IS×NW~世界を渡りし者~ (戒炎)
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オリキャラ・オリIS紹介
オリキャラ簡易紹介


読んで字の如くです。
随時更新していく予定です。

※2022/04/15 マリアのクラスを変更しました
それだけです。本編の更新はいましばらく時間を、あ、石は投げないで石は・・・


志垣 旺牙(CV 小野友樹)

 

身長182cm⇒188cm(成長中)

体重 87kg⇒93kg(成長中)

 

クラス:龍使い/異能者

レベル:不明

 

趣味:料理、機械いじり

 

好きなもの:オムライス

 

嫌いなもの:無し

 

年齢:15歳(四月で16歳)

 

搭乗IS:『凶獣』

イメージテーマ:轟き、覇壊せし者(スーパーロボット大戦OG外伝より)

 

蹴り技を得意とする少年。

かつては別の地球『ファー・ジ・アース』のウィザードだったが、とある事件により死亡。この地球に転生した。

『月衣』や『月匣』が発現、完全なウィザードに目覚めた。『龍』は練ることが出来る。

 

意外と料理好きで、凝った物から簡単な物まで幅広い。洋菓子作りも好き。

手先も器用。また意外と周囲に気を遣うタイプで、自分から揉め事は起こさない。ただし売られた喧嘩は買う。

 

最近機械いじりより料理をする機会が多いことに悩んでいる。

私服のセンスが独特。

 

※元は私の考えていたシナリオの中ボスなので、レベルは設定していません。

 

 

 

安東 一樹(CV 伊藤健太郎)

 

身長186cm

体重 67㎏

 

クラス:大いなるもの/同調者

レベル:不明

 

趣味:不明

 

好きなもの:蕎麦

 

嫌いなもの:干し柿

 

年齢:24歳

 

搭乗IS:『グレート・オールド・ワン』

イメージテーマ:ダークプリズン(スーパーロボット大戦OGシリーズより)

 

魔法戦と治癒魔法が得意なウィザード。

とある理由で死亡し、ISの世界にやってきた。旺牙にとっては師匠にあたる。

 

その指導法はスパルタの一言で、血反吐を吐いてから本番というもの。

 

転生者の中では『この世界』の仕組みをいち早く理解し、対侵魔のために精力的に動いている。

旺牙と出会わなかったのはできれば今世では平和に生きてほしかったため。(それは旺牙本人の行動で失敗したが)

 

※元は私の考えていたシナリオのラスボスなので、レベルは設定していません。

 

 

 

立花沙紀(たちばな さき)・・・ショートカットの垂れ目。整備科専攻。

 

身長152cm

 

 旺牙にほのかな恋心があることを認める。  胸:微

 射撃部所属。若干病みの気質あり。

 

嶋田萌(しまだ もえ)・・・サイドテールの釣り目。整備科専攻。

 

身長160cm

 

 周りの色恋に敏感。しかし、現在旺牙が気になり中。  胸:美

 柔道部所属。危険な投げ技も習得済み。

 

 

 

 

 

 

力強きテレモート(CV 若本規夫)

 

身長208cm

体重142kg

 

クラス:錬金術師/魔鎧使い

レベル:不明

 

搭乗IS:無し

イメージテーマ:COUP DE GRBCE(テイルズオブデスティニー2より)

 

覇王軍四天王の猛将。正々堂々の戦いを愛する武人。

巨大なハンマーで相対するもの全てを打ち砕く。

 

 

 

賢きトルトゥーラ(CV 中尾隆聖)

 

身長213cm

体重 97kg

 

クラス:夢使い/魔術師

レベル:不明

 

搭乗IS:無し

イメージテーマ:狂った飢餓戦士(スーパーロボット大戦64より)

 

覇王軍四天王の知将。相手の精神をかき乱す事を得意とするサディスト。

だが冷静さに欠けるところがあり、不測の事態には感情を露わにする。

 

 

 

愛しきマリア(CV 中島愛)

 

身長159cm

体重 50kg

 

クラス:アイドル/大いなる者

レベル:不明

 

搭乗IS:ブレイヴ

イメージテーマ:STRIKE出撃(機動戦士ガンダムSEEDより)

 

覇王軍四天王の将。争いを好まない、侵魔にあるまじき優しい性格。

だが秘められた真の力は強大であるとされる。

 

 

 

輝かしきパツィア(CV 伊藤美紀)

 

身長172cm

体重 61kg

 

クラス:大いなるもの/魔剣使い

レベル:不明

 

搭乗IS:デモニック・シャイン

イメージテーマ:ORIGINAL SIN(スーパーロボット大戦OG外伝より)

 

覇王軍四天王の大将。目的のためには手段を選ばない。

母であるジーザの愛剣を与えられるほどの信頼を持つ。

 

 

 

覇王ジーザ(CV 釘宮理恵)

 

身長149cm

体重 52kg

 

クラス:大いなるもの/魔剣使い

レベル:不明

 

搭乗IS:無し

イメージテーマ:呂布のテーマ(真三國無双シリーズより)

 

覇王軍統括、大魔王。大公の地位を持つ。誇り高く、慈悲深い。

常に堂々としており、気に入った者ならば敵にさえ敬意を抱く。

 

 

 

 

 

 

ガイム

 

身長210㎝

体重250㎏

 

クラス:魔鎧使い/魔剣使い

レベル:不明

 

元テレモート直下の侵魔。現在マリアの守役。

 

 

 

 

ジャン

 

身長178㎝

体重 69㎏

 

クラス:魔鎧使い/龍使い

レベル:不明

 

元テレモート直下の侵魔。軽薄そうで仁義に厚い。




イメージボイスやテーマは自分が作業しやすいので勝手に決めているものです。
この人のほうがいい、とか、合ってない、などの意見もございましょうが、どうかお見逃しを。
どうしても我慢できない方は感想にでもどうぞです。


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オリジナルIS簡易紹介

本当に簡単な説明です。こんな感じっとふんわり感じてくれたら嬉しいです。

また、本編未搭乗のISもありますが、「どうせならのっけちゃえ」の精神です。

※グレート・ワンの切り札の名称を変更。英語力欲しい。日本語力も欲しい。
 もっと語彙力が欲しい・・・


志垣 旺牙専用IS『凶獣』

 

機体色:紫

特殊機能:『念波動(サイキック)』

 

シールドエネルギー:3500

 

武装:武装:両腕にエネルギー砲(伏竜)

      エネルギー刃(念導刃サイコソード)

      サイコバインド

      バリアントウォール

 

   全身:重装甲

  タイプ:フルスキン

 待機状態:右手首(チェーン状)

 

 旺牙専用の第三世代IS。旺牙の『龍』を乗せることが可能。

 搭乗者の思念を形にする特殊機能を持ち、それを武器や壁にする。

 ナノマシンを微量ながら搭載しており、少量の機体ダメージを回復可能(エネルギーは回復しない)。

 顔を含め全身を覆い尽くすフルスキンタイプ。機動性は低いが防御性能に特化している。

 その機動性の低さを補うため背部に4基、肩に2基、踵に2基の計8基のスラスターが存在するが、著しくエネルギーを消費。

 さらに取り回しも悪くなるため、ここぞと言う時にしか使わない。

 

 

 

二次移行  凶獣・紫電

 

 その名の通り、常に紫電を纏っている。

 下顎に牙のようなプロテクターが追加、さらに尻尾が追加され、バランス取り、加速中の方向転換も可能になる、

 

 

 

単一仕様能力:『獣王悪食』

        触れた相手のエネルギーを吸収する。魔法も可。

 

 

 

 

安東 一樹専用IS『グレート・ワン』

 

機体色:闇色

特殊機能:『分離(メディウム)』

 

シールドエネルギー:4800

 

武装:ハンドガン(スピットレイ)

   マシンガン(マジックファランクス)

   ビーム砲(リブレイド)

   スナイパーライフル(シューティングダーク)

   三連ガトリング(ヴォーテックストライデント)

   主砲(ジャッジメントレイ)

   次元封鎖砲(ヴォーテックススクエア)

   切り札(スピア・オブ・ジ・エンド)

   等々・・・

 

   全身:砲撃特化

  タイプ:フルスキン

 待機状態:ピアス(右耳)

 

 一樹専用の第三世代IS。砲撃特化型であり、一樹が一から造り出したオリジナル機体。

 膨大なエネルギーと火力を持ち、一樹自身も『ラピッドスイッチ』で素早い展開が可能。

 各武装の一部は実弾とレーザー兵器に変換出来る。

 凶獣同様ナノマシンで機体の損傷を回復させる事が出来る。

 また、武装を分離させて人型をとらせ独立稼働、戦闘を行え、本人とのコンビネーションが取れる。

 

 

 

二次移行『グレート・オールド・ワン』

 

 ブロック状だった背部が三対の翼に変わる。機能に変化はないが、レーザー系の武装の威力が飛躍的に上がっている。

 

 単一仕様能力:『空間転移』

        認識している場所へ自在に移動できる。普段は封印中。

 

 

 

 

輝かしきパツィア専用IS『デモニック・シャイン』

 

機体色:黄

特殊能力:『領域作成』

 

シールドエネルギー:4000

 

武装:魔剣デモニック・ブルーム

   火砲ドラゴンフレイム

   自動反撃ユニット(荒御霊)

 

  全身:軽装甲

 タイプ:ノーマル

待機状態:ネックレス

 

強奪したISをパツィア用に改造した第三世代機。

一点を中心としたフィールド内で性能がアップする特殊機能を持つ。

武装は少ないが全てが強大な威力を持ち、自動回復ユニットも搭載されている。

大剣を片手で振り回すパワーと軽量機故のスピードを併せ持ち、エネルギーが有るうちは隙が無いと言える。

エネルギー自体も領域内では回復するよう改良を加えられているため、有効打を与えられる機体は少ない。

 

単一仕様能力:『魂狩り』

       絶対防御を抜け、搭乗者自身にダメージを与える。また、この攻撃で倒れた者は魂から消滅する。

 

 

 

 

愛しきマリア専用IS『ブレイヴ』

 

機体色:翠

特殊機能:無し

 

シールドエネルギー:800

 

武装:グレートソード(アイン)

   三連マシンキャノン(レオーネ)

   五連ミサイルポッド(チンクエディア)

 

 

  全身:重装甲

 タイプ:ノーマル

待機状態:指輪

 

強奪したISをマリア専用にカスタマイズした第二世代。特殊機能はないが強力に仕上がっている。

重装甲だが動きは鈍重ではなく、むしろ軽量機に着いて行ける速度を出せる。

武装が少ないのが難点。

 

単一仕様能力:『決戦存在』

       認識したISの能力を上昇させる。



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新しい日々編
渡り歩いた地で


一気に寒くなりました今日この頃。
皆様風邪にはご注意を。
私はもうひきかけました。


『インフィニット・ストラトス』、通称『IS』。

 とある一人の天才が生み出した、宇宙進出を目的としたパワードスーツ。

 ISの前にはあらゆる兵器が霞んで見えるほどの戦闘力を有し、歩兵はもちろん、戦車や戦闘機、挙句には戦艦であろうと敵わない。

 

 かつて、世界中の軍事コンピューターがハッキングを受け、日本の東京に約2千発のミサイルが発射されるという事件が起きた。

 それをたった一機のISが全て撃墜。ISの強大さを知らしめたこの事件を後に『白騎士事件』と呼ばれた。

 

 これを機に、ISは新世代の兵器として世の中に認識されていく。

 製作者の思いとは裏腹に・・・。

 

 

 だが、そのISにも欠点があった。

 それは女性にしか反応せず、使用できないという点だった。

 その結果、世間にはISが使える女性の方が地位が上、いわゆる『女尊男卑』の考えが広まっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 八月中旬、季節は夏真っ盛り。

 蝉の声をバックに聞きながら、俺はとある場所へ向っていた。

 目指すは我が幼馴染み、織斑一夏の家。

 俺の住んでいるアパートからそう遠くはないが、今日は三十八度をという暑さ。いやむしろ熱さ。熱気で周囲がぼやけている。あれ?熱中症間近じゃね?

 とりあえず適度に水分補給をしながら織斑家に向う。

 

 途中、何度も通行人に振り向かれた。

 なぜなら俺の見た目と言えば、身長182cm、体重87kg、着痩せするほうだが今はシャツ一枚のため筋肉が隠しきれていない。

 さらに右眼に着けた眼帯。これが一番目を引くのだろう。

 これはとある事情から一年前から着けている。

 しかもシャツといったら黒地に背中に金の龍を刺繍しており、ズボンも同様の趣向が凝らしてある。

 どう見ても堅気には見えないだろうが、俺の知ったことではない。慣れている人間はそのままスルーするし、慣れない奴は距離をとるか、

 

「おいごらぁ!なんだそのナリはよう!」

 こんな風にからんでくるチンピラだ。

 数は、五人か。

「なにシカトぶっこいてんだよ、ぶっ殺すぞ、おぅ!

「俺がどんな格好してようが関係ねぇだろ。てめぇらこそどけ。」

 こちとら暑さにイラついてんだ。これ以上何かあったら爆発しかねん。

 俺の言葉に一瞬の静寂が流れる。

 その静寂を破ったのはチンピラどものリーダー格と思われる男の蹴りだった。

 爪先を俺の脇腹に突き刺す。

「~~~~っ!?いって~~~~~~!?!?」

 足を押さえて蹲るチンピラ。その程度の蹴りで、俺の体はビクともしない。

 伊達に鍛えているわけでもないし、『俺』はそもそも『普通』じゃない。

「もう終わりか?じゃあ今度は。」

 

 こっちの番だぜ?

 

 まず蹲っているリーダー格の頭を鷲掴み、顔面にヘッドバッドを決める。

 その一撃でリーダー格は鼻血を出して失神してしまった。

 うろたえる残りのチンピラの内一人にとりあえず踵落しをお見舞いすると頭から湯気を出して糸が切れたように倒れこんでしまった。

 似たような要領で他二人の腹にケンカキックをお見舞いする。

 三度、四度の気絶。最近のチンピラは鍛え方が足りん。

『あの世界』で生きてきた俺にとって、この程度蟻を踏み潰すより簡単だ。

 残りの一人に目を向けると、震えながらナイフを取り出し俺に向けている。

「お、おらぁ!こ、これでどうよ!い、今なら泣いて謝れば許してやるぜ!?」

 あ~あ、完全に腰が引けちゃって。可哀相に、ならないけどね。

 誰に喧嘩を売ったかを良く教えておかないといけないよな。

 

 俺はチンピラの握る手を軽く蹴り上げ、ナイフを落とさせる。

 それを拾い、ナイフに噛み付き、軽く力を入れる。

 バキッ!という音がしたと思ったら、ナイフのブレード部分がぽっきりと折れていた。

 柄を支点にして、顎で折ったのだ。

 チンピラはしばらく呆然としていたが、やがてドサリと尻餅を突くと失禁してしまった。

「調子こくのは勝手だがよ、喧嘩売る相手を選べよな。」

 チンピラーズをそのままに、俺は目的の場所へと向った。

 

 思えば俺は『前世』から喧嘩三昧だった。

 それを『あの人』に諭され、鍛えられ、共に戦い。

 そして『あの人』の為に戦い、死んだ・・・はずだった。

 気がつけば俺は赤ん坊としてこの世界に産まれ、今に至る。

 今の俺に両親はいない。俺が十歳の頃に事故で亡くなった。

 悲しくないと言えば嘘になるが前世、『ファー・ジ・アース』でも両親はいなかったので、不思議と受け入れることが出来た。なんとも可愛げの無いガキだと、自分でも思う。

 文字通り第二の人生を謳歌中だが、何故か『ウィザード』の力はそのままだった。

 流石に『世界結界』に関する『月匣(げっこう)』や『月衣(かぐや)』は発動できなかったが、俺の能力自体は発現可能だった。

 それを初めて知った日には我が目を疑ったね。

 本来『転生者』は『主八世界』のどこかに生まれ変わるはずだが、この転生は何かが変だと思う。

 

 

 

 さて、物思いに耽っていたらいつの間にか織斑家に到着していた。

 チャイムを押して留守かどうか確かめる。と言ってもこの時間に来る事は伝えてあるのだが。

 ・・・返事が無い。まさか主夫気質のアイツに限って寝ているという事はありえん。

 もう一度チャイムを押す。

 ・・・へんじがない、おれさまさみしい。

「はーい。お、来たのか旺牙。」

「遅ぇんだよ出てくんのが!」

「理不尽すぎねぇ!?」

 この爽やか系イケメン君が俺こと『志垣旺牙』の幼馴染み。

 織斑一夏。通称フラグ魔王。又は朴念神。

 落とした女の数は百を超えた時点で数えるのを辞めた。

 大抵の女子はコイツに惚れる。それこそ誘蛾灯に群がる虫の如く。

 だがこの男の真骨頂はそこではない。

 コイツは自分がモテていることなど、否、自分に女性が興味を持っているとまるで感じていない。

 ストレートに「付き合ってください!」と言えば、

 

「ああ、いいぜ。買い物ぐらい。」

 

 と言い、「好きです!」と直球を投げられれば、

 

「俺も好きだぜ!友達だろ!」

 

 と特大アーチホームランで返す始末。

 何人の女子がこの男に泣かされてきたか。

 それでも人気が衰えないのが不思議で仕方が無い。

 ま、そんな事俺には関係ないことだ。

 他の男連中にとっては血涙ものだろうがな。

「いつまでも玄関で立ち話ってわけにもいかないだろ。上がれよ。」

「ほんじゃお邪魔しますよっと。」

 勝手知ったる他人の家、遠慮なく上がらせてもらうことにする。

 

 

 昼飯を食い、俺達はリビングで寛いでいた。

 この織斑一夏という男、家事スキルも主夫の名を欲しいままにしている。

 炊事、洗濯、掃除とほぼこなせる万能人間だ。

 これで女心が理解できれば完璧超人なのだが・・・。

 いや、理解してしまっては人として、男として駄目な方向に行く可能性も否めないか。

 料理に関しては、俺も趣味の範囲で手を出すが、他は少々苦手である。

 一夏本人は「いつか料理で旺牙を唸らせてやる!」と息巻いていたが、そこだけは譲れねぇ。

 なにせ俺から料理を取ったら、後は喧嘩しか残らない。

 どうでも良いようだが良くない。何度も言うが男には譲りたくない事の一つや二つがあるんだ。

「帰ったぞ、一夏。む、旺牙も来ていたのか。」

 やることも無くボーっとしていると、玄関から声が聞こえてくる。

 それ反応し、一夏がどこか嬉しそうに声の主を出迎えに行く。

「お帰り千冬姉。」

 織斑千冬。苗字の通り、織斑一夏の姉である。

 大層な美人さんであり、切れ長の目は凛々しさの象徴。出来るキャリアウーマンのお手本のような容姿だ。

 そしてISの世界大会『モンドグロッソ』の初代チャンピオン。通称『ブリュンヒルデ』。本人はあまり気に入っていないようではある。

 さらに言えばISを使わない剣術、体術も相当の物。いや相当なんて言葉では言い表せないくらい強い。

『地上最強』なんて渾名されるほどだ。

 俺自身も常人より遥かに強いと自負しているが、この人と『もう一人』にはまだまだ勝てそうにない。

「お邪魔してます、千冬さん。」

「こら。」

 軽く頭を小突かれる。

「そんな他人行儀な挨拶をするなといつも言っているだろう。」

「ヘヘ、そうでしたね。『おかえりなさい』。」

「それでいい。」

 薄く笑い、先程よりも優しく頭を小突いてくる。

 

 そう、織斑兄妹にとって、俺は家族同然の扱いを受けていた。

 一夏が物心つく前に、二人は両親から捨てられていた。理由は、同じくガキだった俺には分からない。

 その後、古くから親交があったうちの両親が二人を引き取ろうと言う話があがったが、千冬さんがそれを突っぱねた。

 後になって聞いたが当時の千冬さんは大人というものが信じられなかったらしい。

 それなら援助だけでも、と言う話になり途中までは何とかうまくやってこれた。

 だが途中で俺の両親が事故死。遺産のみが残された。

 もしもの時の為に、と両親がもう一つ親交があった『篠ノ之家』に遺産が託された。

 その篠ノ之家も、今は大変な状況なのだが、今は割愛する。

 とにかく、俺は小学生時代をこの織斑家で育ち、中学進学を機にアパートで一人暮らしをしている。

 理由は、何時までも甘えるわけにはいかないからだ。

 家族と言ってくれる二人。だからこそ、これ以上の迷惑はかけられないのだ。

 アパートに引っ越す事を決めた時、思い切り怒られたっけ。

『家族が一緒に暮らす事を、迷惑だと思うな!』だったっけ。

 あの時は嬉しかった。殴られた頭の痛みが気にならないほど涙が出そうになった。

 でももう決まった事だと言葉の応酬の末、千冬さんが折れた。

 それでも、家が離れても、二人は俺を家族だと言ってくれている。

 ちくしょう、泣かせてくれるぜ・・・。

 

「それで旺牙、私に何か話がしたいという顔だな。」

「なぜばれたし。」

「お前は顔に出やすい。それが分からないほど、伊達に一緒にはいない。」

 何でもお見通しってか。本当に頭が下がらぁ。

「実は・・・。」

「中学を出たら働きたい、か?」

 どんだけばれてるのよ!?

「本当なのか旺牙!?」

「ああ、まぁな。希望先も決まってる。ていうかもう挨拶もしてきた。」

 小さいが機械の修理工場にコネがある。先方も中卒でも構わないって言ってくれた。

「はぁ・・・。一夏にも言ったが、学費の心配は無い。二人分払えるくらいの甲斐性は私にもあるつもりだ。そもそもお前には小父さん達の遺産が残っているだろう。なぜそんなに急ごうとする。」

「別に。ただ高校でやりたいことが無いだけだ。なのに行くのは金も時間も無駄だろ。」

「学校でしか学べない事も多い。経験は多いほうが良いに越した事はないぞ。」

 真剣な眼で俺に語りかけてくる千冬さん。だが、その声にいつもの力強さは感じられなかった。

 これは、半分諦めている声だ。

「悪いけど、もう決めたんだ。親父達の遺産もいつ無くなるか分からない。それに機械弄りには前から興味はあったんだ。一石二鳥だと思わねぇか?」

「しかしだな・・・。」

「やりたいことが見つかったんだ。『家族』としてここは認めてくれよ。」

 多少汚いが、ここまで来たらなりふり構っていられない。

「駄目だ千冬姉。こうなったら旺牙は梃子でも動かないよ。」

 一夏から援護射撃が入る。揺れている今の千冬さんにはグッドだ。

「・・・分かった。就職については何も言わん。ただし、私もそこに挨拶に行くぞ。」

 良し!

「ありがとう、千冬さん。」

 俺も力が抜けたのか、顔に力が入らない。強面の笑顔なんて怖いだけだろ。

「い、いや。家族の事だ。会議をするのは当たり前の事だ。(旺牙め、今の笑顔は不意打ちだろう\\\)

 なにやら顔を紅くしていらっしゃるが、風邪でもひいているのだろうか?夏風邪には気をつけたほうが良い。

「そうか、旺牙は就職か。先を越されたな。」

「俺は一足先に行ってるからよ。お前は藍越学園で存分にToLoveってろ。」

「なんの話!?」

 

 こうして、俺のこの世界での身の振り方は決まった。

 この世界には『ウィザード』も『エミュレイター』もいない。

 第二の人生、楽しませてもらおうかね。

 

 

 

 そう考えていた時期が、俺にもありました。

 あれから季節は廻って半年。受験シーズン。

 あの馬鹿がやらかしてくれた。

 織斑一夏が、男でありながら『初めて』ISを起動させるというとんでも事件を起こしてしまったのだった。

 

 




さわりとはいえ両作品の魅力が伝えられない・・・。
完全見切り発車です。
大丈夫かな?なんとかなるさ(自棄)


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二人目は、俺かよ・・・

やっぱりバトル描写って難しいですね。
長めに尺取れば良いのかなぁ・・・。いやでも・・・。


 我らが織斑一夏がISを起動させてから一週間。世間はパニックに陥っていた。

 『初の男性操縦者』、それも初代『ブリュンヒルデ』の弟だ。

 アイツ自身はインタビューを受けたりなんなりでグロッキー状態。

 まあ全ては奴の自業自得なわけで。

 俺には関係ないわけで。

 酷いと言われても俺にも進路があるわけで。

 

 そんなこんなで今俺達学校の男集は体育館に集められています。

 どうやら各国政府は「一人いるんならまだいるんじゃね?」という見解をだしたらしい。どんな理屈だよ。

 しかも一夏は『IS学園』に強制入学となるらしい。いい迷惑だ。

 そして今行われているのは男子によるISの起動テスト。

 すでに何人もの男子生徒がテストに挑み、散っていった。「俺のハーレム生活が~」なんて嘆いている奴もいるが、考えてみろ。

 ISは女にしか扱えない=IS学園は女子校の簡単な式が成り立つ。

 周り中女しかいない空間なんて言葉一つ気を使うことになる。

 だいたいみんなこの世界の女の面倒臭さが分かっていない。

 

 ISの影響で『女尊男卑』の流れになって早十年。女共は付け上がるばかりだ。

 ISが使えるから女は偉いなんてまるでガキの戯言じゃあるまいし。

 そんな考えで『彼女』の思いを汚さないで欲しい。

 と、ボーっとしていると俺の順番が来た。

 しかしこのIS、『箒機士』の兵器を思い出す。偶然の一致と思いたい。

 大体アレは兵器。ISはパワードスーツなのだから別物のはずだ。多分。

 とっとと終わらせて家に帰ろう。そして寝よう。

 そう思いIS『打鉄』に手をかざす。

 ・・・ほら、何も起きな『キイィィン』おや?

 打鉄と俺が光に包まれ、何かが俺に纏わりつくような感覚を受ける。

 光が、収まった。

 何やら視点が高い。元から若干背の高い俺だが、さらに高く感じる。

「志垣、お前・・・。」

 担任の中年教師が、声を震わせている。

「お前、女だったのか・・・?」

「んなわけあるかい!」

 全力で突っ込んでしまった。

 

 どうやら俺もISを動かせてしまったらしい。

 周囲は右へ左への大騒ぎ。

 すぐに政府の高官らしき人物が来て、「君にもIS学園に入学してもらう。」と言ってきた。

 一夏同様、身柄の保護が一番の目的らしい。

 俺達をモルモットにし、男がISに乗るメカニズムを解明しようとする輩、男の地位向上を阻止するため、俺達を亡き者にしようとする輩などから身を護るためだ。

 正直自分の身は自分で護る気だったが、政府としてはそうはいかんらしい。

 

 つまりだ。すでに内定していた俺の就職は取り消し。四月から華の女子校生活がスタートするわけだ。

 はぁ・・・。エミュレイターと戦ってたほうがまだマシだったわ!

 何が悲しくて三年間も女の園へ行かねばならんのか!

 しかもIS学園は全寮制。プライベートもきっと無いんだろうなーあははー。

 すごーい。たーのしーー。

 ・・・・・・わけあるかーーーーーーーーー!!!!!

 

 

 

 その二日後、早速俺のIS実技試験が行われた。

 いや、展開早すぎ。もっとゆとりを持とうよ。

 どうやら試験官と一対一で対決し、その結果でなんやかんやを決めるらしい。

 なんやかんやはよく分からん。

 まぁ、何より驚いたのは、だ。

「旺・・・、志垣。準備は良いか。」

「なんで千冬さんがここにおりますの?」

 試験官というのが我らが織斑千冬様ということだ。

「言っていなかったな。私は今IS学園で教師をしている。」

「知りませんでしたよ。このこと一夏は?」

「まだ知らんだろうな。さて、時間も惜しい。早速始めるぞ。」

 待った。待った待った待った。

 さっきも言ったが、千冬さんが試験官なんだろ!?

「町を出たら裏ボスが現れるRPGはクソゲーだと思う。」

「何を言っているんだお前は。」

 いや、だって元世界最強だぜ?

 いやいや『あの事件』が無ければ今も世界最強、事実上今でも最強の人がダゼ?

 俺に何を期待しているんだ?

「他に空いている教師がいなかったんだ。諦めろ。」

「無茶苦茶だ・・・。」

「それとも何か?お前は売られた喧嘩から逃げるのか?」

 

 あ?

 

「今、何か言いました?」

「売られた喧嘩から逃げる臆病者かと聞いたんだ。」

 千冬さん。あんた分かってるよ。

 俺の逆鱗って奴をさぁ!

「やってやろうじゃねぇか!!」

「ふん、それでいい。(そうだ!それでこそのお前だ旺牙!魅せてくれ!お前の『力』を!)」

 

 互いが搭乗するのは『打鉄』。日本製の量産型ISだ。性能が安定しており、武者鎧のような外見が特徴的。説明を受けた段階では防御に特化しているらしい。

 俺好みだ。俺の『本来の戦い方』は防御、治癒をしながら戦う事だ。

 そういう点では、『打鉄』は俺に合っている。

「さあ始めるぞ。あくまで動作確認だ。私に勝てと言っているわけではない。」

「そう言われると馬鹿にされてるようでムカつきますねぇ。」

 3・・・・・・

「気にするな事実だ。」

「一息で言い切ったよこの人。」

 2・・・・・

「フフフフフ。」

「ハハハハハ。」

 1・・・・

 

 0!

 

「ダラッシャーーーーーー!!」

 開始と同時に一気にブーストで間合いを詰める。

「ほう、いきなり突っ込んでくるか。」

 あまり驚いてくれませんでした。

 まぁ俺の戦い方なんて、長い付き合いのこの人にとってはお見通しなのだろう。

「フン!セア!ゼエェイ!!」

 蹴りの連撃を打ち込んでいく。

 俺の戦闘スタイルは主に『蹴り』。拳も使うには使うが、昔から、それこそ『前世』から得意としてきた。

 さらに防御に重きを置く俺でも、相手が圧倒的格上なら速攻を禁じえない。

 守りを固めてジリ貧になるのだけは避けたかったのだが。

「甘い!」

 いつの間にか展開されていたブレードで全て弾かれる。

 そのまま反撃の一振りが俺を襲う。

 右袈裟、左薙ぎ、そして突き。その全てが高速。

 なんとか見切り、二撃を回避、最後の突きを掌底でそらす。

 それでもシールドエネルギー?が削られたらしく、最初の1000という数字から減少していた。

 逸らしただけでダメージが入るなんて、直撃していたらと思うとゾッとする。

 一度息を整えようと距離を離した瞬間、今度は千冬さんの方から突撃してきた。

 ヤバイ!この人素人にも本気でいらっしゃる!?

 再度の連撃が襲い来る。

 それらを奇跡のようにギリギリでかわしながら頭を高速回転させる。

 どうすればいい。もう一度距離を取るか。いや、それは悪手だ。さらにつけいる隙を与えるだけ。

 中途半端な攻撃も弾かれてしまうだろう。

 打つ手無し、とはいかない。

 まだダメージは少ないという事は、多少の無茶が利くという事。

 すなわち。

「オラァッ!!」

「!?チッ!」

 攻撃の僅かな合間を見て、全身でタックルを見舞う。

 一撃をもろに受けてしまったが、それでも今の状況を脱する事は出来た!

 俺は一度上空まで飛び上がる。

 ある程度距離を空けると、今度はブースターを噴射させ再び千冬さんに蹴りかかった。

 今度は先程よりも速く、鋭く、脚に《気》を練って。

「『一閃』!!」

 俺のような『龍使い』の特技の一つ、『一閃』。気を練り、攻撃の軌跡が一筋の光ともなる技。

 基本技だが、故に隙が無く使いやすい。

「グハッ!?」

 今度は千冬さんが大きく吹き飛ばされる。

 それでも受身はしっかり取っているのが流石だ。

 だが、シールドエネルギーは700程まで削る事ができた。

「っく。油断していたわけではないのだがな。今のがお前の一撃か。・・・重いな。」

「色々タネはありますがね。まだ終わりじゃないっすよ!」

 もう一度『一閃』を放とうと気を練り突撃する。

 しかし、同じ手を二度も喰らうほど、世界最強は甘くは無かった。

 全力で飛びかかった蹴りを紙一重で避けられ、逆に腹を思い切り殴りつけられた。

 息が詰まる暇も無く今度は背中を蹴り上げられる。

 動きの止まった俺にまたもブレードの嵐。

 全弾直撃とまではいかなかったが、それでも半分は貰ってしまった。

 シールドエネルギーも400を切る。

「どうした旺牙!今ので限界か!」

「ま、だまだぁ!!」

 

・・・・・・・・

・・・・・・

・・・・

「凄いですねあの子、織斑先生に一撃中てましたよ・・・。」

 試験を見学していた山田真耶は感嘆の声を漏らしていた。

 先程千冬が言った事は真実では無く、実は他の教師も手が空いていたのである。

 ならばなぜあんな嘘を言ったのか。

 それは千冬が旺牙と戦ってみたかったからに他ならない。

 昔からその力を目にしてきた千冬が、彼を『戦士』として認めていたからだ。

 事実、旺牙は彼女に喰らいついてきている。

 ISの性能差ではなく、実力で。

「武器も使わず、体術だけでなんて。」

 真耶の声に、共に見ていた教師達は反応できなかった。

 そんな静寂の中、二機の奏でる戦いの音が場を支配する。

 決着の時は、近かった。

・・・・・・・・

・・・・・・

・・・・

 

 残りエネルギーは150。敵機はまだ半分。依然こちらが不利、か。

 先程までの戦闘とは一変し、互いに間合いを取り合っていた。

 試験会場を回る様に飛行する。そう、これは試験だ。

 俺がISをどう動かせるかを見ている。

 最初から、俺の勝敗は関係なかった。

 でなければ、隠れる気なんてさらさら無いギャラリーの誰かが試験官だっただろう。

 そうだ。これは負けが確定していた戦い。

 でもさぁ。

 だからってここで「はい僕の負けです」じゃあ情けなさすぎるだろ。

 珍しく千冬さんが売ってきた喧嘩だ。買ったからには満足させなきゃな!

 意地を魅せてやらないとなあ!

(まだ眼は死んでいないか。いいぞ旺牙。こんなに楽しいのは久しく無かった。何があっても意地を曲げない。そんなお前だからこそ、私は。)

 

 千冬さんが再び間隔を詰めてくる。

 1・2・3・4・・・・またも高速の連撃。

 もう一撃も貰えない。

 弾き、捌き、避け、かわし切る。

 俺も蹴りで反撃する。だが皮一枚で届かない。完全に俺の間合いを読まれている。

 空中で互いに技の応酬。だがどちらも決定打に欠けていた。

 しかし、ブレードに触れている分、俺に僅かにだがダメージが蓄積されてきた。

 もうすぐ100を切る。

 ここは、賭けに出るしかないか。

 俺は体の力を抜く。

 それを隙か誘いと判断したかは分からないが、大上段からの斬撃が襲う。

「ふん!」

「何っ!?」

 真剣白刃取りである!この人相手には初めて出来た!

「どりゃアッ!」

 そのまま後方へ投げ飛ばす。

 ダメージは無いが、かなり距離は空けられた。

 さすがに千冬さんも驚いたのか、体勢を立て直すも動きが止まる。

 でもそれこそ悪手っすよ。

 今反撃に出られたら、俺の負けでしたからね。

 この隙に俺も構えを取り直す。

「千冬さん。俺のシールドエネルギーはもう無いに等しいです。」

「あぁ、そうだな。」

「だから受けてもらいますよ。俺の、最後の一撃。」

「・・・そうか。ならば来い!」

 真っ直ぐにブレードを構え、俺の動きを待ってくれている。

 有難い。これで正真正銘最後の一撃が放てる。

 脚に気を集中。先程よりも濃く、強く練り上げる。

 数分か、否、数秒の時が流れる。

 爆発したように、互いが飛び出した。

「いく、ぜえぇぇぇぇぇっ!!」

 思い出せ。『あの人』の教えを。

 身体は熱く、心は冷徹に。馬鹿の一つ覚えも。

 貫き通せば、必殺となる!

「《一閃・錬気蹴》!」

『錬気』をさらに極めた上級技『練気掌』。それを足に集中させるのが俺の得意技だ。

 さらにブーストに力を込めるイメージをする。

 すると、今までよりもスピードが増したような気がした。

「瞬時加速だと!?初めてISに乗ってか!?」

 千冬さんが驚いているが、構っている暇は無い。

 ただ一点を打ち抜くのみ!

 ブレードと脚が激しくぶつかり合う。

 

 その瞬間、ブレードが砕け散った。

 届いた!そう思った刹那。

 俺の腹にも衝撃が走る。

 ハハッ、馬鹿でやんの。

 同じパターンを二度も喰らうなんて、さ。

 

 

『両者、シールドエネルギー0!』

 

 

 

・・・・・・・・

・・・・・・

・・・・

 

 まさか量産機とはいえ、引き分ける事になるとはな。

 こいつがここまでやるとは思いもしなかった。

 旺牙・・・。お前は何故そこまで強い。

 力も、心も、何故折れない、曲がらない。

 誇らしく思いもすれば、少し心配だよ、私は。

 

・・・・

・・・・・・・

・・・・・・・・・

 




なんか千冬さんがバトルジャンキーみたくなってしまった・・・。
あと打鉄のシールドエネルギーは適当です。


簡易説明コーナー

『龍使い(ロンつかい)』・・ウィザードの『クラス』の一つ。世界や人体に流れる不可視のエネルギーである『龍脈(龍【ロン】)』を操る、いわゆる武術家。肉体や棒術で戦う。【ドラゴンボール】等を連想していただくと解りやすい。

『一閃(いっせん)』・・大きく飛びかかり強い気を練った一撃を見舞う龍使いの特技。

『錬気(れんき)』・・龍を体内で練り上げ、攻撃力を爆発的に高める特技。

『錬気掌(れんきしょう)』・・練られた気を手や足の一点に集中し、そこから相手にたたき込む特技。TRPG的にはダイス目を変更出来る。


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『凶獣』と『兎』

あ~~、完全に風邪引きましたこれ・・・
皆様も気をつけてくださいね

NWの解説は後書きと、後の話に入れますのでどうかご容赦を。


 仰向けに倒れたままISが解除される。

 あーー、勝てなかったかぁ・・・。

 勝ち目なんて最初から無かったとはいえ、それでも悔しい。

 最後の一撃に気をつけていればなぁ。

「いつまで寝ている。早く起きろ。」

 俺同様ISが解除された千冬さんが見下ろしてくる。

 そんな風に見下しても興奮しませんぜ。おれMじゃないんで。

 しかしISスーツとは随分セクシーですな。

 その美しい双子山がはっきりと・・・

 

 ズンッ!

「危ねぇっ!?」

「今妙な事を考えなかったか?」

 いやだな、ソンナコトナイジャナイデスカ。

 だから思いっきり踏み潰そうとしないでくれよ、頭が柘榴になっちゃう。

「まぁいい。とにかく試験は終了だ。今日はもう帰っていいぞ。」

「結果とかは訊かなくていいんすか?」

「それは他の教師達と話し合って決める。特に今回は長くなりそうだからな。」

 そういうことならとっとと帰らせてもらいましょうかね。

 こちとら政府指定のホテルにしばらく移住とかになってて、その荷造りをしなくちゃならない。

 片付けが苦手な俺には余計時間が掛かるのであった。

「それじゃあ、今日はありがとうございました。」

「次に会うのは学園だな。気をつけて帰れ。」

 こうして、俺の初めてのIS戦闘は終了した。

 

 

・・・・・・千冬Side

 

 まったく。何でいつものノリなんだアイツは。

 緊張感の欠片も無かった。

 初めて『実戦形式』でISを動かしたにも関わらず、戸惑いも何も無かった。

 喧嘩ならアイツの専門分野だが、空を飛ぶ感覚をいきなりものにし、武器を構える相手に物怖じせず。

 挙句の果てには『瞬時加速』まで・・・。

 旺牙が産まれてからの付き合いだが、アイツは時折とんでもない事をやらかし、考える。今日のように。

 同年代の子供とは一線を画す何かがある。そう思わざるを得ない。

「織斑先生・・・。」

 後輩の山田真耶が声をかけてくる。おそらく先程の試験のことだろう。

「彼、本当に初心者なんでしょうか。性別を抜きにしても、初めての実戦とは思えません。織斑先生と引き分けるなんて代表候補生、いえ、もしかしたら国家代表クラスですよ。」

「言うな。旺、志垣はISに興味は持っていたが、扱うのは今日が初めてで間違いない。」

 ならばあの戦闘力はなんだ。平静さを保つのにも苦労したぞ。

 私は、アイツの知らない部分を垣間見れて嬉しい反面、複雑な心境だった。

 

 

・・・・・・

 

 さて、我が家に到着したわけだが、なにやら気配がする。

 俺が住んでいるアパートの両隣の部屋は空いている。

 管理人さんも別の場所に住んでいる。

 と言うか、俺しか住んでいないボロアパートなのである(風呂とトイレは一部屋ずつにある)。

 だから人間の気配がするわけが無い。

 ・・・曲者?

 まぁ、正体は分かってますがね。

 

「ただいま「おーく~~~ん「てい「おぶっ!?」

 突撃してきた侵入者の顔を掴む。

 久しぶりに会うのだ。これぐらい許されるだろう。

 俺に掴まれブラ~ンとしている『それ』。

 頭に謎のウサミミを着け、胸元の開いたエプロンドレスという御伽の国から出てきたような珍妙な格好をした『女性』。

 ちなみに、その胸は豊満であった。

「久しぶりですね『束さん』。元気でした?」

「うん。とりあえず降ろして。落ち着かない。」

 しょうがない、不法侵入の件は見逃そう。

 俺は束さんの頭を離す。

 この人の突飛な行動は今に始まった事ではない。

 この人は『篠ノ之束』さん。

 ISを開発し、この世界を変えた張本人。

 おそらく人類史上最高の頭脳の持ち主。

 すべてが認める『天才』にして、全てをぶち壊す『天災』。

 彼女がまともに相手をするのは彼女が身内と認めた人間だけ。

 幼馴染みである千冬さん。その弟である一夏。弟分の俺。

 そして実妹である『篠ノ之箒』と、『娘のような』存在の子。かろうじて両親を認識しているぐらいか。

「ぷはぁ。う~ん、折角の再会なんだからさぁ、もっとぎゅっと抱きしめてくれるとかさぁ。してくれても罰は当たらないんじゃないかな?」

「あんまり抱きしめると俺の理性がプッツンして襲い掛かっちまいますよ。」

「ふえ\\\!も、もうそれはそれでありだよう、おーくんのイ・ケ・ズ\\\!!束さんならいつでもバッチコーイなんだからね!」

 そうそう。それとテンションも常人より高い。さっき挙げた人間に対する会話はもはや成り立たないくらいハイテンションだ。だからこそ、彼女の言う凡人との落差が酷い。

「どうやって部屋に入ったのかは聞きませんよ。それより何か用っすか。」

「うん。なんだかおーくんの手料理が食べたくなっちゃって♪」

「クロエがいるでしょう。食には困ってないはずなのに。」

「クーちゃんの料理もいいけど、おーくんの味は忘れられないからね。」

 ちくしょう、作る側にとって嬉しい事言ってきやがる。

「すみません旺牙様。突然訪問してしまって。」

「ああいいんだクロエ。下手人は確保済みだから。」

「下手人は酷くない!?」

 彼女は『クロエ・クロニクル』。黒の眼球に金の瞳。透き通るような銀髪と、普通ではない何かを感じさせる少女だ。俺も彼女の事はよく知らない。ただ束さんが保護したとだけしか聞いていない。

 束さんは「自分の娘」と扱っている。

 ま、礼儀は俺なんかよりよっぽどしっかりしてるし、良い娘だから詮索はしない。

 そもそも『ファー・ジ・アース』の『人造人間』に雰囲気が似ている。

 彼女の作る食事は、その、とても個性的だ。

 消し炭やゲル状の何かを、束さんは普通に食べている。

 一度クロエに食事の作り方を教えたが、全く改善されなかったなぁ・・・。

「ねーねーおーくん。束さんはお腹が減っちゃったよ?」

「あ、スンマセン。今作りますね。」

 さてっと。今から簡単に作れるものとなると。卵があるな。米も炊けている。

 オムライスにでもするか。

 

「ご馳走様~!ん、おーくんのご飯はいつ食べても美味しいね!」

「ご馳走様でした、旺牙様。」

「はい、お粗末さまでした。」

 誰かに手料理を食べてもらうのは嬉しい。

 織斑家に入り浸るのも一夏と自身の料理を食べ比べる意味もあった。

 

 クロエに手伝ってもらって後片付けをし、お茶を入れなおして一息入れる。

「で。今日は一体何の用ですか?本当に俺の飯を食いに来ただけじゃないでしょう。」

 俺の言葉に束さんのウサミミがピコンと立った。

 どうなってるんだろうあれ?深く考えない方がいいかな。

「うん。おーくんがISを動かしちゃったって聞いてね。本当はすぐにでも駆けつけたかったんだけど、束さんにも色々あって遅れちゃったの。でも凄いね!初戦闘でちーちゃんと引き分けるなんて!『ウィザード』って皆そんなに強いの?」

「あれは千冬さんが本気じゃなかったからだよ。マジか専用機引っ張ってきたら瞬殺だった。」

 束さんの口から『ウィザード』という単語が出る。

 この世界で俺が『転生者』だと知っているのは彼女とクロエだけだ。

 束さん曰く俺は「何かが違った」らしい。

 その何かは俺自身にも理解できないが、なにせ束さんだ。規格外の人間の頭の中を知る良しもない。

 クロエに関しては束さん経由で知られた。まぁこの娘なら良いかと思い、放置していた。実際害もないどころか、前世と言うものについてよく尋ねられる。

「そもそも『ウィザード』なんてピンきりっすよ。俺は偶々良い教官に巡り会って、修羅場をくぐってきて、偶々その技術と技を持ってこれただけっすから。」

 大体俺が本来の『転生者』の定義から外れている。

 転生者の技術も知らなければ、遺産も所持していない。

 俺は一体何者なのか。それは未だに自身でも分かっていない。

 ウィザードが転生したからには何か意味があるはずなのだが。

「おーくん・・・。」

 考え事をしていると、束さんのほうから声をかけてきた。

 なにやら元気が無いようだが。

「おーくんは、また戦いたいと思う?」

「・・・束さん?」

「おーくんから聞いた『前世』、凄い戦いの連続だったって。さっきも修羅場をくぐってきたって。命懸けの日々だったんでしょ。それが一度死んで、この世界でゆっくり出来ると思ったら、今度はISに巻き込まれて・・・。」

 声と共に顔の元気も無くなり、だんだん俯いていく。

 つまり、何が言いたいのだ?

「ずっと戦い続けてきたおーくんが今度は兵器の戦いに「てい(びしっ)「アイタっ!?なにするのさ!?」

 うだうだ同じ事言ってる束さんにデコピンをお見舞いする。

 まったくこの人は、大事な事を自分で忘れてるよ。

「束さんがISを創ったのは、みんなで宇宙に行きたかったからだろ?自分で『兵器』なんて呼ぶなよ。」

「おーくん・・・。」

「俺はむしろチャンスだと思うね。これで宇宙に近づけたんだからな。だからよ、束さんはいつも通りでいてくれよ。そんな顔されてると、こっちが調子狂っちまう。だから、な?」

「~~~~お~~~くぅ~~~ん!!」

「オブフゥッ!?」

 束さんが突然飛びついてきた。

 いやね、痛くは無いんだ。ただビックリしたと言うか。

 二つのお山の感触に驚いたと言うか。

「ちょっ、束さん!?どうしたんだよ!?」

「ん~~~~~♪(そんなこと言ってくれるのおーくんだけだよ\\\私を理解して、受け入れてくれる。だから私は\\\)」

 飛びついたまま頬ずりされる。

 あ、いい匂い・・・、じゃなくて!

