霧隠れの黄色い閃光 (アリスとウサギ)
しおりを挟む

隠されて来た真実

「次、うずまきナルト」

 

今日は下忍になれるかどうかの卒業試験。

ここまで、全ての生徒が合格を言い渡されているが……

 

分身の術……オレの一番苦手な術じゃねーか

でも、オレってば火影になるんだ!

こんなところで躓いてなんていられねぇ!

 

「分身の術!」

 

チャクラを練り込み術を発動しようとしたまではいいが、できた物体はとても分身と呼べる代物ではなかった。

ぷしゅーと、音を立てて崩れる分身ナルト。

イルカ先生の何とも言えない視線がナルトに向けられる。

 

「うずまきナルト失格!」

 

その後、ミズキのとりなしも虚しくナルトは卒業試験で唯一の不合格を受け、アカデミーの校舎から出た。

一人でブランコに体を預けるナルトに、いつものように嫌な視線が里中の者達から注がれる。

 

「あの子、一人だけ落ちたらしいわよ」

「良い気味だわ。あんなのが忍になったら困るもの。だってあの子……」

「ちょっとそれより先は禁句よ」

 

こそこそと話しているが、自分に嫌な感情をぶつけられているのは子供のナルトでもわかった。

ブランコから飛びおり、その場から移動しようとした時……後ろから声をかけられる。

 

「よっ! ナルト」

 

振り向くとそこにはナルトが一番好きな先生が立っていた。

 

「イルカ先生……」

「まぁ、なんだ……取り敢えずラーメンでも食いに行くか」

 

イルカ先生は周囲の大人達をサッと見てから困り顔でナルトに話しかけた。

 

 

ラーメン店一楽

 

「へい! 味噌チャーシューお待ち!」

「これこれ、待ってました! いただきまーす」

 

ナルトはイルカ先生のおごりでいつものラーメン店一楽に来ていた。

他の店では嫌な顔をされたり、最悪入店お断りすらされたことがあるナルトだが、この一楽だけはナルトを他の客と対等に受け入れてくれていた。

 

「その……試験残念だったな、ナルト」

「イルカ先生、大丈夫だってばよ! オレはいずれ火影になる男! 今日はたまたま調子が悪かったけど、次の試験ではちゃーんと受かって、忍者になるんだ!」

「そうだな……お前は人一倍努力家だ。次は合格できるさ!」

 

イルカ先生はそう言って、ナルトの頭をくしゃりと撫でた。

ナルトが里の者達から受け入れられにくいことを知っていたイルカ先生は、試験に落ちたナルトを慰めるために一楽に連れて来たのだ。

だが、元気よくラーメンを食べるナルトを見て、これなら大丈夫かと心の中で呟いた。

 

先生と生徒、二人の様子を影から盗み見るミズキの存在に気づかないまま……

 

 

「はぁー、お腹一杯だってばよ!」

「おーい! ナルトくん!」

 

イルカ先生にラーメンをおごってもらった帰り道で、またも後ろから声をかけられるナルト。

 

「今度はミズキ先生!」

「今度は? もしかして誰かと一緒にいたのかな?」

「おう! さっきまでイルカ先生にラーメンおごってもらってたんだ」

「へぇー、よかったじゃないか、ナルトくん」

 

いかにも人が良さそうな顔でミズキはナルトに話しかける。

 

「ナルトくんは、どうしてイルカ先生がキミのことを気にかけてくれると思う?」

「え? イルカ先生が? うーん……うん?」

「それはね、キミが生徒で僕達が先生だからだよ。先生にとっては子供は何よりも大切だからね! そして、オレもラーメンじゃないけどナルトくんに、いい話を持ってきたんだ」

「いい話? オレに?」

 

ミズキの話に終始、首をかかげるナルト。

 

「ナルトくんは試験に合格したくないかい?」

「えっ? そりゃあ……したいけど……」

「実はね、一つだけ合格できる方法があるんだ!」

 

ミズキが話した内容は封印の書と呼ばれる禁術の巻物を盗んでくれば、下忍になれるというものだった。

だが、そんな再試験は存在せず、それどころか禁術の巻物を盗むということは重罪とされている。

だが、三代目火影は理由はどうあれナルトにかなり甘い。

ナルトが普段からやっている木の葉の象徴とも言える顔岩への落書きなど、五大国の中でも平和な火の国であれ、本来なら投獄ものの罰である。

だが、そんなナルトだからこそ、自分には不可能な巻物の窃盗も可能なのではとミズキは考えていた。

 

 

そして、その日の夜。

ミズキの腹の中など露知らず、ナルトはいつものように火影室に乗り込む。

 

「どうしたナルト? こんな夜中に?」

「くらえ! お色気の術!」

 

三代目と遭遇したナルトは変化の術の応用、お色気の術を使い、三代目を一時的に足止めする。

そして、

 

「えーと、禁術の巻物……あったこれだな!」

 

アカデミー生が一時的とはいえ、火影を倒すなど前代未聞のことをしておきながら、呑気に巻物を詮索して、物を手に入れたナルトは部屋を出ようとする。

だが、そこである物に目が止まる。

いつもはなかったその羽織に、巻物のことなど忘れてしまうほど惹き付けられる。

 

『四代目火影』

 

九尾の化け物を倒した英雄。

ナルトが目指す人物。

その四代目が来ていた羽織が部屋の隅にかけられていた。

惹き寄せられるままにナルトはその羽織を自分の腕に通し、背中にかける。

 

「へへへ……♪」

 

サイズはぶかぶかで合わないはずなのに、何故かこれでもかというほどにナルトに合う。

さらに、

 

ゴトッ!

 

何かが床に落ちる音が聞こえ、慌てて拾いあげる。

 

「クナイ?」

 

何やら普通のとは形が違い、使いづらそうなクナイ。

頭ではそう思うのに、これまた手にはこれでもかとしっくりくる。

もう少し、じっくりと調べようとしたところで……

 

「うーん?」

「ヤバい! 鼻血だらけのじいちゃんが起きるってばよ!」

 

ナルトは慌てて火影亭を脱出した。

3つの重要品を盗みだして……

 

 

巻物を盗み出してから約一時間。

ナルトはミズキと待ち合わせした森の中で修行をしていた。

泥だらけになりながらも、何とか一つの術を覚えたとこで、待ち人のミズキが現れる。

 

「よ! ナルト。どうやら封印の書はちゃんと持ってこれたようだな……」

「もちろんだってばよ! ミズキ先生。これでオレってば忍者になれるんだよな!」

 

そうキラキラしながら話すナルトにミズキは……

 

「ククククク……」

「ミズキ先生?」

「アハハハハ! お前が忍者何かになれるわけないだろ? ナルト」

「ど、どういうことだってばよ!」

「これは試験でも何でもない! お前はただオレに利用され、里の大事な封印の書を盗んだだけなんだよ!」

「そんな! だって、だって、ミズキ先生言ったてばよ! この巻物を持ってくれば、試験に合格できるって!」

「だから、それがそもそも嘘なんだよ! 忍者なら裏の裏を読めってアカデミーで習っただろ、落ちこぼれ!! だからお前は忍者になれないんだよ!」

 

いつも人あたりの良いミズキとは正反対の言動に、ナルトはようやく事態を把握する。

 

「ふざけんな! それならこれはお前に何かに絶対やらねぇ! 火影のじいちゃんに返しに行くってばよ!」

「はっ、このオレから逃げられるつもりか? それに火影って……ん?」

 

そこでミズキはナルトが着ている四代目の羽織を目にする。

そして、いいことを思いついたとばかりに嫌な顔をして、

 

「ナルト、せっかくだから巻物を盗んできた褒美に一ついいことを教えてやるよ」

「はっ! オレってば、二度も同じ手に引っ掛かるほどバカじゃねぇーってばよ」

「まぁ、そう言うな。何せこれはお前が一番知りたい話だろうからな……お前、何故自分が里の皆に嫌われてるか教えて欲しくないか?」

「それは……」

 

それはナルトが物心ついた頃からずっと疑問に思っていたことだ。

三代目の加護があったから、直接的に何かされたことは少ない。

だけど自分は里の殆んどの人間から嫌われている。

そして、そんな奴等がナルトは当然憎かった。

何故、自分だけこんな目に合うのか理由が知りたかった。

だからこそ、聞いてしまった。

 

「これはな、三代目が作った掟のせいでお前にだけは知らされていない真実だ!」

「ある掟?」

「その掟ってのはな……お前の正体が12年前、里を襲った九尾の化け物であるということをお前に教えないことだ!」

「……え?……九尾?」

「そうだ! お前は12年前、大好きなイルカの両親を殺し、そしてお前の目指す火影に九尾を封印されたんだよ!!」

「そ、そんな……そんなの嘘だってばよ!」

「全部本当のことだ! それは里のみんなが証明しているだろうが!」

 

真実を告げられ、取り乱すナルトに向かって、ミズキがクナイを投げる。

ナルトの頬に赤い線ができる。

 

「え?」

「ナルト、これで最後だ。巻物をこちらに渡せ! そうすれば命だけは助けてやるぜ! 今のオレは気分がいいからな」

 

ミズキのその言葉に、様々な葛藤が生まれる。

だが、ここまでバカにされたのに、言うことを聞くのはプライドが許さない。

何より、今のナルトは誰の言うことも信じられない状態だった。

巻物を渡しても助かる保証なんてどこにもない……なら……

 

ナルトは森の外へ、方向的には里の門の方へ走りだした。

 

「やっぱりバカだな、お前は。素直に巻物を渡していれば命だけは助けてやったのに」

 

しかし、ミズキはすぐにナルトに追い付き、後ろから手裏剣を投げつけてきた。

グサッ!

その何枚かがナルトの足に突き刺さる。

 

「いてぇ……」

「まぁ、オレから逃げても、今頃お前を殺そうと躍起になっている、三代目が集めた里の連中に見つかって殺されていただろうがな」

「くっそーー!!」

「ついでに言っておくと、お前が頼りにしているイルカはここには来ないぜ! あいつはバカだから、場合によっては本当にお前を庇う可能性があったからな」

 

周りの人間が頼りにならない。

そんな事は最初からわかっていた。

なら、自分でどうにかするしかない。

ナルトは足に刺さった手裏剣を抜き、両手を十字に結ぶ。

 

「ほぉー最後の悪あがきか、面白い! やってみろよ化け狐!」

「多重影分身の術!」

 

余裕綽々だったミズキの顔が一気に絶望に染まる。

それもそのはず、ミズキの周りに50人ものナルトが現れたのだから。

アカデミーの卒業試験の分身の術と影分身では訳が違う。

分身の術はあくまでも複数いるかのように見せかけるだけだが、影分身は実体があり、分身自体が戦力になる。

51vs1

アカデミー生と先生とはいえ、余程の実力差がない限り勝負は見えていた。

 

「な、な、なんだこれは!」

「「「何だって、ミズキ先生が教えてくれた巻物に書いてあった術だってばよ! さて、散々こけにされた分、50倍に返してやる!」」」

「あ、あ、あ……」

 

一分後勝負はナルトの勝利で幕を閉じた。

 

「さて、取り敢えず、じいちゃんに謝らなきゃいけないなぁ」

 

そんな事を呑気に考えていたナルトの周囲に、十数人の木の葉の忍達が現れる。

 

「見つけたぞ、うずまきナルト」

「なに、ミズキがやられているだと?」

「まさか、封印が解けたのか?」

「まずいぞ、すぐに火影様に……いや、完全に封印が解ける前に……」

 

その忍の言葉を合図にナルトを取り囲む忍達が殺気を放つ。

 

「えっ? ちょっと待つってばよ!」

「問答無用! 化け狐! 積年の恨みを今晴らそう!」

 

多重影分身を使って、チャクラを殆んど使い切ったナルトに、無数の手裏剣やクナイが放たれた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九尾の封印

「ぐわぁああぁ!」

 

無数の武器が飛び交う。

何とか避けようとしたが、殆んどの武器がナルトの体に突き刺さった。

全身に傷を作り、傷口から血を流すナルト。

運よく致命傷になるものはないが、そう何度もくらってられる攻撃ではない。

だが、

 

「時間はかけるな! 次で仕留めるぞ!」

「「おう!」」

 

周りの忍達が再び武器を構える。

次で終わらせるという忍達に、ナルトはただ震えるばかり。

 

何で、何でオレだけこんな目に会わなきゃいけないんだ!

涙目にナルトがそう叫びそうになった時……

 

『人間が憎いか、小僧ゥ!』

だ、誰だってば!!

 

頭に、いや魂とも言うべき場所から人間ではないものの声が聞こえた。

 

『貴様が望むのであれば、今回限り特別に力をくれてやるぞ?』

だから、お前は誰だってば!

『頭の悪いお前でもこの状況、察しはついているのであろう?』

まさか、九尾……

『そうだ、ワシはお前達人間が九尾と呼ぶ存在だ』

何で九尾が力を貸してくれるんだってばよ!

『ワシとお前は忌々しいことに一心同体。お前が死ねばワシも死ぬ』

だから力を貸す?

『そうだ! ククククク、どうするナルト? このままでは一秒後には死んでいるかもしれんぞ? ワシもお前もな!』

死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、嫌だ! 死にたくない!

『いいだろう、もう一度言うが今回限りだ!

ワシは人間が好かんからな……』

 

「オレも同じかもな……ありがとうだってばよ、九尾」

 

フンと九尾は鼻を鳴らした。

 

「はぁあああああ!!」

 

ナルトの体から、微量ながらも九尾のチャクラが溢れ出す。

チャクラその物が具現化し、

キィン! キィン!

と、ナルトに迫っていた手裏剣やクナイを全て弾き返した。

さらに急速的なまでの回復力で、ナルトの体にできていた傷がみるみる塞がっていく。

それを見た木の葉の忍達は、当然慌てふためき、

 

「まずいぞ、本当に九尾のチャクラが……忍具は効果が低い! 忍術でかたをつけるぞ!」

「「わかった!」」

 

忍達が慌てて印を結び、術を発動するが……

 

「「「火遁・豪火球」」」

「ガアァアアア!!」

「なん……だと……!?」

 

九尾のチャクラを纏ったナルトが、その咆哮だけで術を消し飛ばした。

もちろんナルトは無傷である。

忍術で相殺するならまだわかる、例え相手がアカデミー生でも、まだ理解できる。

だが、咆哮だけで消すなど、上忍や暗部でも例外を除き不可能だろう。

あまりにも理不尽な相手に、木の葉の忍達は撤退を始める。

だが、それを逃がしてくれる相手ではない。

逃げ遅れた一人の忍が、九尾のチャクラで地面に叩きつけられ、

 

「…………」

 

その隙にナルトは、その忍の上に乗りかかり首を締める。

 

「ゆ、許してくれ……」

 

命乞いをする相手に容赦せず、さらに力を込める。

そして、あのクナイを手に取った時……

 

――そこまでだよナルト!

 

ナルトの意識は奥底へと沈んでいった……。

 

 

いつの間にかナルトは薄暗い通路に立っていた。

どこだってばよ? と、疑問に思いながらも、何故か奥に進まなければという直感に従い、足を進める。

そして、最終地点と呼べるであろう大きな檻の前にたどり着いた。

先ほどまで、そのチャクラを纏っていたからわかる。

この中に九尾がいると……

 

『まさか、ここまで来るとはな小僧ゥ!』

 

赤い大きな檻の中。

禍々しいまでのチャクラを漂わせながら、大きな狐がそこに存在していた。

 

「九尾……」

『フン、本来なら貴様を殺して檻から出たいところだが、忌々しい封印だ……四代目!』

 

九尾が目を向けた先に、ナルトの精神世界で、ナルト以外にももう一人、人が立っていた。

金髪碧眼で、どこかナルトに似た雰囲気の男であった。

 

「誰だってば?」

「ん? オレはお前の父親だよ、ナルト」

「父親……」

「そして、お前はオレのせがれ、息子だ」

「あっ!」

「ん? なんだい?」

「その顔、どっかで見たことあると思ったら四代目火影だ!」

「ん! そうだよ。オレはこれでも生きていた時は木の葉の火影を任されていた」

 

色々ごちゃごちゃになっているナルトに、落ち着いた口調で話を合わせる四代目火影。

だが、ナルトがパニックになるのも仕方がない話である。

今まで自分の父親の話など、誰もしてくれなかったのだから……

 

「じゃあさ、じゃあさ、オレってばもしかして火影の息子なのか?」

「うん、そうだよナルト」

 

その答えに、ぱぁと顔を喜ばせるナルト。

里を救った英雄、自分が目指した火影が自分の父親なのだ。

ナルトのような年頃の少年にとって、父親がカッコいいのは、この上ない喜びだろう。

だが、その顔は少しずつ沈んでいく。

 

「でもさ、でもさ、とうちゃんがオレのとうちゃんなら、何でオレってば里の奴等に殺されそうになってるんだってばよ?」

「それは……本当にすまなかったと思っているナルト……」

「別にとうちゃんが、オレを殺そうとしたわけじゃないってばよ。だから、とうちゃんは悪くない!」

「……そう…だね……オレは本当は九尾の封印が解けそうになった時に出てきて、封印を掛け直すために自分のチャクラを八卦封印に込めたんだが……」

 

四代目火影はそこで言葉を切り、九尾の方を見る。

檻はしっかり閉じてあり、何も問題ない。

また、ナルトに顔を戻しながら、印を結ぶ。

 

「とうちゃん?」

「本当はクシナに頼むつもりだったんだけど、せっかくチャクラも余っているし、ナルトには少し早いが、あの日の出来事を教えるよ」

「あの日の出来事?」

「ナルト、君が生まれた日のことだ。口で説明してもいいけど、実際に見てもらった方が早い。それに……」

 

四代目火影は生前自分が使っていたクナイを見ながら、

 

「それの本当の使い方も覚えてもらいたいからね!」

 

印を結び終え、ナルトに幻術をかけた。

 

 

 

 

「オレ、思ったんです。今度生まれてくる子供もこんな忍になってくれたらいいなって!

だから、この小説の主人公の名前……頂いてもいいですか?」

「お、おい、そんなんでいいのか? ラーメン食いながら適当に決めた名前だぞ?」

「ナルト……素敵な名前です」

 

自分の名前が決まった日から記憶が、どんどんナルトの頭に流れ込んでくる。

日々幸せそうなみんなの顔が。

だが、その幸せは最後の最後に現れた面の男によって崩れることになる。

ナルトを人質に取り、九尾に幻術をかけ、里を襲い、それでも何とか四代目火影はその面の男を撃退する……

しかし、その面の男の底は、四代目火影ですら、最後までわからなかった。

だからこそナルトに九尾を封印したのだ。

いつか、この力を自分の息子が使いこなすと信じて……

 

 

いつの間にか幻術は解けていた。

 

「とうちゃん?」

 

四代目火影の身体がどんどん薄くなっていく。

もう、時間なのは誰の目から見ても明らかで……

 

「どうやら、そろそろ限界のようだ」

「そんな! せっかく会えたのに! オレってば色々なことをしたり、もっと話したりしたいってばよ!!」

「オレもだよ、ナルト。だが、オレは既にあの戦いで命を懸けた……こうして会えただけでも奇跡なんだ」

「とうちゃん……」

「最後にナルト、そのクナイの使い方を教えよう。オレと一緒にクナイを持って」

「……うん」

「先ほど面の男との戦いを幻術で見せた通り、これは時空間忍術でかなり特別な術なんだ。本来ならこのクナイはオレ以外使えないんだけど、ナルトはオレの息子だからね」

 

四代目火影はナルトに手を重ねながら、クナイの術式をナルト用に書き換えた。

 

「かなり練習が必要だろうけど、お前ならできる。オレはそう信じてる」

「あぁ、見ていてくれ、とうちゃん! オレは黄色い閃光の息子だからな!」

 

四代目火影はナルトの頭に手をおき、

 

「正直、お前のことを木の葉の里が受け入れてくれるかは、オレにもわからない。もちろん、ナルト。お前がこれからどんな道を歩むのかもね。でも、どんな道を進もうとオレはお前を信じている。それが親ってものだからね……本当は火影の夢を叶えて欲しかったけど……」

「とうちゃん! とうちゃん達の火の意志はオレがしっかり受け継ぐから心配しないでくれ! 火影にはなれないかも知れないけど、歴代の火影を越す夢は今でも捨ててねーからよ! オレはとうちゃんより凄い忍になる! まっすぐ自分の言葉は曲げねぇ、それがオレの忍道だ!」

「あぁ、オレはずっとお前を見守っているよナルト」

 

その言葉を最後に四代目火影は見えなくなった……

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅立ち

四代目火影が消えた後。

ナルトは少しの間だけ色々な感傷に浸っていたが、いつまでもこのままではいけないと、袖で涙の溜まった目元を拭った。

 

「九尾、お前とも色々話してみたかったけど……」

『フン、木の葉を襲ったことに対する文句か?』

「違うってばよ、あれはお前も無理矢理だったんだろ? 難しいことは正直、オレってばよくわかんなかったけど……」

『………………』

「でも、オレはすぐに動かなきゃならねぇ! だから……」

『小僧、これからどうするつもりだ?』

「えっ?」

『はっきり言ってやる! このままだとお前は木の葉の忍に殺される可能性がある。ミズキとかいういけ好かない先公だけならまだしも、他の者とも戦闘をしてしまった。仮に今回何とかなったとしても、今まで以上にお前は、この里で迫害されることになるだろう……』

 

確かに九尾の意見は正しかった。

今までは自分が頑張れば里の奴等を見返せると思っていたが、ミズキ以外の忍達も、本気でナルトを殺しにかかってきていた。

 

「なら、だったら旅にでも何でも出てやるってばよ! そして、旅しながら修行して強くなって……」

『それなら、影分身を作れ』

「へ? 影分身? 何で?」

『バカか貴様。普通に里の外に出られると思っているのか? 影分身はそうそう本体との見分けはつけられない。本来、そういう陽動に使う忍術だ。数でモノをいう術じゃない!』

「な、なるほど〜! お前ってば頭良いんだな!」

『いや、ワシが良いのではなく……そんなことより時間がなかったのではないか?』

「そうだった! お前ってば意外と良いやつだな九尾!」

『フン』

 

会話の後、ナルトはすぐに現実世界に戻った。

周囲には、自分の下に気絶した忍が一人いるだけ。

他の奴等は誰もおらず、一度逃げたようだ。

安全を確認した後、ナルトは印を結び、

 

「よし、やってやるってばよ! 多重影分身の術!」

 

チャクラのうねりとともに、分身ナルトが出現する。

ミズキの時ほど数はいないが、それでも十数人。

少しなら陽動も可能だろう。

そして、本体のナルトだけ猫に変化。

 

「おぉ〜、何故かいつもより術が上手く発動するってばよって、猫が喋っちゃまずいか」

 

それから数分後。

ナルトは猫の姿のまま「あ・ん」と書かれた門の前まで来ていた。

ここまでは楽に来れたが、門のところには二人の見張りがいる。

だが、伊達に木の葉1のイタズラ小僧は名乗っていない。

一人だけついて来させていた影分身とアイコンタクトをとり、

 

「おーい、おっちゃん達、助けてくれってばよ!」

「あ? どうした? 何かあったのか?」

「それが、ミズキ先生が血流して倒れてるんだ! オレ一人じゃ病院まで運べないんだってばよ!」

「なんだと!? わかった。オレが行く、案内してくれ」

 

真実を少し混ぜた嘘には信憑性が意外とあるもので、一人はそのまま影分身と一緒についていった。

流石にもう一人は残っていたが、あれだけ目を逸らせたら作戦としては十分である。

なぜなら、猫に変化した本体のナルトは、既に里の外に出ていたからだ。

 

最後に、木の葉の里を振り返る。

 

(火影のじいちゃん、イルカ先生、サクラちゃんとも、もう会えないかもな……

でも、オレは強くならなきゃいけない。

ここで死ぬわけには絶対にいかないんだってばよ……)

 

猫の手を四代目の顔岩に突き出し、

「とうちゃん、行ってくるってばよ!」

と、心の中で呟いた。

 

が、そこで九尾が割り込んできて……

 

『ナルト、カッコつけてるところ悪いが、たぶんお前が里を出たのばれたぞ』

ど、どういうことだってばよ!

『貴様が門を出た時に少し違和感を感じた。どうやら木の葉に出入りしたものを感知できるように、結界が張ってあるらしい』

それってば、まずいんじゃ……

『あぁ、走れクソ猫』

こんなところで捕まってたまるか!

 

それから全速力で走ったナルトは、かなり運がよかったのだろうが、追手に遭遇することもなく、木の葉国境の付近まで来ていた。

 

大きな川まで来て、ここからは舟に乗らなくては進めないと判断し、変化の術を解いたところで、

 

「もしかして、キミもこの先に行く予定ですか?」

 

と、見知らぬ相手に声をかけられた。

ナルトが声の聞こえた方を振り向くと、そこには、

 

「わぁ、サクラちゃんより可愛い……じゃなくて、そうだってばよ!」

 

見たこともない美少女が、舟の上に乗っていた。

長い黒髪に、綺麗な桃色の着物を着た、ナルトとそう年の離れていない女の子。

その少女が微笑み、

 

「ふふ、なら丁度席も空いていますので、一緒に乗って行きますか?」

 

と、言った。

渡りに船とはまさにこのことである。

相手の言葉に甘えて、ナルトは一緒に舟へ乗せてもらうことにした。

二人で木の舟を漕ぎ、川の中を少しずつ進んで行く。

 

「ありがとうだってばよ、姉ちゃん」

「いえ、舟はある程度人が乗っている方が安定しますし、困った時はお互い様です」

「オレってば、うずまきナルト!」

「僕はハクです。ちなみに、男ですよ?」

「えっ?」

 

衝撃の事実。

一瞬絶句し、思わずハクの顔をマジマジと見るナルトだが、どう見ても女の子にしか見えず、そんなバカな! この世は不思議で一杯だ〜

と、現実逃避していたところ、ハクの質問ですぐに現実に戻される。

 

「もしかして、ナルトくんは忍者ですか?」

「えっ!? オレってば忍者に見えちゃう!」

「はい、さっき舟を探していた時も変化の術を使っていましたから、凄い忍者なのかなぁと」

「いや〜、それほどでも……って、変化の術を知ってることはハクも忍者なのか?」

「どうでしょう? 一応訓練はしてきましたが、僕なんかよりナルトくんの方が凄いと思いますよ?」

「いや〜、それほどでもないってばよ」

 

そこでハクは一度言葉を区切り、ナルトを少し注意深く見ながら、

 

「ナルトくんはこの川を渡り切った後、どこに行く予定なのですか?」

 

と、さり気なくナルトの目的を探ろうとする。

木の葉の方面から来たのは間違いないが、額あてすらしていない。

正直、自分達の障害になるとは思えなかったが念には念を、一応聞いておかなければならなかった。

 

「う〜ん、オレってばちょっと事情があって、里にいられなくなったんだってばよ!」

「えっ? 里にいられなくなった?」

「うん、でもオレってば今よりもっと強くなって、やらなきゃいけないことがあるんだ! 行く宛は今のところないんだけど……」

「えっと、方角的にナルトくんは木の葉の里から来たんですよね? あの里は五大国最強で、尚且つ平和な里ですよね? わざわざ里を出なくても強くなれたのでは?」

「う〜ん、確かに木の葉は凄い里だけど、オレにとっては平和なところじゃないんだってばよ」

 

舟を漕ぎながら、ハクはナルトの言葉について考えを巡らせていた。

いや、既に答えは出ている。

この子は僕に似ていると

勝手にこんなこと言ったら再不斬さんに怒られるかな……

そう思いながらも、ハクはナルトに声をかけずにはいられなかった。

 

「ナルトくん、もし行くあてがないのであれば、僕と一緒に来ませんか?」

「え?」

「僕には仲間が…僕を含めて4人いますが、全員ナルトくんと同じで、訳あって里を抜けています。もしよろしければナルトくんも一緒に来ませんか?」

「いいのか!」

「もちろんです。仲間は多いに越したことありませんから」

「ありがとうだってばよ、ハク! どこに行くか迷ってたから助かったってばよ!」

「それから、ナルトくん一つお願いがあるのですが……」

「おう、ハクはオレの仲間だからな! 何でも言ってくれってばよ!」

 

仲間という部分を強調しながら話すナルトにハクは微笑みながら、

 

「その背中にかかっている羽織は…いくらなんでも目立ち過ぎます。今すぐ畳んで下さい。忍なのに全然忍べてないです」

「え〜、カッコいいのに」

「確かにカッコいいですが、敵に遭遇した時、狙って下さいと言っているようなものです」

「わ、わかったってばよ……」

 

今日一日で散々な目に会って来たナルトは、大人しくハクの言葉に従うことにした。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

忍の道

川を渡り切り、更にそれなりに歩いた森の隠れた場所。

深い森の中に、一軒の家が建っていた。

中に入ると、

 

「…………」

 

一人の男が椅子にもたれ掛かるように座っていた。

口を布でぐるぐるに巻いてあり、少し強面の男。

霧隠れの抜け忍……桃地 再不斬。

再不斬はナルトに一瞬視線を向けた後、ハクに顔を向け、

 

「ハク、何だその餓鬼は?」

「申し訳ありません、再不斬さん。行く宛がないというので連れてきました」

「この前、兎をやっただろう。捨ててこい」

「いえ、ペットが欲しいわけでは……」

 

どう再不斬に説明しようかハクが悩んでいた時、横にいたナルトが再不斬にビシッと指さし、

 

「オレの名前は、うずまきナルト! いずれ火影になるおと……じゃねぇや! いずれ歴代火影を越えて最強の忍になる男! 覚えておけ!」

「はぁ? 火影だぁ? ってことは木の葉の下忍ってところか?」

「うっ……試験に落ちちまったから、下忍にはなれてないってばよ……」

「「……………」」

 

下忍にすらなれてないという言葉に、再不斬だけでなく、隣で聞いていたハクまで固まる。

ハクもてっきりナルトは下忍だろうと思っていたからだ。

下忍ならまだ少なからず、と判断できたかもだが、流石にただの一般人は邪魔者でしかない。

 

「ふん、やっぱりただの餓鬼じゃねぇか! 出ていけ!」

「オレってばガキじゃねー! 何だったら今この場でてめぇをぶっ飛ばして証明してやるってばよ!」

「面白い……表に出ろ餓鬼! テメーが少しぐらいは見所のある奴なのか見極めてやる!」

 

ナルトと再不斬は家の外に出て、すぐに戦闘態勢に入る。

再不斬は自分よりデカイのでは? というほどの大剣を背中越しに片手で持ち、

 

「ほら、かかってこい!」

「行くってばよ! 多重影分身の術!」

 

ボン!

白い煙とともに、術が発動する。

ナルトお得意の影分身。

再不斬の周囲をぐるっと囲む20人はいるナルト達を見て、再不斬とハクが目を開く。

 

「ほう……影分身か、ただの分身とは違い実体のある影分身をここまで……意外と悪くねーじゃねーか!」

「行くってばよ!」

 

ナルト達が一斉に襲いかかる

戦場で数に勝る力はないという。

だが、再不斬とナルトには数程度では覆しようのない力の差があった。

 

「が、やっぱり甘い!」

「「ぐわぁああ」」

 

その大剣を振るうや否や、一刀のもとに全てのナルトを吹き飛ばす。

圧倒的な実力差を見せつけながらも、再不斬はナルトの評価を少し改めていた。

影分身は本来、上忍クラスの忍術。

使えるだけでも凄いのに、あの数は異常である。

だが、ナルトはそんな再不斬の心境など知るよしもなく……

 

(くっそー、全然歯がたたないってばよ……

このままじゃ、また独りぼっちになっちまう! そんなのはゴメンだってばよ!)

 

ナルトはホルスターから父のクナイを取り出す。

 

(ぶっつけ本番だが、やるしかねぇ!)

 

「ん? なんだそのクナイは? 見覚えがあるような……?」

「くらえ!」

 

再不斬にクナイを投げつける。

当然避けられるが、それはナルトも計算のうち。

そして、ここからが見せ所……

 

「見せてやる! 飛雷神の術」

「っ!? なっ? 黄色い閃光だと!?」

 

構える再不斬の後ろをクナイは普通に真っ直ぐに飛び、普通に木に突き刺さり止まる。

何事もなく。

 

「「「…………」」」

 

三者はお互い気まずそうに顔を合わせた。

一番気まずいのはいうまでもないが……

 

「あはははは、あー、今のなし!」

「……坊主……そのクナイはどこで手に入れた?」

「え? これってば、オレのとうちゃんのクナイだってばよ!」

「とうちゃん?」

「オレのとうちゃんは四代目火影だってばよ!」

「「!?」」

 

驚く再不斬とハクの横を通り、ナルトは木に刺さったクナイを取りに行く。

 

「ハク、どうやらオレはつくづく良い拾い物をしたようだ。やっぱりお前は最高だ!」

「ありがとうございます。再不斬さん」

 

こうしてナルトは再不斬達に歓迎されることになった。

 

 

三人は再び家に戻り、ナルトはこれまでの経緯を再不斬とハクに話していた。

自分が里の者達にずっと嫌われていたこと。

卒業試験に落ちたこと。

里の忍達に殺されかけたこと。

自分に九尾が封印されていること……

 

ナルトの話を聞き、ハクはますます自分の境遇とナルトを重ねていた。

そんなナルトの頭に再不斬は手をおき、くしゃりと撫でて、

 

「ナルト、貴様は忍として見所がある。確かにすぐには戦力にはならんが、それはお前が今までちゃんとした修行をさせられていなかったからだ。こんな逸材を放っておくとは、木の葉は余程のバカらしい」

「眉なし……」

「…………」

 

再不斬はナルトの頭を鷲掴みにし、手に力を込めながら、ナルトの体を持ちあげる。

 

「痛いってばよ!」

「再不斬さん、落ち着いて下さい。相手は子供ですよ!」

 

ハクが慌てて止めに入るが、再不斬はそれに構わず、話を続ける。

 

「そういやーお前もつい先ほどまで、その木の葉の一員だったな! 敬語使えなどと貴様に不可能なことは求めないが、名前ぐらいは覚えろよ、クソ餓鬼!」

「お、押忍! 再不斬さん!」

「よし……では早速貴様を鍛える。ハク、ナルトに木登り修行を教えてやれ」

「わかりました」

 

 

再び、外に出る三人。

 

「なぁなぁ、再不斬! 木登り何かがどうして修行になるんだってばよ?」

「ふん、こいつはただの木登りじゃない。手を使わずに足のチャクラをコントロールすることで登る忍の基礎を鍛える修行だ」

「基礎! オレってばそんなんじゃなくて、もっと凄い術とか教えて欲しいってばよ!」

「チャクラコントロールができていないお前には、どんな術を教えても無意味だ。現にお前の話を聞く限り、発動ぐらいしてもよさそうなのに、そのクナイはうんともいわなかっただろう?」

 

再不斬はナルトが手に持つ四代目火影のクナイを指さす。

 

「でも、オレってば多重影分身を一日で覚えたってばよ! 実際に使えるし!」

「それはたまたまお前が人並み外れたチャクラを持っていたからだ。九尾を抜きにしてもな。だが、そんな戦い方では強くなれない」

「強く……なれない」

「そうだ、忍とは地道な努力の積み重ねがものをいう。どんな状況でも任務を遂行する力、それは一朝一夕で身に付くものではない」

「うん……それは何となくだけどわかる気がする……」

「よし、なら行け!」

「押忍!」

 

ハクに手本を見せてもらってから、オレもやるってばよ! と走り出すナルト。

だが、その体は木に足をつけた一歩目で止まり、地面に叩きつけられる。

 

「いってぇええ〜」

 

打ち付けた頭を押さえ、地面にゴロゴロと転がるナルト。

 

「ハク……あいつ本当に使い物になると思うか?」

「再不斬さんが忍の才能があると認めたのです。何とかなりますよ……」

「……そうか」

「それに彼は忍にとって一番大切なものをわかっている。きっと強くなる」

「…………そうか」

 

再不斬とハクはしばらくの間、ナルトの修行を静かに見守るのであった。

 

 

5日後。

ナルトはついに、手を使わずに木のてっぺんまで登ることに成功する。

 

「登り切ったてばよ、ハク、再不斬!」

「ふん、いいだろう。ではこのまま修行の第二段階に入る」

「第二段階?」

「そうだ……次の修行はハクとの組み手だ」

「おぉー! やっと忍者らしくなってきたってばよ」

「まずはオレとハクが手本を見せる。ハク、いけるな?」

「はい、再不斬さん」

 

二人はナルトから少し距離をとり、組み手を始める。

組み手自体はアカデミーでも散々やってきたナルトだが、再不斬とハクがやっているそれは、アカデミー生のそれとはレベルが違っていた。

ナルトは二人の組み手を食い入るように見ていた。

 

「と、まぁ、こんな感じだ。チャクラコントロールができるようになってきたお前は、以前よりスピードも技のキレも格段に上がっているだろう。あとはそれを実戦で使えるようにしなければならない」

「よ〜し! やってやる! ハク、よろしくお願いするってばよ!」

「はい、こちらこそ、よろしくお願いしますね。ナルトくん」

 

それからナルトの修行漬けの毎日が始まった。

今までは一人で巻物を読んだり、ただチャクラを練ったり、丸太相手の練習しかして来なかった。

そんな事情もあり、最初は人との修行に慣れていなかったので苦戦を強いられていたが、ナルトはそれ以上に楽しさを感じていた。

途中からは鬼兄弟の業頭と冥頭も修行に加わり、ナルトは一週間で水面歩行も何とかできるようになるという急成長を遂げていた。

 

 

今日のナルトの修行を終え、再不斬、ハク、業頭、冥頭、ナルトの5人は全員で食卓を囲んでいた。

食事の用意などは、全てハクが一人で行っていたが……

 

「オレってば、こんな大人数で食事したことなんて殆んどないから、なんか嬉しい!」

「お代わりもありますので、ゆっくり噛んで食べて下さいね」

「おい、ハク! ナルトの肉だけ大きいじゃねぇか! オレが食ってやる!」

「あぁー、オレの肉返せってばよ再不斬!」

「ふん、世の中、弱肉強食! 食卓は戦場なんだよ!」

「ナルト、我等鬼兄弟のおかずをわけてやる」

「お前は今一番修行しているからな。」

「ありがとうだってばよ! 業頭に冥頭!」

「あの……皆さん……お代わりあるので、普通に食べて下さいね」

 

わいわい食事をしていた時に扉が開け放たれ、三人の男達が入ってきた。

 

「おい、邪魔するぞ! 再不斬」

「ガトー!」

「ガトーショコラ? デザートだってば?」

「ナルトくん、今は静かにしておいて下さい」

 

ハクの真面目な声にナルトは口を閉じる。

様子を見る限り、真ん中のちっこい男がガトーで、再不斬達の雇い主だなと一人で考えていた。

ガトーはそんなナルト達を見て、

 

「ふん、いつからここは保育園になったんだ? 再不斬」

「そんな事はどうでもいい……仕事の依頼だろ? さっさと内容を話して出ていけ!」

「相変わらずせっかちな奴だ。まぁいい、タズナが木の葉の忍を雇った」

「ほう……」

「今までは見逃していたが、これは明らかなガトーコーポレーションへの反発である! 殺せ!」

 

そう言って、金の入った袋を再不斬に投げ渡し、

 

「それは前金でちゃんとした報酬は任務成功の後に渡す」

 

再不斬は袋の中身を確かめた後、

 

「いいだろう……この依頼、霧隠れの鬼人・桃地再不斬が請け負った」

 

と、依頼を請け負うことになった。

 

 

ガトー達が出ていった後、四人はナルトの方を見る。

ターゲットが木の葉の忍を雇ったということは、木の葉の者達と戦闘になる可能性が出てきたからだ。

 

「ナルト、この依頼はオレとハク、それと鬼兄弟の4人でやる。お前は留守番……」

「再不斬、オレは木の葉の里では忍者になれなかったけど、いつまでもガキのままじゃねぇ! 相手が木の葉の里だからって、仲間外れはゴメンだってばよ!」

 

再不斬の言葉を途中で遮り、ナルトがそう言った。

 

「ナルトくん……」

 

ハクや鬼兄弟達も心配そうにナルトを見ている。

再不斬はナルトの発言に少し思案した後、

 

「わかった、ナルトにも今回から参加してもらう」

「再不斬さん!?」

 

ハクが疑問の声を上げる。

が、再不斬にも考えがあってのことであった。

 

「ハク。忍には遅かれ早かれこういう場面は出てくる。特にナルトはな……修行もいいが、実戦がやはり一番成長に繋がるのは間違いない……ただし、オレの指示には従ってもらうぞ、ナルト!」

「押忍!」

 

ナルトの返事に頷き、再不斬が部下達に指示を出す。

 

「よし! では、鬼兄弟の二人、お前らは先に先行して相手を確かめに行け! 殺れそうならタズナを殺れ! ただし、無理そうなら引き返せ。あと定期的に連絡もオレと取るように」

「わかった! ナルト、悪いが我等、鬼兄弟が先行するからには、今回お前の出番はないと思え」

「大人しく修行でもしておくんだな」

 

という二人の言葉に、ナルトは笑って返す。

 

「業頭と冥頭も下手して木の葉の奴等に負けんじゃねぇってばよ!」

「「無論だ!」」

 

こうして、再不斬率いる部隊と木の葉の小隊が激突する運命が決まったのであった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

写輪眼のカカシ

鬼兄弟が木の葉の偵察に向かってから、再不斬とハクもやることがあるといいアジトから出ていた。

そのため、今はナルトが一人で留守番をしており、手持ちぶさたに暇をもて余していた。

最近は修行も誰かと一緒に行っていたので、一人だとあまり乗り気がしない。

 

「あ〜ぁあ、暇だってばよ! みんな俺だけおいて行きやがって……そうだ」

 

ナルトは目を閉じ精神世界に入ろうと試みる。

覚えたい術があったのだが、どうやったら会得できるのかわからず、困っていたナルトは、知っているかもしれない相手にヒントをもらおうとしていた。

 

 

薄暗い通路。

ナルトは再び来られたことを理解し、九尾のいる部屋へと足を進める。

そこは何もない部屋。

九尾とナルトの二人を除いて……

 

『小僧! 何のようだ!』

「オレってば、飛雷神の他にもう一つ覚えたい術があって、そのヒントを教えてもらいに来たんだってばよ!」

『ああぁ?』

「とうちゃんが、あの仮面の男をぶっ飛ばした術だってばよ!」

『そんなこと知らん!なぜワシが、小僧の頼みなど、聞いてやらねばならないんだ?』

「いいじゃねーか! オレとお前は一心同体なんだろ?」

『フン、貴様ごときが螺旋丸を会得できるわけがなかろう? 寝言は寝てから言え!』

「螺旋丸?」

『螺旋丸。あの四代目が自ら作った難易度Aランクの超高等忍術! 少し前まで分身すらできなかったお前が覚えられるわけないだろうが』

「そんなのやってみなければ、わかんねぇだろうが!」

『フン、小僧……お前、さっきから普通に話しているが、ワシが怖くないのか?』

「うん? そりゃあ、でっかいから怖いけど、お前が悪い奴じゃないのはとうちゃんが教えてくれたし、何よりもっと怖い奴等を知っているからな……オレってば……」

 

ナルトは木の葉の忍に殺されそうになった時のことを思い出す。

もう何日も経ったのに、あの日の出来事を今だに夢に見ることさえある。

 

 

九尾も目を閉じ、あの時の事を思い出す。

ナルトが木の葉の忍に殺されかけた日のことを……

 

『フン、四代目! ナルトに何を教えようとしているのかは知らんが無駄だ! 里を救った英雄であるお前の息子がどんな扱いを受けているか、これでわかっただろう? ククク!!』

 

ナルトに幻術をかけ終えた四代目火影は、九尾のほうを振り返る。

 

「確かに、今回のことは僕も辛く思っているよ……でも九尾、僕はあの日の決断を後悔した覚えは一度もないよ」

『あんな光景を見せられた後だというのに、よくそんな強がりが言えるものだな四代目!』

「いや、そこじゃないよ九尾」

『なに?』

「キミをナルトに封印したのは間違いじゃなかったと今日確信できたよ」

『……どういう意味だ』

「だって、さっきナルトを助けてくれたじゃないか?」

『……何の話だ』

「確かにナルトとキミは一心同体だ。だけど、ナルトが死んだからといってキミが死ぬなんて本当はわからないじゃないか。むしろ、キミが自由になれる可能性の方が高いんじゃないかい?」

『…………』

「九尾、ナルトのことをこれから少しだけ気にかけてあげてくれないかい?」

『なぜワシに頼む? そもそもそんな寝言、ワシが聞くとでも……!?』

 

四代目火影の身体が、徐々に薄くなっているのに気付く九尾。

それに四代目火影は苦笑を浮かべ、

 

「まぁ、ご覧の通り。僕もそう長くは持たないし、キミ以外に頼める相手もいないしね」

『そんなことで、ワシが同情するとでも思っているのか?』

「そんな風には思っちゃいないさ。ただ息子の幸せを願わない親はいないだろう?」

『…………ワシの力をコイツに貸すつもりはない』

「……九尾」

『だが、コイツの態度次第で横から口出しぐらいはしてやる』

「そうか……ありがとう。僕はナルトの幻術が解けたら、クナイの時空間忍術の術式にナルトのチャクラを組んで、いつか僕と同じ術をナルトも使えるように道しるべを作っておくよ」

『フン、そんなことはワシは知らん!』

「あはははは……」

 

九尾は再び目を開け、ナルトを見る。

 

『小僧! 貴様は何のために力を身につけようとしている。木の葉の者達へ復讐するためか? それとも何か野望でもあるのか?』

「うん? オレは復讐しようなんて思ってないってばよ? そりゃあ里の奴等は憎いけど、オレのとうちゃんは四代目火影だったんだからな! 向こうから喧嘩ふっかけてこないなら我慢するってばよ!」

『ならなぜ力を求める?』

「難しいことはよくわかんねぇけど、オレみたいな奴を助けるためだってばよ!」

『助ける? 自分のことすらろくに守れない奴がか?』

「だから、頑張って修行してるんだろうが!」

『フン、まあいい……螺旋丸を会得したければ、水風船で遊んでいろ!』

「はぁ? 水風船って、オレをバカにしてるのか!」

『この前までやっていた木登り修行の応用だ。今度はチャクラの流れだけで、他の力は使わずに水風船を割ってみろ』

「もしかして……まじで、そんな修行方法なのか?」

『少なくとも四代目がそうやって修行していたのは実際にワシがこの目で見ている。信じるか信じないかはお前次第だがな……』

「う〜ぅ、何か思ってたよりしょぼい修行だけど、やってみるってばよ! ありがとな九尾!」

『フン、用が済んだのならさっさと出ていけ! ワシは寝る』

「あぁ、じゃあ、またな」

 

ナルトは手を振り、外へ駆け出した。

 

『四代目よ、貴様がアイツのために残していった螺旋丸を会得できるかどうか見させてもらうぞ……』

 

 

精神世界から戻ったナルトは早速、修行に入ろうとしていた時……

 

バン!と家の扉が開かれる。

 

入って来た再不斬とハクの様子がいつもと少し違うことに気付き、ナルトは声をかける。

 

「どうしたんだってば? ハク? 再不斬?」

「ナルトくん、今すぐ出る準備をして下さい!」

「何かあったのか?」

 

というナルトの質問に、再不斬が答える。

 

「先ほど鬼兄弟からの連絡が途絶えた。定期的にオレと連絡を取っていたのだが……」

「ど、どういうことだってばよ!」

 

すると、今度はハクが簡潔に状況を説明する。

 

「状況から考えると木の葉の忍にやられたとみて間違いないでしょう」

「そんな……業頭と冥頭が……」

「ですので、急いで準備をして下さい!」

「わかったってばよ!」

 

 

再不斬、ハク、ナルトはアジトを出て、波の国へ行くのに必ず通らなければならなく、かつ水の多い場所で木の葉の忍達を待ち受けることになった。

元々、水の国出身の再不斬は水が多ければ多いほど力を発揮しやすいためである。

周囲の水にも再不斬自身のチャクラを練り込み、万全の体制で迎えうつ。

ナルトも短い間だったとはいえ、仲良くなった業頭と冥頭やられたと知り、完全にやる気でいた。

だが、そんなナルトとハクに再不斬は告げる。

 

「ハク、ナルト。今回お前達は戦闘に参加するな」

「わかりました再不斬さん。僕達は相手の戦力を見極め、いざという時にだけ助けに入ればいいのですね?」

「あぁ、そうだ。お前は賢い奴だよハク。本当に良い道具だ」

「ありがとうございます。再不斬さん」

 

スムーズに話を終わらせようとする再不斬とハク。

それにナルトが、

 

「ちょ、ちょっと待つってばよ! オレだって戦える! ここでやらなきゃ、何のために修行して来たのかわかんないってばよ!」

「ナルト、始めに言ったはずだ、オレの指示には従ってもらうぞ!」

「で、でも……」

 

何とか食い下がろうとするナルトにハクは優しく声をかける。

 

「ナルトくん、相手は木の葉の忍です。どのレベルの小隊が護衛についているかはわかりませんが、木の葉の恐ろしさはキミが一番よくわかっているはずです。こちらの戦力を隠し、相手の戦力だけを見定める。そして、何かあった時に再不斬さんを助けて、次に備える。これも忍の闘いですよ」

「……わかったってばよ……」

 

悔しがるように納得するナルトを見て、再不斬とハクは声に出さずに笑い合っていた。

 

 

作戦が決まった後、ナルトとハクは再不斬からある程度離れた木の陰に隠れていた。

 

「ナルトくん、来ました」

 

遠くからでも状況をよく見渡せる位置を陣取っていたナルトとハクは、木の葉の忍達を肉眼で確認していた。

黒髪の少年が二人、ピンク髪の女の子が一人、爺さんが一人、そして顔の半分以上が隠されている白銀髪の男が一人。

それを見て、ナルトは驚きの声を上げる。

 

「えっ! あれってば、サクラちゃんとサスケか?」

「もしかして知り合いなのですか?」

「うん、この間まで一緒にアカデミーに通っていた奴等だ……」

「そうだったんですね……」

 

横にいるナルトの表情は複雑な顔をしていた。

ハクはその顔を見て、再不斬がナルトを戦闘に参加させなかったのは、やはり正解だったと考えていた。

 

 

一方、再不斬は、周りより少し高い木の陰から、木の葉の小隊を見ていた。

他の奴等はとるに足らないが、一人だけ別格の忍がいるアンバランスな小隊。

 

(まさか、アイツがタズナの護衛についているとはな……それともナルトの情報を得て、依頼ついでに送り込んで来たのか……

まぁ、どっちみち殺れば一緒だな)

 

小隊が全員狙える位置に来たのを見計らい、首斬り包丁を投げつける。

 

「!? 全員伏せろ!」

 

やはり白銀髪の男がすぐに気付き、全員に指示を出す。

 

(こりゃあ、一筋縄で行かなそうだ)

 

再不斬は先ほど自分が投げ、木に刺さった首斬り包丁に乗り、小隊の前に姿を現す。

 

「まさか、てめぇがいるとはな、カカシ! お前が相手じゃ鬼兄弟の奴等では勝てないのも無理はねぇな」

「へぇ〜、こりゃあ、こりゃあ。霧隠れの抜け忍・桃地再不斬くんじゃあ、ないですか〜」

 

気の抜けた返答をするカカシ。

だが、そこには一部の油断もなく、再不斬を警戒して見ている。

 

「お前達、卍の陣でタズナさんを守れ! 戦闘には参加するな! それがここでのチームワークだ……」

 

そこでカカシは一度言葉を切り、左目を隠していた額あてに手をあて、

 

「お前相手にこのままではちと厳しいか……」

「ほぉー、早速うわさの写輪眼を見せてくれるのか……」

 

写輪眼という単語に、タズナの護衛をしながらサスケが反応する。

それも無理のない話で、本来、写輪眼はうちは一族の一部の者にしか使えない憧術であり、うちは一族ではない者が持っているのはおかしいからだ。

うちは一族の殆んどがこの世から去った今、その眼を持つカカシは数多くの忍からマークされている。

そして、憧術使いは全て観察眼に優れているが、写輪眼の恐ろしさはそれだけではない。

写輪眼の本当に恐ろしいところ。

それは一度見た術をコピーしてしまうところだ。

その憧術を持つが故にカカシは木の葉一の業師、コピー忍者のはたけカカシと各国で恐れられているエリート忍者なのだ。

 

「忍法・霧隠れの術」

 

再不斬は予め準備していた周囲の水分に、更にチャクラを練り込み、霧を濃くしていく。

 

「お前ら、油断するなよ! 相手はあの無音殺人術の達人、桃地再不斬だ。呼吸一つで相手の位置を完璧に把握し、殺しにくる。オレも写輪眼を完璧に使いこなせるわけじゃないからな……ま、駄目でも死ぬだけだがなぁ……」

「先生、そんな呑気な!」

「あのね、サクラ。今の先生の話聞いていたのかい? この状況で何で口を開くの? 顔はブサイクだけど頭だけはそこそこ良いのがキミの取り柄じゃなかったのかい? これじゃあ、良いところが一つも……」

「あんたが一番うるさいわよ! サイ!」

「クククク……餓鬼のお守りは大変そうだなカカシ! 優しいオレがお前の負担を減らしてやろうか? 誰から殺して欲しい?」

 

再不斬の殺気がどんどん膨れ上がり、タズナは勿論、下忍の三人も呼吸すらままならなくなる。

そんな三人に振り向き、この状況ににつかわない笑顔で、

 

「安心しろ、サスケ、サクラ、サイ。お前達はオレが死んでも守ってやる。オレの仲間は絶対、殺させやしないよ……」

 

カカシの言葉で極度の緊張が解ける三人。

だが……

 

「それはどうかな?」

 

再不斬は既に四人の後ろに立っており、タズナを含めた四人を首斬り包丁で切り落とすモーションに入っていた。

その動きを写輪眼の洞察眼で見抜き、カカシが全員を突飛ばし、再不斬にクナイを突き刺す。

が、それは再不斬の実体を作る水分身であり、カカシの後ろから現れたもう一人の再不斬がカカシを切り落とす。

 

「カカシ先生ー! 後ろ!」

 

サクラが叫ぶが間に合わず、カカシは真っ二つになり……水へと還る。

 

(なに!? 水分身だと!? この霧の中で既に術をコピーしていたというのか……)

 

一瞬の思考。

その隙を写輪眼のカカシが見逃すわけもなく、再不斬の後ろから首へとクナイを突きつけ、

 

「……終わりだ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

参上!うずまきナルト

「くくく、終わりだと? わかってねぇな……猿真似ごときじゃあ、この俺様は倒せない、絶対にな!」

「ちっ!」

 

クナイを首に突きつけられた状況で、なお余裕の態度を見せる再不斬に警戒するカカシ。

 

「ククククク、しかしやるじゃねぇか、カカシ。あの時既にオレの水分身をコピーしていたとはな。分身の方にいかにもらしい台詞を吐かせて、オレの注意を引き……さらに本体は霧隠れの術をコピーして、オレの動きを探っていたわけか……けどな……」

 

再不斬がそこで言葉を区切り、

 

「オレもそう甘くはねぇんだよ!」

 

そこでカカシは漸く気付く、目の前の再不斬も水分身なのだと。

すぐさまクナイで切り、水分身を倒すが、ここで初めて本体の再不斬がカカシの前に現し、首斬り包丁で襲いかかる。

その大きな大剣を軽々と振り回し、一閃。

カカシは何とかその斬撃を避けるが、体勢を崩し、そこにすかさず再不斬の蹴りが入る。

 

「ぐぁっ!」

 

蹴り飛ばされたカカシは、一度体勢を立て直そうと水の中に飛び込む。

しかし、それは再不斬相手には悪手過ぎる手だった。

 

「何だ、この水? やけに重いぞ……」

「ふん、バカが! 水牢の術!」

 

予め水にチャクラを練り込んでいた再不斬はそれを利用し、カカシを水の牢獄へと捕縛した。

しまった!? と自分の迂闊さを嘆くカカシだが、後の祭りだ。

 

「さて、カカシ。お前との決着は後でつけるとして、まずはタズナと餓鬼どもを殺らなくてはな。水分身の術!」

 

再不斬は片手で印を結び、水分身を作りだす。

このままでは全滅だ。

それだけは避けなければと、カカシは大声を上げる。

 

「お前ら、なにボサっとしてやがる! タズナさんを連れて早く逃げろ!」

 

確かに下忍の三人では逆立ちしても上忍の再不斬には勝てない。

だが、それは逃げることすらできないという意味だ。

だったら、俺たちが生き残るにはカカシを助け出すしかない。

そう結論づけ、再不斬の水分身に攻撃を仕掛けるサスケ。

だが、勝てないものは勝てない。

あっさりと水分身の再不斬に捕まり、地面に叩きつけられる。

 

「くそっ!!」

 

再不斬がそのままサスケの頭を踏みつけ、首斬り包丁で切りつけようとした時、

 

「忍法・超獣偽画!」

 

サイが所持していた巻物に二匹の獣の画を描き、その獣が現実となって、

バシャッ!

水分身を噛み消す。

それを見た再不斬は一言。

 

「ほぉー、なかなか優秀な餓鬼がいるじゃねぇか、カカシ!」

 

カカシも水牢の中からその様子を見て驚く。

急遽、第七班に加わったサイが演習の時に手を抜いていたのはわかっていたが、まさか水分身とはいえ再不斬に抗えるほどの強さを持っているとは思ってもみなかった。

サイは感情の込もらない顔で、

 

「確かに本体の相手は無理だけど、水分身くらいなら僕には殆んど通用しないよ再不斬」

「この餓鬼!」

 

再不斬はこのままではいい的になるだけなのを悟り、水牢の術を解き、カカシとサイから距離を取る。

自由になったカカシが再不斬と部下の間に立ち、

 

「よくやったぞサイ! 正直言って助かった」

「いえ、上がだらしなければ、下がしっかりするしかありませんから」

「はははは……じゃあ、少しはオレもいいところを見せますか」

 

サイとサクラが既にタズナの近くにいるのを見て、サスケは悔しそうにしながらも護衛に戻る。

それを見たカカシは再び視線を再不斬に向け、

 

「さて、言っておくが再不斬、オレに二度同じ術は通用しないぞ! どうする?」

「ふん!」

 

再不斬は写輪眼を相手に正面からの近接戦闘はまずいと距離を取り、忍術を繰り出そうと印を結ぶ……が、

 

「「丑 申 卯 子 亥 酉 丑 午 ……」」

 

カカシまでもが再不斬と全く同じ動きをする。

そして、

 

「「未 子 丑 申 酉 壬 子 亥 酉!!」」

 

ほぼ同時に術が発動する。

 

「「水遁・水龍弾の術!!」」

 

次の瞬間。

水面から現れた二匹の龍が踊り争う。

両者は全くの互角の勝負をして、最後に再び水へと還っていった。

 

(どうなっていやがる? 写輪眼は一度見た、相手の術をコピーする能力のはず。

だが、今のは初見なのにほぼ同時に術が発動してやがった……コイツ……)

 

「胸糞悪い目付きしやがってか?」

 

(なに、オレの心を先読しやがっただと!? 駄目だ、このままでは奴の術中にハマってしまう……早めにけりをつけねぇと!)

 

「ふん所詮はコピー、二番煎じだ!「お前はオレには勝てねぇよ! 猿野郎!」」

 

術だけでなく、体の動き、台詞までもコピーして再不斬の心理を揺さぶるカカシ。

そこで、隙ができた再不斬を写輪眼で幻術にかけ、印を聞き出し、完全に先を超す形で再不斬の術をカカシが発動する。

 

「水遁・大瀑布の術!!」

 

突如。

大きな水流が再不斬を襲う。

いくら水を用いた闘いを得意とする再不斬でも、これほどの水遁には抗いようがなく、そのまま抵抗虚しく押し流され、木に激突したところに四肢の関節を狙うカカシのクナイが再不斬の体に突き刺さる。

 

「……なぜだ、お前には未来が見えるのか?」

「あぁ……お前は死ぬ!」

 

これは本気で殺られる。

再不斬がそう覚悟を決めそうになった時、

 

「つぅああらぁああ!」

 

およそ忍らしくない声を上げながら、ナルトがカカシに蹴りを入れに来た。

それを難なく防いだカカシは反撃することも考えたが、再不斬の増援である以上油断はできない。

万が一のことを考えて、一度距離を取った。

そこで、自分に蹴りを入れようとした相手に目を向ければ、まるっきり予想外の人物が視界に入り、あのカカシが一瞬とはいえ完全に無防備になる。

その隙にお面を着けて現れたハクが、再不斬の体に刺さったクナイなどを抜き、救出に成功する。

 

「やいやいやいやい、てめぇら随分と好き勝手やってくれたなぁ! オレが来たからには、てめーらなんか、こてんぱんのけちょんけちょんにのしてやる!」

 

(この子は九尾の、ミナト先生の……

木の葉からいなくなったのは火影様から聞いていたが、まさか再不斬達と一緒にいたなんて想定外もいいところだぞ)

 

「あ〜、お前、何で……」

「ナルトくん、ここは引きます!」

 

カカシがナルトに話しかけようとしたのを遮り、ナルトに撤退を促すハク。

 

「何で逃げなきゃなんねぇんだ! 再不斬も業頭も冥頭もコイツらにやられたんだぞ! やり返さなきゃ気がすまねぇってば「ナルトくん!!!」

 

ハクがナルトの言葉を遮り、叫ぶ。

再不斬も心配な上に、このまま闘ったとしても勝てる可能性が低いと考えたからだ。

いつも優しいハクのあまりの剣幕にナルトは、

 

「わかったってばよ……」

 

と、撤退の意思を示した。

だが、目の前のナルトをカカシが見逃すわけもなく、一歩踏み出そうとした時。

 

「忍法・超獣偽画!」

 

カカシの後ろまで来ていたサイが、再不斬やハクでもなく、ナルトに向かって術を発動する。

 

「待て、サイ!」

 

カカシはサイを止めようとするが、写輪眼の使い過ぎでチャクラも殆んど残っておらず、止めることができない。

まずいと思ったが、術を向けられたナルトは不敵な笑みを浮かべながら、応戦する。

 

「多重影分身の術!」

 

十数人のナルトが二匹の獣に近づき、一斉に飛びかかることで動きを止める。

更に、本体のナルトは印を結び、

 

「分身・大爆破の術!」

 

分身達に予めつけておいた起爆札を起動して、自らの分身ごと爆発させた。

 

起爆札によって発生した煙が消えた頃には……ナルト達もその場から消え去っていた。

 

 

カカシは先ほどまでナルトが立っていた場所を見て、顔を曇らせる。

 

「カカシ先生、今のはナルトでしたよね? 前まで同じアカデミーにいた……」

「ナルトがなぜ再不斬達と一緒にいやがる!」

 

ナルトと面識のあるサクラとサスケは困惑の表情でカカシに問いかける。

 

「そう……だな……間違いなくナルトだった。再不斬といい、ナルトといい、どうにもとんでもない任務を引き受けてしまったようだな、俺達は……」

 

(最後に現れたお面の子も声や背丈からして、サスケやサクラと大して変わらない年頃だろうに、かなりの身のこなしだった。ただのガキじゃないね……それに)

 

カカシはサイの方へと視線を向ける。

弱った再不斬ではなく、ナルトに対して攻撃をしていたサイには明らかに何らかの目的があるように思えてならなかった。

 

(こっちもただのガキじゃないね、どうも……)

 

そこまで思考を巡らしながら、カカシを突如地面に倒れてしまう。

 

「カカシ先生!?」

 

心配して駆けよってくる下忍達。

 

「あ〜ぁ、すまん。写輪眼の使い過ぎだ……オレはしばらく動けないから、あとはよろしく〜」

 

そういって静かに眠りについた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ライバル宣言!サスケはオレが倒す!

「あっ! カカシ先生、目を覚ましたのね!」

 

再不斬との闘いの後。

倒れていたカカシが起きたのにサクラが気付き、サスケとサイも部屋へとやってくる。

 

「あ〜、すまなかったな、お前達……」

「全くよ! 写輪眼って凄いけど、使った後、こんなに寝込んじゃうんだったら考えものよね……」

「サクラみたいに、24時間いつでも役に立たない犬の糞のような人間よりはカカシ先生の方がよっぽど心強いけどね」

「サイ! あんた誰が役立たずですってぇ! っていうか、レディーに向かってなんてこと言うのよ!」

「あはははは……」

 

と、すっかりお気楽ムードだが、いつまでもこのままではいけない。

 

「カカシ、これからどうする?」

 

今まで黙っていたサスケが口を開く。

再不斬にナルト、カカシが寝込んでいる現状などなど今回の任務の問題は山積みである。

 

「ん〜、そうだな〜取り敢えず、お前達には今から修行をしてもらう」

 

と言うカカシの発言に、サクラは信じられないという声音で、

 

「修行ですって! 何言ってるのよカカシ先生! 相手は写輪眼のカカシ先生が苦戦するほどの忍者なのよ! 私達が修行なんかしたって勝てるわけないじゃない!(私達を殺す気か!

しゃんなろーー!!)」

「サクラ、そのオレを救ったのは誰だ?」

「そ、それは……」

 

と、カカシ、サスケ、サクラの三人がサイを見る。

 

「いやーこれで僕も一躍、第七班のヒーローですかね?」

「ちっ!」

「誰がヒーローよ! 誰が!」

 

はしゃぐ部下達を見ながら、カカシはサイに単刀直入に尋ねる。

 

「サイ、お前はアカデミーに通っていなかったが、火影様の推薦もあり、急遽第七班に加わった。だが、ただのガキがそんな推薦を受けるわけがない。お前は元暗部の忍だった……そう考えていいのか?」

「えっ!?」

「暗部だと!?」

 

今度は戸惑いも含んだ視線がサイに向けられる。

 

「いやー、それは少し違いますよ、カカシ先生」

「なに?」

「確かに僕は暗部に入るため、ダンゾウ様から手解きを受けていましたが、あくまでも手解きまでです。実際、僕のレベルは精々が中忍クラス。嘘だと思うなら帰ったあと火影様にでも聞いて下さい」

「なるほど……ダンゾウ様に手解きを受けていたわけか……どおりで初めての実戦であそこまで動けたわけだ……(そうなるとサイはダンゾウの手の者ということになる。狙いはナルトの九尾か、それともサスケか?)」

 

カカシとサイの話を横で聞いていたサスケとサクラはサイが中忍クラスだと聞いて驚いている。

だが、カカシはサイが真っ先にナルトを攻撃したのを思い出し、まだ裏があるなと考えていた。

 

「今回、オレ達の任務は橋造りを終えるまでのタズナさんの護衛だった……ここまではいいが、今は更にもう一つ問題が発生している」

「ナルトか……」

「そうよ、カカシ先生! 何でナルトの奴が再不斬達と一緒にいたのよ!」

「んー、本来なら極秘事項だったのだが姿を見てしまった以上仕方ない。実はな、ナルトは先日里を抜けていたんだ……」

「里を抜けただと?」

「どうしてナルトが里を抜けたりなんかするのよ!」

「ん〜、そこは色々あるのよ、色々ね!」

「色々って!」

 

カカシはサクラの追及をかわし、第七班に任務の追加を命ずる。

 

「そして、ここからが重要な話だが、できれば今回の任務でタズナさんの護衛だけでなく、ナルトの捕縛もしておきたい。木の葉の里に連れて帰るためにな……」

 

と、いうカカシの言葉に、サスケとサクラは、

 

「ふん、あのウスラトンカチが」

「本当に面倒な奴ね! アイツ!」

 

カカシは最後にサイを見ながら、

 

「サイ、お前もそれでいいな……」

「わかりましたカカシ先生」

 

と任務を言い渡した。

 

 

話し合いの後、第七班の四人はタズナの家から少し離れた森まで来ていた。

 

「それでカカシ、どんな修行をやるんだ?」

「ん? それはな……木登り」

 

サスケの問いに答えたカカシに、今度はサクラが首を傾げる。

 

「はぁ? 木登り?」

「ま、お前達に今さらチャクラがどうのこうのの説明は必要ないだろうから、まずはオレが手本を見せる」

 

そう言ってカカシは、まだ松葉杖が取れない体で木に登って行く。

手を使わず垂直に。

 

「「なっ!?」」

 

それを見て少し驚くサスケとサクラ。

 

「足の裏は一番チャクラコントロールが難しい箇所だと言われている。つまり、この修行を極限までに極められればどんな忍術でも会得できるようになるわけだ……理論上はな……」

 

木にぶら下がったままカカシは三人の足下にクナイを投げつけ、

 

「初めは走って勢いをつけて登ってみろ! 限界だと思ったらそこにクナイで目印をつける。そして次はその目印より上へ登れるようにしろ!」

 

こうして第七班の決戦へと向けた修行が開始された。

 

 

 

深い森の中。

再不斬達のアジトでは、カカシとの戦闘で傷を負った再不斬をベットに寝かし、ハクとナルトが看病していた。

 

「再不斬さん、お身体の方は大丈夫ですか?」

「あぁ、問題ない。あと二、三日もすれば動けるようになるだろう……」

「それは良かったです。ですが、今回はあなたでも、僕とナルトくんがいなければ殺されていた可能性が高かったですね……」

「ふん……」

「次はいけますか?」

「あぁ、次なら写輪眼を見切れる」

 

と、そこで、

 

「あのさ、あのさ、次もあいつ等と戦うことになるんだよな?」

 

今まで珍しく静かにしていたナルトが会話に加わる。

再不斬は目線だけをナルトの方に向け、

 

「あぁ、間違いなくそうなる。ハクから聞いたが知り合いがいたんだってな。まさか今更怖じけずいたか?」

「……違うってばよ」

「だったらなんだ?」

「サスケ……」

「あ?」

「サスケの相手はオレに任せてくれ!」

「なんだと!?……あの弱い黒髪の奴か?」

「サスケは……あいつは弱くないってばよ! たぶん次に会う時は今より強くなってる……あいつはオレが倒さなきゃいけねーんだ!」

「…………」

 

再不斬はナルトの話を聞きながら、お互いの戦力を考える。

 

「何か訳ありか?」

「あいつはオレのライバルなんだってばよ! あいつはオレがやる!」

 

少し悩む素振りを見せてから、再不斬はハクの方に顔を向け、

 

「…………ハク、お前はナルトの意見をどう思う?」

「僕は再不斬さんの道具です。あなたの意見に従います」

「そうか……いいだろう。ナルトやってみろ!」

 

再不斬の返事を聞き、ナルトは顔を喜ばせる。

アカデミーの時とは違う自分をサスケに見せつけることができる。

そう思いナルトはガッツポーズをして、

 

「さすが再不斬! よくわかってるじゃねぇか!」

「ふん、鼻息を荒くするのはいいが、ちゃんと勝算はあるんだろうな?」

「へへへへ、あるんだな〜これが♪」

「ほうー、どんな勝算なんだ?」

「それはまだできてないから内緒だってばよ! でも今凄い新術を覚えているところなんだ!」

「新術だぁ?」

 

何だそりゃあ? という顔をする再不斬。

だが、ハクはそこで一つのことを思い出し、

 

「それって、昨日の水風船が関係しているのですか?」

 

ナルトは昨日から九尾にアドバイスを受けた通りに螺旋丸の修行に入っていた。

ハクにも詳しくは説明していないが、術の修行に必要な物だけを頼み、手伝ってもらっていたのだ。

 

「ふん、ちゃんと使える忍術なんだろうな?」

「そこは心配ねぇよ再不斬! 何せ、とうちゃんの術だからな!」

「なんだと!?」

「ナルトくん、そんな術の修行をしていたのですか!?」

「えへへへへ」

 

四代目火影の遺産忍術だと聞き、再不斬とハクは驚く。

まさか、飛雷神以外にも奥の手を隠し持っているとは思ってもいなかったからだ。

まだ、どちらも会得していないので、正確には奥の手には数えられないのだが。

 

「いいだろう……ナルト、一週間お前にやる。その間に新術を会得しろ! もしできなければ、今回の任務はオレとハクだけで行く」

「へっ! 余裕だってばよ! 新術何かあっという間にマスターしてやる!」

「言ったな餓鬼!」

「まっすぐ、自分の言葉は曲げねぇ! それがオレの忍道だ!」

 

ハクはそんな二人のやりとりを微笑みながら見ていた。

 

こうして、再不斬達も決戦へと準備を始めていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

希望という名の橋

クレーンの駆動音や釘を打ちつける音が、絶えず響き渡る大橋造りの現場。

休養をしているカカシや木登りの修行をしているサスケとそれに付き合っているサイの代わりに、第七班の紅一点。

春野サクラはタズナの護衛に付いていた。

 

「ふぁあああぁ〜」

 

と口を大きく開け、欠伸をしながら……

暖かい陽気の中、少し気の抜けたサクラに、タズナが言った。

 

「一人で暇そうじゃな? あのスカした小僧と超口の悪い小僧はどうした?」

「木登りの修行中」

「お前はいいのか?」

「私は優秀だから。カカシ先生がおじさんの護衛をしろって」

「……本当か?」

 

サクラの返答をいぶかしむタズナ。

そんなタズナに作業仲間の一人、ギイチが声をかけてきた。

 

「なぁ、タズナ……」

「どうした? ギイチ」

「あぁ……色々考えたんだが、橋造り……オレ降ろさせてもらっていいか?」

「何でじゃ!? そんな急に! お前まで!」

「タズナ、お前とは昔ながらの縁だ。協力はしてやりたいが、これ以上無茶やれば俺達までガトーに目を向けられちまう……それに、お前が殺されてしまえば、元もこもねぇ……ここらでやめにしねぇか……橋造りも……」

 

そんな話を聞きながら、サクラはただ黙るしかなく耳を傾ける。

だが、タズナは違う。

 

「そうはいかねぇよ。この橋はわしらの橋じゃ! 資源の少ない超貧しい波の国に物流と交流をもたらしてくれると信じて、町のみんなで作ってきた橋じゃ!」

「けど! 命までとられたら……」

「もう、昼じゃな……」

「タズナ!」

「ギイチ……次からはもう来なくていい」

 

 

泥棒ー! と子供を追いかける大人。

何でもやりますという看板を抱えた人達。

ただただ座り込む人々……

 

サクラは夕ご飯の買い物に来ていたタズナの護衛に町まで来ていた。

 

「なんなのこの町……」

 

今まで一般家庭で裕福ではないにせよ、普通に育ってきたサクラにとって、波の国の現状は衝撃をうけるものだった……

 

「どうなってんの、この町……」

「ガトーが来てからはこのざまじゃ。ここでは大人達はみんな腑抜けになっちまった……」

「タズナさん……」

「だから今あの橋が必要なんじゃ。勇気の象徴! 無抵抗を決め込んだ国の人々にもう一度逃げない心を取り戻させるために……

あの橋さえ、あの橋さえできれば、町はまたあの頃に戻れる、みんな戻ってくれる!」

 

途中から拳を握りながら、そう強く語るタズナに、サクラは今回の任務の重要性を感じていた。

 

 

買い物から帰ってきたサクラは、修行を終えたサスケと合流し、タズナの家でみんなでの夕食をとることになった。

そして夕食後、ずっとある物を見ていたタズナの孫、イナリの様子が気になりサクラが尋ねる。

 

「あの、何で破れた写真何か飾っているんですか?」

 

その言葉をきっかけに、かつて波の国の英雄と呼ばれた男の話を聞くことになった第七班。

その英雄は血の繋がらないイナリの父親でタズナの娘であるツナミの夫である男だった。

 

名をカイザという。

 

その男は波の国で「男なら後悔しない生き方を選べ! 自分にとって本当に大切なものは辛くても悲しくても頑張って頑張って、例え命を失うようなことがあったって、この両腕で守り通すんだ!」と、いかなる時でも波の国の人達の助けになり、英雄と呼ばれていた男だった……

 

ガトーに目をつけられるまでは……

 

ガトー達は波の国を乗っ取りにきた時、町の人達の心を折るために、最初にカイザを捕まえて……公開処刑を行ったのだ……

 

その話を聞き、第七班の一員は暗い表情をしながら、何も言えなかった。

 

 

 

「はぁああああああ!!」

 

いつもの修行場所でナルトは水風船を片手に持ちながらチャクラを放出し、もう片方の手で乱回転するようにチャクラを練っていた。

最初は飛雷神の術と平行して覚えようとしていたナルトだが、飛雷神の方はまだまだ会得できる兆しがなく、時間制限もあるので、螺旋丸だけに集中することにしたのだ。

 

そして九尾やハクの助言のもと、ついに……

 

バンっ!

 

と水風船が木っ端微塵に割れたのであった。

 

「いっよっっしゃあああぁぁああ!! 割れたってばよ! ハク! 見てたか! 見てたよなぁ!! あははは!!」

「はい! ついに修行の第一段階クリアですね! ナルトくん」

 

ハクの手を取り、おおはしゃぎするナルト。

そんなナルトに少し困りながらも一緒に喜ぶハク。

 

「よ〜し、このまま次の修行に入るってばよ! 九尾にアドバイスもらって来るから、ちょっとだけ待っててくんない?」

「はい、それは構わないのですが……その前にナルトくんに一つ聞いておきたいことがあるんです」

「オレに聞きたいこと? 聞きたいことってなんだってばよ?」

 

首を傾げるナルトの目を真っ直ぐ見て、ハクはナルトに尋ねる。

 

「ナルトくんは何で、こんなにボロボロになってまで修行なんかをするんですか?」

「えっ? そりゃあ、強くなりたいからだけど……」

「でも、ナルトくんは今でも十分強いですよね?」

「ダメダメ! オレってば、もっともっと強くなりてぇの! というか、オレより強いハクに強いって褒められても……」

「……それは何のために?」

「それは……オレがとうちゃんより凄い忍者になりたいから! あと、今はサスケをぶっ飛ばすためかな?」

「それは誰かのためですか? それとも自分のためですか?」

「…………ん?」

 

問いかけにさらに首を傾げ、眉間にシワをよせているナルトを見て、ハクは少し笑う。

 

「な、何が可笑しいんだってばよ!」

「ナルトくん、キミには大切な人がいますか?」

「大切……? 何が言いたいんだハク?」

「僕は昔、ナルトくんと同じように自分の村の人に殺されそうになった経験があります」

「えっ……!?」

「九尾の力ほどではありませんが、今まで修行で何度か見せたように、僕には血継限界という力があります。その力を持っていることが知られて、村の人達が僕を殺そうとしたのです。ナルトくんなら何となくわかりますよね……」

「そ、そりゃあ……うん……」

「僕はどこに行けばいいのかわからず、いろんな所をさ迷っていました。残飯を漁っていた時期もあります。そんな時です、僕が再不斬さんと出会ったのは……」

「…………」

「ナルトくん、僕は再不斬さんの夢を叶えたい。それが僕の夢なんです……」

「……ハク」

「もう一度聞きます。ナルトくんはどうして強くなりたいのですか?」

「そ、それは……」

 

ハクはナルトの目を正面から真っ直ぐに見て語りかける。

本当に大切なことを伝えているのだと伝えるために……

 

 

「人は……大切な何かを守りたいと思った時に 本当に強くなれるものなんです。」

 

「大切な何かを守りたい時……」

 

 

『ワシをまた封印する気か!? しかもあんなガキに!!』

産まれたばかりのナルトに、爪を突き立てようとする九尾。

それを身体を張って止める四代目火影とクシナ。

身体を貫かれながも封印の鍵を用意して、別れの挨拶をするナルトの両親。

「ナルト…これからつらい事…苦しい事も……いっぱいある……自分を…ちゃんと持って、そして夢を持って、そして夢を叶えようとする自信を持って……!」

 

四代目火影に見せてもらった自分が産まれた日の事を思い出すナルト。

 

 

「……うん、それはオレも、よくわかるってばよ!」

 

笑顔で応えるナルト。

そして、今度は自分からハクへ問いかける。

 

「でもさ、ハク。それだと再不斬はどうなんだってばよ?」

「えっ? 再不斬さんですか?」

「ハクが再不斬のこと大切だから夢を叶えてやりたいのはわかる。けど、再不斬は何のために闘っているんだ?」

「そ、それは……再不斬さんの道具である僕には必要のない答えです」

 

その言葉を聞いて、ナルトは素早く立ち上がり、ビシっと指を突き付け、

 

「それだっ! 前々から言おうと思ってたんだけど道具ってなんだよ! 再不斬だってハクのために頑張ってるんじゃないのか? 大切な人を道具呼ばわりするなんて、おかしいってばよ!」

「ナルトくん、それはいいのです。僕は再不斬さんの道具であることに自分の存在価値を持っているのですから……」

「人は本当に大切なものを守る時、強くなるんだろ? もし、再不斬がお前を大切にしてないなら、再不斬は強くないってことになるぞ! いいのか! それで!」

「!?……それは……」

 

その矛盾に言葉を詰まらせるハク。

いきなりうつむき顔を曇らせるハクを見て、言い過ぎたと悟り、ナルトは慌てて話を方向転換させる。

 

「ま、まぁ……そんな難しい話はあとで考えるとして……今は修行を進めねぇといけないよな! ハク、また手伝ってくれってばよ!」

「ええ、もちろんです。」

 

 

二人が修行を再開するのを見て、今まで木の陰からこっそり様子を見に来ていた再不斬は静かにアジトへと戻って行った……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

橋上決戦!写輪眼再び!

再不斬とカカシの戦闘から一週間が経過し、ナルトの修行成果を確認する時がやってきた。

 

「で、ナルト。術の方は会得できたのか?」

 

という再不斬の一言に、ナルトは少しバツの悪そうな顔で言った。

 

「う……それが、もう一歩のところです……でも、でも、今でも十分使えるんだってばよ! だからサスケは……」

「わかった……お前もオレ達と一緒に来い」

「だから、サスケは……って、いいのか? まだ術、マスターしてないのに!?」

 

まさか許可が下りるとは思っていなかったナルトは、再不斬に目をキラキラさせながら問う。

 

「ふん、そもそもそんな術なんかなくたって、お前はオレ達が鍛えてきたんだ。サスケとかいう小僧に負けるわけがないだろう?」

「イエス、イエス、イエス! よくわかってんじゃねぇか、再不斬!」

 

参戦できることに喜ぶナルトに、ハクも一言。

 

「よかったですね、ナルトくん」

「ああ! ハクもずっと修行に付き合ってくれて、ありがとうな!」

 

ナルトの参戦が決まり、再不斬達は決戦へと向かう。

 

「それじゃあ、行くか!」

 

 

タズナが毎日橋に来ていることは知っていたので、再不斬達は待ち伏せも兼ねて、小舟で直接橋まで移動することにした。

濃い霧の中を進み、橋まで来たはいいが、チラホラと大工の姿は見えるものの、肝心のタズナがいない。

ターゲット以外は無駄に殺すつもりもなかったのだが、闘いの場にいられると邪魔になる。

手っ取り早く、橋にいた大工達を蹴散らす再不斬。

 

「ひ〜、化け物!」

 

一目散に逃げて行く大人達。

 

「手加減してやってるのに酷い言いぐさじゃねぇか。なぁ、ハク、ナルト」

「まぁ、仕方ないですよ再不斬さん」

「そうだな……」

「お前達まで酷いな……」

 

そんな無駄話をしていた時、漸く目当ての連中がやってきたのを再不斬はその優れた聴力で聞き取る。

 

「ハク、ナルト。カカシ達が来た……まずはオレから仕掛ける」

「「了解!」」

 

言うや否や、再不斬が印を結び、術を発動する。

 

「忍法・霧隠れの術」

 

ただでさえ濃い霧に加えて、再不斬は更に周囲の視界を白く染めていく。

そして、水分身を発動し、いつものようにやって来たカカシ、サスケ、サクラ、サイ、タズナを囲むように待機させる。

どれくらい相手が強くなったかを確める作戦だ。

 

「ん? この霧! サスケ、サクラ、サイ来るぞ!」

「カカシ先生! この霧って!」

「あぁ、どうやらお出ましのようだ!」

 

カカシ達が卍の陣でタズナを守るように立つ。

 

「待たせたな、カカシ。相変わらずそんな餓鬼を連れて……また震えてるじゃないか、可哀想に……」

 

再不斬の水分身達が、そこでカカシ達の視界に入る。

様子を伺う再不斬。

それにサスケは……好戦的な顔を浮かべる。

 

「ふん」

「ん?」

「武者震い……だよ」

「やれ、サスケ」

 

カカシの合図のあと、再不斬の水分身が一斉に襲いかかるが、初めての時とは違い、この一週間修行してきたサスケにはその動きが全て見えていた。

周囲を囲んでいた全ての水分身をサスケはクナイで切り裂き、水へと還す。

 

「ほお……水分身を全て見切ったか……あの餓鬼、結構成長したな。さすがお前のライバルと言ったところか、ナルト」

 

再不斬、ハク、ナルト、カカシ、サスケ、サイ、サクラ、タズナ。

全ての役者が勢揃いする。

 

「あ〜らら、ナルト、お前はやっぱりそっち側につくのね」

 

開口一番のカカシの発言に、何言ってんだ? コイツ? と思ったナルトは、

 

「当たり前だってばよ! 変な髪型しやがって、何言ってんだ? お前!」

 

そのまま言葉を口にした。

が、それに今度はサクラが言い返す。

 

「何言ってんだはこっちの台詞よ! ナルト!

あんた里を抜けたりなんかして、なにしちゃってんのよ! いたずらじゃあ、すまないわよ!」

「サ、サクラちゃん……」

 

カカシ相手にはすぐに反発したが、サクラには今だに少し弱いナルトであった。

そんなやりとりのあとサスケはふん、と鼻を鳴らし、

 

「このウスラトンカチが、そっち側についたからには覚悟はできてるんだろうな?」

「はあ? 覚悟?」

「オレがてめぇのライバルだと? 里を抜けて頭までおかしくなったか?」

 

余裕の態度で対応するサスケ。

だが、それはナルトも同じであった。

 

「サスケ、お前の方こそ覚悟はできてんだろうな! アカデミーにいた頃のオレと一緒だと思ってたら大怪我するぞ〜」

「ふん、ウスラトンカチが相変わらずデカイ口たたきやがる」

 

サスケはカカシの方へと目線を向ける。

始めていいか? と……

それに頷きで返事を返すカカシ。

 

「カカシ、そんな餓鬼にまで闘わせるつもりか?」

「餓鬼だ餓鬼だと、うちのチームを舐めてもらっては困るねぇ。こう見えてもサスケは木の葉の里のNo.1ルーキー、サクラは里一番の切れ者、そしてもう一人は現ルーキー、一番のダークホース・サイ。悪いけど、うちのチームがたかが抜け忍の寄せ集めに負けるとは思えないねぇ」

 

再不斬を挑発するカカシ。

その挑発にのるかのように、再不斬はナルトへ顔を向ける。

力強い自信に満ちた目で、それに応えるナルト。

 

「ふん、いいだろう! ナルト行け!」

「あぁ、暴れてやるぜ!」

 

次の瞬間。

ナルトとサスケが同時に駆け出す。

 

ナルトが拳を握りパンチを繰り出すが、サスケはそれを片手で防ぎ、空いた片方の手で殴り返そうとする。

しかし、ナルトはそれを避け、さらにサスケが突き出した手を足で踏み、後方へジャンプしながら手裏剣を投げつける。

サスケはその攻撃を全てクナイで弾き、そのままお返しとばかりに、今だ空中にいるナルトへクナイを投げつける。

そこで、

 

「影分身の術!」

 

ナルトは身動きのとれない空中での攻撃に対応するため、影分身を二体作り出し、そのうちの一体でクナイを防ぐ。

そして、その分身に起爆札を張り付け、そのままサスケへと投げ、

 

「分身・大爆破の術!」

 

サスケはそのナルトの攻撃を一度見ていたため、避ける必要があるとすぐに判断し、修行の成果を思い出す。

 

(足にチャクラをためて一気に放つ!)

 

スピードを上げたサスケはナルトの爆破攻撃を避けた……ように見えたが、それは煙に紛れながらサスケに近付いて攻撃するためのナルトの布石であり、爆破を逃れたところを本体のナルトと分身ナルトが襲いかかる。

何とか分身ナルトの方は撃退したサスケだが、その時に隙が生まれ、

 

「くらいやがれ!」

 

ナルトの蹴りがサスケの顔面に入り、サクラやタズナのいる方へと蹴り飛ばされる。

 

「ぐっ!」

「サスケくん!?」

「超反撃されて、攻撃がヒットしたわい!」

 

再不斬はその攻防を見て、ハクに指示を出す。

 

「よし、あのサスケとかいう餓鬼はナルトに任せる。ハク、お前はあの絵描き野郎の相手をしろ」

「わかりました。再不斬さん」

 

サイはサスケが蹴り飛ばされたのを見て、援護に向かおうとしていたところ、

ザッ ザッ ザッ、と千本の洗礼を受ける。

サイは、ハクに投げつけられた複数の千本を回避するため、逆に距離を取らされながら、

 

「僕の相手はあなたということですか?」

「ええ……悪いですが、あなたにナルトくんの邪魔はさせません」

「悪いと思っているのなら退いて欲しいなぁ」

 

というサイの言葉には返事をせず、ハクは自分のとっておきの印を結ぶ。

 

「あなたはなかなか厄介な術を使いますからね……最初からこちらも全力で行きます!」

 

ハクの体からどんどん冷気が溢れ出し、彼だけに許された奥の手を発動する。

 

「秘術・魔鏡氷晶!!」

 

鏡の世界。

突如現れた無数の氷の鏡が、ハクとサイをドーム状に囲む。

 

 

その術を見たカカシは驚きの声をあげる。

写輪眼を持つがゆえに忍術はそこそこできる方だと自負していたカカシでさえ、見たことも聞いたこともない術であった。

それに再不斬が薄く笑みを浮かべ、

 

「あの術が出たからには、もうあの餓鬼は終わりだな。ナルトの方もこちらの方が一枚上手と見て間違いないだろう。ククククク、どうやら舐めていたのはそっちの方だったようだな、カカシ!」

「くそっ!」

 

(ハクって子の術はオレでさえ得体が知れない上に、ナルトの実力はサスケと同等……いや、再不斬のいうとおりナルトの方が僅かに上か……どうする……)

 

カカシが思考を巡らしている間に、ハクとサイの戦闘も始まる。

 

「う、ぐわああああああ」

 

だが、それは戦闘と呼べるものではなく、一方的な闘いだった。

サイの悲鳴が響き渡り、どんどん傷ついていく。

 

「この術は僕だけを写す鏡の反射を利用する移動術。僕のスピードから見ればキミは止まっているかのよう……」

「まさか、これほどとは……キミ、再不斬より下手したら強いんじゃないのかな?」

 

口調は余裕を残しているが、サイの体は全身がこの短時間で傷だらけになっていた。

 

 

「くっ!? やはりあの術! 血継限界か!」

「ククククク、その通りだカカシ」

 

カカシの疑問に、再不斬が自慢気に応える。

そこにサクラが、

 

「血継限界って何なの? カカシ先生?」

「オレの写輪眼と同種の物だ……」

「それじゃあ!?」

「そうだ! このオレをもってしても、あの術はコピー不可能。破る方法も皆無!!」

「そんな……それじゃあ、どうすればいいのよ! カカシ先生!」

 

サクラの質問に応えながら、思考を巡らすカカシ。

 

(あの術に対応するにはオレが行くしかないが、そうすれば再不斬はタズナさんを狙うだろう。サクラ一人ではどうしようもない。影分身を使っても再不斬の水分身で抵抗され、チャクラの無駄使いに終わる……)

 

「カカシ、さっさと再不斬を倒してサイを助けに行け!」

「サスケくん!」

 

顔を袖で拭いながらサスケが立ち上がる。

その瞳は真っ直ぐナルトを見据えながら……

 

「漸く立ち上がったか、サスケちゃん」

「ナルト……どうやら甘く見ていたのはオレの方だったようだな!」

「へっ! やっとその気になりやがったか!」

「ふん……」

 

決して口には出さないが、互いの力を認め合い、敵対するナルトとサスケ。

が、そこで。

その二人の間にサスケが蹴られたことに憤慨していたサクラが割って入る。

 

「ナルト! あんたさっきはサスケくんに何てことしてくれたのよ! 里を抜けただけならまだしも、周りにまで迷惑かけて! 本当に親がいないからって、いつも好き放題して!」

 

その一言をサクラが発した瞬間。

ナルトとサスケの体から、ハクの冷気とは違い、心から冷たさを感じさせる凍てつくチャクラが溢れ出し、周囲の者へと解き放っていた。

サクラにとってはいつものように何気ない一言だったのかも知れない。

だが、ある日、突然自分以外の一族全員が目の前で殺されるのを見たサスケ。

そして、自分や里のために命をかけた四代目火影とクシナの最後を知っているナルト。

この二人に、その一言は絶対に言ってはならない禁句であった。

 

「「………………………………」」

 

サスケがゆっくりサクラの方へ向き、殺気を込めた目で睨みつける。

その瞳は朱く染まっていた。

 

「……孤独」

「えっ?」

「親に叱られて悲しいなんてレベルじゃねぇぞ!」

「サ、サスケくん……?どうし……」

「サクラ……お前ウザイよ!」

 

サクラはあまりの殺気に震えてただ立ちすくんでいた。

 

「……サクラちゃん」

「ナ、ナル……ト!?」

 

ナルトは瞬身の術でサクラの目の前に一瞬で移動し、僅かに九尾のチャクラが漏れ出した……縦に割けた眼で相手を睨みつけ、

 

「今、サスケと闘ってんだ。お前は邪魔だってばよォ!!!」

 

思い切りサクラに拳を叩き込んだ。

先ほどのサスケに与えた蹴りよりも強い力で……

 

「グホっ!」

 

数メートル吹き飛んだ後、その体は地面に叩きつけられ、サクラは気絶した。

 

「サ、サクラ!?」

 

カカシが慌ててサクラのもとへ駆け寄ろうとするが、すぐさま再不斬に足止めされる。

 

「おっと、カカシ。お前が下手に動けば無防備になったタズナを殺るぜ!」

「くっ、くそっ!」

「全く、木の葉の奴らはナルトから聞いていた通り余程のクズらしい(まぁ、うちの国はもっと酷いがな)」

「なんだと!?」

「平和ボケしているくせに、その平和が誰のお陰で維持されてきたのかすら理解していない」

「…………くっ!」

「その結果、ナルトは里を抜けた。まぁ、オレにとっては感謝すべきことなんだろうがな……」

「再不斬……貴様!!」

「ククククク、まぁ、そう怒るなよ、カカシ」

「どうやら、一瞬でけりをつけてもらいたいようだな……」

 

カカシは額あてに手をあて、写輪眼を出そうとした時。

 

「…………!」

 

その一瞬の間。

再不斬が一気に駆け、カカシをクナイで突き刺そうとする。

が、カカシはそれを寸前のところで、掌で血を流しながらも防ぎ、

 

「余裕をかましても、やはり写輪眼は怖いか? 再不斬!」

「忍の奥義ってのはそう何度も見せるもんじゃねーだろ? カカシ」

「光栄に思え! この眼を二度も拝めるのはお前ぐらいだ……そして」

 

再不斬とカカシは互いに一歩距離を取る。

 

「三度目はない!」

「ククククク、三度目はないか……カカシ、仮にお前がオレを倒せたとしても、お前じゃあ、ハクには勝てねぇよ!」

「なに!?」

「アイツは子供の頃から忍の技を磨き、オレの持てる全てを伝え、そして奴自信の術をも磨き上げた。その結果アイツはいかなる状況でも成果をあげる忍という名の戦闘機械となった。アイツはオレの最高の道具だ!」

「……その道具に、ナルトも含まれているという訳か?」

「ククククク、さあな? だが、アイツもここ数週間ではあるがオレとハクが鍛えあげてきたんだ。お前の連れてるスクラップとは出来が違う」

 

カカシが再び額あてに手をあて、

 

「他人の自慢話ほど退屈なものはないな。そろそろ行かせてもらおう!」

 

写輪眼。カカシの朱い瞳が煌めいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四代目火影の遺産

サクラが殴り飛ばされたのを見て、少し心配したサスケだが、意識を失っただけなのを確認し、再びナルトに顔を向ける。

 

「ナルト! 今度はオレから行くぞ!」

「あぁ、来い! サスケ!」

 

ナルトとサスケは互いに、両手、両足を使った体術の応酬をする。

一見、五分五分に見える闘いを繰り広げる二人だが、時間が経つにつれ、サスケの方がどんどんナルトの動きを捕捉していく。

そして、ついに、まるで来るとわかっていたかのような動きでナルトの攻撃を完璧に避け、カウンターでサスケはナルトの顔を殴り飛ばした。

 

「ぐっっ!!」

「どうしたよ? ウスラトンカチ! 急に動きが遅くなったじゃねぇか!」

 

ナルトはなぜ急に自分の攻撃が当たらなくなったのかわからず、サスケを警戒する。

そして漸く気づく……

サスケが不完全ながらも写輪眼を開眼していることに。

 

「サスケ……お前、その眼!」

「あぁ、不思議とお前の動きに目が慣れてきた。どうやらこれが写輪眼のようだな!」

 

不敵に笑うサスケに言い返すナルト。

 

「それが、それがなんだってんだ! 写輪眼ごときでビビるオレ様じゃねぇぞ!」

「いいだろう……こい! ナルト! オレも丁度この力を見極めたかったところだ。お前はいい練習相手になりそうだ」

「うるせぇーー! オレを舐めんじゃねぇってばよ!」

 

拳を突き出すナルト。

だがあっさりとサスケの掌で払われ、空いた片方の手で手裏剣を使った反撃を受ける。

何とかしゃがんで避けたナルトだが、屈んだところを更に追撃され、サスケの蹴りが腹に入る。

 

「ぐはっ!!」

「ふん! どうしたよナルト、お前の力はこんなもんじゃないんだろう?」

 

(見える! さっきまでオレと五分五分だったナルトの動きが完全に見えるぞ!)

 

(ちくしょー! 最初はオレが勝ってたはずなのに! オレってば一杯、ハクや再不斬達と修行もして強くなったはずなのに! なんで、なんでいつもこうなんだってばよ!)

 

ナルトは十字に印を結ぶ。

それを写輪眼で見て、サスケは構える。

 

「多重影分身の術!!」

 

サスケの目の前に20人は超えるだろうナルト達が現れる。

 

「「「行くぞ! サスケ!」」」

「ふん……」

「「「余裕かましてられるのも今のうちだ!」」」

「午 寅!」

 

サスケも得意な火遁の印を結び、息を吸い込み、

 

「火遁・豪火球の術!」

「「「うわーー!」」」

 

火遁の術を食らったナルトの影分身達は一気に消え去る。

冷や汗を流しながらも、どうすれば勝てるかナルトが考えていた時。

突如、地響きのような音が橋の上に響き渡る。

 

ドドドドドドドっ!

 

音の発信源と思われる場所にナルトとサスケが顔を向ける。

すると、そこには大小様々な犬に襲われている再不斬の姿が見えた。

 

「再不斬!!」

「どうやらカカシの方もそろそろ終わりだな」

「なん……だと!?」

「再不斬はカカシに殺られる。ナルト、お前にはカカシから捕縛命令が出ている。良かったな。忍者登録をしていないおかげで、抜け忍扱いにはならない上に、今のお前ならアカデミーでトップをとるのも夢じゃないだろう。もう一度一から頑張るんだなウスラトンカチ……」

 

そう話すサスケの話は殆んどナルトの耳には届いていなかった。

再不斬の方を見て震えるナルト。

 

(再不斬が殺られる? このままじゃ……マジで! マジで! ヤバイってばよ! 再不斬もハクも殺させねぇ! 絶対に!)

 

「……………えってばよ!」

「なに?」

「オレの仲間は殺させねぇってばよ! やっと、やっとできた繋がりなんだ!」

「……………」

 

サスケはナルトの言葉に動きを止める。

なぜならサスケもナルトと同じように孤独を理解するものだから。

だが、この後、すぐにナルトを気絶させなかったことをサスケは後悔することになる。

 

「サスケェェッ!! 邪魔するってんなら、オレはてめえをぶっ殺してでも再不斬を助けに行くってばよォ!!!!」

 

先ほどと同じく、橋の上で地響きの音が響き渡る。

違うのは、その発信源がナルトであるということだが……

 

木の葉の忍に殺されかけた時と同じく、いや、その時以上に禍々しいチャクラがナルトの感情の高ぶりとともに溢れ出す。

目が縦に割け、ナルトの体が朱い衣に包まれていく。

その九尾のチャクラを写輪眼で見ていたサスケは、まるで大きな狐に睨まれたかのような錯覚を感じて漸く動き出す。

 

「な、な、なんだ! この朱いチャクラは!!

くそっ!」

 

震える体でサスケは印を結び術を発動する。

 

「火遁・鳳仙花!」

 

先ほどの火遁より威力は低いが、無数の火の球がナルトを襲う……が……

 

「ガアアアアアアァ!!!!」

「なっ!? くっ!!」

 

咆哮だけで火遁の術を消し飛ばし、さらにはサスケまでも一緒に吹き飛ばす。

その姿を確認してから、すぐにナルトは再不斬の手助けに向かった。

 

 

「忍法・口寄せ・土遁追牙の術!」

 

口寄せの巻物を地面に押さえつけるカカシ。

 

「何をやっても無駄だぜカカシ! お前は完全に術中にハマった!」

 

再不斬は自分の必勝パターンに入ったことにより油断していた。

足下から迫ってくる忍犬の足音にギリギリまで気づかないほどに。

 

ドドドドドドドっ!

 

「ん? なっ!?」

 

四方八方から忍犬に囲まれ、噛みつかれ動けなくなる再不斬。

 

 

「……タズナさん?」

「おぉ〜、サクラ超心配したわい!」

「私……ナルトにやられて……」

「ほれ、今、先生が再不斬を捕まえたところじゃわい!」

「えっ!?」

 

目覚めたサクラはタズナと一緒に闘いの行方を見守る。

 

 

「目でも耳でも駄目なら鼻で追うまでの事。霧の中で目なんか瞑ってるからそうなる。これは追尾専用の口寄せで、お前の攻撃を血を流して受けたのもこのためだ。術中にハマってたのはお前の方だよ……再不斬!」

「……く……そ」

「もはや霧は晴れた……お前の未来は死だ!」

 

カカシは再不斬が身動きとれないのを確認してから一定距離まで足を進めてゆっくりと近付いていく。

 

「再不斬。お前の野望は大き過ぎた。水影暗殺、そしてクーデター失敗。霧隠れの抜け忍になった男、お前の名は木の葉の里にもすぐ伝えられたよ。報復のための資金作り、そして追い忍から逃れるため。そんなところだろう……お前がガトーのような害虫に与した理由は……」

「くっ!」

「再不斬。お前はこのオレが写輪眼だけで生きてきたと思うか? 今度はオレ自身の術を……披露してやる!」

 

丑 卯 申

 

……チチチチチチチチチッ!!

千の鳥を想像させる音が鳴り響く。

 

雷の性質を持ったチャクラが独特の音を奏でながら集約され、カカシの右手は斬れないものなどないと言われた木の葉一の銘刀となる。

雷すら切り裂いたその術の名を……

 

「雷切!!」

 

「な、なんだ! チャクラが、手に、目に見えるほどに……」

「再不斬、お前ははしゃぎ過ぎた。お前が殺そうとしているタズナさんはこの国の勇気だ! タズナさんの架ける橋はこの国の希望だ! お前のやろうとしている事は多くの人を犠牲にする。そういうのは忍のやる事じゃないんだよ!」

「それはてめえの言い分だろうが! オレはオレの理想のために生きてきた! そしてそれはこれからも変わらん!」

 

チチチチチチチチチッ!

雷切が鳴り響く。

 

「もう一度言う……諦めろ……お前の未来は死だ!」

 

カカシが雷切を構えて再不斬に突進し始める少し前に、ナルトとハクも再不斬の元へ駆け出していた。

 

ナルトは走りながら無我夢中で、右手にチャクラを集中させ、修行の時には一度も成功しなかった術を繰り出そうとしていた。

回転と威力。

ここまではできていたが、どうしても最後の留めるを修行では出来なかったのだ……だが……

 

『フン!』

今のナルトは一人ではなかった。

 

右手にチャクラを留めるようにして、左手で乱回転するようにチャクラをコントロール。

そして九尾がチャクラの放出を行うことで、乱回転を維持したまま球体ができあがり、ついに四代目火影の遺産忍術が完成する。

 

ナルトと同じく駆けつけていたハクは、その様子を見て、カカシの攻撃はナルトに任せて、自分は再不斬を拘束している忍犬達を外すために、口寄せの術式が組み込まれているであろう巻物に狙いをつけた。

 

 

「うぉおおおおおっ!!」

 

九尾の衣を纏ったナルトが吠えながら近付いてくるのを見たカカシは、ナルトが手にしている術を見て驚愕する。

 

(あの術は!? まさかミナト先生の!? くそっ! ここで引けばオレが殺られる。上手いこと術を相殺するしかない!)

 

チャクラの回転→威力→留めるを極めた四代目火影が残した難易度Aランクの超高等忍術と、写輪眼のカカシの切り札にして、唯一のオリジナル技が激突する。

 

「雷切!!」「螺旋丸!!」

 

「「っーーー!!!!」」

 

両者は全くの互角に見えたが、ナルトの身を案じ手を抜いてしまったカカシ。

そして、再不斬を守るために全力を振り絞ったナルト。

術の威力が同じなら、最期は気持ちの勝負であった。

 

「オレ達が諦めるのを諦めろーー!!」

「くっ……そ!!」

 

螺旋丸が雷切を押し退け、技の衝突で生まれた爆風がカカシを吹き飛ばした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

爆発!!これがナルトの忍道だ!!

螺旋丸の余波で吹き飛ぶカカシ。

直撃はしていないものの受け身すらとれずに地面を転がる。

 

「カカシ!」

「カカシ先生!」

 

サスケとサクラがカカシに駆け寄り、身を案じる。

 

ナルトとカカシが激突している間に、ハクは口寄せの巻物を千本で串刺しにして再不斬を解放していた。

螺旋丸の威力を目の当たりにして驚きの顔を浮かべる再不斬とハク。

修行中に一度もできなかった術を、闘いの中で完成させるとは思ってもみなかったのだろう。

 

「大丈夫ですか、再不斬さん!」

「大丈夫か? 再不斬!」

 

再不斬は自身の側に駆け寄ってきた二人に、

 

「ああ、お前達のおかげで助かった……ナルト……ついに完成させたんだな?」

「言っただろう? まっすぐ、自分の言葉は曲げねぇ、それがオレの忍道だ!」

 

にしししと喜ぶナルト。

再不斬の無事とナルトの新術の完成にハクも嬉しそうに微笑んでいる。

そんな二人を見てから、何とか起き上がろうとしているカカシに向かって、

 

「ククククク、カカシ、誰の未来が死だと? オレのど……部下達を舐めるなよ!」

 

と、再不斬が言い放った。

 

「へっ!」

「ざ……再不斬……さん!」

 

再不斬の素直な言葉を聞き、ナルトは自慢気に笑い、ハクは泣きそうになるのを堪えていた。

 

しかし、そんな良い雰囲気は、長くは続かなかった。

まだ、ナルト達の闘いはまだ終わりではなかった。

 

「おいおい再不斬! 闘いの最中だというのに随分と余裕だなぁ?」

「ん?」

 

声がした方を振り向くと、そこにはガトー率いるならず者の集団がかなりの数で来ていた。

100人は余裕で超えているだろうか?

再不斬は怪訝そうな声音で、

 

「ガトーどうしてお前がここに……その部下どもは何だ?」

「なに、お前達にはここで死んでもらおうと思ってね」

「なんだと!?」

「少々作戦に変更があってね……というより、始めからお前達に金を支払うつもりなんて毛頭なかったんだよ。正規の忍を雇ったらやたら金がかかる。そこでお前らみたいな抜け忍を雇って、敵の忍者と戦い、弱ったところを数の力で皆殺しにする。いい作戦だろう?」

 

自慢気に予定されていた作戦を話すガトー。

さらに、

 

「まあ、私に作戦ミスがあったとすれば、タズナ一人殺すのにお前がここまで手こずるとは思ってもみなかったところだよ……なんだ、私からすれば霧隠れの鬼人もただの小鬼ちゃんといったところかね?」

「「「がははははは」」」

 

ガトー達の、いかにもバカにした高笑いに、ハクは拳を握り、ナルトは吠える。

 

「うるせぇってばよ、てめえら!! オレ達のことをバカにしやがって! てめーらと縁が切れて、こっちだって精々するわ!」

「ふん、相変わらずうるさい小僧だ」

 

ガトーの突然の裏切り。

再不斬はカカシの方へと視線を向け、

 

「カカシ……オレにタズナを狙う理由がなくなった以上、お前達とも闘う理由はなくなった。ここは両者痛み分けということでいいな」

「ああ、こちらもそれで問題ない」

 

カカシも再不斬の提案に頷き、新たな敵を迎え撃つために立ち上がる。

問題はチャクラを殆んど消耗しきった状態で、どうやってあの人数を相手にするかだった。

チャクラを使えなければ、忍者も少し運動神経のいい、ただの人である。

 

「カカシ、一気に片付ける術はないのか?」

「無理だな……写輪眼に雷切まで使ったんだ。オレもそんなに余裕はないね……」

 

サスケとカカシの会話を聞き、ナルトも再不斬に尋ねる。

 

「再不斬はなんか、こうドカーンとできるやつねえの?」

「無理だな。オレもカカシ同様チャクラを使いすぎた……」

「じゃあ、じゃあどうするんだってばよ?」

「オレが知るか!」

 

再不斬達もカカシ班もお互いにチャクラと体力を使い果たしていたが、それでもなんとかしようと対抗する構えをとる。

だが、ガトーが用意していたのは数多くの部下達だけではない。

更なる奥の手を用意していたのだ。

 

「おいおい、この戦力差でまだ抵抗しようとするのかい? 健気だねえ……だけどいいのかな? そんなことをしたら……」

 

ガトーが顎で部下に合図する。

部下の一人の大男が一人の女性を拘束して、前に出てきた。

その女性を見て、カカシ達第七班とタズナは驚きの声をあげる。

 

「ツナミ!!」

 

その女性はタズナの娘、ツナミであった。

ガトーの奥の手、それは即ち、人質である。

タズナが思わず前に飛び出そうとしたのをサクラがしがみついて止める。

 

「タズナさん! ダメ!」

「く……くそっ!」

 

ガトー達はその様子を見てせせら笑いを浮かべる。

 

「いいのか、タズナ? 大事な娘がどうなっても?」

「ガトー……貴様!!」

「口の聞き方がなっていないようだな……よし!」

 

杖を橋の上で叩き、ガトーがツナミを拘束している男に合図を送る。

その合図を受けて、大男はツナミの腕をとり……まるで小枝を折るかのように腕をへし折った。

 

「うあああああ痛い!!」

「ツ、ツナミーー!!」

 

涙を流しながら叫ぶタズナ。

第七班の連中も青筋をたてながら堪えていた。

 

「てめぇーー! ガトーショコラ! 何してんだってばよ!」

 

と、怒りのまま突進しようとするナルトを再不斬が押さえ止める。

 

「再不斬、離せってばよ!」

「落ち着けナルト! 人質をとられているんだぞ! それにあの数だ……今の状態でまともに殺りあっては、こちらもただじゃすまねー」

「再不斬さん、ですが、これは……」

「ハク、お前も落ち着け……」

 

そんな忍達を見て、ガトーは更なる悪徳を考えつく。

 

「くくくくっ! このままお前らを一網打尽にするのもいいが。それではつまらん。今までの借りを返すためにも一つ余興といこうじゃないか!」

「ガトー! わしの娘を! ツナミを人質にとってまで何をするつもりじゃ!」

「なに? お前達のいう希望とやらを目の前で打ち壊してやろうと思ってな! お前達、準備はいいな!」

「「「オーーー!!」」」

 

ならず者達の中でも大柄な数十人が大きな木槌を振りかざす。

まるで何か大きな物を壊すかのように……

 

「まさか!?」

 

カカシ達はガトーの狙いに気づく。

タズナをはじめとした国の人々が、毎日波の国の希望になるようにと願って造り続けていたこの大橋を壊そうとしていることに……

 

次第に木槌だけでなく、いつものようにクレーンの駆動音までもが聞こえ出す。

いつもと違い、橋を造るためではなく、壊すために……

 

まるで悪夢のような光景。

だが、それは夢などではなく現実で、ついに橋の一部が壊され始めた。

少しずつ崩壊し始める……波の国の願いが込められたこの大橋が……

 

「あ、あ、あ……儂等の……波の国の……希望の象徴が……」

「う……なんなの……これ……酷すぎる……」

 

タズナは膝を折り、サクラは口元をおさえて泣きはじめる。

自分達を散々利用したガトーの蛮行に再不斬とハクも歯を噛み締め、カカシ、サスケ、ナルトの三人は血が滲むほど拳を握りしめて我慢している。

だが、敵の戦力があまりにも多い上に、人質がいる以上は迂闊に動けないでいた。

 

――その時。

 

「自身の力=斬った数。だから斬らなきゃ!」

 

ツナミを拘束していた大男が、突如現れたハクと似た仮面を着けた小柄な少年に切りつけられる。

 

「…………」

 

仮面の少年はツナミを救出した後、再不斬の方を何かを伝えるかのように、じっと見ていた。

その視線で、再不斬は自分が今すべきことを理解する。

 

(アイツの太刀筋は……間違いねえ、奴だ。だがどうしてここにいやがる? オレとハクを始末しに来たのなら、この状況で手を貸すはずがない……まあいい、とりあえずは……)

 

再不斬は少し仮面の少年の思惑にのるか、どうか考えたが、現状ではそれが最善だと判断し、タズナに話しかける。

 

「おい、タズナ! この状況、カカシ達だけでは荷が重い。こちらの条件を飲むなら手を貸してやる!」

「な、なんじゃと? お前さん達は超わしを殺そうとしてたのではないのか? そんなお前さん達がどうして手を貸すんじゃ?」

「ガトーとは今さっき手を切った。お前を狙う理由などもうない。敵の敵は味方、お前達に手を貸す理由はそれだけだ!」

「じゃ、じゃが……」

 

タズナは話の急展開に混乱し、カカシと再不斬の方に視線をいったりきたりさせている。

カカシの方は黙って、話の展開を見ている。

が、状況は切羽詰まっており……

煮え切らないタズナに、再不斬が言った。

 

「手を組む気がねえってんなら、別にそれでも構わねえよ! オレはハクとナルトだけを連れてここを去る。その後、波の国は完全にガトーの手に落ちるだろうが、そんな事はオレ様の知ったこっちゃない!」

「…………条件とはなんじゃ?」

「今までオレ達がお前を狙っていたことを全て水に流すこと。もう一つはタズナ、あんたがオレ達にカカシ達と同じように波の国を守るように依頼することだ」

 

ガトーは害虫だが、一応は一般人。

何の理由もなく忍が手をあげるのは流石に面倒な事にもなりかねない。

依頼であれば、一応世間的にも言い訳がたつ。

再不斬は極力、今回のことを後腐れなく終わらせようとしていた。

 

「超わかった! わしはこの通り生きとるし、そんな事で波の国を助ける手助けをしてくれるなら超助かる! 先生もそれで大丈夫なんじゃろ?」

「ええ、こちらとしても再不斬達の戦力は正直言って助かります。相手もあの数ですし……」

 

タズナの後半の問いかけにカカシも了承で応じる。

それに、再不斬は笑みを浮かべ、

 

「まさか写輪眼のカカシと手を組む日が来るとはなあ!」

「それはこっちのセリフだよ、忍刀七人衆、霧隠れの鬼人と背中を合わせる日が来るとはね……」

「さっすが、再不斬! そうこなくっちゃよ!」

「再不斬さん、僕も行けます!」

「ふん、丁度物足りなかったところだ!」

「わ、私だって!」

「みんな……超感謝する……ありがとう!!」

 

先ほどまで命のやり取りをしていた抜け忍チームと第七班が手を組む光景にタズナは涙ぐむ。

 

「おいおい、まじでやるつもりか? この数を相手に? いくら何でもここまでお前達が命知らずのバカどもとは思ってもみなかったよ……お前ら、皆殺しにしてやれ!」

「「「がははははは!! 今のお前らなら簡単に、ぶち殺せるぜ!!」」」

 

ナルト達を挑発するガトー。

そしてそんな見え透いた挑発にのるのは、

 

「おい! ガトーショコラ!!」

「誰に向かって口を聞いてやがる! 金髪小僧! 状況がわかってんのか! この数相手にお前ら程度の……「数が何だって?」」

 

ナルトが印を結びチャクラを練り出す。

 

「ハァアァアァアァアア!!」

 

一部壊された橋。

涙を流すサクラにタズナ。

腕を折られたツナミ。

そして、この数相手に闘おうとしている再不斬、ハク、カカシ、サスケ。

 

ここで負ければ、全てがなくなる。

みんなの夢も希望もそして命さえも……。

 

 

(人は本当に大切な何かを守りたいと思った時に 本当に強くなれるものなんです)

 

 

「オレが絶対守りきって、やるってばよ!!」

 

横にいた再不斬とハクが、思わず吹き飛ばされそうになるほどのチャクラを練り込むナルト。

 

「な、なんてチャクラ練り込んでやがる!?」

「な、ナルトくん!?」

 

十字に印を結び――

 

 

「多重影分身の術!!」

 

 

いつも喧嘩を売ってきては、その度に返り討ちにあってきたナルトを思い出すサスケ。

 

アカデミーでいつも自分にいい寄っては振られてきたナルトを思い出すサクラ。

 

毎回、イタズラをしては里中を駆けずり回っていたナルトを思い出すカカシ。

 

つい数週間前まで、木登りすらまともに出来なかったナルトを思い出す再不斬。

 

そして、毎日毎日泥だらけになりながらも修行をしていたナルトを思い出すハク。

 

((((これが……あの……ナルトだと!?))))

 

先ほどまで圧倒的にガトー達の方が数の上では間違いなく優勢だったはずなのに、今はその戦力差をナルトがひっくり返していた。

 

 

千人という数で――

 

 

「何だ……この数は……」

「う……そ……これがナルト!?」

「何て数だ……(やはり先生の、あの二人の子か)」

「何て出鱈目な数の影分身だ……」

「ナルトくん……キミは……」

『フン!』

 

本体のナルトが見得を切る。

 

「やあやあやあやあ、遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。世界に忍は数あれど! 四代目火影を超える忍は我一人。最大ピンチをチャンスに変えて、変化・分身・螺旋丸! 受けた拳は倍返し! 当代切ってのドタバタ忍者!! うずまくナルト忍法帖の始まりだぜ!!」

「「「「「よっしゃらああ!! みんな! 行くぞォ!!」」」」」

 

あまりの戦力差に何も出来ずにいるガトー達にお構い無しに突撃するナルト連合。

 

「ひぃいいいーー!!」

 

何とか小舟で逃げようとするガトー達だが、橋の上に収まり切らず、水の上にも立っているナルト軍団を相手に逃げ場などあるわけがなかった。

 

「ハク、このままではナルトに手柄を全て持っていかれる。オレ達も行くぞ!」

「はい! 再不斬さん!」

「サスケ!! サクラ!! これは元々オレ達の任務だ! ナルトに遅れをとるな! 行くぞ!」

「わかっている!」

「はい!」

 

一分後、ガトー達は抵抗すら出来ずに、全員お縄についていた。

橋も一部壊され、怪我人も出ており、完全勝利とはいかないが、何とか波の国を守りきったナルト達であった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

晴れた霧

なんとかガトー達を倒したナルト達。

だが、まだ問題は残っていた。

先ほど、突如現れて、人質となっていたツナミを救出した暗部の面をした少年の方に再不斬は顔を向ける。

相手もこちらの意図がわかったらしく、再不斬達の方へとやって来た。

一人ではなく、暗部の面を着けた忍の四マンセルで……

その小隊に、タズナが一目散に駆け寄り、

 

「つ、ツナミ!! すまんかった! 超すまんかった!」

「お父さん……大丈夫です。腕も殆んど治りましたから……この人が治してくれました」

 

と、ツナミは暗部の一人を指差す。

四マンセルのうちの一人に運よく医療忍者が配備されていたのが幸いし、ツナミはすぐに治療を受けていたのだ。

 

「なんじゃと? それは本当か!? お前さん達、超礼を言う!」

「いえ、お気になさらず……」

 

タズナの礼をやんわりと受ける暗部。

そこに痺れを切らした再不斬が、

 

「そんな事より、どういうことだ? 何故暗部がこんなところにいやがる? いや、いるだけならわかるが、オレを始末しに来た様子ではない。なら、一体何をしに来た?」

 

霧の暗部の登場にただ事ではないと、カカシ達も警戒しながら話しが聞こえる位置まで近付いていた。

リーダー格の暗部は再不斬の質問に対し、

 

「オレ達が来た理由は二つ。そのうちの一つはガトーに法的処罰を受けてもらうことだ」

「何!? コイツを捕まえるという事か?」

「そうだ。各国の抜け忍を雇い、国の乗っ取り、人身売買、麻薬の密輸……少々やり過ぎたらしく、霧や木の葉だけでなく至るところから恨みを買って、今回、事実上ガトーに関わった全ての国の同意で処罰をさせることが決まった。色々と上手くやっていたようだが、叩けばいくらでもホコリも出るだろう……」

「そうか」

 

暗部の答えを聞き、再不斬は自分の仕事が一つ減ったなと考えていた。

だが、それはそれ。

ガトーを逮捕することと、再不斬を抹殺しに来ないのは別問題だ。

暗部もすぐに再不斬の意図を察し、

 

「ああ。ガトーなどはただのおまけだ。本題はお前達のことだ、再不斬」

「ふん、オレ様をどうしようってんだ?」

「安心しろ、そちらから斬りかかってくるなら話は別だが、こちらとてお前と殺り合うのは遠慮したい……再不斬……お前に水影様から帰還命令が出ている」

「わざわざ殺されに戻ってこいってか?」

「早とちりするな。お前の知っている水影様ではない。これを見ろ」

 

暗部が再不斬に巻物の書状を受け渡す。

再不斬も話の内容が理解できず、眉を寄せながら巻物を受け取り中身を見る。

すると、そこには想像にもしていなかった内容が記されていた。

 

要約すれば、

再不斬を含む、今までの抜け忍達の処罰を例外を除き、今回の帰還に従うのなら一度白紙にするということ。

そして、この書状が再不斬の知る四代目水影ではなく、五代目水影によるものだということ。

今回の帰還命令を出したのは五代目水影、照美メイであるという内容だった。

 

「おい……これは……」

「詳しくはこの場では話せないが、今まで、突如変貌した四代目水影様による霧隠れの采配に不満をもらしていた連中の言い分を五代目水影様は認めるとおっしゃられた。お前の行ったクーデターも含めてな。そして、血霧の里と言われてきた政治を討ち壊して、もう一度霧隠れの里を再建なさろうとしておられる」

「…………で、オレにまた水の国の雑用をさせようってか?」

「それも違う。戻ってくるというのなら、当分の間、お前には汚れ仕事以外の仕事を任せるつもりでいる。退屈なのを除けば悪くない仕事だ」

 

あまりの厚待遇に一瞬誘いを受けようか悩んだ再不斬だが、後ろで心配そうに見ているハクとナルトを見て……

しかし、それもわかっていたかのように、暗部が言う。

 

「再不斬、そこも安心しろ。最初に言っただろう。今までの政治を討ち壊すと。特別な力を持った者が蔑まれることもこれからの水の国ではなくなる。それにお前ならわかるだろう? 何より水影様本人が特別なのだから……」

 

今まで、内乱も含めて争いが絶えず行われてきた水の国では、特別な力を持った忍は畏怖され、迫害されてきた。

ナルトやハクの境遇がまだマシだと思えるほどに、酷いものだってあったのだ。

 

もし、水の国の治安がよくなるなら、再不斬だって、当然帰りたいと思っていた。

憎まれ口を叩こうとも、やはり故郷なのだから……

だが、名前も知らない暗部の話をそう簡単には信用できない。

 

「……ここまでの話が事実で裏切らない保証がどこにもない」

「再不斬。何故わざわざ機密事項レベルの話を木の葉にも聞こえるように言ったと思っている。もし、この話が嘘であれば、五代目様の信用が地に落ちることになる。そんな事をする御方だと思うのか?」

 

などと、言ってきて、そこでカカシが話に加わってきた。

 

「あらら〜、まさかダシに使われちゃった訳ね……」

「木の葉最強の上忍。はたけカカシか……お会いできて恐縮だ……」

 

今まで再不斬とだけ話していた暗部が、カカシを見る。

戦闘になるか警戒していたカカシだが、今の話が本当なら、自分達を殺しては本末転倒になる。

安全なのを理解してから、会話に口を挟んだ。

 

「今の話、できればオレ達にも詳しく聞かせてもらえないかな?」

「安心しろ、その必要はない。今までは内乱の沈静化に手間取っていたが、今回漸く片付いた。この事は既に火の国にも伝えられている」

「……なるほどね」

 

一応は納得したカカシに、暗部は再び再不斬を見る。

 

「さて、再不斬。返答を聞かせてもらおう。もう一度言うが白紙に戻すのは今回限りだ。返答もこの場でしてもらう」

「……少し待て……オレ一人で決めていい話ではない」

「驚いたな。霧隠れの鬼人が少しは他人を気遣うようになったか……まぁ、これからの水の国ではそちらの方がいいか……」

 

暗部の軽口を流してハクとナルトに尋ねる再不斬。

 

「ハク、ナルト。お前達はどうしたい? オレと一緒に水の国へ来るか?」

「再不斬さん、僕はどこへでも再不斬さんが行くというのなら付いていきます」

「オレも、オレも、他の国なんて行ったことないから楽しみだってばよ!」

「そうか……だが本当にいいのか? 特にナルト、お前にはこのままカカシと一緒に木の葉に帰るという選択だってあるんだぞ?」

 

ナルトは再不斬の言葉で、カカシ達の方を見る。

事の成り行きを不安そうに見ている第七班のメンバー達。

もしかしたら、ナルトが一緒にいたかも知れない仲間達。

未練がないと言えば嘘になる……けど……

 

「ああ! オレはハクや再不斬についていくってばよ!」

 

と笑顔で応えた。

 

「そうか…………オレは水の国へ戻れるのか…………そういう訳だ! また厄介になるとメイに伝えておけ!」

「ふん、メイではない。これからは五代目水影様と呼べ。だが、返答は確かに受け取った。我等は先に帰還する」

 

返事を聞くや否や暗部達はすぐにその場から消えようとする。

それを見て、再不斬はずっと黙っていた一人に一言話しかける。

 

「おい! 長十郎!」

「は、はい!」

「さっきは助かった……一応礼を言っておこう」

「いえいえいえ、こちらこそ恐縮です! で、では水の国では、これからもよろしくお願いします!」

 

その言葉を最後に暗部達は姿を消した。

 

 

第七班との別れの時間。

 

「おい! ウスラトンカチ!」

「誰がウスラトンカチだ! もう一度勝負するか? サスケ!」

「お前……本気で木の葉を抜けるのか?」

「うん?………まぁ、そうなるな……」

「そうか…………まぁ……頑張れよ……」

「…………ああ! お前もな!」

 

ぎこちないながらもサスケと別れの挨拶を終えたナルトにサクラが話しかける。

 

「あの……ナルト」

「……サクラちゃん」

「さっきはその……ごめんなさい。親がいないからとか言って……」

「いや、こちらの方こそゴメンだってばよ!

サクラちゃんのこと殴っちまった……」

「それはもういいわよ。殴られた時はびっくりしたけど、大した怪我もしてないから」

「そうか……よかった……まぁ、もし怪我させてしまってもオレが将来責任とって……」

「アンタはこんな時まで何言ってんのよ!

色々と台無しじゃない!」

「痛い、痛い、サクラちゃん、ほっぺた痛いってばよ〜」

 

ワイワイと別れ話をするナルトとサクラ。

そして最後に、カカシが、

 

「う〜ん、ナルト。オレとしてはできれば里に戻って来て欲しいんだけどね。決意は変わりそうにないのか?」

「うん。ゴメンだってばよ……」

「火影様やイルカ先生はお前の事、凄く心配しているんだぞ?」

「それは……」

「今回、お前が里を抜ける事になった事件についてはオレも火影様から聞かされた。正直すまなかったと思っている」

「………………あ……」

 

そこでナルトは初めて気づく。

この人はナルトが生まれるのを楽しみにしていてくれた一人だということに。

 

(「先生! お子さんの名前が決まったって!」

「ああ、クシナに聞いたのかい? カカシ。うん、自来也先生の書かれた小説の主人公の名前を頂いて、ナルトって名前にしたんだ。」

「ナルトですか! いい名前ですね!」

「ありがとう! もしかしたら将来はカカシの教え子とかになるかも知れないね?」

「そんな……自分に先生何て無理ですよ……でも、産まれてくるのが楽しみですね!」)

 

「何で最後に気づくのかな? オレってば……」

「ん?」

「いや、何でもないってばよ! でも、それでもオレは付いていくって決めたから! だから……」

「……そうか……わかった……」

 

カカシはナルトの決意が変わらないのを悟った。

だからこそ、

 

「ナルト。お前の気持ちはわかったよ。では、別れる前に一つだけ伝えておきたいことがある」

「伝えておきたいこと?」

「あぁ、オレが、オレの先生と親友に教わったことだ」

「それって……!?」

「いいか、よく覚えておいてくれ……」

 

そこでカカシは一呼吸おき、

 

「忍者の世界でルールや掟を破る奴はクズ呼ばわりされる。……けどな!「仲間を大切にしない奴はそれ以上のクズだ!!」」

 

途中からナルトまで同じ台詞を同じタイミングで言ったことに驚くカカシに、サスケに、サクラ。

その顔を見てナルトは満足そうな笑みを浮かべ、

 

「へへへへ♪ コピー忍者がコピーされちゃダメだってばよ!“カカシ先生”それに、そんな心配いらねぇってばよ! 大事なもんはオレもちゃんと、とうちゃんやカカシ先生からも受け取ってるからよ!」

 

と、親指で自分をさすナルト。

 

「ま、待てナルト! お前、今の台詞どこで!?」

 

目を見開き驚くカカシに取り合わず、

 

「みんな、あばよ〜!! 行くってばよ! ハク!再不斬!」

「ああ!」

「ええ!」

 

瞬身の術を使い、ナルト、再不斬、ハクはカカシ達の前から姿を消した。

 

ハクとの闘いで秘孔を突かれ、針千本のサイが仮死状態から目覚めたのは、そのすぐ後のことだった……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

霧雪舞い散る 鬼の帰郷

エンジンの付いた船に乗り、再不斬、ハク、ナルトは波の国から殆んど海路を使い水の国を目指していた。

 

水の国は深い霧に覆われた山岳部に存在し、その中でも霧隠れの里は難攻不落と呼ばれた天然の要塞の中心部に存在していた。

守るに易く、攻めるに難いという言葉をそのまま再現した里である。

だが、その要塞もいいところばかりではない。

閉鎖的、かつ排他的な水の国で産まれ育った人々は他里との交流を軽んじるばかりか、内乱も発生しやすく、外の敵からは守られていても、内側に敵だらけの状況はとても人々が安心して暮らせる環境ではなかった……

少なくとも、つい最近までは……

 

数日の船旅をしていたナルト達はついに目的の水の国、霧隠れの里に到着した。

 

「わあーー!? すげえ綺麗だってばよ!」

 

白い霧に覆われた里の景色は幻想的で、見るものの心を奪う。

花と雪が霧の中舞う景色は、もはや絵画の世界であった。

 

「……再不斬さん」

「ああ……本当に、戻ってきたんだな……オレ達は……」

 

懐かしくも変わらない景色に涙ぐむハクと少なからず感動している再不斬。

 

「?? どうしたんだってばよ?」

「ええ、ごめんなさいナルトくん、少し感動してしまって……」

「……オレとハクは最後にこの景色を見て、この国を去ったんだ。もう一度戻ってくるとは言ったが、本当にまた来られるとはな……」

「……そっか……」

 

ハクだけでなく、再不斬までもが感動しているのを見て、二人にしかわからない何かがあるのだと悟り、ナルトはしばらく口を閉じるのであった。

 

 

船場に着くと、再不斬達が来ることがわかっていたのか、見覚えのある刀を背負った暗部の面をした少年が既に三人を待っていた。

 

「お、お帰りなさい水の国へ。再不斬さん。そして、よ、ようこそ水の国へ、ナルトさんに……ハクさん?」

「はい、僕がハクです」

 

ハクは波の国での闘い以降、再不斬にこれからは面をつけるなと言われ、ここ数年、仲間の前以外では晒してこなかった素顔を見せていた。

初めて見た人がわからないのも、無理はないだろう。

 

「長十郎か……バレバレなんだから、お前もその面取れ!」

「はい! 取ります」

 

再不斬の言葉に従いすぐに面をとり、ナルトとハクより1、2才年上だろうと思われる水色髪で短髪に眼鏡をかけた少年が素顔を見せた。

自分より年下のナルトやハクにも丁寧な言葉で話し、年齢のわりにオドオドした自信のない少年である長十郎は、再不斬にびくびくしながらも、自分の任務を果たそうとする。

 

「では、こちらへ。ここからは僕が水影様のところまでご案内します」

「別に、てめえに案内されなくても水影室ならわかるぞ?」

「は、はい! ですが、水影様から仰せつかっていますので……」

「まあいい……なら行くぞ! ハク、ナルト覚悟はいいな! 水影は水の国最強を名乗る忍だ! 一応気合いを入れておけ!」

 

それに、ハクとナルトが頷きで返す。

 

「はい! 再不斬さん!」

「へ〜! 水の国最強か! 火影のじいちゃんと、どっちが強いんだろう?」

 

一同はそのまま五代目水影のところまで直接足を運ぶことになった。

水の国は一番年上の長老と水の国最強の忍の二人のツートップで成り立っており、水影は間違いなく、この国の頂点に立つ者のことである。

本来なら緊張するものだが、わりと余裕な表情で向かう再不斬達であった。

 

霧隠れの中でも一際大きな屋敷にたどり着く。

水影邸である。

長十郎はコンコンとドアを二回ノックして、相手がいることを確めてから、再不斬達を部屋に通した。

 

室内には綺麗な女性、五代目水影・照美メイと暗部の付き人が一人いるだけで、他の者達は再不斬達と長十郎だけであった。

 

「お帰りなさい再不斬にハク。随分、長い家出でしたね?」

 

綺麗な澄んだ声音。

そんな水影に、再不斬は試すような口調で話す。

 

「ふん、付き人一人だけで出迎えるとは随分と余裕なんだな? このオレ様がまたクーデターを起こすとは考えなかったのか?」

「その必要はないでしょう? あなたは無駄な事はしません。もし、私の命を狙うつもりなら、今回の帰還命令も無視すればよかっただけの事ですし……それにあなたが私に勝てると思いますか? 再不斬?」

 

その瞬間、ピリッとした空気が室内を充満する。

ナルトやハクはもちろん、あの再不斬でさえ、その殺気だけで負けを認めてしまうほどに……

 

(こ、これが水影!? やっぱりただの姉ちゃんじゃねーってばよ!)

 

「メイ、参った降参だ!」

「よろしい! では本題に入りますね。まずは約束通り、再不斬とハクの今までの罪は現時点を持って白紙にします。額あてを渡してあげて頂戴」

「わかりました。水影様」

 

新品の額あてが再不斬とハクに渡され、傷が入り、ボロボロの額あては回収される。

……額あて

それはナルトも欲しかったもので……

 

「いいな〜、いいな〜、ハクに再不斬だけ!

オレも額あて欲しいってばよ!」

 

駄々をこね始めるナルトに水影が話しかける。

 

「ナルトくん? でしたよね?」

「おう! オレってば、うずまきナルト! いずれ歴代火影を超える忍だ!」

「それは頼もしい限りです。キミにも額あてをあげるのは構いません」

「ええ! くれるのか!?」

「ええ、ですがその前に、私もキミに聞いておかなければいけない事があるんです」

「なんだってばよ?」

「キミは人柱力という言葉に聞き覚えがありますか?」

「じん……なんだって??」

 

全く聞き覚えのない言葉に首を傾げるナルト。

 

「今から私が話すことはもしかしたら、きみに不快な思いをさせるかも知れませんが、とても大事な話なので、長くなるでしょうが聞いて下さいね」

「わ、わかったてばよ!」

 

世界には九体の尾獣と呼ばれる人智を超えたチャクラを有する存在があり、尾の数が多い順に強いと言われている。

故にナルトに封印されている九尾は最強と名高い。

だが、その尾獣達は制御するのが殆んど不可能であり、それでも膨大な力故に捨てることもできない。

そんな力を有する尾獣を封印するための人柱を文字通りに人柱力と呼ぶ。

人柱力は里の最終兵器と呼ばれ、戦争時には最悪、暴走のリスクを背負ってでも使われる。

そして、過去に何度も尾獣達は破壊と絶望を撒き散らす道具として扱われて来たことから、人柱力は里によっては存在そのものが憎しみの対象となるのだ。

 

「……これがキミの背負っている運命です。ナルトくん」

「な、な、なんだってばよ!! 人柱力とか、そんなの大人の勝手な都合じゃねーか!!」

「そうですね……耳の痛い話です」

「じゃあ、じゃあ、アンタらもオレを兵器として扱うつもりか?」

「いいえ、私が水影である以上、水の国ではそんな事はさせません。ついこの間までこの国はずっと内乱続きでした……その時にあなたと同じ人柱力だった四代目水影様も拉致されたりと大変だったのです。水の国はこれからは他国が攻めてこない限りは平和な国にしていくつもりです」

 

水影の丁寧対応に、ますます混乱するナルト。

 

「じゃあ……どうしてこんな話をオレにしたんだってばよ?」

「それは、私がキミをそう扱っていなくても木の葉……いえ、他の里にとっては人柱力とは先ほども話したように切り札と呼ぶべきものです。キミが水の国、霧隠れの忍になるのなら、これからキミ自身が木の葉の忍ではなく、霧隠れの忍であることを少しずつでも各国に知らしめる必要があるのです。そうした土台を作らなければ、いずれ木の葉はキミの奪還に動いてくるでしょうからね」

「なるほ……ど? つまり、どういうことだ???」

「えーと、霧の忍になるなら苦労しますけど、頑張れますか? という質問です」

「なるほど! それならそうと言ってくれよ! オレってば、とうちゃんを超える忍になるためにはどんなことでもやる覚悟だってーの!」

 

最後の方はかなり簡潔になったが、ナルトの応えを聞いた水影。

 

「では、ナルトくん。キミを正式に霧隠れへと向かい入れます。この額あてをすれば、もう後戻りはできません。木の葉に帰るならこれが最後ですよ?」

「まっすぐ、自分の言葉は曲げねェ! それがオレの忍道だ!」

 

力強く言い返すナルト。

 

(この子、素直で真っ直ぐな目をしている。ふふふ、長十郎以来の逸材かもね)

 

「では、この額あてを……ようこそ水の国、霧隠れの里へ。キミは今日から忍者です!」

「うはははは〜、ありがとうだってばよ! 水影の姉ちゃん!」

 

念願の額あてを手に入れ、忍者、忍者とおおはしゃぎするナルトをみんなは優しく見ていた。

だが、まだ本題が残っていたので、水影は両手をパンっ!と叩き、話の続きを始める。

 

「これより、霧隠れのルーキー第一班の人員を言い渡します。隊長 桃地再不斬 班員 うずまきナルト、ハク、長十郎! 以下四名明日から任務開始してもらうから、そのつもりでね♪」

「はあ!?」

「よっしゃああ!!」

「はい?」

「やっぱりこうなりましたか……」

 

いきなりの班結成に再不斬とハクは驚く。

ナルトは喜びっぱなしで、長十郎は予め聞かされていたため驚かなかったが。

突然の宣言に、再不斬が水影に詰め寄る。

 

「待て! メイ! そんな話聞いてねえぞ!」

「あら? 暗部にも伝えたはずですよ? 退屈はするかも知れないけど、汚れ仕事ではないと。それに内乱続きだったので、ナルトくんやハクはもちろん、長十郎も下忍のままですし、いいではありませんか? それにあなたにとっても悪くない提案でしょう?」

「いや、まあ、そうかも知れねえが……オレが教師役かよ……自分でも想像できねえぞ……というか、長十郎! やっぱりお前まだ下忍だったのか?」

「騙すような形になって、す、すみません。もしかしたら、これから班を組むことになるかも知れないから、一度会っておけと水影様がおっしゃって……」

 

おどおど説明する長十郎とこれからの展開に、頭を抱える再不斬。

そこにナルトが、

 

「確かに再不斬は先生って感じはしないってばよ!」

「ナルト! てめぇが一番はしゃいでるくせして何言いやがる!」

 

続けてハクが、

 

「ふふふ、僕もこれから再不斬さんのこと先生ってお呼びした方がいいでしょうか?」

「ハク、お前までノリノリで……今まで通りでいい」

 

さらに長十郎が、

 

「えーと、僕は再不斬さんのこと、再不斬先生って呼ばせてもらいますね……」

「長十郎…………」

 

ますます頭を抱える再不斬。

鬼人と呼ばれた男がここまで悩まされる事はそうそうないだろう。

だが、水影は更なる追い討ちをかける。

 

「さらに、第一班には後々、極秘でSランク任務を言い渡します!」

「「「「はあ!?」」」」

 

Sランク任務。

それは上忍クラスの忍ですら命の危険を晒すことになるレベルで、最高クラスの重要任務にのみつけられるランクである。

 

「私の話を取り敢えず最後まで聞いて下さいね。任務の内容は2ヶ月後に行われる、木の葉の中忍選抜試験に参加して、ナルトくんのことを各国隠れ里に知れ渡らせることです」

「待て!? メイ! いくら何でも抜け忍のナルトを木の葉に連れていくのは鴨が葱しょって歩くもんだぞ!」

「いいえ、ナルトくんは抜け忍ではありませんよ?」

「そ、そうか……アカデミー落ちてたな……昨日まで一般人だったのにカカシ達と殺り合ってたのか……だが、九尾を取り戻そうと木の葉の上層部も躍起になるぞ! いくら霧の額あてをしていても、少々の屁理屈ぐらいどうとでもしてくるに決まってるじゃねーか!」

「いいえ、再不斬。それも限りなくゼロに近いです」

「なんだと!? なぜメイにそんな事が断言できる!」

「木の葉は今、砂や音の里と裏でかなり揉めています。もし、ここで霧の、うちの忍に手を出せば……」

「……なるほど……そりゃあ、ナルトに手は出せねーな……相変わらず悪知恵の働くことだ……」

 

木の葉とて九尾は当然取り戻したい。

だが、今ナルトに手を出せば、当然霧隠れを敵に回すことになる。

いくら五大国最強の木の葉でも3つもの里を同時に敵に回せば、完全に壊滅する可能性すらある。

そこで、中忍試験にナルトを出し、堂々と木の葉のど真ん中で、ナルトが霧の忍であることを公然の事実とする。

もちろん木の葉の全員がそれで納得するなどということはないが、理不尽なことでも慣れてしまえば、人は大抵受け入れてしまうものである。

おまけに、木の葉だけではなく中忍試験にスパイとして潜り込んできた他の里にも、ナルト=霧とアピールできるチャンスでもあった。

 

「なあなあ、ハク、再不斬と水影の姉ちゃんは何話してるんだ?」

「そうですね……わかり易く言えば、ナルトくんが中忍試験で目立てば目立つほど、木の葉に対しても後腐れなく、ナルトくんを霧の忍として、認めてもらえるようになるということです」

「なるほど〜」

 

ハクは内心、わかってないだろうな……と、その返事を聞いて思ったが、同時にナルトなら、やることはやってくれるとも信じていた。

 

「そういう訳です。皆さん、長旅で疲れたでしょう。今日はゆっくり休むといいですよ」

 

水影のその言葉を最後に今日は御開きとなったのであった……

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

重要任務!!雪の国へ、いざ行かん!!

ナルト達が第一班に配属されてから、二日後。

火の国、木の葉の火影室では、写輪眼の副作用から回復したカカシが波の国から帰還し、ヒルゼンに任務の報告書を提出していた。

 

「以上が今回の任務の報告となります」

「うむ、ご苦労じゃったなカカシ……」

「すみません、無理にでもナルトを連れ戻すべきかと考えたのですが、水の国との関係に亀裂を走らせる可能性を考え……」

「カカシよ、己を責めるでない。お主の判断は正しかった。実は数時間前に水の国から親書が届いたのじゃ」

「どのような内容でしょうか?」

「木の葉と同盟を結びたいとな。その証として、今回、木の葉で行われる中忍試験にも参加すると確約された」

「霧が木の葉と同盟を!?」

「うむ……カカシよ。此度の中忍試験荒れるやも知れんな……」

「はい……」

 

封印の書の事件の時、ヒルゼンは自らが動けばナルトの立場をさらに悪化させる危険性を考慮して、水晶を使って観察していながらも行動に移さなかった。

結果は、ナルトの里を抜けである。

そのことを知った時は本当に後悔した。

何故動かなかったのかと……

だが、今はナルトのこと以上に木の葉は問題の山積みであったため、思考を切り替えなければ……と、覚悟を決めた。

 

 

 

一方、水の国では……

 

「水影の姉ちゃん! もっと凄い任務がやりたいってばよ!」

 

と、ナルトが五代目水影・照美メイに駄々っ子しているところであった。

霧隠れ第一班は、この二日間。

いくつかのDランク任務をこなしていたのだが、下忍になったばかりとはいえ、ナルトもハクも長十郎も新人としては優秀過ぎたため、簡単な任務に退屈を感じていたのだ。

しかし、下忍に与えられる任務はランクの低いものとルールで決められている。

 

「ナルトくん、キミはこの間下忍になったばかりです。簡単な任務なのは仕方ありません」

 

丁寧な口調でナルトを諭そうとするメイ。

しかし、悩みの種は一つではなかった。

 

「メイ、ナルトの言うとおりだ! この霧隠れの鬼人と恐れられたオレが、芋掘りに、子供の世話に……やってられるか!!」

 

ナルト以上に駄々をこねる再不斬に、メイはさらに頭を痛めた。

続けてナルトが、

 

「お願い、水影の姉ちゃん! 水の国最強で、一番美人な水影の姉ちゃん〜、もっとマシな任務頂戴!」

「一番美人!?……いいでしょう。ではナルトくん達、第一班にはCランク任務、ある方の護衛を頼みます」

 

ついに、第一班の言い分にメイの方が折れた。

それに対し、ナルトと再不斬は喜びの声を上げ、

 

「やったああ! 護衛? 誰々? もしかしてお姫様とか?」

「ふん、ちょっとは歯応えのある任務何だろうな?」

 

ハク、長十郎は申し訳なさそうな顔で、

 

「ナルトくん、再不斬さんも。五代目様に失礼ですよ」

「あわわわわ、すみません水影様!」

 

Cランク任務に色めきたつ第一班。

盛り上がってるあたり、内心ハクと長十郎も喜んでいるのであろう。

メイはそんなナルト達に苦笑しながら、ある映画のチケットを手渡した。

 

第一班初の重要任務の始まりである。

 

 

 

嵐舞う荒野。

数多の武者達が傷つき、得物に刺され、骸と化した廃墟。

 

「オレ達は……どこにもたどり着けない」

「無理だったんだ……こんな旅は……」

「ここまでだ……もう、諦めよう」

 

無数に転がる仲間の亡骸。

希望のなくした瞳にそれを映し、諦めの言葉を口にする三人。

ナルトはその光景をただ茫然と見ていることしかできなかった。

手を伸ばせない自分が歯痒かった。

誰かいないのか!

そう拳を強く握った時……

 

「道はあります」

 

誰もが諦めた戦場において、迷いなく立ち上がる者がいた。

激戦の中、その身を血で汚しながらも、なお美しさを感じさせる翠色の装束を身に纏った女性。

風雲姫が立ち上がり、剣を掴む。

 

「信じるのです。必ず探し出せると」

 

絶望の渦中にありながら、それでもなおその瞳には希望の光が宿っていた。

だが、そんな風雲姫とは裏腹に、先ほど諦めの言葉を口にした家来の一人が、

 

「しかし……姫」

 

倒れ伏したままの姿で、力なく言った。

吐き捨てるように、もう終わりだと。

しかし、風雲姫は言葉を投げ続ける。

 

「諦めないで!」

 

その姿に三人の家来が首を動かす。

それと同時だった。

突如、突風が発生し、風雲姫達に襲いかかったのは……

轟々とした嵐の中、勝ち誇った声が降り注ぐ。

 

「はははは、風雲姫よ! 貴様らにはこの先へ行くことなどできぬのだ!」

 

大振りな杖を手に、崖の上から声を発していた人物の名は魔王。

幾度となく風雲姫一行の旅路を妨害してきた諸悪の根源。

その魔王が下卑た笑みを浮かべ、風雲姫を見下し、見下ろしていた。

プライドが許さなかったのだろう。

先ほどまで地に伏し、動けなかったはずの家来達が己の気力を振り絞り、立ち上がった。

 

「魔王!」

「まさか、この嵐も貴様が!」

 

その問いに返事はなかった。

答えの代わりに、魔王が杖を振るう。

すると……

残骸と化し、骸と化していたはずの鎧武者達が武器を手に取り、

 

「…………」

 

風雲姫に襲いかかった。

それを見たナルトは思わず叫ぶ。

 

「危ない! 風雲姫!」

 

風雲姫は自身を斬り裂こうとする鎧武者の斬撃を、紙一重で躱し、

 

「ハッ!」

 

気合い一閃。

剣から放たれた衝撃波が、鎧武者を吹き飛ばした。

だが、息をつく暇はない。

鎧武者はその一体だけではなく、何十体と現れていたのだ。

 

「諦めるがいい! 観念するがいい、風雲姫!」

 

絶望を撒き散らす魔王。

しかし、風雲姫はその魔王に剣尖を突きつけ、真っ向から言い放った。

 

「私は諦めない! この命ある限り、その全てを力に変え、必ず道を切り開いてみせる!!」

 

次の瞬間。

風雲姫の身体から特殊なチャクラが溢れ出す。

七色の光が煌めき、輝きを放っていた。

 

「姫!」

「七色のチャクラが燃えている」

「行こう! オレ達もチャクラを燃やすんだ!」

 

風雲姫の元に部下達が駆け寄る。

それを見た魔王は薄笑いを浮かべ、

 

「笑止!!」

 

杖から生み出されるは暗黒の波動、風雲姫を倒すためだけに出現する黒き奔流。

魔王のどす黒いチャクラが竜巻となり、風雲姫に襲いかかった。

黒い旋風。

その全てを飲み込まんとする黒い竜巻を――風雲姫達は正面から迎え撃った。

七色のチャクラを込めて。

 

「ハァアアアア!!」

 

黒の衝撃波は七色の防壁によって阻まれ、次第にその威力をなくし、霧散していく。

風雲姫は力の限りを振り絞り、魔王の一撃に耐えてみせた。

そして、今度は反撃といわんばかりに七色のチャクラを刃に纏わせ、

 

「ば、バカな……」

 

虹の光が一筋の閃光を放ち、魔王を討つ!

 

「くっ……ぬ、ぬおおおおお!」

 

魔王は放たれた光の矢をまともに受け、空の彼方へと消し飛んでいった……

 

雲は晴れ、嵐は去り、空に大きな虹がかかった――

 

 

「く〜っっやったああ! いいぞ風雲姫! よくやった! やっぱ正義は勝つんだよ」

「こらァ! そんなところで何やってんだ!」

 

突然怒鳴られたナルトは……

あわわわわと慌てふためき、思わず張りついていた“映画館”の天井から落ちてしまった。

少し涙目になりながら、頭を押さえて、

 

「イテテテテ…なんだよ、急に!」

「なんだよじゃねえよ! 忍びこんでタダ見しようとは不貞小僧だ!」

 

ナルトを怒鳴りつけて来たのは映画館の支配人だった。

周りの客もざわざわと騒ぎ始める。

そこで、同じように天井に張りついていたハクと長十郎が降りて来て、

 

「待って下さい」

 

ナルトの無実を代弁をする。

 

「チケットならあります」

「ん? これは水影様の印!? そうか、霧の忍者か……だが、静かに見てくれないと他の人に迷惑かかるだろうが!」

 

支配人のもっともな言い分に、ナルトはバツの悪そうな顔で、

 

「ご、ごめんってばよ……」

 

一騒動を起こしつつ、ナルト達は逃げるように映画館をあとにした。

 

 

映画を見終わった後。

ナルト達は映画館の裏にある一角の空き地に座り込み、待ち合わせの約束をしている再不斬が来るのを、今か今かと待ちわびていた。

 

「……再不斬先生、遅いですね」

 

そう呟いたのは長十郎だった。

 

「確かに……あの後、僕たちだけにチケットを渡して、五代目様に任務について詳しく尋ねると言っていましたが……」

 

同じく暇を持て余していたハクが返事をする。

そして、

 

「はあー、よかったなあー、さっきの映画。どこかにいねーかなぁ、風雲姫みたいなお姫様。あんなお姫様のために戦えるなら忍者も本望だよな〜」

 

ナルトは映画を見終わってから、ずっと空を見上げ、感動に浸り続けていた。

そんなナルトに、少し微笑みを浮かべながらハクが近づいてきて、

 

「ふふ、ナルトくん。さすがにそれは難しいのではないでしょうか?」

「わかってるってばよ、ハク。でも憧れるじゃん、ああいうの……」

 

映画の中だけの話。

風雲姫だって、現実の世界には存在しない。

いくらナルトでも、それぐらいの事はわかっていた。

わかっていた……んだけど、男ならやっぱり憧れる訳で……

すると、ナルトの言葉に釣られた長十郎が一つ頷き、

 

「ですが、ナルトさんの言うことも少しわかります。男なら姫のために戦いたいものです!」

「お! さすが長十郎。やっぱ憧れるよなぁ」

 

などなどと。

そんな歓談をしている時だった。

丁度壁の向こうから、時代劇よろしく、ぱからぱからと馬の足音が聞こえてきたのは。

その蹄鉄の音にナルト、ハク、長十郎の三人が少し警戒しながら身構える。

何故こんな町中で、馬の足音が聞こえてくるのか? と考えていたら……

突如。

思いも寄らぬ方向から人影が入り込んだ。

壁の向こうから飛び越えてきた人物――白馬に乗った風雲姫の姿が三人の瞳に映り……

信じられない光景に、思わず目を見張るナルト達。

 

「ふ、風雲姫!?」

 

我を忘れ、その姿に見惚れてしまった。

だが、次の瞬間、その顔は忍のものとなる。

なぜなら……

 

「追え! 絶対に逃がすな!」

 

壁を乗り越えてきた人物が一人ではなかったからだ。

風雲姫のあとを追いかけるかのように、これまた映画と同じく黒い馬に乗った鎧武者達がぞくぞくと現れる。

事態の把握はできないが、取り敢えず風雲姫を助けなければと、満場一致で首を縦に振り、速やかに行動を開始する第一班であった。

 

白馬に乗り、町の中を疾走する風雲姫。

だが、数の有利をいかした鎧武者達がついにその身を捕らえようと挟み撃ちに成功し、投網を投げた。

しかし……

 

「させません!」

 

投げられた縄はハクの千本に断ち切られ、細切れになる。

自由を得た風雲姫はさらに逃亡を続けた。

 

「足を止めるな、裏口に回り込め!」

 

鎧武者のリーダーと思われる男が指示を出す。

それを聞いたハクが何人かの鎧武者を拘束しつつ、

 

「ナルトくん、長十郎さん、ここは僕が押さえます。二人は姫様を」

「わかったってばよ!」

「わかりました!」

 

ナルトと長十郎の二人はその場にハクを残し、風雲姫が駆け抜けた方向へと援護に向かった。

屋根の上を跳ねるように駆け、階段を下り、少し拓けた場所に出る。

そこで固まっていたのは、またもや大量の鎧武者に捕まりかけている風雲姫であった。

状況をすぐに理解した長十郎が逸早く動き、風雲姫と鎧武者達の間に刀を投げ、さながら姫を守る近衛のように降り立つ。

それを見た風雲姫は馬の手綱を引き、方向転換する。

またもや人気の少ない方角へと馬を走り始めた。

それを確認した長十郎が、いつになく気合いの入った声で、

 

「ナルトさん、ここは僕が死守します!」

 

ナルトはそれに頷き、

 

「わかったてばよ!」

 

一人で風雲姫の後を追うのであった。

 

 

逃走劇の後。

川辺で休息を取り、白馬に水を飲ませる風雲姫の後ろ姿を、ナルトはすぐに見つけることができた。

むしろ困ったのはその後だ。

だって、映画の登場人物が目の前にいるのだ。

何て声をかけるべきか……

取り敢えず握手して欲しい!

それから、それから……と一分近く妄想に浸ってから、ようやく最初のセリフを決めた。

ナルトはそっと手を差し出し、

 

「お怪我はありませんか? 姫」

 

頑張ってかっこつけてみた。

が、やっぱり性分に合わず、ナルトはいつも通り人懐っこい笑みを浮かべて、

 

「……なんちゃってな! 姉ちゃん、本物の風雲姫だよな? オレさ、オレさ、姉ちゃんの映画見てたらすっげぇー感動したってばよ! 『諦めないで!』って、涙が止まらなかったってばよ!」

 

と、手まで使いながら自身の感動を伝える。

だが風雲姫はそんなナルトを無視して、

 

「…………」

 

無視して……白馬に跨り、

 

「…………」

 

完膚なきまで無視して、無表情のまま馬に跨り、一言もくれず、一目の視線も合わせず……手綱を引き、走り去って行った。

 

「あれ? 」

 

聞こえなかったのか?

いやそんな訳がない……目の前にいたのだ、気づかない訳がない。

つまり、わざと無視された訳で……

ナルトはへこんだ。

酷い……酷過ぎるってばよ!

だが、しかし、この程度で諦めるナルトではなかった。

少し遠ざかった風雲姫の姿を確認し、僅かに闘争心を燃やしながら、チャクラを練る。

足にチャクラを巡らせ、加速し、ナルトは瞬く間もなく疾走する白馬に追いついた。

が、そんなナルトに風雲姫は目もくれず、馬に鞭を打ち、スピードを上げようとする。

これ以上引き離されるのはゴメンだ。

だからナルトは今もなお走り続けている馬の後方に身を寄せ、空いたスペースに飛び乗ってやった。

見事、馬の背中に着地を成功させる。

そこで初めて風雲姫はナルトの方を振り返り、驚きの顔を見せた。

が、すぐにその顔は無表情に戻り、また前方へと向き直る。

だけど、そんな事はお構いなく。

ナルトは一方的に話を切り出した。

 

「姉ちゃんの映画見てたらさ、オレもやる気が出てきたんだ! 絶対に四代目火影を越える忍になるって! ああ、四代目火影ってのはオレが今まで見てきた忍者の中で一番凄い忍で……」

 

と、後ろから声をかけるナルト。

だが、風雲姫が耳を傾けることはなく、ただただ風を切るように街道を疾走し続けた。

しかしその速度は、町中を駆け抜けるには少しばかり速かった。

いや、速過ぎた。

馬が駆け抜けるごとに、物は破壊され、人々から悲鳴の声が上がり、町にはどんどん被害が拡大していく。

さらに、そのスピードは緩まるどころか、加速し始め……

ナルトはなんとか風雲姫の腰にしがみつき、

 

「姉ちゃん、ちょっとスピード出し過ぎじゃねーか、これ」

 

このままでは事故を起こしてしまう。

と、ナルトが言おうとした時、物陰から子ども達が飛び出てきて……

 

「危ねえっ!」

「くっ!」

 

ギリギリのところで手綱を引き、馬を止める。

だが、急ブレーキの反動により、乗馬していたナルトと風雲姫の体は勢いよく宙に投げ出されてしまった。

このままではマズイ。

咄嗟の判断でナルトは風雲姫を庇いつつ、地面に転がる形で受け身を取った。

 

「あ、危なかったってばよ……」

 

風雲姫の無事を確認した後、続けて周囲に目を配る。

怪我人は出ていない。

どうやら寸前のところで衝突事故は免れたようだ。

最初、事態を把握していなかった子ども達はきょとんとした顔をしていたが、次第にその目に風雲姫に止まり……

 

「あっ、 風雲姫だ!」

「すっげえー、本物だ!」

「風雲姫だ! 風雲姫だ!」

 

わらわらと集まり出す。

そんな子ども達に、風雲姫は素っ気ない態度を隠そうともせず、

 

「私は風雲姫なんかじゃないわ」

 

と応えるも、子ども達は先ほどのナルトと同じく、お構いなしに用紙とペンを取り出し、

 

「知ってるよ。 女優の富士風雪絵でしょ、私ファンなの!」

「サインちょうだい!」

「サイン、サイン!」

「僕も〜」

 

ん? サイン?

そうか、その手があったか!

 

「オレも、オレもサインくれってばよ!」

 

だが、風雲姫がペンを取ることはなく、冷たい口調に、少しばかり怒気を混ぜ、

 

「私はサインなんかしないの!」

 

語尾を僅かに強めて、そう言った。

ここにきて、ようやくヤバイ空気を感じたナルトだったが、子ども達が人気女優を前に止まる訳もなく、

 

「え〜、ちょうだいよ〜」

「女優なんだからサインぐらいしてよ!」

 

子どもにとっては何気ない一言だったはずだ。

けれど、風雲姫はもはや怒りを隠そうとせず……

 

「いい加減にして!!」

 

怒鳴り声が響き渡った。

わいわいしていた場が一気に静まり返る。

笑顔は消え、中には涙をこらえる子どもすらいた。

 

「私のサインなんか貰ったってどうしようってのよ! どうせ片隅に置き忘れて埃でも被ってるのが関の山でしょ! 何の役にも立たない、下らない物じゃない! バカみたい……」

 

もう、サインをねだる子どもはいなかった。

子ども達を押し退け、その場を去る風雲姫。

それを見ていた町の大人達は、

 

「嫌ね〜、気取っちゃって」

「何か幻滅……」

「ちょっと売れてるからって天狗になってんじゃないの?」

 

と不満をもらしていた……

 

 

その頃、ハクと長十郎は再不斬と合流し、映画館のスタジオまで来ていた。

先ほど、風雲姫を追いかけていた鎧武者達も一緒に……

その理由は……

再不斬が今回の任務について説明を始める。

 

「今回の任務は風雲姫を演じる映画女優、富士風雪絵の護衛だ」

 

再不斬の説明に、助監督を名乗る男が補足を加えた。

 

「今度の風雲姫は初の海外ロケなんスよ。でも、肝心の富士風雪絵があの調子でね〜」

 

富士風雪絵。

それが映画、風雲姫シリーズの主役であり、女優である彼女の名前であった。

続けて、その風雲姫シリーズの総括であり、映画監督でもあるマキノが感心した声音で、

 

「それにしてもさすが霧の忍者だ。ボディーガード兼スタントマンとして雇っていたうちの手練れ共を、ああも簡単にやっつけちまうとはな……」

「すみません。早とちりをしてしまい……」

 

ハクは褒められているのか、怒られているのかわからず、苦笑しながら謝った。

つまるところ先ほどの鎧武者達は、仕事の途中で逃げ出した風雲姫あらため、富士風雪絵を追いかけていた、善良なスタッフ達だったのだ。

町中であんな格好した連中を見かけても、悪者にしか見えないのだが……

と――

話題を変えようと、ハクはスタジオ内を見回し、ある写真を見つける。

 

「これ、凄い絶壁ですね……」

 

そこに映っていたのは、一面の氷の世界だった。

見たこともない大きさの氷壁。

しかも、その氷壁は一つだけではなく、六柱も存在していた。

氷に縁のあるハクから見ても、幻想的な風景であった。

 

「今度の完結編はそこで撮影するんスよ」

「なるほど。凄い映画になりそうですね」

「ここにいる、マネージャーの三太夫さんのオススメでね」

 

助監督に三太夫と呼ばれたマネージャーがこちらに頭を下げる。

老眼鏡をかけた優しそうな人であった。

 

「それは雪の国にある虹の氷壁と言って、春には七色に輝くのです」

「それは是非見てみたいですね……」

 

三太夫の説明に興味を示すハク。

そこに長十郎も別のスタッフに質問を重ねて、

 

「あ、あの。こんな凄い映画の女優役に抜擢されているのに、雪絵さんはどうして逃げたんでしょうか?」

「さあ? 雪絵ちゃんはやる気とか、あんまりない子だからね……」

 

長十郎の質問に首を傾げるスタッフ達。

すると、会話に耳を傾けていたマキノが厳かな声音で口を開いた。

 

「だが、仕事をすっぽかすような女じゃなかった。私生活がどうだろうが知ったこっちゃない。カメラを向けた時に最高の演技が出来りゃ文句はねえ! あいつは生まれついての女優だ」

 

マキノの重い言葉に、場が静まる。

その言葉に付け足すようにスタッフの一人がぼそりと呟いた。

 

「……そういや、雪の国に行くと言ってからですよね? 雪絵が逃げ回るようになったのは……」

 

雪絵の仕事に対する姿勢には難色を示すスタッフ達。

だが、監督の言う通り、女優としての才能は誰もが認めている事実であった。

さらには、今は逃げ回ってばかりいるが、それも雪の国に行く話が出てからのことらしく。

スタッフ達もどうしてか疑問に思っているのであった。

 

様々な思惑が犇めく中。

霧隠れ第一班、初の長期任務はこうして始まったのだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャクラの鎧

雪絵は一人静かにバーの席に腰をかけ、浴びるように酒を飲んでいた。

彼女の服装はサングラスに、長袖の真新しい白いコート、いわゆる芸能人がお忍びで外出する時の定番であった。

早い話、雪絵はまた仕事から逃げ出していたのだ。

当然、映画関係者はみんな捜索に駆り出されていたのだが……

当の本人である雪絵は、

 

「冗談じゃないわ……」

 

いつも肌身離さず、胸元にかけている六角水晶のペンダントを眺めて、

 

「誰が雪の国なんかに……」

 

酒を飲み、愚痴をこぼしていた。

だが、任務を言い渡された以上、女優一人の事情に左右される訳にはいかない。

あれからナルトは再不斬達と合流して、雪絵の行方をずっと探していたのだ。

そして、ついに居場所を突き止め、バーの中へと突撃した。

 

「見つけたぞ、風雲姫! よくも男の純情を踏みにじってくれたな! 女優様がどれだけ偉いか知らねえーが、オレは絶対、許さねーぞ!」

 

結局サインも貰えず、ナルトは憤慨していた。

任務というより、若干私怨も込めて文句を言う。

が、雪絵にナルトの気持ちは届かず……

やって来たナルトに酔眼の眼差しを向け、

 

「女優様? 偉い? くくく、はははは! バッカみたい……女優なんて最低の仕事、最低の人間がやる仕事よ……人の書いたシナリオ通りに嘘ばっかりの人生を演じて……ほんと、バカみたい」

「……姉ちゃん、酔ってるのか?」

「うるさいなあ! とっとと消えて!」

 

ナルトと雪絵が睨み合う。

そんな二人の間に入ってきたのは、少し遅れて駆け込んで来た再不斬達と三太夫であった。

三太夫は息を切らしながら、雪絵の側に駆け寄り、

 

「雪絵様、もうじき雪の国行きの船が出航します。さあ、急ぎませんと」

 

しかし雪絵は、必死に語りかける三太夫から目を逸らし、飲みに酒を満たしながら……

ぽつりと呟いた。

 

「……風雲姫は降りるわ」

「そ、そんな!」

 

突然の話に長十郎が困惑する。

続けて三太夫が雪絵に詰め寄り、

 

「何を言っておられるのですか!」

「ほら、役が途中で代わることなんてよくあることじゃな……」

「黙らっしゃい!!」

 

今まで温和に話していた三太夫が声を荒げる。

その迫力はナルト達も気圧されるほどであった。

 

「この役は、この風雲姫の役をやれる役者は雪絵様以外にはおりませぬ!」

「………………」

 

雪絵は一瞬迷う素振りを見せながらも、すぐに視線を逸らし、逃げるように顔を背ける。

そんな雪絵の態度に、我慢の限界がきた再不斬が強行手段にでた。

 

「グチグチうるせェ。綺麗な女は嫌いじゃねーが、我が儘な女は論外だ。しばらく眠っとけ」

 

そう言って、雪絵の首に手刀を入れ、気絶させた。

 

 

 

「そうか、六角水晶を持っていたか」

「女優、富士風雪絵が風花小雪であることは間違いないようです」

「この十年探し続けた甲斐がありましたね」

「ふん、小娘一人だったら楽勝だぜ!」

「小雪にはあの桃地再不斬が護衛についているそうだ」

「最近、霧隠れの里に戻った、忍刀七人衆の一人か」

「へえ〜、面白いことになりそうじゃない」

 

雪の国では、既に再不斬達の情報を握り、雪絵の持つ六角水晶を狙っている輩達が、今か今かと待ち構えていた……

 

 

 

窓から差し込まれた光に、雪絵は気怠さを感じながらも、目を開け、ベットから身体を起こした。

酒を飲み過ぎたのか、頭がクラクラしている。

気のせいか足元もおぼつかない。

暫くすると、雪絵が目覚めたことに気づいたのか、扉をノックする音が聞こえた。

鍵を開けると、マネージャーである三太夫がお盆を抱えて、部屋に入って来る。

その姿をちらりと確認してから、雪絵は片手を額にあて、

 

「三太夫、お水持ってきて……頭がクラクラする……気のせいかまだ揺れているみたいな感じ」

「それは気のせいではございません」

 

雪絵に水を差し出しながら、三太夫は静かに応えた。

 

「え?」

 

そこで雪絵は冷静になる。

自分が眠りにつく前の状況を思い出す。

雪の国へ、出航……

慌ててベッドから飛び降り、扉を開けた雪絵を待っていたのは、

 

「何なのよ、これ〜!?」

 

絶えず吹き荒れる風と一面の海であった。

 

 

雪絵が起きた知らせを受け、船の上では映画を撮るための準備が進められていた。

船上セットと言うらしい。

様々な小道具に、いくつものカメラ、スタッフ達が慌ただしく動いている。

そんな様子を邪魔にならないよう、端っこの方で静かに見守る霧隠れ第一班。

そんな中、ナルトは一人の人物に目を止める。

衣装の着こなしをしている雪絵であった。

ナルトはそれをぶすっとした顔で眺め、

 

「オレってば、あの姉ちゃん苦手だってばよ」

 

結局サインも貰えず、ナルトは完全にふて腐れていた。

そんなナルトを見下ろしながら、再不斬も同意するように、

 

「奇遇だな、ナルト。オレも同じだ。だが、任務である以上、何があっても守ってやらなければならない」

 

すると、再不斬の言葉に疑問を感じた長十郎が、

 

「再不斬先生、そんなに肩肘張らなくても大丈夫なのでは? Cランク任務ですし……」

「確かにランクはCランクとされている。だが、映画女優みたいに有名な奴は誰に狙われても不思議じゃない上に、敵も予想しづらい。長十郎、くれぐれも油断するんじゃねーぞ」

「す、すみません」

 

そんな会話をしている間に、撮影の準備が終わり、ついにカメラが回り始めた。

 

「よし! 気合い入れてけ! テストからフイルム回していくぞ!」

「おう」

「はい! シーン23、カット6、テイクワン。アクション!」

 

その瞬間。

富士風雪絵は風雲姫になる。

 

「獅子丸、しっかりして!」

 

風雲姫は今にも事切れそうな獅子丸の服を掴み、必死な声音で呼びかける。

そんな姫の顔を焦点の定まらない瞳で見つめ、獅子丸は最後の命を振り絞り、

 

「姫様……お役に立てず、申し訳ありません」

「何を言うのです! あなたのお陰で私達はどれ程、勇気づけられてきたことでしょう」

「姫様……一緒に虹の向こうを見たかった……」

「獅子丸っ!!」

 

圧倒的な空気。

場の流れの全てを風雲姫が支配していた。

まるで、自分達まで"映画の世界に入り込んだ"と、忍であるナルト達が錯覚を覚えるほどに。

とても演技とは思えなかった。

先ほどまで文句ばかり言っていた再不斬とナルトですら言葉をなくし、息を呑んで、

 

「すげェな……今までの我が儘な女とは別人じゃねーか……」

「現実の姉ちゃんとは全然違うってばよ……」

 

雪絵の作る世界に、完全に引き込まれていた。

そんなナルト達に向かって、淡々と、でもどこか誇らしげに三太夫が語る。

 

「あれが雪絵様です。一旦カメラが回り始めたら、あの方の演技の右に出るものはおりません……」

 

その言葉に無言で頷くナルト達。

雪絵の一挙手一投足から視線を外せなくなっていた。

これが映画女優の実力。

と、雪絵の評価を改めていた時……

 

「はい、止めて〜」

 

撮影が開始される前の雰囲気に戻った雪絵。

スタッフ一同が思わず、がくっとずっこける。

 

「「「はあ?」」」

「何なんッスか?」

 

打ち合わせでもしていたかのようなリアクションをとるスタッフ達……を無視して。

雪絵が手招きをする。

 

「三太夫、涙持ってきて、涙」

 

慌てて目薬をさしに行く三太夫。

そして……

 

「こぼれる、こぼれる、早く回して」

「しょうがねーな……おい、寄りで抜くぞ」

 

マキノの指示で撮影が再開される。

あまりのギャップに、現実へ引き戻されたナルト達が雪絵の評価を改めるのは、もう少し先の話であった……

 

 

 

次の日。

目を覚ました一同に待ち構えていたのは……

 

「監督〜 大変ッス! 進路が塞がれてるッス!」

 

船の進む先に、小さな山ほどの氷が壁となっており、海路の足止めをしていた。

舵を切ろうにも、辺り一面が氷に覆われており、遠回りになるのは必然的である。

 

「どうしましょう?」

 

予定外の事態に慌てた様子の助監督。

しかし、マキノは助監督の言葉には応えず、ただ真っ直ぐに氷山を眺め、目を見開き、叫んだ。

 

「きたーー!! 化けるぞ! この映画!」

「えっ? 監督?」

「バカ野郎!! 見ろ! この絶好のロケーションを! ここでカメラを回さねえでどうする!」

「ええ!?」

「こういうのを映画の神様が降りてきたっていうんだ! 総員、上陸準備!!」

 

マキノの一言で、船にいた一同全員が氷の大地へ降りることになった。

慌ただしくも、スタッフ達は慣れた手つきで撮影道具を用意していく。

準備が整ったところで助監督がシーンナンバーを叫び、

 

「シーン36、カット22、アクション!」

 

映画・風雲姫の撮影が始まった。

 

「くははは、ついにここまで来たか、風雲姫!」

 

毎度お馴染みの高いところから、杖を振り上げ、風雲姫を見下ろす魔王。

 

「お前は、魔王!」

「姫様、お下がり下さい!」

「奴はオレ達が!」

 

姫を守ろうとする家来達。

そんな相手に魔王は不敵な笑みを浮かべ、

 

「クズどもが何人束になろうと、ワシの相手になるものか!」

 

と、魔王が指を突き付けた……瞬間。

ドカーン!!

氷山の一部が爆発した。

その爆発は演技でもなければ、演出でもない。

それは再不斬の投げ込んだ起爆札付きのクナイによるものであった。

雪絵の前に立つ再不斬に、事態を理解出来ていない助監督が文句を言う。

 

「何してんだよ! あんたー!」

「うるせーな。死にたくなかったら全員今すぐ船の中に引っ込め!」

 

雪絵達に背を向けたまま、再不斬は怒声を上げる。

何故なら、それほどまでに緊迫した事態が目の前に迫っていたからだ。

その直後。

爆発が起こった箇所の雪が不自然に盛り上がり、そこから白い鎧を身に纏った長身痩躯の男が姿を現した。

 

「ようこそ、雪の国へ」

「誰だか知らねーが、オレ様と殺ろうって……!?」

 

そこで再不斬はまだ敵がいるのを察知する。

そちらに顔を向けると、白い鎧を身に纏った小柄な女が立っていた。

気配の消し方からみて、間違いなく忍だ。

そのくノ一が雪絵に顔を向け、

 

「歓迎するわよ、小雪姫。六角水晶は持ってきてくれたかしら?」

「小雪?」

 

聞いたことのない名に、再不斬は首を捻る。

どうやら突如現れた忍達と護衛対象である雪絵には、再不斬達の知らない因縁があるらしい。

情報を聞き出してみるか。

と、再不斬が問いただそうとした時……

 

「チィッ、まだいやがったのか」

 

今度は少し離れた地面の下から敵の気配を察知する。

バレたことに気づいたのか、大柄の熊みたいな男が自ら這い出てきて、

 

「はははは、さすがは桃地再不斬! これ以上は近づけないか!」

 

白い鎧を身に纏い、雪の中から姿を現した。

さすがに三人の相手をしながら雪絵を守るのは不可能、と判断した再不斬は、

 

「ハク、ナルト、長十郎。お前らは雪絵を守れ! そしてさっきも言っただろうがァ! テメェら死にたくねーなら、とっとと船に戻りやがれ!」

 

部下達に指示を出し、未だに突っ立っているスタッフ達に少し殺気を浴びせた。

ようやく状況を理解した連中が、急いで船に戻り始める。

すると、それまで黙っていた長身痩躯の男が、

 

「オレは雪忍のナダレだ。再不斬、お前はオレの相手をしてもらおう。フブキ、ミゾレ、お前達は小雪姫を頼んだぞ」

 

名乗りを上げた後、くノ一のフブキと熊男のミゾレに指示を出し、再不斬の方へ近付いてきた。

再不斬もそれに応えるように、雪山を駆け上がり、

 

「クククク、オレを知って喧嘩売るとは命知らず知らずな野郎だ……」

「霧隠れの鬼人の力、試させてもらおう」

 

そう言った――途端。

首斬り包丁を構え、切り込む再不斬。

それを鎧の籠手で受けるナダレ。

二人は何度も攻防を繰り返し、氷山を駆け上がっていく。

それを見ていたナルト達は雪絵を卍の陣で守るように囲み、

 

「なんだかわかんねぇが、映画みたいになってきたぜ! 風雲姫の姉ちゃんはオレが守ってやるってばよ!」

 

そう言った側から、雪忍の一人である熊男のミゾレがスノーボードに乗って、雪絵を狙いに向かって来た。

ナルトはホルスターからクナイを取り出し、これ以上の接近を許さないと、先に攻撃を仕掛けた。

真っ直ぐこちらに突っ込んで来たミゾレに向かって、クナイを投擲する。

しかし、ミゾレはナルトの放ったクナイに眉一つ動かさず、避けようとすらしなかった。

何故なら躱す必要がなかったからだ。

ガキンッと甲高い金属音が鳴る。

ナルトの放ったクナイは、ミゾレの体に当たる直前、何か見えない不思議な力に弾かれ、無力化された。

ミゾレは薄ら笑いを浮かべ、

 

「行くぞ、小僧!」

 

雪上を滑るスノーボードが加速し、そのスピードのままナルトに突進してきた。

 

「ナルトくん!」

 

ハクが千本で援護するも、またもや見えない力で弾き飛ばされる。

相手の能力に疑問を感じながらも、さらにナルトを援護しようとしたところ、

 

「アナタの相手はこっちよ」

 

ハクの方にも雪忍の一人である、くノ一のフブキが術を繰り出してきた。

 

「氷遁・ツバメ吹雪!!」

 

氷でできた無数のツバメが、ハクを切り裂こうと縦横無尽に襲いかかる。

なんとか回避したハクだが、その顔には困惑と驚愕の色が混じりあっていた。

 

「氷遁!? バカな! あれは雪一族にしか使えないはず」

 

雪一族。

ハクの一族の名であり、忌々しい血継限界の血筋を宿す一族。

メイが水影に就任する前までは、水の国で血継限界を持つ者は悪魔と称され、忌み嫌われ、恐れられていた。

雪一族も例外に漏れず、終戦後まで利用され、その後は守ったはずの人々からは迫害に遭い、ハクの母親を含め自分以外の一族は滅んだ……

少なくともハクはそう聞かされていた。

だからこそ、自分以外の忍が氷遁を使ってきた事実は驚愕に値する出来事であった。

常に冷静沈着なハクが戦闘中にもかかわらず、狼狽してしまうほどに。

だが、敵はそんな隙を待ってはくれない。

 

「氷牢の術」

 

巨大な氷の柱が次々と地面から出現し、ハクを捕らえようとする。

ハクが千本で反撃するも、フブキは自身の前に氷の壁を作り、いとも簡単に防いでしまった。

並大抵の攻撃では通用しないらしい……ならば、

 

「いいでしょう……僕も氷遁で負ける訳にはいきません」

 

ハクは印を結び、自身の後ろとフブキの後ろに氷の鏡を作る。

鏡の反射を利用した移動術で氷の柱を避け、フブキの背後を取った。

 

「なに!?」

「これで決めさせてもらいます」

 

勝負を終わらせようとするハクだが、相手の方が一手早く、逃げる準備を済ませていた。

鎧に備わっていた羽を使い、フブキはその飛行能力で空へと飛び去っていった。

 

一方、ナルトは……

ミゾレの体格にそぐわない、地形とスノーボードを利用した、この国で特化した素早い戦闘スタイルに翻弄されていた。

それでも何とか気合いで食らいついていたのだが、慣れない雪の上での戦闘も相まって、ついに動きを捉えられ、

 

「ぐはっ!」

 

雪の壁に激突するように殴り飛ばされた。

戦況の悪化を見て取った再不斬は、印を結びながらナルトの援護に向かい、

 

「ナルト! クソっ、水遁・水龍弾の術」

 

水の水龍が氷の下から出現し、ナルトを追撃しようと迫っていたミゾレの頭上から勢いよく襲いかかる。

しかし、その再不斬の術すらもミゾレは避けようとせずに、ただ掌を向けるだけで、

 

「フン」

 

打ち消してしまった。

水龍は欠片の殺傷力も持たないただの水となり、雨となって降り注ぐ。

 

「命に代えても撮り続けろ! 写真屋の意地を見せてやれ!」

 

再不斬達が苦戦している中、マキノ達は逃げながらも忍達の闘いを一部始終逃さないように撮影を続けていた。

再不斬は殆んどの船員が避難し終えたことをその耳で確認し、目では敵である雪忍達を見据えていた。

自分の術がいとも簡単にかき消されたことに再不斬は舌打ちし、

 

「チッ、どういうことだ? オレ様の首斬り包丁でも殆んど傷つかねぇどころか、忍術まで無効化しやがるとは……そのガラクタに秘密でもあるのか?」

「その通りだ、再不斬」

「ああ?」

 

再不斬の疑問に応えたのはナダレだった。

ナダレは自身が身に着けている白い鎧について説明を始める。

 

「このチャクラの鎧は体内のチャクラを増幅し、様々な術を強化してくれる。さらに、体の回りにはチャクラの壁が作られ、どんな忍術、幻術も通用しない」

 

と、丁寧に説明してくれたのは有り難いが、あまりの理不尽な能力に再不斬は眉を寄せ、

 

「チャクラの鎧だと? そんな物、霧隠れにも、いや、五大国のどこにも作られていねー物が、何故こんな雪の国なんかにありやがる」

「ふん、五大国が最強を名乗ってられるのも今のうちだけだ。時期に我々が忍の頂点に立つことになる」

「ご大層なご託を並べやがって」

「ご託かどうか、試してみろ。桃地再不斬」

「クククク、いいだろう」

 

再不斬とナダレが同時に術を発動する。

 

「水遁・水龍弾!!」

「氷遁・破龍猛虎!!」

 

水の龍と氷の虎が激突する。

だが、その二つが拮抗することはなく、再不斬の放った水龍は瞬く間に押し切られ、ナダレの術だけが再不斬に襲いかかった。

しかし、それは当然の結果であり、ハクと一緒に修行してきた再不斬にとっては当たり前の光景であった。

再不斬は相手の術を避けながら、しっかりとそれを観察する。

 

(チッ! マジで氷遁忍術だなァ。まさかハク以外にも使い手がいたとはな。しかも、オレ様と相性最悪ときていやがる)

 

氷遁忍術は水と風の性質を持ったチャクラを同時に使用することで発動する血継限界。

水のチャクラに風のチャクラが組み込まれた性質変化。

逆も同様で、つまり水と風の忍術では基本的に氷遁には絶対とまではいわないが、押し負け易いことが性質上決められていた。

あくまで術のレベルが同じで、なおかつ正面からぶつかった時の話だが……

 

再不斬がナダレとの闘いに苦戦していた頃。

長十郎はナルトに代わり、雪絵を狙って来たミゾレの相手をしていた。

 

「どうした小僧! その程度か!」

「くっ、くっそ! この人、強い」

 

自慢の刀で応戦するも、チャクラの鎧には傷一つつけられず、長十郎は殆んど防戦一方の戦いを強いられていた。

このままでは不味いと判断した長十郎は、未だに一人で突っ立ている雪絵に向かって、

 

「雪絵さん、早く逃げて下さい!」

 

と、撤退を促す。

だが、その声が聞こえていないのか、雪絵はただ立ち尽くし、忍達の闘いを見ていた。

すると、そんな雪絵を助けるため、後ろから三太夫が一目散に駆けつけに来て、

 

「姫様、御逃げ下さい! さあ、早く!」

 

と、腕を引っ張る。

その、あまりにも必死な三太夫の姿を見て、雪絵はようやくこのマネージャーが、雪の国で撮影をしようと言った本当の理由を理解した。

 

「三太夫……あなた……」

「さあ、姫様! このままでは危険です!」

「嫌よ! 死んだって構わない! 雪の国になんか行かない!」

 

頭を抱えて、悲痛な表情を浮かべながら、雪絵は拒否の言葉を叫んだ。

そこに、ナルトとハクが加勢しに戻って来て、

 

「我が儘言ってんじゃねーぞ、姉ちゃん!」

「ナルトくん、何か訳ありのようです。訳は後で聞くとして今は逃げることに専念しましょう」

「……わかったってばよ、影分身の術!」

 

ナルトは影分身を作り、雪絵や三太夫を含めた逃げ遅れた人達を抱えて、船の中に戻って行った。

そのやり取りを見ていた再不斬は、自分以外にも唯一残ろうとしてい長十郎に向かって、

 

「長十郎、今回はお前も引け。殿はオレがやる」

「わ、わかりました」

 

と、全員を撤退をさせてから、再不斬は最後の仕込みに取り掛かる。

それを察したナダレが再不斬の前に立ちはだかり、

 

「オレから逃げられると思っているのか? 再不斬」

「わりーな、最後まで付き合ってやりたいのは山々だが、今回は撤退させてもらうぜ」

 

そう言った直後、再不斬は先ほどと同じ印を結び始めた。

ナダレはそれを印すらも結ばず、余裕の表情で眺め、

 

「バカか貴様? お前の術はオレに効かないと教えたはずだが」

「バカはテメェだ。何も正面からぶつけるのだけが忍術の使い方じゃねーんだよ! 水遁・水龍弾!」

 

再不斬の術が発動し、再び水龍がうねりをあげる。

だが、今度の狙いは雪忍達ではなく、雪山の方であった。

 

「まさか!」

「そうだ、今回はテメーらを倒せずとも撤退できりゃあ文句はねェ。伊達に暗部達に追われて生き延びてはいねーんだよ……あばよ」

 

雪山に激突した水龍は、その衝撃で雪崩を発生させ、雪忍達の追手を見事防いでみせた。

第一班の奮闘のお陰でなんとか犠牲者を出さずに、船を出すことができたのであった。

 

「カーットォ!」

「いや〜、凄い映画が撮れたなぁ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

雪の国の民

雪忍達の襲撃を逃れた後。

寝込んでしまった雪絵を休ませるため、船を一度、近くの波止場で止めることになった。

しかし、船を止めた理由はそれだけではない。

船内にある一番大きな部屋。

そこには再不斬、ナルト、ハク、長十郎、三太夫、マキノ、助監督の七人がテーブルを囲み、席に腰をかけてきた。

話し合わなければいけない事があったからだ。

開口一番、再不斬は今回の襲撃について事情を知っていそうなマネージャーの三太夫を問いただす。

あの戦闘の途中、再不斬は自慢の聴力を活かして、雪絵と三太夫の会話を盗み聞いていたのだ。

 

「で、話してくれるんだろーなァ、三太夫さんよォ。依頼でウソを吐かれたら困るぜ」

 

暫く沈黙していた三太夫だが、観念したのか口を開き、静かに語り始めた。

 

「はい。実は雪絵様、姫様は正真正銘、この雪の国の跡継ぎなのです。私が姫様のお側にいたのはまだご幼少の頃でしたが……」

「なるほど。それでその姫様を狙って、さっきの雪忍とかいうふざけた連中が現れたわけか……本当の姫様の護衛となりゃー、下手すりゃAランク任務だぞ」

「「「Aランク任務!?」」」

 

今回の任務は映画女優の護衛で、Cランクに設定されていた。

それがいきなりAランクほどの任務と宣言され、ナルト達は驚きの声をあげる。

再不斬はさらに三太夫を問い詰め、

 

「だが、なぜ依頼でそう話さなかった? 見たところ、どこぞの橋作りのじじいみてーに金がねー訳じゃねェだろ?」

「いえ……黙っていたのは依頼でウソを吐くためではなく、姫様に雪の国について教えないためでした……」

「どういう意味だ?」

 

三太夫は頷き、遠い昔の夢を思い出す面持ちで、ゆっくりと語り始めた。

 

「先代のご主君であった風花早雪様は姫様を大層可愛がられており、雪の国は小さいながらも平和な日々を送っていました。あの十年前、ドトウめが反乱をおこすまでは! 」

 

ドトウ?

