ジャパリパークに広がる亀仙流の教え (塞翁が馬)
しおりを挟む

さばんなちほー

「ふぃ~…。やれやれ、一体ここは何処なんじゃ?」

 

 そう言って額の汗を拭う杖を持った老人。髪の毛は無く、代わりに口元に白い髭をもっさりと生やし、目にはサングラスをかけている。

 

 小柄な体に中華風の武道着を纏っているが、なぜか背中に亀の甲羅を背負っている。見た感じ中々重そうな甲羅だ。

 

「ん~………。―――ん? あれは…」

 

 額に右手を付けて、周囲をぐるりと見まわした老人だったが、ふとその動きが止まる。老人の視線の先には人影の様な物が二つあったのだ。

 

「…むむ! あのシルエットは………女子(オナゴ)じゃな!?」

 

 そう言うや否や、老人は人影に向かって一目散に走っていく。その速さたるやまさしくチーターの如し! あっという間に二つの人影の前に到着してしまった。

 

「うみゃみゃみゃ!? なになにー!? かりごっこかなー!?」

 

「た、食べないで下さーい!?」

 

 突然駆け寄ってきた謎の老人に獣の耳を生やした少女は驚いて、大きな帽子を被った少女は怯えながら大きな声を出す。

 

「ままま待て待て! 食べたりはせんよ! わしゃ人畜無害なただのジジイじゃからの!」

 

 二人の少女の内、明らかに老人に怯えの視線を向けている帽子の少女に向かって、老人は慌てて自分に害意が無い事を言葉と両手を上に上げることで示す。

 

「…ほ、ホントですか?」

 

「うむ、本当じゃ。ワシの名は亀仙人…人によっては武天老師と呼ぶ者もおるのぉ」

 

 まだ少し怯えている帽子の少女に向かって老人…亀仙人は朗らかな笑顔を向けながら二人に向かって名乗った。

 

「私はサーバルだよっ!!」

 

「あ、えっと…か、かばん…です」

 

 すると、獣の耳を生やした少女…サーバルと帽子の少女…かばんも釣られる様に名乗る。ただ、サーバルの方は元気一杯だったのに対し、かばんの方は自分の名前だというのにやけに自信がなさそうだ。

 

「ふむ? 何故そんなオドオドしとるんじゃ?」

 

 そこが気になった亀仙人は思わず尋ねてしまう。

 

「その、ボク自分の名前が分からなくて…」

 

「かばんって名前も私が付けてあげたの! おっきなかばんを背負ってるからかばんちゃん!」

 

 悲し気に呟くかばん。サーバルが元気よくフォローを入れるが、場の雰囲気は少ししんみりしてしまっている。

 

「おっと、これは聞いてはいかん事じゃったかの…」

 

 その雰囲気を察し、亀仙人も頭を下げるが、

 

「いえ、大丈夫です。手がかりはありますから」

 

「えっとね、かばんちゃんが何のフレンズか調べるために、これからじゃぱりとしょかんへ向かうところなの!」

 

 表情こそ悲しげなままだが、それでも気丈に振る舞って見せるかばん。と、同時にサーバルがその手掛かりについて簡単に口にする。

 

 名前が分からないという事は記憶喪失か何かだろうが、それでも目的が定まっているのなら現状は問題ないだろうと亀仙人は一つ頷く。

 

「そういえば、貴方は何のフレンズなの? やっぱり甲羅背負ってるし亀のフレンズ? そう言えば私、亀のフレンズって初めて見るな! …わー、本当に甲羅って固いんだねー! それにすっごく重ーい!!」

 

 その時、不意にサーバルが不思議そうに亀仙人に聞いてくる。そのままテンションが上がってきたのか、亀仙人がこの質問に答える前に、背中の甲羅を弄り始めるサーバル。

 

「…フレンズってなんじゃい?」

 

「あ、いや、ボ、ボクもよく分かってなくて…」

 

 しかし、”フレンズ”という言葉の意味が分からない亀仙人はかばんに尋ねるが、期待した返答は返ってこなかった。

 

「それで、貴方はどこのナワバリから来たの!?」

 

 そんな二人の小声でのやり取りを気にする事もなく、引き続き亀仙人の背負っている甲羅を弄りながら、サーバルが好奇心にあふれた瞳で亀仙人に更なる質問をする。

 

「ナワバリじゃと…? ふぅむ、ワシのナワバリと言えばカメハウスになるのかの…?」

 

「かめはうすちほー? そんなところ聞いた事が無いよ」

 

 思案顔で答える亀仙人だったが、その言葉にサーバルも少し困惑する。

 

「なんと言えばよいかのぉ…。いつも通りカメハウスで寝ておったんじゃが、気が付けばワシはここにおったのじゃ。ところで、ここは何処じゃ?」

 

「ここはさばんなちほーだよ!」

 

「さばんなちほー…サバンナという事かの? もうちょっとはっきりした地名を言ってほしいのじゃが…」

 

「そんな事言われても、さばんなちほーはさばんなちほーだよ」

 

「うむむ、困ったのう…。西の都やキングキャッスルとかは聞いた事が無いかの?」

 

「に、にしのみやこちほー? キ、キング………?」

 

 サーバルと亀仙人、二人して困っている表情を見せる。どうやら、二人の地域に関しての知識には著しく差がある様だ。

 

「あの…、お困りのようですし、もしよければ亀仙人さんも一緒に図書館へ行きませんか?」

 

「あ、そうだねかばんちゃん、そうしようよ!!」

 

 そんな中、少し遠慮がちにかばんが二人に提案する。そして即座にその案に乗るサーバル。

 

「…そうじゃの、ワシもご一緒させてもらうかの」

 

 そして、少し考えた後亀仙人もかばんの案に頷いた。

 

「よーしけってーい! としょかんへ行くにはまずじゃんぐるちほーへ行かないとね! がーいどー、がーいどー!」

 

 それを見届けるや否や、サーバルは図書館までの道のりを口にするとともに、謎の歌を上機嫌に口ずさみながらずんずんと歩き出してしまった。そして、その後に続くかばん。

 

(ふーむ…。まだ成熟はしとらんが、二人とも中々かわゆい女子じゃのう。将来はとびっきりのナイスバディな美女になると見た! ぬふふ、今から楽しみじゃわい…)

 

 更にその後を、前を行く二人を煩悩の視線で見つめながら追う亀仙人だった。

 

 

 

 

 

 道中、改めて”フレンズ”という物をサーバルに聞いた亀仙人。詳しくは分からなかったが、どうやら”フレンズ”とは動物が人の姿になった物を指す言葉の様だ。

 

 その言葉を裏付けるかのように、十数メートルはあろうかという崖を一気に飛び降りたりするサーバルの能力は大したものだ。とはいえ、亀仙人もそこまで驚いたりはしない。街中に行けば人語を解する人型の動物などいくらでもいるし、それ以前に国王が犬型の人物なのだから。

 