 どうすればいいのよこの状況!

 クロエは・・・、あかん。微笑ましそうにこちらを見ていらっしゃる。

 はぁ・・・。どうすればよかとよ。

 

「落ち着いたかい?」

「うん!エネルギーMAX充電完了だぜい!!」

 絶対落ち着いてないでしょうそれ。

「ところで束様、旺牙様のお宅に伺った本来の目的が。」

「あ、そうだった。」

 まだ何かあったのか。これ以上はお腹一杯なんだが。

「おーくんに専用機をプレゼントしようと思います!ドンドンパフパフ~!」

「は!?」

 今とんでもない事言わなかったかこの人!

 俺がIS動かしてまだ二日だぞ!?

「あ、まだ完成してないよ。束さんの方でも色々あってねぇ。最後まで手を掛けてあげられ無さそうなんだ。だから最後の仕上げはオカジマ技研に委託することになってるから。」

「ぶっほっ!?」

 俺は今日何度驚いているのだろう。

 オカジマ技研の名前が出てくるとは・・・。

 俺の世界にもオカジマ技研グループは存在した。別段ウィザード用の武具を開発していたわけでは無かったが、会長が個人的にウィザードに投資、支援を行っていた。あそこに助けられた者も多かっただろう。

 ちょっと携帯で調べてみると、オカジマ技研グループは主にISの武装の研究を行っている機関らしい。

 世界が違うとそこまで違ってくるのか。

 だが『ファー・ジ・アース』と同じ名義の会社が存在している。何か因果でもあるのだろうか。

「おーくんの言ってた『異能者』のデータも凡人に解り易く入れておくつもりだから安心してね♪」

 何故だろう。不安になる単語が聞こえてきました。

「『異能者』はウィザードの特殊能力っすよ?再現出来るんすか?」

「そこはうまく誤魔化してb」

 bじゃねーよbじゃ。

 これじゃあ変に悪目立ちするじゃねーかあ。

「束さんが何もしなくても、どこかがデータ取得目的とかで専用機を作ると思うよ。なら束さんが手を入れた機体の方が安心だとおもうな~?」

 相変わらずこちらの考えを読んでくる。

 はぁ。全く敵わないな。『先生』や千冬さんと同じく頭が上がらない。

「いえいえ。なら有難く頂戴しますよ。」

「む~。嬉しくないの?」

「嬉しいですよ?俺の為にそこまでしてくれるなんて。本当に有難いっす。」

 腹を括って、ニカッと笑みを返す。

「うっ!(もう、なんでそんな顔するかな\\\思わずドキッとしちゃった♪)

 顔を赤くしていらっしゃるが、大丈夫かね束さん。

「そ、それでね!機体の名前はおーくんに決めてもらおうかと思って!」

「名前かぁ。良いのがあるかなぁ・・・。」

 異能者からサイキッカー、龍使いからカンフーマスター・・・。なんかピンと来ないな。

 もっと俺に合った名前、通り名。二つ名・・・二つ名?

「あ、決まったっす。」

「早っ!もういいの?」

「えぇ。俺の『前世』での二つ名なんですけどね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「『凶獣(きょうじゅう)』ってのが良いですね。」

 

 

 

 

 

 




すいません。ちょっと間が空いてしまいました。
これからもさらに更新が遅くなるかも知れませんが、ご容赦ください。

解説コーナー

『人造人間』・・機械というよりホムンクルス。戦いに応じて肉体の形状さえ変化させる能力を持つ。専用の兵器を埋め込んでいる者もいる。

『異能者』・・いわゆる超能力者。精神力をそのまま破壊や防御の力に変える。魔術以外の力であり、突如目覚める者が多い。正確にはウィザードとは違うと言う説も有る。

『転生者』・・時を越えて来る者。世界の壁を越えてくる者の総称。死した者が『現代人』の肉体を借りて甦った者達。ほとんどの者が専用の武具である『遺産』を所持している。

『二つ名』・・ウィザードの多くには二つ名、通り名がある。ルール上サイコロで決めるか自分で決めるか選べるのだが、サイコロに任せるととんでもないものになりかねない。
 例(死の茄子色カブトムシ


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新生活、開始!

ここから原作一巻に入る予定です。

何話かかるんだろう(遠い目


 ここは、地獄だ。

 いや。何の変哲も無い教室であり、針山も血の池も無く、獄卒もいない。

 なら何がイカンのか。

 

 教室には、俺ともう一人以外が全て女子。なんて状況だ。

 全てが異質だ。本当に異質なのは俺達二人の方なのだが。

 

 座席最前列のアイツも同じ気持ちなのだろうか。

 背中しか見えないが、固まっているのがよく分かる。

 ちなみに俺の席は同じ列の一番後ろ。身長の関係からだろうか。

 ここでは居眠りしたらすぐに見つかってしまうではないか。解せぬ。

 また、別の席を見るともう一人の幼馴染み、『篠ノ之箒』が座っていた。

 この六年で随分綺麗になったと思う。

 が、この感じは少し嫌な感じだ。まるで触れるもの全てを傷付ける抜き身の刀のような印象を与える。

 俺達と別れてから、お前に何があった・・・。

 

「皆さん入学おめでとう。わたしは副担任の山田真耶です。」

 

 色々と考えていると、教室に緑髪で眼鏡の女性が入ってくる。

 自己紹介してもらって悪いが、この人本当に教師か?

 童顔と身長から、同年代にしか見えない。さらには気の弱そうな、小動物のような感じも受ける。

 だが同年代の少女達には無い、見事な双子山をお持ちのようです。あの大きさ、千冬さんや束さん以上じゃないのか・・・。

 

「ええっと・・・。」

 教室の異様な雰囲気に、山田先生も困惑している。

 それもそうだろう。何度も言うがこのクラスには『織斑一夏』と『志垣旺牙』がいるのだから。

 女子の皆は俺達に興味津々なのだろう。

 物珍しさがほとんど。一夏に対しては好奇の目。俺に対しては、大分畏怖の目が混じっている。

 そりゃそうか。眼帯つけた切れ目の男なんて、怖いものでしかない。どうみてもチンピラだ。

「ええと・・・。それではSHRをはじめたいと思います。」

 山田先生が果敢にもこの場の空気を変えようとしている。

 意外と勇気のある人だ。

 それから出席番号順に自己紹介が始まる。が、一夏の奴まだソワソワしていやがる。

 ここまで来たなら覚悟を決めやがれってんだ。

 俺はもう腹は決まった!そう決めた!

 粛々と、時折笑いを混ぜながら、女子達の自己紹介が進んでいく。そして。

「それでは次に織斑くん、お願いします。」

「・・・・・・。」

 おや?一夏の様子が・・・。

 なにやら上の空のようで、山田先生の声が届いていない様子だった。

 その後も先生は一夏を呼び続けるが、返答がない。

「織斑くん!織斑一夏くんっ!」

「は、はいっ!?」

 ようやく反応したかと思えば、思いっきり声を裏返してるし。

 案の定、周囲からクスクスと小さな笑いが聞こえてくる。

 情けない・・・。情けないぜ親友。男ならもっとシャキッとしてくれ。

 その後も涙目の山田先生を宥める姿は笑い者以外の何者でもないぞ。

 覚悟を決めたのか、後ろを向いてクラスを見渡す。まだ表情は引き攣っていたが。

 全員の視線が一夏に集中する。さぞ怖いことだろう。

「えーと・・・・・・。織斑一夏です。よろしくお願いします。」

 そう言って一礼する。そして制止する時。

 クラス中から『え?それだけ?』という空気が流れてくる。

 かく言う俺も同じ気持ちだ。もう少し何か言えよ。趣味でも抱負でも。

 このまま借りてきた猫状態でいる気か?

「以上です。」

 本当に終わりかよ!何人かずっこけてるぞ!

 いくら緊張してても少しくらい気の利いたこと・・・、言えないよなぁ、この男には。

 そのまま時間が止まっていると、一夏の後ろに人影が。

 そして人影は腕を振り上げると、持っていたそれを一夏の頭に叩きつけた。

 パアンッ!という良い音が響き渡る。

 声にならない悲鳴を上げ、頭を押さえる一夏。

 その背後には、黒いスーツにタイトスカート、長身の美女が。

 我らが織斑千冬様である。

「げぇっ、関羽!?」

 ジャーン、ジャーン、ジャーンとでも言えばいいのか?

 二度目のスパァン!という音と同時に俺も睨まれた気がする。

 何故だ。まさか俺の頭の中を察したとでも?

「誰が三国志の英雄か、馬鹿者。」

 トーン低めの声で、威圧感たっぷりに言う。

 実の弟相手にそれは怖いぜ千冬さん。

 混乱している一夏が萎縮しておられる。

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」

「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押しつけてすまなかったな。」

 さっきとは打って変わって優しい声だ。別人のように。

 その言葉に応える山田先生の声と視線がやけに熱っぽい。はにかんでもいるようだ。

 やはり初代ブリュンヒルデの名とあの凛々しい外見、性格は後輩からの憧れなのだろうか。

 千冬さんがIS学園の教師をしているのは以前の試験で知っていたが、こうして見ていると立派な・・・

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠十五才を十六才までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな。」

 暴君教師やでこの人!?相変わらずの性格だぜ。

 そんなんじゃみんな引くぞ。

「キャーーーーーー!千冬様、本物の千冬様よ!」

 だがしかし、教室に響いたのは黄色い声援だった。

 てか耳が痛ぇっ!

「ずっとファンでした!」

 ああそうかい。

「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです!北九州から!」

 このIS学園は国際学園だぞ。同じ日本なんて近いだろ。

「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!」

「私、千冬様のためなら死ねます!」

 そこの娘達は自分の命を大事にしろ。

 とうの千冬さん―――織斑先生はうっとうしそうにしている。

「・・・・・・毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か?私のクラスにだけ馬鹿者を集中させてるのか?」

 すごい暴言吐いたぞあの人。それでいいのか教師。

 これがお上に知られたらクビじゃないんすか?

「きゃああああっ!お姉様っ!もっと叱って!罵って!」

「でも時には優しくして!」

「そしてつけあがらないように躾をして~!」

 この国の未来は危ないかもわからんね。

 その後も一夏と千冬さんが姉弟だと知られて若干ざわついたりしたが、些細な事だ。俺にとっては。

 一夏がなにやら助けを求めるような目でこちらを視ている。

 助けますか

 

 YES

 

→ NO

 

 目線を逸らすとまるで絶望した!という気配が漂ってくる。

 関係ないね!

 ちらりと箒の方を見てみる。

 あいつも一夏をそれとなく見ていた。

 幼馴染みなんだから真っ直ぐみてやれよ。(棚上げ中)

 チャイムが鳴り、織斑先生のこれまた鬼教官的な一言でSHRは終了した。

 

 

 

 

「しかしお前がいてくれて良かったよ旺牙。」

「俺は良くねえ。貴様なんぞ知らねえ。黙れ織斑一夏。」

「酷くないかっ!?」

 一時限目が終了した休み時間。一夏は早速俺に話しかけてきた。

 うるさいやい。俺にはお前に怒りをぶつける資格がある。

「誰のせいで就職取り消しでこんな所にいると思っているんですかねえ?」

「え、それ俺のせいなの?」

 こいつには俺が味わった絶望と面倒事を一から十まで説明してやろうか。

 楽しかったこともあるけど、それは千冬さんとの試合や束さんとクロエとの再会くらいだ。

 ホテル暮らしの間もマスコミがやってくるは、政府からは何も言わないように念を押されるは。

 気の休まる時間が無かった・・・。

「それにしても。あれは・・・。」

「ああ。あれな。」

 教室の外を見る。

 廊下には他所のクラスや上級生がひしめいていた。

 それはそうだ。俺達は世界でたった二人のIS操縦者なのだ。

 ISが生まれて十年。こんなケースは無かったのだから、好奇心の塊の女子高生は俺達に興味津々と言ったところか。自分で言っていて変な感じだ。

「あの視線には耐えられん。」

「その割にはお前、堂々としてるじゃないか。」

「まぁ俺にも色々あったのだよ一夏君。」

 なんだそりゃと返されるが、これくらいで参るほど軟な鍛え方はしてないぜ。

 あ、ゴメン嘘ついた。視線がメッチャ痛いです。

 これなら侵魔と戦っていた方が楽だわ。

「ちょっといいか。」

「ん?」

「え・・・、箒?」

 溜息交じりの会話をしていると、一人の女子が話しかけてくる。

 篠ノ之箒。六年前に離れ離れになってしまった、俺達の幼馴染み。

 一夏は箒から話しかけてきたことに驚いているようだが、箒は俺の右目の眼帯をジッと見ていた。

 そうか。こいつは今までの事を知らなかったっけ。

「廊下で、いいか?」

「あ、ああ。行こうぜ旺牙。」

「いや。話があるならお前ら二人で済ませとけよ。」

 俺は一夏の提案に断りを入れる。

 俺まで行くと変に目立つ。というか悪目立ちする。

 それに、箒が一番話をしたいのは一夏だ。

 なぜなら、彼女は昔からコイツに惚の字だからだ。

 せっかくの想い人との再会に、同じ幼馴染みだからってズケズケ入っていく気は無い。

「え?一緒に行かないのか?だって俺達が揃うのも六年ぶりだろ?」

「俺は後で話がある。長くなりそうだから先に行け。」

「いやでも「いいから行ってこい!(ドカッ「痛い!」

 一夏の尻を蹴り飛ばす。

「・・・すまない。旺牙。」

「礼が言いたきゃ後で俺とも話せ。・・・心配してたのは一夏だけじゃねぇんだよ。」

「・・・ありがとう。一夏、廊下でいいか?」

 そう言って二人は教室から出て行った。まったく。キューピッドなんて見た目じゃねぇんだよ俺は。

 しかしひとつ困った。一夏という片割れがいなくなったことで、視線が俺に集中してしまった。

 どうしよう。動物園のパンダやゴリラはどうして人間の視線を気にせずにいられるのだろう。

 ああそうか。ここは檻の中なんだ。そう考えよう。

「ね~ね~、しお~。」

 どこか変な方向に頭が飛びそうになっていると、袖を引っ張られる。

 しおー?何?ヒト?歌?

「む~。ね~しお~ってば~。」

 腕を見れば、なにやらちみっこい少女がダボダボの袖から小さな手を出し、俺の袖を引いていた。

「おい。しおーってのは俺のことか?」

「うん。『しがきおーが』だからしお~だよ。」

 これはまた。俺の知り合いにはいないタイプのなんとものんびりした娘だ。

 たしか自己紹介で布仏本音、とか言ってたっけ。

「・・・で?なんだよ布仏。」

「あ、本音でい~よ。上級生にお姉ちゃんがいるから混ざっちゃう~。」

 はぁ、そうですか。

 しかし何だろうこの間延びした喋り方。

 聞いてるこっちまで力が抜けてくる。

「しお~は料理が出来るって言ってたよね?何が出来るの?」

「ん~。和洋中、大体出来るぞ。時間があれば手の込んだものも作れる。あと菓子。」

「お~~~。」

 心なしか。いや確実に本音の眼が輝いている。

 お菓子、好きかい?うん、大好きSA!と言わんばかりだ。

 俺は鞄の中から昨日、手持ち無沙汰になった時に作ったクッキーがあった。

「・・・食うか?」

「ホントっ!ありがと~。(むぐむぐ)うま~。」

 って早速食ってるし。まぁ喜んでくれたのは嬉しいけど。

 ありがとね~と友人達のところに戻って行く。

 その際大丈夫!?とか何かされなかった!?とか聞こえたのは気のせいにしておこう。

 気のせいったら気のせいだ。悲しくなんかないやい。

 キーンコーンカーンコーン。

 休み時間終了のチャイムだ。

 それと同時に廊下にいた生徒は蜘蛛の子を散らすように帰って行く。

 パァンッ!

 そして本日四度目の攻撃がぐずぐずしていた一夏の頭に落ちた。




原作台詞が多くなってしまいましたね。すいません。
オリジナル台詞考えるのって難しい・・・。
あ、旺牙の元の部屋には料理器具がひとしきり置いてあったという設定です。ボロアパートとか言ってたけど気にしないいで♪
・・・すんません。調子に乗りすぎました。

今回は解説コーナーはありません。


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色々呆れ果てる

やっと体調が戻ってきました。長かったですなぁ。

またもあまり期待はしないでください・・・。


「であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法によって罰せられ」

 

 教科書の内容をすらすらと読み上げる山田先生。

 SHRの時とは違い堂々としている。話も案外解り易い。

 あの分厚いなんてモノじゃないほどの参考書を丁寧に説明してくれている。

 俺や一夏のようなイレギュラーな存在のことも考えてくれての事だろう。

 この学園にくる生徒はまず予習をしてからくるだろうし、俺自身ももとからISに興味がありある程度調べていたのが役立っている。

 周りの女子も一心にノートを取っている。

 

 あ、例外がいた。

 一夏の背中から「訳が解らん」オーラが昇っている。

 まだ基礎中の基礎の部分だぞ、大丈夫か?明らかに挙動不審だ。

「織斑くん、なにかわからないところがありますか?」

 その様子を見て山田先生が尋ねる。

「志垣くんもわからない事は訊いてくださいね。なにせ私は先生ですから。」

 頼れる先生をちょっとアピールしたいのだろうが、逆に子供っぽく見えてしまう。山田先生の小動物感がさらにアップしている。

 しかし張った胸の膨らみは常人のそれを遥かに凌駕していた。すげぇ。

「先生!」

「はい、織斑くん!」

 元気一杯に、奴は言い放った。

「ほとんど、全部わかりません。」

 堂々と言えることじゃないぜ親友。

 みんなに出来ない事を平然と言ってのける。そこに痺れるが憧れない。

「え・・・・・・。ぜ、全部、ですか・・・?」

 山田先生の顔が引き攣っている。困っていることこの上無しだ。

「え、えっと・・・織斑くん以外で、今の段階でわからないっていう人はどれくらいいますか?」

 困惑の先生の言葉に、誰も手を挙げない。

 さすが敷居の高いIS学園の生徒。

 エリート候補生の集団は伊達じゃない!

「ちょっと待てよ、旺牙、お前もわかってるのか!?」

「予習はしてきたからな。」

 にべも無く応えてやる。予習は大事だ。

「織斑、入学前の参考書は読んだか?」

 教室端にいた織斑先生が見かねて尋ねる。

 そう、件の参考書だ。あの電話帳レベルの分厚さの。

 でかでかと【必読】と書かれていたあれである。

 あれを読破しておけば最低限の事はなんとか解る。

 まぁ実はいまだにPICの原理を理解しきれていないのだが、とりあえずそれのおかげでISが飛行したり減加速したり出来る事はわかっている。

「古い電話帳と間違えて捨てました。」

 どうしてこう変な方向に全力なのだ織斑一夏よ。

 パアンッ!

 またも必殺出席簿アタックが火を吹いた。

「あとで再発行してやるから一週間以内に覚えろ。いいな。」

 あれを一週間かぁ。かなりきついな。

 貰った時点ではまだ時間があったからなんとか読めたけど、一週間は寝る間も惜しまなければならないだろう。

 だが今回はこう言える。一夏の阿呆めが。

「旺牙が読破済みなのが納得いかない・・・。」

 失礼な奴だ。あとで一閃の刑に処す。

「ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解できなくても覚えろ。そして守れ。規則とはそういうものだ。」

 正論だ。

 力というものは振るう者によって大きく左右される。

 何も知らないものが力を手に入れ振るえば、自分だけでは無く、周りも傷付く。

 ウィザードの力を手に入れたときの俺は・・・。いや、やめておこう。

 それに、ウィザードに目覚めてからもそれを受け入れられず、殻に篭ったり周囲に当り散らしたり、わざとらしい孤独感を背負う奴がいた。

「自分は望んでウィザードになったわけではない」と言って。

 だがそれは間違いだ。

 力を手に入れた者には、望む望まないに限らず責任が纏わりつく。

 それを放棄することはできない。人を傷付けることを選んだ時、そいつは人の心を捨てたも同然。

 

 

 あの時の俺はそれを放棄した。だからここにいるのだろうか。

 この世界での俺は、力を手に入れた責任を保てるのだろうか。

 

 

「お前って、昔から意外と頭良かったよな。」

「褒めてるのか貶してるのかどっちだ?それにお前だって成績悪くはないだろうが。」

 二時限目の休み時間、俺は一夏の席まで来ていた。

 さっきはなんだかんだで話が出来なかったからな。

 お互い保護観察とか言われて、俺なんかホテルに缶詰状態。

 最後に会ったのは中学の卒業式だったからな。

 弾に数馬、元気にしてるかな。

「あんなの解るわけないだろ。俺、お前ほどISに詳しくないんだから。」

「参考書を捨てた人間が何言っても説得力無いぜ。」

 ぐうの音もでなくなったな。

 仕方ない。これでも親友だ。

 少しぐらい一夏が授業についていけるように協力してやるとするか。

 男と放課後二人っきりで復習・・・。うわ、やっぱりいやだ。

「ちょっと、よろしくて?」

「「ん?」」

 俺達はいきなり声をかけられて、そちらを振り向く。

 そこには鮮やかな金髪の目立つ女子がいた。白人特有の透き通ったブルーの瞳が俺達を見ている。

 その特徴的なロールがかった髪はいかにも高貴なオーラを纏っている。雰囲気も『いかにも』な女子だ。

 このご時勢、ISの存在で女性はかなり優遇されている。いや、優遇なんてものじゃない。いきすぎて女性=偉いの構図が出来上がっている。

 ISは女性にしか動かせない。つまりこの世は女性が中心になって動かすべきだなどという風潮になってきている。

 女性が何かしたい時、その辺の男性をパシリに使う。そしてそれがまかり通る。逆らえば無実の罪まで着せられて逮捕、などというケースまで存在する。

 馬鹿馬鹿しいが、それが現代の『女尊男卑』の世界なのだ。

 束さんが望んだのは、そんな下らない時代ではないというのに。

 まぁそれはともかく、目の前の女子はいかにもそんな男を下に見ている感じだ。

 ただ、その高貴さは本物らしく、腰に手を当てて佇む姿は様になっていた。良い所のお嬢様なのだろう。

「訊いてます?お返事は?」

「訊いてるよ。で、ご用件は、オルコット。」

 俺の対応に、女子は大袈裟に声をあげる。

「まあ!なんですのそのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」

 あ、駄目だ。俺このタイプ合わない。

 男と言うより他人を見下してる。

 力を持った人間の典型だ。昔の自分を見ているようでムカつく。

「あれ、旺牙。この娘知ってるのか?」

「自己紹介ちゃんと聞いとけ馬鹿。」

「酷い!?」

 セシリア・オルコット。たしかイギリスの代表候補生だったはずだ。

 光栄云々と言うからには、本当にそういった家柄なのだろう。

「あら、あなたは少しは話がわかるようですわね。そう、わたくしがイギリスの名門、オルコット家のセシリア・オルコット。入試主席にして代表候補生ですわ。」

 むふんと胸を張るオルコット。大分自慢げだ。まあ凄いことにはかわりないのだが。

「ちょっと、いいか?」

 一夏が挙手しながら声をあげる。

 何故だろう。なにか嫌な予感しかしない。

「ふん。下々のものの要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ。」

「代表候補生って、何?」

 がたたっ、と数人がずっこける。

 俺も他人の振りがしたいよ、今更だけど。

 オルコットなんか顔を真っ赤にしている。

「・・・一夏。代表候補生っていうのはな、読んで字の如くモンドグロッソの国家代表の候補者のことだ。お前に解りやすく言うとオリンピックの代表ってこと。いわばエリートだ。」

「ああ!」

 いくらあまりテレビを見ないからって、それくらい知っておけよ。

 字面からも予想できるだろう。

「そう、エリートなのですわ!」

 お、オルコットが持ち直した。

 しかし、力を持った人間の典型だな、この女。

 偉ぶるのは国家代表に正式になってからにしろってんだ。

「本来ならわたくしのような選ばれた人間と同じクラスになれただけでも奇跡・・・幸運なのよ?その現実をもう少し理解していただける?」

「「そうか、それはラッキーだな。」」

「あなた達、馬鹿にしてますの!?」

 馬鹿にしていない。呆れてるだけだ。

『ファー・ジ・アース』にもエリート意識の高いウィザードがいたさ。

 そういうやつらに限って大して実力が高くない。

 力を振りかざす者、ひけらかす者は総じて他者を見下し、自分を磨こうとしない。

 だから更なる高みに昇れない。

 オルコットからもそんな雰囲気が伝わってくる。

 コイツがどういう人間かは知らん。だが、感じが悪いのは確かだ。

 先ほどの台詞も、本人はノブリス・オブリージュのつもりだろうが、自分が選ばれた人間ゆえの驕った態度でしかない。

 だから、俺はこの女が苦手だ。素直にそう思う。

「大体あなたがた、よくこのIS学園に入学できましたわね。」

 まぁそれこそ強制なんですけどね。もう受け入れたけどね。

「一人はまったく知識が無く、一人は野蛮そうな外見・・・。知的さと美麗さが欠けていますわね、期待はずれですわ。」

 失礼な。ちゃんと人間社会に適応した人間だよ。ゴツイ見た目のことは言うなよ。これでも気にしてるんだからさあ。

「旺牙はともかく、俺に何かを期待されてもな。」

「一夏。自分を卑下するな。あと人を持ち上げるな。」

 こそばゆいし、親友のそんな台詞は聞きたくない。

 さらにオルコット曰く、『優秀』な自分が『特別』にISのことを教えてくれるらしい。

 それが彼女の優しさらしい。前世と合わせて三十年も経つが、そんな優しさは初めてだぞ。

 とびっきりの厳しい優しさ(訓練)なら何度も受けてきたけどな。

「いいよ、俺先生や旺牙に教えてもらうから。」

「な、何ですって!?」

 そこで火にニトログリセリンをくべるのが織斑一夏という男であった。

 俺を巻き込まないでくれ。ってああ、今更か。

「わ、わたくしは入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートなのですよ!?そのわたくしのお誘いを断るおつもり!?」

 ほう、教官をねぇ。さっきの考えは一部撤回しておこう。

 そこそこの強者ということか。だがまだ尊敬には値しないがな。

「入試って、あれか?ISを動かして戦うってやつ?」

「それ以外に入試などありませんわ。」

「あれ?俺も倒したぞ、教官。」

「「は・・・?」」

 俺とオルコットの声が重なる。

 まじで?教官っていったら、少なくとも俺達よりISの操縦時間が長いはず。特に一夏は素人もいいところ。

 その一夏が教官を倒した?運か?それともコイツには隠された実力が!

 俺の相手は・・・規格外の人だったしな。

 それはともかく、今の一夏の言葉にショックを受けてる様子のオルコット。

「わ、わたくしだけと聞きましたが?」

「女子だけではってオチじゃないのか?」

 ピシッといういやな音が聞こえた。こう、氷にヒビが入ったような。

「あ、あなたはどうなんですの!?」

 矛先が俺に向いた。ここは正直に言った方がいいだろう。

「俺は引き分けだ。」

「そ、そうでしょうとも。えぇ、そうですとも。」

「悔しかったな。相手が相手とはいえ。」

「相手とは?」

「織斑先生。」

 空気が凍る。比喩ではなく、完全に固まっている。

 オルコットの顔が真っ赤から真っ青になる。

 と思ったら徐々に赤みが増してくる。

 面白い。俺のこの女に対する評価が変わっていくぞ。変な意味で。

「嘘ですわ!ありえませんわ!?こんな男が織斑先生と引き分けたなんて!」

「まあ間違いなく本気出して無かっただろうがな。」

「あなたも!あなたも教官を倒したとはどういうことですの!?」

 おお、大分混乱していらっしゃる。

「うん、まあ。たぶん。」

「たぶん!?たぶんってどういう意味かしら!?」

「まあまあ落ち着けオルコット。」

「これが落ち着いていられ―――」

 キーンコーンカーンコーン。

 三時限目のチャイムが鳴る。

「っ・・・!またあとで来ますわ!逃げないことね!よくって!?」

 高貴さの欠片もなくズンズンッと自席に戻って行くオルコット。

 まったく、落ち着きの無い奴じゃい。

「逃げないことって言われてもな。」

「いや、なんで旺牙はそんなに落ち着いてるんだよ?」

 いやいや、これでも困ってるし色々呆れてるんだぜ?

 まったく、初日から賑やかな学園生活だ。




今更な解説コーナー

『ウィザード』・・超常の力を用いて侵魔と戦う者たちの総称。『ナイトウィザード』とも。
 魔法使いと呼ばれることもあるが、剣士や銃使い、吸血鬼や聖職者など職業や能力、種族問わず、侵魔と戦う者はウィザードと呼ばれる。

『侵魔』・・異界からの侵略者のこと。エミュレイターとも呼ばれる。
 世界の裏側【裏界】より、生物が蓄えている力、存在の源であるプラーナを奪いに来る。【魔王級】と呼ばれる侵魔は、なぜか美男美女の姿をとることが多い。

『プラーナ』・・上記の通り、存在の源になる力。プラーナを失うと徐々に衰弱し、存在感が希薄になり、いずれは世界から消滅してしまう。

『イノセント』・・ウィザードではない普通の人々の総称。侵魔からよく狙われる。


『月匣』『月衣』についてはまた次回。関連項目が多く、長くなりそうなので。


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静かな怒りと、姉妹と

内容が無いよう


ゴメンなさい、調子乗りました・・・orz


 

 色々あった濃厚な休み時間を終え、三時限目が始まる。

 授業は各種装備の特性について。

 よほど大事な内容なのか、山田先生ではなく織斑先生が教壇に立っている。

 実践で使用するものなので、事故が無いようしっかり叩き込むようなのだろう。

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな。」

 ふと思い出したように織斑先生が言う。対抗戦。代表者。聞くからに面倒そうな単語だ。参考書によると、実際面倒らしい。

「クラス代表とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席・・・まあ、クラス長だな。」

 さらにクラス対抗戦は現時点での各クラスの実力推移を測るもの、要は今はどこの誰がどれくらい強くて、これ以降の経緯を予測するものらしい。

 競争は向上心を生む。良い言葉だ。

 だが先生。たいした差は無いとかはっきり言わんといてください。オルコットみたいなプライドの高い人間だっているんだからさあ。

 しかしクラス長を一年間か。やっぱり面倒だ。俺ってそもそも人の前に出て行くタイプじゃないしさあ。

 ・・・いや、こんな見た目しといて(ガタイでかくて眼帯)そういうのもなんだけど、目立つのは嫌いなのよ。あの伝説の『柊蓮司』さんじゃあるまいし。

 教室の女子達もざわつきだす。どこの何時だって面倒事は避けたいのが一般人だ。エリートと呼ばれてもそこは変わらんらしい。

 

 まあ、このクラスで俺以外に目立って親しみやすそうと言えば。

「はいっ。織斑くんを推薦します!」

「私もそれが良いと思いますー。」

 はい。そうなります。当然の結果です。

 一夏はえ?といった感じになっているが、おそらく逃げられんぞ。

「では候補者は織斑一夏・・・他にはいないか?自薦他薦は問わないぞ。」

「お、俺!?」

 とうとう立ち上がる一夏。みんなの視線が集まる。

 本人は嫌がっている様子だが、『それでも、それでも織斑くんならなんとかしてくれる』といった雰囲気だ。お前がエースだ、一夏。

「織斑。席に着け、邪魔だ。さて、他にいないのか?いないなら無投票当選だぞ。」

「ちょっ、ちょっと待った!俺はそんなのやらな―――」

「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ。」

 そうだ。腹を括れ一夏。男らしいところを見せてやれ。

「なら俺は旺牙を推薦する!」

「あ!テメエ人を巻き込むな!」

 誰が好き好んで女子校のクラス長にならなければならんのだ!潔く生贄になれ、主に俺のために!

「だってお前俺より落ち着きも人望もあるだろ!」

「人望だったらお前の方があるワイ!落ち着きが欲しかったらクラス長のひとつやふたつ経験しとけや!」

「私もしお~が良いと思いま~す。」

 空気を読んで布仏ーー!!

 教室をはさんでギャイギャイ騒ぐ俺たちに、織斑先生のこめかみが引き攣り始める。

 ヤバイとは思いつつも、ここは男として退けない。退きたくない。

 たとえ男らしくない理由だとしても。

「待ってください!納得がいきませんわ!」

 バンッと机を叩いて立ち上がったのはオルコットだった。

 そうだ、納得いかんだろう。だからさっさと自薦して俺たちを退けろ。

 ・・・なんて情けないことを考えているんだ俺は。

「そのような選出は認められません!大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 ん?なんだか雲行きが怪しいぞい?

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」

 俺は猿ですか。まあ野生的と言われることはあるがさ。

 しかしアジア人を卑下する人種は多いと聞くが、こいつもその一種なのか?

 女尊男卑で人種差別主義者となるといただけんな。

 大体誰がISを創ったと思ってるんだよ、その極東の猿だぞ。あ、あの人は兎か。それに技術も誰に教わるのか解ってて言っているのか?教壇におられるボス猿だぞ、あ、スイマセン。何も考えてません。だからそんな怖い目で見ないで。

「いいですか!?クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ!」

 徐々に俺のイライラが増してきても、興奮しきったオルコットは怒涛の剣幕で捲くし立てる。

 言っていることは正しい。クラス代表とは文字通りクラスの顔。弱者が勤めればそのクラス全体の実力も低く見られがちになるだろう。

 だがそこに人格が伴わなくてはな。強さだけではただの・・・暴力なのだから。俺のように。

「それを、一人は無知、一人は野蛮で片目も無いような粗野な外見の男に任せるなんて我慢なりません!大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で」

 いや、たしかに俺は隻眼ですけどね。外見をとやかく言うのはどうかと。

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ。」

 俺が何かを言う前に、一夏が静かに言った。

 心なしか、手を握り締め、言葉に怒気が篭っているように思える。

 チラリと織斑先生、千冬さんを見ると、彼女も出席簿を握り締めている。

 この『眼』のことは、二人には気にしてはほしくないのに。

 それはそうと、反攻されたオルコットは顔を真っ赤にしている。

「あっ、あっ、あなたねぇ!わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

「先に日本がどうの言ってきたのはそっちだろ!それともイギリス人は自分の言った事を棚上げするのかよ!」

 あーあっ、熱入っちまったよ。

 アレだね。ヒトが感情を昂ぶらせてるの見ると自分はかえって冷静になれるね。

 イライラはまだ残ってるけど。

「決闘ですわ!」

「おう!いいぜ!四の五の言うよりわかりやすい!」

 やれやれ。ここまでかな。

 

「お前ら。少し黙れ。」

 静かに、だが確実に怒りを込めて俺は言い放った。

「旺牙・・・。」

「あなたこそ『黙れと言った。』うぐっ・・・。」

 俺の威嚇に口を噤むオルコット。これでやっと話せる。

「黙って聞いてりゃ日本がどうのイギリスがどうの。お前ら小学生じゃあるまいし、まともな口論も出来ないのか。一夏、お前が何で怒ってくれてるのかは嬉しいが、そこは抑えてくれ、頼む。」

 一度呼吸を整え、続ける。

「そもそもお前ら自分の立場が解ってるのか?オルコットはイギリスの代表候補生としてここにいる。そんな身分が日本という国を口撃したらどうなる。一夏もイギリスを馬鹿にするな。お前はたった二人の男性操縦者なんだぞ。お前らの一言が、余計な国際問題になりかねない。スキャンダルはどこから漏れるか分からないんだぞ。子供の口喧嘩で世界中の新聞を賑やかす気か馬鹿たれども。」

 まだまだ続けるぞ。覚悟はいいか?

「それに決闘だ?さっきも言ったがこんな口喧嘩で誇りを賭けるんじゃねえ。決闘ってのはそれこそそいつの全てを、それこそ命すら賭けて行うんだ。軽々しく『決闘』なんて言葉を使うんじゃねえよガキ共。お前らがやるのは・・・。」

 それこそただの喧嘩、だ。

 俺の長台詞に教室がシンとなる。

 イカン。説教臭かったか。だから精神だけ歳をとると嫌なんだ。言葉に重みが無い。

 コイツらにどれだけ響いたか分からん。

「確かに、志垣の言うとおり、お前達の戦いなど私にとっては喧嘩に過ぎん。」

 千冬さん、いや織斑先生が口を開く。

 ここからは本当の大人に任せよう。

「だが喧嘩とはいえ、言い出したことは引っ込みがつかんだろう。そこでだ。お前達三人で決着をつけろ。」

 え、三人?人数多くないですか?

「勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑と志垣、オルコットはそれぞれ用意をしておくように。」

 イヤイヤイヤイヤちょっと待った!

「なんで俺まで参加することになってるんすか!?」

「お前も他薦されただろう。忘れたのか。」

 あ、一夏の野郎。

 睨み付けると露骨に目を逸らしやがった。

「それにお前は売られた喧嘩から逃げるような男だったか、志垣旺牙?」

 ニヤニヤしながらこちらを見る織斑先生。駄目だ。この人には性格を把握されきっている。あそこまで長口上を述べておいてはいさようならが出来ない人間だという事。

 そしてなにより、売られた喧嘩は必ず買う人間だという事を。

「はあ。分かりました。俺も参加しますよ。まったく。」

 せめて不承不承といった感じで返してやる。涼しい顔でスルーされたがな!

「では、授業の続きを始める。」

 一日目から濃いなあ、俺の学園生活。

 

 

 次の休み時間、俺は箒を廊下に呼び出した。

 内容は束さんの件についてだ。

 あの二人がこのままなのは絶対に良くない。

 この世でたった二人の姉妹なのだ。仲良くしてほしい。

 俺の勝手な我侭だ。偽善と言ってもいい。

 それでも、二人には笑い合っていてもらいたい。

「なんだ、旺牙。」

「俺には普通の対応なのな。やっぱり一夏は特別か。」

 ちょっとからかうと若干顔を赤らめ睨みつけてくる。

 怖くもなんとも無いよーだ。

「私をからかいたいだけならやめろ、お前相手でも・・・、いや。勝てそうに無いか。」

「そうか?竹刀を持てばお前に分があると思うがね。」

「お前に剣道三倍段は当てはまらんよ。小学生の頃、面無しで顔面に竹刀を受けて平然としていたくらい頑丈だったじゃないか。」

 頑丈さは今でも変わらんぜ。

「それにしてもさっきは一瞬お前だと分からなかった。昔から体が大きかったが、随分身体つきが良くなったじゃないか。」

「食って鍛えたからな。」

「それに、その右眼は一体・・・。」

「聞いても面白くないぞ。気分が悪くなるだけだ。」

 俺もあまり言いふらす気は無い。まあ相手は幼馴染みだ。いつかは言うさ。

「お前の方こそ、剣道の全国大会で優勝したってな。腕にさらに磨きがかかってるようで何よりだ。」

「あ、ああ。そうか。一夏もお前も、妙に情報が早いな。」

 少し表情が曇っているが、何かあったのだろうか。

 だが、悪いがこちらを優先させてもらう。

「それよりも、大事な話がある。」

「・・・なんだ。改まって。」

「・・・束さんのことだ。」

 その名前を出すと、箒の顔色が変わる。

 先ほどまでの和やかな空気が、一変して鋭いものになる。

「姉さんがどうした。」

「いや、なに。お前ら、少しは仲良くできないもんかと「出来るわけないだろう!!」うおっ!?」

 突然、声を荒げる箒。

「あの人のせいで私たち家族はバラバラになった!お前たちとも離れることになった!私の人生は狂わされたんだ!」

「ちょっ、落ち着け箒。」

「私は、許せそうに無い。あの人は、いつも勝手だ。」

 うーん。これはマズイか?

「話がそれだけなら、私は戻る。」

「あ、おい!」

 駄目だ。聞いちゃくれねえ。

 俺は携帯を取り出し、ある人物の名前を見つめる。

 そこには『おーくんの束さん』とあった。

 そんな登録名にした覚えは無いんだがなぁ。

 束さん、あんたが作っちまった溝、思ったより深いみたいですぜ。

 その名前を見ながら、溜息を吐く。

 何やってるんだろう、俺。こんなお節介する人間だったかな。

 生まれ変わるとここまで変わるんか。

 ふと周囲を見ると、女子達が俺を見てヒソヒソ話をしていた。

 さっきの箒との会話を見られていたのだろう。

 ・・・SHIT!あれじゃ傍から見たら痴情のもつれじゃねえか!

 なんで昼休みの屋上とかにしなかった俺!?

 はあ。

 もうこれで何度目の溜息だよ。

 本当に濃い一日だよ、ちくせう。




ここで一発解説コーナー!

『世界結界』・・怪物などいない。魔法など存在しない。そんな【常識】という認識で世界を覆っている巨大な結界。この結界内では超常の力は発揮できない。

『月衣』・・【かぐや】と読む。月衣をまとう者は世界結界の影響から切り離され、超常の力、魔法の力を使えるようになる。【常識】に取り込まれた人々は月衣の前には無力、銃で撃っても車で轢いても倒す事は出来ない。小規模な結界なのである。
 対抗できるのは同じく月衣をもつ者である。
 なお、この結界内にはある程度の物品を仕舞っておける。

『月匣』・・【げっこう】と読む。主に侵魔が使用する。月衣の力を広範囲に展開する物。彼らが世界に侵攻する際に結界が展開される。その際、空には【紅い月】が昇る。それが侵魔の侵攻の合図だ。
 なお、侵魔ほど大規模でなくてもウィザードも展開できる。これは一般人【イノセント】を戦場から切り離す際に展開される。

『柊 蓮司』・・おそらくNWでもっとも有名なキャラクター。数々の事件を解決してきた、若くしてベテランの『魔剣使い』。別名【下がる男】。何が下がるのか、彼の活躍はここでは書ききれないほど。

『魔剣使い』・・刀剣類といった白兵戦用の『箒(マジックブルーム)』を魔剣と呼ぶ。それを扱うウィザードを魔剣使いと呼ぶ。

『マジックブルーム』・・現代のウィザードが扱う、科学と魔法の力を融合して造られた魔法の箒。剣や銃、鎧など、様々な形がある。
 篠ノ之箒と混ざって紛らわしい(作者の思い)。


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寮とルームメイト

11月ももう終わりですね。
間が空いてすいません。

言い訳はしない!書けなかっただけ!!


 放課後、女子校で、男二人で向かい合いながらうんうん呻る。

 正しく言うと、呻っているのは一夏の方だけだが。

 てか今の表現意味分からんね。女子校で男二人って。

 

 今は簡単な復習をしているところだ。一夏が結局一日中頭に【?】を浮かべていたから、しょうがなく手伝っている。

 ちなみに、俺に席を貸してくれた女子は顔を赤くして全力で首を縦に振っていた。

 俺が強面なのは知ってるけど、そこまで引かれるとショックだわ・・・。

「う~ん・・・。」

「だから、この単語の意味はだな・・・。」

 というか俺と一夏ではISの前情報からして差がある。

 俺は専門誌なんかを読んだことがあるが、こいつはそんなことないだろう。

「なんで旺牙は解るんだよ。別に整備士になりたかったわけじゃないんだろ。」

「ただ好きだっただけだよ。お前だって頭は悪くないんだから、すぐに追いつけるって。」

「なんだか引っ掛かる言い方だな。」

 ちょっとやさぐれてるか?まあ疲れてるだけだろう。

 結局休み時間や昼飯時まで常に珍獣扱いだったんだからな。

 昔初めて日本に来たパンダなんてこんな気持ちだったんじゃないかな。

「言っておくけど、毎回は手伝えんぞ。俺も自分の予習復習がしたいからな。」

「人に教えるのも勉強って言ってな。」

「お前はそのレベルにすら達していない。」

「ひでぇ!?」

 そんな馬鹿話も時間の無駄なんだ。続けるぞ。

「ああ、織斑くんに志垣くん。まだ教室にいたんですね。よかったです。」

「「はい?」」

 何者かに呼ばれ顔を上げると、そこには山田先生が立っていた。

 ていうかハモるな一夏。

 しかしこの先生、本当に小さく見える。実際は年齢平均ほどなんだろうけど、童顔なのが原因だろうか。

 だが、一見すると華奢な身体なのに、妙に引き締まっている。最低限鍛えてます的な。

 やはりISという『兵器』について教える以上、生半可な体力では駄目なのだろうか。

 それでも山田先生からは弱々しさも感じられるが、それは先の童顔と、性格のせいだろうな。

「えっとですね、寮の部屋が決まりました。」

 そう言って部屋番号の書かれた紙とキーを渡される。

 IS学園は全寮制の学園。生徒は全て寮生活が義務付けられている。将来有望な操縦者や技術者を保護するという意味合いが強いようだ。

 実際、学生の頃から各国からの勧誘が強いらしい。中には強引にも、というとんでもない連中がいてもおかしくない。というかいるのだろう。そんな連中から生徒を護るのが学生寮制度というわけだ。

 また、IS操縦者は国防にも関わってくる(細かい説明は面倒なので省く)。そんな娘達の中で有望株を引き抜こうとどこも必死なのだ。

「俺の部屋、っていうか旺牙の部屋も決まってないんじゃないですか?前に聞いた話だと、一週間は自宅から通学してもらうって話でしたけど。」

「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理矢理変更したらしいです。・・・二人とも、そのあたりのことって政府から聞いてます?」

 最後は俺達にだけ聞こえるように耳打ちしてきた。

 政府というのはもちろん日本政府のことだ。なにせ前例のない『男性IS操縦者』。国としても保護と監視を兼ねたいのだろう。

 実際俺の入学試験後もどこから漏れたのかマスコミやら各国大使やらがこぞってやってきた。俺一人しかいないアパートだったから押しかけるのも容易だったのだろう。

 中には、直訳すると「モルモットになれ」とかほざいてくる連中もいた。当然叩き出した。物理で。

「そう言うわけで、政府特命もあって、とにかく寮に入れるのを最優先したみたいです。一ヶ月もすれば個室か男性部屋の方が用意できますから、しばらくは女子と相部屋で我慢してください。」

 ん、了解ですわ。

 しかしいつまで耳打ちしてるんだろう、山田先生。こっちの耳がこそばゆくなってきたぞ。

 ほら、周囲の女子達が興味津々の顔してる。今時の女子は内緒話が大好きなんだぜ?

「え?俺と旺牙、別室なんですか?」

「すいません・・・。何分無理矢理ねじ込んでしまったもので・・・。」

「そんな・・・。」

 仕方ないだろう。俺達は元々イレギュラーなんだから、学園側に合わせなくちゃならない。まあ常識で考えて年頃の女の子と同じ部屋なんて駄目だろうがな。

「織斑くん、志垣くんと同室が良いんだって!」

「つまり二人はそういう関係・・・。」

「一夏×旺牙か、旺牙×一夏か、それが問題だ。」

 そこの子たち、ちょっとお兄さんとOHANASHIしようか?

