プリンセス・プリンシパル Blood Loyalty (悪役)
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プロローグ:微睡む様に

 

 

人生の分岐点

 

 

自覚はするけど、その単語を思うと俺はどれが(・・・)自分の人生の分岐点だったのかが分からない。

そう考えると目に見えていた黒い空間が歪んで全く違う風景が浮かび上がった。

 

 

 

豪奢ではあっても内部にいるのが小さな少女一人である事を考えれば空虚さも感じかねない部屋で少年が後ろに大人を置いてガチガチになって膝を着いている光景。

 

 

だぁれ? という金髪を流し、立場と姿に似合う服を着て小首を傾げる少女に背後の大人が自分の立ち位置を教えているのだが少女には難しい内容だったのか分からない、という感じで大人の説明を振り払って少年の近くに座って両手で少年の顔を挟んで自分に向けさせたのだ。

そうしてにまりと子供特有の純粋な笑顔で

 

 

『なまえは?』

 

 

思わず、少年は自分のような者が答えていいのか、そもそも触れられているのは不敬ではないかと思ってあわあわして背後の大人に思わず少し振り返るのだが、大人の男性はまぁ、今はそれでいいかという感じで特にこちらを手助けする気が無いのを理解したので迷った末に

 

 

 

『ア、アドルフ…………アドルフ・アンダーソンで、ござ、ござい、ます……』

 

 

と噛み噛みな自己紹介をするのであった。

これが自分の幼い頃の事だと思うと情けなくなるが仕方がない。

過去を修正する事など不可能だという事は良く知っているのだから。

そして自分の名前を聞いた少女はあどるふ? と自分の名前を聞いて、何回も自分の名前を口の中で転がす。

何回も自分の名前を言うのだから少女に不敬な事をしているような気になってひたすら地面に顔を押し付けたかったのだが、少女は今も少年だった自分の顔を両手で挟んでいるから動けない。

どうしようもないという現実に心折れそうになっていたのだが、しかし唐突に何を思ったのか、またもやこちらににまりと笑顔を浮かべて

 

 

『よろしくね、あるふ』

 

 

と何故かそんな名前で呼ばれたのだ。

そして一旦、そこまででシーンが切れたかのように一度暗闇に戻る。

とは言っても暗闇に戻ったのは一瞬だけだ。

直ぐに次のシーンが始まった。

 

 

 

そこでは金髪を肩まで伸ばした少女が水色の瞳で少年を、否、自分をまるで死神のように見つめていた。

 

 

怖がって、震えて、恐れている。

先程の自分よりは多少は成長しているとはいえ本当に多少だ。

未だ幼い自分に対して少女…………先程とは姿は同じだが違う少女(・・・・・・・・・・)は本当に震え上がっていたのだ。

思わず、今の自分ですら一歩引きそうになる恐怖の視線に対して幼い自分は一歩所か数歩下がった。

それでも少女の恐怖の視線は一切衰えない。

両手で頭を庇うように覆って震え続けている。

当たり前だろう。

 

 

少女からしたら知られたら終わり(・・・・・・・・)の事に自分は気付いてしまったのだ。

 

 

そんな状態が数分くらい続いたのに気付いて、嗚呼、当時の自分はこれ程の時間を使って考えていたのかと初めて知った。

自身の記憶だと一分くらいで終わらせていた感じだったのだが、子供の記憶というのは当てにならないという事だろう。

そして少年は震える少女に近付く。

一歩一歩近づく事に少女の震えと恐怖は深まっているのに気付いているが、少年は自分に出来る最大限の優しそうな声と態度で視線を合わせ

 

 

 

『だいじょうぶ、です。わたしが、おまもりします』

 

 

 

とそんな事を言っていた。

その言葉に何時の間にか泣いていた少女が思わずといった感じでこちらの顔を見上げ─────再び世界は暗くなった。

正直有難いと思った。

何せあんな無責任な言葉を臆面なく言い放った自分に対して罪悪感と自己嫌悪で地獄に堕ちたくなっていたのだから。

汚い大人が優しい言葉で誰かを騙すのと変わらない行為を当時の自分は易々とやっていたのだ。

成程、確かに偽善というのは吐き気を催すものだ、と意識の自分が口を自嘲に歪める。

そんな風にしていると再びシーンが切り替わる。

 

 

 

そこには先程までとは違い10代の半ば程辺りの少女と少年が同じ部屋で対面していた。

 

 

当然、少年は自分で少女はさっきの少女だ。

ドレスを着こなし、天から零れた光のような金髪を自然と纏って立つ姿には少女特有の触れれで壊れそうなという儚さはあっても弱さは全く感じ取れなくなっていた。

かくいう自分も昔に比べれば遥かにマシな身長と体格を得てはいたがこの場においては全く役に立っていなかった。

 

 

『────アルフ。私はこの国から"壁"を取り払いたいと思っているの』

 

 

膝を着いて顔を伏せていた自分が思わず顔を上げる。

何故なら当時の自分にも特別賢い頭が無くても理解はできる事だったからだ。

少女の立場は脆い。

立場としては第4王女であり王位継承権という意味なら絶対不可能とまでは言えないかもしれないが、現状、政治的な価値があると見做されていない以上、不要な存在とされているのだ。

そこから上に行くというのならばそれはいばらの道…………否、誰にでも分かる破滅の道だ。

承服出来ない未来だ。

 

『────姫様! 無礼を承知で────』

 

『────それは不可能事で破滅の道だ、という事でしょう? 勿論、分かっているわ』

 

『でしたら………!』

 

『でも─────出来ないと言い続けてそこで蹲っていたら"壁"は堅剛になっていくだけ。どんな物であっても壊すというのならばまずは壊す行動をとらないと何時まで経っても在り続けるだけよ』

 

思わず息を吞む自分に今の自分も同意する。

何故ならそれは確かな事実ではあるからだ。

何かをしたいのならばその何かに繋がる行為をしなければ何も始まらない。

当然の事だ。

その正論と共に、少女から発せられる説得力に一度歯噛みはするがそれでも

 

『だとしても! だとしてもそれを姫様が、姫様がやれば………!』

 

例えそれが全て綺麗にご都合的に成功したとしても、否、してしまったら(・・・・・・・)

結末は少女の夢と共に幕が降ろされる可能性を迎えかねない。

そんな惨たらしい結末を少女に迎えさせたくはない一心で声を上げるのだが

 

 

 

『────じゃあ誰かに頼んで行動するのを待ち続けるの? 誰かに頼んで、傷付く人々が一致団結して壁を取り払っていくのを後ろから流石ですわ、と言って他人事のように誰かを振り回すの?』

 

 

少女の潤う水色の瞳を見て、思わず顔を見続けては負けると考えて顔を下げようとするが少女は直ぐにこちらの近くに膝を着いて顔に両手を挟んでこちらの顔を上げさせた。

決して抗えない力では無いというのは分かっているが、そうするには余りにも儚い手指に逆らうわけにはいかずに、結局、少女と視線を合わせなければいけなかった。

 

 

 

『…………勿論、貴方が私を案じて言ってくれているのは理解しているわ。でも、駄目なの。私はそうしないといけない(・・・・・・・・・・)()。いえ、そうしたいと叫ぶ心に(・・・・・・・・・・)抗いたくないの(・・・・・・・)

 

『───────』

 

 

酷い話だ、と自分は思っていた。

何故ならつまり少女の心の中では既に結論は出て、完結しているのだ。

つまり、これは言いたい事を言っているだけ。

こちらの意見を全く聞いていないのだ。

こちらがどれだけ否定し、責めても少女は傷付きはしても曲がる事は無いという事なのだ。

止めるにはもう言葉や精神ではなく物理的に止めなければ不可能だという事だ。

だが、それこそ出来るわけが無いのだ。

だから、次に出た言葉は上っ面な言葉とかではなく完全な本心を過去(じぶん)は漏らした。

 

 

 

『………貴女は、卑怯だ…………』

 

 

 

自分の表情はきっと憎々しげに歪んでいただろう。

だってそうだ。

少女はここでそんな事を話したという事は最初から最後まで自分の命を賭けて告げていたのだ。

それを持ち出して交渉されたら自分が何も出来なくなるのを知って賭けたのだ。

これを卑怯と言わず何と言う。

絶対に勝てるハンドを出してくるなんて余りにも卑怯だ。

それを知ってか、少女は花も羨むような笑顔を浮かべる。

逆に痛々しさすら感じてしまう顔に逸らさせる事も許さない少女は今度こそこちらから手を放して立ち上がる。

そして手を差し出す。

その事に少女が最初から最後まで容赦無しであると改めて思いながら、手を取る。

 

 

 

『──────ご随意に。我が君。この身命を貴女に捧げます』

 

 

誓いなんて高尚な物では無かったと思う。

これは最早呪いに近い。

成す事が己の範疇所か埒外である以上、誓いという達成可能な約束では無く、達成不能な呪いに縛られたというものだ。

地獄への片道切符を買ったようなものだと思う。

だけど、それでも

 

 

 

『────ありがとう。アルフ』

 

 

 

この隠す気も無い喜びを前にすれば地獄ですら甘美な道にしか思えない。

麻薬と一緒だ。

一度手を出したならば後々は快楽にしかならない。

それを少女は無自覚では無く自覚してこちらに使うのだから本当に卑怯だ、と思っているとそのシーンは終了された。

後はもうずっと暗闇のまま。

バラバラな時間のシーンを見せられたが納得いくものではある。

確かに今のシーンは自分の人生の分岐点には相応しい物ばかりだ。

どれもこれもが自分の人生を決めた時間軸だ。

全てを通じたからこそ今の自分があったのだろう。

こうして見る人が見ればこれは自分を作った大事な過去だって言える光景なのかもしれない。

でも、俺は心の底から一つ、言うとしたら

 

 

 

ふざけるな(・・・・・)一人の少女を苦しませ(・・・・・・・・・・)続けるしか無かった癖(・・・・・・・・・・)()

 

 

 

 

 

 

はっ、と目を勢いよく開けると天井であった。

 

「…………」

 

思わず数秒呆然とするが、直ぐに今までの光景が夢であったと理解すると溜息と共に体を持ち上げる。

寝巻が汗ばんでいる。

下らない夢を見てしまったと心底そう思う。

後悔というのはどうしようもなくて、そして無意味なものだな、と思いながら直ぐに立ち上がって顔を洗わなければいけない。

時間を見れば丁度いい時間だ。

今日も何時も通り仕事であり、使命をこなさなければいけない。

今日も今日とて─────アドルフ・アンダーソンはとある少女を守る為に生きるのだ。

 

 

 

 

 

 

クイーンズ・メイフェア校

 

 

アルビオン国における名門校の一つ。

その中で女子寮にあたる建物の校門の前でアドルフは背筋を伸ばして立っていた。

平均的な登校時間にはまだ早いが、それでも幾人かは女子寮から出ていく姿を見る。

その中には当然、またなのかという目や嫌悪感を浮かべてこちらを見る目すらあるが実にどうでもいい。

自分が視界に入れて、考えるべき相手はアドルフ・アンダーソンという名前を抱いて生きている間は今の所は3人くらいでいい。

だからその内二人が来たから、自分はより強く背筋を伸ばして二人を迎える為に、まずは一人に挨拶する為に腰を曲げ、腕を曲げて腹に軽く当てるようにして

 

 

 

「────お早う御座います、姫様」

 

「おはよう、アルフ」

 

 

金髪の髪を腰まで伸ばし、水色の瞳とアルビオン王国のほとんどが美しいと思うのだろうと思われる花のような笑みを自分に向けていると思われる姫─────プリンセス・シャーロット。

この国の姫君であり、自分が忠節を向ける相手だ。

 

「お荷物は私が………と言っても持たせてはくれないですか」

 

「ここでは私もただの一学生よ。プリンセスだからと言って一人自分が楽にするのは以ての外。だから貴方も毎回こんなに朝早くに迎えに来なくてもいいのよ───と言っても聞いてくれないのでしょうけど」

 

クスリ、と自然と笑われてしまうのならばばれないように肩をすくめるくらいで収めるのささやかな抵抗だろう。

正直、付き合いが長いから立場云々があってもこれくらいの冗談を言い合えるようになってしまって、間違いなくこの光景を親が見たら殴り飛ばされるだろうと思いつつ、もう一人の方にも改めて挨拶をする。

 

「お早う御座います、ベアトリス様。本日も姫様のお世話、有り難う御座います」

 

「い、いえ! こ、こちらこそ何時もええと、お、お世話になって、います…………!」

 

慌てて自分よりも一回りの小柄な少女が何度もこちらに頭を下げるのは正直、こちらも頭が下がる思いなのだから困る。

 

「私程度に畏まらなくても。ベアトリス様は男爵家の子女なのですから。ぽっと出の私にそんな風に振舞われるのは」

 

余り良くないと口には出さずに、嗜めるのだが、本人はいえいえ! と首を高速に振るい

 

「男爵なんて言っても私の場合、その……父が…………」

 

喉に手を当てて言う言葉とその表情を見せられたらこちらも深く言えない。

申し訳ない、とこちらが述べても少女はまた恥じる様に首を横に振るだけだろう。

ならば、こちらは敢えて深くは告げずに引くだけにした。

その光景を姫も小さく頷くだけ頷いて

 

 

「さぁ、行きましょう。折角いい朝なんだもの─────俯くのは勿体ないわ」

 

 

その事に関してはベアトリス様と一緒に首を振って同意することが出来て幸いだと思った。

 

 

 

 

「アルフ。今日は何か予定はあるのかしら?」

 

アルフは言われて直ぐに脳内の予定帳のページを開いて口に出した。

 

「今日は失礼ながら授業が終わり次第、一度姫様の傍を離れさせて貰います。勿論、そう時間は取らないので直ぐに戻りますが、その間はベアトリス様に姫様をお頼みする事になります」

 

「あら? 貴方が? 珍しいわ。何か仕事があるのなら私も───」

 

「ぜ・っ・た・い・に・だ・め・で・す」

 

スタッカートで絶対拒否を示す。

こういう時、姫様に対して緩い回答をしてはいけないのは経験から知っている。

だから、今、物凄くわざとらしく目を潤ませてプルプルしてアルフのいじわるぅ、と捨てられた子犬のような表情を浮かべてきても油断してはいけない。

 

「そんな顔で見られても駄目です。何度その顔に騙されたと思っているんですか」

 

「確か137回は許して貰えたわ」

 

「………………」

 

「……………ベアトリス様。お願いですから"ああ、やっぱりこの人も姫様には甘々なんですね"っていう視線は止めてください……………」

 

色々と微妙に弱みとはまた違うけどとりあえずそんな感じで且つ忠節を誓っている相手なのだからその、そうなってしまうのは仕方が無いと思います。

ともあれ

 

「今回は私用なので姫様に付き添わせるのは不敬なのです。なので、申し訳ありませんが、一時だけ御傍を─────」

 

「─────私用(・・)?」

 

何かむしろ姫の眼の光が鋭くなったのは気のせいだと思いたい。

ふぅん、と少し前置きを置いて笑みを浮かべる姫様なのだが、これは不機嫌になった、というよりむしろ玩具を見つけました、みたいな顔である事は知っているのでつまり嫌な予感は増大である。

 

「先に言っておきますが一人です。誰かと会うとかそんなのではないので」

 

「むしろそうだったら私は喜んで見送っていたのだけど」

 

ジト目でこちらに友人が一人もいない事を知っている姫様に目を逸らす事しか対応出来ないし、どうにも出来ないので反論はしない。

だが、そうやって成すがままになっているととても意地悪そうな顔と声で

 

「ああ、でも────会う人が女性とかだったらここは何か言うべき所かしら」

 

クスクス、と笑う顔には茶目っ気しかない。

 

「御冗談を………女性に好かれる性質ではありませんよ」

 

「あら? そんな事はないわよ? 貴方贔屓目無しに顔は良いんだから。ねぇ、ベアト」

 

「え? あ、はい、そうですね。アドルフ様は整った顔をしてらっしゃると思います!」

 

そんな事を言われても、とアルビオン国では普通にある金髪碧眼の顔を鏡に映った時に見る自分を思い返しながら

 

「それを言うなら姫様とベアトリス様もとてもお美しい容姿をしていらっしゃいます」

 

「え!?」

 

「あら?」

 

ベアトリス様は慌てて首を振り、姫様は笑って顔に手を当てているが、二人とも喜んでいるような感じなんだから選択肢は間違えていなかったと思い

 

「─────で? 私用ってなんなのかしら?」

 

しかし話題を忘れない人である御方だったと再確認するのであった。

 

「言いません。後、絶対に付いてこないでください」

 

「仮に付いて行ったらどうなるの?」

 

「え?」

 

つい素で返してしまったが、確かにそれは考えていなかったが、とりあえず

 

「え、えっと………お、怒ります?」

 

「どんな風に?」

 

どんな風に…………!?

 

というかつい怒るとか言ったけど姫様相手に怒るとか余程の事が無い限り自分如きがやっていい筈がない。

実に不敬である。

いや、しかしどうすればいいのだろうか。

よくよく考えればあんだけ騙されたのも、ここで自分がそんな事はしてはいけないと教え込む為の説教みたいな事をしなかったのがいけないのではないのだろうか。

いやでもどうすればいいんだ本当に?

両親はこういう時、容赦のない拳と口を使ってきたが姫様相手にそんなのを使うわけにはいかない。

しかも相手は女性だ。

何か凄くワクワク顔をされておられるが、デコピンとか、でいいのだろうか? いや、やっぱりそれも不敬だろう。

い、いや、こういう時は

 

「ひ、姫様。さ、差し出がましい事ですが仮に姫様でしたらどうお怒りになられるでしょうか?」

 

「私なら?」

 

そうねぇ、と口元に指を当てて考えながら流し目でこちらを見て、少しぞくりとする。

思わず一歩引くのに合わせて、姫様が大きくこっちに詰め寄った。

懐の中という距離感で、目の前に姫様の顔と香水の匂いと思わしき女性らしい匂いにくらりとし

 

 

 

「じゃあ───────二度と勝手に動き回らないように首輪を付けて貴方が誰のモノかをはっきりさせるのはどうかしら?」

 

 

 

 

瞬間、アドルフは背後に思いっきりバックジャンプをしようとして失敗して後頭部から地面に激突した。

 

 

 

 

 

ベアトリスは後頭部を抑えながら赤面している顔を隠そうとしているアドルフとその光景を本当に楽しそうに笑う姫様を指の間から見ていた。

 

 

うわぁーー! あーーー!! 

 

 

脳内で単語になっていない言葉の羅列が飛び交うが許して欲しいです。

何かとっても凄いです! としか言えない。

恐ろしいのはこれが二人というか、姫様がよくアドルフ様をからかう時は大体こんな感じという事である。

私がアドルフ様の立ち位置なら確かに全く逆らえないのでされるがままである。

更に恐ろしいのはこれで二人が婚約者とか恋人とかでは無い事だ。

これ程の距離感で姫と傍付の関係というのはいいのでしょうか、と思うが二人の付き合いがとっても長いというのを知っているので私が何かを言うのはそれこそ御門違いなのではないかと思う心があって指摘するのも質問するのも憚られる。

ただ、一つはっきりと言える事がある。

 

 

 

姫様…………本当に楽しそうです。

 

 

 

笑わない人という意味では無い。

私とお話ししている時も楽しそうに笑ってくれる。

それも決して噓では無いのは解っている。

だけどやっぱり大半は執務や外交の為に…………変な言い方かもしれないが頑張って作った笑顔という形なのだ。

 

 

 

その中でやはり一番私が好きな姫様の笑顔はこうしてアドルフ様と一緒にいる時だ。

 

 

 

とっても自然でとっても素敵な笑顔だとベアトリスは自慢できるくらいだった。

勿論、従者として少し悔しいと思う気持ちはありますけど、でも姫様がお幸せならば悔しい思いに蓋をするのは何も辛い事ではない。

きっとそれはアドルフ様も同じ想いであるとも思っている。

 

 

 

 

 

だから、私は今日もお二人のお日様のような光景が永遠であるようにと願い続けようと思います───────

 

 

 

 




すいません、殺してください。


新しい物語を書いた事もそうですし、本当に原作を穢さずに済むのかもそうですが何より自分は第一話の時点で何をしているのでしょうか。どうか狂っていると言って欲しいです。


余り長々と言うのもなんなので感想・評価などよろしくお願い致します。そう! もう本当に書くさずにお願いします!! 私程度でこんな難しい作品が出来上がっているのかを遠慮なくどうぞ!



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case1:夢見る様に

 

アドルフは慎重に行動していた。

今、自分は学校の授業を終えて直ぐに街に出ている所だ。

超速攻で荷物を纏め、学校を出たつもりだが姫様の事だから遊び全分………意味の分からない造語だけど、何かそんな感じで付いてきそうである。

だから、今も自分についてきている気配が無いかずっと確認しているのだが、今の所は無い。

文武両道、才色兼備を地で行く姫様だがそこに一つ実はお茶目という属性を付けて、ようやく完成なのだ。

改めて考えると凄い。

 

 

 

それも、全て才能では無く努力によ(・・・・・・・・・・)って備えたのだから尚(・・・・・・・・・・)更に(・・)

 

 

 

「………………」

 

アドルフは努めて何も考えないようにしながらとりあえず目当ての場所─────服飾店に着いた。

実際特に何か特別な私用というわけではないのだ。

ただ外務卿主催のパーティに姫様が呼ばれた為、服を用意する…………というより新調しに来ただけなのだ。

前使っていた燕尾服の丈があわなくなってきたのだ。

 

「成長期って煩わしいな…………」

 

誰もいない時の独り言用の喋り方を漏らしながら、まぁ、仕方が無いと納得する。

背が高ければいざという時、姫様を庇う時に役立つだろうと思って、そのまま服飾店に入り

 

 

 

「うーーーーん、アルフには余りこんな厳めしいサングラスは合わないかしら…………あ、でも逆にそういうのがギャップになったりするのかも…………やっぱりベアトを連れてくるべきだったかしら…………」

 

 

 

静かに扉を閉めた。

どうやら自分もかなり疲れているらしい。

まさか男性用の服飾店に姫様が帽子と似合わないサングラスを付けて精一杯変装しましたみたいな感じで色んな物を見て回っているように見るとは。

うむ、だから逃げよう。

今なら不敬とか失礼とか思う前に疲労による幻覚で逃げ切れる。

一時間だと姫様の傍を離れ過ぎになるが、30分くらいならば問題無いだろう。

大体、今回はもう受け取りだけなのだから、服を貰えればいいのだ。

そう思って自然な笑みで離れようとし──────即座に少しだけ開かれた扉から手だけが出て、こちらの手を掴んだ。

 

 

 

「どこに行くのかしらアルフ?」

 

 

 

扉の隙間から見えるのはとっても素敵な笑みを浮かべている我が君。

余りに神々しさに逃げる事は不可能というのがよく分かって、こちらもとても綺麗な笑顔を浮かべれたと思う─────諦めの。

ただ一つだけやはり疑念に思ったので聞いてみた。

 

 

「どうやって先回りしたのですか?」

 

「ハックニーキャリッジを使ったの」

 

 

文明の利器か、とアドルフはとりあえず黙って腕に引き寄せられるままになる事にした。

日本ではこういう状況をマナイタのコイというのだったか。

とりあえず釣られた魚の気持ちをよく理解出来るようになった。

 

 

 

 

 

 

「結局付いてきたのですね姫様…………」

 

アドルフがこちらをジト目で恨めしそうに言うのをごめんなさいね、と言うもつい笑って答える。

 

「だって私用だなんて言っても貴方が私から離れるかもしれない事柄って言えば以前、使っていた燕尾服が丈が合わなくなってきたっていうのを思い出したんですもの」

 

「有難いですけど……………ただ受け取るだけでしたから姫様がわざわざ……………と言いたい所ですが本音はついでにお忍びがしたかったんですね?」

 

「ぅ」

 

既に受け取った服を試着して問題無いのを確認して店を出ている私達は人込みの中で男の子にジト目で見られるという体験をするプリンセスという何だが愉快な状況に陥っていた。

 

「姫様………」

 

呆れ果てたという感情をそのまま声に乗せてくるので思わず目を逸らし

 

「それよりも少し周りを見回ってみない? まだ日が落ちるには時間があるのだから勿体ないわ」

 

「いっそここでその帽子とサングラスを外させて貰っても宜しいでしょうか?」

 

ニコリと容赦のない事を普通に言う傍付にうぅ……と声を漏らす。

数秒そんな感じで対峙しているとアルフが溜息一つで

 

「…………また私が今回だけですよ、と言わないといけないのですか…………」

 

「────本当!? ありがとう、アルフ!」

 

即座に直ぐに手を取って喜びと感謝を告げる。

すると少年は少し頬を赤らめて

 

「だ、だからひ、……………お、お嬢様。余り直ぐ触れるのは止めてくださいっ」

 

「あら? どうしてかしら? 昔はよく手を掴んだり抱き合ったりもしていたじゃない? 髪だって梳かして貰ってたりもしていたじゃない?」

 

「手を掴んだり抱き合ったりはダンスや乗馬の練習とかですし、髪も今はベアトリス様に頼んでいるじゃないですか…………そういえばベアトリス様は?」

 

「撒いちゃった♪」

 

 

 

 

 

ベアトリスは校門で両手を校門に体を支える様にしながら荒げる息を抑え様と努力していた。

授業が終わり、姫様の教室に直ぐに向かう中、姫様と途中で会えたのに、何故かそのまま笑って逃げるから追いかけていたのだが、あっという間に逃げられてしまったからだ。

実に当たり前の事なのだが、姫様は文武両道。

 

 

そう、文武両道である。

 

 

つまり、当然、運動神経も並み以上であり、運動神経に特別秀でたわけではない私は置いてかれるのは当たり前の解答であった。

 

 

 

「ひ、姫様ぁ…………」

 

 

 

 

「後でベアトリス様には一言言って下さいね………」

 

アルフが空を見上げてまるでそこにベアトがいるみたいに切ない表情をするものだから、勿論、と言いつつ笑ってしまう。

 

「ベアトとは上手く付き合えていているわね」

 

「ええ、とっても身近に共通の話題があるので」

 

その言い方に思わずクスリと笑ってしまう。

直ぐに彼が何か? と問うので特別な事じゃないのだけどもと前置きしながら

 

私と出会った後も(・・・・・・・・)ガチガチだったのに、今ではすっかりそんな風に言えるようになって嬉しいと思ったの」

 

「父が今の私を見れば殴り殺している気もしますが…………しかし、お嬢様が息詰まらない様にするのも一つの仕事だと思うようになったので」

 

それに関しては心底に感謝をしている。

もしもあのまま一人のままだったかと思うと今でも少し体が震えそうになるのだ。

本当にどうなっていたのか。

意外とどうにか出来ていたのかのかもしれないとも思えるようになったのは余裕が出来たのだろうか。それとも過去を美化しているだけか。

でも、例え出来ていたとしても、やはり今、こうして自然と話し合える相手がいるというのがどれだけ幸せな事か。

気付かれた時はとてつもない恐怖の化身のように見えた彼が今は私だけの騎士(ナイト)のようになってくれたのだから。

 

 

 

だから彼と出会い、私の事を気付いた事に関しては神様にずっと感謝している。

 

 

 

でもそれはそれとして

 

 

「────でも最近は貴方、私から一歩置くんだもの」

 

理由は理解してもそうはっきりと一歩を置かれたら女としては傷付くものである。

その事にうっ、と自覚はあったのか。少し呻くように声を漏らす。

 

「そうは言われましても…………あのですね、ひ……お嬢様。傍付である私が言うのもなんですが余り女性が男性に触れるのは感心できませんし、根も葉もない噂をされますよ」

 

「言いたい人には言わせておけばいいと思うわ」

 

「有名人程度ならばそれでいいのかもしれませんが、お嬢様は地位もある御方なのですよ。その…………スキャンダルのような事になったらどうするのですか」

 

後半は小さくこちらに呟く彼に、本当に終始こちらの心配をしてくれている事を改めて理解する。

その事は当然、有り難いのだけど、とは思うけど不意を突いて彼の耳元に口を近付けて

 

 

 

「────別に貴方となら構わないわよ?」

 

 

 

と小さく笑みを付けて言ってみた。

 

 

 

 

 

 

 

本日二度目の小悪魔姫様の出現にアドルフはとりあえず我慢した。

 

己………!!

 

思わず心の中では素で悪態をつくが、負けてはいけない。

今もクスリ、と小さく笑って吐息も耳に残す必殺技を行う姫様に対して男性代表として負けてはいけないのだ。

すると近くを歩いていた年配の女性が聞こえていたのか、こちらに振り向いて手を横に振って無理無理無理、とジェスチャーをするのはどういう意味だ。

そうしているとこっちに向いていたからか、前方不注意になっていた姫様に前から来た男性とかるくぶつかってしまい

 

「きゃっ……!」

 

体勢を崩して、と思う前に即座に腕を伸ばし、崩れようとして助けを求めるように伸ばした腕を掴み、即座に引っ張る。

腕、腰、足に姫様の重みが伝わってくるが、小柄な女性である事を考えても軽く感じる少女の軽さを計算に入れていなかった為、勢い余って

 

「────あ」

 

至近距離に姫様の顔を知覚し、更には密着する体温をリアルに感じ取ってしまった。

数秒程、きょとんとした顔を浮かべていた姫様は、流石にこれ程の距離は恥ずかしいのか少しずつ顔に赤色が付いていくのを察知して

 

「も、申し────」

 

訳ありません! と叫ぼうとしたら赤い顔のまま、しかし何時ものように稚気が籠められた笑みを浮かべ

 

 

 

「─────女の子に責任を取らせるつもり?」

 

 

 

思わず空を見上げるが、とりあえず英国男子として受け継がれた血が全く以てその通りだ、と同意している時点で負けな気がする。

だけど一つだけ天から見下ろしているかもしれない神様に愚痴りたい。

 

 

 

確かに自分がはっきりとした態度を取らないのは悪い事かもしれないが──────様々な意味で易々と触れてはいけない相手なのだ、という事は知って貰いたい、と

 

 

 

とりあえず自分に対しての言い訳として今は少女は姫様では無くお嬢様であり、先程のようにまた誰かとぶつかって少女の正体や怪我などをして貰ってはいけないのだ、という事にして────少し肘を曲げて少女に差し出す。

 

「拙いエスコート役ですが………今回だけですよ」

 

そう言うと姫様は嬉しそうに笑ってするりとこちらの肘に腕を絡めて

 

「喜んで」

 

と微笑んでくれるので、そう微笑んでくれるのならば自分がした事は間違っていないのだ、と思う事にした。

 

 

 

 

 

シャーロットは温もりを感じながら、しかし特別な事をするのではなくただ二人で街を歩くだけにした。

それだけで十分に幸福だったし、それだけで十分に夢が叶ったかのように思えたからだ。

まだ17しか生きていない小娘が何を満足しているのか、という感じだがいいのだ。

これでいい。

きっとこれで満足するべきなのだ。

それはきっと私にとっては寝る時に見る夢である(・・・・・・・・・・)のだから。

つい意地悪してしまうけど、私をエスコートしてくれる少年の態度は正しく現実と未来を見た上での態度なのだ。

だから、夢が現実になったかのような今の状況に──────嘘吐きの自分からついポロリと本音が出てしまった。

 

 

 

「────まるで夢のよう」

 

 

 

 

 

 

その儚い呟きを、アドルフは聞いてしまった。

 

「────」

 

夢のよう、と少女は呟いた。

少女の状況を考えれば、変な話だが、まるでそれこそ少女は童話のシンデレラのように今、この時間と状況こそが魔法にかけられたお姫様のような、と言わんばかりに少女はきっと誰にも聞かせるつもりが無かった言葉を漏らした。

 

 

夢のよう。

夢のよう。

夢のようだって?

 

こんな普通の街中で、自分のようなつまらない男と腕を組み、自分の姿と正体を偽り、本当の名前と正体を(・・・・・・・・・)失くした人生を夢のよ(・・・・・・・・・・)うな時間と言うのか(・・・・・・・・・)

 

 

自分のような何も出来なかった無力な男一人を理解者にして、それだけでいいのだ、と少女は言うのか。

たった、たったそれだけの報酬でもう満足と少女に思わせて、俺はいいのか。

 

 

 

いい訳がない(・・・・・・)

 

 

 

だから、まず少年はそれとなく近くにあった公園に向かった。

自然公園らしく緑豊かな場所で人影が無いわけでは無いが、上手い事、こちらの周りに人がいない状態になれたので、そこで一旦、少女の温もりを手放す。

あ………、と呟かれるが構わない。

その後に、自分は下が地面である事なぞ一切気にせずに、膝を着き、ようやく言いたい事を口に出す。

 

「姫様」

 

「……何? アルフ」

 

「───必ず、姫様の事を理解してくれる人が現れます」

 

水色の瞳が少し大きく広がる事自体が己の恥だ。

例えそれが仕方が無い事だったとしても、少女の味方になれる人を誰一人として作る事が出来なかったのだから。

でも、根拠がないわけじゃない。

 

「まず姫様にはベアトリス様がおらっしゃいます」

 

「…………でもベアトには」

 

「確かに言っていませんね」

 

そう、ベアトリス様には姫様の真実はおろか姫様が何を為そうとしているのかも未だ告げていない。

そういう意味ならば味方とは言えない、と思うのは無理はない。

 

「しかし、きっとベアトリス様は姫様が何を為そうと──────きっと姫様の絶対の味方になられると思います」

 

「それは…………」

 

「分かるのです」

 

きっとベアトリス様は何があっても姫様の為に生きようとするだろう、と。

常にあの小柄の少女のどこにあるのかと思われるような意志の熱量が、瞳から感じ取れるのだ。

だから、私はベアトリス様を心から敬服し─────感謝しているのだ。

 

 

 

ああ──────自分はこの人の唯一にならずに済んだ(・・・・・・・・・・)のだ、と

 

 

 

それでいい。

これから先の事を考えれば、少女の味方が一人であってはいけないのだ。

そのせいで自分が唯一でも特別でも無くなってもいい。

ただ、この少女がもう一人では無いと思い、そして幸福であってくれれば自分は路傍の石となって果てようが捨てられようがいいのだ。

だから

 

 

「こうして一人、姫様に味方が出来たのです────きっともっと増えますよ」

 

 

何より、と思い、一度深く周りの気配に注意を向ける。

近くに一切人がおらず、視線も感じない。

15秒程、深く調べても感じ取れずという結果が出、告げる。

 

 

 

「何よりも───貴女が信じる貴女(・・・・・・・・)がきっと手を取りに来てくれます」

 

 

 

ここに誰かがいたとしても言葉の使い方がおかしいだろ、と指摘される文章を敢えて使う。

それで分かってくれると分かっているし、完全に口に出すわけにもいかない。

頭を下げているが故に少女がどんな表情を浮かべているかは分からない。

しかし、息を吸う音から何かを言うのは分かったからこちらも返す為の息を吸う。

 

 

 

「…………もういないかもしれないのに?」

 

「私があの後調べた事はご存知でしょう?」

 

「だとしても逃げちゃったかもしれないわ」

 

「だったらもう少し声色を低くしましょう、姫様」

 

「もう……………貴方はどうしてそこまで私を喜ばせてくれるの?」

 

「それは勿論─────仕事なので」

 

「嘘吐き」

 

 

笑って言われて、自分も思わず笑う。

全く以てその通りだ。

ここまで盛大に噓ばっかり言う人間が姫様の傍付だと知られたら世間はどんな風に非難してくれるか実に楽しみだ。

噓こそ最大の悪徳とよく言われているが、別に構わない。

もしも地獄に堕ちようが、煉獄で焼かれようが─────この御方が幸福になる道だけを俺は望む。

だから

 

 

 

 

 

「──────それまでは私が必ずお守りします、我が君よ」

 

 

 

 

 

プリンセスは、告げられた言葉にどう返すべきかを悩んだ。

内から燃え上がる様に吹き出る想いに、必死に蓋をしながら、どうすれば彼の献身に返す事が出来るかと思った。

でも、やはり上手い言い回しは思いつかなくて、と思うと何だか急にあの時の誓いを思い出す。

己の願いを告げた時も、少年は何時も通りこちらを案じて、そして最後には私の願いを支えると誓ってくれた。

その時も私は感極まって何か言おうと思ったのだが、特別な事を言えず、結局

 

 

 

 

「ありがとう…………アルフ」

 

 

 

そんな平凡な答えを、彼に告げたのであった。

たったそれだけの返答に、しかし少年は顔を上げる事無く、それで満足だと告げる様に不動。

だから、少女はその事実に、彼が今もそこにいるのだ、という事に

 

 

 

 

 

嗚呼、尊いな、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

離れたくないと思う程に。

 

 

 

 

 

 

 

 




最早死すら生温い。さぁ、皆さん、遠慮なく殺すがよい─────自分を。


あぁーーーーーーーーーーー!!! 自分は何故プリプリだとこうなるのだぁあああああああああああああああああ!!!



感想・評価などよろしくお願い致します。
次回で原作第二話な感じです。
更新を急ぎたい為、何時もより短いと思われるかもしれませんがご了承をお願い致します。


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case2:嘘吐きの少女達

 

 

何度も諦めれたらと思った。

 

何度も心を折ろうと思った。

 

 

世界に価値なんて無いと思った。

正しさは何時も強さと卑劣さに挫け、弱さは悪辣さと卑小に圧し潰される。

楽になろうとして何が悪い、と思った。

周りの人間を見るとそこには生真面目に努力をしようとする人間もいたが、大半は逃げようとする人間ばかりだった。

そんな人間は決まって努力する人間を馬鹿な事を、と嘲笑う。

その通りだ、と私も何度も思った。

周りは流石は天才だ、とか言うが私はそんな事を思った事が無かった。

苦しい、辛い、逃げたいなど何度も思った。

もしも一人ならば間違いなくそうしていた。

 

 

 

そう─────一人なら(・・・・)

 

 

 

 

 

たった一人の親友を地(・・・・・・・・・・)獄のような場所に置い(・・・・・・・・・・)てきた(・・・)

 

 

 

あの日の後悔を、忘れた事が無い。

何度も夢に見た。何度も空想で形作った。

 

 

 

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

 

間違いはどこだったのか、と考えた。

決まっている、出会った事だ、と己を憎もうとして憎めない自分が憎らしかった。

憎んだらあの幸福の光景までも憎まなければいけないと思ってしまったからだった。

そうして今度は己の事しか考えていないのか、と恥に思う。

自分が無駄な思考をしている事は途中から理解していた。

解った上でも思考が勝手に後悔を生み続けるのだ。

 

 

死を考えたのは一度や二度では無かった。

 

 

その程度でしか彼女に報いる方法を思いつかなかったからだ。

しかし、それでは駄目なのだ(・・・・・・・・・)と気付かされた。

何故なら残された少女が懸命に生きている事を情報で知ったからだ。

無論、それは戦争に放り出されて生き残っている、とかそういう情報では無かった。

ただ残された少女がただ状況に合わせて生きている、というだけであった。

それがだけ(・・)じゃないのは私はよく理解していた。

少女の状況は謂わば唐突に異世界に放り出されたのと何も変わらなかった。

何も知らない、誰もいない、言語ですら同じなのに別のように感じる世界に少女は放り出されたのだ。

 

 

それも自分に気付かれたら死ぬ、という酷いルールも付属されて

 

 

 

史上最悪のかくれんぼであっただろう。

鬼は周り全て、かくれようにも己の姿を隠す事が出来ないのだ。

故に欺く。

私も鬼の立場なのですよ、と仮面を被って嘘を吐く。

口で言えば簡単だが行っていた少女の難行を考えればどれ程の辛苦だったか。

 

 

 

 

そう思った時、私は弱音と笑みを捨てた。

 

 

 

泣き言など言う資格無しと判じた。

泣こうにも泣けない友達がいるのを知っているから。

少女に会うまでは笑みを浮かべずにいようと思った。

彼女が心の底から笑みを浮かべれる環境にいないのに自分が楽しんだり喜んだりするのは間違いだと思ったから。

だから、私は友達が生きる為に周りも自分も騙して生きるのに倣って──────否。

 

 

 

 

 

彼女が生きる為に自分と周囲を騙すのならば──────私は彼女を救う為に世界を騙そう───────

 

 

 

 

そうやって私は10年。

私は嘘吐き(スパイ)になった。

 

 

 

 

 

「アンジェ、あそこの窓だ」

 

アンジェ。

その名前で言われた瞬間に機械が起動するかのように動き出す自分を客観的に自覚しながら、アンジェは指示された場所をフェイスパウダーに偽装した望遠鏡で覗き込んだ。

そこにあるのは茶会の様子だ。

金髪の滑らかな長髪を遊ばせた気品ある少女と亜麻色の髪をした小柄な少女が紅茶を飲みながら歓談している姿だ。

 

「シャーロット王女。王位継承権第4位ではあるけど政治的なバックが無い為、一部には空気姫なんて揶揄されているけど、まぁ、王女である事は確かだからこの学校でも衛兵に囲まれている」

 

「文武両道、容姿美麗、性格はお淑やかで穏やか。現女王のお気に入りで、国民からも人気がある。黒蜥蜴星人にもスカウトしたいくらいだわ」

 

「幾ら見た目中身完璧でも黒蜥蜴星人の姫になるのは御免だろうさ」

 

赤みがかかった長髪を腰まで伸ばした己の同僚でもある少………………女性、作戦コード名、D。

ドロシーが悪意のない皮肉を溢すが別にどうでもいい。

 

「そんな事は無いわよ。黒蜥蜴星は福利厚生充実よ、王族であっても例外無しよ」

 

「そりゃいい! 私達もそれくらい楽出来るんなら住みたいねえ」

 

「二十歳の女には厳しい世界よ」

 

「3年後を楽しみにしていろよ…………!!」

 

無視する。

 

「もう一人の、あの少女は?」

 

「ベアトリス。下級貴族の娘らしい。理由は不明だけどプリンセスが学校においてほぼ唯一と言える交友相手だ。侍女も兼ねているらしい。ざっと見ていたがどうもベアトリス本人の意志らしいな」

 

「つまり、割って入るには強固な関係。完全にシャットアウトしているよりは手強いわね」

 

人間関係が閉じている人間を解放する手段なんて幾らでもある(・・・・・・)

人の心程移ろいやすいものも無ければ、不定の物は無い。

一日前に聞いた曲を気に入らなかった人間が次の日に聞いたら気に入るなんて事がざらにある。

信じているとあれだけ叫んでいた人が数日後には容易く言を撤回するのを何度も見た。

それに私達はスパイ。

 

 

人が信じてしまいたくなる嘘のような言葉と振る舞いをする生き物だ。

 

 

閉じた心何て得意分野だ。

だが、あんな風に特定の人物のみ接しているという事は他人に対して開く扉を用心しているという事なのだろうか、と思いながら、特に諦める事は無いと判断した。

その程度では不可能には余りにも程遠い。

 

「さて、チェンジリング作戦の為にもここは一つ主席兼作戦の要であるアンジェ。何か案はあるかい?」

 

「不用心過ぎ。油断は拷問部屋に直結よ」

 

チェンジリング作戦。

妖精の話を例えにした、聊かロマンチックな作戦名だが、妖精というものが善性の存在として描かれていたわけではない事を考えると悪趣味な作戦名なのかとどうでもいい事を考える。

内容は実にシンプルだ。

 

 

私とプリンセスが入れ替わるのだ。

 

 

それ以上でもそれ以下でもない。

己の容姿がプリンセスに似ているからこそと形作られた作戦。

実際、相手が空気姫であったとしても王室の関係者に私達、共和国側のスパイが入り込めばどれ程の有利が生まれるかなど考えるまでも無い。

 

「流石のアンジェも事の大きさに緊張してきたかい?」

 

「別に。任務なら遂行するだけよ」

 

事の大きさなんて関係ない、と呟きながら望遠鏡で歓談をしているプリンセスを見ていると

 

 

 

……………え?

 

 

一瞬の大きな変化を見て、少し心を乱したのを騙しながら(・・・・・)アンジェは望遠鏡で一人の男子がプリンセスに近付くのを見て

 

「ドロシー、あの男は───」

 

「アンジェ、直ぐに目を離し、下がれ」

 

理解よりも先に同僚の言葉に従う。

そうすると当然、目視では見れないが、仕方がない。

吐息を一つ、吐く同僚を見ると恐らくこの行為が正しかったのだ。

 

 

 

 

 

アドルフは振り返った。

 

「……………」

 

一瞬で得た感覚は消えた。

暫くそのままの態勢で感じ取った視線を辿ってみるが、再び見られている感覚に陥る事は無い。

 

 

 

……………単に見られただけか? 

 

 

周りに人が決していないわけではないのでその可能性があるのは十分にあるのだが……………今の時点では判断材料が無い。

保留にはするが油断は捨てる。

簡単だ──────常に注意すればいい(・・・・・・・・・)

 

「アルフ?」

 

姫様がこちらの振り返りに疑問を思って、こちらに振り返るからアドルフはしまった、と感じつつも一切顔には出さずに努めて笑顔で応対する。

噓には、もう慣れている。

 

 

 

「いえ──────何でもありませんよ、姫様」

 

 

 

 

 

「この距離からでも気付かれるんるかもしれないんだから気ぃ使うよ」

 

ドロシーがそんな事を心底から(・・・・)呟くから信じられると判断出来た。

己を首席とか言って持ち上げるがドロシーとて此処にいる時点で優秀なスパイなのだ。

その少女がそう言うのならば信用出来る事だ。

 

「彼は?」

 

「アドルフ・アンダーソン。一応貴族ではあるらしいが元は軍人家系らしいな。名誉騎士って言うのかね。だけど、そのお陰か、本人の実績かは知らないが現女王にプリンセスの傍付を命じられはべっているらしい。流石に四六時中ってわけじゃないけど、それ以外だとほぼガードしている──────正直、周りの衛兵は飾りなんじゃないか?」

 

「プリンセスの荒事における切り札、という事かしら。どっちにしろ手強いわ──────真正面からじゃ」

 

ほぅ、と愉快そうに呟くドロシーに私は終始無表情。

 

「じゃ、どうする?」

 

「そうね─────まずはパーティドレスね」

 

即座には? という顔になるドロシーを一瞥しながら─────鉄面皮の下でたった一つの疑問を抱く。

 

 

……………プリンセス?

 

 

ほんの刹那でしかその変化を見れなかったが…………アンジェが見たのは笑みであった。

誰かがそれを見たら普通の笑みだと言うのだろう。

親しい人でもそう思うかもしれない。

でも、私は違った。

 

 

あれは心底から出た喜びか、嬉しさによって形作られた笑みだった。

 

 

疑いはしない。

気のせいだったとも思わない。

だって、その笑みをまた見たいが為に私はここに立っているのだから。

だからその笑みを向ける相手がいるという意味はよく理解している。

 

「─────」

 

思う所が無い、と言えるような生半可な覚悟ではこの場にはいない。

でも、そうであったとしても

 

 

良かった…………

 

 

貴女が心底から笑みを向ける相手がいて、本当に良かった、と■■■■■■は思った。

 

 

 

 

 

 

外務卿主催のパーティが始まり、プリンセスはお馴染みの、と口には出してはいけないが少し疲れる挨拶周りを行っていた。

大抵の人は私の挨拶と笑みを見て、実に分かり易い表情を浮かべる。

取り繕ったえみを浮かべるか、心に一物を持った笑みだ。

偶に本当の笑みをくれる人がいたりするが、そういうのは稀なのは分かっているのでこの挨拶は必要な事は解っても少ししんどい事だ。

でも、一つだけ嬉しい事がある。

それは

 

 

「─────失礼、皆様。余り続くと姫様もお疲れになるので、どうか一度間を取って貰えますでしょうか」

 

 

傍で控えていたアルフが冷静な顔で頭を下げて懇願すると仕方がない、と浮かべる顔もあれば露骨に余り見たくない表情を見せる者もいるが少年はそこら辺無頓着に捌く。

人の悪意に鈍感というわけでも無いのにそういう風に強行してくれるという事がどういう事か、私もそこまで鈍感では無い。

 

「ありがとう、アルフ」

 

「姫様のお体こそが一番大事な事ですから」

 

余り目立たないように小声で喋るのも随分と慣れたものだ、と私は笑い、アルフも私にだけ見える様に小さく笑った。

 

「ベアトリス様も大丈夫でしょうか?」

 

「はい、勿論ですアドルフ様。姫様が一番頑張っているのに私が音を上げるわけにはいけませんからっ」

 

むん、と可愛らしく頑張るぞ、とアピールしてくれる侍女が頼もしくて嬉しい。

有難い人が二人もいるとどんな場所でも自分の居場所のように思えるから素敵だ。

この二人の尽力に応えれるような自分にならないと、と思いながら口では

 

「でも、ベアトもアルフも少しはパーティを楽しんでいいのよ? 私ばっかり気を遣われたら今度は二人の気が休まらないでしょう?」

 

そう言うと二人は一度目を合わせ、直ぐにうん、と頷き

 

「姫様から目を離す方が気が休まりません」

 

と同時に全く同じ事を言うから思わず一歩引く。

 

「そ、そう? 私、そんなに頼りないかしら」

 

「いえ、姫様は頼りがありますし、とっても凄い人です!」 

 

「ですが、同時に行動力の塊過ぎて何をされるかが読めませんので」

 

ベアトが持ち上げ、アルフがジト目で痛い所を突いてくる侍女と傍付のコンビプレイにうぅ、とプリンセスは周りには気付かれないようにダメージを受ける。

どうでもいいのではあるけど、ベアトも小声で喋るの上手いわ…………。

 

「アルフ…………こんなに強く且つクールになって………出会った時はあんなにも可愛かったのに………」

 

「おや、姫様。あそこにニンジンのサラダが置いてありますよ。山盛りで取ってきましょうか?」

 

口が引き攣りそうになって冗談よね? と場の雰囲気に合わせた笑みで小首を傾げるが、少年は冗談ではありませんが? と瞳の奥に隠した本音を鉄面皮で覆った答えが帰って来るので本気だわ…………とプリンセスは理解する。

ちなみに私はニンジンが苦手である。

ついでに傍でベアトが成程……と頷いているのがとっても頼もしい反面怖い。

 

「……………アルフ、怒っている?」

 

「いえいえ、ただの傍付が姫様に対して怒りを覚えるなんてありません」

 

絶対嘘だ。

言葉にはしなかったが、今、物凄く小さな動きで多分って漏らしたのを見逃さなかった。

 

「そ、そういえば………あの、姫様? 一つ聞いて宜しいでしょうか?」

 

少しこちらの旗色が悪いのを察してくれたのかベアトが話題を変える様に提案してくれので自分もそれに即座に乗る事にする。

瞬間、物凄く小さな舌打ちが聞こえた気がするが、そんなやさぐれた傍付は記憶にはいないので聞かなかった事にする。

 

「え、ええ。何かしら? ベアト」

 

「あの、その………姫様はどうしてアドルフ様をそんな略称で呼ぶのですか? アドルフ様を愛称で呼ぶにしても少し違いますよね?」

 

ああ、成程とベアトの質問に納得する。

確かにアドルフをアルフは少し略し方としてはおかしいとは思う。

では何故アルフなのかというのは実は私も知らない(・・・・・・)

そう呼んでいる、ととある友人から教えて貰ったのをそのまま使い続けていただけだからだ。

だから、この場ではどう答えようかと思う。

一瞬、アルフが肩を強張らせていたのを大丈夫よ、と小さく笑って安心させる。

友人がどう思って彼をアルフと呼んだかは知らないが、私の中では決まっている。

それは

 

 

 

「だって────出会った当時は可愛かったから。アドルフじゃ厳めし過ぎると思ったんだもの」

 

 

だから、折衷案でアルフにした、と半ば本心の言葉を聞いた二人は何故かベアトは顔を赤くし、アルフは天を見上げながら片手で顔を覆っている。

あらあら、と笑っていると

 

 

「こんにちわ!」

 

 

と場に響くわけでも無いけど、何故か耳に残る声を聴いた。

また、誰か挨拶に来たのか、と思って声がした方向に振り返り

 

「───────」

 

途轍もない既視感に襲われる。

銀髪の髪を短く纏め、体に青と黒の綺麗な夜空のようなパーティドレスを纏いながら、ワインをグラスを持っている少女。

顔には眼鏡をかけ、そしてとても綺麗に笑った少女がいた。

 

 

見た事なんて無い。

見覚え何て無い筈だ。

 

 

でも、気付いたら

 

 

「こんにちわ────どこかで会ったかしら?」

 

 

と本音が零れた。

直ぐ傍でアルフが自然な形で前に出ようとしたら赤みがかかった髪をしたスタイルがいい少女がアルフに倒れこむのを見るが、顔が赤いのを見ると酔っ払いらしい。

何時もならそっちにも顔と注意を向けるのに、今はそんな気が起きない。

だけど少女は首を振って、初めてだ、と告げる。

そう答えられるとそうよね、と思うと同時に何故か噓、という言葉が心から湧き上がる。

その疑心に必死に蓋を閉めながら姫としての笑みを浮かべながら、名前は、と聞く。

すると

 

 

アンジェ(・・・・)

 

 

息を呑みそうになる名前と

 

 

「私と───お友達になってくれませんか?」

 

 

とっても懐かしい響きが記憶と心を揺さぶった。

 

 

「      」

 

 

 

漏れそうになったのは今までの全て。

知ってる。

知ってる。

知っている。

その言葉を覚えている。

その言葉を忘れる事なんて出来ない。

ずっとずっと覚えていた。

辛い事も苦しい事も悲しい事もあったけど、その言葉だけは後悔しなかったと記憶した言葉がある。

だから、漏れそうになる言葉を微笑で閉じて

 

 

「私はつまらない人間よ? お友達になっても楽しくないと思うわ」

 

 

と返した。

まるで演劇のよう、と思いながら、この二人だけの舞台を私は心から楽しむ。

 

「ううん、楽しい」

 

「どうして?」

 

合いの手を入れる様に、ダンスで手を取り合うように言葉を告げて、返す。

銀髪の少女も一切変わらない笑顔で、でもやっぱり私のように台詞を言うように────でも一瞬、覗いた懐かしむ様に、愛おしく思うような表情を浮かべて

 

 

「私達──────正反対だから」

 

 

貴女が信じる貴女がきっと手を取りに来てくれます────────

 

 

そう言ってくれた傍付の少年の言葉が脳内で再生される。

直ぐ傍に今もいる少年の言葉を信じていなかったわけでは無い。

少年の言葉は信じていたし、少女の存在も信じていた。

信じてはいたけど直面すると涙すら浮かべたくなる。

 

 

 

奇跡というものがあるのならば今夜の事だろう。

 

 

 

「いいわ───────」

 

 

長年培ってきた処世術はこんな時でもちゃんと笑みを浮かべさせてくれる。

その事が、少し悲しかったけど、でもやはり嬉しさが体を貫く。

 

 

 

あぁ…………

 

 

 

心の中で涙を流す。

今こそはっきり断言しよう。

私は幸福なのだ、と。

 

 

 

 

 

何故ならこの世で最も信じる二人が約束を守ってくれたのだから─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は比較的シリアス…………というよりはアンジェが出てくると砂糖だけになるのは不可能で御座います。いや、アンジェが悪いとかいうわけじゃないのですが。

今回はアンジェの心理描写がかなり作者個人の見解が入っているので、何かこれ違うんじゃとか思う人が出るかもしれませんがご容赦をお願い致します。

次回はダンスパーティーを駆け足で終わらせる感じになると思います。
中身を弄る理由が全く無いのでここのシーンはそういう意味では二次創作泣かせなんですよねぇ。避けた相棒は正しい選択をしました。ちくしょう。

感想・評価などよろしくお願い致します。


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case3:あなたに幸福を

その後、アドルフは姫様が友達になろうとする不思議な少女が倒れこんで姫様のドレスを持っていたワインで汚したので一旦個室で着替えるのを入り口で見張っていた。

内部で色々と騒いでいるが、少しだけ衣擦れの音がした時は鼓膜を捨てようと思ったが、流石に耳から血が出ている人間が姫様達がいる個室の前で警護するのは無理がある故に我慢するしか無かった。

 

 

何故、俺は男として生まれてしまったのだ…………!!

 

 

女として生まれていれば鼓膜を捨てなくても良かったのに…………!! いや、だがしかし女性の体ではやはり姫様を守るのは身体能力的に難しいかもしれないのだろうか?

確かに姫様やベアトリス様を見ると途轍もなく華奢な体に思える。

男性の拳や蹴りを受ければ直ぐに折れるんじゃないか、と思うような見た目だ。

ならば男性であって良かったの方が多いか、と思い直す。

そう思っていると

 

 

「本当に失礼しました………!」

 

 

と一礼して出てくる少女が二人。

片方はさっき前に出ようとした自分に酔っ払って倒れこんできた赤みがかかった髪の色をした少女と件の銀髪の少女…………アンジェという名前の。

自分がいるのを見て、直ぐにペコリと赤みがかかった髪の少女は一礼し、銀髪の少女は本当に申し訳ない、という感じで一礼してくる。

それだけならばいいのだが、その手に姫様のドレスがあるのに気付くと少し目が細くなってしまう。

 

 

何故ならば最初からこの少女には違和感しか抱いていないからだ。

 

 

「…………君、確か、アンジェという名前でしたよね?」

 

「は、はい! こ、今回はま、本当に申し訳ありませんでした…………!」

 

 

本当に泣きそうな顔で謝って来る少女の態度にアドルフは噓を見つけることが出来なかった。

言動にも態度にも最初から今まで噓を見つけられなかった────けど(・・)

 

「…………君」

 

だからこそ、それを言おうとして

 

 

 

トントン、と背後から響く小さな音に遮られた。

 

 

「………………」

 

目だけで扉に振り返る。

扉はそれ以降無音。

つまり、これ以上は踏み込むな、と言うのか。

何故だ、と思うが、今この場で追及するわけにはいかなかったから、つまり俺の一人負けが決定されたのであった。

 

「……これ以降は気を付ける様にして下さい。姫様だから許されましたが、他の者にしたらどうなっていたか分からないですから」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

やはり嘘も悪意も感じれない。

気のせいではないのだとは思うが、ここまで見抜けなかったら自分の目を疑いそうになる。

だが、まぁ、それならもう一つの違和感なら聞いてもいいだろう。

 

「アンジェさん────貴女、どこかでお会いしましたか?」

 

そんな風に質問すると本当にキョトンとした顔でいいえ、と答えられてしまう。

その答えと顔にも噓が見受けられない。

自分も正直、記憶の中で当て嵌まる記憶が無いからじゃあ気のせいか、と思う所なのだが…………何故か納得がいかない。

いかない、がしかし余り引き止めるのも良くないので謝罪を一度してから二人を見送った。

二人の姿が消えた後、周りの気配も探った後に

 

「…………何故止めたのですか姫様」

 

「私が問題ないって思ったからよ」

 

扉一枚越しに姫様の気配と繋がりを感じながら何を馬鹿な、という感じで首を振る。

 

「問題大有りです────あのアンジェという少女、わざとですよ。ワインを溢したの」

 

余りにも自然であり、しかもドレスで足元が隠れていたが、それでもつんのめる姿勢に不信を覚えた。

常に警戒態勢でいようと思っていたのが幸いだった。

お陰で些細な演技を見逃さずに済んだ。

 

「ドレスを奪おうとしている程度ならまだいいですが、いや良くないですが、もしも何か大事に繋がるような─────」

 

「ねぇ、アルフ。アンジェっていう子に見覚えがあったの?」

 

こちらの言葉を切ってまで告げられた言葉に、少し眉を顰めるが

 

「……いや、多分気のせいだとは思うのですが…………」

 

確信は無いのだ。

いや、何か言い方はおかしいかもしれないが、見覚えは無いのに、見覚えがあるのだ。

いや、何かこれも違う気がする。

そう、見覚えが無い、というか────見覚えがある姿になる(・・・・・・・・・・)には欠けている(・・・・・・・)というか。

何か意味が分からない感覚にどう告げればいいかと言いあぐねていたら、小さな微笑の吐息がして

 

 

 

「─────貴方は何時も私達(・・)ですら忘れて置いていった私達(・・)を見つけるのね」

 

 

 

え? と思わず呟く。

何故なら本当に意味が分からなかったからだ。

私達? 達って誰だ? 俺が見つけた人はこの人しかいないはずなのに。話の流れから察するともう一人があのアンジェとかいう少女の事か?

確かに見覚えがあるにはあるが、それとて意味の分からない違和感があるからそう思うだけでやっぱりこちらの気のせいでしか無かったと思う所だ。

 

 

 

なのに…………それをどうしてそんなに嬉しそうに、しかしとても寂しそうな声音で告げるのだろうか?

 

 

 

だから、思わずそれを指摘しようとし

 

 

 

「アルフ─────始めるわ」

 

 

心臓が凍るような言葉が全ての思考と感情を停止させた。

 

 

始める

 

 

何を始めるのかも説明していない言葉が、逆にそうなのだと納得させた。

それはとても分かり切っていた可能性で、覚悟していなければいけない事で、だから自分も直ぐに覚悟は決まっていました、と返事をしなければいけない。

だから直ぐに息を吸って

 

 

「──────」

 

 

何も言えなかった。

息を吸い、口を開き、舌を動かそうとした時点で止まる。

何度も何かを言おうとして口を開こうとするのだが、何も言えなくなる。

それでも何かを言わなければいけないと思い、脳の反応に任せるると

 

「…………そう、ですか…………」

 

と余りにも弱弱しい言葉を吐いて死にたくなった。

ここで、強くはい、と言えないでいるなんて最早恥以外の何物でもない。

そうなると分かって身命を捧げたはずなのに、いざという時になったら弱気になるなぞゴミにも劣る。

だから、直ぐに訂正しようと無理矢理に息を吸っている間に小さな笑い声が扉越しに聞こえ

 

「ごめんなさいね、アルフ。何時も私は貴方の献身を裏切ってばっかり」

 

その言葉に思わず湧いた言葉は違う、だ。

姫様が謝る事なんて一つも無い。

謝るのはこちらの方なのだ。

貴女の道を支えると誓ったのに、守ると誓ったのに、何時も私は何の役にも立たない。

だから、それは違うのだ、と今度こそまともに動く口を動かそうとして

 

「駄目。ベアトがいるもの」

 

こちらの動きは全て読んでいるとばかりに結局全ての動きが止められた。

流れは確かに全て断ち切られた。

失敗したとしか言えない。

結局、何時も自分は姫様の大事な時に何も出来ないままだ。

無様という単語は自分の存在から生まれたのではないかと自嘲したくなる。

だが

 

 

「──────お願い、アルフ。今は支えて」

 

 

姫様にそう言われたら最早返す言葉は一つしか残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

そして全ての流れをアルフは他人事のように見届けた。

アンジェという少女とドロシーという少女が西側のスパイである事。

その上で手を取りたいと。

 

 

私は女王になりたいの、と。

 

 

当然、スパイの範疇を超えた申し出に向こうは出し渋る様子ではあったが、途中で自体が急変した。

 

 

共和国の外務員であるモーガン議員が狙撃されたのだ。

 

 

周りがパーティに遅れて登場したノルマンディー公の仕切りでボディチェックが始まる。

自分達、王族関係者には不躾なボディチェックはかからないが、そうしているとアンジェという少女がまるで別人格になったかのような強気の笑顔で鍵を取り出し、これを預かって欲しいとの事。

鍵の内容は知らないし、この二人がこの騒ぎの原因かと思うが、別にどうでもいい。

気にする事は取引成立は丘の上の青銅の鐘が鳴るという。

 

 

 

──────鳴らないで欲しいと切に願った。

 

 

鳴らなければもしもが起きるかもしれないとみっともなく思った。

何を馬鹿な、という思いと全くもってその通りだと相反する願いを心の中で葛藤させながら、しかし表情には一切出さない。

そうして暫く待つ内に

 

 

「そちらはご学友かな? シャーロット」

 

 

酷く重たい音が脳に響く。

友好そうな声音で、それで温かみを秘めているつもりなのかとつい言いたくなる音だ。

人の声のような形を出す機械を相手しているような感覚を得ながら姫様が挨拶するのに合わせて自分は顔を伏せておく。

 

 

ノルマンディー公

 

 

姫様との関係は一応親戚関係にあり、現内務卿。

内務省保安隊公安部を率い、諜報・公安・警察関係に強い影響力を持つお方だ、と頭の中で冷静にプロフィールを浮かべながら、酷く暗い顔をしている自分を自覚する。

何せ過去、何度も殺しに来た(・・・・・)相手と思わしき人だ。

殺す理由はあっても手を取り合う理由がこちらには一切無い。

無論、それらは本当に全く証拠を掴ませないものであったが、冤罪とは一度も思わなかった。

先程の挨拶に一切姫様に対して親戚と思うような色を載せない人など信じようと思う気が無かった。

だが、そうしている内に当然、アンジェとドロシーの存在に気付き、一応この場では友人扱いされている人間でも自分やベアトリス様と違って新顔の人相手に生温い事をする人では無い。

ドロシーが盾になるように先に検査を受け、遂にアンジェの番になる。

そうすればもう全てが台無しになる、と希望のような思いを抱(・・・・・・・・・・)いて(・・)

 

 

 

ゴーーン、と鐘の音がなった。

 

 

 

視界が真っ黒になるような感覚を得た後には何時の間にか姫様がノルマンディー公に帰宅の旨を告げていた為、自分もとりあえずの形で付き添い、そのまま帰ろうとする姫様の背中を追うように歩き出そうとして

 

「よくない顔をしているなアドルフ君」

 

とノルマンディー公に声を掛けられた。

 

「そうでしょうか? 体調の方は特に問題は無いのですが………しかしお気遣い有難くお受けします」

 

「ああ。君はシャーロットの大事な傍付だからね。彼女の為にも、余り無理をしない方がいい」

 

「はい」

 

在り来たりな言葉を受けながら、こちらは顔を下げる。

特に何も思う事は無い。

再び何かをしてくるというのならば命を賭けて殺し返してやる(・・・・・・・)と思うくらいだ。

だから、俺も今だけは心の底からの笑みを浮かべながら

 

「ノルマンディー公もご健勝を願っています」

 

 

よくない匂いがなさっ(・・・・・・・・・・)ていますが(・・・・・)

 

 

と小さく口の中でその言葉だけを転がして、そのまま失礼します、と告げて離れる。

 

 

 

 

 

ノルマンディー公は去っていく主従の姿を見ながら、最後まで態度を一切崩さない少年の姿に感情面では揺さぶられわしなかったが、向こうが一切抜け目のない態度を崩さなかった事に

 

 

「厄介なものだ……」

 

 

少年も、少女に対しての評価を小さく呟きながら、しかしやはり表情も語調も一切揺るがぬままノルマンディーはガゼルから全員のボディチェックが終わったという報告を受けた。

 

 

 

 

 

ベアトリスは先程の個室に姫様が椅子に深く座るのを見た。

だが、直ぐに私は姫様に近付いていく。

勿論、先程の事だ。

スパイと分かって近付いた事もだが、その取引内容も問題があったし、何よりも姫様の身にもしもの事があったならという想いが体を素直に動かす。

しかし、それを座った姫様が笑みで

 

「ベアト…………お願い。ちょっとベアトの紅茶を貰えるかしら?」

 

告げられた言葉に今はそんなの、と言いたげな表情に変えようとするが、その前に見てしまった。

 

 

 

姫様の表情がやり切ったという顔と同時にとてもお疲れな色を隠せていない事を

 

 

 

紅茶が欲しいというのは時間を置かせる言い訳ではなく、心底から落ち着く為の何かが欲しいのかもしれないと考えてしまった。

考えてしまったら私は姫様に対して何も言えなくなるのを分かっている。

同時に理解してしまう。

 

 

今、姫様が支えて欲しいと願う相手は私ではない事を。

 

 

「…………ッ」

 

流石に少し嫉妬の気持ちが湧かないとは言えなかった。

無論、二人の関係を考えれば私の方が新参者ではあるとは分かっている。

割って入ったという意味ではむしろ私の方である事は理解している。

それでもそう思ってしまうのが恥だと思う気持ちになる………………でも。

一度大きく深呼吸をして、直ぐに今まで思っていた気持ちを一度捨て去る。

自分が決して器用な性格でも力を持っているわけでは無いのだ。

だけど、その上で今、最も優先すべき事は何か。

 

 

 

決まっている(・・・・・・)姫様の事です(・・・・・・)

 

 

 

「────分かりました! 姫様、直ぐに入れて来るので少しお待ちください!」

 

ベアトリスは姫様に自分の心が思った通りの笑顔を浮かべて、一礼する。

そしてマナーから外れない程度に出来るだけ速足で部屋を出ようとする。

するとアドルフ様が扉を開けてくれる。

あんな話の後でも自分にもこんな風に丁寧に対応してくれる人にやっぱり少し嫉妬する心はあるけど

 

「あの…………アドルフ様」

 

「はい? 何でしょうかベアトリス様」

 

少し…………何時もに比べたらぎこちない表情に見えない事も無い顔を浮かべるアドルフ様に少しその事に安心を覚えながらも、しかしそんなのは全く外には出さないようにしながら深く一礼する。

 

 

 

「姫様の事、お願いします」

 

 

 

「──────」

 

息を呑む音が聞こえるが、敢えてベアトリスは不敬かもしれないが無視する事にした。

大丈夫だ、と信じる事にしたのだ。

だってこの人も何があっても最後にはきっと姫様の事を第一に考えて行動する人なんだと知っているから。

そう思い、アドルフ様にも笑顔を見せて、そのまま部屋の外を去っていく。

 

 

 

 

 

アドルフはかなり真剣にベアトリス様には勝てないな、という感慨を得ながら

 

「ベアトには悪い事をしたわね………」

 

と普段よりも小さく、弱弱しい笑顔を浮かべながら、先程よりも深く椅子の背に座り込むのを見て

 

「…………姫様?」

 

と思わず体調に問題が出たのではないかと思って近付くと姫様はねぇ、と前置きを置いて、右の手をひじ掛けから浮かせて

 

 

 

「お願い………………握ってくれないかしら……………」

 

 

と告げた。

え……………とは思うが、よく見れば姫様の手が小刻みにだが少し震えているのを見てしまった。

それに気付いて思わず姫様の顔を見ると少女の顔はさっきと変わらぬ笑みを浮かべてはいるが…………まるで冬の寒さに凍えているように見えてしまう。

何時の間にかロンググローブを外しているのに気付いて、素の手に触れるのに躊躇うが

 

「お願い……」

 

そう懇願されてしまったら自分にはどうしようもない。

そんな時では無いというのは承知しているが、心臓がさっきからちょっと無駄に鼓動するのを黙って置けと何度も心の中で呟きながら姫様の直ぐ傍に近付き、片膝を着きながら手を取ろうするのだが

 

「手袋取って」

 

ぐっ………と微妙に小さく唸るが、命じられたら仕方がない。

直ぐに手袋を取り、小さく迷いながらそれでも

 

「失礼します」

 

と囁いて手を取る。

彼女の手の平を己の手の平で支える形で触れるとその儚い手指からの印象以上に手先が凍え、そして震えるのを肌で実感し……………迷ったがもう片方の手で挟む様に少女の手の甲に乗せる。

すると即座に自分が乗せた手の平の更に上に姫様がもう一つの手を乗せて更に挟んできて思わず心臓が浮かぶが……………直ぐに少女の震えが未だに止まらない事を悟る。

 

「始めたわ」

 

こちらの手を握りしめながら、金の髪で目を隠して一言呟く。

始めた。

正しくその通りの言葉だ。

始めたし、始まってしまった。

 

「後悔もしていないし、間違っているなんて全く思わない」

 

「…………存じ上げております」

 

そうだ、少女はこの選択に後悔もしていなし間違っていると思ってはいないだろう。

今までがそれを証明している。

きっと少女は覚悟をしていたし、決意も持っている。

現状を正しく理解している。

 

 

 

でも、決意と覚悟を持っていても恐怖を抱かないわけでは無い事を俺は良く知っている。

 

 

あの時、自分が姫様の正体に気付いた時の少女の顔を覚えている。

当時、年も変わらず、顔も体も未だ男というには弱い姿をしていた自分に対してまるで死刑執行人が現れたというような恐怖しか浮かべられなかった少女の顔を忘れられるわけがない。

だから、思わず呟いた言葉は今の否定だった。

 

「…………私は、こんな日が来るかもしれないとは思っていても来ないでくれと常に願ってしました」

 

この日が来たら少女が恐怖を覚えながらも、覚悟と決意と、そして今まで培った嘘の顔で全てを乗り越える事を知っていたから。

だから、この今が永遠に続いてくれたら、少女は苦難の道を選べず、変化は無いかもしれないが、それでも幸福になれるかもしれない道があるかもしれないと思っていたから。

その事に少女はようやく少し顔を上げ、笑みを浮かべ

 

「知っていたわ……………だって貴方、何時も私を守ってくれていたもの」

 

「…………私は、一度も貴女を守れたと────」

 

「守ってくれたわ」

 

思わず顔を上げるとそこには先程よりも少し血の気が通い、何時もの笑みを取り戻した少女はこちらを真っすぐ見つめながら

 

 

 

「本当なら捨てなければいけない"私"を…………貴方が守ってくれたわ。誰にも忘れられ、自分でも忘れようとした"私"を貴方だけが守ってくれた──────誰にも、貴方にも否定させないわ」

 

 

 

「──────」

 

言葉遊びだと否定出来る言葉だとは思う。

少女がこんな風に言っても守れなかったと思う心を否定する事なんて未来永劫無い。

そもそも少女にこんな風に言わせている時点で既に駄目なのだ、と思っていると

 

 

「─────あまり俯いてばっかりだと勿体無いわね」

 

 

と急に立ち上がるから慌てて手を離そうとするのだが少女は無理矢理手を握るので一旦離すのを諦めて直ぐに立ち上がる。

姫様の顔を見るとさっきまでの弱弱しさはどこに行ったのか。

何時もの笑みと態度であり、何時の間にか手に感じ取れていた震えさえ無くなっていた。

やっぱり、あんまり自分は姫様の役に立っていないではないかと内心で自嘲しながら

 

「どうなされるのですか? 姫様? ご帰宅でもするので?」

 

「いいえ。折角ドレスを着ているのだから踊りたいわ」

 

そういうモノなのか、とは思うが、姫様が望むのならば別にいいかとは思う。

思うが

 

「ですが、先程の騒ぎでパーティは中断になっています。踊るのは少し難しいと思われますが……」

 

「何を言っているの? 貴方が踊るの」

 

「え?」

 

握られた両の手を今だけ忘れて少女の顔を見るが、少女はほら、と言いたげな顔でこちらに笑みを向けている。

何故、この少女は今、とってもいい笑顔で疑い0%なのだろうか。

 

「………姫様。御冗談がお上手になりましたね」

 

「私は本気よ?」

 

その目に本気の色が宿っているのを自分も笑顔で気付き────即座に両手を抜こうとするが、がっしりと捕まっている。

無理矢理抜こうとすれば姫様の手を傷付きかねないと思い、ふぬぅ、と顔を歪ませる。

 

「わ、私などと踊るよりも他の方と踊った方が姫様の益になるかと……」

 

「益、無益などで踊る相手なんて余り決めたくないわ─────それに、私は貴方と踊りたいと言っているのだけど? ア・ル・フ?」

 

最後にわざわざ一音ずつ自分の名を告げながら楽しそうに顔を近付けてくるから、この人、本当に本調子に戻っていると思いながら、背筋が結構本気でぞくぞくしてくる。

だが、ここで負けては何か、とにかくいけないので慌てて言い訳を作る。

 

「そ、それに、私は踊れませんよ?」

 

「あら? 私のダンスの練習相手になってくれたじゃない」

 

「最後に相手したのは7~8年前の頃ですし。それ以降はダンスの練習もそうですが誘ってくる相手なんていませんでしたよ………………」

 

これは噓偽りない事実だ。

確かに一時期姫様のダンスの練習相手になってはいたが本当にそれだけだ。

それ以降、社交の場で自分が誰かに誘われる事は無かったし、誘われたとしても姫様から離れるわけにはいかなかったから踊るつもりは無かった。

だから、もうダンスの技能なんて錆付いているし、知識も最低限のみで忘却したのが現状である。

 

「だから、私は踊れないのでこの話は無かった事に…………」

 

「そうねぇ………」

 

良しっ、と心の中でガッツポーズを取ろうとし……………何故か背筋のぞくぞくが止まらない事に気付いた。

理由は分かっている。

そうねぇ、と頷くような事を言っている少女が人を、否、自分を虐めようとする時によく浮かべる妖しい笑みを浮かべているからだ。

思わず再び両手を引っ張るのだが、やはり手に込められた力は一切衰えておらず、逃がす気が無いのが一目瞭然であった。

そしてやはり何時ものように花開くような笑顔をこちらに浮かべ

 

 

 

「じゃあ、ここで私と一緒に練習しましょ?」

 

 

などとのたまった。

冗談ですよね? と顔を引き攣らせながら目で語るが、姫様は冗談じゃないわよ? と首を傾げて答える。

ちくしょう、可愛いと思う思考を封印しながら、息を吸って

 

「お断りします!」

 

「だーーめ」

 

「何故に!?」

 

「じゃあ答えるから貴方もちゃんとした答えを言わないと逃がさないから」

 

思わず真顔になるが、姫様はころころと笑みを浮かべるだけ。

勝てない相手、弱点属性、姫様からは逃げられない、というフレーズが脳内に浮かび上がるがその間に一歩姫様が踏み込んで姫様の顔が後、一歩踏み込めばの距離まで近付き

 

 

 

「──────さっき言ったじゃない。私は、貴方と踊りたいのよ─────貴方だけと」

 

 

 

くらり、と本当に視界が揺れた。

顔に感じる熱気は熱か、熱だ、熱であって欲しい。切実に。

揺れる視界の中、気のせいか。少女の顔にも少し赤い色がついているように見え、それでも普段の笑みを浮かべながら

 

 

 

「じゃあ貴方の答えは?」

 

 

 

と訊ねられるのだから、とりあえず自分は一言心の中で呟いた。

 

 

卑怯だ、と。

 

 

 

プリンセスは個室とはいえ調度品もあってステップも満足にこなせない会場で二人だけのダンスを刻んでいた。

ただ、腰と肩に手を回し、小さくステップするだけの拙いダンスだがそれだけで満足していた。

しかし、目の前に映る少年が隠し切れない不満を浮かべていたので

 

「どうしたの? アルフ」

 

「いや、だって……………もうダンスは良いとしますが…………何故、自分が…………その──────女性役なんですか」

 

言われて改めて自分の肩を見るとそこには少年の手が乗っている。

確かに社交ダンスにおいては男性は右手を女性の腰に、左手を女性の手と合わせ、女性は左手を男性の肩に、右手は男性の手と合わせるのだが……………現状はその逆である。

その事にクスリ、と笑いつつ

 

「だって貴方、踊れないんでしょう? エスコートする技量が無いならこうするのがベストでしょう?」

 

「ですけど……それはそうですけど…………見られたら困りますよ…………」

 

ええ(・・)全くね(・・・)と思った言葉を微笑で断ち切る。

男性が女性の肩に手を置く意味を知らないのか、忘却したのかは知らないけど後で知ったら慌てるかしら、と微笑を深めながら足を止めない。

音楽も人もいない隔絶されたダンスパーティーを行う中、少年が唐突に口を開く。

 

 

 

「姫様は…………私が貴女を守って来たと言いますが…………仮に、仮にそうであったとしても─────貴女が幸福になってくれなければ…………」

 

 

 

意味がない────と少年は苦痛を我慢するような表情でそんな事を急に言った。

 

 

 

 

さっきからずっとそんな事を考えていたのだろう。

その献身には頭が下がる思いしかない。

でも、それは違うのだ。

だから、私は真っ向からその言葉を否定する。

 

 

「─────ずっと幸福(しあわせ)だったわ」

 

 

目を見開く少年に対して私は本気の眼差しとそれに沿う笑みを浮かべながらしっかりと本心を伝える。

 

 

「嘘じゃないし、貴方の為にとかそんな綺麗事で言っているんじゃないの。本当なの。ずっと私は幸福だった」

 

そうでしょう? 私。

 

 

「あの子が来るまでずっと一人でいるしかないと思っていた世界で貴方に見つけて貰った──────これがどんな奇蹟かなんて私でも分かるわ。これも貴方には否定させない」

 

 

自分を見つけてくれた人が最大の理解者であり、最大の支援者だなんてあの子以外にそんな奇蹟が起きるなんて普通では有り得ない。

貴方はそれだけしか出来なかったと卑下するけど、卑下しないで欲しいという想いを伝えたくて真っすぐ見る。

碧眼の瞳に自分がしっかりと貴方を見て、笑っている事に心の底から安堵しながら

 

 

 

「一人のままじゃ無かった。二人でいれた。そこから一人、増えて、今日、また一人と出会えた。貴方の言う通り、私は決して一人じゃなかった──────それでも最初にあの暗闇の中で手を握ってくれたのは貴方だったのよ? ほら、最初から今までずっと幸福でしょう?」

 

 

伝わって、と願う気持ちに、少年は少し目も心も迷いながら受け止め、しかしそれでもという感じで告げられた言葉は

 

 

 

「でしたら──────これから先、貴女を今以上に幸福にする為には…………私はどうすればいいのですか?」

 

 

ドクン、と心音が一つ高まる。

駄目、と思う気持ちが、言って良いの? という想いに塗り潰され、天秤が傾く。

酷い女だ、と微笑の裏側に隠しながら──────ギリギリ本心を隠した言葉を私は告げた。

 

 

 

「傍にいて欲しいの」

 

 

 

───ずっと。永遠に。

 

 

という想いを噛み締める事で封じる。

正直、もう遅いという感じはするけどそれでも完全に明確に言ってしまえば全てが台無しになるという勝手なラインがあるのでそこに触れていないと自分を誤魔化す。

だけど、漏れ出た熱意が伝わってしまったのか。少年は一瞬、本当に息を止め、しかし次の瞬間、本当に何もかもを忘れて言おうとする言葉を

 

 

「駄目。言わないで」

 

 

止める。

言わないで。

私が心の底から喜ぶ言葉は(・・・・・・・・・・)言わないで欲しい(・・・・・・・・)、と。

 

 

勝手な女だ

 

 

これだけ求めておきながら、いざという時になると振り払う。

悪女という言葉を誰かに当て嵌めろと言うのならば私は間違いなく自分を当て嵌めさせるだろう。

でも、そうしないといけないのだ。

ここで全てを放り投げるわけにはいかないのだ。

 

 

 

「ごめんなさい…………私は何時も貴方から奪ってばっかりで………」

 

 

奪ってばっかりで与えることをしない女。

求めるだけ求めて、肝心要で責任を放棄する。

何時も私はそれを彼に強いる。

手を取って欲しいと、願いつつ本気で取ろうとしたら振り払う。

最低な女だ。

それを理解しているのに

 

 

「…………それでも貴方にいて欲しいの」

 

 

途轍もなく自分勝手な思いと都合を押し付ける事だけは躊躇わない自分に浅ましさを感じる。

少しの沈黙。

幻滅されたかと思うけど、ある意味今更ね、とも思っていると

 

 

 

「──────貴女は本当に卑怯だ」

 

 

そんな懐かしい言葉をはっきりとこちらに告げ、そして

 

 

 

 

「──────それで貴女が幸福になるのなら傍にいます」

 

 

 

そう、告げてくれた。

卑怯者の女め、と私も彼の言葉に同意する。

 

 

 

 

だってここで自分は本当に嬉しそうに笑うのだから少年は私に縛られるのだ、と知っているのだから

 

 

 

 




さぁ皆さん! 自分を火あぶりにしてぇぇぇえぇえぇぇええぇぇええぇ!!!(ガソリン浴びながら)


最早語る言葉が思いつかない……………


感想・評価など宜しくお願い致します。


ダンスのあれについては………どこぞの誰かがネタを囁いて出来た物です。気にしないでください。約束ですよ?


