは首を横に振ると“先程の決断”をポジティブに振り返る。

 

 

 

「マルゲリータを…仲間達を見捨てる訳には行かない!相手は“みなかみの狂犬(原園 嵐)”だし、マルゲリータだけで勝てる相手じゃ無いしな!なら、こっちは手持ちの戦力で戦うしか無い!」

 

 

 

そしてアンチョビの率いるP40とカルロ・ヴェローチェ(CV33)は、大洗女子の戦車2輌と共に林の中の斜面を駆け下り乍ら砲撃戦を展開する事になったのだった。

 

 

 

(第62話、終わり)

 

 

*1
『リボンの武者』第5巻収録の第20話「逆擊の黒森峰・6」で、BC自由学園・百足組連合チームが黒森峰選抜・シュバルツバルト戦闘団に対して行った「マカロニ作戦」(戦車2輌分の偽物を見せてシュバルツバルト戦闘団隊長のエリカを欺いた。詳細は前掲書を参照)をアンチョビがペパロニに向かって「あれが本当のマカロニ作戦だ!」と語るシーンが有るが、此の嵐の台詞も同じ意味である。

*2
勿論、彼女がペパロニの事を“地図も読めないバカ”と言った件についてである(笑)。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第62話をお送りしました。

と言う訳で、白熱する対アンツィオ戦ですが、今回は裏話を少々。
先ず前回予告した「ペパロニが此の試合でやった“看板の数を間違えた”に続く大ミス」ですが、此れは『“マカロニ作戦”がバレて八九式中戦車(アヒルさんチーム)に追われているのに、アンチョビ隊長へ直ぐ報告しなかった』でした。
原作OVAでも明確な描写が無いので見過し易い点ですが、社会人であればこっちの方が看板の数を間違えるよりも不味いミスだと気付かれるかも知れません……(心当たり有り)
そしてあろう事か、マルゲリータはドゥーチェへの無線で、ペパロニの事を“地図も読めないバカ”と言う有様…此の試合後、彼女は如何なるのでしょうか?(ゲス顔)
尚、ピンと来た方もいらっしゃると思いますが、マルゲリータも群馬みなかみタンカーズ時代に嵐と瑞希の影響で“某・北海道ローカルTV局の移動番組”のファンになっております(迫真)。
因みに、嵐はオジサン好きらしく“カメラ担当のディレクター”、瑞希は“髭のディレクター”と“TV局のマスコットである黄色い物体(笑)”、そしてマルゲリータは“ダメ人間”のファンである模様(白目)。

其れでは、次回をお楽しみに。



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第63話「“マルゲリータ”との果し合いです!!」


此処最近、国内も海外も物騒な世の中になって来ていますが、落ち着いて生きて行きましょう(切実)。
其れでは、今回もどうぞ。



 

 

 

第63回戦車道全国高校生大会・第二回戦「アンツィオ高校(栃木県)対県立大洗女子学園(茨城県)」も佳境に入り、両校の本隊が其々フラッグ車と護衛が1輌ずつの状態で擦れ違ってからの砲撃戦に突入していた頃。

 

私・原園 嵐と“ニワトリさんチーム”(M4A3E8)の仲間達は、元・群馬みなかみタンカーズ隊長で、私と瑞希・菫・舞の仲間だった大姫 鳳姫(姫ちゃん)…今はアンツィオで“マルゲリータ”のソウルネーム(魂の名前)を名乗る少女が駆るⅣ号戦車G後期型の前に苦戦を強いられていた。

 

 

 

『くっ…流石は“姫ちゃん”(鳳姫)、隙が無い!』

 

 

 

“マルゲリータ”(鳳姫)の巧みな戦い方の前に苛立つ私の声を聞いた副操縦手の良恵ちゃんが「あのⅣ号、周囲の林や高台の陰に上手く隠れて居て、中々姿を見せませんね」と語ると、操縦手の菫が「偶に姿を見せたと思ったら直ぐ撃って来る…此れじゃあ、攻め切れ無いよ!」と悲鳴を上げる。

 

此処で、砲手の瑞希が「“姫ちゃん”(鳳姫)は地形を上手く使って時間を稼いでいるわね…此の儘だと決着が着かないわよ?」と()()()()()()について語ると、装填手の舞が「如何する嵐ちゃん?早く決着を着けないと西住隊長達が危ないんじゃあ?」と私に進言して来た。

 

確かに、二人の言う通りだ。

 

“マルゲリータ”(鳳姫)は此方を徹底的にマークしつつも無理攻めはせず、此の場所に釘付けにしようと目論んでおり、“此の儘グズグズしていると時間を稼がれている間に、此方の本隊がアンツィオ高にやられてしまう”可能性が高い。

 

そう考えた私は苦い表情を浮かべつつ『仕方が無い。此処はリスクを冒してでも攻めに出るしか……』と呟いて“決断”を下そうとした時、私の通信用ヘッドホンに“思わぬ人物”の声が飛び込んで来た。

 

 

 

「此方“カバさん”。“ラングカイト(原園 嵐)”、聞こえるか!?」

 

 

 

『エルヴィン先輩!?』

 

 

 

 

 

 

同じ頃、マルゲリータ(鳳姫)は自らが乗るⅣ号戦車G後期型の車内で仲間達と語り合って居た。

 

 

 

「まさか、嵐と一対一になるとはね……」

 

 

 

自分が考えていた作戦とは異なる状況に陥った事を自嘲する、戦車長・マルゲリータ(鳳姫)

 

すると、砲手席から金髪のショートヘアーでボーイッシュな印象を与える小柄な少女が彼女を慰める。

 

 

 

「仕方無いよ。作戦が何時も上手く行くとは限らないから…ましてや今日は“あの”ペパロニ先輩が()()()()()し」

 

 

 

これに対して、マルゲリータ(鳳姫)は話し掛けて来た砲手へ「御免、()()。私もペパロニ先輩が()()()()()()()()()だとは思っていたけど、まさか本当にマカロニ(看板)の数”を間違えるなんて思っても居なかったわ」と答えると、眼鏡を掛けたロングヘアーの通信手が冷静な声でこう語る。

 

 

 

「でも、一匹狼で有名な“みなかみの狂犬(原園 嵐)”が()()()()()()をするなんて。此の目で見ても信じられ無いわ」

 

 

 

彼女の言葉に、マルゲリータ(鳳姫)も「()()()()、其の通りよ」と答えると、今度は栗毛のショートヘアーで黒いカチューシャを付けた操縦手が“自分達が遂行する筈だった作戦内容”について振り返った。

 

 

 

「本来なら、十字路で大洗女子が足止めされて居る時に、嵐が“マカロニ(看板)”に気付いた後、私達を捜しに十字路後方へ単独で突撃を始めたタイミングで、待ち伏せしていた私達のⅣ号と2輌のセモヴェンテM41が彼女の乗るイージーエイト(M4A3E8)を攻撃する作戦だったよね」

 

 

 

此処で、彼女の話を聞いていたマルゲリータ(鳳姫)が「うん、()()()()()()」と返答した後、“実際の試合の状況”を振り返る。

 

 

 

「でも、まさか先頭の戦車が嵐のイージーエイト(M4A3E8)じゃ無くてM3中戦車リーだったとは…御蔭で、2輌のセモヴェンテM41はM3中戦車リーの追撃に回してしまった。今迄、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のに、何が有ったんだろう?」

 

 

 

其の時、今迄黙って話を聞いていた金髪ツインテールで褐色の肌を持つ装填手が「如何する?」と“次の作戦”について問い掛けた処、マルゲリータ(鳳姫)は頷き乍らこう答える。

 

 

 

()()()()、心配しないで。地形はこっちに有利だから上手く相手の攻撃を凌いで時間稼ぎをしよう。さっき、ドゥーチェ(統帥)から“本隊のセモヴェンテM41が救援に来る”って連絡が有ったし」

 

 

 

其の言葉に、トリエラとリコが頷いた時、ヘンリエッタが()()()()に気付いた。

 

 

 

「あれっ!?イージーエイト(M4A3E8)がこっちに正面を向けて来た!」

 

 

 

其の報告を聞いたマルゲリータ(鳳姫)は、車長用キューポラに備え付けられているペリスコープ越しに正面を見ると、嵐の乗るイージーエイト(M4A3E8)が此方とほぼ正対する位置に居る。

 

更に、イージーエイト(M4A3E8)の車長用キューポラから、彼女が“決意を秘めた表情”を浮かべて自分達の乗るⅣ号戦車G後期型を見据えている事に気付いたマルゲリータ(鳳姫)は“()()()()”を抱くと、こう言い放った。

 

 

 

「そう、やっぱり1対1(タイマン)で決着を着けたいのね…嵐、喜んで相手をしてあげるわ!」

 

 

 

そして、彼女も車長用キューポラのハッチを開けて外へ顔を出すと、砲手のリコが「本隊のセモヴェンテM41が救援に来る前に、仕掛けても良いの?」と問い掛けた処、マルゲリータ(鳳姫)はこう答える。

 

 

 

「ええ。こっちと正対した位置に居るのは“相手()も焦っている”証拠よ。なら、()()()()()()()()()()()()()()わ」

 

 

 

すると、通信手のトリエラが「要は戦いを長引かせて、本隊のセモヴェンテM41が救援に来たタイミングで“挟み撃ち”にする訳ね?」と問うと、マルゲリータ(鳳姫)は微笑み乍ら「其の通り!」と答えた後、皆に向けて気合の入った大声で号令を出した。

 

 

 

「じゃあ皆、前進(アーヴァンティ)!」

 

 

 

彼女の号令と共に、隠れていた林の中から前進を始めるアンツィオ高校・戦車道チームのⅣ号戦車G後期型。

 

そして、自分と同様に車長用キューポラから上半身を出している原園 嵐の表情を見詰め乍ら、マルゲリータ(鳳姫)は心の中で決意する。

 

 

 

「遂に“此の時”が来たわね…嵐、1対1(タイマン)では貴女の方が有利だと思っているでしょうけど、私もみなかみタンカーズで7年間貴女と一緒に戦車道をやって来たのよ。貴女の実力は分かっているわ…此処はしぶとく粘り抜いて、アンツィオに勝利を(もたら)して見せる!」

 

 

 

実の処、みなかみタンカーズ時代のマルゲリータ(鳳姫)は“嵐との1対1の(タイマン)勝負”では()()()()()()()()()()()()が、其れでも“負けない戦いをして時間を稼げば、其の間にドゥーチェ(統帥)達が大洗女子のフラッグ車(Ⅳ号戦車D型)を撃破して試合に勝ってくれる”と確信していた…要するに“此の場に嵐の乗るイージーエイト(M4A3E8)を釘付けにすれば良い”と思っていたのである。

 

だが…そう考えていた事が彼女達に取って“()()()”だったのかも知れない。

 

“決意表明”をした直後、周囲を一瞬だけ見渡したマルゲリータ(鳳姫)は右側面に()()()()()()を感じて、視線を止めた。

 

そして、其の先に()()()()()()()を確かめた彼女は絶叫する。

 

 

 

「えっ、アレは“()()()()()”…しまった!?」

 

 

 

林の中から出て来て、ほんの一瞬だが遮蔽物が無い状態で前進していたマルゲリータ(鳳姫)のⅣ号戦車G後期型の右側面を…周囲の茂みの中に隠れて待ち伏せて居た“大洗女子のⅢ号突撃砲F型(カバさんチーム)”が狙っていたのである!

 

そして、次の瞬間…非情にも()()()()()からマズルフラッシュが煌めくと、“マルゲリータ”(鳳姫)のⅣ号戦車G後期型右側面に激しい衝撃が襲い掛かった!

 

 

 

 

 

 

私が“姫ちゃん”(鳳姫)との戦いで取った戦法…其れは()()()()だった。

戦いが膠着状況に陥った時、西住隊長の指示で私達の救援に来てくれた“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”を利用して即興で思い付いた此の戦法は、以下の通りだ。

 

 

 

“姫ちゃん(鳳姫)”のⅣ号戦車G後期型の前に、私達のイージーエイト(M4A3E8)()として現れて『()()()()()()()()()をする事により、“姫ちゃん(鳳姫)”のⅣ号戦車G後期型を近くの茂みの中に隠れた“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”のキルゾーンに誘い込んだ後、“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”がⅣ号の側面を狙撃する。

 

 

 

其の結果、“アンツィオ高校・真の秘密兵器”だった“姫ちゃん(鳳姫)”のⅣ号戦車G後期型は、“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”の75㎜砲弾が右側面後部のエンジンルーム付近に命中した為、エンジンルームから白煙を噴き上げて停止後、砲塔から白旗が揚がった。

 

そして、砲塔の車長用キューポラから“姫ちゃん(鳳姫)”が顔を伏せて(うずくま)って居るのを見た私は、思わず目を伏せると心の中で彼女に向けて懺悔をした。

 

 

 

『御免、“姫ちゃん(鳳姫)”…でも私達、()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ

 

 

 

そう…私達・大洗女子学園は此の戦車道全国高校生大会を勝ち進まないと、()()()()()()()()()()()()()

 

だから母校の廃校を阻止する為、そして、御父さん(直之)の故郷である大洗女子学園・学園艦を守る為にも打てる手は全て打って置かねばならなかった。

 

例え“騙し討ち”の様な作戦で有ろうとも…と思って居た時。

 

 

 

「“ラングカイト(原園 嵐)”、大丈夫だったか?西住隊長も心配していたぞ!」

 

 

 

『エルヴィン先輩、有難う御座いました。私達だけでは倒せ無かったです!』

 

 

 

救援に駆け付けてくれただけで無く、“マルゲリータ”(鳳姫)のⅣ号戦車G後期型迄撃破してくれた“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”車長・エルヴィン先輩に呼び掛けられた私は心の底から感謝した処、エルヴィン先輩から「此方こそ、あのⅣ号長砲身(G後期型)を倒すチャンスをくれて有難う!」との返信の後、“新たな指示”が飛んで来る。

 

 

 

「其れと今、“あんこう(Ⅳ号戦車D型)”と“カメさん(38(t)B/C型)”がアンツィオのフラッグ車(P40)と戦闘中だ。直ぐ戻ろう!」

 

 

 

『了解…アッ!』

 

 

 

其の時、車長用キューポラから上半身を出した儘の状態でエルヴィン先輩へ返信をしようとした私の目前に、アンツィオのセモヴェンテM41突撃砲が突入して来たのだ

 

 

 

 

 

 

「ああっ…よくも、マルゲリータ(鳳姫)達を!」

 

 

 

此の時、アンチョビ隊長からの命令で現場に駆け付けたアンツィオ高戦車道チーム副隊長・“ひなちゃん”が車体ハッチの上から肉眼で見た物は…時既に遅く、被弾して白旗を揚げて居るマルゲリータ(鳳姫)のⅣ号戦車G後期型と、未だ健在の大洗女子・“ニワトリさんチーム”のM4A3E8(イージーエイト)の姿だった。

 

そして“ひなちゃん”は、M4A3E8(イージーエイト)の車長用キューポラから顔を出して居る“みなかみの狂犬(原園 嵐)”の姿を見て絶叫する。

 

 

 

「原園 嵐…覚悟!セモヴェンテ前進!」

 

 

 

一年生乍ら、チームではエース格の“マルゲリータ”(鳳姫)の仇を討つべく、“ニワトリさんチーム”のM4A3E8(イージーエイト)に勝負を挑む“ひなちゃん”のセモヴェンテM41。

 

此の時、彼女のセモヴェンテM41は直前迄周囲の林の中に隠れて居たのが幸いして、スタートダッシュを決めた時点で大洗女子のM4A3E8(イージーエイト)の目前に迄迫る事が出来た。

 

其処から一気にM4A3E8(イージーエイト)の砲塔防盾を撃ち抜こうと、セモヴェンテM41の18口径75㎜砲から成形炸薬弾(HEAT)が発射される寸前、其の正面に大洗女子のⅢ号突撃砲F型(カバさんチーム)が現れて、体当たりを仕掛けて来た!

 

辛うじてⅢ突からの体当たりを凌いだ“ひなちゃん”のセモヴェンテM41だったが…此の時、彼女はⅢ突の車体側面に描かれた()()()()()を見て驚愕の叫びを発する!

 

 

 

「あの“パーソナルマーク(カバさん)”…“たかちゃん(カエサル)”!?」

 

 

 

大洗女子のⅢ号突撃砲F型(カバさんチーム)・車体側面に描かれた“御尻を見せているカバさん”のマークは、“ひなちゃん”の親友であるたかちゃん(カエサル)”がSNSのプロフィール画像に使っている物と同じデザインだったのである。

 

 

 

 

 

 

一方、“ニワトリさんチーム”(M4A3E8)の目前に突入して来たアンツィオのセモヴェンテM41を咄嗟の体当たりで止めた大洗女子・“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”の車内でも車長のエルヴィンが驚きの声を上げていた。

 

 

 

「あの()は…おいカエサル、あのセモヴェンテには御前の幼馴染(ひなちゃん)が乗っているぞ!」

 

 

 

エルヴィンは試合開始前に、カエサルが“ひなちゃん”と旧交を温めている姿を仲間達と一緒に見ていた為、セモヴェンテM41の車体ハッチから姿を見せていた“ひなちゃん”の顔を覚えていたのだ。

 

其の言葉を聞いたチームの装填手兼リーダー・カエサルも驚いたが、彼女は直ちに“今、自分達がやるべき事”を判断すると仲間達に向けて叫ぶ。

 

 

 

「何だって…今直ぐ、あのセモヴェンテM41を押さえろ!此処で原園達を()らせる訳には行かない!」

 

 

 

 

 

 

『エルヴィン先輩!』

 

 

 

カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”との無線交信に気を取られていた隙を突かれて、アンツィオ高のセモヴェンテM41に至近距離迄の接近を許すと言う大ピンチを招いた私達“ニワトリさんチーム”(M4A3E8)だったが…気付いた時には“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”がセモヴェンテM41に体当たりを仕掛ける事で間合いを取った結果、私達は其の場から後進を掛ける事で、此のピンチから逃れる事が出来た。

 

だが、私達の為に“突撃砲同士の超接近戦”を挑んでいる“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”の姿を見た私は思わず無線で叫んだが、其の時エルヴィン先輩から“気合”の入った返信が飛び込む。

 

 

 

「行け、“ラングカイト(原園 嵐)”!あのセモヴェンテM41には、カエサルの幼馴染(ひなちゃん)が乗っているんだ!」

 

 

 

『えっ!?』

 

 

 

エルヴィン先輩からの“報告”に、私が“試合開始前に旧交を温めていたカエサル先輩とひなちゃん”の姿を思い出して叫ぶ中、再びエルヴィン先輩は私に新たな指示を出した!

 

 

 

「其れと、リーダーのカエサルから伝言だ!『此処は私達に任せろ。“ラングカイト(原園 嵐)”は西住隊長の下へ行け!』

 

 

 

其の時、私は“カエサル先輩とひなちゃんの友情”を心配していた余り、“自分達が試合の中でやるべき事”を忘れていた事に気付くと心の中で「歴女先輩の皆さん、済みません」と謝った後、無線でエルヴィン先輩へ“気合の入った返信”を送った。

 

 

 

『了解!』

 

 

 

 

 

 

こうして、“ニワトリさんチーム”(M4A3E8)が大洗女子・本隊を目指して転進した後、林の中では大洗女子・“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”対アンツィオの“ひなちゃん”副隊長が乗る“セモヴェンテM41”による「突撃砲同士による超接近戦」が繰り広げられる事になった。

 

アンツィオのセモヴェンテM41の車内では車長兼装填手の“ひなちゃん”が「向こうは側面は晒さない筈。正面なら防盾(ぼうじゅん)を狙って!」と“勝つ為の指示”を出すと、大洗女子・“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”の車内でもチームリーダー兼装填手を務めるカエサルが「何処でも良いから当てろ!Ⅲ突の主砲なら何処でも抜ける!」と“Ⅲ突の火力の優位性”を活かした“勝つ為の指示”を出して、凄まじいドッグファイトを展開する。

 

此の“熱戦”に、首都テレビの実況席も注目した。

 

 

 

「解説の吉山 和則さん、あの2輌の突撃砲はまるで()()()()()()()をやっているみたいですね!」

 

 

 

実況を担当する加登川 幸太アナウンサーが両車の戦いを“空中戦”に例えると、吉山も興奮気味の声で答える。

 

 

 

「加登川さん、非常に良い事を仰いますね!両者共クルクル回り乍ら相手の攻撃を上手く(かわ)しつつ攻撃しようとしていますから、戦闘機同士のドッグファイトを地上でやっているみたいです!」

 

 

 

すると、此の試合のゲストとして実況席に座って居る“346プロダクション”所属アイドル・渋谷 凛も興奮を隠し切れ無い声で叫ぶ。

 

 

 

「あの“突撃砲同士のドッグファイト”(Ⅲ号突撃砲F型対セモヴェンテM41)も凄いけれど、両校の隊長兼フラッグ車同士の戦いも激しさを増しているから、どっちを見れば良いのか分からないです!」

 

 

 

此れに対して、加登川アナウンサーも「そうですね!」と答えた後、更にテンションの高い声で視聴者に“試合の状況”を伝えるのだった。

 

 

 

「此の“突撃砲同士による()()()()()()()”も見逃せませんが、ゲストの渋谷 凛さんも仰る通り、他の各戦車の動きも激しくなって来ました!今、試合の流れは大洗女子学園に傾きつつありますが、アンツィオ高校も此処が踏ん張り処です!」

 

 

 

 

 

 

一方、此方はアンツィオ高の“ひなちゃん”が乗るセモヴェンテM41の相手を“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”に任せて、一旦街道に戻った私達“ニワトリさんチーム”(M4A3E8)

 

其の車長用キューポラから上半身を出しつつ地図を見ていた私・原園 嵐は、西住隊長や他のチームの車長と無線交信して摑んだ各チームの位置関係を確認した上で、“次に取るべき行動”を決断した。

 

 

 

『皆、此処からだと2輌のセモヴェンテM41に追われている“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”が一番近いから、先ずは彼女達を救援した後、西住隊長の下へ行く!』

 

 

 

チームの仲間達へ“決断した内容”を告げると、砲手席に座る瑞希が気合の入った声で「さて、面白くなって来たわね!」と叫んだのを車内無線で聞いた私は車内へ入って車長用キューポラのハッチを閉めた後、再び皆へ向けて指示を出した。

 

 

 

じゃあ()()()皆、危ないからハッチを全部閉めて!』

 

 

 

其の時、私の指示を聞いた副操縦手の良恵ちゃんが不安気な声で「えっ…原園さん、一体何をする気ですか!?」と叫んだので、私は微笑み乍ら()()()()()()()について答えた。

 

 

 

『今から街道横に在る高台へ登った後、林の中をショートカットして“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”を追っている2輌のセモヴェンテM41の直ぐ後方迄追い付くのよ♪菫、こう言うのをやりたかったでしょ?』

 

 

 

すると、操縦席でM4A3E8(イージーエイト)を操縦していた菫が歓喜の声を上げた。

 

 

 

「やった!私、“怪盗アルセーヌ・ルパンの子孫が欧州の小さな(カリ●ストロ)公国で黄色いフィアットNUOVA*1・500(チンクェチェント)に乗って大暴れするアニメ映画”を見た時から、“一度で良いから、あの林の中を駆け抜けたカーチェイスシーンの真似をしたい!”って思って居たんだ!」

 

 

 

そんな私と菫の掛け合いに対して、良恵ちゃんは真っ青な顔で「原園さんも菫ちゃんも止めてよ!いきなり林のド真ん中を突っ走るなんて!」と悲鳴を上げるが、此処で装填手の舞が「良恵ちゃん、早くハッチを閉めないと危ないよ♪」と声を掛けた為、彼女も「ひええ…!」と怯えつつ目の前に在る副操縦手用ハッチを閉めた後、私達のM4A3E8(イージーエイト)は街道横の高台を勢い良く登り切ると其の儘の勢いで林の中へ突っ込んだ。

 

そして、私は車長用キューポラ内部に在る覗き窓(ペリスコープ)から外の様子を眺め乍らM4A3E8(イージーエイト)が林の中の立ち木に激突しない様に注意していると、1分足らずでM4A3E8(イージーエイト)は林を抜けて高台の平野部に出る。

 

すると…高台から2m程下の道を駆ける()()()()()()()が見えて来た!

 

 

 

『あっ、“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”とセモヴェンテM41・2輌を発見…“取ったー!”

 

 

 

探していた“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”の姿を見た私が叫ぶと、菫が迷わずM4A3E8(イージーエイト)を高台の端…其れも高さが微妙に低くなっている所を選んでジャンプを決めて見せる。

 

御蔭でM4A3E8(イージーエイト)は大したショックも無く着地を決めて道路上に戻ると“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”を追うセモヴェンテM41・2輌の直ぐ後ろに着けた。

 

だが此処で、私は()()()()()に気付くと鋭い声で叫ぶ。

 

 

 

『前方、カルロ・ヴェローチェ(アンツィオ高のCV33)4輌と“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”が直進中!』

 

 

 

此の声を聞いて、副操縦手席から前方を見ていた良恵ちゃんも()()に気付いて「危ない!」と叫ぶが…此処で操縦席に座る菫が「了解!」と叫んだ後、M4A3E8(イージーエイト)を少しだけ左側へ寄せる。

 

すると、私達“ニワトリさんチーム”(M4A3E8)が寸前迄居た場所をアンツィオ高校のカルロ・ヴェローチェ(CV33)4輌が猛スピードで走り去り、続いて“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”が此れ又ハイペースで駆け抜けて行った。

 

 

 

「ふう…原園さん達って、何時もこんな試合ばかりやって来たんですか!?」

 

 

 

危うく正面衝突を回避した光景を見た良恵ちゃんが不安気な声で問い掛けると、菫が笑顔でこう答える。

 

 

 

「うん。()()()()()()()()()()()

 

 

 

其の答えを聞いた良恵ちゃんが震え声で「()()()!?」と叫ぶ中、砲手席の瑞希が前方に居るアンツィオ高のセモヴェンテM41・2輌を照準器の中に捉えつつ、不敵な笑みを浮かべて一言。

 

 

 

「さあ…こっちの76.2㎜砲は、他の仲間達(チーム)砲弾(タマ)とは一味違うわよ!」

 

 

 

だが、此処から瑞希が“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”を追っているアンツィオ高のセモヴェンテM41・2輌を狙い撃ちしようとした時。

 

 

 

「『あれ…逃げ出した?』」

 

 

 

私達の目の前を走っていたアンツィオ高のセモヴェンテM41・2輌が突然“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”を追うのを止めて、走っていた道から右方向に外れると其の儘道の右側に在る下り坂を降りて行ってしまった。

 

余りに突然の行動に、私と砲手の瑞希は戸惑っていたが、其の直後“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”から届いた“西住隊長からの無線交信”が此の()を解いてくれた。

 

 

 

「P40が単独になりました。援軍が来る前に決着を着けます!」

 

 

 

『そうか!2輌のセモヴェンテM41は、フラッグ車のP40を救援に行ったんだ!』

 

 

 

理由が分かれば、何も言う事は無かった。

 

“恐らく、アンツィオ高のフラッグ車(P40)を護衛していたカルロ・ヴェローチェ(CV33)が撃破された為、慌てたアンチョビ隊長が生き残りの車輌を集めようとしているのだろう”と思った私は、さっき迄2輌のセモヴェンテM41に追われていた“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”のリーダー兼戦車長・澤 梓へ無線で呼び掛けた。

 

 

 

『梓、一緒にセモヴェンテM41・2輌を追撃しよう!』

 

 

 

当然、梓も大声で「了解!」と返答してくれた。

 

 

 

こうして私達“ニワトリさんチーム”(M4A3E8)と“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”はタッグを組んで、アンツィオ高のセモヴェンテM41・2輌を仕留めるべく追撃を開始した。

 

 

 

(第63話、終わり)

 

 

*1
“NUOVA(ヌォーヴァ)”とは“新”と言う意味。実は此の車の先代モデルも“500/チンクェチェント”を名乗っており(此方は“トポリーノ”の愛称でも呼ばれていた)、此方も当時のイタリアで大ヒットした名車である事から、こう呼び分けている。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第63話をお送りしました。
何と、今回はアニメ原作の「第63回戦車道全国高校生大会」と同じ話数になっていますね(笑)。

さて今回ですが、嵐は救援に来た“カバさんチーム”との連携でマルゲリータのⅣ号戦車G後期型を撃破。
嵐は“騙し討ちをしてしまった”と自己嫌悪していますが、そうでもしないと容易に勝てない相手だったのも事実。
又、結果的には前回、嵐とマルゲリータの対決を知った西住殿が即座に“カバさんチーム”を嵐の救援に送ったのに対して、同じく救援を考えたアンチョビは“フラッグ車の護衛がCV33・1輌だけになってしまう”との“ひなちゃん”からの指摘で決断を躊躇ってしまった事による“時間の差”が此の戦いの明暗を分ける事になりました。
此れに関しては、原作のアンツィオ編OVAでも、西住殿がアンツィオ高のマカロニ作戦を見破った後、常に先手を取る事でアンツィオ高を圧倒して行く展開になっている為、本作でも其の流れを尊重する形になっています。
そして、“原作の流れを尊重する”と言う意味では、此れも或る意味重要(?)なのが、アンツィオ編でオマージュされた「ルパン三世・カリオストロの城」冒頭のカーチェイスシーン。
私もカリ城は大好きなので“本作でもやってみよう!”と思っていた処、自分がカーチェイスのシーンで一番好きな「シトロエン・2CVを運転するクラリスを助ける為に、ルパンと次元が乗るフィアット500が高台に登ってから林へ突っ込んで進路をショートカットするシーンがアンツィオ編ではオマージュされていない」のに気付いた為、本作ではこれをニワトリさんチームにやって貰いました。
尚、此のシーンを執筆する際、YouTubeの「TMS公式チャンネル」で「ルパン三世・カリオストロの城」冒頭約10分間のシーン(カーチェイスのシーンは完全収録)が無料公開されているのを知った為、今回は其れを執筆の参考にしております。
又、台詞についてもオマージュ元から引用している物が有るので、もう一度読んで貰えると嬉しいです。
因みに、今回はニワトリさんチームがフィアット500役で、シトロエン・2CVの役を演じるのがウサギさんチーム…つまり、クラリス役は澤ちゃんだ。理由は分かるね?(笑)
其れともう一つ。
“マルゲリータ”が乗るⅣ号戦車G後期型の乗員ですが、彼女達は“イタリアを舞台にした某漫画”に登場する“社会福祉公社のフラテッロ(兄妹)達”から名前を拝借しております…其の正体が分かった君達は、私の同志だ(爆)。

と言う訳で、対アンツィオ高戦は次回で決着となりますが…果たして如何なるやら(苦笑)。
其れでは、次回も御楽しみに。



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第64話「全国大会二回戦・決着です!!」


いよいよ、今回でアンツィオ戦の勝敗が決まります。
そして、嵐達“ニワトリさんチーム”チームには一寸した“オチ”が…一体、彼女達に何が起きるのか?
其れでは、どうぞ。



 

 

 

第63回戦車道全国高校生大会・第二回戦「アンツィオ高校(栃木県)対県立大洗女子学園(茨城県)」も終盤に入り、大洗女子学園・“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”がアンツィオ高校のセモヴェンテM41・2輌に追われていた“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”と合流後、逆にアンツィオ高校のセモヴェンテM41・2輌を追撃しようとする少し前の出来事である。

 

試合会場・観客席正面に設けられた大型モニターが“試合の重大局面”が訪れた事を観客に伝えていた。

 

 

 

「アンツィオ高校、“カルロ・ヴェローチェ(CV33)”3輌走行不能!」

 

 

 

大洗女子戦車道チーム隊長・西住 みほがアンツィオ高の仕掛けた“マカロニ作戦”を見破った直後、大洗女子“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”がアンツィオ高副隊長・ペパロニ率いる“カルロ・ヴェローチェ(CV33)”4輌を発見。

 

其処から激しい追撃戦が続いていたのだが、此処へ来て“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”の猛攻で、ペパロニが乗る副隊長車以外の“カルロ・ヴェローチェ(CV33)”が3輌撃破されたのだ。

 

其れ迄、ペパロニ率いる“カルロ・ヴェローチェ(CV33)”部隊は“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”からの57㎜砲による砲撃を巧みに躱しつつ、至近弾を浴びて横転した車輌は“豆戦車故の軽さ”を生かして乗員達が自力で立て直して戦い続けた結果、“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”砲手・佐々木 あけびが「豆タンク(CV33)が不死身です~!?」と悲鳴を上げる程の奮戦ぶりを見せた。

 

しかし、其の悲鳴を無線で聞いた隊長・みほからの「落ち着いて相手のウィークポイントを狙って下さい!アヒルさんチームならきっと上手く行きます!」との激励を受けた“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”が攻撃を遣り直した結果、砲手が肩付け射撃をする為に走行間射撃での命中精度が良い八九式中戦車甲型の特性と砲手を務めるあけびの高い技量が合わさって、しぶとく戦い続けていた“カルロ・ヴェローチェ(CV33)”4輌の内3輌迄を次々に撃破し、一気に戦いの流れを引き寄せたのである。

 

続いて観客席には、ペパロニ率いる“カルロ・ヴェローチェ(CV33)”部隊がペパロニ車を除いて全車撃破された事を知ったアンチョビ隊長からの緊迫感有る無線が飛び込んで来る。

 

 

 

「何だって!?オ~イ、包囲戦は中止!」

 

 

 

だが其の直後、大型モニターにはアンツィオ高フラッグ車・P40重戦車の護衛をしていた“カルロ・ヴェローチェ(CV33)”が大洗女子隊長車“あんこうチーム”・Ⅳ号戦車D型からの砲撃をエンジンルームに受けて、白旗を掲げた状態の儘一回転する姿が映し出された!

 

すると、再びアンチョビ隊長の悲鳴が無線を通じて観客席に伝わって来る。

 

 

 

「とか言ってる(うち)カルロ・ヴェローチェ(CV33)がやられた!丸裸だ!」

 

 

 

「「「やった!」」」

 

 

 

其の声を聞いた大洗女子学園・応援席では、五十鈴 華恋・武部 詩織・若狭 由良・鬼怒沢 光の“大洗女子学園中等部四人組”を始めとする学園生徒や大洗町から来た住人達の他、一回戦・対サンダース大付属戦での大洗女子の活躍を見て応援にやって来た一般客も一斉に歓声を上げ、大洗女子戦車道チームへの声援のボルテージを上げて行く。

 

逆に、アンツィオ高校側応援席ではイタリア語でMamma mia(マンマミーア)!(何てこったい!)”との悲鳴が響く中、アンチョビ隊長からの新たな指示が観客席に伝わって来た。

 

 

 

「一同、フラッグ車(P40)の下に集まれ!戦力の立て直しを図るぞ!分度器(コンパス)作戦”*1を発動する!」

 

 

 

すると、大洗女子・“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”との交戦で唯一生き残ったアンツィオ高・ペパロニ副隊長が乗る“カルロ・ヴェローチェ(CV33)”の操縦手・アマレットが「了解!」とアンチョビ隊長へ返信した後、車長でもあるペパロニに困惑気味の声で質問する。

 

 

 

分度器(コンパス)作戦”って、何でしたっけ?」

 

 

 

だが…彼女はいい加減な口調でこう答えるだけだった。

 

 

 

「ん?えーと、知らん!」

 

 

 

此の時、観客席の大型モニターにはペパロニの“カルロ・ヴェローチェ(CV33)”が先程迄追い掛けていた“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”から離れて、アンチョビが乗るフラッグ車(P40)を目指して猛スピードで走っている姿が映し出されていたが…観客席からは“副隊長なのに、自分達のチームの作戦内容を知らないペパロニの発言”に対する笑い声が広がっているのは気の所為だろうか?

 

 

 

 

 

 

一方、観客席の外れで試合観戦をしている聖グロリアーナ女学院・サンダース大学付属高校の隊長達や原園 明美と其の仲間達が居る場所では、原園 嵐率いる“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”に乗車していたⅣ号戦車G後期型を撃破されたアンツィオ高のエース兼戦車長・大姫 鳳姫の母でアンツィオ高OGでもある大姫 龍江が涙目で叫んでいる。

 

 

 

「ああっ…ウチの母校(アンツィオ)が絶体絶命や!神様、仏様助けてやってや~!」

 

 

 

すると、彼女の姿を見た明美が“意味深な微笑み”を浮かべ乍ら、一言。

 

 

 

「“(たっ)ちゃん”…確か、アンツィオ高が“()()()()()()()()()()()()”を発動する時は“()()()()()”が立つよね?

 

 

 

其の“キツイツッコミ”に対して、龍江は怒り顔で「五月蠅いわ!」と叫んだが…直ぐ気を取り直すと“ボケ”とも取れる返事を呟いた。

 

 

 

「まあ、“あけみっち(明美)”の言う通りやけど」

 

 

 

明美からの“ツッコミ”を聞いた龍江の怒り顔を見て、一瞬緊張感に包まれた聖グロ・サンダースの面々は彼女の返事(ボケ)を聞かされて唖然とする中、一緒に話を聞いていた周防 長門も呆れ声でこう呟くのだった。

 

 

 

「“(たっ)ちゃん”も母校(アンツィオ)が劣勢なのは認めるんだな……」

 

 

 

 

 

 

そんな中、アンチョビ隊長からの指示で彼女の乗るフラッグ車・P40重戦車目指して集合を開始したアンツィオ高・戦車道チームの残存車輌…但し此の内、ペパロニと並ぶ副隊長“ひなちゃん”が乗るセモヴェンテM41は大洗女子“カバさんチーム”のⅢ号突撃砲F型と激しいドッグファイトを続けており、とてもアンチョビの下へ向かう事は出来ない状態だが、其れ以外の残存車輌であるセモヴェンテM41・2輌とペパロニ副隊長が乗る“カルロ・ヴェローチェ(CV33)”は自分達が先程迄追っていた大洗女子の各戦車には目もくれず、“ドゥーチェ(統帥)”ことアンチョビの危機を救う為に彼女の下へ馳せ参じて行く。

 

特に、ペパロニ副隊長は「待ってて下さい、ドゥーチェ(統帥)!」と叫び乍ら、自ら指揮を執る“カルロ・ヴェローチェ(CV33)”を猛スピードで走らせつつ起伏の激しい山道をドリフトし乍ら駆け下りており、其の後ろを大洗女子“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”が此れ又猛スピードで追跡している。

 

其の迫力ある光景は、ペパロニ車の車載映像や無線を通じて流れて来る彼女の叫び声と共に、試合会場の大型モニターや首都テレビの実況でも伝えられていた。

 

だが…此の時、大洗女子学園側の応援席に居た“大洗女子学園中等部四人組”の一人・鬼怒沢 光は其の実況を見て()()()()()()()、こんな事を言った。

 

 

 

「待ってて下さい、ドゥーチェ(統帥)貴女の犬(ペパロニ)は~っ、只今 6 号線に乗りました!」

 

 

 

其の発言を聞いた五十鈴 華恋が親友の光に向けて、呆れ声で問い掛ける。

 

 

 

「其れ…“北海道ローカルTV局の()()()()“欧州21カ国完全制覇”で、“モジャモジャ頭のタレントさん”ドイツの高速道路で車を運転している時に言った()()が元ネタだよね?」

 

 

 

すると、華恋の隣に居た二人の親友・武部 詩織がこう語る。

 

 

 

「しかも()()()()()()、本当は6号線に乗ってイタリアへ行く筈だったのに、“()()()()()()()()()()()”に唆されて別の道(656号線)を通っちゃったと言う……」

 

 

 

更に、三人の共通の親友である若狭 由良が観客席の大型モニターに映って居る“ペパロニが乗るカルロ・ヴェローチェ(CV33)”の姿を見詰め乍らこう語り掛けるのだった。

 

 

 

「あのカルロ・ヴェローチェ(CV33)、本当にドゥーチェ(統帥)が乗って居るフラッグ車(P40)迄辿り着けるのかな?」

 

 

 

 

 

 

其の頃、私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”は、澤 梓率いる“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”と共に、アンツィオのフラッグ車(P40)との合流を目指す2輌のセモヴェンテM41を撃破すべく追撃を続けていた。

 

 

 

『アンツィオのフラッグ車(P40)迄、後1.2㎞!』

 

 

 

西住隊長からの無線連絡で入手したP40の位置を元に計算した距離を梓に伝えるが、彼女の率いる“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”は走行間射撃を続けているものの中々命中弾が得られない。

 

其の様子を見た私が思わず『ああ…あや(37㎜砲々手)もあゆみ(75㎜砲々手)も焦って居るだろうなあ』と呟くと、私の隣に在る装填手用砲塔ハッチから身を乗り出して外の様子を見ている装填手の舞が心配気な声で「砲撃って、猛特訓しても簡単には腕が上がらないもんね」と話し掛けて来たので、私も頷き乍らこう答えた。

 

 

 

『あゆみ、何時も私に「何で当たんないのーって、腕だよね……」って言っているもんなあ』

 

 

 

其処へ、砲手席に座って居る瑞希が「如何する?そろそろ“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”に攻撃を任せ切りにするんじゃ無くて、私達も攻撃参加しようか?」と話し掛けて来たので、私も『そうだね…西住隊長からも“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)のスキルアップ”の事を考えて“私達は梓達のアシストに徹して欲しい”と言われていたけれど、此の儘じゃあアンチョビさんのフラッグ車(P40)とセモヴェンテ2輌が合流してしまうから、そろそろこっちも攻撃に……』と答えて居た時。

 

ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”のリーダー兼車長の梓が無線で私に報告を入れて来た。

 

 

 

「嵐、やっぱり停車して撃つよ!昨日の練習の時にやった“スポッティング・ライフル作戦”をやるから弾着観測を御願い!」

 

 

 

其れに対して私は『OK!』と返信すると、瑞希も「梓も肚を括ったわね!じゃあ私も弾着観測のサポートをするから嵐も弾着観測のデータをしっかり梓へ伝えるのよ!」と叫んだので、私も『勿論!梓達の為にも此処でヘマは出来ないわ!』と答えつつ車長用キューポラの外から双眼鏡で逃走を続けるアンツィオ高のセモヴェンテM41・2輌の位置を確認していた。

 

すると、“ウサギさんチーム”のM3リー中戦車が私達のM4A3E8(ニワトリさんチーム)の隣に停車すると梓から無線連絡が入る。

 

 

 

「嵐、今から“スポッティング・ライフル作戦”を始めるよ。あや、37㎜砲で先頭を撃って!」

 

 

 

私と“ウサギさんチーム”37㎜砲々手・大野 あやが同時に「『OK!』」と返信すると“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”の37㎜砲が先頭を走るアンツィオ高・セモヴェンテM41目掛けて火を噴いた…が、37㎜砲弾はセモヴェンテM41のやや前方に外れて着弾する。

 

其処で、私は『あやにあゆみ、待っててね!』と思いつつ、梓へ弾着観測の結果を報告した。

 

 

 

『一発目、先頭車から左に1m、下に50㎝程ズレて居る』

 

 

 

すると、梓が「嵐、了解!」と返信した後、其の儘「あゆみ、今の射撃データから右に1m、上に50㎝修正して!」と告げるのが無線で聞こえる…つまり、梓はあやが撃った37㎜砲の弾着データを元に、“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”・75㎜砲々手を務める山郷 あゆみに射撃データの修正値を伝え、より正確な射撃を狙っているのだ。

 

此れが、昨日の練習で梓達“ウサギさんチーム”が編み出した“スポッティング・ライフル作戦”の全貌だ。

 

そして、梓が「撃て!」と号令を下したのが無線で聞こえた直後…あゆみが撃ったM3リー中戦車の75㎜砲弾が見事、先頭を走っていたセモヴェンテM41のエンジンルームを直撃して撃破した!

 

其の瞬間を目撃した私は興奮を抑え乍ら『梓、先頭のセモヴェンテは撃破した!』と報告すると、梓からも「了解!」と返信した後、「あや・あゆみ、次を狙って!」と指示したが、其の時生き残っていた2輌目のセモヴェンテM41が手前の坂を登り切って逃走してしまった。

 

だが、梓は冷静な声で「追うよ!落ち着いて冷静に!」とチームの仲間達に告げてから前進を始めたので、私が“もう一つのアドバイス”を送る。

 

 

 

『梓、坂を登り切る前に一旦停止して、相手の様子を見てから坂を登り切ろう…若しもセモヴェンテの車長に度胸が有るなら、私達の死角に当たる坂の下の方で待ち伏せ(アンブッシュ)て一撃を浴びせて来る可能性が有るからね』

 

 

 

すると、梓は「有難う、嵐」と礼を述べた後、「桂利奈、坂を登り切る直前で一旦停車!」と命じて坂の下に居る筈のセモヴェンテM41の姿を双眼鏡で確認したが、其のセモヴェンテM41は反撃処か必死になって逃げているだけだった。

 

 

 

『あ…如何やら、セモヴェンテの車長はフラッグ車(P40)の下へ向かうのに必死で反撃する余裕も無かったか』

 

 

 

梓と共に其の様子を双眼鏡で見ていた私が呟くと、梓は私に向けて「じゃあ、急いで追い掛けよう!」と話し掛けて来たので、私も気合の入った声で『了解!』と応答後、“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”と共にアンツィオ高フラッグ車を目指して走り続けるセモヴェンテM41の追撃に向かった。

 

 

 

 

 

 

一方、其の時“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”の車内では、通信手の宇津木 優季が梓の冷静な指揮ぶりを見て「梓、西住隊長みたーい♪」とフワフワした口調で話し掛けて来たが、梓は心の中でこう思っていた。

 

 

 

「『西住隊長みたい』って言われて、未だ良かった…若しも優季が『嵐みたーい♪』って言っていたら、恥ずかしくて死にそうになる処だったよ」

 

 

 

梓的には、つい先程“嵐に告白をして、此のアンツィオ戦に勝ったらデートする約束を取り付けた”話を聞いた仲間達に冷やかされただけに、今、嵐の事を持ち出されると、とてもでは無いが落ち着いて指揮を執れる状態では無かったのである。

 

 

 

 

 

 

同じ頃、街道近くの開けた平地で繰り広げられていた「大洗女子“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”対アンツィオ高副隊長“ひなちゃん”の乗るセモヴェンテM41による“突撃砲同士の格闘戦”」はクライマックスを迎えようとしていた。

 

 

 

大洗女子“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”のリーダー兼装填手・カエサルが「次で決着着けてやる!正面で撃ち合った直後に!」と叫ぶと、偶然にも彼女とアンツィオ高・セモヴェンテM41の車長兼装填手・“ひなちゃん”は全く同じ言葉を叫んだ。

 

 

 

「「後ろに回り込む!装填の速さで決まる!」」

 

 

 

そして、両車は一旦正面で撃ち合ってから相手の後ろへ回り込もうとした結果、再び相手の正面に向かう形になった直後…互いにもう一度撃ち合う!

 

だが…此の砲撃で、“カバさんチーム”のⅢ号突撃砲F型は車体左側の工具箱やスコップ等の工具類が丸ごと吹き飛ばされ、“ひなちゃん”のセモヴェンテM41も車体右側に備え付けられているヘッドライトやジェリカンがバラバラに飛散したが、未だ互いに白旗を揚げるには至らない!

 

其の時、カエサルと“ひなちゃん”は、又しても同じ言葉を叫んだのだ。

 

 

 

「「もう、回り込む暇は無い!もう一回撃つ!」」

 

 

 

其の直後、両車は事実上の零距離から必殺の砲撃を撃ち合ったのだ!

 

果たして…其の結果は如何なるのだろうか!?

 

 

 

 

 

 

一方、此方はアンツィオ高・フラッグ兼隊長車のP40重戦車。

 

先程迄大洗女子の隊長車・Ⅳ号戦車D型(あんこうチーム)とフラッグ車・38(t)軽戦車B/C型(カメさんチーム)を相手に単独での戦いを余儀無くされていたのだが、気が付くとP40の前から大洗女子の2輌の姿が見えなくなっていた。

 

此の状況に、P40の車長兼アンツィオ高戦車道チーム隊長・アンチョビは「追って来ないぞ…アンブッシュ(待ち伏せ)か!?そうは行くか!」と叫んで周囲を捜索した結果、林の中に潜んで居た大洗女子フラッグ車・38(t)軽戦車B/C型(カメさんチーム)の姿を発見して追撃を始めたが、其れから暫く経っても大洗女子隊長車・Ⅳ号戦車D型(あんこうチーム)の姿が見えない。

 

流石に、アンチョビ隊長も“大洗女子の隊長車(Ⅳ号戦車D型)がフラッグ車を囮にして待ち伏せ(アンブッシュ)て居るのではないか?”と気になって、仲間の乗員と一緒に周囲を確認したが自分は勿論、乗員からも「待ち伏せ(アンブッシュ)らしきⅣ号短砲身(D型)の姿は見当たりません」との報告しか来ない。

 

 

 

「囮かと思ったが…考え過ぎか?」

 

 

 

アンチョビがそう呟くと、続けて彼女は車内の乗員に向けて、そして自らを鼓舞するべく大声で号令を掛ける。

 

 

 

「良いか、見せ付けてやれ!アンツィオは弱くない…じゃ無かった、()()()()()()()

 

 

 

そして、更に気合の入った一言を付け加えた。

 

 

 

「目指せ悲願のベスト4…じゃ無かった、優勝だぁ!」

 

 

 

其れと同時に、アンチョビが指揮するP40と大洗女子フラッグ車・“38(t)軽戦車B/C型(カメさんチーム)”が互いに走行間射撃を行うも命中弾を出す事は出来なかった。

 

 

 

「外れー♪」

 

 

 

此の時、大洗女子フラッグ車・“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”の車内では、無線手席に座って居る角谷 杏生徒会長が“相手のP40と自分達の砲撃が共に外れた”のを告げると、必死になって38(t)軽戦車B/C型の操縦を続けている小山 柚子が「偶には当ててよ、桃ちゃ~ん」と、今や“砲手としてはノーコン”で有名になった親友・河嶋 桃へ向けて愚痴を零したのだが……

 

 

 

「済みません…今、砲手は()で、河嶋先輩は装填手です

 

 

 

「「えっ、()()()()()!?」」

 

 

 

何と、本来なら装填手兼“何時も試合中は干し芋しか食べない角谷会長に仕事をさせる役”を務めている筈の名取 佐智子が“思わぬ事実”を告げた為、角谷会長と柚子が驚愕の叫び声を上げた処、今は38(t)軽戦車B/C型の37㎜砲弾の装填作業をしている桃が“ポジションを変えた理由”について説明する。

 

 

 

「もう、友軍相撃(フレンドリー・ファイア)を繰り返す訳には行かないから、今回から名取に砲手を頼んだんだ!其れに、今は挑発行動中だから当たらなくても良いんだ!」

 

 

 

桃からの“意外な告白”を聞かされた角谷会長が感心した表情で「かーしま…やるねぇ」と呟くと、柚子も呆気に取られた表情で「桃ちゃん…賢くなったね」と話し掛けたが、彼女は必死の形相で「勝つ為に当然の判断をした迄だ!」と叫んでいた。

 

そんな桃の様子を見て、我に返った角谷会長は無線で隊長のみほを呼び出し、「西住ちゃん、そっちは如何?」と尋ねると、彼女から「()()()()()()()()()。キル・ゾーンへの誘導、宜しく御願いします!」との返信が来た為、角谷会長は「ホイホーイ♪」と返信した後、操縦手の柚子に「小山、例の場所へ向かうよ」と告げた…そう、アンチョビが当初予測していた通り、大洗女子はアンブッシュ(待ち伏せ)を決めるべくフラッグ車の“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”を囮にして居たのだ。

 

そして…遂に、“其の時”が来た!

 

 

 

 

 

 

「よーし、追い詰めたぞ!」

 

 

 

アンツィオ高フラッグ車・P40で切り立った崖の下に大洗女子フラッグ車“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”を追い込んだアンチョビ隊長は一言叫ぶと、38(t)軽戦車B/C型が停車した一瞬を狙って自らの手で砲撃を加える*2が、其れは38(t)の操縦手・柚子の巧みな“誘い”であり、P40が砲撃した瞬間に、38(t)はP40から見て右方向へバックしてアッサリ躱してしまった。

 

何しろ柚子は、昨日大洗女子が行った全体練習中、車長兼砲手の桃がやらかした“友軍相撃(フレンドリー・ファイア)”の結果“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”に追い回された時も冷静な操縦で一発も被弾する事無く切り抜けた為、“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”メンバーの嵐・瑞希・菫・舞の四人から「「「『小山先輩は凄い!』」」」と褒められた程の腕前だから、彼女が操縦する“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”は簡単に撃破出来る様な相手では無いのだ。

 

そうとは知らないアンチョビ隊長は悔し気な声で「アッ、糞…装填急げ!」と叫んだが装填手が「はいっ!」と応答する間も無く、ふと視線を切り立った崖の上にある高台へ向けると…!

 

何と、高台の上から大洗女子隊長車・Ⅳ号戦車D型(あんこうチーム)が此方を狙っているでは無いか!

 

 

 

「えっ…えーと!?」

 

 

 

其の時、アンチョビ隊長は当初自身が危惧した“フラッグ車を囮にしたアンブッシュ(待ち伏せ)作戦”の予想が当たっていたのを悟ったが、最早此の罠から逃れる術が無い為、頭がフリーズしていた。

 

 

 

 

 

 

当時、私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”は“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”と共にアンツィオ高のセモヴェンテM41・最後の1輌を追っていたが、其の結末は呆気無かった。

 

西住隊長達“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”と“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”が設定したキルゾーンに追い込まれたアンチョビ隊長のP40重戦車を救おうと駆け付けたセモヴェンテM41だったが、自分達が走っていた道の先が崖だと気付かない儘飛び出してしまい、崖からP40が居るキルゾーンの端へ転落してしまったのである。

 

私はイージーエイト(M4A3E8)の車長用キューポラの上から其の事故を目撃しつつ『うわっ…危ない!あの()達、怪我をしていないかな?』と思ったが、実はアンチョビ隊長もセモヴェンテM41の車長が「ドゥーチェ(統帥)、遅れて済みません…キャア!」と叫び声を上げたのを無線で聞くと「あっ、コラッ!無茶するな、怪我したら如何する!」と叫んだそうだ…()()()()()以外の戦車道チームなら何処の隊長さんもそう思うよね。

 

でも“試合は試合”…其の直後、高台の端へやって来た“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”が状況確認後に放った37㎜砲の一撃で、セモヴェンテM41のエンジンルームを撃ち抜き、白旗を揚げさせた。

 

 

 

『此れで…残るは、ペパロニ副隊長の乗る“カルロ・ヴェローチェ(CV33)”とフラッグ車のP40だけ!』

 

 

 

ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”が一仕事終えたのを見て、ホッとした私は気合を入れ直して高台から崖下を見ると“更にドラマチックな光景”が待っていた。

 

 

 

「アンチョビ姐さん~!姐さん!」

 

 

 

ペパロニ副隊長の乗る“カルロ・ヴェローチェ(CV33)”が“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”の追撃を必死に躱し乍ら、アンチョビ隊長を救うべく崖下迄やって来たのだ。

 

しかも、ペパロニ副隊長がアンチョビ隊長を呼ぶ声は、高台に居た私達に迄聞こえる程だった…ホント、あの時のペパロニさんの“絶叫”は凄かったよ。

 

でも此の時迄、ペパロニさんはずっとジグザグ走行をして“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”の追撃を躱していたのだけど、アンチョビ隊長に向かって叫んだ時だけ直線走行をしたのが()()()になった…単に真っすぐ走っているだけの目標を私達の仲間の中でも最高レベルの練度を誇る“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”が見逃す筈が無かったのだ。

 

そして“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”の必殺の一撃で“カルロ・ヴェローチェ(CV33)”のウィークポイントである“車体後部のエンジン始動用クランク基部”に被弾したペパロニ車は派手に三回転半した後、既に撃破されたセモヴェンテM41の車体に寄り掛かる様に停止してから白旗を掲げる。

 

其の直後、アンツィオ高フラッグ車・P40が“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”目掛けて最後の砲撃をしたのを見た梓が「ああっ!」と悲鳴を上げたが、私はP40と“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”の様子を見て、梓にこう呟いた。

 

 

 

『梓、大丈夫だよ。P40は慌てているから、先ず当たらない…其れに、こう言う時に五十鈴先輩が砲撃を外すと思う?』

 

 

 

私の声掛けに、梓が五十鈴先輩の砲撃の腕前を思い出して「あっ!?」と叫んだ時…全ては私が梓に語った通りとなった。

 

あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”を狙ったP40の砲撃は大きく外れ、其の直後に砲手を務める五十鈴先輩が発射した“あんこうチーム(Ⅳ号戦車D型)”の75㎜砲弾はP40の車体正面を見事に撃ち抜き、白旗を掲げさせたのである。

 

 

 

 

 

「アンツィオ高校フラッグ車・P40、走行不能!よって大洗女子学園の勝利!」

 

 

 

 

 

そして、撃破されたアンツィオ高の各戦車から乗員がガッカリした表情で降りてくる中、ペパロニ副隊長が何を慌てて居るのか「うわぁ…助けてくれえ!?」と叫び乍ら、撃破されたセモヴェンテM41に寄り掛かって縦に立った状態の“カルロ・ヴェローチェ(CV33)”から転がり落ちていた。

 

更に、アンツィオ高フラッグ車・P40が撃破される少し前に“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”と“ひなちゃん”副隊長のセモヴェンテM41との間で戦われていた“突撃砲同士の格闘戦”は、最後の巴戦で双方が正面から連続砲撃をした結果“相打ち”となって共に白旗を掲げた為、アンツィオ高・戦車道チームの10輌はフラッグ車も含めて全滅。

 

此の結果、私達大洗女子学園・戦車道チームは全国大会の二回戦を“予想外の大勝利”と言う結果で突破したのだった。

 

 

 

『良かった…勝った!』

 

 

 

私は、Ⅳ号戦車D型(あんこうチーム)の車長用キューポラから笑顔で皆を見守っている西住隊長の笑顔を横から見詰めつつ、ホッとした気持ちで勝利の喜びを嚙み締めて居た時、私が立って居る車長用キューポラの隣に在る装填手用ハッチから砲手の瑞希が顔を出すと少し恨めし気な声で話し掛けて来た。

 

 

 

「一寸、嵐…此処で一言云っても良い?」

 

 

 

『何、“ののっち(瑞希)”?』

 

 

 

瑞希の恨めし気な表情を見た私は、少し不安気な声で問い掛けると瑞希は“私に取って思わぬ事”を告げたのだ。

 

 

 

「今日の試合…私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”は1()()()()()()()()()()()んだけど?」

 

 

 

『えっ…あーっ!そうだった!』

 

 

 

私達、今日の試合前半は“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”の面倒を見ていて、中盤に“マルゲリータ(大姫 鳳姫)”が駆るⅣ号戦車G後期型と戦った時は応援に来てくれた“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”の待ち伏せ(アンブッシュ)攻撃を御膳立てし、そして試合の終盤は再び“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”のアシストに徹していたから、今日の試合は相手戦車を1輌も撃破していないんだ!

 

其の事を思い出した私は、頭を抱えつつ瑞希に向かって「あの…その、今日は御免ね」と呟くのが精一杯だったが、気が付くと車体前方の操縦手用と副操縦手用のハッチから操縦手の菫と副操縦手の良恵ちゃんが私の顔を見乍らクスクス笑っているし、車内からは装填手の舞の笑い声も聞こえて来る。

 

其の事に気付いた私が恥ずかしさで顔を真っ赤にして居ると、瑞希が微笑み乍ら私にこう言ってくれた。

 

 

 

ウフフ…嵐も成長したわね。みなかみタンカーズに居た頃は“仲間が狙っていた戦車も平気で横取りして撃破していた”のに、今日は“仲間達のアシストに徹するプレー”が出来る様になったんだから」

 

 

 

瑞希からの“思わぬメッセージ”に、私は少し嬉しそうな気持ちで『“ののっち(瑞希)”……』と呼び掛けると、瑞希は表情を引き締めてこう言ってくれた。

 

 

 

「其の代わり、次の準決勝では私達にも相手戦車を撃破するチャンスを頂戴ね?」

 

 

 

『うん!』

 

 

 

瑞希の言葉に、私は心の底から“有難う!”の気持ちを籠めて返事をすると、其の様子を“あんこうチーム”の西住隊長と秋山先輩が嬉しそうな表情で見て居るのに気付いた。

 

其処で私は、二人に向かって飛び切りの笑顔を見せ乍ら右手を振るのだった。

 

 

 

(第64話、終わり)

 

 

*1
原作OVAでは「ぶんどき」と発音していたが、実は此の作戦名、第二次大戦中の1940年12月8日から1941年2月9日に掛けて北アフリカ方面の英軍がリビア方面からエジプトへ侵攻して来たイタリア軍に対する反攻作戦の名称として実際に使っている。其の結果は、約15万人の将兵を持っていたイタリア軍が約6万人の英軍の反攻によって戦死約1.5万人・捕虜約11.5万人の損害を出して惨敗(対する英軍の損害は死傷者1873名)。此れによって英軍がリビア方面へ侵攻して来た為、北アフリカ戦線で窮地に立たされたイタリアはドイツに援軍を要請。其の結果、エルヴィン・ロンメル将軍率いる“ドイツアフリカ軍団”が派遣される事になる。

*2
P40は車長が砲手を兼ねる為、此の場合、車長のアンチョビ隊長が砲手も担当する。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第64話をお送りしました。

と言う訳で、此れにて対アンツィオ戦は決着しましたが、今回は色々と有りました。
先ずは、嵐ちゃん…主人公なのに、アンツィオ戦では1輌も撃破出来ませんでした!(苦笑)
勿論、チームのアシストに徹して勝利に貢献したのですが、此れは嵐に取って結構な一大事だった様です。
次の試合、嵐達“ニワトリさんチーム”は相手戦車を撃破出来るのか?(さり気無く、フラグ)
そして、何と今回、桃ちゃんが砲手を佐智子ちゃんに譲って自分は原作よりも一足早く装填手に!
果たして、次の試合の“あの名場面”は如何なってしまうのか!?(ガクブル)
と、今回は色々と小ネタ(と言う名の試行錯誤)を重ねてみましたが、今後も色々仕込んで行く心算ですので、宜しく御願い致します。

と言う訳で、次回は…勿論、アンツィオ高校名物の“アレ”をやりますよ!
更に、嵐とマルゲリータが試合後に再会した時、果たして何を語るのか…御期待下さい。

其れでは、次回をお楽しみに。



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第65話「アンツィオの流儀です!!」


前回投稿した際、急いでいた為に書けなかった事を一つ。
アニメ版「ルパン三世」の初代・次元 大介役等で知られた小林清志さんが7月30日に逝去されました。
7月投稿の前々回で「ルパン三世・カリオストロの城」をモチーフにしたパロディシーンを書き上げた直後と言う事もあり、自分に取っても偶然とは思えませんでした。
更に、8月17日には「新世紀エヴァンゲリオン」の冬月 コウゾウ役等で知られた清川元夢さんも逝去されたとの事で、奇しくも昭和と平成を代表する名作のバイプレーヤー二人が鬼籍に…と思っていた処、今度はエリザベス英国女王陛下迄が9月8日(英国現地時間)に崩御されるとは。
本当に、時の流れの激しさを感じさせられました。
以上、遅くなりましたが、以上の方々の御冥福を御祈り申し上げます。

そして今回は、アンツィオ戦最終回です。
かなりの長文になっていますが、拝読頂けますと幸いです。
其れでは、どうぞ。

あっ、そうだ…今回の投稿日は9.11同時多発テロから21年じゃあないですか。
本当に時の流れは速いですね。

※2022年11月18日追記
今回のタイトルは当初「二回戦、決着です!!」でしたが、第64話のタイトルと混同し易い為、変更しました。
如何か御了承下さい。



 

 

 

「あっ…負けちゃったか」

 

 

 

第63回戦車道全国高校生大会二回戦「大洗女子学園(茨城県代表)対アンツィオ高校(栃木県代表)」の試合終了直後、試合会場中心部に在る街道近くの林の中で白旗を掲げて擱座したアンツィオ高校戦車道チーム所属・Ⅳ号戦車G後期型の車内では、戦車長“マルゲリータ(大姫 鳳姫)”が涙を浮かべつつ車載無線機から流れる試合終了のアナウンスを聞き乍ら一言呟くと、装填手を務めるトリエラが心配気な声で問い掛けて来た。

 

 

 

「良かったの?嵐との勝負、()()()()()になって」

 

 

 

其れに対して、彼女はハッチを開けた儘の車長用キューポラから見える空を見詰め乍ら「うん…私は後悔していないよ」と答えた後、こう語った。

 

 

 

「まさか、嵐が“仲間に攻撃を任せる戦い方( チームプレイ )”をして来るとは思わなかった。其れに、彼女のイージーエイト(M4A3E8)が私達と一対一で決闘すると見せ掛けて背後からⅢ突が狙い撃ちしたのが“()()”だと言うのなら、アンツィオ高のポリシーに反してイタリア製じゃない戦車(Ⅳ号戦車G後期型)を持ち出した私の方が“()()()()()”だよ」

 

 

 

其処へ操縦手のヘンリエッタも心配気な声で「マルゲリータ…泣いているよ?」と涙を流している彼女に向けて話し掛けると、彼女は小さく頷き乍らこう答えた。

 

 

 

「うん…今日、私達が大洗に負けたのは“嵐が戦車乗りとして成長した(チームプレイが出来る様になった)のを見抜けなかった()()()()”だから」

 

 

 

其の答えに、ヘンリエッタが泣きそうな顔でマルゲリータを見詰め続けていると、今度は砲手のリコが「で、此れから如何する?」と話し掛けて来た為、マルゲリータは少し考える仕草を見せた後、こう答えた。

 

 

 

「そうね…やっぱり、()()()()()()()()()()()()()に会いたいな」

 

 

 

すると皆の話を聞いて居た通信手のクラエスが微笑み乍ら「ああ…西住 みほさん!」と答えた処、マルゲリータは頷き乍ら自分の想いを語る。

 

 

 

「うん。サンダースの時雨と電話で話をして、“西住さんが嵐の心を変えた”事を知った時は信じられなかったけれど、今なら信じられる。彼女が嵐を此処迄変えたんだ」

 

 

 

そして、マルゲリータは此処で初めて自分が流した涙をハンカチで拭くと、薄っすらと笑みを浮かべつつ、再び自らの想いを語るのだった。

 

 

 

「みなかみタンカーズに居た時、私が如何やっても変わらなかった嵐が、何故西住さんの下であそこ迄変わったのかが知りたい。其れを知らないと、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

 

 

 

 

 

戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない

 

 

 

第65話「アンツィオの流儀です!!」

 

 

 

 

 

 

「やりましたね!次はいよいよベスト4ですよ!」

 

 

 

アンツィオ高校を降して、準決勝進出を決めたばかりの私達・大洗女子学園戦車道チームが戦車と共に待機して居る試合会場近くの広場で、秋山 優花里先輩が西住 みほ隊長へ興奮気味に二回戦を突破した喜びを語り、西住隊長も「そうだね。順当に行くと次は……」と秋山先輩に話し掛けて居ると、私の相棒兼“ニワトリさんチーム”砲手・野々坂 瑞希(“ののっち”)が口を挟んで来た。

 

 

 

「先輩方、明日行われる“二回戦最後の試合”で、私達の対戦相手が決まる筈ですよ!」

 

 

 

彼女の言葉に、西住・秋山両先輩が笑顔で頷くと、三人の傍に居た私・原園 嵐も戸惑い気味の声で『ええと、其の試合の組み合わせは……』と“二回戦最後の試合に出る二つのチームの学校名”を思い出そうとした時。

 

 

 

「アイス食べたい!」

 

 

 

西住先輩の隣に居た冷泉 麻子先輩が疲れた表情でこう呟いたので、傍に居た武部 沙織先輩が「御菓子なら有るよ♪」と話し掛けるが、当人は不服そうな声で「え~っ!?」と答えた為、武部先輩は苦笑して居た。

 

其の様子を眺めて居た私は“確かに、今日は何時もよりも暑い一日だったから、麻子先輩がアイスを欲しがるのも無理無いなあ”と思った時、私も喉が渇いているのに気付いて『あっ…私も()()()()と一緒にアイス食べたいなあ』と呟いた処、隣に居た瑞希がこんな事を言う。

 

 

 

「冷泉先輩に嵐、もう直ぐアイスやジュースを好きなだけ食べたり飲んだり出来ますよ♪」

 

 

 

其の一言に、周りに居た西住先輩達“あんこうチーム”の皆と“ニワトリさんチーム”で唯一、群馬みなかみタンカーズ出身では無い長沢 良恵ちゃんが“ニワトリさんチーム・群馬みなかみタンカーズ組”の瑞希と萩岡 菫・二階堂 舞が揃って笑顔を浮かべて居る姿を見て不思議そうな表情を浮かべて居た処、私達の前に一人の少女が両手を左右に広げ乍ら歩み寄った後、西住隊長に声を掛けて来た。

 

 

 

「いや~っ、今年こそは勝てると思ったのになあ!」

 

 

 

何と、アンツィオ高校戦車道チーム隊長・アンチョビさんが此方へやって来たのだ。

 

そして、彼女は西住隊長に握手を求めると「でも良い勝負だった!」と述べて私達の健闘を称えてくれたので、西住隊長も握手しつつ「はい!勉強させて頂きました!」と答えた処、彼女は笑顔で西住隊長をハグし乍らこう言ってくれた。

 

 

 

「決勝迄行けよ!我々も全力で応援するから!」

 

 

 

此の時、二人の会話を見ていた良恵ちゃんが感極まった声で「試合に負けた相手を此処迄称えてくれた上、決勝戦の応援迄約束してくれるなんて、凄い隊長さんです!」と語った時、私は意を決して、アンチョビ隊長の前へ歩み寄った後、小さく会釈をしてからこう告げた。

 

 

 

『アンチョビさん…御久し振りです。今日は本当に有難う御座います!其れと去年の学園祭の時「私はもう戦車道を続ける心算は有りません!」と言って貴女のスカウトを断ってしまい、本当に申し訳ありませんでした!』

 

 

 

すると、アンチョビ隊長が「おっ!嵐じゃないか!其れに、野々坂 瑞希・萩岡 菫・二階堂 舞も居るな!」

 

 

 

「「「『はいっ!』」」」

 

 

 

声を掛けられた私達四人が元気良く返事をする中、アンチョビ隊長は笑顔で私に向けてこう答えてくれた。

 

 

 

「嵐、去年の学園祭の時の事は気にするな…あの時は、私も御前の事情を知り乍ら“新入部員欲しさ”に無理を言ってしまって、済まなかった」

 

 

 

其の言葉に、私が『いえ……』と申し訳なさそうな声で答えた時、アンチョビ隊長は「おい嵐、元気が取り柄の御前がそんな顔をしていると仲間達も元気が無くなるぞ!?」と激励した後、こう言ってくれたのだ。

 

 

 

「其れに、やっぱり御前達“群馬みなかみタンカーズ卒業生( 嵐&瑞希&菫&舞 )”は強かったな!特に嵐、御前がチームプレイに徹するなんて()()()()だったけど仲間のアシスト役をキッチリ果たしたじゃ無いか!ハッキリ言って、こっちは御手上げだったよ!」

 

 

 

其の言葉に、私は試合中の出来事を思い出しつつ『いえ…アンチョビさん達や“マルゲリータ(鳳姫)”も手強くて本当に苦労しました』と答えた処、アンチョビ隊長は笑顔で「そう言ってくれると嬉しいよ。でも、次は負けない…いや、絶対勝つからな!此れからも御互い頑張ろう!」と私達に語り掛けた直後、彼女は後ろを振り向くと大声で……

 

 

 

「だよな!」

 

 

 

「「「おーっ!」」」

 

 

 

アンチョビ隊長の号令に続いて、何時の間にやって来たのか様々なソフトスキン(非装甲軍用)車輌に乗り込んだアンツィオ高・戦車道チームの皆が一斉に“私達も応援するよ!”と言わんばかりの勢いで私達に声援を送ってくれた。

 

其の様子を見た菫が「凄い!SPA・TL37とTM40ガントラクターに、ブレダM42トラック迄居る!」と嬉しそうに叫び、更に舞が興奮気味の声で「もう自分達の戦車や突撃砲を回収してトレーラーに積み込んでいるよ!」と叫ぶ中、アンツィオ高校・戦車道チームのメンバー達が笑顔で次々に声を掛けて来た。

 

 

 

「大洗女子の皆、また試合やろうな!」

 

 

 

「決勝迄絶対勝ち上がろうね!ドゥーチェ( 統帥 )と共に応援するから!」

 

 

 

「でも、次はこっちが勝つからな!」

 

 

 

「特に、原園 嵐…次は覚悟しろよ!」

 

 

 

其の様子を見たアンチョビ隊長は笑顔で仲間達に手を振り乍ら、隣に居る西住隊長へ「ほら笑って!もっと手を振って!」と呼び掛けたので、西住隊長は恥ずかし気に小さく手を振り乍ら「あ…有難う御座います」と答えて居た。

 

其の様子を見た良恵ちゃんが「原園さん…すっかり目を付けられちゃいましたね♪」と話し掛ける中、私は苦笑いを浮かべつつアンツィオ高の皆へ手を振り乍ら、やっとの思いで『あっ…皆さん、ど…如何も有難う御座いました』と返事をするのだった。

 

 

 

 

 

 

ふと気が付くと、アンチョビ隊長の仲間達が乗り付けて来たトラックから、次々と大きな荷物を運び降ろしている。

 

其の中には大きな天幕や料理用の大釜等が多数有り、其れをアンチョビ隊長の仲間達が二人一組で広場に運び込んでいる。

 

其の姿を見た西住隊長が、不思議そうな表情でアンチョビ隊長に向かって「何が始まるんですか?」と問い掛けていると、瑞希&菫&舞の三人が唐突に……

 

 

 

「「「あっ…()()だよ、()()()()()()()()()()()」」」

 

 

 

『コラ、アンタ達…アンチョビさんの話をちゃんと聞きなさい!』

 

 

 

其の発言を聞いて“彼女達が言いたい事(瑞希&菫&舞)”を察した私は慌てて三人を叱るが、其れを聞いて居たアンチョビ隊長は微笑み乍ら、私達大洗女子の皆に向けてこう告げる。

 

 

 

「諸君!()()()()()()()()()()()()()!勝負を終えたら試合に関わった選手・スタッフを労う!此れが“アンツィオの流儀”だ!」

 

 

 

すると、又しても瑞希&菫&舞の三人が大声で……

 

 

 

「「「アンツィオ自慢の“ビュッフェパーティー・食べ放題&飲み放題”だ!」」」

 

 

 

『アンタ達…其れを大声で言わない!皆ビックリしているでしょ!』

 

 

 

彼女達の“爆弾発言”に、私が再び大声で三人を叱り付けている光景を見た仲間達が呆気に取られていた中、“ウサギさんチーム”リーダー・澤 梓がキョトンとした表情で「えっ…嵐は食べないの?」と問い掛けたのを聞いた私は意表を突かれて一瞬固まった後、しどろもどろに成り乍らこう答える破目になった。

 

 

 

『あっ…いや、御免なさい。アンチョビさん!“ゴチになります”!