 しかし、サーバルに比べてかばんの運動能力は完全に並程度だ。人なら普通はこんなもんだと亀仙人は考えているのだが、サーバルにナマケモノのフレンズなどと呼ばれてしまったあたり、この付近では亀仙人の考える普通では駄目なようだ。

 

 今も、先行気味なサーバルとその後ろを肩で息をしながら付いて行くかばんという図式が成り立っており、二人の距離は少し開いている。因みに亀仙人はかばんのすぐ後ろだ。

 

 と、その時だった。突然岩場の陰から謎の青い一つ目の生物がかばんの目の前に飛び出してきたのだ。

 

「…あ。貴方もフレンズなんですか?」

 

「何じゃお主? 不気味な奴じゃのう…」

 

 ゆっくりと近づいてくる青い生物に、かばんは礼儀正しく、亀仙人は怪訝そうに言葉を掛ける。そして、その気配に気づいたのかサーバルも振り返り、途端に目を見開いた。

 

「二人とも、それはセルリアンだよ!! うみゃみゃみゃみゃーっ!!」

 

 そう言ったと同時に、青い生物に向かって高く飛び上がるサーバル。そして、いつの間にか伸びていた爪で、青い生物の頭と思しき部分にあった石のような物を切り裂いてしまった。

 

 その直後、青い生物はバラバラにはじけ飛び、その一つ一つの欠片が謎のオーラを発散させながらゆっくりと消滅していってしまう。

 

「う、うわっ!?」「何じゃ何じゃ一体!?」

 

 唐突かつ不可解な一連の流れに、かばんは驚き亀仙人も目を見開きながら青い生物がいた場所とサーバルを見比べている。

 

「今のはセルリアンっていうの! 私達フレンズを食べちゃう危険な生き物だから、かばんちゃんも亀仙人も気を付けてね!」

 

 そんな二人に、先ほどの青い生物…セルリアンに対して注意を促すサーバル。その注意に二人は少しの間をおいて行からおもむろに頷いた。

 

「やれやれ…。とんだトラブルじゃったが、先に進むとしようかの…。―――ん?」

 

 一つ溜息を吐いてからそう言う亀仙人だったが、ふとサーバルがじっと亀仙人を見ている事に気付く。

 

「ねえねえ。もうちょっと違う呼び方をしても良いかな? 亀仙人って言う呼び方、何だかしっくりこないんだよね…」

 

「…そ、そうかの?」

 

「いえ、ボクは別に亀仙人さんで良いと思いますけど…」

 

 難しい顔で唸りながらのサーバルの言葉に、亀仙人はかばんに意見を求めるが、かばんは問題ないようだ。という事は、サーバルの感覚的な問題なのだろう。

 

「う~む…。と言われても、他の呼び方は武天老師か…後は、弟子の一人が”じっちゃん”と呼んでおった…くらいかのぉ…」

 

 腕を組み、天を見上げながら過去に自分が呼ばれた名を羅列する亀仙人。正直、呼ばれ方などと言われても困るし、最後の一つも苦し紛れに出したというのが実際のところだ。だが…

 

「―――じっちゃん…。じっちゃん…! じっちゃん!!」

 

 その苦し紛れにサーバルが物凄い反応を示す。

 

「うん、これ! これがいいよ! 貴方は今日からじっちゃんね!!」

 

「…う、うん、まあ、好きな様に呼べばいいんだけどね…」

 

 今にも飛び上がりそうな勢いで、亀仙人を指差しながらそう宣言するサーバルに、亀仙人は困惑気にポツリと漏らすのだった。

 

 

 

 

 

「うひょー! とびっきりのナイスバディな美女ではないか! ええのうええのう、最高じゃのう!!」

 

「…サーバル、何かしらこの不躾なフレンズは?」

 

 上機嫌に周囲をくるくる回る亀仙人に向かって、その中心にいる大人の色気を漂わせる巨乳の女性が率直な物言いでサーバルに尋ねる。

 

「え、えっとね、亀仙人って言う名前なの…」

 

 女性の言葉に返答するサーバルだったが、その声は若干引き気味だ。流石のサーバルも今の亀仙人の狂態にはついて行けない物があるのだろう。無論、かばんなどは言わずもがなだ。

 

 今サーバル達がいる場所は水辺だ。きつい日差しに喉が渇いたところに水辺があった。そして、そこで水を飲んでいると件の女性が現れ、それを見た亀仙人が一目散に飛びついたという訳だ。

 

「のうのう! もしよければツンツンさせてもらえんかの!? あわよくばパフパフなんてものも…!!」

 

「…あら、この胸に触りたいんですのね?」

 

「うむ、うむ! たわわに実った見事なおっぱいじゃ!」

 

「うふふ、お褒め頂き光栄ですわ。さて、どうしたものかしら…」

 

 身を引いているサーバルとかばんを他所に、亀仙人の要求はだんだんエスカレートしていく。対する女性はウーンと考え込んでいたが、やがて顔を上げ、

 

「お断りいたしますわ」

 

 と、きっぱりと断った。

 

「そ、そう言わずに、この老い先短いジジイの我儘を叶えては」

 

「あんまりしつこいとひねりつぶしますわよ?」

 

 なおも食い下がろうとする亀仙人であったが、女性の容赦の無い言葉が亀仙人に突き刺さる。口調こそおしとやかだが、女性の目はマジだ。

 

「…も、申し訳ありません」

 

 そんな女性の剣呑な雰囲気を前に、亀仙人は一気に意気消沈しながら謝罪の言葉を口にするのだった。

 

 

 

 

 

「もー! 流石にあれはやりすぎだよじっちゃん!」

 

「だからさっきから謝っとるではないか…」

 

 図書館への進行を再開した一行だったが、サーバルは亀仙人の先ほどの女性への行いに対し未だに苦言を呈している。

 

「カバがあんな怖い雰囲気を漂わせるなんて初めてだったんだから!」

 

「…た、確かにあの時の雰囲気は凄く怖かったです」

 

 尚も言及するサーバルに、かばんも落ち込み気味に同意する。因みに、かばんも例の女性…カバに自分の正体を探る為と色々質問を受け、「何もできないフレンズ」という厳しい烙印を押されてしまった。今少し落ち込んでいるのもその所為だろう。

 

 そんなかばんをサーバルが励ましながら更に一行は道中を進んで行く。すると、次の目的地である「じゃんぐるちほー」なる場所の境目が見えてきた。

 

 のだが、その道を先ほどのセルリアンという生物が占拠していた。先ほどよりもかなり大きく、今度は一筋縄ではいかないようだ。

 

「うわー、確かにおっきいね…」

 

「ど、どうしましょう…?」

 

 実を言うと、この道をふさいでいるセルリアンの情報はカバから聞いてはいたのだが、想像を遥かに上回る大きさに、かばんは大きく震え、サーバルも少し冷や汗を掻いている。

 

「どれ、ここはワシが出てみようかの」

 

 その時、不意に亀仙人が一歩前に出る。

 

「じっちゃん、危ないよ!?」

 

