「皆さん、お疲れ様ですっ!」
今日もライブを終えたPPPのメンバーに、ねぎらいのじゃぱりまんを配るマーゲイ。PPPのメンバー達は喜んで受け取り、じゃぱりまんを食べながら、ライブの疲れを癒やす。
「プリンセス。フルルは?」
と、少ししてから、コウテイがプリンセスに、フルルの居場所を訊いた。
「えっ?」
見回すと、確かにフルルの姿が見えなくなっている。
「どこ行ったのかしらあの子? 探してくるわね」
「私も行こう」
心配ないとは思うが、万が一セルリアンに襲われでもしたら大変だ。プリンセスとコウテイは、フルルを探しに行った。
フルルはすぐに見つかった。ライブが終わって誰もいなくなったステージに腰掛け、かじりかけのじゃぱりまんを手に持って、ぼんやりと空を見上げている。
「フルル! こんなところにいた!」
「まったく、あんまり心配させないでくれ」
二人はフルルが無事だった事に安堵した。
「あ、プリンセスにコウテイ。どうかしたの?」
肝心のフルルといえば、二人の心配など、どこ吹く風で、のんきなものだ。
「それはこっちの台詞よ!」
「どうしたんだこんなところで?」
「ん~」
コウテイから訊かれて、フルルは何か考えるような仕草をしてから答えた。
「夢を思い出してたの」
「「夢?」」
「うん。夢」
フルルの話によると、ここしばらく彼女は、同じ夢を寝るたびに毎日見るらしい。
「夢の中だとね、私はいつもよくわかんない場所にいるの」
「よくわからない場所?」
「うん。柵に囲われた場所でね、そこには私と同じ、フンボルトペンギンの仲間がたくさんいるの」
フルルは続ける。
「その中にね、一羽だけ、私に話しかけてくる子がいるの。いつも私と一緒にいて、好きだよ、大好きだよって言ってくるんだよ。私はそれが嬉しくて、ありがとうって言おうとするんだけど、声が出ないの。それで、どうしたらあの子に私の気持ちを伝えられるかなぁって」
フルルの考え事を聞いて、プリンセスとコウテイは返答に困ってしまった。夢の中の出来事など、どうしようもない。
「フルルは、その子にどうしても、自分の気持ちを伝えたいと思ってるのか?」
コウテイが、フルルの意思を確認する。
「うん。伝えたい」
「なら、思い続けろ。思い続ければ、それはきっと叶う」
「……うん、そうだね。じゃあ私、あの子の事、思い続ける!」
「その意気だ!」
納得してくれるかと心配したが、フルルは納得してじゃぱりまんを食べるのを再開した。
「……大丈夫かしら?」
少し離れてから、プリンセスはコウテイに訊いた。思いだけで、望みが叶うわけがない。何せ、今回は夢の中での出来事が問題なのだ。
「私達にはどうにも出来ない事だ。時間が解決してくれるのを待つしかない」
どこまで行っても、夢は夢だ。その内、フルルも諦めるだろうと、コウテイは思っていた。
その翌日、事件は起きた。
次のライブに向けての練習にフルルを誘おうと、プリンセスが楽屋を訪れた時、プリンセスは驚いた。
「フルル!? フルルどうしたの!?」
フルルは楽屋で眠っていたのだが、寝ながら涙を流していたのだ。驚いたプリンセスはフルルを揺さぶり、起こそうとする。
「プリンセス!?」
「どうしたんですか!?」
プリンセスの声に気付いたイワビーとジェーンが、楽屋に飛び込んできた。遅れて、コウテイとマーゲイもやってくる。
「ん……みんな……?」
フルルは目を覚ました。
「また夢を見たのね?」
プリンセスはフルルが泣いていた理由が、昨日言っていた夢のせいである事にすぐ気付く。
「うん……」
フルルは、今回見た夢の内容について語った。
「今日はいつもと違う所にいたの。暗くて冷たい場所で、あの子が私のすぐそばにいた。つらそうで、ぐったりしてて……」
目を背けたかったが、その時初めて身体も動かせない事に気付いた。
「あの子、私に、結局最期まで何も言ってくれないんだね。一回くらいお話したかったな、って言って、それから目をつぶって、全然動かなくなっちゃった……」
プリンセスは察した。フルルが夢の中で会っていたフンボルトペンギンは、死んでしまったのだ。生まれて初めて、誰かが死ぬところを見た事、それがずっと気持ちを伝えたかった相手である事が重なって、フルルは悲しみのあまり泣いていたのだ。
「泣くな、フルル」
そんな彼女に、コウテイは優しく声をかけた。
「お前の気持ちは、きっとその子に届いている。お前が泣いている姿を見たら、悲しむぞ」
「……うん……」
フルルは涙を拭い、泣き止んだ。