 

 

 

「「「アハハ!」」」

 

 

 

こうして私は、思わぬ処で大洗女子の仲間達とアンツィオ高の戦車道チーム全員から笑われてしまったのだった…嗚呼。

 

 

 

 

 

 

こうしてアンツィオ高校・戦車道チームメンバー全員の手で、戦車道の試合終了後の名物“ビュッフェパーティー食べ放題&飲み放題”の準備が迅速に進んで行く。

 

其の素早さと的確さは目を見張るものが有り、特に料理は屋外での調理であるにも関わらず“プロの料理人が作ったのか?(ピストル大●に有らず(笑))”と思う位、見事な物を大量に作っていた。

 

 

 

「凄い物量と…機動力!」

 

 

 

其の様子を見た西住隊長が感嘆の声を上げると、アンチョビ隊長が「我が校は食事の為なら、どんな労も惜しまない!」と答える姿を見た私は、ふと昔の事を思い出していた。

 

 

 

『ああ…父さん(直之)も言っていたなあ。“イタリアのレーシングチームは、どんなに弱くてもチームのメンバーに出す食事だけは美味い”って』

 

 

 

すると、私の呟きを聞いた舞が笑顔で「()()()()…なんだけどね♪」と答えると、アンチョビ隊長も其の話を聞いて居た様で、西住隊長や私達に向けてこう語った。

 

 

 

「この…此の()達の“やる気”がもう少し試合に生かせると良いんだけどなあ……」

 

 

 

すると話を聞いた瑞希が「そうそう。みなかみタンカーズの()達も皆で同じ事を言って居たよね?」と隣に居る菫に語り掛けると、彼女が笑顔でこう断言する。

 

 

 

「うん。皆で『アンツィオ高校が“B-1グランプリ”に出場したら上位入賞間違い無いのに!*1って言っていたね♪」

 

 

 

其の発言に舞が笑顔で「うんうん♪」と語り乍ら頷くと、アンチョビ隊長が気持ちを切り替えて……

 

 

 

「まっ、()()は追々やるとして!せーのっ!」

 

 

 

「「「頂きまーす!」」」

 

 

 

 

 

 

こうして、アンツィオ高校・戦車道チームによる“戦車道の試合終了後の名物・ビュッフェパーティー食べ放題&飲み放題”が始まると、私達大洗女子とアンツィオ高・両戦車道チームのメンバーや関係者が楽しそうに語り合い乍ら夕食を食べ始めた。

 

其の時、私の目前に一人の少女が現れる。

 

 

 

「嵐、楽しんでる?」

 

 

 

『“姫ちゃん(鳳姫)”…いや、“マルゲリータ”』

 

 

 

彼女が笑顔で話し掛けて来たのを見て、“今日の試合で自分がやった事”を思い出した私は俯き乍ら『御免ね…あんな“()()()()”みたいな戦い方をして』と“謝罪”したが、彼女は微笑み乍ら首を横に振るとこう答えた。

 

 

 

「ううん…私の方こそ御免。()()()()()()()()()()に反して“イタリア製じゃない戦車(Ⅳ号戦車G後期型)”を“秘密兵器”として持ち出したりして。其れに比べたら、嵐の戦い方は立派だったよ」

 

 

 

『えっ!?』

 

 

 

“卑怯な戦い方をしてしまった”と思っていた私を褒めてくれた彼女の言葉に戸惑っていると、彼女はこう語る。

 

 

 

「自分が囮となって、相手を撃破する役を仲間に任せるなんて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

『!?』

 

 

 

“群馬みなかみタンカーズ”で、7年間一緒に戦車道をやって来た彼女からの指摘に、私は驚き乍らも小声で自分の気持ちを彼女に伝える。

 

 

 

『其れは…()()()()()勝ちたかったから』

 

 

 

すると、マルゲリータは少し考える仕草をした後、笑顔でこう言ったのだ。

 

 

 

「ふむふむ…()()()()()()()()()()?」

 

 

 

彼女の指摘に『えっ!?』と驚く私を余所に、彼女はアンチョビ隊長の隣で魚料理を食べている西住隊長へ視線を向けると“トンデモ無い”事を言ったのだ。

 

 

 

「嵐…隠したって無駄よ♪貴女、“()()()()()の為なら、何だってやる”心算で居たんでしょ?」

 

 

 

『ゲッ!?』

 

 

 

「ふえっ!?」

 

 

 

マルゲリータの“爆弾発言”に衝撃を受ける私と西住隊長を余所に、彼女は西住先輩へ向けて「御食事中失礼します。初めまして西住 みほさん、私はマルゲリータと申します」と挨拶し、此れに対して西住先輩も「初めまして、西住 みほです」と答えた直後、マルゲリータがこんな事を告げた。

 

 

 

「嵐が何時も御世話になって居ます。突然ですが西住さん、私と同じ群馬みなかみタンカーズの同期生で、今はサンダース大付属に居る原 時雨から聞いたのですが『嵐が貴女に()()()()なのは本当ですか?」

 

 

 

「ふええっ!?」

 

 

 

突然の“仰天質問”に、西住先輩が驚愕の叫び声を発するのを見た私は大声で『一寸、マルゲリータ!アンタ、西住先輩に対して何て事を訊くのよ!?』と叫んだが、当人は微笑み乍ら、もっとブッ飛んだ発言を放って来た。

 

 

 

「嵐、嘘吐かなくても良いのよ♪去年の全国大会の決勝戦の時から嵐が西住さんに“ラブラブ”だったのは御見通しだったから♪」

 

 

 

『ゲッ!?』

 

 

 

マルゲリータの“トンデモ発言”に絶句する西住先輩、そして私とマルゲリータの会話に対して興味津々の視線を送って来る大洗女子とアンツィオ高・両戦車道チームメンバーを余所に、マルゲリータは続けてこんな事を語り出した。

 

 

 

「最初は、西住さんに“嵐が変わった理由”を尋ねようと思っていたのだけど、今の嵐と西住さんを見た時、私と嵐達が“群馬みなかみタンカーズ”に居た頃を思い出したの。そうしたら“嵐が変わった理由”が分かったわ…去年タンカーズの隊長だった私は、西住さんの様に皆をリードする事が出来なかった」

 

 

 

『マルゲリータ……』

 

 

 

彼女からの“予想外の告白”に、私や周囲に居る全員の視線がマルゲリータに集中する。

 

 

 

そして彼女はしんみりとした表情を浮かべつつ、皆の前で“みなかみタンカーズ時代の()”の話を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

あの頃の私は、“チーム全員が一丸となって戦うのが勝利への近道”だと思い、“チームの皆にチームプレイを徹底させる事が隊長としての責務だ”と考えて、チームの皆に接していました。

 

でも、嵐だけは、どんなに指導しても私の言う事を聞いてくれなかった。

 

嵐は、練習こそ真面目にやって居たけれど、模擬戦や試合になると隊長や副隊長の指示には従わず、常に自分の指揮する戦車だけで勝手に動き回っていたんです。

 

試合中、味方が狙っている戦車を横取りするのは当たり前、時には()()()()()()()()()()()()()()()()()も有ったんです。

 

だから最初、私を含めたチームの皆は“何で、あんな自分勝手な奴がウチのチームに居るのよ!?”と思っていました。

 

でも暫く経つと、チーム全員が()()()()()()()を思い知ったのです。

 

彼女は、生まれ乍らの“戦車戦の天才”でした。

 

常に直感で“戦いの全貌”を把握し、“味方が危機に陥りそうなポイント”や“此処を押さえると勝利に繋がるポイント”を誰よりも早く察知すると、素早く其のポイントに駆け付けて相手を確実に倒す…彼女は、まるで“試合会場を天空から見渡している様な感覚”で戦っていて、しかも人並み外れた洞察力と実行力を併せ持っていたのです。

 

それに、嵐は上級生や隊長・副隊長、其れに態度が横柄な人の言う事は聞かなかったけれど、下級生や同級生でもチームのレギュラーになれなくて辛い思いをしている()達に対しては面倒見が良くて、何時も練習に付き合っていたから彼女達からは慕われていたんです。

 

後で知ったのだけど、其れは『自分は母親(明美)から()()()()()()()()()()()()()()()から、戦車道で自分の様な辛い思いをして欲しくない』と言う彼女の想いからの行動だったのですが…其れを私達が知ったのは“嵐が戦車道を辞める”と宣言した後の事でした。

 

 

 

こうして…気が付くと、私を含めたチーム全員が嵐の力に頼る様になっていました。

 

“嵐が居てくれれば、どんなピンチも切り抜けられる。絶対に勝てる!”って…事実、其れで私達のチームも自然と強くなりました。

 

そして、一年前のあの日。

 

中学三年生になった私と嵐達“群馬みなかみタンカーズ”は、“戦車道全国中学生大会”の関東地区予選で優勝して全国大会に初出場すると、其の儘の勢いで決勝戦迄進みました。

 

そして迎えた決勝戦では、序盤から私達は対戦相手である“黒森峰女学園中等部”と正面からぶつかり合う試合展開になり、膠着状態になったんです。

 

だから、焦った私は“如何やって戦うべきか?”を見失ってしまい、頭の中が真っ白になってしまいました。

 

でも其の時、嵐が何時もの様に“威勢の良い声”でこう叫んだんです。

 

 

 

『“姫ちゃん(鳳姫)”、此処は私が左翼から突入して相手の陣列を崩すから、皆は其の隙に突破口を作って!』

 

 

 

其の時、私は「待って!」とは言えなかった。

 

こう言う時、何時もチームのピンチを救って来たのが嵐の“勝手な行動(独断専行)”だった事を知っていた私達は“此の試合も嵐の言う通りにすれば勝てる”と信じていたから、隊長の私や他のチームメンバーも“彼女の動きに合わせて突破口を作れば良い”と考え、其の結果周囲の警戒を疎かにしてしまったのです。

 

だから…嵐が左翼から黒森峰中等部の陣列に突入して彼女達を混乱状態に陥れようとした時、正面から私の乗るフラッグ車に襲い掛かって来た黒森峰のフラッグ車・五代 百代の駆るⅣ号戦車H型に対応するのが遅れてしまい、私は百代に撃破されてチームは負けたのです。

 

 

 

其れから暫く経って、私や仲間達は漸く“或る事”に気付きました。

 

“負けたのは、嵐が勝手な行動をしたからじゃない。チームプレイをしろと言い乍ら嵐の力に頼り切って彼女をサポートする事さえしなかった私達に責任が有る”って。

 

そして私達のチームが一丸となって戦う為に必要だったのは「チームプレイを徹底する前に、チームの皆が互いを理解し信頼出来る環境を作るべきだった」事に…嵐がチームプレイをしなかった様に、私達も互いを理解しようとせず結局嵐一人に全てを押し付けてしまって居たんです。

 

でも、其の事に私や仲間達が気付いたのは、あの“第62回戦車道全国高校生大会・決勝戦”から暫く経った後、戦車道に絶望した嵐が『戦車道を辞める』と言った後の事でした。

 

 

 

 

 

 

以上の事を語り終わった後、悲しい表情を浮かべ乍ら俯いてしまったマルゲリータの姿を見た私は、皆に向けてこう語った。

 

 

 

『そう。去年の第61回戦車道全国中学生大会で“チームプレイをしなければ試合には勝てない”と思い知った私が“本当のチームプレイとは何か”を悟ったのは、其の翌週に行われた第62回戦車道全国高校生大会の決勝戦で“西住先輩が黒森峰の十連覇よりも仲間達を助ける事を優先した”時だった。だけどその後、西住先輩が黒森峰で酷い仕打ちを受けて転校させられたと知った時“もう戦車道はやりたくない”と思ったんだ』

 

 

 

マルゲリータと私の“告白”を聞いた皆が胸を締め付けられる様な表情で私達を見守っていると、俯いていた顔を上げたマルゲリータが私に問い掛けて来た。

 

 

 

「嵐…今、戦車道が好き?」

 

 

 

『うん!』

 

 

 

私の答えを聞いたマルゲリータは、微笑み乍らこう語る。

 

 

 

「そうか…じゃあ、試合前に電話で、時雨が私に『嵐ちゃんは、大洗で初めて“本当に信じられる戦車道の隊長さんと仲間達”に巡り会えた』と話していたのは本当だったんだね」

 

 

 

其れに対して、私は笑顔で『うん…私は、西住隊長と大洗女子の皆と出会えた御陰で、初めて戦車道が好きになれたよ』と答えた処、マルゲリータは納得した表情でこう語った。

 

 

 

「そうか…だから嵐は変わる事が出来たんだね。時雨から話を聞いた時は信じられなかったけれど、今の話を聞いて漸く納得出来たわ」

 

 

 

『えへへ♪』

 

 

 

笑顔で御道化る私の声を聞いたマルゲリータは、再び西住隊長へ向かって「西住さん、一回戦が終わった時に、時雨からも聞かされたと思いますが、嵐は結構乱暴でスタンドプレーに走る()だけど、チームの仲間としては凄く頼もしいからしっかり見守って下さいね」と話し掛けると、西住隊長が笑顔で「はいっ!」と答える。

 

其の姿を見た私が笑顔を浮かべて居ると、其の姿を見たマルゲリータが“意味深”な声で……

 

 

 

「此の西住さんと嵐の表情は…と言う事は、やっぱり時雨が言った通り“嵐は西住さんにラブラブ”なんだ!」

 

 

 

「ふえっ!?」

 

 

 

再度の“爆弾発言”に西住隊長が動揺する中、私は顔を真っ赤にし乍らマルゲリータ目掛けて……

 

 

 

『いや、其れは違う!其れに西()()()()()()()()()()()()()()()…嗚呼っ!?』

 

 

 

「「「ええっ!?」」」

 

 

 

其の瞬間、会場に居た大洗女子&アンツィオ高の戦車道チームメンバーからの驚愕の叫びを聞いて、“自爆発言”をやった事に気付いた私が頭を抱え込んだ処、マルゲリータが「えっ!?秋山先輩って、時雨が言っていた“オッドボール三等軍曹”の事!?」と、私にツッコンだ処、二人の“チームメイト”が……

 

 

 

「ピンポーン!」

 

 

 

「其の通りであります!」

 

 

 

『秋山先輩は兎も角、ののっち(瑞希)、其処で口を挟むな!』

 

 

 

話を更なる混沌へ導こうとする二人目掛けて、私が牽制をするが其処へマルゲリータが“腹黒い笑み”を浮かべつつ「あら~。嵐の“初恋”も、もう終わりかあ!?」と“余計なツッコミ”を入れて来た為、話に巻き込まれた西住隊長が動揺し乍ら「はわっ!?」と口走るのを見た私は『三人共、誤解を招くだけじゃなくて、西住隊長を巻き込む様な事を言わないで!?』と叫んだが、其処へ瑞希がマルゲリータに“更にトンデモ無い事”を耳打ちしたのだ。

 

 

 

「でも、マルゲリータ。実はね、嵐はもう新たな彼女を作っていて……」

 

 

 

『其れも言うな、“ののっち(瑞希)”!?』

 

 

 

“腹黒い笑み”を浮かべ乍ら話をしている二人目掛けて叫んだ私だったが、其れに構わず瑞希が近くに居た私達の仲間の一人を指差すと、マルゲリータに向けて更なる耳打ちをしたのだ!

 

 

 

「あそこに居る()が、今日の試合で嵐に告白した“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”のリーダー兼車長・澤 梓ちゃんよ♪」

 

 

 

すると、マルゲリータが目を見開いて「あら!?流石は“みなかみの美少女キラー*2!此の娘、嵐の好みにピッタリじゃない!?」と呟いた為、彼女の視線の先に居た梓が顔を真っ赤にして「ええっ!?」と叫び、周りに居た“ウサギさんチーム”メンバーは(何も語らない紗季を除く全員が)「「「ヒューヒュー!」」」と囃し立てる有様。

 

其の姿を見た私は恥ずかしさの余り『嗚呼っ!?其れを言わないでーっ!?』と絶叫し、其れが皆の笑いを誘っていたのだが…其処へマルゲリータがふと視線を会場の外れに移すとこんな事を言った。

 

 

 

「あっ…あそこにも戦車道が好きな“カップル(百合)”が居るわ♪」

 

 

 

『ぶっ!?』

 

 

 

マルゲリータの発言を聞いて思わず会場の外へ視線を向けた私は、其の光景を見て噴き出した。

 

其処には、カエサル先輩とアンツィオ高の副隊長の一人である“ひなちゃん”が何やら語り合っており、其の先には…エルヴィン・左衛門佐・おりょう先輩が盗み聞き!?

 

先輩方、一体何をして居るんですか!

 

つまり、“カバさんチーム”のメンバー三人がリーダーであるカエサル先輩と彼女の幼馴染である“ひなちゃん”の事が気になるのか、盗み聞きをして居る処がバレている光景が繰り広げられていたのだった。

 

丁度其の時、河嶋先輩が「各チームのリーダーは集まれ!パーティーの後片付けを手伝う手筈を決めるぞ!」と私達に呼び掛けたので、私は『マルゲリータ、色々と言いたい事はあるけど、そろそろ行かないと』とマルゲリータに話すと、彼女は頷き乍らこう答えた。

 

 

 

「嵐、さっきは変な事を言って御免。此の大会が終わったら、必ず練習試合をやろう!」

 

 

 

『うん!』

 

 

 

「あっ…其れと漸く気付いてくれたね。今の私は“マルゲリータ”だって事!」

 

 

 

『だって、自分で言っていたじゃん!』

 

 

 

「そうだったね!でも今の名前で呼んでくれて有難う!」

 

 

 

 

 

 

そしてマルゲリータは嵐と別れた後、同じ様に幼馴染のカエサルと別れた“ひなちゃん”の所へやって来た。

 

 

 

「先輩、漸く皆に“マルゲリータ”の名前を覚えて貰える様になりました」

 

 

 

マルゲリータが安堵し乍ら呟くと“ひなちゃん”はこう答える。

 

 

 

「そうね…じゃあ、私は“カルパッチョ”で!」

 

 

 

するとマルゲリータが“驚きの表情”を浮かべ乍ら先輩へ問い掛けた。

 

 

 

「あれ?“カルパッチョ”先輩。其のソウルネーム(魂の名前)は嫌いだから使って欲しくないって言っていたじゃないですか!?」

 

 

 

其れに対して、彼女は笑顔でこう返す。

 

 

 

「うふふ…でも、“たかちゃん”も今は“カエサル”だって言っていたから。其れに貴女も“マルゲリータなんてソウルネーム(魂の名前)は一寸苦手”って言っていたじゃない?」

 

 

 

先輩からの問い掛けに、マルゲリータも笑顔で「入学した頃は、そう思った事もありましたね。でも、今は気に入っています」と答えると、カルパッチョも「私もよ。御互い、漸く此のチームの一員になった気がするね♪」と語った処、マルゲリータが「(スィー)!*3」と答えた後、二人は揃って前方に見える夕焼け空を眺めて居た。

 

 

 

だが其処へ、アンチョビ隊長が声を掛けて来る。

 

 

 

「おい、マルゲリータ!ペパロニが()()()()()って言っているぞ!」

 

 

 

そして、彼女が連れて来たもう一人の副隊長・ペパロニの姿を見たマルゲリータは“自分が試合中、隊長へ言った事”を思い出し、震え上がった。

 

 

 

「不味い…私試合中、ドゥーチェ(統帥)に無線で、ペパロニ先輩の事を“地図も読めないバカ”って言っちゃったんだ!」

 

 

 

思わず、其の事を口に出してしまった彼女の言葉を聞いて、カルパッチョは「其れ…ペパロニにキチンと謝らないと不味いわよ?」と小声でアドバイスすると、マルゲリータは大きく首を縦に振ると、ペパロニ先輩の前で謝罪した。

 

 

 

「ペパロニ先輩、ドゥーチェ(統帥)に無線で先輩の事を“地図も読めないバカ”と言ってしまい、本当に申し訳ありませんでした!」

 

 

 

処が、当のペパロニは…

 

 

 

「いや、其の事なんだが……」

 

 

 

と、済まなそうな声でマルゲリータに話し掛けて来た為、彼女と隣に居るカルパッチョは互いに「「えっ!?」」と呟き乍ら当惑気味の表情で話を聞いて居ると、何とペパロニはマルゲリータの前で土下座をしてから、大声で()()を始めたのだ。

 

 

 

「“マルゲリータ”、アタシこそ済まなかった!実は御前の言う通り、アタシはロクに地図が読めないから十字路にデコイを置く時、一緒に“カルロ・ヴェローチェ( CV33 )”に乗って居たアマレットに位置確認を丸投げしていたんだ!」

 

 

 

「「ええっ!?」」

 

 

 

ペパロニが語る“まさかの真実”に二人が驚愕する中、今度はアンチョビ隊長が“此処へペパロニを連れて来た理由”を説明する。

 

 

 

「其れにな…ペパロニは“マカロニ作戦”がバレた時も直ぐ報告しなかったから、さっき迄私が説教していたんだ」

 

 

 

「「ええ……」」

 

 

 

“余りにも情け無いペパロニの所業”を知って呆然とするカルパッチョとマルゲリータを余所に、当人は土下座をした儘、こう叫ぶのだった。

 

 

 

「だから、“マルゲリータ”!御願いが有る!私にも地図が読める様に教えて欲しいんだ!頼む!」

 

 

 

其れに対して、マルゲリータは当惑気味の声でこう答えるのだった。

 

 

 

「あの…私、()()()ですけれど、其れでも宜しければ」

 

 

 

すると、ペパロニは目を輝かせ乍らマルゲリータの両手を握って、礼を述べた。

 

 

 

「有難う!恩に着る!」

 

 

 

そして笑顔を浮かべるペパロニに対して、マルゲリータは不安気な表情を浮かべつつ小声で呟いた。

 

 

 

「良いのかなあ…?」

 

 

 

すると、“ドゥーチェ(統帥)”・アンチョビが彼女に小さく耳打ちをする。

 

 

 

「良いんだよ…と言うか、()()()()()の中でしっかり(良識派)しているのは御前しか居ないから。だから、ペパロニの教育係の件、宜しく頼む」

 

 

 

其れに対して、敬愛する隊長からもペパロニの件を頼まれたマルゲリータは、小さく溜め息を吐き乍ら、小声でこう答えたのだった。

 

 

 

はい()……」

 

 

 

如何やら、大会後もアンツィオ高校は色々と多難山積の様である……。

 

 

 

 

 

 

其の頃、此処は観客席の外れに在る広場。

 

応援団と別れた“中等部四人組”や“大洗のアイドル”磯前 那珂ちゃんに引率されて来た大洗町の児童養護施設の子供達も合流して明美の秘書・淀川 清恵やサンダース大付属・聖グロ・マジノ女学院の隊長達と話している中、“マルゲリータ(鳳姫)”の母・大姫 龍江は悔しそうな表情で夕焼け空を見詰め乍ら大声を上げた。

 

 

 

「ああ…アンツィオ高校の悲願“ベスト4への夢”は、又来年迄御預けかあ!」

 

 

 

其の姿を見た明美が「まあまあ“龍っちゃん(龍江)”、落ち着いて♪」と呟き乍ら彼女の肩を叩くと、彼女は“何かを思い出した”らしく、気持ちを切り替えて明美へ問い掛ける。

 

 

 

「そや、“あけみっち(明美)”。大洗の次の相手は、確か去年の優勝校・プラウダ高校対ヴァイキング水産戦の勝者やったな?」

 

 

 

其れに対して明美が「うん、其の試合は明日行われるけど?」と返すと、龍江は吹っ切れた声で「じゃあ、ウチも明日は首都テレビの実況生中継を……」と言い掛けた時、近くで長門が自分のスマホの画面を見乍ら難しい顔をして居るのに気付き、声を掛けた。

 

 

 

「如何したんや、“ながもん(長門)”。難しい顔して?」

 

 

 

すると、長門は複雑な表情を浮かべた儘、周りに居る明美や龍江達に向けて“今、気になって居る事”を告げた。

 

 

 

「其のプラウダ対ヴァイキング水産の試合なんだが…()()()()()()()()()

 

 

 

長門の言葉に、先ず明美が心配気な声で「如何したの?まさかプラウダが負けるとか?」と問うが、彼女は首を横に振り乍ら「いや、()()()()()()()()()()だろうが…皆、此れを見てくれ」と告げた後、自分のスマホの画面を明美達に見せた。

 

すると、其の画面を見た者達は一斉に「「「えっ!?」」」と驚きの声を上げる。

 

其れには、幾つかの画像とセットで「首都新聞Web・スポーツ特集」と書かれた記事が映っており、一番上の見出しには「第63回戦車道全国高校生大会二回戦第四試合・プラウダ高校(青森県代表)対ヴァイキング水産(岩手県代表)戦展望」と書かれていたが、其の直ぐ下に、大きな文字でこう書かれてあったのだ。

 

 

 

「前回大会優勝校・プラウダ高校の()()に死角有り?大会連覇に向けて真価が問われる対ヴァイキング水産戦」

 

 

 

其の記事を見た全員が驚く中、長門は厳しい表情でこう語る。

 

 

 

「此の特集記事にも詳しく書かれているんだが…昨年の大会覇者であるプラウダは、一回戦でボンプル高校に勝ったものの“フラッグ車を狙撃される”と言う“失態”を犯した為、周囲から『連覇に黄信号が点灯した』と言われているんだ」

 

 

 

其れに対して、明美が納得した表情を浮かべると「つまり、“去年の決勝戦の内容”が内容なだけに“あれは()()()()()()()だ”とか“あんな()()()()()()は王者じゃ無い”と思う人が増えているのね」と語った処、龍江が頷き乍らこう語った。

 

 

 

「“首都テレビの戦車道高校生大会特番”でも、プラウダ高校は去年の決勝戦で起きた出来事の所為で“今大会の悪役(ヒール)扱いされとるからなあ…まあ、去年の事を考えると“しゃー無い”とは思うけど」

 

 

 

すると、長門が二人の発言に頷き乍ら話を続ける。

 

 

 

「其の上、二回戦の相手であるヴァイキング水産はプラウダの本籍地青森県の隣県・岩手県の学校…つまり、プラウダは()()()()()()()()()()()を相手に只勝つだけで無く“絶対的な力の差を見せて勝つ”必要が有るんだ。そうなると試合中にプラウダが無理をして勝ち急いだ結果()()が起こる展開になっても不思議じゃ無い」

 

 

 

其処で話を聞いて居た龍江が「“ながもん(長門)”…こんな時に()()()()()言うたらアカンやろ!?」と長門を嗜めるが、其れに対して、明美が普段の楽天的な表情とは対照的に真面目な表情を浮かべつつ龍江に向けて話し掛ける。

 

 

 

「“龍っちゃん(龍江)”、こう言う時の“ながもん(長門)”の一言は“フラグ”になるって言うのを忘れたの?」

 

 

 

すると、其れ迄“大洗女子学園中等部四人組”や那珂ちゃん達と談笑していた清恵が心配気な声でこう語ったのだ。

 

 

 

「私も()()()()がします。こんな時の長門さんの“危機を読み取る感覚”って鋭いですから。其れに“首都テレビの戦車道全国高校生大会特番”で、去年の大会決勝戦で起きた()()が広く知られていますから、プラウダの事を快く思っていない人も多いみたいですし」

 

 

 

其の言葉に、此の場に居合わせた者達は皆「「「若しかすると……」」」と思い、明日の試合が無事に終わる事を心から祈ったのだが…其れも虚しく、翌日行われた「プラウダ高校対ヴァイキング水産」の試合で、長門が懸念した通りの()()が起こったのである。

 

 

 

(第65話、終わり)

 

 

*1
皆さんもそう思いませんか?(笑)

*2
原園 嵐のみなかみ時代のもう一つの異名。

*3
イタリア語で「はい!」と言う意味。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第65話をお送りしました。

と言う訳で、今回は試合後の“アンツィオ名物・ビュッフェパーティー・食べ放題&飲み放題”で御座いました。
そして、嵐とマルゲリータの間の蟠りも解消され、群馬みなかみタンカーズ時代の嵐のエピソードと共に“大洗女子へ進学した事による嵐の変化”も語られて、大洗女子とアンツィオの皆も打ち解ける中……
今回も“女の子にモテる嵐”の性格がドえらい事態を招く結果に(爆笑)。
まあ、嵐ちゃん主人公だもの、ちかた無いね(迫真)。
一方、マルゲリータも“試合中の発言(笑)”でペパロニから怒られると思ったら、逆に先輩達から頼られる事態に…まあ、彼女は良い意味でアンツィオの校風に染まり切っていない“真面目な娘”なので、今後もこう言う場面が増えるでしょうね。
まあ、マルゲリータは苦労人なんです。ちかた無いね(キリッ)。

しかし此の後、大洗女子を待ち受けている準決勝の相手を決める試合で“想定外の事態”が!
一体、其の試合で何が起きたのか!?

其れでは、次回をお楽しみに。



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第65.5話「準決勝への序曲です!!」


今回は嵐ちゃんと西住殿が出ない為、番外編になりますが、本作オリジナルの展開が含まれていますので、是非読んで頂けますと幸いです。
其れでは、どうぞ。

其れと…本投稿日に開催される10周年記念の上映会、翌日の仕事の都合で行けないであります(泣)。



 

 

 

此処は、“第63回戦車道全国高校生大会第二回戦・「プラウダ高校(青森)対ヴァイキング水産高校(岩手)」”の試合会場。

 

 

 

 

 

 

「ヴァイキング水産高校フラッグ車・Nbfz(ノイバウファールツォイク)、走行不能!よってプラウダ高校の勝利!」

 

 

 

「試合終了!二回戦最後の試合となった青森県代表・プラウダ高校と岩手県代表・ヴァイキング水産高校による“()()()()()()()()”は、昨年の大会覇者プラウダ高校が()()でヴァイキング水産高校の戦車10輌を全滅させて勝利。準決勝進出です!」

 

 

 

試合会場に場内アナウンスが流れた後、此の試合の実況を担当した首都テレビアナウンサー・飯塚 武司が改めて試合結果を全国の御茶の間へ向けて告げてから、解説担当の軍事研究家兼戦車道解説者・斎森 伸之へ話し掛ける。

 

 

 

「解説の斎森さん。此の試合は会場の地形や戦車の性能面でプラウダ高校が圧倒的有利な中、ヴァイキング水産高校は市街地エリアの建物を盾にしたゲリラ戦を展開しようとしたのですが、プラウダ高校は其れを許しませんでしたね!」

 

 

 

其れに対して、斎森は落ち着いた口調でこう答えた。

 

 

 

「はい。此の試合は会場が雪解け後の泥濘に囲まれた市街地で、泥濘地での機動力に劣るフランス製のソミュアS35やオチキスH35戦車を抱えるヴァイキング水産高校に対して、プラウダ高校が持つ旧ソ連製戦車は泥濘地での機動力だけで無く攻撃力や防御力も圧倒的優位でしたから、ヴァイキング水産高校は市街地に立て籠もる事で活路を見出そうとしたのですが、プラウダ高校は152㎜榴弾砲を持つKV-2や122㎜加濃(カノン)砲を持つIS-2重戦車で文字通り相手を“()()”しましたね」

 

 

 

其れに対して飯塚は「はい」と答えた後、斎森の隣に座って居る()()()()に向けて話し掛ける。

 

 

 

「そして()()()()()()()()として御越し頂いて居る“ニュージェネレーションズ”本田 未央さん、今日の試合を如何御覧になられましたか?」

 

 

 

すると、未央は持ち前の“元気一杯な声”で「私もプラウダ高校のKV-2や副隊長のノンナ選手が駆るIS-2がヴァイキング水産の戦車を隠れていた建物ごと砲撃して撃破するシーンを見て“凄い!”と思いました!」と返事をした処、斎森がこう語った。

 

 

 

「あの凄まじいパワーこそ、プラウダ高校が持つ()()()()()()()()()()ですからね」

 

 

 

そんな二人の会話に対して飯塚は「全く其の通りですね」と相槌を打ったのだが…其の直後、彼は実況映像に“異変”が起きた事に気付く。

 

 

 

「おや…ヴァイキング水産のⅢ号戦車N型・1号車の様子がおかしいですね?」

 

 

 

すると実況を聞いて()()()()()()()()に気付いた斎森が状況説明をする。

 

 

 

「此のⅢ号戦車N型は試合終盤に、プラウダ高校のKV-2重戦車からの砲撃で隠れていた建物ごと撃ち抜かれて、其の儘建物の瓦礫の下敷きになっていた筈ですが?」

 

 

 

其れに続いて、飯塚が実況映像に映っている様子を説明する。

 

 

 

「今、撃破されて白旗を掲げた状態のⅢ号戦車N型・1号車の周りにヴァイキング水産の選手達や戦車道連盟の審判団が()()()()()()()を浮かべ乍ら集まって来て居ます…何か有ったのでしょうか?」

 

 

 

実況映像で緊迫した様子が流れているのを見た未央が手で口を押さえた儘声を出せずに居る中、突然実況席に若い女性の声が飛び込んで来た。

 

 

 

「飯塚さん、真鍋です!」

 

 

 

すると其の声に対して、飯塚が反応する。

 

 

 

「大会本部に居るリポーターの真鍋(まなべ) (のどか)*1アナウンサー、何か有りましたか?」

 

 

 

其れに対して、全国の御茶の間のTV画面が“眼鏡を掛けたショートカットの若い女性”の姿を映し出した直後、彼女が緊迫した声で“実況映像に映って居た状況の説明”を始めた。

 

 

 

「ヴァイキング水産高校のⅢ号戦車N型・1号車ですが、先程のプラウダ(KV-2)高校の攻撃で()()()()()()が出た模様です!」

 

 

 

「「えっ!?」」

 

 

 

真鍋からの()()()()()()を聞いて驚愕の叫び声を挙げた斎森と未央を余所に、飯塚は実況担当らしく“冷静な口調”で大会本部に居る真鍋へ向けて問い掛けた。

 

 

 

「真鍋さん、詳しい状況は分かりますか!?」

 

 

 

其れに対して、真鍋は緊張した声で報告を続ける。

 

 

 

「詳しい事は分からないのですが、如何やら5人居るⅢ号戦車N型の乗員の内2人がプラウダ高校の重戦車・KV-2の攻撃で崩れた建物の瓦礫に当たって頭等に怪我をしている様です…あっ!たった今、戦車道連盟審判団からの要請で大会本部近くの仮設ヘリポートに待機して居た陸上自衛隊のUH-60JAヘリコプターに救急出動命令が出ました!此れから現場に向かって怪我をしたヴァイキング水産の選手を収容後、近くの病院へ緊急搬送する模様です!

 

 

 

すると飯塚が「分かりました!真鍋さん、此の後何か情報が入り次第、此方へ御伝え願えますか!?」と呼び掛けると、真鍋も「分かりました!」と返事をした後、大会本部に居る真鍋の姿を映していたTV画面が実況席の様子に切り替わった時、飯塚が解説者の斎森に向けて問い掛ける。

 

 

 

「斎森さん、大変な事になりましたね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()昨年の決勝戦(みほの人命救助)”以来と言う事になりますが……

 

 

 

其れに対して、斎森は隣で口を手で押さえた儘真っ青な顔になって居る未央に視線を向けた後、ゆっくりとした声で答えるのだった。

 

 

 

「そうですね。何れにしても、今はヴァイキング水産高校の選手の怪我の程度が軽い事を祈りたいと思います」

 

 

 

其の後、飯塚が「其れでは、此処で一旦CMを挟みます」と告げた後、試合の実況は中断した……

 

 

 

 

 

 

戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない

 

 

 

第65.5話「準決勝への序曲です!!」

 

 

 

 

 

 

其れから五日後、雪が舞い散る北の海を航行中のプラウダ高校学園艦内・応接室。

 

校舎の中とは思えない程重厚感溢れる室内に、二人の少女が丸机を挟んで座って居る。

 

一方は“旧ソ連軍の軍服”をモチーフにしたと言われるプラウダ高校の制服を着用しているのに対して、もう一人は青いブレザーが特徴の聖グロリアーナ女学院の制服を着ており、彼女が此の部屋に招かれた()()である事を示していた。

 

此の二人こそ、プラウダ高校戦車道チーム隊長・カチューシャと聖グロリアーナ女学院戦車道チーム隊長・ダージリンであった。

 

何方も“高校戦車道四強(黒森峰・プラウダ・サンダース・聖グロ)”の一角を占める強豪校の隊長に相応しい実力者である。

 

其処へ、カチューシャと同じプラウダ高校の制服を着た長身の美少女がロシアンティーと御菓子を持って二人の座って居る丸机の前に現れる。

 

プラウダ高校戦車道チーム副隊長・ノンナであった。

 

すると彼女は、此の部屋の客人であるダーリジンに“挨拶代わりの言葉”を贈る。

 

 

 

「準決勝は残念でしたね」

 

 

 

そう…先日行われた“第63回戦車道全国高校生大会・準決勝第一試合「黒森峰女学園(熊本)対聖グロリアーナ女学院(神奈川)」”の一戦で、ダージリン率いる聖グロリアーナ女学院は黒森峰に対して“隊長兼フラッグ車同士による一対一の決戦”を挑もうとしたものの、後一歩及ばず。

 

逆にダージリンが乗る隊長兼フラッグ車のチャーチル歩兵戦車を撃破されて、惜しくも敗れたのだ。

 

其処へ、カチューシャも勝気な口調で「去年カチューシャ達が勝った所(黒森峰)に負けるなんて!」と声を掛けたが、ダージリンは落ち着いた声で「“勝負は時の運”と言うでしょ?」と軽く()なしたのだった。

 

だが…冷静に答えたとは言え、後一歩の処で黒森峰戦車道チーム隊長・西住 まほを倒せなかった悔しさは如何許(いかばか)りだろうか?

 

すると、二人の間に立って居たノンナが「どうぞ」と、トレイに載せて持って来たロシアンティーとジャムを薦めた処、ダージリンは笑顔で「有難う、ノンナ」と答えた。

 

其れに対して、ノンナが「いいえ」と挨拶した後、ダージリンがジャムをロシアンティーに入れて溶かそうとした処、カチューシャが其れを見咎める。

 

 

 

「違うの!ジャムは中に入れるんじゃないの。()()()()()()()()()のよ」

 

 

 

そして、自ら“ロシアに於けるロシアンティーの正式な飲み方*2”を実践して見せたのだが、其処へノンナが一言……

 

 

 

「付いてますよ」

 

 

 

「余計な事を言わないで!」

 

 

 

カチューシャの口元にジャムが付いているのを教えたノンナに対して、彼女は怒り顔で文句を言うが、ノンナは微笑み乍ら受け流しているし、カチューシャ自身も本気で怒ってはいないらしい。

 

如何やら此の二人は“隊長と副隊長”と言う立場を超えた“強固な信頼関係”を築き上げている様だ…尤も、二人は体格差から来る雰囲気が余りにも対照的なので“姉妹”と言うよりも“親子”と言った方が相応しいが。

 

其処へ、ノンナがダージリンに“御菓子”が盛られた皿を差し出し乍ら“御菓子の中身”を説明した。

 

 

 

「ピロージナイェ・カルトーシカ*3をどうぞ。ペチェーニエ*4も」

 

 

 

其の説明を聞いたダージリンは微笑み乍らロシアンティーを口にした後、二人に向けて()()()()をした。

 

 

 

「次は準決勝なのに、余裕ですわね…二回戦のヴァイキング水産戦では()()()()があったのに」

 

 

 

すると、カチューシャは一瞬だけ表情を固くしたが、此処でノンナが落ち着いた口調で、ダージリンの質問に答えた。

 

 

 

「幸い、負傷したヴァイキング水産の選手二人は共に全治三日間の軽傷でした。頭部を負傷したので脳の後遺症が心配されましたが、病院での精密検査の結果も異常が無かった為、昨日退院したとの報告を受けています」

 

 

 

そして落ち着きを取り戻したカチューシャも笑顔で「流石に“事故が起きて負傷者が出た”と知った時は驚いたけれど、大事に至らなくて良かったわ。チームの皆も今は落ち着いているし、次の準決勝は何の問題も無いわ」と語り、“チームの士気に問題は無い”点を強調した処、ダージリンは再び二人へ向けて問い掛ける。

 

 

 

「練習しなくて良いんですの?」

 

 

 

其れに対してカチューシャは両手を広げつつ余裕たっぷりの声で「燃料が勿体無いわ…相手は聞いた事も無い弱小校(大洗女子)だもの」と答えたが、ダージリンは更なる問い掛けを発する。

 

 

 

「でも、隊長は家元(師範)(むすめ)よ…西()()()の」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

ダージリンからの「西住流」の一言に反応したカチューシャは驚きの声を上げると傍に控えていたノンナに向かって「そんな大事な事を何故先に言わないの!?」と叫んだが、彼女は冷静な口調で「何度も言ってます」と答える。

 

其れに対してカチューシャが「聞いて無いわよ!?」と言い返した処へダージリンが「但し、(みほ)の方だけれど」と付け加えた瞬間、カチューシャは「えっ!?…何だ♪」呟き乍ら、ホッとした表情を浮かべた。

 

 

 

そう…去年の“第62回戦車道全国高校生大会・決勝戦”で、川に落ちた黒森峰のⅢ号戦車J型の乗員を救出する為、当時黒森峰の副隊長だった西住 みほが川へ飛び込んだ後、彼女が降りた黒森峰のフラッグ車・ティーガーⅠ型重戦車への砲撃を命じた結果、プラウダ高校戦車道チームに優勝を(もたら)した“()()()”が彼女なのだから。

 

 

 

そんな彼女の表情を見たダージリンは微笑み乍ら、みほの近況について「黒森峰から転校して来て、無名の学校(大洗女子)を此処迄引っ張って来たの」と語った処、カチューシャは笑顔でこう返した。

 

 

 

「そんな事を言いに態々来たの…ダージリン?」

 

 

 

其れに対して、ダージリンも笑顔で「まさか。美味しい紅茶(ロシアンティー)を飲みに来ただけですわ」と答えたのだが…彼女は心の中でこう呟くのだった。

 

 

 

「慢心しているわね、カチューシャ…そう言う事なら、みほさんの傍らに忠実な騎士(原園 嵐)が居る事は言わない方が良いわね。尤もノンナは既に彼女()をマークしているでしょうけれど」

 

 

 

 

 

 

其れから30分後。

 

ダージリンが帰った後、カチューシャとノンナは二人だけで()()を交わしていたが、其の内容はダージリンに語った物とは全く異なり、二人共準決勝へ向けての不安を抱えている事を感じさせた。

 

 

 

「ダージリンの前では上手く取り繕ったけれど…正直参ったわね。プラウダの皆を報道被害から守る為にやった()()を逆手に取られるとは」

 

 

 

先ずカチューシャが一言呟いた後、彼女は二回戦翌日の「首都新聞」朝刊・スポーツ欄に大見出しで書かれた()()()()()をノンナに見せる。

 

 

 

「プラウダ高、前回大会での“()()”に続いて、今度は対戦校の選手を負傷させる」

 

 

 

「対戦相手の選手の負傷すら厭わずに勝利を狙うプラウダ高を率いる“暴君・カチューシャ”…彼女達に“王者”の資格は有りや?」

 

 

 

其れを見たノンナが「申し訳有りません、カチューシャ」と答えたが、カチューシャは静かな口調で「いいのよ」とノンナを慰めた後、“今のプラウダ高校戦車道チームを取り巻く状況”について語る。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()の後、多くのメディアが手段を選ばず私達を叩いた中で“首都新聞と首都テレビ”だけは他のメディアによる強引な取材を批判して間接的に私達を守ってくれた。あの時は“日本にも良心的なメディアは有る”と思ったけれど、今にして思えば“此の時”を待っていたのかもね」

 

 

 

其れに対して、ノンナも頷くと「確かに。首都新聞と首都テレビは大会直前になってから我々の事を()()()()()()と位置付けて報道していましたから」と“首都テレビと首都新聞の報道姿勢の変化”を指摘した処、カチューシャも頷き乍らこう指摘した。

 

 

 

「多分、今年から全国大会の“特別後援社”になった首都新聞と大会の実況中継を独占している首都テレビは“去年の決勝戦での事件に続いて、ヴァイキング水産戦で怪我人を出した私達が大会を連覇すれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思っているのでしょうね」

 

 

 

其の指摘に対して、ノンナは苦い表情を浮かべ乍ら「其れは厄介ですね…彼らの主張は()()()()()()とは違って“()()()()()()()”だけに、私達も反論が出来ません」と答えると、カチューシャは表情を引き締めて、こう結論付けるのだった。

 

 

 

「となると、次の準決勝は“無名校・大洗女子に対して()()()()()()()()()()()()()()()()()”事が求められるわね…中々難しいけど、こうなった以上はやるしかないわ」

 

 

 

其の結論を聞いたノンナは「はい」と答えた後、一言付け加える。

 

 

 

「其れとカチューシャ、大洗女子ですが」

 

 

 

其れに対して、カチューシャ「何?」と問い掛けると、ノンナは真剣な口調でこう語る。

 

 

 

「あそこには西住 みほの他にもう一人、()()()()()が居ます…“みなかみの狂犬・原園 嵐”。東日本の戦車乙女達の間で、彼女の名前を知らない者は居ません」

 

 

 

すると、カチューシャは少し考えた後で「原園…ああ、強襲戦車競技(タンカスロン)の昨シーズン最終戦でボンプル高のヤイカと決闘して勝った()?でも、所詮は()()()()()()()で名を売っただけでしょ?」と答えたが、ノンナは小さく頷き乍らも次の様に反論した。

 

 

 

「ですが、彼女()は昨年の全国中学生大会でも“群馬みなかみタンカーズ”のエースとして大会初出場のチームを準優勝に導いています。侮るのは危険です」

 

 

 

だが、カチューシャはノンナの反論に対して冷静な口調でこう答える。

 

 

 

「でも、みなかみタンカーズは其の大会の決勝戦で黒森峰中等部の“()()”五代 百代にフラッグ車を撃破されて負けたでしょ?なら、今の私達でも対処出来るわ」

 

 

 

其の答えを聞いたノンナは隊長の意見に納得したらしく、小さく頷くと「はい。愈々(いよいよ)となれば私が彼女()に直接引導を渡します」と返事をした処、カチューシャは済まなそうな声でこう答えたのだった。

 

 

 

「悪いわね…ノンナに負担をかける様な事になるけれど」

 

 

 

其れに対して、ノンナは毅然とした口調で「いいえ。私はカチューシャと共に在ります」と答えると、二人共“胸の(つか)えが取れた”かの様な笑顔を浮かべ合っていた。

 

 

 

だが、此の時二人は理解出来て居なかった…“みなかみの狂犬”原園 嵐の“()()”と“()()”を。

 

 

 

 

 

 

同じ頃、此処は東京・上野駅近くに在る首都新聞社・本社ビル内の“編集局・運動部”のオフィス。

 

同社編集局・運動部々長付の“戦車道担当・専属契約ライター”・北條 青葉が直接の上司である編集局・運動部所属のデスク・中田(なかた) 城一郎(じょういちろう)に問い掛けていた。

 

 

 

「中田さん…プラウダ高校に対する報道内容、()()とは言え“あれで良かった”のでしょうか?」

 

 

 

其れに対して、彼は微笑み乍ら(おど)けた声で「何、アレは首都テレビの番組プロデューサーから“プラウダ高校に関しては、あの()()()()で報道して欲しい”と言われていたんでな」と答えた処、突然青葉の後ろから別の人物が話し掛けて来た。

 

 

 

「そうそう、俺が大学時代の後輩でもある“ジェイムズ(中田)*5”に頼んだんだよ♪」

 

 

 

其の声に驚いた青葉が「えっ!?」と叫び乍ら後ろを振り向くと、其処にはパンチパーマにサングラスを掛けた顔で“如何見ても何処かのヤクザの若頭にしか見えない男”が立っていた。

 

其の姿を見た青葉は表情を凍り付かせたが、其れに対して中田は困り顔で“パンチパーマの男”に向けて答える。

 

 

 

「八坂先輩…“ジェイムズ(中田)”と呼ぶのは止めて下さいよ。幾ら俺の母親が英国人だからって、其のミドルネームは使っちゃいませんから」

 

 

 

其れに対して、彼は中田に向かって「いや、御前って“日本人と言うよりも()()()と言った方が良さそうな彫りの深い顔”だし」と笑顔で返した処、落ち着きを取り戻した青葉が“パンチパーマの男”の正体に気付いて声を掛けた。

 

 

 

「あの…失礼ですが、貴方は首都テレビ・スポーツ部プロデューサーで、今年の戦車道全国高校生大会の実況中継で総合プロデューサーを担当している八坂(やさか) 信夫(のぶお)さんですか?」

 

 

 

すると八坂は笑顔で頷いた後「やあ!君が“ジェイムズ(中田)”の下で戦車道全国高校生大会の記事を書いている青葉ちゃんだね。君の書く記事は中々鋭いから何時も読んで居るよ」と語った処、青葉は「有難う御座います」と答えて一礼した後、彼に向かって問い掛けた。

 

 

 

「其れで、八坂さんに質問があるのですが…何故、プラウダ高校を()()()()()()と言う姿勢で報道しているのですか?幾ら去年の決勝戦の事が有るとは言え、何だか彼女達を虐めている様な気がして……」

 

 

 

すると、八坂は苦笑いを浮かべつつ「いや…別にプラウダ高の子達を虐めている心算は無いんだけどね」と語った後、真面目な口調で答えた。

 

 

 

「でも青葉ちゃん。“視聴者目線”で考えて御覧?試合中の事故とは言え、“()()()()()()が大会を勝ち進んで行くのを見るのが()()()”かい?」

 

 

 

「其れは……」

 

 

 

八坂からの指摘に意表を突かれた青葉が口籠っていると、彼は「まあ、こっちとしても“()()()()()()()()なのは事実”だけどね、嘘を吐いている訳じゃ無い」と前置きした上で“首都新聞・首都テレビと戦車道全国高校生大会を取り巻く関係”について説明し始めた。

 

 

 

 

 

 

昨年の第62回戦車道全国高校生大会でプラウダ高校が優勝後、対戦相手だった黒森峰女学園の優勝を当て込んで今後の宣伝方針を決めていた為に“予定”を狂わされた国内各メディアが“プラウダ高校叩き”に狂奔する余り、試合には無関係だったプラウダ高の一般生徒を狙って“()()()()()()()”を行っていた事実が“首都新聞”と“首都テレビ”によって大きく報じられて()()()()()を集めた結果、此の事態を重く見た日本戦車道連盟は国内各メディアに対して“()()()()()()()()()()”を要請。

 

そして“()()()()()()()”を行ったメディアに対する()()()()()()()()()()を兼ねて、此の件で冷静な報道姿勢を貫いた“首都新聞社”を今年の第63回戦車道全国高校生大会から“大会の特別後援社”に起用すると同時に、同社との間で“日本戦車道連盟が管轄する全ての公式試合の独占配信権に関する契約”を締結。

 

此れにより首都新聞社は“戦車道の公式試合を独占的に配信する権利”を得ると同時に、TV放送に関する権利も関連会社の首都テレビが独占する事となったのである。

 

此れは今迄「スポーツコンテンツが弱い為、読者と視聴者が中々増えない」と言う弱点を抱えていた首都新聞社と首都テレビに取っても“メリットが有る”と受け止められていた。

 

 

 

 

 

 

「と言う訳で、此れを機会に我々首都テレビと首都新聞社は二年後の開催が有力視されている“戦車道世界大会の日本開催”と“来年度に予定されている戦車道プロリーグ開幕”を見据えて“日本での戦車道人気を盛り上げよう”と様々な施策を打つ事になった…我々としても、戦車道人気を盛り上げる事で高校生大会のTV視聴率と新聞購読者を増やして“長年続いて来たTV視聴率と新聞発行部数のランキング万年四位からの脱出”に繋げたいからね

 

 

 

そんな八坂の説明を聞いた青葉は頷き乍ら「と言う事は…世間では戦車道も“スポーツの一種”と見做されている以上、戦車道人気回復の為には()()()()()()()()()()()()()()()()って事なんですね」

 

 

 

すると八坂は“我が意を得たり”と言わんばかりの表情で「青葉ちゃん、良く分かっているじゃないの♪」と褒めた後、こう語った。

 

 

 

「其れに考えて御覧…此の儘行くと今大会の決勝戦は“前回大会決勝戦で仲間達の命を助けた副隊長(みほ)を追い出した黒森峰”対“前回大会では人命救助に行った相手校の副隊長(みほ)が乗って居たフラッグ車を撃破して優勝した上、今大会では相手校の選手を怪我させてでも連覇を狙うプラウダ”って構図になるんだ…此の組み合わせ、ウチや戦車道連盟としては()()()()()()()も良い処だと思わないか?

 

 

 

「あっ!?」

 

 

 

八坂からの指摘の中に“今大会決勝戦で予測される懸念事項”が存在する事に気付いた青葉が声を上げると、其れ迄ずっと話を聞いて居た中田がこう指摘する。

 

 

 

「つまり、ウチが新たなスポーツコンテンツの柱として育てようとしている“戦車道の道”が()()()()()()()()()()()()()()と言う事さ」

 

 

 

其の指摘に対して青葉は心配気な表情で「今の儘だと“戦車道は選手の安全を考えない危険なスポーツ”と言う致命的なマイナスイメージを視聴者や新聞購読者に植え付けてしまう恐れが有るんですね」と語った処、二人の話を聞いて居た中田が小さく頷いた後、こう答えた。

 

 

 

「其の通りだ。だから我が社としては“試合中に対戦相手の選手の生命を軽視するプレイを繰り返すプラウダ高の戦い方は批判せざるを得ない”訳だ」

 

 

 

其れに対して八坂も二人に向かって「ああ」と同意の呟きを漏らしてから“意味深な事”を語り出した。

 

 

 

「だから俺は“今度の準決勝第二試合、()()()()()()大洗女子に勝って欲しい”と願っている。前回大会決勝戦からの流れを見ている限り、そうならないと戦車道ファンも大会実況中継の視聴者も()()()()()()んじゃないか?って気がするのさ

 

 

 

其の言葉を聞いた青葉が「其れって……」と呟くと、中田が苦笑いを浮かべつつ口を挟む。

 

 

 

「八坂先輩、だからと言って“()()()”は無しですよ。仮にやったらこっちの首を絞めるだけですから」

 

 

 

すると彼は(おど)けた口調で「当たり前だよ。俺は報道部出身のTVマンとして“嘘と捏造が一番嫌い”なんだ」と答えた後、こう付け加えたのだった。

 

 

 

「今の俺達に出来る事は…()()()()()()()()()()を、有りの儘の姿で全国の視聴者や新聞購読者へ伝えるだけさ」

 

 

 

(第65.5話、終わり)

 

 

*1
彼女の名前に心当たりが有る方は、私の同志です(笑)。

*2
一説によると、ロシアで此の様な飲み方をするのは「ジャムを直接紅茶に入れると紅茶が冷めてしまい、体を温められない」のを防ぐ為らしい。

*3
ロシア語で“ジャガイモ・ケーキ”と言う意味だが、実際はジャガイモは使わず、粉々にしたビスケット・スポンジ生地・パン粉等をベースにバター・練乳・牛乳で作ったクリームとココア等を混ぜてジャガイモの様な形にした旧・ソ連時代から有るスイーツ。

*4
ロシア語で“クッキー”を意味する。

*5
此の二つの名前にピンと来た方、直ちにFAF特殊戦第5飛行戦隊へ出頭せよ(笑)




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第65.5話をお送りしました。

さて、今回は番外編として本作オリジナルの展開である“準決勝目前のプラウダ高校”と“首都新聞・首都テレビ”の“内情”について色々と書かせて頂きました。
第二回戦で、対戦校の選手を怪我させていたプラウダ高。
此れによって、プラウダは次の準決勝・対大洗女子戦では“クリーン且つ圧倒的な力の差を見せて勝つ”必要が生じる事に…果たして、其の結末や如何に?
更に、其のプラウダ高を批判する論調を強める首都新聞・首都テレビ。
其の背後には、彼らが戦車道に関わる事になった理由と“戦車道人気回復”を図る事で視聴率や新聞購読者の増加に繋げる為にはプラウダの様な学校が強くなるのは不味いと言う判断が有りました。
そして、首都テレビが放送する高校生大会の実況中継を担当する八坂が意味深な事を。
今後、彼は何をやるのでしょうか?(ヒント・ラストの台詞)

其れでは、次回をお楽しみに。


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第66話「不穏な空気が漂っています!!」


今回は、ガルパンとは無関係な話を少々。
先月から放送が始まった「機動戦士ガンダム・水星の魔女」を見た処、まとめの方で「本作の元ネタはシェイクスピアの“テンペスト”では無いか?」と言う話題が有って、其れは其れで説得力が有ったので楽しめたのですが…個人的には、何故か「装甲騎兵ボトムズ」の雰囲気も入っているのではと言う気が。
特に、主人公であるスレッタとミオリネの関係性がキリコとフィアナを連想させるんですよね…しかもスレッタは自分の正体を知らないらしいし。
今後の展開次第では、スレッタが自分の正体を知ろうとした時に何が起きるのかが気になります…尤も、彼女の場合“異能生存体”と言うよりは“PS”の方が近そうですが。

其れでは、どうぞ。



 

 

 

“第63回戦車道全国高校生大会”を勝ち進んで来た私達・大洗女子学園が、昨年の大会覇者・プラウダ高校との準決勝戦迄後二日となった日の放課後。

 

学園の戦車格納庫では、明後日の試合に備えて自動車部々員が総出で戦車道チームの全戦車の整備を進めていた。

 

そんな中、自動車部々長・ナカジマ先輩が皆の前で“あんこうチーム”のⅣ号戦車について説明を行う。

 

 

 

「長砲身付けた(つい)でに外観も変えて置きました」

 

 

 

其れを聞いた秋山先輩が嬉しそうな声で「F()2()っぽく見えますね♪」と答え、続けて“ニワトリさんチーム”装填手・二階堂 舞も笑顔で「此れで火力も私達のM4A3E8(イージーエイト)や“カバさん”のⅢ突に負けなくなったね♪」と語った処、ナカジマ先輩も笑顔で「そうでしょ?」と返事をするのを見た皆も笑顔でⅣ号戦車の姿を見ていた。

 

実は、今回の自動車部による整備を機会に“あんこうチーム”のⅣ号戦車はオリジナルのD型からF2型(実際は此の形式名称で呼ばれたのは極短期間で、後に“G初期型”と改称したのだけど)仕様へと改装されたのだ。

 

其れに伴い、戦車砲が此れ迄の24口径75㎜砲KwK37から対アンツィオ戦直前に行われた学園艦内の戦車捜索の結果、旧・部室棟の庭で発見された“43口径75㎜砲KwK 40”に交換された他、追加装甲等多数の仕様変更が施された為、“あんこうチーム”のⅣ号戦車は此れ迄とはほぼ別物の戦車へ進化を遂げた。

 

更に、同様に戦車捜索で発見されてからレストアを進めていた新戦力・フランス製の“ルノーB1bis重戦車”も整備が完了。

 

此れで大洗女子学園・戦車道チームの戦力は大きくアップした。

 

一方、新たな愛車・Ⅳ号戦車F2型仕様の姿を見た西住 みほ隊長も「有難う御座いました、自動車部の皆さん」と御礼を言うと、ナカジマ先輩は嬉し気な口調で「いえいえ、まあ大変だったけど凄く遣り甲斐が有りました♪」と答えた処、“原園車輌整備”から自動車部員のサポートにやって来た張本 夕子さんが(おど)けた声で「刈谷さん(工場長)からの()()を受けた成果が出たね♪」と語ると、ナカジマ先輩は慌てた声で「いや~私達も未だ未だ未熟ですから!」と答えた時、其の慌てぶりに釣られて皆が一斉に笑い出した。

 

 

 

 

 

 

一方、盛り上がっている皆の姿を見た生徒会副会長・小山 柚子先輩は、傍らに居る生徒会広報・河嶋 桃先輩に向けて話し掛ける。

 

 

 

「Ⅳ号の砲身が変わって新しい戦車(ルノーB1bis)が1輌……」

 

 

 

其れに対して、河嶋先輩が「ソコソコ戦力の補強は出来たな」と答えた処、西住隊長が小山・河嶋両先輩に向けて問い掛ける。

 

 

 

「あのー、ルノー(B1bis)に乗るチームは?」

 

 

 

すると戦車格納庫の奥からやって来た“おかっば頭の生徒三人(風紀委員)が姿を現し、先頭に立つ少女が皆に向けて申告をした。

 

 

 

「今日から参加する事になりました、園 みどり子(ソド子)と風紀委員です。宜しく御願いします」

 

 

 

「御紹介に(あずか)りました、風紀委員の後藤 モヨ子(ゴモヨ)です。宜しく御願いします」

 

 

 

「同じく、金春 希美(パゾ美)です。宜しく御願いします」

 

 

 

そして三人が丁寧な御辞儀をして挨拶を済ませた処、相手の中に園先輩(ソド子)が居るのに気付いた麻子先輩が「あっ」と声を上げた時、目の前に角谷生徒会長が現れると皆に向かって園先輩(ソド子)の事を改めて紹介したのだが……

 

 

 

「略してソド子(園先輩)だ。色々教えてやってねー♪」

 

 

 

其の()()()()()()()に対して園先輩(ソド子)「会長、名前を略さないで下さい!」と叫ぶが、角谷会長は其れを無視しつつ西住隊長に向かってこう問い掛けた。

 

 

 

「何チームにしようか、隊長(みほ)?」

 

 

 

其れに対して、西住隊長は「えっ?…う~ん」と少し悩んだ後……

 

 

 

「B1bisって、()っぽく無いですか?」

 

 

 

其れに対して、私の傍に居た“ニワトリさんチーム”砲手・野々坂 瑞希(ののっち)が「えっ…西住隊長、まさかの()()()()?」と呟き、同じチームの副操縦手・長沢 良恵ちゃんが「“()”って…西住隊長、()()()()()()()()()()()()()()*1んじゃ!?」と呆れ声を上げたのを聞いた私が小声で『二人共…西住先輩、普段はあんな感じなの知っているでしょ?』と返事をした処、今度は角谷会長が“ノリの良い声”でこう答えた。

 

 

 

「じゃあ“()”に決定~♪」

 

 

 

此れに対して園先輩(ソド子)()ですか!?」と角谷会長に反論する中、今度は小山先輩が発言する。

 

 

 

「戦車の操縦は冷泉さん、指導してあげてね」

 

 

 

すると仰天した園先輩(ソド子)が「私が冷泉さんに!?」と叫んだのに対して、麻子先輩が何時ものぶっきら棒な声で「分かった」と答えた処、園先輩(ソド子)が彼女に詰め寄ると……

 

 

 

「成績が良いからって好い気にならないでよね!」

 

 

 

と叫んだのに対して、麻子先輩も眠そうな表情を変えない儘……

 

 

 

「じゃあ“自分で”教本見て練習するんだな」

 

 

 

と言い返した為、園先輩(ソド子)は「何無責任な事言ってんの!?ちゃんと分かり易く、懇切丁寧に教えなさいよ!」と怒鳴るが、麻子先輩は目を細めて「はいはい」とあしらった為、園先輩(ソド子)も「“はい”は1回でいいのよ!」と怒鳴り返すが、麻子先輩は相変わらずの口調で……

 

 

 

「はーい」

 

 

 

と返した結果、“此の儘だと二人が喧嘩を始めてしまう”と直感した“ニワトリさんチーム”操縦手・萩岡 菫が慌てて二人の間に割って入り、「園先輩(ソド子)、私も一緒に教えますから喧嘩は止めて下さい…冷泉先輩も挑発は止めて下さ~い!」と叫ぶ破目になった。

 

そんな三人の姿を小山先輩と共に見て居た河嶋先輩は溜め息を吐いた後、視線を私達に向けてから凛とした声で皆に“檄”を飛ばした……

 

 

 

「次は愈々(いよいよ)準決勝!しかも相手は去年の優勝校・プラウダ高校だ…絶対に勝つぞ!()()()()()()()なんだからな!」

 

 

 

「「「『!?』」」」

 

 

 

彼女からの()()()()()()()の一言に驚く私と“ニワトリさんチーム”の瑞希・菫・舞。

 

そう…私達“群馬みなかみタンカーズ組(嵐・瑞希・菫・舞)”は大洗女子学園で戦車道を始めるに当たり、私の母・明美と生徒会トリオ(杏・柚子・桃)から“此の戦車道高校生大会で優勝しないと学園が廃校になる”事を知らされているのだ*2

 

しかし、此の事は緘口令が敷かれている為、此の事実を知るのは私達“群馬みなかみタンカーズ組(嵐・瑞希・菫・舞)”4人の他には、生徒会で構成された“カメさんチーム”の4人(生徒会トリオの他に、農業科一年生の名取 佐智子も一回戦のサンダース戦の時に此の事実を知っている)と、私達戦車道チームの支援者である私の母・明美と大叔母・鷹代さん、そして周防 長門さんしか知らない(只、此の時の私は知らなかったが、実は母の秘書・淀川 清恵さんと母の会社の工場長・刈谷 藤兵衛さんも母から事情を知らされていたのを後になって知った…其の事を告げたのは勿論“あの母親(明美)”だ)。

 

其れなのに、河嶋先輩は“仲間達には知られてはならない秘密”である“大会で負けたら母校が廃校になる事実”をバラしかねない発言をした為、私は彼女の話を止めようと思って声を掛けようとした時。

 

 

 

「如何してですか?」

 

 

 

“ウサギさんチーム”75㎜砲々手・山郷 あゆみが私よりも先に河嶋先輩へ問い掛けると、同じチームの操縦手・阪口 桂利奈ちゃんも「負けても次が有るじゃ無いですか?」と語り、続けて同チームの通信手・宇津木 優季も「相手は去年の優勝校だし♪」と話した後、同じくチームメイトで37㎜砲々手・大野 あやが「そうそう、胸を借りる心算で……」と告げた時、河嶋先輩が切羽詰まった声で……

 

 

 

「其れでは駄目なんだ!」

 

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

彼女の“絶叫”に驚かされた皆が呆気に取られていると……

 

 

 

「勝たなきゃ駄目なんだよね」

 

 

 

角谷会長が“意味深な声”で河嶋先輩の発言を肯定した結果、皆は不安気な表情の儘黙り込んでしまった。

 

 

 

「原園さん…河嶋先輩も会長さんも如何しちゃったんですか?」

 

 

 

其処へ“ニワトリさんチーム”副操縦手・長沢 良恵ちゃんが私に向かって問い掛けて来たので、私は悩みながらも……

 

 

 

『いや…河嶋先輩も会長も一寸テンパっちゃっているのかも?』

 

 

 

と答え乍ら、私は自己嫌悪に陥る。

 

“ニワトリさんチーム”の中で唯一“群馬みなかみタンカーズ”出身では無い彼女は“生徒会と私達が共有する秘密=大会で優勝出来なければ母校が廃校になる”を知らないのだ。

 

だが、そんな私の悩みを余所に河嶋先輩は「西住、指揮」と命じた為、西住隊長は「あっ、はい!」と答えた後「では練習開始します!」と皆へ指示を出した。

 

 

 

「「「『はいっ!』」」」

 

 

 

西住隊長の指示の下、皆は不安を抱え乍らも其々の戦車へ乗り込んで行く…其の時、私の耳に角谷会長と西住隊長の会話が聞こえて来た。

 

 

 

「西住ちゃん」

 

 

 

角谷会長からの呼び掛けに西住隊長が「はい?」と答えた時、角谷会長が告げた言葉が私に衝撃を与えた。

 

 

 

「後で“大事な話”が有るから生徒会室へ来て」

 

 

 

『!?』

 

 

 

会長…若しかして、“生徒会の秘密”である “此の戦車道高校生大会で優勝しないと学園が廃校になる”事実を西住隊長に知らせるのですか!?

 

 

 

『如何しよう…西住隊長は優しい人だから、此の事を知ったらプレッシャーで潰れてしまうかも知れない。でも隊長として何時かは知らなければならないだろうし、私は如何すれば!?』

 

 

 

私は心の中で西住隊長が“此の戦車道高校生大会の結果が母校の運命を決める”事実を知る事について底知れぬ不安を抱いたが、同時に今の自分には何も出来ない事に悔しさを感じ乍らも自分の愛車・M4A3E8(イージーエイト)へ乗り込むしか無かった……

 

 

 

 

 

 

…暗い大広間の中に設置されたプロジェクターから映像が流れている。

 

 

 

「敵は!?」

 

 

 

「正面!」

 

 

 

「撃ちます!」

 

 

 

聖グロリアーナ女学院戦車道チーム隊長車兼フラッグ車・歩兵戦車チャーチルMk.Ⅶが“65高地*3”の頂上へジャンプし乍ら躍り出ると、車内では乗員達がジャンプの衝撃をものともせず砲撃準備を整えた。

 

其れも其の筈…彼女達が乗るチャーチルMk.Ⅶの目前には、此の試合の対戦相手である黒森峰女学園戦車道チーム隊長(西住 まほ)兼フラッグ車・ティーガーⅠ重戦車が後ろを向けた状態で高地頂上に停車して居るのだ。

 

此の試合、会場は第二次世界大戦の北アフリカ戦線で英軍が勝利を収めた事で戦局のターニングポイントとなった“第二次エル・アラメインの戦い”を彷彿とさせる起伏の在る砂漠地帯だったが、其の分見晴らしが良い為に戦前の予想では“遠距離射撃能力に優れたドイツ製戦車を多数持つ黒森峰が有利”と見られていた。

 

其の上、戦車の質では戦車道の車輌レギュレーション上、優秀なドイツ製戦車を多数持つ黒森峰に対して聖グロは圧倒的に不利である。

 

しかし、聖グロ戦車道チーム隊長・ダージリンと隊員達は諦めなかった。

 

此の試合に巡航戦車クロムウェル1輌とクルセイダー2輌を投入して敵陣の捜索と攪乱を行った彼女達は黒森峰戦車道チームの目を欺きつつ、同チーム隊長・西住 まほが駆るフラッグ車・ティーガーⅠ重戦車が居るであろう場所を探ったのだ。

 

其れに対して、黒森峰はチームを主力と別動隊に分けて聖グロを挟み撃ちにしようとしたが結果的に混戦状態に陥った事もあり、ダージリンが駆るチャーチルMk.Ⅶは秘かに戦場から離脱した後、北側に在る“65高地”頂上を目指して東側から回り込む様に登って行った。

 

此れは、“未だに見付かっていない黒森峰の隊長車兼フラッグ車(ティーガーⅠ)は、戦場に近い“65高地”頂上に居るに違い無い”と言うダージリンの“読み”だったのだが、其れは見事的中し、今黒森峰の隊長車兼フラッグ車(ティーガーⅠ)を砲撃する絶好のチャンスを摑んだのだ。

 

しかも相手のティーガーⅠは、()()()後ろを向いた儘で砲塔さえも旋回する気配が無い…西住流の後継者・西住 まほにしては“()()()()()()()”だが、勿論此れを見逃すダージリンでは無かった。

 

そして……

 

 

 

「アッサム、今よ…!?」

 

 

 

「!?」

 

 

 

其の時、砲撃命令を下す寸前だったチーム隊長兼戦車長・ダージリンと砲手のアッサムは()()()()に気付いて絶句した。

 

何故なら…()()()()()()()()()()()()1()()()()()()2()()()()()のだ!

 

1輌目は自分達が狙っていた“黒森峰の隊長車兼フラッグ車・ティーガーⅠ”。

 

そして2輌目は中戦車パンターG後期型で、其の車長用キューポラからは色白で薄い白金(プラチナ)色をしたセミロングの髪を靡かせた小柄な少女が凛とした表情を見せつつ、同じくチャーチルMk.Ⅶの車長用ハッチから上半身を出しているダージリンを睨んでいる…勿論、彼女が乗るパンターG後期型の75㎜70口径戦車砲Kwk42の照準は、聖グロの隊長車兼フラッグ車・チャーチルMk.Ⅶを完璧に捉えていた。

 

其の時、ダージリンは“何故、自分が目前に迫って来るのに、西住 まほの駆るティーガーⅠは応戦しないのか”と言う疑問が解けた…つまり、まほは“自分の援護に駆け付けたパンターG後期型の動きを邪魔しない為に()()()()()()()()()”のだと。

 

同時に、彼女は“()()()()()()()()()()()()()()()G()()()()()()()()()()()()()()()”と悟ると、自嘲気味にこう呟いた。

 

 

 

「如何やら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたい」

 

 

 

そして、黒森峰のパンターG後期型から轟く砲声。

 

 

 

「聖グロリアーナ女学院フラッグ車行動不能、よって黒森峰女学園の勝利!」

 

 

 

 

 

 

此処は熊本県熊本市の外れに在る「戦車道西住流宗家」。

 

其の大広間に設置されたプロジェクターで映されていた“第63回戦車道高校生大会・準決勝第一試合「黒森峰女学園対聖グロリアーナ女学院」”の試合映像が消されると、暗くなっていた大広間に再び照明が灯り、其処で机を挟んで向かい合って居る三人の女性の姿が見えた。

 

其の内、二人は黒森峰女学園の制服を着た少女であり、もう一人はスーツ姿の大人の女性である。

 

そして、スーツに身を固めた大人の女性…西住流戦車道師範・西住 しほが、向かい側に正座している自分の長女で黒森峰女学園戦車道チーム隊長・西住 まほの隣に座る色白で小柄な少女へ向けて声を掛けた。

 

 

 

「五代さん。()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

其の言葉に対して、声を掛けられた少女・五代 百代は少し赤面すると恐縮した口調で「いえ、試合が混戦になっていましたので、“自分が信じる道”を行った迄です」と答えた。

 

そう…大会準決勝第一試合・“黒森峰女学園対聖グロリアーナ女学院”戦に於いて、まほの駆るティーガーⅠ重戦車に対して“隊長車兼フラッグ車同士による1対1の決闘”を挑んだ聖グロのダージリン隊長が駆る歩兵戦車チャーチルMk.Ⅶの動きを先読みしてまほ車の援護に入り、ダージリン車を撃破して黒森峰に勝利を(もたら)した中戦車・パンターG後期型の車長こそ、チームの副隊長・逸見エリカの補佐を務める百代だったのである。

 

一方、しほは凛とした表情の儘百代に向かって答える。

 

 

 

「既にまほから話は聞きました。“試合の流れを読んだ上、的確なタイミングで隊長車の援護に入った貴女の行動が試合を決めた”と言っても過言ではありません。其れに隊長以下隊員達への伝達もしっかり出来ていたので、特に混乱が無かったと聞いて居ます」

 

 

 

其の言葉に、百代は「はい」と答えた後、冷静な口調で「ですが、聖グロの攪乱作戦で私達が一時的な混乱に見舞われたのも事実です。早急に今回の試合の教訓を整理し、決勝戦ではチームの皆がより働ける様に頑張ります」としほに告げた処、彼女は小さく頷いてから「宜しい。明日迄に報告書を纏めた上で、まほや副隊長の逸見さんとも良く相談してから隊員達に準決勝の教訓と決勝戦へ向けての訓練の方針を伝達しなさい」と告げた後、百代と一緒に正座をしていたまほに目配せをしてから再び百代へ指示を出した。

 

 

 

「では、私は此れからまほと話が有りますから、五代さんは部屋に戻って休みなさい」

 

 

 

すると、百代は「はい、其れでは失礼します」と告げてから、しほとまほへ向けて頭を下げた後、静かに立ち上がると大広間から去って行った。

 

 

 

 

 

 

そして大広間に一時の静寂が訪れた後、しほが冷静な声で、まほへ向けて語り始めた。

 

 

 

「まほ。先の一回戦では『()()()()()()()()()()()()()()()()』と言う“西()()()()()()()()()()()()()()()”をやったから心配していたのだけど、其の後の継続高校との二回戦と先日の準決勝では“西住流()()()戦い方”に戻ったわね」

 

 

 

其れに対して、まほも落ち着いた声で返事をする。

 

 

 

「はい。一回戦の時は()()()()()()()()()()()。試合後に師範(しほ)からの叱責で、“西()()()()()”を取り戻す事が出来、感謝しております」

 

 

 

すると、しほは冷静さを保った儘、こう返す。

 

 

 

「其れは良かったわ。だけど……」

 

 

 

此処で、しほの表情が一気に険しくなると、今日の“首都新聞”の朝刊をまほに見せた後、彼女に向かって詰問を始めた。

 

 

 

「貴女は、()()を知っていたの?」

 

 

 

「…はい」

 

 

 

母・しほの詰問に対して、沈痛な表情を浮かべ乍らも答えるまほ。

 

其の答えを聞いたまほは、小さく頷くとこう返した。

 

 

 

「そう…一回戦の知波単戦で()()()()()()()()()()のは、“()()()()()”だったのね」

 

 

 

しほがまほに見せた“首都新聞”朝刊のスポーツ欄には、明後日の夜に予定されている“第63回戦車道全国高校生大会・準決勝第二試合「プラウダ高校(青森)対県立大洗女子学園(茨城)」”の戦前予想が掲載されており、其の中には、今は大洗女子戦車道チーム隊長を勤める西住家の次女・みほの写真も掲載されている。

 

そして、既にしほは“長女のまほが黒森峰戦車道チーム隊長として臨んだ今大会の初戦・対知波単戦で『西住流の教えから外れた一騎駆けで知波単の戦車10輌全てを撃破した』理由”を概ね察していた。

 

まほは、此の試合の前に行われた一回戦の「大洗女子学園対サンダース大学付属高校」戦を観戦していた…そして、彼女は大洗女子の隊長が()()()()()()()()の次女・みほである事をしほに知らせていなかったのだ。

 

そんな中、しほは険しい表情の儘、みほの写真を睨みながら呟く。

 

 

 

「西住の名を背負っているのに、勝手な事ばかりして…遂には、まほの心迄乱れさせるとは」

 

 

 

そして、しほはみほの写真に向かって「此れ以上、“生き恥”を晒す事は許さないわ」と語ると、まほに向けて西()()()()()を語り始めた。

 

 

 

「“撃てば必中 守りは堅く 進む姿は乱れ無し 鉄の掟 鋼の心”其れが西住流……」

 

 

 

其の後、しほは表情を変えない儘「まほ」と告げると、彼女が沈痛な表情の儘、こう答えた。

 

 

 

「私は御母様と一緒で西住流其の物です。でも、みほは……」

 

 

 

周囲からはそう思われていないが、まほに取ってみほは掛け替えの無い妹であると同時に“戦車道では自分や西住流と()()()()()を持っている”と感じており、嘗て戦車道を続けるか否か迷っていたみほに対して「自分だけの戦車道を見付けなさい」とアドバイスした上で心の中では“自分が西住流の戦車道を引き継ぐ事で、みほを自由にする”と決意していた…要するに、彼女は()()()()()()なのである。

 

更に言えば、今大会一回戦「大洗女子学園対サンダース大学付属高校」の試合を、しほには黙って見に行った結果、みほの戦い振りに刺激を受けたまほは、黒森峰の初戦・対知波単学園戦に於いて、自らが駆る隊長車兼フラッグ車・ティーガーⅠ重戦車()()()知波単の10輌の戦車を相手に大立ち回りを演じたのだ。

 

其れは、一度は戦車道を辞めた筈のみほが、新天地である大洗で生き生きと試合に臨んでいる姿を見た事で、まほの心に「私だって、みほ以上の戦いが出来るのだ!」と言う()()()が生まれた結果起きた“心の乱れ”でもあったのだ。

 

だが、そんなまほの想いを知る由も無いしほは「もういいわ。準決勝は私も見に行く」と告げた後、立ち上がってから止めを刺す様にこう言い放った。

 

 

 

「あの()に勘当を言い渡す為にね」

 

 

 

其の後、しほは大広間を出てから自分の部屋へ入るとスマホを取り出し、何処かへ電話を掛ける。

 

 

 

「もしもし、()()?今、何処に居るの…そう、もう直ぐみほに会うのね。なら、必ずみほに“勘当”の件を告げて置きなさい。あの()にも覚悟を決めて貰います」

 

 

 

 

 

 

だが此の後…しほは“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”が待ち受けているのである。

 

 

 

一体、しほの身に何が起きるのであろうか?

 

 

 

(第66話、終わり)

 

 

*1
要は“カモにされる”と言う事である。

*2
此の顛末については、本編第8話「これが、戦車道復活の真相です!!」を参照の事。

*3
標高65mの高地と言う意味。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第66話をお送りしました。

いよいよ明後日に迫った大会準決勝・対プラウダ戦。
しかし、例によって桃ちゃんがテンパった上、危うく“大会で負けたら大洗女子学園が廃校になる”と口走りかねない状態に。
更に会長が西住殿を生徒会室に誘うのを見た嵐ちゃんは心配しますが、何も出来ない……
一方、熊本の西住流宗家では、みほが再び戦車道を始めたのを知ったしほがまほの前で“準決勝で負けたら勘当”と言い放つ……
しかし、此の後しほはトンデモ無い目に遭います。
一体、何が待ち受けているのか?
原作とは一味違う、本作の展開に御期待下さい(ゲス顔)。

其れでは、次回をお楽しみに。



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第67話「悪党見参です!!」


先ずは、少々旧聞では有りますが……
祝!ガルパン最終章第4話&水曜どうでしょう最新作・2023年公開!
果たして、どっちが先に公開されるのか、乞う御期待!(爆笑)

其れは兎も角…前回のラストでしぽりんが電話を掛ける描写で気付いた人も居ると思いますが、今回はアニメ本編では無くコミック版第3巻の描写を元に展開します。
更にタイトルで想像が付くかも知れませんが、“あの人”が登場です(笑)。
果たして、何が起きるのか?
其れでは、どうぞ。




 

 

 

此の出来事は、“第63回戦車道全国高校生大会・準決勝”の対プラウダ高校戦を明後日に控えた水曜日の午後7時前に起きた。

 

 

 

「如何したの嵐?私の話、聞こえてる!?」

 

 

 

クラスメートで“ウサギさん(M3中戦車リー)チーム”リーダー兼戦車長・澤 梓から注意された私・原園 嵐は“ハッ!?”となると、彼女に向けて謝罪した。

 

 

 

『あ…御免。考え事してた』

 

 

 

「やっぱり…()()()()だと危ないよ?」

 

 

 

そう…今、私と梓は何時もより遅い下校途中なのである。

 

そんな中、梓から注意された私は『うん……』と答えるが、其の様子を見た彼女は“私の声に元気が無い”と気付いたのか、心配気な声で問い掛けて来た。

 

 

 

「嵐…考え事って、放課後の練習前に戦車格納庫で河嶋先輩が()()()()()()()って言った事?」

 

 

 

『うん。其れと“あの会長さん(角谷 杏)”も「…勝たなきゃ駄目なんだよね」って言っていたでしょ。元々戦車道復活を推し進めたのが生徒会だから、相当テンパっちゃってるみたいで正直心配なんだ』

 

 

 

私が梓の問い掛けに答えると、彼女も頷き乍ら答えた。

 

 

 

「だからか…あの後、私達“ウサギさん”と“ニワトリさん”のメンバー全員で夕食を食べに行ったのに、嵐だけボンヤリしていたから皆が気を利かせて“私と嵐だけ一緒に帰る事になった”のに」

 

 

 

実は、今日の放課後に行われた“戦車道チーム全体練習”終了後、“ニワトリさん(M4A3E8)チーム”と“ウサギさん(M3中戦車リー)チーム”のメンバー全員で「準決勝へ向けての決起集会」と称して学校近くのファミレスで夕食を食べに行ったのだが、皆が「準決勝も頑張ろう!」と盛り上がっている中、私だけがボンヤリして居て食事にも殆ど手を付けなかったから、皆(特に瑞希(ののっち)ウサギさん(梓以外)チームの面々)が私に気を利かせた心算で“先のアンツィオ戦で()()()()事になった私と梓を二人きりにして帰る”事になったのだが……

 

でも私が、あの時“ボンヤリして居た()()()理由”は…梓には絶対に言えない。

 

私は()()()()()()()が起きる事を恐れているのだ。

 

一つ目は、今日の放課後の全体練習前に、河嶋先輩が()()()()()()()と言った事で……

 

 

 

『河嶋先輩が何時か“此の戦車道高校生大会で優勝しないと学園が廃校になる”と言う“仲間達には知られてはならない秘密”をバラしてしまうのではないか?』

 

 

 

と言う事態。

 

 

 

そして二つ目は、同じく放課後の全体練習直前に角谷生徒会長が西住先輩に告げた“あの言葉”

 

 

 

「後で()()()()が有るから生徒会室へ来て」

 

 

 

若しかすると…今頃、角谷会長は“生徒会の秘密”である “此の戦車道高校生大会で優勝しないと学園が廃校になる”事実を西住先輩に知らせているのだろうか?

 

でも西住先輩は優しい人だから、此の事を知ったらプレッシャーで潰れてしまうかも知れない。

 

そんな事になったら、私達のチームは空中分解して、とても試合処では無くなってしまうだろう。

 

折角、私も大洗に来て、()()()“戦車道が楽しい、仲間達と一緒に戦車道が出来て嬉しい”と思えて来たのに…一体、私は如何したら良いの!?

 

 

 

「嵐?」

 

 

 

だが此の時、梓が私の顔を不安気に見詰めているのに気付いたので、私は慌てて笑顔を作るとこう答えた。

 

 

 

『あっ…御免。其れから、()()とアンツィオ戦の時に約束した“()()()”は別だから、気を悪くしないでね!?