「まあ、部屋はわかりましたけど、荷物は一回家に帰らないと準備できないですし、今日はもう帰っていいですか?」

「あ、いえ、荷物なら」

「私が手配しておいてやった。有難く思え。」

 おう、この凛としつつ、威圧感を与える声は織斑先生ではないか。

「生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう。」

 ひでぇ。年頃男子にはそれなりの娯楽品が必要なんですぜ先生。しばらくテレビだけで過ごせと言うのか。それも女子と相部屋だからチャンネル争いもあるだろう。哀れ。

 一夏の奴、目に見えて肩を落としていやがる。

「それに比べて志垣はもう荷物を纏めてあったらしいな。業者が感心していたぞ。」

 何で知って、あ、そうか。合鍵渡してあったっけ。

 まあそりゃ全寮制の学校に通わされるって言われたら前もって準備はしておく。大切なことだ。

「調理器具とかはどうなりました?」

「相部屋の人間に聞いたら許可が下りた。もう運び込まれているだろう。」

 よし!それがあれば問題ない!

 料理が出来れば大体の時間は過ごせる。俺の趣味だからな。

「なんだか俺と旺牙の扱いに差がある気がする・・・。」

「言ったろ?前準備の差だ。」

「そこでもでるのかよ!?」

 なんとでも言え。この世は弱肉強食、諸行無常(意味違う)。

「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時、寮の一年生用食堂で取ってください。ちなみに各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もあります。学年ごとに使える時間が違いますけど・・・えっと、その、織斑くんと志垣くんは今のところ使えません。」

 そりゃそうだ。何があって学園が男女混浴を許可するものか。

 だと言うのにこの男。

「え、何でですか?」

 とか聞きやがる。一夏が風呂、特に大浴場が好きなのは知っていたが、これはあんまりだろう。

「あのな一夏。お前同年代の女子と一緒に風呂に入りたいか?どんな目に遭うかわからんぞ。最悪死ぬぞ?」

「あー・・・。」

 やっと理解したか。なんでこいつはいつも変なところで鈍いんだろう。

「おっ、織斑くんっ、女子とお風呂に入りたいんですか!?だっ、ダメですよ!」

「い、いや、入りたくないです!」

「ええっ?女の子に興味がないんですか!?そ、それはそれで問題のような・・・。」

 何爆弾級の会話してくれてんですかねこの人たち!?

 やめて!?変な噂が立つからヤメテ!?

「やっぱりあの二人・・・。」

「ウホッ・・・。」

「織斑くんのヘタレ攻めか、志垣くんの荒々しい攻めか。次の本のネタはどっちだ!」

「ここは・・・志垣くんの誘い受け!!」

「「「YAHOOOOOOOO!!」」」

 お前らそこに直れ!その腐った頭修正してやる!!

 あ、もう散りやがった!

「ま、まあ旺牙は私の部屋でもよかったんだがな・・・。」

 織斑先生?何ボソッと言ってるんですか?問題発言はこれ以上勘弁してくだせぇ。

「えっと、それじゃあ私たちは会議があるので、これで。二人とも、ちゃんと寮に帰るんですよ。道草くっちゃダメですよ。」

 いやね、爆弾落としたまま行かないでくださいよ。

 それに寮まで五十メートル程度ですよ。幼児じゃあるまいし、道草をどうくえと。

 ・・・駄目だ。もう我慢できん。

 ぬわあああああん!疲れたもおおおおおん!!叫びたい!喉が涸れるほどに!

 でもそれでも疲れが増すだけか・・・。もうヤダ。

「・・・とりあえず、帰るか。」

「・・・ああ。」

 今は休もう。

 

 

 なんやかんやで寮までやってきて、一夏と別れた。

 えっと、俺の部屋はっと、ここか。

 コンコンコンコン、ノックしてもしも~し。なんてな。

 ・・・反応が、無い。

 誰もいないのか?もう一度ノックしてみる。

「・・・どうぞ。」

 いるじゃねえか。もっと早くに返事して欲しかった。春なのに心が寒くなったよ。

「失礼しま~す。相部屋の志垣旺牙で~す。」

 もっとキチンと自己紹介したかったが、疲れからかだらけた声しか出なかった。

 いかん。これでは良くない印象を与えてしまう。ただでさえ相手は女の子。俺の見た目で引かせて、さらに性格まで変な奴と思われたくない。

 ほら、目も合わせてくれないよ、あの娘。

「あっと、失礼。今日から厄介になる志垣旺牙だ。改めてよろしく。」

「・・・更識簪。」

・・・・・・。うん、それだけ?たしかに俺も簡潔だったけどさ。

「・・・。」

「・・・。」

・・・・・・。き、気まずい!

 何?何この沈黙?え?俺もう嫌われた?手遅れ?

 どうしよう。なにか言った方がいいのか?でもなに言おう。

 暑くもないのに汗が流れはじめる。

 困惑していると、彼女の方からこちらに顔を向けた。

 薄い水色のセミロング。癖毛なのか、髪の毛が内側に向いている。

 眼鏡をかけた垂れ目が俺を見ている。間違いなく美少女の類だろう。

 その表情には嫌悪は感じられなかった。

 むしろ俺と目が会った瞬間ビクリとされたよ。やっぱり怖がられたよ。お兄さん悲しいよ。

「あ~、大丈夫。こんなんだけど怖くないぞ。だからそんなに警戒しないでくれ。」

「・・・話は聞いてる。荷物はそこにあるから。」

 それだけ言うと更識はまた向こうを向いてしまった。

 むう。折角同室なんだし、もっと話が出来れば良いが。

 幸い煩いタイプの女子ではなさそう、というか、女尊男卑の思想には染まってなさそうだ。だからこそ、仲良くやっていきたいが。

 まあ、コミュニケーションは追々取っていこう。焦ると良くない。多分、絶対。

 そんな事を考えながら、ダンボール詰めになっている俺の荷物を解いていく。

 とりあえず必要なのは、着替えと充電器と、ってこれじゃあ一夏と変わらん。

 調理器具は、なんと俺愛用の品々に負けないほどの設備が既に部屋に揃っているではないか!俺の愛用品が古い?アンティーク?冗談じゃ・・・、いや安物ですけど。これはまた後で出そう。

 ・・・さっきからチラチラと視線を感じる。相手は一人しかいないから学園よりは楽だが、それでもやはり落ち着かない。

 ここは、漫画でも読んで気を紛らわせますか。

 適当に取り出したのは『マージナルヒーローズ』。悪の組織に正義のヒーローが立ち向かう、わかりやすいほどに王道のヒーローアクション漫画だ。たしかアニメ化もされていたはず。

 ベッドに座り、ダラダラと読み続ける。もう何度か読んでいるので内容はほぼ暗記しているのだが、やはりヒーロー物は良い。心が躍る。

 特に性根の嫌な敵が現れた時、スカッと倒してくれるとこちらまですっきりする。

「あ、それ・・・。」

 ん?更識がこちらを、というか俺の読んでいる漫画を見ている。

「見たいのか?」

「う、ううん、たしかアニメで見たなって思って。あっ!」

 そう言うと、更識は俯いてしまった。いわゆる『言ってしまった』感が出ている。纏っている空気も暗い。

 ははー、これはあれか。しょうがない娘だのう。こちらから歩み寄ってみるか。

「いいんじゃないか、女の子がアニメ見ても。例えばそれがヒーロー物でも。」

「そう・・・、かな。」

 少々の溜めの後、更識が口を開く。

「おうよ。趣味は個人の自由だ。俺だってヒーローは好きだ。特に勧善懲悪モノはな。」

「本当に!?」

「うおっ!?」

 いきなり食いついてきたな、おい。

「あ、ご、ごめんなさい。」

「気にするな。それより更識。」

「簪でいい。その、苗字で呼ばれるの、苦手だから。」

「そうか。なら俺も旺牙でいい。そっちの方が慣れてる。」

 良かった。ただ暗い子じゃなくて、ちょっと内気なだけだった。

 これならなんとかやっていけそうだ。

 それから俺達は互いの着替え、シャワーの使用、調理器具の使用などを話し合い、一日を終えた。

 また、どこかで阿呆が馬鹿やって部屋のドアを壊したのは別の話。




最後がかなり強引でした。

さて、解説コーナーはひとつ。しかもNW関係無い。

『マージナルヒーローズ』・・NWと同じFEAR社のTRPG。
 IS世界では漫画、アニメ作品である。
 ただ私が好きなだけ。私はFEARの回し者。


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朝のひと時

気がつけば今年も終わりなんですね~。

今回はいつもよりも短いです。
それでこの時間まで掛かったのか・・・。


 四月の早朝、と言っても五時はまだ薄暗い。

 そんな時間にジャージに着替え、簪がまだ寝ている事をそっと確認してから外に出る。

 少し肌寒いくらいの風が流れる中、軽く体操をしたら準備完了。日課にしていたジョギングを始める。

 ホテルに缶詰にされていた時は碌に運動が出来なかったからな。鈍っていた身体を鍛えなおさなくてはならない。

 ただでさえ『喧嘩』が決まったのだ。こうして基礎体力作りからやらなくては、一夏はともかくオルコットの足許にも及ばないことだろう。

 幸い、IS学園のグラウンドは広い。四、五周もすれば良い運動になる。

 ん?軽く走れる距離じゃない?はっはっはっ。世界を救うことに比べれば屁でもないわ。

 それに『あの人』の扱きと比べれば・・・今でも身震いがする・・・。

 血反吐を吐いてからが本番だったからなぁ。

 考え事をしながらもペースを上げていく。十分に身体も温められずに朝食の時間で運動終了なんて笑えないからな。

 両足にズシンズシンと負荷がかかる。まずは片足5kgの錘から始めている。ほら、俺って足技がメインだし、格闘家だから。そのうちもっと負荷をかけていくつもりでいる。

 走っていると、ちらほらと同じような生徒がいることに気付く。どうやら上級生のようだ。慣れているという感じがする。

 向こうもチラッとこちらを見て一瞬ギョッとされるが、必死なのか声を掛けてくることは無かった。集中を乱されたくなかった時なので有難いことだった。

 しかし誰にも会わないように朝早く出たのだが、まさか頑張り屋さんたちがいるとは、感心すべきか警戒すべきか。少なくとも、朝から珍獣扱いはゴメンだ。

 

 

 その後は静かに走り終える事が出来た。良い汗もかけたが、ここからが本番だ。

 人気の無い場所に移動し、息を整える。

【龍】、気が全身に行き渡るのをイメージし、血流とプラーナの流れを同化させる。

 そのままゆっくりと右足を上げ、止める。空手や中国拳法の型を意識しながら。

 俺の格闘術は元来喧嘩殺法であり我流だが、戦うという事のイメージを意識することで実戦でも動けるように身体に染み込ませる。

 次は左足、左右の正拳、裏拳、後ろ回し蹴りを順に繰り返す。ここでも全身に気を流す事を忘れない。脱力しているのに、汗が溢れてくる。

 次に、右足を蹴り出すという構えを取ったまま静止、【龍】を右足に集中させる。

 その【龍】をゆっくりと左足に移動、その後腕、手、頭と徐々に移していく。【龍】の制御の訓練だ。

 全身に等しく配分したり、一点に集中させたりして力の流れを確認、強化する。

 同じ【龍使い】がいれば組み手が出来たのだが、贅沢は言えない。

 それにしても、今の俺の状態はどうなっているのだろう。

 ウィザード特有の【月匣】や【月衣】は使えない。【異能使い】の超能力も使えない。なのに【龍】は扱える。こんな転生はありえない。そもそも【転生者】特有の【遺産】を持っていない。俺の存在は、完全にイレギュラーだ。

 俺は、本当にここに居てもいいのか?

 イカン。邪念が混じった。集中集中・・・。

 

「朝から感心だな。」

 しばらく鍛錬を続けていると、後ろから声と共に何かが投げつけられた。

 突然の事でびっくりしてしまったが、投げられたものは白く、柔らかいもの、タオルだった。それにこの声。

「織斑先生・・・。」

「使え。汗だくだぞ。」

 そういえば自分でタオルを持ってこなかった。迂闊。

 まあこんなことも初めてではないので、有難く使わせて頂こう。

 ふわりとした良い匂いがする。

「先生、これ洗濯したのって。」

「一夏だ。」

 やはりか。織斑先生、いや今はプライベートなのだろう、千冬さんがこんなしっかり洗い物が出来るとは思えない。失礼を承知で断言しよう。この人家事はとことん一夏頼みだからな。寮の部屋とかどうなってるんだろう。想像するだに恐ろしい。

「なぁ旺牙。お前の向上心は賞賛に値する。だが、なぜそこまで強くなろうとする。戦う姿勢を崩さない。」

 千冬さんが真剣な顔で尋ねてくる。

 強くなる理由か。そんなの。

「考えた事も無ぇ。」

「・・・は?」

「あえて言えば、馬鹿な自分への戒めってやつかな?俺もよく分からんですよ。」

 本当は違う。目指す人がいたから。

 馬鹿な自分を導いてくれた人がいたから。その人の期待に応えたかったから。

 だが、その人には、もう逢えない。

「なんだそれは。お前が馬鹿なのは知っているが。」

「酷えや。」

 ここでやっと互いににやける。朝っぱらから真面目な話は嫌だな。

「ところで千冬さん。この一週間で俺と一夏はISを借りれます?」

「無理だろうな。あまりに急な話だ。いくらお前達でも予約に捻じ込むことは出来ん。」

 やっぱりか。ISを実際に使いたいって生徒は多いからな。俺達だけ特別扱いは無理ってこった。

 なら、余計に鍛錬と予備知識が必要になるか。

 売られた喧嘩、是非とも勝ちたいものだ。もちろん、千冬さんに個人レッスンを、なんてのも無理だな。出来たとしても、そんなことしたら全校生徒を敵に回しそうだ。

「まあそれなら仕方ない。千冬さんの顔に泥を塗らない程度にはやりますよ。俺が誰の弟分か、皆に知らしめてやりまさあ。」

「・・・そうか。」

 ふと複雑な顔を見せるも、すぐにいつもの凛々しい顔付に戻ってしまった。

 今の表情はなんだったのだろう。

「鍛錬も良いが、時間には遅れるなよ。校庭十週では済まさんぞ。」

 おお怖い怖い。

「あ、タオルは洗って返しますよ。」

「要らん。お前にくれてやる。」

 そう言って後ろ向きに手を振りながら行ってしまった。

 あの人はとにかくイケメンな行動をするよな。俺が女だったら惚れてたかも。

 っと、そろそろいい時間かな。切り上げて朝飯にするか。

 

 部屋に帰ってくると、既に簪の姿は無かった。朝から何処に行ったのだろう?

 

 

--------千冬Side------

 弟分、か。

 私は、旺牙の事をどう思っているのだろうか。

 あいつの言うとおり、弟か?

 それとも、一人の男としてか?

 分からない。

 一夏を救ってくれた感謝か?

 代わりに疵付けてしまった後悔か?

 分からない。

 いつか答えが出るのだろうか。

 だがその前に旺牙。

 お前が遠くに行ってしまいそうな、そんな気がするんだ。

-----------------------

 

 シャワーで汗を流し、食堂に向う。簪もおらず、一人寂しく食事を取っている・・・わけもなく。

 遠巻きに女子達が俺を見ている。物珍しげに。

 いやいやあんたら。別に男を見るのなんて初めてじゃないだろう、早く慣れてくれ。それとも俺の方がこの状況に慣れなくてはならないのか。

「ね、ねえ志垣くん。一緒に朝御飯いいかな?」

 心の中でショボンとなっていると二人の女子が声を掛けてきた。声が若干震えているのは気にしない。

「ん?ああいいぞ。一人だと寂しかったんだ。」

 渡りに船、孤独と羞恥から同時に解放された気分だ。

 二人は俺の前の席に着く。たしか立花と嶋田だっけか、同じクラスの。

 外野から、

「あの子達凄い・・・。」

「ああ~、抜け駆けされた!」

 なんて聞こえるが気にしない。

 二人と会話しながら食事をし、何気なく名前を呼んでみると驚かれた。どうやら俺が名前を覚えていた事に驚いているらしい。

 人の名前と顔を覚えるのは得意な方だ。『あの人』に仕込まれたし、戦闘時誰が味方で誰が敵かを即座に判断するのに大事になってくる。

 なにより女の子とコミュニケーションをとるのに名前が出てこないと、この時代それだけで怒られる。

 その後、俺に関する色々トンデモ噂を聞かされた。

 曰く、100mを十秒台で走れる。

 曰く、不良を千人病院送りにした。

 曰く、熊殺し。

 いやね、出来なくはないよ?体力重視のウィザードの能力をほぼそのまま受け継いでいるんだから。

 ただ不良千人は無い。どんだけ治安が悪い場所にいたと思われてるんだよ俺。

 熊は殺せるかな~、なんて冗談で言ってみたら(本当に出来るけど)、それは無いよ~と笑われた。それでよい。

「それにしても、志垣くんって結構話しやすいね。」

 突然立花がそんな事を言ってきた。

 俺そんなに取っ付き難いと思われてた?

「うん。失礼だけど、見た目ちょっと怖かったし・・・。」

「織斑くんとオルコットさんにお説教してた時、威圧感凄かったから、中身も怖い人なのかなって思ってた。」

 意外とズバズバ言うねキミ達。俺傷つくよ?

「でもこうして話してると優しそうだから、良かった。」

 二人とも無垢に笑いながら笑顔を向けてくれる。

 俺が優しい、か。

 本当に優しい人間なら『あんな事』には参加しなかったはずだ。

 そして【凶獣】の二つ名も付けられる事は無かった。

 俺が、本質的に凶暴だからこそ、前世で死ぬ事となった。

 だからこの笑顔を向けられる資格は、俺には無い。

 でも、その一方で、こんな表情を護りたいと思う自分がいる。

 ただの罪滅ぼしか、自己満足かは分からない。

 今度こそ、本当の『正義の味方』になりたいと、そう感じている。

「ありがとうな。良かったら、懲りずにまた話しかけてくれよ。」

 出来るだけ優しく笑顔をかえす。

 二人の顔が薄らと赤くなる。

 ・・・露骨過ぎた?

「と、ところで志垣くんって、朝からいっぱい食べるね!?」

 誤魔化すように嶋田が尋ねてきた。

 まあ俺は三食きちんと食う派だからな。朝は特に食う。

 今日の朝飯は一般的な和食。白米に鮭の塩焼き、納豆とひじき、味噌汁。

 問題はそのどれもが大盛り、いや特盛りなこと。それを会話しながら次々と咀嚼していく。

 食べて、動いて、学んで、寝る。それが俺の体型と体力を維持している。

 お陰で食費が凄いがね。

 俺からしたら女子はなんでそれだけで体が動かせるんだ?サラダとパンだけなんて、俺じゃ途中で倒れるぞ。

「わたしたちはほら、ねえ?」

「あははは・・・途中で食べちゃうから。」

 間食は体に悪い、とは言えんね。俺も食べるもの。その分動くけど。

 衣食についてはこれ以上突っ込まない方がいいな。デリケートな話だし、デリカシーに関わる。

 とりあえず朝食を食べ終わり、俺達は解散した。

 さて、今日も一日頑張りますか。




いつもの解説コーナー

『遺産』・・『転生者』が持つ特別なアイテム。某伝説の聖剣や魔槍などの他にも、なかなかユニークな遺産がある。元ネタを探してみるのも面白い。全部は流石に書ききれません。

作中に出てきた立花、嶋田に今後の出番があるかは分かりません。ノリしだいです。
私の技量ではこれが年内最後の投稿になりそうです。
それでは皆様、良いお年を。


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『凶獣』への道

遅ればせながら明けましておめでとうございます。
今年もゆっくりやっていきたいと思います。

この話が終わるのが先か、今使っているパソコンが逝くのが先か、それが問題だ。



 

(少しはクラスメイトとも打ち解けられるかもしれない。)

 そんな朝のひと時を思い出す。

 ふっ、所詮は現実逃避だ。

 教科書と睨みあうなかで思う。だんだんと内容が難しくなっていく。

 単語や意味は理解している。その並び方が理解できない。外国語の読み書きが出来ても、会話が出来ないみたいな。

 ただ好きだから、という理由でなんとかなると思っていた過去の自分を殴りたい。

 これでも一夏よりは理解出来ている自身はあるが。

 前世で『箒機士』の『兵器』の開発を手伝っていたのがまだ功を制しているような。

 そういえば、『兵器』を装着しているウィザードたちはどういう感覚だったのだろう。俺が初めてISに触れたときは、なにか懐かしさのようなものを感じたが。

 

「というわけで、ISは宇宙での作業を想定して作られているので、操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアーで包んでいます。また、生体機能も補助する役割があり、ISは常に操縦者の肉体を安定した状態へと保ちます。」

 山田先生の授業も半ば上の空になりながら考える。

 そもそも俺がこの世界にいることが理解できない。

『ファー・ジ・アース』での輪廻から弾き出されても、『主八界』の何処かに転生されるとばかり思っていたのに。

 それがなぜ少々のウィザードの力を持ちながら、ウィザードも侵魔もいないこの世界に俺はいるのか。ISを動かせたのか。

 イレギュラーにイレギュラーを重ねるとどうなるのか。この世界にとって、どう影響を与えるのか。

 まさか、俺以外にウィザードや侵魔がいるわけではあるまいに。

 駄目だ。考えてもきりがない。授業に集中しよう。

「これには心拍数、脈拍、呼吸量、発汗量、脳内エンドルフィンなどがあげられ」

「先生、それって大丈夫なんですか?なんか、体の中をいじられてるみたいでちょっと怖いんですけども・・・」

 クラスメイトの一人が不安そうに尋ねる。たしかにISと一体化するあの独特の感覚は人によっては不安になるだろう。

 まるで自分がなにかに乗っ取られるような、そういう恐怖すら感じるかもしれない。

「そんなに難しく考えることはありませんよ。そうですね、例えばみなさんはブラジャーをしていますよね。あれはサポートこそすれ、それで人体に悪影響が出ると言うことはないわけです。もちろん、自分にあったサイズのものを選ばないと、型崩れしてしまいますが」

 ・・・ふと、俺と一夏と目が合う。数秒し、顔から火が出たように赤くなった。

 今更俺達男子が、普通はいないはずの男子がいることに気付いたらしい。

「え、えっと、いや、その、織斑君と志垣君はしていませんよね。わ、わからないですね、この例え。あは、あははは・・・。」

 山田先生のごまかし笑いは教室中に微妙な雰囲気を漂わせた。いや、女子の方々。胸を隠さないで。いややっぱ隠して。何言ってんだ俺。

「いや、男にも腕や脚にサポーター着けてる人はいますし、パンツも同じような物だと思いますから、そう動揺しないでください・・・。」

「そ、そうですよね!男性でもそういうのがありましたね。あはは・・・。」

 俺はそう言ったが、思春期の女の子たちの微妙な空間は収まらなかった。先生もまだ赤くなってるし。

 ホントどうしてくれるのよ・・・。

「んんっ!山田先生、授業の続きを。」

「は、はいっ!」

 妙な空気を咳払い一つでシャットアウト。さすが織斑先生、そこに痺れる、憧れる。真似できそうにないけど。

「そ、それともう一つ大事なことは、ISにも意識に似たようなものがあり、お互いの対話―つ、つまり一緒に過ごした時間で分かり合うというか、ええと、操縦時間に比例して、IS側も操縦者の特性を理解しようとします。」

 AIとも違うらしい、ISの難解な特徴だ。

「それによって相互的に理解し、より性能を引き出せることになるわけです。ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識してください。」

 なるほど、命を預ける意思を持った相棒なのだから、当然だ。

 などと頷いていると、すかさず女子が挙手する。

「先生ー、彼氏彼女のような感じですかー?」

「そッ、それは、その・・・どうでしょう。私には経験がないのでわかりませんが・・・。」

 経験っつーとそりゃ男女交際のことだろう。また赤面してるよ山田先生。ちと初心過ぎじゃね?生徒に翻弄されてるよ。

 そんな先生を尻目に女子たちは男女についてキャイキャイ騒いでいる。

 こ、これが女子校というものか・・・。甘い、甘ったるい・・・。

 俺はずっと共学だったからよく分からん。というか、前世の輝明学園のウィザード用の訓練であんな質問したらどうなるか・・・。

 他の先生方はともかく、あの『先生』の前だったら・・・。うわっ、今でも寒気が。

 俺がかつての記憶に身震いしているとチャイムが鳴る。

「あっ。えっと、次の時間では空中におけるIS基本制動をやりますからね。」

 いそいそと山田先生が教室から出て行く。お仕事ご苦労様です、と言っておこうか。

「しおー、お菓子頂戴。」

「よし。これをやろう。」

 俺はトッ○を取り出し、本音に渡した。ちなみに箱ごとだ。

「わーい♪」

 うむ。やはり最後までチョコたっぷりは偉大だ。

「志垣君、朝の続きなんだけどさあ。」

「どうやったらその身体になるの?脂肪率何パーセント?」

 立花、嶋田も俺の席に近寄ってくる。

 て言うか嶋田。どんな質問だよそれ。

「あ、それ私も知りたかった!」

「それ全部筋肉!?」

 それを皮切りに他の女子も話しかけてきた。本音たちがいることや朝のやり取りで、俺に害が無い事が伝わったのだろう。

 それでも一夏より寄ってくる女子は少ない。いや、別に悔しくはない。

 それよりもみんなが俺の腕やら腹やらを触ってくるんだ。今時の女子はこんなに大胆なのか?俺ちょっと、いやかなり戸惑い気味。

「えーい、ベタベタ触るな。体脂肪率は三パーセントをキープしてる。飯食ってそれなりに動けばこうなるぞ。」

「「「いや、それは無い。」」」

 なんなんだよお前ら!まあ自分でも特殊体質だと思うよ。でも声を揃えて否定する事ないじゃない。泣くぞ。

 そんな和やか?な空気の中に突き刺すような視線を感じる。これは敵意だ。

 大方女の特権であるISの世界、というより今の女尊男卑の世界に俺達がいることが気に入らないのだろう。

 それでもこんな素人の敵意なんぞ放っておけばいい。何かしてくるようならその時だ。売られた喧嘩は倍額で買う。それが志垣旺牙だ。

 熱い視線に見つめられていると、昨日のようにスパーンと音がする。織斑先生の出席簿が火を吹いた音だ。また一夏が何かやらかしたな。この姉弟は見てて飽きないな。

「ところで織斑、志垣。お前達のISだが準備まで時間がかかる。予備機がない。だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ。」

 専用機、と言うと、俺の場合『凶獣』か。束さん、本当に用意してくれたのか。

「せ、専用機!?一年の、しかもこの時期に!?」

「つまりそれって政府からの支援が出てるってことで・・・。」

「ああ~。いいなぁ・・・。私も早く専用機欲しいなぁ。」

 うわー、俺はほとんどコネで手に入れるとか言えねぇ。つか企業契約になるんじゃないのかな?あと最後、専用機は簡単には手に入らないぞぉ。

 一夏がきょとんとしている。あの顔は何が何やらわかっていない顔だ。

 溜息混じりに織斑先生が言う。

「教科書六ページ。音読しろ。」

「え、えーと・・・。」

 長いので纏めるとこうだ。

 ①ISは世界に467機しか存在しない。

 ②コアは篠ノ之博士以外作れない。博士はコアをもう作っていない。

 ③コアの取引はアラスカ条約にて禁止されている。

 ④俺と一夏が特別待遇。ただし。

「本来なら、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられない。が、お前達の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意されることになった。理解できたか?」

「な、なんとなく・・・。」

 ④に実験体の条件が付く。まあ身体や頭を弄くられるよりよっぽどマシだ。

 しかし俺だけじゃなくて一夏にも専用機か・・・。

 偶然にしては妙だよな・・・。やっぱり束さんが裏で手を引いているとしか思えん。真実はわからんが。

「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか・・・?」

 女子の一人がおずおずと質問する。・・・まあ珍しい名字だし、そう思うわな。

「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ。」

 こら教師。個人情報は守りなさい。チョクチョク俺のところに来ていたとはいえ、あの人は超国家法に基づいて絶賛手配中の要注意人物だぞ。本人はそ知らぬ顔、ゴーイングマイウェイだけど。

「ええええーっ!す、すごい!このクラス有名人の身内がふたりもいる!」

「ねえねえっ、篠ノ之博士ってどんな人!?やっぱり天才なの!?」

「篠ノ之さんも天才だったりする!?今度ISの操縦教えてよっ!」

 俺の心中は穏やかじゃない。なにせ箒は・・・。

「あの人は関係ない!」

 突然の大声に、箒に群がっていた女子は何が起こったのかわからない様子だった。

「・・・大声を出してすまない。だが、私はあの人じゃない。教えられるようなことは何もない。」

 そう言って、箒は窓の外に顔を向けてしまう。

 盛り上がっていた女子達も凍りついたような空気の中、困惑や不快な表情で席に着いた。

 箒・・・、束さんは昔に戻りたがってる。仲の良かった昔に。

 たった二人の姉妹の心が離れ離れなんて、寂しすぎるだろ。

 後は、お前の想いだけなんだよ・・・。

 

「しおーも専用機もらえるんだねぇ。」

 などとのほほんと言ってくる本音。ちなみに今度はガムをあげた。よく食う娘だな。

「俺の場合は事前に通達が来てたけどな。ちなみにオカジマ技研。」

「オカジマ技研って、ISの武装開発に力を入れてる会社だよね。」

「そうそう。代表取締役が若くてイケメンなとこ。」

 もはや立花と嶋田がセットでくっついて昼食を取っている。

 さっきオルコットと一夏がまたひと悶着起こしていたが、一夏なら大丈夫だろう。色んな意味で。

 しかしオカジマ技研の代表は若いイケメンか。まさかな。そこまで一致するとは思えない。

「それにしても志垣君、相変わらずよく食べるね。」

「見てるだけでお腹一杯・・・。」

「そうか?」

 カツカレーなんて誰でも食べるだろう。まあカツ含めて2kgはあるがな。

「ねえそこの君、今話題の二人の男性操縦者の一人でしょ?」

 豪快にカツカレーを頬張っていると、一人の女子が声を掛けてきた。

 リボンの色からすると三年生だろうか。

「もう一人の子と一緒に、代表候補生と戦うんでしょ?ISの稼働時間はどれくらい?」

「ん~・・・。大体三十分ぐらいっす。」

「それじゃあ無理よ。ISは稼働時間がものを言うの。代表候補生なら軽く三百時間は動かしてるわよ。」

 それは織り込み済み。圧倒的に不利なのは百も承知だ。それでも売られた喧嘩、逃げるわけにはいかない。

「私が教えてあげようか。少しでも良い戦いがしたいでしょ?」

「折角ですけど、その申し出、辞退させていただきます。」

「あら?どうして?」

 上級生は少しムッとしたように言った。そりゃそうだ。こんなことを言われたら俺でも不思議がる。

「今このままの俺で、今の実力で臨みたいんです。それで負けたら、俺はそれまでの男だったってだけ。ま、勝ちに行きますけどね。」

「そっ、なら無様に負ければいいわ!」

 それだけ言い、彼女は去っていった。プライドの高い人だったのだろうか。なら今の言い方は礼に失していたな。後で名前を聞いて謝らなければ。

「そんな必要ないと思うよ。あの先輩、ただ志垣君に近付きたかっただけみたいだし。」

「そうなのか?」

 敵意や殺気には敏感なんだけどな。

「でも、本当に断ってよかったの?あの先輩の言う事にも一理あるよ。」

「良いんだよ。オルコットはともかく、一夏とは同じラインからのスタートなんだ。条件は同じじゃないとフェアじゃない。何より言ったろ?負けるつもりは無いって。」

 三人は俺の顔をジッと見つめてくる。なにか変なこと言ったかな?

「しおーってさぁ。」

「うん。」

「結構ねぇ。」

「「「大口叩くんだ」」」

「君ら失礼だな!」

 そんな昼休みだった。




解説コーナー

『輝明学園』・・「きめいがくえん」。ウィザードの養成機関。日本全国はもちろん、世界中に系列校、協力校を持っている。一般生徒も通っており、ウィザード生徒は自身の能力を隠しながら修行を行う。何故か秋葉原校に事件が集中する事が多い。ちなみに中高一貫制度を取り入れている学校がほとんど。旺牙は秋葉原校出身。

『箒機士』・・「ほうききし」。マジックブルームに搭乗するクラス。IS搭乗者に近い。

『兵器』・・兵器型箒。箒機士が乗りこなす防具型のマジックブルーム。

最近立花と嶋田をレギュラーにしようか迷ってます。


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武と暴力、凶獣への道その2

もう寒いとしか言いようがないですよ。でも春には花粉症ががが。
救いはナインデスカ!?


~~ある日の夜~~

 

 今日は簪が珍しく飯時に部屋にいたので、学食ではなく俺の手作り料理を振舞う事にした。と言ってもそんなに難しい物ではなく、コロッケだ。故に、腕が問われる。

 少し戸惑ってはいたものの、彼女は了承してくれた。

 食は偉大なコミュニケーション。他人と仲良くなるにはまず胃袋をキャッチするのが良し。という訳で。

「ふんふふんふんふんふっふ~ん♪」

 ガタイに似合わず、思わず鼻唄が漏れる。案外、コロッケやハンバーグのタネ、生クリームなんかを作っている過程が大好きなのだ。もちろん、誰かに食べてもらうのも大好きだ。

 小さい頃は篠ノ之家でお手伝いしたり、余裕がある時は一夏と料理対決をしたものだ。

「揚げれ~ば、コロッケだ~よ♪」

 さて、これで完成だ。

「忍~者○ットリ~♪」

「なにーーーーーー!?」

 どうした簪?突然大声出して。

「旺牙!?キテ○ツはハッ○リくんじゃないよ!?」

「なにが?」

~~そんな関係の無い夜~~

 

 

 

 さて困った。少しでもISに慣れておきたかったが、予備機は無し。予約は一杯。

 上級生に啖呵切っといてなんだが、やはり稼働時間の差は埋めようが無い。

 今の俺に出来る事は実際に身体を動かしてのISのイメージトレーニング、知識を詰め込む、この二つだろうか。まだ何かあったら誰か教えてくれ、意外と切羽詰ってるんだから。

「なあ旺牙。」

「ん?ああ一夏か。どうした?」

 なんだか随分久しぶりな気もするが、まだ入学して一週間と経ってないんだよな。

 なのに何故かまともに会話したのが遠い昔に感じる。俺も歳か(精神年齢三十歳)。

「なんか遠い目してるな。何かあったのか?」

「いや、なんでもない。それよりなんの用だ。」

「ああ。箒がISについて教えてくれるって言うんだ。だから旺牙もどうかと思って。特訓も一緒に兼ねてさ。」

 ほう、箒がね。・・・あれ、箒ってISに詳しかったか?むしろ束さんの件で忌避してるような・・・。

 本当に本人の意志か?状況に流されでもしたんじゃないか。その光景がありありと浮かんでくるぞ。

 それと箒さんや。一夏の後ろから『断れオーラ』を出さないでくれ。いくら一夏と二人で練習したいからって、正直怖い。

 俺だって幼馴染みなんだから平等に、扱えないよね。なんたって君は一夏にラヴなガールなんだから。でも、恋する少女はそんな殺気を放たない方が良いぞ。

「悪いけど遠慮させてもらうよ。」

「え!?何でだよ!?」

 後ろの娘が怖いから、とは言わない。別にそれが理由ではないからだ。

「俺の武はまだ武じゃない。ただの暴力だからって理由じゃだめかな?」

「??何だよそれ。」

「俺は自衛か、相手を叩きのめす方法しか知らない。力で敵を踏み砕く暴力だ。誰も護れやしない、非道の技と力だ。でも、俺はそれじゃ満足できない。誰かを護れる、『武』を身につけたいんだ。お前もそうだろう?力があるなら誰かを護りたいだろ?今の俺と特訓したら、そんな暴力がうつっちまうよ。」

「そんなもんかな・・・?」

 まあ、まだ力の何たるかを知らない一夏には解らない話だろうがな。

 む?箒が何やら思いつめたような顔をしている。

「どうした箒?」

「あ、いや。なんでもない・・・。」

 煮え切らない答えが返ってくる。学園に入学したからの態度が情緒不安定で、少し心配だが下手に踏み込めば初日の二の舞になりかねん。今は放っておこう。

「知識のほうもお互いに別々で勉強しようぜ。決戦当日に互いにその成果を出し合うってことで。」

「ん~、何だかはぐらかされてる気がするけど、わかったよ。お前、昔から勝負事には真剣だったもんな。」

 なんとか納得してくれたようだ。

 こいつは気付いていないだろうが、俺は徒手空拳が得意だ。対して一夏や箒は剣道を扱う。特訓方法は最初から違うのだよ。

「じゃあ、俺は先に行くな。」

「え?授業終わったばかりだぞ。」

「やることがあるんだよ。んじゃな。」

 ちょっとカンニングにな。情報戦も戦いの一つなのだよ。

 

 

 

----箒SIDE----

 暴力、か。あいつの言葉はいつも耳が痛くなるな。

 家族がバラバラになって、一夏や旺牙と別れてからの私は、私の剣は暴力に塗れていたと思う。苛立ちを相手にぶつけながら。自分の強さを誇示するように。

 そうしなければ、私の心は砕けていたかもしれない。だが、武術家としてはどうだろう。人にモノを教える資格があるだろうか。

 ・・・それでも、今は一夏に再会できたことを喜ばせて欲しい。

 すまない、旺牙。お前の言葉は、胸の奥に仕舞わせてもらう。

--------

 

 

 早速学生寮に戻ってきた俺は、誰の気配も無いことを確認し携帯を取り出し、とある人物の番号を呼び出す。

『ラブリーラビット束さん』・・・なんか登録名変わってる?まあいいや。

 prr『もっしーー☆貴方のウサギちゃん、篠ノ之束さんだよーーーー!!』

 あっという間に出たよ。見てたんじゃないだろうな。

「もしもし束さん、旺牙です。今いいですか?」

『おーくんのためならいつでもウェルカムだよ!ご飯も食べに行くし、どこかの国を消しちゃうし、なんだったら身体だって・・・ポ♪』

 相変わらずトンデモねーこと言う人だな。あと年頃の女性が身体を安売りしない。

「いえね、『凶獣』ってどういうISなのか気になって、いっそのこと聞いちゃおうかと。」

『ふむふむ。おーくんは意外と強かだよね。うーん・・・、どうしようかなぁ。内緒にして驚かそうと思ってたんだけどな。』

「特製イチゴのショートケーキで。」

『んっとね!』

 チョロい。

『簡単に言うと、防御主体の格闘型ISだね。シールドエネルギーが高い代わりに、攻撃に回ると急に燃費が悪くなるピーキータイプだね。』

 ほうほう。そうなると、試験の時みたいな戦いが合ってるかな?

『あと、おーくんの言ってた『異能者』の超能力が再現できてます。』

 は!?

「あんな無茶なもんを再現できたってんですかい!?」

『うん。ちょっと協力者がいてね。気に入らない奴なんだけど、思念をISに通して今までの機能と違う、『凶獣』だけの機能として独立させたんだよ。ホント、気に食わない奴なんだけどね、技術と知識は束さんも認めるよ・・・。』

 束さんに嫌われる人間がいるとわ!?大抵の人間を認識しないこの人に認識されるなんて相当の人物だ。

 それに束さんに認められる知識人か。・・・『あの人』を思い出すな。

「つまる所、俺が転生前同様に戦えるようになってるってことですか?」

『多分ね。後はどれだけオカジマ技研がやれるかだよ。あ、残りは秘密だよ。いっくんとも戦うんなら、少しでも同じ条件じゃなきゃね♪』

「はいはい、ありがとうございました。それじゃ。」

『あ、ちょっ』

 必要な情報だけを聞き出し、電話を切った。

 女性との会話の切り方としては良くないだろうが、あまり長引かせると余計な話にも繋がりかねない。今掛けなおしてこないのが不思議なくらいだ。もしかしたらその気に食わない奴、とやらに止められていたりしてな。

 とにかく、ちょっとしたカンニングが済んだことだし、次の手を打っておくか。

 

 

「お帰りなさいませ、簪様。」

「・・・何、突然。」

 部屋に帰ってきた簪に対し、日本伝統のDO☆GE☆ZAで出迎える。

 普通の人間なら俺の気が触れたと思っても間違いないだろう。だが、プライドを捨てても得たいものがある。

「簪。お前が忙しそうにしているのはなんとなく分かっているつもりだ。だけど、この俺に協力してはもらえないだろうか!」

「え?一体、何を?」

「俺に、ISの事を教えてください!」

「え?え?」

 状況を飲み込めていない簪。それもそうだろう。いきなりこんな事を言われて、すぐに察しろと言う方が難しい。

「と、とりあえず顔を上げて。ていうか土下座を止めて・・・。」

 お許しが出たので立ち上がり、お茶を二人分淹れてテーブルに着く。

 まだ彼女は戸惑っているようだ。椅子に座っていても固まっている。視線も落ち着かない。

 このまま簪が己を取り戻すまで待つのでは時間が勿体無いので、俺から話を切り出す。

 

「ようするに、セシリア・オルコットと織斑一夏に勝つために、ISの知識が欲しい、と。」

「その通りでございます。」

「だから敬語は止めてってば・・・。」

 今の俺にはISが無い。かと言って、何もしないわけにもいかない。

 一夏にああいった以上、俺個人が勉強すらしないというのは、勝負を舐めきっているも同じだ。

 ここは頭を下げてでも、俺より知識に長けた人間に教えを請いたい。

「でも旺牙って、ISの事知らないわけじゃないんでしょう。授業にもついていけてるって噂も聞いたし。」

 授業にはなんとか喰らい付いていけている。だがそれでは一夏に勝てても、オルコットには勝てない。

 そもそも基礎の時点で俺は彼女に劣っているのだ。操縦技術での差を、知識で埋めるしかない。たとえどんな化物機体が支給されようとも、だ。

「代表候補生にこんな事を頼むのはお門違いなのは解ってるつもりだ。」

「・・・知ってたんだ。」

 更識簪。日本代表候補生。彼女が同室であり、多少は会話する間柄になれたのは幸運だった。

 俺の頭の中には、少なくとも代表候補生の出身と名前が記録されている。

「上級生に啖呵を切った、て噂もあるよ。」

「一年の問題に上級生を巻き込むわけにもいくまいよ。」

「・・・私はいいの?」

「同学年で同室だからな。」

「・・・矛盾だらけ。恥も外聞も無いの?」

 少し冷たい目でこちらを見据える簪。この数日で初めて見る目だ。だが、そんなモノに竦む今の俺ではない。

「それでも、勝ちたい場面があるんだよ。」

 俺も負けじと睨み返す。

 数秒が、数分にも数十分にも感じる沈黙。

 それを破ったのは、簪の困ったような笑みだった。

「ヒーローとは程遠いね。」

「俺はそんな柄じゃないよ。」

 つられて俺も苦笑する。俺にヒーローなんて向いてないよ。

 ただ勝ちたいという、我が侭を押し付けているだけだ。

「そこまで力になれるとは思わないけど、私で良かったら手伝う。本音もお世話になってるみたいだし。」

「ん?あの娘のこと知ってるのか?」

「うん。長い付き合いだから。」

 世間って狭い。

 そうして俺は簪からISの基礎知識を改めて教えてもらえることになった。

 彼女にも自身の用事があるのでそう多い時間は取れないが、それでも百人力だ。

 そちらの手伝いを申し出てみたが、一人でなんとかしたいらしい。そう気負わず、頼って欲しかったが、まだそこまで踏み込める間柄になっていないのだから仕方ないか。

 

 それからの数日間、朝は鍛錬、昼は授業、夜は簪のレッスンとなった。

 辛いとは思わなかった。全ては勝利のため。なにより、簪には悪いがこの程度、『あの人』に比べれば苦にもならなかった。むしろワクワクするほどだ。知識が自分の血肉になっていくのが、緩やかだが分かる。

 ホント、『あの人』の鍛錬は血反吐を吐いてからが本番だからなぁ・・・。

「あら。軟な男のくせに、最近頑張っているようですわね。」

 オルコットの挑発的な言動も、勝利への可燃剤にしかならねぇ。

「俺をそこらのひ弱と一緒にするな。俺には侍っていう益荒男の血が流れているんだからな。」

 俺は徒手空拳だけどね。こんな冗談も言えちゃうほどだ。

「ふふ。ま、無様な戦いにならないよう足掻きなさいな。勝者は唯一人、このセシリア・オルコットのみなのですからね!」

 髪をふぁさっとなびかせ、自席に戻って行く彼女を見送る。しかしやけに様になってるよなあの動作。感心しちゃうよ。

 だけど見とけよ。俺だってただで負けてやれないんでね。その背中に向って獰猛な笑みを送っておいた。

 あれ?クラスの皆、なんでちょっと引いてるの?俺怖くないよ?

 

 

 そして、決戦の日が訪れた。

 

 




冒頭のネタ知ってる人、今どれぐらいいるんだろう?

何度も出てくる『あの人』はオリキャラです。いつか出てきます。
いつになるかな~。
そして次回からやっと決戦!ここまで無駄に長かったぜ!


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相対する蒼と紫

一夏とセッシー戦は流します。はよ先に進まんと何時までたってもオワラネェ。
オルコッ党の方々申し訳ない。


 

 月曜日、とうとうオルコットとの対決の日がやってきたわけだ。

 知識の詰め込み、体術の仕込み、イメージトレーニング、やれることは全てやってきたつもりだ。少なくとも、無様に負ける事態にはならないだろう。

 なによりプライドと上級生に吐いた言葉を捨て去ってまで簪に講義を受けたのは予想以上に効いた。

 俺の心配は無い。心配なのはもう一人のほうだ。

「なあ、箒。」

「なんだ、一夏。」

 我が親友、織斑一夏のことだ。

「ISのことを教えてくれる話はどうなったんだ?」

「・・・・・・。」

「目をそらすな。」

 こいつら、六日間剣道の稽古はみっちりやったらしい。

 だが、肝心のIS関連についてはまったく触れていなかったそうな。

 そりゃやりたくてもISが無いんだから操縦訓練は出来んかったろうが、まさか教科書のページすら開いていなかったとなると、こりゃ救いもねぇ。

 確かに俺も身体を動かしてたけどさぁ、知識面も大事だよ?

「お前らな、そんなんで大丈夫かよ。」

「旺牙こそ、なんでそんなに落ち着いてるんだよ。」

「やることはやりきった。後は結果だけだ。なにより俺は喧嘩しに来てるんだぜ。背負う者も無けりゃプレッシャーも無い。一夏こそ落ち着いてるじゃないか、見た目は。」

「俺のは空元気だよ・・・。」

「情けないぞ一夏!それでも男か。」

「誰のせいだよ!?」

 一夏と箒の間に堅さが見られない。この六日間で角が取れたのだろう。

 幼馴染みとしてそれは嬉しいが、今喜んで良いのやら・・・。

「ま、ここまで来ちまったもんはしょうがないだろう。覚悟を決めろよ一夏。」

 バンッ、と背中をはたいてやる。軽くやったつもりだが一夏は大分痛そうにしていた。精進が足りん、精進が。

「痛いじゃないか!?・・・まあ、今ので色々と吹っ切れたよ。サンキュー。」

「いいってことよ。」

 だが問題はまだある。もうすぐ試合開始だと言うのに、俺達の専用機はまだ到着していないのだ。

 このまま不戦敗という状況だけはなんとしてでも避けたい。

 頼む。間に合ってくれ・・・。

「お、織斑くん織斑くん織斑くんっ!」

 この第三アリーナ・Aピットに飛び込んできたのはお馴染み副担任山田真耶先生。

 いつもの慌てぶりに輪をかけての慌てぶり。慌ての二乗じゃ。・・・何言ってんだろう俺。

「山田先生、落ち着いてください。はい、深呼吸。」

「は、はいっ。す~~は~~、す~~は~~」

「はいそこで止めて。」

「うっ」

「バカヤロウ。」

 一夏の頭を、今度は力を入れてはたく。悶絶しているが知ったこっちゃない。

「山田先生も、こいつの馬鹿にわざわざ付き合わないでくださいよ。」

「ぷはあっ。え?いいんですか?」

 相変わらずの天然っぷりである。本当に年上なのかこの人。もしくは素直すぎるのか。

「目上の人間には敬意を払え、馬鹿者。」

 パァンッ!と一閃。伝家の宝刀「出席簿」の切れは今日も素晴しい。

「千冬姉・・・。」

 パァンッ!