聞いたことのない名だった。

再不斬達の疑問を察してか、三太夫が話を続ける。

 

「ドトウは雪忍達を雇い、この国を乗っ取り、美しかった風花の城を焼き落としました。私はその時に、姫様もお亡くなりになったものとばかり……だからこそ、映画に出演していた姫様を見つけた時はどんなに嬉しかったことか……よくぞ、よくぞ生きていて下さったと……」

 

そう涙を流しながら語る三太夫。

しかし、その言葉を否定したのは……

扉の前に立ち、冷やかな視線を送る女性、

 

「……あの時死んでいればよかったのよ……いえ、生きてはいるけど心は死んでいる。あの時以来、私の涙は枯れてしまった」

 

雪絵だった。

涙が枯れてしまった……なるほど。

演技の時に目薬を要求した理由はそれか。

再不斬はこれまでの情報で、大体の流れを理解した。

雪絵の言葉に、三太夫は目頭を押さえてから、涙を拭き取り、話を続ける。

 

「私はその後、なんとか富士風雪絵のマネージャーとなり、姫様を雪の国へお連れする機会をうかがっていたのです」

「えっ! じゃあ、オレ達も騙されていたのか?」

 

空気を読み、今まで口を閉じていた助監督が驚きの声をあげた。

すると、突然三太夫は席を立ち上がり、マキノと助監督に頭を下げて、

 

「それについてはお詫びします。しかし、これも雪の国の民のため……」

 

その足で、小走りで雪絵の前に跪き、

 

「小雪姫様、どうかドトウを打ち倒し、この国の新たな主君となって下され! この三太夫、命に代えても姫様を御守りします! どうか!」

 

膝をついて頭を下げながら、願い込む三太夫に……雪絵は……

 

「嫌よ」

 

冷たく見下ろし、拒否した。

 

「え?」

「お断りよ!」

「し、しかし雪の国の民は……」

「そんなの知ったこっちゃないわ! だいたい、あんたがどんなに頑張ったってドトウに勝てるわけないじゃない!!」

 

完全な拒絶の言葉に、口を噛み締める三太夫……に、机をバンッ! と叩き、立ち上がったナルトが言葉を繋ぐ。

 

「諦めろなんて、気安く言ってんじゃねえぞ! このおっちゃんは自分の命をかけて夢を叶えようとしているんだ! バカ呼ばわりする奴はオレが絶対許さねえ!」

 

真逆の主張に、ナルトと雪絵が睨み合う。

そこに今まで沈黙を貫いていたマキノも加わり、

 

「諦めないから夢は見られる。夢が見られるから未来は来る。いいねぇ〜。風雲姫完結編にぴったりのテーマじゃねえか! それにうちとしても本物の姫様を使っての映画撮影、そんな千載一遇のチャンスを逃す手はねぇ」

 

マキノは命の危険すらある状況だというのに、笑みを浮かべる。

 

「ちょっと!?」

 

マキノに乗せられ、その気になっている皆に雪絵が待ったをかけようとする。

が、その言葉を遮るように再び再不斬が口を開いた。

 

「ふー、お前ら、ぐちゃぐちゃ相談してるところ悪いがよ、オレ達は既に雪の国に入り、雪忍とやらに存在まで知られている。この時点で残された選択肢は闘う以外に残ってねーんだよ」

 

その再不斬の言葉に、ハク、長十郎、ナルトが頷き、

 

「再不斬さん……」

「で、ですよね! 再不斬先生の言うとおりです」

「オッケー! 風雲姫は、雪の国に行って、悪の親玉をやっつける!」

 

と、賛同したところで、

 

「ふざけないで!!」

 

一喝。

周囲の楽観ムード、雪絵はそれを否定し、

 

「現実は映画とは違う……ハッピーエンドなんか、この世のどこにもないの!!」

 

それにマキノが対抗して、

 

「んなもなぁ、気合い一つでなんとでもなる!!」

 

主演女優と映画監督が真っ向からぶつかり合う。

取り敢えず、欲しかった情報は手に入った。

再不斬は言い合いをしている映画関係者を無視し、部下達を呼び寄せた。

第一班で今後の対応を話し合うために。

 

「さて、お前ら。どこぞのカカシ班じゃねーが、今回の任務はCランクなんて生易しいものじゃねェ。このまま続けるか、最悪依頼人を放り出して、オレ達だけ逃げるか。自分達で決めろ」

「依頼人を見捨てるなんて、なに言ってんだってばよ、再不斬!」

「ナルト、理由はどうあれ、コイツらはオレ達にウソを吐いて依頼したんだ。依頼内容はあくまでも女優の護衛。姫様との国盗り合戦じゃねーよ」

 

ナルトの感情論に、再不斬は至極正論で返した。

しかし、ナルトは一瞬戸惑いながらも、

 

「そりゃあ、そうかも知れねーけど、けど、ここで逃げるような奴は忍者じゃねーってばよ!」

「ぼ、僕もナルトさんと同じ意見です。そ、そういうことにしておきます……」

 

ナルトに続き、長十郎も任務続行の意志を示す。

再不斬は、最後にハクの方を見て、

 

「ハク……てめぇはどうしたい?」

「再不斬さん。僕も今回の任務は続行したいです。同じ氷遁使いとして彼らの蛮行は見過ごせません!」

「……殺し合いになるぞ……」

「……それでもです。いえ、だからこそです!」

 

はっきりとした口調で返事を返すハク。

再不斬は部下達の応えに、ため息を吐いた。

 

(今になって、カカシの苦労がわかるとはな……ガキのおもりがここまで退屈しねェとは思ってもみなかったぜ。それにナルトや長十郎はともかく、あのハクがここまで自分の気持ちを出してくるとはな……どの道あのレベルの忍達から絶対に逃げきれる保証なんざねェ。だったらコイツらの意思を汲んでこっちから仕掛けるか……)

 

「いいだろう。これより第一班の任務は女優の護衛から、小雪姫を守り、雪忍達の撃退、又は討伐へと変更する!」

「「「了解!」」」

 

ゴタゴタはあったが、結局のところ、再不斬達は任務続行。

マキノ達も映画の撮影を続行するという結果に収まった。

そんな中、雪絵だけが冷たい眼差しで皆を見ていたが、予定が決まった以上は最後まで付き合ってもらうしかない。

再不斬は見て見ぬ振りでやり過ごすことにした。

 

 

次の日。

船の移動からバスへと乗り換えた一同は雪の国の中心部、今回の目的地でもある"虹の氷壁"を地上から、安全第一で目指していた。

現在は氷で埋めつくされた大洞窟の中を走ってたのだが、

 

「全然出口が見えて来ないってばよ」

 

長時間、殆んど変わり映えしない景色に見飽きていたナルトはげんなりした声で呟いた。

そんなナルトを気遣って、向かい側に座っていた三太夫が声をかけてきた。

 

「昔はここに鉄道が走っていたのです。今は氷柱が延び放題で見えませんが、氷の下にはちゃんと線路があるんですよ」

 

聞き慣れない言葉に首を傾げるナルト。

 

「てつどう?」

 

窓の下を覗きこむが、木の葉にも、霧にも鉄道などは存在せず、何のことかわからないナルトであった。

どれくらい経っただろうか。

次第に長かった洞窟にも出口の光が見えてきた。

日射しが差し込む場所に、バスが到着したのだ。

一同は一度外に降り、マキノの提案で映画の撮影を撮り行うことに決まったのだが……

事態は一転し、息を切らせながら、助監督がマキノに向かって状況を報告した。

 

「監督、大変ッス! また雪絵が逃げました!」

「なにぃ〜」

 

その会話を聞いていたナルト達は、すぐ捜索に向かった。

ある程度、雪絵の足取りを追ったところで、

 

「チッ、あの姫さんは毎度毎度!」

「再不斬さん、ここからどうしますか?」

「このまま全員一緒に探しててもラチがあかねぇ。ここからは四方にわかれて捜索するぞ」

「「「了解」」」

 

再不斬の指示により、ナルト達は四方に分かれて雪絵の捜索を開始した。

その数分後。

雪が降り積もる原生林。

雪絵は雪山を下るように走って逃げていた。

が、忍者の足に勝てる訳もなく、つまずき、転げてしまったところで、

 

「まったく、何度逃げれば気がすむんだってばよ……みんな待ってんぞ」

 

ナルトに見つかったのであった。

足を挫いている可能性もあり、ナルトは雪絵を背負いながら、先ほどバスで通ったばかりの洞窟の中をゆっくりと歩いて行く。

二人は終始無言であった。

ナルトの方も声をかけたいのは山々だったが、何を話せばいいのかわからなかったのだ。

すると、あまりにも居心地が悪かったのか、珍しく雪絵の方から先に口を開き、ぽつりと呟いた。

 

「どうして、いつもあんたに見つかっちゃうわけ?」

「任務だからな、あんたがどんなに嫌がろうと、どこまでも追いかけてやる」

「答えになってないわよ……」

「……わかっちまうんだよ……姉ちゃんの匂い」

 

聞き様によっては変質者のような言い分。

でも、言い訳でも何でもなく、ナルトには雪絵の居場所が何故かわかってしまったのだ。

そこに理由も理屈もなかった……

 

「ふん……私は帰ってもカメラの前で演技するだけ。他のことは一切ゴメンだわ……」

「へっ」

 

内容はけして楽しいものではなかったが、初めてナルトと雪絵が会話をしていた……その時。

どこか遠くから汽笛の音が聞こえてきた。

さらに、地面の氷がみるみると溶け始め、隠されていた線路が浮かび上がってくる。

何か違和感を感じる。

とてつもなく、嫌な予感。

しかし、知識のないナルトにその正体はわからず……

次第にナルトの後方から徐々に大きな光が射し込み、汽笛の音が近付いて来た。

それにようやく気付いた雪絵が、ナルトの背中に乗りながら、目を見開いた表情で、

 

「き、汽車が……」

「きしゃ? 汽車ってなんだ?」

 

またも聞き慣れない単語に首を傾げるナルト。

だが、すぐに言葉の意味を嫌でも理解することになる。

何故なら、目の前に迫って来たからだ……

汽車が――

 

「あ、あれか〜!?」

 

ここは一方通行の洞窟内。

逃げ道など一つしかなく、ナルトは雪絵を背負ったまま走り出した。

洞窟を削りながら追いかけてくる汽車。

背中越しから雪絵が、

 

「追いつかれるわ!」

「追い付かれねェ!」

「絶対無理よ!」

「オレは諦めねェ!」

「無理に決まってるじゃない!」

「うるせェ! 黙ってろ!!」

 

叫ぶように言い合いながらも、一般人の速力を遥かに超えたスピードで走り逃げる二人。

だが、無情にも汽車はどんどん距離を詰めてくる。

 

「こんな事しても無駄よ! もう終わりよ!」

「終わらせねェ! オレは絶対諦めねェ! あんたが諦めるって言うなら、オレは意地でも絶対諦めねェ!」

『……フン!』

「つぅぅらぁぁぁぁああ!!」

 

ナルトの体から微量ながらも九尾のチャクラが溢れ出し、先ほどまで追い付かれそうになっていた汽車から、逆に距離を空け始めた。

その様子に雪絵は思わず、ナルトの肩を強く掴む。

前方から光が見えて来た。

足を進めるたびに、その光は明白になる。

そんなナルト達を逃がさないように、汽車の方も速度を上げて追い詰めてくる。

そして……

ナルトは雪絵を背負ったまま、最後の力を振り絞り、出口に向かって跳躍した。

ゴオオオオオッ!

轟音と突風がナルトと雪絵を追い越したのは、ナルト達が跳躍した後だった。

ナルトと雪絵は無事に洞窟を抜け、雪の下へと飛び降り、後方に迫る汽車からギリギリのタイミングで逃れたのであった。

 

「へへ、へへへ……」

 

ナルトは息を切らしながらも、逃げ切ったことに笑みを浮かべる。

しかし。

ナルト達の危機はまだ去ってはいなかった。

少し離れたところで、ナルト達を追っていた汽車がブレーキをかけて止まり、中から一人の男とそれに付き従うように雪忍のナダレが出てきた。

その男は離れた雪絵にも声が届くように、マイクを手に取り、邪悪に満ちた顔を向け、

 

「久しぶりだな、小雪」

「風花、ドトウ……」

「十年振りか、もっと顔を見せておくれ」

 

風花ドトウ。

十年前に実の兄であり、雪絵の父親である早雪を殺した男。

そして今回の任務の全ての元凶でもある。

そのドトウが雪絵に話しかけてきた……が、その視線を遮るように、

 

「…………」

 

ナルトが無言で雪絵の前に立った。

絶対に守ると背中で語る。

そして、この場にいる雪絵の味方は、ナルト一人ではなかった。

轟音。

突如、大量の丸太がドトウ達のいる汽車に向かって、雪の斜面を滑りながら、豪快に落とされていく。

その勢いは小さな雪崩を引き起こすほどであった。

さすがに、鋼鉄で作られた汽車を転倒させるには至らなかったが、明らかにドトウ達を狙った人為的な攻撃。

 

「なんだ?」

 

ナルトが上に顔を向けると、そこには五十人は超えるだろうか?

甲冑を着た雪の国の民達が刀を手に取り、猛々しい顔つきで集まっていた。

その中心に立っていた三太夫が雄叫びを上げる。

 

「皆の者! 我らが小雪姫様が見ておられる! 勝利の女神は我らにありじゃー!!」

「「「オーー!!」」」

 

腰の刀を抜き、その切っ尖をドトウに向け、

 

「風花ドトウ! この日がくることをどれほど待ったことか! 浅間三太夫、以下五十名! 亡きご主君、風花早雪様の仇、積年の恨み、今こそ晴らしてくれようぞ!!」

「「「オーー!!!」」」

 

いつも温和な三太夫からは想像できない気合いの入った怒声が響き渡った。

勝ち鬨を上げる雪の国の民達。

ナルトも雪絵も驚きのあまり、声すら上げられず、その光景に見入っていた。

 

「申し訳ありません。すぐに片付けて参ります」

「いや……ああいう手合いには、完全なる絶望というものを味あわせなければならない」

 

ナダレの謝罪を手で制し、ドトウは邪悪な笑みを浮かべる。

そんなドトウに、三太夫は刀を振り上げ、振り下ろした。

 

「行けーー!」

「「「オーー!!!」」」

 

ドトウ達に切り込もうと斜面を駆け降りる三太夫達。

そんな雪の国の民達に、ドトウの鉄槌が情け容赦なく振り下ろされる。

ガシャン!

汽車の側面を覆っていた鋼鉄の装甲が左右に開く。

そこは汽車に内蔵されていた武器庫であった。

直後。

雪の斜面を駆け降りていた、一人の武士が胸から血を流し、クナイを体に突き刺したまま地面に倒れ伏した。

そして、惨劇はこれで終わりではなかった。

次に放たれたクナイは一本ではない。

汽車には数両の車両が連結されている。

それらの全てに武器が内蔵されていて……

 

「放て」

 

ドトウが迷いなく、命令を下した――直後。

何百という数のクナイが一斉に射出され、

 

「ぐぁぁぁああ!」

「がはっ……」

「……くっ、く…そ……」

 

雪の民達が次々に倒れて逝く。

しかも、確実に息の根を止めるために、クナイは数秒間の間、止まることなく撃ち続けられた。

何人かはクナイを打ち払う者もいたが、最後には避け切れず、雪景色に真っ赤な血を飛び散らせる。

ようやくクナイの斉射が終わった頃には、もう動く人影はどこにもいなかった。

ナルトが止めに入る間もなく、雪の国の民達は赤い血を流し、命を散らした。

それは闘いではなく、一方的な虐殺であった……

 

「…………」

 

いや……微かに気配を感じる。

 

「おっ…ちゃん……」

「三太夫……」

 

三太夫だった。

瀕死の状態にありながらも、三太夫は刀を杖代わりにし、それでもなお前を向いていた。

憎き怨敵、ドトウに一矢報いようと。

が、そんな三太夫を雪忍達が見逃す訳もなく……

 

「殺らせねぇ!」

 

ナルトは十字に印を結ぶ。

だが、ナルトよりも速く、ドトウの凶刃を止める者がいた。

止めを刺そうと数本のクナイが三太夫に迫った瞬間――それを防ぐように氷の鏡が現れ、

 

「遅くなってすみません。ナルトくん」

「ハク!」

 

さらに、ハクとは別方向から駆けつけていた長十郎が、刀にチャクラを流し込み、汽車を叩き切ろうとしていた。

それを見た雪忍達は汽笛を鳴らし、汽車を発車させる。

緊急発車を行い、攻撃を躱そうとしていた。

しかし、その汽車を再不斬の術が追撃する。

 

「沈め! 水遁・大瀑布の術!!」

 

激流がドトウ達を飲み込まんと差し迫った。

だが、後方車両を飲み込んだところで、雪忍達が汽車の連結を外し、ある程度の被害を受けながらも、逃げ去って行った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

雪解け

ドトウ達が逃げ去った後。

今まで隠れるように避難していたスタッフ達が下に降りてきて、殺された者の中に生存者はいないか手分けして探しはじめた。

数分前まで、この場所は白く美しい雪景色だった。

だが、今やその景色は見る影もなく、辺り一面真っ赤な血で染め上げられていた……雪の国の民の血で。

そんな光景に、長十郎は拳を握り、

 

「酷い……あんまりです……」

「……あれが…諦めなかった結果よ。ドトウに逆らわなければ、こんな目に合うことはなかった」

 

この光景を見ながら、雪絵は一切の感情をなくした口調で淡々と述べた。

そんな雪絵の元に、ようやく見つかった生存者が運ばれてくる。

その人物は今にも息絶えそうな、三太夫であった……

体中から血を流し、声を出すのも辛そうな三太夫に雪絵は近付き、耳を傾ける。

 

「姫様、申し訳ありません。こんな事に巻き込んでしまって……私もここにいる者達も、皆、姫様がいたから、諦めずにいられました……幼い頃も、そして今も、姫様は姫様でした……ご自分を信じて下さい。皆、姫様が希望だったのです……姫様……どうか……泣かない…で…………」

 

三太夫が最期まで持っていた……目薬のストラップを付けた小太刀が――その手から滑り落ちた……

 

「本当にバカね、三太夫……目薬はあなたが持っているじゃない」

 

雪絵の目に、涙はなかった。

誰もが沈黙し、口を開けずにいた。

その沈黙を破ったのは、いつも以上に冷めきった表情をした……雪絵であった。

 

「もう満足したでしょ? 帰りましょ。これ以上この国にいたら、あんた達も無事じゃすまないわ、さあ、帰るのよ」

 

背を向け歩き出す雪絵に、ナルトは叫んだ。

 

「何処へ帰るんだよ! あんたの国はここだろうが! どうしても帰るっていうなら、ドトウを倒して、堂々と自分の家に帰りやがれ!」

「何にも知らないくせに……この国には春がないの、涙が氷ついて心が凍えてしまう国なのよ!」

 

そう、ナルトに言い放つ雪絵。

だが、今回、雪絵の言葉に異を唱えたのは、ナルト一人ではなかった。

ナルトに続き、ハクと長十郎が数多くの亡骸を背に、雪絵に向かって呼びかける。

 

「でも、あなたなら変えることができるのではないのでしょうか?」

「少なくとも三太夫さんはそう信じていたと思います!」

 

普段は優しい口調で話すハクと長十郎が、怒気を含ませ、叫んでいた。

しかし、雪絵は一瞬立ち止まるも……

 

「……無茶いわないでよ!」

 

再び背を向けて歩き出す。

大勢の人の死に、皆が意気消沈していた。

欺瞞。

不安。

諦め……

様々な負の感情が広がる。

その時だった。

突如、大きな物体が線路の下から出現したのは。

谷底から浮上して来たのは、大型の飛行船であった。

先ほどの闘いで一度引いたとばかり思っていた雪忍達が、今度は飛行船に乗って現れたのだ。

そして次の瞬間。

その飛行船からマジックハンドが伸びてきて、

 

「え?」

 

ナルト達から離れていた雪絵をピンポイントで狙いすまし、洗練された動きで捕獲した。

忍の里に飛行船など存在しない。

始めて見る脅威に、ナルト達は意表を突かれ、見事に出し抜かれてしまった。

雪絵を捕まえた雪忍達は、速やかにこの場を離れ、そのまま連れ去ろうとする。

だが、そう簡単に行かす訳にはいかない。

ナルトが十字に印を結び、

 

「影分身の術」

 

いくつもの分身をジャンプ台代わりにして、ナルトは飛行船に跳び乗った。

なんとか雪絵を助け出し、あわよくばドトウを倒せればと、一人船内へと侵入するのであった。

 

船内ではドトウと雪絵の二人が、ついに対面を果たしていた。

興味がないと目を閉じる雪絵とは対称的に、ドトウの方は目的が果たされようとしているお陰か、したり顔で相手に話しかける。

 

「綺麗になったな小雪。六角水晶はちゃんと持っているのか?」

 

と、早速目的の物を催促する。

 

「……ええ」

「結構、あれこそが風花家を結ぶ唯一の絆だからな。そして、秘宝を開ける鍵となる」

「秘宝の鍵?」

「ワシがお前の父からこの国を譲り受けた時、この国には何の資産も残っていなかった。早雪はどこかに財産を隠したのに違いないとワシは睨んだ。そして、ついに見つけた。それは虹の氷壁にある。その六角水晶に合う鍵穴を見つけたのだ」

 

自慢気にひけからすドトウ。

そこに、少し息を切らしながら、

 

「そうそうお前の企み通りに進ませるかよ!」

 

雪絵を追いかけて、飛行船に飛び乗り潜入していたナルトが現れた。

だが、ここは腐っても敵の本拠地である。

すぐに敵に囲まれ、狭い船内での戦闘ということもあり、抵抗むなしくナルトはすぐに捕まってしまった。

扉の向こうからも、予め散りばめておいた分身達が、縄でぐるぐる巻きにされた状態で転がり込んで来る。

ナルトを拘束し終わった後、ナダレがドトウの横で片膝をつき、

 

「申し訳ありません。この小僧、意外に手こずらされました……」

「ほう……雪忍をたった一人でここまで……さすが再不斬の部下というわけか……だが、その小僧も捕まってしまった。さあ、小雪、六角水晶を渡して貰おうか」

 

小雪は抵抗しても無駄なのを理解し、ドトウに望みの物を渡す。

それは小雪がいつも首から胸元にかけていた六角水晶ペンダントであった。

ドトウはそのペンダントを手に取って確認し、邪悪な笑みで口を歪ませ高笑いをあげた。

 

「くはははは! ついに手に入れたぞ、風花の秘宝を! これさえあれば、我が国は忍五大国すら凌駕する軍事力を手に入れることができる! さあ、行こうか! 虹の氷壁へ!」

 

雪忍達の手に六角水晶が渡り、理由はわからないが、それがこちらにとって不味い事態であることを悟ったナルトは、予め仕掛けておいた術を発動させる。

 

「分身・大爆破の術!」

 

ドーン! と、轟音が一つ。

分身の一体に付けていた起爆札を起動させ、船の一部を破壊した。

それを見た雪忍の一人が慌てて、何やら丸い装置を取り出し、

 

「このガキ! 大人しくしやがれ!」

 

ナルトの腹部に押し込んだ。

装置を付けられ、抵抗しようとナルトがチャクラを練り上げた瞬間、

 

「ぐわぁあああぁあ!!」

 

その体に電撃が走り、あまりの痛みに倒れ込んでしまった。

その様子を見ていた小雪はドトウに問いただす。

 

「何なの、あれ!」

「チャクラの制御装置だ。装着された者のチャクラを吸い上げ、強固な壁を作り、さらにチャクラを練ろうとすれば体に電撃が浴びせられるようにできている。さらに、この装置は取り外すことも破壊することもできない。絶対にな」

 

ナルトが無力化したのを確認してから、ミゾレが状況の報告をする。

 

「ドトウ様」

「どうした?」

「それが、船の一部が破壊されたため長時間の飛行は無理かと……」

「なるほど……まあいい、六角水晶は今やワシの手にある。だが、途中で霧の忍者どもに邪魔をされても面倒だ。この二人を餌に我らの城で迎え撃つとしよう」

 

 

 

ドトウの城。

その最下層にある牢屋の中で、ナルトは両手を上に、両足を下に鎖で結ばれた状態で拘束されていた。

なんとか縄抜けの術で抜け出そうとするが、制御装置の妨害も相まって、チャクラを上手く練ることができない。

再不斬やハクとの修行でも、単純な戦闘に必要な訓練しかしてこなかったため、脱出するのに困難を極めていた。

 

「こんな事なら縄抜けの術の練習しとくんだったってばよ……でも、どんな状況でも切り抜けようとするのが本当の忍者だよな」

 

ナルトは重りの付いた足を何とか持ち上げ、靴底に仕込んであった忍者用のヤスリを口で引き抜き、行動に移ろうとしたところで……

人の足音が聞こえ始めた。

咄嗟に目を閉じ、気絶した振りをする。

ガチャガチャとナルトの正面にある牢屋に誰かが放り込まれた後、足音が去ったの見計らい、再び目を開けると……

 

「…………」

「…………」

 

そこには予想通り、雪絵が捕らわれていた。

 

「いい様ね」

「あんたこそな」

「そうね……」

 

いつものように言い合う二人。

短い沈黙の後。

ナルトはどうしても聞いておきたかった質問を口にした。

 

「春が、春がないってなんだよ?」

 

ナルトの問いに雪絵は少し間を空けてから、遠い記憶を探るような目で語り始めた。

 

「……父が言ってたの……諦めなければ、いつか春が来るって……でも、この国に春はない。父が死んで、この国から逃げ出して、私は信じることをやめた。逃げて、逃げて、ウソを吐いて、自分にさえウソを吐いて、自分を演じ続けて来て、こんな私には女優ぐらいしかなれるものがなかった……」

 

ナルトはその答えに口では返事をせず、先ほど取ったヤスリを口に咥えて、懸垂の要領で体を持ち上げ、両手の鎖を削ろうとする。

雪絵はそんなナルトを冷めた目で見ながら、

 

「そんなことしたって、何も変わらないわ」

 

ナルトはその言葉も無視して、さらに鎖を削り続ける。

少しずつだが、鉄の鎖に切り込みが入り、脱出の糸口が見えてきた。

と、思ったのだが……

現実はそんなに甘くはなかった。

鎖を切断するのはやはり難しく、咥えていたヤスリの刃は潰れ、ついには口から溢してしまい……

金属の破片は無情にも音を立てながら、ナルトの手の届かない床に転がっていった。

それを冷めた目で見ていた雪絵が、自嘲するような声音で、

 

「……ほらね……結局、諦めしかないのよ……」

「…………諦めちまったら……楽なんだろうな……きっと……」

 

木の葉にいた頃を思い出す。

周囲の蔑んだ目線。

隣に誰もいない悲しみ。

 

「誰にも相手にされなくて、別にいいやって思っても……なんかすげぇ辛くって……世の中にオレのいる場所なんかないんだって気がしてた……でも」

 

無理矢理、チャクラを練り上げる。

 

「ぐわぁあああぁあ……」

 

しかし、腹に付けられた制御装置がそれを許さない。

ナルトのチャクラに呼応して、電撃が迸る。

それでも……

 

「でも、だけど、仲間が出来て、諦めないで頑張ってきたら、いいことがあった!」

 

ハクに、再不斬に出会い。

業頭、冥頭も加わっての修行の日々。

最初は敵対しながらも、最後は一緒に戦ったカカシ達。

メイに額あてをもらって、念願だった忍者になって、再不斬、ハク、ナルト、長十郎の四人でチームになった日。

今のナルトには楽しい思い出が一杯あった。

 

「諦めたら、夢も、何もかも、そこで、終わりだァ!!」

 

さらに電撃が迸り、身体に悲鳴が上がる。

そんなナルトを見て、雪絵が立ち上がり、思わず叫んだ。

 

「やめて!!」

 

いつものような凍てついた声音ではなく、感情の込もった声で。

しかし、ナルトはその声を遮り、むしろ、さらに力を込めて言い放った。

 

「あんたのとうちゃんが! 三太夫のおっちゃんが! 間違ってねえことを、オレ達が証明して、やるってばよ!!」

「……ナルト」

 

無理矢理チャクラを練り、制御装置から電撃を浴びせられながらも拘束を外そうとするナルト。

そんなナルトを悲痛な顔で、しかし一瞬たりとも目を逸らさずに、雪絵は見守っていた。

そしてついに、その瞬間が訪れた。

電光が周囲を包み、甲高い音と同時に、ナルトを拘束していた鎖が砕け散った。

 

「いてててて……」

 

急に外れたため、地面に投げ出されたナルトは、両手を使って立ち上がり、

 

「へへへ、今助けてやっからよ」

 

牢屋から出ようと、扉に手を触れた……瞬間。

 

「ぐあっ!」

 

二重トラップを仕掛けていた雪忍達の罠にかかり、電撃を浴びてしまう。

その電撃をくらって、

 

「…………」

 

今度こそナルトは本当に気絶してしまった。

 

だけど、そのナルトを見ていた雪絵の表情は――今までのような無表情ではなくなっていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

立ち向かう勇気

ドトウの城。

再不斬、ハク、長十郎の三人は囚われたナルトと雪絵を救出するため、現在敵の本拠地まで来ていた。

既に日は暮れており、闇に乗じるには絶好の時間帯である。

周囲に人気がないのを確認してから、再不斬はハクと長十郎に潜入の作戦を言い渡した。

 

「まずはオレが先行して、霧隠れを張る。その後、お前達もついて来い。ナルトと姫さんを救出するまで、直接戦闘はなるべく避けろ」

「「了解」」

 

 

ドカーン!!

城内では起爆札の爆音が、あちらこちらに響き渡っていた。

玉座の間で座して待つドトウに、雪忍の一人が状況を報告をしに来た。

 

「敵襲です!」

「ふん、再不斬め、夜襲をかけてきたか。定石通りといったところか」

 

 

雪忍達は総動員で侵入者を排除しようと城の中を走り回っていたが、霧の中での捜索は予想以上に困難を極めていた。

 

「くそっ、前が殆んど見えない」

「ああ、敵の術か何かだろう……おい、牢屋に閉じ込めておいた奴の鎖が外れているぞ」

 

最下層を探索していた雪忍の二人が、牢屋の中で倒れていたナルトを見つけた。

 

「チッ、こんな忙しい時に」

 

再びナルトを拘束しようと、雪忍達は牢屋に仕掛けてあった二重トラップを解除し、鍵を開け、中へ入っていくが……

ドカッ! バキッ!

不意打ちによる素早い拳打。

気絶した振りをしていたナルトは、雪忍達をあっさりと返り討ちにしてしまった。

倒した雪忍から牢屋の鍵を奪ったナルトは、得意気に指でくるくると回して、

 

「へへへ、だから言っただろう? そうそう企み通りには進ませねェってよ」

 

してやったりと笑い、雪絵もそんなナルトを見て、微かに微笑みを浮かべていた。

ナルトは周囲を観察し、敵が近くにいないのを確かめてから、すぐさま雪絵を牢屋から救出した。

その手を取り、腕を引っ張る形で人の気配が少ない上へ上へと足を進める。

現在、城内は霧に包まれていた。

霧隠れの術の発動は、敵の翻弄だけでなく、再不斬達が助けに来たという合図でもある。

あとは再不斬達と合流するまで、雪絵を守り切れば反撃のチャンスも出て来る筈だ。

と、ナルトが思考していた時だった。

 

「ねえ、ナルトはどうしてここまでしてくれるの?」

 

雪絵がそんな疑問を口にした。

ナルトは周囲を警戒しながら、

 

「ん? 言っただろ。任務だってな」

「でも、この任務は規格外なんでしょう? あんたの先生からそう聞いたわ」

「……オレさ、オレが初めて請け負った任務は橋作りをしているおっちゃんの始末だったんだ……」

「えっ!?」

「あっ、勘違いしないでくれよ。 最終的にはそのおっちゃんを守る方についたんだ……だけど、最初はすげぇ嫌だったんだ。他に行き場所もなくて、再不斬達も金がなくて、オレは再不斬達に飯を食わせて貰ってたから言えなかったけど……」

「…………」

「だからかな……嬉しいんだってばよ。こうやって誰かのために闘えるのが……決して口には出さねーけど、たぶん再不斬やハク、長十郎だってオレと同じこと思ってると思う。だからさ、守らせてくれよ、姉ちゃんのことを」

「ナルト……ありがとう……」

「へへへ……」

 

雪の国の姫が十年振りに立ち上がった瞬間であった。

 

ナルト達はさらに歩を進める。

霧が発生しているお陰か、殆ど敵と遭遇することもなく、安全に逃亡を続けられていた。

どれくらい登っただろうか。

かなり城の上層に来たところで、ナルト達は鬼のような顔をした人物と再会を果たした。

 

「よォ!」

「ざ、再不斬!」

 

今まで変化の術を使って潜入していた再不斬がナルト達の姿を見つけて、術を解き近付いてきた。

 

「独断専行したあげく、まんまと敵に捕まるとは、テメェはお姫様か、何かか、あァ?」

「い、いや〜、本当のお姫様はこちらの方です……」

「んなことはわかってんだよ!」

「すみませんでした……」

 

怖ぇ……

敵よりも怖いってばよ。

と、ナルトが失礼をかましている側で、再不斬は雪絵の安否を確認し、

 

「ふん……姫さんも無事でなによりだ」

「ええ……」

 

二人の無事を確認した後、即座に撤退を促した。

 

「よし、取り敢えず敵の本拠地にこれ以上居座る理由はねェ。一旦退くぞ」

「それがさ、そうも言ってられねーんだ」

「どういうことだ?」

「それが……」

 

ナルトは横にいる雪絵の方を見る。

それで言いたいことを察した雪絵が、再不斬の質問に答えた。

 

「私の持っていた六角水晶がドトウの探していた物らしくて、それを手に入れたドトウは忍五大国をも凌駕する力を手に入れられるとか言っていたわ」

「はあ? 忍五大国を凌駕するだぁ? どう考えてもハッタリ……と言いてーが奴等の鎧を見た後じゃあ、案外ハッタリとも言い切れねーか」

 

再不斬がどうするべきか思考を巡らしていた時、ナルト達の後ろから、

 

「ナルトくん、姫様!」

「ナルトさん、姫様! ぶ、無事でよかった〜」

 

ハクと長十郎がこちらの姿を見つけて、駆けつけに来た。

それを見て、ナルトも心の中で安堵の息をもらす。

これで、城に潜入した五人全員が合流する形となった。

続けて、事態が好転したのを見た再不斬が頭の中で作戦を立て始める。

最後にナルト達を見回してから、

 

「本来なら、やはり一度引きてーところだが、もし奴らのハッタリが事実なら一刻の猶予すらない可能性もある。姫さん、ドトウの居場所はわかるか?」

「ええ、ドトウは最上階にいるわ。こっちよ!」

 

雪絵が先行して、ナルト達はその後を追う。

暫く走ってから、他とは明らかに雰囲気の違う、大きな扉の前にたどり着いた。

再不斬は雪絵に視線を送り、

 

「ここか?」

「ええ、ここにドトウがいるわ……」

「よし……オレが霧隠れを使って先に入る。お前達はその後に続け」

「「「了解」」」

 

再不斬は雪絵に確認した後、ナルト達に指示を出し、術を発動する。

 

「忍法・霧隠れの術」

 

濃い霧が発生したのを見計らい、再不斬が部屋へと侵入した。

が……

 

「風遁・大突破!」

「くっ」

 

相手の強風を生み出す忍術で、霧もろとも吹き飛ばされた。

作戦が失敗したのを悟り、ナルト達はすぐに王の間へと足を踏み入れる。

するとそこには、ドトウをはじめ、ナダレ、フブキ、ミゾレ、四人の雪忍がチャクラの鎧を身に纏い、王の間に集結していた。

戦闘準備は向こうも万端のようだ。

 

「ようこそ我らの城へ。歓迎しよう、霧の忍者の諸君。そして小雪」

「チッ、やっぱりそう易々と首を取らせちゃくれねーか」

 

身体を起こしながら、ドトウを睨みつける再不斬。

ドトウはそんな再不斬に不敵な笑みを浮かべて、

 

「ふふ、ワシの首を取るだと? それは無理な話だ。貴様らにはこの最新式のチャクラの鎧を身に纏ったワシを、倒すことはおろか、傷付けることすら叶わない」

 

ドトウが自身の姿をひけらかすかのように、座していた玉座から立ち上がった。

黒いチャクラの鎧。

ドトウのそれは、ナダレ達が着ているものとは一線を画し、外装は分厚く、黒く染め上げられ、より強固な武装と化していた。

 

「小雪、まさかお前まで来るとはな……お前は雪の国から逃げたのではなかったのか?」

「ええ、そうね。でも、あなたの好きにさせる訳にはいかないわ」

「ククク、まさか霧の忍者共にほだされたか? まあいい。お前には特別、虹の氷壁に隠された真実を見せてやろう」

 

そう言うや否や、ドトウは目に止まらぬ速さで雪絵の背後に回り込み、その体を抱え込んでしまった。

それを見たナルトが、

 

「汚ねぇ手で、姉ちゃんに触るんじゃねェ!」

 

と、ドトウに突撃するが、

 

「無駄なことを。忘れたのか、貴様のチャクラは完全に封じられているのだ」

 

ドトウの放った、ただの腕の一振りで簡単に殴り飛ばされてしまった。

 

「ナルト!」

「ナルトくん!」

 

雪絵とハクが短い悲鳴を上げる。

再不斬達もなんとかしたいところだったが、ナダレ達の存在もあり、迂闊には動けずにいた。

その時……

ゴゴゴゴゴォ!

王の間全体が揺れ動き、粉塵が舞う。

爆破音とともに、城そのものが崩壊の前兆を告げ始めていた。

 

「何事だ!」

 

突然の事態に雪忍達は慌てふためき、再不斬はニヤリと笑みを浮かべ、

 

「敵の本拠地を見つけたら、取り敢えずぶっ壊してやるのが礼儀ってもんだからなァ」

 

再不斬は城に潜入するのに霧隠れを発動した後、水分身を作り、同時に破壊活動も行っていたのだ。

それに気づいたドトウが再不斬を一瞥し、

 

「再不斬、お前の仕業か……まあいい、こんな城ももう必要ないのだからな」

「なに!?」

 

本拠地が必要ないとはどういうことだ?

という再不斬の問いには答えず、ドトウはナダレ達に指示を出し、

 

「お前達、コイツらの相手は任せたぞ」

「「「わかりました」」」

 

そう、ナダレ達が返した瞬間。

ついに城の崩壊が始まった。

床に亀裂が入り、豪奢な天井は瞬く間に砕けていく。

大きな揺れとともに雪忍達は逸早く脱出し、ナルト達も上から降り注ぐ瓦礫を避けながら、それぞれ散り散りとなる形で城の外へと飛び出していった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの闘い

城から少し離れた雪が降り積もる針葉樹林。

全員が離れ離れになった後、ハクと長十郎はすぐに互いの姿を見つけて、合流していた。

 

「長十郎さん、よくご無事で」

「あ、ハクさん、よかったです。再不斬先生から水分身を使って、何かしているとは聞いていましたが……」

「ええ、まさか城ごと爆破させるとは……ふふ、再不斬さんらしい豪快な手です」

「ぼ、僕達まで死にかけましたよ……」

 

互いの無事が確認できたお陰で、ハクと長十郎はほんの少し気を緩めていた。

が、それはすぐに引き締め直すことになる。

 

「……長十郎さん」

「……はい。僕も気づいています」

 

二人は自分達の他にも、林の中に誰かがいることを気配で読み取り、察知した。

一呼吸で、その目が忍のものとなる。

静かにチャクラを練り、全身に行き渡らせ、いつでも動けるように周囲を警戒する。

最初に聞こえたのは、機械仕掛けの駆動音。

ハクの耳に、微かだが聞き覚えのある音が届いた。

と同時に、長十郎が叫んだ。

 

「上です!」

 

空を見上げる。

すると、鎧の翼を広げたフブキが、空の上から奇襲を仕掛けて来て、

 

「氷遁・ツバメ吹雪!」

 

頭上から氷でできたツバメの刃が降り注ぐ。

ハクと長十郎はそれを左右に跳んで躱し、着地と同時にアイコンタクトを取った。

察知した敵の気配は一つではない。

この場に敵は二人いたのだ。

だから、それぞれが一人ずつ撃破する。

互いがそれを了承し、頷いた。

と――

着地の瞬間を狙っていたのだろうか。

長十郎の方に、熊男のミゾレがボードを使った突進攻撃を仕掛けて来た。

それを見た長十郎は、

 

「うわっ!」

 

慌てた口調とは裏腹に、余裕をのある動きで回避する。

だが、ミゾレは横を通り過ぎた後、豪快なUターンを行い、ボードの向きをこちらに戻すと同時に速度を上げ……

再び突っ込んで来た。

避けていてはラチがあかないと、長十郎は自慢の刀を抜き、反撃に出る。

それを見たミゾレは嘲笑いの笑みを浮かべ、

 

「その刀はオレには効かないとわかっているだろ! 何をしても無駄だ!」

 

と、意にも介さず突っ込んでくる。

確かに以前の戦いでは、防戦一方であった。

が、長十郎はまだ奥の手を残していた。

抜刀された刀に力を入れる。

彼の刀は自身のチャクラを流し込み、貯めることで、それを切れ味に変えるという少し特殊な性能を持つ忍刀であった。

忍刀七人衆が持つ業物のように、明確な特異性こそ持ち合わせていないが、ただ斬るという一点だけを評すれば、名刀にも勝るとも劣らない一品だったのだ。

 

「チャクラ解放!!」

 

刀の刀身が蒼く輝き、長十郎のチャクラを解き放つ。

とそこで、もの凄い勢いで突っ込んで来たミゾレが、長十郎のすぐ目の前まで迫っていることを五感で確認した。

が、回避の姿勢は取らない。

静かに、鋭く、効率良く敵を斬る構えを取り……

 

一閃のもとに薙ぎ払った――

 

「ぐあああああ!?」

 

ミゾレは激痛に顔を歪め、ボードから転がり落ち、苦悶の声を上げる。

長十郎の放った一撃は、今まで傷を付けることすら困難だったチャクラの鎧を斬り裂き、鮮明な刀傷をミゾレの身体に刻み込んでいた。

 

「自身の力=斬った数。だから斬らなきゃ」

 

 

ハクはこれまでの闘いで、チャクラの鎧の性質と雪忍達の使う忍術を、誰よりも観察し、その対抗策を練り上げていた。

その結果……

 

「「氷遁・ツバメ吹雪」」

 

ハクとフブキが同じ氷遁、同じ忍術でぶつかり合っていた。

自分の術をコピーされたことに、フブキは動揺を隠せず、

 

「バカな!? 私と同じ忍術を……」

「ええ、まさか僕以外にも氷遁を使える忍がいるとは夢にも思わず、色々と勉強させて頂きました」

「くっ、たかがコピーでやられるほど、雪忍はやわじゃないわ!」

 

フブキは一度距離を取り、体制を立て直そうとする。

が、それよりも速く、ハクが印を結び、自身とフブキの後ろに巨大な氷の鏡を出現させた。

次の瞬間。

鏡の反射を利用した移動術で、旋回していたフブキの背後に回り込み、

 

「でしょうね……」

「なっ!?」

 

驚いている相手に時間を与えず、ハクはさらに術を発動する。

左手に渦巻状のチャクラが集まっていく。

それはナルトの螺旋丸の修行に付き合っていた時に、ハクが独自に開発したもので、回転したチャクラに水の性質を混ぜるという印のいらないシンプルな術であった。

 

「水遁・破奔流!」

「ぐわああっ!」

 

水の竜巻が鉄砲水となり、フブキの体は空中から地面の方向へと押し流された。

ハクの術は螺旋丸のように乱回転をしていないので威力は見込めないものだったが、この戦闘では十分に役割を果たしていた。

フブキが押し出されたさきには……

長十郎に斬り伏せられたミゾレが、息も絶え絶えの状態でよろめいていた。

そんなミゾレにとどめとばかり、上空から押し流されたフブキが真っ直ぐに落ちて来て……

 

「「ぐあぁああぁああ!?」」

 

衝突した。

直後、耳を劈く爆風と爆破音。

チャクラの鎧同士が拒絶反応を起こし、大爆発を引き起こしたのだ。

突然の衝撃に、長十郎は目を見開きながら、

 

「は、ハクさん。い、今のは?」

「以前彼らと戦った時、明らかに鎧そのものがオートで防壁を張り、使用者を守っていたので、それなら鎧同士をぶつけてやれば、互いに拒絶し合うかなと考えて、実際にそうしてみました」

「は、は、ははは、そうですか……」

 

ハクと長十郎は雪忍の二人を撃退した後、先へと進み、仲間達の援護へと向かったのであった。

 

 

時を同じくして、崩壊した城の裏手では、再不斬とナダレが互いに睨み合い、牽制し合っていた。

ナダレは以前の闘いから自分の勝利を確信しており、再不斬に不敵な笑みを浮かべて挑発をする。

 

「再不斬、一対一でオレに挑んでいいのか?

以前のように逃げることになるぞ?」

「グチグチうるせぇ。今回は最期まで付き合ってやるから安心しろ」

 

再不斬はそう言うや否や、左手を上に、右手を胸の中心に持っていき、

 

「忍法・霧隠れの術」

 

術を発動した。

辺り一面に霧が立ち込み、ナダレの前から再不斬の姿が搔き消える。

 

「お得意の霧隠れか? だがこの霧が何になる? やはり逃げるだけか?」

「……やはり同じ氷遁使いでも、お前らとハクとでは出来が違うなぁ……」

「なんだと!」

「……終わりだ」

 

音も無く、姿を消していた再不斬が現れた。

 

「ふん、ようやく出てきたか……あれ? 再不斬と……景色…ズレ…………」

 

勝負は一瞬で終わった。

ナダレだったものが地面に転がる……

再不斬はそれを冷めた目で見下ろし、

 

「終わりだと言ったはずだぜ。ハクは頭も切れる。その鎧の弱点もすぐに看破していた。要はその鎧の守りが薄いところを忍術ではなく、この首斬り包丁で叩き斬ればいい。それだけの話だ……くだらねぇ」

 

再不斬は文字通りナダレを瞬殺した後、すぐにその場を離れた。

それから残っている仕事を片付けるため、最後の闘いの地へ赴くのであった。

 

 

針葉樹が生い茂る雪の中。

ナルトはドトウが雪絵を連れ去って行った方角を目指し、足を進めていた。

 

「クッソォォ…絶対に…諦めねえぞ」

 

だが、制御装置のせいでチャクラを練り上げることができず、雪が降り積もった場所では走ることすら難しく、ドトウ達に追いつくことさえ出来ずにいた。

 

「どんなに嫌がっても…どこまでも追っかけてやる……チックショォォォォオ!!」

 

ナルトは大声を上げ、思い切り叫んだ。

すると……

その声に応えるかのように、ナルトの進んでいた方向とは別の道から、かたかたと無機質な音が近づいて来た。

辺りを見回して音の正体を探ると、それはすぐに見つかった。

 

「…………」

 

マキノと助監督だった。

二人は撮影用のカメラを台に乗せ、スノーモービルに乗って現れた。

そしてナルトの前で停止する。

マキノがメガホンを振り回しながら一言、

 

「乗れ!」

 

ナルトはそれに頷き、荷台に足を乗せた。

目的地まで運んでもらうことにしたのだ。

三太夫が、みんなにオススメしていた――映画の完結編が撮影される場所へ

 

 

虹の氷壁――

その中心にある台座にドトウは六角水晶をはめた。

すると、装置は鍵が入れられたことにより、永い眠りから目覚め、起動を始める。

台座を中心に六方向へと光が広がり、それぞれの氷の柱に光が注がれ、辺りを照らす。

それは上から見下ろせば、まるで雪の結晶が輝くかのような素敵な光景であった。

だが、ドトウが求めていたのはそんな幻想的な物ではなく、もっと物欲的な物である。

 

「宝は? 宝はどこだ?」

 

ドトウはぎらついた目で辺りを見回す。

だが、金銀財宝が出て来る気配はなく、代わりに、ぷしゅーと音を立て、熱を帯び始める雪の国一のからくり装置。

次第に辺り一面の雪が少しずつ溶け始め、所々から白い蒸気が噴出し始めた。

周囲の氷を全て溶かすのではないかという程の勢いで……

 

「暖かい、これは?」

 

雪絵がぽつりと呟いた。

そして、それ以上にこの状況に納得できなかったのは、

 

「発熱機だと!? これが風花の秘宝だというのか!!」

 

予想外の宝にドトウは混乱する。

ドトウは早雪が隠していた財産は、もっと別の物だと思っていたからだ。

だが、そんな物は何処にも存在せず、計画が狂ったことに顔を歪める。

そして、そんなドトウにさらなる追い討ちを掛ける存在が……

 

「姉ちゃーーん!!」

 

ドトウと雪絵が声のした方を振り向くと、そこにはマキノに運ばれて来た……ナルトの姿があった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

虹の氷壁

「坊主、お前の勇姿はしっかりと撮ってやる! 行ってこい!!」

「押忍!」

 

ナルトはマキノからの激励を背に、スノーモービルから飛び降りた。

ただ真っ直ぐ、ドトウに向かって走り出す。

その姿を見つけた雪絵が、

 

「ナルト!」

 

と、言った直後。

ドトウは自分に向かってきたナルトに対し、怒りを込めた表情で素早く印を結び、

 

「くっ……氷遁・黒龍暴風雪!!」

 

術を発動した。

ドトウの拳から一匹の黒龍が出現する。

それは膨大な黒いチャクラの唸りを迸り、

 

「ぐはぁっ!」

 

直撃したナルトを軽々と吹き飛ばした。

ドトウの攻撃をもろに受けナルトは、爆風とともにその身体を遥か上空へと舞い上げられた。

 

「あぁっ」

「ナルトォォ!」

 

マキノと雪絵が悲鳴をあげる。

術をまともに受けたナルトは、あまりの衝撃に受け身を取ることすら出来ず、体を上空から湖の氷上へと落下させ、激突し、倒れ伏した。

激痛に全身が呻き声を上げる。

が……

敗ける訳にはいかない。

ここで意識を失う訳にはいかない。

ナルトは軋む身体に力を込めて、

 

「どうした……全然……効いてねえぞ」

 

力のこもった目でドトウを睨みつける。

だが、その身体は雪の国に来てから、これまでの闘いで既にボロボロであり、いつ限界が来てもおかしくはなかった。

雪絵の悲痛な叫び声が響き渡る。

 

「ナルト! やめて! 今度は本当に死んでしまう!」

 

しかし、ナルトはゆっくりと立ち上がり、

 

「オレを信じて、そこで黙って見てろ……姉ちゃんはこの国のお姫様なんだ。姉ちゃんが信じてくれるなら、相手が誰だろうと、オレは絶対に……負けや…しねェ!!」

 

直後。

チャクラの制御装置にヒビが入った。

朱いチャクラが少しずつナルトの身体から漏れ出し始める。

制御装置を付けられた状態で、なおチャクラを捻り出す。

それは、ありえないことであった。

あってはならないことであった。

ドトウは驚愕に目を見開き、首筋に冷や汗を流して、

 

「バカな!? チャクラが漏れだしているとでもいうのか……う、ウゥゥゥォオオ!!」

 

得体の知れない相手に向かって走り出し、拳を振り上げ、

 

「死ねえぇえええ!!」

 

振り下ろした。

ナルトは咄嗟に腕を上げるが、

 

「ごはっ!」

 

到底防ぎ切れる力ではなかった。

勢いを押し殺すことすら出来ず、氷の地面を突き破り、身体は水柱とともに、水中へ叩きつけられ、ナルトの意識は水底へと沈んでいき……

その光景を見ていた雪絵とマキノは絶望に膝を折った……

 

 

くそ、くそ! チャクラさえ使えれば、あんな奴! このままじゃ、姉ちゃん達は……

『随分と苦戦しているようだな、ナルト』

九尾!?

『ククク、あの小雪とかいう小娘の言うとおり、そろそろ諦めたらどうだ?』

諦められる訳ねーだろ! っていうか、お前も力を貸してくれよ! とうちゃん以外の奴に封印なんかされるな!

『ワシは封印なんかされとらん! その気になればそんなガラクタすぐに壊せるわ』

だったら、また力を貸してくれよ。

『フン、以前にも言ったはずだ。ワシは人間が好かん。そう何度も尻尾を振ってたまるか』

お前のことは水影の姉ちゃんから聞いた……

『…………』

確かに人間を憎む気持ちはオレにだってわかる! けど、ここでオレ達が頑張れば、そんな奴らだって見返せるんじゃねーのか?

『そんな事をして何になる? 大体、人間がワシらを見る目を変えるとは到底思えないがな』

そりゃあ、そりゃあさ、最初はそうかも知んねーけど、どっちかが歩み寄らなければ、ずっとこのままだってばよ。お前はそれでいいのか…九尾。

『……そのガラクタだけは取り外してやる。あとは自分でなんとかしやがれ』

あははは。お前目付き悪いくせに、やっぱ結構いい奴だな!

『この目は産まれてからずっとこんな……チッ、さっさと行け! 溺れ死ぬぞ』

ああ!ありがとうな!

『ケッ』

 

 

ドトウはナルトの死亡を確認しようと、水の中を覗き見る。

しかし、そこにあるのは静寂に包まれた、どこまでも穏やかな湖面であった。

暫く眺めていたが、人が浮かび上がって来る様子はない。

ようやくくたばったか……

そう判断を下し、背を向け、その場を離れようとした……その時。

轟音。

地面が揺れる。

水面は波打ち、地響きを鳴らし、異常なまでの朱いチャクラが脈動を始める。

異変に気付いたドトウが、再び振り返った……瞬間、

 

「なっ、なに!?」

 

その目に信じられない光景が映った。

 

「「「今までの借り! 利子付けて返してやるぜ!!」」」

 

チャクラを封じられていたはずのナルトが多重影分身を使い、百を超える大群で現れたのだ。

常識外れな無数の影分身。

畏怖さえ感じさせる光景。

だが、チャクラを使えるようになったからといって敗けを認めるドトウではない。

すぐに印を結び、術を発動した。

 

「世迷い言を! 氷遁・双龍暴風雪!!」

 

暗黒のチャクラを纏った二匹の黒龍が出現し、周囲を巻き込みながら、とぐろを巻いた。

それは次第に竜巻へと姿を変え、ナルトの影分身を次々と飲み込んでいく。

圧倒的なまでの黒いチャクラの奔流。

このままでは分身達は全滅し、いずれ本体にも攻撃が当たってしまう……

と、ナルトが立ち往生していた時……

 

「水遁・水龍弾」「氷遁・破龍猛虎」

 

「「氷遁・氷虎水龍弾の術!!」」

 

水の龍と氷の虎がコンビネーション攻撃を仕掛け、二匹の黒龍と相殺する。

白龍と黒龍が空中で踊りくねり、最後に激しい激突を繰り返した後、大気へと還り、霧散した。

誰と誰の術かは言うまでもなく……

 

「ふん、クライマックスシーンってところか!」

「今度は遅れずに済んだようですね、ナルトくん!」

「ぼ、僕だって、まだまだやれます!」

 

再不斬、ハク、長十郎の三人がナルトの前に降り立った。

霧隠れ第一班が、虹の氷壁へ集結したのだ。

 

「再不斬、ハク、長十郎。みんな来てくれたのか!」

 

ピンチに駆けつけた再不斬達に、ナルトは満面の笑みを浮かべる。

もはや恐れるものは何もなかった。

そんなナルト達に、再不斬が雪の国で最後の指令を言い渡す。

 

「ハク、ナルト、長十郎。今からオレ様が時間を稼いでやる。その間にあの悪の親玉面した糞野郎をぶっ飛ばせる作戦を立てやがれ」

「「「了解!」」」

 

その返事を聞くや否や、再不斬は忍刀七人衆の象徴、首斬り包丁を手に、ドトウに突っ込んで行った。

ドトウも再不斬に合わせて構えを取り、

 

「再不斬」

「よぉ、久しぶりだな親分さん。暫くオレと遊んでもらうぜ」

「舐めるなあ!」

 

再不斬とドトウが一進一退の攻防を繰り広げる。

そんな中、ナルト達も自分にできることをやり始めた。

長十郎は自身の刀に、もう一度チャクラを溜め、いつでも動けるように、準備を整える。

それを見たハクが、ナルトにあることを提案した。

 

「ナルトくん、ここはやはり僕達の中で一番威力が高い忍術だと思われる螺旋丸を使いましょう」

「で、でもさ、実はオレってばまだあの術、使いこなせていなくて……」

 

波の国では、九尾がチャクラの放出をしてくれたお陰でなんとかできたが、ナルトは未だに一人では螺旋丸を作れずにいたのだ。

だが、そこはハクも折り込み済みで、

 

「はい、それはもちろんわかっています。ですからチャクラの留める係は僕が手伝います」

「ハクがか?」

「ええ、そうです。安心して下さい。伊達にナルトくんと一緒に修行をしてきた訳ではありません」

「そうか! ああ、じゃあ、よろしく頼むってばよ!」

 

作戦が決まった後、ナルトとハクは互いの両手を使い、乱回転するチャクラの球体を作りあげ、今一度、四代目火影の遺産忍術を完成させる。

ナルトの右手には完全な形となった螺旋丸が蒼い輝きを放っていた。

それを見た再不斬がドトウから距離を取り、

 

「おいしいところはテメーらにくれてやる! さっさと決めてこい!」

 

部下達の背中を押し出した。

そして……

最後に、確信に満ちた声で、雪絵が叫んだ。

 

「ナルトーー!! 私はあなたの言葉を信じるわ!! あなた達は風雲姫が認めた最強の忍者よ!!」

 

笑顔で、ナルト達を信じて送り出す。

それに長十郎、ハク、ナルトは隊列を組み、

 

「そんなことは」

「言われなくても」

「わかってるってばよ!」

 

足並みを合わせて、ドトウに突撃していく。

まずは一番槍の長十郎が、自慢の刀を抜刀し、

 

「チャクラ解放!!」

 

刀身が蒼い光を放つ。

そこから、一瞬だった。

ナルトでは到底真似できない速度で、長十郎がドトウの胸部を狙いすまし、一閃の剣戟を繰り出した。

だが……

ガギィン! と甲高い音を立て、その刃は途中で止まる。

ドトウの鎧はナダレ達の物より丈夫だった物らしく、体を貫通するまでには至らなかったのだ。

刀が動かなくなったところで、ドトウは拳を握り、

 

「ふん。その程度のなまくら刀で、この儂が殺られるか!」

「かはっ」

 

胴体に横薙ぎの一撃を受け、長十郎の体は軽々と吹き飛ばされた。

が、ドトウの鎧に付いた刀傷を一目見てから、長十郎は僅かに笑みを浮かべ、

 

「ナルトさん、今です!」

「おう」

 

後続を走っていたナルトが、螺旋丸を片手にドトウに突っ込んだ。

しかし、その動きは完全に読まれていて……

ドトウは印を結ぶと同時に、術を繰り出し、

 

「風遁・大突破!!」

「ぐわあぁああ」

 

突如巻き起こった突風に、ナルトの体は吹き飛ばされ、地面を転がりながら……

ボン!

と消えた。

 

「影分身だと!?」

 

影分身だったとは予想していなかったドトウが、本体のナルトはどこにいるのか? と、辺りを見回した……その時。

その注意が散漫になった僅かな隙間を、ハクは逃さず、

 

「氷遁・氷牢の術!!」

「なっ!? しまっ……た」

 

地面から出現した氷の柱が、ドトウの動きを一瞬止める。

チャクラの鎧を纏っているドトウには、一瞬しか効果がないが、その一瞬が欲しかったのだ。

 

「ナルトくん、 今です!」

「ああ、これで決めてやる」

 

右手に螺旋丸を掲げた、本体のナルトが返事を返した。

再不斬がドトウの相手をしている間に、ナルトとハクは螺旋丸を本体と分身の両方に作っていたのだ。

 

夜が明ける――

 

ナルトが駆け出した瞬間、雪の国に朝日が昇り始めた。

陽光が氷の柱だと思われていた六つの大きな鏡を照らし、輝かんばかりの希望の光が雪の国全土に、七色の虹となって降り注ぐ。

それは見る者全てを感動させる、幻想的な風景だった。

そして、その虹の氷壁が生み出す光は、今まさに駆け出していた、金髪の少年にも力を与える。

まるで、雪の国そのものが、ナルト達を祝福するように、螺旋丸に七色の光が集まり出したのだ。

 

「ナルトくんの手に……!」

「七色のチャクラ!? 映画と同じです」

 

ハク、長十郎、再不斬、マキノ、助監督……

そして雪絵が見守る中、ナルトがドトウに最後の一撃を――七色に輝く螺旋丸を叩き込んだ。

 

「くらえ! 螺旋丸!!」

「ぐわぁぁぁぁぁぁああ!!」

 

もし、再不斬が時間を稼いでいなければ、

長十郎が鎧に切り傷を与えていなければ、

ハクが敵の動きを止めていなければ、

周りの心からの応援がなければ、

どれか一つでも欠けていれば……勝っていたのはドトウ達の方だったかも知れない……

 

螺旋丸をまともに受けたドトウの体は、強烈な回転を描きながら上空へと吹き飛んでいった。

最後にその体は、虹の氷壁の大きな鏡に激突し、その表面の氷を砕いて、地面へと崩れ落ちた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

HAPPY END

表面の氷が割れ、表に現れた一枚の大きな鏡を中心に、

 

――雪の国に魔法がかかる。

 

先ほどまで辺り一面、白銀の雪景色だった雪の国に、一瞬にして花が咲き誇り、暖かい風が吹き、蝶が舞い踊り、虹の橋が架かる。

だけど、実際に触れて見れば冷たさも感じられた。

そう、これは……

 

「こりゃー、まさか……立体映像ってやつか!?」

 

マキノがメガホンを振り回しながら、驚きの声を上げた。

だがそれも無理はない。

何故なら、雪の国、いや、忍五大国にすら本来存在しない技術。

それが今目の前にあるのだから……

そして。

雪絵の父、早雪が残したものはこれだけではなかった。

次の瞬間。

虹の氷壁にある六つの大きな鏡の中央に、二人の人物が映し出される。

さながら、映画のスクリーンのように……

みんなの視線がそこに集まる。

雪絵は、その信じられない光景を、ただ呆然と見上げていた。

そこに映し出された二人とは、幼き日の自分の姿と、かつての雪の国の君主、風花早雪の姿であった。

二人は過去に話し合った未来の夢を語りはじめる。

 

「未来を信じるんだ、そうすればきっと春が来る。小雪は春になったらどうしたい?」

 

雪絵の記憶にある、二度と聞けないはずだった早雪の声が、そのまま耳に届いた。

 

「小雪はね、お姫様になるの!」

 

小雪が元気一杯に言った。

 

「ん〜、どんなお姫様?」

 

早雪の質問に、小雪は考え込む仕草をしながらゆっくりと答える。

 

「ん〜とね、優しくて、強くて、そんでもって、正義の味方のお姫様!」

 

「はははは、そりゃあ大変だな……でも、諦めないで、その夢をずっと信じていれば、きっとなれるさ」

 

早雪は小雪に六角水晶のペンダントをかけながら、娘の肩に手を置いて、

 

「見えるだろう? ほら、ここにとっても綺麗なお姫様が立っている……」

 

そっと前を見るように促した……

二人の父娘がまっすぐに雪絵を見る。

その光景を見ていた雪絵の視界は、いつの間にやら温かい物で満たされていた。

 

「でもね、小雪悩んでるの。もう一つなりたいものがあって」

 

「ん? なんだい、それは?」

 

小雪は早雪に振り向き、笑顔で言い切った。

 

「女優さん!」

 

それを見ていた雪絵は口を大きく開けて、満面の笑みを浮かべながら……

 

目から涙を流していた――

 

 

「へへへ……これで、ハッピーエンドだぜ」

 

 

 

 

 

三日後。

新たな国の誕生記念日。

雪だるまの国旗が立てられ、花びらが舞い、数多くの人々に祝福を受けながら……

新たな雪の国の君主が誕生した。

風花小雪姫様である。

御輿が担ぎ上げられ、人々からは笑顔の花が咲き誇り、国全体が希望に満ち溢れていた。

そして今……

国中が賑わう中、姫様と雪の国を救った英雄達は、ひっそりと別れの挨拶をしていた。

 

「結局、あの装置はまだ未完成だったの……」

「じゃあ、また冬に逆戻りなのでしょうか?」

 

小雪の言葉に、ハクが残念そうに尋ねる。

その質問に、小雪は微笑みを浮かべて応えた。

 

「いいえ、あの装置を元にして開発を進めれば、雪の国はきっと春の国と呼ばれるようになるわ」

 

それは素晴らしいことであった。

ずっと雪に覆われていた国に春が訪れようとしていたのだから。

しかし、一つだけ無念極まりないことがあった。

長十郎が残念そうな声音で、

 

「ですが、少し勿体ないですよね。こんなにヒットしているのに、女優さんをやめる事になってしまい……」

 

長十郎の言葉に、小雪はまたも微笑みで返す。

いたずらっ子のような顔で『風雲姫完結編』と書かれた台本を見せて、

 

「誰がやめるなんて言ったの? 雪の国の君主も女優も両立させるわよ。ここで諦めるなんてバカみたいじゃない」

 

そう応えた小雪の表情は、自信と希望に満ち溢れていた。

そして、歓談の時間も終わりが近付き……

最後に小雪はナルトの方を見て、

 

「ナルト……あなたには色々と助けてもらったわね」

「気にしなくていいってばよ、姉ちゃん! オレも今回の任務やれて嬉しかったし、逆にお礼を言いたいぐらいだ」

「……ありがとう。最後にこれ、今までのお礼よ」

 

と言って、小雪はあるプレゼントをナルトに贈った。

 

「ん? なんだってばよ? これ?」

「じゃあ、またね!」

 

ナルトに虹が描かれた封筒を渡した後。

小雪はサインをせがむ子ども達に向かって、走り去って行った……

その光景を見たナルトは、小雪と最初に出会った時のことを思い出していた。

あの時とは違い、子ども達に笑顔でサインを贈る小雪に、ナルトも知らず知らず笑みをもらして……もらして……

重大な事実を思い出し、叫んだ。

 

「あぁぁあぁああ!? オレもサイン貰っておくんだったてばよぉ」

 

目一杯、悲しみに嘆く。

が……

そんなナルトを、再不斬達がニヤニヤしながら見ていることに気付き、

 

「な、なんだってばよ? みんな?」

「ククク、ナルト。先ほど姫さんに貰った封筒を開けて見ろ」

「ん?」

 

何の事かわからないが、取り敢えず封筒を開けて、中身を取りだす。

すると、そこに入っていたものは……

 

「あ! あ〜〜、ん〜、どうせなら、もっとかっこよく撮ったやつにして欲しかったってばよ」

 

そこに入っていたのは、一枚の写真だった。

ナルトが任務のあと、ベッドで寝込んでいる間に、小雪がその頬にキスをしている瞬間を撮った……

 

もちろん、サイン入りの――

 

 

 

 

 

水の国・霧隠れの里。

 

ナルト達は任務終了後、霧隠れへ帰還し、現在、水影室でその報告を行っているところであった。

今回の任務はCランクからAランクの任務へと、任務終了後にランクが変わるという異例のものとなった。

 

「皆さん、初の長期任務ご苦労様でした」

 

メイがナルト達の労をねぎらう。

それにナルト、ハク、長十郎は満足そうな顔を浮かべているが、再不斬だけは……

 

「オイこらァ、メイ! 今回の任務、明らかにCランクなんて生易しいもんじゃなかったぞ」

「ええ、まさかあの名女優が正真正銘、本物のお姫様だったとは……任務の報告を受けてから私もはじめて知りました」

「なに? そうなのか? オレはてっきり最初から仕組まれてたんじゃねーかと……」

「いいえ、私もというより、雪の国民以外は知らなかった事実かと」

「そ、そうか……」

「ですが、終わってみれば素晴らしい任務ではありませんでしたか? この子達も満足しているようですし」

 

と、水影はナルト、ハク、長十郎を見回す。

 

「ああ! 水影の姉ちゃんの言うとおり、すげぇいい任務だったってばよ!」

「はい。僕も凄く勉強になりました」

「ぼ、僕も、お姫様を守れてよかったです」

 

三人の反応にメイは微笑みを浮かべて、もう一度再不斬を見る。

 

「それに再不斬。これであなた達は雪の国と水の国だけでなく、各隠れ里にも名が轟く有名人になったのですよ?」

「はあ? 有名人? なんだそりゃ」

「もしかして聞いていなかったのですか? あなた達の今回の活躍はそのまま映画館に上映されることになったのですよ」

「「「映画!?」」」

「ええ、大ヒット公開している風雲姫の完結編として、この度同盟を結ぶことになった雪の国との合意のもと、火の国、風の国、雷の国、土の国にも今頃公開の準備が進められているでしょうね。ふふふ」

「「「「………………」」」」

 

 

 

ただでさえ有名であり、最近、霧隠れの里に戻った忍刀七人衆の再不斬。

 

その再不斬ですら、殆んど斬れなかった鎧に明確な傷を負わせた長十郎。

 

多彩な氷遁の血継限界を自在に使いこなすハク。

 

四代目火影と同じ忍術を使う金髪の少年ナルト。

 

 

彼らの名は忍ですらない者にも覚えられるほど有名となり、霧隠れ第一班は発足から僅か一月ほどで雪の国を救った英雄として、世に語られることとなっていった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新章突入!!中忍試験!!

霧隠れ第一班発足から、約2ヶ月。

ついに木の葉の里で中忍試験が行われる季節がやって来た。

中忍試験とは下忍が中忍になるために必要な試験で、一人前の忍として周りから認められる第一歩となる試験でもある。

そして、この少年。

うずまきナルトも、その中忍試験に参加する一人なのであった……

 

「ありがとうだってばよ、おっちゃん!」

「がははは、遠慮せず食え食え! ナルト達にはオレ等も色々と助けてもらってるからな〜」

 

饅頭を片手に礼を言うナルト。

中忍試験の手続きのため、水影室に行こうとしていたナルトだが、通り道で饅頭屋のおっちゃんに声をかけられ、少しだけ道草を食っていた。

 

ナルト達の活躍が映画となり、一部では今まで血霧の里などと恐れられていた霧隠れにも、雪の国をはじめとした観光客などが増え始めてきていた。

その影響もあってか、今までは閉鎖的だった水の国で、他国との交流や交通を深められる場や機会が増えだしており、商店街で店などを出している霧の里に住まう人々にも少しずつ賑わいが広がり始めていた。

 

「ナルト兄ちゃん!」

「ナルトの兄ちゃん!」

 

饅頭屋のおっちゃんに饅頭を貰っていたら、今度は里の二人の子供がナルトに話しかけてきた。

ナルトは子供達の高さに合わせるように屈んで目線を下げ、

 

「どうしたんだ?」

「またあれやってよ!」

「うんうん!」

「ん? あれってなんだってばよ?」

 

ナルトの疑問に子供達は当然と言わんばかりの顔で、

 

「姉ちゃんが信じてくれるなら!」

「オレは絶対! 負けや「しねえ!!」」

 

と、風雲姫の映画でナルトが言った決め台詞を体まで使って真似していた。

ナルトはその物真似を見て頭をかかえる。

 

「ノ〜!! ちょっ!! やめてくれ〜」

「「あはははは!」」

 

体を左右に捻り出すナルトに子供達が声をあげて笑っていた時、水色髪の少年がナルト達の前に現れる。

 

「ナルトさん、そろそろ行かないと時間に遅れるかもですよ」

 

声をかけてきた、少し気弱な少年。

彼はナルトと同じ霧第一班に所属する長十郎であった。

ナルトは立ち上がり、

 

「お! 長十郎。そうだな……お前達、悪いけどオレってば、今日は大事な任務があるからよ!」

「そっか! わかった!」

「行ってらっしゃい、ナルトの兄ちゃん!」

「おう! 行ってくるってばよ!」

 

子供達に別れを告げ、ナルトは長十郎と一緒に水影室を目指す。

道すがら二人は里の人々に何度も声をかけられる。

 

「な、ナルトさんはすっかり里でも人気者になりましたよね……僕より名前も覚えられてるんじゃないでしょうか……」

「そうか〜? 何か改めて言われると照れるってばよ!」

 

照れた顔ではにかむナルト。

そんな会話をしながら、二人は五分ほどで水影室の前に辿り着いた。

長十郎がドアをノックしてから、二人が中に入ると、そこには既に、

 

「漸く来たか」

「二人とも、おはようございます」

 

再不斬とハクが先に到着していた。

第一班のメンバーが全員揃ったのを確認したところで、水影がコホンと咳払いをしてから話を始める。

 

「ついにこの日がやって来ましたね……と本題に入る前に、ナルトくん。これを……」

 

水影がナルトに巻物を手渡す。

何のことかわからないナルトは首を傾げる。

 

「ん? なんだってばよ? これ?」

「以前お話していたあれです。漸く完成しましたので、中忍試験に持っていって下さい」

 

頭にはてなマークを浮かべていたナルトが、ポンと手を打つ。

 

「あ〜、あれか! こんな風になるのか……ありがとうだってばよ、水影の姉ちゃん!」

 

ナルトが巻物をポーチに仕舞ったのを見て、水影が本題に入る。

 

「第一班の皆さんには以前から話していた通り、Sランク任務をして頂くことになります。一応確認しておきますがナルトくん、任務の内容は覚えていますか?」

「大丈夫だってばよ、水影の姉ちゃん! オレ達が他の連中を全員ぶっ飛ばせばいいんだろ?」

「「「…………」」」

「ええ、その通りです。再不斬、あとの事は頼みますね」

 

という水影の言葉に、再不斬は頷きで返した。

 

「ああ……部下の面倒は任せな」

 

その返事を聞いてから、水影が立ち上がり、

 

「では、私もお見送りをしますので、皆さん行きましょか」

 

途中変な沈黙も入ったが、任務の確認をし終わった後、水影を含めた全員が部屋の外へと移動する。

 

今回、ナルト達が木の葉で中忍試験を受けることは事前に里のみんなに伝えられていた。

その宣伝もあってか……

 

「頑張ってこいよ!」

「中忍になって帰ってこいよ!」

「お前達なら楽勝だろ!」

「他の里の奴等に負けんじゃねーぞ!」

「帰って来たら、盛大に祝ってやるからなー!」

 

水影室から里の出口に辿り着くまでの間、絶えず絶えることなく、ナルト達への声援が里のみんなから贈られ続けていた。

中には垂れ幕をかけている所さえあった。

凄い賑わいである。

確かについ最近まで閉鎖的だった水の国から、他国へと中忍試験を受けるメンバーは珍しい。

それでも本来、ここまで見送りが来るほどのイベントではない。

だというのに、ここまで里が一丸となって応援しに来た理由は、やはり霧隠れ第一班の人気の賜物だろう。

 

「これは頑張るしかねーよな!」

「ですね!」

「は、は、は、はい! が、頑張ります!」

 

ナルト、ハク、長十郎も里中の声援に応えられるよう気合いを入れ直す。

そして最後に、長老と水影から激励の言葉を貰う。

 

「ほふふ……」

「長十郎、ハク、ナルト……あなた達は今やこの霧隠れでも一位、二位を争うほどの人気者の班です。ですから私は何も心配しておりません。胸を張って中忍試験に挑んできて下さいね」

「「「はい!」」」

 

水影は三人の元気な返事を聞いて微笑みを返す。

最後に微笑みから一転して、真面目な顔で再不斬の方を見て、

 

「再不斬。何も問題ないとは思いますが、もし何かあればすぐに帰ってくるようにして下さいね」

「わーてるよ……オレが付いてるんだ。何も問題ねーよ!」

 

試験自体は何も心配していなかったが、それ以外のことは少なからず問題があり、水影はその事を再不斬に頼んでいた。

再不斬もその事に了承した後、部下達に出発の声をかける。

 

「よーし! ハク、ナルト、長十郎! 木の葉に殴り込みに行くぞ!!」

「よっしゃーあ!! 片っ端からこてんぱんにしてやるってばよ!」

「再不斬さん、ナルトくん! 僕達は試験を受けに行くだけですよ!」

「あわわわわ……水影様〜」

 

こうしてナルト達は木の葉の里で行われる中忍試験へのスタートを切るのであった。

 

 

 

一方、木の葉の里……

 

火影室では火の国トップの三代目火影と暗部・根のリーダー、ダンゾウが密会の話し合いを行っていた。

 

「ナルトの件は儂ら木の葉に非がある。もし木の葉に帰るつもりがないとナルトが言えば、その意思を尊重すると言うたじゃろ……」

「ヒルゼン、これはそんな次元の話ではない。この木の葉の存続に関わる話だ。九尾が抜けたことは既に各隠れ里に知れ渡っている。このままでは木の葉は他国の標的にされるのも時間の問題だ……」

 

三代目火影とダンゾウは真逆の考えを持ち、互いに譲らない言い合いをしていた。

ナルトの意思を尊重しようとする三代目火影と九尾は取り戻さなければならないというダンゾウの考え。

二人の言い分はある意味どちらも正しく、お互いにそれもわかっていたため、話は平行線を辿っていた。

それでも三代目火影はダンゾウに説得を呼びかける。

 

「万が一そのような事態になったとしても、儂は木の葉の皆を信じておる。いざの際には木の葉の力を総結集して戦うのみよ!」

「……万が一だと? この後に及んでまだそのような考え方をしているのか。砂と音が今回の中忍試験を利用して攻めてこようとしているのはお前とて既にわかっているはずだ!」

「…………」

 

沈黙を貫く三代目火影に、ダンゾウは、

 

「……お前の意思はわかった……今回は九尾の奪還を諦める……」

「!? ダンゾウ!」

「ただし……」

理解を得られたのかと喜びかけた三代目火影にダンゾウは否定の言葉を続ける。

 

「九尾の件に限らず、今回の件からは全て根の連中には手を引かせてもらうこととする」

「!?」

 

九尾の件以外とは、仮に砂や音の里が木の葉に攻め込んで来たとしても根の暗部は動かさない。

ダンゾウは完全な非協力体制をすると言ってきたのだ。

その回答に三代目火影は、

 

「……わかった」

 

と短く答えた。

 

ダンゾウは火影室を出た後、すぐ側に控えていた木の葉第七班に送り、うちはサスケの監視を命じていたサイに命令を下す。

 

「三代目とは互いに決裂する事になった。九尾の件は暫く時期を見る」

「わかりました」

「あくまで一時的だ……ゆえに戦力は温存しておかなければならない。サイ、此度の中忍試験のどこかで砂との戦争が起きる。その時の混乱に乗じて七班を抜け、こちらに戻ってこい」

「わかりました」

「それから試験の際に大蛇丸にサスケを明け渡す段取りをしてある。もし接触した場合はさりげなくサポートもしろ」

「わかりました」

 

命令に淡々と返事をするサイに視線を向けることすらせず、ダンゾウはその場を去っていった……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再会

霧隠れの里を出発して数日後。

 

ナルト達は無事に木の葉の里へと辿り着いていた。

再不斬、ハク、長十郎にとっては初めてだが、ナルトにとっては久し振りの木の葉の里であった。

ナルトは目の前にデカデカとある「あ・ん」と書かれた門を見上げる。

 

(そうか……オレってば、またここに帰ってきた……いや、ここにやって来たんだ……)

 

ミズキに騙されて封印の書を盗み出し、木の葉の忍に襲われ、そして九尾の存在と四代目火影のことを知った日。

あの日の出来事をナルトは門の前に立ち、思い出していた。

 

九尾……お前も見てるか?

『フン、お前が見ているのだ。ワシにも見えるのは当然だろ!』

オレ達……ここから始まったんだよな

『…………フン』

九尾……しっかり見てろよ!

『何をだ?』

雪の国でも言っただろうが! オレが頑張れば、オレ達の評価だってひっくり返せる! 中忍試験なんて最高の見せ場だろ!

『お前……本気で……』

まっすぐ自分の言葉は曲げねぇ! オレの忍道だ!

全員ぶっ飛ばして、目立って目立って目立ちまくってやるってばよ!

『………………』

 

 

「ナルトくん? 急に立ち止まってどうしたのですか?」

 

ハクの声が聞こえる。

ふと気づくと、心配するような目で再不斬達がナルトの方を見ていた。

それを見て、ナルトは慌てて意識を戻し、

 

「わりーわりー、何でもないってばよハク。ただ、あの日ハクと出会った時のこととかを思い出しちまってさ……」

「……そうだったんですね……」

 

ハクも神妙に答えたせいか、少しナルト達の空気が暗くなる。

それを振り払うかのように再不斬が声をあげ、

 

「ナルト! まだ中忍試験は始まってすらいねーんだぞ! 気合い入れろよ!」

「わかってるってばよ!」

「よし! じゃあ、ハク、ナルト、長十郎……木の葉に入るぞ」

「はい」「おう!」「は、はい」

 

部下達の返事を聞いてから再不斬が受付に迎い、手続きをしに行く。

最初は淡々としていた受付員がナルトの姿を見て慌て始めたが、再不斬が一睨みして黙らせ、木の葉の里への通行証を手に入れる。

それを部下達三人に配る。

通行証を手に入れたナルトはみんなの先頭に立ち、

 

「いざ! 木の葉の里へ!」

 

と里へと足を踏み入れた。

 

 

 

ナルト達が木の葉の里に入った瞬間、ナルトの姿を見つけた木の葉の人々の目が、一斉に第一班へと集まる。

それを見た再不斬、ハク、長十郎は、

 

「ちっ! 煩い連中だな!」

「皆さん……酷い目つきをしていますね……」

「あわ、あわわわわ……な、何で睨まれているんですか、ぼ、僕達……」

 

とそれぞれの感想を述べる。

長十郎に至ってはこんな視線を浴びたのは初めてなのか、いつも以上に縮こまってしまう。

そんな中、ナルトだけは違った感想を述べていた。

 

「あれ? 今までより少しだけ嫌な視線が少ないような?」

 

確かに里にいる半分以上の人間がナルトに対し、醜悪に満ちた感情を向けていた。

だが、一部の人間がナルトに対して、何やら申し訳なさそうな顔を浮かべているのが見て取れる。

その一部の人間は風雲姫の映画を見て、薄々ではあるがナルトの正体に気づきはじめた人達だったのだが、そのことはナルトには知るよしもなかった……

 

暫くナルト達が木の葉の里を歩いて散策していた時、ナルトの同期の一人でもある見知った顔に出会う。

何やら若い女の人と話しているところみたいだが、そんなことは気にも止めずにナルトは手を上げ、おかっぱの女の子に声をかけた。

 

「おお! やっぱりヒナタじゃねえか! 久し振りだってばよ!」

「ナ、ナルトくん!?」

 

いきなりナルトに声をかけられたヒナタは目を見開きパニックを起こしていた。

そんなヒナタにナルトは、

 

「こんな所でなにやってるんだってばよ?」

「えっ! えっと……ナ、ナルトくんの方こそ、どうして?」

 

しどろもどろになりながらも返事をするヒナタ。

ナルトの方は知り合いとの再会に舞い上がっていた。

 

「ん? あー、オレってば、木の葉の里に中忍試験を受けに来たんだ!」

 

そう言って霧の額あてに手をかざすナルト。

そこで今まで黙っていたヒナタの担当上忍、紅が話に加わってきた。

 

「はじめまして、私はこの子の担当上忍をしている夕日紅……今年は霧も参加するとは聞いていたけど、まさかナルトのチームが来るとはね……あなたがウワサの忍刀七人衆の一人、桃地再不斬ね」

 

紅の視線が後半、再不斬に移る。

 

「ふん、どんなウワサかは知らねーが、まあ、よろしく頼むぜ」

「ええ、こちらこそ……」

 

担当上忍同士の挨拶を終えた後、ハクがナルトに説明を求める。

 

「ナルトくん。この女の子はナルトくんの知り合いなのでしょうか?」

「ああ、アカデミーの時の同期で、名前は日向ヒナタっていうんだ。暗くて恥ずかしがり屋な女の子だってばよ!」

 

その言葉を聞いてヒナタはますます下を向いてしまう。

そんなヒナタを代弁するかのように紅が、

 

「まぁ、実は今も丁度そのことで悩んでいたところだったんだけどね」

「どういうことだってばよ?」

「ヒナタにも中忍試験に出るかどうか聞いていたのだけれど、なかなか勇気が出せないみたいで……」

「ふ〜ん……ヒナタも受けりゃあいいじゃねぇか。中忍試験」

 

ナルトの提案にヒナタは顔を下に向け、

 

「わ、私なんかが出てもキバくんやシノくんの足を引っ張っちゃうかな……とか思って……」

 

キバとシノ。

久し振りに聞いた名前にナルトは懐かしさを覚える。

 

「へえ〜、ヒナタってば、キバとシノのやつが一緒のチームになったのか!」

「う、うん」

「でもさ、それならなおさらいなくなるのが一番迷惑になると思うってばよ? だって三人でスリーマンセルなんだから! ハクと長十郎だってそう思うだろ?」

 

後ろを振り向き、自分の仲間を見るナルト。

ハクと長十郎が頷き、

 

「そうですね」

「は、はい」

 

ハクと長十郎の返事を聞いてから、ナルトは言葉を続ける。

 

「ヒナタも試験受けて、みんなで中忍になれば問題ないってばよ!」

「ナ、ナルトくん……」

 

少しの間ができた。

下を向き、悩んでいた様子だったヒナタだったが、ナルトの言葉になにか思うことがあったのか自分の担当上忍の方を向いて、

 

「紅先生……中忍試験……私も受けます」

 

と参加の意思を示した。

 

「ヒナタ……そう、わかったわ。これで正式に八班の参加が決まったわね。じゃあヒナタ、早速提出用紙に記入しに行きましょうか」

 

ヒナタの決意に、口元に笑みを浮かべる紅。

早速、受付の用意を済ませようと提案する。

 

「はい! あっ……ナルトくん、その……ありがとう……」

「別に大したことはしてねえってばよ。最後に勇気出したのはヒナタじゃねぇか」

「う、うん……それでもきっかけをくれたのはナルトくんだから……」

 

そこでヒナタに付け足すように紅もナルトに向かって、

 

「ナルト、私からも礼を言っておくわ。私ではヒナタを説得できたかはわからなかったし……」

「そ、そうか? まあ、なんにせよ!中忍試験お互いに頑張ろうな!」

 

ナルトがそう言った後、ヒナタ達は試験の申し込み用紙を書き込みに自宅へと戻って行った。

 

 

昼時。

里を散策していた第一班は、ナルトの提案で、一楽のラーメンで昼食をとることになった。

霧隠れにもラーメン店はもちろんあるが、やはりここのラーメンはナルトにとって特別な物らしく、木の葉に来たらもう一度食べに行きたいと思っていたのだ。

ナルト達は暖簾をくぐり、

 

「おっちゃん! 味噌チャーシュー大盛で!

あ、みんなの分もだから4人前で!」

「!? な、ナルト!?」

 

一楽の店主、テウチは久し振りのナルトの姿に驚きの声をあげる。

 

「ナルト! お前今まで急にラーメン食いに来なくなったかと思っていたら、どこで何していやがった!」

「へ? あ〜、実はね……」

 

ナルトは自慢気に霧の額あてに手をかざし、

 

「オレってば、霧隠れの忍者になったんだってばよ!」

「なに!? 里を抜けたのか?」

「まぁ……色々あってな……そんで今回中忍試験を受けることになったから、木の葉に来たんだってばよ!」

「……そうか……」

 

里を抜けたナルトに言いたいことが山ほどあっただろうが、テウチは何も言わず、ナルト達にラーメンを差し出す。

……注文よりもトッピングをサービスして。

それにすぐ気づいた再不斬が、

 

「親父、注文より量が多いぞ?」

 

と、疑問を口にするが、テウチは意義を許さない表情で言った。

 

「あんたはナルトの先生か? これはオレからの餞別だ。四人とも残さず食っていけ!」

 

それに、ナルト、ハク、長十郎、再不斬は、

 

「ありがとうだってばよ!」

「ふふふ、ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます! いただきます!」

「ふん、さすが古くからある伝統の店ってところか」

 

と、それぞれ礼を言い、テウチが背中で見守る中、ちょっと量の多いラーメンを残さず食べていった。

 

 

 

昼飯後。

ラーメンを平らげたナルト達は店の暖簾をくぐった所で、またも顔見知りの人物と遭遇する。

 

「やあやあやあ、これはこれは、忍刀七人衆の桃地再不斬くんと、その愉快な仲間達じゃあ〜ないですか」

 

一楽の先で待っていたのは波の国で再不斬達と敵対していた、はたけカカシであった。

その顔を見て、再不斬とナルトは、

 

「てめぇ、カカシ!」

「あ、カカシ先生! どうしてこんな所にいるんだってばよ?」

 

と、ほぼ同時に言った。

 

「ん? いやぁ紅の奴に、お前達のことを聞いて、昼飯してるならここかなと思ってね……」

 

呑気な態度のカカシに再不斬は少し警戒しながら話しかける。

 

「で、何でこんな所にいやがる? ラーメン食いに来たって訳じゃねーんだろ」

「あ〜、そんな警戒しなくて大丈夫だから。中忍試験の話はオレも火影様から聞いている。で、話しってのは、その火影様がお前達と話しがしたいから連れて来てくれってことでね……」

「ふん、どう考えてもナルトが目当てだろうが」

「まあ、そういうことだな……火影様はナルトのことを可愛がっていたからね……里を抜けたことにも責任を感じていらっしゃる。ナルト、お前をどうこうするつもりはないから、試験の前に少し火影様に会ってはくれないか?」

 

後半の部分はナルトの目を見ながら、問いかけるように話すカカシ。

ナルトはそれに迷うことなく頷き、

 

「うん、オレもじいちゃんとは話しがしたかったところだってばよ!」

「そうか……」

 

カカシも笑顔で答えた。

その会話を聞いていた再不斬達は三人で目線を合わせて、

 

「まあ、そういうことならオレ達は先に宿に行ってるぜ! 試験は明日なんだから遅くならねぇようにしろよ! カカシ、念のために言っておくが、余計な真似はするんじゃねーぞ!」

「悪いね再不斬、今度ラーメンでも奢るから……」

「今、腹一杯食い終わったところだ!」

 

再不斬とカカシの軽口をよそに、ハクと長十郎もナルトに、

 

「では、ナルトくん、宿で待っていますね!」

「ナルトさん、僕も先に宿へ行っておきます」

 

と、木の葉の里が用意した第一班の宿屋へと向かって行った。

そんな三人の背中を見て、カカシは頭を掻き、

 

「一応全員でと言われていたんだがな……気を使わせてしまったようだな……」

「気にしなくていいってばよ、カカシ先生! それより早くじいちゃんの所に行くってばよ!」

 

勝手知ったる火影室へ、カカシを置いてきぼりにする勢いでナルトは歩みを進めていった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

受け継がれ行く意志

火影室に到着したカカシは、部屋の扉をノックしてから中へと入る。

部屋には三代目火影以外の人影はなく、暫くの間みんな出払っているようであった。

 

「火影様。ナルトをお連れしました」

「お〜!? ナルトか!」

「久し振りだってばよ、火影のじいちゃん!」

 

ナルトと三代目火影は互いの再会を喜び合う。

三代目火影に至っては少し目元に涙をためるほどに、ナルトとの再会を喜んでいた。

 

「ナルトよ、少し大きくなったか?」

「え? そう! そう! そう見える!」

「うむ、ちゃんとご飯も食べられているようで安心したぞ」

「あ〜、オレってば、木の葉にいた頃はラーメンばっか食ってたからなぁー。霧ではさ、里のみんなが優しくしてくれて、食べ物とかも一杯くれるんだ!」

「…………そうか」

 

木の葉とは違い、霧ではちゃんと生活できる。

ナルトからすれば何気ない一言だったのだが、三代目火影は少し顔を曇らせていた。

この話を聞いた後で尋ねても、答えはわかりきっていたことだが、それでも三代目火影はナルトに言わなければいけないことがあった。

 

「ナルトよ……」

「ん?」

「木の葉の里に帰ってくる気はないか?」

「じいちゃん……」

「お主が里を抜けるきっかけとなった事件のことは知っておる。ミズキも既に処罰し終えた……」

「え? どうしてじいちゃんが知ってるんだってばよ?」

「ナルトよ、儂はこの木の葉の里の火影じゃぞ。知らぬ訳がなかろう」

「へぇ〜、お色気の術で気絶してたくせに」

 

ナルトは疑わしい目で相手を見る。

三代目火影もバツが悪かったのか、咳払いをした後、すぐに話を続ける。

 

「おっほん! 里の者達もお主が出ている映画を見てから、少しずつではあるがナルト、お主のことを認めようとしている者さえ増え始めておる」

「えっ!! あの映画やっぱり木の葉でもやってんのか!!」

「ホホホ、実はかく言う儂も映画を見せてもらった一人じゃ」

「じいちゃんもか!?」

 

と、そこでカカシも一言。

 

「ちなみにオレもね」

「カカシ先生までもか!」

 

二人の突然の発言に、嬉しいのやら恥ずかしいのやらで体を捻るナルト。

そんなナルトに、三代目火影は映画を見ていた時に一番驚いたことについて尋ねる。

それはカカシも聞きたいことであった。

 

「ナルトよ、映画を見て驚いたのじゃが、お主、あの螺旋丸をどこで覚えたのじゃ?」

「ん〜、そ〜れ〜は〜、じ〜つ〜は!」

「「実は……?」」

「とうちゃんに教えてもらったんだってばよ!」

「「!?」」

 

ナルトの答えに言葉を失う二人。

ナルトの父親。

それはカカシの師であり、12年前に木の葉の里を九尾から守るために命を落とした四代目火影、波風ミナトなのだから……

 

「どういうことじゃ……ミナトは……その……」

 

三代目火影は後半の部分を濁して話す。

その意味を察したナルトは、

 

「ああ、確かにとうちゃんは死んじまった……」

「その……通りじゃな……では……」

「う〜ん、オレも頭あんまりよくねーからわかんねーけど、このクナイを持ってたら、とうちゃんと会えたんだ……」

「それは!?」

 

二人に父のクナイを見せる。

本当はナルトの八卦封印に四代目火影がチャクラを組み込んでいたから出会えたのだが、今のナルトには、その辺の事情はまだ理解できていなかった。

 

「これはミナト先生のクナイ!」

「まあ、わかっていたことじゃが、やはりお主が持っていたのかナルト……」

 

カカシは驚きの声を上げるが、三代目火影は最初からわかっていたことなので、仕方ないな、という声音で言った。

 

「えへへへ、ごめんってばよ、じいちゃん……」

「まあよい、本来ならお主が持つべき物じゃからな」

「あっ! そうだ……」

 

事のついでにナルトは火影室から盗み出していた封印の書を取りだし、三代目火影へと手渡す。

 

「これ……遅くなっちまったけど、じいちゃんの巻物返さなくちゃ……」

「わざわざ持ってきてくれたのか。うむ確かに受け取った」

「 今まで返せなくてごめん……じいちゃん……」

「よい、あの件は儂にとっても忘れたい事件じゃったからの……色んな意味で……」

「あはははは……」

 

封印の書を無事返し終えた後、三人は話を元に戻す。

カカシが三代目火影からクナイを受け取り、

 

「ですが、どういうことでしょう? いくらミナト先生でも生き返ったりなどはできませんし……」

「うむ……ナルトよ、よければその話を詳しく聞かせてくれぬだろうか?」

「わかったってばよ……」

 

そうしてナルトは長い時間をかけてあの日の出来事を一つずつ話していく。

ミズキに唆されたこと。

巻物を盗み出す時に、四代目火影の羽織を見つけたこと。

突然、木の葉の忍に襲われたこと。

九尾のチャクラに意識を奪われかけていた時、四代目火影が現れたこと……

 

三代目火影とカカシがナルトの話を聞き終えた後……

静寂。

暫くの間、三人は口を閉ざし沈黙していたが、やがてゆっくりと口を開き、

 

「……そうか……ただでは死なぬ男とは思っていたが、まさかナルトと出逢えるようにしていたとはな……」

「……ミナト先生……」

 

二人は四代目火影とは関わりが深かったため、ナルトの話には色々と衝撃を受けているようであった。

そんな二人に、ナルトは父のクナイを手に取り告げる。

 

「オレってば、木の葉の里にいた時、本当はどいつもこいつも憎かった……」

「「…………」」

「だから、火影になって、みんなに無理矢理にでもオレの存在を認めさせてやろうと思ってた……けど、今は違う! 霧の里では誰もオレを化け狐なんて呼ばねえし、普通にオレのことを認めてくれる。他人から見たらそれは当たり前のことかも知れねーけど、オレにとってはすげぇ大切なものなんだ……だからオレは木の葉の里に戻るつもりはないってばよ」

「ナルト……」

「そんでもって、霧で、とうちゃんみたいな忍を目指す!」

 

ナルトの決断に三代目火影は目を閉じる。

本来なら、やはりナルトには里に帰ってきて欲しい。

各国の尾獣バランスを保つためにも、そして、なにより四代目火影の息子であるナルトには木の葉の里で幸せになって欲しかったから……

だが、それはもう叶わない夢。

そう悟った三代目火影は、ナルトが里を抜けるという苦渋の決断を受け入れることにした。

 

「…………わかった……残念じゃが仕方ないことなのやも知れんな……ナルトよ、本当にすまなかった……」

 

そう言って、三代目火影はナルトに頭を下げる。

それを見たナルトは慌てて、

 

「え〜!? いや、いや、じいちゃんは何も悪くないってばよ!」

「いや、確かに儂自身はお主に何もしていないが、本来お主は四代目火影の息子として大切に育てられるはずじゃった……だが、里を守るためにその事は皆に伏せて育てることにしたのは儂じゃ。結果、お主には辛い思いをさせてしまった。本当にすまなかった……」

「……そりゃあ、里を抜けた今だって全く恨みがないかと聞かれたら、ないとは言い切れねぇけど、けど、オレってば別にやり返そうとか思ってねーから、気にしないでいいってばよ……」

 

ナルトは頭の後ろに手を組み、少し困り顔で三代目火影に笑いかける。

それを見て漸く三代目火影は顔を上げた。

 

(あのイタズラ小僧が、本当に大きくなったものじゃ……)

 

三代目火影は素直にナルトの成長を感じていた。

次に、二人の話が終わるのを待っていたカカシがナルトに話しかける。

 

「お前にはいつも驚かされるよ、ナルト。ミナト先生と会っていたのなら、螺旋丸を知っているのも、オレの言葉を知っていたのにも頷ける……」

「あはは、あの時のカカシ先生達の顔は傑作だったってばよ!」

「そりゃどーも……本当はオレもお前には木の葉の里に戻って来て欲しいのだけど、お前が幸せに暮らせているのなら文句はないさ」

「カカシ先生……」

「もし困ったことがあれば何でも言ってくれ、オレでよければいくらでも力を貸すからさ……」

「ああ……サンキューな、カカシ先生!」

 

三人が話し始めたのは昼過ぎであったのだが、時刻はいつの間にか夕方となっていた。

これ以上ナルトを引き止めてしまえば、明日の中忍試験に影響を与えてしまうと判断した三代目火影とカカシはこれでお開きにすることにした。

 

「ナルトよ、儂は火影である以上、贔屓はできぬが、お主の中忍試験での活躍には期待させてもらうぞ」

「へへへ、今のオレの実力を見て、腰を抜かすなよ火影のじいちゃん」

 

と笑いながら話すナルトに、今度はカカシが言った。

 

「ナルト、今回はオレの班も試験に参加することになると思うからお手柔らかにね」

「えっ、サスケ達も出るのか!」

「ま、そういうこと」

「にしししし、カカシ先生には悪いけど、サスケ達には絶対負けねぇーってばよ!」

「オレの班も結構強くなってるからね……楽しみにしておくといいさ」

「オレの方がもっともっと強くなってるもんね!」

 

などなど、言い合う二人に、三代目火影は少し困った顔をして、

 

「ホホホ、二人とも熱くなるのは結構じゃが、試験は明日からじゃぞ。今日はそろそろ帰って、試験に備えるといい」

 

と、お開きの言葉を口にした。

それに、ナルトとカカシは姿勢を正し。

 

「「了解」」

 

こうして、三代目火影、カカシ、ナルトの三人だけの秘密の会談は終わりを告げたのであった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ライバル出現?木の葉のルーキーナイン!

7/1 中忍試験当日。

 

三代目火影と会談した次の日。

ナルト、ハク、長十郎は中忍試験を受けるため、一次試験の会場である校舎の中にまで足を踏み入れていた。

途中、中忍二人による幻術を使ったふるい落としなども行われていたが、そんなものにひっかかる第一班ではなく、ナルト達はスムーズに会場の扉の前まで足を進めた。

そして……

最後の扉の前に立っていた人物へと、こちらから話しかける。

 

「再不斬!」

「再不斬さん」

「再不斬先生」

 

凭れ掛かるように、扉の前にいた再不斬が姿勢を正し、

 

「よぉ! まあ、一応担当上忍だから見送りに来てやった……が、はっきり言ってお前達の心配はあまりしてねえ。オレ様が直々に鍛えてやったんだ。他の里の下忍ごときに負ける訳がねえからな……行ってこい!」

「「「了解!」」」

 

再不斬から激励を受け、第一班は中忍試験の扉を開ける。

 

「よっしゃー! 行くってばよ!!」

 

 

意気揚々と足を踏み入れたナルト達に待っていたのは、試験会場に犇めく数多くの各隠れ里の忍達であった。

 

「す、凄い数ですよ、ハクさん、ナルトさん!」

「確かに、すげー数だな!」

「ですね、凄い数です。」

 

長十郎はその100は超えるであろう受験生の数に少し気圧されているが、ナルトはわくわくしており、ハクは冷静に他の受験生達を観察していた。

そんな第一班に知り合いが声をかけてくる。

 

「「ナルト!?」」

「ん?」

 

ナルトが声をかけられた方を振り向くと、そこには第七班のサスケとサクラが立っていた。

 

「サクラちゃん! サスケ!」

「なんでナルトがここにいるのよ?」

「そりゃあ、もちろん中忍試験を受けに来たんだってばよ!」

「まさか、あんたまで受けに来るなんて……」

 

サクラはナルトが中忍試験に来るとは思っていなかったため驚きの声をあげる。

次にサスケが不敵な笑みを浮かべながら、

 

「ナルト……まさかまた会うことになるとはな……だが丁度いい。以前の借りは、この中忍試験できっちり返させてもらう……」

「へっ! サスケ……あれから修行して強くなったのは、何もテメーだけじゃねぇってばよ!」

「ふん、望むところだ!」

 

早速、火花を散らすナルトとサスケ。

そして勿論、この会場にいるナルトの知り合いはサスケとサクラだけではなかった。

次々に木の葉のルーキーが集まってくる。

その中で最初に話しかけてきたのは、ナルトと同じぐらい目立ちたがり屋のキバであった。

 

「なっ!? ナルトじゃねぇか!」

「おー! キバじゃねえか!」

「お前、里を抜けたってウワサが流れてたけど、マジで里抜けしてやがったのか!」

 

キバはナルトがしている霧の額あてを見る。

 

「ああ、これのことか……その通り、オレってば、今は霧の忍者だ!」

「自慢気にいうことかよ! アカデミーの卒業試験に落ちたから抜けたとか、なんとか聞いたがカッコ悪いにもほどがあんだろ!」

「はあ? なに言ってんだ、お前?」

 

キバとナルトが微妙に噛み合わない会話をしていた時。

今度は木の葉第十班のメンバーがナルトの前に姿を現し、その中の一人、シカマルが声をかけてきた。

 

「ナルトじゃねーか」

「あっ! お馬鹿トリオじゃねぇか!」

「その言い方はやめろって言ってんだろ……ったく、クソめんどくせー」

「懐かしいなあ〜、お前達、全然変わってないってばよ!」

「いや……というか、お前今までどこ行ってたんだよ? 霧の額あてまでしてるしよ」

「さっきキバにも説明したばっかだぞ……オレってば、霧の忍者になったんだ!」

「木の葉を抜けたのか! あの火影バカのお前がか!?」

「火影バカって……まあ、そうなっちまうな……」

「マジかよ……めんどくせーな……」

「お前ってば本当に変わってねーな……あっ、そうだ……」

 

ナルトは思い出したかのように、今までナルト達の再会を邪魔しないようにと気を使って下がっていたハクと長十郎の腕を引っ張り、みんなの前に連れてくる。

そして、

 

「みんなに紹介したいやつがいるんだ。この二人が今のオレの仲間でハクと長十郎って言うんだ!中忍試験の間、よろしく頼むってばよ!」

「ハクです。よろしくお願いしますね」

「長十郎です。よ、よろしくお願いします……」

 

いきなり全く接点のない霧の忍の紹介をされ、紹介した側もされた側もぎこちないながらも挨拶をする。

そんな中、ハクという名前に聞き覚えがあったサスケとサクラが困惑気味に、

 

「おい、ハクって名前……たしか……」

「ああ、波の国でオレと一緒にいた仲間だってばよ!」

「仮面の下はこんな綺麗な顔した女の子だったのね……(近くで見ても、私より可愛いじゃない! しゃんなろーー!)」

「すみません、僕は男です」

「「「!?」」」

 

ハクのあっさりとした回答に、今日一番驚いた顔を見せる木の葉の下忍達。

そしてナルトはハクだけでなく、波の国でのもう一人の立役者についても、サスケとサクラに説明する。

 

「サスケとサクラちゃんは波の国で長十郎にも会ってるってばよ。ほら、捕まってた姉ちゃんを助けた……」

「「あの時の暗部!?」」

「い、いえいえ、僕は暗部ではありません。あの時はたまたま面をつけていただけです……」

 

ナルトの第一班の紹介を聞き終わった後、いや聞いていた最中もサスケは体をウズウズさせていた。

それに気づいたナルトが、

 

「ん? どうしたんだ、サスケ?」

「ふん、この中忍試験が楽しみになってきただけだよ……」

「へっ! このオレの仲間を見てびびったか?」

「ウスラトンカチが……武者震いだよ……」

 

またも睨み合う二人の間にキバが割って入る。

 

「おいおいサスケくん、この二人がどれだけ強いかなんて知らねぇが、このナルトのチームだぞ。オレにはそれほど強いとは思えねぇな、な、赤丸」

「ワン!」

 

そんなあからさまな挑発に、当然ナルトは乗り、

 

「ンだと〜キバ! ハクは女の子より女の子っぽいし、長十郎はいつも自信なさげだけど、いざという時はメチャクチャすげーんだぞ!」

「はっ! 悪いがナルト、オレ達の班は下忍になってからかなり修行したからな! お前らには負けねーよ!」

「ふーん……」

「ふーんって、てめぇ……」

「おい、キミ達! もう少し静かにした方がいいな……」

ルーキーの下忍達が騒いでいた時に、それを見かねたのか、眼鏡をかけた木の葉の額あてをした男が注意を促しに来た。

 

「かわいい顔してキャッキャッと、まったく……ここは遠足じゃないんだよ」

 

いきなり現れた男に、いのが文句を言う。

 

「誰よアンタ? エラそーに!」

「僕の名前はカブト。それより辺りを見てみな」

「辺り?」

 

カブトの言葉にルーキーの下忍達が辺りを見回すと、周囲からナルト達を睨みつけるような視線が降り注がれていた。

下忍達が自身の言った言葉を理解したのを確認して、カブトは話しを続ける。

 

「試験前でみんなピリピリしてるから、どつかれる前に注意しとこうと思ってね……ま、新人さん達みたいだし仕方ないか……」

 

眼鏡の男が同じ木の葉の下忍で仲間なのを察したサクラがカブトに質問をする。

 

「カブトさん、でしたっけ? 色々試験について詳しそうということは、あなたは今年で2回目なの?」

「いや、僕は7回目だ。中忍試験は年に2回しか行われないから今年で4年目ということになるね」

「そんなに!」

「そうだね……じゃあ、かわいい後輩にちょっとだけ情報をあげようかな。この忍識札でね」

「忍識札?」

 

カブトがポケットから200枚ほどのカードの札を取り出す。

表は真っ白で何も書かれていないカードのようだ。

その札の一枚を取り、人差し指で床に押さえつけ、くるくると回し始める。

 

「なにやってるの?」

「僕のチャクラを使わないと見ることができないようになってるんだ……例えばこんなの……」

 

カードからボンっと小さな煙が吹き出した後、真っ白だった表紙に立体図が浮かび上がっていた。

 

「うわぁ、凄い見易い立体図! 何の情報これ?」

「今回の中忍試験の総受験者数156名とその参加国。それを個別に表示したものさ」

 

その手際を見て、サクラの次に今度はサスケが情報をカブトから聞き出そうとする。

 

「そのカードに個人情報が詳しく入ってるやつ、あるのか?」

「あるよ……気になる奴でもいるのかな?」

「……いる」

「なら、その気になる奴の情報を何でもいいから言ってみな。検索してあげよう」

「砂隠れの我愛羅。それから木の葉のロック・リー……そして」

 

サスケはカブトが何をやっているのか、いまいち理解できていないナルトを見ながら、

 

「霧隠れのうずまきナルトだ」

「ん?」

 

自分の名前が出たのはわかったが、話についていけていなかったナルトは、様子を見守ることにした。

 

「なんだ、名前までわかっているのか。それなら早い」

 

カブトはサスケから三人の名前を聞き出した後、札からさっと三枚のカードを引き、

 

「これだ!」

「見せてくれ」

 

また先ほどのようにカードをくるくる回し、焼きつけていた情報を見える形にして、カブトはルーキー下忍達に説明を始める。

 

「じゃあ、まずはロック・リーだ。年齢はきみ達より一つ上だな。任務経験はDランク20回、Cランク11回。班長はガイ。体術がここ一年で異常に伸びてるが他はてんでダメだな。きみ達と同じく今回初受験。チームには日向ネジとテンテンがいるね」

「ん? 日向?」

 

ナルトにも聞き覚えのある名前だったが、どこで聞いたかわからず、説明の続きを静かに聞くことにした。

 

「次は砂漠の我愛羅。任務経験はCランク8回、Bランク1回。凄いな! 下忍でBランクか……他国の忍で新人だから詳しい情報はないが、ただ任務は全て無傷で帰ってきたそうだ……チームにはテマリとカンクロウがいるね」

「Bランク、しかも無傷で……」

 

木の葉のルーキー達はもちろん、霧隠れ第一班のナルト達も我愛羅の底知れぬ何かに驚きを隠せずにいた。

Bランクを無傷で達成するのは中忍であっても、任務内容にもよるが、ほぼ不可能。

それを下忍の我愛羅がやってのけたのだから、驚くのも無理はない。

 

「最後にうずまきナルト。任務経験はDランク5回、Cランク3回、Aランク1回……えっ!? え……と、こちらも他国だから詳しい情報はないね。班長は再不斬。チームにはハクと長十郎がいるね」

 

と、カブトが説明をし終わったのだが、Aランクの任務経験の話が出た辺りから、木の葉のルーキー達の耳には殆んど届いていなかった。

サスケがすぐに本当なのか確める。

 

「ナルト……お前Aランク任務なんてやったのか……」

「え? あ〜、そういえばAランクになったんだっけ? あの任務は思い出に残るいい任務だったってばよ!」

「「「!?」」」

 

ナルトの肯定に絶句する木の葉のルーキー達。

それもそのはずで、ナルトはアカデミーの卒業試験に落ちるほどの落ちこぼれだったのだ。

少なくともみんなの中では……

そんなナルトがAランクの任務を受けて、無事に生還しているのだ。

驚くのは当然である。

……映画を見ていない人にとっては……

 

今度はシカマルと同じ班のお馬鹿トリオの一人、いのがナルトに掴みかからん勢いで詰めより、

 

「ナルト! あんた、あの映画やらせじゃなかったの!」

「へ? え……えー! いのまで見たのか!」

「何言ってんの、私だけじゃなくてサクラとヒナタも見てるわよ」

「え?」

 

ナルトがギギギと首を捻り、サクラとヒナタを見る。

 

「えーと、合同任務の帰りにたまたまみんな一緒になっちゃってね……でも、ナルト、あんた、凄かったじゃない! 正直、あのいかにも悪そうな面した奴がぶっ飛んで行ったところはスカッとしたわ!」

 

力こぶを作り、まるで自分が倒したかのように語るサクラ。

続けて指をもじもじさせながらヒナタもナルトに近づき、

 

「な、ナルトくん……私も、映画見て……その…………」

「「「ん?」」」

 

突如黙り込んでしまったヒナタに首をかかげる、ナルト、サクラ、いの。

だが、サクラまで見ていたのを知って気をよくしたナルトが、

 

「いや〜、サクラちゃんにまでオレの活躍を見てもらっていたとは、テレるってばよ〜」

「本当は私もいのも、ミッチー様のお姿を目に焼きつけに行ったんだけどね」

「ははは、そんな落ちなのはわかってたってばよ……」

 

頭をがくりと下げたナルトに、いのがとどめをさす。

 

「正直、映画見た時は不覚にもあんたのことがカッコよく見えてしまったけど……」

「な、なんだってばよ」

「実物見たら、やっぱりナルトはナルトね……」

「むっきー! オレってば、現実でもカッコいいんだぞ! なあ、ハク、長十郎!」

「ふふふ」

「ぼ、僕達の映画、やっぱり木の葉にも……」

 

フォローを求めたナルトにハクは微笑むだけで、長十郎の方は自分達の存在が知れ渡っていることに緊張しぱなっしであった……

 

カブトは話が一区切りしたのを見計らい、眼鏡をクイっと上げ、

 

「まさか、そんな凄い任務があったなんて……僕の情報収集もまだまだってことだね……じゃあ、最後にとっておきの情報を教えよう」

 

みんなの視線がまたカブトに集まる。

 

「木の葉、砂、雨、草、滝。ここまでは例年通りだが今年はみんなも知っての通り、音と水の国からは霧も参加することになった。今回の参加者は三人とは言え、霧は木の葉や砂と同じく力のある里だ。そんな里がどうしてわざわざ木の葉に試験を受けに来たかというと……実は中忍試験が終わった後、木の葉と同盟を結ぶかも知れないという話が出ているんだ」

「「「!?」」」

 

ナルト、ハク、長十郎はそのカブトの情報に驚いた顔をしてしまった。

木の葉と霧が同盟を結ぼうとしている話は当事者のナルト達を除けば、互いの里の上層部しか知らないことである。

つまり、カブトも知る訳がなく……

 

「どうしてカブ……「ナルトくん!」」

 

口を開いたナルトを慌ててハクが閉じさせたが、後の祭りであった。

ハクはカブトが忍識札を出した辺りから怪しいと思っていたのだが、今のでその疑心は確信に変わっていた。

どこの者かはわからないが、このカブトがただの下忍ではなく……恐らくスパイであると……

 

ハクがカブトを問い質すべきか考えていた時、試験会場に煙が立ち込み始める。

 

ボン!!

大きな煙とともに現れたのは……

 

「静かにしやがれ!! ド腐れ野郎どもが!!」

 

ずらっと並ぶ試験官達であった。

そして、その真ん中にいるのが、

 

「待たせたな「中忍選抜第一の試験」試験官の森乃イビキだ!」

 

中忍試験の開始の合図がなった……

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

合否を決めるもの

「はじめに言っておくが、オレ様に逆らうようなブタ共は即失格だ。わかったな!」

 

イビキがわいわいしていた受験者達を黙らせる。

 

「では、これから中忍選抜第一の試験を始める……志願書を順に提出して代わりにこの座席番号の札を受け取り、その指定通りの席に着け! その後、筆記試験の用紙を配る……」

 

試験官の一人がテストの束をピラピラとこれ見よがしに受験者達に見せていた。

それを見たナルトは頭が真っ白になり、叫ぶ。

 

「ひっき、ようし、用紙……!?……ペーパーテストォオォォオ!!」

 

中忍試験第一の試験はナルトの一番苦手な筆記テストであった。

 

受験者達が指定された番号通りの席に着く。

 

「あ〜、ハクと長十郎と席、バラバラになっちまったってばよ……どーしよ……」

 

頭を抱えてへこんでいたナルトに隣の席に座っていたヒナタが声をかける。

 

「ナルトくん」

「ん? お前ってばヒナタ」

「お、お互い頑張ろうね……」

「ああ、頑張ろうな」

 

チョークをコツっと黒板に叩き、イビキが試験の説明を始める。

 

「この第一の試験には大切なルールってのがいくつかある。質問は一切受け付けないからそのつもりでよーく聞いておけ」

 

黒板に最低限のことのみを書き記しながら、説明を続ける。

 

「まず、第一のルールだ! お前らには最初から10点ずつ持ち点が与えられている。筆記試験は全部で10問、各1点ずつ。そしてこの試験は減点式となっている。一問間違えることに1点減点される。三問間違えれば持ち点は7点となる。」

「第二のルール。合否はチームの合計点数で判定する。」

「第三のルール。試験中にカンニング及びそれに準ずる行為を行ったと監視員に見なされた者は、その行為1回につき持ち点から2点ずつ減点させてもらう。つまりテストの採点を待たずに、この試験中に退場させられる者も出るかも知れないということだ。不様なカンニングなどを行った者は自滅していくと心得てもらう。仮にも中忍を目指す者。忍なら立派な忍らしくすることだ。」

「それからチームの中で一人でも0点の者がいた場合……そのチームの全員を不合格とする。」

「ちなみに最後の問題は試験開始から45分経ってから出題する。試験時間は一時間だ……始めろ!」

 

全員が一斉にテスト用紙を表にする。

ナルトも苦手なテストだが一問は意地でも解かなければハクと長十郎を道連れにしてしまうと、なんとか簡単な問題を見つけて解こうとする。

……が、

問題を見ては飛ばし、見ては飛ばし、見ては……と9回同じことを繰り返し……

最後には頭を抱えて青ざめた表情になってしまった……

 

ナルトが解けないのも無理はない。

なぜなら、この試験はただの学力テストではなかったからだ。

もちろん中には自力で解く者もいるが、本来このテストの問題は全て下忍の学力では解けないものが出題されていた。

つまり、カンニングを前提にされた試験であったのだ。

しかし、ナルトがハクや再不斬につけてもらった修行は全て直接的に戦闘に必要なものだけであり、このような状況で裏の裏を読むことはできなかった……

 

だが、周りはそんなナルトを待ってくれる訳がなく、次々と試験の本当の内容を理解した者達が行動に移り始める。

 

砂を操る特殊な術でカンニングを行う我愛羅。

犬と連携でカンニングを行うキバ。

音で文字を判断し、カンニングを行うドス。

虫を使いカンニングを行うシノ。

忍具を使いカンニングを行うテンテンとリー。

 

数々の情報収集戦が行われる中、ナルトの答案用紙は真っ白のままであった。

自分がみんなから遅れているのが雰囲気でわかったナルトが頭を抱え真っ青になり、このままじゃ、まじでヤバい! と焦っていた時、

 

「ナルトくん……わ、私のテスト、見せてあげる」

「え?」

 

隣に座っていたヒナタが小声でナルトに自分のテストを見てテストの答えをカンニングするようにと勧めてきた。

それは今だに一問足りとも解けていなかったナルトにとっては願ってもない話であった。

だが、ナルトには得する提案だが、ヒナタには何の得もないであろう提案にナルトは疑問を覚え質問をする。

 

「どうして?何でオレに見せてくれるんだってばよ?」

「そ、そ、それは……」

 

ナルトからすれば当然の疑問だったが、ヒナタにとってはこれでもかというほど核心を突いた質問であり、何と答えればいいのかわからず、モジモジしながら……

 

「わ、私、ナルトくんにこんなところで消えてもらいたくないから……それに、ほら、ナルトくんのお陰で中忍試験受けようって思えたし……」

「……へへ、そっか、変に疑っちまったってばよ」

 

ヒナタの答えに納得し、答案用紙を見せてもらおうとナルトが顔を向けた時、

 

パキパキッ!

 

!?

 

ナルトとヒナタの間に氷の鏡が出現し、その鏡からホラー映画さながらの演出でハクの手だけが出て来て、ナルトに何か小さな紙を握らせた後、すぐに消えていった。

 

「「…………」」

 

ナルトもヒナタもお互い何があったのかはすぐにわかったが、なぜか暫くの間、体を動かせずに固まってしまった……

 

 

(ふん、愚図はあらかた落とし終えたな……それじゃ本題を45分経ったし始めるか)

 

開始からずっと口を閉じていたイビキが再び口を開く。

 

「よし! これから第10問目を出題する」

 

全員の目線がイビキに集まる。

 

「と、その前に一つ最終問題についてのちょっとしたルールの追加をさせてもらう……これは……絶望的なルールだ」

 

イビキは周りを見回し、説明を続ける。

 

「まず、お前らにはこの10問目の試験を「受ける」か「受けない」かを選んでもらう」

 

ここに来てのルールの追加に次から次へと疑問の声が上がる。

 

「選ぶって! もし10問目の問題を受けなかったらどうなるの?」

「受けないを選べばその時点でその者の持ち点は0となる。つまり失格! もちろん同班の二人も道連れ失格だ」

「そんなの受けるを選ぶに決まってるじゃないか!」

「そしてもう一つのルール……受けるを選び正解できなかった場合…………その者については今後永久に中忍試験の受験資格を剥奪する!!」

「そ、そんなバカなルールがあるか! 現にここには中忍試験を何度か受験している奴だっているはずだ!」

 

そんな風に下忍達から抗議の声が上がる中、イビキはそれを鼻で笑い飛ばし、

 

「クククク……運が悪いんだよ、お前らは。今年はこのオレがルールだ! その代わり引き返す道も与えているじゃねーか……自信のない奴は大人しく受けないを選んで来年も再来年も受験したらいい……」

 

イビキは受験者の前に立ち、最後の問題を出題する。

 

「では始めよう。この第10問目。受けない者は手をあげろ! 番号確認後ここから出てもらう」

 

暫く沈黙が続いたが、その重い空気に耐えられなかったのか、少しずつ手があげられ始める。

 

「オ、オレはやめる! 受けない!」

「50番失格、130番、111番道連れ失格!」

「オレもだ」

「私も」

「す、すまないみんな……」

「オレもやめる」

 

一人が手をあげてから芋ずる式に次から次へと手をあげる中、ナルトは静かに10問目が出題されるのを待っていた。

別に10問目の答えを間違えない自信があったわけではない。

ナルトは決して勉強ができるタイプではない。

それでも立ち向かわなければいけない場面というのは誰よりもわかっていたのだ。

決して頭でわかっていた訳ではないが、ナルトは本質的にこの試験で一番求められている応えを理解していた。

伊達に波の国や雪の国での闘いを乗り越えてきたわけではなかった……

 

5分ほど経ち、失格者達が抜け空席だらけになった部屋を見回し、イビキがもう一度残った者に問いかける。

 

「もう一度訊く……人生を賭けた選択だ。やめるなら今だぞ……」

 

脅しでもあるその発言に、今度は誰も応えずただただ10問目を静かに待つ受験者。

イビキは最後に試験官達に目線を送り、これ以上粘っても意味はないと判断し、残った者達に告げる。

 

「いい決意だ! では、ここに残った72名全員に……第一の試験、合格を申し渡す!!」

 

イビキはこの場にいる全ての下忍に合格を宣言する。

突然の合格に喜びよりも疑問が受験者達の頭に浮かび、我先にと質問が飛び交う。

 

「ちょ……ちょっと、どういうことですか!

いきなり合格なんて! 10問目の問題は?」

「ははは、そんなものは初めからないよ。言ってみれば、さっきの2択が10問目だな」

「じゃあ今までの前9問はなんだったんだ! まるで無駄じゃない!」

「無駄じゃないぞ、9問目までの問題はもうすでにその目的を遂げていたんだからな……キミ達の情報収集能力を試すという目的をな!」

「情報収集能力?」

 

イビキは一つ頷き、説明の続きをする。

 

「まず、このテストのポイントは最初のルールで提示した常に三人一組で合否を判定するというシステムにある。それによってキミらに仲間の足を引っ張ってしまうという想像を絶するプレッシャーを与えた訳だ」

 

イビキの言葉に思いあたるところがあった下忍達が頷く。

 

「しかし、このテストの問題はキミ達下忍レベルで解けるものじゃない。当然そうなってくると会場の殆んどの者はこう結論したと思う……点を取るためにはカンニングするしかないと……つまり、この試験はカンニングを前提としていた。しかしだ、ただ愚かなカンニングをした者は当然失格だ……なぜなら」

 

イビキが頭に被せてあった布を取り外す。

そこには……火傷、ネジ穴、切り傷といった拷問の跡があった……

 

「なぜなら……情報とはその時々において、命よりも重い価値を発し、任務や戦場では常に命懸けで奪い合われるものだからだ!」

「「「…………」」」

「敵や第三者に気づかれてしまって得た情報は、すでに正しい情報とは限らないのだ」

 

受験者が喉を鳴らし、押し黙る。

布を再び頭に巻いてイビキは話を続ける。

 

「これだけは覚えておいて欲しい。誤った情報を握らされることは仲間や里に壊滅的打撃を与える。その意味で我々はキミ達にカンニングという情報収集を余儀なくさせ、それが明らかに劣っていた者を選別したというわけだ」

 

説明を聞き、それでもまだ残っていた疑問を受験者達が口にする。

 

「でも、なんか最後の問題だけは納得いかないんだけど……」

「いや、この10問目こそがこの第一の試験の本題だったんだよ」

「いったいどういうことですか?」

「説明しよう。10問目は受けるか受けないかの選択、言うまでもなく苦痛を強いられる2択だ。受けない者は即失格。受けるを選び問題に答えられなかった者は永遠に受験資格を奪われる……実に不誠実極まりない問題だ……」

「「「…………」」」

「じゃあ、こんな2択はどうかな。キミ達が仮に中忍になったとしよう。任務内容は秘密文書の奪取。敵の忍者の数、能力、その他一切不明。さらには敵の張り巡らした罠という名の落とし穴があるかも知れない……さあ、「受ける」か「受けない」か? 命が惜しいから、仲間が危険にさらされるから、危険な任務は避けて通れるのか?……答えは……ノーだ!」

 

全員の顔を見ながら、中忍に一番必要なことをイビキが伝える。

 

「どんな危険な賭けであってもおりることのできない任務もある。ここ一番で仲間に勇気を示し、苦境を突破していく能力。これが中忍という部隊長に求められる資質だ! いざという時、自らの運命を賭せない者、来年があるさと不確定な未来と引き換えに心を揺るがせチャンスを諦めて行く者。そんな密度の薄い決意しか持たない愚図に中忍になる資格などないと、オレは考える!……難解な10問目で受けるを選んだキミ達は、これから出会うであろう困難にも立ち向かっていけるだろう。入口は突破した! 中忍選抜第一の試験は終了だ! キミ達の健闘を祈る!」

 

合格を言い渡され、今までずっと黙っていたナルトが喜びの声をあげる。

 

「よっしゃー! 祈ってて!!」

 

そんなナルトに後ろの席で座っていたハクと長十郎、隣に座っていたヒナタも微笑んでいた。

霧隠れ第一班、そして木の葉のルーキー達は皆、無事に第一の試験を突破した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒナタ赤面 八班瞬殺! ナルトの新術

一次試験を通過したナルト達はその後、窓を突き破って登場した派手な試験官、みたらしアンコに連れられて、第二試験会場前まで移動していた。

死の森。

そこは広く大きな森で、フェンスの外からもあり得ない大きさのムカデや猛獣達が闊歩しているのが見えた。

当然人の手が行き届いた様子はなく、ただ中に入り歩くだけでも命懸けの場所であった。

 

「なんだ、ここ……」

 

ナルトが唾を飲み込み、目の前の森を見る。

試験官のアンコは腰に手をあて下忍達に説明を始める。

 

「ここが第二の試験会場、第44演習場……別名「死の森」よ」

「な、なんだか凄く、不気味なところですね……」

 

ナルトの横にいた長十郎が少し青ざめた表情をする。

それを見たナルトがふん、と鼻を鳴らし、

 

「こんなのオレ達にとってはへっちゃらだ。怖くなんかねーってばよ!」

 

と、アンコに指を突きつけ空元気をする。

そんなナルトにアンコはニコッと人の悪い笑顔を向け、

 

「そう……キミは元気がいいのね」

 

そう言い終わった後。

直後。

アンコは服の袖からクナイを取り出し、ナルト目掛けて放ってきた。

ナルトはその動きを見切り、右へ跳んで避ける。

明らかに手加減はされていたし、仮に当たったとしてもそれほどの怪我はしなかっただろうが、いきなり攻撃されたことにナルトは怒る。

 

「なにするんだってばよ!」

 

ナルトはクナイを手に取り、ハクは千本を抜き、長十郎は刀に手をあて、いつでも抜ける態勢を取る。

第一班は本気の殺気をアンコに向けた。

一度、木の葉の忍に殺されかけたナルトはもちろん、その話を聞いていたハクと長十郎も同盟の話が出ているとはいえ、木の葉を完全には信用していなかった。

アンコからすればちょっとした脅しをかけたつもりだったのだが、まさかナルトがクナイを避け、あまつさえチームの三人ともが反撃の態勢をとるとは思ってもいなかった。

 

「へ〜、あなた達結構やるわねぇ……でも!」

 

と、言い切ると同時にアンコは第一班の背後に回る。

ナルトだけはその速度に体がついていけなかったが、ハクと長十郎は完全にアンコの動きを予測していた。

長十郎は横へ跳び、ハクはナルトを片手で突き飛ばし、自身の後ろに回っていたアンコに複数の千本を投げつける。

 

キンッ! キンッ!

 

アンコはそれをクナイで難なく弾くも、今度こそその顔は驚愕に満ちていた。

動けなかったナルトでさえ、目だけはアンコを追っていたところから考えて、どう見ても第一班の実力は下忍レベルではなかったからだ。

アンコは見開いていた目を笑顔にする。

 

「あなた達、本当にやるわね。ふふふ、かなり私好みだわ。まあ本当はちょっと脅すつもりだったんだけど、どうやらあなた達は問題ないようね……では」

 

今だにアンコを睨みつける第一班達を意にも介さず、涼しい顔で説明に戻る。

 

「それじゃ第二試験を始める前にアンタらにこれを配っておくわね!」

 

第一試験と同じようなプリントの束を下忍達に見せる。

だが、この試験はどう見ても筆記試験ではなく、何の紙なのか疑問を頭に浮かべる受験者達。

そんな様子を見ながら、アンコは意地の悪い笑顔で話す。

 

「同意書よ。こっからは死人も出るからそれについて同意を取っとかないとね! 私の責任になっちゃうからさー」

 

同意書が全員に配られる。

 

「まず、第二の試験の説明をするから、その後にこれにサインして班ごとに後ろの小屋に行って提出してね」

 

と、小屋を指差す。

 

「じゃ、試験の説明を始めるわ。早い話ここで極限のサバイバルに挑んでもらうわ。まずこの演習場の地形から順を追って説明するわ」

 

巻物に描かれた地図をみんなに見せる。

 

「この第44演習場はカギのかかった44個のゲート入口に円状に囲まれてて、川と森、中央には塔がある。その塔からゲートまでは約10キロメートル……この限られた地形内であるサバイバルプログラムをこなしてもらう。その内容は各々の武器や忍術を駆使したなんでもありありの巻物争奪戦よ!」

 

アンコは懐から「天」と「地」の二つの巻物を取り出して受験者達に説明を続ける。

 

「天と地、この二つの巻物をめぐって闘う。ここには72人つまり24チームが存在する。その半分の12チームには天の書、もう半分の12チームには地の書を、それぞれ1チーム一巻ずつ渡す。そしてこの試験の合格条件は天地両方の書を持って中央の塔まで三人で来ること。ただし時間内にね。期限は96時間、ちょうど4日間でやるわ!」

 

4日間という言葉にご飯はどうするの! とシカマルと同じ班のチョウジが声をあげた。

 

「自給自足よ、森は野生の宝庫。ただし人食い猛獣や毒虫、毒草には気をつけて」

 

ここまで聞いて漸くこの試験の難題さを思い知る受験者達。

まず、12チーム全員合格なんてほぼありえない。

紛失や他の参加者を邪魔しようと余分に巻物を集める者達が出てくるからだ。

さらに日を追うごとに行動距離は長くなり、回復に充てる時間は逆に短くなる。

おまけに辺りは敵だらけ、うかつに寝ることさえままならない。

死ぬ者も出るだろう……

 

「続いて失格条件について。まず一つ目が時間以内に天地両方の巻物を塔まで三人で持って来れなかったチーム。二つ目、班員を失ったチーム又は再起不能者を出したチーム。ルールとして途中ギブアップも一切なし! そして三つ目、巻物を塔に着くまでに開けたチーム。中忍ともなれば極秘文書を扱うことも出てくる、信頼性を見るためよ。説明は以上! 同意書3枚と巻物を交換するから、その後、ゲート入口を決めて一斉にスタートよ!」

 

アンコはそこで言葉を区切り、真剣な顔で言い渡す。

 

「最後にアドバイスを一言……死ぬな!!」

 

 

各々のチームが同意書を提出し、巻物を貰っていく。

 

霧隠れ第一班

ナルト ハク 長十郎

「かたっぱしから、ブッ倒してやる!」

「いえ、この試験は色々と危険です。派手な行動はやめておきましょう」

「ぼ、僕もハクさんに同意です……」

 

木の葉隠れ第八班

キバ ヒナタ シノ

「ひゃほおお! サバイバルならオレ達の十八番だ! ヒナタ、甘えは見せんじゃねーぜ!」

「う、うん」

「…………」

 

木の葉隠れ第十班

シカマル チョウジ いの

「命懸けかよ……めんどくせーがやるしかねーな……ナルト狙いで行きたかったんだが……さてどうするか……」

「お菓子に、ポテチ……」

「アンタらねぇ……」

 

木の葉隠れ第七班

サスケ サイ サクラ

「ここからが本番だな……」

「最近カカシ先生に勧められたイチャイチャパラダイスには、こういう極限の状況で男女は恋に目覚め易いと……」

「アンタなに読んでんのよ!」

 

音忍

ドス ザク キン

「公然と我々の使命が果たせるチャンスが来ましたね」

「ふん、雑魚どもを消し飛ばすだけか」

「ちょろい試験だ」

 

砂隠れ

我愛羅 カンクロ テマリ

「…………」

「敵チームもそうだが、我愛羅と4日間もいるのが怖いぜ」

「……ふん」

 

木の葉隠れ

リー ネジ テンテン

「ガイ先生! 僕は頑張ります! 必ず勝ち抜いて見せます!」

「ふん」

「まったく……」

 

 

全員がゲート前に立ち、試験開始の時間が訪れる。

アンコは全員に届くように声を張り上げて宣言する。

 

「これより中忍選抜試験第二の試験を開始する!」

 

試験開始の合図とともに、それぞれのチームが一斉にゲートをくぐり走りだした。

 

駆け出す。

霧隠れ第一班のナルト達も木を蹴り、森の中を走りながら、今後についての話し合いをする。

ハクが人差し指を立てて、ナルトと長十郎に作戦を説明する。

 

「この試験ですが、時間が経てば経つほど巻物は減り、合格の条件も厳しくなっていきます。ですから僕達が持っている天の書ではなく地の書を持っている敵チームを見つけたらすぐに奪い、そのまま塔を目指して合格しましょう。できれば今日中に合格するのが一番いいです」

 

その説明を聞いたナルトが異を唱える。

 

「巻物一つしか奪わねえのか? 他のチームをできるだけ倒さねえの?」

「たしかにそれも作戦の一つですが、どうやら今回の受験者達は粒揃いらしく、複数のチームを敵に回すのは得策ではありません。それに予想外の強敵や事件に巻き込まれても対処がとりにくいです。ですから今回は早くクリアすることに重点をおきましょう」

 

ハクは第一の試験会場で今回の受験者達を観察し、どれほどの者がいるのか探っていた。

その結果、明らかに例年の下忍より強い奴らがちらほら見えたため、極力戦闘は避ける作戦を提案したのだ。

ナルトと長十郎はハクの説明に頷く。

 

「わかったってばよ!」

「僕もその作戦に賛成です」

「ありがとうございます。ナルトくん、長十郎さん……では」

 

ナルト達は少し太い木の枝に足を止める。

なぜなら数メートル先にナルト達が来るのを察知して、待ち構えていた敵がいたからだ。

相対する六名と一匹。

第一班を待ち構えていたのは木の葉隠れ第八班のチーム。

キバ、ヒナタ、シノと赤丸であった。

目の前に来たナルト達を見て、キバ達が声をあげる。

 

「ひゃほおお、ラッキー! 匂いでわかったがやっぱりナルトのチームか! アイツらになら確実に勝てるぞ赤丸!」

「ワン!」

「ナ、ナルトくん……その……ごめんね……キバくんが……」

「……どんな相手だろうとなめてかかるのはオレのポリシーに反する。しかもこのように正面か「話しがなげぇーよ、シノ!」」

 

キバ、ヒナタ、シノの話から察するに、チームメイト達をキバが殆んど無理矢理連れてきたようだ。

どうやらナルト相手なら余裕で勝てるとの自信からきた戦略のようだ。

だが、見つけたからにはナルト達の方も当然逃がすつもりはない。

互いのチームは睨み合い、戦闘準備に入る。

ナルトは術を発動する前に、先ほどから言われっぱなしで頭にきていたのもありキバ達に言い返す。

 

「テストの時にもヒナタは隣だったし、正直あんま闘いたくなかったけど、向かって来たからには容赦しねー! 三人とも覚悟はいいな!」

 

と、ナルトの上から目線の挑発に、今度はキバが乗り、

 

「強がってんじゃねーよ、ナルト! てめぇが里を抜けてどれだけ強くなったかは知らねーが、このオレに勝てるわけねぇだろ! 巻物を渡すって言うんなら、知り合いのよしみで見逃してやってもいいんだぜ!」

「ワン! ワン!」

「何言ってんだキバ? 巻物をお前達なんかに渡すわけねーだろ……バーカ!」

「そうかよ……なら、せめてもの情けだ、キレイに一発でのしてやる!」

 

ナルトはキバのその言葉を開戦の合図と受け取り、十字に印を結ぶ。

 

「オレの新術で終わらせてやる。多重影分身の術!」

「「「!?」」」

 

キバ達は突如現れた20人のナルトに囲まれる形となる。

ヒナタは今だにおどおどしていたが、シノはナルトの分身を見て、手から大量の虫を出し、キバも好戦的な笑みを浮かべ、

 

「へぇ〜、マジでちょっとはやるようになったじゃねーの、ナルト!」

「「「変化!」」」

 

ナルトはキバの話に取り合わず、そのまま新術を繰り出す。

分身達が全て変化の印を結び、煙が晴れて姿を現したのは……

 

「「「うっふ〜ん」」」

 

20人のあられもない格好をした紅であった。

 

「ぐはっ!」

「クゥ〜ン」

「…………」

「……くっ」

「ナ、ナルトさん……ナイス…ハレンチ……」

 

木の葉に到着してから、一楽へ行く前にヒナタと一緒にいた紅を見ていたナルトだからこそできた新術であった。

キバは鼻血を吹き出し、赤丸はあまりの事態に尻尾が垂れ下がり、ヒナタは赤面しながらうろたえ、シノは気絶するかのようにその場で倒れた。

三人と一匹が戦闘不能になったのを確認し、ナルトが術を解く。

決めポーズをとり、術の名を高らかに宣言する。

 

「名づけて ハーレムの術! 紅の姉ちゃんバージョン!」

 

鼻から血をドクドクと流しているキバに近づき、ポーチを漁るとすぐに天の書が見つかった。

 

「やっぱりキバが巻物持ってたってばよ! う〜ん、でも同じ天の書か……まあ一応貰っておくか……」

 

巻物を無事に奪ったナルトはハクと長十郎のところに戻る。

なぜか長十郎までもが鼻血を出しているが、気にせずナルトは二人に巻物を見せ、

 

「ハク、長十郎、巻物取って来たってばよ。早く逃げるぞ!」

 

戦闘が終わったら即離脱。

ナルトからすれば当然の提案だったのだが、その提案にハクも長十郎も頷く様子はなく……

どうしたのかと尋ねようとした時、満面の笑みを浮かべたハクがナルトの方を見て、

 

「ナルトくん……以前言いましたよね? 僕……」

「ん?」

「この術は禁止だと、あれほど言いましたよね……」

 

それはまだナルト達が波の国にいた頃の話だった。

再不斬とナルトが組み手をしていた時、あまりにも手も足も出なかったナルトが一泡吹かせてやろうと、お色気の術を使ったところを見られてしまい、氷使いのハクが烈火のごとく怒ったことがあったのだ……

 

「いや、あれは……お色気の術であって……」

「ふふふ、ナルトくん? まさか言い訳をされるのですか? ふふ、 ふ ふ ふ ふ……」

「…………」

 

ナルトを凍りつかさんばかりの冷気がハクの体から溢れ出す。

森の中なのに、さながら吹雪を浴びるかのごとく……

それでも、なんとかナルトは口を開き、

 

「だって、だって、言ったってばよ! 再不斬もハクも、忍なら相手の意表を突けって!」

「味方の意表を突いてどうするんですか! 長十郎さん、鼻から血を流していますよ!」

「それってば、オレの責任じゃ……」

 

なぜかスムーズにはいかなかったが、取り合わず巻物を奪ったナルト達はキバ達が目覚める前にその場を離脱した。

 

 

その1分後。

ヒナタと赤丸の呼びかけもあり、キバとシノが目を覚ます。

二人が目を覚ましたことに安堵するヒナタと赤丸。

 

「よ、よかった……キバくんもシノくんも目が覚めて……」

「ワン!」

 

キバは頭を振りながら立ち上がり、

 

「ヒナタ……オレは……はっ! 巻物がねえ!」

 

慌ててポーチだけでなく、他のポケットも探るが当然巻物は見つからない。

その様子を見たシノがヒナタに問いかける。

 

「ヒナタ、巻物はナルト達が持っていったのか?」

「う、うん……」

「……そうか」

 

淡白とした二人の会話に文句を言うキバ。

 

「そうかじゃねぇぞ! シノ、てめぇまでいったい何やってたんだ!」

「オレが動けないのは無理もない。なぜならオレもハーレムの術とやらをくらっていたからだ……」

「カッコつけて言うことかよ、シノ! ったく、さっさとナルト達を追いかけるぞ!」

 

シノとヒナタが何かを言おうとしたが、巻物を取られたことに焦っていたキバは聞く耳を持たなかった。

先を行くキバをほっとけるわけもなく、二人もその後を追うのであった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

巻物争奪戦 霧vs砂

霧隠れ第一班はキバ達から巻物を奪った後、塔の方角へと足を進めていた。

まだ天地両方の巻物を揃えていなかったが、こういう試験では必ずゴール地点を最初から目指すチームがいる。

そんなチームから地の巻物を奪えれば、そのままゴールできるというハクの提案であった。

 

「!? ハクさん、ナルトさん……止まって下さい……」

 

キバ達と別れてから五分ほど走ったあたりで長十郎が二人に静止を呼びかける。

二人もすぐに状況を理解した。

すぐ近くに敵がいると。

 

「どうする? 闘うのか?」

 

ナルトの問いにハクが応える。

 

「少し様子を見ます。もし地の書を持っていそうであれば、奪い取りましょう……」

「よっしゃー!」

 

三人は木の陰へ身を隠し、敵に気づかれないだろうというギリギリの距離でターゲットの様子を観察することにした。

 

 

 

敵対しているのは砂隠れのチームと雨隠れのチームであった。

チャクラを練り込んだ砂をいつも瓢箪に入れて持ち歩いている我愛羅。

黒の服で身をまとった傀儡使いのカンクロウ。

大きな扇子を武器に使う風使いのテマリ。

砂隠れの忍達は三人ともこの中忍試験では屈指の実力者であり、チームワークを除けば下忍では最強の班であった。

だが、雨隠れの忍達はそのことに気づかず、バカ正直に正面からの戦闘に入ろうとしていた。

 

「砂のガキがオレ達に真っ向から挑んでくるなんてな……死ぬぜ」

「ご託はもういい、早くやろう。雨隠れのおじさん……」

 

雨隠れの挑発を意にも介さない我愛羅。

だが、同じチームのカンクロウは違った。

無駄な戦闘はしない方がいいと苦言する。

 

「おい我愛羅、後を尾けて情報を集めて狩るってのがスジじゃん。巻物の種類が同じなら争う必要はないし、余計な闘いは……「関係ないだろ」」

 

カンクロウの言葉を遮る我愛羅。

敵をまっすぐ見据えて、淡々と己の殺るべきことを述べる……

 

「目が合った奴は皆殺しだ」

「「「!?」」」

 

天地どちらの巻物かなど関係ない。

巻物を持っているかどうかも関係ない。

相手のことなど関係ない。

殺してしまえば全て解決する。

我愛羅はそう言ったのだ。

何の躊躇もなく、何の躊躇いもなく。

ただ殺すと……

 

しかし、そう思ったのは我愛羅だけではなく、雨隠れの忍も同じようで……

両者の殺気が膨れ上がる。

先にしかけたのは雨隠れの忍であった。

 

「ふん、じゃあ早く殺ってやるよ!」

 

と、言うと同時に雨隠れのリーダーが動いた。

背中に担いであった複数の傘を上へと放り投げる。

傘が上空で開き準備が整ったところで、すかさず印を結び術を発動する。

 

「死ね、ガキ! 忍法・如雨露千本!」

 

上空をふわふわと飛んでいた傘の一本一本から大量の仕込み千本が飛び出てくる。

その数、数百。

上下左右からチャクラで統制され、死角の見当たらない千本の雨が我愛羅に降り注ぐ。

 

ズドドドドっ!!

 

腕を組んだまま、避けることすらしなかった我愛羅を見て、雨隠れの忍は完全にしとめたと自分の勝利を確信していた。

だが……

 

「それだけか?」

 

我愛羅はまったくの無傷で、変わらず腕を組んだ状態でただそこに立っていた。

 

砂の盾で自分の体を守りながら……

 

見たこともない術に、自分の術を防がれた雨隠れの忍は驚きと困惑の表情を浮かべ、

 

「そ、そんな一本も……無傷だと……砂の壁で守ったのか?」

 

その質問にカンクロウが答える。

 

「そうだ、砂による絶対防御! 瓢箪の中の砂を操り、己の体の周囲を防御する。我愛羅にだけ許された術。しかもそれは全て我愛羅の意思とは関わりなく、なぜかオートで行われる……つまり我愛羅の前では全ての攻撃が無に帰す」

「そ、そんな……あの千本は厚さ五ミリの鉄板でさえ貫く力があるってのに」

「お前らじゃ、ウチの我愛羅は殺れないよ」

 

カンクロウの説明を聞いた雨隠れの忍達は我愛羅の強さを理解し、顔を歪ませる。

我愛羅の絶対防御。

それはほぼ全ての物理攻撃を完封し、しかもオートで行われるという理不尽極まりない能力であった。

そして我愛羅の強さは何も防御だけではなかった。

 

「千本の雨か……じゃあオレは……血の雨を降らせてやる……砂縛柩」

 

ずずずず……

 

砂がまるで意思があるかのように動き、雨隠れの忍の一人を捕らえる。

その体を砂ごと宙へ浮かす。

我愛羅は地面に落ちてきた傘を手に取り、それを開き、自分の体に影をさす。

これから降り注ぐ物に汚されないように……

 

「く、くっそ……」

 

なんとか砂から脱出しようと雨隠れの忍が試みるが、その行為は無駄に終わった……

かざしていた手を握り潰し、我愛羅が息の根を止めたからだ……

 

「砂瀑送葬!」

 

辺り一面に人間一人分の血の雨が降った。

 

「苦しみはない。与える必要もないほど圧倒した。使者の血涙は瀑瀑たる流砂に混じり、さらなる力を修羅に与ふ」

 

我愛羅の目に残り二人の敵が映る。

次はお前らだと……

 

「ひぃいっ!」

「巻物はお前にやる、だから……」

 

地の書を差し出し、命乞いをする雨隠れの忍に砂の手が迫る。

 

「「やめてくれーー!」」

「砂瀑送葬!」

 

圧殺。

追加で二人分の血が地面に降り注いだ。

雨隠れの忍三人を我愛羅は圧倒的な力で一人で殺した。

 

敵がいなくなった後、カンクロウは戦利品の巻物を手に取り、

 

「ちっ! 地の書じゃん……そう上手くはいかねぇか……取り敢えず戦闘をして目立ち過ぎたし移動しよう。ここにいたら、いつ敵に気づかれてもおかしくない」

「黙れ、愚図が」

 

カンクロウの提案をバッサリと断ち、我愛羅は少し離れた木の陰を見る。

ナルト達が隠れている木の陰を……

 

その視線に気づいた霧隠れ第一班は、互いに目線を合わせて頷き合い……

即決。

先手必勝とばかりに、挨拶がてら術を発動しながら我愛羅達へと飛び出した。

まずはナルトが十字に印を結び、お得意の術を発動する。

 

「影分身の術!」

 

ボン! ボン! ボン!

 

三人の分身ナルトが我愛羅、カンクロウ、テマリにそれぞれ襲いかかる。

気配を消していたナルト達による完全な奇襲。

他の班であれば、それだけでも楽に勝てたかも知れないが……

しかし、砂の三人は違った。

いきなりの奇襲に、我愛羅以外の二人も驚きはあるものの冷静に対処する。

我愛羅は相変わらず腕を組んだまま、ナルトの攻撃を砂の盾で防ぐ。

テマリとカンクロウもナルトの体術に同じく体術で完璧な対応をする。

下忍にしては破格の動きであった。

しかし、

それはナルトも計算づくで……

体術の応酬でカンクロウとテマリを上手く我愛羅から引き離したのを確認し、

予定通り、目眩ましを兼ねた術を発動する。

後ろに下がっていた本体のナルトが片手で印を結び、

 

「分身・大爆破の術!」

「「くっ!」」

 

予め分身につけておいた起爆札を爆発させた。

これで倒せたらラッキーだが、砂の忍の実力から見てまず無理だろう。

だが、分身が消えた時に出る煙が我愛羅達の視界を一瞬、遮る。

煙が晴れるまでの一瞬。

そこをハクと長十郎が突く……

 

「秘術・千殺水翔」

 

突如。

空中に現れた水が刃となり、起爆札を避けたばかりで体勢の整っていないテマリに向かって、容赦なく降り注ぐ。

テマリはいくつかの刃を扇子で叩き落とし、

 

「くっ! コイツら……」

 

うめきながらも、残りの攻撃をステップで後退するように避けた。

ハクの術を防いだ彼女だったが、その顔には焦りが見える。

いつもなら余裕を持って、それこそ遊び感覚で闘うテマリだが、この敵は明らかに強敵だと今の攻防で判断し、

 

「私達相手に闘いを挑むなんて、いい度胸じゃない!」

 

身の丈ほどの扇子を広げ、ハクと相対した。

 

 

一方、長十郎の方は初手で必殺の一撃を放っていた。

姿を現したと同時に、

――抜刀。

 

「チャクラ解放!」

 

彼の刀がチャクラを帯び、青い輝きを刃に宿し、

一閃の斬撃を放つ。

 

スパッ!

 

その軌跡は一瞬にしてカンクロウの首をはね飛ばした……

 

「自身の力=斬った数。だから切らなきゃ!」

 

コロコロ……

 

はねた首が地面に転がる。

 

頭をなくした体の方も、どさりと音を立て地面に倒れる。

長十郎はすぐさまカンクロウが所持している地の書を奪おうと、敵の死体に触れた時……

 

「不意討ちとはやってくれるじゃん!」

 

首のないカンクロウの体が、カタカタと音を立て動き出した。

否。

それはカンクロウではなく、よく似せた人形であった。

そのまま人形の手足が長十郎の体を捕らえ、

 

「このまま、締め殺してやるじゃんよ」

 

長十郎の体を徐々に締め上げる。

カンクロウは、自分自身と傀儡人形をこういう時のために入れかえていたのだ。

傀儡人形を扱う忍は近接戦闘に弱い。

それを補うための戦術だった。

捕まった長十郎が、

 

「くっ! コイツ、傀儡……」

「今頃気づいても遅いじゃん!」

 

傀儡人形が敵の体を絞め殺そうと動く。

だが、策を練っていたのはカンクロウだけではなかった。

捕まえていた長十郎の体がパシャっと音をたて……

水へと還る。

今度はカンクロウが驚きの表情で、

 

「なっ! 水分身!」

「今頃気づいても遅いですよ……」

 

直後。

隠れていた本体の長十郎が、忍刀で傀儡のチャクラ糸を切断しながら現れた。

その動きは明らかに傀儡師との戦い方を理解した戦法である。

傀儡師はチャクラの糸で人形を操り戦う忍。

ゆえに傀儡師本人や糸の方を狙われると苦戦を強いられる忍であった。

このままでは不味いと再びチャクラ糸を作り傀儡を操ろうとするが、そんな暇を敵が与えてくれる訳もなく……

そのまま流れるような動きで、

長十郎が駆け、

 

「はっ!」

 

カンクロウの腹を目掛けて、蹴りを放った。

我愛羅やテマリ達のいる方向とは逆の方向へ蹴り飛ばされるカンクロウ。

地面に手をつき、腹を押さえながら、

 

「ぐっ! このガキ……!」

「すみませんが、あなたのような強い方相手に、手加減はできません……ハクさんやナルトさんにも負担をかけさせたくありませんので、すぐに終わらせてもらいます」

「上等じゃんよ……」

 

第一班の作戦はナルトとハクが時間を稼いでいる間に、長十郎がカンクロウから巻物を奪い、即離脱するというシンプルなものであった。

シンプルがゆえに、上手くいけば狙い通りの成果を獲られる可能性が高い。

ここまでは完全にナルト達の作戦通りに事が運んでいた。

 

 

そして砂の忍の三人目、我愛羅の相手はナルトが受け持っていた。

我愛羅は腕を組み、

 

「これで終わりか?」

「コイツ、マジで何者だ?」

 

起爆札で倒せるとは思っていなかった。

しかし、先ほどの雨隠れの忍達の闘いから一歩足りとも動いていない我愛羅に、ナルトは冷や汗をかいた。

視線だけで人を殺せるのではないかと錯覚するほどの存在感。

それが砂の我愛羅という化け物。

忍が産んだ化け物。

それでも長十郎が巻物を奪うまでは、なんとしてもコイツを足止めしなければと、ナルトは自分を叱咤し、印を結ぶ。

 

「てめーらに恨みはねぇが、こっちにはどうしても負けられない理由があるんだ! 一気にケリ、つけてやる! 多重影分身の術!」

 

術の発動により煙が発生し、その中から。

我愛羅を囲むように50人ほどのナルトが出現する。

それをチラッと見た我愛羅が漸くナルトを敵と認めたのか、組んでいた手を下ろし、

 

「……少しは遊べそうか」

「余裕かましてるんじゃねーってばよ! 行くぞ、みんなー!」

「「「おりゃーあぁぁああ!」」」

 

分身ナルト達が突撃する。

50人もの足音が、

一斉に。

突貫。

砂の盾はそんなナルト達の攻撃を完全にオートでガードする。

無表情で、無感動に。

 

「とりゃー!」

「おらー!」

 

分身ナルト達が他の分身の足をつかみ、ブンブン振り回して我愛羅へと投げつける。

別のナルト達は四方八方から手裏剣を投げつける。

クナイを手に取り接近戦を挑むナルト達。

様々な戦術を試すナルトだが……

 

我愛羅に傷一つ与えられずにいた……

 

「くっそー! 全然攻撃があたんねー!……それに……」

 

(なんて目してやがる……まるで昔のオレみたいな……)

 

我愛羅の目は冷たく、孤独だった。

孤独。

憎しみ。

怒り。

殺意。

他者を拒絶する様々な感情が入り交じった瞳だった。

そんなナルトの心を読んだかのように、我愛羅が初めて、相対する者の目を見て話しかけてきた。

 

「お前……オレと同じだな……」

「!?」

 

同じか? ではなく、同じだと断言した我愛羅。

だがナルトはその言葉に頷くことはしなかった。

代わりに質問で返す。

 

「……何のことだってばよ」

「とぼけても無駄だ……お前の目には憎しみがある」

「……オレに憎しみなんかねぇー」

「……決めたぞ……お前はオレの獲物だ……さあ、感じさせてくれ!」

 

話しが噛み合わず、我愛羅の中で勝手に完結されてしまい再び戦闘が動き始める。

縦横無尽に動く砂。

しかも先ほどまでとは違い、我愛羅は手を動かし、自らの意思で砂を操りナルト達に攻撃を与えてきた。

こちらの攻撃は砂の盾に防がれ、分身達は着々と減らされていく。

一方的な闘い。

このままではじり貧だと考えたナルトは賭けに出る。

オートで攻撃がガードされる以上、砂より速く動けないナルトには、我愛羅にダメージを与える手段は一つしかない。

砂の盾を突き破るほどの強力な一撃。

あの術しかない――

 

「ハァアァアア!!」

 

ナルトは右手にチャクラを集中させ、もう片方の手でチャクラをコントロールし、螺旋丸を作ろうとする。

チャクラの塊が渦巻き、螺旋を描く。

なんとか丸い形状になったところで、残った分身達を陽動に我愛羅に突っ込む。

左右から突っ込んだ分身が砂のムチに叩かれボンッと音を立て消える。

正面から突っ込んだ分身達も同じく。

しかしチャンスは訪れた。

次々に突撃する分身達に注意が逸れた我愛羅。

50人もの分身と一人で闘い、初めて見せた隙。

その我愛羅の後ろへ、

一瞬。

ナルトが瞬身の術で移動し、術を叩き込む。

 

「くらいやがれー!」

「!」

 

我愛羅の砂がオートで防御を行うが今までの攻撃とは違い、その程度では防げない。

ナルトの術が砂の盾を霧散させ、ガードを突き破った。

勝利まであと一歩だった。

だが敵を目前に、チャクラの球はしゅーと音を立て消えてしまう。

まだ螺旋丸が未完成だったからだ。

ナルトは予想外の事態に慌てながらも、

 

「ここで消えるのかよ!……けど……!」

 

それでも砂の盾は越えた。

初めてできたチャンスを逃すわけにはいかない。

拳を握り、ナルトはさらに一歩踏み込み、

 

「つぅあらぁああ!」

「ぐぅっ!」

 

我愛羅を殴り飛ばした。

ナルトは地面を転がる我愛羅を見て、

 

「はあ、はあ……やっと一発かよ……」

 

息を切らせながらも笑みを浮かべる。

しかし、

我愛羅は何事もなかったかのように起き上がる。

ポロポロと殴られた頬から砂をこぼれ落としながら……

 

「砂?」

 

ナルトの攻撃はヒットしたかに思えたが、我愛羅は体そのものにも砂の鎧を纏い、二段構えの防御をひいていた。

……我愛羅は無傷であった。

そして、

 

「今度はオレの番だ……」

「なっ!?」

 

いつの間にかナルトの足元に砂が接近しており、足を捕まえられる。

ナルトは先ほどの雨隠れの忍達を思い出す。

ヤバいと思ったが、砂の拘束力は予想より強く抜け出せない。

我愛羅が無表情のまま手を握りしめようとした時……

 

『……ケッ!』

 

ナルトから一瞬朱いチャクラが噴出し、足を拘束していた砂を吹き飛ばした。

 

「「!?」」

 

なにがあったのか?

二人とも一瞬動きを止めたが、拘束が解かれたチャンスにナルトが我愛羅から距離をとる。

それを我愛羅は追撃する。

 

「砂時雨!」

 

無数の砂が弾丸となり、直線的にナルトを襲う。

 

「くっ……」

 

回避しようとしたナルトだが、先ほど砂に捕まった時、少し足を痛めたらしく普段よりスピードが落ちてしまい、怪我した足に何発か攻撃を受けてしまった。

 

「いってぇー」

 

それでもなんとか距離をとり、どうするかと考えていた時……

テマリの相手をしていたはずのハクが援護射撃に入る。

突如。

渦巻く水流が発生し、

 

「水遁・破奔流」

 

鉄砲水が砂の盾を濡らし、少しだが我愛羅の体を押し出し、ナルトとの間が広がる。

しかし、

 

「……邪魔をするな……」

 

緊張は途切れない。

この程度で獲物を逃がす我愛羅ではない。

印を結び、さらに追撃しようとする……が、

そこへ、ナルトとハクの後ろから一つの影が迫ってきた。

それは目的を遂げ、地の書を手に入れた長十郎であった。

作戦通り、ナルトとハクに撤退を促し、

 

「ナルトさん、ハクさん、行きます!」

 

二人が目を閉じたのを見計らい、長十郎が閃光玉を投げた。

発光。

ピカーっと強烈な光が一面に広がり、

 

「「くっ!」」

 

我愛羅とテマリがその光に思わず目をつむる。

いくら砂の防御とはいえ、光までは防ぎようがない。

辺りに、静けさが戻る。

静寂の中。

砂の二人が再び目を開けた時には、すでにナルト達の姿はどこにもいなかった……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

立ち向かう者

霧隠れと砂隠れの戦闘はナルト達が巻物を奪い取るという形で終わりを迎えた。

そして、その戦闘を見ていたチームが一つ。

ナルト達の後を追っていた木の葉隠れの第八班。

彼らは戦闘の後、すぐにその場を離脱し、安全な場所へと移動しているところであった。

 

「どうなっていやがる! あのヤバい砂の連中とナルト達が互角にやり合っていやがったぞ!」

 

キバは頭が混乱で一杯になっていた。

一番弱いと踏んでいた霧隠れ第一班が、自分の予想を上回る闘いをしていたのだから無理もない。

ヒナタは木を蹴りながら、キバへ顔を向け、

 

「キバくん、ナルトくんのチームは強いよ……その……私達より……」

 

少し後ろから来ていたシノが二人の横に並び、

 

「オレ達より強いかは兎も角として、あのチーム達が強いのはたしかだ。なぜなら、普段は大人しくしているオレの虫達がざわめいているからだ……」

「シノ、てめぇもわかってたなら最初っから言ってくれりゃーよかったじゃねーか!」

「オレもヒナタも、少し待てと言っていたはずだ」

「うっ……」

「ちなみにオレは第一試験の会場で、お前がナルトに喧嘩を売っていた時から注意を促していた……」

 

記憶にないシノの言い分にキバが吠える。

 

「アァ! そんなの聞いてねぇぞ!」

「いや……オレは言っていた。お前達が誰もオレの話に耳を傾けなかっただけだ……オレの影はそんなに薄いか……」

「「「…………」」」

 

シノの無言の圧力にキバ、ヒナタ、赤丸は口を閉じる。

第八班は巻物を取られたことにより、最低でも二つの巻物を敵チームから奪わなくてはならなくなった。

仲間割れをしている場合ではないと気を引き締めるキバ達であった……

 

 

 

霧隠れ第一班は見事目的の巻物を奪い、撤退に成功した。

ナルト達は予定通り、そのまま塔を目指そうとしていたのだが……

 

「痛っ……」

 

歩みを進めていたナルトが急に立ち止まり、足を止めた。

ハクと長十郎もすぐさま足を止める。

ナルトは先の戦闘で我愛羅の攻撃を受けた左足から血を流していた。

それを見たハクがナルトに近づき、怪我の状態を見る。

 

「骨に異常はないみたいですが、酷い怪我です……このまま進んでも怪我を悪化させる上に、血で敵に居場所もバレます。夜の森を進むのは危険ですし、最低限明日の朝までは休息をとることにしましょう……」

 

それを聞いた長十郎が顔を真っ青にする。

 

「あわわわ、ご、ごめんなさいナルトさん。僕がもっと早く巻物を奪えていれば……」

 

オロオロしている長十郎にナルトは笑いながら応える。

 

「長十郎、心配ねーよ。オレってば怪我の治りは早い方だし、こんなの唾つけとけば治るって」

 

と、楽観的な発言をするナルトだが、ハクはその言葉に首を振り、

 

「いくらナルトくんでも、この怪我は勝手に治癒するのは難しいでしょう……僕が応急手当てをしますので、どこか隠れることができそうな場所に移動しましょう」

 

冷静に次に取るべき行動を言った。

それにナルトと長十郎も頷く。

 

「……わかったってばよ」

「わかりました」

 

長十郎がナルトに肩を貸し、移動を始める。

霧隠れ第一班は夜が明けるまで休息をとることになった。

 

 

 

第二試験 二日目。

 

空が少しずつ明るくなり始めた頃。

木の葉隠れ第十班は自分達のいる場所に誰かが来るのを感じとり、慌てて草の茂みに隠れた。

だが……

 

「こそこそ隠れずに出てこい」

「「「ドキっ!」」」

 

相手にすぐ見つかってしまった。

いのはシカマルとチョウジに次の作戦を話す。

 

「作戦1隠れてやり過ごすは失敗! こうなったら作戦2決行よ!」

 

しかし予め作戦の内容を聞いていたチョウジは文句を言う。

 

「えー、マジでやんのかよ……」

「何よ、文句あるわけ! 成功間違いなしじゃない!」

「まぁ、いいけどさ……」

 

こそこそと話すいのに、仕方ないかとシカマルも了承する。

三人は茂みの中から出て、自分達に出てこいと言った人物の前に姿を現す。

そしてすぐさまゴマをすり、

 

「あー! こんなところで昨年度のNo.1ルーキーの日向ネジ様に会えるなんてー」

「さ、サイン欲しいなー」

「何だ、お前達か……」

 

もちろんネジには効果なし……なのだが、いのはそんな事は気にせず、そのまま作戦を決行する。

ポニーテールに結っていた髪をほどき、

 

(食らえ、作戦2。私のお色気でメロメロ)

 

「あたし、前々から一度、お目にかかりたいなー「去れ」……」

 

興味ないと言わんばかりに、まだセリフの途中で後ろを向き、歩き出すネジ。

そんな相手にいのは心の中で、

 

(何で私の色香が通じないのよ! くっそー腹立つわー!)

 

と、シャドーボクシングをする。

そこでネジが歩みを止め、シカマル達に背を向けたまま、

 

「今オレに拳を向けてるってことは、オレとやり合うってことか?」

 

まさか後ろを向いた状態で見られているとは思ってもみなかったいのが、慌てて手を止め、苦笑いを浮かべる。

 

「い、いえ……まさか……」

「なら去れ! お前達みたいな腰抜けから巻物を奪っても里の笑い者になるだけだからな……」

「「「はーい」」」

 

三人は一斉にまた茂みへと戻って行った。

その様子を見ていたネジは、

 

「ふん、まるでゴキブリのようだな」

 

と評価し、その場をあとにした。

 

九死に一生を得た三人はぜーぜーと、息をする。

 

(予想通りだぜ。アイツのことだから手向かいでもしない限り、オレ等みたいな弱い奴からは巻物を奪ったりはしねぇ)

 

シカマルは冷や汗をかきながら、頭は冷静に自分の考えが正しかったことを再確認していた。

 

三人が息を整えた後、チョウジが果物をパクパク食べている横で、いのが髪を結いながら、

 

「も〜、どうするのよ、早く私達より弱い奴を見つけて巻物奪わなきゃいけないのに!」

「つーかな、オレ等より弱いっつったら、ナルトチームぐらいじゃね?」

 

シカマルが呆れ顔で返事する。

その返事に、いのはブンブンと手を振り、否定する。

 

「何言ってんのよ、シカマル! あそこはマジでシャレになんないわよ!」

「そういや、この試験が始まる前も試験官相手にやり合ってたな……でもあのナルトのチームだぜ?」

「いやいやいや、今のナルトはあんたの知ってるナルトじゃないんだって、あのチームはサスケくんのところの次にダメ!」

 

いのがシカマルの提案をバッサリ両断する。

シカマルも最初からある程度そうだろうなとは思っていたが、いのがここまで否定するということは、理由はわからないがナルトチームから巻物を奪うのは無理だなと結論づけた。

しかしナルト達から奪えないとなれば、自分達は誰から巻物を奪えばいいのか……

 

「ったくー、めんどくせー」

 

ため息を吐きながら、シカマルが呟いた。

その後。

 

「モグモグ……ん? サスケがぶっ倒れてる」

 

今まで果物をずっと食べていたチョウジが指を指しながら、自分の見つけたものをありのままに言う。

 

「はあ?」

「で、サクラが戦ってる」

「え?」

 

大好きなサスケが倒れているという言葉に反応した、いの。

だが、その後に続いたチョウジの言葉と目に映ったサクラの姿に声を詰まらせた。

 

 

 

昨夜、大蛇丸との戦闘で呪印を植え付けられ、その反動で寝込んだままのサスケ。

大蛇丸との戦闘後、突如姿を消したサイ。

仲間の二人が頼りにならない状況で、音忍に襲撃され、絶対絶命のピンチであったサクラのもとに駆けつけたリー。

その彼が、まさに今、音忍の一人であるドスに捨て身の技をかけていた。

 

「くらえ!」

 

空中へ蹴り上げたドスの体に、リーが包帯を巻きつけ、相手の動きを封じる。

それを見た音忍の一人、ザクが、

 

「あれじゃ、受け身もとれねぇ! ヤバい!」

 

地面に両手をついて、術を発動する。

土に空気を送り込み、ドスの下にクッションを作る。

その直後。

リーの技が炸裂する。

 

「表蓮華!!」

 

身動きのとれなかったドスの体を高速回転させながら、空中から地面へと叩きつける。

表蓮華。

この技は言わば捨て身の技。

普段は脳が抑制しているリミッターを無理矢理外し、高速連続体術を一連の技として繰り出す禁術。

ゆえに、決まれば一撃必殺。

……のはずだったのだが……

 

「ふー……」

 

技を受けたドスは土のスポンジから頭を抜き、埃を払うかのように立ち上がった。

必殺の一撃を受けて立ち上がる敵にリーは驚愕の顔を浮かべる。

 

「バ、バカな!」

「……恐ろしい技ですね。土のスポンジの上に落ちたのに、これだけ効くなんて……では、次は僕の番だ」

 

ドスがスピーカーを仕込んである右手をかかげ、リーへと突っ込む。

普段のリーなら余裕で避けられた攻撃だったが、禁術の反動で体の動きが鈍っており、敵の術をまともに受けてしまった。

リーは耳を押さえながら、その場に蹲ってしまう。

 

「くっ!」

「キミの技は確かに速い。だけど僕達の技は音速だ。努力だけじゃどうにもならない壁というものを教えてあげるよ」

「オレ達に古くせぇ体術なんて通じねぇんだよ! まぁ途中まではよかったが、オレの術まで披露したんだ。そう上手くはいかねーよ」

 

ザクが自分の両手をリーとサクラに見せる。

その手のひらにはそれぞれ小さな送り穴が備わっていた。

 

「オレは超音波と空気圧を自由に操り、岩ですら破壊する力を持つ。土に空気を送り込んでクッションに変えることも思いのままだ。お前のくっだらねぇ技とは違うんだよ」

 

先ほどのリーの表蓮華はザクの能力によって、技の威力を殆んど殺されていたのだ。

 

(ちくしょう……)

 

この技を使っていい時。

それは大切な人を守る時だ。

それにしても、よく体得しやがったな、コイツー!

 

(ちくしょう……)

 

師匠であるガイの言葉を思い出す。

表蓮華は他人より、才能のなかったリーが、並々ならぬ努力の末、身につけた技であった……

拳を握り締め、悔しがるリー。

だが、敵はそんなリーを待ってはくれない。

ドスがとどめをさそうとリーに迫る。

 

「よーし、これで終わりだ」

 

スピーカーを出し、術を繰り出そうとするドスに、

 

「させないわ!」

 

リーの後ろにいたサクラが、ドスにクナイを投げつけ、簡単に弾かれるも相手の動きを牽制した。

その隙にサクラは、今までのような後ろではなく、リーの横へと並ぶ。

その目にまっすぐ敵を見据えながら。

 

「リーさん、ここからは私も闘います……」

「サ、サクラさん」

「私も守られてばかりじゃいけないから……私だって……忍者なのだから!」

 

 

 

草陰からその様子を見ていた第十班。

 

「ねぇ、逃げようよ! アイツ等相当ヤバいよー!」

 

音忍の迫力に怯えるチョウジ。

シカマルは状況把握をしながら、いのにどうするか尋ねる。

 

「サスケは気絶してるだけで、サイの奴はいねーな……で、リーとサクラしか残ってねぇが、お前はどーすんだよ? いの……」

「どーするって……」

「つか、どう見てもサクラやべーぜ! いいのかよ? お前ら親友だったんだろ?」

 

 

サクラの姿を見ながら、昔のことを思い出すいの。

 

「髪、随分伸びたわね。いの」

「何よーサクラ!」

「ふん、いいこと教えてあげる。私、サスケくんと同じチームになったわよ」

「えっ!?」

「いのには、もう負けない」

「私だって……サクラ! アンタにだけはどんな事だって負けないわよ!」

 

(……なんで、あんな時のこと思い出してんのよ……)

 

「おい! いの! どーするんだよ」

「わ、わかってるけど、どうしようもないじゃない! 迂闊には出ていけないでしょ!」

 

音忍達に対する恐怖なのか

サクラが殺られそうなことに対する恐怖なのか

いのの膝は震えて動くことができなかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サクラ咲く 花開く、幻花の舞

波の国の任務が終わり、今だに引きこもっているイナリを除いた町の人々に見送られた後。

木の葉へ向かう帰り道。

カカシ、サスケ、サイの後ろ姿を見ながら、サクラは沈んだ気持ちで足を進めていた。

前方を歩いていたカカシは速度を緩め、サクラの隣を歩く。

 

「どうした? サクラ」

「カカシ先生……」

 

担当上忍を見上げるサクラ。

彼女は今回の任務で自分が何もできなかったことに悔しさを覚えていた。

サスケとサイはどんな任務でも自分より前へ進み、その成長は止まることを知らない。

サクラはアカデミーでの成績は優秀だったので、自分の力を過信していた。

しかし現実は第七班の中で一番実力が下で、あげくの果てには、見下していたナルトにただの一撃でやられる始末。

今回の任務で色々と思い知らされた。

だからこそ言った。

 

「……カカシ先生」

「ん?」

「私……私も強くなりたいです……」

「そっか……」

 

部下の決意に半眼を笑顔にするカカシ。

同時に今回の任務、やってよかったと心の中で呟いたのであった……

 

 

死の森。

サクラの参戦に溜め息を吐くドス。

 

「あー、もう……自分の実力もわからないのかな?」

 

見下した音忍達の視線を無視して、サクラがリーに話す。

 

「リーさん、私があのくノ一を倒すから、それまで残りの二人を任せていいですか?」

「それは助かります。ですが、サクラさんは見るからにもう戦える状態では……」

 

心配そうにするリー。

サクラはそんなリーにニッコリと笑い、

 

「大丈夫です。私だって今まで修行してきたんですから!」

 

と力強く言った。

リーもサクラの言葉に頷く。

 

「わかりました! では、ご武運を!」

「リーさんも」

 

敵を目の前に作戦を決めたサクラとリー。

音忍達は当然そんな舐められた態度に怒りを覚える。

ザクはサクラの発言を鼻で笑い、キンに顔を向け、

 

「おい、キン。あの女、お前を倒すってよ」

「むかつく奴だ! 完全に私を舐めてるね……ドス、ザク、あの色気虫は私が殺すよ」

 

キンが一歩前に出る。

サクラはクナイを構え、全身にチャクラを巡らせる。

いつでも動けるように……

睨みを合う二人。

一瞬の間。

先に痺れを切らして、動いたのはキンの方だった。

クナイを取り出し、

 

「ハッ!」

 

前方へ投げた。

それを左に飛んで避けながら、サクラは印を結ぶ。

忍なら誰もが知っている印を……

それを見たキンがもう一度クナイを敵に向かって投げた。

放たれたクナイは狙い通りに飛び、

 

「きゃぁっ!」

 

サクラの体に突き刺さる。

が、その体は次の瞬間、ぼんっと音を立て、丸太へと変わっていた。

直後。

自分の横から迫って来たサクラに気づき、キンは武器を構え、

 

「変わり身の術なんて、舐めてるのか!」

 

今度は印を結ばれる前に、敵へ向かってクナイを投げた。

避ける素振りすら見せないサクラを見て、仕留めたとキンは唇を歪ませる。

だが、彼女の投げたクナイはサクラに刺さることなく、その体をすり抜けていった。

 

「なっ! 分身か!」

 

叫ぶキンの後ろからサクラが現れ、

 

「ええ、そうよ……そしてこれで終わりよ」

 

キンが分身に気をとられていた僅かの間にサクラは印を結び、術の準備を終えていた。

途端、

 

「魔幻・奈落見の術!」

 

辺り一面に木の葉が舞う。

サクラの使用した術は相手を幻の世界に誘い気絶させる幻術。

カカシとの修行で身につけた技。

サクラにとって、切り札と呼べる術であった。

 

どさり……

 

抵抗する間もなく倒れたキン。

それを見ていたドスがサクラを睨みつけながら、リーと戦闘中のザクに注意する。

 

「あのサクラとかいう女、キンと同じく幻術使い……少し気をつけた方がよさそうだね……」

「ちっ! まんまと幻術にかかったのか。だらしねぇ奴だな」

 

倒れた仲間を酷評する音忍二人。

リーの方はサクラがキンを倒したことにガッツポーズをとり、

 

「素晴らしい! 素晴らしいです! サクラさん!」

 

そんなリーにサクラは不敵な笑みを見せる。

 

「言ったでしょ、私だってやれるんだから!

私はもうアカデミー生じゃない……忍者なんだから!」

 

キンが倒れたことにより、戦況は変化し、ニ対ニとなった。

後ろで傍観していたドスが袖を捲り、右腕のスピーカーを出し、サクラの方へとゆっくり歩き始める。

 

「ザク、僕はこのサクラって娘を殺すよ……そっちのゲジマユさんはキミに任せる」

 

自分に近づいてくるドスに視線を向け、クナイを構えるサクラ。

 

「随分上から物を言ってくれるけど、そう簡単に負けるつもりはないわよ」

「キンを倒したぐらいで調子に乗られると困るね……確かにキミの幻術には少々驚かされたけど、僕に同じ手は通用しないと思った方がいいよ」

 

サクラの発言に全く怯える様子すら見せないドス。

それがはったりなのか、そうではないのかはわからないが、このピンチをどう切り抜けるかとサクラが思案していた時……

 

草むらの中から、ざざざざーっと音を立て、今だに逃げようとしているチョウジのマフラーを引っ張りながら、いのとシカマルがサクラの前に飛び出してきた。

突然現れた背中にサクラが声をかける。

 

「いの……」

「言ったでしょ、サクラ。アンタには負けないって!」

 

それはアカデミー卒業の後、二人で交わした約束であった。

しかし、今はサクラもいのも敵同士。

この場面でいの達が出てくる理由はない。

だというのに助けに現れたいのに、サクラは質問をせずにはいられなかった。

 

「いの……どうして?」

「サスケくんの前で、アンタばかりにいい格好はさせないわよ!」

 

ドスを見据えながら言ういの。

サスケは今も寝ており、明らかに答えになっていない言葉だが……

 

「またウヨウヨと木の葉の虫けらが迷い込んで来ましたね……」

 

新たに現れた第十班を睨みつけるドス。

その視線にチョウジは身震いし、シカマルといのに抗議する。

 

「ふ、二人とも何考えてんだよ〜! コイツらヤバ過ぎるって! シカマル、マフラー放してよぉ!」

「放すか、バカ! めんどくせーけど、しょうがねーだろ! いのが出ていくのに、男のオレらが逃げられるか!」

「巻き込んじゃってゴメンねぇー。だけど、どうせスリーマンセル、運命共同体じゃない……」

「ま、なるようになるさ」

 

ドタバタしながら現れた第十班に、ザクが挑発をする。

 

「クク……お前は抜けたっていいんだぜ? おデブちゃん」

 

先ほどまで逃げようとしていたチョウジの体がピタリと止まる。

 

「え? 今、何て言ったの……あの人? 僕、あんまり聞き取れなかったよ……」

「あ? 嫌なら引っ込んでろつったんだよ! このデブ!」

 

ニ度目のデブ発言にチョウジがキレた。

 

「僕はデブじゃない! ポッチャリ系だ! コラー!!」

 

ビビりまくっていた自分を吹き飛ばし、やる気を見せるチョウジ。

いの、シカマル、サクラ、リーの一歩前に出て、目に炎を宿し指をさし、

 

「よしー! お前らわかってるよな! これは木の葉と音の戦争だぜぇ!!」

 

音忍二人だけでなく、木の葉の忍達もあまりの変わりように驚愕する。

その中で、ドスだけは状況を冷静に観察していた。

サクラとリーは満身創痍とはいえ、現状、音が二人に、木の葉は五人。

到底ひっくり返せる戦況ではない。

ふーと溜め息を吐き、ザクに言った。

 

「ザク、ここは退きましょう」

「「「!?」」」

 

ドス以外のその場にいた者が騒ぐのをやめる。

サスケを殺す任務を大蛇丸から受けていたザクはドスの撤退に反対を唱えた。

 

「何言ってやがるドス! サスケの野郎を殺さねぇと!」

「……いいえ、正直この状況。僕達が負けるとは思えませんが、リスクが大きいのも確か……それにサスケくんのことも少し気がかりなことがありまして……」

 

撤退をしようとするドス。

だが、みすみす逃がす訳にはいかない。

いつの間にか影真似を使い、ザクの体を縛っていたシカマルが、

 

「おいおい、ここまでしておいて自分達が不利になったら逃げるってのは、ちょっと都合が良すぎやしねーか?」

「……あ? 誰が不利だ……!? なんだ、これ、体が動かねぇ……」

 

漸く自分の状態に気づいたザク。

すでに手遅れであったが……

事態に気づいたドスが、またも溜め息を吐きながら、懐から地の書を取り出し、

 

「では、これでどうですか?」

 

サクラへと放り投げた。

巻物をキャッチしながらも、ドスの突然の行動に一同は困惑する。

 

「それは手打ち料です……ここは退かせてもらいます」

 

倒れたままのキンを担ぎ上げるドス。

ザクは何も巻物を渡してまで逃げる必要はないと叫ぶが……

ドスはそれを無視し、木の葉の忍達が状況整理できず混乱している間に、目の前から姿を消した。

影真似が解ける。

一人になったザクは一瞬迷った後、ドスを追うように撤退していった……

 

危機が去ったのを確認し、木の葉の忍達は生き残れたことに感謝しながら、地面へ座り込んだ……

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

口寄せ!イルカ先生参上!