 

 

 

私は“自分の心の内を知られまい”と思ってアンツィオ戦の時に(瑞希(ののっち)の陰謀で約束させられた)“デート”の話を持ち出したが、梓は其れが()()にハマったのか……

 

 

 

「アッ…アハハ!気にして無いよ!」

 

 

 

と言った途端、急に私の右腕に両手を絡めて来て()()()()格好になった…そして彼女は“何故か”幸せそうな表情。

 

 

 

『アッ…え、え~と!?』

 

 

 

急に“カップルみたいな状況”になった事で慌てる私を見た梓は、(おど)けた口調で話し掛ける。

 

 

 

「あれ?“ののっち(瑞希)”から『嵐は“女子の扱い”が上手いから♪』って聞いて居たけど?」

 

 

 

『流石に女の子同士の()()()は…()()()()()()()けど、自分から誘った事は無いって!?』

 

 

 

すると、私の反応を見て笑っていた梓が、急に真面目な顔になって道の向こう側を指差した。

 

 

 

「嵐。あれ、西住隊長じゃない!?」

 

 

 

『えっ!?』

 

 

 

彼女の声を聞いた私が驚き乍らも視線を向けると、私達が歩いている道の向こう側に西住隊長が歩いているのが見える。

 

そして“()()()”に気付いた梓が一言付け加える。

 

 

 

「其れに隊長、綺麗な()()()()の人と一緒だけど…誰だろう?」

 

 

 

其の声を聞いた私が西住隊長の隣に居る()()()()に視線を向けた時…私は、薄っすらとだが彼女に()()()()()()()事を思い出した。

 

 

 

『あの人、名前は思い出せ無いけれど、何処かで顔を見た覚えが…あれ!?』

 

 

 

記憶を探り乍ら小声で呟いて居た私だったが、其の時“()()()”に気付くと梓に話し掛ける。

 

 

 

『一寸待って。()()()()()()()()()()(())()()()()

 

 

 

「あれは!?」

 

 

 

其の時、私は驚いている梓に向かって、口元に人差し指を立て乍ら無言で“喋らない様に(シーッ!)”と合図をしてから、二人の(あと)()けている()()の後ろに忍び寄ると、梓と一緒に小声で話し掛けた。

 

 

 

「『秋山先輩?』」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

話し掛けられて驚く彼女に対して、私達は先程と同じく口元に人差し指を立てて静かにさせた後、改めて私が小声で問い質した。

 

 

 

『先輩、何でストーカー紛いの事をやっているのですか?』

 

 

 

「わ…私も正直“何をやってるの!?”と思っていますが、でも西住殿が」

 

 

 

「西住隊長が?」

 

 

 

私の質問に秋山先輩が“()()()”な答えを返した為、梓が戸惑い気味に問い掛けると、秋山先輩が「あれです」と言って西住先輩を指差す。

 

すると、和服美人と一緒に歩いている西住先輩は“今迄見た事の無い様な()()()()()()”を浮かべて居た。

 

其処で私が『西住先輩、ずっとああなんですか?』と問うと、秋山先輩は小さく頷いた後、「あの和服美人と暫く話をしてから、ずっとあんな表情です」と答えた時、二人が“或る建物”の階段を登って二階に在る玄関から建物の中へ入った。

 

其処は…我が母親(明美)が経営する「みなかみ戦車堂・大洗学園艦店・和風喫茶」である。

 

其処で私は、傍らに居る二人に向けて問い掛けた。

 

 

 

『私達も入りましょうか?』

 

 

 

其れに対して秋山先輩が「えっ!?其れじゃあ、私達は完全なストーカー……」と言い掛けた時、私がツッコミを入れる。

 

 

 

『でも、さっきの西住先輩が気になるんでしょ?』

 

 

 

すると、秋山先輩は観念した様な声で「はい……」と答え、梓も神妙な表情で頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

和風喫茶の店内へ入った私達は西住先輩と和服美人に気付かれない様、忍び足で二人が座って居るボックス席の隣の席へ座った後、和風メイド姿のウェイトレスに注文(オーダー)をしたのだが…秋山先輩と梓が共に“何を注文するか”で迷っている姿を見た私は、小声でこう話し掛けた。

 

 

 

『二人共…今日は私が奢ります。一人一品プラス・ドリンクバーと言う事で』

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

まさかの“奢り”に驚く二人を余所に、私は『大丈夫です』と告げた後、こう付け加えた。

 

 

 

『でも“此れ”だけは使いたく無かった…母から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

そして、私が財布からクレジットカードを出した瞬間、其れを見た秋山先輩と梓が小声で驚く。

 

 

 

「「えっ…其れ、()()()()()()()!?」」

 

 

 

其の声を聞いた私は、観念して()()を説明した。

 

 

 

『母は“()()()()()()()”を持っていて、私も家族会員だから本来は“同じ待遇”を受けられるのだけど“貴女は未成年ですから、会社の規約上「ブラック」では無く、一ランク下の「プラチナ」カードになります”ってカード会社の人から説明を受けた事が有るの。だから友達から“嵐は御嬢様なんだ”って言われるのが嫌で、此のカードは誰にも見せたくなかったの』

 

 

 

其れに対して、秋山先輩と梓が一緒に「「明美さん…凄い」」と答えると、私も溜め息を吐き乍らこう答えた。

 

 

 

『ハッキリ言って、ウチの(明美)は“凄い”と言うよりも“えげつない”のよ』

 

 

 

そんな遣り取りをしている内に、ウェイトレスが再びやって来て私達が注文した品を(テーブル)の上に置く。

 

因みに其々が注文した品は、私が“チョコレートケーキとレモンティー”、秋山先輩が“チーズケーキと紅茶”、梓が“苺ショートケーキとミルクココア”で、其れ等が揃った処で皆が食べ始めた頃、隣の席に座る西住先輩が和服美人と会話を始めた。

 

 

 

()()さん、何時も手紙有難う」

 

 

 

「いえ…みほ御嬢様も御元気そうで安心致しました」

 

 

 

此処で二人の会話を聞いて居た秋山先輩が「ん?此の人、西住流の方かな?」と呟いた時、私は『思い出した……』と呟き乍ら、例の()()()()()()()に気付いた。

 

其処で、梓が「嵐、あの人に見覚えが有ると言って居たよね…誰なの?」と問い掛けた為、私は記憶を辿り乍ら答える。

 

 

 

井手上(いでうえ) 菊代(きくよ)。長年西住家に住み込んで居る御手伝いさん』

 

 

 

其れに対して、秋山先輩が「何故知っているのですか!?」と問うた為、私はこう答える。

 

 

 

『西住先輩の母親である西住(しほ)師範と私の母(明美)が黒森峰女学園の同級生で、卒業後も友達同士だったと言うのは以前に話しましたよね』

 

 

 

其れはアンツィオ戦の前、“私が戦車道から逃げ出して大洗女子学園へ進学した理由”を西住先輩達の前で告白した時の事だ。

 

此の時、秋山先輩と梓も私の告白を聞いて居たから、二人共頷いたのを見た私は再び語り始めた。

 

 

 

『其れで以前、(明美)が自分のアルバムを私に見せた時、写真の中に西住家の人達と一緒に彼女が写っていて、其の時に彼女の事を教えて貰ったのです。だから彼女の顔は薄っすらと覚えていたけれど、さっき道端で出会った時は名前を思い出せ無かったのです』

 

 

 

其処で、梓が「じゃあ、嵐は西住(みほ)隊長の事を()()()()知っていたの?」と問い掛けたので、私は小さく頷いてからこう答えた。

 

 

 

()()()()はね…只、母が写真を見せた当時は、西住(しほ)師範と姉のまほさんの方が有名だったから、先輩については本当に名前しか知らなかった。先輩の事を意識し始めたのは“去年の戦車道全国高校生大会・決勝戦”を試合会場で見てからだよ』

 

 

 

私の答えに二人が揃って「「成程……」」と呟いた時、再び菊代さんが西住先輩に語り掛けて来た。

 

 

 

「最近のみほ御嬢様の御活躍、拝見しております」

 

 

 

其の言葉に秋山先輩が「そりゃあ大洗女子は今回の全国大会で大躍進!注目のダークホースですから!」と呟いたので、私が『先輩、静かにしないとバレますよ!?』と諫めた時、西住先輩が話し始めた。

 

 

 

「菊代さんが来たのは、()()()ですか?」

 

 

 

すると彼女は一口御茶を飲んだ後、「はい。今日私が来た事で御分かりかと思いますが……」と前置きした後、西住先輩へ向けてこう告げた。

 

 

 

「今回の大洗でのみほ御嬢様の件…()()()()()()()()()()

 

 

 

其の一言を聞いた秋山先輩が「()()って西住流の……」と呟き、梓も「其れって西住隊長の御母(しほ)さんの事だよね……」と呟いたのを聞いた私は、表情を引き締めてからこう答える。

 

 

 

『西住流師範・西住 しほ…西住先輩の母親であり乍ら、先輩を黒森峰と西住流から追い出した()()()

 

 

 

私の答えに、秋山先輩と梓の表情が強張ると同時に、菊代さんからの話を聞いて居た西住先輩も不安気な声で「やっぱり……」と呟くのが聞こえて来た。

 

其れから重々しい空気が流れた後、菊代さんが静かに語り始める。

 

 

 

「此の様な事、私(ども)が申し上げるのも憚られるのですが……」

 

 

 

其の言葉に、秋山先輩と梓が「「えっ…何!?」」と呟き乍ら不安を顕わにし、私は心の中で“()()()()()()”を予見して「まさか!?」と小声で呟いた時。

 

菊代さんから()()()()()()が告げられた。

 

 

 

「若しも今回の準決勝、みほ御嬢様がプラウダ高校に負ける事が有れば、()()()()()()西()()()()()()()()()()()

 

 

 

其の時、私は怒りを抑え乍ら小声で呟いた。

 

 

 

あの女(しほ)()()()()()()()のよ!?』

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

此の時、秋山先輩と梓が怯える様な表情で私を見ているのに気付いたので、ふと視線を手元に移すと、私は右手に持っていたフォークの柄を握り潰して捻じ曲げていた。

 

其れに気付いた私は、苦笑いを浮かべると二人へ向けて……

 

 

 

『あっ、御免。私、つい怒りが抑え切れ無くて…()()!?

 

 

 

だが私は、秋山先輩と梓が座って居る席の後ろのボックス席から“()()()()()()()()()()()”が立ち上がったのに気付いて驚愕する。

 

そして()()()の“()()()()()()()()”が聞こえて来た!

 

 

 

「ほぉ~♪聞いた、“()()()()”?次の準決勝で大洗女子が負けたら、みほさんが勘当されるんだって♪」

 

 

 

「ああ、“()()()()()”。私に取っては寧ろ“みほちゃんを()()に迎えるチャンス”が到来だな♪」

 

 

 

何と…此の場に、我が母親(明美)と周防 長門さんが居たのだ!

 

予想外の出来事に私が驚愕の叫び声を上げると、梓も後ろを振り返ってから……

 

 

 

「明美さん!?」

 

 

 

と叫び、続けて秋山先輩も後ろを振り返って……

 

 

 

「其れに、長門さん迄!?」

 

 

 

と叫んだ直後……

 

 

 

「「えっ!?」」

 

 

 

隣のボックス席からも叫び声が…其れは西住先輩と菊代さんだった!

 

其れに気付いた私・秋山先輩・梓は狼狽した余り、三人揃って……

 

 

 

「「『バ…バレたぁー!』」」

 

 

 

と叫んだ直後、和風喫茶のカウンターからワイシャツにネクタイを締めた制服姿の若いポニーテールの女性が早足で現れて……

 

 

 

「御客様、静かにして下さい!…って、嵐ちゃんに西住さん達!? 其れに社長(明美)や長門さん迄!?」

 

 

 

其の女性…「みなかみ戦車堂・大洗学園艦店」店長・伊良坂 美崎さんが私達の姿を見て驚愕していた。

 

 

 

 

 

 

母さん(明美)…何時の間に、西住先輩達をストーカーしていたのよ?』

 

 

 

「そう言う嵐こそ、()()でみほさん達をストーカーして居たよね?」

 

 

 

「いえ、明美さん。抑々(そもそも)私が、西住殿の事を気になって(あと)()けたのが悪いんです……」

 

 

 

「秋山さん、気にしなくて良いのよ♪其れより、みほさん。吃驚させちゃって御免なさいね」

 

 

 

「はい……」

 

 

 

此処は「みなかみ戦車堂・大洗学園艦店」の三階に在る“会議室”。

 

此の部屋は、休日になると戦車・ミリタリー関連の同人誌即売会や戦車模型のコンテストとか戦車道に関する講演会等のイベント会場として使われているのだが、今回は和風喫茶内で騒いでしまった私達全員と西住先輩・菊代さんが集められていた。

 

そして、私達の会話の合間に店長の伊良坂さんが改めて皆へ御茶菓子(和風喫茶で出している物だが、此れは“(明美)からの奢り”と言う形になった)を出してから会議室を出た後、今度は(明美)が菊代さんへ向けて話し始めた。

 

 

 

「其れより、“お菊ちゃん(菊代)”。御久し振り♪」

 

 

 

「“あけみっち(明美)”…吃驚したわ。後で奥様(しほ)には()()()挨拶に行こうとしてたら、行き成り現れるんだもの」

 

 

 

「ウフフ…私が経営している此の店に入ろうとした時点で察しは付いていたわよ♪」

 

 

 

其処へ私が『母さん…如何やって西住先輩と菊代さんが此処へ来るのを知ったのよ?』と口を挟んだが、(明美)は「秘密~♪」と惚けた儘、答えてくれなかった。

 

そんな時、西住隊長が戸惑い気味の声で問い掛ける。

 

 

 

「長門さん…“お菊ちゃん”って、菊代さんの事なんですか?」

 

 

 

其れに対して長門さんが「ああ。実は高校時代、明美が菊代に付けた渾名なんだ」と答えると、(明美)がこう語る。

 

 

 

彼女(菊代)はね、元々西住流の門下生で“しぽりん(しほ)”や私達とは同級生なの。だから黒森峰では常に“しぽりん(しほ)”が乗るティーガーⅠ重戦車の装填手をやっていたのよ」

 

 

 

すると、今度は長門さんが西住・秋山両先輩を見詰め乍ら、こう語った。

 

 

 

「だから、今のみほちゃんと秋山を見ていると当時のしほと菊代の姿を思い出すんだ。あの頃から二人は本当にピッタリ息が合っていたよ」

 

 

 

其の時、長門さんから“黒森峰時代のしほと菊代の様だ”と言われた西住先輩は恥ずかし気な笑顔を見せ、秋山先輩に至っては頬を赤らめつつ「本当ですか~嬉しいです♪」と惚気て見せる中、長門さんは菊代さんに視線を向けつつ、こう説明した。

 

 

 

「だから彼女は大学卒業後、西住家住み込みの家政婦を務めているんだ」

 

 

 

こうして“菊代さんのプロフィール”を知った私達が頷き乍ら納得していると、我が母親(明美)が呆れた表情を浮かべつつ、語り出す。

 

 

 

「しかし『次のプラウダ戦(準決勝)で大洗女子が負けたら、みほさんを勘当する』とはね。恐らく、()()()()()()()()()()西()()()()()()()()()()()()のでしょうけど、“しぽりん(しほ)”の頭も()()()()()()()のかしら…()()()()()()()()

 

 

 

其れを聞いた長門さんが「『魚は頭から腐る*1』だな」と呟くと“()()()()()()()”を聞いて居た秋山先輩が目を丸くしつつ、こんな事を言い出した。

 

 

 

「“()()()()()()()”って…親子(明美と嵐)()()()()()()()()()()

 

 

 

『秋山先輩、()()言うの止めて下さい』

 

 

 

秋山先輩の一言に、思わず私は“(明美)と一緒にしないで欲しい”と思いつつ文句を言った為、秋山先輩が「あっ…御免なさい」と詫びた後、其の様子を聞いて居た菊代さんが済まなそうな声で(明美)に向けてこう語った。

 

 

 

「“あけみっち(明美)”、返す言葉も無いわ。今の奥様…いえ、“しぽりん(しほ)”は“西()()()()()()()”に囚われた儘なのよ」

 

 

 

其れに対して(明美)は珍しく苦い表情を浮かべつつ、こう答える。

 

 

 

「やっぱり…“しぽりん(しほ)”がああも頑なな姿勢で居る裏には、黒森峰PTA*2会長の富永*3辺りが絡んでいるのかもね」

 

 

 

何時もの(明美)らしくない“シリアスな話”に、菊代さんも俯いた儘答えない為、私達の間に何も言えない雰囲気が広がっていた時、突然長門さんが菊代さんに問い掛けて来た。

 

 

 

「其れより菊代。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のを“しぽりん(しほ)”は知っているのか?」

 

 

 

すると、菊代さんが「えっ、それは本当ですか!?」と驚きの声を上げたのを聞いた長門さんはこう説明した。

 

 

 

「菊代も知っているだろう。大洗の学園艦は、明美の旦那(直之)さんの故郷だからな」

 

 

 

此の時、菊代さんは“ハッ”とした表情で我が母親(明美)を見詰めるが、(明美)は不敵な表情を浮かべつつ、こう呟く。

 

 

 

「成程、“しぽりん(しほ)”は知らないのか…此れは良い事を聞いたわ♪」

 

 

 

其れを聞いた長門さんが慌てた声で「おい、“あけみっち(明美)”。又、良からぬ事を企んでいるな?」と忠告するが、(明美)は其れを無視した儘、菊代さんへ“頼み事”を告げた。

 

 

 

「ねえ、“お菊ちゃん(菊代)”。一寸貴女のスマホ、貸してくれない?」

 

 

 

 

 

 

一方、此方は熊本市の外れに在る「戦車道西住流宗家」。

 

其の家の主である西住流戦車道師範・西住 しほは、自室で電話を待っていた。

 

彼女は先程、長女のまほに“次の準決勝・「大洗女子学園対プラウダ高校」戦を観戦し、大洗女子が負ければ自ら次女であるみほに対して勘当を言い渡す”と宣告した後、大洗女子学園・学園艦へ向かわせていた家政婦兼秘書の井手上 菊代にも「みほにも覚悟を決める為に“勘当”の件を告げて置く様に」と指示していたのだ。

 

そして、自室の机に置いていたスマホから着信を告げるブザーが鳴った時、此れを“菊代からの連絡”だと思い込んだしほは、スマホを操作して発信相手の番号を確認してから、こう告げた。

 

 

 

「もしもし…菊代か?」

 

 

 

だがスマホから流れて来た声は、彼女では無かった。

 

 

 

「“しぽり~ん(しほ)”、御久~!」

 

 

 

「なっ…あ、“あけみっち(明美)”!?」

 

 

 

何と流れて来たのは、常に冷静な菊代とは対照的な“明るくて楽天的(能天気)な声”…そう、嘗ての“戦車道仲間兼親友”・原園 明美であった。

 

実は、先程「みなかみ戦車堂・大洗学園艦店」三階・会議室で、菊代から“しほは、自分と長門が大洗女子学園・戦車道チームの支援者を務めている事を知らない”と聞かされた明美は、菊代のスマホを借りると長門と共に会議室の隣に在る事務所へと移り、其処から菊代のスマホを使ってしほへ電話を掛けたのだ。

 

因みに、明美は事務所へ行く時、菊代へ「私達が電話を掛けている間、みほさんや嵐達に“昔の私達の話”でもしてあげてね」と伝えた為、嵐が訝し気な声で『母さん(明美)、一体何を企んでいるのよ?』と問うたが、彼女は“不敵な笑み”を浮かべつつ、こう答えただけだった。

 

 

 

「詮索してはダメよ…此処から先は“大人同士の()()だから」

 

 

 

 

 

 

「何故、御前が出て来る!?」

 

 

 

“予想外の相手(明美)”からの挨拶に激昂するしほだったが、彼女はあっけらかんとした声で答えた。

 

 

 

「だって去年の秋、嵐に()()()()を言って以来、私とは一切口を利かなくなったじゃない。だから、こうでもしないと話す事さえ出来やしない」

 

 

 

其れに対して、しほは「先に絶交を宣言をしたのは誰だ?」と“二人が決別した理由”を持ち出したが、明美は其れには答えない儘“()()()”を突いて来た。

 

 

 

「其れより…聞いたわよ。“もしも今度の準決勝、大洗女子がプラウダ高校に負けたら、みほさんを勘当する”って。其れがしぽりん(しほ)の戦車道”なの?」

 

 

 

「貴様…菊代から話を聞き出したな!?」

 

 

 

明美の発言に対して、“高校時代の同級生だった菊代から無理矢理話を聞きだした”と思い込んだしほは再び激昂するが、彼女は“そんな物は馬耳東風”とばかりに、こう言ってのける。

 

 

 

「ふ~ん。でも此処で電話を切ったら()()するわよ?」

 

 

 

「何!?」

 

 

 

其の言葉にしほが絶句していると、再び明美は余裕たっぷりの口調で語り出した。

 

 

 

「だって私、此の春から戦車道を復活させた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()をやっているから」

 

 

 

「何だと!?」

 

 

 

明美から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を務めている”と言う()()()()()()を聞かされたしほが絶句する中、彼女は能天気な声でこう話す。

 

 

 

「其の分だと“しぽりん(しほ)”だけで無く、黒森峰OGやPTAの連中も()()が大洗女子学園を支援している事を知らないみたいね…まあ黒森峰から見れば大洗女子は無名校だから調べないのも当然か♪」

 

 

 

だが此処で、しほは明美の話の中に()()()が有るのに気付くと、こう問い掛けた。

 

 

 

「一寸待て…今、“()()”と言ったな。()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

 

 

すると明美は「おーっ、流石にそう言う処は気付くのが早いわね」と褒めるが、焦って居るしほは「惚けるな!一体、誰だ!?」と叫んだ処、彼女はしほを宥める様にこう告げたのだ。

 

 

 

「まあ、落ち着いて。実は()()が此処に居るから、電話を代わるわね♪」

 

 

 

そして焦りを募らせるしほを余所に、一瞬の沈黙が流れた後……

 

 

 

「私だ」

 

 

 

其の声を聞いた途端、()()()()()に気付いたしほは絶叫した。

 

 

 

「“ながもん(長門)”!?何故、御前迄居るんだ!?」

 

 

 

するとしほが叫んだ相手…明美と並ぶ彼女の親友にして戦車道仲間・周防 長門が落ち着いた声でこう語った。

 

 

 

「実は、私も明美に誘われて大洗女子学園・戦車道チームを支援しているのだが…本当に知らなかったんだな?」

 

 

 

「何だと!?」

 

 

 

高校時代の親友二人からの“告白(宣告)”に対して激しく動揺するしほを余所に、長門は話を続ける。

 

 

 

「まあ、実は私の実家(周防石油グループ)が“此れがしほに漏れると新たな悶着を起こす事になる”と心配して、私達が大洗女子学園を支援している事に関する情報を統制してくれていたから、此の事を知る人は地元の大洗町関係者を除くと極僅かなんだがな。尤も、黒森峰やPTAの関係者連中なら私達の調査位はしていると思っていたが、如何やら無名校・大洗女子の事は歯牙にも掛けていなかった様だな?」

 

 

 

此れに対してしほが「其れより、何故御前達が大洗に居る!?」と叫んだ処、長門は冷静な声でこう語った。

 

 

 

「其の質問に答える前に…先ず、私が率いる『周防ケミカル工業』と明美が社長を務める『原園車輌整備』は、“戦車道を通じて、互いに重要な取引先同士である”事を忘れたのか?」

 

 

 

其の話に、しほが「あっ!?」と驚愕の叫び声を上げると、長門は彼女の問いに答えて行く。

 

 

 

「其れで今年の春、今年度に原園車輌整備へ卸す戦車用オイルや添加剤等の価格交渉の席上、明美から“大洗女子学園・戦車道チームの支援者になって欲しい”と頼まれたのだ」

 

 

 

其の時、しほは()()()()()()()に気付いて、呻き声を上げる。

 

 

 

「まさか…其処で、みほが大洗に居る事を!?」

 

 

 

其れに対して、長門はスマホ越しに微笑み乍ら、こう答える。

 

 

 

「勿論だ。そして御前(しほ)の所為で“みほちゃんの転校先”を一切知る事が出来なかった私は“みほちゃんを助けたい”一心で、明美の誘いに乗った!後悔はしていない!御蔭で私は毎日みほちゃんを眺め乍ら()()()()……

 

 

 

此の時、長門の口調が()()()()()()()のに気付いたしほが叫び出す。

 

 

 

「おい“ながもん(長門)”!みほには手を出すな!御前はみほの事になると()()()()()()()()()から、彼女を大洗へ転校させる時、御前にだけは一切知らせなかったんだ!」

 

 

 

其の直後、しほのスマホから“スパーン!”と、ハリセンが炸裂する音が鳴り響いた後、明美の大声が流れて来た。

 

 

 

「はい“ながもん(長門)”、アウト!アンタは何時もみほさんが絡むとそんな事ばかり言ってる“()()()()()”だから、“しぽりん(しほ)”に嫌われたんでしょ!?」

 

 

 

すると、明美はしほに向けて「御免ね~。“ながもん(長門)”は()()()事を言っていたけど、大洗女子学園の生徒会長(角谷 杏)さんとの間で“みほさんには御触りしない”約束を交わしているから安心してね♪」と告げた処、先程の口論で疑心暗鬼に陥り掛けていたしほが呻く様に問い掛けた。

 

 

 

「…本当だな?」

 

 

 

「本当よ。抑々(そもそも)しぽりん(しほ)”が、みほさんの転校の事を“ながもん(長門)”に知らせなかったのは、彼女がみほさんの転校騒ぎを知った時に『私がみほちゃんを養子に迎える!みほちゃんを一人にはさせない!』って騒ぎ出したからビビったんでしょ?」

 

 

 

明美からの指摘で“少なく共、明美は長門よりもマトモな話をしている”と感じたしほは、疲れた声でこう答えた。

 

 

 

「其の通りだ…“ながもん(長門)”は、みほの事になると普段の冷静さが何処かへ吹き飛んでしまうからな。だから、みほの転校の事は黙って置くしか無かった」

 

 

 

其処で、しほは一度深呼吸すると“明美の行動パターン”を思い出してから彼女へ向けてこう問い掛ける。

 

 

 

「だが“あけみっち(明美)”。御前が何かを遣る時は、必ず“何らかの理由”が有っての事なのは昔から良く知っているが…今、御前がみほの居る大洗女子を支援しているのは“私や西住流との対立”を意味する事は分かっているんだろうな?」

 

 

 

すると明美は、先程迄の楽天的(能天気)な口調から一転して、極真面目な声で答えた。

 

 

 

「勿論よ。そして私は貴女と違って、みほさんを見捨てる気は一切無いわ」

 

 

 

明美からの決意が籠った答えに「こう語る時の“あけみっち(明美)”は、例え梃子(てこ)でも動か無い」事を熟知するしほが無言で居ると、彼女が優し気な声で語り掛けて来た。

 

 

 

「それより、“しほりん(しほ)”。“お菊ちゃん(菊代)”から聞いたけど、今度の準決勝・大洗女子対プラウダ戦を観戦に行くんだって?」

 

 

 

其の言葉に、しほが反射的に「ああ」と答えると、明美は「其れじゃあ……」と前置きしてから、こう告げたのである。

 

 

 

「其の試合、私も観戦に行くから、試合会場で詳しい話をしましょう。果たして如何なるかは分からないけどね」

 

 

 

「ああ…分かった。試合当日に会場で会おう」

 

 

 

「じゃあ、待ち合わせ場所は当日に改めて連絡するわね♪」

 

 

 

 

 

 

そして、しほが電話を切った後、彼女の部屋から……

 

 

 

「“あけみっち(明美)”の奴~!“ながもん(長門)”迄(たぶら)かした挙句、二人揃ってみほを甘やかすとは!こうなったら()()()()()にして、一刻も早くみほを連れ戻さなければ!」

 

 

 

と言うしほの絶叫が響き渡り、其れを聞いた長女のまほと、学園艦が母港に寄港中は西住家に寄居している百代の二人が「「何か有ったのですか!?」」と驚きの声を上げ乍らしほの部屋へ駈け込んで来たのが、此の日の一連の騒動の締め括りとなる事件で有った。

 

 

 

そして、運命の「第63回戦車道全国高校生大会・準決勝第二試合“プラウダ高校(青森)対県立大洗女子学園(茨城)”」の幕が切って落とされる迄、後二日である。

 

 

 

(第67話、終わり)

 

 

 

 

*1
古代ギリシア時代(ロシア説も有る)から使われている諺で“社会や組織の腐敗は上層部や上流階級から進行する”事を意味する。

*2
支援者と戦車道の協会で「プラウダ戦記」第3巻に記述有り。尚、本作では独自設定として「戦車道スポンサー企業と西住流関係者及び黒森峰OGによる連絡会」とする。

*3
「プラウダ戦記」に登場する黒森峰の生徒・富永の母親。「プラウダ戦記」第5巻に顔は出ていないが登場する。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第67話をお送りしました。

と言う訳で、今回は前書きでも書いた通り、アニメ本編では無くコミック版第3巻で描かれた「ファミレスで菊代さんから“勘当”の件を西住殿に告げるのを聞いてしまった秋山殿」の場面を元に展開しました。
コミック版と異なるのは、本作の主人公(笑)嵐ちゃんと澤殿も巻き込まれた事(爆)。
そして…遂に、明美さん&長門さんも動く!
電話でヤバい事をしぽりんに告げてしまった長門さんは兎も角(爆笑)、明美さんはしほや西住流を敵に回してでも西住殿を見捨てないと宣言、試合当日に会場で会おうと約束します。
そして、次回から準決勝・対プラウダ戦が本格的に始まりますが、一体何が起きるのでしょうか…乞う御期待!

其れでは、次回をお楽しみに。


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第68話「準決勝・直前の様子です!!」


今回は準決勝・対プラウダ戦直前の人間模様を御送りします。
実は、ふとした思い付きで“或る人物”に“或る漫画”からの台詞のパロディを語らせた処、凄くしっくりした形になりましたので、気になる方は探して見て下さい。
其れでは、どうぞ。



 

 

 

「此れより、“第63回戦車道高校生全国大会”準決勝・第二試合『青森県代表・プラウダ高校対茨城県代表・大洗女子学園』の試合を開催致します!」

 

 

 

場内アナウンスが流れると同時に、試合会場に集まった観客達から歓声が上がる中、実況席で実況を担当する首都テレビアナウンサー・加登川 幸太が観客の“熱気”を全国の御茶の間へ伝える。

 

 

 

「此の試合会場は北緯50度を越える酷寒の地に在り、更に昨日から雪が降り続いていてすっかり雪化粧をしています。現在時刻は午後6時45分を回り、空は暗くなりました。気温も氷点下10度近くに迄下がっていますが、今大会初の()()()()()()を迎えた観客席の熱気は最高潮!此の寒さを吹き飛ばそうかと言う勢いで、対戦する両校への応援合戦が始まっています」

 

 

 

彼の実況に合わせて、首都テレビの実況カメラが大洗女子学園側・応援席の様子を映すと其処は氷点下だと言うのに、全国から集まった観客で満員だった。

 

勿論、其の中には大洗女子学園・中等部四人組(詩織・華恋・由良・光)や秋山 淳五郎・好子(優花里の両親)夫妻、そして華恋の従姉で“あんこうチーム”砲手・五十鈴 華の母・百合と五十鈴家の奉公人・新三郎の姿も在る。

 

其の後、映像が実況席に戻ったタイミングで、加登川アナウンサーが実況を再開した。

 

 

 

「其れでは、今夜の実況席のメンバーを御紹介しましょう。先ず、解説は旧ソ連製戦車とプラウダ高校に御詳しい戦史研究家兼戦車道解説者の斎森 伸之さんと、実はイタリアだけで無く旧ソ連・ドイツ・そして日本製戦車にも御詳しい吉山 和則さんのダブル解説で御送り致します」

 

 

 

其処で、彼は一旦言葉を切ると……

 

 

 

「そしてもう一方、今夜は“素敵なゲスト”として“ラブライカ”のメンバー・“新田 美波さん”*1にも御越し頂いております。御三方、どうぞ宜しく御願い致します」

 

 

 

「「「宜しく御願いします」」」

 

 

 

一方、試合会場からやや離れた場所には、様々な形状をしたアンテナを持った大型トレーラーやトラックが数台集結しており、此れ等の車体にはポップな字体で「チャンネルは13」のキャッチコピーが書かれて有る。

 

此れこそが、今年から戦車道全国高校生大会の実況中継を担当する“首都テレビ”の中継部隊である。

 

其の車輌群の中に、一際目立つ大型トレーラーが在った。

 

車体側面に「中継指揮車」と書かれた其の車内では、十人程のスタッフが多数設置されたモニターを見詰め乍ら、様々な中継用機材を用いて実況映像の編集・放送作業を行っている中、其の中心に居る“ヤクザの若頭の様な、サングラスを掛けたパンチパーマの男”が不機嫌そうな表情でモニターを睨んでいた。

 

彼こそ、首都テレビ・スポーツ部エグゼクティブ・プロデューサーで、今年の戦車道全国高校生大会の実況中継では総合プロデューサーを務める、八坂 信夫である。

 

すると中継の編集作業を担当する若手スタッフの一人が彼の表情を見て、不安気な声で問い掛けて来た。

 

 

 

「プロデューサー、何か此の試合に不安でも有るのですか?其れ共視聴率を気にしているのですか?」

 

 

 

其れに対して、八坂は険しい表情を保ち乍らも冷静な声で答える。

 

 

 

「視聴率は気にしちゃいない。此の大会、当初目標としていた“実況中継の平均視聴率10%以上”はほぼ達成しているし、先日の大洗女子対アンツォオ戦や準決勝第一試合の黒森峰対聖グロ戦の最高視聴率は数字を取り辛い平日昼間の時間帯だったにも関わらず15%を超えたからな。そして此の試合は日曜のナイターだから、展開次第で最高視聴率は20%を超えると思う」

 

 

 

其の答えを聞いた若手スタッフは「じゃあ、何故難しい顔をされていたのですか?」と問い返した処、八坂は「其れはな……」と前置きしてから、こう答えた。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()だよ。先ず此の試合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言っても良い」

 

 

 

其れに対して若手スタッフは「でも大洗女子は其の前評判を覆して、サンダースやアンツィオに勝ったじゃないですか?」と反論するが、八坂は首を横に振ってから“自身の見解”を述べる。

 

 

 

「あのな、俺も此の大会に備えて戦車道の事を勉強して来たし、昔“陸上自衛隊に一年間密着取材したドキュメンタリー番組”を制作する為に取材をした時の人脈を生かして、此の大会に向けて陸自の関係者や軍事・戦車道の専門家とのインタビューを繰り返して来たから分かる…()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

上司の見解に対して若手スタッフは「其れは……」と言い返そうとした時、八坂は後輩の発言を先取りする形でこう告げた。

 

 

 

「“()()()()()()()()()()()()”なんて、言うなよ?」

 

 

 

其の上で、彼は中継指揮車内に居る他のスタッフも自分の話を聞いて居る事を意識しつつ、少し大きめの声で語り始めた。

 

 

 

「出場車輌の数や個々の戦車の性能差は勿論の事、試合会場はプラウダが得意とする雪原だ。幾ら大洗女子が個々のメンバーの創意工夫と隊長である西住 みほちゃんの能力の御陰で勝ち上がって来たとは言え、()()()()()()()()()()

 

 

 

其の言葉に、話を聞いて居たスタッフ全員が沈黙を余儀無くされる中、彼は更に話を続ける。

 

 

 

「其れに、此の試合が終わったら、()()()()()()()が俺達を待ち受けている」

 

 

 

其れに対して、今度は音声担当の女性スタッフが「()()()()()って、一体何なのですか?」と問い掛けた処、八坂は小さく頷いてからこう答えたのだ。

 

 

 

「もしも、今夜の試合でプラウダが勝ったら、()()()()()()()()()()()()()()()になる…()()()()が分かるか?」

 

 

 

「其れって!?」

 

 

 

彼の発言に対して、質問をした女性スタッフが()()()()()に気付いて絶句していると此処迄無言で話を聞いて居た壮年の男性スタッフが静かに口を開いた。

 

 

 

「“前回大会では仲間達の救助に行った黒森峰の副隊長(みほ)が乗って居たフラッグ車を撃破して優勝した上、今大会でも相手校の選手(ヴァイキング水産)を怪我させてでも連覇を狙うプラウダ”対“前回大会決勝戦で十連覇と引き換えに仲間達の命を助けた副隊長(みほ)を追い出した黒森峰”ですか…確かに()()()()()()()()()になりますね」

 

 

 

其の男性が、此の実況中継ではチーフディレクターを務める“首都テレビ一のベテランスタッフ”だと気付いた八坂は、彼に向けて頷くと忌々しそうな声でこう語った。

 

 

 

「其の通りだよ、大滝(おおたき)さんそんな“()()()()()()()()”が優勝争いをする訳だ。こんな酷い決勝戦を観たがる視聴者が一体どれだけ居るのか、考えるだけでもゾッとするよ!」

 

 

 

其の時、最初に彼へ質問をした若手スタッフが戸惑い気味の声で再び問い掛けて来た。

 

 

 

「前から思っていたのですが…プロデューサーはスポーツ部に来る前、ウチ(首都テレビ)の看板部署で有る報道部で幾つものスクープをモノにして“報道部のエース”と呼ばれていましたよね。其れが何故、御自身の意志でスポーツ部へ移られたのですか?」

 

 

 

すると八坂は苦笑いを浮かべつつ、こう答えたのである。

 

 

 

「其れはな…何回スクープをモノにしても、()()()()()()()()()()()()に気付いちまったからさ」

 

 

 

 

 

 

同じ頃、此処は東京都内・湾岸地区に在るライブハウス「Dietrich(ディートリッヒ)・TOKYO」。

 

此の国内有数のライブハウスで、今「346プロダクションPresents・全国ローカルアイドルバトル」の決勝戦が開催されている。

 

其の舞台に…“茨城県代表”として、“大洗のアイドル”磯前 那珂が出場していた。

 

 

 

「とうとう、此処迄やって来たんだ!」

 

 

 

戦車道全国高校生大会・第二回戦“大洗女子学園対アンツィオ高校”戦で、大洗女子学園が勝利した二日後、彼女は都内で行われた本イベントの関東地区予選を勝ち抜き、決勝進出を果たしたのだ。

 

そして今日、大洗女子学園・戦車道チームが青森県代表のプラウダ高校と準決勝を戦う時間帯に、彼女も“メジャーデビューを賭けた大勝負”に挑もうとしている。

 

 

 

()()()()()と言う違いが有るし、()()()()も違うけど、()()西()()()()()()()()()()()()()…此の勝負、絶対に勝ちたい!」

 

 

 

ステージの舞台裏で、決勝戦の演目である“歌を中心としたライブパフォーマンス”の順番を待っている那珂は、先にステージ上で歌っているライバルの歌を聞き乍ら、昨日大洗女子学園・戦車格納庫で、西住 みほ達戦車道チームのメンバーと互いに励まし合って居た時の事を回想していた。

 

 

 

 

 

 

「皆。盛り上がっている処で悪いんだけど、明日は私も“全国ローカルアイドルバトルの決勝戦”が有るから、準決勝の応援には行けないんだ…御免ね」

 

 

 

翌日に迫っていた戦車道全国高校生大会・準決勝に向けて防寒着の準備を進め乍ら、メイクや仮装・応援等の話題で盛り上がって居た大洗女子学園・戦車道チームメンバーに会いに来た那珂は、何時もの元気さとは正反対の口調で“準決勝の応援に行けない事”を詫びたが……

 

 

 

「良いんですよ。明日は那珂ちゃんも大事な日なのですから」

 

 

 

『那珂ちゃんも“メジャーデビューを賭けた大一番”なんでしょ?なら、そっちに集中して下さい!』

 

 

 

先ず、みほと原園 嵐が相次いで那珂ちゃんを励ますと、続いて大洗女子学園・戦車道チームのメンバー全員が一斉に“応援メッセージ”を贈ったのだ。

 

 

 

「「『那珂ちゃん、“ローカルアイドル日本一”を目指して頑張れ!』」」

 

 

 

彼女達の声援に、那珂は薄っすら涙を浮かべて「皆、有難う!」と答えた後、彼女達を見詰め乍ら“自分がアイドルを目指した訳”を語り始めた。

 

 

 

「私ね…子供の頃から歌が大好きで、皆から『歌が上手だね』って言われたから嬉しくて。其れで、小学生の時から歌のレッスンを続けて茨城県中のカラオケ大会に出場したら次々に優勝して“カラオケ大会荒らし”って言われる様になった頃、水戸市内にある芸能プロダクションの社長をしている“赤城さん”って人に“アイドルとしてデビューしませんか?”って言われて、スカウトされたの」

 

 

 

那珂の話を大洗女子学園・戦車道チームのメンバーが静かに聞いて居る中、彼女は“スカウトされた当時の事”を語り続ける。

 

 

 

「でも其の時は“()()()()()()()()()()()()”が上手くイメージ出来なくて、即答出来ずに悩んでいたんだ。ところがね、其の最中に“あの大震災”が起きたんだ」

 

 

 

此処で、みほ達が緊張した表情を浮かべると彼女はこう語る。

 

 

 

「“あの大震災”で起きた地震や津波によって大洗町も大きな被害を受けたけど、本当の被害は“目に見える物”だけじゃなかった」

 

 

 

そして那珂は戦車格納庫の天井を見上げ乍ら“当時の大洗町で起きた出来事と自分との関わり”を告白した。

 

 

 

「此の町は観光で栄えて来たんだけど、震災直後に町とは無関係の人達がネット上で様々なデマを垂れ流した所為で、震災被害が復旧しても観光客が戻って来ないし、町の人迄元気が無くなって…でも、そんな町の姿を見た時、私は初めて“歌を歌い続ける事の意味”を知ったんだ」

 

 

 

其処で、彼女は一旦言葉を区切った後、“其の時、自分が下した決断”について語る。

 

 

 

「そして“歌で大洗町の人々を励ましたい”と決意した私は、社長の赤城さんに『那珂ちゃんが故郷の皆を元気にします!』と宣言して、赤城さんのプロダクションからアイドルデビューしたの」

 

 

 

「「『那珂ちゃん、凄い!』」」

 

 

 

那珂の告白に、みほ達大洗女子学園・戦車道チームの皆が感動の声を上げると彼女は笑顔を浮かべ乍ら「ううん…凄いのは、戦車道を頑張っている皆だよ」と語った後、こう告げたのだ。

 

 

 

「私はデビューしてから未だ1年程しか経っていないし、プロダクションも地元密着型の小さな会社だから活動は毎月続けているライブが中心で、御客さんも余り入らない時が有ったから正直不安な日々を過ごしていたんだ…だけど、そんな時に西住さん達が戦車道をやっている姿を見て元気を貰ったんだよ」

 

 

 

“何時も元気な彼女が自分達から元気を貰っていた”事を知って、驚くみほ達の表情を見た那珂は“飛び切りの笑顔”で、こう宣言する。

 

 

 

「だから、那珂ちゃんも今度のイベントで、西住さんや皆と一緒に勝ちます!だから皆も準決勝、頑張って下さい!」

 

 

 

彼女からの“激励”に、みほ達大洗女子学園・戦車道チームの全員も「「「有難う、那珂ちゃん!頑張ります!」」」とエールを返したのだった。

 

 

 

 

 

 

そして彼女が回想を終えた時。

 

ステージ上から、此の決勝戦の司会を担当する346プロダクションの“女子アナ出身アイドル”川島 瑞樹の声が聞こえて来る。

 

 

 

「青森県代表“パンツァーアイドル・なたりん*2さんでした!皆様、盛大な拍手をどうぞ!」

 

 

 

其の時、自分の前でパフォーマンスを見せたアイドルが“今、大洗女子が準決勝を戦おうとしている相手・プラウダ高校と同じ青森県代表だ”と知った那珂の闘志に火が付く!

 

 

 

「そうか!あの()()()()()()…那珂ちゃん、絶対負けないんだから!」

 

 

 

実は“パンツァーアイドル・なたりん”の正体は、昨年度のプラウダ高校戦車道チーム隊長“ナターリア*3”だったのだが、流石に其処迄は知らなかったものの相手が見せたパフォーマンスのレベルの高さに気付いて居た彼女は“負けるもんか!”と闘志を燃やす中、司会者(瑞樹)から呼び出しの声が掛かった!

 

 

 

「続いては、茨城県代表“大洗のアイドル・磯前 那珂さん”!曲は『恋の2-4-11』です、どうぞ!」

 

 

 

そして“絶対、此のイベントで優勝したい!”との決意を新たにした那珂はステージに立つと2000人の観客の前で勢い良くジャンプした後、気合の入った声で挨拶した。

 

 

 

「皆、大洗のアイドル、那珂ちゃんだよー!今夜はよっろしくぅ!」

 

 

 

 

 

 

一方、此方は再び、“第63回戦車道高校生全国大会”準決勝・第二試合「青森県代表・プラウダ高校対茨城県代表・大洗女子学園」の試合会場内に在る、大洗女子学園・戦車道チームの待機場所。

 

 

 

「寒っ…マジ寒いんだけど!?」

 

 

 

あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”無線手・武部 沙織が会場の寒さに震える余り弱音を吐くと、其の姿を見た“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”砲手・野々坂 瑞希(ののっち)が、「だから“準決勝の試合会場は北緯50度を越えるから、生半可な防寒装備じゃダメですよ”って言いましたよ?」と指摘する。

 

続いて“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”操縦手・萩岡 菫も「“カイロや毛糸のパンツ位じゃあ凍えちゃいますよ”って、言ったじゃないですか?」とツッコむと、瑞希や菫のチームメイトで装填手の二階堂 舞が寒さをモノともしない元気な声で、こんな“ボケ”をカマして来た。

 

 

 

「上半身裸にマントと海パン姿で北極圏へ突入(アラスカ半島620マイル)しようとした“北海道出身のモジャモジャ頭のタレントさん*4じゃ無いんだし♪」

 

 

 

其処へ“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”リーダー兼戦車長・原園 嵐が呆れ顔を浮かべつつ『舞…其処で其れを言う?』とツッコんで居た頃、大洗女子学園・戦車道チーム隊長兼“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”戦車長・西住 みほとチームメイトの装填手・秋山 優花里の二人は冬季戦仕様になった“カバさんチーム”のⅢ号突撃砲F型の最終点検を行っていた。

 

 

 

「Ⅲ突の履帯は“ヴィンターケッテ(冬季用履帯)”にしたし、ラジエターに不凍液も入れたよね?」

 

 

 

「はい!」

 

 

 

そして二人が点検を終えた時、此の準決勝から大会に参加する“カモさんチーム(ルノーB1bis)”リーダー兼戦車長(更に、47㎜砲々手&装填手兼通信手でもある)・園 みどり子(ソド子)が仲間の操縦手・後藤 モヨ子(ゴモヨ)や75㎜砲々手兼装填手・金春 希美(パゾ美)と共に、緊張した表情を浮かべ乍ら直立不動の姿勢で立って居るのに気付いたみほは、みどり子(ソド子)の緊張を(ほぐ)す為に彼女へ声を掛ける。

 

 

 

「あの、行き成り試合で大変だと思いますけど、落ち着いて頑張って下さいね」

 

 

 

其処へ、通りかかった冷泉 麻子も一言。

 

 

 

「分からない事が有ったら、無線で質問してくれ…()()()

 

 

 

其の時、“自分が気にしている綽名(ソド子)”を呼ばれたみどり子(ソド子)は“遅刻常習犯として()()()()関係にある”麻子に目掛けて「だから、()()()って呼ばないでよ!私の名前は“園 みどり子(ソド子)”!」と叫んだが、麻子は……

 

 

 

「分かった…ソド子」

 

 

 

と、相手の気持ちを逆撫でする様な答えを返した為、みどり子(ソド子)は「全然分かって無いじゃないの!」と怒鳴り返すのであった。

 

一方、そんな二人の姿を見ていた優花里の隣にやって来た嵐が微笑み乍ら話し掛ける。

 

 

 

『秋山先輩、西住先輩は何時も気になる人には必ず話し掛けてくれますね。ああやって緊張を解してくれると私も嬉しくなります』

 

 

 

「はい。私も戦車道の初日、最初に声を掛けてくれたのは西住殿でした…西住殿は何時も自分から先に声を掛けてくれるんですよね」

 

 

 

すると嵐が羨ましそうな表情で優花里を見詰めつつ、こう答える。

 

 

 

『いいなあ…私は逆なんです。西住先輩がコンビニの前で“あんこうマークの交通標識”に頭をぶつけたのを見て、思わず「大丈夫ですか!?」と話し掛けたから』

 

 

 

「そうだったんですか…原園殿、今度詳しく話を聞かせてくれませんか?」

 

 

 

『はい!』

 

 

 

と、二人が隊長のみほの事で盛り上がっていた処、何時の間にか嵐の隣へやって来た瑞希が困惑気味の声で話し掛けて来た。

 

 

 

「秋山先輩に嵐、話の途中で済まないのですが…()()を見て欲しいんです」

 

 

 

「アレは…緊張している園殿(ソド子)が居るかと思えば」

 

 

 

『うわっ…皆、リラックスし過ぎ!?』

 

 

 

瑞希の指摘で、自分達の前方を見た優花里と嵐は、目の前に居る仲間達の姿を見て仰天した。

 

 

 

待機場所で、雪合戦をしている“ウサギさん(一年生)チーム”。

 

 

 

雪が降る中でもバレーの練習を忘れない“アヒルさん(バレー部)チーム”。

 

 

 

そして待機場所の一角で、“戦国武将・真田 信繁(幸村)”と思われる雪像を作っている“カバさん(歴女)チーム”。

 

 

 

間も無く準決勝を迎えるチームとは思えない()()()()()()()()()()()に対して瑞希は呆れ声で、こうボヤくのだった。

 

 

 

「此れで、去年の優勝校(プラウダ高校)と戦うんだから、皆大した度胸よね」

 

 

 

瑞希のツッコミを聞いた嵐と優花里が揃って「『ア、アハハ…』」と引き攣り笑いを浮かべて居る時、其処から少し離れた場所から彼女達の会話を聞いて居る少女が居た。

 

カメさん(生徒会)チーム”リーダー兼通信手(但し、車内では干し芋を食べる以外に何もしない)にして、大洗女子学園生徒会長・角谷 杏である。

 

此の時、彼女は自分に言い聞かせる様な小声で、一言呟いた。

 

 

 

「原園ちゃんも野々坂ちゃんも相変わらずのツッコミ振りだねえ…まあ、緊張でガチガチになるよりは良いか♪」

 

 

 

そして彼女は、昨日の放課後に生徒会長室へやって来た原園 嵐との会話を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

其れは“前日、みほが生徒会に呼ばれた”事を戦車格納庫で聞いて居た嵐が、みほと生徒会の関係を心配して“みほに『生徒会の秘密=此の大会に優勝出来ないと学園が廃校になる』事実を告げたのか?”と尋ねに、杏達生徒会役員の下へやって来た時の事である。

 

其の席上、杏から「昨夜は、みほや生徒会役員達と一緒に鮟鱇(あんこう)鍋を食べたが、“生徒会の秘密”については言えなかった」事を知らされた嵐は安堵し、其処から話題は最近の出来事等と言った雑談へと変わろうとしていた。

 

 

 

「いや~っ、原園ちゃん。寒くなって来たねえ♪」

 

 

 

「昨日、北緯50度地点を越えましたからね」

 

 

 

「次の試合会場は北ですもんね」

 

 

 

「今の季節が“初夏”だって言うのが信じられ無い位の寒さですもんね」

 

 

 

杏が嵐へ話し掛けたのを皮切りに、生徒会書記の桃、副会長の柚子、そして戦車道担当・副会長補佐官の佐智子の順で皆が“此処数日続いている()()()()()()()”を話題にして居ると嵐も『そうですね』と答えた処、佐智子が淹れた御茶を飲んでいた桃がこんな事を言って来る。

 

 

 

「全く、昨日も西住(みほ)に言ったのだが、“試合会場をルーレットで決める”のは止めて欲しい!」

 

 

 

すると嵐がキョトンとした声で“()()()()”を言い出した。

 

 

 

『河嶋先輩…若しかして、“北海道ローカルTV局の()()&()()()()()()()番組”みたいに“カントリーサインを描いたカードを引く(212市町村カントリーサインの旅)”か“ガラガラを使った籤引き(北海道完全制覇の旅!!)”で会場を決めた方が良かったと思っていませんか?』

 

 

 

其れに対して、桃は呆れ声でこう答える。

 

 

 

「原園…御前、()()()()()T()V()()()()()()()()()()()()

 

 

 

『はい。子供の頃から()()()()()()を両親と一緒に何度も見て来たので、つい……』

 

 

 

すると二人の会話を聞いて居た佐智子が「良恵も其のTV局の“()()()()の“藩士(ファン)”だけど、彼女が“原園さんの方がもっと凄い”って言っていたのは本当だったんですね」と嵐に語り掛けた処、彼女は恥ずかし気な声でこう答えた。

 

 

 

『当時、陸上自衛官として北海道の部隊に勤務して居た大叔母さんの鷹代さんが面白がって録画したビデオを両親宛に送って来たのが発端なのだけど……』

 

 

 

此れに対して桃が「其れで、家族全員がハマった訳か……」と呟いたのを聞いた嵐は『はい。でも、今は瑞希(ののっち)の方がもっとハマっていますけどね』と答えた後、今度は杏へ向けて、こう問い掛けた。

 

 

 

『其れで会長()。もう一度確認しますが、結局昨晩は西住先輩と一緒に鮟鱇鍋(あんこうなべ)を食べただけで、先輩には“学園の廃校”を告白する事が出来なかったのですね』

 

 

 

此れに対して、杏が「うん」と答えると、嵐が心底“ホッとした”表情を浮かべつつ『良かった…もしも廃校の事を言っていたら、西住先輩はプレッシャーで潰れてしまうかも知れないと思って、心配していました』と語った為、其の会話を聞いて居た桃が心配気気な声で「原園……」と語り掛けると、杏が桃を制する様な声で、こう語った。

 

 

 

「此れで良いんだよ。転校したばかりで重荷背負わせるのも何だし」

 

 

 

だが、此処で彼女の一言を聞いた嵐が皮肉気な声でこう語る。

 

 

 

会長()。其の割に、私にはアッサリ重荷を背負わせましたね。(明美)の口車に乗せられて』

 

 

 

すると、杏はバツの悪そうな表情を浮かべ乍ら、嵐に向けて謝罪をした。

 

 

 

「あ…御免。あの時は明美さんから“()には本当の事を言え”って言われていたから。其れが戦車道支援の条件だったし」

 

 

 

其れに対して、佐智子が「会長()…其れ、結構酷く無いですか?」と語り掛けたが、其れを聞いた嵐は意味深な声で『全く、佐智子ちゃんの言う通り……』と答えた後、急に笑顔を見せると杏に向けてこう答えたのだった。

 

 

 

『でも、ホッとしました。会長()って“()()()()()()”じゃ無かったんですね

 

 

 

其の発言を聞いた柚子が、意表を突かれた様な声で「原園さん?」と問い掛けた処、嵐は彼女に視線を向けてから、こう説明する。

 

 

 

『西住先輩は心優しくて繊細な人だから、きっと本当の事を告げたらショックを受けて試合処じゃ無くなっていたと思います。でも、会長()は其の事を告げられなかった』

 

 

 

其れに対して、桃が心配気な声で、杏に対して「ですが…やはり会長()、事実を告げた方が良かったのでは?」と問うたが、杏は飄々とした声で「西住ちゃんには事実を知って委縮するより、伸び伸び試合して欲しいからさ」と答えた処、再び嵐が皆に向けて笑顔でこう語る。

 

 

 

『良かった…やっぱり私、此の学園で戦車道に戻れて良かったです』

 

 

 

「「?」」

 

 

 

嵐の一言に、杏と桃が互いに彼女の笑顔を見乍ら戸惑っていると、彼女は普段の“男勝り”な態度とは対照的な優し気な声で、こう語ったのである。

 

 

 

『前にも話しましたが、此の学園艦(大洗女子)は、私の(直之)さんの故郷で、最初私は“(直之)の故郷を守る”為に、否応無く戦車道へ戻るしか有りませんでした…だけど、そんな私に西住先輩や学園の皆が教えてくれました』

 

 

 

其処で、彼女は一旦言葉を区切ると、こう語る。

 

 

 

『“戦車道は楽しい”って』

 

 

 

其の言葉に、生徒会の面々が“ハッ”とした表情に一変すると嵐は再び“自分の想い”を語り続ける。

 

 

 

『其れは偶然にも(直之)さんの口癖と同じで、しかも皆は其れを行動で示していたのです…皆、(直之)さんの事は誰も知らないのに』

 

 

 

其の“告白”を聞いた桃が思わず、感嘆の声で「原園……」と話し掛けると、彼女は“飛び切りの笑顔”で生徒会の皆へ“今の自分の想い”を伝えたのだった。

 

 

 

『だから私、此の学園を卒業する迄()()()()()()()()()()()()と思っています』

 

 

 

そんな彼女の“想い”を聞いた、杏・柚子・桃の三人が思わず感動している中、佐智子だけが不安気な声で「原園さん、でも……」と呟き、其処から“次の試合で負けたら、私達の学園は廃校になるんです”と告げようとした時、話の流れを察した柚子が彼女の話を遮る様に、皆へ声を掛けた。

 

 

 

炬燵(こたつ)、熱く無い?」

 

 

 

其れに対して嵐が『あっ…そう言えば、一寸熱くなって来たかも』と呟くと、会長()がこう語る。

 

 

 

「小山が予算遣り繰りして買った炬燵(こたつ)なんだよ~。他にも色々買ったよな♪」

 

 

 

すると柚子が笑顔を浮かべて「冷蔵庫とか電子レンジとかホットプレートとか」と語ると、会長()が頷き乍ら「体育祭や合唱祭や学園祭の前には、此処でよく寝泊まりしたからなあ。去年は“大カレー大会”と言うのもやってだなあ……」と、当時の事を述懐した処、話を聞いた嵐が笑顔でこう述べた。

 

 

 

『此の間、良恵ちゃんと佐智子ちゃんから其の事について聞きましたけれど、生徒会の皆さんは本当に“遣りたい放題”をしていたんですね』

 

 

 

其れに対して柚子が苦笑しつつ、何かを思い出した様に「あっ、私達一年の時から生徒会やってて……」と語り出した処、杏も当時の事を思い出し、皆に向けてこう呼び掛けた。

 

 

 

「そうだ!珍しい物があるんだよ…これ♪」

 

 

 

『?』

 

 

 

彼女の呼び掛けを聞いた嵐が“何を出して来るのだろう?”と思いつつ戸惑っていると杏が炬燵(こたつ)の上にアルバムを広げ乍ら、嬉しそうな声で再び皆へ呼び掛ける。

 

 

 

「ほら!河嶋が笑ってる♪」

 

 

 

其れは“大洗女子学園の正門前で撮られた、杏・柚子・桃の記念写真”だった。

 

 

 

『あっ!河嶋先輩、片眼鏡を掛けていない!()()()()()()()()じゃないですか!?』

 

 

 

此の写真を見た嵐が当時の桃の姿を見て嬉しそうな声で指摘すると言われた当人は恥ずかし気な声で「そんな物見せないで下さいよ!」と叫んだが、杏は桃の悲鳴等馬耳東風とばかりに、次々に新たな写真を皆へ見せる。

 

 

 

「此れは仮装大会の時の写真。此れは夏の水掛け祭り。泥んこプロレス大会!」

 

 

 

其れを見た嵐が笑顔で『どれも凄く楽しそう!』と声を上げると杏がポツリと一言、寂しそうにつぶやいた。

 

 

 

「うん…楽しかった」

 

 

 

其れに釣られる様に、桃と柚子も……

 

 

 

「本当に楽しかったですね」

 

 

 

「あの頃は……」

 

 

 

そして、切ない表情で沈黙してしまった三人を見た佐智子が「先輩方……」と呼び掛ける中、同じく心配気な表情になった嵐が何かを話し掛けようとした時、先に柚子が杏へ問い掛けた。

 

 

 

「御茶、淹れましょうか?」

 

 

 

其れに対して、佐智子が「はい、私が淹れて来ます!」と柚子へ告げて御茶の準備を始めると、桃が落胆した声で「ああ…終わりか」と呟いた時だった。

 

嵐が自信有り気な声で、皆へこう告げたのである。

 

 

 

『大丈夫です、先輩方…終わりになんか、絶対にさせません!』

 

 

 

其の言葉を聞いた桃・柚子・佐智子が驚きの表情を見せる中が、杏が戸惑い気味の声で「原園ちゃん?」と呼び掛けると、嵐は確信に満ちた声でこう答えたのだ。

 

 

 

『私、父さん(直之)が生まれ育った此の学園艦に来て、西住先輩や学園の皆と出会えた御蔭で“()()()()()()()”って、初めて分かったんです…そんな学園を絶対廃校なんかにさせない。優勝迄後二試合、何が何でも勝ちます!』

 

 

 

 

 

 

此処で、“昨日の回想”を終えた角谷()会長は、済まなそうな表情で嵐の後ろ姿を見詰め乍ら、こう呟いた。

 

 

 

「御免、原園ちゃん…やっぱり、私は()()()()()()()()()だよ」

 

 

 

そして、角谷()会長は“自分自身への懺悔”を始める。

 

 

 

私が原園ちゃんに望んだのは、試合の中で“みなかみの狂犬”としての本性を顕して、チームを勝利に導いて欲しいと言う事だったんだ。

 

“試合中、戦車で立ち塞がる者有らば此れを撃て*5って言うのが私の望みだった。

 

幾ら西住ちゃんに期待して居たからと言って、正直彼女一人だけで優勝出来るなんて思っていなかった…其れこそ“重荷を背負わせる”行為だからね。

 

そんな時、明美さんから『チームが強くなる為には“チームリーダー(隊長)”とは別に“()()()”が必要よ♪』と言われて、初めて原園()ちゃんの事を教えられた時、“西住ちゃんと原園ちゃんの力を合わせる事が出来れば、本当に勝てるかも知れない”と思ったんだ。

 

そう…私達・大洗女子にとっては“西住ちゃんが()で、原園ちゃんが()()なんだ。其々は何処にでも居る普通の女の子に過ぎない。でも二人が戦車に乗って一緒に戦えば、どんな相手でもぶっ飛ばす力を出してくれる。二人は出会わなければ只の女の子として高校生活を終えただろう。だけど、二人は出会った。()()はずっと炸裂するのを待っている。そして()()を炸裂させられるのは()だけなんだ。

 

 

 

そして…“自分自身への懺悔”を終えた角谷()会長は、苦笑いを浮かべて、こう呟いた。

 

 

 

「アハハ…私、“ダメ人間(ミ●ター)”だなあ。明美さんに薦められて買った“タイ南部に在る犯罪者と悪党だらけの港街(ロ●アプラ)を舞台にした漫画”から台詞をパクるなんて。まあ、私は“あの漫画”は結構好きなんだけど」

 

 

 

 

 

 

そして、迎える準決勝。

 

試合に関係する人々の様々な思惑や願いが交差する中、“戦車道全国高校生大会史上に残る大事件”が起きる瞬間が、刻一刻と迫っていたのだった。

 

 

 

(第68話、終わり)

 

 

*1
余談だが、此の実況のゲストに彼女が出演している理由は、此の試合が深夜迄続く可能性が有る為、「労働基準法第61条(深夜業)」における「使用者は、満18才に満たない者を午後10時から午前5時迄の間において使用してはならない」と「使用者は、児童を午後8時から午前5時迄の間において使用してはならない」の定めをクリアする為である(本作はデレマスアニメ版最終回から1年後の設定の為、美波の年齢は20歳になる)。

*2
「プラウダ戦記」に登場する、カチューシャの前のプラウダ高校戦車道チーム隊長・ナターリアの事。「プラウダ戦記」第5巻の表紙カバーを外すと彼女がアイドルになっている後日談が有る。

*3
或る事情で、彼女は隊長としての実務をカチューシャに委譲し、自らは小中学生を対象とした戦車道講座を開催して好評を博している内にアイドルデビューを果たしていた。此の経緯については「プラウダ戦記」第2巻を参照の事。

*4
彼は初冬の北欧へも半袖短パン姿で行った事が有る。

*5
此の台詞のパロディ元にピンと来た方、直ちに首都警特機隊へ出頭せよ(笑)。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第68話をお送りしました。
今回展開された人間模様、如何だったでしょうか?

試合を中継する八坂達・首都テレビスタッフ間の遣り取り。
西住殿や嵐ちゃん達大洗女子がプラウダと戦う同じ時間帯に“ローカルアイドル日本一”を目指して大勝負に出る那珂ちゃん。
強敵相手にリラックスし過ぎている大洗女子の愉快な仲間達(笑)。
試合前日に生徒会役員達の前で“絶対母校を廃校にはさせない”と決意表明する嵐ちゃん。
そして…そんな嵐ちゃんの後ろで“自分も嵐ちゃんの母・明美さんと同じ悪党だ”と懺悔しつつ“WW2の米国製魚雷艇に乗る運び屋達がタイ南部の港街で暴れ回る某・漫画”からの台詞のパロディ(爆笑)を語る角谷会長。
いやあ、会長にあの台詞を語らせたら、妙にハマったんですよね(笑)。
多分、角谷会長ならロナア●ラの街に放り込んでも大丈夫そう…あの才覚なら、バラライカや張さん相手でも上手く立ち回りそうな予感がする(爆)。

其れは兎も角、此れからプラウダ戦が本格的に始まりますが、其の中で衝撃的な展開が大洗女子の皆を待ち受けています…果たして、彼女達の運命は!?

其れでは、次回をお楽しみに。


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第69話「もう直ぐ、全国大会準決勝です!!」

此の処、しんど過ぎて死にそうであります……
と言う訳で、今回は準決勝開始直前。
何が起こるかは御楽しみ。
其れでは、どうぞ。



 

 

 

此処は、“第63回戦車道高校生全国大会”準決勝・第二試合「青森県代表・プラウダ高校対茨城県代表・大洗女子学園」の試合会場内に在る、大洗女子学園・戦車道チームの待機場所。

 

 

 

間も無く、前回大会優勝校を相手に準決勝を迎えようとしているチームとは思えない()()()()()()()()()()()を目の当たりにした西住 みほ隊長や秋山 優花里先輩、そして私・原園 嵐と野々坂 瑞希(ののっち)が揃って苦笑いを浮かべて居た時、目の前に第二次世界大戦中のソ連軍を代表する多連装ロケット自走砲“BM-13・カチューシャ”がやって来た。

 

其れが停車すると、運転席から母娘(ははこ)程の背丈の差が有る二人の少女が降りて来る。

 

其の姿を見た“あんこうチーム”通信手・武部 沙織先輩が「誰?」とチームメイトの中で戦車道に詳しい西住隊長と装填手の秋山先輩へ問い掛けると西住隊長が「あれは…プラウダ高校の隊長と副隊長」と答え、続けて秋山先輩が二人の名前を告げた。

 

 

 

「“地吹雪のカチューシャ(チビのロリ隊長)”と“ブリザードのノンナ(長身巨乳の副隊長)”ですね」

 

 

 

すると私の隣に居た“ニワトリさんチーム”装填手・二階堂 舞が「カチューシャが“カチューシャ(BM-13)”に乗ってやって来た!?」“大ボケ”をカマした為、操縦手の萩岡 菫が呆れ声で「舞ちゃん、其処は“()()()”じゃ無いから!」とツッコむ破目になった。

 

だが此の直後、私達・大洗女子の戦車を見たカチューシャが突然「ウフフ…アハハ!」と笑い出すと傲慢な口調で私達を揶揄(からか)ったのだ。

 

 

 

「此のカチューシャを笑わせる為に、()()()()()を用意したのね!」

 

 

 

『彼奴…!』

 

 

 

挑発とも取れる彼女の発言を聞いた私は思わず両手で握り拳を作り乍ら怒りを堪えていたが、其処へ角谷会長と河嶋先輩が彼女の許へ赴くと角谷会長が「やあやあ。カチューシャ、宜しく。生徒会長の角谷だ」と挨拶をした。

 

しかし、彼女は自分よりも角谷会長の方が背が高い(但し、彼女は身長142㎝で、私達のチームの中では一番背が低い)のが気に入らなかったのか、挨拶に答えない儘「ノンナ!」と隣に居る“長身巨乳の副隊長”に呼び掛けた後、呆気に取られている角谷会長と河嶋先輩を余所に、ノンナに肩車をして貰ってから“上から目線”で、こう言い放ったのだ。

 

 

 

「貴女達はね、全てがカチューシャより下なの!戦車も技術も身長もね!」

 

 

 

其処へ河嶋先輩が呆れ声で「肩車してるじゃ無いか!」と指摘するが、其の途端カチューシャは彼女を睨み返すと……

 

 

 

「聞こえたわよ!よくもカチューシャを侮辱したわね、しゅくせ(粛清)ーしてやる!」

 

 

 

と口走った後、副隊長へ「行くわよ、ノンナ!」と告げてから肩車をされた儘其の場を離れようとした…ところが。

 

 

 

「あら、西住流の……」

 

 

 

西住隊長の姿に気付いたカチューシャが、彼女へ向けて呼び掛けたのだ。

 

 

 

いきなり呼ばれた西住隊長が不安気な声で「あっ……」と呟く中、カチューシャは追い討ちの言葉を投げ掛ける。

 

 

 

「去年は有難う♪貴女の御陰で、私達優勝出来たわ♪」

 

 

 

そう…昨年の“第62回戦車道高校生全国大会”決勝戦「プラウダ高校対黒森峰女学園」で増水した川の中へ落ちた黒森峰女学園のⅢ号戦車J型の乗員5名を救出する為、当時黒森峰戦車道チーム副隊長兼フラッグ車々長だった西住隊長が川へ飛び込んだ時、彼女が居なくなった為に動きを止めていた黒森峰戦車道チーム・フラッグ車“ティーガーⅠ型重戦車”を狙い撃ちする様命じたのが当時プラウダ高戦車道チームの隊長代理だったカチューシャであり、実際に黒森峰側フラッグ車(ティーガーⅠ型重戦車)を狙撃して黒森峰の十連覇を阻み、プラウダ高に勝利を(もたら)した人物が彼女の腹心・ノンナなのだ。

 

 

 

「うっ……」

 

 

 

カチューシャから“傷口に塩を擦り込む”様な発言をされて傷付く西住隊長を余所に彼女は“トドメ”の一言を加えた。

 

 

 

「今年も宜しくね。家元(西住流)さん♪じゃーねー、ピロシキ♪」

 

 

 

其処へ副隊長・ノンナも「Дасвиданья(ダスビダーニャ)(また御会いしましょう)」と付け加えて、二人は立ち去って行く。

 

だが私は、不安気な表情を浮かべた西住先輩の横顔を目の当たりにした事で()()()に火が付いた。

 

 

 

『彼奴…私達の戦車を馬鹿にしただけじゃ無く、西住隊長迄侮辱するなんて許さない!』

 

 

 

此処で私の呟きを聞いた瑞希(ののっち)が「嵐、落ち着いて!」と小声で諫めるが…私はプラウダ高の二人を乗せて走り去る“BM-13・カチューシャ”の後ろ姿を見乍ら、瑞希(ののっち)にだけ聞こえる声で決意を語った。

 

 

 

『決めた。あのチビのロリ(カチューシャ)隊長、試合で絶対に泣かしてやる!』

 

 

 

すると瑞希(ののっち)は納得した表情を浮かべ乍ら「成程ね……」と呟いた後、不敵な表情を私に見せつつ、こんな事を言い出した。

 

 

 

「私もあのデカ乳副隊長(ノンナ)に思い知らせてやりたくなったわ!“胸部装甲の分厚さが戦車道では決定的な差にならない”と言う事を教えてやるわよ!」

 

 

 

『あ…そう』

 

 

 

彼女から予想の斜め上を行く決意(ヒンヌーコンプレックス)を聞かされた私は毒気を抜かれた思いで、鼻息荒い瑞希(ののっち)の顔を見詰めるのだった……

 

 

 

 

 

 

一方、此方は試合会場の外れで何時もの様に観戦して居る聖グロリアーナ女学院戦車道チーム隊長・ダージリンと常に彼女に付き従う一年生のオレンジペコ。

 

此の寒さの中でも動じる事無く紅茶を飲んでいるダージリンにオレンジペコが心配気な声で問い掛ける。

 

 

 

「此の寒さ、プラウダより圧倒的に劣る車輌。此れで如何やって勝つ心算でしょう?」

 

 

 

だが此の問いに答えたのは、ダージリンでは無かった。

 

 

 

「と、()()なら思うよね。“マルゲリータ( 鳳姫 )”?」

 

 

 

「そうね、時雨。でも此の状況(一対多数の戦車戦)は嵐にとって“()()()()()()()()”よ

 

 

 

突然、聖グロの二人の後方から会話をしつつ現れたのは、昨年度迄“群馬みなかみタンカーズ”で、原園 嵐と共に戦車道に打ち込んでいた二人の“戦車乙女”。

 

原 時雨と“群馬みなかみタンカーズ”前隊長・“マルゲリータ(大姫 鳳姫)”だった。

 

因みに、時雨はサンダース大学付属高校、マルゲリータ( 鳳姫 )はアンツィオ高校の次世代エース候補であり、共に一年生乍ら母校の戦車道チームの隊長や隊員達からの信頼も篤い実力者同士である。

 

そんな“来訪者”の登場に慌てて「貴女達!?」と問うオレンジペコ。

 

だが呼ばれた二人は、彼女へ答える代わりに“意味深な表情”を浮かべ乍ら後ろを振り返る。

 

すると()()()()()()()がマントを羽織ったパンツァージャケット姿で現れた後、ダージリンへ向けて“挑発的な台詞”をぶつけて来た。

 

 

 

「フッ…だから、()()()()()()()()!」

 

 

 

ボンプル高校戦車道チーム隊長・ヤイカである。

 

そして彼女は会場に持ち込んだ椅子に座って紅茶を嗜むダージリンの傍に立つと、こう呟いた。

 

 

 

「ダージリン。こんな格言を知っている?“優れた戦車兵は優れた兵器に勝る”

 

 

 

其処でヤイカは一旦言葉を切ると自らが投げ掛けた“()()()()()”について述べる。

 

 

 

「例え、圧倒的に不利な状況下でも“真に優秀な戦車兵”が一人でも居れば、数の差を覆す事が可能よ…特に強襲戦車競技(タンカスロン)で鍛えられて来た()はね。そして大洗女子には公式戦車道と強襲戦車競技(タンカスロン)の世界で“みなかみの狂犬”と呼ばれて来た()が居る」

 

 

 

「…原園 嵐」

 

 

 

ヤイカからの“挑発めいた呟き”に対して、やや目を細めつつ彼女の呟きを聞いて居たダージリンが静かな声で“ヤイカが語った()()()()()()()()の名”を答えると、こう指摘する。

 

 

 

「でも、今のあの()からは嘗て“みなかみの狂犬”と呼ばれた程の獰猛さは感じないわ」

 

 

 

だが此処で、彼女の指摘に対して反論した()が居る…ヤイカでは無く、アンツィオ高校の次期エース候補・“マルゲリータ( 鳳姫 )”だ。

 

 

 

「いいえ、ダージリンさん。あの()の“本性(狂犬)”は消え去っていません。眠っているだけです」

 

 

 

其の指摘を聞いたオレンジペコが驚愕の声で「何ですって!?」と叫ぶ中、同じく話を聞いて居た時雨が問い掛ける。

 

 

 

マルゲリータ( 鳳姫 )…やはり、貴女は嵐が“西住さんに出会った事で変わった”とは思っていないの?」

 

 

 

其れに対して話を聞いて居たヤイカが微笑み乍ら、マルゲリータ( 鳳姫 )に向けて話を続ける様に小さく頷くと、彼女は軽く会釈をしてから“自分の考え”を語り出す。

 

 

 

「私は時雨が思う程、嵐が変わったとは思っていません。確かに西住さんと大洗女子の()達と言う“信じられる仲間達”に出会えた事で、彼女は本当に“戦車道を楽しめる様になった”のかも知れない」

 

 

 

其処で彼女は一旦言葉を切った後、こう断言する。

 

 

 

「でも、其の仲間達に“()()”と言う名の()()が迫っているとしたら?」

 

 

 

其の一言に、オレンジペコと時雨が“ハッ”と表情を変え、ダージリンとヤイカが共に“意味深な表情”を浮かべつつ小さく頷くと、マルゲリータ( 鳳姫 )はこう語るのだった。

 

 

 

「ダージリンさん、ヤイカさん。恐らく大洗女子と隊長の西住さん、そして嵐にとって此のプラウダ戦が試金石になると思います…強大な力を誇るプラウダ高校の前に西住さん率いる大洗女子が窮地に立った時、嵐の中の“()()”が目覚めるのか否かで、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

其の頃、私達・大洗女子学園戦車道チームは待機場所で“準決勝開始前・最後の打ち合わせ”を行っていた。

 

先ず、西住隊長がチームの全員に指示を出す。

 

 

 

「兎に角、相手の車輌の数に飲まれないで、冷静に行動して下さい」

 

 

 

そして西住隊長は此の試合のフラッグ車を担当する“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”のメンバー達(バレー部)へ視線を移しつつ、更なる指示を出す。

 

 

 

「フラッグ車を守り乍らゆっくり前進して、先ずは相手の動きを見ましょう」

 

 

 

其処で私は敢えて挙手をして“此の試合の戦い方”について質問する。

 

 

 

『西住隊長。今回は此方がゆっくり動く事によって相手から先に手を出させて、調子に乗った相手の攻撃に隙が出来た処で此方の砲撃を集中させると言う作戦で宜しいのでしょうか?』

 

 

 

幾ら私がプラウダ高校隊長・カチューシャによる“西住隊長への侮辱”で怒りに燃えて居たとは言え、T-34/76&85やIS-2・KV-2と言う優秀なロシア製戦車を15輌持つプラウダ高校*1に対して、たったの7()()しか居ない私達・大洗女子がフラッグ車狙いの積極策を取ろうものなら“引いてからの反撃(カウンター攻撃)”が得意なプラウダによって返り討ちに遭う事位は充分承知していた…因みに瑞希の分析によると私は「怒れば怒る程冷静になる」タイプなのだそうだ。

 

なので、此方は“相手の挑発に乗らず、慎重かつゆっくりとしたペースで試合を進めてプラウダ側の焦りを誘う”作戦が良いと考えた私は西住先輩に其の考えが正しいのか如何かを確かめようと思ったのだ。

 

其れに対して西住隊長が「はい」と答えた時、“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”リーダー兼装填手・カエサル先輩が思わぬ事を言い出した。

 

 

 

「二人共、ゆっくりも良いが、此処は一気に攻めたら如何だろう?」

 

 

 

「『えっ?』」

 

 

 

思わぬ所から“恐れていた積極策”を進言するチームメイトの登場に驚く西住隊長と私を余所に“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”メンバーの左衛門佐・エルヴィン・おりょう先輩の順でカエサル先輩の主張を擁護する発言が相次ぐ。

 

 

 

「うむ」

 

 

 

「妙案だ」

 

 

 

「先手必勝ぜよ」

 

 

 

『ええっ!?』

 

 

 

前回大会の覇者・プラウダ高校の強さを知らない仲間達の発言に私は唖然となったが、其れに対して西住隊長は困惑気味の声乍らも「気持ちは分かりますが、リスクが……」と反論したのだが。

 

何と此処で、此の試合のフラッグ車を担当する“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”リーダー兼車長・磯辺 典子先輩が「大丈夫ですよ!」と西住隊長へ声を掛けると、チームメイトの佐々木 あけび・河西 忍・近藤 妙子の“バレー部一年生トリオ(嵐と同学年)”が次々に“威勢の良い事”を言い出したのだ。

 

 

 

「私もそう思います!」

 

 

 

「勢いは大事です!」

 

 

 

「是非、クイックアタックで!」

 

 

 

『ひええ!?』

 

 

 

個人的にも親しい“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”からの発言を聞かされた私は悲鳴を上げるが、其処へ“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)リーダー兼車長(嵐の恋人(笑))・澤 梓迄がこんな事を言い出したのだ。

 

 

 

「何だか、負ける気がしません!其れに敵は私達の事を舐めてます!」

 

 

 

『あ…梓迄!?』

 

 

 

彼女迄が“威勢の良い事”を言い出した為、私は放心状態に陥っていたが、此処で“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”メンバーの阪口 桂利奈・大野 あや・山郷 あゆみ・宇津木 優季(但し、丸山 紗季だけは何時もの様に無言の儘佇んでいる)が、梓に続いて次々に声を上げたのだ。

 

 

 

「ギャフンと言わせて遣りましょうよ!」

 

 

 

「ええ、良いね~ギャフン!」

 

 

 

「ギャフンだよね!」

 

 

 

「ギャフン~!」

 

 

 

『あああ……』

 

 

 

梓達“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”メンバー迄が“威勢の良い事”を言った為、私の頭がフリーズ状態になる中、“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”車長兼()()・河嶋 桃先輩が“トドメ”となる発言をした。

 

 

 

「良しっ、其れで決まりだな!」

 

 

 

其れに対して同じチームの操縦手・小山 柚子先輩が「勢いも大切ですもんね」と河嶋先輩に話し掛けた事で、私の焦りはピークに達した。

 

 

 

『ああ…プラウダ高校は“()()”で勝てる様な相手じゃ無いのに!』

 

 

 

私がクラクラした頭で辛うじて一言呟くと隣に居た私の“相棒”・野々坂 瑞希(ののっち)が呆れ声で話し掛ける。

 

 

 

「あちゃ~。アンツィオ高との二回戦で快勝した“勢い”が、こんな事になろうとは…嵐、西住隊長も困っているみたいだから、一言声を掛けようよ」

 

 

 

瑞希からの言葉に『そうだ!?』と思い直した私は、頭をフル回転させつつ、仲間達からの積極策を聞かされて困惑している西住隊長へ向けて進言をした。

 

 

 

『西住隊長、此の儘では不味過ぎます。皆相手(プラウダ)を知らな過ぎるから、此処でちゃんとプラウダ高校の強さを説明した方が……』

 

 

 

ところが…此処で西住隊長が表情を一変させると凛とした表情で“予想外の決断”をしたのだ。

 

 

 

「分かりました。一気に攻めます!」

 

 

 

「『ええっ!?』」

 

 

 

まさかの“積極策への転換”に私だけで無く瑞希(ののっち)迄驚愕する中、西住隊長が車長を務める“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”装填手・秋山 優花里先輩からも「良いんですか!?」との声が上がり、続いて砲手を務める五十鈴 華先輩からも「慎重に行く作戦だったんじゃ……」と西住隊長へ話し掛けて来たが、隊長は仲間達へ向けて落ち着いた声でこう答える。

 

 

 

「長引けば雪上での戦いに慣れた向こうの方が有利かも知れないですし……」

 

 

 

そして西住隊長は此処で珍しく強気な表情を皆に見せると、こう言ったのだ。

 

 

 

「其れに、皆が勢いに乗って居るんだったら!」

 

 

 

「『ああっ!?』」

 

 

 

西住隊長迄が“プラウダ相手には無謀な筈の積極策”へ転換した事を知った私と瑞希(ののっち)が呆然となった時、追い討ちを掛ける様に角谷会長がこんな事を語った。

 

 

 

「孫子も言ってるしな。“兵は拙速なるを聞くも、未だ巧久しきを見ず*2”。ダラダラ戦うのは国家国民の為に良くは無い、戦いはチャッチャと集中して遣る方が良いんだよ。ねっ、西住ちゃん」

 

 

 

其れに対して西住隊長は「はいっ!」と答えると、皆に向けて“最後の号令”を発した。

 

 

 

相手(プラウダ)は強敵ですが、頑張りましょう!」

 

 

 

「「「オーッ!」」」

 

 

 

…こうして本来“引いてからの反撃(カウンター攻撃)”が得意なプラウダ高相手に、よりにもよって戦車の数でも性能でも格段に劣る私達・大洗女子が“序盤からフラッグ車狙いの積極策”を取る事になってしまった事を知った私と瑞希(ののっち)は本気で頭を抱える破目になった。

 

 

 

『大変な事になっちゃった……』

 

 

 

「此れじゃあ、私達は“飛んで火に入る夏の虫”じゃない…試合会場は今、“冬”だけど。嵐、如何するの?」

 

 

 

『こっちが教えて欲しい位よ……』

 

 

 

だが、そんな私達の不安を余所に“準決勝・試合開始の号砲”が打ち鳴らされるのが、私の耳にも聞こえて来た……

 

 

 

 

 

 

一方、此方はプラウダ高校・戦車道チーム。

 

試合開始の号砲と共に、待機場所から一斉にチームの全戦車・15輌が出発して試合会場中心部に在る廃村を目指して勢い良く進撃する中、隊長車・T-34/85の砲塔キューポラから上半身を外へ出しているカチューシャ隊長が仲間達へ“気持ちを引き締める為の檄”を飛ばす。

 

 

 

「いい?彼奴(大洗)等にやられた車輌の乗員(クルー)は、全員“シベリア送り25ルーブル”よ!」

 

 

 

其れに対して、文字通りの“隊長の母親役”であるノンナ副隊長が「日の当たらない(シベリア)教室で、25日間の補習(ルーブル)って事ですね」と呟いて、隊長の“檄”の意味を解説する。

 

そんな中、カチューシャ隊長は此の試合に向けての“決意”を思い起こしていた。

 

 

 

此の試合の相手・大洗女子学園は自分達よりも保有戦車の数や質では格段に劣るが、其れでも“高校戦車道4強”の一角・長崎のサンダース大学付属高校と戦術面に長けた事で知られる栃木のアンツィオ高校に勝利している。

 

其れに対して自分達・プラウダ高校は昨年の優勝校であり、今年は連覇が掛かっていると言うのに、一回戦では福井県代表の“弱小高”・ボンプル高校相手に“フラッグ車を狙撃される”と言う“失態”を犯し、汚名返上を狙った二回戦では、岩手県代表で自分達と同じ東北の学校であるヴァイキング水産に勝ったものの試合終盤の攻撃でヴァイキング水産の選手2名を負傷させると言う“事件”を起こしてしまった。

 

其の結果、プラウダ高校は此の試合の独占配信権を持つ首都新聞と其の関連会社で全国高校生大会の独占実況中継を行っている首都テレビの報道で「彼女達に“王者”の資格は有りや?」との厳しい評価を受け、大会を見ている観客や実況中継の視聴者からは「今大会の悪役」と見做されてしまった。

 

最早、此の汚名を(そそ)いで連覇を目指すには「此の準決勝で“無名校・大洗女子に対して()()()()()()()()()()()()()()()()()」しか無い。

 

そうしなければ、母校・プラウダ高校は“汚れた王者”と言う不名誉なレッテルを貼られてしまうだろう。

 

 

 

母校の大会連覇の為には()()()()()()()()()()と言う状況に置かれている事を思い返したカチューシャは、心中で「今度こそ、誰にも文句の付け様が無い勝利を手にするわ!」と決意を新たにすると無線で指揮下の全戦車へ向けて“戦闘直前・最後の指示”を発した。

 

 

 

「行くわよ!敢えてフラッグ車だけ残して後は皆殲滅してやる!“西住流家元の(西住 みほ)娘”や“みなかみの狂犬(原園 嵐)”が居ようとも恐く無いわ!“力の違い”を見せつけてやるんだから!」

 

 

 

「「「Урааа(ウラーッ)*3」」」

 

 

 

カチューシャからの気合の入った指示に対して、チーム全員が彼女に勝るとも劣らない気迫の籠った大声での返事を聞いた彼女は勢い良くソビエト連邦時代の軍歌“カチューシャ”を唄い出した。

 

其の歌声に合わせて試合会場内を疾走中の戦車に乗って居るプラウダ高校戦車道チーム・メンバー全員も合唱する。

 

其の勇壮かつ可憐な少女達の歌声は、各戦車の無線を通じて首都テレビの中継本部でも傍受され、同局の撮影部隊が捉えた映像と共に試合会場や首都テレビの実況中継でも流された。

 

更に試合会場内のプラウダ側応援席では、プラウダ高校・応援団全員も目の前に有る大型モニターに映し出された母校・戦車道チームの映像に向かって“カチューシャ”を大合唱した為、試合会場内の観客や御茶の前で実況中継を見ていた視聴者は全員、プラウダ高校戦車道チームの団結力の強さと共に“プラウダ高校が前回大会の王者である”事を実感させられたのだった。

 

特に大洗女子学園側応援席では、チームの準決勝進出で之迄よりも多くの大洗女子学園生徒が応援に来ていたし、更に数多くの一般人も応援に駆け付けていたが、プラウダ側応援団の力強い合唱に圧倒されてしまっていた。

 

勿論、一回戦から大洗女子・戦車道チームの応援を続けて来て、今回はナイトゲームの為に両親の付添付きで試合会場へやって来た“大洗女子・中等部四人組”の五十鈴 華恋・武部 詩織・若狭 由良・鬼怒沢 光もプラウダ側の応援に圧倒されて「「「「凄い!」」」」と小声で呟くのが精一杯だったが、其の一方で一回戦のサンダース戦の時から彼女達と親しくなっている“若い社会人の女性*4”はキョトンとした声で「“カチューシャ(隊長)”が“カチューシャ(軍歌)”を歌ってる!?」“大ボケ”をカマした為、彼女の周囲に居た大洗女子学園の生徒・父兄達を唖然とさせていた。

 

 

 

其れは兎も角…こうして、大洗女子学園とプラウダ高校・そして此の準決勝を見ている全ての人達に取っての“長い夜”が始まった。

 

 

 

(第69話、終わり)

 

 

*1
高校戦車道のルールでは準決勝で投入出来る戦車の最大数は15輌である。

*2
孫子の兵法・第二章「作戦篇」の一説に出てくる言葉。

*3
ロシア語で「万歳!」を意味し、突撃時の喚声としても使われる。

*4
第42話「一回戦、決着です!!」と第60.5話「番外編~全国大会第二回戦・スタートです!!」を参照の事。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第69話をお送りしました。
試合開始直前のカチューシャによる“挑発”でショックを受けた西住殿を目の当たりにして闘争心に火が付いた嵐ちゃん。
しかし、肝心の仲間達はプラウダ相手に禁忌で在る積極策に打って出る事に……
一方、此処迄の二試合で“王者の資格有りや?”との疑問符を付けられてしまい、追い詰められたカチューシャは“圧倒的な試合内容で勝たねばならない”と言うプレッシャーに直面していた。
共に“不安要素”を抱えた儘試合に臨む両者ですが、果たしてどんな運命が待っているのか?