「織斑先生と呼べ。学習しろ。さもなくば死ね。」

 スゲェ。教育者が一介の生徒に対して言って良い暴言じゃねぇ。そんなんだから彼氏の一人も出来んのだ。

「ふん。馬鹿な弟達にかける手間暇がなくなれば、見合いでも結婚でもすぐ出来るさ。」

 さも当然のように心を読むなよ。てか俺も弟にカウントされてるんかい。

「そ、そ、それでですねっ!来ました!織斑くんの専用IS!」

 

 そこには『白』があった。

 飾り気の無い、無の色。眩しいほどの純白を纏ったISが、その装甲を開放して操縦者を待っているようだった。

「これが・・・。」

「はいっ!織斑くんの専用IS『白式』です!」

 興奮気味に山田先生が叫ぶ。この人の性格上、ここまでテンションが上がるのは珍しい。

 織斑先生に促され、一夏が白式に背中を預ける。展開していた装甲が閉じ、一夏を護るようにISが装着される。

 その姿は、これから戦場に赴くに相応しい姿だった。

 まだフォーマットとフィッティングも済ませられていない状態。

 それでも、戦士の様相を醸し出している。

「ISのハイパーセンサーは問題なく動いているな。一夏、気分は悪くないか?」

「大丈夫、千冬姉。いける。」

「そうか。」

 それだけの会話で、織斑先生の心配も一夏の覚悟も読み取れる。

 やれやれ、下手に歳食うもんじゃないね、二人の気配にまで気付いちまうとは。

「箒、旺牙。」

「な、なんだ?」

「・・・。」

「行ってくる。」

「あ・・・・・・ああ。勝ってこい!」

「お前の意地、見せてやれ。」

 俺達の言葉に首肯で返し、一夏はアリーナへと飛び出した。

 

「勝てるだろうか・・・、一夏は。」

「さあな。」

「さあな!?お前がそんなに薄情だとは思わなかったぞ旺牙!」

「ムキになるなよ箒、戦うのは一夏だ。さっきの顔を見ただろう。ああなったアイツは無様を晒すような事にはならんさ。」

「・・・ああ、そうだな。」

「それでも不安なら、祈ってやれ。応援してやれ。お前に出来るのは、それだけだ。」

「・・・相変わらず厳しいな。」

「お前に言われたくはないよ。」

 勝てよ、織斑一夏・・・。

 

 

 結果だけ言おう。一夏は負けた。敗れた。敗北した。あんだけかっこつけてたのにノコノコ帰ってきやがった。

「お前さぁ!?もうちょっと慰めとかさあ!?」

 負け犬がなんか言ってるが無視。

 まぁ良い戦いであったことには違いない。

 オルコット相手に苦戦はしたものの途中から動きに慣れてきた。

 オルコット必殺の隠し玉も、一次移行(ファースト・シフト)で凌ぎきった。

 いざ、反撃に移ろうとした矢先、エネルギーが切れて敗北。

 家族を守る、千冬さんの名を守ると言ったのはいいが、結果がこれではな。

 ま、一夏には悪いが、オルコットのISブルーティアーズ、及びその特殊兵装『BT兵器』も、彼女の癖も見せてもらった。あとは。

「来たぞ志垣。お前の専用機がな。」

 そう。二人の戦闘中、俺のIS『凶獣』が届いた。

 その色は禍々しいほどの紫。

 白式を騎士と呼ぶなら、こいつはまさに獣。武骨なその姿は敵を喰らう野獣。

 ブルーティアーズも清廉されたISだったが、どこに差がついた。

 顔も全身も覆うフルスキンタイプの凶獣には角も生えている。完全に悪役面だ。

 だが、この角ばったイメージのある姿、俺は好きだ。

 時間も無いので粛々と装甲を装着していく。

 その中で、打鉄とは違う、確かな一体感を感じた。

 俺の全てを覆うのは、冷たい鉄の塊ではない。自ら、この志垣旺牙の半身であることが分かる。

 ああそうだな、俺達は二人で一匹の獣だ。ISには意識のようなものがあるという事が、今はっきりと感じ取れる。

 油断も慢心も無い。ただ、高揚感が募っていく。

「一夏。」

「ああ。」

「俺は、勝ってくるぞ。」

「ああ、勝てよ!」

 まったく、箒の時と同じじゃないか。

 俺は、いや『俺達』はアリーナへと飛び立った。

 

 俺を待ち受けていたのは、少々ボーっとしたオルコットだった。待たせすぎたか?

「おーい。大丈夫か?」

「!?も、問題ありませんわ!」

 俺の言葉に明らかに動揺する彼女。何だか嫌な予感がする。

「それにしましても、操縦者に品が無いとISも下品ですのね。優雅さの欠片もありませんわ。」

「それでいいんだよ。俺は『獣』だからな。」

「なら、この戦いは円舞曲ではなく狩りになりそうですわね。わたくしの獲物としては少々不細工ですが。」

 確かに凶獣は他のISより一回り大きいが、そこまで言うかね。

 俺は手足を振ったあと、だらりと全身の力を抜く。いつでも獲物に跳びかかれるようにだ。

 オルコットさんよう。アンタは狩りと言ったがな、狩りってのは武器を持った人間と獣がやっと対等なんだぜ?それを教えてやるよ。

 ハイパーセンサーに立花、嶋田、本音、それに簪の姿が映った。

 オイオイ。これじゃあ負けられない理由が増えちまったじゃないか。

 もし俺を応援してくれてるなら、それに応えるのが漢気ってもんだろ。

 試合開始のカウントダウンが始まる。改めて力を入れなおし、構えをとる。

 速攻だ。『BT』は、超近接戦なら使いにくいはずだ。

 防御重視のこの機体なら、ミサイルも防ぐ自信がある。というより、武装の中に『バリアントウォール』を見つけた。どうやら本当に俺の超能力、『異能者』の力を再現出来ているらしい。

 ならあとは、突っ込むだけだ。

 カウント3・・・

 行くぞ

 2・・・

 行くぞ

 1・・・

 行くぞ!

 0!!

「うおおおおおぉぉぉぅぉうおぉぉっ!?」

「え?きゃあ!?」

 全スラスターを噴かして突撃したら、あっという間にオルコットを追い抜いてしまった。いくらなんでも急加速すぎである。

 武装を調べてみると、背部に四基、肩に二基、踵に二基、計八基のバーニアスラスターが取り付けられていることが解った。やりすぎである。

 鈍重な機体を補うためにあるのだろうが、逆に超加速を身につけてしまっている。

 この状態で瞬時加速なんぞしたらどうなるか・・・。俺そこまで高速戦闘得意じゃないのに。

 改めて相対するとオルコットも面食らったような表情をしていたが、そこは代表候補生、すぐに建て直し、『BT』を飛ばしてきた。

「多少スピードが速くても、このオールレンジ攻撃に耐えられまして!」

 レーザーの雨が降りかかる。それに対し、『バリアントウォール』を展開。

 エネルギー消費10。損傷無し。

 それが答えだった。

「な!?反則的な硬さですわね!」

「これが売りなんでね!」

 ガードを固めながらオルコットの攻撃を観察する。

 一夏との戦いを観ていて思ったが、やはりオルコットの攻撃は『正確』すぎる。死角を的確に狙い、教科書のような射撃で弱点を撃ってくる。

 逆に考えれば、正確すぎて狙う場所が解りやすいのだ。上下左右、『視認』しにくい所を攻撃してくる。ハイパーセンサーのお陰で見えはするが、感覚的に難しい場所。

 そこに意識を持っていくやり方はウィザード時代に『覚えさせられている』。

「丸まっているだけでは、このわたくしには勝てませんわよ!」

 解ってんだよ、んなこたあ!

 背後からの気配に身体を動かし、振り向き様に蹴りを見舞う。

 ガシャンという音とともに『BT』が一基破壊される。

「くっ!」

 オルコットのブルーティアーズのスカート部分からさらに『BT』が射出される。一夏戦で使った『弾道型』だった。これで残りの『BT』は五基になる。

「さっそく本気になってくれて嬉しい限りだよ。」

「お黙りなさい!」

 軽い挑発を送り、左手を突き出し半身の構えで再び相対する。

 迫り来るミサイル。この武装を試してみよう。

「ふんっ!」

 突き出した左手からエネルギーの塊を飛ばす。遠距離用武装『伏竜』。本来は龍使いの特技だが、これも『バリアントウォール』同様再現されている。

 その二撃でミサイルを撃墜する。直撃に耐える自信はあったが、念のためだ。余計なダメージは受けたくない。

 そのままジャブの要領で『伏竜』を連射する。当たれば儲けモンのつもりで撃つ。こちとらまだ一次移行もまだなんだ。少し時間稼ぎをさせてもらう。

 

 




いつものやつ~

『バリアントウォール』・・異能者の特技。超能力で壁を作り、攻撃を防ぎ、ダメージを軽減する。

『伏竜』・・龍使いの特技。衝撃波や竜のエネルギー放出して遠距離攻撃を行う。
波動拳やかめはめ波のようなものと思ってくれれば可。

変なところで区切ってスイマセン。予想以上に長くなりそうなんで、いったん区切ります。


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決着、紫と蒼と

本ッッッッッッッ当に申し訳ない!
言い訳をさせてください。
今年も花粉症という不治の病に罹りモチベーションが下がり(この戯けが)、所属している地域消防団の活動が忙しくなり、挙句足の裏で釘を思いっきり踏んでしまうと言う不覚を取った次第。
さらに物語後半のプロットがおかしい事になってきて混乱していて・・・。

今後はここまで長い間を空けないよう精進しますので、読んで下さっている奇特な(失礼)方々、これからも生温かい目で見てやってください。

それではセッシーとの決着編、始まります!


----セシリアside----

 明らかに手を抜かれている、いえ、それとも様子見?

 どちらにしても本気を出していないのは今までの攻防で分かりましたわ。

 わたくしを舐めている?違う。彼の性格を考えれば、たかだか一度戦闘を見ただけの相手を甘く見るほど楽天家では無い。彼は見た目に反して慎重で冷静。

 なら考えられる事は一つ。

 彼もまた一次移行が済んでいない。そのための時間稼ぎ。

 BTも半分が破壊された。そして、こちらの切り札は読まれている。

 あのエネルギー弾、伏竜も弾幕と言えるほど撃ってはこない。

 馬鹿げたエネルギー、でも攻撃を抑えている。連射は出来ない?それは何故か。

 おそらく燃費が悪いのでしょう。送られてくる情報にはそれがありありと表示されています。

 

 一次移行を完了したら厄介なのは先程の『彼』で承知済み。なら、その前に討つ。

 武装はBTよりスターライトmkⅢで動き回っての狙撃。

 少々厳しいですが、何かが起こってからでは遅い。

 思考を切り替え、スターライトを構える。

 さぁ、獣狩りの時間ですわよ!

--------

 

 

 急に距離を取られた。こちらの考えが読まれたか。

 もう随分時間が経った筈なんだが、未だに一次移行しない。どんだけ扱いづらいんだよこの機体は!

 文句を言っても仕方ない。『中距離からこそこそ作戦』はもう通じそうに無い。龍を練れば多少射程は伸びるがエネルギーを食うし、何より脚を止めれば狙い撃ち、良い的になるだけだ。

 うおっと、今目の前掠ったぞ!?思考する時間もくれやしないのかい。

 こちとらまだISの機動に慣れてないってのによ。

 射撃戦は向こうに分がある、か。ならやることは一つか。

 方針変更!接近戦を仕掛ける!

 背中のスラスターを噴かせ、一気に距離を詰める。

 スターライトmkⅢの弾幕が襲うが、バリアントウォールで防ぎつつ吶喊!

「まったく、正気の沙汰とは思えませんわね!」

「生憎、こっちの方が性に合ってるんでね!」

 オルコットも距離を離そうとするが、それより俺の方が速い。

「一閃!」

「くっ、インターセプター!」

 俺の一蹴を、オルコットは剣で受け流す。

 咄嗟の判断か熟練者の勘か、真っ向から受けるのは危険と判断されたのだろう。

 だけどこうなると厄介だ。相手に近距離戦も出来るとなると、そのまま流され、また距離を取られかねない。そうなりゃジリ貧だ。

 どうしよう。いや、考えるな、攻め続けろ。

『その時』は必ずやってくるのだから。

 

 

----セシリアside----

 屈辱ですわ!このわたくしがインターセプターを展開するはめになるとは。

 でも、だからこそこの男は強い。自身のISの能力を知り、弱点を技術と気力で補う。この短時間で戦って分かった事は、彼は代表候補生クラス、もしかしたらそれ以上の実力の持ち主。認めなくてはならないようです。

 だからと言って、初心者に負けてあげる義理はなくてよ。

「そろそろ、墜ちなさい!」

 インターセプターを振るいながら、距離を取る。

「そう簡単にはな!」

 それでも食い下がる紫の獣。

 人の理性を持った獣がこうも面倒だとは。

 そして、遂に『その時』が来てしまった。

--------

 

 機体に力が漲る感覚がする。ようやく『この時』が来たか!

 凶獣が淡い光に包まれる。

『フォーマットとフィッティングが終了しました。確認ボタンを押してください』

 遅えよ、と苦笑する。もちろん、迷わず目の前に浮かんだボタンを押した。

 解る。ISが、今まさに『俺自身』に最適化されていくのが。

「させませんわよ!」

 オルコットが射撃を再開する。だが、凶獣にはほとんどダメージが通らない。

 凶獣の装甲が圧倒的過ぎるのだ。

 それとオルコット。変身中の攻撃はちょいと感心しないな。俺の美学に反するぜ。

 光が収まると、そこにはさらに深い紫色の、そして大分角ばった感じの『俺達』がいた。

「シールドエネルギー4800!?そんな馬鹿げた数字が在りえるというの!?」

 さあ、往こうか『相棒』。

 ここからは俺達のステージだ。

「『インカネーター』出力最大!」

 凶獣の姿を、より大きく、より硬くイメージする。

 インカネーターは異能者の特技の一つ。これも再現出来るとは、つくづくオカジマ様様だな。

「姿が変わった!?変形型という訳ではなさそうですが、所詮は見た目だけ!」

 再度レーザーの雨が降りかかる。

 だが、インカネーターにバリアントウォールを重ねれば。

 ピシュン!

『シールドダメージ4。本体損傷無し。』

 防御特化は伊達じゃないんだよ!

 両手の伏竜を重ね、龍を練る。イメージはかめ○め波で。

 伏竜、最大出力。撃つ!

「覇ーーーーーーッ!!」

 先程までの弾ではなく、エネルギーの奔流がオルコットを襲う。

「そんなテレフォンに中るわたくしではなくってよ!」

 溜めの時間の分、軌道が読まれていたようだ。それに偏光射撃も出来ない。

 だがかかったな!そいつは囮だ!

 スラスター、全力噴射!

「一閃・錬気蹴!」

 龍を練った蹴りが、オルコットの腹部に命中した。

「く、カハッ!」

 体がくの字に折れ曲がる。

 女子相手だからって、手加減はしない。一気に攻める!

「肘打ち!裏拳!!中段蹴り!!!」

 三連撃に続きましては。

「一閃!!」

 後ろ回し蹴りで吹き飛ばす。

 盛大に吹っ飛んでくれたオルコットだが、やべ。距離を空けちまった。

 これは完全に俺のミス、少し調子に乗りすぎた。

 代表候補生がこれで大人しくなるはずが無かった。

「いつまでも、やらせはしません!」

 三度襲い来るレーザー群。

 防御に徹している分はエネルギーも装甲もダメージは無いが、何も出来ない。

 だが、攻撃も長引けば、燃費の悪い凶獣のこと、すぐ力尽きる。

 ジリ貧とはこのことか。

 ・・・なんて言ってられっかよ。

 燃費が悪いなら、試合を長引かせなければいい。

 幸い、攻撃力と突破力もあるんだ。

 一気に、突っ込む!

「うおおおぉぉぉぉっ!!」

 再度スラスターを噴かせて距離を詰める。

「無用心でしてよ!」

 オルコットは一夏戦同様、最後まで残しておいた『弾頭型』のBTで迎撃する。

 BTが直撃し、俺を黒煙が包む。

 次の瞬間、紫の獣が煙を突き破り姿を現した。

「こ、これでも止まりませんの!?」

 生憎こっちは防御力が売りなんでね。

 脚に、拳に龍を集め攻撃の準備をする。

 だが今度は一閃でも三連撃でもない。

 速度を高め、嵐の如き連撃を叩き込む。

 その名も『龍門』!いや。

「いくぞ、錬気怒涛拳!」

 一撃一撃の重さは無くとも、その数が5、10、20と重なればダメージは積み重なる。

「邪ァァァァァァァァァァッッ!!」

「う、くあっ!」

 ガードを固めても無駄。一度龍の嵐に巻き込まれたら脱出は不可能!俺の場合は獣の凶牙かな!

 そして最後の一撃を放つ。

「覇ッ!」

「きゃああああ!」

 止めの掌底を腹に叩き込む。何度も腹を攻撃した。ISが無事でも、操縦者本人が耐えられまい。

 さらにこの『龍門』、相手の体勢を崩し移動を困難にさせると言う特徴を持つ龍使いの戦い方だ。

 残酷かい?悪いが勝負で相手を心配するほど甘い性格をしていない。

 俺は『凶獣』。振るうのはただの、暴力なのだから。

 

 

----箒side----

「旺牙の奴、あんなに強いのかよ・・・。セシリアが子ども扱いじゃないか・・・。」

 隣で試合を観戦している一夏が呟く。

 旺牙が一次移行を終えてから、戦闘は一気に傾いた。

 あの『凶獣』の性能が高いというのもあるが、それ以前に戦いに対する気構え諸々が違う。

 まさに「本性を現した獣」状態。今の連撃が良い例だ。いや、悪い例、か。

 暴力。自らの力をそう評する旺牙は強い。相手に恐怖すら与えるだろう。

(だが、あれが私の・・・。)

 見ていられない。だが、見ていなくてはならない。そんな気がした。

「俺、この後アレと戦うのかよ・・・。」

 げんなりしている一夏は見ないふりをしておいた。

--------

 

 

「く、うぅ・・・。」

 オルコットの動きが止まった。

 だが俺は手を止めるつもりは無い。

 オルコットの頭をフランケンシュタイナーの要領で挟み、思い切り回転する。ISだからこそ出来る芸当だ。

 回転が全速に達した時、地面に向って全力で放り投げた。

『一閃』の応用技、『竜尾』。ダメージを与えた相手を、状態異常に追い込む技だ。

「カハッ!?」

 地面に叩きつけられたオルコットは今頃全身マヒを起こしている頃だろう。

 ・・・今が決め時か。

 ゆっくりと、されど龍を拳に溜めながら下降する。

 オルコットはなんとか立ち上がったようだが、身体がまだマヒしているのか、動きが鈍い。

 これで終わらせよう。これ以上は残酷ショーになるだけだ。

 というか、調子に乗りすぎた。

「オルコット。次で終わらせる。次の一撃が、俺の最後の一撃だ。」

「な、何を・・・。」

「調子に乗りすぎてエネルギーがもうヤバイ。これじゃあ一夏の二の舞だ。・・・だから、次で終わらせる。」

 俺の殺気に、オルコットはビクリと身を竦ませる。

 おいおい、この程度で恐れていたら、ブリュンヒルデになんかなれないぜ?

 では、参る・・・。

「破を念じて、刃と成せ・・・。」

『サイコソード』。俺の超能力を、攻撃に特化し攻撃力を引き上げる。

 それに俺の得意技『一閃』と『錬気』を重ねる。

 全てを貫く拳。

「念導龍錬刃ッ!!」

 残りのエネルギーをスラスターに回し、右拳を突き出して突撃する。

 これで倒れなかったら、俺の負けだ。

「こいつで、終わりだーーーーー!」

 

 

 

『試合終了!勝者、志垣旺牙!』

 

 

 

「負けてしまいましたわね・・・。」

 座り込んだオルコットがそう呟く。今はお互いにISを待機状態にしスーツ姿だ。

「いや、機体の性能差のおかげだ。それに俺もギリギリの勝利だった・・・、いや、これ以上は何も言うまい。」

「敗者にかける言葉は無い、ですか。厳しいですわね。」

「それが勝負の世界だろ。」

 下を向いているが、顔は暗くない。

 正直、意外だ。男に敗れたのだから、もっと悔しがる、最悪取り乱す可能性すらあったのだがな。

 だが、良い傾向だ。彼女は冷静に敗北を受け入れている。

 オルコットはもっと強くなる。間違いなく。

 俺は右手を差し出した。

「ありがとう。この一戦で、俺はまだまだ上に行けると確信した。その礼を言いたい。」

「・・・わたくしも、ですわ。」

 オルコットは俺の手を握り返した。

「男嫌いなあの態度はどうした?」

「今は、正々堂々とした戦いを誇りたいのです。・・・正直恐ろしいと感じた事は何度もありましたがね。」

 言ってくれるよ。

 そんな俺達の様子に、観戦アリーナからは拍手の雨が降り注いだ。

 立花と嶋田の姿も見える。あいつらも見てくれてたのか。何だかこそばゆいな。

 簪の姿は・・・見当たらないな。少し寂しいけど、クラスが違うんだから仕方ない。

 ・・・戦って、褒められる。

 悪くないな、こういうのも。

 

 

 さて、次は『奴』か。

 どう料理してあげようかなぁ(邪笑)。

 いやいや、油断は禁物だ。

 とにかく勝つことに集中しよう。

 

 

 

----簪side----

 旺牙、勝ったんだ。

 私は格納庫で、映像で試合を見ていた。

 初めて乗ったISで、代表候補生を圧倒できるなんて、旺牙は凄い。

 そういえば、織斑一夏も良い戦いをしていた。

 ・・・天才って、どこにでもいるのかな?

 凡人の私には分からない。

--------




いつものやつ~~

『インカネーター』・・異能者の超能力。思い描いた姿を具現化する。主に防御に使われる。

『龍門』・・龍使いの特技。怒涛の攻撃でダメージを与えつつ相手にバッドステータスを与える。(与えるBSは狼狽、うろたえ、体制を崩している状態。移動が行えなくなる。)

『竜尾』・・龍使いの特技。『一閃』の上級技。ダメージを与えた相手にバッドステータスを与える。旺牙は『マヒ』を選択している。

『サイコソード』・・異能者の超能力。超能力を攻撃に特化させる特技。

戦闘描写ムズカシス・・・・・・(泣)
先に言っておきますが旺牙に対してセッシーフラグは立ちません。立ちませんったら立ちません。


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男の意地

一夏との戦いは、まあすぐ着けさせるつもりです。
サブタイ詐欺になりかねないな。




 さて、凶獣のエネルギー補給も終わった事だし、連戦と行こうじゃないか。

 相手は一夏操る『白式』。

 オルコットに比べれば大した事のない相手・・・なんて慢心はしない。

 

 一夏は長年の付き合いで俺の性格をよく知っているだろうし、癖も知っている。

 今の戦いで動きも見られただろう。

 

 何より、白式は戦闘を見た感じ高機動型。《雪片弐型》での近接戦のみ。

『伏竜』の格好の餌食になりそうだが、当たってはくれないだろう。

 それにもし、あの初代《雪片》と同じ能力だったとしたら、凶獣との相性は最悪だ。

 

 こうなったら、防御を捨てての短期決戦しかない。

 せっかくの重装甲の凶獣を使いこなせていないことに泣けてくるぜ。

 

「しお~。」

 おっと?こっちのピットに本音と立花、嶋田がやって来た。さっきまで観客席に居たと思ったんだけどな。

「さっきは凄かったね、志垣君!」

「ホント!代表候補生相手に勝っちゃうなんてね!」

「運と機体性能のお陰で無茶できたのさ。実力は、良くて同等だよ。」

「「だからそれが凄いんだって。」」

 ハモるなよ・・・。

「本当はかんちゃんも呼びたかったんだけどいつも通りでね~。」

 かんちゃん?誰?歌手?

 まあわざわざ応援に駆けつけてくれた三人の為だ。

 良い試合を、出来れば勝利で飾りたい。

 俺だって男だ。見栄を張りたいお年頃(精神年齢三十歳)だ。

「じゃあ、ちゃちゃっと勝って来るよ。」

「「うん。」」

「がんばれ~。」

 気の抜ける声だな本音よぉ。

 しかし女の子に応援されるのって、結構悪く無いな。

 

 

「志垣旺牙。凶獣、喰らってくるぜ!」

 俺は再びアリーナへと飛び出した。

 

 

 待つこと数秒、一夏と白式が姿を現した。

 今度は互いに一次移行は済んでいる。

 俺はこれでも老練した戦いが出来るが、一夏に三味線は弾けないだろう。

 つまり、最初から全力という事だ。

「来たか、一夏。」

「待たせたか?」

「いいや。」

 遊びにでも出かけるかのような気軽さで言葉を交わす。

 だが、空気はピリピリとしていた。

 互いに闘気を、殺気を交える。

 ハイパーセンサーに、一夏の表情が映し出される。その額には若干汗が滲んでいた。

 おいおい。この程度で気圧されてちゃ、良い戦いは出来ないぞ。

「びびってるのか?」

「・・・正直、怖いよ。さっきの戦いを見たらな。

 怖いと言いつつも、その視線は逸らさない。

「それでも、俺は戦う。千冬姉の名に恥じない人間になるんだ。」

「・・・お前のそういう所、嫌いじゃない。むしろそんなお前だからこそ、俺は友になりたいと思った。」

 俺が拳を構えると、一夏も《雪片弐型》を構える。

 数秒が、何分にも思える時間が経つ。

 そして、試合開始のブザーが鳴り響いた。

 

 

 突撃してくる一夏に対し、俺は『伏竜』の弾幕で迎撃する。

 直線でしか飛ばない『伏竜』を、難なく避けてくる。だが、俺だって棒立ちなわけじゃない。

 一夏を中心に、円を描くように動き射撃を行う。

「くそ、近づけない!」

 そう簡単には間合いを詰めさせない・・・と思ったか!

 射撃を止め、円の動きを維持しながら接近する。

 一夏は慌てて迎え撃つ姿勢をとるが、遅い!

 一閃でその顔面を蹴り飛ばす。

 吹き飛ばされるその身体。それをスラスター全開で追いかける。

 追いついた今度は腹部に一閃。追い討ちに顔を掴んでアリーナの壁に投げつける。

 白式が叩きつけられている間に、『インカネーター』を発動する。

 紫のオーラが凶獣を纏い、そのボディをさらに禍々しく、巨大に見えさせる。

「どうした!それで終わりか一夏!」

 わざと余裕そうに叫ぶのは威圧のため。ここで心が折れるようでは、話にならないだろう。

「まだ・・・、まだぁ!」

 予想通り一夏は体勢を立て直してきた。

 そうだ、それで良い。

 そうでなくては、喰らいがいが無い!

「行くぞ!《一閃錬気蹴》!」

 先程より龍を練り、重い一撃を狙う。

 だが、寸でのところで回避された。

「そこだっ!」

 一夏が放ったカウンター気味の剣戟が、凶獣の肩を軽く切り裂く。

 シールドダメージはほぼ無し。機体ダメージが軽微か。

 これくらいなら、これで直せるな。

 体勢を整え、肩に手をかざす。

「『ヒール』。」

 説明しよう!凶獣には微量の回復用ナノマシンが搭載されていて、多少の傷なら回復できるのだ!

「あ!ズリぃ!」

「ズルクナイモーンダ。機能をフル活用してるだけだ。」

 しかし流石《雪片》の名を継ぐ刀。この凶獣の装甲を切り裂くとはな。

 これはいよいよ短期決戦を心掛けないといけない。

「こいつで攻める!『龍門』!」

 オルコット戦で見せた連撃を見舞う。

 回避を試みた一夏だが、そう簡単に抜け出せるほどこの技は甘くない。

 防御を主とする俺の、必勝パターンなのだから。

「ソラソラソラソラソラソラソラッッ!!」

「ぐっ、が、くあ!?」

 逃がしはしない。これで決める覚悟だ!

 

 

『龍門』は確かに全弾当てたはずだ。

 それなのに一夏は立っている。

 シールドエネルギーは残り二桁。美しかった白式のボディもボロボロだ。誰が見ても満身創痍。本人へのダメージも相当のはずだ。

 それでも、一夏は立っている。

「・・・どうしてそこまで粘れる?もう決着は着いただろう。」

「・・・まだだ。まだ、倒れられない。」

 やれやれ、これじゃ俺が完全に悪役じゃないか。

 まぁ、こんな形じゃ仕方ないわな。

「意地か。」

「ああ、下らないかもしれないけど、意地があるんだよ。」

 下らなくなんかない。その意地で、お前は立っているんだから。

「俺は、今度は俺が、千冬姉を、お前を守るんだ。こんな所で、倒れられるかよ・・・。」

 千冬さんだけじゃなくて俺もかよ。

 一夏。お前って存外欲張りだよな。

 でもな一夏。千冬さんはともかく、俺のことを気にする事はないんだ。

 お前は、お前達は自分の道を行ってくれ。

 じゃないと、心配で俺の方がどうにかなっちまう。

「なら覚えておけ。これが暴力だ。お前を、お前達を襲うものだ。少なくとも、俺を超えないと、千冬さんを守るなんて言ってられんぞ。」

「はは、肝に銘じておく、よ!」

 こいつの最後の一撃なのだろう。雪片弐型が凶獣の胴体を掠める。

 それを確認してから、俺は一夏の顔に掌を宛がう。

「錬気掌。」

 龍を流し、最後の一撃を与えた。

 

 

《試合終了!勝者、志垣旺牙!》

 

 

 互いにISが待機状態に戻る。

 一夏が傷だらけだ。流石にこの状態を放置は出来ない。

(『医竜』。)

 気を送り、傷を癒す。僅かに一夏の身体が光ったが、微々たるものなので誰も気付かないだろう。

 そのまま一夏を担いで彼の出てきたピットへと向った。

 

「一夏!」

 ピットに戻ると、箒が駆け寄ってくる。

 普段からこれならこいつも可愛いのにな。

「心配するな。疲れてるだけだ。直に目を覚ます。」

「そうか・・・。」

 安心した後、キッと俺を睨みつける。

 こいつはこいつで解っているんだろうが、やはり理性が文句があるらしい。

 それを必死で抑えているんだろう。

「ん・・・。」

「お、お目覚めか。」

「あれ・・・。そうか、俺、負けたのか・・・。」

 後を箒に任せ、俺は自分のピットに戻った。

 

 

---------

「その、なんだ。箒。」

「負け犬」

「酷くね!?」

 一夏に肩を貸したまま、箒は言い放った。

 あまりの言い草に抗議の声を挙げるが、体の痛みで上手く声が出ない。

「それでも。」

「え?」

「それでも、最後の意地は、見せてもらった。」

「箒・・・。」

 沈黙が場を支配する。

 それを破ったのは、一夏の一声だった。

「また、教えてくれよ。」

「何?」

「今度は、ISをさ。負けっぱなしじゃ嫌だから。」

「ふ、ふん!当たり前だ!あんな体たらくでは話にならないからな!」

 そう言って顔を真っ赤にし背ける箒。

 傍から見ていれば照れているのが丸解りなのだが、当の一夏が鈍いため、意味が無かった。

 

 一方で、千冬は違う事を考えていた。

(一夏のダメージは相当の物だったはず。それがこの短時間で目覚めるとは・・・。先程旺牙に担がれた時淡く光ったように見えた。ISの機能か?それとも、旺牙、か?お前は何をした?お前は、何者なんだ?)

 千冬の旺牙に対する疑念が生まれた瞬間であった。

--------

 

「さすがに怖かったか?」

 ピットに戻ってきた俺を出迎えたのは、いつも通りの満面の笑みの本音と、若干笑顔が引き攣っている立花と嶋田だった。

 もう怯えた小動物のようだった。そこまでか・・・。

「いやだって、あそこまで一方的だとさぁ・・・。」

「ねぇ・・・。」

 一夏が可哀相ってかい。ああそうですかい。

 俺だって頑張ったんだけどね。

「あ、志垣君が悪いわけじゃなくて、なんて言うか。」

「こんな強い人が、世界で二番目の男子で同じクラスなんだって思うと圧倒されちゃって。」

「しお~は強いんだね~。お菓子あげる。」

 俺の味方は君だけだよ本音ェ・・・。

 

 

 

 

 その夜。

 日課のトレーニングを終わらせるといつの間にか簪が部屋に帰ってきていた。

 何処へ行っていたのか聞いてみたが、お茶を濁すばかりだ。

 ちょっとは親しく慣れたと思うんだがなぁ。まだまだか。

 久しぶりにクッキーなんぞを焼いてみたくなり(餌付けじゃないぞ)備え付けのキッチンに向う。

 調理器具は揃っているし、材料も買っておいたから問題ない。

 さて始めるかと思ったその時、部屋の扉がノックされた。

 エプロンを外して来客の対応に向う。

 来客は意外な人物だった。

 

「どうした、オルコット?」

「い、いえ・・・。」

 もう八時を回った時間。

 おそらく目当ては俺だろう。クラスの違う、と言うかまず面識の無いだろう簪に会いにきたとは思えない。

「なんなら上がってくか?ルームメイトもいるけど。」

「いえ!ここで大丈夫ですわ!」

 なにやら緊張した面持ち。

 俺何かやらかしたっけ?

「そ、その!今まですみませんでした!」

 ・・・ハイ?

 何故いきなり謝られているのかな俺は。

 簪も驚いている。いや、君以上に俺が驚いているんだからね?

「人を見かけだけで醜いなどと判断して、あんなに高潔な戦いが出来る方を、その。」

 ああ、そういうことか。

「人間第一印象は所詮見た目だ、見た目を言われるのは慣れてるよ。それに俺の戦い方は高潔とはかけ離れてる。」

「それでも!貴方方からは強さを感じましたわ!戦闘ではなく、人としての強さを!」

「・・・なんでそんなに声を荒げる。お前に何があった。」

「・・・それは。」

 それから俺は簪の許可を取り、オルコットを部屋に上げた。

 とりあえずハーブティーで持て成す。

 オルコットの話を纏めると。

 オルコットの家は女尊男卑の前から母親が強く、夫は妻の顔色を窺ってばかりいた。そのせいか、オルコットは「男は弱いもの」という考えに育ってしまったらしい。

 そしてある日、両親は事故で他界した。

 残された遺産を狙い、親戚や財界の者が寄ってきた。ここでも彼女は、人間の醜い部分を見てしまった。

 それに負けず、オルコットは一人で家を護ってきた。そういうことだ。

 一人と言っても、気を許せる人間はいたそうだが。

「それが今日、強い意志を持った男性がいることを知りました。一夏さんと、貴方です。」

「強い意志ね。俺はともかく、一夏は強い。いや、強くなる。心も、力も。それは確かだ。」

「わたくし、どうすればいいのでしょう。あそこまで酷く言ってしまって。」

「アイツは気にしないさ。それでも気がすまないって言うなら。」

 俺は一呼吸置いて告げた。

「友達になれば良い。人と人が離れるのは簡単だけど、くっつくのも簡単なんだ。特に、アイツにはもっと多くの友達が出来てほしい。そして、前に進んで行って欲しいんだ。」

「何だか父親みたいな台詞ですわね。」

「言うな。自分でも親父臭いし酷い台詞だと思ってるんだよ。」

 何が悲しくて親友の人間関係をサポートせな・・・いや、親友だからするのか。

「という訳だから、オルコットも「セシリア」ん?」

「セシリアとお呼びくださいな。わたくしたちももう、友人、好敵手(とも)ではなくて?」

 は!一本取られたよ。

「俺も旺牙と呼んでくれ。これからよろしく、セシリア。」

「ええ、旺牙さん。」

 今夜、また一人友人が出来た。

 

「ところでセシリア。お前一夏のこと・・・。」

「わーわーわーきゃー!」

 あの野郎、また一人落としやがったか。

 

--------

「私、何だか置いてけぼりなんだけど(ボソ。」

--------




解説コーナー

『ヒール』・・本来は誰でも習得できる一般魔法と呼ばれる特技。ダメージをある程度回復する。

『医竜』・・気を送り込み、他者の傷を回復する龍使いの特技。自分には使えない。

 少し圧倒しすぎた感がある。
 言うなれば、
 
 ???>国家代表>旺牙>>代表候補生≧一夏
 
 みたいな感じです(IS使用時)。条件次第では国家代表≧旺牙になります。

 いよいよ立花と嶋田に出番を与えなくてはいけないのだろうか・・・。
 皆さんはどう思います?


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クラス代表決定

今月はちょっとペースを上げてみました。

そして質がさらに落ちました・・・。


「では、一年一組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりで良い感じですね!」

 山田先生、正直あんまりおもしろくねぇよそのシャレ。

 でもクラス中も盛り上がってるからいいか。結束力があるのは良いことじゃ。

 ただ一人、この状況を楽しんでいない奴がいた。

 もちろん、あの男だ。

「先生、質問です。」

 一夏が挙手する。貴様に拒否権などないと言うのに。

「はい織斑くん。」

「俺は昨日の試合に負けたんですよ?しかも二連敗ですよ?なんで俺がクラス代表なんですか?」

 まあもっともな質問だな。だがやはり、拒否権など与えぬ!

「それは―」

「それは!」

「俺と!」

「わたくしが!」

「「辞退したからだ(ですわ)!!」」

 俺とセシリアが抜群のコンビネーションで立ち上がりそう告げた。

 セシリアはいつもの腰に手を中てるポーズで決めている。俺はどこぞの巨大ロボの如く腕を組み、仁王立ち。

 一夏は放心したように俺達を見ている。

「まあ、勝負はあなたの負けでしたが、しかしそれは考えてみれば当然のこと。なにせわたくしセシリア・オルコットが相手だったのですから。それは仕方のないことですわ。」

 俺に負けたことには触れないのな。

 まあそこはセシリアのプライドだろう。

「それで、まあ、わたくしも大人げなく怒ったことを反省しまして。」

「こらセシリア。それだけじゃないだろ?」

「う!」

 言わなきゃいけないことはちゃんと言わないと。

「そ、それと。クラスの皆さんに対して気を悪くする事を言って、申し訳ありませんでした。」

 ペコリと頭を下げるセシリア。

 うんうん。ちゃんと言えてお兄さんは嬉しいぞ。兄じゃないけど。

 教室の中も一瞬ポカンとしていたが、なんだかほっこりした雰囲気になっている。

「んん!それで一夏さんにクラス代表を譲ることにしましたわ。やはりIS操縦には実戦が何よりの糧。クラス代表ともなれば戦いに事欠きませんもの。」

 よしよし、一夏を名前で呼べたな。あいつに近づくためにはまずファーストネームで呼ぶことが大事だと教えておいたのだ。ま、それで本当に近づけるかはあの朴念神次第だが。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!なら二勝した旺牙はどうなるんだ!?勝ったとはいえ旺牙も操縦時間は変わらないはずだろう!?」

 ほう。俺に矛先を向けてくるか。

「一夏、お前、守るために強くなりたいって言ったな。ならなおさら強敵たちとの実戦経験をつむことだ。お前はまだまだ弱い。だが、だからこそまだまだ上に行ける。そのための試練だと思っておけ。」

「いや、なんだか納得いかないんだけど。」

「それとも何か?俺やセシリアに吐いた啖呵は口だけだったのか?」

「う、それを言われると・・・。て言うか、旺牙は何時からセシリアを名前で呼んでるんだよ。」

 今は関係ないだろう、と思ったが説明してやろう。

「俺とセシリアは『好敵手』と書いて『とも』と呼ぶ仲、友情で結ばれたのだ。」

「野蛮な風習と思っていましたが、悪くはありませんわね。」

 ポカンとしてらっしゃるが一夏くん。今は君の問題なのだよ。

「そういうわけだ。何度も言うが強くなりたいなら経験を詰め。最低でも俺より強くなれるようにな。」

「なんだかいまいち納得いかないなあ・・・。」

 納得いこうがいくまいがそれがお前の運命だ。諦めろ。

「そ、それでですわね。わたくしのように優秀かつエレガント、華麗にしてパーフェクトな人間がIS操縦を教えて差し上げれば、それはもうみるみるうちに成長を遂げ」

 バン!と机を叩く音が響く。立ち上がったのは箒だった。

「あいにくだが、一夏の教官は足りている。私が、直接頼まれたからな。」

 やけに『私が』を強調する箒。その様子はやけに殺気立っている。

 さあ始まりました、一夏争奪戦第一試合。

 正直これが見たくてセシリアをけしかけた部分もある。

 趣味が悪い?それが何か?モテない人間からすれば他人の修羅場は蜜の味なんだよ。リア充爆発しろとか思ってるんだよ。

「あら、あなたはISランクCの篠ノ之さん。Aのわたくしに何かご用かしら?。」

 おおっと、セシリア選手の挑発だ!

「ら、ランクは関係ない!頼まれたのは私だ。い、一夏がどうしてもと懇願するからだ。」

 絶対盛ってるよな、あの言動。

「え、箒ってランクCなのか・・・?」

「だ、だからランクは関係ないと言っている!」

 そういえば俺のランクって幾つなんだろう?聞き忘れてた、というか聞き流してた。

 なんて考えていると殺気を感じた。このプレッシャー、まさか!?

「座れ、馬鹿共。」

 立ち上がっていた俺、セシリア、箒にバアン!と出席簿アタックを見舞う織斑先生。

 だが今回は前回までと違った。

 大して痛くないのだ。手加減された様子が無いのは音で分かる。

 なのにダメージが無い。二人は痛みで着席し、悶絶しているというのに。

 不思議だったが、二発目が怖いので大人しく席に着く。

「お前たちのランクなどゴミだ。私からしたらどれも平等にひよっこだ。まだ殻も破れていない段階で優劣を付けようとするな。」

 世界最強に言われちゃ誰も文句は言えないな。

「先生、志垣くんのランクは幾つですか?」

 一人の女子が挙手する。

 いやいや、それは今関係ないんでない?

「志垣のランクはSだ。訓練機とはいえ私と引き分けたのだからな。それでもひよっこの一羽に過ぎんがな。」

 へー、俺ってランクSだったのかあ。びっくりだ。

 ・・・いや、そうじゃないよ。教室がざわついてるじゃないか!

 どうしてくれるんですかこの空気!

 バシンバシンと出席簿を使って姉弟コミュニケーション取ってないでさあ!何とかしてくれよ!

「クラス代表は織斑一夏。異論は無いな。」

 はーいとクラス全員一丸となって返事をした。良かった。そっちに興味が移ったようだ。

 それにしてもランクSか・・・。

 あの人が聞いたら「査定基準が甘すぎる」とか言ってとんでもない量の訓練を課してくるんだろうな。

 

 

 

 

 

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット、志垣。試しに飛んでみせろ。」

 四月も下旬、遅咲きの桜の花びらも舞い散った頃、俺達は鬼教官、もとい織斑先生の指導を受けていた。

 実際スパルタであった。サツバツ!

 まあこれくらいきっちりやらなければ、いつか大怪我をしかけないからな。

「早くしろ。熟練したIS操縦者は展開まで一秒とかからないぞ。」

 おっと急かされた。集中集中っと。

 ISは一度フィッティングすると操縦者のアクセサリーの形をとって身体に装着される。

 セシリアは左耳のイヤーカフス。俺は右手首のシルバーチェーン。一夏は右腕のガントレット。

 ガントレットってアクセサリーなのか?かなり邪魔になりそうだが。

 それを言うと凶獣の待機状態もジャラジャラしていて結構邪魔だ。あれか?獣は鎖に繋がれてろって皮肉か?

 今度良いように改造してみるか・・・。できるもんなら。

 それはそうと、ISを展開するために意識を研ぎ澄ませる。

 どこか月衣から物を取り出すのに似ている気がした。

(出番だ、凶獣。)

 念じる刹那、チェーンから全身に薄い膜が覆っていくイメージが湧く。約0、5秒の展開時間。俺の体から光の粒子が溢れ、それが再集結していくのが解る。

 紫の姿。刺々しい外殻。顔面をも覆う全身装甲。凶獣が形成されていく。

 ふわりと身体が軽くなる。センサーの類は良好。世界が広がった気分になる。

 周りを見ると、どうやら白式とブルー・ティアーズも無事展開されたようだ。

「よし、飛べ。」

 その言葉に、俺とセシリアはほぼ同時に上昇した。

 だが素のスピードが違う。グングンと離されてしまう。

 が、問題は白式だ。スペック上は凶獣やブルー・ティアーズの速度を上回っているのに、なかなか追いついてこない。俺がセシリアに追いついてから、ようやく追いついてきたほどだ。

「一夏、お前この前の試合の方がスピードが出てたぞ。」

「そう言われても、あの時は無我夢中だったし、感覚がつかめないんだよな。」

 俺の苦言に一夏はそう答える。

 急上昇、急下降は昨日習ったばかりだが、基本の応用ではある。要は、一夏がまだ基本を習得できていないだけなのだが、一朝一夕で身につくようなものでもないだろう。

 俺は前世で飛行魔法の訓練を受けていたから何となく感覚がつかめるが、『目の前に角錐を展開させるイメージ』など、素人には難しい。

「一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ。」

「そう言われてもなぁ。大体、空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ。何で浮いてるんだ、これ。」

「説明しても構いませんが、長いですわよ?反重力翼と流動波干渉の話になりますもの。」

「・・・旺牙、理解できるか?」

「無茶言うな。」

 まだ半分も理解出来ちゃいないよ。

「わかった。説明はいいや。」

「あら、それは残念ですわ。」

 そう言ってセシリアは微笑む。そこには嫌味も皮肉も無く、ただ単純に楽しんでいる笑顔があった。

 あの日以来、クラスメイトとも上手くやっている彼女は、確かに変わった。日々を楽しんでいるように感じられる。

 実際楽しいのだろう。気を張り続けた日々から多少なりとも解放され、一学生として過ごす事ができているのだから。

 そして何より、一夏の存在が大きい。彼女にとって、初めての『恋』なのだろうから。

 あれ以来、なにかと一夏のコーチを買って出ようとしている。彼女なりのアピールだろう。純粋に一夏に強くなってほしいと言うのもあるのだろうが。

「一夏さん、よろしければまた放課後に指導してさしあげますわ。そのときはふたりきりで」

「一夏っ!いつまでそんなところにいる!早く降りてこい!」

 ここにもいたよ、恋する乙女が。

 いやはやまったく、俺は誰の応援をすればいいんだろうね。青春真っ盛りの少女たちよ。

 それと山田先生。生徒にインカムを奪われたぐらいであたふたしないでください。教師の威厳が。

「織斑、オルコット、志垣、急下降と完全停止をやって見せろ。目標は地表から十センチだ。」

「了解です。では一夏さん、旺牙さん、お先に。」

 そのまま急下降を始めるセシリア。その姿がぐんぐん小さくなっていき、完全停止も成功した様子だった。

「うまいもんだなぁ。」

「感心してる場合かよ。じゃあ一夏、次は地上でな。」

 セシリアに続き、急下降を始める。

 近づく地表。出来るだけギリギリまで加速して・・・、ココだ!