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case4:共犯者


今回は先に言っておきます─────広義の砂糖ですぞ!(血の味がするが)


 

 

アドルフは屋上に繋がる階段の前で万が一にも人が来ないように見張っていた。

屋上には自分が仕えなけれないけなかった主と今、仕えている主がいる事を考えるとやはり少し考えてしまう。

 

 

 

アンジェ・レ・カレ

 

 

 

それは西側のスパイの少女の名前であり─────かつてこの国の姫の名を持っていた少女が名乗っていた名前である。

 

「…………」

 

視界が白黒の風景に染まる。

思考が自分に対しての憎悪で冷たくなる。

十年前の革命の日。

とある少女達は顔がそっくりであった事を利用して、立場を入れ替えていた。

無論、それは本当に立場を入れ替えようとしていたのではなく、単に街を見てみたいという王女であった少女の願望をただの少女であった子供が応えただけであった。

 

 

 

その結果、起きたのがとりかえ(チェンジリング)

 

 

「……………」

 

あの時、自分は王宮内にはいたが、姫様から目を離していた。

何故だったかは覚えていないが、次に姫様に出会ったのは衛兵に抱えられて、違う! 私は違う! 崖にシャーロットがいるの! と泣き叫んでいる少女の姿であった。

 

「…………………」

 

自己嫌悪からか、視界が赤く染まる。

無論、勝手なイメージである事は承知しているが、何度悔やんでも許す事が出来ない後悔の風景であった。

 

 

 

何故、自分はあの時の少女の叫びを信じてやれなかったのか。

何故、自分はあの時、直ぐに本当のシャーロット姫を探しに行かなかったのか。

何故、自分はあの時、目を離してしまったのか。

 

 

 

醜い自傷行為だ。

意味も価値も無い自虐だ。

これで満足するのは自分のみで少女が味わった地獄に対して唾を吐くような行為だ。

 

 

 

少女は言った。

 

ずっと守ってくれたと。

 

 

 

で? それで? その言葉を受けたお前はそうだったのか、と納得したのか? アドルフ・アンダーソン。

 

 

 

一切そんな事を思わな(・・・・・・・・・・)かった(・・・)

神様が許そうが、姫様が許そうが関係ない。

 

 

 

この罪は未来永劫、自分を許す事など無い

 

 

「───────アルフ?」

 

カチリ、と起動音のような音が脳内に響いた気がする。

一瞬で空想の世界から、現実の世界に呼び戻されるとそこには心配そうな顔でこちらの顔を見つめる姫様の姿があった。

 

「──────────ぁ」

 

脳が冷めるような感覚に襲われるが、しかししっかりと階段の前を陣取っている自分の姿を見る限り職務は全うしていたらしい。

思考が他に向こうが、姫様やベアトリス様以外の気配を見逃す程、軟に鍛えていないので大丈夫だったのだとは思うが、それでもぼうっとしていたのは大失態だ。

慌てて頭を下げようとするがその前に顔に手が触れられる。

 

「アルフ……………? どうしたの? ─────とても怖い顔をしていたわ」

 

こちらを気遣うという感情と表情を浮かべるのを真っ直ぐに見せられる。

だから、自分も直ぐに決して礼を失わないように添えられた手をゆっくり顔から離させる。

 

「いえ、何でもないです。少し集中し過ぎました」

 

直ぐに何時も通りの笑みを浮かべれていると思うが、流石に姫様の顔は硬いままだった。

この程度で騙される人では無いのは分かっているので直ぐに話題を変える事にする。

 

「シャ…………アンジェ…………様は? まだ屋上におらっしゃるのでしょうか?」

 

「…………アンジェが貴方と話がしたいそうよ」

 

「…………私と?」

 

全く納得がいかない顔のまま告げられる言葉に、自分も少女の表情を敢えて無視して告げられた言葉に反応する。

何故、自分が彼女に呼ばれるのかが本当に分からない。

接点自体があるのは理解しているが、当時の彼女からしたら周りに厄介な大人達と余り変わらない人間だったと思うのだが。

だが、呼ばれている以上、行かなければいかないだろう。

しかし、姫様一人で帰すわけにもいかないと思うが

 

「それくらいなら大丈夫よ。私だって一応、護身術程度には習っているのよ?」

 

「技に関してはともかく。姫様は性格的に余り向いてませんから心配です」

 

「ぅ」

 

姫様の運動神経は決して悪いわけでは無いのだが、事武術に関して言えば不敬を押して言わせて貰えるならば全く向いていない。

さもありなん。

誰かの為に戦うこの少女が誰かを傷付ける行為が向いているわけがないのだ。

 

「まぁ、何もかもされたら我々の立つ瀬がないのだから良い事ですが」

 

「…………アルフってここぞという時だけは強気よね」

 

「基本、貴女には負け続けなので偶には許して貰いたいと愚考しています」

 

「そうねぇ。一度くらい私もアルフが俺、とか砕けて喋る言葉を聞きたいのだけど」

 

何故知っている……………!?

 

周りに誰もいない時とか、敵対者とか、どうでもいい相手くらいにしか使わない口調や一人称を知られている事に心臓が飛び上がる。

そう思っているとやはり何時も通りとってもいい笑顔で

 

「私に隠し事が出来ると思っているの?」

 

最早汗を流す事しか出来ない事実。

やはり自分がこの人に勝てる日は来ないのだろうか…………

 

「だから一度素で私と話してみない?」

 

「その場合、そこの窓から飛び降りますので」

 

「…………3階だけど大怪我?」

 

「…………言った自分が言うのもなんですが無傷ですね」

 

うーーーーんと二人で唸る事になったが、むべなるかな。

とりあえずこのままではぐだってしまうし、アンジェ様を屋上に放置するのは良くないので、今回だけは姫様を一人で帰すしかない。

一応、姫様の周囲にはこんな風な事以外では衛兵が見張っているので問題は無いだろうと思われる。

本当ならせめてベアトリス様にお願いしたい所だがいないのだから仕方がない。

だから、そういう風に納得して上に上がろうとして

 

「────それで騙したつもり?」

 

と今は背中を向けた相手から声がかけられる。

強い言葉に勿論、自分もそんな事で騙せるなんて思っていない。

だから、自分はとっても卑怯で全く話が繋がっていない本音を告げた。

 

 

 

「──────私も、貴女の傍付でいられて不幸だなんて思った事がありませんよ」

 

 

 

「─────」

 

背後の息を呑む音を聞きながらアドルフはそのまま階段を上る。

そう、それは決して嘘でも少女の為に思っての誤魔化しを告げたわけではない、

どれだけ不運な事が起きたとしても、最低限少女の命を守られたという事だけは俺の中で一切揺るがぬ幸福の一つだ。

少女の言葉を借りるのならば、少女本人にも否定させない事実だ。

だからこそ、それを少女から探られたくないというだけで隠れ蓑のように扱う俺も卑怯でしかないな、と思った。

 

 

 

 

不意打ちで放たれた言葉に少しぐらついた思考を正しながらプリンセスは宣言通りに一人、帰宅する道を選んだ。

選んだけど、やっぱりそれだけで誤魔化される程、単純な女になったつもりはない。

 

 

 

この十年、誰が一番傍にいたと思うのだ。

 

 

だから少年の自己嫌悪の理由も少しくらいは知っている。

 

「もう…………」

 

別に貴方が悔やむ理由も苦しむ必要もない事柄だろうに。

確かに自分が最初は巻き込まれた人間であったという事は否定出来ない事実ではあるけど、途中からは自分の意志で選んだ道なのだ。

それを支えてくれた彼も知っている事なのに、何故か幸福な事は私に捧げてくれるのに苦しい事だけは自分で引き取るのだ。

 

「もしかして男の子って皆、こんな感じなのかしら………」

 

不器用というか格好つけというか。

女に対して責任を取らないと生きていけない生き物なんだろうか?

正直そこら辺、男性との付き合いは9割9分アルフとだけなので余り良く分からない事なのだが

 

「とりあえず…………明日、罰として揶揄いましょう」

 

勝手に人の事で苦しむお馬鹿さんにはこれくらいしても許されるだろう。

何時もやっているかもしれないけど、それはそれ。これはこれである。

そう言って笑いながら…………親友である彼女は一体、何を少年と会話しているのだろうかと今更疑問を抱くのであった。

 

 

 

 

 

アドルフは夕日が差す屋上で、少女が夕日を眺めているのを見て、少しだけ近付き、しかし直ぐに膝を着いて頭を下げる。

 

 

 

「…………お久しぶりで御座います─────シャーロット様」

 

 

その言葉に振り返る気配がするが、こちらは伏したまま。

顔を上げる気は無かった。

相手からしたらこちらは見捨てた人間の一人だ。

見捨てる前も、余り王女に対して特別何か出来たというわけでもない自分が易々と顔を上げていい存在ではないだろう。

こうして会話に呼び戻される方がおかしいのだ、と心に秘めていると

 

「…………アルフ。いえ、アドルフと言うべきね。正直、私は余り貴方の事を覚えていないわ」

 

その言葉に特に何も思う事は無かった。

さっきも言ったように当然だろうと思われるからだ。

こうして完璧なスパイになるに至った経歴を考えればシャーロット姫が自分の事を覚える余裕なんて無いだろうし、自分が彼女に特別覚えて貰えるような事をしていないのだから当然だ。

だけど

 

 

 

「──────プリンセスから聞いたわ。ずっと支えてくれたって」

 

 

思わずつい顔を上げてしまうが、銀髪の髪をした少女は無表情のまま、こちらを見ているのに気付いて慌てて顔を下げようとするが

 

「顔を上げて─────今の私はアンジェ─────貴方が頭を下げる相手はもう私じゃないわ」

 

その言葉の意味を理解出来ないわけではない。

それはある意味当然であり────やはり少し残念である事実でもあった。

 

「………戻って来る、おつもりはありませんか………?」

 

「…………」

 

帰って来たのは沈黙だった。

つまり、それが答えという事なのだろう。

少女の努力を知っている身として確かに突如また入れ替わると言われても複雑ではあるのだが。

 

「…………さっき、私はプリンセスに提案したの─────ここから逃げましょうって」

 

その言葉に、自分は告げた少女の鉄面皮が少し剥がれたような錯覚を得た。

告げた後でも少女の顔は変わらず無表情だが、目がまるで惑うように揺れるのを見て取れた。

 

「でもあの娘は駄目って─────壁を取り壊したい。そうすれば私達は一緒になれるって」

 

その答えには虚脱するような気分が込みあがった。

知っている。

自分も知っている。

少女がずっとそんな理由で国を変えたいと願い続けている事を。

辛い事に対してのその頑固っぷりを知っている身としてはやはり、という納得と諦めを覚えざるを得なかった。

 

「…………私はそんな風には考えられなかった。私はプリンセスを助けて逃げる事しか考えなかった──────もうこの国の第4王女はあの子よ」

 

「……………はっ」

 

その答えに頭を下げる。

そればかりは当事者としての考えがあるのだろう─────それに、自分も似たようなものだ。

本来ならば国と王家に身命を捧げなければいけない身が、もうたった一人しか考えられなくなった。

正直に言えば─────国についてなどもうどうでもいい。

 

「………私はこのままあの子の力になるつもりよ───あの子が望む限り、私は世界を騙す。貴方は?」

 

問われたのならば自分も答えるしかない。

無論、それに関してならば自分も迷うつもりはない。

 

 

 

 

「私もです─────姫様が望むというのならばあらゆる外道、外法は私が行います。姫様が今では満足出来ないというのならば邪魔となる因子を全て」

 

 

─────■し尽します

 

 

 

 

 

一陣の風と夕日が一瞬、少年の顔を隠すのをアンジェは見た。

正直に言えばそれは無意味な隠蔽ではあった。

夕日の光と風によって遮られても感じられる殺意の光をアンジェは確かに感じ取った。

別にそれで怯えてしまうような生易しい生き方をしてきたわけではないが、思わず隠し持っているピストルとCボールに手が向かうのは止められなかった。

でも、同時に納得もしていた。

 

 

 

ああ……………通りで見覚えが無くなったのね……………

 

 

記憶の劣化も勿論、原因の一つではあったけど、最大の要因はこれだろう。

 

 

 

私が人を騙す生き方を刻んだように、彼は一人を守る為に他を害する生き方を選んだのだ。

 

 

 

もうあの頃、無邪気に生きて、笑って、楽しんでいた私達はもうここには一人もいないのだ。

 

 

 

一人は嘘と死の世界で生きる事を選び、たった一人の為に世界を騙すスパイ。

一人は絢爛豪華と虚栄の世界で生きる事を選び、他の全てを救う為に自分と他者を騙すプリンセス。

一人は絢爛豪華の裏側で蔓延る殺意と欲の世界で、たった一人の為に他の全てを邪魔とする傍付。

誰も彼もが本当にどうしようもない生き方を選んだのだ。

その事にどうしようもない観念を覚えるが、その程度の感情ならば幾らでも制御できる。

それにやり方は違っても願う方向が同じならば遠慮はいらないという事になる。

 

 

 

 

故に、私はこの少年を最初に騙そ(・・・・・・・・・・)()

 

 

 

「──────もしも、最悪の時が来たならば私はプリンセスを優先するわ」

 

 

こちらの言葉の意味を少年も理解したのだろう。

その言葉に即座に頷くが、それだけで許すつもりはない。

 

「その時は、私は遠慮なく、躊躇いなく、他の何が邪魔になっても切り捨てるし、見捨てるわ」

 

口に出して、言葉にすればそれは呪いとなる。

例えそれがその場から出た出任せであろうと勢いであってもだ。

現にプリンセスがそうだった。

私があの日、王女になって壁を壊したいというあの言葉を、少女は最後まで覚えてしまった(・・・・・・・)

そして今度はそれをこの少年に強要する。

酷い人間だ、と心の中で客観的な意見が出るが、良心なんて物はとうの昔に捨てた。

プリンセスが覚えていた時には動揺していた癖に、他人にそれを強要するのだ。

そこらの悪人と何が違うという。

だけど構わないと思う。

 

 

 

 

例えこの少年が少女の大切な者であったとしても、少女が傷付き、絶望に陥る未来の可能性を消せるのならば─────私はスパイ所か悪魔にでもなろう。

 

 

 

故に私は鉄面皮のまま少年に目で命じた。

 

 

 

─────プリンセスの為に死ね、と

 

 

 

その全てを理解しているであろう少年は下げていた顔をようやく上げた。

そしてそこに刻まれた表情は破顔であった(・・・・・・)

故に続いて出された言葉も表情に即した感情を灯しながら

 

 

 

「─────喜んで」

 

 

と告げた。

問われた事では無く、その裏の意味に対して少年は応じたのであった。

 

「──────」

 

自分がやろうとしていた事を考えれば最上級の返事であったが、それでもアンジェは沈黙した。

何故なら他人の為に命を差し出す事に喜ぶ人間なんてついさっき再会した友人以外には見た事がないからだ。

同時に理解も出来た。

その感情ならば理解も共感も出来る。

少年は全てを理解した上で少女の傍にいたのだ。

私が同じ立場でもそう返すかもしれない、と思うと彼女も随分と人たらしになったものだ、と場違いな感想を覚える。

でも、良かったと思える。

最初は男がプリンセスの傍にいるというのは友人として心配はしていたのだが、これならば任せられる。

 

 

 

先程、彼に誓わせた言葉は同時に自分に対しても有効だ。

 

 

もしも自分が少女の未来に危険を誘う事になるのならば、私ですら不要だ。

だけどそうなった場合はこの少年がいると思えば、ほっと出来る。

絶対に最悪が回避出来るなんて綺麗事は言わないが、少女を守る力が最後まで傍にいてくれるなら希望は持てる。

ほんの数分しか喋っていないのに、ここまで信用していいのか、とスパイの本能が囁くが問題ない。

この少年は自分の同類だ。

そういう意味ならば信用出来る。

だから、次に出た言葉はスパイとしてのアンジェではなく、プリンセスの友人としてのアンジェの言葉が素直に吐き出された。

 

 

 

 

 

 

「────貴方がプリンセスの傍にいて、良かったわ」

 

 

 

 




流石に今回の話で甘い話を作るのは不可能で御座ります(真顔)。

ともあれ、今回はアルフとアンジェの会話でしたが、この二人は正直似た者同士です。
集団よりも個人を優先し、プリンセスの幸福を第一とする所は特に。
違うとすれば他人を騙すか、害するかの違い位でしょう。まだ害するシーンが出ていない故にえっって思うかもしれませんがご容赦を。

さてでは次はベアト回……………と本当なら言わないといけないと思うのですが、次回はベアト回を飛ばしてちせ回なのです。

ベアトに対する虐めかとかじゃないですからね!? ただベアト回はリアルに介入する余地が無いんですよ。
色々考えはしたんですけど、正直オリジナルシーンを介入する余地も無し。
故に申し訳ありませんが、ベアト回は飛ばしてちせ回で行きます。

その後くらいに一回オリジナル話を入れられるかなって感じです。

では感想評価などよろしくお願い致します。


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case5:役不足


先に言わせて貰いましょう


────堀川公が空気を読んでさえくれれば………!


 

 

 

 

日本と言えば、と姫様に問われたので自分が知っている知識をアルフは忌憚なく言ったのを思い出す。

 

 

 

 

 

「確か、チョンマゲーー、ハラキリーー、トッタドーーなどが有名だったような………」

 

「最後は聞いた事がないわね………何を取ったのかしら…………?」

 

前二つも十分に謎なのだが、追及されても困る気もするので思い浮かんだものを順に出していく。

 

「ワフク? だったと思いますが、確か日本式の服も中々有名ですね。まぁ、これはこちらの洋服と同じようなものなのでしょう。そういう意味では先程のチョンマゲも髪型だとか。やはり文化と文明の違いは意識した方がよろしいかと思われます」

 

「そうね。個人的には和服には興味あるのだけど女性用のとか貰えるかしら? アルフもどう?」

 

「そうですね。機会があれば着てみるのも有りかと思いますし、姫様に似合う物があれば交渉してみるのもいいかもしれませんね」

 

「日本人は黒髪がほとんどらしいけど、私のような髪でも似合うかしら?」

 

「姫様ならどんな衣装でも似合うかと」

 

実はかなり本心の御為越しを姫様はありがとう、とくすくす笑ってくれる。

笑われるという事は冗談と思われているのだろうか、とは思うけどそこもまた追及されても困る。

 

「後はそうですね………色々ありますが、大きなものを語るなら礼儀正しい国であるとか」

 

「あっ、そういえば聞いた事があるわね。何でもお願いするだけで両膝を地面につけ、頭を地面に擦り付けるように陳情する……………土下座、だったかしら?」

 

「そうらしいですね………まぁ、それも含めて文化の違い、という事でしょう。無論、向こうもそれについては理解しているでしょうし、余り向こうに合わせようとするのではなく姫様が姫様らしく接すれば、日本の人達にも通じますよ」

 

そうよね、と奮起する姫様で以上、回想終了である。

回想を振り返ると自分が如何に若かったのかがよく理解出来る。

世の中には想定外の事が多い、という事はかなりあるというのを忘れていたのである。

 

 

 

 

─────と、目の前で王室専用列車を用意されたのに集団で土下座をしている光景から逃避しながら若かりし頃(数日)の過ちを恥じていた。

 

 

 

背後にいるメイド3人が

 

「あれが土下座………」

 

「噂には聞いたいたけどこれが日本…………」

 

「もしも日本にいたらアドルフ様もちょんまげになっていたのでしょうか…………」

 

と、上からドロシー、アンジェさ………アンジェ、ベアトリス様のコメントである。

密かにベアトリス様のコメントが一番怖いのだが、止めて欲しい。

流石にあんなヘンテコな髪型になるのは御免被る。

そして自分の前でアルフ、どうしよう…………と珍しく弱気な意思を見せている主に対して、やらなければなるまいとちょっと引いていた心を前に押し出して、足を動かしながらとりあえず思った。

 

 

 

─────これが日本か。

 

 

 

 

今回の日本の使節団の目的は先の条約の不平等の改善の為の提訴である。

ドロシーはメイドとして日本人の使節団と接しながら意識の奥に入っていく。

それに関しては別にどうでもいいが、その件の接待役にプリンセスが指名されている事で思った事は一つだ。

 

 

 

ああ、本当にこの姫様は特に重要視されていないんだな、だ。

 

 

如何に外国の要人とはいえ容易く自国の姫を案内人にする。

それだけならまだ良いかもしれないが、一応自国の王女であるプリンセスに対しての護衛の人数が、衛兵が別の列車に乗っているとはいえ、公的にはアドルフとベアトの二人だけである。

別に同情したわけでは無いのだが、ここまで分かり易いと流石に呆れてくる。

だが、逆にそうなると分からないのはその姫様自身である。

このプリンセスは恐ろしい事に噂と見た目が完全一致している完璧な王女様だ。

つまり、頭は悪くない。

 

 

 

そんな人間がどうして女王に成りたいなどと馬鹿な事を言うのかが理解出来ない。

 

 

無茶無理無謀。

他の言葉も別に並べてもいいが、プリンセスが願う事がこの類である事くらいは理解しているだろう。

政治的なバックもない、立場だけの王女が目指すには余りにも厳しい現実の壁だ。

ポーカーでブタの手札で勝負し続けるようなものだ。

無論、スパイなりに幾つか理由は考えてはみた。

 

一番分かり易いのは実は二重スパイでした、だ。

 

これは本当に分かり易い。

これならば当然、危険ではあるがそれこそ同じスパイとして理解もし易い。

正しく、余り重要な人物とは思われていない空気姫がやるにはピッタリだ。

完全に納得ができる理由だ。

 

 

だが、これ以外だと正直難しい、と思う。

 

 

他には現実何て見ずに綺麗事しか考えれていない、実はただの脳内花畑のプリンセスだったとか、一応、仮にも王家ではあるからの責任感だとか考えてみたがどれもピンとは来ない理由だ。

もっと分かり易く言えば、どれも命を懸けるには割に合わない理由だと思う。

 

 

 

個人的な意見ではあるが、私は命を懸ける、というのはそうでなければ生きれないからだ、と考えている。

 

 

 

スパイが何を言っているんだ、と言われるのは重々承知だが、私とてスパイにならなければ生きられなかったからスパイになっているのだ。

天職ではあったかもしれないが、少なくともスパイをやり始めた理由はこれだし、継続している理由も生きる為である事は変わってはいない。

そこら辺、アンジェは謎だし、ベアトとアドルフに出会ってからは価値観が揺さぶられつつあるが、まぁ、それはそれで。

だから、まぁ、私はプリンセスに対して思うのだ。

 

 

 

 

───────この少女はイカレてい(・・・・・・・・・・)るのか(・・・)? と。 

 

 

 

他人の為に生きなければ生きていられない、と思うような人間なのか、と。

流石に狂人と組むのは面倒だなぁ、と思うし、決めつけるのはスパイであったとしても無礼ではあろうと思うくらいの道徳心くらいはある。仕事で捨てる事が多々あるが。

まぁ、でも狂人ってここら辺、線引き不明なのだが。

 

 

 

理解不能の努力というのも一つの狂気に見える物なのだから。

 

 

同期で天才のスパイの少女とか─────つい最近知り合ったばかりの傍付の少年の雰囲気とか、と思い浮かべながらドロシーはメイドとしての自分に入り込む、現実に意識を戻すのであった。

 

 

 

 

 

アドルフは姫様の傍に控えながら、とりあえず堀川公という人物が姫様に対して敵意が無い事を確認していた。

姫様の客観的な立ち位置を知っているのか知らないのかは分からないが、姫様に対しても礼をもって接している。

その後も度々土下座をして来るのが困ったものではあるのだが、それでも適当に頭を下げているわけでは無いとは思いたい。

無論、それで絆されるつもりは一切無いが、少なくとも現時点で問題が無い事のは良い事だろう。

 

「シャーロット姫。こちらの彼は?」

 

思考をしていると堀川公からこちらについて問われる言葉を知覚したので、姫様がええ、と笑みでこちらに手を向けるのに合わせて一礼をする。

 

「私の傍付のアドルフ・アンダーソンです────私の自慢の傍付です」

 

うぐっ、と口の中で呻くがそれを表に出すわけにはいかない。

こんな国際的な現場で揶揄うのは止めて貰いたいのだが、とりあえず今度のご飯時にニンジンを割り増しに出すのは決して復讐心からでは無い事だけは知って貰いたい。

 

「傍付のアドルフ・アンダーソンです」

 

自分の立場ならそれだけを告げれば問題ないだろう。

特に何かを言える権限も無ければする気もないからだ。

他の3人と違って傍付としての役目がある為、プリンセスの一番近くにはいるが、流石にそればかりは相手が日本だろうが何だろうが譲るつもりはない。

そう思っていると堀川公は何やらこっちの顔をじっと見た後に

 

「これは姫様────良いお供をお持ちで」

 

と何やらいきなり褒められた。

余りにも唐突で俺ははぁ………、と少し失礼になりそうな答えを返しそうになって危うく口を噤んだが、姫様が何やらとってもいい笑顔になって実に嬉しそうな顔で

 

「ありがとうございます───差し支えなければ何故そう思いになったかお聞きしても?」

 

止めて欲しい、と切に願うが、この場の自分に発言権は無い。

確かに自分がこんな風に評価される事なんて初めての事だから奇異に映るのは理解しているが、かと言って真正面から聞きたいと思うわけでは無いのだ。

せめて服装や礼儀などが立ち位置的に相応しい出で立ちをしているとかそんなんで収まってくれればと思っていたら、堀川公は

 

 

 

 

「私個人の経験則みたいなものなので自慢出来るような物では無いのですが────覚悟を抱いた眼をしていらしゃる。我が国ではそのような瞳をしている者は忠義者。つまり、主に尽くす者なのです」

 

 

 

笑顔でこんなに年上の人に褒められたのは流石に生まれて初めてなので、流石に本気で驚いた。

流石に顔に出すのは避けれたとは思うが、そういえば姫様やベアトリス様以外の人に褒められたのなんて最後は何時だっただろうか?

一切、記憶には無い。

 

「…………ありがとうございます」

 

とりあえず、それだけは返しておいて、つい言葉の内容を考える。

 

 

 

覚悟を抱いた者

 

 

さて、覚悟とはどれの事を指されたのだろうか。

主に尽くす覚悟だろうか。

主の為ならば邪魔者を排除する事だろうか。

それとも全部だろうか。

どれも一応、覚悟ではあるし、それを指摘されたならば無論、と答えれると思っている。

ああ、でも、個人的な願望が出るのだが

 

 

 

 

──────少女の為に死ねる覚悟を指摘されたのならば…………………少し嬉しい(・・・)

 

 

 

何故ならそれは少女に対して最後の瞬間まで傍にいれたという事だから。

それは少女との約束を守れたという証であり、自分の願望が叶った証だ。

この無駄な命が少しでも少女の為になれたというのならば、とても誇らしい。

そう納得していると

 

「────」

 

屋根から音が聞こえる。

即座に全ての思考が滅却し、響いた音についての理解を進める。

信じられない…………とはアンジェ様のCボールを知った後には言えない事実─────屋根の上に人が降りてきたのだ、という事を悟る。

それも恐ろしい程に気配を消して、しかも一人だ。

普通の潜入手段ならともかく、さっきまでは間違いなく気配が無かった場所に現れたのならばアンジェ様のようにCボールのような物を使ったか────素で飛び降りたかだ。

どっちにしろ手練れであろう、と推測できる。

考える事は自分が行くか、周りを唆すかだ。

 

 

一番現実的なのは間違いなく前者だ。

 

 

何故なら周りの日本人は何も気付いていない。

素人では無いけどプロというのは余りにも手緩い雰囲気を感じてはいたので、並みであるけど凄腕では無いのだろう。

下手したら上の一人だけに倒されるかもしれない、と考えると意味がない。

最悪最後の場合はせめて姫様の盾くらいになって貰いたいモノである。

なら、やはり自分が行くべきだと思い、姫様に一言を言って離れようとしようとすると、少し離れた場所で待機していたアンジェ様が動くのを見た。

思わず、自分が動く、と告げようと思ったのだが

 

「─────」

 

視線に宿った強さがこちらの行動を停止させる。

忘れたのか、と。

 

 

 

貴方はプリンセスの為だけに動きなさい

 

 

 

そう告げる様にこちらに振り返るスパイになってしまった王女の視線に何も応える事が出来ない。

確かにこの場で自分が守りたい者だけを守りたければどれかの優先度を下げなければいけない。

当然、一位は姫様だ。

だけど、そうだ。

 

 

では、二番手はどうすればいいのだ?

 

 

何時も守るにしても姫様か、多くてベアトリス様だけだったから、一人二人増えても対処出来るなどと甘い事を無意識に思っていた。

何を馬鹿な事を、と直面してから気付く自分に間違いなく3桁以上している自己嫌悪を覚える。

自分の腕は二つしか無く、体は一つ、脳に関しては盆暗の自分が大多数の人間を守れるわけがなかろう。

例え、それが片手の手で数えられる人数であったとしても、アドルフ・アンダーソンという人間のキャパシティーでは不可能の領域なのだと。

 

 

 

 

だって一人でさえ守り切ったなんて言えなかったのだから。

 

 

 

「─────」

 

一つ小さく吐息をして迷った感情を切り捨てた。

元から無駄な感情を切り捨てるのは得意な事だ。

だから、こちらに視線を向けていた本来ならば守らなければいけない人間の視線に対して、一度視線を合わして直ぐに切った。

無礼である事を承知の行いだが、こうしなければいけない。

何故ならいざという時を考えている自分が、その相手に対して感情的な事を行うのは侮蔑でしかない。

 

「─────」

 

だから、アンジェ様が出ていく前に吐息のような音が聞こえたのは気のせいだと思う事にする。

いや、それこそ侮蔑の吐息だと思えばいい、と思えばいい。

そう思っていると

 

「アドルフ。紅茶のお代わりを貰える?」

 

公務故に愛称では無く、名で呼ばれたから少し反応に遅れたが、直ぐにはっ、と頷き姫様のコップを手に取ろうとするとその瞬間を狙って

 

「────アンジェはどうしたの?」

 

と、小声で問われた。

誤魔化す事も考えはしたが、二人の関係を考えると下手な誤魔化しは効かないか、と思う。

だから、直ぐには返事せずに、コップを手に取って紅茶を注いでから、置く時にわざと姫様の方に顔を向けて

 

「───上に誰かが来ました」

 

一瞬、流石にえ? という顔をするのは止めれなかったが、直ぐに封じるのは流石だ。

しかし、刹那の瞬間に作られた感情の中に心配の感情が含まれている事を読み取れる動体視力を持っている事に関しては己に舌打ちをしたくなったが。

堀川公や周りの人間の事を考えると自分が何かを発言するわけにはいかない。

本当に面倒なものだ、と仕事に愚痴を言いたくなるような思いを抱いて

 

 

 

 

頭上からドーーン、と誤魔化しようのない音が聞こえた。

 

 

 

「……………………」

 

意外と最近のスパイも過激なのだな、と現実逃避染みた考えが脳内に浮かぶのだが、周りの今の銃声はという視線が何故か自分に集まるのは何故だ。

ああ、姫様が物凄く今の……………という顔をこちらに向けているからか。

ドロシーも何時の間にか外に出ているが、ベアトリス様までもがこちらに困惑の視線を向けているが、正直、自分に向けられても、とは思うが説明責任は果たさないといけない………………のだろう。

 

「銃声ですね」

 

と、とりあえず適当にそう言っていると今度はうぉぉぉぉぉぉ!? という悲鳴と同時に投げ飛ばされる音と再び銃声が数発鳴り響いた。

沈黙の重圧と視線が余計に重くなった気がする。

ここで汗を一つも搔かない自分は案外メンタルは強くなったのではないかと考えるけど、今はその強くなったメンタルをどうやって活かすかが問題だろう。

いや、別に他の視線はどうでもいいのだが、流石に姫様のアルフ? という視線にだけは対応しなければいけない。

故に鍛え上げた精神力と今までの経験から生まれた言葉をアドルフは無表情のまま、皆の前で説明する教師のように人差し指を立て、少しだけ小首を傾げ

 

 

 

 

 

「修羅場だけに────しらばっくれる、とか」

 

 

 

何故か全員が俯いた。

一部の人間は何故かくっ……! とか呻く始末。

ベアトリス様の方に視線を向けると視線を逸らされる。

ならば、と姫様の方に向けると姫様はこちらから顔を逸らしている………………………が、片腕が口元に覆われ、両肩が震えいている。

 

 

 

 

よし!

 

 

 

 

とアドルフはとりあえずこの場での勝利を確信した。

姫様良ければ全て良しである。

 

 

 

 

 




今回は流石に甘くするのは無理だと思った悪役です。

よっし! やっぱり悪役はこうじゃないとな! と思った悪役です。

石も砂糖も受け付けません。ただしガチャ石なら受け付けます────かかってこい! 読者の皆さん!!




悪役は逃げも隠れもするぞぉ!? 



感想・評価などよろしくお願い致します。



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case6:醜い鏡

 

プリンセスは堀川公に色々言われている小柄な少女と、その子に対して強く睨む親友を見ながら微笑みは絶やさなかった。

 

 

ちせ、という少女らしい。

 

 

アルフやアンジェが言うにはかなりの手練れであるとの事だが、今みたいな風景やその小柄な体型を見ているととてもじゃないがそうは見えない。

身長もベアトとそんなに変わらないから見た目だけを除いたら普通の少女にしか見えないし、少女の故郷では正しくそうだったのだろうと思われる。

その少女が叫ぶような意志を放つのだ。

 

 

 

藤堂十兵衛を討ち果たす、と。

 

 

初対面の人間だ。

絶対とは言わない。

でも、その言葉には義務以上の感情が籠められているのと私は判断した。

否、そうでも無ければ極東の島国からしたら未だ未開としか思えない異国に来る事など出来ないだろう。

生まれてからずっとアルビオン王国にいる自分には理解してはいけないモノかもしれないけど、それでもその力強さに自分は判断を下した。

 

 

 

アンジェとバディを組んで、と。

 

 

その事に振り返った人間が二人いるのに頼もしさを感じる。

勿論、一人は言われたアンジェなのだが。

アンジェ自身は身元不明の人間を私と同じ列車に居させるわけにはいけない、ととても嬉しい事を言ってはくれるのだが、当然、それではちせさんの感情が抑えられるわけがない。

だからこその折衷案であり、そしてその後に続いた言葉がそうすれば私も安心できる理由だった。

 

 

 

その方が危険なら、信頼できる人に監視させたいわ

 

 

と。

一瞬、口を噤んだアンジェを可愛いと内心で思い出しながら

 

「で? アルフはどうしてそんなにご機嫌斜めなの?」

 

「全く気のせいで御座います、姫様」

 

嘘吐き、と全く隠せていない感情をお互い小声で囁きながら

 

「貴方も反対なの? ちせさんの事」

 

「当然です。一切信頼も信用も出来る要素の無い人間を姫様の傍にいさせるなんて正気の沙汰ではありません」

 

やっぱり怒っているじゃない、とは思うけど、それが自分を心配しての事なのだから当然、自分には怒る理由も立場ではない。

でも、だからと言って決してちせさんに同情したから、とかいう理由だけでそう言ったわけでは無いのだ。

 

「ちせさんのあの様子を見る限り、何もするなとか言っても無駄でしょうし、最悪、どこかに拘束するにしても脱出する可能性があるのでしょう? だったらやっぱり信頼できる人に預けるのは間違ってはいないとは思うけど?」

 

「……………それは確かにその通りです」

 

頷いてはくれたけど、随分と含みがあるその通りだわ、と苦笑する。

分かっている。

自分が甘い判断をしている事を。

その事を知りながら、それでも咎めないでいてくれている事も。

 

「アンジェじゃ不安?」

 

「────まさか。それは無いです。人選なら間違いなく姫様は最適な人を選びました」

 

 

……………ふーーん

 

ちょっと。うん、多分、ちょっとだけ。きっと、少しだけ一瞬、ピクリと何かが動いた気がするのをプリンセスは抑えたという事にした。

 

「アンジェの事を信頼しているのね」

 

「? 当然です────無論、それはベアトリス様もですが」

 

ふーーーーん、とちょっと長くなったふーーんが心の中で呟かれる。

密かに一人、全く名が上がらなかったが、今はそこを突っ込む余裕はない。

勿論、ベアトとの信頼関係は知っているからそっちは別にいい。

ただ、アンジェとは彼女が言っていた記憶を含めてもアルフとは余り関りは無かった、と聞いている。

なのに、再会した二人はとっても信頼し合っている。

 

 

 

とってもいい事だ

 

 

私も喜ぶべき事だ。

だから、私は少年にそれを告げようと口を開き

 

 

 

「─────やっぱり元の二人に戻りたい?」

 

 

と、意味の分からない言葉を口から出していた。

思わず、口を塞ぐが致命的に遅い。

だから、直ぐに少年から視線を逸らすように顔を背けるが、少年の視線がこちらを見ているのを理解出来るため、居心地が悪い。

今のは完全に自分のコントロールを間違えた。

ダメダメ、と心の中で繰り返す、

この程度で感情を乱していたら女王になれるものもなれない、と頭を冷やそうとしていると、唐突に少年が

こちらの耳元まで腰を曲げて

 

 

 

「─────私が傍にいる、と約束したのは姫様ですが」

 

 

 

 

と完璧な奇襲を受けた。

思わず振り返るが、もうそこには天井の方を向いてわざとらしく顔を逸らしている少年の姿。

 

……………もう。

 

「何時もの仕返しのつもり?」

 

「…………皆目見当がつきません」

 

自分でやっておきながら照れている辺りが実に可愛らしい。

ああ、でもこんな事をされているだけで許しそうになっている辺り、私、ちょっと軽い女扱になってないかしら…………。

そう考えると少し悔しいのでやっぱりこっちも仕返す事にした。

 

「さっきアンジェの事、信頼出来るって言ったけど」

 

「ええ…………」

 

何か急に警戒して後退りしようとしている所を見ると、私を何だと思っているのだと少し女として怒って良い所だろうという免罪符を手に入れた私は躊躇いを消して言った。

 

 

 

「─────貴方の事も信頼しているわ──────私だけの騎士様」

 

 

 

ぐっ……………と呻く声が聞こえたので私の大勝利♪ と笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

「…………ベアト。その、あの二人、ええと、ツッコミ待ちか? いや、小声で喋っているからいいんだが、いや良くは無いんだが……とりあえず良いのか?」

 

「いえ…………あの二人は何時も大体こんな感じなんです………あ、でも今回はアドルフ様が珍しく攻勢に出ましたけど、普段は姫様の圧勝です! 今回も姫様の逆転勝利ですから流石は姫様です!!」

 

「……………駄目だこりゃあ」

 

 

 

 

アドルフは嫌な予感を抱えていた。

先程、自分達がロンドンに向かうまでの唯一の停車駅。

そこで一切の襲撃が無かった。

恐れをなした……………などというご都合的な事は考える事は残念ながら悲観主義である自分には不可能事であった。

藤堂十兵衛というのがどれ程の暗殺者かは知らないが、それは少なくとも日本での話だ。

ここはアルビオン王国。

ただでさえ目立ちそうな日本人が、そんな自由に物や人を動かせれるはずがない。

だから、少し悩みはしたが、別の車両の見回りに再び行こうとするアンジェ様とちせ……目当てはちせだが、少し引き止めて聞きたい事を聞いた。

 

 

 

藤堂十兵衛という人間はどんな人間なのだ、と

 

 

 

返ってきた言葉は最悪であった。

 

 

 

少なくともここで引くような人間では無い。

 

 

 

ならば、やっぱりおかしい。

そうであったならばやっぱりねらい目は先程の停車駅だけしかないのだ。

これまでもここからも何かをするには外国人には難しい領域のはず。

嫌な予感は膨れるばかりだ。

 

「それに藤堂十兵衛も恐ろしいが、もう一人彼に従っている男も手強い」

 

「男? 否、手強いという事は強い、という事でしょうか?」

 

「強い。名が知られているわけでは無いが、間違いなく藤堂十兵衛が率いる中でなら右腕と言って良い人間がいる」

 

嫌な話が積み重なるものだ。

ちせが日本においての標準的な戦闘スタイルならばただでさえ自分には圧倒的経験不足の戦場になりかねない。

何せ日本刀という剣と戦う事など流石に無い。

相手は大抵ピストルかナイフだったから、長物というわけではないが、今までとはまた違うリーチを持つ相手とやらなければいけないのにそこに手練れが増えるというのならば最悪でしかない。

最悪はアンジェ様がCボールで姫様と一緒に脱出という方法があるからマシだが。

 

「興味は無いですけどその者の名は?」

 

「─────一絆(いずな)。剣の才ならば十兵衛に匹敵しかねない男だ」

 

ポジティブに考えるならば事前にそういった敵がいるという事を知れたのは良い事だ、と思う事にしながら、最後に一つ思った事を聞いた。

 

「……………何故そこまで相手の事を知っているのですか。藤堂十兵衛はそちらでは有名みたいだからいいですが、そのいずな? という人間は無名だというのに」

 

「あぁ……」

 

問われた少女は至って無表情。

その顔も目も一切、揺るぐ事はないまま、声色も一切揺るがずに答えを告げた。

 

 

 

 

「────────その二人は私の父と義兄(あに)を殺したからな」

 

 

 

「─────────そうですか」

 

その答えにこちらも特に言葉に色を乗せずに返した。

特に深入りする仲でも無ければ、興味も無い事柄だからだ。

だから、自分はそれだけ聞いてちせとアンジェ様を見送る。

だけど、少しだけ歩いたらちせは立ち止まり、数秒迷ったような時間を置いたかと思えば、先程よりは少し人間味のある無表情で

 

「────貴殿はいずなに似ている」

 

「は? ……………はぁ、余り嬉しくも無いですが、どの辺がでしょうか」

 

 

 

「───────たった一つしか見ていない所が」

 

 

 

と、何か不思議な言葉だけを告げられて、日本の少女はアンジェ様と一緒に別の車両に向かった。

思わず何となくベアトリス様と目を合わせるが、聞いていたベアトリス様も首を傾げるだけだった。

唐突にそんな事を言われる謂れも、繋がれも無い人に言われる言葉を言われても中々受け止めるのは難しい。

だけど、一つ疑問に思う事があるとすれば

 

 

 

今のは褒めたのだろうか? それとも貶したのだろうか?

 

 

まぁ、どっちであっても確かにその通りだ(・・・・・・・・)、とその言葉を心に収めて置いた。

 

 

 

 

故に嫌な予感は確信へと至(・・・・・・・・・・)()

 

 

 

 

 

唐突な爆発音と振動がベアトリスを襲った。

 

「きゃあ!?」

 

振動に対する準備を怠った為、尻餅をついてしまうが、即座に考える事は

 

……姫様は!?

 

と思って姫様の方を見るとアドルフ様が覆い被さるように守っている光景であった。

状況が状況だから私は赤面する余裕が無かったが、しかしそれでもベアトリスは見た。

 

 

 

覆い被さられている姫様が少しだけ顔を赤くしているのを。

 

 

 

流石は姫様です!!

 

 

意味不明の感嘆を覚えながら、直ぐに立ち上がる。

鈍感な私でも流石に今の状況がどういう意味かくらいは理解している。

襲撃だ。

爆発音が響いた所に日本人の人が向かっていった。

その後部車両には確か、アンジェさんやドロシーさん、さっきのちせさんもいたはずだけど……3人を心配はするが、やはり一番は姫様だ。

だからその姫様を守る事に長けた人に声を掛けようとして─────ヒュ、と喉から情けない息が漏れる。

 

 

 

 

酷く冷たい生き物がそこにいた。

 

 

 

その表情は殺意に埋め尽くされ、人の顔では表現できない故に無表情で代行し、瞳には一切の温かみが含まれていない。

世界を憎んでいる顔と言われたら信じてしまいかねない憎悪の表情(カタチ)

 

 

 

何一つとして許さないと叫ぶ人間(イノチ)がそこにいた。

 

 

 

それでも、ベアトリスは動いた。

何故なら今は非常事態で、姫様を守ろうとする人間は私と彼しかいなかったからだ。

 

「ア、アド、ルフ様…………?」

 

口から漏れた声はどうしようもなく掠れた声だが、効果は抜群であった。

悪夢を形にしたような冷たさは瞬間的に溶けていき、あっという間に人の顔に戻る。

それに思わず、もう修羅場を潜りぬけた気分を味わうが、浮かべていた本人は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながら、しかし直ぐに

 

「姫様。部屋の隅に」

 

と言って失礼のないように手を貸して立たせる。

姫様も今が緊急事態なのを理解しているのだろう。直ぐに立ち上がって、アドルフ様の言う事を聞いて部屋の隅に向かっていく。

その事に自分はどうすればいいでしょう、と思っていると

 

「ベアトリス様」

 

アドルフ様が小声でこちらに声を掛けるので、そちらに振り向く。

 

「ベアトリス様は姫様と一緒に──────いざという時は…………」

 

行動の指針をくれたお陰で自分が為すべき事を考えれたので、アドルフ様が何を言おうとして口を噤んだのかを理解した。

理解した上で私は懐から取り出した。

ピストルを。

その物がどういう意味を持つ物なのかを知った上で私は出来る限り普段の笑みを浮かべるよう心掛け

 

 

 

「はい! 姫様をお守りします!」

 

 

 

そう叫ぶ私に、アドルフ様は何故か眩しい物を見たかのように目を細め

 

「──────貴女には逆立ちしても勝てそうにないですね」

 

と言われ、え? と思うが、もうアドルフ様はさぁ、と姫様の方を視線で向けるのでタイミングを逃す。

聞きたいと思う気持ちはあるけど、当然そんな状況ではない。

だから、直ぐに姫様の傍に侍ろうとし─────また大きな音が響く。

今度は爆発音とかそういうのではない。

ある意味で列車に乗れば普段は響く音だ。

だから、そちらに思わず振り返ると窓の向こうにはこちらに走ってきた貨物列車が並走してきた。

故に、ベアトリスも理解できた。

 

 

敵が来たのだ、と。

 

 

 

 

砲弾が発射される音と破壊の音で意識のスイッチが切り替わる。

粉砕の音は攻撃の証。

我等の敵を殺した音を己の起動音とする。

堀川公達が乗っている王族お達しの列車には見事な穴が開いており、そこには標的の堀川公の姿と共に少女たちの姿も見れる。

 

「あれがノルマンディー公が言っていたシャーロット王女か」

 

隣にいる藤堂十兵衛……………己の義理の父がポツリと漏らす。

伝手の無いアルビオン王国で我らがここまで物資を得て攻撃出来たのは確かにあのノルマンディー公という人間のお陰ではあるが、義父の言いたい事も分かる、

 

 

 

あの男は信用も信頼もするには危険すぎる。

 

 

仕事のみならば何も問題の無い男かもしれないが、あの男の目的に関わる事に触れたら感情を廃絶した合理的な判断で切り落とされる─────そんな視線(いろ)が見えた。

つまり、この我らの暗殺にあの少女達を巻き込んだのはその目的と合理的な判断から下されたのだろう。

酷く血生臭いが、それに乗っかっている時点で我らが糾弾する権利も無いのを承知しているからこそ、義父もそれだけなのだろう。

仲間がロープを打ち込みました! と報告するのを見て、そちらを見ると相手の列車に確かに打ち込まれているが、その内の一つが室内に嵌まっている。

 

 

あれでは即座に斬られかねない。

 

 

その事を理解したのか。

義父は無言で刀を左手で持ち上げるのを見て、その前に口をはさむ。

 

「義父上──────自分が行きます」

 

義父が無言でこちらを見てくるが、構わない。

義父は我々の御旗にも等しいのだ。

後ろに義父がいるのだ、と思えば、周りの皆も希望を持てる。

最悪、義父だけでも生き残ってくれれば、とは思うが、義父がそんな事を出来るような器用な性格では無い事を知っている自分はここで必ず成功させるしかないという不退転の覚悟を胸に秘める。

それを瞳にも出していたからか、父は小さく頷き

 

 

 

「───────任せる。無理は、するな」

 

 

 

その不器用な言葉に小さく笑みを形作り、はっ、と頷き──────即座にロープを渡った。

正しく綱渡りをする中、敵側に動きが生まれた。

敵襲の混乱から立ち直った一人がこのロープを斬ろうとしているのだ。

既に場所は中間点。

引くには余りにも遠く、どうにかするには手足ではとてもじゃないが届かない場所で自分は即座に懐に手を伸ばし─────取り出した飛針で斬ろうとしている人間に投げた。

飛針は見事に敵の脇腹に刺さり、斬ろうとした動作が止まっている間に己を列車の中に移動させ─────苦しむ敵に抜刀を叩きこんだ。

 

 

 

肉と骨を切り裂き、命を奪った感触が脳と体に刻まれる。

 

 

 

何度何回繰り返しても余りにも重い感覚を唇を噛み締めながら、言い訳無しに殺したのだ、と思って刀についた血を振り払う。

鞘には納めるがそれは決して引く気が無いという意味では無い。

室内にいるのは数人。

その中に堀川公の姿があるのを見て取れたので

 

 

 

 

「藤堂いずな──────一身上の都合により貴方達の命を頂戴す」

 

 

 

目的も信念も言い訳には使わない。

何故なら自分はそういったモノの為に(・・・・・・・・・・)生きれる人間ではなか(・・・・・・・・・・)ったから(・・・・)

故に己の欲望を持って他者の命を奪う殺人鬼であるのだ、と認めながら敵を伺い

 

 

 

─────酷く気持ちの悪いモノを見た。

 

 

金髪碧眼の形をした自分とそう年が変わらない少年がこちらの前に出て来た。

堀川公や少女が何か叫んではいるが、耳に入らない。

両の手に手袋をして向かってくる少年。

服に隠れてはいるが、腰にはナイフに……ピストルと思わしき装備をしているのに銃に手を出さないのは距離とこちらの力量を察しての上か。

徒手空拳でこちらに向かってくるのはそれでこちらを殴り殺せるという自信か。

だが、そういった意味で少年を気持ち悪いと思ったのではない。

何か途轍もなく気持ちが悪い。

 

 

 

何というか……………水面を見ると映る姿が勝手に動いたり、喋ったりするような感覚。

 

 

何故か殺意が勝手に立ち上がる。

先程、殺人に対する嫌な手応えを語ったばかりなのに、この少年相手ならば罪悪感を感じなくていいと無意識にそんな事を思い始めていると

 

「いずな殿! 見事! 我々も微力ながら助太刀いたす!!」

 

己が使ったロープから仲間が何人か来る。

その事に変な思考に囚われつつあった己に気付き、振り払う思考をしていたが故に仲間の一人が少年の方に向かうのを止めれなかった。

 

「斬り捨て御免!」

 

即座に刃を抜き、上段から斬り捨てに行こうとする戦闘思考はどうしようもなく正しいが、嫌な予感が待てと叫ぼうとするが遅い。

気合の叫びを上げて振り折ろうそうとしていた刃を、金髪碧眼の少年は特に何の感慨も抱かずに

 

 

 

 

「やかましい」

 

 

 

浮かび上がる人体を見る。

後頭部を背中にくっ付けるのだと言わんばかりに仰け反った姿勢は、少年が刀を振り下ろされるよりも早く踏み込み、膝を曲げ、そこから打ち上げる様に振り上げた拳を顎に諸に受けてしまったのだ。

悲鳴の一つも上げれぬまま、そのまま床に転ぶ仲間の姿に敵味方関係なく息を吞む。

倒れた仲間は不自然な形に顎が歪んでいる。

完全に顎が砕かれた上に…………何か硬いモノを押し付けられたかのような後が刻まれている。

あの手袋は手甲みたいなものか、と冷静に判断しながら、敵を見る。

やはり先程の気持ちの悪い感覚を得ながら、しかしそれを抑えて問う。

 

「名は?」

 

「言うまでも無し」

 

名など無用。

そう言わんばかりの不遜な態度を持って殺意しか宿らぬ瞳を見る。

まるで本当に自分には名など無用とでも言わんばかりの態度だ。

 

…………本当に嫌だ。

 

こちらはこんなにも我慢しているというのにあちらはそんなのどうでも良いと言わんばかりの殺意しか込められていない瞳と声が腹立たしい。

その底なし沼のような殺意を浴びていると素で殺したくなる。

 

「…………皆さん、あの少年は私が相手します。他をお頼み申す」

 

周りの仲間が頷くのを見て、己は抜刀態勢に移る。

ふぅ、と一つ息を吐く。

 

 

 

──────感情を破棄して一振りの刃になる為に。

 

 

意味が分からない嫌悪感を感じる少年と敵対する事になったが、どっちにしろやる事は変わらない。

 

 

皆殺しだ。

 

 

気持ちの悪い少年だろうが、怪物だろうが獣だろうが何であろうとこもこの場にいる敵を皆殺しにすればいい。

元よりそう覚悟した身。

己を拾ってくれた人の力になる事だけを目的とした人生。

今、それを燃やし尽くすのみである。

故に今こそ己を殺意の思考に身を任せ

 

 

 

 

「──────参る」

 

 

 

最後に人間の感情を吐いて──────身体も刃として突き進んだ。

 

 

 

 

 

 

 




砂糖は暫く無いです。流石に。

今回はオリキャラの登場回ですな。
ちせ回におけるアドルフの敵として登場させました。

立ち位置はちせの義理の兄で当然、十兵衛の義理の息子です。
え、いきなり? とは思いますでしょうが、どうかお付き合いをお願いします。
無論、エピソードも後で出すのでもう少しどういうキャラなのかは待ってください!

次回……次々回もかな? 多分、暫く戦闘回です。
流石に少しブラックが続きますが、読者の期待には応えるつもりです(真顔)。

今回、ある意味でアドルフがメインキャラ以外に対してはどんな人物なのかが少し出た感じかなぁって思います。
ただ、今回はそれがメインじゃないですからいずなの視点によって結構、微妙に偏見が入ってますけど。

ちなみにアドルフのバトルスタイルは基本、某封印指定絶対殺すウーマンスタイルです。
でもナイフとかピストルとかも使えるので結構、万能タイプではありますね。

感想・評価などよろしくお願い致します。


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case7:独断と偏見

 

斜め下から振り上げるような抜刀をアドルフは右足で蹴り払うように弾く。

靴には鉄板が仕込まれているからそれだけで鉄と鉄がぶつかり合った音が響き、足と剣がお互いの威力に弾かれる。

 

「ちぃ………!」

 

「くっ…………!」

 

お互いに失敗による無駄な呼気を漏らしながら、弾かれた上体、弾かれた右足を踏みとどまらせ

 

「ぜぇあぁ!!」

 

「──────」

 

意気と呼気による薙ぎ払いによる剣閃をアドルフは無言で一歩前に詰め、膝を曲げる。

相手の懐に迫ると同時に頭上に刃が通り過ぎていくが問題ない。

今、重要なのは目の前に無防備な腹があり、こちらにはナックルガードのような手袋を付けた拳がある事で、つまりボディを破壊できる。

躊躇いも無く、そのまま粉砕しようとした時、目端に映った。

敵の黒髪の少年が握った刀とは別にナイフ…………というのは少し短いが、それでもこちらの常識に比べれば長い刃を相手左手で引き抜こうとしているのを。

右の大雑把な振りはこちらを隠すフェイクか、と内心で舌打ちを打つ。

このままだと丁度顔面を切り裂かれる形で振り抜かれる。

そうなると鼻から上辺りが吹き飛びかねないので、つまり、どうにかしなければいけないのは当然だ。

両腕両足、どちらも攻撃姿勢を取っている為に躱すのに使うのは不適当。

 

 

 

故に別の物で代用した。

 

 

 

プリンセスは二人の動きを全く目で追えなかった。

自分も一応、護身術は習っているのがアルフと相手の私達とそう年が変わらないように見える少年の動きは己は当然として稽古を教えてくれた教師ですら比べるのが恥ずかしいと言わんばかりの速度であったからだ。

思わず、その内の一人がアルフと知っていても──────怖いと思っていた。

彼らが振るっている物はスポーツなどで使う安全な物ではない。無論、スポーツに使う代物でも殺せると言われたらお終いだけど、それ以上に人を殺すのだと主張する武器だ。

武器を本気で振るえば向けられた相手は死ぬのだ。

それを平然と扱う二人………………否、アルフを見て、やはり思う事がある事は避けられないが、少年がそれを振るう理由が私を守る為なのだと分かっている為、綺麗事を言うのも思うのも止そうと思う。

自分が願う夢が綺麗事である事は知っても、それを実現するには綺麗事ではない方法を行わなければいけないなんて事は理解しているからだ。

だが、それとは別に二人の戦闘速度にはついていけなかったが、今、向こうの……………いずなとかいう少年の短刀がアルフの顔を切り裂こうとしている事だけは偶然見切れたので思わず悲鳴を上げようとしたのだが──────途中で鈍い音が響いてえ? と思って見ると

 

 

「ず、頭突き?」

 

 

アルフが抜き放とうとしている刀の柄に当たる部分に思いっきり頭突きをしたのを見て、流石に呆れのような感情が生まれるが、確かに殺し合いの最中に卑怯とかそういうのは無視されるって言うわよね、ととりあえず現実を受け止める。

とりあえず第三の手で短刀を受け止めたアルフはそのまま右腕をいずなという少年の顔面に叩き込もうとして、即座に左の短刀を諦めたいずなが左の手でアルフの手を受け止めるのを見る。

 

「っ…………!」

 

どちらも放つのは舌打ち。

殺せなかったという憎悪から発生したのだ、と気付くと体が冷えたように震える。

上流階級における綺麗な所ばかりを見たわけではないつもりだが、それでもここまで至近での殺し合いを見た事は無い。

だから、何時も傍にいた少年が初めて遠い、と思ってしまい、本能的に少年の背に手を伸ばしたくなる。

否、手を伸ばすなんてものじゃない。

直ぐに走り寄ってその背中に抱きついて、行かないで、と叫びたくなる。

何よりもあんな風に凶器が少年に振り払われている事が途轍もなく怖い。

 

 

 

少年が過てば死ぬ

 

 

殺し合いにおいて余りにも当然な結果が起きうる現場に少年がいる事が余りにも怖い。

そう思っている間に鍔迫り合いのような状況に陥っていた二人に対して、お互いの背後から周りで戦っていた人達の殺意が向く。

 

「アルフ! 後ろ!!」

 

思わず叫んでしまった私の声に応えるかのように二人は同時に互いを弾き飛ばすように振り返り、それぞれの武器を振るって、周りを黙らす。

その瞬間、戦場に生まれた空白。

 

 

 

必然的に振り返る少年が間違いなく、こちらを見た。

 

 

 

見ただけだ。

何かを言う暇も無ければ、口を動かす事すら出来ない。

その代わりと言わんばかりに少年は視線に感情を宿した。

 

 

 

大丈夫です、と。

 

待っていてください、と。

 

 

「……………」

 

ぎゅっ、と胸の前で手で手を握る。

振り返った少年は直ぐに相手に振り返り蹴りを放っていたが、だからこそ信じる事を己に課した。

何故なら自分の傍付がそう言ったのだ。

大丈夫、また私の下に帰りますって。

なら、信じて待つのが自分の役目だ。

今もギリギリの戦いを繰り広げている少年は最後は勝つのだ、と信じる。

例え、それが相手の殺害による帰還であったとしても、何一つ構わない。

ベアトにも以前言ったでは無いか。

 

 

自分は悪い女なのだと。

 

 

でも……………

 

だからと言って少年一人に任せるわけにはいかない。

このまま列車同士がロープで繋がっていれば……………確か暫く先に合流地点があったはずだ。

そうなるとどうなるかなんて言うまでもない。

今は乱戦となって自分が動く隙間が無いが、頃合いを見て何とかあの繋がっているロープを何とかしないといけない。

もしくは

 

 

アンジェ…………

 

 

爆発があった接合部の後ろにいたはずの親友の姿を思い浮かべる。

本当に浅ましく、悪い女だ。

自分の手で何かをしようと考えながら、直ぐに誰かの手を頼ろうとする。

世間の空気姫という単語はやはり正しい評価だ。

いてもないくても同じくらい無能というのは今の私の現状を実によく表しているのだから。

 

 

 

 

 

アルフは敵側の列車の方が何やら騒がしくなったのを音だけで聞いた。

 

「何だ! こいつらはどこから…………!!?」

 

「ちせ殿…………裏切ったのか!?」

 

「女と見くびるな皆の衆! 速いぞ!」

 

などと声が響くのを首の皮一枚で躱しながら聞く。

どうやら味方…………アンジェ様とちせが救援に来たみたいだ。

恐らくあのCボールという物で飛んできたのだろうけど無茶をする。

体験はさせて貰ったが、重力が無くなったかのようなあの感覚を使いこなすのはやはり至難なのだろう。

アンジェ様がどれ程の鍛錬をしてきたのかと思うと歯を砕きたくなりそうになりながら、左から来る刃を拳で弾く。

今は後悔も懺悔も不要な感情だ。

後悔や未練なんて真っ先に死んでいく人間の特徴だ。

己の命に価値なんて物を見た覚えは無いが、自分が死ねば姫様の危険性が上がるのだから、盾くらいにならなければ地球の酸素………はどうでもいいが、それこそアンジェ様に申し訳が無い。

姫様の為に死ね、と言われて、己もそれが全てだと思うのだ。

 

 

死ぬのならば、全ての危険を排除した後だ。

 

 

故に今の現状はあまり良くない。

今、自分は機関車側の方に押し込まれ、姫様達とは逆の方に押し込まれた。

単に敵の上手さからだ。

敵は長物の利点であるリーチに拘らずに時にぶつかったり、殴ったりもしながら立ち回り、自分が守るべき者を敵の背に置いてしまった。

余りの自分の未熟さに殺したくなるが、それも捨てて置く。

言い訳にしかならないが、この手の武器を持った相手と死合うのは流石に経験がない。

ナイフや銃ならともかくこの長さの刃と殺し合う事はアルビオン王国では稀所か皆無だ。

敢えて言うならフェンシングがそれなのだろうけど、フェンシングの刀法と一緒にするには余りにも自在で且つ殺し合う事しか考えていない。

 

 

日本、凄まじい。

 

 

いや、それは置いといて。

だが、どうやら相手も自分みたいに拳をメインにして戦う相手はそう多くは無いみたいである。

時々、懐に潜り込んでみた時、対処をするというより逃げる事が多かった。

パターンが一定になっているのを見ると、そんな至近距離に踏み込まれる事の方が稀なのだろう。

それは襲撃者の装備がこの日本刀という物が戦いの主流なのだとしたら当然だろう。

ナイフのように短い獲物ならともかくこれだけ長い物だと懐で扱うには長過ぎる。

故にお互い不利と不利が噛みあっていたが、これからもずっととはいくまい。

 

 

相手もそうだが俺も慣れて来た。

 

 

互いに未知を既知へと置き換えつつある現状。

だが、これは試合では無く殺し合い。

決着は絶対に着けなくてはいけない。

無論、それは己の手で着けないといけないという縛りは無い。

時間やそれこそ他人の手でもいい。

幸い、襲撃者達の列車はアンジェ様とちせの手でどうにかなっているらしい。

無論、向こうには藤堂十兵衛というどれくらいの手練れかは知らないが殺しのプロがいる以上、楽にとはいかないだろうが、それ以外は悲鳴を聞く限りそう強いのはいないらしい。

例外は藤堂十兵衛とこの敵のみ、と見做していいだろう。

時間をかければ二人が援軍に来てくれるかもしれないと思うが、時間をかけたらかけたで列車同士の衝突が起きるかもしれない。

向こうは最悪死んで上等かもしれないし、俺もそうだが、姫様がいる以上、その選択肢は大却下だ。

最悪、死を覚悟の特攻も有りだが、それでは一人敵が消えるだけで意味がない。

どうにかこの状況からこの敵を殺すしかない、と体を動かしながら脳を働かせていると最早自動で動いている動体視力が敵の次の動きを捉えた。

 

 

 

傍にある誰かの血で足を滑らせたのだ。

 

 

 

コンマ一秒以下で思い浮かぶは敵のミス、罠、偶然の三つが思い浮かぶ。

瞳が思考の補助の為に敵の肉体を細かく、且つ広く見るが決定的な確証を得るには余りにも敵の事を知らず、また時間が足りない。

故に真っ当な思考において踏み切ったのは罠だろうが偶然だろうがミスだろうが、展開を動かさなければいけない自分には選択肢は一つしかない。

罠であっても直ぐに対処出来るよう軽めのジャブで顔面を打つ。

仮に本当に運が悪かったのならばジャブで顔面が打たれている間に続けてツーとフィニッシュを打てばいい。

そう思って、右の拳を振りかざし放とうとした瞬間に

 

 

「アルフ!?」

 

 

姫様の悲鳴が上がる。

殴り殺すのを咎められたかと思われたが、そうではない。

姫様はお優しい方ではあるが、全てが綺麗事で済むと思うような理想しか見ていない御方でもない。

それに今の叫びにはこちらの批難では無く─────危機が迫っている、という意味での叫びであった。

 

 

最初に思ったのはやはり周りで戦っていた雑兵達だ。

 

 

しかし、既に周りには死骸しかない。

敵も味方も含めて生きて戦っているのは自分とこの敵のみになったのを戦いながら確認していた。

だからこそ、この相手にのみ集中していたのだが…………そうなると

 

新手か!?