第二試験、二日目の昼。

砂隠れとの戦闘で痛めたナルトの足も、完治にはまだ少し時間がかかりそうではあるが、血は止まっているので、霧隠れ第一班は塔へ歩みを進めることにした。

途中、ハクの提案でナルトの影分身を先に偵察に向かわせることにより、他の班との無駄な戦闘を避けた第一班はスムーズに塔へ辿り着くことができた。

 

「いや〜、まさか影分身に、こんなことができるとは思わなかったってばよ! アイツら、オレが消えた瞬間、アンラッキー……だって、あはは、バッカでぇ〜」

 

影分身はただの分身とは違い実体がある。

だが、影分身の凄いところはそれだけではなかった。

自我のある分身が消えた時、それまで分身が経験した記憶を本体に伝えることができるのだ。

その機能を利用して、ナルトは塔の周辺で待ち構えていた忍達を発見し、ハクと長十郎に伝えることで戦闘回避に成功していた。

最初は驚いていたナルトだが、今は得意気な顔をしている。

長十郎はハクに顔を向け、

 

「ハクさん、どうして影分身にこんな使い道があるとわかったのですか?」

「それはナルトくんの戦闘を今まで見ていたからです……」

「戦闘を?」

「ええ、そうです。本来、影分身はチャクラを大量に使う術。いくらナルトくんが他の人よりチャクラを多く持っているからといっても、疲れないわけがない……それなのにナルトくんは戦闘が長引けば、長引くほど、動きが鈍くなるどころか良くなることの方が今まで多かった……」

 

ハクの回答に、長十郎は今までのナルトの戦闘を思い返す。

 

「なるほど……言われてみれば……」

 

納得した顔をする長十郎。

目的地の塔の前で会話する二人にナルトが声をかける。

 

「ハク、長十郎、早く中に入るってばよ!」

 

我先にと塔の扉をくぐるナルトを追いかけるように二人も中へ入っていった。

 

第二試験ゴール地点。

しかし塔の中には誰もおらず、辺りを見回す第一班。

三人を除けば、人の気配すらない。

あるのは奇妙な掛軸だけで……

 

「天無くば……地無くば……これはたぶん巻物のことですね。あの試験官も塔に着くまでは巻物を開けるなと意味深なことを言っていましたし……」

 

掛軸に書かれた虫食いの文を読んだ推測を話すハク。

ナルトと長十郎もその意見に頷く。

 

「それじゃあ、開くってばよ」

「は、はい……」

 

ナルトが天の書、長十郎が地の書を持ち、二人は同時に巻物を開いた。

二つの巻物には「人」と一文字書かれていた。

何のことかと疑問に思う間もなく、開かれた巻物が煙を発し始める。

長十郎の表情が動揺に染まり、

 

「な、ナルトさん、これは!」

「口寄せか? 何で?」

「二人とも、疑問は後回しにして、それを投げて下さい!」

 

ハクに言われた通りに、二人は巻物を前方に投げた。

と同時に、ボフンっと煙を立ち上り、人影が映し出される。

警戒する第一班の前に現れたのは……ナルトのよく知る人物だった。

 

「よっ! 久し振りだな……ナルト」

 

アカデミー教師、木の葉隠れの中忍であるイルカ先生。

三代目火影を除けば、唯一、木の葉にいた頃のナルトが、完全にとまでは言わないが信用していた人物であった。

 

「ど、どういうことだ? 何でイルカ先生が口寄せで出てくるんだってばよ?」

 

混乱するナルトにイルカ先生が説明する。

 

「この第二試験の最後はオレ達、中忍が受験生を迎えることになっているんだ。そして、オレがお前達への大切な伝令役を仰せつかったわけだ」

「伝令役?」

 

ポケットに仕舞ってあった時計を見るイルカ先生。

 

「まだ、試験時間は半分以上残っているな……お前達は二番目の合格者だ。本当によくやったな……三人とも、第二試験突破、おめでとう!」

 

ナルト、ハク、長十郎を見渡し、合格を告げたイルカ先生。

それを聞いたナルトは大喜びで叫んだ。

 

「いやったぁああ! 合格だってばよ!」

 

ホッと一息吐くハクと長十郎とは違い、はしゃぎまくるナルト。

跳び回るナルトを見て、イルカ先生は苦笑する。

 

「落ち着きのないところは相変わらずだな……お前は」

 

ハクはそんなイルカ先生を見て、少し警戒心を解いた。

 

「今の会話を聞いた限り、あなたはナルトくんと知り合いだったのでしょうか?」

 

イルカ先生はハクに顔を向け、

 

「ああ、ナルトがアカデミーの生徒だった頃の先生がオレだ」

「なるほど、アカデミーの先生でしたか……」

「実を言うと……いや、この話の前に先に伝令役としての務めを果たすか……三人とも聞いてくれるか」

 

ナルトと長十郎も耳を傾けたのを確認し、掛軸に顔を向けながら、イルカ先生が話を始める。

 

「この文章、虫食いになっているだろ? ここには天地の巻物に書かれていた中忍を指し示す「人」の文字が入るんだ」

「人の文字?」

「そうだ。「天無くば智を知り機に備え」つまり、ナルトの弱点が頭脳にあるのなら、様々な理を学び、任務に備えなさいという意味だ」

「うぅ……」

「そして、「地無くば野を駆け利を求めん。天地双書を開かば、危道は正道に帰す」つまり、頭と体、この二つを兼ね備えれば、どんな任務も覇道ともいえる安全な任務になりえる……ということだ。この中忍の心得を忘れずに次のステップに進んでくれ! これがオレの仰せつかった伝令の全てだ!」

「「「了解!」」」

 

元気よく返事する第一班。

しかし、イルカ先生の顔は逆に曇りがかかっていく。

なぜかと疑問に思ったナルトが、

 

「イルカ先生?」

「……ナルト。実を言うとだな、今回お前達の伝令役は、オレが無理を言って火影様に頼んで指定してもらったんだ……」

「ん? どうしてだってばよ?」

「お前が里を抜けた原因のことは火影様から聞かされた……まさかミズキが、いや、木の葉の忍がそんな暴挙に出るとは思ってもみなかった……助けてやれなくて、すまなかったな……ナルト……」

 

悲痛な表情で話すイルカ先生に、ナルトの顔も曇り、ハクと長十郎は口を閉ざす。

 

「……イルカ先生は何も悪くないってばよ! それにオレってば今は元気にやってるから、気にしないでいいってばよ!」

 

空元気で笑うナルト。

イルカ先生は少し口元を緩ませ、

 

「ああ……お前が元気でやっているのは映画を見て知ったさ」

「えぇー! イルカ先生まで見たのか!」

「その……なんだ……ナルトは木の葉を恨んではいないのか?」

 

聞きにくそうに、しかし聞いておかなければとナルトに尋ねるイルカ先生。

ナルトは目を閉じる。

一瞬の間。

目を見開き、ナルトは正直な気持ちを話す。

 

「恨みだとかは、正直よくわかんねぇー。別に木の葉の奴らに殺り返そうとかは思ってないってばよ……けど……オレってば、とうちゃんや、火影のじいちゃん、イルカ先生には悪いけど、木の葉の里は嫌いだってばよ……」

「「「…………」」」

『…………』

 

三人と一体はナルトの話を黙って聞いていた。

はっきりと木の葉の里が嫌いだと言ったナルト。

それは当たり前のことであった。

木の葉隠れの里はナルトを散々迫害しておいて、あげくの果てに殺そうとしてきたのだ。

いくら自分が火影の息子だと知った後でも、笑って許せることではない。

例え、木の葉には木の葉の言い分があったとしても……

イルカ先生は服の袖で目元を拭い、ナルトを見る。

 

「そりゃあ……そうだよな……本当に辛かっただろうな……ナルト……」

「それは……木の葉にいた頃はそうだった……けど、諦めずに頑張ってきたら、霧の里ではいいことが一杯あった! だからオレはもう一人じゃないってばよ!」

 

今度は空元気ではなく、本当に笑顔を見せるナルト。

その笑顔を見て、自分の生徒だった頃とは違い、ナルトは成長したんだとイルカ先生は悟った。

 

「そうか……お前にも仲間ができたんだな……中忍試験はここからが本番だ。無理はしないように頑張れよ!」

「おう! 絶対に中忍になってやるってばよ!」

 

自信満々に言うナルト。

イルカ先生は最後に無理矢理笑顔を作り、手を振って、複雑な感情を抱きながら、第一班の前から姿を消した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

塔に集う者たち

ナルト達、霧・第一班が塔に辿り着いた頃。

リーやシカマル達が解散したのを、物陰から観察していた人物。

木の葉・第七班の一人、サイが、

 

「いやー、何やら大ピンチだったみたいだね」

 

にこにこした顔で、サクラの前に姿を表した。

それを見たサクラは、驚いた顔で、でも少し怒ったような声で、口を開く。

 

「サイ! アンタ、今までどこ行ってたのよ!」

 

という、抗議の言葉に、サイはにこにこした顔のまま返事をする。

 

「二人とはぐれてしまったあと、サクラ達を探していたら、先に蛇みたいな人に見つかって……命からがら逃げてきました」

「!? 蛇みたいな人って、大蛇丸のこと!」

「そんな名前の人。僕は今日……いや昨日か。昨日、初めて恐怖という感情が理解できたよ」

 

などと、最近、カカシ達と関わりを持つようになってから、少しずつ感情を理解……というより、取り戻し始めている少年が言った。

根と呼ばれる暗部、ダンゾウの部下であるサイが、本当の意味で感情を取り戻すのは、まだまだ時間がかかりそうではあるが……

そんなサイに、サクラが状況説明を始める。

 

「サイ……アンタ、よくあんなのに狙われて生きていたわね……サスケくんでさえ……」

「サスケに何かあったのかい?」

「うん……私達、あの大蛇丸って奴に、風遁の忍術でバラバラに吹き飛ばされたでしょ? その後、私とサスケくんは、なんとか合流できたんだけど、そこで大蛇丸に見つかって……サスケくんは巻物を相手に渡して、逃がしてもらおうとしたんだけど……」

「逃がしてもらえなかったんだね?」

「うん……蛇みたいに首を伸ばしてきて、サスケの首に噛みついて……その後、帰ってくれたのはいいんだけど、そしたら今度はサスケくんが急に倒れちゃって……わ、私……」

 

と、後半涙目に語るサクラに、サイは僅かに心が痛くなるのを感じた。

元々サイは、今回のことを予め知っていた。

大蛇丸と繋がっている、自分の上司。

ダンゾウから聞いていたからだ。

サクラ達と途中ではぐれたのも、わざとである。

サスケのことは自由にしていい、というダンゾウの伝言を、大蛇丸に伝えるために。

そして、その任務をやり遂げた後。

今度は大蛇丸から、サスケの成長が見たいから、音忍達が帰るまでは手を出さないようにと命令をされていた。

サイは決して命令には逆らえない。

そういう風に育てられてきたから。

だから、音忍達が撤退した、今になって姿を表したのだ。

 

「何か……ごめんね……」

「どうしたのよ? アンタが素直に謝るなんて……」

「まぁ……ちょっとね」

「?」

 

首を傾げるサクラ。

そんなサクラに、サイは自分の懐から取り出した物を、巻物を、

 

「あー、それと、これどうぞ」

 

と言って、渡した。

サクラは自身の手にある“天の書”を見て、

 

「って! サイ、これどうしたのよ!」

「まぁ、僕も伊達に遅れてきた訳じゃないよ……途中、隙だらけの班を見つけてね」

 

と、困惑した表情をするサクラに、サイが言った。

実際のところは、試験自体はどうでもいい大蛇丸が、サスケに渡された巻物をサイに返しただけの話だったのだが、流石にそれを説明する訳にもいかない。

が、言い訳としては十分だったらしく、サクラは険しかった表情を柔らかくして、

 

「よかった……これで天地両方の巻物が揃ったわ。お手柄じゃない、サイ」

「お役に立てて、なにより……じゃあ、あとはサスケが目を覚ませば、塔を目指すだけだね」

「ええ、そうね」

 

その一言で会話を終わらせ、サクラは今も汗を流しながら、うなされている、サスケの看病に戻った。

 

一時間後。

 

大蛇丸に噛みつかれた、首の痣。

呪印はそのままだが、サスケが無事に目を覚ましたことにより、第七班は森の最終地点である塔を目指して、走り出したのであった……

 

 

 

木の葉・第八班。

キバ、赤丸、シノ、ヒナタ。

三人と一匹も、第七班と時を同じくして、塔を目指して、木の上を跳ぶように走っていた。

 

「ひゃほぉおー! やっぱりサバイバルじゃ、オレ達に敵う奴らはいねーな。な、赤丸!」

「ワン!」

 

先頭を走る、キバと赤丸。

その後ろから、木を蹴りながら、シノが言った。

 

「キバ、油断はするな。せっかく揃った巻物を奪われてしまえば、残り時間から考えて、合格が難しくなる……」

「わーてるよ! だからこうして、オレと赤丸が先頭を走りながら、敵がいないか臭い嗅いで、警戒してんだろーが!」

「ワン!」

「……ならばいい」

 

続けて、横に走っていたヒナタが、

 

「でも、キバくんも、シノくんも、赤丸も、みんなやっぱり凄いね……ナルトくん達に巻物を取られた後、すぐに二つの巻物を揃えたのだもの……」

 

それに対して、キバは得意気な表情で、

 

「へっ! ったりめーだってーの!」

 

シノは、いつもと変わらない声音で、ヒナタに返事を返す。

 

「キバの言う通りだ。オレ達が本来の力を出し切れば、これぐらい、できて当然のことだ……それにヒナタ。お前の、その眼のお陰でスムーズに事が運んだのだ……もう少し自信を持て」

「う、うん……」

 

第八班は、ナルト達に巻物を奪われて、他の班より、一歩遅れてのスタートだったにもかかわらず、手堅く、きっちりと天地双書の巻物を揃えて、ゴールの塔を目指していた。

 

 

 

木の葉・第十班。

シカマル、チョウジ、いの。

この三人も、ちょうど時を同じくして、

 

「よっしゃー! 私達の完全勝利ね!」

 

いのが、ガッツポーズを決めていた。

その手に、天地の巻物を揃えて。

それを見て、シカマルは、いつものように、やる気の欠片もない声音で、

 

「あー、疲れた……」

 

と、言った。

チョウジの方は、ぐー、ぐー、と腹を鳴かせて、

 

「ねー、二人とも。巻物はもう揃ったんだし、早く塔に行こうよ……僕、このままだと、背中とお腹がくっついちゃうよ〜」

 

空腹を訴える。

そんな仲間の二人に、いのは半眼で呆れるような目線を送り、そのままの声音で言った。

 

「アンタらねぇ〜」

 

いのは腰に手をあて、勝利の余韻も何処へやら、という表情。

そこでシカマルは、これ以上、めんどくさがれば、余計にクソめんどくさくなると察して、

 

「なら、巻物も揃ったことだし、とっとと、この辛気くせー森を抜けるか……」

 

重い腰を上げた。

自分の意見に、二人が頷くのを確認してから、シカマルは駆け出す前に、仲間に注意を促す。

 

「手早くゴールしたいのは山々だが、こういった試験では、先にゴール地点付近で待ち構えて、罠を仕掛けて待ち伏せに徹してる奴らもいるはずだ。早くゴールはしたい。だが、ブービートラップ何かには引っ掛からねーように、迅速かつ、的確な移動を行うぞ……ここで巻物を奪われて……なーんて、めんどくせー展開はゴメンだからよ……」

「……わかってるわよ」

「うん……」

 

作戦が決まり次第、第十班の三人もゴールを目指し、森を駆け出し始めた。

 

 

 

大蛇丸。

元木の葉の忍で、五大国にすら、その名を轟かせる、伝説の三忍の一人。

そんな規格外の人物の参戦。

そして、その部下であるドス達の登場もあり、例年には類を見ないほど、暗雲が立ち込め始めた、中忍試験。

しかし、その第二試験もラスト一日となり、続々と集うべき者達が、塔へと集まり始めていた。

 

第一の試験。

ペーパーテストによる筆記試験と見せかけての、情報収集戦。

 

第二の試験。

奇襲、騙し、特攻、交渉、脅し、殺し……

何でもありありの巻物争奪戦。

 

この難関を乗り越えた下忍達が、次の第三の試験へと、足を踏み入れる。

ここからが、中忍選抜試験の本番であった……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二試験終了!強者どもが勢揃い!

霧隠れ第一班が塔に到達してから二日後。

ナルト、ハク、長十郎は会場へと呼び出された。

三人の中で、ナルトだけはこの二日間、ずっと修行をしていたので服に汚れがついており……

長十郎は泥だらけのナルトを見て、

 

「ナルトさん、足の怪我も完治してないのに、ずっと修行してたんですか?」

「ん? あ〜、もう痛くねーし、大丈夫だってばよ。それに一日でも早く螺旋丸をマスターしてーからな!」

 

と、話し込む二人にハクが前方を指さす。

 

「ナルトくん、長十郎さん。どうやら皆さん集まっているようですよ」

 

試験会場。

かなり大きなスペースがある場所で、第二試験を突破したそうそうたるメンバーが勢揃いしていた。

他にも、各担当上忍をはじめ、イビキ、アンコ、イルカ先生などの木の葉の忍達が複数参列している。

これは突如、中忍試験に姿を現した木の葉の抜け忍、大蛇丸を警戒しての措置であったのだが、第一班には知るよしもなかった……

そんな中、

皆と同じく列に参列する第一班。

全員揃ったところでアンコが宣言する。

 

「まずは第二試験。通過おめでとう!」

 

(合格者は合計24名。まさかここまでの人数が残るとはね……)

 

心の中で呟くアンコ。

木の葉 15名

砂 3名

霧 3名

音 3名

 

主催国の木の葉が多いのは例年のことだが、ここまでの数が残るのは珍しいことであった。

 

「それでは、これから火影様より第三の試験の説明がある。各自、心して聞くように! では、火影様。お願いします」

「うむ」

 

返事一つで、マイクがアンコから、三代目火影に移る。

 

「第三の試験……その説明の前に一つだけはっきりとお前達に告げておきたいことがある! この試験の真の目的についてじゃ」

 

(真の目的?)

と、首を捻る下忍達を見回して、三代目火影が話を始める。

 

「なぜ、同盟国同士が試験を合同で行うのか? 友好、忍のレベルを高め合う。その本当の意味を履き違えてもらっては困る! この試験は言わば……」

 

三代目火影はふーと、キセルを吹かせ、

 

「同盟国間の戦争の縮図なのだ!」

 

そう言い切った。

三代目火影は話を続ける。

 

「歴史を紐解けば、今の同盟国とは、すなわち、かつて勢力を競い合い、争い続けた国同士。その国々が互いに無駄な戦力の潰し合いを避けるために敢えて選んだ闘いの場……それがこの中忍選抜試験のそもそもの始まりなのじゃ……」

 

などなど……と、

厳かな声で話す三代目火影。

それに、

少し物騒なそんな話に、サクラが手をあげ、

 

「どうして? ただ中忍を選ぶためにやってるんじゃないんですか?」

 

三代目火影はサクラの質問に、もっともだと頷き、

 

「確かに、この試験が中忍に値する忍を選抜するためのものであることに否定の余地はない。だが、その一方で、この試験は国の威信を背負った各国の忍が命懸けで闘う場であるという側面も合わせ持つ」

 

今度はいのが疑問の声をあげる。

 

「国の威信?」

 

三代目火影はうむと、相づちを打ち、

 

「この第三の試験には我ら忍に仕事の依頼をすべき諸国の大名や著名な人物が招待客として多勢招かれる。そして、何より各国の隠れ里を持つ大名や忍頭がお前達の闘いを見ることになる。国力の差が歴然となれば、強国には仕事の依頼が殺到する。弱小国と見なされれば、その逆に依頼は減少する。それと同時に他国に対し、我が里はこれだけの戦力を育て有しているという脅威……つまり政治的圧力をかけることもできる」

 

今度はキバが吠える。

 

「だからって、なんで? 命懸けで闘う必要があるんだよ!」

 

命懸け。

忍とて、命はおしい。

中忍になるための試験に、命を懸けろとまで言われては黙っていられなかった……

しかし、

担当上忍達を背に、三代目火影は語る。

 

「国の力は里の力。里の力は忍の力。そして本当の力とは命懸けの闘いの中でしか生まれてこぬ!」

 

力強い声で言い切った。

反論は許さないといわんばかりの圧力。

火影の迫力に押し黙る下忍達。

その中で、ナルトだけは、

 

(う〜ん、何か少し違うような……)

 

と、三代目火影の言葉に僅かな疑問を感じていた。

 

「この試験は自国の忍という力を見せつける場でもある。本当に命懸けで闘う試験だからこそ意味があり、だからこそ先人達も目指すだけの夢として、中忍試験を闘ってきた」

「では、どうして友好なんて言い回しをするんですか?」

 

テンテンが質問する。

それに三代目火影は、

 

「だから始めに言ったであろう。意味を履き違えてもらっては困ると。命を削り、闘うことで力のバランスを保ってきた慣習。これこそが忍の世界の友好なのじゃ……」

 

闘いこそが忍の友好。

忍はただの道具であるべし。

三代目火影の言葉に絶句する下忍達。

 

忍の心得 第二十五項。

忍はどのような状況においても感情を表に出すべからず。任務を第一とし、何事にも涙を見せぬ心を持つべし

 

文章に少しぐらい差はあるが、木の葉隠れだけでなく、五大国全てに共通する忍にとって当たり前の考え方。

その当たり前はあまりにも無情なものであった……

 

「第三の試験の前にもう一度告げる。これはただのテストではない。己の夢と里の威信を懸けた命懸けの闘いなのじゃ……」

 

長い話に痺れを切らした我愛羅が言う。

 

「何だっていい……それより早く、その命懸けの試験ってヤツの内容を聞かせろ」

「ふむ……では、第三の試験の説明をしたいところなのじゃが……」

 

スタッと、三代目火影の言葉を区切るように、病弱そうな青年が膝をついて現れた。

 

「……恐れながら火影様……ここからは審判を仰せつかった、この月光ハヤテから……」

「……任せよう」

 

三代目火影が頷いたのを見て、ハヤテが下忍達の方に体を向ける。

 

「皆さん、はじめまして、ハヤテです。ゴホッゴホッ……えー皆さんには第三の試験前に、やってもらいたいことがあるんですね……それは本選の出場を懸けた第三の試験の予選です……」

 

青白い顔で咳を吐きながら話すハヤテ。

その説明にシカマルとサクラが異を唱える。

 

「予選って、どういうことだよ!」

「先生……その予選って、意味がわからないんですけど……今残っている受験生でなんで次の試験をやらないんですか?」

 

早くゴールしたチームはまだしも、つい先ほど塔に辿り着いた者達からすれば、たまったものではない話であった。

しかし、ハヤテは説明を続ける。

 

「えー、今回は第一・第二の試験が甘かったせいか、少々人数が残り過ぎてしまいましてね……中忍試験規定にのっとり予選を行い、第三の試験進出者を減らす必要があるのです」

「そんなぁ……」

「先ほどの火影様のお話にもあったように、本選では沢山のゲストがいらっしゃいますから、だらだらと試合はできません……というわけで、体調のすぐれない方、これまでの説明でやめたくなった方は今すぐ申し出て下さい。これからすぐに予選が始まりますので……」

 

容赦なく試験の説明が終わった。

 

「これからすぐだと!」

「えー、やっと第二試験が終わったばっかなのに……」

「マジかよ……めんどくせーな……」

「えー、ご飯は……」

 

あちらこちらから、不満の声が殺到するが、棄権する忍は誰一人といなかった……

一分ほど経っても、手が上がらなかったのを確認して、ハヤテが予選の内容を話し始める。

 

「えー、では、これより予選を始めますね。予選は一対一の個人戦。つまり実戦形式の対戦とさせて頂きます。ちょうど24名いますので合計12回戦行い、勝者が本選進出になります。ルールは一切なしです。どちらか一方が死ぬか倒れるかまで闘ってもらいます。死にたくなければ、すぐ負けを認めて下さいね。ただし、勝負がはっきりついたと私が判断した場合……えー、むやみに死体を増やしたくないので止めに入ったりします……そして、これからキミ達の命運を握るのは……」

 

ハヤテの説明途中で、アンコが無線で指示を出す。

 

「開け」

 

ガガガっと、音を立てながら、壁の向こうから電光掲示板が現れた。

完全に壁が上がったのを見て、ハヤテは視線を下忍達に戻す。

 

「これですね。この電光掲示板に一回戦ごとに対戦者の名前が表示されます……では、早速ですが、第一回戦の二人を発表しますね」

 

下忍達がドキドキしながら見守る中、電子音が鳴り始める。

二人の名を表示し、ぴたりと止まる。

出てきた名前は……

 

ウチハ・サスケvsアカドウ・ヨロイ

 

(いきなりとはな……)

(ふっ……願ってもない)

 

選ばれた両者が笑みを浮かべる。

 

「では、掲示板に示された二名、前へ」

 

試験官のハヤテの指示に従い、サスケとヨロイが前に出る。

 

「第一回戦。対戦者……赤胴ヨロイ うちはサスケ。異存はありませんね?」

「はい」

「ああ」

 

二人の意思を確認した後、ハヤテは、

 

「対戦者二名を除く、皆さん方は上の方へと移動して下さい」

 

と、それぞれ左右の上にある試験を見渡せる場所へと誘導をする。

木の葉の忍達は左へ、霧と砂と音の忍達は右の階段へと移動し始める。

その小さな騒動の途中で、サスケの後ろを通ったカカシがこそりと、

 

「サスケ……写輪眼は使うな」

「……知ってたのか」

「その首の呪印が暴走すれば、お前の命に関わる」

「!」

 

サスケは第二試験の最中、音忍の大蛇丸と遭遇し、首に呪印をつけられていた。

呪印とは使えば確かに力は得られるが、リスクもデカイ諸刃の剣であった。

 

「ま、その時は試合中止……オレがお前を止めに入るから、よろしく」

 

と言い残し、カカシはスタスタと階段を上っていった。

 

全員の移動が終わる。

上から、数多くの忍達が試合の開始を見守っていた。

静まりかえる会場で、ハヤテが合図する。

 

「それでは……始めて下さい!」

「行こうか」

「ああ」

 

すぐさま、

ヨロイが開始と同時に印を結ぶ。

それを見たサスケは、何の術かはわからないが相手が行動へ移る前に……煙玉を地面に投げつけた。

 

ぼふーん

 

煙が広がり、周囲の視界を塞ぐ。

そこに、

 

「はっ!」

 

煙が晴れるのを待つヨロイに、サスケが投げた一本のクナイが差し迫る。

一直線。

それを当然のように、ヨロイが避ける。

と同時に、サスケが煙の中から飛び出し、

ヨロイ目掛けて、先手必勝とばかりに駆け出す……

が、

足にチャクラを溜めていたヨロイが加速。

相手を上回る速度で急接近し、サスケの首を捕まえ、そのまま地面に抑えつける。

 

「……く……」

「ふん……お前のチャクラ頂くぞ!」

 

手で掴んだ相手のチャクラを奪う。

それがヨロイの能力であった……

だが、

 

「……ふん」

 

サスケは相手を逃がさないように、両手両足を使いホールドのように固める。

そして、印を結ぶことすらせず、術を発動する。

 

「分身・大爆破の術!」

 

ドッカーン!

 

ヨロイを捕まえていたサスケが自爆した。

爆発をもろに受けたヨロイは地面に転がる。

その直後。

 

ボン!

 

クナイに変化していた本体のサスケが変化の術を解き、姿を現す。

サスケは最初に煙玉でヨロイの視界を塞いだ後、影分身を一体作り、本体がクナイに化けることで分身と入れ代わっていた。

影分身の術。

と、

変化の術。

チャクラを使ったことにより、呪印が痛むのか首筋を抑えてはいるものの、サスケの圧勝であった。

ヨロイの様子を確認し、ハヤテが勝者を告げる。

 

「これ以上の試合は私が止めますね。よって、勝者、うちはサスケ」

 

周りからサスケに感嘆の視線が集まる。

サクラやいのは、

 

「やったー!」

「キャー、さすがサスケくんねー!」

 

と、人一倍、大喜びしていた。

勝者宣言を受けたサスケが上にいるナルトへと視線を送る。

ナルトは手すりを強く握る。

なぜなら、今の術はナルトが以前、波の国でサスケに使ったものだったからだ。

 

「あれって、オレの……」

「いや、少し違うな……」

 

横にいた再不斬が、ナルトの呟きを否定する。

サスケから、横にいる再不斬へと顔を向けるナルト。

 

「違う?」

「確かに、影分身は以前、てめーがサスケと殺り合った時に、コピーされたんだろうが、その後は少し違った……あのうちはのガキは起爆札を使っていなかった。どうやら分身が自らの意思で、込められたチャクラそのものを爆発させたようだ……」

「…………」

 

自分の術をコピーし、さらには強化までされ……

強くなったのはお前達だけではない、とサスケに言われた気がしたナルト。

カカシに連れて行かれるサスケの後ろ姿を第一班の四人はただただ黙って見送った……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

砂の実力

「えー、では、次の試合を始めますね」

 

電子音が鳴り始める。

電光掲示板に表示された次の二人は、

 

カンクロウvsテンテン

 

(オレの番じゃん)

(私の番ね!)

 

二人が下へと下りてくる。

砂の忍達は応援などもせず、ただ見ているだけであった。

一方、テンテンの方は、

 

「ファイトです! テンテン!」

「己の力を信じるんだ!」

「テンテン! 僕達が付いています! 全力でぶつかって下さい!」

「いいぞ! もっとだ! もっともっと熱く応援しろリー!」

「おーす!!」

 

と、リーとガイが熱烈な応援をしていた。

ハヤテが開始の合図を宣言する。

 

「では、第二回戦……始めて下さい」

 

開始の合図と同時にカンクロウがどさりと、背に背負っていた包帯にぐるぐるに巻かれた自身の忍具を床に置いた。

そして、様子見をしているテンテンに、

 

「どうした? 早くかかってこいよ」

 

と、挑発する。

テンテンは後ろに跳び、

 

「じゃあ、お言葉に甘えて!」

 

ポーチからクナイを取りだし、カンクロウへと放つ。

彼女の忍具の扱いは、下忍の中ではピカイチのものを持っていた。

持っていた……のだが……

キィン!

そのテンテンが放ったクナイを難なく、同じくクナイで弾くカンクロウ。

余裕の笑みを浮かべ、

 

「これじゃあ、遊びにもならないじゃん」

「くっ!」

 

(落ち着くのよ……挑発に乗ってはダメ。今度は防げない攻撃をすればいい)

 

冷静に間合いをはかり、テンテンはポーチから巻物を取り出す。

そのまま上空へ跳び、巻物を開く。

 

「これで、どう!」

 

空中でコマのように回転しながら、巻物から呼び寄せた無数の武器をカンクロウに放つ。

手裏剣、クナイ、槍、舵、様々な武器が吸い込まれるかのようにカンクロウに迫り……

 

「ぐあぁぁああ」

 

苦痛の声。

複数の飛び道具が、カンクロウの体に突き刺さり、針のむしろができていた。

しかし、

それを上から見ていた我愛羅は一言。

 

「……つまらん」

 

と、呟く。

なぜなら、

しゅるるると、カンクロウが地面に置いていた傀儡人形……いや、正確には傀儡人形だと思わせていたカンクロウ本体が白い布をほどき、姿を現す。

無傷で現れるカンクロウ。

それを地面に下りてきたテンテンが見て、

 

「そんな! 傀儡人形!?」

「その通り。人形をいくら攻撃しても痛くも痒くもないじゃんよ」

「くっ!」

「そろそろケリつけてやるじゃん……」

 

相手の発言に後退るテンテン。

そこに、上からリーが、

 

「テンテン! 相手に飲まれてはダメです! 平常心です! 平常心!」

 

目を閉じるテンテン。

 

(……わかってるわ、リー……本当は予選じゃなくて本選で使いたかったのだけど、そうも言ってられないみたい……)

 

冷静さを取り戻し、刮目。

ポーチから今度は二本の巻物を取り出す。

自信に満ちたその目に、何かあるなと警戒するカンクロウ。

テンテンは地面に立てるように、巻物を置き、印を結ぶ。

 

「面白い、最後の悪あがきか……」

 

カンクロウの挑発には乗らず、テンテンは腕をクロスさせ、

 

「双昇龍!」

 

直後。

煙が爆発し、二本の巻物が龍のごとく昇龍。

テンテンがその渦を描く、巻物の中心の上へと跳び、巻物から様々な忍具を口寄せする。

その数、数十。

いや、下手をすれば百はあるか……

先ほどの比ではなかった……

 

「くそっ!」

 

カンクロウは毒づきながらも、傀儡人形で迫りくる忍具の雨を受け止める。

 

ズドドドドド!!

 

とてつもない攻撃であった……

轟音が鳴りやむ。

何とか傀儡を操り、攻撃をガードしたカンクロウだが、今の攻防で彼の人形はバラバラとなっていた。

そのチャンスを逃さずテンテンが、

 

「まだまだ!」

 

再び、宙を舞う。

先ほど投げた武器を強力なワイヤーで引き上げ、上空からカンクロウに狙いを定める。

天井に犇めく数々の武器。

もはや、カンクロウに防ぐ手段はない……

そして、一斉に、

 

「はっ!」

 

放たれた。

無数の武器が、上空からカンクロウへと降り注いだ――かのように見えたが……

 

「甘いじゃん……」

 

バラけた傀儡人形のパーツをチャクラ糸で操り、

キィン! キィン! ガキン!

自分に飛んできた飛び道具をカンクロウは一つ残らず相殺した。

 

「そんな!」

 

とっておきを防がれたテンテンは顔を歪ませ、地面に下り立つ。

そこに、

 

「これで終わりじゃん!」

 

傀儡人形の頭が迫り、口をぱかりと開け、そこから睡眠玉を噴出した。

 

「きゃあー!」

 

まともに受けたテンテンは数秒と持たず、眠りについた。

 

ゴホッと咳を吐いた後、ハヤテが勝者を告げる。

 

「第二回戦。勝者、カンクロウ」

 

 

試合の後、眠っているだけのテンテンをガイが受け取り、観戦席まで運んで横に寝かせた。

その後、すぐに次の対戦者が発表される。

 

電光掲示板に発表された二人は、

 

イヌヅカ・キバvsテマリ

 

「ひゃっほおおー! 赤丸、俺達の番だぜ!」

「ワン、ワン!」

(ふん……犬っころ二匹か……)

 

二人と一匹が下に下りてくる。

ハヤテが合図を宣言する。

 

「では、第三回戦……始めて下さい」

 

開始と同時に、キバと赤丸は敵から一歩後ろへと距離をとる。

砂の実力を一度見たキバは相手を警戒していた。

そんなキバをテマリは鼻で笑い、

 

「様子見なんて、100年早いんだよ。私が攻撃を始めたら、すぐに試合が終わるんだから先に来な!」

 

と、自分の胸を親指でさす。

ぴくりと、眉を動かすキバ。

 

「そうかよ……なら、遠慮なく……赤丸!」

 

キバはポーチから兵糧丸を取り出し、赤丸の口に放った。

 

「あーん、パク!……グルルゥ!」

 

突如、赤丸の白い毛並みが逆立ち、赤く染まる。

相棒の準備が完了したのを見計らい、キバは煙玉をテマリへ投げつけた。

ボフーンと音を立て、煙が辺り一面に広がる。

 

(目隠しか?)

 

相手の出方をただ黙って見ているテマリに、キバと赤丸が先手必勝と攻撃にでる。

 

「行くぜ! 赤丸!」

「ワン!」

 

煙の中へ突撃し、テマリへと襲いかかる。

 

「くっ! 煙に紛れて攻めてきたのか?」

 

コンビネーションを利用した的確な攻撃に、余裕をかいていたテマリが少し焦りを感じた。

視界が悪い戦況はキバにとっても不利なはずだったが、その状況をものともせず、テマリを追い詰めるキバと赤丸。

なぜ、キバだけが視界の狭まった状況で、普段と変わらずに戦闘できているのかというと、今、彼の嗅覚はチャクラを鼻に集めることにより、通常の何万倍にも跳ね上がっていたからだ……

キバと赤丸は匂いだけで、テマリの居場所を察知していたのだ。

暫く一方的な攻防が続き……

その後。

攻撃がやみ、一瞬の間が訪れ、

煙が晴れる。

……そこには、

 

「くっ……犬っころが……」

「へっ! オレらを舐めてるからだ!」

「ワン! ワン!」

 

防御はしていたが、何発か攻撃をもろに受けたテマリ。

そして、全くの無傷で余裕の表情を浮かべるキバと赤丸。

試合が始まった時と互いの表情が逆転していた。

チャンスとばかりに、赤丸がキバに乗りかかり、二人は同時に印を結ぶ。

 

「次で決めるぞ、赤丸! 擬獣忍法……」

「ワンワン!(擬人忍法)」

「「獣人分身!」」

 

赤丸の体がキバそっくりに変化する。

もはや見た目だけでは判断できないほどに……

 

「なんだ?」

 

術を観察していたテマリだが、そんなのを待つキバではない。

すぐさま煙玉を取り出し、再びテマリへと投げつけた。

ボフーンと、辺り一面に煙が広がる。

 

「コイツ……バカの一つ覚えか!」

「そのバカの一つ覚えに、テメーは負けるんだよ! 行くぞ赤丸! 四脚の術!」

「ガルルル……」

 

途端、目を兵糧丸の影響で目を血走らせたキバと赤丸が……

加速する。

その速度は初撃の時を遥かに上回っていた。

 

「ひゃっほおうー!」

 

得意な戦況を作り、獲物を追い詰めるキバ達。

だが、

テマリは身の丈ほどの扇子を手に取り、

 

「調子に乗るな! 忍法・カマイタチ!」

 

直後。

風が舞う。

その風は突風となり、煙もろとも、キバと赤丸を吹き飛ばした。

 

「ぐおっ!」

「ぐあっ!」

 

地面に転がるキバと赤丸。

それに容赦ない追撃がくる。

 

「随分と舐めた真似してくれたじゃない! これで終わりだ! 忍法・カマイタチ!」

 

チャクラでできた風の刃が、キバと赤丸へ襲いかかる。

それを見たキバは赤丸を突き飛ばし、攻撃外へと逃がした。

……が、

 

「ぐっぁぁああ!」

 

逃げ遅れたキバが、テマリの術をまともに受けた。

 

「かはっ……」

 

吐血し、地面へ倒れるキバ。

もはや動ける状態ではない。

そんな相棒を守るように、

 

「ワンワン!」

 

擬人忍法が解かれ、元の犬の姿に戻った赤丸が立ちはだかる。

しかし、テマリは攻撃の手を緩めない。

 

「弱い犬ほどよく吠える……消えな負け犬! 忍法・カマイタ……!?」

 

とどめをさそうと、テマリが振り抜こうとした扇子が、一瞬にして、彼女の背後に回っていた者に捕まれ、その動きを止められていた。

 

「えー、これ以上は戦闘続行不可能と見なし、私が止めますね……」

「……ちっ」

 

ハヤテのストップにテマリは大人しく下がった。

キバの担当上忍の紅が、部下の怪我を見るため、下に下りてくる。

それを見たハヤテは勝者を宣言した。

 

「第三回戦。勝者、テマリ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炸裂!木の葉秘伝 体術奥義!

電光掲示板に次の対戦者が発表される。

 

サイvsキン・ツチ

 

選ばれた二人が静かに下に下りてくる。

ハヤテは前にきた二人に一つ咳払いした後、

 

「では、第四回戦……始めて下さい」

 

試合開始の宣言。

キンは千本を構え、

 

「お前、サスケと同じ班で、唯一私達から逃げた腰抜け野郎じゃないか?」

 

と挑発する。

が、口でサイが負けるわけがなく、ニッコリと人が良さそうな顔で、

 

「キミは確か、色気虫のサクラにボロカスにやられた、毛虫以下のメスブタじゃないですか……こんにちは」

「…………」

 

ひゅん!

無言で千本を投げつけるキン。

それを目を開けることすらせず、ニコニコ笑いながら避けるサイ。

さらに追撃するキン……

いや、追撃しようとした……

が、突如サイの姿が目の前から消えた。

 

「なに? どこだ!」

 

左右を警戒するキンの後ろから、より正確に言えば、キンの後方下から、火遁特有の寅の印を構えたサイが現れ……

それを見たドスが上から叫ぶ、

 

「不味い、あれは火遁の印! キン、今すぐ逃げるんだ!」

「なっ!」

「遅い!」

 

漸く気づいたキンだが、もはや手遅れであった。

サイの奥義が炸裂する。

 

「木の葉隠れ秘伝体術奥義! 千年殺し〜!!」

 

ずぎゃしゃー!

っと、キンのケツに凄まじい、かんちょうが突き刺さる。

 

「ぎいやぁぁあああ!!」

 

千年殺しを受けた乙女はすっ飛び、壁へと激突し、

 

「きゅー……」

 

ドサッと、倒れた。

 

「「「………………」」」

 

場が静まりかえる。

あまりにも酷い勝利であった。

ただ一人、冷静だったハヤテが勝者を告げる。

 

「第四回戦。勝者、サイ」

 

宣言を受けたサイは、汚れ一つなく階段を上り、腕を組み立ちはだかるサクラに捕まる。

後ろには、サスケを連れて行ったカカシがいつの間にか戻っており、何とも言えない表情で部下達を見ていた。

 

「サイ! アンタ、なにとんでもない技使ってんのよ!」

「なにって? カカシ先生から教わった技だけど?」

「忍術使えー! バカー!」

「ごふっ!」

 

殴り飛ばされるサイ。

第七班を生暖かい目で見守る木の葉の忍達であった。

ちなみに今の試合を見ていたナルトは、

 

「お〜! あの技、すげーってばよ!」

 

と、目をキラキラさせていた。

そんなナルトに、長十郎が、

 

「な、ナルトさん……ダメですよ。またハクさんに怒られてしまいます……」

「いや〜、あれは使わなければ、このうずまきナルトの名がすたる!」

 

そこに、割り込んできた再不斬が、

 

「……ん? お前ら、そんな雑談をしている場合じゃねーぞ」

 

電光掲示板を指さす。

その先にあったのは、

 

チョウジュウロウvsアブラメ・シノ

 

次の対戦者が表示されていた。

自分の名前が表示されていたことに緊張し始める長十郎。

 

「ぼ、僕の番ですか!」

 

と、そこで再不斬が長十郎の背中を押し、

 

「おら、さっさと行ってこい!」

 

続いて、ナルトとハクも、

 

「シノか……何考えてんのか、よくわかんねー奴だけど、長十郎なら勝てるってばよ!」

「頑張ってきて下さい」

 

緊張している長十郎とは対称的に、楽観的な態度で第一班は仲間を送りだした。

長十郎が下に下りたのと同時にシノも対戦の場へと立つ。

 

「では、第五回戦……始めて下さい」

 

ハヤテが試合を開始を告げた。

シノはポケットに両手を突っ込んだまま、

 

「ここでお前と闘えるのは都合がよかった。巻物を取られた借りを返せるからだ……」

「え? いや……あれはナルトさんが……」

「お前達、霧の忍が強いのはわかっている……オレも全力で相手をさせてもらう……」

「え、は、はい。こちらこそよろしくお願いします……」

「…………」

「…………」

 

無言になる二人。

始めていいのかわからなかった長十郎が一言、

 

「では、こちらから行きます……」

 

と、断りを入れてから、

ひゅん!

刹那。

切断。

いつの間にか抜いていた刀で、シノの胴体を半分に切り裂いた。

が、

 

「……想像していたより速い」

「……虫の身代わり」

 

長十郎が切った敵の体は虫となり、無傷のシノが姿を現す。

 

「コイツらは寄壊蟲といって、オレが飼っている蟲達だ……もちろんお前の後ろにいるのも同じものだ……」

「!」

 

シノの言葉に、後ろを向くと、そこには床を黒く染め上げるほどの虫達が這って蠢いていた。

視線を戻した長十郎に、シノが話を続ける。

 

「お前の太刀筋はすでに対策してある。オレには通用しない……」

「どうして、僕の太刀筋を対策してあると言い切れるのですか?」

「風雲姫の完結編を見た……」

「えっ!?」

「素晴らしい映画だった……なぜなら、エンディングロールでは、感動のあまり、画面を見ることすらできなかったからだ……」

「…………」

 

意外な人物からの意外な言葉に、固まる長十郎。

シノは続けて、

 

「映画を見終わった後は自分が雪の国を救った気分になっていた……一度、お前達と話をしてみたかったのだが、試験は試験だ。手を抜くわけにはいかない……」

 

ぐっと刀を握りしめる長十郎。

それを見たシノは、

 

「その刀が切り札なのはすでに見させてもらっている……だが、それはもう奥の手ではない。なぜなら、一度見せてしまえば、それはもう奥の手ではないからだ……」

「えー……っと、映画を見て下さったのは、ありがとうございます。ですが、僕もここで負けるわけにはいきません。勝負は続行させてもらいます」

「……いいだろう」

 

停止していた虫達がざわめき動き始める。

小さな虫。

しかし、この数で襲われれば、間違いなく再起不能となるだろう。

虫が嫌いな人が見れば、それだけで卒倒しかねない状況で……

長十郎は冷静に対処する。

攻撃対象をシノから、地面に切り替え、刀を突き立てる。

それを軸に体を空中に跳ね上げ……

地面から引き抜いた刀を手に、シノの上空へと舞い上がる……

一連の動作に、一切淀みがなかった。

そのまま、宙返りを一つ入れ、シノの懐へ飛び込み、半回転。

一瞬の出来事に、シノは頭も体もついていけず……

後ろから首筋へと、すっと刀をあてられ……

 

「申し訳ありませんが、手を上げて下さい」

「…………」

 

無言で両手を上げるシノ。

いや、無言になっているのはシノだけではない。

会場そのものが静寂に包まれていた。

それほどまでに、長十郎の技は洗練されていたのだ。

 

(これほどとは……私も思わず目を奪われてしまいました……)

 

ハヤテが心の中で感嘆した後、

 

「第五回戦。勝者、長十郎」

 

暫く放心した後、無言のまま階段を上がるシノ。

長十郎も仲間の元へと戻り、

 

「な、なんとか勝てました……」

 

と、息をついた。

第一班のナルト、ハク、再不斬が、勝ち進んだ長十郎に、

 

「さすが長十郎だってばよ!」

「見事な剣さばきでした」

「ふん……まあ、オレ様ほどじゃなかったがな」

 

と、祝福の言葉を送った。

褒められた長十郎は、謙遜しながらも満更でもない表情を浮かべていた。

 

ピロピロ

電光掲示板から電子音が鳴り始める。

次に指定された対戦者は、

 

ツルギ・ミスミvsアキミチ・チョウジ

 

ミスミがスタスタ階段を歩く中、チョウジは自分が選ばれたことに戸惑いを見せている。

 

「ど、どうしよう……僕、棄権しようかな?」

 

そんなチョウジにシカマルといのが、

 

「まあ、やるだけやって、めんどくさくなりゃー、ギブアップしてもいいんじゃね?」

「何言ってんのよ! あんな奴、やっつけなさいよ!」

 

真逆の言葉を言う。

そこに担当上忍のアスマがチョウジの耳にこそりと、

 

「ってことは、試験が終わった後の焼き肉食い放題ってのもなしだな」

「えー、そんなぁ……」

「なーに、ヤバくなったらオレが助けてやるよ、なっ!」

「う、うーん……」

「もし勝てたら、骨付きカルビでも、特上牛タンでも、たらふく食わせてやるからよ!」

 

アスマの言葉に、瞳を燃やすチョウジ。

 

「よーし! 焼き肉行くぞー! 食べ放題!!」

 

すぐさま。

腹に食の字を乗せ、手すりから飛び降り、くるくると回転しながら着地する。

対戦者が揃ったことに、ハヤテが告げる。

 

「では、第六回戦……始めて下さい」

 

試合開始の宣言。

やる気満々のチョウジにミスミが、

 

「オレはヨロイとは違う。ガキでも油断は一切しない……死にたくなければ、オレが技をかけたらすぐにギブアップしろ……わかったな、デブ!」

 

ぴくり……

ミスミからすれば、一応、相手を配慮した発言であった。

だが、チョウジの耳には届いていなかった。

 

「ごめん……僕、よく聞こえなかったよ……もう一度言ってくれるかな……」

「あ!? 人の話はちゃんと聞けよ、このデブ!」

 

 

それを上で聞いていた第十班の連中は苦笑を浮かべる。

 

(チョウジにそれは禁句だ……二度目はタブーだぜ……)

 

「僕はデブじゃない! ポッチャリ系だー!」

 

完全に火がついた。

ミスミはそのチョウジに先手必勝とばかりに飛びかかる。

すぐさま、チョウジの腕や足を捕まえるミスミ。

体を捕まれたチョウジが拘束を外そうと抵抗するが……

 

「あれ?」

 

全く外すことができない。

それどころか、チョウジは腕の一本もまともに動かせなくなっていた。

その理由は……

 

「オレは体を改造してある。あらゆる関節を外し、グニャグニャになった体をチャクラで操り……このように締め上げることもできる……」

「うぐっ……」

 

タコのような体をしたミスミが、完全にチョウジの体を人間の構造上、ありえない方法でロックしていた。

 

「早くギブアップしろ!」

「僕がこれぐらいで拘束されるか! 忍法・倍化の術!」

 

ぼんっ!

 

秋道一族の秘伝忍術。

チョウジの体がデカくなり、ミスミの拘束を無理矢理外した。

さらに続けて印を結び、

 

「食らえ! 肉弾戦車ー! ごろごろごろ〜ポッチャリ系、ばんざーい!」

「な、なんだこのふざけた術は、デブが転がってるだけじゃねーか!」

 

巨体を丸くし、転がるチョウジ。

確かに、デブが転がっているだけだ。

それ以外に言い様がない。

正直、忍術と呼んでいいのかすらわからない。

だが、

 

「よーし! そのまま押し潰しちゃえ! チョウジ!」

 

いのが声援を送る。

回転が増し、そのまま……

 

「なっ! ま、待て!」

 

肉団子が地面を転がり……

ミスミを轢いた……

停止。

術を解き、元のサイズに戻るチョウジ。

 

「…………」

 

気持ち平らになったミスミの状態を確認した後、ハヤテが告げる。

 

「第六回戦。勝者、秋道チョウジ」

 

勝者宣言を受け、チョウジがポーズをとり、

 

「あ! 飯とったり〜」

 

それを見たシカマル、いの、アスマは、

 

「おいおい、チョウジの奴、勝ちやがったぞ!」

「いいぞー! チョウジー!」

「マジかよ……オレの今月の給料が……」

 

と、仲間の勝利を祝っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

氷遁vs白眼 手を抜けない闘い

「えー、では、次の試合を始めます」

 

電光掲示板に表示された次の対戦者は、

 

ハクvsヒュウガ・ヒナタ

 

(な、ナルトくんのチームの人……)

ヒナタが困惑した表情で、歩き出す。

 

(あの人は確か……)

思案顔になっていたハクに、第一班の仲間。

ナルト、長十郎、再不斬が、

 

「ハク、頑張れってばよ!」

「ハクさん、頑張って下さい!」

「お前が負けるなどありえん……行け!」

 

と、ハクの背中を押す。

それをハクは微笑みで返し、

 

「ええ……では、行ってきます」

 

と、言い残し、階段を下りていった。

相対する二人。

いつも通りのハク。

少しおどおどしているヒナタ。

その二人を交互に見て、

対戦者が揃ったことにより、ハヤテが告げる。

 

「では、第七回戦……始めて下さい」

 

試合開始が宣言された。

のだが……

今だに構えすらとらないヒナタ。

そんなヒナタに、ハクは優しく微笑み、

 

「試験が始まる前日や、第二試験の時といい、縁がありますね? ヒナタさん……」

 

と、声をかけた。

すると、ヒナタの方も、戸惑いながらもそれに応える。

 

「え? は、はい……」

「もし、闘う気がないのであれば棄権して頂いても大丈夫ですよ? ですが、闘うのであれば僕も真剣に闘いたい。ですから……構えて下さい……」

「わ、私は……」

 

ナルトと同じ班のハクと闘いたくないヒナタ。

いや、何より勝てる自信がない。

しかし、

ヒナタは観客席を見上げる。

きっとハクを応援しているであろう、ナルトを見る。

ヒナタはナルトのことが好きだった。

いつも前を走るナルトの姿を、アカデミーの頃から、ずっと見ていた。

そんなナルトが見ている前で、何もせずに逃げるのだけは……嫌だった……

だから、

(私は……もう……逃げたくない!)

印を結ぶ。

彼女自身の得意……特異な術を発動する。

 

「白眼!」

 

白い眼に、瞳力が浮かび上がった。

 

「それは!?」

 

ハクはその眼を見て、驚愕する。

ヒナタの白眼。

それは明らかに普通の術などではなかった。

古き血。

受け継がれた者にしか決して顕現されない特異体質。

血継限界。

ヒナタは腰を低く、掌を前に出し、構える。

 

「勝負です……ハクさん」

 

そのただの構えすら、独特のものであった。

木の葉でもっとも強い体術流派。

日向家特有のものであった。

ハクもそれにならい、

 

「いいでしょう……」

 

拳を握り、戦闘態勢に入る。

互いに目線を合わせる。

直後。

先に仕掛けたのは、ヒナタの方だった。

チャクラを全身に巡らせ、手と足に集中。

相手に接近し、手のチャクラ穴から、チャクラを放出し、相手の体内にねじ込む。

日向の柔拳。

しかも、視野の広い白眼で精度を上げた体術。

それをハクは……

 

「なるほど……こういう闘い方ですか」

 

と、ひらりひらりと避けながら、観察までしている。

かすりすらしていない。

それでもヒナタは手を緩めない。

(私だって、私だって……)

想いを込めて、柔拳を打つ。

 

それを上から見ていた、いのとサクラが、

 

「いいわよー! ヒナター!」

「ヒナタがあのハクって子を押してる!?」

 

と、声援を送る。

ヒナタの猛攻に、ハクは反撃すらしていないのだ。

ぱっと見、ヒナタが押しているように見えるのも仕方ない。

しかし、現実は違う。

押しているのはヒナタではなく……

――ハクが動く。

 

「……遅いですよ」

「きゃっ!」

 

攻撃を避けられたと同時に、足を払われたヒナタ。

なんとか手をつき、そのまま距離をあけ、体勢を整える……

いや、整えようとした……が、

 

「逃がしません」

 

ハクが追撃する。

ヒナタが手をつき、無防備になったところへ蹴りを放つ。

 

「がはっ!」

 

もろに受けたヒナタが地面を転がる。

完全にヒットした。

だが、ヒナタの闘志はまだまだ消えていない。

腹に手をあて、すぐさま起き上がり、またも柔拳でハクを攻撃する。

再び、接近。

 

「ハァッ!」

 

体術の応酬。

今度は先ほどと違い、ハクは、その攻撃を避けずに、柔拳が決まらないように掌に注意しながら、ヒナタの腕をバシバシと払っていく。

何回。

何十回。

全ての攻撃を無力化する。

実力差が明白となる。

 

その攻防を見ていたネジは、

 

(……やはり、この程度か……宗家の力は)

 

と、毒づいていた。

先ほどまでヒナタが押していると勘違いしていた木の葉の下忍達も、漸くハクの実力を理解する。

 

「ぐっ……」

 

ハクのパンチが頬に入り、ヒナタの体が地面に転がる。

一方的な闘い。

上から見ていた長十郎は、少し青ざめた顔で、

 

「は、ハクさん、少しやり過ぎでは……あの人、ナルトさんの知り合いですよね……」

 

と、心配そうに言った。

すると、同じく横から試合を見ていたナルトが、試合から目を逸らさないまま、

 

「ハクは優しい奴だからな……」

「え?」

「相手の気持ちを考えてるんだ……真剣に勝負するヒナタに、真剣に応えているんだ……手は抜けないってばよ……」

「…………」

 

ナルトの言葉に、長十郎は無言になり、目線を下に戻して、試合の行方を見守る。

 

ヒナタが口から少し血を流しながら、立ち上がる。

それにハクが、

 

「ヒナタさん……こんなこと言いたくはないのですが、棄権してはもらえないでしょうか? あなたはもう、十分に闘いました……これ以上は……」

「わ……私はまだ……一発もアナタに入れていません……」

「……実力差は明白……だというのに、なぜ、まだ立ち上がるのですか?」

 

相手をできる限り傷つけないように棄権を促すハク。

そんな相手を真っ直ぐに見据えて、痛む身体を無理矢理押さえながら、ヒナタは言った。

 

「……まっすぐ……自分の……言葉は……曲げない」

「!」

「それが、私の忍道だから……」

 

まっすぐ 自分の言葉は曲げねェ オレの忍道だ!

その言葉はハクもよく知る言葉であった……

 

(……ヒナタさん……初めて会った時に、薄々気づいていましたが、やはりナルトくんのことを……)

 

ハクは一度ゆっくり目を閉じた。

はっきり言って、この試合。

ハクは、かなり余力を残して闘っていた。

試合にかける想いは互角……いや、この試合だけに限れば、ハクよりヒナタの方が気持ちの上では勝っていたかも知れない。

しかし、

気持ちだけでは試合はひっくり返らない。

いや、時と場合によってはひっくり返せる時もあるだろう。

だが、ハクとヒナタの力の差は、想いだけで覆せるものではなかった。

それでも、ハクは。

自分の情報を他里の忍達に教えることになるにもかかわらず――真剣に闘う道を選んだ。

決して手を抜いていい相手ではないと。

――刮目。

目を細め、鋭くした。

 

「申し訳ありませんでした……どうやら僕はまだ、ヒナタさんのことを甘く見ていたようです……」

 

ここに来て、反撃ではなく、初めてハクが攻撃の姿勢になり、

 

「全力でお相手します……」

「!?」

 

ハクの雰囲気が変わったのを感じ取るヒナタ。

白眼を出し、構える。

直後。

数メートル離れていたはずのハクが……

目の前に来て、

 

「はっ!」

 

拳を突き出していた。

なんとか、白眼の洞察眼で見切り、避けたヒナタに。

体術を繰り出しながら、ハクは空いた片手で印を結んでいた。

本来、忍術は両手で結んだ印により、発動するもの。

片手で使う術など数えるほどもない。

ありえないことであった。

それを見たヒナタは……

否。

霧の忍以外の全ての忍が驚愕する。

上忍のカカシですら、

 

「なんて奴だ……片手で印など見たことがないぞ!」

 

と、写輪眼を出す。

同時に。

術が発動する。

 

「秘術・千殺水晶!」

 

突如、水のないところから、水が出現する。

その水が、いくつもの刃となり。

空中からヒナタを襲う。

四方から迫る水の刃、それをヒナタは全て白眼で見切り、

 

「片手で術を発動するなんて……」

 

と、呟きながら、ギリギリで避けた。

しかし、ハクの猛攻は止まらない。

今度は両手で印を結び、水の刃を凍らせ、

 

「氷遁・ツバメ吹雪の術!」

 

氷でできた燕が飛来する。

まるで本物の燕のように、予測のつかない動きで飛び回り、ヒナタを切り裂こうと迫る。

その光景を見た忍達は、またも信じられないものを見たかのように目を見開く。

氷遁。

それはハクにのみ許された忍術。

ヒナタの白眼と同種のもの。

血継限界。

霧第一班と木の葉第七班のメンバーを除けば、他の者は精々映画で見たくらい。

映画で見るのと、現実で出されるのとでは、やはり驚きは違っていた。

それはヒナタも同じで、

 

「これが、氷遁……!」

 

迫りくる燕を白眼で見渡し、なんとか燕の動きを予測し、避ける。

眼に力を入れ、

予測し、

避ける。

避けるが……

必死になり過ぎるあまり、白眼の視野は狭くなっていた……

どんな優れた眼を持っていようとも、自ら閉じてしまえば、意味はない。

注意が完全に燕に向いたところで、ハクが後ろからヒナタに迫る。

それに気づいたヒナタが、

 

「!? 後ろ!」

 

回し蹴りを放つ……

が、ハクはあっさりと受け止め、払うように避ける。

そのまま、半回転。

距離をあけようと突き出したヒナタの腕を捻り、地面に引き倒す。

残った片手で、千本を取り出し、ヒナタの首筋へあてる……

氷の燕はいつの間にか水へと還っていた。

もう必要ないものだからだ……

悔しそうにするヒナタを見ながら、ハヤテが宣言する。

 

「えー、これ以上の試合は私が止めます……第七回戦。勝者、ハク」

 

勝者宣言を受けたハクがヒナタの拘束を解く。

その体には、あれだけの戦闘の後だというのに、汚れ一つ見当たらなかった。

しかし、

 

(ヒナタさん、あなたは強かった……まるで、出会った頃のナルトくんを思い出しましたよ……)

 

そう、心の中でヒナタを称賛し、ハクは無言のまま、仲間の元へと戻っていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シカマルたじたじ 乙女心は本気モード

ピロピロ。

電子音が鳴り始める。

掲示板に表示された次の対戦者は……

 

ハルノ・サクラvsヤマナカ・イノ

 

二人のくノ一は、一瞬息を飲み、思考を停止する。

しかし、

その直後、目線を合わせ、

 

「…………」

「…………」

 

無言で会場に下り立つ。

 

((あんな闘いを見せられたら、私だって……))

 

ハクとヒナタの闘いを見て、サクラといのは、静かに闘志を燃やしていた。

闘いの場で、二人のくノ一が向かい合う。

 

「…………」

「…………」

 

先に口を開いたのは、いの。

 

「まさか、アンタとやることになるとはねぇ……サクラ」

 

しゅるるる、パサッ……

 

サクラは、頭に被せるようにつけていた額あてを外し、いのに応える。

 

「いの……私はもう、アンタには負けない!」

「なんですってー!」

「サスケくんとアンタじゃ、全然釣り合わないし、もう私はアンタより強いしね! 眼中なし!」

「サクラ……アンタ誰に向かって口きいてんのか、わかってんの! 図に乗んなよ、泣き虫サクラがー!」

 

まだ試合すら始まっていないのに、激しく言い合う二人。

それを上から見ていたシカマルとチョウジは、

 

「ったくー、よりにもよって、あの二人かよ……クソめんどくせーことになりやがったぜ」

「ぼ、僕、あんないの、見たくないよ……」

 

その会話を横で聞いていた、サイとカカシ。

 

「さすがサクラ、僕より輪をかけて口が悪い」

「いや、お前もいい勝負でしょ、サイ……」

「ですが、いつもより熱が入っていますね? なぜでしょう?」

「ん? ま、ライバルってのは不思議なもんってことだな……」

 

チラリと自分の横にいる人物を見るカカシ。

その視線に気付いたガイに、取りあえず、どーもー、と手を振る。

そんなカカシの態度に、ガイは心の中で、

 

(我が青春のライバル、カカシよ……お前のそういう訳のわからんところが、またナウくて、ムカつく……)

 

と、真剣な表情で応えていた。

場面は下に戻り……

 

「サクラ! アンタ、私にケンカ売って、ただですむと思ってないでしょうねー!」

「そっちこそ、ぶひぶひ鼻を鳴らしてないで、全力でくることね!」

「このデコ!」

「ブス!」

「デコデコデコ!」

「ブスブスブス!」

 

二人は見守る者達の気を知らず、好きなだけヒートアップし、

その後……

沈黙。

静かに、いのも額あてを腰から外して……

二人は額あてをあるべき場所につける……

 

((正々堂々……勝負!!))

 

それを見たハヤテが告げる。

 

「では、第八回戦……始めて下さい」

 

途端。

二人が同時に駆ける。

蹴りを放つサクラの足を、いのが少し屈んで避ける。

次にいのが繰り出した拳をサクラが防ぐ。

そのまま、相手の力を受け流しながら、サクラが屈み込み、いのの足を狙い左右に回し蹴りを放つ。

と、同時に。

いのは、後方にバク転しながら攻撃を避け、二本のクナイを投げた。

サクラは、落ち着いてそれを見切る。

迫ってきたクナイの一本をキャッチし、残りの一本を、手に持つクナイで弾いた。

 

「「はっ!」」

 

あいた距離を埋めるように、二人は同時に駆ける。

相手の拳を受け、自分も拳を放つ。

完全に五分五分の闘い。

 

そこからは長い肉弾戦の始まりであった……

 

数分後。

 

(長いですね……)

 

試合を見守るハヤテが心の中で呟いた。

サクラといのは、数分間、体術のみの一本勝負を続けていた。

 

(やっぱり、いのは凄い……あれだけ修行したのに、互角に闘うのがやっと……)

(この子……いつの間に、こんなに強くなったのよ!)

 

「「このぉ!!」」

 

二人の拳が、互いの顔にめり込み、

 

「「くっ……」」

 

衝撃で、吹き飛び、床に転がる。

数分の間に、似たような光景を何度も繰り返していた……

サクラといのは同時に立ち上がり、

 

「ハア……ハア、美人の顔が台無しよ、いの……そろそろギブアップしたらどう?」

「くっ……、そのセリフ、アンタにそのまま返してあげるわ、サクラ……」

 

言い合いながらも、サクラは自分の身体の状態を確認する。

 

(ずっとチャクラを全身に巡らせて闘っていたから、もう残り少ない……次で決めるしかない!)

 

サクラはいのに注意を払いながら、

 

「いの、アンタに私のとっておきを見せてあげるわ!」

「!?」

 

印を結び、術を発動する。

いのが止めようと走るが、間に合わず、

 

「魔幻・奈落見の術!」

 

途端。

風が舞う。

サクラの幻術。

いのが、幻の世界と誘われ……

どさりっと、体を床に倒した。

試合中だというのに、ぴくりとも動かない。

それを見たハヤテが勝負が決まったと、

……告げようとした時。

 

「こなクソがぁあ!!」

 

いのが叫びながら、起き上がった。

つーと、幻術を解く時に噛んだ唇から、血を流しながら……

立ち上がったいのに、サクラが呟く。

 

「いの……アンタ……」

「言ったでしょ、サクラ! アンタにだけは負けないって!」

 

不敵な笑みを見せ、いのが拳を握る。

それにサクラも応え、拳を握る。

二人の身体は、すでに限界だった……

だからこそ、

 

((これが……))

 

「「最後!!」」

 

激突。

互いの拳が、頬にめり込み、

 

ドサッ! ドサッ!

 

人が床に倒れる音が、二つ聞こえた。

……ダブルノックダウン

 

それを見たハヤテが、二人の間に立ち、

 

「えー、両者、戦闘続行不能によ……!?」

「……ハア……ハア」

 

試験官の言葉を遮り、桜髪のくノ一がフラフラになりながらも立ち上がった……

 

「私も言ったでしょ、いの……アンタにだけは負けないって……」

 

倒れたいのを見ながら、サクラが言った。

それを聞いたハヤテが今度こそ告げる。

 

「第八回戦。勝者、春野サクラ」

 

部下の勝利宣言を聞いたカカシは、

 

「……うん」

 

にっこり笑った。

そして、第十班の連中は、

 

「マジかよ……いのが負けたぞ……」

「僕もいのが勝つと思ってた……」

「いのは、ああ見えてもくノ一ルーキーの中では抜きんでていた……それを越える成長をサクラがしていた訳か……カカシの奴、どんな手を使いやがった」

 

と、悔しがりながらも、下に飛び下り、いのの体を上へと持っていった。

幸い、サクラもいのも、大した怪我はしていない。

放っておいても、時期に目を覚ますだろう……

 

「えー、では、次の試合に進みます」

ハヤテの声に、電光掲示板が動きだす。

表示された名前は、

 

ザク・アブミvsナラ・シカマル

 

(へっ! どこのザコだ……)

(オレの番かよ……めんどくせー)

 

対戦者が揃い、ハヤテが告げる。

 

「では、第九回戦……始めて下さい」

 

試合開始。

と、同時に、

 

「テメーには借りがあるからな……不様に吹き飛ばしてやるよ!」

 

ザクがシカマルに両腕をかざし、

 

「斬空波!!」

 

衝撃波を放った。

空気圧の衝撃波。

土埃が舞う。

ザクは笑みを浮かべ、

 

「へっ! 吹き飛びやがったか……」

「ったく……何だその技? 埃を撒き散らすだけかよ……」

 

余裕の顔で現れるシカマル。

その内心は、

 

(あぶねー! いきなり撃ってくるとは想像してたけど、マジかよ……)

 

と、ギリギリであった。

だが、おちょくられたザクは青筋を立て、

 

「このザコが、いきがりやがって!」

 

お怒りである。

それにシカマルはなお挑発を続ける。

 

「わりー、わりー、気に触ったのなら謝るよ……凄い術だな、それ……斬空波だっけ? かっこいいじゃねーか」

「テメー……」

 

皮肉を込めたシカマルの発言に、ザクのプライドが反応する。

さらに青筋を立て、敵を睨みつけるザク。

思考が狭まる。

相手の動きを読み取りやすくしてから、シカマルが仕掛けた。

ポーチから、大量のクナイを取り出し、

そこでザクが、

 

「あ? なんだ、そのクナイ?」

 

シカマルが取りしたクナイには、一本一本にワイヤーが通してあり、さらに、その糸の隅々に起爆札が張りつけてあった。

それを、

 

「これか?……これはな、こうするんだよ!」

 

と言いながら、ザクではなく、何もない試験会場の壁に次々に刺していく……

一本。

二本……三本……四本……

その数、数十本。

テンテンが試合で使った数よりは少ないだろうが、それでも驚くほどの数であった。

しかも、起爆札が垂れ流してある。

会場が、爆心地となっていた。

奇妙な光景にザクが、

 

「テメー、何のつもりだ、これは?」

「なーに、オレではお前の技を防ぐのは厳しそうだったからな……これならお前もさっきの技は使えねーだろ? まぁ、オレと相討ち覚悟なら話は別だがな……」

「オレ様が、テメーと相討ちだと?」

「撃ちたきゃ、撃ってもいいんだぜ? お前と引き分けなら、オレにしては十分な結果だしな……ほら、撃てよ! 二人で会場を吹き飛ばそうぜ!」

「くっははは……バカか、テメーなんかと引き分けなんか願い下げだ!」

 

相手を見下すザク。

それにシカマルが、

 

「いいのか? お前は迂闊に術を使えねーけど、オレは違うんだぜ……」

 

と、印を結び、

 

「忍法・影真似の術!」

 

彼の得意忍術を発動する。

真っ直ぐに伸びた影がザクに迫る。

しかし、大したスピードでもなく、ザクはあっさりと避け、

 

「テメーのくっだらねぇー術なんか、一度見りゃあ十分なんだよ」

「ちっ! まぁ、そりゃあ上手くはいかねーか……」

 

舌打ちしながら、シカマルは影を自分の元の形に戻す。

その後、シカマルはファイティングポーズをとり、

 

「じゃあ、どうする? これでケリをつけるか?」

 

と、シャドーボクシングをする。

それにザクは人を小馬鹿にした笑みを浮かべ、

 

「いいぜ! テメー程度の相手に術は必要ねーからな!」

「いいのかよ? オレはこう見えても、肉弾戦は結構やる方だぜ……さっきのいのの試合見ただろ。アイツと同じ班のオレが体術の修行をしていないと思うか?」

 

すると、その言葉を上から聞いていた、目覚めたばかりのいのが、

 

「よっしゃー! いっけー! シカマル! そんな奴、16連コンボでボッコボッコよー!」

 

と、元気よく声援を送ってきた。

その声にシカマルが顔を向けた時、

 

「試合中に、よそ見してんじゃねーぞ!」

 

ザクが駆け、拳を握り、

 

「バカが!」

 

シカマルを殴り飛ばした……

いや、殴り飛ばそうとしたが……

停止。

硬直。

あと一歩のところで体が止まり、動けなくなっていた。

ぷるぷる震えるザクに、シカマルがやれやれと目線を向け、

 

「影真似の術……成功……」

「なん……だと!?」

「下、見てみろよ……」

 

シカマルが下を向く。

同時に、

ザクの顔も強制的に下を向く。

そこには、シカマルの影を踏む、ザクの足があった……

ザクは何のことかわからず、

 

「どういうことだ……テメーは印を結んだりしていなかったはずだ……」

「いや、オレはお前の目の前で影真似を使ったぜ?」

「あれはオレが避けただろうが!」

「ああ、そうだな」

「なら、なぜオレの体は動かないんだ!」

「だから、下を見ろって……」

「……テメー……まさか」

 

青ざめた顔で、漸く気づいたザク。

その会話を上から聞いていたチョウジといのは、今だに頭の上に?マークを浮かべていた。

チョウジが、アスマに尋ねる。

 

「ねえ、アスマ先生、シカマルはどうやって影真似で相手を捕まえたの?」

「ザクの足下を見てみろ。影を踏んでるだろ……シカマルは影真似をザクに避けられた後も術を解いていなかったんだ」

「どういうこと? だって、シカマルの影は普通の人影になってるよ?」

「そこがミソだな……影真似は影の面積の分だけ影を自在に操り、相手を捕らえる術。当然、自分の体の影を形取ることもできる……」

 

続けて、アスマの説明を横で聞いていた、いのが、

 

「じゃあ、シカマルは……」

「そう、アイツは最初に影真似を避けられてから、術を解いたかのように見せかけるために、あえて影の形を元に戻していたんだ……そこにザクが足を踏み込み……」

「シカマルの影真似が発動した……」

「そういうことだな……」

「す、凄い……」

 

思わず感嘆の声をもらした後、

いのとチョウジが、試合に視線を戻す。

最後に、アスマは一言、

 

「次で王手だ……」

 

シカマルの勝利を確信した。

 

爆心地帯。

試験会場。

シカマルは、ザクの手のひらがこちらに向かないように注意しながら、一歩一歩、距離をあけていく。

同時に、

ザクの体も強制的に一歩一歩、後ろへと進んでいく。

体の自由がきかないザクは、シカマルに訊いた。

 

「で、どうしようってんだ? 同じ動きじゃケリはつかねーだろ?」

「んなわけねーだろ、捕まった時点でお前は終わりだ……一応聞いておくがギブアップするなら今のうちだぜ」

「ふざけんな! 誰がギブアップなんかするかよ!」

「……そうかよ」

 

呟くと同時に、シカマルはしゃがみ、これまでの予選の戦闘でボロボロになっていた床から、コンクリートの石ころを一つ手に取る。

ザクも同じ動きで、石ころを手に取る。

訳のわからない行動にザクが、

 

「で、どうすんだ? 石ころの投げ合いでもすんのか?」

「それは面白い提案だが、影真似はそこまで持続時間はねーからな……それに、辺りを見回してみろ」

「あ?……ちょっと待て、テメー、こんな所で石ころなんか投げたら……」

 

そう、ここは爆心地帯と化していた。

シカマルが大量に投げた、ワイヤー&起爆札付きのクナイで……

怯えるザクにシカマルは笑みを浮かべながら、

 

「いっちょド派手にいきますか!」

「バカ、やめろー!」

 

シカマルとザクは互いの後ろにある起爆札目掛けて、石ころを投げた……

 

直後。

爆発。

轟音。

ドカーン!!

 

――起爆札が爆発した。

ザクの後ろにあった起爆札だけ爆発した。

 

どさりっと倒れるザクを見ながら、

 

「わりーな、この起爆札は殆んどがフェイクだ……ちなみにオレが体術得意ってのもウソだぜ!」

 

種明かしをするシカマル。

この闘いの殆んどが、最後にザクを影真似で捕らえるための布石だったのだ……

 

(ふー……危うく私も騙されるところでした)

 

ハヤテが心の中で呟き、

 

「第九回戦。勝者、奈良シカマル」

 

勝者を宣言した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

運命

「えー、では、次の試合へ進みますね……」

 

シカマルの刺したクナイを全て回収し終えた後、電光掲示板が動きだした。

次に表示された名前は……

 

ウズマキ・ナルトvsヒュウガ・ネジ

 

「来たぁ、来たぁ! 長らくお待たせしました! よーやくオレの出番だってばよ!」

 

「ふん、ウワサの落ちこぼれくんか……」

 

中忍試験予選も後半。

ずっと待たされていた自分の名がやっと出たことに、おおはしゃぎするナルト。

そんなナルトを見ながら、ハク、長十郎、再不斬が、激励の言葉を送る。

 

「ついに来ましたね、ナルトくん!」

「頑張って下さい。ナルトさん!」

「漸くお前の成長を見せつける時が来たな……不様な闘いをするんじゃねーぞ!」

 

と、それぞれ少年の背中を押した。

それにナルトは笑顔で応える。

 

「にししし〜、オレってば強くなったもんね〜。ハクと長十郎に続いて、サクっと勝ってくるってばよ!」

 

一方、木の葉サイド。

ネジ側の陣地では、

カンクロウに眠らされたテンテンが、漸く目を覚まし……

 

「zzz……あれ? 私……そっか、負けちゃって……」

 

それに気づいたリーとガイが、ハイテンションの声を上げる。

 

「目が覚めましたか、テンテン!」

「む! グッドタイミングだな、テンテン! ちょうど、ネジの試合が始まるところだ! 試合に負けて悔しいだろうが、今は熱く仲間の応援をしようではないか!」

「ガイ先生の言うとおりです、テンテン!」

「さあ、テンテン! 立ち上がるのだ!」

 

ガミガミうるさい二人に、テンテンは一喝。

 

「アンタら、うるさーい! ったく、ネジなら応援なんかしなくたって勝つわよ……まったく」

 

と、熱烈な目覚ましにより、体を起こした。

 

続けて、シカマル、チョウジ、いの。

 

「ナルトvsネジか……さすがにネジの相手はナルトには無理だろう……」

「だね……ナルトには残念だけど、勝負になんないよ」

「どうかな……正直、私にはわかんない闘いになりそう……」

 

ヒナタは誰にも聞こえないぐらいの小声で、

 

(な、ナルトくんの相手が、ネジ兄さんだなんて……でも……)

「が……頑張って、ナルトくん……」

 

ナルトを応援していた。

 

そして、カカシとサクラは、

 

「やっと来たな……」

「……うん」

 

手すりにしがみつく勢いで、試合が始まるのを待っていた。

カカシは額あてに手をあて、写輪眼を出す。

 

(さあ、ナルト……お前の成長を見せてもらうぞ……)

 

「…………」

「…………」

 

対戦者の二人。

ナルトとネジが、下に下り立つ。

それを少し離れた場所から見ていたイルカと三代目火影は、心の中で呟いた。

 

(ナルトの相手は、あのネジか……なんとか勝ってほしいが、いくらなんでもネジの相手は……いかんいかん、教師のオレが一人の生徒を贔屓するなど……)

(ふむ……これは見物じゃな)

 

ナルトとネジの闘いに、今までの試合より一際大きな注目が集まる。

そんな中、ナルトは自身の正面に立つネジを見て、今さらながらのことを思い出していた。

 

(日向って、やっと思いだした。コイツ、ヒナタの兄ちゃんだな……でも、試合で手加減なんかできねーってばよ!)

 

と、睨みつけるナルト。

相手の視線に気づいたネジが訊く。

 

「何か言いたそうだな……」

 

ナルトは拳を突き出し、言った。

 

「ぜってー勝つ!」

 

そんなナルトを、ネジは白眼で見る。

面白い……と口元を歪めて……

なぜなら……

 

「ふん、その方がやりがいがある……本当の現実を知った時。その時の落胆の目が楽しみだ……」

 

相手を見下すネジ。

互いに、自分の勝利以外はありえない……

そう、思っていた。

だからこそ、

今までずっと待たされていたナルトは、痺れを切らし、

 

「ごちゃごちゃ言ってねーで」

 

青いチャクラが溢れ出す。

びゅー!! ゴォー!!

屋内だというのに、

 

「さっさと……」

 

一陣の風が舞い……

 

「始めようぜ!」

 

風が治まる。

まるで嵐の前の静けさを表すかのように。

そして、ついに、ハヤテが告げる。

 

「うずまきナルト 日向ネジ 両者、準備はよろしいですね?」

「ああ」

「……こちらもだ」

 

両者が頷いたのを見て、ハヤテが試合開始を宣言した。

 

「では、第十回戦……始めて下さい」

 

先に動いたのは、ナルトの方だった。

 

「行くってばよ!」

 

ポーチから二枚の手裏剣を取り出し、ネジへと投げつける。

それを右へ左へ、最小限の動きで避けるネジ。

続けてナルトが十字に印を結び、

 

「影分身の術!」

 

ボン!

四人の分身ナルトが出現し、全員が前を見据えて、ネジに突貫。

 

「「「行くぞー!」」」

 

それを白眼で観察しながら、掌を前に突き出し、ネジが構えた。

 

「影分身か……面白い」

 

うおー! と、ナルト達が突撃する。

が――

分身ナルトの一人が、ネジに真っ直ぐ突っ込み、拳を振りかざすも……

ひらりとすり抜ける。

掠りすらせず、苦もなく躱されてしまう。

 

「……だったら」

 

次に、分身ナルトが二人がかりで、ネジを左右から挟み撃ちにする。

本来なら、相手の死角を突いた絶妙な攻撃。

だが、

それを意図も簡単に、白眼の洞察眼で見切られ、ナルトが繰り出したパンチと蹴りは、顔色一つ変えないネジに……あっさりと避けられてしまった。

 

「くっそぉ……!」

「もうい…やべぇ!?」

 

もう一回、攻めに転じようとしたナルト達だが……

体勢を立て直す間もなく、ネジの手掌を反撃に受け、

ボン! ボン!

呆気なく、消滅。

残った分身二人が、

 

「「このォ!」」

 

相手の前後を挟み、攻撃しようとするも……

ネジがバク転。

着地。

分身ナルトの後ろへ、逆に回り込み、そのまま襟を掴んで、前方の分身に投げつけた。

 

「「うわー!」」

 

ボン!ボン!

華麗。

あっさりとナルト達が消える。

余裕の笑みを浮かべるネジ。

しかし……

その笑みは、すぐに戸惑いに変わる。

周囲を見回すネジ。

だが……

本体のナルトが見当たらない。

代わりに地面には一つの穴が空いてあり……

と――

ボコッ!

地面が割れ、

ちょうどネジの真下から、

 

「とおりゃー!」

 

本体のナルトが拳を突き出した。

勢いをつけたまま、その拳でネジを殴り飛ばす。

 

「ゴバっ!」

 

ネジは顎にパンチを受けるも、白眼のお陰でなんとか直撃だけは避けた。

それから、お返しと言わんばかりに、空中で無理矢理腰を捻り、

 

「やってくれたな!」

 

回し蹴りをナルト目掛けて放つ。

その蹴りが、吸い込まれるように、ナルトの腹に入り……

 

「がぁっ!」

 

まともに反撃を受けたナルト。

思わぬ攻撃に、体勢を崩されたネジ。

両者が床に激突し、服を汚し、手をつく。

が、

すぐさま。

同時に。

ネジは唇から流した血を拭いながら、

ナルトは横腹を抑えながら、

眼前の敵を見据えながら、立ち上がる。

一瞬の攻防。

息を飲む、観戦者達。

そして、口々に驚きの声を上げる。

 

上から見ていたシカマル、チョウジ、いのが、目を丸くする。

 

「……ウソだろ……あのナルトがネジとやり合ってるぞ……」

「す、凄い……」

「だから言ったじゃない! でも、実際に目の前で見せられると私も衝撃だわ……」

 

ネジと同じ班の、リー、テンテン、ガイは、ネジの実力を知る分、驚きも大きく。

 

「な、なんという素晴らしい闘い!」

「ウソでしょ……ネジが血を流すなんて」

「うむ……これは予想以上に白熱してきたな」

 

そして、ヒナタが目を輝かせて、

 

「ナルトくん……凄い!」

 

と、ナルトの奮闘を応援していた。

 

ネジは口元を拭いながら、

 

「……正直、お前のことをなめていた。ウワサ通りの、ただの落ちこぼれくんかと思っていたが……どうやらリーと同じく、少しはやるみたいだな……以前、ヒナタ様がお前の話をしていたが、あの人も人を見る目だけはあったということか……」

「誰が落ちこぼれだ! 余計なお世話だってばよ……へっ、オレの実力はまだまだこんなもんじゃねーぞ……」

 

ナルトはそう言うや否や、ポーチから白い玉を取り出し、

 

「にしし……」

 

と、イタズラをする子供のような仕草で、地面に叩きつけようとする。

それを見たネジは僅かに身を屈め、

 

(煙玉? 白眼の視界を塞ぐつもりか……その程度の戦術はオレには通用しないぞ)

 

足にチャクラを溜め、

加速。

一気にナルトの方へと詰め寄ろうとしたところで……

 

ボン! ボン!

 

ネジの左右の後方から、変化の術を解き、二人の分身ナルトが現れた。

それは最初にナルトが放った手裏剣――予め変化の術で化けていた影分身であった。

事態に気づいたネジが、心の中で呻く。

 

(コイツ……まさか!)

 

それにナルトは、してやったりと、笑みを浮かべて、地面にではなく、ネジに向かって白い玉を投げつけた。

 

「バーカ。これはオレが修行で使ってた、ただのゴムボールだってばよ!」

 

そう、ナルトがポーチから取り出した物は、煙玉でもなければ、忍具ですらない。

ただのゴムボール。

何の殺傷能力も妨害能力もないボールを、ネジの気を一瞬誘導するためだけに、利用したのだ。

それを心の底から鬱陶しく感じながら、手ではね除けるネジ。

 

「くっ……」

 

そのネジを見事に誘い込んだ三人のナルトが、攻撃にでる。

 

「これで逃がさねーってばよ!」

 

三方向からの攻撃。

しかも、相手の意表を突いた攻撃だ。

あたると、ナルトが確信した時、

途端。

ネジが体中のチャクラ穴から、チャクラを多量放出し、

 

「……ふん」

 

体をコマのように回転しながら、

 

「「「なっ……うわー!」」」

 

三人のナルトを弾き飛ばした。

分身は消え、本体のナルトも地面を転がる。

そのナルトを見下ろしながら、

 

「勝ったと思ったか?」

 

ネジが嘲笑した。

 

上から見ていたサクラとカカシが呟く。

 

「なんで? ナルトの攻撃はタイミングバッチリだったはずなのに……」

「……何て奴だ」

 

ヒナタは信じられないといった表情で、呟いた。

 

「あれは……お父様の……回天」

 

そして、テンテンはネジの優勢に、得意気な顔を見せる。

 

「ふふ、あれがネジの防御よ」

 

回天。

それがネジの術の名。

白眼の最大視界はほぼ360°。

その白眼で相手の動きを感知し、攻撃を受ける瞬間に体中のチャクラ穴から、チャクラを多量放出。

そのチャクラで敵の攻撃を受け止め、自分の体をコマのように円運動させ、いなして弾き返す。

それが、ネジの絶対防御。

しかし、本来回天は宗家にしか伝えられない秘術……

それを独自で身につけたネジに、

 

「ほほ……さすが日向家、始まって以来の天才と呼ばれるだけのことはある」

 

と、三代目火影すら、感嘆の言葉をこぼした。

 

しかし、ナルトは立ち上がる。

どうすれば今の防御を越えられるか、

考える。

この程度でへこたれるナルトではなかった。

 

(よくわかんねーけど、アイツは回転して攻撃を弾いた訳だよな……だったら)

 

再び十字に印を結び、

 

「多重影分身の術!」

 

二十人のナルトが、ネジをぐるっと囲む。

それを白眼で見たネジが、ハクと闘った時にヒナタが見せたものと同じ……

日向家特有の姿勢で、構えを取り、言った。

 

「来い!」

 

ナルト達は余裕を見せるネジに、少しむっとした表情で、ポーチからクナイを取り出し、

 

「おい!」

「オレを」

「甘く」

「見るんじゃ」

「ねーぜ!」

 

一斉に、駆け出した。

二十人のナルトによる波状攻撃。

二十対一。

あまりにも戦力差が歴然だと思える状況で、

だというのに、ネジは焦りすら見せずに、それを余裕の表情で捌いていく。

ボン!

一人。

ボン!

また一人、ナルトの分身が消されていく。

だが……

漸く、ナルトの狙っていた展開が訪れた。

 

「ちっ……流石に数が多いな」

 

ネジが分身の攻撃をバク転しながら、跳ぶように避ける。

そこへ、今だ! と言わんばかりに、分身ナルト達が、着地の瞬間を狙って一斉に飛びかかった。

そのナルト達を、まるでジャンプ台を使うかのようにネジが足裏で踏み蹴り、瞬く間に消滅させていく。

その体を宙に浮かせて……

 

(ここだ!)

 

分身が掴んだチャンスを逃さないように、本体のナルトが上空にいるネジに向かって手裏剣を投げた。

それを見たネジは、

 

「ふん、オレに手裏剣など通用しないぞ……」

 

一蹴するが、ナルトはお構い無しに印を結ぶ。

 

「丑 戌 辰 子 戌 亥 巳 寅」

「!?」

 

見たこともない印に、ネジが警戒する。

そこに、印を結び終えたナルトが術を発動した。

 

「手裏剣影分身の術!!」

 

直後。

ナルトの投げていた一枚の手裏剣が、その数を増幅させていく。

二枚、三枚、四枚、五枚……

その数。

――数十枚。

 

「なに!?」

 

ネジの顔に驚愕の色が浮かぶ。

それもそのはず。

幻術で数を多く見せるなら、まだわかる。

しかしナルトの使った忍術は、実際に、本当に実体のある手裏剣を増やしていたのだ。

ナルトの考えた作戦。

それはネジを空中に浮かせ、足を地面から放すこと。

自由に動けない空中でなら、体を上手く動かせず、回天も使えないと考えたからだ。

……しかし、

日向の天才は、ナルトの予想を越えていた。

迫りくる手裏剣を白眼で全て感知しながら、全身からチャクラを放出し、

 

「回天!!」

 

ネジは空中にいながらも技を繰り出し、ナルトの術を弾き返した。

地面に降り立つ。

一枚の手裏剣も刺さることなく……

ネジはナルトを見ながら、感心した声音で、

 

「なるほど……本当に予想以上だった……」

「くそっ……あの状態でも使えるのかよ! 反則じゃねーの、その技!」

「ふん……面白い奴だ……だが」

 

ネジが腰を低く落とし、見たこともない構えを取った。

ナルトの背筋に、悪寒が走る。

わからない。

わからないが、これはヤバい。

 

「これで終わりだ……お前はオレの八卦の領域内にいる……」

 

途端。

ネジの雰囲気が変わる。

そこはもう……彼の領域であった。

そこから逃れようとするナルトだが……

足が思うように動かない。

砂の忍とやり合った時のダメージが残っていたのか?

ネジの迫力に押されたのか?

どちらの理由かは、わからないが……

 

「ぅ……」

 

一瞬の隙ができる。

一瞬の隙間。

一秒にも満たない時間。

それをネジは――逃さなかった。

 

「柔拳法・八卦六十四掌」

 

手と足にチャクラを巡らし、半回転。

地面を削りながら腰を捻り、指先をチャクラの針にして、ネジがナルトを撃つ。

 

「八卦二掌!」

「ぐっ!」

 

苦痛に呻き声が出る。

だが、こんなものではない。

自分が感じた嫌な予感の正体が、この程度で済む訳がない。

と、わかっているのに、ナルトはネジの攻撃を棒立ちで受けることしかできず……

 

「四掌!」

「八掌!」

「十六掌!」

「三十二掌!」

「ぐぁぁああ!」

 

雨のように降り注ぐ、ネジの柔拳。

手から、腕から、次々と力が失われていく。

 

「六十四掌!!」

 

ネジの奥義が炸裂。

ナルトの六十四の点穴を刺し貫いた……

 

「ぐはぁああ――っ!」

 

どさり……

吹き飛ばされたナルトは、受け身すら取れずに、その体を地面に転げさせた。

 

それを上から見ていた木の葉の面々。

ヒナタは心配そうな面持ちで、

 

(ナルトくん……負けないで)

 

と応援するも……

他の忍達は……

 

シカマル、いの。

 

「やっぱ、ナルトには厳しかったか……いや、大健闘だったがよ……」

「私、ナルトが勝つんじゃないかって、少し期待してたんだけどなぁ……」

 

リー、テンテン、ガイ。

 

「やはりネジは強いですね……ですが、熱い勝負でした!」

「あのネジとここまで闘えるなんて……あの金髪の子、本当に運が悪かったわね……」

「ネジの勝ちだな……可哀想だが、もう立てまい……」

 

カカシ、サクラ。

 

「この勝負見えたな……」

「え? どうして、カカシ先生? まだナルトが立つ可能性だって……」

「そりゃ無理だな……今のネジくんの攻撃で、ナルトは身体中の点穴を突かれた……もう、どうしようもない……」

「うそ! どうしてカカシ先生にそんなことがわかるの?」

 

サクラの疑問に、カカシが答える。

 

「ネジくんの白眼。あれはただ視野が広いってだけじゃない。身体中に流れるチャクラの通り道…経絡系。そして、点穴と呼ばれるチャクラのツボ。という、忍者がチャクラを練るのに絶対に欠かせない、重要な箇所があるんだが……ナルトはその点穴を、さっきのネジくんの攻撃によって完全に閉ざされてしまった……」

「つまり点穴を、チャクラを封じられたってこと?」

「ま、そういうことだな」

 

サクラは、カカシの説明に驚きながらも、納得した。

チャクラを封じられれば、忍者もただの人。

つまり、ナルトの敗けは確定だと……

最後にネジを見て、サクラが呟いた。

 

「あのネジって人……反則レベルの強さじゃない……」

 

カカシも写輪眼をしまい……

 

(ネジか……なんて奴だ。サスケですら手も足も出ないぞ。こりゃあ、むしろナルトは頑張った方だ……)

 

全員が、ネジの勝利だと決めつけてしまった。

 

そして、霧隠れ第一班。

ナルトの圧勝を予想していたら、予想外の展開に、長十郎が顔を青ざめる。

 

「あわわわ、な、ナルトさんが……これ、不味いんじゃ……」

 

それに再不斬が、

 

「ガタガタ喚くな! 長十郎…お前はやればできるくせに、もっと毅然とした態度が取れねーのか?」

 

と、余裕さえ感じられる対応をする。

そんな再不斬にハクが訊いた。

 

「ですが、再不斬さん。さすがにこれは不味いのでは? あのネジって人、本当に強いですよ。このままナルトくんが負けたら……」

「ああ、確かにつえーな。いわゆる天才って奴だ……」

「でしたら、どうしてそこまで落ち着いていられるのですか?」

「そんなこといちいち説明するまでもねーだろ……確かに、あの日向の小僧は強い。まさか木の葉にあんなガキがいるとはな……だが所詮、ただの天才だ……」

「?……それは、どういう……」

 

首を傾げるハク。

そんな心配そうな顔をするハクと長十郎に、再不斬はきっぱりと、

 

「お前達は、このオレ様が鍛えたんだぞ? ナルトもそうだ……ただの天才じゃ、うずまきナルトには勝てない。

本物の忍ってのはな、どんな天才様だろーが、温室の中でぬくぬくしてるような奴には絶対になれねーんだよ。

お前達と木の葉の忍じゃ、ものが違う。

オレが予測できないことと言やぁ、こっからナルトがどうやって逆転するか……それだけだ……」

 

そう言った。

そんな再不斬の言葉に、

 

「「…………」」

 

我を失うハクと長十郎。

確かに、霧隠れ全体の改変をきっかけに、再不斬も変わり始めているのは、側にいたハクだけでなく、長十郎や他の忍達も感じていたことだ。

だが、それでも、ここまで変わるとは……

ハクと長十郎は、内心で動揺を見せるほど、自分の担当上忍の成長? に、感動を覚えずにはいられなかった。

決して、本人には言えないが……

言えば、たぶん殺されるだろう……

と――

それから、再不斬の言うとおり、ナルトならこの状況でも逆転してしまうのでは?

と期待し、ハクと長十郎は、静かに視線を下に戻したのであった。

 

「ごはっ!」

 

血を吐き、床に倒れるナルト。

それを上から見下ろしながら、ネジが言う。

 

「確かにお前は健闘した。だが、試合は終了だ。全身六十四の点穴を突かれたお前は、チャクラを練るどころか、立てもしない」

「……う……」

「ふっ、悔しいか? 変えようのない力の前に跪き、己の無力を知る。アカデミーの卒業試験に落ち、霧に逃げたお前のような落ちこぼれがオレに勝てる道理はない……お前の負けはオレが対戦相手に選ばれた時点で、すでに決められた運命だったんだよ……」

 

そう言った後、勝ち宣言を受ける必要すらないと背を向けて歩き出すネジに、

 

「待ちやがれ……シスコン野郎」

 

痛む体を押さえながら、息も絶え絶えにナルトが立ち上がった。

背を向けていたネジが、再び体の向きを戻し、驚きを漏らす。

 

「コイツ……バカな……」

「わりーな、オレは諦めが悪いんだってばよ……」

 

口から血を流しながら、ナルトは試合の続行を促す。

それをネジは、哀れみの感情を込めた目で、

 

「……もう止めとけ……これ以上やれば、下手をすれば死ぬぞ。別にお前に恨みはない。棄権しろ」

「お断りだってばよ……オレはお前と違って、負けられない理由があるんだ!」

「負けられない……理由?」

 

そんなものが何だ? と、言わんばかりの表情でネジが尋ねた。

すると、ナルトは、ああ、と頷き、

 

「そうだ! だから、お前みたいなシスコン野郎に負けるわけにはいかねーんだ!」

「……お前、さっきから人を変態呼ばわりして、何のつもりだ?」

 

首を傾げるナルト。

それから、当然といった顔で言う。

 

「妹を様づけで呼ぶような奴、変態と呼ばずになんて呼ぶんだってばよ?」

 

それにネジは呆れた視線を向け、

 

「…………何も知らぬガキが……オレとヒナタ様は兄妹じゃない……分家と宗家だ」

「え? 分家と宗家?」

「ふん……そういえば、お前はヒナタ様と仲がよかったと聞く……」

「ん? いや……悪くはなかったけど……」

 

そこでネジは笑う。

まるで自分を自嘲するかのように笑い、

 

「いいだろう……ここまで闘い抜いたお前に、一つ面白い話を聞かせてやる……日向の憎しみの運命を!」

 

ネジが語り始めた。

一族にまつわる悲しい話を……

 

「日向宗家には代々伝わる秘伝忍術がある。それが呪印術……」

「……呪印術?」

「その呪いの印は籠の中の鳥を意味し、それは逃れられない運命に縛られた者の証!」

 

と言うと同時に、ネジが額あての布を外す。

ネジの話を最初から知っていた三代目火影とヒナタは目を閉じ、黙って見守っていた。

ナルトは尋ねる。

 

「なんだってばよ……それ?」

 

ネジの額には卍の模様が描かれていた。

まるで何かを縛るかのように……

 

「四歳のある日。オレはこの呪印術により、忌まわしい印を額に刻まれた……その日、木の葉では盛大なセレモニーが行われていた。長年、木の葉と争っていた雲の国の忍頭が同盟条約締結のため、来訪していたからだ……しかし、木の葉の上忍から下忍にいたるまで、誰もが参加したそのセレモニーに、出席していない一族があった……それが、日向一族。その日は宗家の嫡子が三才になる、待望の一日だったからだ……」

 

ネジは上を、観戦席を見上げ、

 

「ヒナタ様の誕生日だ!」

「!!」

 

その言葉にナルトも釣られ、ヒナタを見る。

ネジが話を続ける。

 

「……オレの父、日向ヒザシとあそこにいるヒナタ様の父、日向ヒアシ様は双子の兄弟だった……しかし、ヒアシ様はこの世に先に生まれた長男……宗家の者。そして、次男であるオレの父は分家の者……この忌まわしい呪印を刻まれた者だ……」

「……なんで、そんな事する必要があるんだよ? 宗家とか分家とか、分けることに意味なんてあるのか?」

「この額の印はただの飾りじゃないんだよ……この呪印はな、いわば宗家が分家に与える死という絶対的恐怖。宗家が結ぶ印は分家の者の脳神経を簡単に破壊する……無論、殺すことすら容易だ……」

「なっ!?」

「そして、この呪印は死んだ時のみ消えてくれる……白眼の能力を封印してな……」

「能力を……封印……」

「そうだ。つまり、この呪印は宗家を守るために分家は生かされ、分家が宗家に逆らうことを決して許さない……日向の白眼という血継限界を永劫守るために作られた、効率のいいシステムなんだよ……」

「…………」

「そして、あの事件が起きた……」

「あの事件?」

「ふふ……オレの父親は宗家に殺されたんだ」

「えっ!?」

 

ネジは遠い日を思い出すかのように、目を細めながら、話を続ける。

 

「ある夜。ヒナタ様が何者かに拐われかけた……その時、ヒアシ様はすぐにかけつけ、そいつを殺した。暗がりで、しかもマスクをしていたそいつ、一体誰だったと思う?」

「…………」

「……そいつは同盟条約を結んだばかりの、雲の国の忍頭だった……」

「!?」

「初めから白眼の秘密を狙ってやってきたことは明らかだった! しかし、雲の国は計画失敗で自国の忍が殺されたことをいいことに……木の葉の条約違反として、理不尽な条件を突きつけてきた。当然、木の葉と雲は拗れに拗れ、戦争にまでなりかけた……しかし、戦争を避けたい木の葉は雲と、ある、裏取り引きをした」

「裏取り引き?」

「雲の要求は白眼の血継限界を持つ、日向宗家……つまりヒアシ様の死体を渡せというものだった……そして、木の葉はその条件を飲んだ」

 

ナルトはヒナタを見上げ、

(じゃあ、ヒナタのとうちゃんは……)

 

しかし、その考えはすぐにネジに否定された。

 

「無事、戦争は回避された……宗家を守るため、木の葉を守るため、日向ヒアシの影武者として殺された……

――オレの父親のお陰でな!!」

「な!?」

 

驚きの声を上げるナルト。

正直、最初はこんな重い話になるとは思ってもみなかった。

体を回復させながら、作戦を考えるための時間稼ぎをしよう。

などと、悪知恵を働かせていたくらいだ。

だから、ナルトはネジの話を気軽に聞いて……

でも、

途中から耳が離せなくなり、

そして、

その結末がこれでは……

そう唖然とするナルトにネジは、

 

「くく……力もほぼ同じ双子なのに、先に生まれるか、後に生まれるか。そこですでに運命は決められていたのだ……」

 

悲しく、哀しく、額あてを握りしめた。

 

「………………」

 

ネジの話にナルトは……

いや、こんな話、聞いたことすらなかった自分達の里の話に、木の葉の忍達も絶句する。

深々と沈黙する場の空気。

そんな周りの反応をよそに、ネジは再び額あてをつけ、諭すように言った。

 

「そして、この試合、お前の運命もオレが相手になった時点で決まっている……」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12年の時を経て

「お前はオレに負ける運命だ……絶対にな」

 

運命。

ネジの語った話は、ナルトにとっても何故か無関係のように思えなかった。

それは何故なのか……

ナルトは上手く言えないが、悲壮な顔で話すネジを見て、

 

「……お前も……辛い目にあってきたんだな……」

「……気安い同情ならやめろ……人は生まれながらに違う……この白眼でわかってしまうんだよ……才能のある者、そうでない者。幸福を掴む者、掴めない者……それは最初から運命で分けられている」

 

断言するネジ。

しかし、ナルトは首を振り、

 

「……そんなの、生きてみねーと、わからねーじゃねーか!」

 

と、真っ向から対立する。

その言葉にネジは、

 

「わかると言っただろ……人はそれぞれ違う……逆らえない流れの中で生きるしかない……努力すれば何かが変わるなど、それは現実を見れない奴の、ただの幻想だ……」

「お前の気持ちは痛いほどわかるってばよ……けど、それで全てを決めつけるのは悲しすぎるだろ!」

 

ナルトは少し声音を上げ、そう言った。

お前の気持ちはわかる

けど……と。

それにネジは、またも自嘲の笑みを浮かべ、身体を震わせながら叫んだ。

 

「わかる……だと……ふ……わかるものか……一生拭い落とせぬ印を背負う運命がどんなものか、お前などにわかるものか!!」

 

普段はクールなネジが、ナルトに指を突きつけ、声を荒げる。

魂の叫び。

心からの咆哮。

それに、

その痛みに、

ナルトは腹に手をあてながら、真っ直ぐな瞳で応える。

 

「ああ……お前以上にわかるってばよ……」

「なに!?」

 

そして、怪訝な表情を浮かべるネジに、ナルトはきっぱりと言った。

 

「ンで……それが……なに?」

「コイツ……!」

 

白眼を出し、相手を睨みつけるネジ。

恨みはない、と言った時とは違い、その白い眼に確かな殺意を込めながら。

だが、

その目をナルトがさらに睨み返し、

 

「お前の方こそ…ふざけんな! 確かに逆らえない運命ってのはオレもあると思う……けど、そんな運命を背負っている奴が、必ずしも不幸って決めつけるのは勝手もいいところだってばよ!」

「何を……言っている……」

 

ナルトはネジの気持ちがわかると言った。

その上で、運命を決められた者が不幸だとは限らない?

何を……? と。

ネジは目の前に立つ相手の心の内が、まったく読めずにいた。

 

そして……

ナルトの話に耳を傾けていたのは、ネジや周りの忍達だけでなく……

 

『……………………』

 

少年の腹にある檻の中で、ぴくりと耳を動かし、オレンジの妖狐が、九尾までもが、こちらに意識を傾けていた。

 

様々な視線が集まる中、ナルトが口を開く。

 

「オレってば、お前と同じで生まれた時に両親を亡くしてる……木の葉の里とオレを守るために、父ちゃんも母ちゃんも死んじまった……」

「なに……!?」

 

驚きの表情を浮かべるネジ。

コイツも父親を、いや、両親を亡くしているのだと。

同じく運命に翻弄された者だと。

だが、ナルトの話はそれで終わりではなく……

 

「それどころか、木の葉にいた頃は里の大人達は、みんなオレを蔑んだ目で見ていた……オレはずっと一人ぼっちだった……」

「…………」

 

今度はネジが白眼を解き、ナルトの話を聞く姿勢を取った。

問答無用で叩き伏せてもよかった。

いや、試合中に相手と話す必要など、本来ない。

しかし、それでもナルトの話を聞かずにはいられなかった。

コイツの運命に対する答えを聞いてみたいと思ってしまい……

だから、ネジは耳を傾ける。

ナルトは一度後ろを振り向き、三代目火影とイルカを見た後、また前を向き、静かに語り始めた。

 

「オレってば、いつもイタズラばっかして、火影のじいちゃんやイルカ先生を困らせてばかりで……でも、オレにはそれぐらいしか、自分の存在を認めさせる方法が思いつかなかった……けど、本当は一人が辛かった……里の奴らがどいつもこいつも、憎くて憎くて仕方なかった……」

「…………」

「そしてオレが木の葉にいた最後の一日、アカデミーの卒業試験の日。試験に落ちたオレに何が起こったと思う?」

 

先ほどの意趣返しのように、ネジに尋ねるナルト。

それにネジが応える。

 

「お前が里を抜けた日か……」

「ああ、そうだ……あの日、オレはイルカ先生にラーメンを奢ってもらった後の帰り道でミズキに声をかけられて……その後、木の葉の森へ行ったんだ……そこである出来事が起きた……」

「ある出来事?」

 

ナルトは一度目を閉じ――刮目。

抑揚のない声音で、淡々と告げた。

 

「……お前達、木の葉の忍による……オレの抹殺だってばよ」

「なっ!?」

 

ナルトの言葉に絶句するネジ。

いや、木の葉の忍の殆んどが慌てふためく。

抹殺って、何だ? と、下忍達が自らの担当上忍に尋ねる。

上忍達も対応に困ってしまい、場が騒然とする。

ハヤテがナルトを止めるか、三代目火影に目で問いかけるが……

三代目火影はそれを手で制した。

黙って様子を見守れと……

ネジはすかさず、

 

「ば、バカな! なぜアカデミーすら卒業できなかったお前を殺す必要がある……出鱈目を言うな」

「へっ……お前、白眼で何でもわかったかのように話していたくせに、オレの言ってることが、本当のことかどうかすらわかんねーのか?」

「……くっ……」

「……そして、オレは命懸けで逃げた。木の葉の忍達に殺されないようにな……」

「……結局、お前はオレに何が言いたいんだ! 同じ辛い思いをしているお前が頑張っているのだから、オレにも頑張れなどと、そんな陳腐な台詞を言いたいのか?」

 

ナルトの話に、業を煮やしたネジが苛立ちを顕にする。

いや、違う。

別に長い話に嫌気がさした訳ではない。

むしろ逆で……

まるで、殻を破られる予感がして、

このままでは何かが崩れる予感がして、

それにナルトは、

 

「……違うってばよ……そんなことオレがわざわざ言わなくても、お前だって本当はわかってるはずだろ……」

 

などと、見事に痛いところを突いてきた。

その言葉にネジは、

 

「………………」

 

無言になる。

わかっているとも わかっていないとも

どちらの答えも出せずにいる。

答えられる訳がない。

だが、そんなネジに、ナルトは更なる追い打ちをかける。

 

「オレが言いてーのは、お前は自分の父ちゃんのことをわかってねーってことだってばよ……」

 

それに、

そのナルトの言葉を聞いたネジが激昂し、

 

「貴様ぁ!!」

 

ナルト目掛けて駆け、その左肩の点穴を柔拳で叩き込んだ。

頭に血が上り、無我夢中で叩き込んだ。

すでにボロボロだったナルトは攻撃を避けることすらできず、ネジの柔拳をまともに受け、口から血を流す。

しかし、ナルトは倒れない。

倒れそうな身体を何とか踏ん張らせて……

 

「が……ぐっ……へ……」

 

ナルトは点穴を突かれながらも、ネジの腕を左手で掴み、

余った右手で拳を握り……

 

「チャクラを封じたぐらいで……いい気になるなよ!」

 

力一杯、ネジの顔をぶん殴った。

チャクラの欠片も込もっていないナルトの拳がネジの頬に入り、

 

「ぐっ……」

「ハア、ハア、ハア……」

 

二人の距離が再び開く。

ナルトは肩で息をしながら、

 

「…お前は…大事なものが見えちゃいねぇ」

「……大事な…ものだと……」

 

もう止めろ!

そう心の中で、警告を鳴らすネジ。

しかし、ナルトは話し続ける。

 

「お前の父ちゃんは、呪われた運命だとか、木の葉を守る使命だとか、そんなもんのために命を懸けたんじゃねーってばよ」

「なにを、何を言っている! オレの父は、宗家に、白眼の秘密を守るために殺されたんだ!」

 

もはやクールな体裁は何処へやら。

声を荒げるネジに、ナルトは言った。

 

「そんな訳のわかんねーもんに、人が命を懸ける訳ねーだろ! お前の父ちゃんはな……お前やヒナタの未来を守るために命を捨てたんだろーが!」

「な!? そ……そんな訳があってたまるか! オレの父親は分家に生まれた時から、宗家のために死ぬことが運命で決められていたんだよ! 事実、オレの父親か、ヒアシ様のどちらかが死ななければ、木の葉は戦争になっていた……」

 

が、ネジの言葉をナルトが遮り、言った。

 

「それは違うってばよ……」

 

その否定にネジは、怪訝そうに眉をよせ、

 

「どういう意味だ……」

「お前の父ちゃんはすげー奴だ……けど、お前の父ちゃんやヒナタの父ちゃんが犠牲にならなければって、考えがそもそもおかしいだろ……」

「今さら何を言っている……そうしなければ木の葉は……」

「違うだろ……それ以外にも選択肢はあったはずだ……お前の父ちゃんが生き残る未来だって……」

「ふ、ふざけるな! お前の言ってることは理想論だ! もし、雲の国の約束を反故にすれば……」

 

ナルトの言い分にまたも激怒するネジ。

頭が真っ白になる。

しかし、ナルトは言った。

 

「何言ってるんだ? お前の話が正しければ、約束を破ったのは雲だろ? そんな雲が出した条件を聞く必要がどこにあるんだ。それに、そんな約束を破る国とまた約束をして、それを破られない保証がどこにあるんだ?」

「そ……それは……」

「お前の父ちゃんを見殺しにした奴らが、そんな不確定な未来にすがり、たった一人の仲間のために立ち上がることすらしなかった……ただの腰抜けだっただけだろ!」

「ぐ……」

 

ナルトの滅茶苦茶な言い分に、反論ようとしたネジ。

今のナルトの発言は、本人にその意図があったかは兎も角。

木の葉の忍は腰抜けだと。

そう言ったのだ。

木の葉の忍が大勢いる。

火影がいるこの場で。

そして、ネジは木の葉の忍。

当然ナルトの発言に、断固拒絶を示さなければいけない立場であった。

しかし……

 

「…………」

 

なぜかその言葉が見つからなかった。

何も……言えなかった。

いや……

違う。

認めたくはないがネジは心のどこかで、ナルトの言ってることの方が正しいのではと思い始めていた……

そして、ナルトは力強く、試合中に不釣り合いな希望に満ちた声で、

 

「……オレは里を抜けてから、すぐにハクと出会って、再不斬、長十郎、水影の姉ちゃん、風雲姫の姉ちゃん、それから里のみんな……霧の里に行ったオレには仲間が一杯できた。

他人からすりゃー、当たり前のことかも知れねーけど、オレにとっては、すげー大切なものなんだ。

だから、オレの夢は、霧の里で、そんな本当に大切なものを守り通せる四代目火影のような忍になることだ!

……お前の父ちゃんのようにな」

 

――そう言い切った。

 

「………………」

 

目を見張るネジ。

いや、話を聞いていた殆んどの者が、いつの間にやらナルトの言葉に心を揺さぶられていた。

そして、次の瞬間、

 

「だけど、お前の父ちゃんを見捨てた奴らは一体何なんだ! 里を守るために、雲の国と条約? ふざけんじゃねーってばよ! たった一人の仲間すら大切にできない奴らが、里を、仲間を、そして未来を語るんじゃねェ!!」

 

と、手で空を切り、ナルトが叫んだ。

そんな少年の姿に、

ネジは狼狽する。

何故、コイツはここまで言えるのか?

一体、今まで何を見てきて、これから何処を目指そうとしているのか?

自分より年下の少年の言葉に、ネジは底知れない何かを感じ取り、思わず呟いていた。

 

「……うずまき……ナルト」

 

今や、チャクラすら練れないナルト。

だというのにネジは。

そんな相手から距離をあけるように、無意識のうちに後退りをしていた。

 

ナルトにとって、ネジの話は絶対に認めるわけにはいかないものだった……

それを認めるということは、ナルトの父親も運命に殺されたと認めるも同義。

うずまきナルトの夢を全て否定するということだ。

だからこそ、無我夢中で話した。

そのナルトの想いが少しは届いたのか、ネジの顔に動揺が見られる。

いや、三代目火影を含む、会場にいる殆んどの木の葉の忍が、悲痛な顔を浮かべていた……

 

しかし、

これは中忍試験予選。

弁論大会の場ではない。

勝負を決めるのは、力だった……

 

暫くの間。

放心状態になっていたネジが、再び目に力を入れ、

 

「……お前の言い分が正しいのか、やはりただの理想論なのか……オレにはわからない……だが、この試合の運命はすでに決まっている。チャクラの使えないお前では、オレには勝てない」

 

運命は決まっている。

という、ネジの言葉に。

やはりナルトは、こう言い返した。

 

「なら、その運命ってやつをオレが変えてやるよ!」

「……ふ……面白い。なら、その運命を変えるところを見せてもらおうか……」

 

ネジの言うことは正しい。

チャクラの練れないナルトでは、ネジに勝つのは不可能だ。

根性でどうにかなる話ではない。

 

(どうする……あれから数分ぐらい話してたけど、チャクラが全く感じられないってばよ……まるで雪の国で、変な装置をつけられた時と同じだ……ん? そうか……)

 

ナルトはそこで、一つだけ勝てる可能性を思いつき、目を閉じる。

精神を集中。

集中。

集中。

瞬間。

ナルトの意識は強い力に引っ張られるかのように、深く、深く、潜っていった……

 

目を開くと、

そこは以前から何度か来ていた赤い檻の前であった。

その檻の中には、禍々しいまでの巨大なチャクラを宿した九尾の妖狐が封印されていた。

その妖狐が 、

 

『よォ、ナルト!』

 

と、気軽に話しかけてきて……

もはや、封印なんかされてないんじゃないかと、疑わしくなるほど気軽に……

それにナルトは、

 

「えぇと、どーも、九尾……実はですね、少しお願いがありまして……」

 

滅茶苦茶下手に話しかける。

チャクラを封じられたナルトには、もはや九尾に頼る以外、術がなかった。

しかし、この九尾が今まで好意的に協力してくれたことは、ナルトの記憶の中では殆んどなかった……

なかった……

今までは。

 

『フン、お前の闘いはワシも見させてもらっていた。用件はわかっている……ったく、九尾の人柱力ともあろう者が情けない』

「えーと、それって、オレにチャクラを貸してくれるってことか?」

『ただの暇潰しだ……お前の闘いをもう少し見てみたくなったからな……』

 

と、意外なほどあっさり九尾から了承を得られた。

ナルトはそれに目を輝かせ、

 

「うははは〜! どうしたんだってばよ九尾。正直、断られるかなーって思ってたのに……」

『ただし、力を貸す前に、ワシはお前に一つ聞いておきたいことがある』

 

早速、チャクラを借りようとしていたナルトに、九尾から待ったがかかる。

ナルトは首を捻り、

 

「聞いておきたいこと? なんだってばよ?」

 

と、気軽に訊く。

そんなナルトの目を真剣に見ながら、九尾が言った。

 

『先ほどの闘いでも少し話に出ていたが……お前、お前の両親を殺したワシが憎くないのか?』

 

その言葉に、

静寂。

沈黙。

ナルトの雰囲気が一転。

先ほどの下手に出るような表情とは真逆に、九尾を睨みつけながら、

 

「九尾……ちょっと檻の隙間から顔を出してくれ……」

『アア? こうか?』

 

と、封印の隙間から顔を出す九尾。

殆んど、鼻しか出ていないが……

その鼻の前にナルトが立ち、拳を握り、

 

「くらいやがれぇええ!!」

 

思い切り殴り飛ばした。

自分の身体の数十倍はある。

各国の忍達が畏れ畏れる九尾を、

尾の一振りで山を吹き飛ばし、津波すら呼ぶ九尾を、

その気になれば、世界すら壊せる力を持つ九尾を、

ナルトが力一杯、殴った。

当然、九尾は憤怒を撒き散らす。

 

『ナルトォオ! テメー! 何しやがるゥ!! 食い殺されてぇーのかァ!』

「……これで」

『アア? 返答次第じゃ、テメー、マジで……』

「これで、お前とオレとの間に恨みっこはなしだ!」

『あ?』

「母ちゃんは、面の男にお前を身体から抜かれた時点で命を懸けてた……父ちゃんはお前を封印すると決めた時点で命を懸けてた……これ以上お前に文句言っちまったら、父ちゃんと母ちゃんを侮辱することになるからな……だから、九尾……オレはお前を恨んだりしないってばよ!」

 

そう、頭の後ろに手を組み、にっこり笑いながら、ナルトが言った。

何の表裏もない表情で……

いや……少し寂しそうではあるが、

それでも、ナルトは笑顔で言った。

その笑顔に、

その決意に、九尾も怒りの矛を納める。

そして、この少年なら信用できるのではないか?という考えが頭を過る。

九尾……いや、尾獣達は本来、世界に平和と安寧をもたらすために、この世界に姿を現した存在。

しかし、今まで九尾に接して来た人間達は……

 

「知の足らぬただの力でしかないお前に導きを与える者……それがうちはだ……従え」

 

「九尾……お前の力は強大過ぎる。悪いが野放しにはしておけん」

 

「アナタが力を振るえば、憎しみを引き寄せる。私の中でじっとしていて下さい……」

 

『………………』

 

人間達はその願いを踏みにじり、尾獣達の力にだけ目を向け、ただの殺戮兵器として扱った……いや、人の手に余る力を扱い切れる訳がなかった……

故に、その力を封印し、いざという時のための人柱、人柱力などという言葉を身勝手に造ったのだ。

そして戦争の度々に力を利用し、終戦した後は自分達が勝手に始めた戦争の憎しみを全て尾獣達に押しつけて来た。

そんな人間達に九尾をはじめとした殆んどの尾獣達は嫌気をさし、いつしかその心を閉ざしてしまった……

 

だが、

 

「オレ達が諦めるのを諦めろーー!!」

 

波の国で再不斬を守るためカカシを吹き飛ばし、

 

「オレが絶対守りきって、やるってばよ!!」

 

ガトーの手下を返り討ちにした時。

 

「終わらせねー! オレは絶対諦めねえ! あんたが諦めるっていうなら、オレは意地でも絶対諦めねー!」

 

雪の国ので風雲姫を背負いながら汽車に追われ、絶対絶命のピンチを切り抜けた時。

 

そして、

 

お前のことは水影の姉ちゃんから聞いた……

『…………』

確かに人間を憎む気持ちはオレにだってわかる!

けど、ここでオレ達が頑張れば、そんな奴らだって見返せるんじゃないのか?

『そんな事をしてなんになる? 大体、人間がワシ等を見る目を変えるとは到底思えないがな』

そりゃあ、そりゃあさ、そうかも知れねーけど、どっちかが歩み寄らなければ、ずっとこのままだってばよ!

 

お前はそれでいいのか九尾?

 

皆で力を合わせて、ドトウを倒した時……

 

九尾は今までのナルトの言動の一つ一つを思い出していた。

まだ、産まれてから十数年とはいえ、尾獣達と殆んど変わらない扱いを受け、人々に虐げられてきたにもかかわらず、前を突っ走るナルトの姿を九尾はずっと見てきた。

ナルトが赤ん坊の頃から、ずっと見てきた。

 

だからこそ、

 

この少年になら、もう一度、懸ける価値があるのでは……と

この少年になら、力を貸しても、

……いや、

言い訳は、もうやめよう。

九尾は悩んでなどいなかった。

この場にナルトを引っ張って来たのは、他ならぬ九尾である。

既に最初から答えは決まっていた……

 

だからこそ、

 

――告げる。

 

『…………ワシの名前は九尾ではない。九喇嘛だ……』

「へ? クラマ? お前の名前って、九尾じゃねーの?」

『それは人間どもが勝手につけた呼び名だ! ったく、力を貸して欲しいなら名前ぐらい覚えやがれ! 相変わらずアホだな、お前は……』

「あぁ? ンなの、アホとか関係ねーだろ! 名前があるなら、最初から言えってーの!」

 

と、文句をいうナルトに、

 

『ほれ』

 

九喇嘛が檻の隙間から拳を突き出す。

最初、何のことかわからなかったナルトだが、すぐに理解し、九喇嘛と拳を合わせる。

 

「……へへへ」

『……フン』

 

直後。

明かりが灯る。

瞬間。

二人の心の距離が0になり、

互いのチャクラが混ざり、交ざり合う。

 

九喇嘛はナルトと拳を合わせながら、四代目火影

……ミナトのことを思い出していた。

 

「九尾、ナルトのことをこれから少しだけ気にかけてあげてくれないかい?」

 

『…………ワシの力をコイツに貸すつもりはない』

 

(フン……あの時はああ言ったんだがな……もう少しだけ、コイツの進む道の先を見てみたくなった……四代目火影よ……ワシの負け……だな……)

 

――息子のこと、頼んだよ……

 

九喇嘛の耳にミナトの声が届いた気がした……

 

準備を終えたナルトが、檻の前に両腕を広げて立つ。

 

「さあ、暴れるってばよ! 九喇嘛!!」

 

『ケッ……!!』

 

相変わらず、檻は閉じたまま。

しかし、

二人を阻むものは、もう何もなかった。

 

12年の時を、

いや、何十年もの時を経て、

世界最強のチャクラを宿した九尾の妖狐が……

 

――今一度、その力を世に顕現させる。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

霧のオレンジ 九喇嘛の人柱力

ナルトが目を閉じてから、暫く待っていたネジだが、動く気配がないのを察して……

 

「試験官、オレはコイツを殺すつもりでやる! 止めるなら好きにしてくれ」

 

(ゴホ、えー、私としては止めたいのですが、どうしますかね……)

 

ネジの発言にハヤテが思案していた時。

 

「……へ……誰が、誰を殺すって?」

 

ナルトが目を開ける。

それを見たネジが薄く笑みを浮かべ、

 

「ふん、どうした? 運命を変えるところを見せてくれるんじゃなかったのか?」

「ああ、見せてやる! 正真正銘、オレのとっておきをな!」

 

印を結びながら、ナルトがチャクラを捻り出そうとする。

 

「ハァアァアァアア」

 

(この試合、絶対に負けられねぇ!)

 

「無駄だ。お前の点穴はすでに閉じてある」

 

ただただ事実を告げるネジ。

が、

その声には耳を傾けず、ナルトは別の声に心を向けていた。

 

クシナとミナト。

二人の最期の言葉を――

 

「ナルト…これからつらい事…苦しい事も……いっぱいある……自分を…ちゃんと持って、そして夢を持って、そして夢を叶えようとする自信を持って……ごめん……ミナト……私ばっかり……」

 

「いいんだ……ナルト……父さんの言葉は……口うるさい母さんと……同じかな……」

 

ミナトとクシナ。

ナルトの両親は、ナルトが産まれた日に死んでしまった。

でも……

沢山の大切なものを遺してくれていた。

だからこそ、ナルトは想った。

 

(自分の父ちゃんをバカにするような生き方をしているコイツにだけは、死んでも負けられねェ!)

 

「ハァアアア!」

 

必死にチャクラを練るナルト。

だが、そのチャクラが表に現れる様子はなく……

そんなナルトに首を振り、憫笑しながら、それでもどこか目の奥に期待を宿し、ネジが尋ねた。

 

「一ついいか? どうしてお前はそこまで……自分の運命に抗おうとする?」

 

ナルトは、まっすぐな瞳に、ネジを映し……

――告げた。

 

「……オレが…四代目火影の火の意志を受け継ぐ――忍だからだ!!」

「!?」

 

想いを込め、枷を解き放つ。

 

「っあらぁあああ!! ハァアアアァアア!!」

 

途端。

地面が、

世界が揺れ動く。

ナルトの身体を中心に風が舞い、

その風が突風を巻き起こす……

少しずつ、少しずつ

だが、確実に明確になりながら、ナルトから朱い……

否。

今までは、ただ赤黒かったチャクラにナルトのチャクラが交ざり、オレンジ色とも言える朱のチャクラの奔流が溢れ出していた。

 

それを見たネジは、自身の常識では到底収まり切らない、得体の知れない相手に、息を呑み、辛うじて言葉を紡ぐ。

 

「ば、バカな! チャクラが漏れ出している……どういう事だ……お前、一体……」

 

この光景を上から見ていた忍達も、目を皿にして我が目を疑う。

上忍であるガイとカカシですら……

 

「そんな……バカな!」

「……ありえない……点穴を突かれているんだぞ……(まさか、九尾の封印が解けたのか!?)」

 

カカシはそう警戒しながら、再び額あてを上げ、写輪眼を露わにした。

 

反対側に立っていた我愛羅は腕を組み、

 

「…………!」

 

九喇嘛のチャクラに反応し、口を閉ざしながらも試合の行方を注視していた。

 

全ての者が唾を飲み込み、手すりにかじりつく勢いで、この光景を見守っていた……

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 

次第に朱いチャクラが九本の尾を形取り、周囲のコンクリートの床や壁を削りながら、ゆらゆらと揺れ……

意志が形となり、ナルトの後ろへと集まり始める。

一瞬。

刹那。

幻とも思える時間。

そんな一瞬の間、白眼を見開いていたネジは……

いや、ネジのように特殊な瞳など必要がないほど、濃密なチャクラの集まりが……その姿を顕現させる。

オレンジ色の体毛に、九本の尻尾をたなびかせ、ナルトの後ろに立つ大きな狐……

 

――九喇嘛の姿が全員の目に映った。

 

「「「「「!!??」」」」」

 

三代目火影は、記憶よりサイズは小さいものの、その見覚えのある姿に、腰を浮かせる。

 

(あれは九尾! まさかナルトの奴……いつの間に九尾のチャクラを!?)

 

会場にいた全ての者が声を失う。

脈動が常識を切り裂く。

亀裂が広がり……

オレンジのチャクラが、まるでナルトを守るかのように螺旋を描き、渦巻いていく……

九喇嘛がナルトの傷をみるみると治癒していく……

ありえない光景だった。

異常な光景であった。

だが、こんなもので終わりではない。

直後。

氾濫。

メラメラメラ。

燃え盛る火の如く。

轟々と烈火の如く。

ナルトの身体から、際限などないと言わんばかりに、淀みないチャクラの激流が噴出する。

今までのように目を朱く染まることも、縦に割けることもなく、ナルトはただ悠然と自然な形で九喇嘛の力をその身に纏っていた。

 

(すげぇ力だ……サスケの時より、ドトウの時よりも……感じる!)

 

指先から、足の爪先までチャクラが巡り、行き渡る。

力がどんどん漲ってくる。

自身の身体が、チャクラそのものになったかと錯覚を覚えるほどに……

 

『フン、当たり前だ。今までは感情の高ぶりで無理矢理引き出していたんだ……封印されている今はまだ、その程度のチャクラしか送れないが、同じチャクラでも自分の意思で操るのと、そうでないのとでは、天地の差がある……さて……』

 

謙遜もいいところであった。

その程度のチャクラで、すでに下忍、中忍はおろか、上忍すら、チャクラだけでいえば軽く凌駕しているのだから……

と――

準備が整ったのを見計らい、ナルトと九喇嘛が同時に。

 

『さあ、行くぞ! 九喇嘛!!』

『ケッ……! 日向の小僧に目にものを見せてやるか!』

 

一心同体のツーマンセルが動き出す。

ナルトは対戦相手に一言、

 

「行くぞ……ネジ!」

「……く……」

 

次の瞬間。

――オレンジの閃光

地面を爆ぜ、

加速。

 

「――ォォオラァ!!」

 

ナルトが叫んだ、

次の瞬間。

 

「ぐはっ!」

 

ネジは殴り飛ばされていた。

白眼で警戒していたネジだが、その洞察力を持ってしても、殆んど目に映らないスピード。

目で反応できないのだ……体などなおさらであった……

 

「どういう事だ……スピードの次元が今までと桁違いだぞ……殆んど見えなかった……」

 

殴られた顔を拭い、立ち上がるネジ。

そのネジに挑むかのように、あえて彼の得意な近接戦闘に踏み込むナルト。

それに気づいたネジが、

 

「オレをなめるなぁ!」

 

腰を低く落とし、彼の領域を展開する。

 

「柔拳法・八卦六十四掌」

 

指先をチャクラの針にして、技を撃つ。

 

「八卦二掌!」

 

一針、一針が忍の急所を突く、一撃。

だというのに、その攻撃は意味を成さない。

バシ! バシ!

点穴を突かれないようにと、指先に気を払いながら、ナルトが余裕を持ってネジの腕を捌き落としたから。

予想外の対処に驚くも、ネジは止まることなく、

 

「くっ、四掌」

「八掌!」

「十六掌! 三十二掌!」

 

バシ! バシ! バシ! バシ! バシ!

何回。

何十回。

目にも止まらぬ体術の応酬。

息もつかせぬ連撃。

豪雨が降り注ぐ。

が、届かない。

ネジの奥義を全て叩き落とし、無力化していくナルト。

それはまるで、ハクとヒナタの試合の再現であった。

スピード、技術、その全てが、一回りは確実に上回った闘いであったが……

 

「六十四掌!!」

 

凄まじい猛攻をかけるネジ。

篠突く雨が降り注ぐ。

その怒濤の攻撃を、

バシ! バシ! バシ! バシ! ガシッ!

途中でナルトがネジの腕を掴み、捕らえた。

 

「こ、こんな……バカな……く……!」

 

手を封じられ、足技をかけようとするネジ。

その動きを察知したナルトが、相手の足を踏みつけ。

そのまま体の上体を反らし……気合い一徹。

頭突きをかました。

 

「おらァ!」

「な!? 痛っ……」

 

カラン、カラン。

音を立て、霧と木の葉、二つの額あてが地面に転がる。

互いに、額あてをしていたところから血を流すナルトとネジ。

 

「…………」

「…………」

 

よろめきながら、無言で睨み合う二人。

数秒程、視線を交差させる。

このままではラチが明かない。

ネジはのけ反りながら後ろへ跳び、ホルスターからクナイを取り出した。

接近戦一本では分が悪いと、判断したのだ。

武具にチャクラを込め、狙いを定め、放つ。

 

「セ――イッ!」

 

迫り来る一本のクナイ。

軌道を見切り、同じくクナイで迎え撃とうとしたナルトだったが……

それよりも早く、

ビューン!! キンッ!

旋風。

轟音を発しながら、ナルトの意思とは関係なく、九喇嘛のチャクラが尻尾の形を形取り、クナイを弾き飛ばした。

ただのチャクラが物理的に攻撃を防ぎ、あまつさえ自らの意志で動く……

もはやチャクラという概念そのものをねじ曲げる事象を目の当たりに、思わず呻くネジ。

 

「なんて出鱈目なチャクラだ……具現化までするのか……」

 

二人の間に一瞬の間ができた。

その時に九喇嘛が、心の内でナルトに言う。

 

『ナルト……勝負に熱くなるのはいいが、ワシのチャクラはお前の身体にはまだ馴染めないはずだ……時間は無制限ではない……そろそろケリをつけろ。まあ、お前に無理ならワシが倒してやってもいいが?』

『ダメダメ! ネジは、アイツはオレが倒さなきゃ意味ないってばよ!』

『フン……ならさっさと殺れ!』

『言われなくてもそのつもりだ!』

 

ナルトは十字に印を結び、

 

「わりーな、ネジ。そろそろケリ……つけてやる! 多重影分身の術!!」

 

直後。

煙が会場全体を包み込み、その中から、

 

「「「さあ、行くぞォ!!」」」

 

地面だけには収まり切らず、観戦者の壁や天井にまで張りつくナルトの分身達が現れた。

その数、百は越える。

圧倒的である。

と――

白眼を使い、その全てのナルト達に警戒するネジに、

 

「「「たった今から、秘伝体術奥義!」」」

 

半分のナルトが、背負うように半分のナルトの襟を掴み、

 

「「「うずまきナルト! 分身体当たり!!」」」

 

一斉に投げた。

さながら人間砲弾である。

そのナルトの攻撃に対し、ネジは全身をコマのように円運動させて、

 

「回天!」

 

弾き返した。

ボン、ボンと音を立て、幾つかの分身が消える。

だが、

 

「数が多すぎる……回天だけでは防ぎ切れない……なら……」

 

防御だけでは無理だと察したネジが、腰を沈め、

次々と迫り来るナルトを自分の領域に捉える。

 

「柔拳法・八卦六十四掌!!」

 

ナルトの大群の動きを白眼で全て看破し、

 

「八卦二掌 四掌 八掌 十六掌 三十二掌!!」

 

ボン! ボン! ボン! ボン!

分身ナルトを一体、一体、確実に消していき、

 

「六十四掌!!」

 

ボン! ボン! ボン! ボン……

 

静寂。

戦闘音がぴたりと止まり、辺りが静まり返る。

ネジは攻めてきた分身ナルト達を全て、数秒間の間に撃退し、消滅させていた。

 

「すー、はぁー……」

 

息を整えるネジ。

が――

ナルトには、とっておきが残っていた。

風雲。

後ろから押し寄せる強烈な波動に、ネジが振り向く。

その顔には冷や汗が絶えることなく伝っていた……

分身が消えた事により発生した白い煙が、竜巻を巻き上げ、その小さな台風の中心に灯る朱い一等星が一つ。

疾風が煙を消し飛ばす。

はっきりとした視界に映ったのは、手を重ね合わせる二人のナルトの姿だった。

その重ね合わせた手の中心には、渦巻くチャクラの球が輝かんばかりの光を放っている。

雪の国でハクと作りあげた方法を参考に、ナルトが導き出した答え。

――螺旋丸を完全に会得した瞬間であった。

 

二人のナルトがネジをまっすぐ見据え、

 

「父ちゃんってのはな、口下手でも、背中で大事なもんを語ってんだ!」

「息子ってのはな、そんな父ちゃんの背中を見て、まっすぐ歩いて行くんだ!」

 

分身ナルトが本体の左手を手に取り、その体をブンブンと振り回し、

 

「自分の父ちゃんに、命を懸けてまで大切なもんを託されたお前が、いつまでも不幸そうな面して――生きてんじゃねェ!!」

 

有らん限りの力でネジに向かって投げ飛ばした。

その加速を受け、ナルトは乱回転する朱いチャクラの塊を右手に宿しながら、前方へと駆け出す。

疾走するオレンジの影を、

迫り来るナルトを見ながら、ネジは一瞬だけ遠い目をして……

 

――ネジ……お前は生きろ……お前は一族の誰よりも日向の才に愛された男だ……

 

自分の父親。

ヒザシのことを思い出していた……

 

(ナルト……お前の言う通りだ……この白眼を持ってしても未来なんて見えやしない……そんな事はじめからわかっていた……だというのにオレは……今まで…………ふ……これは……勝てないな……)

 

しかし、ただで負ける訳にはいかない。

 

自分は日向の才に愛された男なのだから。

 

ネジが、もはや後先のことを考えず、ありったけのチャクラを全身のチャクラ穴から放出し、自分の全てを懸けてナルトを迎え撃つ。

 

「うずまきナルトォォ!!」

「日向ネジィィ!!」

 

瞬間。

激突。

 

「回天!!」「螺旋丸!!」

「「ハァアァアア!!!!」」

 

轟音。

会場を吹き飛ばさんばかりの衝撃が発生する。

拮抗する二人。

意地と意地の衝突。

しかしその均衡は、すぐに終わりを迎える。

刹那の間であった。

ナルトとネジでは……

いや、ナルトと九喇嘛の二人に、今のネジでは到底勝てる見込みがなかった……

 

「ハァアアアア!!」

 

回天を突き破り、ナルトの手に託された螺旋丸がネジの懐に入り……入りそうになったところで……

 

「「そこまでだ!」」

「「!?」」

 

カカシがナルトの腕を掴み、ガイが対戦者の二人の間に立っていた。

その写輪眼に様々な感情を込めながら、カカシは、動きを止めたナルトの腕を放し、

 

「ナルト……もう十分だ……勝負はついた……」

 

そう、言った。

それを聞いたナルトは、

 

「……カカシ…先生……」

 

螺旋丸を消し、腕を引く。

その後、ガイが汗を大量に流しているネジに顔を向け、

 

「ネジ……お前の負けだ……」

 

短く、はっきりと言った。

チャクラを使い果たしたネジは地面に膝をつく。

そんな部下を労いながら、

 

(まさかネジが負けるとは……正直、予想だにしていなかった……何て子だ……)

 

悔しさやら、これからのネジの成長が楽しみになるやら、色々な感情を渦巻かせ、ガイがナルトに顔を向けた時。

そこにハヤテが近づいて来て、勝者を宣言した。

 

「第十回戦……勝者、うずまきナルト」

 

ナルトは落とした額あてを拾いあげた後、霧隠れ第一班にピースサインを向けて。

 

「やったー! 勝ったってばよ!」

 

そんな風に喜びの声を上げるナルトを、カカシは親友の形見である眼に映しながら、

 

(見えるか……オビト……コイツを見ているとオレは昔のお前を思い出すよ……ミナト先生に似ていると思っていたんだが、性格はクシナさんやお前そっくりだ……)

 

独り静かに、天を仰いだ。

 

まさかのナルトの勝利に、目を見開き、丸くさせる下忍達。

 

いの、シカマル、チョウジ。

 

「勝った……ナルトが……」

「オイオイ、マジかよ……つーか、どんだけ強くなってんだよアイツ……」

「ねえ、これ本選でナルトにあたったらどうなるの僕達……」

 

サクラ、サイ。

 

「しゃんなろー! いい感じ!」

「いや……彼、一応敵だよ……何で応援してるの?」

 

ヒナタ、シノ。

 

「ナルトくん……おめでとう……」

「……素晴らしい試合だった」

 

リー、テンテン。

 

「ネジが……負けた……」

「……ネジ」

 

三代目火影。

 

「まさか、己を失わずに、ここまで九尾の力を操れるとは……夢を見ているようじゃ……」

 

イルカは目から涙を流しながら、

 

「ナルトが……あのネジに勝つなんて……何て奴だ……ははは……おめでとう、ナルト……本当に……おめでとう」

 

周囲の称賛を受け、ステップするように階段を駆け上がるナルト。

その彼を迎えたのは……

 

「ナルトくん、おめでとうございます!」

「ナ、ナルトさん……う う う う、ぼ、僕、もう途中から涙で前が……」

「ま、ギリギリ及第点だな……」

 

ハク、長十郎、再不斬の三人であった。

その仲間にナルトは笑顔で、

 

「へへへ♪ 楽勝だったってばよ!」

 

と応えるが、それに担当上忍の再不斬は腕を組ながら、否定する。

 

「どこがだ! 途中、結構不味かっただろうが!」

「う……いや〜でも、最後は勝ったわけだし……」

「結果だけを見て、結論を語るなと修行の時にも教えただろうが! テメーは試験の後、反省会だな……」

「そ、そんな〜、何でオレだけ……」

 

落ち込むナルトを、ハクと長十郎は微笑みで祝福するのであった……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

木の葉の野獣 主役は遅れてくる者だ!

ナルトとネジの激闘の後。

十分ほど会場整備に時間を使い、再び試験が再開された。

次に電光掲示板に表示された二人は……

 

ガアラvsドス・キヌタ

 

「…………」

 

無言で歩き出す我愛羅。

うずうずと舌を舐め回しながら……

その顔を見たカンクロウとテマリは、恐怖に身体を強張らせる。

 

「さっきの闘いを見て、もう一人の我愛羅が完全に目覚めていやがる……ったく、今年の中忍試験は化け物だらけかよ」

「ヤ、ヤバい……こんな我愛羅は久し振りに見る」

 

我愛羅とドスが向き合う。

対戦者が揃ったことにより、ハヤテが告げた。

 

「では、第十一回戦……始めて下さい」

 

先手必勝とばかりに、ドスがスピーカーを出し、

 

「悪いけど、僕は試合を長引かせるつもりはない。遊ばずにさっさと……!?」

「クク……」

 

ズズズズズ!

試合開始と同時に、ドスの体が我愛羅の操る砂に捕まり、

 

「砂縛柩」

 

その砂はすぐにドスの体を覆い、宙へと持ち上げ、

 

「砂漠送葬!!」

 

その命を握り潰した。

瞬殺。

人間一人分の血の雨が床を汚し、場の空気を凍らせる。

ナルトとネジの試合とは別の意味で、会場にいた殆んどの忍達が言葉を飲み込んだ。

 

「えー、これは確める必要というより、確めることすらできませんね……」

 

ドスを殺した後、来た道をスタスタと歩き出す我愛羅の背中に、ハヤテが手をかざし、

 

「第十一回戦……勝者、我愛羅」

 

勝者宣言をした。

 

戻ってきた我愛羅にビビりながら、カンクロウとテマリが道を譲る。

会場の雰囲気は一気に冷え切っていた。

この二人を除いて……

全身緑タイツに身を包んだ師弟。

 

「リー、ついにお前の出番だぞ!」

「はい、ガイ先生! 僕は見事にトリを飾ってみせます!」

 

残る試合はあと一つ。

もはや電光掲示板は必要なかったのだが、それでも一応という形で、対戦者の名前が表示される。

 

ロック・リーvsヤクシ・カブト

 

「主役は遅れて登場する者です!」

(サスケくんか、霧の誰かと闘かってみたかったのだけど……さすがに狙いは外れたか)

 

最後の二人が、試合の場に下り立つ。

リーとカブトは互いに向かい合い、

 

「お互い、悔いの残らない試合にしましょう!」

「ああ、よろしくお願いするよ」

 

ハヤテが準備が整ったのを確認し、

 

「では、第十二回戦……始めて下さい」

 

試合開始を宣言した。

すぐさまリーが一直線に駆け出す。

下忍にしてはなかなかのスピードだ。

洗練された流れるような動きで、

 

「木の葉旋風!」

 

上段後ろ回し蹴りから、下段回し蹴りを連続で放つ。

その攻撃を拙いながらもカブトが後ろに跳んで避ける。

カブトは、ふぅと一息入れ、

 

「凄く速いね。避けるので精一杯だったよ」

「今のを避けますか……相手にとって不足なしです!」

「では、僕からも行くよ?」

「望むところです!」

 

そこからは互いに忍術を使わない、体術一本の応酬が始まった。

それを上から見ていたサクラが、

 

「あの速いリーさんと体術で互角にやり合うなんて……どっちも凄いけど、どうして二人とも忍術を使わないの?」

 

その疑問に近くにいたガイが答える。

 

「リーの場合は使わないんじゃない……使えないんだ」

「え?」

「リーには殆んど、忍術・幻術の才能がない……」

「う、ウソ!?」

「俺が初めて会った頃は全くのノーセンス。何の才能もなかった」

「そ、そんな……信じられない」

 

ガイから聞くリーの話に、サクラが驚きながらも試合は動き始める。

 

「ハッ!セイッ!」

 

リーがカブト目掛けて正拳突きを繰り出す。

それを見たカブトが、この試合で初めて印を結び、

 

「土遁・地動核」

 

突如、不意討ちの形でリーの立っていた地面が盛り上がり、体勢が崩される。

そこにカブトが接近し、

 

「隙だらけだよ!」

 

リーの腹に蹴りを入れた。

 

「ぐっ……」

 

地面を転がりながらリーは体勢を立て直し、そのままバク転の要領でくるくると回り、カブトから距離をあける。

少しずつ戦局がカブトの方に傾き始めた。

サクラは心配そうに手を握り締め、

 

「リーさんが押され始めてる……忍術が使えないんじゃ、このままだと……」

「ハハハ、そんな心配は必要ないさ」

 

ガイがサクラの不安を笑い飛ばし、

 

「確かに忍術も幻術も使えない忍者なんて、そうはいない……だが、だからこそ勝てる!」

「え?」

「ん?」

 

横で聞いていたサクラとカカシが疑問をかかげる中、ガイはナイスガイポーズで、声を大にして叫んだ。

 

「リー! 外せー!!」

 

その声に、戦っていた二人が動きを止める。

リーがガイに顔を向け、

 

「で、ですが、ガイ先生。それは、沢山の大切な人を守る時じゃないとダメだって……」

「構わーん!! オレが許す!!」

「……あは……ははは……」

 

ガイの言葉にリーは笑いながら腰を下ろし、足元の布を外す。

そこには「根性」とびっしり書かれた重りが着けられていた。

それは中忍試験が始まってから、いや、それよりもずっと前からリーが着けていた物であった。

その重りの留め具を外し、足から抜き取っていく……

様子を見ていた観戦者は、

 

「重りか?」

「何てベタな……」

 

と、口々に言い、リーとガイの修行を甘く見ていた。

忍の世界で重りを着けた修行は決して珍しいものではない。

しかし、

 

「よーし! これで楽に動けるぞー!!」

 

重りを両手に、元気よく立ち上がるリー。

そして、それを手放し……

放された重りは地面にぐんぐんと落下していき……

ドゴ! ドゴ! ズドーン!!

凄まじい音を立てて、コンクリートの床を粉砕した。

目を丸くする忍達。

どう考えてもやり過ぎ……というより、どうして今まで動けていたのか不思議でならない重りの重さであった。

呆然となる場の空気。

それを振り払うかのように、ガイが指を二本立て、リーに降り下ろし、

 

「行けー!! リー!!」

「オーッス!!」

 

次の瞬間。

リーの体が消えた。

と同時に。

 

「ハッ!」

 

カブトの後ろから正拳を繰り出していた。

その攻撃を何とか捌きながらカブトは、

 

「くっ、速い!」

 

今までわざとリーの速度に合わせていた動きをやめ、相手の評価を改める。

 

(本当に速い! まったく、僕は体術は苦手何ですがね……だけど嬉しい計算違いだ。少しは遊べそうかな)

 

不敵な笑みを浮かべるカブト。

二人の闘いは一気に加速する。

縦横無尽に駆け回りながら、下忍にしては破格の速度で拳や蹴りを放つリー。

それを動きはリーより少し遅いながらも、予測と経験則で補い、何とか防御するカブト。

先ほどまでカブトが優勢だった闘いは五分五分、いや、少しばかりリーの方に天秤が傾き始めていた。

周囲の者達が試合にどんどん目を奪われていく。

そんな雰囲気を感じ取りながら、リーの優勢にガイは腕を組み、自慢気に語る。

 

「忍術や幻術が使えない。だからこそ、体術のために時間を費やし、体術のために努力し、全てを体術だけに注いできた。たとえ他の術は出来ぬとも……アイツは誰にも負けない…体術のスペシャリストだ!」

 

びゅんびゅんと風切る音を立て、リーがカブトの周りを高速旋回し、そのまま勢いをつけて、

 

「ダイナミック・エントリー!!」

「ぐっ」

 

リーが放った飛び蹴りをカブトが両腕でガードした。

しかし、ガードをしてもなお、勢いを殺し切れず、カブトは吹き飛ばされる。

床に転がるカブトを見て、

 

「ふっ」

 

口元を緩ませ、リーが笑みを浮かべる。

それを上から見ていたカブトの担当上忍、大蛇丸は薄く笑みをもらし、

 

「ふふ、カブトの奴。今のは演技ではなく、本当にくらったわね……見せ物としては少し面白くなってきたじゃない」

 

余裕の表情で部下のピンチを楽しんでいた。

直後。

大蛇丸の対岸にいたガイが歯をキラリと輝かせ、激を飛ばす。

 

「青春は爆発だぁー!!」

「オ――ッス!!」

 

その激励にリーは目を燃やし、速度を上げる。

正面から突っ込むリーに、カブトが苛立ちを露に印を結び、

 

「調子に乗るな!」

 

術を繰り出そうとした。

だが、

直前で相手の姿を見失い、

 

「こっちですよ」

 

声のした方へ振り向くと同時に、

 

「がはっ!」

 

リーに殴り飛ばされた。

普段のカブトなら避けられない攻撃ではなかったが、頭に血を上らせた結果である。

リーが片手の甲を見せる構えで、

 

「手応えありです!」

 

しかし油断はしない。

手を抜くことは、自分にも対戦相手にも失礼というもの。

だから、勝負はここから。

と、意気込みを入れるリーに対し、起き上がったカブトが取った行動は……

信じられないものであった。

 

「あはは、まいった。ギブアップするよ」

 

少し汚れた服をパンパンと叩きながら、朗らかな顔でカブトが言った。

ハヤテが確認を取る。

 

「えー、薬師カブト。棄権で構いませんね?」

「はい」

「……わかりました」

 

ハヤテが頷き、リーに顔を向け、手を掲げた。

 

「第十二回戦……勝者、ロック・リー」

 

愛すべき部下の勝利宣言を聞き、ガイが拳を握り締める。

 

「よし!」

 

どこか釈然としないリーであったが、喜びの声を上げる師の顔を見た途端、そんなものは吹き飛んだ。

熱い涙を流しながら、リーは上を見上げ、

 

「ガイ先生! 僕は、僕はついにやりました!」

「さすがオレの教え子だ! よくやったぞ、リーよ!」

「ありがとうございます! ガイ先生!!」

 

青春を噛み締める二人であった。

 

 





***

これにて予選は終了です。
そして、次回からの投稿なのですが、取りあえずキリのいいところまで、二月の頭から一日一話のペースで上げていくことにしました。

そこからは、また期間が空いてしまう可能性が高いと思いますので、ご了承下さいm(ー ー)m


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

闇に蠢く蛇

中忍試験をかけた予選が全て終了。

これにより、くじ引きで決めたトーナメントの発表が、勝利者達に告げられた。

 

一回戦。長十郎vsサイ

二回戦。サスケvsハク

三回戦。ナルトvs我愛羅

四回戦。シカマルvsテマリ

五回戦。チョウジvsカンクロウ

六回戦。サクラvsリー

 

試験は公平を期すために、一月の準備期間の後、開始される。

これは各国の大名や著名人に、本選の伝達をする期間でもある。

 

そう説明しながら、三代目火影は予選を勝ち上がった者達を見る。

 

(木の葉6名、砂3名、霧3名。霧は全員残ったか……水影殿が自信を持って送り出して来る訳じゃわい……同盟国となれるのなら心強いのだがのぅ)

 

三代目火影は口からキセルを放し、

 

「では、皆、御苦労じゃった! 一月後まで解散じゃ!」

 

第三の試験、予選の終了を告げた。

 

 

場面は変わり、試験会場の裏。

薄暗い場所で、音の額あてをつけた二人の忍。

大蛇丸とカブトが顔を合わせていた。

 

「災難だったわね……カブト」

「いえ、予想以上に楽しい試合でした」

「ふふ……そう。でも、遊びの時間は終わりよ」

 

探るような目線で大蛇丸はカブトを見る。

それに一言、ええと頷き、尋ねた。

 

「今なら取れますか?」

 

火影の首を取れるか……と……

カブトの質問に大蛇丸は顔色一つ変えず、

 

「今さら、あんなジジイの首取って楽しいかわからないけどね……」

「これから各隠れ里は長く、激しく、ぶつかり合う……アナタはその引き金になるおつもりだ」

「…………」

「そして、彼、うちはサスケくんはその弾の一つ何でしょ?」

「ふふ……私を見た途端、彼は仲間の腕を引っ張って一目散に逃げ出そうとしたわ。生への執着があり、なおかつその瞳は力を求めている。サスケくんがウチに来るのは時間の問題よ」

「大蛇丸様に狙われたら僕でも逃げますよ……」

「あら、言うじゃない……で、もう一つ調べて貰っていた事があったじゃない。そちらはどうなったの?」

 

大蛇丸がカブトに調べさせた事。

一つはサスケの事であり、もう一つは木の葉が霧と同盟を結ぶかも知れないという噂が本当なのかという事であった。

カブトは眼鏡をクイっと上げ、

 

「ええ。ナルトくん達にかまをかけて見たところ、どうやら本当の話のようです」

「なるほどね……なら、なおさら木の葉を早く潰してあげなくっちゃ……」

「さすがのアナタでも、影を三人も相手にするのは無謀ですからね」

「ふふ……それはそれで面白そうだけど……そういえば、さっきの試合でも、霧の三人はなかなか良い動きをしていたわね」

「ですね。僕も遊んでみたかったのですが……何やら雪の国を救ったのは彼ららしく……」

 

殆んど聞いたことがない国の名に、大蛇丸は首を傾げ、

 

「雪の国?」

「ええ……調べてみたところ、以前まで殆んど閉鎖的だった国らしく、最近、君主が変わり、国自体が大きく変わり始めたようです。何やらその変わるきっかけになった任務を再不斬率いる霧の小隊が請け負い、その活躍も映画になって、絶賛上映中だとか……」

 

カブトの説明を聞いた大蛇丸は目をギラリとさせ、

 

「へぇ……面白そうじゃない。少し気になってきたわ」

「では、今からご覧になられますか?」

「良い案ね。木の葉で最後の思い出作りと行きましょうか……さあ、行くわよカブト。虹の向こうへ」

 

芝居掛かった口調で背を向け歩き出す大蛇丸。

その後ろ姿を見ながら、

 

(大蛇丸様……すでに一度見られたのでは?)

 

カブトは心の中で呟いた。

 

 

その数時間後。

木の葉側から与えられた、霧隠れ第一班専用の宿で……

 

「よーし! テメーら、今日は好きなだけ食え、飲め、騒げ!」

 

再不斬が部下の勝利を祝っていた。

ハクはそれをたしなめるように、

 

「再不斬さん、もう少しお静かに。宿には他のお客様もいらっしゃるのですから……」

「何言ってやがるハク! オレ様はテメーらの勝利を祝ってやってるんだ。お前達も喜びやがれ! オレの部下が勝つたびに木の葉の連中が悔しそうな顔を見せてくれて……クク……まったくいい気分だぜ。今夜は旨い酒が飲めそうだ!」

 

もう大喜びである。

そして、ここにもう一人。

 

「よっしゃー! ずっとインスタントラーメンばっかだったからな〜。オレってば一杯食べちゃうもんねぇ」

 

ナルトも再不斬には負けるが、大喜びである。

だが、そんな時。

ハクが重大な事実に気づく。

 

「あ……試験が始まってから、ずっと留守にしていたので食料がありません……」

「「なに〜!」」

「再不斬さんが飲むお酒もありませんので買い出しに行かなくては……ナルトくん、長十郎さん、お願いできますか?」

 

ハクの頼みに、ナルトと長十郎がそれぞれ頷く。

 

「了解……けど、オレってば、野菜とか売ってるところにはあんま行きたくねーから、再不斬の酒を買ってくる」

「なら、僕は食料の買い出しに行ってきます」

 

そう言って、二人は買い出しに出かけて行った。

 

意気揚々と外に出かけたナルト。

今だに嫌な目線もあり、行きたくない場所も多いが、それでも昔よりは気持ちを沈めることなく、木の葉の里を歩いていた。

それが木の葉の住人達が少しは態度を改善してくれたお陰か。

はたまたナルトに仲間ができたことにより、心に余裕ができたお陰かはわからないが……

 

ナルトは、ふと足を止める。

本屋が目に映った。

昔、お色気の術の修行に使っていた場所である。

で、

今そこには、腰に大きな巻物を携えた白髪のおっさんが……

 

「ぐふふ……ええのォー、ええのォー! 女湯と違って取材にはならんが、これはこれで……」

 

だらしない顔でエロ本を読み漁っていた。

それだけなら、よくある風景? である。

しかし、その後ろ姿を見たナルトは、幻術を使ってミナトに見せて貰った…自分が産まれる日の前の光景を思い出していた。

自分の名前が決まった日のことを。

そして……思わず口から言葉を溢す。

 

「もしかして、お前ってば……自来也先生!」

 

ナルトの声に、振り向く自来也。

 

「ん? 誰だ、お前? ワシを先生だと?」

 

エロ本を片手にナルトに近づいてきた。

正面から相手を見て、やっぱりだ! と、ナルトは確信し、

 

「オレってば、うずまきナルト!」

「いや、いきなり自己紹介されてものォ……だがしかし、名乗り上げられたからにゃ、返してやらねばワシの名がすたる!」

 

言うや否や、自来也はすかさず印を結び、

地面に手を置き。

ボーン!

煙とともに現れた…忠のネックレスをした大きなガマに乗り、カカッと見得を切る。

 

「あいや、しばらく!! よく聞いた! 妙木山 蝦蟇の精霊仙素道人。通称・ガマせ……」

 

が、その途中で……本屋の店員が元気よく、

 

「お客さん、持って行くなら本の代金払って行ってくれよ〜」

「………………」

 

見得切りを邪魔された自来也が、なんとも言えない表情で大人しく金を払った後……

 

二人は、今度は誰にも邪魔されないようにと、人気のない川まで移動するのであった……

 

暫く歩いて。

自然に囲まれた川へと辿り着いた。

ゴホンっ! 咳払いを一つ。

自来也はナルトに目線を向け、口を開く。

 

「で、お前、何故ワシを知っとる?」

「えー、まだ気づかねぇのか? オレってば、父ちゃ…四代目火影の息子だってばよ!」

「!? やはりそういうことか……」

「ん?」

「どうやら何もかもバレとるらしいのォ。ナルト、その辺の話をちーと詳しく教えちゃくれんかのぅ?」

「いいってば……『待てナルト!』」

 

自分の名付け親と会えたことで喜んでいたナルト……に、九喇嘛がストップをかけた。

ナルトは九喇嘛に意識を向け、

 

『どうした九喇嘛?』

『そいつは確かにお前の名付け親の一人だ。だが、木の葉の忍。迂闊に信用するな』

『えぇー、でも、オレの父ちゃんの先生だぞ?』

『そんな事はわかってる。だが、せめてお前の味方かどうかぐらい確めてから、情報を話せ。あと、ワシのことは極力話すな』

『何でだってばよ?』

『ワシはお前は信用したが、他の人間どもは今だに好かん! 名前を教えるなど言語道断だ!』

『お前ってば、難しい性格してんだな……』

『フン、ほっとけ』

 

ナルトは再び意識を自来也に向けて、少し言葉に迷いながら、

 

「えーと、自来也先生はオレが里を抜けたこと、どう思ってるのかなーとか、なんとか……」

「ん? いや、正直言って、お前の姿を大スクリーンで見せられた時は、危うく吹き出しそうになったが……」

「えっ! 自来也先生も風雲姫の姉ちゃんの映画見たのか?」

「見たも何も、ワシとあの姫さんは仕事仲間だからのォ」

「え……えぇ〜!!」

 

知られざる事実にナルトが叫ぶ。

自来也はそんなナルトを笑いながら、

 

「元々、次はワシの書いた小説を映画にする話が出とったのに、お前さん達が横からワシの映画デビューをかっさらって行ったんだがのォ」

「し、知らなかった……」

 

風雲姫完結編を映画館で見た時の自来也の衝撃は凄まじいものであった。

ナルトが出ていたのはもちろんのこと、何よりその少年がかつての教え子、ミナトとそっくりだったからだ……

見た目だけの話ではない。

クナイの持ち方、足の運び方、印を結ぶ時の細かい仕草……

一つ一つがミナトの面影を宿していたのだ。

……まるで、本当に見て、その影響を受けたかのような動きであった。

些細なものなので、それに気づいた者は自来也とカカシぐらいであったのだが……

だからこそ、わざとナルトの前に姿を現したのだ。

もしかしたら、自分のことも知っているのではと……

 

「ナルト……ワシは確かに所属こそ木の葉の忍だが、見ての通り、今はあっちこっち旅をしとる身。お前をどうこうするつもりはねーから、ミナトの話を聞かせちゃもらえんかのォ……」

 

その言葉をきっかけに、ナルトは今まであった出来事を話し始めるのであった……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自来也先生と鈴取り合戦?

川を渡るそよ風が、滴る髪を揺らす。

夕日が差しかかり始めた頃。

木に囲まれた小川の上。心地よいせせらぎの音だけが耳に届き、まるで人気を感じられない大自然の中。二人の男が相対していた。

「……くっそー」

川の中に身を沈め、そこから這い上がるように声を絞り出したのは、金髪碧眼の少年だった。水を滴らせながらも立ち上がった少年の名はうずまきナルト。

ナルトは激闘の疲れで今にも倒れそうな体にチャクラを巡らし、何とか水面上に立ち上がる。

「まだ、時間は残ってるってばよ……」

その声を内側から聞いていたナルトの相棒にして、友の九喇嘛が言葉を続ける。

『ナルト! 根性見せやがれ! てめーはこの程度で挫けるようなタマじゃねーだろ!』

『へへ……わかってんじゃねーか、九喇嘛』

友の激励にナルトは笑って応える。このツーマンセルは最後の最後まで希望を捨てない。

空元気でもあったのだろうが、その顔にはまだ笑みが消えていなかった。

二人は眼前の敵を見据える。

「諦めるがいい…観念するがいい。うずまきナルト」

その上から目線で、ナルト達に勝ち誇った声を発した主の名は伝説の三忍。自来也。

多彩な忍術を扱い、一時間もの激闘を繰り広げた後だというのに、その着物に身を纏った身体には汚れ一つついていなかった。

「自来也…先生……」

「諦めろ…お前ではワシから鈴は取れんのォ」

前方から、繰り返すようにナルト達の敗北を宣言する声が――少年の耳に響き渡る。

だが、ナルトの碧眼には一部の翳りもなかった。そのまっすぐな瞳で自来也を見返す。

「オレは諦めねェ!」

ナルトが決意の言葉と同時に印を結び、ボロボロに傷ついた身体からチャクラを捻り出そうとする。

「この命ある限り、その全てを力に変え、必ず道を切り開いてみせる!」

次の瞬間。ナルトの全身からオレンジ色のチャクラが溢れ出した。

本来、チャクラとはただのエネルギーの塊だ。

しかし、ナルトの発するチャクラの奔流は、川の水を弾き、空気を震撼させ、ありえないことに――その形を具現化までさせていた。

『行け! ナルトォ!』

九喇嘛が文字通り、ナルトの腹の底から激励を飛ばす。それにナルトは一言、『ああ』と応え、風を切り、その身を駆け出した。

前方へ、一般人では見ることすら困難な速度で走り出しながら、ナルトは手を前に突き出し、十字の印を結ぶ。それは彼のもっとも得意な忍術であった。

「影分身の術!」

ボン! チャクラのうねりとともに、二人の分身ナルトが左右の後方に突如現れた。

本体のナルトはそのまま両手の掌を後ろに突き出す。分身ナルトもそれに応えるように、掌を重ね合わせ、ナルトの手にチャクラを注ぎ込んでゆく。

ギュイ――ン! と、回転音が響き渡る。

次第にそのチャクラの流れが乱回転を始め、急速に形を成していく。それはさながら小さな台風であり、ナルトの両手にはいつの間にか二つの球体が載せられていた。

「笑止!」

だが、自来也は迫り来るナルトを鼻で笑い、掌を掲げ、そこにチャクラを集約させていく。次第にチャクラが圧縮され、その右手にはナルトとまったく同じ球体が出来上がっていた。

その光景にナルトは一瞬、目を見開く。

しかし、それでも足を止めることはしない。水を蹴り、雄叫びを上げながら、自来也に突っ込む。

自身の奥義とともに、左手を突き出した。

「くらえー! 螺旋丸!!」

「何のォー! 螺旋丸!!」

同じ技。まったく同じ忍術がぶつかり合う。その衝突は、短い時間とはいえ、川の水を吹き飛ばすほどであった。

「「ハァアァアアア!!」」

お互い一歩も譲らない。両者ともに引けば負けるとわかっていたからだ。五分五分の接戦。

しかし、ナルトの片手にはもう一つの螺旋丸が託されていた。これをぶつければ勝てる。ナルトは踏み出せないはずの一歩を無理矢理進ませた。

「決めてやる! 螺旋連丸!!」

二つ目の螺旋丸を放つ。自来也の片手は塞がっており、印も結べない。ナルトは頬を緩ませ、自身の勝利を確信した。

だが、相手は忍の世界で伝説とうたわれる自来也。この程度の動き予想済みであった。

「甘いのォ、ナルト! 螺旋連丸!!」

「なっ! 自来也先生、左手も片手で作れるのか!?」

驚きで顔を歪ませるナルト。しかし、こうなってはもう後には引けない。

「「ハァアァアアアアア!!」」

四つの螺旋丸が激突する。ナルトと自来也は互いの意地を懸け、最後まで一歩も引かなかった……

そして、遂に闘いは終わりを迎える。

螺旋丸の衝突は轟音を立て、消える瞬間に暴風を周囲へと撒き散らした。耳を劈く突風が二人の体を弾き飛ばす。

両者の体は後方へ吹き飛び、水柱を上げながら、川の底へと沈んでいった――

 

 

この光景を。

真剣な表情で、

真剣な顔で、

真剣に迫真の演技で、

高等忍術をぶつけ合う二人の姿を、

遠くから見ていた再不斬は一言。

 

「何やってんだ、あのバカ……」

 

 

時は少し遡り。

 

ナルトが今までの出来事を自来也に話し終えた後。

 

(まさかここまで大きな話を聞かされるとはのォ……

ナルトの里抜け話を気軽に聞いたんだが、まさか12年前の事件が、人為的に引き起こされたものだったとは……

怪しいとは睨んどったんだが……ミナトがナルトに九尾を封印したのも、来るべき戦いのためか。

これはワシも色々と覚悟を決めんとのォ……)

 

そんな風に思考の海に沈んでいた自来也に、ナルトが言う。

 

「自来也先生、オレにも父ちゃんみたいに修行つけてくれよ! さっきのカエルとか、オレも口寄せしたいってばよ!」

「ん? お前、口寄せはまだ覚えとらんのか?」

「うーん、物を喚ぶ奴は少しだけ練習したけど、あんな風に、どーんって出る奴はまだだってばよ」

「ほう、そうかそうか」

 

ナルトの答えに自来也は頬を緩ませる。

 

その会話を聞いていた九喇嘛は、ナルトが自分以外の者から手助けをしてもらうのが気にいらず、少し拗ねていた。

だが、八卦封印のこともあり、後々のことを考えて口を挟まないことにした。

 

ナルトは続けて、

 

「本当は飛雷神の術を練習しようと思ってたんだけど、口寄せも覚えたいんだ。オレってば!」

「ほぉー、飛雷神は修行中だったわけか……ふむ、いいだろう」

「え!? 教えてくれるのか?」

 

自来也の返答に顔を輝かせるナルト。

だが、自来也はそこに手をかざし、

 

「待て、待て。口寄せをお前に教えるのはワシも吝かではない……しかし、タダでは教えられんのォ……」

「じゃあ、どうすれば教えてくれるんだ?」

「それはのォ……」

 

懐から自来也は一つの鈴取り出し、

 

「これだ!」

「鈴?」

「そうだ。今からワシと鈴取り演習をしてもらう。もし、ワシから鈴を奪い取れれば、口寄せでも何でも教えてやる」

「ほ、本当!」

「ああ、ワシはウソは吐かん」

「そんなの楽勝だってばよ!」

「ふふ……それは頼もしいのォ……時刻は夕日が落ちるまで。今から約一時間ってところかのォ」

「よっしゃー! やってやるってばよ!」

 

そして、時は現在に戻る。

川で濡らした髪を振り回しながら、

 

「くっそー! 全然鈴取れねーってばよ……」

「確かに中々やるが、その程度では一生かかってもワシから鈴は取れんぞ、ナルト」

 

悔しがるナルトに、自来也は余裕綽々の態度を見せる。

時は刻一刻と進み、残された時間も残り少ない。

どうすれば鈴を取れるか……とナルトが思考していた時。

ふと一つの考えが頭に浮かんだ。

元イタズラ小僧の発想。

ナルトはニヤニヤと笑みを浮かべ、

 

「多重影分身の術!」

 

20人の分身ナルトが自来也を囲む。

 

「ここに来ても、なおこれだけのチャクラを捻り出すのか……もう少し闘い方を覚えれば化けるのに……もったいないのォ」

「「「変化」」」

 

自来也の言葉を聞き流し、分身ナルト達が変化の印を結ぶ。

なぜ変化? と、首を捻る自来也の周囲に現れたのは……

 

「「「自来也先生〜」」」

 

金髪の美少女に変化したナルト達だった。

 

「オォ――! 何だこの素晴らしい術!! ここは天国かのォ!! 大ガマ仙人よ! ワシの取るべき選択はハーレムだったのか!!」

 

自来也は鼻血を流し、手をわきわきさせ、隙だらけになる。

もの凄く隙だらけになる。

あまりの効果覿面にナルトは心の中で、コイツ…アホだ…と微妙な気分に包まれながら、

 

「先生……私、その腰につけている鈴が欲しいなぁ……」

「うん、うん、あげちゃう、あげちゃう!」

 

チリーン♪

あっさり取れてしまった。

ボン! ボン! ボン!

ナルトは分身達を消し、右手に鈴をチリーンと鳴らして、何とも言えない表情で言った。

 

「え……と、取れました……」

 

自来也は鼻をティッシュで詰めながら、両手の親指をグッと突き出し、

 

「お前、天才だのォ!!」

 

絶賛、ナルトを褒めちぎる。

そんな自来也にナルトは苦笑いを浮かべて、

 

「あははは……えーと、一応鈴取れたし、これで口寄せ教えてくれるのか?」

「まぁ、約束だからのォ……だが、その前に」

 

と、自来也は木の陰に顔を向け、

 

「早く出てこい。ずっと見ていたのはわかっておる」

「ふん……さすがは三忍の一人。自来也ってところか……」

 

様子を観察していた再不斬が姿を現した。

それを見て、ナルトは驚きの声を上げる。

 

「再不斬! 何でここに?」

「お前、自分がなぜ外に出かけたのか忘れたのか?」

「あ……」

「買い出しほっぽり出した上に、こんなところで水遊びとは、いいご身分だなァ」

「わ、わりー……酒買うの忘れてた……」

 

完全に忘れていたため、素直に謝るナルト。

そこへ、自来也が再不斬に問いかける。

 

「ほおー、宴会でもするのか?」

「……今日、コイツの本選出場が決まったからな」

「やるのー、ナルト。まぁ、この実力なら当然の結果か……ふむ……再不斬よ」

「あ? 何だ?」

「その宴会、ワシも参加してもいいかのォ?」

「はあ?」

 

驚きの声を上げる再不斬に、自来也はくいっと酒を煽る仕草で、

 

「なに、ナルトの件もあるし、色々聞いておきたいこともあるからのォ。酒の席でなら話し易いと思ったんだが?」

「……いいだろう。ただし、酒の代金は全てそちら持ちだ」

「……意外と顔に似合わず、ちゃっかりしとるのォ……」

 

こうして、自来也を霧隠れ第一班の宿に招き入れることになった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛雷神 伝承開始

霧と木の葉。

現在この二つの里は、かなり微妙な立ち位置となっている。

そんな里の忍が二人、顔を会わせればどうなるか……

 

「「がはははははは!」」

 

霧隠れ第一班の宿。

再不斬と自来也は酒を酌み交わしていた。

 

「意外と話がわかるじゃねーか、さすが伝説の忍という訳か!」

「そちらこそ、忍刀七人衆と言やぁ、血生臭いウワサばかり聞いとったが、話せば案外人間味のある奴じゃねーの」

「「……………」」

「「がはははははは!」」

 

完全にできあがっていた……

ここは宿。

他の客もいて、迷惑この上ない二人。

その上、さらに注文の声を上げる。

 

「ハク〜、酒追加しろ〜!」

「ワシはさっきの鶏のからあげを追加して欲しいのォ……」

 

それに台所にいたハクは、

 

「お酒と鶏のからあげですね。少しお待ち下さい」

 

と、丁寧に対応する。

部屋は食べ物で溢れ返り、アルコール独特のつーんとした臭いが充満していた。

ナルトと長十郎は、この惨状を見て、

 

「オレってば、大人になっても酒は飲まねーって、今決めた……」

「僕も同じくです……」

 

大人は子供に戻り、子供は大人になる。

夜中までこのどんちゃん騒ぎは続いたのであった……

 

 

そして、次の日の朝。

 

「じゃあの、ナルトは暫くワシが預かる。本選の前日には、ここに連れてくるからのォ」

 

自来也が再不斬達に挨拶をする。

昨日のうちに、一月だけナルトの修行を自来也が見るということで話がまとまっていた。

本来、他里の忍に人柱力を預けるなど前代未聞の話だったのだが、自来也はミナトの師匠。

さらに、ナルト自身の強い希望もあって、期間限定ではあるが、いくつかの条件付きで自来也に預けることとなった。

再不斬、ハク、長十郎の三人は玄関の前に立ち、それぞれナルトを送り出す。

 

「伝説の三忍に鍛えてもらえるのは、お前にとっても貴重な経験になるはずだ……行ってこい!」

「いってらっしゃい、ナルトくん」

「本選、楽しみにしています」

 

それにナルトと自来也の二人は、

 

「行ってくるってばよ!」

「よぉーしぃ、出ぱーつ!」

 

元気よく歩き出した。

 

 

数分後。

木の葉のはずれにある自然に囲まれた川。

そこで、自来也はぴたりと足を止めた。

突然歩みを止めた背中に、ん? と、首を傾げるナルト。

小首を傾げるナルトに、自来也は振り向き、

 

「では、とりあえず……ナルト」

 

言うや否や、印を結び、術を発動する。

 

「口寄せの術!」

 

ボーンと煙とともに、昨日と同じガマが現れた。

そのガマが舌から巻物をべろーとナルトに差し出し……

 

「ん? 自来也先生?」

「それはワシが代々引き継ぐ、ガマ達の口寄せ契約書だ」

「おお〜! 待ってました!」

「そこに自分の血で名前を書き、最後に片手の指、全ての指紋を血で押せ!」

 

ミナトの名前が記されてある横に、ナルトは自分の名前を書き加えた。

 

「よし! これでいいんだな!」

「印は亥 戌 酉 申 未だ……試しにやってみろ! ガマの口寄せはチャクラを膨大に使うからのォ……さて、何が出るかな?」

 

自来也の説明を聞き、ナルトは心の中で九喇嘛に呼びかける。

 

『たすけて〜 九喇嘛〜』

『ケッ! そんな蛙が役に立つのか、ナルト』

『いやー、大きい奴をドーンって、かっこいいじゃねーか! それともお前がドーンって出てきてくれるのか?』

『……ワシが出れば、お前が死ぬぞ?』

『無理、無理、こんな冗談で死ねるか!』

『……ま、蛙でもいないよりはマシか』

 

会話の後、ナルトの身体がオレンジ色のチャクラに包まれる。

それを見た自来也は、にわかに信じがたい光景に目を細めた。

 

(やはりか……昨日、ナルト本人は誤魔化そうとしておったが、こいつ九尾のチャクラをコントロールしとる……ミナトの選択は正しかったという訳か……)

 

「亥 戌 酉 申 未……口寄せの術!!」

 

ド――ン!!

 

一際大きな煙と一緒に現れたのは……

50メートルはあるだろうか?

ドスを腰に差した、とてつもなく大きな赤いガマであった。

そのガマの上で、ナルトはぴょんぴょんと跳ね、喜びの声を上げる。

 

「よっしゃああ!! 口寄せの術、成功! ん? お前ってば、たしか……ガマブンタ?」

 

ガマブン太は自身の頭の上から降ってきた声をギロリと一瞥し、

 

「あ? 誰じゃワリャ! ワシの頭の上で何騒いどんじゃボケ!!……オイ! 自来也、コイツ誰じゃ」

 

視線を自来也の方へと移す。

それに自来也は困り顔で応えた。

 

「……いやぁ〜のォ……さすがのワシも、いきなりお前が出てくるとは思ってもみんかったのォ……ガマブン太」

「なんなら? お前が喚んだんじゃないんかい?」

 

自来也に向かって話かけていたガマブン太の頭を、ナルトがバシバシと叩いて、

 

「ガマブン太を口寄せしたのは、オレだってばよ!」

「あ? オメーが?……ガハハハ、お前みたいなちんちくりんに、ワシが口寄せできるはずがなかろーが!」

 

自身を笑い飛ばすガマブン太の頭上で、ナルトは地団駄を踏み、ビシッとポーズを決める。

 

「誰がちんちくりんだ! オレってば、いずれ父ちゃんを越えるスーパー忍者! 名をうずまきナルトという……覚えとけ!」

 

そんなナルトの自己紹介に、ガマブン太はハッとした表情で、

 

「……! そうか……わりゃ、お前がナルトか……なるほどのォ…確かに四代目の面影があるのぅ……」

「あれ? もしかしてオレのこと知ってんのか?」

 

ガマブン太はナルトの疑問には答えず、もう一度自来也の方を向き、

 

「自来也ァ、ワシは先に戻っとるで! 頭に逆口寄せを頼めばええんじゃな」

「ああ、すまんのブン太」

「じゃーのォ、ナルト。ワシは先に帰っとるでェ」

 

ボン!!

 

言うや否や、ガマブン太は返事を聞く前に、元いた場所へと帰っていった。

ナルトは一人、ぽつーんとしており……

 

「あ、あれ? 消えたってばよ……」

「まさかブン太を喚ぶとはのォ。こりゃ一月あれば、本気で化けるやも知れんのォ……」

「じ、自来也先生?」

 

戸惑っているナルトに自来也は顎を擦り、うむと頷いて、

 

「これにて口寄せの契約は完了! 次のステップに移るぞ!」

「えっ!? まだ一回しか口寄せしてねーってばよ」

「その一回でブン太を喚んだのは誰だ? あとは実際にガマ達に会えば、おのずと口寄せは上達する……ナルト、お前にはもう一つ覚えねばならん術があったはずだがのォ」

「……それってば、もしかして」

 

ナルトの期待した眼差しに、自来也は見得切りのポーズを踏み、

 

「これより、“飛雷神の術”会得に向けた修行を始める!!」

「え……えー!? 自来也先生、飛雷神使えるのか?」

「無理だ! ワシには術式がない。だがしかし、できるのと教えるのとでは、まるで意味が違う。ミナトがいない今、あやつの師匠だったワシが、飛雷神を教えるのには一番適しておるのは間違いない……それともワシに教わるのは嫌か?」

「そ、そんなことないってばよ!」

 

そのナルトの返事に、自来也が頷いたところで……

突如。

 

ボン! ボン!

 

ナルトと自来也。

二人の姿は川辺から……

蝦蟇たちの暮らす秘境――

“妙木山”へと一瞬で移動し、煙とともに、その場から姿を消したのであった……

 

気づけば辺り一面緑だらけの、何やらメルヘンチックな場所へと体を飛ばされていて……

急に場所が変わり、戸惑うナルト。

 

「え!? いきなり変な場所に! どこだってばよ、ここ?」

 

妙木山。

そこは木の葉から普通に歩けば一月はかかり、さらには迷いの山とも言われ、秘密のルートを知らなければ、絶対に辿り着けない秘境。

ガマ達の楽園。

 

そんな場所へ、ナルトを誘ったのは……

 

「自来也ちゃん、この子がナルトちゃんで間違いないかいの?」

 

普通の蛙サイズ並のじいちゃんガマ。

フカサクであった。

自来也は、その蛙に一礼して、

 

「また世話になります、頭。ほれ、ナルト、お前も挨拶せんか」

「お、オッス! オレってば、うずまきナルト! えーと、じいちゃん蛙?」

「バッカもーん! この方はワシより偉い御方……二大仙蝦蟇のお一人、フカサク様だ! フカサク様か、頭と呼ばんか……」

 

が、途中でフカサクが遮り、

 

「ええんじゃ、自来也ちゃん」

 

と言って、ナルトを見る。

 

「ナルトちゃん、ワシのことは好きに呼んだらええ。そんで一月間、この妙木山で修行する話も…昨日、自来也ちゃんから聞いちょるけん、自由にしたらええけんの」

 

フカサクはナルトに拳を突き出し、

 

「自来也ちゃんが忙しい時は、ワシらガマ達が修行の相手をしちゃるけん……肩肘張らず、リラックスしんさい」

「オッス!(こんな小さいじいちゃん蛙に修行?)」

 

ナルトは心の中でそっと呟いた。

すると、それを察したのか横にいた自来也がこっそりと、

 

「ナルト、ここにいるガマ達は基本的に皆、お前より強い奴ばかりだのォ……」

「えっ?」

「ちなみに今目の前におられる頭は、ワシより凄いぞ。ワシも昔からボコボコにされて来たから……覚悟しとけよのォ……」

「…………」

 

衝撃の事実にナルトの頭がついていけていない中。

用が済んだとばかりに、フカサクはペタペタとその場を去っていった……

その後。

さっそく本題に入るべく、自来也がナルトの方を向き、

 

「ナルト。お前、瞬身の術と飛雷神の術。この二つの違いはわかっておるのか?」

 

自来也はまず、瞬身と飛雷神がまったく違う術であるということをナルトに教えるところからスタートする。

 

「えっ?……うーん、瞬身より速いのが飛雷神じゃねーの?」

「まあ……間違いではないが、ちと違うのォ……いいか……」

 

と言って、自来也は懐から、昨日買ったエロ本を取り出した。

 

「お前、エロ本を読んだりはしたことあるのか?」

「え? あるってばよ、お色気の術の修行に……」

「ほう! ええのー。お前さん、ミナトより優秀だのォ」

「え! 本当!?」

「ミナトはこういう話になると、すぐに『失礼します』と言いおってのォ……」

「……あの……それ、自分で言うのも悲しいんだけど、父ちゃんの方が人としては正しいんじゃ……」

「わかっとらんのぅ、ナルト。男という生き物はこういうのを見て、大人の階段を……話がズレとるのォ……」

 

自来也はそこで一度言葉を区切り、エロ本片手に話を戻す。

 

「いいか、ナルト……例えば、この10ページの女がお前のタイプだとしよう」

「おお〜!」

「で、瞬身の方は最初のページからパラパラとめくって、10ページでストップする」

 

実際に自来也がパラパラめくるのを見て、ナルトは頷く。

 

「これが瞬身……そして次は予め10ページに折り目をつけておく……」

 

ページに折り目をつけてから、自来也は一度本を閉じて。

バッと開いた。

目的のページがスムーズに現れる。

 

「そうすると前のページをめくる必要なく、目的のページを開けることができる。これが飛雷神の術だ!」

「なるほど〜」

「行き着くさきは同じ。が、しかし。そこへの辿り着き方、そしてスピードがまーったく違う! 忍の世界では1秒でさえ生死を分ける時がある。それを何秒、下手すれば何時間と省略できるのが飛雷神だ……少しは理解できたかのォ?」

「オッス!」

 

一見ふざけているように見えるかも知れない。

しかし、わりと根拠に則った説明であった。

瞬身の術は、もの凄く速く移動する術。

そして、飛雷神の術はマーキングの術式を施してある場所 (今回で言えば、マーキングは本の折り目)に、自身や物を時空間忍術で飛ばす術。

速く移動するという共通点から、同じ術だと誤認され易いが、本来はまったく違う忍術。

それを自来也はナルトに説明したのだ。

 

「これで理解されるのは、何か微妙に複雑だのォ……さて、次は飛雷神をマスターするのに必要な物の説明に入る」

 

ナルトは腕を組み、うんうんと頷く。

取りあえず頷いておく……みたいな顔で。

自来也はそれを見て、やっぱり理解しとらんのォ……と思いながら、次の説明に移った。

一本目の指を立て、

 

「飛雷神の会得には三つの物が必要になる。一つ目が時空間忍術の知識」

「時空間忍術……たしか、父ちゃんに聞いたような……」

「ほう……まあ、これはすでにお前は持っとる。口寄せの術は時空間忍術の一つだからの。ちなみに、お前を川から妙木山に飛ばした術も、逆口寄せといって、時空間忍術の一つだ」

「そうか……それでいつの間にかこんな所に」

 

自来也は二本目の指を立て、

 

「二つ目が契約。お前もさっきブン太を口寄せする前に契約書へ名前を書いただろ。飛雷神にも術式がある」

「それって……!」

「その通り! ナルト、お前はすでにミナトから、それを託されておる」

 

ナルトはホルスターからマーキングのクナイを取り出す。

そこにはミナトが去り際に書き換えた、ナルト用の術式が刻まれていた。

 

自来也は三本目の指を立て、

 

「三つ目、それは……“あきらめねェ ど根性”

これは最初の鈴取り演習で試させてもらった。

結果は……合格!」

「へへへ……」

「ナルト、これは飛雷神に関係なく覚えておけ」

 

自来也はそこで一度言葉を区切り、今までの雰囲気とは打って変わった真剣な顔で語る。

 

「忍者とは忍び耐える者。そして、忍の才能で一番大切なのは、持ってる術の数なんかじゃねェ…

大切なのは あきらめねェ ど根性だ!」

 

自来也の忍道。

ナルトはその言葉に頷き、

 

「心配ねーってばよ、自来也先生! オレの名前は『うずまきナルト』だ!」

 

 

「この物語は素晴らしいです」

 

ミナトはそう言いながら、片手に本を掲げた。

そのまま続けて、

 

「エピソードが先生の数々の伝説になぞられてあって、何か自伝小説っぽくて……」

 

なーんて、嬉しいことを言ってきて。

しかし、

しかしだ!