 逆噴射で地上すれすれに。

「二十センチ。制止が早すぎだ。次はもっとギリギリまで粘れ。」

「はい。」

 おしい。もう少しで完璧だったのにな。やっぱりなんだかんだで慣れていないのだろう。もっと精進せねば。

 

 

 そしてオチ担当。文字通り落ちやがった。

 勢いそのままに、停止せず、グラウンドにクレーターを作り上げた。

 それを心配するセシリアと、対抗する箒の姿が。

 おお、二人の間に火花が見えるよ。

 それを力技で押しのける織斑先生も流石だが。

 さらに武装を展開しろと言われて実行、雪片弐型を展開するも「遅い」と一蹴。一夏にとっては踏んだり蹴ったりな結果になった。

「志垣、お前の武装は・・・。すでに固定されているのだったな。」

 俺の『伏竜』はIS展開時から両腕に装着済みなので、個別に展開する必要が無かった。故に俺は武装展開訓練からはぶられた。解せぬ。

 次にセシリアのスターライトmkⅢだが、さすが代表候補生。瞬時に展開して見せた。が。

「お前は何処に向かって撃つ気だ。横ではなく、正面に向って展開しろ。」

「オー、ワタシ友達!撃タナイ撃タナイ!」

 真横にいた俺に銃口が向けられていた。

「で、ですがこれはわたくしのイメージをまとめるのに必要な」

「直せ。いいな。」

「・・・はい。」

 おー怖い、代表候補生を一睨みだよ。

「何か考えたか?」

「滅相もございません。」

 俺、この人が人間かどうか怪しく思えてきたよ。

「セシリア、近接武装を展開しろ。」

「え、あ、は、はい。」

 急に話を振られて若干うろたえるセシリア。

 右手を前に出し、意識を集中している。

 が、粒子はなかなか形にならない。

「まだか。」

「くっ。ああ、もう!《インターセプター》!」

 武装名を口にし、ようやく剣が顕現する。

 だがたしか、この方法は初心者用の展開法だったはず。

 セシリアは近接戦闘が苦手なようだ。

「何秒かかっている。お前は実戦でも敵に待ってもらうつもりか。」

「じ、実戦では近接の間合いに入らせません!ですから、問題ありませんわ!」

「ほう。織斑と志垣との対戦で初心者に簡単に懐を許していたようにみえたが?」

「あ、あれは、その・・・。」

 あー、そんな言い方されると・・・。

 セシリアは俺達をキッと睨みつけてくる。ほら飛び火してきた。

 刹那、送られてくるプライベート・チャンネル。

『あなた方のせいですわよ!』

 まじでなんでだよ。

「時間だな。今日の授業はここまでだ。織斑、グラウンドを片付けておけよ。」

 さて、仕方ない。

「さっさと終わらせるぞ、一夏。」

「お、旺牙~。」

 泣きつくな、気色悪い。




ちょいと駆け足ですいません。
早くエミュレーター出したいんや・・・。


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レッツ、パーリィナイト!

何だか最近筆が進みます。
その代わり中身が伴わない。解せぬ。

まぁそれはともかく、もう少しでNW成分も多くなってくると思いますんで、今しばらくお付き合いください。


「というわけでっ!織斑くんクラス代表決定おめでとう!」

「おめでとう~!」

 ぱんぱーんとクラッカーが乱射される。その勢いはまるでお誕生会の如しだ。

 皆が思い思いに飲み物が入ったコップを持ち、楽しそうに談笑している。

 そんな中でなにやら複雑そうな顔をし、暗いオーラを纏った人物がおった。

 今日の主役、我らが織斑一夏くんだ。

 なんだなんだ。もっと喜びやがれ。全員お前の為に祝ってやってやってるんだぞ。

 壁にもデカデカと『織斑一夏クラス代表就任パーティー』と掲げてある。ちなみに執筆は俺。

 耳を澄ましてみろ。周囲から祝いの言葉が。

「いやー、これでクラス対抗戦も盛り上がるねぇ。」

「ほんとほんと。」

「ラッキーだったよねー。同じクラスになれて。」

「ほんとほんと。」

 あ、ないですね。

 とうか俺の記憶が間違っていなければ、さっきから相槌を打っている生徒は二組ではなかったかな?

 どう見ても一組の人数以上の人間がここ、寮の食堂に集まっている気がする。

 ・・・足りるかなぁ?

「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生、織斑一夏君と志垣旺牙君に特別インタビューをしに来ました~!」

 オーと一同盛り上がる。え、何?俺も巻き込まれてるの?

 正直、新聞部とかマスコミって苦手なんだよなぁ。

「あ、私は二年の黛薫子。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。はいこれ名刺。」

 これはこれはご丁寧に。

 にしてもテンションの高いお嬢さんだ。

「ではまず、ずばり織斑君!クラス代表になった感想を、どうぞ!」

 ボイスレコーダーを片手に、まるで童女のような輝く瞳で一夏に詰め寄る黛先輩。

 悪いけど、こいつの意志でなったわけじゃないんだよね。

「まあ、なんといか、がんばります。」

「えー。もっといいコメントちょうだいよ~。俺に触るとヤケドするぜ、とか!」

 古いっす、先輩。

「自分、不器用ですから。」

「うわ、前時代的!」

 なんだと。日本が誇る名作の名言なんだぞ。先輩も一度見てみるが良い。

 それと一夏、お前がその台詞を言うのには渋さが足りん。

「まあいいや。適当に捏造しておくから。」

 それで良いのか情報発信機関!だからマスコミは苦手なんだ!

「それじゃあ次に志垣君!どうして織斑君にクラス代表を譲ったの?」

「ん~。あえて言うなら『一夏に強くなってもらいたかったから』ですかね。代表になれば嫌でも実力者と戦う機会が増えるでしょうし、早速対抗戦もありますから、実戦を積んで欲しいんですよ。コイツの決意のためにも。」

「お!なにやら意味ありげな言い方!それはどういう意味かな?」

「それは男同士の秘密です。」

 口に指でバッテンしてこれ以上の発言をしないようにする。親友を売るようなマネは極力避けたい。極力ね。

「それはそれで興味があるわね。でもまあいっか。次に、全校生徒に何かメッセージをどうぞ!」

 スケールでかくない?全校生徒相手って。けど、ここで一発言っておくか。

「俺の見た目や、男がISに乗れる事が気に食わない奴は少なからず居るだろう。そんな奴らは陰口叩いてないで真っ向から喧嘩売ってこい。全部言い値で買わせて貰うぜ!」

 腕を組み、胸を張りながら宣言する。

 少し調子に乗りすぎかとも思ったが、ここでビシッと言っておかないと。

「お~、外見同様ワイルドだねえ。これなら捏造の必要は無いかな。」

 だから捏造は止めなさい。

「ところでその右目、ほんとに見えないの?」

「見えませんよ。内側見てみます?気分悪くなるでしょうけど。」

「・・・ごめんね、ちょっと調子に乗りすぎた。」

 真摯に謝ってくれた。どうやら彼女は良心的らしい。捏造とか言ってるけど。言ってるけど。

 俺は気にしていないことを告げるともう一度謝った後、再び笑顔になった。

 うむ、この人には笑顔が似合うようだ。

「ああ、セシリアちゃんもコメントちょうだい。」

「わたくし、こういったコメントはあまり好きではありませんが、仕方ないですわね。」

 嘘を言うな、と思わず苦笑してしまう。近くに寄っていたし、心なしか気合いが入っている。

 その後、長くなりそうなセシリアのコメントがカットされたり、一夏に惚れたなんだの話になっててんやわんや。

 俺に対しては『敬意を持つべき好敵手かつ友人ですわ』と冷静に言われた。

 まあ、うん。俺もセシリアに対してそういう感情は無いけどさ。いざ言われると複雑な気分だよ。

「とりあえず三人並んでね。写真撮るから。」

「えっ?」

 セシリア・・・、声が弾んでるの隠せてないぞ。

「注目の専用機持ちだからねー。スリーショットもらうよ。あ、握手とかしてるといいかもね。」

「そ、そうですか・・・。そう、ですわね。」

 お前、俺がいること忘れてるだろ?

「あの、撮った写真は当然いただけますわよね?」

「そりゃもちろん。」

「でしたら今すぐ着替えて」

「時間かかるからダメ。はい、さっさと並ぶ。」

 先輩は俺達の手を引いて、そのまま握手まで持っていく。

「・・・・・・。」

「?なんだよ?」

「べ、別に何でもありませんわ。」

 一夏を見てモジモジしているセシリア。青春っていいねぇ。中身三十のおっさんには眩しいよ。

「・・・・・・。」

「・・・なんだよ箒。」

「何でもない。」

 こっちはこっちで面倒臭い青春送ってんな。・・・爆発しないかな、この朴念仁。

「それじゃあ撮るよー。35×51÷24は~?」

「え?」

「74.375。」

「お、正解ー。」

 なんちゅう問を出すんだこの人。数学習っておいて良かった・・・。

 パシャッっとデジカメのシャッターが切られる。・・・おおう。

「なんで全員入ってるんだ?」

 一夏の疑問はもっとも。恐るべき行動力でもって、一組の全メンバーが撮影の瞬間俺達の周りに集結していた。ちなみに箒は少し離れた位置にいたのだが、シャッターが切られる瞬間俺が一夏の隣に引っ張っておいた。真っ赤になって足を踏まれたが痛くも痒くもないぜ。

「あ、あなたたちねえっ!」

「まーまーまー。」

「セシリアだけ抜け駆けはないでしょー。」

「クラスの思い出になっていいじゃん。」

「ねー。」

 楽しそうに笑い合うクラスメイト達と、苦虫を噛み潰したような顔のセシリア。

 修羅場のように見えるが、これも学生の思い出の一枚の風景。

 俺が掴み損ねた、大切な、掛け替えのない場所。

 今度こそ掴んでみせる。護ってみせる。

 そのためなら、俺はどんな事だって出来るだろう・・・。

 

 

 

 さて。ここらでいいだろう。俺は両手をパンッと鳴らし、注目を集める。

「さぁさぁ宴もたけなわ!そろそろデザートの時間にしようと思わんかね。」

 みんな目をパチクリさせた後、ワーと歓声を上げた。

 うむうむ、良い反応だ。それでこそ「作った」甲斐がある。

 流石は国際学園の食堂。材料も器具も完璧だった。

 俺は一度キッチンに入り、最後の仕上げを行ってから台車に乗ったそれらを持ってくる。

 まずはイチゴのパンプディング。多少材料費はかかったが、オカジマ技研からの給料と言う名のデータ代で賄えた。こいつは俺の自信作だ。

 続いて、パンプディングが足りなかった時の為に作っておいたプリン。プディングとプリンで若干被ってしまった感があるが、まあ気にしないだろう。

「すごーい!おいしそー!」

「志垣くん気遣い上手!」

「へへっ。そう言ってもらえると作った甲斐があるってもんだ。」

「「「えっ?」」」

 一瞬食堂の空気が止まる。

 まあそうだろう。俺とスイーツを並べて誰が=の数式を弾き出すものか。俺が事情を知らない人間ならまず疑う。

「おお!旺牙、わざわざ作ってくれたのか!?」

「まあな。たまには洋菓子にも手を着けないと腕が鈍っちまうからな。さ、好きに食え。」

「うおぉ、食う!食うぞ!」

 好きに食えと言ったが慌てるんじゃない。

 一人分にパンプディングを取り分け皿に載せてやる。

 しかしこう美味そうな反応を返してくれると嬉しいな。野郎相手でも。

 いまだ固まっている女子達に対しても促す。

「ほら。早く食わないと一夏が全部食っちまうぞ。」

 流石に全て平らげる事は無かろうがな。

 彼女達は恐る恐ると言った感じで各々口に入れる。

「「「・・・美味しいーーーー!!」」」

 いよし!今回も成功だぜ!

「何これ!?販売品みたい、ううんそれより美味しい!」

「柔らかくて甘い!」

「こっちのプリンもカラメルが良い味してる!」

 まあカラメルシロップは市販の物に手を加えただけなんですけどね。

 それでも喜んでくれて予は満足じゃ。

「これ本当に志垣くんが作ったの?」

「おう。料理は趣味でな、洋の東西に拘わらず一通り作れるぞ。」

「まじでぇ・・・。」

 そこまで意外ですか。まあそうでしょうね。この見た目ですから。

「ちなみにそこでがっついてる一夏も料理は出来るぞ。いやアイツの場合料理以外も出来る主夫だからな。俺もそこまでの域には達していない。」

「まぁじでぇ・・・。」

「男子達に女子力で負けてる・・・。」

「・・・でも美味しいからいいや。」

 いいのですかい。

「ふむ。話題の男子二人は料理が得意、特に野獣は大の得意、と。」

 黛先輩聞こえてます。俺陰で野獣って呼ばれてるんですね?今度呼んだ人間教えてもらいますよ?

 と。あの野郎ちょっとがっつきすぎだ。

「おい一夏。口の周りに飛ばしすぎだ。えっと、ハンカチっと。」

「ん。悪い旺牙。てか自分で拭けるって。」

 まったくこいつは。普段年寄り臭いのにたまに子供っぽくなりやがる。

 なんてやり取りをしていると、黄色い歓声が上がる。

 ん?何が起きた・・・って、あ。しまった。

「織斑くんの凛々しい顔に点いたクリームを」

「強面の志垣くんが優しく拭き取ってあげる」

 

『尊い!』

 

「ちょっと、今の絵撮れた!?」

「へっへっへっ。しっかり撮影済みですぜ!」

「こっちは光景を録画してあるわ!後で加工可能よ!」

 あ~あ、餌を与えちまった。

 てか俺と一夏で需要はあるのか?

 あと箒とセシリア。視線で俺を殺そうとするのは止めてくれ。怖い。

「まだ騒いでいたのか馬鹿者共。」

「皆さーん。そろそろお開きの時間ですよ。」

 織斑先生に山田先生、ナイスタイミングだ。

「先生方もどうぞ。俺が作ったものでよかったら。」

 ここぞとばかりに場の空気を変えようと二人にプリンを差し出す。

「ほう。志垣の菓子は久しぶりだな。」

「へぇ。志垣くんお菓子作りも出来るんですか。美味しそうですね。」

 献上したプリンを、二人はさっそく口に持っていく。

 織斑先生、千冬さんには何度か作ったことがあったから抵抗が無いのは分かるが、山田先生、こんな眼帯強面が作ったってことに疑問は無いんですかい。

「うむ。こっちの精進も怠ってはいないようだな。あとは普段の片付けが出来れば完璧なのだが・・・。」

 千冬さんにだけは言われたくない・・・!?い、今寒気が!?また人の心を読んだな!

「本当に美味しいですねぇ。こんなに美味しいなら毎日食べたいでsヒウっ!?」

 お、何だか凄い殺気が山田先生に向って飛んでいったぞ。

 

 

 

 その後大体十時頃まで騒いでパーティーはお開きとなった。

 いやいや、皆パワーが有り余ってますなぁ。これは明日以降の授業が過酷になってもおかしくないですぜ。

 俺は俺で、最後のパンプディングを持って自室に帰ってきていた。

 簪はまだ起きている。というか、アニメのディスクをぶっ続けで見ていた。俺もアニメは好きだけど、ここまでのめり込んでいるとは。・・・凄い乙女だ。

 ・・・なんだ今のフレーズ。突然頭に浮かんだぞ。

「簪、差し入れ、持って来たぞ。残りで悪いけど。」

「ううん。いつもありがとう。」

 簪には時々菓子の味見役を頼んでる。それとアニメの話で盛り上がる所為か、最初より距離が近づいてきた気がする。別にナンパするわけじゃないけど、簪みたいな静かな女の子と仲良くなるのは悪い気はしない。

「なんだか最近、旺牙に餌付けされてる気がする。」

「ソンナコトナイヨ?」

 まだ警戒モードみたいだけどね。




今回のパンプディングですが、本来はフランスパンを使うようですが旺牙は直前にカリカリに焼いたパンを使用しています。
詳しい方、突っ込みたい事があると思いますが私は調べながら書いてる身なので、生温かい目で見逃してくれるととっても嬉しいです(小並感。


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懐かしき顔

前回であの子の登場シーンやってないことに気付いた時はやっちまったと思いました。
でもなんとか軌道には乗せられると思います。だってこの作品は主に旺牙の視点で描かれますから。

以上、今回の言い訳でした。


 パーティーの夜、何故か懐かしい夢を見た。箒が転校したその後の事だ。

 だがどういうわけか内容をよく覚えていない。おぼろげだった。

 それが原因か、朝稽古にも身が入らず、朝食も遅れてしまった。

「だ、大丈夫、旺牙。調子悪いの?」

「うんにゃ。ただの寝不足だから気にするな。」

 簪からも心配される始末。こりゃいかんな。ファー・ジ・アースじゃ夢は吉兆の象徴だったからな。誰かが夢を見るとそれが世界の終わりの始まりだったという事案は山ほどある。

 今回も、というか俺もそうならなくちゃ良いが。

 

 

「じゃ、また寮でな。」

「うん。また後で。」

 そう言って簪と別れる。当初よりも大分話しやすくなってきた感じがする。やはり餌付けの効果か・・・。

 と、いかんいかん。もう時間ギリギリだったんだ。早く教室に行かないと出席簿アタックが待っている。

 ん?教室の前が騒がしいぞ。

「その情報、古いよ。」

 ふとそんな声が聞こえた。なんだか、すごい聞いたことのある声だ。

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから。」

 腕を組み、片膝を立ててドアにもたれているあの小柄で長いツインテールな少女は。

「鈴・・・?お前、鈴か?」

 一夏の口から確かめるような声がする。

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ。」

 ふっと小さく笑みを漏らす。ツインテールが軽く左右に揺れた。俺はそっと彼女の後ろに回りこんだ。

「何格好付けてるんだ?すげえ似合わないぞ。」

「んな・・・!?なんてこと言うのよ、アンタは「よいしょ」ふにゃっ!?」

 首根っこを猫掴みに持ち上げる。この軽さ、暴れ具合。ふむ。

「間違いなく鈴だな。持ちやすさが何も変わっていない。」

「ちょ、何よ!?誰よ!?離しなさいってば!離せー!」

 煩いので離してやった(コマンドー感)。尻餅を突くことなく、鈴は見事に着地してみせる。

 こいつ、前世は猫なんじゃないだろうか。今もフーッっと唸ってるし。

「誰よ!私は一夏と話して・・・って旺牙!?」

「よう、久しぶりだな鈴。」

 相変わらず掴みやすい奴だったぜ。

「よう、じゃ無いわよ!アンタはいつも人を猫扱いしないと気が済まないわけ!?」

「おう。」

「よーし上等じゃない表出ろ。」

 鈴の額に血管が浮き出ている。臨戦態勢だ。

 鈴だけに『臨戦態勢』・・・うわ、寒っ!

 まあ取り合えず落ち着いてもらおう。俺が原因だけど。

 早くしないとあの人が・・・。もう手遅れか。

「おい。」

「なによ!?」

 バシンッ!織斑先生の出席簿アタック。効果は抜群だ!この技の恐ろしい所は威力、命中率共に高いのに連射が効くところだ。

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ。」

「ち、千冬さん・・・。」

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ。」

「す、すみません・・・。」

 すごすごとドアからどく鈴。

 うん。気持ちは分かる。反論しても無駄だし、ダメージが増すだけだからな。

「またあとで来るからね!逃げないでよ、一夏!」

 俺は無視ですか?まあそれはそれでいいですけど。

「さっさと戻れ。」

「は、はいっ!」

 鬼教官の一睨みを受け、猛ダッシュで二組へと駆けていく鈴。

 結局何しに来たんだ?宣戦布告とか言ってたけど。

 本当はそれを理由に一夏に会いに着ただけだったりしてな。

「っていうかアイツ、IS操縦者だったのか。初めて知った。旺牙は?そういうことには詳しそうだけど。」

「いや、俺も初めて知った。代表候補生なら顔と名前も覚えてる自信があったんだけどな。」

 ふとそんな会話をする。それがトリガーだった。

「・・・一夏、今のは誰だ?知り合いか?えらく親しそうだったな?」

「い、一夏さん!?あの子とはどういう関係で」

 そのほか、クラスメイトからの質問集中砲火を喰らう一夏。俺はいそいそと自席へと・・・。

「志垣くんも親しそうだったよね、萌。」

「うん。ここはちゃんと聞き出さないとね、沙紀。」

 立花に嶋田ぁっ!何俺を巻き込んじゃってんの!?

「しお~、あの子誰~?」

 あぁ、本音、お前もか。そんな事をしていると大変な目に・・・。

 バシンバシンバシンバシン!

「さっさと席に着け馬鹿者共が。」

 鬼が静かに怒ってらっしゃるよ?

 

 

 今にして思い出せば、今朝の夢は鈴がまだ日本にいた頃の夢だった気がする。

 懐かしい夢だと思う反面、何か不吉な予感がする。ウィザードの勘というやつか、ウィザードが夢を見ると碌なことがないというか。

 だが何故こんな時期に編入してきたのか。それもわざわざ中国から。あいつ自身はISに対して興味は無かったはずなのに。

 まさか一夏に会いに?いや、いくら人よりアクティブな少女と言えどそこまでするか・・・と、否定できないのが凰鈴音という少女の恐ろしい所だ。

 約一年という短い期間でISについて学び、まさかの代表候補生にまで登りつめてしまったというのか。なんという才能と努力。

 ばしん!という音が響いた。箒が出席簿の餌食になっていた。

 どうせさっきのことでイラついていたのだろう。

 ばしん!と再び出席簿の音が響く。セシリアが蹲っていた。お前もか。恋する乙女達は大変だな。

 俺はというと、それを横目で見つつ、昔(前世)で友人から教えてもらった簡単な占星術を試してみる。今後の吉凶を見たい。

 結果は、凶兆・・・。この占いではそこまでしか分からなかった。意外と役に立たない(失礼)。

 だがなにか嫌な事が起きると言うことはなんとなく理解した。少し注意しておくか。

「志垣。」

「だが何に注意しろと?四六時中あいつの傍にいろと?それこそ輝明学園じゃあるまいし・・・。」

 ばしーん!

 大して痛くないが、音が酷い。あの出席簿は何で出来ているんだ?

 

 

「お前のせいだ!」

「あなたのせいですわ!」

「なんでだよ・・・。」

「いや一夏、多分お前も関係していることだよ・・・。」

「あの、そんなにしみじみ言われても納得できないんだけど。」

 そう言われてもなあ。間違いなく一夏がらみの悩みで注意されたんだろうし。

「まあ、話ならメシ食いながら聞くから。とりあえず学食行こうぜ。」

「む・・・。ま、まあお前がそう言うのなら、いいだろう。」

「そ、そうですわね。行って差し上げないこともなくってよ。」

 チョロすぎるよお二人さん。まあ俺も付いていくけどね。

 この四名にまたクラスの女子達が数名くっついてきて、プチ行列状態で学食に向う。もはや昼の風物詩となった光景だ。

 券売機の前で、今日の昼飯に迷う。国際的なIS学園の学食は、各国出身の生徒をも唸らせるほど味が良い。俺もこっそり師事しているくらいだ。だがこの領域にはまだ達していない。いつか味を盗んでやろう。

 んで、今日は肉をたっぷり食いたい気分になったので生姜焼き定食(特盛)を購入。

 一夏は無難に日替わりランチ。箒はきつねうどん、セシリアは洋食ランチ。一夏はともかく、二人はいつもそれだな。飽きないのだろうか。せっかく美味いメシが揃っているのだから、もっと試してみれば良いのに。

「待ってたわよ、一夏!」

 どーん、と俺たちの前に立ちふさがったのは件の転入生、凰鈴音。俺たち幼馴染みからの通称は鈴。

 しかし一年程経っているがまるで変わらんなこいつ。主に見た目が。

「まあ、とりあえずそこどいてくれ。食券出せないし、普通に通行の邪魔だぞ。」

「う、うるさいわね。わかってるわよ。」

 その手には既にお盆を持っていて、ラーメンが鎮座していた。

「のびるぞ。」

「わ、わかってるわよ!大体、アンタを待ってたんでしょうが!なんで早く来ないのよ!」

 なんとも理不尽な言い草である。

 それと鈴さんや。俺は無視ですかい?少し寂しいぞ?

 とりあえず食券を『お姉様方』に出し、白飯も特盛にしてもらいました。

「それにしても久しぶりだな。ちょうど丸一年ぶりになるのか。元気にしてたか?」

「げ、元気にしてたわよ。アンタ達こそ、たまには怪我病気しなさいよ。」

「どういう希望だよそりゃ・・・。」

「あ、良かった。俺忘れられてなかった。」

「アンタを忘れられる人間はそういないわよ・・・。」

 どういう意味だそれは。

「あー、ゴホンゴホン!」

「ンンンッ!一夏さん?注文の品、出来てましてよ?」

 置いてけぼりを食らった乙女達のジェラシーも募りつつある。

 というかあれだな、一夏が絡むと俺って影が薄くなるのかな?

「この人数だ。向こうに空いてるテーブルがあるから席取っとくよ。」

 ここは一時避難だ。皆が来るまで一呼吸入れよう。

 と思ったが、案外早く鈴を含めた全員が揃った。

「鈴、いつ日本に帰ってきたんだ?おばさん元気か?いつ代表候補生になったんだ?」

「質問ばっかりしないでよ。アンタ達こそ、なにIS使ってるのよ。ニュースで見たときびっくりしたじゃない。」

「落ち着いて喋れ二人とも。飯食ってんだぞ。」

 なんだか懐かしいな。久しぶりにこの面子で話すの。

 俺も話したいことは色々あるが、今はそれどころじゃないだろう。

「一夏、そろそろどういう関係か説明してほしいのだが。」

「そうですわ!一夏さん、まさかこちらの方と付き合ってらっしゃるの!?」

 すごいストレートだなセシリア。

「べ、べべ、別にあたしは付き合ってる訳じゃ・・・。」

「そうだぞ。なんでそんな話になるんだ。ただの幼馴染みだよ。」

「・・・・・・。」

「?何睨んでるんだ?」

「なんでもないわよっ!」

 だめだこいつ。早く何とかしないと・・・。

「幼馴染み・・・?」

 箒が怪訝そうな声で聞き返す。しょうがないので補足しておこう。

「箒が転校したのが小四の終わり。小五に上がってから鈴が入れ替わるように転校してきたんだよ。それで中二の終わりに国に帰ったんだ。」

「そうそう。そういえば二人は面識が無かったんだよな。で、こっちが箒。ほら、前に話したろ?小学校からの幼馴染みで、俺の通ってた剣術道場の娘。」

「ふうん、そうなんだ。」

 鈴がじろじろと箒を見る。箒も負けじと鈴を見返してた。

「初めまして。これからよろしくね。」

「ああ。こちらこそ。」

 表面上は穏やかな挨拶だが、隠し切れない火花がバチバチと舞っていた。すでに戦いは始まっているらしい。ゴングが鳴った幻聴が聞こえたよ。

「ンンンッ!わたくしの存在を忘れてもらってはこまりますわ。中国代表候補生、凰鈴音さん?」

「・・・誰?」

「なっ!?わ、わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!?まさかご存じないの?」

「うん。あたし他の国とか興味ないし。」

「な、な、なっ・・・!?」

 鈴の言葉に顔を真っ赤にしておられるセシリア。プライドを大分傷つけられたのだろう。

「い、い、言っておきますけど、わたくしあなたのような方には負けませんわ!」

「そ。でも戦ったらあたしが勝つよ。悪いけど強いもん。」

 挑発とも確信ともとれる言葉。相変わらずだと思った。

 鈴のいう事にはいつも確かな自信があるのだ。その強気には、嫌味がまるで無い。それが事実と言わんばかりに真っ直ぐなのだ。

 まあ、だからこそそれに反論する人間もいるわけで。

「・・・・・・。」

「い、言ってくれますわね・・・。」

 それでも怒りを露にしない分、箒とセシリアは評価できる。不機嫌度は上がったようだがな。

 入学当時のセシリアならここで色々捲くし立てていただろう。

「一夏、アンタ、クラス代表なんだって?」

「おう。成り行きでな。」

「ふーん・・・。」

 どんぶりを持ってスープを飲む鈴。ヤダ、この娘男前すぎ・・・。」

「あ、あのさぁ。ISの操縦、見てあげてもいいけど?」

 一転、モジモジとして一夏を見る。ははぁ。訓練にかこつけて一夏に近づこうという魂胆か。

 普段はっきりした性格のくせに、一夏絡みになるとたまにしおらしいんだからな。

 

 あーもういいや。俺蚊帳の外だし。飯食っちまおう。

「志垣くん良いの?志垣くん抜きで幼馴染み達が話進めてるよ?」

「いいんだよ、俺なんて端から眼中に無いんだから・・・。」

 流石にちょっといじけるぞ。

「まあまあ。アタシのデザート一口あげるから元気出して。」

 うぅ、立花は優しいなあ。

「あ、沙紀抜け駆け・・・。」

 ん?嶋田何か言ったか?

 色々騒々しかったが、結局箒とセシリアの操縦訓練が優先されることになったらしい。

 今日の俺、本当に空気・・・。




今回はサブキャラ紹介・・・といっても名前と簡単な見た目だけですが。
いつかちゃんと紹介できたら良いな。
二人はルームメイトです。


立花沙紀(たちばな さき)・・・ショートカットの垂れ目。152cm。整備科専攻。

嶋田萌(しまだ もえ)・・・サイドテールの釣り目。160cm。整備科専攻。


今回オリジナル要素がほとんどありませんでしたが、次回以降はもっとオリジナル要素を入れていきたいなあという希望があります。


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忍び寄る影(笑)と下らねぇ・・・

順当に前書きのネタが無くなってきたとです。


 さてさて、鈴が編入してきて賑やかになりそうなんだが、最近視線を感じる。

 いまだに好奇の視線に混じり、男がここにいることに対する敵意を感じ取っていた。 が、それとも違う。俺を観察するような気配だ。

 向こうは上手く隠しているつもりだろうが、『気』が隠しきれていない。だが、堅気でも無さそうだ。

 ・・・そろそろ鬱陶しいので今日はコンタクトをとってみようと思う。

 学校が終わった後、少しづつ人混みから離れ、校舎裏に誘導する。相手もそれを理解したのか、気配を隠さなくなってきた。

 ふむ、そろそろ良いか・・・。

 

「この辺りでいいだろう、追跡者さん?」

「あら、やっぱり気付いていたのね。」

 

 振り返るとそこには、水色の髪をしたスタイルの良い、控えめに言っても美人な女子が立っていた。

 その顔には見覚えがあった。二年生でありIS学園の生徒会長、そしてロシア代表に選ばれた実力者、更識楯無だ。ん?更識?

「いつごろから私の尾行に感づいていたの?」

 口元を扇子で隠しながら聞いてくる。その扇子には『疑問質問』と書かれていた。

「いや、貴方ほどの実力者が気配を隠していたら、逆に不自然なんですよ。」

「あらそうだった?それは失礼♪」

 分かっててやってたか。喰えない人だ。

「ところで生徒会長様が、俺に何か御用で?」

「そう身構えないでよ。大した用じゃ、いえ、大した用かも。」

 更識先輩は扇子をパシンと閉じる。その刹那、右の手刀を繰り出してきた。

 殺気は感じなかった。だが、この程度の速度では捉えられる。

 左手でその手刀を受け止める。

 その後に放たれた左ハイキックを右腕で止める。

 受け止めた攻撃をそのまま受け流し、回転させるように投げる。柔術の応用だ。一応『あの人』から力任せ以外の戦い方、相手のいなし方も伝授されている。

 更識先輩はその投げに逆らわず、その場で一回転し着地する。ちらりとスカートの中が見えた気がするんだが気のせいだ。俺は知らんったら知らん。

「良いわね。よく反応したわ。」

「よく言いますよ。全然本気じゃないくせに。」

 今の一瞬で、彼女がほとんど手を抜いているのは理解できる。

 聞いた所によると、IS学園の生徒会長は学園最強の証でもあるらしい。

 そんな最強様が、こんな子供騙しの芸当に本気で返し技を使ってくるとは思えない。

 まあ、本気だったとしても簡単には負けてはやれんけどね。

「挨拶は終わり。ちょっとした試験のつもりだったけど、貴方は合格ね。」

「合格?」

「ええ。自衛できるかどうかの試験。」

「自衛なんて今までもやってましたが?」

「そういう意味じゃないのよねぇ。」

 先輩が広げた扇子には『専守防衛』と書かれていた。・・・あの扇子、取り替えたところを見ていないんだが、どうやって文字を変えた?触れてはいけないことなのか?

「貴方、それと織斑一夏くんは世界でも貴重な男性操縦者。それは理解しているわよね。」

 そりゃもう。ここに来る前に「モルモットにならないか?」なんて言われたこともあるぐらいですから。

「貴方達を狙っている人物や組織、国家はそれこそ山のようにいるの。そんな連中から、大事な大事な二人を護るのが私のお仕事ってわけ。」

「お仕事?あなたは一体?ただの女子高生とは思えませんが。」

「ん~。貴方には教えておいても良いかな。簪ちゃんのこともあるし。」

 そう前振って、更識先輩は告げた。

「更識家は日本の影の部分。対暗部用暗部。私はその現当主なのよ。」

 暗部。つまり汚れ仕事や各国のスパイ対策のようなものか。現代の忍と言うべきか。(この比喩が正しいか分からんが)

 道理で俺の柔術に軽く反応できたわけだ。相当鍛えこんでいる。

「あら、驚かないのね。」

「もう何があっても驚きませんよ・・・。いや、驚けないと言うべきかな、はは・・・。」

「貴方も結構苦労してるのね。」

 そんな哀れみの眼は要らん。

「とりあえず、貴方の護衛は今のところ必要無さそうね。一夏くんには機を見て接触してみましょう。」

「あぁ、アイツには必要かも知れませんよ。今のところ弱いですし。」

「あら辛辣。でも今のところという事は。」

「ええ。化けますよ、アイツは。」

 一夏の強さは心の強さだ。そしてそれは今はダイヤの原石だと思う。磨けば磨くほど、アイツは輝く。俺はそう確信している。親友贔屓かな。

「そう。なら今後の彼の活躍に期待ね。ところで、もう一つ、お願いがあるんだけど。」

 先程までと違い、どこか様子が変だ。歯に何か詰まったような物言いというか。

「そういえば、さっき簪ちゃんって呼んでましたけど、もしかしてお二人は。」

「え、えぇ、あの子は妹なの。」

 やっぱりか。性格は全然違うけど、どこか面影がある。

 だが、簪がどうしたのだろう。

「今からする私のお願いに、ハイかYESで答えてね。」

 やめてくれ、アンゼロットを思い出す台詞はやめてくれ。

「どうか、妹をお願い!」

「・・・はい?」

 

 

「つまり、簪の友達になってやってくれ、と。」

「そう。そうなのよ。」

「何故に俺に?」

「貴方を観察していて、その紳士的な態度を信じてみる事にしたわ。」

「喧嘩は買うって明言した男ですよ。」

「でも自分から揉め事を起こした事は無いじゃない。」

 あー言えばこー言う。

 しかし何故更識先輩はそんな事を言い出したのだろう。

「ほら、あの娘、ちょっと暗いでしょ。」

 結構ズバッと言うな。

「それでまともに会話する人間なんて貴方か本音ちゃんくらいのものよ。だから、貴方の存在は貴重なの。」

「いや、姉妹なんだから相談事に乗るとか、色々あるでしょう。」

「う、そ、それは・・・。」

 はい確定。この姉妹訳ありだわ。

 何で俺の周りの『姉妹』はこう面倒事を抱えているんだか。

「別に簪が嫌いなわけじゃないんでしょう?」

「そんな事あるわけないじゃない!!」

 初めて怒鳴られた。ついでに扇子には『妹魂上等(シスコンじょうとう)』の文字が。

 深くは突っ込まないけど、何をやらかしたんだか。

 しかし友達になってくれ、ねぇ。

「先輩。その話、言われるまでもありませんよ。」

「・・・どういうこと?」

 視線に殺気が篭る。答え次第では殺す、と言わんばかりだ。

「俺は彼女とはもう友人のつもりです。最近は少しづつ会話も増えてきましたし。」

「・・・そう。」

 何だか複雑そうな、悔しそうな顔をする。

 俺はどう答えれば良いんだよ。

「それにしても、よくそんなクサい台詞が言えるわね。意外と気障?」

「キザでもギザでもないですよ。俺は真実を言ったまでです。」

 自分でもちょっと恥ずかしいけどな。

「そう。それじゃあ、簪ちゃんのこと、よろしくね。」

「うい。任されました。」

 そう言うと、先輩は校舎裏を後にした。

 さて、あとはもう一人だな。そろそろ出てきてもらおうか。

「話は終わりましたよ、織斑先生。」

「ふ、私の気配にも気付いていたか。やはりな。」

 

 

---楯無side---

 私ったら、初対面の相手に大事な妹を任せようだなんて、血迷ったかしら。

 でも、彼の左眼はとても澄んでいた。見ているこっちが安心してしまうほどに。

 それに、本気で戦ったら、正直勝てるかどうか分からない。そんな底の知れない強さを秘めている。

 いつか一夏くんと一緒にISの訓練をするのも良いかもしれないし。

 それにしても、彼って本当に十五歳なのかしら?

 年齢不相応に落ち着いてるわ。

 今はまだ要観察ね。

------

 

 

「で、更識はどうだった?」

「強いですね。でも、どこか甘さが見えた。」

 おそらく試合では良い勝負が出来るだろう。

 だが、『何でもあり』の『殺し合い』では、俺が勝つと断言できる。

 あの人の心にはまだどこか隙があるような気がする。

「しかし俺の知り合いは訳ありばかりですね。どんな星の下に産まれてきたんだか。」

「『類は友を呼ぶ』と言うぞ。」

 どこか楽しそうに言う織斑先生。それなら、俺の姉代わりの貴女が一番の変わり者と・・・。

 ギロリと睨まれた。だからなんで考えてる事が解るんだよ。

「お前の人物眼は意外と馬鹿に出来ん。お前が言うなら更識は甘いのだろう。まあ、私から見れば奴もまだまだひよっこだがな。」

 おお厳しい厳しい。

 さて、俺はそろそろ帰るとしますかね。

「では先生。今日はこれで失礼します。」

「ああ。でわな。」

 踵を返し、立ち去る俺の背中を、織斑先生はじっと見つめていた。

 そういえば、なんであそこに居たんだろうか。

 

 

 

 時間は夜。夕食も済ませ、次は何を作ろうかと考えていた所だった。

「簪、何か食べたいものあるか?」

「いつも思うけど、旺牙はなんで色々作れるの・・・?」

 ・・・趣味だから?

 なんて会話をしていると、ドンドンドンッ!とドアが乱暴にノックされる。

 こんな時間に誰だよ、とブツクサ言いながら応対する。

 ドアを開けた先にいたのは、先程のノックとは対照的にしゅんとした鈴だった。

「・・・何やってんだお前。」

「・・・ちょっと話聞いて欲しくて。」

 はぁ。どうせ一夏と喧嘩したとか、そんなところだろう。

 昔から鈴は一夏と何かあると俺に相談してくる。

 面倒だと思ったことは無いが、最後は惚気話になるので少し気が滅入る。

「とりあえず入れよ。簪ー、ちょっと客が来たけどいいよな?」

「え、あ、う、うん・・・。」

「・・・。」

 

 

「ほいよ、アイスティーとプリンくらいしか無かったけどいいかな?」

「あんたってホント・・・。お菓子職人にでもなれば?」

 おいおい。俺の進路希望は町工場だったんだぜ?

 簪は自分のベッドに座ってチラチラこちらを見ている。

 鈴は椅子に座らせ、その対面に俺も座る。これが一年前までのよくある光景だった。

 さて、今回はどんな相談なのやら・・・。

 

「織斑一夏・・・。馬に蹴られて死ねば良いのに・・・。」

「辛辣だな簪。だが今回は俺も擁護できない。」

「でしょ!?あいつったら本当にもう最低!」

 鈴が怒るのも無理はない。

 織斑一夏。我が親友。アイツは鈴の一世一代の勇気を勘違いしてとらえていたのだ。

『毎日酢豚を食べてくれる?』を『毎日酢豚を奢ってくれる』と解釈。

 いやいやいや。ありえないだろう。

 女の子が毎日ご飯を作ってくれる。日本風に言えば『味噌汁を作ってくれる』と言うのは、もはや告白だ。

 そんな約束をそんな風に間違って覚えているのは日本中、いやさ世界中を探しても一夏ぐらいなものだろう。

 あの馬鹿・・・、余計な問題を起こしやがって。

「しかし鈴よ。アイツがどこまでも朴念仁なのはお前も知ってるだろう。」

「でも今回のは流石に頭に来たの!」

 こいつはこいつで意固地だからなぁ。頭に血が上ってるうちは何言っても聞かないか。

「あ、このプリン美味しい。あんたまた腕上げたわね。」

「アップダウンが激しいのも相変わらずだな。」

 ちょっとお兄さん呆れるよ?

「とにかく!あたしは怒ってるの!聞いてる!?」

 はいはい聞いてますよ。

 まったく下らねぇ・・・。痴話喧嘩は当人だけでやってほしいよ。

 それに首突っ込む俺も俺か。

「そんなに気に入らないなら、今度のクラス対抗戦でその怒りをぶつけてみれば良いんじゃないか?体動かしたほうがお前もすっきりするだろ?」

「・・・それもそうね。よーし!一夏の奴、ボコボコにしてやるんだから!」

 一夏と当たるまでどっちも負けないと良いな。

 なんてこと言っても無駄か。こいつの自信家ぶりはセシリアに匹敵する。

「そうと決まれば力着けないと!旺牙、プリンお代わり!」

「あ、旺牙・・・その、私も。」

「はいはい畏まりましたよお嬢様方。」

 女子は甘い物が好きだねぇ。

 

 翌日、生徒玄関前廊下に大きく張り出された紙があった。

 表題は『クラス対抗戦日程表』。

 一夏の相手は、鈴だった。

 神よ、貴方も下らねぇ運命を下さる。




人物紹介コーナー

アンゼロット・・ファー・ジ・アースの守護者。見た目は可憐な美少女だが神々の使徒であり、ウィザード達に様々な無茶振・・・使命を与える。とても『イイ性格』をしている(ここでは書ききれないほど酷い場合もある)。


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難しい問題たち

連日猛暑でお体は大丈夫ですか?
自分ですか?すでに溶けかけてますよ、脳ミソが。

かと思えば各地で大雨。もうどうなってんでしょうね。


 あの人、更識楯無先輩との邂逅から、どうも簪の様子が気になってしかたない。

 別に「惚れました」とかじゃない。なんというか、放って置けなくなってきた。

 だが今までの生活からして、彼女は必要以上の干渉を嫌う傾向がある。菓子やアニメ話で釣ってみるのも手かと思ったが、あまりにも不自然すぎる。

 どうしよう。いっそのこと直接聞いてみるか、「お姉さんと何があった」って。

 いやいや出来るわけないよなぁ。明らかにデリケートな問題だし、もし核爆弾級の地雷だったら俺の今後の生活にも関わる。最悪命にも関わるかも知れん。

 ああもう。どうしたらいいんだ!先輩、あんた妹さんにどうなって欲しくて俺に頼んだんだよ!

「旺牙、どうしたの?何か変な物でも食べた?」

「いえ、何でもございません。」

 何故敬語なんだ俺よ。

 それと簪、俺も子供じゃないんだから、そんな聞き方は無いんじゃない?心配してくれているのは正直嬉しいけど。

「そ、そういやもうそろそろだよな、クラス対抗戦。四組の専用機持ちってたしか簪のことだろ?気合いの方は入ってるのか。」

「・・・私の機体、まだ完成してないから。」

 はいこれも地雷でしたー。この娘には一体何個の地雷があるの!?何を会話の切っ掛けにすればいいの!?教えろ神様仏様。

「代表候補生の機体が未完成って、どういうことだよ。」

「私のIS、倉持技研で作られてた。だけど・・・。」

 倉持技研?どこかで聞いたような?

 ああ確か白式の開発も倉持技研だったか。

 んん、話が見えてきたぞ。つまり希少な男性操縦者の機体とデータを優先して、肝心な簪のISを疎かにしているってことか。

 それで一夏の話題になると妙に刺々しくなったわけだ。ちょっと八つ当たりっぽいけど、大事な自分の相棒を放っておかれたら誰だって怒るわな。

「今は私が預かってる。打鉄弐式は私が完成させなくちゃいけないから。」

「おいおい、学生が一人でISを作ろうってか?流石に無茶だろう。」

「それでも、私がやらなくちゃいけないの。そうじゃないと、追いつけないから・・・。」

 追いつけないか。それが誰だか、何となく想像がつく。

 楯無先輩。あんたと簪の間に、一体何があったんだ。こりゃ意外と根深い問題みたいだぞ。

 だからなんで俺の周りの人間は家族で問題を抱えているんだ。なんだ、俺はそういう星の下に生まれてきたのか?

「まあ何だ。俺じゃ力不足かも知れないが、何かあったら相談しろよ。」

「・・・うん。ありがとう。」

 表情は暗いままだが、簪はそう言って頷いた。

 はてさて、どうしたもんかね。

 

 

 

 

「一夏、やっぱりお前は防御を考えるより攻撃に向いている。てか考えるな。」

「そんなに駄目か?旺牙流の防御術を覚えるの。」

「機体の性能差が在り過ぎる。俺のは我流で、他人に教えるには不得手。あと、数日で何とかできるという考えが甘すぎる。」

「うぐぅ・・・。」

 あれから数週間。今俺達は第三アリーナに向っていた。メンバーは俺、一夏、箒、セシリアの四人。

 最初は俺は訓練に参加するのは辞退していたのだが、一夏から防御と近接戦闘について教えて欲しいと言われ、今に至る。

 何故辞退していたのか。だって箒とセシリアの視線が怖いんだもの。一夏の懇願が無ければ俺殺されてたんじゃないか?

 とは言うものの、一夏と白式は防御に向いてない。それより機を見て『零落白夜』で攻撃した方がよっぽど良い。

「だから私がいつも言っているだろう。お前は『私の指導で』剣を振っていればいいんだ。」

「あら、剣術だけで勝ち抜けるほど甘い世界では無くてよ。やはり中遠距離対策を考えた方が建設的ですわ。」

「白式には射撃武器が無いだろう。意味の無い事を教えるな。」

 まったくこの二人は。

「お前ら、いい加減仲良くしろよ。一夏の前だぞ。」

 そう言っても。

「「だってこいつが(この方が)」」

 ときたもんだ。やれやれだぜ。

 そろそろ本当に仲良くして欲しいものなんだがな。主に俺の胃のために。

「なあ旺牙。あの二人ってなんであんなに仲悪いんだ?」

「サアナンデデショウネ?」

 こいつはこいつで・・・。もうどうしようもないな。

 さて、アリーナに着いたな。

 時間は有限なんだ、それこそ有意義な練習にしないといけない。

 一夏がドアセンサーに触れ、開放許可が下りる。

 バシュッと音を立ててドアが開いた先には。

「待ってたわよ、一夏!」

 妖怪ツインテール猫娘が現れた!どうする?