 

何の気配も感じ無いのに、と思っていると前方に向かいながら後方を見れる手段がそこにあった。

敵の刀だ。

その刀に完全な偶然だろうけど、反射で映る姿があった。

この相手と同じ服装と武装を持った40代から50代程と思われる男性が既に刃を上段からこちらに振り下ろそうとする光景が

 

 

「…………!!」

 

 

今の光景を見た後でも一切気配を感じない。

つまりはそういうレベルの手練れが一人更に襲撃しに来たのだ、と思うと同時に馬鹿か、と己を詰りたくなる。

これ程の手練れとなると藤堂十兵衛とかいう男でしか無いのは一目瞭然であり、むしろそれこそが本命であったはずなのに可能性から忘却させるというなんて馬鹿でしかない。

だが、それならば尚更に死ねない。

即座に後悔も自己嫌悪も捨てて生きる手段を思考する。

既に体は前に流れている。

拳を打つのを止める事は事前に考えてはいたから何とかなるが前に出るのを止めるのは不可能だ。

そのまま真っすぐ向かって避けようにもそこを今まで相対していた少年が塞がっている。

迂闊に飛び込めばこの少年が立ち塞がり、何も出来ずにただ背後から斬られるで終了だ。

横であってもそれは変わらない。

だから必要なのは前でも横でもない選択肢。

 

 

それを見つけたので、アドルフは即座にそれを実行した。

 

 

 

 

ベアトリスはアドルフ様が絶体絶命から脱する為の行く先を見た。

 

前………!?

 

否、前では無い。

結果的に向かう方向としては前かもしれないが、アドルフ様が向かったのは前ではあっても真っすぐでは無い。

 

 

 

彼は列車に未だ残っている壁に向かって飛んだのだ。

 

 

右斜めに向かって飛ぶ。

その行先は壁だった為、敵の少年は防ごうにもアドルフ様の左足が邪魔をすると思ったのか立ち塞がれず、また背後に立った男性も予想外だった為か、深く突き進む事は出来なかった。

そのままアドルフ様は窓枠の縁に引っ掛ける様に右足だけを乗せて、そのまま再度ジャンプ。

前を塞いでいた少年の頭上を飛び越え、一度回転し、そのままこちらの壁になる様に着地し────目の前で赤い色が飛び散った。

 

「…………え?」

 

勢い良く飛び散った液体が頬に当たるのを感じながらも、思わず、アドルフ様の方を見るとアドルフ様は左の脇腹を軽く押さえていた。

しかし、こちらに背を向けるように立っていたからよく分かった。

負傷は背中から左の脇から背中にかけての傷。

深いのかどうかは手で隠しているのもあるが、分からない。

ただ、体の中にまでは届いていないかもしれない、と冷静にそこまでは思考を勧めれたが

 

「アルフ!!」

 

悲鳴のような声を上げながら一歩前に踏み出そうとした姫様を見て、思考を捨ててベアトリスは姫様を留める様に、半ばタックルのように押し止めた。

 

「だ、駄目です!! 姫様! 危険です!!」

 

「でも………!!」

 

サファイヤのような瞳が揺らぎながらこちらを見るのが分かる。

姫様とて理解しているのだ。

自分が前に出ても邪魔になる以上の意味は無いという事を。

しかし、それでも、と思う気持ちが姫様を突き動かしているのが分かる。

でも、やっぱり駄目だ。

そうしない為にアドルフ様が今、命を賭けて姫様を守り─────アンジェさんも動いているのだ。

今、一番姫様の近くにいる自分が姫様の命を守らないわけにはいかない。

だから、前に出ようとする姫様に駄目、と意思表示するようにベアトは姫様の腰に抱きつきながら、しかし祈った。

 

 

 

お願いします…………アドルフ様…………!

 

 

生きてください。

何故なら姫様は貴方がいる事をこんなにも望んでいるのだから。

 

 

 

 

 

 

アドルフは脇を押さえていた手を吐息一つで振りほどいた。

皮と肉辺りまではやられたが、中身まではやられていないのが幸いだ。

まさか、あんな軽業師みたいな逃げ方に驚きながらしっかりと合わせられるとは思ってもいなかった。

 

「……………日本の侍は正々堂々で卑怯な事を行わないと聞いた事があったんだが……………背後から斬りかかるとは。随分な過大評価だったんだな」

 

口から出す言葉には意味は無い。

単なる時間稼ぎだ。

乗ってくれるなら有難いが、そこから得れるこいつらの意思や感情は別にどうでも良い。

その程度の適当な言葉に、しかし藤堂十兵衛と思わしき相手が乗ってくれた。

 

「士道からは踏み外した身。今は大義に身を捧げた一振りの刀に過ぎない故」

 

「成程。正しい自己評価だ─────薄汚い暗殺者には殺人鬼がお似合いだ」

 

瞬間、若い方から結構な殺意が沸き上がって、一歩踏み込んだが

 

 

 

「挑発だ、いずな。軽々しく一歩踏み込めばしっぺ返しを受けるぞ」

 

 

 

鉄のような声が諫めたせいで止められてしまった。

冷静さを失った攻撃ならば上手い事切り崩せれるかと思ったから策が失敗した事に舌打ちをしたくなるが、元より敵対者と会話をする事なんて経験不足故に仕方が無いかとは思う。

 

「しかし義父上…………!」

 

いずな、と呼ばれた少年がそんな風に叫ぶから、ああそういえばいずなっていう名前だったっけと今更思いながらもその叫びに息子なのかと思いつつ

 

「…………しかし、大義とは笑わせる。人を殺す事でしか何かを為せない分際で語る大義なんて笑い話にもならない酔っ払いの戯言だな」

 

「貴様…………!!」

 

今度こそ、踏み止まった足を勧めようとするのいずなだが、今度は肩に手を乗せて物理的に制止させられるのを見ながら、十兵衛が

 

「全て押しなべて綺麗事で片付けろというのなら─────」

 

「綺麗事を青いだの理想論で下らなく、言うまでもない。そんな風にしか考えられないから俺も(・・)お前らもここまでなんだよ(・・・・・・・・)

 

 

 

──────命を圧縮して出来た宝石のような美しい生き方をする少女を知っている。

 

 

 

余りにも脆く、辛く、繊細な少女はそれでも世界に光あれ、と祈る様に願った。

スタートは本来、その願いを持っていた少女の代理であったかもしれない。

他人からの借り物。

罪悪感から生まれた代替行為。

でも、偽物から生まれたモノが本物にならないなんて道理はない。

彼女の言葉は誰かの言葉では無く、自分の言葉になっていくのを俺は見て来た。

自分のような下らない人間でも分かる正しくて美しい人の願いは、肯定する立場の自分でも綺麗事であるとしか言えないものではあった。

 

 

 

でも、その綺麗事を果たすのにどれほどの恐怖と悔しさと命を賭けてきたのかも知っていた。

 

 

 

綺麗事を通す為に少女がどれ程の苦痛と恐怖を飲み込んできたと思う。

それでも夢見がちな少女の戯言と切って捨てるのか。

子供特有の青さ、世の中の甘い部分しか見ていないと言うのか。

ふざけるな。

 

 

 

 

現実しか見ていない俺(・・・・・・・・・・)達の結果がこれだ(・・・・・・・・)

 

 

 

 

「大義? 青い? 笑わせる。お前らの言う大義によって導かれるのがこれか? こんな敵も味方も死んで死んで死んで死ぬだけのこれが大義? ──────こんなのはな、ただの殺人現場って言うんだよ」

 

 

ただ人を殺すだけの奴の語る言葉なぞ生ごみが喋っているのと何が違う。

殺すのならばせめて人の命を守るくらいしてみろ。

その大義が何かを守る為の物なのだからこれも広義では人を守って殺しているのだ、なんて言い訳は通じない。

 

 

こんな後ろ暗い暗殺なんかしている時点で一切の綺麗事が混ざっていない証拠だ。

 

 

故にこれは大義でもましてや正義でもない──────ただの暴力だ。

無論、それは別に相手にだけ言える言葉じゃなくて自分も含めて、だが。

そんな時間稼ぎついでの嫌がらせの言葉に少年の方はひっきりなしに殺意が盛り上がっているが、十兵衛の方は小さくだが、確かに頷き

 

 

「─────成程、確かに一理ある。そも士道からは背いている時点で我等は畜生であろう。畜生道に堕ちた我等の言葉では確かに説法を唱えようとも鬼が平和を語るようなもの──────が、しかし放たれた矢故に。如何に理解を得ても止まる事はもう出来ず」

 

 

ふん、と鼻を鳴らして、ファイティングポーズを取る。

そんなのは別に全く期待していない。

テロリストや暗殺者に神の教えを説いても無駄な時間を費やすだけなのはとっくの昔に知っている。

ただ、一分以下かもしれないが、多少の時間を稼げた。

それだけが重要だ。

向こうの列車からの叫び声の数はかなり少なくなっている。

なら、後は援軍を待つまで今度は言葉では無く声で時間を稼ぐのみ。

敵もそれを承知だろう。

抜き放っている刃を今こそ構え

 

 

 

「──────参る」

 

 

その一言で二人が同時に突撃するのをアドルフは迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 




ふぅ、目がしょぼしょぶしたり、何やったりで時間がかかりましたが投稿です。

中々ちせ回が手強い……後、二話……いや、もしかしたら3話以上かかったりするかもしれません…………文字数を削減して投稿しやすくなったが故の陥穽が……!!

今回である意味で姫様とアドルフの微妙な思考というか己の価値観の差異とかも出ましたかも。

読者の皆さん、後半を見て貰ったら分かりますが、アドルフはタイトル通りに独断と偏見の差別主義者です。
これを悪いと見做すか良いと見做すかは読者の皆さんにお任せしますが作者からしたら、これはアドルフの価値観でしかないですな。

善良というには余りにも勝手で且つ自分本位、悪というには他者に影響は及ぼさない感じ。
どこぞの世界で言うなら求道型ですな。

だから、成程、とは思わない事があるかもしれませんが、アドルフの思考回路はこんなのだと思ってくれればと思います。

感想・評価などよろしくお願いいたします。


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case8:踏み外した順序

音楽って本当に力をくれますね…………(音楽で執筆意欲を高めた悪役)



 

 

いずなはまだ敵の少年が生きている、という事実に全身が煮える程の怒りを脳内を埋め尽くす勢いで込み上がるのを、必死で抑えながら刃を振るっていた。

アルフと呼ばれた少年は義父と自分を相手に攻撃をする事を諦め、全ての技を防御に回す事によって未だ生存していた。

小刻みなフットワークで刃をギリギリで躱し、殴ろうとしているより押し出そうとしている拳を、顔面に目掛けて速度重視で放たれる為にこちらは躱すアクションを取らなければいけない。

無論、そんな攻撃と呼べるか分からない攻撃ですらこちらが攻撃を10回放つ間に一回放てるかどうかだ。

それ以外は全て防御。

拳で弾き、体捌きで躱し、こちらが放とうとする攻撃をむしろ向かってくる事によって抑えるなどして生き残っている。

 

 

悪足掻き

 

 

そう言える行動かもしれないが、それを己だけでなく義父も含めての二人の攻撃から生き残っているのならばそれは快挙と言えるだろう。

本来ならば敵ながら天晴れと言ってもいい綱渡りのような攻防をする相手を、しかしいずなは全く褒め称える気が起きなかった。

思い浮かべるのは火のような疑問であり、怒り。

アルフと呼ばれたこの少年が目の前にあるのがどうしようもなく許せないという理屈の通っていない怒りと義父を貶した男が許せないという憎悪だ。

 

 

 

ああ──────本当に嫌になる。

 

 

この少年が未だ立って拳を構えているという事実が許せない。

この少年が未だ呼吸をして、戦っているのが本当に許せない。

 

 

 

この少年がまるで自分の命なんてどうでもいいから大事な何かの為に生きたい、と無言で叫んでいるのがどうしても許せない…………!!

 

 

自分達の攻撃は致命傷にはならなくても十分に相手の体に掠らせている。

義父の攻撃を含めれば二桁以上の傷を作っている。

致命にはどれも至っていないが、どれも痛覚を刺激し、出血を伴っている。

出血による不安、痛みによって生まれる肉体の不自由。

既に十分に死の予感に抱かれているはずだ。

なのに、少年の瞳にはこちらへの殺意と自分自身に対する怒りはあっても、死が近づいている人間に宿る恐怖を宿していない。

それが何故か余りにも許せなくて…………否

 

 

 

それが余りにも理解出来て(・・・・・)腹立たしい。

 

 

その熱に抱かれながらいずなは剣を振るう。

この水面に向かって剣を振るうよりも苛立たしい姿を斬り殺し、己の存在理由こそが上なのだと示す為に。

 

 

 

 

 

 

アドルフは一切の恐怖を捨てて敵の挙動に全ての集中を捧げた。

右から来る刃を拳だけの動きで弾き、追撃で左から来る首切りの一撃をギリギリで首を傾げて躱す。

続いて放たれる突きを、首を傾げた状態のまま踏み込みつつ膝を曲げる事によって頭上に通らせる。

懐に入ろうとする俺の胴体を斬ろうとする一撃を左で弾いていると敵の柄に当たる場所で胴体を打たれる。

回避、防御共に間に合わずにまた後ろに戻ろされる。

息が詰まり、餌付きそうになる己を無視しながらまたファイティングポーズを取る。

別に攻撃を受ける事自体はもうどうでもいい。

死ななければ全てOKだ。

切り傷や打撲が幾ら作られても手足が動くのならば、自分は姫様を守れるのだ。

 

 

なら、いい。

 

 

背後から姫様と思わしき声が叫ばれているのは知っているが、生憎耳を傾ける余裕が無い。

ベアトリス様には申し訳ない事をしたな、と思いながら、ふと今の状況で思い出すには少し場違いな事を思い出す。

 

 

 

『ごめんなさい…………私は何時も貴方から奪ってばっかりで………』

 

 

そんな風に、あの御伽噺のようなダンスの最中に謝られた言葉を思い出す。

姫様の事だ。

今もこんな自分が傷付くのを悲しんで叫んでいるのだろうなぁ、と思いながら、一瞬口が緩む。

 

 

 

 

酷い勘違いだ──────何故ならずっと身の丈に合わないモノを俺は貰っているというのに。

 

 

 

特にどこに居ようなんて思う人間では無かった。

両親が言うように国家と王家の盾になる機構であり人形になるだけの人生だと思っていた。

そんな自分が傍にいたいと願い──────傍にいて欲しいと言ってくれる人と出会えた。

 

 

 

 

自分には夢も祈りも無いけど──────こんな自分を望んでくれる事がとても嬉しかった─────

 

 

 

「──────」

 

嗚呼─────何て今更。

何て卑怯な人だ。

こんな戦場で死ぬ寸前の状態で未練を抱くなんて呆気なく死んでいく人間の特徴だと言うのに。

命は惜しくないけど─────傍にいられなくなる事はとても惜しいなんて女々しい事を考えさせられるなんて。

 

「ああ、もう…………」

 

死んでもいいけど死にたくはないなんて中途半端な生き(こわれ)方で拳を握っているだなんて姫様は知らないだろうな、と思いながら─────走馬灯のような刹那を潜り抜ける。

視界に入るは相も変わらず己を斬り殺そうとする敵対者二人。

そんな正しく死ぬ寸前のような現状を受け入れる。

それでも絶望を受け入れる理由にはなっても、拳を握らない理由にならない事に内心で苦笑を浮かべ

 

 

 

─────次の瞬間、壊れた壁から小さな影が突撃してきたのを見て、状況は一変した。

 

 

 

 

 

プリンセスは飛び込んできた影がちせであると同時に悲鳴のような叫びを聞く。

 

 

 

「十兵衛ーーーーーー…………!!」

 

 

まるで大事な者を求めるようであり、同時にどうしようもない断絶の色が塗られた叫び。

思わずこの場にいる全員が叫びの主に意識を向けられる。

 

ちせ(・・)…………!?」

 

いずな、という少年が思わず、と言った感じで叫びの主の名を呼びながら視線を向けられ─────その隙を見逃さず、アルフが一瞬で少年の懐に詰め寄り、拳をお腹に放つ。

今度こそその真価が発揮される。

体がくの字に折れ曲がり、呼気が無意識に漏れる程の一撃を与えられた少年は襲撃者の列車とは逆の方向の壁に叩きつけられる。

それと同時にちせさんが十兵衛と切り結び、同じ方向に押される。

偶然だが殺し合いにおいては広いとは言えないこの列車の中で空白地帯が生まれ

 

 

 

「プリンセス………!!」

 

 

襲撃者の列車から親友の声が響いた瞬間に道が開かれたと思った。

砲弾によって空いた穴から覗く風景に襲撃者が遣っている列車の屋上に立っているアンジェの姿を確認する。

スパイなのに隠せていない心配の表情を確認するが、少女のCボールが光るのを見て、その前に叫ぶ。

 

「アンジェ!! 列車を止めよう!!」

 

それだけを叫び、プリンセスは即座に走り出した。

話を続けたら、アンジェが否定するかもしれない、と思っての行動だ。

ちせさん達の斬り合いを通り過ぎ、アルフと少年の隣を抜ける様に走る。

一瞬、いずなという少年から殺意と同時に刃をこちらに翳す気配がしたが、それこそ立ち塞がる様にアルフが間に立ってくれるのを見る。

 

「──────」

 

唇を噛み破りたくなるくらい噛み締める。

何時も私はこうして誰かに守られてばっかり。

アルフやアンジェは言うまでも無く、ベアトにも恐らくドロシーさんも、遂にはさっき会ったばっかりのちせさんにすら守られている。

死んだら地獄に行くくらいは当然の報いだろうと自嘲しながらも走る。

このまま行けば列車の衝突は避けられない。

後、どれくらいの距離があるのかは定かでは無いが、そう遠くないはずだ。

Cボールでもそう多くの人数を助けれない筈だ。

故にこの場では無能な自分でも、この手で出来る事があるのならばするだけ。

だから─────

 

 

 

無事でいてちせさんも、当たり前だけどアルフも。

 

 

 

死体になって戻って来るとか言ったら天国だろうが地獄だろうが必ず追いかけて絶対に叩くんだから。

 

 

 

 

 

最早、どれ程戦ったか。

いずなは刀を振るいつつも、目の前の怨敵を見る。

最早、憎悪すら感じる気も無くなった相手の顔を見ながら、ただ殺意だけを持って殺し合う。

敵の方が傷は多いとはいえ、相手の拳の勢いが削がれていない以上、傷の有無など有利不利を生む原因にはならないと考える。

この男を殺して、自分は止めないといけないのだ。

 

 

 

向こうで殺し合いをしている義父と小さな娘を。

 

 

何度も斬り合う音を聞く度に心が軋む。

止めてくれ、と叫びたくなるような刃の音に焦りが思考を揺らし、その度に致命は避けれているが、軽くは無い拳を打ち込まれるが、あの二人の事を思えば軽いモノだ。

ああ、もう邪魔過ぎて殺したいくらいなのに殺す暇が無い。

何故だ、何故来てしまったのだちせ。

 

 

 

ここに来たらお前が何をしなければいけな(・・・・・・・・・・)くなるのか(・・・・・)を理解しているだろうに──────

 

 

だから、早く止めないと。

あの刃を止めないと。

この世でたった二人しかいない二人を止めないと。

ああ、だから本当に邪魔だ。

そんな願いなど知った事かと目の前の怪物のような人間が邪魔で邪魔で刃を振るうのだが、今の雑な刀では軽く躱される。

 

「くそっ…………!!」

 

二人の攻防は一秒ごとに深化していっている。

最早、何時行き着く先に到達してもおかしくない。

 

 

邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ

邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ…………!!

 

 

 

「そこをどけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー…………!!」

 

 

獣のような獣声が喉から漏れる事に一切頓着せずに殺意を曝け出す。

しかし、目の前の俺以上に血塗れの少年は少しだけ目を細めて

 

 

 

「──────知った事か」

 

 

それだけを吐いて、拳を振りかぶった。

こちらの都合を見ようとしないのではなく、あるとすら感じれない態度に刃で構える事で返事としようとして─────瞬間、列車が壮大に揺れる。

 

「くっ……………!?」

 

口で衝撃に対する吐息を吐いたはずなのに、全く聞こえない激突音と摩擦音。

列車同士が激突したのだ、と気付いたが、気付いた所で仕方がない。

これで終わりか、とは思うが……………それでもあの二人を殺し合わせ続けるよりかは、マシかと思い、凄絶な揺れが視界を一瞬黒く染め、終わったか、と思い

 

 

 

「──────え?」

 

 

次の瞬間、取り戻した視界と己の命がある事の理解を得る。

未だ死んでいない所か、両膝を折ってはいるが、さっきと余り場所も体勢も変わっていないのに気付き、列車の衝突は失敗したのだと悟る。

あの姫と小さい従者の少女のせいか。

いや、そうなるとこちらの列車側も止めなくてはいけないからもう一人敵がいたのかと思うが、そうなるならそうなるで今は気にしてはいられない。

 

「義父──────」

 

上、そう告げようとした口はまるで刃で串刺して閉じられたように固まった。

何故なら全機能が全て、瞳に映った光景によって停止させられたから。

 

 

 

 

そこには義父と■■が抱き合うように重ねながら─────義父の背中から刃が生えている光景であった。

 

 

 

 

「─────────────────────────────────────────────────────────────────────────あ」

 

 

 

とっても大きくて、とっても大事なモノが滑り落ちる手応えを感じ取る。

藤堂いずながこの世で最も見たくなかった結末が今、目の前で作られ、そして終わっていた。

義父は痛みに少し呻きながら、しかし刀を離した手でちせの頭に乗せ

 

 

 

「────────」

 

 

自分には聞こえない言葉を告げていた。

どんな言葉かは分からない。

ただ聞いた本人が背を軽く震わせた事だけを確認した。

その姿を義父は小さく笑みを浮かべ──────こちらを見た。

思わず駆け寄ろうとして立ち上がるのに失敗する自分を見ながら、もう音にすら出来ないのか。ただ唇を動かした。

 

 

「    」

 

 

 

4回、唇を動かし、その言葉の意味を租借した時──────義父は使命を果たしたかのように崩れ落ちた。

 

 

 

 

「まっ……………」

 

 

待って、と言おうとした言葉すら本当に待たずに義父は崩れ─────────死んだ。

余りにも呆気なく、黄泉路に向かった。

自分とちせを残して。

本当に呆気なく、死んだ。

 

 

 

「あ…………あぁ…………」

 

 

この世で最も目の前で死んで欲しくないと願った人が目の前で逝った。

それだけを避けたくて、俺は他の全てを裏切ったのに、零れ落ちた。

裏切りの報いだ、と言わんばかりの結果。

だから、そんなのが許せなくて

 

 

「ち─────」

 

 

せ!! と叫ぼうとした。

完全な八つ当たりと理解しても尚、突き動かす衝動を少女に向けようとして──────また止まった。

ちせのち、の単語で振り返った少女の顔を見てしまったからだ。

 

 

 

そこには先程まで戦っていた侍はいなかった。

 

 

 

 

ただ、どうして? と泣く少女(こども)がいた。

 

 

 

「───────」

 

呼吸までが止まる。

少女は意識しているのか。

そこには瞳から一筋の涙を漏らし、こちらを焦点が合っていない目で見ているだけであった。

余りにも弱弱しい。

殺したのは少女なのに、少女はどうしてこうなったの? と哀切の悲鳴のような視線でこちらを見ていた。

 

 

「ぁ……………う……………」

 

その瞳に、情けない呻き声しか上げれない。

正しくその通りだ。

どうして? と問い詰められるのはこちらであって俺ではない。

俺達は少女を裏切ったのだ。

裏切った側に許されるのは断罪であって、復讐ではない。

少女のそれは正当な復讐であった。

故に俺がそれを踏み躙る事も、怒りを抱く権利なんて無い。

無いのだ。

 

 

 

だけど──────なら、今、俺が胸に生まれつつあるこの空虚の、穴のような感情を我慢し続けろ、というのか?

 

 

理性がそれに答える。是である、と。

それは遺族が得る絶望的な上に膨大な感情であり、同時に自分が今まで斬った人間の数だけ生み出してきたものなのだ、と。

奪うだけ奪って己だけがそれを受け入れないのは余りにも卑怯である、と理性が答える。

本能がそれに答える─────不可能不可能不可能絶(・・・・・・・・・・)対完全不可能である(・・・・・・・・・)、と。

無理だ駄目だ不可能だ、と脳内で結論が暴れ出す。

これが自然死ならば受け入れるが他人の手による喪失ならば絶対に受け入れない、許せない、全てを塵となるまで殺戮するしか選択肢を選べない、と。

 

 

 

 

ならば────この泣いている少女に、八つ当たりだと分かってこれをぶつけるのか?

 

 

 

理性と本能が同時に答えた──────出来ない、と。

それも絶対にやってはいけない、と。

自分が義父に従ったのと同様に─────────それだけは何をしても己にはやってはいけない事なのだ、と。

故に、己の耳に軋む音が伝わった。

無論、幻聴だ。

己の精神が耐えられない感情の津波が幻聴を生み出してきているのだ、と無駄な思考を考えながら崩壊する自分を空っぽの人形のように見つめ

 

 

 

「……………っう…………」

 

 

少女でも己でもない呻きが耳に入る。

自動的な反射でそちらを見る────────見てしまった(・・・・・・)

それを見た瞬間、崩壊していた精神は止まり─────ニタリ、と邪悪に笑う。

あぁ、なんだ。

 

 

 

 

こんな所に壊しいてい(・・・・・・・・・・)いガラクタがあるじゃ(・・・・・・・・・・)ないか(・・・)

 

 

 

 

アルフはくらつく頭を押さえて足を動かそうとしていた。

列車の衝突の時、拳を振りかぶっている状態であったが故に諸に衝撃に吹き飛ばされ、壁に頭から激突をしてしまったのだ。

運よく攻撃はされなかったらしいが、そのままではいられない。

止まったという事は姫様達が何とかしたという事なのだろうが、まだ敵がいる。

藤堂十兵衛と藤堂いずながまだいる。

なら立ち上がらない理由は無いので立ち上がろうとして──────顔を鷲掴みにされてそのまま壁に叩き込まれた。

 

 

「……………っ!」

 

 

後頭部に衝撃と視界が揺れるが、割れた音を聞く限り後ろは窓だったらしい。

お陰でダメージはそんなに大したは無かったのだが…………万力のような力で握りしめられる顔面の方が問題だった。

 

「ぐぅ…………!?」

 

思わず掴んでいる手を離そうともがくのだが、全く外れない。

顔からメキメキと音が聞こえそうな握力に思わず、犯人を見ようとして───────少し絶句する。

犯人が予想外であったからとか、さっきまでとは全く違う表情を見せていたからとか、そんな些細な事ではない。

殺気によって鬼のような形相になっていたとかの方がマシだ。

むしろその逆。

さっきまでは殺し合いの最中であったが、それでも藤堂いずなは間違いなく人間のように意志を持ち、迷っている気配がしていたのに──────今の少年の表情には一切の揺らぎが無く、幽鬼が立っているとしか思えなかった。

故に少しその唐突な変化に一瞬、硬直し───しくったと思うと同時に刀を握ったままの拳が顔面に叩き込まれた。

 

 

 




次回で出来ればちせ回というか戦闘を終了させたい所ですね。

今回はまずアルフの心理描写。
アルフがギリギリ殺戮人形にならのは、小さいかもしれないけど確かな自分の為の欲があるからです。
目的を果たすだけの歯車じゃなくて、個人の欲望を持っている以上、ギリギリで人間でいられている。
FGOのナイチンゲールを例に出すとメンタル極まっても、それでもある意味人間らしいのは治った患者と握手をするのがささやかな幸福であった、という感じです。

彼女と比べるとアドルフも男の子っぽいですねぇ。誰かと傍にいたいと願えるなら本当、ギリギリ人間ですね。



そしてそれとは逆に人間であったことから滑り落ちていく少年の姿も。
どうなるか、次をお待ちをお願いします。


感想・評価などよろしくお願いいたします。


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case9:上を見上げるのは

プリンセスはベアトやアンジェと合流してほっとした時に窓硝子が割れる音で助かったという気持ちと助けられた、という気持ちも割られた。

そうだ、私がやったのは列車を止めただけ。

内部の闘争までが止まるわけでは無い。

まだ殺し合いは続いているのだ。

だから反射的に音が聞こえた方を見ると草原に転がりながら倒れ伏している姿を見──────誰か理解した瞬間

 

 

 

「アルフ!?」

 

 

と口が勝手に叫ぶ。

吹き飛んだ少年はふらついているのか、頭を片手で抑えながら立ち上がる。

体中に切り傷と流血をしている姿も相まって余りにも痛々しい姿に咄嗟に駆け寄ろうとする。

駆け寄ってきたアンジェが制止させようと口を開くのを見て、それでも止まれない、と足を踏み出そうとするのだが─────足が勝手に止まってしまった。

唐突に足が竦んだとか、理性が本能を押し止めたとかではない。

 

 

 

原因は一人の少年が、吹き飛ばされた少年を追うように現れたからだ。

 

 

勿論、それだけならば自分が足を止める理由にはならなかっただろう。

足を止めたのは少年が現れたからではなく、少年の雰囲気。

 

 

 

横顔だけだが、そこから見えた表情が余りにも死んでいたのだ(・・・・・・・)

 

 

 

比喩表現等では無い。

少年の顔は死者よりも死者らし過ぎて、今、墓から出た後と言われても素直に納得する程に酷かった。

そう思うのは顔色の悪さや暗さだけではない。

 

 

 

目と瞳に映し出された酷く暗い闇のような憎悪が、アルフに対してお前も堕ちろ、と叫んでいるように見えるからだ

 

 

墓から出た亡者は生者を妬んで、同じ地獄に引きずり込もうとすると言うが正しくその類だ、とオカルトに対して否定も肯定もしていない自分が思わず納得するような怨念を感じ、思わず足が竦む。

竦むが…………その恐怖に捉われながらもプリンセスはやはり一歩を踏み出した。

 

プリンセスとて全ての人を救えるとは思ってはいない。

 

救うには己が救うだけの材料と技量に言葉など多様な物が必要であり、そして救われる側にも運や意思が必要だと知っている。

叶わない希望がある事を、よく知っている。

でも、だからこそプリンセスは走る事を止めなかった。

叶わない希望を、それでも掴みたいのだと願ったから今、ここにいるのだ、という自負と

 

 

アルフ…………!

 

 

大事な人が失われるかもしれない、という恐怖と秤にかけたら、どちらが重いかを比べたからだ。

 

 

 

 

 

いずなの精神は破綻したまま、朦朧とした意識を憎悪に委ねていた。

しかし、憎悪はどういう理屈か、何故か現在の仇敵よりも過去の暖かな記憶を意識(しかい)に映し出した。

 

 

 

まず映ったのは餓死寸前の一人の少年が、道端で死ぬ寸前だった記憶。

 

 

無論、記憶である以上、自分の視界からの世界なのだが、少なくとも手足は骨と皮だけの最低限を更に切り詰めたような恰好。

当然、衣服なども最低限の物だ。

 

特別、珍しい事では無かった。

 

貧乏人の家系に力も体力も無い、ただ飯喰らいは置いては置けないというだけだ。

最初の数日は子供らしく泣きに泣いて戻りたいと叫んだものだが、数日もすれば過去の家族との記憶も、己の名さえ無価値になる飢餓に襲われた。

過去も名も無意味となった今、少年は…………確か、夏の時の日差しを浴びて朽ちていくだけだった。

別にそれで良かった、とか何も思わなかったと思う。

死ぬのも生きるのも今と変わらないと思っていたはずだったと思う。

 

ただ、良く分からないけど、何故か最後に上を見たと思う。

 

太陽とか空ではなく上を。

己ですら意味が分からない行動に、しかし一切の感情を揺るがさないまま、最後の力を出し切ったつもりで直ぐに脱力し、俯き、そのまま時間と共に朽ちるだけになる─────そう思った所で影が差したのだ。

特に気にするつもりは無かったのだが、俯いた視界に武骨な手が見えてくるとなると話は別となる。

意識ではなく無意識で顔を上げるとそこには武骨な手に似合うような武骨な顔をしている男の姿があった。

一目で侍だと分かったが、当時は余計に差し出された手の意味を理解出来なかった自分は暫く男を見上げていたのだが、数秒後、男の方が口を開いた。

 

 

 

───────絶望した屍ならともかく、涙を流すのならば捨て置けなかったのでな。

 

 

と、やはり意味が理解出来ない言葉を告げられた。

その後は気付いたら男に抱きかかえられていた記憶があるが、ただとても暖かかったという事だけは鮮明に覚えていた。

 

 

 

次の光景は酷くやつれた体を気力で支えた女性が自分を抱きしめている光景だった。

 

 

既に引き取られた時は病弱だった男の妻であった女性に家族総出で義母と面会した時の光景だった。

この頃には流石に多少はマシにはなっていたが、やはり自分が引き取られた下賤な存在であった為、己が大事な時にいるべきではないと思っていた時に義母が体を押して自分を抱きしめてくれたのだ。

 

 

 

─────貴方も、私の大事な子

 

 

短いが、将軍や神であっても否定させないと思わせるような─────愛情とはこういうものなのか、と感じながら、だからこそ行かないで、と思って泣いて抱きしめ返すしか出来なかった義母を、辛かっただろうに母は私を黙って抱きしめてくれた。

その後暫くして義母は亡くなり、その事を泣きじゃくる義理の妹達を見て、自分が守らなければ、と思いながらふと父が亡くなった時、空を見上げていたのを見た。

まるであの日の自分のように空を見上げていると思って、ようやく気付いた。

 

 

 

ああ、確かに、自分は泣いた覚えがないのに、あんな風にしていたら泣いていると思ってしまうな、と。

 

 

 

そして最後の光景は父が士道に背いてでも為すべき事をする、と一人、家を出ようとしていたのを見つけてしまった(・・・・・・・・)時であった。

はっきり言おう。

自分には父が語る為すべき事、所謂、大義というのもそうだが、士道とかいうのも心底どうでも良かった。

ただこの人が自分達を捨てていくというのが地獄に落ちるよりも恐ろしい事であった。

父は構えていた。

いざという時は己を打倒してでも行くつもりであったのだろう。

それに気付く余裕も無く、自分の内面はここまでの記憶に焼かれていた。

 

 

 

捨て子であるにも関わらず義母は優しく迎えてくれた。

 

 

唐突に表れた自分に対して暖かく迎えてくれた二人の娘がいた。

 

 

それ以外にも当然、大事にしたい思いや人がいた。

だから、それらを思い出そうとして

 

 

 

─────自分に差し出された武骨な手が最後に思い出された。

 

 

気付いたら自分は付いて行く、と告げていた。

思い出(これまで)よりも切っ掛け(はじまり)を優先した。

 

 

 

───────────もう、余り思い出せない記憶だ。

 

 

────────────きっと、今の俺には関係ない記憶なのだろう。

 

 

 

そう、壊れた感情が最後に苦笑なのか、笑みなのか、訳が分からない表情を浮かばせ─────全ての記憶(かんじょう)が憎悪に塗り潰された。

 

 

 

 

 

一直線に突っ走ってアドルフに向かう敵を見てアンジェは支援をするつもりであった。

現在、鍔迫り合いをするように拳と刀で押し合っている二人に対してアンジェはプリンセスを追う形であった。

勿論、プリンセスを止める為であった。

アドルフを助けるつもりは有るが、それは出来る限りだ。

天秤の秤は常にプリンセスの方を大事と示している。

だから、まずはプリンセスを安全な所に避難させる。

その後はアドルフの応援だ。

一番が決まっているからと言って別に二番以降は何時死んでもいいというわけでは無いのだから。

だから、そういう意味では直ぐにプリンセスを止めて、支援をしようと思っていたのだが───────その思考を遮るように敵の少年から光る何かが投げられたのを動体視力で捉えた。

 

 

「───────プリンセス!!」

 

 

即座に飛びかかるように少女の腰に抱きついて、その勢いで押し倒す。

小さな悲鳴が上がるが今は気にしていられない。

何故なら押し倒した頭上を銀色の尖った凶器が勢い良く通り過ぎて行ったからだ。

 

 

 

針……………?

 

 

それだけだと余り緊張感が湧かない気もするが、それが勢い良くプリンセスの顔面に当たろうとしていたというならば別だ。

プリンセスを倒して抱えながら、犯人を見ると敵の少年はアドルフを蹴り飛ばしながら、こちらに翳すように上げていた右手を再び刀の柄に握り直している最中であった。

 

 

…………信じられない事にアドルフと殺し合いをしながら、背後にいるプリンセスの顔に向かって正確に投げて来たという事になる。

 

 

それはつまり、もしも私がこのまま邪魔に入るのならばその時はプリンセスが視界に入っているならば狙ってやるぞ、という意思表示でもあった。

 

 

 

脳内に天秤が浮かび上がる。

 

 

 

秤は当然二つ。

どちらが重いか。

どちらを取るか。

当然、それは今までと同じ方を向いた。

即座に押し倒しているプリンセスとこちらに向かって走ってきているベアトリスに手を伸ばし、掴んだ後にCボールを起動する。

ケイバーライトが体に灯る様に覆うのを見届けて飛ぶ。

重力から解放された様な感覚に、経験のあるベアトリスは流石に悲鳴を上げるが、プリンセスは無重力に唐突になっても

 

「─────アンジェ!?」

 

こちらを非難するような叫びを上げる。

顔はこちらに向いていたが、手だけはまるで地上にいる少年に差し出すように手を伸ばしているのを見るが、努めて無視する。

Cボールとはいえ流石に3人同時で且つ長距離は不可能なのでまずは列車の向こうに一度着陸する事になる。

最も、列車の向こうというのは二つ重なった先という事になるから、流石にあの敵の少年が手を出せる距離では無いのだが。

しかし、やはりと言うべきか。

着地した瞬間にプリンセスはこちらの手を振り払う。

少女の瞳には隠し切れない動揺があった。

どうして…………? と問うような瞳が、こちらの内面を軋ませるが、スパイにとってそんな瞳は見慣れたものだ。

己の心を即座に騙しきりながら、直ぐにプリンセスに手を差し出す。

その事に、プリンセスは泣きそうな顔になって

 

「───────まだアルフがいるのよ!?」

 

「─────そうね。貴女じゃないわ」

 

そんな回答は聞きたくなかった。と歪む顔に、私の心も似たように歪んでいくのを感じながら、しかし顔は無表情の顔を取り繕う。

全くもってスパイの鏡ね、と自分に内心で自嘲しながら、しかし少女を諦めさせる言葉を紡ぐ。

 

「言っとくけど私の独断だけじゃないわ。彼の願いでもあるわ」

 

「アルフが何を……………」

 

願ったの? と告げる前にこちらが疑問に対する解答を告げる。

 

 

 

「─────────いざという時があれば自分を切り捨て、プリンセスを守る事」

 

「───────────」

 

 

次に浮かべられた無表情こそが一番、見たくない顔であった。

でも、そうであってもやはり自分の仮面は崩れない事に安堵するべきか、哀しむべきかを片隅で思いながらアンジェは諦める為の現実を語った。

 

 

 

「プリンセス─────私達がしている事は綺麗事じゃないわ。誰かを騙しては蹴落とし、裏切っていく事なの。そして貴女の望みを叶える手段も私はこの方法でしか手伝えない─────何もかもに手を伸ばすのはスパイでも王女でも不可能よ」

 

 

 

本当ならば少女には理解して欲しくない理屈を語る。

何が親友だ、と内心の弱い心が告げる。

あわよくばここで現実を知った少女が苦難の道を諦めてくれないかとも誘導している人間が言える口か、と。

でも、真実の面もある以上、私はプリンセスの為になるのならば言わなければならない、と理論武装し口を開けようとし─────────次のプリンセスの言葉に全ての前提が崩された(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

アドルフは敵の刃を拳で受け止めながら、押されていた。

 

「っ…………っう…………!!」

 

手袋の中にはナックルガードが入っているのだが、今にもそれをスルリと切り裂かれそうな感覚に苛まれながらも、押し返す事が出来ない。

先程まで同点であった相手にここまで押されるのは敵が唐突にここで強くなった─────とかそんなご都合主義ではない。

混乱した頭でも一つ理解する事はある。

先程から列車から何の音沙汰もなし、という事だ。

 

流石にその意味を理解出来ないはずがない。

 

つまり、今、この男の殺しの動機は復讐にすり替わったという事だ。

そして本来、この少年が戦うに適したモチベーションは感情的の方が合い─────そしてそれを取り違えたからここまで堕ちたのだろう。

無論、感情云々だけでどうにかなる程、同情するつもりは無いが、代わりにこの少年は生存本能とブレーキを失くした。

生に縋りつく本能が無くなったから躊躇いなく前に一歩踏み込み、体なんて無用だから壊れようがお構いなし。

 

 

究極の道連れ精神だ。

 

 

実にくそったれだ。

そう思っていると

 

「……………なぜ」

 

ポツリと怨念が目の前の死人から漏れる。

 

 

「なぜ? なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ─────────どうしてお前が、そこにいる(・・・・・)

 

 

努めて無視するのが一番だ。

こういった怨霊の言葉は聞いて返した時こそが呪われる切っ掛けとなるのだ。

相手が死人だろうか亡霊だろうが復讐鬼であっても姫様の害になるかもしれない以上、こちらからしたら処理する対象でしかない。

相手の都合など知ったら面倒なだけだ。

だから、即座に腹に力を籠め、息を止めて押されていた体を無理矢理押し返す。

刃事敵の上半身を万歳するように弾き返せたのを見て、即座にミドルキックを放つ。

狙いは見事に腹に突きこまれ、直撃。

取ったとまでは言えない手ごたえだが、確かなダメージを与えれたから、今までの戦闘思考も崩れているな、と考え─────即座に突き出していた足の激痛で思考が断絶した。

 

 

「ぐぅ……………!?」

 

 

見れば膝から下に何時の間にか、かち上げた腕の一つを無理矢理戻し、そこに飛針を握って刺していたのだ。

カウンター何て生易しいモノではない。

正しく死なば諸共。

理解しているくせに理解が甘かったことを痛感する。

しかし、流石に次に振り下ろされる刀を見逃すわけにはいかず、そのまま無理矢理足を取り戻して引く。

 

「…………っ」

 

片足をやられたのは余りにも痛い。

どんな武術であろうとも基点というものがある以上、その軸となる両足の負傷は深刻だ。

とりあえず邪魔になるから直ぐに針は抜いたが…………いざという時は痛みは無視出来るよう覚悟を決めれば多少の無茶は出来るだろうが、そんな付け焼刃がこのイカレにどこまで通じるか。

 

「……………酷いもんだ」

 

ポツリといずなだった少年から一言漏れる。

酷いもんだ、と。

今の自分の事か。

あの程度の攻撃も躱す気さえ起きなくなってしまった事か。

それともこの状況か。

全部な気もするが、同時にどの口が言いやがる、という気になってよせばいいのについ、口が出てしまった。

 

「酷いもんだ? お前の大事な父親が死んだ事が、か? ─────馬鹿らしい。死んで欲しくなかったなら最初から殺しに来るな。殺しに来ておいて殺されたら被害者面で復讐鬼アピールなんて悲劇でも何でもない。不幸自慢ならよそでやれ」

 

自分の言葉に心の底から同意する。

殺しに来ておいて殺されたら呪って狂う奴のどこに同情する価値がある。

殺されたくなかったら殺しに来るな。

そんな風に嘆くには、事故か病死のどちらかの理不尽にあった時にのみ権利があるのだ。

暗殺者がやり返されてやり返してやるなんて3流以下だ。

 

「……………ああ、正しい理屈だ」

 

その事に死んだような眼光のまま、こちらをにらむ様に見てくる少年の顔には生気の欠片も無い。

 

……………非常に苛立つ。

 

今までは実にどうでも良かったのだが、何故かあれ程狂った少年を見ると見苦しいのは当たり前だが、それ以上に苛立って殺したくなってくる。

そう思っているといずなはそんな死人のような顔で─────小さいが確かな哄笑と共に醜い理論を吐き出した。

 

 

 

 

「だけどお前─────────理屈だけで全ての筋が(・・・・・・・・・・)通ると思っているのか(・・・・・・・・・・)?」

 

 

 

「────────あ」

 

一瞬の恐ろしい程の納得感(・・・・・・・・・)の空白の刹那に鼻梁の中心を腰に差してあった短刀を投げられていた。

即座に首を捻って躱すが、頬から耳朶まで切れていく感覚とその間に迫っていた刀剣を防ぐだけで精いっぱいとなり弾かれた。

 

「俺は義父がいなければ立つ喜びも食事の喜びも剣の喜びも───涙の喜び(いみ)も知る事が出来なかった」

 

弾かれ、大地という名の壁にぶつかり、脳が揺れるのを無視して即座に転ぶとそこに再び凶刃が振り下ろされるのを感覚で察知する。

 

家族(だれ)もおらず何も無く、名前さえ意味を失った俺が────────一体その事にどれだけ感謝したか」

 

世界なんてちっぽけな物程度では収まらない程度には、と付け加えれそうな言い方をしながら、そのまま刃を転がっている自分に突いてくるので再び転がり、その勢いで立ち上がろうとし─────そこで空いた腕で顎を狙われ脳が完全に縦揺れした。

 

「ぁ………………が………………」

 

揺れる世界。

空すら振動する中で聞きたくも無い呪いだけがぐらついた脳に刻まれる。

 

「あの人に少しでも返したい、あの人とあの人に連なる人達が幸福になる手伝いが出来れば、どれだけ俺の誇りとなってくれたか。どれだけ幸せだったか─────その為に俺の人生……………否、他人の人生だろうが何だろうが全て燃やし尽くしてやると思っていた」

 

そして蓋を開ければこの様だ、と倒れこんだ自分を覗き込むようにいずなは首を振った。

まるで人間の形をした人形のような滑稽ささえ感じながら────────鏡に映る自分のような物を見た気になって吐き気がした。

うるさい、黙れ、やかましい。

 

 

 

そんな理解出来るよう(・・・・・・・・・・)な事柄を他人がぐちゃ(・・・・・・・・・・)ぐちゃとぺら回すな(・・・・・・・・・)

 

 

 

 

脳震盪さえ起きていなかったら即座に殺したい所なのに殺せないのが腹立たしい。

ああ、その気持ちは理解出来ないわけでも無いさ、と血を吐くような嫌悪感と共にそんな事を思う。

もしも、考えたくは無いが、姫様が目の前で死んだら──────この場にいる加害者全員ぶち殺して、あんな列車を用意したと思われるノルマンディー公をぶち殺しに突撃して……………そして死んでいるくらいを俺はするだろう。

姫様を殺したのだ。

当然、自殺をしたくなるが、その前に姫様を殺した世界が許せなくなるくらいは考えるだろう。

幸福(れいせい)な俺にはそんな程度の復讐しか考えれないが、いざという時は俺はどこまでやるのだろう(・・・・・・・・・・)()

 

 

 

 

そして当然、その復讐に俺は理屈なんて求めない─────理屈なんてクソ喰らえだ(・・・・・・)

 

 

 

 

そうさ。例えこっちが加害者だろうが被害者だろうが知った事か。

姫様が…………あの尊い人が殺されて律儀に理屈なんて守る余裕も心もあるものか。

それがコイツにとっては藤堂十兵衛であったという話なのだろう。

 

 

嗚呼、確かにその憎悪を馬鹿らしいと貶す事は出来ても、嗤う権利は俺には無いが…………

 

 

揺れる視界で泣き笑いのように刃をこちらの心臓目掛けて刺してくる少年(かがみ)を見て─────刃を握って無理矢理逸らす。

握った手の平から血と感覚が失せていくが知った事ではない。

揺れた脳を感情の熱で沸騰させ、無理矢理立ち上がり、そのまま鏡を割る様に少年に思いっきり頭突きをかます。

躱す意欲も無い少年はそのまま額にこちらの頭突きを受け入れ、血と衝撃に吹き飛ぶ。

 

「……………」

 

勢いが強過ぎたか。

こちらの額からも出血を流しながら、もう握れない左の手の平をぶらつかせ、刺された足に無理矢理力を込めながら両の足で立つ。

 

 

 

ああ、そうさ。俺は確かにこいつを非難する事も嗤う事も出来やしないが─────それとこいつにただ殺されるかについては別問題だ。

 

 

 

彼にはもう守る者がいないが─────俺にはまだ守りたい人がいるのだから。

 

 

 

だからここで立ち上がらないわけにはいかない。

だからここで拳を開く理由にはならない。

他の何かなら幾らでも差し出しても構わないが、俺が拳を握る理由だけは誰にも譲れないし、譲りたくない。

 

 

 

故に、この醜悪な鏡を──────(ころ)す事こそがこの弱くて馬鹿な少年に対する手向けだろう──────

 

 

 

左は使い物にならないが、右さえあれば十分だ。

構えは典型的なテレフォンパンチ。

腕を深く構え、思いっきり突き出すだけの技も糞も無い故に一切の妥協も無い一撃。

狙いは心臓。

全身の力を込めて、その衝撃を伝え、破壊する為の攻撃を見舞う。

当然、幾ら相手が生きる気も無くなったとはいえ、こっちの分かり易い大振りを受けるとは思わない。

それにこっちは足も負傷しているのだ。

ならば狙うのは最早カウンターしかない。

 

失敗すればまず死ぬだけ。

 

等価交換としては丁度いいだろう。

こちらの構えと気にいずなもその気になったのか、もしくはもうどうでも良いと思っているのか。

少年は緩慢な動きで上段に構える。

あの精神では後の先を狙うとかは考えれまい─────つまりあっちの斬撃が先に到達するか、こちらのカウンターが上手く決まるかの勝負。

古臭い決闘スタイルだ、とこちらから持ちかけといて思う。

相手の心が死んでいて、且つこちらの足や手が動いていれば間違いなくこんな馬鹿(ロマン)溢れる方法なんて取るはずがない。

運が良いのか悪いのか、と運命とやらに唾を吐く思いをしながら、意識と呼吸を合わせる。

 

 

カウンターはある種の共同作業だ。

 

 

己と敵が完全一致した瞬間に返す一撃が敵を破壊するのだ。

故にそうなるようにこちらは敵の事を思考し、理解し、先を行かなければいかない。

こんな壊れて、且つ先程とはまた違う意味で読み辛くなった相手にどこまで出来るかは分からないが、成さねば死ぬ。

死んだら、もしかしたらこいつは姫様に手を出すかもしれない。

なら、死ぬのならばせめてこいつを道連れに─────とそこまで思考して思わず笑ってしまう。

 

 

 

……………何だ。こいつみたいに自暴自棄にならなくても取る手段が結局はこいつと同じとは……………ああ、もう本当に─────

 

 

 

「馬鹿みたいだ……………」

 

そう小さく呟き風が吹くのを感じる。

草が視界にまで飛んでくるのを見て、ここがようやく草原地帯であった事に気付く。

だが、それ以上にいずなの呼吸や間合い、視線などを深く感じ取る。

間合いは互いに一歩踏み込めば十分に殺傷圏内。

狙いはこちらの左肩目掛けて振り下ろしてそのまま心臓を二つに割ろうとしている。

己の未来の死亡予想図を脳内に刷り込まされながら、こちらは相手に心臓が弾け飛ぶイメージを叩き込む。

 

 

 

 

そうして5秒。

 

 

 

 

合図があったわけでも無く、示し合わせたわけでも無く。

ただ、その瞬間に殺せるという確信が思考ではなく反射で同時に体を前に弾かせた。

その結果

 

 

 

「───────────あ」

 

 

 

二人共死んだ(・・・・・・)

 

 

アドルフ・アンダーソンは未来を視たとか、失敗したとかではなく計算式の答えを見つけたという感じで自分の死を知ってしまった。

色々と理由はあるのだろうけど、結果だけを言えばつまり俺の力量では藤堂いずな相手にはこれが必然の結果であっただけ。

こういう時、よく走馬燈が流れると言うけど、脳内に浮かぶのはやはりと言うべきか、少女の事だけであり、その後に未練や後悔が浮かび上がりそうになる直前

 

 

 

 

「アルフーーーーー……………!!」

 

 

 

という少女の声を少年は聞き

 

 

 

 

 

義兄上ぇ(・・・・)ーーーー……!!」

 

 

 

という少女の声を少年は聞いた。

 

 

 

聞いてしまった。

 

 

 

少女の声を聞いて迷いを捨てたのは少年で

 

 

少女(かぞく)の声を聞いて取り戻してしまったのは少年だった。

 

 

 

 

 

滑稽な破裂音が響いた

 

 

 

 

まるで風船が割れるような呆気なさに反して、アドルフは腕に嫌な手応えを得て、立っていた。

周りから見たらまるで前から倒れこんできた少年を受け止めているように見えるような形。

相手が刀でこちらの左肩を致命では無いが押し付ける様に振り降ろさず、俺の右腕が彼の心臓の辺りを抉る様に殴っていなければそうとしか見えなかっただろう。

 

手応えは完璧だった。

 

心臓を破壊した経験などほぼ無いのだが、今のは完全に理解できた。

人体において脳に次ぐ重要な器官であった心臓を、完全完璧な形で成立したカウンターが心臓とついでに肋骨を砕いていた。

その代償に左肩を肉辺りまで裂かれていたが、随分と安い代償だ。

心の後を追うように肉まで死につつある少年はよろり、と背後に一歩後ずさる。

破裂した胸に手を当て、逆流した血液を口から流しながらも、少し呆然とした表情で─────自分ではなく列車の方に顔を向けた。

 

 

 

 

そこには少女と言うのに相応しい小柄な体と黒髪の少女が悲壮な顔でいずな、という少年を見ていた。

 

 

 

「─────────ああ」

 

 

その一言には理解の意味が込められていた。

そして浮かべるのは苦笑のような笑い。

 

 

 

─────────それなら仕方がない、と。

 

 

 

どうしようもなく笑っていた。

そして次にこちらを見る。

そんな笑みを、加害者である自分に向けながら、段々と光が消えていく目で、それでもしっかりと見て、綺麗に微笑みながら、少年は囁いた。

 

 

 

 

       

───────憎らしい

 

 

 

 

余りにも小さく、まるで祈りのような呪いを、自分は確かに受け取った。

流石に死人の恨み言を妨げる程、狭量でも無ければ加害者としての意識を持っていないわけでは無い。

そしてそれを理解しているのか。

 

 

 

くしゃり、と笑みを小さく歪みながら、何故か少年は空を見上げた。

 

 

否、空を見上げたというよりまるで本当にただ上を向いた、という感じだった。

勿論、空には何も無い。

あるとすれば太陽と雲くらい。

鳥もいない空だ。

だけど焦点が合わない瞳には俺達には見えない物が見えたのか。

最後に少年はこんな事を呟いた。

 

 

 

 

 

「あぁ…………なんだ……………そこに、い─────」

 

 

 

 

 

そうして、少年は空に飛ぶように沈んだ。

最後までどうしようもないまま、藤堂いずなは死に抱かれて死んだ。

当然、アドルフはそんな少年に同情も抱く気は無かった。

彼は徹頭徹尾姫様の敵であったし、どうでもいい人間であった。

自己嫌悪のような同族嫌悪が生まれようが、何だろうがその評価は変わらない。

だから、自分の口から漏れる言葉も数秒後には忘れ去る嫌味だった。

 

 

 

 

「………………馬鹿な奴。まだ大事な人がいた癖に気付かないなんて」

 

 

 

妹の声でようやくそれに気付いて人間に戻るなんて。

自分程壊れていない癖に勝手に思い込みで視野を狭くして、あったはずの選択肢を取りこぼしたのだ。

生きる理由が一つしか持てなかった人間失格(おれ)と違う癖に、周りを見失ってそれだ。

 

 

 

泣くべき時に泣いて甘えれば、そんな間違ったタイミングで泣かなくて済んだのに。

 

 

 

そんならしくない感傷(いやみ)を告げた。

それだけで、アドルフはこの少年の事を意識と思考から捨てた。

 

 

「……………っぅ」

 

 

視界が一瞬暗闇に包まれる。

直ぐに振り払うが、そうすると左半身の痛みが意識を奪おうとするがまだ駄目なのだ、と振り払う。

痛みや出血のせいで死ぬのかもしれないが、そんなのはどうでもいい。

ただ、自分は自分の名を呼んでくれた少女の所に行かなければ─────いや、本音を言えば少女の所に行きたいだけであった。

全身所か意識までもが燃えるような感覚の中、さっき声がした方に全ての力を使って振り向く。

 

 

 

 

するとそこにはやはり求めている少女がこちらに駆けつけている姿だった。

 

 

 

「────────」

 

それだけで良かった。

心配をかけたのは知っているが、それでも無事で生きている事だけで十分に報われたし、嬉しかった。

誰かの幸福を願える事がどれ程幸福か。

だから、つい、

 

 

 

 

駆け寄って、安否を確認しようとする姫様の手を力づく引っ張って抱きしめてしまった

 

 

 

「………………え?」

 

疑問の声を上げられても、実は少女の姿を確認した瞬間に意識(りせい)を手放してしまっており、数秒でそのまま気絶という暗闇に引きずり込まれる、些細な時間の自由を得た本能はそのまま少女の耳元に口を持っていき

 

 

 

 

「    」

 

 

 

と勝手に吐き出して──────アドルフ・アンダーソンは予測通りに暗闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 




ふぅ……ようやくちせの回が終わりましたよ……


いやーー実は今回、初めて自分が作ったオリジナルキャラを殺したんですよねぇ。
不覚にも虚淵さんやヨコオさんの気持ちを理解しそうで怖い。
もう6年以上書いてますけどこうして新しく楽しくなりそうで怖い事が見つかるから小説って面白いですねーー。


いずなのコンセプトはアドルフとは違った形の癖にかなり似ているけど決定的な部分が違うキャラって感じですね。

選択肢もそうですが、メンタルの強さもいずなは主人公って程強くなれなかったキャラクター。

でも決して幸せになれないわけでもなかったのに、最初を大事にし過ぎて経過をちゃんと見定めなかったのです。
途中で回想がありましたが、母の事を思い出してもちせ達を思い出さなかったのはわざと。
母とちせ達の違いはまだ生きていて、守る事が出来る大事な人という決定的な違い。


さて、次回はこれの入院ラブ…………入院回です。

今回に関しては色々と賛否両論があるかもしれませんが、作者の自分としては努力して挑戦したので悔いはありませぬ。
無論、嫌いのは読者さんの自由なのでそこはそこで。


感想・評価などよろしくお願い致します。
もっと人来てーーー!! 来なくなってしまった人もカムバックーーーー!!

いや、強制は出来ないのですが。


それにしてもまた12000字か……………!!



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case10:幸福という悪

 

 

 

 

 

気がついたら暗闇の中を歩いていた。

 

 

何の光も、それこそ星すらも見えない世界を俺は特に気にする事無く歩いていた。

何も無いというのに特に気にせずに歩いていると何か唐突に暗闇から声が響いた。

 

 

 

「では一つ、例を出そう」

 

 

出所も誰なのかも分からない声を何故か俺は特に気にする事無く聞いていると急速に空間に形が与えられた。

それは列車の中であった。

何やら俺はアルビオン王国の人間とは思えない………ちょんまげとか服装を見ると日本人と思われる相手に刀を突き付けられていた。

なんだなんだ、という疑問は一切湧かなかった。

 

 

 

 

───────何故ならその光景の中心に、酷く見慣れて、見守りたい少女が殺されていたからだ。

 

 

 

 

 

 

「もしも、あの時、プリンセスが殺されていたならば、どうする?」

 

周りに人間はいるが、それらの口は一切動いていないのに、声が耳朶に響く。

姫様が殺された。

殺されてしまった。

では、その時、アドルフ・アンダーソンがする事は…………する事なんて

 

 

 

「正解だ」

 

 

その讃えるような無感情な言葉で再び周りを認識すると、そこには地獄が生まれていた。

誰も彼もが死んでいる。

日本人も、アルビオン王国の兵士の服を着ている者も死んでいる。

唐突な修羅場を見せられながら、ふと何となく手を見て見ると、自分の手は真っ赤に染まっていた。

黒の皮手袋だったはずなのに、とても真っ赤な皮手袋に変貌していて、それでようやく自分が皆殺しにしたのか、と気付いた。

 

 

 

 

「そうだ。アドルフ・アンダーソンからしたらそれが正解だ─────では、次はどうする(・・・・・・)?」

 

 

 

 

声が次を要求する。

 

 

 

 

次とは何だ?

もうこの場に動ける人間もいなければ、加害者と思わしき者は全員死んでいる。

壁際にはどこかで見た事があるような黒髪の少年が心底恨めしそうな死に顔でこちらを見ているが、その程度だ。

これ以上、何をしろというのだ。

そう思うが、また声が響く─────嘘はよくない、と。

まるで脳に刷り込むような声が、まだするべき事はある、と告げる。

 

 

するべき事

 

 

姫様を失ったアドルフ・アンダーソンがこれ以上、何をしなければいけないというのだ。

あるとすれば自殺くらいしかやる事など─────

 

 

 

 

「いや、するべき事では適当ではない。正しい言葉なら─────まだしたい事(・・・・)があるはずだ」

 

 

 

したい事、と声は言葉を言いかえた。

その程度で何が変わったというのだ、と思いながら、周りの死体を呆然と見ていたが、何か急に音が聞こえたのでそちらを見るとそこには空の列車があった。

意味も分からない並走だが、何故か俺はそこでようやく声の言いたい事が分かった。

 

 

 

ああ、そうだ……………実行犯は確かに殺したが、これを示唆し、補助した存在が残っている、と

 

 

 

瞬間

 

 

 

「正解だ」

 

 

 

言葉と同時に既に何もかもがまた終わっていた。

何やらどこかの邸宅と思わしき家の、執務室の中で細やかな殺人が終了していた。

 

 

 

そこには老境に踏み入れつつある男性が、首を変な方向にまで折られ、無様な死体となっていた。

 

 

 

今度は別に鮮血が溢れたりはしていなかったが、自分の手が普通に男の首を掴んでいたのだからまぁ、つまり自分が殺した扱いなのだろう。

特に思う事は無いけど、随分とご都合種ではあるな、と思う。

現実ならばこの光景を達成する事は不可能だろう。

恐らく途中で討ち死にが関の山だろうに、と自嘲し

 

 

 

 

では次はどうする(・・・・・・・・)?」

 

 

 

という言葉に流石に首を傾げた。

ここから先は無いはずだ。

もう既にこれ以上やるべき事など無い。

あるとすればやはり自殺だ。

なのに、声はそんな自殺をするべきだ、というような感じではない。

終わりを始めろ、という感じではなく終わりの続きを始めろと言わんばかりだ。

だけど、俺にはここから先は無い。

理性(おれ)にはこれが限界だ、と思っていると

 

 

 

 

正解だ(・・・)

 

 

 

何も言わず、思ってもいないのに世界が無理矢理切り替わり──────予想外の地獄が生まれていた。

 

 

 

途轍もなく豪奢なホールで、その豪奢さに負けない服装を着た人間達が折り重なるように死んでいた。

 

 

王宮だ、と思った瞬間に見たのは当然、この場所の中心である王座。

するとそこには老齢の女性が心臓の辺りを凹ませ、口から血を吐いて、椅子にもたれかけて死んでいた。

現アルビオン王国の女王であった。

当然、死んでしまった少女の生みの親では無いが、一応肉親の立場である人だ。

思わず手を見るが、今度は手に血がついていない─────が、代わりに服装や顔に血が付いている事を確認してしまった。

 

 

 

────────

 

 

 

ショック─────では無かった。

今の俺には理解出来ないが、守りたい少女が死んだ後の自分が理屈や常識なんかを守るような人間になっているとはとてもじゃないが思えない、と思うからだ。

本当にここまでやるかは流石に定かでは無いが、絶対にやらない、と断言出来る程、自分を信じてはいなかった。

 

 

 

そうして全てが再び暗闇に帰った。

 

 

もう声もしなくなった。

何の光も無く、何の形も無い。

その事に、少しだけ沈黙を作り────でも再び歩き出した。

 

 

そんなの知っている。

 

 

自分が一皮むければただの殺人鬼になるくらいは。

自分がまともな人間だなんて一度も思った事が無ければ、自分が正しいとも思っていない。

どうしようもなくおかしく、どうしようもない生き方をしているのだと自覚している。

 

 

……………いや、それも違う。

 

 

一皮むければ、なんていうのは流石に言い訳が過ぎた。

例え殺人鬼では無くても、殺人者である以上、光何てモノは求めるのは余りにも贅沢だろうし、実にしょうがない。

何時死んでもそれは当然の報いだ。

だから、俺はこの暗闇でいい。

暗闇でいる間は俺は光の影でいられている、という事なのだから。

だから、俺はこうして虚無でいる事にどうしようもなく安心感を抱いて

 

 

 

─────だーーめ

 

 

え? と思わず、声が聞こえた場所に振り返ると─────そこには制服を着た姫様が笑顔で思いっきり右腕を構えており、つまり平手二秒前の構えという事で

 

 

 

結果として途轍もなく切れのある平手が思いっきり顔面を殴打した。

 

 

 

 

 

「Oh my Princess!?」

 

かっ! と両眼を開いて起き上がろうとし、即座に激痛が走り、あが!? とベッドに帰還した。

特に左半身から満遍なく痛みが発していて、かなりキツイのだが、食いしばって耐えていると

 

 

「………………貴方、一体どんな夢を見ていたの…………?」

 

と、聴き慣れた声がして直ぐにそちらを向くと姫様が少し呆れた顔でこちらを見ていた。

 

「……………姫様?」

 

「ええ、そうよ」

 

思わず呆然とした声を出したが、姫様はとりあえずほっとしたという笑顔を浮かべて肯定していた。

最初に思うのはまず何故姫様が俺のベッドの横に座っているのだ、という疑問だが、次のタイミングでようやくここまでの経緯を思い出して、一つ溜息。

とりあえず

 

 

「姫様はお怪我は有りませんか?」

 

 

と一番重要な事を聞く。

見た感じ、姫様の体には何の傷も見当たらないが、この御方は我慢強い所があるので余りそういった分かり易い目印だけでは当てにならない。

本当ならばベアトリス様に診て貰って本当に怪我をしていないかを確認して貰いたいのだが、いないのならばしょうがない。

そう思っていると

 

 

「……………」

 

 

姫様は何故か少し、むすっとした顔を作る。

流石に疑問を声には出さなかったが、何故今のタイミングでそんな怒った顔になるのかが分からず首を傾げていると、とりあえず、といった形で

 

「…………貴方やアンジェ、ちせさん、ドロシーさんのお陰で私もベアトも無傷よ。ドロシーさんは貴方と一緒で傷を負って入院しているけどアンジェやちせさんは無事。貴方の方も左手と左足が一番深いけど、暫くすれば治るレベルではあったらしいわ」

 

「そうですか………」

 

心底ほっとする─────アンジェ様やベアトリス様、姫様が無事でいて。

ちせやドロシーは別にどうでもいい。

敵か味方か完全に区別が付いていない人間に対して優しさを向ける程余裕は一切無い。

だから、自分が生きていて欲しいと願う相手が無事であるならばそれでいい、と思い─────余計に怒気が高まるのを感じた。

今は何か途轍もなく綺麗な微笑みを浮かべているが、正直、噴火数秒前の火山を見ているような気分にしかならない。

話題を間違えたか…………とベッド……………というか今更だけどここは病院か。

病院のベッドで冷や汗をかくというのは中々に不吉な感じがして、非常に困る。

しかし、それでは状況が打破できないと思い、勇気を出して姫様に声を掛けてみた。

 

「………あ、あの…………姫様?」

 

「なぁに、アルフ?」

 

太陽すら跪きかねない微笑みに、布団に包まっていても隠す事が出来ない汗を流しながら、それでも一つ、言葉を問いかけた。

 

 

 

「……………その、…………お、怒っています…………?」

 

 

ぷっちーーーーん、と何か問いと同時に擬音が響いた気がする。

間違いなく、何か切れた音が聞こえた。

それも、切れたら自分が酷い目に会うタイプの物が切れた音が。

冷や汗を通り越して、血がさぁーーっと引いていく感覚がして、逃げるべきだと本能が囁くが、拳銃やナイフにも恐怖しない体に唯一効果的な恐怖のせいで上手い事動かない。

よいしょっと、と姫様が明るく、椅子から立ち上がる。

何をするつもりなのか、とアドルフはとりあえず何らかのアクションに対する覚悟を作ろうとしたのだが、2秒後に作り上げた覚悟を自ら投げ捨てる事となった。

 

「ちょ!? ひ、ひめ、さま!?」

 

姫様は靴も脱いだかと思うと、そのままこちらのベッドに両膝を立てて乗って来たのだ。

思わぬアクションに流石に体を動かそうとするのだが

 

 

…………あ、あれ? 本当に動かない?

 

 

布団の下にある手足を動かす事が緊張的な意味ではなく物理的な意味で本当に動かない。

いや、正確には動かそうとすると、何か、引っ掛かって自由に動かせない、というか……………拘束されている?