自来也は半目で頬をかき、

 

「だがの……まったく売れんかった。次回作は、お得意のエロ要素でも入れてみるかのォ」

 

と、弱気な発言をする。

だがミナトは、本をパラパラとめくりながら、

 

「この本の主人公……最後まで諦めなかったところが、格好よかった……先生らしいですね。この主人公」

 

などと、さらにベタ褒めしてきて。

普通ならお世辞と捉えるだろう。

けれど、ミナトは違う。

彼はウソを吐くような男では断じてない。

だからこそ自来也は手で後頭部をかき、照れながら、

 

「そ…そうかのォ……」

 

と、応えた。

愛弟子に、ここまで言われたのなら、この本も書いてよかった。

と――

そう思った。

が、

まだミナトの話は途中であり、さらに自来也が思いもよらなかったことを言ってきたのだ。

 

「で、オレ……思ったんです」

「ん?」

 

そう気軽に尋ねる自来也に、ミナトは笑顔で告げる。

 

「今度、生まれてくる子供も、こんな主人公みたいな忍になってくれたら、いいなって!」

 

ミナトはテーブルの上に、本を置き、

 

「だから、この小説の主人公の名前……頂いてもいいですか?」

 

そう言った。

そんなミナトの言葉に。

自来也は目を見開き、嬉しいのやら、なんやらと、感情がごちゃ混ぜになり、あたふたする。

なぜなら、

 

「お、おい! そんなんでいいのか? ラーメン食いながら適当に決めた名前だぞ……」

 

そうだったのだ。

小説の主人公の名前。

本来なら、ある意味一番大切な箇所。

……だというのに、自来也は飯を食いながら、適当に決めてしまったのだ。

焦るのも無理はない。

――しかし。

リビングの奥から、その話を聞いていた。

長い赤髪が自慢の美しい女性。

ミナトの自慢の妻であるクシナが出て来て、

 

「『ナルト』素敵な名前です」

 

大きくなってきたお腹に手をあて、擦りながら、そう言ってくれた。

自来也はそれに、

 

「クシナ……」

 

そんな母の声に、一瞬呆然となる。

次第に、少しずつ実感がわいてきて……

今度は嬉しい感情を隠さずに、自来也は笑みを浮かべて、

 

「ハハ……ったく……ってことは、ワシが名付け親かの? ワシなんかで本当にいいのか?」

 

やはり照れながら確認する。

そんな自来也に、クシナと手を添え合わせながらミナトが、

 

「先生だからこそです! 本当の忍の才能を持つ立派な忍者で、あなたほどの忍はいませんからね」

 

二人の夫婦が告げた。

この子の名前は『ナルト』だと……

 

 

それにナルトは、こう応える。

 

「自来也先生からすれば、ラーメン食いながら適当に決めた名前かも知んねーけど、オレは父ちゃんや母ちゃん、そして自来也先生から貰ったこの名前を大切にしてる! まっすぐ 自分の言葉は曲げねェ それがオレの忍道だ!」

「……ナルト……そうか……そうだったのォ」

 

自来也は少しの間、目を閉じ、天を仰いだ。

暫くしてから、視線を再びナルトに戻し、

 

「では、これより本格的な飛雷神会得に向けた修行に入る。ワシの修行は厳しいから覚悟しとけよのォ、ナルト!」

「オッス! 絶対マスターしてやるってばよ!」

 

こうして、沢山のガマ達に見守られながら、ナルトと自来也による妙木山での修行が開始されることとなった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

予言の子

妙木山。

蝦蟇たちの暮らす秘境の里で、ナルトは自来也とフカサクとともに、日夜修行の日々を送っていた。

 

修行開始から三日目。

昼時。

ナルトと自来也は二大仙ガマの一人、フカサクと夫婦のばあちゃん蛙……シマから、

 

「さあ、たんと食いんさい! 腕によりをかけて作ったけんね」

「「………………」」

 

色鮮やかな虫料理をご馳走されていた。

食べたくない。

だが、食べなければ殺される。

師弟の二人はなんとか、その虫おにぎりを腹におさめて、修行を再開するのであった。

 

「「おろろろろろ〜」」

 

吐きながら……

ナルトは顔を真っ青に、口を拭いながら、

 

「う……今まで目に体がついていかない事はあったけど、目の方が追いつかないってばよ……」

 

同じく、自来也も口元を拭いながら、

 

「何を甘えとる。ワシが対応できるスピードしか出せてない時点で、まだまだだのォ」

「余裕ぶっこいてる癖に、自来也先生だって吐いてるじゃねーか!」

「これは、お前…あれだ、あれだのォ……」

「あんなもんばっか食べてたら、修行が完成する前に腹壊しちまう……これからは外で食べるってばよ!」

「ワシがお前一人逃がす訳がなかろーが。お残しは、たとえお天道様が許しても、この仙道仙人・自来也様が許さん! 母親が出した料理は不味くても残さず食べろ!」

「……あれ、料理…なのか? 虫がそのまま皿に乗ってたんだけど……っていうか、オレの母ちゃんはうずまきクシナだ! オレってば、蛙の腹から産まれた覚えはねーぞ!」

「バカモノォ! 人は皆、母なる海の子。他人の母ちゃんは、みんなの母ちゃんだ! 御出産おめでとうございまーす!」

「何もめでたくねーってばよ! 修行始める前に、食料ぐらい用意しとけぇ!」

「ふん……何故師匠のワシがイチイチそんな事せにゃいかん。第一、自分の体調管理もできんワシが、人様の食事など用意できるわけがねーのォ」

「開き直りやがったぞ、このバカ師匠…うっぷ…もう、無理……」

「「………………」」

「「……おろろろろ」」

 

修行はあんまり進展していなかった。

 

 

一方、木の葉の里では……

 

火影室。

三代目火影とアンコの二人が顔を合わせているところであった。

アンコは一礼して、話を切り出す。

 

「火影様」

 

それを三代目火影は一瞥し、

 

「アンコか……」

「すみません……私は……」

「大蛇丸のことなら気にするでない……今のあやつに太刀打ちできる忍など、この木の葉にはおらんよ……」

「…………」

「このワシとしたところで、おそらくな……」

 

三代目火影の言葉を聞き、アンコはそっと顔を上げる。

そこには歴代火影、四代目火影の写真が飾られていた。

 

「もし、四代目が生きておられたなら……」

「そう言うてやるな……あやつは既に、この里を救うて死んだのじゃ……それも、もう十三年も前の話じゃ」

 

三代目は椅子から立ち上がり、扉に向かって歩き出す。

 

「もうあやつはおらぬ……ワシらの力で何とかせねばな……」

「……はい」

「ワシは少し風にあたってくる……」

 

場所は移り、忍者アカデミー。

今は屋外での授業中。

突然の三代目火影の登場に、イルカは驚きながらも姿勢を正し、

 

「いいところへ来られました。どうぞこちらへ」

「うむ」

 

三代目火影が生徒達の前に出る。

イルカは子供達を見ながら、三代目火影の紹介を始めた。

 

「この方が、あの三番目にある顔岩の御本人。三代目火影様だ! 三代目は特に歴代の中でも最強と言われ、プロフェッサーと呼ばれた天才だったんだぞ!」

「コレ! イルカ。過去形にするでない」

「あは、す、すみません……」

 

そんな風に三代目火影と話すイルカに、子供達は次々と疑惑の声を上げる。

 

「えー! 本当にじいちゃん強いのかなぁ?」

「そうは見えねーなぁ!」

「まったくだコレ!」

 

言いたい放題の子供達。

イルカは腰に手をあて、

 

「コ、コラー! お前達、火影の名を継ぐということは、この里で一番強いってことなんだぞ!」

「ほほほ、頼もしい限りじゃわい」

 

キセルを吹かし、子供達の声に笑いながら三代目火影は、

 

「では、一つだけ大切な話をしようか……」

 

里の子供達を見回して、語り始めた。

 

「皆、人生はただ一度じゃ! 無理な道を選ぶこともない。好きに生き、好きに死んでも構わん……ただし……」

 

木の葉が舞う……

 

「大切な人を守ることだけは、どんな道を生きるとも忘れてはならん!」

 

力強く、そう言った。

その言葉に子供の一人が手を挙げ、

 

「大切な人って?」

「心から認めて、信じて、愛している者のことじゃ……キミには、そんな人がいるかの?」

 

三代目の言葉に子供達が、自分の大切な人を思い浮かべる。

 

「う、うん……お父ちゃんと、お母ちゃんと、お兄ちゃんも……」

「オレは友達かなぁ!」

「へへ……ボクも」

 

そして、

 

「じゃあ、火影様もそんな人がいんのー?」

 

そんな子供の質問に、三代目火影は迷わず答えた。

 

「ああ、もちろんおるとも……」

 

それに子供達は無邪気に質問を重ねる。

 

「へー! だれ、誰?」

 

――風が吹く。

笑顔で影は語る。

 

「そこにおるワシの孫、木ノ葉丸と……この里……全ての者達じゃ!」

 

(かつてお前が、そうだったようにのぉ……ミナト……)

 

 

妙木山。

修行開始から十日目。

食べる時と、寝る時以外は殆んど修行の時間に使っていたナルトが……

ついに……

 

「よっしゃー! いい感じになってきたってばよ!」

 

拳を握り締め、修行の成果を実感するナルト。

飛雷神会得まで、もう一歩というところまで成長を遂げていた。

そんな少年にフカサクは次の試練を与える。

 

「ナルトちゃん、どうやらコツを掴めてきたようじゃな」

「おう! 自分の思った場所へ行けるようになって来たってばよ!」

「なら、そろそろ次のステップに移るかいな!」

「次のステップ?」

 

首を捻る少年に、フカサクは今のナルトに足りない物を説明する。

 

「あとで自来也ちゃんも教えてくれるじゃろうがの、ナルトちゃんの飛雷神は、まだまだミナトちゃんと違って、戦闘では役に立たんのじゃ」

「ど、どういう意味だってばよ? だって……」

「今からそれを説明するから、よお聞きんさい」

 

ナルトは無言で、こくりと頷く。

 

「…………」

 

フカサクは厳かな声音で話し始めた。

 

「まず、飛雷神には明確な弱点があるんじゃ」

「弱点?」

「それはの、マーキングがない場所には飛べんということじゃ」

「ん?」

「つまり、飛雷神のことをよく知っとる相手からすれば、ナルトちゃんが飛ぼうとしておる場所がバレバレということじゃ」

「…………え?」

「さらに、ナルトちゃんはマーキングのクナイを一本しか持っとらん。ミナトちゃんと同じ戦術は使えんということじゃ」

「…………え――!! ここまで修行しておいて、それはないってばよ、じいちゃん仙人!」

 

両手で頭を抱え出すナルト。

そんなナルトに、フカサクは声音を柔らかくして、

 

「ま、安心せい、ナルトちゃん。飛雷神はそもそも火影クラスの術じゃ……初見で大概の敵は倒せるけんの。それに、来るとわかっとっても、瞬間移動に対応できる忍なんぞ、ほんの一握りじゃわい」

「いや〜ぁ……でも……」

「わかっとる……確かに強い敵との戦闘では、今はまだ使い物にならん」

「今はまだ?」

「そうじゃ……ナルトちゃんの使える術は飛雷神だけか?」

「ち、違うってばよ……」

「なら、次は飛雷神を戦闘で使えるように修行せねばいけん! ここからは体術・忍術・戦術を織り交ぜての修行になる……ここまで来て、臆することもなかろうが、一応聞いておく……どうする?」

 

試すような視線。

ナルトはパンッと手を叩き、

 

「どうするも、こうするもねーよ、じいちゃん仙人! まっすぐ、自分の言葉は曲げねぇ! オレは絶対に飛雷神をマスターするってばよ!」

「よお言うた! なら、さっそく始めるで。覚悟しんさい、ナルトちゃん!」

「オッス!!」

 

ここからナルトは使える全ての技を織り交ぜ、その上さらに必要な戦術と技を新たに身につけるという。

とてつもなくハードな、今までの何倍もの苦労に、苦労を重ねて……

本格的な飛雷神の使い方を体で覚えるという、ゴールの見えない修行を始めるのであった。

 

月日は流れ……

 

修行開始から二十五日目。

まだ、ミナトほど完璧ではないが、それでも十分戦闘で使えると、自来也やフカサクからお墨付きをもらうほどまで、ナルトは修業を完成させていた。

中忍試験まで残り日数も僅か。

それは、自来也との修業の終わりも意味しており……

だからこそ、

ナルトは自来也に聞いておきたかったことを、直接本人に尋ねることにした。

 

「なぁ、自来也先生はどうしてオレの修行に付き合ってくれるんだ? オレってば、木の葉の忍じゃねーのに……」

「……修行中も話したが、お前は面白いぐらいミナトに似ておる……それに……」

「それに?」

 

そこで自来也は、すっとナルトに一冊の本を差し出す。

表紙に「ド根性忍伝」と書かれた本を……

 

「これってば……」

 

それはナルトという名前の主人公が、幾度の困難に苛まれながらも、最後まで諦めずに平和を掴み取ろうとする物語。

その作者である自来也がナルトに目を合わせる。

 

「ナルト……ワシは忍の世に蔓延った憎しみをどうにかしたいと思っとる…のだが、どうしたらいいのか、ワシにも、まだ分からん……」

「…………」

「だがいつかは、人が本当の意味で理解し合える時代が来ると……ワシは信じとる!」

 

そう熱く語る自来也。

それは自来也の夢であった。

いや、もしかしたら、全忍の夢なのかも知れない。

そんな壮大な夢に、ナルトは、

 

「ん〜? 何か難しいけど……」

 

と、一度首を傾げる。

ナルトは決して、頭のいい方ではなかった。

だが、

悪い方でもなかった。

少なくとも、自来也の話をまったく理解できない……ということはない。

それだけの辛酸は舐めてきた。

それだけの世界は見てきた。

だからこそ、

 

「でも、何となく、わかるってばよ……」

 

そう、ナルトは言った。

少し悲しそうに、

でも、そうなったらいいなと夢を見て。

そして、

自来也はそんなナルトの目を覗き込みながら、

 

「ナルト……お前が九尾と分かり合えたようにの……」

 

と、言ってきた。

 

「な!?」

『……んだと!?』

 

突然の虚を衝いた発言に、ナルトと九喇嘛は驚いた顔をする。

そんな弟子の顔を見て、自来也は笑い飛ばし、

 

「ヌァハハハハ!! バレとらんと思っとったのか? 修行中、あんなに九尾のチャクラを纏っておいて……のォ……ナルト?」

「……う……」

 

自来也はポンとナルトの頭に手をおき、

 

「お前を見とると、こっちまで負けてはおれん。そう、思えてくるのォ……」

 

などと言い。

しかも、自来也は本気で言っている。

それもわかって、ナルトは嬉しく笑い、

 

「ならさ、ならさ、もしそんな時代が本当に来るんなら、オレもその時、自来也先生に力を貸すってばよ!」

 

そう応えた。

それに自来也は笑みを深め、

 

「ん? そうか……それは頼もしいのォ……」

「へへ……」

 

二人の師弟は一月という短い時間で、確かな信頼を築き上げていた……

 

そして、中忍試験本選。

本選日。

ナルトは……

 

「えー!? 今日が本選日〜!!」

 

妙木山にいた。

第一回戦開始まで残り……

いや、既に試験は始まっており……

遅刻である。

完全に遅刻である。

足をバタバタさせるナルトを、フカサクが嗜めるように言った。

 

「落ち着きんさい、ナルトちゃん! 今、幸いにも母ちゃんが木の葉の里に行っとる。母ちゃんなら、ナルトちゃんを逆口寄せできるけん、準備して待っときんさい!」

「……お、オッス!」

 

そこで後頭部に手をあて、何ともいえない表情で現れた自来也が、

 

「いや〜すまんのォ……」

「いや〜すまんのォ……じゃ、ねーてっばよ! もし試験受けられなくなったら、どーしてくれんだよ! 自来也先生!」

「も、もしそうなったら、三代目にワシが自ら頼みに行くから……のォ……」

「……それで本当に大丈夫なのか〜?」

「も、もちろん! ワシ、ウソツカナイ」

「…………」

 

この人怪しいです、という顔で自来也を見るナルト。

だが、慌てても事態は変わらないと考え直し、フカサクの言う通り、準備を始めることにした。

ごそごそ。

ナルトはポーチから一つの巻物を取り出す。

それは霧の里を出る前に、水影から託された物であった。

その巻物を広げて、

 

「口寄せの術!」

 

ボン!

白い煙の中に影が浮き出る。

煙と共に中から出て来た物に……

一枚の羽織に……

自来也とフカサクの二人は目を見開き、ある人物の名を思い出し、口にした。

 

「ナルト! これは……」

「ミナトちゃんの……」

 

四代目火影の羽織。

水影がナルトサイズに仕立て直した物であった。

いつでも巻物で口寄せできるように。

肌身離さず、持ち歩けるように。

と――

四代目火影の象徴。

――バサッ

それを羽織るナルトの後ろ姿に、自来也とフカサクは幻を見た。

 

「……ミナト……」

「……ミナトちゃん……」

「じゃあ、行ってくるってばよ!」

 

ボン!

ナルトの姿が妙木山から消えた。

二人はまるで亡霊に会ったかのような、狐につままれたような気分で、その光景を見送った。

と――

静寂の後。

フカサクは自来也の肩に乗り、しんみりとした声音で、

 

「自来也ちゃん……懐かしい背中を見んかったか?」

「ええ……ワシも頭と同じ者を見た気がします……」

 

確かに見えた。

四代目火影。

ミナトの背中を……

懐かしい思い出が目に浮かぶ。

まるで昨日のことのように……

それは大切な想いであった……

そこで自来也の決意が固まった。

自来也は肩に乗るフカサクに顔を向け、

 

「頭…実は一つ、折り入ってお願いがあります」

「ん? なんじゃ?」

 

返事を聞いて、自来也はすかさず印を結ぶ。

ずずず……と口からゲロ寅を蔵出し、判を押す。

それを見たフカサクは、口をあんぐりとさせてから、自来也に質問を投げかけた。

 

「どういうつもりじゃ、自来也ちゃん……トラちゃんは九尾の封印の鍵を……」

 

ゲロ寅。

この蛙には、ミナトが最後の力を振り絞って封印した、九喇嘛の鍵が託されていた。

 

「そのこと何ですが、頭。どうやらナルトは完全に九尾と和解しておるようなのです」

「なんじゃと? そんなバカな話ありゃせん! 確かにナルトちゃんが九尾の力をコントロールし…とる…のは…………ホンマかいな?」

「ええ……本人に確認もしましたが、どうやら間違いないようで……そもそも、そうでなければ色々と説明がつかないことも多かった……」

 

自来也の言葉に思案顔になるフカサク。

そして、自分も同じ考えに辿り着き……

 

「ホンマかいな……それじゃ……まさかナルトちゃんが……」

「ええ……条件も揃っております……」

「あの子が予言の子かいの……」

 

予言の子。

救世主。

自来也がかつて、ミナトをそうだと信じていた。

大ガマ仙人が予言した存在。

世にそれまでにない、安定をもたらすか

破滅をもたらすか

そのどちらかの変革者。

それは自来也の弟子で、そして自来也の選択次第でどちらかに転がる。

そう予言された子。

 

「頭、ワシは木の葉の忍です。ナルトと気軽に会うのは、これからの世の中次第で難しくもなります」

「じゃから、ワシに鍵を託すと?」

「お願いできませんでしょうか……」

「……わかった……自来也ちゃんが信じたなら、ワシも信じるしかないけんの!」

「ありがとうございます」

 

こうしてミナトから自来也、自来也からフカサクへと、八卦封印の鍵が渡されるのであった。

 

この自来也とフカサクの選択が、後に忍の世界を大きく変える選択となるのだが。

 

それは暫く先の話である……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

中忍試験 本選開始

火の国、木の葉隠れの里。

中忍試験本選日。

 

今、「あ・ん」とデカデカと書かれた木の葉の玄関には、文字通り大名行列ができていた。

各国の大名をはじめとした著名人が、ぞくぞくと木の葉の里に集まってくる。

なぜなら、明日を夢見る忍の卵達、各隠れ里の下忍達の闘いを観戦するためだ。

しかも、今年は例年より人が多く集まっている。

名門うちは、砂の人柱力、雪の国を救った英雄。

いずれ名を上げるであろう下忍達の試合を一目見ようと、人々がわらわらと集まっていた……

 

中忍試験本選会場。

期待と興奮で埋め尽くされた円上の空間には、何百、何千という観客が犇めいていて。

そんなステージの中心には、本選まで勝ち進んだ強者達が闘いのフィールドに降り立っていた。

 

長十郎が周囲をキョロキョロしながら、

(な、ナルトさんが、まだ来ていません……このままでは水影様に与えられた任務が……)

 

サイが独り静かに目を伏せ、

(……これで、第七班とお別れか)

 

ハクが心配そうにゲートを見ながら、

(ナルトくんと、僕の対戦相手のサスケくんまで来ていませんね……)

 

我愛羅が腕を組み、粛々としながら、

(…………)

 

シカマルが雲を見上げ、

(ったくー、めんどくせー)

 

テマリが手に汗を握り、

(もうすぐ……始まるのか)

 

チョウジが手で腹を擦り、

(お腹空いたなぁー)

 

カンクロウが他とは別のことに頭を抱えて、

(胃がキリキリするじゃん)

 

サクラが拳を握り締め、

(初戦の相手はリーさんか……)

 

リーが目を、身体全体を燃やして、

(ガイ先生見ていて下さい! ですが、初戦の相手がサクラさんだなんて……僕はどうすれば! これも青春というやつですか!)

 

霧、木の葉、砂。

事情はそれぞれ別々だが、落ち着きのない下忍達に、審判の不知火ゲンマが活を入れる。

 

「こら! オロオロしてんじゃねー! しっかり客に顔向けしとけ」

 

わー、わー、と色めき立つ観客席。

 

「この本選。お前らが主役だ!」

 

 

特等席。

見通しの良い、高所な物見やぐら。

三代目火影は一部の付き人しかいない場所で、試合開始の時間を待っていた。

そこに二人の付き人を連れ現れた、五大国でも一際名高い人物が姿を見せる。

風の国、砂隠れの長――風影。

「おお……これはこれは風影殿!」

 

空いていた席に座る風影。

三代目火影は、自身の隣に座った人物へと目をやり、

 

「遠路はるばる、お疲れじゃろう」

「いえ、今回はこちらで良かった……まだお若いとはいえ、火影様にはちとキツイ道のりでしょう。早く五代目をお決めになった方が良いのでは……」

「はははは、まぁ、そう年寄り扱いせんでくれ。まだ五年はやろうと思っておるのに……では」

 

風影の皮肉を笑い飛ばし、三代目火影は席から立ち上がった。

会場を見渡せる位置へ進み……

朗々とした声で宣言する。

 

「えー、皆様…この度は、木の葉隠れ中忍選抜試験にお集まり頂き、誠にありがとうございます! これより予選を通過した12名の本選試合を始めたいと思います。どうぞ最後まで、御覧下さい!」

 

わー! キャー わー! キャー わー!

 

と歓声が上がる中、風影が三代目火影に尋ねた。

 

「12名なら……2人足りないようですが」

「…………」

 

無言を貫く三代目火影。

その問いに答える者は誰もいなかった……

 

 

試験官のゲンマがルールの説明を話す直前。

ハクが手を挙げ、

 

「あの……すみません」

「何だ?」

「今だに来ていない人はどうなるのですか?」

「自分の試合までに到着しない場合、不戦敗とする!」

「……(ナルトくん、早く来て下さい)」

 

ハクの質問に答えた後、ゲンマは咥え千本をカチッと鳴らし、

 

「いいか、てめーら。この本選、地形は違うがルールは予選と同じで、一切なしってのがルールだ。どちらか一方が死ぬか、負けを認めるまで闘ってもらう……ただし、オレが決着がついたと判断したら、そこで試合をとめる……反論は許さない。わかったな!」

 

出場者を見回し、

 

「それじゃあ、一回戦。長十郎、サイ。その二人だけ残して、他は会場外の控室まで下がれ!」

 

 

本選が始まろうとする中、観客席にはお馴染みの顔ぶれが続々と集まりだしていた。

 

「ヒナタ〜 こっちこっち〜」

 

会場に来たばかりのヒナタを、いのが両手を振り回しながら案内する。

 

「い、いのちゃん」

「まったく……私を倒してサクラが出場するなんてねぇー。まぁ一応、応援だけはしてあげるけどー」

「いのちゃんのチームは、シカマルくんとチョウジくんも残っているよね?」

「え? あー、もちろん二人の応援もするわよ! で、ヒナタは誰の応援に来たの?」

「え!?」

 

いのの問いに、ヒナタが答えあぐねていた時。

後ろから、ネジが声をかけてきた。

 

「ヒナタ様……お隣よろしいでしょうか?」

 

ヒナタは驚いた表情で振り向き、

 

「ね、ネジ兄さん!?」

「そろそろ始まりますね」

「は、はい! え……と、ネジ兄さんは誰の応援を?」

「オレはリーと……ヒナタ様と同じくナルトの試合を見に来ました」

「な、ナルトくんの!?」

「アイツはオレに勝ったのだから、優勝してもらわなければ困りますからね」

「は、はい……わ、私もナルトくんなら優勝できると……」

 

ヒナタがオドオドしながらも言葉を出す。

それを見たネジは、自分とナルトの試合を思い出しながら、

 

「どうやら、オレの目は今まで曇っていたようですね……」

「え?」

「ヒナタ様やナルトの方が、本当に大切な物をまっすぐに見えていた……今なら、オレもそう思えます……」

「ネジ兄さん……」

 

そんな風に、和気あいあいと話す二人を見て。

いのは決して口には出せない恐ろしいことを心の中で呟いた。

 

(ちょっとー!? ネジって、こんなキャラだったっけ? 本当にシスコンになってるじゃない!)

 

それから、さらに続々と……

 

「ひゃっほー! 何とかギリギリ間に合ったぜ!」

「ワン!」

「当たり前だ。今日、遅刻するなどありえないことだ」

「本選に残ったのが、リーだけだなんて……」

 

キバ、赤丸、シノ、テンテンも席に座り始めた。

 

場面は戻り……

下のステージには、長十郎、サイ、ゲンマの三人だけが残されていた。

先ほどまで騒がしかった会場が、いつの間にやら静まり返っている。

深々とした空気。

会場の熱も温まったところで……

ついに本選の火蓋が切って落とされる。

 

ゲンマが相対する二人を見て、告げた。

 

「では、第一回戦。始め!」

 

開始の合図。

と同時に、サイが巻物を開き、筆を取り、

 

「忍法・超獣偽画」

 

描かれた動物達が実体化し、敵に襲いかかる。

かなり特殊な術で、サイ以外に扱える者はそういないのでは? と思えるほど珍しい忍術。

そんな術を目の前にして、

 

「なるほど、やはり再不斬先生とハクさんの情報通りですね……」

 

水色髪をした、普段は自信なさげな表情をしている長十郎が冷静な顔で対処する。

自慢の忍刀を背中から抜き、

――一閃。

巻物から飛び出して来た黒い影達を次々と両断する。

その獣達は瞬く間に形をなくし、黒い墨汁がこぼれるかのように地面へと崩れ去っていった。

だが、そこで終わりではない。

長十郎はすぐさま刀を放り投げ、印を結ぶ。

 

「水遁・水乱波!」

 

口から多量の水を吹き出し、サイを押し流す。

 

「……く……しまった」

 

サイの体がびしょ濡れになる。

水遁系の基本忍術。

水のない場所でも、大抵の忍が使える術。

しかし、どんな術も使いよう……

なぜなら、長十郎はこの基本忍術だけで相手を無力化したのだから……

 

「これは……やられましたね」

 

サイが両手を上に上げ、降参する。

彼の術は絵を描くことにより、発動する術。

水に濡れてしまえば、それまでであった。

ゲンマもそれを確認して、手を掲げた。

 

「勝者 長十郎!」

 

パチ パチ パチ パチ パチ

 

勝者宣言に会場全体が拍手を送る。

それを受けた長十郎は照れくさそうに、上の控室へと上って行った。

その後ろ姿を見ながらゲンマは、

 

(ったく……試合開始から1分も経ってねーぞ。こりゃあ、最短記録だな……)

 

長十郎の手際の良さを褒めるのであった……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

写輪眼vs氷遁

木の葉の名門……うちは一族。

日向一族と並び、木の葉最強と呼ばれた一族。

しかし、その一族はある夜、たった一夜にして滅びを迎えた。

たった一人の男。

サスケの兄、うちはイタチの手によって……

その日から、うちはの家紋を背負う者はサスケだけとなった。

だからこそ……

 

「うちははまだかー!」

「早く次の試合を始めろ!」

「いつまで待たせるんだ!」

 

観客席が騒ぎ始める。

会場にいる殆んどの者が、サスケの試合を楽しみに来ていた。

遠路はるばる来たのだ。

待たされてはたまったものではない……

 

「チッ」

 

ゲンマはこの状況に舌打ちをし、

 

「ハク、降りて来い!」

 

もう一人の対戦者の名を呼ぶ。

それを聞いて、ハクはできる限りゆっくりと階段を下りる。

サスケではなく、ナルトが到着する時間を稼ぐために……

ステージに降り立ったハクに向かってゲンマは、

 

「これから五分だけ待つ。それまでにサスケが来なかった場合は……」

 

そこで言葉を区切る。

いや、それ以上の説明はもう必要なくなっていた。

なぜなら……

 

ふわっと、木の葉が一枚。

徐々にその枚数が増え、最後には……

ブワッ!

大量の木の葉が舞い……

その中心から二人の忍が現れた。

 

「いやー、遅れてすみません……」

 

木の葉一の技師、カカシ。

と、背を合わせて現れた人物にゲンマは尋ねる。

 

「名は?」

 

黒髪の少年は答えた。

 

「うちは……サスケ」

 

ザワ、ザワ、ザワ、ザワ。

サスケの登場に観客席から声が上がる。

 

「オイ! あれがうちはの末裔か!?」

「うちはの試合が始まるぞ!」

 

熱気に包まれる中、カカシはハクの方を一瞥してから、皆と同じ観客席の方へと上っていった。

階段を上りながら、カカシは周囲を見渡す。

それから、いの、ヒナタ、ネジ、キバ、シノ、テンテンと同じ場所で観戦していた上忍二人の姿を見つけて、声をかけた。

 

「よう、ガイと…再不斬」

「カカシ!」

「クク、カカシか」

 

軽く挨拶してから、カカシは会場をさっと見回す。

今、木の葉の里は砂と音。

二つの里と衝突まで秒読みの状態となっていた。

非常に危険な時期。

そして、もし敵が攻めて来るなら、数々の大名や著名人が訪れている、この中忍試験本選を狙ってくるだろうと誰もが考えていた。

だが……

 

「暗部がこの広い会場にたった八名……少な過ぎる……火影様はどういうおつもりだ」

 

カカシの疑問に、ガイと再不斬が同じように辺りを見回し、

 

「相手の出方がわからん以上、暗部は里の主要部にも分散し、配備せざるを得ないのだろう……」

「ククク……木の葉の里は大変だな……何やら色んな所と仲がよろしいみたいで」

 

再不斬が探るような目線で言ってきた。

そんな再不斬にカカシは半眼を向け、

 

「で、霧としてはどうなの? 再不斬……」

「あ?」

「何かあったら助けてくれたりするのかなーって……ほら、何か同盟の話もちらほら出てるじゃない」

「ククク、バカ言え。まだ同盟国予定だ。今オレ達がでしゃばってみろ。木の葉の鬱陶しい老害どもに隙を与えることになる。そんな里に力を貸せる訳ねーだろ……もし何かあれば、オレ達は即座に離脱する。まさしく自分達が蒔いた種だ。オレ様達の知ったことじゃねーよ」

「……ま、そりゃ、そうだな」

 

カカシは再不斬の答えに、期待も失望もなく、ただただ自然のものと捉えていた。

同盟など、ただの口約束。

同盟国予定などなおさらである。

 

などなど話している間に、会場は先ほどまでとは打って変わって静まり返っていた……

ゲンマが対戦者の二人を見て、告げる。

 

「第二回戦。始め!」

 

サスケとハクが同時に後方へ跳ぶ。

互いに牽制し合う。

しかし、止まっていては始まらない。

サスケがクナイを取り出し、

 

「行くぞ」

 

言ったと同時に駆け出してきた。

ハクの方も千本を取り出し、返す刃で応える。

ギィン!

クナイと千本が鍔迫り合う。

そこで、

 

「さすがにやりますね……ナルトくんのライバルを名乗るだけはあります」

「アホ言え……あの時とは違う。今はオレの方が強い」

「……どうでしょうね」

 

ハクは空いた片手で印を結ぶ。

 

「それがカカシの言ってた、お前特有の闘い方ってやつか」

 

などとサスケが写輪眼を出し、観察している間に術が発動する。

 

「秘術・千殺水翔」

 

突如。

何もない場所から、水の刃が出現する。

刃がサスケに狙いを定めたところで……

的に照準を合わせたところで……

その的がハクの前から……姿を消した。

 

「な、なに?」

「案外トロいんだな……」

 

サスケがいつの間にやら、ハクの後ろへ回り込んでいて、

 

「ハッ!」

 

蹴りを放ってきた。

かなりのスピードで加速をつけたサスケの攻撃に、

 

「ぐっ」

 

ハクは防御をするだけでも、ギリギリであった。

地面を蹴り、何とか距離を取る。

相手には写輪眼もあり、今の攻防で単純なスピードもサスケの方が上ときている。

近接戦闘では勝ち目がないと踏んだハクは、すかさず印を結び、

 

「氷遁・ツバメ吹雪の術!」

 

氷でできた燕が飛翔する。

まるで本物の燕のように、予測のつかない動きで飛び回る氷の燕。

それを見たサスケは余裕の笑みで印を結び、

 

「火遁・豪火球の術!」

 

口から火の玉を吹き出し、氷の燕を一瞬にして溶かしてしまった。

 

「どうしたよ? 波の国で会った時の方がよっぽど強力な術を使っていたような気がするが……水がない所ではこんなもんか?」

「…………」

 

勝ち誇るサスケ。

だが、自分の弱点はハクとて百も承知であった。

当然それを補う戦術も用意してある。

ポーチから水と書かれた巻物を取り出し、

 

「確かに……僕の氷遁は水のない所では、キミの写輪眼ほどには役に立ちません……ですが」

 

巻物を解き、それを足で踏む。

 

「水さえあれば……話は別です」

 

次の瞬間。

突如、激流が発生する。

それは巻物から口寄せされた大量の水であった。

 

「水の口寄せか!?」

 

こちらの狙いに気づいたサスケが駆けるが、一足遅く……

冷気が空気を冷やす。

ハクは既に印を結び終えていた。

 

「秘術・魔鏡氷晶!!」

 

――鏡の世界

ハクにだけ許された秘術。

鏡の反射を利用した高速移動を行う移動術。

 

「チッ! まんまと術中にハマった訳か……」

 

ドーム状の鏡に写し出されたハクを見て、サスケは自分の失態に舌打ちする。

だが、

 

「では、そろそろ行きます」

「……ふん」

 

高速移動を行うハク。

常人の目には見えないほどのスピード。

それを……

 

「やっぱりトロいな……」

 

サスケは避ける。

初見にもかかわらず、完全に見切り、避ける。

写輪眼。

うちはの血継限界。

その洞察力はハクの予想を上回っていた。

 

「そんな!?」

「で……どうする?」

 

サスケの問いに、

 

(彼の運動機能、反射神経、状況判断能力……その全てが僕の予想を超えているようですね……)

 

ハクは術を解いた。

この術はチャクラを多量に使用する。

大した効果もないのに使っていては、チャクラの無駄使いに終わってしまう。

自滅する訳にはいかない。

二人を囲んでいた氷の鏡が残骸を残し、崩れ去る……

 

「オレの写輪眼にはお前の動きが完全に読める。同じ血継限界でも差が出たようだな……なら」

 

鏡の世界から脱出したサスケは、すぐさま何度もバク転を繰り返し、会場の塀を駆け登る。

 

「氷の鏡は崩れ去った……次は、オレの術を披露してやろう」

 

丑 卯 申

 

バチッ

電撃音を発しながら、サスケの左手にチャクラが集約されていく。

 

その光景を上から見ていた面々。

三代目火影と風影が驚きの顔を浮かべる。

 

「あれは……カカシの……」

(ふふ、上出来よ、サスケくん……でも)

 

ガイはサスケの術を見て、すぐにあたりをつけていた。

横にいたカカシの方を向き、

 

「ま、まさか……アレは……」

 

驚愕の表情で尋ねるガイ。

それにカカシはいつも通りの顔で、しかし何処か自慢気に、

 

「ま、オレがサスケの修行についたのは……アイツがオレと似たタイプだったからだ……」

「そうか……体術を鍛えて来たのは最初の動きで察していたが、この肉体活性のためだったか……」

「そ!」

 

その二人の会話に下忍達も耳を傾ける。

いのがガイに疑問を呈した。

 

「何なの、あの術? チャクラがハッキリ目で見えるなんて……」

「ただの突きだ……」

 

問いに答えたガイに、続けてテンテンが訊いた。

 

「ガイ先生、ただの突きって?」

「暗殺用のとっておきの技でな……その極意は突きのスピードと肉体大活性にある。膨大なチャクラの突き手を一点集中させ、さらにはその突きのスピードが相まって、チッ、チッ、チッと、千もの鳥の地鳴きにも似た独特の攻撃音を奏でる……木の葉一の技師……コピー忍者カカシの唯一のオリジナル技……名を……」

 

「千鳥!!」

 

サスケが印を結び始めた頃、ハクも同じく迎え撃つ準備をしていた。

 

(この体で、どこまでやれるかわかりませんが……)

 

「氷遁・狼牙雪崩の術!!」

 

印を結び終えるのはサスケの方が早かった。

だが、術の発動はハクの方が先であった。

ハクのチャクラに呼応して、周囲の水分が凍り、突然雪崩を起こすかのように、氷でできた狼の群がサスケに襲いかかる。

 

それを見たカカシは半眼で再不斬に訊いた。

 

「で、再不斬……止めなくていいのか?」

「あ?」

「あの術の威力はお前も知ってると思うけどね……ハクくんが心配じゃないのか?」

「クククク……」

「ん?」

 

自分の助言を笑い飛ばす再不斬に、眉を寄せるカカシ。

そんな相手に再不斬は余裕の色で応える。

 

「相変わらず、芸のねぇ奴だ……カカシ」

「……なんだと」

「ハクはオレ様の班の中で、一番頭がキレる。写輪眼は三度目、あの自称暗殺技もこれで二度目だ。ハクからすれば、あくびが出る光景だろうよ……それに、テメーは一つ大事なことを忘れてるぜ」

「忘れている? 何をだ?」

「お前の技は既に一度、オレの部下に破られたはずだぞ……カカシ」

「…………」

「これで二度目だ。以前にも言っただろ……忍の奥義ってのは、そう何度も見せるもんじゃねーんだよ」

 

そう会話を終わらせた再不斬とカカシは、再び視線を闘っている部下達の方へと戻したのであった。

 

狼の群が殺到する。

だが、サスケはそれに構わず、直線的な猛スピードでハクに向かって駆け出していた。

己の術で壁を削り、土を削りながら……

 

「さすがうちは一族……写輪眼継承者」

 

言いながら、ハクは素早く狼に指示を出し、サスケに噛みつかせようとする。

が、その狼の頭を踏み越え、サスケは一瞬で間合いを詰めて来た。

 

「速い!」

 

予想以上の動きに、ハクは自分の近くにいた狼をサスケと自分との間に入れる。

横からの奇襲攻撃で時間を稼ぎ、一度間合いをあけようとするが……

 

「ウオオオオオオォ!!」

 

チッ! チッ! チッ!と、独特の効果音を奏でたサスケの術は、そのまま狼を突き破り、速度を維持した状態でハクに奥義を放つ。

 

「くらえー! 千鳥!!」

「ぐふっ!」

 

サスケが敵の胸を貫いた。

口から吐血するハク。

どう見ても致命傷であった……

地面が真っ赤に染まり……

会場が静まり返る。

 

「……オレの勝ちだ……」

 

宣言するサスケ。

が――

突如、横から聞こえないはずの声がサスケの耳に届き……

 

「いいえ。キミの負けですよ…サスケくん」

「!」

 

壊れた鏡の一部から、本体のハクが姿を現す。

さらに、サスケが千鳥で貫いていたハクの体が氷へと変わり……

 

「ぐっ……あぅあああ!」

 

パキパキと音を立て、サスケの腕を凍らせた。

が、これで終わりではない。

ハクは追い討ちをかけるように印を結び、

 

「氷遁・氷牢の術」

 

続けてサスケの両足を凍らし、悲鳴を上げる敵の後ろから、千本を首へあてる。

抵抗を許さない。

確実に勝負をここで決めた。

サスケは何とか目線だけを動かし、

 

「いつ……入れ代わっていやがった……写輪眼でも見切れないなんて……」

「それは氷遁影分身。よくできているでしょ? 本体と入れ代わったのは鏡を解いた時です」

「……あの時か……だが、何故だ! 写輪眼で見抜けないなんて」

 

写輪眼。

それはチャクラを見る眼。

どんな術も、その眼の前では無に帰ると言われるほどの瞳術。

しかし、それは写輪眼の能力を全て引き出せていればの話。

 

「以前、キミの先生も言っていましたが、キミ達は写輪眼を使いこなせていない」

「なんだと!?」

「覚えていますか? キミ達が初めて再不斬さんと闘った時のことを……」

「…………」

「キミの先生は写輪眼を使っていた……にもかかわらず、再不斬さんの水分身を見抜けなかった……」

「!?」

「この先は説明するまでもありませんね。恨まないで下さい……僕も、ナルトくんと長十郎さん以外の下忍に負ける訳にはいきませんので……」

「……く…そ」

 

と漏らすサスケに、ゲンマは咥え千本をカチッと鳴らし、

 

「……終了だな。これ以上の試合はオレが止める。よって、勝者……ハク!」

 

まさかの木の葉の名門、うちはの敗北。

けれど……

 

オー!! オー!! オー!!

 

血継限界vs血継限界

 

「凄い試合だったぞ!」

「二人とも頑張った!」

「鳥肌が立った。すげー闘いだった!」

 

この試合は観客の全てを魅了するものであった。

拍手が勝者と敗者。

両方に贈られた。

ハクはその中を照れくさそうに、手を軽く振りながら歩いて行く。

 

ちなみに、この試合を上から観戦していた担当上忍達は、サスケが医療班に運ばれるのを確認しながら……

 

「いやー、わりーなカカシ! ククク、あっさり勝っちまってよぉー。ま、教え子も教師は選べないってことだな……ククク」

 

口布の上から見てもわかるほど、口元をニヤリとさせる再不斬。

それに続いて、カカシを挟む形で反対側にいたガイがライバルの肩に手を置き、

 

「青春とは時に甘酸っぱいものだよ…カカシ……ま、来年またチャレンジすればいいさ」

 

などと、カカシを煽りまくっていた。

この状況に、木の葉一の技師は、

 

「……何でお前ら、そんなに仲いいの?」

 

げんなりした表情で呟くのであった……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最速の忍vs最硬の忍

四代目火影は死んだ。

彼のことを人々は、

最速の忍。

黄色い閃光。

……と呼ぶ。

敵国の忍達は、

アレに勝る忍はいない。

コイツを見たら、迷わず逃げろ。

……と呼んでいた。

かつて、この世の救世主になるやも知れぬと、あの自来也をして言わしめた忍。

四代目火影、波風ミナト。

だが、その四代目火影は死んだ。

なら、

 

――今、目の前にいる忍は何者だ。

 

この試合を見た者、皆が皆…………

 

 

「次の試合、例の子よ……」

「嫌だわ……何で木の葉の里に帰ってくるのよ」

「狐のガキか……この試合は砂の忍の勝ちだな」

「運だけで勝ち残った奴は所詮ここまでだ」

 

ちらほらとナルトを侮蔑する声が聞こえる。

当の本人はまだ到着していないのだが……

が、待っていられる時間は限られている。

ゲンマがもう一人の対戦者の名を呼んだ。

 

「我愛羅、降りて来い!」

「…………」

 

腕を組み、無言を貫いたまま我愛羅が歩きはじめた時。

カンクロウがその背中に、少し不安そうな声音で声をかけた。

 

「おい、我愛羅。いよいよじゃん……けど、アイツが来なければ作戦が……」

 

そこで我愛羅が前を向いたまま、口を開く。

 

「来る」

「え?」

「アイツは必ず来る……」

「…………」

 

無言になるカンクロウを背に、今度こそ立ち止まることなく我愛羅は歩きはじめた。

そして、

その会話を近くで聞いていた長十郎が、ハクに小声で言う。

 

「は、ハクさん。このままナルトさんが来なければ、水影様に与えられた任務が……」

 

水影に与えられた任務。

それは中忍試験でナルトを目立たせ、彼が霧の忍であることを各国に知らしめること。

九喇嘛の人柱力であるナルトが、霧の忍であるとを公然の事実にすること。

木の葉と霧の無駄な争いを避けることであった。

だが、肝心のナルトが来なくては……

しかし、不安そうな顔をする長十郎とは対照的に、落ち着いた声音でハクが言った。

 

「大丈夫だと思います」

「え?」

「先ほど再不斬さんの方に聞きに行ったのですが、連絡蛙から連絡があったようで、間もなく到着すると……」

「ほっ……そ、それはよかったです!」

 

安堵の色を見せる長十郎。

だが、再び声を小さくして、

 

「ですが、ハクさん……どうやら砂の忍が……」

「……ええ、何か起こすようですね」

「もしもの時は……」

「わかっています。僕達もいつでも動けるようにしておかなければ……」

 

暗雲立ち込める試験会場。

我愛羅がステージに降り立つ。

それを見たゲンマが、

 

「これから五分だけ待つ。それまでにナルトが来なかった場合は……」

「そんな説明は必要ない」

 

ばっさりと試験官のセリフを両断する我愛羅。

ゲンマはげんなりした顔で、咥え千本をカチッと鳴らし、

 

「いや、必要ねーってことは……」

「アイツは来る……いや」

 

途中で我愛羅が言葉を止め、上を見た。

 

「ん?」

 

それに釣られてゲンマも空を見上げる。

すると、一匹の蛙が太陽を背に、ステージへと跳んで来て……

ゲンマは見覚えのある蛙に目を見開き、

事態の把握をする間もなく……

そのばあちゃん蛙が、

シマがかけ声とともに印を結び、

 

「いくでぇー、小僧! 口寄せの術!!」

 

ド――ン!!

 

会場に白い大きな煙が立ち込める。

何事か!? と皆が警戒する中、徐々に煙が晴れはじめ……

暫くして、少しずつ見えてきたものに次々と場が騒然となる。

まず、人々の目に映ったのは伝説の三忍、自来也と今は亡き四代目火影の象徴とも言える口寄せ動物。

特徴的な赤い表皮、50m程もある体躯、口に煙管を咥えて現れた大ガマ。

ガマブン太。

さらに、

その頭の上には、口寄せの術を使用した二大仙ガマの一人。

シマ。

そして、最後にもう一人。

四代目火影の羽織をはためかせ、彼と同じ金髪碧眼に、霧の額あてをつけた忍。

うずまきナルト。

三人のこれでもかと言うほど、ド派手な登場シーンであった。

 

この光景にネジとヒナタは笑みを浮かべて、

 

「……ふ、来たな」

「……ナ、ナルトくん」

 

遅刻でナルトが失格にならなかったことに、ほっと安堵する。

そして、その側にいたカカシが事態の把握をしようと再不斬に質問を投げつけた。

 

「……再不斬」

「……なんだ?」

「なぜ、ナルトが自来也様のガマ達と一緒に……」

「クククク、まぁ教えてやるか。隠すことでもねーしな……この一月間、ナルトがその自来也と修行を積んでたってだけの話だからよ」

「なに!?」

 

半眼を見開くカカシ。

それに再不斬は口角を上げて、笑いを押し殺しながら、

 

「一月だけナルトの面倒を任せていた……木の葉の忍に目をつけられないようにしながら、という条件付きだがな」

「……なるほどね」

「クク、コイツはオレも予想できないほどに、成長してるかもなぁ」

 

口布の上からでもわかるほど、顔を緩ませながら再不斬は周囲を観察して、

 

(こりゃあ、既にメイの任務は達成されたな)

 

冷静に会場の雰囲気を感じ取っていた……

 

会場の人々が色々な意味で口を閉ざし、静まり返る。

先ほどまでナルトを侮辱していた者すら。

なぜなら……

 

「……ミナト」

 

そう呟いたのは、三代目火影であった。

ガマブン太に乗り、羽織を羽織るその姿に、殆んどの者が四代目火影、ミナトのことを思い出せずにはいられなかった……

と――

戸惑いの雰囲気が流れる中。

周りのことなど知ったことではないと言わんばかりの態度で、シマが袖を捲り、

 

「小僧、アイツがお前の対戦相手じゃな?」

 

いつもの無感情を装いながらも、ナルト達の登場に体を奮わせ、悦びをあらわす我愛羅。

そんな相手を見下ろしながら、ナルトは頷く。

 

「ああ、あの目の隈瓢箪野郎が、オレの相手だってばよ」

「ふん、嫌な目をしちょる奴じゃわい……」

 

言い終わると同時に、シマがチャクラを練り、

 

「さっさと決めるで! 小僧は風遁、ブン太は油じゃ!」

 

などなど、いきなりトドメを刺そうとする。

そこに今までただ見上げていただけのゲンマが、慌てた様子で静止を呼びかけてきた。

 

「ちょ! ちょっとお待ち下さい!」

 

シマが心底嫌そうな顔でゲンマを見る。

 

「なんじゃ?」

「いえ、あの……一応中忍試験ですのでルールには従ってもらわないと……」

「ルールじゃて?」

「ええ……その、一応口寄せ動物の使用は試合が始まってからで、それより先に口寄せされたものは参加不可の決まりが……」

 

言いにくそうに話すゲンマに、今度はガマブン太が声を荒げた。

 

「なんじゃてェ〜!」

 

滅茶苦茶ドスを利かせた声で……

50メートルvs1.81メートル。

イジメどころの騒ぎではない。

ゲンマは更に頭を低くし、

 

「いや、あの…その、決まりでして……」

「ほんじゃあ、お前さんは。このガマブン太様がわざわざ出て来おったのを帰れと……そう、言いよるんじゃな……のォ?」

「…………」

 

さらにドスを利かせるガマブン太。

対戦相手の我愛羅より、先に試験官を踏み潰さん勢いで……

射すくめられたゲンマは言葉を無くし……

そこで、その惨状を見かねたシマが、

 

「落ちつきんさい、ブン太」

「せやかて姐さん……」

「ここは小僧に任せて、あたしらは帰るで」

「チィ……!」

 

シマの一声に、渋々ながら従い……

ガマブン太は最後にナルトをギロリと見て、

 

「ナルト……ワシは先に帰るけんのォ! 何かあったら呼べや!」

「オッス! ガマオヤビン!」

 

返事を聞くや否や

 

ボン!!

 

大きな音を立て、シマとガマブン太が妙木山へと帰っていった。

大きな巨体が消え、ナルトの体が宙から地面へと落下する。

スタッと、地に足が着かせ、闘いの場にナルトが降り立った。

一陣の風が吹き荒れ、四代目の羽織をはためかせながら、中央へ。

我愛羅と向き合い、相対するナルト。

それにゲンマは、今さらながらのことを確認した。

 

「さて、確認するまでもないが……名は?」

「うずまき…ナルトだ!」

 

会場が闘いの始まりを感じ取り、唾を飲み込む。

ゲンマは心の中で、

 

(ったく、今年の下忍はどうなっていやがる……寿命が縮んだぞ。それにコイツ、金髪にうずまきって……)

 

ナルトが四代目火影の息子であることは、今まで極秘とされてきた。

だが、ゲンマをはじめ、数多くの者がその秘密に気づき始めていた。

何故、霧の忍がその羽織を持っているんだ! という文句すら言えないほどに……

一度気づけば目を逸らせなくなる。

様々な感情がうずまくだろう……

しかし、今は試験中だと気を引き締め直し……

 

ゲンマが対戦者の二人を見て、告げる。

 

「第三回戦。始め!」

 

闘いの火蓋が切って落とされた。

それと同時に。

ナルトはホルスターからクナイを抜き、そのマーキング付きの術式クナイを我愛羅目掛けて放つ。

そして、すぐさまチャクラを練り上げ、印を結び、術を発動した。

 

「手裏剣影分身の術!!」

 

一、二、三……

瞬く間もなく、クナイが数を増やしていく。

最終的には、数十本に増殖したクナイが我愛羅を串刺しにしようと刺し迫っていた。

ナルトは飛雷神のマーキングが付いたクナイを、今はまだ一本しか持っていなかった。

これでは例え飛雷神を扱えたとしても、ここに飛ぶと敵に教えているようなものである。

一つではダメ。

だったら、クナイを増やせばいい。

これが、ナルトの考え出した戦術。

自来也とフカサクとの修行で得た、ナルトの一つ目の成果であった。

と――

無数のクナイが視界を埋め尽くし、敵を貫かんと降り注ぐ。

だが我愛羅は、この状況で指一本動かす素振りすら見せない。

動けなかったのではなく、動く必要がなかったから。

 

「…………」

 

瓢箪から砂が噴き出し、幾つもの渇いた低音が武具の進行を止める。

ドスドスと砂に大量のクナイが突き刺さる。

クナイの洗礼に我愛羅は眉一つ動かさず、オートで防御を行う砂の盾が、その全てを防ぎ切っていた。

砂の盾による絶対防御。

我愛羅は無傷であった。

だというのに、ナルトは笑みを浮かべる。

作戦通りだったから。

自分の術中に気づいていない相手に、笑みを浮かべる。

辺り一面に広がる術式クナイ。

これで準備は整った。

そして……

次の瞬間。

印を結ぶことすらせず、

何の予備動作も見せず、

ナルトの体が我愛羅の前から……

 

――消えた。

 

「!?」

 

敵の姿を目で追おうとする我愛羅。

しかし、それは無理な話であった。

ナルトの体は消えたように見えたのではなく、本当に一瞬で瞬間移動したのだから……

 

「何だ? コイツの動き……まるで見えない」

 

自身の周囲を見渡す我愛羅。

確かにナルトは我愛羅の近くにいる。

いる……が、見ることは不可能。

姿を捉えるなど不可能。

攻撃をあてるなど、なお不可能。

なぜなら……

 

 

「……あれは……」

 

呆然とした顔で呟くカカシ。

今のナルトの動き、この術を今、木の葉の里で一番よく知るのはカカシであった。

四代目火影の弟子の一人である、カカシ。

しかし、

それは信じられない出来事で、そこでカカシはガイに問いかける。

 

「ガイ。今のナルトの動き……見えたか?」

 

マイト・ガイ。

全身緑タイツに、おかっぱ、激眉。

努力・根性・熱血の三拍子が揃った、一見ふざけた容姿の忍。

(本人はふざけてなどいない)

だが、その実力は 木の葉最強の上忍・はたけカカシをしても、ライバルと認めざるを得ないもの。

特に、体術においては、おそらく忍界最強であると……

しかし、ガイはこう答える。

 

「見えなかった……」

 

木の葉でガイより速く動ける忍は存在しない。

その彼が厳かな声音で、

 

「点としてなら見れる……動きが見切れない…とまではまだ言わない。だが……」

 

そこでカカシが、

 

「動いている瞬間は見えなかった…か?」

「ああ、まったく見えなかった……目で追えるスピードではない」

 

ガイは断言した。

冷や汗を流しながら……

いや、一番驚いているのは他ならぬカカシだ。

今、ナルトが使っている術は間違いなく、

 

「ミナト先生……」

 

カカシの師が使っていた「飛雷神の術」なのだから……

 

 

会場にいる何百、何千という人々が試合に釘付けになる。

そんな中、ナルトが速攻をかける。

 

「おらぁあ!」

「ぐ……」

 

右手を振り上げ、我愛羅の頬を殴り飛ばした。

察知すらできずに打撃を受け、我愛羅が地面に背を打ちつける。

それを見て、

 

「へっ、以前は一発殴るのに殆んど全力出しちまってたが、今は簡単に殴り飛ばせるってばよ!」

 

拳を握り、己の成長を実感するナルト。

 

「…………」

 

我愛羅は殴られた箇所からポロポロと砂をこぼし、立ち上がる。

死の森で闘った時と同じような光景。

以前と殆んど同じ光景であった。

ナルトが急激な成長を遂げたところを除けばの話だが。

 

「わりーが、お前だけに時間を使う訳にもいかねーからな…オレの新術で一気に終わらせてやる」

 

十字に印を結び、

 

「多重影分身の術!!」

 

チャクラのうねりとともに、八人の分身ナルトが現れた。

本体のナルトが分身ナルトに指示を出す。

 

「みんな、あれをやるってばよ!」

「「「おう!」」」

 

分身ナルトの一人が、本体のナルトの右手にチャクラを圧縮していく。

チャクラの回転→威力→留めるを極めた四代目火影が残した難易度Aランクの超高等忍術。

螺旋丸がナルトの手に託される。

その直後。

九人のナルトが一斉に術式クナイを手に取り、

 

「「「行くぞォオ!!」」」

 

チャクラを足に集め、加速し、駆け出した。

螺旋丸の威力は我愛羅も予選で見ており、

 

「チッ!」

 

舌打ちしながら、瓢箪から大量の砂を取り出し、自身の体に纏わせ、さらにその周囲にも砂の輪を作り、360°の警戒態勢を敷く。

が、

そんな警戒では、今のナルトは止められない。

我愛羅を円で囲むようにナルト達が分散し……

一瞬。

瞬く間もなく、九つの光芒が閃く。

本当に一瞬で、九人のナルトが再び姿を――消した。

ある者は予めばら撒いておいた術式クナイへ。

ある者は別の分身が持っている術式クナイへ。

ある者は瞬間移動を行いながら、術式クナイを投げ、マーキング場所を移動させ。

まるで魔法陣を描くかのように――黄色い閃光が舞い踊る。

その光景に会場全体が混乱の色を見せた。

喧騒とした雰囲気の中、試験官のゲンマはカランと、咥え千本を地面に落とし、

 

「……なんだ…これ。これじゃあ、本当に」

 

狼狽した表情の上に、期待やら、驚愕やら、様々な感情を隠しきれていなかった。

彼がそう思うのは当然である。

不知火ゲンマは木の葉隠れの特別上忍で、元々は四代目火影、ミナトを守る護衛小隊の忍だった。

その役職の影響もあり、ゲンマは四代目火影から飛雷神の術を学んでいた。

だが、ゲンマにできるのは精々三人一組で、誰か一人を飛ばすのがやっとである。

だというのに。

今目の前にいるナルトはたった一人で、しかも何十回と連続で飛雷神を行っているのだ。

会場全体が狐につままれた気分となっていた……

 

そんな空気を切り裂くかの如く、自身のスピードに欠片もついて来れていない我愛羅に向かって、分身ナルトが術式クナイを投げ込んだ。

その一閃が一筋の光条を描き。

本体のナルトが光の矢と成りて。

閃光――

神速の速さで我愛羅の懐に飛び込み、

 

「くらいやがれ!!」

 

螺旋丸を片手に、

 

「飛雷神・螺旋乱舞閃光陣の段・玖式!!」

 

新術を叩き込んだ。

 

「ぐぉおぉおぉおお!」

 

体を強烈に回転させ、我愛羅が吹き飛ぶ。

その勢いは止まることを知らず、最後には壁に激突し、砂埃を巻き上げながら、ドサッと音を立て

……赤髪の少年は地面へと倒れ込んだ。

倒れ伏す我愛羅に、ナルトは肩で息をしながら、

 

「へっ……見たか!」

 

勝ち誇った顔を見せる。

砂の防御の上からとはいえ、螺旋丸を叩き込んだのだ。

試合終了。

ナルトは自身の勝利を確信していた。

今の技をくらえば、どんな奴でも立てるはずが……

 

「あは、あはハハ…アハハハハハ!!」

 

口から吐血を流しながら、

 

「そうか! お前はオレを傷つけるほど強いのか! アハハハハハ!!」

 

目を血走らせ、闘いに飢えた叫びを響き渡らせる我愛羅。

螺旋丸を受けたにもかかわらず、立ち上がるどころか、さらに好戦的な態度を見せてくる。

確かにナルトは、相手を殺してしまわないように……と、少し手を抜いて奥義を放った。

だが、それでも必殺には変わりない。

変わりないはずなのに……

ナルトは得体の知れない相手に唾を飲み込み、

 

「な、なんだってばよ……コイツ……螺旋丸をあてたのに……」

 

ジリジリと無意識に足を後退させる。

そんなナルトとは対称的に、我愛羅は舌を舐めずり回し、

 

「次はオレの番だ! さあ、最高の殺し合いを始めよう!」

 

印を結び、最後に両手をパンっと打ち、

 

「流砂瀑流!!」

 

術を発動させた。

突如。

瓢箪だけではなく、会場の地面の砂も使用した巨大な砂の津波が発生する。

 

「な!?」

 

数十メートルはあるだろうか?

突然発生した津波に、驚きの声をあげるナルト。

正直言って、逃げるだけなら難しくはなかった。

ただクナイを投げて、飛雷神の術を使用すればいい。

しかし、それで場外などと理由をつけられ、敗けにされてはたまったものではない。

どうするかナルトが思案していた時、

 

『ヤバそうだな……ナルト』

 

腹の底から、愉しげな声で、九喇嘛が話しかけてきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

木の葉崩し 始動

流砂瀑流。

押し寄せる砂の津波。

数十メートルはあるだろうか?

術式クナイの分身だけでなく、会場に生えている木々すらも飲み込み、濁流の流れが全てを呑み込まんと、こちらに迫り来る。

そんな非現実的な状況で、心の内から九喇嘛がナルトに声をかけてきていた。

 

『ナルト……奴は、ワシ達ほどではないが、そこそこに強い』

『そ、そんなのこれ見りゃーわかるってばよ!』

『出し惜しみはなしだ! ワシも力を貸してやる』

 

妙木山での日々は、何も修業ばかりではなかった。

いや、毎日修業ばかりだったが、それだけではなかった。

この一月で、ナルトと九喇嘛は『友達』と呼び合うほどに、互いに打ち解け合っていたのだ。

そんな友の声に、ナルトは笑みを浮かべ、

 

『へへ、じゃあ一丁やりますか!』

『フン』

 

次の瞬間。

メラメラ。

陽炎が揺らめき、ナルトの体がオレンジ色のチャクラに包まれる。

九喇嘛と一心同体の状態になり、目に見えるほど鮮明なチャクラがナルトの体内から溢れ出し、衣を被せるように、その身体を纏っていた。

ゴォゴォと周囲に烈風を巻き上げながら、ナルトは十字に印を結び、

 

「多重影分身の術!!」

 

チャクラのうねりとともに現れたのは、200人の影分身であった。

すぐさま分身達が手を重ね合わせ、

 

「「「螺旋丸!」」」

 

100個の螺旋丸を作り上げ、押し寄せる砂の津波に向かって、一斉に駆け出す。

一つ一つが必殺の威力を誇る螺旋丸。

幾つもの碧玉が、辺り一面に広がっていた。

と――

ナルトの群れが右手を掲げ、突貫。

 

『やれ……ナルト!』

 

九喇嘛の激励にナルトは、『おう!』と応え、力技で術を叩き込んでいく。

 

「「「螺旋超多連丸!!」」」

 

ボン ボン ボン ボン ボン!!

 

一発撃つ度に分身も消えていくが、砂の津波もみるみるとその形容を崩し、崩壊していく。

凄まじい忍術と忍術のぶつかり合い。

ハクとサスケの試合同様、もはや下忍レベルなど遥かに越えた闘いをする二人に、

 

「スゲーぞ!」

「あの術って、四代目様のやつだぞ!」

「いやいや、砂の方も負けてないぜ!」

「この二人に勝てる中忍なんているのかよ……」

 

わー、わー、わー、わーと、会場の熱がここぞとばかりにヒートアップしていた。

本来、試合中は静かにするのがマナーなのだが、そんなことはお構いなしに盛り上がる。

そして、ここにも一人盛り上がる者がいた。

我愛羅はいつものような無表情ではなく、残忍な笑みを隠すことなく表面に出し、

 

「それだ! その力だ、うずまきナルトォ!!」

 

と叫びながら、見たこともない印を結び始め、

 

「今度はオレのとっておきを……お前に見せてやる……」

 

自身の体を砂の球体で覆い始めた。

今までの比ではない高密度な硬さを誇る、絶対防御。

砂の津波を抜けた数人のナルト達がそれを見て、

 

「何だかわかんねーけど、お前の企み通りに進ませるかよ!」

 

とりゃーと、かけ声を上げ、守りを固めようとしている我愛羅に突っ込むが……

ボン! ボン!

完成された砂の球体から伸びてきた、槍のような形状をした砂の矛に体を貫かれ、あっさりと返り討ちにされてしまった。

 

津波が治まり、分身達も消え、今一度場が静まり返る。

不気味なまでの静寂の中。

我愛羅が球体という絶対防御の中で、彼だけに許された印を結び始めていた。

それを観客席から見ていた一部の忍達に、緊張の色が走り始める。

我愛羅は今回、砂と音が立てた作戦……

木の葉を潰す作戦のキーパーソンの一つであった。

砂の守鶴。

それが我愛羅の正体。

砂隠れが保有する最終兵器。

守鶴の覚醒と同時に、作戦が開始される。

我愛羅が印を結び始めた今、それはもはや秒読みに差し迫っていた。

ただならぬ空気が場を支配する。

 

『…………』

 

それを感じ取った九喇嘛が、むくりと体を起こし、

 

『……ナルト』

『ん? どうした?』

『こいつはマジでヤバいぞ……』

『どういうことだってばよ?』

『あの我愛羅とかいうガキ……クソ狸を呼び起こすつもりらしい……』

『狸?』

『ワシと同じ尾獣の一人だ』

『…………え?』

 

九喇嘛の言葉を理解できず、首を傾げるナルト。

そんなナルトに、九喇嘛が追い討ちをかける。

 

『木の葉を潰すつもりか? まぁ、ここまで人が集まっていやがる場所で、あのクソ狸を出せば、一瞬で壊滅的なダメージを与えられるだろうがな』

 

なーんて、とんでもないことを言ってきて。

ナルトは漸く事態を理解し。

クソ狸って誰?

尾獣?

どういうことだってばよ?

いや、理解していない部分も多いが、

かなり多いが、

兎に角叫ぶ。

心の中でだが……

 

『ど、どーすんだってばよ!?』

『ワシに尋ねても知らんとしか言えんぞ』

『いやいやいや、さすがにマズイじゃねーか! っていうか、九喇嘛はドーンって出て来れないって言ってたじゃねーか!』

『正確には、今はまだ無理と言うべきだな。だが、あのクソ狸の人柱力は別のようだ……』

『そんなことさせられっか! 止めんぞ九喇嘛!』

 

と、ナルトが突っ込もうとするが、それに九喇嘛は否定的な意見を述べる。

 

『何故だ?』

『え?』

『木の葉の奴らがワシらに何をして来たのか、忘れたのか……ナルト?』

『そ、それは……』

『因果応報だ。今まで自分達大国は痛い目を見ないと高をくくってきたこの里には、丁度いい薬じゃねーか』

『……確かに、木の葉の奴らはオレだって嫌いだってばよ』

 

蔑んだ視線。

訳のわからない差別。

木の葉の忍に殺されかけた時のことを思い出すナルト。

九喇嘛は鼻息を吐き、

 

『フン……なら、放っておけば……』

『だけど!……だけど、木の葉にだっていい奴はいる』

『…………』

 

無言でナルトの話を聞く九喇嘛。

ただただ、友の結論を待つ。

 

『それに……ここで見捨てちまったら、そんな木の葉の嫌な奴らと、オレ達まで一緒になっちまうってばよ……』

 

その言葉に、友の言葉に九喇嘛は一言、

 

『……ケッ! お人好しなことだな…ナルト』

『だ、ダメか? やっぱ……』

『……チッ! やるならさっさとやれ!』

 

九喇嘛の方がナルトの意見に折れた。

ナルトは、にしししと笑い、

 

『やっぱり、お前は最高の相棒だってばよ!』

『フン……!』

 

照れ隠しで返事をする九喇嘛に背を向け、自分の意識を試合に戻す。

 

(さっき分身達が攻撃しても、変な砂の槍みたいなやつで反撃されたから……だったら)

 

ナルトは再び十字に印を結び、

 

「影分身の術!」

 

ボンっと分身を一体出し、右手に螺旋丸を、左手にクナイを携える。

数秒後、術が完成し、準備が整う。

役目を終えた分身が消えた途端、ナルトは砂の球体目掛けて一直線に走り、加速した。

ぐんぐんと距離を縮め、我愛羅へ一気に迫る。

が、その時。

ナルトが近づいたのを察知した砂の球体が、槍を形成し、円錐状の矛を穿ってきた。

その瞬間。

ひゅん!

ナルトは左手で逆手に持っていた術式クナイを、砂の球体目掛けて、真っ直ぐに投擲。

鋭い一閃が直線を描き。

そのクナイが、

キィン!

と、高密度な砂の絶対防御に弾かれた――瞬間。

ナルトが神速の速さで、自身を突き刺そうと迫っていた槍の一突きを躱した。

刹那の閃光。

自身の身体を弓と化し。

宙を舞っているクナイへ、光の矢を放つ。

ナルトの姿が会場から――

黄色い閃光が、全てを置き去りにする。

次の瞬間。

ナルトの左手には、宙を舞っていたはずの術式クナイが握られていた。

飛雷神の術――

まさしく目にも止まらぬ電光石火。

そして……

 

「螺旋丸!!」

 

乱回転するチャクラの球を、砂球の真上から叩き込んだ。

その動きは、先ほど返り討ちにされた分身達とは明らかに別次元のものであった。

砂の盾が反撃はおろか、こちらの姿を捉えることすらできないスピード。

さらには、

 

「突き破れぇええ!!」

 

絶対防御を貫き、突き破る威力。

螺旋丸が壁を削り、砂の球体を霧散させる。

そして、穴蔵から現れた我愛羅の体に……

 

「……母さん……何これ……痛いよ……ぐぁぁあああああ!!」

 

その肩に、螺旋丸を叩き込んだ。

我愛羅の体は術の衝撃に一秒足りとも耐えきれず、地面へ等身大の窪みを作り、めり込むように倒れ伏した。

だが、これで終わりではない。

ナルトは我愛羅の肩に触れている右手を、さらに押しつけ、

パッ!

マーキングの術式をつける。

これが妙木山で得た、二つ目の修業の成果であった。

とはいえ、この修行はまだ未完成であった。

今はまだミナトの術式のように、一度つけたら二度と消えない…というほど便利なものではない。

修業を手伝ってくれた自来也やフカサクも、完璧には飛雷神のことを理解していないのだ。

それゆえに、ナルト自身がつけたマーキングの術式は、精々一日で消えるものでしかなく……

予め色々な物にマーキングをつけていたミナトの戦術を、そのまま真似することは、今のナルトには、まだ不可能であった。

しかし、

一日あれば……それで十分。

 

「ぐっ……はあ、はあ、はあ……」

 

砂の盾も崩れ、大ダメージを受けた我愛羅が息も絶え絶えに立ち上がる。

今の一撃で肩が潰れたのだろう。

血の滴る半身を片手で押さえ、息を荒げている。

それでもなお、その瞳から闘志の炎は消えていなかった。

闘いを続けようとする我愛羅。

螺旋丸を二発も受け、まだ立っていられるとは……

それだけでも驚嘆の事実である。

だが……

次の瞬間。

ナルトが我愛羅の後ろへ、飛雷神で跳躍し、

 

「……終わりだってばよ」

「……なっ!?」

 

驚く我愛羅の首筋に、クナイを突きつけた。

ナルトはクナイを手にしたまま、

 

「お前、オレと同じ人柱力なんだってな……」

 

相手に言葉をかける。

我愛羅はそれには無表情で、

 

「……そういう呼ばれ方もある。で、それが何だ?」

「お前が以前、オレとお前は同じだって言った時、オレは違うって言ったけど、今ならお前の言いたかったことがわかるってばよ……」

「………………」

「けど、やっぱり憎しみを撒き散らすお前の生き方に、オレは……何て言うか……それはやっぱり違うって思うんだ……」

 

何とか我愛羅を説得しようとするナルト。

だが、もう口でどうにかなる問題ではなくなっていた……

我愛羅は淡々とした口調で、

 

「オレは生まれながらの化け物だ」

「!」

「他者はオレを測るものさしでしかない……」

 

冷たい眼差しで言い切る。

まるで心までが凍ってしまっているような、

いや、実際にそうなのかも知れない。

その、全てを拒絶する瞳に、

まるでかつての自分を見ているようで、

ナルトは顔を歪めながら、

 

「な、何でそんな歪んだ考え方しかできねーんだよ、テメーはよ!」

「……オレが歪んでいるのではない」

「え?」

「この世界が歪んでいるのだ。うずまきナルト」

「……う……」

 

ナルトは我愛羅にクナイを突きつけている。

しかも、相手は立っているだけで精一杯のはず。

いつ倒れてもおかしくないほどボロボロで……

誰の目から見ても、ナルトの勝ちが殆んど確定している状況。

だというのに……

我愛羅の獰猛としたその瞳には、敗北という二文字は存在していなかった。

それどころか、勝負はここからだと言わんばかりに、何か目に見えないものを発していて……

見えないはずなのに、ナルトにはそれがわかって……

 

(マジで、マジで、コイツ何者だ!)

 

我愛羅のただならぬ圧力に、ナルトの心は少しずつ気圧され始めていた。

 

「お前はオレと同じく、本当の孤独を知る目をしている。矮小な人間という生き物を知っている」

「…………」

「誰もオレ達の存在を認めない。なら、自分自身がその存在を証明してやればいい……オレ以外の人間はただ殺されるためだけに存在している」

「…………」

「闘いとは互いの存在を懸け、殺し合うことだ。勝った者だけが相手の存在を踏みにじり、己の価値を証明できる……さあ……」

 

膨大なチャクラ。

禍々しいチャクラの奔流とともに、

 

ずずずずずず……

 

砂が我愛羅の体を覆い、頭、腕、足。

それら全てが異形のものへと変化し始め……

 

「感じさせてくれ!!」

 

冷たい声が会場に響き渡った。

その人と呼べるのかすらわからない姿に、ナルトは思わずクナイを引いてしまい……

そんな隙を我愛羅が見逃してくれる訳がなく、こちらを振り向き、

 

「ウォオオオオオ!」

 

いつの間にか生えていた狸の尻尾で、ナルトの体を叩き潰そうと。

完全に無防備となっていたナルトに鉄槌が……

だが、

 

『しっかりしやがれ! ナルト!』

 

バシッ!

狸の尾を、九喇嘛がチャクラで形取った尾で相殺した。

衝撃で二人の距離がひらく。

それにナルトは肝を冷やしながら、

 

『わりー、九喇嘛……』

『相手の言葉に惑わされるな。お前はワシとコンビで闘っているんだぞ! 敗北はワシが許さん! しかも相手はあのクソ狸だ!」

『……もしかして九喇嘛とその狸って、仲わりーの?』

 

というナルトの質問を九喇嘛は無視し、

 

『あの砂のガキが尾獣化を始めれば、流石に今のお前では分が悪い……さっさとケリをつけろ!』

 

ナルトに忠告を送る九喇嘛。

尾獣化という知らない単語に一瞬思考を鈍らせるが、我愛羅の姿を見て、時間がないのはなんとなく悟っていた。

我愛羅の今の姿は、小さな尾獣そのものと化しており、もはや一刻の猶予もない。

 

「……次で決めるってばよ」

 

ナルトは手元にある術式クナイに分身をかけ、数を六本に増やす。

それを左右の手に三本ずつ持ち、九喇嘛に作戦を話す。

 

『九喇嘛』

『何だ?』

『今からオレの最終奥義。螺旋閃光超輪舞吼参式をやる……お前も手伝ってくれってばよ!』

 

などと自信満々に言うナルトに、九喇嘛は底知れぬ不安を覚えた。

何かわからないが、絶対上手くいかない予感がして、

 

『……待て、ナルト。それはお前達風で言えば、いわゆるフラグってやつじゃねーのか……』

 

作戦の変更を提案するが……

それに構わずナルトが我愛羅に向かって、

 

「行くぞォ!! 螺旋閃光超輪舞吼……」

 

奥義を繰り出そうとするが、

その声を我愛羅が雄叫びを上げ、かき消す。

 

「オレはお前を殺すことで生の実感を得る! オレの存在は消えない! ウオオォオォオ!!」

 

ド――ン!!

 

ナルト達が登場した時と同じぐらい大きな白い煙が巻き上がる。

そんな煙の中ですらも、姿が見えるほどの巨体。

天を衝く咆哮。

ただの一歩が地響きを起こす。

ただの一撃が世界に轟く。

人智を超えた力。

風の国、砂隠れの里の最終兵器。

一尾の守鶴が完全な形となって姿を現した。

 

同時刻。

観客席にいた音忍のスパイ、カブトが静かに印を結び、

 

「涅槃精舎の術」

 

幻へ誘う白い羽が舞い落ちる。

広範囲の幻術をかけ、会場にいる忍を除くほぼ全ての者を昏睡状態に陥れていた。

そして、砂と音の忍が作戦を開始する中。

カカシ、ガイ、再不斬、ハク、長十郎、サクラをはじめ、幻術返しを使える忍達が次々と、

 

「「「解!!」」」

 

行動に移り始める。

下にいたナルトも、

 

「あれ……なんだってば……これって……もしかして?」

 

幻術にかかりかけていたところを内側から九喇嘛が叩き起こす。

 

『寝るな! 幻術だ!!』

 

自分以外のチャクラを流し込める人柱力のナルトには、幻術は効かないようになっていた。

 

『さ、サンキュー、九喇嘛』

『やはりか……想像通りの事態になりやがったな……』

『え?』

『辺りを見回してみろ……』

 

九喇嘛の言葉に従い、周囲を見回すナルト。

 

ガキン! ギィン! ザク! ズシャ!

 

そこかしこから戦闘音が聞こえる。

そこかしこから死が蔓延する。

殺意。

悲鳴。

大量の血。

数え切れない死。

忍達だけではない。

男、女、子供、老人。

国も里も区別なく。

次々と人が死んでゆく……

 

『な、なんだってばよ……これ……』

『……これはもはや、小さな争いなどではないな……戦争が始まってやがる』

 

突然の事態に困惑するナルト。

だが、一秒ごとに現実は刻々と針を回す。

守鶴の姿をした我愛羅が動き始めた。

突如、空から声が堕ちてきた。

 

「クク、ここまで楽しませてもらった礼だ……まずはお前を消し飛ばしてやる!」

 

息を大きく吸い込み、

 

「風遁・無限砂塵大突破!!」

 

――轟音。

砂塵を含む爆風をナルト目掛けて放ってきた。

術などという生易しいレベルの技ではない。

小さな天災レベルの戦術兵器。

それにナルトは思い切り、術式クナイを横へ投げ飛ばし、

 

「くっっ―――!!」

 

飛雷神で飛び、何とか回避する。

次の瞬間。

凄まじい爆音とともに、

ナルトが元いた場所から、後方の観客席までもが原形をなくし、瓦礫の山へとその景色を変えていた。

ただの一撃が、地図を書き換える。

当然、その観客席にいた…幻術をかけられていた者達は今の一撃で、ほぼ死んでいた……

一瞬で百を超える命があの世へと……

本当に現実感など湧かないほど、あっさりと……

 

 

――そして

この闘い……いや、戦争を引き起こした張本人の風影……に、扮していた大蛇丸は一番見通しの良い屋根の上で、

 

「ククク……ついに始まった……」

 

三代目火影にクナイを突きつけていた。

あちらこちらから戦闘音と悲鳴の声が聞こえ始める。

大蛇達が門を越え、町を踏み荒らし、砂と音の忍が続々と木の葉の里へ侵入して来た。

その状況で、三代目火影は目線だけを大蛇丸に向け、

 

「……そういうことか……」

「アナタの愚鈍さが木の葉を後手後手に追い込んだ……私の勝ちだ」

「ふん、全てのことはその終わりまでわからぬ……そう教えたはずだったな……大蛇丸」

 

自身の正体を言い当てられ、大蛇丸が変化の術を解く。

それに一瞬だけ、残念な想いを込め、しかしすぐさま目に力を入れ、三代目火影は大蛇丸を睨み、

 

「いずれこのような日が来るとは思っていた……しかし、ワシの首、そう容易くはないぞ!」

「言ったはずですよ……早く五代目をお決めになった方が良いと……三代目…アナタはここで死ぬのだから……」

 

五大国の各国は、約二万人前後の忍達を有している。

そして今回の戦争では、砂隠れが約五千人。

音が三千人の忍達をこの戦争に投入してきていた。

対する木の葉の里に現在滞在し、かつ動ける忍は約一万と二千人。

数の上では、木の葉が有利。

しかし、戦場も木の葉の里。

当然、守らなければならないものも沢山あり……

木の葉vs砂と音。

互いの力がほぼ拮抗した状態で、両国は闘いを始めるのであった。

 

木の葉崩し。

里と里の歯車が回り始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一触即発 九喇嘛vs守鶴

木の葉の地下。

木の葉の闇。

そこには今、戦時下だというにもかかわらず、千の忍が集結していた。

根の暗部面を着けた忍。

木の葉の戦力となりうる忍。

それが、

戦争に参加せず……

集まっていた。

ある男の呼びかけに従い。

包帯で片目と片腕を隠した、野心に満ちた目を持つ男。

闇の忍。

志村ダンゾウに従って。

そして、そのダンゾウが皆の前に立ち、宣する。

 

「これでヒルゼンの時代は終わる」

 

淡々と。

三代目火影は終わると。

この戦争で、終わると。

それに部下の一人が、

 

「我々も戦争に参戦した方がよいのでは? ダンゾウ様が上に立たれたとしても、木の葉に住まう人々がなくなった後では意味がありません」

 

と、言う。

だが、ダンゾウは首を縦に動かさず、

 

「この戦争は大蛇丸を中心に引き起こされたもの。奴はヒルゼンの教え子。老いたとはいえ、ヒルゼンもただでは殺られまい……それなりの被害は受けるだろうが、儂にとっては必要な犠牲だ」

 

闇の忍の代名詞が、己の野望を口にした。

 

「儂が火影になるためのな」

 

ダンゾウは何も考えなしで、力を温存している訳ではない。

三代目火影に嫌がらせをしたい訳でもない。

ただ、霧に奪われた形となっている九喇嘛。

九尾を取り返す必要があると考えていた。

今の木の葉には尾獣が一体もおらず、各里との尾獣バランスが完全に崩壊している。

これは木の葉の弱味だ。

そして、こうなってはもはや自らが九尾をコントロールする……人柱力になるしかない。

そう考えていた。

野心もあるが、彼なりに木の葉を想えばの結論であった……

だからこそ、

根はひっそりと時を待つ。

 

 

場面は上へ。

中忍試験会場ステージ。

だった場所。

で、

今ナルトは、とんでもない事態に直面していた。

 

「アハハハハハハ! 逃げているだけか、うずまきナルト!」

 

50メートルはあるだろうか?

そんな化け物。

一尾の人柱力である、我愛羅に命を狙われていた。

大事件である。

その我愛羅の、小さな災害とも呼べる攻撃を二回避けたところで、ナルトは叫んだ。

 

「何なんだってばよー!」

 

ナルト自身は飛雷神で攻撃を避けていたため、この状況で、驚くべきことに無傷でいた。

しかし、会場は滅茶苦茶である。

まだ戦争が始まってから五分も経っていないだろうに、既に死者の数は数百を超えていた。

その半分近くが、我愛羅の手によって……

圧倒的な戦力。

これが里の最終兵器。

尾獣の力。

それにナルトは、

 

「…………っ」

 

歯をくいしばる。

自分と同じ人柱力のやっていることに。

我愛羅自身の意思か、里の命令か、はたまたその両方か。

どちらかはわからないが、何故か腹が立って仕方がない。

だというのに、

 

「いつまで逃げているつもりだ! うずまきナルト!!」

 

我愛羅が息を吸い込み、三度目の攻撃を放とうとしてくる。

それをナルトは術式クナイを片手に、回避しようとする。

確かに我愛羅は強い。

だが、スピードだけなら、ナルトは我愛羅の遥か上をいっていた。

正直、逃げようと思えば、いつでも逃げられるほどに。

しかし、木の葉の里を見捨てていいのか? と悩み、その決断ができずにいた。

そんな時。

ふと、自分の後ろにいた人物に気づく。

その人物は観客席にいた。

それは暫く会っていなかった人物だが、ナルトにとって、大切な人の一人で……

 

「なっ!? 風雲姫の姉ちゃん!」

 

と、その人物の名を叫んだ。

元々、雪の国に帰るまでは、風花小雪姫は火の国で女優の仕事をしていたのだ。

当然、中忍試験本選の案内状は毎回送られており、今回はナルト達が出ることを知ったため、内密で応援に来ていたのだ。

それをナルトが、奇跡的に見つけたまでは良かったのだが……

 

「………………」

 

今はカブトの幻術にかかり、寝てしまっていて…

 

「や、やべぇ」

 

ナルト一人なら、どうとでもなる。

だが、風雲姫を守るとなれば、飛雷神を二回使う必要があった。

ナルトが風雲姫の所へ移動するのに一回。

さらに攻撃を避けるのに一回。

二回クナイを投げる時間は、もう……ない。

風雲姫を守るには……

 

「すぅぅぅぅぅ」

 

今にも技を放とうとしている我愛羅を、正面から迎え撃つ必要があり……

ナルトは九喇嘛に呼びかける。

 

『九喇嘛!』

 

それに九喇嘛は、

 

『フン、言われるまでもねェ』

 

ナルトが言葉を発するまでもなく、チャクラを送ってきて。

そんな九喇嘛に、サンキューと心の中で呟きながら、印を結ぶ。

 

亥 戌 酉 申 未

 

「口寄せの術!!」

 

ド――ン!!

 

一際大きな煙を立ちのぼらせて、ナルトの呼び声に応えたのは……

 

「喚ぶのが遅いじゃろうが、ナル……のォ!?」

 

満を持して、再び登場したガマブン太。

その大ガマにいきなり、

 

「風遁・無限砂塵大突破!!」

 

砂塵の嵐が吹き荒れる。

それにガマブン太は、すかさず印を結び、

 

「水遁・水陣壁!!」

 

口から大量の水を噴出し、防壁を作り、

ザブーン!!

大規模な忍術がぶつかり合う。

我愛羅の起こした砂の津波ではなく、正真正銘、本物の津波が発生した。

そんな闘い。

一尾の守鶴の姿をした我愛羅と渡り合う、ガマブン太とナルトに、

 

「いいぞー!」

「何て闘いだ……」

「す、すげぇ」

「皆もぼやぼやするな!」

「我々も援護するぞ!」

 

などと、我愛羅を止められずにいた木の葉の忍達が口々に言い出し始める。

が、そこでガマブン太の頭に乗るナルトの横に、一人の少年が跳んできて、

 

「ナルトくん! これ以上目立つのはマズイです」

 

と、ハクが言って。

そのすぐ後に、長十郎も跳んできて、

 

「ナルトさん。僕達は霧の忍です。これ以上戦争に参加するのは、色々と危険ですよ」

 

言葉を繋ぎ、

最後に、再不斬が後ろに跳び乗り、

 

「何から驚きゃいいのか、わかんねーが……

ナルト! 兎に角、今は逃げるぞ!」

 

第一班が撤退を促す。

そんな風に、わらわらと自分の頭に乗る三人をガマブン太がギロリと睨み、

 

「なんじゃ、ワリャ! お前ら、ワシの頭にポンポン勝手に乗りおってからに〜 遠足気分か!」

 

それにハクが少し低い声で、

 

「すみません、ガマブン太様。ですが、今は不測の事態ですので、どうかお許しを……」

「……フン」

 

ガマブン太は鼻息で返事した後、我愛羅の方を見て、周りを見渡して、ナルトにさもめんどくさそうな声音で、

 

「ありゃ……砂の守鶴じゃがな……それに、こりゃ大蛇丸の仕業かのォ?」

「大蛇丸? 誰だってばよ?」

「自来也のあほと同期の奴じゃ……そんなことより、ナルト。どうするんじゃ?」

「え?」

「闘うにしても、逃げるにしても、はよ、選ばんかい。せやないと……」

 

そこで、我愛羅が笑う。

心の底から愉しそうに笑う。

自分の獲物に歓喜し、

殺戮を楽しむ。

ニタニタと顔を緩ませ、

 

「面白い! 面白いぞ! うずまきナルトォ!!」

 

叫びながら、我愛羅の元の体が守鶴の頭の上に、ずずずずっと、姿を現した。

そして、印を結ぶ。

 

「ここまで楽しませてくれた礼だ。砂の化身の本当の力を見せてやる」

 

世界をねじ伏せる力を――解放した。

 

「狸寝入りの術!!」

 

次の瞬間。

守鶴の目が一度ぐりんっと回り、

軋んだ歯車が回り、

絶望が始まる。

完全な尾獣が目覚める。

破壊が口を開く。

 

『ひゃっはァアア!! やっと出て来れたぜェ!!』

 

テンションの高い声が鳴り響く。

本当の恐怖の始まり。

木の葉全体に咆哮が轟く。

破滅の時間。

終焉の開幕。

 

『ひゃはァ〜!! いきなりぶち殺したい奴、発け〜〜ん!!』

 

守鶴がガマブン太を指さす。

それにナルトが慌てて、

 

「ガマオヤビン、今、後ろに風雲姫の姉ちゃんがいるから、避けずに何とかしてくれってばよ!」

「風雲姫の姉ちゃん? 誰じゃ?」

「え〜と、雪の国の姫様で、すっげぇー格好いい姉ちゃんだってばよ!」

 

と紹介するナルトに、ガマブン太は声を荒げ、

 

「姫様じゃて? 何かあったら国際問題になるじゃろうが! そがーな大事なこと、はじめに言えや、ボゲェ!」

 

それに同意するように、ナルトの後ろにいた再不斬もすぐさま事態を把握して、

 

「まったくだぜ……ったく、ナルト! 姫さんはオレが連れてくるから、取りあえずそれまでの間ここを死守しろ!」

 

部下に指示を出す。

ナルトは力強く頷き、

 

「おう! やるってばよ! ガマオヤビン!」

「殺るのは、ワシじゃろが!」

 

ガマブン太が最大限に警戒し、敵を見据える。

そこに守鶴が、

 

『風遁……』

 

大きなその腹に、空気を溜め、

 

『連空弾!!』

 

ゴウッっと、聞いたこともない音を発しながら、空気咆を発射。

それに応えるように、ガマブン太もチャクラを練り、

 

「水遁・鉄砲玉!!」

 

バシュッッ!!

風と水の巨大砲が衝突。

轟音と雨の嵐。

地形を変える闘い。

周囲にいた木の葉や砂の忍もろとも吹き飛ばす。

そんな光景にハクと長十郎は畏怖を覚える。

 

「な、何て闘いを……」

「水のない所で、このレベルの水遁は、霧でも水影様ぐらいしか使えないですよ……ね」

 

大ガマの頭から振り落とされないように、足にチャクラを巡らしながら戦慄する。

味方のハクと長十郎ですら、恐怖を感じる。

それほどまでに、桁外れな闘いだった。

化け物と呼ぶしか言い様のない、規格外の獣が二匹、木の葉の中心部で熾烈な激闘を繰り広げる。

が――

しかし、そこでガマブン太は、

 

「不味いのォ……起きた段階でこの力じゃと、こっちが押されるのも時間の問題じゃのォ」

 

と、珍しく弱気な発言をしてきた。

それにナルトは僅かに身を乗り出し、

 

「オヤビンでも勝てねーのか?」

「相手は最強のチャクラを持っとる守鶴じゃ! あんなもんに、ぶっつけ本番で勝てる訳がなかろーが」

「ええー!? オヤビンが勝てないんじゃ、どーしようもねーじゃん!」

 

が、ガマブン太はすぐに返事を返してきた。

突破口を少年に提示する。

 

「策がねー訳じゃねーけどのォ」

 

ナルトはそれに食いつくように、さらに身を乗り出し、

 

「作戦があるなら、もったいぶってねーで教えてくれってばよ!」

「あの人柱力のガキをどつき起こせ! 術が解ける!」

「どうやって?」

「近づいて、守鶴の動きを一瞬止めるんじゃ! その隙をつく!」

「だから、どうやって?」

 

あんな風に暴れ回っていては、飛雷神のクナイも途中で吹き飛ばされるだろう。

守鶴に姿を変えた時点で、苦労してつけたマーキングの術式も外されてしまっていた。

普通の方法では近づくことすら不可能。

そこで、ガマブン太は作戦を話す。

 

「ガマのワシには、奴の動きを封じる牙も爪もねーけんのォ! 変化の術でそれらを持っとるもんに、変化する!」

 

ひゃっはぁァアアっと言いながら、空気砲を放ってきた守鶴の攻撃を回避しながら、ガマブン太が説明を続ける。

 

「とはいえ、ワシは変化の術が得意じゃねーけんの! じゃけんの、お前がワシの意思になって印を結べ! コンビ変化じゃ!!」

「え〜!?」

「牙と爪があるもんじゃぞ!」

 

言うや否や、ガマブン太が守鶴目掛けて走り始めた。

ハクと長十郎が必死にしがみつく中、

ナルトが牙と爪、牙と爪と頭を混乱させていた時……

 

『ナルト! ワシのチャクラを練ろ! 調子に乗ったクソ狸に、格の違いを見せてやる』

 

九喇嘛がナルトの返事を聞く前にチャクラを流してきて……

 

「いくでェ〜!」

 

三位一体の術が発動する。

 

『「「変化!!」」』

 

ボン!! と、大きな音と煙を立てて出てきたのは……

 

『よォ! クソ狸』

 

オレンジ色の体毛。

守鶴と同じぐらい大きな体格。

トレードマークの九本の尾をたなびかせた。

 

――九喇嘛であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邂逅と別離

九喇嘛と守鶴。

九尾と一尾。

狐と狸。

最強のチャクラを宿した二人が今、相対していた。

そんな奇跡的な場面。

何十年振りかの邂逅。

先ほどまで、『世界の全てがオレ様の物だ!! 』と言わんばかりのテンションで騒いでいた守鶴も、いきなりの友? との再開に……

 

『…………』

 

呆然とした面をさらしていて……

口をあんぐりと間抜けな面をしていて……

そこに九喇嘛が片手を上げ、

 

『よォ! クソ狸』

『はぁ? バカ狐!?』

 

何でテメーまで、出てくるんだ?

という、表情をする守鶴。

九喇嘛が本来、ナルトに送れるチャクラはごく僅かで、しかも精神に作用する精神エネルギーは殆んど練れないようになっていた。

ミナトがそういう八卦封印を施していたからだ。

だが、ナルトと和解し、九喇嘛のチャクラをよく使うようになってからは、封印も弱まっており、仮の姿として、コンビ変化に便乗して出るくらいの芸当は出来るようになっていた。

そんな反則技で登場した九喇嘛が、

 

『随分と世を楽しんでいるようじゃねーか、クソ狸。尾獣最弱のお前だが、礼節だけは昔から弁えていたはずが、今では『ひゃっはぁああ!』か…ククク…クハハハハ』

 

と、高笑いする。

それに守鶴は地面を揺らしながら、ドスドス地団駄を踏み鳴らし、

 

『お前ぇえええ! 久しぶりに外出たんだから、仕方ねーだろうが! 笑うんじゃねー!!』

『笑ってなどおらん。ククク…素晴らしいキャラ崩壊じゃねーか…クククっ……』

『笑いながら、しゃべってんじゃねーよ! バカ狐!!』

 

戦争中に、雑談をする二人。

だが、周囲の忍達には動揺が走っていた。

守鶴だけでも手におえない。

だというのに、今度は九喇嘛の登場。

そして、その九喇嘛の登場に真っ先に反応したのが……

 

「この! 化け狐!!」

「遂に尻尾を出しやがったな!!」

「仲間達の恨み! 今こそ晴らしてやる!!」

 

先ほどまでナルトの応援をしていた……

木の葉の忍達だった。

恨み、辛み。

憎しみ、嫌悪。

どす黒い感情を込め、一部の木の葉の忍達が愚行を犯す。

凶刃を振り上げ……

 

「「「死ねぇええー!! 化け狐!!」」」

 

起爆札付きのクナイを投げてきた。

それを九喇嘛は……

 

『…………』

 

見向きもせず、ひょいひょいと避ける。

仮にあたったとしても、あの程度ではかすり傷も負わないのだが、わざわざくらってやる理由などない。

そして、木の葉の忍達が投げたクナイは……

 

「ぐあぁああ!」

 

見事に後ろから迫って来ていた、別の木の葉の忍に命中し、爆発。

戦場に死体を増やした。

それを見た、クナイを投げてきた忍が、

 

「よくも、化け狐!!」

 

などと、訳のわからないことを九喇嘛に言っていて……

その一部始終を見ていた守鶴が、

 

『ギャハハハハハ!! おま、お前、こんな奴らを守るつもりか』

 

腹を抱えて笑う。

九喇嘛は笑い続ける守鶴に、当然といった顔で、

 

『フン、ワシが木の葉を守る訳がねーだろ』

『あ? じゃあ、何でテメー出てきやがった?』

『……ナルトのためだ』

『……は?』

 

そこで守鶴が首を傾げる。

コロコロと表情を変え、最後にギザギザの口を大きく開けて、

 

『は? お前、マジで言ってんのか?』

『……まーな』

『……はあァア? テメーが人間の味方をするのか!?』

『ワシの話を聞いておらんのか、テメーは! ナルトだけ限定だ! 他の人間など、ワシの知ったことではない』

『イヤイヤ……どういう心境の変化だ!?』

 

守鶴の質問に、九喇嘛は一度目を閉ざす。

遠い、遠い、過去を思い出すように。

九喇嘛達がまだ、人間の可能性を信じていた頃を思い出すように。

そして、

 

『コイツは……もしかしたら……じじいが最後に言っていた奴かも知れねーからな』

 

そう言った。

それに守鶴は頭に?マークを浮かべて、

 

『は? じじい? 分福のことか?』

『あ? 大福? ワシは九尾の狐だぞ。媚び売りてーなら、油揚げ一年分献上しやがれ!』

『食いもんの話じゃねえええええええ!!』

 

魂の叫び。

この戦争で、たぶん一番大きな叫び。

を、響き渡らせた後。

守鶴がハッとした顔で、思い当たったことを呟いた。

 

『……まさか、六道のじじい……か?』

 

六道仙人。

忍の祖と呼ばれる存在。

尾獣達が共通して、じじいと慣れ親しむ存在。

その六道仙人が最後に、

「守鶴・又旅・磯撫・孫悟空・穆王・犀犬・重明・牛鬼・九喇嘛。

お前達はいつも一緒だ。いずれ一つとなる時が来よう……

それぞれの名を持ち……今までとは違う形でな。そして私の中に居た時と違い、正しく導かれる。

本当の力とは何か……

……その時まで……」

そう言い残して……

 

守鶴の問いに、九喇嘛は漸くわかったか、と鼻を鳴らし、

 

『まだ背丈も小せーし、ワシにも断言はできんがな』

『…………ケッ! そんな確証もねー話で、オレ様に引っ込めって言うんじゃねーだろうな?』

『貴様……ワシの話を本当に聞いておらんようだな。誰が木の葉なんぞ守るか! ワシはお前にナルトに手を出すなと言いにきただけだ……まァ』

 

言葉を区切り、ギロリと睨みを利かせ……

 

『それが聞けねーってんなら……ワシも本格的に参戦させてもらうが』

 

突如。

凄まじい殺気が九喇嘛から噴出した。

その一瞬で、

たった一瞬の一睨みで、

 

「「「あ あ あ あ あ ああぁぁぁ……」」」

 

木の葉、砂、音。

九喇嘛の近くにいた殆んどの忍達が身動きを取れなくなる。

いつでも殺せる。

九喇嘛がその気になれば、木の葉どころか、全てが終わる。

そう思わせるほどの殺気。

そんな状況で、どこ吹く風といった態度で守鶴は話を続ける。

 

『ケッ! テメーのそういう態度が、オレ様は昔から気に入らねーんだよ!』

『ほう……なら久々に、一戦ワシと交えるか?』

『だから、そういう言い方がカチンと来るんだよ! 捕らぬ狸の皮算用ってな。そのナルトってガキが、じじいの言ってた奴か何て知らねーが、もし本当にそうなら……オレ様だって迂闊に手が出せねーだろうが!』

『………………』

『だから、オレ様がわざと見逃してやる! テメーに頼まれたからじゃねェ! オレ様の意思でだ! わかったかバカ狐!!』

『フン……頼んだ覚えはワシにもないが……やはり変わってねーな……お前も』

 

そう、話が終わった後。

一瞬の間。

狐と狸は、最後に目線で互いの名を呼び合い……

 

『解!!』

 

九喇嘛が変化の術を解いた。

大きな煙を巻き上げ、

ナルトとガマブン太が再び姿を現わす。

それに木の葉の忍達が、ほっと胸を撫で下ろす。

よかった、と心の底から……

 

だが……

 

「………………」

 

ナルトとガマブン太は九喇嘛を通じて、木の葉の忍達が取った行動を全て見ていた。

九喇嘛に……というより、自分達にクナイを投げつけてきた光景を。

一部始終。

見ていた。

と――

そこへ、片手に風雲姫を抱えた再不斬が、ガマブン太に跳び乗り、

 

「ナルトォ! お前、一回、攻撃避けただろ! こっちに飛んで来やがったぞ!」

 

鬼のような表情で叫んだ。

続けて、風雲姫が頭を抱えて、

 

「どうなってんのよ、これ〜!!」

 

人々の死。

悲鳴。

戦争。

大きな蛙。

などなど、一国のお姫様には少々刺激が強すぎる状況。

そんな風に取り乱す風雲姫を懐かしく想いながら、ナルトは振り向き、

 

「風雲姫の姉ちゃん、無事でよかったってばよ!」

「……お陰様でね。ま、無事って呼べる状況かわかんないけど……」

 

うんざりとした声音で応える風雲姫に、続けて、ハクと長十郎が駆け寄り、

 

「御無事でよかったです」

「よ、よかったぁ……危機一髪でしたね。姫様に何かあっては……」

 

風雲姫の無事に安堵の息を吐く。

そこで、頃合いを見たガマブン太が、

 

「よっしゃー! ほんじゃあ、さっさと逃げるけんの。それでええんじゃな、ナルト?」

「…………」

 

ナルトは無言で戦場を見渡す。

夥しい血が流れる。

流れ続けている戦場を。

戦況は五分五分ぐらいだろう。

だが、守鶴を止められる戦力は、どう見ても今現在の戦力では、ガマブン太以外見あたらない。

そのガマブン太に乗って逃げるということは、木の葉を見捨てるということだ。

ナルトは何やかんや言いながらも、木の葉を助けようとしていた。

自分の父親が命を懸けて守った里を。

だが……

(この世界が歪んでいるのだ……か……)

ナルトは最後に、我愛羅と同じような無表情で、木の葉の里を見渡し、

 

「わりー、オヤビン……オヤビンは、本当は木の葉を守らなきゃいけねーのに……」

「ア? どういうこっちゃ?」

「え? だって、木の葉の蛙じゃねーの?」

「何を言いちょるんなら? ワシらは妙木山のガマじゃぞ。今までは四代目や自来也が木の葉の忍じゃったから、木の葉の味方をしていただけじゃ。木の葉が筋通さん生き方するんなら、得物を向けることじゃてするわボケェ! ガキが難しいこと考えてんじゃねェわ、アホんだらァ!!」

「お、オッス!!」

 

ナルトの滑舌の良い返事を聞いた後。

ガマブン太は掌を返したかのように、期待に満ちた眼差しで、自分達を見上げる木の葉の忍達に背を向け、

 

「跳ぶぞ!! しっかり、つかまっとけーよのォ!!」

 

自分の頭上に乗っているナルト達に忠告を送り、大ジャンプをした。

 

木の葉の忍達は、四代目火影の羽織を翻し、戦場から去っていく忍を……

ナルト、ハク、長十郎、再不斬、風雲姫、ガマブン太の姿を……

ただただ見ていることしかできなかった……

そして――

抑止をなくした守鶴は、これより一時間ほど後に現れた自来也に止められるまで……

 

『ひゃっほおぉぅぅ!! 暴れ回るぜェ!!』

 

木の葉に破壊の限りを尽くすことになる。

里は地獄絵図を描くことになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

国士無双 ヒルゼンvs大蛇丸

木ノ葉の里で一番空の景色に近い場所。

里の全容を見渡せる物見やぐらの屋根の上。

硝煙と血の臭いで満ち溢れた、黒煙立ち込む木ノ葉の中心部。

 

そこには今、四方を囲む暗紫色の結界が張られていた。

音忍が作り出した『四紫炎陣』という結界忍術により、外界との接触を断ち切られた空間。

数十メートルで閉ざされた世界。

そして……

その閉鎖空間に、佇む影が二つ。

悲鳴や絶望が響き渡っている外の世界とは対照的に、

不気味なほど物静かに、

嵐の予感に粛々としながら、

猿と蛇。

二人の忍と忍が相対していた。

 

二人だけの戦場――

 

その片方の忍が、頭に乗せていた火影笠を脱ぎ捨てた。

そこで姿を現したのは、黒を基調とした鎧。火影の字を背負い、漆黒の忍装束に身を纏った好々爺然とした男。

三代目火影――猿飛ヒルゼン。

 

戦場に立つ、準備万端の相手を見て、

 

「死に際を予期してましたか……」

 

そう呟きながら、風影の服を脱ぎ捨て、

 

「ククク……またアナタと戦えるなんてね……」

 

愉しそうに、歓喜の声で姿を現したのは……

女のように艶やかな黒い長髪。紫の腰帯。蛇を連想させる獰悪な目を持つ男。

三忍の一人――大蛇丸。

 

木ノ葉崩しを計画し、実行に移した木ノ葉の抜け忍。

小国程度なら、一人でも落とせるほどの力を持った規格外の忍。

現火影の愛弟子にして、この戦争の主犯格。

 

ヒルゼンはそんなかつての弟子を、様々な想いで見据えながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「……お前が恨みで動くような男でないことはわかっている……お前には目的も動機も何もない。そうであろう?」

 

大蛇丸はそのヒルゼンの問いに、少し考えるような素振りを見せ、

 

「んー……そうですねぇ……目的なら、なんとなくありますよ。まぁ、あえて言うならば……動いているものは面白い……止まっているとつまらないでしょ? 回ってない風車なんて、見るに値せずってね……かと言って、止まってるのも、情緒があっていい時もある……」

 

そこで、さも面白そうに笑い、

 

「兎に角……今は“木ノ葉崩し”という風で、私が風車を回したい……」

 

などと、迷惑極まりないことをのたまった。

そんな大蛇丸の言葉に、ヒルゼンは、

 

「フン……相変わらずよのォ……」

 

そう言った。

吐き捨てるように……ではなく、優しさすら感じさせる口調で。

大蛇丸はヒルゼンの教え子の一人。しかも、一際手塩にかけた生徒の一人であった。

教え子というのは、どこまでいっても可愛いものである。

何故なら、今がどうであれ、かつての懐かしい想い出が変わることはないのだから。

輝かしい思い出が色褪せることはないのだから。

だが……

 

「…………」

 

ヒルゼンは覚悟を決める。決めていた。

過去がどうであれ、今の大蛇丸はテロリスト以外の何者でもない。

木ノ葉の敵。いや、風影の格好を装っていたということは……恐らく……

そこまで思考を巡らし、ヒルゼンは頭を振る。

今はそんなことを考えている場合ではないから。

大問題ではあるが、しかし、一番重要な問題はそこではない。

木ノ葉が戦場になっているということ。

それが一番、真っ先に対処しなくてはならない事柄であった。

そして、ヒルゼンは木ノ葉の里を守りし、火の意志を継ぐ忍。

“火影”である。

だからこそ……

覚悟を決めた。

かつての弟子を――己の手で殺す覚悟を。

 

『…………』

 

突如。強烈な殺気が二人から放たれる。

ヒルゼンと大蛇丸。両者が睨み合う……たったそれだけのことで……

ビシッ!

屋根の床に亀裂が走る。

次第にそれはチャクラのうねりとなり、二人の間に適度な緊張が張り詰め、時の流れが凝固する。

常人では。

否。

恐らく殆んどの上忍ですら、この場にいるだけで戦意喪失するであろう。

そんな一触即発の場面。

で――

 

『…………』

 

次の瞬間。無言で先の手を取ったのは……

 

「…………!」

 

ヒルゼンの方であった。

凄まじい速度で印を結び、風林火山。多種多様な術を発動する。

 

「雷遁・四柱しばり!」

 

地中から四本の岩柱を隆起し、大蛇丸を囲み、

 

「ぐっ…速い! それに体が痺れ…うぁぁああ!」

 

柱が電撃を放ち、

 

「土遁・粘土落とし!」

 

大量の粘土を落とし、動きを押さえ、

 

「雷遁・十六柱しばり!」

 

さらに隙間を埋め、釜を作り、

 

「火遁・素焼きの術!」

 

炎で炙り、土を固める。

火が治まり、十六の柱が崩れ落ちる。中心には人形の像が立っていた。

焼成され、陶器の形をして現れた大蛇丸。

に、最後の仕上げ。

ヒルゼンは大きく息を吸い込み、

 

「風遁・真空波!!」

 

口から一筋のカマイタチを放つ。

ひゅん!

と、鋭い音を立て、風の刃が迫る。

固まったままの大蛇丸は避けることすらできず……

風の刃はあっさりと、大蛇丸を形取った像を粉々に打ち砕いた。

プロフェッサーの名に恥じない連繋術。

呆気なく戦闘終了。

だったら、よかったのだが……

そんな訳にはいかず……

 

「…………」

 

気配を感じ取り、ヒルゼンは後ろを振り向く。

すると、そこにはやはり、

 

「フフ……流石は猿飛先生。たった一人でここまでの性質変化を扱える忍は、アナタぐらいのものでしょう」

 

という言葉とは裏腹に、汚れ一つなく、無傷で地面の下から這い上がる一匹の蛇……大蛇丸がいた。

仕留めたはずの大蛇丸は、いつの間にやら、蛇の脱け殻へと姿を変えていて……

 

「私専用の変わり身でしてね……チャクラをそれなりに多く使うのですが、非常にバレにくく、今まで見破られたことが一度もないのですよ」

「フン、お前がこの程度で殺られるなら、ワシも苦労せんわ」

「フフ…では、そろそろ本番といきましょうか」

 

ここからが本番。ということは、今まで手を抜いていたということで……

そんなことを当然のように口にする大蛇丸。

しかし、

 

『…………』

 

その意見には、ヒルゼンも賛成であった。

ここからが、血みどろ、おぞましき“忍”の闘い。

二人は一瞬、相手の出方を伺うように目線を合わせた。無言の殺気という名の圧力。

それは信じられないほど圧倒的なもので……

普通の忍なら、その殺気だけで殺されてしまうほどの……

が、ここにいる忍は普通などではなかった。

 

『…………』

 

二人の忍が互いを見据えつつ、臨戦態勢を取る。

冷たい殺気が空間に充満し、床には無数の亀裂が走り……

直後。蛇がぬるりと動く。

今度は、大蛇丸が先に印を結び始めた。

手の指が霞むような速度で印を結んでいく。

ヒルゼンはその印を見て、目を見開き、

 

「ぬぅ……まさか!?」

 

呻くように言った後。

このままではマズい! と、瞬時に親指を噛んだ。

次の瞬間。

地面に片手をつけ、同時に術を発動する。

 

「口寄せ・穢土転生!!」

「口寄せ!! 出でよ! 猿猴王・猿魔!!」

 

ボン!!

白い煙を巻き上げ、姿を見せたのは……

まず視界に映ったのが、大蛇丸が口寄せした棺。

“初”と“二”

一文字ずつ記号の記された白い棺桶が二つ。

 

『禁術・穢土転生』

それは二代目火影が考案した、死者の魂をこの世に喚び寄せる禁術中の禁術。

他者の肉体を贄とし、一種の死者蘇生を可能とした、倫理すらねじ曲げた禁忌。

 

そして、此度、あの世から喚び寄せられた者は……

ガコンと渇いた音を立て、棺の蓋が開く。

“初”と記された棺から、姿を現したのは……

黒髪の長髪。赤を基調とした鎧に、全てを受け入れるような、おおらかで優しげな雰囲気を纏った男。

 

「ほぉ……お前か……年を取ったな。猿飛……」

 

初代火影 千手柱間。

 

次に、もう一つの“二”と記された棺から、姿を現したのは……

青を基調とした鎧を身に纏い。どこか柱間と似た雰囲気を持つ、白髪頭の男。

 

「久し振りよのォ……サル……」

 

二代目火影 千手扉間。

 

かつて、戦乱の世を生き、『里』というシステムを作り上げ、一時とはいえ、動乱の時代に終止符を打った忍。

ヒルゼンの師であり、慕う人物。

今や伝説とうたわれる二人であった。

 

その懐かしい二人の姿と声に、ヒルゼンは少し声音に涙を込め、

 

「……まさか、このような形で、お二人に再びお会いしようとは……残念です……」

 

と、少々弱気な発言をする。

 

そこに、そんなヒルゼンを叱咤する声が一つ。

 

「気をしっかり持て、猿飛。感傷的になる時間はとうの昔に過ぎ去った……あの時、奴を殺しておかなかったツケが回って来たな……」

 

そう厳かな声で発したのは、ヒルゼンが口寄せした存在。

虎柄の服が特徴的な、成人男性と同じほどの体格をした老猿。

猿猴王・猿魔。

 

ヒルゼン。大蛇丸。柱間。扉間。猿魔。

五人の役者が勢揃いした。

そのいずれもが、一騎当千の強者。

存在そのものが、これから繰り広げられる闘いの熾烈さを物語っていた。

 

扉間が後ろを振り向き、大蛇丸を見る。

 

「穢土転生か……禁術でワシらを呼んだのは、この若僧か……大した奴よ……」

 

それに続き、隣にいた柱間が、

 

「だとすると、猿飛よ……ワシらは貴様と闘わねばならぬということか……」

 

苦痛に顔を歪めて、絞り出すような声で言った。

だがそこで、そんなつまらない話はどうでもいいと言わんばかりの態度で、大蛇丸が懐からクナイと二枚の札を取り出し、貼り付け、

 

「年寄りの寄り合いはその辺にして、そろそろ始めませんか」

 

それを二人の頭に埋め込む。

完全な支配権を有するために。

物言わぬ殺戮人形と化すために。

 

「いつの世も……闘いか……」

 

柱間が言い終わったと同時に、

 

「…………」

「…………」

 

初代火影と二代目火影は人格を消され、大蛇丸の操り人形と化した。

大蛇丸が先ほどクナイに貼り付けた札は、穢土転生された者を操り、その者の人格を支配する権利を得るためのもの。

そうしなければ蘇った死者が反乱を起こし、自分を呼び寄せた術者を殺してしまう可能性があるからだ。

どんな人物であれ、死んだ後のこととはいえ、他人に利用されて、いい気分などする訳がない。

だから大蛇丸は、それを未然に防ぐ手筈を整えていたのだ。

それが先ほど、二人に埋め込まれた札である。

もはや二人の忍に、柱間と扉間の二人に、肉体はおろか、魂の自由さえ存在しない。

それは――あまりに非人道的な行いであった。

忍に綺麗事を述べる資格があるのかは兎も角、それでも最低限、人として踏み外してはならない道というものがある。

それを……土足で踏みにじる所業。

だというのに、大蛇丸の顔には良心の呵責が一欠片すら見られず……

ヒルゼンは目を細める。怒りを込めた瞳で大蛇丸を射抜き、

 

「死者を愚弄しおって! 時を弄ぶとろくなことにはならんぞ!」

「ククク……知っていますか? かつて師と呼んだ者を、傷つけるという達成感と喜び! その喜びを知ってもらおうと、この場を用意したのですから……精々楽しんで下さい」

 

そう、楽しそうに、本当に愉しそうに言った。

途端。

二つの殺戮人形がカタカタと動き出す。

完全に人格を支配された柱間と扉間が、一気に駆け出してきた。

一直線にこちらに向かって……

 

「…………」

 

それをぼーっとした顔で……

呆然と眺めるヒルゼンに、猿魔が怒声を発した。

 

「しっかりしやがれ! 猿飛! 奴らはお前の知ってる初代でも、二代目でもねーぞ!!」

「!? わかっておるわい!」

 

弾かれたように意識を覚醒させる。

頭では敵だとわかっていても、数十年振りに再開した二人の姿に、柱間と扉間の姿に、動揺を感じずにはいられなかった。

が――

ヒルゼンはチャクラを全身に行き渡らせ、頭のスイッチを切り換える。

穢土転生まで発動された今、躊躇いを感じたままでは一秒後に自分が死ぬことになる。

意味のない死を遂げる訳にはいかない。

ヒルゼンは三人の敵を見据えながら、頭の中で自分達が勝つ方法を探り、思考し、展開していく。

そして答えに辿り着いた。

 

「ならば……」

 

あとは……それを実行するだけだ。

ヒルゼンはすかさず印を結び、

 

「手裏剣影分身!!」

 

屋根の瓦を風のチャクラで浮かせ、手裏剣の要領で数枚を前方へ飛ばした。放つ直前に、起爆札を貼り付けて……

くるくると回りながら、瓦が数を増やしていく。

その数。数十枚。

視界を埋め尽くすほどの物量。

それらが柱間と扉間の位置に到達した。瞬間。

 

「ぬん!」

 

ドカーン!!

ヒルゼンは印を切り、瓦に貼り付けていた起爆札を爆発させた。爆音とともに連鎖爆発が起こる。

柱間の片腕が吹き飛んだ。

術を発動するのには両腕が必要となる。

つまり……

これで暫くの間、柱間は印を結ぶことすらできないはずだ。

畳みかけるなら……今が好機。

ヒルゼンは凄まじい速度で印を結び、体を反らし、大きく息を吸い込んで、

 

「火遁・火龍炎弾!!」

 

龍の如く敵に襲いかかる炎を放出。非常に威力の高い火遁忍術。

赤い龍が迸る。

それを無感動に、死人の目で眺めていた扉間が、印を結び、カウンター忍術で迎え撃ってきた。

 

「水遁・水陣壁!!」

 

扉間の口から、多量の水が吹き出す。

それが、ジュウゥゥッ! と音を立て、ヒルゼンの火遁を跡形もなく打ち消した。

が――

ただ打ち消すためだけに、水遁が使用された訳ではない。

扉間は続けて、その周囲に満ちた水を利用した、高等忍術を発動した。

 

「水遁・爆水衝波!!」

 

床を浸す水を津波へと変換し、その激流がヒルゼンを飲み込もうと荒々しく迫ってきて……

それは、まさしく自然の高波であった。

十メートル近くある自然災害。

水のない場所では、本来、正しく印を結んだとしても、発動すらしないレベルの水遁忍術。

それを容易く使いこなす扉間。

 

これが、

古今無双。火影というレベルの闘い。

 

ヒルゼンはその津波を見た途端、水には土だと印を結び、

 

「土遁・土流壁!!」

 

口から土を吐き、強固な壁を作り出す。

洪水が突如出現した、土の城壁で塞き止められる。

ザブーン!

扉間の規格外な水遁忍術を、土遁で作り上げた小さな崖の防壁で、ヒルゼンは何とか防ぎ切った。

しかし、息をつく暇などない。

敵は扉間一人ではない。

術の対処に気を取られていたヒルゼンに、猿魔が注意を促してくる。

 

「猿飛、初代が術を発動しようとしておるぜ!」

 

ヒルゼンはその言葉で柱間を見る。

すると、そこには先ほど吹き飛んだはずの片腕を復活させて、両手で印を結ぶ柱間の姿があった……

穢土転生は術者を殺しても止められない上に、口寄せされた者は体に傷をつけられてもすぐに元に戻り、また動き出す。

さらに、チャクラ切れすら起こさない。

そんな反則的な性能を持っていたのだ。

まったく……やっかいな術じゃわい……

ヒルゼンは何とも言えない感想を抱くが……

 

「…………」

 

だが、今は柱間の術に対応しなければと頭を引き締めつつ、水の引き始めた地面に降り立った。

そして、ヒルゼンが前に出た――次の瞬間。

柱間が、彼にのみ許された術を披露してきた。

 

「木遁秘術・樹界降誕!!」

 

突如。芽が生え、木が育ち、小さな森がうねりとなって、ヒルゼンに襲いかかる。

 

土と水。

二つの性質変化を同時に扱い、発動する性質変化。

木ノ葉を築き上げたとされる伝説の血継限界。

木遁。

乱世を治めたとされる幻の術。

忍の神。最強の忍とうたわれ続ける初代火影。

千手柱間の血継限界。

 

しかし。

しかし、いかに最強とはいえ、所詮、木は木。

燃やせない訳がない。

ヒルゼンは冷静に沸き上がる木々を見据えながら、得意な火遁の印を結び、迫り来る森に向かって火を放つ。

 

「火遁・火龍炎弾!!」

 

ボォオオオオッッ!!

龍となった炎が森を燃やす。

全てを焼き払おうと轟く火龍。

だが、

 

「…………」

 

柱間は一歩足りとも引かなかった。

確かに、木は燃やせる。

しかし、その燃やす速度より、新たな大木が生え変わる速度の方が圧倒的に速かった。

不得手なはずの火遁を、小細工なしで真っ向から跳ね返してくる。出鱈目なことこの上ない。

が――

ここで退けば、ヒルゼンの体は木遁で縛り上げられることになるだろう。そうなれば敗北は必至。

ヒルゼンの敗北は、木ノ葉の終わりを意味する。

たとえ相手が忍の神だろうと、逃げる訳にはいかない。

ヒルゼンは口から炎を吐き続けながら、さらに複雑な印を結んでいく。

老体の身体に鞭を打ち、最上位の火遁を放った。

 

「火遁・豪火滅却!!」

 

炎が豪炎となり、森を焼き尽くす。

ゴオオオオオッ!!

凄まじい熱気と轟音を立てて……

そこで、漸く森の侵食が止まる。

結界に覆われているため、被害が外に出ることはないが、もし外で闘っていれば今の攻防だけで、木ノ葉の一部がなくなっていたであろう。

そんな常識外れの闘い。

地図を書き換える必要さえ出てくる闘い。

と――

それを後ろの方で、値踏みするような視線で観戦していた大蛇丸が、

 

「流石は歴代火影と言ったところですかね……

正直、猿飛先生がここまで頑張るとは思ってもみませんでした。ククク……この場を用意した身としては嬉しい限りですよ……」

 

手をパチパチと鳴らし、感心したような声音で言った。

それに、ヒルゼンの横にいた猿魔が心配そうな声音で、

 

「猿飛。お前、チャクラの方は大丈夫か?」

「…………」

 

その猿魔の問いに、ヒルゼンは押し黙る。

チャクラに余力があるか?

そう聞かれた場合の答えは……ノーだ。

火影とはいえ、よる年波には勝てない。年を取れば取るほど、生命エネルギーの源たるチャクラは枯渇していく。

だが――しかし。

弱音を吐く訳にはいかない。

弱音を吐いてはならない。

何故なら……

 

「猿魔……少し時間を稼いでくれ……あの術を使う……」

「あの術? ………!? 猿飛!」

 

一瞬、首を捻った猿魔だが、すぐにヒルゼンの考えを悟り……

しかし、その術はあまりにもリスクが高く……

 

「猿飛、てめー……」

 

死ぬつもりか?

という言葉は言わなかった。聞く必要がないからだ。

ヒルゼンは迷いのない声音で、

 

「穢土転生された者を封印するには、それしかあるまい。そして奴は、大蛇丸はワシらが止めねば、木ノ葉の里は滅びる!」

「…………」

「ワシが止めねばならん……すまんのぅ……」

「……謝んじゃねーよ! お前がそこまで覚悟を決めたんなら……最期まで付き合うさ……」

「すまぬ」

 

その言葉を最後に、二人は決意を固めた。

 

一生に一度しか許されない。

 

最大の禁術を使う覚悟を……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三代目火影 命を懸けた闘い

両親が死んだのは、彼がまだ幼い頃だった。

――戦争中のことであった。

珍しくなんてない。

彼。少年も戦争で人を幾人も殺してきた。

大人が子供を殺す。子供が人を殺す。

珍しくなんてない。

 

そんな戦乱の世を少しだけ遡った時代。

 

少年は平和な世の中を心穏やかに過ごしていた。

普通の子供達と遊び。普通の遊びを興じながら。

野を駆け、山を駆け。虫を捕まえ、忍者ごっこをして……周囲の子供達と同じように遊んでいた。

その中でも、少年が一番好きだった遊びは、忍者ごっこであった。

特別な理由はない。ただ面白かった。

『忍術』を覚えるのが。

『忍術』を開発するのが。

この世のありとあらゆる術に心を奪われていた。

ただただ純粋に……

 

そんな日が続き、少年はいつしかアカデミーを首席で卒業し、本物の忍者になる日がやって来た。

忍者は基本四人一組で行動をともにする。それは下忍になったばかりの少年も例外ではない。

そして、

 

「今日からワシがお前達の担当上忍じゃ」

 

そう自己紹介したのは、少年の班の担当上忍。

猿飛ヒルゼン。

当時、木ノ葉切っての最強上忍と言われていた傑物であった。

さらに残りの二人は、少年と同じくアカデミーを卒業したばかりの下忍。

白髪童児のエロガキ 自来也。

賭け事大好き、暴れ姫 綱手。

この四人だった。

少年はこの四人で数々の任務をこなしていくことになる。

この班は逸材ばかりのメンバーが揃っていた。

班の中で一番落ちこぼれ扱いされていた自来也でさえ、他者と比べれば一線を引くものがあり……

そんな班が各国へ名を轟かせるのに、そう時間はかからなかった。

そして……

少年はそれを心の中で、誇らしげに感じていた。

 

「木ノ葉に住まう人々は皆、家族じゃ。お前達も、この木ノ葉の里の仲間であり、家族でもある。

そして、それを守ろうとする『意志』

それが『火の意志』じゃ。

これが、お前達の強さの根源となる……

いついかなる時も、ゆめ忘れるでないぞ!」

 

そんな風に語るヒルゼンのことを、

仲間のことを、

決して口には出さなかったが――誇りに想っていた。

 

戦争が始まり、両親が殺されるまでは……

 

いつしか木ノ葉の里も激戦の波に飲まれ、少年の班もバラバラになる機会が増え始める。

そんな戦時下の中。

綱手が四人一組の小隊に、必ず医療忍者を一人配備するべきだ! という画期的な提案を、当時既に火影となっていたヒルゼンに突きつけた。

この時はまだ、激戦の真っ只中であったため、その提案はなかなか受け入れられなかったが、後の木ノ葉で、その評価が覆り、綱手は一躍名を広げ始める。

それを追うかのように、班の中で落ちこぼれと呼ばわりされていた自来也も、妙木山へ迷い込んだのをきっかけに、みるみると力をつけ始めた。

少年を追い抜く勢いで……

 

ちょうどその頃であった。

少年が今まで以上に、術の開発にのめり込み始めたのは……

他人の身体を使ってまで、『禁術』の開発に身を投じ始めたのは……

 

そして――

 

「大蛇丸……貴様、これはどういうことだ!?」

 

それが三代目火影、ヒルゼンに見つかり……

少年は――大蛇丸は木ノ葉の里を抜けた。

 

最後に後ろを振り向く。

そこにはいつもより小さく見える師の背中があった。

それでもなお、大きく輝いて見える背中だった。

蛇は明るい光を見続けると、目が見えなくなるというのに……

 

猿飛先生……アナタは眩し過ぎるのですよ……

 

 

あれから十数年。

大蛇丸は今のヒルゼンを見て、

 

「老いましたね……アナタのそんな苦しそうな姿は見たことがない……」

 

そう言った。

 

「クククク……」

 

笑いながら。

楽しそうに。愉快に。肩を震わせ、口の端を吊り上げ、何か面白いことを始めるかのように……

それにヒルゼンは、息を荒げながら尋ねる。

 

「何がおかしい?」

 

チャクラの消耗も激しく、さらに今からもう一つの術を披露するため、かなり無理をしてチャクラを練っているのだ。

苦しいのは当然。

だが大蛇丸はそんなヒルゼンを見て、やはり楽しそうに、

 

「哀れですね……かつてプロフェッサーと名を馳せたアナタですら、老いには敵わない」

 

そう言って、

ぶちぃ ぶちぃ

と、皮を剥いだ。

自分の顔の皮を剥いだ。

変化の術などではない。

本当に皮を剥いだのだ。

しかし、そこに現れたのは、見たこともない若い女の顔であり……

あまりにも面妖な光景に、ヒルゼンは驚愕の表情を浮かべ、思わず呟いた。

 

「……貴様、一体何者だ!?」

「ククク…突然すぎて、理解ができませんか?」

「…………」

「私です。大蛇丸ですよ」

「……! まさか!?」

 

そこでヒルゼンは一つの可能性に気づいた。

と、同時に。

隣にいた猿魔が、

 

「奴め……やりおったか……」

 

同じ考えに至る。

ヒルゼンは頬に冷や汗を伝わせて、

 

「大蛇丸……貴様、あの『禁術』を完成させていたのか……」

「ククク……里を出て十数年……苦労しましたよ……」

「げに恐ろしき、人外の者よ……」

 

そんな蔑みの言葉に、大蛇丸は口角を歪める。

不快な薄笑みを浮かべる。

かつての師の反応に、悦びを感じながら、

 

「この不死の術は、自らの精神をこの地に永劫とどめる法……つまり新しい肉体を見つけ、その肉体に自らの精神を入れ込み、乗っ取る転生術。

ククク……今まで昔の姿を装っていたのは、先生に懐かしんでもらおうと思ったからでして……」

「くっ……!」

「老いとは虚しいものですねぇ……アナタを見ていると、ひしひしとそう感じます」

「…………」

「アナタはここで死に、私はさらに若く、美しく強い体を手に入れる……木ノ葉は本当に、私を楽しませてくれる……」

「…………!」

 

大蛇丸の言葉に、ヒルゼンは気づいた。

 

「なるほど……次のターゲットは、うちは…サスケか……」

 

その回答に、大蛇丸はにやりと笑みを浮かべ、

 

「そう……その通り……サスケくんですよ……」

 

と、応えた後。

顔に手を掲げ、

 

「フフフ……ですが、アナタに御自分の生涯を悔い、運命を呪いながら逝ってもらうには……」

 

蛇が再び、再生する。

 

「やはり、この顔がいいですかねぇ……」

 

先ほどまでと同じ顔に戻る。

他者の体を自分のものにし、永劫の時を生きようとする大蛇丸。

もはや天才という言葉ですら、生ぬるい。

忍の域を越えた相手に、かつての弟子にヒルゼンは唾を飲み込む。

 

しかし――

 

退くわけにはいかない。

例え相手が何者であれ。本物の化け物であれ。

逃げる訳にはいかない。

 

「白蛇は幸運と再生の象徴と呼ばれる…じゃが、大蛇丸。今の貴様は悪意と絶望を振り撒くばかり……もはや生かしてはおけぬ!」

「……もう……遅い……アナタはいつも遅すぎるのですよ! 猿飛先生!」

「まだじゃ! 言葉は届かずとも、まだワシの手はお前に届く! 共に逝こうぞ、大蛇丸!!」

 

決死の決意と共に、ヒルゼンは十字に印を結び、

 

「影分身の術!!」

 

二人の分身を出す。

だが、それは……

 

「フッ……やはりアナタは老いた……焦りで自らの寿命を縮めようとは……」

 

そう評価を下す大蛇丸。

 

影分身の術。

それは均等にチャクラを分配し、実体のある分身を作り出す高等忍術。

しかし、当然大量のチャクラを消費する。

既にチャクラの少ないヒルゼンが使った場合、下手をすれば自殺行為になりかねない。

だが、しかし、ヒルゼンはそれを使ったのだ。

使わねばならなかったのだ。

木ノ葉の里の未来のために。

それに大蛇丸は気づかなかった。

気づけなかった。

 

「もう何をやっても遅い……私の勝ちです。

木ノ葉は滅びるのよ!」

「木ノ葉の里はワシの住む家じゃ! 火影とは、その家の大黒柱として、家を守り、立ち続ける存在! それは木ノ葉の意志を受け継ぎ、託す者! 簡単にはゆかぬぞ!」

「戯言をぺらぺらと……」

 

大蛇丸が吐き捨てた。

次の瞬間。

後ろで控えていた扉間が、術を発動する。

 

「幻術・黒暗行!!」

 

刹那。

周囲から色が消える。闇が空間を支配する。

扉間を中心にそれは広がり、完全な黒一色の世界となる。

ヒルゼン、大蛇丸、柱間、猿魔。

その場にいた四人から、五感の一つ。視角を奪いさる高等幻術。

しかし、そこで……

全周囲真っ暗闇の世界で、ヒルゼンはもう一度、十字に印を結び……

相手の術中の中で、“影分身”をもう一人作った。

 

「…………」

 

四人に増えたヒルゼン。

その内の一人が、ひっそりと土遁の術で地中に潜り、その身を隠した。

そして……

 

「巳 亥 未 卯 戌 子 酉 午 巳」

 

自身の生涯最後となる印を結ぶ。

 

最大の『禁術』の印を――

 

次の瞬間。

背後から――あの世から

 

《アヒャヒャヒャヒャ》

 

白い死覇装。

赤い数珠。

命を断つ短刀。

異形の顔。

異形の声。

 

《キィ―――――》

 

神が……否。

死神が降臨。

魂を喰らう者。

全てを終わらせる者。

それを、

この世ならざる者を、

喚び寄せた。

 

契約した者のみが、

死神に魂を喰われると決まった者のみ、その姿を拝むことが許される――終焉の使者。

 

だが、この術を発動するには少し時間がかかる。

ヒルゼンは暗闇の中、自身の隣にいる猿魔に、

 

「猿魔……頼みが……」

 

が、その言葉を遮り、

 

「皆まで言うな……」

 

猿魔には既に伝わっていた。

ヒルゼンを守るように、猿魔が前に立つ。

暗闇で視界が利かない中、自慢の嗅覚を活かし、迫り来る柱間と扉間の気配を察知して……

闇夜に声が囁く。

 

「アナタは木ノ葉という組織の、歴史の中の一時の頭にすぎない」

 

大蛇丸の声を背に、

 

「…………」

「…………」

 

柱間と扉間の二人が、無防備のヒルゼンに攻撃を仕掛けようと……

が――

 

「させん!!」

 

ドカッ!

バキッ!

しかし、それを猿魔が殴り、蹴り飛ばし、撃退する。

闇に蛇の声が響く。

 

「残された顔岩とて、やがて風化し、朽ちていく」

 

それにヒルゼンは、

 

「フン……木ノ葉の里は、ワシにとって、ただの組織ではない……」

 

自分の歩んだ歴史を、

木ノ葉の里の憧憬を心に映しながら、

 

「木ノ葉の里には、毎年、多くの忍が生まれ、育ち、生き、戦い……里を守るため……そして、大切なものを守るため、死んでいく……

そんな里の者達は、たとえ血の繋がりがなくとも……

ワシにとって

大切な……

大切な……家族じゃ!」

 

木ノ葉の火影が語る。

その言葉に、

 

「………………」

 

大蛇丸は一瞬……口を閉ざす。

これで伝われば、

これが互いの最後のチャンスであった。

だが――

 

「ククク……何をおっしゃるのかと思えば、今だにそんな甘い考えをお持ちなのですか、アナタは……」

「何じゃと?」

「今の状況はアナタとて理解しているでしょ? 今頃、結界の外では、里は壊滅寸前ですよ」

「…………」

 

里が未曾有の危機に襲われていることは、ヒルゼンにもわかっていた。

大蛇丸が部下に結界を張らす前に、わざわざ見せつけてきたからだ。

木ノ葉の忍が、九尾を攻撃したところを。

ナルトにクナイを投げつけた場面を。

そして、それに愛想を尽かした霧の部隊が、戦場から去っていく様を……

大蛇丸が嫌な丁寧口調で、

 

「クク……流石、火の国・木ノ葉隠れの里。素晴らしい家族愛をお持ちのようですね。フフ、見ていて私も涙が止まりませんでしたよ……あまりにも滑稽でねぇ」

「…………」

 

ヒルゼンは大蛇丸を睨む。

確かにあの光景は、ヒルゼンにとっても、筆舌に尽くしがたいものであった。

だが……

 

「大蛇丸よ…ワシも言ったはずじゃ。全ての物事は、その終わりまでわからぬものだと……確かに木ノ葉は過ちを犯したやも知れぬ。じゃが、人は時に失敗をする生き物。そして、それを糧に成長するのが……真の忍というものじゃ!」

「どうでしょう……私の目には、既に木ノ葉の里は私が直接手を下すまでもなく、滅びの一途を歩んでいるようにしか見えないのですがねぇ……まぁ、そういった意味では少々拍子抜けでしたが……」

「フン、わかっておらんのォ、大蛇丸! この里を甘く見るでない!」

「…………」

「木ノ葉の忍は皆それぞれ、決して消えない光をその胸に宿しておる。互いを想い合い、助け合い、寄り添い合おうとする、強い心……火の意志をな!」

「クク……なら、そのか細く、脆弱な光を、私が一吹きで消し飛ばしてあげましょう」

 

武力ではなく、何とか話し合いで解決したかったのだが……

やはり無理であったか……

ヒルゼンの気持ちは、伝わらなかった。

ヒルゼンの想いは、誰にも伝わらなかった。

大蛇丸には……伝わらなかった。

悔しさで胸が一杯になり……

それを吐き出すように、心のうちで重く、深い嘆息を吐いた。

最後の最後の未練を振り払った。

 

「……フン! たとえワシを殺したとしても、木ノ葉の火の意志は消えはせぬ!!

ワシは初代様、二代目様の木ノ葉の意志を受け継いだ男……“三代目火影”じゃ!!」

「…………」

「お前達が木ノ葉の里をいくら狙おうと、ワシの意志を受け継ぐ……新たな火影が柱となりて、木ノ葉の家を守る!!」

 

そう――言い切った。

直後。

 

「ぐっ……!?」

 

ヒルゼンの腹を、何かが貫く。

異形の腕が貫く。

 

《―――――――――》

 

死神との契約が完了した。

 

「猿飛! まだか!」

 

切羽詰まった声音で、猿魔が叫んだ。

火影を二人同時に、ずっと一人で抑えていたのだ。

その体の至る所に傷を作り、血を流していた。

それにヒルゼンは、

 

「すまぬ、猿魔! 今、準備を終えた……」

「……そうか……じゃ、最後に」

「……なんじゃ?」

 

猿魔はそこで声音を下げ、

長年付き合ってきたヒルゼンですら、初めて聞く慈愛に満ちた声で、

 

「お前とは長年やってきたが……ま、悪くなかったぜ。お前の『意志』はしっかり受け継がれてゆくさ……」

 

ヒルゼンはそんな相棒の言葉に、目を丸くして、

 

「ほほほ……なんじゃ、藪から棒に……縁起でもない……」

「…………これから死にに逝く奴に、縁起なんて必要あんのか?」

「……いや……十分じゃ」

 

そう言った。

もう十分伝わったから……

 

「…………」

 

もう言葉は必要ないほど、伝わっていたから……

だからこそ。

この戦を終わらせるために、残った力の全てを使い果たす。

突如。

暗闇に紛れ、柱間と扉間がヒルゼン達に迫り……

 

「猿飛! 左右から来るぞ!」

「わかっておるわい!」

 

と、言いながら、ヒルゼンは二枚の手裏剣を取り出し、

 

「ハッ!」

 

気配のした方向へ投げ……

グサ!

グサ!

刺さる音で、最終確認を行ってから、

 

「…………」

「…………」

 

分身ヒルゼンが、二人同時に駆け出し、

 

「逃がさぬ!」

「放さぬ!」

 

柱間と扉間の二人を掴み、捕らえた。

 

そして、

同時に『禁術』を発動する。

 

『くらえ! 封印術・屍鬼封尽!!』

 

《あああああああああ……》

 

ヒルゼンの腹に、魂に繋がった死神の白い腕が伸び、柱間と扉間の魂を引きずり出す。

 

『屍鬼封尽』

それが、この術の名。

術者の魂を引き換えに発動する封印術。

かつて、幻術をかけられ、里を襲った九尾を赤子だったナルトに封印した……

四代目火影。ミナトが遺した最後の遺産忍術。

 

幻術・黒暗行により作られていた、闇が消え去る。

 

「闇が……消えた……何だ、この術は!?」

 

自身の知らない術を披露され、混乱している大蛇丸。

その大蛇丸に『穢土転生』で、喚び寄せられた“柱間”と“扉間”の二人が、最後の最期で正気を戻し、

 

「すまぬ……猿飛よ……」

「世話をかけたな……」

 

謝罪と感謝の言葉を最後に、

二人のヒルゼンに、

 

「お許し下され……初代様! 二代目様!」

 

魂を引き抜かれ、

 

『封印!!』

 

死神の口へと、放り込まれた。

 

痛いはずなのに。

苦しいはずなのに。

微笑みながら、あとを託す“柱間”と“扉間”の顔を見て、ヒルゼンは遠い記憶を呼び起こしていた。

 

『木ノ葉の同胞は、オレの体の一部一部だ……

里の者はオレを信じ、オレは皆を信じる。

それが“火影”だ……!』

 

『サルよ……里を慕い、貴様を信じる者達を守れ

そして、育てるのだ。次の時代を託すことのできる者を……

明日からは貴様が……“火影”だ……!!』

 

昔、同じように“二人”の忍に託された時のことを想い出していた。

 

『…………』

 

“柱間”と“扉間”。

二人の魂がこの世から離れたことにより……

塵の山が二つ出来上がる。

二つの死体が姿を現す。

 

『屍鬼封尽』が術者自身の命を使うのに対し、『穢土転生』は他者の命を利用し、発動する禁術。

 

今回、大蛇丸が利用した二つの命は……

予選まで出場していたザクとキン。

部下の命であった……

 

「…………」

 

それを見たヒルゼンは、

人の所業ではない、大蛇丸の蛮行に目を瞑り、

 

「……自分の部下の命までも弄びおって……」

 

涙を流す。

しかし、

 

「……部下の命? いつまでも下らぬことを!」

 

大蛇丸は一蹴した。

もはや、彼に、ヒルゼンの言葉は届かない。

 

「…………」

 

ならば、

ならばこそ……

ボン!

ボン!

二人の分身ヒルゼンが封印術に力を使い果たしたことにより、煙を上げ、消えた。

 

『………………』

 

ヒルゼンと大蛇丸の間に、緊張の糸が張り詰める。

時が硬直する。

だが、止まっている時間はもう……ない。

これが、この闘いの最後の間となった。

涙を拭い、眼前の敵から目を離さないまま、二人の猿公が切り札を切る。

 

「行くぞ! 猿魔! 金剛如意じゃ!!」

「ああ、わかった! 変化!!」

 

ボン!

猿魔が自身の体を武器と成す、金剛如意に変化する。

猿魔の奥の手。

それをヒルゼンが、横に手を掲げ、

 

「…………!」

 

その手に掴む。

そして、真っ直ぐに大蛇丸を見据え、

 

「行くぞ! バカ弟子!!」

 

正しい方向に導くことができなかった。

かける言葉を間違えた。

悪の道に進むのを知って、それを止められなかった。

意志を託すことのできなかった。

 

――その全ての、万感の想いを込めて

 

「貴様を葬り、かつての過ちを“今”正そう!!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

木ノ葉舞う 火の影が照らすもの

「行くぞ! 猿魔!!」

 

ヒルゼンは如意棒へ変化した猿魔を片手に、腰を沈める。瞼を閉じ、開き、刮目。

身を屈め、力を溜める。いつでも一呼吸で動けるように。

大蛇丸はそれを悠々と眺めながら、口元を緩ませていた。切れ長い瞳を輝かせ、

 

「老猿の変化ですか……フフ……懐かしいですねぇ……」

 

どうやって、柱間と扉間を封印したのか?

どうやって、穢土転生を破ったのか?

わからないことだらけのはずなのに。

もしかしたら、自身も殺られる可能性すらある状況で。

しかし、だからこそか……大蛇丸は薄笑みを浮かべる。

この闘いで、一番の喜悦な笑みだった。

 

「フフ……面白くなってきたわね……いいでしょう。猿飛先生……アナタはやはり、私自らの手で、切り伏せて差しあげましょう」

 

言うや否や。

腹に両手をあて、何かを押し出すように押さえ込み……

口を大きく開けて……

そこから長い舌……ではなく、一匹の蛇を吐き出し……

さらにその蛇が、一振りの剣を体内から吐き出し、鞘から抜き放つか如く、鈍く光る鋼の刀身を曝け出した。

手品師もびっくりな光景。

だが、さらに驚きなのは、大蛇丸が手にした剣の存在。

『草薙の剣』

世に無数とある剣。その中でも、頂点に立つと呼ばれる剣の一振り。

それが、大蛇丸の隠し持っていた業物。

伝説の剣。

草薙の名を冠する銘刀。

それを、

 

「…………」

 

ぺろりと、刃を舐める。早く血を吸わせろと。

 

「…………」

 

それを見たヒルゼンは……

躊躇うことなく駆け出した。如意棒を器用に振り回し、一足一息で地面を爆ぜる。

身を低く構え、溜めていた力を爆発させ、加速。

ぐんぐんと速度を上げ、敵に一瞬で詰め寄り、

 

「ハ――ッ!」

 

重い如意棒を軽々と振り上げ、振り下ろした。

いや、軽々とではない。

老人の体に金剛の重さが堪えない訳がない。

しかし、それを臆面にも出さず、敵を叩く。

一撃一撃がまさに必殺の威力。

縦横無尽、如意自在。黒の嵐が旋回する。

薙ぎ払う。

突き出す。

振り下ろし、振り上げる。

ガッ!

キィン!

ガッ!

キィン!

 

「――ッ!」

 

その連撃を大蛇丸は草薙の剣で受け止め、払い退け、打ち付け、返す刃で応える。

目にも止まらぬ剣戟の応酬。

 

火の意志を体現した最堅守を誇る

――金剛如意。

 

全てを切り裂く破滅の剣

――草薙の剣。

 

その二つが、何度も何度も火花を散らす。

きっとこの闘いを見る者がいれば、一瞬、時を忘れたことだろう。

善も悪もない。

ただただ、ずっと眺めていたい。

そう思わせるような闘い。

永遠に続くかのような激闘。

だが――

この世に、永遠などというものは存在しない。

あってはならない。

終わりは必ず――訪れる。

 

『……ぐっ』

 

ヒルゼンと大蛇丸が鍔迫り合い。弾けるように、後方へ飛んだ。

次の瞬間。

二つのチャクラが爆発する。

互いの足元が爆ぜ、同時に加速し、

 

『ハ――ッ!』

 

ギィーン!!

如意棒と剣による重撃が鳴り響く。

が――

 

『…………』

 

止まらない。

 

『…………』

 

語る言の葉もなく、ただただ己の鍛え上げてきた往年の技と技を衝突させる。

 

「ハ――ッ!」

 

ヒルゼンは渾身の一撃を込め、大蛇丸の脳天目掛けて、如意棒を振り下ろした。

 

「フ――ッ!」

 

大蛇丸はそれを剣で捻るように受け流し、地面に打ち付け、力を拡散させる。

さらにその如意棒を片足で踏み、一瞬、こちらの動きを封じてきた。

そこで、

 

「もらった!!」

 

ひゅん!

草薙の剣がヒルゼンの首目掛けて――一閃。

素っ首はね飛ばさんと、刃が迫る。

しかし、

 

「甘いわ!」

 

その絶妙な薙ぎ払いを、ヒルゼンは一度如意棒から手を放し、一転。その老体からは、とても想像できない俊敏な動きで、華麗に回避してみせた。

続けて、体を半回転させながら、再び如意棒を両手に携え、

 

「ぬん!」

 

力任せに振り上げる。

キィン!

薙ぎ払ったことにより無防備となっていた草薙の剣を、大蛇丸の手から弾き飛ばした。

 

「くっ……!」

 

大蛇丸が呻き声を漏らす。

その武器をなくし、無防備となった相手に、

 

「伸びろ! 猿魔!」

 

ヒルゼンは追撃する。

伸縮自在の如意棒が伸びる。

が――

大蛇丸がこちらに片手を向け、

 

「潜影多蛇手!!」

 

大量の蛇を袖口から放出し、金剛と化した猿魔の動きを封じる。

いや、封じようとしてきた……だが……

ボン!

猿魔が変化の術を解き、自身の体を噛まれながらも、大蛇丸の片腕と繋がっている蛇達を捕まえた。

肉を切らせて骨を断つ。

これで大蛇丸は動けない。

一瞬とはいえ、動きを止めざるをえない。

猿魔が地面に倒れながらも、力強く叫んだ。

 

「今だ! 猿飛!!」

「わかっておる!!」

 

言い切る前に、ヒルゼンは大蛇丸の前に立ち、

 

「終わりじゃ!!」

 

相手を捕まえようと、手を動かした……瞬間。

 

「……ええ、終わりです……アナタの余生がね!

猿飛先生!!」

 

大蛇丸が余っていた片手を、クイッと動かし、

 

「……!? がはっ!」

 

ヒルゼンの後方死角から、草薙の剣で……

その背中を刺し貫いた……

 

『草薙の剣』

印を結ぶことで、使用者の思いのままに動かすことのできる、奇々怪々な剣。

先ほどの攻防で、大蛇丸が草薙の剣を己の手から放したのは、この最後の布石のため。弾き飛ばされたのではなく、わざと手放したのだ。

死角から攻撃できる機会を虎視眈々と窺って……

と――

その罠に、見事引っ掛かったヒルゼンに向かって、

 

「クク……最後の最後で油断しましたね、猿飛先生。どんな術を使おうとしていたのかは知りませんが、馬鹿正直に、身一つで私に突っ込んでくるなんて……」

 

自身の勝利を確信し、酔ったように唄う大蛇丸。

しかし、ヒルゼンはそれに沈黙する。

 

「…………」

 

何も答えない。

何も答えないが、口ではなく手を動かす。

再び剣が動かぬように……

血を流しながら、草薙の剣を素手で掴み……

体を貫かれた状態で……

三代目火影は――不敵に笑ってみせた。

 

「はは……大蛇丸よ……このたわけが……生まれ変わって、もう一度アカデミーからやり直せ……」

 

途端。

ボコッ!

大蛇丸の下から、地面が盛り上がる。

地中から“本体”のヒルゼンが姿を現し……

 

「なっ!?」

 

顔を歪める大蛇丸の両肩を掴み、

 

「ようやくワシの手がお前に届いたな……」

「ま、まさか!?」

「術は相手に利用されぬよう、よく考えて使え。そう、下忍の頃……教えたはずじゃが? 油断したのはお前の方じゃ!」

 

扉間の使用した黒暗行の幻術。

暗闇を作り出す高等幻術。

確かに強力な幻術だ。

木ノ葉にある、全ての術を極めたヒルゼンでさえ強力な幻術は何かと問われれば、真っ先に名を上げるほど、強大な術。

しかし、どんな術にも当然リスクは存在する。

黒暗行のリスク。それはあまりの絶大な効果に、敵だけではなく、味方の視覚すらも奪ってしまうところであった。

その暗闇の中で、ヒルゼンはこっそりと本体と分身を入れ換えていたのだ。

大蛇丸ですら気づけないほど、ほんの僅かな闘いの隙間を狙って……

それに気づいた大蛇丸が、呻くように言う。

 

「く……くそっ!」

 

が、もう遅い。

 

《キィ―――――》

 

ヒルゼンの腹から、死神の腕が、

大蛇丸の袖口から、大量の蛇が、

同時に、互いに襲いかかる。

 

『死ね――!!』

 

同時に二人が叫んだ。

そして、

 

『うぐっ』

 

同時に互いの命を掴んだ。

ヒルゼンの体には、首、肩、腕、足と至る所に毒蛇が。

大蛇丸の方は死神の腕に腹を貫かれ、魂を抜かれそうになっていた。

それを見届けた後、草薙の剣で串刺しにされていた分身ヒルゼンが、

ボン!

と、音を立て、消滅した。

支えをなくした剣が、カランっと甲高い音を立て、地面に転がる。

自由になった草薙の剣を目の端に入れ、もう一度操ろうと、印を結ぶ大蛇丸だが……

 

「くっ……」

 

術が発動できない。

既に大蛇丸の身体からは、彼の魂が半分ほど引き抜かれていたからだ。

魂の込もっていない腕が、彼の意思で動くことはない。

想像だにしなかった事態に、大蛇丸は冷や汗を流しながら、

 

「なぜ……避けなかったのです?」

 

大蛇丸の蛇による攻撃。袖口から蛇を出し、相手の虚を衝く技。

普通の忍なら、まんまと捕まるだろう。

しかし、ヒルゼンが避けられない攻撃ではない。

つまり、わざと受けたということで……

その疑問に、ヒルゼンは血を流血させながら、

 

「……この術はのォ……効力と引き換えに、己の魂を死神に引き渡す……命を代償とする封印術じゃ……避ける必要はない……どうせ死ぬ」

「くっ……!」

「お前の魂を引きずり出し、封印した後、同時にワシの魂も死神に喰われる。お前にも既に見えとるはずじゃ……」

「……?」

「この術によって魂を封印された者は、永劫成仏することなく……死神の腹の中で苦しみ続ける。封印した者とされた者……お互いの魂が絡み合い、憎しみ合って永遠に闘い続けるのじゃ……」

「……!? 何だ?」

 

人ならざる者の気配を感じ取り、大蛇丸は上を見上げた。

そこには……

 

《ウオオオオオ!!》

 

白い死覇装を纏った死神が、異形の口を歪め、魂を断つ短刀で……

 

《ハハハハハハハ――》

 

悲鳴を上げる人の魂を美味しそうに貪り喰う姿が……

 

もぐもぐと、口を動かす死神を見て、大蛇丸が絶叫する。

 

「ふざけるな!! この老いぼれが! 貴様の思い通りにはさせぬ!!」

 

蛇達がその歯を、さらに深く突き立てる。

ヒルゼンの体に毒が巡る。

 

「ゴホッ……」

 

吐血するヒルゼンを見据えて、

 

「さっさと……死ね!」

 

体中から油汗を噴き出し、それでも笑みを崩すことなく、大蛇丸が絞り出すように言った。

大蛇丸は生存本能によるものか、この状況でなお意識を保ち、死神に抵抗する。己の魂を引き連られていかないように。

そして、その力は、非情なことに……ヒルゼンが大蛇丸の魂を引きずり出そうとする力を、ほんの少しだけ上回っていた……

ここまで来て、ここまで来て……

ヒルゼンの体に、大蛇丸の魂を引き抜くほどの力は……既に――残されていなかった。

大蛇丸は息も絶え絶えの状態で。

だというのに、己の命の窮地すらも楽しむような目で、貪欲な蛇の瞳をニタリと吊り上げ、

 

「残念でしたね……猿飛先生……あと十年若ければ、私を殺すこともできたでしょうに……クク……」

 

闘いを決めるものは五つある。

戦術。戦略。戦力。運。心。

しかし後半の二つ。

運と心が戦局を左右することはほぼない。

よほどの接戦か、場を乱した時ぐらいだ。

『闘いとは、始まる前に八割ほど決まっている』

などという言葉があるが、それは――この場においても、悲しいぐらい……正しかった。

今のヒルゼンでは、死を覚悟してもなお、大蛇丸を殺すのには、あと一歩足りなかった。

 

「ゴフッ……! はあ、はあ、はぁ……」

 

吐血し、毒が巡る。

ヒルゼンの命が尽きようとしている。

同じく大蛇丸の毒蛇に、全身を噛まれながらも、ヒルゼンを叱咤する猿魔の声すら……

その身にはもう届かず……

眼の光が――

心の臓が――

 

走馬灯が駆け巡る。

 

 

「これで避難は完了しました」

 

そう言ったのはイルカだった。

木ノ葉のカリキュラムの一つ。

戦争が始まって、敵戦力の即時排除が不可能と判断された場合。

その次のステップに段階が移行する。

すなわち、女・子供といった非戦闘員の速やかな誘導。安全な地下へと避難させる。

 

それが完了したら、次の段階。

里の総力を上げ、敵勢力の全排除。

 

 

戦場。木ノ葉隠れの里。

 

チャクラを全身のチャクラ穴から放出し、敵の攻撃をいなして弾き返す。

 

『ぐわあぁ!』

 

砂と音の忍達が次々と吹き飛ばされる。

その中心には、一人の男が立っていた。

日向特有の構えをする男が一人。

 

「日向は木ノ葉にて最強……覚えておけ」

 

そこから少し離れた戦場。

殆どの景色が瓦礫の山と化した、木ノ葉通り。

 

「心乱身の術!」

 

敵を操り、

 

「く……やめろ! 体が勝手に!?」

 

味方殺しをさせる、山中一族。

その傍らに、

 

「木ノ葉秘伝・影縛りの術は初めてか?」

 

敵の動きを拘束し、

 

「じゃ、ついでにくらえ……木ノ葉秘伝・影首縛りの術!」

 

首を締め落とす、奈良一族。

さらには、

 

「倍化の術!」

 

体を何十メートルと巨大化させ、

 

「おらー!」

 

木ノ葉の町並みもろとも敵を粉砕する、秋道一族。

 

木ノ葉切っての名家。いの しか ちょう。

もちろん、木ノ葉の戦力はそれだけではない。

蟲を扱い敵を翻弄する、油女一族。

犬との連携で敵を迎え討つ、犬塚一族。

 

何千という木ノ葉の忍達が、里を守るために、命懸けで闘う。

 

ヒルゼンはそんな里の人々を、一人一人頭に想い浮かべていた。

そして……

戦争が始まる前に行われていた『中忍選抜試験本選』の、最後の試合を思い出す。

大ガマに乗って、四代目火影の羽織をはためかせるナルトの姿を。

あの大ガマは間違いなく、ヒルゼンもよく知る口寄せ動物のガマブン太であった。

ということは、行方不明であった大蛇丸と同じ伝説の三忍。

ヒルゼンの弟子の一人、自来也が里のすぐ近くに来ているということで……

 

『ひゃっほぉぉおおおおお!! オレ様すげェ〜、オレ様は強い! オレ様は最強!!』

 

試験会場から、巨体を引きずるように動き回り、破壊の限りを尽くす一尾の守鶴。

 

「ぐわぁぁああ!!」

 

木ノ葉の忍達は、足止めすることすら困難な相手に、

 

「何としても耐えるんだ! 火影様がもうじき来て下さる! それまで何としても、この化け物をくい止めるんだ!」

 

と、渇を飛ばした忍も、

 

『風遁・連空弾!!』

 

あっさりと吹き飛ばされる。

もはや木ノ葉の町並みも滅茶苦茶で、

そんな絶望的な状況で、

突如。

ズドーン!

天から大ガマが降って来た。

そのピンクの大ガマ、ガマケンの上に立つ、白髪頭の忍が見得を切る。

 

「ヒヨっ子ども!! その小せー目ェ根限り開けて、よーく拝んどけ!! 有難や!! 異仙忍者 自来也の! 天外魔境 暴れ舞い!!

そこのデカブツ!! ワシが来たからにゃ〜……」

『ひぃぃは――ァ! 面白そうな獲物発見!!』

 

見得切りの途中で、守鶴が大きく息を吸い込み、

 

『 風遁・超連空弾!!』

 

一段と大きい台風の大砲を放つ。

 

「ちょっ! おま! まだワシの登場シーンが……」

「そんなこと言ーとる場合じゃないありません! 不器用なりに、全力で闘うしか……!」

「ったく、頼むぞ! ガマケンさん! 何故かブン太の奴がボイコットしおってのォ」

 

守鶴が登場して、約一時間。

暴れ回っていた守鶴を自来也が来たことにより、漸く被害を押さえることに成功する。

 

 

命懸けで木ノ葉を守ろうとする忍達。

そんな忍達の声に応えるように……

 

「……まだじゃ……まだ、ワシの言葉はお前に届く……ワシの火の意志は消えてはおらぬ!」

 

ヒルゼンが息を吹き返す。

魂に火が灯る。

まるで、星が最期に煌めく、瞬きのように。

 

そんな光景に、奇跡……

いや……

奇蹟としか言い様のない光景に、大蛇丸は我が目を疑い、

「なん……だと……」

信じられないという面持ちで呟く。

そんな弟子の顔に、命を溢しながら、ヒルゼンは微笑み、

 

「チャクラや忍術だけが、この世の全てではないのじゃよ……大蛇丸……」

「く……! この状況でよくそんな強がりが言えますね。

『忍の力とは命懸けの闘いの中でしか生まれてこない』

アナタのおっしゃったことですよ、猿飛先生……そして、命を懸けてなお、アナタは私を殺せない! これが現実ですよ」

中忍選抜試験の予選で、ヒルゼンが言った言葉を復唱する大蛇丸。

だが、あれはウソ。

いや、ウソというより、他里の忍の前でもあったために、わざと付け足していない言葉があった。

それは……

 

「フン……何じゃ? 意外とワシの話を聞いておったのだな」

「ええ……どの言葉が遺言になるかわかりませんからねぇ……」

「……ならば、もう一つ思い出せ! かつてワシはお前達にこう教えたはずじゃ」

「…………!」

「この世の本当の力とは、忍術を極めた先などにありはしない。

『人は本当に大切な者を 死んでも守り抜く時 その真の力を表す』のだと」

 

力強く語る。

そのかつての師の言葉に、

 

「…………」

 

大蛇丸が一瞬動揺する。

蛇の瞳が僅かに揺らぐ。

何かを思い出したのか?

何かを感じたのか?

それは誰にもわからないが……

ヒルゼンはそこで、最後の呼吸を行い……

 

「では、そろそろ終いにしようかのォ、大蛇丸……」

「まだだ! まだ私の野望は終わらぬ!」

「……すまんな…もう少し話していたかったが…

もう、命が持ちそうにない……」

「…………っ」

「木ノ葉と霧が同盟を結ぶ。それをワシの生涯で、最後の大きな務めとするつもりじゃった……のだが……それはもう叶いそうにない……じゃが

……せめて……お前と一緒に死んでやろう……」

「ふざけるな!! お前一人で死ね!!」

 

絶叫する大蛇丸。

だが、それを跳ね返す“意志”の力で、

 

「グオオオオオオオオオオオオ!!」

 

ヒルゼンが吼える。

勇ましい雄叫びが、木ノ葉に響き渡る。

手、腕、肩、足――大蛇丸の魂を、その全てを引きずり出していく。

自身の命を代償に……

残り少ない命の焔を燃やし尽くして……

 

「バ……バカな……風前の灯火のジジィの……どこに……こんな力が……」

 

魂を引きずり出す。

大蛇丸の全てを摘み上げる。

その直前。

大蛇丸は最後の最期に、ヒルゼンのことを……

“ジジィ”と呼んだ。

それに、

たったそれだけのことに、ヒルゼンは満足そうな笑顔を浮かべて……

 

「封印!!」

 

《――――――――》

 

――死神の鎌を振り下ろした。

 

ヒルゼンと大蛇丸。

 

「共に逝こう……我が弟子よ……」

「猿飛…先生……」

 

師匠と弟子の魂が、この世を去って逝く。

 

 

木ノ葉舞うところに…火は燃ゆる…

 

火の影は里を照らし……

 

また…木ノ葉は芽吹く

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

木ノ葉崩し終結 軋み始めた歯車

《―――――――》

 

最後に人外の言葉を発した後、死神が消え去る。

どさり、どさりと、二つの影が沈む。

猿と蛇。

ヒルゼンと大蛇丸。

二人の身体から、魂が抜かれ、両者が地面に倒れ込んだ。

 

「…………」

「…………」

 

もう、二人が起き上がることは二度とない。

もう、二人とも生きてはいない。

死神に全ての魂を喰われたから。

全てをあの世に持っていかれたから。

だが、満足そうな笑みを浮かべながら、この世を去ったヒルゼンを見て、

 

「最期まで見届けさせてもらった……忍の道を極めた……まさにお前らしい最期だったぜ……」

 

口寄せの時間切れに逆らい、何とかとどまっていた猿魔が、最後の力を振り絞り、ヒルゼンに噛みついていた蛇どもを引きちぎり……

ボン!

元いた場所へと、戻って行った。

 

続いて、四紫炎陣の結界を解き、

 

「大蛇丸様!!」

 

音の四人衆が大蛇丸の亡骸に駆け寄る。

だが、

 

「…………」

 

そこから返事の声はなく……

大蛇丸はぴくりとも動かない。

四人はどうするかと言い合いになるが、今はまだ戦争中。

悠長な長話はできず、即決で結論を出し、大蛇丸の亡骸を運んで、アジトへ帰ることとなった。

 

ヒルゼンと大蛇丸、そして風影の死。

これらの報はすぐに広まり、木の葉、砂、音の里による戦争は一気に集束を始める。

 

時間にして、約数時間ほどの戦争であった。

しかし、その犠牲はあまりにも大きなものだった。

 

――今回の戦争に参加した隠れ里。

 

砂隠れ

約五千人のうち、三千人の忍が木の葉に返り討ちにされ、死亡。

元々、砂隠れは近年、軍備縮小を命じられていたため、この数字は甚大な被害であった。

さらには、大蛇丸による風影の暗殺。

次の長も決まっていない状況で、砂隠れは先行きが不安となる未来へ歩むことを強いられることとなる。

 

音隠れ

約三千人の忍が投入されていたが、その八割がこの戦争で命を落とすこととなった。

大蛇丸が立ち上げた里であるため、彼が亡くなった今、里が滅びの運命を迎えるのは、もはや時間の問題であろう。

 

木の葉隠れ

約一万と二千人の忍が参戦し、三千人の忍が命を落とした。

忍同士の闘いでは、五大国最強の意地を見せ、終始、砂と音から優位を保っていたが……

如何せん、今回は相手が悪すぎた。

砂の守鶴を止めるすべがなく、自来也が登場するまでの一時間。

一方的に虐殺を繰り広げられたのが痛かった。

さらに、木の葉の里の地形も大きく変わってしまい……

守鶴と大蛇による進行で、里の約七割が瓦礫の山と化していた……

幸いにも忍達の対応が早かったため、会場にいた者達を除けば、一般人にはそれほど被害はでなかったが、九尾事件の時よりも周囲の被害は甚大で、里の人々に大きな傷痕を残すこととなる。

そして。

一番大きかった死が……三代目火影。

猿飛ヒルゼンの殉職であった。

 

戦争から、二日後。

雲がかかり、雨が降り注ぐ天候の中。

 

里を守るために闘い、戦死したヒルゼンをはじめとした木の葉の忍達――三千人の葬式が行われていた。

 

「ぐすっ……じじぃ……」

「……火影様」

「う う う うああああぁ……」

「…………」

 

木の葉全体に、悲しい雨が降り注いでいた……

晴れることのない、曇り空が広がっていた……

 

 

そんな日の夜。

木の葉のとある場所で、上役達による緊急の会議が開かれることとなる。

参加したメンバーは……

火の国の大名。

木の葉の相談役、ホムラとコハル。

暗部養成所“根”のリーダー、ダンゾウ。

木の葉一の軍師、奈良シカク。

この五人であった。

本当は自来也も呼ばれていたのだが、当の本人が嫌がり、姿を現していなかった……

 

そして、こんな豪勢なメンバーを集めて行われる会議の議題とは……

大名が口を開く。

 

「うむ……此度は災難であったなぁ……木の葉の里は火の国の要。里がこうなってしまっては、火の国も全力で支援するえ……まずは予算を組まねばの……」

 

と、呑気な口調で話す。

が、

そこに、ダンゾウが強い口調で割り込んだ。

 

「それより先にやる事がある。新たな火影を誰にするかだ!」

 

それを聞いて、シカクは、やはりこう来たか……と心の中で呟いた。

ダンゾウは自身が火影になるチャンスを、ずっと窺っていた。

今この時ほど、絶好の機会はないだろう。

しかし、大名は笑顔で頷き、

 

「おおう……! そうであったな! 実は余は既に次の火影を決めておるのじゃ」

 

と、予想外の回答をする。

ダンゾウが怪訝そうに、

 

「既に決めている?」

 

と、尋ねる。

すると、大名がうむと頷き、

 

「自来也じゃ! 余はあやつが好きじゃからのぅ」

 

そう言った。

シカクはその大名の言葉に、すかさず賛成の意見を述べる。

 

「私も同意見です! 木の葉には今、強いリーダーが必要不可欠! それに自来也様は三代目の弟子の一人であり、四代目の師でもある。火影として、これ以上……」

 

と、言い切ろうとしたところで、相談役のホムラとコハルが、

 

「では、なぜここに自来也はおらん?」

「こんな大事な局面で顔も出さん者に、火影が務まるのか?」

 

予め決めていたかのような、息ぴったりの返しをしてきた。

さらに続けてダンゾウが、

 

「そもそも、その三代目のやり方が、木の葉の里をここまでの事態に追い込んだのだ! 九尾という里の最大戦力をみすみす霧などに明け渡し、同盟などという上辺だけの言葉に惑わされ、挙げ句の果てに、その同盟国に裏切られ、里に甚大な被害を与えた!

そして、四代目火影と、その遺産である九尾と、それに連なる自来也も同じだ! 何もかもが甘いのだ!」

 

ガタッ!

椅子から立ち上がり、ダンゾウが言い放つ。

 

「今こそ求められる火影とは!?

三代目や四代目のような口先だけの火影ではない! 何も行動に移さない自来也などという若造でもない!

この最悪の事態に終止符を打ち、忍の世に変革を成し、掟という名の規律を徹底させる……希代の火影!! このワシだ!!」

「…………」

「…………」

 

場が静まり返る。

誰もが口を開かない。

それは、ダンゾウに任せてもいいのでは? という雰囲気であった。

このままではダメだ!

このままダンゾウを火影の座に座らせてしまえば、木の葉内部に亀裂が走る恐れがある。

そう察していたシカクが、話の流れを変えようと……

反対意見を唱えようとした……

その時。

ふと、嫌な気配を感じて、前を見る。

前を向いて、見てしまった。

ダンゾウの瞳を。

包帯に隠されたまま、朱く煌めく、その眼を。

次の瞬間、急に頭がクラクラし始めて。

それは幻術にかかった時の症状で……

事態に気づいたシカクは、幻術返しの印を結ぼうとするが……時既に遅く……

 

大名の鶴の一声。

 

「うむ、決めた。ダンゾウ、お前を――五代目火影に任命する!!」

 

その言葉が決め手となり、次の木の葉の火影は、志村ダンゾウに決定された。

 

 

大名の火影任命宣言の後。

ダンゾウ、ホムラ、コハル。

かつて、ヒルゼンと同じ班で任務をこなしたことのある三人が、ひっそりと密談を行っていた。

暗く狭い部屋。

一つの灯りのみで、闇の中、言葉を交わす。

淡々とした声で、ダンゾウが言った。

 

「これでワシの火影就任は、もう決まりだ」

 

続いて、ホムラとコハルが、

 

「先ほど砂からも連絡が届いた。木の葉に降伏を宣言し、こちらもそれを受諾した」

「これで漸く木の葉も安泰という訳じゃな……」

 

そう言った。

だが、ダンゾウはその意見に首を振る。

 

「それは違う……次の指導者すら決められない砂隠れなど、既に取るに足らん問題だ。今問題なのは、むしろ砂以外の隠れ里だ」

 

厳かな声で話すダンゾウに、ホムラが尋ねる。

 

「……どういうことだ?」

「今や木の葉には人柱力がおらず、その上、里は甚大な打撃を受けている状態。こんなチャンスをいつまでも、雲や岩が黙っている訳がない……」

「では、ダンゾウ。お前はどうするつもりだ?」

「知れたこと……人柱力、つまり九尾を取り返せばいいだけの話だ」

「お前……まさか!?」

 

まさか、霧に攻めいるつもりか?

という言葉は出さなかった。

憶測で話してよい話ではない。

だが、ダンゾウは話を続ける。

 

「木の葉崩しの際に、人柱力が九尾の力を使いこなしていたと報告が出ている。これは由々しき事態だ。霧の戦力が増大したことを意味している。しかし、逆に九尾を取り戻せば、霧の戦力は半減し、木の葉の力は増大する……」

「そ、それは確かに……」

「霧の姫は、なかなかしたたからしく、九尾が霧のものだとあちらこちらで触れ回っている。既に木の葉の中でも、九尾は霧のものだと勘違いしだすバカどももいるくらいだ……これ以上この問題を先延ばしにすれば、九尾奪還は不可能となるだろう……」

 

そこまでダンゾウが言い切ったところで、ずっと口を閉ざしていたコハルが、

 

「ダンゾウ……霧と争うつもりか? いや、争うのは別に構わん。じゃが、戦力の低下した今の木の葉で九尾の奪還は可能なのか?」

 

と、至極当然の疑問を口にする。

ホムラもコハルも、当然、九尾は取り戻すべきだと考えていた。

三代目はその意見に首を縦に振らなかったが、九尾は貴重な兵器。

しかも里の最終兵器だ。

霧が我が物顔で使っていいものではない……

と。

しかし、取り戻せるのか?

霧に反撃されないのか?

という二人の疑問に、ダンゾウはため息を吐く。

 

「先ほども言ったであろう……むしろこれ以上決断を先延ばしにすれば、完全に奪えなくなるのだ。しかし、今なら三代目の言っていた甘い戯言……木の葉との同盟の話を霧が信じている可能性がある。その隙を突く!」

「できるのか?」

「そのための写輪眼だ……こちらは先手を打てる上に、何人死のうとも、最終的に九尾を奪取できればそれで勝ちなのだ……ワシがいればどうとでもなる……」

 

ダンゾウは自身の体を隠した包帯をなでる。

写輪眼の埋め込まれた場所を……

それに、ホムラとコハルも頷いた。

 

「ならばいい……お前の好きにやれ」

「元々、九尾を奪っていったのは奴らの方じゃからな……」

 

二人の返答にダンゾウは無言で応える。

胸に誰にも話していない野望を秘めながら。

自身が人柱力となり、九尾の力をコントロールし、忍の世に変革を成すという野望を……

心の奥底に隠しながら……

ダンゾウはヒルゼンと決裂してから、里を導くにはどうすればいいのか、ずっと考えていた。

そして答えに辿り着いた。

やはり、己が九尾の人柱力になるしかないと。

が――

九尾を奪還するにあたって、大なり小なり霧との激突は避けられない。

が、自分が死んでしまえば、この世を平和へ導く救世主たり得ん存在がいなくなってしまう。

それでは木の葉は救われない。

それでは忍の世は救われない。

尾獣を操る存在は自分以外ありえない。

となれば……

大を救うためには、小の犠牲が必要不可欠。

囮となる手駒が必要だ。

まずはそこから始めなくては……

この日より、ダンゾウは着々と準備を進めていった。

木の葉と霧。

二つの忍五大国を巻き込んだ。

九尾奪還計画の準備を――

 

ヒルゼンが亡き今、ダンゾウを止められる者は、木の葉のどこにもいなかった……

 

 

同時刻。

時を同じくして。

木の葉の森を越えた、さらにその先にある。

――大蛇丸のアジト。

今そこには、五人の忍が集結していた。

大蛇丸の亡骸を中心に……

その大蛇丸の腹心、トレードマークの丸い眼鏡をした男。

薬師カブトが、

 

「まさか大蛇丸様が殺られるなんてね……流石の僕もこれは予想外の出来事だ……」

 

本当に困ったような表情で、顔をしかめていた。

そして、それはカブトだけではなかった。

 

木の葉との戦争時、物見やぐらの上に四方から結界を張っていた四人の忍。

音の四人衆と呼ばれる、大蛇丸専属の護衛小隊。

 

巨漢で、橙色髪のモヒカン男。

食いしん坊 次郎坊。

 

腕が六本に、脚が二本、合わせて八本ある蜘蛛のような男。

ゲーム大好き 鬼童丸。

 

赤い長髪、常に笛を携えた小隊の紅一点。

毒舌が玉に瑕 多由也。

 

何故か後ろにも頭を持つ男、小隊のリーダー的存在。

四人の中で一番戦闘能力の高い忍 左近。

 

その四人のうちの一人、左近が荒々しい口調で、

 

「オイ! どーすんだよ!」

 

音の里のリーダー、大蛇丸。

彼の死体が目の前にある。

こんなのどうすればいいのか?

という問いに、カブトは眼鏡をくいっと上げ、冷静に答えた。

 

「落ち着くんだ、左近」

「あァ?」

「まだ一つだけ手がある……かなり分の悪い賭けになるのは、間違いないけどね……」

「手がある……だと?」

 

左近に続けて、多由也が毒舌を吐く。

 

「何言ってんだ、クソメガネ!」

「いや……眼鏡って……まあ、今はいいか……」

 

げんなりした声音でため息を吐いた後、カブトは真面目な表情をして、

 

「実は、一つだけこの状況を打開する策がある。大蛇丸様を生き返らせる方法がね……」

 

と、言った。

四人全員が、同時に目を見開く。

鬼童丸がカブトに詰め寄り、

 

「生き返らせるって、どういうことぜよ! 教会でゴールドでも払うのか?」

「おお、大蛇丸よ、死んでしまうとは情けない。

って、シャレになんない冗談はおいておいて、僕が言いたいのは、呪印。つまり、大蛇丸様の精神チャクラを利用した復活技術。いわゆる蘇生ってやつだ……」

「ザオリ……」

「うん、それだ。キミ達の身体にも、まだ呪印が残ってあるだろ? それは大蛇丸様の生命力が完全には途絶えていない証拠でもある」

 

四人が自分の呪印を見て、ハッとした顔を浮かべた。

カブトはさらに説明を続ける。

 

「もちろん、はじめに言った通り、分の悪い賭けだ。が、決して根拠がない話でもない。僕の長年のデータを元に……」

 

が、そこで多由也が遮る。

 

「そんな長ったらしい話は、どーでもいい。で、ウチらは何をやればいい?」

 

と、そこで、次郎坊が口を開く。

 

「多由也……カブトさんは大蛇丸様がいない今は、音のリーダーだ。そーういう……」

 

が、次郎坊の説教を多由也がまとも遮り、

 

「るっせーよ! デブ!」

「…………」

 

話がついたところで、カブトは会話を再開する。

 

「まぁ、まどろっこしいのは、僕もあまり好きじゃないからね……単刀直入に言えば、キミ達には今から木の葉に向かって、大蛇丸様の新しい器……うちはサスケくんを攫ってきて欲しい……」

「…………」

「もし大蛇丸様が復活したとしても、今の体のままでは、すぐに死んでしまう恐れがある。苦労して復活させても、それじゃあ割りに合わない……わかるね?」

 

左近が頷く。

 

「つまりオレ達は、そのサスケっていう奴をボッコボコにして、拉致ってくればいい訳だな」

「ああ、そうだ……簡単だろ?」

 

そう言って、カブトはニッコリと笑った。

 

 

木の葉と円滑に同盟を結ぼうとする、霧。

 

霧に奪われたナルト……九尾を取り戻さんと企む、木の葉のダンゾウ一派。

 

三代目火影と相討った大蛇丸の復活を目論む、音の残党。

 

三つの歯車が、狂い、軋んだ音を奏で始めていた……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

攫われた器

木の葉隠れの里。

静まり返る深々とした森の中。

千の鳥の鳴き声にも似た、チチチチチッという独特の効果音が鳴り響く。

 

「うおおぉおッ!」

 

バキバキ!

大木を破壊する轟音。

憎々しげにそれを眺めながら、サスケは千鳥を収めた。

 

「クソッ!」

 

苛立った声。

思い出すのはハクと対戦し、自分が負けた試合。

そして、その後の出来事。

木の葉崩しが始まり、その騒ぎを聞きつけ、まだ治療が済んでいない体を引きずり、なんとか会場に戻ったサスケが目にした光景。

デカい狸に化けた我愛羅と、デカい蛙に乗って闘うナルト。

その二人の姿を、近くにいたサクラ達と同じで、ただただ呆然と見ていた自分。

見ていることしかできなかった自分。

 

「クソが!」

 

手近にあった木を殴り飛ばす。

どす黒い感情が渦巻く。

そんなドロドロしたものを吐き出すために、夜中に一人で修行をしていたサスケだが、その想いは晴れるどころか、強まる一方。

 

サスケ……うちはサスケには、どうしても強くならなければならない理由があった。

それは、イタチを殺すため。

うちは一族を滅ぼした、自分の兄、うちはイタチを殺すため。

しかし、理想は現実にはならない。

 

「ナルト……何故だ……落ちこぼれだったアイツが強くなれて、何故、オレは弱いままなんだ」

 

そう、呻いた時。

闇に声が割り込んだ。

 

「そりゃー、てめーの覚悟が生ぬるいからだろ」

 

突如、四人の忍がサスケの前に姿を現した。

全員が着物に紫の帯を身に着けるという、似たような出で立ち。

死の森で出会った、大蛇丸を思い出すような格好。

 

「……何者だ、お前ら……」

 

四人が一人一人、自己紹介をする。

 

「音の四人衆。東門の鬼童丸」

「同じく、南門の次郎坊」

「同じく、西門の左近」

「同じく、北門の多由也」

 

と、最後の多由也が言い終わったと同時に、

 

「ちゃっちゃっと終わらせますか……いい音奏でろよ」

 

左近が突進してきた。

なかなかのスピードだ。

だが、

 

「……ふん」

 

サスケは、それを余裕の表情で受け止めた。

左近の両腕を掴み、睨みを利かせる。

 

「オレは今、機嫌が悪いんだ……これ以上やるってんなら、手加減しねーぜ」

「くくく……」

「……何笑ってやがる」

 

訝しむサスケに、左近は口元を歪めて……

 

「弱えーくせに、ピーコラ言ってんじゃねーぞ! ド・レ♪」

 

腕を捕まれた状態で……追撃してきた。

どこからともなく二つの拳が現れて。

左近の拳打がサスケの腹にめり込む。

殴り飛ばされたサスケは、衝撃を抑え切れず、体を後方へと吹き飛ばされた。

 

「ぐはっ」

 

背中を木に打ちつける。

心の中で疑問の声が上がる。

左近の腕は、確かに捕まえていた。

なのに何故、自分は殴り飛ばされたのか……

が、そこで思考を停止せざるを得なくなる。

しゅるるるる

細い何かが、体に巻きつく音。

その音を耳にした時、既にサスケは木と背中合わせの状態で、敵に拘束されてしまっていた。

 

「何だ、この糸……切れねぇ……」

「無駄ぜよ。蜘蛛の巣にかかった獲物は、いくらもがこうとも、絶対に逃げることはできない」

 

そう言ったのは、サスケを拘束した張本人、鬼童丸。

今、サスケを拘束している糸は、鬼童丸が自身の能力で作り出した物であった。

なんとか抜け出そうともがくサスケ。

だが、細く強靭な糸は一本足りとも切れはしない。

影がかかる。

ふと上を見上げると、自分の前に左近が立ちはだかっていた。

サスケは相手を憎々しげに睨みつけ、

 

「く……」

「何いっちょ前に悔しそうな面してやがる。てめーみたいな弱虫が、オレ達に勝てるとでも本気で思ってたのか?」

「テメェ……! 誰が弱いだ……」

 

が、サスケの言葉を遮り、左近が蹴りを入れた。

 

「てめーだよ!」

「がはっ……」

「ったく……本当にこんな奴でいいのか? 君麻呂の方が百倍マシだったぜ……」

 

と言いながら、左近が懐から黒い丸薬の詰まった瓶を取り出した。

 

醒心丸と呼ばれる、呪印レベルを無理矢理1から、2に上げる丸薬。

いわゆるドーピングである。

それを一粒瓶から取り出し、

 

「オラ!」

 

サスケに無理矢理飲ませた。

すると、直後。

 

「うっ……!」

 

サスケが倒れる。

鬼童丸が拘束していた糸を外した。

転がるサスケを見下ろし、左近が三人に命令する。

 

「オイ、チンタラしてっと、コイツがコロっと逝っちまうぜ」

 

丸い棺桶を口寄せし、その中にサスケを入れ、

 

「位置に着け。始めるぞ!」

 

四人が一斉に同じ印を結んだ。

 

「「「「四黒霧陣!!」」」」

 

黒い煙がモクモクと立ち込み、それが桶に収納されていく。

最後にガコンと音を立て、桶にフタをつけた。

まるで、中に入っているサスケを封印するかのように……

 

醒心丸で無理矢理サスケを強くする。

そこまではいいが、何のリスクもなく、時間をかけずに強くなれる訳がない。

当然この醒心丸にも、それ相応のリスクがあった。

しかし、音の忍達に時間の猶予がないのも事実。

だからこそ、サスケを急激に強くし、大蛇丸の新たな器として相応しくするために、次郎坊、鬼童丸、多由也、左近。

結界忍術に秀でたこの四人を、カブトはサスケの奪取に向かわせたのだ。

この結界、四黒霧陣は、サスケにかかる副作用のみを抑え込み、段階を和らげ、ゆっくりと力を覚醒させる封印術。

これで工程の第一段階が完了した。

 

目的を遂げたのを見計らい、多由也が次郎坊に言う。

 

「おい、さっさと運べ、デブ」

「多由也……女がそういう言葉を……」

「るっせーよ! デブ」

「…………」

 

月夜の夜。

四人の影がサスケを攫い、人知れずひっそりと木の葉の里をあとにした……

 

 

 

時を同じくして。

木の葉里の外れに位置する屋根の上。

血をイメージする赤い浮雲が描かれた漆黒の衣に身を包み、頭に笠を携えた、特徴的な装束を纏った人影が二人。

 

一人は、闇夜も照らす朱い瞳。

写輪眼を双眸に宿した忍。

サスケの兄にして、うちは一族・真の継承者。

うちはイタチ。

 

もう一人は、白い布で隠された大きな大刀・鮫肌を背に背負った男。

再不斬と同じく、元忍刀七人衆の一人。

かつて、霧隠れでは“尾の無い尾獣”と呼ばれていたほど、膨大なチャクラを有する忍。

干柿鬼鮫。

 

その二人が、夜空に浮かぶ月を背に、残骸の山となっている木の葉の里を見下ろしていた。

 

「壊滅は免れたものの、被害は甚大なようですね」

「栄華を極めたこの里が……哀れだな」

 

そんな風に、少ししんみりした声音で返事を返してきたイタチに、鬼鮫は尋ねた。

 

「ガラにもない……故郷には、やはり未練がありますか? アナタでも……」

「いいや……まるでないよ」

 

と、イタチは言った。

だが、鬼鮫はその返事に僅かな違和感を感じた。

イタチと鬼鮫がチームを組んでから、まだそれほど時は経っていなかったが、それでもそれなりの時間は費やしてきたのだ。

少なくとも、上手なウソを見抜けるぐらいには。

しかし、

 

「…………」

 

鬼鮫はそれを口にしなかった。

親しき仲にも礼儀ありという。

故郷のことに足を踏み入れるのは、野暮というものだろう。

が、それでも一つだけ聞いておかねばならないことがあった。

 

「イタチさん。九尾は既に木の葉の里にはいません……だというのに、何故こんな瓦礫の山を見に来る必要があったんですか?」

「……少し気になることがあってな」

「気になること?」

「…………」

 

イタチが無言で、森の方角を見る。

それにならい、鬼鮫も同じ方向を見ようとした……その時。

ひゅん!

風を切る音。

自分達に、一本のクナイが放たれる音が届いた。

それを当たり前のように二人が避け、地面に降り立つ。

すると……

 

「…………」

「…………」

 

そこに、二人の忍が立っていた。

男女の二人組みだった。

一人は、髭面にくわえ煙草の男。

猿飛アスマ。

もう一人は、才色兼備の新米上忍。

夕日紅。

こんな人気のない所で、何をしに来たのかは聞くまでもない。

里に不法侵入したイタチと鬼鮫を捕らえるか、抹殺しに来たか、二つに一つだ。

四人の間に、緊迫した空気が流れる。

 

そして。

 

そんな張り詰めた空気の中、最初に口火を切ったのは……

 

「お久し振りです……アスマさん、紅さん」

 

イタチだった。

気負い一つない、平坦な声音で話す。

それに対し、目の前にいたアスマの方は、睨みを利かせた敵意剥き出しの表情で、

 

「お前ら、里の者じゃねーな……一体何しに来た? オレ達のことを知ってるってことは…元、この里の忍ってところか?」

 

と、尋ねてきた。

笠をしているため、こちらの顔がはっきりとは見えないようだ。

イタチはその問いに応えるため、頭の笠を取り、素顔を見せた。

 

「…………」

 

双方の眼に、写輪眼を露にしながら。

朱の瞳に、三つ巴の勾玉が浮かび上がっていた。

それを見たアスマが舌打ちを漏らし、

 

「……お前は……うちは…イタチ」

 

イタチのことを知っていた二人組みが、身体を硬直させ、冷や汗を流す。

続けて、隣にいた自分の相方が、

 

「……イタチさんのお知り合いですか? なら、私も自己紹介しておきましょう」

 

頭の笠を取り、

 

「干柿鬼鮫。以後、お見知りおきを」

 

自己紹介と同時に、顔をさらけ出した。

鮫のような、残忍な笑みを浮かべて……

それを見たアスマと紅が、さらに身体を硬直させる。

決して油断していい相手じゃない……

一瞬の油断が命取りになる……

……などと考えているのだろう。

そんな表情をしていた。

とてもわかり易く、明快な仕草であった。

写輪眼など使わずとも、簡単に読み取れてしまうほどに。

(せめてポーカーフェイスぐらいしたらどうなのか……)

などと、思わずため息が出そうな口を閉ざしながら、イタチは冷静な瞳で、目の前の二人組みを観察する。

彼が、鬼鮫に怪しまれるのを百も承知の上で、それでも木の葉の里に立ち寄ったのには、理由があった。

何か胸騒ぎを感じたから。

まるで嵐の前触れのような。

時代の節目が到来するような。

そんな予感を感じ取り……

だから確めに来たのだ。

自分の弟の安否を。

サスケの姿を一目見ようと……

イタチが木の葉に立ち寄った理由は、それだけであった。

決して戦争をしに来た訳ではない。

だというのに……

目の前にいるアスマが、

 

「以後なんてのはねーよ。お前らは今からオレがとっちめる!」

 

臨戦態勢に入る。

鬼鮫だけではなく、同じ里の忍だったイタチにまで敵対心を向けてくる。

そんなアスマの烈々たる言動に、鬼鮫が軽薄な薄笑みを浮かべて、軽口を叩いてきた。

 

「イタチさん……アナタも里じゃ、相当嫌われてるよーですね」

 

それにイタチは、抑揚のない声音で応えた。

 

「どうやら、そのようだな……」

 

上忍二人に命を狙われている状況で、焦りすら見せない二人。

アスマがそのうちの一人、イタチに視線を向け、

 

「イタチ……あれだけの事件を起こしておいて、里に再び足を踏み入れるとは、いい度胸だな……」

 

あれだけの事件。

それは、イタチが木の葉の里を抜けるきっかけとなった出来事。

 

うちは一族の全抹殺。

 

より正確に言えば、サスケを除いた一族殺し。

イタチが一夜にして、木の葉最強と名高かった“うちは”を亡ぼした事件のこと。

 

同胞を殺しておいて、よく木の葉里に足を踏み入れられたな……と、アスマは言ったのだ。

だが、イタチはそんな話に眉一つ動かさず、

 

「……アスマさん、紅さん。オレには関わらないで下さい。アナタ達を殺すつもりはない」

「同胞殺しのお前が言うセリフじゃねーな…そりゃあ。何の考えもなく、こんなところにノコノコ来るはずがないことぐらいわかってる……目的は何だ?」

 

と、ぺらぺらと口を動かすアスマに、とうとう痺れを切らした鬼鮫が、背に背負った鮫肌を抜き放ち、

 

「この方、結構うるさいですね……殺しますか?」

 

殺気を放った。

すぐさま、アスマと紅も身構える。

前衛がアスマ、後衛が紅という陣形。

セオリー通りだが、隙の少ない良い構えだ。

イタチは一度、森の方角を見て。

すぐに視線を、アスマ達に戻した。

できれば穏便に事を進ませたかったのだが、どうやら戦闘は避けられないらしい。

それを察したイタチは、淡々とした口調で、鬼鮫に返事を返した。

 

「素直に見逃してはくれないようだ……だが、派手にやり過ぎるな。お前の技は目立つ……」

「決まりですね」

 

四人が一瞬、沈黙し……

直後。

鬼鮫が駆け出し、鮫肌を振り下ろした……

 

数分後。

 

イタチは目の前にいる、アスマと紅を……

いや、下に倒れ伏し、ボロボロになった二人組みを、静かに見下ろしていた。

紅の方は、イタチが分身・大爆破の術を用いて瞬殺した。

手加減はしたので、殺してはいないが。

そして、もう一人。

アスマの方は、鬼鮫がいつの間にやら倒していた。

あっさりと戦闘終了。

同じツーマンセルでも、実力が違いすぎた。

鬼鮫が鮫肌を背に戻し、物足りない顔をイタチに向け、

 

「歯応えのない方達でしたね……」

「油断は禁物だ……ここは敵地。何があってもおかしくない……」

「そうは言いますが、私とアナタならこの程度の相手、いくら来ても問題ないと思いますがね……」

「…………」

 

イタチは黙る。

鬼鮫の言い分に同意した訳ではない。

しかし、間違いでもない。

実際、アスマや紅レベルの忍なら、本気を出さずとも負けることは、まずないだろう。

アスマと紅が弱い訳ではない。

むしろ上忍の中でも、この二人はかなり強い忍だ。

敵に問題があるのではない。

ただイタチと鬼鮫が、それをものともしないほど規格外の強さを持っていた。

それだけの単純な話であった。

 

「鬼鮫……どうやら少々暴れ過ぎたようだ」

 

どうやらタイムリミットらしい。

人の気配がこちらに近づいてくる。

十人ほどの忍の気配が。

それに気づいたイタチは、鬼鮫に言った。

 

「ここで見つかるのは面倒だ……」

「では、帰りますか?」

「……ああ」

 

 

木の葉の夜中。

その一夜に、二つの事件が起きた。

 

一つは、音の忍による、サスケの誘拐。

 

もう一つは、イタチと鬼鮫による、アスマと紅の戦闘。

アスマと紅。

二人は一命こそ取りとめたが、重症を負い、一月ほど入院生活を余儀なくされることとなる。

ただでさえ人手が足りない木の葉には、かなりの痛手であった。

 

この二つの事件は、次の日の朝。

里中の忍達に、瞬く間に広がることとなる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

里の歪み

木の葉の上忍、アスマと紅が何者かと戦闘を行い、重症を負った事件。

この事は夜が明けてから、すぐに里中の忍に知れ渡ったっていた。

もちろん、木の葉最強の上忍。

はたけカカシも、その知らせを受けた一人である。

しかし、今のカカシはそれどころではなかった。

同僚のアスマと紅のことは心配……

だが、それ以上に優先するべきことが、カカシにはあったからだ。

そして、それを伝えるために、カカシは火影室の扉を開けた。

 

「失礼します」

 

部屋に入ったカカシの目に映った人物は……

 

「カカシか……」

 

体の半分を包帯に包み込んだ男。

次期火影候補――ダンゾウであった。

その我が物顔で、火影椅子に座っているダンゾウにカカシが言う。

 

「ダンゾウ様。火急の知らせが……」

「うちはサスケのことか」

「……はい」

 

まさか先回りされるとは思わなかったカカシは、一瞬声を詰まらせる。

が、中忍試験以降、もう一人行方不明となった自分の部下、サイを思い出し、思考を繋げた。

やはりダンゾウは、サイにサスケの監視をさせていたのだと。

しかしそれは、うちはの末裔であるサスケのことを、それだけ重要視しているということでもある。

ならば話は早い。

 

「昨夜、サスケが何者かに攫われました。忍犬達に臭いを探らせたところ、どうやら大蛇丸……音の忍達による犯行の可能性が極めて高いかと……すぐに私がサスケの跡を追います」

 

アスマ達を倒した忍はかなりの手練れだったらしく、痕跡すら殆んど残っていなかったが、サスケの方はすぐにアタリをつけられた。

今から追えば、簡単に追いつけるだろう。

しかし……

そんなカカシの考えをダンゾウは否定する。

 

「ダメだ……」

「!? な、何故……」

「何故…だと? 今、里がどのような状況なのか、お前とてわかっているはずだ。ただでさえ人手が欲しい時に、たかが下忍一人を追跡するために、貴重な人材を割ける訳がないであろう」

「で、ですが、サスケはうちは一族。しかも攫った相手は、あの大蛇丸の部下達。放っておけばどうなるか……」

 

何とか許可を取ろうとするカカシ。

だが、ダンゾウは一睨みで、それをはね除けた。

 

「ならん」

「……くっ」

「これは決定事項だ……カカシ、お前には昨夜やられたアスマ達の穴も埋めてもらう必要がある。これが次のお前の任務だ……」

 

そう言って、Aランクの任務書を突きつけてきた。

 

「…………」

 

ダンゾウの言い分はわかる。

確かに、下忍一人に人材を割く余裕は今の木の葉にはない。

だが、ここでサスケを追わないということは、カカシにとっては自分の部下を見捨てると同義であった。

一瞬、任務書をこの場で切り裂いてやろうか……

という考えが頭を過ったが……

 

「……わかりました」

 

この場で騒ぎを起こせば、それこそ全てが終わる。

カカシは大人しく書類を受け取り、火影室をあとにした。

 

 

木の葉の里。

瓦礫の街通りを、カカシは思考を巡らしながら歩いていた。

任務を遂行するか、処罰を覚悟の上でサスケを追うか。

木の葉の忍として、自分が取るべき選択はどちらか。

顔を下に向け、思考を深く巡らす。

が、考えは定まらない。

どちらの道も袋小路で。

答えのない迷路で。

そんな風に同じ所をぐるぐる回っていると……

途端。

悩み続けていたカカシの耳に、

 

「カカシ先生!」

 

女の子の声だった。

声のした方へ振り向くと、慌てた様子でこちらに駆け寄って来る人影が見えた。

 

「サクラ!」

 

カカシは目の前に来た部下の名前を呼んだ。

いつもは綺麗に整えてある桃色の髪を乱しながら、サクラが必死な声音を上げる。

 

「カカシ先生、サスケくんが見当たらないの!」

「ああ……わかってる……」

「わかってる……って!? 先生、サスケくんの居場所を知ってるの?」

「…………」

「カカシ先生?」

 

首を捻るサクラに、落ち着いて言い聞かせるような口調で、カカシは言った。

 

「昨夜、サスケは何者かに……攫われた」

「!?」

 

サクラの目に、悲壮な表情が現れる。

 

「攫われた…って! すぐに助けに行かないと!」

「ああ……オレもそう思って、ついさっき新たな火影様になる予定の人物に、お伺いを立てに行ったんだが……」

「どうしたんです?」

「……ダメだと言われた」

「……え?」

「サスケを追うな……と……他に優先すべきことがある……そう言われた」

「そ、そんな!?」

 

そう声を絞り出しながら、サクラの顔がますます絶望に染まる。

涙を溢し始める。

それを見たカカシは、自分の拳を握りしめた。

今、木の葉の里は危機的状況下にある。

これが他国の里に知れれば、好機と判断し、木の葉の里に攻め入ろうとする輩が出て来てもおかしくはない。

それだけでなく、ダンゾウが何やら不穏な動きを見せているのも、カカシは肌で感じ取っていた。

これ以上問題を増やせば、木の葉の里は今度こそ本当に壊滅するかも知れない。

そう考え、何とか踏み止まろうとしていたカカシだが……

 

「ぐす……っ」

 

目の前の部下を見て、そんな理屈は横へ置くことにした。

そもそもダンゾウは火影候補であって、火影ではない。

命令を聞いてやる義理も義務もない……

と、普段なら考えもしないことを思いながら、

 

「泣くな、サクラ。安心しろ、サスケはオレが助けに……」

 

行く……と、カカシが言いかけたところで、

(……!?)