其れでは、次回をお楽しみに。



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第70話「カチューシャの罠に落ちて行く、大洗女子学園です!!」


如何もこの処、執筆ペースが落ちていて困っていますが、今回も何とか書き上がりましたので読んで頂けますと幸いです。
其れでは、どうぞ。


 

 

 

此処は“第63回戦車道全国高校生大会準決勝・第二試合「プラウダ高校(青森)対県立大洗女子学園(茨城)」”の試合会場内に在る針葉樹林の外れ。

 

其処で待機して居たプラウダ高校戦車道チームの主力部隊に此処から5km程先に在る丘へ偵察に出したT-34/85中戦車の戦車長から無線連絡が入る。

 

 

 

「此方“ラウラ*1”。敵は全車(7輌)北東方面に走行中。時速約20キロ」

 

 

 

彼女は此の近辺で一番見晴らしが良い丘の麓へ到着後、目立たない様に戦車から降りると砲手の“ファイーナ*2” を連れて丘の頂上へ登り、此処の下の雪原を進撃すると思われる大洗女子学園・戦車道チームの動きを探っていたのだ。

 

其の報告に対して副隊長・ノンナが素早く指示を出す。

 

 

 

「此方ノンナ、了解。“ラウラ”、“ファイーナ”と一緒に直ぐ戻れ。予定通り、今から行動を開始する」

 

 

 

其れに対して“ラウラ”が「了解。直ちに戻ります」と応答したのを聞いたノンナは彼女の傍で無線を聴き乍ら木製の小さな椅子に座って缶詰を食べていた隊長・カチューシャへ報告した。

 

 

 

「カチューシャ様、偵察班からの報告は以上です」

 

 

 

其れに対してカチューシャは缶詰の具を食べ乍ら、普段の愛くるしい表情からは想像出来ない“獰猛な目付き”を見せつつ、こう言い放つ。

 

 

 

「ふーん。大洗女子は一気に勝負に出る気?生意気な!」

 

 

 

そして、食べていた缶詰の具を一気に飲み込んでから「ノンナ!」と呼び掛けると彼女は何時も通りの冷静な声でこう進言した。

 

 

 

「分かっています…手筈通り、大洗女子を()()()()()へ誘い込みましょう」

 

 

 

其れに対してカチューシャは缶詰を食べた時に出来た口元の汚れをノンナに見せ乍ら、こう語る。

 

 

 

「本来なら3輌位は()として態と撃破させても良かったのだけど…大洗に“みなかみの狂犬( 原園 嵐 )”が居る以上、下手に囮作戦をやったら囮毎全車撃破されちゃうわ」

 

 

 

するとノンナは小さく頷き乍ら、こう告げる。

 

 

 

「其の通りです。なら()()()()()にして態と逃げましょう…“出来るだけ無様に逃げる”のです」

 

 

 

其れに対して、カチューシャは“我が意を得たり”とばかりに大きく頷くと、こう告げたのである。

 

 

 

「そうしましょう。“逃げるは恥だが役に立つ”って言葉もあるしね。じゃあ……」

 

 

 

続けてカチューシャが周囲に待機して居る全戦車の乗員へ向けて「出撃!」と叫ぼうとした時。

 

ノンナが「御待ち下さい」と告げた後、彼女は白いハンカチを取り出すと缶詰の具で汚れたカチューシャの口元を綺麗に拭き取った。

 

 

 

「ノンナ…有難う」

 

 

 

ノンナの心遣いにカチューシャが感謝の言葉を掛けると彼女は微笑み乍ら「いえ、此れ位は当然の事です」と答えてから、こう告げた。

 

 

 

「其れより、出撃の御命令を」

 

 

 

彼女の進言に“ハッ”と表情を変えたカチューシャは「そうだったわ!」と叫ぶと、表情を引き締めてから周囲に居るチームメンバーへ命令を下した。

 

 

 

「皆、準備はいい!?今から大洗女子の奴等を撃滅して、誰にも文句を言わせない形で決勝、そして連覇を果たすわ!じゃあ全車出撃!」

 

 

 

こうして、プラウダ高校・戦車道チームは全力で大洗女子を迎え撃つ事になった…“()()()()”を仕掛けた上で。

 

 

 

 

 

 

戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない

 

 

 

第70話「カチューシャの罠に落ちて行く、大洗女子学園です!!」

 

 

 

 

 

 

其の頃、私達・大洗女子学園戦車道チームは準決勝の対戦相手であるプラウダ高校が“罠”を仕掛けているとも知らず、“フラッグ車狙いの短期決戦”を狙って試合会場中央部に在る雪原を前進していた。

 

途中、雪道の走行に不向きなフランス製・ルノーB1Bis重戦車に乗る“カモさん(風紀委員)チーム”操縦手・後藤 モヨ子(ゴモヨ)が斜面を正面から登ろうとして失敗した為、“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”操縦手・冷泉 麻子先輩が一時的に操縦を替わり“カモさんチーム(ルノーB1Bis)”リーダー兼戦車長の園 みどり子(ソド子)先輩から文句を言われ乍らも斜面を斜めに登って事無きを得たり、進撃中に現れた雪の壁を“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”砲手・五十鈴 華先輩が遅発信管をセットした榴弾で吹き飛ばす等、様々な障害を乗り越えて索敵を続けていた。

 

 

 

 

 

 

因みに…此れは試合後、五十鈴先輩の御実家の奉公人・新三郎さんから聞いた話なのだけど、先輩が砲撃で雪の壁を吹き飛ばした時、彼は応援席で拍手をし乍ら、一緒に応援に来ていた先輩の御母様である百合さんに「奥様!撃ったのは御嬢()ですよ!」と話し掛けた処、未だに(むすめ)が戦車道をやるのを善しとして居なかった彼女は悲し気な声で「花を活ける手で……」と嘆いた為、進三郎さんは「此処迄来たんですから、応援して差し上げて下さい」と告げた時。

 

 

 

「あれ?ひょっとして貴女は大洗女子の五十鈴 華選手の御母様ですか!?」

 

 

 

「初めまして!」

 

 

 

「私、一回戦のサンダース戦で相手フラッグ車の狙撃を決めた時から、娘さん()のファンになったんです!」

 

 

 

「今夜は折角一緒になったのだから、一緒に応援しましょう!」

 

 

 

何と二人の周囲に居た応援席の観客が“五十鈴先輩の御母様(百合)が近くに居る”事に気付いて次々に話し掛けて来た為、一寸したパニック状態になったのだ。

 

此の為、二人は“五十鈴先輩を含めた私達・大洗女子の人気の高さ”を知って「「ええっ!?」」と、声を上げて驚いたのだそうです。

 

 

 

 

 

 

一方、私達・大洗女子戦車道チームは着実に進撃を続け、特に“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”では75㎜砲々手・山郷 あゆみが車体側面のハッチから身を乗り出して何かを見ている…と思ったら、木の上を登っているリスの親子を見ていたのだった。

 

 

 

「ああ…梓達はリラックスしているなあ」

 

 

 

と呟くのは、私・原園 嵐である。

 

但し、“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の車内ではリーダー兼戦車長の私と砲手・野々坂 瑞希(“ののっち”)、操縦手・萩岡 菫、装填手・二階堂 舞の4人から成る“群馬みなかみタンカーズ組”が皆、困惑気味の表情を浮かべて居た。

 

私達・大洗女子の作戦が昨年の大会覇者・プラウダ高校に通用するとは思えなかったからだ。

 

其処へ、一人の少女が声を掛ける。

 

 

 

「原園さん…皆、()()してるみたいですけど、一体如何したんですか?」

 

 

 

ニワトリさんチーム(M4A3E8)”副操縦手で、チームメンバー5人中唯一“群馬みなかみタンカーズ”出身者では無い少女・長沢 良恵ちゃんだ。

 

其処で、私はこう答える。

 

 

 

『良恵ちゃんも…此の“一気に決着を着ける”作戦が上手く行くと思っているの?』

 

 

 

「えっ!? 西住隊長も“一気に攻めます!”って言っていたじゃ無いですか!?」

 

 

 

私の答えに驚く良恵ちゃんに対して、今度は瑞希(ののっち)がキッパリとした声でこう告げる。

 

 

 

「あれはね、チームの皆が勝ち進んで来た“勢い”から調子に乗っちゃったので、西住隊長も止められなくなったのよ」

 

 

 

「ええっ!?」

 

 

 

其の発言に再び良恵ちゃんが驚いていると彼女の隣の操縦席に居る菫が呆れ声で、こう指摘した。

 

 

 

「そんな作戦、上手く行く筈が無いよ…抑々(そもそも)、プラウダはそう言う作戦をやる相手を自軍のキルゾーンへ誘い込んでからボコボコにするのが得意なんだから」

 

 

 

「そんな!?」

 

 

 

菫の発言に対して悲鳴を上げる良恵ちゃんだが、更に舞がこう告げる。

 

 

 

「だから、嵐ちゃんと“ののっち(瑞希)”は試合前の打ち合わせの時、西住隊長に“こっちはゆっくり動いて、焦った相手が先に手を出した所で彼女達の隙を突く作戦をやろう”って進言しようとして居たんだよ」

 

 

 

其れに対して、良恵ちゃんが震え声で……

 

 

 

「じゃあ、皆がやりたいと言っていた“積極策”は!?」

 

 

 

と問い掛けて来た処で、私はキッパリとした声でこう伝えた。

 

 

 

『去年の優勝校・プラウダ高相手では“自滅”も同然よ!』

 

 

 

「そんな!?」

 

 

 

私は良恵ちゃんが更なる悲鳴を上げるのを聞いた後、冷静な声でこう返したのだった。

 

 

 

『だから、そうならない様に今から無線で西住隊長と打ち合わせる』

 

 

 

 

 

 

『此方“ニワトリ(M4A3E8)”より“あんこう(Ⅳ号戦車F2型仕様)”へ。西住隊長、此の作戦について意見具申を願います』

 

 

 

「原園さん、如何かしましたか?」

 

 

 

私の無線交信に対して西住隊長が返信したのを確かめた私は、ハッキリとした声で問い掛ける。

 

 

 

『隊長、本当に“プラウダのフラッグ車を一気に叩ける”と思っているのですか?』

 

 

 

「其れは……」

 

 

 

私からの意見具申を聞いた西住隊長が口籠ったのを聞いた後、私は畳み掛ける様にこう告げる。

 

 

 

『プラウダは、こっちの思惑に乗って来る程()()では無い筈です。きっと、こちらを待ち受けているのでは無いでしょうか?』

 

 

 

「……」

 

 

 

無線から西住隊長が息を飲む声を聞いた私は“もう一押しだ”と思いつつ、更なる進言を続ける。

 

 

 

『勿論、今更積極策を放棄しろと言う心算は有りません。でも其れならせめて……』

 

 

 

と話していた時、西住隊長が“何かを決断した”らしく、急に私の進言の途中で話し掛けて来た。

 

 

 

「原園さん、其の事で貴女に頼みたい事が有ります…“もしも”の時の為に私達の後衛に付いてくれませんか?」

 

 

 

『隊長!やっぱり其の事を気にしていたんですね!』

 

 

 

西住隊長からの返信が“私が進言しようとしていた事”とほぼ同じ内容だった事に気付いた私は嬉しくなり、元気一杯の声で答えると隊長は続けて具体的な指示を出した。

 

 

 

「はい。今から“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”はプラウダが此方を待ち伏せいていた場合に備えて下さい。もしも待ち伏せが有ったら撤退援護を御願いします…あっ!

 

 

 

『隊長!?』

 

 

 

指示を出した直後、西住隊長が“何か”に気付いて驚きの声を上げたのを無線で聞いた私は、思わず隊長へ声を掛けたが、其の直後隊長が緊張した声で私達チームの全車へ警報を出した。

 

 

 

「11時に敵戦車・各車警戒!」

 

 

 

其れに従って直ちに警戒態勢を取る私達・大洗女子学園戦車道チーム。

 

勿論、私も“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”の直ぐ後方から前方の様子を双眼鏡で確認すると…前方に在る林を背にした高台に、プラウダ高校・戦車道チーム所属のT-34/76中戦車3輌の姿が見えた。

 

 

 

「3輌だけ…外郭防衛線かな?」

 

 

 

無線で西住隊長が前方に居るプラウダ高部隊の意図について推測を述べたのを聞いた私が『此方の動きを牽制する為の()()()の様な気がします』と返信した直後。

 

プラウダ高のT-34/76中戦車3輌中2輌が此方の姿に気付いて発砲して来た。

 

 

 

「原園さん、発砲せずに周囲を警戒して下さい!」

 

 

 

西住隊長が緊迫した声で私に指示を出す…何時も隊長が仲間達に指示を出す時は、必ず“○○さんチーム”と呼んで居るのに、今はチーム名では無くて私の名前を出しているのは“余程事態が切迫しているからだ”と思った時、隊長が仲間達へ新たな指示を出す。

 

 

 

「“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”、射撃!」

 

 

 

そして“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”と“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”が43口径75㎜砲を発砲すると、先に攻撃をしていたプラウダのT-34/76中戦車2輌が呆気無く撃破されて白旗を揚げた。

 

 

 

「やった!」

 

 

 

「昨年の優勝校を撃破したぞ!」

 

 

 

「時代は我らに味方している!」

 

 

 

「此れはイケるかも知れん!」

 

 

 

「此の勢いでGOGOだねぇ!」

 

 

 

先手を取った事で、次々に歓声を上げる仲間達。

 

だが其の様子を目撃した私は疑念の声を上げる。

 

 

 

『あれ?粘り強い守備が得意な筈のプラウダ高がアッサリやられるなんて…やはり此の3輌は囮部隊!?

 

 

 

すると西住隊長が私の声を無線で聞いて居たらしく、冷静な声で私に向けて話し掛けて来た。

 

 

 

「うん、原園さん。上手く行き過ぎてるよね?」

 

 

 

其れに対して、私も……

 

 

 

『はい。と言う事は…あっ!今、“3輌目のT-34/76”が発砲!

 

 

 

私が西住隊長へ連絡をしている最中、前方の高台で撃破された2輌のT-34/76の右隣に居た3輌目の同型車が其の備砲である41.5口径76.2㎜砲を発砲し乍ら、高台からの脱出を図ったのだ。

 

 

 

「全車輌前進!追撃します!」

 

 

 

すかさず西住隊長が指示を出す中、私は“相手の意図が分かって居ながら、相手のペースに()まるしか選択肢が無い”と言う現実に苦虫を嚙み乍らも、操縦手の菫に前進の指示を出す。

 

 

 

『しょうが無い…やっぱり、そうするしか無いか!?』

 

 

 

思わず、心の中で呟く心算だった言葉を口に出してしまった私が“しまった!?”と思った時、砲手席に座って居る瑞希(ののっち)が冷静な声で話し掛けて来た。

 

 

 

“虎穴に入らずんば虎子を得ず”と言うものね…しかし勝つ為とは言え、相手のペースに嵌まるのは歯痒いわ」

 

 

 

すると話を聞いて居た良恵ちゃんが「其れって…“今、私達が勝つ為には逃げる相手を追わなければならない”から、プラウダ高は其の先に罠を仕掛けているって事ですか?」と問い掛けた処、舞がこう答える。

 

 

 

「うん。罠はね、相手にも“勝ち目が有る”と思わせる様に仕掛けないと、上手く行かないんだよ」

 

 

 

続けて菫も「つまり、罠を仕掛けられた相手から返り討ちに遭うリスクを計算した上で仕掛けるのが“優れた罠”なの」と答えた後、再び瑞希(ののっち)が“此の話の結論”を述べた。

 

 

 

「だから、こっちも“罠だと分かっていても、勝つ為には罠の中へ入らないと行けない”のよね」

 

 

 

此処で戦車戦の経験豊富な仲間達の話を聞いた良恵ちゃんが「単純に“罠”と言っても、そんなに奥が深いんだ…皆、みなかみタンカーズではそんな事を毎日教わっていたの?」と問い掛けた為、私は当時の事を思い出しつつ、こう返した。

 

 

 

『ええ。ウチの母(明美)が親切丁寧に教えていたわよ…全くあの母親、そう言う事だけは得意なんだから!』

 

 

 

つい話が我が母親(明美)の事に及んだ為、私は苛立ち気味に呟くとM4A3E8(イージーエイト)の車内では仲間達が揃って笑いを堪えて居た。

 

車内無線で其の事に気付いた私が恥ずかしい気持ちになっていた時、“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”リーダー兼戦車長・澤 梓から急報が入る。

 

 

 

「フラッグ車、発見しました!」

 

 

 

『!?』

 

 

 

彼女からの急報を聞いた私が直ちに双眼鏡で前方を確認すると逃走するT-34/76の先には、別のT-34/76がフラッグ車を含めて3輌とT-34/85が2輌の合計5輌が一直線の横隊で並んでいた。

 

其の姿を目撃した副隊長・河嶋先輩が勢い良く「千載一遇のチャンス!よしっ、突撃!」と無線で叫ぶと、仲間達の戦車が一斉に「行けーっ!」「アターック!」と叫び乍ら敵陣前方に展開しつつ砲撃を開始する。

 

すると私達の攻撃を受けたプラウダのフラッグ車(T-34/76)以下6輌の戦車は一斉に逃げ出してしまった。

 

ハッキリ言って其の姿は“()()”としか言い様の無い逃げっぷりだったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ので*3、私の目には“絶妙な撤退”に映った。

 

 

 

 

 

 

同じ頃、試合会場内の観客席では大洗女子の攻撃によって()()に逃げるプラウダ高校・戦車道チームの姿を見た観客達から(どよめ)きの声が上がった後、大洗女子学園側応援席からは戦車道チームの予想外の健闘に大歓声が沸いた。

 

しかし…試合会場の外れで観戦して居る少女達は敗走するプラウダ高の姿を見乍らも厳しい表情を浮かべて居る。

 

 

 

「……」

 

 

 

其の中でも、一際厳しい表情の儘黙っているダージリンの顔を見たオレンジペコが周囲へ向けて「皆さん…まさか大洗は勝っている訳では無いと言うのですか?」と問い掛けると……

 

 

 

「うん。ダージリンさんや皆の顔を見れば分かるでしょ?」

 

 

 

サンダース大付属の次期エース候補&群馬みなかみタンカーズ時代の嵐の親友・原 時雨が真面目な声で答え、続いてアンツィオ高校の次期エース候補&前・群馬みなかみタンカーズ隊長で嵐・時雨の同期生でもある“マルゲリータ(大姫 鳳姫)”も小さく頷く。

 

そして二人はダージリンの隣に立って居るボンプル高校戦車道チーム隊長・ヤイカへ視線を送ると彼女も厳しい表情を浮かべつつ、現在の戦況を説明した。

 

 

 

「其の通りよ。私達ボンプルは何度もプラウダとやり合って居るから分かる…プラウダは本来、粘り強い守備と攻撃に出た時の激しさが特徴のチームだから、()()はああも簡単にやられはしないわ」

 

 

 

すると試合会場に設置された超大型モニターを見詰めていたダージリンがヤイカへ向けて語り掛ける。

 

 

 

「そんなプラウダが、()()()姿()()()()()()()()()()と言う事は…()()()()()()()()()()()辿()()()()()()()?」

 

 

 

其れに対して、ヤイカは小さく頷き乍らこう答えた。

 

 

 

「つまり“敗走自体がキルゾーンに敵を誘い込む為の罠”…珍しいわね。私と貴女が同じ考えに辿り着くなんて?」

 

 

 

其の言葉に対して、ダージリンは小さく頷いてから優雅に紅茶を飲んでいたが、ヤイカの目には彼女の姿が“みほや嵐達大洗女子の運命を案じている”かの様に映って居た。

 

 

 

 

 

 

一方、観客席でもダージリンやヤイカ達と同じ考えを抱く女性達が居た。

 

 

 

西住 しほとまほの母娘・周防 長門・そして原園 明美である。

 

先日、しほは家政婦の井手上 菊代を大洗へ向かわせて、みほへ“此の準決勝でプラウダ高校に負けたら勘当する”と告げようとしたのだが、其の動きを察知した明美が長門と共に二人の居た「みなかみ戦車堂・大洗学園艦店・和風喫茶」で彼女達と接触した後、“自分達が大洗女子の支援者になっている事をしほが知らない”と知った明美が菊代のスマホを借りて、しほに対して“大人の喧嘩”を仕掛けた結果、此の試合を一緒に観戦する事になったのだ。

 

そんな中……

 

 

 

「明美。今夜は貴女が来るから私も試合観戦に来たのだけど…此れが、貴女が認めたみほの戦いだと言うの?」

 

 

 

西住流師範であると共に、まほとみほの母親でもあるしほが疑り深い声で嘗ての親友・明美へ問い掛けると本人は憮然とした声で答えた。

 

 

 

「いや、全然。流石に二回戦の対アンツィオ戦に勝った後、チームのメンバー達が此処迄調子に乗るとは思ってもいなかったわ」

 

 

 

其処へ、二人の会話を聞いて居た長門が呟く。

 

 

 

「みほちゃんは周囲からの“()()()”には弱い()だからな…だが明美、流石に之は不味いぞ。プラウダ高の敗走は“罠”なのが明白だ」

 

 

 

彼女の声を聞き乍ら、険しい表情で明美を見詰めるしほとまほの母娘。

 

 

 

しかし彼女は戦況を懸念する三人を余所に飄々とした声で、こう答えたのである。

 

 

 

「でもね…試合と言うのは、終わって見なければ分からないものよ?」

 

 

 

其の声を聞いたしほは無表情で明美を見詰めていたが、何故か彼女の言葉が“虚勢を張っている”とは思えなかった。

 

何故なら…彼女は、明美が“勝算無くして行動する事は無い”タイプだと言うのを知っているからだ。

 

 

 

 

 

 

『之は!?』

 

 

 

私達の攻撃を受けて逃げ出したプラウダのフラッグ車(T-34/76)以下6輌の戦車の“無様”な姿を見た私は、其れが余りにも“絶妙なタイミングでの撤退”だと気付き、無線で皆に向けてこう叫ぼうとした。

 

 

 

(不味い!プラウダはフラッグ車を餌にして、私達を何処かで包囲する気だ!)

 

 

 

だが既に時遅し。

 

 

 

「逃がすか!」

 

 

 

「追えっ!」

 

 

 

「ストレート勝ちしてやる!」

 

 

 

勢いに釣られた仲間達が次々に無線で叫び乍ら、逃げるプラウダ高フラッグ車(T-34/76)以下6輌の戦車を追って“追撃ならぬ暴走”を始めてしまっていた。

 

中でも“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”からは「ぶっ潰せ!」「ぶっ殺せー!」「やっちまえ!」と、私の同級生兼親友達の発言とは到底思えない物騒な叫び声が聞こえて来た…親友達の名誉の為、誰が何を喋ったかは口が裂けても言えません。

 

あっ、でも紗希は此の時、一切喋っていませんよ?

 

其れは兎も角、今度は無線から西住隊長が困惑した声で「一寸…待って下さい!」と皆へ呼び掛けていたが、もう皆は隊長の声を聞かずに突撃してしまった。

 

 

 

『もう!皆…あれっ、此処は!?』

 

 

 

プラウダ高フラッグ車(T-34/76)を追って突撃中の仲間達の身を案じ乍ら、西住隊長率いる“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”と共に雪原を走って来た私達の目の前に、ややキツイ傾斜の下り坂が見えたかと思うと、其の先に鄙びた感じがする西洋風の村落が現れた。

 

 

 

『まさか…此処でプラウダは包囲攻撃を仕掛けて来る!?』

 

 

 

 

 

 

一方、此方は嵐が見た“西洋風の村落”の外れに潜んで居るプラウダ高校戦車道チーム隊長・カチューシャが乗る隊長車・T-34/85中戦車。

 

嵐が見抜いた通り、カチューシャは此の村落へ大洗女子戦車道チームを誘い込んでから、チーム全車で包囲攻撃をする心算だったのである。

 

 

 

「漸く罠の中へ入って来たわね!」

 

 

 

T-34/85の車長用キューポラから外の様子を眺めて居たカチューシャが、大洗女子が“罠の舞台で在る村落”へ入って行く姿を確かめていると彼女の声を無線で聞いて居た副隊長・ノンナが謝罪する。

 

 

 

「申し訳ありません…先行させた3輌のT-34/76の内、2輌が撃破されました」

 

 

 

しかし、カチューシャはノンナを咎める事はせず、むしろ彼女を気遣う様な声で語る。

 

 

 

「其れはやむを得ないわ。どんな作戦も予定通りには行かないものよ。只、仲間を撃破した相手が原園 嵐のイージーエイト(M4A3E8)じゃ無かったのは()()だったわ…如何やら、大洗女子は只の素人集団では無さそうね」

 

 

 

其れに対して、ノンナが毅然とした声で「だとすれば、此処での包囲攻撃で試合を決めないと行けませんね」と進言すると、カチューシャは「そうね!」と断言した後、改めてチーム全車へ向けて檄を飛ばした。

 

 

 

「隊長より全車へ。大洗女子の全車が村の中へ入ったら攻撃開始よ!其れ迄、大洗の奴等を確実に村へ誘い込みなさい!」

 

 

 

 

 

 

「原園さん、周辺の警戒を御願いします!」

 

 

 

『了解!』

 

 

 

西住隊長からの指示を受けた私は無線で返信後、前を行く“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”と共に“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”を率いて坂を降りると、既に仲間達は其の先に見える“西洋風の村落”へ逃げ込んだと思われるプラウダ高の戦車を砲撃していた。

 

其の様子を見た私は“何時、プラウダ高が私達に対して包囲攻撃を仕掛けて来るか分からない!”と焦り乍らも装填手席に座って居る二階堂 舞へ指示を出す。

 

 

 

『舞!徹甲弾を装填次第ハッチから顔を出して、私と一緒に周辺警戒!』

 

 

 

「了解!」

 

 

 

私の指示に舞が鋭い声で応答した直後、私が立って居る車長用キューポラの隣に有る装填手用ハッチから彼女が双眼鏡を持って顔を出すと直ぐ様後方警戒を始める姿を見た時、無線から河嶋&左衛門佐先輩の声が入って来た。

 

 

 

「フラッグ車さえ倒せば……」

 

 

 

「勝てる!」

 

 

 

だが…私は、前方で仲間達の砲撃を受けながらも巧みに砲弾を躱しているプラウダ高フラッグ車・T-34/76中戦車の姿を見乍ら、隣に居る舞にも聞こえる様、大声を出した。

 

 

 

『やっぱり、プラウダのフラッグ車の操縦手は腕が良い。此処で私達を捕まえる気だとしたら、もうそろそろ包囲網を閉じる筈!』

 

 

 

すると双眼鏡で後方を警戒していた舞が叫ぶ!

 

 

 

「嵐ちゃん!6時方向左側からT-34/76…あっ、右側からもう1輌!」

 

 

 

『瑞希、撃てっ!』

 

 

 

私は、舞の報告に答える替わりに無線で砲手の瑞希へ指示を出すとM4A3E8(イージーエイト)の52口径76.2㎜戦車砲から既に装填済みだった徹甲弾が発射される。

 

包囲を企むプラウダ高の戦車を牽制すると同時に大洗女子の仲間達へ警報を出す為だ。

 

勿論、此の動作は村落へ入る直前に“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の仲間達との間で“プラウダが待ち伏せしていた時の手順”を素早く打ち合わせていたからこそ出来た事だ。

 

其処へ、私の隣に居た舞が「私、砲弾の装填に戻るね!」と叫んで砲塔内に在る装填手席へ戻るのを見た私は『OK!』と応答後、無線で西住隊長へ向けて叫んだ。

 

 

 

『此方“ニワトリ”!隊長、後方からT-34/76が2輌接近。此方は現在砲戦中!』

 

 

 

其れに対して西住隊長が「えっ…了解!」と驚き乍らも答えると、改めて「全車、東に移動して下さい、急いで!」と叫んだが…此の時、私は既に“プラウダの包囲網が狭まっている”事に気付いていた。

 

 

 

『駄目です!東からT-34/85が2輌、南々西からは…IS-2重戦車!』

 

 

 

「囲まれてる!?」

 

 

 

私の報告に驚愕する西住隊長の声を聞き乍ら、私は皆へ“最悪の事態”を大声で告げたのだった。

 

 

 

『此方“ニワトリ”より全車、(プラウダ)は既に包囲態勢…此れは罠だ!』

 

 

 

(第70話、終わり)

 

*1
「プラウダ戦記」の登場人物。プラウダ高戦車道チーム小隊長で、カチューシャとノンナ両名の不在時にはチームの指揮を執るプラウダのNo.3(「プラウダ戦記」第3巻裏表紙の記述より)。本作の時点では高校3年生。

*2
「プラウダ戦記」の登場人物。ラウラ車の砲手でチームではノンナに次ぐ狙撃能力の持ち主だが其れに驕らず、常に腕を磨く事を怠らない努力家(「プラウダ戦記」第3巻裏表紙の記述より)。ラウラ同様、本作の時点では高校3年生。

*3
此処で「あれ?原作と違う?」と感じた方、鋭いです。詳細は後書きを御覧下さい。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第70話をお送りしました。
今回、遂にカチューシャが仕掛けた罠にハマってしまった大洗女子…って、アレ?
…誰か来た様だ。

エルヴィン「オイ、作者」

作者「はい?」

カエサル「原作では私達は今回のシーンでT-34/76の他にT-34/85も撃破したのだが、其の場面がカットされているじゃ無いか!?」

左衛門佐「私達の戦果がカットされてるじゃ無いか、抗議する!」

おりょう「御主、坂本 竜馬が生まれた土佐の隣国出身の癖に良い度胸をしているぜよ!」

磯辺部長「そう言えば、私達“アヒルさんチーム”も、此の作品のアンツィオ戦でCV33を1輌分撃破したシーンがカットされているぞ!」

カエサル「ああ…あれはアンツィオがⅣ号戦車G後期型(マルゲリータの愛車)を投入したから、其の煽りでCV33が1輌減ったんだよな」

作者「あ…あれね、何れ別のシーンで埋め合わせするから許して」

カバさんチーム一同+磯辺部長「「「「本当だな?」」」」

作者「はい…マジですから、許して下さい」

…と言う訳で、今回は“カバさんチーム”と“アヒルさんチーム”の磯辺部長から吊るし上げられてしまいましたが、之はマジで何とかするから許して(迫真)。
其れでは、次回をお楽しみに。



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第71話「暴露です!!(その1)」


御待たせ致しました。
今回遂に“あの女”が“或る事実”を暴露します(笑)。
其れと同時に、本作オリジナルの要素である首都テレビがトンデモ無い事をやらかします(爆)。
さて、一体何が起きるのか?

其れでは、今回もどうぞ。


 

 

 

『此方“ニワトリ(M4A3E8)”より全車、(プラウダ)は既に包囲態勢…此れは罠だ!』

 

 

 

“第63回戦車道全国高校生大会準決勝・第二試合”で、私達大洗女子学園は昨年の優勝校である青森県代表・プラウダ高校(青森)を相手にT-34/76中戦車2輌を撃破。

 

更に逃走するフラッグ車を追って試合会場の中央部付近に有る“西洋風の廃村跡”へ進撃したのだが…全ては昨年の覇者・プラウダ高校が仕掛けた“罠”だった。

 

プラウダ高校戦車道チーム隊長“地吹雪のカチューシャ(チビッ子隊長)”は、大洗女子の仲間達が戦車道の経験に乏しい点を利用して(わざ)とフラッグ車を私達に見せた上で“偽りの敗走”を行い、調子に乗った私達を“西洋風の廃村跡”へ誘い込んでから一斉に包囲攻撃を行ったのだ。

 

 

 

西住隊長から万が一を託されて周辺警戒をしていた“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”リーダー兼車長である私・原園 嵐が無線で警告を発した直後、無線から“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”通信手・武部 沙織先輩の叫び声が飛び込んで来た。

 

 

 

「周り全部敵だよ!」

 

 

 

其の一言を切っ掛けに“カメさんチーム(38t軽戦車B/C型)”車長兼砲手(二回戦の対アンツィオ戦では一時的に砲手の座を農業科一年の名取 佐智子ちゃんに譲って装填手に回っていたが、今回から又砲手に復帰した)河嶋 桃先輩が悔し気な声で「罠だったのか!?」と叫んだ後、他のチーム各車から「「「えっ!?」」」と驚愕の叫び声が無線に響く中、私は仲間達へ向けて“更なる警告”を発した。

 

 

 

『皆、プラウダの攻撃が来るぞ!隊長、直ちに撤退を!』

 

 

 

次の瞬間、私達を包囲したプラウダ高校戦車道チームが一斉砲撃を開始した!

 

 

 

其れに対して包囲されている大洗女子は、私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”が相手に向けて撃ち返す事が出来たものの、他の各車は何も出来ない儘身動きさえ取れず、相手から撃たれ放題の状態に陥っていた。

 

そうなると当然、仲間達から被害が出る事になる。

 

 

 

「75㎜砲、吹き飛びました!」

 

 

 

ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”リーダー兼車長の澤 梓から被害を知らせる叫び声が上がる中、私は“何とかして、此処から脱出出来無いか?”と考え乍ら周囲を見回していると……

 

 

 

「全車、南西の大きな建物(教会跡)へ移動して下さい!あそこに立て籠もります!」

 

 

 

西住隊長が無線で籠城戦の指示を下した為、私は直ちに返信を送った。

 

 

 

『了解!私達は撤退を援護します!』

 

 

 

此れに対して、西住隊長から「分かりました!“あんこう”も援護します!」との返信が届くと、私と隊長の無線交信を聞いて居た砲手の瑞希が隣に居る装填手(相棒)へ向けて叫ぶ。

 

 

 

「舞、忙しくなるわ。しっかり弾を込めて!」

 

 

 

其れに対して彼女が元気良く「勿論!」と返すと、続けて瑞希が副操縦手(もう一人の相棒)へ指示を送る。

 

 

 

「良恵、舞のサポートを宜しく!」

 

 

 

すると彼女も大声で「了解!」と返して、車内が緊張感に包まれた時。

 

退避先で在る教会跡の玄関前で砲弾の炸裂音がした直後、“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”車長・エルヴィン先輩から“被害報告”が飛び込んで来た。

 

 

 

「履帯と転輪をやられました!」

 

 

 

其れに対して、西住隊長が私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”へ向けて「此方“あんこう”、“カバさん”を救援します!」と告げると、私も『了解!』と返答してから迫り来るプラウダ高校戦車道チーム目掛けて撃ち返していたが……

 

此の時、私は“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の右隣で砲撃中だった“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”の砲塔左側面に敵弾が斜めに掠る様にして弾かれたのを目撃した直後、西住隊長からも“被害報告”が入って来たのだ。

 

 

 

「此方“あんこう”より“ニワトリさん”へ。此方砲塔故障!今から“カバさん”を押して後退しますので、援護を御願いします!」

 

 

 

『了解!』

 

 

 

其の時、頭がカッとなった私は(やりやがったな、プラウダ!)と心の中で叫びつつ、車内の皆へ向けて号令を発した。

 

 

 

『皆、正念場よ!先輩達を守り抜いて!』

 

 

 

「「「了解!」」」

 

 

 

此の時、私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”は教会跡へ立て籠もろうとしている仲間達の時間稼ぎの為、たった1輌で迫り来るプラウダ高校戦車道チームの総攻撃に立ち向かっていた。

 

其れは、今思い返しても無謀な戦いだったけれど、私の指示に対してチームの仲間達が元気良く返答するのを聞いた時、本当に勇気付けられたのを覚えている。

 

そして私は砲手の瑞希(ののっち)へ新たな指示を出す。

 

 

 

『瑞希、もっと敵を引き付けて!砲塔基部を狙って!』

 

 

 

すると彼女は「嵐、其れじゃあこっちがやられちゃうわよ!」と怒鳴るが、私も“売り言葉に買い言葉”で……

 

 

 

『其れ処じゃ無いでしょ!今は仲間達全員の…あっ!?』

 

 

 

と怒鳴り返していた時だった。

 

イージーエイト(M4A3E8)の砲塔左側面にも敵弾が掠って行ったと思った時、車内が激しく揺れたのだ。

 

そして、車内で砲弾装填作業の為に立って居た装填手の舞がバランスを崩して危うく倒れそうになった時!

 

 

 

「ア痛ッ!」

 

 

 

『舞!?』

 

 

 

舞が顔を押さえて(うずくま)ったのを見た砲手の瑞希が傍に近寄ると鋭い声で状況を説明する。

 

 

 

装填手()が負傷!今の至近弾による車内の動揺で、顔面を砲塔内部の壁にぶつけた模様!」

 

 

 

チームのムードメーカーで有る舞が負傷した事でショックを受けた私だが、瑞希の冷静な対応で我に返ると直ちに指示を出す!

 

 

 

『了解!良恵、装填手交代!』

 

 

 

「了解!舞を副操縦手席に座らせます!」

 

 

 

そして私の指示を受けた副操縦手の良恵が直ちに舞を副操縦手席へ座らせた…実は此の時迄私と彼女は互いの事を『良恵ちゃん』「原園さん」と呼び合っていたが、此の時以降、御互いの名前を呼び捨てにする様になったのが、此のプラウダ戦で起きた“一寸したエピソード”だ。

 

一方、安静にする為、副操縦手席に座らされた舞の隣に座って居る操縦手の菫が心配気な声で「舞ちゃん、大丈夫!?」と呼び掛けた処……

 

 

 

「あ~っ…目の前を御星様が飛んでるよ~☆」

 

 

 

と答える彼女の姿を見た菫がホッとした声で「取り敢えず意識は有るみたいだね」と答えたのを聞いた私は表情を引き締めると彼女へ向けて新たな指示を出した。

 

 

 

『菫、直ちに後退!建物(教会跡)の中へ入る!』

 

 

 

「了解!」

 

 

 

 

 

 

漸く撤退援護を終えて教会跡へ入る事が出来た私達だったが、プラウダの猛攻は激しさを増すばかり。

 

其の様子を見た私は、チームの全車へ向けて“警告”を発した。

 

 

 

『“ニワトリ”より全車へ。ハッチを開けないで!恐らく、今からプラウダはIS-2の122㎜砲とKV-2の152㎜砲で此の建物(教会跡)毎、私達を生き埋めにする気よ!』

 

 

 

其れに対して、チームの仲間達から無線で「「「ええっ!?」」」と悲鳴が飛び込んできたが、私は構わず無線で「兎に角、怪我をしたく無かったら外へ出ない事!」と念押しした。

 

今大会の二回戦「プラウダ高校対ヴァイキング水産」戦でプラウダ高校はフィールド内の建物に立て籠もっていたヴァイキング水産の戦車隊に対して猛攻を加えた結果、ヴァイキング水産の選手に負傷者が出たにも関わらず、最後迄攻撃の手を緩めなかったのだ。

 

そんな実例がある以上、プラウダ高校は私達が全滅する迄砲撃を続ける筈…と思っていた時、不意にプラウダ側からの砲声が止んだ。

 

 

 

「砲撃が止んだ?」

 

 

 

無線で西住隊長が戸惑い気味に話し掛けて来ると、瑞希(ののっち)が安堵の溜め息を吐いてからこう語った。

 

 

 

「嵐…如何やら“最悪の予想”は外れたみたいね?」

 

 

 

私も彼女に向かって『うん……』と呟いた後、無線で西住隊長へ向けて返事をする。

 

 

 

『でも隊長、何故でしょう?砲撃を続ければプラウダは勝てたのに?』

 

 

 

だが其の時、私達の目の前に有る教会跡の玄関にプラウダ高校・戦車道チームのパンツァージャケットを着た少女が二人、白旗を持ってやって来た…如何やら私達との“交渉”をする為に派遣された“軍使”の様である。

 

 

 

 

 

 

一方、此方は試合会場からやや離れた場所に在る“首都テレビ”の実況中継部隊。

 

彼等を統括する「中継指揮車」の車内では、大洗女子学園・戦車道チームが立て籠もっている教会跡へやって来たプラウダ高校・戦車道チームからの“軍使”二人と大洗女子学園・戦車道チームの選手達の様子が備え付けの編集用モニターに映し出されていた。

 

今回の実況中継を担当する首都テレビは社運を賭けて様々な撮影機材を用意しており、撮影用ドローンの大量使用は当たり前、更には会場上空からの実況中継兼撮影用ドローン管制支援用のヘリコプターとしてSUBARU/ベル412EPX*1を“報道用ヘリ”として新たに導入した他、SUVを改造した移動中継車やオフロードバイクに乗った撮影班が試合会場内に複数展開しており、彼等は戦車道用とは言え実弾が飛び交う試合会場内での危険な撮影業務を果敢にこなしていた。

 

勿論撮影班は安全確保の為、ボディーアーマーやヘルメットを着用して撮影に当たっており、彼らが乗車する移動中継車も戦車道用の戦車と同じカーボンの内張り等を装着した防弾仕様であるが、流石にオフロードバイクは防弾仕様では無い。

 

但し乗車するライダーは防弾繊維製のツナギとカーボン製のプロテクター&ヘルメットで防護されていた。

 

又、撮影班が装備する撮影機材も首都テレビがスポンサーであるカメラ・電気機器メーカーと共同開発した最新型を用意しており、例えば屋外等でも選手達の会話が確実に拾える“高感度・無指向性&高指向性切り替え型収音マイク”や夜間の試合でも撮影が可能な“赤外線サーモグラフィカメラ”等が使用されていた。

 

だが、此れ等最新鋭の機材で撮影された実況映像を御茶の間へ届けるには、的確な編集作業が欠かせない。

 

其の為、撮影班が撮影した映像や大会本部に詰めている記者やレポーターが収集した情報は実況中継部隊の本部に当たる「実況中継車」へ集約され、其処で必要な編集作業を行ったり実況席に居るスタッフへの指示を出す等した後、実際に放送する実況映像を東京・JR上野駅に程近い“首都テレビ”本社へ送っているのである。

 

そんな中、「実況中継車」の車内では首都テレビの実況中継スタッフの一人が上司である総合プロデューサー・八坂 信夫に話し掛けて居た。

 

 

 

「試合前にプロデューサーが仰った通りの展開になりましたね……」

 

 

 

「言っただろう…“此の試合、プラウダが有利過ぎる”と。序盤で大洗に撃破された2輌のT-34/76も相手を罠に掛ける為の餌に過ぎなかった」

 

 

 

其処へ、別の女性スタッフが問い掛けて来る。

 

 

 

「でも、何故プラウダは教会跡に立て籠もっている大洗女子に止めを刺さないのでしょうか?」

 

 

 

其れに対して八坂は「言わずと知れた事さ……」と前置きしてから“プラウダが止めを刺さない理由”を推察して見せた。

 

 

 

「二回戦のヴァイキング水産戦の時みたいに相手チームに怪我人を出したら、プラウダは世間から()()()()()と言うレッテルを張られる事になるからな」

 

 

 

すると女性スタッフは「成程」と答えた後、「では、此の後如何しますか?恐らくプラウダは大洗に対して“降伏か徹底抗戦か”を決めさせるでしょうから、場合によっては実況中継を暫くの間中断せざるを得ないと思いますが?」と問い掛けた処、八坂は編集用モニターに映し出された大洗女子戦車道チーム隊長・西住 みほの顔を見詰め乍ら、こう決断した。

 

 

 

「いや、未だ中断はしない。暫くの間、教会跡に立て籠もっている大洗女子の様子を中継するんだ…俺が“もういい”って言う迄流し続けろ」

 

 

 

其の決断に対して彼の片腕的存在である“首都テレビ一のベテラン”で、此の実況中継ではチーフディレクターを務める大滝(おおたき) 秀次(ひでつぐ)が首を傾げ乍ら問い掛ける。

 

 

 

「試合再開迄時間が掛かるかも知れませんが、此の儘実況中継を続けても宜しいのですか?」

 

 

 

すると八坂は冷静な声で、こう答えた。

 

 

 

「ハッキリとは言えないんだが、此の後“何か”が起きる予感がするんだ…其れも()()()()()()()がな」

 

 

 

すると大滝は小さく頷いて「分かりました」と答えてから「実況中継車」内に居るスタッフ全員に向けて指示を出した。

 

 

 

「皆、聞いたな?中継は暫くの間続行だ。今から大洗女子の一挙手一投足を絶対に見逃すな!中継部隊の全員と実況席にもそう伝えろ!」

 

 

 

こうして、首都テレビ・実況中継部隊の全スタッフは教会跡に立て籠もる大洗女子の状況把握に全力を上げる事となった。

 

其の結果、此の後首都テレビは“歴史的なスクープ(戦車道史上に残る大事件)”を全国放送する事になる。

 

 

 

 

 

 

「カチューシャ隊長からの伝言を持って参りました」

 

 

 

其れが、私達の目の前にやって来たプラウダ高校・戦車道チームから派遣されて来た“軍使”からの第一声だった。

 

続けて彼女から“伝言の内容”が伝えられる。

 

 

 

「“降伏しなさい。全員土下座すれば許してやる”だそうです」

 

 

 

其の“伝言”を聞いた西住隊長がショックを受けたのか「あっ……」と呟く中、話を聞いて居た瑞希(ののっち)が不敵な表情を浮かべ乍ら軽口を叩いた。

 

 

 

「へえ~。意外と()()()()()じゃん」

 

 

 

其れに対してプラウダ側の“軍使”の一人が渋い顔を浮かべたが、此処で河嶋先輩が彼女に向けて噛み付いて来る。

 

 

 

「何だと…“Nuts(ナッツ)!(バカめ!)”*2

 

 

 

だが此処で菫が呆れ顔を浮かべつつ、一言……

 

 

 

「あの、河嶋先輩。私達は米陸軍第101空挺師団(スクリーミングイーグルス)*3じゃ無いですから」

 

 

 

とツッコむと瑞希も……

 

 

 

「そうそう。私達にはヤーボ(対地攻撃機)の支援爆撃やC-47輸送機からの補給物資投下も無ければ、クレイトン・エイブラムス中佐*4率いる第37戦車大隊の救援も来ないのですよ?」

 

 

 

とツッコんで来た為、私は呆れ顔で二人へ向けてこう答える破目になった。

 

 

 

『二人共…こんな時に河嶋先輩の発言をネタにしない!』

 

 

 

すると私達の掛け合いを聞いて呆れ顔を浮かべて居た軍使の一人が“用件”を思い出したらしく、慌てて表情を引き締めると私達へ向けて“最後の通達”を送って来た。

 

 

 

隊長(カチューシャ)()()()()ので、3時間は待ってやると仰っています…では」

 

 

 

だが此処で“プラウダの作戦”について疑問を抱いていた私は帰ろうとする軍使に向けて声を掛けた。

 

 

 

『一寸待って』

 

 

 

すると私に呼び止められた軍使が「何でしょうか?」と問い掛けた為、私は彼女へ向けて質問を発する。

 

 

 

『貴方達、何故此の建物を砲撃して止めを刺さなかったの…出来たでしょ?』

 

 

 

其れに対して、二人の軍使が揃って“()()()”を浮かべたのを見た私は真面目な声でこう問い掛けた。

 

 

 

『プラウダには122㎜砲を持つIS-2と152㎜砲を持つKV-2重戦車が有るよね。122㎜砲も152㎜砲も本来は戦車砲じゃ無くて軍団砲兵部隊用の野戦重砲だった筈。なら、此の建物毎私達を吹き飛ばす事が出来たんじゃないかな…二回戦の対ヴァイキング水産戦の時の様に』

 

 

 

すると二人居る軍使の内の一人がキッパリとした声でこう答えた。

 

 

 

「私達は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

此れに対して、私の近くに居た瑞希が「二回戦の時みたいに、相手に怪我人を出して迄勝つ心算は無いと言う訳ね?」と問い掛けた処、先程とは別の軍使が“ウンザリ顔”を浮かべ乍ら「もう、宜しいでしょうか?」と答えた為、私は頷き乍ら『ええ』と答えた後、プラウダ高からの軍使二人は其の場を去って行った。

 

其の姿を見送り乍ら、私は心の中で『やっぱり…プラウダ高は瑞希の言う通り、二回戦で相手チームに怪我人を出した事が堪えているみたいだな』と思いつつ『此の状況をどう利用して、今の難局を乗り切るべきだろうか?』と考えて居た処、“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”リーダー兼車長・磯辺 典子先輩がプラウダ高による降伏勧告に対して怒りの声を上げた。

 

 

 

「誰が土下座なんか!」

 

 

 

続けて河嶋先輩が「全員自分(カチューシャ)より身長を低くしたいんだな!」と叫ぶと、“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”車長・エルヴィン先輩も「徹底抗戦だ!」と吼える。

 

そして“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”リーダー兼車長・澤 梓も「戦い抜きましょう!」と“普段の彼女なら有り得ない程の怒りの声”を上げて、チームの仲間達が“徹底抗戦”の覚悟を決めつつ有ったのだが……

 

其の時、西住隊長は不安気な声でこう語るのだった。

 

 

 

「でも、こんなに囲まれていては…一斉に攻撃されたら怪我人が出るかも」

 

 

 

『あっ!?』

 

 

 

其の言葉に、私が意表を突かれた時、“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”の先輩方が西住隊長へ“エール”を送って来た。

 

 

 

砲手・五十鈴 華先輩が「みほさんの指示に従います」と告げると……

 

 

 

通信手・武部 沙織先輩が「私も!土下座位したって良いよ!」と語り……

 

 

 

続けて装填手・秋山 優花里先輩も「私もです!」と答えると……

 

 

 

最後に操縦手・冷泉 麻子先輩が「準決勝迄来ただけでも上出来だ。無理はするな」と話すのを見て“ホッ”とした表情を浮かべる西住隊長を見た私は『先輩方……』と呟き乍ら視線を“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”の方へ移すと梓達チームメイト全員が悲し気な顔で俯いている姿を見て、複雑な表情を浮かべた。

 

 

 

『そうだ…此の試合に負けたら、私達の母校は廃校になってしまう。だけど西住隊長の言う通り、此の儘試合を続けたら取り返しの付かない事故が起きるかも知れない』

 

 

 

“母校の命運と仲間達の安全”の間で、私の心が揺れ動いていた時、突然“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の装填手・二階堂 舞が先程の試合中に顔面を砲塔内部の壁にぶつけて負った怪我(幸い目は大丈夫で、額の真ん中に小さなたん瘤が出来た程度の軽傷だった)の治療を終えた姿で、西住隊長へ向けて直訴して来た。

 

 

 

「待って下さい隊長…私達、未だ戦えます!」

 

 

 

其の声を聞いて、舞の姿を見た西住隊長は驚いて「二階堂さん!?其の顔は!?」と大声で叫んだ為、舞は彼女よりも大きな声で答えた。

 

 

 

「砲塔の壁に顔をぶつけて額にたん瘤を作っただけです!今はフェイスガードを着けたから大丈夫です!」

 

 

 

舞の言い分は事実で、私も彼女が瑞希(ののっち)や菫からの手当てを受けているのを見たから知っていたが、彼女は額に出来たたん瘤の治療が終わった後、サッカー選手が試合中に顔面を怪我をした時に着用するフェイスガードを装着した為、其の姿を見た西住隊長が驚きの声を上げたのだった。

 

だが舞は西住隊長に対して更なる“直訴”を続ける。

 

 

 

「其れより…私、“自分が怪我をした所為で試合に負けた”だなんて、言われたくありません!自分は大丈夫ですから最後迄戦わせて下さい!」

 

 

 

「二階堂さん……」

 

 

 

普段の“幼い雰囲気と言動”からは想像出来ない位の大声と必死の形相で“直訴”する舞の姿を見て気圧される西住隊長だったが、其処へ瑞希(ののっち)が二人の間へ割って入ると舞へ向けて忠告をした。

 

 

 

「落ち着きなさい、舞。アンタはみなかみタンカーズに居た頃から“誰よりも激しい闘志の持ち主”だと言うのは知っているけれど、其れを知らない西住先輩達がビックリしているわよ?」

 

 

 

「あっ……」

 

 

 

瑞希(ののっち)の忠告で我に返った舞が辺りを見回すと其処には困惑する西住隊長と仲間達の姿が在った…皆、普段の雰囲気とは全く異なる舞の姿を見て圧倒されていたのだ。

 

其の事に気付いた舞が西住隊長の前で俯くと彼女が舞へ向けて優し気な声で、こう告げた。

 

 

 

「二階堂さん、貴女が怪我をしたから降伏しようと考えた訳では無いから誤解しないでね…でも今の状況で一斉攻撃されたら、もっと酷い怪我人が出るかも知れない。其れは分かってくれるよね?」

 

 

 

其れに対して、舞が薄っすらと涙を浮かべ乍ら「はい…取り乱して、申し訳ありませんでした」と西住隊長に謝罪した為、私を含めた皆も“確かに、此れ以上怪我人が出たら取り返しが付かなくなるから、隊長の言う通り降伏も止むを得ない”と言う雰囲気になっていた時。

 

 

 

「駄目だ!絶対に負ける訳にはいかん!徹底抗戦だ!」

 

 

 

私達・チームの副隊長にして“チーム一の問題児( ダメ人間 )”・河嶋先輩が西住隊長の意見に真っ向から反対の声を上げたのだ。

 

 

 

其れに対して西住隊長が「でも!」と反論するが、河嶋先輩はまるで駄々っ子の様に「勝つんだ!絶対に勝つんだ!勝たないと駄目なんだ!」と叫ぶだけで聞く耳を持たない。

 

其の様子を見た私は隣に居る瑞希(ののっち)に対して、他の()達には聞こえない様に小声で話し掛けた。

 

 

 

瑞希(みずき)…河嶋先輩、かなりヤバそうだけど止めた方が良いんじゃないかな?』

 

 

 

其れに対して彼女も「う~ん。西住先輩も居るけど此の儘だとあの件(廃校)をバラしかねないわね……」と呟いた処、西住隊長が再び河嶋先輩へ向けて反論を始めた。

 

 

 

「如何して、そんなに…初めて出場して、此処迄来ただけでも凄いと思います」

 

 

 

続けて西住先輩は、一回戦で対戦したサンダース大付属の隊長・ケイさんの言葉を引用して河嶋先輩の説得に掛かった。

 

 

 

「“戦車道は戦争じゃ有りません”。勝ち負けより大事な物が有る筈です」

 

 

 

此れに対して河嶋先輩が大声で「勝つ以外の何が大事なんだ!」と言い返すが、西住隊長はこう答えたのだ。

 

 

 

「私、此の学校へ来て、皆と出会って、初めて戦車道の楽しさを知りました」

 

 

 

『!』

 

 

 

“西住隊長の告白”が、試合前日に私が生徒会へ向けて告げた“今の気持ち”と同じだと言う事に気付いた私は『西住隊長も、此の大洗へ来て戦車道が好きになったんだ!?』と思って衝撃を受けていると、彼女は続けてこう語ったのだ。

 

 

 

「此の学校も戦車道も大好きになりました!だから、其の気持ちを大事にした儘、此の大会を終わりたいんです!」

 

 

 

『先輩!』

 

 

 

此の時、私は“戦車道を一度は捨てた西住隊長(先輩)と自分が大洗へ来て、仲間達と出会った事で、共に初めて戦車道が好きになった”事実を知った事で、私の心の中は感極まっていた。

 

其れと同時に、私は西住隊長の戦車道に対する考え方が「戦車道はね、試合に勝つ為にやるんじゃ無くて、戦車に関わる事で皆が仲良くなる為にやるんだよ」と常々語っていた私の父・原園 直之の言葉と重なっている事に気付いた。

 

此の事に気付いた私は“此れからもずっと西住隊長へ従いて行こう!例え此の試合に負けて学校が廃校になっても西住隊長と同じ気持ちで戦車道は続けられる!”と決意を固めていたのだが……

 

其の時、西住隊長に説得されていた河嶋先輩が泣きそうな声で「何を言っている……」と呟いた後、大声でこう叫んだのだ!

 

 

 

「負けたら、我が校は無くなるんだぞ!」

 

 

 

其の時、西住隊長が河嶋先輩へ向けて戸惑い乍らも「えっ…負けたら学校が無くなる?」と問い掛けているのを見た私は心の中で、こう毒突いたのだった。

 

 

 

(あの女(桃ちゃん)…とうとう“廃校の秘密”を皆にバラしやがった!)

 

 

 

だが…此の時、私達・大洗女子戦車道チーム全員は“ある事”に気付かなかった。

 

私達が立て籠もっている教会跡での会話と映像の全てが“首都テレビの実況生中継”によって試合会場内の観客席は勿論の事、全国の御茶の間にも流されていたと言う事実を。

 

 

 

(第71話、終わり)

 

*1
陸上自衛隊の多用途ヘリコプター・UH-2の民間仕様。と言うかUH-2のベースになった機体。

*2
此の言葉は1944年12月に起きた「バルジの戦い」の一つであるバストーニュ包囲戦の際、降伏勧告を告げに来たドイツ軍々使に対して米陸軍第101空挺師団の師団長代理・アンソニー・クレメント・マコーリフ准将(1898生―1975没)が発したとされる。此の当時、第101空挺師団は師団長が米本国へ帰国中、副師団長と幕僚は打ち合わせの為に英国に居る状態で出撃命令が出て最前線へ送り込まれた為、本来は師団砲兵指揮官のマコーリフが師団長代理となっていた。

*3
米陸軍の最精鋭師団の一つ。1918年に歩兵師団として編成されたが、本格的な運用が始まったのは空挺師団として再編成された1942年の事である。第二次世界大戦中はノルマンディー上陸作戦を始め西部戦線で活躍後、紆余曲折を経て1956年から常設の空挺師団として再編成されて現在に至る。映画「プライベート・ライアン」「ハンバーガー・ヒル」TVドラマ「バンド・オブ・ブラザース」にも登場する。

*4
クレイトン・エイブラムス中佐(1914生―1974没)は「バルジの戦い」当時、第4機甲師団R戦闘団に所属する第37戦車大隊長。バストーニュ包囲戦の際、彼の指揮した部隊がドイツ軍の包囲網を破って第101空挺師団を中心とするバストーニュ守備隊を救出した。其の後、エイブラムスは昇進を続けて大将となり、1972年から74年に肺癌で死去する直前迄米陸軍参謀総長を勤めた。現在、米陸軍の主力戦車であるM1エイブラムスは彼の名に因んで命名されている。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第71話をお送りしました。

遂に桃ちゃん、やってしまいました。
更に首都テレビが桃ちゃんのやらかしを全国放送した事で、此の後更なる混乱が……
そして次回、更なる桃ちゃんの発言で嵐・瑞希・菫・舞のみなかみタンカーズ組が窮地に!
果たして、何が起きてしまうのか!?

其れでは、次回をお楽しみに。



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第72話「暴露です!!(其の2)」


今回、桃ちゃんの暴露によって嵐達が窮地に…一体、何が有ったのか!?
そして彼女達以外にも窮地に陥った少女が……

其れでは、緊迫感が増して来た今回の話をどうぞ。


 

 

 

此処は、東京都内・湾岸地区に在るホテル。

 

其の最上階に在る宴会場では、今日此のホテル近くに在るライブハウス「Dietrich(ディートリッヒ)・TOKYO」で開催されていた「346プロダクションPresents・全国ローカルアイドルバトル・決勝戦」の打ち上げが行われていたが先程終了し、打ち上げの参加者達(出場したアイドルや今回のイベントの関係者が中心)は其の儘帰宅の途に就くか、此のホテルの部屋で一泊する事になっていた。

 

其のホテル最上階の廊下を4人の少女が歩いている。

 

此の内、3人は“346プロダクション”のアイドルユニット“ニュージェネレーションズ”のメンバー・島村 卯月・渋谷 凛・本田 未央である。

 

今回、彼女達は所属プロダクションが主催する「全国ローカルアイドルバトル・決勝戦」のゲストとして出演しており、決勝戦出場者によるライブパフォーマンス終了後の審査員による審査の時間を利用してライブを行ったり、優勝者や各賞受賞者へのトロフィーや副賞等のプレゼンター(贈呈者)を務めていた為、此の打ち上げに参加していた。

 

 

 

そして彼女達と一緒に歩いている“優勝トロフィーを持った4()()()()()()”こそ…“大洗のアイドル”磯前 那珂だった。

 

 

 

彼女は此の決勝戦で自身の持ち歌『恋の2-4-11』を熱唱。

 

其のパフォーマンスで他を圧倒する華やかさ(可愛さ)と歌唱力を会場内の観客や審査員・ゲストは元より、全国から集ったライバル達にも見せ付けた。

 

其の凄さは、此のイベントの責任者の一人として会場内の関係者席に居た“346プロダクション”専務・美城が隣に居た部下のプロデューサー( 武内P )に「私が求めているアイドル像とは少し異なるが、彼女の実力は本物だな」と語った程だ。

 

そして審査員と会場内の観客による投票の結果、彼女は他のライバルに圧倒的な差を付けて優勝。

 

優勝トロフィーと副賞が授与された他、“346プロダクション・プロデュースでのメジャーデビュー”も決定した。

 

と言う訳で4人は此れからホテルで一泊する予定なのだが、其の前に衣装を普段着に着替える為、ホテルの宴会場と同じ最上階に在る“控室兼着替え室”へ向かって歩き乍ら会話を交わしている内に彼女達は仲良くなっていた。

 

そんな中、話題が“那珂の出身地は、今年の戦車道全国高校生大会で旋風を巻き起こしている大洗女子学園・戦車道チームと同じ茨城県大洗町で在る”と言う内容で盛り上がっていた時……

 

 

 

「えっ、那珂ちゃんは“大洗女子学園・戦車道チーム”の皆さんと御知り合いなんですか!?」

 

 

 

那珂の話を聞いて居た卯月が驚きの声を上げると彼女は笑顔で頷き乍ら答える。

 

 

 

「うん。全国大会が始まる少し前に大洗町で“大洗女子対聖グロの練習試合”が有った時、大洗シーサイドステーションで併催された“私の単独オンステージ”で御客様(五十鈴 百合)が倒れるトラブル*1が起きてね。私のスタッフさん達が御客様を助けて事無きを得たんだけど、其の時一緒に居たのが大洗女子の隊長を務める西住 みほさん達で…其の時から彼女達に興味を持って応援している内に知り合ったんだ」

 

 

 

すると凛が興奮気味の声で……

 

 

 

「本当ですか!? 私、一回戦の対サンダース大付属戦を事務所の皆と一緒にTVの生中継で見た時から大洗女子のファンなんです!」

 

 

 

と語っていると、彼女の様子を見ていた未央が……

 

 

 

「だから“しぶりん()”は二回戦の対アンツィオ高戦の実況中継でゲストに呼ばれた時、凄くテンションが高かったんだよ」

 

 

 

と語った処、凛は再びハイテンションな声でこんな事を言った。

 

 

 

「だって御仕事とは言え試合を生で見れた上、試合後に西住さん達へ直接インタビュー出来たから最高だった!」

 

 

 

其れに対して未央が「“しぶりん()”が大洗女子のファンなのは“校章のカラーデザインが()()から”だと思うけどね♪」と軽くツッコミを入れるが、其処へ那珂が笑顔でこう答えた。

 

 

 

「其の試合なら私も見に行ったよ。実は両親が勤めている“児童養護施設”で暮らしている子供達を連れて行ったの…其れと試合後に凛さんが西住さん達へインタビューしている場面も子供達と一緒に()で見ました♪」

 

 

 

其れを聞いた凛が嬉し気な声で「本当!?」と答える中、今度は卯月が羨まし気な声を上げた。

 

 

 

「良いなあ♪私も大会一回戦の聖グロ対BC自由学園戦の実況中継でゲストに呼ばれましたけれど、聖グロのダージリン隊長さんもBC自由のアスパラガス隊長さんも凛々しくてカッコ良かったです♪」

 

 

 

すると那珂は不安気な声でこう語る。

 

 

 

「でも今、大洗女子は去年の優勝校・プラウダ高校と対戦だから…試合前に“一緒に勝とうね!”とは言ったけど、今度ばかりは大洗の皆、勝つのは難しいだろうから凄く心配なの」

 

 

 

其れに対して、彼女の不安を感じ取った未央が……

 

 

 

「そうか…だから“今日の那珂ちゃんのステージ、気合が入っていて凄いな!”って思った居たけど、そう言う事情が有ったんだ」

 

 

 

と那珂を労る様な声で話し掛けると彼女はこう答えた。

 

 

 

「うん。だから今は優勝出来てホッとしてる…後は大洗女子の皆が最後迄怪我無く頑張ってくれれば、例え彼女達が負けても何も言う事無いよ」

 

 

 

其の言葉に卯月と凛が互いに頷いて居る中、未央だけは不安を打ち明ける。

 

 

 

「でも…私、大洗女子の皆が心配だな」

 

 

 

其れに対して那珂も頷くと「未央ちゃんもそう思う?」と話し掛けた処、彼女は皆に向かってこう訴えたのだ。

 

 

 

「だってプラウダ高の連中、酷いんだよ!私、二回戦の対ヴァイキング水産戦の実況中継でゲストに呼ばれて試合を生で観た*2けど、相手の選手に怪我をさせて迄勝とうとするなんて…あの時は私、ショックで一言もコメント出来なかったよ!」

 

 

 

其れに対して凛が頷き乍らこう指摘する。

 

 

 

「うん。プラウダのやり方は、ネットの掲示板やSNSでもかなり非難されているよ」

 

 

 

すると卯月も頷いた後、こう語ったのだ。

 

 

 

「私も相手チームに怪我人を出して迄勝とうとするのは良く無いと思うし、しかもあの試合の所為でウチの事務所の友達の双葉 杏ちゃんとアーニャ…アナスタシアさん、最近元気が無くて」

 

 

 

「えっ、何故!?」

 

 

 

彼女の言葉を聞いた那珂が驚いていると未央が其の理由について説明をしてくれた。

 

 

 

「二人共、出身地がプラウダ高の隊長(カチューシャ)副隊長(ノンナ)と同じ北海道だから、大会の実況中継をやってる首都テレビ以外の()()()()から其の事で連日“如何思いますか?”って質問責めに遭っているんだよ」

 

 

 

すると那珂は悲し気な声で「二人共可哀想…“出身地が同じ”と言う理由だけで(とばっち)りを受けるなんて」と語ると凛が頷きながらこう答えた。

 

 

 

「其れだけ、プラウダ高が世間から厳しい目で見られている証拠だよね」

 

 

 

其処へ卯月が「皆、“控室兼着替え室”の前に来ましたよ」と告げた為、4人は一旦話を打ち切ると皆を代表して卯月が部屋の扉をノックした。

 

すると「如何ぞ」と返事が有った為、4人は卯月を先頭に凛・未央・那珂の順で部屋へ入る。

 

其処には凛も所属するアイドルユニット“トライアドプリムス”のメンバー・神谷 奈緒と北条 加蓮が控室に設置された液晶テレビに映し出されている“戦車道全国高校生大会準決勝第二試合「大洗女子学園対プラウダ高校」”の実況中継を見ていた。

 

実は“トライアドプリムス”のメンバーも「全国ローカルアイドルバトル・決勝戦」のゲストとして出演していた為、此の打ち上げに参加していたのである*3

 

すると彼女達の姿に気付いた奈緒が「あっ、凛に那珂ちゃん達」と呼び掛けると加蓮も「皆、御疲れ様。那珂ちゃん、優勝トロフィーは其処の机に置いて良いよ」と告げた為、那珂は化粧台の手前に在る机に優勝トロフィーを置いた後、御辞儀をしてから二人に向けて挨拶をした。

 

 

 

「神谷さん、北条さん、有難う御座います…其れで今、TVに映って居るのは戦車道全国高校生大会の準決勝(大洗女子対プラウダ高)ですよね?」

 

 

 

其れに対して奈緒と加蓮が頷いた処、凛がソワソワし乍ら「試合、如何なった?」と問い掛けると奈緒が……

 

 

 

「其れがね、今試合は中断中だって」

 

 

 

「「「?」」」

 

 

 

其の言葉に“ニュージェネレーションズ”の3人と那珂が戸惑っていると加蓮が補足説明をする。

 

 

 

「大洗女子を“教会跡”へ追い詰めたプラウダ高のカチューシャ隊長が一旦攻撃を中止した後、軍使を送って大洗女子の選手達に“降伏するか徹底抗戦かを決める迄3時間待ってやる”と告げてから“降伏するか否か”を巡って大洗女子学園戦車道チーム隊長の西住さんと副隊長の河嶋さんが口論しているみたいなの」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

其れに対して那珂が驚きの声を上げた処、奈緒が心配気な声で今の状況を告げる。

 

 

 

「今、実況中継は教会跡に立て籠もっている大洗女子の様子をずっと映しているから彼女達の状況は手に取る様に分かるんだけど……」

 

 

 

其処へ加蓮も不安気な声で「其れで西住さん、河嶋さんを説得しているんだけど彼女は聞く耳持たないって感じで『負ける訳には行かない!徹底抗戦だ!』って叫んで居て……」と説明していた時だった!

 

 

 

突然、TV画面に大洗女子学園戦車道チーム副隊長・河嶋 桃の顔がアップで映し出された途端、()()()()()を喋ったのだ!

 

 

 

「何を言っている…()()()()()()()()()()()()んだぞ!」

 

 

 

「「「えっ!?」」」

 

 

 

“余りにも衝撃的な発言(負けたら即廃校)を聞かされた全員がショックを受ける中、卯月が隣に居る那珂に向けて問い掛ける。

 

 

 

「其れって…此の試合、大洗女子学園が負けたら廃校になるって事なんですか!?」

 

 

 

だが其の直後、卯月は那珂の表情が凍り付いているのに気付いて“しまった!”と思ったが、時既に遅し。

 

彼女は震え声で……

 

 

 

「私…知らない!大洗女子学園が“廃校”だなんて!」

 

 

 

と叫んだ直後失神し、其の場に倒れ込んでしまった。

 

 

 

「「「那珂ちゃん!?」」」

 

 

 

倒れてしまった那珂の姿を目の当たりにして動揺する卯月達だったが、此処で唯一人冷静に状況を見ていた凛が皆に向けて叫んだ。

 

 

 

「皆、落ち着いて!奈緒と加蓮は私と一緒に那珂ちゃんを介抱するよ!其れと卯月と未央は、今直ぐプロデューサー( 武内P )さんを呼んで来て!」

 

 

 

「「「はいっ!」」」

 

 

 

こうして、卯月・未央・奈緒・加蓮は凛と共に那珂の介抱とプロデューサー( 武内P )への緊急連絡を素早く行うのだった。

 

 

 

 

 

 

戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない

 

 

 

 

 

 

第72話「暴露です!!(其の2)」

 

 

 

 

 

 

(あの女(桃ちゃん)…とうとう、バラしやがったー!)

 

 

 

其れは、余りにも“最悪なタイミング”だった。

 

第63回戦車道高校生全国大会・準決勝第二試合『青森県代表・プラウダ高校対茨城県代表・大洗女子学園』の最中、プラウダ高隊長・カチューシャの仕掛けた罠に嵌った私達・大洗女子学園戦車道チームはプラウダ高の軍使から提示された降伏勧告の受け入れを巡って西住 みほ隊長と河嶋 桃副隊長が対立。

 

あくまで徹底抗戦を主張する河嶋副隊長に対して、西住隊長は「此の儘試合を続行すると怪我人が出るかも知れない」と指摘した上で「私、此の学校へ来て、皆と出会って、初めて戦車道の楽しさを知りました…此の学校も戦車道も大好きになりました!だから、其の気持ちを大事にした儘、此の大会を終わりたいんです!」と告白し、“こうなった以上、降伏も止むを得ない”と説得していたのだが……

 

何と河嶋副隊長は“今迄、生徒会関係者と私達「群馬みなかみタンカーズ組(嵐・瑞希・菫・舞)」だけの秘密”だった「此の大会で負けたら、大洗女子学園は廃校になる」と言う事実を戦車道チーム全員の前でブチ撒けたのだ!

 

 

 

「えっ!? 負けたら…学校が無くなる?」

 

 

 

“衝撃的な告白”を聞かされた西住隊長が真っ青な顔になって河嶋副隊長に問い掛けている様子を見た私は、此の場を落ち着かせる為に……

 

 

 

『あの…河嶋先輩(副隊長)、落ち着いて下さい。今、先輩は何を言ったのか、分かっていますよね?』

 

 

 

と話し掛けたのだが…

 

其の時、彼女は“鬼の様な形相”で私を睨み乍ら、こう叫んだのだ!