流石に傷が重い左半身にはそんな拘束は付けられていないのだが、重いだけあってそこは重点的に治療的な意味で固定されている為、意味が無い。

 

 

 

その事に気付いた時には、姫様の顔が顔の眼前にあった。

 

 

 

 

「あ……………うっ…………」

 

至近距離で見る青い瞳と綺麗な顔。

そして少女特有の甘い匂いと…………何か、香水による花の匂いがダイレクトに五感に触れて、慌てて顔を横に向けようとするのだが、そうする前に読んだかのように頬に触れるレベルで手を顔の横に置き、動かす事が出来なくなってしまった。

逃げられない、と気付いてしまった瞬間、思考は最早上手い形にはならなくなった。

長い付き合いとはいえ、流石にこんな至近距離でお互いを見つめ合う事なんて経験が無い。

ごくりと唾を飲みながら、しかし何とか言葉にしようとし

 

 

「ひ、姫様────」

 

 

冗談になっていません、と言おうとして慌てて口を噤む。

それを言ったら余計に冗談になっていないからだ。

口に出せば、ずっと溜め込んでいた全てを吐き出してしまいそうで、せめて目だけでも逸らしたいのだが、両方とも手で抑えられている上に視線を逸らそうにも、余りにも真っすぐに見てくる目が強制的にそちらに視線を向かせる力を持っている…………気にさせる。

 

「だってアルフ。こうでもしないと逃げるじゃない」

 

うぐっ、と思わず唸る。

実に正論だ。

というか確かに普通に逃げ道を探していた。

 

「だからと言って…………」

 

こんな至近距離。

一つ間違うか…………その気になれば触れ合う距離だ。

今が重傷で助かった、と何だかあのいずなという少年に感謝してしまいそうだ。

もしもこれが軽傷で済んでいたら、それこそ自分が何をするか分かったものではない。

というか、結局、何で姫様がこんな事をするのか、と思っていると

 

 

 

 

「アンジェに聞いたわ─────いざという時、貴方を見捨てて私を優先するってアンジェと約束したって」

 

 

 

聞いた瞬間に、あ、成程、と思って、即座にアンジェ様を恨めしく思う気持ちを封印する。

確かにそんな約束を聞いたら、姫様の性格だと間違いなく怒る。

絶対怒る。

だから、あんな風に姫様がいない時に約束をしたというのに、それを漏らしたら意味が無いって思うが、どういう状況でそんな事を漏らしたのか分からない以上、安易に攻めるわけにはいくまい。

えーーと、と視線を色々迷わしたりして時間を稼いで、どうするかを考えていたが、結論はもうここまで来たら素直に話すしかない、と思ったので諦めてそうするしかない。

 

 

 

「…………別に、私とて自殺願望があるとかじゃないです────単に姫様が生きて欲しいだけです」

 

 

かと言って自分に価値があるとか思っているわけでもないのだが、そんなどうでも良い事は謂わなくていい。

実際、これも真実だ。

本当に姫様に生きて欲しいのだ。

その為の手段に自分を切り捨てれば、そうなるというのならばこれ程嬉しい事は無い。

ああ、別に姫だから、とかではない。

そんな理屈的な理由で動くのは傍付になると決めた時から捨てている。

 

 

 

一国の姫だから優先しているのではなく、少女が少女だから独断と偏見で優先しているだけだ。

 

 

 

勿論、それも言うわけにはいかないからさっきの言葉だけで収めるのだが、そうすると姫様はさっきまでの不機嫌振りはどこへ消えたのか。

少し悲しそうな顔と縋るような声で

 

 

 

「…………貴方は、私が、貴方が死んだけど私は助かったから、良かったって思うって思っているの…………?」

 

 

 

思わず、問われた無い様に顔を顰めて、心の中で叫ぶ。

その質問は余りにも卑怯だ、と。

Yesを述べてもNoを述べても姫様が傷付くしかない質問だ。

その手の質問を少女は無意識的に何時も俺に言ってくる、本当にこの人は卑怯だ。

 

 

 

「…………そうではありません。失礼を承知でもうさせて貰えるのならば、これは私の願いです。私は姫様に生きて欲しい、だからその為の手段は厭わない────そこに自分の命も含まれているだけです」

 

 

 

だから、自分も少女が否定できないように私の意志を答える。

これは決して職務だから、身分の関係から、とかではなくあくまで己がしたい事をしているだけだから、と。

─────だからこそ、次の返しは予想外の一言であった。

 

 

 

 

「─────大事な人を亡くした後でも、今まで通りを貫けって、貴方は言うの?」

 

 

 

「──────」

 

想定、想定外ではなく完全にそれは考えてもいない事柄だった。

そして姫様の傍付ならば考えていなければいけない事柄であった。

 

 

よく考えなくても、人一倍優しい少女だ。

 

 

だからこそ、自分もこの人の為になれれば、と思ったのだし、美しいと思ったのだ。

そんな人が自分のような人間でも10年も付き合った人間だ。

人一倍優しいから、他人の事でも人一倍傷付く人なのに、それを失念していたとは。

自分が忠義者だとは思った事は無いが、それでも姫様の為に動きたい、とか言っていた人間がそんな事も失念していたとは、本当に馬鹿か俺は。

 

「あ、いや、それは…………」

 

どうにかして何か言おうとするのだが本当に言葉が見つからない。

確かにこれは何の言い訳もできない事なのだが、でも才能の無い自分ではどんな相手でも無傷で帰って来ます、なんて格好いい事も出来ないし、現実的ではない。

今回だって運が悪ければ死んでいたのだから。

どう言おうにも言葉を裏付ける物が無いと思う。

そうしていると姫様は悲しさと非難が混じった顔からそれらが少し薄れ、呆れの感情が籠った溜息を一度吐いてから

 

 

 

「じゃあ前のダンスの約束から追加の約束をする事で今回は手打ちにしましょう」

 

 

 

と仰られるから、ちょっと首を傾げて、はぁ、と頷いていると

 

 

「じゃあまずはこれからは必ず、生きて私の元に帰って来る事。死んでも私を守るなんて以ての外だから」

 

「え…………そ、それはこ─────」

 

「ちなみに了承しないと今後一切、絶対、完璧に荒事に関わらせないから。最悪首にするから」

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………ぜ、善処します」

 

初っ端から高難易度の約束を取り付けられる。

もう既に不可能事な気もするが、ここで無理ですと言って少女から離れる結果になる方が辛いから肯定するしかない。

 

「よろしい─────じゃあ次は貴方、自分を過小評価したり、大事にしない癖は改めなさい。意識しているのか無意識的かは知らないけど、言葉や態度の節々に出てるから……………前々から言おうか言うまいか悩んでいた事なんだけど、でも今回の件ではっきりしたからこの場ではっきり言わせて貰います」

 

「………………姫様にだけは言われたくないような…………」

 

小声でちょっと抗議を上げると直ぐにへ・ん・じ・は? と更に笑顔で迫って来るのではい! はい! と頷く小市民である俺。

さっきから吐息とかが顔だったり首に当たって、既にもうやばいのにこれ以上狭まれたら本当に死ぬ。医療事故起きますから。

具体的には恐らく心臓発作辺りが。

 

「じゃあ、今回はこの二つの約束を守る事を条件にって事にするわ。ちゃんと守ってね?」

 

そう言って笑って、ようやく顔を離してくれたのでホッとする。

心臓に悪いとは正にこれだな、と思いつつ、姫様がベッドからも降りてくれたので─────実は最初から疑問に思っていた事を口に出してみた。

 

「所で姫様………………その格好は?」

 

姫様が何時も来ている私服でも無ければ、制服でも無い。

当然、こんな所で着る様なドレス姿でも無い少女は……………何故かナース服を着ていた。

さっきとはまた別の嫌な予感が体を支配しようとしているのだが、アドルフは無理矢理あれは姫様の趣味…………姫様の趣味………と無理矢理現実を捻じ曲げようとするのだが、よく考えればそれはそれで駄目では無いだろうか、という思考は封印する。

そうすると、これ? と笑って、その場で一回転して

 

「似合う?」

 

「それは勿論」

 

流石にそこで言葉を濁す理由は無い。

というか少女が本当にあらゆる衣装を着こなせる器量持ちだから似合わない衣装を探す方が逆に難しいのだ。

似合わなかったら、それは間違いなく衣装の出来か、センスが悪いと断言してもいい。

だから、おべっかも誤魔化しも無い言葉を吐き、少女も分かってくれたのかありがとう、と花開くような笑みを浮かべながらスカートの端を握り

 

「何事も形からが肝心って言うでしょう?」

 

思わず呆れの溜息を吐くけど、まぁ、確かに少女らしい理由だった。

大人っぽいように見えて、実は中身は見た目相応の少女なのだ。

それに、微笑に近い苦笑をして

 

 

「──────では遠慮なくドロシー様の看病をどうぞ」

 

「何を言っているの? ドロシーさんもそうだけど、今は貴方の看病よ?」

 

 

即座に逃走に走ろうとするのが当然、体が動けないのを改めて認識するだけ。

だから、逃げようとしているのを悟られないように笑みを浮かべながら

 

「姫様、そろそろこの拘束を解いてくれませんでしょうか?」

 

「ええ。そろそろご飯よね」

 

全く聞いていない。というか完全無視の態勢で笑みを浮かべながら近くに置いてあったお粥と思わしき物を取る。

さては、この少女、看病がしたいが為にこんな事をしたのか。

 

「姫様………お戯れはやめて下さい」

 

「じゃあ、アルフ──────敬語止めて、戦いの時みたいな感じで私と喋ってくれる?」

 

「うぐぅ!?」

 

思わぬ反撃に心が一刀両断される。

そういえば、あの時、ついずっと素で喋っていた!!

姫様の傍付なのに、あんな乱暴な口調をつい漏らしていたのかと思うと恥を感じて、布団の中に潜り込む。

 

「い、嫌です。あんな口調で姫様と会話出来ません」

 

「どうして? あの口調だって立派なアルフ自身じゃない。私は好きよ?」

 

この人は本当にこんな事には容易くそんな言葉を漏らすのだから卑怯だ、と思いながら

 

「嫌です、駄目です、お断りします。幾ら姫様の命令であってもしませんっ」

 

「もう、意地っ張り」

 

「姫様にだけは言われたくありません」

 

一瞬、頬を膨らますような間が空いた感じがしたから、間違いなくそうしたんだろうな、と思ったが、その後に、持っていたお粥の皿を置いたのか。

コトリ、という音と共に今度はしゃりしゃり、と恐らくリンゴを剥く音を響かせながら、ポツリと漏らした。

 

 

 

 

「─────藤堂十兵衛は実の父親で、藤堂いずなは義理の兄だったらしいわ」

 

 

 

誰の実の父親で、義理の兄なのかを述べてはいなかったが、大体はもう理解していた。

とある少女が言った。

 

 

藤堂十兵衛と藤堂いずなは私から父と義兄を奪ったのだ、と。

 

 

成程、確かに彼ら二人は少女からその通りのモノを奪っていった。

家族として生きる事が出来た二人は、それらを全て捨てて言ったのだから、少女からしたら奪われたに等しい。

そして、その少女の義兄をどんな理由であっても命を奪ったのが自分である事も、俺は理解しながら、しかし何も言う気は無かった。

 

 

「…………私は駄目ね。もしも同じ立場なら──────」

 

「駄目な事ではありません」

 

姫様が語る言葉を途中で切って、己の発言を被せる。

本来ならば無礼だが、不敬であっても告げなければいけない言葉がある、という衝動が口を動かしていた。

 

 

 

 

「ちせ殿がどういう覚悟と気持ちで動いたのかは存じ上げませんが────────大事な人に捨てられて、困惑し、傷付く事に駄目な事なんてありません」

 

 

 

例え、最終的に憎悪を向けようが、大事な人に捨てられた事に動揺する事が駄目だなんてあってたまるか。

大事っていうのは、文字通り己にとって大きな事なのだ。

そんな大きな事柄を手放したり、手放されたりして傷付かないなんて、それこそ駄目な事だろう。

そんな事を布団越しに伝えると少女は間を一つ、置いて、その後に少し吹き出し

 

 

 

「─────貴方もそう思うの?」

 

「それは勿論。私だって詰まらない人間ですよ」

 

 

その一言に、今度こそ姫様は笑った。

布団越しでも分かるくらいお腹を抱えて笑いをから得ているので一目瞭然だ。

何故そんな風に笑われるかは知らないが、まぁ、自分のような面白味の無い人間が姫様を笑わせる事が出来たのならばいいか、と思ってちょっと自分も笑って────その隙を布団を捲られる。

あ、と思っているとそこにはやはり姫様が涙目になるからいの笑みを浮かべ

 

 

 

 

「──────本当に、貴方と会えて良かったわ」

 

 

 

などと言われた。

思わず、憮然とした表情を浮かべた事を許して欲しい。

 

 

 

だって、その言葉は俺が言うべき言葉なのだから。

 

 

 

 

 

 

そうしてプリンセスはアルフの看病をして(本人は暴れてやーめーーてーーくーーだーーさいーーーとか言っていたが、完全無視して)、食べ終わったお粥を片付け終わった後──────ふと、今まで意識的に忘れようと努めていた事柄を思い出してしまったので、思わず少年の方に視線を向けると少年は何時の間にか寝ていた。

 

「…………」

 

当然といえば当然だ。

これだけの重傷を受けた後にあんなに騒いでいたのだから、寝落ちしてしまうのは当たり前だ。

むしろ、怪我人相手にあんな風に接してしまったのは、無事に起き上がって嬉しくなったとはいえ問題行為ではあったのだ、と今更思う。

だから、唐突に浮かび上がった疑問は自分の中で処理をしなければいけない事になる。

 

 

 

それはあの時、最後に少年が自分を抱きしめた事だ。

 

 

少年の意識が朦朧としていたのは理解していた。

瞳は焦点が合っておらず、抱きしめる腕は常とは違い遠慮という物が無かったから、意識は混濁していたのが分かった。

だから、抱きしめるだけならばいい。

問題はその後、少年は私を力強く抱きしめながら、耳元に顔を寄せ、こう呟いたのだ。

 

 

 

──────良かった、と

 

 

 

決して愛の言葉を呟いたとかではない─────ではないが、その一言は余りにも熱かった(・・・・)

たった一言に乗せれたとは思えない感情の熱量。

どれ程の美声で囁かれても、あれ程、くらり(・・・)と来る一言を聞く事は出来ないのではないか、と思う言葉(ねつ)

思わず、火照って来る体を両の手で抑えようとするが全く止まらない。

 

 

 

分かっているつもりだった。

 

知っているつもりであった。

 

 

少年が何時もどれだけ私の事を考えてくれているか、どれだけ支えてくれているか──────少年の本心をどれだけ抑えているか、分かっているつもりだった。

そう、つもりだった。

それが、蓋で封をされていた中身に少し触れてしまっただけでこれだ。

 

 

 

知っている知っている知っている知っている

 

 

知らないわけがない。

分からないわけがない。

 

 

だって

 

 

だって

 

 

だって…………………

 

 

 

 

 

だって(・・・)とても嬉しいのだから(・・・・・・・・・・)──────

 

 

 

 

駄目…………、と頭の中で感情(ほんのう)を抑え込む。

ただでさえこれまでの人生とこれからの人生を棒に振らせているのに、結末まで私に付き合わ(・・・・・・・・・・)せるわけにはいかない(・・・・・・・・・・)のだから(・・・・)

だから、無理矢理首を振って、その想いを封じ込めようとして────寝息を聞いてしまった。

 

 

 

視界に入るのは少年の穏やかな寝顔だった。

 

 

何一つとして警戒の色がない寝顔を見て、視線が吸い込まれるように一点に集中する。

その事に、もう一度駄目、と─────思う事が出来ず、立ち上がる。

 

 

そんな無警戒なのがいけない。

 

あんな声を私に聞かせたのがいけない。

 

 

 

──────彼と私は同じ想いなのだから、いいではないか、という勝手な考えが理屈を全て取り除いていく。

 

 

 

眼前にアップされる彼の寝顔。

先程も顔を近づけたが、意味合いが違う以上、心臓の高鳴りは耳の直ぐ傍で鳴っているのではないかと思うくらい振動する。

止めなきゃいけない。

直ぐに動きを止めなければいけない。

なのに、体が自分の意志で動かすことが出来ない。

 

 

 

─────噓

 

 

そんな思いを、想いが否定する。

頭の中で欲深い自分が耳元でたった一つの真実を語る。

 

 

 

 

 

動いている以上、それは貴方の心が望んだ事を体が応えているだけなのだ、と

 

 

 

 

「──────────」

 

その真実に、プリンセスの思考は完全凍結し、しかし体はそのまま彼の顔に近付く。

せめて、と思う。

ここで都合のいい事が起きてくれれば、と。

誰かがこの病室に来るでもいいし、少年が唐突に起きるでもいい。

何かが起きれば、自分はそれを理由に感情を止める事が出来る筈なのだから、と。

そんな人任せな事を考えながら、しかしやはり誰も病室を訪ねず、アルフも起きないまま

 

 

 

 

 

プリンセスはその唇に自分の唇を重ねた。

 

 

 

 

「ん…………」

 

やってしまった、という思いは、直ぐにようやく一つになれた、という想いに塗り潰された。

止めようとしていた理性が全てを放棄した以上、感情だけとなった私は今の状況に心底から感激していた。

ずっとこうしたいと思っていた。

貴方が欲しい、と願い続けていた。

身も心も捧げてもいいから、貴方の身と心が欲しいと思っていた。

 

 

 

 

愛している、と伝えたかった─────

 

 

 

数秒経ち、感情が収まった瞬間を狙って唇を離す。

唇には今も彼の温もりがあるし、キスをした、という事実が胸に残る。

そうして無意識的に下がって、椅子に座って───────瞳から涙を溢してしまった。

 

 

「……ごめ……………ごめ、ん……………ごめんな、さい…………」

 

顔を押さえる様に目を両手で抑えながら、私は謝った。

何について誤ったのかは私ですら、どれの事か、多過ぎて分からなかった。

寝ている少年から無断で唇を奪った事か。

少年に対しては戒めている癖に、自分だけは甘やかして少年を好きに欲してしまった事か。

それとも王女として壁を解き放つと決めている癖に、恋に浮かれている事だろうか。

 

 

それとも────

 

それとも────

 

 

あり過ぎてもう、何が何だか分からなくなって余計に泣いてしまった。

泣いている事すら申し訳が無くて、少女は目の前で穏やかに寝息を漏らしている少年に知られないまま──────ただ、自分で作り上げた罪の意識の中で一人泣いていた。

 

 

 

 

 

私だけが幸福になってごめんなさい、と少女は謝っていた。

 

 

 

 

 

そんな病室の扉の外で気配を消していた少女は、少女の幸福(ふこう)の言葉を聞いて去っていった。

少女は何も言わないし、寄り添わない。

でも、たった一つ、少女は泣いている少女が叫んだ言葉を思い出した。

それは少女が持っていた全ての前提を崩す言葉。

それは

 

 

 

 

『私は───────大事な人だけは手放したくないの!!』

 

 

 

酷く直情的で、在り来たりで、そして夢見がちな言葉だった。

きっと誰もが夢見て、そして夢破れる言葉であり、正しく理想論と呼ぶに相応しい言葉だった。

でも、それを聞いて少女は一切笑う気は無かった。

元より少女を守ると決めた身だ。

少女が願う事も叶えたいし、助けたいと願っている。

ただ、それに少女の為に、一人の少年も守らなければいけない、というのが追加されただけだ。

 

 

だから、少女は特に何も変わらない。

 

 

今までと変わらない。

だから、誰もいない廊下で、少女は一つ呟いた。

 

 

 

謝る事じゃない

 

 

貴女が幸福になろうとする事は謝るような事じゃ、絶対ない

 

 

 

─────アンジェはまるで世界の法則に刻むかのように、宣言した。

 

 

 

 

 

 




はぁい、更新です。

さて、色々ありましたが何時も通り悪役を皆さん殺すようにお願いします。
今の悪役ならば何をされても死にます。

ちなみに小説書いて初のキスシーンで御座ります。

もうごちゃごちゃ言うのはあれですよね。皆さん、どうか楽しんで頂ければと思います。


感想・評価などよろしくお願い致します。
皆様の声援が本当に楽しみな悪役なのでーーー。



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case11:愉快なお話





あらかしめ言おう────今回はギャグだかんね!!


 

 

 

 

 

「た、大変です! ひ、姫様がぁ……!!」

 

 

幕開けとなった言葉は間違いなく、ベアトリス様のこの一言からだろう、とアドルフは後に思う事になるのを知らないまま、息を荒げているベアトリス様に振り返っていた。

今は白鳩と名付けられたスパイチームのメンバーで何時もの部室でぶっちゃけ、やる事が無いからティータイムと洒落込んでいる最中だったのだ。

何故かその中には先日の事件で世話になったというかかけられた、と言うべきか悩む日本の侍である少女がいるのだが、何やら色々あってこちらの支援に回るという事らしい。

何やらドロシーが何かやったらしい。

実に胡散臭いが、確かにちせ殿の能力は姫様を守るのにはうってつけと言えばうってつけなので複雑な心境だ。

それに後悔など一切していないが、それでも義兄を殺した立場の自分では、ちせが嫌がる事くらいは流石に読み取れる。

だから、正直、合流してから今までずっとちせとは余り話し合わず、喋るとしたら姫様かアンジェ様、ベアトリス様と話しているという状況である。

まぁ、それはそれとして姫様は口で言うにはちょっとあれだが、お花摘みに言ったので、とりあえず付き添いでベアトリス様が一緒に向かったのだ。

そして、帰って来るのが遅いと思っていたら、これだ。

当然、その慌てように全員が緊急事態課と思って、即座にそれぞれ武装を抜き放ち、一部は殺意を放ち、結果としてベアトリス様が怯えるので、そこを何故かドロシーが取り直すというワンクッションが入る。

それでようやく落ち着きを取り戻したベアトリス様が胸に手を当てながら

 

 

 

「その………姫様が唐突にとてもいい笑顔で"ベアト。唐突だけど鬼ごっこをしましょう? 捕まえられなかったら、私、連れ去られるの"とか言い出して、そのまま凄いスピードで走って………!」

 

 

全員の脳内に浮かぶのは何故か走らず、滑る様に廊下を移動する姫様がとてもいい顔で頑張って追いかけるベアトリス様にここよーーー、私はここよーーー、と応援しているのか、煽っているのか分からない光景であった。

何て想像しやすい光景だ。時々…………いや、結構見るからだが。

 

 

「そ、それで姫様が曲がり角を曲がったから直ぐに私も追ったら、姫様がいなくて! そ、その代りこれが…………!!」

 

と震える手で手紙を取り出すので、ふむ、とちせが一歩前に出て一足先に取った。

あ、とは思うが、多分、語学の勉強のついでになるだろう、とかいう思いもあったのだろう。

とりあえず即座に手紙を開いて、ちせが手紙を読み始める。

 

 

 

「なに……………"姫様の身は奪っちゃいました☆返して欲しければ、手紙の最後に書かれた住所まで皆で来るように"」

 

 

即座に全員が、ああ、茶番(そういう)のね、と納得し、武器を収め、殺気を抑える。

そして、俺も含めてやれやれ的な感じでベアトリス様と手紙を読んでいるちせ様以外、さぁお茶会お茶会という雰囲気になっていく。

自他共に過保護と認めている俺でも、流石にこの手のに真面目に取り組む程、冗談のセンスを持ち合わせていないのだ。

だから、誰も来ないと分かったら帰って来るだろう、と全員が楽観と共に紅茶に手を出そうとし

 

 

「"ちなみにやる気を出さないと思って皆の大事なモノも奪っていきました─────例えばドロシーさんからは大事にしているちょっと高いワインをお一つ拝借♡"」

 

「なにぃーーーー!!?」

 

 

即座に立ち上がり、備え付けの冷蔵庫に飛びかかる様に走り寄り、数秒後、地面に手を叩きつけ

 

 

「私の命が…………!!」

 

などと大袈裟な台詞と大袈裟なリアクションを取っていた。

 

 

 

「"次にちせさんからは日本から持ってきて大事そう且つ美味しそうに食べている"ってなんと!?」

 

 

即座に部室の棚からそれが置いてあったと思われる場所を見て、直ぐにくっ……!! と唸り

 

 

「残り少ないぬか漬けを………!!」

 

極悪非道許すまじ、と言わんばかりの口調で叫ぶものだから、それ、藤堂十兵衛やいずなの時よりも怒りを露わにしていないか、と思うのは流石に不味いだろうか。

ちせ殿は憤慨しながら、しかしそのまま手紙を読み進める事にしたらしい、一度咳払いし

 

 

「"ベアトは………"」

 

「わ、私は特に盗られて困るようなものなんて持っては─────」

 

「"ベアトは来てくれるよね?"」

 

「………………………はい」

 

くっ、とアドルフは目を押さえてベアトリス様から視線を逸らす。

余りにも辛い。

何が辛いかって完全完璧な信頼故に逃げる事も逆らう事も出来ないベアトリス様の姿を見るのが辛い。

イエスマンというより姫様が少しでも幸せになるのならスパイだろうが道化だろうが何でもする人なのだ。

その健気さを今、物凄く明るく利用している姫がいるのだが追及すると更に辛くなるから止めておく。

というか何やら人攫いみたいな設定だったのに、普通にこちらを名前で呼んでいるのはいいのだろうか。

 

「"アンジェは───"」

 

「…………」

 

名を呼ばれた少女は我関せずみたいな感じで紅茶を飲んでいた。

まぁ、内心ではどうかは知らないが、表向きは下らない遊びには付き合っていられない、というポーズは取っておかなければいけない、という事なのだろう。

勿論、本心もその可能性は十分に有りだが、案外本心は普通にちょっと遊ぶくらいなら、と考えていた利するのだろうか、と思っていると

 

 

「"アンジェからはちょっとCボールお借りしました"」

 

「……………」

 

紅茶を飲みながら硬直した少女が密かに太腿辺りを探るのを見逃さなかった。

流石にこれにはベアトリス様はおろかドロシーやちせ殿も含めてジト目で見る結果になったのだが、硬直から復活したアンジェはふぅ、と大物感を出すような吐息で

 

 

 

「………腕を上げてしまったわねプリンセス…………」

 

 

微妙に言葉をチョイスした上での台詞を、とりあえず全員が無視する形を取る事にした。

黒蜥蜴星人はもう少しジョークのセンスを磨いた方がいい、とドロシーが笑っているが、とりあえずノーコメントを貫かせて貰おう。

 

 

 

「"最後にアルフは"」

 

 

そして遂に自分の番が来た。

来たか、とは思うが、アドルフとしては今回は徹底抗戦をするつもりである。

え? 嘘? と思われそうだが、姫様は未だどうなるかは定かではないとしても、女王になろうとしている身なのだ。

余り、こんな風に愉快痛快に行動されまくるのは本当に困りものなのだ。

今までも何度も諫めたりしたのだが、ちせ殿の言葉で言えば暖簾に腕押し状態、という奴なのだ。

だが、だからと言って最初から否定する事を諦めるのはもっと良くないだろう。

現女王から信頼されて傍付として仕える事を許されているのだ。

その為ならば、例え姫様に嫌われるような事になっても、否定する事も仕事の内であり、

 

 

 

 

 

「"────脱がすわ"」

 

 

 

そういった確固たる意思とか職務とかを一切合切破壊する響きが耳朶に直撃した。

チクタク、と何やら時計の秒針の音が偉く大きく聞こえるが、この背筋をを通る冷や汗に比べれば小さい事だ。

ゴクリ、と喉を鳴らしたのは誰だったか。

そこまでしてようやく口を開けれた俺が最初に言う事は

 

 

 

「……………冗談でしょう?」

 

 

幾ら遊び人気質の姫様であっても、流石にそこまで見境がないわけではない……………はず?

己ですら微妙にどうだったか分かっていない質問に、手紙を持っているちせは答えるのではなく手紙をそのまま読み進めた。

 

 

 

「"今晩、私の部屋で、私が、アルフを、無包装で、ついでにデッサン"」

 

「無包装とデッサン絶対ダメ!!」

 

「"応相談"」

 

ああ…………それは駄目だ、と周りの手紙と会話するなよ、というツッコミは華麗にスルーしながら、己は絶望感に身を浸していた。

 

姫様相談は絶対駄目だ。

 

何せ勝ち目を作った経験が一切無い。

というかこの姫様は正気だろうか? 頼むからいっそ正気では無いと言って貰いたい…………その方が気が楽だ。

お陰で周りからは

 

 

「………………夜にプリンセスの部屋に行くこと自体は否定しなかったな」

 

「そ、そんな!! 汚らわしいです!!」

 

「ベアト。例え、見た目どんなに鋼の理性と美形を保っていても、所詮、男よ───手を出したらヤるわ」

 

 

などと恐ろしい勢いで俺の信用とか信頼が大暴落もしている。

一切男がいない中、女性だけの空間にいた場合に大抵起きる弊害を自分が体験する事になるとは思ってもいなかった。

別に友人が欲しいと思った事は一度もないが、せめてチーム内に男がもう一人いればそいつを生贄に出来たものを…………と思うが、実にどうでも良い事ではあった。

だが、一つだけ全員が思いを一つにする事柄があった。

つまりは

 

 

 

 

行くしかないのか…………

 

 

 

という、どうしようもない諦観だけである。

 

 

 

 

 

 

「これは」

 

「また」

 

「典型的」

 

上からアドルフ様、ドロシーさん、アンジェさんの順番で並べられる感想をベアトリスは聞きながら、件の幽霊屋敷を見上げた。

確かに感想通りにそれはまぁ、典型的な幽霊屋敷のような雰囲気であった、としか言えない。

郊外に建てられているから、まず周りに家は当然ないし、郊外だからか街灯も一つもない。

そして当然だが、幽霊屋敷という事だから屋敷に人影も無いし、見かけもボロボロ。

しかもお誂え向きに手紙には夜に、と時間指定があったので雰囲気は抜群だ。

思わず、体を守る様に抱えてしまう。

 

 

 

「うぅ…………」

 

「何だ、ベアト。こんな古ぼけた屋敷が怖いのか」

 

 

うっ、とちせさんの揶揄に思わず、呻いてそんな事は無い、と叫ぼうとするが、それこそ震えている証拠にも思える。

見れば、やはり、と言うべきか。

男性のアドルフ様はともかく、アンジェさんもドロシーさんも一切、屋敷の雰囲気に気後れしている様子はない。

普通に全員、やれやれという調子だ。

一応、この中では荒事にも慣れず、年も一つ若いが、同い年のちせさんは全く震えていないのに自分が震えているというのは余りにも情けない。

だから、思わず、ぎゅっ、と胸の前で手を握って

 

 

 

「そ、そんな事ありません! は、速く姫様を探しに行きましょう…………!」

 

 

と一人、先に屋敷に向かって早歩きで向かう。

あ、と全員が声を揃えて同じ発音を漏らすが、それを気にせず、出来るだけ屋敷は見ずに進む。

 

 

 

─────だからこそ、理解が遅れた。

 

 

性格も能力も皆、バラバラだというのに、何故、全員が同音の制止の声を漏らしたのか。

その答えは次の瞬間、ベアトリスの足首を締め付けるような感触から始まる。

 

 

 

「え?」

 

 

唐突に足首に何かが絡まる感触。

だけど、疑問も恐怖も抱く前に、足首の何かは勢いよく自分を跳ね上げ─────逆さ吊りにされた後にようやく発生するのであった。

 

 

「きゃあああああああああああああああああ!!!?」

 

 

唐突な世界の逆転に、しかし乙女力は対応出来たのか。

即座に重力に従おうとするスカートを両手で抑える事には成功し、次に

 

 

「あ、あ、あ、アドルフ様ーーー!! み、見ないでくださいーーーーーーーー!!!」

 

 

条件反射に近い悲鳴を涙を流しながら告げると、既に少年があーー、と言いながら、顔を逸らし、その上で腕で目をガードしているのを見て、心底ホッとした。

こういう時は本当に紳士な人で助かった。

こんな驚天動地な目に合ったからこそ、逆に冷静になれたので、直ぐに足首の部分を見るとそこに絡まっているのがロープである事が判明した。

つまり、そこから読み取れるのは─────

 

 

「と、トラップ?」

 

「でしょうね」

 

 

アンジェさんのこちらの呟きの返答もあって、とりあえず状況は理解した。

分かったが…………分かったけど、とりあえず自分の手でどうにかするのは不可能だというのも分かってしまった。

スカートを押さえている両手を解放すれば足首にかかっているロープも外す事が出来るだろうけど、つまりそうなるオープン・ザ・スカート! をしなければいけないという事で恥で死ぬしかない。

アドルフ様は目を逸らしてくれるだろうけど、同性メンバーがどうするかは未知の領域だ。

 

 

男性であるアドルフ様よりも信頼出来ないというのはどういう事だ。

 

だから、そうなるとやっぱり女性の誰かに手伝ってもらうしかない、という結論になり

 

 

「あの…………」

 

と天地逆転している視界で、皆に手助けを求めようとして

 

 

 

 

 

「レディース!! アンドジェントルメーーーーーンーーーーー!!」

 

 

 

何か途轍もなく愉快で楽しそうな声が空から響いたのであった。

 

 

 

 

 

 

ドロシーは空に浮かんで登場する奇天烈な姿のプリンセスを目撃してしまった。

何というか…………怪盗? いや、もしかしてマジシャンなのか?

何かそこら辺っぽいマントを着て、顔には黒いマスクをつけ、手にはそれらしい杖を持った少女がマスクを付けても分かるくらい楽しそうな笑みを浮かべて、そんな風に登場するから思わず思考が停止した。

というか全員しているが、しかしやはり長年付き合っているから耐性があるのか。

 

一番最初に復帰したのはアドルフであった。

 

 

 

「姫様!! 正気ですか!?」

 

「勿論。来なかったら脱がすつもりだったわ」

 

 

コンマ一秒以下の反撃に防御も回避も出来なかったのか。

鉄壁の傍付は胃を押さえてよろめきながら、速攻で倒れた。

 

 

……………………はやっ!!

 

 

訂正。耐性はあっても、対応は出来なかったみたいだ。

というかこれだと10年間どうしていたのだ。ああ、そうか。ベアト曰く、負け続けていたんだな。

じゃ、いっか。

お陰でショックからは立ち直れたからアドルフの犠牲は無駄ではなかったのだろう、多分、と思いつつ

 

 

「おーーいプリンセスーー。テンション高いのはいいんだけどさぁ…………とりあえずどういう企画?」

 

「プリンセスじゃありませんーー。私はプリンセスを攫った悪い魔法少女怪盗! シャロンよ!」

 

 

パーーン、と杖から咲くように花が咲いたのをおぉ、と思って見つつ、あーー、うん、そういうキャラ付けなのね、と思っておく事にした。

真面目に受け止めようとして死んだ傍付が前例にあるから、こういう時はシリアスは放り捨てて、お祭りに来ていると思う方が得だ。

 

 

「まぁ、うん、大体は理解した────要はこの幽霊屋敷で遊ぼうって事か」

 

「流石ドロシーさん! 話が早ぁい!」

 

 

おい、こっちの名を知っているのはいいのか。

というか普通にアドルフの姫様呼ばわりはスルーしていたよな、この娘。まるで酔っぱらっているかのようなハイテンションである。

 

 

 

「ルールは簡単! とりあえずこの幽霊屋敷に貴方達から盗った大事な物が隠してあるからそれを見つける事。でも宝物に向かう途中はこの魔法少女怪盗によって色々な種も仕掛けも無い魔法が掛けられているのでお気を付けて♪」

 

 

何キャラだ………と言いたくなるが、ツッコんだら負けだ、と思う。

キャラを混ぜた結果、意味が分からなくなるのはよくあるよくある、と脳内で適当に考えながら、まぁ、ようはそれこそ遊園地のお化け屋敷みたいなものか、と思う事にしといた。

一応、立派なスパイなのになぁーーにやってんだがなぁーー、とは思うが、今は任務も無いし、暇だからまぁ、別にいいかとも思う。

どうせ馬鹿やるなら楽しまないと損である。

 

 

 

「ちょっと待って。私はCボールを奪われているのだけど………今、貴女が使っているじゃない」

 

「アンジェは素直に楽しんで?」

 

 

じーーーっと暫く目線で何やら二人が話し合うが、最終的に笑みを浮かべたのがプリンセスで吐息を吐いたのがアンジェなのを見ると結果は一目瞭然だ。

相も変わらず、この黒蜥蜴星人はプリンセスには弱い。

そしてちせは無言で腕を組んでいるが、目には、私の、最後の、ぬか漬け、と書かれているので参加は決定だ。

全員がやれやれ顔な中、一人楽しそうに笑っているプリンセスがポンっと両手を合わせ

 

 

 

 

「じゃあ皆、楽しんでね? ─────あ、そこで倒れた振りして有耶無耶にしようとしているアルフはそのままだとお仕置きだから」

 

 

 

びくり、と体を震わす少年を尻目に、じゃあっと最後にCボールを使って派手に空を色々飛んだり、地上すれすれまでしてらしい演出をした後、プリンセスはそのまま幽霊屋敷の裏側まで飛んで行った。

 

 

「…………アルビオン王国次期女王になろうとしている姫様が遊び人気質だと国民は大変だねぇ」

 

「貴女もそれに付き合うのよ?」

 

アンジェの言葉にへいへい、と頷きながら、とりあえずしくしく、と泣き真似している傍付をちせが顔面を蹴って叩き起こしているのを見ながら

 

 

 

「─────れ?」

 

 

何時の間にかベアトの姿が無くなっていた事に、今更気付いた。

 

 

 

 

 

 

 




唐突に脈絡なく始まるギャグ回。

悪役の正気は何処。

まぁ、活動報告にも書いたように色々とごたごたしましたが、とりあえず突っ走る事にしました。

というわけで話を見たら分かる様に途中なので、また愉快はお話は次回のお待ちを。



感想・評価などよろしくお願い致します。


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case12:楽しいお話

新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。


新年初の投稿ですが、文字数とか何やらの関係上、この愉快なお話はもう一話必要になりましたーー。




 

アドルフは典型的な幽霊屋敷の入り口に入りながら、周りのメンバーを見ていた。

アンジェ様は最早語るまでも無いし、ベアトリス様はいない。

 

 

故に見るのはドロシーとちせの事であった。

 

 

別に女性として見ているとかいうわけではない。

単にこの二人が自分にとってはそこまで接点も無ければ、存在を重きに見ていない二人なだけである。

人としては間違いなく正しくない見方であり、正直に言えばクズの視点なのは承知している。

だけど、そんな俺の理論を語る事を許されるのならば────この二人は正直、状況によっては何時敵になるか分からない二人なのだ。

ドロシーはコントロール直属のスパイ故にコントロールの采配次第では裏切る可能性が十分にあるし、ちせだって日本国の命令次第ではどう出るか、という所だ。

 

 

 

勿論、姫様第一の俺からしたら非常に迷惑だが…………流石にそれを攻めるのは筋違いである事くらいは分かっている。

 

 

ドロシーが何故スパイになっているかは知らないが、それでもスパイになる理由があって且つ、そう生きると決めたからなのだろう。

そしてちせはそれこそ自分が愛した父や義兄を斬ってでも国に仕えるべきだと誓ったのだろう。

どちらも客観的に見れば正しくは無いかもしれないが、でも間違ってはいないんだろうと俺は思う。

むしろ姫様に関わる事で無ければ、間違いなく何もおかしな事で無いのだろう、と普通に納得していた事だ。

己の融通が利かない性格には、自分で自分に呆れを抱いてしまうが、呆れは抱いても治す必要が無いと思っているのが困ったものである。

それでも、姫様が特に何かをしようとする立場では無いのなら良かったのかもしれないが、そうではないからこそ、自分も変化まではなしなくても許容はするべきなのだろう、と思う。

 

 

だから、行動してみる。

 

 

 

 

 

「ちせ殿、ドロシー」

 

ちせは珍しい人間から声を掛けられたので、思わず少しだけ目を何時もより大きく開いて振り返った。

見れば隣にいたドロシーも似たようなもので、同じタイミングで且つ目を少しだけ大きく開けている。

だが、これに関してはドロシーと深く同意したい。

短い付き合いだが、アドルフ、という人間がどんな人間かは察している。

 

 

 

要は主君第一主義だ。

 

 

正直に言えばドロシーはどうだか知らないが、私からしたらむしろ好ましく、また理解出来る性格だ。

主君を第一とし、主の為ならば命を懸ける。

武士道の極みだ。

侍として見れば、素直に敬意の念を得てもいい。

だが、それ故に少年がこちらに警戒の念を常に抱き続けているのも気付いていはいた。

 

 

 

まぁ、当然であろうな。

 

 

こちら風に言えば騎士だったか。

その騎士からしたら何時裏切るか分からない存在が主君の傍にいるのだ。

警戒はしても安堵は出来ないだろう。

故にこちらも最低限の付き合いで接するべきかと思っていたのだが………

 

 

「何用だ。アドルフ」

 

「………まぁ、こんな時に話す事では無いのでしょうが………正直、何時までもお互い疑りあいながら警戒するのは効率もそうだし、味方を作る事が出来ないと思って」

 

「味方? あんたらしくない事を言うなアドルフ。それにちせはともかくスパイのあたしに味方を言うのも結構なブラックジョークな気がするがねぇ」

 

 

スパイの事情はどうだか知らないが、確かにこの少年に味方、という言葉は似合わない。

いや、一応、ベアトリスと……何故かは知らないがアンジェは味方扱いにはしているから欠片もいないわけではないか、とは思うが、その単語を私達に当て嵌めるのは似合わない、としか言いようがない。

だが、そう思っていると少年が首を振り

 

 

 

 

「勘違いしないで欲しい。私には味方はいりませんけど────姫様には少しでも多くの味方がいて欲しいのです」

 

 

成程、と呆れた声でドロシーが応答し、私も苦笑で頷く。

それならば確かにこの少年らしい言葉に変わる、と思っての苦笑を浮かべてしまうのは許して欲しいものだ。

 

 

 

 

「なら私の方も勘違いされないように言わせて貰おうか────私は正直、国の威信だとか忠義とかそういうのは堅苦しくてどうでも良くてね。ま、だからと言ってスパイなんだから、そう簡単に鞍替えをする気も無い……………ただまぁ、プリンセスの方針がそのままで変わる事が無いって言うならコントロールと方針は変わらないだろうから、そういう意味では私次第っていうよりそっち次第って所だ」

 

 

 

続いて、本心……………というより意見に近い感想を述べるドロシー。

この言葉が本当にドロシーの立場を表しているという事なのだろう。

あくまで自分は一スパイ。

そちらの味方が欲しい云々で靡くわけにはいかないが、逆にそちらが味方であり続けるなら、多分、こっちも協力を続けるのだろう、と考えを告げているのだ。

ある種の仕事人気質があるな、ドロシーは、と思いつつ、しかしそれに関しては

 

 

 

 

「私も似たようなものだ。そちら次第では最後まで付き合おう。その間ならば私の力は存分にお主達の為に振るおう。まぁ、日本で何か大事件などが起きたら別の話だが」

 

 

 

無論、場合によってはプリンセス側を斬って、アルビオン王国側に就く事も有り得るのだが、そこまでを言えば意味は無い。

ただ、去っていくくらいと思ってもらった方が得だろう。

とは言っても、正直、読まれている可能性もあるのだが、流石にそれはどうしようもない。

いざという時はこの鬼のような武士と殺し合わなければいけないと思うと体が冷えるような感覚と同時に、この刃が通じるか、という熱に等しい高揚を感じてしまうのは性分か、と思う。

とりあえず、アドルフはふむ、とこちらの話を聞いて、頭の中で何やら纏めたのか。

 

 

 

 

「つまり、姫様が成功するのならば味方ですか────なら、問題無かったですね」

 

 

などと、聊か能天気に聞こえる言葉を普通に告げてくるのである。

さて、今ので何故、こんな解答に至ったのやら、とは思うが、この少年の思考体系は正直、普通のそれとは大きく隔てているというのは理解しているので、考えるだけ無駄か、と思い至る。

だが、一つはっきりしている事は─────今までよりは聊かマシな関係は築ける、という事でいいのだろう。

 

 

 

 

「なら、私からも一つ言わせて貰いたいんだが─────その無駄に堅苦しい言葉遣い止めてくれないか? 正直、聞いていて肩が凝って来るんだよこっちは」

 

 

 

ドロシーが提案する事にアドルフはむっ、と眉を顰めながら

 

 

「…………こっちとしては姫様の傍付である以上、私の無礼は姫様の傷に繋がりかねないから、この様に心掛けているのですが……………」

 

「じゃあ、誰も見ていない場でならいいだろ? なぁ、ちせもそう思うだろ?」

 

「む? ……………まぁ、職務であるならば無理は言えないが、否定も出来ない」

 

 

むぅ…………とアドルフは少しだけ唸って、考えつつ

 

 

 

「────まぁ、その条件ならばそうしとこう」

 

 

と、一息漏らした後、敬語を崩したのをドロシーがやれやれ、と苦笑して、少しだけ前を歩いているアンジェに追いつこうとし、自分もそれに習おうとして

 

 

 

 

「────ちせ。お前は俺を恨んでいないのか?」

 

 

と、小さいが、でも聞き逃すには少々重い質問に再び振り向かされた。

少年の視線も態度も変わらない。

あたかも恨まれようが憎まれようが、知った事ではないという態度のまま口でも

 

 

 

 

「俺はあの馬鹿を殺した事には一切反省も無ければ、後悔も無い。もしもあの瞬間にもう一度戻ったら、と問われたら、何度だって藤堂いずなを殺しているだろう。そういう意味では、正直、憎悪されていたとしても、俺からしたら知った事か、と言えるものだが…………………しかし、それとこれとは別なのが復讐だろうしな」

 

 

禍根があるならば聞きはしても、受けるつもりは無いが、と実に身勝手な言葉を言う始末。

だが、これが少年の出来る精一杯の誠意のつもりなのだろう、という事は理解出来た為、込み上がりそうになった物を飲み下しながら、

 

 

 

 

「………………確かに。思う所が無いといえば完全な嘘だな」

 

 

 

父を殺したのは自分だが、義兄を殺したのはこの男。

義兄上はあの時はともかく、家では何時も私を守ろうと、助けようとしてくれていたし、同時に何時も自分が家族でいいのか、と悩んでいるような不器用な人であった。

 

 

 

優しい姿も、不甲斐ない姿も、頼もしい姿も全て覚えている。

 

 

だから、思う所が無いとは言えなかった。

だが

 

 

 

「─────元々、私が殺さなければいけなかったんだ。もしもあの時、お前が殺されていたなら、次は私が義兄上を殺していた」

 

 

どちらにしろ義兄上は詰んでいたのだ、と思う事にしている。

現実逃避しているだけではないか、とも思うが、それでもやっぱり、義兄はあの時、もう死んでいたのだ。

 

 

 

 

私が父を殺した時、あの人の残った心を殺したのはやっぱり、私なのだ。

 

 

 

アドルフは残った肉体を殺しただけ。

なら、罪を負うのはやはり、私であり、この少年は恨む対象でも無ければ、憎むつもりにもなれなかった。

だから

 

 

 

 

「───思う所があるのは捨てきれんが、やはり、貴様を恨むつもりにはならない」

 

 

 

 

暫く、視線を合わすだけの時間が続く。

鉄のような碧眼と穏やかな海のような黒目が、互いを見る。

それはほんの数秒の間の出来事だっただろうけど、瞳を閉じて頷いたのは碧眼であった。

 

 

 

「なら、いい。もしもこの先気持ちが変わって恨まれたとしても、恨まれるのはどうせ慣れているからな」

 

 

そんな事を、何の感慨も無く語り、そのまま去ろうとする背中を見ながら、ふと沸き上がった疑問をぶつけてみた。

 

 

 

 

「もしも私が今直ぐにでも殺したい、と言っていたら、アドルフはどうするつもりだったのだ?」

 

「それは勿論─────さっきの会話のちせの分が無駄に終わったなって思うだけだ」

 

 

などと、全く一切変わらぬ口調でそんな事を言うのだから、冷血漢にしかなれぬのだろうな、と再認識する。

 

 

 

 

逆にここで冷たい口調にでもなった方が、とても人間味があるというのに、というのは流石に己の役目でも無ければ、関係でも無い。

 

 

 

 

アンジェは3人が何やら会話をしているのは気付いていたが、敢えて気付かない振りをして色々と屋敷を見ていた。

屋敷は3階建て。

古い建物なのか。

見かけ以上に結構、所々腐ったり、割れていたりしているが、埃っぽくはない所を見るとプリンセスが律儀に掃除したのかもしれない。

そこら辺は本当に生真面目な子ね、と呆れを多分に含めた吐息を漏らしながら、ようやく3人がこちらに合流したのを感じたので、アンジェはとりあえず一足先に見つけておいたものを顎で指した。

何だ? と3人が3人、そちらを見ると

 

 

 

 

「……………"ちせさんの大事なモノは地下にあるのでそちらに"」

 

 

と、ご丁寧に張り紙をされた紙がある事に、アドルフが肩を落とすのを見るが、実にしょうがない事である。

 

 

 

「私はこっちか」

 

 

ちせもちせで小さく吐息を吐いて、やれやれ、といった感じでそのまま足を地下室に向かう階段に向ける。

 

 

 

「ちせぇ。怖くなったら付いて行ってやろうか?」

 

「無用だ。あの姫の事だ。命の危険になるような罠は仕掛けておるまい。ぬか漬けを取り戻したら、適当に楽しむか帰るかをさせて貰う」

 

 

そのまま特に怯えるような素振りを見せずに、地下を降りていくちせをつまんねー、と言いつつ頭の後ろで手を組むドロシー。

地下にちせが行ったのならば、私達は地下よりも広いだろう、二階より上を探すしかあるまい。

階段を登りながら、しっかしまぁ、とドロシーが前置きをしながら

 

 

 

「あのプリンセスは何時もこんな事をしているのかい? アドルフ」

 

「流石に何時もこんな事はしていない。というかここまでハッちゃけたのは久しぶり…………というか確か…………何かあった時に……………」

 

 

うーーーん、と唸る少年を他所に、二階に到達する。

それについてやっぱり、ドロシーがなぁんだ、という感じで

 

 

 

 

「それにしてもトラップとか何とか言っていた癖に、全く仕掛けないじゃないか。流石にプリンセスにはその手のは難しかったかねぇ」

 

 

 

と、階段を登り切った先、踊り場でそう呟いて、そのまま先を行くドロシーを見ていて、そうね、とアンジェとして頷こうとし

 

 

 

「────え?」

 

 

瞬間、ドロシーの姿が視界から消えた。

しかし、直ぐにドロシーの赤みがかかった髪の色が視界の下側に映ったから、そのまま自動的に下を見て見ると

 

 

 

廊下の床を突き抜け、下半身が埋まっているドロシーの姿であった。

 

 

 

「………………」

 

 

思わずアドルフと一緒に無言になる。

見事に上半身しか見えない少女(二十歳)は向こうを向いているから顔は見えないが、髪の毛から見える耳が髪の色に負けないレベルで赤くなっているのを見ると相当な羞恥を感じているようだ。

そして、次にわざとらしくゴホン、ゴホンと咳をし

 

 

 

「………………まさかこんな見事な罠を作っているとは………ちょいと教え過ぎたかねぇ…………」

 

 

頑張って強がりを吐いているが、声が震えている事くらいスパイらしく取り繕うべきではないか、とは思うし

 

 

 

「…………ここにまた無駄に丁寧に"ちょっとここら辺の床は腐っていて危ないので、ジャンプしたりしてはいけません"って張り紙があるな」

 

 

アドルフがどうでも良さげな口調で、そんな追い打ちをかけるので、ドロシーは沈黙する。

自分が踏み抜いたのがトラップではなく墓穴である事を悟ったスパイの女がぷるぷると震えている。

一応、同性としては同情する部分が多分とあるのだが、普段、身体的特徴で煽って来る報いだと思えば、自業自得である。

 

 

 

だから、アドルフと一緒に思わず、鼻フンする。

 

 

 

「し、仕方が無いだろ!? こ、こっちは、ほら! アンジェと違って胸が器に沿って大きくなっていて!」

 

「悪いけど、私も別に無いわけじゃないから」

 

 

胸とは決して大きさだけでは無いのだ。

形が美しい事も十分に強さとなるのだ。多分。

傍付の少年があーー、と唸りながら、この話題に関しては目を逸らし、耳を閉じていたが、これは単に元王女であった私に対する配慮であって、ドロシー一人だったら気にせず再び鼻フンだったんでしょうね、と思う。

 

 

 

 

「あーーーもう。いいからとっとと引っ張────」

 

 

言葉を言い終わる前に、ドロシーの顔面が赤く咲いた。

比喩表現だが、実際に比喩では無い現象だ。

文字通り、ドロシーの顔面は赤面だとかそういった言葉で飾るには、余りにも赤く染まっていたからだ。

そう思った瞬間、即座にアドルフと一緒に壁際までバックステップで避難する。

すると

 

 

 

 

「ご、ごめんなさいーーーーー!!」

 

 

 

と、何やら実に聞き覚えのある声と共に、何かカコン、という音と共に風を切る音がしたと思ったら、床に生えているドロシーの上半身を連続して何かが着弾する音が聞こえた。

ぐちゃ、ばしゃ、ぐちょ、などと色々と生々しい音が途轍もなく響くのを聞きながら、アドルフはわざとらしく首を振って

 

 

 

「逝ったかドロシー…………束の間の共闘、楽しかったZ」

 

「Z、じゃねぼふぁ! あ、ちょ、やめ、がぼっ!」

 

 

赤く染まった顔面でツッコむが、もう一つのツッコミは一切やむ気配がないまま、ドロシーの顔やら体に赤いモノが飛び散っていく。

勿論、血では無い。

最初から気付いていたから、普通にドロシーを見捨てたのだ。

 

 

「トマトを大量に投げつけるなんて…………アルビオン王国の奇祭にあったかしら」

 

「服の洗濯と素材の事を考えなければ、何だかんだでテンションは上がりそうですね」

 

「お前らぁぁぁぁぁあああああああああああああああぁぁぁぁぁ!! 」

 

叫び声がトマトに飲まれるのを見届けた後、アンジェは顔を出さないまま、廊下の先にいる人物に声を掛けた。

 

 

「ベアト。裏切ったの?」

 

「う、うぅ………姫様が………姫様がぁ!」

 

 

半泣きになりつつも、ベアトが律儀に返事をしてきたので、とりあえず逆らえなかったのね、という理解を得た。

隣でベアトリス様…………と、顔に手を置いて、心底同情している少年はとりあえず置いといて、懐から手鏡を出して、どうなっているのかを見ると何やら廊下の向こう側には投石器の小型版みたいな物を複数置いて、そこから頑張ってベアトが手動でトマトを補充して投げている事が判明する。

 

 

 

「周到ね……………弾切れまで待つのが妥当かしら」

 

「それにしても、一体どこからあんなにトマトを………あ、人参まで飛んできた…………あ!? これ、さては姫様の野菜嫌いを失くそうと思って買い込んでは食べて下さいね? って渡していたベジタブルシリーズ! くっ…………やられた…………!!」

 

 

実はこの傍付、修羅場以外は役立たずなのかしら、という思考を封印しつつ、正直に面倒ね、という気持ちを前面に出し

 

 

 

 

……………ちせの方はどうなっているかしら

 

 

 

と、とりあえず少し現実逃避をする事にした。

あの子がいればどうにかなるというのに。

 

 

 

 

 

ちせは真っ白に燃え尽きていた。

勿論、別段、恐怖に震えていたから、とかではない。

ちせは余にも恐ろしいトラップに引っかかってしまい、絶望で膝を着いてしまったからだ。

 

 

どんな恐ろしいトラップかというと────暗号鍵だ。

 

 

数字を合わせて開く事が出来るというタイプの鍵。

その暗号鍵が私の目的であるぬか漬けが入った瓶を入れたケージに取りつけられていたのだ。

勿論、数字に関してはヒントが張り紙でまたもやご丁寧に説明されていたのだが、正直、ちせは面倒になったので、流石に小事だったから刀までは持ってきていないのだが、袖に隠していた小刀で鍵を断ち切ろうとしたのだが─────切れなかった。というか刃が欠けた。

 

 

 

「…………何という頑丈な物を…………」

 

 

これ程の労力はもっと別の事に使うべきでは無いか、という思考を封じた。

しかし、ならばもう正攻法で挑むしかないか、と思い、先程は適当に読んでいた張り紙に再び視線を向けて─────そこで真っ白に燃え尽きたのだ。

 

 

 

 

"ベートーベンの誕生日は何時でしょう"

 

 

 

べーとーべん? 何だそ奴は。

ベートー弁当の略か? ベートーってなんだ。

一応、フォローを入れれば別にちせの座学の成績が悪いわけでは無い。

そこは当たり前だが、スパイの手伝いをする以上、身体能力だけではなく多少の頭は必要であるのだ。

無学の人間がなれるものではない。

 

 

 

 

そう、確かにちせの頭は悪くは無い─────日本では(・・・・)

 

 

 

例え、ちせが日本では才気あふれる少女であったとしても、流石にアルビオン王国、否、外国に来てからまだ一月も経っていない人間が全ての知識を吸収しているはずがない。

今でも日本の習慣が抜けていなくて、周りからは変人奇人扱いされている事を少女は知らないが、ベアトリスはどうしたものか、と困っているのである。

 

 

 

 

つまり、何が悪いかと言うと─────この問題の出題者が勝ち目のない問題を選んだ、としか言えないのである。

 

 

 

そうしてちせは膝を着きながら、残りのメンバーにエールを送った。

 

 

 

後は頼んだ、と。

 

 

頼んだ仲間の内、一人は裏切り、一人はトマトやら何やらを受けて愉快な瀕死状態になっているのだが、知らない少女は仲間の頼もしさに委ね、絶望に落ちていくしか出来ないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




前書きにも書きましたが、新年あけましておめでとうございます。

今年も自分の作品で楽しんで頂ければ幸いです。



感想・評価などよろしくお願いいたします。


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case13:弱さの話


先に言っておく、この話をエロいと思った人の心がエロいと思います!!


 

 

アドルフは目の前で共犯者が赤く染まっていく光景をただ見ているだけであった。

 

 

物体がぶつかる度にぐしゃり、と柔らかいナニカがひしゃげる音と共に、上半身が衝撃で滑稽なダンスを踊る。

踊る度に体は赤く染まり、最早元の色が見える場所を探す方が難しい。

だから、アドルフは沈痛そうな顔で、十字を切り

 

 

 

 

「─────安らかに眠れ、ドロシー」

 

「まだ死んでないわがぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

何やら死体からツッコミが飛んできたが、即座に今度はキュウリが口に突っ込まれたので無視する。

ドロシーとて運動神経は悪くないのだが、如何せん、上半身が固定されていたら流石に難しいだろう。

せめて腕さえ使えれば防げるのだろうが、状態が不安定なのだろう。腕は攻撃を受けても床で体を押さえるようにしている。

つまり、万事休すという奴だろう。

 

 

 

「まぁ、別にドロシーがダメージを負っても構わないのだが」

 

「アドルフ。建て前はもう使わないのかしら」

 

「ドロシーですし」

 

 

テメェ! と叫ぼうとしたドロシーの顔面にレモンが叩きつけられ、とんでもない悲鳴が上がるが、どうやら攻撃手段は野菜だけでは無かったようだ。

しかし、何とかしようにもベアトリス様は恐ろしい程の手際で弾幕の感覚に間がほとんど開かないのだ。

何だかんだで、ベアトリス様もスパイの技能が無くてもスパイになっているお方だ。

決して無能でも無ければ、不器用でも無い、

 

 

 

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいーーーー!!」

 

 

涙を溢しながら、弾丸と投石器…………のようなものを操る姿にはそうは見えないが。

 

 

「しかし、現実的にどうしましょうか。見捨てて三階に行くにもここの階段は3階行きが崩れてますし」

 

「一応、腐れ縁だから流石にドロシーを見捨てるのは悪いわ」

 

という事はやはりベアトリス様を何とかしなければいけないという事だ。

しかし、言葉で落ち着かせようにもベアトリス様は今は半狂乱っという感じで動いている為、まともに会話が出来るとは思えない。

となると物理的に止めるしかないが、この野菜やら何やらの弾幕の中、突っ切ると

 

 

 

「服の洗濯が面倒ですね」

 

 

何か言おうとしたドロシーの顔面にじゃがいもが激突するのを尻目に、ベアトリス様自体を止めるのは諦めておく。

そうなるとやはり狙いはあの小型投石器を止めるのがいいだろう。

銃があれば楽なのだが、今日は姫様のレクリエーションの為に持っては来ていないし、何よりこの距離で外すような訓練はしていないとはいえ、流石にベアトリス様がいる場所に向かって撃つのはしたくない。

さて、どうしたものか、と考えようとして、目に付いたのはそこらに落ちている壁の一部だったと思われる木材やら石である。

その中には中々、大きくて硬いモノがあるのを見ると、一つ思いついて─────舌打ちした。

途轍もなくやりたくなくなるが、しかし、現状、これが一番楽で且つローリスクである事を考えるとやらないのは合理的ではない。

そう考えながらも二度目の舌打ちをしつつ、石を拾い、アンジェ様に頼んでベアトリス様の方を手鏡で見せてもらう。

流石に専門では無いので、成功するかどうかは賭けではあるが、失敗してもドロシーが延々とダメージを負うだけなので無問題である。

というか手品のようなものだから、上手くいくかなぁ、と思いつつ、アンジェ様にも一応、目配せをして────石を放った。

 

 

放った先は勿論、ベアトリス様でも無ければ、カタパルトでもない。

 

 

こんな小さい石ころ一つで壊れるような代物でも無いし、上手い事潰せるように投げれる程器用でも無いのでやった事は本当に単純だ。

壁に投げたのだ。

これで壁を破壊するとか夢みたいな行いでは無い。

さっきも言ったように手品のようなもの。

 

 

 

つまり、上手い事、回転と角度を合わせて壁で反射してベアトリス様の方に向かうようにしたのだ。

 

 

 

「え!?」

 

 

小さな石とはいえ何かが飛んでくるのにびっくりしたベアトリス様はやはりと言うべきか、体を硬直して、直ぐに顔をかばう。

が、実は反射はさせてもそんな勢いよく投げていないので石自体はそんなに飛ばない。

だから、それに気付く前に、投げて姿勢が崩れている自分の代わりにアンジェ様が即座に飛び出し、ベアトリス様が復帰するよりも早く投石器のようなものをひっくり返したのだ。

その行動を見届けつつ

 

 

 

「ちっ…………」

 

 

とつい口ぎたなくまた舌打ちをしてしまう。

たかが石を投げただけなのに、あの馬鹿を思い出しただけで苛立ちで再びぶち殺したくなる。

余計な事ばかり残しやがる、と思いつつ、とりあえずベアトリス様を止めれたので良しとする。

 

 

 

「ベアト。別に貴女を責める気は欠片も無いから、せめて落ち着いて」

 

 

実際は責める立場にいないから落ち着いてなのだが、とアドルフは目を逸らして思う。

実際、自分だったら間違いなく単にベアトリス様の立ち位置が変わるだけだ。

なので、俺にはベアトリス様を責めるつもりは一欠けらも存在していない。

そして、それは案外、アンジェ様も同じ気持ちだと思う。

でなければ、こんな茶番に付き合う筈が無いだろう、と思うので。

 

 

 

 

そんな風に思っていたから、アドルフは完全に油断した。

 

 

 

 

 

 

アンジェは目の前の少女の瞳から何やら光が消えたのを見た。

 

 

ベアトは何やら両肩から力を抜いた完全な脱力態勢で、見た目はもう降伏寸前の兵士にしか見えないのだが……………何やら異様なプレッシャーを放っている。

 

 

 

 

何というか、その…………ヤケクソという感じの。

 

 

 

「う、うぅぅぅぅぅぅぅ…………で、でも………わ、私も姫様の侍女としてぇぇぇぇぇ………!!」

 

 

瞬間────ベアトが一歩こちらに踏み出した時、緑の光に包まれるのをアンジェは見た。

ケイバーライトと気付いた時にはベアトの足は地面から離れていた。

Cボール、と普段、使用している道具の名を脳内に浮かべるが、Cボールはプリンセスが持っていた、という固定観念が体を鈍くし、結果としてベアトに捕まり、自分も無重力の光に包まれた。

そして

 

 

 

「─────え?」

 

 

踏み込み進んだ状況で無重力になった影響で、私とベアトの体は自然とベアトからしたら前へ。私にとっては背後に進んでいく。

それはすなわち、背後に廊下に刺さっているドロシーの方に向かっていくという事で。

しかも慣れていないベアトが使っているから、超低空飛行で跳んでいるわけで

 

 

 

─────結果として完全な事故の形で諸に踵がドロシーの顎を跳ね上げた。

 

 

こう、完璧に入ったような足応えがするが、アンジェはそれに反応している余裕は無い。

何故ならベアトの勢いが止まらないからだ。

 

 

 

「ベ、ベアト!?」

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!」

 

 

駄目だ。

内側に理性が引き籠っているから、即座に理性を取り戻させるのは流石にスパイでも不可能だ。

故、そのままの向きと速度で浮き、しかも運が悪い事にそこには窓ガラス自体が存在しない窓があり

 

 

 

 

「─────あ」

 

 

 

アンジェとベアトはCボールの限界まで無重力で遊泳する運命が決定した。

不幸中の幸いと言うべきか。

ベアトがCボールの扱いを知らないから、高空に行く事は無く、真っすぐ地面と平行に飛ぶことになるのは。

 

 

 

 

 

 

 

「………………………えーーー?」

 

流石のアドルフもこの急展開には付いて行けず、完全な素の声が口から漏れる。

まさかベアトリス様がCボールを使って玉砕覚悟をしてくるのはアドルフにとっても予定外の攻撃だった為、完全に出遅れた。

お陰でアンジェ様も強制離脱。

その上、ドロシーは

 

 

 

「………………………」

 

 

完全に気絶していた。

しかし不安定な状況を胸で支えているのは、流石なのか、馬鹿らしいと言うべきなのか。

顔もちょいと乙女としてどうかというような顔になっているが、指摘する気も無ければどうでも良い事である。

とは言ってもアンジェ様も、途中で上手い事Cボールを略奪すれば何とかなるとは思われるが、それでも直ぐにとはいかない事を考えれば

 

 

 

「一人で進むしかないか」

 

 

 

やれやれ、という感じでドロシーは置いていきながら、ベアトリス様がいた場所の奥に無事な階段があったので、そこから登る。

3階は比較的壊れていない感じで、しかし、一つ逆側に何だろう? 寝室か何かっぽい、他の部屋よりは大きい扉があるから、多分、あそこかな? と検討を付ける。

普通に王道は外さないタイプの人なのだから、と思って前に踏み出すと

 

 

 

────何かが足首辺りに引っかかったと思った瞬間、顔の前を何かが通り過ぎた

 

 

具体的に言えば吹き矢で出された小さい矢のようなものであった。

鏃は当然、先が潰れておらず、やる気満々の形をしているのを見てとり、ふぅ、とアドルフは笑みを浮かべた。

大体、姫様の思考が読み取れる。

入口辺りでは遊び的な感じでちょっとした罠を作り、地下は知らないが、二階ではマンパワーも駆使したギミックを持って挑戦者を虐め────最後の最後にちょっと本気で作ろうかしら? と思ったのだ。

 

 

 

 

流石は姫様。何事も王道だから、罠も王道的且つ本気なのですね…………

 

 

 

瞳からハイライトが消えるのを感じながら、ポケットから手袋を取りだす。

ここから先は全力で行かないと、別の場所に逝きかねない。

ああ、でも大丈夫だ、アドルフ・アンダーソン。

 

 

 

お前の実力の半分は姫様の悪戯で培ったものだろう………!! 

 

 

一応、冗談なのだが、アドルフの脳内ではそうなっている今、アドルフの脳の残念具合は止まる事がない。

正気と格好良さを失くした少年には今や失うモノなんてないのだから──!!

 

 

 

 

「さぁ! 姫様! 全力でお相手します!!」

 

 

そうして叫んで踏み込み────何か、また余計な感触がしたと思った瞬間、目から星が生まれた。

理由は頭に落ちて来た金色の物体。

 

 

 

金だらいであった。

 

 

究極の王道を受けたアドルフは、その歴史の圧力に勝てる程、器が大きくなかったので、衝撃に縦揺れした脳は普通にそのまま落ちた。

 

 

 

 

惜しい。実に惜しい。

ここでドロシー辺りがいれば、"この出オチ野郎がーーー!!"と熱く叫んでいたのに。

 

 

 

 

 

そして完全沈黙した幽霊屋敷で、一人、3階のアドルフが倒れている場所に今回の勝者となった少女が現れた。

少女は、少年が完全に気絶しているか、どうかを確認した後──────少し赤い顔でクスリ、と嬉しそうに微笑んだ。

そして、少女はそのまま少年に向かって手を伸ばし─────

 

 

 

 

 

 

「ん……………」

 

とアドルフは目に当たる光で目を覚ました。

最初に視界に入る天井が自分の部屋とは違う物なので、一瞬、拉致監禁を考えたが、直ぐに気絶する前の記憶を思い出したので、なぁんだ、と思う。

目覚めたのはどうやら月明かりが上手い事窓から差して、目に届いたからか、と思い、欠伸をする。

そして気付く。

 

 

 

 

何か、体が…………というか上半身に温かくて柔らかいモノが…………?

 

 

布団にしては柔らかすぎると思って、下を見ると姫様だった。

 

 

姫様だった。

 

 

姫様だった。

 

 

 

 

姫様だった。

 

 

 

 

「─────────$#%&*!!?」

 

 

言語化出来ない言葉が口から漏れて、思わず、腕を動かそうとして

 

 

 

「…………ガシャン?」

 

 

という擬音が腕から聞こえ、嫌な予感と共に視線を上に向けると手錠でベッドに繋がれていた。

ベッドシーン手前にしか見えない状況に、思わず真顔になっている間に

 

 

 

「あ? あるふぅーーー?」

 

 

と、やたら甘い声と共に、先程は頭頂部しか見えなかった姫様が顔を上げる。

先程と衣装は変わらず、青い瞳を潤ませ、顔を赤く染め上げている姫様に流石に唾を三回ほど飲む結果になる。

見た目は間違いなく年相応の少女なのに、ここまで妖艶な雰囲気を出せるのかと思うと女の神秘を見た気分である。

同じ事をちせやドロシーがやっても全く興奮しないと思うが。

いや、そうではなく!

 

 

 

「な、な、な、何をやっているんですか姫様ぁ!!」

 

 

つい反射で両腕を動かそうとするが勿論動かずガチャガチャ鳴るだけ。

だけど、姫様はこちらの抗議を全く聞いていない感じでうーーーーん? と一度首を傾げ

 

 

 

「あーーーーるふーーーー♪」

 

 

 

と頬と頬をくっ付けに来た。

 

 

 

「───────」

 

 

一瞬、間違いなく加熱で脳が落ちたが、再び立ち上がっても姫様がまるで超懐いた犬のようにこちらに頬でスリスリとしてくるので、つまり理性が一秒ごとに巨大ハンマーで叩きのめされている。

理性が木端微塵になるまで数分と診断するが、そういう意味では両腕が塞いでいて万歳! ─────でも男性としての本能まで防げるかまでは間違いなく保証できない。

この状態で起動シークエンスになったら軽く見ても処刑確定である。

罪状は不敬罪だろう。

だけど、それにしても

 

 

 

幾ら何でもこれはおかしい……………!!

 

 

確かに動物に例えれば姫様は実に犬っぽいけど、その在り方は正しく王女の振る舞いであり、その自制心は己など太刀打ちが出来ない程の強さだ。

そんな少女が、こんな風に甘え剥き出しで甘えて来るなんて事は無い。絶対ない。間違いなく無い。ああ、胸に乗っかる様に潰れる柔らかさは実にあーーる──────じゃない。

だから、何か原因があると思って、現実逃避も合わせて視界を振り回すと、月明かりのお陰で照明もない部屋で一つだけ小さなテーブルの上に古さを感じさせない代物があった。

 

 

 

それはワインボトルであった。

 

 

危険自体に遭遇した脳は即座にトップスピードで真実を見つける。

あれは恐らくドロシーが奪われたというワインボトル。

一本と言っていたはずが、何故か3本くらいあるが、別にドロシーのなのだから幾ら奪っていても構わない。

問題は、だ。

 

 

 

問題はそのワインボトルの内、約2本半程が空いているという事実がいけないーーーー!!

 

 

 

「あ、あ、あーーーーーーーー!!?」

 

 

先に言っておくが、姫様は別にお酒が途轍もなく弱いというわけではない。

社交界に出る以上、アルコールは切って離せない道具の為、お酒は苦手であっても飲めないというわけにはいかないので、飲んでいる。

だから、決して姫様は下戸では無い。

下戸では無いが……………当たり前の常識として、当然、量を飲めば酔うのだ。一部の例外を除けば。

つまり、今、この少女は、単純に酔うレベルまで飲んで、理性やら野性やらを解き放っているという事だ。

 

 

 

通りでずっとハイテンションなわけだ……………!!

 

 

流石に幽霊屋敷に行くまでは飲んでいなかっただろうが、もしかしたらこちらに俺達が到着する前にちょっとずつ飲んでいた可能性はある。

それで俺達が3階までたどり着くまでに暇だから、飲んだっという感じかもしれない。

 

 

 

「は、はは………」

 

 

つまり、今、無敵ビーストモードを止める理性の鎖は無いという事実に直面しなければいけないのだ。

SI・NE・RUと脳内で言葉を浮かべ

 

 

 

「ひっ!?」

 

 

耳たぶを優しく噛まれ、現実に帰還する。

これは不味い。

流石に不味い。

普通に不味い。

激しく不味い・

これに比べれば藤堂いずななどそこらの一般ピープルである。

とりあえず、どうにか姫様を押し止めるしかない、と考え、しかし腕が動かない状態でどうやって押し止めるべきか、と思う。

 

 

 

足で止めるのは流石に不敬………!!

 

 

現状も十分に不敬だが、足で王族を止めるなど累積罪にしかなるまい。

体勢を変える事も考えたが、姫様は諸に上半身に乗っかっているから、ここから姿勢を変えるのは難し過ぎる。

となると、もう口しか扱える物はないのである。

 

 

 

「ひ、姫様! ストップ! ストップです! 流石にこれは、その、色々と法に触れています!!」

 

 

この場合、どっちが法に触れているか、という考えは空の彼方に放り捨て、とりあえずそんな事を叫ぶ。

聞いてくれ、という願いが届いたのか。んーーーー? と焦点の合っていない瞳でこちらを見たと思ったら、ふにゃりと笑みを浮かべ

 

 

 

「法律みてないわーーーーー」

 

 

と言って、頭をぐりぐりとこちらの胸板に押し付けるのであった。

多少のくすぐったさとふわりと女の子特有の甘さが嗅覚を諸に打撃するので、理性崩壊のカウントダウンが加速する。

法律見ていない、ならいいんじゃないか、という本能の囁きを、崩れかけている理性で必死に振り払ないながら、どうにかせねば、と考える。

 

 

 

そう、以前、こんな風に酔っぱらわれた時、どうした?

 

 

確か、そう社交界の場だったし……………何よりも己の正体がばれたら死ぬというストレスから少し多めにお酒に頼ろうとしたのだろう。

それ故に、唐突に何時もの姫様とは違う、無邪気な赤ら顔で甘えようとするから、これは不味いと思って、即座に気分が悪くなったとでっち上げて、その場からぐずる姫様が何故かボトルから手を離さないからそのまま肩を貸して何とか連れ去り、とりあえず個室にまで連れていって──────その後、ベッドに押し倒されたのだっけ?

 

 

 

進歩ねえーーーーーー!!!

 

 

己の成長の無さを嘆くが、今は仕方がない。

そして、その後、どうなったか、を脳からひねり出す。

確か、そう、出来るだけ穏便に離れようとしても、ゴロゴロ、と猫のように、あれ? 犬のように? くそ、耳と尻尾が現実と過去の姫様に見て、どっちが適切かどうかを議論しそうになる。

いや、とりあえず、それでどうすれば、と悩んでいたら…………そう、そのまま未だ手に持っていたボトルにあった中身を更に飲んで───それで眠ったのだ。

 

 

 

─────それだ!!