「亀仙人さん、ここは何か方法を考えてから…!」

 

 当然サーバルとかばんは亀仙人を止めようとするが、

 

「ふぉっふぉっふぉ。若い女子に心配されるのは嬉しいのう。じゃが、ここは先ほどの名誉挽回という事で譲ってはくれぬか? ワシ自身の力があのセルリアンとかいうのに通用するかも試してみたいしの」

 

 朗らかに笑いながらそう言って、二人を宥める亀仙人。と、同時に武道着の上着のボタンをはずし、そのまま上着を脱ぎ去ってしまった。

 

「ワシ、セクシーじゃろ?」

 

 上半身裸になった亀仙人がサーバルとかばんに問うが、

 

「………はあ」

 

「セクシーってなーに?」

 

 呆けたように生返事をするかばんと、不思議そうに首を傾げるサーバル。

 

「よし、ではいくぞ」

 

 そんな二人に一つ頷いてからセルリアンの前に移動する亀仙人。すると、セルリアンの身体にある一つの目が亀仙人を捉えた。

 

「んんんんんん……」

 

 サーバルとかばんの心配そうな視線と、セルリアンの警戒の視線が亀仙人に注がれる中、亀仙人は体中に少しずつ力を籠める。

 

「はっ!!」

 

 そして、裂帛の気合の声を発する亀仙人。すると、それまで老人らしくほっそりとしていた肉体が、筋肉により急激に膨張してしまった。

 

「へっ!?」「わわっ!?」

 

 あまりの出来事に驚きの声を上げるかばんとサーバル。セルリアンも突然の事に驚いている様で、ひとつしか無い目が、限界まで見開かれている。

 

「……か~」

 

 そんな周囲を他所に、両手を上下に開いた構える亀仙人。

 

「……め~」

 

 そして、その上下に開いた両手をゆっくりと合わせる。

 

「……は~」

 

 合わせた両手を腰だめに持っていく。この間、サーバルとかばんは何が起こるのかと亀仙人に目が釘付けになっていたが、流石に相対しているセルリアンはいち早く我を取り戻したようだ。

 

「……め~」

 

 さらに深く腰だめに両手を持っていく亀仙人だが、我を取り戻した以上セルリアンも黙ってはいない。今行っている”何か”をされる前に亀仙人を叩き潰すべく、その巨体を利用した体当たりを仕掛けてきた。

 

「亀仙人さん!」「危ないっ!」

 

 セルリアンの行動を見たかばんは悲鳴を上げ、サーバルは思わず飛び出してしまう。が、

 

「波ーーーっ!!!」

 

 という気合の掛け声とともに、腰だめに持って行っていた両手を、今まさに向かってきているセルリアンに一気に突き出す亀仙人。と、同時に、その両手から凄まじいエネルギーの奔流が迸った!

 

「ひゃあっ!?」「うみゃあっ!?」

 

 その奔流が巻き起こす余波に、かばんは身体全体を庇い、亀仙人に近づいていたサーバルは己の身体をひっくり返してしまう。そして、セルリアンは巨大な衝突音と共に、その奔流に飲み込まれてしまった。

 

「……ぷひゅー。どうやら、効いた様じゃの」

 

 一息ついた亀仙人がそう言葉を放つ。そして、その言葉に釣られてサーバルとかばんも伏せていた視線を上げると、先ほどまで道をふさいでいたセルリアンの姿は跡形もなく消えていた。

 

「わ、ああああ…」「…すっごーい!」

 

 感嘆の声を上げるかばんとサーバル。特にサーバルの方は感極まっている様で、一目散に亀仙人の傍にまで駆け寄り、

 

「ねえねえ今のなになに!? あ、もしかしてじっちゃんの野生開放かな!? それにしても、あんな大きなセルリアンを、石を狙わずに一発で倒しちゃうなんて凄い威力だねー! それに、なんだかすごーくカッコよかったから、私も使ってみたいなーとか思っちゃった! あ、それとさっきの筋肉もりもりの姿をセクシーって言うの!? だったら、すっごーくセクシーだったよ!!」

 

「ふぉっふぉっふぉ。何を言っとるのかよく分からんが、かめはめ波を習得するには五十年は修行せんとの」

 

 サーバルの瞳をキラキラ光らせながらの質問攻めに、亀仙人も答えられるところだけ答える。嬉しそうな笑い声をあげるのを見るに、どうやら若い女の子に褒め殺しにされてご満悦の様だ。

 

「…そ、その修行というのをすれば、さっきの奴が出来るようになるんですか?」

 

 その時、いつの間にか亀仙人の横にまで移動していたかばんが、何やら思いつめた表情で亀仙人に問うてくる。

 

「む? 出来る出来ないはその者次第じゃな。まあ、先ほど言うたように長い年月の修行がまず必要不可欠じゃが…」

 

「…そうですか」

 

 そして、亀仙人の返答に、かばんは顔を伏せて考え込むのだった。




作者自身が、アズールレーンというアプリゲーの赤城・加賀とかいうドロップ沼にハマっている上に、今更ながらイース・セルセタの樹海というPSVITAのゲームを最高難度でプレイしている為、次回の投稿はかなり遅くなると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ひゃくメートルそう

サーバルちゃんの走る速さなのですが、サーバルキャットで検索してもジャンプ力については幾らでも出てくるのですが、肝心の走る速度についてはよく分かりませんでした。しかし、後ろ脚の脚力と瞬発力が高いのならばかなり速いだろうと考え、今話の記録となりました。


「か、亀仙人さん…。あの、お話があるんですが…」

 

 上着を着直し甲羅を背負った亀仙人に、かばんが少し切羽詰まった表情で再び話しかけてくる。

 

「ボクにも先ほどのやつを教えて下さい!」

 

「…先ほどの奴とはかめはめ波の事じゃな。つまり、ワシの弟子になりたいという事かの?」

 

「で、でし…? あ、はい! お願いします!」

 

 かばんの請いに、亀仙人はほんの少し表情を曇らせながら問い返す。そして、その問いに一瞬戸惑いながらも迷いなく返事をするかばん。

 

「残念じゃが、ワシは滅多な事では弟子は取らん主義じゃ。そこは男だろうが可愛いギャルだろうが変わらん。すまんが諦めてくれ」

 

 しかし、亀仙人は首を横に振る。表情は少し申し訳なさそうにしていた物の、口調がハッキリしている事から弟子を取らないという意思は固い様だ。

 

「そ、そんな…。そこを何とかお願いしますっ!」

 

「私からもお願い! かばんちゃんをで、でし…? とかいうのにしてあげてよー!」

 

 だが、かばんの決意も簡単には揺らぎそうにない。その熱意が伝わったのか、サーバルも亀仙人に対して懇願し始めた。

 

「う、むむむ…。弱ったのう…」

 

 二人の攻勢に、亀仙人は言葉通りに困り果てた顔で自らのツルツルな頭を撫で始めた。なんだかんだ言っても、やはり女の子の真剣な頼みには弱い様だ。

 