二つの気配に気づく。

そちらへ目線を走らせる。

クナイの入ったホルスターに手をあてる。

いつでも動けるように。

すると……

警戒するカカシの前に、気配を発していた忍の一人。

鼻の中心にある、横線の傷が特徴的な男。

忍の登竜門、アカデミーの敏腕教師。

海野イルカが、カカシ達の前に姿を現し……

 

「話は全て聞かせて頂きました」

 

と、言ってきた。

続けて、イルカがカカシの前に立ち、直立不動の姿勢で言う。

 

「カカシさん、事情は大体わかりました。後の事は私に任せて下さい」

 

しまった!

いくらサスケのことで頭が一杯になっていたとはいえ、盗み聞きされていたことにも気づけないとは……

カカシは自分の迂闊さを悔いながら、平静を装って返事を返す。

 

「イルカ先生……任せて下さい…とは?」

「サスケのことは私が何とかします。それならカカシさんは命令に背いたことにもなりませんし、問題ありませんよね?」

「で、ですが……」

 

という、カカシの戸惑いをイルカが遮り、

 

「カカシさんは、木の葉の里切っての上忍。カカシさんにしかできないことも山ほどあります。今の状況では身動きも取りにくいでしょう……ですが、私は違います。万年中忍の私でしたら、ある程度融通も利きます」

「……しかし、勝手にサスケを追った後、上の連中にアナタが何と言われるか……」

 

やはりリスクがデカすぎる。

他人に任せず、自分が行くべきだ。

と、カカシが言おうとした時……

イルカが先に口を開いた。

 

「私はナルトを助けられなかったことを、今だに後悔しています……」

「……あれはアナタのせいでは」

 

それを言うなら、恩師の息子を助けられなかった自分の方に非がある。

だが、イルカは首を振り、

 

「いいえ……私が気づくべきでした。確かに今のナルトは元気に過ごしています。それを思えば、この考えは私の傲慢かも知れません。ですが、私は、もう…自分の生徒を見捨てる訳にはいきません。二度と同じ過ちを繰り返す訳には……ですから……私が行きます」

 

と、言った。

真剣な表情をして。

覚悟を決めた目をして。

その顔を見て、もう何を言っても、この決意は変えられないだろう……

そう察したカカシは、頭に手をやり、ため息一つ。

 

「ハァ……まさか、アナタがここまで頑固だったとは……」

「はははは……」

「わかりました……私も任務を終わらせた後、すぐに追います。それまでの間、サスケのことをよろしくお願いします」

「ええ、お任せ下さい!」

 

と、イルカが言ったところで、今まで黙って話の成り行きを見ていたサクラが、涙を拭って……

イルカに申し入れた。

 

「……イルカ先生」

「なーに、心配するな、サクラ。オレがちゃちゃっと……」

「私も連れて行って下さい!」

「な、なにぃ!」

「サスケくんは、私の仲間です。人任せにして、自分だけ待っているなんて、もう嫌です!」

 

決意の言葉を口にするサクラ。

それをイルカは困り顔で聞いて、カカシを見る。

それにカカシは、さらに困り顔で言った。

 

「ま、仕方ないでしょ……こうなったサクラは、人の言うことなんて、全然聞かないですし……」

「って! カカシさん。アナタ、まさか……」

「いや〜、流石イルカ先生。頼りになりますね〜」

「さ、サクラを連れて行けと言うのですか!?」

 

困惑した声音でイルカが叫ぶ。

カカシは飄々とした雰囲気から一転、真面目な顔で話す。

 

「実は、サスケを攫って行った奴ら……痕跡から考えるに、四人一組の小隊みたいなんですよね……」

「四人……ですか……」

 

基本、忍は四人一組で任務にあたる。

だから、サスケを攫った忍達が四人いるというのは、至極当然の話。

しかし、四人いるということは、それだけの忍を相手にしなければいけないということで……

イルカは唾を飲み込みながら、カカシに尋ねる。

 

「敵が四人いる……ということですね……」

「ええ……そうなります。そして、木の葉の里は見ての通り人手不足。そんな中、自由に動けるサクラを使わない手はないでしょ?」

「で、ですが、この任務は危険なものとなります……下忍のサクラには、まだ早すぎ……」

 

と、イルカが言いかけたところで、サクラが割って入る。

 

「イルカ先生……心配してくれるのは嬉しいです。だけど、私だって、もう一人前の忍です。役に立ちます! だから……」

「……サクラ…し、しかしだなぁ……」

 

イルカがどうするべきか、うんうんと悩んでいたところへ、カカシが、

 

「ま、こう見えても、サクラはここ最近で言えば、うちの班でも一番伸びています。足手まといにはなりませんよ」

 

そう、笑顔で言った。

サスケやサイには、まだまだ及ばないだろう。

しかし、幻術を教えてからのサクラは、目覚ましい成長を遂げていた。

だからこそ、カカシは自信を持って、

 

「サクラ……行ってこい」

 

部下を送り出す。

今度は、サクラもその顔を笑顔にして、

 

「了解!」

 

一つ返事で返した。

 

 

その後。

一度準備を整えるということで、イルカとサクラが慌ただしく解散し、カカシの前から姿を消した。

辺りが静まり返る。

瓦礫の廃墟を見渡し。

人の気配を念入りに探って。

異常がないのを確認してから。

カカシは話を盗み聞きしていた、もう一つの気配に視線を送り……

 

「で、どうされましたか? 自来也様」

 

すると、ずっと物陰に身を潜めていた人物が姿を現す。

高価な着物の腰に、でっかい巻物を携えた、白髪頭の忍。

伝説の三忍・自来也。

その自来也がしかめっ面で、

 

「何やらメンドーなことになっとるようだのォ……カカシ」

「ええ。まさかアナタが木の葉の里にいらっしゃるとは……」

「ふん、白々しいことを言いおって……」

「……できれば、力を貸して頂ければ有難いのですが……」

 

自来也は、三代目火影・ヒルゼンの弟子の一人。

その実力は伝説の三忍とうたわれるほどのもの。

忍の生ける伝説。

そんな自来也が手助けしてくれれば、万事解決するのだが……

という、カカシの淡い期待に、自来也は首を横に振る。

 

「あいにく、こちとらやることが山ほどあってのォ……」

「……やること?」

 

カカシの怪訝な声音に、自来也は睨みすら利かせた厳かな声で、

 

「ダンゾウの奴が……霧に喧嘩をふっかけようとしておる」

「な!?」

 

突然の情報に、カカシは半眼を見開く。

確かにダンゾウが不穏な動きをしているのは、カカシも察していた。

だが、そこまで大それたことを。

しかし、ダンゾウには一つだけ、霧に執着する理由があった。

カカシも、既にそれに目星はつけてあり……

 

「自来也様……それは……やはり」

 

と訊くと、自来也はそれに頷く。

 

「まぁ、大方、ナルトの九尾目当てだろーのォ」

「…………」

「ナルトは遅かれ早かれ、背中に気をつけて生きねばならんようになる。それはナルト本人も理解しとるだろーが、その狙う相手が木の葉の忍とは……皮肉なもんだのォ、カカシ……」

 

その自来也の問いに、

 

「…………」

 

カカシは何も言えなかった。

火影の息子が、木の葉の忍に命を狙われる。

悲劇としか言い様がない。

それに、今、木の葉が霧と争えば、どのような事態になるか。

それは火を見るより明らかで……

そこで自来也が、

 

「そーいう訳だから、ワシは暫く木の葉を離れられん。すまんが、サスケのことはお前達で何とかしてもらうしかねーのォ」

 

そう言った。

つまり、木の葉と霧で戦争が起きるようなことがないようにと、ダンゾウを止めようとしてくれている訳だ。

カカシはそれを理解して、

 

「わかりました。そういう事でしたら仕方がありませんね……自来也様も、重々お気をつけ下さい」

「わかっとるってーの! まだまだヒヨッコ共に心配されるほど、落ちぶれちゃーおらんのォ」

「……では、私はこれで。すぐに任務を終わらせて、サスケの跡を追跡しなければいけませんので……」

 

と言い残し、カカシはその場をあとにした。

 

 

それを見送った自来也は、アゴに手を添えて、

 

「ふむ……ワシは動けんが、駄目元で手を打っておくかのォ……」

 

自分の弟子の姿を頭に思い浮かべながら、一人呟くのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イルカ小隊 集結!

イルカは準備を整え、「あ・ん」と、デカデカと大きく書かれた、木の葉の正門まで来ていた。

ここら辺は特に戦争の影響を大きく受け、見渡す限りの景色が瓦礫の山と化して……

いや。

瓦礫すら残っていない。

文字通り、砂で埋め尽くされた更地と化していた。

奇跡的に、赤く大きな正門だけはその形をとどめていたが、それだけだ。

いつもは必ずいる受付員の座る場所すら、吹き飛び、跡形もなく消し飛んでいた。

そんな何もない場所で。

イルカは静かに待ち人を待っていた……

これからイルカが向かうのは、大蛇丸の部下達が待っているであろう激戦の地。

何があってもおかしくはない。

息を大きく吸い込み、気合いを入れる。

 

「よし!」

 

と、自身を鼓舞したところへ、

 

「すみません、遅くなりました」

 

桃色髪のくノ一。

サクラがやって来た。

準備万端といった表情だ。

イルカはそれを見て、

 

「じゃ、行くか!」

 

と、言った。

気合い十分に。

が――

その声に返事をしたのは、サクラではなく……

 

「イルカ先生とサクラじゃねぇーか。どこ行くんだ?」

「ワン!」

 

相棒の赤丸を頭に乗せた、キバであった。

いや、キバだけではない。

 

「イルカ先生が外に出られるとは……珍しいですね」

 

そう、言ったのはネジ。

続けて、眠そうな顔をしたシカマルとポチテ片手にチョウジが顔を出す。

 

「あぁ〜……ん? サクラとイルカ先生?」

「どこか行くの?」

 

続々と、かつての生徒達が集まる。

まだ教師を始めてから、それほどの年月は経っていないイルカだが、そんな自分でもわかるほど、去年と今年の卒業生は優秀な人材が揃っていた。

黄金世代と言っても、過言ではないだろう。

そんな教え子達が、集団で何かをしていたようで……

今は班もバラバラのはずなのに、ぞろぞろと集まって来て……

それを見たイルカは、集団の先頭にいたキバに訊いた。

 

「お前達……どうした?」

「あ? いや〜、里もこんなんだしよ……オレらもやれることやろーぜって、みんなで話し合ってたところに、変わった組み合わせの二人がいたからな……で、どこ行くんだ?」

「…………」

「……ん?」

 

沈黙するイルカに、首を傾げるキバ達。

だが、今からイルカとサクラがやろうとしていることは、正規の任務ではない行いだ。

事情を話す訳にはいかない……のだが……

隣にいたサクラが答えてしまった。

 

「サスケくんが……音の忍に攫われちゃったの……」

「「「は?」」」

 

生徒達が頭に?マークを浮かべてから、代表してキバが叫んだ。

 

「なっ!? 攫われた!」

「……うん」

「……なるほどねぇ……通りでサスケバカのお前が、いつもベッタリのサスケくんじゃなくて、イルカ先生と一緒にいるわけだ」

「ちょっ! 誰が……」

 

キバとサクラが、不毛な言い合いを始める中。

その話を冷静に聞いていたシカマルが、

 

「じゃあ、イルカ先生とサクラは、サスケを連れ戻す任務を言い渡されたってことっスか?」

 

当たり前のように言った。

それにイルカは、何と答えるか一瞬悩んだが、

 

「……いいや、これは任務じゃない。オレ達の独断だ……」

 

ここまで話が進んでしまえば、隠しても意味はない。

正直に言った。

その答えに、シカマルは驚いた表情をして、

 

「え!?」

「新しく火影になる予定の方が……サスケを見捨てろとおっしゃられてな……」

「いや……何で? 確かに里が大変なのはわかるっスけど、いくら何でも、仲間を助けられないほど人材不足じゃないっスよね?」

 

シカマルの的確な質問に、イルカは心の内で、

やっぱりコイツは頭いいなぁ……

アカデミーの時、絶対手を抜いてただろ……

などと、場違いな感想を抱きながら、

 

「悪いが、それに関して、オレから言えることは何もない」

 

きっぱりと拒絶した。

そして、

 

「そういう訳だから、お前達は早く戻れ。これ以上、この件に関わるべきじゃない。何も見たり聞いたりしなかったことにして……」

 

そう、イルカが言おうとしたのだが、その言葉をキバが遮る。

 

「そりゃー、無理ってもんだろ……イルカ先生」

「……キバ」

「こんな話を聞かされて、おめおめ里に戻れるかよ! オレと赤丸も連れてけよ!」

「な、何を言ってるんだ!」

 

だが、キバはイルカの言葉をはね除ける。

 

「サスケを追跡する必要があんだろ? だけど、忍犬もなしにどうするつもりだ?」

「そ、それは……」

「オレと赤丸がいれば、楽勝で追跡できるぜ! な、赤丸?」

 

と、いうキバの声に、

 

「ワン!」

 

赤丸は一つ返事で応えた。

それにサクラは、少し目元に涙を滲ませる。

 

「キバ……」

 

続けて、キバの後ろにいたネジが、

 

「フッ」

 

鼻で一笑する。

キバは後ろを振り向き、

 

「んだよ!」

「いやなに。雨でも降れば、臭いも消えて、追跡できないのでは? と思ってな」

「な! んなの、雨が降ってくる前に追いつけばいい……」

「駄目だ。お前の鼻だけでは不安要素が残る……」

 

ネジはそこで、イルカの方を向き、

 

「という訳ですから、オレも同行します。臭いで追跡し、いざという時には白眼のサポートもあれば、任務の成功率も上がるでしょう」

 

それに今度は、キバが笑う。

 

「ほぉ〜。お堅いだけの奴かと思ってたが、意外と話のわかる奴じゃねーの」

「誰がお堅いだ……本人を目の前に……いや、今までのことを考えれば、ある意味正しい評価…なのか?」

 

などと言い出し始めた二人と一匹に、イルカは今度こそ叫んだ。

 

「な、何を言ってるんだ! これは遊びじゃないんだぞ!」

 

それに、シカマルも続く。

 

「そうだ。理由はわかんねーが、里の上の連中が行くなって言ってんだ! 下手に首を突っ込んだら……」

 

が、その途中でキバがサクラを親指で指し、

 

「で、サスケを見捨てろってか?」

 

シカマルは、それにサクラの方を見る。

すると、そこには。

いつも、いのと言い争っていたくノ一の姿はなく……

 

「…………」

 

涙を目にためている女の子がいて……

 

「ハァ〜ったく、これだから女は苦手なんだよ」

 

シカマルは、ため息を漏らしながら、

 

「仕方ねぇ。めんどくせーけど、ここでサスケを追わなかったら、いのの奴が任務から帰ってきた後、ぜってーどやされるしな……」

 

やれやれという口調をありありとさせて、言い訳するような仕草で頭に手をやる。

横にいたチョウジが、肘でシカマルの横腹を突っつき、

 

「で、どうするの? シカマル」

「めんどくせーけど、しょうがねーだろ……」

 

と言いながら、シカマルがイルカの方を見て、

 

「じゃ、そういう訳なんで、ちょっとだけ待っててもらってもいいっスか?」

 

などと、勝手に話を切り上げ始める。

それにイルカは、慌てた声音で静止を呼びかけた。

 

「ま、待て! お前達、一体何を言っているのかわかってるのか! もう一度言うが、これは遊びじゃないんだぞ! 下手をすれば、どうなるか……」

 

必死に呼びかける。

里の連中の意思に反するだけではない。

そもそもサスケ奪還そのものに、危険が付きまとっているのだ。

だが、そんなイルカの声に、シカマルが振り向き、

 

「じゃあ、どうしてイルカ先生は、サクラの味方をしてるんっスか?」

「それはもちろん……!」

「オレ達が味方するのも、それと同じ理由っスよ……じゃ、準備整えてきますんで」

 

そう言い残し、シカマルと、その後を追ってチョウジが一度姿を消した。

続けて、キバ、赤丸、ネジの二人と一匹が、

 

「ひゃっほおお! オレ達も行くぞ、赤丸!」

「ワン!」

「オレもヒナタ様に挨拶をしてくるか……」

 

と口々に言って、その場から姿を消した。

そんな生徒達の後ろ姿に、イルカは少し感動を覚え、涙を滲ませ、

 

「まったく……先生の言うことを聞かないところは、相変わらずだな……アイツら」

 

嬉しさを隠せずに、笑った。

 

 

それから、十分後。

 

「…………おい」

 

イルカは、こめかみをピクリと動かす。

目の前に集合した、下忍達を見て。

 

「どうしてこうなった……」

 

サクラ、ネジ、シカマル、チョウジ、キバ、赤丸。

ここまではわかる。

いや、本当はダメなのだが、わかる。

だが、

 

「…………」

 

そこにもう一人。

ポケットに手を入れ、グラサンをかけた、寡黙な虫使い。

シノの姿を見て、イルカは教壇に立つ自分をイメージせずにはいられなかった。

 

「何で、人が増えてる……」

 

その疑問に答えたのは、張本人のシノであった。

 

「……話は全て聞かせてもらった。オレも同行しよう。なぜなら、仲間外れはゴメンだからだ」

「…………」

 

イルカは額を押さえる。

やっぱり全員帰した方がいいのでは? と、真剣に悩む。

だが、

 

「ハァ……」

 

仕方ないか、と諦めた。

先生の言うことを素直に聞く奴らじゃないのは、イルカが一番わかっていたことだからだ。

だからこそ、最後にもう一度だけ確認を取る。

六人と一匹の目が、イルカに集まる。

 

「もう一度だけ言っておく。これは里から出た正規な任務ではない……それでもついて来るのか?」

 

その問いに、

 

「…………」

 

全員が無言で頷いた。

その生徒達の目を見て、

 

「わかった」

 

イルカはその一言だけで、話を終わらせた。

もう何も訊く必要はない。

言うことを聞かないところ、

まだまだ詰めが甘いところもあるだろう。

だが、かつての生徒達がしていた目は、忍のものだった。

覚悟を決めた、忍の目だった。

ならば、もう何も言うまい。

イルカも覚悟を決めた。

生徒達の成長が嬉しいやら、少し寂しいやら、複雑な気持ちだが……

それを全て飲み込んで、イルカは任務の説明を始めた。

 

「では、時間も有限ではないことだし、任務の説明を始める。まず、今回の任務達成条件は、サスケを連れ戻すことだ」

 

そこにシカマルが、質問を挟む。

 

「イルカ先生、ちょっといいっスか。サスケは攫われたんですよね?」

「ああ、そうだ」

「だったら、敵もいる……しかも、向こうはこちらを気にかけて、待ち伏せや罠を仕掛けてある可能性もある……つまり、先手を取られ易いってことっスよね?」

 

イルカは目を丸くした。

明らかに理論立てたシカマルの質問に、驚きを隠せず、

 

「お前……アカデミーの時、テストで手を抜いてやがったな……」

 

思わず、呟いてしまった。

そのイルカの褒め言葉? に、チョウジはニコニコして、シカマルはバツが悪そうに、

 

「いや、今はそんな話をしてる場合じゃ……」

 

と、少し顔を背けた。

確かに、時間がないと言ったのはイルカの方だ。

すぐに話を戻す。

 

「まぁ、シカマルの言った通りだ。だから、このチームで、状況に合わせたフォーメーションを決める」

 

そう言って、イルカは懐から巻物を取り出し、図を書きながら、説明を続ける。

 

「フォーメーションは変則的な二列縦隊で行く。まず先頭は、オレとキバ、お前だ」

 

イルカはキバの方に顔を向け、

 

「お前は鼻が利くから、敵の臭いを追えるだけでなく、敵が仕掛けてある罠などにも気づき易い。追跡任務では要のポジションだ……頼むぞ!」

「へへ……オレと赤丸なら楽勝だぜ!」

「ワン! ワン!」

 

イルカは一つ頷き、

 

「二番目は、オレの後ろにチョウジ、キバの後ろにシノだ。

チョウジ、お前はこの隊の中で一番打撃力がある。そして、オレの方は少しだが敵の動きを止められる結界忍術が使える……つまり、お前がトドメ役だ……いけるな?」

「うん! 大丈夫!」

 

チョウジの返事に、イルカはよしと応えた後、シノを見る。

 

「シノ、お前はキバの後ろだ。まだ数ヶ月とはいえ、一緒の班にいたんだ。チームワークはバッチリだろ? それにお前の寄壊蟲を用いた戦術は、森の中でこそ真価を発揮する。他の者が気づきにくい所もサポートしてくれ」

「問題ない。任されたことはやり遂げてみせる」

 

次にイルカは、シカマルとサクラを見る。

 

「三番目は、チョウジの後ろにシカマル、シノの後ろにサクラ、お前達だ。

シカマル、お前は頭が切れる。そして、チョウジとの連携攻撃もお手のものだ。敵の動きを止める影真似も、前衛にこれだけ人数がいればやり易いだろ? それから、万が一オレが命令を下せない状況に陥った場合……副隊長はお前だ! しっかりと頼むぞ」

「マジかよ……まぁ、なるよーになるか」

 

と、微妙に気の抜けた返事を聞いてから、

 

「次にサクラ、お前はこの隊で唯一の幻術使いだ。できる限り後方の方がいいだろう……お前もシカマルと同じで、接近戦は苦手だが、頭がいい。その頭脳を使って、皆のサポートをしてくれ」

「了解!」

 

はっきりとした返事を聞いて、イルカは最後にネジに言う。

 

「そして最後尾。最も警戒の難しい後方は、ネジ。お前にやってもらう。こちらが追う側だから、そこまで心配する必要はないかも知れないが、油断は禁物だからな……お前なら、白眼があるし、常に警戒できるだろ?」

「ええ、オレに任せて下さい」

 

ネジが淡々とした声音で応えた。

 

これで一通りの説明を終えた。

図面を使い、シュミレーションも兼ねた説明も行い、各自準備が完璧に整ったところで。

 

「それじゃあ……最後に、オレから一つ大切なことをお前達に教えておく。アカデミーを卒業し、下忍になったお前達だからこそ、伝えられる言葉だ。よーく、聞くように!」

 

イルカの言葉に、サクラ、シカマル、チョウジ、キバ、赤丸、シノ、ネジ。

皆の視線が集まる。

イルカは、その眼差しに、真っ直ぐ応える。

 

「確かに今回の任務は、任務と呼べるものではないのかも知れない。それどころか、下手をすれば、里に逆らったと捉えられてもおかしくはない。教師として、お前達の先生として、オレの取っている行動は間違いかも知れない……けどな……」

 

イルカの後ろに、木の葉が舞う。

 

「自分の生徒を見殺しにする奴に、教師を語る資格はない。

そして、仲間を見捨てるような奴は、木ノ葉の忍ですらない。

オレはそう思っている。そう信じている。

忍者の世界では、任務遂行のため、仲間を切り捨てる考え方をよしとする里も多い。だけど、この里は違う。仲間がピンチに陥れば、無条件で手を差し伸べる。そこに理由なんかいらない。

それが木ノ葉の忍だ! これが木ノ葉流だ!

だから、サスケはオレ達の手で連れ戻す。

――全員、覚悟は決まったな?」

 

その言葉に。

イルカの言葉に、生徒達は力強く応えた。

 

シカマルが、

「こりゃあ……オレも、めんどくせーとか言ってらんねーなぁ」

 

チョウジが、

「うん。絶対助けなきゃ」

 

キバと赤丸が、

「へっ、今までで一番頼もしいじゃねーの。イルカ先生!」

「ワン!」

 

シノが、

「ああ……このチームでやれない訳がない。なぜなら、全員の心が一丸となっているからだ」

 

ネジが、

「ふ……たまにはこういったのも、悪くない」

 

サクラが、

「ありがとうございます……ありがとう……みんな……」

 

全員が決意の想いを口にした。

 

そして、ついにサスケ奪還に向けて、イルカチームが門をくぐる。

 

「よーし! お前達、行くぞ!!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

捕獲任務 霧隠れの鉄槌

息を殺せ。

気取られるな。

自然と一体になれ。

 

霧隠れ外れにある森の中。

そこで、一人の忍が狩人となっていた。

霧隠れの中忍。

金髪碧眼の少年、うずまきナルト。

彼は今、重大な任務についていた。

その任務を遂行するため、ナルトは師匠である自来也から教わった、覗き見専用の透遁忍術で姿を隠し、ついにターゲットと距離、五メートルの所まで接近していた。

 

「…………」

「…………」

 

予め影分身しておいた、分身ナルトと無言で頷き合う。

そして、

息をひそめ、

にじり寄り、

――敵を穿つ。

 

「霧隠れ秘伝体術奥義! 二千年殺しィ〜!!」

 

神速ともいえるスピードからの、二段構えの攻撃。

に、ターゲットは……

 

「ぐぅおおおおおお!!」

 

断末魔の叫びを上げながら、空高く吹き飛んだ。

 

そして、

 

「待っちやがれぇー! クソ餓鬼ィ!!」

 

鬼のような表情で追いかけて来た。

最初に出会った頃の、再不斬を思い出す表情だ。

これこそが正真正銘、本物の鬼ごっこ。

だが、待てと言われて、待つバカはいない。

だからナルトは、

 

「だ〜れが待つか! お尻ペンペン!」

 

木を蹴り、器用に後ろを振り向きながら、挑発する。

しかし、油断はしない。

なぜなら、相手が相手だからだ。

ナルトは尻を叩きながら、そのターゲットを見る。

霧隠れのマークが入った帽子と髷のように結った髪、ポンチョのような服装が特徴的な顎髭男。

忍刀七人衆の一人。

鈍刀・兜割の使い手、通草野餌人。

兜割は槌と斧を鎖に繋いだ形状をした刀で、どんなガードも貫くを信条にした刀。

その業物を使いこなす餌人についた異名が――霧隠れの鉄槌。

普通の忍が聞けば、いくら何でもそんな大袈裟な、と思ったかも知れない。

だが、ナルトは違った。

――忍刀七人衆。

その名を聞いただけで、警戒せざるを得なかった。

自分のチームに、その異名を持つ忍が二人もいるのだから。

でも、しかし。

 

「…………」

 

それでも勝てる。

と、ナルトは思っていた。

少なくとも、速さで負けることはないと。

だが、

 

「オラァ!!」

 

バキバキ。

森林が破壊される音。

逃げるナルトに、餌人が後ろに張りつきながら、兜割を振り回す。

信じられない破壊力。

 

「何なんだってばよォ〜!」

 

ナルトは叫んだ。

理不尽な状況に。

それに餌人は、

 

「何なんだは、こっちのセリフだ! いきなり訳のわからんイタズラして来やがって! ぶち殺してやる!」

「人が、簡単に人を殺すとか言っちゃあ、ダメなんだぞ!」

「気配消してまで攻撃して来た奴が、何言ってやがる!」

 

まったくの正論である。

だからといって、止まる訳にもいかない。

逃げる。

壊す。

逃げる。

壊す。

を、何度も繰り返し、ナルトはもう一度振り向く。

すると、やはり変わることなく、髭男がいて。

その髭男が、少し残念そうな顔をしていて。

そして、残念そうな声音で言った。

 

「この程度なのか?」

 

ナルトは前を見ながら、木を蹴り、会話に応える。

 

「え? 何が?」

「テメーの実力はこの程度なのかって聞いてんだよ」

「…………」

「オレに気配を気取られず近づいて来たから、ちょっとは骨のある奴なのかと期待したんだが……」

 

殺気が溢れ出す。

 

「スピードはなかなかのものだが、それ以外は話にもならん。これで終わりなら……もう、潰れろ!」

 

そう言って、今までより、さらに速い速度で兜割を振り回してきた。

それに、ナルトは心の中で呻く。

まだ、もう少しだけ逃げたかったのだが、仕方がない。

呼吸を一つ入れ、体にチャクラを巡らす。

ほんの一秒にもみたない動作。

だというのに、後ろにいる髭男は、

 

「ほぉ……やる気になったか」

 

と、こちらの動きを読み取る。

楽しそうに、警戒の色を強くする。

それだけのやり取りで、理解した。

間違いなく強敵だと。

だが、もう止まる訳にはいかない。

ナルトはホルスターから、クナイを取り出す。

変わった形をしたクナイ。

マーキングの施された術式クナイ。

それを髭男の顔面目掛けて放つ。

それから、すぐさま。

 

「行くってばよ!」

 

印を結ぶ。

術を発動する。

 

「手裏剣影分身の術!!」

 

ナルトの投げたクナイが、次々と数を増やしていく。

一、二、三――その数、数十本。

圧倒的な物量。

餌人の視界を無数のクナイが覆う。

それを、

 

「オラァ!!」

 

餌人が兜割の一振りで、弾き飛ばした。

ボン! ボン!

何本かの分身クナイが、衝撃に耐えきれず消える。

そして、そのまま餌人がナルトに接近し、兜割を振り上げ、

 

「どらァ!」

 

振り落として来た。

それにナルトは防御の姿勢を取り、笑う。

 

「にししし」

 

しかし、餌人はそれを歯牙にもかけず、

 

「この鈍刀・兜割の前に、ガードなんて意味ねえんだよ!」

 

と、自信満々に豪語する。

が、ナルトはさらに余裕の笑みで、応えた。

 

「だーれが、そんな危ねーもん、ガードなんてするかよ……バ〜カ!」

「…………!」

 

そこで漸く、餌人の顔に焦りが現れる。

が、もう遅い。

遅すぎた。

今のナルトを相手に楽しむ余裕なんて、餌人には最初からなかったのだ。

見つけた瞬間、殺す。

というぐらいの勢いで、闘わなければいけなかった。

しかし、もう遅い。

 

一瞬。

一瞬でナルトの姿が消える。

そして、次の瞬間。

ナルトは、宙を舞っていた術式クナイの一本を掴み、

 

「動くなってばよ」

 

餌人の首筋に、クナイをあてた。

飛雷神の術。

最速の忍とうたわれた、あの四代目火影が得意としていた時空間忍術。

マーキングの術式の描かれた場所へ、人や物を閃光と共に、一瞬で飛ばす忍術。

その目にも止まらぬ早業に、人々は四代目火影のことを“黄色い閃光”と呼んでいたのだ。

そして、今はナルトが、その神速の技を受け継いでいた。

餌人は体を動かす訳にもいかず、目線だけをナルトに送り、言った。

 

「……テメー、手ぇ、抜いてやがったな」

 

それにナルトは、おどけた顔で返す。

 

「何のことだってばよ?」

「とぼけんじゃねーよ……これだけ速く動けんなら、オレから簡単に逃げられただろうが……」

「忍者は裏の裏を読め。騙されるお前が悪いんだってばよ」

「くっ……こんな餓鬼に足元をすくわれるとは……」

 

などと言っているが、もう後の祭り。

餌人の言う通り、ナルトは最初、あえてスピードを抑えて逃げていた。

最後の一手のため。

相手がこちらの力量を読み違えるように、仕向けるため。

そして、その結果、ナルトは餌人を追い詰めることに成功したのだ。

完全に作戦通り……

と、言いたかったところだが……

 

「やれやれ、やはりこうなっていましたか」

 

そのナルトの考えに、二つの気配が割り込む。

その一人目が、ナルトと餌人を見て、状況をすぐに理解し、

 

「氷遁・氷牢の術!」

 

すぐさま氷の柱を作り、餌人の足を凍らせ、完全に動きを封じる。

呻く餌人からクナイを外し、ナルトはその氷使いに声をかけた。

 

「ハク! 来てくれたのか」

「ええ、一向にナルトくんの帰って来る気配がありませんでしたので……」

「あはははは……」

 

本当は三人で囲み、全員でターゲットを取り押さえる作戦だった。

しかし、もう作戦は滅茶苦茶で……

だから。

微妙に困り顔で、ナルトは笑う。

その困り顔で、ハクを見上げる。

ナルトと同じく、一週間ほど前に木の葉で行われた中忍試験で、見事中忍になり、装い新たに、中忍のベストを着ているハクを。

ちなみに、ナルトと長十郎も試験に合格し、水影から中忍ベストを貰っていたのだが、別に着用の義務もないので、結局押し入れの奥に仕まい込んでしまっていた。

しかし。

ナルトとは違い、長十郎にもハクと同じように、一つだけ見た目に大きな変化があった。

 

「え? まさか僕の出番はなしですか?」

 

そう言いながら、ハクより一歩遅れて到着した、水色髪のちょっと自信なさげな少年。

長十郎が、餌人の前に立つ。

背中に二つの柄がある、ちょっと変わった形状の大刀を携えて。

そして、それを見た餌人が目を剥き、

 

「テメー、その刀はヒラメカレイ!」

 

と叫んだ。

 

双刀・ヒラメカレイ。

忍刀七人衆の象徴である、七本刀の一振り。

以前まで長十郎が使っていた忍刀と同じく、チャクラを溜める能力を有し、それを解放することで、切れ味を増したり、形状変化まで行える刀。

 

そんな名刀を、長十郎は中忍合格祝いに、水影の照美メイから与えられていたのだ。

そのヒラメカレイを見て、餌人はナルト達を見回し、思い出したかのように言った。

 

「そうか……テメーらが最近ウワサの、霧隠れの鬼人・再不斬を隊長にした小隊か……

オレと同じ、忍刀七人衆に加わる予定のヒラメカレイの使い手、長十郎。

呪われた一族、雪一族の末裔にして、氷遁の使い手、ハク。

黄色い閃光の再来と広まり始めた、神速の瞬身使い、ナルト。

……なかなか豪勢なメンバーじゃねーか」

 

などなど、いきなり褒めちぎって来て。

それにナルトは目を輝かせて、

 

「マジで! マジで! オレ達、そんな風に呼ばれてるの? いや〜、そんなぁ〜、そこまで大したことはないんだけどなぁ〜。何だかてれるってばよ〜」

 

てへへ、と頬を緩ませる。

それにハクはため息を一つ入れ、

 

「ナルトくん……てれるところではないですよ。忍が目立っても、いいことなんてないのですから……」

「いやさ、でもさ、向こうが勝手にウワサしてるんだから、しょうがねーってばよ」

「全然仕方ないという顔ではないですよ……ナルトくん……」

 

と諦めにも似た声で言い、最後に拘束され、身動きの取れない餌人を見て……

ハクが言った。

 

「取りあえず……運びましょうか」

 

 

霧の里の中心。

そこに建つ一際大きな建物。

その一室、水影室が照美メイの仕事場であった。

とはいっても、特別な部屋ではない。

ある程度の広さではあるが、きらびやかな装飾がある訳でもなく、普通の木で作られた、普通の部屋であった。

そもそも水の国はそこまで裕福な国ではない。

食べ物や仕事に困るようなことはないが、五大国の中でいえば、風の国に次いで資金力は少ないといえるだろう。

何故なら、常々国が戦争を行っていたから。

他国との戦争だけではなく、常に内戦が勃発するような国だったから。

里のトップであった四代目水影のやぐらが、暁と呼ばれる組織に操られ、いいように利用されていたから。

その事をメイの腹心であった、青という名の男が、文字通り命を懸けて証明した。

霧隠れをメイに託して。

だから彼女は水影になったのだ。

腐った時代に終止符を打つために。

 

「次はこの書類ですね……」

 

机の上に乗せられている書類の山を、一枚一枚片付けていく。

地味な仕事で、時々必要あるのか? と悩むものも多いが、ここに上げられてくるということは、大なり小なり理由があるはずだ。

全部、目を通す必要がある案件なのだろう。

と――

メイがてきぱきと仕事をこなしていた時であった。

突如。

部屋の扉がバンッ! と開かれる。

 

「邪魔するぜ、メイ」

「お邪魔するってばよ、メイの姉ちゃん」

 

再不斬とナルトだった。

後ろから、ハクと長十郎もついてきている。

ここ最近、色々な意味でメイが気にかけている霧隠れ第一班のメンバー。

その隊長である再不斬が、何やらぐるぐる巻きに巻かれた物体を肩に担いで、ずんずんと部屋に進入してきた。

メイは慌てて、お見合い写真集と書かれた書類を机の引き出しにしまい……

キリっとした表情で、

 

「どうしたのですか? 皆さん」

 

彼らを迎い入れた。

すると。

 

「届けもんだ!」

 

メイの目の前に、ドサリと何かが転がる。

再不斬が怪しげな物体を床に放り投げる。

その、急に床に落とされ、

 

「うごっ」

 

小さく呻いた髭男を見て、

 

「…………」

 

メイは言葉をなくした。

が、

 

「え?」

 

と、一言だけ呟いた。

それに再不斬が、

 

「オレ達にコイツの捕獲任務が出てただろーが。だからこうして捕まえて来てやったんだ……何、不思議そうな面してやがる?」

 

我が物顔で、そう話す。

後ろにいたナルト、ハク、長十郎の三人が、

自分達が捕まえたんだ!

という言葉を、ギリギリで飲み込んだ表情をしていたが……

何かあったのだろうか?

まぁ、それはさておき……

 

「いや……あのですね……」

 

メイが言いたいことは、そんなことではなかった。

班長である再不斬に尋ねる。

 

「えーと、確かに、鈍刀・兜割の使い手、通草野餌人の捕縛命令は出そうとしていましたし、実際、アナタ達にそのことを昨日話しました。が、まだ正式な任務としては言い渡してはいませんでしたよね……」

「…………」

「いえ。捕まえてきて下さったのは、もちろん有難いことですし、助かるのですが……よく捕まえられましたね? 居場所すら知らされていなかったはずですのに……」

「…………」

 

再不斬が無言で振り向く。

ナルト達の方を見る。

そして、今さらながらのことを訊いた。

 

「……お前達、どうやってこの髭を捕まえた?」

 

その問いに、ハクが一歩前に出て答える。

 

「すみません、再不斬さん。チームワークを高め合うため、僕と、ナルトくんと、長十郎さんの三人で修行をしていたのですが、そこで偶然、昨日見せて頂いた写真に写っていた……この人を見つけて……今見逃せば、捕まえる機会も見失ってしまうのではと考え……」

「……修行ついでに捕まえてきた訳か?」

「はい……」

 

申し訳なさそうに話すハク。

それに再不斬とメイは、憐れみを込めた目線で、ぐるぐる巻きにされた餌人を見た。

忍刀七人衆。

それは何も、特殊な刀を使いこなす忍、という意味だけで与えられる異名ではない。

水影を除いた、霧隠れ最強の七人。

一騎当千の忍に与えられる名だ。

そのはずなのだが……

 

「う〜、むぅ〜」

 

ついこの間まで下忍だった三人に、修行ついでと捕らえられ、何やらよくわからない言葉を発している霧隠れの鉄槌を見て、

 

「はぁ……」

 

メイは頭を抱えた。

が、仲間にできれば貴重な戦力だ。

だから、メイは言う。

 

「再不斬、取りあえず口だけ拘束を外して下さい」

「ああ」

 

再不斬が餌人の拘束を緩める。

すると、息を吸い、吐くと同時に、餌人が吠えた。

 

「テメーら、オレにこんなことして、タダで済むと思って……!?」

 

と、言いかけたところで。

メイの目から見ても、見事としか言い様のない瞬身の術で、ナルトが餌人の背後を取り。

寅の印を結んで……

しゃがみ込み……

 

「くらえ! 千年殺し!」

「ぐおっ……」

 

餌人が芋虫のように、のたうち回る。

だが、ナルトは攻撃の手を緩めない。

 

「千年殺しィ!」

「ぎゃあああああ!」

「千年殺し!」

「ちょっ……ま、待て……」

「千年殺しィ!!」

「ゆ、許してくれぇええ」

 

床に体を何度も打ちつけ、霧隠れの鉄槌が泣き叫ぶ。

ナルトは側にいた再不斬を見上げ、

 

「どうするってばよ。再不斬の兄貴」

 

それに再不斬は、残忍な笑みを浮かべる。

ニタニタと、オモチャを見下ろし。

餌人を見下ろし、ナルトに続く。

 

「クククク……謝って済めば、忍の世界に追い忍部隊はいらねーんだよ」

「まったくだってばよ! せっかく仲間してやろうって、ここまで連れてきてやったのに……」

「ああ、全くその通りだ。仁義を通さねー奴は、忍だろうと、何だろうと、醜いもんだ」

 

酷い。

酷すぎる。

というか、それはナルトと再不斬が言っていいセリフなのか?

メイ、ハク、長十郎の三人は同じことを同時に思ったが……

思ったのだが……

狙いが自分に移るのは嫌なので……

 

「………………」

 

何も言わないことにした。

触らぬ神に祟りなし。

 

それから、暫くして。

ナルトと再不斬の努力により、少しだけ性格が改善した餌人が……

 

「わ、わかった……と、取りあえず話しを聞いてやる……いや、聞かせて下さい」

 

頭を下げてきた。

これで漸く話を進められる。

メイは咳払いを一つ入れ、本題に入った。

 

「では、餌人。アナタはどうして霧の里付近を徘徊していたのですか?」

「……オレ以外の忍刀七人衆が……里に戻っているとウワサで聞いて……」

 

忍刀七人衆。

彼らは、水影がメイに代わるまでの間、その全員がクーデターなどを起こし、里を抜けていた。

しかし、メイをはじめとした、霧隠れ全体の努力の甲斐あって、餌人を含んだ七人衆のうち、既に五人が霧の里に戻ってきていた。

 

「なるほど。一度は私の誘いを蹴っておきながら、仲間外れは困ると、こうして帰って来た訳ですね?」

「…………」

 

メイの問いに、餌人は押し黙る。

餌人は一度、メイの出した破格の条件での帰還命令を無視していたのだ。

それはこの場で殺されても、文句すら言えないほどの愚行であった。

 

「…………」

「…………」

 

数秒ほど、緊迫した空気が流れる。

が――

次の瞬間、メイは慈愛に満ちた目で微笑み、

 

「再不斬、拘束を全て外して上げて下さい」

「!?」

 

突然の宣言に、餌人が目を見開く。

それに再不斬は苦笑して、

 

「いいのかよ、メイ? またクーデターを起こすかも知れねーぜ?」

「アナタが言うとシャレに聞こえませんよ、それ……」

「ククク……まあ、外せと言われれば、外してやるがな」

 

と言い、

 

「ほらよ」

 

縄を解き、拘束を外した。

戸惑いを隠せない顔で、餌人がメイに尋ねる。

 

「ど、どういうことだ……オレを殺さねーのか?」

「殺す? 何故?」

「いや……そりゃ……」

「今、霧の里は過去のものを水に流し、清算し、全員が一丸となって里を立て直している真っ最中。人手はいくらあっても、足りないくらいです。だというのに、貴重な戦力を自ら潰してどうするのですか?」

「…………」

「もし、アナタが罪悪感を感じているのでしたら、里のために一つでも多く、何かを成し遂げて下さい」

 

全面的な許しに、餌人は深々と言った。

 

「……ありがとう…ございます」

 

それにメイはニッコリと笑い、

 

「ええ、お帰りなさい、餌人。取りあえず、詳しい話は明日にして、今日は休息を取りなさい」

「了解」

 

そう言い終わってから、餌人は暗部に連れて行かれ、水影室を出ていった。

 

 

部屋に、メイと一班のメンバーだけが取り残される。

そして……

今のやり取りを見ていた長十郎が、憧れと尊敬の眼差しで、

 

「やはり水影様は素晴らしいお方です。一生ついていきます!!」

 

両手を組み、メイを崇め立てていた。

ナルトとハクも、それに同意するように頷く。

再不斬もしかめ面をしてはいたが、満更でもない様子だった。

 

しかし。

これで話は終わり……ではなかった。

 

七人衆の一人。

鈍刀・兜割の使い手、通草野餌人。

霧隠れの鉄槌を仲間に引き戻すという大任を完了し、第一班が水影室を退室しようとした時。

 

「ん?」

 

ナルトは自分の身に起きている異変に気づく。

正確には身ではなく、ナルトのポーチが、

バタバタ!

と、勝手に動いていて……

すぐにナルトがポーチを開けて中を見ると、巻物が一人でに動いていた。

ナルトは訝しみながら、それを手に取る。

すると、次の瞬間。

ボンっ!!

白い煙が溢れ出した。

突然の事態に、再不斬達は少し警戒し、メイがナルトに言う。

 

「ナルト!? 何ですか、これは?」

「わかんねーってばよ! この巻物は自来也先生が何かあった時に、すぐ連絡を取り合えるようにって、渡してきたやつだけど……」

 

という説明を聞いて、メイはおおよその事態を理解した。

自来也に渡された物だと聞いて、再不斬達も警戒の色を解く。

そんなナルト達の前に現れたのは……

 

「ふい〜、やっと出られた……」

 

掌サイズより少し大きい、赤色のカエル。

いつもゴーグルを首に掛けた、連絡蝦蟇。

コウスケであった。

いきなりのご登場に、ナルトは首を傾げる。

 

「どうしたんだ? コウスケ」

「おお、ナルト! 自来也から、お前宛に連絡を預かって来たんだ……」

 

と言いながら、コウスケがナルトに巻物を手渡す。

そして、

 

「何やら、水影様と相談して決めろって言ってた。じゃ、確かに伝えたからな!」

 

そう言い、ボン! と、煙を巻き上げ消えた。

 

「え?」

 

手元に残った巻物を見て、頭に?マークを浮かべるナルトだが……

 

「…………」

 

周囲から来る、早く読め! という雰囲気に気づき、慌てて巻物を開いた。

すると、そこには……

 

「どういうことだってばよ……これ?」

 

ナルトの予想していなかった内容が記されていた。

メイは呆けるナルトに、

 

「ナルト。巻物を私にも見せて下さい」

「…………」

 

無言で、巻物を手渡すナルト。

それを受け取り、メイは中身に目を通した。

そして、そこには。

 

「…………!?」

 

メイですら、衝撃の受ける内容が記されていた。

どうするべきか、悩むように眉を寄せる。

情報を読み取り、状況を整理する。

と――

それを黙って見ていた再不斬が、ついに痺れを切らした声で、

 

「おい、メイ! 何が書かれてたんだ?」

 

と、訊いてきた。

メイは一旦巻物から目を離し、要点だけを再不斬達に話す。

巻物に記されていた情報は、大きく分けて二つ。

 

一つ目は。

三代目火影、ヒルゼンの殉職。

 

二つ目は。

そのヒルゼンと相討った、大蛇丸の部下によるサスケの誘拐。

そして、それを奪還するための援助要請だった。

 

ヒルゼンのことは、ある程度メイは既に悟っていた。

ここ数ヶ月だが、密に連絡を取り合っていたヒルゼンの連絡が急に途絶えたからだ。

彼が優れた人物であることは、届いていた文面を見るだけでも理解できるほどであった。

それほどまでに、メイはヒルゼンのことを評価していた。

だからこそ……

そのヒルゼンの戦死が、木の葉との同盟にどこまで影響を及ぼすのか。

メイが最近頭を悩ませている、大きな問題の一つであった。

 

そして、もう一つの内容はサスケの奪還。

同盟国であるはずの砂ではなく、霧に要請してきたということは、もはや木の葉と砂の同盟は形だけということなのだろう。

その上、自里の忍すら満足に動かせないとは。

それほどまでに木の葉が此度の戦で、甚大な被害を受けたのか。

火影を失い、里に綻びが出始めたのか。

それとも、その両方か。

 

そして、この要請を受けるメリットが、霧にあるのか……

 

メイは思考を巡らし――ナルト達を見た。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IQ200の切れ者

火の国の国境と繋がる森の中。

イルカ、キバ、赤丸、チョウジ、シノ、シカマル、サクラ、ネジ。

七人と一匹。

普通の小隊の約二倍近くある、変則的な木ノ葉小隊が、木を蹴り、風を切り、森を駆けていた。

音忍に攫われた、サスケを救出するため。

道すがら……

起爆札を五カ所に貼りつけ、敵を誘い込み爆破させるトラップ忍術。

ワイヤーを用いた追撃者撃退用の罠が数々。

足跡を二重に別れさせ、どちらを追跡すればいいのか迷わせる、初歩的な仕掛け……

などなど。

音忍による熱烈な歓迎を受けた木ノ葉小隊だったが……

この班には、木ノ葉切っての探知能力を有する忍が二人もいたのだ。

一人は、犬塚一族のキバ。

もう一人は、日向一族のネジ。

それに加えて、中忍のイルカに、シノのサポートも相まって……

敵の策略に嵌まることなく、かなりスムーズに、足を進めていた。

途中、休憩を入れたりしながらも、二十時間ほど走っただろうか。

そこで、ふとネジが立ち止まり、言った。

 

「捕まえた」

 

つまり、その視野の広い白眼で、ターゲットを捕捉したわけだ。

そんな光景を、後ろの方でぼんやりと眺めていたシカマルは、ぼそりと呟く。

 

「……これ、もしかしてオレ……いらなかったんじゃねーのか……」

 

もう、みんな凄すぎる。

正直、若干へこむほどに。

自分は、そんなに取り柄のある忍じゃない。

それがシカマルの自己評価だった。

精々、ちょっと作戦立てるのは上手いかなぁ……という程度。

だが、そんな自分でも、仲間を見捨てるのだけは嫌だった。

口には出さないが、他の奴らもきっとそうだろう。

でなければ里の命令を無視してまで、こんな所まで来ることなんてありえない。

だというのに、里の門をくぐってから、ここまで。

自分は何の役にも立っておらず……

 

「マジで……ちょっとへこむな……」

 

ため息を吐いた。

が、すぐに気を引き締め直す。

今は任務中、ぼやいている暇などない。

先頭にいたイルカがこちらを向き、

 

「お前達……ここからが本番だ。今から何パターンかの作戦を話すから、頭に叩き込んでくれ」

 

サスケ奪還手順の説明を始める。

ここからが、この任務の本番だった。

 

 

作戦が決まり、各自が指定の位置に着く。

シカマルは木陰からこっそりとターゲットを見ていた。

そこからは音忍と思われる忍が四人と、怪しげな棺桶が一つ、肉眼で確認することができた。

だが、肝心のサスケの姿が見当たらず……

シカマルは横で待機していたネジに尋ねた。

 

「サスケがいねーぞ?」

「……どうやら、あの棺桶の中だな」

「……死んでるのか?」

「わからん。桶に結界が張ってあるらしい……透視しづらい」

「結界……ねぇ」

 

棺桶を見る。

ネジと違って、白眼など持ち合わせておらず、シカマルの目には何も見えないが……

だが、かなりの危険をおかしてまで、サスケを欲しているような奴らだ。

生きている可能性の方が高いだろう。

それにイルカから聞いた話によれば、サスケは音忍達と戦闘を行ったらしい。

恐らくサスケは、無理矢理棺桶の中に入れられ、何らかの術で拘束されていると考えるのが妥当だろう。

などと……

思考を巡らしていた時だった。

突如、音忍の一人がこちらを振り向き……

シュっ!

クナイを投げつけてきた。

しかも、ご丁寧に起爆札付きのクナイで……

 

「なっ!?」

「くっ!?」

 

それに気づいたシカマルとネジは、慌てて前方に飛び込み、対爆防御の姿勢を取った。

直後。

ドカーン!!

爆破音。

起爆札が起爆した。

爆風が治まる。

少し土を被ったぐらいで、怪我はしていない。

いないのだが……

シカマルとネジが上を見上げると……

 

「何だ? 戯れにヤブを突ついてみたら、蛇どころか、虫二匹かよ」

 

クナイを投げつけてきた音忍のリーダーらしき人物が、こちらを見下すようにそう言った。

戯れ……いや違う。

明らかに、的確に、こちらを狙って投げてきていた。

つまり、どこかでこちらの動きがバレていた訳で……

見えないトラップにでも引っ掛かったか?

などと思考を巡らしながら、シカマルは両手を上げ、無抵抗を示す。

 

「ちょい待ち! 待った! オレ達は戦いに来たんじゃない! ただ交渉をしに来ただけだ……」

 

それを聞いて、音忍のリーダーの隣にいた蜘蛛のような男が、

 

「だったら、こりゃ何ぜよ!」

 

手から伸びていた糸を引っ張る。

すると、その糸に捕まっていたキバとシノが、草むらから引き釣り出され、

 

「のぅおお!」

「……くっ」

 

叫びながら、表に出て来た。

最初から、相手の掌の上だったという訳か。

だが……まだ計算の範囲内。

シカマルはイルカの立てた作戦に加え、自分が思いついた案も皆に話し、計画に組み込んでもらっていた。

例えば、今のように第一の作戦が失敗した時のため、次善の策などを……

 

「行くぜェ!」

 

キバが糸に足を絡め取られながらも、空中で一回転し、笑みを浮かべた。

ポーチから、煙玉を取り出す。

それを音忍達が密集している所へ……叩きつけた。

頼りない音とともに、辺り一面の視界が白く染まる。

音忍達の視覚を奪う。

だというのに、彼らから焦りの色は窺えず……

蜘蛛男が余裕の表情で、

 

「クク……その煙玉にどんな意味がある? オレからは絶対に逃げられんぜよ。辺りにはワイヤーよりも細く、丈夫で、殆んど見えないオレの糸が敷き詰めてある」

 

などと、やられキャラよろしく、能力の説明をしてきて……

つまり、途中で見かけた数々のワイヤートラップは、罠に掛けて敵を捕まえるというより、こちらの位置を把握するために仕掛けられた二重……いや、三重トラップだったという訳だ。

シカマルは、頭の中で敵の能力の一つを分析する。

そして、煙の晴れた視界に映る四人の敵を見据えて……

 

 

「まいったな……こんな能力者がいたとはな」

 

意味ありげな笑みを浮かべて、

 

「でもよ。こんな能力者もいるんだぜ。キレーに作戦にハマってくれて、ありがとよ」

 

シカマルの言葉に、一瞬何言ってんだ? という顔を見せた音忍達だが、

 

「は? 何言って……何だ? 体が……」

 

すぐに事態を理解したようだ。

煙玉は逃げるために使ったのではない。

相手を捕まえるまでの、時間稼ぎのために利用したのだ。

作戦は見事に、綺麗に決まった。

そこへサクラが、木陰から跳び出して来て、

 

「ナイスね、シカマル! 影真似の術…成功!」

 

と言いながら、印を結ぶ。

作戦の最後の仕上げだ。

敵の能力がわからない以上、迂闊に近づく訳にはいかない。

だから一度、シカマルの影真似で動きを縛ってから、ある程度近づいて使う必要のあるサクラの幻術で敵を無力化し、その後にサスケを奪還する。

それがイルカの立てた作戦であった。

ここまでは上手く作戦通りに、事が運んでいた。

だが、そこで。

音忍のリーダーが動く。

 

「まいったな……けどよ、オレにはこんな能力もあるんだぜ」

 

と言った、次の瞬間。

シカマルの目に、信じられない光景が映った。

音忍のリーダーが……分裂したのだ。

分身などではない。

影真似で縛ってあるのだ、印など結べない。

だというのに、最初から二人いたかのように分裂して。

その分裂した男が、幻術をかけようとしているサクラに迫り……

 

「えっ!?」

 

予定外の事態に、サクラの動きが止まる。

その隙に、

 

「ザコ共が、一丁前にピーコラ言ってんじゃーねぞ!」

 

音忍が一気に距離を詰める。

シカマルは舌打ちしながら、影真似をかけようとするが、とても追いつける速度ではない。

が……

上空から、サクラを助けるために出て来た影が一つ。

 

「させん!」

 

イルカだった。

だが、音忍は止まらない。

それどころか、さらに加速して、技を繰り出した。

 

「先公が! ガキの前だからって、格好つけんじゃねーよ!」

「ぐあっ」

 

速度の上げた体術で、イルカをサクラごと蹴り飛ばす。

吹き飛ばされた二人は、そのまま直線上にいたシカマルの方へ飛んで来て……

 

「ぐっ」

「きゃっ」

「ぐお!?」

 

三人が無様に地面を転がる。

間接的とはいえ攻撃をくらったことにより、影真似が解けてしまった。

たった一つの想定外のお陰で、こちらの作戦は全て台無しであった。

それを見て、最後まで身をひそめていたチョウジが慌てて跳び出し、

 

「シカマル! みんな!!」

 

と援護に来るが、状況はさらに悪化する。

影真似が解け、自由になった音忍の一人。

モヒカン男が、地面に両手をつき、

 

「土遁結界・土牢堂無!!」

 

術を発動する。

土の壁が迫り、瞬く間に木ノ葉小隊を土で出来たドーム状の結界へと閉じ込めた。

それを見た音忍のリーダーが、結界を作り出したモヒカン男に、

 

「次郎坊。食い終わったら、チャッチャッと来いよ」

 

と言い捨て、次郎坊と呼ばれた男だけを残して、サスケの入った棺桶を担いで、その場から去って行った。

 

土の壁。

岩と土で出来た、ドーム状の結界。

シカマルはぐるっと辺りを見回す。

360°だけでなく、上も閉じていて、雲一つ見えない。

そんな所に、木ノ葉小隊の全員が閉じ込められていた。

やられた!

心の中で呻く。

こちらの人数は蜘蛛男の能力で、予め数えられていたはずだ。

だから全員が揃ったところを、一網打尽にされてしまい……

こりゃー、個々の能力は向こうの方が断然上だな……

と、心の内でぼやきながら……

やる気も覇気も感じられない目で、シカマルは念入りに土の壁を探る。

が、当然出口すらも見当たらず……

一見、抜け出す方法などないように思えるが……

そこで。

ふと、一つの情報を思い出す。

イルカが出発前に言っていたこと。

確か、結界忍術を使えると言っていた。

ということは、攻略方法もわかるのではと推察し……

 

「……イルカ先生」

 

次郎坊に聞こえぬよう、こそりと話しかける。

それに合わせるように、イルカも小声で応えた。

 

「何だ? シカマル……」

「結界忍術って、そもそもかからないようにするのが一番セオリーっスけど、かかった場合はどうやって抜け出すんっスか?」

「オレもこんな術を見るのは初めてだが、結界忍術というのは、どのようなものであっても、明確な弱点が存在するものなんだ……」

「明確な弱点?」

「そうだ。術者が手や足を結界から放してはいけない…とか、脆い所があったり…とかな」

「なるほどね……」

 

術者に攻撃する。

なるほど……それはわかり易く、手っ取り早い。

が、その選択肢は始めから存在しない。

全員拘束されているこの状況では、実現不可能な選択だからだ。

なら……

シカマルはしゃがみ込み、座禅を組む。

この体勢がシカマルにとって、一番集中し易い姿勢だった。

だから、座禅を組み、作戦を頭の中で構築する。

思考を深く、深く、沈める。

すると……

バリバリバリ

ポテチを食う音が鳴り始めた。

こちらの意図にチョウジが気づいたようだ。

やっぱり長年コンビを組んできた相棒は役に立つなぁ……

などと思いながら、思考を巡らす。

 

「こんな壁、ぶち抜いてやるぜ! 通牙!」

 

キバが体術を使い、土の壁を削ろうとする。

これで貫通できたら話は早いのだが……

そう簡単にいく訳もなく……

キバの動きが止まった。

 

「ちっ!」

 

壁は途中までしか削られず、キバが悔しそうな顔で舌打ちを漏らす。

しかも、そのキバが削った壁は、張り巡らされた次郎坊のチャクラにより、勝手に修復される始末だ。

が……

 

「……なるほどね……弱点がある…か」

 

確かに、キバに削られた箇所はみるみると修復され始めている。

だが、その壁の治り方は均等ではなく、明確な差異が見て取れた。

修復の速度が早い箇所と、遅い箇所があった。

シカマルはそれを見て――攻略方法を見つけた。

立ち上がり、全員の視線が集まる中、キバに言う。

 

「キバ、もう一度暴れられるか?」

「あ?」

「もう一回この壁を削ってくれ。試したいことがある」

「試したいこと? シカマル、てめー見てなかったのか? この壁、削った側から治りやがんだぞ」

「いや、修復されても構わない。一手目はただの確認だからよ」

「ん? 何だかわかんねーが、必要ってんなら、やってやんぜ! 行けるな、赤丸!」

「ワン!」

 

次に、シカマルはネジを見て、作戦に必要なもう一つのプロセスを伝える。

 

「ネジ、あんたは白眼でチョウジの後ろの壁と、シノの後ろの壁。その両方を中心に、チャクラの動きを観察してくれ」

「……わかった」

 

ネジの即決の返事を聞いて、シカマルは口元を緩める。

頭のいい奴との会話は、話が簡単で楽に済む。

あとは推測が正しいのを、祈るだけ……

というところで、イルカがシカマルに尋ねてきた。

 

「シカマル……お前、まさか……」

「いや、まだ可能性の話っス。でも、たぶん上手くいきます」

「……わかった……任せよう」

 

シカマルが頷く。

と、同時に。

キバと赤丸が、コンビネーション攻撃を繰り出された。

 

「牙通牙!!」

 

土煙が舞う。

かなり気合いを入れたらしく、キバと赤丸の攻撃が、土の壁に幾つもの穴を開ける。

その穴の一つに……

カッ!

ネジの投げたクナイが刺さった。

 

壁の治り方に差異がある。

それは言い換えれば、結界に強い所と弱い所があるということだ。

そして、チャクラの流れを見切るネジの白眼により、それはさらに明確となる。

つまり、ネジのクナイが刺さった場所こそ。

この結界の弱点。

 

最後にチョウジを見る。

するとその相棒が、待ってましたという顔でポテチの袋をポーチにしまい。

印を結び、術を発動した。

 

「倍化の術!!」

 

そんな光景を、ずっと黙って見ていたサクラが、イルカに顔を向け、

 

「ねぇ、イルカ先生。これってもしかして」

「ああ、どうやら脱出法を見つけたようだ」

「うそ……こんな短時間で結界を破る方法を見つけるなんて……」

「そうだな……オレが一番驚いているよ……」

 

イルカが舌を巻くように言った。

続けて、

 

「全員、脱出に備えろ!」

 

全員に指示を出す。

下忍達はイルカの声に、無言で頷いた。

その直後。

チョウジが叫ぶ。

 

「よーし! 行くぞォ!!」

 

巨大化した体を丸めて、結界の一番脆い箇所目掛けて、

 

「肉弾戦車!!」

 

破壊の音を立てる。

一段と大きな土埃を巻き起こし、土の壁に大きな穴を開けた。

光が差し込んだと同時に、全員が外への脱出に成功する。

 

「な、何っ!?」

 

驚きの声を上げる次郎坊の前に、七人と一匹が集結した。

シカマルは結界を突き破った相棒を見て、

 

「チョウジ。やっぱりお前は…最高だぜ!」

「へへ」

 

次は、木ノ葉小隊が狼煙を上げる番であった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鹿蝶vs次郎坊 熟練の連携術

「忍者ごっこする人、この指とーまれ!」

 

一人の子供が発した声に、他の子供達も集まり始める。

 

「やるやる」

「オレも、オレも」

「私も……」

 

そんな中、チョウジも少し遅れて、

 

「ぼ、僕も」

 

と、言った。

だが、周りから返ってきた言葉は、

 

「えー!」

「チョウジもやるのかよ」

「お前は違う遊びしてろよなぁ」

 

だった。

チョウジは悲しい声音で訊いた。

 

「どうして?」

「だって、お前が入ったチームの方が、絶対負けちゃうもん。お前鈍感だし」

「う…………」

 

顔を下に向ける。

心が沈む。

そんな時、その輪の中にいた一人の少年が、

 

「……けどよ、それじゃ人数合わねーだろ。将棋だって同じ数の駒があっから、おもしれーんだぞ」

 

そう、言ってくれた。

それがシカマルと友達になった最初の日であった。

秋道一族。

カロリーを用いた忍術を秘伝忍術とした一族。

つまり、自分の一族はデブばかり。

それが理由で、チョウジは子供の頃、なかなか周囲の輪に溶け込めず、困っていた。

忍者なのにデブって……

そう、自分でも思っていたぐらいだ。

そんなチョウジに、声をかけてくれたのがシカマルだった。

嬉しかった。

まあ、シカマルからすれば何気ない一言だったのだろうが……

でも、チョウジは今日まで、その日のことを忘れたことはなかった。

その日から、少しずつチョウジにも友達ができて、自分の世界が広がっていったのだから。

だから……

 

 

ドーム状の土で出来た結界が崩壊する。

土埃がおさまる。

そこで、はっきりとした視界に映し出された音忍の一人。

次郎坊が渇いた両手をぱちぱちと叩いて、

 

「皆さん、よく頑張りました。カス共のわりには……だがな」

 

挑発した口調。

それをあくまでも冷静に聞き流し、イルカが一歩前に出る。

 

「随分と余裕じゃないか……状況がわかっているのか?」

「ふん、威勢のいい先公だ……前菜にもならないがな」

 

と下卑た顔で言い放ち……そして。

突然、次郎坊が地面を拳で殴った。

思い切り殴った。

たったそれだけの動作で、地面が割れるほどの衝撃が発生する。

土埃が舞う。

暫くして、視界が晴れた頃には……

次郎坊の姿が目の前から消えていた。

その直後。

キバとネジが同時に敵を感知し、叫んだ。

 

「「後ろだ!」」

 

チョウジも一歩遅れて後ろを見る。

すると、そこには……

10メートルはあるだろうか。

そんなバカでかい大岩を両手に担ぎ上げた、次郎坊がいて……

 

「土遁・土陵団子!!」

 

それをこちらに投げつけてきた。

 

「きゃああーっ!」

「くっ! 全員散れ!」

 

サクラの悲鳴が聞こえ、イルカが指示を出す。

が、間に合わない。

このままでは逃げ遅れたサクラが、山のような岩に下敷きにされてしまう。

チョウジはすかさず印を結び、

 

「肉弾戦車!!」

 

大岩に突撃する。

大岩を粉砕する。

そして、そのまま……

 

「ごろごろごろぉ!」

 

転がる。

次郎坊を目指して。

が、その快進撃はすぐに止められた。

回転が止まり、不思議に思いつつも上を見上げると……

次郎坊がニタニタ下卑た笑みを浮かべていて……膝蹴りを放ってきた。

 

「昇膝!」

「ぐっ」

 

腹に衝撃がめり込む。

痛みで倍化の術が解ける。

そして、そんな無防備なチョウジを相手が見逃してくれる訳もなく……

続けて、次郎坊がタックルをかましてきた。

 

「突肩!!」

「ぐあ!」

 

軽々と吹き飛ばされる。

受け身すら取れず、一転、二転と地面を転がる。

とてつもない勢いで吹き飛び、このまま硬い大木にでも激突してしまったら……

そこで、

 

「チョウジ!」

 

イルカとシカマルが、チョウジに飛びつく。

足で土を削りながら、受け止める。

地面を転がりながら、なんとかダメージを緩和させる。

それを見たキバとシノがチャクラを練り、

 

「やってくれんじゃねーか!」

「……調子に乗りすぎだ」

 

反撃に出ようとする。

これ以上、こんな奴に好き勝手暴れられてたまるか!

全員が闘志を剥き出しにする。

一瞬触発の空気が張り詰めて……

しかし、そこで。

そんな部下達にイルカが、

 

「待て! お前達!」

「!?」

 

下忍達は動きを止める。

イルカが立ち上がり、言った。

 

「今回の任務はコイツを倒すことじゃない。ここで無闇に戦闘を行って時間をかければかけるほど、奴らの思うツボだ」

 

それにキバが後ろを振り返り、イルカに尋ねる。

 

「じゃあ、どーすんだよ! イルカ先生!」

「ここから二手にわかれる。コイツの相手は……オレが一人でやる。お前達はサスケを追え……」

 

温厚なイルカが珍しく、厳かな声で言った。

それを、

 

「くくくく……」

 

次郎坊が見下しながら、笑い、嘲笑う。

 

「貴様のような大した取り柄もない先公一人で、このオレを殺れるとでも本気で思っているのか?」

「…………」

「その上、お前の生徒は見るからにカスばかり。数だけ揃えた下忍を編成部隊に組み込むとは……木ノ葉は余程の人材不足と見えるな……カス共の傷の舐め合いなど見るに耐えん」

「貴様っ……オレの生徒達をバカにするとは……覚悟しろ……お前は……」

 

イルカが身体を震わせ、前に出ようとする。

が――

怒りに震えていたのは、イルカだけではなかった。

次郎坊の仲間をバカにする発言に、どうしても我慢できず、

我慢できず……

 

「僕だ!!」

 

気づけば叫んでいた。

 

「コイツは僕がやる!!」

 

全員の視線がチョウジに集まる。

シカマルとイルカが目を見開き、

 

「……! チョウジ……」

「何を言ってるんだ……」

 

だが、チョウジはそれには取りあわない。

黙々とポーチから兵糧丸の入った袋を取り出し、

 

「シカマル……これ、みんなで食べて」

 

袋ごとシカマルに渡した。

それを受け取りながら、シカマルが戸惑った声音で、

 

「お前……まさか!」

「そう、僕にはとっておきのアレがあるからね……」

「け、けど……」

 

狼狽するシカマル。

そこにイルカが、

 

「チョウジ。何をやっているんだ。コイツはオレがなんとかする。お前達は……」

 

が、チョウジはそれを遮り、

 

「イルカ先生……先生は隊長だ。他のみんなにもまだまだ指示を出すために、サスケを追わなきゃいけないでしょ?」

「そ、それは…そうだが」

「このままサスケを見逃しちゃったら、僕達は何のために覚悟を決めて集まったのかわからないよ……それこそアイツの言うように、傷の舐め合いをする……ただのカス共になっちゃうよ!」

「ぐっ……」

 

イルカが強く目を閉じる。

どうするべきか判断に迷っているようだ。

そこへ、シカマルが、

 

「はぁ〜」

 

ため息を一つ。

長いため息を吐いてから……

イルカの方を向き、

 

「じゃ、オレも残りますんで、先生達は先に行ってて下さい。すぐに追いつきますんで……」

「なっ! シカマル……お前まで」

「イルカ先生はチョウジ一人残して行くのが不安なんでしょ? だったらオレも残れば、二対一。これなら……まぁ、何とかなるっスよ」

「…………」

 

イルカは暫くの間、沈黙していた。

が……

貴重な時間を無駄にする訳にはいかない。

最後に、チョウジとシカマルの目を見て、頷いた。

 

「チョウジ、シカマル……無茶だけはするなよ……必ず追いついてこい!」

 

二人が、次郎坊の前に立つ。

 

「うん!」

「ったく……めんどくせーことになりやがったぜ……」

 

イルカ、サクラ、キバ、赤丸、シノ、ネジ。

五人と一匹の心配そうな視線を背中に感じながら、チョウジは叫んだ。

 

「行けぇーっ!! みんなぁ!!」

 

六つの気配が背中から去って行く。

それを感じ取りながら、横にいたシカマルを見て、

 

「何かごめんね、シカマル」

「……別に構わねーよ。まぁ、お前があんなこと言うとは思ってなかったから、ちょい驚いたけどな……」

「あんなこと?」

「……何でもねーよ……そんじゃ、ぼちぼちやりますか」

「だね」

 

と。

掛け合いが終わったところで……

 

「ふん……カス共が! さっさと片付けて、全員食らってやる!」

 

次郎坊がこちらに向かって、突進してきた。

デブのくせに、なかなかの速度だ。

チョウジはもう一度、シカマルに視線を送る。

本来、敵と戦う前には、作戦を立てたりするものだが……

チョウジはシカマルと頷き合う。

たったそれだけの動作で全てを終わらせた。

長年コンビを組んできたんだ。

互いにやれること、やれないことは、もうわかり尽くしている。

チョウジが前衛。

シカマルが後衛。

しかし、今回は相手があまりにも強敵だ。

それぐらいのことは、シカマルのように頭がよくない自分にでもわかった。

だから、ポーチからとっておきを出す。

三色の丸薬が入ったケース。

秋道一族の秘薬中の秘薬。

チョウジの切り札。

そのうちの一つ、青のホウレン丸を口に放り込み、

カリ!

食べた。

あんまり美味しくない……

が、効果は絶大。

自分の体に、膨大なエネルギーが駆け巡るのがわかる。

そして……

 

「オラァ!!」

「バカな! 力でオレに!?」

 

驚愕の表情を見せる次郎坊の突撃を止めた。

そのまま、チョウジは次郎坊の腰帯を掴み、

 

「うおおおおお!!」

 

木に打ちつけるように投げ飛ばした。

巨体の次郎坊が、弧を描くように飛ばされ、

 

「ぐわっ」

 

地面に倒れる。

だが……

 

「ぐっ」

 

チョウジは腹を押さえる。

体に激痛が走っていた。

それを見たシカマルが心配そうな声音で、

 

「チョウジ、お前! 薬の副作用が……」

 

が、チョウジはそれを手で制した。

 

「…………」

 

それでシカマルは押し黙る。

何のデメリットもなく、パワーアップなど。

そんな都合のいい話はない。

チョウジの食べた丸薬にも、それ相応のリスクがあった。

だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

だから、シカマルは冷静な口調で言う。

 

「チョウジ、時間はかけらんねぇ。短期決戦に持ち込むぞ」

「うん」

 

しかし、次の瞬間。

次郎坊を投げ飛ばした方向から……

禍々しい気配。

チョウジ達は肌がピリピリするほど、強烈な殺気を感じ取って……

少しビビりながら、そちらを見ると……

 

「図に乗るな…カス共が……!」

 

全身奇妙な痣だらけの次郎坊が立っていた。

チョウジとシカマルはその姿に、恐怖を抱かずにはいられなかった。

 

「何なの……あれ……?」

「おいおい、ここにきてパワーアップかよ……冗談キツいぜ」

 

次郎坊から放出されるチャクラの量が、明らかに先ほどまでとは違っていた。

感知タイプの忍ではないチョウジやシカマルですら、思わず身震いしてしまうほどに。

しかし、止まっている時間はない。

悩んでいる時間はない。

この任務はサスケが火の国の国境を越えた時点で終わりだ。

途中の結果がどうであれ、それだけでこちらの負けなのだ。

だから、チョウジは打って出る。

ポーチに手を入れ、クナイを取り出す。

しかも、取り出した数は一本や二本ではない。

数十本のクナイ。

両手では数えきれないほどの数。

それらの全てがワイヤーに通されてあり、数珠繋ぎとなっていた。

そして、それを体に巻きつけ、

 

「倍化の術!」

 

ボン!

チョウジの体がデカくなる。

クナイを巻きつけたその体は、まるで魚のフグのようなナリをしていた。

そこから繰り出される術は、そんな可愛いものではないが……

 

「肉弾針戦車!!」

 

クナイをスパイクにして、回転力と破壊力を上げた肉弾戦車が、次郎坊に迫る。

チョウジの得意忍術の一つ。

が……

そのチョウジの渾身の一撃を……

 

「カスが!」

 

ただその一言だけで、次郎坊が受け止めた。

正面から……

何の小細工もなしで。

チョウジはスピードも技術もない。

唯一の取り柄といえば、力が強いということ。

だが、それを正面から止められたのだ。

次元が違う。

次郎坊が余裕の顔で嘲笑う。

 

「デブが! この程度でオレに勝てると思っていたのか? 笑わせてくれる」

 

お前が言うな! そう心の中で反論しながら、チョウジも笑った。

 

「勝てると思ってなきゃ、わざわざ残る訳ないだろ……デブ!!」

 

やっぱり、口でも言い返した。

それに次郎坊が、ピクリっと血管を浮かべて、

 

「舐めるなよ! カス……が……な、何だ……体が!?」

 

ぴたりと動きを止めた。

否。

強制的に止められたのだ。

ゆっくりとシカマルが近づいてくる。

それと同時に、次郎坊も動く。

 

「何だ……体が勝手に……」

 

狼狽する次郎坊に、シカマルはめんどくさそうに、でも何処か勝ち誇った声音で、

 

「影真似の術……成功」

「ぐっ……最初に見せたのと同じ術か……」

「わりーな。オレはガチンコ対決はごめんなんでね……後ろからコソコソと捕まえさせてもらったぜ」

「ドカスがぁ!!」

「おいおい、あんまり吠えるなよ。もう、テメーの敗けは決まったんだからよ。オレらが、弱い者いじめしてるように見えるじゃねーか」

「…………」

 

次郎坊が沈黙する。

シカマルの挑発にも乗らず、目を閉じて……

何かに集中しているようで……

先ほどまでうるさかった口まで閉ざしており、不気味なまでの静けさが辺りに漂う。

途端。

次郎坊の全身から、研ぎ澄まされた殺気が噴き出した。

獣の殺気……いや、そんなレベルではない。

圧倒的な破壊の力。

近くに立っているだけで壊されてしまうほど、圧倒的な圧力。

それを受けて……シカマルが、

 

「ちっ! チョウジ!」

「うん!」

 

そのやり取りだけで、自分のやるべきことを理解した。

印を結び、術を発動する。

 

「部分倍化の術!!」

 

チョウジの右腕が巨大化する。

全身のチャクラを右腕に集中させる。

これでトドメだ!

と、言おうとしたところで……

次郎坊の体に、大きな変化が現れ始めた。

 

「カス共がぁああ!! 調子に乗りやがって!! 粉々に打ち砕いて、ぶっ潰してやる!!」

 

全身が赤く染まり始め、今までとは比べものにならないほど、膨大なチャクラの奔流。

側にいるだけで、恐怖を、死をイメージさせられる。

命を握られる感覚。

だが……

チョウジの方が、一歩だけ早かった。

普段の十倍ほどに巨大化した腕で、

恐怖を振り払い、

 

「お前が潰れろぉぉお!!」

 

次郎坊の頭上から、拳を振り落とした。

技を食らう直前まで、影真似で縛られていた次郎坊は、その一撃に防御の姿勢すら取れず……

 

「くそ……っ……が……」

 

地面に……倒れた。

何やらおかしな痣も治まってゆく。

先ほどまで感じていた凄まじいチャクラの放出も、突如消え失せていた。

それを確認してから……

チョウジとシカマルの二人は、同時に。

 

「「ハァ……」」

 

大量の汗を流しながら、どさりと地面にへたり込んだ。

チョウジは、自分と同じく満身創痍のシカマルに顔を向け、

 

「さ、最後のあれ……一体何だったの?」

「さあな……兎に角、ヤバかったのは間違いねーが……つーか、まだ膝がガクガクしてるぜ……」

「へへ……じ、実は僕も……」

 

死にかけた。

それを闘いが終わってから理解したチョウジとシカマルは、体が震えるのを抑えられなかった。

だけど……

チョウジは笑顔を見せて、

 

「で、でも……ぼ、僕達、頑張ったよね?」

「はは、何当たり前のこと言ってやがる……四人のうち、一人を倒したんだぞ。しかもオレらがだ。桂馬と香車を使って、こちらの駒を落とすことなく、金を取ったようなもんだろ……文字通り、大金星ってな」

「へへ……そっか……よかった……」

 

チョウジは、さらに笑みを深めた。

将棋の話はよくわかんなかったけど、自分達がみんなの役に立ったことだけは理解できたから。

 

「マジで疲れた……みんなを追うのは、少し休憩してからにすっか……」

 

そう言って地面に横たわり、仰向けになったシカマルの言葉に、チョウジは、

 

「そうだね……ポテチぐらい食べてからでもいいよね」

 

同じように快晴の空を見上げて……

間食タイムに入ったのであった……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シノvs鬼童丸 切り札とは

シカマル、チョウジの二人とわかれ、先に行った音忍達を追いかけるイルカ小隊。

その小隊の二列目。

キバと赤丸の後ろ姿を見ながら、シノは今回の任務について考えていた。

この任務の達成条件は至ってシンプル。

誘拐されたサスケの奪還。

付け加えれば、火の国の国境を越える前に奪還できるのが、ベストである。

既にシノ達が里を出てから、一日は経過していた。

三日もあれば、国境は越えられるだろう。

つまり、サスケ奪還のチャンスはそう多くはない。

できれば、次の接触でサスケを奪還したいものだ……

などと、考えていた時……

キバと赤丸の背中に緊張が走る。

そして、キバが左隣にいるイルカに言った。

 

「イルカ先生……敵の臭いだ……」

「どれくらい離れている?」

「近いぜ……このまま全力で追えば、五分もしないうちに追いつける」

「…………」

 

イルカが思案顔になる。

そこへ、一番後ろにいたネジが疑問を呟いた。

 

「しかし妙だな……さっきからトラップの一つも見当たらない……どういうことだ?」

 

それにはシノも同意見であった。

追う側と追われる側。

この二つを比べると、基本的に追われる側が有利というのが、忍の常識であった。

いくつか理由はあげられるが、その中でも大きな理由が二つある。

一つは、

逃げる側は、逃走ルートや移動速度を自分達の自由に決められるところだ。

どんな逃げ方をしようが、文句を言う奴はいない。

もう一つは、

万が一敵に追われ、戦闘になったとしても、先手を撃ちやすいというところだ。

罠を仕掛けるもよし。

得意なフィールドで迎え撃つもよし。

自分達に有利な状況で闘える……言い換えれば、不利な部分では闘う必要がないのだ。

だが……

シノの隣にいた、サクラが言う。

 

「確かに……ネジさんの言う通りおかしいわよね……私達を待ち伏せできるのに、それをしないなんて……」

 

シノやネジと同じ考えを呟く。

それにイルカも首を捻り、

 

「……わからん……だが、罠などが仕掛けられてこないのは、こちらにとって好都合だ。このまま一気に接触するぞ!」

 

部下達に指示を出す。

シノ、キバ、サクラ、ネジも頷き、

 

「「「了解!」」」

 

一つ返事で、作戦が決まった。

 

 

それから、キバの推測通り、五分後。

シノ達はターゲットと接触していた。

最初はイルカが変化の術を使い、次郎坊に化けて接触したのだが……

 

「今度はオレにやらせろよ!」

 

あっさりバレてしまった。

蜘蛛のような男が、サスケの入った棺桶を後ろに放り投げ、シノ達の前に立ちはだかる。

 

「チィ! あのデブ! 何やってやがる!」

 

そう言いながら、赤髪の女が棺桶を受け取り、

 

「鬼童丸! チンタラ遊んでねーで、さっさとカス共をぶっ殺して追いつけよ!」

 

と、可愛い顔に似合わない暴言を吐きながら、音忍のリーダーと共に先へ進もうとする。

それを見たシノは、

 

「そうそうお前達の企み通りにはさせられない」

 

追いかけようとした。

が……

突如、

 

「忍法・蜘蛛縛り!!」

 

シノの動きに気づいた、鬼童丸と呼ばれた男が、術を繰り出してきた。

変わった術で、術名通り、蜘蛛の糸を口から吐き出し、そのチャクラで作られた糸で敵を拘束する技のようだ。

その技を死角から受けてしまい……

 

「くっ……」

 

シノは体を木に打ちつける。

不覚にも動きを止められてしまった。

何とか抜け出そうともがいてみるが……

 

「……なるほど……なかなか厄介な術のようだ」

 

抜け出せない。

まあ、それは最初からわかっていたことだが……

この術は、最初の接触で一度見ている。

最初は不覚をとってしまった。

いや、こうして捕まってしまった以上……二度目か……

だが、

 

「三度目は……ない」

 

シノは誰にも聞こえない音量で呟きながら、体中から虫を這わせる。

虫達が体に空いた小さな穴から、次々と這い出てきた。

寄壊蟲。

油女一族の秘伝忍術。

油女一族は、体の体内に虫を飼っている。

一匹や二匹ではない。

数え切れないほど、大量に。

その虫達に、普段は自身のチャクラを喰わせて、術者の体内を住処として提供しているのだ。

だが、一度戦闘となれば……

 

「ムシャムシャムシャ」

 

寄壊蟲が鬼童丸のチャクラで作られたシノを拘束していた糸を喰らい、喰い千切る。

その大量の虫達が蠢く光景を、シノは平然とした顔で流し、周囲を見渡す。

状況を把握する。

 

「サスケはまたも見逃してしまったか……」

 

ターゲットの姿は、既に遠くへ行ってしまっていた。

ならば、次にやるべきことは一つだ。

だが、その前に……

 

「くっ……は、放しなさいよ!」

「放せと言われて、放すバカはいないぜよ! まずは一匹目!」

 

敵に捕まり、トドメを刺されそうになっているサクラを助けなければ……

鬼童丸が、何やら先ほどまでの粘着性のある白い糸とは違い、

 

「忍法・蜘蛛粘金!!」

 

茶色い硬質する糸を口から吐き出した。

さらに、それで小さな鎌を作りあげ、

 

「一人目の脱落者ぜよ!」

 

サクラに投げた。

と――

そこでシノが動く。

鎌の軌道を寄壊蟲で反らし、サクラの前に立つ。

サクラがこちらを見上げて、

 

「シノ!」

「そのままじっとしていろ」

 

シノは淡々と言い、虫達にサクラを拘束していた糸を喰わせる。

後ろから、ヒィッ! などと、小さな悲鳴が聞こえるが、気にしない。

……気にしない。

黙々と作業を続けながら、シノは周りを観察する。

すると。

シノと同じように捕まっていたネジが……

恐らく柔拳を使ったのだろう。

自力で脱出し、イルカとキバと赤丸の二人と一匹を助けていた。

それを見て、シノは薄く笑う。

心強い味方がいたものだと。

で、最後に上を見上げると、

 

「なるほど……ザコキャラばかりかと思っていたが、なかなか楽しませてくれそうな奴が、二人もいるぜよ」

 

手から伸ばしたチャクラ糸で、蜘蛛のように木にぶら下がりながら、鬼童丸がシノとネジを観察していた。

注意深く。

楽しそうに。

そこで、拘束から逃れたサクラが起き上がる。

 

「あ、ありがとう……」

「問題ない」

 

さらに、イルカ、ネジ、キバ、赤丸も一ヵ所に集まる。

どうするか作戦を立てるために。

が、敵を前に長々と雑談する暇はない。

ネジが一歩前に出て、言った。

 

「行け……オレがやる」

 

なるほど……

確かに、ネジなら勝つだろう。

だが……

シノはさらに一歩前に出て、言った。

 

「それはダメだ……ネジ、お前とキバはサスケを追跡するために必要不可欠だ……」

 

そのシノの意見に、ネジが反論する。

 

「だが、このまま全員で闘えば、サスケは国境を越えるぞ……そうなってしまえば、実質任務は続行不可能となる。誰かがコイツを止めなければ」

「ああ、それにはオレも同意見だ」

「なら……」

「だからこそ……その役はオレがやろう。なぜなら、奴と同じ蟲使いのオレが、この中では一番適任だからだ……」

 

そこでキバが、こちらに話しかけてきた。

 

「赤丸が言うにはコイツ……さっきのデブよりかなり強いらしいぜ。一人でやれんのか?」

 

それにシノは、迷いなく頷き、

 

「問題ない。十分もあれば追いつく」

 

その返事を受け、キバは、

 

「そうかよ……」

 

と、シノからイルカに視線を移して、

 

「じゃ、先に行こうぜ。イルカ先生」

「な、何を言ってるんだ。せめて二人がかりでやるべきだ。数の上ではこちらが有利なんだ! わざわざ敵に合わせて……」

 

が、そのイルカの言葉を、キバが遮る。

 

「問題ねーよ、イルカ先生。コイツは強い。それに常に冷静沈着だ。自分にできないことは決してやらない。そのシノがやれるって言ってんだ……正直オレは、本気のコイツと闘うはめになる敵さんの方に同情するねぇ……」

 

などと言ってきて、それを聞いたシノはグラサンの奥に隠した目を、僅かに緩めた。

伊達にオレとチームを組んできてはいないな……と。

それから気を引き締め直し、もう一度言った。

 

「コイツはオレがやる……お前達は先に行け」

 

その言葉に、今度は全員が頷き、

 

「いいだろう……お前に譲ろう」

「後から追いつけよ!」

「任せたわよ! シノ!」

 

と、口々に言い、サスケを追い始めた。

だが、そうは問屋が卸さない。

今まで様子を見ていた鬼童丸が、口に手をあて、

 

「ふん……逃がさねーぜよ!」

 

イルカ達目掛けて、先端のみ硬質化させた、殺傷能力を高めた糸を放つ。

が……

シノはそれを冷静に観察しながら、両手から寄壊蟲を多量放出。

虫達に糸を切断させ、追撃を止めた。

そして。

イルカ達の向かった進路を塞ぎ、

 

「オレは言ったことは必ずやり遂げる。もし、アイツらを追いたいのであれば、オレを倒してからにするのが賢明だ……」

 

シノが鬼童丸の前に立つ。

鬼童丸は笑みを浮かべて、糸を引っ込めた。

 

「お前、なかなかやるぜよ」

「お褒め預り光栄だ……」

「クク……他の奴らを逃がしたのは計算外だが……まあいい。お前を除けば、楽しめそうな奴は、あと一人ぐらいしかいなさそうだからな」

「……アイツらを甘く見ていると手痛いしっぺ返しをくらうことになるぞ……」

「くはははは、そいつは楽しみぜよ。なら、テメーを三分で遊び殺して、他の奴らでも遊ばせてもらうとするぜよ……」

「……悪いが、こちらには時間の余裕がない。三分は長すぎる……」

 

体中から、虫達を蠢かせ、

 

「二分で終わらせるとしよう」

 

シノの周囲に数千の寄壊蟲が飛び回り、視界を黒く染め上げる。

それを見た鬼童丸が、口から硬質化する糸を吐き出し、それを用いて剣を形取る。

 

「お前が遠距離タイプなのはもう攻略済みぜよ。遠距離タイプの忍は極端に近距離戦闘に弱い」

 

と言いながら、茶色い剣を掲げ、

 

「ゲームってのは攻略法がわかっちまったら、途端に面白くなくなるぜよ。弱点丸出しのザコキャラは……消えろ!」

 

突進して来た。

それにシノは、やはり狼狽えることなく、拳を握り、木の上で体を回転させ、

 

「それは愚策だ……」

 

鬼童丸にカウンターを決めた。

殴る時に、“雌の寄壊蟲”を張りつかせるのも忘れずに……

 

「ぐっ……」

 

鬼童丸がシノから距離を取り、着地する。

殴られた頬を軽く拭い、

 

「どういうことだ……お前、接近戦も得意なのか?」

「いいや……苦手だ」

「なら、なぜ……」

「何も疑問に思うことはない。お前は近接戦闘が苦手なオレに、近接戦闘でも勝てない……ただそれだけの話だ」

「て、テメー!」

「オレの仲間は近接タイプが多い。そんな中で修行をしていれば、嫌でも慣れるというものだ……それに」

 

シノは鬼童丸が手に持つ剣を見て、

 

「オレは以前、ある剣士に負けた。だから次は勝てるようにと修行をしている。なぜなら、二度も同じ相手に負けたくないからだ……悪いがお前程度では……経験値稼ぎにもならない」

「こ、コイツ……っ! ザコキャラの分際で!」

 

鬼童丸が挑発に耐えかねて、己の力を発動しようと構える。

何やら体に赤く明滅する、黒い痣が現れ始めた。

だが……

 

「…………」

 

シノはそれを、ただただ見下ろす。

構えすら取らない。

なぜなら――既に勝負は決まっていたからだ。

 

「な、何ぜよ! これ!?」

 

鬼童丸が自身の体を見る。

するとそこには、黒い痣よりも早く、何千という生物が、次々とその身に押し寄せていたのだ。

登場から今まで、ずっと余裕の表情を浮かべていた鬼童丸の目に絶望の光が過る。

シノはその光景を、グラサンの奥に隠した目で、黙々と冷たく見下ろし、

 

「何やら切り札らしき物を切ろうとしていたようだが、一足遅かったようだな……」

「な、どういうことぜよ……」

「そいつらは寄壊蟲といって、獲物を集団で襲い、チャクラを喰らう。特にお前には、先ほど接近して来た時に、雌の寄壊蟲をくっつけておいた

……雄の寄壊蟲は雌の存在する場所では特に敏感に働く。仮にオレが倒れようとも、お前を確実に倒す手筈は既に整えていたのだ……」

「ぐ、ぐそーっ! オレ様が! この程度で……こんなザコキャラに!」

「切り札とは最後まで取っておくものだ。すぐに見せるのはバカのやることだからだ。だが、それ以上に愚かなのは……」

 

シノが五千もの虫達に襲われている……鬼童丸に手をかざし、

 

「切り札を出し惜しみし、使わずして敗ける奴のことだ。

冥土の土産に教えておいてやろう……そういうお前のような奴を……ザコキャラと呼ぶのだ……」

「……オレに……ゲーム道を説くとは……大した強キャラ……ぜよ……」

 

最期にそう言い残し……

鬼童丸の姿が完全に蟲に飲み込まれる。

 

「秘術・蟲玉!!」

 

分散していた虫達が、鬼童丸の全てを飲み込む。

シノはそれを黙々と見下ろす。

最後の一瞬まで、気を抜かない。

ここで見逃せば、サスケを追っている途中で、逆に追われることにもなりかねない。

確実に息の根を止める。

そして……

鬼童丸の体内にあった全てのチャクラを喰らい尽くしてから……

シノは寄壊蟲を体に引っ込めた。

 

「ふう……」

 

一息入れ、木の枝に腰を据える。

傷は負っていない。

だが、チャクラを使い過ぎた。

そして……何より……

 

「チャクラを吸い過ぎたか……」

 

寄壊蟲。

油女一族の秘伝忍術。

といっても、忍の忍術だ。

当然弱点はあるし、無限に使えるわけでもない。

まず、虫達は生き物だ。

当然、お腹一杯になれば、動けなくもなる。

だが……

 

「たった一人のチャクラを喰らっただけで、蟲達が活動を止めることなど……今まではなかったことだ……」

 

つまり鬼童丸は……

それほどまでに強敵だった訳だ。

もし、彼が最初から本気で来ていれば……

 

「…………」

 

そこまで考えてから、シノは思考を止めた。

事実がどうであれ、生き残ったのはシノの方で、それが全てだ。

しかし、ここまで強敵となると、先に向かったイルカ達も無事では済まなくなる可能性もある。

体力を回復させたら、すぐに追わなければ……

と、取るべき行動を決めていた時……

 

「……!? この気配は!」

 

こちらに真っ直ぐ近づいてくる気配に、シノは気づいた。

だが、それは本来ここにはいないはずの者で……

 

「…………」

 

不審に思ったシノは、どうするべきか考えたが、やはり放っておく訳にもいかない。

重い腰を上げ、その気配がした方向へと……

先回りするのであった……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

キバvs多由也 負け犬はテメーだ!

木の葉の里を出てから、約一日と半日ほど経っただろうか。

陽が傾き始めた森の中。

イルカ、キバ、赤丸、サクラ、ネジ。

四人と一匹は、里を出発した時とは違い、一列縦隊で森を駆けていた。

地を蹴り、木を踏み、先へ進む。

次々と仲間達とはぐれることになり、キバはイルカの背中を見ながら、少しだけ弱気な気分になっていた。

今回の任務はサスケを奪還すること。

敵は里を壊滅寸前まで追い詰めた、大蛇丸の部下達。

だというのに、キバは今回の任務を軽いものだと受け止めていた。

だから、軽い気持ちで同行したのだ。

しかし、フタを開けてみれば、とんでもない内容の任務であった。

命さえ懸ける必要があるほどに……

キバは、まだ今年下忍になったばかりの新米下忍。

今までこなしてきた任務など、精々がギャングや盗賊の撃退ぐらいだ。

こんな忍者同士の対決など、中忍試験ぐらいでしかやったことがなかった。

しかも、今回は審判すらいない。

闘う=殺すか、死ぬかだ。

正直、ビビっていた。

だが……

後ろに顔を向け、サクラを見る。

 

「…………」

 

自分とは違い、意外と普段通りの顔がそこにはあった。

少し呆気に取られながら、また前を見る。

女は母ちゃんといい、姉ちゃんといい、いざという時は男より覚悟が決まるのか?

などと疑問を掲げて、木の枝を蹴る。

音忍達と闘うのことに、恐怖を感じながら、前へ進む。

だけど……

逃げる気にはなれなかった。

退くつもりは毛頭なかった。

別にサクラの涙に感化された……などという、センチメンタルな理由ではない。

サスケが心配だから……でもない。

どちらかというと、シノに一番近い感覚だろう。

仲間を見捨てて逃げるなんて……できっかよ!

ただそれだけであった。

それだけの単純な理由。

しかし……それで十分だった。

覚悟を決めて闘う理由は、それだけで十分だった。

そう、キバが自分の心に鞭を打ち終わったところで……

 

「くぅ〜ん」

 

赤丸が鳴いた。

とうとうおいでなすったか……

くんくん。

キバも鼻をひくつかせ、すぐに状況を把握する。

そして、それを伝えた。

 

「イルカ先生……また近いぜ!」

 

サクラとネジにも緊張が走る。

イルカが顔だけで振り向き、

 

「また五分後ぐらいか?」

「ああ……どうすんだ?」

「…………」

 

イルカは上を見上げる。

キバもそれに合わせて、空を見た。

そろそろ夕日が沈む頃だろうか?

森の中なので、断言はできないが……

そして。

古今東西、奇襲をかけるなら夜だと相場で決まっている。

イルカもキバと同じ考えだったらしく、スピードを少緩めて、皆に作戦を話し始めた。

 

「ここから追跡パターンを切り替える。敵に気づかれないと思われる、この距離を維持し、日が沈んだ頃に……仕掛けるぞ」

 

プランを練るイルカに、後ろからサクラが、

 

「夜襲をかけるってことですか?」

「そうだ。敵は二人。こちらはオレに、ネジ、サクラ、キバ、赤丸と人数の上でも有利な上、嗅覚と白眼によるサポートもある。まともにやり合うより、奇襲を仕掛ける方が断然有効的だ」

 

というイルカの作戦に、ネジが一つの懸念を感じたらしく、意見を述べる。

 

「ですが、木の葉の里を出てから、かなり時間も経っている……タイムリミット的にも、そろそろマズイ。もし次の接触でサスケを奪えなかった時のことを考えれば、今すぐ事にあたるのも視野に入れた方がよいのでは?」

「確かに……この作戦は貴重な時間を無駄にしてしまう可能性も少なからずある。だが、あと数時間待つだけで、こちらの絶対有利な状況になるんだ。しかしそれには、キバと赤丸の嗅覚。そして、ネジ。お前の白眼によるサポートが必要不可欠だ。下手に分散して各個撃破に持ち込むより、できるならチームとして勝てる状況に持っていくのがベストだろう」

「……わかりました」

 

ネジもイルカの言葉に頷き、白眼を解く。

敵の位置は既にわかっているのだ。

チャクラの無駄使いを抑えるためだろう。

それを確認した後、イルカが細かい説明を話し始めた。

それを全て脳に叩き込んだ後、キバ達は頭の中で何度もシミュレーションを行う。

作戦の成功率を少しでも上げるために……

 

 

時間は移り……

数時間後。

陽が沈み、夜がやってきた。

狩りの時間だ。

イルカが最後の確認を取る。

 

「全員、手筈通りに頼むぞ!」

「「「了解!」」」

 

キバ達が全員、頷いた……直後。

イルカが手を振り下ろした。

 

「散!!」

 

キバと赤丸が真っ先に暗い森を駆け抜ける。

一番手は自分達であった。

既にキバと赤丸は兵糧丸を口にして、チャクラを増大化させている。

準備は万端。

あとは……

 

「チッ! ゲスチン野郎共は何やってやがる!」

「一丁前に奇襲作戦か? アン? コラぁ!」

 

確か、多由也と左近だったか?

頭に血ィ上らせてるコイツらから、サスケを奪うだけだ。

と……

キバは、擬人変化で自分の姿と同じ容姿に変化している、赤丸と手を重ね合わせ、

 

「牙通牙!!」

 

互いの体を弾くように、高速回転を始める。

風を切る旋回音が鳴り響く。

勢いをつけ、敵目掛けて突進した。

まず狙うのは、四人衆の中で一番面倒臭そうな……左近の方だ。

赤丸とのコンビネーション攻撃で、二方向から挟み撃ちにする。

が……

左近は表情一つ変えず、

 

「あたるわきゃねーだろうが!」

 

避ける。

木の方へと跳ぶ。

が……そんな左近を見て、キバはニヤリと口元を歪めた。

左近が止まった枝には……

罠が仕掛けられていたから……

数々の札が敷き詰められた場所へ、左近が自ら足を踏み入れた。

そこでイルカが印を結び、

 

「結界法陣!!」

 

時間差のトラップ忍術を発動する。

今は夜。

明かりも殆んどないため、ギリギリまで気づけなかったようだ。

左近が、札で囲まれた陣内に入った……途端。

罠が発動して………

 

「く、クソがーぁ!」

 

と吠えた……次の瞬間。

ドカーン!!

爆発した。

気絶した左近が丁度真下にあった、川へと続く崖に向かって落下していく。

これで残りは一人。

と、キバが油断したところで……

 

「え?」

 

信じられない光景が目に映った。

多由也を狙っていたネジとサクラが、

 

「遅すぎますよ……多由也」

 

突如現れた……

白髪で、胸元のはだけた装束を身に纏った忍に、

 

「ぐっ……」

「きゃっ!」

 

簡単に蹴り飛ばされ、木に激突。

最後に、

 

「キャイ~ン!」

 

赤丸が蹴り飛ばされ、丁度爆発で空いた穴へと……落下し始め……

底が殆んど見えない穴へと、落下し始め……

や、ヤバい!

すぐ助けに行かなければ!

キバが足を動かそうとした……その時。

それよりも先に、蹴りを受けていたはずのネジが躊躇なく崖へ飛び込み、

 

「キバ、受け取れ!」

 

赤丸をこちらに投げてきた。

それを両手で優しくキャッチして……

キバは叫んだ。

 

「ネジィ!!」

「ふ、心配するな。すぐに追いつく……お前達はサスケを何とかしろ!」

 

左近と一緒に、深い穴へと落下していくネジを……ただ見ていることしかできなかった……

だが、

事態はそれだけではなかった。

ネジよりも、ここに残ったキバ達の方が絶望的な状況かも知れない。

なぜなら……

 

「あ、アン……アンっ」

 

赤丸が必死な鳴き声で、状況を説明する。

が、それは説明されるまでもなかった。

突如現れた、音忍の仲間だと思われる忍から発せられる威圧感。

それは……

次郎坊、鬼童丸、多由也、左近。

この明らかに自分達より格上だと思われる四人の忍すら、可愛く思えるほど……

絶望的なものであった……

その規格外の忍に、味方であるはずの多由也までもが冷や汗を流して、

 

「君麻呂……どうしてお前が……お前の体はもう……」

「僕はもはや肉体で動いてはいない……精神の力だ」

「ったく、この死に損ないが……」

「この器は……大蛇丸様にとって必要な物。そう、カブト先生から聞かされたからね……これは僕が運ぶよ……多由也、キミは……」

「チッ! ゴミを片付けろってか……」

「ええ……よくできました」

 

淡々と会話を終わらせて。

君麻呂と呼ばれた人物が、サスケの入った棺桶を担ぎ、離れていく。

サクラが悲痛な声音で叫んだ。

 

「サスケくん!」

 

ここで見逃してしまえば……

もう奪還は不可能となるだろう。

しかし、サスケを追うには……

目の前の女を……

 

「っチィ! ウチまでヤバい状況になったじゃねーか。クソ共が!」

 

懐から、武器だと思われる笛を取り出し、戦闘態勢に入っている……

多由也を何とかしなければならない。

と……

イルカとサクラがキバの所へやって来て、

 

「すまなかった……オレの作戦ミスだ。まさか音に、援軍を出す余力が残っていたなんて……」

「先生。今はそんなことより、コイツを早く倒して、サスケくんを追いかけなきゃ」

「ああ、その通りだ。気合い入れていくぞ!

サクラ、キバ」

「はい!」

 

と、やる気十分の二人。

そんな二人に、キバは赤丸から聞いた情報を伝える。

 

「イルカ先生、サクラ。赤丸が臭いで敵の強さを判別できるってのは知ってるよな?」

 

二人が頷く。

キバは続けて、

 

「あの君麻呂とかって名前で呼ばれてた奴……かなりヤバいらしい……今までの四人とは桁違いだとさ……」

 

唾を飲み込む音が二つ聞こえた。

が、最後にキバは訊く。

 

「で、まだサスケは追うつもりなのか?」

 

タイムリミットも残り少ない。

火の国の国境を越えれば、任務は失敗。

次郎坊と鬼童丸も追ってこないが、仲間達も戻ってこない。

そして、仮にサスケに追いついたとしても、あの君麻呂と闘うはめになり……

つまり……

頭の悪い自分でもわかる。

この任務は、既にほぼ達成不可能なものなのだと……

だというのに……

キバの問いに、サクラとイルカは間髪入れずに、応えた。

 

「当たり前でしょ! サスケくんは絶対、助けるんだから」

「確かに厳しい状況だ。だが、可愛い生徒を見殺しにはできない」

 

と……

まったく……オレよりこの二人……バカじゃないのか?

そう真剣に思いながら、キバは赤丸を地面に降ろした。

そして、サクラとイルカの前に立つ。

 

「んじゃ……先に行け」

 

シノと似たようなセリフを吐く。

驚いた顔をする二人を背に、キバは言った。

 

「シカマル、チョウジ、シノ、ネジ……アイツらがオレ達に託してくれたもんを無駄にするわけにゃーいかねーだろ! オレ達は全員覚悟決めて、この任務に参加したんだ。そーだろ!」

 

それにイルカは少し戸惑いながら、

 

「それは……そうだが……」

 

心配そうに言う。

が、覚悟を決めた忍に、それは侮辱だ。

だから、キバと赤丸は吼えた。

イルカとサクラの背中を押すために。

自分達を鼓舞するために。

 

「オレと赤丸の鼻を頼りにできなくなるんだぞ! チンタラしてっと、サスケを完全に見失っちまうぞ! これでもすげー新術を身につけてきたんだ。オレと赤丸の心配ならいらねーよ!」

「ワン、ワン!!」

 

その叫びに……

キバと赤丸の覚悟に……

イルカとサクラは無言で頷き合い、

 

「任せたぞ……キバ!」

「……絶対、追いついてきなさいよ!」

 

先へ進む。

すると。

それに反応するかのように、多由也の体中が赤く明滅し、黒い痣のようなものが浮かび上がって、

 

「逃がす訳ねーだろうが、カス共!」

 

笛を構える。

が……

それはこちらのセリフだ。

多由也が動き始めるよりも、一歩素早く、キバと赤丸が印を結ぶ。

獣人分身からのコンビネーション技。

 

「四脚の術!」

 

チャクラを全身に巡らせる。

四足歩行となることで赤丸だけでなく、キバ自身が獣のような敏捷さを身につけて。

一時的に身体能力を向上させて、

 

「牙通牙!!」

 

阿吽の呼吸で、体術を放った。

それを察知した多由也が、

 

「チッ」

 

憎々しげにイルカとサクラから距離を取り、攻撃を避ける。

それから、邪魔してきたキバを睨み、

 

「駄犬が!」

「おいおい、赤丸は血統書付きの名犬だぜ?」

「そっちの犬っころじゃねーよ! テメーに言ったんだよ! クソが!」

「あんだと? 上等じゃねーか。女だからって手ぇ抜いてやる気はさらさらねーからな……オレと闘うはめになったテメーの運の悪さを、あの世で後悔しやがれ!」

「負け犬丸出しの顔しやがって! 大体、あんなメスブタと先公二人を先に行かせて何になる?」

「あ? どーいう意味だ?」

「どうやらテメーは、鼻だけは大したものを持った感知タイプの忍だろ。ならわかってるはずだ。あんなザコ共が何人束になろうが、君麻呂には勝てない。いや、それ以前にここまで来るのに、一体何人犠牲にしてきた。そんなにサスケって野郎が大切か? 他の仲間の命よりも? 大した仲間想いだな、オイ!」

 

という挑発に、

 

「へっ……」

 

キバは笑う。

 

「確かに、あの君麻呂って奴はヤバい。けどな、そんなことは追ったアイツらだってわかってんだ。それでも行くっつーなら、行かせるしかねーだろ」

「はっ、自殺願望者か! そんなに死にてーんなら、ウチがまとめて殺してやるよ」

「へっ、そりゃー無理ってもんだろ?」

「なに?」

「オレ達より弱いテメーが、どうやってオレと赤丸を殺るってんだ?」

「こ、このゲス野郎が!」

 

その直後。

ズズズズ……

多由也の体の色が、さらに変化し始める。

体全体が赤く明滅し……姿を現したのは……

 

「カス共相手に使うつもりはなかったが、チンタラしてっと、ウチが君麻呂に殺されるからな」

 

頭に大きな角が二本……いや三本。

肌の色も褐色に染まった……

異形の者へと変貌した多由也であった。

キバは何度目かわからない予想外の事態に、唾を呑み込み、後退りする。

 

「オイオイ……んだよ……そりゃ」

 

横に来た赤丸が、変化の術を解き、

 

「アン……クゥ〜ン」

 

これは見かけ倒しじゃない。

チャクラの量が何十倍にも、それどころかチャクラの質すら変わっている……と。

キバに忠告してきた。

だが、それは言われるまでもなかった。

それほどまでに……

多由也から発せられる圧力は、殺気は……異次元なものであった。

そして、それに付け足すように、多由也が口を開く。

 

「ウチらは皆、特別な呪印を大蛇丸様から授かっている」

「呪印?」

 

聞き慣れない言葉に、首を傾げるキバ。

多由也は笛を横に持ち、口に添える。

 

「第一段階は体中に黒い呪印が浮かび上がるだけだが、この状態2は違う。体が変貌するほどの力が呪印から与えられる……時間は限られているがな……つまり……遊びの時間は終わりだ」

 

ピ〜ロピロピ〜♪

笛の音が鳴り響く。

 

「ウチの笛の音を聴いて生き残った者はいない。死の旋律を奏でてやる……三途の川で、仲良く犬かきでも練習するんだな……負け犬!」

 

ピ〜ロピロピロロロ〜♪

森に死のメロディーが木霊する。

 

「魔笛・夢幻音鎖!!」

 

多由也の十八番。

不気味な笛の音がキバの耳に届く。

すると、次の瞬間。

 

「なっ!?」

 

キバはワイヤーのような物に、手と足を吊るされていた。

景色もいつの間にやら、森から一転して、何もない砂漠のような場所へと様変わりしていて……

それを見て、キバは納得する。

こんなことできるのは……

 

「なるほどねぇ……幻術使いか……」

 

と言ってる間に、ズルズルと腕が溶け始めて……

そんなホラーな世界で。

怪奇現象が起こる世界で。

キバは叫んだ。

悲鳴ではなく……

歓喜の声で……

 

「ヒャッホオッ! ラッキー! 幻術使いなら、確実に勝てるぞ……赤丸!」

 

相棒の名を呼ぶ。

そうすると、一人しかいないはずの……

自分しかいないはずの世界に、

 

「ワン!」

 

赤丸の元気な鳴き声が入ってきた。

そして、現実世界で側にいた赤丸とチャクラを流し合い、唇を少し噛んで……

 

「解!!」

 

幻術を解いた。

さらに、幻術にかかったままのフリをしながら、小声で言う。

 

「今だ、赤丸」

「ワン」

 

赤丸が今だに笛を吹いている多由也へと接近し、空中に跳んでからの三回転捻りで……

パシャッ!

犬のマーキング。

ダイナミックマーキングを多由也目掛けて放出。

あり得ない不意討ちをくらった多由也が目を押さえ、のた打ち回る。

 

「ぐあっ! 犬の小便だとォ!! このゲスチン野郎共がぁ!!」

 

何やら喚いているが、大チャンスだ。

本当は奥の手だったのだが、コイツら相手に手の内を隠す余裕などない。

恐らく今を逃せば、もう自分に勝機は訪れないだろう。

故に迷う余地なし。

キバは赤丸と共に、己の最強の技を繰り出す。

 

「ここで決めるぞ! 赤丸!」

「ワン!」

「犬塚流・人獣コンビ変化!!」

 

ボン!!

大きな白い煙と共に姿を現したのは……

 

「双頭狼!!」

 

二つ首を持つ、巨大な犬に変化したキバと赤丸の犬人一体の姿であった。

何とか目を開け、それを見た多由也が、

 

「くっ……くそがァ!」

 

呻くが、もう手遅れだ。

慌てて距離を取り、木々に身を隠そうとしているが、それも無意味。

赤丸のマーキングがついた時点で、嗅覚を頼りに敵を追い詰めることが戦術となるキバと赤丸からは、絶対に逃げられない。

何より、今からキバ達が繰り出す術は正真正銘とっておき。

破壊力、スピード、その両方が今までの術とは比べ物にならない奥義であった。

その術の名を――

 

「牙狼牙!!」

 

けたたましい旋回音が鳴り響く。

風を切り、空を切り裂く。

双頭狼となったキバと赤丸が、多由也に迫る。

牙狼牙。

それは超回転を行い、敵を撃つといういたってシンプルな技。

しかし、その回転速度はあまりにも速すぎて、キバ達の視界すらゼロにするほど強烈なものであった。

敵を追うには、臭いをつけるというのが第一条件。

だが、それさえ完了すれば、あとは術を繰り出すだけ。

かすりさえすれば、それだけで……

グシャ――っ!

終わった……

 

「へっ……オレらをなめてるからだ!」

「ワン!」

 

キバと赤丸が術を解く。

大量のチャクラを消耗し、かなり疲労困憊だが、動けないほどではない。

多由也の前まで歩く。

いや……多由也だった物の前で立ち止まった。

そこには、体がバラバラになった肉塊が無残にも転がっていた……

それを見て、

 

「ハァ〜」

「くぅ〜ん……」

 

九死に一生を得た、キバと赤丸はその場にへたり込む。

ヤバかった。

マジでヤバかった。

特に最後の状態2とかいう訳のわからんやつが出た時は……

 

「……はぁ……あ、あれ?」

 

そこで気づく。

自身の体が震えていることに。

武者震いや勝利の感動。

だったらよかったのだが……

そんなものではなく……

 

「アイツが幻術タイプでよかったぜ……いや、紅先生がオレ達の先生だったことを喜ぶべきなのか?」

 

ここ数ヶ月だが、キバ、赤丸、シノ、ヒナタ。

第八班のメンバーは、担当上忍の紅から、嫌というほど幻術対策の修行を受けていた。

まさかこのような形で役に立つとは、キバも想像だにしてなかったが……

多由也と自分達の相性がよくて、助かった。

正直、幻術を使われるより、笛で殴りかかられていた方がヤバかったかも知れない。

などなどと……

ため息を吐いていた時……

 

「あぅ? ワン!」

 

赤丸が鳴いた。

それでキバも気づく。

臭いがこちらにやってくるのに……

 

「なっ! これって……四人……いや、五人か? しかも一人はこちらに真っ直ぐ来てやがる……なぜアイツらがここに?」

 

理由はわからない。

が、明らかに何らかの意図がある動きで……

もし敵だったら……

と、一瞬恐ろしいことを考えたが……

 

「まあ、そりゃねーな」

 

なぜなら、その臭いのうち、一人は……

 

「ったく、いいとこ取られる訳にはいかねーな」

 

キバが密かにライバル認定している忍のものだったからだ……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ネジvs右近 日向は木ノ葉にて最強

森から切り離された崖の最下層。

川のせせらぎが静かに流れる場所で……

ネジは、二人の忍と対峙していた。

いや……既に一人と言うべきか……

首の後ろに、もう一つの頭を持つ忍。

“右近”という名の忍が、

 

「テメーら、よくも左近を!」

 

全身を黒い痣で埋め尽くしながら、

 

「バラバラに解体してやる!」

 

殺気を放ってくる。

本物の忍が放つ、本物の殺気。

少なくとも、下忍に向けるような圧力ではなかった。

ピリピリとした空気が辺りを漂う……

右近の鋭い視線がネジに突き刺さる。

そして、それを……

ネジは顔色一つ変えることなく、特異な瞳で冷静に観察していた。

白眼。

チャクラの流れを見通す眼。

ネジはその木ノ葉随一の瞳術を用いて、右近の能力を解析していた。

だからこそ……

 

「なるほど……そういうカラクリか……」

 

相手の術を看破していた。

今、目の前にいる音忍が、普通の忍でないことは、最初に接触した時からわかっていた。

一つの体に、二つの身体が入っていたから。

そしてその疑問は……完全な理解へと変わっていた。

ネジは小さく頷き、

 

「それがお前の……いや、お前達の能力という訳か……」

 

それに右近が憎々しげに答える。

 

「チッ! ウワサに聞いたことはあったが、それが白眼か……覗き見が趣味とは……まあいい……」

 

体を融合させ、後ろで寝ている左近を指差し、

 

「コイツがオレの弟、左近。で、オレが右近だ」

「随分と変わった術だな……どうりで殺られたはずのお前がそこまで動ける訳だ」

「あんなカス共に、オレ様達が殺られるかよ! 下手打った左近は後でシバくとするさ……お前をバラバラにした後で……な!」

 

途端。

右近が急接近して来た。

足にチャクラを巡らせ、加速。

左近の時より僅かに動きが遅い。

普段は弟の方がメインなのだろう。

まあ……

右だろうが、左だろうが。

ネジの眼から見れば、大した違いはないのだが……

と――

ゆったりとした動作で、日向家特有の構えを取り、

 

「柔拳!」

 

ネジは余裕の対応で、突進してきた右近の鳩尾に、的確なカウンターを決めた。

右近の体が宙を舞い、呆気なく吹き飛ぶ。

地面を一転二転と転がり……

 

「て、テメーっ!」

 

歯ぎしりを利かせながら、よろよろと右近が立ち上がる。

そんな相手を、ネジは油断なく見据えて、

 

「日向は木ノ葉でもっとも強い体術流派。悪いが、その程度の体術ではオレの相手にはならない」

「カスの分際で、調子こきやがって!」

「なら、何度でも試せばいい。その度にお前は地べたを這うことになるだろうがな」

「ほざいてんじゃねー!!」

 

言うや否や。

ズズズズズズ

右近の体が明滅し、全身が赤茶色に染まり始めた。

手、足、顔、体。

その全てが異形のものへと……

そして……

変貌を遂げたのは、見た目だけの話ではなかった。

右近から発せられる威圧感までもが、もはや人間のものとは一線を画していて……

その変化を、一部始終白眼で見ていたネジは、

 

「いきなりチャクラが増大した……だと!? チッ……先ほどまでとはまるで別人だな……」

 

正確に状況を把握していた。

だからこそ……

 

「随分とピーコラ言ってくれたよなァ! あァ! バラバラにする前に、その口と体で悲鳴をたっぷりと聞かせてもらおうか……いい音奏でろよ!!」

 

見た目も表情も、鬼のような形相で迫って来た、右近を――

 

「回天!!」

 

弾き飛ばした。

またも右近が地面を転がる。

だが、まだ決定打は入っていない。

口から吐血を吐きながらも、右近が立ち上がる。

殺意の込もった目で、こちらを睨んでくる。

が……

そんな相手を見下ろしながら、ネジは言った。

 

「悪いがこの眼は、体内のチャクラの流れを全て読み取ることができる。お前が今までのような打撃系の技ではなく、チャクラの通り道。つまり経絡系を利用した、特殊な術を繰り出そうとしていたことも、全てお見通しだ」

 

右近は先ほどの攻撃。

バラバラにするなどと言っておきながら、物理攻撃ではなく、チャクラを用いた特殊な技を掛けようとしてきていたのだ。

白眼の前には、まるで意味を成さない強襲であったが……

 

「ぐっ……」

「それから、もう一つ。悪いがお前の期待には応えられない……」

 

ネジはすかさず、よろめいている右近の懐に飛び込み、

 

「なっ!?」

 

驚愕の声を上げる右近の前で、

腰を沈ませ、

両の掌を、前後に構え……

 

「オレが奏でる調べは……勝利の唄だけだ。

――柔拳法・八卦六十四掌!!」

 

彼の領域が展開される。

一歩一歩、着々と勝利の道を踏み締め……

 

「八卦二掌!」

「四掌!」

「八掌!」

「十六掌!」

「三十二掌!」

「六十四掌!!」

 

ネジの奥義が炸裂。

まともに受けた右近が吹き飛び、今度こそ完全に倒れ伏した。

チャクラの流れを止められたことにより、体に出ていた奇妙な痣も、みるみると治まっていく。

右近は起き上がることすらできず、呻いた。

 

「ぐッ! オレが……こんな奴に……負けるはずが……」

「……オレには負けられない理由がある。お前達とは違ってな……」

「負けられない理由…だと? そんなもんが何になる……」

 

右近が血を吐きながら、そう言った。

自分がかつて、ナルトに思ったことと……同じセリフを……

それにネジは、少し笑い、

 

「以前……ある友が、ひん曲がっていたオレを、思い切りぶん殴って……こう言ってくれた……」

「…………?」

「自分の父親に、命を懸けてまで大切なものを託されたオレが、いつまでも不幸そうな面してんじゃねェ……と…な」

「ぐっ……」

「だからオレは、お前達に負ける訳にはいかない。助けを呼ぶ仲間達がいる限り……オレの父親やアイツの父親のような本当の強さを持つ忍になるために……こんなところで負ける訳にはいかないんだよ……」

 

そう告げるネジを、霞んだ目で見上げながら……右近が最後に口を開ける。

 

「へっ……とんだ甘ちゃんだな……さっさとくたばれ…と言いてーが、オレを倒した後に他の奴に負けるのを見るのは……シャクだから…よ…まぁ、精々足掻い…て……」

 

そこまで言って……

右近は気絶した。

 

「…………」

 

当分は起き上がれないだろう。

ネジは上を見上げる。

崖の上を……

まだ皆、あそこにいるだろうか?

なら、早く援護に向かわなければ……

と、思いながらも……ネジは言った。

 

「オレの白眼の最大視界は360°だ。そこにいるのはわかっている……隠れてないで、いい加減出てきたらどうだ?」

 

で――

その声に応え、姿を現したのは……

少女のような見た目をした、霧の忍。

 

「お久し振りですね……途中から見ていましたが、お見事でした」

 

ハクであった。

中忍試験で、ヒナタ様を倒した怨敵。

言い過ぎか……

とはいえ、ここは木の葉の領地。

霧の忍が無闇に滞在していい場所ではない。

だから、ネジはハクに訊いた。

 

「ハク……だったか? なぜこんな所にいる?」

 

それにハクが一つ頷き、

 

「あ〜、薄々そんな予感はしていたのですが、やっぱり知らされていなかったのですね……」

「何の話だ?」

「そうですね。どうやら切羽詰まった状況のようですし、簡潔に要点だけ言います。僕達は木ノ葉小隊の援軍に来ました。サスケくんが拉致された…と、自来也様から援助要請が来まして……」

「なに? 自来也様!?」

 

ネジは目を見開く。

自来也といえば、木の葉どころか、忍界でも名高い…伝説の三忍の一人だ。

今まで他人に興味を持たなかったネジですら、その名に聞き覚えがあるほどに……

だが……

 

「何故……自来也様が?」

 

自来也は所属こそ木の葉ではあるが、今は行方知れずのはず。

木ノ葉の忍ですらそうなのだ……だというのに、霧と接点などあるはずが……

が、そこでハクが当たり前のように言った。

 

「実は……自来也様は…その、ナルトくんの師匠でして……」

「…………」

 

言葉を失うネジ。

しかしネジ達は、ナルトと我愛羅の闘いを見ていた。

とんでもない成長を遂げたナルトを……

その秘密の一端がこれか……と納得する。

それに、明確には言っていなかったが、ネジの推測が正しければ、恐らくナルトの父親は――四代目火影のはずだ。

なら、わからない話でもない。

ネジはそう結論づけ、ハクの言葉を信用することにした。

 

「それは助かる……では既に?」

「ええ。各戦場に僕以外の仲間も向かっています」

「……ナルトも来ているのか?」

「ええ、もちろん。ナルトくんはサスケくんの所へ向かっているはずです」

「……ふ……なら問題ないな。オレ達もすぐに向かうとしよう」

「はい」

 

ネジとハクは、すぐさま崖を駆け登り、その場をあとにした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イルカvs君麻呂 これが木ノ葉流だ!

イルカとサクラ。

二人の忍が駆けていた。

ほぼ木ノ葉の国境近くに位置する森を。

駆けていた。

イルカは途中でわかれた部下……生徒達の顔を頭に思い浮かべる。

シカマル、チョウジ、シノ、キバ、赤丸、ネジ。

サスケを追うには、それ以外の方法はなかった。

だが……

これでよかったのか?

本当にこれでよかったのか?

自分は選択肢を誤ったのではないのか?

疑問は尽きない。

なくなってくれない。

それでも。

木を蹴り、地面を走る。

振り返らない、止まらない。

前を向いて……走る。

今の自分は隊長だから。

頭が悩んでは、隊は崩壊するから。

だからわき目も振らず、走った……

そして……

 

「ようやく追いついたか……」

 

サスケの入った棺桶を背負う、白髪の忍。

君麻呂に、イルカとサクラは追いついた。

三人の足が止まる。

そこは見渡す限りの平原だった。

辺りが森であることを考えれば、昔、ここで大きな戦でもあったのだろうか……

そんな殺風景な景色で、

 

「やれやれ……」

 

背を向けていた君麻呂が、ため息まじりに、

 

「さて、どのように殺してやろう?」

 

こちらを見た。

三人が向き合う。

緊迫する空気。

途切れない緊張感。

イルカはキバが言ってたことを思い出す。

 

『あの君麻呂とかって名前で呼ばれてた奴……かなりヤバいらしい……今までの四人とは桁違いだとさ……』

 

イルカの額に汗が伝う。

しかし、ここまで来て逃げる訳にはいかない。

横にいたサクラが一歩踏み込み、

 

「サスケくんを返して!」

 

君麻呂は目を閉じる。

が、サクラはかまわず、もう一度言った。

 

「サスケくんを返しなさいよ!」

「……それは僕にではなく、直接本人に言えばいい……」

「え?」

「もっとも、キミ達の戯れ言に、彼が耳を貸すかどうかまでは保証しないが……」

 

直後。

紫の煙が棺桶から立ち上り始める。

四黒霧陣の封印が解放される。

蓋をしていた結界が破られたのか、それとも役目を終えたのか……

ガコンっ!

開かずの門が、扉を開いた。

中から姿を現したのは……

うちはの家紋を背負った男。

 

「…………」

 

サクラが呟く。

 

「……サスケ…くん…」

 

やっと会えた……という想いを込めて。

だが……

 

「ククククク……」

 

サスケは振り向かない。

自身の手を見つめ……

何かに酔いしれるように……

 

「ククククク……!」

 

嫌な笑い声が響く。

サクラに続いて、イルカが声をかけた。

 

「おい! 何やってんだサスケ! 助けに来たぞ!」

 

が、サスケは振り返らず……

 

「フン……」

 

目の前から走り去って行く。

今だに叫んでいるサクラの方へ、一瞥もくれることなく……

と――

君麻呂が告げる。

 

「では、そろそろご退場願おうか……」

 

殺気が溢れ出す。

それを受けて、イルカは呻いた。

 

「ぐっ……」

 

ヤバい。

予想外の敵。

さらに、何故かサスケが、自らの意思で里を抜けようとしていて……

そんなサスケの背中を見ながら、イルカは思う。

もう、同じ過ちを繰り返す訳にはいかない。

ナルトの時には動けなかった。

だから……

だからこそ……

 

「行け! サクラ!」

 

イルカの声に、サクラが顔を向ける。

 

「せ、先生……で、でも」

「コイツはオレがなんとかする。今はもう、キバの鼻を頼りにはできない。ここでサスケを見失えば……それで終わりだ。追いかける手段がなくなる……お前は頭がいいから……わかるだろ?」

「は……は…い……」

「いい子だ……後ろを振り返るな。お前は仲間を見捨てたんじゃない。仲間を信じて前へ進むんだ」

「はい……わかって…ます」

 

と、返事をするサクラは涙目になっていた。

それを見て、わかってないじゃないか……

イルカは苦笑し、小声で言う。

 

「オレが隙を作る」

「了解っ!」

 

ポーチから、赤い縁取の特殊な札を取り出す。

恐らく自分より、この君麻呂とかいう忍は強いだろう。

正面から戦っても勝ち目は低い。

なら、足止めに徹するまでだ。

弱い奴には、弱い奴なりの戦い方というものがある。

 

「くらえ……!」

 

無表情で突っ立っている君麻呂を、円で囲むように札を投げ、術を発動した。

 

「結界法陣!!」

 

イルカお得意の結界忍術。

罠に踏み込んだ敵の動きを封じ、拘束する術。

それを見たサクラが、

 

「――っ!」

 

一目散に駆け出した。

桜髪のくノ一がサスケの背中を追いかける。

イルカはそのサクラの背中を見て、

これでいい……

これで可能性は繋げられた……

 

「さて……」

 

それを確認してから、イルカは君麻呂に目線を戻す。

結界に閉じ込めてあるというのに、顔色一つ変えない相手を見る。

で、その君麻呂が……動いた。

 

「こんな物で、僕の足止めはできない」

 

ズズズズズズ……

君麻呂の体に、黒い痣のようなものが浮かび上がる。

それが体中に巡り、

バチッ!

結界を破壊した。

ただの片足の一歩で……

道端に落ちているゴミを踏み潰すかのように……

信じられない力であった。

二、三秒程度しか、動きを止められなかった。

だが……

サクラを追わせる訳にないかない。

イルカは即座に動く。

 

「お前の相手はこのアカデミー教師。海野イルカだ!」

 

背中から、折り畳み式の巨大手裏剣を出し、

 

「風魔手裏剣・影風車!!」

 

君麻呂へ投げつけた。

旋回音を立て、巨大手裏剣が君麻呂に迫る。

しかも、ただの手裏剣術ではない。

手裏剣の影に、もう一枚の手裏剣を隠し、二段階構えで敵を狙う手裏剣術。

イルカにとって結界法陣と対になる、もう一つの奥の手であった。

が……

 

「……子供騙しだな……」

 

と吐き捨て、君麻呂が自身の体から……

肉を裂き、背骨を引きずり出し……

それを剣のように掴んで……

 

「…………」

 

一振り、二振り。

真っ二つになった二枚の手裏剣が、地面に落ちる。

たったそれだけで、君麻呂はイルカの奥義を切断した。

鉄をも切断する骨の刃。

しかも、体から骨を引きずり出したというのに、傷も、痛みもなく平然としている君麻呂を見て……イルカは絶句する。

 

「な、何だ……その術は……」

 

イルカの問いに、君麻呂が淡々と答えた。

 

「かぐや一族……今や僕だけの能力」

「お前だけの能力…だと……血継限界か!?」

「その通りだ。僕は自身の身体の骨を自在に操ることができる。カルシウム濃度すらコントロールし、形や硬度すらも思いのままだ」

 

言うや否や、君麻呂がこちらに手を掲げ、

 

「十指穿弾!」

 

指の骨を利用した弾丸を飛ばしてきた。

十発のうち、なんとか八発は避けたが……

 

「ぐあっ!」

 

二発。

左腕と左足に、命中させられてしまった。

傷口から血が流れる。

接近戦も遠距離戦も可能。

まさに、隙のない変則的な能力を有する敵に、イルカは膝をつく。

 

「く、くそぉ……」

 

剣を片手に、君麻呂がゆっくりと迫る。

冷めた瞳がイルカを見下ろし、

 

「これで終わりだ。何か子供達に言い残す言葉はあるか? お前の遺言を、手向けとして届けておいてやろう……」

「……悪いが、オレはこれでも教師でね……生徒達のことは……誰よりも信じているのさ……それがオレにできる…唯一のことだからな」

「ほう……素晴らしい教育者だな……」

「はは、そんな大層ものじゃないさ……ただ、オレは最期まで教師としてあり続けたい……ただ…それだけの…ちっぽけな人間さ」

「……いいだろう。その言葉、子供達の墓前にでも添えてやろう……」

 

君麻呂が剣を振り上げる。

それをスローモーションで感じながら……

 

(ここまでか……)

 

イルカが覚悟を決めた時。

突如――

二人の声が聞こえた。

最初に届いたのが、鬼のような怒声。

 

「よえーくせに、相変わらず言うことだけは一丁前でいやがるな……木ノ葉の連中はよォ!」

 

続けて、イルカのよく知る子供の声が、

 

「こっからは真打ちの登場だぜ!」

 

と、言った……直後。

嵐のような渦潮に、風の刃が弓矢の如く放たれる。

 

「水遁・破奔流!!」

「風遁・真空波!!」

「「颱遁・水天渦紋風刃矢零式!!」」

 

水の激流。

範囲を絞った渦潮のような回転が、イルカの前を過ぎ去り、君麻呂を吹き飛ばした。

そこへ、

 

「「待たせたな!」」

 

一人は身の丈程の大刀を背負った男。

一人は金髪碧眼に、橙色のジャージを着た少年。

再不斬とナルト。

二人の霧の忍が、イルカと君麻呂の間に立ちはだかる。

そんな夢のような光景に、イルカは目を見開き、

 

「な、ナルト!?」

 

少年の名を呼んだ。

だというのに、ナルトはいつも通りの表情で、

 

「よ! イルカ先生。助けに来てやったぞ」

「な、何でお前達が……ここに……」

「う〜ん……まぁ、色々あったんだけど、難しい話をしてる場合じゃねーんだろ?」

「そ、それは……そうだが……」

 

今は緊急事態。

救援は確かに有難い……

のだが……

と、イルカが困っていたところで……

それを察した再不斬が、ナルトの代わりに説明する。

 

「オレ達は自来也の救援を受けて、ここへ来た」

「自来也様の!?」

 

思いもよらない名前に、またも驚きの声を上げる。

そんなイルカに、再不斬が続ける。

 

「まあ、そんなのは建前だがな……」

「え?」

「コイツが……ナルトが助けに行きたいと言ってな……こっちはそれに付き合わされただけだ」

「ナルトが……」

「ったく、まだ同盟国でもねーってのに、助けを呼ぶ声が聞こえりゃ、そこが雪だろうが、木ノ葉だろうが助けに行っちまいやがる。とんでもねークソガキだ。まったく忍に向いてねー……通りでアカデミー試験に落とされちまう訳だ……なぁ、アンタもそう思うだろ? 先生さんよォ」

「は、はは…は、はははは……」

 

気づけば……イルカは泣いていた。

自分の命が助かって……ではない。

シカマル、チョウジ、シノ、キバ、ネジ、サクラ、ナルト……

かつての自分の教え子達の成長を、ありありと見せつけられて……

しかし、今は泣いている場合ではない。

目を拭い、痛みを無視して立ち上がる。

そして、やるべきことをやる。

再不斬とナルトに、簡潔に状況を伝えなくては……

 

「恐らく残った敵はコイツだけです。ですが、何故か攫われたはずのサスケが……自らの意思で音の里へ向かって行ってしまい……」

 

そこでナルトが言う。

 

「あれ? そー言やぁ、サクラちゃんは?」

「サクラは……一人でサスケを追っている」

「えぇ〜!?」

 

ナルトが驚きの声を上げた後、すぐさま君麻呂を見て、

 

「だったら、早くアイツをぶっ飛ばして、サクラちゃんとサスケを追うってばよ!」

 

十字に印を結ぼうとした……ところで……

再不斬が片手をナルトにかざし、

 

「待て、ナルト」

「ん?」

「お前は先に行け。コイツの相手はオレがやる」

「……ん、わかった。じゃあ、先に行く」

「ああ。うちはの小僧を叩きのめしてこい!」

「まだ闘うと決まった訳じゃねーぞ」

「どうだろーな……」

 

即決。

イルカはその光景を唖然と見ていた。

まだまだ子供の雰囲気を纏っているナルト。

見た目はアカデミーにいた頃と、差ほど変わってはいない。

だというのに……

 

「そんじゃあ再不斬、イルカ先生。サスケとサクラちゃんのことは、オレに任せとけってばよ!」

 

そう言うナルトの姿は、明らかにイルカの知るナルトとは別人であった。

中忍試験予選の時にも感じたが、それよりもさらに成長している……

が、そこでイルカは思考を戻し、

 

「ナルトを先に行かせるのなら、どうにかして奴の隙を作らないと……」

 

しかし、どうやって?

正直、自分では……

そんなイルカの不安に、再不斬が応えた。

 

「そんなもん必要ねーよ」

「で、ですが、あの君麻呂って奴、かなりヤバい奴でして……」

「ああ、だろうな」

「でしたら……」

「グチグチ喚くんじゃねーよ。ナルトの心配ならいらねェ。だからこそ、メ、……水影はこの任務の許可を出したんだからよ」

「え?」

「黙って見てろ……今のアイツが…ナルトが本気を出せば……はっきり言って、このオレ様でも捕まえらんねェからな……」

「…………」

 

そんなバカな……

再不斬のことは、イルカも耳にしていた。

忍刀七人衆。

霧隠れ最強部隊の一角を担う忍。

その再不斬が……捕まえられない?

そんな訳が……

と――

ナルトが動く。

 

「わりーが、先に進ませてもらうぞ」

 

クナイ片手に駆け出す。

それを当然のように、君麻呂が追いかけ、

 

「……無駄だ」

 

ナルトを剣で叩き斬ろうとする。

が、それよりも速く、

ひゅんっ!

ナルトが遠くにクナイを投げ――飛んだ。

次の瞬間。

 

「あばよ〜」

 

ナルトは平原を越え、サクラが向かった道へと進んで行った。

イルカはそんな信じられない光景に、

 

「なっ!?」

 

とだけ口にした。

印を結ぶことすらせずに、空間移動を行う時空間忍術。

あれは間違いなく……

四代目の使っていた術で……

開いた口が塞がらないイルカ。

に、再不斬が口元を緩ませ、

 

「クククク……だから言っただろーが」

「あ、あれは四代目様の……」

 

そのイルカの言葉には取り合わず、再不斬が背に背負った大刀を抜き放つ。

忍刀七人衆の象徴。

首斬り包丁を構え、切っ先を君麻呂に向けて、闘いの火蓋を切り落とした。

 

「さて……こっちもおッ始めるかァ!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

霧と木ノ葉 結成 ドリームチーム

少し時は遡り。

木ノ葉の森。

再不斬、ナルト、ハク、長十郎の四人は、海を越え、山を越え……

休息時を除けば、ずっと走り通しの二日間を過ごしていた。

そろそろ三日目に突入するだろうか?

というところで……

四人の視界に、

轟音――

けたたましい旋回音が鳴り響く。

何やら白く大きな物体が、少し離れた位置で暴れ回っているのを肉眼で確認した。

途中で出会った、シノから聞いた情報によれば、先に向かったのは、イルカ、ネジ、サクラ、キバの四人。

そこから推測するに、恐らく今の術は犬塚一族のものだろう……

と、再不斬は結論づけた。

つまり……

 

「ようやく追いついたか……」

 

再不斬の言葉に、三人が頷く。

さて、ここからどうするか……

再不斬は自慢の聴力を発揮させ、ある程度の戦況は把握していた。

どうやら木ノ葉の忍は散々で戦闘を行っているらしい……

あんまり芳しくない状況に、

チィ、めんどくせーな。

再不斬は心の中で悪態を吐きながら、作戦を立て始める。

水のあるエリアは、ハクに行かせるべきだろう。

そして、ナルトはうちはのガキに用がある。

となると、残りの方面は長十郎だな……

本来なら、全員で事にあたりたかったのだが、仕方ない。

迷ってる時間すらもったいないと、再不斬は部下達に指示を出す。

まずはハク。

 

「ハク、お前は崖の下に行け」

「わかりました。再不斬さん」

 

次に長十郎。

 

「長十郎。お前は今ド派手に殺り合っている所だ」

「了解です」

 

最後にナルト。

 

「ナルト。テメーはオレと一緒に、このまま真っ直ぐ突っ切るぞ! 恐らくサスケもこの先だ」

「了解!」

 

三人の返事を聞き、最後に……

霧隠れの里を出る前にも言ったことだが、再不斬は念を押して、もう一度だけ注意事項を話す。

 

「全員わかってんだろーが、もう一度だけ言っとくぞ。今回の任務は正規の任務じゃねー……ナルトの我が儘と、オレ様の優しさと、ナルトの我が儘によるものだ」

 

それにハクが、

 

「……再不斬さん……我が儘と二回言いましたよ……」

 

が、無視して続ける。

 

「あくまでも、任務という名のボランティアだ。絶対にやり遂げる必要はねぇ。命の危険を少しでも感じたら、即撤退しろ!」

 

三人が頷いた。

 

「「「了解!」」」

 

 

そして……

場面は戻り、平原。

水遁を得意とする再不斬は、水辺での戦いでこそ真価を発揮するのだが……文句は言っていられない。

ナルトを見逃してしまった影響か、こちらをかなり警戒している君麻呂を前に……

再不斬は印を結び、

 

「忍法・霧隠れの術」

 

途端。

何もない平原に、濃い霧が発生する。

後ろで驚くイルカを放置しながら、再不斬は君麻呂の前から、己の姿を消した。

かぐや一族。

君麻呂。

彼は再不斬にとって、知らない相手ではなかった。

再不斬が水の国を出る直前の話だ。

ある一族が、あろうことか五大国の一つ、水の国、霧隠れの里に喧嘩を売ってきたことがあった。

それが……かぐや一族。

ちなみに、その戦の結果は言うまでもなく……

いくらかぐや一族が強くても、一族が里に喧嘩を売って勝てる訳がない。

しかも、メイが水影になった今でこそ温和になったが、元々霧は、残忍さでいえば、五大国でも一、二を争う隠れ里だ。

当然、かぐや一族は皆殺し。

故に……恐らく、この君麻呂は一族の中で、唯一の生き残りであろう……

だが……

忍が戦場で手を抜くなどありえない。

再不斬は音で君麻呂の位置を把握しながら、

 

「八ヵ所……」

 

殺気を放出する。

 

「咽頭・脊柱・肺・肝臓・頸静脈・鎖骨下動脈・腎臓・心臓……さて…どの急所がいい? クククク……」

 

自分の発する殺気で、君麻呂よりも先に、イルカの方が根をあげそうになっている。

それを察した再不斬は、

手っ取り早く終わらせるか……

と……

音もなく、君麻呂の後ろに現れ……

 

「……終わりだ」

 

一閃。

首斬り包丁をその名の通り、敵の首目掛けて振り下ろした。

が……

ガキンッ!

刃が止まる。

君麻呂が繋がったままの首をこちらに向け、

 

「無音殺人術の達人…か……聞いて呆れる。不意討ちで首一つはね上げることすらできないとは……」

「て、テメー!」

「さっきの瞬身小僧には見事に出し抜かれた……だが、今度は僕が攻撃に転じる番だ……」

 

骨でできた剣を、舞うように突きつけ……

 

「椿の舞!」

 

とんでもない速度で振るってきた。

再不斬は即座に後ろに跳び、

 

「チィっ!」

 

それでも避けられない斬撃を返す刃で応える。

最後にもう一度大きく跳躍して、後ろの方へ跳んだ。

クナイを構えたイルカが、再不斬の隣に来る。

 

「大丈夫ですか? 再不斬さん」

「なんとかな……だが、ありゃあ何だ?」

「彼の血継限界らしいです。骨を自在に操れるらしく……硬さも形も、まさしく変幻自在だとか……」

「なるほど……厄介だな」

 

首斬り包丁で首を斬り落とせなかったのは、首の骨を強化したからということらしい。

しかし、どうするか……

水が大量に存在する場所でなら、いくらでも殺りようはあるのだが……

現状では勝てる手段が見当たらない。

撤退も視野に入れるべきか?

と、思考を巡らしていた時……

 

「…………!」

 

再不斬の耳に、いくつもの足音が聞こえ始めた。

複数の忍が地面を駆ける音。

それを聞いて、

 

「クククク……」

 

再不斬は笑う。

それにイルカと君麻呂が、一瞬怪訝そうな顔を見せたが……すぐに状況を理解した。

なぜなら……

 

霧と木ノ葉。

総勢七人の忍が、戦の場に降り立つ。

 

シカマルが、ため息混じりの声音で、

「ったく……任務が始まった時より、めんどくせー状況だぜ……」

 

チョウジが、腹ごしらえを終えた腹で、

「や、やっと追いついたよ」

 

シノが、いつもと変わらない無表情で、

「ここからはオレ達も参戦しよう。なぜならはいらない。昨日の敵は今日の友という……友のために闘うのに理由などいらないからだ」

 

キバと赤丸が、空元気で、

「話がなげーよ、シノ……と言いてーところだが、今回ばかりはオレも同意だぜ! な、赤丸!」

「ワン!」

 

ネジが、余裕を感じさせる口調で、

「さっさとケリをつけるぞ」

 

五人と一匹がイルカの前に立つ。

生徒達の姿に、イルカは安堵の息を漏らし、

 

「お前達……そうか……みんな無事だったか……よかった……」

 

心の負担を一つ軽くした。

そして。

再不斬の横に着いた、二人の忍。

ハクと長十郎が、状況確認を行う。

君麻呂を警戒しながら、ハクが再不斬に訊いた。

 

「再不斬さん、ナルトくんはどちらに?」

「サスケを追わすために、先に行かせた」

「……なるほど」

 

それだけで、ハクは理解した様子で頷いた。

続けて、長十郎が再不斬に尋ねてきた。

 

「まだ決着がついていないということは、その…あの人、強いのでしょうか? い、いや、強いのは見た目だけでもわかるのですが……」

「……何気に痛いとこ突きやがるな、てめー」

「す、すみません……」

「骨を自在に操る血継限界の持ち主だ……油断すんじゃねーぞ」

 

血継限界という言葉に、ハクが反応する。

少し悲痛な声音で、

 

「彼も、血継限界の持ち主…ですか……」

 

ハクとナルト。

この二人は再不斬の目から見ても、忍の才能があると、迷いなく断言できた。

決して口には出さないが、はっきり言って、自分の部下はみんな天才だろう……と、再不斬は常日頃から思っていた。

だが同時に。

この二人は長十郎と違って、優しすぎる……いや、甘すぎる……とも思っていた。

ハクは口でこそ忍の言動を取るが、やはり人を殺すことに対し、躊躇を見せることが今だに多い。

まあ、本来ならそれが当たり前なのかも知れない。

それが人として、当然の感情なのかも知れない。

だが、この場でそれは命取りだ。

余計な感情だ。

だから――

ハクの迷いを断ち切るように、再不斬は言った。

 

「ハク、迷うな。奴は敵だ。しかも油断すればこちらが殺されるレベルのな……敵は斬る。それだけを考えろ」

「わかっています……」

「ならいい……ハク、お前は奴の能力を分析しながら闘え。何かわかったらすぐに伝えろ」

「わかりました」

 

向こうも作戦を説明し終えたらしく、イルカが再不斬の隣に立つ。

そして……

突撃前に、イルカが再不斬に言った。

 

「実は、私達もナルトと……いえ、アナタ方と同じなんです……」

「あ? 何の話だ?」

「私達も……里の意向に背いて、仲間の救出に来ました……みんな、サスケを見捨てる訳にはいかないって……」

「……ほお、なかなか見所のあるガキ共じゃねーか」

「私もそう思います。まぁ、利口な生き方ではないのかも知れませんが……」

「ククク…そいつは困ったなァ。五大国のうち、二つの国が同時にバカやらかすなんて、そうそうある話じゃねェからなァ……」

「確かに困りました……これから私達は…どうなるんでしょうか……」

 

イルカの疑問。

それはきっと、この場のことだけでなく、これからの里の未来の話も含めてのことだろう。

ほんの少し話を聞いただけでも、部外者の再不斬にでさえ……

木ノ葉の里が不安定になり始めていると、手に取るように理解できた。

だが……

今大事なのはそんなことじゃない。

今やるべきことは一つであった。

だから、再不斬は大刀で空を斬り、

 

「フン。決まってんだろーが……それを今から試すんだよ! 全員、オレ様に続けェー!!」

 

その掛け声に、霧と木ノ葉の忍が一斉に応えた。

 

「「「オォー!!」」」

 

殆んど回復していないチョウジだけは無理をさせぬよう、後ろに残っていたが、他の忍達は……

 

再不斬が首斬り包丁で切り込み、

長十郎がヒラメカレイを振り回し、

ネジが白眼を用いた防御寄りの戦い方で、仲間の被害を防ぎ、

キバと赤丸がスピードとコンビネーション技で、君麻呂を翻弄しする。

この四人の前衛を主軸に……

中衛には、イルカとシノが、

後衛には、敵の能力を分析するために、ハクとシカマルが控えていた。

と――

即興のはずなのに、霧と木ノ葉はなかなかのチームワークを見せ……

 

「くっ……烏合の衆もここまで揃えば、脅威になりえるか……」

 

君麻呂を一方的に押し始めていた。

そして……

数分後。

霧と木ノ葉が、互いを庇い合いながら闘い、情報と時間を稼いだところで……

ハクとシカマルが、皆に突破口を提示する。

まずはハクが、君麻呂に有効的な攻撃方法を……

 

「皆さん、普通の攻撃では効果が薄いです。ここからは長十郎さんのように、一撃必殺レベルの攻撃。または、シノくんの寄壊蟲を用いた、体内からの攻撃などを主軸に攻めて下さい!」

 

それにシノが、

 

「待て。オレは寄壊蟲でそのような戦い方をした覚えはない……なぜなら、オレ自身、聞いただけで恐ろしいからだ……」

 

と、言っている側で、シカマルがハクに続く。

 

「つっても、まずはアイツの動きを止める必要がある……だが、正直オレの影真似じゃ、一人では殆んど止めらんねーはずだ。だから、イルカ先生とシノは奴の動きを止めることだけに集中してくれ! トドメは基本的に、ハクが言った通り長十郎さんに任せます……全員それでいいっスか?」

 

それにイルカ、シノ、長十郎が頷く。

 

「わかった。それでいこう!」

「いいだろう……」

「任せて下さい! ここは決めてみせます!」

 

そこで再不斬が水分身を二体出し、シカマルに言う。

 

「奈良のガキ、オレの水分身なら水牢の術で、ある程度奴の動きを止められるはずだ……作戦に組み込め」

「お! そいつは有難いっス。手数はあればあるだけ、戦略の幅が広がるからよ」

 

細かな作戦や段取りを決め……

ついに、再不斬達が君麻呂の首を獲りに動く。

まずは再不斬が、再度得意な状況を作るために、術を発動する。

 

「忍法・霧隠れの術」

 

途端、白い霧が周辺の視界を奪い始めた。

しかも、先ほどより濃い霧。

一メートル先すらも、目を凝らさなければ見えないほど……

忍といえども、ここまで悪条件の戦場では動きも鈍くなる。

だが、音だけで敵の動きを把握できる再不斬にとっては、視界の影響など関係ない。

淀みない動きで首斬り包丁を手に取り、駆ける。

君麻呂の死角に入り、刀を振り下ろしては離れ、また接近しては離れる。

何度も一方的な攻防を仕掛ける。

 

「ククク……どうした? 防戦一方じゃねーか。ちっとは楽しませてくれても、いいんだぜ?」

 

キィン!

鉄と骨が音を鳴らす。

君麻呂は不利な状況にもかかわらず、柔軟な動きで再不斬の攻撃に対応してきた。

 

「この程度で僕に勝ったつもりか、霧隠れの鬼人」

「クク……まだまだ余裕そうじゃねーか……心臓は止まりかけてるくせによォ」

「…………」

 

君麻呂は答えない。

だが、再不斬にはわかっていた。

音で聞いたから。

既に、君麻呂の体は殆んど機能していないことを。

むしろ、何故ここまで動けるのか不思議なくらいで……

ギィン!!

君麻呂がここぞとばかりに攻めてくる。

再不斬はそれを、無理をしない程度に受け止め、受け流す。

すると、そこで。

 

「…………」

 

君麻呂が剣を退いた。

突然の行動に警戒しながら、再不斬が、

 

「どういうつもりだテメー? 何かの作せ……なっ!?」

 

言いかけたところで、慌てて首斬り包丁を盾のように構え、後ろへ跳んだ。

そんな再不斬を君麻呂が追撃する

体の至る所から骨を突き出し、コマのような回転を加えた動きで、

 

「唐松の舞!!」

 

攻防一体の舞を繰り出した。

彼の血継限界があるからこそ、成せる技。

だが……どんな忍だろうと、攻撃に出る時は僅かに隙が生じるというもの。

そこをイルカ、シカマル、シノが突く。

しかも濃い霧の中とはいえ、白眼と忍犬によるサポートありきの連携術。

タイミングは普段以上に、ドンピシャだ。

 

「結界法陣!!」

「影真似の術!!」

「寄壊蟲!!」

 

それぞれが君麻呂の動きを縛る。

さらに、身を潜めていた水分身の再不斬が、

 

「水牢の術!!」

 

君麻呂を水の牢獄へと閉じ込めた。

普通の相手なら、間違いなくこれで詰みだ。

しかし、まだ油断はできない。

相手の実力は未だ未知数。

この三重にも、四重にも掛けたスペシャル牢獄でさえ、時間をかけさえすれば自力で脱出できるだろう。

が……

そんな時間は与えない。

霧が晴れ始める中、再不斬は叫んだ。

 

「長十郎! 決めやがれェ!!」

 

と、言う前から、

 

「はい!」

 

長十郎は駆け出していた。

忍刀七人衆の象徴であるヒラメカレイを蒼く輝かせながら。

これで決まりだ。

誰もがそう思った。

長十郎が君麻呂の首をはねるのに、数秒もかからない。

いくら君麻呂でも、数秒ではこの牢獄からは脱出できないだろう……と……

が――

そんな常識をあっさりと覆すのが……

 

「ウォオオオォオオオ!!」

 

結界の札を弾き飛ばし、

影を喰い千切り、

蟲達では到底抑えきれない、禍々しいチャクラの奔流。

最後には水の牢獄すらも、チャクラに触れただけで気化し始め……

ありえない現象。

異常な光景。

君麻呂が隠し持っていた実力は、再不斬達の予想を遥かに上回っていた。

 

「くっ……再不斬さん、すみません。使わせて頂きます!」

 

血継限界には血継限界。

ハクが水牢の水だけでなく、水分身の水分をも用いた、氷遁を発動する。

 

「氷遁・氷牢の術!!」

 

氷で出来た六角柱が、君麻呂を閉じ込めた。

だが……

全員がそれを見て、同じことを思った。

この程度で止まる相手ではない……

直後。

氷が割れる。

君麻呂の手が、足が、全身が這い出てきた。

あれだけの術をくらっておきながら……

その体は無傷で……

そんな化け物が口を開く。

 

「大した連携術だ。まさか、霧と木ノ葉がここまで見事に力を合わせてくるとは……正直予想外だった……だが、その快進撃もここまでだ。全員……確実に死んでもらう」

 

そう言った君麻呂の体は、全身が褐色に染まり、あるゆる場所から常に体中の骨が突き出ていた。

刀よりもよく切れる一振り。

鎧よりも身を守る絶対硬度。

攻防一体の血継限界。

今まで闘ってきた全ての敵が、可愛く見えるほど……

最強の忍が――そこに立っていた。

 

再不斬ですら、そう思わされていたのだ。

他の忍の絶望はそれ以上だろう。

だというのに……

こんな絶体絶命の状況で……

諦めない声が届く。

 

ネジが言った。

 

「十二時の方向だ。急げ!」

 

チョウジが言った。

 

「わ、わかってるよ。部分倍化の術!!」

 

チョウジの右手が巨大化する。

その手に、キバと赤丸が乗り、

 

「ヒャッホオォオオ!! 行くぜ赤丸!!」

「ワン!!」

 

残ったチャクラの、殆んどを回した右腕を引き絞り……

チョウジが一人と一匹を投げた。

 

「とおりゃーああ!!」

 

空中でバランスを整えながら、キバと赤丸が同時に印を結ぶ。

犬塚流・コンビ変化。

ボン!!

白い煙が発生し、そこから出現したのは……

 

「双頭狼!!」

 

キバ達の切り札。

コンビ変化による、犬人一体の姿。

二つ首を持つ、巨大な白い犬。

その動きを逸早く察知した再不斬は、立ち止まっている忍達に向かって、叫んだ。

 

「全員、ここから離れろ!!」

 

霧と木ノ葉の忍達が慌てて散々に避難する。

 

まだ少しではあるが、周囲に霧がかかっていた。

本来なら正確な攻撃は再不斬以外にはできない。

だが、臭いで敵を分別するキバと赤丸に、視界の影響など関係なかった。

さらに今は君麻呂自身、術による拘束から抜け出したばかり。

その上、ネジの白眼によるサポートも受けた。

ここまでお膳立てされて、外す訳にはいかない。

風を切り、霧を突き破る、旋回音が響き渡る。

双頭狼が、ただただ真っ直ぐ、敵を撃つ。

 

「牙狼牙!!」

 

君麻呂は自身に迫る敵を、正面から見据えていた。

拘束から抜き出したばかりのため、回避する余裕はなかったのだろう。

だが、回避できないなら迎え撃つまで……

君麻呂が冷然たる動作で……

身体の中心にある“背骨”を引きづり出し、

 

「最後の舞を見せてやろう……」

 

太く、最高硬度に、強化。

 

「鉄線花の舞・花!!」

 

それは剣ではなく、槍であった。

全てを貫く、最強の矛。

君麻呂の切り札。

それを双頭狼に突きつけ――穿つ。

 

「ハァアアアアァア!!」

「…………………ッ!!」

 

轟音。

凄まじい音を立て、両者が激突。

一歩も退かない対決。

が――

切り札を切っている時ほど……

隙だらけなものはない……

 

長十郎が、静かに刀を――抜刀。

蒼い光が灯る。

風が止まり、空気が停止する。

ピリピリとした殺気を肌で感じながら、再不斬は前方を見ていた。

長十郎が何かを発している。

否、発しているのは刀の方であった。

 

霧隠れには、隠し刀が七本存在する。

そのどれもが、普通の刀とは一線を画し、特殊な能力を備えたモノ。

チャクラを喰らう刀。

如何なる防壁をも粉砕する刀。

雷を放出する刀。

などなど、その特性は様々であるが……

本来の刀としての役割。

斬る――

肉を断ち、骨を断ち、命を絶つ。

その一点において……

長十郎の持つヒラメカレイは……最上を名乗っていた。

 

時間にして、恐らく一秒あったかどうか。

たったそれだけの時間だというのに、再不斬はその一秒を、とても長く知覚していた。

正直、心を奪われていた。

それほどまで、その刀の発する輝きは強烈なものであったから……

と――

長十郎が刀を振るう。

一閃の閃きを――

 

「ヒラメカレイ・解放!!」

 

蒼い輝きを刃に纏わせ――放つ。

それは文字通り、閃きであった。

刹那。

一瞬でヒラメカレイの形状が変化し、刃が伸びたと視認した――瞬間。

 

いや、視認した時には……

既に……

君麻呂の首が――宙をはね上がっていた。

 

蒼い輝きが役目を終え、収束する。

全員が口を閉ざしていた。

沈黙を破ったのは……

ボン!

キバが双頭狼を解く。

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

再び静まり返る平原。

そんな中。

黙々と、平然と、普段通りの所作で。

ヒラメカレイの形状を元の形に戻した長十郎が……宣した。

 

「自信の力=斬った数。だから斬らなきゃ……とにかく」

 

霧と木ノ葉。

自分達の勝利を――

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サクラvsサスケ 遠すぎる二人

シカマル、チョウジ、シノ、キバ、ネジ、イルカ、サクラ。

木の葉を出発した時には七人いた。

二小隊ほどの人数。

だが……

 

「待って! サスケくん!」

 

サクラは一人でサスケを追っていた。

仲間を見捨てて……ではない。

仲間を信じて。

自分の我が儘を聞いてくれた里の仲間を信じて。

サクラは今まで……正直に話せば……

サスケ以外の人間は、殆んど眼中になかった。

何をするにしても、サスケが一番。

もちろん、何やかんや言いながらも、いの、口うるさい両親、カカシ、サイ……

大切な人は、もちろんいる。

だけど、その中でも、一番大切な人物は……

迷うことなく、サスケだった。

サクラの心の中心には、いつも彼がいた。

だというのに、

 

「…………」

 

サスケは里を抜けようとしている。

ずっと声をかけているのに、振り返ることすらしてもらえず……

まぁ、それはいつものことなのだが……

それでも追いかける。

必死に、離されないように……

それもいつものことで……

すると……

周囲から、木々や草花が消える。

ついに……森を抜けた。

そして……

 

「…………」

 

サスケがようやく足を止めた。

一つの大きな石像の上で。

 

「…………」

 

サクラもそれに合わせて、足を止めた。

サスケと対になる石像の上で。

 

――終末の谷。

かつて、初代火影 千手柱間。

うちは一族創設者 うちはマダラ。

伝説にうたわれる二人が闘い。

その傷跡を遺すかのように出来た場所。

二つの巨大な石像が、止まることを知らない滝の流れる両岸で、向かい合い、佇む景色。

木ノ葉と音の国境。

それが――終末の谷。

 

その、マダラの石像に立つサスケに、サクラは言った。

 

「サスケくん!」

 

すると、はじめて気づいたかのように、柱間の石像に立つサクラの方へ、サスケが振り向き、

 

「サクラか……」

 

その目は、まるでこちらを見ていないような気がして、でもやっぱり嬉しくて、サクラは笑みを浮かべながら、

 

「な、何やってるの? サスケくん。音忍達はもういないんだし、里に帰りましょ」

「ククク……やっぱりな……」

「サスケ…くん?」

「……サクラ。里に帰るのはお前の方だ」

「え?」

「オレはこのまま音へ向かう。ここでお別れだ。もう、あとを追ってくるな」

 

などと、意味のわからないことを言い始めたサスケに、サクラは声音を大きくして、

 

「な、何言ってるの! ここまでみんなが……」

「オレは復讐者だ」

「それって……演習の時に言ってた……」

 

それは、まだ第七班が結成する前の話。

カカシ、サスケ、サクラ、サイ。

四人が自己紹介していた時のことだ。

サスケはこう言っていた。

“夢なんて言葉で終わらせる気はないが、野望ならある……ある男を…必ず…殺すことだ!”

と。

それを聞いた時のサクラは、

“サスケくん、カッコいい”

などと、いつも通り平常運転だったが……

 

「今、大蛇丸の力の一端を手にして、ようやく理解した。オレはたとえどんな事をしてでも、力を手にしなければならない……そういう立ち位置にいる存在だ。そいつが悪魔だろうが、何だろうが関係ない。力を手にし、オレの目的が達成できるなら、それでいい……」

 

そう、サスケが言った。

それはきっと、サクラがカッコいいと思っていた時と、まったく同じことを言っているのだろう。

だけど……

サクラは言い返す。

 

「ダメ! 音の里って、この前、木ノ葉の里を襲って来た所よ! そんな所にサスケくんを行かせられない! お願いだから戻ってきてよ! またみんなで一緒に……」

「何言ってやがる……オレ達は最初からバラバラだったじゃねーか……」

「そ、そんなことはな……」

「お前は能天気だからなぁ…サクラ。気づいてなかっただろうが、カカシの野郎は常にサイのことを監視していやがったぜ」

「サイを?」

「何故サイが、木ノ葉崩しの後、オレ達の前から姿を消したと思う?」

「そ、それは……」

 

サスケが何を言いたいのか、いまいち理解できないサクラは、返答に困り果てる。

そんなサクラに、サスケは淡々と言った。

 

「わからねーなら教えてやるよ。それはな……サイの奴が、大蛇丸と繋がっていたからだ」

「な、何てこと言うのよ! いくらサスケくんでも言っていいことと悪いことが……」

「だったら今すぐ里に戻って、カカシにでも尋ねてみるんだな……ククク……お前の言う仲間ってもんがどんなものか、すぐに理解できるぜ」

「……っ」

 

サクラは唇を噛み締める。

と同時に、サスケが踵を返し、無言で歩き出そうとする。

その背中に、サクラは叫んだ。

 

「待って!」

「…………」

「サイのことはわからない……けど、今回サスケくんを助けようと集まってくれたみんなは違う。みんなのお陰で、私はこうしてサスケに会えたの……だから帰りましょ。サスケくんの一族のことは……私だって少しは耳にしたことがある…けど…でも、復讐だけが全てじゃないでしょ? それにサスケくんだったら、どこにいたって強く……」

 

が、サクラの言葉を遮り、サスケが言った。

 

「で? オレは木ノ葉にいて、お前達と一緒にいて、それで強くなれたのか?」

「え? あ、当たり前じゃない。サスケくんは私達ルーキーの中でも……」

「違う! オレが目指しているのは、オレの求めているものは、その程度の強さじゃない。アイツを殺すには……オレの目的は、遥か高みにしか存在しない……」

 

完全な拒絶。

このままではサスケを止められない。

そう思い、サクラはさらに叫んだ。

 

「サスケくんは以前、私に孤独の辛さを教えてくれたよね? サスケくんがいなくなったら私は悲しい! それにサスケくんだって、また一人ぼっちになっちゃうんだよ? 本当にそれでいいの!」

 

その、サクラの悲痛な叫びに……背を向けていたサスケが振り向き、一言。

 

「サクラ……やっぱりお前……うざいよ」

 

それも懐かしいセリフだった。

悲しいのに、何故かサクラは笑い、

 

「はは……また言われちゃったね……私、いつもサスケくんに嫌われてばかりだね……」

 

寂しく微笑み……

サクラは……

全身にチャクラを巡らせる。

クナイを取り出し、サスケに向ける。

それを僅かに驚いた表情で見た後、サスケが尋ねてきた。

 

「……どういうつもりだ?」

 

どうもこうもない。

口で説得できないなら、力づくでやるしかない。

正直、サスケに勝てるとは思わない。

だが、サクラはクナイを退かず、

 

「言ったでしょ、サスケくん。今、私がサスケくんと出会えたのは…みんなのお陰なの。私一人じゃ……悔しいけど…泣くことしかできなかった。だけど、そんな私に、シカマルもチョウジも、シノ、キバ、ネジさん、イルカ先生……みんなが何も聞かないで、ただ当たり前のように力を貸してくれたの……信じられる? そんなこと」

「…………」

「だから、こんな弱虫の私の背中を押してくれた……仲間の想いだけは…絶対に裏切れない。それを否定するのは、たとえサスケくんでも……私が許さない」

「……お前の許可など必要ない。オレはオレの道を行く。それを邪魔するってんなら……仕方ねぇーよな……サクラ……」

 

サスケが身を低く構える。

戦闘体勢に入る。

そんなサスケを見て、サクラはやっぱり悲しくなった。

サスケの覚悟を知って。

自分を仲間と思っていないサスケの目を見て。

そして、次の瞬間。

 

「さよならだ……」

 

いつの間にかサクラの背後へ回り込んでいたサスケが、手刀を振り下ろして……

が……

サクラは、それになんとかくらいつく。

クナイを投げ、回し蹴りを放つ。

 

「ハァ!」

「チッ……!」

 

サスケは舌打ち一つ残し、後ろへ跳んだ。

そして、少しだけ感心した目線をこちらに向け、

 

「意外だな……まさかお前が、本気でオレに攻撃を仕掛けてくるとは……」

「私だってこんなことしたくない! お願い、サスケくん! 里に戻ってきてよ」

「フン。お前の色恋沙汰に付き合うつもりなんかねーんだよ、サクラ。オレと殺り合う覚悟がねェなら、今すぐ里に帰れ。これが最後の忠告だ。これ以上オレに付きまとうってんなら……」

 

冷たい目がサクラを見下ろす。

 

「容赦しないぜ」

 

直後。

サスケが加速する。

サクラに近づき、もはや対応し切れない速度で、腹に蹴りを放ってきた。

なんとかガードしようとしたサクラだが、間に合う訳もなく……

 

「ぐはっ……!」

 

バシャッ!

水柱とともに、水中へと叩きつけられた。

とんでもない力だった。

サスケの発するチャクラも、以前とどこか違っていて、禍々しく、まるで大蛇丸のような……

と――

ぼんやり感じながら、サクラの体は水中を漂っていた。

腹に手をあててみると、すごく痛くて……

泣きそうになる。

いや、水の中だからわからないが、既に泣いているのかも……

ただの一撃で、サクラの体と心は悲鳴を上げていた。

それでも……

水の中を泳ぎ、水面を目指した。

 

「ゲホっ……ハァ、ハァ……」

 

息を整えながら、サスケを見上げる。

サクラはまだ諦めていなかった。

すると……

 

「…………」

 

サスケが石像から飛び降り、水面の上に立つ。

サクラの反対側に立ち、こちらを呆れるように見下ろし、訊いてきた。

 

「まだやるのか? お前には無理だ、サクラ。もう一度言う。これが最後だ。里に帰れ」

「ハァ、ハァ。くっ……サスケくんの頼みなら、何でも聞いてあげたい……だけど、そのお願いだけは……聞けない」

「……いいだろう」

 

言うや否や、サスケが印を結び出す。

サクラは痛む体に鞭を打ち、なんとかそれに対応しようと……

だが、

 

チチチチチチチチチ――ッ!!

 

千の鳥が鳴り響く。

サスケの発動した術を、サクラは過去に二度見ている。

一度目は、カカシとナルトが激突した時。

二度目は、サスケがハクと対戦した時。

木ノ葉一の銘刀。

コピー忍者のカカシにして、唯一のオリジナル技。

術の名を……雷切。

または……千の鳥の鳴き声にちなんで、こう呼ばれる……

 

「千鳥!!」

 

サスケの左手に、雷の性質を持ったチャクラが目に見えるほどに集約されていく。

それを見て、サクラはようやく悟った。

自分の覚悟が、まだ足りなかったことに。

千鳥。

こんな術を使わなくても、サスケはサクラに勝てただろう。

それぐらいのことは、サクラにだって、本当はわかっていた。

だというのに、この術を発動してきたということは……

 

「サスケくん……私を…殺すつもりなんだ」

 

もう……それがわかって、涙が止まらない。

次々と溢れてくる。

死ぬ。

間違いなく……自分は死ぬだろう。

それがわかるのに、サクラは逃げる気にはなれなかった。

サスケを見捨てることはできない。

絶対に……

でも、サスケを止めることもできない。

これも……絶対……

八方塞がりの状況で……

せめて最後は、好きな人の顔を見て死のう……とサクラは前を見る。

そんなサクラに、

チチチチチチッ!

サスケが千鳥を構え、

 

「サクラ。お前は何もかもが甘い。言ったはずだ、帰れと。今まで班でやってきたよしみだ……もう一度だけ言う。帰……」

 

サクラはサスケの言おうとした言葉を、遮るように、首を振り……

 

「帰らない……サスケくんを連れ戻すまで……だって、私は……サスケくんのことが……」

「…………なら、その甘っちょろい繋がりを断ち、オレは先へ進む」

 

サスケが駆ける。

ああ……これで終わりか……

みんな……ごめん……

腕がだらりと下がる。

涙が落ちる。

身も心も折れかけ、放心した眼差しで……

と――

サクラが諦めかけた……その時。

ひゅん!

一本の変わった形をしたクナイが飛んで来て、

 

「サクラちゃーん! 諦めんじゃねェ!!」

 

声が届いた。

すると、次の瞬間。

その声の主……ナルトがサクラの背中に触れ、

 

「オレが来たからには、もう大丈夫だ!」

 

後方から一歩遅れてきた、もう一人のナルトと一瞬で――入れ換わる。

 

「飛雷神・互瞬回しの術!!」

 

瞬間。

サクラの体は千鳥の射程外へと移動して……

何でナルトが?

いつの間に自分は移動したの?

などと、疑問を浮かべる間もなく……

理解が追いつかないサクラの目の前で……

 

「ナルトォオ!!」

「サスケェエ!!」

 

サスケとナルト。

二人の忍が、互いの奥義を繰り出し、激突。

 

「千鳥!!」「螺旋丸!!」

 

――終末の谷。

まるで、止まることを知らない滝の流れる中。

サスケとナルト。

二人の激闘が幕を開けた……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終末の谷 激闘 ナルトvsサスケ

「千鳥!!」

「螺旋丸!!」

 

二つの奥義が激突。

轟音を鳴り響かせた後。

両者は衝撃波に弾かれ、

 

「くっ」

「チッ!」

 

距離を取る。

水面が泡立つ中、ナルトは目の前に立つ相手を。

サスケを見た。

今回、自来也からナルトが受けた任務は、音忍に連れ去られたサスケの奪還である。

だというのに、そのサスケは自由の身になっていて……

いや、それはいい。

サスケが無事なら、文句はない。

だが……

ナルトはサスケを睨む。

 

「サスケ……今のはどういうつもりだ?」

 

その質問に、サスケは人を小馬鹿にした笑みを浮かべ、

 

「あァ? 何のことだ?」

「とぼけんじゃねーよ。お前、今…サクラちゃんを殺そうとしてただろ! そりゃ、どーいうことだって聞いてんだよ!」

「ククククク……ナルト。テメーまでそんなことを言うために、わざわざ霧の里から出向いたってーのか? ご苦労なこった……」

「ンだと……オレはな、お前が攫われたって聞いたから、こうして助けに来てやったんだぞ! そしたら、もうお前助かってるし、サクラちゃんと闘ってるしで、訳わかんねーってばよ」

 

それに、サスケは笑う。

見ていて不快感を感じる笑みで……

人の心を凍らせるような笑みで……

そんなサスケに、ナルトは訊いた。

 

「サスケ?」

「ナルト……オレは里に帰るつもりはない。サクラを助けに来たってんなら、とっとと連れて帰りやがれ」

「はあ? 何言ってんだ、お前。里を抜けるつもりなのか?」

「そうだ……オレは音へ行く……」

「音? 何で? 木ノ葉で何かあったのか?」

「クククク……」

 

愉快で、冷たい、嫌な笑い声。

不快な音に、ナルトは眉を寄せ、

 

「何かお前…おかしくねーか? どうしちまったんだ」

「フン……ナルト。オレはようやく理解した。里を抜けたお前は正しかったとな」

「……どういう意味だ」

「今までオレは…木ノ葉というぬるま湯に浸かり……自分のやるべきことから目を逸らし、奴のことを、復讐を忘れ、ただのうのうと生きてきただけだった。だがそれも今日で終わりだ……」

「……それが、お前が里を抜ける理由か?」

「ああ。オレはさらなる力を手に入れるため、音へ行く」

 

ナルトはため息を吐く。

サスケの言ってることの半分ぐらいは、よくわからなかった。

いきなりそんな話をされても、ナルトの頭では理解が追いつかない。

だけど、サスケの気持ちはわかった。

何かを憎む気持ち。

力を求める心。

里に対する不信感。

色々と、思うところがなかったわけではない。

が、ナルトは言う。

 

「なるほど……ね。わかった」

「フン、ウスラトンカチにしちゃー理解が早いじゃねーか」

「何言ってんだ、サスケ?」

「?」

「オレは、お前を力づくでも木ノ葉の里に連れて帰る。今、そう決めた!」

「……どういうつもりだ……既に木ノ葉を抜けたお前が、どうしてオレの邪魔をする」

「別に邪魔したいわけじゃねーってばよ。お前にちゃんとした理由があって、里を抜けてーって言ったんなら、霧に連れて帰ることだって考えた。

けどな……」

 

そこで一度言葉を区切り、ナルトはサスケを見据えて、

 

「今のお前は……何もわかっちゃいねェ……強くなるってことの本当の意味が……まるでわかってねぇ」

「落ちこぼれの分際で、このオレに説教かよ! ナルトォ!」

「言っただろ、サスケ。お前は強いってことの本当の意味がわかってねぇ。今のお前じゃ、たとえ何回闘っても……オレには勝てねーぞ?」

 

ニヤリと笑って、ナルトが言った。

相手を挑発するかのように。

それにサスケは目を血走らせる。

朱い瞳。

写輪眼を開きながら、

 

「上等じゃねーか! ウスラトンカチがぁ!」

 

こちらに突っ込んできた。

雄叫びを上げながら、サスケが加速する。

下忍にしては、破格のスピードだ。

あくまで下忍としては……だが。

ナルトは半歩体をズラし、最低限の動きだけで放たれた拳打を躱し……

 

「遅いってばよ」

 

サスケを殴り飛ばした。

 

「ぐっ……」

 

カウンターを決められたサスケが、殴られた頬を拭い、憎悪すら宿した朱い瞳でこちらを睨んでくる。

そんなサスケをどうするか……

と、呑気に考えながら、ナルトはサクラの方を見て、

 

「サクラちゃん。わりーんだけど、こっからは選手交代だ。オレがサスケの相手をするから、手ぇ出さないでくれ」

「で、でも……」

「頼むってばよ……」

「わ、わかった……ナルト…サスケくんを」

 

ナルトはナイスガイポーズで、前を向き、

 

「任せとけ!」

「う、うん」

 

という、やり取りを聞いていたサスケが、

 

「オレと闘ってんのに、サクラの心配とは……随分と余裕じゃねーかよ」

「いいや、お前と闘うんだ。サクラちゃんには悪いけど、守りながら闘うのは流石に危ねーからな」

「フン……」

 

サスケは短く返した後、姿勢を屈ませ、

 

「ナルト……お前とは機会があれば、もう一度本気で闘いたいと思っていた」

「……ああ、オレも同じことを思ってた」

「そういや……アカデミーの頃から、テメーはよくオレに突っかかって来やがったよな……クク、互いに望んでた闘いって訳か」

 

それにナルトは、首を横に振る。

確かに、サスケと闘いたい。

ナルトはそう思っていた。

だけど……

 

「こんな形で闘いたかった訳じゃ…ねーんだけどな……オレは」

「フン、お前の都合なんか知りゃしねーよ。ナルト……はじめに言っておくが、オレはお前を殺すつもりでやる。死にたくなかったら、精々必死になるんだな」

 

直後。

サスケが印を結び、術を放ってきた。

 

「火遁・豪火球の術!!」

 

うちは一族がもっとも得意とする火遁忍術。

辺りを照らす熱を帯びた火の球が、一直線に迫り来る。

そんな状況でも、ナルトは焦らず、的確な判断を下し、行動に移っていた。

ポーチから巻物を取り出す。

変わった術式が書き込まれた巻物。

それを開き、

 

「封印術・封火法印!!」

 

すると……

本来紙ぐらい簡単に燃やせるはずの火遁が、瞬く間に巻物へと吸い込まれ、封印された。

一瞬にして火が収まる。

クリアになった視界で、それを見たサスケが、

 

「なに!?」

 

驚きの声を上げた。

元々、うずまき一族は封印術に優れた一族。

飛雷神の修行ついでに、自来也から少し教わっただけで、これぐらいのことはナルトにもできるようになっていたのだ。

それを自慢気にナルトが話す。

 

「へっ……どうしたサスケ?」

「チッ! そんな術まで身につけてやがったのか……落ちこぼれの分際で……」

 

憎々しい表情をするサスケ。

あれ?

想像していたのとまったく違う反応に、ナルトは一瞬困った顔を見せたが……

 

「まぁ、今のサスケに、言葉での説得は無理か……」

 

一人で納得した。

が、もう一度だけ言う。

たぶん無理だろうけど、言葉で解決できるなら、それが一番だから。

 

「サスケ……一度頭冷やして、里に帰れってばよ……」

「フン。オレの頭はテメーと違って、出来がいいんだよ……結論なら既に出ている……考えることなんざ何もねぇ」

「あぁ!? テメー、こっちが優しくしてっからってつけ上がりやがって! オレってばその気になれば、お前をボコボコにして、力づくで連れ戻すことだってできんだぞ!」

「調子乗ってんじゃねーよ! いつでもオレを倒せるってかァ! アア!?」

 

何故か逆効果だった。

うーん、優しくしたつもりなのに……

頭を悩ませるナルト。

何でサスケを救出する任務で、その本人と闘わなければいけないのか疑問に思いながら……

前を見ると……

普段はクールなサスケが、物凄い形相でこちらに駆け出して来ていて……

 

「はぁ……仕方ねぇ。ちょっと痛くすっけど、我慢してくれよな」

 

瞳に力を入れる。

覚悟を決めた。

サスケと闘い、完膚なきまでに叩きのめす覚悟を。

と、そこで。

 

「ナルトォ!」

 

先ほどの封印術を見て、火遁では分が悪いと判断したのだろう。

サスケが接近戦を挑んできた。

拳を突き出し、殴りかかってくる。

が……

ナルトは瞬身の術で、その後ろに回り込み、

 

「わりーな、サスケ」

 

サスケの首を押さえる。

そのままホルスターからクナイを取り出し、振り下ろした。

グサッ!

サスケの右肩にクナイが突き刺さり、

 

「ぐあっ……!」

 

血が流れる。

だが、逃がす訳にはいかない。

首を掴んだ状態で、ナルトは攻撃を続行しようと……しかし。

 

「いい気になってんじゃねぇー!!」

 

サスケが右手に隠し持っていた石を、手首のスナップだけで器用に投げてきた。

 

「おっと」

 

ナルトは反射的にそれを避ける。

拘束が緩んだところで、サスケが回し蹴りを放ってきた。

 

「ハッ!」

「おぅ、これはマジで危ねぇ」

 

ナルトは後ろへ跳び、一度距離を取った。

そこでサスケが、自身の肩に突き刺さっているクナイを抜き、自分の武器として構えた。

それを見て、ナルトは納得した。

サスケは武器を持っていなかったのだと。

だから、石を隠し持っていた訳だ。

相変わらず闘い慣れたその動きに、ナルトは感心して、

 

「やっぱ、やるなー。サスケ」

「…………くっ」

 

が、サスケの表情は逆に曇る。

まあ、その理由も痛いほど、ナルトにだってわかるのだが……

だが、だからこそ手は抜けない。

チャクラを全身に巡らせ、今度はナルトから攻撃に出た。

 

「行くぞ! サスケェ!」

 

拳を握り、サスケを殴る、蹴る、叩きつける。

ナルトが一方的にサスケを攻撃する。

以前、波の国で闘った時は、二人の力量はほぼ五分五分だった。

だが、今は違う。

写輪眼を使ってもなお、サスケはナルトの動きについてこられない。

恐らく眼では見えているのだろう。

サスケは術も多彩だ。

火遁、雷遁、手裏剣術。

体術だって、波の国で闘った時とはレベルが違う。

だが……

それだけだ。

このレベルでは、もう、今のナルトには勝てない。

一方的にサスケをボコボコにして……

 

「くらいやがれ!」

 

トドメとばかりに、思い切り殴り飛ばした。

ナルトの拳打をもろに受け、サスケの体が何度か水面を跳ね、沈む。

暫くしてから、ボロボロのサスケが水の中から這い出てきて、

 

「クソがァ!!」

 

そう呻いた。

それにナルトは応える。

 

「ちったぁ、目ぇ覚めたかよ?」

「黙れ!! 何故だ……何故、ここまで……」

「サスケ……もう十分だろ。今のお前じゃ、オレには勝てないんだってばよ……」

「ざっけんなァ! お前がオレより強いだと? そんなこと認められるか!!」

 

ナルトはその言葉に首を振り、

 

「オレが強いから勝てない……じゃねぇ……お前が弱いから勝てねーんだ」

「な、なんだと……テメー……」

 

怒りの声音を滲ませるサスケ。

当然だ。

プライドの高いコイツが、弱いと言われて怒らない訳がない。

が、ナルトは言う。

 

「サスケ……オレからすれば、今のお前よりは、サクラちゃん達の方が、よっぽど強く見えるぞ」

「ククク……何言ってやがる。オレがサクラより弱いだと? ウスラトンカチがナマ言ってんじゃねーぞ!」

 

続けて、サスケが叫ぶ。

 

「大体、テメーがオレに説教する資格があんのかよ、ナルトォ! お前だって、オレと一緒だろーが!」

「一緒?」

「お前が木ノ葉にいた頃、周りの奴らから蔑まれてたのは知ってんだよ! 理由までは知らねーが……だが、お前だって木ノ葉の連中が憎かったはずだ! 疎ましかったはずだ! テメーがオレとは違うなんて、口が裂けても言わせねーぞ!!」

「……ああ、お前の言うとおりだってばよ……サスケ」

「なら、何故……オレの前にテメーが立ってやがる!」

 

ナルトは少し寂しく思いながら、サスケを見据えて、

 

「それは……サスケ。お前が、オレとは違うからだ」

「あ?」

「確かにオレとお前は似た者同士だ。けどな……一つだけ違うところがある」

「何の話だ……」

 

サスケの疑問に、ナルトは近くにいるサクラを指差し、

 

「サスケ……何でここにサクラちゃんがいるのか……本当にわかんねーのか」

「…………」

「オレが里を抜けた時……誰も追ってなんて来なかったぞ……だけど、サスケ…お前は違う。サクラちゃんだけじゃねぇ。イルカ先生や他のみんなだってお前を助けるために、命懸けで今も闘ってんだぞ!」

「……るっせーんだよ! それが何だ? オレがいつ助けてくれって頼んだよ!」

 

ナルトは拳を握る。

何にもわかってないサスケに、真剣に語りかける。

 

「頼んでなくても来てくれたんだろうが! みんなお前のことを心配して来てくれたんだぞ! 本当に何とも思わねーのか? お前の目にサクラちゃんの姿は映らねーのか? イルカ先生の声は届かねーのか? みんなと過ごした楽しい思い出の一つも浮かばねーのかよォ! なぁ、サスケェ……!」

 

ナルトの言葉に、想いに、サスケは一度目を閉じる。

 

「…………」

 

そして、開いた。

三つ巴の勾玉を……

その眼に、憎しみを宿したまま……

さらに朱い色を増した瞳がナルトを映す。

 

「木ノ葉に残る道も考えた……だけど、結局オレの心は復讐を選んだ」

「復…讐……?」

「ナルト……お前はオレと同じく、孤独の痛みを知る者だ。だからお前は強い。オレと同じようにな……」

「…………」

「そしてこの痛みが人をさらに強くする。だからこそ、オレはお前らとの繋がりを――断ち斬る」

「ふざけんな……」

 

今度はナルトが怒りを滲ませ、

 

「まだわかんねーのか……サスケ。そんなもんは本当の強さじゃねェ。繋がりをもとめて、もとめて、守り通そうとするのが本当の強さだ! 復讐を言い訳にしてんじゃねェ! 目の前にいる仲間一人大切にできねー奴が、強くなんてなれる訳ねーだろうが!!」

 

が、やはりナルトの声は届かない。

それどころか……

 

「ククククク……この力を使うつもりはなかったんだがな……」

 

サスケの体から禍々しいチャクラが溢れ出す。

 

「ナルト、最後に認めてやるよ。テメーはオレのライバルだってな……」

 

そう言った――直後。

ズズズズズズズッ!