 

 

酒で起きた原因は酒で解決。

余り褒められた解決法では無いが、このまま理性を引き千切るよりかは遥かにマシな選択なので、とりあえず、さっきからこっちの首元を舐めようとして、色々な意味でぞくぞくしながら、打開策を口に出す。

 

 

「ひ、姫様? ど、どうせですからもう少しお酒を飲みませんか? ほ、ほら。中途半端に残っているのでどうせならもう全部飲み切ってしまいましょう!!」

 

「えーーー? うーーーん、でも喉もかわいたからいいわねーー」

 

 

驚くほど、あっさりとこちらの言葉に頷いてくれて、内心でガッツポーズを取る。

うーーーん、と何故か自分の体から降りずに頑張ってテーブルの手を伸ばす姿はこんな状況でも無ければ可愛らしい、と考えれるのに、とは思うが、とりあえず無事にワインボトルを取ってくれたからいい。

そしてえへへーー、と笑いつつ─────一気飲みを始めた。

 

 

 

「まっ……!?」

 

 

飲んで欲しいとは思っていたが、何もそんな一気飲みをして欲しいとは思っていない。

そんな一気に飲んだら健康に影響が出るのではないか、と思い、制止しようと持ったが、既に遅く、あっという間にワインボトルは空になり─────そこで何故か幾らかは頬を膨らませて少女の口内に残っていると気付く。

それを指摘する前に急に少女の手がこちらの頬を挟み

 

 

 

そのまま少女の唇がこちらに無遠慮に重なった。

 

 

 

 

「────────────」

 

完全完璧に脳が停止した今、少女から渡されるワインを拒める余裕は当然0である。

オートで口内に満たされるワインを飲んでいくが、味何て一切感じれない。

むしろ、ワインなんてついでと言わんばかりにこちらの口内に入って来る舌の方が非常に存在感があって─────

 

 

 

「───────────あ?」

 

 

何時の間にか少女がこちらの顔から離れて、ペロリと口から零れたワインを舌で舐めとっている光景だった。

間違いなく、記憶が寸断されているので、一瞬、意識が落ちたと思われるが、余りの現実感の無さに感情も言葉も思いつかない。

 

 

 

ただ、少女の青い瞳がこちらを見ている。

 

 

 

思考は完全停止するが─────────その代り酷く醜い欲望だけが身を掻き立てる。

理性によって無い物として扱っていた欲望が、目の前に欲したモノがある、と大いに喜ぶ。

獣のような情動だけが、空っぽの頭を埋め尽くし──────止めるはずの理性が消えようとした時に、視界に映る少女の唇が動いた。

 

 

 

「──────────」

 

 

言葉ではなく唇だけが動いた故に、当然音は無い。

だけど、多少の読唇が出来る自分は無意識的にそれを読み取ってしまい、思考所か欲望も一瞬、沈黙する。

 

 

 

 

そして、その言葉がスイッチであったという感じで、少女はそのままふらりとこちらに倒れこんだ。

 

 

 

「─────────あ、ちょ、姫様?」

 

 

少女が倒れる、という事態でようやくアドルフという人間性(りせい)を取り戻す。

直ぐに少女の口から寝息が漏れるのを聞いて、寝ただけかと安堵する。

安堵はしても、逆に理性が取り戻された事でさっきの行いを何度も頭に再生しそうになる羽目になるが、とりあえず、あれは酒、酒、酒と振り払いつつも少女が最後に漏らした言葉について考えてしまう。

少女が漏らした言葉はある意味簡単で、そしてどうしようもない言葉だった。

 

 

 

─────どうすればいいの?

 

 

まるで迷子の幼子のような言葉。

素面では間違いなく言わない弱音を、空からたった一つ落ちた雨粒のように自身に降り、そして溶けていった。

何についてをどうすればいいのか、と問うたのだろうか。

壁を取り払う事か、王女になる事か。

幾らでも思いつく事が出来る。

が、思わず思い浮かぶのは言ってくれればいいのに、という浅ましい恨み言だった。

少女が望むのならば自分は何でもするし、何を代償にしても構わない。

だから、言葉にしてくれれば……………とは思うが、それと同時に自分は余りにも無能であるという事実がある。

 

 

 

自分に出来る事は暴力だけだ。

 

 

それ以外は何も価値を持っていないし、姫様に合う力なんて持っていない。

だから、少女を苦しめる要因を取り除くことが自分には出来ないから溜め込んでしまっていたのではないか、と思う。

そう、前にこんな風にお酒を飲んだのもストレスが溜め込まれていたからだった、という事を考えれば今回も同じだったのかもしれない。

 

 

 

「くそ…………」

 

 

今は無邪気な寝顔で寝ている少女の姿を見ながら、アドルフは神であり、世界であり、そして自分を憎んだ。

 

 

 

こんな小さくて、儚い少女に責を負わせてるのが余りにも憎い、と。

 

 

 

「……………さて」

 

自己嫌悪をしながら、アドルフは現実に思考を帰還する。

何故なら、姫様無敵ビーストタイムは何とか解除できたが──────未だ少女が自分の体の上で眠り、その上、自分の両手は拘束されているという現実(げんじょう)があるのだ。

 

 

 

「……………………」

 

 

当然だが、拘束は自力では解けないのだから、第三者の手を借りるしかない。

だが、そこで更に現状が俺の首を絞める。

 

 

 

 

個室で、拘束された傍付が、寝ている姫様に押し倒されている光景─────

 

 

最悪、己の名誉が穢されるのはいいが、この状況だと姫様にも降りかかりかねない。

ちせがどうなっているかは謎だから計算には入れられないが、最悪、この現場をドロシーが見るかもしれない、という危険性があるのだ。

 

 

 

 

とりあえず、アドルフは後で撃ち殺されるのを覚悟でアンジェ様が最初にこの部屋に来てくれることを祈るしかない。

 

 

 

こんな所でも他人任せか、と思いながら、とりあえず少女の眠りが安らかである事だけが救いであった。

 

 

 

 

 

 

 




いえーーーーい!! 悪役+姫様ご乱心ーーー!!!

ゴホン、失礼しました。


まぁ、こうなったのは一つはまず病院の時に自身の感情を抑えられなかった事ですね。
恋心暴走気味の姫様は当然、ストレスが重なり、且つ自分の願いも並行してみなければいけない。
そして駄目押しの酒。


つまり、これ程のデレデレ且つ自制心の無い姫様は悪役の設定+ストレス+今までの反動+酒があってようやく鋼の自制心に綻びが見えたという感じです。


ともあれ、余り長々しい挨拶もあれなのでこの辺で。
次回は姫様のこういった部分の意識改革話で、つまりまたオリジナルですーー。


感想・評価などよろしくお願いいたします。


いやぁ、ここまで冒険したのは初めてですよ…………………


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case14:想いの重み

 

 

 

 

 

「─────様?」

 

 

唐突な言葉に、プリンセスは目が覚めたような感覚で、現在を知覚した。

 

 

 

「────────え?」

 

 

教室………………のようだ。

クイーンズ・メイフェア学校の教室の一つ。

授業が終わった直後なのか、クラスメイトは思い思いに動いている中、私は自分の席にポツンと座っていた。

でも、それを知ってもまるで実感が湧かない。

何故か私にはそれが映画で言えばコマが飛んだような感覚を得ていたからだ。

そんな違和感に苛まれる中、しかし、急に視界の中心に表れたベアトの顔が、こちらの思考をクールダウンさせてくれた。

 

 

「ど、どうしました? 何か、とても驚いた顔をなされていましたが……………」

 

「………………いえ、いいえ。何も、その、つい、ボーっとしちゃって。ごめんなさい、ベアト」

 

 

頭をもたげるような違和感を、しかしベアトには何故か告げる気が起きなくて、咄嗟に隠してしまう。

そうですか? とこちらの顔を見つつ、首を傾げる侍女の姿を見ながら、大丈夫と微笑みながら

 

 

 

「どうしたの? ベアト。またその子がボーっとした?」

 

 

と、自然な装いでアンジェがこちらに向かって歩いてきた。

それに、苦笑いを浮かべながら─────また強烈な違和感が発生する。

アンジェの姿には別に特に不審な姿は無い。

姿格好には何もおかしな所もないし、間違いなくアンジェ本人だと断言出来る。

でも、何故か違和感は消えず、それが表情に出ていたのか、アンジェはこちらの顔を見て──────笑みを浮かべながら(・・・・・・・・・)

 

 

 

 

「どうしたの? その顔──────変なアンジェ(・・・・・・)

 

 

 

 

「────────」

 

脳裏に突き立てられるような言葉を受け、しかし、プリンセスはああ、何だと苦笑する。

何ともまぁ、典型的且つ、浅ましいモノを見ているのだ、と思うが、覚めない以上、仕方がない。

だから、私は苦笑のまま、何も思う事はなく

 

 

 

 

「何でもないわ…………シャーロット」

 

 

 

と、返した。

その言葉に、形作られた二人は、まるで本物のような表情を浮かべて、変なアンジェ、と笑った。

本当では得られない事が、まるでここでしか受け取れないみたいな光景に、流石に少し─────嫌気が差した。

嫌気の中、しかしふと、周りを見回した。

そこは当然、当たり前の教室の風景で、クラスメイトの姿しか見えない。

この二人がどういうロールなのかは知らないが、クラスメイトだとするのならばここにいる、という事は解るが……………探しても、"彼"の姿はどこにも無かった。

 

 

 

 

─────それがとても寂しかった。

 

 

 

 

 

それから私はアンジェとベアトと共に、遊んだ。

買い食いをしたり、服飾店で服を着たり、アクセサリーショップでアクセサリーを見たりして、楽しんだ……………と思う。

断言出来ないのはやはり自分の感覚が甘く、また時の流れや行動が速かったり、ぶつ切りである為だろう。今だって何時の間にか喫茶店の外の椅子で紅茶を飲んでいるが、何時のまにこの店に入って、紅茶を頼み、そしてアンジェとベアトと別れたのやら。

まぁ、もうネタを隠す必要も無いからはっきり口に出そう。

 

 

 

 

「───────変な所が曖昧な"夢"ね」

 

 

 

 

 

勿論、寝ている時に見る夢だ。

だからこそ、アンジェは私の事をアンジェと呼び────笑う。

この調子だと、もしかしたら私はプリンセスではなく─────更には壁も無いアルビオン王国なのかもしれない。

まぁ、それは何とも

 

 

 

 

「───────都合のいいユメね」

 

 

 

と、私は笑い

 

 

 

 

「───────そしてとっても淡いユメね」

 

 

 

と返される言葉があった。

声がした方を向くと、そこには何時の間に座っていたのか。

一人の少女が紅茶を飲んで座っていた。

誰、と言うまでもなかった。

何故ならその顔も姿も余りにも見慣れていて、同時に目の前で見るのは鏡以外では初めての事。

 

 

 

「──────驚いたわ。もう、ここまで来たら喜劇ね」

 

「そうね。とは言っても─────滑稽さは得れても、笑いを取れるかは謎ね」

 

 

 

そう言って、私は曖昧な笑みを浮かべ─────向こうの私は透き通った笑みを浮かべた。

自分と対話する自分なんて、夢じゃ無ければ頭が狂ったとしか言えない状態を、心底馬鹿みたい、と思って受け入れる。

だって、夢なんだから法則もルールもあるはずがない。

それに同じ顔をした人間と喋るのは慣れているのだから、そういう意味では余り驚く事ではない。

 

 

 

「夢を夢として自覚したまま、私と話し合うなんて十分に起きたら皆に伝えられる笑い話だと私は思うけど?」

 

「ドロシーさん辺りは笑ってくれるかしらね─────でも、どうだった? "アンジェ"? 貴女が夢見た世界は」

 

 

姫様でもプリンセスでもなく、アンジェ、と私を呼ぶ私………………途轍もなくややこしいので暫定的に敢えて少女の事をプリンセスと呼称する事にする。

プリンセスの笑みは最初と同じで透明な笑みだ。

私の顔なのに、何を考えているのか一切分からない。

夢の中なのに、どうして一番ディテールに拘っているのが、自分の形をした夢なのかしら、と思いつつ

 

 

 

「そうね……………確かに素敵ね。これが夢じゃなかったら、もっと素敵だったのでしょうけど」

 

(わたし)に皮肉を言われてもね。ちなみにドロシーさんとちせさんが居ないのは、あくまで貴女とシャーロットが一般人で、且つ壁が無く、貴族主義もなく、平和な世界であるという仮定だから、二人とはそもそも巡り合う事は無いからよ」

 

 

それでも、続きを見るのならば、二人共会えるかもしれないけどね、とプリンセスは紅茶を飲む。

そう、と私は余り興味なく返事をする。

だって意味もない仮定だ。

再び同じ夢を見るのも天文学的確率だが、見た所で起きれば消える雪のような世界を、何度繰り返した所で得れる事がないものをどう扱えというのだろうか。

 

 

 

それに、と思う。

 

 

さっきからプリンセスが意図的に避けている存在。

ドロシーさんとちせさんについては言及しながら、敢えて外し、それでいて今の所遭遇していない一人の傍付の存在の事。

夢だから、意味ないけど、とは思うけど、中々起きないから仕方くなく、暇を潰すという意味で訊ねてみた。

 

 

 

「アルフは? アルフとも会えるのかしら?」

 

 

どうせ夢だと言うならば、やっぱり彼とも会いたい。

その程度の希望のつもりで言って見たのだが、プリンセスはああ、と透明な笑みを浮かべたまま

 

 

 

 

 

「彼には会えないわ」

 

 

 

完全な否定の言葉を吐いた。

夢にしては明確な形に残りそうな言葉を言われ、思わず眉をひそめる。

 

 

 

「どうして?」

 

「だってそうでしょう? アルフと会うにはシャーロットがプリンセスであり、そして貴女とシャーロットが入れ替わる事によって初めて貴女は彼に会うことが出来るの」

 

 

 

確かに、それはその通りだが、夢に通りを説かれるなんて、それこそ喜劇以外の何物でもない。

嫌な夢を見てしまった、と少し嫌気が差す中、でも、いいじゃない? とプリンセスがわざとらしく立ち上がり、初めて少し夢らしくない、普通の笑みを浮かべて

 

 

 

 

「その代り、ここは貴女の望みが叶った世界なんだから。貴女はシャーロットとベアトと一緒に学校生活を楽しみ合い、心底から笑い合える。それでいて民は壁に悩まされる事なく、貴族主義の弊害さえ取り除かれた世界。誰もが笑い合って、誰もが幸福でいられる理想郷(ユートピア)──────ほら、何の不満も無いでしょう?」

 

 

 

照明を当てられたヒロインのように私に演説をするプリンセスを見る。

しかし、私にはヒロインというより道化の振る舞いにしか見えず、持っていた紅茶を置き─────大いに不満がある事を告げる。

 

 

 

 

「───────でもアルフがいない。たった一つでも、欠けている以上、理想郷には程遠いわ」

 

 

 

詰まらない夢。早く目覚めて欲しい。

何が理想郷だ。

夢である以上、崩れ落ちるのもそうだが、少年がいない世界を指差して完璧な世界とは笑わせる。

理想を謳うならば、せめてここにアルフを連れて来て、そして幸福に生きる少年の姿を見させるくらい出来ずに、何が理想だ。

だから、本当に下らない夢、と思って、付き合うのは止めて、覚めるまでボーっとしておこうか、と思って、

 

 

 

 

「───────それはおかしいわアンジェ。だって貴女は彼じゃなくてこちらを選んだじゃない」

 

 

 

思わず、私の形をした少女の方に視線を向ける。

プリンセスは先程までの笑みを完全に消した無表情で、まるでこちらの言葉を間違いの解答だと叱り付ける教師のような形で

 

 

 

「貴女は危険で、難しくて、都合のいいユメを成就させる事を優先した。彼の事だけを夢見るのじゃなくて、彼を己の夢に巻き込むのを選んだ──────矛盾よアンジェ。貴女は彼よりも国と約束を選んだのに、どうしてそれが叶った世界で彼を望むの?」

 

 

指摘される言葉に、私は確かに苦虫を嚙み潰したような顔をした。

確かにプリンセスが言っている言葉は間違いではない。

何一つとして誤りもなく、受け止めなければいけない事実を身に刻みながら、しかし

 

 

 

「それは両立が出来る矛盾よ。私が何よりも望んだ世界(ユメ)だからこそ、アルフにもその世界で幸福に暮らして欲しい。何もおかしな事では無いわ。勿論、それはドロシーさんやちせさん、ベアトや……………アンジェにも言える事だわ」

 

 

そうだ。

幸福な世界だからこそ、大事な人がそこで幸せでいて欲しいと願う。

むしろ、それこそが私が望んだ事であり、夢見た世界だ。

独善的で、自分勝手な事だろうが、それを指摘され、弾劾されようが、その事については過去何回も悩み、しかし、それでもやると決めた事だから、何を言われても揺るぐ気はないつもりだ。

だから、夢の言葉なぞ気にする事ではない、と思い

 

 

 

 

「───────いいえ、おかしいわ」

 

 

 

だからこそ、まだ何かを言うのか、と若干敵意が籠った瞳を自分の鏡に向ける。

しかし、そんな事は何の障害でも無いという風に、私の姿をしたユメは弾劾を続けた。

 

 

 

「確かに私は会えないとは言ったわ──────でも、別にいないとは言って無いでしょう? つまり、彼もこの幸福な世界を甘受しているはずよ。なら、貴女の言う、大事な人だからこそ幸福な世界で暮らして欲しいっていう願いは叶っている状態よ」

 

「────────」

 

 

一瞬、プリンセスの言葉に飲み込まれる。

だけど、直ぐにかっ、となって立ち上がり

 

 

 

 

「でも! そんなのは幻じゃない!!? この幸福な世界も! 貴女も! そして今、ここで怒っている私も!! 起きれば全部消えるだけの夢!! 意味も価値も残りはしない場所で、そんな事を喋っても意味がないじゃない!!」

 

 

何て馬鹿らしい。

夢に怒りだすなんて、笑い話になるのかどうかも妖しくなってきた。

たかが夢だ。

起きれば消え、記憶に残るかどうかも怪しいうたかた。

目の前の自分の姿をした少女の言葉なんか、どうせ夢なんだから、で無視すればいい事だ。

こうして反応している私こそが一番馬鹿らしい、と思いつつ、怒りの感情を消せないまま睨む。

しかし、プリンセスはこちらの言葉と怒りに、ゆっくりと首を傾げ

 

 

 

 

 

「───────じゃあ現実にも有り得るかも(・・・・・・・・・・)しれない仮定なら(・・・・・・・・)意味は有るのね(・・・・・・・)?」

 

 

 

 

「…………………え?」

 

と疑問を呟いた時には世界は一変していた。

唐突に私は大量の民がいる広場に立っていた。

人々は不思議なくらいの熱気と熱狂でこちらを讃えるかのように叫んでいる。

何故? と思いながら、周りを見て見ると自分は広場の中心の木で組まれた足場に立っていた。

それ自体は別にどうでもいいのだが、問題はその上にある最も印象的な道具が問題であった。

 

 

 

 

木で編まれながらも、そこに吊るされた武骨で鋭い刃──────ギロチンと呼ばれる処刑道具であった。

 

 

 

勿論、別に私がそこに固定されているというわけでは無かった。

しかし、だからいいという事にはならなかった。

 

 

 

 

何故ならば、まるで私の代わりと言わんばかりに首を固定され、ギロチンによる処刑を待つだけの姿勢となった誰かがいたから。

 

 

 

 

「───────いや……………」

 

 

待って。お願いだから、これは違うと言って欲しい。

服装は簡素な物だから見覚えが無いし、顔所か髪すら見えないから、上手く個人を確定するのは難しい─────────けど、その背中は余りにも見覚えがあり過ぎる形だった。

 

 

 

「さぁ、ここで選択」

 

 

ふわり、とまるで空から現れたような唐突さで、プリンセスが現れる。

その場所はギロチンの刃を固定する為のロープが張られた場所。

そんな場所で、私の姿をしたユメは周りを示すかのように腕を開きながら──────片方の手にはナイフが握られていた。

 

 

 

 

途轍もなく冷たい汗が、背筋に流れたような気がした。

 

 

 

 

「ここは貴女が遂に夢を叶えてめでたしめでたしの大団円を迎える手前の場。しかし、ここで貴女は決断しないといけない。ここで   を処刑しないといけなくなったのです。罪は貴女の代わりに国家反逆罪を背負ったから。それはとても賢明で正しい判断─────だって貴女はこれからのアルビオン王国の未来を受け持つ王女。だから、代わりにどうでもいい誰かが罪を背負って、誰も彼もの幸福の礎になるの。法外な奇跡だと思わない? たった一人の命で、貴女は夢も未来も得れるのだもの──────どっちを選ぶ?」

 

 

 

クスリとプリンセスは笑う。

私は何も笑えない。

別に私とて全てが綺麗事で叶えられるとは思ってもいない。

実際、十兵衛の事件では日本の暗殺者が死ぬ所を見たし、あれを他の誰かが殺したから自分は手を汚していない、と思うような卑怯者になったつもりもない。

だから、確かにそれが人一人の命で総てを叶えられるのならば、正しく法外だろう。

 

 

 

 

だけど(・・・)()都合よく聞こえなかっ(・・・・・・・・・・)た所に誰の名を入れた(・・・・・・・・・・)

 

 

 

聞き逃したでは済まない名前だと思うのは、今、目の前のギロチンに固定された背が、背が、背が──────ずっと見て来た背だと記憶が告げているから。

かちかちかち、とどこかから音が聞こえる。

それが自分の歯の音だと気付く事が出来ないまま、私は顔を砕こうとするかのように手で抑えながら、やめて、と声にならない音を口から漏らした。

しかし、それを嘲笑うかのようにプリンセスはとっても綺麗な笑みを浮かべて

 

 

 

 

 

「ほら──────貴女の夢が叶った」

 

 

 

ロープ、が、切断

 

ギロチン、が、まるで、時が、動き出した、かのように、揺らぎ

 

刃は、一直線、に、落ち

 

 

 

 

ぶちり、とナニカが千切れる音がした

 

 

 

 

 

「────────────────!!!!!」

 

 

 

脳まで引き千切りかねない音を、口から吐き出した。

夢の中だからか、そんな感触はしないまま、だけど、漏れた絶叫が周りの人達を止めた。

しかし、そのせいで千切れたナニカが地面を転ぶ音が良く聞こえてしまい、それをかき消すように口からは絶叫を、手は耳を頭ごと潰すように押すのだが、まるで耳に直接こびり付くような音は掻き消えなかった。

そして、また、プリンセスの声も、するりと潜り込んだ。

 

 

 

 

「おめでとう、シャーロット(・・・・・・)。今、貴女はアンジェとの約束を果たし、人を、民を、国を救ったわ。神様でさえ喝采を上げる大団円ね」

 

 

 

大    団    円

 

 

この結末を、ハッピーエンドだ、と誰に憚る事無く宣言するユメに───────一瞬で頭が焼き切れた。

 

 

 

 

「──────────違う!! こんなの、私が望んだユメじゃない!!」

 

 

そうだ。こんな光景何て、一欠けらも望んだ事が無い世界だ。

私は、ただ、王国の人達が少しでも平等で、己の生まれた地に、誰に憚る事無く帰る事が出来て─────そして、そんな場所で大事な人達が笑って幸福に暮らして欲しいと願っただけだ。

断じてこんな形を夢見たわけじゃない。

それに

 

 

 

 

「ご都合主義よこんな物は!! 私の大事な人が一人死ぬ事で誰も彼もが上手く行くなんて機械仕掛けの神様(デウスエクスマキナ)もいい所! こんなのはそれこそ夢のまた夢よ!!」

 

 

こんな形で果たせるような現実なはずがない、と私は叫ぶ。

大体、国家反逆罪を彼に押し付けるなんて事がおかしい。

そんな形になってしまって彼に押し付ける位なら私が絶対に止めるし、ギロチンも己が受ける。

彼に全てを押し付ける筈がない。

そうして砕けそうになる心を、絶対にそうはならない、という否定で立て直そうとして

 

 

 

 

「あらそう? ──────そんなに言い訳が出来ない形が良かったかしら」

 

 

 

コツン、とプリンセスの足音が脳に染み渡る様に反響したかと思ったら、再び風景は一変していた。

 

 

 

「……………え?」

 

 

今度はどこかは分からないが……………どこかの脇道だろうか。

少なくとも大きな道ではなく、少し寂れたような家に囲まれた道を、私は覚えも無いのに走っていた。

そんな意味不明な状態だけど、それでも一つ大きく安心する事があった。

 

 

 

 

それは走る己を守る様に、私の手を握りながら、前を走る少年の背があったからだ。

 

 

 

「…………あ」

 

これが夢であると分かっていても、恐ろしい程の安堵と幸福であった。

だから、夢であると分かっている癖につい、アルフと呼びかけようとして

 

 

 

 

「さて、今回はさっきのが夢を叶えた後の事後処理なら、今回は夢を叶える一歩手前」

 

 

 

最早、忌々しさすら感じる自分の声と姿が、まるで幽霊のように走っている私達の横を、平行して浮かんでいた。

思いっきり私はそれを睨むのだが、睨まれる側は特に気にせず

 

 

 

 

「壁の粉砕は当然として、これまでの社会制度を保っていた人達は一網打尽。後は貴女が現女王の元に無事に辿り着けばめでたしめでたし。どう? 今度はさっきよりは現実的でしょう?」

 

 

 

それがどうした。

いいから、早く目覚めて、と思うが、未だ目覚める気配がない。

こんな悪趣味な夢を見るなんて、と自分に悪態をつきたくなるが、やはりプリンセスの言葉は止まらない。

 

 

 

 

「勿論、ベアトやドロシーさん。ちせさんやアンジェは今もどこかで貴女を助ける為に東奔西走中─────じゃあ、ここで分岐点」

 

 

何を、という疑問を、金属製の音が連続で構えられる音で意識を前に集中させられた。

目の前には何時の間にか現れた黒服の、それらしい人達が、ライフルを構えてこちらを狙っていた。

夢だからか、余り敵の顔や表情がはっきりと見えないが、それでもこちらを殺そうとしているくらいは勿論、分かる。

 

 

 

 

「だからこそ、それを妨害する追手が最後の最後に現れました」

 

 

 

酷く悪趣味な展開だ。

流石に、ここまでされて、言われれば次の展開は読める。

 

 

 

つまり、このまま無駄死にするか、彼を犠牲にするか。

 

 

 

どちらかを決めろ、と言うのだろう。

下らない選択肢だ。

何故なら選ぶまでもない。

先程のプリンセスの言葉を信じるならば、もう革命は一歩手前という状況だ。

ならば、私が欠けても最悪、アンジェがいる。

そして当然、彼が残る。

何も不安に思う事もない。

だから、当然の選択肢を選ぼうと口を開き────────ユメの口が先を告げた。

 

 

 

 

 

「そうなった場合──────彼はどうするでしょう(・・・・・・・・・・)()?」

 

 

 

今までの質問を裏切るような問いに、私は答えられなかった。

何故ならその前に、私は繋いでいた手を離され、そのまま力づく横に、路地の方に押されていたから。

勿論、それを行ったのは私でも無ければ敵でも無かった。

だから、それをした人は一人しか無く─────

 

 

 

離れた手。

 

 

遠ざかる背中が、視界からきえていくのをスローモーションで見てしまった。

 

 

 

「まっ─────」

 

 

何もかもを置いていくように疾走する少年に、必死に手指と声を伸ばそうするが、彼は余りにも速く──────そして聞きたくもない発砲音は私が地面に尻餅をつくよりも速かった。

 

 

 

 

「あ………あ、あぁ……………」

 

 

それだけで何も聞こえなくなった

耳が痛くなるほどの静寂。

結果がどうなったかなんて、頭を使わなくても理解出来る。

だけど、それをどうしても認められなくて、もつれる足を必死に動かして、路地から元の場所に出る。

 

 

 

そこには幾つもの死体が転がっていた。

 

 

全員が全員、殴られた様な感じで転び、凹み、血を吐いていた。

だけど、そんな事はどうでも良くて、ただ彼が無事である姿を見たくて──────当然のように壁に寄りかかって倒れている少年の姿を見つけてしまった。

 

 

 

 

「────────」

 

 

 

何時もの服を赤く染め、体には幾つもの丸い穴を開けながら、少年は死んでいた。

 

 

 

「…………………」

 

 

ふらり、と手が伸びる。

思考はほつれ、感情は取りこぼし、心が砕け散るような中、瞳に映る自分の手は勝手に少年の顔を挟む様に伸び──────触れても何の反応も帰って来ない事に絶望した。

 

 

 

 

(ユメ)が操作しているからこうなった─────なんて貴女は言う?」

 

 

背後から(ユメ)の言葉が響く。

呆然としている私はその言葉に───────否定の感情が一切湧きあがらなかった。

だって知っている。

私は知っている。

 

 

 

 

もしも同じような状況にあった場合、彼は間違いなく同じことをして、上手く行って生きるか、死ぬかのどちらかを選ぶ、と。

 

 

 

そうして何時も私を優先してくれる。

そうして何時も私の願いを叶えてくれる。

そうして何時も私の事を助けてくれる。

 

 

 

 

余りにも何時も通りで─────そして余りにも当然な結果であった。

 

 

 

 

「どうして泣くの?」

 

 

 

指摘されてようやく零れる物がある事を知るが、構ってはいられなかった。

ただ、私は震える両手で彼の体を抱きしめるだけ。

抱き返す事もなければ、何時も暖かった体が冷たくなっている事が痛かった。

 

 

 

 

 

「貴女は何時もユメを優先するのに、そして彼は何時もそんな勝手な貴女を優先してくれるのに」

 

 

 

 

彼の重たくなった手を無理矢理持ち上げ、私の頬にくっ付ける様にするが、彼はやっぱり何も返してくれない。

言葉も反応も、温もりさえも。

 

 

 

「ねぇ」

 

 

そうして、私は見上げる。

そこには

 

 

 

 

 

「───────貴女は結局何を望みたいの?」

 

 

 

──────これで良かったのだ、ととても満足そうに笑う彼の死に顔を見て、私は最後に泣き笑いのような歪んだ顔を作ったのを、虚ろとなった彼の瞳に映るのを見て──────全てが暗闇に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

「───────っあ」

 

 

唐突に瞳が開かれる。

視界に入るのは何時もの部屋の天井。

己の部屋で、自分は起きただけだ、という現実は直ぐに受け止めるが、息を荒げ、汗をかいている身体のせいで上手い事体を制御できていない。

必死の思いで上体を起こす。

布団が上半身が滑り落ちた途端に、ぶるりと体が震える。

汗が冷えたからだ、と思い、自分の体を抱きしめる様に腕を回し、そのまま膝を立てる。

 

 

 

 

最悪な夢だ。

 

 

 

支離滅裂で無茶苦茶で…………その癖、確かに真実を貫いているのだから。

全ての内容を詳細に覚えているわけでは無いが……………最後に見た少年の顔だけは覚えている。

とても満足そうな顔。

あんな道半ばで、先の幸福もあったはずなのに、まるでこれこそが至上の結末、と言わんばかりの安らかな顔。

 

 

 

 

「いや……………」

 

 

そんな顔を浮かべないで。

そんな事を思わないで。

どうして貴方は私を憎まないの。

どうして貴方は私を肯定するの。

 

 

 

「私は……………何時も、貴方から奪ってばっかりなのに…………」

 

 

 

思考が全く纏まらない中、ひたすらネガティブに陥る中、ずっと目を逸らしていた事実に直面する。

これが、ただの自己嫌悪である事も分かっているし、被害妄想に入っている事は承知している。

それでも思わずにはいられなかったのだ。

 

 

 

 

 

"私が貴方の選択肢(じんせい)を奪った"

 

 

 

 

そんなどうしようもない被害妄想を。

 

 

 




今回はシリアスです。

前々から言っていた、いわゆる姫様、原作回帰、つまり意識改革編です。

まぁ、うちでの言い訳、もとい設定を語るのならば、こちらは国の王女やアンジェとの約束もそうですが、少女としての己も浮き彫りになっている姫様なのです。
一人でいたはずの原作に、誰かがいたから、支えの代わりに少しだけ人間的に弱さを得ている姫様。


勿論、それ自体が罪だとかそんな事は絶対ないのです。
ただ、姫様の状況がそれを許さないからこそ苦悩している、という事になっているのです。


ですが、それだけで終わらせない! 終わらせませんぞ!!


というわけで次回もお楽しみにしていただければ幸いです。。


感想・評価など宜しくお願い致します。


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case15:たった一度だけを




このご都合主義を許してぇ!!(今回のテーマ


 

 

 

 

 

「──────プリンセスがいない?」

 

 

アンジェは朝早い時間に、心臓を破りかねない事実を、必死に隠しながら、目の前の全く隠せていない侍女の顔を見ていた。

 

 

 

「は、はい! あ、いえ……………その、正確には書置きだけを残して、姫様がいなくなっていたっていうのが正確なんですが……………」

 

 

そう言うと置手紙と思わしきものを差し出すので、それを見るとそこには

 

 

 

 

"ちょっと自分探し? をしてみます。探さないでね?"

 

 

などと、文面は非情にふざけた事を書いているが、まぁ、確かにプリンセスの字なので本人の意思で外に出たのだろう。

問題は今日は平日であるという事──────つまり、あの真面目で繰り返す事を常にしていた親友が、自分から歯車を狂わしたという事だ。

 

 

 

「……………この事は誰かに?」

 

「えっと……………一度、居ないかと思って寮の門辺りに向かった時、アドルフ様にはもう…………その後、即座にカバンを捨てて探しに向かわれて……………」

 

 

ああ、何でベアトがカバンを二つ持っているのかと思ったらそういう事か。

流石はプリンセスに関してならば、あらゆる事象と人物を後回しにするアドルフのフットワークである。

見習いたくはなるけど、同じ人間だけが集まれば穴も同じ事になるので、私はこれでいい、と思いつつ

 

 

 

 

「…………分かったわ。ベアトも出来れば探しに行って。私は学校にプリンセスとベアトの体調不良を伝えておくわ」

 

 

本当ならば自分も即座に探しに行きたい所だが、プリンセスの今まで必死に保ってきた努力を失わせるわけにもいかないだろう。

アドルフの分もやってあげたいが、流石に女子で、且つ、学校内では一応部活以外では知り合いでは無い私が伝えるのは周りに不審を与えるだろう。

そして後はドロシーとちせは信じられるとは思うが、一応周りにプリンセス不在がばれないように工作をしなければならない。

何なら一日、私が変装するのも有りだが、今度はそうなるとアンジェが不在、という事にもなるから、どうにかしなければいけないわね、と思う。

チーム白鳩には協力を願うしかあるまい、と思う。

そして最後に思うのは

 

 

 

…………プリンセス

 

 

あの子が今、どこにいるのか。

自分の意志だからと言って途中で誘拐される可能性もあるのだ。

無事でいて欲しい、とアンジェは表には一切出さないまま、切に願った。

 

 

 

 

 

 

プリンセスは本当に適当に歩きながら…………最後は見覚えのない、寂れた公園のような広場に辿り着いた。

 

 

 

「…………………やってしまったわ」

 

 

最低限の変装で帽子と眼鏡はかけてきたが、それ以外はもう何か無茶苦茶で出てきてしまった。

間違いなくアンジェとアルフとベアトは物凄く心配して、多分、色々と駆け回ったり、問題を解決したりしてくれる。

己の立場が今、どれだけ不安定か、理解しているはずなのに、こんな不用心な事をしてしまうなんて、それこそプリンセス心配だ。

溜息を吐きたくなるが、本当に吐きたくなるのは迷惑をかけた皆だろう、と思うと、溜息すら出すのが図々しく感じる。

 

 

 

「帰らないと……………」

 

 

そう口には出すのだが、足が今、座っているベンチから全く動こうとしない。

動こうとしない理由は分かっている。

 

 

 

怖いのだ。

 

 

 

アルフと会うのが。

もしも、今、出会ったら、アルフはきっと怒るよりも前に──────心底良かった、という顔を浮かべる。

それを見たくない。

夢の彼の死に顔と重なってしまうから見たくないのだ。

 

 

 

「…………………馬鹿みたい」

 

 

分かっていたはずだ。

この道を選んだら、最悪、大事な人が失われるかもしれないという事は。

それには当然、アンジェやベアト、アルフも入る。

己だけが失われる対象では無いのだ。

分かっていた。

否、分かっていたつもりだった。

拳を胸に当てて抑える。

 

 

 

 

そして一番、分かっていたつもりになっていたのは自分の感情だった。

 

 

 

あの藤堂十兵衛による暗殺事件でアルフに命の危機が迫った時、どうしようもなく胸が痛くて、代われるものならば代わりたいとと切に願った。

そして最後に、アルフに抱きしめられ、想いが籠められた一言を囁かれた時、自分の感情を制御していた自分を壊されたのだ。

結果が、病室。

欲しい。

とっても欲しいのだ。

億万の宝石があったとしても、少年の全てに比べれば石ころ以下であると断言出来るこの気持ち。

制御しようとしても制御出来ず、無視するには日増しに巨大になっていく。

 

 

 

どうして彼だけをそこまで想うの? と理性が問う。

 

 

どうして彼を想わないの? と感情が答える。

 

 

 

何て自儘な感情。

己の物なのに、まるで他人みたいに自分を振り回すなんて。

ずっと自覚はしていた。

だからこそ、制御出来ると思ったのに、今まで少年に無理矢理封じさせていた想いを聞いた瞬間に呆気なく崩れ去るなんて。

これからが大事な時だというのに………………何て愚かしい馬鹿娘。

はぁ、と今度こそ溜息を吐き出してしまうと

 

 

 

 

「おやおや………………どうしたんだいお嬢ちゃん? こんな所で一人、溜息を吐くなんて」

 

 

 

え? と思うと、何時の間にか目の前には少しだけ腰を曲げたお婆さんが立っていた。

何時の間に、とは思うが、さっきまでの自分の事を考えると他人の気配に気付ける状態では無かっただろう、と思うから不思議ではない。

故に、出来る限り、直ぐに表情を取り繕い、笑みを浮かべる。

 

 

 

「いいえ…………ちょっと散歩で遠出したので疲れたんです…………あ、お婆さんもここを座りに?」

 

「そう畏まらなくてもいいさね。公園のベンチは公園に来る者の共通の椅子さ。先に座っている事に文句を言う権利なんて私には無いさ」

 

 

見た目は普通のお婆さんなんだけど、言葉の節々に強気な所が出ているのに、むしろ好感を持てる。

きっと言葉に宿る誇り(つよさ)はこの人が生きて来た人生の証なのだ。

一切、後ろ向きの感情が籠められていない、素の言葉はどんな音色よりも美しく聞こえる、と思うのは依怙贔屓だろうか、と思いつつも、その意見を変えない。

 

 

 

「隣、座っていいかい、お嬢ちゃん」

 

「はい。ここは皆さんの共通の椅子ですから」

 

 

ほほっ、と快活に笑って隣にお婆さんは座られる。

自分よりも年上の人と接する事など多々あるが、こんな風に温かみがある接し方は経験が少ない、と苦笑していると

 

 

 

 

「それで? どんな男の子に泣かされたんだい?」

 

 

 

非情に鋭い核心を告げられて、思わずお婆さんの方を見ると、お婆さんはははっ、と笑い

 

 

 

 

「可愛い女の子が泣いている時は大抵、面倒な男が空気を読まなかったか、七面倒なプライドを振りかざした時だよ」

 

 

などととても力強い確信と共に告げられる物だから、ついそうなのですか? と問うと、そうなんだよ、と笑って答えられた。

 

 

 

 

「男っていうのはどうにも格好つけたり、女を一ミリであったとしても傷付けるのは良くないって考えたりして、余計傷付けたりするんだよ。あんたら一体何時そんなの学習したんだ、もしかして男だけでどっか別の学び舎に行っているんじゃないかって若い時は本気で疑ったねえ」

 

 

 

そうなのだろうか、とは思うが、結構共感できる。

何せアルフがそんな感じだ。

殺し合いは一度しか見ていなかったが……………そうでなくても普段の彼の守り方が自分一人が傷付けばいいから、私は無事でいてくれ、という形だからだ。

てっきりアルフだけの特性なのかと思ってたけど、お婆さんの言う事を信じるのならば、男子の習性なのだろうか?

少し本気で感銘を受けたが、でも、それでも顔は苦笑で首を振り

 

 

 

 

「違わないわけではないのですが………………むしろ私のせいで苦しめているのが……………」

 

 

辛くて、という言葉を飲み込む。

初対面の人に話す内容でも無ければ、自分を悲劇のヒロイン扱いしているのが許せなかったからだ。

しかし、状況としては唐突に口を噤んだだけなので、お婆さんはどう思ったのか、ふむ、と小さく頷き

 

 

 

 

 

「言いたくない事は余り聞かないようにしているんだけどね。だけどこれだけは聞いておこう──────お嬢ちゃんはそのままで大丈夫なのかい?」

 

 

 

大丈夫なのか、という言葉。

聞き慣れた言葉だ。

ベアトにアンジェ、アルフに何度も言われる言葉であり、私はその言葉に対して何時もこう告げていた。

 

 

 

大丈夫、と。

 

 

だから、私は何時も通り貼り付けた笑みでその言葉を言おうとして

 

 

 

 

「───────」

 

 

呼気だけで、言葉にならなかった。

それが答えなのだと、理解すると手が震えだす。

思わず、お婆さんから顔を背け、沈黙を貫くが、お婆さんも何も言わずにただじっとしている。

貴女の望む事をしなさい、と無言で問われているようで、私は口を閉じるべきだと思った。

初対面の、というのもあるが、それ以上に、これ以上を喋れば己の、プリンセスである事に繋がるかもしれない。

だから、ここで謝罪を告げて、立ち去る事が賢明な判断なのだ。

 

 

 

だけど──────

 

 

 

 

──────名を失った少女は、決して原因となった事件も、少女についても憎んではいない。

 

 

 

それだけは絶対の真実である。

そしてとある少年が己を支えてくれた事に感謝している事も事実だ。

だけど、それでも、そうであっても──────ただの一度も、己の内に積もった無数の澱を吐き出したくない、などと思わない筈がなかった。

それすらも己だけが救われるという罪悪感に変わるのだとしても………………一度だけは、と弱音を漏らす事をプリンセスでもない、どこかにいた少女は泣くように口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「成程ねぇ……………」

 

お婆さんはこちらの話を全て聞いた後、そんな風に、しかし真剣に考えている表情を浮かべてくれた。

とは言っても話した内容は、かなりぼかしたし、正直、辻褄が合っていたとは全く言えない。

ただ、一番重要なのは、私には大事な人がいるが、私にはやらなければならない、否、やりたい事があり、しかし、それは危険な道であり、それに巻き込むのが怖い、という事だけをとりあえず曖昧に、しかしそれだけを伝えたくて口にしたのだ。

正直、話を作り過ぎだ、と言って頭がおかしい少女だ、と言われる覚悟もしていたのだが、お婆さんは決してそんな顔も声も出さず、本当に真面目に受け止めてくれた。

その事に感謝しつつ、だけどやはり、言ってしまった、という罪悪感に苛まれながら、口だけは動いてしまう。

 

 

 

 

「このままでは彼を……………死なせてしまうかもしれない。それに…………私はやるべき事に身命を捧げると誓ったのに…………こんなにふらふらとして…………情けないです…………」

 

 

 

誰にも言わなかった事を本当に吐き出してしまった、と思うが、やはり、思うのは清々した、というよりやってしまったという後悔だ。

今更やり直しは効かないが、本当に悲劇のヒロインのつもりか、と自嘲する事は止めれなかった。

だから、瞳を閉じ、己に失望の闇を見せて

 

 

 

 

「──────お嬢ちゃんの事情はまぁ、知りはしたよ。だからこそ、一つ疑問だね。どうして両方を得ようとしないんだい?」

 

 

とても強欲な問いを問い返された。

え? と思って瞳を開き、お婆さんの方を見るが、お婆さんの方は決してお茶らけているとか、適当に返事をしているとかではなく、真剣に、どうして二つ共を選ぶのはいけないのか、と質問していた。

 

 

 

 

「勿論、これはお嬢ちゃんがぼかした部分を知らずに吐いた他人事の言葉だけどね。だけど、聞いている限り、お嬢ちゃんは勝手にどちらかだけを取らないといけないって選択肢を狭めているって聞いてて思ったのさ。やりたい事がある。大事にしたい人がいる。じゃあどっちも取ればいい。やりたい事をやりつつ、大事な人と一緒にいる。それじゃダメなのかい?」

 

 

やりたい事と大事な人がいるのならば両方を大事にすればいいじゃないか、とお婆さんは真剣に告げていた。

それらは決して間違っていないんだよ、と優しい目と真剣な表情が私をどうしようもなく肯定していた。

 

 

 

「で、ですが……………私のやりたい事は……………」

 

「大事な人を危険な目に合わせるかもしれない。確かにそれは怖い事だ。でもね、お嬢ちゃん─────それは日常でも同じ事なんだ。人は余りにも脆く、一分一秒だって生きている事は奇跡に等しい。戦場の兵士さんと比べたら失礼だけどね…………でも私達だって十分に儚いのさ」

 

 

人は呆気なく死ぬことがある、とお婆さんは達観であると同時に、何故かとても広い心を持って、その無残さを肯定した。

 

 

 

 

「でも……………」

 

 

 

だけど、どうしてもその結論を簡単には受け入れられなかった、

お婆さんの言っている事が分からないというわけではない。

ただ、その結論を受け入れると……………私は私を許してしまいそうになって怖いのだ。

己の全肯定だなんて醜い所業なのではないか、と。

そう思っていると、お婆さんはふむ、と頷き

 

 

 

「じゃあお嬢ちゃん。ちょいと退屈な昔話を聞いて貰っていいかい? 今時の若い子にはつまらない話かもしれないけどねぇ」

 

 

唐突な提案故に、流石に少しどういう事なのかとは思ったが、結局、私は首を縦に振った。

ありがとねぇ………とお婆さんは嬉しそうに笑い─────お婆さん曰く、昔話を語った。

 

 

「私がお嬢ちゃんよりも少しだけ上位の年齢の時でねぇ…………いや勿論、今でも十分に若いから少しだけ! 少しだけなんだけどね!!」

 

「分かります。女性に年齢は通じません」

 

お婆さんと硬く握手をして、頷く。

そこら辺をアドルフがもしも言ったら、躊躇いなく無包装ルートである。

 

 

 

 

「まぁ、そん時は私も元気出ねえ…………学校には行っていたけど、どうも蓮っ葉な性格なもんだからあんまり好かれるような人間でも無ければ、自分で選んだ生き方なんだから気にする方が馬鹿だと思っててねぇ」

 

 

 

今でもそのケがあるんだけどね、と笑って言うので、純粋に尊敬の意味で頷く。

このお婆さんの性格のまま、若いというのならば、とても強気な女性だったのだろうか、と思う。

周りにはいないタイプだけど、お婆さんはそう言うけど、実は影では人気があったのではないのだろうか、と思う。

お婆さんの顔立ち自体も皴は有っても、元々あった美しさも、気高さも未だ顔に残っているから。

 

 

 

 

「こりゃ、私の代で家は終わりかねぇ、と笑っていたものさ。なら、自由気ままに生きるのがいいだろう、と思っていたらね─────とーーーってもひょろひょろで頼り甲斐なんて皆無の男に惚れちまってねぇ」

 

 

 

ははっ、とお婆さんは心底馬鹿らしそうに─────幸せそうに笑った。

馬鹿な事をした、と口で語りながら──────でも後悔はしていない、と清々しく笑っていた。

思わず、素直に綺麗、と内心で呟いた。

そうやって綺麗な笑みを浮かべれるお婆さんに心底の羨ましさと感嘆を込めた本音であった。

 

 

 

 

「惚れた時は自分の性癖を疑ったねえ。私にしては色々とぐだぐだ悩んだものさ。でも、悩んでも惚れた事実は取り消せないしね。どのぐらいかかったかねぇ……………それで直ぐに振り切ってそのまま告白したんだけどねぇ」

 

 

考え無しだねぇ、私! と笑いながら、こちらに何かを真摯に伝えようとしながらも、過去の楽しさと美しさに純粋に面白がっているお婆さんに、私も何時かこんな風に、誰かに今を伝える日が来るのだろうか、と思いながら、私も楽しくて笑みが零れた。

 

 

 

 

「でもね─────そしたら真面目な顔をして振られちまってねぇ。あの時は振られるとか全く考えていなかったものだから、思わず折れそうな首元を掴んで危うく殴りそうになって……………過去の私め。そこで何故殴らない!」

 

 

悔しそうに唸るお婆さんにまぁまぁ、と落ち着かせながら…………でも、確かに意外に思う。

お婆さんの気質がそう思わせるのかもしれないが、何となくこの人が求めた人に袖にされるようなイメージが湧かなかったのだ。

 

 

 

「で、ま、思わず聞いたのさ。何で私じゃダメなのかってね。そしたらもう今でも本当に殴りたくなるような言葉を真面目に言うんだよ───────"僕では君を幸せに出来ない"ってね」

 

「それは……………」

 

 

己と同じ言葉を吐くその人に、どうしようもない程の共感を覚えながら、話の先を望む。

 

 

 

 

「そっからはもう私が理由を言うまでしつこく付き纏ってね。あっちもあっちで意地になるもんだから半年くらいはよく言い争いをしていたよ。でもまぁ、そこで根気負けして遂に吐いてくれたよ──────自分は酷く体が弱く、何時死んでもおかしくないってさ」

 

「───────」

 

 

 

 

どーりで無駄に痩せてひょろいわけだ、とお婆さんは笑うが……………当時のお婆さんもそれを笑えたのだろうか。

何時離別するかもしれない、終わりの影ばかりが見える相手。

笑い飛ばすにも、その事実は重いと、私は思う。

現に私が正しくそれを重たく受け止めている事実だから。

だから、私はお婆さんが何を選んだのか、気になって

 

 

 

「………………どうしたのですか?」

 

 

死を背負った男を前に、受け止めたのか。諦めたのか。

それとも逃げてしまったのだろうか、と。

それに対してお婆さんはああ、と前置きをし

 

 

 

 

「───────じゃあ、死ぬ前に私を幸福にしろって叩きつけてやったよ」

 

 

 

 

「───────」

 

息を呑む。

それは私には思いつきもしなかった答えだった。

限りある命を憐れむのでも無ければ、拒むのではなく、その少ない命を欲しいと叫んだのだ。

ともすれば強欲に繋がりかねないが……………私にはそれこそ祝福の言葉のように聞こえた気がした。

 

 

 

 

「簡単に言わないでくれ、とか最初は駄々をこねたけど、もう後はじゃあそんな小難しい理屈じゃなくて好きか嫌いかの二択で追い詰めたらあっという間にタジタジになってね。最後は私に告白させるまで追い詰めてやったよ!」

 

 

 

ははは! とお婆さんは年月による衰えさえも笑い飛ばす声を出した。

呵々大笑に。

己の人生を満足するに値する生き方をした、と笑っていた。

 

 

 

 

「そ、それから…………どうなったのですか?」

 

 

 

だけど、肝心の結末がまだ語られていない。

相思相愛になり、遂には付き合う事になった。

でも、その先は?

結局、訪れたのは男の人の余りにも速い死による離別だったのではないのだろうか?

そんな現実的で、儚い終わりしか迎えられなかったのではないだろうか?

そう思って、身を乗り出す私に、お婆さんは待ってました、と言わんばかりに楽しそうな顔を浮かべて

 

 

 

 

「亡くなったよ───────たった4年前に」

 

 

 

思わず手で口元を覆う。

それは、つまり

 

 

 

 

「奇跡が……………起きたのですか?」

 

 

 

思わず呟いた言葉を、いや、とお婆さんは笑って否定し

 

 

 

 

 

「奇跡じゃないさ。ただ死ぬかも、と思ってうじうじしていたのを止めて、生きたいと願った結果だろうさ」

 

 

 

奇跡では無い、とお婆さんは告げた。

ただ、生きていたい、と願ったからそんな結末を手繰り寄せた、と。

 

 

 

 

─────それこそが私にはとても尊い奇跡の物語を聞いているようだった。

 

 

 

 

「いいかい、お嬢ちゃん。もしかしたら婆の昔話はお嬢ちゃんには全く的外れない話だったかもしれないし、単なる幸運と偶然に引き寄せられただけの自慢話にも聞こえるかもしれないけどね」

 

 

 

そう言ってお婆さんは私の頭を優しく撫でてくれた。

 

 

 

 

「あ……………」

 

 

そんな温かみのある触れ合いなんて、大人の人にされた事がないから、思わず身を竦ませる。

だけど、その手はいいんだよ、と告げるような優しさで

 

 

 

 

 

「───────諦めなくていいんだよ」

 

 

 

望む事を、得ようとする事は、悪ではない、と。

ただ一人で、私の事情を理解したわけでも無いけど─────大事な人を望むその感情(アイ)は決して間違えでは無いのだ、と告げてくれた。

 

 

 

 

「───────」

 

 

 

その事実に、私は何かを言おうとして─────ただ震えるだけの口と瞳から零れるモノに言おうとした事を全て忘却して顔を伏せた。

お婆さんはそんな私の頭を何時までも撫でてくれた。

そんな在り来たりな温かさに、私は甘える事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

どれ程、泣いたか。

十分位は泣いていたのかな、と思いつつ、私はその勢いで立ち上がり、お婆さんに頭を下げた。

 

 

「ありがとうございます、お婆さん─────私、行かないと」

 

「男の子の所かい?」

 

「いえ─────先に友達の方に。きっと、今も私を心配してくれる親友の所に」

 

そうかい、とお婆さんは詳細を一切聞かずに、笑って、いってらっしゃい、と告げた。

そんな風に送り出される事実に、再び涙を流しそうになりながら─────そういえば名前を聞いていなかった事を思い出し─────やっぱり止めた。

名前を尋ねたら、私も名を告げなければいけない。

でも、この人相手には余り、シャーロットと告げたくないから。

だから、私は出来る限り精一杯の、演技では無い笑みを浮かべ

 

 

 

「いってきます」

 

 

そう告げ、私は走り出した。

向かわないといけない場所がある。

会いたいと願う人がいる。

手を取って欲しい人がいる。

あれ程、嫌だと思っていた事なのに今は足が羽のように軽い。

己の現金な性格に、微笑しながら、私は走る。

 

 

 

 

 

 

会いたい人が、いるから────────

 

 

 

 

 

 




今回はある意味で原作に対する挑戦でもありますねーー。

姫様というよりチーム白鳩のメンバーにはまとも、というか優しくしてくれる両親が、いや、せめて必要な時に手を差し伸べる人がいなかったメンバーばっかりです。


だから、これはある意味で途轍もないご都合主義である事は理解しているのですが…………それでも一度くらいずっと嘘を吐き続けていた少女に在り来たりな温かさを、という事なのです。
だから、今回は少女達の話ではなく子供と大人の話を貫かせて貰いました。

後、まぁ白の人間はいない、灰色の人間しかおらんっと言った言葉に対する作者なりの攻撃です。
灰色の人間でも、否、灰色の人間だからこそ当たり前を与えれる事もあるのだ、という。


……………まぁ、灰色の人間ばかりというのは悪役も理解する言葉なのですが、まぁ、そこはそれで。


ともあれ、話に関しては賛否両論でしょうが、どうか温かく見守っていただければ、と思います。


感想・評価などよろしくお願いいたします。


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case16:あなたの隣で

 

 

プリンセスは息を切らして、寮に辿り着いた。

無意識で歩いた道だったから、多少迷いはしたが、出来る限り早く帰ってきたつもりだが、ちょっと日が暮れている。

どれくらい走っていたかな? とは思うが、そんな事はどうでもいい。

直ぐに私は寮の入り口に入り、走り、自分の部屋に向かった。

 

 

 

確信があった。

 

 

そこにいるんだ、という絶対的な確信が。

 

 

 

何故ならば親友だからだ。

 

 

 

それだけで全て事足りる。

だから、自室の扉を開けると自分の姿をした人間がいる事には特に驚きもしなかった。

ただ向こうの私──────アンジェはこちらの姿を見るなり、心底安堵した顔でこちらに駆け寄る。

私も扉を閉めて、直ぐにアンジェに駆け寄り、お互い手を握りしめ合った。

 

 

 

 

「───────心配した」

 

 

スパイとなった少女の第一声は最大の親愛と安堵を伴った言葉だった。

だから、私も心底の礼と申し訳なさを含めて

 

 

 

「ごめんなさい……………」

 

 

と、告げた。

それに、無事だったらいいの、と首を振って笑ってくれる親友に、どれ程の幸いを感じているか。

だけど、少女は少しだけ複雑そうに

 

 

 

 

「……………逃げてくれても、構わなかったのに」

 

 

 

冗談ではなく、本気で一人逃げてくれても良かった、と私と同じ顔をした…………いや、それとも私が彼女と同じ顔をした、という方が正しいのだろうか。

かつてシャーロットと名乗り、この国の王女であった少女は心底から今の言葉を吐いていた。

今、私がいなくなれば貴女自身がどうなるかも分からないのだろうに、と思いつつ

 

 

 

「逃げるわけないじゃない………」

 

「私は何も気にしなかったわ」

 

「私が気にするのよ─────大体、私が同じ言葉をシャーロットに言ったら貴女もそう返すでしょう?」

 

「う……………」

 

 

罰が悪そうに顔を逸らすシャーロットを私は微笑んで見つめる。

何時もはあんなにも嘘が上手いのに、私の前では本当に普通でいてくれる。

それを大事にして貰っている、と思うか、私の前でしかそうでいられない、と思うかどうかは難しい所だけど……………でも、何時かは誰かの前でも微笑む貴女にしてあげたい、と思いつつ

 

 

「逃げないわ……………だって貴女が望んで私が望んだ事だもの」

 

「……………」

 

私の返事に、シャーロットは困ったような顔になるだけ。

優しい友達の事だ。

昔の自分の言葉で私が縛られているようにも見えて、気にしなくてもいいと思っているのだろう。

確かに最初の頃はそうであった事は否めないけど、今は自分から望んでいるのだから気にしないでいいのに、と思うが、そう簡単に伝えるのも難しい仲だ。

だから、私は敢えて話を切る──────私がしたい話。

 

 

 

 

あるいはそれこそ、シャーロットを裏切るかもしれない話だ。

 

 

 

正直、恐怖は抜けないけど、それでも一歩を進もうと、あのお婆さんの話を聞いてそう思ったのだ。

正確には話を聞いて、そう私がしたいと欲張ったのだ。

影響を受けやすいのかしら、と内心で苦笑しながら、額同士をくっ付けて、私はシャーロットに語りかける。

 

 

「シャーロット─────私、貴女に話したい事があるの」

 

「? それは……………?」

 

目の前にある自分の顔が疑問に首を傾げる。

その顔がどんな表情に揺らぐのか、怖いけど、叱咤するように相手の手を握りしめる。

それに戸惑うような感覚はあったが、それでも優しく握り返されるその感触に最後の勇気を貰い──────伝えた。

 

 

 

 

 

「私──────アルフの事、愛しているの」

 

 

 

 

目の前の美しい青色が大きく開かれる。

人生で初の本人ではないとはいえ他人に対する愛を告げる行為に、流石に顔が赤くなり、心臓がうるさく鳴り始めるが、今はそれは置いとく。

 

 

 

 

 

「他の誰よりも愛しているの。私が持っているモノを全て捧げてでも、彼の全てが欲しいの」

 

 

 

拙い言葉を、必死に伝えた。

上手く伝えれたかどうかは自身が無いが、それでも自分の想いを伝えたのだと思う。

完全に伝えた。

ここからは、後はアンジェの反応次第だった。

一人だけまるでどこにでもいる少女の夢を追いかけているのだ。

何を言われても覚悟は当然しておかないといけない、と思っていた。

だからか、呆然とした少女の顔が、唐突に微笑の吐息が漏れた事に、少し対応出来なかった。

 

 

 

 

「───────今更?」

 

 

 

くくっ、と笑う少女にえ? と流石に思う。

 

 

 

「い、今更? そ、そんなに分かり易かった!?」

 

「むしろ隠しているつもりだったのね…………お生憎様。プリンセスの演技は完璧なのに、恋している事を隠すのは下手ね、プリンセス」

 

 

クスクス、と笑う少女の顔には一切の虚偽も無ければ、むしろ呆れの意味も多分に込められた揶揄いの笑みが灯っていた。

分かり易い………そう、私、分かり易かったのね……………いや、うん、完全完璧に隠せている自信は無かったけど……………もしかしてベアトは良いとしても、ドロシーさんやちせさんにも気付かれているのかしら。

 

 

 

 

……………うん、でも確かに普通に隠せていない気がする………。

 

 

 

自分を誤魔化す事はしても他人を誤魔化すまでは目が回っていなかったと思う。

ならば、確かにシャーロットに笑われるのは必然だったか、と思い、ちょっと反省の意味の吐息を吐きながら

 

 

 

 

「いいの? シャーロット……………アルフは………………貴女の傍付だったのよ?」

 

 

私の言葉に対して、シャーロットはちょっと首を傾げ、でも直ぐに私の言葉を理解し

 

 

 

「じゃあ、返してって言ったらプリンセスは返すの?」

 

「え………………だ、駄目って言って良い?」

 

「ご馳走様」

 

 

あ、今、私、完全に揶揄われている、と理解すると流石に頬が膨れるが、シャーロットはそれを理解したかのように少し微笑んで

 

 

 

 

 

「何も問題無いわ。確かにアドルフは私の傍付だったけど…………それだけだったわ。今はただの共犯者で─────貴女の大事な傍付だわ」

 

 

 

 

貴女の大事な、という部分に少し顔をまた赤らめるが、シャーロットの微笑みには一切の虚飾が無いと判断出来た私は少しホッとするけど

 

 

 

 

「……………いいの? 私だけが幸せになって」

 

 

 

こうしている今も彼女は己の姿なのに、それは偽りの姿とされる。

名前も、姿も、親も、生活ですらも私に全てを奪われた様な形だ。

更にはスパイという、人を騙し、落とし、一つ間違えばどんな目に合うか分からない生き方をする事になって。

幸福な人生というには、余りにも遠い生き方をする事になってしまったのだ。

そんな友達を置いて、一人、幸福になってもいいのだろうか、という疑念はやはり残る。

しかし、それに関してはシャーロットは一度首を横に振り

 

 

 

 

「……………私は確かに人並みの幸福というものは知らないし、正しいモノの見方も出来ているとは言い難いけど、それでも分かる事はあるわ」

 

「……………?」

 

 

何を言うつもりなのか、という疑念は酷く真面目で────でも暖かな瞳から告げられる言葉に、全てを引っ繰り返された。

 

 

 

 

「──────友達の幸福を、喜ばないのは間違っている」

 

 

 

スパイとなり、人を騙し、人を傷付ける事になってしまった少女の口から放たれた言葉は──────何よりも正しい真実に感じ、瞳から涙が零れてしまった。

その滴に、差し伸べられるように、支える様に零れる涙を指で取りながら、シャーロットは苦笑する。

 

 

 

「今日のプリンセスは泣き虫ね」

 

「シャーロットが口が回るのよ」

 

 

泣きながらも、そんな事が言える自分に安堵する。

そして同時に幸福も。

裏切られたと罵られても仕方がない、と思っていた。

シャーロットが優しい女の子だという事は知っていたが、それに甘えているだけでは無いのか、と勝手に思い込み、負のスパイラルを生んでいたが……………でもその通りだった。

もしもシャーロットが好きな人が出来て、私と同じようにその人が好きなのだ、と伝えられたら、私は間違いなく誰よりも祝福するだろう。

なのに、自分の事だけは除外して、そんなネガティブに考えるなんて馬鹿みたい。

どれだけ自分は空回りをしていたのか、と溜め込んでいたつまらない罪悪感を涙で流しながら、笑みを浮かべる。

 

 

 

何を恐れる事があったのだろうか。

 

 

 

こんなに誇れる友達がいて……………こんなに欲しいと願う人がいる。

例え、明日、世界が滅びるのであったとしても──────私が幸福であったという事実は確かに永遠だ。

誰にも崩せないし、誰にも壊せない。

欲張る事はいけない、と思っていた昨日の自分に聞かせてあげたいくらいだ。

もうこれ以上は何もいらない、と思っていたが、今はもっと皆と一緒に居続けたい、と願いが生まれた。

 

 

 

親友が誰の前でも笑えるようになり、私が彼と一緒に歩けるような世界。

 

 

 

ああ、そうだ。最初から、私はそんな世界を夢見て女王になりたいと願ったではないか。

そう、始まりに思った願いを抱いて、シャーロットに改めて笑みを浮かべ

 

 

 

 

「ありがとう、シャーロット─────本当に、貴女に出会えて良かったわ」

 

 

 

そうして返って来るのは小さいけど、確かな微笑。

かつて、私が好きであった、少女の笑みであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────で? 直ぐに告白するの? プリンセス」

 

「ぅ」

 

暫く笑い合っていると、やはり突かれるのはそこであった。

シャーロットの顔には今までの好奇心とか悪戯心は鳴りを潜めて、普通に告白をするの? と聞いているだけであった。

確かに、あれだけ啖呵を切ったのだ。

場の流れ的にはそのまま告白に行ってもOKみたいな感じではあるけど……………何というか、何というか。

 

 

「こ、こういうのって……………女の子から、告白するのも………ありよ、ね?」

 

「まぁ、別にどっちかがやるべきってしきたりは無いと思うわ」

 

 

 

実際、お婆さんの話では、お婆さんから告白をしたみたいだし、と思うけど……………思うけどぅ…………

 

 

「………………変な所でプリンセスは臆病且つロマンチストね」

 

「うっ」

 

思わず、胸を押さえるが、放っておいて欲しい。

元々、そんなリアリストでも無ければ、器が大きい人間では無いのだ。

王侯貴族に夢を見る事はお陰様で無くなったが、色恋沙汰くらいは夢見る自由は残してもいいと思う。

 

 

 

 

──────王女の立場でスパイをしている時点で行動力はおかしいと思うのだけど、と親友が小声で呟いたのは聞かない振りをして

 

 

 

 

 

 

 

「………………まぁ、でもアドルフから動いて欲しいっていうのも理解出来なくは無いけどね」

 

「そ、そう! そうよね! アルフって私に対しては何時も気を遣うから!」

 

アンジェは親友がそんな風に拳を握って熱弁するのを可愛い、と思いつつも呆れた吐息を吐く。

まぁ、実際、アドルフの立場からしたら姫を相手にしている事を考えれば、十二分にプリンセスの事を考えつつ、息抜きも許しているのだから、余り責められないのだけど………私はプリンセスの絶対的な味方なので、アドルフ寄りの思考はとりあえず、そこらのゴミ箱に捨てとこう。

うん、予め、私はプリンセスを優先する、と言っていたので、特に裏切りでも何でもない。

アドルフはプリンセスの幸福の礎になっていいと思う。

それによく考えれば、プリンセスの恋人になるのだから、十分に役得だ。

それはそれでむかつくから今度、アドルフの部屋に罠を仕掛けておこう。

思考が横に逸れた。

今もあたふた、と色々と言い訳に聞こえる惚気を吐いているプリンセスを見て

 

 

 

………………仕方がないわね。

 

 

と思う。

どういう形であれ、プリンセスが、友達が幸福の為の一歩を踏み込みたいと願ったのだ。

一肌脱ぐのが、親友としての務めだろう、と思う。

 

 

 

 

要は、プリンセスが絶対的な確信を持てばいいのだろう。

 

 

 

貴女の恋は形になるのだ、と。

長い付き合いでそこら辺が鈍感になっている少女に、改めて実感させればいい。

実は少年は無意識的に、常に貴女に告白(プロポーズ)に近い接し方を何時もしているのだと。

 

 

 

 

 

 

 

アドルフは息を切らしながら、女子寮の門前に立っていた。

その内心んは心底の不甲斐なさで一杯だった。

 

 

見つけられなかった………………!!

 

一日中、様々な場所に向かったのだが、姫様を見つける事が出来なかった。

無論、人に聞いたり、路地裏に屯っているチンピラ共を殴ったり、ぶつかって骨が折れたんですぅ、とか言ってくる馬鹿相手に本当に折ってやったり、迷子の子供に遭遇して無視しようとしたら周りから凄い冷たい目で見られたりしたが、姫様は見つからなかった。

 

 

「姫様………………」

 

思い当たる所は全部行ってみた。

他、思い当たる場所で行ってなと言えば、王宮くらいだが、流石にあそこに一人で向かっているとは思えな~選択肢から除外したが、いざという時は連絡するしかあるまい。

思わず脳内で最悪をイメージするが、直ぐに首を振ってイメージを消す。

今は一度、女子寮にいるベアトリス様かアンジェ様辺りに話を聞いて、姫様が戻ってないかを聞こうと思ったのだ。

戻っているのならばいい。

心配を掛けさせた事には流石に怒らないといけないが、それでも無事でいるのならば何も問題無いのだ。

ただ、もしも戻ってきていない場合は……………再びノルマンディー公が何かをしてきたのではないかと思ったので、殺しに向かう事も辞さないつもりだった。

途中で野垂れ死んでも構わないが、その隙をアンジェ様が何とかしてくれたら、と思う。

勿論、これは最終手段だし、そもそもまだ一応、ノルマンディー公が犯人とは決まったわけでは無いのだ。

ただ、その場合は相手がそっちになるだけだが。

 

 

 

……………先に帰っているかを確認しないと。

 

 

茹でった思考の中、とりあえず女子寮に取次ぎを頼むか、と思っていると

 

 

 

「アドルフ様ーーー!」

 

 

即座に呼ばれた方を見ると、こじんまりとした体格を持った少女─────ベアトリス様がこちらに向かって手を振りながら走って来ていた。

窓から見ていたのだろうか、と思いつつ、ベアトリス様が目の前まで来て、息を整えるのを待つ。

 

「はぁーーっ………はぁーー………あ、あの、その………」

 

「はい。息を整えてからでも大丈夫です」

 

「い、いえ! ご心配しているでしょうし………! あ、あの! 姫様は御無事です。少し前に帰ってきました!」

 

その報告に思わず、思いっきり息を吐いて、膝を着きたくなる所であった。

道端で且つ、ベアトリス様の前で良かったと思いながら、しかし安堵の吐息と笑みを浮かべ

 

「そうですか………良かったです。姫様は今、部屋に?」

 

「あ、いえ、その……………その事でもアドルフ様に伝言が」

 

予想外の続きに、思わず首を傾げるが、ベアトリス様は一回だけ深呼吸をした後に

 

 

 

 

「───────学校の屋上にアドルフ様だけ来て欲しいとの事です」

 

 

 

学校の屋上に? と余計に顔をしかめる。

意図が全く読めないし、何か話したい事があるのならば、別にそんな所に行かなくても、とは思うが、ベアトリス様に聞くのは違うだろう。

そこに姫様がいるというならば、どうせそこに向かわなければいけない。

 

 

「分かりました。今直ぐ向かいます。ベアトリス様はどうかご自愛を」

 

そこまで言い、即座に足を向けて、走り出そうとした所、あの! とベアトリス様に声を掛けられ、足を止める。

何だろうと振り返ると、ベアトリス様は酷く真剣な顔でこちらを見上げ

 

 

 

「あの……………今回の件、あんまり、姫様を責めないでください…………きっと、姫様も色々な事を考えてたんだと思います……………」

 

 

思わず、成程、と素直に頷きそうになるのを止めながら、しかし頷く事だけは行う。

確かにその通りなのだろう。

一国の王女がスパイとして動いているのだ。

その心労は私程度では察する事も出来ない重圧なのだと思われる。

例え、それが望んだ結果によるものだったとしても、否、望んだからこそ誰にも言えないストレスが生まれたのかもしれない。

ならば、確かに責める権利は私には無いだろう。

だから、ベアトリス様の言葉には頷きながら…………しかし苦笑し

 

 

 

「でも、あんまり姫様を甘やかす事もしてはいけないので。姫様は何時も背負い込む人なので…………口に出さないと、笑って誤魔化すんです」

 

「…………分かります。凄く」

 

 

侍女と傍付で同じ人の事で苦笑しながら、己の主の不器用さを尊び、だけど今度こそ向かおうとして一礼をし

 

 

 

 

「───────姫様の事を、どうかお受け止めて下さい、アドルフ様」

 

 

 

 

と、厳粛な一礼と共に、頼まれた。

分からないが、その真剣さに頷くだけ、頷き、自分は走り出した。

走り出して、考えるのはやはり、今、さっきの言葉。

 

 

 

「受け止める………?」

 

 

ニュアンスの違い程度ならば別にいいのだが……………受け止める、というのは何か今まで聞いた事が無い言葉に聞こえる。

良く分からないが………でも姫様の命令自体は何であっても聞くつもりなのだ。

それが誰かの殺害だろうか、自害を命ずるものであっても聞き届けるつもりだ。

 

 

 

でも、何故か………………彼女が言いたい事はそういう事ではない、とアドルフは感じ取り

 

 

 

「………………分からない」

 

 

思わず、本音のような戯言を呟いた。

 

 

 

 

 

 

アドルフアはそれから15分程で、学校に辿り着き、そこから3分ほどで屋上に入れる扉に辿り着いた。

流石に全速力で走った為、息が荒れるのを鎮める為に、もう一分、時間を置かせて貰う。

もうすっかり夜になってしまったが、姫様は体を冷やしていないだろうか、と思うと、一分ではなく20秒にしようと心に決める。

そうして息を整えて、襟を正し─────扉を開けた。

 

 

 

 

扉を開けた先には───────夜空を背景に、二人の少女が並んで立っていた。

 

 

 

 

同じ顔、同じ金髪、同じ瞳の色。

知らぬ人間が見たならば、双子なのだろう、としか言えない同一性。

違いがあるとすれば片方は制服を着、何故か片方はドレスを着ているくらいだ。

知っている自分でも思わず、感嘆なのか驚嘆なのか分からない吐息を吐いてしまうのだから流石だ、と思うが

 

 

 

 

「………………姫様に、アン………シャーロット様?」

 

 

途中で名前を正しい呼び方に変えるが、予想外の出来事だったのだから許して欲しい。

てっきり、姫様だけなのだと思っていたのだから。

でも、任務外なのに、シャーロット様が変装をしているのは珍しいを通り越して奇妙だな、と思いつつ、とりあえず一歩を踏み出すと──────二人が黙ってこちらに手を差し伸べた。

 

 

 

「……………え?」

 

 

どういう意味だろう、と首を傾げるが、二人は黙したまま何も語ろうとしない。

ただ、黙って手を差し出すだけだ。

まるで自分の手を取って、と示すかのように二人はこちらに手を刺し伸ばし続ける。

数秒してようやく気付いた。

 

 

 

ああ…………ゲーム、なのかな?