「別に構わないのではありませんか?」

 

 その時、亀仙人の後ろから綺麗な女性の声が響く。全員が声のした方へ視線を向けると、そこには少し前の水辺で亀仙人が粗相をした相手…カバがうっすらと笑みを浮かべながら立っていた。

 

「おおーっ! 先ほどのぴちぴちギャルではないかっ!」

 

「カバ! どうしてここに!?」

 

 唐突なカバの登場に、亀仙人は一目散にカバの傍に駆け寄り、サーバルも驚いた表情でカバに質問する。

 

「ええ、貴女達が心配でちょっとね…。それより、私からもお願いしますわ。かばんを貴方のでしとかいうのにしてあげて下さいな」

 

 サーバルに対する返答もそこそこに、カバまでもが亀仙人に頼み込む。その口調から察するに、どうやらこれまでの一部始終を見ていた様だ。

 

「…むう。ぴちぴちギャルにまで頼まれては、仕方ないかのう…」

 

 降参宣言ともとれる亀仙人の言葉に、かばんとサーバルは快哉を上げ、カバもニコッと笑顔を見せる。

 

「じゃが、その前にかばんよ。お主に問いたい事がある」

 

 しかし、その直後に響く亀仙人の鋭い言葉。雰囲気も真剣実を帯び、故に他の三人も…ことさら名指しされたかばんは真顔にならざるを得ない。

 

「かばんよ。何故お主はかめはめ波を会得したいと思ったのじゃ?」

 

「そ、それは…。そのかめはめ波というやつを会得すれば、自分の身くらいは自分で守れるかなって思って…」

 

 亀仙人の問いに、かばんはしどろもどろながらも答える。実は、水辺でのやり取りで、サーバル、かばん、亀仙人の全員が、カバに『自分の身は自分で守るのが掟』と忠告されていたのだが、三人の中で一人だけ己の身を守る力の無い事を思いつめている様だ。

 

「それは、かめはめ波で…力でないといけない事かの?」

 

 そんなかばんに、亀仙人は面持ちを更に厳しくして尋ねる。するとかばんは、

 

「えっ?」

 

 という頓狂な声と共に、俯かせていた視線を亀仙人に向けた。

 

「お主はワシがあのセルリアンとかいう生物に立ち向かおうとしたとき、何か違う突破方法を考えようとしていたじゃろ? その知性こそ、お主自身を守る手段になるのではないか?」

 

 亀仙人の指摘に、かばんは黙り込んでしまう。そして、雲行きが怪しくなってきた事にサーバルは表情を曇らせ、カバも顔つきを少し険しくする。

 

「…と、まあ年寄りの小煩い説教はこれくらいにしとこうかの。かばんちゃん、ワシの修業は厳しいぞ! 覚悟はできておるか!?」

 

 ところが、ここで雰囲気を一転させ明るく振る舞う亀仙人。あまりに唐突だったためかばん、サーバル、カバの三人は呆然と亀仙人を見つめ続ける。

 

「―――。あ、あの…、それは、ボクを弟子にしてもらえる…という事ですか?」

 

「うむ! かめはめ波を体得できるところまで行けるかは分からぬが、お主にワシの知る武道のいろはを伝授しよう」

 

 一時の間をおいて、戸惑いながらも尋ねるかばんに、亀仙人は笑みを浮かべながら大きく頷く。

 

「しかしじゃ! その道のりは長く険しく厳しい物となろう…。もう一度聞くが覚悟はできておるな!?」

 

「…はい! 宜しくお願いします!!」

 

 そして再度の亀仙人の言葉に、かばんは一瞬の間の後に気持ちの良い声で返事をした。

 

「…あらあら、一時はどうなるかと思いましたけど、どうやら丸く収まったみたいですわね」

 

 そんな二人を見ていたカバが、安堵の溜息と共に呟く。

 

「あ、カバさんも一緒にお願いしてくれてありがとうございます」

 

「うふふ、いいのよ。これしき大した事ではないわ」

 

「どうせじゃからお前さんも一緒に修業をしてみるか?」

 

「申し訳ないけど遠慮しておきますわ。そのシュギョウとかいう物には興味があるのですけど、私体質的にあまり長い間水辺から離れる事が出来ませんの。それに…」

 

 柔らかい笑みを浮かべながらかばんと亀仙人に受け答えをしていたカバだったが、不意に雰囲気を急変させる。それは、水辺で亀仙人がしつこく絡んだ時に発したあの雰囲気だった。

 

「助べえな亀さんと一緒にいると、何をされるか分かったもんじゃありませんからね…」

 

 ねっとりと絡みつく様な視線を亀仙人に向けながら口を開くカバ。対する亀仙人は、冷や汗を浮かべながら愛想笑いを発するのみだ。

 

「それでは、そろそろ限界なのでここでお暇しますわね。かばんもサーバルも気を付けて」

 

 雰囲気を元の柔らかいものに戻し、かばんとサーバルに気遣いの言葉をかけてから、カバは颯爽と帰ってっていまった。

 

「…ま、今はあの亀仙流の道着も持っておらんし、仕方ないかの。それにじゃ…」

 

 その後姿を少し残念そうに見送っていた亀仙人だったが、ふと視線をかばんとサーバルに向ける。そこには、

 

「あ、あの、サーバルさんも一緒にお願いしてもらってありがとうございました」

 

「かばんちゃん! 私の事はサーバルでいいよ!」

 

「え? で、でも…」

 

「いいから! ほらほら早く呼んでみて!」

 

「サ…サーバル……ちゃん」

 

「うん! かばんちゃん!」

 

「―――サーバルちゃん…!」

 

 と、仲睦まじく会話をしているかばんとサーバルの姿があった。

 

「うむうむ。可愛い女子たちが親し気にしておるのを見るのも、なかなか癒されるもんじゃのう…」

 

 そんな二人を満面の笑みで見つめていた亀仙人だったが、不意にサーバルが視線を亀仙人に向けてきた。

 

「でも、何でじっちゃんはあんな事を聞いてきたの?」

 

 不可解そうに首を傾げながら聞いてくるサーバル。あんな事とは、先ほどまでの亀仙人とかばんの問答の事だろう。

 

「はた目にも、かばんちゃんが『力を得なければ』と焦っていたのが丸見えじゃったからのぉ。真の武道家を目指すのなら、力だけでは駄目なのじゃ」

 

「ブドウカ? ブドウカってなーに?」

 

「真の、武道家…」

 

 そして、亀仙人の答えにサーバルは続けざまに質問を発し、かばんは真の武道家という亀仙人の言葉をかみしめるように反芻する。

 

「ほっほっほ。それを理解するために修業に励むのじゃよ」

 

「そっかー! じゃあ、頑張ろうねかばんちゃん!」

 

「…う、うん!」

 

 朗らかに笑いながらの亀仙人の返答に、サーバルはかばんを鼓舞してそれにかばんも大きく頷いて応える。

 

「で、シュギョウってなにをすればいいの!?」

 