 

 たたかう

⇒にげる

 

 ざんねん、逃げられない!

 ハッ!?俺は今何を!?

 面倒な状況に現実逃避してしまうところだった。

 ああ、妖怪乳入道と金髪ロールの機嫌がさらに悪くなったよ・・・。

 グオッ!?殺気!振り向きたくねぇ!

 ああ、早く帰って簪とアニメトークがしたくなってきた。

 今日のお茶請けは何が良いかなあ、ワッフルなんてどうだろう。(完全な現実逃避)

「貴様、どうやってここに」

「ここは関係者以外立ち入り禁止ですわよ!」

 セシリア、箒の台詞取らないであげろよ。

 鈴は鈴で「はんっ」と挑発的な笑いとともに、自信満々に言い切った。

「あたしは関係者よ。一夏関係者。だから問題なしね。」

 違う、そうじゃない。間違ってないけど間違ってる。

「ほほう、どういう関係かじっくり聞きたいものだな・・・。」

「盗っ人猛々しいとはまさにこのことですわね!」

 ほら二人とも切れちゃった。しかし箒、口元をぴくぴくさせるのは止めてくれ。恐ろしすぎる。

 これなら侵魔と戦っていた時の方が怖くなかった。今はなんだか変な汗が出てきた。

「お前達・・・、おかしなことを考えているだろう。」

 なぜ解る。

「いえ、なにも。人斬り包丁に対する警報を発令しただけです。」

 バカ一夏ッ!何故正直に言葉を発した!?

「お、お前というやつはっ!」

 一夏に掴みかかろうとする箒を鈴が邪魔する。

「今はあたしの出番。あたしが主役なの。脇役はすっこんでてよ。」

「わ、脇やっ!?」

「はいはい、話が進まないから後でね。・・・で、一夏。反省した?」

「へ?なにが?」

「だ、か、らっ!あたしを怒らせて申し訳なかったなーとか、仲直りしたいなーとか、あるでしょうが!」

「いや、そう言われても・・・鈴が避けてたんじゃねえか。」

「あんたねえ・・・じゃあなに、女の子が放っておいてって言ったら放っておくわけ!?」

「おう。なんか変か?」

 即答ですか一夏くん。

 まあ俺も更識姉妹や篠ノ之姉妹に首突っ込んで行動も答えも出てないんだから人のこと言えないよなあ。

「変かって・・・ああ、もうっ!謝りなさいよ!」

 駄目だよ鈴。こいつ理由もなにも理解出来てないし、変なトコで意固地だから絶対謝らないって。

「だから、なんでだよ!約束覚えてただろうが!」

「あっきれた。まだそんな寝言言ってんの!?約束の意味が違うのよ、意味が!」

 ああ本当に帰りたい。傍から聞いたら犬も食わないなんとやらだ。

 蚊帳の外の箒とセシリアのイライラもさらに増してきていて怖いったらありゃしない。

 高校生ですが、友人達の空気が最悪です。誰かなんとかしてください。

「あったまきた。どうあっても謝らないっていう訳ね!?」

「だから、説明してくれりゃ謝るっつーの!」

「せ、説明したくないからこうして来てるんでしょうが!」

 まああれですよね。告白しましたなんて妙なところで恥じらいがある鈴に説明できるわけ無いですよね。

 いや、誰だってプロポーズの説明をしろって言われたら困るか。

「じゃあこうしましょう!来週のクラス対抗戦、そこで勝った方が負けた方に何でも一つ言うことを聞かせられるってことでいいわね!?」

「おう、いいぜ。俺が勝ったら説明してもらうからな!」

「せ、説明は、その・・・。」

 ああああああああぁ、もどかしい!もどかしいったらない!

 俺がもっと無神経だったらここで言っちまうのに!自分が憎い!いや、やっぱり自分がかわいい。まだ死にたくない。

「なんだ?やめるならやめてもいいぞ?」

 一夏は親切心で言っているのだろうが、それでは挑発だ。

「誰がやめるのよ!あんたこそ、あたしに謝る練習しておきなさいよ!」

「なんでだよ、馬鹿。」

「馬鹿とは何よ馬鹿とは!この朴念仁!間抜け!アホ!馬鹿はアンタよ!」

 二人ともヒートアップしすぎてレベルが小学生以下になってるぞ。

「うるさい、貧乳。」

 あ、やべ。胸のことはタブー・・・。

 ドガァァンッ!!!

 突然の爆発音、そして衝撃で部屋全体がかすかに揺れた。鈴の右腕は、その指先から肩までがIS装甲化していた。

 鈴が壁を思いっきり殴った衝撃だ。だが、拳は壁に届いていない。それほど陥没しているのだ。

「い、言ったわね・・・。言ってはならないことを、言ったわね!」

 ヤバイ!沸点が完全に天元突破している!

「い、いや、悪い。今のは俺が悪かった。すまん。」

「今の『は』!?今の『も』よ!いつだってアンタが悪いのよ!」

 破綻している理論だが、何を言っても聞かないだろう。現に。

「お、おいおい。ちょっと落ち着けって。」

「なによ!旺牙はすっこんでて!!」

「・・・はい。」

 俺弱ー。でもしかたないじゃないか、怖いんだもの。

「ちょっとは手加減してあげようかと思ったけど、どうやら死にたいらしいわね・・・。いいわよ、希望通りにしてあげる。全力で、叩きのめしてあげる。」

 最後に、今まで見たことのない鋭い視線を一夏に見舞い、鈴はピットを出て行った。

 あれは完全に殺気全開、試合の日は全力全壊という雰囲気だった。

 鈴が殴った跡を見ると、直径三十センチほどのクレーターが出来ていた。特殊合金製の壁であるにも関わらず、だ。怒り補正抜きに見ても、凄いパワーだ。

「・・・パワータイプですわね。それも一夏さんと同じ、近接格闘型・・・。」

「だな。」

 冷静に状況と性能を思案しあう俺とセシリア。その横で、一夏は俯いている。大方自分が言ったことを後悔しているんだろうが。

「一夏。」

「・・・なんだよ旺牙。」

「・・・この租○ン野郎。」

「グハァッ!?」

 一応の仇は討ったぞ鈴。

 

 

 

 

 

「ってことがあったのよ!」

「・・・織斑一夏、女の敵。」

 その晩、鈴が部屋に乗り込んできた。

 と言うより、あの日から何度かやってきてはお茶とお菓子を食って簪と雑談(という名の一夏への文句)をして帰っていく。俺の簪に対するフォローも知らずにな!台風かこいつは。

 つか二人とも、妙に仲良くなってないか?

「旺牙ー。お茶お代わりー。」

「はいはいお嬢様。簪はどうだ?」

「あ、なら私も。」

 世の給仕さんは大変だな。

 

 

 俺がお茶のお代わりを淹れてくると、二人とも何か話していた。

「あいつあれで結構モテてたわよ。見た目は厳ついけど気配りは出来るし、料理は出来るし優しいし。自分以外のために怒れるタイプだから、少なからず人気はあったわね。」

「ふーん・・・。」

「なになに、あんたアイツに気があるの?」

「そういうわけじゃ、ないけど・・・。」

 なにやら鈴が一方的にきゃいきゃい言ってる。一体なんの話だろう。よく聞いてなかったから分からん。

 まあ碌な話じゃないだろう。

「それにしても、簪も胸のことで悩んでたのね・・・。解るわ。」

「私の周り、みんなスタイル良いから、それで、ね。」

「あたしからすると簪も悪くは無いんだけどね・・・。」

 ホントにくだらない話だった!なんて言うと殺されるから絶対に言わないけど。

「ほい、お茶お待たせ。お前ら随分仲良いな。何があった?」

「別に。人間友達になるのに理由はいらないでしょ。ね、簪。」

「うん、鈴。」

 名前どころかあだ名かよ。まあ簪に友達が増えて、お兄さん嬉しいよ。

 

「う~ん。今日はこのぐらいにしておこうかしらね。じゃ、またね旺牙、簪。」

「おう、またな。」

「お休み。」

 ふ~、ようやく帰ったか。今日は結構長居していたな。俺は別に良いけど、簪が鈴を受け入れてくれたのはやはり嬉しい。こんな時に鈴のはっきりした性格が吉と出たか。

「旺牙は鈴と織斑一夏、どっちを応援してるの?二人とも幼馴染みなんでしょ?」

「俺は基本中立なの。大事だろ、そんな立場の人間って。」

「そう、なの、かな。」

 少し難しい事かな。なに、いつか解るさ。

「ところでお前ら、夜にお菓子食ってよく太らないな。」

「・・・太ってたら旺牙の所為だからね。」

 まあ、そうなるな。




皆様、体調には気をつけましょう。
水分は取れていますか?こまめに水分補給をしましょうね。
食事もしっかり取りましょう。

自分はガンプラ作りに夢中になって頭が痛くなるまで水分を取りませんでした。
こんな人間にならないよう、注意してね。


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動き出す運命

猛暑が続く中、皆様体調は大丈夫ですか?
熱中症には気をつけてください。命に関わりますぜ。



 

 夢を、見ていた。紅い夢。

 一夏が、箒が、セシリアが、鈴が。

 簪が、本音が、立花が、嶋田が、千冬さんや束さん達が。

 血の海の中に倒れている。

 皆苦悶、絶望、痛みの顔に歪んでいる。

 その中心に立つのは、血塗れの俺。

 天高く輝くは、紅き月。侵魔の証。

 赤い水面に映る俺の顔は、牙を剥き、三日月のように口を歪めて・・・。

 

 

 

 

 

「はあっ!?」

 そこで目を覚ます。

 なんて夢だ・・・。

 ここしばらくで最悪の朝だ。

 なぜあんな夢を見たのだろう。

 俺は、人間だ。たとえ『凶獣』と呼ばれようと、俺はウィザードだ。

 紅い月の下で、あのように嗤うなど・・・。

「くそったれ!」

 こんな時はトレーニングだ!汗を流して忘れよう。

 ただでさえ今日は大事なクラス対抗戦。あいつらの決着の日だ。

 俺がしっかり見届けないでどうする。

 

 

 いつもより長めのトレーニングを終えると、既に簪はいなかった。彼女はいつも何処に行っているのだろうか。

 

 

「旺牙さん、顔色が優れないようですわよ。なにかありまして?」

「・・・夢見が悪かったんだ。あまり詮索しないでくれ・・・。」

 セシリアが心配そうに尋ねてきてくれる。箒も口には出さないがこちらを見ていた。

 その気持ちはありがたかったが、今はそれに応える余裕が無かった。

 トレーニングを終えてもシャワーを浴びても、飯を食っても気が晴れない。

 こんなことは初めてだった。

 どうしちまったんだろうな、今日の俺は。

 アリーナでは一夏と鈴がISを纏い対峙している。

 鈴のIS、甲龍といったか。随分と攻撃的なフォルムだ。

 非固定浮遊部位がやけに特徴的だが、もしかしたらあれが例の。

『それでは両者、試合を開始してください。』

 ピットの中にいる俺達にもアナウンスが聞こえる。

 瞬時、白式の雪片弐型と甲龍の異形の青龍刀『双天牙月』が交差する。

 はじけ飛ぶ白式、だがそこはセシリア直伝の三次元躍動旋回で持ち直した。

 その直後である。白式が見えない何かに『殴られたように』地表に打ち付けられた。

「なんだあれは・・・?」

 モニターを見ていた箒が呟く。

 それに答えたのは俺とセシリア。

「あれが『龍咆』か。」

「ええ。『衝撃砲』ですわね。空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃それ自体を砲弾化して撃ち出す。」

 ブルー・ティアーズと同じ第三世代型兵器ですわと続いた言葉は、もう箒には届いていないだろう。

 おそらく一夏のことを心配しているのだろう。

 まったく、普段からこうしおらしかったら可愛げがあるのに。いや、それではもはや箒ではない別人になってしまうか。

「しかし一夏はよく避けてるな。」

「おそらくハイパーセンサーに空間の歪み値や大気の流れを探らせているのでしょう。でもそれもいつまで続くか、解りませんわ・・・。」

 セシリアも一夏を心配し、言葉を詰まらせる。

 バカヤロウ。よく見ておけ。あの馬鹿は調子にも乗りやすいが、追い詰められてからが本番の男だ。

 なんのためにこの一週間で『瞬時加速』を覚えさせたと思っているんだ。

 そして、遂にその瞬間がやってきた。

「往け!一夏!」

 ズドオオオオンッ!!!

 なんだ!?何が起きた!?ピットにすら衝撃が伝わる何かが、アリーナに入ってきた。ISと同じ遮断シールドで覆われたアリーナに、である。

 煙が晴れたそこにいたのは、俺の凶獣と同じ『全身装甲』のISのようななにかだった。それが一夏たちを攻撃し始めたのである。

 一体何が起こってやがる!?

 その時、俺の携帯が鳴り出す。相手は『マイラブリーエンジェル束さん』。

 正直無視したかったが、勘がその電話に出たほうがいいと告げていた。

「はい、旺牙です!束さん、今ちょっと大変なことが」

『おーくん!!大変だよ!束さんが作ったゴーレム、誰かにコントロールを奪われちゃった!』

 はあっ!?あんたが作った!?なんでんな妙なモノを・・・ってそんな場合じゃない!

「あんたが作ったモンのコントロールが簡単に奪われてたまるかよ!」

『そういってもウンともスンともいわないんだよ~!』

 こんのトラブル兎さんが!今度会ったら御仕置きだべ!

 ん?まてよ。」

「束さん。コントロールがどうこうってことは、今降ってきたISみたいなの、無人機か!?」

『え!?おーくんたちの所に行ってるの!?』

「絶賛一夏が襲われてます!なんとかならないんすか!?」

『そ、そんなこと言われても全然言う事を聞いてくれなくて。』

 言葉の応酬をしていると、辺りが騒がしくなっている。

 やれ隔壁がロックされている。やれ一夏と鈴が戦う。やれ織斑先生が砂糖と塩を間違えた。って最後の何だよ。

「すいません、話は後で!今は目の前の事を解決しないと!」

『あ!おーくん』

 そう言って電話を切る。

 モニターを見ると、逃げ遅れたのであろう生徒達が観客席から隔壁に殺到している。

 不味い。かなりパニックになっている。こうしちゃいられない。

「志垣。何処へ行く。」

「俺に出来ることをしに行くだけです。叱責は後で。」

 

 

 三年生達が隔壁の開放に躍起になっているが、あのISもどきのハッキングで中々上手くいっていない。これ以上長引くと、取り残された生徒達に被害が及ぶかもしれない。

 手段は選んでいられないか・・・。

「先輩方、下がっていてください。」

「え、志垣くん?なにを・・・」

「先生にも言いましたが叱責は後で。はああああああぁっ・・・。」

 気を右足に込める。さて、修理代はいくらかね・・・。

「ドラアッ!!」

 隔壁に向って『一閃』。扉が大きく凹む。これで隙間が出来た。

 その隙間に両手を捻じ込み、思い切り左右に引いた。

 嫌な音を立て、隔壁が勢い良く開いていく。

「今だ!ここから外へ!」

「し、志垣くん・・・」

 呆然とする三年生を他所に、避難誘導を始める。

 あらかたの生徒が避難したところで、俺もアリーナに飛び込む。

「一夏ぁっ!」

 突如アリーナに声が響いた。中継室のほうに顔を向けると、箒がいた。あいつ、ピットにいないと思ったらあんな所に。

「男なら・・・男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!」

 再びアリーナにハウリングする箒の声。馬鹿!そんな目立つことをしたら!

 案の定、ISもどきは中継室に興味を持ったように箒の方を見つめていた。

 一夏と鈴はさせじと攻撃態勢に入る。

 一夏が甲龍の衝撃砲のエネルギーを使い『瞬時加速』を行った事には驚いたが、その無茶が功を成し一気にISもどきに接近。『零落白夜』で切り裂いた。

 それでも僅かに動く敵機を、セシリアが的確に狙撃。ISもどきは機能を停止した。

 やれやれ。俺の出る幕は無かったな。俺も怒られるだろうが、無茶をした一夏と箒は俺が直々に説教してやる―

 

 

 ゾクンッ

 

 

 一瞬、悪寒が走る。この感覚、覚えがある。前世で何度も味わったあの感覚だ。

「なんで!?なんで外に出られないの!?」

「壁が!目に見えない壁があるの!」

「嫌ぁ・・・。もう嫌ぁ・・・。助けてよ!」

 まだ避難しきれていなかった生徒達の声。それだけじゃない。

「え?なんで私達、ここにいるの?」

「外にいたはずなのに・・・。」

 既に避難していた生徒や三年生の先輩方がアリーナに現れていた。

 この現象、まさか!俺は空を見上げる。

 そこには、この世界ではありえない物があった。

 なぜだ・・・。なぜなんだ。なぜ空に。

 

「何で!紅い月が昇っているんだ!」

 

 

「ホッホッホッ。それはここがわたしの月匣内だからですよ。」

 

 アリーナの中空に気配を感じた。忘れる事のできない、嫌な気配。

「馬鹿な・・・。何故お前のような存在がここに居る・・・。」

 居るわけがない。だってここは、ファー・ジ・アースではないのだから。

「答えろ!何故貴様がここにいる!侵魔!」

 そこには、二メートルを越える、仮面を被り杖を持った魔導師然とした痩せた男、侵魔がいた。

 

「貴方には言われたくありませんね、ウィザード。もっとも、貴方のお陰でわたしたちはここにいると言っても過言ではないのですがね。」

「どういう・・・ことだ・・・。」

 この世界に侵魔がいるはずがない!この十五年間、気配も感じなかったんだぞ!

「気配を隠して行動する事など、わたしたちにとっては造作もないこと。まぁ、これからはその必要もないのですがね。」

「何を言っている!」

「ホッホッホッ!元気が有り余っているようですね。」

 目の前の侵魔は飄々と俺の言葉を受け流す。

 駄目だ。冷静になれ。奴のペースに飲まれるな。

「自己紹介が遅れましたね。わたしは偉大なる母、大魔王にして覇王ジーザの率いられる覇王軍が軍師『賢きトルトゥーラ』。覚えなくとも良いですよ。ここで貴方方には死んでいただきますので。」

 覇王?聞いたことが無い。俺の知らない侵魔か?

 それに貴方、方だと。

「貴様、俺が相手じゃないのか!」

「ご冗談を。侵魔が人間のプラーナを奪うのは当然の事。それに・・・。」

 そう言って侵魔、トルトゥーラといったか、は一夏を見た。仮面を被っているためその表情は読めない。だが、そこに悪意があることだけは分かる。

「邪魔者には早々にご退場いただかなければなりませんからね。」

 邪魔者?俺だけではないという事か?だがこの場にウィザードは俺しかいないはず。

「さぁ、お客様もいらっしゃるのです。盛大なパーティにいたしましょう。」

 そう言うとトルトゥーラは指を鳴らした。

 するとアリーナに山羊の頭を持つ異形が現れた。

 レッサーデーモン!?それも二十体!

「ひっ!?なにこれ!?」

「ヤダッ!来ないで!」

 下級悪魔とはいえ、普通の人間にとっては脅威だ!

 早く倒さないと!

「おっと。こちらも忘れないでください。」

 奴が、既に力を使い果たしている一夏と鈴に指を向ける。すると。

「う、うわあああああああああっ!!」

「ヤ、ヤダヤダヤダヤダァ!?」

「一夏!鈴!貴様、二人に何をした!」

「少し脳を弄っただけですよ。お二人とも、色々苦労なされているようで、それを少し過敏に、ね。」

 この、こいつは・・・。

「さぁどうなさいます?無垢な少女達にはレッサーデーモン。大事なお友達はこの様。貴方はどちらを助けますか?」

「こ、の、外道があああぁっ!!」

「ホッホッホッ。これだから人の精神を揺さぶるのは止められません!」

 腐ってやがる、この野郎!

 だがどうする。レッサーデーモンを放っておくわけにはいかない。かと言って一夏たちをこのままには・・・、ええいままよ!

「一夏、鈴、もう少し耐えてくれ!すぐに雑魚は片付ける!」

「おやおや。大事なお友達を見捨てるとは。」

 うるせえよこのカマ野郎!

 今は戦えない人たちの救助が先だ。

「させませんよ。貴方も悪夢に沈みなさい!」

 奴が指を鳴らす。

 すると、俺の脳裏に今朝の夢が甦ってきた。

 血に沈む大切な人たち。嗤う俺。まさに凶暴な獣のような・・・。

 ・・・いかん!

「フンッ!」

 気合い一発、なんとか帰ってこれた。

「わたしの悪夢を払うとは・・・。中々面白いですね。」

 こいつ、幻惑使いか。『夢使い』に通じるところがある。厄介だな。

 だが、今は構っている暇はない!速攻で片付ける!

「旺牙さん!わたくしもお手伝いいたします!」

「止めろ!コイツラには普通の攻撃は」

 バシュウッ。

 BTから放たれたレーザーがレッサーデーモンの頭を貫き、一体を消滅させる。

 そんな。通常兵器では、侵魔にダメージは通らないはずなのに。

「普通の攻撃は、何ですって?」

「お前・・・。」

「ブルー・ティアーズは一対多に長けていましてよ。こんな化物相手でも遅れはとりませんわ。」

 なぜBTの攻撃が通ったのかは分からない。だが、攻撃が通る以上、これ以上ない味方だ。

「すまんセシリア。やっぱり手を貸してくれ!いくら雑魚でもこの数は骨が折れる!」

「よくってよ!」

 手の平返しで悪いが、ここは協力してもらおう。

 俺も凶獣を展開し、レッサーデーモンの群れに向う。

 

 

「ホッホッホッ。さて、この二人の精神が持ちますかね。」

「「ううっ・・・。」」




やっと侵魔登場です。

『夢使い』・・自らの夢を力に変えるウィザード。敵を状態異常にしたり自分を強化したり出来るぞ。

『朧月』・・トルトゥーラが使った特技。相手に悪夢を見せ、力を奪ってしまう。データ的には『放心』を与える。


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猛る獣と覇王軍

毎度駆け足気味で申し訳ありません。
書きたい事は沢山あるのですが、それを文字に起こす能力が私には無いのです。
それでも邁進していこうと思いますので、拙い文ではございますが最後までお付き合いください。





 

------

 旺牙とセシリアが侵魔と戦闘を繰り広げている上空、それを見つめる一つの影があった。

 黒いその影は背中が大きくブロック状にせり上がる異形であり、肩も大きく開いていた。『それ』は『IS』であった。

 異形と評したのは、謎のIS、ゴーレムや凶獣と同じ顔から全身を覆う全身装甲タイプだったからだ。

 ISは紅く染まった戦場を見て思う。

(強化型Anti-KAGUYAの成果は上々。ゴーレムに関しては、あいつ、俺の話を聞かんからこうなる・・・。)

 ISの主は呆れて嘆息する。

 右手にライフルを展開しトルトゥーラを狙い・・・止めた。

「ここを乗り切れればお前はさらに強くなる。それが出来なければ、死ぬだけだ。」

 くぐもった声でそう吐き捨てると、再び傍観に徹する黒いIS。

(しかし織斑一夏以外にも素質がある者がこうも多いとは。やはり俺たちのような存在は惹かれ合う運命か。)

------

 

 

「セイヤッ!」

 魔法を放とうとする侵魔の頭を蹴り砕く。レッサーデーモンごとき敵じゃないが、何分数が多すぎる。一般生徒に被害がいかないように守りながらの戦い、さらには早く一夏と鈴の所へ行かなければ!

「そこ!」

 俺に飛び掛ろうとしていた侵魔の額にスターライトmk-Ⅲの光が突き刺さる。

 一撃では倒れなかったようだが、すかさず拳で腹に風穴を開ける。

「サンキュー、セシリア!」

 ここにくると彼女の存在は有難い。侵魔に恐れず攻撃を仕掛け、なおかつ攻撃が通る仲間は得がたい。

「お前は援護に徹してくれ!怖くなったらいつでも下がって良いぞ!」

「お生憎様!不思議と恐怖は感じませんの!それより、別にわたくしが全て倒してしまっても構わなくってよ?」

 おいおい、そんな事言ってると本当に死ぬぞ。

 だが何故恐怖を感じない?普通の人間なら下級とはいえ悪魔を見たら取り乱すはずだが・・・。まあ、今は難しいことを考えている暇はないか。

 まずは速攻でこいつらを消し飛ばす!

「ホッホッホ。たった二人でよく粘る。ならば『ヴォーティカルカノン』!」

 奴め、一体何処に・・・しまった!?

「なに!?」

「くそがっ!間に合えっ!」

 全スラスター、ブースターをフルスロットルし、『中継室』の前に向う。野郎、ISもどきと同じようなことを!あそこにはまだ箒がいるんだぞ!

 空間を捻じ曲げた魔力の砲弾が中継室に迫る。

 ドガアンッ!と、空間が大爆発を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんとか、間に合ったか・・・。」

 完全防御体勢で魔力砲を受け止めた凶獣。だが、固有名持ちの侵魔のヴォーティカルカノンを受けて、エネルギーがごっそりと減ってしまった。そう何発も耐えられんぞ。

「お、旺牙・・・。わ、私は・・・。」

「話なんかしてる場合じゃねぇ!早く逃げろ、少なくともそこから出ろ!護る対象が多い分負担が増えるんだよ!」

「・・・分かった!」

 箒は中継室に元からいた人間を担いで出て行った。あいつ力持ちだな・・・。なんて変なこと考えてる場合じゃない。

 トルトゥーラめが!あいついよいよ自分から攻撃仕掛けてきやがった。

 しかも戦闘能力が無い人間を狙うとは、性格の捻じ曲がった野郎だ。

「セシリア、早速で悪いが作戦変更!俺は完全に護りに入る。なんとかデーモンを倒してくれ!」

「了解ですわ!あのような卑劣な輩の好きにはさせません!」

 話が早くって助かるよ本当に。

「まだまだいきますよ!ヴォーティカルカノン!」

 今度は観客席か。正々堂々なんて言葉を知らないらしいな。

 またも全力で客席の一部に飛び込む。

 バリアントウォールがあるとはいえ、やっぱり連発は辛いな・・・。

「あ、志垣くん・・・?」

「おう立花、無事か?」

 目の前に立花がいたので、強がってニヒルに微笑んでみる。といっても、向こうからじゃ俺の顔は見えないだろうが。

「だ、大丈夫なの志垣くん!?」

「おう嶋田。悪いが二人に頼まれて欲しい事があるんだ。」

 今アリーナにいる生徒を、出来るだけ一箇所に集めて欲しい。

 その方が護りやすいからだ。

 だがこれには少々危険が伴う。移動中に侵魔が攻撃してきたら、どうなるか。

 そこは俺とセシリアの腕を信じてもらうしかないが。

「・・・分かった。やろう萌。」

「胆が据わってるね沙紀!なら、ちゃんと護ってよね志垣くん!」

「あいよ。」

 女の子に危険な事させるんだ。命張って護り通してやんよ!

 

 

「ヴォーティカルカノン!」

「まだまだ!」

 あれから三十分は経っただろうか。レッサーデーモンの攻撃を受けつつ、セシリアがBTとスターライトで奴らを各個撃破。どうやら知能は高くなかったようだ。

 トルトゥーラの攻撃も一般生徒を狙ってきたが、その都度護ることはできた。

 だが、俺のほうも限界が近い。ヒールで治しながら防御しているが、エネルギーがもう500を切った。フルスキンの顔面が半分露出している。これ以上の防御は危険か。

 月匣内でこちらから外に出れない、外からこちらに援護が出せない。

 いや、援護が来ても、奴相手にどこまで通用するか。

「まったく忌々しい奴らだ。わたしの攻撃を受けきり、わたしの配下を全て始末してしまうとは。計算外にも程がありますよ。」

 始末?ああ、セシリア、やってくれたのか。あの数をよく・・・。

「旺牙さん!?大丈夫ですの!?」

 は!?いかん、呆けている場合じゃない。

「どうするトルトゥーラとやら。もう部下もいないんだろう?ここで終いにしとかないか?」

「ほっほっほ。ご冗談を。我らが大望を阻む者がいるのにおめおめと逃がすはずがないでしょう。・・・そうですね。あなたとわたし、一騎打ちをして、もしあなたが勝利すれば、ここは見逃すと言う趣向は。絶望的ではあっても、チャンスは万に一つありますよ。」

 よし、掛かった。知将とか軍師とかほざいてるが、中身は唯の慢心野郎だ。

「なら一夏と鈴をこっちに渡せ。」

「良いでしょう。どうせ全員消えるのです。それが遅いか早いかなど些細なこと。」

 これまた一つ。調子に乗りやすいなこいつ。

 俺とセシリアで二人の傍まで近づき、それぞれを担いで観客席まで戻った。

 一夏は顔面蒼白でぐったりしており、鈴は身体を小刻みに震わせていた。

 俺の魔力でなんとかなるレベルかは分からないが、月匣が展開されている今、やってみる価値はある。

「『キュア』」

 キュアを唱えると、二人の顔色は正常に戻り、呼吸も安定してきた。よし。これで戦いに専念できる。

「旺牙さん・・・、今、何をしましたの?」

「ん?ちょっとしたおまじないさ。じゃ、行ってくるぜ。」

「あ、ちょっと!」

 セシリアの言葉を無視し、トルトゥーラと対峙する。

 

「大分傷を負ってますね。では特別に大サービスいたしましょう。ヴォーティカルカノンは使わないでいて差し上げます。」

「随分気前が良いな。余裕か憐みか?」

「ホッホ。両方ですよ。では、『ヴォーティカルショット』。」

 結局虚属性魔法かよ!だがこれならガードできる。

 腕をクロスアームで固めながら、魔法を喰らいながら前進を続ける。

 ダメージは最小限だ。いつか届くまで。諦めない。

「本当にしぶとい奴だ。ならば、ヴォーティカルショット。」

 大丈夫!防げる。これを防いで、一気に距離をつめる。

 そうすれば俺の距離・・・!?

 な、何だ、今の・・・。

「ホッホッホ。ようこそ、わたしの悪夢の世界へ。」

 しまった。奴には、これがあった。

「どれどれ。まずはあなたのトラウマを覗かせてもらうとしましょうか。」

 !?止めろ!それに触れるな!

「ほうほうほう。ウィザードのテロ組織の壊滅。随分過激なお仕事でしたね。」

 止め、ろ。

「おやおや。あなたが殺した人間の中にはイノセントも含まれていたのですか!」

 ヤ、メ、ロ・・・。

「なんと!幼い無垢な子供までその手にかけるとは。我ら侵魔も顔負けの悪行ですね。」

 ・・・・・・。

「調子に」

「ん?なんですか?」

 

 

 

 

 

 

「調子に乗ってんじゃねえぞコラァッッ!!!!」

 

 

『単一仕様能力 獣王悪食 発動』

 その声を最後に、俺の意識は飛んだ。

 

 

------

「インカネーター発動・・・。」

 それからの戦いは一方的だった。

 全速力でトルトゥーラの懐まで接近した旺牙は両の掌底を放つ。

「がふっ!な、なにっ!?わたしの悪夢が効かないだと!?」

 その言葉を無視し、『龍門』による連撃をその巨体に叩き込んだ。

 一、十、百、まだ止まらない。

「錬気怒涛拳!」

「ぬああぁぁぁっっ!!」

 吹き飛ぶトルトゥーラ。その後を一足飛びで追う旺牙。

「一閃錬気蹴!」

「ぶはっ!?」

 回し蹴りをもろに受け、仮面が砕け散る。中身は壮年の男の顔だった。

 だが、今は関係ない。もとい止まらない。

 旺牙がキレてしまったのだから。

「凶獣のエネルギーはもう少なかったはず・・・。なぜ全力で、あんな動きが出来ますの・・・?」

 セシリアの疑問も無理も無い。燃費の悪い凶獣では、今の攻撃だけでシールドエネルギーが尽きていてもおかしくない。なら何故動く事ができるのか。

 単一仕様能力『獣王悪食』。それは獣が餌を食らうが如く、あらゆるエネルギー、それこそISのシールドエネルギーや侵魔、ウィザードの魔力を喰う。

 つまり、敵にダメージを与えれば与えるほど、自らのエネルギーを回復させるのである。

「破を念じて、刃と成せ・・・。」

 そして放たれる、現在の旺牙の奥義。

「ぐ、あ、あぁ・・・、やめ、」

 トルトゥーラの哀願の言葉も、もう届かない。

「念導龍錬刃ッ!!」

「ぐあああああああああああっ!!」

 そして、一つの戦いが終わった。

------

 

 

 

 くそ、やっと意識が戻ってきた・・・。

 早く倒さないと、皆に被害が、ってアレ?

 アイツが倒れてて、俺が立ってる?

 てことは、俺は倒したのか?駄目だ、記憶が飛んでる。

「ぐ、ごほっ」

 状況はよくわからないが、とにかくトドメのチャンスだ。

 動いてくれよ、俺の体・・・。

「そこまでだ。」

 アリーナに重厚な声が響く。

 すると空から青紫の鎧を着た長髪の偉丈夫が降りてきた。

 この男もまた二mを越えているだろう。その巨体に相応な鋭い眼光が俺を射抜く。

 こいつ、強い・・・。もしかしたらトルトゥーラよりも・・・。

「兄者、ここは退くぞ。」

「こ、このわたしをここまで虚仮にしたウィザードを、放っておけと!?そんな無様なことが出来るわけ」

「母者からの招集だ。」

「くっ!あなたたち、命拾いをしましたね。ここは退却するとしましょう。」

「命拾いははたしてどちらかな?」

「お黙りなさい!!」

 なんだやつら。急にやってきて揉め始めた、って。

「ま、待て!」

「貴様も、今はその傷を癒すが良い。俺は覇王軍が一の猛将『テレモート』。いずれ、再び相見える時が来よう。」

 それだけ言うと、テレモートと名乗った男はトルトゥーラを担ぎ消えてしまった。

 奴もまた侵魔、か。

 覇王軍、一体何者なんだ・・・。

「まずは負傷者の救護に当たれ!謎の男達の探索はその後だ!」

 どうやら『ルーラー』がいなくなったことで月匣も解除されたらしい。

 後は、先輩や先生達に任せよう。正直、限界、だ。

 

 

 

---???SIDE---

 今回は薄氷渡りだったな。

 だが次もこうなるとは限らんぞ。

 だが、今は休め。

 戦いは、運命は、始まったばかりなのだから。

------

 

---覇王軍SIDE---

 暗い、暗い空間が広がっていた。

 否、そこには五つの影。

 一人の少女を筆頭に椅子に腰を下ろしている。

「トルトゥーラ、今回はこっぴどくやられたそうじゃないの。」

「お黙りなさい!たとえ姉上であってもそれ以上の暴言は許しませんよ!」

「あら、本当の事でしょう?」

 くすくすと嗤う、赤いロングヘアーの美女。

 その声色には嘲りを多分に含んでいる。

「何ですって!?」

「お二人とも、お止めください!」

「あなたは引っ込んでいなさい、末妹の分際で!」

「あらあら、酷いお兄様ねマリア。」

 桃色の髪を短く纏めた少女の言葉にも、二人は止まらない。

 一触即発の空気を変えたのはテレモートの放った一言だった。

「姉者、兄者!母者の御前である。控えられよ。」

 その言葉にトルトゥーラは舌打ちし、美女は肩を竦める。

「申し訳ありません小兄様。私の力が及ばずに・・・。」

「良い。マリアよ。お前が争いを好まぬは誰もが知っている。」

 そう発したのは、一際豪奢な椅子に座る黒髪の少女。

 否、その風格は王者の如し。幼い見た目に反し、圧倒的な魔力を放つ。

 彼女こそが裏界の大魔王にして覇王軍の王、『覇王ジーザ』である。

「トルトゥーラも身体を労わってくれ。お前が倒れたら誰がこの軍を、ワタシを支えてくれる?」

「はっ、有難きお言葉。このトルトゥーラ、次こそは役目を全うしてみせましょうぞ。」

「うむ。頼もしい言葉である。パツィアも下がれ。それではこの覇王軍を率いる器にはなれんぞ。」

「・・・はい。」

 ジーザは立ち上がり、高らかに宣言する。

「機は熟した!いざ、我らの出陣の時ぞ!」

 その言葉に、全員が立ち上がる。

 彼らこそ覇王軍最高戦力、四天王である。

「『力強きテレモート』!」

「はっ!」

「『賢きトルトゥーラ』!」

「ハッ!」

「『愛しきマリア』。」

「ハイ。」

「そして『輝かしきパツィア』!」

「はっ!」

「さぁ、戦を始めよう!この世界を、我らの物に!」

「「「「覇王軍に栄光あれ!」」」」

 

 この戦いは、ようやく始まったばかりなのである。





『ルーラー』・・月匣を作り出した人物(侵魔)。月匣はルーラーを倒すかコアと呼ばれる核を破壊する事で解除される。

『キュア』・・状態異常を一つ回復する一般魔法。

『ヴォーティカルカノン』・・空間の歪みを砲弾のように撃ち出す攻撃魔法。

『ヴォーティカルショット』・・空間の歪みを礫のように射出する攻撃魔法。

 衝撃砲との違いは、物理か魔法かの違いですかね。

 ちなみにトルトゥーラの賢さはキン肉マンの知性の神くらいです。


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謎深まって

何だか最近身体を壊す回数と頻度が増しているような気がします。

憑かれてるのかなぁ・・・。毎月ご祈祷してもらってるんだけどなぁ・・・。


 目を開ける。身体中が痛い。柔らかい何かに身体を預けている状態だ。

 ああ、ここは保健室か。どうやら気を失っていたようだ。

 人の気配はしない。先生はちょうど席を外しているようだ。

 自分でも何があったのかよく覚えていない。ただ新しい男が奴を連れて行ったのを最後の記憶に残っている。

 敵。『俺達』の敵、侵魔。『紅い月』より来る世界の侵略者。

 何故奴らがこの世界にやって来た。しかも固有名を持った個体が。いや、奴の言ったことが本当なら、『魔王級侵魔』までこの世界を狙っていることになる。

 世界結界の存在しないこの世界に侵入するのは、たしかに容易いのかもしれない。だが、どうやってこの世界の事を知った。

 いや待て。世界結界が存在しない?ならなぜ紅い月が昇った?結界が無いなら、門は必要ないはずだろう。

 まさかと思い、自分の『月衣』に意識を集中させる。すると、俺が前世で不測の事態の為に持っていた拳銃が手に握られていた。

「嘘だろ・・・。」

 慌てて拳銃を仕舞う。月衣が使える。それはこの世界に結界が張られている証拠だった。試しに、簡単な結界も張ってみる。出来た。出来てしまった。すぐに解除する。

 

 間違いない。この世界に、世界結界が生まれている。

 そして俺は、ウィザードだったものから本物のウィザードに覚醒している。通りで織斑先生の出席簿アタックが最近効かないはずだ。月衣が俺を護っていたからだ。

 トルトゥーラと戦っていた時はひたすらに夢中だったけど、いくらISでも魔法を食らってタダで済むはずがない。あれも月衣の恩恵か。

 何故だ。何故この世界がこんな事に・・・って、あ。

 まさか、俺が束さんに前世の事を話したときから?

 だとしたら、ヤバクネ?俺が世界を変えてしまったってことか?

 よーし落ち着け俺。深呼吸だ。もしそれが事実なら、ヤバイな。

 頭を抱えていると、保健室の扉がノックされる。

「まったく、まだ眠りこけているのか・・・どうやら目を覚ましたようだな。」

「ええ、おかげ様で、織斑先生。」

 部屋に入ってきたのは織斑先生と、保健の井上先生だった。軽口を返したつもりだったが、井上先生がやけに慌てている。

「落ち着いてください井上先生。」

「ですが織斑先生!彼は三日間眠り続けていたんですよ!?」

 三日!?やけに身体が痛いと思ったらそんなに寝てたのかよ。

「大丈夫ですよ先生。これぐらい平気です。慣れてますから。」

「そうです。こいつは昔から無茶ばかりの小僧でしたから。」

 ひでえ。

「ですが・・・。」

「ダイジョーブッす。姉代わりの言葉っすから。」

 オロオロしながらも俺の身体のチェックを忘れない井上先生。彼女もやはり、IS学園に集められたプロだということか。

「しかし大変だったのは事実だ。日本政府がお前の怪我を理由に身柄の引渡しを求めてきたのだからな。ま、全て蹴ってやったがな。」

 げ。そんな事になったら、治療を名目に何されるか分かったもんじゃない。学園側には感謝感謝だな。

「そういえば一夏たちは大丈夫だったんですか?」

「ああ。初日の夕方にはケロッとして帰っていったぞ。最後までお前の心配をしていたが、面会謝絶を理由に追い出した。」

 はは、やっぱりひでぇやこの人。

「それでは志垣。早速本題に入ろう。『アレ』は何だったんだ。お前も奴らも互いを認識しているようだったが、なぜかカメラの調子が悪くなってな。肝心な部分が聞こえてこなかった。」

 ・・・やっぱりきたか。さて。

「誤魔化そうとしても無駄だ。お前が真実を話すまでここに軟禁する。」

「ちょ、怪我人学生相手に容赦ないっすね?」

「当たり前だ。・・・私だっていまだに信じられんのだよ。あんな化物のことはな。」

 どうする、話すか。・・・そうだな、この学園で真実を知る人間がいても良いかも知れん。というか、束さんに話した時点で手遅れなら話してしまおう。

「解りました。ただ、これを話すのは織斑先生だけです。井上先生を含め、口外は無用です。」

「それが通る立場だと?」

「通らなければ一生話しませんよ?」

 俺と織斑先生の間に、見えない火花が飛び交う。喧嘩売ってるみたいで嫌だが、俺も真相がはっきりしない現状、俺の、そして『世界の真実』を知る人間は少ないほうが良い。回避できないなら、出来るだけ信用も信頼も出来る人間が好ましい。

「・・・井上先生、人払いを。」

「ですが。」

「この馬鹿はこうなったら梃子でも動きません。重要な事柄は私から学園に話します。」

「・・・はい。私は表にいますので、話が終わったら声をかけてください。」

 そう言って井上先生は出て行った。話が分かる人で助かったよ。

 さて、あとはこっちだな。

「さあ状況は整えたぞ。さっさと話せ。」

「はい。ただ、これから話すことは本当に荒唐無稽な話です。」

 

 

 

 

 

 

「『ウィザード』に『侵魔』、さらに言えばお前は別世界からの転生者、か。まるで漫画かゲームだな。」

「はは、何も知らなかったら俺もそう思うでしょうね。残念ですが真実です。」

「そしてその侵魔がこの世界に侵略してきている、ということも真実か。」

「はい。」

 俺の知っていることを、全てでは無いが話した。俺が関わった事件は、今は関係ないだろうから、ただ多くの戦いを経験したと言っておいた。

「お前がそのウィザードとやらに目覚めたのはいつだ?ああ、こちらでの話だ。」

「記憶は産まれた時からです。能力は最近。」

「なるほど、お前が時折やけに大人びた言動をする理由が解ったよ。体感的に、お前は一夏たちの倍生きているわけだ。」

「まあそうですね。しかし、よく信じる気になったもんだ。」

 普通ならこんな与太話一笑に伏せるところだろ。

「お前がこんな時に下らん嘘を吐く男だとは思っていない。おそらく真実なのだろうな。・・・信じたくない事も含めて、な。」

 侵魔の存在の事を言っているのだろう。たしかに、あれは普通の人間(イノセント)にとっては脅威だ。ウィザードで無い以上、織斑先生・・・、千冬さんや束さんでも対抗できない。

 トルトゥーラの幻惑魔法が効いたこともあり、人類には為す術は無いのかもしれない。

 いや、あった。

「しかし旺牙。お前の話が本当なら、ブルー・ティアーズがあれ等に対抗できたのは何故だ?イノセントとやらがどんな兵器を使おうと、侵魔とやらに傷を負わせることは出来ないのだろう?」

「そこなんですよ。あの時は必死だったんでセシリアを頼ったんですが、なんで有効打どころか致命傷を与える事が出来たんだろう。」

「オルコットがウィザードという事はないのか?」

「ありえません。ウィザードは隠そうと思わない限り同類には解るもんですし、セシリアがあの状況で隠すメリットは無いはずです。大体俺以外のウィザードにこの十五年出会ってない。」

 となると怪しいのはISの方か。あれが何かウィザードの代わりになっているのか?

 もしそうなら俺の凶獣も怪しい。アレには俺の龍や超能力を乗せられる。まるで俺がウィザードとして戦うことを想定していたみたいに。・・・あ。

「そういえば「なんだ」IS造る前の束さんにも喋っちゃった・・・。」

「・・・」「・・・」

 沈黙が空間を包む。

 ゴッ、という音と共に、拳が俺の頭に振り下ろされる。いや、音を置き去りにしていたかもしれない。

 痛くないけど響くんだよ!脳に!