 

 

どっちが姫様なのかを当ててみて、みたいな?

まさか、あれだけ騒がせといてこんな遊びをされるとは………、とちょっと頭を抱えるが、どうしてそれにシャーロット様も乗っかるのやら、と思いつつ、はぁ、と溜息を吐き

 

 

 

 

「────────余り、心配をかけないで下さい、姫様」

 

 

 

と、迷わずに制服を着ている姫様が差し出した手を取った。

 

 

 

 

 

 

プリンセスは手を取ってくれた少年を心底驚きながら、彼を見上げた。

当然、彼が私の手を取ってくれた事もだが、それ以上に、彼の速さだ。

何やら呆れたような吐息を吐いていたが、それ以外に彼がどっちが本当の私かどうかを考えている様子は一切無かった。

それこそ、こちらの意図に気付いて即座に自分に向かい、手を取ったのだ。

どちらが、とか一切考えずにこちらを。

 

 

 

「ど、どうして………………?」

 

 

思わず、驚いて問いかける。

アルフからしたらお遊びに見えたかもしれないが、こっちは一切手を抜いていなかった。

化粧などもそうだが、制服だって何時ものだと服の癖などで理解されるかもしれないと思って、わざわざシャーロットのを借りたりもしたのだ。

声だって、もしかしたら些細な声の違いから分かられてしまうかもと思って、声も出さなかったのだ。

それなのに一切、迷わずに私の手を取ってくれた。

疑問が湧かない方がおかしい。

そんな表情に、少年は首を思いっきり傾げて

 

 

 

 

「え? だってこっちが姫様だったので」

 

 

 

などと理屈になっていない事を言い出すのだ。

だから、その理屈を語って欲しいのだけど、と思うのだが、アドルフもそれを理解したのか、再び首を傾げ─────数秒後にポンと手を叩き

 

 

 

 

「私の姫様はこっちだと思ったので」

 

 

 

流石に顔が赤面した事は許して欲しい。

ほぼ同じ言葉ではあったが、二回も言われたら流石に理解できた。

つまり─────理屈でないのだ(・・・・・・・)

もしかしたら、五感だったり、何だったりで正しい理屈に当て嵌める事が出来るのかもしれないが、アルフからしたらそれを含めて、本当に私が姫様だ、と思ったからこっちを選んだのだ。

血でも無く、顔でも無く、ましてや豪奢な衣装でも無く、"私"だから私を選んでくれたのだ、と。

思わず、ここに来る前にシャーロットに言われた言葉を思い出す。

 

 

 

 

─────言っとくけど、プリンセス。あの子、貴女に基本、ぞっこんよ

 

 

 

何て言われた時は、いや、そんな事は、と思うが、指摘された上で聞くと本当にその通りだった。

アルフは多分、傍付として当然の言葉を吐いていると思っているのだが、正直、そう知っていなかったら、ちょっと理性が千切れていたかもしれなかった。

思わず、親友の手助けを借りようかと思ったが、隣には何時の間にか親友の姿が無くなっていた。

はやっ、と思うが、逆に流石、と思ってしまう辺り、何となく予想していた結末になった気がした。

 

 

 

「全く。余り、誰かに心配をかけるような事はしないでくださいね。窮屈かもしれませんが、やはり、姫様の無事こそが何よりも大事なのですから」

 

 

黙っているとアルフからの小言が言われるが、正直、脳には入らない。

ただ、私の心に宿るのはどうしようもなく選ばれている(大事にされている)、という喜びだった。

もう流石に言い訳も、鈍感になる事も出来ない。

 

 

 

 

私はどうしようもなく──────彼を選んで、そして選ばれているのだ

 

 

 

「ねぇ、アルフ」

 

「──────はい? どうしましたでしょうか」

 

私からの唐突な言葉に、アルフは小言を中断して即座にこちらの言葉を待つ姿勢になる。

その事に、結局、私の事を優先してくれるのね、と笑い───────酷く残酷な言葉を口に出した。

 

 

 

 

「私と一緒に死んで、と言ったら、どうする?」

 

「喜んで」

 

 

 

コンマ一秒すら考えずに答えられた言葉に、流石に少年の顔を見る。

そこにはあったのは破顔であった。

貴女と一緒に死ねるのならば、本望だ、と本心からの言葉と微笑は本当ならば喜んではいけない事だと分かっていても────もう迷わなくていい、と後押しをするものであった。

 

 

 

「ですが、現実ではそうはなりませんよ。姫様には生きて貰わない─────」

 

「───そうなった場合、私の命でお助けしますから?」

 

 

ピタリ、と動きを止めて、汗を流す傍付に、ふ~~ん、と笑って、近付く。

 

 

「私は、そういうのは、止めて、って約束をした記憶があるのだけど、アルフには簡単に忘れ去ってしまうような軽い約束だったのかしら?」

 

「……………怒ってます?」

 

「ええ、とっても」

 

 

貴方がいなくなれば、私がどれ程、絶望に陥るか分かってない所とかが特に

 

 

 

本音はジト目で睨む事で代用し、結果としてアルフが目を逸らして逃げたので吐息を吐く。

結局はそこ。

 

 

 

 

彼はどうしようもなく自分には絶望し、どうしようもなく私を祝福する。

 

 

 

少年の悪癖であり、呪いのような生き方を、何時か否定しないといけない。

だけど、今はまだそれでいい、と思いつつ、私は誰も見ていない星空を見上げて、思わず少年に再び手を差し出した。

 

 

 

「ねぇ、アルフ────踊らない?」

 

「はい?」

 

 

唐突なこちらの申し出に、予想通りに何故? という顔で返されるが構わない。

こっちも理屈ではなく、何となく彼と踊りたくなっただけなのだ。

 

 

 

「貴方と踊りたいの」

 

 

観客なんていらない。

ダンスの出来もどうでもいい。

ただ、貴方と繋がって、一緒にいるんだ、という実感が欲しい。

歴史を考えれば、一瞬でしかない刹那を、貴方と二人だけで味わいたい。

 

 

 

 

時よ止まれ、お前は美しい──────そんなご都合主義の時間をどうかください、と願う。

 

 

 

そんな願望に気付いてくれたのか。

アルフはこちらの顔を見、周りを見回し、本当にいいのか、と悩むような顔をするが、再びこちらの顔を見て─────一度迷いを振り払うように、首を振るい

 

 

 

 

「えっと………………お、踊っていただけますか?」

 

 

 

とても不器用な誘いを受けた。

思わず笑いそうになり─────やっぱり堪えきれずに笑う。

少年もそれに少しむっ、とした顔になっているが、耳が真っ赤のは見過ごせない。

だけど、直ぐに声と共に差し出された手を受け取って

 

 

 

 

「喜んで」

 

 

そうして、直ぐに彼の体に預ける様に彼の肩に手を置き、握り、ステップだけのダンスを踊る。

星の光のみが私達を見、輝かせる舞台で、私は幸福に微睡む。

以前のダンスの時とは全然違う。

あの時は恐怖に立ち向かわせる勇気を貰う行いであった。

でも、今は少年だけを見て、求める事が出来た。

他の何であっても替えの利かない相手と時間。

他者が見れば、価値が無い、と笑うような時間こそが私にとっての宝石であり、星のような物だった。

だから、これは間違いなく、少女にとっては永遠(せつな)の光であった。

 

 

 

 

 

夜の闇の中、名を失くした少女と己を捨てた少年が手を取り合う。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、アルフ」

 

「何でしょうか、姫様」

 

「──────ずっと一緒にいてくれる?」

 

「………………姫様が望む限りは」

 

「じゃあ────────私達は永遠に一緒ね」

 

「永遠?」

 

「ええ────────だって、私は貴方とずっと一緒にいたいんだもの」

 

「─────死がふたりを分かつまで、とよく言われますよ」

 

「いいえ───────死がふたりを分かとうとしても、ずっと一緒」

 

「………………そう、あれたらいいですね」

 

「貴方も望んでくれる?」

 

「………………」

 

「お願い、答えて」

 

「………………ええ。姫様と一緒ならばどこであろうとも。否、どこまででも───────」

 

「──────そうね。そうだったら地獄であっても───────」

 

 

 

 

 

 

 

 

きっと幸せ、と少女の影が最後に微笑み、少年の影に踏み込み─────影だけが一つになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ふぅ………最早語る言葉を持たない………


最近では恋や愛における永遠と言う言葉は重たいとかいう認識が多いですが、それが全てでは無いのだと思いたいです。
いや、確かに重たい言葉かもしれませんが、自分の人生を捧げるというのならば重たいのは当然じゃないかなって思う派で。


ただ二人が語る永遠は重い愛というより、本当のずっと傍にいられれば、という子供じみた、でも確かな想いの言葉ではあるのです。


ま、余りつらつら語るのもあれなので


感想・評価などよろしくお願い致します。




そう、実はアドルフの言葉は大抵、本当に告白に近い言葉を使っている件について。ただし、本人は忠節の言葉だと思っているのがあれだが。



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case17:曖昧な霧を





(こそこそ


 

 

 

 

 

 

 

「姫様──────デートをしませんか?」

 

 

 

室内で唐突に大量のイベントが発生した。

まず最初にベアトリスの為に鍵開けの為に工具を取り出そうとしていた、ドロシーは足を引っかけ、突き出していた指が傍に置いてあった紙に偶然触れ、その結果、指の先が切れてしまい、手指を逆の手で抑える結果になった。

次に教えを受けようとしていたベアトリスは主犯の方に振り返ろうとして振り返り過ぎて、首をごきり、と鳴らし、更にそのせいで足をもつれさせ、後頭部から転倒。

その結果、喉の機械を打ってしまったのか。

あいたぁ! という声が、とんでもなく野太いおっさんの声で発生される結果になってしまった。

ちせはその直前に、勉強中で、うっかりペンを窓の方に落とし、それを追いかけている最中にそれを聞き、結果として足が引っかかり、更には運悪く、窓の目の前だった為、派手に転んだ少女はそのまま窓を突き破って落下する事になった。

アンジェは本を読んでいる最中であったから、特に派手なリアクションを取らずに済んだが、それ故に即座にアドルフに飛びかかり、その後、腕を拘束し、最後に変装しているかどうかを確認した後

 

 

 

「…………………偽物なのに変装していないとは………」

 

 

自分の事を棚に上げながら、現実を知る。

そして原因である少年は押し倒されながら、思わず憤慨の色を乗せて

 

 

 

「何ですか皆さま──────そんなに私がデートの誘いをするのがおかしいですか?」

 

「超」

 

 

アンジェ、ドロシーの二人が声を揃えて、当たり前だ、と頷き、ベアトリス様は依然、恐ろしい程野太い声であわあわ、と声に出しているからちょっと反応に困る。

 

 

 

「しかし皆さま──────男が女の人を誘って外に出るというのはデートという事になるでしょう?」

 

「…………………デートの意味分かってる?」

 

「勿論ですとも───────まぁ、実は恋愛的な意味でのデートではないので冗談になるのですが」

 

 

なぁんだ─────と皆、思うわけがなく、直ぐにアンジェは再び顔を、ベアトリスは額を、ドロシーは拷問用に色々と物を集めていた。

 

 

「…………………中々剥がれないマスクね………………実は双子とか?」

 

「熱もないです……………そんな………もう……………」

 

「さぁ、吐け。今までの鬱憤も含めて、存分にヤル準備がこっちにはある」

 

「ははははは、さては皆様、虎視眈々と私の命を狙っていましたね?」

 

ド失礼な事ばかりを言われまくるが、ドロシーはともかく、アンジェ様とベアトリス様に手を上げるわけにはいかないのが、無念である。

でも、それはそれとして

 

 

「勿論、姫様の都合がよ─────」

 

「さぁ、行きましょうアルフ! 準備万端よ!」

 

 

はや!! とドロシーの叫び声を聞きながら振り返ると、確かに準備万端な姫様がそこに立っていた、

そういえば、さっきからノーリアクションだと思っていたが、準備をしていたらしい。

流石の行動力の塊に、アンジェ様から流石ね…………という独り言が漏れたので、全く同意見です、と思いつつ

 

 

「よ、よろしいのですか? 途轍もなく唐突且つ宿題などは───────」

 

「今、私の大事はデートであり、宿題は帰って来てからも出来るけど、デートは今しか出来ないわ!」

 

「いやデートも別に明日でも───」

 

「さぁ、行きましょう?」

 

「いけぇーーーーーーー?」

 

 

こちらの言葉を断ち切る勢いで、私の手を握って引っ張っていく少女に付いて行く形になる。

あ~~~、と人攫いに連れ去られる気分に陥るが、でもまぁ───────当初の目的(・・・・・)は達成出来たか、とホッとした。

ちなみに途中で頭にたんこぶが出来たちせとすれ違ったが、逆にどうやってあの程度の怪我で済ませたんだ、とちょっとツッコミたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして何時もの変装をした私は、街の中、隣を歩く少年に当たり前の事を訪ねた。

 

 

 

「で? アルフ? まずはどこに行くのかしら?」

 

 

すると、少年は至極真面目な顔で顎に指を当てて、数秒、黙り、その後に、とても穏やかな笑みを浮かべて

 

 

 

「姫様が今、欲しい物や行きたい所はありますか?」

 

「つまりノープランなのね」

 

 

私のカウンターに即座に胸を押さえる少年を見ながら、まぁアルフならこの感じよねーーと笑って納得する。

基本、傍付としての仕事には文句は無いのだが、実はそこから外れるとこの少年のポンコツ具合は凄まじいのである。

具体的に言えば、ピアノで連弾しましょう? と誘って、一度は断った後に断り切れなくなった少年が弾けないピアノを見て、しかし頑張って合わそうとしてあわあわしている光景は鼻血モノである。

ちなみに出した。

全神経を傍付の仕事に注いだ不器用少年の結果が、傍付以外ではポンコツ可愛い少年になるのだ。

正しくこれは神の試練。

 

 

 

 

神はあの時、私に人間でいるかケダモノになるかを試していたのだ……………

 

 

 

当時はよく耐えた私、と褒め称えていたが、今となっては何故、耐えた私である。

時の流れは実に容易く人を変えるわね、と頷きつつ

 

 

 

「じゃあ、今日のコースはとりあえず楽しもうって感じね?」

 

「─────そうですね。それがいいですひ、と………お嬢様」

 

 

危うく姫様、と言いかけた言葉を言い直して微笑む少年に、私も微笑みながら、欲望に従って少年の腕を取って組む。

えっ? と驚く少年の顔を記憶しながら

 

 

 

「デートなんでしょう? 腕位組んでもおかしくないわよね?」

 

「おかしいです………!! 立場的に!!」

 

 

そんな事を言いながら、気を遣って全く抵抗できない事は知っているので、実に無駄な抵抗である。

ふふん、とわざとらしく腕に体を寄せると引き寄せた腕が石化するように硬直するのを感じたので大成功である。

先日以来、もう諦めなくていいと知ったので、待った無し、となっているので、本当ならば私から告白をしてもいいとは思うのだけど…………やっぱり得るのならば全てを得たいのだ。

故に存分にアピールして、アルフから私を欲しい、と言ってくれた方が嬉しい。

勿論、その時は私をあげる代わりにアルフの全てを貰うのだけど、とクスリ、と内心で笑って

 

 

 

 

 

「ほらほら、アルフ。時間は有限よ? ─────やれる事は早くしましょう?」

 

 

そう言って、彼の腕を引いて行きながら────一つ、聞きたいことを聞いてみた。

 

 

 

「ねぇ、アルフ────何かしたい事ある?」

 

 

その言葉に、アルフはまるでそんな言葉、知らなかったという風に首を傾げ────直ぐに笑みを浮かべて、言葉を吐き出した。

 

 

 

姫様が行きたい所でいいです、と

 

 

私は、そう、と答えた。

 

 

 

 

「姫様………………下手したら不敬罪で処刑されても文句が言えない言葉を使って問いかけてもいいでしょうか?」

 

「んーー? 今は誰も見ていないし、私が泣きそうな言葉じゃなかったらいいわよ?」

 

「では失礼ながら─────正気ですかこれは!!」

 

 

プリンセスの正面には今、侍女服を着て、プルプル震えている少女(?)がいる。

まぁ、直ぐにネタ晴らしをするが、アルフである。

そう、わざわざエクステを着けさせて、且つ女装させたアルフである。

入った服飾店で、侍女服らしい服を見つけ、そこをひ、げふん、お嬢様が侍女服を着るだなんて洒落になってないので、止めてください、なんて言うモノだから、じゃあアルフが着て、と言った結果である。

今も必死にスカートを押さえて、駄目、これは駄目、と涙目でこっちを見るものだから、もうぞくぞくするしかない。

 

 

 

「勿論、正気で本気よ。前々からアルフを女装させたかったのよね。いい顔して、且ついい顔をしてくれそうだから」

 

「前々から!? そんな恐ろしい事を……………!?」

 

 

プルプル、と羞恥で赤面しているアルフを、間違いなく世界で最高の笑みを今、私は浮かべていると自負出来る表情で彼を見ているだろう。

ちなみにどうやって着せたか、というと着ないと脱がす、と脅したら受け入れてくれた。

どっちでも美味しかったので全く問題ない。

 

 

 

「ほらほらアルフちゃん? そんな膝を曲げて、プルプルスカート押さえているだけじゃ動けないわよ? お陰で美味しいわ」

 

「そ、傍付虐待案件ですこれは……………!!」

 

 

言われてみると結構冗談にならないツッコミではあるけど、正気に戻ったらそれこそアレなので無視する事にする。

 

 

 

 

「いいからアルフちゃん! スカートめくるわよ!!」

 

 

 

 

セクハラですぅーーーー、と器用に小声で叫ぶ辺り余裕があるんだから、いいじゃない、と思うけど正直楽し過ぎて気にしなかった。

これだけ笑って、楽しめるのも何時以来だろうか。

前回の幽霊屋敷の時も存分にやったけど、途中でお酒が入っちゃったから、正直、やり切った感がなかったから、今は最初から最後まで本気で楽しめている。

何だかそれが嬉しくて、眼尻から嬉し涙が零れそうになりそうなのを必死に誤魔化すようにアルフに声を掛ける。

 

 

「ほら、アルフ。じゃあ、衣装に沿ったアクションでお・ね・が・い」

 

「う、う、うぅ…………」

 

顔を俯かせ、スカートをぎゅっと握る仕草がもう最高である。

無論、アンジェがやっても最高なのだが、アルフがやっても最高である。鼻血を我慢しなくてはいけないのが難だが、ああ、何故カメラの携帯性は未だ上がらないのだ………写メりたい……思わず造語作っちゃう。

ちらちら、と密かに許しの目線を送るものだから、つい、だーーめ、と笑みを浮かべ続けていると、遂に観念したのか。

スカートの端を振るえる手で握って持ち上げ

 

 

 

 

「お、お許し下さい…………お、お嬢様……………」

 

 

 

と心臓に最高の一撃を届けられる。

震えた仕草と震えた声から言われる言葉は正しくハートブレイクショット。

もしも、アルフが凄腕の暗殺者ならば間違いなく、完璧な仕事をしたわ、と微笑しながら一番、プリンセス。このヒロインを攻略します、と内心で宣言し

 

 

 

 

 

「アルフ可愛いーーーーーー!!」

 

 

 

と、思いっきり、目の前のヒロインにダイブする。

あわあわヒロインはこちらの勢いを止めれず、さりとて躱すわけにはいかないで受け止め、そのまま私に押し倒されるような結果になる。

いーーやーーでーーすーーと器用に小声で叫ぶが気にせず、頬をする。

 

 

 

 

 

 

…………余談だが、確かに顔つき云々ではアドルフは多少童顔ではあるから女装自体に問題は無いのだが、体つきなどは鍛えている故にどう見ても女性の骨格ではないのだが、プリンセスアイ(固有スキル)に現実は敗北したとの事らしい。

 

 

 

 

 

「しぃ……!!」

 

「ふぉう……………!?」

 

アドルフはガタイのいい男と組んでいた手を机に叩き付けて、何とか勝利をもぎ取った事に安堵の吐息を吐いた。

はぁ~~~、と一息を吐いている間に周りの野次馬と司会者の人間がうわっ、と声を上げ

 

 

 

「これで挑戦者が4連勝ーーーー!! リーチ掛かってきたぞぉーーーー!!」

 

 

周りの騒ぎに辟易としていると

 

 

「凄い! アルフ! 格好いいわ!」

 

と、直ぐ傍で我が事のように喜んでいる少女を見ると即背筋が伸びてしまう辺り、どうしたものか、と思うが、いや姫様が喜ぶのならばいい事だと理論武装が完了する。

現在、自分達は路上でやっていた腕相撲大会に出場している所である。

何故そんな物に参加しているかと言えば、腕を組んでいた姫様のなぁに、あれ? →腕相撲大会? →面白そう! 後、アルフの格好いい所を見てみたぁい、という川の流れのようなシークエンスから参加が決定された。

 

 

 

……………はっ! 俺、ちょろ過ぎないか!?

 

 

今更気付くが、後の祭り且つ気付いていても変えられるのならば、もう少し姫様に対して強気で接する事が出来た気がする。

切ない…………そして一番の問題はそれでいいと思っている自分しかいない事である。

ともあれ、そう大きな大会でも無いし、勝ったとしても商品がそう豪華ではない腕相撲大会だ。

お陰でそう困る相手ではなかったし、五連勝で終わりという事だから残り一人だ。

この調子だと勝てるだろ、と思って、笑みを浮かべていると

 

 

 

「よし! 坊主! 最後は俺が相手だ!」

 

 

と、快活な声に視線を上げるとそこにはマッスルが立っていた。

 

 

 

「─────」

 

 

これがまたいい体格で、体を鍛えているのか、それとも職業からそうなったのかは知らないが、実に鍛え上げられた筋肉のせいで物凄く大きく見えるおっさんであった。

そして、コキコキと何やら首を鳴らしたと思うと

 

 

 

「すぅーーー───────ふん!!」

 

 

と全身に力を巡らせ、体を膨らましたかと思ったら、その膨張率で上半身の服が引き千切られるのを見た瞬間に

 

 

 

「不埒者ーーーー!!?」

 

 

とツッコミと同時に姫様の目に手を伸ばして、隠すのに間に合う。

姫様も目の前に奇行に驚いたのか、特に抗わずに隠されていると

 

 

 

「あんた─────誰がその服を縫うと思ってんだい」

 

 

と、何やら奥さんらしい人が出てきて、後頭部を叩かれる事態になったのだが

 

 

 

「いや……………はい………」

 

 

もう何をどう見ても体格差があり過ぎる。

無論、己とて鍛えてはいるが、別に力だけで打ち勝とうなんて思っていないので、当然だが、そういった方面のみを鍛えている人を相手にした場合、勝てるかどうかはそれこそ体格だろう。

 

 

 

「………むぅ」

 

 

ちらりと自分の体を見る。

そこにはまぁ、鍛えているから程々には引き締まった体をしているのだが………男らしいと言うにはもう少し体格を大きくしたり、とかもう少し太くならないものだろうか…………。

肥え太りたいわけではないが、もう少し固く、ついでに背も伸びれば、更に姫様の盾として実用的にもそうだが、見栄えもよくなると思うのだが、現実は非常である。

いや、しかしこれが殺し合いとかならばルール無用でヤるのだが、こんな平和的な事でそこまでしたくないから、つまり、詰みかなぁって思っていると

 

 

 

「何だか最後は凄い人ね」

 

 

そう言って、姫様が顔を寄せて耳元で囁くものだから、思わず背筋を震わせてしまう。

姫様はもう少し、自分の外見に関しても気にするべきだ。

帽子と眼鏡でもうばっちり顔を隠した、と思っているようだが、全然、整った顔は隠しきれていないし、仮に顔を見なくてもシルクなんて塵のようにしか思えないサラサラな金髪や近づいたら、香水……………いや、それとも男には永遠に分からない、女性特有の甘い匂いが───────

 

 

 

 

「アルフ? 机に頭突きなんてしてどうしたの? 自傷なんて一番やってはいけない事よ?」

 

 

何でも無いです。自分ではなく本能を攻撃しただけです。

しかし、姫様にも分かってもらいたいものだ。

こうしているだけで、周りは既に可愛らしいカップル、とか絵になる二人だなぁ、とか勝手な事を言っているのだ。

これでその片割れが、この国のプリンセスとか知ったら、今度は身の丈に合わない男だなぁって思われるのだろうけど。

 

 

 

「勝てそう?」

 

 

姫様が小首を傾げる姿は実に可愛らしいが、その質問に対してはどう答えたものか。

向こうのマッチョ具合を見ているとええ、楽勝ですよ、と頷くのは流石に虚偽である。不敬である。

だからと言って、余りはい、勝てません、と言うのは……………何か嫌である。

いや、ここは傍付きとしては事実を述べるべきだと思うのだが……………ともあれ、どう答えたものかと思っていたら、姫様が何故かクスリと笑って、くっ付くほどに耳元に寄ってきたかと思ったら

 

 

 

「────────アルフの格好いい所、見たいわ」

 

 

絶対にわざとだと思われる可愛い声でそんな事を言うものだから、背筋が本気で震えた。

思わず恨めしい目で、つい姫様を見てしまったが、姫様は手を重ね合わせて、頬に寄り添わせて首を傾げてきた。

ちくしょう、可愛い、と思わず、唸ってしまうが、反撃手段が無いのを考えれば、俺の負け決定である。

がはは、と笑う相手のマッチョ旦那さん、まぁ、程々にね、と奥さんの姿を見ると、案外、自分達も普通なのかと思いつつ、頑張ってね、と笑みで告げる少女

全く、と嘆息する。

頑張る。これはいいとしよう。

俺とてただ負けるつもりは無いし、仮にも応援された身なのだ。必死くらいには頑張る事くらいはする。

だが、そんな勝ってる姿を見たい、なんて言われても困るのだ。

こちとら別に怪力自慢になるつもりで鍛錬をしているわけではないのだ。

そこらの男に比べれば力はあると思っているが、本当にそれくらいであり、それ以上ではないのだ。

だから、こうして手を組み、審判がこちらの手の上に乗せ、スタートと手を離した瞬間

 

 

 

「せぇい!!!」

 

 

開幕フルパワーを使って、力を入れる暇もなく相手の手を机に叩き落すくらいしか出来ないのだ。

ぐわぁ! という相手の悲鳴とうぉぉぉぉぉ! と周りの歓声が体を打つが、そんなのはどうでもいい。

肝心の少女に振り替えると姫様は両手を合わせて喜んでいる姿があった。

 

 

 

「…………ふぅ」

 

 

あくまでやれやれな態度を捨てる事無く、とりあえず少女が喜んでくれる結末を作れた事に安堵した。

大会と名は付けられていたが、実際はただのお遊びであった集会を終わらせたアルフはとりあえず、姫様が身バレしないように出来るだけ隠しながら、よくやったーーという声援から逃げるように手を振っていると

 

 

 

「ねぇ、アルフ。楽しかった?」

 

 

と姫様がそんな事を聞いてきた。

それに対してアドルフは一呼吸だけ間を空けながら、しかし答えを発した。

 

 

 

 

「────────姫様が楽しそうで何よりでした」

 

 

 

それに、姫様はそう、と答えた。

そういえば先程も質問は違えど似たような答えを返して、同じ反応をされた事を思い出す。

質問の内容も、返された言葉も特におかしなものではない。

 

 

 

 

行きたい所は無いか、と問われ、姫様の行きたい所を、と答え、そう、と答えられる。

 

楽しかったか、と問われ、姫様が楽しそうで何より、と答え、そう、と答えられる。

 

 

 

何もおかしな所なんてない。

おかしくはない────────が。

 

 

 

そんな風に素っ気無く返答されるのは────────何故か少し嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 

夕闇に染まった空を見上げながら、プリンセスは空を見上げていた。

服飾店から始まり、腕相撲大会から様々な所に向かい、楽しんだデートの時間は御伽噺のようにあっという間に過ぎていった。

プリンセスは素直に楽しかった、と思う自分を許した。

もう不謹慎だなんて思わない。

偽物の王女であっても、短命であったとしても己の望む先を求める事を、強欲だとは思っても、罪深いと思わない。

そうして生きるのが人生だと気付き、実践していこうと決めたからだ。

 

 

 

夢のような日々を、覚めて消えるだけのものにしないと決めたのだ。

 

 

 

「……………」

 

 

でも(・・)、これからやろうとしている事はむしろ蛇足なのかもしれない。

今までの空気と流れを壊して、二度と己が望んだ世界を見る事が出来なくなる選択肢なのかもしれない。

間違っているとは思わないが、正しいとも思わない。

己のエゴで一人の人間の心を突くのだ。

しかも誇れるお題目からの行為ではないのだ。

 

 

 

 

ただ少年を愛しているから、その痛々しい姿を見たくない、という自分勝手な想いからだ

 

 

 

それで守って貰ってきた癖に愛を理由に今更少年を否定するのだ。

手のひら返しと言われても、全くその通りだ、としか言えない動機。

そう思うと、やはり少し怖いと思う気持ちが生まれる。

止めてしまえばいい、という弱い気持ちが強くなる。

 

 

 

 

しかし、その度によぎるのはあの夜の思い出。

 

 

 

ずっと一緒にいてくれる? という子供の我が儘のような願望を、どこであっても、どこまででもと答えてくれた永遠のような刹那の夜。

 

 

 

勝手な事だ、と思う。

あんな縋るような言葉に対して、否定できるようだったらこうはなってないのだ。

しかし……………それでも(・・・・)、という思いが心に生まれる。

 

 

 

 

あの時、少年は自分とずっと一緒にいたい、と言ったのだ、と

 

 

 

そうだ、と思う。

これは自分勝手で都合のいい思いであり、解釈だが……………どういう形であったとしても少年も同意したのだ。

私は遊び半分、夢半分(・・・)で告げた覚えは欠片も無い。

必ず達成したいという思いと、必ず達成して欲しいという願いを込めて告げた。

それを届いていないなんて言わせない。

それこそ10年も付き合ってきたのだ。私が本気で言っているくらいは理解している筈だ。

だからこそ───────

 

 

 

生きる事を捨てないで欲しい

 

 

 

だから、例え壊れるのだとしても、言うべきだ。

消えかけていた勇気を燃え上がらせる。

星を見上げていた私は視線を落とし、背後に立っている少年に振り返る。

そこには何時も通り、決して離れる事無く、くっ付く事もない距離を保って控えている少年。

 

 

 

────────この距離(かんけい)を、壊すのだ

 

 

 

 

 

 

 

「今日は楽しかったわね、アルフ」

 

夕闇が闇に代わる時間に、姫様は振り返って、そんな事を告げた。

その言葉に良かったです、と笑みで頷きながら、内心でホッとする。

先日、唐突に家出みたいな事をしたから、やはり、現状が相当なストレスになっているのではないか、と思い、少し無茶な流れだとは思ったが、外に連れ出してみたのだ。

上手く行ったかは知らないが、こうして楽しかった、と告げてくれたのならば、成功したかな、と思える。

それならば本当に良かった、と安堵の吐息を内心で隠していると

 

 

 

 

「────────アルフは楽しかった?」

 

 

と、問われた。

つい、首を傾げる。

何故なら、そんな事、聞かれるまでも無いからだ。

 

 

 

姫様が楽しければ俺は(・・・・・・・・・・)十分に満足なのだ(・・・・・・・・)

 

 

 

だから、アドルフは

 

 

 

「はい────────姫様が楽しそうで良かったです」

 

 

 

と答える。

そこまで返して、これが今日一日繰り返してきた質問の系統である事に気付く。

なら、またそう、と返されるかと思っていたら

 

 

 

「………………私が楽しそうで、ね」

 

 

と、予想から外された言葉で──────少女には似合わない重さが込められた感情(コトバ)であった。

思わず、足を止める。

目の前には最早、見慣れたとしか言えない金髪を遊ばせたか弱い少女の後ろ姿。

…………なのに、何故か、まるで見知らぬ誰かを見ているような感覚が全身を濡らすように芽生えてしまう。

 

 

 

「────ねぇ、アルフ。ずっと聞こうとして、逃げ続けた疑問があったの」

 

「何を──────」

 

という言葉を、振り返る少女の視線が遮った。

反射的に一歩引こうとする体も、少女から手を取られて、止められる。

振り解くのは簡単だ。

手を思いっきり振れば、簡単に引き離せれるだろう。

もしくは逆の手で無理矢理引き剝がしたら、簡単に振り解ける。

だけど、力を使うには余りにも華奢な印象と柔らかさから躊躇われる。

 

 

 

何時もそうだ。

 

 

この人は自分が弱い事を何時も無意識に利用する。

 

 

 

自分の手足がどれだけ脆いかを少女は知らない

自分の手足でどれだけ壊せるかを少女は知らない

 

 

自分が少し力を入れれば簡単に壊せるというのに少女はまるで自分が何も壊さないと思って平気で触ってくる。

青空のような瞳が真っ直ぐにこちらを向いてくるのも辛い。

見られれば見られる程、少女の瞳を汚しているような感じがするからだ。

だから、自分は少女の手を振り払う事も出来なければ、目を合わせる事も出来ない、情けない姿で────────少女の問いを聞いてしまった。

 

 

 

 

 

「────────どうしてアルフは、何時も命を賭け(捨て)て私を助けてくれるの?」

 

 

 

 

「────────」

 

 

一瞬、頭をよぎった感情を握り潰す。

それは例え、偽物であっても皇族の人に向けていい感情(もの)ではなく────────

 

 

 

 

"お前の意思も肉も命も、全てアルビオンに捧げよ────────"

 

 

 

嫌な雑音が脳内で再生され、即座にその思考を己の内で叩き潰す。

だが、そうするとよぎった感情が再生される事になり、それを必死に振り払おうと思って首を振ろうとして

 

 

 

 

「────────どうして?」

 

 

 

その余りにも無垢な声が、理性を切り払い、本能の背中を押し

 

 

 

 

 

「そんなの……………!! 姫様にだけは解って────────」

 

 

 

 

 

 

 

プリンセスは初めて自分に対して怒声を上げた少年が、直ぐに口を手で抑えるのを見た。

その事も驚く事では勿論、あるのだが、それ以上に

 

 

 

 

私には……………?

 

 

 

解って、で言葉は止まった。

文脈と口調からでは解って欲しかった、とも解って欲しくない、とも取れる言葉だ。

どっちなのかを読み解くには、今までの絆だけでは不可能である事を知って愕然とした。

 

 

 

 

だって、私はこんな風に取り乱す彼を知らない。

 

 

 

私はまだ────────彼を知らないのだ、と知ってしまったからだ。

 

 

 

 

「アルフ……………?」

 

 

思わず、放してしまった手をもう一度伸ばすが、少年は後退って離れるだけ。

恥ずかしがって断る事自体はあっても、決して離れる事は無かった少年がまるで怖いものが触れてくる、というように逃げられて絶句する。

しかし、それを気付いたのか。

アルフは私の伸ばされた手を見直して、青褪めていた表情を更に青くし、しかし、その上で口を抑えながら

 

 

 

 

「な、何でもないです………………し、失礼しました………………」

 

 

と、明らかに何でもないなんて言えない口調でそんな事を言うのだ。

思わず、もう一度手を伸ばそうと体が動きそうになるが──────今度は無理矢理押し止めた。

これくらいは覚悟していたことだ。

私は新たな関係を築こうとして、今の関係を壊そうと思ったのだ。

 

 

 

痛みがあるのは当然だ。

 

 

正しい事をしているとは思っていない。

むしろ間違った事をしていると思っている。

だけど………………このままでは少年が何時か、夢みたいに私を庇って死ぬような事があるかもしれないのだ。

本当はそれも悪い事ではないのかもしれないのだけど………………どうせバッドエンドに終わるのならば、出来れば彼と一緒に死にたいというのは聊か重い発想だろうか。

まぁ、それは置いといて、やはり知ってほしいのだ。

 

 

 

 

自分が彼を必要としているのだ、と。

 

 

 

貴方を見捨るなんて事はしたくないのだという事を知ってほしいのだ。

どちらか片方だけが生き残る、というのは酷く辛いのだ、と。

 

 

 

それだけなの………………

 

 

それだけを──────どうか守ってほしい。

 

 

 

 

 

 

それが例え────────────離れる結末になってしまうのだとしても、失うよりはマシだと思うから

 

 

 

 

それだけを思い、プリンセスは胸に手を当てながら、少年に縋った。

だけど、少年は青褪めた顔のままであった。

 

 

 

 

 

 

やはり、そんな顔を見るのは辛い、と思うのは、虫が良すぎるだろうか、という思いだけは何とか封じながら──────あの日、照らしてくれた夜は、ただ暗いだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






こそこそ


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case18:愛に愛して


今回は悪役としてもある意味ドッキドキな感じです。

あ、砂糖はきっと無いです。


 

 

 

──────まずクライ記憶があった。

 

 

 

闇  闇  闇

 

 

見渡す限り闇。

何も見えない、何も聞こえない。何も思えない。

そんな場所をまるで他人事のように■■■■(誰か)が見ていた。

 

 

 

よく分からない。

 

 

 

意味が分からない。

意味を得れない。

意味を消失する。

 

 

何一つとして価値を見出せなければ、何一つとして意義を果たすことも出来ない暗闇の世界だった。

敢えて言うならば、ゴミ捨て場だ。

ここには何もないけど、無駄な物がある。

ただ、息をして、這いつくばって、酸素を消費しているだけの■■■■(ゴミ)だ。

価値なんて欠片もなく、命と呼ぶには呼吸しているだけの物だ。

 

 

 

 

だけど、よく理解できない。

 

 

 

蹲っているのモノの視(・・・・・・・・・・)()を共有しながら、アドルフは無感動に首を傾げた。

 

 

 

 

知らない記憶(認識)

 

 

認識でない以上、もうこれはアドルフの記憶ではなく、■■■■の記憶だ。

だから、今も、まるでとんでもなく古い映画を見ている感覚しかなく──────

 

 

 

 

 

感想もまた、どうでもいいとしか思えなかった。

 

 

 

例え、それが、どれ程の絶望に溺れ死んだ■■■■の記憶であったとしても、アドルフからしたら、どっかの日本の侍以上にどうでも良いモノでしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

アドルフは不思議な生き物を見ていた。

 

 

不思議な生き物は少女の形で、その形は本来、自分が仕えるべきシャーロット姫と同じ姿をした、しかし別の人間であった。

それに対してアドルフは最初は特にどうでもいい人間であると思っていた。

大事なのは本物であるシャーロット姫であり、流れで身代わりのような役目になったとはいえ、もしも本物が見つかった時、少年はこの少女を■すつもりであった。

しかし、そんな想像は吐き気を堪え、死の恐怖に震えても、逃げる事だけはしない少女を見ていると想像は破棄され、次第に理解できない生物に見えてきたのだ。

だから、一度聞いてみた。

 

 

 

 

どうしてそんなに頑張るのですか、と

 

 

 

それに対して、名前(これまで)を失った少女は吐いたからか、青褪めた表情で──────しかし、とても綺麗な笑みを浮かべて、告げた。

 

 

 

 

友達を信じているから

 

 

 

その言葉を聞いてアドルフは特に感じない──────はずだったのに、何故か自分の両の手を見つめていた。

 

 

 

 

人■っこい■の■遣いが聞こえる。

 

 

手■は■物。

 

 

そして、そのまま──────

 

 

 

 

現実に帰還する。

アドルフの視線は特に変わらず、手袋に包まれた自分の両の手だ。

特に何かが変わる事は無い。

 

 

 

だけど………………何故だろうか。

 

 

 

 

 

今は何故か───────────途轍もなく汚らしいものにしか見えなかった

 

 

 

 

 

 

 

「と、唐突に申し訳ないのですけど!! ──────私、貴方の事が好きです!! け、結婚を前提につ、付き合ってください!!」

 

 

 

アドルフは流石に人生において全く聞いたことがない単語の羅列に、機械的でいる事が出来ずに、思わず、そんな法螺を言い放った少女に顔を向けていた。

 

 

 

容姿は金髪を肩の辺りに遊ばせ、瞳の色は姫様のサファイアとは違ってアンバーに近い瞳に強さと同時に少女特有の柔らかさと、告白によって揺れる弱さという矛盾を併せ持っている。

その上で姫様のような華奢というと語弊があるが、それとはまた違う整った顔を赤面させて、震えて──────でも、しっかりとこちらを見ていた。

 

 

 

まぁ、これも正直な感想なのだが……………発言内容には流石に本気で驚いたが──────欠片も興味を覚えることは無かった。

無論、可愛らしい少女なのだろう、とは思った。

学校一というと大袈裟になるのだろうけど、少なくともまぁ、恋人にするなら、というような容姿をしているのだろうとは思う。

 

 

 

 

でも、彼女は姫様じゃない(・・・・・・・・・)

 

 

 

なら、例えどれ程容姿が優れていようと何であろうともアドルフからしたら有象無象の一人でしかない。

故に自分は衝撃から取り戻した肉体を操って笑みを浮かべ

 

 

 

 

──────残念ながら興味ありません

 

 

 

と断った。

実に時間の無駄であった、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………ぁ…………嬉しい………………」

 

 

 

 

姫様とはまた違う美しい金髪を雨に濡らし、アンバーの瞳から光が消えそうになる中、少女は血に濡れた腹から片手を放して、俺の顔に触れた。

最早、短時間しかない持たない命と体で、少女は微笑んで俺を見る。

まるでそこに光があるとでも言いたげな仕草に、俺は思わず、何故、と問うた。

言ってから息をする事すら辛い少女に対して無理を言った、と後悔するが、しかし少女は微笑んだまま

 

 

 

 

「だって……………貴方、泣いている………………」

 

 

とそんな事をのたまった。

断言しよう。俺は泣いてなどいなかった、と。

 

 

 

強がりではない。

 

 

何故なら、自分は言われて直ぐに確認したからだ。

 

 

 

そして瞳には涙はついていなかった。

 

 

 

あるとすれば、強く降り出した雨くらいであった。

だから、俺は少女にとっては意味がないだろうが、それでも告げた。

 

 

 

 

泣いてなんかいない。ただの雨だ、と

 

 

 

 

なのに、少女はいいえ、と告げるように小さく首を振って

 

 

 

 

「だって……………わたしを……………慈しんで、る………………」

 

 

 

慈しむ。

適当な言葉だと思った。

そんな感情、己にはない。

あったとしてもそれは姫様に向けるものであって、少女の愛を否定した自分が彼女に向ける資格はないものだ。

 

 

 

彼女を刺した人間と彼女を見捨てた俺

 

 

 

一体、どこに違いがあるというのだ。

なのに、そんな仕打ちをした人間を慈しむ? ふざけている、と思った。

だから、アドルフは少女の言葉を否定しようとして────────────何故か口が動かなかった。

そんな、余りにも煮え切らない態度なのに少女は満足しているという死に顔を作るように微笑み

 

 

 

 

 

「良かった………………私………………最後に………………貴方の(はじめて)を、得れた、んだぁ………………」

 

 

 

そんな事を勝手に呟いて、少女は逝った。

酷く勝手な死に様だった。

人には喪失を押し付けておきながら、少女は最後に勝手に何かを得て、逝ってしまったのだ。

 

 

 

 

 

酷く勝手な死に方()だ。これじゃあ文句を言えないではないか

 

 

 

 

そして俺は────────────

 

 

俺は────────────

 

 

 

俺は────────────?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………ん」

 

アドルフはベッドで汗だくになっている自分を認識した。

間違い無く、己の部屋であり………………明らかに朝の時間を過ぎている事を体内時計が教えた。

 

 

 

「うぅ………………」

 

 

窓から見える外は暗い。

夜になっているわけではなく、単に天気が悪いのだろう。

もしかしたら雨が降っているかもしれない。

だけど、そんな事は関係ない。

天気が良かろうが悪かろうが、自分は姫様の傍付きなのだから。

だから、ベッドから起き上がろうと、膝を立て

 

 

 

「………………?」

 

 

 

そのまま体を横倒しにしてしまった。

何やっているんだ俺、と思いつつ、両の手をベッドにつけて起き上がろうとするのだが、やけに関節が痛む。

 

 

 

「………………」

 

 

視界が歪む。

頭が重い。

体に力が入らない。

まるで重りを飲み込んだような感覚に、首を傾げて──────ようやく気付いた。

 

 

 

 

自分は今、風邪をひいているのだと

 

 

 

 

「………………ばかみたい」

 

 

思わず、自分を罵ってみるが、言葉にすら力が入らないので自己嫌悪すら出来ない。

熱のせいで汗だくになっている体を再び倒して、アドルフは思う。

 

 

 

 

今の自分に名前があるとすれば二酸化炭素製造機だな、と

 

 

 

 

 

 

 

「まだアドルフの風邪、治らないのかい?」

 

ドロシーは何時もの場所に集まっているチーム白鳩のメンバーで欠けている男の名を出して、話しの切り出しにした。

あの風邪なんて機能にありませんが? とでも言いたげな男が、既に一週間寝込んでいる。

ここまで悪質な風邪は余りないが、まぁ、そういう事もあるのだろうと思う。

 

 

 

「まぁーた随分と拗らせたね………………まぁ、風邪は別に本人のせいじゃないんだけどね」

 

 

私達はスパイだが、体調不良の人間をわざわざ利用して、失敗の可能性を高める程、余裕が無いわけではない。

それに、症状としても中々しんどいらしく、ベアトが許可を取って男子寮に少しだけ看病しているくらいだ。

ちなみに、そこでベアトなのか、と思われるが

 

 

 

 

「姫様は大事なお体です! なので、アドルフ様の事はお任せください」

 

 

 

と、ベアトリスが面会拒絶してしまい、結果としてプリンセスが段々としおれていった。

現に今も、問題なさそうに紅茶を飲んでいるが、中身がない上にカップが逆さになっているのだが、この一週間じゃよくある事なので、もう誰もツッコまなくなっていた。

しかし、三日前にさらりとアンジェからCボールをスって、空から行こうとした時には流石にどっちにツッコめばいいのかわからなくなったが。

私の相棒はプリンセス相手にのみポンコツである。

いや、もしかしたらプリンセスがアンジェ特攻なのかもしれんが。

まぁ、幸い、任務も入らなかった為、問題は無かったのである。

これで、もしも任務があってプリンセスを危ない場所に連れて行ったら、後日殺されかねないしなぁ、と冗談ではなくリアルに未来が読み取れる。

 

 

 

 

「しっかしまぁ」

 

 

まさかあのデート発言から、次の日にここまであの馬鹿がぶっ倒れるとは。

多少、興味はありはしたが、流石にそこまで野暮じゃない。

ベアトリスは大分気にしているようだったが、ちせは無関心………………というか別に悪い事ではなかろうという感じ。

アンジェは相変わらずのポーカーフェイスだったが………………アンジェはアンジェでプリンセスには無駄に甘い感じがあるので、はてさて、という所。

まぁ、別にデートがどうであったかは聞く気はない。

ただ、アドルフは今日も風邪で休みで、今、ベアトが看病に行こうとしている、という事だけである。

 

 

 

「………………ねぇ、ベアト? その、今日はやっぱり私──────」

 

「絶対駄目です」

 

 

神速の断絶が、ちせの居合のように抜き放たれる。

その速度の切れ味にちせが見事と呟く中、プリンセスは一瞬、石化したかのように硬直するが、しかしその程度では乙女心は止まらない、と言うべきか。

プリンセスは直ぐに復活し

 

 

 

「で、でも。ほら? もう一週間よ? 大事な傍付きを見るのも王女の役──────」

 

「その姫様がもしもそのまま風邪を引いたら公務の事もそうですが、何よりアドルフ様が心底後悔すると思います」

 

 

隙を生じぬ二段構えにプリンセスが大きく仰け反るのを見ると、この姫様、付き合いいいなぁ、と思ってしまうが、流石にもう慣れた。

 

 

 

「て、手洗いうがいしっかりして──────」

 

「しっかりしても、何をしても承服出来ません」

 

 

びしりと断言され、プリンセスはベアトの意地悪ぅ、と男ならば落ちかねない嘘泣きと仕草をするが、生憎、チーム白鳩における男性タイプはここにはいないので無意味である。

それにしても、今回のベアトはやけに手強いな、とは思うが、ベアトの言っている事は当然であり、大事な事だからだろう。

言い方を悪くして言うのならば、ただの傍付きのアドルフとプリンセスでは価値も違うしな、と思うが、まぁ、流石にそこまでこき下ろさなければいけない段階ではまだ無いだろう。

しゃあない、と思っているとはぁ、と小さな吐息を聞いて、おや、と吐息の方を見る。

 

 

 

 

「──────ベアト。私も手伝うわ」

 

 

 

相棒が読んでいた本を閉じて、唐突にそんな事を呟いたのだ。

任務優先の相棒が、やはりプリンセスと出会ってからやけに色々な意味で積極的になっているなぁ、とは思うが………………特にドロシーは上に報告する気は無かった。

裏切ったりしない限りドロシーはそこら辺を問い詰める気はさらさら無い。

 

 

確かに、私達はスパイ。

 

嘘を吐く生き物だ。

 

 

しかし、嘘を武器にしているとはいえ感情まで嘘だらけなわけではないのだ。

ここら辺、言ってしまうとコントロールに不信感持たれそうだから、言わないが、無感動で生きていくなんて嫌だし、それこそ面倒だ。

スパイである自分が嫌なわけではないが、人生を少しは楽しむ権利は私もそうだがアンジェや、ここにいるメンバーにはあっていいと思う。

それは勿論、プリンセスも、あの欠陥人間アドルフであってもだ。

 

 

「え? そ、それは嬉しいんですが………………唐突にどうしたんですアンジェさん?」

 

「私が手伝えば、プリンセスも余計に強く言えなくなるでしょ?」

 

裏切ったわね!? アンジェ! と何時の間にかハンカチを装備したプリンセスがボケなのかツッコみなのか分からない言葉を漏らしていたが、相棒はクールに無視した。

しかし、涙は自前とはあの娘、とんでもない演技派である。

 

 

 

「用意したら行くわ」

 

 

そう言って部屋から出ていくのを見るとお花摘みかねぇ、と思っているとプリンセスも暫く蹲っていたが、お花摘み行ってきます………………とプリンセスも部屋を出て行ったので、やれやれと思いつつ、私も何か本でも読もうかと思いながら

 

 

 

「一週間も風邪で休んでいたら、あのバーサク野郎からしたら、切腹モノなのかねぇ?」

 

 

そう言っていると

 

 

 

「日本では病は気から、という言葉があってな」

 

 

唐突に、手元にあるクッキーを咀嚼しながら、何時もの仏頂面でそんな事をちせが呟いた。

それに合わせて、首を無理矢理曲げて、ちせの話題に付き合う。

 

 

「気が弱っている人間ほど、病気になり易いって事かい?」

 

「うむ。無論、肉体面の問題もあろうが、肉体を操作するのが精神である以上、精神面の影響は肉体に出るというもの。実際、風邪の時程、気は弱くなるだろう」

 

「そりゃそうだが………あのアドルフが? 歩く鋼鉄のような奴が?」

 

「人間だ」

 

 

つい、ちせの方に顔を向けるが、ちせは特に表情を変えることなく、クッキーを食べるだけ。

だから、ドロシーも気にせずに、何かないかと思っていると新聞があったから、そういや今日は見てないな、と思って手に取る。

 

 

「人間か」

 

「人間だ──────あの男の世界が、プリンセスにのみ捧げられているだけのな」

 

 

あーーー、成程、つまり、あのデートの時にプリンセスから何かを言われたのではないか、という事か。

とんだ遠回りな表現もあったものだ、と苦笑して、新聞を広げてみると、一面にデカデカと乗っけられた言葉に思わず吐息を吐く。

 

 

 

 

「………………"ジャック・ザ・リッパー、宗旨を替えて復活か"ねぇ……………………」

 

 

 

 

ジャック・ザ・リッパー

 

 

この名はアルビオンにおいては壮大且つ恐怖の代名詞だろう。

曰く、正体不明のシリアルキラー。

何故か妊婦のみを狙い、儀式殺人でもしているのではないかと囁かれ、結局、最後まで正体不明のまま姿を消したアルビオンにおける恐怖劇。

そんな殺人鬼がまた再び現れたのではないか、という事件が起きているのだ。

ただし、対象は妊婦ではなく、特に何か特徴があるというわけではないらしい。

敢えて言うならば金髪の若い男という事だけだ。

そんなのアルビオンには腐るほどいるから、もてはやされているが、実行犯は別人だろうと思う。

 

 

 

「やれやれ」

 

 

殺人鬼なんてのは大抵、イカレか、行き詰った誰かがなったりするものだと思うが、ともあれ、スパイである私達には関係ない。

自分達は町や国を守るヒーローでもなければ、正義感溢れる人間でもないのだ。

そういった熱い生き方はヤードとかに頑張ってもらいたいと思う。

今、私達に何か関心があるとすれば、アドルフが何時になったら復活するやら、という事くらいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アドルフ様ーー? 入りますよーー?」

 

 

ベアトがアドルフの部屋の扉をノックして、何も反応が帰ってこないから、ベアトが預かっている合鍵で部屋の扉が開くのを見届けるアンジェ──────の姿をしたプリンセスは内心でベアトに謝っていた。

 

 

 

ごめんねベアト……………………

 

 

ベアトが決して己を邪険にしているとか、アドルフと会わせたくないとか思っているわけではないのは分かっている。

本当に風邪の菌が移らないように、そしてその事をアルフが恥に思わないように心掛けているだけなのだという事くらいは分かっている。

だから、最初はベアトに任せていたのだが……………………流石に一週間もしたら心配の気持ちが強くなる。

終いには王族お抱えの医者でも呼ぼうかと思ってしまいそうなのだ。

だから、今、こうしてアンジェに協力して貰って、最低でも姿だけでも見ようというわけだ。

 

 

 

 

持つべきものは親友である。

 

 

 

そういうわけで一週間振りに、目に入れても痛くない傍付きを見ようと開かれた部屋を覗いてみると

 

 

 

 

ベッドから頭からずり落ちるように倒れている傍付きが発見された。

 

 

 

 

「アド──────!?」

 

叫ぼうとするベアトを条件反射で防ぐことが出来た自分を褒め称えたい。

とりあえず、冷静になる深呼吸を一回して

 

 

「騒いだら、迷惑だし、冷静さを失えば対処できないわ」

 

「は、はい!」

 

 

と、ベアトは落ち着いてくれたので、とりあえず駆け足で二人でアルフに近寄る。

見た感じ、確かに熱はあるし、意識はないようだが………………誰かに荒らされたとかそういう感じはしないのを見ると

 

 

 

「………………寝ぼけてベットからずり落ちた?」

 

「た、多分、そんな感じですね……………………」

 

 

ベアトの同意を得れた所で、二人で顔を合わせ………………とりあえずホッとした顔を見せないようにしながら、内心でホッとする。

いい事かどうかは知らないが、とりあえず動ける力はあるという事だ。

前向きにそう考えて、とりあえずベアトと協力してアルフをベッドに横倒らせる事に成功する。

細いのに、やっぱりベアトやアンジェとは違う重さを感じて、男の子なんだと思うのは流石に乙女思考かと内心で苦笑しておく。

とりあえず、寝かすことは成功したので、ベアトが水を持ってきますね、と外に出ていくのを見送った後、プリンセスは倒れているアドルフを診ていた。

 

 

 

 

一週間振りの彼の姿は、酷く弱弱しい姿であった。

 

 

 

「……………………」

 

そういえば、アドルフがこうして寝込んでいる姿は初めて見る。

逆に寝込んでいる所を看病された事はあるのだけど、弱った彼を見るのは新鮮と言うべきか、複雑と言うべきか。

何時も頼りになる姿ばかりを見ていたから、こうして弱っている所を見ると

 

 

 

母性本能が……………………!!

 

 

違う。

いや、そうだけど、今はそこら辺の冗談系は脳内の片隅にでも封じ込めておく。

そういう想いもあるけれど………………やはり、一番強い思いは、私は弱い彼もあんなに憤る彼も知らなかったのか、という不甲斐なさであった。

 

 

息を少し荒げて呼吸する少年の頬に手で触れる。

 

 

熱いのは当たり前だが、柔らかい。

当然だが、人の肌だ。

機械でもなければ、岩でも、鋼でもない。

人なのだ。

体調を崩すことなんて当たり前だし──────怒る事もある。

実に当たり前で──────そして見逃していた現実だ。

 

 

 

「どうしたものかしら…………」

 

 

前向きになっても中々難しい問題……………………だが、逃げるのは止めだ。

と格好よく思っていたのだが、向き合う本人がこうして倒られてしまったらどうしようもない。

私情的にもそうだが、それ以上に良くなってほしい、と思っていると

 

 

 

「……………………ぅ…………」

 

 

唐突にアルフの目が薄くだが開けられ、そしてほぼ前にいた私に視線が向いた。

 

 

 

「……………………」

 

 

うん、まぁ、顔を撫でられていたら、風邪であっても起きてしまう時は起きてしまうわよね、と冷静に納得する。

間違いなく、これは私が悪い。

いや、これが普段ならば遠慮なくからかうのだが、今は彼は風邪で且つ私はアンジェに変装しているという二重ドッキリだ。

冷静に考えれば、私は何をしているのだ、というレベルである。

そう思っていたが、目を開いても余りアルフの反応がない所を見ると寝惚けているのかしら? と思って、しかしどうすれば、と思っていると

 

 

 

「…………姫様…………?」

 

 

と、やはり一発で理解されてしまったか、と内心少し喜びながら、観念してええ、と頷こうと思ったが……………………よくよく見れば、少年の瞳は焦点が定まっていない。

こちらを見ながらも、その実、正しく認識出来ていない感じだ。

見えてはいても意識が定かではない。

つまり、やはり寝惚けているのだ、と思っているとノロノロとした動きで、アルフから手を刺し伸ばされる。

条件反射でその手を握ると、少年は酷く安心した顔になる。

酷く緩慢で、弱弱しい力でだが、まるで形を確かめるように握られている手からはみ出ている指で掻いている…………というより握ろうとしているのか。

くすぐったいが、そのままでいると

 

 

 

「────────────」

 

 

何か言おうとしたのか。

アルフは口を微かに動かし──────そのまま目を閉じた。

読唇術はスパイ活動として習ってはいるが、今のは既存の口の動きではない。

言葉にすらなりきれない余りにも小さな動きだ。

もしかしたら

 

 

 

「あの時言ってくれなかった言葉の続きかしら」

 

 

解って欲しいと思ったのか、解って欲しくないと叫びたかったのか。

どっちでもあるような気がするし、しっかりと答えが決まっているようにも思えて、当たり前の事かと思うが……………………冷静に考えようにも自分が掴んだ手を握り返しているアルフの手が離れない。

さっきは冗談で言ったが、流石にこのシチュエーションで母性本能を封じるのは中々に難しくないかしら皆様。

いや、皆様はいないのだけど。

もしかして、今、私はこの手を自分で離さなければいけない作業に入らなければいけないのだろうか。勿体ない。

ガッデムとは正しくこの事である。

いや、しかし、感情的な理由としてアルフは先程の苦しそうな顔が、マシになっているのだ。

つまり、手を繋いだままでいるのは仕方がない事ではないだろうかと思っていると

 

 

 

「お待たせしました。水を持って──────」

 

 

笑みで入ってきた侍女は笑みのまま固まった。

何で固まる? と思って首を傾げている間に気付いた。

そういえば、今、私はアンジェに変装しているのだ。

 

 

 

 

 

つまり、ベアトの目線からでは主の傍付きが、主が雇っているスパイの手を握って安心しているように見える、という事になる

 

 

 

ドラマが生まれそうねーーー、と思っているとベアトは顔を真っ赤にして、あわあわして

 

 

 

 

「ひ──────姫様には内緒にしますのでーーーーーーーーー!!!」

 

 

と、勢いよく叫んで、しかし扉は優しく閉めて、そのままドタバタと去っていくのを見るとこれは暫く帰って来ないわね、と思って、とりあえずカツラだけは外して、はぁ、と吐息を漏らす。

だけど、ベアトのあんな叫びを聞いても、起きることなく、且つ手を離さない少年の寝顔を見ていると得した気になるのは、欲が無さ過ぎるかと思う。

だから、少し素直になってみよう、と思って、手を握った姿勢で、顔をアルフの額に近付け──────そのまま口をつけた。

 

 

 

「ん……………………」

 

 

 

風邪が治るようにもそうだが…………………もしもあのまま私を嫌う事になったのだとしても、どうか幸せに(すこやかに)という祈りを込めた口付け。

 

 

 

 

 

例え、憎まれることになっても、私が貴方を想う愛は永遠なのだという祈り

 

 

 

数秒ほどして、額から離れて、少し自分の頬が赤いのを自覚するともう、と片手で抑えておく。

そうしていると

 

 

「あら」

 

 

窓から光が生まれ、そして数秒後に少し大きな音が鳴るのを感じ取った。

雷だ。

そういえば、アルフが倒れるのと同時にこんな風に天気も悪くなったわね、と思い出す。

意外と晴れ男なのかしら、と他愛のない事を思いながら、少年が立ち上がる日を夢想する。

 

 

 

 

 

 

もしも、それが決別の日であったとしても──────やはり、倒れたままの姿は見ていたくないから

 

 

 

 

 

 

 

雨と雷で彩られる街の路地裏に、更に別のモノによって彩られた場所があった。

それは絶命の色で、命の色で──────出血というだけでは表現出来ない血によって象られた死の模様であった。

その中心には苦痛と悲痛をごちゃ混ぜにした死体が二つ重なっており、肉の塊はただひたすら刺した結果としか言えない様相であった。

顔も滅多刺しにされているせいで、血と脳漿が零れており、分かることがあるとすれば、死体二つには金髪の髪がついている、くらいだろう。

 

 

 

 

間違いなく、ここは殺人現場であり──────そこにはそれを証明するかのように殺人鬼がいた。

 

 

 

 

「あははははははははははは!!! はっ、は、あは、はははは……………………!!!」

 

 

 

殺人鬼はただ呵呵大笑していた。

泣くように笑い、笑うように泣いている姿は人からしたら、もしや逆に殺人現場に遭遇して気がふれただけの存在に見えかねないが、その手に持っている刃先が欠けたナイフと血に塗れ、赤黒く染め上がった血のドレスがそれを否定していた。

断言しよう。

ナイフを持った鬼は間違いなく加害者であり、どうしようもなく嗤っており──────そして本当に愛していた(・・・・・)

 

 

 

そう

殺人鬼は今、この肉塊としか言えない死体を真実、世界を侵す程に愛していた──────

 

 

 

ああ(・・)やっと手に入れた(・・・・・・・・)、と唇を三日月にして嗤っていた。

しかし、その愛は本当に突然に途切れた。

殺人鬼が首を傾げ──────顔を失いかねない程、刺された顔を掴んで顔を近づけたのだ。

じっくり、とまるで傷の経過を観察する医者のように見た後、

 

 

 

「……………………ちがぁう……………………」

 

 

と、殺人鬼はそのまま放り捨てた。

ぐしゃり、と力なく倒れる肉を見届ける気も無く、殺人鬼は立ち上がる。

 

 

 

 

「ああ…………………どこ…………………どこにいるの……………………? うぅん………………いいえ………そうね、そうよ…………諦めない、終わらない、きっと見つける、探し出す…………ええ、ええ、ええ! だって、愛しているもの! 愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛しているんだもの!! 貴方が欲しい! 貴方だけが欲しい!! その為なら何だって出来るの! 何をされてもいいの!!」

 

 

最早、誰に話すのではなく、己に刻むような言葉。

事実、殺人鬼は最早、誰も見ていない──────否、特定の誰かしか見ていない。

想い過ぎて呪いのようにしかなっていない愛だが……………………故にそれはどこまでも真摯で揺るがなかった。

だから、殺人鬼は一切、己を疑わずに、真実の愛を告げた。

 

 

 

 

「愛しているわ────────────アルフ(・・・)

 

 

 

殺人鬼は…………否、金髪を胸の辺りまで靡かせ、アンバーの瞳を濁らせ、まるで神に誓うかのように空を見上げて、腕を広げる。

雨と雷をまるで祝福のように受け止めながら──────急激に震える。

 

 

 

「ぁ…………う、ぐっ…………」

 

 

手先が震える、頭が軋む、今にも胃の中にあるもの全てを吐き出しかねない苦痛を感じるのを悟り、殺人鬼であった少女は今こそ本当に被害者のように息を荒げ、喘ぐ己を自覚しながら、欠けたナイフを落として、ガリガリ、と体を削りながら、片方の手で懐から注射器を取り出し、手袋を力づくで剥がし、後は最早、経験と力で無理矢理腕に刺した。

 

 

 

「ぁあ…………」

 

 

それだけで、少女は再び殺人鬼に立ち返り、落ちたナイフを拾い、要らなくなった注射器を適当に捨てて、歩き出す。

大丈夫、きっと会える、という正しく恋に恋する乙女のような想いを抱きながら、少女は雨と雷に包まれている世界を歩いた。

 

 

 

 

そして世界はまるで、少女に味方するかのように闇で少女を覆い隠していた。

 

 

 

 

 

直ぐに会いに行くから、と闇の中でも少女は愛を囁いた。

 

 

 

 

 




はい、今回は悪役にして初のキャラですよ。

いやぁ、ちょっと今回も緊張します…………ともあれ、砂糖は無かったですねぇきっと、多分、メイビー。

まぁ、まだこの話のプロローグみたいなものなので、今回はあとがきは薄めに早めに更新させて貰いますね。



感想・評価などよろしくお願いいたします。
疑問などでもいいので来ていただければ幸いなので宜しくお願い致します。



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case19:血染めの華





ノー砂糖 ノーライフ


 

 

 

 

今日もまた、陰気な雨が降っているわね、とアンジェは内心でぼやきつつ、何時もの部室で本を読んでいた。

勿論、今日もアドルフは休みである。

ただ、ベアトが言うには今までに比べれば大分良くなったという事だから回復の兆しが出てきたかも、という事らしい。

その事を聞いたプリンセスが、見た目は普通に喜んでいたが、背中で手を思いっきり握っていた事を知っているのは、さてどれくらいでしょうね、と呆れておく。

まぁ、プリンセスが喜ぶのならいい事である。ただし、アルフは一度足の小指をぶつけてもいいと思う。

そう思って、本を読んでいると

 

 

 

「何だ相棒。また本か?」

 

 

と、ドロシーが隣に座ってきたので、横眼を向け

 

 

「日が出ているのに、お酒を嗜む学生よりマシだと思うけど」

 

「釣れないなぁ。昨日はアドルフの手を握る程優しさを見せたのに」

 

 

ああ、と呆れが籠った返事をしそうになって口を噤む。

どうやらそんなイベントをプリンセスは発生したらしい。

風邪で寝込んでいる癖に、何を幸福なイベントを得ているのだろうか。発破でも仕掛けたくなるが、自重自重と念じる。

でも、少し横目で元凶を見るとプリンセスは皆から見えない位置に移動して、ウィンクとハンドサインでごめん、と謝っていた。

 

 

 

 

許す。でもアドルフは何となく許さない。

 

 

 

そう思っているとドロシーが新聞を持っていることに気付く。

 

 

「今日の見出しは」

 

「二代目ジャック」

 

 

ああ、それね…………とアンジェもどうでもいいとまでは言わないが、しかし模倣犯ですら無い殺人犯に対してそんな名前を名付けるのは、余程の飛ばし記事か、何も考えていない記者なのか。

無駄に市民の不安を煽ってどうするのだ、とは思うが、スパイである自分が考える事ではないか、と思う。

そう思っているとプリンセスが興味を持ったらしくて、ドロシーから新聞を借りて、読んでおり

 

 

 

「あら…………結構、近いわ…………」

 

「そうだねぇ…………まぁ、今回は男ばっかりを狙っているみたいだけど殺人鬼にそんな理屈が正しいか問いたくもないから、あんまり外出はしない方がいいね」

 

 

そうこう話していると、他のメンバーも気になったのか、こちらに寄ってきて、話題に集ってきた。

 

 

 

「なんだ。辻斬りか」

 

「近いって…………アドルフ様がいない今、頑張らないと……………………」

 

 

ベアトの奮起を見ると、プリンセスは恵まれているわね、と鉄面皮の下で思いつつ、アンジェは横目でドロシーの新聞を見ていると、気になるとまでは言わないが、他にも何やら書いているのを見つけた。

 

 

 

 

…………………ああ。この前、捕まえた麻薬の売人の実刑が決まったのね。

 

 

 

組織という程ではないらしいが、複数のメンバーで麻薬を売り捌いていた売人達をヤードが捕まえた事件があった。

こんな時代だ。

どこもかもが幸福とは言えない中、そこから逃げたくなる人間というのは老若男女問わずに存在する。

麻薬というのはそういった人達に対して、正しく"薬"になるのだろう──────例えそれが一方通行の道であったとしても、先よりも今が幸福である事を求めた結果なのだろう。

それを愚かとは言う資格はないが

 

 

 

「……………………気楽よね」

 

 

 

楽に終われて(・・・・・・)

 

 

 

「あ? 何か言ったかアンジェ?」

 

「黒蜥蜴星人のお呪いよ。この憂鬱な天気が吹っ飛ぶようにね」

 

 

あっそう、と手をひらひらとこちらに振るドロシーから視線を切って再び、本に集中しようかと思っていると

 

 

 

「…………ねぇ、ベアト…………今日は。今日くらいは、ね?」

 

 

と、何時の間にかプリンセスがベアトに対してわざとらしいアングルから上目遣いで首を傾げて、お願いをしていた。

遂には自分の顔を利用してまで、落としにかかってきたわね…………とアンジェは親友が悪女の道を笑顔で突っ切っている事にどうしたものか、と内心で頭を抱える。

流石のベアトも一度は鬼になれても二度目は鬼になる事が難しい上に、あの凶悪な仕草だ。

数秒後に俯く侍女を見て、落ちたわね…………とアンジェは忠義と友情の陥穽を見た。

まぁ、今回は変な誤解を得ずに済むか、と思って、今日も元気に振っている雨を見る。

雨を見ながら……………何となく思った事実を頭に思い浮かべる。

 

 

 

 

そういえば……………………アドルフも金髪ね。

 

 

 

そういう意味では風邪で寝込んでいるお陰で助かったか、と思った。

 

 

 

 

 

アドルフは重い体を引きずるような形で体を起こした。

 

 

 

「ぅ……………………」

 

 

全身に重りでも埋め込まれたような体を認識しながら、ああ、そういえば風邪を引いていたんだと思いだす。

何かずっと同じシークエンスを行っているような感覚だが、仕方がない。

幸いと言うべきか、今日は少しだけ目が冴えている。

復活した、とは到底言えないが、それでも思考が回るだけマシになったか、と思う。

ああ、でも、こんな事で、姫様の警護から外れるなんて腑抜けているなんてものじゃない。

この隙に暗殺者が動いて姫様自身を狙われていたら、どう責任を取るというのだ。

 

 

 

「くそが……………………」

 

 

思わず零れた本音が口から洩れたが、一言漏らしただけで頭痛が脳を軋ませた。

 

 

 

「薬……………………」

 

 

情けないが薬で何とかするしかない、とノロノロとベッドから降りて、薬があったと思わしき場所を探すが

 

 

 

「…………ない」

 

 

一つもない。

少しくらいはあったと思うのだが、全部が無くなっている。

アドルフには記憶というか認識が出来てないというか、既に風邪になって一週間と一日が経っているのだ。

"少し"しか常備されていない薬など全て無くなるのが道理である。

 

 

 

ちなみに余談だが、姫様の部屋には各種薬が常備されており、そんじょそこらの病に対してならば万全な態勢が整えられている。

実に完全な過保護な傍付きと侍女によるものである。

 

 

ともあれ、薬がないなら、この頭痛に耐えるしか選択肢はない。

今にも頭蓋の中から引きずり出ようとするような頭痛に耐えて、ベッドに戻ろうとして

 

 

 

 

■■ッ、と吠■る音が響いた。

 

 

 

「────────────」

 

 

頭が真っ白になる。

引き裂こうとしていたのは頭ではなく、意識(こっち)だったのか。

嫌な雑音が耳にこびりつく。

その音だけは聞きたくない。

想像するだけならばともかく、本当の音を聞いてしまえば、ガリガリとアドルフという人格を削る鑢になりかねない。

 

 

 

 

■■■■ッ、と再度外から元気に俺を■しに来る音が聞こえる。

 

 

 

駄目だ、とてもじゃないが、この部屋にいられない。

あの音を聞いているとうっかり自殺しかねない。

薬を買いに行くという言い訳もある以上、外に出るのに躊躇う必要もない。

クローゼットから適当に服を引きずり出して、羽織り、傘だけを持って、外に出る。

 

 

 

 

最後にもう一度だけ■■ッ、という音が鳴り響いて、脳を掻きむしる。

 

 

 