今日の練習は中止にして、PPPはフルルなしで会議を始めた。内容は、どうすればフルルが元気になるか。彼女の事を考えて、フルルには外れてもらったのだ。しばらく、一人になりたいだろうから。
「夢って、昨日コウテイが言ってた奴だよな」
イワビーもジェーンもマーゲイも、コウテイから夢の話は聞いている。その上で、フルル自身に解決させる事にしたのだが、昨日の今日で急展開だ。
「正直、どうしたらいいのか私にもわかりません」
マーゲイは、特殊すぎる状況に、解決法を見出せないでいる。
「私は、もうしばらくフルルをそっとしておいてあげるべきだと思うわ」
「私もそう思います」
プリンセスとジェーンは、フルル自身に心の整理をさせる方法を提案した。
「そうだな。夢の事だし」
「それに私は、もうフルルは例の夢を見ないと思うんだ」
イワビーとコウテイも賛成した。あの子は死んでしまったのだから、もう夢の続きは存在しない。その内忘れるだろうと、コウテイは思っていた。
コウテイの予想通り、フルルはあの夢を見なくなった。
だが予想に反して、フルルはフンボルトペンギンの事を忘れなかった。口に出しはしなかったが、言わなくてもわかる。練習に身が入っていないし、何もない時はぼーっとしているからだ。フンボルトペンギンの事を考えているのは、明らかだった。
フルルが夢を見なくなってから、三週間後、それは起きた。
「フルルー? フルルどこー?」
また、フルルが行方を眩ませたのだ。今度は、PPPのメンバーとマーゲイの全員で探す。
「フルル……」
そして、見つけた。フルルだ。
しかし、フルルは一人だけではなかった。
誰かと一緒にいたのだ。
それは、フルルとよく似た姿をしているフレンズ。フンボルトペンギンのフレンズだ。
そのフレンズとフルルが、涙を流しながら、抱き合っていた。
「フルル!!」
驚いてフルルを呼ぶプリンセス。フルルとフレンズも、驚いて離れる。
「ごめんなさい」
フレンズは、駆け寄ってきたプリンセスに謝る。そこへ、コウテイ達も集まった。
「あなたは?」
「……ごめんなさい。わからないんです」
プリンセスは訊ねるが、フレンズは自分の素性をわからないと言った。自分がなぜフレンズになったのか、いつからここにいるのか、全くわからないらしい。
「でも、わかってる事もあるんです」
フレンズは、フルルに向けて言った。
「僕はずっと、この子に会いたかった。この子が誰なのかわからないけど、ずっと前から、僕はこの子に会いたかったんだって」
「私も。この子の事知らないはずなのに、この子を見てたら、すごく嬉しくなって……」
そう言いながら、フルルは涙を拭う。
「何だかよくわかんねーけど、おめでたい事だってのはわかるぜ。同じ種類のフレンズが生まれるなんて、すっげー珍しい事なんだからな!」
「みんなでお祝いのライブをやりましょう!」
「賛成!!」
「私もだ」
「ライブのスケジュールなら、私に任せてください!!」
新しい仲間の誕生を、みんなで祝福するPPPとマーゲイ。
「あ、でも待てよ?」
と、ここでイワビーが、ある事に気付く。
「俺達、お前の事、なんて呼べばいいんだ?」
フルルと同じ、フンボルトペンギンである。区別する為にも、呼び名が必要だ。
「うーん、どんな名前がいいかなぁ?」
フレンズの為に、名前を考えようとするイワビー。
すると、
「グレープ」
フレンズが、そう言った。
「「「「「「えっ?」」」」」」
「グレープ。それが僕の名前。誰に付けられたのか覚えてないんだけど、ずっとずっと昔から、そう呼ばれてた気がするんだ」
「グレープ……」
その名前を聞いて、フルルは夢を思い出した。
夢の中で、フルルはたくさんの声を聞いたのだ。その声の中に、グレープという名前が、いくつも含まれていたのを、思い出した。
その瞬間に、全てがフルルの中で繋がった。
繋がった時には、再びグレープに抱きついていた。
「えっ、どうしたの!?」
グレープは困惑している。他の仲間達も、フルルの突然の行動に、かなり驚いている。
「待ってたよ、ずっと」
フルルは確信したのだ。このグレープという名のフンボルトペンギンこそが、夢の中で会っていたあの子だという事を。
そして、自分を抑えきれなかったのだ。ずっとやりたかった事を、出来る日が来たから。
「私も大好きだよ、グレープ君! ようこそ、ジャパリパークへ!!」
夢で見ていたあの子に、自分の気持ちを伝える。
ずっとずっと夢見ていた事を、フルルは、やっと出来た。
グレープ君、ありがとう!
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