 

 

 

「オイ原園、誤魔化すな!御前やみなかみタンカーズの仲間達(瑞希・菫・舞)だって此の大会に負けたら学園が廃校になる事は知っていただろう!」

 

 

 

「「『!?』」」

 

 

 

“暴発”した河嶋副隊長の“告発”によって私と瑞希・菫・舞がショックを受ける中、角谷会長が鋭い声で「河嶋、もう止めろ!」と叫んだが、時既に遅かった。

 

其の直後、“告発”を聞いた仲間達が次々に私達“群馬みなかみタンカーズ(嵐・瑞希・菫・舞)”組を問い詰めて来たのだ。

 

 

 

「何だって!?」

 

 

 

「原園達も廃校の事を知っていたのか!?」

 

 

 

皆の厳しい視線が私達へ向けられる中、“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”通信手・宇津木 優季が“恋人”である瑞希(ののっち)に対して縋る様な声で「“ののっち(瑞希)”…其れ、如何言う事!?」と問い詰めるが、彼女は唇を嚙み締めた儘一言も答えられない。

 

更に、其の隣では……

 

 

 

「佐智子…まさか、生徒会役員の貴女も廃校の事を知っていたの!?」

 

 

 

ニワトリさんチーム( M4A3E8 )”副操縦手・長沢 良恵が“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”装填手兼生徒会役員(戦車道担当・副会長補佐官(マネージャー))で、従妹の名取 佐智子を追求すると彼女は泣きそうな声で、こう叫んだ。

 

 

 

「言える訳無いでしょ!こんな話!」

 

 

 

『ああ……』

 

 

 

河嶋副隊長の“告発”で、仲間達が内部崩壊しつつある姿を見た私はショックで何も考えられなくなっていたが…其処へ、エルヴィン先輩が“トドメ”となる一言を放って来た。

 

 

 

「まさか、原園達は生徒会の手先だったのか!?」

 

 

 

『私達が生徒会の手先…そんな!?』

 

 

 

其の瞬間、私の心は奈落の底へ落ちて行った……

 

 

 

 

 

 

河嶋副隊長の“告発(暴発)”によって内部崩壊の危機に陥った大洗女子学園戦車道チーム。

 

だが此処で、渦中に在った“ニワトリさんチーム( M4A3E8 )”砲手・野々坂 瑞希が皆の前に立つと……

 

 

 

「皆聞いて!私や菫と舞は生徒会から廃校の件を事前に知らされた上で此処へ入学したから、何を言われても構わないわ!」

 

 

 

と叫んで“河嶋先輩の告発は事実で有る”と認めた後、更にこう告げたのだ。

 

 

 

「でも、嵐だけは許してあげて!だって大洗の学園艦は此の()御父様(直之)の故郷…だから学園が廃校になったら、亡くなった御父様(直之)の故郷も無くなってしまうの!だから彼女は御父様(直之)の故郷を守る為、否応無しに戦うしか無かったの!」

 

 

 

「「「ええっ!?」」」

 

 

 

此の時、瑞希の告白で“嵐達が「此の大会で負けたら、大洗女子学園は廃校になる」と言う秘密を生徒会と共有していた理由”を知った仲間達は一斉に驚きの声を上げると同時に“此の事で嵐を問い詰めたのは間違いだった”と気付いた。

 

特に嵐達を「生徒会の手先だったのか!?」と詰問してしまった“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”車長・エルヴィンは……

 

 

 

「しまった…言い過ぎた!」

 

 

 

と後悔の念を呟いて居た。

 

そんな中、角谷会長が皆の前に立つと「済まない、野々坂ちゃん…そして皆、今迄隠していて済まなかった」と語った後、こう話した。

 

 

 

「先ず、学園の廃校に付いては河嶋の言う通りだ。此の全国大会で優勝しなければ我が校は廃校になる」

 

 

 

続けて彼女は“何故、此の大会で優勝しなければ大洗女子学園が廃校になるのか?”についての説明を始めるのだった。

 

 

 

あれは、今年1月初め頃の出来事だった。

 

突然、私と小山と河嶋が文科省・学園艦教育局へ呼び出されるといきなり“辻”って言う名の担当者から「学園艦は維持費も運営費も掛かりますので、全体数を見直し統廃合する事に決定しました。特に成果の無い学校(大洗女子学園)から廃止します」と告げられたんだ。

 

勿論私達は「納得出来ない!」と反発したけど担当者は「今、納得出来なかったとしても今年度中に納得して頂ければ此方としては結構です」と返すだけだった。

 

でも其の時、担当者が「昔、此の学校は戦車道が盛んだった様ですが……」と言ったのを聞いた私は咄嗟にこう切り返したんだ。

 

 

 

「じゃあ、戦車道やろうか?()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

 

「其れで戦車道を復活させたんですか……」

 

 

 

角谷会長の説明を聞いたみほが戸惑い気味に答えると会長は淡々とした声で話を続けた。

 

 

 

「戦車道をやれば助成金も出るって聞いていたし、其れに学園運営費にも回せるしね」

 

 

 

其れに対して梓が「じゃあ、世界大会と言うのは嘘だったんですか!?」と会長を問い詰めるが、其処へ瑞希が口を挟む。

 

 

 

「大丈夫。其れは嘘じゃ無いから…只、二年後の日本開催は未だ“内定”の段階だけど」

 

 

 

すると典子が「でも、行き成り優勝なんて無理ですよ~」と悲鳴を上げると会長は半ば御道化た声でこう答えた。

 

 

 

「いや~昔盛んだったんなら、もっと良い戦車が有ると思っていたんだけど…予算が無くて良いのは皆売っちゃたらしいんだよね~」

 

 

 

其処へ菫が「あのスポーツカーマニアの理事長がスポーツカーを買う為に戦車を売った御金を不正流用とか?」と述べた処、会長は苦笑しつつ「いや、流石に其れは無いから。本当だったら犯罪だし」と語って彼女の推理を否定したが、今度は優花里が「では、此処に有る戦車は?」と問い掛けると会長は御道化た声でこう答えた。

 

 

 

「ああ、明美さんが無償でリースしてくれたイージーエイト(M4A3E8)以外は皆、売れ残った奴」

 

 

 

此れに対してカエサルが「其れでは、優勝など到底不可能では?」とツッコむが、其処へ河嶋が悲し気な声で“当時の事情”を述べるのだった。

 

 

 

「だが、他に考え付かなかったんだ。古いだけで何の特徴も無い学校が生き残るには……」

 

 

 

すると会長が真面目な声でこう語る。

 

 

 

「だから戦車道を復活させると決めた直後、明美さんから“スポンサーになりたい”との申し出が有った時、迷わず乗ったんだよ。原園ちゃん()を戦車道へ復帰させる様に説得すれば戦車を無償でリースしてくれるし、戦車道の経験者(瑞希・菫・舞)も送り込んでくれると言う話だったから。更に明美さんは転校生の資料から西住ちゃんがウチへ転校して来る事迄教えてくれたから、本当に救いの神だったよ」

 

 

 

此処でみほが「明美さんが私の事を……」と呟いて“自分が再び戦車道を履修する事になった経緯”を思い出していると、会長が何とも言えない表情を浮かべ乍ら戦車道を復活させる事を決めた当時の心情を語った。

 

 

 

「無謀だったかもしれないけどさ、後一年泣いて学校生活を送るより、希望を持ちたかったんだよ」

 

 

 

其の後、会長の隣に居た柚子が「そして長沢さん」と告げた後、こう説明した。

 

 

 

「名取さんはね、サンダースとの一回戦で私達が大ピンチになった時、桃ちゃんが“廃校”の事を口走ったのを聞いてしまったの。其れで試合後、彼女には事情を説明した上で口止めしたのよ」

 

 

 

其処へ佐智子も……

 

 

 

「もしも廃校の事実が皆に知られたらチームがバラバラになると思い、此の事は墓の中迄持って行く心算でした…そして良恵、本当に御免ね」

 

 

 

と謝罪した後、柚子も「皆…黙っていて、御免なさい」と述べた上で謝罪した。

 

 

 

だが…謝罪したからと言って、“此の試合に負けたら母校が無くなる”と言う事実を告げられた皆の心が落ち着く筈が無い。

 

 

 

先ず“アヒルさん(バレー部)チーム”リーダー兼車長・磯辺 典子が「“バレー部復活”処か学校が無くなるなんて!」と嘆くと“カバさん(歴女)チーム”操縦手・おりょうが“廃校”を“敗戦”に例えたのか「無条件降伏……」と悲し気に呟く。

 

其の傍らでは“ウサギさん(一年生)チーム”の面々が啜り泣いて居る。

 

更に“あんこうチーム(西住隊長指揮)”装填手・秋山 優花里が「そんな事情が有ったなんて……」と呟くと、同チーム砲手・五十鈴 華も悲し気な声でこう語る。

 

 

 

「此の学校が無くなったら私達、バラバラになるんでしょうか?」

 

 

 

其れに対して同じチームの通信手・武部 沙織が「そんなの嫌だよ!」と叫ぶ中、彼女達から少し離れた場所に居たチームの操縦手・冷泉 麻子が天を仰ぎ乍ら「単位修得は夢の又夢か……」と呟いた処、彼女の隣に居た“カモさん(風紀委員)チーム”リーダー・園 みどり子(ソド子)が……

 

 

 

「冷泉さん…って、一寸皆!」

 

 

 

と叫んだのを聞いた麻子が「如何した?」みどり子(ソド子)へ呼び掛けた処、彼女が大声で叫んだのだ。

 

 

 

「原園さんの様子がおかしいわ!」

 

 

 

其れを聞いた皆が「「「えっ!?」」」と叫んで、嵐へ視線を向けた時!

 

 

 

『アハハ…私、何もかも無くしちゃった』

 

 

 

「「「ええっ!?」」」

 

 

 

嵐の姿と発言を目の当たりにして衝撃を受ける仲間達。

 

其れも其の筈、彼女の瞳からはハイライトが消えており、声も普段の元気の良さが全く無い。

 

其の姿はまるで死人の様な雰囲気で精神的に不安定な状態に陥っているのが明らかだった。

 

 

 

『私も此の学校に来て、生まれて初めて“戦車道は楽しい”と思って、此の学校も戦車道も皆大好きになれたのに…学校は廃校。私は“生徒会の手先”にされて全部失っちゃった』

 

 

 

其の声を聞いたカエサルは震え声で「は…原園が壊れた!?」と叫び、周囲の仲間達も如何すれば良いか分からず其の場で震え上がっていたが、嵐は仲間達の様子に気付かない儘不気味な声で……

 

 

 

『やっぱり、私は父さん(直之)の様に戦車道に……』

 

 

 

と喋っていた時、行き成り彼女の前にみほが現れると両手で彼女の肩を摑んでからこう叫んだのだ。

 

 

 

「原園さん!未だ試合は終わっていません!」

 

 

 

『……先輩?』

 

 

 

隊長の声に反応した嵐が戸惑い気味の声で答えると再びみほが叫ぶ。

 

 

 

「私達、未だ負けた訳じゃ無いんです!」

 

 

 

『!?』

 

 

 

みほの呼び掛けに“死人”の様な雰囲気だった嵐が“ハッ!?”となって意識を取り戻し、瞳から輝きが戻ったのを見たみほは大きく頷くと彼女に向けて更なる呼び掛けを続ける。

 

 

 

「原園さん!私、来年も此の学校で皆と一緒に戦車道がやりたいんです!原園さんもそうですよね!」

 

 

 

『は…はい!』

 

 

 

自らの呼び掛けに対して、嵐がハッキリと肯定の返事を返すのを見たみほは涙を浮かべて大きく頷いた。

 

此の時、みほは声に出さなかったが、“死人”の様な雰囲気だった嵐の口から“やっぱり、私は父さん(直之)の様に()()()()……”と喋った時、以前嵐が語った“過去”を思い出し、()()()()()()()()()()()()()()()を察したのだ。

 

そして……

 

 

 

「私が止めないと原園さんの心が“()()()()()()()()()()()!”」

 

 

 

と直感したみほは、嵐の心を守ろうと必死に呼び掛けたのだ。

 

其の様子を見ていた角谷会長は、みほの心の内迄は分からなかったが、明美から嵐の過去を知らされていた為、大体の事情を察して“誰にも聞こえない程の小声”で呟いた。

 

 

 

「西住ちゃん…御免」

 

 

 

更に仲間達も“あんこうチーム”や梓の様に嵐から過去を知らされている者も居ればそうで無い者達も居たが、皆「「「良かった…原園さんが元気を取り戻してくれて」」」と思い乍ら安堵する中、真っ先に優花里が「西住殿に原園殿、私も同じ気持ちです!」と呼び掛けると、続けて……

 

 

 

「そうだよ!トコトンやろうよ!諦めたら終わりじゃん、戦車も恋も!」

 

 

 

「未だ戦えます!」

 

 

 

と、沙織と華が二人に呼び掛ける。

 

 

 

其処へ、麻子が「其れより嵐、本当に大丈夫なんだな?」と語り掛けると、彼女は先程迄の様子が嘘の様に元気な声で……

 

 

 

『はいっ、皆さん御迷惑を御掛けして申し訳有りませんでした。もう大丈夫です!』

 

 

 

と返事をすると、みほが皆へ指示を出した。

 

 

 

「降伏はしません!最後迄戦い抜きます…但し皆が怪我しない様、冷静に判断し乍ら」

 

 

 

其れを聞いた会長が「うん」と答えて頷くと、みほが更に詳しい指示を出す。

 

 

 

「戦車の修理を続けて下さい!Ⅲ突は足回り、M3は副砲、寒さでエンジンの掛かりが悪くなっている車輌はエンジンルームを温めて下さい!」

 

 

 

其処でみほは一旦言葉を切ると、最後に……

 

 

 

「時間は有りませんが、落ち着いて!」

 

 

 

と号令を掛けた処、仲間達全員が……

 

 

 

「「『はいっ!』」」

 

 

 

と答えてから、一斉に行動に移った。

 

 

 

すると柚子と共に彼女達の様子を見ていた桃が必死に涙を堪え乍ら、みほと“カメさんチーム”の面々に向けて「我々は作戦会議……」と呼び掛けようとした時。

 

佐智子が……

 

 

 

「河嶋先輩。其の前に原園さん達“ニワトリさんチーム(嵐・瑞希・菫・舞・良恵)”全員に謝らないんですか!?」

 

 

 

「ゲッ!?」

 

 

 

後輩からの“痛い指摘”を受けて絶句する桃を余所に、会長がニヤリと笑い乍らツッコミを入れる。

 

 

 

「そうだねえ、河嶋…此処は“ビール瓶で殴られる覚悟”で謝った方が良いよ?」

 

 

 

更に柚子迄が「そうだね、桃ちゃん♪」と追い討ちを掛けると、観念した桃は“ニワトリさんチーム”全員に向けて……

 

 

 

「は…原園・野々坂・萩岡・二階堂に長沢。“秘密”を暴露してしまい、本当に済まなかった!」

 

 

 

すると皆を代表して瑞希が一言……

 

 

 

「私達は兎も角、嵐がねえ…皆は如何思う?」

 

 

 

其れに対して、菫・舞・良恵の三人は……

 

 

 

「「「嵐ちゃん(註・良恵のみ「原園さん」)、如何思う?」」」

 

 

 

と呼び掛けられた嵐は腕組みをし乍ら、不敵な表情で先輩の桃を見詰めつつ……

 

 

 

『本来なら、此の場でプロレス技を三つ位仕掛けたいのだけど……』

 

 

 

と告げた処、桃は泣きべそを搔き乍ら「ひええ!?」と悲鳴を上げる破目に陥った。

 

 

 

しかし、此処で嵐は一瞬だけみほに視線を送ってから桃へ向き直ると……

 

 

 

『でも、()其れをやったら西住隊長が悲しむから、()()()()()()()()()()()()()()!』

 

 

 

と言った結果、桃は目に涙を浮かべ乍ら……

 

 

 

「本当に済まない!」

 

 

 

と答えてから頭を下げたのだった。

 

 

 

尤も…此の後、嵐は瑞希から「あれっ!? あんな酷い目に遭ったのに、河嶋先輩を許しちゃうの?」と問い掛けられた処、不敵な笑みを浮かべつつ、こう答えたのだが。

 

 

 

「言ったでしょ?『今其れをやったら西住隊長が悲しむから、()()()()()()()()()()()()()()!』って…此の試合が終わって大洗へ帰ったら、河嶋先輩を相手にプロレスのスパーリングをやる心算よ!」

 

 

 

(第72話、終わり)

 

 

*1
詳細は本編第28話「勘当です!!」を参照の事。

*2
此の詳細は、番外編~第65.5話「準決勝への序曲です!!」を参照の事。

*3
尚、“ニュージェネレーションズ”と“トライアドプリムス”のメンバーが大洗女子とプラウダ高の試合のゲストに呼ばれなかったのは、試合が深夜に迄及ぶ可能性が有り、更にメンバーが全員未成年の為「労働基準法第61条(深夜業)」の定めに抵触するから。詳細は本編第68話「準決勝・直前の様子です!!」の注釈1を参照の事。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第72話をお送りしました。

桃ちゃんの“暴発”の所為で、内部崩壊の上に嵐ちゃんの心に致命的なダメージが生じる危機に見舞われた大洗女子の面々。
しかし、瑞希による咄嗟の行動と会長の説明、そして嵐ちゃんの危機を察した西住殿の行動で、再び試合に臨む準備を進める事となりました。
まあ試合後の桃ちゃんの運命に関しても御察しと言う処ですが(苦笑)。
一方、ローカルアイドル日本一の栄冠を勝ち取った夜に、桃ちゃんの“暴発”を知って倒れてしまった那珂ちゃんの運命は…?

そして次回ですが、首都テレビによる実況中継による様々な影響を書いて行きます。
特に明美さんがしぽりんに対して…?
勿論、大洗女子にも動きが出て来ます。

其れでは、次回をお楽しみに。



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第73話「試合も大変、外も大変です!!」


此処最近、新作を書きたい欲求は有るが書く時間が無い(無意味)。

其れでは、どうぞ。



 

 

 

昔からマスコミ関係者の間で語り継がれている“異名”が有る。

 

 

 

“特ダネの首都新聞・スクープの首都テレビ”

 

 

 

両社共“大手新聞社年間発行部数&在京TVキー局年間平均視聴率万年4位”に甘んじているが、実は“報道に強い”と言う定評が有る。

 

両社の前身で有る新聞社“首都新報社”が明治初めに創刊以来、彼らの特ダネ報道で首が飛んだ首相・大臣・官僚・政財界の要人や仕事を干された芸能人は数知れず。

 

其の為、戦後の或る時期に某・中央省庁と其処の記者クラブが結託して“首都新聞と首都テレビを記者クラブから締め出そう”と画策したのだが、逆に彼らが隠していた不祥事を両社に暴かれて逮捕者迄出し、世間から袋叩きにされた結果彼らの策謀は大失敗に終わったと言うエピソードが有る程だ。

 

そんな両社の片割れである首都テレビが第63回戦車道高校生全国大会準決勝・第二試合「プラウダ高校(青森)対大洗女子学園(茨城)」の実況生中継の最中に……

 

 

 

「大洗女子学園は此の大会で優勝しないと文部科学省の方針で廃校になる」

 

 

 

と言う大洗女子学園生徒会長・角谷 杏の告白を実況中継の総合プロデューサー・八坂 信夫の独断で全国放送したのだ。

 

其の“スクープ”による衝撃はアッと言う間に日本中へ広まって行った……

 

 

 

 

 

 

此処は東京・上野駅の近くに在る首都テレビ本社・報道部オフィス。

 

其処では首都テレビ報道部長・駿河(するが) 洋平(ようへい)が自分を訪ねて来た大学の後輩である首都新聞編集局運動部デスク・中田 城一郎と一緒に世間話をし乍ら戦車道全国高校生大会準決勝第二試合「プラウダ高校対県立大洗女子学園」の実況中継をTVで観戦していたが……

 

 

 

「やってくれるじゃないか!“スポーツ実況中継(戦車道全国高校生大会)の最中にスクープをモノにする”なんて!八坂の奴、報道部時代の情熱は冷めていなかったな!」

 

 

 

八坂と中田の大学の先輩である駿河が後輩によるスクープ報道(戦車道史上に残る大事件)を見て歓喜の雄叫びを上げると、彼と八坂の後輩である中田は複雑な表情を浮かべ乍ら「俺は放送事故ギリギリだと思いましたけどね……」と呟くが、其れを聞いた駿河は笑い乍らこう語る。

 

 

 

「何を言っている!?“此の大会で優勝出来なかったら母校が廃校になる”と大洗女子学園の生徒会長が告白した瞬間を生中継で流したんだぞ。今頃日本中の御茶の間が大騒ぎだ!」

 

 

 

すると先輩の発言を聞いて呆れ顔になって居た中田が自分のスマホを駿河に見せ乍ら、こう答える。

 

 

 

「先輩、今はSNSの方が反応早いですよ。物凄い勢いで書き込みが増えています」

 

 

 

其れに対して後輩のスマホ画面を見た駿河は席から立ち上がると「こうしちゃいられない!今から報道部だけで無く政治部や社会部の記者も動員して“直ちに文部科学省の室長・課長補佐級以上の職員全員に対して『大洗女子学園廃校に関する情報の裏』を取れ”と指示を出す!政治部長や社会部長にも要請しないとな!」叫んだ処、中田も自分の席を立つとこう答えた。

 

 

 

「じゃあ俺も動きますか…先輩、こっちで何か分かったら情報を流しますよ」

 

 

 

すると駿河も大きく頷いてから、こう答えたのである。

 

 

 

「頼むぞ!こっちは此の試合が終わる迄に情報の裏を取ってニュース速報を打ってやる!」

 

 

 

 

 

 

戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない

 

 

 

第73話「試合も大変、外も大変です!!」

 

 

 

 

 

 

一方、試合会場内の観客席も“衝撃的なスクープ”で騒然となっていた。

 

既に試合の実況中継は大洗女子学園戦車道チーム側が“プラウダ側からの降伏勧告を拒否して徹底抗戦する”と決断した時点から中断しているが、特に大洗女子学園応援席に陣取る一般客が騒ぎ立てている。

 

 

 

「負けたら大洗女子学園が廃校!?」

 

 

 

「何故!?此処迄皆、頑張って来たじゃない!?」

 

 

 

「文科省は一体何を考えているんだ!?」

 

 

 

「其れより、大洗女子がプラウダに包囲されてから随分経つけど大丈夫なの!?」

 

 

 

そんな中、五十鈴家の奉公人である新三郎が主人で有ると共に“あんこうチーム”砲手・五十鈴 華の母でもある百合へ向けて「完全に囲まれているんですけど、御嬢()は大丈夫なんでしょうか!?」と叫んだ処、彼女はキッパリとした口調で「落ち着きなさい、新三郎!」と諫めた後、周囲で騒いでいた観客に向かってこう告げたのである。

 

 

 

「観客の皆さんも落ち着きなさい!此処で私達が騒いでも状況は変わりません。其れよりも今は大洗女子の選手達を信じて待つしかありません!」

 

 

 

「「「あっ…はい」」」

 

 

 

毅然とした態度で観客達を諫める百合の声を聞いた彼等は一斉に静かになった。

 

但し…其の中には「百合さん、さっき迄私達の前で『ウチの()は花を活ける手で油臭い戦車を扱って居るのは良くない』って愚痴を零していたのに、今ではすっかり()さん達を応援しているみたいだけど?」と思っている者も居たが。

 

 

 

 

 

 

一方、試合会場の外れでは観戦中の聖グロリアーナ女学院戦車道チーム隊長・ダージリンに、チームメイトの一年生・オレンジペコが問い掛けていた。

 

 

 

「如何してプラウダは攻撃しないんでしょう?」

 

 

 

其れに対して、ダージリンは……

 

 

 

プラウダの隊長(カチューシャ)は楽しんでいるのよ、この状況を。彼女はね、搾取するのが大好きなの…プライドをね」

 

 

 

と語るが、其の声は何時もの彼女とは違い、やや沈みがちで憂いを帯びていた。

 

其の様子に気付いたボンプル高校戦車道チーム隊長・ヤイカが問い掛ける。

 

 

 

「ダージリン、貴方らしく無いわね…若しかして大洗女子の娘達に情が移った?」

 

 

 

其れを聞いたダージリンは苦笑いを浮かべて「そう言う貴女も去年の大会で此れと同じ状況になった事が有るわね?*1」と返した為、ヤイカが不機嫌な表情を浮かべた時、アンツィオ高校の一年生・マルゲリータ(大姫 鳳姫)が二人の先輩に向けて指摘する。

 

 

 

「でも、追い詰められているのはプラウダも同じです」

 

 

 

其の一言に、二人の隊長が小さく頷いたのを見たオレンジペコが首を傾げているとサンダース大付属の一年生・原 時雨が「そうか!」と叫んだ後、こう答えた。

 

 

 

「プラウダは一回戦の対ボンプル戦ではヤイカ隊長の計略に引っ掛かってフラッグ車が被弾。其の汚名返上を狙った二回戦の対ヴァイキング水産戦では建物に立て籠もって居た対戦相手の戦車を攻撃した際に相手の選手を怪我させたから、其の二の舞になるのを恐れているんだ!」

 

 

 

すると話を聞いて居たダージリンが微笑み乍ら、こう語る。

 

 

 

「二人共正解よ…今やプラウダは“只勝つだけでは評価されない”立場に在るわ」

 

 

 

其れに対してヤイカも不敵な笑みを浮かべつつ、こう返したのだった。

 

 

 

「分かっているじゃないの、ダージリン。もし此処でプラウダが対ヴァイキング水産戦の時みたいに建物毎大洗女子の戦車を攻撃すれば、此の試合を観ている全員が“プラウダの戦い方は汚い”と思うわね」

 

 

 

するとダージリンは小さく頷いた後、こう付け加える。

 

 

 

「だから、プラウダはフェアに戦って大洗女子に勝たなければならないのよ」

 

 

 

其処へ、二人の会話を聞いて居たオレンジペコが「成程。確かにプラウダに取っては対ヴァイキング水産戦の二の舞をやるのは致命的ですね」と答えた処、ヤイカが複雑な表情を浮かべ乍ら「ええ……」と答えた後、続けてこう語ったのだ。

 

 

 

「でも原園()が“大洗女子生徒会の手先”だと疑われた時、あれ程動揺する姿を見たのは初めてだった。流石に私も彼女が戦車道に戻った理由が亡き父(直之)の故郷・大洗女子学園の学園艦を守る為”だったとは知らなかった。其の事について明美さんは何も言わなかったのよ」

 

 

 

何時もと違い、相手選手()の事を心配するヤイカの発言を聞いたダージリンは「だけど原園 嵐はみほさんの声掛けで立ち直ったわ」と答えた処、彼女は小さく頷いてからこう語る。

 

 

 

「ええ。あれが私に取っては()()()()だった」

 

 

 

其の言葉を聞いた全員…ダージリン・オレンジペコ・時雨・マルゲリータ( 鳳姫 )が一斉にヤイカへ視線を集中させると彼女は再び表情を引き締めてから語り出した。

 

 

 

「今迄、原園()がチームの仲間や隊長に頼る姿を見た事は無かったのに、西住 みほにだけは心を開いた。今大会の抽選会で初めて会ってから彼女(みほ)が如何云う()なのかが今一つ分からなかったけど、あの姿を見て少し考えが変わったわ」

 

 

 

其処で一旦言葉を区切った後、再び彼女は語り出す。

 

 

 

「“一匹狼”で有名だった原園()が心を許せる隊長(みほ)なら、或いは……」

 

 

 

そしてヤイカは目の前に写る超巨大モニターを凝視しつつ、こう告げたのだ。

 

 

 

「奇跡を起こせるかも知れない」

 

 

 

 

 

 

一方、此方は観客席中央付近で試合を観戦して居るみほの母・しほと姉のまほ、周防 長門と原園 明美である。

 

実は大洗女子がプラウダの攻撃で教会跡に追い詰められて籠城を始めた頃、しほは「こんな試合を観るのは時間の無駄だ」と思って席を立とうとしていたが、直後に大洗女子学園生徒会長・角谷 杏による「此の試合に負けたら大洗女子は廃校になる」と言う発言を聞いた時、隣で明美が……

 

 

 

「チッ…河嶋さんは此の試合が終わったら“秘密をバラしたお仕置きとしてプロレスのスパーリング”をしなければならないわね!」

 

 

 

と小声で毒吐いたのを聞いた途端、彼女を詰問した。

 

 

 

「貴女まさか、此の事を知っていたの!?」

 

 

 

其れに対して彼女は……

 

 

 

「ええ、そうよ」

 

 

 

アッサリと“自白”した後、事の経緯を語り出した。

 

 

 

「抑々の始まりは大洗町へ工場進出を決めた時、大洗町の町長さんから“大洗女子学園廃校の話”を伝えられたのよ。其れから直ぐ学園へ行って生徒会長の角谷さんから詳しい事情を聞くと同時に彼女から“廃校回避の為に戦車道を復活させて今年の全国大会での優勝を目指す”と聞かされた時、私は彼女達の支援者になる事を決めたわ」

 

 

 

其れに対してしほが鋭い声で「其れで、みほを巻き込んだのね!?」と糾弾した処、明美は首を横に振るとこう答えた。

 

 

 

「いいえ。最初は私と生徒会もみほさんが大洗へ転校する事は知らなかった。だから当時の私は“大洗女子が戦車道を復活させる事を利用して嵐を戦車道へ戻す”心算だった」

 

 

 

此処で“(みほ)の転校先が廃校になる”と言う事実を知ったショックから漸く立ち直ったまほが「如何云う事ですか?」と問うた為、明美はこう答えた。

 

 

 

「大洗女子の学園艦は直之さんの故郷だから、嵐に其の事を教えれば“父親(直之)の故郷を守る為に戦うしか無いと考える”と踏んでいたのよ…実際そうなったし」

 

 

 

其れに対してまほが「其れが何故、みほを巻き込む事になったのですか!?」と糾弾した処、明美は小さく頷いてから事情を語り出した。

 

 

 

「私が大洗女子の支援者になってから暫く経った頃、角谷さんから『今度転入する生徒の中に不審な情報操作をされたらしい()が居る』と聞かされて、生徒会の協力で其の()の資料をチェックした時、彼女の正体がみほさんだと気付いたのよ」

 

 

 

其の“告白”を聞いて、みほが大洗女子で戦車道を再び始める迄の事情を知ったしほとまほの母娘が険しい視線を明美に向けるが彼女は動揺する事無く“告白”を続ける。

 

 

 

「其の時、私は“此れで嵐を手懐ける事が出来る”と思ったわ…去年の大会決勝戦以後、嵐はみほさんに憧れて居たから、彼女と一緒なら間違い無く戦車道へ戻るだろうと確信したのよ」

 

 

 

其処へ、今度は長門が冷静な声で一言付け加えた。

 

 

 

「そして私は大洗女子が戦車道を復活させた直後、明美からみほちゃんと嵐の事を聞かされた上で協力を依頼されたんだ」

 

 

 

二人の告白に対してまほは二人を睨み続けていたが、しほは漸く納得した表情を浮かべつつ「そう言う事だったの……」と呟いた処、明美が更なる“告白”を始めたのだ。

 

 

 

「でもね…チームの練習初日に行った公開練習試合(みほ対嵐の一騎討ち)でみほさんの戦い振りを見た時、私の中に“希望”が生まれたのよ」

 

 

 

其れに対してまほが……

 

 

 

「希望?」

 

 

 

と問うた処、明美は微笑み乍らこう述べた。

 

 

 

「あの日、みほさんは“戦車道を始めたばかりの素人(後のあんこうチーム)”である同級生4人(優花里・華・沙織・麻子)を率いて“群馬みなかみタンカーズ”で今年の春迄7年間戦車道を続けて来た嵐達のチーム(後のニワトリさんチーム)を相手に互角の勝負を繰り広げ、終盤で大ピンチに陥っても諦めずに戦い抜いた結果、嵐達のチームに勝ったのよ」

 

 

 

其の言葉を聞いたしほが目を細め、まほも「確か、みほが本格的に戦車道を始めたのは小学校5年の夏休みが終わってからだから、原園達は戦車道ではみほの先輩と言う事になるのですか!?」と驚くと、明美がこう付け加えた。

 

 

 

「まほさんの言う通りよ…因みに嵐は5歳の秋から“群馬みなかみタンカーズ”に入団する迄の間、私が直接戦車道を仕込んで来たから嵐の戦車道歴は10年近くになるわ」

 

 

 

其の言葉に対してまほが「成程」と答えた後、明美は続けてこう語り出した。

 

 

 

「でも一番重要だったのは…戦車道の経験で自身を上回る嵐を倒したみほさんの戦い方が“私と直之さんが目指して来た戦車道”に限りなく近かった事よ!」

 

 

 

其れに対してまほが「其れは一体、どんな戦車道なのですか!?」と問うと明美はこう断言した。

 

 

 

「“決して誰も見捨てない戦車道”よ!」

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

其の答えにしほとまほが驚きの声を上げる中、明美は普段の飄々とした態度からは想像も出来ない程しっかりした声で、こう語る。

 

 

 

「私は幼い頃から戦車道が好きだったけど、同時に“違和感”をずっと感じていた…其れはドイツでプロ戦車道チームの整備隊長を務めて居た時にハッキリと言葉に出来る様になったわ」

 

 

 

其れに対してまほが「其れは、如何言う事なのですか?」と問うた処、明美はこう答える。

 

 

 

「戦車道は武道としての在り方に拘り過ぎる余り、“其々の流派に合わない考え方を持つ者は切り捨てる”傾向が強いんじゃないかって…でも“戦車道が人を教え導く為に在るのなら誰も切り捨てたり、見捨てたりしてはいけないのでは無いか?”って強く思う様になったのよ」

 

 

 

そして明美は一旦言葉を切ると、こう結論付けた。

 

 

 

「其れじゃあ“誰も見捨てない戦車道”を実現するには如何したら良いのか?長年私を悩ませてきた此の問題の答えをみほさんは実践していたわ。彼女の答えは“皆で戦車道を楽しむ”事だった…正に私が“群馬みなかみタンカーズを結成した理由”と同じだったわ」

 

 

 

其れに対してしほは過去を思い返し乍ら、こう語る。

 

 

 

「私も黒森峰を卒業する時に同じ事を聞かされたわね…私は貴女の考え方は“甘過ぎる”と思って居るけれど」

 

 

 

「そうそう。だから未だに此の点では私としぽりん(しほ)は意見が一致していないのよね」

 

 

 

しほによる回想を含んだ反論に対して明美が答えた後、彼女はこう宣言した。

 

 

 

「でも、私はみほさんと嵐達を見守る事で日本…いや“世界の戦車道”を変えるわ。此の二人の戦いを通じて戦車道を“単なる武道”から本当の意味で“世界中の人々が心の底から楽しめるレクリエーション”へと変えて見せる!」

 

 

 

「明美…貴様!」

 

 

 

明美の“宣言”に対して“西住流を含む日本戦車道の遣り方を否定された”と思ったしほは怒りを込めて彼女を糾弾するが、彼女は凛とした声で言い返す。

 

 

 

「しぽりん、此れは西住流だけで無く日本で戦車道に関わる人々全員に対する私からの“宣戦布告”よ!」

 

 

 

「何っ!」

 

 

 

明美の言葉にしほが驚愕の叫びを発した直後、明美はこう断言した。

 

 

 

「もう戦車道は西住流だの島田流だのと言った()()()()()()()()()()()()()()()のよ!」

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

明美の言葉の意味を計りかねたしほとまほの母娘が驚愕する中、明美は“此れから自分が為そうとする事”と二人に告げる。

 

 

 

「戦車道がもっと広い世界に打って出る為に、私はみほさんと嵐を…そして大洗女子学園を見守る心算よ。仮に此の試合で彼女達が負けて大洗女子学園が廃校になっても私は彼女達を見捨てない覚悟を決めている。其の為に必要な手は既に考えてあるわ」

 

 

 

其れに対してまほが…

 

 

 

「其れは“みほ達の戦車道”を見捨てないと言う事ですか?」

 

 

 

と告げたのに対して明美が頷くとしほが険しい表情で問い掛ける。

 

 

 

「明美…御前は本気で“戦車道を変える”決意なんだな?」

 

 

 

其れに対して明美は「勿論よ」と告げると、しほは……

 

 

 

「分かった。御前が言う“みほの戦車道”がどんな物か見届けよう。但し、此の試合で大洗女子が負けたらみほは実家へ連れ帰る心算だったが…如何やら御前は其れを認めないだろうな」

 

 

 

と明美に向けて語った処、彼女は真顔で「当たり前でしょ?」と答えてから試合会場前の超大型モニターへ視線を移したのだった。

 

一方、二人の会話を聞いて居た長門は、その時まほが小声で呟いて居るのを聞き取っていた。

 

 

 

「みほが“自分の戦車道”を見出したとしたら…私は如何すれば良い?」

 

 

 

 

 

 

其の頃、教会跡に立て籠もって居る大洗女子学園・戦車道チームでは各チームのメンバーが自分達の乗る戦車の整備や修理を行っていた。

 

例えば“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”では……

 

 

 

「直りそう?」

 

 

 

チームの砲手・佐々木 あけびが通信手の近藤 妙子へ呼び掛けると彼女は車載通信機を弄り乍ら……

 

 

 

「さっき嵐が組み立て方を教えてくれたから、何とか動くと思うけど……」

 

 

 

と答えた直後、車載通信機の電源が正常に作動したのに気付くと笑顔で「動いた!」と答えた。

 

其の姿を見たあけびは「良かった!」と告げると砲塔のキューポラを開けて顔を外へ出してからチームリーダー兼戦車長・磯辺 典子へ向けて「キャプテン、通信機が直りました!」と叫んだのだった。

 

 

 

続いて、此方は“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”。

 

 

 

「流石に()は直せないよね……」

 

 

 

チームの75㎜砲々手・山郷あゆみが悲し気な声で呟いた。

 

先程のプラウダ高の攻撃で自分が担当するM3中戦車リーの75㎜砲は砲身基部から先が破壊されてしまい、其の砲が有った車体右側には大穴が開いていたのだ。

 

其の声を聞いた操縦手の阪口 桂利奈は「可哀想……」と呟く。

 

更に通信手を務める宇津木 優季が「包帯巻いとく?」と少々ボケ気味な発言をした為、其れを聞いた37㎜砲々手・大野 あやが「意味無いから」とツッコミを入れた処……

 

 

 

「そんな事無いよ!」

 

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

思いも寄らぬ“返し”を聞いたあゆみ・桂利奈・優季・あやがビックリし乍ら、其の声を上げた相手…“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”装填手・二階堂 舞へ視線を集中させる。

 

彼女は此の時、プラウダ高からの攻撃で額に作ったたん瘤をカードする為にフェイスガードを被っていたが、怪我をしているとは思えない程の大声でこう答えた。

 

 

 

「今から75㎜砲の基部を帆布で覆って紐で縛るから、皆手伝って!そうしないと走行中に破壊された75㎜砲の穴から寒気が入って来て皆凍えちゃうよ!?」

 

 

 

「「「ま…マジですかー!?」」」

 

 

 

舞からの指摘を受けたあゆみ・桂利奈・優季・あやは大声で叫んだが、彼女達は直ぐ立ち直ると舞と一緒にM3リー中戦車の車体右側に出来た75㎜砲基部の穴を帆布で覆う作業を始めるのだった。

 

 

 

又、プラウダ高の砲撃を受けて砲塔が旋回出来なくなった“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”でも修理作業が終わり、修理された砲塔の作動テストが行われていた。

 

砲塔の修理を手伝った“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の操縦手・萩岡 菫が「調整した砲塔の調子は如何ですか?」と呼び掛けると……

 

 

 

「ちゃんと回りますよ!」

 

 

 

あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”装填手・秋山 優花里が元気良く答えると菫が「良かった。念の為、砲塔の中をチェックしたら砲塔旋回に使うベアリングは無事だったから調整すれば大丈夫だと思っていたけど心配でした」と告げると、“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”砲手・五十鈴 華が……

 

 

 

「ええ、菫さんも手伝ってくれて有難う御座います」

 

 

 

と答えた為、菫も「如何も致しまして!」と返事をしていた。

 

 

 

 

 

 

一方、隊長である西住 みほは“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”メンバーの生徒会四人組(杏・柚子・桃・佐智子)や“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”メンバーの嵐・瑞希と共に作戦会議を行っていた。

 

先ず、副隊長の桃が籠城している教会跡周辺の状況を書いた手作りの絵地図を指差し乍ら……

 

 

 

「問題は此の包囲網を如何やって突破するかだな」

 

 

 

と問題提起すると、柚子が困り顔を浮かべ乍ら……

 

 

 

「敵の正確な配置が分かれば良いんだけど……」

 

 

 

と呟いた処、みほが其れに答える形で……

 

 

 

「偵察を出しましょう」

 

 

 

と皆に告げた処、嵐が『偵察ですか。メンバーは?』と問い掛けた為、みほがこう答える。

 

 

 

「優花里さんとエルヴィンさん、其れと麻子さんと園さんの二組です」

 

 

 

すると瑞希がこんな提案をして来た。

 

 

 

「じゃあ、私が冷泉先輩と園先輩の組に入ってサポートしますから、秋山先輩とエルヴィン先輩の組に嵐を入れましょう」

 

 

 

するとみほは、瑞希の話を聞いた嵐とエルヴィンが驚きの表情を浮かべて居るのに気付いて“桃が廃校の秘密をバラした際、エルヴィンが嵐の事を「生徒会の手先」呼ばわりした事”を思い出し「でも……」と当惑気味の声を上げたが、瑞希は冷静な声でこう進言した。

 

 

 

「エルヴィン先輩と嵐は今の内に仲直りさせないと行けないと思いますし、秋山先輩も居るから大丈夫でしょう」

 

 

 

其れを聞いた嵐とエルヴィンが互いの顔を見乍ら驚いている横で、優花里が真剣な表情で自分に向かって頷いたのを見たみほは大きく頷くと皆へ向けてこう告げたのだった。

 

 

 

「分かりました。じゃあ、偵察隊のメンバーは其れで行きましょう」

 

 

 

(第73話、終わり)

 

 

*1
これについては「プラウダ戦記」第4巻を参照の事。此の時、ボンプル高は1回戦でプラウダ高と対戦した際、廃工場で包囲された結果、車輌故障も有って降伏している。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第73話をお送りしました。
首都テレビの実況中継で「此の大会で優勝しないと大洗女子学園が廃校になる」と言う角谷会長の告白が全国放送された為、試合会場の内外では動揺と新たな動きが加速する……
勿論、辻に対する“しっぺ返し”も此処からスタートであります(笑)。
そして遂に明かされた明美さんの目的。
今後、しほとまほが率いる西住流と黒森峰にどんな影響を与えるのか?

其れでは、次回・6人に増えた“雪の進軍”をお楽しみに。


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第74話「雪の進軍です!!」


先月から母が入院中で、色々とバタバタしていましたが、何とか書き上げました。
其の代わり、先日あった「水曜どうでしょう2023最新作・ライブビューイング」に行けなかったよ……(涙)

と言う訳で、其れではどうぞ。



 

 

 

「ねえ、降伏する条件に“ウチの学校の草毟(くさむし)り3カ月と麦踏みとジャガイモ掘りの労働”を付けたら如何かしら!」

 

 

 

此処は教会跡に立て籠もる大洗女子学園・戦車道チームを包囲中のプラウダ高校・戦車道チームが待機して居る村の片隅。

 

其処では第二次世界大戦中にソ連軍が使用したスノーモービル“RF-8アエロサン”をベッド代わりにして居るカチューシャ隊長がノンナ副隊長に対して“大洗女子学園が降伏する場合の条件”を冗談交じりで提案した処、彼女は微笑み乍ら……

 

 

 

「汚れていますよ」

 

 

 

と答えつつ、チームが持ち込んだフィールドキッチン( 野戦炊事車 )で作りたてのボルシチを食べた為に汚れているカチューシャの口元をハンカチで拭く。

 

すると彼女は不服そうな声で……

 

 

 

「知っているわよ!」

 

 

 

と言い返すが、其れ以上責める事は無くノンナに口元を拭いて貰うと「ふう…御馳走様。食べたら眠くなっちゃった」と呟いた為、ノンナがこんな事を指摘した。

 

 

 

「降伏の時間に猶予を与えたのは“御腹が空いて眠かったから”ですね?」

 

 

 

するとカチューシャは「違うわ!カチューシャの心が広いからよ!シベリア平原の様にね!」と反論するが、ノンナはやんわりとした声で「広くても寒そうです」とツッコんだ為「五月蠅いわね!」と言い返した。

 

だが…其の後、カチューシャは沈んだ声でこう付け加えた。

 

 

 

「でも…ノンナも“私が降伏の時間に猶予を与えた()()()()()には気付いているのでしょ?」

 

 

 

其れに対してノンナは小さく頷くと冷静な声で「はい」と答えてから、こう述べる。

 

 

 

「今の私達は“只勝つだけでは勝利したとは言えない()()です」

 

 

 

其の言葉を聞いたカチューシャも頷くと「其の通りよ」と答えた後、“覚悟を決めた表情”でこう呟いた。

 

 

 

「此の試合で大洗女子に()()して初めて、次の決勝戦で連覇を狙う資格が与えられるわ…チームの皆が“()()()()()”と言われない為にも」

 

 

 

其れを聞いたノンナもキッパリとした声で「はい」と答えると、カチューシャは真剣な声で頼れる副隊長へ“新たな指示”を出した。

 

 

 

「ノンナ。此の後私が眠ったら手筈通り、大洗女子に対して()()()()を決行する様に皆に伝えて置いて」

 

 

 

其れに対して彼女も迷いの無い声で「抜かりは有りません。既にクラーラ達には作戦の説明と準備(温かい食事と焚き木)を済ませてあります」と答えた処、カチューシャは微笑み乍らこう語る。

 

 

 

「流石ね。此れで後は大洗女子が降伏するのを待つだけだわ…彼女達が長期戦の準備をしていない事は教会跡へ軍使として向かわせた()達からの報告で明らかだし、其処へ“私達には温かい食事と焚き木が揃っている”事を見せ付ければ彼女達の心が折れるのは時間の問題だわ♪」

 

 

 

其れに対してノンナも笑顔で敬愛する隊長へ向けて……

 

 

 

「はい。其れでは時間迄ゆっくり御休み下さい」

 

 

 

と告げると、カチューシャも……

 

 

 

「じゃあ御休み!」

 

 

 

と元気良く答えてから、“RF-8アエロサン”に持ち込んだ寝袋に入って眠りに就いた。

 

其の様子を見届けたノンナはカチューシャを見守り乍ら子守唄を唄う……

 

だが二人は知らなかった…此の時、大洗女子が形勢逆転を狙って動き出していた事を。

 

 

 

 

 

 

戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない

 

 

 

第74話「雪の進軍です!!」

 

 

 

 

 

 

「原園…済まなかった。“生徒会の手先”だなんて決め付けてしまって」

 

 

 

『いえ、エルヴィン先輩。私、結果的にそう言う立場になっていましたし』

 

 

 

此れが秋山先輩やエルヴィン先輩と共にプラウダ高校戦車道チームの偵察任務に就いていた私が最初に交わした会話だった。

 

其れは偵察任務中の私達の前に立ちはだかった吹雪を凌ぐ為に秋山先輩が作った雪洞の中での出来事だ。

 

実を言うと此の偵察任務中、私はずっと黙っていた。

 

秋山・エルヴィン両先輩が旧日本陸軍の軍歌「雪の進軍」を唄い乍ら行軍している時も、其の途中でエルヴィン先輩が「足が冷たいな」と呟いた為、小休止を決めた秋山先輩が防寒対策として彼女の靴に新聞紙を詰め、足に唐辛子を(まぶ)して紙で足を包んでいる内に“各国軍隊の防寒対策”の話題で二人の先輩が盛り上がっていた時も私は黙っていた。

 

何故なら私は……

 

 

 

「望まなかったとは言え、自分は“戦車道を復活させて廃校阻止を目指す生徒会の手先”になっていた」

 

 

 

と言う“エルヴィン先輩からの告発”が心の中に残っており、出発前の作戦会議で自分の相棒である野々坂 瑞希から……

 

 

 

「秋山先輩とエルヴィン先輩の偵察班に嵐を入れましょう」

 

 

 

と言われた時から“エルヴィン先輩と如何やって向き合えば良いのか分からない”状態に陥っており、ずっと黙っているしか無かったのだ。

 

其の後、私達はプラウダ側の戦車が布陣する家屋の前に辿り着いて様子を窺った後、エルヴィン先輩の判断で“プラウダ側の後方を大きく迂回して偵察しつつ敵中突破、其の儘右手に敵陣を抜けて味方陣地へ帰還する作戦”に出たが途中で激しい吹雪に遭遇した為、秋山先輩が近くに在った山林の斜面に雪洞を掘り、其処に一時避難する事にした。

 

そして先程のエルヴィン先輩と私の会話に繋がって今に至る。

 

 

 

「そんな事無いさ。原園は御父さん(直之)故郷(大洗の学園艦)を守る為に戦車道へ戻る決意をしたんだろ?」

 

 

 

先程の私の言葉に対してエルヴィン先輩が声を掛けて来たので、私は小さく頷き乍らこう答える。

 

 

 

『はい…生徒会の黒幕となっていた(明美)の差し金でもあるんですけどね』

 

 

 

其れに対してエルヴィン先輩が小さく頷くと、今度は秋山先輩が……

 

 

 

「原園殿の御父様(直之)はどんな方だったのですか?」

 

 

 

と尋ね、続けてエルヴィン先輩も……

 

 

 

「私も知りたい。自動車部のナカジマから“自動車レースで活躍した天才メカニック”だったと聞いて居るが、普段はどんな人だったんだ?」

 

 

 

と訪ねて来た為、私は生前の(直之)の事を思い出し乍ら答える事にした。

 

 

 

(直之)は私が物心ついてから数年で天国へ行っちゃったけど、何時も笑顔で皆に接して居て、明るくて…優しい人だった』

 

 

 

二人の先輩が其の言葉を聞き乍ら頷く中、私は答え続ける。

 

 

 

『そして(直之)は戦車道が大好きな人だった。私が戦車に興味を持つ前から毎日戦車道の事を面白く話し続けていて、其の話を聞いて居る内に自分も戦車道が好きになって行った』

 

 

 

其れに対して秋山先輩が「じゃあ、原園殿が戦車道をやろうと思った“最初の切っ掛け”は御父様(直之)の影響なのですか?」と問うたので、私は小さく頷いてからこう答えた。

 

 

 

『多分、私が今迄戦車道を続けて来て、そして大洗で再び戦車道に戻ろうと思った理由は“御父さん(直之)が戦車道で何を目指していたのかを知りたい”からだと思う。そして御父さんと西住先輩の戦車道の考え方は「戦車道は楽しむ為の物だ」と言う点で似ていると思う』

 

 

 

するとエルヴィン先輩が「楽しむ為の戦車道か……」と呟いた後……

 

 

 

「私は生徒会のやり方に如何も疑問を感じていたから、河嶋先輩が廃校の事を言った時、つい原園の事を……」

 

 

 

と沈痛な表情で語った時、突然秋山先輩が声を掛けて来た。

 

 

 

「神戸中尉殿が居られます!雪中偵察は必ず成功させます!」

 

 

 

其れに対してエルヴィン先輩も……

 

 

 

「2km…我々の陣地迄はたった2km!」

 

 

 

『!?』

 

 

 

唐突に二人の先輩が先程迄とは“全く違う話”を始めた為、話に()いて行けなくなった私が戸惑っているとエルヴィン先輩がこう語る。

 

 

 

「其の2kmの道も…此れなら余裕だな」

 

 

 

其れに対して秋山先輩も……

 

 

 

「雪とは何だろう?」

 

 

 

と語った時、漸く私は“二人の先輩が語っている話の内容”に気付いて、恐る恐る……

 

 

 

『映画の“八甲田山”?』

 

 

 

と問い掛けた処……

 

 

 

「ア…アハハ!」

 

 

 

と秋山先輩が笑い出し、エルヴィン先輩も……

 

 

 

「原園、やっと気付いてくれたか!」

 

 

 

と笑顔で語り掛けて来たので、こう答えた。

 

 

 

『私は…徳島大尉を演じた高倉 健のファンだから、今のシーンはピンと来なくて』

 

 

 

するとエルヴィン先輩はクスクス笑い乍ら「原園のオジサン好きって本当だったんだな!」と呟いた為、秋山先輩も再び笑い出し、私は恥ずかしさの余り顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

 

 

 

 

 

其れから少し経った後、秋山先輩が雪洞の外の様子を眺めた処……

 

 

 

「吹雪は収まりましたね……」

 

 

 

と呟き乍ら外に出た途端!

 

 

 

「うわーっ!」

 

 

 

と叫び乍ら、雪洞出入口に出来た下り坂を寝そべり乍ら転げ回って行ったので……

 

 

 

『危ない!?』

 

 

 

と私が叫び、エルヴィン先輩も「何をやってる!?」と声を掛けたのだが、秋山先輩は笑顔で転げ回っていたのを見た私は“思い当たる節”が有ったので、大声でこう呼び掛けた。

 

 

 

『秋山先輩、其れはまさか…八甲田山の“()()()()()”?』

 

 

 

すると秋山先輩は“悪戯がバレた子供”の様な笑顔で……

 

 

 

「いやあ、新雪見るとつい転げ回りたくなりません?」

 

 

 

と語ったから、エルヴィン先輩は「てっきり、雪洞から出たら汗が一瞬で凍結したのかと思った」と呟いた処、秋山先輩は……

 

 

 

()()()()!やっぱりやりますよね!」

 

 

 

と語った為、エルヴィン先輩が当惑気味に「そ…そうかな?」と呟いたので、私は呆れ顔でこう言った。

 

 

 

『やっぱり映画の「八甲田山」に出て来た「裸で凍死する兵卒」のシーンですか…昔、群馬みなかみタンカーズの後輩が雪中での訓練時に其のネタをやろうとしたら“本当に寒さで矛盾脱衣*1をしようとしている”と思ったコーチに止められた事が有ったなあ』

 

 

 

すると二人の先輩が同時に……

 

 

 

「「やっぱり居たんだ!?」」

 

 

 

と答えたので、私は苦笑し乍ら“余談”を語った。

 

 

 

『因みに其の時、雪原で転げ回ろうとした()が今、みなかみタンカーズの隊長を務めているんですよ』

 

 

 

すると二人の先輩は揃って「「アハハ!」」と笑い出したので、私も此の偵察行で初めて笑う事が出来た。

 

 

 

 

 

 

其れから私達は相手陣地の奥深くへ潜入して行った。

 

そして……

 

 

 

「居たぞ」

 

 

 

「フラッグ車ですね」

 

 

 

プラウダ高校戦車道チームのフラッグ車(T-34/76)が居る場所を突き止めたエルヴィン先輩と秋山先輩が会話を交わす中、私も『此処が敵の本陣かな?』と呟くと、エルヴィン先輩が頷き乍ら「此れで何とかなるかも知れない。後方を迂回して味方陣地に戻るか?」と訪ねて来た処へ秋山先輩が……

 

 

 

「其れ共、あの中を突破します?」

 

 

 

と言って来た時、私は小声で『あれは!?』と呟き、エルヴィン先輩も小さく頷いた。

 

 

 

秋山先輩の視線の先にはプラウダ高校戦車道チーム所属のKV-2重戦車が停車しており、更に其処から少し奥の場所には西洋風の煉瓦造りの小屋が在る。

 

其の小屋の壁には“プラウダ高校戦車道チームの冬季用コート”が4着分吊るされていた。

 

 

 

 

 

 

其れから少し後……

 

此処はプラウダ高校戦車道チーム所属のKV-2重戦車が停車して居る場所。

 

其処へ3人の“冬季用コートを着たプラウダ高校戦車道チームのメンバー”がやって来ると真ん中の()がKV-2の傍らでスコップを持って雪を掘っていた少女(仲間)へ声を掛けた。

 

 

 

「いや~っ、寒いね!」

 

 

 

「あっ…え~と、()()?」

 

 

 

すると()()は「ああ」と答えた為、()()()()()が「もう作戦開始ですか?」と訪ねた処、()()は「いや、寒いだろうと思ってココア持って来たよ!」と答えて魔法瓶を見せた。

 

すると()()は東北訛りの発音で「有難う御座います!」と答えた後、()()から貰ったココアを大事そうに飲んで「ふあ~っ♪」と一息吐いた……

 

 

 

 

 

 

もう御気付きかと思いますが、今KV-2の乗員と思われるプラウダの()と一緒に居る3人の“()()”の正体は“冬季用コートを着たプラウダ高校戦車道チームのメンバー”に化けた秋山・エルヴィン両先輩と私です。

 

私達は此処へ潜入する為にKV-2が停車して居る場所から少し奥に在る小屋に吊るされていた“プラウダ高校戦車道チームの冬季用コート”を拝借したのですが、其の時、私は秋山先輩に……

 

 

 

『私、みなかみタンカーズ時代にプラウダの()達に顔を知られている筈なので、後方で様子を窺おうと思うのですが……』

 

 

 

と訪ねたんです。

 

だって私、群馬みなかみタンカーズ時代には“みなかみの狂犬”の異名で東日本中の戦車道乙女達から恐れられていたから、プラウダ高校の生徒なら私の顔を知っている筈だと思い、先輩方と一緒に潜入するのは危険だと考えて後方警戒の任に就こうと提案したのですが秋山先輩は笑顔で……

 

 

 

「大丈夫です!此の為に栗毛のウィッグを用意しましたよ!」

 

 

 

と答え、エルヴィン先輩も「流石は秋山、用意周到だな!」と喜んでいた為、慌てた私はこう言ったのです。

 

 

 

『先輩方、大胆不敵過ぎますよ!御二人は銀英伝でイゼルローン要塞へ潜入したシェーンコップ大佐ですか!?』

 

 

 

処が、其れに対してエルヴィン先輩が笑い乍ら……

 

 

 

「おお、此れで私達も“薔薇の騎士連隊(ローゼンリッター)”の一員か!」

 

 

 

と御道化て見せると秋山先輩も「原園殿、銀英伝も御好きですか!と言う事はやはりシェーンコップ殿のファン?」とツッコんで来たので、つい私は……

 

 

 

『私の好みの銀英伝キャラはメルカッツ提督とビュコック提督…って、何を言わせるんですか!?』

 

 

 

()()を掘った結果、御二人は揃って……

 

 

 

「「やっぱりオジサン好きだ!」」

 

 

 

と笑顔で返して来たから、私は顔を真っ赤にして俯く破目になりました(苦笑)。

 

そんな私に対して秋山先輩は笑顔で「じゃあ敵に見付からない内に準備をしますよ♪」と告げた後、私達3人は小屋に吊るされていた“プラウダ高校戦車道チームの冬季用コート”を身に着け、更に私は秋山先輩から借りた“栗毛のウィッグ”を頭に被った状態で、今KV-2の乗員と思われる背の低い少女から情報を聞き出している訳です。

 

そして……

 

 

 

 

 

 

「しかし、戦闘は何時始まるのかねぇ?」

 

 

 

と秋山先輩が尋ねた処、少女は笑顔でこう答えました。

 

 

 

ウチの隊長(カチューシャ)の目が覚めたら、じゃないですか?」

 

 

 

其れに対してエルヴィン先輩が「ほう、カチューシャ隊長は御休みになっておられるのか?」と語ったのですが、少女の方は其の答え方に不審を抱いたらしく……

 

 

 

「…貴女は?」

 

 

 

と問い掛けた処、エルヴィン先輩が……

 

 

 

「何でも無い。気にするな」

 

 

 

と“空気を読めない”答え方をした為、私は心の中で『ええっ!? 其の答え方は不味過ぎる!』とビビっていた時……

 

 

 

「ああ!そっか、そっか!こんな状況下で寝ているなんて、流石はカチューシャ隊長!」

 

 

 

と秋山先輩がフォローに入った為、少女はエルヴィン先輩に対する不信感を忘れたかの様に秋山先輩へ向けて「食べたら寝るなんて、子供ですよね~」と笑顔で答えて来た。

 

其れに対して秋山先輩も「でも“油断大敵”とも言うよ!」と返すと、少女は……

 

 

 

「大丈夫ですよ!あんな弱小校(大洗女子)相手ですから!」

 

 

 

と答えた為、私は思わず“ムッ”としたが、秋山先輩は……

 

 

 

「だよね~♪」

 

 

 

と笑顔で返した為、私は『秋山先輩、凄いや…普通なら怒りたくなる処なのに、スパイに徹して本音を隠している!』と驚嘆した。

 

でも同時に『プラウダの隊長(カチューシャ)副隊長(ノンナ)は北海道出身だから其処は「だよね~♪」じゃ無くて「DA.BE.SA」か東北弁で「DA.CHA.NE」の方が良かったんじゃないかな?』と()()()()を想像しちゃったけど*2

 

そんな事を思って居た時、秋山先輩は違う質問に切り替えていた。

 

 

 

「あっ、そうそう!ド忘れしちゃったんだけど、こっちの配置って如何なっているんだっけ?」

 

 

 

其れに対してプラウダ高の少女は「はい!私達のKV-2(カーベー)が後衛で、前にフラッグ車(T-34/76)、其の側面援護にT-34/76が居ます」と答えた処、秋山先輩は……

 

 

 

「いや~っ、KV-2(カーベー)大変でしょう?」

 

 

 

と訪ねると、少女は「そうなんですよ。砲弾重いですからね」と答えたので秋山先輩は「重過ぎで分離装薬式になった位だもんね」と答えた為、私も『KV-2の152㎜砲は元々砲兵が使う榴弾砲を戦車砲に改造した物だからね』と付け加えた処、少女は「はい!」と答えて頷いた後、「其れに、あんな大きな砲塔を手回しで動かすから毎回筋肉痛でキツイっすよ~」と語った。

 

すると秋山先輩がKV-2の砲塔を眺めつつ「其の上傾くと砲塔回らないし」と指摘すると少女はこう語る。

 

 

 

「アレ悲惨ですよ~車台が倒れるんじゃ無いかって気が気じゃ無いです~」

 

 

 

其れを聞いた秋山先輩、今度は「やっぱりロージナ*3とかの方が良いよね!」と少女に問い掛けると彼女も笑顔で「ですねー」と答えつつもこう語った。

 

 

 

「でもKV-2(カーベー・ツー)はカチューシャ隊長の御気に入りですから」

 

 

 

其れに対して秋山先輩が「あっ、車高が高いから?」と問うた処、少女は……

 

 

 

「そうなんですよ!“此の上に乗ると良く見えるから”って」

 

 

 

と笑顔で答えた為、秋山先輩も「だよねー!」と答えた時、私は先輩に向けてさり気無く時計を見せる事で『時間が経ち過ぎていますよ』と知らせた処、秋山先輩は自分の時計で時間を確認してから少女に向けて「あっ、そろそろ行かないと!御免ね、時間取らせて!」と告げたので、私達3人は漸く其の場を離れて行ったのだった。

 

其れに対してプラウダ高の少女も「あっ、いいえ!ココア有難う御座います!」と御礼を言ってくれたので秋山先輩が手を振り乍ら立ち去って行く。

 

そして私達は前方に在る小屋(私達が拝借したプラウダ高の防寒用コートが吊って在った所だ)の裏へ向かって行ったのだった。

 

但し、私は心の中で私達と会話していた少女に向けて……

 

 

 

『ニーナさん御免なさい!私、去年の全国戦車道中学生大会で観戦に来ていた貴女にサインを書いてあげたのに、貴女とプラウダ高を騙して本当に御免なさい!』

 

 

 

と謝罪して居たのでした。

 

 

 

 

 

 

一方、プラウダ高の生徒に化けていた優花里・エルヴィン・嵐が立ち去った後のKV-2では砲塔のハッチが開くと此の戦車の乗員である一年生・アリーナが同級生でつい先程迄優花里・エルヴィン・嵐と会話をし乍ら優花里から貰ったココアを飲んでいた少女・ニーナに向かって「あれ、誰だべ?」と問い掛けていた。

 

其れに対して彼女が「そんな事も知らねえのか?先輩に決まってるだべなぁ」と答えるが、アリーナは不審げな声でこう指摘する。

 

 

 

「忘れたべか?あの3人の内の1人は去年の戦車道中学生大会で顔を見た覚えが有るんだべさ。確か其の大会でニーナは彼女からサインを貰った筈だべ。名前は…え~と」

 

 

 

と告げつつも“相手の名前(原園 嵐)”が思い出せず苦労しているアリーナの姿を見たニーナは戸惑い気味の声でこう答える。

 

 

 

「えっ?でも其の()…“みなかみの狂犬( 原園 嵐 )”は赤毛の()だべ?そんな()は居なかったべさ」

 

 

 

其の為、“赤毛の()=原園 嵐”だと言う“痛い点”を突かれたアリーナは……

 

 

 

「あっ、そうだべか…勘違いだべかぁ?」

 

 

 

と呟いた為、彼女は“ニーナと会話していた3人が大洗女子のスパイ”だった事に気付く事が出来なかったのである。

 

 

 

 

 

 

そして私達は小屋の裏で拝借していたプラウダ高校戦車道チーム用の防寒コートを元有った場所に戻すと一気に其の場から走り去った。

 

 

 

「バレたかと思った!」

 

 

 

「いや~っ、ヒヤヒヤしました!」

 

 

 

此処でエルヴィン・秋山両先輩が走り乍ら語るのを聞いた自分も……

 

 

 

『私もです!あのニーナさんって人、去年の戦車道中学生大会で私にサインを書いて欲しいと頼まれて書いた事が有って、其れで顔を覚えていたから“バレたら如何しよう!?”と思ってドキドキしてました!』

 

 

 

と告白した処……

 

 

 

「ヒューヒュー!」

 

 

 

「流石原園殿!モテモテじゃ無いですか!?」

 

 

 

『止めて下さい!私、そう言う趣味は有りませんから!』

 

 

 

エルヴィン・秋山両先輩からツッコミを喰らった私は顔を真っ赤にして答えざるを得なかった。

 

其処へエルヴィン先輩が「早く戻って風呂に入りたい!」と叫ぶと、秋山先輩が「無いですけどね!」と答えたので私は御二人に向けてこう答える。

 

 

 

『帰ったら、きっと西住隊長が熱いココアを用意してくれていますよ!』

 

 

 

すると二人の先輩も「「うん!」」と答えて走り続けて居た時、私はふと“思い出した事”が有ったので……

 

 

 

『あっ、其れよりも秋山先輩?』

 

 

 

と問うた処、彼女が「何ですか、原園殿?」と返して来たので私はこう続ける。

 

 

 

『さっきからずっと聞こうと思っていたのですが……』

 

 

 

「「?」」

 

 

 

其の問い掛けに、御二人の先輩が立ち止まって私を見ている。

 

其処で私は“此の偵察任務中にふと思い付いたネタ”を語った。

 

其れは……

 

 

 

『秋山先輩が履いている靴って…もしかしてア●プス●ノー社が出してる“()()()()()()でしたっけ?』

 

 

 

其れに対して秋山先輩が唖然とした表情で「はあ?」と呟く中、“私のネタの意味”に気付いたエルヴィン先輩が大声で笑い乍ら、こう答えてくれた。

 

 

 

「アハハ!“サイコロ3後編”か!」

 

 

 

『はいっ!』

 

 

 

エルヴィン先輩に対して私が笑顔で答えると先輩の御二人は……

 

 

 

「「アハハ!」」

 

 

 

と大声で笑ってくれたので、私も釣られて笑い出すとエルヴィン先輩が笑顔でこう答えてくれた。

 

 

 

「原園も元気になったな!出発した時からずっと黙っていたのが嘘みたいだ!」

 

 

 

『はいっ!此れで思いっ切り試合に打ち込めます!』

 

 

 

「良かったです!エルヴィン殿と原園殿が仲直りしてくれて!」

 

 

 

と言う訳で、此れで私とエルヴィン先輩の間に有った“(わだかま)り(原因は河嶋先輩の暴言だが)”は漸く消え去ったのだった。

 

 

 

 

 

 

『まさか、本当に敵陣を一周するとは……』

 

 

 

こうして私達は「雪の進軍」を唄い乍らチームが立て籠もって居る教会跡へ戻って来た。

 

しかも私達を取り囲んで居るプラウダ高校戦車道チームの包囲陣を一周する形で。

 

そんな大胆な作戦をやってのけた2人の先輩の凄さを間近で見続けた私が一言呟くとエルヴィン先輩が「いや、原園も居てくれたからこれだけ大胆な作戦が出来たんだ。感謝するぞ」と語り掛け、秋山先輩が「もう直ぐ西住殿の下に着きますから、最後迄気を抜かないで行きましょう」と告げたので、私も『はい』と答えた後……

 

遂に私達は偵察任務をやり遂げて、教会跡で私達を待って居た西住隊長の前に戻って来たのだった。

 

 

 

「「『只今、帰還しました!』」」

 

 

 

でも此の後、私達には“更なる試練”が待ち受けていたのだ……

 

 

 

 

 

 

余談。

 

※此処より、実験的に台本調で進みます。

 

 

 

そど子「此方も偵察終わりました」

 

 

 

嵐『御帰りなさい…ののっち(瑞希)、麻子先輩や園先輩とは上手く行った?』

 

 

 

瑞希「其れがね…聞いてよ」

 

 

 

嵐『何か有ったの?』

 

 

 

瑞希「有った処じゃ無いわよ…御陰で危うく()()になる処だったわ」

 

 

 

嵐『えっ!?』

 

 

 

瑞希「最初は園先輩が“スターリン( IS-2 )”重戦車を“モロトフ( 火炎瓶)”と言い間違えただけだったんだけど、其れで彼女が『何で冷泉先輩と一緒に偵察に出なきゃ行けないのよ!?』と言い出しちゃって」

 

 

 

嵐『ああ…確か、3人がチームを組んだ理由の一つが“全員視力が2.0有るから”だったよね』

 

 

 

瑞希「そうなんだけど、其れを冷泉先輩に指摘された園先輩が逆ギレしちゃって……」

 

 

 

嵐『何をやったの?』

 

 

 

瑞希「先ず冷泉先輩の事を“貴女は冷泉 麻子だから、略してレ・マ・コよ!”と呼んだ挙句、何時の間にか作っていた雪玉を冷泉先輩に投げ付けてね……」

 

 

 

嵐『えっ!?』(唖然とし乍ら園へ視線を向ける)

 

 

 

瑞希「其れで、冷泉先輩はああ見えて運動神経抜群だから雪玉を避けたんだけど、其の代わりに雪玉は先輩の後ろに有った大木に当たって、其の音がプラウダ側の歩哨に聞かれたから私達は其の場から遁走する破目になったのよ」

 

 

 

嵐『何時は“しっかり者”の園先輩らしくない……』

 

 

 

瑞希「しかも当人は自分がやった事で敵に正体を露見した原因を作った癖に『見付かっちゃったじゃない!』って冷泉先輩を責めるし…正直“何だかなあ”と思ったわよ」

 

 

 

園「一寸!野々坂さん、ベラベラ喋らないでよ…って、ハッ!」

 

 

 

嵐&瑞希(ジト目で園を見詰める)

 

 

 

園「あっ…その、流石に敵に見付かる様な真似をやったのは悪かったわ。反省してる」

 

 

 

嵐&瑞希(小さく頷くと同時に何か皮肉を言おうとした麻子の口を塞ぐ)

 

 

 

麻子「ウググ……」(「二人共卑怯だぞ!」と喋ろうとしたが、口を塞がれて喋れない)

 

 

 

以上、“余談”終わり。

 

 

 

(第74話、終わり)

 

 

 

*1
酷寒の状況下で体感温度(外気温)と実際の体内温度との間に極端な差が生じた場合、低体温症の為にまるで暑い場所にいるかのような錯覚に陥って衣服を脱いでしまう現象。嵐が語った映画「八甲田山」での「裸で凍死する兵卒」のシーンはこの現象の典型例である。

*2
何故此処で「DA.BE.SA」と「DA.CHA.NE」をローマ字表記にしたかについては後書きを参照の事。

*3
T-34の愛称。本来はロシア語で「祖国」「母国」「故郷」と言う意味が有る。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第74話をお送りしました。

今回はTV版OVA第5話「スノー・ウォー」が原作です。
前々回から気不味い雰囲気に陥っていた嵐ちゃんとエルヴィンが、秋山殿の仲立ちも有って仲直りする話となりました。
まあ、此処で仲直りをしないと色々と不味いですからね。
其れとソド子&麻子の話も入れたかったので、此れは“余談”と言う実験的な形で纏めています。

追記:
今回、作中でニーナに対して秋山殿が「だよね~♪」と返した際、嵐ちゃんが心の中で思っていた事について。
「DA.BE.SA」とは1995年にNORTH END×AYUMI from SAPPOROがリリースしたヒット曲「DA.YO.NE」(EAST END×YURIが1994年にリリース)の北海道ローカル版で、「DA.CHA.NE」も同じ年にNORTH EAST x MAI from SENDAIがリリースした東北弁版。
尚、「DA.BE.SA」の作詞とボーカルには某・北海道ローカルTV局の“移動番組”の出演者が、メインボーカルには当時其の出演者の妻だった方が参加しており、嵐ちゃんは幼少の頃に直之さんから其の事を教えて貰っていた(「DA.CHA.NE」は其の後嵐ちゃん自身が調べて見付けたらしい)。
只、実を言うとオリジナルの「DA.YO.NE」自体がヒットした切っ掛けも北海道のFM ラジオ局でヘヴィー・ローテーションされた為に早くから道内では話題となり、其の後道内のローカルチャート番組ではMEN'S 5の「“ヘーコキ”ましたね」(此れもある意味名曲w)と激しいトップ争いを演じた事が他の地方へも波及したからだそうで。
何と言う恐ろしい実話なんだろう(白目を剥く藩士語る)。

其れでは、次回をお楽しみに。



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第75話「ピンチの時の“あんこう踊り”です!!」


今回は“あのシーン”が再現されます(迫真)。
実は此の話を執筆中に意外な事実が判明した為、ラストに「余談」として纏めました。
内容については御楽しみと言う事で……
其の関係で、今回はかなりの長文になりましたが、如何か御了承下さい。
其れでは、どうぞ。



 

 

 

此処は、東京都内・湾岸地区に在るホテルのスイートルーム。

 

其処には1時間半程前、此のホテル最上階に或る“控室兼着替え室”で突然倒れた“大洗のアイドル”にして此の日行われた「346プロダクションPresents・全国ローカルアイドルバトル・決勝戦」の優勝者・磯前 那珂が運び込まれていた。

 

彼女は此のホテルの宴会場で行われた「全国ローカルアイドルバトル」の打ち上げに参加した後、所属する芸能プロの社長である赤城(あかぎ) 景子(けいこ)と一緒に其の儘一泊する予定だったが、其の前に衣装を普段着に着替える為、同じ階に在る“控室兼着替え室”に入った処、偶々部屋のTVに映し出されていた「第63回戦車道高校生全国大会準決勝・第二試合“青森県代表・プラウダ高校対茨城県代表・大洗女子学園”」の実況中継から……

 

 

 

()()()()()()()()()()()()んだぞ!」

 

 

 

と言う大洗女子学園戦車道チーム副隊長・河嶋 桃の発言(暴言)を聞かされたショックで失神、其の儘倒れてしまったのだ。

 

元々彼女は大洗女子学園の母校・大洗町の出身で在る上、戦車道を復活させた大洗女子の初陣となった“聖グロリアーナ女学院との練習試合”の際に大洗シーサイドステーションで行われたオンステージで大洗女子・戦車道チーム隊長である西住 みほ達と出会ったのが切っ掛けで自身も大洗女子のファンになり、全国大会一回戦を御忍びで観戦に行った後、二回戦では両親が勤めている児童福祉施設の子供達を連れて観戦。

 

そして準決勝は自身が出場する「全国ローカルアイドルバトル・決勝戦」と試合時間が重なった為、応援に行けない分“西住さん達・大洗女子の皆と一緒に戦う!”との決意で自身の決勝戦に臨んだ結果、見事優勝してローカルアイドルの頂点に立つと共にメジャーデビューの権利も勝ち取った。

 

其の矢先に突然知らされた「大洗女子が戦車道高校生大会で負けたら廃校」と言う事実は彼女に強い衝撃を与えてしまい、其の場で倒れてしまった……

 

只、幸いにも此の時部屋には「全国ローカルアイドルバトル・決勝戦」のゲストとして出演した346プロダクションのアイドルユニット“トライアドプリムス”と“ニュージェネレーションズ”のメンバーが居た。

 

特に自身も全国大会一回戦のサンダース大付属戦を見て大洗女子のファンになったと言う渋谷 凛の冷静な判断により、那珂は凛と彼女が所属するユニット“トライアドプリムス”のメンバー・神谷 奈緒と北条 加蓮の3人に介抱された。

 

更に、凛は自身も所属するユニット“ニュージェネレーションズ”のメンバー・島村 卯月・本田 未央に対して「今直ぐプロデューサー(武内P)さんを呼んで来て!」と指示を出した処、2人の報告を受けたプロデューサー(武内P)は事態を重く見て、那珂が所属する芸能プロ社長の赤城と今回「全国ローカルアイドルバトル・決勝戦」の責任者として来ていた上司の美城専務にも相談した結果、3人は打ち上げ会場に居たスタッフと本来は今回の決勝戦と打ち上げの際に急病人が出た時の為に待機して居た医師も連れて部屋へやって来たのだった。

 

そして駆け付けた医師が那珂を診察した結果「彼女は精神的なショックで気を失っているだけで他に問題は無いと思うが、念の為に今夜はゆっくり休ませた方が良いでしょう」との診断を受けた為、彼女は美城専務の判断によって本来専務が泊まる筈だった此のホテルのスイートルームに運び込まれたのだった。

 

そんな中、ベッドに寝かされていた那珂が漸く意識を回復して目を覚ますと……

 

 

 

「大丈夫ですか、磯前さん?」

 

 

 

“346プロのプロデューサー(武内P)”が那珂に呼び掛けた処、彼女は上半身を起こしてから周囲を見回す…そしてプロデューサー(武内P)の他に凛・卯月・未央・奈緒・加蓮の5人が心配気な表情で自分を見守っており、更に美城専務と赤城社長が厳しい視線を向けている事に気付いてから済まなそうな声で……

 

 

 

「はい。皆さん、先程は御迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんでした」

 

 

 

と謝罪した後、深々と頭を下げた。

 

 

 

其の姿を見た美城専務と赤城社長が小さく頷くと卯月も済まなそうな声で那珂に告げる。

 

 

 

「私こそ、那珂ちゃんは何も知らなかったのに“大洗女子学園が廃校になるのですか!?”って訊いてしまって御免なさい」

 

 

 

其れに対して彼女は「ううん、私も廃校の事は知らなかったんだから、気にしなくて良いよ」と告げ、卯月がホッとした表情を見せる中、凛が辛そうな声で……

 

 

 

「でも、私もショックだよ…那珂ちゃんは倒れていたから聞いて居ないと思うけど生徒会長の角谷さんが語った“廃校の話”、今でも信じられ無い」

 

 

 

其処へ未央も「私もだよ……」と告げてから、こう語る。

 

 

 

「まさか、大洗女子が此の大会に出場した理由が“文科省から言い渡された廃校の阻止”だったなんて」

 

 

 

すると那珂は「皆さん。其の話、私は一切知らないので詳しく教えて頂けませんか?」と告げた為、卯月は「大丈夫なんですか!?」と問い掛けるが、其処へ赤城社長が「覚悟は出来ているのね?」と問うた処、那珂は「はい」と告げた為、彼女はプロデューサー(武内P)やアイドル達から“首都テレビの実況中継で流された「大洗女子の廃校問題」に関する話”を聞いた。

 

そして話が終わった後、那珂は覚悟を決めた声でこう問い掛ける。

 

 

 

「其れでプロデューサー(武内P)さん、試合は如何なりましたか?」

 

 

 

すると彼は腕時計を見てから「今、試合の実況中継は中断中ですが、後30分程で再開されるそうです」と告げる。

 

其れに対して那珂が辛そうな声で「そうですか……」と呟いて俯いた時、此処迄一切口を開かなかった美城専務が静かな声でこう告げた。

 

 

 

「磯前君。君は此の試合の行く末をちゃんと見届けた方が良いだろう」

 

 

 

其の言葉に卯月が不安を感じて「専務!?」と叫ぶが、美城は彼女に向けて「静かにしたまえ。私は磯前君と話をしている」と告げた後、那珂に向けてこう問い掛ける。

 

 

 

「君も既に覚悟が出来ていると言った…なら、地元のチームだとかチームのメンバーと親しいとか言う以前に、彼女達の運命を最後迄見届けるべきでは無いのか?」

 

 

 

其の言葉は大洗女子の運命を案じていた為に俯き加減だった那珂の心に“深く響いた”。

 