ナイフを今、持っていなくて良かった。

もしも、持っていたら、手首にでも突き刺していたかもしれない。

 

 

 

 

 

プリンセスは昨日も来た男子寮のアルフの部屋で異常事態を発見した。

まず最初の異常が

 

 

 

「ドアが…………」

 

 

開いている。

昨日、離れる時、しっかりと鍵を閉じていたはずの部屋が不用心に開いている。

それだけで十分に廊下を走る理由になり、そのまま部屋に駆け込むと

 

 

 

「──────」

 

 

アルフはどこにもいなかった。

シーツはぐちゃぐちゃになって落とされ、クローゼットからは乱雑に服を引っ張り出して落とされたような形跡。

一瞬、頭が眩むが、そんな事をしている場合では無い。

とりあえず、まずベッドに駆け寄って寝ていたと思わしき場所を調べてみると、まだ温かい。

ベッドから降りてから、そう時間は経っていないことに気付く。

そして、他に見回すと散らかったクローゼット以外にも机の引き出しから何かを取り出そうとして開いたままの個所がある。

 

 

 

「ここは確か…………」

 

 

昨日、ベアトが薬を取り出した場所だ。

だから、今日、ベアトと一緒に薬を持ってきたのだ。

他にも何か、情報がないかと探るがそれらしい物はない、

つまり、状況だけを見ると

 

 

 

 

「もしかして…………薬を買いに行った…………?」

 

 

私は昨日しかアルフを見ていないが、昨日のアルフを見る限り、この一週間を正しく認識していたとは思えない。

昨日の事はおろか、もしかしたら倒れた翌日とか思っていたりしてもおかしくないような感じであった。

だとしたら…………十分にあり得る。

あの少年は基本、自己評価は低いし、己に価値を見い出していない。

自分が誰かに気遣われるとか考えようともしないのだ。

だから、それを変えたくて私はあんな事を言って──────

 

 

 

「っ…………!」

 

 

そんな事を言っても仕方がない。

今はアルフに追いつく為に、急いで走る事だろう。

今も、あわあわしているベアトには悪いが、幸い、薬局はここからそう遠く離れた場所ではない。

雨故に2~3分時間はかかるだろうが、走れば遅くても10分くらいで着くし、あの調子ならば道の途中で合流できるはずだ。

だから、今、感じる嫌な予感は気のせいのはずだ。

 

 

 

彼に追いついて、何をしているの、と叱って終わり。

 

 

そのはずだ。

そう思って、無理矢理予感を振りほどく。

そんな私に対して、一度、外から犬が大きくワンッ、と吠える音が聞こえた。

思わず、顔を顰める。

当然だが、この学校に犬猫などのペットは持ち込めないし、そうそう入り込む事も無いはずの場所。

勿論、絶対とは言わないが…………ともあれ、今はそれは関係ない。

ただ、何となくふと、頭によぎった記憶が思考を作った。

 

 

 

 

そういえば…………アルフは犬が苦手だったな、と

 

 

 

 

 

雨の中、アドルフは微睡む様に歩いていた。

 

 

 

「……………………」

 

 

視界が淀む。

元々、アルビオン王国は霧が深い街だが、今はそれ以上に白んでいる気がする。

時折、風景はダブり、色はモノクロに剥がれ、地面何か今にも崩れ落ちそうだ。

それこそ夢の中を歩いているようにしか思えない。

案外、本当に夢の中な気もしてきたが、どうでもいい。

とりあえず、今は薬を購入するだけ購入して、帰ればいい。

その時になってまだあの雑音がふするのならば…………聞こえない場所で適当に寝ればいい。

だから、今は勧めればいい。

最悪夢ならば夢で、無意味なだけだ。

 

 

 

 

"────────どうしてアルフは、何時も命を賭け(捨てて)私を助けてくれるの"

 

 

 

ふと、何時かの言葉が蘇る。

随分と昔のように思えるが、そんなことはどうでもいい。

今、思い返せば冷静に思う事がある──────何て実に当たり前な疑問なんだ、と。

姫様からしたら、特に何か恩賞も与えていない男が命懸けで勝手に自分を守ろうとしているのだ。

薄気味悪いと思うのは当然の帰結だ。

俺ですら、そんな自己犠牲野郎が勝手に俺を守ってきたら、なんだこいつは、と思う。

それをまぁ、勝手に逆ギレして姫様を困らせるとは、何て様だ。

父が今の自分を見れば、とんだ失敗作に落ちた、とでも言うだろう。

 

 

 

 

酷い堕落だ──────昔の自分には無かった余分が今の自分を追い詰めている。

 

 

 

ずっと機械でいれば良かったのか、と思う。

ただの道具であれば、これ程の無様は晒さなかっただろう。

だけど、それは……………………機械であった自分はとある少女に持っていかれてしまった。

姫様──────ではなく別の少女に。

 

 

 

 

「……………………くっ」

 

 

 

酷く懐かしい人間を思い出したものだ、と思わず笑う。

そういえば、少女の最後もこんな雨の日であった事を思いだし──────

 

 

 

 

「──────」

 

 

思考が全て、冷却される。

澱んだ視界は即座にピントを修正され、力の入らなかった体には活力(さつい)が籠る。

半死人だった体は向けられる殺意のお陰で、復帰する体に内心で嘆息しつつ、殺意の出所に振り返る。

 

 

 

 

そこには──────少女の形をした人殺しの鬼がいた。

 

 

金髪の髪を適当に後ろに流しつつもぼさぼさな前髪で顔を覆い隠し、この大雨の中、傘もささず、代わりに片手に血に濡れたナイフを構えている。

そしてその上で、物凄い血の匂いがするから何かと思えば、よく見れば黒のドレスかと思えば、単なる黒色のドレスじゃなくて、血によって染められた純血のドレスであるという事に気付く。

それに加え…………少女の体は痩せこけていた。

大雨に濡れ、髪やドレスがぐしゃぐしゃである事もだが、肌は病的に白く、腕は骨のように細かった。

ナイフを握る手指など、逆に握っただけで砕け散るのではないかという繊細さ。

 

 

 

 

一見すれば、亡霊にしか見えない

 

 

 

しかし、亡霊と言うのならば、それは最早害悪でしかない。

一見、まるで助けを乞うような姿で生者を引きずり込むのがその手の話の結末で──────何より少女の顔はとても綺麗な三日月を形作っている。

それだけで俺が同情する理由も無ければ、手を緩めようとは思わなくなる。

故に考えるのは相手の事情ではなく、己が狙われた理由。

一瞬、自分を狙った暗殺者かと思ったが…………それにしては足元が覚束ない上に、余りにも色々と疎かだ。

こんな殺意だけは一人前の奴が暗殺に成功するならば、俺がノルマンディー公を暗殺している。

そうなると…………中々嫌な考えだが…………偶々殺人鬼と出会ったという最悪な不幸かもしれない、と辟易する。

ともあれ、殺しに来るならば殺し返すだけ。

例え、相手がどれ程の絶世の美女であろうが、例え、相手がどんなに可哀想な子供であったとしても

 

 

 

 

──────敵であるならば容赦も情けもいらない

 

 

 

拳を握るのに躊躇う理由はない。

体調は最悪だが、あれだけ脆そうな体ならば、一撃あれば事足りる。

力も速度も出せない体だから狙うのはカウンターになるが、今の体調であってもこの集中力があれば過つことはない。

故に何時でも殺せる姿勢と心を作って待っていると

 

 

 

 

 

「──────見つけた(・・・・)

 

 

 

 

泥のような声が囁かれた。

見つけた、という事はもしかしてこれで暗殺者であったのかと思いつつ──────何か、聞いた覚えがあるような声色に内心で首を傾げる。

どこかで見た事があったか、と思うが、生憎、今、見えるシルエットからでは上手く思い出さないし、そんな暇もない。

色々と気にはなるが、真実は地獄行になるようだ。

まぁ、自分の情報収集なんて何時もそんなものだ。

そこら辺はプロのスパイ二人はおろかちせやベアトリス様にも劣っている気がする。

そんな風に適当に思っていると少女は何やら体を震わし──────まるでスイッチが入ったかのように嗤い出した。

 

 

 

 

「あは、はは、は──────あははははははははははははははははははははーーーーーーーーーーー!!!」

 

 

 

唐突なイカレ具合に、眉を顰めるが、構う理由もないので放置していると殺人鬼は何やら勝手に口を動かし始めた。

 

 

 

「見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた!! ああ、やっぱり! 私達は必ず見つけて見つかって、最後には結ばれるの! ううん、いいえ! 違う! 違うわ! 最初から結ばれているの! だって、愛しているんだもの(・・・・・・・・・)!! 神様にも悪魔にも止められない! ねぇ、そうでしょう!? アルフ(・・・)! 私の、私だけの王子様!!」

 

 

とりあえず、最初から最後まで聞いて判断したが、実に傍迷惑な話し、且つ何を勝手に人を殺人鬼の人生設計に巻き込んでいるのだろうか、と欠伸をしたくなる台詞であった。

 

 

 

 

何が愛しているだ。鬱陶しい

 

 

 

ナイフを片手に持ちながら、殺意を持って語る愛なんてどこも信じられるか。

ああ、本当に鬱陶しい。

己の身体の状況を理解していても、思わず殺したくなるような胡乱さだ。

風邪じゃ無かったら、もう既に殺しているというのに何て間の悪さだ。

そして何より

 

 

 

 

たかがイカレが俺をア(・・・・・・・・・・)ルフと呼ぶな(・・・・・・)

 

 

 

その名を呼んでいいのはこの世で一人だ。

誰にも許しはしないし、許さなかった(・・・・・・)

なのに、それを、まるで我が物顔で口に出すとは、余程死にたいらしい。

ああ、心底腹立たしい。

いずなも中々むかつく奴だったが、殺したいから殺すというわけではなかった。殺さないといけないから殺した、であった。

今は風邪であったり、常態であったり、敵の言動であったりでタガが外れつつある。

もう殺しに行こうか、と思っていると──────髪で顔を覆い隠していた隙間からアンバーの色をした目が片方だけ覗き、一切殺意を隠さず

 

 

 

 

「じゃあ──────(あい)さなきゃ──────!!!」

 

 

 

と、飛び掛かってきた。

実に脈絡もない殺意だが、今更理屈も何もないし、それこそ些末だ。

こっちはやっと殺せるとずっと握っていた腕を開放できるのだから、実に清々する。

もう、わずか数歩で抱きしめられるような距離だから、直ぐに決着がつくと無感動に拳を振りかぶり、相手の顔を覆っていた髪が揺れ動き

 

 

 

 

 

 

 

 

プリンセスは大雨の中、走っていた足を止める光景を見ていた。

 

 

 

「……………………え?」

 

 

アルフがいたから──────だけではない。

それだけではなく──────アルフの胸にまるで飛び込む様に寄りかかっている少女の姿があったからだ。

思わず脳内に浮かぶのは浮気? 捨てられた? 選択肢ミス? などと最早、意味もわけも分からない言葉の呂律を脳内に浮かべ──────ようとして更にもう一つ気付いた。

この大雨の中、水溜りばかりが出来る場所で──────水とは違った色が地を染めているのを。

 

 

 

 

それは丁度──────アルフと少女の間から零れていて…………

 

 

 

 

「……………………アルフ?」

 

 

問い掛けるが、少年はこちらに振り返らず─────ただ少女の方がこちらを見るように顔を出し、とても憎々しそうにこちらを睨んだ。

 

 

 

 

私の物よ(・・・・)

 

 

酷く簡潔な意思表示を目の前の少女が言い放ったのだと気付くのに、数秒時間を要した。

本当ならばここで何を、と問い返したい所なのだが……………………少女と少年の間から零れる赤い雫が脳と肉体を切り離している。

いや………………と思わず、否定したいという思いでノロノロと少年に近付こうとするが、そうすると少女の方がまるで親の仇のような顔で──────少年のお腹の間に置いているように見えた手を抜き放った。

 

 

 

「ぁ…………」

 

 

その手にはどこにでもあるようなナイフがあり──────そこには最早言い訳が出来ない…………血液がついていた。

事態を完全に理解した脳はようやく肉体の支配権を取り戻した。

 

 

 

「アルフ!!」

 

 

肉体は欲求に素直に動いた。

少年の元に向かおうと足は動き、手は求めるように伸びる。

必然、加害者の少女に近寄ることになるのだが、知ったことでは無かった。

今はただ少年に触れなければ、という必死が体を動かし、視界はただ少年だけを見つめる。

故に加害者の少女が更に憎悪を焦がして、持っているナイフを振り上げようと知った事ではなく

 

 

 

だから、二人の動きを止めたのは少年の動きであった。

 

 

 

 

「ぇ…………」

 

 

 

加害者の少女がどうして? と言いたげに──────振り上げた腕を掴んで無理矢理引き下ろした少年を見る。

プリンセスは少年がただ動いたという事実に莫大な安堵を覚えて、少年の名を漏らす。

二人に見られる少年はどちらの反応にも応える事は出来ずに、しかし、ただナイフを持った加害者の少女の腕を震える腕で握りしめた。

 

 

 

 

まるで、それだけは許せない、と叫ぶような姿勢

 

 

 

その事実に──────殺人鬼である少女の憎悪が今こそ牙をむいた。

 

 

 

 

「──────どうしてぇ!? 何で!?」

 

 

少女が濁った眼で少年を見る。

最早、少女の意識にプリンセスの事なんて一欠けらもなく、ただ己の愛を見てくれない少年だけが全てであった。

元より少女の愛は盲目の愛。

ただ相手に愛を叫ぶことしか出来ず──────故にそのただ一つを拒絶こそ、彼女の世界に亀裂を刻むものであった。

 

 

 

 

「私! こんなにも愛しているのに! こんなにも墜ちたのに!! どうして見てくれないの!? どうして受け止めてくれないの!? ──────どうして愛してくれないの!!?」

 

 

支離滅裂な言葉ではあった。

何故なら少女がしようとした事は殺害であり、少年がした事はそれを止めただけ。

少女が叫ぶ愛なんて全く関係ないし、繋がる事も一般的には無い事だ。

しかし、少女の中ではそれが繋がるのか、少女は心底必死の表情で受け入れて、と叫んでいた。

 

 

 

 

「──────」

 

 

 

プリンセスですら息を呑む。

少女の言葉は確かに無茶苦茶で、通りは通っていないが──────その感情だけは本物であった。

そして、同時にプリンセスはようやく気付く事実があった。

 

 

 

少女の顔は酷いモノであった。

 

 

醜いとか傷があるとかいうわけではない。

ただ、単純に酷くやつれていた。

目は窪み、頬は痩せこけ、アンバーの美しい瞳であったであろう目は光を失い、唇は一切の瑞々しさを失い、切れてすらいた。

有り体に言えば、死人のような顔つきであった。

尋常ではない顔つきと、行いから、プリンセスは一つの答えに辿り着く。

 

 

 

「麻薬…………?」

 

 

麻薬を使っている人間を直接は見たことは無いプリンセスだが、麻薬という物がどれほど人体に有害な事態を起こすかは伝聞ではあるが知っているから、絶対とは言わないが、そうではないかと思う。

それならばこの支離滅裂な言動や行動も、死人のような体も理解出来る。

勿論、そんなプリンセスの納得など関係なく、少女は少年に問い詰めていた。

 

 

 

「愛しているの! この世の誰よりも!  貴方しか見てないの! 貴方しか知らないの! 貴方しかいらないの! お願い…………お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願い……………………!! ──────私を、愛してぇ!!!」

 

 

血を吐くような言葉とは正しくこれだろう。

この大雨と雷の中、血に塗れたドレスを纏い、死人のような体であるはずなのに、それでも胸を突くような美しさを表現していた。

きっとそれが麻薬で思考が狂わされようとも、抱き続けた真実だからだろう。

だけど、それを受ける少年の方は言葉を放つ余裕も無いのか。

 

 

 

帰ってきたのは沈黙で──────しかし、少女を握る腕の力が一切揺るがなかった、という事実だけが形に残った。

 

 

 

 

沈黙が世界に刻まれる中、プリンセスは動くべきかどうかを悩んだ。

今ならば、少女から少年を奪う事が容易く出来るかもしれない。

だが…………麻薬に侵されている少女が果たしてどんな事をされたら刺激されるか読めないのだ。

少なくともアルフに執着しているのは理解したが……………………アルフに比べれば、というだけで私にも含みがあるような反応をされている以上、私が動けば状況が悪くなる可能性もあるのだ。

一か八かになるかもしれないが……………………しかし、動かないままでいれば少年の傷が悪化するのだ。

ならば、動くしかない、と思い、足を踏み出そうとして

 

 

 

「じゃあ──────」

 

 

泥のような殺意が声に宿る。

私の踏み出そうとした一歩は彼女の空いている手がポケットから何かを取り出すよりも遅く

 

 

 

 

 

貴方も墜ちて(・・・・・・)

 

 

 

取り出した物で少年の腕に叩きつけるように刺すのは、私が声を上げるよりも早かった。

何か、と思っていた物は注射器であり──────そしてその中身が何であるかは先程の予想が正しければ…………………

 

 

 

 

「──────!!?」

 

 

口から悲鳴のような叫び声が上がる中、少女はようやく少年を突き飛ばし、その上で再び告げた。

 

 

 

 

「──────約束の場所で待っているから」

 

 

 

そんな事だけを告げて、去っていく少女を、しかしプリンセスは無視した。

地面に引っ付いていたような足をようやく動かし、大雨の中、倒れこんだ少年に近寄って、ようやく自分が何時の間にか傘を手放していたことを思いながら、私は構わず倒れこんだ少年を支えた。

 

 

 

「アルフ! アルフ!? しっかりして!?」

 

 

思わず揺らそうとする自分を自制しながら、プリンセスは傷口を見た。

服の上からではっきりと分からないが、少なくとも今もまだ出血している時点で深いと察し、プリンセスは躊躇わず傷口を押さえた。

押さえた衝撃で激痛が走ったのか、アルフは少し呻いて…………薄く目を開く。

 

 

 

「…………ま、さか…………死人に復讐されるなん(・・・・・・・・・・)()…………3流な…………」

 

 

はは、と小さく口から吐血しながら笑う少年が今の自分を正しく認識出来ていない事を悟る。

思わず、プリンセスが再び彼の名を叫ぶとようやく彼は私を見た。

 

 

 

「…………あれ? 姫様…………いつ…………」

 

「いいから!! 今、病院に連れて行くから! 意識をしっかり持って!」

 

 

こんな状況なのに能天気な事を聞く少年にもう怒りか不安か分からない叫びをしつつ、プリンセスは一番近い病院の地図を脳内に描きながら、しかし血を押さえないといけない事を考えると人手が足りない。

周りを見回すが、この大雨のせいか、人の姿は見えず、絶望が心をよぎるが、振り払い、諦めないと思っていると

 

 

 

「…………いいん、です…………ひめ、さま…………これも、当然です…………」

 

 

 

当然

 

当然?

 

 

こんな事が起きるのが?

こんな誰も見ていない場所で大雨に撃たれながら刺されることが当然?

そんな事があるはずない。

少なくともプリンセスが知る限りで、少年だけがこんな目に合う当然があるはずがない。

だから、プリンセスは無視して、傷口を押さえる力を入れなおす。

止まって、と少年に願う。

何時もならば私の願いに何時も応えてくれるのに、今日だけ何も応えてくれない少年に首を振りながら、手が血に汚れ、全身が雨で冷えていく感覚にぞっとする。

そんな中、アルフだけがまるでしょうがない、という表情で、小さく、唇を動かした。

 

 

 

 

「              」

 

 

 

読唇術で無意識に読んだ私は思わず、顔を歪ませた。

何て酷い言葉だ。

こんな、自分だけが危険な状態になって、更には麻薬を注射されたかもしれない状況で──────言うに事を欠いて姫様が無事で良かった(・・・・・・・・・・)ですだなんて(・・・・・・)…………!

思わず、脳が沸騰しそうになる中、意地でも思う事があった。

 

 

 

 

諦めたりしない(・・・・・・・)

 

 

 

全てがハッピーエンドで終わるとは思っていない私だが、だからと言って彼がこんな終わり方で終わるのは許せない。

もしも死ぬのならば、彼はせめてこう思うべきだ──────私と一緒にいられなく(・・・・・・・・・・)なるのは嫌だ(・・・・・・)、と。

こんな良かった、で終わる終わり方なんて嫌だし許したくない。

だから、私は無為に終わらせない為に叫んだ。

 

 

 

 

 

「誰か…………! お願いします…………!」

 

 

 

 

この生きる事も死ぬことも不器用な少年を助けて、と少女は叫んだ。

 

 

 

 

 

 




はぁい! 今回は駆け足で投稿させて貰います!!


感想・評価など出来るだけ来て頂ければ本当に幸いです。
次回も頑張る更新…………!!


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case20:誰かのお話


ころすってなぁに?



殺すというのはいらないモノや邪魔なモノを壊すという事だ


 

 

 

「──────で、ベアト? アドルフの状態はどうなんだい?」

 

 

ちせはドロシーが足を組んでソファに座って、ベアトに聞くのを聞いた。

かく言う私は腕を組んで壁に背中を預けて、同じように聞いているのだが、ベアトからしたらまるで興味なさげに聞いているような態度に思えるだろうか、と思いつつ、しかし姿勢を崩す理由も無かった。

 

 

 

「…………はい。正直、ナイフで刺された傷自体は奇跡的なのか狙ったのかは知らないんですが…………見た目ほど重くは無かったんですが…………麻薬を刺された事と、身体の状態の悪さが祟って…………」

 

「つまり、とりあえず良くはないってわけか」

 

それは残念だ、と漏らすドロシーの口調は明らかな他人事のような使い方であった。

故にベアトも少しだけ顔を歪め、何かを言おうとするのだが、しかし途中で止めた。

ベアトがどうして止めたのかは分かる。

ドロシーがわざわざ薄情な言い方をしたのもだ。

 

 

 

何故なら我らは利害関係はあっても、友情だけを優先出来る程、温かい関係ではない。

 

 

アンジェとドロシーはスパイとして共和国側として王国側を出し抜くことこそが第一であり、私はこの裏の争いによってどちらに利があるか見極めるため。

そして、ベアトとプリンセスとアドルフはプリンセスが王位を継ぐために、国を売る事。

一見、同じ目的を持った同志に見えるようでいて、その実、横を見ない関係だ。

決して、全てを助け合う同志ではないのだ。

 

 

 

その事実に、ちせは少しだけ残念だ、と生まれた思いを…………否定できないまま、しかし受け止めるしかなかった。

 

 

 

「それにしても…………アドルフ程の男がたかだか殺人鬼に後れを取るとはな」

 

 

だから、ちせは敢えて二人の会話を聞いていなかったように振るまった。

ベアトも当然だが、ドロシーとて人間であるのは理解している。

スパイというのが日本の忍びのように過酷な生業である事は知っているが、心を持たぬ死人ではない事も知っている。

ドロシーが口で言う程、酷薄でもなければ、チーム白鳩のメンバーに対する感情に義務以外の感情を持ちつつあるくらいは察している。

だから、露骨ではあるだろうが、そうして無理に悪い空気でいる必要はないという風に話題を変える。

それに、提案した話題に関しても無駄であると思っていない。

 

 

「…………ま、そりゃな。事、荒事っていうならあんたやアンジェと同レベルのプリンセスラブがたかだか殺人鬼に負けるっていうのはねぇ」

 

「でも…………アドルフ様は体調不良だったんですよ? それも意識が混濁するくらいの。それなら…………」

 

「あの男が風邪程度で素人に負けるような意識をしているとは思えんがな」

 

 

そういう部分ではあの男は父に似ている。

一度解き放たれ、刀を抜けば、最早人斬り包丁であり、意識は人間のそれではなく、殺害の獣になる。

最早、それは人ではなく武器のそれ。

そんな風に鍛えられている…………と思っていたのだが、それはこちらの考え過ぎだったのか…………それとも

 

 

 

そうであった自分が人間に戻るような何かが起こったのか

 

 

 

義兄であった人の姿を思い出す。

最後の最後に義妹の声に促され、壊れた自分から人間に立ち戻った兄。

アドルフにももしもそれがあるとすれば、プリンセスの事だけだ…………と思うのだが

 

 

 

「…………さて」

 

 

そこら辺はどうだろうか、と目を瞑って嘆息する。

何故なら、そんな事を理解出来る程、私達は歩み寄ってもいないのだ、とちせは自分の中で話を戻している、と自分にツッコむのであった。

 

 

 

 

 

アンジェは病室でアドルフに付き添っているプリンセスを見守っていた。

病室には当然、私とプリンセスと寝ているアドルフのみ。

そのアドルフも怪我の治療…………というだけではなく、まるで犯罪者のように縛られている。

麻薬によって暴れまわった時用の物だ。

傷としては想定よりはマシではあったのだが、風邪もそうだが麻薬を注射された事で最悪、傷口を開く事が有り得るかもしれない、という事で縛る事になったのだ。

唐突にそうなる、という事なので目を離すのも難しい、という事らしい。

ただ、一つだけ、プリンセスの要望で片腕だけは拘束せずに放置している。

理由は余りにも身勝手。

 

 

 

手を握るには拘束されていたら、難しいからだ。

 

 

医者はその事に少し考えたが…………直ぐに見ている時だけを条件に許した。

どこかで聞いた声色であった。

 

 

 

諦めている人間特有の人が出す熱の籠っていない言葉であった

 

 

その事に憤慨する事を忘却した私が言える事でも無いが。

だから、今、大事なのはアドルフの手を取って握りしめている親友の事であった。

プリンセスは彼の手を祈るように握りしめ、そのまま自分の額につけていた。

熱が途切れぬようにと、終わりが訪れないように祈る姿が思わず聖女のようだ、と冗談になりそうでならないような事を思いつつ

 

 

 

「…………プリンセス。貴女も少し休まないと…………ずっと気を張っている」

 

 

私の言葉に、しかしプリンセスはいいえ、と首を振る。

そうされると私も無理強いし辛い。

だけど、医者の言葉が本当ならば、アドルフは何時、麻薬による暴走が起きるか分からないのだ。

同類とは言わないが、それでも共犯者である以上、アドルフがもしもここで自分に伝える事がある、と言うのならば、そんな姿は見られたくないし、万が一にも姫様を傷つけたないなどと言うだろう。

だから、引き離せれないかと思ったのだが、件の少女が離れようとしない以上、どうにも出来ない。

どうしたものか…………と悩んでいると

 

 

 

「大丈夫…………大丈夫…………だって…………まだ温かいもの…………」

 

 

そんな声が少女の口から漏れるのを聞いてしまった。

思わず、内心で手が温かいだけでは大丈夫とは言えない、なんて酷く下らない現実を紡いでいる自分に嫌悪する。

そんな事、この聡明な少女だって理解している。

理解した上で、その温かさに希望を作っているのだ。

まだ温かいから大丈夫、と強がって、必死に迫り寄る絶望から目を背けているのだ。

 

 

 

人として正しくて美しいのがどちらかと問われたら、一目瞭然であった。

 

 

 

その事に唇を噛んで、思わず、目を逸らすとそこには少年の寝顔─────否、そこには薄く目を見開いた少年の顔があった。

思わず、目を覚めたのか、という思いを、今度こそ現実的な自分が否定した。

つまり

 

 

 

「あ、あ、────────────あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!1」

 

 

唐突に叫び始め、体を酷く滅茶苦茶に扱い始めたのだ。

ギシギシ、と拘束するベルトとベッドを軋ませる。

そのままベッドもベルトも壊せるのではないか、という暴れ具合に思わず、私はおろか覚醒を夢見ていたプリンセスですら硬直する。

故に、次の言葉を聞いた瞬間に、思わず二人して顔を歪ませるのであった。

 

 

 

 

 

「あああああああああ!!! いやだ!! いや! お願いです! 殺したくないんです! 嫌なんです! 殺したくない! 殺したくないよぅ! あああ、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんんさい! 暗いのはいや! 何もないのは嫌! 静かなのはいや!! ごめんなさい! 殺します! 殺しますから! ここから出して! します! なんでもしますから! いや、いやいやいやいや!! 暗い! 暗い! 何も聞こえない! 何も見えない! 出してぇ!! ここから出してぇ!! 殺すから! 殺すから! 出て殺すから! お願いします殺させてください! 殺すからころ、ころころろこころころころす!! 殺すから──────もうころしてぇええええええええええええええぇええぇぇぇえぇ!!!!」

 

 

 

 

ぎっこんばったん、と暴れまわれながら叫ぶ言葉は酷く支離滅裂な──────恐怖と絶望の叫びであった。

恐らく彼の認識では時間軸が安定していない。

過去、現在…………もしくは妄想による記憶と幻覚が今、彼を追い詰めていた。

プリンセスは親友ですら横で硬直するのを他人事のように見ながら、己も思考を停止していた。

確かに麻薬の影響によって暴れたり、情緒不安定になるやもしれない、とは説明されていた。

その影響は性格が強がりとか、格好いいとか、そういうのは無視して己を追い詰めたりするものなのだろう、とは理解していた。

 

 

 

 

 

だけど、麻薬の影響によって浮き出たのは────────────泣き叫ぶ子供の悲鳴であった

 

 

 

 

ただの幻覚によって引き起こされた妄想による絶望とは思わない。

何故なら、この悲鳴には余りにもリアルが宿っていた。

自分で作った物に追い詰められている際に出す悲鳴ではない。

これはかつて経験した自分を吐き出している悲鳴であった。

 

 

 

私はアドルフの過去を特に求める事はしなかった。

 

 

何故なら、少年も己の過去を求めなかったし、聞けば当然、次は己を曝け出さなければいけない事を考えれば、聞く気も無くなるし、何より過去よりも現在と未来を求めていたから。

 

 

 

 

その事については後悔はしていないのだが──────生まれて初めて、この手で殺したくなる、というのを知ってしまったかもしれない。

 

 

しかし、握っていた手がすっぽ抜けしまったら、一瞬だけよぎった殺意を忘却して、暴れようとする腕を止めるのに体ごと腕を縛るしかなかった。

腕に体重をかける事になるが、それでも重傷を負っている腹に触れさせるよりかはマシだと思ったからだ。

女の体とは言え、流石に全体重をかければ片腕だけではどうしようも出来ないのだが、そんな事、気付かずに少年は腕を振り回して、殺す(ころして)と叫び続けていた。

アンジェがドクターや皆に力添えを求める為に部屋の外に向かうのを見届けつつ

 

 

 

「お願いだから泣かないで…………!」

 

 

分かっている。

この言葉は現実的にも、そして過去の彼にも届かない。

過去の彼がどんな結末を迎えたかまでは分からないが、どうであっても私は貴方と出会わなかったのだ。

故に無駄であり、無意味であり、無価値な願いだ。

どれ程の奇跡があっても、過去を改変する事なんて想像か夢でしか果たしえない。

でも、意味がないと分かっても言わずにはいられなかった。

 

 

 

「貴方は一人じゃないから…………」

 

 

救う事も、触れる事も出来ない過去(あなた)

だから、私の言葉も自己満足でしかない事は承知だ。

だけど、言わずにはいられなかった。

だって、この悲鳴は、救いを求めているようで救いを求めていなかった。

もう、何もいらないから(ころす)と嘆きながら、何もいらない(ころして)と泣き喚く絶望であった。

その事にどうしようもない空虚を抱きながら、私は彼の嘆きと暴走を受け止めるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

最初に裏切ったのは■■■■だ

 

 

何をどう嘆こうが、何をどう同情しようが、何をどう言い訳しようが、きっと■にとっては関係のない裏切りだっただろう。

 

 

 

例え、何も知らない幸福というのを甘受出来ていた子供が、ただの暗闇に放置され、己を殺していたのだとしても。

 

 

それでも裏切ったのは■■■■だ。

それを他人事のようにしか感(・・・・・・・・・・)じ取れない(・・・・・)アドルフであったとしても、罪が誰にあるのかはよくわかった。

だから、■■■■という子供は死に、アドルフという自動人形が生まれた。

もう、それでいいと思っていた。

大事なものを作らず、自動的に、機械的に、何かを壊し続けるだけの破壊装置。

それで終わるべきだ、と思っていた。

 

 

 

でも──────とても綺麗な少女と出会った

 

 

見た目だけの話ではなく、その在り方を美しいと思う人であった。

傍で存在する事自体が間違いなのではないか、と思ってしまった。

この美しさを守って死ぬだけの存在になれば、自分は許されるのではないか、と思った。

勿論、そんな事はないけど…………無価値に死ぬのならば、この少女を守って死ねば、あの■も■■■■無意味に死んだわけではないのではないかと思った。

だから、アドルフは間違った自動人形のまま、この少女の為だけ生きればいいと思って生きてきて──────しかし、そんな中、有り得なく、そして滑稽な出会いをした少女がいた。

 

 

 

 

「と、唐突に申し訳ないのですけど!! ──────私、貴方の事が好きです!! け、結婚を前提につ、付き合ってください!!」

 

 

 

正しく理解不能な言葉の羅列を聞いて硬直した自分は、世界史上、最高最大の戯言を吐いた少女を見た。

金髪を肩辺りで遊ばせ、アンバーの瞳を揺らがし、整った顔を赤く染める少女は美しいものだったのだろう。

しかし、プリンセスではない、というだけでアドルフからしたら、それは興味を覚える対象でも無かった。

だから、硬直から解放されたら直ぐに適当な笑みを浮かべて、

 

 

 

残念ながら興味ありません、と

 

 

 

スパッと告げて、とっとと立ち去ろうとした。

本当ならば、放課後、直ぐに姫様の護衛にならなければいけないのに、手紙が贈られてきたから不審と思って来てみればこれだったので、時間を無駄にした、と心底から思って背を向けると

 

 

 

 

「そ──────そんな一言だけで諦めるもんですか!!」

 

 

 

 

声と同時に背に飛び掛かってきたと思わしき衝撃と柔らかい感触に包まれるから、即座に後ろから引き留めるように抱えられたと気付く。

危うく反射で拳を振り上げないようにしたのは褒めて欲しいくらいだ。

この少女の生死云々は正直、俺にはどうでもいいのだが、たかがこの程度で人を殺すわけにもいかなければ、姫様の汚名に繋がりかねない。

幾ら殺戮人形とはいえ、何でもかんでも殺す、というのがいいわけではない立場になってしまった、という事くらいは理解している。

邪魔です、鬱陶しいです、さよならと告げて、離れるよう出来るだけ優しく言うが

 

 

 

 

「お、女の一世一代の見せ場を一言で諦めれるなら、生まれてきてないわよ…………!!」

 

 

 

 

知るか。

俺、男だし。

力づくでどかす事も考えたが、一応、一般人である少女に触れるのも躊躇われた。

このままでは埒が明かないと思い、盛大な溜息と共に降参の意味を込めて、動くのを止めた。

少女もそれを理解したのか、息を荒げながらもこちらから手を放して、息を整える。

それを面倒な、という感情を隠しつつ、待っていると少女は整った後、

 

 

 

 

 

「鬱陶しいのも邪魔なのも理解している──────でも、まだ何も見せてもいないのに、はい無理です、なんて言われても納得がいかない」

 

 

 

 

などと身勝手な事を言いだす。

それこそ知るか、と言いたい所なのだが、最悪、姫様と一緒にいる時にも接触されたらうざったい事、この上ない。

だから、もう面倒だからその時は公務がある時以外を条件に好きにしろ、と言った。

すると少女は何が嬉しいのか、よし、と言いつつ

 

 

 

 

「私はナタリー。よろしくアドルフ君」

 

 

 

 

とりあえず、君付けだけは速攻で止めさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やったぁ! 6000で終われたぁ!!

…………いや、まぁ別にわざととかではなく区切るとなるとここら辺にしないとおかしな所で終わりかねないかな、と思っての事ですが。

いやぁ、当たり前ですけど麻薬を使った事など無いから、大分想像入った感があるなぁって思いました。
中々難しい…………リアルこそが一番の想像力の養い方ですが、経験するわけにも経験した人がある人と出会えるわけがないので、仕方がない。


ちなみにまえがきのはかつて、どこかにいた幼い少年が誰かに聞いた言葉です。
敢えて前書きに残しました。


長々とはあれなのでここら辺で。


感想や評価など宜しくお願い致します。
一人増えればとてつもなく嬉しいです!!


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case21:愛のお話


今回はわざと括弧つけているの付けていないのと分けています。



 

 

アドルフとナタリーという少女との交流は傍目から見たら、嚙み合わないモノであった──────と思っている。

曖昧なのは、自分達を客観的に語れる人間がいないからだが…………やはり、アドルフからしたら嚙み合うわけがない、というのが感想であった。

 

 

 

何せアドルフはナタリーの事なんてどうでも良かった

 

 

 

あくまで俺は姫様の事しか考えていなかったから、個人的にはとっととどっかに行って欲しいと願っていた。

そんなあからさまな不満を、少女は読み取っていただろうに、アドルフの記憶にあるナタリーはよく笑っていた。

だから、授業の合間などに来る少女に対して思わず、問い掛けた。

 

 

 

 

私が貴女に興味がない事なんて、理解しているでしょう? なのにどうして付き纏うんですか? と

 

 

 

すると、少女はうん、と前置きを置きつつ

 

 

 

「だって、今がどん底なら、後は上がっていくだけでしょ?」

 

 

何とも眩しい言葉だ。

諦めなければ、勝ち目があるだなんて実に物語的だ、と思いつつ、アドルフは嘆息した。

呆れを多分に乗せた吐息だったのに、少女は何故か嬉しそうによしっと頷いた。

意味が分からない、と俺は思ったが、そういえば姫様を見ていても偶に思う事がある。

 

 

 

 

女の子の共通点なのだろうか、ともう一度溜息を吐いた

 

 

 

 

ある日、ナタリーが自分に訪ねてきた。

 

 

「ねぇ、アドルフ。貴方、プリンセスにアルフって呼ばれているらしいけど…………君付けは駄目なのに、それはいいの?」

 

 

と訪ねてきた。

一体、何を訪ねてくるのやら、と心底残念そうに見た覚えがある。

というか一体、何時の間に自分と姫様の会話を盗み聞いたのだ、と思うが、とりあえず無視してやろうか、と思うが、以前、それをしたら、無言で悪意も敵意も無くずっとじーーっと見つめられたのを思い出すとこの女、マジむかつくと思いつつ

 

 

 

別に、姫様が決めた事です。特に何も恥じる必要も無ければ、訂正する気もありません、と

 

 

 

こちらの答えに満足したのか。

ふーーーん、と首を傾げ…………何を思ったか。

 

 

 

 

「じゃあ、私がアルフって呼んでもいいの?」

 

 

 

 

その時、自分はどんな顔をしただろうか。

基本、どんな不機嫌な顔を見せても、前向きで笑みすら浮かべていた少女はあっという間に青い顔になっていった。

そして、当時の自分はそれについて謝る気も無かった──────が、自覚も無かった。

当時はふざけるな、程度で見ていたのだが…………さて、実際はどんな感覚で見ていたのやら。

だから、青い顔で、しかし分かった、と呟いて引くのを、ただ見ているだけであった。

 

 

 

 

 

「ねぇ、どうして貴方はプリンセスにそうまでして仕えるの?」

 

 

デート出来ない? と誘われ、姫様の傍から離れるなんて有り得ない、と否定した後、少し考えるように口を閉じた後に言われた言葉であった。

どうでもいい質問だ、と思いつつ、アドルフは仕方なく答えた。

 

 

 

仕事だから、と

 

 

ふーーん、と少女は前置きをして

 

 

 

「嘘吐き」

 

 

と半目でそんな風に断じた。

横目でその時、俺は見ていたと思うが、その表情には確信しかないから、という感じであった。

気にはなったが、しかし、確かに義務感だけで動いている人間の生き方をしているわけではない、というのは自覚していたし、別に本心を知られても問題は無かったから、特に気にせず口に出した。

 

 

 

 

姫様に未来を見た。

この人なら、王として輝くだろうし、この人の為に死ねるのならば、自分は本望だ

 

 

 

拙いし、在り来たりな言葉ではあったが、本心であった。

あの人の王としての姿がどうなるかを知りたいと思っていたし、この人の為に死ねるのならば、どれだけ幸福だろうか、と心の底から思っていた。

何も出来ない、何もない、何の価値も無い自分でも何かを成し得るのではないかと。

 

 

 

 

──────何かを成し得るなら、彼女の為に成し得たい、と

 

 

 

ふーーーん、と少女は再び気のない返事をして

 

 

 

 

「意気地なし」

 

 

 

流石に一瞬、硬直してしまった。

結構、色んな罵倒だったり何だったりは聞いてきたが、意気地なし、というのは聞いた事が無かった。

それに会話の繋がりからしてもいきなりだ。

自分は問われた内容を、正しく返したのに、返ってきた反応が意気地なしというのはどういう事だ。

その旨を告げると、ナタリーはアーバンの瞳でこちらをじっと見つめてきたかと思うと、分からないの? と逆に訪ねてきた。

質問を質問で返してきた事より、まるで不俱戴天の仇を見るように苛立つ瞳と表情を見て、逆にこちらも苛立ってきたから、思わず、

 

 

 

分かるか。他人何て理解も共感も出来るものじゃない、と告げた。

 

 

 

そう言ってから、言われた少女がくしゃり、と泣きそうな顔に歪むのを見てしまって、苛立ちも怒りも無理矢理途切れさせられてしまった。

苦しそうに歪む顔も、絶望を感じる顔も、希望を信じる顔も見た事はあるが──────ただ悲しそうに顔を歪める女の子の顔だけは見た事が無かったから。

今にも涙を溢しそうな顔で、ナタリーは俺を睨んでいた。

 

 

 

 

許せない、そう言っているようにも見えたし

 

どうして、と哀願するようにも見えたのは、気の迷いか

 

 

 

アーバンの瞳を怒りと悲哀で焼いている様に、一瞬だけ、見惚れるような感覚を抱くのを内心で首を振って否定していると、少女は憎しむように、悲しむように声を漏らした。

 

 

 

「どうして解ってくれないの…………?」

 

 

 

少女の顔を凝視する。

その言葉と顔には一切の虚飾がなく、その瞳は自分だけを見ていた。

思わず、たじろいだ記憶がある。

 

無機質な目

 

助けを求めるような目

 

笑いかけてくれる目

 

憎むような目

 

その他諸々様々な目を見てきたが……………………縋るように求める目で見られたのは初めてだった。

訳も分からずに、どうすればいいのかと思っていると少女の両手が差し出され、両頬を挟まれた。

唐突に感じるひんやりとした手に、片目を閉じ、残りの片目で見る光景はアーバンの瞳。

縋りつくように求める瞳をしながら、そのまま顔を近づけようとするのを感じ取って──────

 

 

 

 

咄嗟に、自分は少女と自分の顔の間に手を入れた

 

 

 

反射的に体が動いた。

彼女が何をしようとしていたのは察する事は出来たが……………………たかだかキスくらいされようが、しようがどうでもいい事なのに、体はそんな風に、動いて、そして少女を押し退けていた。

たたらを踏む少女の顔は今度こそ絶望に染まっていた。

どうして………………という悲哀は、次の瞬間、怒りへと変貌し、少女は手を挙げたが

 

 

 

「…………っ」

 

 

それを振る事は無かった。

少女は今にも血反吐を吐き出しそうな表情と仕草のまま、震える手を、しかしやはり振りぬく事はしなかった。

その表情のまま走り去っていく少女を見送りながら………………アドルフは首を傾げた。

何故、自分はどうでもいい事に対してあれ程抵抗したのだろうか?

 

 

 

 

どうして自分は、振りぬこうとしていた彼女の手を、受け入れるつもりだったのだろうか?

 

 

 

 

よく、分からなかった。

 

 

 

 

 

「ねぇ、どうすれば貴方は私を受けて入れてくれるの?」

 

 

暇潰しに本を読んでいた自分はそこらの草の上で寝転んでいる少女の言葉を適当に聞いていた。

唐突であったのもあったが、それ以上に自分の感覚からしたら十分に少女を受け入れているつもりだったからだ。

本来、姫様と姫様が必要と思う人間以外はどうでもいいと思っている人間が、こんな風にテリトリーに入れて話し合いをしているのだ。

譲歩という意味ならば十分にしているつもりだ。

だから、俺は黙って本を読むというスルーをしていると少女は不機嫌そうに頬を膨らませながら、俺を睨み

 

 

 

 

「貴方は本当にプリンセスの事しか見てないのね」

 

 

 

実に今更な事を問われる。

だけど……………………それは確かに正しくはあるが、流石にそれだと深読みされかねない言い方だ、と思う。

だから、そこは忠誠………………と自分から言うのもなんだが、せめてそういった言い方に変えろ、と告げた。

すると、ナタリーはふん、と鼻を鳴らし

 

 

 

 

「忠誠心なんかで傍にいない癖に」

 

 

 

そんな風に断言され、思わず少女の方を見るが、少女は寝返りをうち、顔が見えない方向に体を傾けた。

力づくで何とかは出来たことかもしれない。

でも、俺はそうする気が無かった。

少女の後ろ姿が酷く弱く、こちらを拒絶しているようにも見えて──────そして何より、言われた言葉に体がまるでその通りと言わんばかりに硬直したからだ。

だから、少女の言葉を否定することも出来なければ、少女の弱さに反応する事も出来なかった。

だけど、意外にも直ぐに少女から

 

 

 

 

「ねぇ……………………どうすれば貴方は私を見てくれる?」

 

 

 

先程とほぼ同じような言葉を投げかけられるが……………………意味も一緒だったのか。

分からないまま、しかしアドルフは何も答えられなかった。

 

 

 

 

だって自分はそんな風に求められた事もなければ──────そんな風に求める事は許されないと思っていたから

 

 

 

 

 

 

ある日、アドルフはナタリーに聞いてみた。

 

 

 

どうして、俺なんかを好きになった、と

 

 

はっきり言おう。

自分は事故案件という物だと思う。

主観的な判断だけではない。

客観的に見ても、地位や財産を見れば、自分は大した事も無ければ……………………そもそも家からは勘当されてる。

次に将来性も自分は出来ればこのままプリンセスの傍付きでありたいと思っている。

どんな形になるかは分からないが……………………それでも何時亡くなるか分からないような立場であることは確かだろう。

そして最後に人間性。

 

 

 

これは最早、最悪の一言だろう

 

 

 

客観的に見れば、自分は人でなしだ。

姫様の事だけを優先し、他の人間は有象無象の無価値扱い。

人間の振りをした絡繰でしかない。

一つの事だけを目的として専心する絡繰機構。

人間性なんて皆無だし──────他人の幸福何てとてもじゃないが作る事も守る事も出来る筈がない。

だから、少女の告白も無視したし、付き纏われたとしてもどうせ夢から覚めるように現実を知るだろう、と思っていたのだが……………………少女は飽きもせずに俺を求めてきた。

他人に興味もない絡繰だが──────流石にそこまでされたら、無視する事も出来なければ、悪趣味と断ずる事も出来なかった。

すると少女はキョトンとした表情──────心底そんな事を聞かれるとは思ってもいなかったという顔を数秒顔に浮かべ──────破顔し、そして爆笑した。

実際、一分くらい笑われていた気がするが、当然、俺はうざいから無かった事にしようか、と思い出しているとごめん、と笑いながら謝りつつ、目元に浮かぶ涙を指で拭き取りながら

 

 

 

 

「だって──────勝ち目を得れたんだもの。嬉しくなっていいでしょ?」

 

 

 

どこがだ、と思う。

俺は単に何故、こんな悪趣味なのを選んだのか、と聞いただけで、別に少女を愛し始めた、とかではないからだ。

そう思っていると少女は楽し気に笑いながら

 

 

 

「聞くって事は興味を持つって事でしょ?」

 

 

ぬ………………と思わず、唸ってしまった。

確かにその通りだった。

聞くという事はつまり、関心を抱いたという事。

それがどれだけ些細であったとしても、自分から行動してしまった以上、それは少女に関心を抱いている事になるのは否定出来ない事柄であった。

だからと言って、=勝ち目などと思われるのは心外なのだが、と言うと

 

 

 

 

「0が1になったのよ? なら、その先を夢見るのは自由だと思うけど?」

 

 

そこまで言われるともうこちらはそうですか、としか言いようがない。

確かに夢見るのは自由だろう。

夢だけはどこにでも行けて、そして形にはならない空想なのだから。

だから、少女の言は適当にあしらい、結局、質問の答えはどうなんですか、と問い直すと、少女は別に大した事はないんだけど、と前置きを置いて

 

 

 

 

「プリンセス相手にだけ浮かべている笑顔を奪いたくて」

 

 

 

思わず、巣で反射的に言った。

 

 

 

馬鹿かお前は、と

 

 

 

すると少女は何故か誇らしげに──────しかし、悲し気に

 

 

 

 

馬鹿よ私は、と彼女は答えた。

 

 

 

混ぜ返すことは可能だったが……………………余りにも苦しそうに(・・・・・)言うからアドルフは適当な相槌を打つだけに止め、会話を終わらせた。

 

 

 

 

 

 

ある日、机の中に手紙が入っていた。

 

 

何か毒とかが仕込まれていないかを確認してから、開くと見た事がある文字とやはり、最近、聞き覚えてしまった名前が書かれていた。

手紙には夜、学園から少し歩いた辺りにある自然公園に来てくれないか、という誘いの手紙であった。

内容を知ったアドルフは一つ吐息を吐いて、天井を見上げた。

 

 

 

 

夢なんて見る物じゃない

 

選ばれた人間以外は大抵、現実にぶち当たって堕ちるだけなんだから

 

 

 

 

 

 

そして指定された場所と時間に自分は行った。

今日はもうそろそろ雨が降りそうな感じの空模様になっていたから傘を持ちながら。

自然公園は名の通り、かなり自然の様相を強めに出しており、曇り空である事も拍車にかけて光はほとんど届かない。

時折、風によってざわめく自然の騒音も含めて、ここなら多少、暴れても周りには気付かれないか、と思う。

そう思いながら、歩いていると辿り着いた場所に、少女はいた。

この暗闇の森の中、仄かに光るように揺れる金髪とアンバーの瞳を見て、素直に美しいな、と思った。

こちらの姿を見て、驚愕するように瞳を大きくするのを見たら、そんな感想は即座に消されたが、ともあれ、俺は傘をそこらに置いて、どうでも良さそうに呟く。

 

 

 

 

意外だ。貴方はいない、と思っていた、と

 

 

 

そんな言葉に対して、少女は少し間を置いた後、小さくポツリと言葉を呟いた。

 

 

 

 

「…………最初から気付いていたの?」

 

 

まさか。

自分はそこまで有能ではない。

最初はただの馬鹿か、お遊び気分の少女としか認識していなかった。

しかし、後々から少女は色々とおかしな事を言った。

顕著なのが少女が俺に惚れたという理由だ。

 

 

 

プリンセス相手にだけ浮かべている笑顔を奪いたくて?

 

 

 

何時、それを見たというのだ。

当時の自分は人前がある場所では、硬く接していたはずだ。

それなのに、自分のそんな笑みを見ているという事は、最低でも遠距離から道具を使って見るしか出来ない筈だ。

無論、他にも自分で調べて理解したこともある。

それは情報というには拙いかもしれないが………………少女の家は酷く貧乏であり、母はおらず、父の借金で首が回らない、という状況との事であった。

大きな違和感と一つのよくある情報だが……………………アドルフがそんな事も有り得るかも、と思うには十分だった。

頭は良くないので、己は全てを察する事は出来ないが、夢を見ないようにする事は得意であった。

 

 

 

 

最初から分かっていたとか、推理したとかではなく──────単に信じないだけである。

 

 

 

 

他人も未来も──────自分も。

だから、別に裏切られたとか、騙されたとは思わない。

単にこれはこういう話であった、というだけだ。

そんな結論を無感動に告げると少女は暫く俯いて…………………そのまま言葉を紡いだ。

 

 

 

「……………………私の言葉は貴方には何も届いていなかったの?」

 

 

──────いや? 聞いてはいた─────ただ、信じていないだけ

 

 

 

「……………………私と貴方が過ごした時間は貴方には無価値だった?」

 

 

 

──────いや? 別に価値がないとは思ってはいない。意味があったかは分からないが

 

 

 

「私の…………………私の想いは、貴方には映らなかった?」

 

 

その問いに対しては少しだけ自分は間を置いた。

答えるかどうかを躊躇したのではなく、どんな言葉で答えればいいかを考えただけ。

だから、数秒後に脳内で言葉を纏めた俺はただ、思ったことを口にした。

 

 

 

 

────────────少なくとも、結局、こうなっただろ

 

 

 

例え少女の想いが本物であったとしても…………………結末はこうなったではないか、と。

本物であっても、こうする、と決めたのなら、それを持ち出すなよ、と。

それだけを告げ、アドルフは口と手を閉じた。

もう語る事も無いだろうと思ったからだ。

だから、少女が髪で顔が隠れるくらい俯いても、もう無視するような形になると思っていた。

しかし

 

 

 

「………………うん」

 

 

もう舞台から消えていたと思っていた役者が再び上がる為の合図のような言葉が告げられた気がした。

思わず、視界には入っても意識からは消えていた少女を見ると目などは髪に隠れているが、少しだけ顔を上げたのか、口元は見え………………その口元には小さくて淡い笑みが形作られていた。

こんなタイミングで形作られる笑みに、理解が届かず、目を細めるが、しかし少女はそんな事知らないと言わんばかりに笑みを深め

 

 

 

 

「何もかも中途半端に生きてきた人生……………………だから、今だけ──────」

 

 

 

少女の言葉を最後まで聞くことは出来なかった。

何故なら、そこでアドルフは背後に人の気配を感じたからだ。

故にそれに集中し、振り返らずに裏拳を放とうとして

 

 

 

 

──────自分も、後ろにいた、恐らく暗殺者であった男の目論見を全て破壊するように、少女が自分を真横に押していた。

 

 

 

「──────」

 

 

スローモーションで流れる光景。

暗殺者はどうやらナイフを持っていたらしく、恐らく自分の背の中央に突き立てようとしていたそれは止まる事がないまま、少女のお腹の辺りに突き刺さる様を、自分は見せられた。

少しずつ倒れていく少女を視界に収めながら、しかし体だけは暗殺者に対しての対応が始まる、

突き飛ばされた体を即座に、弾き、ナイフを抜いて、それをこちらに向けようとしていた暗殺者の懐に入り込み、一度、その心臓に対してコークスクリュー気味に一撃を入れる。

心臓に対しての一撃は暗殺者の全ての行動を一時停止させる。

その隙を逃さないように、暗殺者の背後に滑り込み、敵の頭を掴み──────ゴキリ、と鈍い音が首をひねた後に響くが知った事ではない。

勝手に倒れる暗殺者を無視して、自分は少女を見ていた。

 

 

 

 

ナイフに刺されたお腹を片手で覆い、痛みに苦しみ悶えながらも──────こちらに良かった、と向ける顔が……………………どこかの少女の顔とダブった

 

 

 

それでも、出来る限りゆっくり近寄って、膝を付き、少女が刺された箇所を診てみた。

そう経験があるわけではないが、刺し傷なら見た事がある。

中をしっかりと見れるような状況じゃないから、断言は出来ないが………………この位置だと内臓を傷付けている可能性が高い。

出来る限りの治療を今、ここで行うにしても自分にやれるのは精々手か布で抑えて出血を押さえるだけ。

病院に運び込むにしても、ここは人気のない自然公園だ。

誰かの手助けを望むことも出来なければ、自分の力だけで運ぶにしても間に合うかどうか。

だが、無駄であっても、可能性があるならした方がいいだろう、と思い、少女に手を伸ばし──────その手を少女は残った片手で握り、弱弱しく首を振った。

その意味を、流石に理解出来ないわけではなかった。

だから、握られる手をそのままに、俺は思わず呟いた。

 

 

 

 

「何がしたいんだお前は………………」

 

 

 

思わず敬語すら捨てた問いに、少女は激痛が走っているだろうに、笑みを浮かべた。

 

 

 

「敬語……………やっと、外、し……………………」

 

 

 

そんな詰まんない事はどうでもいい。

俺はお前が本当に何がしたいのかが分からない。

君の家の事情については多少は調べて知っている。

故に、付け入る隙なんて幾らでもあったのだろうくらいは流石に理解出来る。

だから、実は恨みも怒りも俺は彼女には覚えていなかった。

これが、姫様を狙った暗殺ならともかく、俺を狙った暗殺ならば許す余地があった。

…………………いや、本来ならば己の暗殺であったとしても、それは遠回しに姫様の弱体化や安全性を落とす内容なのだから、許せるものでは無かったが…………………しかし、不思議とそういう気にはならなかったのだ。

精々、もう会う事が無くなるくらいだと思っていたのに……………………何故こんな事をしたのだ、と再度問い詰めると少女は痛みと死の恐怖に憑りつかれながらもやはり笑い──────理解不能な言葉を語った。

 

 

 

 

「こうしたら……………………私の、想いを……………信じて、くれるでしょう……………………?」

 

 

今度こそ愕然とした。

死の間際にこんなイカレた冗談を言えるならば大したものだが、少女の顔と声には演技(よぶん)が無かった。

故に余計に分からなかった。

だって──────自分にはそんな価値なんて無い。

アドルフの命なんていざといいう時の使い捨ての盾程度だ。

 

 

姫様……………………否、姫様の姿をしたただの少女のような強さも気高さも持っていない。

 

 

かと言って、何か、特別な才能を擁しているわけでも無い。

 

 

そして惰性に生きるには余りにも人でなしだ。

 

 

ゴミが無様に地面を這いずり回っているようなものだ。

生きているだけで、時折、手首を切りたくなる程、惨めに思える。

ふとした瞬間に、ただ息を吸うのが苦しくなる。

当たり前だ。

自分の生は呪われている。

 

 

 

 

何故なら、生まれる時に、一匹の■の信頼を裏切らった。

 

 

 

例え、それが人間で無いにしても、例え、そうしなければ生きられなかったとしても、自分はあの時、確かに裏切ったのだ。

死ぬ寸前まで自身の膝で擦り寄ってきた■を、俺は裏切り、■した。

それだけは忘れてはいけない罪だ。

結局、■の世話をしていた■■■■という少年の意識は死んだと認識していたとしても──────自分はやはり裏切ったのだ。

そんな人間に人波の幸福何て許されない。

人間としてい切れる筈がない。

ただの使い捨てのゴミで、一つの目的にのみ専心する絡繰細工であった。

 

 

 

 

そんな人間の──────どこを愛するというのだ

 

 

 

そう吐露すると、少女はそうかもしれない、と頷いた。

霞んだ瞳で、少女はアドルフの欠陥から目を逸らさずに、肯定した。

しかし、その上で

 

 

 

 

「そんな貴方を──────愛しく思ったの」

 

 

 

その欠陥も含めて、愛おしい、と少女は囁いた。

目を見開く。

聞いた事もない言葉に、アドルフは思わず握られている手を振りほどきそうになった。

生まれて一度も聞いた事がない肯定の言葉。

どうして………………と、再び問う。

お前に対して、俺はその欠陥を剥き出しに接していたはずだ。

なのに、何故、そんな欠陥を愛すること出来る。

 

 

 

お前にとっては敵意だったはずだ。

お前にとっては害意だったはずだ。

お前にとっては失望だったはずだ。

お前にとっては断絶だったはずだ。

 

 

 

そんな物を──────愛せたというのか。

そう言うと、少女は小さく首を振り、そうじゃない、と否定し、弱弱しく言葉を作る。

握られている手に込められた力は少しずつ弱まっているような感覚を得ている。

それに体温も少しずつ低く……………………そう思ってようやく気付いた。

何時の間にか土砂降りの雨が降っている事を。

最も、少女はそれを見て、感じ取れているのかは定かではないが……………………そんな事よりも大事な事があるという風に、

 

 

 

「貴方が……………………プリンセス、に向、向け、て笑って、いるのを見たの……………そ、が……………とてもすて、きで…………………だか、ら……………私も、そ、が、欲しって…………」

 

 

 

所々ぶつ切りになる言葉を脳内で埋めながら、やはり、そんな事で自分を犠牲にしたのか、と愕然とする。

そんな………………俺程度でのぎこちない表情に……………全てを賭けたのか、と。

本当ならば、もっと聞きたい事はたくさんあったが…………………少しずつ指が手から解けていくのを見ると時間がない事は一目瞭然であった。

だから、少女もそれを察したのだろう、少女は正しく残った命を振り絞り、解きかかった指に力を籠め、見えているかも怪しいアンバーの目で俺を見つめ──────願いを呟いた。

 

 

 

 

 

「ねぇ…………………お願い………………キス、して………………」

 

 

 

 

少女の方を見る。

強請るというには余りにも必死な表情。

勿論、死の間際である事を考えれば当たり前だ。

命を懸けてまで強請るのが俺の唇とは幾ら何でも安過ぎる。

愚痴や皮肉は幾らでも思いつくが、それを語る時間は刻々と削られている。

死にに行く少女の最後の願いだ。

叶えてやるべきだ。

だから、少女の手を握りながら、彼女の背から肩にまで手をかけ、出来るだけ傷に障らない様に持ち上げ、そのまま顔を近づければいい。

キスなんて言っては何だが、唇と唇が接触するだけだ。

ファーストだとが何だとか気にする事は無い。

無いはずなのに

 

 

 

「………………っ」

 

 

持ち上げるまではした。

後は顔を近づけるだけだ。

そうして唇を触れ合うだけだ。

すればいい。

こんな奇妙な関係になったが、別段、アドルフは少女を嫌いに思ったことも無ければ、少女の要旨は十分に優れたものだから、特に嫌悪する事もない。

だから、何時も通り人形のように無感動でいればいい。

そうすれば、少女の障害から未練と後悔を晴らして見送る事が出来る。

 

 

 

 

「ぁ…………!」

 

 

なのに、思い浮かぶのは目の前の少女ではなく、別の少女。

 

 

 

理不尽に塗れ、理不尽に押しつぶされ、理不尽に抗う少女

 

 

 

ナタリーとダブっていた姿が乖離する。

瞬間、気付いた。

これは明白な選択だ。

それも、機械的な選択ではない。

 

 

 

これは感情的な選択(・・・・・・)

 

 

 

それをした瞬間、自分は間違いなく今まで形成していた自分を捨てる事になる。

機械であるだけを償いとして来ていた。

幸福である事なんて許されないと思っていた。

しかし、これはそんな理屈を全て放り投げなければ答えられない選択であった。

 

 

 

機械(いままで)である事を選択するか、人間(これから)を選ぶか。

 

 

 

改めて少女の顔を見る。

少女の顔にはやはり、必死な顔が張り付いていた。

しかし、その瞳には……………………絶望の形をした復讐の色が宿っていた。

思わず、顔を歪める。

 

 

酷い等価交換だ

 

 

自分の命を懸けて……………………少女はこれから先、ずっと苦しむか、人間性(名残)を捨てるかを選べと言っているのだ。

酷いが、しかし確かに筋が通った等価交換であり……………………避けては通るには、自分はこの少女と長く付き合い続けていた。

いや、やはり酷くない。

釣り合いは取れいている所か、俺が遅過ぎたくらいだ。

姫様の理想に付き合うと決めた人間が中途半端な姿勢で居続ける方が、少女に無礼だったのだ。

キリがいい、というのは目の前の少女には失礼だが、ここで全ての未練を清算するべきだ。

だから、俺は少女の顔に唇を近づけ、今こそただのゴミになろうと──────

 

 

 

 

口元を自分の吐瀉物で汚しながらも……………強がりの微笑みを崩さない少女の顔がよぎる

 

 

 

美しい、とその姿を見て思った。

この人の力になれればどれだけ嬉しい事か、と思った。

そうすれば、自分の詰まらない命も、裏切ってしまったあの■の命も無駄にしない事になる、と思った。

 

 

 

 

──────意気地なし、と目の前の少女に告げられた言葉が今の己を刻む

 

 

 

そうだ、嘘だ。そんな綺麗な事だけなんて考えなかった。

もっと自分勝手な想いだった。

他人の事なんて考えていない、過去の事なんて無視するような想いだった。

対象の少女の思いすら無視するような下品な欲望だった。

獣ですら、もう少しマシな本能に従う。

 

 

 

そんな風に強がって、その上で気高い少女を────────────自分が欲するなんてあってはいけない。

 

 

 

百億の絵画に泥を塗るような行為だ。

美として愛でるべきモノを、自分の手で触れ、引き裂くような想いだ。

こんなもの、成就する事所か、想う事すら許されない事だ。

自分は機械でいるべきだ。

だから、自分は機械(そう)あろうとして─────────

 

 

 

 

そんな自分勝手な誤魔化しに………………少女の愛を利用するのか

 

 

 

目の前に痛みと死の恐怖に震える少女がいる。

否、本当に震えているのはどっちだ。

どうすればいいのかが分からなくて震えているのはきっと俺の方だ。

どっちを選んでも、結果は自身の汚さを自覚するしかない。

どっちの方がマシなんてものは無い。

ならば、いっそこの選択肢自体を放棄するか?

そうすれば、苦しむ事は無い。

ただ、自分がどっちつかずのゴミのままでいるだけだ。

だから、だから、だから────────────

 

 

 

 

 

「出来ない…………………俺は、君を愛せなかった…………………俺は…………………あの姫様(しょうじょ)を愛しているから……………」

 

 

 

吐き出した言葉に真摯さなんて欠片も無かった。

何て情けない言葉だ──────────機械人形(アンダーソン)で無くなった途端にこれでは、振られた少女に余りにも申し訳ない。

せめて、死に行く彼女に納得させれるような言葉暗い吐けないのか、と思わず叱咤する。

そんな俺の自己嫌悪する様を見ながら、しかし少女はふっ、と小さく………………本当に悔しそうに笑った。

 

 

 

 

「あ、あ………………振ら、れ、ちゃた……………と、さ………………も、い、もう………………と、もうら………………たのに…………………」

 

 

ポロリ、とアンバーの瞳から零れた宝石のような涙を見た。

そこまでして、初めて少女が今、ようやく泣き始めた、と知る。

激痛と死の恐怖に苛まれても泣かなかった少女が、自分に振られて初めて辛い、と泣いたのだ。

それに対して何かを思う資格は無い。

自分はこの少女を、完璧に振ったのだ。

彼女が命を懸けてまで行った決意と愛を、俺は無駄にした。

だから、もう少女に対して何かを思う事は無い。

なのに

 

 

 

「………………ぁ…………嬉しい………………」

 

 

 

少女は不意にそんな事を告げて、傷口を押さえていた手でこちらの頬に触れてきた。

終わりが寸前にまで近づいているのに、少女の顔は喜色の色が強かった。

もう、痛覚すら感じれなくなった事もあるのだろうが…………………喜ぶことなど何かあっただろうか?

そんな当然の疑問に

 

 

 

 

 

「だって……………貴方、泣いている………………」

 

 

 

告げられた言葉に、反射的に目元を押さえる。

しかし、そこにあるのは雨に濡れた顔であり、涙らしいモノで濡れているような感触は無かった。

だから、俺は単に雨を見間違えただけだ、と答えた。

だけど、少女はそれを信じず

 

 

 

 

「だって……………わたしを……………慈しんで、る………………」

 

 

 

などと告げた。

慈しむ? 慈しむだって?

そんなの俺がしていい事ではない行いだ。

少女の人生を汚すような行いだ。

そして、幾ら"人間"に戻ったとはいえ、流石にそこまで真っ当な人間のような形には戻れない。

勘違いだ。

それはきっと勘違いだ。

そう告げるべきなのに、自分の口は動かなかった。

死に瀕した少女の方が口を開き、無駄に生きているだけの自分が口を閉じているなんて人間のようになってもそんなモノか、と思っていると

 

 

 

 

「良かった………………私………………最後に………………貴方の(はじめて)を、得れた、んだぁ………………」

 

 

 

自分の手を握っていた力が弱まる。

頬に触れていた最後の温もりが離れそうになり、咄嗟にもう一つの手で掴む。

しかし、零れた力とぬくもりは一切取り返せないまま、滑り落ちていく。

人の死を見慣れていないわけではないが、腕の中で死んでいく人を見るのは初めてであった。

見届けるだけの時間か、と思っていたら、口からひゅー、ひゅー、と息を漏らす少女は最後に、はっきりとこっちを見て

 

 

 

 

「そ………………で、も……………………」

 

 

 

恐らく、それでも、と告げ、そしてその後小さく、口を数回小さく動かし──────少女から全てが抜け落ちた。

 

 

 

 

「………………………………」

 

 

 

雨音が耳を穿つ。

今更雨の音と冷たさが肉を襲うが、どうでもいい。

雨と血と死に抱かれた少女の何と美しい事か。

そんな少女に対して──────やはり、到底泣いているとは思えない自分の器の小ささに失望の黙禱を捧げる。

少し躊躇ったが、手を動かし、少女の開いたまま閉じる事のない瞼を閉じる。

そうすると

 

 

 

 

「………………何だ、君は。何、笑っているんだ馬鹿……………………」

 

 

 

男を見る目だけは絶望的にない少女だ、とアドルフは、最後にそんな恨み言を少女に囁いた。

 

 

 

 

 

 

そうして場面が暗転したかと思ったら、次の瞬間には見覚えのない部屋で見覚えしかない顔が直ぐ傍にあった。

サファイアの瞳は揺れており、こちらへの心配で染まり切っている。

美しい姿であった。

献身の徳とは正しく、この人のような事を言うのだろうし、その美しさに惹かれたのもやはり、事実なのだ。

 

 

 

だが、今はその事実が妙に俺を苛立たせた(・・・・・)

 

 

自分が今、どういう状態かを深く理解していないアドルフは麻薬の影響下で、理性と状況認識力が酷く落ちている。

何時が現実で、どれが妄想と過去が混ざった世界を見ているか分からない少年は本当に運が悪く──────10数年溜め込んで鬱憤が破裂した。

 

 

 

 

 

 

 

アルフが少しだけ沈静化したので、アンジェが一旦、水を用意すると席を離れている間、プリンセスはアドルフがこちらをぼやけた瞳で見ているのに気付いた。

 

 

 

「アルフ…………………?」

 

 

一瞬、ようやく意識が覚醒したのか、と思ったが、暫くするとそうでない事に気付く。

未だ、意識は夢想と妄想と過去の中にある。

今も意識があるのではなく、そんな妄想と夢想の狭間にあると思い込んでいる目だ。

ならば、また暴走するかもしれないと思い、再び腕を抱えるべきか、と思っていると

 

 

 

「っ…………………」

 

 

握っていた手に力が込められた。

アドルフの手指がこちらの手に少しだけ埋まる程の力の強さに痛みを感じるが、それでも放さないでいると

 

 

 

 

どうして(・・・・)……………………分かってくれないんで(・・・・・・・・・・)すか(・・)……………………?」

 

 

 

突然の問いであり……………………そしてたったそれだけの音で恐ろしいほどの想いが込められた言葉であった。

思わず、アドルフを見ると彼の目はただ自分を見ていた。

まるで、本当に目に入るのは自分だけ、というような視線に恐怖でなく、驚きで足を引きそうになるが、握った手がそれを許さない。

問われた言葉は……………………もしかしたらあの日の続きなのだろうか。

あの日、彼は分からない自分に怒りを覚えたという事なのだろうか。

だけど、何を、と思うと

 

 

 

「私が………………俺が……………………貴女の傍付きだから……………………自分に価値を見出していないから、自分を疎かにしているだけだ、と思っているでしょう……………………?」

 

 

「それは……………………」

 

 

思わず無意味であっても、言葉を返してしまった。

だって、そうでしょう?