「そういう事は早く言え。」

「スンマソン・・・。」

「束が何か仕込んだか?そういえばISを造るとき妙な男がいたような・・・。」

 何やらブツブツと呟く千冬さん。何か心当たりがあるのだろうか。

 心当たりと言えば、オカジマ技研もだ。いくら基礎を束さんが作ったとはいえ、なぜ凶獣を完成出来た?さっきも考えたが、あれは『ウィザードの俺』の専用機と言っていい。

 一度探りを入れてみるか。

「まあいい。確かなのは、一般生徒では相手にならん『敵』が存在するのだな。」

「はい。最悪、先生方が相手でも、勝てるかどうか。」

 しかも月匣を張られたら最後。相手が招き入れないかぎり俺でも手出しできない。

「解った。私から学園側にはテロリストの仕業としておいた。この『真実』もお前の許しが無い限り口外しない。」

「ありがとうございます。」

「だが、一人で全て抱え込もうとするな。身体を大事にしてくれ。あんな思いはもう嫌なんだ・・・。」

 千冬さん・・・。違うよ、あれは俺が勝手にやったことだ。あんたがそんな顔しちゃいけない。

 それに、いつか言わなくちゃいけないけど、あなたのそれは、唯の・・・。

「さて、お前はもう一日世話になっておけ。録に体も動かせないのだろう。」

「ははは、なんでもお見通しで。ではお言葉に甘えて。」

「なに、退院後の補習と課題が楽しみなだけだ。なぁ志垣?」

 うおおおおおお!俺の身体よ動いてくれ!ドSな悪魔に殺されるぅ!(主に脳が)

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?お前は何でまた此処にいる?」

 保健室から解放され、地獄の補習を受け、さらに山のような課題を頂いたその夜、寮に帰るとまたもや鈴が寛いでいた。

「うっさいわね。友達の部屋に行くのに理由がいるの?ねー、簪。」

「うん。私も鈴と話するの、楽しいから。」

 この女、外堀から埋めていやがった。あ、俺の作り置きのクッキー食べてる・・・。

 はぁ。なんか怒る気にもなれんわ。

 もう見慣れた光景にため息を吐くしかない。

「あー、旺牙。身体はもう平気なの?」

「おうよ。お前こそどうなんだよ。」

「あたしはほら!元気さが魅力の一つと言うか?」

 ホント、あんな事があったてのに、その元気を分けて欲しいもんだよ。

「それでもさ、その、一夏とあたしを助けてくれたみたいじゃない?」

 何だ急にしおらしくなりやがって。

 正確にはセシリアもだけどな。

「その、ありがとう・・・。」

 ・・・はぁ。

 デコピンを軽く鈴にお見舞いする。

「~~つ~~。なにすんのよ!?」

「あのな、友達を助けるのに頑張るのは当たり前だろ?そんなこと口に出さすな恥ずかしい。」

 そんなことより、お兄さんは君が一夏と仲直りできたかどうかの方が気になりますな。

 そう言うと顔を赤くして俯いている。なんだ?なにか良い事でも

「聞いてよ旺牙!」

 あ~あ~、こりゃだめだ。

 

「今度はデートと思わせておいて俺や弾を誘って遊びに行こうと。なるほど。」

 馬鹿かアイツ。

「織斑一夏、救いようが無い・・・。」

 今回は俺も賛同だよ簪。

 プリプリ怒りながらクッキーを頬張る鈴。おい、掃除してけよ。

 ここは話題を変えよう。そうでもしないとやってられん。

「そういや、親父さんとお袋さんはどうしてる?特に恋愛相談なんか、お袋さんに聞いてみればいいじゃないか。」

「・・・。」

 急に大人しくなった鈴。なんだよ、だからアップダウン止めろって。

「一夏にも話したんだけどね、あたしの両親、離婚したんだ・・・。」

 あ、地雷踏んだ。それも特大の。

 簪からの死線、もとい視線が痛い。

 鈴が中国に帰ることになったのもそれが原因だったらしい。

 たしかにあの頃の鈴は不自然なまでに明るく振舞っていた。それが逆に俺と一夏に違和感を覚えさせるほどに。

 だが、あの二人が離婚していたとは・・・。俺には理想の夫婦に見えていたんだが。

 原因は、流石に解らん。俺自身恋愛をしたことが無かったから、彼らの下した決断が理解できん。たとえそれがどれほど深い事情があったにしても、ここに一人、笑えていない少女がいる。

 ここ一年、会ってもいないそうだ。

「親の事で一夏や旺牙には相談しにくくて・・・。」

 まあな。俺達は両親がいない。俺は死別、織斑姉弟に至っては「捨てられた」とまで言っている。

「難しいよね、家族って・・・。」

「・・・あぁ、そうだな。」

 

「じゃあ二人とも、お休み。」

「じゃあね、鈴。」

「いい加減自室で過ごさんとルームメイト泣くぞ。」

 さて、課題に入りましょうかね。

 はぁ、超ダルビッシュ・・・。

「家族は難しい、か・・・。」

 ここにもいましたね、難しい家族が。

 この姉妹もいつかどうにかしないといけないな。




『紅い月』・・『月門(ムーンゲート)』が開くと現れる幻の月。真の月とも呼ばれる。

『月門』・・裏界から侵魔が現れるときに開く。

『魔王級侵魔』・・強大な力を持った侵魔達。爵位で階位を現される。最高位は皇帝。現在とある事情にて空位。


次回からしばらくオリジナル展開が続きます。転校生二人が好きな方々はスイマセン。
許してちょ♪
あ、石は止めて、鉄球も止めて、そんな棘付きなんてギャー


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『過去』、「まだやるかい」

今回は自分で決めた禁を破ります・・・。

アンゼロットに喋らせます!回想だけど。また、シリアスシーンのため「誰テメエ」状態になりかねませんが、ご容赦ください。

あ、あと今回作中残酷なシーン等が含まれます。それと旺牙のキャラが一部崩壊します。ご注意ください。


 夢を見ていた。昔、それも『前世』の夢だ。

 思い出したくも無い、だが『魂』に刻んでおかなければならない記憶。

 俺が『凶獣』と呼ばれるようになった、あの事件。

 

 ===========

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カルト教団の殲滅、だと?」

 ここは次元の狭間に存在するアンゼロット城。そこで一人のウィザードが声を上げた。

「はい。最近勢力を増してきている、ウィザード至上主義の教団です。『ヒトは全てウィザードに至るべし。至らぬものには価値は無い』とまで掲げています。」

 銀色の髪の美少女、アンゼロットは答えた。

 彼女は『ファー・ジ・アース』の守護者。その外見に見合わぬ年齢と、無限の力を持つ絶対的な強者だ。だが、彼女自身が動く事はない。彼女はあくまで守護者。見守る者であり、統括する者なのだから。

 そんな彼女の前に、多くのウィザードが召喚されていた。理由は先程の通り、任務だ。

 アンゼロットはこうして何かある度、ウィザードに任務を与え世界を護ってきている。今回もその一件だ。

 だがいつもと違うのは。

「おいおい。俺達に『同胞殺し』をやれってのかよ!」

「しかも何だよ!教団内にはイノセントまでいるじゃないか!」

 そう、相手は同じ人間なのだという事。これに召喚されたウィザード達は拒絶反応を起こしている。

 アンゼロットの直属部隊『ロンギヌス』のメンバー達すら、仮面の裏で難色を示しているほどだ。

 侵魔相手ならいくらでも相手をする猛者達だが、同じ人間とは争いたくない。それは自然な考えだったが、状況がそれを許してくれなかった。

 

「彼らは強大な力を持つ教祖を中心に活動しています。が、教祖一人を消せば良いという訳ではありません。同じ思想を掲げるウィザードが必ず現れるでしょう。ならば、全てを『無』にしなければなりません。また、彼らはイノセントに世界の真実を教え、それを公表しようとさえしています。このままでは、世界結界にも影響があるでしょう。拘束や封印は許可できません。必ずや殲滅するのです。」

 

「なんだってそんなに重い処分なんだよ!奴らがアンタになにかしたのか!?」

「いえ。ですが彼らは既に魔王の力を借りてまで自分達の理想を叶えようとしています。手段は、選んでいられないのです。」

「だからって、子供まで殺す事は無いだろう!」

 喧々囂々、アンゼロット城謁見の間には怒声が響き渡っていた。

 当時の俺は中学三年。人殺しをするのは抵抗があった。なにより、一線を越えそうで、怖かった。

「それでは皆さん。これからする私の質問に、『はい』か『YES』で」

「ふざけるな!俺は降りさせてもらう!」「俺も!」「あたしも!」

 多くの、と言うよりほとんどのウィザードが拒否する。アンゼロットの問にここまで反対が起きたのは初めてではないだろうか。

 いい加減イラついていたのであろう、彼女が手を挙げようとすると、静かな声が場に響いた。

「やりたくない奴は去れ。ここから先は覚悟のある奴だけで良い。」

 それは『先生』の声だった。俺をある意味救い、導いてくれた恩人。

 その『先生』が、良く通る、けれど冷たい声で捲くし立てる。

「ギャーギャー言ってる暇は無え。これもある意味世界の危機だ。それを放って逃げるウィザードに用は無い。やる気のある奴だけで十分だ。俺を含め、五、六人見繕ってくれればそれで事足りる。あとは邪魔だ。とっとと帰れ。」

 その言葉に、様子を見ていたのであろう、数名のウィザードが手を挙げ、参加の意を示す。その中には俺とそう歳の変わらない奴どころか、明らかに小学生までいたのには驚かされた。そして。

「旺牙。お前も参加しろ。」

 俺に拒否権は、無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃああああぁあぁあぁっ!!」

 槍使いの一突きが一人のウィザードの心臓を貫く。絶命を確認後、続けざまにそいつは別の教団員の首を刎ねた。

 血飛沫が舞う。その中を、少年が小太刀を二刀流に構えて駆け抜けてゆく。

「腕が!俺の腕があああぁぁぁ!!」

「あ、あぁ・・・。内臓が、零れる・・・。」

 それこそ舞うように一人一人を仕留めていく。

 ある魔術師も、大地を隆起させそこに敵を飲み込んでいく。

「あああああああああっ!!」

「た、助け、ぎやあああああっ!」

 教団内には血と臓物、死体が溢れている。

 同じ人間の、だ。

 俺に対し、イノセントと思わしき青年が刀を振り上げて襲い掛かる。だが、イノセントの攻撃はウィザードに対して無意味。俺の体に触れる直前で月衣によって阻まれる。

 その青年の胴体を蹴り込む。何の抵抗も無く、彼の胴体は弾けて無くなった。

 この感覚をよく覚えておけと『先生』は言っていた。盲目的に彼を信仰しているわけではないが、その言葉を心に刻み込む。こみ上げる吐き気は気力で抑える。

 

 敵の抵抗力が少なくなってきた。おそらく大方のウィザードを駆逐したのだろう。

 それでもイノセントの抵抗が止まらない。

 何故だろう。俺達ウィザードは、彼らを守るためにいるんじゃないのか。彼らは『日常』じゃないのか。

 これではまるで、獣の殺し合い、いや蹂躙だ。

 背中に衝撃が走る。何かが月衣に阻まれたらしい。

 振り返ると、十にも満たない少年が俺を憎悪の眼差しで睨みつけていた。こんな子供、しかもイノセントにまで拳銃を持たせ、戦わせていたのか・・・。

「この・・・悪魔め!」

 少年は何度も銃を撃つ。訓練されたのだろう、反動を良く逃がしている。

 だが、それでも俺には通じない。銃撃音が虚しく響く。

「悪魔と、呼びたきゃ呼べよ。」

 少年の頭に向って蹴りを放つ。当然、彼の頭部は砕け散った。

 脳漿が飛び散る。大量の血が俺に降りかかる。

 俺は心を殺す事にした。一匹の『獣』になるために。

 

 教団内に張った結界に俺達以外の人がいなくなった時、地下からズズンッという音が響き、周囲が揺れた。

 地下へと続く階段から、『先生』が上がってくる。

「頭目が逃げようとしてたんでな。だが、今ので全部終わりだ。」

 こうして、近代ウィザード史に決して残してはならない、されど忘れてはいけない事件が終結した。

 俺はその功績から、アンゼロット直々に二つ名を頂戴した。

『猛る紫煙の凶獣』。ここに、凶獣志垣旺牙が誕生した。

 

==============

 

 目を覚ます。嫌な汗が吹き出ていた。

 本当に嫌な夢だった。だが、忘れてはいけない。

 俺が何をしたのかを。俺の拳と脚は、既に血みどろなのだと。

 だからこそ、今度こそ護りたい。この日常を。

 もう片方のベッドを見る。そこには簪が静かに寝息を立てて眠っていた。

 それに救われながら、ジャージに着替え日課の修練に出かける。まだ心にしこりを残したまま。

 

 

 

 

 今日一日は散々だった。夢のことが頭に残っていて、織斑先生の一撃を何度もお見舞いされた。だから痛みは無いけど脳が揺れて気持ち悪くなるんだよ。

 極めつけは掌で顎を掠めるように叩かれた。こうすると、簡単に言うと脳がシェイクされるのだ。意識を保ってはいられなくなる。間違っても教師が生徒にやる体罰では無い。格闘家のやり取りだ。

 一夏たちからも心配されてしまった。

 曰く、ボーっとしている。

 曰く、怖い顔をしている時がある。らしい。

 そうならないよう気をつけていたつもりだが、まだまだ俺も甘い。

 こんな所を『先生』に見られたら・・・、止めよう、死ぬ想像は良くない。

 今日は少しみんなと距離を取ろう。なんとなくその方がいい気がした。

 第一アリーナの使用申請許可を取り、凶獣を展開する。とりあえずアリーナを周回する。ん?右腕のスラスターの調子が悪いかな?今度見ておかないと。

「あれよ、噂の一年生って。」

 ん?誰だ?

 止まってセンサーを研ぎ澄ませると、三人の女子が俺を見ていた。

「専用機持ちなんて、生意気なのよ。」

「私達二年生だって持ってないのに。」

「そもそもなんでISの世界に男が入ってくるのよ。」

 ははぁ。なるほど。後輩の俺が専用機を持っているのが気に食わないと。

 というかはなっから男を下に見ている連中のようですな。

 そうですかそうですか。

 ほっとこ。めんどくせ。勝手に言わせておけばいいねん、ああいうのは。

「それにもう一人の男、千冬様の弟のくせに全然強くないみたいじゃない。」

 む?

「ほんと。千冬様の顔に泥塗ってばっかりで。」

 ・・・おい。

「ほんとよね。なんであんなのが良いのかしら。ちょっと顔が良いだけじゃない。」

「あの男なんてまるで野蛮な賊みたいな眼帯着けてさ。見た目も厳ついし。」

「それに負けたあのイギリスの代表候補生も大した事無さそうよね、いつも威張りくさっててさ。生意気。」

「生意気と言えばあの転入してきた中国の代表候補生よ。生意気の塊じゃない。」

 

「ほんと、全員親の顔が見てみたいってやつよね。」

 

 アハハと笑う馬鹿三人。

 ほほ~う。

「あの、先輩方。」

「ん?なによ・・・げ。」

 げっとは失礼な。そんな事より。

「いつかの新聞部の記事、読みませんでした?」

「な、なにがよ。」

 たじろぐ三人。だがもう遅い。

「喧嘩ならいつでも買うって言ってんだよ。」

 お兄さん激怒中よ?

 

 

 

 

「で、何?あなた一人でわたしたちと順々に戦うわけ?舐めてるにも程があるんだけど?」

「ははは、まさか。そんなこと言いませんよ。」

 だよねーと笑いあう三人。本当に馬鹿だなあ。

「アンタら三人いっぺんに相手してやるって言ってんだよ。総出でかかってきな。」

 空気が凍りつく。

 あれれ~、俺そんなに可笑しいこと言ったかな?

「あなた、それマジで言ってる?」

「マジもマジ。本気と書いてマジ。」

 三人が見る間に怒りの表情になっていくのが分かる。だって顔真っ赤なんだもの。

 俺自身は怖いくらいに冷静だと言うのに。

「いいじゃない・・・。自分で言ったこと、後悔しなさいよ!」

 三人が戦闘態勢に入る。安い挑発に乗るとは、さては成績悪いな。

 だが出血大サービスは終わらない。

「待った。」

「なによ。」

「ハンデだ。ちょうど良いのを思いついた。」

「ふん。今更ハンデなんて」

「両手を使わないでおいてやるよ。」

「・・・は?」

 空いた口が塞がらないリーダー格。そりゃそうだろう。

 圧倒的有利の状況でさらにハンデを与えられたのだから。

 まあ事実、俺にとって両手を使わないのはハンデにならないんだけどね。俺脚使いだし。

「この・・・!どこまでも馬鹿にして!」

 先に馬鹿にしたのはどっちだという言葉はあえて飲み込む。このまま怒らせておけばいい。

「じゃあ始めますよ。ブザーが無いので俺のカウントで。3、2、1、スタート。」

 同時にドンッ!という音がアリーナに響き渡る。

 単純に俺が三人組の一人を蹴り飛ばしただけだ。

 それだけでそいつはアリーナの外壁に突っ込み、気を失ってしまったようだ。

 うん。やはりまだまだ修練が足りん。この程度で一撃とはな。

「で、まだやるかい。」

 殺気を放ち、宙に浮いたまま睨みつける。

 その殺気を感じ取ったのだろう。ビクリと残る二人が身を竦ませる。

 だがそこは経験の差。ラファール・リヴァイヴに乗った一人が即座に距離を取り、反撃をしてくる。

 俺はセオリー通り、円の機動を描いたまま少しずつラファールに近づく。

 それに気付いたのか、弾幕がさらに濃くなる。だが、当たらない。凶獣の機動性に着いてこれないみたいだ。

 一瞬の隙を突き、一気に間合いを詰める。そして彼女の腹を思い切り蹴り上げた。

 上昇するラファール・リヴァイヴ。スラスターを吹かしそれに追いつき、今度は思い切り下に向かって踏み倒すように蹴る。そのまま二人目は地面に叩きつけられKO。失神してしまった。

「まだやるかい。」

 残る打鉄の先輩に声を掛ける。あえて殺気は抑えて。

「こ、この!やってやろうじゃないのよ!」

 打鉄のブレードを振りかざし、突撃してくる。

 だから、隙だらけなんだって。

 ブレードを蹴り飛ばし、膝蹴りを見舞う。それも一発ではなく五発。

「かはっ!」

 肺の中の空気を全て出し切り、苦悶の表情を浮かべる。

「まだやるかい。」

「く、この!」

 マシンガンを展開し、零距離から発砲してくる。

 だが効かない。その程度の武器じゃ、そしてその程度の精度じゃ、凶獣の装甲は抜けない。

「まだ、やるかい?」

「ひ、ひぃっ!?」

 今度は殺気を浴びせつつゆっくりと言い聞かせる。

 恐怖で顔が引き攣り、声が上ずる先輩。

 だがどうだっていい。これで終いだ。

「一閃。」

 横っ腹をぶち抜き、彼女は完全に気を失った。流石にそのまま墜落させるのは目覚めが悪いので、担いで地面まで下ろす。

 だが最後の一閃はやりすぎだったか。この程度の相手に技を使うまでも無かったな。

 ・・・大分イラついいているようだ。こんな事を考えるなんて。

 今日はもう止めにしよう。そう思い、凶獣の展開を解き、アリーナから去った。

 

 

 その晩、俺に言い渡されたのは上級生三人を私闘で叩きのめした事での反省文だった。

「旺牙、何したの?」

「いや、ちょっとイライラしててつい。」

「旺牙もそんなことあるんだ。」

「俺だって人間だよ、簪。虫の居所が悪い時もあるさ。」

 そう、俺は人間。

 いや、違うか。あの日決めたはずじゃないか。

 心を殺した『獣』になると。

 




『ロンギヌス』・・アンゼロットの直属部隊。彼女に絶対の忠誠を誓うエリート部隊のはずだが、プレイヤーでもない限りモブキャラなのでよくやられ役になる。男女共に制服と謎の仮面(舞踏会などの、目を隠すタイプ)を着用している。

『魔術師』・・その名のとおり、魔法を使うことに長けたウィザード。西洋魔術の生態が主。現在は己の魔術書や杖をマジックブルームと融合させている者もいる。


「まだやるかい」・・おふざけが過ぎました。自分でも反省しております。だって花山さん好きなんだもん。


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整備の仕方、悪巧み

前回は後半遊びすぎまして、どうもごめんなさい

このとーり反省していますのでどうかお許しください、なんでもしますから


 

 やはり最近スラスター、特に右脚の調子が悪い。

 ガードを固める分には問題無いが、蹴り脚がすっぽ抜けたり変な方向に曲がったりしたら事だ。早急に解析、必要なら処置が必要だろう。いくらISに幾らかの自己修復機能があるとはいえ、このまま放っておいたら変な癖が出来かねないしな。

 

 という訳で、俺は今珍しくも整備室に来ていた。

 しかしどうしよう。俺一人じゃ技術はともかく知識が足りん。ISを弄ったことなんて無いからな。

『前』の箒機士から聞いた知識が役に立つと良いんだが・・・。

 っと、どうやら先客がいたらしい。しかも知り合いじゃないか。

「よう、簪。」

 俺は軽く右手を挙げる。

「あ、旺牙・・・。」

 簪は俺を見つけると一旦作業の手を止める。

 彼女の目の前には一機のISが鎮座していた。

「これがお前の『相棒』か。」

「うん、これが私の『打鉄弐式』。」

 その姿は名の如く、何処と無く打鉄に似てはいたが、そこはやはり後継機であり専用機。通常の打鉄と細部が異なっており、専用武器の搭載部も見受けられた。

 俺はその姿を見て素直に美しいと思った。

 白式やその他の専用機のような華やかさこそ無く、凶獣のような禍々しさも無い。

 だが、戦う者の気骨が感じられた。

 俺が打鉄弐式に見入っていると、簪は作業を再開させていた。

 眼鏡型の簡易ディスプレイから流れてくる情報を整理、高速でタッピングしプログラムを組んでいる。正直に言って、何をしているのかまるで目で追えない。

「なに、やってるんだ?」

 恐る恐る聞いてみた。

 彼女は今度は手を休めることなく返答する。

「今は武装のデータの構築。他にも稼動データの確認。やらなくちゃいけないことはいっぱいある。」

 手と眼を忙しそうに動かしながら答えるその姿からは鬼気迫る何かを感じさせた。

 言うならば「邪魔をするな」だろうか。

「そ、そうか。なら俺はあっちで自分のISの調子を見てるよ。」

 今度は返答は無かった。ちょっと怖い。

 

 さて、どうしたものか。あわよくば一緒に整備を、と思っていた目論見は外れた。

 下手に弄って余計に調子を悪くさせたら目もあてられない。誰か助っ人になってくれそうな人はいないかなぁ~。

「あれ、志垣くんじゃん。」

「え?志垣くん?」

 あ、嶋田と立花だ。ん?あの二人って確か整備科。

「お二人さん!良い所に!今暇か?」

「「??」」

 

「なるほど。右脚のスラスターね。」

「ああ。ちょっと見てもらえないか?」

「はいはい。ちょっと『診てあげる』から、展開してくれない?」

「ん、了解した。」

 そう言われ、凶獣を展開する。展開と言っても、装着するわけじゃない。さっきの打鉄弐式のようにハンガーに鎮座させた。

「ふんふん。」

「えーっと・・・。」

 二人は凶獣の状態をじっくり見ている。時折ディスプレイで何かを確認しながら。やっぱり俺も覚えた方が良いんだろうか。

「うん志垣くん。」

「結論から言うとね。」

 ゴクリ。

「「馬鹿力が原因。」」

 おい!?なんだよそりゃ!

 こっちは真剣に悩んでるんだぞ!

「だって見てよこのデータ。蹴りの際、特に右脚にかかってる負荷を。」

 どれどれ・・・。うわ、何じゃこりゃ!?俺こんなに全力で蹴って・・・たな、うん。

「それとスラスターに補助ブースターの多さが祟ってるよ。人間で言う疲労骨折に近いかな。」

 そんなに無茶させとったんか。束さんとオカジマ技研謹製だからと思って甘く見ていた・・・。

 すまんな相棒。こんなんにしちまって。

 一瞬凶獣が淡く光ったような気がしたが、気のせいだろう。

「対処法はあるのか?」

「このまましばらく安静にしておくか、稼動データから無理にISの方を合わせるって手があるけど、どうする?私は前者をお勧めするけど。」

「わたしも。あんまり無茶させると変な風に学習しちゃうと思うし。」

 二人の有難いアドバイスを貰ったが、正直俺は焦っていた。

 またいつ侵魔の襲撃があるかもしれない。生身で戦ってもいいが、ISは強力な武器になる。特にネームド級の侵魔が相手なら尚更だ。

「・・・無茶を承知で、後者にしてくれないか。今は時間が惜しい。」

「何が時間が無いのか知らないけど、志垣くんがそれで良いって言うならそうする。骨折って言うのも言い過ぎたかもね。ちょっとした『手術』になるかもだけど。」

 いや、それ大層なことなんじゃないですかね嶋田さんよ。

「これくらいなら私一人でも出来るから、沙紀は志垣くんに整備のレクチャーをしてあげてよ。そう時間も掛からないかもだし。」

「え!?わたし!?」

 なぜそこで驚く立花よ。

「む、無理だよ・・・。わたしだけで教えるなんて。」

「何言ってんの。せっかく志垣くんと話できるチャンスをあげたんだから、有効活用しなさいよ。」

 おーい、二人とも。何コソコソ話てんだ?置いてけぼりは寂しいぞ?

「はいはい、とにかく二人は離れてて。ちょっと邪魔だから。」

 ヒドッ!?邪魔とまで言うか!?

 そう言うと嶋田はトレードマークのサイドテールを後ろで纏めて作業に入ってしまった。

「えっと、じゃあ簡単な整備の仕方を教えるね。志垣くんは専用機持ちだから、ある程度は自分で診れないと。」

「ういっす。お願いします先生。」

「せ、先生って。大袈裟な。」

 

 

 

「っというわけ。何か質問はある?」

「いや、凄い解り易かった。これなら簡単な整備は出来そうだ。」

 いやほんと、感謝感謝だ。

 専用機を持たされた以上、整備科は専攻出来ないものだと思っていたからな。

 これを良い機会にISに触れていこう。

「あ、言い忘れてた。危ない危ない。」

「ん?何だ?」

「ううん。志垣くんには、この前助けてもらえたから、そのお礼。本当にありがとう。」

 なんだ、そのことか。

「気にするな。友達が危ないって時にはなんとかするものだろ?」

「友達・・・。うん、友達か・・・。」

 何だ。なんか歯切れが悪いな。

「え、えっとね、志垣くん。あのね・・・。」

 ?何だ?

「顔、赤いぞ。大丈夫か?」

 手の平を立花の額に当ててみる。

「ひうっ!?」

 うわ。全身が跳ねた。こっちが驚いたわ。

「ご、ごめん・・・。」

「いや、俺こそ不躾だったな。すまん。」

 ・・・なんだか妙な空気だ。

 ところで、立花ってこんなに小さかったか?

 いつも嶋田と一緒だから身長を気にした事は無いけど。

 まあ俺がでかすぎるのかもしれない。

「そういえば聞いたよ。二年生三人に圧勝したって。」

「・・・どこでお聞きになられたのですか?」

 あの後反省文に追われて大変だったんだぜ?

「凄いよね。もう一年生相手じゃ物足りないんじゃないの。」

「そんなことない。正直あの三人よりセシリアや鈴のほうが強い。一年にもまだ見ない強敵がいるかもしれないからな。油断は出来ないし、鍛錬を怠る気にはなれんさ。」

「・・・そういう修行者っぽい所も良いと思うよ?」

 ん?何か言ったか?

「おーい。終わったよ・・・っと。お邪魔でしたかな?」

 嶋田。何ニヤニヤしてんだ?

「・・・萌の馬鹿。」

「アハハ、ゴメンゴメン。まあとりあえず応急処置はしておいたよ。あまり無茶させなきゃ大丈夫なはず。」

 おお、そりゃ有難い。無茶は、させるかもしれないけどな。

「お礼に二人には新作のオレンジババロアを差し上げよう。試食みたいで悪いが。」

「お、アリガト。ちょっと疲れてたから糖分が欲しかったんだよね。」

「嬉しいけど、何処から出したの?」

 そりゃ月衣から・・・とは言えんな。

 月衣が機能すると知った日から、その中身はお菓子で埋まった。

 俺は武器は持たないし、ISは待機状態があるから中身を圧迫する事は無い。

 月衣って便利だ。なんせ中の物の状態は変わらないんだから。

 あの頃は非常用の野菜や食料を入れていたもんだ。

「それは秘密です。」

「志垣くんてたまに変だよね。」

 失礼な。

「それじゃ、私たちはこれで。」

「なんだ、もう行くのか?」

「うん。本当は整備科の予習のつもりだったんだけど。」

「専用機の整備が出来たんだから、それで良しとしましょう。何よりの経験になったわ。」

 そう言って二人は整備室を後にした。

 ディスプレイを開き状態を見てみる。最初に見せてもらった、負荷がかかっていた部分が幾分か改善されていた。そしてご丁寧に解説文も残されていた。

 こりゃオレンジババロアだけじゃ足りないかもな。

 そんな事を考えていると、ある一画が賑やかになっていた。

 正確には二人が口論・・・の割には静かで、しかも片方はやけにのんびりした話し方をしていた。

 いやいや、どっちも顔見知りやん。

「だからかんちゃん、一人で弐式を完成させるなんて無茶だよぅ。」

「ごめん本音。こればっかりは私がやらないといけないの。」

 簪と本音、何を話しているんだ?

 打鉄弐式を一人で作る?いやいや、無茶だろ。ISってそんなに単純な物じゃないぞ。

 いくらさっきのプログラミング技術があろうと、必ず壁が出来てくる。一人じゃその壁を乗り越えるには知恵が必要になる。生憎、人間ってのはそう完璧に出来てない。

 いや、それが出来る『完璧超人』を知ってるけどさ。

 そういや弐式は半ば放棄されていたと簪が言っていたな。

「ほらぁ。お嬢様だってほんとに全部一人で作ったわけじゃ。」

「!お姉ちゃんのことは言わないで!」

 お嬢様、と言う単語に過敏に反応し、遂には声を荒げる簪。

 お姉ちゃん、ということは、更識先輩のことか?もはや拒否反応にしか聞こえなかったぞ。

「かんちゃん・・・。」

「・・・ごめん本音。一人にして・・・。」

 しばらく逡巡し、トボトボと整備室を出て行く本音。

 ・・・ふむ。

 

 

 

「おーい、本音。」

「あ、しおーだ。」

 俺は本音の後を追いかけた。簪はしばらくそっとしておいた方が良いと思ったから。

「さっきの話、少しだけど聞こえちまってな。差し支えなきゃ、何があったか聞いていいか?」

「・・・うん。しおーなら良いかな。」

 どうやら話をしてもらえるほどには俺は信用されているようだ。

「しおーは私のお姉ちゃんのことは知ってる?」

「いや?初耳だけど?」

 本音曰く、布仏家は代々更識家に仕えている家系であり、本音は姉共々更識姉妹とは幼馴染みの関係にあたる。

 さらに本音は簪専属のメイドであるらしい。この性格と言動でメイドが務まるのか?とか思ってはいけない。

 しかし専属メイドとか、更識家どんだけデカイんすか。

 さすがに詳しくは教えてくれなかったが、更識姉妹には確執があるらしい。それは更識先輩の口ぶりから予想していたが、あの様子だと相当根は深そうだ。

 先輩、アンタ何やらかしたんですか・・・。

「あのままじゃかんちゃん壊れちゃうよ・・・。」

 本音もいつもののほほんとした空気ではなく、少し沈んでいるように思えた。

「ちなみに本音。お前の姉とは確執があったりするか?」

「?仲良いよ?」

 良かった!これで布仏姉妹まで何かあったら手に負えなかった所だ!

 とは言うものの、俺の力で何が出来る?

 ああも意固地になっている簪は初めて見るし。

 ・・・いつか荒療治が必要になるかな。

「しおー、怖い顔になってるよ。」

 本音。顔の事でとやかく言わないでくれ。何気に傷つく。

 とりあえず今は打鉄弐式の完成を急いだ方が良いな。

「ISの方は取り合えずなんとかなるかもしれない。」

「ほんと!?」

「多分、な。ちょっち強引な手を使うが、手を貸してくれるか?本音。」

「うん!かんちゃんの為なら幾らでもがんばるよ~!」

 やれやれ。頼もしいんだか頼りないんだか分からんな。

 よし。ミッション『簪説得』スタートってか?

 



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簪説得作戦・前編

いやー、めっきり涼しく、というか冷えてきましたね。

これちょっと関係ナインですけど、最近足に力入れると右親指の爪が剥がれそうな感触になるんですわ。


あと、今回はチョイ短めです。


 

 あれから簪を説得しようと色々考えた。が!

「ねー、しおー。何か良い作戦見つかった?」

「あ?ねえよんなモン。プランBみたいなもんだ。」

「プランBって何?」

 俺もよく知らん。とにかく考えなんて無い!

 何度も当たって砕けても、その都度再生して繰り返す!俺はゾンビよりタフだぜ!

 

その1

 

「簪~ISの整備手伝おうか~?」

「帰って。」

 

失敗

 

その2

「簪~、今日のおやつ持って来たぞ~。」

「いらない。」

 

失敗(傷ついた)

 

その3

「簪~。」

「お帰りはあちら。」

 

(言うまでも無く)失敗

 

 流石の鋼のメンタルを持つ俺でも砕けそうだ。まだ三回しか当たってないけど。

 しかし傷つくな。お帰りはあちらって・・・。あいつ結構余裕あるだろう。

 だがこの志垣旺牙。この程度では沈まんさ!

 今日も今日とて整備室に入り浸ってやる。

 しかしふと思う。これが俺ではなく『先生』だったらどうだっただろう。

 ・・・いや、神経を逆撫でして無理矢理話に持っていくだろうな。そういうの得意な人だったし。俺には無理だ。あの人ほど口は上手くない。

 俺は俺のやり方でやらせてもらう。

 

「よう簪。」

「・・・何の用?」

 今日はそのまま帰れコースにはならなかった。まず第一歩だな。

 しかしISに向っている簪は別人のように鬼気迫っているな。部屋でアニメ談義している時と大違いだ。

「別に。今日はちょっかい出したりしねぇよ。ただ見てるだけならいいだろ?」

「・・・勝手にすればいい。」

 こちらに一瞥もしないで作業に没頭する簪を見て、ふと思った。

 大分疲れが溜まってきているようだ。本来なら力ずくでも止めた方がいいんだろうが、その選択は誤りな気がする。そんなことをすれば俺と彼女が築き上げてきた信頼関係が一気に崩壊する。それは避けたい。

 どうしようか考えていると、簪の方から話を振ってきた。

「今日は何も言わないんだね。」

「ん?ああ、ちょっかい出さないって言ったばかりだからな。」

「そう・・・。」

 再び沈黙が場を支配する。

 しかしああは言ったものの、この沈黙には耐えられん。

 やっぱりちょっと踏み込んでみるか。

「簪は一人で打鉄弐式を完成させようってんだろ?なんでまたそんな無茶を?」

 しばらく作業音が続く。そして。

「認めてもらいたいから。」

「ん?」

「無能じゃないって、認めてもらいたいから。」

 無能じゃない?俺はてっきり倉持技研や一夏へのあてつけかと思ってたけど。

 こいつはまた根の深そうな問題だな。

「誰かがお前を無能だと、そう言ったのか?」

 簪はコクリと首を縦に振る。

 おいおい、それはお兄さん放っておけない案件だな。

「誰が?」

「・・・お姉ちゃん。」

 あの人か・・・。

「お姉ちゃんが『楯無』を襲名した時に言われた。『貴女は無能でいなさい』って。」

 微かに簪の体が震えている。それは悲しさからくるものか、悔しさからくるものか。

 しかし何気に重大な話だぞ。

 更識先輩の名前、本名じゃなくて襲名式だったのか。道理で勇ましい名前だと。

 だが先輩。実の妹に対して『無能でいろ』は無いだろう。俺だったら怒り爆発で家族の縁切ってるかも知れんな。

 ということはまさか、簪は更識先輩を見返すために一人でISを?

 十分凄い事だと思うんだけどな。今だってコンソール弄る指が見えん。

 更識先輩も一人で組み上げたらしいけど、あの人は別ベクトルで凄まじいからな。

 束さん?あの人は超人だろ?天災ヤ人だろ?

「んで?どの辺りが上手くいかないんだっけ?」

「・・・荷電粒子砲の春雷とマルチロックオンシステムのミサイルポッドの山嵐。」

 荷電粒子砲にミサイルポッドか。

 春雷は、フルパワーの伏竜のデータが生かせるかな。

 マルチロックオンシステムのミサイルなら確か『兵器』に良いのが・・・。

「なあ簪、やっぱり俺にも手伝わせてもらえないか?」

「!?・・・何で?」

「俺の『技術』じゃ無理でも、『知識』なら貸せそうなんだ。それを使えばぐっと完成に近づくはずなんだ。」

「要らない。弐式は、私一人で作り上げる。」

 こりゃ意地になってるな。・・・神経を逆撫でるってどうやるんだろう?

「簪、俺はお前の力になりたい。本音だってそうだ。そうやって憔悴していくお前を見たくない。俺達なら、微力でも力になれるはずなんだ。」

「・・・。」

「お前は良くやった。ここまで独りでやってきたんだ。だから、もう誰かを頼っても。」

「もうやめて!弐式は私が完成させるの!私一人で!じゃないと、また無能に戻っちゃう・・・。」

 初めて声を荒げる簪。

 だが、感情の蓋はこじ開けた。簪の痛みと引き換えに。

 ああ、やっぱり俺には似合いませんよ、『先生』。

「・・・簪、俺の『師匠』にあたる人が言っていた。『一人の人間には何も出来ない。だが、四、五人集まれば世界だって救える』って。誰かを頼る事が恥にはならないとも。今が頼り時なんじゃないのか?」

「・・・帰って。」

 今はもう無理か。

「じゃあ、俺は鍛錬してから部屋に戻るよ。後でな。」

 その言葉に、返答は無かった。

 

 鍛錬を終え、部屋に戻ると簪は既に眠っていた。

 

 

 次の日、今度は差し入れを持って整備室へ向う。

 相変わらず一人で弐式を弄っている。

「よっ。」

「・・・帰って。」

「そう言うなって。今日は自信作を持ってきたんだ。」

 バケットからマドレーヌを差し出す。簪は数秒睨めっこしていたが、一つ手に取り小さい口で噛り付いた。

「甘い・・・。」

「中にマーマレードを練りこんである。疲れてる時には甘いものが良いだろ?」

「それ、迷信だよ?」

「マジでっ!?」

 俺本気で信じてたのに。

 打ちひしがれていると、クスリという声がした。

 簪が、笑っていた。

「やっと笑ってくれたな。」

「!?え、その!?」

「いいんだ。女の子は笑ってるほうが断然良い。」

 赤くなってしまった。何故だろう。

「て、手伝いなら要らない!?」

「今日はその話じゃないよ。ただ差し入れと、世間話だ。」

 よっこらしょと、俺はその場に座り込んだ。

 簪も珍しく手を止め、俺の隣に座る。

 ちょっとした静寂が二人の間に流れた。

「ねえ旺牙。昨日、というかよく話に出てくる『先生』や『師匠』って誰?」

「ああ、ちなみに同一人物な。『先生』か。そうだなぁ。厳しい人だったな。」

 自分にも他人にも。それでいて解り難い優しさを出すから余計に混乱させられる人だった。『先生』の知り合いは、昔はもっと人間味のある奴だったって言ってたけどな。

 厳しいだけじゃなく、優しいだけじゃなく。生きる術を教えてくれた人だった。

 俺が中学時代馬鹿やってたのを止めて更生させてくれたのも『先生』だった。あ、これは全部『前世』での話なんだが。

 『前世』の部分をぼかして話すと、簪はしっかり聞いてくれた。

「今の旺牙がいるのは、きっとその人のお陰なんだね。」

「・・・ああ、そうだな。」

 しみじみ頷く。きっとそうだ。俺の人格形成には、きっと『先生』が大きく関わっている。こんな事を言うと、『人のせいにするな』と怒られそうだが。」

「私は・・・、置いていかれたくなかった。」

 簪がぽつぽつと語り始めた。

 昔から優秀な姉と比較されてきた。どんなに姉が先に進もうと、必死についていった。

 だから、無能でいろと言われたことがショックだった。

「簪は、更識先輩が嫌いか?」

「そんなことないっ!」

 強い口調で反論される。

 うん、なら大丈夫だ。この姉妹は、互いを思い合っている。

 それが、少しずれているだけだ。まだ補修できる段階にある。それが分かっただけで今日はめっけもんだ。

「その思い、きっと届くよ。簪は強くて優しい娘だから。」

 ポンと頭を撫でる。

 するとどうでしょう。簪さんの顔が真っ赤になってしまいました。

 え、なに?俺何かした・・・って、この手か!?

「わ、悪い!その、ちょうど良い場所に頭があったから。」

「う、ううん!大丈夫っ!嫌じゃなかったし(ボソっ。」

 ん?今何か言ったか?

「それじゃ、今日はこれでお暇するわ。根詰めすぎるなよ。」

「うん。」

 去り際に見た彼女の顔は、少し微笑んでいた。

 

 

 

「で、盗み聞きとはお人が悪いですよ、先輩。」

「あらら。やっぱり気付かれてたのね。」

 俺が整備室を出ると、物陰から二人の女生徒が現れた。

 一人は言わずもがな、更識楯無先輩だが、もう一人はだれだ?

「お初にお目にかかります。私は、生徒会会計の布仏虚と申します。妹がいつもお世話になっております。」

 妹?布仏?ま、まさか・・・。

「貴女、本音の、お姉さん?」

「はい。」

 マイガッ!いや確かに顔立ちに面影はあるけどさ!雰囲気違いすぎだろ!?

 この出来る女然とした凛とした雰囲気はよう、あののほほんとした性格と噛み合わないって絶対!ハッ、まさか・・・。

「あの、布仏姉妹の仲って・・・。」

「はい。いたって良好ですが何か?」

 良かった!ここはなんとも無かった!

 これ以上問題事抱えるのはゴメンだよ!

「ちょっと何よ。まるで私には問題があるように聞こえるじゃない。」

 扇子には『名誉毀損』と出ているが、自分の胸に聞いて見て欲しい。

 話は大体簪から聞きましたよ。

「そう、簪ちゃんが・・・。」

「何があってあそこまで言ったんですか。普通はトラウマもんですよ。」

「・・・あの子に危害が及ぶのを避けたかったからよ。」

 ・・・それだけ?

「それだけって、あなたねえ!」

「だったら簪もひっくるめて護れるくらい強くなれば良いだろう、アンタが。」

「!?」

「それに簪もアンタに護られてるだけじゃない。もっと強くなれる娘だ。肩を並べるのは無理でも、少し後ろを歩く権利があっても良いんじゃないのか?」

「それは・・・。」

「俺にアンタらの深い事情は解らない。でもよ、家族なんだ。ギスギスしてるのは、嫌だろ?」

 俺の言葉に、あの時は強気だった更識先輩は下を向いてしまった。

 やはりこの人の弱点は簪だ。それも特大の。

 だからこそ、弱いままじゃいけないと、俺は思う。

「志垣くん。あまり会長を責めないでください。会長にも思うところがあるのですから。」

「わかってますよ。ただ、外部から強く言う人間ってのは必要でしょう?」

 それじゃ俺はこの辺で。日課の鍛錬がありますからね。

 

======

 

「ねえ、虚ちゃん。」

「なんでしょう、お嬢様。」

「本当に、彼に簪ちゃんを任せて大丈夫かしら?」

「・・・大丈夫かと、思われます。」

 三歩後ろに立つ幼馴染みにそう言われる。

「更識家に仕える身として、観察眼は心得ておりますゆえ。」

 ふふっ、そう。

「信じてみるのも良いかもしれないわね、もう一度。」

 

======

 



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簪説得作戦・後編

タイトルに偽りあり!

既に七~八割説得されてます。
いつもの如く駆け足です。
早く次のバトル書きたいんや・・・
堪忍や・・・


 

======

 あれから毎日旺牙は私の様子を見に来てくれた。

 時にはただ雑談に、時には武装のアドバイスに。

 不思議と「鬱陶しい」とは感じていなかった。

 私の些細な愚痴に、しっかりと耳を傾けてくれた。

 イラついていた時は差し入れを持って来てくれた。

 旺牙は優しい。特に何もしていなくても、そこにいてくれるだけで安心できる。

 今まで甘えるのが苦手、というか避けていた私が、彼に対しては多少甘える事ができた。それは部屋でも同じだった。

 アニメを見ていると、邪魔にならないか心配だったけど、旺牙は「自分も好きだから」と言って一緒に見てくれた。私の実況や解説もニコニコと聴いてくれた。

 温かい。旺牙といると心が温かかくなる。

 何時のころか忘れていた、本音にも見せなくなっていた自然体の自分でいられる。

 

 でも、やっぱり心配になる。

 彼は無理をして私に付き合ってくれているんじゃないかと。

 自分を偽らない人だとは、今までの生活で分かっている。

 それでも、こんな私に合わせているのは疲れるんじゃないか。そう思ってしまう。

 

 今日も私は整備室に向う。

 彼が来ないかと浮かれながら。

 もう愛想を尽かしてしまったのかと不安に思いながら。

======

 

 

 

 今日も俺は整備室に向う。

 打鉄弐式ももう完成に近い。だが、武装データや稼働域の問題が改善されないのだ。

 理論上は構築されているが、俺の腕ではそれを再現できない。簪の卓越したプログラミング技術でも、それを再現できない。

 仕方なく彼女の相談相手になっているが、それだけで役に立てているか解らん。

 頭を捻っていると定位置に簪はいた。

「よう、調子はどうだ?」

「あんまり。」

 苦笑交じりの顔で対応される。最初の方に比べればものすごい進歩だ。

 前は顔を見るなり「帰って」だったもんな。

 ディスプレイに何かを打ち込んでいく簪。

 その速度と正確性は、もう上級生の位にまで達しているのではないだろうか。

 それでも完成しないという、ISという機械の難しさよ。

「しかし簪もよくここまで一人で組み上げたよな。」

「独りじゃない。」

「?」

「途中から旺牙が手伝ってくれたから。」

 嬉しいこと言ってくれるじゃないの。今一人だったらお兄さん泣いてるよ。

 まあ手伝ったと言っても変な口出ししたり、工具持ってきたりしたぐらいだけどな。

 でも、二人でもそろそろ限界かなあ。

 簪も、そろそろ本音に手伝ってもらおうかって言っていたし。

 ・・・よし。善は急げだ。

「簪、作業進めててくれ。ちょっと出てくる。」

 さっそく本音を捕まえにいこう。

 

 

 廊下を歩いている所に出くわし、本音に事情を説明。あっさり仲間に引き込めた。流石は幼馴染み。話がわかる。

「それにしてもしおーは凄いよね。」

「ん?何がだ?」

 ダボダボの制服の袖を振り回しながら言う。

「だって皆が言っても聞かなかったかんちゃんを動かしちゃったんだもん。どんなことしたの~?」

 後半少し嫉妬入ってたな。ん~、そうだなあ。

「何もしなかった、かな。」

「何も?」

「そ。ただ傍にいて見てただけだよ。特別な事はしてない。ちょっと雑談したくらいだな。」

 実際それ以外していないのだから何も言えない。

「・・・それが凄い事なんだけどな~。」

「ん?何か言ったか?」

「何も~。それじゃ早く行こう。」

 

「かんちゃん。助っ人に来たよ~。」

「あ、本音。・・・うん。ちょうど頼もうと思ってたところ。」

(かんちゃんの顔が穏やかになってる!?しおー、恐ろしい子!?)

 なにやら失礼な電波を受信した気がしたが、思い過ごしだろう。

「よし!三人寄らば何とやらだ!さっさと仕上げちまおう!」

「お~。」

「お、おー・・・。」

 こうして、簪、俺、本音の三人での作業が開始した。

 が、駄目!春雷と夢現(ゆめうつつ)のデータは揃った。だが山嵐と装甲部分で躓く!現実ですっ!これが現実っ!

 て遊んでる場合じゃない。さらに二日を要しても、作業は遅々と進まなかった。

 あと少し。本当にあと少しなんだ。

 なら、手段は選んでいられない。たしかあの人も整備科だったはずだ。

 

「お願いします!手を貸してください!」

 俺は二年生の廊下で件の人物、黛先輩に頭を下げていた。

「ちょ、ちょっと待って!?どうしたの突然!?」

 先輩はかなり困惑した様子だった。まあ廊下でいきなりこんな大男に懇願されては何が何だか解らないだろう。

 俺は事の経緯を説明した。それで先輩の伝手を頼りたいと。

 俺が勝手に進めていることだ。簪に拒否されるかもしれない。

 それでも、彼女の今までの頑張りを無にはしたくなかった。気がつけば俺も必死になっていたのかもしれない。

「とりあえず顔を上げて志垣くん。」

 先輩に促され、顔を上げる。目は先輩の顔をしっかり見つめたままで。

「そんな顔されると断りづらいなあ。そもそも志垣くんはその子のために何をしてあげたいの?」

「なにもできません!」

「は?」

「だから!何とか出来そうな人に頼んでるんです!」

「・・・キミ、結構無茶苦茶言ってるよ?」

「友達のためなら、無茶も何もかも貫くし、苦いもんも飲み干します。」

 ここでプライドなんかいらない。そんなもの溝に捨ててしまえ。

 今は打鉄弐式を完成させることが大事なんだ。

 なにより、簪に「人の和」を教えたい。

 一人では出来ない事でも、五人、六人、それ以上ならきっと出来るって。

「はあ、落ち着いてると見たらこの熱血ぶり。なかなか掴めないねキミも。」

「それって・・・?」

「うーん。明日には何人かに声掛けてみるわ。」

「!?ありがとうございます!」

「ただし!今度取材させてね。出来れば織斑くんもいっしょに。」

 一夏は、約束できませんが俺の事ならなんでも!