そして那珂は顔を上げると凛とした声で「はい。仰る通りです」と答える。

 

其の声を聞いた所属プロの赤城社長が微笑み乍ら頷くのに対して、卯月達アイドル陣は那珂の毅然とした態度を目の当たりにして息を飲んだ。

 

そしてプロデューサー(武内P)と美城専務・赤城社長が互いに小さく頷いて那珂の考えに同意すると彼女はハッキリとした口調でこう告げたのだった。

 

 

 

「私は大洗女子の…いえ、此の試合の行方が如何なろうと最後迄見届けます」

 

 

 

其の表情は“覚悟”に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない

 

 

 

第75話「ピンチの時の“あんこう踊り”です!!」

 

 

 

 

 

 

此処は私達・大洗女子戦車道チームが立て籠もって居る教会跡。

 

其処では私達の包囲を続けているプラウダ高校戦車道チームの偵察から帰還した秋山・エルヴィン両先輩や私の組と園・冷泉両先輩に瑞希(ののっち)の組が西住隊長に偵察結果の報告を終えた後、武部先輩達が其の情報を元に教会跡周辺の地図を描いていた。

 

そして出来上がった地図を見た西住隊長は笑顔で私達に向けて……

 

 

 

「あの雪の中でこんなに詳細に…此れで作戦が立て易くなりました!有難う御座います!」

 

 

 

と御礼を言うと、秋山先輩が「“雪の進軍”は結構楽しかったです!」と答え、エルヴィン先輩も「うん。楽しかった!」と笑顔で感想を述べた後、私も……

 

 

 

『はい!御蔭で最後迄頑張れました!』

 

 

 

と答えた処、麻子先輩が「敵に見付かって逃げ回ったのが、却って良かったな」と語った為、“敵に見付かった原因を作った当人”(麻子先輩目掛けて雪玉を投げたら木に当たって音を立てた)である園先輩(ソド子)が「何言ってるの!?見付かったのも作戦よ!」と言い返したのだけど、其処で瑞希(ののっち)が……

 

 

 

(その)先輩、其れは()()とは言えないですから」

 

 

 

と“厳しいツッコミ”を入れた為、憮然としている彼女を余所に麻子先輩が「野々坂、其のツッコミは厳し過ぎると思うぞ?」と答えた結果、瑞希(ののっち)園先輩(ソド子)に向けて「先輩、御免なさい」と頭を下げて謝った為、園先輩(ソド子)は戸惑いがちに「冷泉さん…ありがと」と呟いた。

 

其の様子を眺めて居た私はホッとした気持ちで五十鈴先輩から淹れて貰ったココアを飲んだ。

 

 

 

だけど、私達に対するプラウダ高校の()()は、実は此処からが“()()”だったのだ。

 

 

 

 

 

 

一方、此方は観客席の外れから試合を観戦して居る聖グロリアーナ女学院戦車道チーム隊長・ダージリンとボンプル高校戦車道チーム隊長・ヤイカ達。

 

 

 

彼女達の視線の先に在る超巨大モニターには「協議中」のテロップと共に大洗女子・プラウダ高両チームの配置図が映し出されており、更に会場内各所に設置されているスピーカーからは場内アナウンスが繰り返し流されている。

 

 

 

「只今、試合を続行するか如何か協議しております。繰り返します……」

 

 

 

1時間半程前から試合会場内では吹雪が強まった為、観客達はアナウンスを聞き乍ら周辺の屋台で夜食を摂ったり、暖房の効いたプレハブ建築の休憩所で休息を取っている為、現在観客席はガラガラの状態だ。

 

しかし試合中の両チームは観客と違い、食事や防寒対策は自前で用意しなければならない。

 

其の事に気付いた聖グロ戦車道チームの一年生で、ダージリンが駆る隊長車・チャーチル歩兵戦車Mk.Ⅶの装填手を務めているオレンジペコがダージリンへ問い掛ける。

 

 

 

「増々大洗女子には不利ですね。敵に四方を囲まれ、此の悪天候。きっと戦意も……」

 

 

 

だが彼女は澄まし顔で「其れは如何かしらね?」と答えるが、此処でヤイカが異論を述べる。

 

 

 

「でもダージリン。貴女の後輩(オレンジペコ)の考えも一理有るわよ…恐らくカチューシャは此の時間(降伏勧告の猶予)を利用して大洗女子の心を折りに来るわ」

 

 

 

其れに対して彼女達と一緒に観戦して居るサンダース大付属高校戦車道チームの一年生・原 時雨が戸惑い気味の声で「心を折る?」とヤイカに問い掛けた処、“群馬みなかみタンカーズ”時代の時雨の同級生兼チームメイトで、今はアンツィオ高校戦車道チームに居るマルゲリータ(大姫 鳳姫)が「まさかヤイカさん、プラウダは“兵糧攻め”をやる気ですか!?」と叫んだ処…ダージリンの背後に防寒コートを着た大人の女性がやって来ると挨拶をした。

 

 

 

「失礼します、首都新聞社の北條 青葉です。聖グロリアーナ女学院のダージリン隊長でいらっしゃいますか?」

 

 

 

其れに対してオレンジペコが「済みません。試合中のインタビューは御断りしているのですが……」と話を遮った処、青葉は彼女に向けて「御免なさい」と告げた後、こう答えた。

 

 

 

「勿論、其の点に付いては弊社と日本戦車道連盟との取り決めで行いませんので、此の試合が終わった後で“試合を御覧になった感想(インタビュー)”を御聞きしたいのですが、宜しいでしょうか?」

 

 

 

するとダージリンは笑顔で「試合終了後と言う事で有れば、宜しいですわ」と答えた為、青葉は軽く会釈をした後、こう語った。

 

 

 

「有難う御座います。其の御礼と言う訳では御座いませんが、首都テレビ中継本部からの情報では『気象庁の気象衛星“ひまわり”からのデータと地元気象台からの予報を総合すると此の吹雪は後30分程で止む為、恐らく吹雪が止んだ時点で試合は再開されるだろう』との事です」

 

 

 

其れに対してダージリンは更なる笑顔で頷くと「有益な情報、有難う御座います。もし宜しければ北條さんも御一緒に紅茶でも如何(いかが)ですか?」と誘ったが、青葉は済まなそうな声で……

 

 

 

「申し訳有りません。私達は社の服務規程で“大会期間中関係者から飲食を受けるのは禁止”されておりますので、此処で失礼致します」

 

 

 

と答えた為、ダージリンも少し残念そうな声で「そうでしたか。其れでは御気を付けて」と答えた処、青葉も「はい」と答えてから頭を下げた後、其の場から立ち去って行った。

 

其の様子をずっと見ていたオレンジペコが「試合再開迄余り時間が有りませんね」と呟き、其れを聞いた時雨とマルゲリータ(大姫 鳳姫)が小さく頷いた時、超大型モニターを見詰めていたヤイカが声を上げた。

 

 

 

「皆、そう言っている内にカチューシャの()()が始まったみたいよ!」

 

 

 

すると彼女の視線の先に在る超大型モニターに、欧州風の煉瓦造りの小屋と2輌のT-34/76の周りに焚き木と温かい飲み物を飲んでリラックスしているプラウダ高校・戦車道チームメンバー達の姿が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

一方、此方は教会跡に立て籠もる大洗女子学園戦車道チーム。

 

 

 

「降伏時間迄、後何時間だ?」

 

 

 

「…1時間」

 

 

 

河嶋 桃副隊長の問い掛けに小山 柚子が不安気な声で答えると桃も「1時間を此の状態で待つのか」と呻くが、其処へ名取 佐智子が「待ち切れ無い人達も居ますけどね」と教会跡の出入り口を指差すと其の光景を見た桃と柚子が「「えっ!?」」と驚きの声を上げた。

 

其処には“ニワトリさんチーム”のメンバーの内、何かの準備をしているらしい長沢 良恵を除く4人…群馬みなかみタンカーズ出身の嵐・瑞希・菫・舞が教会跡の外で何やら動き回っていたのだ。

 

 

 

「アイツ等…此の寒さの中で何をやっているのだ?」

 

 

 

其の様子を見た桃が呆れ声で呟くが、其れを聞いた佐智子は先輩を睨み付け乍ら文句を言った。

 

 

 

「河嶋先輩…あの()達に向かって“此の大会に負けたら学園が廃校になる事は知っていただろう!”と言ってチームの団結を乱したのを忘れたんですか!?」

 

 

 

「ゲッ!?」

 

 

 

自らの指摘に桃が情けない悲鳴を上げてブルブル震えている(其の原因は寒さでは無い)のを見た佐智子は「全く……」と不満げに呟き乍ら周囲を眺めたが、其の時彼女は仲間達の様子に“異変”が生じている事に気付いた。

 

 

 

「あれっ、皆、如何したの!?」

 

 

 

此れが“此の試合における大洗女子最大の危機”の始まりだったのである。

 

 

 

 

 

 

先ず教会跡の床に座って毛布に包まっていた“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”のメンバー達が弱音を吐き始めた。

 

 

 

「何時迄続くのかな…此の吹雪」

 

 

 

チームの37㎜砲々手・大野 あやが不安気に呟くと通信手を務める宇津木 優季が「寒いね~」と答える。

 

すると操縦手の阪口 桂利奈も「うん」と呟く中、75㎜砲々手・山郷 あゆみ迄が「御腹空いた」と弱音を吐く中、チームリーダー兼車長の澤 梓と装填手の丸山 紗希は仲間達を励ます処か何も言えなくなっていた…尤も紗希が黙っているのは何時もの事なのだが。

 

 

 

一方、“カモさんチーム(ルノーB1bis)”でも……

 

75㎜砲々手兼装填手の金春 希美(パゾ美)が眠り込んでしまい「グー……」と寝息を立てているのを見たチームリーダー兼戦車長の園 みどり子(ソド子)が「寝ちゃ駄目だよ、パゾ美」と注意をしていた。

 

 

 

続いて“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”では操縦手を務めるおりょうが夜空を眺め乍ら「やはり…此れは八甲田」と“縁起でも無い事”を呟くと、チームリーダー兼装填手のカエサルが「天は…我々を見放した!」と言い出し、砲手の左衛門左迄が「隊長!あの木に見覚えが有ります~!」と“悪ノリが過ぎる発言”を続ける中、実はプラウダ高校の偵察行で“仲間達と同じ(映画「八甲田山」)ネタ”を秋山 優花里とやって偵察メンバーの1人だった原園 嵐を困惑させていた車長のエルヴィンが辛そうな表情で黙っていると“思わぬ声”がした。

 

 

 

「歴女先輩方、何が悲しくて“自分達が生まれる前に上映された映画(八甲田山)”のネタをやっているんですか!?しかも縁起が悪い内容だし!そんな事ばかりやっているとレトルトカレーにココア、其れとチョコレートバーはあげませんよ!?」

 

 

 

其の声の主は“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の副操縦手で一年生の長沢 良恵だった。

 

其れを見たエルヴィンはホッとした表情で「済まない!」と答えると仲間達3人も慌て声で……

 

 

 

「「「あっ…頂戴!」」」

 

 

 

と良恵に呼び掛けると彼女が持って来た食事を受け取り始めた…其の様子を見ていた他のチームの仲間達も集まる中、桃が柚子に対して「未だ食料があったのか!?」と問うた処、彼女は首を横に振り乍ら「いいえ」と答えた後、「こう言う事態は予測していなかったので、さっき配ったスープの他には乾パンしか無かった筈なのに!?」と語ったのに対して良恵が笑顔でこう答えたのだ。

 

 

 

「実は試合直前に明美さんが“こんな事も有ろうかと”と言って私や嵐達に渡してくれた物で、私達がイージーエイト(M4A3E8)の車体や砲塔後部の荷物入れに食料を入れたケースを括り付けて置いたんです」

 

 

 

其れに対して桃が「明美さんが……」と呟く中、柚子も「言われてみれば今日のイージーエイト(M4A3E8)、車体や砲塔後部に積んでいる荷物がやけに多いと思って居たわ」と答えると、今度は佐智子が補足説明を加えた。

 

 

 

「其れで、此の教会前での撤退戦の時に食糧を入れたケースの一部が至近弾で吹き飛ばされちゃったんですが、さっき嵐達が外に出て拾える物は全部拾って来てくれたんです」

 

 

 

其れを聞いた桃は“先程見た嵐達の行動”を思い出し、「じゃあ、さっき原園達が外で動き回っていたのは!?」と問い掛けた処、良恵が「はいっ!そして私は嵐達が集めて来たレトルトカレーを鍋で沸かしたお湯に入れて温めていました」と答えた為、其れを聞いた柚子は笑顔で「助かった!」と叫んだ。

 

只、此処で皆に用意した食事を配っていた野々坂 瑞希が「でも此れで食料は本当に最後ですけどね」と忠告した為に皆が表情を引き締める中、萩岡 菫が皆に呼び掛ける。

 

 

 

「其れと皆さん、チョコレートバーは今食べずに試合再開後の合間に食べて下さい。何時試合が終わるか分かりませんから!」

 

 

 

そして二階堂 舞が「此の寒さだと立って居るだけでカロリーを沢山消費するから、チョコレートが冬場の非常食に適しているんだ。だから“食べたら太る”なんて思わないで、一寸御腹が空いたと思った時には直ぐ食べてね!」と呼び掛けていたが、其の一方で“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”通信手・武部 沙織が寂しそうな声で……

 

 

 

「でも、此れで私達の食べる物は最後なんだよね……」

 

 

 

と語るとチームメイトの装填手・秋山 優花里が……

 

 

 

「さっき偵察中、プラウダ高は焚き木をし乍らボルシチとか食べていました」

 

 

 

と語った処、操縦手の冷泉 麻子が……

 

 

 

「美味しそうだな……」

 

 

 

と呟いた為、傍に居た砲手の五十鈴 華は……

 

 

 

「其れに温かそうです」

 

 

 

と語った為、折角食事を貰った他の皆も元気が無くなって沈んだ気持ちになってしまった。

 

すると優花里が「やっぱり、あれだけの戦車を揃えている学校ですからね……」と呟くが其処へ“ニワトリさんチーム”の瑞希・菫・舞の3人が優花里達の傍へやって来ると突然、瑞希が憤懣遣る方無い表情でプラウダ側の陣地を睨み乍ら、こう言い放った。

 

 

 

「ああ…あれはプラウダの奴等の()()ですよ!」

 

 

 

「「「作戦!?」」」

 

 

 

“思いも寄らぬ発言”を聞かされて驚く優花里達4人に対して、今度は舞が憤る。

 

 

 

「ああやって“自分(プラウダ)達は食事を食べられるし、焚き木で温まる事も出来る”って自慢して私達の心を折りに来ているんだよ!」

 

 

 

其処へ菫が舞の発言に対して頷き乍ら、こう語った。

 

 

 

「多分、降伏勧告の軍使が私達の様子を見て“食料や防寒の準備をしていない”事を見抜いた上でカチューシャ隊長に報告したんだと思う」

 

 

 

此の時、大洗女子・戦車道チームの仲間達は“或る事”に気付いた。

 

プラウダ高校の()()は試合中断中も続いていたのだ。

 

勿論、試合ルールに反しない形(食事や焚き木を見せ付ける)で大洗女子の心を折りに来ているのだ。

 

そんなプラウダ高の“()()()()()”を知り、大洗女子のメンバー達は絶望的な表情を浮かべる……

 

 

 

 

 

 

其の時、“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”のリーダー兼車長・原園 嵐が優花里達の近くに居るチームメイトに向けて声を掛けて来た。

 

 

 

『三人共、一寸話が有るから向こうの方に集まって』

 

 

 

其の指示に従って瑞希・菫・舞の三人が嵐の下に集まる。

 

只、此の時皆に配ったレトルトカレーを“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”と一緒に食べている良恵は“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の一員で有るにも関わらず呼ばれていなかったが、“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”のメンバー4人は其の不自然さに気付かない儘、今後の不安を語り合って居た。

 

 

 

「学校…無くなっちゃうのかな?」

 

 

 

沙織が寂し気な声で語ると優花里が「そんなの嫌です…私はずっと此の学校に居たい!皆と一緒に居たいです!」と叫ぶが、沙織も沈んだ声で「そんなの分かって居るよ!」と言い返す。

 

其処へ華が……

 

 

 

「如何して廃校になってしまうんでしょうね…此処でしか咲けない花も有るのに」

 

 

 

と語った時……

 

 

 

「……」

 

 

 

麻子は言葉こそ発しないものの、コサックダンスに興じているプラウダ高の面々を睨み付け乍ら憤りを隠せない表情を浮かべて居た。

 

こうして“負けたら母校が廃校になる”と言う現実の前に大洗女子の士気はどん底に落ち込んでいた…筈だった。

 

隊長である西住 みほと“もう1人(原園 嵐)”を除いて。

 

 

 

 

 

 

あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”の先輩方には悪いけれど、彼女達の声は私の耳にもしっかり届いていた。

 

 

 

其れだけで無く、仲間達が“此の試合に負けたら母校・大洗女子学園が廃校になる”と言う現実の前に押し潰されている事にも気付いていた。

 

だから私は“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”のメンバー中“群馬みなかみタンカーズ”からの仲間でも有る瑞希・菫・舞を呼んで“此の苦境を脱する為の作戦”を伝える事にした。

 

但し“群馬みなかみタンカーズ”出身では無い長沢 良恵だけは此の場には呼んでいない。

 

此れから伝える()()()()()に彼女を巻き込みたくなかったからだ。

 

 

 

『皆聞いて。仲間達の士気がどん底の状態にある今、此の儘では試合が再開されても勝負にならない。其処で私達が……』

 

 

 

そして3人に“私が立てた作戦”を伝えると……

 

 

 

瑞希が小声で「()()をやるの!?」と口走り、続いて菫は真っ青な顔で「無茶過ぎない!?」と喋ると舞も驚きの表情を浮かべ乍ら「私達だけでやるの!?西住隊長達は如何するの!?」と問うが、私は敢えて能面の様な表情で仲間達の反論を受け流すと静かな声でこう告げた。

 

 

 

『無茶は承知の上よ…皆の心が折れてしまって居る状況下でプラウダの大軍を相手取るには()()()()()()()()()。其れに私達は望んで居なかったとは言え“生徒会の手先”になっていた以上、此処で仲間達に対して()()()を着けるしか無いわ!』

 

 

 

「「「……」」」

 

 

 

私の“宣告”を聞いた3人が悲壮感溢れる表情で俯いた儘、何も言えなくなったのを見た私は『じゃあ……』と自らの決断を彼女達に伝えようとした時だった。

 

突然、西住隊長が皆に呼び掛けて来たのだ。

 

 

 

「皆如何したの!?元気出して行きましょう!」

 

 

 

でも士気がどん底に迄落ち込んでしまって居る仲間達に隊長の声は響かない。

 

漸く武部先輩が擦れ声で「…うん」と答えただけだ。

 

其れに対して西住隊長は大声で「さっき皆で決めたじゃないですか!?降伏しないで最後迄戦うって!」と叫ぶが、皆は疲れ切った声で「「「は~い……」」」「分かってま~す……」と答えるのが精一杯。

 

最早、仲間達に戦う気力が残されていないのは明らかだ。

 

其処で私は瑞希・菫・舞に向けて小声で告げる。

 

 

 

『皆、今の会話を聞いたよね…西住隊長がやる気でも皆の心が折れてしまっている以上、戦い続ける為には私達が“()()”になるしか無いわ。“生徒会の手先”となって仲間達を裏切った私達が!』

 

 

 

其れに対して3人は表情を強張らせ乍ら頷く…其の様子を見届けた私が『じゃあ、皆の覚悟が出来た処で西住隊長に意見具申するわ』と言った時。

 

 

 

「おい、もっと士気を高めないと!」

 

 

 

仲間達の士気をどん底に迄突き落とした元凶(桃ちゃん)が、己の過去の発言を棚に上げる形で西住隊長に注文を付けて来た。

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

其れに対して隊長が当惑気味に答える中、元凶(桃ちゃん)は追い討ちを掛ける様に「此の儘じゃ戦えんだろ!何とかしろ、隊長だろ!」と言った処、隊長が「あっ、はいっ!」と答えた瞬間、私は頭に来た。

 

 

 

あの女(桃ちゃん)…廃校の件をバラして()()()()()()()()()()()()()と思って居るのよ!?』

 

 

 

西住隊長、河嶋先輩の文句に答える必要は有りません。

 

今から私が彼女をぶっ飛ばしますから…と思って歩き出そうとした時、瑞希(ののっち)が私の肩を掴み乍ら……

 

 

 

「一寸嵐、此処で河嶋先輩を殴っちゃ駄目!」

 

 

 

と言い出したから、つい私も言い返す。

 

 

 

『離してよ瑞希、一遍あの女には…って、ええっ!?

 

 

 

其の時だった。

 

目の前で、突然西住隊長が大声を上げ乍ら踊り始めたのだ。

 

しかも其の踊りは妙にテンションが高い上に体をくねらせる様に動かす為、如何見ても正体不明且つ“エロい”としか言い様が無い。

 

そう…西住隊長が踊っているのは“大洗名物・あんこう踊り”だった。

 

 

 

「皆も歌って下さい!私も踊りますから!」

 

 

 

あの“恥ずかし過ぎる”事で大洗の乙女達の間では()()()()()()を踊り乍ら“皆も歌って欲しい!”と呼び掛ける西住隊長に対して仲間達が唖然とする中、河嶋先輩が慌て声で「逆効果だぞ、おい!?」と叫ぶ中、私は即座に答えた。

 

 

 

『西住隊長!私も踊らせて頂きます!』

 

 

 

隊長が皆の士気を上げる為に踊るのなら、私が真っ先に踊らなくて如何するの!

 

其れに私は“西住隊長を独りにはさせない”と誓った以上、あの“あんこう踊り”を隊長と一緒に踊らない理由なんて無かった。

 

そんな決意で西住隊長の隣に来た時、秋山先輩も「ああっ、原園殿に先を越された…私も踊ります!」と叫び乍ら駈け込んで来たので、私は直ぐ様……

 

 

 

『秋山先輩!西住先輩の隣へどうぞ!』

 

 

 

と叫ぶと共に先輩を隊長の隣へ呼び込み、私は秋山先輩の隣で踊り出す。

 

やっぱり秋山先輩が西住先輩の…って、何を言っているのだ、私は!?(赤面)

 

等と思って居る間に秋山先輩から「有難いです!一緒に踊りましょう!」と呼び掛けられたので私も『はいっ!』と答えると“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”の五十鈴・武部・麻子先輩も次々に私達の目の前にやって来て踊り始めた。

 

 

 

そして、遂には大洗女子学園戦車道チームのメンバー全員が“あんこう踊り”を踊る場面が試合会場内の超大型モニターだけで無く、再開された首都テレビの実況中継でも全国放送されたのである。

 

 

 

 

 

 

其の時、試合会場内の観客席では……

 

 

 

「アハハ!大ピンチの最中に皆で“あんこう踊り”を踊るなんて最高じゃない!」

 

 

 

会場内の超巨大モニターに映し出された光景を見た明美が大声で笑い乍ら西住 しほに呼び掛けると彼女は……

 

 

 

「“あけみっち(明美)”…御前と言う奴は!」

 

 

 

と文句を言うが、其処で隣に居た長門が笑顔でこんな事を言い出した。

 

 

 

「良いじゃ無いか!黒森峰に入学してから何かと引っ込み思案だったみほちゃんが“あのあんこう踊り”を自分から踊るなんて!私も一緒に踊りたくなったぞ!」

 

 

 

そんな彼女の姿にしほはドン引きし、明美もジト目で「“ながもん(長門)”…其れは遣り過ぎだって」と呟くが、其の表情は笑顔である事に気付いた西住 まほは視線を超巨大モニターに映って居る“妹・みほの踊る姿”に移してから、小声で呟いた。

 

 

 

「ピンチの時に皆で踊って皆を盛り上げる…其れが“みほの戦車道”なのか!?」

 

 

 

更に観客席の別の場所では“異変”が起きていた。

 

五十鈴 華の母・百合が“あんこう踊り”を踊る娘の姿を見て呆然となり、奉公人の新三郎が「御嬢が!?」と驚愕の叫びを発する中、観客席からも“あんこう踊り”の歌声と手拍子が響いて来たのだ。

 

しかも吹雪の影響で観客席を離れていた観客達がSNS等で“大洗女子があんこう踊りを踊っている”と知って観客席に戻りつつあり、次第に彼らの歌声と手拍子が会場全体に轟き渡って行った。

 

今や、観客達は絶体絶命の戦況下にある大洗女子の味方になっていた。

 

其の様子を目の当たりにした百合と新三郎は、華と彼女の仲間達が起こした“奇跡”の凄さを知って何も言えなくなっていた。

 

そして、其処から少し離れた観客席では“大洗女子学園・中等部4人組”こと五十鈴 華恋・武部 詩織・若狭 由良・鬼怒沢 光や秋山 優花里の両親である淳五郎・好子夫妻が観客席からの声援交じりの歌声と手拍子付きとなった“大洗女子によるあんこう踊り”を見て涙ぐんでいた。

 

 

 

一方、試合会場の外れで観戦して居た少女達も驚くやら呆れるやら、其々の表情でみほ達の踊りを眺めて居る中、ヤイカが驚愕の声でこう叫ぶ。

 

 

 

「“あんこう踊り”って…ダージリン、まさか貴女達聖グロとの練習試合に負けた時の大洗女子が踊った“あのエロ過ぎる踊り”か!?」

 

 

 

だが、其れに対して答えたのは映像を見ながら微笑んでいるダージリンでは無く、両目からハイライトが消えた状態になっているオレンジペコだ。

 

 

 

「はい…そして、もしもあの試合で大洗女子が勝っていたら、私達が()()を踊る筈でした」

 

 

 

と答えた処、ヤイカは戦慄の表情を浮かべ乍ら「練習試合の後、動画配信サイトの明美さんのアカウントで世界中に流された“あの踊り”を!?」と叫ぶと、唐突にダージリンが快哉を発していた。

 

 

 

「“ハラショー”ですわ!」

 

 

 

其の一言でヤイカが絶句する中、彼女達と共に観戦していた嵐の元チームメイト・原 時雨とマルゲリータ(大姫 鳳姫)は微笑み乍ら、羨まし気な声でこう語り合って居た。

 

 

 

マルゲリータ(鳳姫)、嵐も笑顔で踊っているね」

 

 

 

「うん、時雨。私、漸く分かったわ…嵐や直之さんがやりたかった戦車道って、きっとあんな形だったんだろうなって

 

 

 

 

 

 

そして大洗女子の“あんこう踊り”を見詰めていたのは観客だけでは無い。

 

丁度此の少し前のタイミングで再開された首都テレビの実況中継では、実況席で彼女達の踊りを見た346プロダクションのアイドル・新田 美波が涙声で……

 

 

 

「こんな大変な時なのに、此れだけ踊れるなんて…私、今凄く感動しています!」

 

 

 

と語った処、解説担当の斎森 伸之と吉山 和則も「「私もです!」」と答えた為、其れを聞いていた実況の加登川 幸太アナウンサー迄が……

 

 

 

「私も同感です。今、大洗女子学園が想像も付かない程の絶望的な状況下で“もう一度、戦おう!”と言う気持ちをあの踊りで蘇らせようとする姿は“奇跡”としか言い様が有りません!」

 

 

 

と全国の視聴者に向けて語り掛けていた。

 

無論、全国の視聴者達も固唾を飲んで一連の場面を見詰めており…そして皆が大洗女子の選手達の踊りに感動していた。

 

当然、東京都内・湾岸地区に在るホテルのスイートルームで実況中継を見ていた那珂や346プロダクションのアイドルや関係者達も例外では無い。

 

特に那珂はスイートルームの大画面TVの前で涙を零し乍らも笑顔で「皆…私も踊りたい!」と叫ぶと……

 

 

 

「はいっ!私もです!」

 

 

 

と卯月も笑顔で答え、次いで凛がこう語る。

 

 

 

「そうだね!大ピンチの時に此れだけ気合の入った踊りが出来るなんて、私達(アイドル)の目から見ても凄い!」

 

 

 

其れに対して卯月達のプロデューサー(武内P)が無言で頷くと隣に居た美城専務も「此ればかりは才能やプロの技術だけでは表現し切れない領域…だが団結力だけで此処迄やるとは」と感嘆し、其れを聞いていた那珂の所属プロ社長・赤城迄が「正直、プロの目から見ても脱帽ものだわ」と羨まし気な声で呟いた時、首都テレビの中継映像からこんな声が……

 

 

 

「菫ちゃんに良恵ちゃん、此れってまるで346プロダクションの“シンデレラの舞踏会”みたいだね!」

 

 

 

「舞!御願いだから、其れを言うのは止めて~!」

 

 

 

「2人共!其の話を聞くと普通に踊る時よりも余計に恥ずかしいよ!」

 

 

 

偶然、3人の選手の会話が実況中継に流れて来た為、其れを聞いた那珂が笑顔で「皆さんの事を話題にしていますよ!」と話し掛けると、其れを聞いた未央が冗談半分で……

 

 

 

「ねえ皆、次のライブのアンコールで“あんこう踊り”を踊ってみない?」

 

 

 

と語り掛けた処、奈緒が「其れ、良いね!」と乗って来た為、加蓮が何を思ったのか……

 

 

 

「まさか“()()()()()()()()姿()で”って事は無いよね?」

 

 

 

と言った瞬間、発言者を含めた那珂達アイドル勢は一斉に「「「アハハ!」」」と笑ったが、此処で“流石に其れはプロダクション的に不味い!”と思った美城専務が「コホン!」と咳払いをした為、アイドル達は神妙な顔で「美城専務、()()()を言って済みません」と謝罪したのを聞いた美城専務とプロデューサー(武内P)や赤城社長が揃って頷いた時、画面から新たな声が響いて来た。

 

 

 

 

 

 

「あのっ!」

 

 

 

 

 

 

最高潮に達していた私達の“あんこう踊り”を止めたのは、教会跡の玄関にやって来た少女の声だった。

 

其れに対して“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”の操縦手・河西 忍と私の相棒の1人である舞が相手の正体に気付いて……

 

 

 

「プラウダ高の……」

 

 

 

「軍使さんだ」

 

 

 

と呟いた…そう、3時間前に降伏勧告の軍使としてやって来ていたプラウダ高校戦車道チームの選手2人の内の1人だ。

 

そして彼女は、私達の中心に居る西住隊長に向けて“最後通告”を行う。

 

 

 

「もう直ぐタイムリミットです。降伏は?」

 

 

 

其れに対して西住隊長はキッパリと答えた。

 

 

 

「しません!最後迄戦います!」

 

 

 

(第75話・本編終わり)

 

 

 

<余談>

 

前書きでも書きましたが、今回“ある事実”が判明した為、ガルパン原作TV版第9話からカットしたシーンを事情説明も兼ねて台本形式で披露します。

 

其れは大洗女子が酷寒の教会跡で籠城中、バレー部の面々が……

 

 

 

忍「良い事考えた…ビーチバレーじゃ無くて“スノーバレー”って如何ですかね?」

 

部長「良いんじゃない?知らないけど?」

 

其処へやって来た嵐『忍に部長…知らないんですか?“スノーバレー”って実在しますよ!?』

 

バレー部全員「「「はいっ!?」」」

 

嵐『厳密に言うと、忍と部長さんがガルパン原作TV版第9話で此の話をした2012年当時は無かったのですが、2019年になってFIVB(国際バレーボール連盟)が冬季オリンピックを目指した“新たなイベントビジネス”としてスノーバレーをスタートさせたんです。基本ルールは「4人1チームの3人制、メンバーチェンジが可能」で、既にワールドツアーも開催されていて日本代表の公式HPも有るんですよ』

 

忍「マジで有ったの!?」

 

部長「よしっ、其れなら私達もスノーバレーを!」

 

バレー部全員「「「オーッ!」」」

 

嵐『あの~其の前に此の戦いを勝ち抜いて母校の廃校を回避するのが先だと思うんですが?』

 

バレー部全員「「「サーセン」」」

 

 

 

作者「こっちも『まさか実在しないだろう』と思って“スノーバレー”でググった結果が此れだよ!」(悲鳴)

 

 

 

(第75話、此れで本当に終わり)




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第75話をお送りしました。
今回は執筆中に“スノーバレーが実在していた”と言う事実が判明した為、一部ストーリーを手直ししましたが(苦笑)、如何だったでしょうか。
其れはさて置き、カチューシャが仕掛けた“心理戦”によって心を折られそうになった西住殿達。
しかし西住殿による“あんこう踊り”に嵐が即座に反応、仲間達も一緒に踊り始めた事から士気が上がり、窮地を脱する事に成功しただけで無く此の試合を観ていた観客や実況中継の視聴者迄も感動させる事に。
しかし其の裏では嵐が仲間達と共に“過酷な作戦”を実行する計画が…此の作戦の正体については次回説明しますが、其れに対して西住殿は如何反応するのか?

其れでは、次回をお楽しみに。



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第76話「バックハンド・ブローです!!」


大洗女子対プラウダの準決勝。
今回は“みぽりんが考えた反撃作戦”の詳細が語られます。
其処へ嵐は如何絡むのか?
其れでは、どうぞ。



 

 

 

バックハンド(backhand)ブロー(blow)

 

①裏拳打ち。

 

空手・拳法等の格闘技、武道、武術で用いられる打ち技の一種だが、ボクシングでは禁止されている。

 

②“後手からの一撃”。

 

此の言葉を戦史上で使う場合は、第2次世界大戦中の1943年2月19日から3月頃にかけてウクライナのハリコフ(現・ハルキウ)を中心とした地域で独ソ両軍が戦った「第3次ハリコフ攻防戦」においてドイツ側の司令官エーリッヒ・フォン・マンシュタイン陸軍元帥が行った“機動防御による逆襲”を指す。

 

 

 

 

 

 

此処は東京都内某所に在る高級住宅街。

 

其の一角に在る2階建ての住宅の前に1台の乗用車が停車すると中から「報道」の腕章を付けた男女3人組が降りて来る。

 

彼らは目の前に在る住宅の玄関前へ押し掛けてから傍に有るインターホンを押した処、スピーカーから「はい」と男の声が響いて来た。

 

其れに対して3人組のリーダーである壮年男性が問い掛ける。

 

 

 

「夜分遅くに失礼します。私達は首都テレビ報道部の者ですが、文科省学園艦教育局長の辻 廉太様でいらっしゃいますでしょうか?」

 

 

 

「辻なら、私だが?」

 

 

 

「実は大至急取材したい事が有りますので、御話を伺いたいのですが?」

 

 

 

「こんな時間に…まあ良いだろう、入り給え」

 

 

 

そして辻は玄関の扉を開けると、首都テレビ報道部の記者達が一斉に「失礼します」と礼儀正しい態度で挨拶し乍ら玄関から三和土(たたき)*1へ入った後、隣家の迷惑にならない様、静かに扉を閉めた。

 

其の様子を眺めて居た辻は訝し気な声で問い掛ける。

 

 

 

「こんな夜遅くに取材とは、一体何が有ったんだね?」

 

 

 

「あれ?御存知無いのですか?」

 

 

 

辻の問い掛けに対して壮年の男性記者は戸惑い気味に答えた後、こう告げたのである。

 

 

 

「今、此の時間に戦車道全国高校生大会の準決勝第二試合“プラウダ高校対大洗女子学園”が行われているのですが、其の試合中に大洗女子学園の角谷生徒会長から『此の大会で優勝しないと文科省の方針で学園が廃校になる』と言う告白が有りまして、其れが事実か否かの確認をする為に伺ったのですが?」

 

 

 

其れに対して辻は首を捻り乍ら記憶を辿っていたが、直ぐ思い出した様で……

 

 

 

「大洗女子?ああ、そう言えば今夜がプラウダとの準決勝だったな」

 

 

 

と語り、記者達の話が事実だと認めた上で“角谷生徒会長の告白”について語り出した。

 

 

 

「確かに今年の始め頃、学園艦教育局に大洗女子の生徒会三役…つまり角谷会長と副会長・広報担当の三人を呼んで“今年度一杯で学園を廃校にする”と内密に通知したのは覚えている」

 

 

 

其れに対して首都テレビ報道部の若い男性記者が自分のスマホにインストールされているボイスレコーダーのアプリをチェックし乍ら彼等のリーダーである壮年男性の先輩記者に向けて小さく頷いた時、辻はこんな事を言い出した。

 

 

 

「だが、あの場で『今年の戦車道全国高校生大会で優勝すれば廃校を撤回する』と約束したか否かについては、一寸記憶に無いのだが……」

 

 

 

と言った後、再び首を捻り乍ら記憶を思い出そうとする仕草を見せる。

 

其れに対して壮年の男性記者は怪訝な表情を見せ乍ら……

 

 

 

此奴()、若しかすると廃校撤回の話についてはしらばっくれる心算か?」

 

 

 

との疑念を思い浮かべる。

 

後で分かる事だが、此の時辻は「大洗女子との間でそんな約束はしていない」と()()()()を吐こうとしていたのだ。

 

しかし、此処で突然首都テレビ報道部所属の若い女性記者が持っていたスマホの着信音が鳴り響いた。

 

 

 

「ああ済みません。一寸待って下さい」

 

 

 

其の様子を見た壮年の男性記者は済まなそうな声で辻へ謝罪した後、部下の女性記者と一緒にスマホの画面を十秒程眺めていたが、突然不敵な表情に変わると辻に向けて“新たな質問”をぶつけて来た。

 

 

 

「辻さん、実は()()()()()()から『大洗女子学園が今年の戦車道全国大会で優勝しないと廃校になると言う話は承知している。文科省側の責任者は“学園艦教育局長の辻 廉太”だ』と言う証言が寄せられているのですが?」

 

 

 

「何っ!?」

 

 

 

“思わぬ指摘”に動揺する辻の表情を見た壮年の男性記者は“やっぱりか!”と思いつつ、更なる質問をぶつける…実は此の時、首都テレビだけで無く関連会社の首都新聞も“戦車道全国高校生大会の試合中に発覚した大洗女子学園の廃校問題”の裏付け取材の為にタッグを組むと両社共部署を問わず動かせる記者を総動員し、文部科学省の室長・課長補佐級以上の職員に対して総当たりの取材攻勢を仕掛けていたのだ*2

 

丁度其の中間報告が取材に当たっている両社の記者全員に共有される形で、辻の取材をしていた記者のスマホにもメールで伝えられていたのだ。

 

 

 

「更に貴方()については『今年度に入ってから上司の事務次官より“大洗女子学園の廃校問題の現状について一刻も早く公文書に纏めて報告しろ”と複数回指示されているにも関わらず、未だに文書を提出していない』と証言した人が居るのですが?」

 

 

 

其の質問に対して辻はしどろもどろに成り乍ら「いや…其れは…記憶に……」と呟くが、壮年の記者は長年の経験と勘で“此処で()を追求しなければ逃げられる!”と確信し、一気に問い詰めて来た。

 

 

 

アンタ()、まさか“大洗女子の生徒会長との約束は()()()にして、後で反故にしよう”と企んでいるんじゃないでしょうね!?」

 

 

 

其れに対して真っ青な顔になった辻が「あの…その……」と呂律が回らない声で呟き出した姿を見た壮年の記者はピシャリと“トドメの質問”をぶつけるのだった。

 

 

 

「此処で、私の質問にハッキリと答えて頂けませんかね?学園艦教育局長の辻 廉太さん!」

 

 

 

「はい……」

 

 

 

首都テレビの巧妙な取材攻勢の前に、辻は嘘を吐き通せ無くなった。

 

 

 

 

 

 

戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない

 

 

 

第76話「バックハンド・ブローです!!」

 

 

 

 

 

 

此処は大洗女子学園・戦車道チームを包囲中のプラウダ高校・戦車道チームが待機して居る村の片隅。

 

大洗女子への降伏勧告に対する回答を持ち帰った軍使から報告を受けたチームの副隊長・ノンナが第二次世界大戦中にソ連軍が使用したスノーモービル“RF-8アエロサン”をベット代わりにして仮眠して居るカチューシャ隊長の下へ赴いた処、彼女の気配に気付いたカチューシャは目覚めた後、寝惚け眼の表情を浮かべ乍ら……

 

 

 

「で…土下座?」

 

 

 

と問い掛けた処、ノンナは冷静な声でこう答えた。

 

 

 

「いいえ、降伏はしないそうです」

 

 

 

するとカチューシャは“北極熊の様な獰猛な顔”に一変すると鋭い声で……

 

 

 

「ああ、そう。待った甲斐が無いわね!其れじゃあ、さっさと片付けて御家に帰るわよ!」

 

 

 

と告げたのに対してノンナも「はい」と答えた処、カチューシャは頷くと“ダメ押し”とばかりに“今大会に賭ける決意”を語った。

 

 

 

「ノンナ、チームの皆と一緒に勝って決勝、そして連覇を目指すわよ!もう去年みたいに誰からも後ろ指を指されない様にね!」

 

 

 

だが、未だ2人は知らない。

 

大洗女子が形勢を逆転するべく“予想外の作戦”に打って出ようとしている事に。

 

 

 

 

 

 

『西住隊長、其れと皆さん。私から提案が有ります』

 

 

 

私・原園 嵐がチームの皆に呼び掛けたのは“あんこう踊り”で皆の士気を高めた西住隊長が「最後迄戦います!」と決断してプラウダ高による降伏勧告を拒否した後、皆が徹底抗戦の覚悟を決めた時だった。

 

此処で私は、西住隊長が“あんこう踊り”を踊る前の絶体絶命の場面で“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の仲間である瑞希・菫・舞と相談して決めた“命懸けの作戦”を提案した。

 

 

 

『此れから私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”が敵の隊長車目掛けて突っ込むので、其の隙に皆さんは此の教会跡から逃げて態勢を立て直して下さい!』

 

 

 

「「「えっ!?」」」

 

 

 

私の提案に対して皆が驚きの声を上げる中…“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の中で唯一、私の判断で此の作戦について相談しなかった副操縦手・長沢 良恵が「一寸待って!如何言う事なの!?」と叫ぶのを聞いた私は辛い気持ちを押し殺し乍ら、こう告げた。

 

 

 

『御免。良恵には悪いけれど“群馬みなかみタンカーズ”出身じゃ無い貴女を此の作戦に連れて行く事は出来ないわ。だから貴女は今から“ウサギさんチーム”のM3リーに乗り換えて。M3リーはもう1人乗れる余裕が有るから大丈夫』

 

 

 

だが良恵は涙声で「嫌だよ、嵐!私も“ニワトリさんチーム”の一員だもの。一緒に行かせて!」と叫ぶが、私は心を鬼にしてこう答えた。

 

 

 

『河嶋先輩が言ったでしょ!私や瑞希・菫・舞は元々そんな心算は無かったけれど“此の大会で負けたら母校が廃校になる秘密”を生徒会と共有した結果“生徒会の手先”になった。だから此処で私達はケジメを付けなきゃ行けないの!』

 

 

 

其れに対して、今度は河嶋副隊長が真っ青な顔を浮かべ乍ら「原園…御前達、まさか私達の為に犠牲になる心算か!?其れだけは止めてくれ!」と叫ぶ。

 

如何やら河嶋先輩も“自分の「暴言」の所為で私達が犠牲になって仲間達を助ける”事に気付いたらしいが、もう遅い。

 

私は敢えて底冷えのする声で……

 

 

 

『駄目ですよ、河嶋先輩』

 

 

 

と告げた後、皆へ向けて“決意”を語った。

 

 

 

『西住隊長、そして皆さん。私達もさっき隊長が語った通り“来年も皆と一緒に戦車道がやりたい”です。でも私達は結果として生徒会と一緒に廃校の秘密を共有して皆に黙っていました。だから…此処で私達が犠牲になっている間に態勢を立て直して下さい!此れが私達の“ケジメ”です!』

 

 

 

だが、其れに対して悲鳴の様な叫び声が響いた。

 

 

 

「駄目です、原園さん!」

 

 

 

其れに対して、私は静かな声で……

 

 

 

『西住隊長、私達は簡単にやられる心算は有りませんから心配しないで下さい。最低でもカチューシャ隊長のT-34/85は道連れにしますから。そうすれば上意下達の厳しいプラウダ高は統率がガタガタになってロクに戦えなくなるから、其の時がチャンスに……』

 

 

 

と語って居た時だった。

 

突然西住隊長が私の話を遮る様にこう告げたのだ。

 

 

 

「違うんです、原園さん!私が言いたいのは……」

 

 

 

そして隊長の話を聞いた私達“群馬みなかみタンカーズ(嵐・瑞希・菫・舞)組”は一斉に「「『ええっ!?』」」と叫び返した。

 

其れは……

 

 

 

「今から“ニワトリさんチーム”だけでは無く、皆でカチューシャ隊長達が居る敵の正面に突っ込むんです!」

 

 

 

西住隊長から提案された“まさかの全軍突撃”に対して私達は一斉に当惑の声を上げた。

 

先ず菫が……

 

 

 

「西住隊長!幾ら嵐ちゃんが突っ込むと言ったからって、全車で突っ込むなんて!」

 

 

 

と叫んだ処、舞も……

 

 

 

「皆で一番防御が固い正面に突っ込むなんて無謀なんじゃあ!?」

 

 

 

と反論する中、流石の私も隊長の作戦意図が理解出来ず……

 

 

 

『あの…西住隊長、本気でそう考えているのですか!?』

 

 

 

と問うたのだが…其の時、“群馬みなかみタンカーズ(嵐・瑞希・菫・舞)組”で唯一黙っていた瑞希が“何かに気付いた”らしく……

 

 

 

「皆、一寸待って!」

 

 

 

と叫んだ後、私や瑞希も参加した偵察隊の情報を元に武部先輩達が描いた地図をチラリと見た直後、大声でこう叫んだのだ。

 

 

 

「そうか!其の手が有ったわ!」

 

 

 

「「『はいっ!?』」」

 

 

 

長年の相棒の発言を聞いて驚いた私と菫・舞だけで無く、西住隊長以外の仲間達も一斉に驚く中、瑞希は「皆、時間が無いから手短に話すわね」と告げてから、こう語ったのだ。

 

 

 

「簡単に言えば、西住隊長の作戦は単なる正面突破では無くて後手からの一撃(バックハンド・ブロー)よ」

 

 

 

其処で彼女は一呼吸入れてから、続けてこう語る。

 

 

 

「つまり“包囲網の一角に意図的な()を空けて置いた以上、一番防御が固く見える正面に敵が来る筈が無い”と言う相手の意識を逆手に取って“包囲網に対する中央突破”を仕掛けようって作戦ですね、西住隊長!」

 

 

 

すると西住隊長は両目を大きく見開いて「うん。でも野々坂さん、良く分かったね」と答えると瑞希は……

 

 

 

「今、地図でプラウダ高の戦車の配置を見た時に“ピン”と来ましたから!」

 

 

 

と答えた処、西住隊長は「凄いね……」と彼女を褒めた後、「じゃあ、私の考えを詳しく説明します」と皆に告げてから、具体的な説明を始めた。

 

 

 

時間が無いから手短に話しますが、プラウダ高の包囲網には1か所だけ“穴”が有ります。

 

此方から見て教会跡の出口の左側にはT-34/76が1輌しか居なくて其の周辺が手薄だけど、之は野々坂さんが指摘した通りの“罠”なんです。

 

つまり、そっちへ行ったら教会跡の正面に控えている9輌の戦車の内、1列目のT-34/85・5輌*3が此方の後を追い掛けて行く間に2列目のT-34/76が2輌にT-34/85とIS-2が各1輌の計4輌が“予備部隊”として、私達が向かう左側前方に回り込んで包囲する手筈になっている筈です。

 

しかも此方がフラッグ車のT-34/76を直接狙おうとしても付近には別のT-34/76とKV-2が待ち伏せて居るので、其れに私達が引っ掛かっている内に正面の戦車9輌に包囲されてしまいます。

 

でも…此のプラウダ高の作戦は、逆を言えば“此方が正面突破を図る筈が無い”と思い込んでいる可能性が高いんです。

 

しかも正面に居る9輌の戦車の内、2列目の4輌は“予備部隊”だから、其処を狙えば相手を混乱させる事が出来ます。

 

つまり、此処で私達が狙うべきは敵陣正面…其れも1列目の5輌じゃ無くて2列目の“予備部隊”です。

 

之を撃破すれば、敵は一時的に私達を追撃する為の戦力が無くなりますから、其の間に包囲網を突破する事が出来ます。

 

 

 

「「『おおっ!』」」

 

 

 

西住隊長による作戦説明を聞いた私達の間からどよめきの声が響く中、隊長の作戦意図を見抜いた瑞希が秋山先輩と小声で何やら話し乍ら笑顔で頷き合って居る。

 

そんな中、西住隊長が此処で不安気な声で、こんな事を語り出した。

 

 

 

「だけど…此の作戦には一つだけ“不安要素”が有るんです。其れは……」

 

 

 

と言った時、秋山先輩が挙手をしてからこう答える。

 

 

 

「西住殿、若しかして“カチューシャ隊長なら、其れを予測しているのでは?”と思っているのですね?」

 

 

 

すると西住隊長は「うん。もし秋山さんの言う通りだったらと思うと……」と語った時、秋山先輩は笑顔で「大丈夫です!実は私も同じ事を考えていたので、先程西住殿が作戦説明をした時に野々坂殿に質問をしたのです」と答えてから隣に居る瑞希を促すと彼女は「はい隊長!心配無用ですよ!」と答えてから、こう問い掛けたのだ。

 

 

 

「西住隊長、あのチビッ子ロリ(カチューシャ)隊長が先程迄の試合中断中に何をしていたのか、御存知ですか?」

 

 

 

「「『?』」」

 

 

 

瑞希からの問い掛けに、西住隊長や私達も其れが何を意味するのか分からず考え込んでいた処、彼女はこう語った。

 

 

 

「実は園先輩(ソド子)や冷泉先輩と一緒に偵察へ出た時、偶々木の上に登ってから双眼鏡で集落の傍に居た彼女の姿を確認したのですが……」

 

 

 

其処で瑞希は一呼吸置いてから、笑顔でこう答えたのだ。

 

 

 

「彼女、“チビッ子”らしくスノーモービルの中でスヤスヤ眠っていたんですよ!」

 

 

 

更に彼女は「だから西住隊長、カチューシャは私達の作戦に気付いていません!此の私が自信をもって断言します!」と語ると、西住隊長はホッとした表情を浮かべて「野々坂さん、有難う!此れで自信をもって作戦を遂行出来ます!」と瑞希に向けて答えると彼女は笑顔で「いえ、隊長の決断を助ける為に知恵を絞るのは当然の事ですから!」と答えた。

 

そして西住隊長は先程迄の不安気な表情から一変して凛々しい表情に変わると凛とした声で私達チーム全員に指示を出した。

 

 

 

「其れでは皆さん、此れから敵包囲網を一気に突破する“トコロテン作戦”の準備を始めます!速やかに準備を整えてから各戦車に乗車して下さい!」

 

 

 

「「『はいっ!』」」

 

 

 

こうしてチーム全員が出撃前最後の点検と戦車への乗車の準備を進める中、瑞希が私の傍に来ると嬉し気な声でこんな事を言って来た。

 

 

 

「嵐。アンタが西住隊長にゾッコンな理由が分かった!だって、こんな絶体絶命の場面でWW2の第3次ハリコフ攻防戦時にマンシュタイン元帥がやった様な大胆な反撃作戦を立案出来る隊長さんなんて滅多に居ないもの!私もワクワクするわ!」

 

 

 

其れに対して私もつい……

 

 

 

『“ののっち(瑞希)”…アンタも隊長の魅力が分かって来たみたいね?』

 

 

 

と振った処、彼女はニヤリと笑い乍ら……

 

 

 

「私も一度、隊長を口説いてみようかな?」

 

 

 

と答えた為、私は真面目な声で……

 

 

 

『其れだけはマジで止めて…と言うか、隊長はそう言う趣味(百合)じゃ無いから!』

 

 

 

と釘を刺すと、流石に瑞希も“之は不味い”と思ったのか……

 

 

 

「御免、冗談だった」

 

 

 

と謝ったので、私も『宜しい』と答えた処、愛車であるⅣ号戦車F2型仕様(あんこうチーム)に乗り込む西住隊長と“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”との間で交わされる会話が微かに聞こえて来たのだ。

 

 

 

「本当に良いんですか?」

 

 

 

西住隊長の問い掛けに対して河嶋先輩が力強い声で「ああ!」と答えると小山先輩も「任せて!」と続き、そして佐智子ちゃんが決定的な事を喋る。

 

 

 

「プラウダの露払い、しっかりやって来ます!」

 

 

 

其の瞬間、私は“カメさんチーム(生徒会役員)”が何をしようとしているのかを見抜いた。

 

 

 

『私達の代わりに“囮か露払いとなって敵陣正面に突っ込む”気か!?』

 

 

 

其れと同時に私の心に“火”が付いた時、角谷会長が元気良く……

 

 

 

「さあ、行くよ!」

 

 

 

と声掛けした後、続けて「西住ちゃん!」と隊長に呼び掛けた直後。

 

私にとって“生涯忘れられない会長の一言”が聞こえた。

 

 

 

「私等を此処迄連れて来てくれて、ありがとね」

 

 

 

其の瞬間、私は確信した。

 

 

 

『会長とカメさんの皆は“学園の廃校を皆に隠していたケジメを着ける為に敵陣正面へカチコミを仕掛ける気だ”!』と。

 

 

 

だけど其れは私も考えていた事。

 

だから私は、敢えて会長に向けて口を挟んだ。

 

 

 

『会長…そして“カメさん”の皆、駄目ですよ。そうやって自分達がプラウダの正面に突っ込んで犠牲になる事で“廃校の事を隠していたケジメ”を着け様だなんて!』

 

 

 

「「えっ!?」」

 

 

 

突然会話に割り込んで来た私の一言に動揺する西住隊長と角谷会長を余所に、私は冷静な声で“此のカチコミ”の首謀者であろう角谷会長に向けて語り掛ける。

 

 

 

『会長。何故西住隊長が私達“ニワトリさん”が犠牲になる作戦を認めなかったか分かりますか?隊長は“誰かが犠牲になる作戦は極力やりたく無い”んです』

 

 

 

「原園さん……」

 

 

 

私の指摘に対して、西住隊長が心配気な声で呟く中、会長は「でも原園ちゃん……」と抵抗の素振りを見せたが、此処で私は毅然とした声でこう語った。

 

 

 

『会長が言いたい事は分かります。今は隊長が一番嫌がる()()()()()を誰かがやらなければ行けないんですから…なら』

 

 

 

其処で私は言葉を区切ると西住隊長へ向き直ってから、こう申告した。

 

 

 

『西住隊長、私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”はこれより“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”を援護し、必ず“カメさん”と共に隊長達の下へ戻って来ます!』

 

 

 

其れに対して西住隊長が「原園さん!」と心配気な声で私に話し掛けて来たが、私は笑顔でこう返した。

 

 

 

『大丈夫です!絶対自分達も会長達も無事に帰って来ますから!』

 

 

 

すると話を聞いていた会長が……

 

 

 

「ありゃーっ、如何やら原園ちゃんは私達だけに良い思いはさせないって処かな?」

 

 

 

と“的確な分析”を語って来たので私も……

 

 

 

『流石ですね会長、そして皆で一緒に西住隊長の所へ戻りましょう!』

 

 

 

と答えた後、2人に向けて精一杯の笑顔を贈るのだった。

 

 

 

(第76話、終わり)

 

 

*1
玄関で靴を脱ぐ場所の事。

*2
此の動きについては本編第73話「試合も大変、外も大変です!!」も参照の事。

*3
TV版原作では4輌だが、此処では第70話「カチューシャの罠に落ちて行く、大洗女子学園です!!」でカバさんチームのⅢ号突撃砲F型が撃ち洩らしたT-34/85(TV版原作第9話で撃破された車輌)が居る。





此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第76話をお送りしました。

今回は此の後の展開の舞台裏を再構築する感じで書いてみましたが、如何だったでしょうか。
ガルパン本編ではこう言う場面に関する説明が結構ザルなので、色々と考えるの楽しいですが…読んでも楽しめたでしょうか?
そして遂に役人にもしっぺ返しの時が…だが、之はまだまだ始まったばかりなんだな(暗黒笑顔)。

其れでは、次回をお楽しみに。



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第77話「中央突破です!!」


祝・水曜どうでしょう最新作2023放送開始&ガルパン最終章第4話公開記念(ステマ)。
しかし、今回のどうでしょうは史上最もヤバイ展開ですねえ……(笑)

其れは兎も角。
いよいよ、西住殿による“後手からの一撃”「トコロテン作戦」の始まりです。
此処から原作とは一味違う展開に持って行きます。
何が起きるかは読んでの御楽しみ。
其れでは、どうぞ。



 

 

 

「敢えて包囲網に緩い所を作ってあげたわ♪」

 

 

 

審判団から試合再開の合図が伝わった直後、教会跡に立て籠もる大洗女子学園・戦車道チームを包囲中のプラウダ高校・戦車道チーム側の正面部隊ではカチューシャ隊長が余裕綽々の声で“大洗女子に仕掛けた罠”について語っていた。

 

すると副隊長・ノンナの副官でロシアからの留学生・クラーラが冷静な声で「奴等(大洗)はきっと其処を突いて来る」と指摘した処、カチューシャは微笑み乍ら……

 

 

 

「突いたら挟んでおしまい♪」

 

 

 

と結論付ける。

 

だが、其れに対してノンナ副隊長が「上手く行けば良いのですが……」と呟いた処、カチューシャは苛立ち気味の声で「カチューシャの立てた作戦が失敗する訳無いじゃない!」と叫び、更にクラーラも「其の通りです、同志ノンナ」と“カチューシャの()()を巡る争いのライバル”である副隊長に対して反論した上で……

 

 

 

「其れに万が一、大洗が此方のフラッグ車を狙いに来た場合の策も有ります」

 

 

 

と指摘すると、カチューシャも頷き乍ら……

 

 

 

「其の時は背後に隠れているカーベー(KV-2)たんがちゃんと始末してくれる♪」

 

 

 

と述べたのに対して、クラーラも「はい。用意周到の偉大なるカチューシャ様の戦術に隙は有りません」と答えた処、カチューシャは不敵な笑みを浮かべつつこう宣言した。

 

 

 

「今から敵が泣きべそを掻く様が目に浮かぶわ!」

 

 

 

だが、ノンナは自信たっぷりの笑みを浮かべて居る2人の様子を見て、小声で「ふぅ…そんなに上手く行けば作戦等要らないのだけど」と呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

しかし此の時、彼女達プラウダ高校・戦車道チームの首脳部は気付いていなかった。

 

既に大洗女子学園戦車道チーム隊長・西住 みほが自分達の作戦を見抜いて居り、其れを逆手に取った逆襲を狙っている事に。

 

そして…大洗女子学園の“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”のチームリーダー兼車長・原園 嵐の“()()”が目覚めようとしている事に。

 

 

 

 

 

 

戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない

 

 

 

第77話「中央突破です!!」

 

 

 

 

 

 

「其れでは之から、敵包囲網を一気に突破する“トコロテン作戦”を開始します。Panzer Vor (パンツァー・フォー)!(戦車前進!)」

 

 

 

『菫、エンジン始動』

 

 

 

教会跡で待機する私達・大洗女子学園戦車道チームの全車に西住隊長からの指示が下ったのを確認した私・原園 嵐は直ちに“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の操縦手・萩岡 菫に指示を出した処、彼女が静かな声で…

 

 

 

「了解」

 

 

 

と応答した。

 

其れを聞いた私はチームの皆へ“今回の作戦における当面の行動”について指示を出す。

 

 

 

『じゃあ皆、今から私達は“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”を援護しつつ前進を開始する』

 

 

 

「「「了解!」」」

 

 

 

私の指示に対して、菫と砲手の野々坂 瑞希(ののっち)、装填手の二階堂 舞、そして副操縦手の長沢 良恵の4人が一斉に応答する。

 

特に良恵は、此の作戦の前に私が提案した「“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”単独の正面突撃作戦」の際には作戦の危険度の高さを考えて“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”へ乗り換える様にとの私の指示に対して強硬に反対していただけに、誰よりも元気良く返事をしていた。

 

だから私も……

 

 

 

『良恵、さっきは“イージーエイト(M4A3E8)から降りろ”と言って御免』

 

 

 

と話し掛けた処、彼女は笑顔で……

 

 

 

「嵐、私も“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の一員だから、どんなに危険な任務でも絶対に逃げないよ!だから副操縦手席は私に任せて!」

 

 

 

と答えたので、私も笑顔で『うん!』と答えてから『其れじゃあ、皆……』と前置きした後、大声で号令を下した。

 

 

 

 

 

 

Panzer Vor(パンツァー・フォー)!(戦車前進!)』

 

 

 

 

 

 

そして“試合再開”の場内アナウンスが観客席に流れた直後…包囲されていた大洗女子学園・戦車道チームの戦車7輌全てが単縦陣で立て籠もって居た教会跡から飛び出して来た。

 

其の様子を実況している首都テレビの実況席では、実況を担当する首都テレビアナウンサー・加登川 幸太が珍しく絶叫する。

 

 

 

「何と試合再開早々、大洗女子学園が教会跡を包囲しているプラウダ高の正面部隊目掛けて突撃を開始しました!しかし、之は全滅覚悟の作戦でしょうか!?」

 

 

 

其れに対して、此の試合を担当する2人の解説者の内の1人である戦史研究家・吉山 和則も大声で……

 

 

 

「加登川さん、大洗はまるで知波単学園の様な突撃を見せていますが、此処迄的確な戦い振りを見せていた彼女達にしては不自然な攻撃ですよ!?」

 

 

 

と叫んだのに対して、もう1人の解説者である戦史研究家兼戦車道解説者の斎森 伸之も“何か”に気付いたらしく……

 

 

 

「確かに、今迄の大洗女子からは想像出来ない攻撃ですが…まさか、之も何らかの意図が有るのかも!?」

 

 

 

と喋っている。

 

そんな実況を聞き乍ら観客席に陣取る両校の応援団…特に大洗女子学園側応援席では“中等部4人娘(華恋・詩織・由良・光)”や秋山夫妻、そして五十鈴 百合と新三郎を始めとする人々が必死になって大洗女子を応援している中、フィールド内では大洗女子を包囲攻撃する態勢になったプラウダ高校戦車道チーム隊長・カチューシャが不敵な笑みを浮かべつつ……

 

 

 

「フフ…予想通りね。流石私♪」

 

 

 

と呟いて居たが……

 

 

 

「御待ち下さい、カチューシャ様!敵が此方へ突っ込んで来ます!」

 

 

 

ノンナ副隊長の副官であるクラーラが“大洗女子の異変”に気付いて叫び声を上げたのを聞いたカチューシャも大洗女子の突撃を見て……

 

 

 

「こっち!?馬鹿じゃ無いの!?敢えて分厚い所へ来るなんて!」

 

 

 

と叫ぶ。

 

其れに対してノンナ副隊長は感情を殺した声で「如何やら此方の作戦が読まれていた様ですね」と語った処、カチューシャは怒りの声で「返り討ちよ!」と叫ぶと共にチームの各車へ応戦命令を出したのである。

 

 

 

 

 

 

其の頃、“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の車内では私が……

 

 

 

『ねえ、瑞希(ののっち)。正面の攻撃は会長さんの気持ちを汲んで“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”に任せて私達は“カメさん”の援護に回ったけど、確か“カメさん”の砲手は河嶋先輩(ノーコン)の筈じゃあ?』

 

 

 

と尋ねていた。

 

そう、“狙った獲物は必ず()()”事で有名な河嶋先輩が砲手である限り、“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”は1輌も撃破出来ない筈なのだが、何と瑞希はこう答えたのだ。

 

 

 

「大丈夫よ」

 

 

 

『えっ!?如何言う事?』

 

 

 

瑞希からの“信じられ無い回答”を聞いて思わずツッコミを入れる私に対して、瑞希は平然とした声でこう答えたのだ。

 

 

 

「今頃、“カメさん”は砲手を交代している筈だから」

 

 

 

『えっ!?誰が砲手なの!?』

 

 

 

 

 

 

其の頃…“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”の車内では。

 

 

 

「河嶋、代われ」

 

 

 

「はっ!」

 

 

 

生徒会長の角谷 杏が砲手を務めていた河嶋 桃に交代の指示を出すと続けて車内の仲間達に向けてこう告げる。

 

 

 

「其れと佐智子ちゃんは無線手に、河嶋が佐智子ちゃんに代わって装填手を頼むよ」

 

 

 

其れに対して名取 佐智子が鋭い声で「了解!」と答えると先程迄会長が座って居た無線手席に座る。

 

そして無線手席から砲手席へ移った会長は……

 

 

 

「やっぱ37㎜じゃあ真面にやっても中々抜けないよねぇ」

 

 

 

と呟いた後、操縦席に居る柚子へ向けて指示を出す。

 

 

 

「小山!一寸危ないけどギリ迄近付いちゃって!」

 

 

 

「はいっ!」

 

 

 

そして角谷会長率いる“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”は正面に居るプラウダ高の戦車部隊目掛けて突撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

『“カメさんの砲手”が会長!?』

 

 

 

「うん」

 

 

 

瑞希から“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)の新砲手”の正体を聞かされた私は信じられ無い気持ちで問い返した処、彼女は平然とした声で答えた為、私は半信半疑の声でこう問い返した。

 

 

 

『と言うか、何で瑞希(ののっち)が知っているのよ!?』

 

 

 

其れに対して彼女は事情説明を始めた。

 

 

 

「実はアンツィオ戦の前頃に会長さんから『河嶋が砲手として頼り無いから、私に砲術を教えて欲しい』って頼まれてね。其処で毎日早朝と放課後に2人だけの極秘練習をやっていたんだけど…驚いたわ」

 

 

 

すると装填手の舞が「如何言う事?」と問うた為、瑞希はこう説明したのだ。

 

 

 

「其れがね、会長さんは練習の最初の段階から八割方は目標に当てられる腕前でね。後は私が幾つかコツを教えたら、チームの中では私と五十鈴先輩の次に上手い砲手になっちゃった訳」

 

 

 

「『マジか!?』」

 

 

 

余りにも信じ難い話だが、話相手が長年の相棒で“中学時代は関東有数の砲手(みなかみのヴァルタザール・ヴォル)”と呼ばれる有名人だった瑞希だけに“嘘を吐いていない”と確信した私と舞は驚きの声を上げる。

 

其れに対して瑞希も真面目な声でこう語るのだった。

 

 

 

「余りに上手かったから、私も会長さんに“若しかして過去に戦車道をやっていたんですか?”って尋ねたわよ…本人にははぐらかされたけどね」

 

 

 

「「『ええっ!?』」」

 

 

 

瑞希の口からまさかの「角谷会長・戦車道履修疑惑」迄飛び出した為、私達は驚愕の叫び声を発してしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

一方、“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”と共にプラウダ高校戦車道チーム目掛けて突撃中の“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”の車内ではプラウダ側からの防御砲火を目の当たりにした角谷会長が……

 

 

 

「おーっ、怖えー…良ぉしっ!」

 

 

 

と不敵な微笑を浮かべ乍ら47.8口径37㎜砲の照準を合わせて行く。

 

そして会長が照準を合わせていたプラウダ高のT-34/85が彼女よりも先に85㎜戦車砲の照準を合わせて来たのに気付くと……

 

 

 

「来るぞ!」

 

 

 

と叫んだ途端、操縦手の柚子が素早いドリフトを決めてT-34/85から発射された85㎜砲弾を躱してから一気に相手との距離を詰めると会長が37㎜砲を発射!

 

僅か数十mの距離から放たれた砲弾は見事正面に居たT-34/85の弱点である砲塔基部に命中、白旗を揚げさせたのだ。

 

そして殊勲の“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”を先頭に包囲網を突破する大洗女子学園戦車道チームの戦車達。

 

其の姿を見たプラウダ高のカチューシャ隊長が「やったなあ!後続、何が何でも阻止!」と叫んで、後方に居る正面部隊第2陣の4輌の戦車に指示を出す。

 

 

 

 

 

 

一方、敵正面部隊第1陣の戦車5輌による包囲網を突破した大洗女子学園戦車道チームでは西住 みほ隊長が正面に居る敵戦車に気付いて「前方、敵4輌!」と叫ぶ。

 

すると“カモさんチーム(ルノーB1bis)”リーダー兼車長(副砲砲手兼副砲装填手兼通信手でもある)・園 みどり子(ソド子)から無線連絡が入る。

 

 

 

「此方最後尾、後方からも4台来ています。其れ以上かも!」

 

 

 

其れに対して、みほは「挟まれる前に隊形を乱さない様、10時の方向に旋回して下さい!」と全車に指示を出すと、今や“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”リーダー兼車長兼砲手となった角谷会長が気合の入った声で……

 

 

 

「正面の4輌引き受けたよ!上手く行ったら後で“ニワトリさん(M4A3E8)”と一緒に合流するね!」

 

 

 

とみほに対して返信した後……

 

 

 

「T-34/76と85にスターリン(IS-2)かぁ…硬そうで参っちゃうなあ♪」

 

 

 

と1人呟く。

 

尤も本人は此の状況を楽しんでいるらしく、不敵な笑みを浮かべ乍らチームの仲間達に向けて「小山!ねちっこくへばり付いて!河嶋、装填早めにね!そして名取!小山の操縦のサポート宜しくね!」と指示を出すと彼女達も気合の入った声で「「「はいっ!」」」と答える中、会長は正面から迫るプラウダ高校戦車道チームのIS-2重戦車の姿を見乍ら……

 

 

 

「38(t)の37㎜砲でも零距離なら何とか……」

 

 

 

と呟いた後、再び西住隊長へ向けて無線を飛ばす。

 

 

 

「西住ちゃん、いいから展開して!」

 

 

 

此処でみほ達本隊を分離しないと本隊がプラウダ高の追手に捕まってしまうからだ。

 

其れに対して、みほも……

 

 

 

「分かりました、気を付けて!」

 

 

 

と返信して来たのを聞いた角谷会長は御道化た声で「そっちもねー♪」と答えた後、みほ達大洗女子の本隊が左方向へ旋回して此方から離れて行く。

 

そして角谷会長率いる“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”は“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”を従えてプラウダ高の戦車4輌目掛けて突っ込んで行った。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

プラウダ高の追手を阻止する為に突撃する2輌の仲間の姿を見て、思わず“後悔”するみほ。

 

 

 

(皆の為とは言え、プラウダ高の強力な戦車部隊相手じゃあ…“カメさん”や“ニワトリさん”達は無事に帰って来れないかも知れない)

 

 

 

例え“勝つ為”に嵐や角谷会長が提案した作戦とは言え、仲間を生贄にする様な作戦をやるべきでは無かったのでは…と思っていたみほだったが、次の瞬間“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の車長用キューポラから見えた少女の“笑顔”を見て驚く。

 

 

 

「原園さん!?」

 

 

 

其の少女…“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”リーダー兼車長の原園 嵐がみほに向けて敬礼し乍ら“最高の笑顔”でウインクして見せた後、“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”の後に続いて突撃して行ったのだ。

 

其の時みほは、嵐から“必ず戻って来ますから、隊長も頑張って下さい!”と言われた様な気持ちになり、心の中でこう呟いた。

 

 

 

「有難う、私も頑張る!」

 

 

 

 

 

 

あの時、私達から離れる本隊の先頭を行く“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”の車長用キューポラを見た時、西住隊長が凄く心配気な表情をしているのを見た私は……

 

 

 

「隊長を元気付けたい!」

 

 

 

と思って咄嗟に“自分が出来る「最高の笑顔」”を浮かべ乍ら敬礼とウインク迄して見せた。

 

だって、あんなに悲し気な表情で私達を心配している西住先輩の顔を見たら“心配しないで、大丈夫です!”って伝えたいと思いますよ、誰だって。

 

尤も、後日瑞希(ののっち)に之を話したら彼女は……

 

 

 

「嵐もすっかり雌堕ちしたわね♪」

 

 

 

って揶揄(からか)ったから、其の時は彼女の頭をゴツいたけれど(苦笑)。

 

其れは兎も角、此の突撃の際に私達は敢えて定石を破る攻撃方法を採った。

 

私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”よりも砲力が劣る“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”が攻撃役となり、私達は“カメさん”の援護に回ったのだ。

 

其れは「学園の廃校を皆に隠していたケジメを着ける為に敵陣正面へカチコミを仕掛ける!」と言う角谷会長と“カメさん”の気持ちを汲んだ結果だ。

 

勿論、作戦上は非合理的な理由に過ぎないが…其処は援護役である私達が「“カメさん”が撃ち洩らした敵に止めを刺す」役割を果たす事で帳尻を合わせる心算だった。

 

しかし、私達の心配は結果的に杞憂に終わる。

 

何故なら“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”は私達の予想を遥かに超える戦闘能力を発揮してプラウダ高の正面第2陣に居た4輌の戦車を翻弄したのだ。

 

先ず、私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”が進路を微妙に変える事で迎撃しようとしたプラウダ側の対応を遅らせると、其の隙に“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”がプラウダ側の懐に飛び込んで行く。

 

そしてプラウダ側の戦車4輌の中へ飛び込んだ“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”が、先ずT-34/76の車体後部に1発当てて其の駆動輪を吹き飛ばす。

 

更にIS-2重戦車の後面へ回って命中弾を出すが、之はIS-2の重装甲に阻まれてしまった。

 

でも会長は「失敗…もう一丁!」と鋭く指示を出すと、装填手に抜擢された河嶋先輩が「はいっ!」と答えて素早く装填。

 

更に相手戦車の後面に命中弾を出すと先程駆動輪を吹き飛ばしたT-34/76の砲塔基部に止めの一撃を加えて白旗を揚げさせた。

 

 

 

「もう一丁!」

 

 

 

「はいっ!」

 

 

 

こんな感じで息もピッタリな二人の様子を見た名取 佐智子ちゃんは後に……

 

 

 

「会長の砲撃も凄かったけど、河嶋先輩も装填手としては優秀だったんだ」

 

 

 

と語ったのだけど、勿論敵弾を綺麗に避け切って見せた小山先輩のドライビングテクニックと其れを陰で支えた佐智子ちゃんも凄かったよ。

 

そして“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”は別のT-34/76の駆動輪を吹き飛ばした後、T-34/85の履帯も砲撃で切断してから再び駆動輪を吹き飛ばしたT-34/76目掛けて突入すると其の砲塔基部目掛けて砲撃を加え、之を撃破!

 

相手戦車から白旗が揚がった後、“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”は私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の援護の下、意気揚々と戦場を離れて行った。

 

 

 

 

 

 

「良しっ、こん位で良いだろ!撤収―♪」

 

 

 

角谷会長からの撤収命令に対して私も息を弾ませ乍ら『はい!』と答えた後、追加の報告をする。

 

 

 

『其れと会長、さっき履帯が切れただけだったT-34/85に止めを刺して置きました』

 

 

 

…私達も“カメさん”を守るだけでは無く、会長達が撃ち洩らした敵が居ないかチェックした上でしっかり止めを刺して置いたのだ。

 

私が其の報告を会長さんに告げているのを聞いていた砲手の瑞希も“会長が撃ち洩らしたT-34/85を自分が撃破した”事で機嫌が良いのか、満面の笑みを浮かべて居る。

 

其処へ会長さんから返信が来る。

 

 

 

「あっ、原園ちゃん有難う。之で4輌中3輌は仕留めたか♪」

 

 

 

『はい会長。残るIS-2は此方の砲力では撃破が難しい重戦車ですから深追いする必要は無いでしょう』

 

 

 

「そうだね♪じゃあ西住ちゃんの所へ帰ろうか」

 

 

 

と角谷会長と私が会話をしている中へ河嶋先輩が「御見事です!」と口を挟んで来たのが無線で聞こえたから、私は苦笑いを浮かべて居たが…其の時、私は背筋に“()()()()()”を感じた瞬間、咄嗟に無線でこう叫んだ。

 

 

 

『会長!直ちに10時方向へ急旋回!』

 

 

 

其れに対して角谷会長も「小山!方向10時!」と指示する声が無線越しに聞こえた時…“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”が小山先輩の操縦で急旋回した直後、其の近くに砲弾が着弾して雪煙を上げたのだ。

 

 

 

「原園ちゃん、さっき迄私等が居た場所に砲弾の弾着を確認!」

 

 

 

無線で角谷会長が状況報告したのを聞いた私は反射的に状況を告げる。

 

 

 

『後方にプラウダのT-34/85を確認!別の場所に居た部隊の様です!』

 

 

 

すると小山先輩が「危なかった!」と叫ぶのが聞こえた直後、角谷会長がホッとした声で「いや~原園ちゃん、有難う!」と無線で告げたので、私も元気良く応答した。

 

 

 

『はいっ!じゃあ会長、今直ぐ西住隊長の所へ戻りましょう!』

 

 

 

 

 

 

一方、“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”を砲撃したものの嵐の“優れた直感力”によって()()()()()()()プラウダ高のT-34/85の車長…プラウダ高校戦車道チーム副隊長・ノンナは自車の車長用キューポラから顔を出して外の様子を確認した後、忌々し気な声でこう呟いた。

 

 

 

「今の砲撃は原園に見切られていたのか…恐ろしい娘!」

 

 

 

強豪・プラウダ高の主力選手であるノンナは以前から“みなかみの狂犬”の渾名で関東中の戦車乙女から恐れられていた嵐と直接対決した事こそ無かったものの、常に彼女の行動に注目していた。

 

しかもノンナは遠距離狙撃の達人として全国的に名が知られており(前回の戦車道全国高校生大会・決勝戦で黒森峰のフラッグ車(ティーガーⅠ重戦車)を撃破する決勝弾を放ったのも彼女だ)、自身も其の事に誇りを持っていただけに自らが狙った目標に対して警告するだけで外させた嵐の実力を直感して“彼女は我がチームに取って危険過ぎる存在”で有る事を確信した。

 

 

 

(何としても原園 嵐を倒さねば我々の勝利は無い!)

 

 

 

心の中でそう呟いたノンナは突破された正面部隊の全車に対して毅然とした声で……

 

 

 

「動ける車輌は速やかに合流しなさい!」

 

 

 

と命じた処、チームの仲間達から次々に「「「はいっ!」」」と返信が入って来る中、突然カチューシャ隊長が鋭い声で新たな命令を出して来た。

 

 

 

「ノンナ!今直ぐIS-2に替わりなさい!原園が出て来たならT-34/85では役不足よ!」

 

 

 

其れを聞いたノンナも無意識の内に頷いた…敬愛する隊長も“みなかみの狂犬()”の存在を危険視し、自分にプラウダ高最強の重戦車(IS-2)に乗る様命じたのだ。

 

つまり、此れは隊長から「原園 嵐は貴女が倒しなさい!」と命令されたにも等しい。

 

其れに対してノンナは歓喜に打ち震え乍らも、其の事を一切表に出さない儘、大声で返答した。

 

 

 

「はい、カチューシャ様!」

 

 

 

 

 

 

一方、“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”と“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の突撃で敵陣正面の突破に成功した大洗女子学園戦車道チームの主力部隊では西住 みほ隊長が仲間達に新たな指示を出していた。

 

 

 

「此の窪地を脱出します!全車“あんこう”に付いて来て下さい!」

 

 

 

「「「はいっ!」」」

 

 

 

主力部隊の各車から元気の良い返事が返ってくる中、突撃作戦を終えた“カメさん”と“ニワトリさん”の2チームも合流して来る姿がみほの視界に入って来る。

 

そして“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の車長用キューポラから笑顔で顔を出している嵐の姿を見たみほは胸が熱くなる思いを抱き乍ら……

 

 

 

(本当に帰って来てくれた!)