「ふむ、そうじゃなぁ…」

 

 更に続くサーバルの質問に、亀仙人は空を見上げる。もう日は沈みかけており、間もなく夜になる頃だろう。

 

「本格的な修業は明日からにして、今日はかばんちゃんの様子を見るにとどめておくかの」

 

 そう言うと、亀仙人は己の道着の袖をゴソゴソと漁りはじめ、そこから一枚の薄い銀色の板を取り出し、それを弄り始める。

 

「…………………よし。お次は、と」

 

 次に、足元から手ごろな大きさの石を拾いそれで地面の土に線を付ける。更に、その線から歩幅を一定にして歩き始め、丁度百歩目の所で再び石で地面に線を引いた。その間、かばんもサーバルも不思議そうに亀仙人の行動を眺めているのみだ。

 

「…うむ、待たせたの。ではかばんちゃん、この線からあの線まで全力で走ってみるのじゃ」

 

「ぜ、全力で…ですか?」

 

 最初に付けた線の所まで戻ってきた亀仙人がかばんに指示を出すが、それに少し戸惑いがちに返すかばん。

 

「そうじゃ。この線からあの線まで約百メートルと言ったところじゃが、この距離をかばんちゃんが如何に速く走れるか…というのを確認したいのじゃ。速く走れれば強いという訳では無いが、足腰が鍛えられている事に越した事は無いからの」

 

 そう説明すると、亀仙人は再び向こう側の線にまで移動し、先ほどの銀色の板を構える。

 

「よいかー!? ワシが合図をしたら全力でこっちまで走ってくるのじゃぞー!!」

 

「わ、分かりましたー!!」

 

「よし! それでは…。よーい、ほいっ!!」

 

 亀仙人の合図と同時に走り出すかばん。直ぐに表情が苦悶の色に変わるが、それでも速度を緩めずに懸命に腕を振り、亀仙人の下まで一気に走り切った。

 

「…うーむ。19秒8…か。残念ながら、遅いと言わざるをえんのう…」

 

「…はあっ…はあっ……。そ、そうですか………」

 

 亀仙人が下した評価に、かばんは疲労困憊に加え明らかな落胆の色を見せている。しかし、実を言うと亀仙人は亀仙人でかばんに少し思うところがあった。

 

(…確かにこの子の身体能力は高くは無いのじゃが、それは運動神経が鈍い…と言うより……何というか…身体を動かすという行為自体に慣れていない…という感じがするのじゃ。じゃが、生まれたての赤子ならともかく、ある程度成長した者が身体を動かすのに慣れていないなど、ありえるのじゃろうか…?)

 

「わー、何だか楽しそーだねー!! じっちゃーん、私もそれやってみたーい!!!」

 

 かばんを見つめながら考え事をしていた亀仙人だったが、不意にサーバルの大声が亀仙人の耳に届く。見ると、サーバルは亀仙人の答えを聞く前にスタートの線の前に立っていた。どうやらやる気満々の様だ。

 

「よーし、ではいくぞー! よーい、ほいっ!!」

 

 亀仙人の合図の直後に、猛然と走りだすサーバル。その速さはかばんの比ではなく、あっという間に亀仙人の下まで走り切ってしまった。

 

「………な、7秒7……」

 

「ねえねえ、それって速いの!?」

 

「サーバルちゃん凄い! ボクもいつかそれくらい速く走ってみたいなぁ…」

 

 サーバルの速さに絶句する亀仙人。そんな亀仙人に自分の走りが早いのか聞くサーバルと、自分とはけた違いの速さで走るサーバルを尊敬の眼差しで見つめるかばん。

 

「…かばんちゃんはともかく、サーバルちゃんは滅茶苦茶早いのう…」

 

「やったー!」

 

「しかしじゃ」

 

 亀仙人の言葉にサーバルは嬉しそうに飛び上がり、かばんもわが身の事の様に笑顔を浮かべたが、その直後に亀仙人が少し険しい表情で言葉を続ける。

 

「それらはあくまで人間の記録じゃ。完成された武道化になるには、この人間を越えねばならぬ。ここが厳しいところなのじゃ」

 

 そう言って、今まで自分が持っていた銀色の板をかばんに差し出す。

 

「かばんちゃん、ワシの記録を図ってはくれぬか?」

 

「あ、はい、分かりました」

 

「じっちゃん、それなーにー?」

 

 亀仙人から銀色の板を受け取ったかばんだったが、その銀色の板にサーバルが興味を示す。

 

「これは、携帯電話…じゃった物じゃな。何故かここに来てからずっと圏外で使えんのじゃ。まあ、他にもいろいろ機能があるから使えん事は無いが、いずれ使えなくなるじゃろうな…」

 

「??? よく分かんないよぉ…」

 

 銀色の板…携帯電話に収まっている機能の内の一つである、ストップウォッチの操作の説明をかばんに行いながら、携帯電話自体の説明をサーバルに行う亀仙人。しかし、サーバルは要領を得なかったようで、困惑気に首を傾げいている。

 

 そうして、ストップウォッチの操作の説明を終えた亀仙人は、背負っていた甲羅を脱ぎ、スタート線の前に立った。

 

「いつでも良いぞー!」

 

「では行きます! よーい、はいっ!!」

 

 カッ!!!  ギャン!!!!  ピタッ

 

「何秒じゃ?」

 

「……………よ、よよ、4秒8…です」

 

「……は、速い……!」

 

 あまりの亀仙人の走る速さに震えるかばんとサーバル。その凄まじさは、地を蹴る音、駆け抜ける音までもが鮮明に聞こえた程だ。

 

「4秒8か…。最近は鈍っていた体に喝を入れ直していたんじゃが、まあまあかのう…」

 

 そんな二人の反応を他所に、亀仙人はブツブツと自己評価をしながら地面に置いていた甲羅を背負い始める。

 

「じっちゃんすごーいっ!!」

 

 凄まじい身体能力を誇る亀仙人を素直に賞賛するサーバル。一方、かばんは未だにショックが抜けていないようで、ポカンと亀仙人を見つめているのみだ。

 

「分かったか? これが人間を超えるという事じゃ。かばんちゃんの若さなら、修業次第で今のワシの記録を抜かす事も可能じゃろう」

 

「―――え? ほ、本当ですか…?」

 

 サーバルの賞賛もそこそこに諫めた後、かばんに向き直りハッキリと言い切る亀仙人。しかし、残念ながら現時点では自己評価が低くなってしまっているかばんは、亀仙人の言葉を真っ直ぐ受け取る事が出来ないようだ。

 

「全てはお主次第じゃ…!」

 

 そんなかばんに、亀仙人は穏やかに…しかし力強く宣言する。それを受け、

 

「…ボク、次第―――」

 

 と、かばんは拳を己の胸の前に置いて真剣な表情で呟いた。

 

「ねーねーじっちゃん! 私もデシにしてもらってもいいかな? 何だか楽しそうだもん!!」

 