サスケの体中から、黒い痣が浮かび上がった。

しかも、変化はそれだけでは終わらず……

その痣が体を覆い、サスケの体全体が、どす黒い褐色へと変貌し始めて……

さらに……

バサバサと羽まで生えていて……

明らかに、異常な力に。

触れてはいけない禁忌に、サスケは手を出していた。

禍々しいのはチャクラだけではない。

サスケの体は人間のものではなくなっていた。

異形なものと化していた。

悪魔――

もはや化け物と呼ぶにふさわしい姿。

後ろから、サクラの悲鳴が聞こえたが……

 

「な、なんだってばよ……それ……?」

 

対峙しているナルトは、それどころではなくなっていた。

凍えるようなチャクラ。

空気を凍てつくすほどの禍々しいオーラ。

冷や汗が頬を伝う。

流石にこれはヤバい。

ナルトは内なる相棒に呼びかける。

 

『九喇嘛!』

 

すると、こちらの状況を見ていたのか、間髪入れずに九喇嘛が返事を返してきた。

 

『ったく……気を抜きすぎだ、ナルト。今のお前なら、うちはのガキなど瞬殺できただろーが』

『いや、サスケを助ける任務で、サスケ殺しちまって、どーすんだってばよ!』

『ケッ! まあいい、さっさと終わらせるぞ』

『おう!』

 

次の瞬間。

ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!

九喇嘛のチャクラが溢れ出す。

オレンジのチャクラがナルトを覆い、際限などないと言わんばかりのチャクラの奔流が、滝の水を弾き飛ばし、氾濫していた。

それを見たサスケが、

 

「そろそろ決着といこうか……ナルト」

 

背中の羽を羽ばたかせ、空を飛ぶ。

空中からの攻撃でも仕掛けてくるのか?

と警戒したが、どうやらそうではなく、サスケはそのまま……

終末の谷の象徴の一つ。

うちはマダラの石像の上に、舞い降りた。

そして、ナルトを静かに見下ろす。

まるで、早く来いと、言わんばかりの眼で。

それにナルトは苦笑して、

 

「ったく……相変わらずかっこつけだな……アイツ」

 

そして、それに応えようと……

もう片方の石像に、跳び乗ろうとした……

その時。

後ろから、

 

「待って! ナルト!」

 

サクラが言った。

ナルトは声の方へ振り向き、

 

「サクラちゃん。わりーんだけど、もうちっとだけ……」

 

が、サクラはそれを遮り、

 

「わかってる……アンタとサスケくんの闘いに

……悔しいけど、今の私じゃついていけない……

それどころかナルトの足を引っ張るだけなのはわかってる……だけど、今回ばかりは私がサスケくんを止めなくちゃいけないの! だから……」

 

ナルトは一瞬悩んだ。

が、頷いた。

 

「ん! わかったってばよ。でも、無茶だけはしないでくれよ?」

「う、うん。大丈夫よ!」

「よし! そんじゃ、行くか!」

 

ナルトとサクラは、同時に駆け出した。

そして。

サスケの待つ像とは反対の場所。

千手柱間の石像の上に、ナルトが正面、サクラがその一歩後ろへ立つ。

と――

突風が吹き荒れる中、サスケがナルトを見据えて、静かに告げた。

 

「これで終いだ……ナルト……」

「ああ……行くぞ。サスケ……」

 

サスケが印を結ぶ。

丑 卯 申

バチチチチチチチチチ――ッ!

千の鳥が鳴り響く。

と――

同時に、

ナルトが十字に印を結び、

 

「影分身の術!!」

 

ボン! ボン!

二体の分身ナルトが両側に出現する。

そして、分身ナルトが本体の両手に、九喇嘛のチャクラを集約させていく。

乱回転する旋風音。

ナルトの両手には、渦巻くチャクラの球が、輝かんばかりのオレンジの光を放っていた。

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

ナルト、サスケ、サクラ。

全員が口を閉ざす。

 

「………………」

 

暫く沈黙が流れたあと、

サスケがゆっくりと口を開いた。

 

「知ってるか? ここは“終末の谷”と呼ばれる木ノ葉の国境だ……クク…オレ達の最後の闘いには、ちょうどいい舞台じゃねーか。なぁ、テメーもそう思うだろ? ナルト」

「わりーが、サスケ。テメーが終わらそうとしているもんを、守るためにオレは闘ってんだ!

……絶対に負けねェ!」

「…………」

「…………」

 

次の瞬間。

サスケとナルトが同時に、

――飛んだ。

 

「ナルトォォオ!!」

「サスケェェエ!!」

 

二つの石像の中心。

止まることを知らない滝が流れる上空で……

二人の忍が激突する。

 

サスケが闇に染まった奥義を――

 

ナルトが輝き光を放つ球体を――

 

――瞬間。

――衝突。

 

「千鳥!!」「螺旋丸!!」

 

「「ウオォオオオォオオオ!!!!」」

 

二つの衝撃波が、周囲の地形を埋め尽くし、覆い尽くす。

滝が裂け、石像の一部を壊し、砕く。

互いに一歩も譲らない。

二人は一歩も退かなかった。

その均衡を崩したのは……

桜髪のくノ一が、一本の変わった形をしたクナイを――

 

「ナルトォォ!!」

 

サクラが術式クナイを投げた。

それはナルトが予め渡していたもので……

そのクナイが、ちょうどサスケの上空を通過しようとした――瞬間。

ナルトの姿がサスケの前から――消えた。

刹那。

一筋の光が閃き。

黄色い閃光が舞う。

 

「なっ!?」

 

驚きの声を上げるサスケの背中から、

飛雷神の術で、瞬間移動で現れたナルトが、

託された……もう一つの螺旋丸を叩き込んだ。

 

「こいつはサクラちゃんの分だァ!!」

 

バサバサと羽ばたく両翼に、乱回転するチャクラの球が捩じ込まれ……

 

「ぐああああああぁぁ」

 

サスケは強烈な回転を描きながら、

滝の降り注ぐ水中へと、沈んでいった……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

任務達成

黒い鳥。

無数のカラス達が間延びした鳴き声を上げ、あちらこちらへ飛び交う。

そんな大自然の森林を……

一人の忍が駆けていた。

 

「……間に合ってくれ」

 

カカシは駆ける。

サクラのもとへ。

サスケのもとへ。

今回のサスケ奪還には、中忍の中でも優秀な忍、イルカが力を貸してくれていた。

とはいえ、相手はあの大蛇丸の部下達。

何が起きてもおかしくはない。

楽観視できる相手ではない。

だからこそカカシは、自身の任務を急いで終わらせ、イルカ達のもとへと向かっていた。

そして……

そろそろ木の葉の国境に差し掛かるのでは?

という所で、

ゾワッ!

とてつもないチャクラを感知した。

 

「このチャクラは!?」

 

一つは……恐らくサスケのものだろう。

呪印を使用し、力に溺れたのか、そのチャクラは禍々しいものであった。

 

もう一つは……

こちらも普通のチャクラとは、明らかに別格なものであった。

決して、サクラのものでも、イルカのものでもない。

この膨大なチャクラは……

 

「どういうことだ……これは九尾? ナルトか?」

 

訳がわからなかった。

なぜ霧にいるはずのナルトが、サスケと闘っているのか?

カカシは木を蹴り、思考を巡らす。

それから……

はっとした顔になり、一つの可能性に辿り着いた。

 

「そうか……自来也様か……」

 

火影椅子に座っているダンゾウは、なぜかサスケを助けることに否定的であった。

他里に援助を要請するなどありえない。

となると、今の木ノ葉の里で霧に頼み事を頼める忍など……自来也をおいて他にいない。

 

「なるほどね……」

 

カカシは独りごちる。

元々、カカシは一人で解決するつもりでいた。

援軍を呼ぶという選択肢は、頭の中になかった。

自分がなんとかしなければ……と……

 

「…………」

 

しかし、状況が緊迫していることに変わりはない。

鼻で臭いを嗅ぎ、距離を計る。

 

「近いな。サスケ…早まってくれるなよ……」

 

最後の木を蹴り、一気に跳躍した。

 

 

――終末の谷。

木ノ葉の国境。

そこに辿り着いたカカシが、最初に目にした光景は……

 

「……えーと……どうなってんのかな?」

 

倒れたサスケを囲むように、イルカ、サクラ、シカマル、チョウジ、シノ、キバ、ネジ、ナルト、再不斬、ハク、長十郎。

十一人の忍が、ぐるっと円を囲んでいる姿であった。

事態を飲み込めず呆然となるカカシに、イルカが憔悴し切った顔で近づいてきて、

 

「カカシさん……!」

「えーと、もしかして……もう解決しちゃった感じですか?」

「はい。サスケもこのとおり……」

 

イルカが体を反らし、道を開ける。

カカシはうつ伏せに倒れているサスケに近付き、脈を測って……

安堵の息を漏らした。

 

「…………」

 

生きている。

命に別状はない。

どうやら幻術で無理矢理眠らされているだけのようで……

確認を終えた後、カカシは側に立っているサクラに顔を向け、

 

「サクラ、これはお前が?」

「はい……サスケくんを止めるには……」

「そうか……」

 

少し目を腫らしているサクラの頭に、ぽんっ、と手を置き、

 

「よくやったな」

「は、はい……っ」

 

色んな感情がない交ぜになり、涙を流すサクラの頭を、もう一度だけくしゃりと撫でてから……

 

「あ〜」

 

カカシは霧の忍達を見る。

四人の忍を見回し……

一番背の高い忍に視線を止めて。

再不斬に訊いた。

 

「えーと、大体想像はつくけど……何でいるの? キミ達……」

「フン、暇潰しだ……」

「…………」

「…………」

 

うん。

カカシはナルトの方に顔を向け、

 

「もしかして……サスケを助けに来てくれたのか?」

 

すると、ナルトが少し困った表情で、

 

「ん〜、そうなんだけど、何でかサスケをぶっ飛ばすことになっちゃって……」

 

それだけのやり取りで、カカシは大体の顛末を把握した。

先ほどの衝突は、やはりナルトとサスケだったか……

小さなため息を漏らす。

波の国の任務以降、サスケはナルトやハクに感化され、力を身につけることに対し、かなり焦りを見せていた。

そのナルトが目の前に来たら……

サスケがどのような行動に移るのか、それは火を見るより明らかで……

だが、

 

「…………」

 

ナルトの身体をチェックする。

服に汚れこそ見られるが、怪我などはしていない。

つまり、呪印に身体を蝕まれ、暴走した状態のサスケを、ナルトが圧倒したということだ。

(さすが先生の息子だ……やはり天才か……)

続いて、倒れたままのサスケに視線をやる。

(んー。にしても、サスケの奴。こりゃあ里に連れ帰った後も、当分荒れるなぁ……)

 

などと心の中で呟いてから、視線をナルトに戻して、

 

「ま、何にしても助かった。礼を言っとくよ。ナルト」

「おう! これぐらい、どーってことねーってばよ!」

「あはは……サスケと闘った後だってのに、まだ元気なのね……」

 

ナルトに礼を言った後、その隣にいるハクと長十郎にも感謝を述べる。

 

「ハクくんと長十郎くんも…ね。今回は本当に助けられたよ」

 

それに、ハクと長十郎が、

 

「いえ、お気になさらず」

「困った時はお互い様です」

 

小気味良い返事で応えた。

何でこんな子達の上司が、あの鬼の再不斬なのか……と、疑問に思いながらも。

カカシは再度、再不斬に顔を向け……

 

ちらり――

 

視線だけを、森の方へ走らせた。

すると。

それに再不斬は、わかっていると目で頷く。

そして、すぐさま部下達に指示を出した。

 

「ハク、ナルト、長十郎。これで任務は達成した。オレ達も霧へ戻るぞ」

 

それに、ハクと長十郎が頷き、

 

「はい」

「了解です」

 

が、ナルトは不満げな表情で、

 

「え〜ぇ! せっかくここまで来たんだし、一楽ぐらい寄って行ってもいいじゃねーかよ」

 

と、抗議の声を上げるが……

だが、再不斬は首を横に振る。

 

「ダメだ。霧を出る前にも言っただろ。今、霧と木ノ葉は不安定な情勢になっていやがる。今回の任務にしたって、正式な任務じゃねェ。ある意味オレ達は、木ノ葉に不法侵入しているようなもんだ。てめーだって、わかってんだろ?」

「う……」

「ガキみてーにグチグチ我が儘言うんじゃねぇ。けーるぞ!」

「う……ラーメン……オレのラーメン……」

 

カカシが到着した時とは真逆に、元気をなくし、どんよりと沈むナルト。

そんな少年との別れを惜しんで……

サスケを囲んでいた下忍達が、今度はナルトを囲むように集まり……

 

はじめに、シカマル、チョウジ、キバ、赤丸、シノが、

 

「ま〜、また遊ぼうぜ…ナルト。里が離れたって、そんくらいの機会はあんだろ」

「大丈夫! ラーメンは代わりに僕が食べておいてあげるからさ」

「へっ、今回は引き分けにしておいてやるよ。次、もし一緒に任務することがありゃあ、このオレと赤丸が、てめーより目立ってやるから覚えときやがれ!」

「ワン、ワン!」

「キバ……その言い方はよくない。なぜなら、セリフの全てが負けフラグになっているからだ……」

 

続けて、サクラとネジが、

 

「ナルト……ありがとう。本当に助かったわ。いくらお礼を言っても、言い足りないくらい……」

「……木ノ葉に立ち寄ることがあれば、いつでも日向家を訪れるがいい。ヒナタ様もお前に会いたがっていたからな」

 

最後に、イルカがナルトの前に立ち、

 

「ナルト……正直、何を言えばいいのかわからんが…………ありがとうな。それから、霧の方でも元気にやれよ。ラーメンばかり食べるんじゃないぞ。それから……」

 

などなど……

沢山の言葉を聴いて……

ナルトは笑う。

そして、言った。

 

「こっちこそ、みんなと任務やれて……よかったってばよ……」

 

その言葉に、どんな意味が込められていたのか。

任務を無事に終えたことによる安堵か。

友達と久し振りに会えたことによるものか。

それとも、もし、自分が木ノ葉にいたら……などと、想像したのか。

カカシには……わからなかった……

と――

ワイワイと二、三分ほど過ごして……

いつまでもこうしてはいられないと。

再不斬達が、別れの言葉を告げる。

 

「じゃーな」

「皆さん、失礼します」

「失礼します」

「みんな、またなー!」

 

再不斬、ハク、長十郎、ナルトの順で、四人の背中が遠退いて行った。

そして……

それを、木ノ葉の面々が最後まで見送った後。

名残惜しさを振り払い、カカシは振り向き、

 

「じゃ、オレ達も帰りますか」

「「「了解」」」

 

余韻に浸っていた下忍達が、迅速に動き出す。

サスケを無事に奪還できたのだ。

あとは里に帰るだけ……

の、はずなのだが……

 

 

「…………」

 

カカシは神妙な顔つきで、サスケを背負ったイルカの横にそっと忍び寄り……

他の者に聞かれぬよう、耳打ちで言った。

 

「イルカ先生……すみませんが、先に行っててもらえますか……」

 

それに、イルカが首を傾げて、

 

「え? どうしてです?」

 

カカシは視線を森の方へ向ける。

 

「どうやら、私にお客さんがいるらしくて……」

「……わかりました」

 

イルカは頷き、下忍達を連れ、木の葉の里へとカカシより先に帰って行った。

と――

みんなの後ろ姿が見えなくなったところで……

カカシは少し警戒した声音で、

 

「いつまでもコソコソ隠れてないで……いい加減出てきたらどうだ?」

 

すると……

茂みの奥から、一人の男が姿を現す。

 

「…………」

 

森を駆けていた途中、カカシは自分が尾行されていたことに気づいていた。

だが、一刻を争う事態だった上に、相手の忍からも何故か敵意すら感じられなかったため、姿を確認する余裕もなかったが……

それでも、追跡者がかなりの手練れであるということは、容易に想像がついた。

なぜなら……

 

カカシが単独でサスケを奪還しようとした理由。

それは、何も人に助けを求めることを選択肢から外していた……

というだけの話ではない。

そもそも、助けを求める必要がなかったのだ。

助けを求める以前に、カカシは自分の力だけで、大抵の事態は始末できる……

それだけの能力を、有していたから……

忍犬と同じく、臭いだけでターゲットを追跡できる、優れた嗅覚。

人並み外れた体術。

どんな状況にも、即座に対応し、対策を構じられる頭脳。

如何なる術をもコピーし、使いこなしてしまう瞳術……写輪眼。

どれか一つなら、各スペシャリストの忍であれば、有していても不思議ではない。

だが、これら全てを一人で補える忍は、そうはいない。

だからこそ、カカシは――木ノ葉最強の上忍。

と、呼ばれているのだ。

 

そして、そのカカシについて来れる忍など、本来かなり限られているはずなのだが……

 

「なるほどね……」

 

相手の姿を見て、カカシは納得した。

半眼の、やる気のない目を、木陰から出てきた男に向ける。

 

「まさかお前とはね……テンゾウ……」

 

吸い込まれるような、大きな黒目をした、二十代前半の男。

木ノ葉で唯一の木遁の使い手。

恐らく木ノ葉暗部の中でも、ダンゾウを除けば……一、二位を争う手練れの忍者。

それが、テンゾウ。

カカシを尾行していた忍の正体であった。

そのテンゾウが口を開く。

 

「流石、カカシ先輩。バレてしまいましたか……」

「……何でお前がオレを追跡なんかしちゃってる訳……ダンゾウ絡みか?」

「さて、どうでしょう……」

「……目的は何だ?」

「うーん……困ったなぁ……えー、ここは一つ。何も見なかったことにはできませんかね?」

 

と、のらりくらりと躱すテンゾウ。

が、そんな話聞ける訳がなく……

カカシは問い詰めるのをやめずに、

 

「そりゃ無理ってもんでしょ。ほれ、言ってみろ」

 

テンゾウがハァと嘆息を吐き、観念した声音で言った。

 

「先輩を追っていれば、九尾に辿り着ける可能性がある……と、さる方から言われまして……」

 

その発言にカカシは、やはりか……

と、げんなりしながら、

 

「狙いはナルトか……」

「ええ、より正確に言えば、彼の中にいる九尾…ですがね……」

「ナルトは既に霧の忍だ。迂闊に手を出せばどうなるか……お前だってわかっているはずだけどね?」

「まぁ、先輩の気持ちはわかりますよ。なんたってナルトは……あの四代目が遺した……たった一人の息子ですからね……」

「………………」

 

押し黙るカカシ。

ナルトには、できれば幸せに過ごしてもらいたい。

カカシは密かにそう想っていた。

自分の恩師の息子なのだ。

当然である。

だが……

テンゾウが言った。

 

「ですが……もう既に、木の葉の里はそんな悠長なことを言っていられる情勢では……なくなってきているんですよ……」

 

それにカカシは、怪訝そうに問いかける。

 

「そりゃ、どういう……」

 

が、テンゾウはカカシの言葉を遮り……

 

「…………」

 

こちらをじっと見ていた一羽のカラスが、不吉に羽ばたいた……

 

「…………」

「…………」

 

静まり返る景色。

二人しかいない場所で。

二人の忍の石像が向き合い、絶えず止まることを知らない滝が流れ続ける中。

木ノ葉の木遁使いが、淡々と――告げた。

 

「恐らくですが……もうじき……木の葉と霧が

――戦争を始めることになります」

 

 
















後書き

読者の皆様、いつもありがとうございます。
これにてサスケ奪還編終了です。
取りあえず、キリのいいところまで物語が進みました。
そして……
一つお知らせが……
ここからの投稿はかなり不定期になります。
色々と忙しくなってきまして……(>o<")
なんとか少しずつでも投稿はしていきたいので、暇な時間にでも閲覧して頂ければ、幸いです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

うちは最強幻術 別天神

サスケ奪還を無事に終え、木の葉の里に帰還したカカシ達。

隊のメンバーは疲れ果て、みんな体はボロボロではあったがその顔はどこか満足気であった。

共に戦った仲間は全員無事であり、サスケの奪還にも成功したのだから。

だがしかし、そんな彼らを待っていた最初の第一声は……

 

「任務達成ご苦労であった。うちはサスケの身柄はこちらで預かろう。なに、手荒には扱わんさ……大事な木の葉の忍だからな」

 

ダンゾウだった。

状況を確認する。

いまカカシの周りにはダンゾウの指揮の元、無数の人の輪ができていた。

ダンゾウの手駒である根の暗部が数十人。

それだけなら少なくとも疑問には思わなかったのだが、事態はさらに深刻であった。

つい先日までダンゾウのことを毛嫌いしていたはずの中忍や上忍までもが、ちらほらとその輪の中に混じっていて……

そしてその騒ぎに油を注いでいたのは……

 

「カカシさん達が帰って来たぞ!」

「化け狐からサスケを取り戻してくれたんだ!」

「さすが白い牙の息子だ!」

 

木の葉の住民達であった。

煩わしい歓声が里中に響き渡る。

そんな光景に、異常な雰囲気に、サクラが怯えた様子で、

 

「な、なんなのよ……これ……」

 

そう呟いた。

続けて、シカマル、キバ、ネジの三人が、

 

「ったく、どうなってんだ?」

「おいおい、何でオレらが囲まれてんだ!」

「皆、狂気に我を忘れているな……」

 

あまりにも常軌を逸していた。

本当にここは木の葉の里なのか?

と、おもわず疑問を浮かべるほどに……

たった一週間で木の葉の里は変わり果てていた。

様変わりして……いや違う。

カカシはこれと似た光景に見覚えがあった。

十年以上も昔の話だ。

自分の父親、はたけサクモが受け持ったある任務の話。

彼はその任務で“任務の遂行”か“仲間の命”この二つを天秤にかけられ、選択を迫られることになる。

そして……

サクモは悩まず、仲間の命を選んだ。

ルールより、仲間の方が大切だと。

その結果、仲間の命は救われた……が、当然任務は失敗。

火の国は著しい損害を被ることになる。

そして、そんな選択を選んだサクモに待っていたのは……里全体からの誹謗・中傷の嵐であった。

『なぜ最後まで任務を遂行しなかった!』

『忍ならルールを守れ!』

『お前のせいで里は被害を被ったんだ!』

嵐が止むことはなかった。

挙句の果てには自分が助けた仲間にも裏切られ……

恩を仇で返されたサクモは心身を病み、最後は自らの手で自殺した。

と――

カカシは困惑気味に周囲を見渡す。

今回、誹謗・中傷の対象になっている人物はカカシでもなければ、イルカでもない。

憎悪を向けられていた者は……

 

「あの化け狐め!」

「三代目もアイツに殺されたんだ!」

「何も知らぬ里の子供まで誘拐しようとは……なんとバチ当たりな奴じゃ」

 

醜悪な悪意を向けられていたのは……ナルトだった。

辺り見回してみると、あちらこちらに金髪の少年、ナルトの顔が描かれた手配書までもが貼られていて……

カカシは身近に貼られていた一枚の手配書を破り捨てるように手に取り、

 

「これは……一体どういうことでしょう?」

 

目の前に立つ、包帯だらけの男。

ダンゾウに詰め寄り、問い詰める。

すると、

 

「どうもこうもない。見ての通りだ」

 

抑揚のない声音で、ダンゾウが応えた。

それにカカシは怒りを隠さず、

 

「見ての通り? なぜナルトの手配書が出回っているのでしょう。彼は今回……」

 

が、反論はそこで遮られた。

ダンゾウが厳かな態度で言い放つ。

 

「そうだ。奴は大蛇丸と結託し、あろうことか自分の利益のために、木の葉の忍…うちはサスケを誘拐しようと企てていた」

「なっ!? 何をおっしゃって……」

「カカシ、何を寝ぼけておるのだ。音と霧の企みを阻止するため、ワシがお前にサスケ奪還を命じたであろう」

 

などと訳のわからないことを言い始めて。

それにカカシは憤りを押し殺しながら、

 

「ダンゾウ様、あなたは……」

 

と、言いかけたところで……

 

「!?」

 

口を閉じた。

閉じざるを得なかった。

何故なら、顔に巻かれた包帯の隙間から朱い瞳が見えたから。

ダンゾウの写輪眼。

だが、自分の写輪眼とは違う形をしていた。

勾玉模様ではなく、手裏剣の形に似た……

次の瞬間。

 

「別天神」

 

ダンゾウが小さく呟いた。

(あれは万華鏡写輪眼!? 何をするつもりだダンゾウの奴!?)

カカシは咄嗟に身構え、額当てに手をあてる。

何が起きても対応できるように。

だが……

(どういうことだ)

何も起きなかった。

ダンゾウは一切の攻撃をしてこなかった。

ほんの一瞬、写輪眼を見せただけ。

(掛けられた気配はなかったが、まさか幻術か?)

と、警戒したのだが、その様子もないようで……

念のため近くにいたイルカやサクラにも目を向けてみるが、

 

「みんな慌てるな。一度落ち着け」

「何これ……何でナルトの手配書なんかが出回ってるのよ!」

 

ダンゾウが写輪眼を出したことにすら気づいていなかった。

パニックを起こしてはいるが、どう見ても幻術をかけられた心配はない。

カカシはほっと一息入れた後、ダンゾウに視線を戻し、

 

「ダンゾウ様、任務はこれにて完了しました。サスケのことをよろしくお願いします」

 

サスケの身柄をダンゾウに明け渡した。

根の暗部が速やかに行動に移り、サスケを受け取る。

だがそこで、

 

「カカシさん!?」

 

イルカが詰め寄ってきた。

 

「何をしてるのですか!?」

「ん〜? 何のことでしょうか?」

「『何のことでしょうか?』ではありません! どうしてサスケをダンゾウなんかに渡し…て……」

 

イルカの言葉がそこで止まる。

何故なら……

 

「イルカ先生。ダンゾウ様は既に五代目火影への就任が決まっておられるお方です。あなたが五代目にどのような感情を抱こうとそれは個人の勝手ですが、少なくともこのような場で公私混同を弁えない発言は……控えておいた方がご自身のためかと」

 

カカシが殺気を飛ばしていたからだ。

思わず後退りするイルカ。

しかし次は彼に代わって、サクラが前に出てくる。

 

「カカシ先生、どうしてサスケくんを!?」

「どうしても何も、サスケの写輪眼は貴重だからだ。九尾を捕らえるにしても、最悪殺すにしても、写輪眼がなければお話にならないでしょ」

「……は? ちょ、え? カカシ先生……何を……言っているの?」

 

まるで意味がわからないといった表情で狼狽えるサクラ。

いや、サスケ奪還任務に参加したカカシ以外のメンバー全員が同じ顔をしていた。

それを見て、カカシはしまったと心の中で呟く。

九尾の件はまだ子ども達には話していなかった。

意味がわからないのは当然である。

だが、それは子ども達だけのはず。

だというのに、事情を理解しているはずのイルカまでもが呆けた顔をしていて、次第にその表情は怒りで燃え上がり、

 

「カカシさん! あなた自分が何をおっしゃっているのか、本当にわかって言っているんですか!!」

「あのね、そんな怒鳴らなくてもいいでしょ。オレだってナルトのことはあなたと同じぐらい気にかけています。ですが現在の木の葉の状況を考えれば、これ以外に打つ手がないのもまた事実」

 

うずまきナルト。

恩師である四代目とクシナの忘れ形見であり、九尾をその身に宿した少年。

カカシとて、ナルトには幸せな人生を歩んでもらいたかった。

だが、そんなのは夢物語だ。

ナルトが里を抜けたことにより木の葉は尾獣という最大戦力を失い、各隠れ里の尾獣バランスは完全に崩壊していた。

そして先日起こった木の葉崩しにより、里は壊滅的なダメージを受けていた。

里の忍は減り、街並みは瓦礫の山と化し、中忍試験を見学しに来ていた大名や著名人からも死人が出ていた。

さらに付け加えると、肝心のナルトが霧の忍でありながら、四代目の羽織を身に纏い、黄色い閃光の技を披露するという本人にその気があったかは別にして、明らかな木の葉への挑発行為まで堂々と行われ……

つまるところ、五大国最強とうたわれていた木の葉の里の信用は今や完全に地に堕ちていたのだ。

依頼の数が激減するほどに。

資金の調達ができないほどに。

このままでは里は復興どころか、衰退の道を辿る一方。

失った信用を取り戻すには戦果しかない。

"いかなる犠牲を払おうとも九尾を奪還する"

それ以外に木の葉の未来はなかった。

赤子でもわかる理論だ。

だというのに、目の前のイルカは敵意を剥き出しにして、

 

「見損ないましたよ、カカシさん!」

 

あろうことか、カカシに殴りかかってきた。

カカシはそれを半眼で、冷めたやる気のない目で見ていた。

構える必要すらない。

上忍のカカシとイルカとでは天地の差がある。

その気になれば瞬殺できるほどに。

だから、そのイルカの振り上げた拳がカカシに届くことはなかった。

 

「ふぅー、ギリギリ間に合ったぜ。影真似の術、成功」

 

カカシではなく、イルカの後ろにいたシカマルが動きを止めたから……

 

「シカマル放してくれ! オレは!」

「悪いがそれはできない相談だ。一旦落ち着いて下さいイルカ先生。ここで暴れたらオレたちは全員牢屋行きだ」

「ぐっ……」

「そうなった場合、一体誰が得をするのか……わざわざ言わなくてもわかりますよね。ここは耐えるべきです」

 

シカマルの言葉を聞き、イルカが拳を引く。

ネジやキバ達も言いたい文句を我慢している様子だった。

(やれやれ、これじゃあまるで悪役だな……)

と心の中でぼやいたところで……

包帯を締め直したダンゾウが、真剣な表情でカカシに話しかけてきた。

 

「カカシよ、お主にはこれからやってもらいたいことがある」

「はい。何でしょうか?」

「頼み事は二つだ。まず一つ、ワシが近々九尾奪還に向かう際、お前には木の葉の里の守りを頼みたい……ワシの右腕としてな」

「里の防衛……ですか。自分はてっきり九尾捕縛にあたるのかと予想していたのですが……」

 

右腕にというのは方便だろう。

お世辞にもダンゾウは人望ある忍とはいえない。

むしろ批判の多い人物だ。

だからこそ、コピー忍者と慕われるカカシを味方につけ、少しでも自分が動き易くする……

ダンゾウの策略は恐らくそんなところか。

カカシは静かに思考を巡らした。

そしてこの推察はほぼ正解といってよかった。

だが、次に彼から放たれた言葉はそのカカシすら予測できないものであった。

 

「そしてもう一つは、万が一の事態に備えた写輪眼の能力向上」

「な!?」

「ここまで言えばあとはわかるな。カカシよ、しばらくの間お前には里の守護以外の全ての任を解く。速やかに行動に移れ。これは五代目火影からの勅命であると心得よ」

「…………」

 

ダンゾウの言った写輪眼の能力向上。

すなわち万華鏡写輪眼。

たしかにカカシは万華鏡写輪眼を持っていた。

しかし、そのことを誰かに話したことは一度もない。

見せたこともないはず。

誰にもだ、上司にも、部下にもだ。

何故ならそれは自分の奥の手であり、切り札なのだから……

だというのにダンゾウにはバレていた。

(いつだ? いつ見られた!?)

やはり根の総本山は伊達ではないらしい。

カカシはなんとか動揺を隠しつつ、

 

「勅命、謹んでお受け致します」

 

その場を去っていった。

 

 

 

 













あけまして おめでとうございます。
お久し振りです。
最新話を投稿させて頂きました。
色々と忙しく、どれぐらいのペースで投稿できるかわかりませんが、完結まで投稿できたらいいなと思っています。

今年が皆様にとって、幸の多い年でありますように


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五代目火影 志村ダンゾウ

現在、木の葉の里は昼夜問わず、お祭り騒ぎで盛り上がっていた。

志村ダンゾウは、そんな喧々囂々とした里の様子を心静かに火影室の窓から見下ろしていた。

サスケ奪還任務から、約十日。

貯蓄してきた兵表を集め、武器を量産し、自身の賛同者を増やしてきた。

ようやく時が満ちたのだ。

 

「おい、お前たちは戦争に参加するのか?」

「当たり前だろ。あの化け狐を殺す絶好の機会が巡って来たんだ」

「ああ、里の中にはあいつが四代目様の息子なんてバカげたことを宣う奴もいるが……」

「まったく同じ木の葉の忍として情けない……いや、それだけ狐は人を騙すのが得意って訳か」

「私は九尾事件の時、里の外にいたので実感が湧きませんが、そのかわり霧隠れに恨みがあるので……」

「たしかに、血霧の里に恨みを持った連中はこの里にも多いだろうな」

「何言ってんだ! 恨みなら四代目を殺した化け狐の方がデカいに決まってんだろ!!」

「僕は戦争反対派だったのですが、あのカカシさんが参加すると聞いたので……」

「あ、自分も同じです。正直ダンゾウ様のことはあまり好きではありませんが、カカシさんには暗部時代からのご恩がありますので」

「オレはずっと前から奴を殺すべきだと言っていたんだ! 三代目様は素晴らしいお方だったが甘過ぎたんだ!」

「おいおい、三代目様を悪く言うな。恨むべきなのは優しい三代目様の心につけ込みやがった、あの化け物だろ」

「その通りだ! 戦場で見つけ次第あの化け物を殺るぞ!!」

「「「オォォォォォオ!!」」」

 

木の葉の忍達が各々、ナルトへの不平不満を爆発させていた。

万事、ダンゾウの思惑通りであった。

いや、ナルトが産まれた時から仕込んでおいた情報操作が、このような形で役に立ったのは計算以上ともいえるであろう。

ヒルゼン亡き後、大名から火影就任を受ける……

そこまではスムーズに事を運ぶことができた……のだが、問題はその後であった。

いくら大名の許可を得たからといっても、里の者共に反対されては火影にはなれない。

が、ダンゾウの評価はどう贔屓目に見ても、最悪と言わざるを得ないものであった。

何も知らない一般人だけなら口八丁で納得させることも可能だったが、いかんせん忍達からの評判も劣悪だったのだ。

それも仕方あるまい。

忍の本分は自己犠牲。

今まで他国の忍だけでなく、必要とあれば自国の忍すら容赦なく切り捨ててきた。

それがダンゾウの政略であり、策略であり、計略であった。

当然憎まれることもあれば、逆恨みされることも少なくはなかった……が、そんな役立たずは消してしまえば問題なかったのだ。

今までは。

だが……今回はそういう訳にもいくまい。

このままでは自分が火影になれない。

ならば、己以上に憎い対象、罵詈雑言をぶつける宿敵をこちらで用意してやればいい。

都合のいいことに、格好の的はすぐに見つかった。

九尾の人柱力、うずまきナルトだ。

砂と音が引いた終戦後、ダンゾウはすぐに根の暗部に指示を出し、うわさを広めさせた。

その結果が今の木の葉である。

 

「ですが、これは少々効果があり過ぎたのでは?」

 

苦言を呈したのは、室内に書類を届けに来たダンゾウの部下、木の葉唯一の木遁使い・テンゾウだった。

 

「問題などあるまい。準備が整い次第、霧へ侵攻を開始するのだ。気運が高まるに越したことはない」

「それはそうですが、中には九尾の人柱力を問答無用で殺そうとしている輩も多いですし……最悪殺すしかないにしても、ダンゾウ様の優先順位としてはあくまでも捕獲ですよね?」

 

確かにその通りだ。

テンゾウの考えは間違いではない。

ナルトを殺してしまえば、ダンゾウが九尾の人柱力になるのに、最低数年は待つ必要がでてくる。

だが……

 

「それも問題あるまい。今や九尾をはじめ、四代目の残した幾多の遺産忍術を使いこなす九尾の人柱力を捕らえるのは、忌々しいことだが非常に困難と言わざるを得まい。そんなこともわからん腑抜け共が束になったとて、結果は見えている」

「確かに。おっしゃる通りですね」

「忍の本分は自己犠牲。戦争には数が必要不可欠なのだ。奴らも木の葉の礎となれるのなら本望であろう……」

 

そうダンゾウが結論を出したところで……

 

「失礼します」

 

次の訪問者が現れた。

特殊な仮面を着け、音もなく火影室に出現した白銀髪の男。

 

「カカシか」

「五代目様。就任式の用意が整いました」

「わかった」

「…………」

 

最低限の会話のみを残し、カカシは再び姿を消した。

去り際の姿は目で追えたが……

(カカシの奴、どうやって此処に現れた?)

ダンゾウは一瞬背筋が凍るのを感じたが、カカシの気配が遠ざかったのを確認し、心の動揺を抑えた。

そのやり取りを見ていたテンゾウが、

 

「カカシ先輩、随分と雰囲気が変わりましたね……正直、怖いぐらいです」

 

と言った。

そしてそれはダンゾウも同意見であった。

ただし、変わったなどと生易しい意見ではない。

はたけカカシには闇の素質がある……

あのイタチと張り合えるほどに……

それが、ダンゾウが密かに感じていたカカシの深淵であった。

だが今回、ダンゾウが少々強引な手段を使ってまでカカシを味方に引き入れた理由は、あくまでもその人気を利用するため。

写輪眼のカカシ。

その名は同業の忍だけでなく、住民も含めた火の国全土に轟いていた。

いま木の葉の里で人気投票を行えば、まず間違いなくカカシが一番票を集めるであろう。

そんなカカシを味方に引き入れることにより、最初はダンゾウに手を貸すことを拒んでいた連中ですら、霧隠れへの侵攻に協力的な姿勢を見せるようになっていた。

しかし、未だにダンゾウを認めぬ者も多い。

特に日向一族をはじめ、名家の一部の忍、四代目と親交の深かった者はナルトの正体に気づき、ダンゾウ一派と真っ向から対立の姿勢を取りにきている。

だが、そんな抵抗にもやは意味などない。

既に木の葉の覇権争いは終わっているのだ。

ダンゾウは机の上に置いてあった火影笠を手に取り、

 

「無駄話はここまでだ。これより先、ワシが歩む道こそ影となる」

 

テンゾウを後ろに付き従える形で部屋を出た。

火影室を退出し、その足で上を目指す。

長い廊下を一歩一歩踏みしめ、屋上へと向かう。

何十人もの暗部から言祝ぎを受け、辿り着いた場所は火影邸の頂点――五代目火影・志村ダンゾウの就任式会場。

本日はダンゾウが五代目火影へ就任する祝いの日、火影就任式であった。

 

「五代目様ぁ!!」

「おめでとうございまーす!!」

「顔を見せて下さーい!」

 

壇上から見下ろす景色には、既に何千という人々が集まっていた。

皆、木の葉の住民であり、家族である。

ダンゾウは一歩前に進み、人々の様相をうかがう。

眼下からは里中に聞こえるほどの大歓声が、鳴り止むことなく響き渡っていた。

 

「ダンゾウ様、おめでとうございます!!」

「おめでとうございます!!」

 

バン! バン!

空に空気砲が放たれた。

会場が一気に静まり返る。

ほどなく開幕の合図が鳴り、その直後。

ダンゾウにすら感知されない移動術で、音もなくカカシが現れた。

そのカカシがダンゾウの右隣りに立ち、

 

「長らくお待たせしました。これより五代目火影の就任式を開始する」

 

一言述べた後、素早い身のこなしで後ろへ下がった。

それを見届けた後、ダンゾウが壇上に立ち、

 

「ワシが五代目火影、志村ダンゾウだ」

 

演説が始まった。

ダンゾウが前に出た時、足下に広がる表情は十人十色であったが、その中でも一番多かった顔は……

 

「ダンゾウ様ってどんな人?」

「聞いたことのない名だ」

 

であった。

闇の忍、それがダンゾウの代名詞。

今まで火影とは真逆の立場から木の葉を支えてきたダンゾウのことを、一般人はもちろん、忍ですら知らない者も少なくはなかった。

それ故に不安が広がっている。

知らない人物が火影になるのだ、動揺して然るべき。

だが、これを利用しない手はない。

やがて静寂が訪れ、全員の視線が集中する。

 

「皆の者、本来であれば自己紹介が先であろうが、それよりもまず先にワシはこの場を借りて里の皆に言わねばならぬことがある。それは先日起こった砂と音による木の葉襲撃の真相について……そして先代であるワシの友、ヒルゼンを殺めた真の下手人についてだ」

 

真の下手人って何のことだ?

あれは砂と音の仕業じゃないのか?

疑問の声が次々と上がる。

 

「周囲を見渡せば今も里は瓦礫の山と化しており、木の葉が受けた屈辱は皆の双眸にも鮮明に映っていよう。あの災厄を引き起こした忌まわしき簒奪者共、その主謀者は確かに砂と音の里であった。だが、もう一人いたはずだ……ワシらの愛すべき木の葉を蹂躙した化け物が!」

 

そこまで言い切ってからダンゾウは一息吐き、会話にわざと間を空けた。

木の葉の住民達に、自分の口から言わせるため。

心象の掌握を容易にし易くするため。

すると……

 

「オレは見たぞ……九尾だ!!」

「わ、ワシも見たぞい」

「そ、そうだ……あの化け物だ!」

「アイツに店も家を潰された!」

「オレも、あいつが人を食うところを!!」

「大蛇やでっかい狸と一緒に、里を踏み荒らしていきやがった!!」

 

口々と九尾について増悪を述べる住民達。

ナルトが里にいた頃はその名を呼ぶことすら禁句にされていたため、含んでいたものが爆発したのだろう。

事実無根のうわさまで広がっていき……

暫くその様子を眺めた後、タイミングを見計らい、ダンゾウは高らかに拳を突き上げた。

 

「そうだ、九尾だ!! あの化け物は三代目に受けた恩を仇で返すどころか、裏切り、罵り、冒涜し、あまつさえその命さえも奪っていったのだ!! 三代目…ヒルゼンは慈悲深く、心優しき男であった。だがあの化け狐はそんなヒルゼンの優しさにつけ込み、嘲笑いながら喰い殺したのだ」

 

続けて叫ぶ。

 

「そしてその悪夢はまだ終わってなどいない。奴の腹は未だ満たされず、あの化け狐は――今一度この木の葉を蹂躙しようと企んでいる!!」

 

そうダンゾウが言った瞬間、

 

「いやぁぁぁぁぁあ!!」

「う、嘘だろ……」

「あの化け狐め! どこまで人をコケにすれば気が済むんだ!!」

「もう木の葉は……終わりじゃ……」

「やっぱりあの化け物は殺しておくべきだったんだ!」

 

金切り声が上がり、場が騒然となる。

この世の絶望に打ちひしがれ、膝を屈する木の葉の住民達。

だが、それを鎮めてこその火影。

それを奮い立たせてこその英雄。

 

「畏れるな! 木の葉に生きとし生ける者達よ!! 希望を捨ててはならぬ!! ワシは知っておる。四代目が命を懸けて守ったお前達の心には強い意志があることを。ワシは知っておる。三代目がお前達を愛していたことを。確かに、次に九尾が木の葉の里に現れし時、この里は終焉を迎えるであろう。だが、悲嘆に暮れることはない。何故なら木の葉の平穏はこのワシが創るからだ!」

 

先ほどまで悲観に心を蝕まれていた人々が、縋るような目でダンゾウを見上げる。

 

「心優しき四代目や三代目は平和を愛し、武力に頼ることを拒んでいた。だが、何故我らが我慢せねばならぬ。四代目に続き、三代目までもが手にかけられ、それでもなお耐えねばならぬのか? そうだ、そんな理不尽を認めてはならん! 平気な顔で人を喰い物にする化け物は命の尊さを知らんのだ! 人の心を知らんのだ! 人の痛みを知らんのだ! ならば我らが教えてやらねばなるまい。木の葉が受けた痛みを」

 

シーンと静まり返った里の中心で、ダンゾウの声だけが空気を振動する。

 

「今現在、あの化け物は水の国・霧隠れの里にて穴蔵を決め込んでいる。恐らくあの野蛮な里と結託し、良からぬことでも画策しておるのだろう。だがもう我らが後手に回る必要はない。数日後、ワシはワシ自らが軍を率い、霧隠れへ侵攻する。立ち塞がる敵を殲滅し、火影の名に懸けてあの化け物を討伐し、木の葉に平和を取り戻してみせよう」

 

すると、その言葉を聞いていた住民達が、

 

「おお……なんと勇ましいお方じゃ」

「あの化け狐に御自ら闘いを挑もうとは……まるで三代目様や四代目様のようなお人だ」

「五代目はオレたちのために……」

「いや、あの化け物は木の葉が一丸となって殺らねばならぬ相手だ」

「そうだ! 三代目と四代目の仇はオレたちで討つんだ!!」

 

数分前まで絶望に染まっていた瞳は、復讐の業火で燃え上がっていた。

 

「歴代の火影達は皆、平和を愛していた。故に、ワシのやろうとしていることに反対の意見を述べる者もいるであろう。ワシを火影と認めぬ者もいるやも知れぬ。だが、ワシはそれを甘んじて受け入れよう。三代目から託された木の葉を守れるのなら侵略者の汚名すら背負ってみせよう。四代目が遺した里を守れるのなら卑劣な手段すら講じよう。忍の世に変革をもたらせるのなら、このワシの命すら捧げよう。しかし影の名を受け継いだ以上、ただで死ぬつもりは毛頭ない。悪道と蔑まれようと、幾度となく木の葉を苦しめてきた九尾…あの化け物だけはどのような手段を用いてでも必ずあの世に送ってやる。それが五代目火影・志村ダンゾウの公約であり、覚悟だ!!」

 

ダンゾウの演説を聞き終えた木の葉の住民達は、一同に拍手を送り、歓喜の声を上げ、

 

「そうだ! みんなで里を守るんだ!」

「ダンゾウ様だけに九尾の相手はやらせません」

「初代様から託されし、木の葉の火の意志をあの化け物にみせてやる!」

「里が一丸となる時が来たんだ!」

「五代目様、どうか里を御守り下さい」

「五代目様こそ、木の葉の救世主だ」

 

皆が皆、新たな火影の門出を祝うのであった。

と――

数多の祝福に祝われながら、ダンゾウはそっと視線を後ろにずらす。

そこにはテンゾウをはじめとした元根の暗部に加え、先日から幻術・別天神に支配されているカカシの姿があった。

別天神――対象者に幻術に掛けられたと気づかせることなく操ることのできるうちは最強幻術。

うちはの力は並外れたものばかりだが、その中でも頭一つ抜けた、反則レベルの瞳術。

それが別天神。

しかし、当然リスクもある。

別天神のリスクは一度使ってしまえば、次に術を使用するのに年単位のインターバルが必要になること。

とはいえ、このリスクも初代火影・千手柱間の細胞を取り込むことにより、ある程度の短縮に成功していた。

だが、下手をすれば今度は柱間細胞が暴走し、ダンゾウ自身が死滅することになる。

結局のところ滅多に使えないことに変わりはなかった。

故に使いどころは慎重に期した。

最初はナルトに使う予定であったが、尾獣の文献を探っていた時に、九尾の力を完全に掌握した人柱力は"人の悪意を感知することができる"という情報を手に入れ、断念した。

水影であるメイも同じ理由で選択肢から消去。

ナルトが悪意を感知できるかは不明だが、万が一があっても駄目なのだ。

次に候補に上がったのは伝説の三忍・自来也だったのだが、これは当の本人が姿を見せず術の掛けようがなかった。

そして最後に残った候補がカカシだったのだが……

 

「……まさか、ここまで深い闇を潜ませていたとは……」

 

"いかなる犠牲を払おうとも九尾を奪還する"

カカシに掛けた暗示は至極簡単なもの。

いつ綻びが生じてもおかしくはない。

最悪、自分が火影就任にこぎ着けるまで利用できれば御の字……程度に割り切って考えていた。

だが……

だというのに、そのカカシはダンゾウの想像を大きく覆し、この十日間で恐るべき変貌を遂げていた。

チャクラは凍てつき、その朱い瞳はダンゾウの写輪眼を持ってしても底が見えなかった。

下手をすれば九尾を相手取るより、今のカカシを敵に回すほうがよほど恐ろしいかもしれない。

しかし……

(今は思わぬ戦力が手に入ったことを素直に喜ぶべきか……)

ダンゾウは一人静かに、火影まで登り詰めた自分に酔いしれていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナルト大橋

時は遡る。

水の国・霧隠れの里。

ナルト達はサスケをイルカ達に引き渡した後。

カカシを尾行していた忍を警戒し、森を駆け抜け、十分な距離を移動してから……

 

「そんじゃ帰るってばよ。飛雷神の術」

 

霧隠れへ帰還した。

本来なら数日かかる距離をナルト、ハク、長十郎、再不斬の四人は一秒もかけずに転移したのだ。

先ほどまで木の葉の森に立っていたはずが、気づけば目の前に水影邸が建っていて……

 

「こりゃ便利でいいな」

「さすがナルトくんのお父さんが遺した術ですね……とはいえ、この距離の時空間移動はナルトくんのチャクラあってこそでしょうが」

 

再不斬とハクが未だに慣れない移動方法に、感心の声をあげる。

それにナルトは余裕の笑みを浮かべ、

 

「まあ今回の任務、オレだけ殆どチャクラを使ってなかったからな」

 

自来也との修行で身につけた飛雷神の術。

あの時は修行の期間も短く、マーキングの術式も刻めるようになったばかりだったため持続時間も短かったのだが、今は一度術式を書き込めば自分で消さない限り、二度と消えないマーキングができるようになっていた。

今回、霧の人柱力であるナルトが木の葉遠征の任務に参加できた理由もこれである。

サスケ奪還の助勢。

本来なら通ることのないナルトのわがままだったのだが、いざとなればすぐに戻ってくることを条件に、五代目水影であるメイが最終的に折れたのだ。

 

「皆さん、ちょうど目の前ですし、早く水影様に会いに行きましょう」

 

少しでも早くメイに会いたいのか、珍しく長十郎が自発的な行動を取る。

そんな長十郎の後ろを追って、

 

「オレも行くってばよ」

 

ナルト達も建物の中へ入っていった。

途中、何人かの忍とすれ違いながら、足を進め、扉の前に辿り着いた。

水の国で頂点に立つ忍、水影の王座。

水影室。

霧隠れ第一班の班長、再不斬がその扉を叩き、

 

「邪魔するぜ、メイ」

 

部屋へ入室した。

中で書類整理をしていたメイが顔を上げ、

 

「お帰りなさい、皆さん。予想以上に早い帰りでしたね」

「帰りはナルトの飛雷神があったからな。ククク、暇潰しに受けた任務だったが、それなりに楽しめたぜ」

 

出会った頃とは違い、最近あまり見せなくなっていた残忍な笑みで再不斬が応えた。

ナルトは殆ど知らないが、再不斬の戦った君麻呂という忍が信じられないぐらい強かったらしい。

ちょっと羨ましい……オレも戦いたかったってばよ。

と思うあたり、ナルトも少なからず霧の影響を受けているのかも……

続けて、長十郎とハクがメイに報告をする。

 

「ただいま戻りました。水影様」

「五代目様、ただいま戻りました」

 

丁寧な挨拶をする二人。

最後にナルトが、

 

「メイの姉ちゃん。サスケのことは無事、木の葉の里に連れ戻すことができた。わがまま聞いてくれてありがとな」

「そうですか。なんとか間に合ったようですね、ナルト」

 

子ども達の報告に、メイは微笑みで返した。

が、その顔はすぐに真面目なものとなり、

 

「それで再不斬。肝心の木の葉の様子はどうでしたか?」

 

と尋ねてきた。

それに再不斬は、少し顔をしかめて、

 

「あくまでオレが肌で感じた程度の感想だが、かなり荒れてやがるな。うちはの小僧も里のトップは見捨てる腹だったらしいしな」

「見捨てる? 音の里に恩を売ろうとしていた…の間違いでは?」

「わかり切ったことをグチグチ言い直すんじゃねェ。大方、音にプレゼントするもよし。戻ってきてもそれはそれで……って、とこだろーな」

「……周囲の意見に耳を傾けず、自己の我欲を隠そうともしない。あまつさえ自国の忍すら利用するこのやり口。やはり現在木の葉を牛耳っている忍は……」

 

メイは一人、思考を巡らす。

最後の方は何を言っているのか聞こえなくなっていた。

が、突如こちらに顔を戻し、思い出したかのように両手をパンッと叩いて、

 

「忘れていました。第一班には次の任務が用意されています」

 

と言ってきた。

 

「おお〜!? どんな任務なんだ、メイの姉ちゃん」

 

任務と聞いて期待に胸を膨らませるナルト。

だが、そこに再不斬が割り込んで、

 

「待てメイ。木の葉の対策はどうするつもりだ。奴ら恐らく……」

 

が、それを制したのもメイであった。

 

「再不斬、今はどこの里も下手な行動は取るべきではありません」

「……出方を窺うのか」

「ええ。それに、どうやら今の木の葉は耐えるということを知らないようです。功を焦り、耐えることを知らない者は必ず何処かで足下をすくわれます。我々が動くのはその時で構いません」

「チッ……相変わらず食えねぇ女だ」

「考えの読める司令官ほど、無能な存在はいないものですよ、再不斬」

 

メイが言った。

 

「では話を元に戻します。今から第一班には二つの任務を言い渡します。とは言え、実質やる事は一つなのですが……」

 

天井から何やら詳細な地図の描かれた巻物が、落ちると同時に開かれた。

予め用意されていたものらしい。

 

「まず一つ目の任務。それは霧と雪の国を繋ぐ、巨大な橋を作ること」

 

と、そこまでメイが話してから、今度は長十郎とハクが会話に出てきた同盟国の名に反応して、

 

「雪の国って……女優・富士風雪絵あらため、君主であらせられる風花小雪姫様が治められているあの雪の国…ですよ…ね?」

「ですが、雪の国とは既に互いの国を行き来できるよう、幾つもの船が設置されています。今更橋を作る必要性はあるのでしょうか?」

 

二人の質問にメイは頷き、

 

「確かにただ行き交うだけであれば、今のままでも事足ります。ですが、より交流を深めるためには橋の創設は必要不可欠。最終的には雪の国の技術を利用した汽車の走る道、線路の敷設を考えてはいますが、まずは今の私達でも作ることが可能な、国境を繋ぐ橋を架けよう…と昨晩話し合い、霧と雪、双方同意の元決まりました」

 

霧と雪の同意。

つまり、形式上任務と称されてはいるが、もはや国交で交わされ、決められた約束事らしい。

それをある程度理解したナルトは、

 

「雪の国ってことは、風雲姫の姉ちゃんとまた会えるんだな! ならこの任務、オレ達がやるしかねェってばよ!」

 

満面の笑みでそう言った。

メイもその言葉を肯定し、

 

「ナルトの言う通り、これは私と小雪姫で決めたことです。そして二つ目の任務はその橋を創設した後に、集落…とまでは言いませんが最低限人が滞在できる程度の関を作ることです」

 

ふむ、ふむ……なるほど、なるほど。

話が難しくて、よくわからなくなってきた。

ナルトは頭を悩ませ、結局わからず、隣にいたハクにこっそりと尋ねた。

 

「なあ、ハク。関って何だ?」

「この場合、五代目様のおっしゃっている関とは、ちいさな村をイメージするとわかり易いですよ」

「村ぁ!? 村を作るのか? 何で?」

「そうですね……理由は色々考えられますが、大きな利点はまず橋の管理ができること。そして休憩所としても利用できますから、雪の国とのが行き来が楽になり、最終的には霧と雪の両国を栄え、発展させることにも繋がります」

「なるほど〜 いいことずくめじゃねェか」

 

陽気にテンションを上げるナルト。

だが、ハクは逆に声音を少し落として、

 

「そしてもう一つ、忍が関を作る大きな理由があります」

「忍が関を作る理由? 何だその理由って?」

「……戦いに備えるためです。関があれば、連絡や物資の調達もスムーズに進みますし、最悪……時間稼ぎの防衛戦にも使えます」

 

と、そこまでハクが言い切ってから、

 

「そこまで読みますか……末恐ろしい子ですね、ハク」

 

メイがぽつりと口にした。

その言葉の真意を理解するには、今のナルトには少しばかり早かった……

 

 

場面は移り、ナルト、ハク、再不斬、長十郎の四人は人の手で交通整理された森林地帯の奥部まできていた。

ナルトは高い木の上から、白い霧がかかり、途中で溝のできた断崖の地形を見渡す。

そこには幾つもの船が往来する、大きな川が流れていた。

霧と雪の国境。

第一班の目的地である。

今からここに橋を作る訳だが……

 

「そういえば……どうやって作るんだ、橋」

 

水の国はどこにでも水源があり、海と繋がる川がそこかしこに流れる大国。

ナルトも霧に住むようになってから、釣りも上手くなったし、舟もある程度漕げるようになっていたが……

 

「流石に橋は無理だってばよ」

 

自分でわからないのなら、人に訊けばいい。

ナルトは助けを求めて、首を右に向けた。

だが……

 

「すみません、ナルトくん。僕も橋の建設技術は持ち合わせていません」

 

さしものハクもお手上げらしく、首を横に振る。

次にダメ元で顔を左に向けると……

 

「あれ? 長十郎がいねえ……っていうか、再不斬もいねーぞ」

 

先ほどまで一緒にいたはずの再不斬と長十郎の姿がいつの間にか消えていた。

しかし、その二人はすぐに見つかった。

 

「ハク、ナルト。何ボサっとしてやがる! さっさと手伝いやがれ」

「雄大な橋=斬った木の数。だから斬らなきゃ」

 

既に作業に取りかかっていた。

再不斬が木材を運び、長十郎はヒラメカレイまで解放していて……

随分と慣れた様子で、何も知らないナルトから見ても効率のいい動きだった。

だけど、だからこそ、そんな二人に向かってナルトは叫んだ。

 

「いやいやいや、説明プリーズ! 何すればいいのか教えてくれってばよ」

 

それでようやく再不斬が作業を中断し、こちらに戻ってきた。

それから幽霊を見るような目つきで、ナルトとハクを見て、

 

「まさかテメーら、橋の作り方を知らねーのか? ナルトだけならまだしも、ハクまで!?」

「おい、今すげぇ失礼なこと言わなかったか……」

 

がっくりと肩を落とすナルト。

すると、今度はナルトに代わって、ハクが再不斬に尋ねた。

 

「再不斬さんは橋を作られた経験があるのでしょうか?」

「当たり前ぇだ。霧に住む奴なら、子どもでも簡単な橋ぐらい建てられるぜ」

 

と言いながら、再不斬は木の枝で地面に何かの図面を描き始める。

一本一本線が引かれていき……

暫くすると、それが橋の骨組みだとナルトにも理解できて……

 

「お、おお。これならわかるってばよ」

「はい。僕にも理解できました」

 

ナルトとハクは新しい知識に目を輝かせる。

再不斬は川の方を指して、

 

「見てみろ。向こう岸は丁度ここの作業に取りかかってやがる」

 

ナルトは目を凝らして見る。

最初は濃い霧で気づかなかったが、よく見てみると既に対岸にある雪の国からは橋の土台となる木材の骨組みがこちらに架かるように建てられていた。

一秒ごとに作業が進み、その形が自分のよく知る橋にどんどん近づいていく。

その風景に感動を覚えたナルトは、

 

「スゲェ……橋ってこうやってできてたのか……」

 

目を離さずに呟いていた。

続けてハクが再不斬に質問をする。

 

「僕達四人で作るのではなかったのですね」

「まだ説明してなかったな。この橋は霧と雪が協同で作ることになっている。両岸から緩やかなカーブを描くように組み立て、板をのせ、最終的にはアーチ状の大橋が完成する」

「アーチ状ですか?」

「ああ。設計図自体は職人が描いた物だが、橋のデザインは小雪姫、あの姫さんの提案らしい」

 

小雪の話題が出たことに、意気消沈していたナルトが復活して、

 

「風雲姫の姉ちゃんが考えたのか!?」

「らしいな。アーチ状の橋は虹をイメージさせたものらしい。なかなか粋な計らいじゃねーか」

「お〜 さすがオレの見込んだ姉ちゃん。ナイスアイデアだってばよ」

 

ナルトは自分達が受けた初のAランク任務、雪の国での出来事を思い出していた。

だが今は任務中、いつまでも呆けてはいられない。

再不斬が指示を出す。

 

「これで大体のことは理解できたな。ナルト、テメーは木を切り倒し、その木材を運べ。影分身を使えばどっちもできるだろ。やり方は長十郎にでも訊け。ハク、お前はオレ達が運んだ木材を組み立てろ」

「よっしゃあ! やってやるってばよ」

「了解しました」

 

こうして第一班の任務は開始された。

ナルトは影分身を使った人海戦術で、自分のせいで遅れた作業を取り戻していく。

本体のナルトは修行も兼ねて、風遁のチャクラを纏わせたクナイで、

 

「おりゃぁぁあ!」

 

長十郎の太刀筋を見様見真似で練習する。

大木が豆腐のように切断される。

倒れた木材の運搬は分身達が請け負い、

 

「上げるぞ〜」

「待て、まだ後ろ誰も持ってねぇ。早く持てよオレ!」

「オレはお前だ。よーし運ぶぞ、せーの!」

 

再不斬や長十郎が斬った分も含めて、次々と運んでいく。

大木を斬り、運搬し、組み立てる。

夜は簡易テントを張り、朝早く起きては作業に取りかかる。

その作業は一週間ほど続いた。

最後の方は、霧と雪の漁師達もが手を貸してくれて……

ついに……

 

「できたっ! 橋の完成だぁ!!」

 

橋が完成した。

長かった……いや、ナルトはこれが初めての橋作りなので、実際に長いのかはわからないが……

でも、苦労して作った橋がようやく完成したのだ。

ハクと長十郎も誇らしげな顔で、

 

「凄いですね……頭の中では理解していましたが、実際に自分達の手で作り上げ、こうして完成したものを見ると……」

「久々にいい仕事ができました。水影様も喜んで下さるといいのですが……」

 

本当に満足そうな顔で、疲れた身体を横にしていた。

ずっと作業をしていたから服もボロボロだ。

しかし……

橋が完成した今、ナルトには早急にやらなければいけないことがあった。

疲れ切った二人を労わるように座らせてから、雪の国境を見据え、足を軽く曲げて、伸ばして……

 

「一番乗りはいただきィ!」

 

スタートを切った。

風を切り、橋の上を駆け抜ける。

が……

 

「何してやがるナルトォ!」

 

再不斬が追ってきた。

いや、自分でも子供っぽいなーと、ナルト自身思っていたが、雪の国と繋がった橋を一目見ると我慢できなかったのだ。

それぐらい心を動かされたのだ。

だから足を止めずに、

 

「いいじゃねぇーかこれぐらい。渡ったらすぐに戻るって」

 

しかし、そうは問屋が卸さない。

再不斬がナルトに追いつき、横に並走して、

 

「先陣は隊長の指定席! テメーは隊列通り、オレ様の後ろに続きやがれ!」

「そっちかよ!? ここは子供のオレに譲れってばよ!」

「忍に大人も子どもも関係ねェ。あるのは勝つか、負けるかだ」

 

霧隠れの鬼人・桃地再不斬。

半生近く歳の差がある少年に、ガチである。

だが、負けず嫌いなのはナルトも同じで。

 

「へっ、望むところだ。スピード勝負なら誰にも負けねえぞ!」

 

啖呵を切るや否や、ホルスターから術式クナイを取り出す。

すると、今度は再不斬の方から抗議の声が上がり、

 

「テメー、それは反則だろーが!」

「勝負の世界に反則もクソもあるか。オレの勝ちだ…って……げっ!?」

 

投擲モーションに入ろうとしたナルトだったが……それはできなかった。

何故なら……

ナルトや再不斬以外にも同じことを考えるバカがいたからだ。

雪の国の人々だ。

向こうからも人が走ってきて、勝負続行はできなくなり、結局誰が一番最初に橋を渡ったかはうやむやになってしまった。

けれど、それも笑い話にしてナルトは雪の国の人々と橋の上で手を取り合い、国と国が物理的にも繋がったこの喜びを分かち合っていた。

その時だった。

彼女がやってきたのは……

 

「相変わらず無駄に元気そうね、ナルト」

 

声のした方を振り向くと、そこには風雲姫の衣装を着た、小雪が立っていた。

 

「ああっー! 風雲姫の姉ちゃん!」

 

ナルトは笑みをこぼし、思わず抱きつきそうになった身体に急ブレーキをかけ、

 

「何でここに姉ちゃんがいるんだ?」

 

疑問に思ったことを口にした。

そんなナルトに小雪は笑みを返して、

 

「あら? ここは私の国よ。別にいてもおかしくないでしょ」

「いやそうだけどさ、そうじゃなくて〜」

「冗談よ、そろそろ完成しそうって連絡を受けたから様子を見に来たのよ。私が出した依頼だったしね」

「そっかあ! へへ、見てくれよ。橋は今完成したところだってばよ!」

 

と、疲れた様子などかけらも見せずにはしゃぎ回るナルト。

その後ろから、班長の再不斬が寄ってきて、

 

「久し振りだな姫さん。いや、久し振りってほどでもねェか」

「そうね、この間も木の葉で助けられたわ」

「あの時はさすがに肝を冷やしたぜ」

 

挨拶を交わす二人。

そして、そんな小雪の姿を見つけたハクと長十郎がすぐさまこちらにやって来て、

 

「小雪姫様、お元気そうで何よりです」

「姫様、この度はご依頼を賜りまして、誠にありがとうございます」

 

丁寧な口調で挨拶を述べた。

そして。

全員の再会を終えてから、小雪はナルト達の前で一枚の書状を取り出し、

 

「発表します!」

 

突如、そう言った。

突然の行動にナルトは首を傾げ、

 

「いきなり何を発表するんだ?」

「決まってるじゃない」

「ん?」

「この橋の名前よ。名前」

 

なまえ……名前……

言われてからハッとした。

橋を作るのに必死で、名前なんて考えもしていなかった。

だけど、みんなで頑張って作った橋だ。

いい名前をつけてもらわなければ……

 

「名前! で、姉ちゃん。この橋の名前は何て言うんだ? 早く教えてくれってばよ」

 

ナルトだけでなく、みんな気になっていたのだろう。

再不斬もハクも長十郎も、僅かに身を乗り出し、固唾を呑んで次の言葉に耳を傾ける。

その雰囲気を感じてか、小雪は焦らすように周囲を見回してから、最後にその瞳をナルトに止めて、

 

「ナルト大橋」

 

橋の名を口にした。

 

「この橋は雪と霧を繋ぐ虹の架け橋。涙も枯れ、心を閉ざし、逃げて逃げて自分にまでウソを吐き続けたかつての私をナルトが救ってくれたみたいに。今度は私達が雪の国と霧の里に笑顔を照らす……そう願いを込めて作られた希望の架け橋」

 

朗々とした決意と確信に満ちた声。

そこにいた小雪は、紛れもなくナルトが憧れた世界一のお姫様、風雲姫であった。

そして最後にいたずらっぽい笑みを浮かべて、

 

「これ以上ぴったりな名前はないでしょ」

 

小雪は着物を翻し、その場を去っていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夜明けからの訪問者

翌日の朝。

ナルトは爽快な気分で、テントから目を覚ました。

外に出ると、

 

「くぁぁあ〜。う〜ん、朝だってばよぉ」

 

ちょうど朝日が昇るタイミングだった。

本当は小雪に同行して、雪の国までついて行きたかったのだが、ほぼ徹夜続きの作業でハクと長十郎がへとへとになってしまい……

第一班の面々は再不斬の提案により、一日だけ休息を取ることにしたのだ。

そして、今日。

十分な英気を養えたナルト達は、

 

「いざ、しゅっぱーつ!」

 

次の目的地へと、歩き出した。

完成したばかりのナルト大橋を渡り、雪の国へと足を踏み入れる。

どうやら雪の国の人達は、街道を整えながら橋を作っていたらしく、ナルト達の歩く道はかなり歩き易く整備されていた。

そんな道の先頭を、元気よく歩くナルトに、小走りで追いついたハクが声をかけてきた。

 

「ナルトくんは本当に元気ですね。橋作りの時も影分身を使っていましたし、本来なら一番体力を消耗しているはずなのですが……」

「ん? ああ、オレってば体力だけは自信あるからな」

 

と、笑顔で応えるナルトに、後ろを歩いていた長十郎が、

 

「そういえば…ナルトさん。木を斬り倒している時にも修行をしていましたよね? 横で見ていましたが、その…かなり筋もよくなっていましたし……」

「え? そうか、やっぱり! 自分でもそう思ってたんだ〜。まあ、ハクや長十郎に比べれば、まだまだあれだけど……」

 

長十郎の言う通り、ナルトは橋作りの時にも修行を行いながら、作業に取りかかっていた。

風の性質変化はハクから学び、武器の扱い方は長十郎から教わって。

しかし、ナルトの技術はまだまだ発展途上であった。

組手でも、飛雷神を使用しない純粋な近接戦闘なら長十郎に劣るし、忍術の扱いはハクに負ける。

とはいえ、ナルトも隠し玉を見せていなかったりするのだが……

などなど。

雑談を交わしながら、十分ほど歩いただろうか。

整備された道の上でも生え放題だった雑草が突如消え、ナルト達は開拓途中の開けた場所に辿り着いた。

そこにあったものを見て、ナルトは思わず、

 

「おお〜 村だってばよ!」

 

感嘆の声をこぼした。

そこには作りかけの、小さな村ができていた。

ハクの言い方を真似るなら、関と呼ぶのが正しいのだろうが……

と、感動するナルトの隣では、ハクと長十郎が同じように驚きに満ちた目で、

 

「これは……凄いですね。ここまでとは」

「もう…殆ど完成しています……」

 

昨日までは橋の建設に携わり、今度は関の建設に携わる。

任務だからと当たり前に参加していたが、ナルト達は自分達が思った以上に、貴重な経験を積ませてもらっているのかも知れない。

そう思わせる何かが、目の前の景色にはあった。

と、感動に浸っていたナルト達の後ろから、

 

「よし、早速作業に取りかかるぞ。任務の説明は必要はねーな」

 

淡々とした口調で再不斬が言った。

ナルト達はそれに頷く。

ここでの作業は、それぞれが村人達に協力し、自分にできることを率先して行う……と、予め決めていた。

それを確認してから、最後に再不斬が一言、

 

「散!」

 

合図とともに、ナルト達は各自の持ち場へと行動を開始するのであった。

そして……

場面は移り、村人に案内され、ナルトが連れてこられた場所は……

 

「ここを掘るのか?」

 

そこには直径1メートル程の縦長の穴が空けられていた。

今も何人かの男衆が顔を泥塗れにさせて、地面に穴を掘り続けている。

つまり、今回ナルトに与えられた仕事は……

 

「ナルトさんには、井戸掘りを手伝ってもらいたいのです。お願いできますでしょうか?」

 

であった。

井戸掘り。

目の前に空いた穴を見て、頷く。

橋作りとは違い、これならナルトにもイメージしやすい。

要は、水が出るまで穴を掘ればいい訳だ。

何度か穴を掘る自分をイメージして……

ナルトは自分をここまで案内してくれた、村人の青年に向かって、

 

「任せとけって。このうずまきナルト様が来たからには、井戸の一つや二つ、ちょちょいっと掘ってやるってばよ」

 

と、余裕の表情で応えた。

それに目の前の青年は、

 

「おお、さすが霧の忍者です。僕達も自力で掘ってはいるのですが、どうしても時間がかかってしまい……」

 

そう言って、スコップを手渡してきた。

ナルトはそれを受け取り、

 

「よーし、やるってばよ!」

 

早速、作業に取りかかろうと……

前まで歩き、地面に作られた穴を覗き込んだ。

すると、ナルトがやって来たことに気づいた、一人の男がこちらに近づいて来て、

 

「お? 霧の忍者が手伝いに……って、まだ子どもじゃねーか! うん? その金髪、どっかで見たような……」

 

などと言ってきた。

ナルトはその言葉に少しむっとして、

 

「オレってば、確かに子どもだけど、忍者だ! 任務で井戸掘りの手伝いにやって来たの!」

「がははは、そんな拗ねるなよ坊主。人が生きていく上で、水源の確保は一番重要な仕事だからな。しっかり手伝ってもらうぜ」

「おう! よろしく頼むってばよ」

 

挨拶を終わらせたナルトは、もう一度穴を覗き込む。

そして、そこで掘削作業をしていた筋肉隆々の男に向かって、叫ぶように言った。

 

「おっちゃーん! 穴掘り代わるってばよ」

 

その声に、作業をしていた男が手を止めて、こちらを見上げる。

 

「話は聞いてたよ、手伝いに来てくれたんだな」

「ああ、おっちゃんもこんだけ掘ったんだから疲れただろ。後はオレに任せてくれ」

「そうか。そんじゃお言葉に甘えて、ちょっと休憩させてもらうとするか」

 

そう言って、男は地面から這い出てきた。

ナルトはその手を掴み、引っ張り上げる。

それから入れ代わる形で、自身の体を穴の中へと落としていった。

縦の長さは、ナルトの身長より少し深いぐらいだろうか。

足下の地面を少し蹴る。

滅茶苦茶硬かった。

が、こちらは鉄だし、問題ないだろう……とスコップを握り締め、

 

「さっくと終わらせてやる」

 

穴を掘っていく。

ざくざくと土を掘り返して……

いや、掘ろうとしたのだが……

 

「あれ?」

 

硬かった。

いや、硬いのは始めからわかっていたのだが、予想以上に硬かった。

スコップでも、数ミリ程度しか掘れないぐらいに……

 

「だったら……」

 

ナルトはチャクラを練り上げる。

そして、そのチャクラをスコップに流し込み、包み込むように纏わせた。

僅かだが風遁の性質も練り込むという、一流の忍でも難しいチャクラ操作を、難なくとこなして見せて……

 

「これなら、どうだ!」

 

ザクッ!

今度は掘れた。

小気味良い音とともに、さじ部が地面に入っていく。

それから、スコップが地面に突き刺さり、突き刺さり……

刺さってしまった。

 

「ぬ、抜けねェ〜」

 

力を入れて引っ張るが、ビクともしない。

今度は全身にチャクラを行き渡らせ、力を込めて、込めて、込めて……

あらん限りの力を振り絞り、スコップを引き抜いた。

作業を始めて、約一分。

ナルトの体は既に汗だくだった。

あれ?

穴を掘るのって、こんなに苦労したっけ?

こんな伝説の剣を引き抜くような作業だったっけ?

ナルトは引き抜いたスコップを見る。

無理に力を入れたせいか、さじ部が変な方向に曲げられていた。

どう見ても使い物にならない。

上を見上げると、村の男衆が心配そうにこちらを見ていた。

が、大見得切った手前、作業を代わってくれ……などとは口が裂けても言えないし……

 

「ど、どうしよう……」

 

ここまで作業を進めて(まったく進んでいないが)ようやくナルトは理解した。

井戸を掘るのは大変な仕事だと。

でも、重要な仕事だという事も理解していた。

だから……

地面に手を当てる。

やはり硬い、硬い……けど。

ナルトは顔を上に向け、

 

「おっちゃーん!」

「おう、どうした?」

「オレってば、穴を掘ればいいんだよな?」

「ああ、取り敢えず水が出てくるまでは、穴を掘るしかねえ」

 

つまりはそういう事だ。

穴を掘ればいい訳で、スコップなどに頼る必要はない。

自分は忍者だ。

忍なら、忍らしく事を進めればいい。

そうと決まれば、やる事は一つ。

ナルトは再度、顔を上に向け、叫んだ。

 

「おっちゃん達、オレってばちょっと試したいことがあるから、少しだけ下がっててくれ! 危ねーかも知んねーから」

「あ、ああ。無茶すんじゃねーぞ」

 

村の男衆が、ぞろぞろと後ろへ下がって行く。

それを確かめてから、ナルトは十字に印を結び、

 

「影分身の術!」

 

ボン!

煙とともに、分身が出現する……が、

 

「……狭いってばよ」

 

こんな窮屈な場所では、分身を一体出すだけで精一杯だった。

だけど、それで十分。

これで準備は整った。

と……

互いに頷き合ってから、二人のナルトが両手を重ね合わせ、チャクラの球体を作り上げていく。

チャクラの回転→威力→留めるを極めた四代目火影の遺した遺産忍術、螺旋丸がナルトの右手に掲げられた。

そして……

 

「今度こそ!」

 

その螺旋丸を、地面に叩き込んだ。

すると……

 

「思った通りだ!」

 

硬かった地面はみるみると削られ、土を撒き散らし、そこに小さな窪みを作った。

これならいける。

そう確信したナルトは、次々と螺旋丸を作り上げ、地面に叩きつけた。

削られた土は、村の男衆が協力して運んで行き……

滞っていた掘削作業が、ようやく流れ始めたのだ。

途中、ハクが運んできた昼食を取り、休憩を挟んだりしながらも……

ナルト達は結局その日の夕方まで、永遠と穴を掘り続けたのであった……

 

次の日の朝。

昨日と同じく、ナルトは井戸を掘り続けていた。

だが、螺旋丸のお陰で作業そのものは進んでいるものの、削れる範囲は依然と小さいため、作業スピードは思ったほど伸びてはいなかった。

それをもどかしく感じたナルトは……

 

「う〜〜ん」

 

腕を組み、頭を捻る。

人が生きる上で、水は必要不可欠。

一応、近くに川も流れているので、生死に関わる問題ではないだろうが、できることなら早く井戸を完成させて、みんなを安心させてやりたい。

だから、頭を捻り、思考を巡らし……

 

「あ、そうか」

 

一つの策を思いついた。

すぐさま作戦の協力者に呼びかける。

 

『九喇嘛、起きてるか?』

『……何だ?』

 

どうやら起きていたようだ。

ナルトは続けて、

 

『あのさ。いま井戸を掘ってんだけど、いつもよりでっかい螺旋丸を作りてーんだ。だからさ、九喇嘛も手伝ってくれってばよ』

『……螺旋丸を使って井戸を掘る…か。いいだろう、手を貸してやる』

 

了承の返事を受けてから、ナルトは一度、穴の外へと脱出し、

 

「よっしゃーっ! やるぞォ!」

「おう!」

 

予め出していた分身と共に、螺旋丸を作り上げていく。

九喇嘛がチャクラを放出してくれるおかげで、いつもより大きな螺旋丸が完成した。

 

その大きさは、いつもの何十倍もの大きさで……

 

「え?」

 

いやいやいや、何だこれ?

こちらを見ている村人達も、色々な意味で引いているが、

 

「でか過ぎだろ!?」

 

ナルトも同じぐらい焦っていた。

いつもより一回りだけ大きい螺旋丸をイメージしていたのに、こんなもの地面にぶつけたら……

 

『く、九喇嘛?』

『あ? 今度は何だ』

『いや、ちーとサービスし過ぎじゃねーか、これ?』

『てめーがでっかい螺旋丸を作りてーって言ったんだろーが』

『物には限度ってもんがあんだろ、このアホ狐! これじゃ井戸じゃなくて、池になっちまうじゃねーか!』

『誰がアホ狐だと! てめェーにだけは言われる筋合いねェーぞ! ……ケッ、外にいる連中も水が出りゃ文句ねーだろ』

『んなわけ……ん? 言われてみれば、それもそう…なのか?』

『……やはり、てめーの方がアホじゃねーか、ナルト』

 

一瞬、九喇嘛の言い分に流されかけたナルトだが、なんとかイメージ通りの大きさまで、チャクラの球体を圧縮させて……

その手に、

 

「名付けて、大玉螺旋丸!!」

 

を、完成させた。

そして。

 

「これで一気に掘り進めてやる」

 

言うや否や。

ナルトは井戸を掘っていた穴に飛び込み、片手を突き出し、叩き込んだ。

すると、次の瞬間。

轟音。

けたたましい音が響き渡り、凄まじい勢いで地面が削られていく。

瞬く間に何メートルと掘り進み、そしてついに……

 

「あ〜〜!? 水が出たぁ!?」

 

掘り続けてきた穴から、泥の混じった水が勢いよく湧き出してきた。

上の方からも、村人達の歓喜の声が聞こえてくる。

やっと井戸の完成が見えてきたのだ。

しかし、まだ作業は終わっていない。

何故なら、この水はまだ暮らしに使える代物ではなかったからだ。

むしろ大変なのはここからだった。

削った土を穴から取り出し、また掘っては、泥を取り出し……

その作業を、何度も何度も繰り返す。

井戸の周囲を、水が溢れないように補強して。

基礎を固め、ブロックを六角形に整えて。

いくつもの作業を積み重ねて。

そして、最後にポンプを設置し、レバーを動かすと……

透明な水が出てきた。

 

ナルトが作業を開始して、約五日後。

ついに……

 

「か、完成した…ってばよ……」

 

井戸が完成したのであった。

疲れた……

さすがに螺旋丸を連発し過ぎた。

だけど……

 

「完成したぞー!」

「オオー! すげー、水が出てる」

「きゃあ〜」

「これで炊事、洗濯が楽になるわ」

 

村人達が一斉に歓喜の声を上げる。

その様子を見て、ナルトはようやく実感が湧いて来た。

自分は任務をやり遂げたのだと。

と――

人々の笑顔とともに、達成感に包まれていたナルトの後ろから……

 

「あ、あの……」

 

声が聞こえた。

後ろを振り向く。

すると、そこにいたのは、まだ七、八歳ぐらいだろうか?

小さな女の子だった。

その子が、ナルトの方を見ていて……

それから少し遠慮がちに、

 

「わ、私、ナルトさんのファンなんです。サイン下さい」

 

色紙を突き出してきた。

それにナルトは、

 

「へ?」

 

一瞬、間抜けな顔をする。

そんなナルトの周りに、さらに五人の子ども達が駆け寄ってきて、

 

「オレもくれよ!」

「僕も欲しい」

「私も!」

「オレも映画見たぞ!」

「兄ちゃん! これにもサイン描いて!」

 

色紙やら、本やら、ハンカチやらを満面の笑みで突き出してきた。

よく子ども達の顔を見てみると、中には霧の里の子どもまで混じっていて……

ナルトはさっと周囲を確認する。

井戸を掘るのに夢中で気がつかなかったが、今この村には雪の国の人々だけでなく、霧の住民まで滞在していた。

つまり、それだけの人が、この村の建設に携わっていたのだ。

それもそうだ。

だって、そうでなければ、たった五日程度で……

正門が建ち、柵が作られ、井戸に水が貯まり、街道は整備され……

こんな事、できる訳がなかった。

ナルト達だけの働きで、村がこんなに立派になる訳がなかったのだ。

そんな当たり前の事実を、今更ながらに気づいて……

もう一度、子ども達に視線を戻す。

すると。

子ども達の手は、みんな泥だらけだった。

一度洗い流したようだが、確かにその手には土埃がついていた。

みんな、大人達の仕事を手伝っていたのだ。

だから、ナルトは……色紙を一枚手に取り、

 

「よーし、このうずまきナルト様が、みんなにサインを描いてやるってばよ!」

 

集まってきた子ども達、一人一人にサインを描いていった。

 

全員にサインを贈り終えた後。

子ども達が帰って行くのを見計らって、

 

「随分な人気だったじゃねぇーか、ナルト」

 

再不斬がやって来た。

後ろにはハクと長十郎の姿も見える。

だけど、ナルトは知っていた。

再不斬、ハク、長十郎の三人も、ナルトと同じように、子ども達にサインをしていたことを。

かつて霧隠れの鬼人と恐れられた、あの再不斬が、渋々ながらもサインを描いていた光景をナルトはこっそりと見ていた。

だから、それをからかってやろうと……

しかし、

 

『気ィつけろ、ナルト。何かヤバいのが来るぞ』

 

心の中で九喇嘛が警告した……

次の瞬間。

 

「随分と手間を取らせてくれましたね……ようやくチャクラを嗅ぎつけましたよ」

「…………」

 

その二人は現れた。

音も無く、気配も感じさせず、突如としてその二人は姿を現した。

血をイメージさせる赤い浮雲。

漆黒の衣を身に纏った、二人一組。

一人は身の丈ほどの大刀を背負った、鮫みたいな顔立ちの男。

もう一人は、黒髪に、傷の入った木の葉の額当てをした男。

見ただけでわかる。

一目見ただけでわかってしまった。

自分より、強い。

いや、片方だけなら、倒せそうな気もするが……

それでも、自分より強い。

どうする?

隣にいるハクと長十郎も、警戒をするだけで、自分から下手に動こうとはしない。

そもそも敵なのかどうかすら、ナルトにはわからない。

でも、もし敵なら……

一瞬の判断ミスが命取りになる。

目の前にいる二人は、そういうレベルの忍だ。

みんなを連れて、飛雷神で飛ぶべきか?

しかし、ナルトが動く前に……

 

「……こいつは驚いた。まさかこんな所で、テメェの面を拝めるとはなぁ……鬼鮫」

 

最大限の警戒をあらわにしながら、再不斬が言った。

完全に敵意剥き出しの口調で。

それに相手は、親しげに、かつ残忍な笑みを浮かべて、

 

「これはこれは。お久し振りですね、再不斬。ですが、そちらの方には面識のない方もいらっしゃるようですし、取り敢えず自己紹介から始めましょうか」

 

そう言いながら、こちらを見回し、名乗りを上げた。

 

「干柿鬼鮫。以後、お見知りおきを」

 

干柿…鬼鮫?

どこかで聞いたことあるような?

そんなナルトの疑問に答えるように、再不斬が言う。

 

「メイの帰還命令を無視したテメーが、今更のこのこ現れるとは、いい度胸じゃねーか。今ウチの里じゃ、テメーが四代目水影の失踪に手を貸した…などというウワサも流れてるぜ」

 

四代目水影の失踪に手を貸した?

こいつが?

でも、確か、失踪じゃなく、拉致されたって……

 

「………さて、何の事でしょう」

「フン、まあいい。ここだけの話、奴が消えてくれたお陰で、オレ達は助かったみてーなもんだからな」

「おやおや、相変わらず小賢しい性格をしていますねェ」

 

などと、雑談しながら、

 

「…………」

「…………」

 

徐々に殺気を放ち始める二人。

再不斬と鬼鮫が自身の刀に手をかける。

その雰囲気に煽られて、ナルト、ハク、長十郎も戦闘態勢に入ろうと……

しかし。

 

「待て、鬼鮫」

 

それは鬼鮫と共にいる、もう一人の男によって遮られた。

充満していた殺意が消え失せる。

鬼鮫が、その声の主に顔を向け、

 

「何でしょうか、イタチさん」

「オレ達は彼らと戦いに来たのではない。目的を違えるな」

「しかし、イタチさん。私も同郷だからこそ言えるのですが、霧は基本、敵との交渉には応じませんよ。もっとも力の差でも見せつけてやれば…話は別かも知れませんがねェ…」

「…………」

 

イタチは少しの間、考える素振りをみせた後、ナルトの顔を一瞥し、抑揚のない口調で言った。

 

「場所を移そう。あなた方も、ここでの争いは望んでいないはずだ」

 

確かにその通りだ。

今ここで戦闘を行えば、せっかく苦労して作り上げた村が破壊され、さらには住民達にも被害が及んでしまう。

この場で戦うことは、ナルト達の望むところではない。

しかし、ここまで会話を広げた以上、目の前の二人をみすみす見逃す訳にもいかない。

つまるところ……

 

「…………」

 

ナルト達は、イタチの提案を受けざるを得ないのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

霧vs暁 脅威の二人一組

雪の国境を少し越えた先にある、トロ場と呼ばれる穏やかな水が流れる渓流で。

今そこでは、ナルト、再不斬、ハク、長十郎、イタチ、鬼鮫。

六人の忍が水辺の上に立っていた。

睨み合い、牽制し合い、殺気を放ちながら。

全員が動きを止め、身体に力を溜めていた。

状況が動いた時、即座に動けるように。

そして。

穏やかな緊張感は、すぐに途切れる事となる。

鬼鮫が背中に背負っていた大刀を手に取り、

 

「では、少し遊ばせて頂きますよ」

 

臨戦態勢に入る。

こちらに一歩一歩近づいてくる。

だが、イタチの方は一歩も動こうとしない。

今の状況をその黒い眼差しで、ただただ静かに眺めるばかりで、

 

「…………」

 

自分に動く気はない…と、そう意思を示すように、直立不動の姿勢でイタチが言った。

 

「ここはお前の流儀に任せよう。だが、決してやり過ぎるな。霧の忍を殺してしまっては交渉の余地がなくなってしまう」

「ご心配には及びません。アナタもご存知のはず、私の特技は生け捕りですよ。まあ、たまに相手が弱すぎて失敗する事もありますがね」

 

生け捕りにする。

完全に上から目線の発言。

しかも、こちらはナルト、再不斬、ハク、長十郎の四人に対し、向こうは一人しか戦わない様子で。

明らかにこちらを見下していて。

そんな二人を前に、今回ばかりは空気を読み、今まで口を閉ざしていたナルトが、ついに我慢できず、

 

「いきなり出てきて……」

 

と、言いかけたところで、

 

「ナルト、少し静かにしてろ」

 

再不斬が遮った。

ナルトの発言を視線で止め、さらにナルト、ハク、長十郎の三人を自身の方へ引き寄せつつ、

 

「クク…鬼鮫ェ、随分となめ腐ってるとこわりーがよぉ、オレはテメーをぶった斬る前に一つ、聞いておかなきゃなんねー事がある」

「アナタが他人に質問をするとは珍しい。いいでしょう。今の私は、そしてこの鮫肌も久方振りのご馳走を前に気分がいい。答えられる質問なら、何でも答えて差し上げますよ」

 

そう鬼鮫が言った瞬間、再不斬は近くに寄ってきたナルト達に合図を送り、小声で囁いた。

 

「鬼鮫の方を殺る。フォーメーションCで行くぞ」

 

その言葉に、ナルト達は目を細める。

静かに、全身にチャクラを巡らし……

そして、再不斬が言った。

 

「テメェら、オレ達に交渉がどうとか言ってやがったが、一体何の話だ。何が目的でオレ達の前に現れやがった」

 

それに鬼鮫は、どこか人を小馬鹿にした笑みを浮かべて、

 

「あまり面白い質問ではありませんが、いいでしょう。それぐらい……」

 

が、そこまでだった。

最後まで聞く必要はないと、再不斬は会話を無理やり打ち切り、

 

「いや、わざわざテメーにそんな質問する必要はねーな」

「おや? 尋ねてきたのは……」

「クク…わりーわりィー。犯罪者の集団が律儀に答えてくれるとは思わなくてよォ……確か、組織名は……暁…だったか?」

「なっ!?」

 

鬼鮫が驚きの声を上げた。

その瞬間。

 

「影分身の術!!」

「ヒラメカレイ・解放!!」

 

長十郎が抜刀する横で、ナルトは影分身を二体出現させた。

一人は、その場で待機。

一人は、飛雷神で増援の要請。

フォーメーションCは、力が未知数の相手に、自分達だけで無理に対処するのではなく、仲間の増援を待つ作戦。

この班には、ナルトの飛雷神があった。

これで増援の連絡は済んだ。

後は時間を稼げばいいだけ。

しかし、ただ待っている訳にもいかない。

待ってやるつもりもない。

増援要請はしたが、ナルト達だけで敵を倒せるのなら、それが一番ベストなのだから。

だから……

ナルトはホルスターから術式クナイを取り出す。

同時に、分身ナルトが長十郎の背中に手をあて……

次の瞬間。

 

「行くぜ! 長十郎」

 

ナルトが鬼鮫に向かって、クナイを投擲した。

それに合わせて、大槌を携えた長十郎が、分身ナルトと共に飛雷神で転移する。

一筋の閃光が、他の全てを置き去りにする。

一瞬にして、鬼鮫の懐に潜り込み……

 

「鬼鮫先輩、お覚悟を……」

 

突如、目の前に現れた長十郎を見て、ようやく事態を理解した鬼鮫が、

 

「速い…! まさかこれほどとは……」

 

慌てて行動に移ろうとする……

が、それはできない。

 

「な、足が氷漬けに!?」

「すみません。あんな隙を見逃す訳にはいきませんので」

 

ハクだった。

鬼鮫の足は、いつの間にかハクの氷牢の術で、その動きを止められていた。

再不斬の意図にナルトが気づいたのは、フォーメーションを指示された時だったが、ハクは最初から万全の準備を整え、この瞬間のためだけに備えていたのだ。

と――

氷牢の術で足を止められ、飛雷神での奇襲に印を結ぶ時間すら与えてもらえず、さらに、

 

「飛雷神・ヒラメカレイ!!」

 

ガード不可能な一撃をもろに受けた鬼鮫は……

 

「ぐはっ!!」

 

吐血を吐き、信じられない勢いで吹き飛んだ。

一度大きく水面を跳ね上げた後、イタチの後方まで着水する事なく吹き飛び、最後には受け身すら取れず、その身体を水の中へと沈めていった。

 

「…………」

 

ナルトは、その威力に唖然として……

その光景をただ呆然と眺めて……

横に戻ってきた長十郎を見る。

普段はおどおどしている長十郎だが、一度戦闘になると、敵に対しては徹底的に容赦しない。

それが彼の性格だった。

そして、ナルトもそれはよく知っていた。

だけど、今回は相手も会話を望んでいたし、何も殺さなくても……

そう抗議しようと、

 

「なあ、長十郎。いくら何でも……」

 

が、それは長十郎によって遮られた。

 

「ナルトさん、油断しないで下さい」

「え? それってどーいう……」

「元忍刀七人衆、霧隠れの怪人・干柿鬼鮫。あの人はこの程度で死ぬ男ではありません。すぐに出てきますよ」

 

と、長十郎が言った。

直後。

水面が泡立ち始める。

そこから、手が、頭が、足が出てきた。

鬼鮫は重傷を負いながらも生きていたのだ。

しかも……

 

「クク……不意を突いたとはいえ、この私をここまで一方的に追い詰めるとは……想像以上に歯ごたえのありそうな方達ですねェ…」

 

回復していた。

ヒラメカレイの直撃を受け、鬼鮫は腹に大きな穴を空けていたはずなのに、その傷は殆ど塞がれていたのだ。

そして、それは今もなお続いていて、みるみると創傷が治癒されていく。

これだけでも、十分驚きに値する光景なのだが、ナルトの目には、さらにありえないものが映されていた。

 

「な、なんだってばよ、あれ!?」

 

鬼鮫が手に持つ刀が動いていたのだ。

まるで生き物のように。

しかも、誰かの足を食べていて。

よく見てみれば、それは自分の足で……

 

「って! オレの分身が魚に食われてる〜」

 

ナルトが叫んだ直後、分身はボン! と、音を立て、消えてしまった。

分身が得た経験はオリジナルに還元される。

分身が消えた事により、情報が入ってきた。

ナルトは、それで理解した。

大刀・鮫肌の能力を。

どうやって致命傷の傷を治したのかを。

鬼鮫は、完治した腹をさすりながら、

 

「おや、説明するまでもなかったですかね。この鮫肌の能力を」

「オレのチャクラを……吸収しやがったのか」

「ご名答。私の鮫肌はチャクラを削り、喰らう! ですが、流石九尾の人柱力。こんなお子さんでもチャクラだけは一級品ですね……まあ、私もチャクラ量では負けていませんが…」

 

つまり鬼鮫は、分身ナルトのチャクラを吸収し、その膨大なチャクラを使って、医療忍術の真似事を行い、自身の傷を治したのだ。

敵のチャクラを吸収して、自身の怪我を治せるなど、反則技にもほどがある。

そんなことを平然とやってのけた鬼鮫が、

 

「しかし、今の一連の流れはお見事でしたね。とても同じ霧の忍とは思えない。村での会話は、全てこのための仕込みだった訳ですか。まんまと嵌められましたよ、再不斬……クク、本当にアナタは昔から顔に似合わず狡い真似ばかりしますねェ…」

 

感心した声音で、愉しそうにそう言った。

それに再不斬は、さも当然といった顔で、

 

「フン…テメェらが四代目水影を拉致ってった事ぐらい、最初からわかってんだよォ」

「やれやれ、全てお見通しという訳ですか。まさか組織名までバレていたとは……青の奴ですね。死ぬ寸前、メイに情報を残していた…といったところでしょうか?」

「さあな。教えてやる義理はねェ」

「つれないですね……いいでしょう。無理やり口を割らせて……」

 

が、そこでイタチが割り込み、言った。

 

「交代だ。鬼鮫」

 

それに鬼鮫は心外といった表情を浮かべ、

 

「イタチさん……ここは私に譲ってくれたとばかり思っていたのですが…」

「……増援を呼ばれた」

「増援? いつの話です。ここへ移動する最中もそれは警戒し、私もアナタも目を光らせていたはずですが…」

「再不斬が"暁"の名を口にした後だ。ナルトくんが影分身を二体出したのは、お前も見ていただろ」

「そういえば、一人足りませんね。ですが、此処からどれだけ急いだとしても、霧の里まで十五分はかかる。往復で三十分。まだまだ遊ぶ時間は、たっぷりと残されていますよ」

「いや、もう殆ど時間は残されていない。飛雷神で呼ばれた以上、移動時間は関係ない」

「…………」

 

鬼鮫は未練がましくも、値踏みするような視線でナルト達を見回し、

 

「せっかく疼いてきたところだったのですが……仕方ないですね。再不斬や長十郎の小僧とは、この機会に是非とも削り合っておきたかったのですが……一番のお楽しみまで、むざむざと失う訳にはいきませんからねェ」

 

と言って、大刀・鮫肌を背中に戻した。

戦闘中にもかかわらず、武器を収め、無防備な格好を見せる。

背を向け、仲間の方へ歩いて行く。

今しかない。

鬼鮫を倒すなら、今をおいて他にない。

ない……はずなのに、ナルト達は動けなかった。

イタチがこちらを見ていたから。

その双眸に朱い瞳を宿らせて。

 

「あの眼…カカシ先生やサスケと同じ、写輪眼!? 何でアイツが使えるんだ!」

 

ナルトの疑問に答えたのは、再不斬だった。

 

「奴の名前はうちはイタチ。オレ様のビンゴブックにも、その名は刻んである。鬼鮫と同じSランクの重罪人だ。そーだろ、一族殺しのイタチ」

 

後半の会話はナルトに対してではなく、イタチに向かって言ったものだった。

だが、イタチは再不斬の放った言葉に、眉一つ動かさず、

 

「よくしゃべるな、お前も。霧の忍はおしゃべりという決まりでもあるのか」

「さてな、テメーが無愛想なだけだろ。今から互いに殺し合うんだァ、精々楽しくやろーぜ」

 

と言いながら、再不斬は印を結び、

 

「お前達、写輪眼の対策はわかってるな。オレが霧隠れを張る。まずは奴の視界を……」

 

だが、そこまでだった。

再不斬が言葉を発したのは……

己の意識を保つ事ができたのは……

 

「殺し合う…か。悪いが期待には応えられない。お前達とオレとでは、器が違いすぎる」

 

淡々と述べるイタチの前で、

 

「…………」

 

再不斬は無言で崩れ落ち……倒れた。

いや、再不斬だけではない。

横にいたハクと長十郎も、

 

「…………」

「…………」

 

何の抵抗もできず、ただ意識を失う。

一瞬だった。

本当に、一瞬の出来事だった。

何が起きたのか、まるで理解できなかった。

ナルトは思考が追いつかず、

 

「再不斬! ハク! 長十郎! みんな、どーしちまったんだ!」

 

叫んでも、揺すっても、再不斬達は目覚めない。

身体は微動だにもせず、指一本動かす気配もない。

慌てて前を見る。

今この場にいるのは、ナルト達を除けば、イタチと鬼鮫の二人だけ。

何かをするなら、この二人以外にはいない。

だけど、イタチ達とナルト達の間には十分な距離があった。

何らかの術が使われても、対処できるだけの間合いがあった。

忍術ではない。

印を結ぶ動作すら見ていない。

 

「なら、幻術か?」

 

だけど、それもありえない。

幻術にも、印を結ぶ必要がある。

だから、再不斬達も幻術でやられた訳ではない。

しかも三人同時にだ。

余程の実力差でもない限り、ありえない。

そのはずなのに……

ナルトはイタチの眼を見て、察してしまった。

コイツがやったのだと。

そして、次は自分だと。

 

「残るはキミだけだ」

 

イタチが、そう言った。

次はお前だと。

なのに、動けない。

頭が動く前に、身体が理解してしまった。

目の前の忍には、今のナルトではどう足掻いても勝てない…と。

わざわざ九喇嘛が警告してきた相手だ。

ただの忍である訳がなかったのだ。

 

「ナルトくん、キミはどうやら写輪眼との戦いに慣れているようだ。だが……」

 

イタチの朱い瞳が煌めく。

三つ巴の模様が、まるで手裏剣のような形に変わり、

 

「この万華鏡写輪眼の前では、キミが培ってきた経験など、まるで意味をなさない」

「な、何だってばよ。その、万華鏡写輪眼って! そんな模様が変わったぐらいで……」

 

ナルトの声にイタチは何も応えず、ただ一度、瞳を閉じ、瞼を開き……呟いた。

 

「月読」

 

 

 

 

気づいた時には……

そこは木の葉の里だった。

 

「え?」

 

口から出たのは、そんな一言。

 

「どうなってんだ? 何で木の葉の里に」

 

幻術か?

でも、目の前にある風景は、どう見ても本物にしか見えなくて。

ナルトの記憶にある、木の葉の里そのもので。

そもそも幻術だというのなら、いつ術を掛けられた?

と――

そんな風にナルトが思考を巡らしていた時。

突如、空から声が堕ちてきた。

イタチの声だ。

 

「ここはオレの作った幻術世界。この世界では時間、場所、質量、空間……その全てがオレの支配下にある」

「これが、幻術…なのか?」

「今から七十二時間、キミにはこれまでの人生を追体験してもらう。戦争が終結するまでの間、ナルトくんには眠っていてもらう必要があるのでな……悪いが容赦はしない」

 

などと、訳のわからない事を言ってきて、

 

「ふざけんな! こんな幻術すぐに……」

 

解いてやる……と、解の印を結んだところで、

 

「痛ぇっ」

 

頭に小さな衝撃が飛んできた。

思わず後ろを振り向く。

するとそこには、自分より少し年下の子どもが、石を投げるモーションに入っていて……

 

「くたばれ、化け狐!」

 

罵倒の言葉とともに、それを投げつけてきた。

ナルトは反射的にその石を躱し、子どもを軽く睨んで、

 

「何しやがん……だ…」

 

途中で言葉を止めた。

何故なら、自分の周りにいたのは、その子一人ではなかったから。

数え切れないほどの木の葉の住民が、ナルトの周囲を囲んでいて、その一人一人が侮蔑の眼差しでナルトを蔑み、

 

「アイツ、まだ生きてんのかよ」

「三代目様も早く処分すればいいのに」

「狐が人間に混じって生活してんじゃねーよ」

 

何だ……これ?

いや、これは昔見たことある光景だ。

ナルトの日常で、当たり前の景色だ。

だけど……

 

「違う! これは幻術だ! 惑わされちゃダメだってばよ!」

 

チャクラを練り上げる。

幻術を解こうと……だが、

 

「三代目様に頼るまでもない。お前なんか、オレ達がやっつけてやる!」

「くらえ!」

「くたばれ、化け物ォ!」

 

罵詈雑言の嵐が吹き荒れる。

逆にナルトの集中が乱され、解術どころの騒ぎではない。

が、その嵐が長く続く事はなかった。

いや……

より正確に言えば、さらなる天災によって、跡形もなく消し飛ばされたのだ。

 

『貴様らァ、誰の許しを得て、ここへ踏み入った!』

 

天を衝く怒声が響き渡る。

オレンジの体毛に、九本の尻尾をたなびかせて現れた、大きな狐。

九喇嘛だった。

その巨体を見つけて、ナルトが声をかけようとした……その時。

 

『グォォォオオ!!』

 

超高密度なチャクラの球体が、九喇嘛の頭上に集約され始めた。

それは黒く、どこか螺旋丸に似た術で、でも明らかに次元の違うものだった。

そして。

九喇嘛はその球体を、一度口の中に放り込み……

瞬間。

轟音。

放たれた高密度なチャクラの球体は、人や建物、街並みから情景まで、目の前に立ちはだかる全ての存在を否定し、蹴散らし、殲滅した。

瞬く間もなく、何の躊躇いもなく、一瞬にして。

しかし、それでも破壊は治まらず、何十、何百、何万と屍の山を築き上げ、最後には爆風が里全体を包み込み……

気づいた時には――木の葉の里は灰燼と化していた。

 

「…………」

 

想像絶する光景だった。

残っているのは、ナルトとイタチ、そして術を放った九喇嘛の三人だけで……

ただの一振りが天災を呼び。

ただの咆哮が世界を滅ぼす。

人智を超えた力。

これがナルトの相棒にして、最強の尾獣と呼ばれ、畏れられる九喇嘛の真の実力であった。

そんな九喇嘛が、一仕事終えたという顔で、のしのしとこちらに歩いてきて。

言葉を失っていたナルトは、ようやく我に返り、

 

「遅ぇーぞ、九喇嘛。もう少しで幻術に掛かっちまうとこだったじゃねーか」

『あ? ワシはすぐに此処へ来たぞ。時間の感覚が曖昧なのは、てめーが幻術に掛かってるからだ。いい加減気づけ』

「アハハ……やっぱそうなのか?」

『脳天気に写輪眼と目なんか合わせやがって……』

「ご、ごめんってばよ……」

『ケッ……だから、てめーはアホなんだよ、ナルト』

「オレってば謝っただろ! いつまで引きずってんだ、それ。身体はでけーくせに、心は小せーのな」

 

ん?

身体が……デカイ?

よく見れば、九喇嘛が檻から出ているような……

でも、ここは幻術世界だし、そんな事もあるのかな?

少し気になるけど……

 

「今はそんな事、考えてる場合じゃねェ」

 

ナルトは気持ちを切り替え、イタチに視線を向ける。

すると、

 

「なん…だと……」

 

これまで感情の一切を表に出さなかったイタチが、目を見開き、驚愕の表情を露わにして、

 

「ナルトくん……これは一体……」

 

と、訊いてきた。

それにナルトは、

 

「九喇嘛だ。オレが人柱力なのは知ってんだろ」

「九喇嘛? ……まさか九尾の力を完全に制御できるのか!?」

「制御じゃねェ! コイツはオレの相棒だ!」

「相棒…だと…いや、しかし……」

 

イタチは信じられないといった眼差しで、ナルトと、その横にいる九喇嘛を見上げた。

そんなイタチに向かって、九喇嘛は強烈な殺気を放ち、

 

『さて、うちはのガキ。覚悟はできてるだろーなァ』

「……何の覚悟だ」

『ワシのダチに手ェ出したんだ……よもや生きて出られるとは思うまい』

「フッ…九尾というのは見た目だけでなく、態度までデカイらしい……だが、流石のオレもこの状況…想定外と認めざるを得ないな……」

 

軽口を叩くイタチに、九喇嘛は掌底を振り上げ、

 

『死ねェ!』

 

攻撃を受ける直前。

イタチは何故か口元を緩め、

 

「サスケの借りを返すつもりだったのだがな。どうやらオレの力は必要ないようだ」

 

僅かに微笑を浮かべて……

この世界から、姿を消した。

 

 

 

場面は戻る。

気づいた時には、ナルトの意識は元いた渓流へと、帰ってきていた。

目の前では、鬼鮫がイタチに向かって、

 

「イタチさん? どうかされましたか」

「……すまない、鬼鮫」

「アナタが謝罪するとは何事です? ……まさか、あの眼を!?」

「ああ。大口を叩いておきながら、月読を破られた」

 

などと会話を繰り広げているが、ナルトはそれどころではなかった。

早く、溺れかけている再不斬達を救出しなくては。

だけど、どうやって。

ナルトは幻術が大の苦手である。

自身に掛けられた場合は、九喇嘛が解いてくれるので問題ないが、他人の解術の仕方などわかる訳もなく……

 

「やべェ……どつけば起きるのか?」

 

と、悩んでいた時、九喇嘛がある提案をしてきた。

 

『ナルト、少しワシと代われ』

『ん?』

『ワシに任せろ。ガキ共の幻術を解いてやる』

『おお! さすが九喇嘛。だけど、代わるってどうやるんだ?』

『以前、カエルを通じてやっただろ。イメージはそれと同じだ』

『う〜ん、よくわかんねーけど、やってみるってばよ』

 

途端。

意識が入れ代わる。

ナルトの身体に、九喇嘛の精神が入り込み、

 

『さっさと起きやがれ』

 

再不斬、ハク、長十郎の背中を叩き、イタチに掛けられていた幻術を解術した。

それから、意識を再びナルトに戻して、

 

『これで戦況は立て直した。いや…少々贈り物もしておいたからな。ここからが反撃のチャンスだと思え』

『贈り物?』

 

首を傾げるナルトの横で、再不斬達が目を開ける。

再不斬は少々身体をフラつかせながら、

 

「助かったぜ、ナルト。チッ、催眠眼の能力がここまでカカシと違うとは……迂闊だったぜ」

 

続けて、ハクが、

 

「助かりました、ナルトくん。ですが、このチャクラは……」

 

さらに長十郎が、

 

「すみません、ナルトさん。あ…あと、この朱いチャクラは…一体…何でしょう?」

 

三人全員が無事に、目を覚ました。

三人全員が九喇嘛のチャクラを、その身に纏った状態で……

 

「って! どーなってんだってばよ!?」

 

ナルトの疑問に、九喇嘛が応える。

 

『さっき言っただろ。ワシがガキ共に与えた』

『九喇嘛が? いつ? どこで?』

『幻術を解いた時だ。背中に触れた時、ついでにワシのチャクラも渡しておいた。まあ、いつもお前に貸してある量と比べりゃ、精々十分の一程度だがな』

『そんな事までできたのか……』

『いつかお前にもコツを教えてやる……今は』

『ああ、わかってる』

 

そうだ、今は目の前の二人をどうにかしないと。

と――

ナルト達が臨戦態勢に入ろうと。

身体を沈め始めた……その時。

凛とした声が、その場に響き渡った。

 

「そこまでです!」

 

声のした方を振り向くと、そこには五代目水影・照美メイの姿があった。

さらに、メイ直属の暗殺部隊。

再不斬、長十郎、鬼鮫を除く、四人の忍刀七人衆が、イタチ達の周囲を囲み、逃げ道を塞ぐ。

それを確認してから、メイが言った。

 

「皆さん、よく持ちこたえてくれました。再不斬班は後ろへ退いて下さい。ここからは私達が請け負います」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

侵攻開始

「再不斬班は後ろへ退いて下さい。ここからは私達が請け負います」

 

凛とした声が、穏やかな渓流に響き渡った。

ナルト達はメイの指示に従い、すぐさま武器を収め、後ろへ退がる。

いや、指示に従ったというより……

元忍刀七人衆の一人である鬼鮫が、開口一番、

 

「これはこれは、お久し振りですね…メイさん」

 

増援に駆けつけたメイを、鮫を連想させるギョロリとした瞳で確認した後、

 

「まさか私が里を抜けた後、アナタが水影になられるとは……いえ、仕事が恋人のアナタらしいといえばらしいのですが……しかし、まだ二十代という若さにもかかわらず、ご自分の人生に見切りをつけられるとは……まあ、何事も諦めが肝心と言いますがねェ…」

 

などと、口にしてくれたおかげで……

 

「…………」

 

周囲の気温が一気に下がる。

空気が震え、鳥が羽ばたき、風が停止する。

ドロドロとした、何とも形容し難い殺意が溢れ出す。

そして、その瘴気の中心には、青筋を立て、朗らかに微笑んでいるメイの姿があった。

 

「や、やばいってばよ……」

 

ナルト達は命の危険を感じ、慌てて後ろへ跳んだ。

さらに、敵の退路を塞いでいたメイの直属の部下である霧の忍刀七人衆。

鈍刀・兜割の使い手、通草野餌人。

長刀・縫い針の使い手、栗霰串丸。

爆刀・飛沫の使い手、無梨甚八。

雷刀・牙の使い手、林檎雨由利。

霧隠れを代表する、この四名に加え、

 

「…………」

 

相方であるはずのイタチまでもが、まるで見捨てるような仕草で鬼鮫から距離を取り……

辺りが異様な静けさに包まれる。

ピリピリとした、肌を突き刺す殺意が周囲の地形を飲み込んでいき……

そして。

メイは満面の笑みを鬼鮫に向け、

 

「死ね」

 

次の瞬間。

目にも止まらぬ速さで印を結び、術を発動した。

 

「溶遁・溶怪の術!!」

 

溶岩のような強い酸性の粘質的な液体が、メイの口から吹き出され、鬼鮫の頭上に広がっていく。

いきなりの奇襲攻撃。

だが、鬼鮫はそれを水中に潜り、あっさりと回避してみせた。

鉄をも溶かす溶岩が、何もない水面を蒸発させる。

一瞬の攻防。

その戦いを、安全な場所から眺めていたハクは目を見開き、感嘆の声を漏らした。

 

「あれが五代目様の……」

 

それに再不斬が頷き、

 

「オレも久し振りに見たな……あれがメイの溶遁」

 

ナルトは聞き慣れない単語に首を傾げ、再不斬に尋ねる。

 

「溶遁?」

「火と土の性質変化を同時に扱う、ハクと同種の秘術……血継限界だ」

「血継限界!? メイの姉ちゃん、使えたのか!」

 

などと話している間に、喧騒が鳴り止む。

メイの猛攻が治り、溶岩の熱が冷めていく。

暫くしてから、無傷の鬼鮫がゆっくりと浮上して来て、

 

「いきなりのご挨拶ですねェ……何か良いことでもありましたか?」

 

ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべていた。

挑発的な態度を取る鬼鮫に、メイの方も微笑を顔に張り付かせ、

 

「フフ…失礼しました。久し振りに豪華なご馳走にありつけそうでしたので…つい…何せフカヒレなど、この霧の里でも滅多に食す機会がありませんから」

「おや? メイさん。確かに私は魚介類の類いが大好物です。ですが、フカヒレだけはご勘弁願いたい。そうですねぇ……私としましては海老や蟹などといった、新鮮な海の幸を所望したいのですが……」

「……何故、アナタが食べられるとお思いで?」

 

再びメイの笑顔が深まる。

同時に、殺気までもが濃くなり……

が、そこで、

 

「……待て、水影」

 

ナルト達の反対側に避難していたイタチが、宥めるような声音で言った。

 

「オレと鬼鮫はアナタ方と争いに来たのではない。ただ交渉をしに来ただけだ」

 

その知性ある声に、メイは鬼鮫に向けていた鋭い視線をイタチに移し、

 

「交渉? 私の腹心である青、そして先代である四代目水影を手にかけたアナタ方"暁"と話し合う事など何もありません」

「確かに、それの是非について話し合う気はこちらにもない。だがこの状況、水影であるアナタが私情のみで物事を判断するのは、あまり得策とは言えないと思うが……」

「……どういう意味です」

「これ以上、話の論点がズレるのはオレの望むところではない。単刀直入に言わせてもらう」

 

イタチはいつも通りの抑揚のない口調で……

淡々と告げた。

 

「もうじき木の葉の里が、霧隠れに戦争を仕掛けてくる」

 

ナルトは一瞬、頭が真っ白になった。

 

「え……?」

 

何て言ったんだ、コイツ。

木の葉が……戦争?

 

「今……何て言ったんだ」

 

思わずそう呟いていた。

我慢できず、怒鳴り声を上げ、

 

「何言ってんだってばよ! 冗談もたいがいに……」

 

しかし、メイがナルトを手で制し、

 

「ナルト、今は少しお静かに」

「だけど、メイの姉ちゃん!」

「アナタの気持ちはわかります。ですが、感情を取り乱しても事態は好転しませんよ」

「ぐっ……」

 

ナルトは再び口を閉じる。

それを確認してから、メイがイタチに言った。

 

「アナタ方の目的は一体……まさかそれを知らせに来ただけ…ではありませんよね?」

「無論、オレ達もそこまで暇ではない。これはビジネスだ」

「ビジネス?」

「我が組織は現在、今後の活動に必要となってくる金銭の工面、組織運営のための資金集めを行なっている。此処へ訪れたのもその一環だ」

「なるほど……卑しいカラスの考えそうなことね」

 

メイの皮肉めいた口調に、イタチは顔色一つ変えず、

 

「やはり暁がどういった組織なのか、既に知っておられるようですね……」

「戦争屋…とでも呼べばいいのかしら?」

 

イタチはその言葉を否定しなかった。

それどころか、自ら肯定するように、

 

「水影。アナタにはオレと鬼鮫の二人を、それ相応の金額で雇って頂きたい」

 

と、言った。

戦争に協力するから、その対価として金を払え、と。

だが。

当然、メイが首を縦に振る事はなく、

 

「先ほども申し上げたはずです。霧隠れが暁と手を組む事などありえません」

 

きっぱりとした拒絶を示す。

暁と行動を共にするつもりはない、と。

しかし、イタチは話を続ける。

 

「早とちりしないでもらおう。立場上、交渉などという言い回しをしてはいるが、最初からアナタ方に選択の余地などありはしない」

「何ですって……」

 

メイの目が細まる。

上忍クラスの忍ですら、死をイメージさせるほどの強烈な殺気。

威圧感が場の空気を支配する。

少し離れた位置にいるナルトですら、一瞬息が詰まりかけた。

だというのに、それを正面から受け止めているはずのイタチは、やはり平然とした表情のまま、冷然たる態度で交渉を続ける。

 

「もしここで、我々の提案を拒むのであれば、暁は木の葉側に付かせてもらう事になる。それがどういった結果を招くのか……聡明なアナタであれば理解できるはずだ」

「……随分な口の利き方をしてくれるのね」

 

メイの視線がさらに鋭くなる。

次に彼女の逆鱗に触れれば、その時点で即会話は打ち切られ、戦闘になるだろう。

この場にいる誰もが、その未来を容易に思い浮かべることができた。

途端。

七人衆の四名が、己の刀に手をかける。

同じく、隣にいた再不斬達が、自身の獲物に手にかけ、警戒体制に入った。

緊張感が高まる。

一触即発の雰囲気が忍達に警戒を促す。

そんな状況下で、しかし、ナルトはどこか違和感を感じながら、イタチのことを見ていた。

もし彼の話が本当だとすれば、霧と木の葉の両国が戦争になるだろう。

ナルトにも、それぐらいの事は理解できた。

実際、木の葉が襲撃を受けた光景を、一部分とはいえ、あの場で見ていたのだから。

なのに、今この場でもっとも追い詰められているのは、霧でも木の葉でもなく、イタチのような気がして……

そのイタチが、まるで何かを隠すかのように、饒舌に口を開く。

 

「始めに言ったはずだ…これはビジネスだと。かつて栄華を極めた木の葉の里は、先の戦により甚大な被害を受け、今では見る影もない。五大国間で成り立っていた各隠れ里の微妙なパワーバランスは、完全に崩壊したと言っていいだろう」

「つまり…木の葉側に付く利がない、と」

 

メイの呟きに、イタチは小さく頷き、

 

「木の葉が五大国最強とうたわれたのは、十年以上も昔の話だ。うちはの滅亡から始まり、人柱力の逃亡、そして砂との戦争……今や木の葉の里は、壊滅寸前と評しても過言ではあるまい」

「だから我々に……」

「此度の戦争。木の葉を勝利へ導くより、霧に花を持たせる方が合理的、かつ簡単な仕事だ。何より金回りもこちらの方が期待できる。我々暁としても、楽に金を稼げるのならそれに越した事はないのでな」

 

それがイタチの、暁の言い分だった。

霧と木の葉。

二つの大国が争えば、間違いなく金が動く。

そして、今回有利なのは霧の方で、ならばそちらに付いた方が効率よく金を稼げる。

だから、お前達に手を貸してやる。

それが、暁という戦闘集団の目的だった。

そして、そんな要求に「はいそうですか」と頷ける訳もなく……

 

「ふざけんな」

 

ナルトは拳を握る。

ホルスターから術式クナイを取り出し、右手に携える。

先ほど感じた小さな違和感など、とうに頭の中から消え失せていた。

こんな奴らとの交渉は決裂だ。

霧の忍の誰もがそう思った……はずだった。

が――

そこに、新たな第三者が現れる。

 

「ご報告します!」

 

面を着けた忍。

突如姿を見せた霧の暗部が、メイの横に膝をつく。

それにメイは睨みを利かせ、

 

「状況が理解できないのですか! 今すぐ下がりなさい」

 

しかし、暗部は言葉を続ける。

 

「申し訳ありません、五代目様。ですがお許し下さい。これは海の国からの第一級の緊急伝令です!」

 

第一級の緊張伝令。

それは国の存続を危ぶまれる、最大級の非常事態を意味していた。

ただならぬ事態に、メイは一度矛を収める。

険しい表情を暗部に向け、

 

「……何事です」

 

許可を得た暗部は一気にまくし立てた。

 

「火の国・木の葉隠れの里が水の国へ侵攻を開始! 現在、大軍を率いて海の国を侵略中。予め備えていた四つの関の内、既に二関を数の力で押し切られ、強引に防壁を突破されたとのこと。その数、およそ三千。そして軍の先頭に立ち、全軍の指揮を執っている忍の名は……五代目火影・志村ダンゾウ!!」

 

ナルトの思考回路に……濃い霧がかかる。

海の国。

国と称されてはいるが、その実体は五つの島でできた小さな島国で、隠れ里もなく、軍備のほぼ全てが水の国頼みという……

同盟国というより、傘下に等しい水産都市。

それが海の国であった。

そして、そんな場所を木の葉が攻め込む理由はただ一つ。

霧隠れの里への……宣戦布告であった。

 

(何で……木の葉が……)

 

かつての生まれ故郷と争うことになる。

その事実に、ナルトは絶望の淵に立たされた。

しかし、現実は待ってなどくれない。

また別の暗部がナルト達の前に現れ、

 

「ご報告します。進軍中の木の葉連合の中に、音の忍と思わしき者の姿を複数名確認。しかし、三千という軍勢にもかかわらず、木の葉の名門・日向一族並びに猿飛一族の姿は一名も確認できず……考えにくい事ですが、この大軍が陽動の可能性もありとのこと」

 

その報告は、木の葉襲来をより明確なものとした。

それに鬼鮫は残忍な笑みを浮かべ、

 

「盛り上がって参りましたねェ」

 

愉しそうにそう言った。

が、メイはそれを気にも止めずに、

 

「想定していた時期よりも早い。しかも、よりにもよって最悪なパターンで来ようとは……」

 

思考を巡らし、切り替える。

側に控えていた暗部に指示を出す。

 

「海の国へ伝令! 直ちに市民達の撤退命令を。里への避難を急がせなさい。ただし、戦える者はその場に残り……一分でも長く、木の葉の足止めを命じなさい」

「了解」

 

続けて、もう一人の暗部に、

 

「暗部ろ班は周辺諸国を中心とした各同盟国への連絡。急ぎ、霧の里へ召集をかけなさい」

「討伐隊の手配は如何致しましょう? 奴らは既に水の国へ踏み入っています。いくら木の葉の忍といえど、水上での戦いは我ら霧に分があるかと思われますが……」

 

しかし、メイはその意見に首を振り、

 

「いいえ。今から討伐隊を編成しても、救援には間に合いません。それに広大な海の上での戦闘は、木の葉の忍達に対しても大した痛手を与えられず、最終的には散り散りに逃げられてしまうのが落ちでしょう」

「では、どのような采配を?」

「木の葉を潰す策は既に整えてあります。これまでの二の舞を演じるつもりはありません。彼らには木の葉創設以来、初めての敗北を味わってもらいます……私の名を使って構いません。同盟国への召集を急がせなさい! 水の国の総力をもって、木の葉を迎え討ちます!」

「はっ!」

 

暗部達が一つ返事で、迅速な行動に移る。

それを見送ってから、メイはイタチに顔を戻し、

 

「アナタの思惑通り…といったところでしょうか……うちはイタチ」

「……さて、な」

 

イタチは無表情に、しかしどこか濁らせた声音で返事を返した。

そんな相手に、メイは話を進める。

状況が変われば、意見も変わる。

 

「暁への依頼料……いくらかお聞きしても」

「一千万両。オレと鬼鮫の二人で二千万だ」

 

二千万両。

それは普通の任務報酬では決してあり得ない、法外な金額であった。

カップラーメンが、一杯十両。

それの二百万倍。

どう考えても支払える金額ではない。

だというのに、メイはあっさりと頷き、

 

「わかりました。戦争が終結次第、私のポケットマネーから支払います。それでよろしいのですね?」

「それで構わない……交渉成立だ」

 

成立してしまった。

一時的とはいえ、暁との共闘が。

最初の殺伐とした局面から、百八十度打って変わった帰結に、ナルトは唖然として……

しかし、周囲の対応は早かった。

鬼鮫が待ってましたと、言わんばかりの顔で、

 

「まさか、このような形でアナタ方と手を組む事になろうとは……いいでしょう。この私が直々にレクチャーして差し上げますよ」

 

などという発言に、再不斬が動く。

無音歩法で鬼鮫の背後に回り込み、

 

「レクチャーされんのは、てめェーだ!」

 

無防備な尻に蹴りを入れた。

鬼鮫は再不斬に蹴り返しながら、顔だけをイタチに向けて、

 

「イタチさん。ここからは予定通り別行動で構わない…ですよね?」

「ああ……ここは鬼鮫、他ならぬお前の故郷だ。誰かに縛られるより、お前も好きに動き回った方が力を発揮し易いだろう」

「クク……よくわかっていらっしゃる」

 

という返事を残して、他の忍刀七人衆といがみ合い、罵り合いながら、その場をあとにする。

霧隠れの最強部隊が奇しくも揃ったのだ。

連携を取らない手はない。

長十郎はメイに伺い立てた後、

 

「ぼ…僕も忍刀七人衆の…端くれですので」

 

再不斬達のあとを追い、

 

「再不斬さん、お供します」

 

ハクがそれに続いた。

そんな光景を。

ナルトはただ呆然と眺めていた。

まだ頭の整理がついていなかったから。

木の葉との戦争。

暁との共闘。

どれもこれもイレギュラーばかりで。

荒唐無稽な話ばかりで。

現実味がまるで湧いてこなかった。

戦争になる。

知識としては理解できている。

だけど、心の方がそれを拒んでいた。

暗く、先の見えない、答えのない道。

出口のない迷路の中を、永遠と彷徨う。

そんな錯覚を受け……

だけど、このまま一人でいると、本当に出られなくなりそうで……

だから、

 

「ま、待つってばよ! オレも……」

 

皆を追いかけようとした……

その時。

 

「ナルトくん、少し時間をくれないか。キミに話しておきたい事がある」

 

イタチが声をかけてきた。

ナルトは後ろを振り向き、

 

「ん?」

 

しかし、その会話はメイによって遮られる。

 

「うちはイタチ。暁に所属するアナタを、ナルトと二人きりにさせるとお思いで?」

「それは違います、水影。いや……水影様とお呼びすべきか」

「今更呼称など変えて……何のつもりです」

 

怪訝そうな表情でメイが尋ねた。

それにイタチは、

 

「ナルトくんには、あくまで話を聞いてもらいたいだけ……オレが本当に話しておきたい事があるのは、水影様……アナタです」

「私に?」

 

メイは警戒の色を強くする。

すると、次の瞬間。

イタチが信じられない行動に出た。

あれほどまでに圧倒的な力を見せつけたイタチが、メイに頭を下げ、

 

「お願い申し上げます。どうか木の葉との同盟条約を、今一度考え直して頂きたい」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

木ノ葉のうちはイタチ

木の葉との同盟。

それはナルトの願いでもあった。

あの里には、サスケやサクラたちがいる。

争いたくないのが本音。

だけど……

 

「何故アナタがそのようなことを言ったのかはわかりませんが……不可能です」

 

メイはきっぱりと、そう言った。

当たり前だ。

もう戦争一歩手前まで状況は進んでいる。

今さら同盟など……

が、イタチはなおも食い下がり、

 

「全てを水に流すことは望みません。こうなった以上、もはや木の葉の蛮行は霧にとって赦し難いものでしょう。ですが、お許し頂ける範囲で構いません。今一度木の葉の里に挽回の機会をお与え頂きたいのです」

 

その言葉にメイは首を傾げる。

 

「どうして暁のアナタがそのような事を?」

 

おかしいのだ、何もかも。

テロリスト集団の暁がこんなことを嘆願する意味もなければ、理由もない。

すると、イタチの視線がメイの後方にズレる。

 

「ここからの話は、あまり人に聞かせたくない……」

 

そこには里長を守るため、数名の暗部がこの場に止まっていた。

メイは一瞬逡巡する素振りをみせた後、部下たちに命じる。

 

「アナタたちは下がりなさい」

 

しかし、暗部は首を横に振り、

 

「お言葉ですが水影様、それは出来ません。我々の役目は貴方を御守りすること。このような危険人物を野放しにしておくわけには……」

「その私がいいと言っているのです」

「しかし……」

「私としても暁を信用したわけではありません。いつ手のひらを返されるかもわからない。だからこそ、そんな彼らの情報は一つでも多く知っておくべきなのです。アナタ方には他にやるべき事があるでしょう。こちらは心配いりません」

「…………」

 

暗部たちは暫く動けないでいたが、メイの決定を覆すことはできないと悟るや、音すら立てずにその場から消えた。

それを見届けてから、イタチが口を開く。

 

「ご協力頂き、感謝します」

「先ほども申し上げた通り、私はアナタ方を一切信用しておりません。妙な真似をすれば、その時は命はないとお思い下さい」

 

メイの忠告にイタチは無言で頷く。

そして、万全を期すように再度周囲の気配に気を配りながら、衝撃の事実を口にした。

 

「オレは暁の一員……という面を被ったスパイだ」

「スパイ? それをどうやって証明するおつもりで?」

 

もしイタチが本当に暁のスパイなら、今の不可解な言動も理解できる。

しかし、そんなことをすんなりと聞き入れるほどメイは甘くない。

相変わらず油断ならない視線を向ける彼女に、イタチはゆっくりと目を閉じ、

 

「信用してもらうには全てを話す必要があるな……」

 

開いた瞳の奥には、目の前に立っているナルトやメイの姿はなく、遠い過去を探るようにイタチは語り始めた。

 

「オレは元木の葉の暗部に所属していた。ちょうどキミと同じ年頃の話だ」

 

一瞬ナルトに視線を向けた後、イタチは昔話を続ける。

 

「木の葉の平和を願っていた。だがある日、里に不満を募らせたうちは一族がクーデターを起こそうとする」

「くーでたー?」

「大きな組織に力で政変を起こし、革命を促す手段のことです」

 

首を捻るナルトに、言葉の意味を説明するメイ。

イタチは同意するように頷き、

 

「そして、それを知ったオレの親友。うちはシスイはある瞳術を用いて、クーデターの首謀者でもあった…オレの父、うちはフガクの説得を試みる」

「うちは瞬神のシスイですね」

 

メイの問いにイタチはそうだと応え、

 

「だが、それはダンゾウの手で阻止される」

 

その言葉に聞き手に回っていたナルトは思わず声を上げた。

 

「なんで!?」

 

今の話からすれば、シスイは争いを止めようとしていたわけで……

協力する理由はあっても、邪魔をする理由はどこにもないはずなのに。

その当然の疑問に、イタチが応える。

 

「ダンゾウは言葉を信用する男ではない。三代目と違い、言葉で分かり合うのではなく、力での制圧を望んだ。シスイと同じ、影から平和を願う忍だが、その言動は真逆だった」

 

確かに、クーデターを起こそうとするまでに至ったのだ。

話し合いだけで解決するのは難しかったのかもしれない。

けれど……

 

「そして、とうとう我慢できなくなったうちは側が、クーデターを引き起こそうとなった時、ダンゾウからオレにある任務が下された」

「ある…任務?」

「うちは一族の――抹殺だ」

 

その言葉にナルトは声にならない息を呑んだ。

隣ではメイも同じように目を見開いていた。

うちは一族であるイタチに、同じ一族を皆殺しにしろ。

同じ一族だ、家族だけじゃない。

友達や仲間、恋人だっていたかもしれない。

それら全てを自らの手で殺せ。

そんな血も涙もない残酷な命令を、木の葉は下していたのだ。

いくら里の任務でも、そんなことできるわけがない。

しかし、実際にうちは一族は一夜にして滅びの道を辿っている。

当時、周囲の環境に無頓着だったナルトでさえ、何度も耳にしたことのある事件。

つまり……

イタチは淡々と告げた。

 

「悩みに悩んだオレは、その任務を遂行した。ある条件を付けて、な」

 

顔色一つ変えずに、平然と話すイタチ。

心の内で何を考えているのか、ナルトにはまったく読めないが、それでも、そんなイタチにむしゃくしゃした。

怒ればいいのか、泣けばいいのか。

目を背けたい気持ちを抑えながら、ナルトは訊いた。

 

「ある条件……ある条件ってなんだってばよ」

 

そのナルトの問いに、やはりイタチは当然のように応えた。

 

「オレの弟――うちはサスケには手を出すな」

 

突きつけられた答えに、ナルトは今度こそ言葉を失った。

何故なら、その名前は自分もよく知る人物だったから。

終末の谷での激闘を思い出す。

サスケに兄弟がいたなんて聞いたこともなかった。

改めて、目の前に立っている男の顔を見る。

サスケと同じ眼、写輪眼を持つ忍。

もし、いま言ったことが本当のことなら、イタチは、弟のため、サスケのために全てを捨てたのだ。

一族を、里を、家族さえも……

 

「これを守らなかった場合、非同盟国に木の葉の情報を流す。そうダンゾウに脅しを告げ、オレは以前から脅威と警戒していた組織、暁に木の葉のスパイとして潜り込んだ」

 

これが、全て。

同胞殺しと忌み嫌われ、最強の瞳術使いにして、真の写輪眼継承者。

世界最恐の戦闘集団、暁に所属するうちはイタチの真実だった。

冷たい風が三人の間を横切る。

しばしの静寂の後。

殺気を完全に引っ込めたメイが、それでも警戒の姿勢だけは崩さないまま、イタチに問いかける。

 

「どうして最初から木の葉側に付かなかったのです? 今ならナルトを捕らえることができるかもしれませんよ」

 

という挑発的な発言に対し、イタチは相も変わらぬ無表情で、

 

「争いが長期化すれば、勝敗の有無に関わらず、木の葉は滅びを迎えることになる。それほどまでに今の木の葉は危うい。弟を助け出し、木の葉を守る方法はただ一つ。霧に加担し、一日でも早く戦争を終結させること。それ以外に残された道はない」

 

その回答にメイは満足そうに微笑み……

続けざま信じられない提案をした。

 

「やっぱりうちは一族はいい男ばかりね……アナタ、私のものにならない?」

 

突然の勧誘。

なんの前触れもなく、それどころか先ほどまで殺気を飛ばし合っていた相手にもかかわらず、メイは戯言のような話を、冗談抜きで話していた。

これにはさすがのイタチも少しばかり驚いた表情を見せたが、

 

「有難い申し出ですが、オレは木ノ葉のうちはイタチです」

 

きっぱりとした口調で断った。

隣ではメイが残念といった表情を隠そうともせず、悔しそうにしている。

どうやら本当にイタチのことが気に入ったらしい。

だけど……ナルトがイタチに抱いた感情は、メイとは違ったものだった。

 

「どうして……」

 

ナルトは言った。

 

「なんで、自分の仲間を殺したんだってばよ」

 

ふつふつと黒い感情が溢れ出てくる。

そんなナルトを諫めるように、メイはナルトの肩に手を置き、

 

「ナルト、イタチの話はおそらく真実です。私が独自に集めていた情報とも、いくつも一致していますし……」

「違う!! こいつの言ったことが嘘か本当かなんてどーでもいいことだってばよ!」

 

置かれた手を振り払い、指をビシッとイタチに突きつけ、

 

「オレはてめェーが気にくわねェ!」

「…………」

 

敵意を向けられても、イタチは何も言わない。

 

「なんで木の葉なんかの言いなりになってんだ。お前ってば、強ぇんだろ。なのに、なんでそうなんだ! オレと違ってやり返すことだってできただろォ!」

 

そうだ。

イタチは強い。

木の葉の突きつけてきた理不尽な命令など聞く必要もなかったのだ。

にもかかわらず、里の命令に従い、よりにもよってそんな里を護るために、自分の家族を……

ナルトが欲しくて、欲しくてたまらなかったものを、こいつは……

と、そこで初めてイタチが反応を示す。

 

「木の葉が憎いか?」

「う……」

 

たった一言で、言葉が詰まる。

憎くない、といえば嘘になる。

だけど、イタチの前で、里のために全てを捧げた忍の前で、そんなことを軽々しく言えるわけもなく……

うつむくナルトに、イタチが言う。

 

「キミに木の葉を恨むなと言うつもりはない。オレにも思うところがないわけでもない。だが、どんなに里が闇を抱えていたとしても、オレは――木ノ葉のうちはイタチだ」

 

ナルトは顔を上げ、イタチを見た。

影から平和を支える木ノ葉の忍。

そんな忍の生き様をありありと見せつけられて……

ああ、なんて凄ぇ奴なんだ。

心からそう思った。

敵わないと思った。

忍術や幻術とは違った、本当に強いって言葉の意味を知っている。

うちはイタチとはそういう忍なのだと、心から思い知らされた。

だけど、そんなイタチにもう一つ訊いておかなければいけないことがあった。

 

「サスケはいま復讐のために生きてる。たぶんあいつが殺したい奴って……」

 

わかりきったナルトの問いに、イタチは考える間もおかず、

 

「あいつの両親を目の前で殺したオレのことだ」

 

あっさりと応えた。

悲痛な顔を浮かべるナルトとは裏腹に、イタチの顔は無表情のままだった。

全て、覚悟の上なのだ。

里のために、一族を手にかけたことも。

全てを投げ打ち、命を救った弟に自分が恨まれることも……

 

「そっか……」

 

ナルトはその答えに、何も言えなかった。

納得いかないことだらけだったけど、今の自分がイタチに言えることは何もないと、頭ではなく、心が理解してしまったから……

だけど……

 

「それだけ聞けりゃあ、十分だ」

 

口では何も言えなくても、やれることはある。

霧の忍であるナルトだからこそ、できることが。

 

「なら、ダンゾウはオレがぶっ飛ばしてやる!」

 

戦争の首謀者でもある男。

サスケやイタチの分まで殴り飛ばして、霧と木の葉の戦争なんて、オレがぱぱっと終わらせてやる。

そう、意気込もうとしたナルトの勇み足を……

 

「いや、ダンゾウはオレが殺る」

 

目の前の男が断ち切った。

一片の反論も立ち入らせない決断。

強い眼差しで語るイタチに、メイが問う。

 

「一族の仇討ちですか?」

 

しかし、イタチは首を横に振り、

 

「うちはの仇を討つのはサスケだ」

 

そのまま視線をナルトに戻す。

 

「それからナルトくん。キミは戦争を甘く見すぎている」

 

唐突な忠言。

しかし、その発言を聞いたナルトは心外だと言わんばかりに拳を握り、

 

「どーいう意味だってばよ! オレってばこれでも結構強ぇんだぞ。さっきの戦闘だって……」

「確かに、キミの実力には目を見張るものがあった。だが、強力な忍術が扱えることと、戦場で戦果を上げることはまったく別の問題だ」

 

たしなめるようにイタチが言う。

 

「オレが忍の争いに初めて身を投じたのは四歳の頃、第三次忍界大戦が勃発していた時だ。そこで見た光景は悲惨な一言だった。戦争なんて大義名分を掲げながら、自分たちがどうしてその場にいるのかすら理解していない者ばかり……当たり前のように、意味もなく人が死ぬ。それが戦争だ」

 

イタチの鬼気迫る迫力に、思わず唾を飲み込むナルトだが、

 

「だけど、殺らなきゃ殺られる。もう木の葉は戦争を仕掛けて来てるんだろ? だったら……」

「だったら、キミに人が殺せるか?」

 

イタチの何気ない一言に、心臓が鷲掴みにされる。

さらに続けて、

 

「しかも相手は大人だけじゃない。今のキミより、さらに歳の小さな子どもだっている。そんな子をキミは躊躇なく殺すことができるか?」

 

あんまりの滅茶苦茶な言い分にナルトは怒りを滲ませ、

 

「ふざけんな! そんなことできるわけがねーだろ!」

 

だけど、イタチは当たり前のように言う。

 

「なら、死ぬのはキミだ」

「なっ……!?」

「仮にその場では互いに生き延びたとしても、その逃げ延びた子どもは確実に霧を恨み続けるだろう。なるほど、子どもは殺さない。確かに正しいことかもしれない。なら――」

「な、なんだってばよ……」

「数年後、その子がキミの仲間を殺しに来た時、キミはどうする?」

「…………」

 

今度こそ、ナルトは何も言えなくなった。

仲間が、再不斬が、ハクが、長十郎が……死ぬ?

そんなこと許せるわけが……

 

「覚えておくといい。戦争では殺さなかった敵の数だけ味方が死ぬ」

 

凍りついた表情をするナルトに、イタチは少し優しい声音で語りかける。

 

「忍には、誰しもその時、その時代にあった役割というものが存在する。キミにはキミにしかできないことが、オレにはオレにしかできないことがある。闘うことだけが全てではない」

 

イタチはこちらを真っ直ぐ見据えて、

 

「ダンゾウは間違いなくキミの中の九尾を狙っている。もし、その膨大なチャクラが向こうの手に渡れば、今回の紛争はより拡大し、両里にとって悲惨な終末を決定づけるだろう。キミにこの場に残ってもらったのはそれを知っておいてもらうためだ……」

 

そして、再びメイに向かって頭を下げ、イタチは言う。

 

「水影様。此度の木の葉の侵略は決して里の総意ではありません。無論、赦されざる蛮行であることに変わりがないのも重々承知の上でお願い申し上げます」

「なんでしょう?」

「戦争の首謀者、愚昧極まる現火影の首。それを以て、争いに終止符を打って頂きたい」

「自分が何を言っているのか、お分かりで?」

 

メイの余談を許さない声音に、イタチは願い続ける。

 

「一人の木の葉の忍として、恥を忍んでお願い申し上げます。終戦後、オレ個人にできることであれば、霧に一切の助力を惜しみません。どうか……」

 

里のため、木の葉のために頭を下げ続けるイタチに、メイがとうとう折れた。

 

「私にもできることと、できないことがあります」

「っ……」

「私にできることは争いに区切りをつけた後、木の葉に傷跡が広がらないうちに降伏を促すこと……それぐらいですが……それでもよろしいのですか?」

「っ……!? 感銘に言葉もありません。ご温情、感謝します」

 

霧と木の葉。

両里のため、命を懸けて闘おうとするメイとイタチ。

そんな二人を、ナルトはただ眺めていることしかできなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

開戦

滝が割れる。

そのすぐ近くではクナイと刀がぶつかり、火花を散らす。

そして、本体のナルトはハクの助言と分身たちの助けを得ながら、

 

「ぬぅぅぉぉおお!!」

 

右手にチャクラの乱気流を留めていた。

螺旋丸。

言わずと知れたナルトの得意忍術にして、四代目火影の残した遺産忍術。

膨大なチャクラに、針の穴に糸を通すかのような高度なチャクラコントロールを要する、難易度にしてAランクの高等忍術。

それだけでも十分に凄い技なのだが……

 

「ここに、さらに風のチャクラを流し込む」

 

いまナルトの掌の上では、それを超える忍術が完成されていた。

チャクラの形態変化のみに特化した螺旋丸。

そこにナルトが本来持っている風の性質変化を加える。

火・風・雷・土・水の五大性質変化にはそれぞれ基本的な優劣関係と特徴が存在する。

火は風に強く、風は雷に強いといったように。

土が防御面に秀でており、雷が貫くことに特化しているように。

風には風の特徴が存在した。

そして、それは当然ナルトが作り出した忍術にも色濃く影響を生み出していた。

 

「へへっ、ここまでは完全にものにしたってばよ」

 

風の性質変化は近・中距離戦において一番効力を発揮する。

イメージは刃と刃が鍔迫り合う鋭い形。

切れ味抜群の攻撃を誇る風のチャクラが乱回転するチャクラの塊に組み込まれ、螺旋丸の形はただの球体から、まるで小さな手裏剣の刃が突き出るような、見るからに殺傷能力を高めた形状へと変貌を遂げていた。

 

「ここまでスムーズに……ついに完成したんですね」

 

目の前にいるハクが感嘆の声をもらす。

それにナルトは得意気な笑みを浮かべ、

 

「名付けて、風遁・螺旋丸。これにて会得完了! これもハクや長十郎、それに九喇嘛が今まで修行に付き合ってくれたおかげだってばよ」

 

ここは里の外れにある忍の修行場。

修行場といっても、特別に整備されているわけでもなく、むしろ自然がありのままに残っている場所なのだが、今のナルトにとっては最適な環境が整っていた。

流れる滝の前では今も数十人のナルトの分身たちが急流に手をかざし、風のチャクラだけで水の流れを塞き止め、文字通り真っ二つに断ち切っていた。

割れた垂水の前で、はしゃぎながらハイタッチしている様子が見える。

さらにそのすぐ近くでは、風の性質変化を練り込んだ近接戦闘に慣れるため、別の分身たちがクナイを手に取り、ヒラメカレイを担いだ長十郎に挑みかかっていた。

次々と自分の分身が空を舞う光景から目を逸らしつつ、ナルトは螺旋丸を掌から消した。

 

「そんじゃあ、そろそろ戻るか」

「ですね。そろそろ時間でしょうし……」

 

朝日が登り、少し経過した早朝の時間。

普段であれば、任務がない日はここから日が沈む時間帯まで修行に明け暮れるのだが、今日はそういうわけにはいかない。

暁の襲来、そして木の葉の宣戦布告から丸一日。

現在、霧の里は第一級の厳戒態勢を強いられていた。

もうじき木の葉の忍が、ここに攻めて来るのだ。

準備運動を終えたナルトたちは、木陰に佇んでいた再不斬のもとへ歩み寄る。

その時……

逸早く気配を察知した長十郎が言った。

 

「誰か来ます」

 

ここに近づく忍の気配にナルトたちは一度足を止める。

その女性は上空から舞い降り、再不斬の後ろから現れた。

霧の里の中でも、一、二を争う美貌の持ち主。

いつもの里長らしかぬ、ふんわりとした雰囲気はどこへやら……

引き締まった顔立ちをしたメイを一瞥してから、再不斬が口を開いた。

 

「時間か……」

「ええ」

 

僅かな張り詰めた空気の中、ナルトたちは二人の会話に聞き耳を立てる。

 

「メイ、何故奴らが海を渡っている時に仕掛けなかった。どちらにせよ水辺での闘いになるんだ。そっちの方が殺りやすかったんじゃねェのか?」

「彼らの軽挙妄動に、私たちが付き合う必要はありません」

「あ? そりゃどういう意味だ」

 

これはナルトも疑問に思っていた。

霧の忍は水辺での戦闘を得意とする。

水の上を走る忍者は数多くいれど、水中に潜って戦えるのは霧の特権と言っても過言ではない。

ナルトにはできない芸当だが……

数ヶ月前までは木の葉で過ごしていたのだ。

釣りや橋作りに至っても、この間マスターしたばかりのナルトにとって、水中戦は荷が重すぎた。

ズレた思考を戻し、再び聞き耳を立てる。

 

「追い払うだけでしたら、それでもよかったのですが、それでは意味がありません。例えその場で勝利を納めたとしても、それは一時のもの。本当の意味で木の葉に勝つには、一度彼らをこちらへ誘い込み、その気力を完全に削ぎ落とす必要があるのです」

「……下手を打てば里にも被害が出るぞ」

「それでも彼らを逃すわけには参りません。確かにそれ相応のリスクは伴いますが、長い目で見れば、これが一番被害を抑える選択です」

 

そこまで言い切った後、彼女の視線がこちらに向けられる。

ナルトたちは身を隠していた木陰から姿を現し、

 

「準備は完了したってばよ」

「お待たせしました」

「水影様、お早うございます」

 

それぞれ顔を見せ、次々と挨拶の言葉を口にする。

メイは返事を頷きで返し、最後に目線をナルトに向けた。

 

「ナルト。昨日も言いましたが、アナタとハクは里に居る住民の避難誘導に務めて下さい。くれぐれも里の外から出ないように」

「……わかってるってばよ。昨日、さんざん言われたからな」

 

イタチとの話し合いの後。

やっぱり納得できなかったナルトは戦場に出ると言い張ったのだが、結局のところメイからの許可は下りなかった。

でも、それも仕方のないこと。

木の葉の狙いは他ならぬナルトなのだ。

鴨がネギ背負って歩き回るわけにもいかない。

最終的にだが、ナルトはしぶしぶながらも里に残ることを受け止めた。

しかし、心から納得したわけではない。

そもそも今回の戦争は、ナルトの事情も大きく関わっている。

にもかかわらず、自分は戦うことすら許されない。

そんなナルトの心情を察してか、メイが口を開き、

 

「アナタが霧の忍になってから、もう数ヶ月。いえ、まだ数ヶ月と言うべきでしょうか。覚えていますか、あの日のことを」

「ん、覚えてるってばよ。あの日、念願の額当てを貰ったんだよなぁ」

 

懐かしむように笑うナルト。

だが、メイの表情は真剣そのものだった。

 

「私はあの時、木の葉からやって来たアナタのことを少なくなからず疑っていました」

「え?」

 

信じられない言葉を耳に、ナルトは思わず口を閉ざす。

しかし、メイは言う。

 

「人の上に立つ以上、常に最悪の事態を想定しておかなければならない。スパイである可能性も考慮していましたし、九尾が敵になることも考えていました。もちろん、そんな疑惑はすぐに消え去りましたが……」

 

それからメイは優しく微笑み、

 

「それに比べれば、今回の戦など大したことではありません。アナタは里の皆と一緒に安心して待っていて下さい」

 

と、言った。

そこまで聞いてから、ようやく理解する。

メイは戦争に参加できないナルトの罪悪感を消そうとしてくれたのだと……

 

「わかってるってばよ、メイの姉ちゃん。しっかり任務はやり遂げる。里のみんなのことはオレに任せてくれってばよ!」

 

 

 

いま霧隠れは大きく分けて、二つの思想が対立していた。

一つはメイを水影と認め、里一丸となり、手を取り合う者。

一つはそんな和気藹々とした雰囲気を断じて認めず、反乱こそ企てないものの、協力もしないと手を斬り離す者。

特に今まで差別や侮蔑を受けてきた血継限界をはじめ、特殊な力を宿す一部の一族は未だに里に対する反骨精神を隠そうともしていなかった。

他国との戦争が始まるという緊張感から、比較的に多くの人間が纏まりを見せたが、それでも全てではないのだ。

しかし、それでも今は進む以外に道はない。

 

「水影様、既に皆様がお待ちしております」

「ええ。私もすぐに向かいます」

 

数名の暗部を護衛に付け、メイは勝手知ったる簡素な廊下を迷うことなく突き進む。

視界に映る情景は室内から屋外へと移り、霧隠れ特有の冷え切った風が頬を撫でた。

里の中心にそびえ立つドーム状の大きな建造物。

水影邸。

その露台から顔を出し、メイは眼下に広がる景色を見下ろした。

 

「また戦いが始まるのか……」

「相手は同盟を結ぼうとしていた木の葉の連中らしいぞ」

「嫌だ、戦争なんか出たくない……」

「なんで雪忍の奴らまでいるんだ?」

「内戦が終結したばかりだってのに……」

「カッ! 何言ってやがる。忍は殺り合ってなんぼだろーが!」

 

現在、霧の里には里の忍をはじめ、召集に応じてくれた各同盟諸国の勢力も合わさり、総勢一万を優に超えた常時では考えられないほどの軍勢が一同に集結していた。

水の国が保有する兵力は約二万。

その内の半分以上が里に集っているといえば、どれほどの異常事態か理解できるだろう。

しかし、集まった兵の皆が皆、この戦争に乗り気というわけではない。

中には不満を募らせる者、逃げ出したい者もいるだろう。

それでも、静観を決め込むわけにはいかない。

木の葉の大軍はすぐそこまで迫ってきている。

闘う以外に、道はないのだ。

メイは一度背後を振り返る。

そこにはメイを護るように佇む、背にヒラメカレイに担いだ水色髪の少年、長十郎。

そして、大槌を片手に今か今かと待ち構えた同じく忍刀七人衆の一人、餌人の姿が……

さらにその後ろには、各同盟国の里長たちがメイと同じく眼下の様相を見守りながら、静かに時が来るのを待っていた。

メイは決意に満ちた瞳で一つ頷き、顔を前に向け、一歩足を踏み出した。

 

ドォーーン! ドォーーン! ドォーーン!

 

里全体に、身体が竦み上がるほどの重低音が鳴り響く。

餌人が手に持つ大槌で銅鑼を打ち鳴らす。

戦場に赴く忍たちを鼓舞する戦太鼓。

やがて空気の振動が収まり、静寂が訪れたところで、メイの朗々とした声が場を宣した。

 

「お早うございます。霧隠れに集いし、勇壮たる忍者達よ。そして、我らの願いを遠路はるばる聞き届けた親愛なる同胞諸君。僭越ながらこの場を借りて、挨拶の言葉を述べさせてもらいます。私は五代目水影・照美メイ」

 

今この場には霧隠れの忍だけではなく、水の国全土、ひいては同盟国である雪の国からも多くの人々が集まって来ている。

まずは自己紹介をしてから、一拍間をおき、メイは言葉を繋いだ。

 

「情勢が入り乱れ、私利私欲に呑まれ堕ち、疑心に疑惑、無益な差別から生み出された血を血で汚す内戦を終えてから約一年。この里に秩序という名の安寧がもたらされてたのはつい最近の出来事」

 

メイが水影となり、内乱は治まった。

少なくとも目に見える範囲では……

そう、あくまで見える範囲での話だ。

里長であるメイが特殊な忍術、血継限界の使い手であることから、表面的には特異な忍術を使う者への差別はなくなっている。

ただし、霧に眠る血継限界への差別意識は予想以上に根深く……

 

「里とは本来、皆が皆、安心して住まうことのできる土地。心から安らげる居場所でなくてはなりません」

 

演説を続けながら、人々の顔をさっと見回す。

すると、やはりと言うべきか、一部の一族に名を連ねる者たちは霧の忍でありながらも、この場に参列すらしていなかった。

それも仕方のないこと。

殺し合いや暴力による対立こそなくなったものの、心の中では互いに許し合っていないのだ。

だが、関係を修復している時間はない。

何故なら……

 

「しかし、今再び、この地が赤く染め上げられようとしている」

 

戦争が起きようとしているから。

霧隠れの里が、半刻を待たずして戦場になるから。

 

「敵軍の名は忍五大国の一つ、木の葉隠れの里。彼らは両里の平和を願い果たされた我らとの同盟条約を破り捨て、我欲を満たすという無知蒙昧を振りかざし、三千という大軍を率い、この里に攻め入ろうとしています」

 

兵たちの間に不安の色が広がる。

相手はあの木の葉の里。

しかも、日頃から頻繁に行われている小競り合いなどではない。

三千という大規模な侵攻作戦。

紛れもない宣戦布告。

血気盛んな霧の忍ですら、恐怖を感じずにはいられない数の暴力。

他の同盟諸国からすれば、なおのこと冷静ではいられないだろう。

しかし、ただ黙していても結果は変わらない。

メイは拳を握り、力強い声で言い放った。

 

「それを座して待つのか。否、断じて否!」

 

覚悟を秘めた、翡翠の瞳が兵たちの不安を払い退ける。

こちらを見上げる彼らの顔を、真摯な眼差しで見つめ返し、

 

「私が水影に拝命されて約一年。このような知恵の浅い小娘の戯言に耳を貸さぬ者もいるでしょう。かつて血霧の里と畏れられたこの里を信じられない者もいるでしょう」

 

現実はままならない。

どれだけの善行を重ねようと、過去の行いが消えることはない。

血を血で洗ってきた霧隠れの歴史は、今もなお人々の脳裏に焼きついている。

それでも前に進むと決めたのだ。

影の名を背負った時から……

その気持ちを風化させてはならない。

だからこそ、メイは叫んだ。

 

「ですが、此度の闘いは今までのものとは違います。他者から奪い、辱めるための戦ではありません。国を、里を、仲間を、友を、そして愛すべき家族を護るための闘いなのです!」

 

続けざま、叫ぶように声を上げる。

 

「今日! 今ここで水の国が一丸となり、本当の意味で手を取り合う日がやって来たのです。国の未来のため、未来を担う子ども達を護るため、そして平和な明日を掴むために。皆さん、どうか私に力を貸して下さい!!」

 

暫しの静寂の後……

 

「「「オォォォォォォオオ!!」」」

 

怒号のような歓声が上がった。

五代目様! 水影様! と、自分を讃える声がいくつも聞こえてくる。

その光景を目の当たりに、メイは密かに安堵の息をもらし、次に繋がる言葉を述べた。

 

「続きまして、同盟国代表。雪の国の君主、風花小雪姫から御言葉を賜りたいと存じます。謹んで、ご静聴されますよう――」

 

 

 

壇上からメイの姿が消え、代わりに一人の女性が姿を現す。

誰もが一度は目にしたことのある女性。

美しく長い黒髪。

汚れ一つない綺麗な戦装束を身に纏い、疾風に裾をはためかせ歩く姿は一枚の絵となっていた。

下には軽装型のチャクラの鎧を着込み、腰には目薬の印籠が入った小刀。

胸元からは雪の国の秘宝、六角水晶を覗かせて、小雪は意志の強い瞳をこちらに向けた。

 

「おお……」

「あの御方は……!」

「オレ映画で見たことあるぞ!」

 

ちらほらと、先ほどとは違った意味で溜め息混じりの歓声が兵たちの間に広がる。

あまりの美しさに人々は息を呑む。

そんな中、小雪は壇上の上に立ち、ゆったりとした動作で言葉を紡いだ。

 

「かつて、私が住まう雪の国には、春という言葉がありませんでした」

 

鈴の音を思わせる、彼女の綺麗な歌声が静まり返った霧の里に響き渡る。

そんな声に耳を傾けながら、ナルトは、

 

“父が言ってたの……諦めなければ、いつか春が来るって……でも、この国に春はない”

 

ある任務での会話を思い出していた。

捕われた牢屋の中で小雪と行われた、口喧嘩に近い言い合いのような会話の数々を……

すると……

小雪がゆっくりと目蓋を閉じる。

まるで、遠い過去に記憶を馳せるように、

 

「心は凍てつき、涙は枯れ果て、魑魅魍魎が跋扈する一条の光すら差さない闇と絶望に覆われた廃国、それが雪の国」

 

そのまま静かに、語りかけるような口調で、

 

「閉鎖的な水の国では、似たような話を耳にしたこともあることでしょう」

 

ナルトが霧の忍になった時、既にメイが水影に就任していた。

そのため実際にその目で確認したことは殆どないのだが、海に囲まれた地形状、他国との交流が排他的になりやすい水の国は、国内の情勢が不安定になることが多々あったのだ。

かつて、ドトウに支配されていた雪の国と同じように……

しかし……小雪が言った。

 

「ですが、そんな雪の国にも先日、永い永い冬を越え、花乱れ蝶が舞い踊る暖かな日差しの中――春の季節が訪れました。四人の霧の忍達の手によって……」

 

開かれた双眸は、希望の光で満ち溢れていた。

その光が、何万という兵の影に埋もれた一人の少年。

ナルトの姿を捉え、

 

「彼らは諦めの言葉を口にする私を叱り、励まし、私の代わりに涙を流し、笑みを浮かべ、決してこの手を離そうとはしなかった」

 

そう語りかけてきた。

ナルトは無意識に自身の手を胸にあてる。

心臓がどくどくと鼓動を打ち、熱くなっているのを感じた。

小雪の発する言葉の一つ一つが、ナルトの、みんなの心を揺れ動かす。

そして……

 

「私は貴方方に心配の言葉も激励の言葉も贈るつもりはありません。ただ信じています」

 

優美な身のこなし。

時代劇がかった口調。

映画のワンシーンを見ているような錯覚。

しかし、その言葉は作り物ではなかった。

想いの込められた生きた言葉だった。

雪の国の君主と映画女優。

二つの夢を叶えた小雪が、

 

「何故なら、私は身をもって知っている。霧の忍者の強さを! 雪の民の底力を! 水の国の団結を!」

 

叫ぶように言葉を発する。

続けて、

 

「我らは今まで互いを蔑み、憎しみ、時には刃を交えてきた。中には同じ水の国であろうと手を取り合うことに嫌悪感を抱く者もいるやも知れません」

 

彼女の意見は正しかった。

戦争が始まろうとする中、戦える力を持っていながらもこの場にいない者がいるのだ。

しかし……

 

「だが、思い出して欲しい。人は美味しい物を口にすれば笑い、魂を揺さぶる劇には心を動かし、親しい者が傷つけば涙を流す生き物なのだと! どれほど巨万の富を有していようと、どれほど巨大な力を宿していようと、そこに違いなど在ろうはずがない! かつての私のように目を閉ざしてはなりません! 自身の檻に想いを隠してはならない! 目蓋を開き、己が眼で周囲を見回して欲しい……」

 

参列していた兵たちが一同にどよめき、周囲に視線を向ける。

その間、小雪は何も言葉を発しなかった。

ただただ眼下の様相を静かに見守る。

そして、再び静寂が訪れた時。

彼女は朗々とした声音で……

韻々と……

 

「貴方の映る瞳に、心の無い人間はいますか?」

 

瞬間――空気が変わった。

 

戦の空気に呑まれ、死の恐怖に襲われる感覚が……

怯えを孕んだ表情が……

兵たちの間から瞬く間に消え去った。

が……

霧隠れに起きた変化はそれだけではなかった。

ナルトの隣にいたハクが口元を押さえ、目を見開く。

 

「あ……!」

 

小雪の演説を聞き、ハクと同じように今まで霧の里で迫害にあってきた者たちが、一人、また一人、この場に集まってきたのだ。

そして、それを拒むことなく、当たり前のように、霧の忍たちが受け入れる。

信じられない光景だった。

ありえない光景。

霧の内情を知る者からすれば、夢だと断ずるに余りある情景を目の当たりに、だからこそナルトは理解した。

霧隠れにも――雪解けの季節が巡って来たのだ、と。

静かに涙を流すハクを横目に、ふと気づく。

自分の視界がぼやけていることに。

ナルトは自身の目に溢れる熱い何かを無視して、小雪の話に耳を傾けた。

 

「内乱続きであった水の国はここ一年、徐々に平和の形を取り戻しつつありました」

 

少し離れた場所で演説を聞いていた人々が、さらにこちらへ押し寄せて来る。

全員、特殊な血を持つことから里に疎まれ、いつしか互いに憎しみ合ってきた者たちだ。

それらの一族がこの場に足を運び、会場の人数はさらに膨れ上がる。

人が密集することにより、汗をかくほどの熱気が充満する。

それでも誰一人として、小雪から目を逸らそうとする者はいなかった。

本当の意味で、一丸となった霧の里が、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「しかし、今再び、この国が戦火の炎に呑まれようとしている」

 

もうすぐ戦争が始まる。

だが、兵たちの間に不安の色はなかった。

ここに集った皆が皆、精悍な顔だちへと変貌を遂げる。

しかし……

ナルトには一つだけ思い悩むことがあった。

 

「木の葉は自国の利益のため、里に蔓延る邪欲に身を堕とし、修羅と化した彼らは今一度、戦乱の時代を幕開けようとしている」

 

木の葉の里。

そこはナルトが生まれ育った忍の隠れ里。

そして……

自来也にカカシ、サスケにサクラ、シカマルにネジ……

そこには何人もの先生や友達がいて。

いまナルトの心は、二つの里の間で板挟みになっていた。

できることなら、争いたくなんてない。

だが、木の葉が止まることはない。

何かを護るには、闘う以外に道はないのだ。

それをかつて、ナルトたちから学んだ小雪が、

 

「義を見てせざるは勇なきなり。何が正しく、何が間違いなのか。各々、心に刻み込んだ揺るぎない答えがあることだろう。ならば、あとはそれを示すのみ!」

 

力強い、自信に満ち溢れた言葉が響き渡る。

数万という人数。

それらの視線を一身に受け止め、風雲姫の衣装を身に纏った小雪がさらに一歩足を踏み出し、

 

「敵は五大国最強・木の葉隠れ。だが、怯える必要などありはしない。何故なら、此処に集った貴方方は既に大いなる一歩を踏み出しているのだから!」

 

澄んだ声が、まるで神話を語るように。

小雪の口から出る言葉の一つ一つが、人々に勇気を与える。

手振りの所作一つで、周囲の心を引きつける。

 

「人は壁にぶつかった時、その道を二つに分ける。一つはそこに壁があるのが悪いと罵り、自らの歩みを止める者。一つは壁に求めず、自分に求め、たとえ地に這い蹲ろうとその歩みを止めず突き進む者」

 

彼女は応援の言葉など、一切口にしていない。

ただ、信じているだけ。

だからこそ、その言葉は人々の心に刻み込まれるのだ。

 

「困難に立ち向かう道を選んだ貴方方は、最初からただの勝者でしかない――それ故に断言しよう」

 

全ての視線が小雪に集まる。

霧の忍、雪の民、同盟国の軍勢。

万を超える眼差しを前に、一切怯むことなく、小雪は言い放った。

 

「約束された勝利を!!」

 

一瞬の静寂。

しーんと静まり返った、耳が痛いほどの空白の――直後。

 

「「「オォォォォォォォォォオオオオ!!!」」」

 

里を覆い尽くさん咆哮が天に轟く。

銅鑼の音が鳴り響き、兵の士気が最高潮に達する。

あちらこちらから水龍が立ち昇り……

 

「さあ、参りましょう。虹の向こうへ!!」

 

七色の虹が――空を架けた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦う理由

演説が終わり、再びメイが壇上に現れ、注意事項などを喚起する様子を眺めながら、

 

「はあー、やっぱ風雲姫の姉ちゃんはすげーってばよ」

 

溜め息混じりの呆けた声音で、ナルトは感嘆の言葉をもらした。

すると、ナルトを挟み、ハクの反対側に突っ立って再不斬が、

 

「確かに。こりゃー、たった数ヶ月で随分と遠いとこに行っちまったもんだ」

 

首をぐるりと回しながら、珍しくもそんなことを口にした。

しかし、再不斬が驚くのも無理はない。

ナルトも任務で離反した霧の忍を追い、もう一度仲間に引き入れようと努力してきたが、捕まえた数は精々十人程度。

人の心を動かすのは、それだけ難しいことなのだ。

それをたった一言で、小雪は全てを変えたのだ。

ナルトは再不斬と同じように辺りを見回す。

すると……

 

「今まで悪かった。どうか許してくれ」

「いや、わかり合おうとしなかったのは、オレも一緒だ」

 

今までいがみ合ってきた連中が何人も握手を交わし、互いに頭を下げている様子がいくつも見られた。

ナルトはそんな奇跡を簡単に成し遂げた小雪の姿を下から見上げ、

 

「いま手ぇ繋いだら、引っ張られんのはオレの方になりそうだなぁ……」

 

自分の手をかざしながら、小さく呟いた。

同じ里長だが、小雪はメイとは違い、人の上に立つ人間じゃない。

人の前に立ち、その背中を誰よりも強く押すことのできる世界最高のお姫様なのだ。

ナルトは改めてそう思った。

そして、そんなナルトの囁きを地獄耳で聞いていた再不斬が、

 

「メイの奴も、この問題には手を焼いてやがったからなー。そら見ろ、戦争前だってのにニヤけたツラしてやがる」

 

と言ってきたので、ナルトはまた上を見上げる。

壇上に立つメイの顔は、確かに先ほどより嬉しそうに感じられた。

メイにつられ、兵たちの士気がさらに増す。

それを肌で感じ取りながら、ナルトはある言葉を思い出していた。

 

“忍には、誰しもその時、その時代にあった役割というものが存在する”

 

メイは水影として戦場に立ち、指揮を振るおうとしている。

小雪は雪の国の君主として、皆の背中を押し、霧の里すらも団結へと導いた。

なら、自分は?

オレにしかできないことってなんだ?

考えてもわからない。

いや、いま考えたのではなく、一晩中考えていたことだ。

けど、結局答えは見つからなかった。

だから、ナルトは視線を横に向け、再不斬に訊いた。

 

「なあ、再不斬」

「あ?」

「再不斬もやっぱ、オレが戦争に参加するのは反対なのか?」

 

それに再不斬は当たり前だといった表情で、

 

「んなわけねーだろ」

 

と、言った。

予想外の返答にナルトは、

 

「へ?」

 

間抜けな口の開け方をするが、再不斬は気にも止めず、

 

「今までなんのために教師ごっこなんざ付き合ってやったと思ってやがる。戦闘経験だけじゃねぇ。戦術に戦略、その両方を手間ひまかけて叩き込んでやったんだ。オレ様としてはむしろ、今すぐテメーを木の葉の群れに放り込んでやりてーぐらいだ」

 

などと言ってきた。

それにナルトは、

 

「だったらオレも連れてってくれってばよ! 同じ第一班なのに、オレとハクだけ留守番で、再不斬と長十郎だけずりーじゃなーか!」

「オレが知るか。文句ならメイに言いやがれ。ハクはテメーのおもりだがな」

 

そう言いながら、再不斬は近くにいたハクに目をやる。

すると……

 

「う、ぅぅぅぅっ……」

 

ハクは泣いていた。

特有の力を持つことから恐れられ、今まで里の中でも劣悪な生活を強いられてきた一族が、里の忍たちと手を取り合う……

夢のような光景を目の当たりに、次から次へと感動の涙をこぼし続けていた……

ナルトにはハクの気持ちが痛いほどわかる。

自分も木の葉で同じような目に合ってきたから……

しかし、再不斬はそんなハクを見て、

 

「いつまで泣いてやがんだハク。さっさと泣き止め。忍が感情を表に出すな」

 

などと、身も蓋もないことを言った。

するとハクは、

 

「すみません再不斬さん。でも、この光景を母さんにも見てもらいたかった……」

 

涙を拭いながら、そんな言葉を口にした。

 

「む……」

 

そんなハクに、流石の再不斬も言葉に詰まったのか、顔をしかめて、

 

「……そーいやー、あの姫さん。以前にも増して、さらに人気が出てきたらしいじゃねーか。今や一国の主だ、見合いの話なんかも出てんじゃねーのか」

 

あからさまな話題の転換をしてきた。

ナルトもそれに乗っかるように、

 

「いやー、それがさ。風雲姫の姉ちゃんも困ってるらしくてよー」

「ほう……意外だな。メイと違って、一人か二人ぐれーはその手の話が出てきてもおかしくねーだろーに」

「あー違う違う。確かに困ってんのはメイの姉ちゃんと同じなんだけど、風雲姫の姉ちゃんは逆にあり過ぎて困ってんだってよ」

 

それに再不斬はくつくつと笑い、

 

「ククク、なるほど。そりゃー困り果ててるだろーな……ならナルト、今度はメイがいつ結婚できるか賭けでもしてみるか?」

 

しかし、ナルトは呆れた表情で首を振り、

 

「再不斬、それは賭けになんねーってばよ……」

 

などなど……

二人の馬鹿がどこからか飛んでくる猛烈な殺気に冷や汗を流しつつ、たわいない話を繰り広げているのを見て、ようやくハクは笑みを浮かべた。

 

「お二人とも、また五代目様にお叱りを受けますよ?」

 

そんな言い合いをしている間に……

空気の圧が変化した。

周囲の雰囲気が一段と引き締まる。

ぴりぴりとした殺気が里全体に充満する。

出陣の時間だ。

ナルトとハクは住民たちの避難誘導にあたるため、戦に出ることはできない。

しかし、ナルトの心は未だに揺れ続けていた。

自身の故郷である木の葉との戦いに思い悩む心。

霧の忍であるにもかかわらず、参戦すらできない負い目。

そんなナルトの心情を知ってか知らずか、再不斬が言った。

 

「テメーはまだガキだ。今回はすっ込んでろ」

 

それにナルトは目を吊り上げ、

 

「何をー!? オレってばもうガキじゃねーってばよ! 一人前の忍者だ!」

 

しかし、再不斬は言う。

淡々とした口調で、ナルトを見下ろし、

 

「いや、今はただのガキだ。確かに強くはなった。そこに関してはオレ様も認めてやる。並の忍じゃあテメーに触れることすらできねーだろー……だがな、ナルト。それでもお前はまだまだ一人前とは呼ばねぇ……何故なら……」

 

冷めた声音で、再不斬は言った。

 

「テメーは忍の戦いにおいてもっとも重要な……殺しの経験をしていないからだ」

「!?」

「命懸けの戦いを経験していない。今までは運よくどうにかなってきたが、戦争となれば話は別だ。相手を殺さずに手加減なんかする余裕はねェ。だが、殺しの経験をしていないお前は必ずどこかで隙を生み、足元をすくわれる」

 

再不斬の言葉がナルトの胸に突き刺さる。

ずっと目を逸らしてきたが……

そうだ。

戦争になれば、人が死ぬ。

敵も味方も、殺し殺されるのだ……

何人、何十、何百と……

 

「……再不斬は……なんのために戦うんだ?」

 

口から出たのは、どこか曖昧な言葉だった。

現実から目を逸らした言葉。

しかし、再不斬ははっきりと応える。

 

「ククク、オレが人を殺すのに大それた理由なんざねーよ。言ってみりゃー、そういう風に育ってきたからだ。仲間のためだ、未来のためだ、そんな偽善じみたもん、はなっから持ち合わせちゃいねーんだよ」

 

そう言い切った再不斬だが、

 

「だがな……」

 

言葉を続ける。

ナルトと同じく、隣にいたハクも再不斬の話に静かに耳を傾ける。

 

「そんなもん参考にする必要はねェ。テメーが戦う理由ぐらいテメーで決めろ。言われたことを言われた通りにやる部下なんざ、オレには必要ねェ」

 

自分で決める。

それはどこまでも自由で、鉛のように重かった。

 

「今すぐ決める必要はねェ。遅かれ早かれ、敵を前にすれば嫌でも気づくことだ……だが、これだけは言っておく」

 

再不斬の強い眼光がナルトを見据える。

まるで、全てを見透かしているかのように、

 

「ナルト、もしその時が来れば――迷うな」

 

そう言い残し、再不斬はナルトたちの前から姿を消した。

 

その時が来れば……

 

自分が覚悟を決める瞬間はいつ来るのだろうか。

明日か、明後日か、はたまた来年か。

未来の読めないナルトにはわからない。

だけど、漠然とした感覚で思うことがある。

きっと、その時は、ナルトが本当の意味で……

 

「…………」

 

考えの纏まらない頭で、そんなことを巡らせるが……

今は時間がない。

思考を振り払い、顔を横に向ける。

するとそこには、

 

「…………」

 

何かを考えるような仕草で沈黙し、目を閉じるハクの姿があった。

だが、ナルトの視線に気づいたのか、すぐに顔を合わせ、

 

「ナルトくん、僕たちも行きましょう」

「おう!」

 

二人はそう言って、里に向けて走り出した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

忍という名の道具

霧の里は殆ど無人に近い状態となっていた。

いつもは人で賑わう商店街も、水辺でたむろう釣り人たちも、子どもたちがはしゃぎ回る姿も見えない。

一部の忍たちは、矢倉などの高い場所から敵を監視をするため残ってはいるが、それ以外の殆どが里から出払っている状態であった。

戦えるものは戦場へ。

そして、住民たちは……

ハクが言った。

 

「ナルトくん、念のためもう一度見回りに向かいましょう」

「了解だってばよ」

 

いまナルトは、ハクと共に里の中を駆けていた。

住民たちを安全な場所に逃すため。

里の外れにある、崖に連なる大きな滝。

その滝の裏側には大きな空洞が空いており、緊急時には隠れ家として利用できる人工洞窟が建築されていた。

ナルトたちの任務は、その洞窟に住民たちを避難させること。

そして、その任務はほぼ完遂しつつあった。

里を見回すが、住民の姿は一人として見えない。

居るのは里の警護にあたる霧の忍と……

 

「…………」

 

ナルトの視界に、見覚えのある奇妙な鎧を身に纏った男たちの姿がちらほらと映る。

雪の国の武装、チャクラの鎧。

ある程度の忍術・幻術をオートで打ち消す、ふざけた能力を有する鎧。

それを見て、ナルトは、

 

「なあ、ハク。なんで雪忍たちまでいるんだ?」

 

という疑問を口にする。

ハクは周囲を警戒しながら、

 

「今回、雪忍の彼らは後方支援担当ですから。僕たちとは別に住民の避難も手伝ってくれているのです」

 

それはナルトもわかる。

だが、ナルトが聞きたいのはそこではなく、

 

「なんで後方支援なんだってばよ? いや、霧と木の葉の戦争だし、当たり前なのかも知んねーけど、雪の忍にはあのチャクラの鎧があるんだぞ。あれがあれば木の葉の連中なんかに遅れは取らねーだろ」

 

するとハクは、ああといった納得した表情で、

 

「ナルトくん、その考えは甘いです」

 

と言った。

ナルトは首を傾げ、ハクに尋ねる。

 

「どういう意味だ?」

「確かにチャクラの鎧は強力です。ですが、それは武器が強いだけであって、雪忍である彼らが強いというわけではありません。むしろ下手に強力な武器を身に着けている分、危険なぐらいです」

「危険?」

「はい。何事も慣れた時や油断している時が一番危険です。例えばナルトくん、この間の忍組手を思い出してみて下さい。飛雷神で飛んだ時、無理に後ろを取ろうとして、木に頭をぶつけていましたよね」

「あ〜〜」

 

数週間ほど前にハクと行った組み手を思い出し、ナルトは頭の上に手をおいた。

マーキングの付いた術式クナイが、ハクの背後から絶妙にズレた位置にあったのだが、少しぐらいなら大丈夫だろうと勝負を焦った結果、ナルトの身体はあらぬ方向に飛んで行き、木に衝突するという自滅に終わったのだ。

その後、再不斬から説教に続く説教を受けたのは言うまでもない。

 

「雪忍の方々を前線に立たせないのは、下手に自信をつけ、自ら危険に飛び込むような真似をしないように……という、五代目様や小雪姫様のご配慮かと」

「なるほどぉ〜 そういうことか〜」

 

腕を組み、うんうんと頷くナルト。

が、ハクは続けて、

 

「あと、僕たちがあの鎧に苦戦したのは、初めて見たからという理由が一番大きいです。ナルトくんもいま彼らと戦ったとして……自分が負けると思いますか?」

 

ナルトは無言で首を横に振る。

そこまで言われて、ようやく気づいた。

つまり、雪忍たちを、同盟国の忍や兵を前線に立たせないのはメイの配慮もあるのだろうが、純粋に力不足なのだ。

少なくとも木の葉と正面切って戦うのには、リスクが大き過ぎる。

しかし……ナルトは横目でハクを見る。

いまナルトが考えたことを誰にも教えられることなく、自分で導き出せるハクはどれだけ頭がいいのやら……

再不斬と出会ったからは、ナルトもハクと同じように勉強しているはずなのに……

元から頭の出来が違うとしか思えない。

そんな風に考えていた時だった。

決して、油断していたつもりはない。

だけど、住民の避難も殆ど完了し、周りの静かさから、心に余裕が生まれていた。

少しばかり気が緩んでいた。

だからだろうか……

遅れを取ることになったのは……

 

「動くな」

 

聞き慣れない男の声が聞こえた。

ナルトとハクの二人は足を止め、ゆっくりと声がした方へ振り向く。

すると……

 

「…………」

 

そこには、三人の忍が立っていた。

明らかに実戦慣れした男たち。

しかし、それだけなら問題にはならない。

まずいのは、その忍たちがしている額当て。

木の葉マークが描かれたもの。

そして……

 

「た、助けて……」

 

今度の声は聞き覚えのあるものだった。

霧の里に住む子どもの一人で、ナルトも何度か話したことのある相手。

その女の子の首には……

 

「ぐっ……」

 

クナイが突きつけられていた。

そのクナイを手に持つ木の葉の忍が、目で訴えてくる。

言うことを聞かなければ、この子を殺すと。

状況は……最悪だ。

ナルトとハクは身動きが取れずにいた。

すると、木の葉の忍の中で唯一見覚えのある人物。

中忍試験本選で審判を務めていた木の葉の特別上忍、ゲンマが咥え千本をカチッと鳴らし、言った。

 

「九尾の人柱力、うずまきナルト。貴様を今から拘束する。抵抗すればどうなるか……わかるな?」

 

そう言うと、横にいた忍が少女の首にクナイを押し当てた。

白い肌が傷つき、血が流れる。

赤い液体がクナイを濡らす。

少女は声にならない悲鳴を上げ、硬く目を閉じ、涙を流した。

しかし、木の葉の忍は険しい表情のまま手を放そうとはしない。

彼らにとって、その少女はただの人質なのだ。

解放するわけがない。

だが、その蛮行を目の当たりに、ナルトは怒りを滲ませ、

 

「てめーら、自分が何やってんのかわかってんのか!」

 

と、喚き散らすが、ゲンマは眉一つ動かさず、

 

「そんなことはどうでもいい。オレが聞いてるのは、大人しくついて来るのか、来ないかの二択だけだ」

 

一切の感情を排除した声音でそう言った。

本気だ。

ナルトが拒否した場合、彼らは躊躇なく子どもを殺すだろう。

敵の交渉には応じない。

仲間が人質に取られた場合、味方ごと斬れ。

それが霧の忍の掟だ。

しかし……

そんな選択、ナルトには選べない。

震える少女の姿を見て、今のナルトに取れる選択は……

 

「わかった。お前らについて行ってやる。だから子どもは解放しろ!」

「ナルトくん!?」

 

横にいたハクが悲鳴に似た声を上げる。

だが、ナルトは何も考えなしでそう言ったわけではない。

まずは少女の安全確保。

それさえなんとかなれば、あとは隙を突いて飛雷神で飛べばいい。

ナルトだけなら、どうとでもなる。

そう視線だけでハクに伝える。

 

「大丈夫だってばよ。ハクはこの事をみんなに伝えてくれ」

 

ハクがこちらを向き、一瞬動きを止める。

その隙を逃さず、ゲンマが言った。

 

「ライドウ、イワシ、位置につけ!」

 

ライドウと呼ばれた忍が少女からクナイをどけ、襟を掴み、ハクの方へ放り投げた。

すかさずハクが少女を受け止めた――瞬間。

三人の木の葉の忍が、ナルトを囲むように手を繋ぎ、術を発動する。

 

「飛雷陣の術!!」

 

気づけば……そこは里の外れにある小さな森だった。

先ほどナルトのいた場所から、少し離れた場所。

その距離を一瞬で移動する時空間忍術。

あり得ない現象を目に、ナルトは驚きの顔を隠せなかった。

何故なら、この術は……

 

「嘘だろ……オレと父ちゃん以外にも使える奴がいたのか!?」

 

飛雷神の術。

マーキングの印を施した場所へ、自身や物体を飛ばす時空間忍術。

四代目火影であるミナトがナルトに託した術を……

三人の木の葉の忍が使用したのだ。

ナルトは未だに自身を囲っている、ゲンマ、ライドウ、イワシの三人の忍にこっそりと目をやり、観察する。

全員、並の忍ではないだろう。

木の葉でも、屈指の実力者かも知れない。

それでも……

そんな忍に囲まれてなお、ナルトの心に焦りはなかった。

確かに、飛雷神が使われたことにはかなり驚かされたが、良くも悪くもそれだけだ。

三人での使用にもかかわらず、術の発動速度はナルトのそれを大きく下回っており、はっきり言って、戦闘では役に立たないだろう。

戦えば確実に勝てるという、確信があった。

どれくらいの確信かといえば、仮に九喇嘛のサポートがなくとも、無傷で勝てると言い切れるぐらいの確信であった。

でも、少女の安全を確保した今、無理に戦う必要などない。

だからナルトは、

 

「んじゃ、早速でわりーんだけど、オレってば逃げさせてもらうってばよ!」

 

と、飛雷神の術を発動しようとしたところで……

 

「…………」

 

森の奥から、一人の男が現れた。

木の葉の忍。

短く切り揃えた茶髪に、どこまでも深く潜り込めそうな黒々とした瞳。

明らかに、他の三人とはレベルの違う忍が……

 

「悪いけど動かないでもらえるかな? いや、動いてもいいけど、その場合は……わかるよね?」

 

クナイを片手にこちらに歩いてきた。

もう片方の手には、腕で首を絞めるように、小さな子どもが抱えられていて……

霧の里に住む少年。

その少年は先ほどの少女と同じく、ナルトとも何度か会話を交わしたことのある里の子どもだった。

そして、先ほどの少女と同じく、その身体は恐怖に震えていて……

ナルトは術の発動を止め、男を睨んだ。

 

「テメェ!」

 

しかし、その男はなんの反応もしない。

自身の作戦通り、ナルトの足止めに成功したにもかかわらず、喜びの表情すら見せない。

感情の一切を殺した声音で、

 

「こちらの要求はわかるね。キミが無抵抗で捕まること。それ以外にこの子の命が助かるすべはない」

 

そう言った。

またそれか!

奥歯を噛みしめ、ナルトは内心毒づく。

しかし……

 

「てめェーら木の葉は……いつも……」

 

文句を言いながら、考える。

全身に緊張を巡らせながら、考える。

何か手はないのか。

ナルトと少年、二人を救う方法は。

いっそのこと……戦うか?