 

 

 

と心の中で呟いた後、目に涙を滲ませ乍ら無線で……

 

 

 

「“カメさん”と“ニワトリさん”、御帰りなさい!」

 

 

 

と伝えると両チームからも返信が届いたのだった。

 

 

 

「此方“ニワトリ”、“カメさん”と一緒に只今戻りました!」

 

 

 

「西住ちゃ~ん、心配かけて御免ね!今戻ったよ!」

 

 

 

 

 

 

此の時のみほと嵐や角谷会長との間の無線交信は首都テレビの実況中継によってリアルタイムで流された為、全国の御茶の間で実況を見ていた視聴者は勿論の事、試合会場内の観客全員も聞いて居た。

 

そして観客や実況中継の視聴者達は皆、敵陣正面へ突撃して行った“ニワトリさん”“カメさん”両チームの運命を案じていたみほと全力を上げて突撃を成功させた嵐や角谷会長達の姿に感動していた。

 

勿論、試合会場内に設置された首都テレビの実況席でも状況は同じである。

 

 

 

「驚きました!大洗女子、絶体絶命の包囲網を正面突撃で突破した後、敵陣に乗り込んで行った“カメさん”と“ニワトリさん”チームがプラウダのT-34戦車を3輌撃破して無事に戻って来ました!」

 

 

 

実況席で加登川アナウンサーがやや興奮気味に実況を伝えると解説陣の1人である斉森も興奮気味の声で先程の戦況を解説する。

 

 

 

「いやあ、先程の大洗女子の攻撃は“カメさん”の角谷選手達が凄かったですね!38(t)軽戦車の豆鉄砲(37㎜砲)では威力に限界が有るのでゼロ距離迄近付いて撃ったのですが、アレは相当な度胸が無いと出来ないですよ!」

 

 

 

そしてもう1人の解説者である吉川もこう述べる。

 

 

 

「でも大洗女子の西住隊長も凄いですよ!敵が包囲網に開けていた穴を罠だと見抜いた上、“一番守りが固そうに見えた正面が包囲網の急所”だと見破った状況判断力は流石“西住流”でしたね!」

 

 

 

すると加登川アナウンサーが「吉川さん、其れは如何言う事でしょうか?」と問うた処、吉川は「はい」と答えてからこう解説する。

 

 

 

「実はプラウダ側の包囲網正面に居た9輌の戦車の内、正面の守備に就いていたのは1列目の5輌だけで、2列目の4輌はプラウダ側が故意に開けていた包囲網の穴へ大洗女子が向かった時に其の穴を塞いで他の部隊と挟撃する為の“予備部隊”だったんだと思うんです。だからプラウダは大洗女子があの状況下で正面突撃をするとは思っていなかったのでしょう」

 

 

 

其処へ斉森がこう付け加える。

 

 

 

「つまり、大洗女子はプラウダ側の思惑を見抜いた上で正面部隊の2列目の撃破を狙ったんだと思います。そうする事でプラウダ側は予備部隊を失う為、大洗女子が包囲網を突破した後、一時的にですが大洗女子を追撃する為の戦力が無くなってしまったんです」

 

 

 

其れに対して2人の解説を聞いて居た加登川は落ち着きを取り戻した声で「成程、其れでプラウダ側が混乱している間に大洗女子は包囲網の突破に成功した訳ですね」と述べた処、吉川が「はい」と答え、続いて斉森も「其の通りです」と答えた後、加登川は実況席に居るゲストの様子に気付くと優しい声で……

 

 

 

「其れと新田さん…今涙ぐんでいらっしゃる様ですが、大丈夫ですか?」

 

 

 

と此の実況中継のゲストで346プロダクションの大学生アイドル・新田 美波に話し掛けると彼女は少し落ち着きを取り戻してから涙声でこう語った。

 

 

 

「はい…今、西住さんの『御帰りなさい!』を聞いた瞬間、今迄の出来事を思い出したから涙が溢れてしまって。御免なさい、此れ以上は何も言えないです」

 

 

 

其の言葉を聞いて居た加登川は優しい口調で「其の気持ち、よく分かります。其れでは此処で観客席へカメラを向けてみましょう」と語った処で実況映像は観客席で応援をする観客達の姿に切り替わった。

 

 

 

 

 

 

「皆大洗を応援しています!」

 

 

 

此の時、試合会場の外れで聖グロリアーナ女学院戦車道チーム隊長・ダージリン達と一緒に試合観戦中の聖グロ1年生・オレンジペコが観客席前に設置された超大型モニターに映し出された満員の観客席を見乍ら感嘆しているとダージリンが微笑乍ら……

 

 

 

「判官びいきと言う事かしら?」

 

 

 

と呟くと、隣で其の会話を聞いて居たボンプル高校戦車道チーム隊長・ヤイカが首を横に振り乍ら「少し違うと思うわよ?」とツッコミを入れてから、こう指摘した。

 

 

 

「此れで大洗女子に勝機が見えて来たから、観客も希望を持ち始めているんじゃないかしら?」

 

 

 

すると“群馬みなかみタンカーズ”前・隊長でアンツィオ高校1年生のマルゲリータ(大姫 鳳姫)が頷き乍ら……

 

 

 

「判官びいきだけじゃあ、試合には勝てませんからね!」

 

 

 

と話すとヤイカも頷いて……

 

 

 

「そうね。此れで後は原園が“本性”を顕せば……」

 

 

 

と呟いてから不敵な表情を浮かべた時、嵐の親友でサンダース大付属高校1年生の時雨が心配気な声で……

 

 

 

「ヤイカさん…私は嵐に“そうなって欲しく無い”と思うのですが」

 

 

 

と語るが、其処でヤイカは不思議そうな表情で時雨を見詰めつつ「あら?そうならないと大洗女子に勝機は無いわよ」と告げた為、時雨は意表を突かれた声で……

 

 

 

「其れは!」

 

 

 

と叫ぶと、其れを聞いて居たオレンジペコが……

 

 

 

「原園さんの“本性”?」

 

 

 

と問い掛けた処、ヤイカは再び不敵な表情を浮かべ乍ら、こう答えたのだ。

 

 

 

「そう、原園が“みなかみの狂犬”と呼ばれていた頃に戻れば大洗に勝てるチャンスが巡って来る。何故なら彼女は……」

 

 

 

と語った後、ヤイカは一旦言葉を区切ってから、こう言ったのだ。

 

 

 

「彼女は、母親である明美さんが生み出した“戦車戦を勝ち抜く為のサイボーグ”だからな!」

 

 

 

 

 

 

一方、大洗女子による中央突破で包囲網を破られただけで無く、合計4輌の戦車を失ったプラウダ高校戦車道チームでは、カチューシャ隊長が生き残った仲間達へ向けて叫んで居た。

 

 

 

「何やってるのよ、あんな低スペック集団相手に!全車で包囲!」

 

 

 

処が、其の最中にカチューシャが乗るT-34/85の無線機からこんな声が……

 

 

 

「此方フラッグ(T-34/76)車、フラッグ車もっすか?」

 

 

 

…普通、全車で包囲すると言ってもフラッグ車が包囲に参加するケースは少ない。

 

もしも包囲中にフラッグ車を狙い撃ちされたら、其の時点でチームは負けるからだ。

 

其の為、カチューシャは無線の相手であるフラッグ(T-34/76)車々長へ向けて「アホか!」と一括した後……

 

 

 

「アンタは冬眠中のヒグマ並みに大人しくして居なさい!」

 

 

 

と、少々苛立ち気味の声で叫ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

其の頃、試合は敵に包囲される大ピンチを脱出して主導権を握った大洗女子によって新たな展開へ向かおうとしていた。

 

大洗女子戦車道チーム隊長・西住 みほが次の行動へ移るべく自らが車長を務める“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”操縦手・冷泉 麻子へこんな問い掛けを発したのだ。

 

 

 

「麻子さん、2時方向が手薄です。一気に振り切って此の低地を抜け出す事は可能ですか?」

 

 

 

すると麻子は何時もの“眠そうな表情”からは想像出来ない程冷静な声で「了解。多少キツ目に行くぞ」と答えると、みほはチームの通信手・武部 沙織へ無線発信の指示を出す。

 

そして沙織は無線機の周波数を合わせてチーム全車への送信モードに変更した後、隊長の指示を全車に伝えた。

 

 

 

「“あんこう”2時に展開します!フェイント入って難度高いです!頑張って付いて来て下さい!」

 

 

 

するとチーム全車から……

 

 

 

『了解!』

 

 

 

「了解ぜよ!」

 

 

 

と応答が有る中、各車の車内では……

 

 

 

「大丈夫?」

 

 

 

「大丈夫!」

 

 

 

「マッチポイントには未だ早い!気ぃ引き締めて行くぞ!」

 

 

 

「「「おーっ!」」」

 

 

 

「頑張るのよ、ゴモヨ(モヨ子)!」

 

 

 

「分かってるよ、ソド子(みどり子)!」

 

 

 

と其々の乗員の間で掛け声が交わされた後、大洗女子の全車は一気に低地を抜け出すべく激しい機動を開始した。

 

 

 

(第77話、終わり)

 

 

 




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第77話をお送りしました。
遂に大洗女子が“トコロテン作戦”と言う名の中央突破と敵陣への襲撃により、プラウダの包囲網を突破。
しかも原作と異なり、嵐ちゃん達“ニワトリさんチーム”の援護を得た“カメさんチーム”は撃破される事無く脱出に成功。
2輌共無事に西住殿達本隊へ復帰しましたが…嵐の直感によって“カメさんチーム”を撃破し損ねたノンナがIS-2重戦車へ乗り換える事に。
此の状況の変化が次回以降、試合にどう影響するのか?
そして“大洗女子廃校問題”が首都テレビの実況で全国に知れ渡った事による影響は?

本当の事を言うと今回は“みなかみの狂犬”復活の場面迄持って行きたかったのですが、之は次回に回します。

其れでは、次回をお楽しみに。



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第78話「“狂犬”目覚めます!!」


今回は少々短めですが、キリの良い所なので纏めてみました。
此れ迄長文の回が多かったので、多少は読み易くなったかも知れませんが……
其れでは、どうぞ。


 

 

 

戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない

 

第78話「“狂犬”、目覚めます!!」

 

 

 

「白熱する“第63回戦車道全国高校生大会準決勝・第二試合「プラウダ高校(青森)対県立大洗女子学園(茨城)」”は、西住 みほ隊長率いる大洗女子学園戦車道チームが角谷 杏選手率いる“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”と原園 嵐選手率いる“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の活躍も有ってプラウダ高校の包囲網を突破した後、試合の主導権を奪い返すべく激しい機動を開始しています!」

 

 

 

試合会場内に設置された首都テレビの実況席で、此の試合の実況を担当する首都テレビアナウンサー・加登川 幸太が鋭い声で語ると解説を担当する戦史研究家兼戦車道解説者の斎森 伸之が……

 

 

 

「あの無謀と思われた教会跡からの正面攻撃が“包囲網の手薄な場所へ相手を誘導して袋叩き”にしようとしたプラウダ側の思惑を打ち砕いたのは痛快でした!」

 

 

 

と大声で語った処、もう1人の解説者である戦史研究家・吉山 和則も「そうですね!」と答えた後、大声でこう指摘する。

 

 

 

「只、此の儘だと大洗女子はプラウダ側のフラッグ車(T-34/76)から離れて行ってしまうので、もう一つ何か手を打って来る筈ですよ!」

 

 

 

すると此の実況中継のゲストで、346プロダクション所属の大学生アイドル・新田 美波がこう語る。

 

 

 

「と言う事は、大洗女子の西住さんが又何かを仕掛けて来るって事ですね…今から楽しみです!」

 

 

 

其れに対して、加登川アナウンサーが冷静な声で「新田さんの仰る通り、試合は此処から一山も二山も有りそうな展開になりそうです。目が離せません」と語った後、突然鋭い口調でこう言った。

 

 

 

「あっ、此処で大洗女子に動きが有りました!」

 

 

 

すると実況中継の音声に、大洗女子学園戦車道チーム隊長車“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”から通信手の武部 沙織がチーム全車へ向けて発信したみほの指示が飛び込んで来た。

 

 

 

「“あんこう”2時に展開します!フェイント入って難度高いです!頑張って付いて来て下さい!」

 

 

 

此れに対して、大洗女子の戦車隊7輌全車は一斉に自分達の居る低地を抜け出すべく右から左へとジグザグ走行し乍らペースを上げて爆走し始めた。

 

其のチームワークは素晴らしく、追うプラウダ側との差を徐々に引き離している様にも見える。

 

特に大洗女子の7輌の中で唯一、此の試合が初陣の“カモさんチーム(ルノーB1Bis)”も最後尾から必死になって付いて来ている。

 

其の姿を観客席前の超大型モニターで見た観客達からは……

 

 

 

「頑張れ!“カモさんチーム(ルノーB1Bis)”!」

 

 

 

「しっかり付いて行け!」

 

 

 

「振り切られるなよ!」

 

 

 

と大歓声が上がっており、観客席に居る“大洗女子学園・中等部4人組”こと五十鈴 華恋・武部 詩織・若狭 由良・鬼怒沢 光や秋山 優花里の両親である淳五郎・好子夫妻、そして五十鈴 華の母親・百合と使用人の新三郎も必死の声援を送っていた。

 

 

 

 

 

 

此の大洗女子の動きに対して、プラウダ高校戦車道チームのカチューシャ隊長は「何なの!?チマチマ軽戦車みたいに逃げ回って!」と苛立ち気味に叫んだ後、無線で友軍全車へ緊急の指示を出した。

 

 

 

「機銃、曳光弾!戦車砲は勿体無いから使っちゃ駄目!」

 

 

 

そしてプラウダ側から逃げる大洗女子の戦車隊へ向けて放たれる多数の曳光弾。

 

今は夜間の為、戦車砲に備え付けの照準器では光量不足で相手戦車を狙う事が出来ない。

 

其処で車載機銃から曳光弾を撃って“アタリ”と付けてから戦車砲を発砲しようと言うのがプラウダ側の狙いだったが、慌てて居る所為か彼女達が走行し乍ら撃った曳光弾の弾道は目標に対して上向き過ぎて居た為、夜空を照らすだけに終わっていた。

 

大洗女子戦車道チーム隊長車・Ⅳ号戦車F2型仕様(あんこうチーム)の車長用キューポラから上半身を出した状態で此の様子を直に見たみほの目には、曳光弾がまるで“冬の花火”の様に見えている。

 

其の時、みほが被っている通信用ヘッドホンにチームの操縦手・冷泉 麻子の声が飛び込んで来た。

 

 

 

「見えたぞ」

 

 

 

其の声に反応したみほが前方を確認すると雪に覆われた上り斜面が見えて来た。

 

其処で、みほは沙織に対して無線発信の指示を出す。

 

 

 

「“カモさーん”、追い掛けて来ているのは何輌ですか!?」

 

 

 

沙織からの無線に対して“カモさんチーム(ルノーB1Bis)”のリーダー(と車長兼47㎜砲々手&装填手兼通信手)・園 みどり子(ソド子)が「えーと、全部で6輌です!」と応答すると、再び沙織が「フラッグ車は居ますか!?」と訪ねた処……

 

 

 

みどり子(ソド子)は「見当たりません!」と答えて来た。

 

 

 

其の時、みほの脳裏に天啓が走る。

 

 

 

「と言う事は…プラウダのフラッグ車(T-34/76)は最低限の護衛だけで教会跡の在った廃村内に居る筈!

 

 

 

そう確信した彼女は()()()()()を仕掛けるべく新たな指示を出す。

 

 

 

「“カバさん”、“あんこう”と一緒に坂を乗り越えた直後に敵を遣り過ごして下さい!主力が居ない内に敵フラッグ車を叩きます!」

 

 

 

続いて……

 

 

 

「“ウサギさん”“カモさん”“カメさん”……」

 

 

 

と伝えた後、みほは一瞬だけ指示を出すのを躊躇ったが、直ぐ表情を引き締めると続きの指示を出した。

 

 

 

「そして“ニワトリさん”は“アヒルさん(フラッグ車)”を守りつつ逃げて下さい!此の暗さに紛れる為、出来るだけ撃ち返さないで!」

 

 

 

みほとしては本来戦闘力の高い“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”をフラッグ車(アヒルさん)の護衛に回すのは“勿体無い”と思ったのだが、敵を遣り過ごして相手フラッグ車を叩くには“敵に発見されるのを避ける為に攻撃参加する車輌の数を絞りたい”と言う考えが有った為、咄嗟に自分達“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”と“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”で相手フラッグ車を攻撃する事にした結果、消去法で“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”はフラッグ車たるアヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)の護衛に回す事にしたのである。

 

因みに、みほが“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”を攻撃部隊に回した理由は大会一回戦の対サンダース大付属戦の時“Ⅲ突は砲塔が無いので後方への砲撃が出来ない”為、試合後半でサンダース大付属に追われた際にフラッグ車(此の時は“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”だった)を充分護衛出来なかったと言う苦い経験が有った為である。

 

だが同時に、みほは“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”のリーダー・原園 嵐に対して“()()()()()”を抱いていた。

 

すると…彼女の懸念通り、嵐からの無線が飛び込んで来たのである。

 

 

 

『隊長、其れだったら私達“ニワトリさん”は坂を乗り越えた直後に反転した後、敵を待ち伏せします!』

 

 

 

そう…みほが懸念していたのが、正に此れだった。

 

思わず彼女は無線でこう叫ぶ。

 

 

 

「原園さん、待って下さい!其れじゃあ“ニワトリさん”は!?」

 

 

 

此の時、みほは「嵐が“ニワトリさん”の仲間達と共に自らを犠牲にしてプラウダ高の追手を待ち伏せして、相手と刺し違える作戦」を決行する心算だと判断し、其れを思い止まらせようと考えていた。

 

実際、嵐は先程迄「“母校廃校の秘密”を生徒会と共有して、生徒会の手先になっていた事に対するケジメを付ける為、自分達がカチューシャ達とタイマンを張っている間に皆は教会跡から逃げて下さい」と提案していたのだから。

 

心の中で“仲間達が「自分を犠牲にする作戦」を実行する事だけは止めて欲しい”と願うみほ。

 

だが、其れに対して嵐は先程の提案時の時に見せた“悲壮な雰囲気”は一切見せず、明るい声でこう答えて来た。

 

 

 

『大丈夫です!“1対多数の戦車戦”は私達の得意分野です!絶対にやられません!』

 

 

 

其の声を聞いたみほは“ハッ”となる。

 

 

 

「此れは何時もの原園さんだ!どんなに困難な状況下でも()()()()()()()()と言う決意で何でもやってくれる彼女に戻っている!」

 

 

 

そう実感した彼女は“此れ以上、原園さんの気持ちを疑う訳には行かない!”と心の中で呟くと気持ちを切り替えて、こう返答したのだった。

 

 

 

「じゃあ“ニワトリさん”、武運を祈ります…気を付けて!」

 

 

 

『はいっ!』

 

 

 

無線で嵐からの元気一杯な声を聞いたみほはもう迷いが無くなっていた。

 

 

 

「こうなったら、後は原園さんや皆を信じて、プラウダのフラッグ車を絶対にやっつけます!」

 

 

 

みほはそう呟くと自らが率いる“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”・そして“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”と共にプラウダのフラッグ車が居るであろう廃村付近を目指して進撃を始めた。

 

 

 

 

 

 

こうして大洗女子学園・戦車道チームの戦車7輌が一斉に斜面を登って行く中、“カメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)”の車内ではチームリーダーの角谷 杏生徒会長がチームの仲間達に対して“()()()()”を始めていた。

 

 

 

「皆…さっきの無線を聞く限り、私達を逃がす為に残る原園ちゃんの実力を疑う心算は無いけれど、如何も“()()()()”がするんだ」

 

 

 

其の問い掛けにチームメンバーで有る河嶋 桃・小山 柚子・名取 佐智子の3人が無言で頷くと会長はこう問い掛ける。

 

 

 

「悪いけど皆、此の私に“チームの運命”を預けてくれないかな?」

 

 

 

すると……

 

 

 

「了解です、会長!」

 

 

 

「はい!」

 

 

 

「了解!」

 

 

 

桃・柚子・佐智子の順で皆が会長の意見に同意すると彼女は皆に向けて“新たな指示”を出した。

 

 

 

「じゃあ、今から私達は()()()()にはなるけど原園ちゃん達(ニワトリさんチーム)を援護する為に反転するよ!名取ちゃん、今から無線で『“ウサギさん”“カモさん”と“アヒルさん”に「悪いけど後を宜しく!」』って伝えといて!」

 

 

 

其の指示を聞いた佐智子は「了解!」と叫んだ後、無線機を操作し始めた。

 

 

 

此の角谷会長による“独断専行(命令違反)”が、其の後の試合展開に()()()()()を与える事になる。

 

 

 

 

 

 

そして私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”は斜面を乗り越えてから反転し、斜面の下で私達を追って来るプラウダ高の戦車隊を待ち伏せする態勢に入った。

 

 

 

『さあ皆、直ちに砲戦用意!こっちは斜面の下に居るから斜面を登ろうとしているプラウダ側はこっちに対して車体底部を見せる形になる!だから相手の数が多くても私達の方が有利に戦えるわ!』

 

 

 

私が皆に“自分が考えた迎撃作戦の方法”を伝えると瑞希(ののっち)が嬉し気な声でこう叫ぶ。

 

 

 

「つまり、即席版の“反斜面陣地”ね!」

 

 

 

『流石は“ののっち(瑞希)”、其の通り!』

 

 

 

と答え乍ら、私も笑顔で叫び返したので、皆が笑顔で私を見詰めている。

 

さて、此処で私が此処で立てた作戦は瑞希(ののっち)の指摘通り“反斜面陣地”の応用だ。

 

つまり、プラウダ側から見ると私達は斜面の下に居る為、斜面を登り切る迄は私達を直接視認する事が出来ない。

 

しかも、プラウダ側が私達を攻撃する為には斜面を登らないと行けないが…そうなると斜面を登る時に戦車砲の砲身が此方側から丸見えになって待ち伏せされ易くなる。

 

其の上、プラウダ側の戦車は斜面を登り切る直前に装甲が比較的薄い車体底部を私達に見せる事になる為、此方はプラウダから撃たれる前に相手を叩く事が出来るのだ。

 

その為、“プラウダ側が数を頼みに押して来ても私達は互角以上に渡り合える”と私は考えていた。

 

こうして待ち伏せ態勢に入った私は無線で、こう叫ぶ。

 

 

 

『じゃあ、“あんこう”と“カバさん”、直ちに斜面を抜けて下さい!追手は此処で私達が叩きます!』

 

 

 

其れに対して、両チームから「「了解!」」と応答が有ったのを聞いた私は笑顔を浮かべ乍ら、心の中で一言呟いた。

 

 

 

『待ってて下さい、西住隊長…カチューシャ達は此処で叩いて、アヒルさん(フラッグ車)を守り抜いて見せます!』

 

 

 

だが…此の時、プラウダ側にも“動き”が有ったのだ。

 

 

 

 

 

 

此の時迄、大洗女子を追っていたプラウダ高校戦車道チームでは彼女達を率いるカチューシャ隊長が終始無線で「追えっ、追えーっ!永久凍土の果て迄追いなさい!」と叫んでいたが、大洗女子が目の前の斜面を登って行く光景を見た時、突如異なる命令を仲間達に下したのだ。

 

 

 

()()()()()()()()!全車一旦停止!今から斜面の頂上へ向けて煙幕を張った後、一列横隊になって一気に前進するわよ!」

 

 

 

すると彼女の腹心でT-34/85の戦車長でもあるクラーラが「待ち伏せですね!」と応答すると乗車をT-34/85からIS-2スターリン重戦車に乗り換えた為に仲間達よりもやや遅れて来ているノンナ副隊長も隊長の考えに同意する。

 

 

 

「カチューシャ様、“みなかみの狂犬( 原園 嵐 )”ならば、其れ位やりかねません!」

 

 

 

其れに対してカチューシャも「私もそう思うわ!」と答えた後、こう語る。

 

 

 

「斜面頂上に煙幕を張れば、此方も斜面を登り切る迄の間は前方が見えなくなるけど、其のリスクよりも此方を狙っている“みなかみの狂犬( 原園 嵐 )”からの攻撃を煙幕で妨げるメリットの方を優先するわ!そうやって一列横隊で斜面を登り切ってからの接近戦で勝負した方が確実にあの“狂犬()”を始末出来る筈!」

 

 

 

其れに対して、ノンナとクラーラが同時に「「はい、カチューシャ様!」」と同意の無線を発信した直後、カチューシャは無線で仲間達全員へ向けて新たな命令を下した。

 

 

 

「あの“狂犬()”の思い通りにはさせないわ!皆、此処で勝負を仕掛けるわよ!今から煙幕を展開!斜面頂上に煙幕を張ってから一列横隊で前進、原園の“イージーエイト(M4A3E8)”を見つけ次第、一斉射撃で仕留めるわよ!」

 

 

 

 

 

 

斜面の下で待ち伏せていた私が“異変”に気付いたのは、戦場でのふとした出来事が切っ掛けだった。

 

 

 

『おかしい…追手(プラウダ)の走行音が止まった?』

 

 

 

車長用キューポラから顔を出して外の様子を見て居た私が訝し気な声で呟いた時、副操縦手の良恵が叫び声を上げる。

 

 

 

「斜面から煙幕が上がっています!前方が見えません!」

 

 

 

更に砲手の瑞希(ののっち)からも切迫した声で……

 

 

 

「此れじゃあ、斜面頂上が煙幕で隠れているから相手戦車の腹を狙い撃ち出来ない!」

 

 

 

と叫んだのを聞いた私も歯噛みし乍ら……

 

 

 

『しまった!プラウダの奴等、此処から煙幕に紛れて一列横隊で進んで来る!』

 

 

 

と呟いた後、頭が真っ白になった。

 

流石の私も“カチューシャが此方の待ち伏せを見抜いて対応策を採って来る”事は予想外だった。

 

其の上、相手が“煙幕を張る事で斜面を登り切る迄前方が見えないと言うリスクを負って迄、此方からの砲撃を封じた上で数の有利を活かした正面対決を仕掛けよう”等と言う“博打”を打って来るとは思わなかった為、咄嗟の対応が思い付かない。

 

 

 

『之が“地吹雪のカチューシャ”の実力…此処迄容赦の無い攻撃を仕掛けて来るなんて!』

 

 

 

彼女の凄まじい攻撃に対して、私は戦車道で初めて“ある種の恐怖(体の震え)”を感じる。

 

其処へ装填手の舞が大声で「嵐ちゃん!」と叫んだのを聞いた私は“ハッ!?”となって前方を見た時は既に遅く、煙幕の中からプラウダ高の戦車6輌が一列横隊で此方へ向けて突き進んでいた。

 

 

 

失敗(しま)った!此れでは回避出来ない!』

 

 

 

そして、戦車砲が発射される光が見えた瞬間……

 

 

 

『之迄か…って、ええっ!?』

 

 

 

だが此の時、絶望的な状況に突き落とされる筈だった私達の目前で…()()()()()()()が起きた。

 

私達の目の前に1台の()()()が飛び込んで来たかと思うと、私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の身代わりとなってプラウダからの攻撃を全弾受け止めたのだ!

 

 

 

『ああっ!?』

 

 

 

私達の身代わりになって被弾し、其の勢いの儘転覆してから白旗を揚げた()()()の姿を見た私が悲鳴を上げた時…突然、無線に聞き慣れた声が飛び込んで来た。

 

 

 

「いや~っ、原園ちゃんが“危ない事になっているかも知れない”と直感して後を追って来たけど、大正解だったよ。こっちはやられちゃったけどね~」

 

 

 

其の時“私達の身代わりになったのはカメさんチーム(38(t)軽戦車B/C型)だ”と知った私は無線で……

 

 

 

『えっ…会長?そんな!?』

 

 

 

と叫んだ処、再び会長は一言伝えて来た。

 

 

 

「原園ちゃん…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。悪いけど後、宜しくね♪」

 

 

 

『ああ……』

 

 

 

其の瞬間、私は理解した。

 

会長や“カメさんチーム(生徒会役員達)”は此の行動で“結果的に生徒会の手先になっていた私達への謝罪”をしたのだろうと。

 

そして目の前に居るプラウダ高の戦車6輌の中に、去年の戦車道全国高校生大会決勝戦終了後からずっと意識していた西()()()()()()であるカチューシャ隊長の顔が見えた時。

 

 

 

『よくも…西住先輩だけで無く“かめさん”迄!カチューシャ、アンタだけは許さない!』

 

 

 

去年の秋の日、西住 しほと出会って心を折られてから、私の中でずっと眠っていた“()”が目覚めた。

 

 

 

()()()()()()()、プラウダ!そんなに私の力が見てぇか!』

 

 

 

そして私はプラウダ側からの2度目の砲撃を急発進で躱した後、大声で吼えた。

 

 

 

全員(プラウダ)仲良く、()()()()を踏みやがれ!*1

 

 

 

(第78話、終わり)

 

 

*1
十万億土とは極楽浄土の事。其処から転じて喧嘩等で「手前等全員ぶっ殺してやる!」と言う意味で使われるのが「十万億土を踏みやがれ!」であるが、此処で嵐は「全滅させてやる!」と言う意味で使っている。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第78話をお送りしました。

白熱する戦いが続く準決勝。
其の中で嵐ちゃんは待ち伏せを狙うが、カチューシャも其れを見抜いて煙幕で待ち伏せを躱してから接近戦を挑んた為、“ニワトリさんチーム”は大ピンチに!
処が、其処へ会長の独断専行によって割って入った“カメさんチーム”が“ニワトリさんチーム”の身代わりになって犠牲に……
其の結果、遂に原園 嵐の“本性”が目覚めた!
そして次回。
仲間を倒されて怒りに燃える嵐、準決勝の後半戦で何が起きるのか!?

…あっ、そうだ。
ラストの嵐ちゃんの台詞は元ネタが有るのですが、分かった方は感想欄へ一言どうぞ。
何も出ませんが、返信はします。

其れでは、次回をお楽しみに。




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第79話「“狂犬”復活です!!」


年末だと言うのに仕事や用事が多過ぎる…(仮死状態)
其れでは、どうぞ。



 

 

 

全員(プラウダ)仲良く、()()()()を踏みやがれ!』

 

 

 

大洗女子学園戦車道チームの“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”リーダー兼戦車長・原園 嵐の()()が、無線をモニターしていた首都テレビの実況中継によって試合会場の観客席のみならず全国の御茶の間にも響き渡った直後。

 

 

 

後に“本大会・名場面の一つ”と称されると共に“日本戦車道の()()()・原園 嵐伝説の始まり”と語り継がれる事になる「壮絶な殲滅劇」が始まった―。

 

 

 

私・原園 嵐は啖呵を切る直前、私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”を狙って包囲攻撃を仕掛けて来たプラウダ高の戦車6輌からの砲撃を急発進で(かわ)した後、其の儘相手の懐へ飛び込んで行った。

 

某・宇宙戦艦のアニメでは“沖田戦法”と呼ばれる戦い方だが、此れは自分よりも多い相手から撃たれる覚悟さえ有れば意外と効果的な戦法だ。

 

何故なら、相手の懐に飛び込んでしまえば敵は同士討ちを恐れて攻撃し辛くなるのに対して、此方は相手を撃ち放題の状況に持ち込めるからだ。

 

其の結果、何が起こったのかと言うと―。

 

 

 

「しまった!此れではカチューシャ様や仲間達を誤射してしまう!」

 

 

 

カチューシャの腹心・クラーラが絶望的な悲鳴を上げる。

 

其れは彼女だけで無く、カチューシャ達・プラウダ高の大洗女子追撃部隊に所属する戦車6輌の乗員全てに共通する“叫び”だった。

 

嵐のM4A3E8(イージーエイト)がプラウダ側追撃部隊の懐へ飛び込んだ結果、プラウダ側追撃部隊の戦車長全員は“目の前に居る嵐の戦車を攻撃するのか、其れ共味方の誤射を防ぐのか”の二者択一を迫られた。

 

其の結果、次の行動を躊躇したプラウダ側追撃部隊の戦車6輌中5輌迄が嵐のM4A3E8(イージーエイト)によって、僅か1分足らずの間に次々と狙い撃ちされてしまったのだ。

 

そして嵐のM4A3E8(イージーエイト)によって真っ先に撃破されたのは……

 

 

 

「ああっ!」

 

 

 

クラーラの駆るT-34/85だった。

 

彼女の戦車はエンジンルームの左側面に被弾した直後、炎を噴き上げて停車。

 

彼女が悲鳴を上げた時には、既に砲塔から白旗が揚がっていた。

 

更に呆然とする彼女の目前で、()()()()()が繰り広げられる。

 

2輌並んでいるT-34/76の間を嵐のM4A3E8(イージーエイト)が走り去ろうとした時。

 

 

 

「何やっちゅ!発砲すろ!*1

 

 

 

「駄目!此処からじゃあ、そっちを撃っちまう!」

 

 

 

M4A3E8(イージーエイト)を挟み撃ちにしている筈のT-34/76の戦車長同士が無線を使わず大声で(つまり、其れ程迄の至近距離で会話しているのだ)“攻撃か、其れ共誤射を防ぐべきか”で言い争っている最中にM4A3E8(イージーエイト)の76.2㎜砲が発砲したかと思うと其の場で右旋回してからもう一度発砲。

 

呆気無い程の素早さでT-34/76を2輌共撃破してしまった。

 

 

 

「そんな…こんな事に成るなんて!」

 

 

 

自分の乗るT-34/85も含めて、カチューシャ率いる追撃部隊の半数に当たる3輌の戦車があっと言う間に撃破された事実に呆然となったクラーラが漸く一言呟いた時、状況はプラウダ高にとって更に悪い方向へ向かっていた。

 

嵐の速攻に対して、今度は2輌のT-34/85がカチューシャの駆る隊長車(T-34/85)を守るべく前に出て、嵐のM4A3E8(イージーエイト)を迎撃しようとするが、其れに対して彼女は既に撃破したT-34/76の車体を愛車の盾にして相手の攻撃を防ぐ。

 

此の姿を見たカチューシャは“ハッ!”となって、無線で残された仲間のT-34/85・2輌へ向けて絶叫した。

 

 

 

「止めて!撃破された車輌への攻撃は“規則(ルール)違反”よ!」

 

 

 

日本戦車道連盟・戦車道試合規則・5「禁止行為」の(ニ)項。

 

競技続行不能車輌への攻撃を行った場合は失格となる。

 

但し、其の逆…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

其の事に気付いたカチューシャは仲間の攻撃を止めた後、原園 嵐がルールブック(試合規則)の盲点”を衝いたプレイを仕掛けて来たのに気付いて戦慄する。

 

 

 

「何よ!?あの()狡猾(こうかつ)さは!まるで狂犬…いや、狼王ロボ*2じゃない!」

 

 

 

だが、カチューシャが震え声で呟いた時には撃破されたT-34/76の陰に隠れていた筈のM4A3E8(イージーエイト)の姿が無い!

 

其の事に気付いた彼女が「あっ!」と叫んで周囲を見回した時には……

 

 

 

「ああっ!」

 

 

 

彼女の叫び声と同時に、自身の愛車の前方右翼に控えていたT-34/85が右側面を撃ち抜かれて白旗を揚げており、其れに気付いたもう1輌のT-34/85がカチューシャから見て前方左側から迎撃しようとしたのだが……

 

嵐のM4A3E8(イージーエイト)狡猾(こうかつ)にもカチューシャ隊長のT-34/85を掠める様に前方から後方へ走り去って行く…しかも、其の僅かな隙に“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”砲手・野々坂 瑞希はM4A3E8(イージーエイト)の76.2㎜砲を()()に向けて発砲したのだ!

 

此の結果、M4A3E8(イージーエイト)を迎撃しようとしたT-34/85は隊長車(カチューシャ)を誤射する危険が有る為に砲撃出来ない儘、瑞希が撃った76.2㎜徹甲弾によって砲塔基部を撃ち抜かれて白旗を揚げたのだった。

 

此れで大洗女子を追撃していたプラウダ高校の戦車6輌中、生き残っているのはカチューシャ隊長の愛車T-34/85・只1輌だけになってしまった。

 

 

 

 

 

 

此の時、試合会場内の観客席ではプラウダ高の戦車5輌を1分足らずで撃破した大洗女子の“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”と戦車長・原園 嵐の戦い振りを目の当たりにした観客達からどよめきの声が上がっていた。

 

特に、母校の廃校撤回を賭けた試合展開に緊張が続いていた大洗女子学園側・応援席では大歓声が上がる。

 

 

 

「凄い!」

 

 

 

「“アヒルさんチーム(大洗女子フラッグ車)”達を追っていたプラウダの戦車5輌を皆、やっつけちゃった!」

 

 

 

「原園先輩が“皆の救世主”になってる!」

 

 

 

「こうなったら、プラウダの隊長(カチューシャ)車もやっつけちゃえ!」

 

 

 

此処迄不安気な気持ちを押さえて、今夜の試合の応援の為に一緒に付き添って来てくれた両親や家族達と共に必死の声援を送っていた“大洗女子学園・中等部4人組”の五十鈴 華恋・武部 詩織・若狭 由良・鬼怒沢 光が次々に歓喜の声を送った処、其れを聞いた秋山 淳五郎・好子(優花里の両親)夫妻や応援席に居た人々が一斉に……

 

 

 

「「嵐ちゃん、頑張れー!」」

 

 

 

と大声援を送り始めた。

 

勿論、応援席では“あんこうチーム”砲手・五十鈴 華の母・百合と五十鈴家の奉公人・新三郎も大声で声援を送っている。

 

 

 

更に試合会場の外れで観戦をしていた少女達の間からも声が上がる。

 

 

 

「嵐!」

 

 

 

嵐の元チームメイト・原 時雨が“嵐の過去”を思い出して、心配気な声で呟くが……

 

 

 

「大丈夫だ。今の原園は仲間達の為に戦っている。もう昔の様に“孤独な戦い”をしている訳じゃない!」

 

 

 

ヤイカが時雨の左肩に右手を載せてから力強い声で答えた処、傍に居たマルゲリータ(大姫 鳳姫)も「はい!」と答えた後、力強い声で叫んだ。

 

 

 

「そして…遂に眠っていた嵐の“()()”が目覚めた!」

 

 

 

すると3人の会話を聞いて居たオレンジペコが震え声で問い掛ける。

 

 

 

「まさか…此の獰猛な戦い方が“みなかみの狂犬( 原園 嵐 )”の正体!?」

 

 

 

其れに対して彼女の先輩兼聖グロ戦車道チーム隊長・ダージリンが小さく頷くとヤイカが頑張る(ヤバい)女の子の笑顔”を浮かべつつ、こう言い切ったのだ。

 

 

 

「そうだ!あれこそが“みなかみの狂犬( 原園 嵐 )”の本性!一度火が付いたら目の前の敵を倒し尽くす迄止まらないのが彼女の本領だ!」

 

 

 

 

 

 

一方、カチューシャは自らの目前で殲滅された仲間達を呆然と見詰め乍ら……

 

 

 

「有り得ない…こんなの有り得る筈が無い!」

 

 

 

恐慌状態に陥っていた。

 

 

 

勿論、彼女が臆病と言う訳では無い。

 

其れ処か彼女は“小さな暴君”或いは“地吹雪のカチューシャ”と呼ばれる程の猛将であり、其の狡猾且つ的確な作戦立案能力と情け容赦の無い攻撃力で高校戦車道の世界では恐れられていた。

 

伊達に戦車道全国高校生大会・前回優勝校の隊長を務めている訳では無いのである。

 

しかし…そんな彼女にも、過去に1人だけ()()を感じた人物が居た。

 

其の名は、西住 まほ。

 

1年前の春、当時戦車道チーム隊長代理を務めていた彼女が腹心のノンナと共に黒森峰女学園・学園艦に潜入して黒森峰・戦車道チームの練習を秘かに偵察していた時。

 

周囲の林の風景に偽装していた筈の彼女は、其処から遥か遠い場所でティーガーⅠ重戦車に乗って練習中だったまほに“直接”睨まれたのだ。

 

其の時の彼女の視線は…まるで“獲物を捕らえようとしている蛇”の様な禍々しい物であった。

 

其の結果、カチューシャは夢に其の光景がフラッシュバックすると言う状況に陥った為、暫くの間深刻な睡眠障害に悩まされた。

 

其れが今、雰囲気こそ“蛇”では無く“狂犬か狼”と言う違いこそ有れど、まほと同質の禍々しさを持つ少女()の視線が自分に向けられている。

 

しかも、相手は自分やまほよりも年下の()だ!

 

 

 

「そんな…あの西住 まほと同じ位“()()()()()()”を持つ()が、此の世にもう1人居たなんて!?」

 

 

 

だが、叫び声を上げた処で現実は変わらない。

 

“普通なら有り得ない事実”を受け入れるしかない状況下、呆然となるカチューシャだったが…其の時、彼女を糾弾する声が響いて来た。

 

 

 

『カチューシャ、よくも西住隊長や仲間達を傷付けてくれたな!』

 

 

 

「あっ!?」

 

 

 

気が付けば目の前にM4A3E8(イージーエイト)に乗った原園 嵐が下級生とは思えない禍々しい形相で自分を睨み付け乍ら、啖呵を切って来たのだ。

 

 

 

『私達を追って来た御前の仲間は全て倒した!次は御前の番だ!』

 

 

 

そして、カチューシャは自分を睨み付ける嵐の鋭い目を見た直後…西住 まほに睨まれた時に植え付けられた“トラウマ”が一気にぶり返した。

 

其の結果……

 

 

 

「嫌…いやーっ!」

 

 

 

下級生処か人間とは思えない程の迫力と恐怖感で自分を威嚇し乍ら、最後の突撃を仕掛けようとする嵐の表情を見たカチューシャは恐怖に駆られて錯乱一歩手前の状態に陥った。

 

処が!

 

 

 

「カチューシャ様は()らせない!」

 

 

 

此処で、カチューシャのT-34/85と嵐のM4A3E8(イージーエイト)の間に1輌の巨大な戦車が割り込んで来た!

 

T-34/85からの乗り換え作業の為に遅れてやって来たノンナ副隊長が駆るIS-2重戦車が嵐のM4A3E8(イージーエイト)の前に立ち塞がったのだ。

 

だが……

 

 

 

「ノンナ!?…あっ、此の儘じゃあいけない!」

 

 

 

此の時、カチューシャは絶体絶命の窮地をノンナに救われた安堵では無く“()()()()()()()”を思い出して叫び声を上げたのである。

 

 

 

 

 

『チッ…流石に、ノンナさんは此の危機を見逃さなかったか!』

 

 

 

カチューシャの乗るプラウダ高隊長車・T-34/85を仕留めようとした私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”の目の前にIS-2重戦車を狩るノンナさんが現れた時、私は思わず舌打ちをし乍ら小声で呟いた。

 

其の直前、私は“去年の戦車道全国高校生大会・決勝戦”の場面を思い出し乍ら、カチューシャに向けて啖呵を切っていた。

 

何故なら私にとって、彼女は“西住先輩(みほ)の心を傷付けた憎むべき相手”だったから。

 

無論、“憎い”と言っても彼女を嫌っている訳では無い。

 

私が彼女に対して抱いていた“憎しみ”の中身とは「去年の全国大会・決勝戦で仲間達の命を助けに行った西住先輩(みほ)が降りた後の黒森峰フラッグ車(ティーガーⅠ重戦車)を狙い撃った彼女の行いは許せない。だから、対戦する機会が有れば其の事に対する“落とし前”を着けさせる」と言う物であった。

 

あの前回大会決勝戦を観戦中に西住先輩が見せた“母校の十連覇よりも仲間達を助ける事を選ぶ姿”を見て「もう一度初心に帰って戦車道を続けよう」と決意した(但し、其の決意は西住 しほによって一度は打ち砕かれたが)私にとって、西住先輩が乗っていたフラッグ車・ティーガーⅠ重戦車を狙い撃つ事で“西住先輩の戦車道を否定した”カチューシャと言う“小さな先輩”は、此の大会で対戦の機会さえ有れば“絶対に倒したい相手”だった。

 

そして、私は此の試合の味方フラッグ車である“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”を追って来たカチューシャ隊長率いるプラウダ高追撃部隊を撃破する事で其の目論見を果たす寸前まで行ったのだが、最後に残ったカチューシャ隊長車・T-34/85を倒そうとした処へ彼女が愛する副隊長・ノンナが介入した為、私の目論見は阻止されてしまった。

 

其れでも、私はIS-2の車長用キューポラから見える氷の様なノンナの表情を見詰め乍ら……

 

 

 

「“彼女(ノンナ)と相討ち”になっても()()()()()

 

 

 

と考えていた。

 

何故ならプラウダ高の“強さ”はカチューシャ隊長とノンナ副隊長の能力の高さに負う点が大きい為、試合中に此の2人の内1人でも倒せばプラウダ高の力をかなり削ぐ事が出来ると確信していたからだ。

 

只、此の儘相討ちとなった場合、常日頃「仲間達が『自分を犠牲にする作戦』を実行する事だけは止めて欲しい」と願っている西住隊長の想いを踏みにじってしまう事に成りかねない。

 

私自身、プラウダ高・追撃部隊を待ち伏せしようとした時、私達を心配する西住隊長に対して『大丈夫です!“1対多数の戦車戦”は私達の得意分野です!絶対にやられません!』と答えた以上、出来れば相討ちは避けたかったが、相手は東日本最強の砲術を誇るプラウダ高の副隊長・ノンナだけに其れも難しい。

 

そんな状況下、私は彼女が駆るIS-2重戦車を睨み乍ら『さて、此の場は如何すべきか?』と考えを巡らせていた時。

 

 

 

『あれっ!?』

 

 

 

私は目の前で思わぬ光景が展開されているのを見て、戸惑いの声を上げていた。

 

目の前に居るカチューシャとノンナが無線で何やら言い争っている様な姿が見えたのだ。

 

 

 

 

 

 

此の時の光景を原園 嵐は『言い争い』と表現したが、実は“或る事”に気付いたカチューシャが自分を守ろうとするノンナを説得していたのだ。

 

其の内容は以下の通りである。

 

 

 

「ノンナ!私の事は良いから、早く相手フラッグ車(八九式中戦車甲型)を仕留めに行きなさい!」

 

 

 

「しかし!」

 

 

 

ノンナの救援によって恐慌状態から立ち直ったカチューシャの指示に対して“あくまで彼女(隊長)を守る”意思が固いノンナが抗った時、カチューシャは鋭い声で彼女を諫めたのだ。

 

 

 

()()()()()を忘れたの!?フラッグ車さえ倒せばこっちの勝ちなのよ!」

 

 

 

「!」

 

 

 

隊長からの指示を聞いて“ハッ”となるノンナ…此の時、彼女は心の中で「カチューシャ様の仰る通りだ!私は大事な事を忘れていた!」と叫んでいた。

 

戦車道全国高校生大会の試合ルールは“フラッグ戦”である。

 

つまり、極端な事を言えば“自軍フラッグ車以外の仲間が全てやられても、相手フラッグ車さえ撃破すれば試合に勝てる”のだ。

 

其の事に逸早く気付いていたカチューシャは、改めてノンナへ指示を出した。

 

 

 

「だから、ノンナは今から大洗女子のフラッグ車(八九式中戦車甲型)を仕留めに行きなさい!此処は私が時間を稼ぐわ!」

 

 

 

彼女はそう告げると、ノンナからの応答を待たずに後方の廃村周辺に待機しているフラッグ車(T-34/76)と護衛のKV-2重戦車(自分とノンナを除くと、此の2輌がプラウダ高最後の生き残りである)へ向けて“新たな指示”を出した。

 

 

 

「カチューシャから生き残っている全車へ!私から“最後の命令”よ!」

 

 

 

そして彼女は具体的な戦況を仲間達に告げる。

 

 

 

「“みなかみの狂犬( 原園 嵐 )”が出現し、追撃隊は私とノンナを除いて壊滅したわ!でも、未だ打つ手はある!」

 

 

 

すると、ノンナを除く残存各車から“息を呑む様な声”が無線を通じて聞こえて来たが…カチューシャは構う事無く“此の後の指示”を生き残っている仲間達へ出した。

 

 

 

「フラッグ車と護衛のカーベー(KV-2)たんは敵襲に備えて守りを固めなさい!そうしていれば、必ずノンナがフラッグ車を仕留めてくれるわ!私は其れ迄の間“みなかみの狂犬( 原園 嵐 )”を押さえて見せる!」

 

 

 

其れに対してプラウダの生き残りの戦車長3人が一斉に「「了解!」」と返信した後、其の中の1人であるノンナが「カチューシャ様、御気を付けて下さい!」と伝えてから彼女の駆るIS-2重戦車が其の場を離れた直後、此の様子を見た原園 嵐が大声を上げる。

 

 

 

『待て!』

 

 

 

だが、此処でノンナの駆るIS-2重戦車を追撃しようとした嵐達の“イージーエイト(M4A3E8)”の前に、プラウダの隊長車・T-34/85が立ちはだかるとカチューシャ隊長が先程の嵐に負けない位の大声を上げた。

 

 

 

「待ちなさい、原園 嵐!貴女の相手は此の私よ!断じてノンナの所へは行かせないわ!」

 

 

 

 

 

 

『此れは!?』

 

 

 

其の声を聞いた時、私・原園 嵐は全身が震え上がった。

 

 

 

『さっき迄とは、カチューシャ(チビッ子隊長)の様子が全く違う!』

 

 

 

先程迄幼女の様に泣き乍ら震えていた小さな少女・カチューシャが大声で吼えた時、其の姿がまるでヒグマの様な巨大な存在に見えたのだ。

 

其の姿は正に“地吹雪のカチューシャ”の異名に相応しい力強さと恐怖を私に感じさせた。

 

流石は去年、()()()()()()()()黒森峰の十連覇を阻止して全国制覇を成し遂げたプラウダ高校・戦車道チームの現・隊長だ。

 

 

 

『此れ迄の対戦相手の隊長とは全く違うオーラを感じる…今の彼女は間違い無く強い!』

 

 

 

全身から凄まじい威圧感を発するカチューシャの姿を見乍ら、私は彼女が此処に居る意図を素早く導き出した。

 

彼女は大洗女子のフラッグ車である“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”を倒しに行ったノンナ副隊長のIS-2重戦車を狙おうとする私達“ニワトリさんチーム(M4A3E8)”を喰い止めるべく、相討ち覚悟で私達の前に立ちはだかったに違いない。

 

此の彼女の判断は私から見ても“全く正しい”ものだった。

 

其れと同時に、私の心の中に“ある反省”が思い浮かんだ。

 

 

 

「此れ程迄の力を秘めている人が去年の大会や今大会のヴァイキング水産戦みたいな“卑怯とも取れる戦い”をするだろうか…いや、もしかしたらカチューシャさん程の人でも“絶対に勝ちたい、優勝したい”と言う心があったから、あんな無理な戦いを強いられたんじゃないだろうか?」

 

 

 

でも、今は私も引き下がる心算は無い。

 

此の戦いは最早“母校・大洗女子学園の存続”だけでは無く“此れからも仲間達と一緒に戦車道を続けるための戦い”になったからだ。

 

もう、こんな所で“相手の戦う理由や気持ち”を考えて、立ち止まっている事なんて出来ない!

 

だから、私は恐怖感を振り切る様に彼女へ向けて啖呵を切った。

 

 

 

『なら、受けて立つ!』

 

 

 

 

 

 

(第79話、終わり)

 

*1
津軽弁で「何をやっている!発砲しろ!」の意。作成に当たってはWEBサイト「BEPPERちゃんねる・恋する方言変換(https://www.8toch.net/translate/)」を使用しました。

*2
英国の博物学者アーネスト・トンプソン・シートン(1860年生―1946年没)が書いた「シートン動物記」の代表作のタイトルでもある狼の群れのボス。作中では優れた体格と知性を兼ね備えた恐るべき狼として描写されている。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第79話をお送りしました。

遂に目覚めた嵐の速攻により、カチューシャ率いるプラウダ追撃隊は壊滅。
其の勢いに乗って嵐はカチューシャを仕留めようとするが、其処へノンナが割り込んで来て睨み合いかと思われた時……
嵐からの恐怖に耐えて“覚醒”したカチューシャが自分を助けに来たノンナに対して“大洗のフラッグ車を撃て!”と命じて送り出した後、彼女を追撃しようとする嵐の前に立ち塞がる!
大会連覇の為に自らを犠牲にする覚悟を決めたカチューシャと母校廃校阻止の為に心の中の“狂犬”を蘇らせた嵐、2人の“凶暴な戦車乙女”が遂に激突する!

プラウダ戦もいよいよ大詰めとなります。
次回、嵐対カチューシャが直接対決。
そして大洗女子のフラッグ車・“アヒルさんチーム”を追うノンナは如何戦うのか?

其れでは、次回をお楽しみに。



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第80話「カチューシャ対嵐の対決です!!」


先ず、本年元旦に発生した「令和6年能登半島地震」の被災者の方々に心から哀悼の意を申し上げます。
まさか…ガルパン最終章第4話の主役・継続高校の地元・石川県がこんな事になろうとは。
何れ、本作でも継続高校メインの話を作りたいのですが、何時になる事やら……

其れでは、どうぞ。



 

 

 

試合開始前から様々な出来事が起きていた“第63回戦車道全国高校生大会準決勝・第二試合「プラウダ高校(青森)対県立大洗女子学園(茨城)」”。

 

今、試合は山場を迎えようとしている。

 

 

 

「“母校の廃校阻止”を賭けてプラウダ高の追撃部隊を撃破した大洗女子学園の原園 嵐選手率いる“ニワトリさんチーム( M4A3E8 )”の前に立ち塞がったのは、大会連覇を狙うプラウダ高校戦車道チーム隊長“地吹雪のカチューシャ選手”!此の2人が今、1対1の勝負に挑もうとしています!」

 

 

 

首都テレビの実況席では実況担当の加登川 幸太アナウンサーが張りの有る声で“此れから起きようとしている対決”の内容を告げると解説を担当する戦史研究家・吉山 和則が……

 

 

 

「プラウダとしては、此処で大洗のフラッグ車(アヒルさんチーム)を倒しに行ったノンナ副隊長が駆るIS-2を守る為、カチューシャ隊長が自ら体を張ってノンナ副隊長を狙う原園選手を止めようと決断した様ですね!2人の対決は此の試合の天王山になるかも知れません!」

 

 

 

と叫んだ後、もう1人の解説者である戦史研究家兼戦車道解説者の斎森 伸之も……

 

 

 

「特にカチューシャ選手の雰囲気が先程迄とは全く変わりましたね!先程は甦った“みなかみの狂犬( 原園 嵐 )”の気迫の前に怯えていたのに、今の彼女はまるで巨大なヒグマの様な威圧感に溢れていて、逆に原園選手は身動きが取れない感じです!」

 

 

 

と語った処、ゲストとして実況席に座っている346プロダクションの大学生アイドル・新田 美波が興奮気味の声で……

 

 

 

「でも、私は原園選手…いえ、大洗女子に勝って欲しいです!」

 

 

 

と叫んだ為、其の直後からネット掲示板やSNSでは彼女の発言が盛大にバズり、一部の掲示板やSNSではサーバーがダウンした程だった。

 

 

 

こうして日本中が“様々な因縁”に彩られた此の試合に魅了される中、遂に“みなかみの狂犬( 原園 嵐 )”対“地吹雪のカチューシャ”の“対決”が始まる!

 

 

 

 

 

 

戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない

 

 

 

第80話「カチューシャ対嵐の対決です!!」

 

 

 

 

 

 

『なら、受けて立つ!』

 

 

 

プラウダ高撃破を狙った私・原園 嵐の前に立ち塞がったプラウダ高戦車道チーム隊長・カチューシャが発する強大なプレッシャーを感じ乍ら、私は其れに飲まれまいと必死の思いで叫ぶと“ニワトリさんチーム( M4A3E8 )”の仲間達へ指示を出した。

 

 

 

『相手の右側面へ回り込んでから1発撃つ!弾種は高速徹甲弾(M93HVAP-T)!』

 

 

 

此処で、私は愛車・M4A3E8(イージーエイト)の切り札で、弾芯に比重が大きくて硬度も高い金属・タングステンを用いて装甲貫徹力を増した高速徹甲弾“M93HVAP-T”を使う事を皆に告げる。

 

其れに対してチームの皆が「「「了解!」」」と返答したのを聞いた私は直ちに号令を掛けた。

 

 

 

Panzer Vor(パンツァー・フォー)!(戦車前進!)』

 

 

 

其れと同時にカチューシャが駆るプラウダ高のT-34/85も加速を始める。

 

すると御互いが“相手の右側面”を取ろうとして右旋回を始めたのだが…其処は我らが“ニワトリさんチーム( M4A3E8 )”の操縦手・萩岡 菫の独壇場。

 

彼女*1が持つドライビングテクニックの御陰で、私達のM4A3E8(イージーエイト)は相手よりもワンテンポ早く動けた結果、カチューシャ(T-34/85)車の右側面へ回り込むと反航戦の態勢で射撃準備を整える事が出来たのだ。

 

其れに対して、カチューシャ(T-34/85)車は私達を迎撃する為に砲塔を右へ回そうとしているだけで精一杯の状況。

 

こうなれば、後はこっちの物!

 

 

 

『よしっ、撃て!』

 

 

 

「貰った!」

 

 

 

私の射撃指示に対して、長年の相棒である砲手・野々坂 瑞希が命中を確信した声を返して来る。

 

彼女が発砲時に此の台詞を言った場合、私が覚えている限りでは砲弾が外れた事は一度も無い。

 

なので、私も“此れでカチューシャ(T-34/85)車を仕留めた!”と確信したのだが……

 

 

 

「ガキィン!」

 

 

 

其の時、酷く嫌な感じの金属音が響いたかと思うと、私の目前で信じられ無い事が起きた!

 

 

 

『あっ!?』

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

思わず、私だけで無く同じ光景を76.2㎜砲用の照準器越しに見ていた瑞希も驚愕の叫びを発すると副操縦席のハッチから顔を出していた副操縦手・長沢 良恵も驚きの声を発した。

 

 

 

「砲弾が砲塔に弾かれた!?」

 

 

 

そう…何とカチューシャ(T-34/85)車は私達に対する迎撃が間に合わないと思ったのか、私達が撃った76.2㎜高速徹甲弾(M93HVAP-T)を“砲塔の装甲板で受け止める”様な態勢で弾き返したのだ!

 

だが、1発弾かれた位でヘコたれる様な私達じゃない!

 

戦車砲弾と云えども相手戦車に命中した時の砲弾の角度や場所によっては、普通ならば撃破出来る様な局面でも相手戦車の装甲板に弾かれる事は珍しくない。

 

だから私は、皆を鼓舞する様に叫ぶ。

 

 

 

『慌てるな!もう1発!』

 

 

 

「「了解!」」

 

 

 

私の叫びに装填手の舞と砲手の瑞希が反応してから、ほんの数秒で2発目の76.2㎜高速徹甲弾(M93HVAP-T)カチューシャ(T-34/85)車目掛けて発射されたのだが……

 

其の時、カチューシャ(T-34/85)車は不可解にも私達が発射した砲弾目掛けて突き進みながら砲塔を微妙に旋回させた途端……

 

 

 

「ガギィーン!」

 

 

 

今度はさっきよりも更に嫌な感じの金属音が響いたかと思うと、私達が撃った2発目の76.2㎜高速徹甲弾(M93HVAP-T)カチューシャ(T-34/85)車の砲塔側面…其れも先程、彼女が微妙に旋回させた為にT-34/85の特徴である鋳造砲塔の丸みが強調された部分に当たった途端、明後日の方向へと弾かれてしまったのだ。

 

 

 

「嘘!?又弾かれた!?」

 

 

 

76.2㎜砲の照準器越しに砲弾が弾かれた光景を目撃した瑞希が驚愕の叫びを発すると……

 

 

 

イージーエイト(M4A3E8)高速徹甲弾(M93HVAP-T)はティーガーⅠ重戦車の砲塔防盾を1000ヤード*2前後の距離で貫通出来る位の威力が有るんだよ!?」

 

 

 

装填手の舞が此れ又驚愕の叫びを発するが、私は気を取り直して操縦手の菫に……

 

 

 

『回避機動!』

 

 

 

と叫んだ処、彼女は冷静な声で「了解!」と返した後、急旋回を決めてカチューシャ(T-34/85)車が放った反撃の85㎜徹甲弾を鮮やかに(かわ)してから相手との距離と取って見せた。

 

其の直後……

 

 

 

「嵐ちゃん。今、カチューシャさんがやったのは若しかしたら“()()()()()”かな?」

 

 

 

相手の反撃を回避したばかりの菫が落ち着いた声で私に告げたので、私も……

 

 

 

『うん。私も菫と同じ考えだと思う』

 

 

 

と返した処、話を聞いた舞と良恵が揃って当惑気味の表情を浮かべて考え込んで居る処へ私と菫の推理の内容に気付いた瑞希が叫んだ。

 

 

 

「そうか!カチューシャはT-34/85の砲塔の避弾経始を意図的に利用して、こっちの砲弾を受け止める様にして弾いたのか!」

 

 

 

『正解!』

 

 

 

そして此の時、私は“カチューシャが採った防御法の正体”を見抜いた上で“対応策”を考え付いていた。

 

 

 

 

 

 

「つまり、()()()()()()()()()は避弾経始を積極的に利用する機動防御戦法で嵐と戦っているのよ」

 

 

 

此の時、観客席の一角では嵐の母・原園 明美が共に試合観戦をしている西住 しほ・まほの母娘と親友である周防 長門に対して“今起きた出来事”の説明を行っていた。

 

其れに対してまほが納得した声で「成程。基本的には、私やみほも実践している防御法ですね」と語ると長門も頷き乍らこう語る。

 

 

 

「素人の観客は()()を見て驚いているだろうが、戦車道の熟練者なら常に相手の動きを読み切ってさえいれば“敵弾を弾く様にして当てさせる”事は難しく無い…勿論、戦車道の試合で其れが出来る様になる迄には相当な鍛錬が必要だがな」

 

 

 

すると話を聞いて居たしほも小さく頷いてから冷静な声で「ええ。西住流でも上級者であれば熟せる戦法よ」と語った処、再び明美が微笑を浮かべ乍ら説明を続ける。

 

 

 

「ましてや、()()()()()()()()()の乗るT-34/85の砲塔は鋳造式だからね…戦車道で使える戦車としては理想的な避弾経始を持っているから、あんな感じで『相手の砲弾を当てさせる様に弾く』戦法を続ければ、焦った相手の隙を突いて勝利を得る事も可能よ」

 

 

 

其れに対して、しほは“今、自分の()と戦っている相手を褒めている”かの様に語った明美の態度に若干呆れ乍ら……

 

 

 

「おい“あけみっち(明美)”、相手を称えている場合か!?此の儘だと大洗女子は廃校の危機を脱する事は出来ないんだぞ!?」

 

 

 

と叫んだ為、“此の試合で大洗女子が負けたら、みほの居場所が無くなる”事に気付いてショックを受けたまほが「あっ!?」と小さな声で叫ぶと、其の様子を興味深そうに見ていた明美は御道化た声で……

 

 

 

「あら?“しぽりん(しほ)”やまほさんも大洗女子…いえ、みほさんの事を心配してくれているのかしら?」

 

 

 

と語った処、隠れシスコン(みほLOVE)のまほは顔を真っ赤にして黙り込んでしまい、しほも呆れ顔で明美の顔を見ていたが直ぐに気を取り直すと……

 

 

 

「そうじゃなくて!大洗女子とみほに肩入れしているのは御前(明美)だろう!?」

 

 

 

とツッコんだ。

 

其れに対して明美は不敵な表情を浮かべ乍ら「ふふ……」と呟いた後、こんな事を言ったのである。

 

 

 

「でも、今の()()()()()()()()()の戦法には一つだけ“重大な欠点”があるのだけどね」

 

 

 

「「欠点!?」」

 

 

 

明美の“意味深な発言”を聞かされて、思わず叫び返すしほとまほの親娘。

 

だが、此処で一緒に居た長門は“何か思い当たる節”が有ったのか、冷静な声で問い掛けて来た。

 

 

 

「明美…もしかして、御前が以前“其の戦法”について語っていた時に指摘した“()()”の事か?」

 

 

 

すると彼女は長年の親友・長門に向けて“我が意を得たり”と言わんばかりの微笑を浮かべると、こう言ったのだ。

 

 

 

「勿論!嵐も其の欠点は承知しているわよ…だって、彼女は此の私が“世界の戦車道の全て”を叩き込んで育て上げた戦車乗りなんだから♪

 

 

 

 

 

 

「フフ…原園 嵐!此れは予想していなかったでしょ!」

 

 

 

一方、カチューシャは不敵な笑みを浮かべつつ“自分が立てた戦法”に対して自信を深めていた。

 

1年生乍ら超・高校生級の実力を持つ“ニワトリさんチーム( M4A3E8 )”リーダー・原園 嵐と戦う為に選択した“自分が駆るT-34/85が持つ良好な避弾経始を利用し、相手の砲弾に向かって行った上で弾く様に当てさせる”と言う戦法は、元々カチューシャ自身が得意として来たやり方だ。

 

事実2年前の春、彼女がプラウダ高に入学してノンナと出会った頃に行われた“新入生対プラウダ1軍のフラッグ戦”でも、彼女が駆ったT-34/85は此の戦法で相手の攻撃を凌ぎ乍らノンナが駆るフラッグ車(T-34/85)をプラウダ1軍のフラッグ車(IS-2重戦車)手前迄導いた。

 

其の結果、最後にカチューシャ車は撃破されたもののノンナのフラッグ車がプラウダ1軍のフラッグ車を撃破して勝利を収めたのだ。

 

カチューシャはそんな過去を思い出し乍ら“目下の対戦相手・原園 嵐とどう戦うべきか?”について考えていた。

 

 

 

 

 

 

私だって、正面から“みなかみの狂犬( 原園 嵐 )”と戦って必ず勝てるとは思っていないわ。

 

彼女の戦い方は、今大会前に去年の中学生大会のVTRを全部見てチェックしたから分かる。

 

確かにアンタ()は、ノンナが指摘した通り、去年の中学生大会の時点で既に中学生処か高校生を凌ぐ位の実力が有ったわ。

 

そして、さっき私が率いたプラウダの追撃部隊を殲滅した事で、私は確信したわ。

 

 

 

原園 嵐、アンタは人間じゃない!

 

アンタは“戦車道で勝ち抜く為に必要な全てを叩き込まれて来た怪物”よ!

 

 

 

そうで無ければ、さっき私を睨み付けただけで、あの“西住 まほ”にも劣らぬ“恐怖”を感じさせる筈が無いもの!

 

あんな“怪物”に勝てる気なんて全くしないわ!

 

だけどね…此の状況で私達が勝つ為に必要なのはアンタ()に勝つ事では無い。

 

其れは“大洗のフラッグ車(アヒルさんチーム)をノンナが倒す迄の時間を稼ぐ事”!

 

其れなら、私でも出来る!

 

此の試合、私達はアンタに勝てなくても良いのよ…ノンナが大洗の大洗のフラッグ車(アヒルさんチーム)を倒す迄粘って粘り抜いて、そして私達が勝って決勝で黒森峰と戦う!

 

何故なら、今大会の私達は単純に連覇するのが目標じゃない!

 

去年の大会決勝戦や今大会の対ヴァイキング水産戦で起きた様な()()()が無くても私達は日本一になれる…私が育てた仲間達は本当の意味で日本一だって証明するのが私達の目標なんだから!

 

 

 

 

 

 

カチューシャは嵐を甘く見てはいなかった。

 

其れ処か、彼女は嵐の能力を高く評価し、“自分でも若しかしたら勝てないかも知れない”と考えた上で“試合に勝つ為の最良の選択肢”を選んでいたのだ。

 

“試合を決めるのは大洗のフラッグ車を追うノンナの役目。自分は其の為の「捨て石」となって嵐の前に立ち塞がる”と言うのがカチューシャの選択であり、同時に“自分が育てたプラウダ高戦車道チームが「本当の意味での戦車道日本一」になる為なら、自分は何でもする!”と言う決意表明だったのだ。

 

其の意味で、カチューシャは非常に優秀且つ視野の広い戦車道指揮官だと言えるだろう(時折見せる自信過剰から来る油断と、疲れると試合中でも眠くなってしまう体質を除けば)。

 

 

 

だが、不幸にもカチューシャは“或る事”に気付いていなかった。

 

原園 嵐は“カチューシャの戦法”を熟知していたのだ。

 

 

 

 

 

 

『T-34/85が持つ良好な砲塔の避弾経始を利用して「敵弾を弾く様に当てさせる」…確かに、此の様な競り合いでは有効な戦い方だね』

 

 

 

カチューシャの駆るT-34/85の動きを見乍ら、私は彼女の戦い方について素早く分析を終えていた。

 

 

 

『多分、彼女の戦い方の意図は「ノンナの駆るIS-2重戦車が“アヒルさんチーム( フラッグ車 )”を倒す為に必要な時間稼ぎ…此処で時間を稼がれると厄介だな』

 

 

 

私が“アヒルさんチーム( フラッグ車 )”を守る為、カチューシャ率いるプラウダ高追撃部隊の前に立ち塞がって此れを殲滅した様に、カチューシャも私の前に立ち塞がって牽制している間にノンナの駆るIS-2重戦車が“アヒルさんチーム( フラッグ車 )”を撃破しようと目論んでいるのだろう。

 

此の作戦は私の目から見ても“現在の状況から見て最善のやり方”だと言わざるを得ない。

 

何故なら、此方としては一刻も早くカチューシャが駆るT-34/85を倒してノンナが駆るIS-2重戦車を追わなければならないのだが、だからと言って攻め急ぐとカチューシャに隙を突かれる危険が増すし、カチューシャも其れを狙ってT-34/85の砲塔が持つ避弾経始を利用した防御戦法を仕掛けている。

 

従って、此の場面でのカチューシャの戦法は単純な“守り”では無く、仲間達が攻撃する為の時間を稼ぎつつ此方側の隙を作る為に仕掛けた“攻めの守り”と見做すべきであり、其の点を考慮せずに此方が攻めると返り討ちに遭うのがオチだが、其れを恐れていたのでは此方のフラッグ車・“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”がノンナのIS-2に撃破されてしまうのだ。

 

だが、既に此処迄考えを進めていた私は“対応策”を決めると小声で自らの思いを呟いた。

 

 

 

『でも…此の戦い方って、実は“デカい落とし穴”が有るのを知らないのかな?』

 

 

 

 

 

 

そして覚悟を決めた私は新たな指示を出す。

 

 

 

『菫!此処から左へ回り込んだら同航戦に入る!出来るだけ相手に近付いて!其れと良恵は菫のサポートに専念!』

 

 

 

「「了解!」」

 

 

 

すると私達“ニワトリさんチーム”のM4A3E8(イージーエイト)は此方へ突撃しつつあったカチューシャのT-34/85を軽くいなしてから、左旋回。

 

其れに対してカチューシャのT-34/85は右旋回をして此方に並び駆けようとした時、此方は一気に距離を詰めてから、皆へ向けて号令を掛けた。

 

 

 

『砲戦用意!瑞希は舞が砲弾を装填次第、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!』

 

 

 

「「了解!」」

 

 

 

私からの号令に装填手の舞と砲手の瑞希が応答すると、私は不敵な笑みを浮かべ乍ら、カチューシャへ語り掛ける様な声で、こう呟いたのだった。

 

 

 

『其の戦い方、至近距離から車体を狙う相手戦車がそっちと並行に並んだ時は意味無いんだよ!』

 

 

 

 

 

 

「ああっ!」

 

 

 

其の時、試合会場内の観客席に設置されたスピーカーから、カチューシャの悲鳴が上がると同時に観客席手前の超大型モニターには彼女が駆るT-34/85がエンジンルームから出火して停止している光景が映し出された。

 

更に超大型モニターの画面が切り替わると…カチューシャのT-34/85の砲塔上面から“白旗”が高々と揚り、続いて会場内のスピーカーから場内アナウンスが流れる。

 

 

 

「プラウダ高校隊長車・T-34/85走行不能!」

 

 

 

カチューシャ対嵐の対決は、呆気無い形で決着が着いた。

 

嵐のM4A3E8(イージーエイト)からの2度に渡る砲撃を“砲塔の避弾経始を利用した防御術”で弾き返してから突撃を仕掛けたカチューシャ隊長のT-34/85だったが、嵐は冷静に見極めた上で其の突撃を(かわ)すとカチューシャ(T-34/85)車との同航戦に入った途端、一気に距離を詰めてから相手の車体後部に有るエンジンルームを至近距離からの砲撃で撃ち抜いて白旗を揚げさせたのだった。

 

実はカチューシャのT-34/85の車体後部も40度の角度が付いた40~45㎜の装甲板で構成されているのでソコソコの防弾力が有るのだが、500ヤード*3の距離から157㎜の装甲板を貫徹出来る性能を持つイージーエイト(M4A3E8)の高速徹甲弾・M93HVAP-Tを至近距離から撃ち込まれた為、一溜まりも無かったのである。

 

こうして“大洗女子の1年生・原園 嵐が去年の大会王者であるプラウダ高の隊長・カチューシャを倒した”と言う現実を目撃した観客達からどよめきの声が上がると、大洗女子学園側応援席では嵐の戦いで勇気付けられた大洗女子学園の生徒や応援団達が一斉に大声援を送り始めた。

 

当然、其の中には “大洗女子学園・中等部4人組”こと五十鈴 華恋・武部 詩織・若狭 由良・鬼怒沢 光も居る訳で、彼女達も口々に……

 

 

 

「原園先輩が勝った!」

 

 

 

「よぉーし!」

 

 

 

「次は“アヒルさんチーム(大洗フラッグ車)”を狙うIS-2をやっつけちゃえ!」

 

 

 

「原園先輩、行けーっ!」

 

 

 

と観客席手前の超大型モニターに映し出されている原園 嵐の姿に向けて声援を送っていたが、観客席の外れでは其の様子を見ていたボンプル高校戦車道チーム隊長・ヤイカが……

 

 

 

「不味い事になったわね……」

 

 

 

と不安気な声を上げたのに対して、隣で座って居る聖グロリアーナ女学院戦車道チーム隊長・ダージリンが真剣な表情で頷く。

 

其の姿を見たダージリンの後輩・オレンジペコが「ダージリン様、形勢は逆転したのでは無いのですか?」と問い掛けた処、アンツィオ高校戦車道チームの次期エース候補・マルゲリータ(大姫 鳳姫)が一言……

 

 

 

「カチューシャは嵐に撃破される迄の間に時間を稼いだから、今大洗女子のフラッグ車(アヒルさんチーム)を追っているノンナのIS-2と嵐との間の距離が開いてしまっている」

 

 

 

と指摘した処、更にサンダース大学付属高校戦車道チームの次期エース候補・原 時雨も……

 

 

 

「其れに、ノンナさんのIS-2重戦車はWW2の戦車の中でも屈指の重装甲と大火力を誇るから、此の儘じゃあ嵐のM4A3E8(イージーエイト)が追い付く前に勝負が決まっちゃう!」

 

 

 

と語った後、2人の話を聞いたヤイカが頷くと現在戦っている両校の戦況を簡潔に説明する。

 

 

 

「カチューシャは自分が出来る事を最後迄やり遂げただけで無く、チームに対しても最善の指示を出した。其の結果、ノンナのIS-2は嵐のイージーエイト(M4A3E8)との距離を開け乍ら大洗女子のフラッグ車(アヒルさんチーム)に迫っている」

 

 

 

すると此処で、皆の話を聞いて居たダージリンが厳しい表情を浮かべ乍ら、こう呟いた。

 

 

 

「高校戦車道でも屈指の砲術能力を持つノンナとソ連最強の重戦車・IS-2のコンビネーションを打ち破って逆転勝利を収めるのは、例え原園さんであっても容易では無いわ」

 

 

 

其の話を聞かされたオレンジペコは真っ青な顔を浮かべ乍ら「そんな…此処迄頑張って来たのに、未だ大洗女子のピンチは続くのですか!?」と呟くのが精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

そして。

 

雪上を逃げる大洗女子のフラッグ車“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”と護衛の“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”“カモさんチーム(ルノーB1Bis重戦車)”の3輌を追うプラウダ高のIS-2重戦車を駆るチームの副隊長・ノンナは必死に逃げる“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”を睨み付け乍ら、心の中でこう叫んだ。

 

 

 

「カチューシャ様が体を張って作ってくれた此のチャンス…必ずモノにして勝利する!」

 

 

 

 

 

 

(第80話、終わり)

*1
菫は前年度レーシングカート全日本選手権・FS125クラス王者。此の詳細については第47話「原園 直之さんと大洗と戦車道です!!」を参照の事。

*2
メートル法では約914m。

*3
メートル法で約457m。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第80話をお送りしました。

遂に起きた嵐ちゃん対カチューシャの対決。
カチューシャは嵐ちゃんの技量を高く評価した上で、大洗女子フラッグ車の攻略をノンナに任せて自分は“負けない戦い”を遂行すべく、T-34/85の避弾経始を活かして“弾き返せる様に砲弾を受け止める”作戦を決行。
此の作戦は原作のスピンオフ漫画「プラウダ戦記」の第1巻でカチューシャがやっていた戦法ですので、此処で使ってみました(現実的に可能か如何かは分かりませんが)。

しかし、母・明美さんから“世界の戦車道の全て”を叩き込まれて来た嵐ちゃんはカチューシャの戦法を知っていただけで無く、其の欠点迄熟知していた!
其の結果、2人の対決は嵐ちゃんの勝利に終わりましたが…其の間にカチューシャは大洗女子のフラッグ車“アヒルさんチーム”を追うノンナの為に時間を稼ぐ事に成功。
果たして此の後、大洗女子は“アヒルさんチーム”に迫るノンナのIS-2重戦車の脅威を振り払ってプラウダ高フラッグ車を撃破する事が出来るのか?
そして嵐ちゃん達“ニワトリさんチーム”は如何動くのか!?

其れでは、次回をお楽しみに。



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第81話「願いを込めた1発です!!」


最近本当に筆が進まない中、何とか仕上げてみましたが、果たして……
其れでは、いよいよプラウダ戦も終盤です。
どうぞ。



 

 

 

「やってくれるでしょうか…西住は」

 

 

 

“第63回戦車道全国高校生大会準決勝・第二試合「プラウダ高校(青森)対県立大洗女子学園(茨城)」”も終盤に差し掛かる頃、大洗女子学園戦車道チーム副隊長兼“カメさんチーム(38t軽戦車B/C型)”装填手(つい先程迄は同チームの車長兼砲手兼通信手だった)・河嶋 桃は観客席前に設置された超大型モニターを見詰め乍ら、仲間達に向けて不安気な声で呟いた。

 

 

 

彼女達“カメさんチーム(38t軽戦車B/C型)”は、先程プラウダ高の攻撃を受けた“ニワトリさん(M4A3E8)チーム”を庇って撃破された後、試合を統括する日本戦車道連盟審判団の要請で派遣された回収班によって乗っていた戦車毎タンクトランスポータ(戦車運搬車)ーに乗せられた儘、試合会場内の観客席前に設置された超大型モニターの前迄送り届けられていたのだった。

 

勿論、桃のチームメイト3人も一緒であり、彼女の声を聞くと即座に励ましの声を送る。

 

 

 

先ず、チームの元・装填手で現在は通信手の名取 佐智子が「西住隊長達なら絶対にやってくれますよ!其れに原園さんも居るんです!今は皆の力を信じましょうよ!」と話し掛けると操縦手の小山 柚子も……

 

 

 

「そうだね。西住さんやカチューシャ隊長を倒した原園さんなら……」

 

 

 

と語り掛けて来たのを聞いた桃はバツの悪そうな声で「そ…そうだな」答えて居た処、彼女の様子を眺め乍らニヤニヤ笑っていたチームの砲手・角谷 杏生徒会長が……

 

 

 

「誰か来たみたいだね…あっ」

 

 

 

と呟いていた処、相手の()()に気付いて話すのを止める。

 

すると彼女達の前にWW2中の旧ソ連軍戦車兵用戦車帽を被った一人の幼女…いや先程、原園 嵐率いる“ニワトリさん(M4A3E8)チーム”とのガチンコ勝負に敗れたプラウダ高校戦車道チーム隊長・カチューシャが現れたのだ。

 

そして、彼女は嵐との戦いに敗れたショックを一切感じさせない態度で、こう言い放つ。

 

 

 

「あら、貴方は大洗の生徒会長さん♪残念だったわね」

 

 

 

其れに対して“カチン”と来た桃が「そっちこそ、さっき原園とタイマン張って負けたんじゃないのか!?」と言い返した処、カチューシャは若干慌て気味の声で……

 

 

 

「ち…違うわ!アレは時間稼ぎをしたのよ!」

 

 

 

と叫んだ後、こう反論したのである。

 

 

 

「今に見てなさい!ノンナが原園に追い付かれる前にアンタ達のフラッグ車を倒して、私達プラウダが勝つんだから!」

 

 

 

此の発言で、“自分達のチームのフラッグ車・アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)に危機が迫っている”事を知った桃・柚子・佐智子が一斉に真っ青な顔になる中、角谷会長だけは澄まし顔で「成程ね……」と呟いた後、カチューシャに向けてこう答えたのだった。

 

 

 

「つまり、そっち(プラウダ)のIS-2にフラッグ車(アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型))を追わせている間、原園ちゃん達“ニワトリさん(M4A3E8)チーム”を釘付けにした訳か」

 

 

 

其の発言で、漸く“カチューシャが嵐とタイマン勝負を張った理由”を知った桃・柚子・佐智子が「「「あっ!?」」」と叫ぶ中、カチューシャは不敵な表情を浮かべ乍らこう宣言した。

 

 

 

「フフ…流石に会長さんは分かって居るじゃない。もうアンタ達は私達プラウダの前に平伏す運命に有るのよ!」

 

 

 

だが、角谷会長はカチューシャの宣言を聞かされて震え上がっている桃・柚子・佐智子を庇う様な形で彼女の前に立ち塞がると静かな声でこう答えたのだった。

 

 

 

「だけどね…私は西住ちゃんや原園ちゃん達を信じているからね。試合終了迄は諦めないよ」

 

 

 

其の姿を見たカチューシャは当惑気味の表情で角谷会長を見詰めていた。

 

心の中で……

 

 

 

「何よ、此の自信は何処から来るのよ?まさか…本当に西住流の(みほ)や原園が私達を倒すと信じているの?」

 

 

 

と呟き乍ら。

 

 

 

そして、様々な出来事が起きた此の試合もクライマックスを迎えようとしている。

 

 

 

 

 

 

戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない

 

 

 

第81話「願いを込めた1発です!!」

 

 

 

 

 

 

一方…大洗女子戦車道チームのフラッグ車“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”と護衛役の“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”・“カモさんチーム(ルノーB1bis重戦車)”の3輌は、プラウダ高校戦車道チーム隊長・カチューシャが“カメさんチーム(大洗女子生徒会)”の前で宣言した通り、彼女のチームの副隊長・ノンナが駆るIS-2“スターリン”重戦車に追い付かれつつあった。

 

 

 

「カチューシャ様が体を張って作ってくれた此のチャンス…必ずモノにして勝利する!」

 

 

 

表情は全くのポーカーフェイスだが、実は心の中で気合を入れて呟いていたノンナは最大速度で走行中であるにも関わらず、相手フラッグ車・八九式中戦車甲型の姿を照準に捉えると直ちに砲撃を開始した。

 

其の走行間射撃は、初弾からいきなり逃走中の大洗女子戦車道チーム・フラッグ車“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”への至近弾となり、其の影響で激しく揺れる同チームの車内ではバレー部の乗員4人全員(典子・妙子・忍・あけび)が「「「うわーっ!」」」と悲鳴を上げる。

 

更に、其の様子を砲塔後部のハッチを開けて視察していた“カモさんチーム(ルノーB1bis重戦車)”リーダー*1・園 みどり(ソド)子が……

 

 

 

「何なのよ、アレ!反則よ!校則違反よ!」

 

 

 

と喚き散らし、ノンナが駆るIS-2重戦車の主兵装・46.3口径122㎜戦車砲D-25Tの威力が強過ぎると糾弾したが…何と此の発言が首都テレビの実況中継スタッフの耳に入った為、彼女の発言は本人が知らぬ間に試合会場は勿論の事、TVを通じて全国に流されてしまった。

 

其の結果、試合会場内の実況席では此の試合の実況を担当する首都テレビの加登川 幸太アナウンサーが……

 

 

 

「プラウダ高のIS-2は反則でも校則違反でも有りません。戦車道連盟の車輌レギュレーションに適合したWW2における旧ソ連軍最強の重戦車です」

 

 

 

と語り、視聴者に対してみどり(ソド)子の発言は事実では無い”と説明したが、此れに対して2人居る解説者の内の1人・吉山 和則が戸惑い気味の声で……

 

 

 

「加登川さん、結構容赦の無い実況をされますね……」

 

 

 

と話し掛けた処、もう1人の解説者である斎森 伸之が……

 

 

 

「でも吉山さん、此の試合を御覧に成られている皆さんの中には戦車道のルールを良く知らない方が多いでしょうから、此処でキチンと説明をされた方が……」

 

 

 

と語り掛けて“加登川アナの実況内容は妥当である”と結論付けようとした時。

 

彼等と一緒の実況席に居た此の試合のゲストで、アイドルユニット“ラブライカ”メンバー・新田 美波が大声でこう叫んだのだ!