何時も無茶ばっかりしているだろうし、私生活において何時も私を優先して、己の為にしようとしない。

まるで、自分なんていない、みたいな扱いでこちらを立てるだけ立てる。

まるで自分という存在を見ていないとしか思えないではないか。

 

 

 

 

その結果、私を大事にしているのではなく、私しか大事にしていない、としか見えなくなる

 

 

 

この考えが間違っていると言うならば、あのデートの時、どうして一度でも自分がしたい事を言ってくれなかった。

一度も自分のしたい事を言ってくれなかった。

それを思わず言いたくなるが、しかし言っても無駄かと思って口を噤んでいると、勝手に少年が先を続けた。

 

 

 

「俺は………………そんな風には生きれない、生きられなくなった…………………もう…………欲望しか見えない……………………」

 

 

「欲望……………………?」

 

 

最もアルフからは縁遠い単語だ。

それを見せなかったから、私はあんな話を切り出したというのに。

それとも自分が見落としただけで、本当にそんな自分の為だけに行動する何かを持っていたのだろうか。

そう思い、改めて少年の顔を見ると──────少しぞっとした。

 

 

 

 

何故なら少年の瞳には本当に私しか映っていなかったから。

 

 

 

こっちを見ているから当たり前では、と思われると思うのだろうけど、これは私が知る人を見るという状態ではない気がする。

そうだ、これはむしろアンジェが……………………シャーロットが昔、己の夢を語っていた時の目に似ている。

国の未来を求めると叫んだ少女の目に映っていたのは私ではあったけど、私では無かった。

 

 

 

 

彼女が見ていたのは望む未来というモノであった

 

 

 

それと同じような目をしているが……………………彼が見ているのはシャーロットとは違い、私であった。

反射的に体を抱いて、引こうとするが、それを止めるように手が握りしめられている。

ああ……………………、と思わず声を漏らす。

この手は温もりを求めている、とか近くにあるものを握っているだけとかではないのだ、と今頃気付いた。

 

 

 

 

私をどこにも逃がさず………………奪う為にあるのだと悟り──────そしてそんな脅迫紛いの手を、無理矢理にでも振りほどけない時点で、私の負けであった。

 

 

 

 

だから、次の言葉に、私の心は成す術もなく砕けるしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

「──────愛している」

 

 

 

 

熱と負傷と麻薬によって理性を剥ぎ取られ、現実を認識できず、本能を剥き出しにされているからこそ吐き出された愛の言葉。

だからこそ、プリンセスになってしまった少女は素直にその言葉を受け止める事が出来た。

 

 

 

 

「他の物なんていらない………………他の誰かなんて知らない……………………貴女だけが欲しい………貴女だけを愛している…………誰かになんて譲りたくない──────貴女の、全てが」

 

 

 

 

欲しくてたまらない──────

 

 

 

そう言って、少し濁るように染まる瞳には一種の狂気のような物さえ見えていた。

否、もしかしたら本当に狂気だったのかもしれない。

少年の言葉には嘘偽りは無かった。

心底から他の物なんていらないし、他の誰かなんて知った事でもないし──────本当に私の全てを奪い尽くしたい、と目も語っていた。

背筋が震える。

プリンセスではなく女としての自分が一種の恐怖とどうしようもない嬉しさで体が勝手に震える。

 

 

 

 

「あぁ……………………」

 

 

 

もしも昔の自分なら、自分はプリンセスとしての願望を優先しないといけない。

だから、それは出来ない、と嘆いていたかもしれない。

だけど、そんな思考は既にあのおばあさんと話し合い、そしてあの星の夜に踊った事で全て放棄した。

 

 

 

 

 

どちらも得ていいんだ(・・・・・・・・・・)、と

 

 

 

だから、少女は手を伸ばした。

正確には体を預けた。

出来る限り、傷には触れないように、手を握られたままだから無理な姿勢ではあるが、それでも彼の顔に己の顔を近づけ──────無理矢理唇を重ねた。

 

 

 

 

「──────」

 

 

 

言葉で伝えるには既存の言葉では足りなさ過ぎる。

理性で愛を語るには本能が我慢を許さなかった。

だから、必死に唇から伝われ、と願う。

私も同じ気持ちだ。

 

 

 

 

どうしようもなく愛している。

 

 

 

理屈なんてどうでもいい。

お互いの立場も知った事ではない。

ただ、愛しているという想いがあればもう十分であった。

 

 

 

 

 

 

そうしてどれくらい経ったか。

ふと、唇を離してみると何時の間にか少年は再び、微睡みのような空想の世界に落ちているのを見た。

その事実に思わず、小さな怒りを吐き出してしまう。

 

 

 

 

「酷いわ」

 

 

 

私一人だけヤキモキさせて、祈りが叶った、と喜んでいるのに、少年はもしかしたらこの事を覚えていないかもしれないのだ。

ここまで、人を本気にさせておいて、本人はその気が無いかもしれないとは女として悔しいではないか。

流石にこればかりは許せそうにない。

だから

 

 

 

 

「後で絶対に…………………謝ってもらうんだから」

 

 

 

 

そしてその時は…………………逃がさないから

 

 

 

あれだけの愛の告白をしてくれたのだから、こんな所では終わらない、とプリンセスは微笑み──────信じる明日が来ることを、信じれた。

 

 

 

 

 

 

愛している、と今度は口でも呟きながら

 

 

 

 

 

 




難産でした………………やっぱり一万二千越えは辛いねぇ………………


そして自分の言葉で死にました。今は亡霊になっています。



えーーとボケるのはともかく、まえがきにも書きましたが、わざと括弧がきと無しがあります。
これは括弧があるのは現実でも言った言葉。
括弧無しは言ってないかもしれない言葉です。
回想のようなこの話は、どっちかと言うと回想というより妄想が入り混じった回想であるので、実は所々、作られたシーンなどがあったりします。
でなければ、死ぬ直前にあそこまで多くを語れるっていうのもあれですしね。



だから、真実なのは括弧。真実か虚構か不明な所は無しにしています。



いやぁ………………最後の最後まで甘い言葉で死ぬかと思ったぁ…………………
あ、まだこの章終わりじゃないですよ?
後、二話くらいあるので。



では、長いあとがきはここまでで。
感想・評価など宜しくお願い致します。



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case22:選んだ人

 

 

 

 

 

ふと──────目を覚ました。

 

 

 

「………………あ、ぅ………………」

 

 

唐突に浮かび上がった意識は泡のように不確かだ。

開かれた瞳が、一瞬で光に焼かれ、思わず、手で顔を覆おうして

 

 

 

「──────」

 

 

今までの記憶が再生される。

唐突に再生された記憶はフラッシュバックに近くて、暴力的な再認はこれから自分が何をするべきかを無理矢理刻み込んだ。

 

 

 

「………………」

 

 

 

立ち上がろうとすると体は何故かベルトに巻かれていたが…………………右手だけは空いていたので、何とか拘束していたベルトを全部解除した。

 

 

 

「………………っ」

 

 

それだけで視界が揺れ、脇腹が痛む。

意識は取り戻しても、肉体は一切回復されていない。

精々、腹を少し塗ったくらいだ。

激しく動けば、簡単に開きかねない気配がする。

 

 

 

 

「………………刺されて、二日か、三日くらいか……………………?」

 

 

外の窓を見ると、夜に包まれているようだ。

雨も止んでいるみたいだから、日付が違う事だけは確かだろう。

吐き出した言葉も嗄れ声であるのを見ると、そんな感じなのだろう。

どこかの病院にいるようだが、どうやらこの病室にはタイミングか何かは知らないが、丁度誰もいないようだ。

 

 

 

「………………」

 

 

アドルフは拘束されていなかった右手を見る。

特に何か負傷だったり、感覚が曖昧になっているというわけではないのだが………………不思議と温かいと感じるという事は、恐らくさっきまでお人好しな少女がいたのだと思う。

あんな暴言を吐いた傍付き如きに、本当に──────らしい事をしている、と苦笑して、立ち上がる。

 

 

 

足は震え、手には力が入らず、刺された箇所は嫌に引き攣り、視界は揺れに揺れる。

 

 

 

最悪でしかないコンディションだ。

このまま動くだけで自殺行為だし──────今から刺した犯人に会いに行こうとしているのだから自殺を通り越した馬鹿でしかないだろう。

いや、それ以上に………………きっとあの少女は俺が何もしなくても自滅する。

肉体は痩せこけ、意識はちぐはぐ、更には麻薬によって全身を腐らされている。

だから、自分が何をしようが、あるいは何もしなくても少女に待っているのは自滅でしかないのは分かっている。

分かっているけど………………

 

 

 

 

「──────"彼女"を見捨てた責任は、取らないと」

 

 

 

これはアルビオン王国の事情だとか、傍付きだとか、姫様とか一切関係なく、己が選んで決めて背負った罪だ。

だったら、背負いに行かないと姫様の傍にいるなんて我慢出来ないし──────ナタリーに告げた言葉が全て嘘になる。

ナタリーをただの可哀そうで哀れな女にするくらいならば、まだアドルフが見る目も性格も屑なゴミである事の方が幾分かマシだ。

だから、どんなに辛くても歩かなくてはいけない。

 

 

 

 

自分は欠陥品だが……………………終わらぬ(やみ)がある事は知っていても、止まない雨は無い事くらいは知っているのだから

 

 

 

 

 

 

そうして、ある少女が少年の為に濡れタオルを用意しようとして席を離れていた僅か数分の間に、少年の姿は消えていた。

当然、その少女は顔を真っ青にしながら──────馬鹿、と叫ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

揺れる世界と肉体を抱えながら、アドルフは歩いていた。

 

 

 

「──────」

 

 

意識は半ば靄がかかり、思考は空回りを続ける。

一歩歩む事に、何かがごっそりと落ちていくような感覚に、流石に苦笑いを浮かべる。

 

 

 

 

何て馬鹿らしい……………………あれだけ姫様以外で動かぬ、と決めていた癖に、こんな無駄に切り捨てた人の為に動くなんて──────

 

 

姫様と長い事一緒にいたから、つい情でも湧いたか。

それとも、あんな変な妄想でも見たから、つい感傷的になってしまったか。

それとも、今更真人間にでもなれるとでも思ったか。

それとも、実は単にやられたからやり返さねばならない、という憎しみか。

 

 

 

──────どれも違う。

 

 

これは単なるケジメの問題だ。

自分がしでかした事の責任を取るだけだ。

そこらの子供でもしている事をしているだけだ。

だから、そんな綺麗な理由なんてない。

あるわけがない。

 

 

 

 

「本当に?」

 

 

唐突に己の心に答える言葉があったから、見上げるとそこにはナタリーがいた。

 

 

 

「………………」

 

 

無論、これは単なる妄想だ。

現実を無駄に歪めて、自分を救ったつもりになろうとする酷く下らない自慰行為だ。

だから、俺は努めて無視して、前に出る。

当然、その行為は彼女の空想の体を貫いて前に出る……………………が、当然、空想故に少女はそんなの気にせずに口を動かす。

 

 

 

 

「ずっとずっとアドルフは苦しんできたわ……………………見ていたし、感じていた」

 

 

 

うるさい、黙れ、喋るな。

ナタリーの声と姿を使って、冒涜するなアドルフ・アンダーソン。

そんないらない脳みそを使うくらいならば、余計な箇所は破裂すればいい。

 

 

 

 

 

「だから、もういいの。足を止めて、引き返して………………だって、貴方は、私を振ったんだから。それなら、最後まであのプリンセスの為に生きてよ………………!!」

 

 

 

はっ、とアドルフは己を嘲笑った。

何て醜い言葉だ。

本物のナタリーの最後の言葉はあれだけ綺麗だったというのに、自分が投影するナタリーの言葉の醜さと来たら、実にこの上ない。

献身的に見えて、自己愛の塊。

他人を気遣うように言い訳をしてから、本心である欲望に忠実でいようとしている。

 

 

 

 

実に汚い────────────よくもまぁ、これで姫様にばれないものだ

 

 

 

 

まぁ、あの人は単に夢に向かって一直線中だから、脇目を見る余裕がないのだろう、と苦笑する。

しかし、まぁ、欲望に忠実である自分がよくもまぁ、どうでもいい相手の為に動いているのやら、と思い

 

 

 

 

"だって──────勝ち目を得れたんだもの。嬉しくなっていいでしょ?"

 

 

 

そんな戯言を思い出した。

 

 

 

「はっ……………………」

 

 

ああ、そうだな。きっとそうだったのだろう。

俺は確かに君を愛する事は出来なかった。

愛しているのは別にいたから。

その事についてだけは、例え地獄に落ちても変わる事のない選択だろう。

だけど──────姫様を除いたら、彼女だけが俺を受け入れてくれた。

 

 

 

 

醜さと欠陥を剥き出しにして接していた俺を、それでもいい、と振り返ってくれた人はナタリーだけだった。

 

 

 

女として愛する事は出来なかったけど…………………人としては大事にしたいと思えたのだ。

無論、それは最早叶わない願いだ。

助ける事ではなく見捨てる事を選んだアドルフは未来永劫呪われるし、呪い続ける。

だから、せめてその呪いと恨みを受け入れる事が彼女への義理であり──────感謝だ。

 

 

 

「ああ、全く……………………」

 

 

そんな結論から、口から漏れる言葉はどうしようもなく情けない音で

 

 

 

「─────どうしてこうも、縁が無いのやら」

 

 

 

と、己の生涯に対する愚痴を漏らし──────殺人鬼に落ちた少女は最後に言っていた約束の地。

 

 

 

ナタリーが死んだあの自然公園に辿り着いた。

 

 

 

「………………」

 

 

約束の場所、と言った。

後にも先にもナタリーと自分が約束した場所はこの場所以外は無かった。

それをどこまで信じていいのかは分からないが、ここが外れならば、流石にどうしようもない。

だから、自分は自然公園の林の奥地。

人目も無く、星の明かりも届かぬ、暗い森のような場所。

 

 

 

 

そこに、人殺しの妖精が踊っていた

 

 

 

「Alas, my love, you do me wrong To cast me off discourteously」

 

 

妖精は美しく歌っていた。

曲はグリーンスリーブス。

それを悟り、アドルフは思わず笑うしかなかった。

実に皮肉が効いている。

何せ、人を殺す妖精が血に濡れながら、愛を歌いながら、裏切りを謳っているのだ。

 

 

 

 

「For I have loved you well and long Delighting in your company.」

 

 

 

そうだ。それでいい。

君にはそれを歌い上げる資格がある。

君にはそれを謳って、俺を弾劾する必要がある。

 

 

 

 

そしてアドルフ・アンダーソン

 

お前には愛を歌う妖精を。

 

 

 

 

現在ですら血によって地に落ちている妖精を──────更に地獄に堕とす義務がある。

 

 

 

だから、アドルフはその神秘的な光景を、躊躇う事無く、無粋な足音で踏み躙った。

即座に歌は途切れ、世界から踏み外れつつあった場所は、あっという間に狂気のステージへと変わる。

振り返った歌姫は、一瞬、殺意に支配されながら……………………しかし、俺を認識した瞬間、まるで花びらくような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「ああ………………あぁ…………………あぁ──────アルフ! 来てくれたのね? 愛してくれるのね? 愛されてくれるのね!?」

 

 

途端に溢れる愛の叫び。

盲目的とはよく言うが…………………その盲目さも、あらゆる全てを無視出来るほどになってしまったのならば、最早盲目なんて言葉では表現出来ない。

ナルシストを語るようで嫌だが…………………少女には真実、アドルフという人間しかないのだ。

他の世界が見えないのではなく、アドルフという人間が彼女の世界なのだ。

故に少女の世界は最初から破滅が前提になっている。

だって、アドルフはそれと同じことをナタリーにもしたのだ。

あれから時間が経ったとはいえ、想いが変わる事は無かった。

 

 

 

「ぁ…………大丈夫、大丈夫、大丈夫よ!? 待たされても全然平気! 貴方の為なら私は何分何時間、何日何年待たされてもずっと待てるわ! だって、もうこれから先、私達は永遠なんだもの! 終わらないの! 続くの! 一緒であり続けるんですもの! だからいいの! 私──────貴方と一緒にいれたら、それだけで幸せだから!!!」

 

 

 

故に少女が愛を叫ぶほど、アドルフにとってはナイフよりも苦痛であった。

彼女の言葉に比べれば、脇腹の痛み何て可愛いモノだ。

狂気に侵された言葉だとか、麻薬患者による盲目痴愚な愛であったとしても………………アドルフからしたら過大評価の勿体ない言葉であった。

だから、加害者といえど思わず嘆かずにいられない──────また一人の少女の人生(アイ)を自分は否定しなければいけない。

元から地獄に落ちる事が決定されている身とはいえ……………………何でその顔の女の子は男を見る目が無いんだ、と思い──────決別を告げた。

 

 

 

 

 

「いや──────君は結局、最後まで俺の事をアルフと告げなかったよ」

 

 

 

 

ピタリと少女の想いが止まった。

笑みを引き攣らせ、瞳は震えている。

俺はそれを苦笑して見ながら

 

 

 

 

「正確には君じゃないが……………………ナタリーは確かに呼んでいいかとは聞いてきたが、俺が拒否したら、素直にアドルフと呼ぶだけだったよ」

 

 

 

思えば、聞く事だけはしたが、実際は余りアルフと呼ぶ気は無かったのではないか、と思う。

そもそもアルフ、という名前を呟いたとき、少女の声と表情には色々と不満があった。

理由は分からないが、まぁ、結局、彼女はそれ以降、アルフという渾名を使う事も無ければ、話題にも出さなかった。

しかし、そんな言葉に、ナタリーと同じ顔をした少女は違う、と言うように顔を振り

 

 

 

 

「何を言っているの……………………? アルフ? 私はナタリー。貴方を愛してるのよ? どうして、それを分かってくれないの………………? ねぇ…………ねぇねぇねぇねぇ………………ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ!!! どうして!!! どうして私を分かってくれないの!? どうして私を疑うの!! どうしてぇ!! 私の愛を受け止めてくれないのぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーー!!!?」

 

 

 

瓦解していく精神を見せつけられる。

その崩壊していく姿に、同情する資格が無いと分かっていても、少女の嘆きを刻まれてしまう。

が、敢えてそれを無視して──────彼女の傷口に抉りこんだ。

 

 

 

 

「簡単だ────────────俺はとうにナタリー。君を振ったし…………………そして、俺は君の事なんて知らない(・・・・・・・・・・)。そうだろ? ────────ナタリーの妹さん」

 

 

 

酷く当たり前の事であった。

死人は蘇らない。

死んだ後に出てくるモノは三文小説のグールか、別の誰かだ。

前者だったら怪物だし、後者なら当たり前だが別人だ。

そして、ここは現実。

 

 

 

 

人間(モンスター)はありえど、空想(モンスター)は有り得ない。

 

 

 

なら、後は簡単だ。

ナタリーには妹がいた。

似ている姿は血縁関係だからだ。

ただ、自分の事を知っている事と愛している事、そしてナタリーとあの時殺した暗殺者くらいしか知らないこの場所を知っているのは謎だが………………流石に全てを読み解く力は俺にはない。

分かるのは、ナタリーの妹であった少女は人生を転落させ…………………麻薬に溺れ、そしてクソみたいな男に呪って、呪われてしまったという事だ。

そして、名探偵というには余りにも杜撰な真実の解答に────────────当然だが、殺人鬼は知った事では無かった。

 

 

 

 

「知らない。知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない!!!! どうして愛してくれないのぉぉぉぉぉ!! 愛を頂戴! 愛を渡して!? 愛を!! 愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛をぉぉぉぉう!! 愛を寄越してぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 

 

 

少女は真実と思われる言葉など一切聞き入れるつもりもなければ、受け入れるつもりもなかった。

少女にあるのは愛を求め、そして愛を奪う事。

他の事など知らない。

それが一秒後の死であったとしても、些事だ。

必要なのは愛を受け取ってくれるという事実。

愛されているという事実。

分かり切っていた。

 

 

 

これはミステリーではない。

 

 

犯人を突き止めたら、めでたし、で終わる物語ではなく

 

 

 

恋する少女の人生を悲劇で幕引くだけの物語だ。

 

 

 

 

だから、俺は、────────────少女に死ね、とほほ笑んだ。

 

 

 

 

 

「──────君にあげる、愛を、俺は持っていない」

 

 

 

その一言で少女の世界は滅んだ。

焼ききれた思考と澱んだ理性が即座に殺意を燃やした。

この状況で悲哀など思い浮かべたら、心が死ぬと肉体が理解したが故に起きた自衛行動。

ナイフを構え、振り上げ、こちらに走ってくる。

そして、そのまま振り下ろして、肉体のどこかに突き刺せば、今の自分には十分な致命傷になるんだろうな、と他人事のように思う。

 

 

 

 

────────────つい、そのナイフに惹かれる。

 

 

 

そのまま何もせずに死を迎えれば、とてつもなく楽になるのではないか、という欲望。

嗚呼…………それは何て幸福だろう。

もう何も苦しまなくていいのだ。

 

 

ずっと呼吸をするのがしんどかった。

 

手足を動かす事に、どうしようもない罪悪感が付き纏った。

 

自分の事で生きるのが、本当に辛かった。

 

 

このナイフを受け入れれば、それから解放されるのだ、と思えば、死神の鎌というよりも天使の指先にも思える。

そう。受け入れれば全てを終わらせれるが────────────

 

 

 

"アルフ"

 

 

 

唇を噛み締める。

最早、その名は呪いに等しい執着であった。

肉体は勝手に力を振り絞り、脇を支えていた手は何時の間にか拳を握り、足は一歩前へと踏み出す。

 

 

 

 

ずっと一緒にいてくれる? と無邪気に、美しく微笑む少女を、少年は裏切れなかった。

 

 

 

故に結末は幕引きの拳に。

 

 

 

 

 

 

破滅を約束された少女の愛という悲劇は、今、閉幕した。

 

 

 

 

「──────」

 

 

交差する体。

ナイフは空振り、自身の拳は少女の体を潰した。

傍目からは抱き合うような姿勢になっていると思うが、前もどっかの日本人相手に似たような事をしたな、と何となく思い出した。

最もあの時程、タイミングや力は使えなかったし、使う必要が無かった。

少女の体は健康的な、というには余りにも程遠い骨と皮のような体に、麻薬という毒で腐らせてしまっている。

重傷患者で、何時もの手袋を持っていない自分の拳ですら、容易く中身を粉砕出来る程に、少女の肉体は既に壊れていたのだ。

 

 

 

「こびゅ……………………?」

 

 

少女の口から漏れる潰れた吐息は、まるで知らない単語を聞いた子供のような愛らしさすら感じ────────────そのまま崩れ落ちた。

ずるり、と己の体から離れて落ちていく少女。

力も光も一気に失われながら……………………少女は最後にこちらに手を伸ばした。

俺に手を伸ばし、瞳には俺の姿を刻む。

 

 

 

 

────────────何てお笑い種。

少女を殺す死神が俺だったが……………………ここまで壊れた少女に残るのも、ゴミのような死神だけであったのだ。

 

 

 

手を伸ばす少女に手を差し出すことも出来た。

だけど、俺は結局、最後まで手を伸ばさず……………………地面に落ちた少女を見届けた。

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

あっという間に少女は死んだ。

血に濡れ、くすんだ金髪で顔を隠し、ひしゃげ、腐った体を姉と同じ場所に横たえて、死んだ。

 

 

 

 

「………………俺、誰を殺したんだろうか…………………?」

 

 

 

近くにあった木に背を預け、そのままずり落ちる。

言葉通り、俺は今、誰を殺したのだろうか?

ナタリーの妹を殺したのか。

それとも妹に憑りついた恋と憎悪を殺したのか。

 

 

 

「はは……………………」

 

 

一体、何を言っているんだ俺は。

たかが、この程度で心を乱すなんておかしいだろ?

なら、藤堂いずなの時にも同じように心を乱すべきだろ? 

 

 

 

 

…………………狙いがプリンセスではなく自分だっただけでここまで死にたくなるだなんて…………………

 

 

 

「──────」

 

 

くらり、と視界と頭が揺れる。

気が付くと押さえていた腹からは少し血が垂れていた。

何時から開いていたのか。

漏れ出る血液はそう多いというわけではないが、当然、このまま放っておいたら出血大量で死ぬだろう。

それも悪くないな、と本気で思いながら……………………アドルフは立ち上がった。

 

 

 

 

死んでいい理由なら幾らでもある。

 

 

数え上げれば両手の指程度では足りないくらい、アドルフが死んでいい理由はある。

だから、これは酷く単純な話し。

 

 

 

 

死んでいい大量の理由が、死にたくないたった一つの理由に負けただけだ。

 

 

 

自分の生き汚さを感じながら、少女に背を向ける。

そのまま歩き去ろうと思って──────────そういえば、この少女と、そして少女の姉にずっと言い忘れていた言葉を思い出した。

 

 

 

 

「………………来世があるなら、もう俺みたいな屑のような男に出会わないようにな」

 

 

 

そうすれば、幾らでも幸せになれただろうから、と思い、歩き出し

 

 

 

 

 

「──────いいえ。何度生まれ変わっても、私、貴方に恋するわ」

 

 

 

 

振り返る。

驚愕に瞳を広げた、その先には先程と変わらない少女の死体が倒れているだけであった。

生き返ったわけでも無ければ、別の場所に人がいるわけではない。

幻聴だ、と思う。

現実的に考えれば、頭がイカレタ自分が自分の為に勝手に脳が呟いた、と思える言葉であった。

だが、一つだけ変化があったのだ。

少女の顔はさっきまで己の髪で隠れていたのに、何時の間にか顔が露出していたのだ。

 

 

 

 

その顔はとっても満足するかのように、あるいは諦めない、とでも言いたげに笑っていた。

 

 

 

酷くどこかで見たような顔だった。

だから、思わず、苦笑する。

 

 

 

 

「勘弁してくれよ……………………君を振るのは、本気で辛いんだから……………………」

 

 

 

この君がナタリーか、あるいはその妹を指し示して言ったのか、アドルフにも正直分からなかった。

でも、やっぱりどっちであっても一緒なのかもしれない。

 

 

 

 

こんな欠陥品に対して、諦めない、なんて言うのは君達くらいだったから。

 

 

 

でも、だからこそ、アドルフも自嘲しながら

 

 

 

 

「でも、すまない────────────俺、姫様が好きなんだ」

 

 

 

例え、それが永遠に得る事が出来ない結末であったとしても、少女を愛しいと思って君を振った以上、それだけは変えれないし、変えるつもりもない。

だけど…………………あの時言えなかった、もう一つの言葉で、その幻聴に報いよう。

 

 

 

 

「──────ありがとう。こんな俺を、愛してくれて」

 

 

 

上手く笑えただろうか、と思い、もう少女から目を離す。

もう少女の事を思い出すことも許されない自分だが……………………たった一つだけ、願う事だけを許して欲しい。

 

 

 

 

 

どうか少女たちの旅立つ先が……………………安らかである事を

 

 

 

罪も罰も俺が持っていく。

だから、確かな愛で生きた少女も、盲目のまま、しかし揺るがなかった少女にも安らぎの世界を与えて欲しい、と。

そんな風に祈り……………………アドルフは歩き去った。

 

 

 

 

 

己が生きるたいと思える場所に帰る為に

 

 

 

 

 

 




上手い事で来たので更新ーーー。


まぁ、今回は色々と罪深い事もあったし、特に珍しくないトリックも明かしましたが、本文でもあったように、ミステリーの話ではないのです。
謎を解決すれば、押並べて解決解決、とは行かず、幕を閉じなければならない。

ちなみにここまでアドルフが追い詰められているのは、自分の問題ですからね。
これがもしもただ、姫様を狙った攻撃ならば、特に迷わずに殺していたでしょうね。


ナタリーもこの妹も、自分だけを見ていたから、人間として苦しまなきゃいけなかった。



まだ、この章は一話ありますので、もう少しお付き合い下さい。



感想・評価など宜しくお願い致します。



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case23:終わらぬ愛

気を付けて皆さん!!

初の二万+一万四千程が砂糖だ…………!!!



 

 

 

 

 

事件から数日後。

 

 

 

アドルフはやんわりと首を絞める地獄に居た。

 

 

 

あれから、途中で記憶が曖昧になったが、こうして病室で目覚めた以上、何とか助かったというのは分かる。

すっごい奇跡だなぁ、と思って、ぼーっと病室で天井を眺めていたが、それから先がイベントフルであった。

 

 

 

まず再び自分が拘束されている事実。

 

 

それも今度は全身が一切動かないくらいの拘束。

まぁ、麻薬で魘されていて且つ、脱走していた病人という事ならば普通に当然の措置だろう、というくらいは納得している。

しかし、次にまるで俺が起きたのを読んだかのようにとっても素敵な笑顔を浮かべた姫様が籠一杯のリンゴを持って、入室してきた辺りで世界は凄く変貌した。

 

 

 

「Alas, my love, you do me wrong To cast me off discourteously♪」

 

 

とっても美しい声と表情で、何故か謳われるグリーンスリーブス。

余りにも狙った選曲に、冷や汗が流れるが、姫様は部屋に入って以来、微笑みを絶やさず、しかし、未だにこちらに声をかけない。

備え付きの椅子に座って、持ってきたリンゴを剥くだけである。

それもひやひやと見ていたが、無事剥け…………………しかし、剥くのが止まらない。

何を、と思って黙って見ていたら、リンゴはあっという間に、うさぎ──────ではなく羆になった。

 

 

 

「──────」

 

 

汗が流れるのが止まらない。

リンゴからどんな技術を使えば、ここまで精巧な羆が出来るのかが分からん。

しかも、今にも獲物を口に加えかねないくらい口を開けている。

そんな、ある意味傑作を生みだしながら、姫様は二個目のリンゴに突入した。

農家に謝らなければいけない事態に、アドルフは今こそ勇気をもって、口を開いた。

 

 

 

「ひ、ひ、ひめさま?」

 

「なぁに? アルフ?」

 

 

意外な事にすんなりと答えてくれた姫様だが、その返事は実に暖かなはずなのに、温度が通っていない、という矛盾に汗が倍増するが、止まるわけにはいかなく、あーーーー、と口を動かし、目を泳がせながら

 

 

 

 

「………………怒ってます?」

 

 

 

二個目のリンゴはどこかで見た事があるような男になった。

早い話、鏡でよく見る顔であった。

実に上手くできたリンゴは、そのままそうであったかのように、少女の手で、羆の口に加えさせられた。

顔も、苦悶の表情を浮かべた自分なので臨場感たっぷりだ。

最早、冷や汗すら流れないまま、三個目のリンゴに取り掛かる姫様が

 

 

 

 

「死にに行くような無茶は止めてって何度も言っているのに、何度も無視されている私の立場を考えたら、普通、どう思われるんでしょうか? アルフ?」

 

 

 

余りにも当たり前の正論に、アルフは死すら覚悟しそうである。

ちせに教えられた日本の究極奥義、ドゲーーーザ! を発動させたいが、拘束されており、発動不可能状態だ。

あれ、これ、何気に詰んでいないか、と思うが、人生ってそんなものの連続である。

 

 

 

「ば、挽回のチャンスはあるでしょうか……………?」

 

「涙目でプルプルしながら、"お姉ちゃん、お願い……………"って上目遣いしたら考えるわ」

 

「属性的に無理が……………!!」

 

 

まさかのここで弟属性の開眼を迫られるとは………………!! 

それをした瞬間、今まで積み上げてきたアドルフというキャラの崩壊である。

死すら生温いとは正しくこの事である。

 

 

 

「で、出来れば他の事で………………!!」

 

「そう………………じゃあ──────」

 

 

と、次に取り出したのは三つ目のリンゴ。

それもまた実に見事な造形で、とっても見事に昨日? いや、日付を確認していないから昨日では無いかもしれないが、己の感覚では昨日殺したばかりの少女にそっくりな造形で、本気で上手いですね、と呑気に答えて、ありがと、と相槌を打たれつつ

 

 

 

 

「この人は、誰だったの? アルフとどういう関係?」

 

 

という、問いを笑顔を問うのであった。

くっ…………! と更なる試練にアドルフは唸る。

何故、姫様が彼女の事を知っているのだ、と実は刺された時の記憶すら朧げな少年には姫様による追及をとりあえず誤魔化そうとする。

 

 

 

「さ、さぁ…………? 運悪く殺人鬼に襲わ──────」

 

「─────ヌードかハーフヌード」

 

「あっくっ…………! 唐突に太陽の光が目に…………!!」

 

 

恐ろしい魔法の言葉を聞いて、太陽の光が目に入り、言葉を中断させる。

そのまま、無かった事にしたいが、横からのプレッシャーは増す一方である。

…………正直、姫様に伝えてもいい事柄だとは思うのだが…………何故か余り喋る気になれないのだ。

不敬だとは思うが、どうしても口に出せない以上、アドルフに出来る事は限られている。

 

 

 

 

「──────と、唐突に眠気が…………」

 

 

 

ずばり、逃げる事だけである。

手足は動かないが、喋れる以上、口は動く。

故に口を開けて、何とかシーツまで齧り付き、そのまま頑張って引っ張り上げて、顔を隠すのだ。

無論、そうすると足の方が出てしまうが、実に些細な事である。

不敬ではあるが、ここは逃げの一手である。

今も治療中である事を盾にして、自分、今日は無理です作戦で乗り越えれば、明日は明日の風が吹く筈である。

決して、問題の棚上げではない。

現実逃避と言って貰いたい。

 

 

 

 

 

──────しかし、愚かなるかな。それこそが、最も、目の前の少女の堪忍袋の緒を切れさせる選択肢であるというのに…………

 

 

 

ぷっちーーん、と何やら布団の向こうで聞こえた気がする。

何かすっごいどこかで聞いた覚えしかない音である。

具体的に言えば、どっか極東から来た馬鹿相手に怪我した時に聞いたのが最新の記憶である。

その音を聞いた時、どうなったかを思い出す前に、まず足元にある布団が捲られた。

そういえば布団捲られたら一瞬で終わりだこの作戦…………!! と絶望に、所詮、無能傍付きの浅知恵と頭の中で諦めを受け入れたが…………

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

捲られて照明の光を浴びる事になると思っていたら、特に捲られることはならず──────代わりに足元から何か温かくて柔らかいモノが侵入してきた。

 

 

 

 

Q 今、この部屋で、ベッドに侵入してくるような柔らかいモノは?

 

 

A 姫様しかいるわけないじゃないか。

 

 

 

 

「────────────!!!」

 

 

口から音にならない叫びを吐きながら、逃げようともがくが、哀れかな。

標本の蝶は何をどうしても、もう逃げられない永遠の牢獄なのである。

結果として、数秒後には毛布の中、薄暗い場所で、至近距離で姫様の顔と体が密着する事態になるのであった。

薄暗いとはいえ、たかだか布団の中で、超至近距離だ。

少女の宝石のような瞳はおろか、少し上気したような顔色も見えるし、吐息も届く距離で

 

 

 

 

~~~~~~~!!!

 

 

駄目だ、これは死ぬ、死ねる。死ね。

もし、ここに突然、ドクターが入ってきて、不敬罪で俺を殺そうとしたならば、遠慮なくやれーーー!! と叫んでしまうだろう。

俺なら遠慮なく殺す。間違いなく殺す。というか死なせて。

そう思うが、火事場の馬鹿力でも、抜け出せない拘束具に、俺は今、神の非実在性を証明したと思う。

この薄暗い中でも青色に輝く瞳とか、吐息が丁度自分の口辺りにかかっている事に気付いて、慌てて、唯一自由に動かせれる首を捻って、逃げようとするが

 

 

 

 

「に・が・さ・な・い」

 

 

とわざとらしく一音一音強調して、発声した後、両手で顔を挟まれ、無理矢理、姫様の方に顔を向けられた。

しかし、流石にそうなるのは予想で来たので、視線が合う前に両目を閉じた。

流石にここまでやられたら逆に腹が座る。

開き直りとも言うが、ここまで来たら徹底抗戦である。

 

 

 

「…………ふーーーん」

 

 

少し動いたせいで、布団がめくれ上がったのか。

瞼の裏からでも感じる光を感じながら、少女の酷く不機嫌そうな声が聞こえる。

当然、ここを乗り切ったとしても後に地獄を見る事は承知だが、もう何だが引くに引けない状況になってきてしまったので、もうせめて骨は拾われなくていいから誰か焼いてくれないだろうか……………………

そんな風に、結局現実逃避していると

 

 

 

 

「──────目、開けないと  するわよ?」

 

 

 

「……………………え?」

 

 

今、一瞬、有り得ない単語が聞こえたせいで、脳が単語を音として捉えなかった。

思わず、数秒、目を閉じたまま固まったが、処理できない現実に目が自動的に原因の少女を見ようとして

 

 

 

 

目を閉じた少女が、自身の唇に唇を合わせようとしていて──────

 

 

 

 

「すとーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっぷーーーーーーー!!!!!」

 

 

 

 

思わず大音量で制止の声を投げかける。

流石に至近距離の爆音に、姫様も驚いたのか。

一瞬、猫のようにびーーーん、と硬直した後、閉じていた目を開き、拗ねた目と顔で

 

 

 

「アルフ。病院で大きな声を出しちゃいけないわ」

 

「え? ……………………あ、はい……………………そういえばそうでしたね………………?」

 

「それに体にも響くんだから大人しく──────じゃあ、続きを──────」

 

「だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 

最早、自分がどんな言葉で叫んでいるのか、気にする余裕も無いまま──────流石にアドルフも少し切れた。

お酒とかの事故ならばまだいいだろう。事故だし、酔ったらキス魔とかあるかもしれない。

いや、それは普通に大問題だが、この際、いいとする。

だが、素面で、そして冗談でキスをしようとするというのは流石に看過する事は出来ない。

こっちがどう想っているのか知らない癖に、そんな事を容易く出来るような立場でもない上に──────応える余裕も無い人なのだから猶更だ。

その上で、相手が天上の人なのだ、という事を忘れずに、と心掛けつつ、怒りの色を隠せずに口を開いた。

 

 

 

「姫様! 流石に冗談が過ぎます!!」

 

「冗談……………?」

 

 

至近距離のままこちらの言葉を聞いて、小首を傾げられる。

まるで、こちらの言葉こそが冗談ではないか、と言われているように思えるが、当然、思い当たる節が無いので、今はこのまま行かせてもらう。

 

 

「冗談じゃないのならば遊びが過ぎます! そういうのは流石に看過出来ないというか…………えーーと………………お、お、女の子がそう容易く体を預けるのは無防備過ぎます!」

 

「へぇーー? じゃあ容易くじゃなかったらいいのね?」

 

「気持ちだけでもだーーめーーでーーすーーー!! というか、そういう事は同性の方と話し合って下さい! 不適当不適格ーーーーーー!!」

 

 

こうして叫んでいる今も、肉体は密着しているのだが、鋼の意志で男の本能だとか何だとかを封じている俺を誰か褒めて欲しい。

何せ、今、色々とコーフンしたら、一発で処刑コース。

ギロチン待ったなし。

その前にアンジェ様に殺されるか。

頭の中で父の拷問めいた鍛錬を思い描いたり、死にそうになった瞬間を再生しつつ、ギャグに走れる自分の器用さに自分でびっくりだ。

姫様もこっちの必死さに気が変わってくれたのか。

んーーー、と言いつつ、何とか上体だけでも起こしてくれたから、大分ホッとするが──────直ぐに目の前にリンゴから作られた、ナタリー……………………というより妹の方の像が突き付けられるので、うっ、と呻く。

正直、今も話したくないし、また密着状態に入っても、口を開かなくなる自信があるくらいだが……………………しかし、少し間を置いたお陰で、冷静になってしまった。

特に賢くない自分でも、思いつくことが出来るくらいには冷静になってしまった。

 

 

 

 

例えば……………………お人好しなどこかのプリンセスからしたら、唐突に身近な人間が殺されそうになったのに、何一つ教えてもらえない、というのは忸怩たる思いではないだろうか、とか。

 

 

 

「くぅ……………………」

 

 

乗せられている……………………とは違うのだろうけど、やっぱりこのパターンになるしかないのか。

こうなったら腹をくくるしかないが……………………まぁ、それでも言わなくていい事は言わなくていいだろう。

ナタリーが何を目的に自分に近寄ったとか、あの名も知らない姉の振りをして近づいてきた妹がどうしてあんな風に狂ったかとかは。

汚い部分は出来れば、余りこの人には教えたくないのだ。

清廉潔白な人、というわけではないが………………それでも、この人を汚したくないというのは、まぁ、完全な自分のエゴなのだろうけど。

とりあえず、無い頭を動かして、何とかでっち上げるか、と殺し合いする時よりも真剣になりつつ、顔は一切、そんな事を考えず、実に仕方が無さそう、という顔で

 

 

 

 

「とりあえず……………………マウントポジションから離れてくれませんでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

結局、マウントポジションからは離れてくれなかった。

上体を起こしてくれただけでも、大分マシと思うこの思考は不味いとは思うが、しょうがない。

とりあえず、そんな間抜けな格好で、出来る限り色々とぼやかして話した。

まず、本当にあの殺人鬼相手とは知り合いではなく、その姉と知り合いであった事。

その姉とはまぁ、普通に話をするくらいの関係だったが、その姉が事故で亡くなったから、不安定になってあんな凶行に走ったのではないか、という風に纏めた。

我ながら即興にしてはまずまずではないかと思い、最後に姫様がどんなリアクションを返してくるかを唾を飲んで待ち構えていると

 

 

 

 

「そうだったの………………」

 

 

と、成程、という顔で小さく頷いてくれたので、小さく、気付かれないようにホッと吐息を吐き

 

 

 

 

──────実は納得顔を浮かべたまま、こちらが安堵の吐息を吐いた瞬間を見逃さず、目を細めているのにアドルフは気付けなかった。

 

 

蜘蛛の巣からようやく逃げられたと思い込んでいるが、逆により深く絡まってしまった、という事に気付かないのは、女の経験値の足りなさ、とここにスパイ二人がいれば、そう言っていたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

プリンセスは彼の腰より少し下辺りに座りながら、とりあえず、どう料理するべきかを考えた。

本当ならば、流石にお腹辺りに座りたいのだが、傷を考えるとここしかないので、ここでマウントを取るしかないのだが……………………それはそれとして、未だ一切、少年からのそーーいう反応が無いのは少しむかつく。

男の子はこういう事をされたら、落ち着かないっていうのは嘘か? いや、嘘ではないと思う。

という事は、理性で押さえつけているという事か。やっぱりむかつく。あ、いや、今はそこじゃない。今は。

今、やらなければいけないのは誤魔化したと達成感に震えている少年を、駄目に決まっているじゃない、と張り手をかます事だ。

さて、じゃあ、まずはと思いつつ、拘束されて身動きでない少年の手を探り当てて、触れてみる。

 

 

 

「え、ちょ………………?」

 

 

少年が何か言おうとするが、その前に

 

 

 

「手、握られた?」

 

 

と、少年からしたら酷く唐突な質問をされ、抗議しようとした言葉を潰されながら、何かを言う前に、少年が意識を現在よりも過去に視線を向けたのを察知して、更に目が細くなった気がする。

容赦はいらないわね、と認識を切り替え、アルフが冷静さを取り戻す前に、プリンセスは触れていた手を、気合で離し、次は細く見えるが、実はがっしりと鍛えられている胸板に手を付くように触れ

 

 

 

 

「体は触れられた? 腕組みとかした?」

 

 

 

凄い勢いで瞳がキョロキョロとするのを見る限り、自分の誤魔化しが通じていなかったという事に気付いたのだろう。

気付いても遅いが。

とりあえず、反応から察する限り、腕組み辺りは怪しい所である。

何か色々と込み上がってくるが、最後に、アルフの唇を少し撫でて

 

 

 

 

「キスした?」

 

 

 

少し、不安になりつつも、聞いたら、アルフが唯一自由に動かせれる首を物凄い勢いで横に振る。

その本気の態度だとどうやらキスはされていないようだ……………………が

 

 

 

「……………………」

 

 

一瞬、首を振りながら目が泳いだことは見逃さなかった。

……………………つまり、キス自体はされていないが、強請られた事はあるか──────もしくはそれに準ずる何かをされたか、した事はあるという事か。

 

 

 

 

なぁんだ、アルフってば……………………可愛い女の子相手なら誰にでも格好つけるの?

 

 

ふふふ、と思わず、笑いが零れそうになる。

 

 

 

「あ、あの姫様? ……………………私が、何も言っていないのに、事態が進行している感があるのですが?」

 

「"そう言いながら、アルフの体は震えていた。次に自分がどこを触られるのか、何を聞かれるのか分からない不安と……………そして微かな期待と共に、無意識に顔を赤らめながら、見上げる瞳には、恐怖ではなく……………………懇願の色がある事を、少年は知らない………………"」

 

「変な心理描写を勝手に出すのはどうかと思います……………………!!」

 

 

無視する。

勝手に知らない女の子といい雰囲気になっていた浮気性のアルフのツッコミを素直に聞くほど、器は大きくないのだ。

 

 

 

 

……………………言わないって事は、めでたしめでたしで終わったわけじゃないのでしょうけど……………………

 

 

 

隠そうとしているせいで逆に何を隠しているのかが分かるのだ。

流石は傍付き以外ではポンコツである事に定評があるアルフである。

 

 

ポンコツ可愛い。

 

 

じゃなくて。

問うてもいいのだけど、恐らくその事についてはセクハラしても言わないのだろう。

別に、そこまで清廉潔白な人間であるわけじゃないのに、少年は妙にそういう事だけは私に触れて欲しくないのだ。

だから、その件は無理に問おうとは思わない。

聞けば、傷つくのは私ではなくアルフの方なのだから。

だから、わざと茶化すように、ついでにちくちくと刺すように言葉を突き刺す。

 

 

 

 

「──────で。どこがただの知り合いですって?」

 

 

 

地震が起きたように振動するアドルフをジト目で見つつ、ちょっと思いっきり腹に手を載せて体重をかける。

おぶっ……………と腹にかかる重みに酸素やら何やらを吐き出す光景に多少留飲を下げつつ

 

 

 

「嘘吐き。意気地なし。女たらし」

 

「一個増えました称号……………………」

 

 

前二つは言われたのか。

私も似たような事はいった事あるが、ナタリーさんにも言われたのか。

実に趣味が合いそうな人である。

もしも出会えたら仲良くなれていたかもしれない──────見えない角度で牽制を入れていただろうけど。

 

 

「女の子と友達になったりするのはいいけど、こうも隠されたりしたら不倫を疑いたくなるわ」

 

「不倫ってなんですか…………それに、結局、俺は愛せませんでしたよ」

 

 

苦笑して呟く声と顔には力が無い。

愛せなかった、という件に関しては余り問い詰めない方が良いみたいだ、と思いつつ

 

 

 

 

「─────────俺は(・・)?」

 

 

 

再び始まる振動。

余り揺れると傷口に障りそうだったので、傷に関係ない鳩尾辺りに手を置いて体重をかけて、動けなくしながら、笑みを浮かべて顔を近づける。

 

 

「つ・ま・り。アルフはそのナタリーさんに愛されていたって事かしら? へーーーーーーーーー? アルフ、もてもてねーーーー?」

 

モテてない、全然モテてません、と首を滅茶苦茶に横に振るが無視する。

何て油断できない。

実は他にも似たような関係があるのではないか、この傍付きは。

 

 

 

全く……………………

 

 

 

こっちが今日(・・)色々と覚悟を決めてい(・・・・・・・・・・)()から良かったものを。

少し前の自分なら我慢して、一人で泣いていたかもしれない。

だから、今は嫉妬を感じても、穏やかに────────聞きたい事を聞けた。

 

 

 

 

「────────何故、愛せなかったの?」

 

 

 

アルフの語りからでも分かるくらい、そのナタリーという少女はとても綺麗で、そして魅力的な少女だった、というのは分かる。

綺麗で魅力的ならば惚れるというわけではないが、聞いてみたいと思う。

そう思っていたら、アルフは非常に複雑そうな顔をした後に、口をとがらせて

 

 

 

 

「……………………姫様にだけは言いたくないです」

 

 

 

と、子供みたいな反応をして────────期待通りの反応に私は思わず、笑った。

子供みたいないじけ方をした少年はそのまま、急に笑い出した私に対して何で笑うのですか? と言おうとしているのだろう。

だから、その流れを切るように唐突に少年の顔に至近まで自分の顔を近付け

 

 

 

 

 

「それは私の事を愛しているから?」

 

 

 

 

次の瞬間、口を開けようとした少年の全挙動がが完全停止したが、悪いが付き合う事は出来ない。

むしろ大チャンス到来、と思い、隙だらけの少年の唇をその勢いのまま奪った。

 

 

 

 

「────────っ!!!?」

 

 

 

衝撃も二回続けば、気付になるのか。

唐突にキスをされるという事態に、どうにか対応しようと少年はもがくのだが、当然、拘束が解けているわけではないので、逃げるどころか、こちらの動きを抑える事も出来ない。

動かせれる首をどうにかしようにも、ちゃっかりと私が両手で首を押さえている為に、横に向ける事すら出来ない。

詰み、というのは正しく今の状況だろう。

 

 

 

 

アルフにはもう、私を見るしかないのだ。

 

 

 

そのまま顔を押さえていた両手を、彼の後頭部に持って行って抱きしめるようにして、更に唇を押し付ける。

こちらは目を閉じている為、アルフの表情は見れないのが残念だが、口の中に少年の驚きを表すように息が入って来ている為に、くすぐったいのと同時に満足感も得れた為、良しとする。

そんな幸福的な時間も、唇を離せれば終わる────────わけではなく。

離した後、何が起きたか分からないという風に動揺しているアルフを見れば、実にほっこりである。

勿論、ここで更に追撃するのが、私クオリティ。

 

 

 

 

「アルフ────────貴方、麻薬で錯乱していた時の事、覚えている?」

 

 

 

アルフからすれば、余りにも唐突な話題提起。

怒涛の連続に、理解が追い付ていない少年は、声すら出せずに、言われたことに脳が勝手に反応して首が動いた、という風に小さく首を横に振る。

それにくすり、と笑って、本当に楽しみながら────────もう一生逃げられないわよ? と告げる。

 

 

 

 

 

「貴方────────その時、私にとっても情熱的な告白を、私にしたのよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

最早、何が起きているのかさっぱり分からない無理解な世界の中、少女の言った言葉が意識に突き刺さる。

 

 

 

 

情熱…………的な、告白?

 

 

 

俺が、姫様に?

意味が分からない。

一体、どんなとち狂った状況になれば、俺が姫様に対して情熱的と言えるような状況になるのだ。

 

 

 

……………………あーーー麻薬でとち狂っていたからかーーー

 

 

 

確かに、正気じゃないのならば正気ではない行動を取るよな。

何か、熱暴走して逆に冷静になりつつあるが……………………だが、つまり……………………その…………その上でさっきの行動をしたって事は……………………

 

 

 

「あの……………………姫様…………?」

 

「言葉にした方が良い?」

 

 

 

うわぁぁぁぁぁぁぁーーー…………読まれている。もう、完璧に読まれている。

 

 

謎の敗北感に包まれながら、現実感が徐々に失っていくので、夢じゃないかと疑いそうになるが、流石にここで逃げるのは男が廃る。

 

 

 

「ほ、本当に良いんですか? 私は、その…………貴族ではないですし…………姫様の、夢の邪魔に……………………」

 

「階級社会に関しては、それらを何とかする為に私は動いているのよ? 邪魔云々はそもそもアルフが私の邪魔になった事ないし────────夢も愛も、両立していいものだってちょっと教えられたの」

 

 

最後の教えられたって所は誰から? と思ったが、今は正直気にしていられない。

ただ、一つの事実だけが自分の中でリフレインされていた。

 

 

 

 

もう、諦めなくても、我慢しなくてもいいのか、という

 

 

 

 

「……………………」

 

「唐突過ぎて信じられない?」

 

 

勿論、それはある。

こっちからしたら、初めて読む本を開いたらいきなり起承転結の結だけを読まされている、という感覚だ。

正しく降って湧いたような奇跡だ。

だけど…………流石にここでそこまで疑う程、落ちぶれてもいなければ、女に恥をかかせたくない。

 

 

 

 

「……………………あの、姫様。拘束を、解いてくれません?」

 

 

 

こちらの言葉に、少しだけきょとんとした顔になるが、姫様は数秒後に、意地悪そうな顔になる。

この人、本当にこっちをからかえそうな時は生き生きとする…………

 

 

「我慢できなくなった?」

 

「……………………もう、それでいいですからお願いですから拘束を解いてくれませんか?」

 

「そうねぇ…………」

 

笑ながら流し目でこちらを見てくる辺りが実にいい性格である。

それに関しては、正直、反抗したいのは山々だが、今はそんな余裕はない。

だから、つい、諦めたように口を滑らせる。

 

 

 

 

「後で何でも言う事聞きま────────」

 

「傷に障るから激しく動かない事だけは守ってね?」

 

 

全てを言い終わる前に、拘束に手を出している姫様の姿を見て、早まった感がバリバリ出ているが、後悔はとりあえず未来のアドルフに押し付ける。

女装したんだから、もう今度は猫耳だろうが語尾だろうが、何だろうがやってやる。

ガチャガチャ、とベルトを外す音が響くが正直、焦れる一方だ。

一つ一つ外れ、ようやく上半身の拘束具が全て、外れた時、自分は我慢出来ずに勢いよく起き上がり────────姫様を腕の中に無理矢理収めた。

 

 

 

「きゃっ!?」

 

 

流石の姫様も想定外だったのか。

可愛い声を上げるが、そんなのはどうでもいい。

ずっと、抑えていた感情を、もう抑えなくていいと言われたのだ。

向こうもあれだけ好きにやってくれたのだ。自分がやり返してはいけない、なんて法則は無いだろう、と思い、驚いて反射的にもがこうとしている少女の顎を掴んで、無理矢理顔を上げさせた後、貪るように今度はこちらから唇を奪った。

 

 

 

 

「んんっーーーーー!!?」

 

 

 

驚いた顔と赤面で顔が染め上げられるのを瞳を閉じる前に目で刻みながら、それだけでは終わらない。

溜め込んでいた熱を送り込むように、無理矢理唇を舌でこじ開け、そのまま舌を少女の口内に侵入させる。

口内に唐突に異物が入ったからか。

姫様は流石に苦しむようにこちらの胸に手を置き、押そうとするが、その程度で負ける程軟な鍛錬もしていないし、離れる気も無い。

押そうとしてくる手を逆に開いている手で掴み、余計に逃げられないようにする。

顎を掴んでいた手も、今は姫様の背に回している。

もう一本空いた手が推してくるが、少女の細い腕一本ではなしのつぶてもいい所である。

だから、遠慮なく少女を力で蹂躙し────────永遠のような刹那は少女の舌と自分の舌の間に出来た糸のような物が断ち切られると同時に終わった。

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

少女がとろんとした目をしつつ、荒れた吐息をしているのを見ると罪悪感と共に、ちょっとぞくぞくとするものが背筋を貫くが、ここで後悔する程恥知らずではない。

少女がそうしたように、自分も今までの感情を吐露しようとして

 

 

 

 

「────────姫様可愛い」

 

 

 

本音ではあるが、何か心の内に秘めておくべきのような、べきじゃないような本音の方が口から漏れてしまった。

自分にしてはえっらい剛速球の誉め言葉に、朦朧としていた少女は、ただでさえ赤い顔を、更に赤色に染め、しかし

 

 

 

「アーーールーーーフーーー」

 

 

こちらの言葉が姫様の負けん気を刺激したみたいで、声に怒り…………というと大袈裟だが、よくもやったなレベルの攻撃色が見える。

自分はあれだけからかう癖に、他人にされると反発するのだから、普段はどちらかと言うと防御的な人なのに、どうして俺に対しては何時も攻撃的なのだと思うが、今はそれどころではない。

流石にこのタイミングで低身長になり、お説教されるのは嫌だ。

だから、もうタイミングとか雰囲気とかは無視して、出来る限り急いでいるように見せずに、しかし少女の怒りを断ち切るように────────混乱の中で言ったと言われた言葉を、自分の意志で今度こそ告げた。

 

 

 

 

 

「────────愛しています、姫様」

 

 

 

 

告げられた言葉を姫様が受けている内に、更に畳みかけるように告げる。

 

 

 

 

「姫様さえいれば他には何もいりません…………貴女がいれば、他の誰かも、他の何かもいりません────────世界で誰が一番姫様を愛しているか、と言われたら、アン…………いえ、シャーロット様にも負けない自信があります」

 

 

 

だから

 

 

 

「貴女が────────いや、お前が欲しい」

 

 

 

 

酷く滅茶苦茶で支離滅裂であったのは自分でも理解しているが、ぶっつけ本番だから仕方がない。

それに、そんな形ではあったが、自分が伝えたい事は伝えた、と思えたのだから、これでいい、と思う。

後はもう、彼女の反応を待つだけだ、と死ぬかもしれない、という時ですらここまで心臓がうるさく鼓動しなかった、と思えるくらい緊張していると

 

 

 

「……………………ぷっ」

 

 

 

渾身の告白は、何故か少女の笑いを作る結果となった。

何故…………? と思っていると

 

 

 

 

「もしかしてアルフ────────私からキスされた事、根に持っている?」

 

 

 

ぐっ…………と思わず詰まる。

詰まるのは当然、言われた言葉が事実だからだ。

流石にそれは意識しなかったとは言えない。

勿論、その理由も言いたくないが、どうして? とこちらの目を真っすぐ覗き込んでくる少女の顔を見させられたら、嫌々でも言うしかない。

 

 

 

 

「だって、その…………そういうのは男からやるべきだと思いますし…………お、女の子にリードされ続けるなんて負け犬にも程がある」

 

「そんなの誰が決めたの?」

 

 

クスクス笑って、問われるという事は滅茶苦茶からかわれている…………と思うしかない。

もう一回キスして黙らせてやろうか、と常なら考えない不敬を考えるどころか、体がそのまま動こうとするのだが

 

 

 

「だーーめ。何度も不意は討たれないわ」

 

 

 

こちらの唇に人差し指を刺されて、断念せざるを得なかった。

ちくしょう…………可愛い、と思いつつ、引いてしまうのだから、もうずっと負け続けるのかもしれない、と思っていると

 

 

 

 

 

「ねぇアルフ────────最後まで愛してくれる?」

 

 

 

 

そんな当たり前のようで────────酷く重い言葉を放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

余りにも唐突で、聞くにしても余り聞くようではない言葉を私は少年に問うた。

言葉だけを聞けば、浮気はしないよね? と念押ししているようだが、そうではない。

 

 

 

そうではないのだ。

 

 

だって、私達の愛は砂上の楼閣のような儚さと脆さによって形作られるものだ。

アルフの方も勿論、今回みたいな命の危険が多い事もあるが…………それ以上に、私は自分の願いが形になったハッピーエンドの先でも、終わる未来があるかもしれない身だ。

むしろ、それこそがハッピーエンドを作る為の最後のピースであるかもしれない。

 

 

 

 

そして、そうなった場合…………私は、躊躇わないと決意している

 

 

 

公衆の面前で罵倒されながらギロチンを落とされようとも、この国が、民が救われるのならば怖くても、好みを捧げるだろう。

だって、その先には、自分が愛する者達の幸福が待っているからだ。

アルフは当然の事、ちせさんは日本に帰るかもしれないから恩恵を得れないかもしれないが、ドロシーさんもベアトも────────アンジェも笑える世界。

そんな報酬があるならば、首一つ容易いと思ってしまう。

その事実を、アルフだって分かっているはずだ、と思っていると

 

 

 

「わぷっ」

 

 

唐突に、アルフがまた私を抱きしめに来た。

でも、今度は抱きしめるだけで、キスによる奇襲どころか、顔はこちらの左肩に乗るような形になっているので、見る事も出来ない。

どうしたのだろう、と思っているとすぐに答えが返ってきた。

 

 

 

 

「────────もしも、私が姫様の意志を無視して、どこか遠い所に連れ去ったら、姫様は私を憎みます?」

 

 

「……………………」

 

 

 

余りにも不器用なもしもに、プリンセスは小さく苦笑した。

いきなり嫌うではなく、憎むの辺りがアルフらしい。

それとも、これはわざとなのかしら?

だって、そこまで強い否定の言葉を持ち出されたら

 

 

 

はい、そうです、なんて言えるわけないじゃない…………

 

 

 

それにだ。

もしも、アルフに連れ去られて、プリンセスという肩書から逃げて、どこかでただの村娘として生きていくなんて、そんなIFの物語なんて────────何度夢想したか。

 

 

 

 

 

夢想して、夢想して、夢想して────────そして夢想で終わった。

 

 

 

何故なら

 

 

 

 

「────────いいえ。アルフの事は憎まないし、嫌わないわ」

 

 

 

 

ただ

 

 

 

 

 

「────────その時は、きっと自分を軽蔑するわ。軟弱な女だって」

 

 

 

 

 

私の言葉を聞いたアルフは、まるで砕けたかのように、こちらを抱きしめる力が弱まった。

その事実に、ごめんね、と思いながら、言葉にする資格が無い私は自分の両の腕を同じように少年の背に回して抱きしめるしか出来なかった。

 

 

 

 

本当に────────酷い女だ

 

 

 

こんなに振り回して、ようやく互いに捕まえたと思ったら、最後の最後に私は振るのだ。

悪い女であり、酷い女の典型だ。

スパイである二人なんて実に可愛らしく見える。

勝手な女、と思いつつ、弱ったアルフの耳に囁く。

 

 

 

「……………………軽蔑した?」

 

「……………………頑固姫」

 

 

とんでもなく分かりやすい意地に小さく笑う。

何時もの様を付けれていない時点で、意地以外の何物でもないのに。

でも、私はそれに敢えて気付かずに、今までの雰囲気を無視するように軽口を返すことにする。

 

 

 

「私が頑固ならアルフは意地っ張りじゃない」

 

「それも姫様には負けますよ」

 

「お腹刺されたのに、律義に付き合う人に言われても応えません」

 

「ぬ…………今回だけですよ。流石に私も二度はごめんです」

 

 

 

どうだか。

意地っ張りな男の子の言う事なんて信じる方が難しいと今回学んだ。

お互い様、というのもどうかと思うが、結局の話、私もアルフも自分勝手という事なのだおる。

アルフを責め続ける事は自分を責め続けるのと同義になってしまうレベルで。

 

 

 

「……………………都合のいいハッピーエンドには中々辿り着けないモノね」

 

「これが報いだと言うならば、出来れば姫様が生きて、私が死んでの形になってくれた方が嬉しいですね。姫様の泣き顔を見て、この世を去りたいです」

 

「それはちょっと趣味悪くない?」

 

「ええ、単なる悪趣味です────────実は前々から姫様を泣かせたいと思っていたので」

 

「やだ…………アルフ、ケダモノ?」

 

「……………………」

 

「…………今、真面目に計画を立ててない?」

 

「正直に言わせて貰えば、私も男です」

 

 

などと冗談交じりに互いを笑いながら、空白の未来から目を逸らす。

未来は誰にも語れない。

それは王女だろうが、傍付きだろうが、スパイであっても変わらない。

仮に完全完璧の未来を当てれる人間がいるのならば、それは詐欺師の類だろう。

人間に語れるのは良くて、今日か、明日を曖昧に語る事なのだ。

だから、私に出来る事は今を約束する事だろう。

 

 

 

「────────貴方が望んでくれるならば私は今日を貴方と生きるわ」

 

「────────貴女が望んでくれるなら、私も貴女と生き続けます。」

 

 

 

自分で言い出した事だが、思わず笑ってしまう。

 

 

 

「これ、プロポーズ?」

 

「…………さっき、私は似たような事を言った気はしますが…………まぁ、それは追々…………」

 

「じゃあそろそろさっきみたいに敬語外して、俺とか言わない?」

 

「………………………………まぁ、時々なら」

 

「あら? すっごい進歩」

 

 

こうして二人の永遠のような幸福は幕を閉じる。

互いに未来に対しての不安に強がりながらも、ただ離れぬことだけを夢見て。

 

 

 

 

────────未来に恐怖を抱き続ける事。

 

 

それこそが、互いにとっての償いであり、罰である事を知っているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは過日の話。

どこにでもある蛇足であり、最早誰にも関係のない話。

ある屋敷で、金髪の瞳を胸辺りまで伸ばし、アンバーの瞳をした少女は悲しみに更けていた。

理由は酷く単純。

 

 

 

自分の姉が亡くなったからだ。

 

 

 

自分達の家族には母がいない。

父はいたが…………善良であったせいか。

詐欺師に騙され、結果、家は借金によって首が回らなくなって、余裕なんてものが一切ない人間だ。

だから、自分を育ててくれたと言われれば、やはり姉の名を思い浮かぶし、姉として尊敬し、愛していた人であった。

その姉が唐突に誰かに殺害されたのだ。

それを聞いて、私の心は折れ、父はもう何もかもが終わった、と呟いて崩れ落ちた。

 

 

 

 

…………もう私達の先には破滅しか待っていない、というのは分かった。

 

 

 

何れ、今いる家からも追い出され…………どんな風に破滅するか、というだけだろう、と。

だから、死ぬ前の遺品整理のような気持ちで、少女は姉の部屋に入っていた。

お金が無い以上、姉の部屋は私と同じで質素で、特に何も無い部屋ではあったが…………ここに温かみを覚えるのは、私が姉にそういうイメージを持っているからだろう。

 

 

 

 

 

だけど……………………ここにはもう姉は帰って来ないのだ

 

 

 

 

破滅を受け入れるために、ここに来たというのに寂寥感しか募らない。

やはり、出るべきか、と思い、ドアから出ようとして────────ふと、この部屋にある姉の机の引き出しが一つ、しっかりと閉まっていないモノがある事に気付いた。

姉はしっかり者だ。

整理整頓をしている人が、そんな風に中途半端な事をしている事に興味を覚え…………件の引き出しを開いてみると…………そこには本…………いや、日記があった。

姉ならば日記をつけていてもおかしくないか、と思い……………………流石に躊躇したが…………正直、ほとんどやけくそのような精神状態の中で、大好きだった姉が恐らく最後に触れていた物に、自分も触れたいという甘えから、少女は日記を開いた。

 

 

 

 

日記の始まりは衝撃的な一文で始まっていた。

 

 

 

 

 

"私は人を殺さなければいけない"

 

 

 

心臓が止まるような一文に、私は目を見開いた。

姉が人を殺す、というのは考えた事もない行いだ。

だって、これ踊追い詰められた家庭で父や私が絶望に沈まなかったのは、姉が強かったからだ。

体格的ではなく、精神的に。

きっと姉も苦しかったのに、それでも裏表のない優しさで私に微笑みかけ、父にエールを送っていた。

そんな人が人を殺そうとするなんてというのは考えられない事であり、お陰で日記を勝手に読む罪悪感はどこかに吹き飛んだ。

じっくり読めば……………………凡その事は分かった。

 

 

人を殺さなければいけなかったのは……………………私達の為。

お金がないという事実に付け込まれ、姉は人を暗殺する事を覚悟したのだ。

 

 

 

 

そして殺さなければいけない人物────────アドルフ。アンダーソン。

 

 

 

 

それが姉が殺さなければいけなかった人物であり────────そして姉が間違って愛してしまった人であると。

 

 

 

そこから先の日記は正直に言えば……………………結構ぐちゃぐちゃであった。

最初の方は殺さなければいけない対象に惚れるなんて何をしているんだ、という類の自己嫌悪が書かれているし、それが過ぎたらそのアドルフという男に対する愚痴だったり嫌味だったりが書かれるようになっていた。

例外除いて全く他人に興味関心が無い顔だけイケメンの女泣かせだとか、容赦のない口の悪さばっかり目立つ性悪だとか、色々と反応に困る事が書かれていた。

優しくて誇らしかった姉にしては、珍しく感情を前面に出した文章であった。

もしも、これが姉の机の引き出しから見つけて居なかったら、どこかで間違えて他人の物を取ってしまったのではないか、と疑いかねないレベルだ。

しかし、だけど、と思う事もある。

 

 

 

 

……………………もしかしたら……………………これこそが姉の素であったのではなかろうか?

 

 

 

窮屈で出口が見えない家で、ずっと気を張っていた少女が、もしも自由に生きていたら、本当はこうであったのではなかろうか?

そう思って、より重く後悔と罪悪感を生み出す中……………………文面が変わり…………ページに所々染みのような跡が目立つようになってきた。

さっきまでが、思い通りにならない自分と男に対する不満や怒りならば、今度は自分が胸に抱いた想いと現実の板挟みによる苦しみが書かれていた。

 

 

 

 

 

 

"どうしようもなく彼を愛してしまった…………でも、彼は私を愛してくれない…………否、それ以前に、私は生きる為に、家族の為に彼を殺さないといけない…………!!"

 

 

 

日記の文章からでも読み取れるほどの慟哭が書き殴られていた。

書かれた内容もそうだが、文字その物が文体が乱れるくらいにぐちゃぐちゃに書かれている物もあり────────恐らく、涙を落としたような跡が多々あった。

 

 

 

 

愛している。どうしようもなく愛してしまった!!

 

私の全てをあげてもいい…………だから、彼の全てが欲しい!!

 

でも、彼は私を見てくれない、触れてくれない、触れさせてくれない!!

 

いや…………それ以前に、私に彼を愛する資格が無い! だって、私は彼を殺さないといけないから!

 

 

 

見てもいないのに、姉が日記を前にどんな風に苦しんでいたのかが伝わってくるようだ。

それを前にして、私は人魚姫を思い出していた。

海に落ちた王子を拾い上げた人魚姫は、そんな彼に恋をし、人として彼と愛し合いたいと願った姫は魔女に頼み、人魚姫にとっては自慢であり、誇りであった美声を渡して、人の足を得た。

少しあるけば針の上を歩いているのと同じような痛覚を感じるが、恋に盲目であった姫はそれでも王子と一緒に居られるのならば、と耐えた。

だが、結果、王子は人魚姫と一緒にならずに、他者との婚姻が決まり────────人魚姫は悲しみに崩れ落ち、最後は泡となって散る。

完全完璧に同じとは言わないが……………………似ていると言えば似ていた。

 

 

 

 

姉の目的は最初こそ殺人であったが、途中では愛に変わり、しかし、現実(さつい)がある以上、胸を張って言えるわけがなく、そして王子役である少年はそもそも姉を見ていなかった。

 

 

 

そして、姉は泡となって死んだ、という結末を迎えてしまったのか、と私は日記には落とさないように気を付けつつ…………悔し涙を流した。

余りにも悔しい。

優しい姉、綺麗な姉、強い姉と思って、何もかもを背負わせた事も、そんな姉が追い詰められて、殺害を考えていた事に気付きもしなかった事も。

何時も自分達を支えてくれた姉に対して何も出来なかった、と憤懣を抱えながら────────ドロリとした憎悪をアドルフ・アンダーソンという文字に向けた。

 

 

 

 

────────そんな姉を、何故見なかった?

 

 

 

八つ当たりの思考である事は分かっている。

だけど、思わずにはいられない。

姉はそんな苦しみの中でも、それでも貴方に視線を向けたはずだ。

愛してほしい、助けて欲しい、手を取って欲しい、と。

それらの懇願を全て、無情にも無視したと言うのか。

それとも姉に不満があったとでも言うのか?

姉の容姿は妹であり同性であり自分からしても素敵な人であった。

性格も優しくて、その上で自分の意志を強く持っている人で、まるで物語から出てきた理想の女性みたいだ、と半ば本気で姉を持ち上げていたくらいだ。

冗談ではなく、どこに出しても問題が無い、それこそ王宮に出ても問題がないのではないか、と思うような人を……………………見向きもしなかった? 触れる事すら許さなかった?

 

 

 

 

……………………許せない…………!

 

 

 

自身の憎悪が見当はずれな八つ当たりである事を受け入れても、収まりきらない憎悪。

そうして、憎悪に瞳を曇らせていると、日記は最後のページに何時の間にか辿り着いていた。

罪悪感だったり、憎悪だったり、悪感情を募らせたりもしたが、姉の最後の足跡がもう終わってしまう事にどうしようもない残念さを感じながら、最後のページに視線を向き────────絶句した。

 

 

 

 

"今日、どうなるかは分からないけど…………敢えて最後に言葉に残そうと思う。

辛くて苦しい日々だったし……………………報われない想いになる可能性が高い愛だったけど────────それでも、アドルフを愛する事が出来て…………幸福(しあわせ)だった。

 

 

 

────────間違いだったとは思わない。もしも来世があるのならば、私は何度でも彼を愛したい"

 

 

 

数分程、硬直していたと思う。

その後は、一度、前の分を読み返したのだが、姉は日記は感情をぶつける為に書いていたみたいで、そこら辺は途切れ途切れであり、姉がどうしてこの心境に至ったのかは書かれていなかった。

どうして…………と思わず呟く。

文字からでも分かるくらい姉は苦しんでいたはずだ。

なのに、最後の最後…………恐らく死ぬ当日か前日にでも書いたこの文章には強がりや嘘の感じが無い────────一人の女としての願いと愛が込められていた。

 

 

 

分からない。

 

 

 

あれ程苦しんでいたのに、それでも死んでも愛したいと思えるのが。

 

 

 

 

分からない・

 

 

 

私や父を置いてでも、人を欲する気持ち────────愛というの感情に、どうしてそこまで必死になれるのか。

 

 

 

 

分からない。

 

 

 

最後にはどんな形になったのかまでは知らないが…………恐らく死も覚悟していたのではないかという姉の文章は────────まるであらゆる贅沢があったとしても、この愛には叶わない、と言わんばかりに己の想いをそこまで誇れるのかが。

 

 

 

 

 

その疑問を…………………少女は己という人格が壊れる寸前まで抱き続ける事になり、そして狂った少女はそんな姉を見習うかのように、姉が愛した人間を追いかける鬼と化し……………………ある意味で己が抱いた鬱憤を叩きつけて、儚く散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、アドルフ」

 

「…………何ですか」

 

「もしも、来世というのがあったら…………その時は私と付き合ってくれる?」

 

「……………………毎度御馴染みの唐突なイカレタ質問にはもう慣れましたが…………余り来世という考えは好きじゃないです」

 

「どうして?」

 

「まるで、次があるから今はどうでもいい、みたいに聞こえて仕方が無いからですよ……………………生まれ変わったとしても、このアドルフ・アンダーソンという個が下らない人間である、という評価は覆りませんからね」

 

「自虐…………………いえ、自罰的ねぇ」

 

「何とでも言って下さい────────それに、貴女だって嫌でしょう? 来世の自分を今の自分が今の自分みたいになるかは知りませんが………………こんな男にまた振り回されるなんて」

 

「見る目が無いのは止めろって? お生憎様。私、きっと貴方に何度でも出会うわ。世界の、端の端にいたとしても、きっと貴方を探し出す。そして何度でも貴方を求めるわ────────だって、それが私の幸福なのだから」

 

「……………………とりあえず、一つだけ言える事があります」

 

「なぁに?」

 

「────────君はとんでもなく馬鹿だ」

 

「……………………ええ、そうね。うん、知ってる。でもね────────そうと分かっていても、貴方が欲しいの」

 

「……………………」

 

「だから……………………その時は、私に笑いかけて。それだけで私、幸せだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ふぅ…………これにて殺人鬼編終了、という形です。
長々と待たせて申し訳ない!



諸所からナタリーを殺しやがってブーイングが来ましたが、仕方がないのです!! 自分も殺したくなかったぁーーー!!!



ちなみに、最後の二人の掛け合いは敢えて、何時にあったか、もしくは本当にあったかは明言しません。
もしかしたら、夢の中の話かもしれないですし、妄想かもしれない。
もしくは、過去にあった話かもしれません。



ただ、夢だろうが何であっても、確かに、これはあった、のだと、そう信じるような形
でお願いします。


余り長々と語るのもあれなので、何かあれば感想などでどうぞ。




感想・評価などよろしくお願いいたします。


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