ナルトには飛雷神がある。

一瞬、一瞬でいい。

人質がいる状況でも、その一瞬の時間さえどうにかできれば、いくらでも逆転の手はある。

四対一となり、勝算はどれほどのものかわからなくなったが、それでも負けはしないだろう。

ナルト一人だけなら……

だけど……

 

「な、ナルトの、にぃちゃん……」

 

少年を確実に救う方法は、ナルトが大人しく捕まる他ない。

それに、ナルトの心は木の葉と戦うという現実に対し、未だに確固たる答えを見つけられずにいた。

争わずに済むなら、それが一番なのだ。

だから、ナルトは言った。

 

「わかった。木の葉の里まで大人しくついて行ってやる。ただし子どもは今すぐ解放しろ!」

 

その返答に満足したのか、目の前の男が小さく頷き、

 

「いいだろう。用済みとなったこの子は、この場で解放してやる」

 

手に持ったクナイを、少年の前から引いた。

そして、男は自分の部下であるゲンマたちに視線を送る。

すると、ゲンマたちは何故か苦虫を噛み潰したような表情をするが……

 

「……すまん」

 

そんな言葉を呟き、ナルトの周囲から距離をあけた。

 

「ん?」

 

その言動に、ナルトは微妙な違和感を感じ取ったが……

今は人質の安全が第一だと考え、前を向く。

すると、少年が男の手から逃れ、おぼつかない足取りでこちらに歩いて来た。

それを見たナルトは、両手を広げ、笑みを浮かべる。

 

「もう大丈夫だ。お前は里に帰って、みんなと同じ……!?」

 

しかし、そこまでだった。

言葉が止まった。

とすっと、何かを刺すような音が少年の方から聞こえ……

その真っ赤に染め上げられた胸には、一本の枝が刺さっていて……

 

「ぅ……」

 

その枝は少年の血を吸い上げ、成長し、何本にも分かれ……

少年の身体を容赦なく突き刺した。

 

「……は?」

 

わけが、わからなかった。

意味が、わからなかった。

何が起こったのか、理解できない。

目の前の男が言う。

淡々とした口調で、

 

「カカシ先輩の報告通りだ。素質はあるかもだけど、まだまだ子どもだ。敵の言葉を馬鹿みたいに鵜呑みにするなんて」

 

そんなことを言っていて。

ナルトはぼやけた頭で、聞き覚えのある名前に条件反射で応える。

 

「カカシ……先生?」

 

すると、男は僅かに目を見開き、少し呆れた表情をこちらに向け、

 

「キミは敵国の忍を先生呼ばわりするのかい? まあ、先輩は優秀な木の葉の忍だから無理もないか。何せ、キミの対抗策を僕に教えてくれたのは……他ならぬ先輩なんだから」

 

なんてことを言う。

しかし、理解できない。

言葉が頭に入ってこない。

今、ナルトの目に映るのは……

 

「なんだってばよ……」

 

地面に横たわる、少年の死体だけだった。

ほんの数秒前まで、手の届く位置にいた少年が、今も血を流し続け、倒れている。

そこで、はじめてナルトは状況を理解した。

少年は……

殺されたのだ。

目の前の男に。

木の葉の忍に。

ナルトは震える身体を抑え、顔を俯ける。

 

「テメェは……誰だ」

 

男が応える。

 

「ああ、自己紹介がまだだったか。僕の名前はテンゾウ。よろしく……する必要はないか」

「……なんで、子どもを殺した」

 

答えは返ってこない。

ナルトは叫び、

 

「なんで殺した!!」

 

すると、あっさりとした口調でテンゾウが、

 

「なんでも何も、今は戦時下だ。子どもとはいえ、敵を殺す理由はあっても生かす理由はない。そんなにあの子を助けたかったのなら、キミが助ければよかったんだ。そうすれば僕はわざわざ小さな子を手にかけるなんて嫌な真似、しなくて済んだのに……」

 

躊躇なく少年を殺した張本人が、そんなことを言ってのけた。

ナルトは血が滲むほど強く、拳を握る。

身体の奥から、ふつふつと熱いチャクラが溢れ出して。

それを見たテンゾウは、とどめとばかりに、

 

「とはいえ、キミにそんなことをいうのは酷か。九尾の化け物が何かを護るなんて……土台無理な話だからね」

 

化け物。

化け狐の化け物。

それは何度も耳にしてきた言葉。

そうだ。

ずっと言われ続けてきたことだ。

産まれてから、ずっと。

だけど、ナルトの身体は震え出す。

恐怖や悲しみではない。

怒りで、憎悪で、憎しみで、抑えようのない感情が膨れ上がる。

すると、腹の中から、

 

『落ち着けナルトォ! 感情に呑まれるな! 一度そいつらから距離を取れ!』

 

どこからか、そんな声が聞こえた。

だが、もう戻れない。

止まることはできないし、止まるつもりもない。

化け物だというのなら、望み通り本物の化け物になってやる。

 

「……してやる」

 

どす黒いチャクラがナルトの身体を包み込み、瞳が朱く変色する。

 

「……殺してやる」

 

直後、咆哮を放った。

 

「木の葉ァァァァァアア!!」

 

膨大な九喇嘛の……九尾のチャクラが氾濫する。

ナルトの意思ではなく、暴発する形となって。

それを確認したテンゾウは頷き、

 

「これで高度なチャクラコントロールと思考が要求される飛雷神の術は封じた。手筈通り捕らえるよ」

 

部下に指示を出す。

それにゲンマは、げんなりとした顔で、

 

「捕らえるって……なんだこのふざけたチャクラは……」

 

泣き言を言うが、それでも武器を取り出し、戦闘態勢に入る。

三人の忍がナルトの退路を塞ぎ、それと同時にテンゾウが印を結び、術を発動した。

 

「木遁・黙殺縛りの術!」

 

テンゾウの腕から生えた細長い樹木が、ナルトの身体を拘束し、縛り付ける。

そして、武器を携えた木の葉の忍。

ゲンマ、ライドウ、イワシの三人がナルトの手足を切り落とそうとこちらに迫ってくるが……

 

「邪魔だァァ!」

 

ナルトはテンゾウから目を逸らさないまま、チャクラで象られた尾を薙ぎ払った。

たったそれだけの動きで。

三人の……

三匹のムシケラが吹き飛ぶ。

それを見たテンゾウは呻きながら、

 

「クソッ! まだ一本の状態でここまでの力を出せるのか……だが!」

 

樹木がナルトの身体をさらに縛り上げる。

手足だけでなく、尻尾まで拘束され、ナルトの身体は抵抗むなしく地面に貼り付けにされた。

それを機に、また木の葉の忍がこちらにやって来て……

 

「覚悟しろ、化け物ォ!」

 

だが、そんなものはどうでもよかった。

何がどうなろうと関係ない。

目の前のコイツを殺せるのなら……

ナルトは顔を上げ、口を大きく開けた。

 

「グォォォォオオオオ!!」

 

膨大なチャクラの塊。

頭上にチャクラの球体を作り上げる。

純粋なまでの殺意を、テンゾウに向けて放とうと……

しかし、そこで木の葉の忍が、

 

「やらせるか!」

 

武器を振り上げるが、やはりナルトは歯牙にもかけない。

あとはチャクラ砲をテンゾウに向けて放つだけ。

他のことはどうでもよかった。

が……

突如、冷気が迸る。

ナルトを護るように、一枚の鏡が出現し、そこから無数の千本が木の葉の忍に向かって降り注いだ。

と、同時に……

 

「ヴァォォォォォォ!!」

 

信じられないほど力の込められたチャクラの弾丸が、テンゾウ目掛けて放たれた。

ナルトを拘束していた樹木は軽々と破壊され、地を抉ぐり、勢いは止まることを知らず、そのままの威力を保ったままテンゾウに直撃し……

跡形もなく消し飛ばした。

地面には小さなクレーターができあがっていて……

とんでもない威力だった。

流石にこれを正面から受けて、生きていることはないだろう。

ナルトは雄叫びを上げた。

 

「ウォォォォォオ!!」

 

しかし、心は晴れない。

仇を討ったにもかかわらず、心は曇り続けていた。

そんなナルトの前にハクが現れる。

 

「ナルトくん……」

 

ハクは酷く悲しそうな顔をしていた。

そして、辛そうな表情のまま、腕を振り上げ……

パーンッ! という音が聞こえた。

暫くしてから、ナルトは叩かれたことに気づく。

 

「え?」

 

ハクは悲しげな表情から一転、怒りの表情を見せ、叱るように言った。

 

「何をしているのですか、ナルトくん!」

 

ハクは怒っていた。

今までもナルトは、何度かハクを怒らせたことがある。

しかし、今のハクは本気で怒っていた。

だけど……

ナルトは言う。

 

「だって、しょうがねーだろ! 子どもが殺されたんだ! アイツはなんも悪くない子どもを……!」

 

しかし、ハクは首を振る。

 

「違います。木の葉の忍を殺したことに怒っているのではありません。自分の身体を大切にしなかったことに、僕は怒っているんです!」

「あ……」

 

ナルトの言葉はそこで止まる。

ハクはただ、ナルトのことを心配してくれたのだとわかって。

怒りが収まり、九尾のチャクラが元に戻っていく。

朱い瞳が、蒼い瞳に。

それから気まずそうな口調で、

 

「悪かったってばよ……」

 

謝罪の言葉を口にした。

だが、ハクは悲しそうな顔のまま、話を続ける。

 

「僕は昔、力を暴走させ、罪もない村人たちを殺したことがあります」

「え?」

「その村人の中には僕の父さん、父親も含まれていました」

 

ハクは真っ直ぐにナルトを見据える。

大切なことを伝えるように。

 

「彼らを殺さなければ、殺されていたのは僕の方でした。ですが、僕はあの日を後悔しなかったことは一度もありません。今もずっと後悔し続けています」

「ハク……」

「ナルトくんに戦うなと言うつもりはありません。そもそも僕にそんな資格はない。ですが、これだけは心に留めておいて下さい」

 

ハクは一呼吸おいてから、言った。

 

「刃を振るう時は、常に自分の意思で振るうべきです。力を暴走させ、闇雲に刃物を振り回しても、その先にあるのは後悔だけです。たとえ相手に勝ったとしても……」

「……!?」

 

が、そこまでだった。

ナルトはハクの話を遮り、ホルスターからクナイを、術式クナイを取り出す。

それを、すぐさま近くの木の枝に向けて放ち、ハクの手を掴み取った。

 

「飛ぶぞォ!」

 

次の瞬間。

ナルトとハクはその場から消える。

木の枝の上へ、飛雷神で跳躍した――直後。

軽い地響きが起こった。

先ほどまでナルトのいた場所に、大量の木材が突き刺さっていて。

その木材の出所を探すと……

テンゾウが、下からこちらを見上げて、

 

「……躱されたか。会話中を狙ったってのに、やっぱりその術は厄介だね」

 

などと言ってきた。

ナルトは眉を寄せ、

 

「まだ生きてやがったのか! あれをくらったはずなのに……」

 

チャクラ砲を放ったタイミング。

あれはどう考えても回避できるものじゃない。

ナルトのように、瞬間移動できるなら話は変わってくるが……

そこで、ナルトの疑問に応えるように、九喇嘛が話しかけてきた。

 

『さっき目の前にいたのは奴の木遁分身だ。貴様の得意忍術の一つだろ。気づきやがれ」

 

分身……

そうか、そういうことか!

まったく気づかなかった……

ナルトは腹に手を当てる。

 

『九喇嘛、さっきは悪かった。お前の声、ちゃんと聞こえてたのに、オレってば……』

 

しかし、九喇嘛は気怠い声で応える。

 

『木の葉の連中がああいう手で来ることは、初めから予想できてたことだろ。まァ、ワシの話を無視したことに関しては、後で何かしらの罰を与えるとして……』

『ば、罰ぅ!?』

『気ィ抜くなよ、ナルト。木遁は少しばかりワシらと相性が悪い。もう不様な失態は見せるんじゃねーぞ」

『……おう!』

 

意識を戻す。

周囲を見回し、状況を把握する。

すると、立っている木の葉の忍はテンゾウだけではなく……

ゲンマ、ライドウ、イワシの三人も辛うじてだが、こちらを睨み、武器を構えていた。

それを上から見下ろし、ナルトは言った。

 

「ハク、あっちの三人、任せてもいいか?」

 

すると、ハクは不安そうな顔でこちらを向き、

 

「ナルトくん……」

 

心配そうにナルトの名を呼ぶが、ナルトは決意に満ちた強い眼差しで返し、

 

「もう大丈夫だ。オレってば、こんなところで死ぬつもりはねーからよ!」

 

それにハクは、一瞬言葉を詰まらせる。

ナルトが何を考えているのか。

何を決意したのか。

目を合わせただけで、わかったのかも知れない。

だから……ハクは頷いた。

 

「わかりました。あちらの三人は僕が請け負います。御武運を……」

 

本来、数の利が向こうにある以上、ナルトたちは二対四で戦うのがセオリーだ。

しかし、ナルトとハクは木の上から、別々のところへ降り立つ。

これはナルトにとって、避けては通れない闘いだから。

自分でケリをつけなければならない闘いだから。

自身の近くに降り立ったナルトを見て、テンゾウが言う。

 

「まさかキミがこっちに来てくれるとはね。僕としては助かるけど」

 

しかし、ナルトは取り合わない。

もう、木の葉の忍と話すことなんて、何もない。

だが、それでも一つだけ聞いておかなければならないことがあった。

渦巻く敵意とは裏腹に、ナルトは平坦な声音で尋ねる。

 

「カカシ先輩からオレのことを聞いたって、どういう意味だ?」

 

テンゾウはこちらを警戒しながらも、はっきりとした口調で、

 

「なんだ、知らなかったのかい? 先輩は新しく火影に任命されたダンゾウ様の右腕として、今回の戦争に一役買っているんだよ。まあ、今は木の葉の警護にあたっているから、この戦争自体には参加していないけど」

 

と、言った。

そして、その言葉は決定的だった。

ナルトは視線をずらし、地面に横たわる少年を見る。

その身体は真っ赤に染まっていた。

その身体は二度と動くことがなかった。

 

「…………」

 

ゆっくりと目蓋を閉じる。

甘かった。

説得しようと、話し合いで解決しようとしたのが間違いだった。

最初から殺す気でいけば、助けられる可能性は十分あったのだ。

心のどこかで、今回も上手くいくと……

誰も死なずに済むと……

しかし、イタチの言う通り、ナルトの考えは甘かった。

ただの幻想だった。

 

「…………」

 

目蓋の裏に映るのは数々の思い出。

サスケと張り合い、サクラを追い回したアカデミー時代。

ネジをはじめ、多くの忍としのぎを削り、互いに高め合った中忍試験。

辛いことだけじゃなかった。

楽しいことや嬉しいことだって一杯あった。

だけど……その全てが……

 

“だがいつかは、人が本当の意味で理解し合える時代が来ると……ワシは信じとる!”

 

全ての思い出が、泡沫となり、色褪せていく……

 

けれど……まだ……

 

ナルトの意識が深く、深く、落ちていく。

そこは自身の内側。

大きな檻がかけられた、九喇嘛の部屋だった。

 

『いいんだな?』

『ああ』

 

ナルトは短く応えた。

しかし、九喇嘛は言う。

 

『そっちじゃねェ。木の葉との戦争に参加することになる。覚悟は……できてんだろーなァ?』

 

が、ナルトは言った。

 

『オレは霧の忍だ』

 

ナルトには、まだ大切なものが残っていた。

九喇嘛だけじゃない。

再不斬、ハク、長十郎、里のみんな……

だから……

目を細める。

一切の感情を排除した瞳。

忍という名の道具に成りきる。

そして……

目の前の木の葉の忍を――殺すべき敵を見据えて、

 

「影分身の術」

 

十字架を背負うように、印を結んだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナルトvsテンゾウ 奥義!風遁・螺旋丸

チャクラのうねりとともに、三人の分身が出現した。

本体のナルトは一歩下がり、テンゾウの動きを観察する。

戦闘において重要なのは、自分の力と相手の力を見極めること。

まずは、ほぼノーリスクで扱える分身を利用して、情報収集を行う。

直後、分身たちが目線で合図を送り合い……

散開する。

地を蹴り、駆け出した。

最初の一人は脇目も振らず、真っ直ぐに突っ込み、

 

「っらあ!」

 

まだ幼さを残すナルトの見た目からは、想像できないほど素早い拳打が繰り出された。

が、それはあっさりと防がれ、返しの拳を突き出される。

分身もそれを難なく回避するが、木遁で足下を拘束され……

ボン!

煙となって消えた。

次に、今の戦闘の最中、背後に遠回りしていた分身がクナイを片手に、敵の死角から襲いかかる。

それに気づいたテンゾウは、

 

「速い……っ!」

 

ギリギリのところで斬撃を躱し、跳躍する。

そのまま空中でバランスを取り……

右腕を突き出し、術を発動した。

 

「木遁の術!」

 

加工された木材が、テンゾウの腕から伸び、地上に降り注ぐ。

分身もクナイで応戦するが、抵抗むなしく……

ボン! と音を立て、消えた。

そして、

 

「はあっ!」

 

地面に着地したテンゾウは術を維持したまま、木の枝を伸ばし、残った分身を捕らえようと……

しかし……

 

「…………」

 

三人目の分身は、瞬身の術を多用し、迫り来る木材を華麗に躱し続けていた。

触れただけで不味いと学習した分身は回避に徹し、擦りさえさせない。

が、それに業を煮やしたテンゾウが、

 

「逃がさないよ」

 

左腕からも木材を生やし、左右からナルトの分身を追い詰める。

それでも数秒ほど粘っていたが、ついに逃げ場をなくした分身は攻撃をくらい……

ボンっ! と白い煙を立て、弾けるように消えた。

そして、本体のナルトは……

 

「…………」

 

それを黙って見ていた。

分身が得た情報は、分身が消えた直後、術者であるナルトに還元される。

それを元に、ナルトは頭の中で戦術を組み立てる。

未知数だったテンゾウの実力は、今ので大体把握できた。

予想していた通り、かなりの実力者で、間違いなく上忍クラスの忍だ。

しかも、自分の上司である再不斬レベルの……

だが、攻撃を当てることはそう難しくない。

先ほどの戦闘でも、本体のナルトより僅かに性能の劣る分身を相手に、スピードは殆ど五分五分であった。

そう……

手を抜いていた分身と互角だったのだ。

敵の力量を計りつつ、相手はこちらの力量を読み違えるように。

ナルトはこういう戦闘の時、最初わざと手を抜くように癖をつけていた。

まあ、再不斬やハクに、影分身はそういう風に使った方が効果的だと教わっただけなのだが……

それはさておき……

 

「…………」

 

目の前の男を見る。

木遁などという、聞いたこともない術を扱う忍。

身のこなしや雰囲気から考えても、テンゾウは手練れの忍者だ。

木遁以外にも、ナルトが知らない術を使用できるかも知れない。

いくら攻撃を当てたとしても、下手に手負いにして、反撃を受ければ元も子もない。

いや、最悪逃げられる可能性だってある。

それだけは避けなければ……

勝負は最初の一撃で決めるしかない。

作戦は……決まった。

あとは実行するだけ。

ナルトは指先を交差させ、再び十字に印を結び、術を発動する。

 

「影分身の術!!」

 

チャクラのうねりとともに、横一列に並んだナルトの分身が、八人現れた。

が、そこで。

テンゾウが言った。

 

「一応聞いておくけど、大人しく捕まる気はあるかい?」

 

などという、馬鹿馬鹿しい問いに、

 

「ふざけんな。んなもん、あるわけねーだろ」

 

ナルトは淡々とした口調で応える。

しかし、テンゾウは無表情のまま、どこか真面目さを感じさせる声音で、

 

「戦争が過激化すれば、大勢の人間が死ぬことになる。だけど、今ならキミ一人の命で犠牲を最小限に抑えることができる。キミにとっても、そう悪い話ではないと思うけどね?」

 

なるほど。

確かに、一人の命でより多くの人間を救えるのなら、そちらの道を選ぶべきだ。

だが、ナルトは、

 

「ふざけんな。殺さなくてもよかった子どもを殺しておいて、最小限の犠牲だと? 大体、この戦争はお前ら木の葉が始めたことだろ。命の大切さを語るなら、なんで戦争なんか始めやがった」

 

すると、テンゾウはすらすらとした口調で、

 

「何を他人事みたいに言っているんだい。確かに、この戦争は木の葉が始めたものだ。そこを否定するつもりはない。だけどね、戦争のきっかけを作ったのは紛れもなくキミだよ、うずまきナルト。九尾の人柱力であるキミが勝手に里を抜け出したおかげで、木の葉は今、滅亡の危機に瀕している。この戦争はその延長のようなもの。つまり、キミが引き起こしたと言っても過言ではないのさ」

 

なんてことを言ってきて。

それに、ナルトは怒りを覚える。

さっきのように取り乱すようなことはないが、それでも怒気を孕んだ瞳で、

 

「オレをずっと除け者にしてきたのはてめーら木の葉の方だろ! だから、オレは里を抜けた。そしたら今度は帰ってこい? わけわかんねーこと言ってんじゃねーぞ! オレも九喇嘛も、てめーらのオモチャじゃねェ!」

 

叫ぶように声を上げた。

しかし、テンゾウは首を横に振る。

 

「いいや、キミは木の葉の道具だ」

 

あっさりとそんなことを言ってのけ、

 

「忍は、人は争う生き物だ。仮に今回戦争が起きなかったとしても、必ず誰かが似たような事態を引き起こしていただろう。そして殺し合い、さんざん屍の山を築き上げた後、争いは無意味だと悟る。だけど、そんな風に痛みで得た教訓も、数年もすれば記憶は薄れ、また里同士の争いが勃発する。しかし、それではいつまで経っても終わらない。だから、それを力で抑え、里同士のバランスを取り、犠牲を減らすシステム。それが……」

 

が、ナルトはそれを遮り、

 

「それが、人柱力だって言いてーのか」

 

すると、テンゾウは感情を映さない瞳のまま、にっこりと嫌な笑みを浮かべ、

 

「なんだ、ちゃんと知ってるんじゃないか。つまり、キミは勝手に出歩いていい存在じゃない。大人しく木の葉に帰ってくるんだ」

 

と、言った。

そして、それに対するナルトの返答は……

 

「…………」

 

無言でポーチに右手を入れる。

そこから何本もの術式クナイを取り出し、周囲へばら撒いた。

と――

掌を上に向ける。

両隣にいた二人の分身ナルトが、その差し出された右手に自身の掌を重ね合わせ……

ナルトが言った。

 

「オレの答えは同じだ。ふざけんな! お前たち木の葉の言うことは、口先だけでなんも心に響かねー。人は争う生き物? 犠牲を減らすシステム? ふざけんじゃねぇーってばよ! お前たちはいつも人を傷つけるだけだろォ!」

 

ナルトの手に、蒼く輝く球体ができあがる。

チャクラの形態変化を極めた、四代目火影の残した遺産忍術。

螺旋丸。

が――

ナルトたちはそこに、さらに風の性質変化を加え始める。

 

「戦争を始めたのはテメーら木の葉だ! 勝手に責任なすりつけてんじゃねェ! それでも、まだわかんねーってぇなら……」

 

旋風音。

螺旋丸を核に、小さな四枚の白い刃が生まれる。

僅かに風を切り裂く音。

見た目にそれほど大きな変化はない。

大きさもナルトの掌に収まるほど。

だが……

テンゾウが驚愕の表情を見せる。

今まで感情の一切を表に出さなかった男が、目を見開き、囁くように呟いた。

 

「……まさか」

 

螺旋丸はチャクラの形態変化を最高レベルまで高めたAランク忍術。

しかし、そこに性質変化を組み込むことは術の発案者でもある四代目……ミナトにさえ成し遂げられなかったこと。

それが今、ナルトの手に掲げられ……

 

「オレがてめーら木の葉に――痛みを教えてやる!!」

 

九人のナルトが一斉に術式クナイを取り出す。

途端、テンゾウから強烈な殺気が噴き出した。

並の忍では息をすることさえ忘れるほどの、強い殺意。

それを全身から放ち、

 

「交渉は決裂だな。それに……どうやら手加減をする余裕もなさそうだ」

 

突如、冷たい声が耳に届いた。

冷徹な眼差しが、ナルトの姿を捉える。

 

「木の葉の肥やしとなれ、九尾の人柱力」

 

素早く印を結んだテンゾウの手から、大量の木材が放たれる。

威力、速さ、範囲、その全てが今までの技とは明らかにワンランク上の木遁忍術。

一度でも捕まれば、命はないだろう。

しかし、それだけだ。

この程度の術、いくら放とうと今のナルトに届くことはない。

 

「一瞬で終わらせてやる」

 

次の瞬間。

電光石火が迸る。

九人のナルトが。

音もなく。

光の速さで。

その場から……

 

――消えた。

 

ある者は予めばら撒いておいた術式クナイへ。

ある者は別の分身が持っている術式クナイへ。

ある者は瞬間移動を行いながら、術式クナイを投げ、マーキング場所を移動させ。

まるで魔法陣を描くかのように、黄色い閃光が縦横無尽に飛び回る。

飛雷神の術。

マーキングからマーキングへ跳躍し続けるナルトたちを見て、テンゾウは呻くように言った。

 

「うわさには聞いていたが、これほどとは……」

 

既に木遁はナルトを追い回すことすらしていない。

速さの次元が違う。

テンゾウにはナルトの姿を捉えるどころか、目で追うことすらできていない。

しかし……

彼の目は、死んではいなかった。

チャクラを巡らし、反撃のチャンスをうかがっているのがわかる。

それでも、ナルトの視点から見たテンゾウの姿は……あまりにも隙だらけであった。

と――

九つの光芒が閃き。

背後に回り込んだ分身が、躊躇なく術式クナイを投擲する。

その術式クナイが、テンゾウの鼻先まで迫った――瞬間。

本体のナルトが、目にも止まらぬ速さで飛び込み、

 

「くらいやがれ!」

 

奥義を繰り出そうと……

しかし、

 

「詰めが甘い……!」

 

ナルトの眼前には、これでもかというほど絶妙なタイミングで……

木材の群れがカウンターの形で襲いかかってきた。

木遁を操りながら、テンゾウが、

 

「飛雷神の速度にはついていけなくとも、放たれたクナイ程度なら僕でも見切れる。あとはそこに罠を張るだけでいい。目にも止まらぬ速さが仇となったな!」

 

と、言いながら、木材の矛がナルトに迫って来て。

が……

そんな状況でなお、ナルトは冷静さを失っていなかった。

焦りの表情一つ見せない。

この奥義は、あの自来也とフカサクが太鼓判を押したもの。

対策を練ろうと、対策の取れる技ではない。

刹那。

九人のナルトが戦局を把握する。

十八の瞳が最適解の答えを導き出し……

その直後。

なんの予備動作もなく。

印も結ばず。

相手に一切の選択を与えず。

一筋の閃光が……形勢を覆す。

テンゾウの死角にいた分身ナルトと本体のナルトが、合図の一つもなく、視線すら合わせず、状況判断のみで思考をシンクロさせて。

同じタイミングで、同時に同じ術を発動した。

 

「互瞬回しの術!」「飛雷神!」

 

瞬間。

位置が入れ代わる。

降り注ぐ木材は全て分身が受け止め。

本体のナルトは一瞬にして、テンゾウの懐に潜り込み、

 

「――終わりだ」

 

右手に掲げた螺旋丸を……

 

「飛雷神・螺旋乱舞閃光陣の段・玖式!!」

 

風遁・螺旋丸を叩き込んだ。

 

「がぁっ……!」

 

脇腹に術を叩き込まれたテンゾウが、苦悶の声を絞り出す。

腹が捻れ、肉が散り、骨が砕ける。

分身でもなければ、変わり身でもない。

目の前にいるのは、紛れもなく生きた人間。

だからこそ、ナルトはさらに掌を押し込んだ。

 

「うおおおらあああ!!」

 

ネジの時のような寸止めはしない。

我愛羅やサスケの時みたいに、加減などしない。

螺旋丸に込められた風の刃が、確実に相手の息の根を止める。

風遁・螺旋丸。

必殺の奥義が炸裂する。

 

「ああああああ!!」

 

テンゾウの身体が、凄まじい勢いできりもみ回転を描き、前方へと吹き飛んだ。

枝を折り、森の木々を貫通し、それでも勢いは止まることを知らず、最後には大きな岩に身体を激突させる。

それでもまだ終わらない。

既存の風遁忍術ではあり得ないほどの、膨大かつ鮮烈な風のチャクラが刃となり、テンゾウの身体をズタズタに斬り裂き、斬殺する。

 

「…………」

 

最後に残ったのは……

かろうじて原形をとどめた、惨たらしい死体だけだった。

 

「はあー……」

 

口から疲労の声が漏れる。

初めて……

人を殺した。

自分の手で。

だけど、後悔はしていない。

自分で決めたことだから。

自分の意思で選択したことだから。

が、そこで。

 

「…………」

 

誰かが後ろに立つ気配がした。

だが、ナルトは振り返らない。

ハクは何も言わない。

いつものような鳥のさえずりも、虫の騒めきも、今は聞こえない。

先ほどまで激闘が繰り広げられていた森には、深々とした静寂が広がっていた。

ナルトはその場にしゃがみ込み、地面に落ちていた一冊の本を拾い上げる。

 

表紙に「ド根性忍伝」と書かれた本。

 

そこには、ナルト、ハク、長十郎、そして裏表紙の端っこに再不斬のサインが描かれていて……

そのサインは……血で赤く染まっていた。

空を見上げる。

風に流される雲をじっと眺めながら。

誰に伝えるのでもなく、自分に誓うように。

ナルトは告げた。

 

「木の葉は……オレが潰す」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

血霧の里

霧海という言葉が存在する。

一面に立ち込めた霧。

その霧を海のように広く、海のように深いと例えた言葉だ。

経験したことのない者は、たかが霧と思うかも知れない。

ここにいる木の葉の忍たちも最初はそうであった……

 

そして、気づいた時には……

 

自然の霧がかかる広大な森。

海から陸に上がった、霧隠れの所有地。

その中を千人にも及ぶ木の葉の大部隊が、足を休めることなく行軍していた。

この部隊は先行部隊でもあり、後続の道を確保し、敵に威圧をかけ、混乱を誘う役割を担っていた。

後ろにはまだ、倍の二千人近い大軍が控えており、兵の士気は浮かれ気分で舞い上がっていた。

何故なら……

皆が口々に言う。

 

「木の葉から他国に侵攻するなんて初めてじゃないか?」

「確かに、木の葉は平和を愛する里だからな。だが、今回は違う」

「そうだ! あの化け狐はなんとしても我らの手で殺してやらなくては!」

「あんなガキ一人殺すだけで木の葉の、いや、忍世界の英雄になれるんだ!」

「浮かれるな。ここは既に霧のテリトリーだ。奴らも馬鹿ばかりではない。そろそろオレたちの存在にも気づいてるはずだ」

「なんだ? ビビったのか、お前? オレたちにはあのダンゾウ様がついてるんだぞ」

「やっとみんなの仇が討てる。化け狐めっ!」

「九尾を始末して、オレたちが里の平和を守るんだ!」

 

と、いうわけであった。

戦が始まる高揚感に加え、ナルトの討伐という大義名分を得た木の葉の忍たちは、有頂天に舞い上がっていた。

だから、誰も気づかなかったのだ。

自分たちが既に、迷霧の迷宮に足を踏み入れている事実に……

 

気づけば、そこは深い森の中だった。

いつの間にやら、進行方向が道から逸れていたらしい。

辺りを覆う霧も一段と濃くなっていた。

霧が濃くなり始めたことには、みんな薄々気がついてはいたが、所詮はただの霧。

感知タイプの忍からもなんの報告もなく、相手の忍術というわけでもなさそうだったので、特に気にも留めなかったのだが……

腕を伸ばしてみる。

すると、もう自分の指先が見えない。

ハッとなり辺りを見回すが、一面が白景色。

かろうじて隣を歩いている奴ぐらいは見えるが、その隣となると、もう何も見えない。

その事実に気づき、僅かな不安が襲いかかる。

だけど、さっきはただの霧だと言い切った手前、誰も何も言えない。

ただ離されないように、前の背中にすがりながら、足を進める。

しかし、自分たちは正しい道を歩いているのだろうか?

そんな考えを過ぎらせ、一瞬でも足を止めてしまうと……

 

「……あれ?」

 

もう、何も見えなくなる。

どちらを見ても、どこを見ても同じ景色。

終いには、自分が立っているのかすらわからなくなる。

視覚が封じられ、今度は音や嗅覚に頼ろうとするが、ここは敵地。

全ての感覚が自分に慣れないもので、それが不安をさらにかきたてる。

どれくらいそうしていただろう。

一分だろうか、十分だろうか。

時間の感覚さえも曖昧になり……

このままではマズいと、誰かが声を上げようとした瞬間。

 

「うわあああああああ!!」

 

絶叫が響き渡った。

そのことに、さらに不安がかきたてられ、身をすくめていると……

 

「あ、ああ、あ あ あ あ……」

 

誰が発したのだろうか。

酷く頼りない声が耳にこびりつく。

そして、次に聞こえたのは、

 

「く、首が……」

 

意味のわからない言葉であった。

だが、その言葉の意味はすぐに知れ渡ることになる。

忍犬たちがこぞって遠吠えを上げる中、犬塚一族の忍が叫ぶように言った。

 

「敵だッ! 敵がいるぞー!!」

 

次の瞬間。

その叫んだ忍の後ろに、血で濡れた身の丈ほどの大刀を持った鬼が現れ……

その首を、鮮血とともにはね飛ばした。

鬼が――桃地再不斬が再び霧の中へと姿を消す。

 

『落とした首は数知れず。穢れた刀は血で雪ぎ』

 

どこかで、誰かが吠えるように言った。

 

「霧隠れの鬼人・桃地再不斬だ! 奴が近くにいるぞ! 総員近くの者と背中を庇い合うように陣を取れ! 首だけは最優先に守れッ!」

 

それを聞いた忍たちが、近くの者と輪を作り、武器を構え、警戒態勢に入る。

が、その者たちもすぐにあの世へ渡ることになる。

しかも、今度は一瞬にして何十人もの木の葉の忍が……

 

「「「……は?」」」

 

人の身体が宙を舞う。

正確に言えば、舞い上がるのは上半身の部分だけ。

全員、一瞬にして身体を半分に斬られたのだ。

そして、そんな荒業をやってのけたのは……

黒縁のメガネを顔にかけ、短く切り整えられた水色髪、そして刀身は一つだが柄が二つある特徴的な刀を携えた少年。

長十郎が霧に乗じ、刀を振り回す。

 

『屠った敵は数知れず。群がる仇を討ち斃す』

 

それを見た忍たちが、生半可な防御では防ぎきれないと悟り、

 

「集まれ! 壁を張って、一度態勢を立て直すぞ!」

 

言うや否や、防御忍術を得意とする土遁使いの忍たちが前に並び、術を発動した。

 

「「「土遁・土流壁!!」」」

 

途端、目の前に大きな土の壁が出現する。

これで容易に突破されることもないだろう。

そう安心したのも束の間……

バキッ! と、壁にヒビが入る。

斧の形状をした刀が、頑丈であるはずの土壁にあっさりと刀傷を入れる。

さらにその上から、巨大な大槌が振り下ろされ……

次の瞬間。

豪快な破壊音とともに、木の葉の忍たちを守るはずだった防壁は、あっけなく粉砕された。

忍術もクソもない、ただの力技で。

霧隠れの鉄槌・通草野餌人。

彼の前にはどんな防御も意味を成さない。

 

『逃げた先は骸の山。ようこそ地獄の一丁目』

 

防壁が崩れさり、態勢を立て直す暇もなく。

慌てふためく忍たちに、次の一手が差し込まれる。

突如、破壊された壁の穴から巨大な刺繍針が飛来する。

その大きな針が、まるで布でも縫うかのごとく、忍たちの身体を貫通し、

 

「な、なんだ、これ……」

「やめろぉ……」

 

針に通された糸で引き寄せ、連れ去っていく。

中には身体を貫通した瞬間に絶命した者もいたが、それらも全て連れ去られ……激突する。

人間の身体が木と一体化するような、凄い勢いで叩きつけられる。

その時点で大半の者が死んでいるのだが、まだ息のある者は……

 

「た、たずけでぐれぇ……」

 

首を糸で吊るし上げられる。

木にぶら下がった身体は、自身の体重でゆっくりと時間をかけて下がっていき……

頸動脈を斬られて絶命する。

が、絶命後も糸は解けない。

血肉が下にただれ落ち、最後に首が落とされるまで。

 

「ひ、ひぃぃ……!?」

 

それらの惨殺劇を一部始終見ていた木の葉の忍から、悲鳴の声が漏れる。

その目には、血に濡れた仮面を被った暗殺者。

栗霰串丸のおぞましい姿が映っていた。

 

『我らが歩むは修羅の道。血を血で朱く染め尽くせ』

 

たった数分の間で、戦場は阿鼻叫喚の地獄絵図を描いていた。

だが、周りにばかり気を回してはいけない。

違和感を感じ、足元に目をやると……

 

「なんだこれ?」

「水?」

 

先ほどまでただの土だったはずの足場に、地形を変えるほどの、大量の水が流されていて。

その緩やかな流れが……

突如、激流へと変貌を遂げた。

木の葉の忍が叫ぶ。

 

「流されるなッ! 何かに掴ま……え?」

 

ふと視線を横に向ける。

すると、木の枝を掴んでいたはずの右腕が、肩から骨を覗かせなくなっていた。

傷口は何かに喰われたような形をしていて……

 

「う、うわああぁああ!!」

 

激流に飲み込まれながら、自分の右腕が鮫に喰われる様子を見せられていた。

赤い血とともに、残忍な笑みを浮かべた忍が姿を現す。

霧隠れの怪人・干柿鬼鮫。

数年前に霧の里を抜けた、S級の超犯罪者。

 

『欲望には絶命を。悪意には絶息を。鬼は魂をも喰らうだろう』

 

何人かの忍がその姿を確認し、畏怖の表情を浮かべる。

 

「アイツは、干柿鬼鮫!?」

「奴は霧隠れを抜けたんじゃなかったのか! なんでこんなところに極悪級の犯罪者が!?」

 

その叫びは周囲へと伝播し、忍たちの恐怖を焚きつける。

再不斬、長十郎、餌人、串丸、鬼鮫。

一人でも、普通に戦えばまるで歯が立たない相手が、五人。

それでも数で押せば勝てるだろう。

普段ならそう思っていた。

だが、現状はどうだ?

こちらは千人の味方がいるにもかかわらず、勝ち負けどころか、相手の姿すらまともに見ることができない。

こんなもの……戦いとは呼ばない。

ただの……一方的な虐殺だ。

しかし、やられっぱなしではいられない。

そう、自分を奮い立たせ、一歩足を踏み出すと……

 

「…………」

 

自分の足が、仲間の首を蹴り飛ばしていた。

目がこちらを向く。

その目は瞬き一つせず、こちらをじっと見ていた。

幻聴が聞こえる。

“次にこうなるのは……お前だ”

瞬間、死の恐怖が蔓延する。

 

「「「こ、殺されるっっ。逃げろぉぉ!」」」

 

前も後ろもわからない。

方向感覚はとうの昔に消え去っていた。

霧の森は進むことも、戻ることも許さない。

それでも木の葉の忍たちは足を進める。

止まった先に待つのは、自分の死だと理解したから。

しかし……

轟音。

立ち込める硝煙とともに、破壊の音が響き渡る。

 

「対爆防御ーー!!」

 

直後、いくつもの大きな岩が、忍たちの頭上へと降り注いだ。

地響きに足下を揺らされ、跪く。

そして……

暫くしてから、衝撃が治まった。

発生した土埃のおかげで、さらに視界の悪くなった霧の中、なんとか目を凝らし状況を確かめる。

すると……

 

「あ……」

 

目の前には死体の山。

土砂崩れに遭い、潰れた仲間の死体。

そして、塞がれた退路。

こんなタイミングで、自然に発生する災害などあり得ない。

パニックに陥る寸前の頭で、上を見上げる。

 

「…………」

 

そこには、先端に巻物が巻かれたおかしな形状の刀を崖の上に突き刺し、こちらを見下ろす一人の忍が佇んでいた。

無梨甚八。

その悪名は、木の葉の里にも轟いていた。

 

『血霧の里には鬼がいる。人を喰らう鬼がいる』

 

もう、誰も平静を保っていなかった。

首が飛ぶ。

身体が飛ぶ。

隠れることも、逃げることも許されない。

首は吊られ、落とされる。

友の身体は喰い千切られ、魚の餌と成り果てる。

 

そこは――地獄だった。

 

そんな奈落の底に、一筋の光が差す。

誰かが、絹を裂くような声音で叫んだ。

 

「光だ! 光が見えるぞー!」

 

その声につられ、木の葉の忍たちが走り出す。

それは最後の希望であった。

が、その道はさらなる地獄の旅路となる。

深い霧が立ち込める森の中、そんな光に導かれ、慌てて歩みを進めてはならない。

それはただの……幻覚だから。

雷光が迸る。

 

「「「ぐわああああ!?」」」

 

何人もの忍が一瞬にして、丸焦げになる。

霧が晴れる刹那の時間。

一人のくノ一が姿を見せた。

細身の刀身に雷遁を纏わせ、こちらに微笑を向ける女性。

林檎雨由利。

 

『忘れたならば思い出せ。朽ちゆく者の手向けとなろう』

 

再び、霧が辺りを覆う。

何も映さない白景色。

前後左右も不確かで、平衡感覚が奪われる。

瞬間。

七人の影が、霧の中に浮かび上がった。

 

『霧隠れ・水影直属無音暗殺部隊。忍刀七人衆――ここに推参』

 

樹海に、濃密な殺気が充満する。

そこに暗殺者の姿はなく、ただその声だけが木霊した。

 

『これより――木の葉崩しに参る!!』

 

そこから……

一方的な大量虐殺劇が、静かに幕を開けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

激動する戦場

黒い鳥。

無数のカラスが間延びした鳴き声を上げ、あちらこちらへ飛び交う。

その中心。

飛びながら円を描くカラスたちの中心に、一人の忍が座るように腰を下ろしていた。

黒い忍装束を身に纏った男。

イタチは高い断崖絶壁の上から、各戦場を見回していた。

諜報に放っていたカラスたちから、戦況の報告を聞く。

どうやら鬼鮫の方も動き出したようだ。

イタチはカラスの目から情報を読み取りながら。

かつて木の葉に向かった時、彼が自分に言った言葉を思い出す。

 

“故郷には、やはり未練がありますか? アナタでも”

 

あの言葉の深層心理は、おそらく鬼鮫本人にも理解できていないだろう。

“アナタでも”ということは、鬼鮫自身、霧に未練があると言っているようなものだ。

その証拠に……

 

「……ふっ」

 

イタチは自分の口元を僅かに緩める。

霧の忍とともに戦場を暴れ回る鬼鮫の顔は、まるで子どものように生き生きとしていた。

だが、いつもでも傍観者でいるわけにはいかない。

 

「オレは、オレの役目を果たさなくては」

 

やはり、戦場のどこを見回しても、ダンゾウの姿は見当たらなかった。

つまり……

ここにいる千を超える木の葉の忍たちは、全員捨て駒というわけだ。

ダンゾウが裏に回り、九尾を奪取するまでの時間稼ぎ。

しかし、

 

「奴の思い通りに、事を進めさせるわけにはいかない」

 

ダンゾウのやっていることは……

ある意味正しい。

だが、正し過ぎる。

 

「そのやり方では、誰も救われない」

 

イタチは一人呟き、その場から姿を消した。

 

 

 

場面は戻り……

里の外れにある小さな森。

ナルトとハクの二人は、少年の遺体の前で静かに手のひらを合わせていた。

本当は今すぐ少年の親に伝えるべきなのだろうが、そんな時間はない。

戦争中だ。

一分、一秒が惜しい。

だから、遺体は森の草むらに隠し、ナルトたちは行動を開始することにした。

 

「オレたちも戦場に向かうってばよ」

 

静かに告げるナルト。

しかし、ハクはその場を動かず、冷静な口調で言った。

 

「待って下さい。まずは作戦を立てましょう」

 

それにナルトは、平坦な声音で、

 

「作戦? そんなもん移動しながら決めりゃーいいじゃねーか」

 

だが、ハクは言った。

あくまでも冷静さを失わない声音で、

 

「ナルトくん。戦いの基本は覚えていますね?」

「……相手の力を見極めて、自分の有利な場面で勝負を決める」

「その通りです。では次に、戦争の基本は覚えていますか?」

「…………」

 

ナルトは言葉に詰まった。

習った気もしないでもないが、さっぱり思い出せない。

それに、いつもより頭も上手く回らない。

何もしていなくても、木の葉に対する激情が膨れ上がって……

すると……

ハクが抑揚のない声音で言った。

 

「戦争の基本は、弱いところから崩す。これが一番手っ取り早い方法です。例えば……力のない子どもを人質に取る、とか」

 

その言葉に、ナルトは歪んだ表情を見せる。

拳に力を入れて、

 

「何、言ってんだ……まさか、木の葉の連中が正しいって言うつもりか」

 

が、ハクは首を横に振る。

徹底した口調で、ナルトにもわかるように説明する。

 

「確かに、木の葉の行いは非道そのもの。嫌悪すべき行いです。ですが、戦術としては何も間違ったことはしていない。それは……ナルトくんにもわかりますよね?」

 

それは……悔しいがナルトにも理解できた。

実際、普通に戦えば普通に勝てる木の葉の忍に、ナルトは翻弄され続けていたのだから。

そして、もう一つわかったことがあった。

普段のハクは、冗談でもこんなことを口にしない。

戦術として、いくら正しかろうと、子どもを人質に取ることが正しいなどと。

決して口にする人物ではない。

つまり……

それほどまでに、怒っているのだ。

木の葉の所業に。

彼らの蛮行に。

怒っているのは、ナルトだけではなかった。

ハクも同じなのだ。

それでも冷静さを保とうとしているハクを見て、

 

「ふぅー……」

 

ナルトは大きく息を吐き、はやる気持ちを押し留めた。

スイッチを、オフにする。

焦っても結果は変わらない。

今は仲間の話に、耳を傾けるべきだ。

ハクが続ける。

 

「ですが、それは戦争に勝つ方法ではありません」

 

ナルトは首を傾げ、

 

「勝つ方法じゃない? どういうことだ」

「昔、僕がこんなことを言ったのを覚えていますか? もし僕に、ナルトくんと同じぐらい膨大なチャクラがあったら……という話です」

 

ナルトはポンッと手を打ち、

 

「あー、それは覚えてるってばよ! えーと……なんだったっけ?」

「もし僕にナルトくんほどのチャクラがあれば、敵と戦闘になった際、自分は安全な場所に隠れて、永遠と影分身を送り続ける……という話です。まあ、ナルトくんはカッコ悪いから嫌だとおっしゃっていましたが……」

 

あー、そうだ。

あの時はそれを聞いて、ハクも結構えげつないことを考えるなー、などと心の中で呟いていた。

ナルトが頷いたのを見て、ハクが指を立てる。

 

「ここで先ほどの話に繋がるのですが、戦争に勝つ一番の方法は、単刀直入に言ってしまえば、“相手と殴り合いをしない”。これが確実な方法です」

 

それに、ナルトはさらに首を傾げる。

 

「ん? でも、相手を殴らねーと勝てねェじゃねーか」

 

しかし、ハクはそれを否定する。

 

「違いますよ、ナルトくん。殴らないのではありません。一方的にこちらが殴るのです」

「んん?? なぞなぞ、か?」

「いえ、言葉通りの意味です。よく戦争は生き物だ、などと比喩されて言われますが。では、その戦争を動かしているのは誰だか……わかりますか?」

「そりゃあ、リーダーだろ」

 

ナルトの解答に、ハクは頷きながら、

 

「はい。ですが、木の葉のリーダー。ダンゾウの処分は五代目様が直々に下すでしょう。僕らが行っても邪魔にしかなりません」

「……そうだな」

 

ダンゾウの相手をしているのは、メイではなく、イタチだ。

あの話を聞いたナルトだからこそ、知っている事実。

が、流石のナルトも、イタチの邪魔をしてまでダンゾウに突撃しようとは思わない。

なら……

 

「では、ダンゾウ以外の人物で、一体誰がいなくなれば、木の葉の忍が混乱するのか……わかりますか?」

「そりゃあ……」

 

腕を組み、頭を悩ませる。

拷問という名の勉強会で得た知識を総動員させて、ナルトは答えた。

 

「あー、作戦を決めてる奴。えっと、サンバ……じゃねえ! 参謀だッ!」

 

すると、ハクが美少女顔負けの微笑みを浮かべて、

 

「はい! 正解です、ナルトくん!」

 

と、言った。

両手の指を合わせ、満点の笑みを浮かべて。

少し喜び過ぎではないだろうか。

問題をたった一問正解しただけで。

普段、自分は一体どれだけアホだと思われてるのやら。

ナルトは僅かに顔をしかめ、半眼の目を向ける。

そして、ハクが何食わぬ顔で言った。

 

「僕たちが狙うのは、木の葉の軍勢ではなく、裏で指揮を執る者。情報伝達を担っている忍。その一点に絞りましょう!」

「……わかったってばよ。オレたちの参謀はハクだからな!」

 

ようやく作戦が決まった。

すかさずナルトは十字に印を結び、術を発動する。

 

「影分身の術!」

 

煙とともに、五人の分身が出現した。

 

「んじゃ、まずは分身たちにそれらしい奴がいねーか探らせるぞ」

 

すると、ハクは少しだけ悩んだ表情を見せてから、

 

「……そうですね。そっちの方が情報を集めるのには適しているかも知れません」

 

と、出撃の許可も下りたところで、ナルトは分身たちに指示を出す。

 

「よし、敵の情報を集めてきてくれ!」

「「「おう!」」」

 

元気よく返事を返した分身たちが、その場から姿を消した。

そして……

十分後。

ナルトは頭を抱えていた。

 

「どうなってんだってばよ!? 分身が全員やられたぞ!」

 

分身が得た経験は、消えた直後、ナルトの頭に送り込まれる。

彼らは戦場に出た瞬間、数多くの忍に囲まれ、戦闘を強いられていた。

情報を集めるどころではない。

しかし、そんなナルトの姿を見て、ハクが当たり前のように言った。

 

「やはり、狙われているのはナルトくんのようですね」

「ああ、分身の一人一人にすげぇ人数が襲いかかってきて……何人かは返り討ちにしたみてーだけど」

「……そんな状況で、よく十分も持ちこたえましたね。消えるのが遅すぎて、木の葉の狙いが別にあるのかと、逆に不安になりましたよ」

 

そう言われて、ナルトも納得する。

狙われているのは自分なのだと。

正確に言えば、ナルトの中にいる九喇嘛を木の葉の連中は狙っているのだ。

それを改めて痛感した。

やはり木の葉との和解はもう無理だと……

 

「分身はどこで襲われました? 森を出てすぐでしょうか?」

 

ハクの問いに、ナルトは首を横に振る。

 

「いや、森から出た後も、暫くの間は見つからなかったってばよ。分身もできる限り、見つからねーように動いてたし」

「なるほど。それほど広い範囲での探知はされていないみたいですね」

 

そう言いながら、ハクは懐に手を入れ、巻物を取り出した。

そして、その巻物の地図を広げ、四つの地点に印をつける。

それからこちらに目を向けて、

 

「ナルトくん。今度はこの位置を探ってもらえますか」

「ここに参謀がいるのか?」

「はい。十中八九います」

 

しかし、ナルトは首を傾げる。

 

「なんで、ここにいるってわかるんだ? 敵の姿も見てねーのに」

「隠れている忍を見つけるコツは、人を探すのではなく、隠れそうな場所を見つけることです。相手が手練れの忍であればあるほど、最適な場所に身を隠すものですから」

「なるほど……」

 

ナルトはハクの説明に舌を巻いた。

こんなことまで瞬時に思いつくとは……

そんな感想を抱きながら、再び印を結び、術を発動した。

 

「影分身の術!」

 

ボンッ! という、音とともに四人のナルトが現れる。

だが、このままでは先ほどの二の舞だ。

続けて、四人の分身が印を結び、

 

「「「変化の術!」」」

 

白い煙が、その身体を覆い隠す。

暫くして、そこから姿を見せたのは……

 

「「…………」」

「「…………」」

 

かつてのナルトたちの同胞。

二人の鬼兄弟。

兄の業頭と弟の冥頭であった。

これでナルトの正体が敵にバレることもない。

会心の変化を見届けてから、ナルトは指示を出す。

 

「よし、任せたってばよ!」

「「「…………」」」

 

四人の鬼兄弟が無言で頷き、それぞれ四つの方向へ姿を消した。

そして……

数分後。

今度は自発的に消えた分身たちの記憶が、ナルトの中に流れ込んできた。

それに、ナルトは顔を引き締める。

頭のスイッチを切り替える。

 

「見つけたってばよ」

 

隣では、ハクも身体に緊張を巡らせていた。

ここからは本番だ。

ハクと話したせいか、どこか緩んでいた気持ちを、今一度強く締め上げる。

ここからは殺し合いだ。

ナルトは分身たちから送られた記憶を元に、頭の中に戦場の地図を描く。

準備は整った。

二人の忍は互いに顔を合わせ、

 

「行くぞ、ハク」

「はい」

 

その場から駆け出した。

 

 

 

戦場となっている湿地帯。

それを囲うように存在する山のような崖の上。

そこを二人の忍が駆けていた。

他の忍と遭遇しないよう、傾斜のキツい東側を回るように裏取りする。

そして、ポイントBに辿り着いた。

三人の忍の姿が見える。

木の葉の額当てをつけた特徴的な三人組。

それは、どこかシカマルたちを連想させる風貌をしていた。

 

「…………」

「…………」

 

ナルトとハクは無言で頷き合う。

そして……

躊躇なく、敵の死角から術式クナイを投擲した。

それは音もなく、生い茂る枝葉に触れもせず、真っ直ぐにターゲットへ。

薄い金髪の男へ向かっていき……

瞬間。

ナルトが消える。

飛雷神――

瞬間移動で、その男の背後を取り……

手に持つ別のクナイに風遁を纏わせ……

 

「飛雷神斬り!!」

 

容赦なく薙ぎ払った。

男は、

 

「ぐはっ……!」

 

呆気なく絶命する。

背後からの奇襲に気づく間もなく、地面に斃れ伏した。

山中一族の秘伝忍術には、脳を通じて、離れた味方と連絡を取り合うものがある。

そのため、迅速に処理する必要があったのだ。

これで、連絡手段は潰した。

が、そこで。

もさもさとした赤髪に、丸々と太った巨漢の男が叫び声を上げた。

 

「き、貴様ァ!」

 

ナルトの存在に気づいた、残りの二人が一斉にこちらを向く。

そして、もう一人の、頭の髪を後ろに結った奈良一族の男が、

 

「化け狐ェ! よくもォ!」

 

印を結び、術を使おうとしたところで。

突如。

空気が凍てつく。

ナルトに注意が逸れた瞬間、彼の頭上から氷の鏡が現れて……

 

「秘術・千殺水晶!!」

 

無数の水の刃が降り注ぐ。

二度目の奇襲に、なすすべもなく、奈良の忍は無防備な身体に洗礼の刃を受けた。

傷口から血をしたらせた男は、

 

「……くそ」

 

無念の表情を最後に、地に伏せる。

が、まだ敵は残っていた。

秋道一族の忍が、肉がはち切れそうな顔をナルトに向け、

 

「木の葉をなめるなああ!!」

 

術を発動してきた。

筋肉が盛り上がる。

 

「部分倍化の術!!」

 

巨大化した腕がナルトに伸び、いともたやすくその身体を鷲掴みにした。

まるで、そのまま捻り潰すような勢いで。

しかし……

 

「…………」

 

ナルトの眼は冷めていた。

碧眼に一切の感情を映さず、殺意すら見せず、ただただ出荷させる前の豚を見る瞳で……

 

「分身大爆破」

 

瞬間。

爆破。

ナルトの身体が、チャクラの暴発とともに爆発し、木の葉の忍にゼロ距離からの人間爆弾を叩き込む。

血飛沫とともに、一本の腕が宙を舞った。

痛みによる絶叫が響き渡る。

 

「あ、ああああ! う、腕がああぁあ!?」

 

激痛でのたうち回る木の葉の忍に、ハクが暗い声音で囁いた。

 

「いま楽にして差し上げます。どうか恨まないで下さい」

 

次の瞬間。

氷でできた無数の刃が、その巨体を刺し貫いた。

 

「…………」

 

三人の、物言わぬ骸が転がる。

戦闘終了。

と、そこで。

 

「…………」

 

金髪碧眼の少年が姿を現す。

ハクがナルトの顔を見て、

 

「結局、本体のナルトくんには出番がありませんでしたね」

「そうだな……」

 

移動中、ナルトたちはいくつかの作戦を決めて、ここへ乗り込んだ。

結局のところ、最初のパターンが全て上手くいったおかげで、残りの作戦を披露する機会はなかったのだが……

しかし、これで。

木の葉の死体を見下ろしながら、ナルトは言った。

 

「木の葉の頭は潰した」

 

ハクが地図に印をつけた四つの地点。

A〜Dのうち、木の葉の忍がいたのは、B地点の一箇所のみ。

そして、その小隊はナルトたちが斃した。

ハクが頷く。

 

「これで木の葉の指揮系統は著しく混乱を極めるでしょう。そして、統率の取れない木の葉の忍たちは、瞬く間もなく霧の忍に包囲され、網にかかる」

 

それは、事実上の勝利宣言であった。

ここから戦況を覆すのは、ほぼ不可能。

そう、ほぼ不可能。

絶対ではない。

だから……

 

「…………」

 

崖の上から下を覗き、戦場を見渡す。

そこには何人、何十、何百の忍たちが戦闘を繰り広げていた。

そんなナルトの横顔を見ながら、ハクが、

 

「行くのですか?」

 

と、訊いてきた。

ナルトは振り返らず、言葉で応える。

 

「ああ、行くってばよ」

 

すると、ハクは戸惑いながらも、どこか覚悟を決めていたような声音で、

 

「本来、僕はナルトくんを止めなくてはいけないのでしょう。ですが、僕にはその資格がありません。何より……ナルトくんを止めるすべがない」

「…………」

「ですから、これだけは約束して下さい」

 

そこで、ナルトはハクの方を振り向く。

ハクが言った。

 

「多くは望みません、ただ一つだけ。必ず、生きて帰ってきて下さい」

「……わかってる。約束だ」

 

続けて、ハクが言う。

 

「それと、僕も少しやりたいことができました。もしチャクラが余っているようでしたら、ナルトくんの力を貸して貰えないでしょうか?」

「ん? やりたいこと?」

「はい。負傷者の人々を戦場から逃したいのです。ですが僕一人ではどうにもならないので、できればナルトくんの分身を貸して頂ければ……」

 

その言葉にナルトも賛同の声を上げる。

すぐさま印を結び、術を発動した。

 

「ん! それぐらいお安いご用だってばよ! 多重・影分身の術!!」

 

チャクラのうねりとともに、三十人近い数のナルトが自然の中に現れた。

 

「これでいけるか?」

「はい、十分です。ありがとうございます」

「そんじゃ、さっくと終わらせてくるってばよ」

 

と、崖から飛び降りようとしたナルトに、ハクが念を押して言う。

 

「忘れないで下さい。敵を殺すためではなく、仲間を助けるために戦うのだと」

 

ナルトは頷き、頑張って笑顔を張りつかせる。

ちゃんと自分が笑えているのか、わからない。

だけど、ハクを不安にさせるわけにはいかない。

なんとか笑みを浮かべて、ナルトは拳を突き出し、

 

「自分の言った言葉は曲げねェ。それがオレの忍道だ! オレは死なねーし、誰も死なせねェ。全員連れて、帰ってくるってばよ!」

 

二人の拳が合わさる。

これで約束を破るわけにはいかなくなった。

なら、全部守るだけだ!

再び、ナルトの視線が眼下に向けられる。

碧眼の瞳が、忍の目に。

そして……

 

閃光が――戦場に舞い降りた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イタチvsダンゾウ 対を成す二つの瞳術

難攻不落の自然要害。

山々に囲まれた自然要塞。

霧隠れの里。

そんな場所に攻め入る方法は、正面から以外あり得ない。

下手な行軍を行えば、敵に辿り着く前に足を滑らせ、死に至るからだ。

しかし……

 

「…………」

 

イタチは一人、そんな山手の裏でひっそりと身を潜めていた。

どれほど時間が経過しただろうか。

山の気配に異物が混ざり込む。

鳥の羽ばたきとともに、その男は現れた。

 

「…………」

 

頭部から右目にかけて包帯が巻かれ、右腕には封呪が施された枷を嵌めた老人。

ダンゾウが静かに呟いた。

 

「まさか、こんな所で会うとはな……イタチ」

「裏に回るのが得意なアナタだ。ここにいれば姿を現すと踏んでいた」

 

戦場にいる木の葉の忍は全て囮。

なら、九尾を欲しているダンゾウがどこに現れるのか。

当然、ナルトを捕獲するには、霧の里に攻め入る必要がある。

そして、正面から入らないのであれば、裏から侵入する以外に選択肢はない。

つまり、ここで待っていれば、向こうから勝手に姿を見せるというわけだ。

淡々とした口調で、イタチは言う。

 

「ダンゾウ、今すぐ引け。今なら最悪の事態は回避できる」

 

彼はここで手を引く男ではない。

この問答は無駄でしかない。

しかし、一縷の望みを託し、イタチは言った。

それが、両里にとって一番犠牲を減らす選択だから。

が、ダンゾウは言う。

 

「何を血迷ったことを言っている。ここで九尾を捕らえることが、どれほど重要なことか……わからぬお前ではあるまい」

「…………」

 

わかりきった返答に、イタチは口を閉ざす。

もう、自分の取れる選択は一つしかなくなった。

一度目蓋を閉ざし、ゆっくりと開く。

朱く染まった瞳に、三つ巴の勾玉模様が浮かび上がった。

それを見たダンゾウが、

 

「どういうつもりだ、イタチ。木の葉を裏切るつもりか?」

「先にオレを裏切ったのはアナタだ、ダンゾウ」

「……お前の弟、うちはサスケのことか。やはりどこからか見ていたな」

「ああ。カカシさんに、シスイの眼を使ったところも含めてな」

「…………」

「ダンゾウ、これが最後の忠告だ。兵を引け」

 

と言うイタチの警告を……

男は無視する。

己の枷を外しながら、

 

「ワシはお前のことを高く買っていたのだがな。木の葉のため、同胞すらも躊躇なくその手にかけた貴様のことを……」

 

ガシャン! と音を立て、姿を見せたダンゾウの右腕には……

目が、埋められていた。

全部で十個の瞳が。

しかも、その全てが淡く、朱い光を放っていて……

写輪眼。

うちは一族のみが、その瞳に発現させる瞳術。

それがびっしりと、ダンゾウの右腕に埋め込まれていて……

イタチは目を細める。

 

「……どこで手に入れた」

「それをお前に話す意味があるのか? 木の葉を裏切ったお前に」

「…………」

「次は貴様の番だ。敵に回ったというのなら容赦はせん」

 

身を屈め、ダンゾウがいつでも動けるような姿勢を取る。

しかし、イタチはまだ一歩も動かず、

 

「オレは木の葉を裏切ってなどいない」

「なら、何故この場にいる?」

「平和のためだ」

 

そう、それがイタチの行動原理。

サスケが平和に暮らせる未来。

それ以外に、望みなどない。

だが、ダンゾウは厳かな声音で言い放つ。

 

「忍とは争う生き物だ。犠牲なくして平和な世界などありはしない。互いに騙し騙され、他者を利用し、里に仮そめの安住をもたらす。それが忍の在り方だ」

「…………」

「木の葉存続のため、九尾を手に入れることは必要不可欠。たとえ、どれほどの屍を築こうともな」

「……霧も甘くはない。この戦、仮に木の葉が勝利を収めたとしても、被害の数が増えるだけだ」

 

しかし、ダンゾウは言う。

躊躇いのない口調で、

 

「木の葉のために死ねるのだ。奴らも本望であろう」

 

そんなことを言ってのけた。

ダンゾウの言っていることは……

決して、全てが間違いではない。

少なくとも、それがイタチの考えであった。

木の葉のため、九尾を取り戻す。

そのために忍の命を天秤にかけ、他里に侵略行為を行い、力を復活させる。

決して、間違っているとは言えない。

世の中、綺麗事だけではまかり通らない。

いつの時代も、犠牲になるものは存在する。

だけど、だからこそ、イタチは思う。

 

「自己犠牲こそ忍の本分。それは確かに正しいのかも知れない。だが、最初から犠牲の上に成り立つものを、平和とは断じて言わない」

 

しかし、

 

「戯言だな」

 

イタチの言葉は届かない。

彼に話が通用するのなら……

あの日、うちはは滅びの道を辿ってなどいない。

そこで……

イタチは覚悟を決めた。

 

「やはり戦いは避けられないか」

 

全身にチャクラを巡らせる。

ただ立っているだけにもかかわらず、そこには隙一つなかった。

交渉が決裂した今、互いにやるべきことは一つしかない。

それを肌で感じ取ったダンゾウが、

 

「よかろう、では兄弟揃って眼を頂くとしよう」

 

途端。

凄まじい速さで印を結び、術を発動した。

大きく息を吸い込み、

 

「風遁・真空大玉!!」

 

口から空気の砲弾を放つ。

が、それを上回る速さで、イタチは印を結び、術を発動した。

大きく息を吸い込み、

 

「火遁・豪火球の術!!」

 

口から炎の砲弾を放つ。

瞬間、二つの忍術が衝突する。

だが、術の強さは同じではなかった。

炎の砲弾は、あっさりと風を吹き飛ばし、そのままの勢い……

いや、風を受けた影響か、さらに熱量を増幅させ、ダンゾウに襲いかかった。

そして……

 

「あああああ!!」

 

その身体を全身丸焦げにする。

イタチは予想外の事態に、慌てて口から炎を吐き出すのを止めるが、火の勢いは増すばかりか、そのままダンゾウの身体を黒焦げになるまで焼き尽くした。

その光景に、

 

「……どうなっている?」

 

イタチは疑問の言葉を口にした。

あまりにも呆気なさ過ぎる。

というより、ダンゾウがこの程度で死ぬはずがない。

ない、のだが……

 

「偽物ではない……」

 

写輪眼。

それはあらゆる忍術・幻術を見破る瞳。

イタチは当然写輪眼を使っていたが、あのダンゾウは紛れもなく本物で、目の前の死体は間違くダンゾウのものであった。

つまり、ダンゾウは確実に死んだということだ。

 

「ここで殺すつもりはなかったのだが……」

 

これでは作戦の変更を余儀なくされることになる。

どうするべきか、イタチが頭を悩ませた……

瞬間。

後ろから、強烈な殺気が押し寄せてきた。

 

「風遁・真空波!」

 

風の刃が鞭のようにしなる。

イタチは、その場で伏せるようにして、それを躱し、

 

「そこか」

 

懐から数枚の手裏剣を取り出し、木の裏に潜む存在に向けて、一斉に投擲した。

すると、人に手裏剣が突き刺さる音が聞こえ……

その直後。

木陰の奥から、無傷のダンゾウがイタチの前に姿を現した。

 

「…………」

 

イタチはその朱い瞳で、状況を冷静に観察する。

後ろを振り向くと、そこにあったはずのダンゾウの死体は跡形もなく消えていて。

目の前には……

ダンゾウが言った。

 

「ワシを殺した幻覚でも見たか?」

「…………」

 

幻覚?

いや、そんな生易しいものではない。

あれは紛れもなく死体だった。

確かに、幻術を使えば、死を錯覚させることは容易い。

しかし、傲りでもなんでもなく、ただの事実として、その可能性はあり得ない。

ダンゾウの力量では、イタチを幻術にかけることはほぼ不可能だ。

それだけの力量差が二人の間にはあった。

なら、残る可能性は一つだけだ。

ダンゾウの右腕、写輪眼が埋め込まれた右腕を観察する。

すると、そこにあった目のうちの一つが目蓋を閉ざしていた。

それを見て、仮説を確信に変え、イタチは言った。

 

「イザナギ、か」

 

ダンゾウは僅かに目を動かし、

 

「……知っておったか。流石、シスイに次ぐ、うちはの忍だな」

 

続けて、ダンゾウが言う。

 

「イタチよ。先ほども言ったが、ワシはお前を高く評価している。だが、いくらお前とて、このイザナギを破ることはできん。九尾の捕獲に協力しろ。その命、こんなところで散らせるべきではなかろう」

 

しかし、

 

「…………」

 

イタチは何も言わない。

無言を以って、返事を返す。

だが、ダンゾウは言う。

 

「なら、お前の弟。うちはサスケの身柄とならどうだ?」

 

その言葉に、イタチは初めて心を動かされる。

イザナギという、禁術中の禁術を見せられてなお冷静さを保っていた心に、静かな荒波を立てる。

イタチは冷酷な声音で、

 

「ダンゾウ、貴様には何も見えてはいない。己の矮小さも、オレの器の深さも、そして、オレと貴様の間に分け隔てて存在する、決して越えようのない力の差を」

「な、に……」

「貴様は三代目火影、ヒルゼン様とは違う。枯木がいくら根を伸ばそうと、その身が高みに届くことなど未来永劫ありはしない」

「き、貴様ぁ!」

「安心しろ。貴様は悪党などではない。悪徳すら成せない、生まれながらの敗北者。その一言が、貴様の全てだ」

「イタチィィ!! 貴様ァァ!!」

 

激昂したダンゾウが、クナイを片手に突進する。

その斬撃は、滑るようにイタチの腹に刺し込まれた。

しかし、イタチは苦悶表情一つせず、

 

「今から貴様に、うちはの本当の力を見せてやろう……」

 

直後。

カァー、カァー、カァー。

と、けたたましく鳴き声を上げる、無数のカラスへとその姿を変える。

降り注ぐ黒い羽を払い退け、ダンゾウが、

 

「うちはの本当の力だと? どのような術を隠し持っているのかは知らんが、ワシのイザナギを破れはしない。覚悟しろ、イタチ。今までは木の葉の役に立つと思い生かしてやったが、貴様はもう用済みだ」

 

などと言いながら、辺りを見回している。

そこへ、カラスの群れが襲いかかった。

ダンゾウは鬱陶しそうな顔で、

 

「チッ、邪魔なカラスどもめ……」

 

そう呻いた、瞬間。

イタチが姿を現す。

朱い瞳を、三つ巴から、三枚刃の手裏剣のような模様に変えて。

それを見たダンゾウが、

 

「万華鏡写輪眼か!?」

 

目を見開くが、もう遅い。

イタチはダンゾウと目を合わせた瞬間、彼に幻術をかけた。

すると……

ダンゾウの前に一人の老人が姿を現す。

最初に目に映ったのは、黒を基調とした鎧。

火影の字を背負い、漆黒の忍装束に身を纏った好々爺然とした男。

三代目火影にして、ダンゾウのライバルともいえる存在。

ヒルゼンであった。

そして、そのヒルゼンが、

 

「何をしておる、ダンゾウ」

 

と、問いかける。

しかし、ダンゾウは荒々しい仕草で印を結び、

 

「解!!」

 

幻術を解いてしまった。

幻であったヒルゼンの姿は霧散し、天を昇るように消えていく。

そして、鋭い視線をこちらに向け、

 

「ヒルゼンはもう死んだ。今はワシの時代だ」

 

しかし、イタチは抑揚のない声音で、

 

「それを決めるのは貴様ではない」

 

言った直後。

目にも止まらぬ速さで印を結び、術を発動した。

 

「火遁・鳳仙火の術!」

 

イタチの口から、十数個の炎の弾丸が放たれる。

それらは寸分違わず、ダンゾウの身体に命中し、

 

「ぐっ……」

 

彼の身体に火傷の痕を負わせる。

しかし、

 

「無駄だ。イザナギがある限り、ワシに敗北はない」

 

ダンゾウの右腕に埋め込まれた、二つ目の瞳が閉じると同時に、そのダメージはなかったことになる。

うちはの中でも禁術中の禁術。

幻と現実の狭間をコントロールし、ほんの僅かな時間だけ、術者にとって不利な事象を夢に書き換え、有利な事象を現実とする。

己自身にかける究極幻術――イザナギ。

それが、ダンゾウの使っている瞳術の正体。

しかし、この術には大きなリスクが存在する。

それは、発動中こそ無敵に近い力を発揮する代わりに、術の発動後、その幻術に使用した写輪眼は光を失い、失明する。

そして、その眼に光が宿ることは二度とない。

だが……

 

「…………」

 

イタチはダンゾウの右腕を見る。

そこに埋め込まれた、写輪眼の数を見る。

残り八個の朱い瞳がそこには存在した。

とてもじゃないが、そんな長い時間を、こんなところで浪費するつもりはない。

既に、種は仕込み終わった。

イタチは右の朱い瞳、万華鏡写輪眼となった瞳で、ダンゾウを静かに見据える。

すると、ダンゾウが、

 

「ゆっくりと時間をかけてやるわけにはいかん。そろそろケリをつけさせてもらうぞ」

 

今度は風遁のチャクラを纏わせ、殺傷能力を高めたクナイで、イタチに斬りかかってきた。

その一太刀は、あっさりとイタチの身体を真っ二つにして……

 

カァー、カァー、カァー。

 

カラスへと変貌させる。

そして、カラスの影に隠れたイタチの写輪眼がダンゾウを捉え、幻術に嵌める。

直後、姿を現したのは……

 

「ダンゾウ、お前は何をしておるのだ」

 

先ほど姿を消した、ヒルゼンであった。

だが、ダンゾウは己の友と目を合わせることすらせず、

 

「解!!」

 

幻術を解除してしまう。

再び、ヒルゼンの身体は霧散し、その場から消え去った。

それを見届けてから、ダンゾウが、

 

「イタチよ、同じことの繰り返しではないか。時間稼ぎのつもりか?」

 

と、訊いてきたが、イタチはそれには応えず、目にも止まらぬ速さで印を結び、

 

「火遁・豪火球の術!!」

 

炎の砲弾を口から放出した。

だが、それにダンゾウは、

 

「また同じ術か。何度もくらってやるつもりは……」

 

が、その言葉を遮って、

 

「いや、これで当たりだ」

 

イタチが言った。

写輪眼の洞察力でダンゾウの動きを先読みし、逃げた方向へ先回りし、加速のかかった足で思い切り蹴り飛ばす。

そして、吹き飛んだダンゾウは、炎の射程範囲に戻されて……

 

「ぬおおおおお!?」

 

その身を業火の炎で焼き尽くす。

が、そんな現実は、すぐさまなかったことになる。

ダンゾウは無傷のまま姿を現し、

 

「無駄だと言うのがまだわからぬのか。ワシはお前のことを、少し買いかぶっていたのかも知れんな」

 

などと言いながら、たった今、“二つ目”の瞳が閉じた自身の右腕を見て……

余裕の表情から一転、ダンゾウは驚愕の表情をあらわに、

 

「……何をした?」

 

しかし、イタチは何も応えない。

ダンゾウは続けて、

 

「ワシに幻術をかけたのか? いつだ?」

 

しかし、イタチは応えない。

すると、業を煮やしたダンゾウがクナイを取り出し、

 

「ワシをなめるなァ!」

 

イタチの身体を斬り刻む。

そして、その身体は先ほどと同じように。

 

カァー、カァー、カァー。

 

カラスへと姿を変える。

無数の黒い羽が、ダンゾウの頭上へと降り注ぐ。

そして、また朱い瞳がダンゾウを捉え、

 

「ダンゾウよ。少しはワシの話に耳を傾ける気になったか?」

 

ヒルゼンが姿を現す。

だが、ダンゾウは一瞥も向けることなく、印を結び、

 

「解!!」

 

幻術を解除する。

だが、次の瞬間。

その身に巨大な炎が襲いかかり……

 

「ぐおおおおおお……」

 

ダンゾウの身体を焼き尽くす。

そして、その直後。

ダンゾウの身体は傷一つなく、蘇る。

右腕に埋め込まれた、“二つ目”の写輪眼を犠牲にして……

イザナギで使用した写輪眼は、二度とその眼に光を宿すことはない。

にもかかわらず、これで二つ目の写輪眼は、三回もイザナギを使用し、光を失い、またイザナギを使用し、失い……

時間の逆行という、あり得ない事象を目の当たりに、ダンゾウは叫んだ。

 

「何をした!? ワシのイザナギは完璧なはず!?」

 

取り乱すダンゾウを前に、イタチは淡々と応える。

 

「お前の術ではない。うちはの瞳術だ。同時に、その歴史が生み出した術でもある」

「ぐっ……」

「そして、完璧な術などでもない。光あるところに影があるように、どのような術にも、明確な対処法というものが必ず存在する。お前のイザナギを打ち破る術。それが……」

 

瞬間、イタチが駆け出す。

それに、言い知れぬ恐怖を感じたダンゾウは、クナイを手に取り、がむしゃらに薙ぎ払った。

イタチの身体は真っ二つになった直後、またカラスへと姿を変え、黒い羽を羽ばたかせる。

そして、朱い瞳の中心に浮かんだ、三枚刃の手裏剣が風車のように回転をはじめ……

イタチが告げた。

 

「イザナミだ!」

 

次の瞬間。

またもヒルゼンが姿を現す。

 

そして……

それを永遠と繰り返す。

 

ヒルゼンが姿を現し、幻術を解除して、炎に身を焼かれ、その事実をなかったことにして、腕に埋め込まれた二つ目の写輪眼が光を失い、イタチの身体をクナイで刺して、カラスが舞い、ヒルゼンが姿を現す。

多少の違いこそあれど、それらの事象を何回、何十回と繰り返す。

 

 

 

そして……

どれだけのループを体験しただろうか。

ダンゾウの前に、忍装束を身に纏ったヒルゼンが姿を現す。

しかし……

ダンゾウは幻術を解除しなかった。

目を逸らさず、真っ直ぐに前を見据える。

すると、ヒルゼンが言った。

 

「何故、霧隠れと戦争になっておる」

「綺麗事で世界は回らん」

「お前はただ己の野心で動いとるだけじゃ」

 

それを、お前が言うのか!

ワシと違い、火影に選ばれたお前が!

途端。

ダンゾウは怒りを力に換え、チャクラを巡らし、凄まじい速さで印を結ぶ。

そして息を大きく吸い込み、術を放った。

 

「風遁・真空大玉!!」

 

が、しかし。

ほぼ同時にヒルゼンも印を結び終え、こちらに合わせるように術を発動する。

 

「風遁・真空大玉!!」

 

瞬間。

衝撃波が発生した。

二つの巨大な風の塊がぶつかり、周囲に突風を巻き起こす。

 

「…………」

 

ヒルゼンは風遁に有利な火遁忍術を使いこなせる。

にもかかわらず、同じ風遁、同じ術で迎え撃ってきた。

その事実に、

 

「……ヒルゼン」

 

ダンゾウは己のプライドを刺激する。

瞳孔を開き、鈍い光を宿らせ、抑えきれない感情の赴くままに吼えた。

 

「死んでもなお、ワシの前に立ちはだかるのか、ヒルゼンッ!」

「好き好んで死神の腹から出てこんわ」

 

ダンゾウが風遁を纏わせたクナイを振り下ろした。

が、どこから出してきたのか、その渾身の一撃はヒルゼンの如意棒によって、いともたやすく受け止められる。

二人は刃を鍔迫り合いながら、叫ぶようにして言い合いを始めた。

 

「ワシが木の葉の救世主に!」

「皆を導くだけが火影ではない、皆に助けられ、支えられてこそ火影だ。お主のやり方ではいずれ誰もついてこなくなる」

 

ガキーンッ! と、甲高い音を立て、クナイと如意棒が交差する。

ダンゾウはクナイを振り上げ、

 

「里が何を成すかではなく、自身が里のために何をできるかを問う。それが真の火影だ」

 

しかし、その一撃もあっさりと受け止められる。

そして、身体を回転させながら如意棒を振り回し、その遠心力を利用したまま、ヒルゼンが重い一撃を叩き込んできた。

 

「火影は里の柱だと言うたはずじゃ、その柱とは、信頼で成り立っておる」

 

が、それをダンゾウは正面から受け止める。

逃げるわけにはいかない。

老体に鞭を打ち、返す刃で迎え打つ。

 

「ヒルゼン、お前の考えはいつも甘いのだ。世界に変革をもたらせるのなら、己の信望すら道具として切り捨てる。それがワシのやり方だ。誰にも邪魔はさせん」

 

瞬間。

互いの武器が弾けるように宙を舞った。

ダンゾウは一度距離を取り、新たなクナイを取り出そうと……

しかし、

 

「誰が柱をへし折れと言った」

 

それよりも速く、ヒルゼンが一歩踏み込み、

 

「この」

 

腰の入った、力強い拳を……

 

「たわけが!! 」

 

顔面に激痛がのめり込む。

ヒルゼンの拳が、左の頬に入ったのだ。

しかし、ダンゾウは倒れない。

拳を握り、ヒルゼンに向かって絶叫する。

 

「ヒルゼーーンッ!!」

 

相手の顔を殴りつけ、次に自分の顔を殴り飛ばされる。

老人の拳とは到底信じられないほど、一発一発が鋭く、重い。

しかし、それでも倒れない。

互いにノーガードで殴り合う。

もはや根気と根気の勝負。

意地と意地の張り合いであった。

 

その喧嘩は、互いに一歩も引くことなく、いつまでも、いつまでも続けられたのであった。

 

 

 

イタチは光を失った右目を閉じ、静寂を取り戻した山の中で、時が満ちるのを待っていた。

ダンゾウは今、イタチのかけた幻術の中を彷徨っている。

イザナギと対を成す、うちはに伝わるもう一つの瞳術。

イザナギと同じく、目の光を代償に発動する禁術中の禁術。

運命を決める術――イザナミ。

イザナミは、運命を変える完璧な瞳術と呼ばれたイザナギを止めるために作られた術。

対象を一定のループにかけ、現実から目を背けないよう、己と向き合わせるもの。

うちはの傲慢や怠慢を戒める術でもあった。

だが……

 

「あとは二人に託すしかない」

 

忍には、誰しも役割というものがある。

そして、ダンゾウの目を覚まさせる役目は自分ではない。

彼と同じ目線に立ち、語り合える相手。

それは三代目火影・ヒルゼンをおいて他にいない。

ここまでくれば、あとイタチにできることは待つことだけだ。

だから……

その時を、イタチはただ待ち続ける。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

水影の力

メイは戦場が霧の優位に進んでいるのを確認し、一人駆け出した。

この戦争の首謀者、ダンゾウの元へ。

イタチに任せることとなったものの、やはり里長である自分も参戦すべきだと考えて。

しかし……

その足はぴたりと止まる。

そして、敵の気配がした方へ振り向く。

すると……

 

「アナタの相手は、僕が務めさせて頂きます」

 

目の前の男が、そう言った。

二十歳前後と思われる顔つき。

計算高く、狡猾そうな瞳に眼鏡をかけた音の忍。

大蛇丸の右腕、薬師カブトだ。

そのカブトが、メイの前に立ち塞がり……

メイは言った。

 

「アナタが私の相手を?」

 

すると、カブトが返事を返す。

 

「ええ、まあ」

 

それに、メイは眉をひそめる。

相手を観察し、分析して、やはり顔をしかめた。

一流の忍は、相手を一目見ただけで、その力量の大体を把握することができる。

カブトの実力は……なるほど。

確かによく訓練されていた。

身のこなしも、そのチャクラも、並の忍ではありえないもので……しかし。

とてもメイの相手になるレベルではなかった。

向こうも、それはわかっているはず。

では、何故わざわざ自分から姿を現したのか。

 

「自ら命を絶ちにきたのですか?」

 

しかし、カブトは眼鏡をくいっと押し上げ、薄笑みを浮かべる。

 

「ご冗談を。僕も自分の命は惜しいですから」

 

再不斬たちから得た情報が正しければ、カブトは大蛇丸の右腕と呼ばれていたはず。

その音の忍が、何故この戦場にいるのか。

メイは警戒を怠らず、相手に尋ねた。

 

「何故、音の忍であるアナタがこの場に? 裏で木の葉と結託でもしているのでしょうか?」

「さて、どう思いますか」

「質問に答える気がないのなら、それでも結構。アナタをこの場で……」

 

が、そこでカブトは両手を上げて、

 

「冗談ですよ。それぐらいの質問でしたらお答えします。まあ、聡明なアナタのことだ。殆ど理解されておいでかと思いますが……」

「…………」

「手を組んでいるのか、という問いにはイエスとお答えします。正確にいえば、木の葉というより、ダンゾウと……ですがね」

「やはりそうでしたか……」

 

メイは得心のいった顔で呟いた。

以前、ナルトたちが増援に向かった、うちはサスケの奪還任務。

あれには色々とおかしな点が山積みであった。

木の葉側の誰かが、あえてサスケを見逃さなければ、あんな事態は起こり得ない。

それを裏づけるように、カブトが、

 

「僕たちには、どうしてもサスケくんの身体が必要でして。今回の戦争に協力すれば、その彼をこちらに引き渡してくれると」

「なるほど。そちらの事情は理解しました。ですが、あのダンゾウがアナタ方との約束を素直に守るとは思えませんね」

 

メイの疑問に、カブトも当然といった表情で応える。

 

「でしょうね。ですが、それはそれで構わない」

「……どういう意味です?」

「確かにサスケくんの身柄は確保したい。ですが、それはダンゾウが死んだ後でも構わない……という意味です」

 

続けて、カブトが、

 

「いまダンゾウは、あのうちはイタチと対峙している……でしょう?」

「……!?」

 

メイは内心驚きの声を上げた。

だが、表には一部も出さないようにして。

相手に情報が漏れないように……

しかし、カブトを片手をひらひらと振り、

 

「ああ、別に確認を取りたかったわけではありません。僕にも情報源がありまして、今回、霧隠れが暁の手を借りたことは既に知っていますから」

 

なんてことを、あっさりと言ってのけた。

それに、メイはカブトに対する警戒を一段階上げる。

すると、カブトは丁寧な口調のまま、

 

「あと、あえてこの戦争に参加した理由を述べるなら、サスケくんを倒した彼。うずまきナルトくんにも興味がありましてね」

 

その発言に、メイは目を細める。

僅かに殺気すら込めた声音で、

 

「九尾が狙いかしら?」

「それももちろんありますが、ナルトくん本人にも少し、惹かれるものがありまして」

「アナタ方にナルトを渡すつもりはありません」

 

そう言い放つと同時に、メイは会話を打ち切った。

聞きたい情報は大体聞き出せた。

これ以上この男に用はない。

それに、生かしておくと後々厄介な存在になりそうだ。

忍としての、メイの直感がそう告げていた。

だから、早急に始末しようと……

しかし、メイが動き出す前に。

カブトが言った。

緊張感のない声音で、

 

「やれやれ、やんちゃな御方だ」

 

途端、カブトが動き出す。

見たこともない印を素早く結び、最後に手のひらをパンッと合わせ、

 

「口寄せ・穢土転生!!」

 

その瞬間、土が盛り上がる。

地面の中から、四の数字が記された不気味な白い棺桶が出現して……

ガコンッ!

音を鳴らし、蓋を開いた。

そこには、一人の人物が納められていた。

 

「…………」

 

メイは目を大きく見開き、その人物の名を口にする。

 

「先代……四代目水影・やぐら様」

 

紫の瞳に、左目の下には特徴的な縦傷。

背中に緑の花があしらわれた、黒い棍棒を背負った忍。

四代目水影・やぐら。

しかし、彼は一年ほど前に死亡が確認されていて……

にもかかわらず、やぐらは生前と変わらぬ姿で、メイの前に現れた。

その光景に、

 

「……!」

 

メイは奥歯を噛みしめ、怒りをあらわにする。

が、カブトは悪びれた様子もなく、飄々とした声音で、

 

「霧隠れとの戦争に、先代である水影を使う。どうです? なかなか良い演出でしょ」

「……ここまで怒りを覚えたのは、いつ以来でしょう」

 

そして、理解する。

木の葉から得た情報と、たったいま目の前で使われた、死人を呼び寄せる術。

これが……

 

「穢土転生。この術で大蛇丸は、火影様を殺めたのですね」

 

と、メイが訊くと、カブトは薄い笑いを浮かべたまま、

 

「その通り。とはいえ、今の僕には大蛇丸様ほど、この術を使いこなすことはできない。四代目水影も、戦うこと以外は何もできないし、力もかなり制限されている。ですが……」

 

顔つきが変わる。

カブトの表情は、相変わらず薄笑いのそれであったが、そこにある瞳の奥には冷血な光が宿っていた。

そして、その両手に淡々しい青色のチャクラを纏わせて、

 

「二人で挑めば……水影ェ! アンタだって討ち取れる!」

 

次の瞬間。

二人が左右に分かれ、襲いかかってきた。

カブトが左、やぐらが右。

実戦を想定していたのか、その連携は完璧だった。

しかし……

あまりにも個々の能力が低すぎた。

まずは左からきたカブトの手刀を華麗に回避し、

 

「ハァッ!」

 

その勢いを利用して、鳩尾に鋭い蹴りを叩き込む。

見事にメイの一撃を貰ったカブトは、

 

「がぁっ……!」

 

吐血を吐きながら、地面を水平に、もの凄い勢いで吹き飛んでいく。

次に、反対側からやぐらが迫ってきて、

 

「…………」

 

ただ、棍棒を振り下ろしてきた。

その動きは、生前とまるでかけ離れたものであった。

太刀筋、速度、威力、精度、反射神経……

その全てがお粗末なもので……

メイは、それに悲しげな眼差しを浮かべながら、目が霞むほどの速さで印を結び、術を発動した。

 

「溶遁・溶怪の術!!」

 

口から強い酸性の液体を放出する。

広範囲に放たれた粘質の高い液体を、やぐらは回避すらできず、

 

「…………」

 

全身に受け、その身をドロドロに溶かしていく。

しかし、やぐらは身体を溶かされるという、常時であれば想像絶する攻撃を受けてなお、悲鳴一つ上げない。

痛みがないのか、それとも声を出すことすらできないなか。

どちらにせよ……

メイは油断ならない視線のまま、

 

「……酷いことするわね」

 

すると、視界の端で、カブトが立ち上がる様子が見えた。

腹に医療忍術を施しながら、

 

「酷いのはアナタの方ですよ、水影様」

「若い男が傷つく姿はあまり見たくはないのだけど……アナタは私の好みじゃないわ」

 

メイは吐き捨てるように、そう言って。

そして、

 

「そろそろご退場願おうかしら」

 

凄まじい速さで印を結び、術を発動した。

身体を大きくのけ反らせ、

 

「水遁・水龍弾!!」

 

次の瞬間。

メイの口から、龍を象った巨大な水の塊が吹き荒れる。

猛る水龍が、カブトの身体を飲み込もうと……

が、そこで。

 

「…………」

 

カブトの前に、大きな丸い鏡が展開される。

その鏡に、水龍の姿が映し出され……

瞬間。

洪水が発生する。

二匹の龍が踊り狂い、激流を撒き散らしながら、争い、衝突し続ける。

そして、最後は雄叫びを発すると同時に、跡形もなく消え去った。

 

「…………」

 

静寂が訪れたメイの視界に映ったのは、カブトを守るように立ちはだかる、やぐらの姿であった。

先ほど、突如現れた鏡はやぐらの得意忍術。

水遁・水鏡の術。

鏡に映った攻撃を同じ威力、同じ方向に放ち、同士討ちを誘う技。

つまりメイの水龍弾は、まったく同じ水龍弾で迎え撃たれたというわけだ。

計画通りといった表情で、カブトが語る。

 

「油断しましたね、水影様。この穢土転生は完璧な術だ。たとえ何度倒そうと、穢土転生で呼び起こされた死者は何度でも蘇り、復活を遂げる最強の忍術! 僕はこの術を使って、この戦争……いや、これから起こる激動の時代、その中心に立って見せる。他の誰でもない、この僕が! この戦争は、その最初の演目だ!!」

 

自信と野心に満ち溢れた声音が響き渡る。

しかし、メイから見たカブトの姿は、滑稽以外の何者でもなかった。

何故なら……

無数の気配が集まってくる。

そして、その全てが、

 

「水影様。包囲、完了致しました」

 

霧隠れの忍であった。

突然の事態に、カブトは狼狽の表情を見せ、

 

「どういうことだ!? 何故、こんなにも霧の忍が……」

 

辺りを囲む、数十人の霧の忍たちの存在に疑問の声を上げる。

その問いに、メイは淡々と応えた。

 

「先ほど私が放った水龍弾は、アナタを倒すためのものではありません」

「僕を倒すためじゃない?」

「あれは周囲から増援を呼び寄せるためのもの。穢土転生の術が使用された今、アナタを最大限警戒するのは当然のこと」

「な、何!?」

 

突きつけられた回答に、カブトは表情を歪ませ、叫んだ。

 

「水影のアンタが数に頼るのか!? こちらは僕一人だけだぞ!」

 

それに、メイは首を傾げる。

さも当然といった顔で、

 

「何をおっしゃっているのです。今は戦争中ですよ。どんな手を使ってでも勝つ。それが忍の戦いです」

「ぐっ……」

「大蛇丸の模倣をして、五影を自らの手で殺めたかったのか。はたまた穢土転生という禁術に魅了されたのかわからないけど、油断していたのはアナタの方よ」

 

続けて、メイは部下の忍たちに指示を出す。

 

「四代目様は不死身の身体と化しています。ですが、その力は著しく弱体化しており、無力化は十分に可能でしょう。四方から攻撃を与え、封印術で捕らえなさい! 術者の方は、私が処理します」

「「「了解!」」」

 

部下の返事を聞くと同時に、メイは全身にチャクラを巡らせる。

 

「これで終わりです」

 

一切の温情もない、冷徹な声音。

メイから放たれる濃密な殺気に、カブトは指一本動かせなくなる。

戦うことはおろか、逃げることさえできない。

それは二人の力関係をあらわしていた。

震える声で、カブトが呟く。

 

「僕は、こんなところで死ぬわけには……」

 

しかし、メイは印を結び、

 

「終幕劇を踊りなさい」

 

次の瞬間。

術を放った。

 

「溶遁・溶怪の術!!」

 

メイの口から、あらゆるものを溶かす強酸性の液体が吐き出される。

カブトは自分の太腿をクナイで突き刺し、痛みで恐怖を振り払った。

そして、なんとか攻撃を回避しようとするが、間に合うわけもなく……

全身に溶遁の術を浴びせられ、最後に……

 

「マザー……」

 

そう言い残し、この世から溶けて消えた。

これで、新たに穢土転生を使われる心配もないだろう。

メイは密かに安堵の息を漏らす。

すると、後ろから霧の忍が、

 

「水影様、封印完了しました!」

 

その言葉にメイは頷き、

 

「よくやってくれました。これで戦場も少しは楽になるでしょう」

 

不死身のやぐらが戦場で暴れ回る。

一歩間違えれば、そんな事態も起こりえたのだ。

ここでカブトを処理できたのは、運がよかった。

そうメイが思ったのも束の間、新たな霧の忍が伝達に現れる。

仮面をつけた、暗部の忍が言った。

 

「水影様、戦場の流れが変わりました」

「……!? 報告しなさい」

 

流れが変わった?

先ほどまで、終始霧が優勢だったはず……

一瞬、メイの頭に不安が横切るが、それは杞憂に終わる。

暗部の忍が続けて言った。

 

「木の葉の一部の部隊が撤退の準備を始めました。何やら、指揮系統が混乱をきたしているようで……」

 

その言葉に、メイは僅かに目を見開く。

 

「木の葉の指揮を担っている忍を見つけたのですか?」

 

ダンゾウは戦場にはいない。

なら、別の忍が参謀役を務めているはず。

そう考えたメイは、戦争が始まる前に何人かの暗部に指示を出し、抹殺の命令を下していた。

しかし、まだ見つけたという報告は届いていない。

目の前の暗部も、同じような感想を抱いたらしく、

 

「いえ。残念ながら、まだ補足には至っておりません。ですが、戦場の混乱具合から察するに、なんらかの異常事態が木の葉側に起こったのは間違いないようです」

「……わかりました」

 

メイは頷く。

ダンゾウのことは、どうやらイタチを信じるしかなさそうだ。

ここで木の葉の忍を逃すわけにはいかない。

 

「四代目様の監視に、封印班を二小隊のみ残し。他の部隊は急ぎ、戦場に戻ります。ここからは私が前線に立ち、全軍の指揮を執ります」

「「「了解!」」」

 

木の葉の軍勢が、早くも崩れ始めた。

戦争も最終局面に突入する。

 

しかし、メイは気づいていなかった。

まだ、やぐらの中に眠り続ける。

 

人智を壊す膨大なチャクラの鼓動に……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

守るべきもの

木の葉の一部の忍が、戦場から撤退の準備を始めた。

その報告を受け、メイは数十人の霧の忍を率いて、前線に向かおうとしていた。

が、その途中。

思いもよらぬ人物に出会い、部下に静止の合図を送る。

そして、その人物に近づき、

 

「小雪!? こんな所で何をしているのですか」

 

そこにいたのは、数十人ほどの部下を率いて、戦場を駆け回っている雪の国の君主、小雪であった。

向こうもこちらに気づいたようで、白馬から身を降ろし、メイの方へと歩いてきて、

 

「何って、負傷者の搬送と救護よ。私たち雪の国も手伝うって言ってたじゃない」

 

などと、あっけらかん口調で話してきた。

確かに、雪の国にも後方支援は頼んでいた。

しかし、

 

「ここらにはまだ、木の葉の忍がいる可能性があります。アナタの身に何かあったらどうするのですか! 手伝ってくれることには感謝しますが、まずは自分の身を第一に考えて下さい」

 

そうなのだ。

かなり後方とはいえ、ここは戦場に位置する場所。

せめて、もう少し下がってもらわないと。

と、メイが言おうとしたところで……

突如、上空から金髪の少年が舞い降りてきた。

その姿に、メイはさらなる驚愕の声を上げる。

 

「な、ナルト!?」

 

そこに現れたのは、里の避難誘導を命じていた、ナルトだった。

予想外の事態に、メイは頭を抱える。

しかし、その直後。

そんな悩みが全部吹き飛ぶようなことを、ナルトの口から告げられた。

 

「メイの姉ちゃん、風雲姫の姉ちゃんにはオレがついて行く。それなら問題ねーだろ」

 

大アリだ!

叫び出す直前、メイはなんとか自分を抑制し、青筋をたてながら、ナルトに尋ねた。

 

「ナルト……任務はどうしたのですか?」

 

すると、ナルトは一瞬言葉を詰まらせながらも、

 

「……避難誘導は終わった。今は里に住民は一人もいねーし、避難先にもちゃんと護衛がついてる」

「そうですか。それはよくやってくれました。ですが、なら何故アナタがここにいるのです。住民たちの護衛もアナタの任務のはずでは?」

 

しかし、ナルトは首を振る。

そして、

 

「護衛には十分な数がいるだろ。オレにはやらなきゃならねーことがある」

 

などと言ってきた。

それに、メイは眉をよせる。

今は戦争中で、狙われているのは他ならぬナルトなのだ。

我がままを許すわけにはいかない。

だから、メイは言った。

子ども叱るような声音で、

 

「ナルト、いい加減になさい。今が戦争中だということはアナタも理解しているはず。木の葉に狙われているのは誰ですか? それに、アナタには木の葉の忍と戦う心構えが……」

 

が、それを遮って。

ナルトが言った。

 

「木の葉の忍とは、もう戦った……」

 

その言葉に、目を見開き、観察する。

真っ直ぐに、ナルトの瞳を見据える。

そこにあったのは……

覚悟を決めた、忍の目だった。

ナルトは続けて、

 

「今、木の葉の連中が混乱し始めた頃だろ」

「それは……何故アナタがそのことを?」

 

このことは、メイですらつい先ほど報告を受けたばかりだ。

ナルトが知ることのできる情報ではない。

では、何故ナルトが知っているのか。

答えは……一つしかなかった。

 

「木の葉の参謀と、戦場に情報を送っていた忍をやっつけたのは……オレとハクだ」

「アナタたちが倒したのですか!?」

 

メイの問いにナルトは黙って頷く。

後ろでは、部下たちも驚いた表情でナルトのことを見ていた。

しかし、にわかに信じがたい事実に、メイは動揺を隠しきれない声音で、

 

「どうやって見つけたのですか? 暗部でさえ見つけられなかった相手を」

「見つけたのはオレじゃねぇ。ハクが見つけて、オレは手伝っただけだ」

 

手伝っただけ。

言うのは簡単だが、これはそんな単純な話ではない。

暗部が複数いても成し遂げられなかったことを、たった二人で。

たった二人の、子どもがやってのけたのだ。

それは信じられない戦果であった。

あらためて、ナルトのことを注意深く観察する。

ほんの数時間で、彼の身体を纏う気配は激変していた。

忍の苦悩を知ったのだろう。

明言こそしていないが、おそらく何人かの木の葉の忍を殺しているはずだ。

でなければ、こんな強者の覇気を纏えるはずがない。

もしかすれば、気を抜いている時なら、水影である自分すらも……

しかし……

それでもメイは言った。

 

「ナルト、アナタの気持ちはわかりました。ですが、わかって下さい。アナタを戦場に出させるわけには参りません。霧隠れの未来のため、今は耐えなさい」

 

だが、ナルトは言う。

はっきりとした口調で、自分の想いを。

 

「オレってば、メイの姉ちゃんと違って、まだまだ子どもだ。先のことなんてわかんねーし、考えたこともねー。けど、違うんだってばよ」

「違う? 何がです」

「守りてーもんだ。メイの姉ちゃんたちは、里のため、未来のために戦ってる。けど、オレは違う。オレが守りてーのは未来じゃねェ……今だ!!」

 

その言葉に、メイは息を呑む。

ナルトは苦渋に満ちた表情を浮かべ、

 

「オレは子どもだけど、周りが見えねーほど馬鹿じゃねぇ。この戦争がなんで起きたのかもわかってるつもりだ」

 

霧と木の葉の戦争。

この戦は、木の葉がナルトの中に眠る九尾を狙って引き起こしたもの。

当然、ナルトもそれをわかっていた。

だが、メイにはナルトの気持ちを理解しきれていなかった。

だから……

 

「もし、この戦いが終わった時、再不斬、ハク、長十郎、メイの姉ちゃん、風雲姫の姉ちゃん……もし、オレの仲間が誰か一人でも死んでたら、オレには一生後悔しか残らねーってばよ!!」

 

その慟哭に、メイは何も言えなかった。

しかし、ナルトは言葉を続ける。

不退転の覚悟を背負った瞳で、

 

「オレが戦場に出れば、救える命が必ずある。それでも戦争に参加するなって言うなら、それが霧の忍としてオレが成すべきことなら、オレは忍者なんかやめて……」

 

が、そこで、ナルトの言葉は遮られた。

小雪がナルトの肩に手を置き、

 

「もう十分でしょ。このままじゃナルトはまた勝手に暴れ回るだけよ。それに、私もアンタなら信用できるわ」

 

前半はメイに向かって、後半はナルトに向けられた言葉だった。

そして、それはメイも同じ気持ちであった。

いや、今でもできることなら止めたい。

だが、今のナルトを止めることは、もはや誰にも不可能であろう。

仮に力づくでナルトを捕獲しようとしても、飛雷神で逃げられるのがオチだ。

何より、目の前にいるナルトは分身でしかない。

メイはわざとらしく溜め息を吐いてから、真剣な眼差しをナルト向ける。

 

「ナルト。一つだけ約束して下さい」

「約束?」

「必ず、生きて帰ってきなさい」

 

すると、ナルトは目を見開き、この戦場で初めて笑った顔を見せた。

 

「ん! 了解だってばよ。その約束なら、さっきハクとしたばっかだ。オレは死なねーし、オレの仲間は誰も殺させやしねェ!」

 

そう言って……

ナルトと風雲姫の一行は、その場から行動を開始したのであった。

 

 

 

場面は変わり、戦場。

海を越え、森を越え、さらにその先に広がる水に満ち溢れた広大な湿地帯。

現在、メイはその中心に立っていた。

戦場のど真ん中。

あらゆる音と景色が入り交じる。

刀を振るう音。

肉を裂く音。

血が飛び散る音。

悲鳴の声。

苦痛の表情。

狂気に、殺意。

喜劇に、悲劇。

人間の本性が垣間見える、血を血で穢す惨劇。

それが、戦争。

しかし、メイはその光景を当然のように受け止めた。

自分は霧の水影。

目を逸らさず、結果の全てを受け入れる。

途端。

朗々とした声音で言い放った。

 

「全軍に通達します。投降する者は捕虜として捕らえなさい!」

 

戦場は、完全に霧の独壇場となっていた。

長い時間をかけて、霧は木の葉を迎え討つ準備を整えていたのだ。

忍の数、地の利、その両方が霧の圧倒的有利な状況で、さらに敵は指揮系統まで崩壊している。

勝敗は……既に決していた。

が、戦いはここからであった。

最初から投降する者は構わない。

捕らえれば、命惜しさに情報を吐かせることも容易なはず。

だが……

メイの凛とした声が、戦場に響き渡る。

 

「ただし、それ以外の者には慈悲を与える必要はありません」

 

この戦いで重要なのは、勝ち負けではない。

いや、勝つだけなら、最初から難しくはなかったのだ。

木の葉が攻めてきた時、海上戦を仕掛ければ、それだけでも無難な勝利は収められたであろう。

だが、それでは意味がないのだ。

この先の戦いに備えて。

霧の里の未来を見据えて。

戦いを続ける全ての忍に、非情の命令を下す。

 

「何人たりとも、木の葉の里に生かしたまま帰してはなりません。一人残らず――皆殺しにしなさい!!」

 

無慈悲の裁定。

抵抗する者に限らず、逃亡を謀る者すら逃がさない。

木の葉の完全なる殲滅を言い渡され……

 

「「「オオオオオオオオオオオ!!」」」

 

戦場を轟かす鬨の声が上がった。

戦線は縦に伸び、木の葉の忍は散り散りに逃げ惑う中、霧の忍は各忍同士が連携を取り合い、敵を追い詰める。

だが、木の葉の忍も、ただ黙って殺られるばかりではない。

中にはこのように、

 

「火の意志をなめるな!」

「木の葉の底力を思い知れェ!」

 

何人もの木の葉の忍が、特攻を仕掛けるかのごとく、メイの元に押し寄せてきた。

とはいえ、その大半はメイに届くことなく、周囲にいる霧の忍に討ち取られる。

が……

捨て身の覚悟で挑んできた、一人の木の葉の忍がメイの目前まで迫り、

 

「覚悟ォ!」

 

クナイを振りかざそうとした……直前。

その首が宙を舞う。

そして、呆気なく斃れた。

メイは敵の首をはね飛ばした忍に視線を送り、安堵の言葉を口にした。

 

「健在でしたか、再不斬」

 

すると、再不斬は血で汚れた顔のまま、残忍な笑みを浮かべ、

 

「皆殺しにしろとはなァ。まったく、あの作戦を初めに聞いたときゃー、背筋がぞくぞくしたぜ。ただ黙って刀を振り回してるオレらより、テメーの方がよっぽど極悪人じゃねーか」

「言ったはずです。これは必要なことだと。木の葉には完全な敗北を喫してもらわなければなりません」

「ククク……そうカッカすんじゃねーよ。命令に背く気はねェ。言われた通りに殺ってやる」

 

戦場を見渡す。

木の葉の忍も必死に抵抗を続けてはいるものの、戦況がひっくり返ることはない。

一秒ごとに、みるみるとその数を減らしていく。

だが、腐っても五大国最強と言われた忍たち。

この状況においても、反撃に転じ、霧の忍に一矢報いる者も少なからずいる。

しかし、とどめを刺すことはできない。

霧の忍がピンチになると、どこからともなく氷の鏡が出現し、そこから一本の術式クナイが放たれる。

すると、次の瞬間。

金髪の亡霊とともに、怪我を負った霧の忍は文字通り目にも止まらない速さで、戦場から消え失せる。

そして、右往左往する木の葉の忍は、背中から別の忍にあっさりと斬り伏せられ……

そんな光景を眺めながら、メイは尋ねた。

 

「再不斬、アナタは最初からこうなることを予想していたのではありませんか?」

 

しかし、再不斬の返答は、

 

「さぁて、どーだろーなァ」

 

酷く曖昧なものであった。

心情的には、未だにナルトやハクの参戦には反対の気持ちがあった。

だが、戦局だけを見るなら、これほど頼もしい増援はなかった。

あの子たちは、たった二人で何百、下手をすれば、それ以上の霧の忍を救っているのだ。

その働きには、ある意味、畏怖の念すら覚えた。

敵に回せば、あれほど厄介な存在はいないだろう。

だが……

心配するメイの心を察してか、再不斬が言った。

 

「戦場には、オレ以外の忍刀も散らばって参戦してやがる。そう滅多なことにはならねーよ」

「……そうですね」

 

メイと再不斬は頷き合い、会話を打ち切る。

そして、次の瞬間。

戦場に――二人の鬼が舞い降りた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

霧隠れの閃光

四代目火影・波風ミナト。

彼から放たれた神速を誇る技の数々。

かつて、全忍最速とうたわれた忍。

木ノ葉の黄色い閃光――

その勇名は他里にまで轟いていた。

敵国の忍は皆、口を揃えて言う。

あれに勝る忍はいない。

戦場で奴を見かけたら、迷わず逃げろ、と。

 

そして、今日。

木の葉の忍たちは、その身を以って思い知ることになる。

黄色い閃光の真の恐ろしさを……

 

 

 

チャクラを足に回し、水を蹴り、駆け抜ける。

金髪碧眼の少年、ナルトはいま、霧と木の葉の忍が殺し合いをしている戦場へと降り立った。

この戦争は、ナルトの中にいる尾獣。

九喇嘛を狙って、木の葉側が引き起こしたもの。

当然、その張本人であるナルトが戦場に現れれば……

 

「ば、化け狐!?」

「とうとう姿を見せたなァ!」

 

木の葉の忍たちが我先にと、こぞってナルトに襲いかかってきた。

武器を構え、目を血走らせ、殺意を撒き散らせながら。

しかし、ナルトは止まらない。

減速する素振りすら見せず、彼らの合間を突き抜けようとする。

すると、

 

「死ねェ!」

「三代目様の敵ィィ!」

 

二人の忍が刀を振り下ろしてきた。

しかし、ナルトは足を止めない。

ただ真っ直ぐに進み、太刀筋を見切り、斬撃を躱す。

二本の刀が空を切った。

と、同時に。

ナルトは左手で一人目の忍の左足を、右手でもう一人の忍の脇腹に手を置き、

 

「…………」

 

マーキングの術式を叩き込んだ。

と――

そのまま二人の間を抜けるようにして、ナルトは戦場へと駆け抜ける。

走る。

走る。

走る。

そして、十分に距離をあけてから、十字に印を結び、術を発動した。

 

「影分身の術」

 

チャクラのうねりとともに、二人の分身が出現した……瞬間。

分身たちが、その場から姿をかき消す。

飛雷神の術を使い、先ほどマーキングの術式を施した二人の木の葉の忍の元へ。

そして、

 

「飛雷神・分身大爆破」

 

突如、水柱が立ち昇るほどの、大きな爆発が後方で巻き起こった。

飛雷神で跳躍したナルトの分身が、自らの身体を爆発させたのだ。

二人の木の葉の忍を巻き込んで……

そして……

 

「き、貴様はァ!?」

「出やがったな、九尾!」

 

また別の木の葉の忍が襲いかかってきた。

しかし、ナルトは武器すら構えない。

攻撃を回避し、相手の身体の一部に手をあて、術式を書き込む。

あとは同じことの繰り返しだ。

敵から十分に距離を取ったのを見計らい……

 

「飛雷神・分身大爆破」

 

破裂音。

またも、戦場のどこかで爆発を引き起こした。

瞬間移動による回避不能、防御不可の人間爆弾を送り込む。

しかも、爆発は分身たちが自分たちの意思で起こしているため、味方を巻き込む心配もない。

ただ、一方的に木の葉の忍を爆殺する。

淡々と、効率よく、機械のように、精密に。

 

「…………」

 

ナルトの目には、殺意も悪意もなかった。

怒りや悲しみさえない。

そこにあるのは、決意を秘めた忍の目。

感情を押し殺した、忍という名の道具。

決して、人を殺したいわけじゃない。

木の葉に恨みはあるが、復讐がしたいわけでもない。

でも、仕方がなかった。

敵を殺さなければ、味方が死ぬ。

それが……戦争なのだ。

だから、殺す。

目に映った木の葉の忍を全て。

そして……

何人殺しただろうか。

指揮系統が崩れ、烏合の衆と化していた木の葉の軍勢の中に、まとまりのある集団を見つける。

数は百人ほどであった。

全員が、木の葉の額当てをしていて。

その中の誰かが言った。

 

「化け狐が来たぞォーー!!」

 

化け狐。

それはナルトが木の葉にいた頃、毎日のように言われ続けた忌み名の一つ。

続けて、別の忍たちが叫んだ。

 

「奴は姑息にも、風遁の術を使うという報告が出ている。火遁使いの忍は前に出ろ!」

「化け物め! 父さんと母さんの仇ィ!」

「オレたちで木の葉の平和を護るぞォ!」

 

などと叫びながら、何人かの忍が一列に並び、こちらに向けて術を放ってきた。

 

「「「火遁・豪火球の術!!」」」

 

炎の炎弾が周囲を焼き尽くす。

それは何度も見たことのある術で、奇しくもナルトが木の葉の里を抜ける前に放たれた術でもあった。

だが、何もできなかったあの頃とは違う。

ナルトは冷静に状況を把握し、素早く印を結んだ。

息を大きく吸い込み、

 

「風遁・大突破」

 

途端、強烈な突風が吹き荒れる。

だが、その風を受けるのは、炎の炎弾ではない。

ここは水に満ち溢れた湿地帯。

ナルトは足元に広がる水面に向けて、術を放った。

すると、突風により巻き起こされた大量の水が津波となり、敵の炎弾を阻む防壁と化す。

ジュワァァ! という小気味よい音が、水の壁を蒸発させた。

大量の水が気化したことにより、辺りを覆う人工の霧が発生する。

視界が白く染まり……

誰かが、警戒を促す声音で言った。

 

「全員油断するな! まだ死んでいないぞ!」

 

緊張が張り詰める。

ぴりぴりとした戦場の空気。

そこで初めて、ナルトは足を止めた。

ホルスターから、術式クナイを取り出す。

そして、

 

「……行くぞ」

 

前方に向けて、一直線に放った。

凄まじい勢いでぐんぐんと進み……

術式クナイが霧の中に消える、直前。

ナルトは慣れた所作で印を結び、術を発動した。

 

「手裏剣影分身」

 

途端。

クナイが一、二、四……と、瞬く間に分裂し、その数を数十本にまで増やす。

そして、そのまま前方に広がる霧の中へと進み……

ナルトの視界から消えた……直後。

 

「「「ぐああああっ!?」」」

 

霧の向こうから、複数の悲鳴が上がった。

敵に当たらなかった術式クナイは、周囲に乱雑している石岩に突き刺さり……

戦場にマーキングの術式を広げる。

これで準備は整った。

ナルトは別の術式クナイを取り出し、そこに風遁のチャクラを流し込む。

淡く揺らめくチャクラが、刀の形を象った。

次に、一度目を閉じて、

 

「すぅー……はぁー……」

 

大きく息を吸い込み、それを吐き出す。

それから、ゆっくりと目を開いた。

時間にして、ほんの二、三秒にもみたない動作。

しかし、これでナルトは自分の決意を固めた。

甘さを全て捨て去り、自分の感情を完全に押し殺して、

 

「……やるってばよ」

 

そう、自分に向かって、小さく呟いた。

そして、全身に力を入れる。

改めて、チャクラを練り、巡らせて……

次の瞬間。

ナルトの姿が――消えた。

一条の光が迸ると同時に、

 

「あ……?」

 

鮮血が飛び散る。

木の葉の忍たちは、突然背後から現れたナルトの動きに反応はおろか、姿を捉えることさえできず……

 

「がはっ……」

「あぎぃ!」

 

一人、また一人と斃れて逝く。

白い霧の中、一筋の光が踊るように飛び回り、

 

「ああっ」

「……くそ」

 

そのたびに木の葉の忍たちが、断末魔の呻きを漏らし、散って逝く。

が、そこで。

感知タイプの忍、犬塚一族の男が叫んだ。

 

「気ィつけろ! 近くにいるぞォ!」

 

木の葉の様子が変わる。

しかし、それはナルトだけを警戒したものではない。

まだ霧が漂っているため、向こうからはナルトの姿が殆ど見えないのだ。

だから、気配や動きで察知しようとする。

しかし、その考えを先読みしていたナルトは、既に自分の気配を消していた。

そのままクナイを片手に、霧の中を駆け回る。

無論、気配を消した状態で動けば、速度が極端に落ちるのだが、ナルトにはそんなリスクなど存在しない。

瞬間移動で飛び回っているのだ。

遅い速いなんてレベルじゃない。

最初から、速さの次元が違うのだ。

霧に覆われた、ほぼ視界ゼロの戦場を、黄色い閃光が縦横無尽に飛び回る。

すると……

戦況を打開するため、ナルトの姿を必死で確認しようとしていた木の葉の忍たちが、

 

「そこにいるのは誰だァ!」

「お、お前こそ味方だよな?」

 

自分の隣にいる味方すら、敵ではないかと錯覚を覚え、一種の恐慌状態に陥る。

見通しの悪い状況で、敵と味方の区別がついていないのだ。

そして、それを見逃すほどナルトは甘くない。

 

「次はテメーだ」

 

混乱に乗じて、木の葉の忍を一方的に斬り伏せる。

が、その直後。

明らかにこちらを狙った殺気に気づき、ナルトは弾けるように後ろへ跳んだ。

そこへ、

 

「牙通牙!」

 

一人の忍と一匹の犬が、身体を高速回転させて突っ込んできた。

猛烈な回転が空気を切り裂き、霧を晴らす。

そして……

木の葉の忍たちが、徐々に組織だった動きを取り戻しはじめる。

水面に横たわる、数々の仲間の死体に目をやり、

 

「よくもやってくれたな、化け狐ェ……」

「化け物がっ、調子に乗り過ぎだぜ」

「ははは、九尾のガキも年貢の納め時だな」

 

誹謗中傷が吹き荒れる。

仲間の死を怒る者。

ナルトを嘲笑う者。

九喇嘛に恨みを持つ者。

様々な瞳がナルトに向けられる。

だけど、それはもうどうでもいいことだった。

だって……

ナルトは術式クナイを握り、敵を見据える。

 

「殺れるもんなら、殺ってみろ。全員返り討ちにしてやる」

 

全員、斃すと決めたのだから。

が、それは木の葉の忍も同じこと。

彼らはここに、ナルトを殺しにきたのだ。

何十、何百という殺意が充満する。

恨み、怒り、快楽、鬱憤、憎しみ、私怨、怨念。

ありとあらゆる感情を滾らせ、木の葉の忍たちが叫んだ。

 

「「「くたばれ! 化け狐ェェ!!」」」

 

クナイを手に取り、四方八方からナルトに襲いかかってくる。

最初の一人が、下卑た声音で、

 

「これでオレは、木の葉の英雄だ!」

 

などと、わけのわからない言葉を吐きながら、クナイを突き出してきた。

しかし、

 

「遅ぇ……」

 

ナルトは容易く攻撃を躱し、手に持つ術式クナイで、逆に斬り伏せる。

続いて、数人の木の葉の忍が連携を取り、ナルトに斬撃を繰り出そうとするが、

 

「…………」

 

それも一瞬で斬り伏せる。

飛雷神はおろか、瞬身の術すら必要ない。

着用しているベストを見る限り、全員が中忍以上のはずだが、まるで話にならない。

本当に忍なのか疑うレベルの練度で……

しかし、隊の中心にいる、髪を後ろに結った木の葉の忍が、

 

「闇雲に突っ込むな! 奴の周囲を囲み、逃げ場をなくせ! 子どもだと思って甘く見るなァ!」

 

知性ある声で、指示を出す。

すると、木の葉の忍たちは一度動きを止め、数十人という人数で、ナルトを円状に囲み始めた。

それに、ナルトは目を細める。

周りの忍たちを警戒して、ではない。

先ほど、指示を出した忍を警戒して。

おそらく、アイツがこの隊をまとめている忍だ。

が、そんな思考を遮るように、

 

「これで終わりだ!」

「仲間の仇を!」

「死ねェ、クソガキ!」

 

周囲にいた木の葉の忍が、一斉に襲いかかってきた。

三百六十度、見渡す限り敵の影で埋め尽くされていて……

流石に、これは躱しきれない。

そう判断したナルトは、迷わず前方に向けて術式クナイを放った。

刹那。

黄色い閃光が、戦場にいる全ての忍を置き去りにする。

飛雷神の術――

その手には、先ほど投げたはずの術式クナイが握られていた。

そして、

 

「飛雷神斬り」

 

目の前にいた木の葉の忍を斬り伏せ、包囲網を難なく突破する。

ナルトにとっては、息をするほど簡単な動き。

しかし、それを見た木の葉の忍たちの反応は、

 

「な、なんだ。今の動き!?」

「どこに消えた!?」

 

まったく予想していなかった結果に、ただうろたえるだけで……

誰一人として、ナルトの動きについてこられない。

そして、そんな隙だらけの忍たちを、

 

「…………」

 

背中から斬り伏せる。

容赦などしない。

下手に情けをかけ、敵を見逃せば、それだけ仲間が死ぬのだ。

それは名前も知らない忍かも知れない。

けれど、もしかしたら、再不斬やハクや長十郎が……

ナルトにとって、大切な人が殺される可能性だって、十分に起こりえるのだ。

それが、戦争。

だから……

 

「死ねェー! 九尾ィ!」

「化け狐め!!」

 

木の葉の忍たちが、またナルトの周囲を囲み、各々の武器を振り上げる。

しかし、ナルトは的確に状況判断を下し、敵の少ないところへ術式クナイを投擲。

そして、

 

「…………」

 

一刀のもとに斬り伏せる。

斬れ味抜群の風遁を纏ったクナイは、敵の武器と鍔迫り合いになることもなく、あっさりと目の前の忍を両断した。

しかし、そこで。

今のナルトの動きを観察していた、一人の木の葉の忍が、

 

「今の技って……よ、四代目様の……」

 

だが、その続きをナルトが遮る。

戦場に散らばる術式クナイを利用して、その忍の背後へと回り込み、

 

「木の葉の忍が……四代目を語るなァ!」

 

隠しきれない激情。

怒気を孕んだ言葉とともに、背中から敵の心臓を刺し貫いた。

当然、その木の葉の忍は声を上げる間もなく、絶命する。

すると、それに激昂した木の葉の忍たちが、

 

「よくもオレの仲間を!」

「木の葉の怒りを思い知れ!」

 

などと叫びながら、四枚刃の大きな手裏剣を放ってきた。

ナルトはそれを一瞥してから、いま刺し殺した木の葉の忍から術式クナイを抜いて……

 

「…………」

 

飛来した手裏剣を防ぐ盾として、その死体を自分の方へと傾けた。

直後。

肉を裂く、不快な音が耳にこびりついた。

ナルトの持つ死体には、大きな手裏剣が刺さっていて……

それを見た、別の木の葉の忍が、

 

「貴様ァ!!」

 

なかなか速い手つきで印を結び、術を発動しようと……

が、そこで。

ナルトが突拍子もない行動に出た。

死体の片足を掴んで、身体を回転させながら、ブンブンと振り回し……

足首に、マーキングを施すと同時に、

 

「ォォオラァ!」

 

その忍に向かって、力一杯ぶん投げた。

いきなり仲間の死体を投げ飛ばされたことにより、術を放とうとしていた忍は、

 

「なっ!?」

 

一瞬の躊躇いを生んでしまう。

このまま術を放てば、仲間を巻き込んでしまうと……

が、その一瞬が命取りとなり、

 

「飛雷神斬り」

 

飛雷神で跳躍したナルトが、隙だらけの敵を容赦なく斬り伏せる。

仲間を殺され、盾に使われ、あげくの果てにその骸までも利用され……

血も涙もない悪魔の所業。

その光景を見ていた木の葉の忍たちが、

 

「九尾のガキィ! 貴様には人の心がないのか!」

「絶対に許さん……」

「骨も残さんぞォ!」

 

何十人もの、怨嗟の声が響き渡る。

そんな木の葉の忍たちに、

 

「…………」

 

ナルトは、なんの反応も返さなかった。

ただ、温度の込もらない瞳で、真っ直ぐに受け止める。

彼らの怒りは……当然のものだ。

こんな人数を引き連れ、ナルト一人を殺しにきた奴らが今さら何を……とも思うが、それでも、彼らの嘆きは本物だった。

正当な怒りと悲しみだった。

けれど……ナルトの意志は欠片も揺るがない。

もう、戦場に降り立つ前に決めたのだ。

霧と木の葉。

二つの里を天秤にかけ、その里に住まう人々の命を、その重さを、決めたのだ。

だから……

 

「…………」

 

ポーチから術式クナイを取り出す。

そこに、くるくると起爆札を巻きつけ……

 

「骨も残らねーのは、テメーらの方だ」

 

一切の躊躇いなく、木の葉の忍に向けて、投擲した。

すると、放たれたクナイの先にいる忍が、

 

「何度も同じ手が通用すると思うなよ! みんな、飛び込んでくる場所がわかってるなら返り討ちにできるぞ! 集まれ!」

 

そう言って、何人もの忍たちが集まって……

だが、それは悪手であった。

ナルトは素早く印を結び、術を発動する。

 

「手裏剣影分身」

 

次の瞬間。

一本のクナイが、数十本にまで、その数を増幅させた。

それを見た木の葉の忍たちが、

 

「な、なんだ!?」

「クナイの数が増えたぞ!?」

 

と、慌てふためく様子を眺めながら、ナルトは片手で印を結び、

 

「……消し飛べ」

 

瞬間。

爆発。

数十本の起爆札付きのクナイが、群がる木の葉の忍たちを……

 

「「「ぐわああああああ!?」」」

 

爆殺した。

硝煙とともに、死体の山ができあがる。

一瞬にして、何十人もの人間が死んだ。

ナルトが殺した。

ナルトが殺した。

だけど、戦いはまだまだ終わらない。

爆風に紛れながら、一人の忍が忍刀を携え突っ込んできて、

 

「化け狐ぇぇ!!」

 

しかし、その動きはやはり隙だらけであった。

だから、ナルトはポーチから新たな術式クナイを取り出し、

 

「…………」

 

返す刃で斬り伏せる。

相手の刀はいとも簡単にへし折れ、ナルトは返り血を浴びることもなく、その忍を瞬殺した。

だが、その忍は絶命する前に、口から血を流しながらも、私怨の込もった笑みを浮かべ、

 

「くた、ばれ……化け……」

 

その言葉を最後に、斃れ伏す。

しかし、それにナルトは嫌な予感を感じ、周囲を警戒しようと……

しようとして、そこで異変に気づいた。

 

「なんだ、これ? 身体が動かねぇ」

 

ナルトの身体が、何か見えない力によって縛られていた。

そこに、髪を後ろに結った木の葉の忍が……

木の葉の名家、奈良一族の忍が前に出てきて、

 

「影縛りの術だ。ようやく捕らえたぞ、化け物め」

 

などと言ってきた。

いつの間にやら、相手の術に捕らえられていたらしい。

状況から察するに、先ほど特攻を仕掛けてきた木の葉の忍に、予め自分の影をつけていた……といったところだろう。

見事に、相手の作戦に嵌められたというわけだ。

しかし……

 

「…………」

 

ナルトの顔に、焦りの色はなかった。

ずっと探していた相手が、わざわざ向こうから出てきてくれたのだ。

身体が動かせないことなど、ナルトにとってはピンチでもなんでもない。

何故なら……

周囲に散らばる術式クナイの位置を確認する。

そして、次の瞬間。

なんの予兆も悟らさず。

指先一つ、動かすことなく。

ナルトの姿が……

 

戦場から――消えた。

 

飛雷神の術。

目にも止まらぬ電光石火。

一瞬で、奈良の忍の背後を取り、首にクナイを突きつけ、

 

「捕らえたのはオレの方だ」

 

一閃。

鮮やかな手並みで、クナイを薙ぎ払い――その首をはね飛ばした。

鮮血とともに、人の顔が宙を舞う。

相手は遺言の言葉すら残すことなく、水の中へと沈んで逝った。

呆気なく。

あっさりと。

意味もなく、次々と人が死ぬ。

それが、戦争。

にもかかわらず、先ほどまで終始押せ押せムードだった木の葉の忍たちに、

 

「え……」

 

静寂が訪れる。

奈良の忍が死んで。

自分たちのリーダーが殺されて。

そこではじめて、理解したのだ。

今から殺されるのは……

ここで死ぬのは……

自分たちの方だということに……

 

「あ、ああああ!?」

「ひ、ひぃ……」

 

だけど、それも無理はない。

殺されるのが自分だなんて、木の葉の忍たちからすれば、想像もできないことだったはずだ。

こんな年端も行かない子どもに。

ついこの間まで、何を言われても言い返さず、時には暴力を振るわれても殴り返すことさえできなかった里一番の嫌われ者のガキに。

自分が殺されるなど……

夢にも思わなかったのだろう。

だが……

ナルトの感情を宿らせない瞳が、冷たい眼差しが、敵を見据えた……瞬間。

鮮明な死のイメージが、彼らの脳裏に襲いかかった。

すると……

 

「に、逃げろォォ!!」

「走れぇ、殺されるっ!?」

 

木の葉の忍たちが、一目散に逃亡を始める。

仲間を押し退け、友の屍を踏み荒らし、恐怖と怯えに支配され、恥も外聞もなく逃げ惑う。

しかし、逃げ道などありはしない。

そんな選択を与えるつもりはない。

ナルトより速く動けない者が、ナルトから逃げられるわけもなく……

次の瞬間。

忍犬の背に跨り、誰よりも速くこの場から逃げ出そうとしていた木の葉の忍に向かって、ナルトは迷うことなく、術式クナイを投擲した。

刹那。

一閃の光とともに、ナルトの身体が戦場を横切る。

飛雷神の術を使って、一瞬にして敵の背中に追いつき、

 

「飛雷神斬り」

 

容赦なく、斬り斃した。

一人の忍と一匹の犬が、水中の水を赤く染め、溺れるように沈んで逝く。

そして……

ナルトは後ろを振り向き、逃亡を企む木の葉の忍たちの退路を塞いだ。

不安や恐怖に苛まれ、青ざめた表情を浮かべる忍たち。

そんな彼らの顔を眺めながら、ナルトが告げた。

淡々と、冷酷に、抑揚のない声音で、

 

「どこへ行くんだ。てめーらの死に場所はここだろ」

 

それは、死神だった。

見た目は、ただの少年で。

どこにでもいそうな、普通の子どもで。

だけど、少年は怪我一つしていなかった。

ここは戦場で、一秒ごとに人が死んでいくのが当たり前の場所。

そして、ナルトは百を超える木の葉の忍たちと、殺し合いをしていたにもかかわらず。

何十人もの木の葉の忍を、斬り殺していたにもかかわらず。

怪我はおろか、返り血すら浴びていなくて。

その事実に、今さらながら気づいた木の葉の忍が、震える声音で言った。

 

「ば、化け物……」

 

それはナルトが何度も耳にしてきた言葉。

だけど、そこに嘲笑や侮蔑の意味は込められていなかった。

ただ、ナルトの姿を見て、怯え、戦意をなくし……

だけど……

そんな木の葉の忍たちの姿を見ても。

ナルトの心が揺らぐことはなかった。

もう、遅いのだ。

温度のない瞳で木の葉の忍を見据え、ナルトは十字に印を結んだ。

膨大なチャクラのうねりとともに、術が発動する。

 

「多重・影分身の術」

 

次の瞬間。

百を超えるナルトの分身が、戦場を埋め尽くすように現れた。

その手には、術式クナイが握られていて。

そして、それを見た木の葉の忍たちは、

 

「や、やめろ……」

「オレたちは、化け狐を退治しにきただけだぞ! なのに、なんで!?」

「いやああああああ!?」

 

絶望に染まっていた。

中には武器を落とし、早々に諦める者までいる。

しかし、もう手遅れなのだ。

だから、ナルトは……

が、そこで、

 

「水遁・水鮫弾の術!!」

 

激流が発生する。

鮫の形を象った水弾が、木の葉の忍たちを蹴散らした。

それにナルトは僅かに眉を動かし、術を放った忍に視線を送る。

すると、その忍が、鬼鮫がナルトの前にやってきて、

 

「何やら凄いことになってますねぇ」

 

ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、言った。

しかし、ナルトは警戒する。

鬼鮫はあの暁の一員だ。

不用心に信用することなどできない。

が、鬼鮫が言う。

 

「そんなに警戒する必要はありませんよ。イタチさんから、アナタを死なせるなと言われていましてね」

 

ナルトは首を傾げ、

 

「イタチから?」

 

だが、鬼鮫はナルトの言葉に反応を返すことはせず、辺りを見回す。

何十人もの屍の山を見て、最後にこちらに視線を戻し、

 

「しかし、八面六臂の大活躍ですねェ。下手したら、私より殺したんじゃないですか?」

 

なんてことを言ってきた。

それにナルトは、感情のない声音で、

 

「木の葉の忍は全員殺すんだ。数なんか数えても意味ねーだろ」

 

と言うと、

 

「…………」

 

鬼鮫が口を閉ざした。

それから頬に冷や汗を流しつつ、また笑みを浮かべ、

 

「この私を黙らせるとは……いいですねぇ。この戦争が終わったら暁に入りませんか? 私からリーダーに紹介して差し上げますよ」

 

などと言ってきた。

ナルトは少しだけ顔をしかめて、

 

「オレは霧のうずまきナルトだ。オレと仲間になりてーなら、テメーが霧に戻ってくればいいじゃねーか、フカヒレ」

 

すると、今度は鬼鮫が顔をしかめる。

 

「私の名前は鬼鮫ですよ。人の名前を間違えるのは失礼だと、先生から教わりませんでしたか?」

 

それにナルトは、ちょっとだけ笑みを浮かべて、

 

「敵はしゃべる魚だと思え。再不斬の教えだ」

 

と返すと、今度は鬼鮫も口元を歪めて、

 

「ククク、霧の忍らしい教えですねぇ。ですが、今の私はアナタの敵ではありませんよ」

 

そして、前を見る。

ナルトも同じように視線を戻し、鬼鮫と肩を並べた。

木の葉の忍たちが、こちらを警戒していて。

あれだけ斃したのに、まだまだ数を残していて。

そんな木の葉の忍たちを眺めながら、ナルトが言った。

 

「んじゃ、霧隠れの閃光と霧隠れの怪人。夢のタッグと行くか!」

 

すると、鬼鮫が鮫肌を抜き放ち、

 

「この私に背中を預けるとは……アナタも物好きな子どもですねぇ」

 

満更でもない口調で、そう言った。

直後。

再び、戦況が動き出す。

ナルトの分身が、木の葉の忍を捕まえ、

 

「な、何をするんだ!」

「クソッ! 化け狐が調子に……」

 

そんな言葉を無視しながら、水底に沈んである術式クナイに向かって、次々と飛び込んでいく。

木の葉の忍たちを道連れにして……

そして、数人の分身たちが、飛雷神で飛び込んだのを確認してから、

 

「鬼鮫!」

 

と、ナルトが言った。

それだけで、鬼鮫はこちらの考えを理解して、

 

「この私をあごで使うとは……いいでしょう。喰い散らかして差し上げますよ」

 

印を結び、水面に手をあて、術を発動する。

 

「水遁・五食鮫!!」

 

途端。

水中に、チャクラで象られた五匹の鮫が出現した。

鮫たちは水の中を泳ぎ、必死に足をばたつかせ、こちらに戻ってこようとしている木の葉の忍たちに喰らいつき、その身を鮮血に染め上げていく。

ただ殺すのではなく、喰い殺すというのは、かなりグロテスクな光景だった。

ナルトは思わず目を背けてしまい、顔を上に戻すと……

 

「ん?」

 

視界の端に、奇妙な物が映った。

何やら小さく、黒い動物が動いていて。

その動物が、水を避けながら、木の葉の忍が持つ奇妙な巻物に吸い込まれていき……

横にいた鬼鮫が言った。

 

「あれは恐らく、里に情報を持って帰るつもりですねぇ」

 

すると、こちらの視線に気づいた木の葉の忍が、

 

「……!?」

 

巻物を懐にしまい、脇目も振らず、走り出した。

が、それをみすみす見逃すわけもなく。

ナルトが言った。

 

「鬼鮫、こっちはお前と分身たちに任せた!」

 

そう言って、返事も待たずに、ナルトはその忍のあとを追う。

このまま進めば湿地帯を越え、森に出てしまう。

そうなれば、追いかけるのは一気に難しくなる。

ナルトは水を弾き、速度を上げ、加速した。

みるみると敵の背中に近づき、あと数歩というところまで迫って……

しかし、そこで。

目の前の忍が急に足を止め、こちらに顔を向けてきた。

そして、どこかウソくさい笑顔を張り付かせて、

 

「お久しぶりです」

 

と、言ってきた。

それに、ナルトも足を止める。

本来なら、問答無用で斬り伏せるところだったのだが、その忍の顔に少し見覚えがあったのだ。

確か名前は……

 

「てめーは、サスケやサクラちゃ……と一緒にいた……」

「名乗るのは初めてでしたか。僕の名前はサイ。よろしく」

 

サイが気安く、そんな風に話しかけてきて。

しかし、ナルトはクナイを構える。

思わず足を止めてしまったが、今さら知り合いだからという理由で、木の葉の忍を見逃すつもりはない。

が、サイが言う。

 

「待って下さい。こちらに戦闘の意思はありません」

 

それにナルトは、抑揚のない声音で、

 

「なら、今すぐ武器を捨てて投降しろ。牢屋にぶち込んでやる」

「うーん、霧の忍に捕まるのは流石に勘弁願いたいかな」

「そうか……」

 

そこで話は終わった。

チャンスを与えたにもかかわらず、それを拒否したのだ。

なら、もう生かしておく理由はない。

ナルトはサイに斬りかかろうと……

しかし、その直前。

 

「忍法・墨流し!」

 

水中から黒い蛇が出現し、ナルトの足を絡みつくように拘束してきた。

墨汁で描かれた黒い蛇。

サイの術は、水に濡れたら使いものにならなかったはずなのだが……

今まで力を隠していたのだろうか。

だが、そんなサイを前にしても……

 

「…………」

 

ナルトの目は、ただただ冷め切っていた。

そして、一言。

 

「こんなもんで、オレを倒せるとでも思ってんのか?」

 

が、サイはニコニコとした表情のまま、

 

「まさか。僕では万が一にもキミには勝てない。だから、逃げさせてもらうとするよ」

 

そう言って、本当にその場から走り出した。

森の方角に向かって。

しかし、サイを逃すわけにはいかない。

ナルトは袖に隠していた術式クナイを取り出し、手首のスナップだけで上に放り投げ……

飛雷神の術で飛び、蛇の拘束から一瞬で抜け出した。

そして、加速する。

森の入り口に差しかかった所で、再びサイの姿を捉えた。

ナルトは木の枝に向けて、術式クナイを放ち、飛雷神による瞬間移動で先回りする。

木の上からサイを見下ろし、

 

「…………」

 

無言でクナイを構えた。

それを見たサイは、嘘偽りのない恐怖に怯えた表情を浮かべ、

 

「……イチャイチャパラダイスの最新刊を読むまで、死にたくないんだけど……見逃してはもらえないかな?」

 

などと、ふざけたことを言ってきたが、ナルトはそれを無視する。

そして、

 

「…………」

 

無言でクナイを投擲した。

そのクナイは寸分違わず、サイの顔面に向かって飛んでいき……

一秒後に、死の未来を確定させる。

サイにそれを防ぐすべはない。

その確定された死の運命を覆すのは……

突如。

森に――一陣の旋風が巻き起こった。

 

「木ノ葉剛力旋風!!」

 

強烈な回し蹴りが、ナルトの放ったクナイを弾き飛ばし、サイの窮地を救う。

 

「劣勢を覆せしは、木の葉の気高き蒼い猛獣……」

 

おかっぱ、激眉、全身緑タイツ。

一見ふざけた容姿をした木の葉の忍が、ナルトとサイの間に立つ塞がり、

 

「マイト・ガイ!」

 

名乗りを上げると同時に、白い歯をキラリと輝かせた。

 

 

忍界最強の体術使いにして、木の葉の誇る絶対守護神が……

 

戦場の地に降り立った瞬間であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

疾風迅雷の闘い 激闘 ナルトvsガイ

見た目、髪型、眉毛、骨格、性格、タイツ。

もう、全てが狙っているのかと勘違いしてしまうほど、ふざけた容姿をした男が……

 

「…………」

 

こちらをじーっと見上げてくる。

鋭い眼差しで。

見た目とは裏腹に、そこには一部の隙も見当たらなくて。

それにナルトは、

 

「…………」

 

警戒する。

一目見ただけでわかってしまった。

明らかに、今までの木の葉の忍とは格が違う。

最低でもテンゾウと同じか、下手をすればそれ以上に強い相手だと。

すると、ガイがこちらに視線を向けたまま、

 

「サイ、お前は今すぐ撤退しろ。ここはオレがなんとかする」

「隊長……」

 

九死に一生を得たサイが、その恩人の背中に目を向ける。

それに応えるように、ガイは右腕を伸ばし、親指を立てて、

 

「可愛いオレの愛弟子、リーのライバルであるネジのライバルのこの少年。この子のスピードに真っ向からついていける忍は、木の葉広しといえど、オレ以外には存在しないだろう。ここはオレの出番だ!」

 

と、自信に満ち溢れた口調で、そう言った。

その言葉に、サイもこくりと頷き、

 

「お願いします」

 

背を向け、その場から立ち去ろうとする。

だが、そうは問屋が卸さない。

ナルトはポーチから術式クナイを取り出し、

 

「逃すか!」

 

無防備な背中を狙い、一直線に投擲した。

普通の忍では、サイの実力では絶対に回避できないタイミングを狙って。

しかし、

 

「させん!」

 

ナルトの放ったクナイは、ガイの手によっていともたやすくはたき落とされた。

サイの気配がどんどん遠ざかっていく。

非常に不味い状況であった。

鬼鮫の言ったことが正しければ、サイは木の葉に情報を持って帰ろうとしている。

どんな情報かはわからないが、少なくとも霧にとって不利益になる可能性が高い。

すぐさま木から飛び降り、追撃をかけようとするナルトだったが……

 

「ナルトくん、だったかな? 悪いがキミに、サイのあとを追わせるわけにはいかない」

 

その行く手に、ガイが立ち塞がった。

ナルトは顔をしかめ、相手を睨みながら足を止める。

本来なら、敵が何人いようと大した問題にはならない。

だが、ガイの実力は完全に未知数。

迂闊に動くことはできない。

とはいえ、このままではサイを見失ってしまう。

どうするべきか……と思案していた、その時。

落ち着いた口調で、ガイが言った。

 

「待て。オレたちはキミと事を構えるつもりはない。そちらが黙って見逃してくれるのなら、こちらも何もせずにここから立ち去ろう」

 

などと、言ってきた。

なるほど、それは魅力的な提案だった。

それなら誰も傷つかず、誰も死ぬことはない。

みんなが笑って、明日を迎えることができる。

ガイの提案は素晴らしいものだった。

そして、反吐が出るほどの戯言だった。

ナルトは新たな術式クナイを取り出し、殺意を以って応える。

 

「二度も同じ手に騙されるほど、オレは馬鹿じゃねェ」

 

全身にチャクラを巡らす。

既に、サイの気配は感じられなくなった。

彼のことは、もう他の忍に任せるしかない。

今のナルトのやるべきことは……

 

「…………」

 

目の前にいる忍を、ガイを斃すことだけだ。

神経を集中させる。

目の前の敵を殺すためだけに。

そうしなければ、コイツには勝てない。

自分の中にある直感が、そう告げていた。

そして……

 

「……行くぞ」

 

溜め込んでいたチャクラを、一気に解放した。

瞬身の術を使い、爆発的な速度でガイに接近する。

その速度を維持したまま、術式クナイを突き出し、

 

「…………」

 

相手を刺し殺そうと……

しかし、ガイはその動きに反応する。

焦らず、的確にナルトの手を狙い、右足を振り上げ、

 

「木ノ葉昇風!」

 

鋭い蹴りを放ってきた。

手に持っていた術式クナイが、上に弾き飛ばされる。

しかし、ナルトの攻撃はまだ終わっていない。

刹那――閃光が走る。

弾き飛ばされた術式クナイに向かって、飛雷神で跳躍し、ガイの頭上へと舞い上がった。

そこから空中で術式クナイを掴み取り、

 

「もらった!」

 

真上から振り下ろす。

瞬間移動による連続攻撃。

常人には反応はおろか、見ることさえ叶わない神速の一撃。

それを……

 

「む?」

 

ガイは僅かに眉を動かすだけで回避した。

しかも、ただのバックステップで。

あっさりと斬撃を躱されたナルトは、

 

「なっ!?」

 

驚きの声を漏らす。

今の一撃で仕留めるとまではいかなくとも、確実に手傷ぐらいは負わせられる予定だったのだ。

いや、普通の忍なら、最初の瞬身の術だけで終わっていたはずなのだが……

すると、手の甲をこちらに向けたガイが、

 

「やるな! 少し焦ったぞ」

 

などと、言ってのけた。

少し焦った?

少し?

ナルトは手加減などしていない。

あわよくば、今の攻撃で勝負を決めるつもりでいたのだ。

飛雷神による奇襲を、そう易々と躱せるわけがない。

というか、普通は躱せない。

にもかかわらず、ガイは涼しい顔をしていて……

 

「…………」

 

ナルトは緊張を張り巡らせる。

先ほどの攻防で大体理解できた。

パワーも、戦闘経験も、技術も、体格も、その全てにおいて、相手の実力がこちらの実力を上回っている。

もう、とんでもないレベルの強さで……

並の上忍では勝負にすらならない強さで……

それでも、そんなガイを前にして、ナルトは思った。

勝てる、と。

強いし、苦戦もするだろうが、勝てない相手ではない。

だから、次の一手を打とうとして……

しかし、そこで。

 

「ふむ。流石にこのままでは厳しいか」

 

何気ない口調でガイが言った、途端。

空気がざわめく。

両腕を交差させて……

 

「八門遁甲・第一開門、第二休門……解!!」

 

その瞬間。

ガイの気配が変わった。

見た目に、それほど大きな変化は見当たらない。

少し血管が浮き出たぐらいで……

それでも、全身の細胞が警告を促してくる。

逃げろと……

ナルトは術式クナイを近くの木に向かって放った……次の瞬間。

 

「ダイナミック・エントリー!!」

 

凄まじく速い飛び蹴りが、正面から飛んできた。

しかし、それをナルトは飛雷神で躱す。

先ほど投げた術式クナイへ、身体を飛ばす。

瞬間移動で攻撃を回避したナルトは、チャクラを足に流し、木の幹に垂直で止まりながら、

 

「速ぇっ!」

 

僅かに焦りの表情を浮かべる。

だが、そんなナルトとは対照的に、ガイは朗らかな表情を浮かべて、

 

「今の蹴りを躱すか。やはりやるな!」

 

賞賛の言葉を投げかけてきた。

それにナルトは、苦虫を噛み潰したような顔をする。

いきなりガイのスピードが上がった。

いや、スピードだけじゃない。

身体能力そのものが一段階上昇している。

飛雷神の速度であれば、まだ余裕はあるが、瞬身の術ではもう追いつくことさえできない。

突然のパワーアップに、どのように対応すべきか考え、二の足を踏んでしまう。

が、そこで、

 

「ん?」

 

全身から、オレンジ色のチャクラが溢れ出し始めた。

九喇嘛のチャクラだ。

ナルトは己の内にいる相棒に向けて、

 

『九喇嘛?』

 

疑問の声を上げる。

すると九喇嘛が、

 

『わかってんだろ、ナルト。コイツは今まで戦ってきた木の葉のミソッカス共とはわけが違う。二人で殺るぞォ」

 

と、言ってきた。

しかし、ナルトの判断は萎えきらないもので、

 

『……いいのか』

『あ?』

『これは……戦争だ。人がいっぱい死ぬし、殺さなきゃならねぇ』

『そんなもんは当然のことだろ。テメーは一体何を迷ってやがんだ?』

 

それにナルトは、

 

『いや、前に九喇嘛が言ってたじゃねーか。尾獣を戦争の道具に利用する人間たちが嫌いだーって』

 

そうなのだ。

九喇嘛は人間が嫌いで、その理由は自分たち尾獣を人間たちの勝手な都合で戦争に利用し、あまつさえ終戦後はその憎しみを全てこちらに押しつけてくる。

そんな人間たちに九喇嘛は嫌気をさし、憎悪するようになったのだ。

だからナルトは、この戦争で九喇嘛の力を借りずに、自分の力だけで戦おうとしていたのだが……

九喇嘛が言う。

 

『……忘れたな』

『えええええ!? なんでだよ! なんでそんな大事な……』

 

が、九喇嘛がそれを遮り、

 

『ワシと貴様は一心同体だ。ワシ一人に戦えなどとほざくなら話は別だが、貴様が戦うのなら、ワシも戦う。苦楽を共に過ごすのがパートナーってもんだろーが! ええ? 違うか、ナルト』

『…………』

『つまらねー意地張ってる場合じゃねーだろ。行くぞォ!』

『……ああ。やるぞ、九喇嘛!』

 

次の瞬間。

膨大なチャクラが、ナルトを包み込むように溢れ出した。

目に見えるほど鮮烈なチャクラの奔流が、土を削り、枝葉を折り、周囲の風を吹き飛ばす。

それを見たガイが、

 

「九尾のチャクラか?」

 

と、問いかけてきたが、ナルトは何も応えない。

今から殺す相手と話し合うことなんて何もない。

だというのに、ガイは笑みすら浮かべた表情で、

 

「ならば、こちらもそれ相応の覚悟で応えねばならんな」

 

そう言って、再び腕を交差させる。

直後、

 

「第四傷門……解!!」

 

とてつもないチャクラが、爆発するように噴出した。

ガイの身体は赤く染まり、全身からはナルトにまったく引けを取らないほど、膨大かつ甚大なチャクラを放出していて……

それは信じられない光景だった。

ナルトのチャクラは、九喇嘛のもの。

人間のものではない人智を超えた最強のチャクラを持つ、尾獣の力。

だが、目の前にいるガイは、明らかに己の肉体からチャクラを放出していて……

 

「な、なんなんだ、コイツ……」

 

得体の知れない相手に、ナルトは言葉を失う。

すると、ナルトの疑問に答えるように、九喇嘛が話しかけてきた。

 

『あれは八門遁甲と呼ばれる技だ』

『はちもんとんこう?』

『忍には奥義と呼ばれるものがいくつか存在するが、あれもその内の一つだ。武を極めし者が辿り着く極地の果て』

『なんか聞くだけで、すげー強そうなんだけど』

 

ごくりと唾を飲み込む。

そんなナルトに、九喇嘛が続けて、

 

『チャクラの流れる経絡系上には、頭から心臓にかけて八つの門が存在する。開門、休門、生門、傷門、杜門、景門、驚門、死門……これらの門を無理やりこじ開けて、身体のリミッターを外し、自身の中に眠る潜在能力を引き出す技。それが八門遁甲だ』

『へぇー』

『…………』

 

九喇嘛が怖い目でこちらを睨んでくる。

それにナルトは、

 

『な、なんだよ……九喇嘛』

 

と、ちょっとビビリながら言うが、それに九喇嘛は少し怒った声音で、

 

『てめー、途中からワシの話を聞いてなかっただろう。誰のために説明してやってると思ってやがる』

『うっ……いや、だって難しい単語ばっか出てくるし、それに……』

 

それに、ガイがこちらを見ているのだ。

話をしている余裕はない。

それが九喇嘛にも伝わり……

 

『ケッ、まあいい。油断するんじゃねーぞ』

『了解! そんじゃ、行くぜ。九喇嘛!』

 

次の瞬間。

オレンジの閃光――

地を爆ぜ、加速する。

 

「ォォラァァア!」

 

目にも止まらぬスピードで、鋭い斬撃を薙ぎ払った。

しかし、

 

「ぐっ……」

 

その動きに、ガイがついてくる。

徐々に笑みが消え、その顔に真剣味を帯びさせるが、それでもどこか余裕の残した雰囲気で、ナルトの動きについてくる。

 

「こっちだ!」

「まだまだァ!」

 

二つの影がぶつかり合う。

一人は身体に九喇嘛のチャクラを纏い、飛雷神による瞬間移動を用いて、森を縦横無尽に飛び回るナルト。

動くたびに閃光が迸り、刹那の時間で攻撃と回避を同時に繰り返す。

が――

対する相手は、特に変わったことは何もしていない。

ただ殴る、蹴る、走る、跳ぶといった、基本動作を反復するだけ。

忍術はおろか、忍具すら使ってこない。

にもかかわらず、ガイは稲妻のような応酬の数々に、事もなげについてくる。

それにナルトは、

 

「…………」

 

ヤバいと思った。

本気でヤバいと思った。

それは自分自身もそうだが、何よりガイが戦場に出れば、霧の里への被害がとんでもないことになるから。

こんなに強い忍がいるなら、いま向こうで暴れ回っている千を超える木の葉の忍、全員いらねーじゃねーか……と、そう思ってしまうぐらい、ガイは強かった。

だから……

 

『九喇嘛ァ! もっとチャクラを回してくれ!』

 

内なる相棒に呼びかける。

途端。

地面が。

木々が。

森そのものが地響きを鳴らし、揺ら揺らと揺れ動く。

際限などないと言わんばかりに、淀みないチャクラの奔流が渦を巻き、空間をも埋め尽くしていく。

力が全身に行き渡るのを感じながら、

 

「うォオオオオオ!!」

 

雄叫びを上げ、突進した。

目にも映らぬ閃光が、縦横自在に舞い踊る。

だが、

 

「おぅりゃああああ!!」

 

その閃光に、緑の激走が猛追する。

一足で大木を薙ぎ倒し、宙を跳ね翻り、音速の速さを以って、光を捉える。

 

「「ハァァアァアアアア!!」」

 

ナルトとガイ。

閃耀と烈風が激しく火花を散らし、幾度も幾度も衝突を繰り返す。

音をも置き去りにする超々速戦闘。

二人の忍以外、何人たりとも立ち入ることすら許されない、熾烈な激闘を勃発させる。

 

「木ノ葉大旋風!!」

 

強烈な後ろ回し蹴りが、ナルトの身体に襲いかかる。

それにナルトはすぐに反応して、一歩後ろに下がり、巻き起こる激風を躱した。

さらに、飛雷神で後方へ跳躍し、右にそびえ立つ樹木に飛び移り、跳び乗る。

枝を掴み、その上に乗り、さらに上へ跳び乗り、下を見る。

すると、ガイがこちらを見上げ、

 

「この状態のオレにここまでついてくるとは…… ここまで熱い闘いは、カカシとの八番勝負。激辛カレーライス熱血大盛り早食い選手権以来だ」

 

なんてことを言ってきた。

カカシという名前に、ナルトは一瞬、不快な顔を浮かべるが、すぐに雑念を振り払う。

いま重要なのはそこではない。

いま重要なのは……

ガイの言った言葉。

 

“この状態のオレにここまでついてくるとは”

 

これではまるで、今の実力が全力ではないと言っているようなものだ。

しかし……

 

「…………」

 

しかし、それはただのハッタリではないと、ナルトは思った。

何十回と拳を合わせたナルトだからこそわかる。

ガイは、まだまだ余力を残している、と。

こちらは持てる力を全て出し尽くしているというのに、相手は手の内をさらけ出していない、と。

そして何より……

殺気が感じられなかった。

ナルトはガイを殺すつもりでいるのに対し、ガイはそれをわかった上で、ナルトに殺意を向けてこなかった。

本気のナルトに対し、遊びを残しているのだ。

これだけでも、どちらの実力が上なのかは明白で……

 

「…………」

 

だけど、それでも引くわけにはいかない。

ガイを戦場に出せば、味方の被害がとんでもないことになるから。

ここで確実に仕留めておかなければ、誰かが死ぬから。

だから……

ナルトは思考を巡らす。

頭の中で作戦を組み立てていく。

スピードだけなら、二人は拮抗している。

なら、そこで勝負を決めるしかない。

初撃を防がれてもいいように、二段構えの策をシミュレーションして……

 

「こうなったら、螺旋閃光超輪舞吼参式をやるしかねェ」

 

言うや否や、十字に印を結び、術を発動する。

 

「影分身の術!」

 

ボン! と音を立て、ガイの周囲を囲むように、六人のナルトが現れた。

すると、それを見たガイが懐に手を入れ、

 

「双襲牙!!」

 

初めて武器を手にした。

形状は同じ長さの棒を鎖で連結させて、自由自在に振り回すことのできる変わった形をしたヌンチャク。

ただでさえ強かったガイが、武器を構えたことで、その威圧感をさらに引き上げるが……

既にナルトは、次の攻撃に転じていた。

分身たちが術式クナイを取り出し、

 

「「「おらァー!」」」

 

四方八方から投擲する。

合計六本の術式クナイが、上下左右からガイに差し迫る。

が、ガイは顔色一つ変えずに、

 

「アチャー!」

 

ヌンチャクを振り回し、全てのクナイを下から上に向かって、弾くように打ち据えた。

ナルトが飛雷神の術を発動するタイミングを見つけられないほど、素早く、的確に。

死角から飛んできたクナイも含めて、全てを一瞥もなく弾き飛ばした。

とんでもない離れ業を目の当たりに、しかし、ナルトが驚くことはなかった。

これぐらいのことはガイなら対応できると、もうわかっていたから。

だから、ナルトは間髪入れずに指示を出す。

 

「みんな、次で決めるぞ!」

「「「おう!」」」

 

瞬間。

分身たちの姿が――消えた。

ある者は、辺り一面にマーキングの印を施し。

ある者は、敵に捕捉されないよう瞬間移動で飛び回り。

ある者は、他の分身たちが動き易くなるように敵の注意を引きつけ。

ガイを中心に、六つの光芒が煌めき瞬く。

飛雷神の術。

神速を誇る電光石火。

どれだけガイが速く動こうとも、六人の閃光を前に隙一つ見せないことなどあろうはずがない。

ナルトはポーチからクナイを取り出し、風遁のチャクラを込める。

一瞬のチャンスを逃がさないために……

が、そこで。

 

「…………」

 

先ほど上に弾き飛ばされた、六本の術式クナイが森の空から落ちてきた。

それを見たガイは、ヌンチャクを力強く握り締め。

掛け声とともに……

一閃――

 

「セーーイ!!」

 

キンッ! という、細く短い金属と金属がぶつかり合った甲高い音が響き渡り……

次の瞬間。

弾かれた六本のクナイが、それぞれの方向へ真っ直ぐに飛んでいき……

 

「「「ぐわっ!」」」

 

ナルトの分身たちが、六体同時にその場から姿を消した。

その光景に、ナルトは、

 

「……は?」

 

思わず、素の声を漏らしてしまう。

戦闘中にもかかわらず、呆けた顔して、

 

「ウソ……だろ……」

 

いま起きた出来事を理解する。

だけど、それはあり得ないことだった。

ガイはたった一度クナイを弾くだけで、自身の周りを瞬間移動で飛び回っていたナルトの分身たちを全て、しかも同時に倒したのだ。

飛雷神の修行をナルトにつけてくれたのは、あの伝説の三忍の一人、自来也だ。

だからこそわかる。

こんな芸当、あの自来也にだってできやしない。

だというのに、そんな神業を披露したガイは得意げな顔一つせず、

 

「どうした? 来ないのなら、次はこちらから行かせてもらうぞ!」

 

などと言いながら、腕をクロスさせる。

そして、

 

「第五杜門……開!!」

 

リミッターをもう一段階外した。

ガイが突っ込んでくる。

それにナルトは、

 

「くっ……」

 

反撃しようと身構えた、瞬間。

 

「がはっ!」

 

横から殴り飛ばされていた。

まったく反応できなかった。

痛みとともに、身体が宙を舞う。

凄い勢いで吹き飛んでいく。

このまま木や地面にぶつかれば、間違いなく戦闘不能になって……

 

「……ニャロー」

 

そこでナルトは、なんとか飛雷神で跳躍し、地面を転がり、激突を免れる。

だけど、息を整えている時間はない。

すぐに次の攻撃がくる。

ナルトが起き上がった瞬間、ガイが凄まじいスピードで突貫を仕掛けてきた。

 

「うぉりゃああああ!!」

 

しかし、ナルトはそれに対応できない。

目だけなら、なんとか追いかけることもできる。

だけど、手が、足が、反射神経がガイの動きについていけない。

飛雷神で回避しても、その回避した先にガイがいて、逃げることすら叶わない。

だが、ナルトには頼れる相棒がいた。

 

『チッ! 人間の動きをやめてやがるな』

 

ナルトの意思とは関係なく、九喇嘛のチャクラが尻尾の形を象り、ガイの連撃を弾き返す。

するとガイが、

 

「青春! フルパワー!!」

 

正面から殴りかかってきた。

しかしそれは、ナルトにとっても逆転のチャンスでもあった。

 

『九喇嘛!』

『任せろ!』

 

阿吽の呼吸。

たった一言で意思の疎通を行う。

両手に九喇嘛のチャクラを集中させて、

 

「こい!」

 

ガイの拳を正面から受け止める。

いや、受け止めようとしたのだが、足の踏ん張りが利かず、ナルトの身体は軽々と後ろへ吹き飛んだ。

けれど、ナルトは口元を緩める。

今の一瞬で、ガイの拳にマーキングの術式を施したから。

後は……

 

「…………」

 

後は攻撃の手段さえ用意できれば、それで今度こそ勝負を決められる。

だけど、このとんでもない化け物は、印を結ぶ暇さえ与えてくれず……

が、九喇嘛が言った。

 

『右手を上に向けろ! ワシが用意してやる』

 

ナルトは迷わず頷き、自身の掌を上に向ける。

直後。

チャクラが一点に集約し、螺旋を描き始めた。

チャクラの回転→威力→留めるを極めた四代目火影が残した遺産忍術、螺旋丸が完成する。

そして……

 

『オラァアアーー!!』

 

九喇嘛が尾を薙ぎ払い、ガイを数歩先まで弾き飛ばした。

二人の間に距離が開く。

弾かれた衝撃で、ガイが僅かに体勢を崩している。

ここしかない、千載一遇の好機。

その瞬間。

一筋の閃光が閃く。

ナルトが一瞬にしてガイの懐に潜り込み、

 

「終わりだ」

 

右手に掲げた螺旋丸を叩き込もうとして……

そして、次の瞬間。

 

「木ノ葉壊岩升!!」

 

反撃の一撃をもろに受けた。

何が起きたのか、わからなかった。

気づいたら自分の身体が吹き飛んでいて。

凄く熱くて。

そして、その後に激痛が身体に襲いかかってきて……

 

「がはっ!」

 

吐血を吐く。

骨が折れたのか、内臓がグチャグチャにされたのか。

わけのわからない痛みがナルトを襲う。

 

『ナルトォ!!』

 

九喇嘛の切羽詰まった声が耳に届いた。

だけど、身体が動かない。

言うことをきいてくれない。

各戦場に散らばっていた分身たちが、次々と消えていくのがわかる。

けれど、手足が麻痺して一歩も動けない。

意識が穴に落ちていく感覚がしてきて……

それでも……

 

「オレは……負けるわけにゃー、いかねーんだ」

 

ナルトは立ち上がった。

血を吐きながら、体中から訴えてくる激痛を無理やり無視して、前を見据える。

それにガイが、少しだけ驚いた表情をして、

 

「今のをくらって、まだ立ち上がってくるか……」

 

と呟いてから、厳かな声音で、

 

「ナルトくん。ここらでやめにしないか? 先ほども言ったが、こちらに戦闘の意思はない。キミがオレの仲間を追わないと約束してくれるのなら、オレもこの場を引こう」

 

などと言ってきた。

その言葉にナルトは怒りを覚える。

歯を噛みしめ、叫ぶように言った。

 

「戦闘の意思はない? ふざけたこと言ってんじゃねーぞ! なら、なんでテメーはこの場にいやがるんだ!」

 

霧は、木の葉と平和条約を結ぼうとしていた。

にもかかわらず、木の葉はそれを破り、戦争まで仕掛けてきたのだ。

目の前で子どもが殺された。

何人もの霧の忍が戦場で殺された。

全部、木の葉の忍がやったことだ。

ここまでのことをしておいて、戦闘の意思はない?

ふざけるな!

と、ナルトが叫ぼうとしたその時、ガイが言った。

 

「わからん」

 

それにナルトは、

 

「なっ……」

 

言葉を詰まらせた。

だが、ガイは続けて、

 

「戦争が始まる直前。ダンゾウ様が皆に何か言っていたのだが……話が長くてな。途中から全部聞き逃してしまった」

「は?」

 

思わず口を開け、聞き返してしまった。

するとガイが、自分の胸を親指でさし、

 

「だからオレは“自分ルール”を設けた」

「じ、自分……ルール?」

「そうだ! 今は戦時下。敵も味方も関係なく、人が大勢死んでいく。それは忍の世界では仕方のないことなのかも知れない。だが、だからといって、戦場でそんな弱音を吐き、仲間を見捨てるわけにはいかん。だからオレは決めたのだ! オレの前では絶対に仲間を死なせはしない! それがオレの決めた自分ルールだ!!」

 

そんなことをガイは自信満々に言ってのけた。

その言葉を聞いて、ナルトは……

 

「…………」

 

どこかホッとした。

なんでかわからないけど、嬉しくて、涙が出そうになって。

隠していた感情が、少しだけ蓋を開ける。

 

「よかった……」

 

気づいたら、気持ちが口から漏れていた。

ナルトはガイと視線を合わせて、

 

「木の葉にもまだ、アンタみたいな忍がちゃんといてくれたんだな……」

 

そう言った。

心からそう思ったから。

だけど……

チャクラがうねりを上げる。

九喇嘛がチャクラを流し続けていてくれたおかげで、身体の傷もかなり癒えた。

ナルトは十字に印を結び、

 

「敵だけど、アンタは心から尊敬できる立派な忍者だったってばよ。ゲキまゆタイツ」

 

そう告げた、直後。

ナルトの瞳から、再び感情の色が消える。

決意を秘めた忍の目に戻り、煙とともに、二人の分身が出現した。

それを見たガイは、真摯な眼差しをナルトに向け、瞳の奥を覗き込む。

 

「…………」

 

そこから、全てを汲み取った精悍な顔立ちをして、

 

「……謝罪しよう。どうやら覚悟が足りていなかったのは、オレの方だったようだ」

 

言った、瞬間。

凄まじい殺意が噴き出した。

身が凍るほど、力強い気迫と敵愾心。

足が地面に縫い付けられる錯覚。

恐ろしさのあまり身体が竦み、指一本動かせなくほどの純粋なまでの恐怖。

化け物。

今のガイを見れば、誰もがそう言うだろう。

こんな化け物を相手に、一人で立ち向かうことなどできるはずもない。

だけど……

ナルトは一人ではなかった。

腹に手をあて、友に声をかける。

 

『九喇嘛、あれをやる。力を貸してくれ』

 

しかし、九喇嘛は渋い顔で、

 

『待て、ナルト。ここは一度引け』

 

などと言ってきた。

それにナルトは、

 

『何言ってんだ! アイツはオレたちが倒さねーと」

 

と言うが、九喇嘛は相変わらず気乗りのしない表情で、

 

『さっき説明が途中で終わったがな。八門遁甲にはリスクが存在する』

『リスク?』

『そうだ。一時的に驚異的な力を発揮できるかわりに、発動後、使用者は殆ど身動きが取れなくなる。マーキングの術式はもうつけたんだ。奴が力尽きるのを待て』

 

確かに。

それなら確実に勝てるかも知れない。

だが、ナルトは首を横に振る。

 

『それじゃー、ダメなんだ』

『何故だ? この方法が……』

 

が、ナルトはそれを遮り、

 

『オレたちが飛雷神で遠くに逃げた後、アイツがオレの仲間に襲いかからねぇ保証がどこにあるんだ』

『むぅ……』

 

九喇嘛が口を閉ざす。

ガイは言っていた。

こちらに戦闘の意思はないと。

その言葉が嘘だったとは、本当はナルトも思っていない。

だけど、今は戦争中だ。

敵の言葉を信じるわけにはいかない。

たった一度、敵の話を鵜呑みにしただけで、仲間が殺される。

それが……戦争なのだ。

だから……ナルトは言った。

 

『頼む、九喇嘛。オレ一人じゃ、悔しいけどアイツには勝てねぇ。だからお前も力を貸してくれ』

 

すると、しぶしぶながらも九喇嘛が頷き、

 

『もしヤバいと思ったら、テメーの意識を奪ってでも逃げるからな』

 

と、言った。

その返事に、ナルトは笑みを浮かべて、

 

『ああ、サンキューだってばよ。九喇嘛』

『ケッ……やるからには勝つぞ、ナルト』

『おう!』

 

注意を戦場に戻す。

途端。

二人の分身が、ナルトの右手の掌にチャクラを凝縮し始めた。

次第にチャクラが螺旋を描き、蒼い球体ができあがる。

形態変化を極めた超高等忍術、螺旋丸。

だが、ナルトたちはそこに、さらに風の性質変化を加えていく。

すると、螺旋丸の形状が僅かに形を変え、小さな四枚の刃を回し始めた。

風遁・螺旋丸。

ここまでは、ハクたちにも見せていた。

だが、この術にはまだ先があった。

みんなを驚かせるため、九喇嘛と二人っきりで密かに練習していたとっておきが……

 

『…………』

 

チャクラで象られた九喇嘛の腕が、ナルトの掌に重ね合わさる。

今のナルトでは到底不可能な緻密なチャクラコントロールを九喇嘛が補い、少しずつしかし目に見える形で、光り輝く球体がその姿を変えていく。

高音――

耳を劈く甲高い音が、振動とともに周囲へと響き渡る。

ナルトの右手には、絶えず螺旋を描き続ける巨大な手裏剣が掲げられていた。

風を斬り裂く疾風が、竜巻を巻き起こす。

と――

同時に。

木ノ葉の碧き猛獣が、その真価を発揮する。

 

「戦場において一突きの拳とは、あらゆる忍術・幻術を打ち破る不撓不屈の矛であり、如何な危機的状況からも仲間を守り抜く堅忍不抜の盾でもある」

 

鍛え抜かれた肉体が、人間の常識を覆す。

研がれ続けてきた獣の牙が、原理を砕く。

震える大地が力を以って、開かずの門をこじ開ける。

 

「なればこそ次の一撃、オレの全力を以って応えよう――八門遁甲・第七驚門。解!!」

 

その瞬間。

碧い蒸気が噴出した。

異次元のオーラが大気を震撼させ、塵芥を押し退ける。

体中の血管が沸騰し、髪は天に逆立ち、全身からは碧い蒸気のようなオーラを放出させて……

 

「…………」

 

ガイの瞳がこちらの姿を捉えた。

ナルトも同じく相手を見据える。

互いの瞳が交差する。

両者の間に……

それ以上の言の葉は……いらなかった。

 

「…………」

「…………」

 

次の瞬間。

地を駆け、雄叫びを上げ、同時に空を跳んだ。

 

「うォォオオオオ!!」

「ヌゥオオオオオ!!」

 

霧と木の葉。

二つの里が惨禍と殺戮を撒き散らす戦場。

そのすぐ近くにある森の上空で。

二人の忍が雌雄を決する。

 

ナルトが疾風渦巻く暴風の嵐を――

 

ガイが燃え滾る青春の炎を胸に――

 

瞬間。

激突。

 

「風遁・螺旋手裏剣!!」「昼虎!!」

 

「「ォォオオオオオオオオーー!!」」

 

二つの最強奥義が衝突し、大規模な爆風を発生させる。

ナルトが繰り出した術は、風遁・螺旋手裏剣。

会得難易度は最上位のSランク。

螺旋丸を極限まで極めた完成形の一つで、膨大なチャクラを有するナルトを以ってしても、日に一度しか使用することのできない正真正銘の切り札にして隠し玉。

だが、その威力は絶大で、直撃さえすれば無数の刃が標的を襲い、どんな敵だろうと確実に息の根を止める必殺の奥義。

しかし……

 

「ぐっ、うぅぅぅ……」

 

苦悶の声を漏らす。

二極の烈風の対峙。

拮抗こそしているものの、押されているのはナルトの方であった。

ガイの放った必殺の一撃、昼虎。

それは忍術ではなく、己の肉体のみを武器にした体術。

ただし、それはあまりにも速すぎる正拳突きで、そこから放たれる空圧は歪な虎の形を成し、圧縮された空気の砲弾は全てを飲み込む咆哮と化す。

 

「くっ……ゔぅぅっ」

 

そして、その咆哮は今まさにナルトを一飲みにしようとしていて……

威力、速度、範囲。

全てにおいて、ガイの放った奥義はナルトの切り札を上回っていた。

辛うじて命を保っている状態。

だけど、それも長くは続かない。

獣がうなり声を上げる。

さらにその威力を増し……

ゼロ秒後に自分の死が見えた。

けれど……

 

“必ず、生きて帰ってきて下さい”

 

頭に約束の言葉が過ぎる。

ハクとメイと交わした約束。

そうだ。

こんなところで死ぬわけにはいかない。

こんなところで負けるわけにはいかない。

もう二度と誰かを死なせるわけにはいかない。

里を、仲間を、友を、意志を、夢を。

 

オレが――

 

ナルトが想った、瞬間。

 

『…………!』

 

音が聴こえた。

何かが開く音。

いや、完全には開いていない。

けれど、封印の施された扉が、ぎしりと軋みを立てて……

刹那。

ナルトの身体が薄いオレンジ色に発光し、腹部に渦巻き状の模様が浮かび上がる。

そして、その直後。

過去に類を見ないほど、膨大な九喇嘛のチャクラが全身に流れ込んできた。

五影をも上回るほどの途轍もないチャクラ。

人智を超えた力。

まるで、自分が九喇嘛と一体化するような感覚。

力がどんどん溢れ出てきて……

 

「「ハァアアァアアアアアア!!」」

 

互いの力が再び拮抗する。

いや、僅かに、ほんの僅かにだが、ナルトがガイを押し返し始めた。

しかし、ガイは一歩も退かなかった。

 

「心よ滾れ! 肉体よ弾けろ! 魂よ湧け! 碧き青春の炎よ、今こそ燃え上がれ!!」

 

ナルトと九喇嘛の二人を相手に、まったく引けを取らず、むしろさらに一歩踏み込んできて……

 

「「ウォオオォオオオオオーー!!!!」」

 

局所的な台風が巻き起こる。

二つの爆風のぶつかり合いが、地形を変え、森そのものを飲み込み始めた。

それでも嵐は収まらない。

大地をえぐり、大気を押し退け、暴風を拡散させる。

どちらも一歩も譲らなかった。

どちらも諦めの言葉を口にしなかった。

だけど、終わりは唐突に訪れる。

 

「……!?」

 

ナルトの掲げた螺旋丸が、キーンっと高音を立て、徐々にその回転を緩め始めた。

風遁・螺旋手裏剣。

このナルトの切り札は、まだ未完成の術だったのだ。

九喇嘛の力を借りてなお、十全の力を発揮するまでには至っていなかった。

それを悟った九喇嘛が、

 

『ぐっ、ナルトォ! これ以上は無理だ! 今すぐ飛雷神で飛べ!』

 

切羽詰まった口調で、そう言った。

そして、それはナルトも同じ意見だった。

悔しいが、ここから押し返すことはもうできそうにない。

けれど……

 

「吼えよ! 昼虎ァァ!!」

 

獣が咆哮を上げる。

ガイの拳がさらなる唸りを上げ、ナルトに襲いかかってきた。

一瞬でも気を抜けば、その瞬間に命が終わる。

飛雷神を使う余裕がない。

 

「ぐっ……」

 

ヤバい。

今度こそ、マジでヤバい!

このままでは本当に……

だが、そこで。

荒れ狂う激流が発生する。

 

「水遁・大鮫弾の術!!」

 

それは巨大な鮫であった。

その大きな鮫が突如、吼え叫ぶ虎の側面から喰らいつくようにして襲いかかり、一瞬。

一瞬だけ、ガイの放った昼虎の方向をナルトから逸らした。

 

すると、その僅かな隙を狙ったかのようなタイミングで……

 

ボン!

 

突然、白い煙が立ち昇り……

 

戦場からナルトの姿を消したのであった……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九喇嘛の鍵

気がつけば、そこは見覚えのあるメルヘンチックな場所だった。

草花が咲き誇る蝦蟇たちの楽園。

妙木山。

 

「……ここは?」

 

ナルトは辺りを見回す。

先ほどまで戦場にいたはずなのに、いきなり遠くの地に身体を飛ばされたことで、頭の中が混乱していた。

飛雷神を使った覚えはない。

というか、いくらナルトでも霧から妙木山までの超距離移動は不可能だ。

なら、どうして自分はこんな所にいるのか?

と、首を傾げていた……その時。

 

「こっちじゃ、こっち」

 

後ろから声が聞こえた。

ナルトは声のした方へ振り向く。

するとそこにいたのは……

 

「じいちゃん仙人!?」

 

そこにいたのは二大仙蝦蟇の一人、フカサクだった。

ナルトは驚いた顔を浮かべて、

 

「もしかして、じいちゃん仙人がオレを喚んだのか?」

 

そう尋ねると、フカサクがうむと頷き、

 

「そうじゃ。逆口寄せを使っての」

 

と、応えた。

しかし、現状を思い出したナルトは、

 

「ちょっと待ってくれ! オレってば、いまスゲー忙しいんだ。話ならまた今度聞くから、すぐに元の場所に戻してくれ」

 

慌てた仕草で自身の返還を要求する。

が、しかし。

 

「悪いがそれは聞けん」

 

フカサクは首を横に振った。

有無を言わせぬ厳かな声音で、

 

「こっちの用事が済めば、すぐに向こうへ戻しちゃるけん、今は黙ってワシについてきんさい」

 

そう言って、ぺたぺたと歩き始めた。

ナルトはそのあとを追いながら、疑問の言葉を投げかける。

 

「用事? 用事って、いったいなんだってばよ」

「ナルトちゃんに用があるのはワシではない。大じじ様じゃ」

「大じじ様?」

「予言が出た。それを伝えるけん、こっちにきんさい」

 

そう言って、秘境の奥へと進み始めた。

 

フカサクに続き、ナルトは歩みを進める。

すぐにでも戦場に戻りたかったが、戻る手段がない。

ここは流れに身を任せるしかない。

そう考え、歩き続けること数分。

ナルトたちは妙木山の奥地へと辿り着いた。

そこで待っていたものは……

 

「…………」

 

大きなカエルだった。

そのカエルは座した状態で待ち、こちらを静かに見下ろしていた。

フカサクが一歩前に出る。

 

「大じじ様、連れてきました」

 

すると、その大きなカエル……

大蝦蟇仙人が、細めた目でナルトを見つめ、

 

「よお〜来た。え〜〜 お主、誰じゃ?」

 

などと、気の抜けそうな声で問いかけてきた。

それにナルトは、

 

「オレってば、うずまきナルト。えーと、じいちゃん仙人に、デカじいちゃん仙人がオレのことを呼んでる……って言われて、ここに来たんだけど?」

 

と応えると、大蝦蟇仙人が言う。

やはり気力の削がれそうな声のまま、

 

「お〜〜 そうじゃったそうじゃった」

 

そうぼやきながら……

続けざま、信じられない言葉を口にした。

 

「ナルト、今からお前に四代目の施した封印の鍵を託す」

 

それを聞いたナルトは、

 

「え?」

 

自分の耳を疑った。

言葉の意味をすぐには理解できず……

だが、大蝦蟇仙人はナルトから視線を移し、下を見る。

そこにいた一匹のカエル、ゲロ寅に向かって、

 

「ゲロ寅よ。準備はよいな?」

 

すると、ゲロ寅は少々不安げな表情を浮かべながらも、

 

「大じじ様がそう言うなら……」

 

と言って、自身の身体に巻きつけてある大きな巻物を豪快に開いた。

様々な契約文字が記された巻物。

自来也との修行で封印術を学んだナルトには、それがなんなのかすぐに理解できた。

これは……

 

「九喇嘛の鍵……」

 

四代目火影。

ナルトの父親であるミナトが、己の死に際に残した封印の鍵。

それがこの巻物の正体であった。

ゲロ寅が言う。

 

「巻物に手を押せ。それでこの鍵はお前のものじゃ!」

 

しかし、いきなりの急展開にナルトはついていけず、上を見上げた。

大蝦蟇仙人に問う。

 

「どうして? なんでこれをオレに?」

 

が、相手は何も応えない。

ナルトは続けて言った。

 

「いま戦争が起きてんのは、みんな知ってんだろ? オレに、木の葉と敵対してるオレに、この鍵を渡して……」

 

が、そこで。

横で話を聞いていたフカサクが、

 

「どういうことじゃ? 木の葉と霧が戦争をおっぱじめたのは自来也ちゃんから聞いとるが、まだ子どものナルトちゃんには関係のない話じゃろ?」

 

と、尋ねてきた。

それにナルトは、一瞬言葉を詰まらせるも、

 

「……オレは霧の忍だ。木の葉の忍とはもう戦ってる」

 

そう返事を返した。

すると、その回答を聞いたフカサクは目を吊り上げ、

 

「なんじゃて? どういうことじゃナルトちゃん。しっかり説明せい!」

 

困惑と怒りを混ぜた瞳で、こちらを睨んできた。

それをナルトは正面から受け止め、

 

「どーもこーもねーってばよ。木の葉がオレの里に攻めてきた。だからオレは、オレの里を守るために戦ってる。それだけだってばよ」

「それだけ……じゃと? 自分が何を言うとるのかわかっとるのか。木の葉はナルトちゃんの師匠でもある、自来也ちゃんのおる里じゃぞ」

 

しかし、ナルトは言う。

覚悟を秘めた瞳でフカサクを睨み返し、

 

「関係ねェ。もし霧の里に攻めてくるって言うなら、オレは自来也先生にだって容赦はしねェ!」

「なっ!?」

 

絶句した声をフカサクが漏らした。

口をあんぐりと開け、そして……

 

「…………」

 

目を細める。

殺気すら込めた目で、ナルトを見据える。

突然の事態に、ゲロ寅があわあわと身体を揺らし、大蝦蟇仙人が静かに様子を見守る中、フカサクが言った。

 

「もしナルトちゃんが木の葉の敵に回ると言うなら、今ここでワシが……」

 

が、その言葉をナルトが遮った。

右手をポーチに入れ、そこから一冊の本を取り出す。

表紙に「ド根性忍伝」と書かれた本。

その本は、真っ赤な血で染められていて。

ナルトはそれをフカサクに突き出した。

 

「それは……自来也ちゃんがナルトちゃんに渡した……」

 

しかし、ナルトは首を振る。

 

「これはオレの本じゃねぇ。里の子どもが持ってた本だ」

「…………」

「なあ、じいちゃん仙人。この本、血で汚れてるだろ。これ、誰の血か……わかるか?」

「…………」

「誰が子どもを殺したか、わかるか?」

 

フカサクは、

 

「…………」

 

何も応えなかった。

完全に殺気を引っ込め、口を閉ざす。

だが、ナルトは続けて言った。

 

「これは木の葉の忍がやったことだ! オレの目の前で子どもが殺された! 戦場で霧の忍が何人も殺された! 誰がやったかわかるか? 全部木の葉がやったことだ!」

 

八つ当たりだと自分でもわかっていた。

だけど、木の葉の忍の味方をするフカサクに怒りを覚え、ナルトは叫ぶように詰め寄る。

 

「なあ、じいちゃん仙人。じいちゃん仙人ってスゲーんだろ。自来也先生の師匠だもんな。なら、オレに教えてくれよ。オレってばどうしたらいい? どうすりゃー、霧も木の葉も争わずに済むんだ? 教えてくれよ。もしそんな方法が本当にあるってゆーなら、オレが今すぐ戦争なんて終わらせてくるからよ」

「な、ナルトちゃん。ワシは……」

 

言い淀むフカサクに、ナルトは言った。

「ド根性忍伝」を両手で握り締めて、

 

「自来也先生は言ってた。“いつかは、人が本当の意味で理解し合える時代が来る’’って。オレもその言葉を聞いた時、そんな時代が来ればいいなって、本気でそう思った」

 

だけど、

 

「けど、その時。同時に思っちまった」

 

ナルトは続ける。

少し悲しそうな顔をして、

 

「そんなのは……ただの絵空事だって!」

 

それはナルトの本心だった。

あの時、自来也にも言えなかった言葉。

 

「だって、もしそんな風に周りが変われるなら、オレは木の葉の里を抜けちゃいねェ」

 

ナルトは悲壮な顔をして、そう言った。

だが、フカサクは顔を上げ、

 

「じゃ、じゃが! ナルトちゃんは予言の子じゃ!」

「予言の子?」

「そうじゃ! ナルトちゃんなら、その憎しみを……」

 

が、そこで。

静観を決め込んでいた大蝦蟇仙人が、口を挟んだ。

 

「そこまでじゃ。事態は一刻を争う。ナルトよ、鍵の継承に移れ」

 

しかし、フカサクが言う。

 

「待って下され、大じじ様! 今のナルトちゃんに九尾の鍵を渡すのは危険過ぎやしませんか」

 

という忠言を受けるも、大蝦蟇仙人は相変わらずののんびりとした口調で、

 

「ワシはそやつの予言を見た。金髪の少年が、狐と戯れる光景を……な」

 

などと言ってきた。

ナルトはそれに、

 

「予言? それってなんだってばよ?」

 

と尋ねると、ゲロ寅が説明口調で話す。

 

「大じじ様はたまに夢を見られるんじゃ」

「夢?」

「そうじゃ。だが、大じじ様の見る夢はただの夢じゃない。確定された未来の予言じゃ」

 

なんてことを言ってきた。

予言などという胡散臭い話に、ナルトは眉を寄せるも……

大蝦蟇仙人が話を繋ぐ。

 

「そういうことじゃ。つまりここでワシらがお主に鍵を託そうと、託さなかろうと、既に未来は決まっておる。これは様式美みたいなものじゃ」

 

と言われるも、イマイチ話を飲み込まないナルト。

そんなナルトに、突如。

 

『ナルト、少しワシと代われ』

 

内側から、九喇嘛が話しかけてきた。

腹に手をあてる。

 

『九喇嘛?』

『その耄碌ガエルはワシの知り合いだ。話をつけてやる。てめーは中で聞いてろ』

 

そう言った、次の瞬間。

意識が入れ代わり……

 

『よォ、雁首揃えてんじゃねーか。両生類ども』

 

ナルトの身体を借りて、九喇嘛が口を開いた。

突然の出来事に、フカサクは目を見開き、

 

「お前さん……まさか!?」

『ケッ! 仙術をマスターしてるテメーらに、いちいちワシの説明が必要か?』

「きゅ、九尾じゃと!?」

 

驚きの声を上げるフカサク。

だが、そんなフカサクとは反対に、大蝦蟇仙人はおっとりとした声音で、

 

「おお〜 その声は九喇嘛か?」

『まさか、てめーがまだ生きていやがったとはな。ガマ丸』

「その言葉、そっくりそのままお前さんに返してやろう。はて、何年振りじゃ?」

『さあな、六道のじじいが死んで以来だからな』

「兄弟の忘形見でもあるお前に、またこうして会える日が来ようとはのぅ」

『……じじいのことをそんな風に呼べるカエルは、後にも先にもてめーぐらいなもんだ』

 

九喇嘛、ガマ丸、兄弟、六道、じじい。

意味のわからない言葉の連発に、ナルト、フカサク、ゲロ寅の三人は話についていくことができず……

九喇嘛と大蝦蟇仙人が、二人だけの会話を続ける。

 

「して、九喇嘛よ。お前から見て、その少年はどうなのじゃ?」

『また好き勝手に人間どもが暴れ始めやがったからな……コイツは今、混乱の真っ只中にいやがる』

「ふむ……」

『無駄に色んなことを知っちまった分、今回の戦争に関しちゃー、負わなくていい責任まで感じてやがる。テメーでテメーの心を閉ざしてしまうほどにな』

「…………」

『今のコイツに、ワシらの言葉は届かん。木の葉に少なからず恨みを持っとるワシ。木の葉の味方をする貴様ら。どちらもナルトとは立場が違う』

「……なるほどの。しかし、そやつには鍵の継承を受けて貰わねばならん。どれだけ足掻こうと運命からは逃れられんものじゃ」

『…………』

「とはいえ、今のナルトに鍵を託すのは危険というフカサクの言い分も一理ある。さてはて、どうしたものかのぉ」

『……フン。このままじゃダメなことぐらい、コイツが一番わかってやがる。だが、それを語る役目はワシらではない……開けてやれ。それで答えが出る』

「……そうか。お前がそう言うのなら、ワシも信じよう」

 

ナルトの意識が、再び自分の身体へと戻る。

それから……

大蝦蟇仙人が言った。

 

「ナルトよ、巻物に手をかざせ。あとは九喇嘛の奴が導いてくれよう」

「……わかったってばよ」

 

いや、本当は何がなんだか、よくわかっていない。

だけど、わざわざ鍵をくれると言うのなら、それを拒む理由はない。

ナルトが前に出る。

不安げなフカサクの視線を跨ぎ、ゲロ寅の持つ大きな巻物に自身の手をかざした……次の瞬間。

 

「!?」

 

檻の前にいた。

巨大な朱い檻。

四象封印が施された部屋。

その部屋の主である九喇嘛が、檻の中から声を発した。

 

『封印の解き方はわかるな』

 

ナルトは頷く。

 

「……うん」

 

巻物に触れた時、頭の中に必要な知識が流れ込んできた。

だからナルトは、左手で自分の上着をまくり上げ、

 

「今まで待たせちまって悪かったな、九喇嘛。ようやくこの辛気くせー扉を開けられる」

 

もう片方の右手に術を発動する。

封印の術式を解放する特別な術式。

腕に文字が走り、指先にチャクラが灯る。

そして、それを自身の腹に押し当てて、

 

「四象封印。解!!」

 

一切の躊躇いなく、封印の錠を回した。

直後。

ガチャン!

鍵が開門されていく音。

開かずの門に風が吹き抜ける。

遠く長い夢のような月日。

ナルトが誕生してから十二年間。

一度も開くことのなかった禁忌の扉が、今!