 そんな中、唐突にサーバルが亀仙人に懇願してきた。その瞳はキラキラと輝いている。

 

「楽しそう…か。ま、よかろう。一人も二人も同じじゃわい」

 

「わーいやったー!!」

 

 サーバルの懇願をあっさり承諾する亀仙人。そして、それにサーバルは諸手を上げて嬉しそうに叫ぶ。

 

「よーし! じゃあ、早速シュギョウとかいうのの続きをしようよ!」

 

「まあ待ちなさい。今日はもう遅いからゆっくり休んで、修業は明日からにした方が良いじゃろう」

 

 張り切るサーバルだったが、その勇み足を亀仙人が止める。

 

「うん分かった! それじゃ、とりあえずじゃんぐるちほーに入ろっか!」

 

「あれ? サーバルちゃんはナワバリに戻らなくていいの? カバさんは戻っちゃったけど…」

 

 亀仙人の言を忠実に守り、じゃんぐるちほーの入り口に向かうサーバルだったが、そんなサーバルにかばんが不思議そうに質問した。

 

「じっちゃんはとしょかんへ行くんでしょ? だったら、一緒にいないとシュギョウが出来ないんじゃないかな?」

 

「…そうじゃな。ワシもその場にいない者に修業をつける事は出来んからの」

 

「…そっか。それじゃ、改めて宜しくねサーバルちゃん!」

 

「うん! よろしくかばんちゃん!」

 

 そうやって、お互いに笑みを交わすかばんとサーバル。そして、その光景を亀仙人はうんうんと頷きながら眺め続けるのだった。

 

 

 

 

 

 じゃんぐるちほーはその名の通り木が生い茂る場所だった。そして、既に夜になっている事もあり、周囲の視界が暗闇によってかなり遮られている。

 

「かばんちゃん、じっちゃん、とりあえず今日はここらで休もっか」

 

「うん、サーバルちゃん」

 

「野宿なぞ久しぶりじゃのう」

 

 じゃんぐるちほーに入って間もなくのサーバルの提案に、かばんと亀仙人は揃って頷く。

 

 と、その時だった。サーバルの大きな耳がぴくんと反応したのだ。と、同時に視線を深い森の一角に向けるサーバル。

 

「…何かがこっちに来るよ」

 

「へ!?」

 

「む!?」

 

 サーバルの言葉に、怯えるかばんと警戒態勢を取る亀仙人。次の瞬間、草むらの中から小型の黒い影がサーバルたちの前に飛び出してきた!




本作のボスはかばんちゃん達のガイドの他に、ギャルに対して暴走しがちな亀仙人を止めるウリゴメ…もとい、ウミガメの役目も負っています。なので、けものフレンズ本編では警報を発したのは最終話のみでしたが、本編ではひっきりなしに警報を発して、フレンズ達に狼藉を働こうとする亀仙人を止めようとします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

しゅぎょうのはじまり

修業の表記なのですが、実際は”修行”という表記が正しい方だとは思うのですが、本作では”修業”表記で行こうと思っております。因みに言葉の意味は


修業…業を修める事。終わりがある。

修行…修める道を行く事。終わりが無い。


という感じに筆者は考えております。


 ゆっくりとサーバル達に近づいてくる黒い影。だが、近づく事でその容姿が段々と明らかになってきた。

 

 大きさはサーバルの膝位までで、お腹辺りのみ真っ白で他の部位は青系統の色に染まっており、大きな尻尾と長い耳、そして円らな瞳をしていた。

 

「ボス!」

 

 その姿を確認したサーバルが、親し気に目の前の生物の名前…らしきものを叫ぶ。

 

「サーバルちゃん、知り合いかの?」

 

「うん! この子はボスって言うの! あ、そうだ!!」

 

 まだ目の前の生物を警戒している亀仙人の問いに、サーバルは軽快に応えるが、ふと何かを思いついたように目の前の生物に駆け寄った。

 

「ねえボス、ボスはこの二人について何か知って…ない…かな……?」

 

 亀仙人とかばんの事を目の前の生物に尋ねるサーバルだったが、その言葉が終わらない内に目の前の生物は近づいてきたサーバルをかわし、亀仙人とかばんの前に移動してしまった為、サーバルの言葉は知り切れトンボの様に終わってしまう。

 

「こんばんは。ボクはラッキービーストだよ。二人の名前を教えてくれるかな?」

 

「え、あ、か、かばんです…」

 

「…亀仙人じゃ」

 

 唐突に少し変わった音声で名乗る生物…ラッキービーストにかばんと亀仙人も少々呆気にとられながらも名乗り返す。

 

「分かった、かばんと亀仙人だね。じゃあ、ここ…ジャパリパークについてせつめ」

 

「しゃ……喋ったぁ~~~っ!!!?」

 

 そうして、言葉を続けるラッキービーストだったが、今度はサーバルが驚愕の大声でラッキービーストの言葉を遮ってしまった。

 

「へ…? 普段は喋らないの?」

 

「今までボスが喋っている姿なんて一度も見た事が無いよっ!!」

 

 大仰に驚くサーバルにかばんが不思議そうに聞き、捲し立てる様に答えるサーバル。両の拳を強く握っている事といい、どうやらサーバルは今まで知らなかった事実に大分興奮している様だ。

 

 そして、そんなサーバル達を気にせずに周囲を歩き回りながら、ジャパリパークという所について淡々と説明を続けるラッキービーストだったが、少ししてかばんが眠そうにしている事に亀仙人が気付いた。

 

「あ~、ラッキービーストとやら。説明はありがたいがちょっと後にしてくれんか? かばんちゃんが今にも眠ってしまいそうじゃ」

 

 まだまだ続きそうなラッキービーストの説明を制止する亀仙人。と、同時にかばんの肩に手を貸し、ゆっくりとかばんをその場に座らせる。

 

「ボ、ボクならまだ平気で…」

 

「しっかりと休むのも修業の内じゃ。明日からの修業の為にも、今日はもう寝た方が良かろう」

 

 気丈に振る舞おうとするかばんだったが、そんなかばんを諭す亀仙人。すると、間もなくかばんは亀仙人の膝を枕に眠ってしまった。

 

「…もう寝ちゃった。きっといろいろあって疲れてたんだね。でも、じっちゃんは辛くないの?」

 

「なぁに、これしきで音を上げる程やわな鍛え方はしとらんわい。それに、可愛い女子の寝顔が見れるというのなら、枕にくらい幾らでもなってやるぞい」

 

 ご満悦気味に大言を吐く亀仙人だったが、サーバルは「ふぅん…」と一応返事はしたものの視線はずっと寝ているかばんに向けられている。

 

 そのまま、誰も喋らずに少し時がたったが、不意にずっとかばんを見ていたサーバルが顔を上げた。

 

「じっちゃん! 私もじっちゃんの膝を枕にして寝てもいいかな!?」

 

「ん? 急にどうしたんじゃ?」

 

「ぐっすりと寝てるかばんちゃんを見てたら、私もぐっすり寝れるかなと思って!」

 

 首を傾げる亀仙人に元気よく答えるサーバル。どうやら、安眠しているかばんを見続けてそういう結論に至ったようだが、かばんがぐっすり寝ているのは先ほどサーバルが言った様にひどく疲れているからであって、別に亀仙人の膝枕が良い訳では無いだろう。

 

 とはいえ、亀仙人的にはこれは千載一遇のチャンス。断る理由などどこにもない。

 

「なるほど、そういう事か。ワシは構わんぞ。むしろ、可愛い女子なら大歓迎じゃわい」

 

「わーい! それじゃ早速…」

 

 亀仙人が許可を出すと、サーバルは即座に亀仙人の膝の上に頭を置く。すると、サーバルは本当に大した時間もかからずに眠り始めてしまった。

 

 かばんと違い、言動や仕草からまだまだ元気が有り余っていそうなサーバルだったが、そんな見た目とは裏腹に彼女も疲れていたのだろうか?