 

 

 

「あんなの反則に決まってます!()()()()でもあんなルールで試合はしません!」

 

 

 

「「「はいっ!?」」」

 

 

 

彼女の“ラクロスと戦車道を混同した()()()()()()に加登川アナと解説者2人が唖然とし、SNSでは“嵐対カチューシャの対決直前に出た「でも、私は原園選手…いえ、大洗女子に勝って欲しいです!」*2”に続く美波の発言が盛大にバズる中、実況中継の音声に緊迫した叫び声が響いて来た。

 

 

 

「うわあっ、ど、如何しよう!」

 

 

 

其れは“アヒルさんチーム(大洗フラッグ車)”を守る“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”操縦手・阪口 桂利奈の声で、彼女達に迫って来るプラウダ高のIS-2からの砲撃に気付いて恐怖を感じたが故の叫びだったが、其処へ同チームの75㎜砲々手・山郷 あゆみが「私達の事はいいから、アヒルさん守ろう!」と呼び掛ける。

 

更に、通信手兼75㎜砲装填手の宇津木 優季からも「そうだね!桂利奈ちゃん頑張って!」と声援を送られた桂利奈は気合を入れ直すと「よっしゃー!」と叫んでM3中戦車リーを“アヒルさんチーム(大洗フラッグ車)”の後方へ前進させてフラッグ車を守ろうと態勢を整えた。

 

其の姿が観客席前の超大型モニターに映し出されると観客席から「頑張れー!」と歓声が湧き起こり、大洗女子の戦車道女子達の背中を後押しする。

 

だが、結果的に此の行動は“()()()”になってしまったらしい。

 

走行間射撃と言う難しい攻撃乍ら、振動で揺れるIS-2重戦車の車内でも冷静に照準器を見詰めていたノンナによる122㎜砲の一撃で、“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”は呆気無くエンジンルームを撃ち抜かれた後、白旗を掲げ乍ら脱落して行った。

 

 

 

 

 

 

「此方ウサギさんチーム、走行不能!」

 

 

 

『梓!』

 

 

 

ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”リーダー兼車長・澤 梓からの脱落報告を受けて動揺する私を余所に、無線から“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”通信手・武部先輩の声が響く。

 

 

 

「皆さん無事ですか!?」

 

 

 

其れに対して、“ウサギさんチーム(M3中戦車リー)”のメンバー達からは……

 

 

 

「「「大丈夫です!」」」

 

 

 

と元気な声が無線で響く中、チームの37㎜砲々手・大野 あやからは「眼鏡割れちゃったけど、大丈夫です!」との返答が来た為、思わず私は……

 

 

 

『其れ、大丈夫じゃないでしょ!?』

 

 

 

とツッコんだ後、隣の砲手席に座って居る相棒に向かって……

 

 

 

瑞希(ののっち)!ノンナのIS-2との距離は!?』

 

 

 

と叫んだ処、彼女から「未だ3000mは有るわよ!」と怒鳴られた。

 

 

 

其処で私は操縦手の萩岡 菫に向かって……

 

 

 

『菫、もっと急げない!?』

 

 

 

と叫ぶと、彼女からは「こっちはフルスピードだよ!」と言い返された為、思わず私は苛立ち気味に『クッ!』と叫んだ処、副操縦席から良恵が現況を伝えて来た。

 

 

 

「今、私達は丁度月を目指して走っているから、瑞希(ののっち)の視力2.0の目なら月明かりで辛うじてIS-2を照準出来ると思うけど、此の儘じゃあ射程距離に入る前に皆やられちゃうわ!」

 

 

 

其れを聞いた私は……

 

 

 

あのデカ乳副隊長(ノンナ)の腕なら、ほんの少しの時間で確実に“アヒルさん(フラッグ車)チーム”がやられてしまう!一体如何すれば!?』

 

 

 

と呟きつつ焦っていた時、無線を聞いて居た装填手兼通信手の二階堂 舞が大声を上げる。

 

 

 

「今、敵地に乗り込んで相手フラッグ車(T-34/76)を追っていた“あんこう(Ⅳ号)”と“カバさん(Ⅲ突)”が護衛のKV-2を撃破…だけどこっちも“カモさん(B1bis)”が撃破されたよ!」

 

 

 

『!?』

 

 

 

其の報告を聞いた私は思わず叫んだ。

 

 

 

『駄目だ!此の儘じゃあIS-2に追い付く前にアヒルさん(フラッグ車)がやられる!こうなったら!』

 

 

 

此処で私は意を決すると腹の底から声を出しつつ、新たな指示を出した。

 

 

 

瑞希(ののっち)!此処で1発、榴弾でプラウダのIS-2を狙って!』

 

 

 

「何考えているのよ!此の距離じゃあ徹甲弾で撃ってもIS-2を撃破出来ないのに榴弾を使うなんて意味無いわ!」

 

 

 

私の指示に対して砲手の瑞希(ののっち)から無謀だと(なじ)る声が響いたが、其れは私の予想範囲内だった為、直ちにこう答えた。

 

 

 

『私に考えがある…だから御願い!』

 

 

 

「分かった!でも如何なっても知らないわよ!」

 

 

 

瑞希(ののっち)からの投げ遣り気味な返答を聞いた私は“でも…もう此れ以上打つ手は無い!”と心の中で呟き乍ら覚悟を決めると指示を出す。

 

 

 

『射程距離3000m、弾種榴弾、狙いは……』

 

 

 

と叫んだ後、私は一呼吸置いてから皆に向けて“最後の作戦”の内容を告げた。

 

 

 

『IS-2の砲塔上面!最大仰角からの曲射弾道で撃ち降ろす!』

 

 

 

其れに対して瑞希(ののっち)は「()()()()な注文を付けてくれるじゃない…だけど御注文通りに命中させて見せるわ!」と返答。

 

其処で私は『了解!』と答えると続けて皆に向けての指示を下す。

 

 

 

『此れから停止射撃でIS-2を撃つから、チャンスは1度きりよ!じゃあ…停止!』

 

 

 

そして“イージーエイト(M4A3A8)”が停止直後、舞が榴弾を素早く装填し、瑞希(ののっち)が76.2㎜砲の仰角を最大に上げてから照準器で相手の狙いを定めた姿を確認した後……

 

 

 

『撃て!』

 

 

 

と叫ぶと同時に私達の“イージーエイト(M4A3A8)”から76.2㎜榴弾が発射され、其れは山なりの弾道を描いて飛翔する。

 

私は其の光景を眺め乍ら、心の中で必死に祈っていた。

 

 

 

『御願い…今、私達に出来るのはこんな“悪足掻き”しか無いけれど、其れでも私は西住隊長や学園の皆と戦車道を続けたい!父さん(直之)が生まれ育った学園艦で戦車道を続けたい!だから、絶対に此の1発は当たって欲しい!』

 

 

 

夜空を飛翔する榴弾を見詰めつつ、私は必至の思いで祈っていた。

 

其れしか出来る事が無かった。

 

戦車道を始めてから、こんな切羽詰まった気持ちで戦うのは初めてだった。

 

だから…本当に此の1発は当たって欲しかった。

 

そして、私は前方に居るプラウダ高のIS-2に砲弾が着弾する瞬間を確かめようとした時…目の前の光景を見て真っ青になった。

 

IS-2の砲塔上面に此方の76.2㎜榴弾が()()()()()()()()()()()()()()()で、IS-2が122㎜砲を発射したのだ!

 

 

 

『ああっ!』

 

 

 

此の時、私は正に地獄に落ちたかの様な感覚を味わい乍ら……

 

“失敗った!こっちの砲撃が間に合わなかった!”と心の中で喚きつつも無線で……

 

 

 

『“ニワトリ”より“アヒルさん”、緊急回避!』

 

 

 

と叫ぶのが精一杯だった……

 

 

 

 

 

 

此れは、原園 嵐が“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”へ向けて絶望的な叫び声を上げる少し前の出来事。

 

プラウダ高戦車道チーム副隊長・ノンナはIS-2重戦車の砲手席で照準器を見詰め乍ら一言呟いた。

 

 

 

「あと1つ!」

 

 

 

今、彼女の心は“明鏡止水”の極致…簡単に言えば“ハイパーモードを発動した某・Gガ〇ダムの東方不敗か新生シャッフル同盟メンバー”並みの精神状態に有る。

 

実は此の時、彼女の乗るIS-2は122㎜砲の徹甲弾を撃ち尽くしてしまっており、榴弾もあと1発しか無かったのだ*3

 

だが、既に大洗女子学園のフラッグ車である八九式中戦車甲型(アヒルさんチーム)の護衛2輌を其々一撃で仕留めており、唯一残った八九式も射撃に必要な照準を合わせ終わった処だった。

 

最早、ノンナの心に一切迷いは無く、後は目前の八九式目掛けて122㎜砲の引き金を何時引くべきかと言う点だけに集中していた。

 

 

 

だが、後年ノンナは当時の事を振り返った際、こう語っている。

 

 

 

「あの時、精神的に“集中し過ぎた状態に有った”事が、あの試合で私達チームが犯した“()()()()()”だったのかも知れません」

 

 

 

勿論、彼女がこう語ったのには理由がある。

 

何故なら、此の時彼女達のIS-2を追っていた大洗女子の“ニワトリさん(M4A3E8)チーム”が突然停車した直後、76.2㎜砲の仰角を上げるとIS-2を目掛けて砲撃を加えたからだ。

 

実は此の時、IS-2は砲撃に集中していたノンナを含めて全乗員が視界の悪い車内に居た為、“ニワトリさん(M4A3E8)チーム”の攻撃に気付いた者が1人も居なかったのだ。

 

もしも、此の時IS-2の乗員の中に“ニワトリさん(M4A3E8)チーム”のリーダー・原園 嵐や大洗女子の西住 みほ隊長の様に常時キューポラから顔を出して戦況を確認している者が居たら、此の後起きた出来事は事前に防がれたかも知れない。

 

 

 

其の結果…IS-2の車内でノンナが122㎜砲の引き金を引いたと同時に“ニワトリさん(M4A3E8)チーム”の砲手・野々坂 瑞希が必死の思いで放った76.2㎜榴弾がIS-2の砲塔上面を直撃したのだ!

 

 

 

「何っ!?」

 

 

 

予想外の攻撃を受けて驚いたノンナが一言叫んだ後、彼女が照準器を見ると……

 

彼女が絶対の確信を持って放った筈の122㎜砲弾は、発砲と同時にIS-2の砲塔上面に命中した76.2㎜榴弾による振動の影響で弾道がブレてしまい、本来狙っていたコースから大きく外れて飛翔していたのだった……

 

 

 

 

 

 

腹の底から大声を出して“アヒルさん(フラッグ車)チーム”へ緊急警告を発した私だったが、心の中では“駄目だったか!?”と後悔し乍ら手にした双眼鏡で前方を見ていた時…ある事に気付いて驚いた。

 

 

 

『あれっ!? IS-2が撃った砲弾が“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”の居る場所からズレて行く!?』

 

 

 

全国の高校戦車道の砲手の中でも、サンダース大付属のナオミさんと並ぶ名手であるノンナ副隊長の砲撃が外れて行くと言う“信じ難い事実”を目の当たりにして驚く私。

 

 

 

『でも…何故全国でも屈指の腕前を誇る高校生砲手のノンナが絶対に外し様の無い場面で、あんな外れ弾を撃ったんだろう!?』

 

 

 

思わず、私は“アヒルさん(フラッグ車)チーム”が無事だった事に安堵するよりも“何故ノンナの砲撃が外れたの?”と言う疑問が湧き上がって来て色々考えたが、答えは全く出なかった。

 

やがてIS-2の砲撃が完全に外れた事を示す雪煙が揚がると“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”のリーダー兼車長・磯辺 典子先輩から無線連絡が入った。

 

 

 

「此方“アヒルさん”…原園、“緊急回避!”って言うから“若しかしたら躱せないかも!?”と思い乍ら急回避したんだけど、相手の砲弾はこっちから50m以上もズレて着弾したんだが?」

 

 

 

其の報告に対して、私も『わ…私も何が何だか分からなくて……』と返信し乍ら“目の前で起きている事”が信じられず、頭の中が真っ白になって居た私の耳に無線から“更に信じられ無い報告”が飛び込んで来た。

 

其れは……

 

 

 

 

 

 

「試合終了!大洗女子学園の勝利!」

 

 

 

 

 

 

『えっ…勝った!?』

 

 

 

ノンナの砲撃が外れたと言う“信じられ無い展開”に続く“予想外のニュース”で頭がフリーズしてしまった私だったが、其処へ装填手兼通信手の舞が笑顔で“私の疑問”に対する答えを告げてくれた。

 

 

 

「嵐ちゃん!今、沙織先輩からの無線連絡で“あんこう”と“カバさん”がプラウダのフラッグ車をやっつけてくれたって言って来たよ!」

 

 

 

実は此の時、プラウダ高フラッグ車(T-34/76)が潜んでいると思われる廃村跡へ潜入した“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”と“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”は、事前に観測手として降車後、廃村内の鐘塔(しょうとう)*4へ登っていた秋山 優花里先輩の偵察で相手フラッグ車(T-34/76)を発見。

 

此れを追跡中に護衛役のKV-2を仕留めるが、逃げ足の速い相手フラッグ車(T-34/76)には中々追い付けずにいた。

 

処が、其のフラッグ車(T-34/76)が廃屋の周りをグルグル回っているだけだと気付いた西住隊長は“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”を先回りさせた上で雪の中に車体を埋めて待ち伏せた結果、相手フラッグ車(T-34/76)の狙撃に成功したのだ。

 

其れは、ノンナのIS-2が私達のチームのフラッグ車“アヒルさんチーム(八九式中戦車甲型)”の狙撃に失敗した直後の出来事だけど、其の一部始終を私達が知ったのは此の試合が終わった後の事だ。

 

 

 

と言う訳で、此の時の私は舞からの呼び掛けに対して……

 

 

 

『えっ!?じゃあ、プラウダのフラッグ車を西住隊長やエルヴィン先輩達が仕留めてくれたんだ!』

 

 

 

と答えると、舞が笑顔で「仕留めたのは“カバさん”だったそうだよ」と告げたのを聞いた私と菫・良恵の3人は思わず……

 

 

 

「「『と言う事は!』」」

 

 

 

とハモると、其の様子を笑顔で眺めていた瑞希(ののっち)が話を締め括る様に……

 

 

 

「私達・大洗女子の大逆転勝利!」

 

 

 

と大声で叫んだのを聞いた私達は一斉に……

 

 

 

『「「や…やったぁ!」」』

 

 

 

と叫んで“去年の優勝校・プラウダ高相手に奇跡の勝利”を納めた実感を嚙み締め合ったのだった。

 

 

 

でも、試合終了後も私達には色々な出来事が待ち受けていたんだけどね。

 

其れは次の機会に。

 

 

 

(第81話、終わり)

 

 

*1
実は車長・副砲の砲手と装填手・通信手も兼務する1人5役である(笑)。

*2
此れについては第80話「カチューシャ対嵐の対決です!!」を参照の事。

*3
抑々IS-2は122㎜砲弾が大型且つ分離装薬式である上、車内容積が狭い事から弾薬庫には砲弾が28発しか搭載出来ない。

*4
教会等で鐘を収める為に独立して建てた塔。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第81話をお送りしました。

強力な122㎜砲を持つIS-2重戦車で大洗女子に迫ったノンナに対して、嵐ちゃんが採った“最後の手段”は…IS-2の砲塔目掛けて曲射弾道で榴弾を撃ち降ろすと言う“悪足掻き”。
流石の嵐ちゃんも、チームを救う為に出来る事は此れが精一杯でした。
処が…其れが何と122㎜砲を発射する瞬間を迎えたIS-2への直撃弾となり、此れが原因でノンナが“アヒルさんチーム”目掛けて放った筈の122㎜砲弾はまさかの大外れ!
其の直後、“あんこう&カバさんチーム”の連携攻撃によって、大洗女子がプラウダ高フラッグ車を撃破すると言う劇的な結末に。
そして次回、試合終了後の大洗女子&プラウダ高との交流や試合を観戦して居た明美さん&しぽりんの鍔迫り合いが展開される中、試合の実況を担当する首都テレビが……

果たして、何が起きる?

其れでは、次回をお楽しみに。



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第82話「此れにて準決勝・終了です!!」


此の間、ガンダムSEED FREEDOMを見に行ったのですが、予想以上の出来栄えと音楽の良さ&展開のぶっ飛び振りで脳を焼かれました(大マジ)。
特にラストシーンを目の当たりにした時“監督、やりやがったな!”と心の中で絶叫したのは忘れません(笑)。
因みに“ニワトリさんチーム”が同作を見た反応は以下の通りです。

瑞希(SEED無印をCATVで見てから重度のガノタになった女)
「遂に…“我が世の春”がキター!19年振りの新作キター!(大興奮)」

嵐(本作ではアレクセイ・コノエが好みのオジサン好き。瑞希の影響でSEED沼にハマる)
『私や瑞希はリアルタイムで見ていないでしょ!でもバルトフェルドさんの声が聞けなかったのは残念……』

瑞希「結局、ガッツリ見てる上に微妙なネタバレ迄してるじゃん(ドヤ声)」

菫(SEEDではキララク派の為、本作では大興奮。ラストシーンでは鼻血を吹いた)
「私…キラとラクス様が夫婦しているシーンだけで、もう満足です……」

嵐&瑞希「『うわっ、私達より反応がヤバいよ!?』」

舞(意外にも瑞希の影響で、チームでは2番目のガノタ。好みはガンプラ)
「劇場版だけにMS戦が凄かったね!でも今作に出て来る新型MSのガンプラ揃えるのに御年玉何年分要るんだろう……」

瑞希「何とも切実な感想……」

良恵「遂に…シン君が…ディスティニーガンダムが……(号泣)」

嵐『良恵、貴女DESTINY推しだったんだ……(呆れ)』

瑞希「ああ、今作はある意味良恵ちゃんみたいな娘にとっては嬉しくて堪らない展開だったでしょうね(遠い目)」

嵐『そうだ、忘れてた。確か、ブラックナイトスコード・メンバーの中に会長とノンナさんが混ざって居た様な……(大ボケ)』

瑞希「嵐、其れは中の人ネタ(呆れ)」

と言う訳で、余計な前振りが付きましたが、此処から本編です。
其れでは、どうぞ。



 

 

 

此処は“第63回戦車道高校生全国大会”準決勝・第二試合『青森県代表・プラウダ高校対茨城県代表・大洗女子学園』の試合会場。

 

両校共に最後の攻撃による砲声が轟き渡った後、沈黙が支配していた観客席に場内アナウンスの声が響き渡る。

 

 

 

「試合終了!大洗女子学園の勝利!」

 

 

 

其の時、満員の観客席から大歓声が上がった。

 

 

 

「やった!」

 

 

 

「大洗女子が勝った!」

 

 

 

「良かった!」

 

 

 

「大洗女子の廃校阻止迄あと1つ!」

 

 

 

試合の実況を担当する“首都テレビ”のスクープによって“此の大会で優勝しないと大洗女子学園の廃校が決定する”と知らされて以降、試合会場に集まっていた観客達の殆ど全員が大洗女子を応援していただけに、彼女達の勝利を知った観客達は大興奮。

 

中には観客席から立ち上がって“大洗名物・あんこう踊り”を唄い乍ら踊る者迄現れ、其の姿は首都テレビのTVカメラにしっかり収められて全国に生中継されていた。

 

更には応援席から声援を送っていた大洗女子学園の生徒・父兄達にも一般の観客達が次々に声を掛けて来る。

 

 

 

「皆、やったね!」

 

 

 

「次は陸自の東富士演習場で黒森峰との決勝戦だけど、私達も応援に行くから心配しないでね!」

 

 

 

「決勝戦も一緒に応援しようぜ!東富士で待ってるぞ!」

 

 

 

観客達からの熱い声援に“大洗女子・中等部4人組”の五十鈴 華恋・武部 詩織・若狭 由良・鬼怒沢 光は付き添いの両親達と共に「「はいっ!私達も必ず東富士へ行きます!」」と大声を上げて答えた他、同じ応援席に居た秋山 淳五郎・好子夫妻や五十鈴 百合と彼女の奉公人・進三郎も観客の声援に対して手を振っていた。

 

すると中等部4人組の隣に居た“初戦の対サンダース大付属戦から仲良くなっている若い社会人の女性”が「私、次の決勝戦は()()()()()()を連れて応援に行くから宜しく!」と話し掛けて来た為、驚いた華恋が「水戸?」と問い掛けると其の女性はこう答えたのだ。

 

 

 

「ああ…私、普段は“J”所属の()()()()()()()()をやっているんだ」

 

 

 

其れに対して詩織が驚きの声で「そうだったんですか!?」と問い掛けると、当人は苦笑いを浮かべつつ……

 

 

 

「でも、首都テレビの“戦車道全国高校生大会開催直前スペシャル”と言う特別番組を見て、少し戦車道に興味が出て来たから一回戦のサンダース戦を見に行ったら…ね♪」

 

 

 

と答えた処、今度は由良が「贔屓のチームが有るのに先輩方の応援をしてくれて、本当に有難う御座います!」と答えてから御辞儀をしたので、若い女性は「良いのよ、気にしなくて!」と答えた後、こう続けたのだった。

 

 

 

「其れにね、此の間サポーターズクラブのリーダーが“もしも大洗女子がプラウダ戦に勝って決勝戦へ進んだら、当日は俺達も全員東富士へ行って彼女達を応援してやる!”って約束したから、決勝戦は期待してね!」

 

 

 

すると光が興奮気味の声で「凄い!“J”のサポーターが来るんだ!」と語ると、若い女性は「チームは“J2”だけど、応援のパワーなら“J1”に負けないからね!」と告げた処、中等部4人組(華恋・詩織・由良・光)や彼女達の近くで応援をしていた大洗女子学園の生徒達は一斉に「「「宜しく御願いします!」」」と答えてから御辞儀をするのだった。

 

 

 

 

 

 

そして首都テレビによる実況中継は全国の視聴者に喜びと感動を与えており、御茶の間は勿論の事、実況を流していた全国の居酒屋やスポーツバーでは此の夜の売り上げが平日よりも急上昇したとか。

 

又、東京都内・湾岸地区に在るホテルのスイートルームでは大洗女子の勝利を知った“大洗のアイドル”磯前 那珂と346プロ所属のアイドル・渋谷 凛が歓喜の余り互いに抱き合い乍ら泣きじゃくっていたし、傍に居た“ニュージェネレーションズ”の島村 卯月・本田 未央や“トライアドプリムス”の神谷 奈緒・北条 加蓮も2人の姿を見て貰い泣きしているのを那珂が所属する芸能プロダクション社長・赤城 景子や346プロ・プロデューサー(  武内P  )と美城専務が安堵の表情を浮かべ乍ら見守っていた。

 

一方、首都テレビ・実況中継部隊を指揮する大型トレーラー“中継指揮車”の車内でも大洗女子が勝った事に興奮したスタッフ達が仕事を忘れて歓声を上げた為、此の中継の総合プロデューサーとして陣頭指揮を執っている八坂 信夫が大声で……

 

 

 

「静かにしろ!御前達が興奮して仕事を放棄したら、全国の視聴者に迷惑が掛かるだろうが!

 

 

 

と叫んで、スタッフ達を諫める事態になっていたのである。

 

 

 

 

 

 

戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない

 

 

 

第82話「此れにて準決勝・終了です!!」

 

 

 

 

 

 

同じ頃、私達・大洗女子学園戦車道チームも勝利の感激に酔いしれていた。

 

先ず、両チームの集結場所に到着した私・原園 嵐は乗って来たM4A3E8(イージーエイト)から降りると真っ先に“あんこうチーム(Ⅳ号戦車F2型仕様)”装填手・秋山 優花里先輩とハイタッチを決めた後、“カバさんチーム(Ⅲ号突撃砲F型)”リーダー・エルウィン先輩に抱き着いて『相手フラッグ車を仕留めてくれて、本当に有難う御座いました!』と叫んだ処、先輩も「原園達が最後迄“アヒルさんチーム(フラッグ車)”を守り抜いてくれた御陰だ!本当に感謝しているぞ!」と答えた後で……

 

 

 

「其れと褒めるなら、おりょうを褒めてやってくれ!フラッグ車を仕留める為の待ち伏せ場所に停めたⅢ突に雪を被せる為、本来は砲手の左衛門佐も手伝ったから唯一人車内に残った彼女が臨時の砲手をやってくれたんだ!」

 

 

 

と“相手フラッグ車を仕留めた時のエピソード”を教えてくれた為、私は勢い良くおりょう先輩にも抱き着くと『有難う御座いました!』と叫んだ処、先輩から……

 

 

 

「あ…やっぱり原園は“甘えたいタイプ”なのか?」

 

 

 

と言われたので我に返ると……

 

()()()()()(巨乳)()()()()()()()()()()()()のに気付き、顔を真っ赤にした私は慌てて……

 

 

 

「済みませんでした!」

 

 

 

と答えたが……

 

 

 

「あ~っ、嵐も憧れるよね。“()()()()()()()”には♪」

 

 

 

『“ののっち(瑞希)”!』

 

 

 

「原園殿…大胆です♪」

 

 

 

「あ…秋山先輩!此れは誤解です!」

 

 

 

「「「お~っ♪」」」

 

 

 

ののっち(瑞希)”や秋山先輩のツッコミと私の返しを聞いた仲間達が一斉に私へ好奇の視線を向ける……

 

 

 

嗚呼…又しても誤解されてしまった。

 

 

 

 

 

 

すると私達の前にプラウダ高の()()()()()…いや、カチューシャ隊長がノンナ副隊長に肩車をされてやって来ると西住隊長に向けて語り掛けて来た。

 

 

 

「折角包囲の一部を薄くして、其処に引き付けてブッ叩く心算だったのに…まさか包囲網の正面を突破出来るとは思わなかったわ!」

 

 

 

其れに対して、西住隊長は澄んだ声で……

 

 

 

「私もです」

 

 

 

と答えた処、カチューシャ隊長は……

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

と驚愕の声を上げる。

 

其れに対して西住隊長は試合を振り返り乍ら……

 

 

 

「あそこで一気に攻撃されてたら…負けてたかも」

 

 

 

と語ったので、私もカチューシャ隊長に向けて……

 

 

 

『西住隊長の言う通りです。もしも正面の防御を固めた上、私達を包囲していた周辺の部隊で十字砲火を浴びせる様な態勢を整えて居たら、私達は何も出来ずに負けていました』

 

 

 

それに対して西住隊長も頷き乍ら「そうだね、原園さん」と答えたが、カチューシャ隊長は首を横に振り乍ら……

 

 

 

「其れは如何かしら?」

 

 

 

と呟き、其れに対して意外に思った西住隊長と私が「『えっ?』」と答えた処、カチューシャ隊長は急に私へ鋭い視線を向けて来た。

 

 

 

『ええっ!?』

 

 

 

思わぬ事態に私が戸惑う中、カチューシャ隊長は静かな声でこう語る。

 

 

 

「其の時は“みなかみの狂犬”…いいえ。原園 嵐、間違い無く貴女が私達の前に立ち塞がっていたでしょうね」

 

 

 

其の言葉に副隊長のノンナさんも頷く姿を見た私は“自分が此の試合で思っていた事を話したい”と考え、2人に向けて真剣な声で話し掛けた。

 

 

 

『カチューシャさんにノンナさん。()()()()()()ですけれど』

 

 

 

するとカチューシャ隊長は突然「ヒイッ!」と叫ぶと怯える表情を見せ乍らノンナ副隊長に抱き着いたので、私は……

 

 

 

『御免なさい!もう“()()()”はしませんから!?』

 

 

 

と叫んだ為、其れを見た武部先輩が……

 

 

 

「“らんらん()”、試合中に何やったの?」

 

 

 

と問い掛けた為、私の傍に居た瑞希が……

 

 

 

「あーっ、其れはですね……」

 

 

 

と前置きしてから“私が試合中、カチューシャ隊長相手にやった事”を説明した処、武部先輩の隣に居た秋山先輩が呆れ声で……

 

 

 

「他校の隊長相手に()()を飛ばしてガチ泣きさせるとは……」

 

 

 

と呟いた為、私は思わず顔を真っ赤にしたが、直ぐ立ち直るとカチューシャ隊長に向かってこう答える。

 

 

 

『でも私…本当はずっと恐かった。今夜のカチューシャさんとプラウダ高は凄く強かったです!』

 

 

 

すると私の言葉を聞いたカチューシャ隊長が「えっ!?」と驚きの声を上げる中、私は続けて“自分の気持ち”を語り始めた。

 

 

 

『其れに私、今夜のカチューシャさん達の戦い振りを見て気付きました。プラウダ高も“本当に勝ちたい”と思って戦っていたんだって』

 

 

 

此の言葉に対して、今度はカチューシャ隊長だけで無くとノンナ副隊長も揃って「「!?」」と驚愕の声を上げる。

 

其の様子を見た私は穏やかな声で、更に話を続けた。

 

 

 

『だから、去年の決勝戦や此の間ヴァイキング水産と戦った二回戦の時も本当は悪気が有って“あんな事”をやった訳じゃ無くて“必ず勝ちたい気持ち”が前に出過ぎてしまった結果、相手を傷つけてしまったんだなって気付いたんです』

 

 

 

此れに対して、西住隊長が頷き乍ら「うん」と答えたのを聞いた私は皆に向けてこう語った。

 

 

 

『だから今夜の試合、一騎討ちの時にカチューシャさんの“本気の表情”を見た時、“相手を傷付けてでも勝つのは本当のプラウダ高の戦い方じゃ無い!そんな事をしなくても自分達は勝てる事を証明したい!”と言う強い気持ちを感じ取りました…だから、今日のプラウダは本当に強かった!』

 

 

 

すると話を聞いて居た西住隊長や仲間達全員が一斉に「「「うん!」」」と返して来てくれたので私も頷き返した時、カチューシャ隊長が穏やかな声でこう答えてくれた。

 

 

 

「今迄“あんな汚い戦い方”を見せてしまって御免なさい…貴女の言う通りよ。私達は此処迄“フェアに戦っても強い”事を証明する為に此の大会の連覇を目指して来たわ。まあ、アンタ達には敵わなかったけど、今は不思議な位清々しい気持ちになっているわ」

 

 

 

其の言葉に西住隊長や私達・大洗女子の面々が聞き入っていた時、今度はノンナ副隊長が語り掛けて来た。

 

 

 

「でも、本当に強かったのは貴女達…特に原園 嵐、貴女からの()()()()()は本当に効いたわ」

 

 

 

「『えっ!?』」

 

 

 

彼女の言葉を聞いて驚く私達を余所に、彼女は静かな声で当時の状況説明を始めた。

 

 

 

「試合の最終局面で、私が大洗のフラッグ車・八九式(アヒルさんチーム)を狙い撃ちしようとした正に其の時…貴女達のイージーエイト(M4A3E8)が撃った76㎜砲弾が私のIS-2の砲塔上面を直撃した」

 

 

 

「「『えっ!?』」」

 

 

 

其の証言の“意味”に気付いた私達が驚愕の声を上げる中、ノンナ副隊長はこう語ったのだ。

 

 

 

「其の直撃弾でIS-2の車体が激しく揺れたのと同時に、私は122㎜砲の引き金を引いたから完璧だった筈の照準が大きく外れてしまったのよ」

 

 

 

すると、今度はカチューシャ隊長が“私達が放った最後の一撃”の意義について、こう結論付けたのだ。

 

 

 

「嵐、貴女にとっては“悪足掻き”の心算で撃ったのかも知れないけれど、私達にとって“あの一弾”は正に“痛恨の一撃”だったわ」

 

 

 

『えーっ!?』

 

 

 

其の言葉を聞いて驚きの声を上げた私は、必死になって当時の事を思い出すとカチューシャ隊長とノンナ副隊長へ向けて“当時の気持ち”を語り始めた。

 

 

 

『あの…実を言うとあの砲撃は、少しでもアヒルさんチーム(大洗女子・フラッグ車)が撃たれない様にする為の時間稼ぎが目的で、其れでノンナさんのIS-2の砲撃が遅れれば良いなって心算で撃っただけだったので……』

 

 

 

そして、ドキドキする気持ちを必死になって押さえて深呼吸した後……

 

 

 

『まさか、()()()()でそんな事になるなんて、あの時は夢にも思っていませんでした!』

 

 

 

「「「オイっ!?」」」

 

 

 

私の告白に対して、其れを聞いて居た人達の内、1人だけ苦笑いを浮かべていた西住隊長を除く全員が一斉に私に向かってツッコミを入れた後、呆れ顔の瑞希が大声で……

 

 

 

「嵐!アンタ、本当に()鹿()()()の持ち主ね…呆れたわ!」

 

 

 

『御免!』

 

 

 

「御免じゃないわよ!まさか其の程度の理由で夜間に長距離射撃をやらされたらこんな事になるなんて、()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

『いや…あの時、チームが勝つ為に出来る事を考えたら、もう此れしか思い浮かばなくて!』

 

 

 

実際に“最後の一撃”を撃った砲手・瑞希からのツッコミに対して、其れを考え付いた私が謝り続けていると言うコントじみた状況下、大洗女子の仲間達が笑顔で其の光景を見守っていると……

 

 

 

「ノンナ」

 

 

 

「はい」

 

 

 

プラウダ高のカチューシャ隊長がノンナ副隊長に指示を出して肩車から降りると、西住隊長の前に立ってこう告げて来た。

 

 

 

「兎に角、貴女達中々のモノよ!」

 

 

 

「『……』」

 

 

 

カチューシャ隊長からの賛辞を聞いてハッとなる私達だったが、其の直後彼女は……

 

 

 

「言っとくけど悔しくなんか無いから!」

 

 

 

と“負け惜しみ”とも取れる発言をしたので、私は彼女の“本音”を察してこう答えた。

 

 

 

『分かってますよ、カチューシャさん!“次は絶対勝つから覚悟しなさい!”ですよね!』

 

 

 

すると、彼女は大声で「良く分かってるじゃない!」と答えた後、西住隊長に向けて……

 

 

 

「決勝戦、見に行くわ…“()()()()()”、カチューシャをガッカリさせないでよ!」

 

 

 

と宣言した。

 

其れに対して、西住隊長が“()()()()()”と言う“新たな仇名”で呼ばれた事で「あっ?」と戸惑い気味な声を上げたのを聞いたカチューシャ隊長は再び大声で「誰の事かは、決まっているでしょ!」と返した為、漸く彼女の言葉の意味が分かった西住隊長は元気良く「はいっ!」と答えて居た処……

 

 

 

「其れとБуря(ブーリャ)」

 

 

 

『えっ!?』

 

 

 

ノンナ副隊長が突然声を掛けて来たので、私が驚いていると……

 

 

 

「ロシア語で“嵐”の事をそう呼ぶのよ」

 

 

 

と語った為、“西住隊長がミホーシャなら、私の渾名はブーリャ()なのか”と理解した私は『あっ、はい』と答えると、彼女は冷静な声で……

 

 

 

「試合は貴女達が勝ったけれど、私と貴女の決着は着かなかった。だから次に戦う時は必ず決着を着けましょう!」

 

 

 

“貴女は例え後輩でも好敵手だ”と私に向かって宣言したのだ!

 

東日本最強クラスの高校生戦車乗りであるノンナさんから、そう宣言された私は嬉しくなり、心の底からの笑顔を彼女に見せると精一杯の大声でこう叫んだ。

 

 

 

『はいっ!次に戦う時を楽しみにしています!』

 

 

 

するとカチューシャ隊長との会話を終えた西住隊長が私の傍に来て……

 

 

 

「原園さんも良いライバル(好敵手)が出来たね」

 

 

 

と話し掛けてくれたので、私も元気良くこう答えたのだった。

 

 

 

『はいっ!又、負けられない理由が出来ました!』

 

 

 

 

 

 

同じ頃、試合会場内の観客席では西住 しほ・まほの母娘と嵐の母・原園 明美、そしてしほと明美の親友・周防 長門が観客席前の超大型モニターで試合の実況を見ていたが、突然しほがこう口走った。

 

 

 

「勝ったのは、相手(プラウダ高)が油断したからよ!」

 

 

 

すると長門が血相を変えて……

 

 

 

「しほ、其れは“負けたプラウダに対する侮辱”だぞ!」

 

 

 

と親友を諫める中、今度は其の様子を眺めていた明美が……

 

 

 

「まあまあ、2人共。今、まほさんが何か言いたそうよ?」

 

 

 

と語り掛けて喧嘩寸前だった2人の言い争いを止めると、まほが真面目な声で「はい、明美さん」と答えた後、こう指摘した。

 

 

 

「今の大洗女子は“実力”が有ります」

 

 

 

長女からの“意外な指摘”を聞いたしほが「実力!?」と叫ぶが、明美は飄々とした声で「うんうん♪まほさん、話を続けて♪」と告げて、まほに話を続ける様促すと彼女はこう続ける。

 

 

 

「先ず、みほはマニュアルに囚われず臨機応変に事態に対処する力が有ります」

 

 

 

其れに対して明美と長門が無言で頷くと、まほは更にこう指摘した。

 

 

 

「そして、みほのチームメイト達も心の底からみほの判断を信じて最後迄戦いました」

 

 

 

そして、まほは一旦話を区切った後、“大洗女子の戦い振り”について話を続ける。

 

 

 

「特に、原園 嵐は絶望的な状況をひっくり返す程の集中力と破壊力を発揮しました…みほと同じ様に一度は戦車道を捨てた彼女を此処迄蘇らせたのは、みほとチームメイト達の心の賜物です

 

 

 

「!?」

 

 

 

長女からの指摘に驚愕するしほとは対照的に、長門は笑顔を浮かべ乍ら……

 

 

 

「うんうん♪大洗があそこ迄強くなったのは、みほちゃんの人柄の御陰なのは私と明美が此の目で(しっか)りと見ているからな♪」

 

 

 

と惚気ている中、まほは真面目な声でこう締め括った。

 

 

 

「今夜の試合は、みほの判断力と心を合わせて戦ったチームの勝利です」

 

 

 

其の結論に対して明美と長門は笑顔で頷いたが、其れとは対照的に終始険しい顔付きで長女の話を聞いて居たしほは鋭い声でこう言い放ったのだ。

 

 

 

「あんな物は()()!決勝戦では“王者(黒森峰)の戦い方”を見せてやりなさい!」

 

 

 

すると、まほも表情を引き締めてから「勿論です。西住流の名に懸けて…必ず叩き潰します!」と宣言したのだが、其の時……

 

 

 

「うぷぷ♪」

 

 

 

突然、明美が“今にも噴き出しそうな声”を上げて笑ったのだ!

 

其の姿を見た長門が「オイ明美!何を笑っているんだ!?」と叫ぶが、彼女はキョトンとした声で……

 

 

 

「えっ!?こんな可笑しい話、滅多に無いじゃない?」

 

 

 

と言った為、しほが怒髪天を衝く様な声で「何処が可笑しい!?」と喚き、まほは呆れ顔を浮かべて居たが、明美は先程よりは上品乍らも笑顔の儘でこう答えたのだ。

 

 

 

「みほさんと大洗女子の戦車道の何処が“()()”なのかしら?」

 

 

 

「何っ!?」

 

 

 

明美からの“謎掛けじみた反論”を聞かされて驚くしほに対して、其の様子を眺めていたまほは“何か”に気付いたらしく……

 

 

 

「明美さん、()()()()()()()()()()()()()と言いたいのですか!?」

 

 

 

と疑問を呈した処、彼女は笑顔で「まほさん、流石に察しが良いわね♪」と答えた為、今度は長門が怪訝な声でこう問い掛けた。

 

 

 

「明美…一体、何が言いたいんだ?」

 

 

 

すると明美は笑顔でこう断言した。

 

 

 

「私に言わせればね…()()()()()()()()!”

 

 

 

其の言葉に、しほとまほの母娘が「「!?」」と驚愕と戸惑いの気持ちが入り混じった呻き声を上げる一方、長門は何かに気付いたのか“ハッ”と表情を一変させて明美に視線を送っていると彼女は“自らの発言”の理由について、こう語ったのだ。

 

 

 

「そもそも戦車道に限らず、戦車戦では“例え邪道と言われようと指揮官やチームの各戦車長が編み出した創造性に富んだ戦術と作戦で、常に相手の意表を突いて翻弄しつつ勝利を目指して行く”のが一番の醍醐味だと思うんだけど?」

 

 

 

すると長門が“我が意を得たり”と言わんばかりの凛々しい表情で頷くと、こう答える。

 

 

 

「確かにそうだ!戦車道や戦車戦・機甲戦闘の歴史は指揮官や部下達が“如何に相手の作戦や戦術の裏を掻いて優位に立つか”を目指して試行錯誤を続けた結果だからな!

 

 

 

其れに対して明美は長門に向かって「そうよ♪」と答えた後、しほに向かって……

 

 

 

「だから“しぽりん”、此処でアンタに宣戦布告して置くわね♪」

 

 

 

と言った為、意表を突かれたしほが「何っ!?」と叫ぶと……

 

 

 

明美は笑顔でこう言い放ったのだ。

 

 

 

「次の決勝戦で…西住流、そして黒森峰の全てを否定してやるわ!」

 

 

 

「!?」

 

 

 

明美から“途方も無い挑発”を受けて頭がフリーズしているしほとまほの母娘。

 

だが、明美は真面目な声に切り替えて話を続ける。

 

 

 

「今の大洗女子には“低迷する日本の戦車道を打開する力”が有るわ。其れは今夜の試合に集まった観客の殆どが大洗女子の味方になって応援した姿を見れば明らかよ」

 

 

 

其処で一旦言葉を区切ると、彼女は呆然とした表情を浮かべているしほへ向かってこう断言した。

 

 

 

「其れ程の力を大洗女子の()達や嵐、そして今夜の試合に集まった観客達に与えたのは間違い無くみほさんだわ。だから私は彼女達大洗女子の皆を絶対見捨てないと心に決めた!」

 

 

 

「明美!」

 

 

 

しほが“自分に敵対する意思を明確に示した嘗ての親友・明美”に対して糾弾の叫び声を上げた処、明美は其の機先を制するかの様に落ち着いた声でこう答えたのだ。

 

 

 

「私の考えが間違いだと思うなら、次の決勝戦でまほさんが率いる黒森峰を指導して、大洗女子を倒して見せなさい…でも、みほさん達大洗女子は黙って倒される程弱くは無いわよ♪」

 

 

 

其れに対して、しほは漸く落ち着きを取り戻すと……

 

 

 

「分かったわ…其の代わり、決勝戦には貴女も試合会場に来なさい」

 

 

 

と告げた処、明美も……

 

 

 

「勿論。決勝戦は2人で結末を見届けようじゃない」

 

 

 

と答えた為、しほは「分かった」と返事をしてから其の場を立ち去って行く。

 

そして、まほも覚悟を決めた表情で「明美さん、みほにこう伝えて下さい」と前置きしてから……

 

 

 

「母校廃校の件は承知したが、決勝戦では全力で貴女達大洗女子を倒しに行くと」

 

 

 

と告げた為、明美も真面目な声で「分かったわ、まほさん。みほさんには必ず伝えて置くわ」と答えた処、彼女もしほの後を追って立ち去って行ったのだった。

 

そして明美は真面目な表情を浮かべると小声で……

 

 

 

「遂に“姉妹対決”か…“しぽりん(しほ)”には悪いけれど、此れは西住流だけで無く日本の戦車道にとっても“運命の一戦”だわ」

 

 

 

と呟いた時、こんな“声”が……

 

 

 

「オイ明美!?」

 

 

 

「あっ、“ながもん(長門)”。ひょっとして怒ってる?」

 

 

 

「そうじゃない…さっき御前(明美)がしほに言った『西住流、そして黒森峰の全てを否定してやるわ!』と言う台詞、元ネタが有るだろ!?」

 

 

 

「バレた?」

 

 

 

長門からの“思わぬ指摘”に明美が“悪戯がバレた子供”の様な御道化た声で答えた処、長門は呆れ声で、こんな事を……

 

 

 

「バレバレだ!アレは御前が黒森峰時代に愛読していた『る●うに●心』で一番好きだった斎●一が言った名言『御前の全てを否定してやる』のパロディだな!?」

 

 

 

すると明美は悪びれもせず、こんな事を……

 

 

 

「えへへ…だって『剣●』の●藤さんってダンディだから大好きだったもん♪」

 

 

 

其の言葉に対して、長門は呆れ顔でこうツッコんだのだった。

 

 

 

「全く…御前は喧嘩腰になる時に限って、何故“一発ギャグ”を放つのが上手いんだ!?」

 

 

 

 

 

 

そんな長門のツッコミに対して、明美が何か答えようとした時、観客席前の超大型モニターから眼鏡を掛けた若い女性の声が響いた。

 

 

 

「其れでは今日の勝利チームインタビューです!」

 

 

 

其の声の主で、首都テレビアナウンサー・真鍋 和が、彼女の後ろに並んでいる今夜の試合の勝者・大洗女子学園戦車道チームメンバー達へ向けて声を掛ける。

 

 

 

「先ずは、大洗女子学園の西住 みほ隊長から…と行きたい処なのですが、其の前に今夜の試合でも活躍した“カメさんチーム”リーダーで生徒会長でもある角谷 杏さんに御伺いしたい事が有ります」

 

 

 

其れに対して角谷会長がハッキリした声で「はい」と答えると、大洗女子の廃校問題を今夜の実況で知った観客達の(どよ)めき声が聞こえる中、真鍋アナウンサーが真剣な声で質問を始める。

 

 

 

「角谷さん、吹雪で試合が中断中に『今大会で大洗女子学園が優勝しないと廃校になると文部科学省から通告されている』と仰っておられたと思いますが、此の事は事実なのでしょうか?」

 

 

 

此の質問は試合終了直後、試合の実況を陣頭指揮していた八坂 信夫・総合プロデューサーからの指示による物であったが、其れに対して角谷会長はキッパリとした声で……

 

 

 

「はい。其の通りです」

 

 

 

と明言した。

 

 

 

彼女の発言で再び観客席が騒然となる中、真鍋アナウンサーが角谷会長へのインタビューを続ける。

 

 

 

「有難う御座います。其れでは改めまして、今夜会場に御越しの皆様とTVで此の試合を御覧になられている皆様に一言御願いします」

 

 

 

すると角谷会長はTVカメラの前で会釈した後、普段のふざけた態度とは真逆の真面目な声で、こう語った。

 

 

 

「先ずは今回の大会、私達の所為で()()()()になってしまい、大変申し訳無く思っています」

 

 

 

其処で角谷会長はTVカメラの前で深々と頭を下げた後、大声でこう続けた。

 

 

 

「でも、私達が此の大会を戦う目的が“学園を守る為”なのは勿論ですが、同時に私達や学園の生徒全員も最後迄戦車道を楽しみたいと心の底から思っているので、次の決勝戦も応援を宜しくお願いします!」

 

 

 

其の言葉に対して観客達から熱狂的な歓声が上がったのを聞いた角谷会長は、其の歓声が静まったタイミングで表情を和らげると普段通りの御道化た声に戻って、真鍋アナウンサーに向けてこう答えた。

 

 

 

「じゃあ真鍋さん、此処からは西住ちゃんへのインタビューを御願い出来るかな?」

 

 

 

其の時、観客席前の超大型モニターに字幕が表示された。

 

 

 

「首都テレビニュース速報:第63回戦車道全国高校生大会で決勝に進出した茨城県代表・県立大洗女子学園、文部科学省から“本大会で優勝しなければ今年度一杯で廃校になる”との通告を受けている事を文科省の複数の関係者が認める。首都テレビと首都新聞の独自取材による」

 

 

 

首都テレビのニュース速報を見て再び騒然となる観客席。

 

其の姿を見た原園 明美は、不敵な表情を浮かべつつ小声で独り言を言った。

 

 

 

「さあ…日本の戦車道の夜明けの始まりよ!」

 

 

 

其の言葉通り…此の夜の試合は日本の戦車道の歴史が大きく変わる第一歩となるのだった。

 

 

 

(第82話、終わり)

 

 

 




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第82話をお送りしました。

劇的な形で決勝戦へ進出した大洗女子学園。
プラウダ高の隊長&副隊長コンビも西住殿達も互いの強さを認め合って、両校の関係については一件落着となりました。

一方、首都テレビのインタビューで角谷会長が“学園の廃校問題”の存在を認め、更にニュース速報で文科省関係者からの証言迄公にされた事で、全国大会決勝戦は只の決勝戦では無くなって行きます。
さあ…次回からは“ヤバイ時間”の始まりだ(狂気の笑み)。

そして、最後に本話投稿直前に逝去が公表された漫画家・鳥山 明さんへ哀悼の意を込めて。
鳥山先生と言えばドラゴンボールと言う人が多いでしょうが、私はDr.スランプ直撃世代なので……

次回迄、“バイちゃ”。



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第83話「準決勝の後です!!」

今回は準決勝の後、決勝戦を戦う事に決まった大洗女子学園と黒森峰女学園に何が起きたのかと言う話です。
かなり“ヤバイ”方向(笑)へ向かっていますが、果たして如何なるのか?
と言う訳で…其れでは、どうぞ。



 

 

 

第63回戦車道高校生全国大会・準決勝第二試合において、劇的な形で昨年の覇者・青森県代表・プラウダ高校を下し、決勝戦へ進出した茨城県代表・県立大洗女子学園。

 

此の結果、今大会決勝戦は“絶対王者復活”を狙う熊本県代表・黒森峰女学園と“優勝して廃校阻止”を目指す大洗女子学園の激突と言う構図になった。

 

 

 

此のニュースは大会の独占配信権を持つ首都新聞社と首都テレビの報道によって全国へ広まって行った。

 

例えば、試合翌日の土曜朝に首都テレビで放送された情報番組「モーニング・グッドサタデー」の冒頭ではこんな光景が繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

 

「御早う御座います!“モーニング・グッドサタデー”、司会の青木(あおき) 直人(なおと)です!」

 

 

 

(同時にTVの画面上には「首都テレビ・青木 直人アナウンサー」と字幕が表示される)

 

 

 

「アシスタントの永瀬(ながせ) (うらら)です!早速ですが青木さん。昨夜の戦車道全国高校生大会準決勝・大洗女子学園対プラウダ高校の試合、凄かったですね!」

 

 

 

(同時にTVの画面上では「首都テレビ・永瀬 麗アナウンサー」と字幕が表示される)

 

 

 

「永瀬さんも見てましたか。実は僕も見ていたので、今朝は寝不足なんですよ」

 

 

 

(苦笑いを浮かべつつ語る青木アナウンサー)

 

 

 

「私、一回戦の対サンダース大付属戦の時から大洗女子学園の事が気になって彼女達の試合を観続けて来たのですが、昨夜の準決勝は色々な出来事が有って最後迄本当に目が離せませんでした!」

 

 

 

(と興奮し乍ら語る永瀬アナウンサー)

 

 

 

「そうですね、永瀬さん。特に大洗女子学園は試合中“文科省からの通告で、今大会で優勝出来なければ廃校になる”と言う衝撃的な事実が明るみになった中での決勝進出でしたからね…そして本日のゲスト・高森 藍子さんは昨夜の試合、御覧になられたでしょうか?」

 

 

 

(此の青木アナウンサーのコメント後、画面が高森の顔を映すと同時に「今日のゲスト・346プロ所属アイドル・高森 藍子」と字幕が表示される)

 

 

 

「青木さん。実は私、昨夜は自分のラジオ番組が有ったので試合を観る事が出来なかったんですよ。だから番組冒頭で“見れなくて口惜しい!”って言ったら、リスナーから試合の途中経過を教えてくれるメールが沢山来て…そして番組が終わった後も試合終了迄リスナーさん達が番組宛にメールを送って来てくれていたので、此の場を御借りして御礼を申し上げます。リスナーの皆さん、昨夜は本当に有難う御座いました!」

 

 

 

(普段の“ゆるふわ”な雰囲気とは全く異なる“熱い”コメントの後、カメラに向かって丁寧な御辞儀をする高森 藍子)

 

 

 

(此処で、カメラが再び青木アナウンサーの正面へ移る)

 

 

 

「そうでしたか、高森さん。実を申しますと昨夜の試合に関しては視聴者の皆様方からも“試合中断の時間が長かった為に試合を全部見る事が出来なかった”との御叱りのメールや電話が多数寄せられました。其処で急遽今夜7時から4時間スペシャルで“第63回戦車道全国高校生大会・準決勝第二試合”茨城県代表・県立大洗女子学園対青森県代表・プラウダ高校戦を試合中断中の時間の一部を除いてノーカットで再放送する事に成りました!」

 

 

 

(此処からカメラが永瀬アナウンサーの正面に移る)

 

 

 

「更に、此の4時間スペシャルでは決勝戦で大洗女子と対戦する熊本県代表・黒森峰女学園が神奈川県代表・聖グロリアーナ女学院を下した準決勝第一試合もダイジェストで再放送致しますので、是非御楽しみ下さいませ!」

 

 

 

(此の後、カメラが青木アナウンサーの正面に変わる)

 

 

 

「尚、此れに伴い本日の番組欄が今朝の朝刊に掲載されている物から大幅に変更されております。最新の番組欄については御手持ちのTVリモコンの“D”ボタンで御確認頂くか、首都テレビのHPでも告知しておりますので、視聴者の皆様には御手数を掛けますがTVの番組予約の確認を必ず行って頂きます様、御願い申し上げます」

 

 

 

(此処から、カメラが永瀬アナウンサーを映し出す)

 

 

 

「又、首都テレビの番組の中でも随時番組欄の変更を御知らせ致しますので、如何か宜しく御願い申し上げます」

 

 

 

(此の後、カメラが心配気な表情を浮かべて居る高森 藍子を映し出すと、彼女が不安気な声でコメントを始める)

 

 

 

「でも、青木さんに永瀬さん…大洗女子は今大会優勝しないと廃校だって文科省から言い渡されているんですよね。私、其れが非常に心配なんです。大洗女子も勿論ですが、対戦する黒森峰の選手達にも影響が出かねない状況だと思うのですが」

 

 

 

(其の問いに対して、青木アナウンサーは「其の通りですね、高森さん」と頷き乍ら答えた後、カメラの正面に向き直ってから再び語り出す)

 

 

 

「と言う訳で、此処からは大洗女子学園の廃校問題を含めた最新情報を首都テレビ・報道センターから御送り致します。報道センターの飯塚 武司アナウンサー、宜しく御願いします」

 

 

 

(するとTV画面が如何にもTV局の報道センターらしい多数のモニターに囲まれた部屋に移ると同時に、画面正面に在る机の後ろに置かれた椅子に座った飯塚アナウンサーの姿が映し出される)

 

 

 

「はい、飯塚です。其れでは此れ迄に入っている最新情報を御送り致します」

 

 

 

(そしてTV画面に「文部科学省の担当者が隠蔽工作か?大洗女子学園との間に廃校問題関連の公文書を作成せず」との字幕が表示される)

 

 

 

「先ず先程も御伝えしました様に、第63回戦車道全国高校生大会で決勝に進出した茨城県代表・県立大洗女子学園の廃校問題に関連して『文部科学省の担当者(辻 廉太)が上司の事務次官から“廃校問題に関する公文書”を作成する様、複数回に渡って指示されていたにも関わらず、此の文書を提出していなかった』事が関係者への取材で明らかになりました。此れについて野党の国会議員の間から“文科省の担当者が大洗女子学園の生徒会長との間で交わした『戦車道全国高校生大会で優勝したら廃校を取り消す』約束は口先だけで、後で反故にしようと企んでいたのではないか?”との疑惑が持ち上がっており、野党は明後日・月曜日から行われる国会の衆議院・予算委員会質疑で牟田(むた)文部科学大臣を追求する構えです」

 

 

 

と言う訳で、首都新聞社と首都テレビは来週の日曜日に迫った戦車道全国高校生大会決勝戦へ向けて、大洗女子学園と黒森峰女学園に関する情報を大量発信したのである。

 

其の結果、特に「文部科学省から突き付けられた“廃校”を阻止すべく優勝を目指す」大洗女子学園・戦車道チームの戦い振りは世間の注目を集める様になり、今大会決勝戦への関心度が大いに高まる事となった。

 

 

 

 

 

 

戦車道にのめり込む母に付き合わされてるけど、もう私は限界かもしれない

 

 

 

第83話「準決勝の後です!!」

 

 

 

 

 

 

そして「モーニング・グッドサタデー」が放送されてから2日後の月曜日。

 

 

 

「「「皆様、先日の準決勝は本当に申し訳御座いませんでした!」」」

 

 

 

此処は大洗女子学園・生徒会長室。

 

其処では大人達が女子高生を相手に謝罪すると言う()()()()()()()が展開されていた。

 

先ず彼等の謝罪を聞いて居るのは、御存知・大洗女子学園生徒会長・角谷 杏と副会長・小山 柚子、副会長補佐官(戦車道担当マネージャー)・名取 佐智子。

 

そして戦車道チームを代表して西住 みほ隊長と準決勝で“チームを窮地から救ったエース”として世間から注目を集めつつある“ニワトリさんチーム”リーダー兼車長・原園 嵐の5名である。

 

因みに、此の場には生徒会広報・河嶋 桃の姿が見えないが…彼女は“今迄、生徒会関係者と群馬みなかみタンカーズ(嵐・瑞希・菫・舞)組だけの秘密”だった「此の大会で負けたら、大洗女子学園は廃校になる」と言う事実を準決勝の対プラウダ戦の試合中断中に()()()()()()()()()()()()()()()()()として、現在学園の体育館内でチームの支援者・原園 明美(嵐の母親)から“プロレスのスパーリング・フルコース”を喰らっているのである(尚、嵐も桃に対して同じ“御仕置き”をしようとしたが、結果として明美に先を越された)。

 

 

 

一方、生徒会長室で彼女達に向かって謝罪している面々は……

 

首都新聞社々主・霧島(きりしま) 直子(なおこ)

 

同社編集局運動部デスク・中田 城一郎。

 

首都テレビ社長・相馬(そうま) 榛名(はるな)

 

同社報道部長・駿河 洋平。

 

同社スポーツ部プロデューサーで、第63回戦車道全国高校生大会の実況中継・総合プロデューサーを務める八坂 信夫。

 

要するに戦車道全国高校生大会の特別後援社であると同時に、此の大会の独占配信権を持つ首都新聞社と同社の関連会社で本大会のTV中継を行う首都テレビのトップや関係者達なのであった。

 

尚、彼等の後ろでは首都新聞社編集局・運動部々長付の“戦車道担当・専属契約ライター”・北條 青葉が呆れ顔で様子を見守っている。

 

では、何故彼らが女子高生相手に謝罪をする破目に陥ったのかと言うと……

 

彼等の謝罪を聞いた大洗女子学園生徒会長・角谷 杏の一言が全てを物語っていた。

 

 

 

「いやーっ、流石に私や河嶋が言った『此の大会で優勝しなければ我が校は廃校になる』と言う告白が全国に生中継されていたと知った時はビックリしましたけどね♪」

 

 

 

其れに対して“パンチパーマ姿で、如何見てもヤクザの若頭にしか見えない”筈の八坂が世にも情けない声で「申し訳御座いません!」と深々と頭を下げて謝罪した後、当時の状況についてこう釈明した。

 

 

 

「只、我々としましては“試合中に起こった出来事は極力有りの儘に伝える”と言うのが局の方針である以上、あの様な形にせざるを得ませんでした!」

 

 

 

其処へ嵐が猜疑心に満ちた声で大人達を問い詰める。

 

 

 

『正直に言ったら如何ですか?“視聴率の為に会長達の告白を生中継した”って!』

 

 

 

「原園さん!」

 

 

 

彼女の剣幕を見たみほが慌てて仲裁に入るが、其処へ佐智子が……

 

 

 

「いいえ、此ればかりは原園さんの言い分が正しいです!幾ら何でも我が校の廃校の件をスクープのネタにするなんて、失礼にも程が有ります!」

 

 

 

同学年(1年生)の嵐の肩を持つ発言をした後、2人揃って大人達を睨み付けた処……

 

 

 

「いや、実際其の通りだから返す言葉も無いよ」

 

 

 

首都テレビ・駿河報道部長が済まなそうな声で謝罪をすると八坂が“大洗女子の廃校問題を派手に報道した理由”について説明した。

 

 

 

「ウチと首都新聞は長年“在京TV局視聴率と大手新聞社発行部数共に万年4位”と言われ続けて来たから、今大会の報道で其のレッテルを剝がしたいと願い続けて来た」

 

 

 

続けて、駿河が更なる事情を説明する。

 

 

 

「恥ずかしい話だが…首都新聞社と首都テレビはバブル崩壊の時(1990年代前半)代に株式投資で大失敗をして、危うく両社共倒産の危機に直面した事が有るんだ」

 

 

 

其処へ中田が落ち着いた声で補足説明を行う。

 

 

 

「其れ以降、両社は経営を立て直した後も株式投資の失敗で出来た負債の返済を長年続けた結果、何かと資金不足に直面してライバルの後塵を拝する事が多くなった…特に首都テレビの場合、多額の放映権料が掛かるスポーツ中継や有名タレントの出演するバラエティ番組・ドラマの視聴率は振るわなくなったし、首都新聞も部数の低迷が長年続いた」

 

 

 

其れに対して、佐智子が「其の割に首都テレビの番組には346プロのアイドルや歌手・俳優が結構出演されていますよね?」と問い掛けると、今度は首都テレビの相馬社長が……

 

 

 

「346プロダクション()()は、我が社の開局にも尽力してくれた程繋がりの深い会社だから、何かと融通を効かせてくれているのよ」

 

 

 

と答えた為、首都新聞と首都テレビを糾弾しようとした佐智子と嵐は毒気を抜かれた声で「『はあ……』」と生返事をした処、今度は副会長の柚子がこう問うて来た。

 

 

 

「じゃあ…首都新聞と首都テレビが戦車道大会の配信権を買ったのは?」

 

 

 

すると首都新聞の霧島社主が静かな声でこう答えた。

 

 

 

「脆弱なウチの資金力でも何とか買える大会の配信権を探していたら、或るCS放送局*1が戦車道大会の放映権を昨年度一杯で手放したと知り、起死回生を狙って縋る思いで手に入れたの」

 

 

 

「『そうですか……』」

 

 

 

両社が大洗女子の廃校問題を派手に報道した理由と戦車道大会の配信権を買った事情が“()()()()()()()”と言う、自分達が目指す“廃校阻止”と似通っている事を知って何とも言えない表情になったみほ・嵐や生徒会メンバーを余所に、角谷生徒会長は神妙な声で問い掛けた。

 

 

 

「で…私達関連の報道の効果は有ったんですか?」

 

 

 

其れに対して、此れ又神妙な声で答えたのは首都テレビの相馬社長。

 

 

 

「御蔭様で…特に先週土曜夜の準決勝・対プラウダ戦の再放送は、放送時間が4時間と言う長丁場にも関わらず平均視聴率が25%、最高視聴率は38.9%に達しまして、更に此れ迄の中継で高視聴率を獲得して来た勢いが他の番組にも波及した結果、我が社の歴史上初めて“月間平均視聴率全国1位”を獲得する事が出来ました」

 

 

 

“まさかの事実”を聞かされた佐智子と嵐が口を揃えて「『マジですか!?』」と叫ぶと首都テレビ・駿河報道部長が「本当なんだよ」と答えた上で、こう付け加えた。

 

 

 

「実は、今大会の実況中継を始めてから大会関連のニュースや情報番組だけじゃ無く、大会とは無関係なバラエティやドラマ・アニメ等の視聴率も上向きになり、局のスタッフ達も『戦車道大会の実況で局の名前を視聴者に覚えて貰える様になった』と喜んでいた処へ君達の戦い振りが目立って来たから、局内も興奮しているんだ」

 

 

 

其処へ首都新聞の霧島社主も「準決勝翌日の朝刊もあっと言う間に売り切れて、急遽増刷致しました」と告白した上、同社の中田デスクも「抑々新聞が朝刊を増刷するなんて前代未聞なんだけどね」と語ったのを聞いた角谷会長も唖然とした声で「いやあ…其れは凄いですねえ」と答えた処、此処迄呆れ顔で女子高生に謝罪する勤務先の上司達の姿を見ていた青葉が何かを思い出したらしく、直接の上司である中田デスクに目配せをした上でこう告げた。

 

 

 

「其れでね…実は私達が皆さんを訪問しに来たのには、もう一つ理由が有るのよ」

 

 

 

其の発言を聞いて一斉に「『えっ!?』」と戸惑い気味の声を返した生徒会メンバーとみほ・嵐に対して青葉は真剣な声で詳しい説明を始めた。

 

 

 

「学園艦で生活している皆さんには分かり辛いだろうけれど、今、日本中が大洗女子の話題で持ち切りの状態で、大洗町にも俄か(にわか)戦車道ファンが押し寄せている状況なの」

 

 

 

すると角谷会長が小さく頷くと「ああ、だから今朝大洗町役場から“警備体制を強化する時間が必要だから、明日の午後迄学園艦の入港は控えて欲しい”って通達が来ていたんだ」と語ると名取副会長補佐官(戦車道担当)が小さく頷き、小山副会長がみほと嵐にこう説明する。

 

 

 

「何でも茨城県警から機動隊が、海上保安庁からも巡視船がやって来て、決勝戦当日迄大洗港の警備に当たるんですって」

 

 

 

「『えーっ!?』」

 

 

 

予想の斜め上を行く現実を聞かされたみほと嵐が唖然としていると首都テレビ・相馬社長から……

 

 

 

「其れと、此れは西住さんには伝えにくい事なのだけど……」

 

 

 

「えっ…もしかして、黒森峰女学園にも何かあったのですか?」

 

 

 

名指しされたみほが戸惑い気味の声を上げると相馬社長は複雑な表情を浮かべ乍らこう告げた。

 

 

 

「其の通りよ。黒森峰の学園艦は準決勝当日から今日の御昼迄の間、母港の有る熊本港に近い天草灘に停泊しているから、少々不味い事になっているの」

 

 

 

其の言葉にみほが不安気な表情を浮かべて居ると首都新聞社・中田デスクが詳しい話を語る。

 

 

 

「決勝戦のカードが大洗女子対黒森峰だと知った戦車道ファンや全国大会の独占配信権を持つウチを除く報道関係者達が準決勝の翌朝から天草灘周辺に船やヘリで殺到した為、黒森峰の学園艦の出港が難しい状態になっているんだ。今、海上保安庁と熊本県警が躍起になって航路の警備に当たっているよ」

 

 

 

予想外の事実を聞かされたみほ達が呆然としている中、逸早く立ち直った柚子が……

 

 

 

「何故、そんな事になっているのですか?」

 

 

 

と問い掛けると首都テレビ・駿河報道部長がこう答える。

 

 

 

「今、黒森峰は日本中から“大洗女子を廃校に追い込もうとする(文科省の手先)悪役”だと思われているんですよ」

 

 

 

すると佐智子と嵐が口を揃えて「『幾ら何でも其れはヤバ過ぎる!』」と叫ぶ中、首都新聞・霧島社主が現状説明を行った。

 

 

 

「そう言う状況なので、戦車道連盟からも『混乱回避の為、此れ以上戦車道ファンを煽る様な報道は控えて欲しい』と要請されている為、今朝からはある程度控えめな報道内容に変えています」

 

 

 

更に首都テレビの相馬社長もこう説明した。

 

 

 

「私達としても不測の事態を引き起こす様な事は望んでいませんから“大洗女子や黒森峰の学園艦に押し掛ける様な事は絶対に止めて下さい”と局のニュースや情報番組で呼び掛けている有様なのです」

 

 

 

其の説明を聞いた角谷会長は苦笑いを浮かべつつ「うわーっ、ウチを応援してくれる人が増えるのは嬉しいけど、ヤバそうなファンが増えるのも困るよねえ」とボヤくが、其処へみほが不安気な声で一言呟いた。

 

 

 

「黒森峰の皆…大丈夫かな?」

 

 

 

其の一言に、角谷会長・小山副会長に加えて首都新聞と首都テレビの大人達も腕組みをし乍ら「「う~ん…確かに」」と考え込んで居る中、佐智子が優し気な声で……

 

 

 

「嘗ての母校とは言え、決勝戦の対戦相手の心配をされるなんて西住先輩らしいですね」

 

 

 

とみほへ話し掛けた処、彼女と一緒に嵐も頷き乍ら『うん』と答えた上で、こんな事を語ったのだった。

 

 

 

『私も西住先輩と同じ気持ちです…此の儘だと決勝戦が真面な試合にならない様な気がするし、そんな試合に勝っても意味が有るのかなって思うんです』

 

 

 

其の言葉に、首都新聞と首都テレビの大人達は「確かに……」と呟きつつ“此の事態を収める為には如何すれば良いのか”と考え込むのだった。

 

 

 

 

 

 

同じ頃、黒森峰女学園の学園艦が停泊している熊本県・天草灘では。

 

 

 

「此方は海上保安庁です!黒森峰女学園・学園艦は間も無く出港します!周辺を航行する船舶や航空機は直ちに学園艦の周囲から離れて下さい!特に学園艦が出港する際は大きな波が発生する為、近くを航行する小型船舶は大変危険です!直ちに学園艦から離れて下さい!」

 

 

 

海上保安庁のヘリコプター2機搭載型巡視船「しゅんこう」搭載の大型ヘリ・エアバスヘリコプターズH225スーパーピューマ“MH693・なべつる”が学園艦上空を飛行し乍らスピーカーで周辺海域に群がる船舶(主に戦車道ファンや地元住民が乗り組んでいる)や報道機関が飛ばしている航空機に向けて警告を発していた。

 

天草灘と其の周辺海域を管轄する海保の組織は熊本海上保安部と天草・八代の海上保安署だが、何れも小型の巡視艇しか配備されていない為、上部組織に当たる鹿児島県鹿児島市の第十管区海上保安本部は管内に所属する巡視船艇・航空機を応援に出した他、隣接する福岡県北九州市門司区の第七管区海上保安本部にも応援を要請。

 

其の結果、本来なら尖閣諸島付近を航行する中国公船との睨み合いに従事する筈の鹿児島海上保安部(第十管区)所属の巡視船「しゅんこう」の他、十数隻の巡視船艇や複数の航空機が黒森峰女学園・学園艦出港時の安全確保の為に天草灘へ集結した。

 

此れに熊本県警の警備艇や同航空隊所属の中型ヘリ・ エアバスヘリコプターズH135“おおあそ”も加わった結果、黒森峰女学園・学園艦の周辺海域は騒然となっていた。

 

 

 

当然、黒森峰女学園の生徒達にとっては不安を掻き立てる状況である。

 

 

 

「うわーっ…此処迄ヤバい状況になるなんて!?」

 

 

 

黒森峰女学園校内の一角にあるカフェで仲間達と一緒に昼食後のコーヒータイムを過ごしていた戦車道チーム・ヤークトパンター車長・小島 エミ(直下さん)が自分のスマホから流れて来る“母校の学園艦に群がる戦車道ファンが乗る多数の船舶の映像”を映した実況中継のニュース動画を眺め乍ら嘆いていると……

 

 

 

「まさか、()()()()()()()()()()()なんて想定外よ!」

 

 

 

エミの仲間で乗る戦車を選ばないオールラウンダー型の戦車長・入間 アンナも不機嫌そうな声で返すと此方もチームでは戦車長を務める勝気な少女・飛騨 エマがこんな事を言った。

 

 

 

「優勝へのプレッシャーなら慣れているけど、()()()は経験した事無いからなあ……」

 

 

 

確かに、常勝・黒森峰戦車道チームメンバーでも周囲から“負けろ!”と言われ続ける様な経験をした者は居ないだろう。

 

其処へチームの主力中戦車であるパンターG後期型の車長・赤星 小梅が自身の体験談を語り出した。

 

 

 

「私も昨日の日曜日に外出した時、熊本市街で偶々擦れ違った他校の生徒達から『悪いけど、今回ばかりはみほさん達大洗女子を応援する』って言われたよ」

 

 

 

「地元からも()()されているなんて……」

 

 

 

彼女の話を聞いて、チームでは偵察・連絡用に多用されるⅢ号戦車J後期型*2の車長を務める勝矢 メグが天を仰ぎ乍ら嘆いていると……

 

小梅は衝撃的な話を皆に告げた。

 

 

 

「更に『同じ熊本県の女子高生と言う理由だけで、去年の決勝戦の最中に川へ戦車毎落ちた仲間達を助けたみほさんを見限った貴女達(黒森峰)と一緒にされたくない』と言われたわ…彼女達、私が其の時川へ落ちたⅢ号戦車に乗っていた事迄は知らなかったけれど、そう言われた時はショックだった」

 

 

 

「「「えっ!」」」

 

 

 

彼女の告白を聞いた仲間達は真っ青な顔で一斉に叫んだ。

 

其れも其の筈、小梅は去年の決勝戦で乗車していたⅢ号戦車J後期型と共に川の濁流に飲み込まれようとしていた所をみほに助け出された乗員5名中、唯一人転校せず黒森峰戦車道チームに残った少女だ。

 

其れは“あの時、みほさんがしてくれた事を他の誰にも否定させたりしない”為だったのだが……

 

しかし、小梅はむしろ真っ青な顔になっている仲間達を落ち着かせようと静かな声でこう答えた。

 

 

 

「仕方無いよ。去年の大会決勝戦の真相を詳しく知らない人達にとっては私も“黒森峰の生徒の1人”に過ぎないのだから」

 

 

 

其れに対して皆は「「「そんな!?」」」と叫ぶが、小梅は必至に涙を堪え乍らこう告げる。

 

 

 

「如何言い訳しようと世間の目から見たら私達は“仲間の命よりも()()()()()()が大事だと考える冷酷非情な集団”だと思われているのだから……」

 

 

 

「何て事になっているのよ!?」

 

 

 

本当は、みほを擁護する為にチームに残った小梅迄“冷酷非情な集団(黒森峰戦車道チーム)の1人”と世間が見做している事を知ったエミが怒りの声を上げるが、現実は変わらない。

 

何故なら、戦車道全国高校生大会の配信権を持つ首都新聞や首都テレビでは去年の大会後のみほと黒森峰の動きについてはみほ達関係者のプライバシーに配慮してある程度控えめに報道されていたが、決勝戦の組み合わせが決まった直後から一部ネットニュースや週刊誌の電子版で“去年の大会決勝戦で起きた事故”の事が派手に報道されており、其の結果黒森峰は“文科省の手先となって大洗女子学園を廃校に追い込もうとしている「今大会最大の悪役」”と見做されてしまったのだ。

 

更に、此処迄首都新聞と首都テレビの報道で“今大会の悪役”と思われていたプラウダ高校が準決勝で大洗女子に敗れた後のインタビューで、みほや嵐達大洗女子のメンバーが「プラウダは本当に強かったです」と述べた事やプラウダ高のカチューシャ隊長も首都新聞や首都テレビでのインタビューの中で此れ迄の件について謝罪した事から、世間も“プラウダ高校は連覇を目指して無理をしていたのだ”と理解を示していた事も黒森峰にとっては逆風となっていたのだ。

 

 

 

「文科省の馬鹿役人()の所為で、こっち迄悪者扱いされるなんて!」

 

 

 

思わず、エマが大洗女子・廃校問題のとばっちりを喰らう形で世間から敵視される破目になった自分達の境遇を呪っていると、仲間達から“バウアー(げし子)”と呼ばれているパンターG後期型の車長が皆へ声を掛けて来た。

 

 

 

「皆、話の途中で悪いけど機甲科生徒は昼休みが終わったら体育館へ全員集合だって。決勝戦に向けて西住(まほ)隊長から訓示が有るって先生が言ってたよ」

 

 

 

すると小梅がホッとした表情で「良かった…皆、取り敢えず隊長の訓示を聞いて落ち着こう」と話し掛けた処、其の場に居た全員が安堵の表情を浮かべて頷き合っていた。

 

確かに、此処で隊長から訓示を貰って心を引き締めなければ、とてもでは無いが決勝戦へ向けて気合を入れる処の騒ぎでは無い。

 

 

 

だが…此の時、黒森峰の内部では戦車道大会決勝戦へ向けて“或る陰湿な()()”が進行していたのである。

 

 

 

(第83話、終わり)

 

*1
通信衛星を使う衛星放送局の事。因みに専用の放送衛星を使うのがBS放送局。

*2
因みにドイツ軍ではⅢ号戦車J後期型(60口径50mm砲装備)を後に「L型(生産時期による装甲板や装備品の違いを除けばほぼJ後期型と同型)」と見做す様通達していた。ガルパンでの形式名は主にプラモデラーを意識した便宜上の物と思われる。




此処迄読んで下さり、有難う御座います。
第83話をお送りしました。

皆さん、ヤバい事になりました(爆)。
首都新聞&首都テレビの報道が切っ掛けとなり、黒森峰が“今大会最大の悪役”の座をプラウダ高校から奪う結果に。
其の上、世論も文科省による理不尽な廃校方針を撤回させる為に戦う大洗女子の味方に回った結果、黒森峰は地元・熊本県民からも敵視される破目に。
しかし、其の裏で黒森峰内部ではある動きが…でも、此れは原作を知る人なら分かる“超○○○”ネタの深掘りですので、詳細は次回を御覧頂ければと思って居ります。

後、其の陰で地味に追い詰められている役人(爆笑)。
原作・劇場版では大洗女子を廃校にする為に役人が使った「廃校回避に関する公文書を作らなかったと言う姑息な手段」が本作ではブーメランとなって帰って来るオチに(ゲス顔)。
と言う訳で、此の役人が本作ではどうなるのかにも御注目下さい(暗黒笑顔)。

其れでは、次回をお楽しみに。




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