 

瞬間。

 

世界が明滅した。

 

視界が白く染まり。

 

色、音、匂い、感覚。

 

全てが白一色に呑み込まれ。

 

そして……

 

「!?」

 

白い世界に、一人の女性が姿を現した。

 

「ナルト……」

 

慈愛に満ちた、優しい声。

長く揺らめく綺麗な赤い髪。

たおやかな美貌。

ミナトに幻術で見せられてから、ずっと心の奥底に焼きつけていた姿。

 

「ふふ、私が誰だかわかる?」

 

その女性が、そんなことを訊いてきて。

 

「あ……」

 

全身が震え出す。

こちらに微笑んで、嬉しそうな顔をしている女性を見て、ナルトは泣きそうになる。

泣きそうになって、それでも震える声音で、

 

「ずっと、会いたかったってばよ……母ちゃん」

 

抱きつきながら、言葉を呟いた。

クシナは、そんなナルトの背中に手を回し、

 

「……てばよ、か。やっぱり私たちの子ね」

 

笑みを浮かべながら、優しく抱きしめた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

うずまきクシナ

どれくらいそうしていただろうか。

ナルトが泣き止むのを待っていたクシナが、ゆっくりと背中から手を離す。

二人の間に、少しだけ距離が開き……

袖で目元を拭いながら、ナルトは顔を上げた。

 

「はは、まさか母ちゃんに会えるだなんて、思ってもみなかったってばよ! 父ちゃんが記憶を見せてくれた時、いくらでも気づけたはずなのに」

 

すると、クシナが僅かに驚いた表情で、

 

「ミナトが?」

 

それにナルトは笑って応える。

 

「ああ! 以前、父ちゃんに会った時に、幻術をかけられて、そんで色んなことを教えてくれたんだってばよ!」

「へぇー、流石ミナト。そんな方法を使ったのね」

 

したり顔でクシナが頷く。

それにナルトは笑みを浮かべて、

 

「あのさ、あのさ。オレってば、母ちゃんに会ったら話したいことがいっぱいあったんだってばよ」

 

と言って、これまでのことを一つ一つ、思い出を掘り返すように語り始めた。

木の葉での苦行の生活、里を抜けた後の出会い、任務で経験した数々の出来事。

ここに至るまで踏み締めてきた道のり、その全てを……

 

「嫌なことがいっぱいあった。里の大人たちは誰も助けてくれなくて……でも、諦めずに頑張ってたら霧で仲間ができて……」

 

最初はその表情も明るかった。

けれど……

 

「そしたら今度は、木の葉がオレや九喇嘛を狙ってきて……」

 

話が進むにつれ、ナルトの顔色はどんどん曇っていき……

 

「母ちゃんが望まないのはわかってる。けど、オレはもう木の葉を許すことができねェ」

 

苦渋の心胸を吐露する。

しかし、ナルトを見つめるクシナの顔は険しいものへと変わっていた。

甘えを許さない、鋭い眼差し。

そんなクシナに向かって、ナルトはすがるように呟いた。

 

「オレってば、どうしたらいい?」

 

もう自分ではどうすることもできない。

霧の仲間を死なせるわけにはいかない。

けれど、木の葉の忍は争いをやめない。

なら、相手を皆殺しにすればいいのか?

忍も、住民も、女、子ども、老人、木の葉の人間を全て皆殺しにすれば丸く治るのか?

そんなはずがない。

しかし、そうしなければ自分の仲間が死んでいく。

もう果てのない現実に、ナルトの心は悲鳴を上げていた。

一縷の望みを懸け、自身の母親を見上げる。

ありもしない希望にすがって。

そして、そんな子どもに返ってきた返答は……

 

「自分で考えなさい」

 

ひどく、冷淡なものだった。

 

「私はミナトと同じ、木ノ葉の忍。それは死んだ今でも変わらない。だからナルト、アナタの問いに応えてあげることはできない」

 

そうだ……

四代目のような忍になりたいと言っておきながら、ナルトが今まで選んできた選択は、どれもこれもミナトやクシナが絶対に望まないものであった。

だけど……

 

「そんなの、そんなの勝手すぎるってばよ! 自分で考えろなんて、どうしようもねぇーじゃねーかァ! もう大勢の仲間が死んじまった。霧も木の葉も。こうしてる今だって戦争は続いている。和解の道なんて残されちゃいねーし、木の葉は――っ!」

 

理屈と感情は別物だった。

抑えていたものが一気に溢れ出す。

が、そこで。

まくし立てるナルトの耳に、クシナの冷静な声が重く響いた。

 

「なら、アナタが木の葉を変えてやりなさい」

 

力強く放たれた言葉。

その言葉に、ナルトは一瞬気圧されるも……

 

「……無理だ。そんなことオレにはでき……」

 

ねェ、と言い切る前に、クシナが言った。

厳かな声音で、でもどこか誇らしげに、

 

「ミナトはやったってばね」

「!?」

「しかも当時は第三次忍界大戦中。ナルト、アナタより多くの仲間を守り、アナタより多くの敵を殺した。それでもなお、数多の人々に認められ――彼は火影になった」

「火影に……」

 

火影。

それはかつてのナルトの夢。

里一番の忍者になって、誰もが自分のことを認めるお伽話。

 

「聞きたい?」

「うん……」

 

気づけば、頷いていた。

そんなナルトに、クシナは懐かしむように微笑んでから、

 

「さーて、どこから話そうかしら。やっぱりミナトの教え子、あの子たちのことも……」

 

と、昔話を静かに語り始めた。

遡るはミナトが上忍時代の頃の話。

はたけカカシ、うちはオビト、のはらリン。

ミナトが受け持った三人の教え子のこと。

それを語るクシナの表情は本当に楽しそうで、だけど……

 

「でも、そんな平和な時間は長くは続かなかった」

 

その言葉を区切りに、先ほどのナルトと同じく、クシナは顔を曇らせ、

 

「ある日を境に、オビトは二度と帰ってはこなかった……」

 

ミナトが四代目に任命されるきっかけとなった戦い。

後に神無毘橋の戦いと命名された、第三次忍界大戦を飾る最後の戦場にして、最大の戦火。

 

「ミナトはたった一人で岩隠れの忍、一千余名による進行作戦を食い止め、戦争を終結へと導いた」

 

しかしその時、ミナトの教え子の一人であったオビトが敵の手にかかり、殉職する。

 

「第三次忍界大戦。この戦いで多くの忍が命を散らし、そして歴史に名を残す英雄を生んだ」

 

たった一人で戦況を覆し、各国に名を轟かせた――木ノ葉の黄色い閃光。

そして、死の間際に親友のオビトから左眼を受け継いだ――写輪眼のカカシ。

 

「…………」

 

クシナから聞かされた話は、ナルトの想像を絶するものであった。

特に、父親であるミナトが千を超える忍を相手取ったくだりでは、拳を握りしめ、話の展開に聞き入っていた。

けれど……

 

「…………」

 

昔なら……いや、ほんの数ヶ月前までなら、ただただ目を輝かして聞いていた英雄譚も、今のナルトにとっては他人事ではなくなっていた。

人の死は自分の身近にあるものだと、もう知ってしまったから。

人は簡単に死ぬ生き物だと、知ってしまったから。

決して、軽はずみにはできない英雄の軌跡。

それを聞かされたナルトは……

 

「やっぱ、父ちゃんは凄かったんだな」

 

改めて、そう思った。

そして思い知らされた。

ミナトを越える忍はいないと。

しかし……

 

「でも、オレと父ちゃんの時とじゃあ、状況が全然違うってばよ……」

 

ミナトは木ノ葉を守るために戦った。

ナルトは霧の仲間を守るために……

なら、ナルトも単純に敵を斃せばいいのか?

ミナトと同じように、敵を、木の葉の忍を千人斬り殺せば戦争は終結するのか?

いや、違う。

そんなことをしても里が平和になるなんて、ナルトには到底思えなかった。

だが、それならどうすればいいのか……

答えは見つからず、結局振り出しに戻る。

そんな風に頭を抱え出したナルトに向かって、

 

「ナルト」

 

優しい口調で、クシナが問いを投げかけてきた。

 

「アナタはあの時、何を想った?」

 

しかし、質問の意図がわからず、ナルトは首を傾げ、

 

「あの時?」

「ガイと戦ったあの時、アナタは何を願ったの?」

 

ガイ、その名を聞いて、すぐに先ほどの激闘を思い出す。

見た目はへんてこなのに、変な緑タイツを着ていて、そして木の葉の忍なのに……凄く強くて、かっこよかった忍のことを思い出す。

 

「そう言えば……」

 

あの時、最後にもの凄い力が溢れてきて……

無我夢中だったから、記憶が定かではないが、たしか……

 

「必死だったから、あんま覚えてねーけど……」

 

ただ……

ただ、想ったのだ。

 

「……守りたい。オレはただ、みんなの笑顔を」

 

自然と言葉が口から出てきた、瞬間。

ナルトの身体が薄く煌めき、オレンジ色に発光する。

全身にチャクラが行き渡り、腹部から肩にかけて、渦巻き状の模様が浮かび上がった。

 

「これって、あの時と同じ!?」

 

驚きながら自分の状態を確かめるナルトに、クシナが言う。

あっさりとした口調で、

 

「もう、答えは見つかったわね」

「あ……」

 

刹那――目に映らない何かが、ナルトの身体をまっすぐ射抜くように貫いた。

霧と木の葉。

両里の忍同士が血を血で穢す惨劇を繰り広げ……

数え切れない人の死を見せつけられ……

自分の無力さに絶望し、希望を投げ捨て、一人の忍として覚悟を決めてから、ずっと暗く冷え切っていた胸の奥が……何かに貫かれ、激しく震える。

閉ざされていた心の深淵に、辺りを照らす一筋の陽光が降り注ぐ。

 

“戦争なんて大義名分を掲げながら、自分たちがどうしてその場にいるのかすら理解していない者ばかり……当たり前のように、意味もなく人が死ぬ。それが戦争だ”

 

メイやイタチの話を聞かされて……

 

“覚えておくといい。戦争では殺さなかった敵の数だけ味方が死ぬ”

 

戦場で、次々と死んで逝く仲間たちの亡骸を見せつけられ……

自分の仲間を、霧の里を守るには。

敵を、木の葉の忍を殺すしかない。

そう思ってしまった。

そう思い込んでしまった。

だけど……

 

“ナルト……ワシは忍の世に蔓延った憎しみをどうにかしたいと思っとる…のだが、どうしたらいいのか、ワシにも、まだ分からん”

 

だけど、違う。

たしかに、次々と意味もなく、当たり前のように人が死ぬのが戦争で、誰かを救うには誰かを殺さなければならない。

それが忍の戦いで、それが忍の戦場だ。

それは確かに正しい。

けれど、それだけが正解じゃなかった。

それだけが、唯一の答えじゃなかった。

何が正しいのかなんて誰にもわからなくて、それでも自分の大切なもののために必死に足掻いて、足掻き続けるしかない。

それはみんな同じことだったのだ。

霧も、木の葉も。

忍も、そうでない者も。

自分の歩き方は、自分で決めるしかない。

どうすればいいかなんて、誰にもわからないのだから。

何が正解かなんて、誰も知らないのだから。

メイも、イタチも、あの自来也でさえ……

 

「そうか……」

 

こんなにも簡単なことだったのか……

こんな当たり前のことにすら、自分は気づいていなかったのか。

小さな呟きとともに、ナルトは瞳を閉ざす。

自分の心といま一度向き合ってみる。

自分の本当にやりたかったことを考えてみる。

 

「…………」

 

最初に思い浮かんだのは、父親であるミナトの後ろ姿。

自分の原点にして、回帰点。

別に復讐がしたかったわけじゃない。

英雄になりたかったわけでもない。

ナルトはただ、ミナトのようなかっこいい忍者になりたかったのだ。

みんなを守れるような、そんな立派な忍者に。

それが……

 

「どうして……」

 

そんな当たり前のことが……

 

「母ちゃんには、わかったんだってばよ」

 

ずっと悩んでいて、いくら探しても見つからなかった答えに……いま辿り着いた。

否、それは初めから自分の中に存在していた。

メイやイタチ、自来也とも違う、ナルト自身の答え。

誰かに言われたからではない、胸の奥から湧き上がる自分の本当の気持ち。

それを今度こそ見失わないように。

その大切な想いを、今度こそ取りこぼしてしまわないように、しっかりと掴み取り……

 

「…………」

 

上を見上げる。

はやる気持ちを落ち着かせ、動転する心意に瞳を揺らしながら、道を照らしてくれた太陽を見上げる。

すると、そんなナルトにクシナから返ってきた返答は……

 

「そりゃー、母親だからだってばね」

 

あまりにも単純なものだった。

深く考えるまでもなく、当然といった表情のまま、平然と放たれた一言。

その何気ない一言に、ナルトは、

 

「ははっ、あははははっ……」

 

もう、笑うしかなかった。

笑みが溢れて、なんでかわからないけど、それが凄く嬉しくて、どんどん力が溢れてきて……

やりたいことがわかった。

いや、成りたい自分を思い出した。

具体的にどうすればいいのかは、まだわからないけど……

でも、今なら何かを変えられそうな気がする。

と――

そう思った、その時。

 

『ようやくマシなツラになりやがったな、ナルト』

 

突如、目の前に九喇嘛が現れた。

大きな巨体がこちらを見下ろしていて……

 

「九喇嘛!」

 

相棒の名を呼ぶ。

ちゃんと檻から出られたみたいで、ナルトはそのことに安堵の気持ちを表すが、しかし……

 

『…………』

 

ナルトを一瞥した後、九喇嘛は目を細めて、

 

『…………』

 

細めた目で、クシナの方を見下ろしていた。

気づけば、クシナの表情からも完全に笑みが消え去っており……

 

『…………』

「…………」

 

鋭い視線が交差する。

冷たい風が二人の間を通り抜ける。

まるで今から殺し合いでも始めるかのような雰囲気で。

それにナルトは慌てて、

 

「ちょ、ちょっと待つってばよォ! 母ちゃん、九喇嘛は実はそんな悪い奴じゃなくて、むしろ結構いい奴で! 九喇嘛もせっかく檻から出られたんだから……あの……」

 

必死に説得しようとするも、二人に無視されたあげく、怖い目で睨まれて……

 

「はい、すみません……」

 

黙らされた。

数十秒後。

ナルトを黙殺し、ずっと睨み合っていた二人がついに重い口を開いた。

クシナが緊迫した声音で、

 

「……どうやら私のナルトが世話になったみたいね」

 

という挨拶に、

 

『なに、ナルトはワシの相棒だ。貴様が礼を述べる必要はねーぞ、クシナ』

 

九喇嘛が挑発するような素振りをみせる。

 

「…………」

 

いやいやいや。

なんで、そこでわざわざ煽るんだってばよ!?

母ちゃん、スゲェー怒ってんじゃねーか!

などなど……

ナルトが声にならない悲鳴を上げる中、二人から放たれる重圧はさらに過激さを増し……

 

「…………」

『…………』

 

クシナの赤い髪がゆらゆらと揺れ動く。

九喇嘛はそんな相手を、不敵な態度で見下ろして……

途端、

 

「あははははははははは!」

『クハハハハハハハハハ!』

 

高笑いが木霊する。

こわい。

こわすぎる。

間に挟まれたナルトにはどうすることもできず、ただ嵐が過ぎ去るのを待つばかりで……

しかし、その直後。

張り詰めた空気が徐々に和らいでいき、

 

「……ナルトもよくしてもらってるみたいだから、アンタに文句は言わないでおいてやるってばね」

『ならワシも、貴様に対する恨み言は言わねーでおいてやる』

 

と言うや否や、二人から放たれる敵意が消えた。

それにナルトはほっと息を吐く。

一分にも満たない時間だったが、まるで生きた心地がしなかった。

でも、二人が矛を収めてくれて。

二人が争わずに済んで、本当によかった。

そう心から安堵して、胸を撫でおろす。

そんなナルトの心情を知ってか知らずか、クシナがこちらに顔を戻し、

 

「ナルト」

 

真剣みを帯びた表情で、

 

「そろそろ、アナタは向こうへ戻らなくちゃね」

 

と、言った。

それにナルトは、

 

「え?」

 

思考を停止する。

が、すぐに慌てふためき、

 

「ま、待ってくれっ! オレはまだ、母ちゃんと話したいことが山ほどあるんだ!」

 

思い出すのはミナトとの邂逅。

あの時も満足に話をすることもできず、ミナトは光の粒となって、ナルトの前から消えてしまった。

それなのに……

 

「私たちは……忍よ」

「――っ!」

 

わかる……わかってる。

今は戦争中で、一分一秒が惜しい。

里の命運が、仲間の命が天秤にかかっている。

次々と人が死ぬのが戦争で、敵はこちらの事情など待ってはくれない。

だけど、

 

「オレには、オレには今しかないんだっ! いま伝えなきゃ、もう二度と会うことだってできなくなるんだ!」

 

まだ言いたいことや話したいことが沢山ある。

なんだっていい、どんなつまらない話でもいい。

12年。

今日この日を、12年待ったんだ。

産まれてきてから、ずっと夢に見ていた。

家族と過ごす日々を。

だから、少しでも長く一緒にいたくて……

 

「母ちゃん。オレは――ッ」

 

必死になって言葉を紡ごうとする。

けど、言いたいことが山ほどあるのに、伝えなきゃいけないことがあるのに、それを上手く口にすることができない。

頭が混乱して、ぐちゃぐちゃになって、何を言えばいいのかわからなくなる。

すると、そんな切羽詰まった表情をみせるナルトに、

 

「私は信じてる」

 

クシナが拳を突き出す。

優しく微笑んだまま、その瞳はまっすぐにこちらを見ていて。

 

「…………」

「…………」

 

親子の視線が交わる。

突き出された拳が、ナルトの胸に強く押し当てられ……

クシナが言った。

確信に満ちた、淑やかな声音で、

 

「ミナトを越える忍は、アナタをおいて他にいない。私は、そう信じてる」

 

瞬間――時が止まった。

目を見開き、目の前にいるクシナの顔を呆けた瞳で眺める。

そして……

 

「…………」

 

目蓋をきつくと閉じ、ゆっくりと開いた。

ほんの数秒の動作。

十秒もかからない時間。

けれど……

 

「ん!」

 

ナルトの瞳からは迷いの色が消え、何者にも屈しない決意の炎が、その眼光に宿っていた。

それを察したクシナが、

 

「ん!」

 

満足そうに頷き、後ろを振り返る。

後ろを見て、にやにやとこちらを見下ろしている九喇嘛を見上げて、

 

「九喇嘛、か。まさか九尾に心があったなんてね……自分の子どもに教えてもらうまで気づかないなんて、私もまだまだだってばね」

 

なんてことを呟いた。

それに九喇嘛はそっぽを向き、

 

『ケッ……そこもお互い様だ』

 

不満げな顔をしながらも、そう返事を返した。

そんな九喇嘛を見て、クシナは少し笑ってから、すぐさま真摯な眼差しを向ける。

そして、短い言葉を伝えた。

 

「息子のこと、頼んだわ」

 

すると、今度は九喇嘛が目を見開く。

大きく目を見開き、まるで幻でも見たかのような、驚愕の表情をあらわにして、

 

『……まったく、夫婦揃って同じことを』

 

小さく、何かを囁きながら、

 

『ああ、それはワシの役目だ』

 

と、返事を返した。

それにクシナは頷き、またこちらに視線を戻す。

ナルトの方を見て、

 

「まだもう暫くは大丈夫。本来使う予定だったチャクラが余っているから、私がすぐに消えることはないわ」

 

というクシナの台詞に、ナルトは身を乗り出し、

 

「本当か!?」

「ええ。だから、ちゃんと無事に帰ってきなさい」

「大丈夫だってばよ! ちゃんとすぐに戻ってくるから、だから……」

 

だから、母ちゃんも待っててくれ。

そう言おうとしたところで、クシナが先に口を挟んだ。

反論を許さない、厳かな声音で、

 

「いい!? ちゃんと無事に、怪我なくよ。ほんとーにわかってるんでしょうねェ?」

「お、おう……」

 

予想だにしなかった迫力に、ナルトはたじたじになりながら後退する。

そんなナルトに、クシナがぐんぐん詰め寄ってきて、

 

「絶対に一人で無茶しないこと! 困ったことがあったら必ず仲間を頼りなさい」

「う、うん。そこは大丈夫だってばよ」

「……それから」

 

一息入れてから、クシナが言った。

 

「忍者とは耐え忍ぶ者。ミナトや自来也先生は、生前よくそうおっしゃってたわ……だけど、忘れないで。アナタは忍である前に、一人の人間であることを」

「…………」

「辛かったり、苦しいことがあったら、迷わず周りに助けてもらいなさい。我慢して、一人で心を押し殺しちゃダメよ。心の上に刃を乗せるから忍……覚えておきなさい」

 

それにナルトは頷く。

首を縦に振り、自信に満ちた力の込もった瞳で、

 

「心配ねーってばよ。まっすぐ自分の言葉は曲げねェ。それがオレの忍道だ! ぜってぇー、ここに戻ってくる。約束だ!」

 

そう言い切った。

すると、ずっと険しい顔をしていたクシナが、打って変わって満面の笑みを浮かべる。

最後に握り拳を作って、

 

「上出来だってばね!」

 

激励の言葉をナルトに送った。

そんな母から受け取った想いを胸に、

 

「じゃあ、いってきます!」

 

ナルトは現実へと意識を戻すのであった……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

問答

意識が戻る。

精神世界から帰ってきたナルトは、すぐさまこちらを心配そうな瞳で眺めていたフカサクに視線を送り、

 

「じいちゃん仙人、今すぐオレを戦場に戻してくれ」

 

開口一番、そう告げた。

すると、ナルトが戻ってきたことに気がついたフカサクが、何やら慌てた形相で近寄ってきて、

 

「ナルトちゃん! 九尾の奴はどうなったんじゃ!?」

 

と、乱れた声音で訊いてきた。

しかし、それにナルトは笑みを浮かべる。

余裕のある、どこか吹っ切れた笑みを浮かべて、

 

「問題ねーってばよ。鍵はちゃんと開けさせてもらった」

 

そう応えた。

だが、それを聞いたフカサクは、何故か不安の色をより一層濃くさせて、

 

「封印を解いたのか! 身体を乗っ取られりゃーせなんだか!?」

 

などと尋ねてきた。

その反応に、思わず首を傾げかけたナルトだったが……

すぐに、これは仕方のないことだと思い直す。

何故なら、九喇嘛のことは今まで誰にも話してこなかったから。

いきなり封印を解けば、そりゃあ心配するなという方が無茶な話であった。

けれど、それを長々と説明をしている時間はない。

戦争中だから。

こうしている今にも、誰かが死んでいるかもしれないから。

だからナルトは、

 

「大丈夫だってばよ、じいちゃん仙人。オレと九喇嘛……あー、九喇嘛ってぇのは九尾の名前ね。そんで九喇嘛はオレの相棒で、友達だ! だから、なんも心配いらねーってばよ」

 

淀みない口調でそう言った。

みんなを安心させるように。

内側では、『勝手にワシの名前を話すんじゃねェ』と、九喇嘛が不満を漏らしていたが、取りあえず聞こえないふりをする。

相棒の愚痴を華麗にスルーして、

 

「色々と心配なのはわかっけど、オレを信じてくれ!」

 

再度、自身の返還を要求する。

しかし、相も変わらずフカサクは不審げな顔を向けてきて、

 

「……九尾のことは一先ず置いておくとして……ナルトちゃんや。戦場に戻ったとして、その後どないするつもりじゃ」

 

という尻込みした言葉に、今度はナルトが眉を寄せる。

怪訝そうに眉をひそめ、

 

「どうするって、そりゃ……」

「また、木の葉の忍と殺り合うつもりか?」

 

険しい問い詰め。

敵意こそ感じないが、その問いは明らかにナルトを詰問するものであった。

その証拠に……

 

「…………」

 

ピリピリとした嫌な空気が周囲を覆う。

息の詰まる緊張感が、フカサクを中心に辺りへと広がり始め……

が、そこで。

ナルトが言った。

 

「オレは、忍だ」

 

重々しい威圧を払うような、力の込もった揺るぎない声で、

 

「オレは霧の忍で、いまオレの里に木の葉の連中が攻め込んできてる」

「…………」

「だからオレは戦うってばよ。里をを守るために。オレの仲間を殺させねぇために」

 

きっぱりとした声で、そう言い切った。

すると……

 

「…………」

 

フカサクが顔を歪める。

額の眉間に皺を寄せ、瞬きほどの刹那の時間、苦悶の表情を浮かべた……直後。

 

「…………」

 

目を吊り上げる。

刃物のような鋭い眼差し。

細く研ぎ澄まされた眼光が、ナルトを射抜くように睨みつけた。

そして、その眼光を携えたままフカサクが言う。

 

「それを聞いたワシが、ナルトちゃんを素直に霧に戻すと思うとるのか?」

 

怒気を孕んだ口調。

腰を低く落とした、あからさまな対立姿勢。

必要とあらば強硬手段も辞さないフカサクの対応に、ナルトは僅かな切なさを感じながら……

 

「…………」

 

周囲を見渡す。

いつの間にか周りに集まっていた蝦蟇たちを眺めつつ、自身の状況を客観的に把握する。

緑あふれる蝦蟇たちの楽園、妙木山。

そこに住まう彼らの中には、自来也やミナトをはじめ、木の葉との繋がりが深いものも数多く安住している。

特にフカサクは、その蝦蟇たちの中でも頭一つ飛び抜けた存在だ。

当然、木の葉への思い入れも人一倍大きいはずで……

仲間想いのフカサクが、木の葉と敵対するナルトにいい思いをするわけもなく……

が、だからこそ。

 

「……木の葉にいた頃、オレは毎日が苦痛だった」

 

だからこそ、ナルトは語る。

 

「周りの奴らはみんな冷たくて、それでも別にいいやって強がっても、やっぱ寂しくて……」

 

心の内を。

悲痛の叫びを言葉に変えて。

 

「でも、ハクや再不斬たちに出会ってからは毎日がすげぇ楽しかった。オレはここにいていいんだって、心からそう思えた」

「…………」

「霧の里は、オレが初めて見つけた自分の居場所なんだ。だから、それを壊させたりなんかさせねェ。絶対に! どうしてもそれ以外に道がねーってんなら、オレは木の葉の里を滅ぼしてでも、自分の里を守る」

 

そう言った。

二つの里を天秤にかけ、もしもの時は迷いながらも霧の里を選ぶ、と。

すると、それを聞いたフカサクは……

 

「っ……」

 

やはり複雑そうな顔をしていて。

悲しさとやるせなさをない混ぜにした、やり切れない表情を浮かべていて、

 

「……ナルトちゃんの気持ちは痛いほどわかる。じゃがの……」

 

が、それを遮って、

 

「でも……」

 

ナルトが続けて言った。

まだ大事なことを伝えていなかったから。

 

「でも本当は、木の葉の里とも争いたくなんかねーんだ。オレってば……」

 

喉を絞るような声で、そんな本音を漏らした。

そうすると、目の前にいるフカサクが、

 

「……っ」

 

泣きそうな顔をしていて。

それを見て、きっと自分も似たような顔をしているのだろうなと、ナルトは思った。

何故なら、今にも涙がこぼれ落ちそうだったから。

でも、耐える。

ここでみっともなく泣き喚くぐらいなら、最初から戦場に戻ろうなんて思わない。

そんなことは今やるべきことではない。

いま自分のやるべきことは……

 

「だからオレは探そうと思う。できるだけ多くの人を救える、そんな道を」

 

それがナルトの選んだ答え。

一秒ごとに、意味もなく、当たり前のように人が死ぬのが戦争で、誰かを救うには誰かを殺さなければならない。

そんな忍の戦場で、敵も殺したくないし、味方も死なせたくないなどという子どもの我がまま。

けれど、それがナルトのウソ偽りのない本心であった。

誰かに言われたからじゃない。

自分の心と向き合って、自分で決めた答え。

それを聞いたフカサクは僅かに驚いた表情を見せた後、顔をほころばせて……

そして、

 

「ナルトちゃん……」

 

その表情を曇らせる。

悔しそうに唇を噛みしめ、

 

「さっきまで意地の悪い質問をしとったワシがこんなことを言うのもなんじゃが……そりゃ、無理じゃ。木の葉と霧。その両方を救うなんて、そんな都合のいい道ありゃせん」

 

という、もっともな意見に、ナルトは「ああ」と頷き、

 

「確かに、その通りかもしんねェ。オレの言ってることはやっぱただの綺麗事で、じいちゃん仙人の言う通り霧と木の葉に和解の道なんてなくて、全部が手遅れなのかもしんねェ」

 

だけど、拳を握る。

強く、強く拳を握りしめ、

 

「だけどまだ、誰も試してねぇじゃねーか! 少なくともオレはまだ、何もやり尽くしちゃいねェ!」

 

続けざま、叫ぶようにナルトが言った。

 

「死んだ仲間は生き返らねーし、背負った命の重みも消えてなくなったりなんかしねェけど。でも、未来なら変えられる」

 

敵を殺したことに悔いているわけではない。

あの場で木の葉の忍を殺さなければ、より多くの仲間が敵の忍に殺されていただろう。

戦争だ、決して綺麗事だけでは済まされない。

けれど、ガイやサイのように、話し合いに応じようとしていた相手にまで問答無用で刃を突きつけたのは間違いだったのではないのか?

もっと別のやり方があったんじゃないのか?

そう思えたからこそ……

 

「オレはもう、後悔する道なんか選ばねェ。反省の言葉を口にするのは、全部をやり終えた後だァ!」

 

それが今のナルトに思いつく、精一杯の答えだった。

理屈なんて関係ない。

どっちも救いたいから、どっちも救う。

そんなナルトの想いを聞いたフカサクは……しかし、その顔色が晴れることはなく、むしろ先程より深く、昏い影を落とした表情を張りつかせ……

膨れ上がった絶望を吐き出すような、ため息混じりの声とともに、ぽつりと呟いた。

 

「……自来也ちゃんは、この戦争が始まる前から既に動いておった」

 

その言葉にナルトは首を傾げ、

 

「自来也先生が?」

 

フカサクが頷く。

 

「そうじゃ。普段の言動からは想像もできんが、自来也ちゃんはあれで聡い子での。誰よりも逸早く木の葉の問題を解決しようと動いとった」

「…………」

「じゃが、その自来也ちゃんですら戦争を止めることはできんかった。こうして戦が始まった以上、自来也ちゃんにも立場があるけんの。もう、ナルトちゃんに協力するのは難しいじゃろう」

「…………」

「忍の戦いとは、人と人の戦いやのぅて、国と国との戦いなんじゃ。結論だけ言えば、その大きな流れには自来也ちゃんでも逆らうことはできんかった……それを知った上で、もう一度訊く」

 

有無を言わせぬ眼光が、ナルトの身体を刺し貫き……

 

「ナルトちゃん一人でどないするつもりじゃ?」

 

途方もなく重い現実が、その両肩にのしかかった。

師匠である自来也ですら成し遂げられなかった、そんな現実を目の当たりにして、お前のような子どもに何ができるのか、と。

しかし……

 

「…………」

 

目蓋を閉じる。

ゆったりとした動作で右手を身体の中心へとあてがい、その温もりを確かめながら、ナルトはある人物の顔を頭の中に思い浮かべていた。

今この瞬間も、自分のことを見守ってくれているであろうクシナの顔を胸の奥深くに刻み込み、臆した心を奮い立たせる。

 

「オレは一人じゃねーって、母ちゃんが教えてくれたんだ」

「母ちゃん?」

 

首を捻るフカサクに、ナルトは抑えきれない笑みをこぼして、

 

「うずまきクシナだ! じいちゃん仙人も知ってんだろ?」

「そりゃ知っちょるが……なしてここでクシナちゃんの名前が出てくるんじゃ?」

 

疑問の言葉を口に、フカサクが困惑の面持ちをあらわにする。

するとそこで、今まで様子を伺っていた一匹のカエルが……

九喇嘛の鍵をナルトに託した他ならぬ張本人であるゲロ寅が、横からぬるっと割り込んできて……

 

「お? もしかして、鍵を開けた時にクシナとおうたのか?」

 

なんてことを言ってきた。

声のした方へフカサクが振り返る。

訝しむ視線をゲロ寅に向けて、

 

「どういうことじゃ、ゲロちゃん?」

「あ、ワシは四代目が九尾を封印する場面に立ちおうたんですが、そん時にクシナの姿も見かけたんで……」

「なんじゃて? そがーな大事な話、ワシは聞いとりゃーせんぞ!」

 

と一喝した後、またこちらに視線を戻す。

フカサクの瞳がナルトを捉える。

 

「クシナちゃんにおうたんかいの?」

「ああ!」

「何か言うとりゃーせんかったか?」

 

その言葉にナルトは笑みを浮かべる。

希望に満ちた、満面の笑みを浮かべて、

 

「オレを信じてるって、父ちゃんを越える忍はオレ以外にいないって、そう言ってくれた」

 

さらに続けて、ナルトが言った。

 

「だから、オレは前に進むってばよ。まだまだ弱っちいけど、父ちゃんや自来也先生みたいな立派な忍者には程遠いけど、でも、オレは一人じゃねェ。みんなで探せば戦争を終わらせる方法だって見つかるかもしれねェ。だから……」

 

手を前に差し出し、

 

「力を貸してくれ、じいちゃん仙人」

「なっ……!?」

 

あんぐりと開いた口から漏れた、驚愕の声。

目を大きく見開いたフカサクが、呆然とした顔つきでこちらを見上げて、

 

「わ、ワシも、か?」

 

それにナルトは、

 

「当然じゃねーか」

 

と、首を縦に揺らした。

すると……

 

「…………」

 

場の空気が騒めく。

妙木山に住う無数の蝦蟇たちが固唾を飲んでこちらの様子を見守る中、フカサクの視点が右往左往へ彷徨うように揺らめいて……

差し出されたナルト手のひらと、自身の手のひらを交互に見つめて……

が、数瞬の後。

フカサクから返ってきた回答は、ナルトの想像から大きく外れたものであった。

 

「……すまん、ナルトちゃん」

 

苦虫を噛み潰したような、無念の情を全身から漂わせた懊悩とした声音で、

 

「それは無理なんじゃ……」

 

そう言って、フカサクは繋がりかけた手のひらを、前に差し出そうとしていた自らの手を、無情にも地面に向かってだらりと下ろした。

触れ合うことのできなかった互いの手のひら。

その予想外の顛末にナルトは目を見開き、慌てた仕草と口調で、

 

「なんで!? じいちゃん仙人だって、オレと同じ気持ちのはずだろ?」

 

そう尋ねると、フカサクが申し訳なさそうに顔をしかめる。

そして遺憾の意を隠そうともしないまま、止むにやまれぬ事情を説明し始めた。

 

「……ワシと母ちゃんが持っとる力は、多分ナルトちゃんが思うとるより強大なものなんじゃ」

「へ?」

「それこそ、戦局の全てを覆せるほどにの」

「……マジで?」

 

千を超える忍たちが互いの里の命運を懸け、殺戮と虐殺を繰り広げる忍の戦場。

その全てを覆す?

んな、バカなぁ!?

あまりにも荒唐無稽な話に、胡散臭い目をするナルトだったが、しかしフカサクの目におどけの色はなく、実直な眼差しで言葉を繋ぐ。

 

「じゃから、今回の戦ではどちらの味方もせんと、そう母ちゃんと決めたんじゃ」

 

なるほど……

ナルトは腕を組み、思考を巡らす。

確かにそれが本当の話なら、フカサクはおいそれと戦場へ赴くわけにはいかないだろう。

些か誇張しすぎでは? と思わないでもないが、しかしもし事実であれば、里間同士のバランスさえ崩壊させかねない。

そう判断したナルトは、しぶしぶながらも差し出した手を下に下ろすしかなかった。

が――

話はそこで終わりではなかった。

切迫した雰囲気から一転、フカサクが覚悟を決めた相貌でナルトを見据える。

 

「じゃが、ナルトちゃんの気持ちは……よぉわかった」

 

そう言いながら、視線を上へ。

ナルトの身長を追い越し、その遥か後方に佇む玉座を見上げて……

フカサクが言った。

 

「大じじ様。よろしいでしょうか?」

 

妙木山の主に向かって伺いを立てる。

するとそれに、大蝦蟇仙人がゆっくりと頷き、

 

「よかろう」

 

仰々しい立ち振る舞いで首を縦に動かし、了承の言葉を口にした。

すると、その一言を確認し終えたフカサクが、自身の視界を元の場所へと戻す。

明瞭な双眸に、再びナルトの姿を映し出し、それから……

 

「ナルトちゃん。最後にもう一つ、意地の悪い質問をさせてはくれんか?」

「なんだってばよ?」

 

そう気軽に聞き返したナルトに、フカサクが問いかける。

 

「ナルトちゃんの優しさは尊いものじゃとワシも思う。じゃがの、その選択はもしかすれば、救えた命すら取りこぼしてしまうかもしれん。最悪の場合、全てを失うこともある……厳しいことを言わせてもらえば、ひどく中途半端な道なんじゃ」

「…………」

「それでもナルトちゃんは、その不確かな道を選ぶんかいな?」

 

脅すような、しかしどこか確かめるような問い。

そんなフカサクの問いかけに、やはりナルトは迷うことなく、こう言い返した。

 

「ああ、これ以外にオレの歩く道はねェ」

「なしてか、聞いてもええか?」

 

眼前を見据える。

新たな決意と覚悟を宿した瞳で、まっすぐに前を見据えながら、ナルトはゆっくりと口を開いた。

 

「どうしても木の葉と争う以外に道がねーってんなら、オレだって覚悟を決める。けど、その道の先には、オレの望むものは何もねーんだ」

 

後ろのポーチに手を突っ込み、そこから一冊の本を取り出す。

表紙に「ド根性忍伝」と書かれた、赤く、真っ赤な血で染められた、何も守れなかった自分を戒める、敵の忍に殺された子どもの遺品。

 

「誰かを犠牲にして得た平和を、オレは平和とは呼ばねぇ」

 

木の葉への憎しみが、完全に消えたわけではない。

むしろ、心に潜む憎悪と怒りは膨れ上がる一方で。

どす黒い何かが、今にも溢れ出しそうで。

それでも……

それでもナルトは、その何かを自分の心の中で必死に抑え込んだ。

過剰な力で本の背表紙を歪ませながら、渦巻く激情を抑え込む。

 

「だって、その先にある結末に、誰も満足なんてできねぇから。再不斬も、ハクも、長十郎も、メイの姉ちゃんも、オレも、九喇嘛も……何かを犠牲にして得た平和に、オレたちは胸を張ることなんてできねぇから」

 

故に。

ポーチに手を入れ、「ド根性忍伝」を収める。

怒りと憎しみを耐え忍び、落とした視線を上に向けた。

 

「だから、オレは足掻いてみる。平和ってもんがあるなら、オレたちがそれを掴み取ってやる! 諦めの言葉なんか、ぜってぇ意地でも口にしてやらねェ!」

 

拳を前に突き出し、毅然とした口調でそう言い放つ。

碧眼に決して曲がることのない、強い意志を込めながら。

すると、そんなナルトの様子から何かを汲み取ったのか、フカサクは両手をパンッ! と叩くように重ね合わせて、

 

「よぉ言うた! なら、ワシからこれ以上言うことはありゃせん」

「オッス!」

「ワシと母ちゃんは力を貸すことはできんが、ここにはおらん他の蝦蟇たちにもナルトちゃんのことを伝えておくけんの……世界の命運をお主に託す」

 

それにナルトは頷く。

託された想いに負けないように、決意と覚悟を宿した瞳でしっかりと頷き、

 

「おう! どこまでやれっかわかんねーけど、やれるだけやってみるってばよ!」

 

そう言い終わると同時に、フカサクの術が発動する。

空間から空間へ移動する、時空間忍術の一つ。

 

「逆口寄せの術!」

 

ボンっ! 

白い煙が立ち昇る。

その煙がナルトの身体を包むと同時に、その存在を一瞬にして妙木山の地から、彼の地へと消し去ったのであった……

 

 

 

気づけば、そこは見覚えのある森の中であった。

もっともガイとの戦闘による余波のせいで辺りの木々は崩れ倒れ、森と呼んでいいのかわからない惨状ではあったが……

が、しかし。

そんな光景など問題にもならない大きな気配に、ナルトはただならぬ異常を感知する。

原因の所在は探すまでもなかった。

 

「なんだってばよ、あれ……」

 

数キロ離れたこの場所からも、肉眼ではっきりと見えるほど大きな――否、巨大な亀のような生物が……

 

「ォォオオオオオオオ!!」

 

霧の戦場に、君臨していたからだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ツーマンセル

巨大な亀の様相を模した化け物が、ここから少し離れた戦場の地で暴れ狂う姿。

普通なら物語の中でしか見ることのできない、あまりにも現実離れしたその光景に、ナルトは、

 

「なんだってばよ、あれ……」

 

唖然とした表情で、そう呟いた。

自分の見ているものは幻ではないのかと、袖で目元をこすり、瞬きをする。

けれど、瞳に映る光景は紛れもない現実で、その証拠に腹の中でナルトと同じものを見ていた九喇嘛がぴくりと耳を動かし、意味深な言葉を口にした。

 

『このチャクラ…… 磯撫か』

 

いそぶ?

聞いたことのない名前に、ナルトは首を傾げながら、

 

『知り合いか?』

 

と尋ねると、厳めしい顔色で九喇嘛が応える。

 

『三つの尾を持つチャクラの集合体。ワシと同じ尾獣だ』

 

び、尾獣!?

返ってきた答えに、思わずのけ反りそうになりながら、

 

『なんで尾獣がこんな所にいるんだってばよ!?』

 

半ば叫ぶような形でナルトが訊くと、九喇嘛が、

 

『さぁーな。ま、腐った人間どもの考えることだ。おおよその予想はできるがな』

 

と言った。

気怠そうな声で。

でも、どこか恨めしい声で。

それにナルトは目を細めて、

 

『これも木の葉のしわざかっ!』

 

吐き捨てるように言った。

またアイツらが……

木の葉の連中は、ナルト以外の人柱力も戦争の道具として利用しようとしている。

その事実に、

 

『くそっ……』

 

どうしようもなく怒りが込み上げてくる。

霧と木の葉の両方を救うことなんて、やっぱり無茶だったのではないかと、自分で選んだ選択に一抹の不安を覚える。

が、そこで。

 

『呆けている暇はねーぞ、ナルトォ』

 

思考の渦に九喇嘛が割り込んできて、

 

『三尾の奴は以前戦ったあのクソ狸よりも数段手強い。霧の忍どもには少々荷が重い相手だ』

 

その言葉にハッとなる。

こんな所で立ち止まっている場合ではないと、余計な考えを頭の隅へ追いやり、喝を入れ気合いを入れ直す。

それから……

 

『霧の忍には荷が重い? そんなことねーってばよ』

 

にやりと、不敵な笑みを浮かべた。

ふてぶてしいまでの笑みを浮かべながら、チャクラを練り上げ……

 

「オレたちがいる!」

 

一筋の光が戦場を横切った、途端。

景色が溶け、舞台が変わる。

予めマーキングを施していた仲間の元へ、ナルトの身体が光の速度で跳躍を行う。

と――

次の瞬間。

ナルトの目に、巨大な亀の化け物――磯撫と対峙する再不斬の背中が映った。

 

「わりー、遅くなったってばよ」

 

そう声をかける前に、飛雷神でナルトが飛んできたことに気づいた再不斬が後ろを振り返り、

 

「てめー、今までどこほっつき歩いていやがった!」

 

怒鳴るように叫んでから、すぐに身体を前に戻す。

それから切羽詰まった声音で、

 

「まあ丁度いい。ナルト、今すぐ飛雷神で使えねぇ奴らをここから逃がせ。オレは……」

 

が、その言葉をナルトが遮って、

 

「再不斬、こっからは選手交代だ。あとのことはオレたちに任せてくれ」

 

と言った。

するとそれに、再不斬がもう一度振り返る。

満身創痍の身体をこちらに向けて、

 

「駄目だ。あれはてめーの手に負える相手じゃねェ」

 

と言った。

聞き分けのない部下をたしなめる口調で。

しかし、ナルトはそれを真っ向から睨み返す。

確かに、再不斬の推測は正しいだろう。

ナルト一人では例え天地がひっくり返ろうと、あの化け物に打ち勝つことはおろか、傷つけることさえ困難を極めるはずだ。

そう、

 

「言っただろ、再不斬」

 

ナルト一人で戦ったのなら……

 

「オレじゃねェ」

 

ナルトが言う。

自信に満ちた声音で、

 

「オレと九喇嘛に任せてくれ」

 

そう言い放った己の部下に、再不斬はなおも怪訝的な眼差しを向けてきて。

だがしかし……

 

「やれんのか? テメェらに」

 

投げ返された言葉に、ナルトは力強く頷き、

 

「ああ」

 

そう応えた。

すると、口角を吊り上げ、再不斬が笑う。

口に巻かれた包帯の上からでも、はっきりと視認できるほど、顔の形を歪ませて、

 

「いいだろう。どの道このまま殺りあってもジリ貧だ。なら、てめーの戯言に懸けてやる」

 

言うや否や、手に持つ首斬り包丁を背中に戻し、

 

「テメェら、一旦退がれっ!」

 

大軍で磯撫を足止めしていた霧の忍たちに、一時撤退の指示を出す。

すると、それを聞いた者たちが一斉に戦場から後退し始めた。

数ヶ月前まで追われる立場にあった再不斬の指示に、疑うこともなく従う数百名の霧の忍たちを感慨深く眺めながら、それとなく戦況把握に務めていたナルトは、

 

「あれ?」

 

ある違和感を感じ取る。

 

「メイの姉ちゃんが見当たらねーぞ」

 

逃走を謀っていた木の葉の忍たちも、今や人影一つ見当たらないが、前線で戦っていたはずのメイの姿まで見当たらないのは、明らかにおかしい。

すると、疑問を浮かべるナルトに、再不斬が応えた。

 

「メイは初めにあの化け物と戦って、数分前に倒れた」

「えっ!?」

 

驚きの声とともに、最悪の想像がナルトの頭を過ぎる。

が、それを察した再不斬が、

 

「安心しろ、死んじゃいねーよ。チャクラを使い果たして倒れただけだ」

 

と言った。

それにナルトは、ほっと溜め息を吐く。

どうやらチャクラ切れで倒れただけらしい。

と――

ナルトが安心したところで。

突如、空から声が堕ちてきた。

 

「ウォォォォォォォ!!」

 

この世のものとは思えない、天を衝く咆哮。

湿地帯の水を吹き飛ばすほど、埒外なまでの膨大なチャクラが突風を呼び起こし、磯撫の頭上に巨大な黒い球体を出現させる。

それはどこか、螺旋丸に似た術であった。

しかし、そこに込められた力は、忍が扱う忍術とは比べものにならないほど次元を異にしていて……

 

「再不斬ァ! 時間がねェ。早くここから離れてくれ!」

 

ナルトが叫ぶと、再不斬は一瞬逡巡する素振りを見せてから、

 

「ここで死んだら、後でぶった斬ってやる」

 

と、恨み言のような激励を残して、他の忍たちとともに安全地帯へと避難を始めた。

これで戦場に残ったのは、ナルトと磯撫。

そして……

 

『さて、ナルト。やることはわかっているな?』

 

九喇嘛の問いに、ナルトは笑みを浮かべる。

こんな危機的状況にもかかわらず、まるで負ける気がしなかった。

どんどん力が溢れてきて。

 

『ああ』

 

守鶴との戦いでは、まだ使えなかった。

だけど、今なら。

扉を開けた今なら。

 

『わかってる――』

 

できると、心の底から確信できた、直後。

一撃で里を壊滅できるレベルの超巨大なチャクラの砲弾が、磯撫の口から放たれた。

が――

時を同じくして。

脈動が万象を覆す。

 

『――ってばよ!』

 

ナルトの身体から止まることを知らないチャクラの奔流が湧き上がり、金色にたなびく九本の尾が迫り来るチャクラの砲弾を軽々と受け止め、それを人気のない海の方角まで弾き飛ばした。

数秒後。

遠く離れた場所で地響きが起こり、水柱を立ち昇らせ、雨を降らす。

 

此処に、九尾の妖狐ありけり。

その尾の一振り、山崩れ津波立つ。

 

ただの一振りが地形を変える。

ただの一撃が世界を揺るがす。

人智を超えた力。

九喇嘛の人柱力であるナルトが、初めて尾獣化に成功した瞬間であった。

 

『やるぞ、九喇嘛ァ!』

 

意気込むナルトに、九喇嘛が応える。

 

『ナルト。尾獣化に成功したのは上出来だが、貴様の身体はまだ子どもだ。この状態は持って三十秒だと思え』

 

それにナルトは頷き、

 

『十分っ! それだけありゃー、なんとかなるってばよ』

 

と言うと、九喇嘛が言葉を繋ぐ。

 

『一撃で決めるぞ。尾獣玉だ』

 

尾獣玉?

知らない単語にナルトは首を傾げて、

 

『なんだ、それ?』

『以前、貴様がうちはのガキに幻術で捕らえられた時、ワシが使って見せた技だ。いくら覚えの悪いてめーでも忘れちゃいねーだろ』

 

という説明を聞いて、ナルトは顔をしかめる。

 

『そりゃあ忘れてねーけど……オレってば、あんな色んな意味でスゲェ術、練習すらしてねーぞ』

 

しかし、九喇嘛が言う。

 

『いや、練習なら既に終えている。任務で井戸を掘った時のことを思い出せ』

 

その言葉を聞いて、ナルトは頭を捻りながら記憶を呼び起こす。

たしか、九喇嘛のイタズラでとてつもなく大きな螺旋丸を作らされたような……

 

『元々、螺旋丸は四代目がクシナのために考案した術でもある』

『父ちゃんが母ちゃんのために!?』

『そうだ……チッ! 三尾が動き始めやがった。ナルト、悩んでいる時間はない。手を前にかざし、巨大な螺旋丸を作るイメージをしろ! 足りない部分はワシが補ってやる』

 

そう急かす九喇嘛に、ナルトは頷き、

 

『おう!』

 

両手を伸ばして、チャクラを圧縮し始めた。

途端、世界から色が消える。

光が集約され、超高密度なチャクラの球体が、九喇嘛の頭上で乱回転を始めた。

と――

同時に。

九喇嘛と相対する磯撫が、同じタイミングで、まったく同じ術を発動する。

戦場に二つの球体が浮かび上がり、風害が荒れ狂った。

最強のチャクラを宿す、尾獣同士の戦い。

一方的に、相手を跡形もなく殲滅できる戦術兵器。

そんな不条理を前に、しかしナルトは逃げるわけにはいかなかった。

ここで押し負けたら、里が滅ぶから。

大切な仲間がみんな死んでしまうから。

だから………

 

『ウォォォォォオオオオ!!』

 

煌めく螺旋がここ一番の輝きを魅せる。

尾獣と心を通わせた人柱力にのみ、会得することが許される忍界最強にして、最恐の忍術がここに完成した。

 

瞬間。

衝突。

 

『尾獣玉ァァ!!』

『――――ッ!!』

 

水の国全土に、耳を劈く轟音が響き渡る。

空を裂き、天候を塗り変える膨大なチャクラ。

易々と地形を破壊する一撃は、忍術と呼称するにはあまりにも倫理から外れた咆哮。

最強と最強。

天災と天災の激突。

しかし……

 

『ウォォォォォォォーー!!』

 

しかしその均衡は、刹那で終わりを迎えた。

九喇嘛の放った尾獣玉が、磯撫の放った尾獣玉を呑み込み、蹴散らし、最後には自分と同じ尾獣である磯撫すらもねじ伏せ、吹き飛ばす。

だが、それでも勢いは衰えることなく、さらに後方に佇んでいた小さな山々をも粉砕し、瞳に映る全てを灰燼と化す。

 

『…………』

 

最後の最後に残ったのは、辛うじて原形を留めた磯撫の身体と、破壊の限りを尽された自然の残骸だけだった。

静寂が訪れる。

これで磯撫を倒した、そう誰もが思っていた。

が、そこで。

ナルトが異変に気づく。

 

『九喇嘛、あれ!』

 

すると、ナルトが促した方へ、九喇嘛が視線を送る。

それから訝しむ声音で、

 

『傷が修復し始めてやがる。三尾の奴にしては少し弱すぎるとは感じていたが……何かの術に縛られてやがるのか?』

 

そう言った。

九喇嘛にしては珍しく、僅かに焦りを感じさせる口調で。

しかし、それはナルトも同じ意見であった。

もし攻撃して倒しても、すぐに復活するのであれば対処の仕様がない。

さらに、そろそろ尾獣化も解けてしまいそうで、このままでは本当に不味い状況に……

が、その直後。

事態は思わぬ形で収束を迎える。

 

「…………」

 

それは九喇嘛より、二回り小さい存在だった。

どこか女神を思わせる外観をした、赤い鎧武者。

突如として現れたそいつが懐から瓢箪を取り出し、そこから噴出する揺らめく剣で未だ身動きの取れない磯撫を突き刺す。

すると……

 

「…………」

 

どのような原理か、磯撫の身体が瓢箪の口から吸い込まれていき、その姿を戦場から消したのであった。

 

『……なんだ、アイツ』

 

警戒した表情でそう呟くナルトに、九喇嘛が語る。

 

『あれは須佐能乎。それに手に持つ剣は十拳剣。草薙剣の一振りだ』

『すさのお?』

『そうだ。両眼に、万華鏡写輪眼を開眼した者にのみ許されるうちはの奥義。あのイタチとかいう小僧が、十拳剣で磯撫を封印したらしい……なんの目的か知らねーがな』

 

そうこうしている内に、やることを終えた鎧武者が動きを止める。

それから一度、こちらの方に視線を向けて……

 

「…………」

 

忽然とその場から姿を消した。

再び静寂が訪れる。

呆然と立ちつくす者。

現実と幻の境があやふやになる者。

事態の把握に努めようとする者。

が、数瞬後。

みんなが思ったことは一つであった。

 

「「「うぉぉぉおおおおおお!!」」」

 

怒号のような歓喜の声が上がる。

五大国最強とうたわれ続けた、火の国。

木の葉隠れの里。

その軍勢を、水の国に住まう者たちが完膚なきまで叩きのめし、撃退した瞬間だったのだから。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

会議

木の葉の中枢部に建造された、とある一室。

そこでは今、里の命運を左右する重大な会議が行われていた。

参加メンバーは四名。

火の国の大名。

木の葉の相談役、ホムラとコハル。

そして……

静まり返った部屋に、シカクの怒声が響き渡る。

 

「どういうおつもりですかっ!」

 

シカクは以前、五代目火影を決める木の葉の上役会議でダンゾウの罠に嵌められ、ついこの間まで療養生活をしいられていた。

そして、いざ目を覚ますと木の葉と霧が戦争を勃発させていて。

もう、怒鳴るしかない状況で。

しかし。

呆れた声音で、コハルが言った。

 

「静かにせい。なんのための会談だと思うておる」

 

続けてホムラが、

 

「ダンゾウからの連絡が途絶えた。何か不足の事態が起きたのやもしれん。まずはワシらで話し合うぞ」

 

と言って。

それにシカクは心の中で嘆く。

なんのための話し合いだと。

状況もわからない段階で会話を広げても、得るものなど何もない。

それよりも今は、早急に事態の沈静化に取りかかる方が重要で……

が、そこで。

バンっ! という荒々しい音とともに、部屋の戸が開け放たれた。

皆の視線がそちらに移る。

ホムラがいかめしい声音で、

 

「なんじゃ、騒々しい。ここをどこだと……」

 

が、その言葉を遮り、突然この場に現れたサイが片膝をつく。

それから間髪入れずに、矢継ぎ早な口調で戦場から持ち帰った一報を告げた。

 

「ご報告します。水の国・霧隠れの里へ侵攻していた我ら木の葉の忍、総勢三千余名が敗戦に喫しました。途中、撤退を試みるも霧の忍の手によって退路を阻まれ、生きて木の葉へ帰還できた者は……自分を含め百名弱。その他、大勢の仲間が戦場で殉職、または捕虜として捕らえられました」

 

という報告を受けたシカクたちは、

 

「……は?」

 

言葉を失った。

木の葉の軍師たるシカクは、常に最悪の状況を想定し、策を企ててきた。

その彼の脳が理解できない。

最悪を超えた最悪。

到底信じられない部下からの上申に、シカクが叫んだ。

 

「今すぐ使える暗部を呼べ! 情報の……」

 

が、それもサイが無言で遮り、こちらに一巻の巻物を差し出してきた。

それを見るや、シカクは巻物を奪い取る勢いで受け取り、豪快に開いて。

そこに記された情報を瞬時に読み取る。

間違いはないか。

偽造ではないか。

情報の齟齬はないか。

ありとあらゆる可能性を模索しながら、文書を読み取り……

 

「…………」

 

理解した。

せざるを得なかった。

サイの報告は、紛れもなく本当のことだと。

最悪の事態が起きたのだと。

かすれた声音で尋ねる。

 

「いったい何があった?」

 

戦争は、味方が三割殺されれば大敗。

何をおいても撤退するのが定石だ。

何故なら、十全の状態でなし得なかった作戦が、七割の人数で遂行できるわけがないからだ。

だから三千の内、千人が殺されるのは仕方がない。

戦争だ、割り切るしかない。

だが、

 

「何があったんだ!」

 

苛烈を極める忍同士の戦いとはいえ、投入された三千の忍、そのほぼ全てが殺されるなど、長い忍の歴史を紐解いても類を見ない大敗退だ。

何故そんなことになったのか、そう尋ねるシカクに、サイが応える。

 

「こちらの動きが完全に読まれていました。水の国に踏み込んでも最初は大した抵抗も見せず、それを好機と見た木の葉の忍たちは霧の里に攻め込み……」

「気づいた時には自然の要塞に囲まれていた、というわけか」

「はい。敵の数も想定の倍近くまで膨れ上がっていて……」

 

そこまで聞いて、シカクは得心する。

本当に恐ろしいのは、各国に名を轟かせる忍刀でもなければ、人柱力のナルトでもない。

この作戦を立案した、五代目水影・照美メイだと。

再不斬率いる小隊が映画に出演し、ナルトの知名度を底上げさせてから中忍試験への参加。

これらは全て、メイの手のひらの上で仕組まれたものだと。

周りの人間が、ナルトを霧の忍と認めるのならよし。

逆に、それに危機感を抱いた木の葉の連中が、今回のように霧に攻め入ったとしても、それはそれでよし。

どちらにも対応できるように、事前から準備は整えられていたのだ。

周囲に悟らせぬように、一見意味のない手を打ちながら、気づけば最終的な盤面で全て意味のある手にひっくり返り、気づいた時には詰みの状態。

わた糸で少しずつ首を絞めつけられる感覚。

それでも……

 

「…………」

 

それでもダンゾウが生きていれば、最悪の事態は免れたのだが……

 

「ダンゾウ様はどこに?」

 

シカクがそう尋ねると、サイが応える。

 

「わかりません。途中から連絡が途絶えてしまい、それっきりです」

 

続けて問う。

 

「ナルトの奴はどうなった。ここにはガイと交戦したところまで記されているが……」

 

巻物を机の上に広げながらシカクが訊くと、事務的な口調でサイが言った。

 

「生死の有無は確認できておりませんが、ガイ班長がおそらく生きているだろうと」

「ガイはいまどこにいる?」

「現在は中央の病院で治療を施されております。うずまきナルトとの戦闘で第七驚門まで使用し、その反動のせいか未だ身動きが取れない状態で……」

 

というサイの説明に、シカクはまたも言葉を失う。

ガイが七門まで開いた?

 

「待て、ナルトは本当に生きているのか?」

 

ガイと一対一で渡り合える忍など、ヒルゼン亡き今、木の葉全域を調べたとしても自来也とカカシぐらいしか見つからないだろう。

そのガイを相手に、ナルトが戦った?

しかも、八門遁甲を使わせるほど追い込んで?

自分の息子であるシカマルと、同じ年代の子どもが……

あり得ない、そう断じざるを得なかった。

しかし、サイが言う。

 

「はい。ガイ班長のおっしゃったことですので、ほぼ間違いないと」

 

その回答にシカクは、

 

「……英雄の子は、英雄か」

 

と、呟いた。

戦乱の世には、優秀な忍が世に生まれる。

ナルトもその一人だったというわけだ。

と――

今まで沈黙を守っていた大名が口を開く。

 

「ど、どうするえ?」

 

狼狽した表情をする国の長に、ホムラが、

 

「まさかこのような事態になろうとは……ダンゾウの奴め、しくじりおって」

 

と、責任転嫁する言い分に、コハルも便乗して、

 

「あ奴は人を見下したデカい顔をするくせに、重要な場面ではいつも失敗ばかりする。昔からそうじゃった」

 

などと、厚顔無恥な発言を口にした。

それにシカクは頭を抱える。

頭を抱えながら、脳を巡らし、最善の一手を熟考する。

一拍の後。

シカクがわざとらしく、大きな嘆息を吐き、

 

「ハァ……ダンゾウ様を火影に推薦した貴方方がそれを言いますか」

 

煽るようにぼやくと、ホムラとコハルの二人が、

 

「なんじゃと!?」

「貴様、立場を弁えんか!」

 

こちらの思惑通り顔を真っ赤にさせて、憤りをあらわにする。

それにシカクは、そうそうに頭を下げて、

 

「申し訳ありません。ですが、今は木の葉……いえ。火の国の存在すらも危ぶまれる緊急事態。責任の所在はあとで決めるとして、状況の打開案を練るのが先決かと……ご意見番の御二方にも、ぜひ知恵をお借りしたいのですが……」

 

と、最大限へりくだった口調で助力を乞うた。

すると、それを見て溜飲を下げたのか、コハルが腕を組み、

 

「確かにお前の言う通りだ。じゃが……」

 

継いで、難しい面持ちのホムラが、

 

「それができたら苦労はせん。このようなこと、ワシらもそうそう経験しておらんからの」

 

そう言った。

しかしそれに、シカクは笑みを浮かべる。

微かな笑みを浮かべながら、

 

「……私に一つ、良案があるのですが」

 

と言いうと、神妙な顔つきでホムラとコハルが、

 

「案だと?」

「言うてみぃ」

 

話の先を促してきた。

内心で安堵の息を吐く。

ここまでの流れは、全てシカクの計算通りだった。

最初に怒りを買い注目を集め、次に詫びの言葉とともに褒めそやし、最後に餌で釣り上げる。

詐術にも似た、巧みな掌握術。

あまり褒められたやり方ではないが、里の命運が懸かっているのだ。

手段など選んではいられないと、自分の意見を述べようとした――瞬間だった。

 

「何やら面白そうな話をしているな」

 

突如、部屋に第三者の声が木霊した。

その声にすぐさま反応し、振り返る。

すると、そこには……

 

「…………」

 

そこには、銀髪頭の男が佇んでいた。

左眼の部分だけ穴の空いた奇妙な面を身に纏い、他国ではコピー忍者と怖れられるその忍の名は……

 

「カカシ」

 

気配をまるで感じさせなかった相手の名を、警戒をあらわに囁くと、当の本人が薄笑みを浮かべる。

仮面の上からでもわかるほど、他人を蔑む冷酷な微笑を携えたカカシが、

 

「ナルトの奴め。テンゾウだけでなく、ガイを相手に生き残るとは……さすが四代目の息子と呼ぶべきか」

 

低く重々しい声で、そんなことを言ってのけた。

すると、それを聞いたホムラとコハルが、

 

「何を悠長なことを」

「その四代目の息子が里を抜けたせいで、このような事態になっているのだ!」

 

と、怒鳴り声を上げて。

しかし、それをカカシが嗤う。

人を小馬鹿にした笑みを浮かべながら、冷たい、感情が死んでしまったかのような声音で、

 

「その四代目の息子一人が里を抜けただけで、容易く崩れるのが今の木の葉だ。誰のおかげで維持されてきた平和なのか、まるで理解していない……いや、このセリフをオレが吐くのは皮肉が過ぎるか」

 

最後は自嘲気味に、そう呟いた。

だが、自分の意見を否定されたプライドの高い二人は、当然のように激怒する。

 

「貴様、ワシらを誰だと思うている!」

「木の葉を憂い、こうして会談の場を設けたワシら相談役に向かって、呼ばれてもいない若造がのこのこと……何様のつもりじゃ!」

 

血管がはちけれんばかりの顔で激昂するホムラとコハル。

しかし、そんな二人をカカシは感情の込もらない瞳で一瞥し、一言で切って捨てた。

 

「喚くな、老害」

「「なっ……!?」」

 

空いた口が塞がらないとは、まさにこのこと。

唖然とした間抜けヅラを晒す相手に、カカシが追い討ちをかける。

 

「本当に木の葉のためを思うなら、その首を箱に詰めて霧に送り届けてやろうか?」

 

と言うと、ホムラとコハルが怯えた表情で、

 

「ひぃ……! ま、待たんか、カカシ」

「お前、何をするつもりじゃ……」

 

後退る二人に一転して、カカシはおどけた態度で肩をすくめる。

それから、

 

「……冗談だ。枯れ木の首にそんな価値はない」

 

平坦な声でそう言った。

だが……

 

「…………」

 

冗談ではなかった。

いまカカシは、本気の殺意を二人に向けて放っていた。

手を出さなかったのは、殺しても意味がないとわかっていたから。

隠居したとはいえ、ホムラとコハルも元は手練れの忍。

カカシの覚悟を察してか、先ほどまでの威勢はどこへやら……口をつぐみ、黙り込む。

と、そこで。

様子を窺っていたシカクが、

 

「少々勝手が過ぎるんじゃないか、カカシ」

 

自ら会話に割って入る。

剣呑な眼差しをカカシに向けて、

 

「お前に、そんな横暴を通す権利はないはずだ」

 

そう指摘すると、カカシがこちらに視点を向けてきて、

 

「勝手が過ぎるのは貴様らの方だ。ダンゾウがいない今、里の方針に対する決定権はオレにある」

 

と返してきた。

それにシカクは顔をしかめて、

 

「どういうことだ?」

 

疑問の言葉を口にすると、カカシが言った。

 

「ダンゾウは里を出る直前、オレに勅命を与えた。自分がいない間、火影の有する権限をオレに移譲して、な」

 

と言った。

それにシカクは目を剥く。

確かめるように、ご意見番の反応を探ると、ばつが悪かったのか、顔を逸らされ……

 

「…………」

 

なるほど。

どうやら、カカシが里の決定権を有しているのは間違いないらしい。

だが、先ほどの会話には不可解な点があった。

あくまでも、カカシがダンゾウの部下という立ち位置にいるのは変わらないはず。

にもかかわらず、そのダンゾウを呼び捨てにするのは、失礼どころの話ではない。

そこまで考えて……

 

「……!」

 

シカクはある一つの可能性に思い至った。

震える声音を抑え、カカシに尋ねる。

 

「まさか、ダンゾウの消息が途絶えたのは、お前の仕業か?」

 

荒唐無稽な話だった。

ありえない話だった。

それでもシカクは、自分の直感を信じ、目の前の男に尋ねる。

すると、カカシが「ほう」と感心した声音を上げてから、

 

「少し違うな。オレはどちらでもよかったのさ。ダンゾウが霧に敗北しようが、勝利しナルトを捕らえようが」

「どちらでもよかった?」

 

つまり、どちらの結末でも利があるということか?

カカシが言う。

 

「今回のオレの目的は、ただのゴミ掃除だ。ま、結果は想像以上だったがな」

「…………」

「これで厄介だったダンゾウは消え、それに属する愚かな忍もどきも消えた。次は――里の住民どもの番だ」

「なん……だと!?」

 

耳を疑った。

いま、コイツはなんと言った?

里の住民を、消す?

 

「ふざけるなっ! 自分が何を言ってるのかわかっているのか!」

 

普段、冷静沈着を貫き通すシカクが激怒し、椅子から立ち上がって、カカシに真っ向から対立する。

が、憤慨の瞳を向けられたカカシは、淡々とした口調で、

 

「聞こえなかったか? ゴミを一掃すると言ったのだ」

 

同じ内容を繰り返した。

なんの躊躇いもなく。

なんの懺悔もなく。

それにシカクは、さらに怒りの表情を強くして、

 

「そんな蛮行、見過ごせるわけがない! 先代から受け継がれる火の意志を忘れたのか? 例えどんな危機的状況に陥ろうとも、木の葉の忍は決して弱者を見捨てない!」

 

そう言った、瞬間だった。

カカシの瞳が、いままでの他人を見下したものから、鋭く、射抜くような形に変えられ、

 

「何を言っている、弱者を蔑み、斬り捨てるのがお前たち木の葉だろ」

 

続けざまシカクを、次にホムラとコハル、大名を指で差し、

 

「オレは、お前たちがオレの父親、はたけサクモにしたことを忘れてはいない」

 

恨みと悪意の込められた声で糾弾してきた。

それに……

 

「…………」

 

それにシカクたちは、口を閉ざすしかなかった。

はたけサクモ。

白い牙の異名を冠する、木の葉に語り継がれる英雄の一人。

その彼を、いわれのない誹謗中傷で死に追いやった火の国の人々。

そしてシカクは、それを見て見ぬふりをした大多数の一人であった。

 

「ここにいる奴らはそこいらの里とは違う。オレも昔はそう思っていた。いや、思い込もうとしていた。だが違う。それは現実からただ目を逸らしていただけに過ぎない」

「…………」

「ナルトは里を出たオレであり、オレは里に残ったナルトだ。だからこそ、アイツとの決着はオレがつける。お前たちはその他の対処にあたれ」

 

そう命令口調で話すカカシに、逸早く正気を取り戻したシカクが反論する。

 

「待て! まだ霧と全面戦争になるとは決まっていない。今からでも停戦の申し入れを……」

 

が、その言葉をカカシが遮って、

 

「下らん言葉で己を誤魔化すな。『一度失敗した木の葉はそれを巻き返そうと、次は全力で来る。ならば、先に自分たちが木の葉へ攻め入るしかない』と、霧の忍どもは考える。大義も正義も向こうにある以上、もうこの戦は止まらない」

 

突き返されたカカシの言葉は、どうしようもなく現実を見ていた。

勝たなくていいなら、はじめから戦争など起きはしない。

確かにその通りだ。

それでも……

チャクラを練り上げ、素早く印を結び、術を発動する。

 

「影縛りの術!」

 

自分の影が形を変え、カカシの影にとりもちのようにひっつく。

会話に熱が入っていたおかげか、大した抵抗も受けずに相手を捕らえることができた。

だというのに……

 

「…………」

 

カカシは無感動な瞳でこちらを見つめて、

 

「で? オレをどうするつもりだ」

 

と訊いてきた。

それにシカクは警戒を怠らないまま、

 

「強がるな。こうして捕らえた以上、お前は印も結べない」

「ほう、それで?」

「カカシ。お前は何者かに操られている可能性があると、日向の者から報告を受けている。恐らくダンゾウの幻術だろう。それを解いて……」

 

やる、と言いかけた……その時。

突如、空間がぐにゃりと歪んだ。

丸い、渦潮のような歪み。

その歪みの中に、カカシがゆっくりと吸い込まれていき……

 

「…………」

 

この場から姿を消した。

影縛りの術も強制的に解除されてしまい……

そして、次の瞬間。

また、空間がぐにゃりと歪む。

そこから、渦に飲み込まれたはずのカカシが平然とした顔で現れて……

 

「…………」

 

部屋の中央に設置された机の上に、無言で腰を下ろした。

それから事もなげに、

 

「で? オレをどうするつもりだ」

 

と、訊いてきた。

それにシカクは、

 

「くっ……」

 

再度、術を発動しようとするが、カカシがそれを止める。

手のひらをこちらに突き出し、

 

「やめておけ。その程度の古錆びた術ではオレを捕らえることなど出来はしない」

 

と、呆れた声音で言った。

その忠告をシカクは耳で流しながら、分析する。

先ほどの術を。

カカシが使った術。

あれは里の参謀として、これまで膨大な知識量を蓄えてきた自分が、見たことも聞いたこともない術だった。

印も結べない状態で、しかもマーキングの術式すら用いずに行われた空間移動。

こんなこと時空間忍術を得意とした、あの四代目火影でさえ、不可能な芸当であった。

 

「…………」

 

戦闘ではどうしようもないと悟ったシカクは、会話での説得を試みる。

 

「目的はなんだ? サクモさんを死へ追いやったオレたちへの復讐か? なら、なぜ木の葉の住民だけを狙う?」

 

そう尋ねると、抑揚のない声音でカカシが応えた。

 

「復讐、か。確かにそれもあるが、それだけではない……木の葉のためでもあり、そして革命のためでもある」

「革命だと?」

「忍だけの隠れ里を創り上げる。それがオレの掲げる革命だ」

 

返ってきた答えは、子どもじみた妄想だった。

馬鹿馬鹿しい妄言に頭を振り、

 

「そんなご大層な夢は、心の内に留めておけ。民無くして、忍は成り立たない。お前の掲げる革命とやらは、ただの世迷言だ。笑い話にもなりはしない」

 

しかし、カカシが言う。

 

「逆だ。忍無くして民は成り立たないが、民無くとも忍は成り立つ。忍が国の犬なら、住民は犬にへばりつくダニでしかない」

 

続けて、カカシが語る。

 

「現在の貧困も、住民どもを切り捨てれば十分持ち直せる範囲だ。食糧や財政にも余裕ができ、足手纏いがいなくなれば戦争でも有利に立ち回ることができる」

 

と、カカシがそこまで言ったところで……

 

「ならん! ならんぞ!」

 

冷や汗を大量に流し、顔色を青く変色させた火の国の大名が、

 

「そんなことは認めん! 誰が木の葉に援助をして……」

 

が、そこまでだった。

大名が大声を発することができたのは。

カカシが言う、殺意すら込めた瞳で、

 

「言うまでもないが、木の葉の里は火の国の要だ。この里が滅べば、火の国そのものが消し飛ぶことになるだろう。だが、今なら木の葉の住民だけで済むかも知れない。先ほども言ったが此度の戦、大義も正義も向こうにあるのだ。こちらに手段を選ぶ余裕があると思っているのか?」

「そ、それは……」

「それとも木の葉の住民の代わって、アンタが犠牲になるか? 霧の里の水影も、大名であるアンタの首を差し出せば、さすがに刃を収めるだろう」

 

と、恐喝に近い脅しをかけると……

 

「う、うむ……やはり忍同士の問題に、国が口を出しすぎるのはよくないか」

 

カカシの迫力に屈した大名が、自ら意見を鎮める。

だが、しかし。

そのやり取りを見ていたホムラが、

 

「待て、カカシ。黙って聞いておれば、ワシらに対してだけでなく、大名にまで暴言を吐き、あまつさえ木の葉の住民は消すだと?」

 

続けてコハルが、金切り声をあげ、

 

「そうじゃ! いくらダンゾウに留守を任されたとはいえ、これ以上の蛮行は見過ごせんぞ!」

 

そう言いながら、老人とは思えないしっかりとした足取りで二人が席を立つ。

それから隙のない眼差しでカカシを見据え、僅かに腰を落とした。

カカシ、ホムラ、コハル。

三人の間に緊迫した空気が流れる。

最初に口火を切ったのは、やはりカカシだった。

 

「ふ、老人どもが重い腰を上げたか。だがどうする。お前たちの力量では、オレを倒すことなど出来はすまい。それとも現状を打開する妙案でも浮かんだか」

 

そう問いかけるカカシに、ホムラとコハルが、

 

「それを話し合うための会談だ」

「三代目の教えを忘れたか、カカシよ。里に住まう者は皆、家族。それを切り捨てるなどあってはならん!」

 

普段の二人からは想像もつかない覇気を発しながら、カカシに敵対するホムラとコハル。

それをカカシは……

 

「くくくくく……」

 

嘲笑い。

 

「くはははははっ……」

 

嘲笑した。

軽蔑、怒り、そして悲しみを混ぜた声で。

そうして、ひとしきり笑い尽くした後、

 

「里の者は皆、家族か。まさか貴様らがそんな言葉を持ち出すとは……恥知らずもいいところだ」

「……なんじゃと」

「家族とは互いに支え合い、認め合う者のことをいう。三代目ならいざ知らず、貴様らのことを家族と思っている人間など、この木の葉には存在しない」

「ぐっ……」

 

唇を噛みしめる二人に、カカシが詰め寄る。

 

「お前たちが今までしてきたことを、一つ一つ思い出せ。オレの父親やナルトのことだけではない。中忍試験でネジが暴露するまでオレも知り得なかったが、日向の問題にも随分と口を出していたらしいな」

「それは……」

「他にも隠していることがあるはずだ」

 

瞬間。

カカシの左眼――写輪眼が朱く光り、

 

「話せ」

 

短い一言を告げた、途端。

虚ろな瞳をしたホムラが、自らの意思とは関係なく口を開き、言葉を発する。

 

「……ワシらが揉み消してきた事実は山のようにあるが、その中でも一番の事件と言えば……うちは一族の抹殺だろう」

 

と、突然語り出したホムラに、隣に立っていたコハルが驚愕の表情を浮かべて、

 

「お、おい! 何を……」

 

が、その程度で止まるわけもなく、まどろんだ声音でホムラが続ける。

 

「一部のうちは一族が、里にクーデターを仕掛けようと目論見。それを事前に知ったワシらは、うちはの忍の一人……うちはイタチを里の二重スパイとして送り込んだ」

「…………」

「程なくして、うちはの危険性を重視したワシらは、一族の抹殺を決意する。じゃが、いくら木の葉の忍といえど、うちはを相手に総力戦ともなれば、その被害は計り知れない」

「…………」

「そこでワシらは、うちはの忍であった、うちはイタチに任務を申し付けた。弟の命は見逃してやる。その代わりに、その他のうちはに名を連ねる者を全て抹殺しろ、と……」

 

そこまで言い切ってから、幻術の解けたホムラが正気を取り戻すが……

 

「あ……」

 

時すでに遅く、自分の仕出かしたことに気づいたホムラは椅子にへたり込み、それを見たコハルも無言で座り込む。

そんな二人を、温度のない眼差しで一笑し、見下ろしながらカカシが言った。

 

「そろそろ自来也様が、ダンゾウに捕らわれていたサスケを救出した頃合いだ。オレは今からここで聞いた話をサスケに聞かせるつもりだが……さて、貴様らの首はいったい何秒持つか……見ものだな」

 

そう言うと、ホムラとコハルが狼狽した表情をカカシに向けて、

 

「ま、待ってくれ。この話がもし外部に漏れれば、木の葉の里は本当に終わりを迎えてしまう」

「わかった! もうワシらは今回の件に関して、一切の口を挟まん」

 

と言って、木の葉の相談役である二人が、ただの忍であるカカシに対し、完全に白旗を上げてしまった。

大名も責任の所在が自分に回るのを恐れ、口を閉ざし、サイに至っては発言する素振りすら見せない。

これで残ったのは……

 

「残っているのは貴様だけだ、奈良シカク」

 

カカシがこちらに視線を合わせる。

だが……

 

「…………」

 

シカクは何も言えなかった。

霧との戦争。

カカシの掲げる革命。

うちはの真実。

それらの情報が一気に飛び込んできて、何も言えなくなる。

それどころか……

 

「…………」

 

あってはならない。

考えてはいけない。

絶対に思ってはいけない。

のに、一瞬シカクは思ってしまった。

カカシの言っていることは……正しいのではないか、と。

そんなはずがないのに、思ってしまった。

木の葉の住民を切り捨てるという提案も、数字の上だけ考えれば、決して悪くない手だ。

木の葉の闇を一掃するという提案も、今のうちはの件を聞かされれば、安易に否定することもできない。

それに、極めつけは……

 

「…………」

 

カカシは、ダンゾウに操られてなどいなかった。

多少の影響は受けているだろうが、決してそれだけではないカカシの本心が、これまでの会話で理解できた。

彼は、狂ってなどいなかった。

理性をなくした相手を説得するのは簡単だが、冷静な判断を下している相手を説得するのは難しい。

何故なら、そこには信念が存在するから。

そして、シカクの頭の中には、カカシのそれを打ち破る言葉は見つからなかった。

 

「…………」

 

黙り込むシカクの心情を察したのか、カカシが視線を外す。

それから部屋の出口付近にいたサイに向かって、

 

「サイ。ダンゾウがいなくなった今、お前はオレの指揮下に加わってもらう」

「了解です」

 

そう返事を返した己の部下を率いて、カカシが部屋をあとにする。

続くように、ホムラとコハル、大名が退出して……

 

「…………」

 

残ったのは、シカク一人だけであった。

深々と静まり返る部屋に佇み、シカクは思考を巡らす。

カカシを説得するのは諦めるしかない。

だが、いくら正しかろうと、木の葉の住民を見殺しにするわけにはいかない。

そして一番の問題は……

 

「霧の猛攻をどうやって凌ぐか、か」

 

防戦に徹すれば、まだ木の葉にも十分に戦いを続ける力は残っている。

そもそも、今回の戦に投入された三千の忍のほとんどがダンゾウに組みする者で、忍としての練度も一部の忍を除けば、上忍や中忍の中でもかなり低い者たちばかりであった。

奈良一族からも数名駆り出されたが、そのメンバーも最近は任務も真面目にこなさない、怠慢に浸っていた者たちばかりで……

結論を言えば、優秀な忍はほとんど里に残っていた。

だが、それでも……

 

「心理的なダメージは大きいな」

 

理由はどうあれ、投入された三千の忍、そのほぼ全てが殺されたのだ。

しかも、今まで無敗を誇り続けた木の葉が。

頭に過ぎる、敗北の二文字。

今回の戦、どう足掻こうと、木の葉の負けは確定であろう。

重要なのは、どうやって上手く負けるか。

功のある戦と違って負け戦では、頭を使う。

 

「今のオレが、木の葉のために打てる最善の一手を考えなくては……」

 

そう呟きながら、シカクは部屋を飛び出したのであった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

行軍

大地を揺らすほどの大軍。

霧のマークが描かれた額当てに、窮屈そうな忍び装束。

木の葉の里に向け、行軍を進めていた霧の忍たちは現在、広がる青い海を前に野営の準備を整えていた。

立ち並ぶテントの用途は様々で、寝床に使う者もいれば、小さな店や居酒屋を開く者までいて……

 

「…………」

 

そんな賑やかな雰囲気の中、再不斬率いる霧隠れ第一班のメンバーはというと……

鼻をひくつかせながら、ナルトが言った。

 

「う〜ん。いい香りがしてきたってばよ」

 

続けて、どかりと腰を下ろした再不斬が、

 

「ようやくまともな飯にありつけるな」

 

そうぼやくように言い、最後に長十郎が、

 

「僕もお腹がぺこぺこです」

 

と、お腹をさすりながら呟いた。

そんな三人に、お玉で鍋をかき混ぜながら、ハクが応える。

 

「もうすぐできますから、少しだけ待っていて下さい」

 

そう言ってから、数分後。

皿に、美味しそうな香りを漂わせた具沢山のカレーが盛りつけられた。

料理を作っていたハクが自分の席に着いたのを見計らって、四人は同時に手を合わせる。

そして……

 

「「「「いただきます」」」」

 

食材への感謝の言葉とともに、スプーンを右手に取った。

長十郎がカレーを掬いながら、

 

「野菜は皮ごと食べるんですね?」

 

と尋ねると、ハクが微笑みを浮かべて、

 

「はい。薬草の知識を学んでいた時に覚えたのですが、野菜は皮ごと食べた方が栄養価が高いらしいですので」

 

そう応えると、納得した長十郎が頷き、スプーンを口に運んだ。

そんな風に、再不斬も、ハクも、長十郎も美味しそうにカレーを食べる様子を眺めながら……

 

「…………」

 

ナルトは自分の身体に起きた違和感に、戸惑いを感じていた。

腹は空いている気がする。

もう何時間も、何も食べていなかったのだ。

にもかかわらず、食欲が湧かない。

むしろ、スプーンを近づけると吐き気までしてきて……

 

「…………」

 

すると、そんなナルトの様子に気づいたハクが、心配そうな声音で訊いてきた。

 

「大丈夫ですか、ナルトくん」

 

そのハクの気遣いに、ナルトは咄嗟の笑みを浮かべる。

作り笑いを浮かべて、それから、

 

「大丈夫、ちょっと疲れただけだ」

 

そう強がりながら、なんとかスプーンを口に運ぼうとすると……

再不斬が言った。

 

「食欲が湧かねーんだろ」

 

その一言に、ナルトはぎくりと動きを止める。

あまりにもピンポイントな言葉を告げた再不斬の顔を見て、

 

「えーと……」

 

言い訳を考えようとするが、それよりも先に再不斬が、

 

「人を初めて殺した奴は大概そうなる」

 

淡々とした声でそう言った。

すると、それにナルトは……

 

「…………」

 

今度こそ、何も言えなくなってしまった。

思い出すのは、何人も人を殺した記憶。

生温かい血の臭いに、斬り裂いた肉の感触。

洗っても洗っても消えない、手にドロっとこびりついた死人の血肉。

怨嗟の声、冷徹な瞳、呪いの言葉。

それらの鮮明な記憶が、ナルトの脳裏を駆け抜け……

 

「おえっ……!」

 

何も口にしていないのに、吐き気を催す。

両手で口を押さえ、なんとか堪えるが……

 

「…………」

 

とても食事のできる状態ではなかった。

が、しかし。

そんなナルトに対して、再不斬が言う。

 

「無理やりにでも食っておけ。食える時に食うのは忍の基本だ」

 

気持ち強めの口調でそう言った。

その言葉に、ナルトは迷わず頷く。

今回の木の葉への出征。

最初はメイや他の仲間たちから、ナルトの参加は猛反対されていた。

狙われているナルトが木の葉へ赴くのは、鴨が葱を背負って行くようなものだと。

だがそれにナルトは、

 

“どうしても許可を出してくれねーなら、オレは今すぐ飛雷神を使って、一人ででも木の葉へ行く”

 

と、自分の身を人質に取り、行軍への参加を強要した。

さらにその時、再不斬がナルトの味方をしてくれたおかげで、最終的には里のみんなに隊の一員として認めてもらうことができたのだ。

だから……

 

「…………」

 

無理やりにでも食べなければいけないのだが……

 

「ぅ……」

 

まったく口が動かない。

胃が食べ物を拒否してきて……

と、そこで。

ナルトたちの間に、頭上から人影が差し込まれた。

 

「ここにいましたか」

 

その声に反応し、上を見る。

するとそこにいたのは、

 

「てめーは、フカヒレ」

 

木の葉の忍たちを相手にナルトと共闘した人物、霧隠れの怪人・干柿鬼鮫であった。

その鬼鮫が獲物を見るような眼差しで、

 

「おや? やはり生きていましたか」

 

と、ナルトに向かって言ってきて。

それにナルトは首を傾げる。

 

「どういう意味だってばよ?」

 

そう尋ねると、鬼鮫は少し心外そうな顔で、

 

「覚えていませんか? あの得体の知れない珍獣を相手にアナタが押し負けそうになっていた時、横から加勢したのは私ですよ」

 

などと言ってきて。

それにナルトは、さらに首を捻る。

記憶を掘り返して……

途端。

手のひらをポンッと叩き、

 

「あの時の鮫か!」

 

それから鬼鮫の方を見て、

 

「あの時は助かったってばよ」

 

そう、お礼の言葉を告げた。

すると、それに満足した鬼鮫が、

 

「お気になさらず。私もアナタに死なれたら困っていましたので……」

 

などと意味深なことを囁いてから、再不斬と長十郎の二人に視線を移して、ここに来た本来の目的を口にした。

 

「再不斬、長十郎。メイが呼んでいますよ」

 

すると、それを聞いた再不斬と長十郎が、急いでカレーを口へかき込み、瞬く間に完食する。

水を飲み干し、席を立つ。

最後に、再不斬がハクに視線を合わせて、

 

「ハク。ナルトにちゃんと飯を食わせておけ」

 

そう言い残して、忍刀の三人がこの場を去って行った。

 

「…………」

 

気まずい空気が流れる。

ハクがこちらに気を遣っているのが伝わってきて、早く食事を済ませようとするナルトだが、やはり胃が食べ物を受けつけようとせず……

頭に浮かぶのは、人を殺したことに対する葛藤。

そして……

ナルトがハクに尋ねた。

 

「戦争って、どうやったら終わるんだ」

 

自分のやりたいことはわかった。

霧も木の葉も、できる限り多くの人を救う。

そのためには戦争を終わらせるしかない。

でも、その方法がナルトにはわからず……

と――

頭に疑問符を浮かべるナルトに、悩ましい顔色でハクが応えた。

 

「戦争を終わらせる一番手っ取り早い方法は、どちらかの里が相手に降伏することです」

 

確かに、それはその通りだ。

しかし……ハクが説明を続ける。

 

「ですが、この案は現実的には厳しいでしょう。砂や音との小競り合いに加え、僕たち霧隠れとの交戦。力が衰え、財力の低下した今の木の葉には、相手の要求を呑む余裕がありません」

 

それにナルトは、うむりと頷く。

木の葉が素直に降伏してくる絵面など、どう考えても想像もできない。

 

「さらに付け加えると、水影様はともかく、他の霧の忍たちは木の葉が降伏宣言をしてきたとしても、タダでは納得しないでしょう」

 

その言葉にもナルトは首を動かし、首肯する。

平和条約を結ぼうとしていた霧に対し、木の葉は不意打ちでの侵略を行なってきたのだ。

人も大勢死んだ。

にもかかわらず、いざ返り討ちにあうと、自分たちの被害が拡大する前に全面降伏。

そんな暴虐、到底看過できるわけがない。

木の葉には、必ずケジメをつけてもらう必要がある。

と――

考えを巡らし、思索していたところで……

 

「この戦に終止符を打つ方法があるとすれば、この戦争の首謀者である火影の首を取るか。または、それに準ずる者の首を取るか。現実的な案を提示するとすれば、これぐらいでしょうか?」

 

そう、何気ないの口調で話すハクの提案を聞いた……瞬間。

脳に電流が奔った。

頭の中で血潮が弾け、思考の領域に火花を散らす。

 

「…………」

 

火影であるダンゾウの姿は、未だ捕捉できていない。

霧の暗部が数名で探索しているようだが、一向に成果は得られず。

さらに、ダンゾウと対峙していたはずのイタチまでもが、磯撫を封印して以降、その行方を完全にくらましていて……

が、しかし。

ダンゾウの所在がわからずとも、それに準ずる者の正体と、その者の居場所をナルトは知っていた。

開戦直後、ナルトが初めて戦った木の葉の忍……テンゾウと呼ばれていた男のことを思い出す。

彼はこう言っていた。

 

“なんだ、知らなかったのかい? 先輩は新しく火影に任命されたダンゾウ様の右腕として、今回の戦争に一役買っているんだよ。まあ、今は木の葉の警護にあたっているから、この戦争自体には参加していないけど”

 

「…………」

 

つまり、その先輩を倒せば――否、斃せば……

 

「…………」

 

目を細める。

やるべきことが決まった。

ナルトはスプーンを手に取り、カレーを掬う。

そして……

 

「あむ……」

 

口に運び、食べた。

いきなりナルトの様子が変化したことに、ハクが困惑の表情をあらわにするが……

 

「うん。美味いってばよ!」

 

ナルトはあえて、それを無視した。

これは、ナルトが決着をつけなければならない問題。

この戦争が始まったのは、自分が木の葉を抜けたから。

なら、その後始末をつけるのは、ナルトでなくてはならない。

だから……

 

「おかわり頼むってばよ!」

 

そう無邪気な顔を演じるナルトに、ハクは詮索の言葉を投げつけてはこなかった。

自分より頭のいいハクのことだ、何も言わずともナルトの心情を理解してくれたのかも知らない。

皿にカレーをよそいながら、優しい声音でハクが呟く。

 

「ご飯の味がわかる内は、まだ大丈夫。戦えます」

 

差し出されたカレーを、一口食べる。

いつもと同じ味なのに、不思議と力が湧いてきた。

 

まだ、頑張れる。

戦争は終わってなどいない。

正念場はここからだ。

だから食べれる時に食べて、力を蓄えなくては。

不安も後悔も全部押し退け、ナルトは食事を進めるのであった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦場 木ノ葉隠れの里

「あ・ん」と、デカデカと大きく書かれた、木の葉の正門。

そこには今、総勢三千人近い霧の忍たちが一同に集結していた。

奇襲も、夜襲もない。

正面から正々堂々行軍を進め……

チャクラがうねりを上げる。

軍の先頭に立ったメイが素早く印を結び、術を発動した。

 

「水遁・水龍弾の術!」

 

放たれるは青い水龍。

突如として現れた水の弾丸が、木の葉の象徴たる正門へと直進する。

そして、次の瞬間。

轟音。

先ほどまでそびえ立っていた、歴史ある建造物を見る影もなく粉砕した。

 

「全軍、前へ!」

 

メイの号令に従い、門の残骸を踏み荒らしながら、霧の忍たちが木の葉へ侵入を開始する。

が、そこから数歩進んだところで、霧の忍たちはその歩みを止めた。

何故なら……

 

「…………」

 

木の葉の忍たちが、門の内側で一同に待ち構えていたから。

その数、およそ数千。

集められるだけの戦力をかき集めたのだろう。

霧と木の葉。

両軍の忍同士が互いを睨み合い、牽制し合う。

困惑、緊張、畏れ、不安、怒り、悲しみ。

いつ開戦の火蓋が切られてもおかしくない、切迫した熱意と殺気が両里の忍たちを包み込んだ。

そんな時だった。

そいつが現れたのは……

 

「あいや待たれ〜 水の国連合の諸君」

 

突如、空に大きな影が差しかかり、派手な煙とともに姿を現したのは、体長五十メートルはあるピンクの大蝦蟇だった。

その大蝦蟇の背に乗って登場した自来也が、

 

「霧の忍たちよ。我ら木の葉に、そなたらと刃を交える意思はない。どうか話し合いに応じては貰えんだろうか?」

 

と、丁寧な口調で告げてきた。

その声に反応し、メイが一歩前に出る。

 

「それは、木の葉が霧に降伏するということでしょうか?」

 

澄んだ声でそう尋ねると、自来也が頷き、

 

「そうだ」

「平和条約を逆手に取り、我ら霧に下賤な侵略行為を行った貴方方木の葉の蛮行を許せ、と?」

「無論、できる限りの謝罪はさせてもらう。そちらの要求にも可能な限り応えよう」

 

それゆえ、話し合いに応じてもらいたい。

そう願い出た自来也に、険しい表情ながらもメイが応える。

 

「では、こちらの要求を呑んで頂きます」

「まあ、そうなるのぅ。して、その要求とやらは今この場でお聞かせ願えるのだろうか?」

 

問いかける自来也に、メイが条約を提示する。

 

「一つ、ナルトの出生を木の葉の住民たちに、包み隠さず伝えること。二つ、各里に此度の戦の非は全て木の葉側にあると認め、伝達すること。三つ、被害が出た里や国々への金銭的賠償。以上、三つの戦時賠償を霧は木の葉に求めます」

 

彼女が木の葉に要求した内容は、彼らが仕出かした悪虐を鑑みれば、とてつもなく破格な条件であった。

ナルトが四代目の息子であることを伝えれば、もう戦争など起こそうともしないだろう。

戦争の再発防止と、被害者たちへの謝罪。

メイが要求したものは、たったそれだけのことであった。

だがしかし、それを聞いた自来也は表情を渋らせて、

 

「金はなんとか用意する。戦の非も認めよう。だが、一つ目の要求は、すぐには呑むことができん」

 

と言った。

それにメイは怪訝そうに眉を寄せて、

 

「すぐには?」

「時間が欲しい。戦争続きで疲弊し切った今の木の葉には、真実を受け入れるための余裕がない」

「…………」

「そんな状態の彼らに、さらに追い討ちをかけるような真似をすれば、いつ暴動が起こるやも知れん……そうなれば今度こそ木の葉の忍は住民たちからの信用を完全に失い、里は衰退どころか、下手をすれば本当に壊滅しかねない」

 

だから、どうか時間をくれないか。

そう縋るように願う自来也に、メイは呆れた眼差しで首を振った。

 

「お話になりません」

 

当然の回答。

木の葉にどんな事情があろうと関係ない。

最初に戦争を仕掛けてきたのは彼らだ。

こちらが出した、当たり前の要求すら呑めないのであれば、残された道は一つしかない。

メイが片手を上げ、

 

「全軍に言い渡します」

 

宣言した。

 

「木の葉を――滅ぼしなさい!!」

 

瞬間、

 

「「「おおおおおおおおお!!!!」」」

 

大地を轟かす鬨の声が上がった。

戦いが始まった。

血を血で穢す戦いが。

迫る霧の忍に、木の葉の忍が応戦する。

そこかしこに戦闘が勃発する。

 

「やはりこうなってしまったか……」

 

諦めを含ませた声音で、自来也が呟くのを耳で流しながら、

 

「どこへ行く! ナルトォ!」

 

上司である再不斬の呼びかけも無視して、ナルトは戦場へと走り出した。

 

「…………」

 

地響きが聞こえる。

刃がかち合う音。

火花が散る音。

忍が駆ける音。

そして、人が死ぬ音。

それらを全て無視して、ナルトは走る。

途中、何人もの木の葉の忍がナルトに攻撃を仕掛けてきたが、それも全て無視する。

標的は既に一人と決めていたから。

自分が最後に始末すべき相手は決まっていたから。

だから、走る。

ただ、ひたすら真っ直ぐに。

走る。

走る。

走る。

が、そこで。

 

「ナルトォ!」

 

一人の……いや、イルカを軸においた二小隊編成。

イルカ、シカマル、ネジ、サクラ、いの、ヒナタ、チョウジ、キバ。

赤丸を含め計八名と一匹の忍たちが、ナルトの前に立ちはだかった。

内心、複雑な心境を抱くナルトをよそに、再会を祝した安堵の表情から一転、鬼のような形相を見せたイルカが、鼓膜をぶち破る勢いで渾身の叫びを発した。

 

「馬鹿野郎! なんでここに来たんだ! 木の葉の狙いはお前なんだぞ!」

 

そう張り叫ぶイルカに対し、ナルトは普段とは違う、感情を抑えた淡々とした声音で相対する。

 

「この戦争を終わらせるためだ」

 

投げつけられた質問にそう答えると、シカマルが訝しむように呟いた。

 

「戦争を終わらせる?」

 

続いてイルカが、

 

「そんなことはお前がしなくてもいい。お前は……」

 

が、その言葉を遮って……

ナルトが言った。

温度のない、馴れ合いを拒んだ冷徹な声で、

 

「オレはもうアカデミーの生徒でもなければ、お前らの仲間でもねぇ。いつまで先生のつもりでいるんだ、イルカ」

 

そう言うと、一瞬イルカの目に悲しげな光が宿る。

が、その直後に、

 

「お前は今でもオレの自慢の生徒だ」

 

飾り気のない、短くも芯の通った声でそう語りかけてきた。

そのイルカ言葉に、ナルトは一瞬、ほんの一瞬だけ、心を揺さぶられるも……

 

「…………」

 

それを表に出すような愚行は犯さなかった。

もう、遅いのだ。

本当の絶望を目の当たりにした時、そんな安っぽいセリフなど、なんの役にも立たないのだから。

だから、ナルトは言う。

一切の感情を排した、暗い、冷酷なまでの眼差しで、

 

「ミズキや木の葉の連中にオレが殺されそうになってた時、助けにも来てくれなかったアンタの言葉なんて、誰も信じねーってばよ」

「なっ……!?」

 

絶句した表情を見せるイルカに、ナルトは続けて、

 

「そういやぁ、サスケの時はあんなに頑張って助けてたよな、イルカ先生? オレの時とは違って、みんな一生懸命でさ。オレってば、感動で涙が溢れて溢れて止まらなかったってばよ」

 

焚きつけるようにナルトが言うと、イルカの身体が小刻みに震え出す。

 

「ち、違う! オレは……」

 

まるで、言い訳でもするかのように、何かを呟こうとするイルカ。

が、戦場において、そんな隙だらけな忍をわざわざ見逃してやるほど、今のナルトは甘くはなかった。

瞬間、加速する。

瞬身の術で加速したナルトの身体は、みるみるとイルカとの間合いをゼロにして……

 

「オラァ!」

 

拳を振りかざし、腹に叩き込んだ。

 

「うごっ……」

 

苦悶の呻きを漏らすイルカに、ナルトは追撃をかける。

くの字折れ曲がったことにより下がってきた頭の側頭部を蹴り飛ばし、勢いの乗った遠心力を利用して、さらにもう一発打撃を浴びせて……

 

「………」

 

一秒にも満たない時間で、イルカの無力化に成功した。

さらに続けて、

 

「え?」

 

真横にいたにもかかわらず、何が起こったのかまるで理解していないサクラの前へと移動して……

 

「サクラァ!」

 

いのが叱咤したことにより、ようやく事態の把握をし始めたサクラに向かって、先ほどと同じように拳を叩き込み、

 

「あ……」

 

気絶させる。

交わすべき言葉など存在しない。

イルカやシカマルたちとは、戦争が終わった後でなら和解できる未来だってあるかもしれない。

だけど……

 

「…………」

 

サスケ、サクラ、サイ。

この三人とナルトが和解する未来は永劫に訪れることがないから。

殺すから。

霧と木の葉の未来のために、三人が先生と慕っている相手を、ナルトが殺すから。

だから……

 

「ナルトォ! アンタ、よくもサクラを!」

 

親友を傷つけられたことに激怒したいのが、心転身の術を放とうと……

しかし、それを察知したナルトは、今しがた気絶させたばかりのサクラの身体を無造作に掴み取り、飛雷神のマーキングを施すと同時に、

 

「受け取れってばよ」

 

投げ飛ばした。

それを見たいのは慌てて印組みを解除して、サクラを助けようと試みるが……

刹那、閃光が閃く。

ナルトの身体がそれよりも速く、いのの懐へと潜り込み……

 

「三人目だ」

 

言うや否や、宣言通りあっさりといのを気絶させた。

すると、そこで。

 

「ナルトォ!」

「テメェ、堕ちるところまで落ちやがったかァ!」

 

チョウジ、キバ、赤丸の二人と一匹がナルトに向かって猛進してきた。

後ろでシカマルが二人を止めようとしているが、怒りで我を忘れたチョウジとキバは止まろうとせず、術を発動する。

 

「部分倍化の術!」

 

肥大化し、こちらに伸びてきたチョウジの腕を躱しながら、

 

「影分身の術」

 

ポンッ! という音とともに、一体の分身が出現した。

ナルトはチョウジの相手を分身に頼み、迫り来るキバたちを眺めながら、拳に九喇嘛のチャクラを灯す。

そして……

 

「「牙通牙!」」

 

互いの身体を弾き、高速回転を描きながら突撃してきた一人と一匹のコンビネーション攻撃を最小限の動きで回避して、

 

「まずは……こっちだァ!」

 

キバの姿に変化した赤丸に、拳を上から叩き込んだ。

いくら回転して威力を上げているとはいえ、九喇嘛のチャクラを纏ったナルトの拳に勝てるわけもなく……

 

「キャイ〜ン……」

 

力をなくした赤丸が地べたに倒れ伏す。

するとそれを見たキバが、

 

「赤丸っ!」

 

愚かにも自分から動きを止め、無防備な状態で赤丸の元へと駆け寄ろうとする。

そんなキバに対し、ナルトは躊躇うことなく、

 

「…………」

 

首に手刀を入れ、気絶させた。

後ろを振り返ると、分身がチョウジを瞬殺していて……

これで五人を倒した。

次は……

 

「な、ナルトくん」

 

唖然とした表情で、構えようともしないヒナタに狙いを定めかけた、その時。

強烈な突風がナルトに襲いかかる。

 

「八卦空掌!」

 

掌底から放たれるチャクラの空気砲。

ナルトは一瞥もなく、後ろへ跳び、それを回避した。

が、しかし。

その空いたナルトとヒナタとの距離に、術を放った人物、ネジが割り込むように入ってきて、

 

「ヒナタ様、後ろへお下がりください」

 

と言った。

それにヒナタが、

 

「待って、ネジ兄さん。ナルトくんは……」

 

が、その言葉を、ネジが優しげな微笑みで遮る。

それから、

 

「ご安心ください。友人と少々手合わせをするだけです」

 

と言った。

以前のネジからは想像もつかない、人を温かくさせる穏やかな顔を浮かべて。

すると、それを聞いたヒナタはこくりと頷き、一歩後ろへ足を下げた。

ネジがこちらを見る。

片手の掌を突き出し、腰を低く落とした日向特有の構え。

隙のない構えを取りながら、ナルトに向かって、ネジが言った。

 

「来い!」

 

二人の視線が交差する。

正直、忍術を使用すれば、ナルトはネジを瞬殺できる。

それだけの力はつけてきたと自負していた。

だが……

 

「…………」

 

ネジの瞳を見る。

中忍試験の時と違い、白眼を使っていないにもかかわらず、その瞳には力が溢れていた。

己を信じた、迷いない瞳。

それを見たナルトは……

 

「…………」

 

無言で拳を握りしめた。

余計な感傷。

でも、ここでネジから逃げてはいけない。

そう思ったナルトは、相手の思惑通り体術だけで応戦する。

 

「らあァ!」

 

掛け声とともに、強烈な拳打を繰り出した。

しかし、それは当然のように受け止められ、返しに鋭い掌底を放たれる。

それを見たナルトはすぐさま拳を振りほどき、攻撃を回避すると同時に、相手の死角から蹴りを食らわしてやろうとフェイントをかけ、

 

「む?」

 

それに反応したネジの反対方向から、先ほどの蹴りをおとりに、水月に拳を叩き込もうとする。

が、それすらも……

 

「ふっ……」

 

焦り一つない余裕の表情で対処され……

互いの拳がぶつかり合う。

そこから幾度も拳を交えた。

されど、互いの拳が、互いの身体に届くことはない。

ナルトとネジの実力は、体術だけを考慮すれば紛うことなく拮抗していた。

その事実にナルトは、

 

「はっ……」

 

思わず笑みを浮かべる。

術を使えば、ネジを瞬殺できる?

先刻、自分が心に抱いた妄信を振り払う。

ナルトは確かに強くなった。

だが、強くなったのはナルトだけではなかった。

ネジも同じだった。

それにナルトは、

 

「…………」

 

笑みを浮かべる。

すると、突然。

 

「ん?」

 

ネジが拳を収めた。

不審に思いながら、ナルトも動きを止める。

それから首を傾げると……

満足そうな表情で、ネジが言った。

 

「もう十分だ」

 

その一言で、ナルトはネジのやろうとしていたことを理解する。

 

「一流の忍同士なら、互いの拳を合わせただけで相手の心の内が読めるものだ。例え、特別な瞳など持っていなくてもな」

「…………」

「ナルト、お前のやろうとしていることが正しいことなのか、オレにはわからない。だが、お前なら何か違った結末を、オレの父親やヒアシ様とは違った答えを見せてくれる。そんな予感がする」

 

その言葉に、ナルトは……

 

「…………」

 

無言で頷いた。

約束はできないから。

敵の忍にそんなことはできないから。

でも、せめてこれぐらいは……

そう思いを込め、無言で頷いた。

と――

そこで、

 

「ネジ、シカマル。ナルトを止めてくれっ」

 

他の面々よりも、念入りに手傷を負わせたはずのイルカが意識を取り戻し、悲壮な声音で部下たちに懇願した。

だが、それを近くで聞いていたシカマルは、ナルトの方を一目見た後、やり切れないといた様相で頭を左右へ振り、

 

「イルカ先生。ここにいるのは、アンタの生徒でもなけりゃ、里一番のいたずら小僧でもない。霧隠れの忍、うずまきナルトだ」

「…………」

「どうやら、オレたちが出しゃばる場面じゃないらしい」

 

そう、悟ったように投じられたシカマルの言葉に、イルカは、

 

「くっ……」

 

悔しさと嘆きをあらわに、今度こそ意識を手放した。

そんなかつての仲間たちを背に、

 

「…………」

 

ナルトは戦場へと駆け出したのであった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悲しき再会

木の葉通りのたまり場。

かつて人と活気にあふれた街並みは見る影もなく、守鶴を筆頭に荒らされた景観は今もなお荒れ果てたままだった。

家は崩れ、行路は地盤ごと歪み、一時しのぎで設置したであろうテントは霧と木の葉、両里の忍たちに踏み潰される。

そんな土色一色の街道をナルトは突っ切っていた。

標的を探すため。

己が定めた敵を見つけるため。

ただひたすらに走る。

しかし、ここは敵陣のど真ん中。

そう容易く事を運べるわけもなく……

 

「ここから先は通さない」

 

余談ない声が頭上から降り注ぐ。

足を止めて見上げると、そこには自身を囲むように多数の木の葉の忍たちが鳥かごとなり、行く手を遮る輪を描いていた。

集団の中には仮面で顔を隠した暗殺戦術特殊部隊、通称暗部の姿まで視認できる。

 

「…………」

 

戦場でナルトが斃してきた忍たちとは、明らかに研ぎ澄まされた練度が違う。

肌がひりつくほどの緊迫感。

さらにこの数、まともに戦えばこちらもタダでは済まないのは明白で……

が、しかし。

こんなところでもたついている暇はない。

今は一分の時間すら惜しい。

そう判断したナルトはすかさずホルスターに手を伸ばし、術式クナイを掴み取った。

 

「包囲陣形! 奴が動き出す前に潰せ!」

 

こちらの動きを読んでいたのか、はたまた情報をあらかじめ知っていたのか、ナルトが挙動に移る前に仕留めにかかろうとする忍たち。

が、相手が印を結ぶのに対し、こちらはクナイを投げるだけ。

先手を取ったナルトは迷わず真上に向かって術式クナイを投げ、迫りくる忍術の数々を飛雷神で回避する。

たった一動作で攻撃から転脱したナルトに、しかし木の葉の忍たちは焦る様子を見せない。

空中を舞い上がるこちらに向かって、再度四方から攻撃を加えようとしてくる。

だが、それに対処できないナルトではない。

宙で掴んだ術式クナイをもう一度上に投げ、跳躍。

さらにもう一度掴み、投げ、跳躍。

飛雷神を利用した、ナルトならではの虚空移動。

制空権を握ったナルトは術式クナイを掴み取り、手のひらに傷をつけ、印を結ぶ。

続けざま、手のひらを下にかざして……

 

「飛雷神・口寄せ屋台崩しの術!」

 

飛来するは巨大な大蝦蟇。

突如、地上から離れた蒼穹に呼び出されたガマブン太は、自重に従いその巨体を落下させる。

 

「全員、退避せよッ!」

 

隊長格の忍に従い、蜘蛛の子を散らすように木の葉の忍たちがその場から離脱した、直後。

廃墟と化した街並みを駄菓子感覚で踏み潰し、文字通り跡形もなく粉砕する。

塵で土煙を巻き上げながら、ガマブン太が地上へと足を着地させた。

ギロリとした目玉がこちらを射抜く。

 

「なんなら? いきなり呼び出してからにィ」

 

不機嫌さ隠そうともせず、声を荒げるガマブン太にナルトは自身の要件を伝えた。

 

「親分。ちょっとここで、こいつらの足止めをしておいてくれ」

「あ?」

 

訝しみながら、こちらを警戒する木の葉の忍たちをぐるりと一瞥したガマブン太が一言。

 

「嫌じゃ」

 

と言った。

それにナルトは、

 

「なんでだってばよ! ちょっと足止めしてくれりゃぁいいだけだって。オヤビンなら余裕だろ」

「関係ないわ。そがーな面倒、なぜワシがせないけんのじゃ」

 

取りつく島もないガマブン太に、ナルトが言った。

 

「戦争を終わらせるためだ」

 

曲がることのない、愚直な意志がこめられた言葉。

蝦蟇の瞳がナルトを捉える。

 

「ほう……」

「オレってば、こんなところで時間食ってる暇はねーんだ。だからこいつらの相手は親分、頼むってばよ」

 

視線が交わること数秒。

巨大な煙管から煙をふーっと吐き出し、ガマブン太は笑い声をあげた。

 

「ヌハハハ、大きく出たのぉ、ナルト」

「オレってば、大真面目だ!」

「……わかっとるわい」

 

と言って、視線を前に向ける。

そして……

 

「何をしちょる。とっとと行かんかい」

「……! ああ、任せたってばよ!」

 

信頼の言葉を投げつけると同時に、ナルトは大蝦蟇の背中から飛び降りた。

後方からは激しい戦闘音が聞こえてくるが、振り返るようなことはしない。

親分なら、そんじょそこらの忍が束になった程度で負けはしない。

だから、ただひたすらに走る。

途中、むっつりグラサンをはじめ、何人もの忍たちが襲いかかってきたが、暗部クラスでもない限り今のナルトは止められない。

面倒な相手は全てガマブン太が引きつけてくれている、この時が最大の好機。

目指すは火影屋敷。

標的が滞在する確率の一番高い場所。

チャクラを足に回し、一気に壁を駆け上がる。

露台に人の気配があった。

期待を込め、身を乗り出すと……

 

「テメェらは……!」

 

そこにいたのは、想定していなかった人物だった。

三人一組の小隊。

木の葉の上忍のみで構成されたその小隊は、珍しく見覚えのある顔ばかりで……

 

「九尾のガキィ!」

「まさか自らのこのこと現れてくれるとは」

 

怨嗟の声を孕ませ、そう呟いたのは秋道チョウザと山中いのいち。

共に一族の長にして、チョウジといのの父親である。

できれば出会いたくない相手だったが、霧で訓練を積んできた今だからこそわかる。

強い、コイツらは間違いなく強敵だ。

振り切るのは不可能と瞬時に判断したナルトは、術式クナイを構えた、その時。

 

「待て、お前たち」

 

静止の声が呼びかかる。

チョウザといのいちが目線だけを後ろに向けて、

 

「なんの真似だ、シカク」

「ここでコイツを捕らえれば、情勢は一気にこちらへと傾く。私情は捨てて殺るべきだ」

 

そう進言するも、後ろに構えていたもう一人の忍。

奈良シカクは影真似の術で二人の動きを縛りつつ、首を横に振った。

 

「無理だ。今のナルトはパワーでどうこうできる相手でもなければ、オレの術で捕らえられる相手でもない。特にいのいち、てめーとの相性は最悪だ。尾獣と協力関係にあるコイツの精神に入り込んでもしてみろ、一瞬でお陀仏だぞ」

 

嗜める口調でそう話すシカクに、冷静さを取り戻したのか、チョウザといのいちが動きを止める。

それを確認したのち、シカクは影真似を解き、こちらに鋭い視線を向けた。

そして……

 

「お前の探し人はこの先にいる」

 

ある方向を指差し、そんなことを言ってのけた。

ナルトは眉を寄せ、警戒をあらわにする。

目的を話した覚えはない。

ハクや再不斬あたりは何か勘づいているかもしれないが、木の葉の忍であるシカクは知るよしもないはずだ。

そう、ナルトが抱いた疑問に答え合わせをするかのごとく、シカクが口を開く。

 

「初歩的な推理だ。お前がここに来る目的で考えられるのは第一にオレたちの抹殺。だが、お前は最初オレたちの顔を見た時、想定外だと言わんばかりの顔をしていた。次に考えられるのは自来也様だが、あんな目立つ場所にいて気づかないわけがない。この二つの理由でないとすれば、お前が木の葉に来た理由は一つだ、違うか?」

 

理論整然と話すシカクに、ナルトは否定も肯定もしない。

だがシカクはナルトの目的をわかった上で、情報を提供してくれるらしい。

罠の可能性が高い。

だが、それ以上に時間が惜しい。

決断を下すのは一瞬だった。

向こうに戦闘の意思がないのなら、この場に止まる理由もない。

と、踵を返そうとしたところで、ナルトはふと頭に湧いた疑問を口にする。

 

「自来也先生は、この戦争にどこまで関わってんだ」

 

問いかけたナルトに、シカクは僅かな思考を巡らせるも、神妙な声で応えた。

 

「自来也様は誰よりも逸早くダンゾウの企みに気づいておられた。しかし奴の側近であるトルネとフーに阻まれ……オレたちの力では奴の凶行を防ぐことはできなかった」

 

そう無念そうに語るシカクに、ナルトは何も応えない。

だが、胸のつっかえが一つ取れた。

自来也は今でもナルトと同じ想いのはずだ。

心の重荷を少しだけ軽くしたナルトは、今度こそその身を翻し、目的の場所へ走り出す。

後ろからシカクたちが追跡してくることも考えたが、どういった理由か、三人は何も仕掛けてこなかった。

崩れた屋台、かろうじて残った“ラーメン一楽”の暖簾を踏み抜き、加速する。

小さな森へ入り、数秒後には拓けた場所へ出た。

人の気配を察知する。

今度は明らかに一人のもの。

その男はこちらに背を向け、慰霊碑の前にただただ独り突っ立っていた。

その背中が、ゆっくりとこちらを振り向く。

特徴的な髪型に長身体躯、以前は身につけていなかった変わった形の面を被っているが、それでも見間違えるわけがない。

 

「見つけたぞ、はたけカカシ」

「会いたかったぞ、うずまきナルト」

 

霧と木の葉。

二人の忍が望まぬ再会を果たした。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ついに激突! ナルトvsカカシ

殺す。

そう決めた相手との邂逅は、意外にも心穏やかなものだった。

決意には一片の揺らぎもない。

しかし、不思議なぐらい波風を立てない自身の心に、形容しがたい違和感を抱きながら、ナルトは普段通りの声音で質問を投げつけた。

 

「テンゾウって忍から、アンタがこの戦争を引き起こしたダンゾウの右腕だって聞いた……ウソじゃねぇよな?」

「……ふ、テンゾウめ。見誤ったか」

 

忍が敵国に情報を漏らすなど言語道断。

だが、テンゾウはナルトにカカシのことを話した。

負けることを想像していなかったから。

話しても問題ないと高を括っていたから。

そして、それを否定しないということは……

 

「……間違いじゃねーんだな」

 

わかっていたことだが、やはりこの男は……

カカシは霧の、ナルトの敵に回ったのだ。

心に罅が入る。

間違いだと思いたかった。

ウソだと信じたかった。

でも、今のカカシを見て悟った。

コイツこそが、自分たちの仇敵だと。

目蓋を閉じ、ゆっくりと開く。

光片のない瞳。

一切の感情を排した、忍という名の道具になりきる。

すると、こちらの変化に気づいたカカシが薄笑みを浮かべて、

 

「オレを殺すか。少し前まで“先生”と慕っていた、このオレを……」

 

試すような軽口に、しかしナルトは毅然と応えた。

 

「『忍者の世界でルールや掟を破る奴はクズ呼ばわりされる……けどな! 仲間を大切にしない奴はそれ以上のクズだ!!』……オレがアンタのことを“先生”と呼んでいたのは、木の葉の里にいながら、オレにはできなかった生き方をアンタが貫いていたからだ。今のテメーは先生なんかじゃねぇ。ただのクズ野郎だァ!」

 

チャクラがうねりをあげる。

ナルトは十字に印を結び、一体の分身を出現させた。

と、同時に。

面の奥から朱い瞳を覗かせたカカシが、目も霞む速さで印を結び、その手に雷光を携える。

二人が駆け出したのは、またも同時だった。

あの時と同じ。

向き合う相手も、ぶつけ合う術も……

違うのは……

 

「雷切!!」「螺旋丸!!」

 

「「っーーー!!!!」」

 

相手を殺しても構わない、その意思が二人の心にあったことだ。

直後、互いの身体が弾け飛ぶ。

衝突により巻き起こった爆風が二人を吹き飛ばし、されど地べたを舐める無様は晒さない。

ホルスターからクナイを引き抜く。

思考よりも早く身体を動かし、相手より一歩でも速く次の攻撃へ。

火花が散る。

淡々と急所を狙うナルトの斬撃に、返す刃で応じるカカシ。

絶え間なく続く甲高い音は、敵を仕留め損った回数。

そして、相手を必ず殺すという決意のあらわれ。

千日手のような斬り合いの応酬。

どれだけ鍔迫り合っただろうか。

このまま正面からぶつかったのでは埒があかない。

そう判断したナルトは大振りの一撃とともに、自身の身体を後方へ跳ばし、距離を取った。

数の暴力で一気に押し切る。

シンプルだが、もっとも効果的かつ確実な手段を選択し、再び指を十字に交差させた……その時。

カカシが言った。

 

「焦るな、まだオレの話は終わっていない」

 

などと言ってきた。

その言葉にぴたりと動きを止める。

もう、話し合いでは終わらない。

にもかかわらず動きを止めたのは、相手がカカシだからだろうか。

これが最期の会話となる。

悔いは、残したくなかった。

一拍後、カカシが告げたのは突拍子もない提案だった。

 

「オレと手を組む気はないか?」

 

あり得ない問いかけに対し、ナルトは、

 

「ふざけんな! 誰がテメーなんかと!」

 

怒りをあらわにする。

いつでも動けるように、十字に印を結んだまま、

 

「そもそもなんで戦争なんか始めやがった! ついこの間までみんな上手くいってたじゃねーか!」

 

そうだ、それが最大の疑問だった。

ダンゾウなどという顔も知らない相手はともかく、カカシはナルトから見ても文句のつけようがない立派な忍だった。

少なくとも他国の忍だからという理由で、無闇に誰かを傷つけるような人間ではなかった。

なのに、なぜ戦争なんかに加担しているのか。

至極当然の疑問に、カカシが応えた。

淡々とした口調で、

 

「革命のためだ」

「革命?」

「まずは霧・雲・砂・岩……現存する各隠れ里を更地に変える」

「ふざけてんのか、オレがそんなこと……」

 

させるわけねぇだろ、とナルトが言い切る前に、カカシが言った。

 

「話は最後まで聞け」

 

が、それを無視して、

 

「霧はオレの里だ。それを潰させる真似なんてぜってぇーさせねぇ」

 

しかし、カカシが言う。

やはり冷淡とした態度のまま、

 

「それはどうかな?」

 

と、そして……

 

「お前たちが団結できたのは、木の葉という確然たる敵が現れたからだ。人も国も簡単に変わりはしない。戦争が終わればまた元通りだ」

 

根拠のない暴論。

そのはずなのに、カカシはまるで未来でも知っているかのごとく語る。

それにナルトは、

 

「んなわけねーだろ! 霧の、いや水の国のみんなは……」

「ならお前は、今まで自分を迫害してきた木の葉の連中がある日、突然謝罪してきたとして、それを素直に受け入れられるか?」

「……それは」

「口先だけとは思わないか?」

「…………」

「それとも自国の忍や仲間だけが特別か? 霧は木の葉とは違うとなぜ言い切れる?」

「…………」

 

思わず押し黙るナルトに、カカシが続ける。

 

「その疑念は正しい。木の葉も霧も根っこは変わらない。人とはいつまで経っても進歩しない愚かな生き物だ。そして、それに拍車をかけているのが今の忍界制度」

 

息を呑む。

カカシの言っていることは無茶苦茶だ。

革命だのなんだの、子どもじみた戯言ばかりで……

頭の悪いナルトが聞いても、実現不可能だとわかる空言ばかりで……

けれど、そこには明確な信念があった。

この忍世界を変えてやろうという、強い信念が。

何がカカシを戦争へと駆り立てたのか。

そこでいったい何を見たか。

カカシが得た答えを聞いてみたい。

そう考えたナルトは印を解き、話に耳を傾ける姿勢を取った。

 

「忍だけの国を創り上げる。それがオレの掲げる革命だ」

「忍だけの国を創る?」

「そうだ」

 

迷いなく肯定するカカシに、ナルトは否定の言葉を返す。

 

「そんなの無茶苦茶だ! 忍だけでやっていくなんて……できるわけねーだろ! 依頼を出す住民もいねーじゃねーか」

 

忍の隠れ里とは、何も忍だけで構成された組織ではない。

作物を育てる農家の人や、それを調理する料理人。

武具を整える鍛冶士に、街の汚れを毎朝清掃する従業員。

様々な人間が支え合い、そして忍たちはそんな人々から依頼を受けることで生活を成り立たせている。

誰も一人では生きていけない。

忍だけでは、里は里たり得ない。

しかし、カカシは語る。

淀みない声で、

 

「言っただろ、革命を起こすと。オレが掲げる革命は里単位の小さなものじゃない。世界を変える革命だ」

「世界を変える?」

「まず現在の里を滅ぼし、忍世界の根幹を崩す。そして木の葉と霧だけではない、全ての隠れ里から忍を集めた忍大国を創り上げる」

「な!?」

「世界中の忍を一つの国に集める、そうすれば大名や住民はオレたちに依頼を出す他はない。なぜなら自国には頼れる忍が誰一人いないのだからな」

 

なるほど。

それなら大言壮語であるという最大の不安要素を除けば、話の筋は通るのかもしれない。

だが、なぜ戦争を引き起こしてまで、罪もない人々を巻き込んでまでそのような強行に出たのか。

謎は、すぐに氷解した。

 

「大名や住民たちが忍を我がもの顔で使役する時代は終わる。人柱力や血継限界を持つ者が蔑まれるようなこともなくなれば、国が忍を戦争の道具に利用することも二度と起こらない。忍だけの国を創り、世界のルールを破壊する。それがオレの掲げる革命だ」

 

つまりカカシは……

世界の理を。

忍が戦争の道具に利用されるこの状況を。

その全てを変えようとしているのだ。

忍たちのために。

この戦乱の世に、終止符を打つために。

それを理解したナルトは、

 

「…………」

 

素直にすごいと思った。

自分が霧の里を守るのに四苦八苦している間、カカシはどうすれば世界中の忍を救えるかを考えていたのだ。

だけど……

 

「ナルト、今のオレと九尾の力を得たお前。オレたちが手を取り合えば、この無稽荒唐とも思える革命は、実現可能な仕様模様と成り代わる。オレとともに来い」

 

だけど……

その手を握るわけにはいかなかった。

死ぬから。

カカシの提案に乗るということは、大半の忍が死ぬことになるから。

ハクも、再不斬も、長十郎も……

ナルトの仲間が大勢死ぬことになるから。

もしかしたらカカシの成そうとしていることは将来、数多くの人々を救うことになるのかもしれない。

でも、それはナルトの目指す道のりじゃなかった。

だから……

 

「やっぱ、アンタはすげぇな。忍だけの国を創る。オレにはそんなこと、思いもつかなかったってばよ」

 

悲しげな表情でそう語るナルトに、何かを察したのか、

 

「……交渉は決裂か」

「ああ」

「……残念だ」

 

「オレもだ」とは、口にしなかった。

話し合いは終わった。

ナルトの意志とカカシの革命、どちらが正しいのかなんてわからない。

でも、どちらしか選べず、どちらも譲れない。

だったら、相手をへし折ってでも自分の在り方を貫くしかない。

残された道は、一つだった。

 

「オレの提案を断った以上、貴様を生かしておく理由はない。ナルト、お前の未来は――死だ」

「オレは死なねェ。くたばんのはテメェ一人だ」

 

此処に、世界の命運を懸けた戦いが始まった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

死闘 飛雷神 対 写輪眼

木ノ葉第三演習場。

そこはナルトにとっても馴染みのある場所で、まだ木の葉の里にいた頃、アカデミー時代に何度か足を運んだこともあった。

周囲の大半は森の木々に囲まれているが、所々に人の手が施されており、川や人が身を隠せるほどの大きな石や崖、そして少々派手な動きをしても問題なく動ける拓けた平地。

木の葉の忍が自己鍛練を積むのに適した場所の一つ、それがこの第三演習場であった。

そして今、その第三演習場では……

 

「多重影分身の術!」

 

ボンっ! という軽快な音とともに現れたのは、数百にものぼるナルトの分身体。

黄色い頭が辺り一面を埋め尽くす。

 

「……行くぞ」

 

一呼吸と同時に、無数のナルトが影に向かって飛び出した。

三百六十度、ありとあらゆる方向から襲いかかるナルトに、しかしカカシは動揺の様相すら浮かべない。

写輪眼。

その洞察眼をもってして、こちらの動きを完全に読み切り、一人、また一人とナルトの分身を屠っていく。

 

「オラァ!」

 

瞬身の術で距離を詰め、二人のナルトが左右から斬りかかる。

が、容易く腕を掴まれ、突撃の勢いのまま地面に叩きつけられ消滅。

今度はそれを見た分身たちが、前後左右から襲いかかるも……

凄まじい速さで印を結んだカカシが、両手を地面に叩きつけ、

 

「土遁・土流壁」

 

突如、地肌が盛り上がり、カカシの左右と後ろを防護する土の壁を作り出す。

死角となる三方向からの攻撃を、一手で食い止められた。

これで残るは正面突破しかない。

そう判断した分身たちが、前方の隙間からクナイ片手に斬りかかる。

しかし、写輪眼を相手に無策で挑んでも勝ち目はなく、みるみるとその数を減らされていく。

戦場では数の多い方が勝つ。

誰もが知っている当たり前の常識を易々と覆される。

そんな光景を、本体のナルトは……

 

「…………」

 

少し離れた場所からじーっと眺めていた。

カカシを斃す手段を探るため。

写輪眼を攻略するため。

敵の一挙手一投足をも見逃さないように熟視する。

しかし……

 

「雷遁・雷獣追牙!」

「「「ぐわっ!」」」

 

狼を模した雷の牙が、瞬く間にナルトの分身たちを消し去っていく。

このまま手をこまねいていては、全滅するのも時間の問題だろう。

僅かな逡巡の後、ナルトは自身の腹に手を当てた。

 

『聞こえてっか、九喇嘛』

『ああ』

 

返事を返してきた相棒に言葉を続ける。

 

『このままだとジリ貧だ。螺旋手裏剣で一気に終わらせる、手を貸してくれ』

『……ケッ、しくじるなよ。ナルト』

 

了承を得るや否や十字に印を結び、新たに二体の分身を出現させた。

掌を上に向ける。

そこに分身たちが自身の掌を重ね合わせ、チャクラの集約を始めた。

蒼く煌めく球体がその姿を現す。

四代目火影の遺産忍術、螺旋丸。

が――

ナルトたちはそこに、さらに風の性質変化を組み込んでいく。

旋風音が鳴り響く。

こちらの異変に気づいたカカシが術の発動を阻止しようと試みるが、大量の分身たちによって進行を阻まれていた。

溢れ出す九喇嘛のチャクラが腕の形を象る。

ナルトの意志とは関係なく動くそれは、このチャンスを逃さないと言わんばかりに螺旋丸に手を添え、今のナルトには到底不可能なチャクラの精密操作を行い、術をより強大なものへと変貌させた。

高音――

耳を劈く甲高い音が、塵芥を吹き飛ばす。

ナルトの右手に掲げられた巨大な手裏剣が、戦場に台風の目を巻き起こしていた。

大気を斬り裂く疾風が、超常たる力を明示する。

 

「まさか、これほどとはな……」

 

無表情を貫いていたカカシが瞠目する。

しかし、もう遅い。

この術は膨大なチャクラを擁するナルトをもってして、日に一度しか使用することのできない切り札。

いくら写輪眼で術を看破しようと、カカシの内包するチャクラ量ではコピー不可能。

そして、その威力と攻撃範囲は洞察眼でどうこうできるレベルを大きくに逸脱している。

不可避にして、防御不可の一撃。

それを……

 

「くらいやがれっ!」

 

ナルトが投げた。

否、正確には投げたのではない。

九喇嘛のチャクラで作られたその腕は、まるで生きているかの如く伸縮自在に動き回り、螺旋手裏剣を掲げたまま猛烈な速度でカカシに迫る。

すると……

 

「…………!」

 

足に溜めていたチャクラを爆発させ、カカシが上に跳んだ。

直後、風を纏った手裏剣がカカシの足下を通り過ぎる。

しかし……

ナルトが叫んだ。

 

「九喇嘛ァ!」

『甘ぇよ』

 

吐き捨てる九喇嘛に呼応し、チャクラで象られた腕が真上に向かって急上昇する。

空中にいるカカシに、逃れる術はない。

ナルトは確信した。

今度こそ決まった、と。

なれど……

 

「……甘いな」

 

新術の一つや二つ会得したぐらいで容易く倒せるのであれば、はたけカカシはその勇名を忍界全土に轟かせてはいない。

それは、どこか既視感の覚える術だった。

カカシの瞳が三つ巴の写輪眼から、三枚刃の手裏剣模様へ変異する。

そして、術の名を呟いた。

 

「神威」

 

途端、空間がぐにゃりと歪む。

陰々とした昏い渦。

人間の業を彷彿とさせる底すら見せない渦潮が、ナルトの放った螺旋手裏剣をチャクラの腕もろとも引き千切り、遥か遠くに存在する別次元へと飛ばしてみせた。

それを見たナルトは、

 

「今の技は……!」

 

息を呑む。

以前までカカシが宿していなかった万華鏡写輪眼を見て。

ではなく、見覚えのある時空間忍術を見せられて。

あれは……

 

「四代目が戦った奴と同じ術……!?」

 

印を結ばず、マーキングもなく空間を捻じ曲げる瞳術。

何より同じ片目に、同じ写輪眼。

偶然で済ませるには、あまりにも類似点が多すぎる。

まさか……

最悪の連想がナルトの脳内を過ぎった、瞬間。

 

『いや、それは違うな』

 

思考に九喇嘛が割り込んできた。

ナルトは腑に落ちない表情を浮かべて、

 

『なんで言い切れるんだってばよ?』

 

と尋ねると、九喇嘛が言った。

 

『確かに偶然だとはワシにも思えねぇが、四代目と戦った奴が、コイツとまったくの別人なのは断言できる』

『だから、なんで?』

『扱う術や雰囲気は似ている。だが、実力に差がありすぎる。てめーはこの程度の相手に、あの四代目が苦戦するとでも思っているのか?』

『…………』

 

なるほど。

ナルトから見ればカカシは間違いなく強敵だが、四代目であるミナトと比べるには……

 

「…………」

 

どうやら、九尾事件の時に木の葉を襲った面の男とカカシはまったくの別人らしい。

その事実にナルトはほっと胸を撫で下ろす。

もしカカシが、ミナトやクシナを襲った張本人であれば、ナルトは冷静ではいられなかっただろう。

それに……

戦いの結末は、もう見えた。

あの神威という術がカカシの隠し玉であれば、対処は簡単だ。

序盤に大量の影分身を戦わせたことで経験も蓄積され、相手の動きにもかなり慣れた。

彼我の差を冷静に分析しながら、ナルトはホルスターから術式クナイを抜き放ち、

 

「次で終わりだ」

 

ハッタリでもなければ、自己顕示でもない。

静穏な口調で断ずるナルトに、カカシは自嘲気味な笑みを浮かべる。

 

「ククク、終わりだと? 寝言を口にするな。オレの人生はとっくの昔に終わっている」

 

全てを諦めた、何か大切なものを欠落させた果てない焦燥と絶望を仮面越しに覗かせながら、カカシが言った。

 

「『仲間を大切にしない奴はクズだ』……ああ、その通りだ。オビトもリンもミナト先生も守れなかったオレはクズ以下だ」

「……オビト、リン?」

 

首を傾げず、記憶を探る。

オビトとリン。

それは九喇嘛の封印を解いた時、クシナから聞かされたミナトの教え子の名前であった。

 

「オビトは雲隠れに、そしてリンは……お前たち霧隠れの忍に殺された」

 

幽玄な声でそう語るカカシに、ナルトは唖然と言葉を失う。

そんな話はクシナから聞かされていなかった。

オビトと呼ばれた少年の死については聞かされたが、少女の死因については何も……

ナルトに気を遣って教えなかったのだろうか?

それとも……

一瞬の迷い。

が、すぐさまナルトはその雑念を振り払い、

 

「関係ねェ。過去に何があったか知んねーが、オレのやることは変わらねェ」

 

自分でも驚くほど、あっさりとした声だった。

目を細める。

話し合いはもう終わったのだ。

しかし、カカシは語る。

飄々とした態度のまま、声域には重厚さを乗せて、

 

「関係ない、か。リンの死因に、お前の中にいる九尾と同種、尾獣が関わっていたとしてもか?」

「…………」

 

ぴたりと止める。

先ほどカカシは、リンが死んだのは霧隠れの仕業だと語った。

ならば、何故そこに尾獣が結びつくのか?

九喇嘛に問いかけるが返答はない。

ナルトの疑問に応えたのは、カカシだった。

 

「第三次忍界大戦終戦後、戦争の後始末に追われていた木の葉の裏を突き、リンを攫った霧の忍たちは彼女の身体にある膨大なチャクラの集合体を埋め込んだ。その力を暴走させ、木の葉の里を襲撃するためにな」

「チャクラの集合体?」

 

思わず言葉を返すが、その必要はなかった。

答えなどはじめから決まっている。

少女の身体に植えつけられたもの、それは……

 

「尾獣だ」

「…………!」

 

歯を噛みしめる。

あり得ない!

だって、それは……

 

「ウソだ、そんなこと……」

 

それではまるで、霧が尾獣を戦争の道具に利用したと言っているようなものではないか。

そんなことあるはずもない。

あってはならない。

でも、ナルトは悟ってしまった。

確信に近い直感。

ネジは言っていた。

一流の忍は、拳を交えただけで相手の心の内が読める、と。

だからこそわかる。

わかってしまった。

カカシの言葉にウソはない。

ナルトの心に声が響く。

それは、真っ直ぐに心臓を抉る言葉だった。

 

「リンを殺した霧が平和を語るな」

 

腕がだらりと下がる。

そんなナルトの隙を逃さず、カカシが追い討ちをかける。

 

「オレとお前の何が違う。一緒だ、お前もオレもな」

「…………」

「オレはお前たちにされたことをそのままやり返すだけだ。九尾を使って霧隠れを蹂躙する。そして残る大国を全て滅ぼし、世界の再構築を行う。今のこの世界に平和など存在しない。力を貸せ」

 

頭が真っ白に染まる。

カカシのやろうとしていることが正しいとは思えない。

これは絶対に。

ならば、木の葉と敵対している霧が正義なのか?

それも……違う気がする。

このまま戦争を終わらせたとして、本当にそれで大丈夫なのか?

答えのない解答に、思考が揺らいだ……途端。

内側から声が届いた。

 

『代われ、ナルト。一言言ってやらねばならない』

 

次の瞬間。

ナルトと九喇嘛の意識が切り替わる。

チリチリと逆立つ金髪に、爛々と煌めく獣の眼光。

他者を威圧する圧倒的な存在感を匂わせながら、九喇嘛が赫怒の唸りを上げた。

 

『霧がリンとかいう小娘にしたことと、貴様らがナルトにしてきたことになんの違いがある。九尾であるこのワシに見捨てられた時点で、貴様ら木の葉は既に、尾獣について語る資格などあるまい』

 

生物としての格が違う。

見上げることすら烏滸がましい恐懼なる威容を前に、さしものカカシも動揺の色を見せる。

だが、それも一瞬。

不敵な表情を携えながら、油断ない瞳でこちらを見定め、

 

「これは驚いた。ナルトではオレに届かないと悟ったか。ちょうどいい、いずれ腹から引きずり出す予定だったが、その力確かめさせてもらう」

 

臨戦態勢に入るカカシ。

しかし九喇嘛は、それを歯牙にもかけず鼻息を鳴らす。

敵が目の前にいるにもかかわらず、相手にするまでもないといった態度をありありと見せつけ、

 

『ムシケラ風情が図に乗るな。貴様を倒すのはワシではなくナルトだ……ナルト、貴様の夢はなんだァ!』

 

――オレの夢。

 

そうだ、オレの夢は……

意識が浮上する。

碧眼に気勢と力を取り戻し、前を見据えた。

ごちゃごちゃ考えるのは、全部終わった後だ。

今は……

 

「テメーをぶっ飛ばして、この戦争を終わらせる!」

 

自信に満ちたその言葉に、カカシは懐疑的な相貌を見せ、

 

「戦争を終わらせる、か……今回の戦争で少なからず霧の住民も木の葉の忍に殺されたはずだ。貴様はそれを許せるのか?」

 

そう問いかけるカカシに、ナルトは迷わず応えた。

 

「許せるわけねーだろ! 今だってオレはお前たち木の葉が憎い。だけど、このまま戦争を続けちまったらもっと大勢の人間が死んじまう」

「同じことだ。この世界に存在する限り、真の平和など訪れない。それは貴様が一番よく知っているはずだ。オレとお前なら腐敗しきったこの世の全てを消し飛ばせる。オレとともにこい」

 

こちらに手を差し伸べるカカシ。

そこに侮蔑もなければ、嘲りもない。

ただただ純粋に、ナルトと一緒に世界を変えてやろうという意思だけが込められていた。

けれど、ナルトの答えは最初から決まっていた。

 

「……もしハクや再不斬たちと出会う前だったら、その手を掴んでたかも知んねぇ。けど、オレにはもう大切なものがたくさんできた。オレの夢はそんな大切な仲間を守れる、四代目のような忍になることだ!」

 

目を見張るカカシ。

まるでナルトの答えが信じられないといった様子で、

 

「では、もしまた戦争が起こり、お前の大切な仲間とやらが死んだらどうする。その時、貴様は自分の中の憎しみとどう向き合う。この呪われた世界とどう向き合う」

「そんな先のこと、オレにはわかんねェ。だけどオレは一人じゃない。呪いってもんがあるなら、オレたちがそれを解いてやる」

 

そう言い切ったナルトに、カカシは睥睨の眼差しを向けてきて、

 

「そんなものは、ただ都合のいい言葉を並べただけの綺麗事に過ぎない。あの四代目ですら、ついぞ成し得ることのできなかった世界平定。その現実を前に、貴様のようなガキがどうやって抗う?」

 

お前には無理だ。

そう決めつけるカカシに、ナルトはこう返した。

 

「父親の夢を叶えてやるのが息子の役目だ」

 

世界の全てを信じられなくなった男の眼を、真っ向から睨みつける。

 

「何が正しいのかなんて、自分の憎しみの向き合い方すらわかってねぇオレには答えらんねぇけど、だけどテメーが間違ってるってことぐらいわかる」

「オレが間違っているだと?」

「ああ、そうだ。今の自分の姿を見て、自分に誇りを持てるか?」

「誇りなど、とうの昔に捨てている。己の目的さえ達成できるならそれでいい」

「なら、その目的ってヤツをオビトやリン、四代目の墓の前で語ることができんのか? そのツラ見せることができんのか? 何も見えてないのはテメーの方だ。テメェの写輪眼には何も映っちゃいねェ!」

 

静寂の一瞬。

この時間、カカシが何を想い、何を考えていたのか。

ナルトにはわからなかった。

けれど……

 

「…………」

 

空間が歪む。

ぐるぐると回る底の見えない渦の中から出てきたのは、一本の忍刀だった。

白光を帯びたチャクラ刀。

その刀を手に、カカシが静かに印を結ぶ。

忍術を繰り出すためではない。

あれは……

 

「…………」

 

カカシに倣って、ナルトは二本の指を立てた。

対立の印。

木の葉で忍を志したことがある者なら、誰もが知っている所作。

相手と正々堂々戦うことを誓い、そして最後に和解の印を結ぶもの。

しかし……

 

「ナルト。オレはお前を殺し、九尾を従える」

「さっきも言っただろ、くたばんのはテメーの方だ」

 

次の瞬間。

殺意が火花を散らした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

螺旋が紡ぐ絆

静まり返る展望。

少し離れた場所では命を命で奪う、忍同士の殺し合いが勃発しているにもかかわらず、ここだけが世界から切り離されたと錯覚を覚えるほどの静寂の間。

互いに動きはない。

聞こえるのは、生きた証を示す鼓動の音と微かな呼吸のみ。

耳が痛いほどの閑静を破ったのは、一本の変わった形をしたクナイだった。

流れるようにチャクラが巡る。

術式クナイが敵に到達するより疾く、印を結ぶ。

同時に。

カカシの左眼が朱く煌めく。

手に持つチャクラ刀を上に放り投げ、空いた片手でクナイを掴み、投擲。

ナルトから半歩遅れたタイミングで、カカシが印組みを始めた。

写輪眼。

その洞察眼を以て、相手の術をコピーする。

言霊を発射したのは、同じ瞬間だった。

 

「手裏剣影分身の術!!」

「手裏剣影分身の術!!」

 

一、二、三……

互いの投げたクナイが、瞬く間もなく増殖する。

甲高い金属音が鳴り響き、数十もの刃がひしめき合う。

先手を取ったナルトの攻撃は、同じ術で真っ向から相殺された。

しかし、その顔に悲壮の色は浮かべない。

欲しいのは派手さでもなければ、相手に打ち勝つ無双の強さでもない。

敵を斃したという結果のみ。

この戦いは、ナルトが木の葉の里を抜けたから起こったもの。

ならば、その決着をつけるのは己でなくてはならない。

次の瞬間。

ナルトの姿が戦場から消えた。

飛雷神の術。

周囲に散らばった術式クナイを起点に、その地点に向かって自身の身体を飛ばす時空間忍術。

カカシの背後を取ったナルトは、音もなく距離を詰め、死神の鎌を振るう。

流麗のごとき一閃は、普通の忍であれば反応すら許されない刹那の閃き。

気づいた時には既に手遅れとなるその一撃は……

 

「…………!」

 

しかし、当然のように防がれる。

空中から降りてきたチャクラ刀を掴んだカカシは、迷うことなく斬撃を振るい、自身の首を狙う残光をいとも容易く受け止めた。

その一瞬で理解する。

純粋な剣技ではカカシを上回ることはできない。

完全な不意打ちでの急襲を防がれたのだ。

写輪眼を相手に、近接戦闘で勝てるほどの技能は今のナルトにはない。

だが……

 

「…………!」

 

無駄のない一閃が振り下ろされる。

本来なら確実にナルトの命を刈り取るその一撃は、何者にも触れることなく空を斬る。

飛雷神で跳躍したナルトは、またも敵の背後から斬りかかる。

が、やはりカカシには届かない。

四代目による教導の賜物か、飛雷神との戦闘に慣れているカカシは、戦場に散らばる術式クナイの位置からナルトの跳躍先を予測し、写輪眼の観察眼も相まってこちらの動きを完全に読み切ってくる。

さりとて、カカシの反撃がナルトに至ることもない。

正面からでは勝ち目が薄いと判断したナルトは、一撃離脱の戦法を重点に置き、自身の得意な超速戦闘へと相手を誘う。

焦点を絞らせない。

朱い瞳がナルトを捉えた瞬間、別のクナイへ。

そのゼロ秒後にはまた別のクナイへ。

常理を逸脱した黄色い閃光が、絶え間ない戦闘軌道を描く。

袈裟斬りに刻まれる純白の軌跡。

自身の持つ技量から隔絶した剣戟を前に、対するナルトは焦り一つなく回避する。

知っているから。

 

「剣の腕前なら、長十郎の方が……!」

 

仮面に小さな横線が刻まれる。

ついにナルトの一撃が届いた。

その事実に状況の不利を悟ったのか、カカシはすぐさま後ろへ跳び距離を取る。

両手がとてつもない速さでハレーションを起こす。

だが、そうは問屋が卸さない。

ボンっ! という音とともに、二本の術式クナイが変化の術を解き、二体のナルトの分身が瞬身の術を用いた超スピードでカカシに肉薄し、術の駆動を妨害する。

 

「頭の良さなら、ハクの方が……!」

「くっ……」

 

伽藍堂だったカカシの瞳に、焦燥が見え始める。

打撃を貰いながらも分身たちを撃退したカカシは、マーキングが施された術式クナイの存在しない空中へ。

身体を翻しつつ印を結び、着地と同時に忍術を発動する。

 

「水遁・水龍弾の術!!」

 

川の水が決壊する。

踊り狂うは龍の咆哮。

それを迎え撃つは、

 

「影分身の術!」

 

新たに現れた分身と掌を重ね合わせる。

右手には渦巻くチャクラの球体が光りを放ち、残る左手を分身ナルトが掴み取る。

ぶんと振り回された身体は遠心力を利用して、水龍に向かって思いっきり投げ飛ばされた。

 

「水遁忍術なら、再不斬の方が……!」

 

瞬間。

螺旋丸が水龍を撃ち破る。

拳を握り、チャクラを灯す。

九喇嘛の力が込もった拳を振りかざし、

 

「お前の何万倍も、すげぇえええええ」

 

唖然とした顔でこちらを見上げるカカシの顔面に、

 

「――ってばよ!!」

 

叩き込んだ。

カカシの身体が吹き飛ぶ。

一転二転と地面を転がり、泥に全身を汚させながら倒れ伏す。

けれど、それは一呼吸分の間だけ。

息を整えていたナルトは、起き上がってきたカカシの姿に僅かな時間、言葉を失った。

 

「……本当に、いい忍になったな。ナルト」

 

仮面が砕け、崩れ落ちる。

まるで永い眠りから覚めたかのような表情。

そんな見慣れた顔を見せるカカシに、ナルトは思わず息を呑んだ。

その一瞬が、命取りだった。

天を昇る雷。

カカシの左手に雷光が迸る。

千の鳥が歌を奏で、二人の間に確固たる亀裂を走らせた。

 

「オレがお前にしてやれることは死だけだ。だが今回は一人では逝かせない。オレもすぐにお前たちのあとを追ってやる」

 

カカシの後ろに、二人の少年少女の姿が映る。

幻術の効かないナルトにもはっきりと見えるそれは、彼の夢か幻想か、それとも想いが引き寄せた奇跡か。

右手に持つ白光のチャクラ刀を、万感の想望を乗せた瞳で眺めつつ、大事なものを失わないよう渦の中へと仕舞い込む。

そんなカカシに、ナルトは言った。

 

「オレは死なねェ。約束があるからな」

 

“必ず、生きて帰ってきて下さい”

 

戦場へ出る前、ナルトはハクとメイの二人に約束した。

だから、死ぬつもりはない。

そう語るナルトに、カカシが応える。

申し訳なさそうに、変えられない運命を悟るように。

 

「オレは一人の木の葉の忍として、この里を守らなければならない」

 

だから、ナルト。

霧の忍であるお前を生かしておくわけにはいかない。

断固たる決意でそう言い放ったカカシに、ナルトは迷うことなくうなずいた。

 

「ああ、守るんだ。霧の里を、雪の国を、そして木ノ葉の里を」

 

半目を見開いたカカシが、驚きの感情をあらわにする。

理解できないといった様相をこちらに向けて、

 

「どういう意味だ? お前は木の葉を憎んでいるはずだ。そのお前が木の葉を守るだと?」

「違う! オレが守りてーのは、三代目や四代目が守ろうとしたもんはこんな薄汚れた里じゃねェ」

「……理由はどうあれ、木の葉の忍を殺し尽くしたお前が言うことじゃないな、それは」

 

しかし、ナルトは語る。

 

「いいや、だからこそだ。戦争に参加した奴らが真っ先に手を取り合わなきゃーならねェ。でなけりゃいつまで経っても戦いは終わらない。戦争を終わらせるってのはそういうことだ」

「…………」

「オレは守ってやりてぇ。四代目の遺した夢を。そのためならたとえ相手が誰だろうと容赦しねェ」

 

はっきりと自身の気持ちを告げるナルトに、カカシは静かに目蓋を閉じた。

後悔、喜び、悲しみ、痛み、苦しみ、嘆き、期待。

様々な感情が湧いては消えてを繰り返す。

その想いが、葛藤が、言葉にせずとも伝わってくる。

けれど――はたけカカシは忍だった。

 

「同じことを何度も言うのは好きじゃないが、もう一度言う。ナルト、お前の未来は死だ」

「なら、オレは何度でも言ってやる。オレたちが諦めるのを、諦めろ!」

 

踏破すべき至難は一つ。

 

『わかってるな?』

『ああ』

 

相棒の問いかけに肯定を返す。

コピー忍者のはたけカカシ。

千の術を持つ者。

写輪眼のカカシ。

敵の術を瞬時に真似する異能。

相手の動きを先読みする洞察力。

雷切使用時にはナルトに匹敵する超スピード。

神威と呼ばれる理不尽な瞳術。

写輪眼の攻略。

カカシを打倒すべき鍵は、結局のところその一点に帰結する。

憐憫を宿す朱い瞳がこちらを映し出す。

理論上、ありとあらゆる忍術・幻術を打ち破るその瞳を前に、小細工の類いは通じない。

ならば――正面から挑むしかない。

 

『決着をつけるぞ、ナルトォ!』

『おう!』

 

途端、チャクラが氾濫する。

際限などないと言わんばかりのチャクラの本流が、身体の内側から止めなく溢れ出し、人智を超えた力が全身を行き渡らせる。

九喇嘛と一つになる感覚。

薄く煌めく身体がオレンジ色の光を帯び、腹部から肩にかけ、渦巻き状の黒模様を走らせる。

九喇嘛モード。

ガイとの死闘から、クシナとの会話を経てナルトが身につけた新たな力。

いや……

正確にいうのなら、身につけたという表現は正しくない。

 

『この形態は今のてめーには負荷が大きすぎる。使えるのは一瞬。そこに全てを懸けろ』

 

九喇嘛の助言に、こくりと首を縦にする。

まだまだコントロールも効かない。

それでも正面から突っ込むには、これ以上の望むべきものはないだろう。

それほどまでの安心感と万能感。

 

『アレはこちらで用意してやる。直前までこちらのいとを悟らせるな』

『ああ、任せたってばよ、相棒!』

『……ケッ』

 

笑みを浮かべる。

今なら誰にも負けない。

二人なら全てを変えることができる、絶対の自信と高揚。

千の鳥が儚い旋律を歌う。

チッチッチッ! という電撃を鳴らす音が、戦いの決着を急かしていた。

ホルスターからクナイを引き抜く。

四代目であるミナトから託された、術式と父親の想いが刻まれた三叉のクナイ。

そこに、さらに九喇嘛の想いも込める。

オレンジ色に染まる術式クナイを逆手に構え、ナルトは前を見据えた。

 

「…………」

「…………」

 

沈黙が支配する。

空気を振動させるものは、雷鳥がさえずる口笛の偏重。

彼我の距離、およそ二十。

忍であれば、文字通り一瞬で縮めることのできる生死の間合い。

勝負はその一瞬で決まる。

 

「…………」

「…………」

 

交差する視線。

そこから互いが互いの心の内を読み取る。

今のナルトにはわかる、理解できる、できてしまう。

相手の心境が、秘められた想いが。

けれど、それは押し殺す。

言葉は交わし尽くした。

退路の道はとうにない。

ナルトとカカシ。

二人が、忍だからだ。

 

――駆け出したのは同時だった。

 

千の鳥が鳴り響く。

術の名を、千鳥。

別名、雷切。

雷すら切り裂いたその逸話に倣ってつけられた紫電の嘶きは、強力無比な一撃を携え、ナルトの心臓を破壊せんと迫る。

写輪眼を併せ持つことで完成する、最上の一突き。

一秒後に、ナルトの死を呼び寄せる。

仮に飛雷神で回避したとしても、それでは意味がない。

それではカカシを斃すことができない。

戦いを終わらせるには、この尊敬すべき忍者に真っ向から打ち勝つしか道はない。

 

「――ォォラァ!」

 

オレンジの一閃が直進する。

九喇嘛のチャクラを込めたそれは、カカシの左手を狙い放たれた。

洞察眼でこちらの動きは先読みされる。

ならば、やるべきことは一つ。

わかっていても対応できない一撃を放つだけ。

信じられない力で放たれた術式クナイは、空気を切り裂き、カカシの左手を潰しにかかる。

朱い瞳が淡い光を捉える。

ナルトの繰り出した一撃に、カカシは一瞬の躊躇いもなく貫き手を返してきた。

キンっ! という短い金属音がナルトの放った一閃を封殺する。

雷鳴が一閃の光明に競り勝ち、形見のクナイを空へと打ち上げた。

讃えるべきは九喇嘛のチャクラを退けた名刀か、雷切とぶつかり合って尚、砕けなかったクナイの方か。

しかし、此処に形勢は覆る。

一瞬にも満たない刹那の時間。

カカシの動きは確かに止まった。

その一瞬、その一瞬さえあれば、ナルトは新たな術を繰り出すことができる。

右手の掌を上に向ける。

と――

同時に。

死を告げる万雷が天を架ける。

雷切の二連続発動。

カカシの右手に迸る必殺の一撃が、女神の微笑みを再び五分へと戻す。

されど……

 

「…………」

 

碧眼に敗北の二文字は宿らない。

ナルトの右手に九喇嘛のーー否、九喇嘛だけではない。

ミナト、クシナ、ハク、再不斬、長十郎……

万象の想いと願いが織り重なり、絆の糸が螺旋を紡ぐ。

眩い光が逆境を退け、戦場を照らす太陽を生んだ。

ここに、最強の螺旋丸が完成する。

 

「…………!?」

 

雷鳴が音を沈める。

正面からぶつかったのでは、万に一つの可能性もない。

拮抗すら許されないと瞬時に察したカカシが、雷切に回していた全チャクラを、左眼の全経絡系に注ぎ込む。

写輪眼のカカシが有するもう一つの切り札――神威。

空間を齧り取らんとする陰々とした渦は、ナルトの掲げた螺旋丸もろとも、その半身をも飲み込まんとする。

しかしそれは、この戦いにおいてカカシがはじめて掴み取ってしまった、勝敗を別つ悪手であった。

空に一本のクナイが舞い踊る。

敗北を告げたはずのクナイは、少年に勝利をもたらす吉兆を告げる。

次の瞬間。

絶望の渦が全てを飲み込むより一瞬、否――半瞬速く、ナルトの姿がカカシの前から消えた。

 

――黄色い閃光が木ノ葉を舞う。

 

術式クナイを掴み取ったナルトは、カカシの頭上へ。

写輪眼の攻略。

その解答は、至ってシンプル。

自分の姿を相手の瞳に捉えさせなければいい。

はじめから拮抗などしていなかった。

秒にも満たない一瞬の空白。

それを突くことができれば、ナルトの飛雷神はカカシの写輪眼を悠々と凌駕する。

それでも勝負が成立していたのは、写輪眼の性能ではなく、カカシ自身が飛雷神の対応に慣れていたから。

ただ、それだけだった。

 

「言っただろ、バカカカシ。テメェの写輪眼は何も見えちゃいねーってよ!」

 

飛雷神・二の段。

瞬間移動で現れたナルトは、託された決意の螺旋丸を、カカシの無防備な背中に叩き込んだ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

受け継がれるもの

勝敗を分けたものは何か。

単純なスピードか。

時空間忍術の練度か。

背中を押してくれた仲間の数か。

それとも……

 

「がはっ……!」

 

負け惜しみの言葉すらなく、敗者は地べたに倒れ伏す。

螺旋丸をその身に受けたのだ。

化け物じみた防御力でもない限り、勝敗が覆ることはない。

されど……

 

「…………」

 

この勝敗の結末は、どちらかの死によって完結する。

カカシはまだ、生きていた。

ギリギリのところで致命傷を回避したのは、さすがという他ない。

だが、それは一時しのぎにすぎない。

手に持つ術式クナイに力を込める。

右手を振り上げ、

 

「……さよなら」

 

振り下ろそうとした、直前。

その声は内側からナルトの耳に届いた。

 

『待ちなさい、ナルトォ!』

 

時間が停止する。

聞き覚えのある女性の声と、

 

「そこまでだ、ナルト……」

 

自身の手を掴む、師匠の手によって。

視線を横に向ける。

 

「……自来也先生」

「もういい。もう終わったんだ、ナルト」

 

泣きそうな顔でそんなことを告げる自来也。

ふと周囲を見渡す。

するとそこには、いつの間にやら無数の人影ができていた。

耳を澄ましても戦闘の音は聞こえず、周りの忍たちもこちらの動きをただ見守るだけ。

 

「もういいって。戦争はどうなったんだ?」

 

困惑を帯びた声でナルトがそう尋ねると、自来也が言った。

 

「木の葉は降伏する。だから、もうお前がカカシを殺す必要はない」

 

木の葉が降伏?

戦争は、終わったのか?

その言葉に思わず手を緩めそうになったところで。

怒号が響き渡った。

 

「ふざけるなっ! ここまでのことをしておいて今さら降伏だと!?」

「霧隠れをなめるなよ、木の葉の蛆虫ども!」

「貴様らがどれだけの人間を殺したのかわかっているのか!! 仲間の仇は取らせてもらうッ!」

 

一人ではなく、複数の怨嗟。

恨みつらみのこもったその声は、正しく正当な怒りの感情だった。

だが、それは向こうも同じで……

 

「ふざけるな! お前たち霧隠れこそ我々木の葉にどれほどの仕打ちを与えてきたことか!」

「血霧の里め、今まで自分たちが何をしてきたのかわかっているのかっ!」

「家族や仲間を奪われたのはこちらも同じだァ!」

 

霧と木の葉。

二つ里が悪感情をぶつけ合う。

人がたくさん死んだ。

今回の戦争だけでも、どれだけの人々が傷ついた?

過去の話まで持ち出せば、それこそキリがないのでは?

水影のメイと三忍の自来也が間に立ち、なんとか皆の怒りを静めようとしているが、それもいつまで持つかわからない。

そんな時だった。

そいつが現れたのは。

 

「ならば、ワシの首を獲ればいい」

 

気配もなく突如として現れたその男に、周囲の視線が釘づけとなる。

次にその姿を見て、視界が固まる。

抉り取られた眼球。

切り取られた片腕。

なぜ生きているのか理解できない風貌をした男は、仮面をつけた一人の霧の忍に身体を支えられながら、一歩、また一歩と歩みを進める。

今にも天に召されそうな男の姿に、自来也がかすれるような声でその名をこぼした。

 

「……生きておったのか、ダンゾウ」

 

その言葉にナルトはハッとする。

男の顔を凝視する。

こいつが……ダンゾウ?

 

「自来也先生、それって本当か?」

「ああ。ワシも信じられんが……」

 

生返事を返す自来也に、ナルトは疑問符を浮かべる。

ダンゾウ、そいつはこの戦争の首謀者で、最低最悪の極悪人。

そのはずだ。

なのに、この男からは……

 

「悪意が感じねぇ……」

 

ぼそりと呟く。

目の前の男からは、嫌な気配を何一つ感じ取ることができなかった。

本当にこいつが戦争を引き起こしたのか?

そんな疑念を抱くナルトをよそに、両里の話し合いは進む。

 

「五代目様っ……!」

 

悲壮な顔色を浮かべ駆け寄ろうとする木の葉の忍たちを、ダンゾウが柔らかな手のひらで制した。

続けざまメイをはじめとした、霧の忍たちに顔をつき合わせる。

そして……

 

「此度の戦、全責任はワシにある。この老いぼれの首一つでどうか、両里の忍たちよ。その矛を収めてもらいたい」

 

頭を下げながら、謝罪の言葉を口にした。

喧騒が鳴り止む。

先ほどまで言い争っていた両里の忍たちも、現火影の言葉に異論を挟むことなどできず、静かに耳を傾ける。

この場において、ダンゾウに問いただす資格を持つ者は一人しかいない。

 

「ダンゾウ様、その言葉にうそ偽りはありませんか? 撤回するのなら今のうちですよ」

 

戸惑いながらも、普段の優しい声音とは異なり、一切の慈悲が排された声でそう問いかけるメイに、ダンゾウは肯定の言葉を返した。

 

「偽りはない。此度の戦はワシが強権を振りかざし、忍たちを無理やり扇動して引き起こしたもの。里の者たちはワシを除き、みな等しく被害者だ。そうであろう、シカクよ」

 

そう問われたシカクは、自来也やメイと同じく困惑の表情をあらわにしながらも、彼にしては珍しく少したどたどしい口調で応えた。

 

「……ええ、間違いありません。事実、私自身も幻術をかけられ、意識を奪われていましたから」

 

その返答にダンゾウは満足そうにうなずいてから、今度はこちらを、ナルトの方へと顔を向けてきた。

 

「そこにおるカカシもそうだ。そやつには特に強力な幻術をかけ、ワシの操り人形へと仕立て上げた。うずまきナルトよ、貴様が恨むべきはカカシではない。このワシ、ただ一人だ」

 

自らそんなことを言ってのけるダンゾウに、ナルトは何も言葉を返せない。

いきなり恨めと言われても、目の前にいるのはどう見ても今にも死んでしまいそうな好々爺だ。

周りの反応を窺っても結果は変わらない。

木の葉の忍たちですら、口には出さないが明らかに当惑の色を浮かべている。

けれど、ダンゾウの登場で場の空気は一変した。

このまま戦いを終えることができるのでは? と、ナルトが淡い期待を抱いた瞬間。

絹を切り裂く声が、静まり返った水面に一石の呪詛を投じた。

 

「今まで何をしておった、ダンゾウ!」

「九尾を捕らえるなどと息巻いておいて……なんじゃ、その有り様は。貴様のせいで木の葉は滅びるやもしれぬぞ!」

 

この期に及んで急に姿を現したのは、二人の老人。

木の葉の相談役であるコハルとホムラ。

集団をぐんぐんと押し退け、ダンゾウに詰め寄ろうとする二人に、しかし一人の霧の忍がその行手を阻むよう立ち塞がった。

 

「そこで止まれ」

 

冷徹な声が静止を呼びかける。

というか、また聞き覚えのある声だった。

が、相談役の二人はそれに気づかず、金切り声をあげる。

 

「そこをどかんか、無礼者」

「これは木の葉の問題じゃ。部外者は引っ込んでおれ」

 

そう言い放つ二人に、霧の忍は……

否、うちはイタチは二人にしか見えない形で仮面をズラし、

 

「あいにくとオレは部外者ではない。邪魔者はお前たちの方だ」

「おま、お前は……!」

 

ぱくぱくと口を動かす二人を前に、イタチの左眼の写輪眼が変異する。

そして、短く呟いた。

 

「月読」

 

次の瞬間。

相談役の二人は、抵抗の一つも許されず倒れ伏す。

それを眺めたイタチは、静かに仮面を戻した。

だがいくらイタチとて、この場にいる忍たちの全ての目を欺くことなどできるわけもなく。

正体に気づいた自来也が、腰を低く落とした臨戦態勢に入る。

 

「なぜ、お前がここにおるイタ……」

 

しかし、自来也がその名を告げる前に、イタチが急接近する。

耳元に囁くような声で、

 

「自来也様、オレは木ノ葉のうちはイタチです」

「……なに?」

「詳細の方は、貴方の弟子であるナルトくんから聞いてください」

「…………」

 

自来也の無言がこちらを射抜く。

その鋭い視線にナルトがうなずきで返すと、自来也は眉をひそめながらも敵意を収めた。

それを見たイタチは黙礼を示してから、その場から忽然と姿を消し去る。

後のことは、こちらに任せるらしい。

邪魔者が消え、話が戻る。

その痛々しい姿からは想像ができないほど、朗々とした声が静寂の場に響き渡った。

 

「水影よ、ワシの最期の懇願。聞き届けてはくれぬだろうか」

 

そう願いでるダンゾウに、メイは了承の言葉を返した。

 

「わかりました。水影の名に懸けて宣言します。貴方の命一つで、我々霧の忍は兵を引くと」

 

反対の意見は出ない。

火影の首には、それだけの価値がある。

霧も木の葉も。

相手を殲滅するまで戦い続けても、それは自分たちの首を絞めるだけ。

ここが落としどころだと、この場にいる全員が理解していた。

すると、その宣言を汲み取るように、再不斬が前に向かって躍り出る。

途中、ナルトの肩をポンっと叩いて、

 

「よくカカシの野郎をぶっ飛ばした」

 

ニヒル顔でそんなことを告げてから、大刀を担いで歩き出す。

その姿を見て、その刀を見て、ナルトは悟った。

今から、この戦争の首謀者である志村ダンゾウの斬首を行うのだと。

それをわかっていても、誰も止めようとはしない。

これが必要なことだと、誰もがわかっていたから。

子どものような癇癪を上げたりはしない。

ここにいるみんなは、皆、忍なのだから。

地面に正座するダンゾウに、再不斬が断刀・首斬り包丁を構える。

 

「五代目火影、何か言い残す言葉はあるか?」

 

末期の言葉を問いかける鬼人に、ダンゾウは「やり残したことがある」と応えた。

視線が一人の忍を捉える。

ダンゾウに見据えられた自来也が一歩前に進み、再不斬が一度刀を下げた。

沈黙の一瞬。

意外にも口火を切ったのはダンゾウの方ではなく、呼ばれた自来也の方だった。

それは、もしかしたらこの場にいる全員の疑問だったかもしれない。

 

「何があった?」

 

口から出たのは、どのような解釈にも取れる抽象的な言葉。

 

「お主は、本当にダンゾウか?」

 

当たり前で、そして誰もが感じた疑問。

しかし、男から返ってきた言葉は、質問からは少し横道に逸れた言の葉だった。

 

「ワシは、今まで何も知らなかった」

「……む?」

「世界とは、これほどまでに広く、壮麗で、そして愛おしいものだったのだな」

「…………」

「知らなかった。無駄に歳だけは重ねてきたつもりであったが……ああ、これまでの人生で、ただの一度たりとも知り得なかったよ」

 

火影まで登り詰めた男が自身の里を、里の仲間たちをゆっくりとその目に焼きつける。

残された生気は露ほどもなく、それでいて尚、瞳には希望と情愛が満たされていた。

 

「……ダンゾウ、お主は」

「今ならヒルゼンの言っていたことが理解できる。当たり前の日常が途方もなく美しい……生まれて初めて見た景色は、これほどまでに誇らしいのだな」

「…………」

「生まれて初めて、奴と肩を並べられた、そんな気がする。お前もそう思ってくれるか、ヒルゼンよ」

 

命を賭して紡がれる、儚くも切ない感動。

ダンゾウの瞳が、再び自来也に移る。

そして、最期の遺言を託した。

 

「自来也よ、五代目火影。最期の勅命だ」

「……なんなりと」

「お前が、この里を支える柱になれ。六代目火影よ」

「…………!」

 

自来也の顔色が驚愕に染まる。

名状し難い表情を浮かべた自来也は、微かな時間、瞑目する。

されども、ダンゾウの眼光がそれを逃がさない。

有無を言わせぬ血気が、その灯光には宿っていた。

刮目した自来也は、否応なく口を動かす。

戸惑いと、それに相反する覚悟を秘めた穏やかな声音で、

 

「謹んで拝命いたします」

 

その名を受け継いだ。

それに、ダンゾウは満足そうにうなずく。

 

「火の意志は受け継がれる。皆の者、木ノ葉はまだ死んではおらぬ。人が生きてさえいれば、いくらでもやり直せる。あとのことはお主たちに任せた」

 

これでやり残したことはなくなった。

後は……

 

「……さて、終わらせようか」

 

自身を慈しむ無念の嵐の中、まるで散歩にでも出るような口調でダンゾウが先を促す。

メイの了承を得た再不斬は、その首斬り包丁を静かに構えた。

そして……

 

「…………」

 

男の首を狙い、一文字に振り下ろした。

 

 

 

木ノ葉隠れの里。

殉職者の数、およそ三千。

木ノ葉創設以来の大敗北を喫する。

この事実を重く受け止めた忍を含む木ノ葉の住民たちは、大きな傷跡を残しながらもこれまでの行いを悔い改め、今一度里の再興をはかることになる。

新たな同盟国と互いに手を取り合って。

 

霧隠れの里。

殉職者の数、およそ一千二百。

戦争にこそ勝利したものの、決して少なくない忍がその命を散らした。

戦いの始まりから終わりまで、終始有利に立ち回った霧であったが、やはり里がまとまって日が浅いせいか、忍一人一人の練度の違いが目に見えて明らかだった。

しかし、ここからだ。

霧隠れは、ここからが本当の始まりなのだから。

 

 

後の世に「開闢の戦い」と命名された戦いは、かくして――その一幕を下ろしたのであった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

うすまきナルト物語

その日の青空はどこまでも澄み渡っていた。

雲一つない快晴の空は、皆に祝福を告げるかのよう。

木ノ葉の里。

今日この里では、ある重大な式典が行われようとしていた。

広場に集まった人々の視線が一同に上を向く。

それに応えように、火影屋敷の露台から二人の男女が姿を現した。

徐々に静まり返る歓声とは裏腹に、会場を包む熱気は最高潮となる。

二人組の男女のうち、男の――自来也の方がさらに一歩前に足を踏み出す。

手のひらをこちらに突き出し、背景からかかっ! という音を響かせる勢いで、芯の通った口上の言葉を宣した。

 

「知らざあ言って聞かせやしょう。切りては結ぶ人の縁、転んで起きてを繰り返す、我らが受け継ぐ火の意志は、若き芽を見る人の世の、願いを夢見て紡がれる。此処に綴るは波乱万丈物語ィ〜 此処で語るは自来也豪傑物語ィ〜」

 

知らざあ言って聞かせやしょう。忍界一のモテ男。木ノ葉が誇る六代目ぇ〜 自来也様たァ〜 ワシのこと!!

 

口上の結びとともに、怒号のような歓声が空気を震撼させた。

火影笠を身に纏い、火影の名をその背に背負う自来也に、この場にいる全員が祝詞を上げる。

無論、うずまきナルトもその一人であった。

師匠である自来也の晴れ舞台。

ナルトはその光景を、鼻高々な気持ちで眺めていた。

 

――火影を超す。ンでもって、里の奴ら全員にオレの存在を認めさせてやるんだ!

 

かつて自分が描いた夢を、自来也が叶えた。

普通、師匠の夢を弟子が叶えると相場では決まっているはずなのだが……

これではあべこべだ。

でも、不思議と悔しいとは思わない。

むしろ、メイと並んでデレデレしている自来也の姿に、なぜか誇らしいとすら感じるぐらいであった。

霧と木ノ葉。

両里が血を血で穢し、殺し争い尽くした激戦の日々から、早七日。

十月十日の今日、忍の歴史に新たな幕開きが刻まれる。

六代目火影、自来也の就任。

そして、霧と木ノ葉の同盟締結。

長かった。

ああ、ここまで来るのにどれだけの回り道をしたことか。

けれど、それもこの感動を覚えれば、頑張った甲斐があったというもの。

 

「よっ、六代目!」

 

盛大な歓呼の叫びに、ナルトも声を張り上げる。

木ノ葉の住民だけではない。

新たな火影と同盟の祝杯に、霧をはじめ数多くの人々が嵐のような喝采をあげていた。

そんな時だった。

 

「……ん?」

 

気配を感じる。

それは身を隠すためのものではなく、明らかにナルトを呼んでいるものであった。

人の隙間を通り、その人物が導く方へ。

数秒後、細い裏道に出る。

隘路で佇んでいたのは、面を被った一人の忍。

イタチだった。

 

「どうしたんだ、こんな時に?」

 

気軽にナルトがそう訊ねると、イタチが言った。

 

「オレはそろそろこの場を離れようと思う。見るべきものも見れたからな」

「……そうか」

 

静かにうなずく。

イタチは結局、暁をやめなかった。

まだ、その組織でやるべきことがあるらしく、これからも木ノ葉と、そして今回のことで恩義を感じた霧に相手の情報を流すためらしい。

 

「なあ、お前は本当にこれでよかったのか?」

 

死ぬ前にダンゾウに全てを語らせれば、自身の信用だって回復できた。

サスケとも仲直りできたかもしれない。

頭のいいイタチなら、それぐらいわかったはずなのに。

そんなナルトの問いに、イタチは淡々と応える。

 

「ああ。これはオレが望んだ……いや、オレが望んだ以上の結果だ」

「…………」

「忍の生き様は死に様で決まる。ダンゾウの最期は、木ノ葉の忍に恥じない立派な最期だった」

 

一族の仇ともいえる男に、そんなことを言ってのけるイタチ。

そんな彼を前に、ナルトは、

 

「……そっか」

 

と、返すしかなかった。

本人が納得しているのなら仕方ない。

複雑なナルトの心情を察してか、イタチは最後に微笑みだけ残してその場を去った。

喧騒が耳に蘇る。

今日は、どこもかしこもお祭り騒ぎ。

たこ焼き、射的、わたあめ、焼きそば、金魚すくい。

小さなテントが並び立ち、そこらかしこに屋台を繰り広げている。

里の復興も今日だけはお休みだ。

中忍試験からずっと、木ノ葉住民たちは動きっぱなしだったのだ。

だから、今日ぐらい思い切り楽しまなくては。

ふと、見知った顔が目に入る。

雪の国の大名である小雪が、子どもたちに紙芝居を読み聞かせていた。

その光景に思わず目を奪われるナルトだったが、彼女の邪魔になってはいけない。

ゆっくりとその場から離れ、気の向くままに歩きだす。

と――

しばらく歩いていたら、また見知った顔に出くわした。

しかも今度は二人。

向こうもこちらに気づいたようで……

 

「よっ!」

「おはようございます」

 

などと、呑気に声をかけてきたのは、背中合わせに突っ立っているカカシとサイの二人だった。

手には「イチャイチャバイオレンス」という題名の怪しげな本が握られている。

18禁の文字が見えなくもないが、自分と同い年であろうサイも手に持っているので気のせいであろう。

 

「お、おう……」

 

いろんな意味で戸惑いながら、ナルトも手を上げ返す。

つい先日まで殺し合っていた相手に、どんな顔をすればいいのか思い悩んでいると、サイが一冊の本を差し出してきた。

 

「キミもどうです?」

「…………」

 

下を見る。

こちらに差し出された本の表紙を見て、頬を引き攣らせる。

イチャイチャバイオレンスと書かれていた。

 

「い、いやー、これお前のだろ? オレが貰っちまったら悪いってばよ」

 

普段なら地面に叩きつけてやりたいところだが、相手が相手だ。

嫌がらせにしか思えないが、もしかしすれば純粋な思いやりの可能性も捨てきれず、遠慮がちに断りを入れる。

しかし……

サイは気にするなといった顔で、

 

「問題ありません。家にはまだ、保存用と観賞用が残っていますので」

「保存用っ!?」

 

何を保存するつもりだ!?

本なんて読む以外に使い道なんかねーだろ!

やっぱ嫌がらせなのかと思ったナルトは、少しだけ語気を強めて、

 

「だぁーー!? オレがそんなもん読むわけねーだろ! なんなんだ、お前!」

「いえ、仲直りの印に」

「仲直り!? これで???」

 

明らかに品物のチョイスがおかしい。

そう指摘しようとしたところで、サイが無言で本を開き、これを書いた人物の名を指で差した。

自来也と書かれていた。

 

「…………」

 

急激に木ノ葉の行く末に、暗雲が漂ってきた。

やっぱこの里はダメかもしれない。

さすがに師匠の本を破り捨てるわけにもいかず、なんとも言えない気持ちでナルトはイチャイチャバイオレンスを受け取った。

すかさずポーチに入れる。

この禁書が開かれることは二度とないだろう。

ため息をこぼしながら、前を向く。

すると、サイがこちらに手を差し出してきて……

 

「…………」

 

しかし、その手を掴むのに躊躇する。

戦時下だったとはいえ、ナルトはサイを殺そうとした。

結果としてこうして生きてはいるが、それはガイがナルトを止めたからであって、ナルト自身が手を止めたわけではない。

いくら戦争が終わったからといって、すぐに仲直りはあまりにもむしが良すぎるのでは……

そんな思いから戸惑いを見せるナルトに、普段の無表情から一転して、少しだけ大人びた表情を覗かせたサイがこんなことを言ってきた。

 

「戦争に参加した奴らが真っ先に手を取り合わなくてはならない。キミの言葉ですよね、ナルトくん」

「…………!?」

 

ああ、そうだ、その通りだ。

罪悪感は残っている。

もしかしたら一生消えないかもしれない。

それでもナルトはサイの手を掴み、仲直りの握手を交わした。

これが新しい絆を生む、その第一歩だと信じて。

すると、それを横から見ていたカカシが嬉しそうな声で、

 

「ナルト、オレたちもまだだったよな」

 

なんて言いながら、指を二本差し出してきた。

今度はすぐに意味を理解したナルトだったが、カカシの姿に呆れの感情が先んじる。

 

「なんで、てめーがここにいるんだってばよ」

 

カカシは松葉杖を片手に、包帯ぐるぐる巻きの状態で突っ立っていた。

うわさでは、全治数ヶ月の怪我のはずだが……

そのカカシが言う。

うんざりとした顔で、

 

「いやー、病院にいるとすっごい人が見舞いに来てくれるのだけどね」

「いいことじゃねーか」

 

誰も見舞いに来てくれない人だって、世の中にはいる。

大勢押し寄せてくるということは、それだけカカシが愛されている証拠だ。

いったい何が不満なのか首を傾げると、

 

「んー、来てくれる人がみんな、身体の怪我じゃなくて、頭の心配をしてきてね……」

「へ?」

「いやぁ、ダンゾウ様の幻術にかかっていたわけだけど、記憶は残っているのよ。ほら、変な仮面を着けてた時のアレが……」

「あ〜〜」

 

それは確かに辛い。

いい歳したおっさんが、革命だのなんだの言っていたのだ。

これでカケラも似合っていなかったのなら、印象にも残らず笑い話で済んだのだが、カカシの場合は無駄に似合っていたおかげか、完全に黒歴史である。

里の仲間とも顔を合わせづらいのだろう、色々と。

病院を抜け出したくなる気持ちもわかる。

つい同情の眼差しを向けてしまうと、カカシのやる気のない半眼が「何も言うな」と嘆いていた。

だからナルトはそれ以上話を掘り下げず、指を二本差し出す。

 

「和解の印だよな、バカカカシ」

「……そこはカカシ先生じゃないの?」

 

不満げな声でそう訊くカカシに、ナルトは挑発的な笑みを浮かべて、

 

「言っただろ、てめーなんかバカカカシで十分だ」

「ははは、ま、もうお前にはあっさりと超えられてしまったからな」

 

などとぼやかれながら、二人は結ばれるはずのなかった和解の印を結んだ。

 

「…………」

 

お前にはもう超えられてしまった、か。

 

「……なあ」

「ん? どうした?」

 

首を傾げるカカシに、ナルトは喉から出かけた言葉を一度飲み込む。

九喇嘛モード。

九尾と心を通わせた人柱力は、殺意や敵のチャクラだけではなく、人の悪意を感知することができる。

だからこそ、あの時のナルトには理屈抜きで理解できた。

口でこそ何度も殺すと言っていたが、カカシはナルトに対し、一度も悪意を向けていなかったことを。

けれど……

 

「いや、なんでもねーってばよ」

「……そう?」

 

和解の印が解かれる。

これは聞かぬが花というやつだろう。

そう結論付けたナルトは、会話もそこそこにまた歩みを進め始めた。

こんなにゆっくり木ノ葉の里を歩くのは、本当に久しぶりだ。

戦争が終わってからは、ずっとドタバタした時間が続いていたから。

特にナルトは、ナルトが四代目の息子だと真実を知った木ノ葉の住民たちから、謝罪の言葉を何度も何度も聞かされていた。

正直なところ、いきなり手のひらを返されても……

そんな気持ちも心の内には存在した。

けど、ナルトは一人一人の謝罪を受け入れ、許す意志を示した。

そうしなければ、霧も木ノ葉も前に進むことはできないから。

きっと、四代目であるミナトも、それを望んでくれているはずだから。

 

「…………」

 

決して、いきなり全てが上手くいくなんてことはない。

ナルトに謝罪した人だけを見ても、どちらかといえば、ナルトにではなくミナトに申し訳ないと言っている人や、明らかに口だけの人もいて、なかなか刻まれた亀裂の溝は深いらしい。

まだまだ互いに複雑な心境を持ち合わせている。

それでも、この同盟に意味がないなんてことはない。

その証拠に……

里中がお祭り騒ぎのどよめきの中、一段と声の張る掛け声が鼓膜をぶち破る勢いで迫ってきた。

 

「鬼はァァ外ォォ!!」

「福はァァ内ィィ!!」

 

気になって様子を見に行くと、そこには人々が輪を描いてある一つの店を囲んでいた。

そして、その輪の中心にいたのは……

 

「鬼はァァ外ォォ!!」

「福はァァ内ィィ!!」

 

独特な掛け声で餅をつく、霧の鬼兄弟。

業頭と冥頭の姿があった。

かつて血霧の里と恐れられた霧隠れは、捕まえた他国の忍は何があっても解放せず、髪の一本までむしり取り自里の利益のために使い尽くすと有名であった。

その霧が今回、木ノ葉の里と捕虜交換を行ったのである。

業頭と冥頭の二人は、その時に解放された。

二人がナルトの知り合いだと知った三代目が、ほとんど軟禁に近い状態で生かしておいてくれたのだ。

ナルトに気づいた二人が、とてつもない速さで餅をつきながら、

 

「おお、ナルトか」

「ちょうどいい。お前も食っていけ。我らが作りし、至高のスペシャルラーメンを!」

 

なんてことを言いながら、席へと促される。

そう、ここは簡易的に用意した「ラーメン一楽」。

どうやら本日は、お腹を満たせる餅ラーメンを期間限定で出品しているらしい。

懐かしい顔がナルトに声をかけてきた。

 

「久し振りじゃねーか、ナルト」

「……ああ、また来たってばよ、おっちゃん」

 

テウチが火加減を調節しながら、ナルトに声をかけてきた。

思わず泣いてしまいそうになるが、今はそれ以上に優先すべきことがある。

ナルトは満面の笑みで、懐かしの言葉を口にした。

 

「味噌チャーシュー大盛り!」

「「スペシャルラーメンを頼めっ!!」」

 

後ろから聞こえる叫びを無視して、ナルトは自分の一番の好物を注文した。

久し振りに食べた一楽のラーメンは、格別に美味かった。

代金を払い、席を立つ。

腹も満たされたので、食後の運動にとまた歩き出した。

木ノ葉の大通りを歩き、アカデミーを通り抜け、里を見渡せる場所に腰を落ち着ける。

火影の顔岩。

その四代目の頭に座り込み、里を展望する。

賑わう街並みを視界に、頬で心地よい風を感じていた、そんな時だった。

相棒が声をかけてきたのは。

何やら厳しさを孕んだ声音で、

 

『ナルト、クシナが呼んでいる。今すぐに来い』

『…………!?』

 

その切羽詰まった声に嫌な予感を感じたナルトは、慌てて精神世界へと潜り込んだ。

そこはどこまでも広く、世界から隔離されたもう一つの世界。

目の前には薄らと輝く、今にも消えてしまいそうなクシナが立っていて……

事態を察したナルトは、

 

「九喇嘛! 今すぐ母ちゃんにチャクラを分けてやってくれっ!」

 

と、頼むも……

 

『…………』

 

九喇嘛は首を横に振るだけ。

意味のわからない返答に、ナルトは声を荒げて、

 

「なんで! もう二人は仲直りしたんだろ!?」

 

九喇嘛に詰め寄りながらそう叫ぶと、クシナが言った。

凛とした、子どもを諭すような声で、

 

「九喇嘛は何度も言ってくれたわ」

「……え?」

「でも、私が断ったの」

「なっ、なんで?」

 

チャクラさえあれば、ナルトの精神世界でならクシナは存在することができる。

ここに九喇嘛がいる以上、かなりの時間、滞在時間を伸ばすことが可能なはずだ。

なのに、なぜ?

狼狽えるナルトに、クシナははっきりとした口調で想いを告げる。

 

「あの人を、ミナトをこれ以上独りにはしておけない」

「…………」

 

それは、それは卑怯だ。

反論なんてできるわけがない。

 

「私は十分幸せよ。だって、本来なら見ることのできなかった未来を、アナタの成長した姿をこの目で見ることができたのだから。ミナトにも感謝しなくちゃね」

 

嬉しそうに、楽しそうに、幸せに満たされた笑顔を浮かべるクシナに、ナルトは思わず言葉を発した。

それは、ずっと思い悩んでいたことだった。

 

「オレってば、産まれてきてよかったのか?」

「……え?」

 

呆けた顔をするクシナに、ナルトは言った。

ずっと秘めていた、目を逸らしていた事実を口から吐き出す。

 

「だって、オレを産まなきゃ、母ちゃんは死ななかった。父ちゃんだって死ぬことはなかった」

 

女性の人柱力はある条件下において、その封印を弱める瞬間がある――出産の時だ。

 

「オレが産まれなければ、今でも父ちゃんと母ちゃんは……!」

「なんてこと言うんだってばねっ!」

「うみゅぅ!?」

 

セリフの途中で頬を挟まれる。

ナルトの顔を両手で挟み込んだクシナは、そのまま互いの顔を突き合わせ、

 

「産まれてきてよかったのか? ですってェ!?」

「い、いや、だって……」

 

母親のあんまりの剣幕に、つい言い淀んでしまうナルト。

しかし、次の瞬間。

その身体は温かい体温に包まれていた。

クシナはナルトを抱きしめて、

 

「当たり前でしょ。アナタが私を母親にしてくれた。アナタがミナトを父親にしてくれた」

「……っ!」

「これ以上の幸せなんてない。二度と親の前でそんな馬鹿げたこと言うんじゃないってばね!」

「……わりぃ、母ちゃん」

 

身体から温もりが離れる。

その熱を名残惜しむように前を向くと、最期の力を振り絞って、クシナが想いの丈を紡いだ。

 

「私はアナタに出逢えて、ミナトと出逢えて幸せだった。だからナルト、アナタも幸せになる努力をしなさい」

「……わかったってばよ」

 

ナルトの返事を聞いたクシナは、最期にとびっきりの笑顔を残して、

 

――ナルト、誕生日おめでとう。

 

産まれて初めての言葉とともに、光の粒子は天へと昇っていった。

 

 

意識が戻る。

大きく息を吸い込んだナルトは、そのままの勢いで顔岩から飛び降りた。

なんだか、無性に誰かと話したかった。

すると、そんなナルトの願いを誰かが聞き届けてくれたのか。

 

「ナルトォォ!!」

 

自分を呼ぶ声が向こうから聞こえてきた。

目の前に、再不斬、ハク、長十郎に続き、カカシ、サスケ、サクラにサイ……

一緒に任務をやり遂げたシカマル、チョウジ、ネジ、シノ、ついでにキバと赤丸。

その他にも、大勢の仲間たちがナルトに向かって手を振っていた。

それを見つけたナルトは満面の笑みを浮かべて、一気に駆け出すのであった。

 

 

 

 

 

 昔、九尾の妖狐ありけり。その尾の一振り、山崩れ津波立つ。

 かつて戦乱の世に暗躍し、戦局を左右した忍たち。彼らは今も人のため、里のため、密かに暗躍を続けている。

 そして、この物語は九尾の妖狐を封印され、産まれた時から、木ノ葉の隠れ里で迫害にあってきた少年。うずまきナルトが里を抜け、それでも尚、人々の心を繋ぎ合わせ、希望を紡ぐ架け橋となる。

 

 その序章の物語である。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。