 

 などと考える亀仙人だったが、直ぐに思考を変える。そう、今はそんな事どうでもいいのだ。

 

「―――………。ま、まあ…枕になったお礼として、少しくらいはいいじゃろ…」

 

 不審者宜しく挙動不審に辺りをキョロキョロ見まわしながら、言い訳臭くそんな事を宣う亀仙人。その右手人差し指が、ゆっくりとサーバルの胸に近づいていく。

 

 だが、今まさにその指がサーバルの胸を突こうとする直前、亀仙人はいつの間にかラッキービーストが己の目の前に移動している事に気付いた。

 

 いや、それだけでは無い。先ほどまで何ともなかった耳が、まるでパトカーのサイレンの様に赤く点滅していたのだ。警報音こそ鳴っていないが、何かを注意しようとしているのは傍目からも明らかだ。

 

「警告します。フレンズに対し明らかに性的と見られる接触を行った場合、罰金10000ジャパリコインを没収します。警告します。フレンズに対し明らかな―――」

 

「な、ななななな…!?」

 

 突然の告知に明らかな動揺を見せる亀仙人。しかし、ラッキービーストの警告は止まらない。

 

「―――場合、罰金10000ジャパリコインを」

 

「ええい、分かった! 分かったから静かにせんか!」

 

 慌てた口調でそう言いながら、急いで右手をサーバルから離す亀仙人。すると、ラッキービーストの警報はゆっくりと収まっていく。

 

「…まあ、そう都合よくはいかないよね……はぁ……」

 

 少し悲しそうに夜空を見上げながら、ため息を吐く亀仙人だった。

 

 

 

 

 

 翌日、日の出とともにかばんとサーバルを起こす亀仙人。朝の準備もそこそこに、いよいよ本格的な修業に入るのかと少し緊張の面持ちのかばんと、興味津々そうなサーバル。

 

「では、早速修業を始めようと思うが、その前にお主たちに一つだけ言っておく」

 

 そんな二人と相対しながら、厳かな声色でそう宣言する亀仙人。すると、かばんの緊張の色がより濃いものになり、サーバルの顔にも緊張が走った。

 

「よいか! 武道を習得するのはケンカに勝つためではなく ギャルに『あらん。あなた、とってもつよいのね、ウッフーン』と言われるためでもない! ―――とは言ってもお主たちは女子じゃったな…」

 

 勢いよく言葉を切り出した亀仙人だったが、ここでかばんとサーバルを交互に見遣りながら尻込みしてしまう。どうやら、女性の弟子という存在の扱いにはあまり慣れていない様だ。

 

 しかし、ここで台詞の勢いを切ってしまえば自分の真意が伝えられなくなる。と、踏んだ亀仙人は、不思議そうにお互いの顔を見合わせていたかばんとサーバルに向かって一歩踏み出し、再び口を開いた。

 

「と、とにかくじゃ! 武道を学ぶことによって心身ともに健康となり、それによって生まれた余裕で人生を面白おかしく、はりきって過ごしてしまおうというものじゃ!」

 

 勢いに任せて、己の考える武道という物をかばんとサーバルに伝える亀仙人。すると、かばんは真剣な面持ちで何度か首を縦に振った…のだが、サーバルは呆けた顔で亀仙人を見つめるのみだ。

 

「しかし! 不当な力を持って自分…または善良な者達を脅かそうとする者にはズゴーンと一発かましたれ! ここまでは分かったかの?」

 

「はい!」

 

「―――全然分かんない」

 

 亀仙人の説法にかばんは元気よく返事をしたのだが、サーバルは変わらず呆けた顔で首を横に振る。

 

「………。ま、まあ、ようするにじゃな、修業をしっかりして、楽しく生きていこうという事じゃ」

 

「あ、そういう事かー! うん、分かった!!」

 

 そんなサーバルに、亀仙人は要点を超簡潔に纏めた上で、サーバルが分かりそうな言葉を選んで口にする。そうすると、サーバルは得心がいったとばかりに右手を高々と上げて大きく頷いた。そして、その一部始終を見ていたかばんはサーバルを見続けながら空笑いを浮かべている。

 

「よーし! じゃあ早速シュギョウをしようよ! まずは何をすればいいの!?」

 

 両手を握りしめて力むサーバル。そして、かばんもまた表情を真剣なものに戻し亀仙人に視線を移す。

 

 そんな二人の姿勢を受け、亀仙人は懐から葉で作った輪っかを四つ取り出した。大きさは二種類あり、かばんの手首を丁度覆えるくらいの物が二つ、足首を覆えるくらいの物が二つ。葉自体もその辺に生えている雑草で作ったと思しき、特に何の変哲も無い物だ。

 

「かばんちゃん。これらをかばんちゃんの両手首と両足首に着けてくれぬか?」

 

 そう言って、かばんに四つの輪っかを渡す亀仙人。受け取ったかばんは、言われた通りに両手首と両足首に輪っかを身に着ける。

 

「うむ。次にワシが動かす両手をじっと見つめるのじゃ」

 

 かばんの動作が終わったのを確認した亀仙人が、新たな指示を出すと共に両手をかばんに向ける。そして、

 

「―――さあ、両手両足を縛る葉っぱに意識を集中するのじゃ。………おや、不思議じゃな。何故かどんどん葉っぱが重くなっていくのう…。重ーく、重~~く……」

 

 と、両手を怪しげに動かしながら口走り始めた。すると、次の瞬間かばんは不思議そうに視線を亀仙人の手から自分の両手首に移動させた。

 

「―――あ、あれ? な、なんだか本当に葉っぱが重く感じる…?」

 

「へ? その輪っかが重いの?」

 

「う、うん…。急にズシッと重さを感じる様になって…」

 

 目を白黒させながら、両手両足に身に着けた葉っぱの輪っかを何度も丹念に見直すかばん。サーバルも不思議そうに顔を傾げている。

 

「ふう。どうやら、無事暗示をかける事に成功した様じゃな」

 

「じっちゃん、アンジって何?」

 

 かいていた冷や汗を拭いながら、誰にも聞こえない様に小声で呟いた亀仙人だったが、その小さな呟きをサーバルの鋭い聴覚は逃さずに”暗示”という単語にすかさず食いつく。

 

「き、聞こえておったか……。………えーと、そ、そうじゃなぁ…。まあ簡単に言えば、かばんちゃんにあの葉っぱを重いと感じてもらうためにあれやこれやと…その、ね……」

 

「全然分かんないよー!」

 

 困り顔で説明する亀仙人。しかし、言葉がだんだん尻すぼみになっていき、最終的に台詞自体があやふやになってしまっている為、当然サーバルは納得がいかず非難の声を上げる。

 

 亀仙人の行う修業と言えば、常に身体に重力負荷をかけながら行う厳しいものとして有名だ。

 

 そして、かばんとサーバルにも勿論この修業方法で行こうと亀仙人は考えていたのだが、いままで取ってきた弟子たちの様な、むさ苦しい上に既に下積みもある程度積んでいる野郎どもならともかく、武道については完全に素人なサーバルとかばん…特に身体能力も現時点では平均の女子以下というかばんでは、20kgの甲羅を背負って牛乳配達など出来る訳がない。

 

 そもそも、修業用の道具すら何も持っていないのだ。唯一使えるのは今亀仙人が背負っている甲羅だが、これも重量は100kgある。サーバルは分からないが、かばんは絶対に背負えないだろう。

 

 そして、環境も無い。修業を行うのにいつも使っていた牛乳屋も広い畑も工事現場も、やたらでかい蜂の巣が付いている木も何故か鮫が住んでいる湖も無いのだ。

 

 さらに言えば、今亀仙人はここで立ち止まっている訳にはいかない。これはかばんにも言える事だが、自分が今どういう状況に置かれているかを確認したいと考えているのだ。その為にも、修業をしながらでもジャパリ図書館とやらへ行かなければいけない。

 

 そこで亀仙人は考えたのだ。出来ないのであれば、もういっその事牛乳配達やその他諸々の修業は切り捨ててしまって、ただひたすら目的地に向かって移動する事を修業にすればいい、と。今のかばんならこれだけでもそれなりの修業にはなるだろう。

 

 無論、負荷をかける事は忘れない。これが、亀仙人が亀仙人と呼ばれる所以なのだから。

 

 だが、即席で重力負荷をかける方法がこれしかなかったとはいえ、その内容は客観的に見て色々不味い内容なのは間違いない。

 

 悪い見方をすれば、無垢な女の子に催眠術を掛けたという事になるのだ。下手をすれば案件内容だ。亀仙人も、それを理解しているからこそ、暗示をかける最中に冷や汗を掻いたり、サーバルに深く突っ込まれてしどろもどろになったりしているのだ。

 

 そして、亀仙人は気づいていた。この一部始終を黙って見ていたラッキービーストだったが、亀仙人が暗示という言葉を出した瞬間、その瞳が赤く光ったのを。

 

 間違いなく、ラッキービーストは暗示という言葉の意味を正しく理解している。その上で、瞳が赤く光ったという事は、亀仙人はブラックリスト…のような物に登録されてしまったのかもしれない。

 

「か、かばんちゃんどうじゃ? 重すぎたりはしないか?」

 

「あー! じっちゃん話を逸らそうとしてるー!!」

 

 なおも続くサーバルの追求とラッキービーストの赤い視線から背け、未だに両手足の輪っかを確認しているかばんに声を掛ける亀仙人。

 

「重さは、両手が各500g、両足が各1kgの合計3kg程度じゃが…」

 

「大丈夫です。重くはありますけど、これくらいなら動かしたり歩いたりするのに問題はありません」

 

 重さの具体的な数字を出す亀仙人に、かばんは微かな安堵を感じさせる表情を浮かべながら答える。それは、予想よりは厳しくなかったという感じの安堵だった。

 

「ふっふっふ…。そうじゃな、確かに体力気力を浪費する前なら、そう重くは感じんじゃろうな…」

 

 対する亀仙人は、何やら含みのある言葉をかばんに向ける。その不気味な雰囲気に、かばんは思わず固唾を飲んでしまう。

 

「ねーじっちゃん! 私は!? 私も何か身に着けるの!?」

 

 そんな二人の空気を呼んでか読まずか、いきなりサーバルが強引に割って入ってきた。どうやら、サーバルも早く修業をつけてもらいたい様だ。

 

「ううむすまんのう…。あの輪っかはかばんちゃんの分しか作る時間が無かったんじゃ。サーバルちゃん用のもそのうち作るつもりじゃから、今はこれで我慢してくれんか?」

 

 そう言って、亀仙人は自分が背負っていた甲羅を外し、サーバルに差し出す。

 

「うん、分かった! その甲羅を身に着ければいいんだね…って重っ!! 初めて触った時も重いと思ったけど、改めて持ってみるとやっぱり重いよ~!」

 

 受け取った甲羅を持ちながら声を張り上げるサーバルだったが、高々と掲げたり、重さを確認する為か揺さぶったりと、泣き言を言っている割には結構平然と持っている様にも見える。

 

「サーバルちゃん、それをワシがやっていたように背中に背負うのじゃ」

 

「うん! ―――よ、いしょっと。これでいいかな?」

 

「うむ、それでよい。どうじゃ? 重過ぎたりはしないか?」

 

「全然平気! 大丈夫だよ!」

 

 少し心配そうに声を掛ける亀仙人だったが、サーバルは満面の笑みを浮かべて返答する。一応、この甲羅は修業の最終段階で身に着ける物なのだが、それを初っ端に身に着けて問題無いと口にしたサーバルに、亀仙人はこの子ならかつての弟子たちのような修業をつけても問題ないかもしれん、と推考する

 

「…亀仙人さん。あの甲羅の重さはどれくらいなんですか?」

 

 その時、不意にかばんが亀仙人に尋ねてきた。

 

「約100kg…。かばんちゃんのつけている輪っか、およそ34個分くらいじゃな。じゃが、焦る必要はないぞい。何事にも手順という物がある。今のかばんちゃんではあの甲羅は背負えないというのは分かるじゃろ?」

 

 その質問の真意を察した亀仙人は、重さを素直に答えながらも、かばんを諭す様に言葉を紡ぐ。しかし、かばんは悲しそうに俯いたままだ。

 

「無理をして体を壊しては元も子もない。ゆっくりと、己のペースで登っていけばよいのじゃ。その弛まぬ努力は必ずやお主をより良い方向へ導いてくれる筈じゃ」

 

「―――はい」

 

 続く亀仙人の言葉に、かばんはやや間をおいてからゆっくりと首を縦に振るのだった。




本音を言えば、今話でじゃんぐるちほーまで終わらせる予定だったのですが、予想以上に修業の内容を考えるのに時間を食ってしまい、またそれに合わせて文字数も嵩み始めたのでここで一旦切る事となりました。次回からは色んなフレンズが出てくると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。