 あ、いや。何でもは不味いな。ウィザード関係の事とか。

 とにかく、これで強力な味方はゲットできた。

 明日以降、忙しくなりそうだ。

 

 

「え?先輩方が来るの?」

 案の定、簪は戸惑っていた。そりゃそうだ。いきなり部外者がどんと増えればな。

「簪。お前は良くやったよ。一人でISをここまで組み上げた。でもさ、人間限界ってもんがあるんだよ。」

「限界、私の、限界・・・。」

「でもその限界を知ることは悪い事じゃない。自分に何が出来るのか、何処までやれるのかを知っている奴は、確実に強くなる。それに、悪いもんじゃないぜ。人の手を借りるのは。」

「でも・・・。」

 簪はまだ俯いている。

「それに前にも言っただろ?『一人の人間には何も出来ない。だが、四、五人集まれば世界だって救える』って。人が集まるってのは、時として無限の力が生まれるんだ。」

 だからさ、受け入れてみろよ。

 簡単さ、一緒にやりましょうって言えば良いんだ。

 さあ踏み出そうぜ簪。

「あ、志垣くん。精鋭を連れてきたよ。」

「へー、少人数でここまでISをねえ。すごいじゃない。」

 そこには黛先輩を筆頭に六人の生徒が来ていた。それぞれがフレーム、武装のスペシャリストだそうだ。

 一気に三倍に膨れ上がったチーム。あとは、それを簪が受け入れるだけだ。

「あの、その・・・。」

 ・・・駄目か?

「よろしく、お願いします・・・。」

 よし!よく言えた!

「いいのいいの。こっちも専用機を弄れるなんて良い経験なんだから。」

「さて、それじゃあちゃっちゃと取り掛かりますか。」

 俺達が作業に入ろうとしたその時。

「あ、あの!私達も参加して良いですか!?」

 嶋田と立花が立っていた。髪をタオルで結んでやる気満々だった。

「私たちはいいよ。猫の手も借りたいくらいだから。あとはクライアント次第だけど。」

「うん、お願い、します。」

 若干たどたどしかったが簪は受け入れた。

 俺の言葉、少しでも解ってくれていたなら嬉しい。

 

「志垣くん、スパナ持ってきて!」

「はい!」

「こっちはオイル差し!」

「了解!」

「ドリンク一丁!」

「喜んで!」

 待て、最後おかしくなかったか?

 まあ変な要望もありつつ、俺は馬車馬のように働いた。実際に手を動かしている人たちの方が大変だと知っているから。

 ただ、どうしても山嵐のマルチ・ロック・オンシステムで躓くらしい。

 そこで俺の知っている箒機士専用マジックブルームの武装『マジックミサイルランチャー』と『ミサイルコンテナ』の基礎技術を提示してみた。

 それが大受け。『マジックミサイルランチャー』の誘導性と『コンテナミサイル』の多弾性が山嵐に上手くマッチしたらしい。

 俺と簪だけじゃ上手くいかなかったのに、これが上級生の力か。

 ドリンクが無くなったので補充に行くと、更識先輩と布仏先輩がいた。

「あの意固地だった簪ちゃんの心をああも簡単に開くなんて、正直妬けちゃうわ。」

「簡単じゃありませんでしたし、意固地になってたのは先輩のせいだって聞きましたよ。」

 うぐっと言葉に詰まる先輩。それだけのことを言ったのだから自業自得だ。

「あとは稼動データよね。」

「ええ。そればかりはゼロからですからね。」

「これ、使ってもらえるかしら。」

 そう言って何かのデータを差し出してくる更識先輩。

 これは、先輩の専用機の稼動データ?

「これがあればゼロからじゃなく、一端のISとして起動できるわ。それで一気に完成するはず。」

 先輩は心から妹の事を思って言っているのだろう。

 だが、これを受け取るのは少し違う気がした。

 俺はデータをそっと先輩に返す。

「どうしたの?」

 珍しくいらだたしげだ。

「先輩。これを受け取ったら、先輩と簪の差は開く一方だ。アイツが望んでいるのはそんなことじゃない。弟や妹は、一度は思うことがあるんですよ。」

 ま、俺は一人っ子ですけどね。

「・・・よく解らないわ。」

「そりゃ先輩は『姉』ですから。前にいる人間には解りませんよ。」

 じゃ、失礼しますと言ってその場を後にした。

 

 

======

 私は彼が立ち去った後、整備室をそっと覗いてみた。

 そこには汗水流しながら、それでも一生懸命に、そして楽しそうに作業をする簪ちゃんの姿があった。

 私の見たことの無い顔。いつも俯き、人を遠ざけていた姿はそこには無かった。

 それを成し遂げたのが、出会ってまだ半年も経っていない男子だったのだ。

「なんか、嬉しいような、悔しいような・・・。」

「お嬢様・・・。」

 志垣旺牙くん。きみは自分でも分かってないくらい凄い事をしたのよ・・・。

======

 

 

 そして、それから三日。

「「「出来たー!!」」」

 ついに打鉄弐式は完成した。

 ネックだった武装面も完璧。流石に魔法技術の部分は省いたが、マルチ・ロック・オンシステムも再現できた。

 あとはこいつをゼロから育てていくだけだ。

「やー。疲れたね。」

「あ、甘い物ならありますよ。黛先輩には申し訳ないですけど、プリン。」

「おお、気が効いてるねぇ。」

「こ、これが噂の志垣くん特製プリン・・・。」

「「「え?志垣くんが作ったの!?」」」

 なんて食堂はどんちゃん騒ぎが始まりそうだが、俺は簪を連れ出していた。

「どこにいくの?旺牙。」

「ひとつの決着、着けないといけないだろ?」

 

 俺は一夏を整備室に呼び出していた。オマケに箒、セシリア、鈴もいた。何故?こいつらセットなの?

「なんだよ旺牙。最近全然訓練に付き合ってくれなかったじゃないか。」

「悪いな。大事な用があったんだ。ほら、簪。」

 俺は後ろでビクついていた簪を一夏の前に押し出す。

「あれ?簪じゃない、どうしたの?」

「すまん鈴。今日は二人の問題なんだ。」

 鈴が口を挟もうとするのを止める。そうしないと話が始まりそうに無かった。

「織斑一夏。私は貴方を殴る権利がある。」

 その言葉に一夏と鈴は驚愕、箒とセシリアは怒りの表情を浮かべる。

 いきなりそんな事を言われたのだ。そうもなろう。

 簪は事の経緯を話した。白式の開発の為自分のISが開発中止になったこと。

 簪が一人でそれを組み上げようとした事。

「やっぱり、俺のせい、なんだよな。」

 一夏は何かを覚悟したように目を閉じる。

 しかし、彼が待ち受けていた衝撃は何時まで経ってもやってこなかった。

「でも、旺牙に教えてもらった。一人で出来る事の限界。他人と交わる事の楽しさ。それは貴方への怒り以上の大切なモノ。だから、私は貴方を殴らない。その代わり。」

 簪はおずおずと右手を差し出した。

「友達に、なろう、織斑くん。旺牙の親友がどんな人か、私も見てみたい。」

「あ、ああ。そういうことならいいぜ。改めまして、織斑一夏、一夏でいいよ。」

「私も、簪でいい。」

 そして二人は硬い握手を交わした。

 

 

 それで終われば良い話で済んだんだがなあ。

「な、なんなのだ今のは!?」

「納得がいきませんわ!?い、いきなりあんなこと言って握手なんて!?」

「アンタは旺牙派よね!?そうよねそう言いなさいよ!」

「へ、へ、へぇ~~~~!?」

「なあ、なんだあれ?」

「知るか馬鹿。」



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姉妹の戦(又は意地の張り合い)

今回もサブタイ詐欺になるやも・・・

そういえばもう一周年になるんですね。
読んでくださった方々、お気に入り登録までしてくださった方々。
この小説は皆様の支えによって何とか続いております。
遅筆ですが今後もよろしくお願いいたします。



 打鉄弐式が完成してから数日。戦闘経験を積むため、模擬戦の日々。

 実機での戦闘は少ないはずなのだが、簪は才能の方も高いのかすぐに俺達に追いついた。

 特に同じ代表候補性であるセシリアや鈴とはすでに互角の戦いを見せている。

 いやはや恐ろしい。ついでに一夏は一勝も出来ていない。本番に強いタイプとはいえ、情けない限りだ。俺?一応全勝中だ。俺の凶獣の防御を簡単に貫けるとは思うなよ。

 さらに言うと、この数日で簪は以前より少しばかり明るくなった、ような気がする。

 二式が完成したことと、友達が増えたことが良い方向に働いているのだろう。

 だが、まだ足りない。足りないぞ。

 簪、というよりも更識姉妹の事だ。このままというのもなんだか奥歯に物が挟まっているようで気分が悪い。

 

 だから、いらぬだろうがお節介を焼くことにした。

 

 まずは織斑先生に、結構派手なバトルをすることを予め告げておく。その時、「お前は他人事に首を突っ込まなくてはならん性格なのか」と言われたのは放っておく。

 次いで、第二アリーナの貸し切りを済ませる。

 そして最後にある日に更識先輩を呼び出して俺のやることは終了。

 あとは野となれ山となれ、てか。いや、無駄に終わっちゃだめか。

 

 

 

「それで旺牙くん、こんな所に呼び出して何の用?告白にしては色気のない場所ね。」

「はっはっはっ。ご冗談を。」

 そんな軽口を交わしながら、更識先輩は隙なく俺を見ている。

 後ろには布仏先輩を伴っている。

 なんだか妙に睨まれているのは、俺の思惑がバレている所以だろう。

「それとも生徒会長の座が欲しくなっちゃった?困ったな、志垣くん相手だとお互い手加減が効かないと思うのよね。」

「残念ながらそれも違います。本音、いいぞ。」

 さて、本日のもう一人の主役にご登場願いますかな。

 

「旺牙、これって・・・。」

「・・・旺牙くん。一応聞くけど、どういうことかしら?」

 先輩の目が猫というより蛇のようになる。俺を威嚇しているのは言うまでもない。

「旺牙、どういうことなの?なんでお姉ちゃんが。」

「志垣くん。会長たち姉妹の問題に簡単に踏み込むのはどうかと思いますが。」

 おーおー俺ってば悪者っぽいですな。でも辞めない。

 だってこの人たち放っておくと何も解決しないまま永遠の別れ、なんてことになりかねないくらいこじらせえてるんだものな。

 だったら誰かが悪く言われてもなんとかせな。

 家族は仲が良い方がいいに決まっている。家族のいない俺が言うのもなんだが。

「とりあえず、お前らバトれ。」

「「だから何で。」」

 君ら実は仲良いんじゃない?

「俺は頭も良くない。すれ違った人間同士が分かりあうには真正面からぶつかり合うのがいいと思うんだ。だけどアンタら必要以上に相手を避けてるだろう。だから強引な手を取らせていただきます。」

 ちなみにもう逃げ場はないんだけどな。

 管制室には織斑先生がスタンバってる。観客席には一夏たちがすでに入っている。

 これで戦いませんなんて言われたら、俺の苦労台無し。

「無理だよ。お姉ちゃんに勝てっこないよ・・・。」

 簪は戦う前から戦意喪失してしまっている。

 駄目だ簪。ここで逃げたら、一生逃げ続けることになるぞ。

「逃げるな簪。勝てと言っているんじゃない。向き合えって言ってるんだ。そもそもお前は逃げていたんじゃないだろう。お前なりに『戦ってきた』から弐式を完成させることが出来たんじゃないか。」

「旺牙・・・。」

「もうひと踏ん張りだ。姉さんに、お前の気持ちをぶつけてやれ。俺も見てる。」

「・・・わかった。私、やってみる。」

 簪は一呼吸置くと。

「お姉ちゃん!私と、本気で戦って!」

 大きな声で宣戦布告した。

「・・・本気なのね。」

「・・・うん。」

「なら、勝負しようじゃない。全力で、叩き潰してあげる。」

 そう言って先輩は片方のピットへ向かって行った。

「旺牙。」

「・・・なんだ。」

「私、伝えてくる。今まで言いたかったこと全部。だから、ちゃんと見てて。」

「勿論だ。」

 俺達もピットへ向かった。

 

 

 

======

 アリーナ上空、二機のISが相対する。

 方や打鉄弐式。簪の想い、皆の絆が詰まった機体。

 方やミステリアス・レイディ。淑女の名を冠する水色の機体。

 日本代表候補性対ロシア国家代表。姉対妹。これだけなら結果は火を見るより明らかだろう。

 だが、妹は、簪は少なくとも簡単に負けるつもりは無かった。

 皆で作った機体だから。皆が見てるから。姉に伝えたいことがあるから。

 何より、あの人が見てるから。

 姉は、妹を安く見てはいなかった。この数日で、彼女が強くなったのは目に見えていたから。

 それでも、負けてやるつもりは無い。負けられない理由があるから。

 生徒会長のプライドなどというものではない、もっと大事なもののために。

 両者に緊張が走る。

 そして、試合開始のブザーが鳴った。

 

 先に動いたのは打鉄弐式。超振動薙刀『夢現』を構え突撃する。

 ミステリアス・レイディは手に持つ槍『蒼流旋』で受け止める。

 互いの得物が激しくぶつかり合う。

 数合に及ぶ探り合いは、ミステリアス・レイディが数メートル間を開けたことで流れが変わる。蒼流旋に取り付けられたガトリングが火を噴いた。

 初めの数発こそ被弾するが、打鉄弐式も大きく敵機を回るように回避する。

 そこで反撃に出たのは背中に搭載された2門の連射型荷電粒子砲『春雷』。

 中間距離での撃ち合いに戦闘が移行する。

 互いに射撃を貰わない。否、打鉄弐式の方が着実にダメージを重ねていった。

 それもそのはず、春雷は威力が高いが隙も大きい。まだ戦闘データの少ない弐式ではオートロックも上手くいかず、掠りもしない。

 対して蒼流旋のガトリングは威力こそ劣りはすれど、連射速度に大きく秀でている。国家代表の腕も加われば、命中率に差は出る。

(危険だけど、ここはやっぱり近接戦で。)

 打鉄弐式が再び夢現で斬りかかる。が。

「読んでたわよ。」

「!?」

 寸でのところで躱され、蒼流旋の横薙ぎをもろに受けてしまう。

 ダメージが大きかったのか、態勢を大きく崩す打鉄弐式。その隙を見逃すミステリアス・レイディではなかった。

 蒼流旋から蛇腹剣『ラスティ・ネイル』に切り替え、斬りかかる。

 壱、弐、参・・・蛇腹剣が幾度も打鉄弐式を襲う。弐式も辛うじて直撃は避けているが、そこは蛇腹剣の利点。ガードを上手くすり抜けて確実にシールドエネルギーを奪っていく。

 このまま守っているだけでは何もできずに負けるだけ。簪はそれだけは嫌だった。

 幸い装甲は打鉄弐式の方が勝っている。一撃。一撃浴びせれば流れは変わる。

 簪は多少強引に突っ込んだ。『それがまた誘いであるとも知らずに』。

「ところで簪ちゃん。」

 楯無の、何でもないような言葉が簪の耳に、酷く遠く聞こえた。

「このアリーナ、『少し熱くない』?」

 しまった、と思った時には既に遅し。

 二機の間で爆発が起きる。

 これぞミステリアス・レイディの武装、『清き熱情(クリア・パッション)』。ナノマシンで構成された水を霧状にして攻撃対象物へ散布し、ナノマシンを発熱させることで水を瞬時に気化させ水蒸気爆発を起こす、その衝撃や熱で相手を破壊する能力。

 効果範囲こそ限定的だが、その威力は絶大。

 打鉄弐式はその攻撃力に押され、墜落してしまった。

 

 

「ちょっと、簪このままじゃ負けちゃうわよ!?」

「鈴さん。少しは落ち着いてくださいな!」

 ギャラリーにいた鈴たちは簪の心配をする。

 だが一方で、一夏はどこか冷静に戦いを見ていた。

「どうしたのだ、一夏。」

「このまま終わるような子じゃないよ、簪は。」

「何故分かる?」

「お前にも分からないか箒。弟や妹には、兄や姉には無い意地ってのがあるんだ。」

 だから、まだ負けない。一夏はそう断言した。

 

「お嬢様・・・。」

 虚はただ見ていることしかできなかった。

 楯無の苦悩を知っていたから。苦痛を知っていたから。

 だからこそ、姉妹の溝を広げるようなこの戦いに賛成出来なかった。

 それでも虚は彼女を止められなかった。その覚悟も知っているが故に。

 だからこそ願う。せめて無事に戦いが終わるようにと。

 

「あわわ~。かんちゃ~ん。」

 本音は慌てた様子でピット内から戦場を見つめる。

 だが、旺牙は動じない。

(簪。お前はまだ、見せてないだろう。伝えてないだろう。お前の想いを。)

 ここで全部見届けてやる。それが旺牙流の覚悟と想いだった。

 

 

 

「終わりよ、簪ちゃん。」

 ゆっくりと、獲物にとどめを刺すべく、ミステリアス・レイディが近づいてくる。

「貴女では私に勝てない。言ったでしょう。『無能でいなさいな』って。」

 突きつけられる最後通告。このまま一方的に試合は終わってしまうのか。

 突きつけられるは蒼流旋。最後の一撃を放たんと、淑女は構える。

 

 嫌だ

 

 そして、止めの一撃が叩き込まれた。

 

 嫌だ

 

「嫌だ!!」

 刹那、槍と薙刀が交差する。夢現が蒼流旋を受け止めたのだ。

「嫌だ!まだ負けたくない!だって、まだ何も伝えてないから!」

 二対の武器が再びぶつかり合う。だが、先ほどまでとは打って変わり、打鉄弐式が優勢だった。

 それは単なる技術の差ではなく、気力の差。簪の気迫が、楯無を上回っただけだ。

 それでも、妹が姉を圧していることに変わりはなかった。

(さっきまでとは違う。まるで簪ちゃんの気力に弐式が応えているよう!)

「私は!今はまだ無能かもしれない!でも、いつまでもそうじゃない!」

 夢現が蒼流旋を弾き、袈裟懸けにミステリアス・レイディを捉える。

「くっ!」

 薄い装甲が災いし、大きくシールドエネルギーが削られる。

「いつまでもお姉ちゃんの後ろばかりにいたくない!今は無理でも、いつか必ず追いつく!一緒に戦いたい!真剣に戦いたい!対等になりたい!」

 打鉄弐式が春雷を構える。ほぼゼロ距離での射撃だ。

 

「私は!お姉ちゃんの『隣』に居たい!」

 

 春雷が放たれる。この距離、大ダメージは必至だろう。

 だが、それがすべて届くことは無かった。

 ミステリアス・レイディのナノマシンのカーテンが威力を半減させることに成功したのだ。

 だがそれでも、威力をすべて殺しきることは出来なかった。

 装甲の一部が大きく抉れている。

「簪ちゃん。貴女・・・。」

「ハァッ!ハァッ!ハァッ!」

 大きく肩で息をする簪。

 妹の叫びが、想いが、楯無にどれだけ届いただろう。

 だが今は真剣勝負の最中。ここまでされて手を抜くことは、自分の矜持に反する。

 だからこそ、思い切り叩き潰そう。生徒会長としてでも、更識家当代としてでも無く、この子の姉として。

「え?」

 そう口にした時には既に遅かった。機動力重視の打鉄弐式が思い切り体当たりを放ってきたのである。

 思わぬ攻撃に距離を開ける楯無。だが、それが致命的だった。

「いっっっ、けぇぇぇぇぇぇっ!!」

 打鉄弐式の最終兵器、六機×八門の誘導ミサイル『山嵐』。それが既に発射されていた。

 皆の手によって形が成され、あの人の、旺牙の知識によって完成した、想いの武装。

 何で旺牙がそんな知識を持っていたとか、今はどうでもいい。この武装が、マルチ・ロック・オンシステムが完成したことを伝えたかった。

「ちょっ、これはキツいっ!?」

 楯無の悲鳴にも似た声。彼女も伊達で国家代表になっていない。ミサイルの雨を高速で回避していく。いや、それは雨というよりも正に風の牙。猛獣が牙をむいて襲い掛かる。

 牙はどこまでも追いかける。そして、轟音が鳴り響いた。

 

 黒煙が中空を支配する。

 未だ、試合終了の宣言は無い。

 黒煙が晴れる。

 そこにいたのはミステリアス・レイディ。しかし、いつもの姿ではない。

『麗しきクリースナヤ』。赤い翼を広げたユニットが接続された、ミステリアス・レイディの超高出力モード。

「まさかここまで追いつめられるなんてね。」

 ミステリアス・レイディは再び距離を詰める。クリア・パッションの射程まで。

「認めるわ、簪ちゃん。貴女は、最強の挑戦者よ。」

 三度の轟音そして。

『試合終了。勝者、更識楯無。』

 

 

 

======

 

 

 

 俺と本音、布仏先輩はアリーナに出ていた。

 布仏先輩はすぐに更識先輩に近づく。何だかんだであの人もボロボロだからな。

 俺たちは簪の傍まで来た。負けたというのに、その表情は晴れ晴れとしている。

「よう。伝えられたか、ちゃんと。」

「分からない。でも、私なりには言えたと思う。」

 そうか。ならば良し。

 そうしていると、ISを解除した更識先輩が近づいてきた。

「お姉ちゃん・・・。」

 更識先輩はそっと簪を抱きしめた。

「ごめんなさい。貴女が思い詰めていたこと、知っていたのに。」

「ううん。もういいの。それより、伝わった?私の気持ち。」

「ええ。本当は、貴女には茨の道を歩いてほしくはなかったんだけど、その覚悟が本物なら、追ってきなさい。私のいる場所は、まだまだ遠いわよ。」

「・・・絶対に追いつく。」

 ちらりと俺を見る。

「頼もしい王子様がいるんだから大丈夫よね♪」

「え、ふえぇぇぇっ!?」

 真っ赤になる簪。いや、俺そんな大層なもんじゃないんだがね。

「それにしてもやってくれたわね旺牙くん?これが狙いだったんでしょう?」

「狙ってはいましたよ?でもこうなればいいなぁ程度に。貴女たちは俺の想定以上の結果を出した。それも姉妹の絆の力ってもんですよ、更識先輩。」

「あ、それ。」

 え、どれ?

「その『更識先輩』っての禁止。簪ちゃんとごっちゃになっちゃう。これからは『楯無さん』って呼びなさい。」

 ん~。なんか気恥ずかしいものがあるな。

「だったら『お義姉さん』でもいいのよ♪」

「お姉ちゃん!!」

 もっと恥ずかしいわい。てかイントネーションがおかしかったぞ?

 

 

 ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 

 突如として鳴り響くサイレン。

『お前たち!何かが来る!早くそこから離れろ!』

 管制室の織斑先生からそんな声が飛ぶが、遅かった。

 何かがアリーナのシールドを破り、地上に落下してきた。

 土煙が舞う中、低く、響く声がした。

「今日は、どんな祭りが催されているのだ?」

 一度聞いたことがある。この声は、間違いない。

「手前はお呼びじゃねーよ!テレモート!」

 煙の中から現れたのは重厚な鎧に身を包み、巨大なハンマーを持った偉丈夫だった。

 




毎回駆け足気味ですいません
来週以降、少し忙しくなるので今週中にもう一話投稿するか一段落してからにするか考え中です。

早ければ明日か明後日投稿するかも。そうなった場合、今まで以上にグダグダになる可能性ががが・・・。


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凶獣、敗北

突如乱入してきた覇王軍四天王テレモート。
立ち向かうのは歴戦のウィザード(の転生者)、志垣旺牙。
負けるな旺牙!世界の平和は君の手に委ねられた!

今回!凶獣、敗北!デュエルスタンバイ!

・・・やっぱあの次回予告は最強のネタバレだよなぁ。


 

 空が、世界が紅く染まっていく。天空には紅い月が昇っている。

「布仏先輩、本音!二人を安全な場所へ!もう戦う余力なんかないだろう!」

 突然のテレモートの乱入に対し、俺は非戦闘員の布仏姉妹に指示を出す。

 幸いまだ奴は攻撃を仕掛けてくる様子もない。

「しおーはどうするの!?」

「俺はこいつをぶちのめす!」

 凶獣を展開し、俺は構えた。

 それでもまだテレモートは構えようともしない。

 余裕か、それとも・・・。

「早くしろ!巻き込まれたいか!」

 俺の怒声に、四人がようやくピットへ戻ろうとする。

「旺牙!無理しないで!」

 僅かに振り向くだけでその声に応える。

「旺牙!俺達も!」

「駄目だ!お前たちはアリーナに人が入ってこないようにしてろ!何が起こるかわからない!」

「でも!」

「いいから、今は言う通りにしろ!どのみちお前たちじゃこいつに干渉できない!」

 いや違う。ISなら侵魔に攻撃が通る。

 だが、相手はネームド級。もしもがあり得る。

 それに奴の纏う覇気は、トルトゥーラ以上の物を感じる。

 間違いなく、強敵だ。皆を巻き込むわけにはいかない。

「・・・くそ!旺牙!やばくなったらすぐに助けに来るからな!」

 侵魔の強大さを肌で覚えていた一夏がすぐに判断してくれた。

 これで良い。これで、全力で戦える。

 

 

 アリーナに人がいなくなると、テレモートはようやくハンマーを構えた。

「待っててくれたのかい。優しいこって。」

「元より俺の狙いは貴様のみ。他の者に興味は無い。」

「それでいなくなるまで待つとか、立派な騎士道精神だな。」

「ふん。純粋な闘争を邪魔されたくないだけだ。」

 そこで会話が切れる。

 二人の間に、一陣の風が吹いたような気がした。

 刹那、両者が弾ける様に間合いを詰めた。

「ぜあぁぁぁぁぁっ!!」

「ぶるあぁぁぁぁっ!!」

 俺の蹴りが、テレモートのハンマーがぶつかり合い、破裂音を上げる。

 互いにあまりの威力に距離が開く。

 奴のハンマー、インパクトの瞬間ブーストしやがった。

 ただのハンマーじゃない。『錬金術』で造られた特殊な得物か。

 それに奴の重厚な鎧。多分に魔力を感じる。『魔鎧』ってことか。

 戦い以外出来なそうな見た目のわりに、意外とインテリなのかもな。

「ふうぅぅぅぅ・・・。今の一撃、中々に良い。腕が痺れたわ。」

「ありがとよ。こっちもまだ脚がビリビリしてるぜ。」

 互いの初手は互角。だが今ので分かったことがある。

 こいつ、おそらく俺より強い。

 こいつが俺の考えてるような『武人』なら、まだ上の攻撃があるはずだ。

 対して、俺は攻撃力が心許ない。

 攻守揃った相手には中々厳しい。

「次だ。うるあぁぁぁぁぁっ!!」

 ちぃ!少しは考えさせろってんだ!

「《一閃》!」

 再び爆発音が場に響く。

 この馬鹿力!なんて攻撃力だ!

「小僧!本気を出せ!このままではつまらんぞ!」

 別に手前を楽しませたいわけじゃねえんだが、仕方ない。

「《インカネーター》出力最大!」

 超能力で凶獣の能力をフルで出し切る。

 正直、これで追いつけなけりゃ俺の負けは確定だ。

「《バリアントウォール》!」

 続くテレモートの一撃を、全力を持って防ぐ。

 ゴンッ!という鈍い音がする。

「ほう・・・。」

 防げたのは僥倖。だが防御に全力を使っていたんじゃ奴は倒せない。

 攻防力、だっけ?攻撃と防御のバランス。それを考えなきゃならん。

 あっちは常時魔鎧着込んでてズルいぞこん畜生。

「《一閃・錬気蹴》!」

 反撃とばかりに奴の腹に『龍』を練りこんだ一撃をぶち込んでやった。

「グフッ!?」

 見事にめり込む。意外だったのは奴の魔鎧がそこまで硬くなかったことだ。

 どうやら重厚そうなのは見た目だけで、攻撃の動きを阻害しないよう軽く作られているようだ。

 おまけにこいつ、攻撃を防御しない。圧倒的な自身の攻撃力で敵を圧し潰すタイプだ。

 しかもお互い同時攻撃か、交互に攻撃を放つのを趣旨とした戦闘を好んでいる。

 これならまだ勝機はある!

「でりゃーーーーー!」

「つあーーーーーー!」

 炸裂音三度。俺の『右脚』と奴のハンマーがぶつかり合う。

 俺のダメージもあるが、奴にもダメージは入っているはずだ。

 そして悪いが、俺は手前の騎士道精神だか何だかに付き合う気はない!

「《伏竜》!」

 俺は両手を合わせ、左右のエネルギーを集中させて伏竜を放つ。

「グヌ、オォォォォォォーーーッ!」

 エネルギーの奔流を、それでも突き進んでくるテレモート。

「覇ぁぁぁーーー!全開だーーーーーーー!!」

 武装である《伏竜》に本来の龍を乗せた本来の伏竜を放つ。

「ぶあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 テレモートの姿は光の奔流の中に消えていった・・・。

 

 

「今のでくたばってくれたら楽なんだけどなぁ。」

 ポツリと呟く。

 当然そんな美味しい話は無く、砂塵の舞う中、何か重いものを振るう音がする。

 テレモートのハンマーが砂塵を吹き飛ばす。

 多少はダメージが有ったものの、まだまだ元気という感じだ。

 野郎、魔鎧着てなくても十分タフじゃねえか。

「面白い・・・。やはり面白いぞ貴様!」

 だから、褒められても嬉しかねえんだってばよ!

 それなら、こいつで一気に決める!

「錬気怒涛拳!」

「ヌッ!?」

 今までのような大技ではなく、細かく、速い連撃を叩き込む。

 目論見は、奴の態勢を崩すこと。

 そこに、今の俺の最高の技を叩き込む! 

 俺の速攻にたたらを踏むテレモート。

 今だ!

「破を念じて、刃と成せ・・・。」

 念を、龍を込めろ!

「念導龍錬刃ッ!!」

 全てを込めた右拳を奴の心臓に叩き込む!

「グオォォ!?」

 手応え・・・あった!

 ボキッ!

「え?」

 フルスキン越しに声が出る。

 見ると、俺の拳はテレモートに捕まり、握りつぶされていた。

 解放される拳。ISの指ごと、五指はあらぬ方向を向いていた。

「~~~~ッ!?」

 目で見てから初めて確認できた、声にならない痛み。

「くっ!《ヒール》!」

 間髪入れずに回復魔法で癒す。

 骨は治ったが、痛みは継続中だ。

 それよりも、心理的ダメージの方がデカい。

「フハハハ・・・。良かったぞ、今の一撃。」

 テレモートは恍惚の笑みを浮かべている。

「だがまだ足りん!足りんぞ!もっと大きな一撃を!俺に!死合っているという実感をくれ!」

 戦闘バカもここまでくると病気だねどうも。

 だがまずい。非常にまずい。

 今のが俺の切り札だったんだ。

 そいつで倒せなかったとなると、打つ手が・・・。

 いや、俺がここで弱気になってどうする。

 俺の後ろには、皆がいるんだぞ。

 なら。

「だったら!とことん付き合ってやらあ!!」

 

 

 何合、攻撃を交わしただろう。

 俺の息も大分上がってきた。シールドエネルギーも限界だ。

 対してテレモートはまだまだ余裕の顔をしていやがる。

 いや、奴の魔鎧には罅が入っているから、ダメージは大きいはずだ。

 大方、闘争に愉悦を感じているんだろう。

 トルトゥーラは変態サディストだったが、こいつもこいつで変態だ。なんだ?覇王軍ってのは変態の集団か?

「うるあぁぁぁぁぁっ!!」

 ちっ!少しは休ませろっての!

 やがるつも限界が近いはずなんだ!

 もう少し踏ん張ってくれよ、俺の体!

「てやぁぁぁぁぁっ!!」

 俺は右脚に渾身の力を込めて蹴り放つ。

 ふっと、脚から力が抜ける。正確には、スラスターと補助ブースターが止まった。

(ヤバい!こんな時に!)

 そして何度目だろう。炸裂音がした。

 砕けた。『凶獣の右脚装甲』が。

 それと同時に凶獣が、ISが解除された。

「グ、ガァァァァァ!!」

 今度は痛みで声が出た。

 ヒールは間に合った。だがやはり痛みはどうしようもない。

「ぬん!」

 すぐさま次の一撃が飛んできた。野郎矜持も何もかも吹っ飛んで戦いを楽しんでやがる。

 すぐにバリアントウォールを張る。

 だがハンマーの威力を殺しきれない。そのまま壁まで吹き飛ばされた。

 崩れたアリーナの壁を退かそうとして、左腕に力が入らないことに気付く。

 どうやらこっちも折れたらしい。けっ。痛みに慣れてきやがった。

「ヒー・・・ル。」

 声が上手く出せない。ヤバい。こりゃ相当ダメージを喰らった。

「・・・辞めだ。ISとやらが無い貴様と戦っても面白くない。」

 何だと、この野郎。

「まだ、ヒュー・・、終わって、ヒュー・・、ねえぞ・・。」

 口からは変な息が漏れている。

 だがまだ終わるわけにはいかない。

 あいつらが後ろにいるんだ。だから、だから。

「負けられねえんだよ・・・、手前なんかに・・・。」

「・・・その心意気や良し。だが戦えぬ体ではな。」

 そう言いながらテレモートは俺に近づく。そして。

「噴ッ!」

「ガハッ!」

 強烈なボディブローをお見舞いしてきた。

 その一撃で、粉砕まではいかなかっただろうが、あばらをやられ、俺の意識は飛んだ。

 すまない『先生』。俺、少し弱くなっちまったみたいだ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こやつ、脚を壊していたか。」

 とんだ興ざめだ。テレモートは思う。

 自分の昂らせ、静めてくれるような漢と思いやってきた。

 実際に、彼は自分を昂らせてくれた。矜持を一瞬忘れるほどに。

 だが、なんという幕切れ。

 所詮ウィザードも、ISなる仮初の鎧を纏っていてはこの程度か。

 ここで止めを刺すも良し。だが・・・。

「ウオォォォォォッ!!」

 突如として響く怒声。

 テレモートは振り返る。

「旺牙から、離れろォ!」

 そこには白式を纏った一夏がいた。否、正確には雪片弐型を構え突撃してくる織斑一夏の姿が。

 テレモートにとっては取るに足らぬ相手。そう思っていた。

 ハンマーで雪片を受け止める。ただそれだけのはずだった。

 砕けたのは、テレモートのハンマー。

 彼は柄の部分だけが残った己の得物を見て驚愕する。

「もらった!」

 一夏は返す刀で雪片を振るう。

「甘いわ小僧!」

 しかし、テレモートは拳だけで白式を吹き飛ばす。

 一夏は白式の態勢を立て直し、今度は己が剣を正眼に構える。

 その姿を見て、テレモートは何かを確信した。

「フ、フハ、フハハハハハ!」

 侵魔は一人高らかに嗤う。

「良い土産話が出来た。此度はここで退散するとしよう。」

「待て!」

 テレモートの姿が徐々に薄くなる。

 嗤いは狂気を帯び始める。

「伝えておけ!決着は必ずつけると!そして白き小僧!貴様もまた運命の渦中にあるのだ!努々忘れるな!」

 その言葉を残し、侵魔は完全に姿を消し、天空の紅き月も消え去った。

「何だったんだ、あいつ・・・。」

 一夏はひとり呟く。だが、それより優先するべきことがあった。

「!誰か!担架だ!旺牙を保健室に連れていく!」

 今日この日、IS学園に衝撃が走った。

 二年生をも凌駕する噂の『獣』が、謎の乱入者に敗れ、重傷を負った。

 

 

 

 

 

 

 ここはIS学園保健室。

 志垣旺牙はここのベッドに寝かされていた。

 意識がないため本来ならば病院などに運んだ方が良いのだが、『男性IS操縦者』の肩書がそれを許さない。その病院が、本当に信頼できるか判らないからだ。

 故に、学校で処置を施すしかない。幸いにも、IS学園は医療機器もそこらの病院より優れている。

 眠る旺牙。その傍らには、一人の少女が座っていた。

 更識簪。旺牙によって心を救われた少女。少なくとも、彼女はそう思っていた。

 初対面の時、ぶっきらぼうに挨拶してしまった非礼を、ちょっとした冗談で帳消しにしてくれた。

 いつも手料理やお菓子を作ってくれた。

 趣味のアニメ鑑賞に付き合って、場を盛り上げてくれた。

 打鉄弐式の完成を手伝ってくれた。そして人と人との繋がりの大切さを教えてくれた。

 そして、姉との確執を消し去る後押しをしてくれた。

 簪が笑顔になるときには、いつも旺牙が居てくれた。

 簪はずっと求めていた。自分を助けに来てくれるヒーローを。自分に笑顔をくれる存在を。

(早く戻ってきて・・・。私の、ヒーロー・・・。)

 凶獣は倒れたのか。魔を噛み砕く牙は折れたのか。

「・・・誰か呼んだか?」

 ゆっくりと、しかしはっきりと言葉を発する旺牙。

「!?お、旺牙!!」

 旺牙の覚醒に対し、その巨体に思わず抱き着く簪。

「簪・・・、流石に、痛ぇ・・・。」

 凶獣は、未だ倒れず。

 

 

 

 

 

 

 場を移して、何処かの空間。

 覇王軍の居城、と言ったところか。

「テレモート!貴方は何処まで愚かなのですか!敵を目の前にして逃げかえるなど!」

「猛るな兄者。俺は弱者を甚振る趣味は無いだけだ。それより、土産話がある。」

「あら、何かしら。あなたの口から話だなんて、明日は槍が降りそうね。」

「そうからかうな姉者。母上。朗報と凶報、同時にございます。」

「うむ、申してみよ。」

 上座に座る少女は先を促す。

「は。『あの時の少年』、やはり本物。『覇王を滅する者』で間違いないかと。」

 その言葉を聞き、場はさらに騒然となる。

「そんな・・・。お母様を討てる人なんて・・・。」

「テレモート!そこまで分かっていながら!」

「そうですよ!母上の御身に何かあったらどうするのですか!」

「弄るのに夢中で気付かなかった兄者に言われたくは無いな。」

「貴様!」

「フハハハハハ!」

 喧々囂々とする場に、少女の高らかな笑いが木霊する。

「そうか!我を討てる者か!確かに凶報!確かに朗報よ!ハハハハハハ!」

 少女は笑う。無邪気に、そして残酷に。

「そうでなくてはつまらん!志垣旺牙、そして『織斑一夏』!運命の子らよ!我に挑め!世界を救いたくば、我を止めて見せよ!」

 覇王。それは絶対的な勝者に贈られる称号である。

 覇王は揺るがない。己の身を揺るがす凶事さえ、彼女にとっては愉悦にすぎない。

 




久しぶりの解説コーナー


『錬金術師』・・科学と魔術、両方の面から世界の法則を紐解こうとするウィザードたち。
        ガジェットという特殊なマジックブルームを持つ者もいる。

『魔鎧使い』・・まがいつかいと読む。特殊な防具『魔鎧』を装備して戦う。以上。


少しの間忙しくなりそうなので連投です。


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凶獣、特訓

明けましておめでとうございます。お久しぶりです。

僅か3000字を書くために二ヶ月以上かかりました。

リアルが忙しかったのもありますが、その隙をみて年忘れGFコンに参加した馬鹿野郎です。

今回短めなのは切りが良かったからです。次回からは元に戻せると思います。


毎日少しずつヒールを掛けていたのが功を奏したか、保険医に訝しげながらも早期退院できた。なんだか俺最近保健室のお世話になりっぱなしのような気がするが、気のせいだろう。

 しかし今回はまずかった。気絶する瞬間死を覚悟した。今生きているのは、一夏が助けてくれたかららしい。

 一夏本人も、とにかく俺を助けるのに必死で自分が何をしたのか覚えてないらしい。

 ネームド級の侵魔を退ける力がアイツにあるのか?

 ・・・分からん。まあ考えても無駄なものは無駄か。

 だがまあ、今の俺の力じゃ奴には届かない。

 もう少し、もう少しのはずなんだ。

 だがどうすればいい。どうすればそれが届く?

 答えが出ないまま寮の自室へと向かう。

 

 

 

「旺牙!もう動いても大丈夫なの?」

 部屋に入るなり、簪が駆け寄ってくる。思えば彼女にも心配をかけたもんだ。毎日一夏たちと一緒に毎日見舞いに来てくれたしな。

「ああ。この通り完全復活、パーフェクト旺牙様だ。」

 マッスルポーズで返答する俺。何か馬鹿っぽい?

 背中を向けた途端、ぽすっ、と軽い何かがぶつかってきた。

「もう無理しないで。お願いだから。」

 震えるような声に俺は何も返せなかった。

 

 

 

 

======

 知らなかった。待っている立場、見ているだけの立場がこんなにも辛いなんて。

 テレビの中のヒーローは、どんなに傷ついても帰ってくる。そんな安心感があった。

 ヒーローを待っている人たちも、その帰還を疑わなかった。

 でも違う。本当はこんなに心が痛いんだ。

 傷だらけで帰ってくる大切な人を迎えるのが、こんなに辛いなんて。

 志垣旺牙は私にとってヒーローだ。

 でも、彼が傷つくのは見たくない。

 私は、どうすればいいんだろう。

======

 

 

 

 

 朝食のため、食堂に向かうと一夏たちがいた。相変わらず和気藹々としながらも牽制しあってる女子たちを見ると大変だと思う。他人事だから言えることか。

「あ、おーい旺牙、簪!」

 一夏が俺たちを見つけると手を振ってきた。恥ずかしいのでとっとと合流してしまおう。

「子供かお前は。」

「はは、悪い悪い。」

 口ではそう言っているが、まったく悪びれてないな。

「アンタ、もう体は大丈夫なわけ?」

「そうですわ。かなりの大怪我でしたのに。」

「いくらタフなお前でも、あの時は肝を冷やしたぞ。」

「皆ありがとうな。お陰で完治したよ。」

 ISのほうはしばらく休養させないといけないがな。

 特に右脚は完全に修理ができるまで大分かかるらしい。

 性急に、早急に直さないと、またいつ奴が来るかもしれん。

 前回は生かされたが、次回もそうなるとは限らない。

「ま、今度アイツが襲ってきても、皆でかかればどうとでもなるわよ!」

「その件なんだが鈴、それに皆。アイツの相手は引き続き俺だけでする。皆は手を出さないでくれ。」

「「「「なっ!?」」」」

 全員が声を上げる。

「ちょ、お前何言ってんだよ!?」

「私たちでは力不足だと言いたいのか!?」

 一夏と箒が食って掛かってくる。

 違う。違うんだよ。

「アイツは俺の手で倒さなくちゃいけない・・・。俺じゃなきゃ倒せない。自惚れでもなんでもなく、事実なんだ。」

「わたくしたちを軽く見過ぎですわ!事実、わたくしはあの悪魔に有効打を与えています!」

「あんな名前もない悪魔どもとは訳が違うんだよ。あの男は。」

「大丈夫でしょ!?あたしら全員よ!?」

「数の問題じゃない。俺は。」

「そういう運命なの?」

 沈黙を保っていた簪の声が響く。

「アイツと一対一で戦うことが、旺牙の運命なの?」

 声に、微妙に寂しさと悲しさが混じる。

「運命、か・・・。そう言われればそうなるな。曲げられない運命。避けられない宿命みたいなものが出来ちまった。」

「そんなの、ありかよ・・・。」

 場は静かになったが、だれも納得していないのは伝わってくる。

「信じてくれなくていい。でも俺にとって、『俺達』にとって、その言葉は、途轍もなく重い。」

 先に行くぞ、と言い残し俺はさっさと食堂を後にした。

 あーあ、こんな場所で口論になるなんて、俺もまだまだだな。

 

 

 

 

 今日の授業も終わり学生たちは部活や寮に向かう。

 俺は部屋に行かず校舎の目立たない場所へと。

 座禅を組み龍を練る。

 あの時、あと少しで届いたんだ。

 その少し、たった数㎝を埋められなかった。

 ・・・情けねぇ。本当に情けねぇ。

 敗北は一度じゃないはずなのに、ここまで痛いのは初めてだ。

 涙が浮かぶ。どうしてあの差が埋められなかった。どうして、今生きている!

 いや、邪念は捨てろ。精神を研ぎ澄ませ。

 イメージしろ。新しい自分を。強い自分を。

 負けた自分を思い出せ。それを超えて見せろ。

 ・・・思い出せ。俺が憧れた、正義の味方の姿を。

 

(付いてこい。地獄を見せてやる。)

(その後は、念願のヒーローだ。)

 

 先生・・・、俺は、これ以上強くなれるかな?

 もう二度と会えないと分かっていても、聞きたいよ。

 

 

 部屋に戻ると、簪が一人で特撮物を見ていた。

 ただいまも言わない、お帰りもない。寂しい帰宅。

 疲れたことだし、もうシャワーを浴びて寝るか・・・。

 その時、俺の目に映ってきたのは。

(これだ!この動きだ!)

 そのまま俺は駆け出した。

「え?旺牙?」

 ポカンと口を開けたままの簪を置いて。

 

 

 回転しながら宙を舞う。

 ある程度の高さに到達したら姿勢を正し、そこからさらに捻りを加える。

「うおっと!?」

 バランスが取れない。途中でグラウンドに叩きつけられる。

 ISがあれば宙を飛べるのだが。

 いや、凶獣が完全に直るまではこの肉体だけでなんとかしなくては。

 それから、俺の修業の日々が始まった。

 

 

 数日が経ち龍が今まで以上に練られるようになった。

 あとはフォーム。異能使いである以上、形に拘るのは無意味ではない。

 想いを力にする。それが異能使い。そう教わった。

 

 回転して上昇。足を仮想敵に向ける。

 そこからさらに捻りを加え。

 そして、龍を解放!

 

 

 

 ズドーーーン!!

 

 

 夜のグラウンドに木霊する爆音。

 教師たちが慌てて様子を見に来る。

 グラウンドの中心には大きなクレーターが出来ていた。

 その中心に馬鹿一人。

 僅かに笑みをたたえ、気絶する馬鹿一人。

 

 

 

======

 上空から、この数日を見守ってきた影がある。

 何をするでもなく、唯々志垣旺牙の一挙手一投足を見ていた。

 そして最後の日、影は少し安堵した。

(どうなることかと思ったが、これなら一安心、か。)

 本来なら自分が修行をつけたかった。

 だがそれではこの先を生き残れない。あくまで自分で気付かなくてはならなかった。

(旺牙。あの敗北はお前を確実に強くした。俺はただ見守らせてもらう。)

 そのまま影は夜空へと消えていった。

======

 

 

 

 

 もはや俺は保健室の常連である。

 保険医の先生からは苦笑を頂きました。

 傷も無く意識もしっかりしているとのことで、そのまま退院となった。無理は絶対しないこと、と苦言を頂いて。

 部屋に入ると、簪が少し冷たい目でこちらを見ていた。

「あ、あの、簪さん?」

「・・・正座。」

 はい。

 しこたま叱られた。隠れて無茶をしていたのがバレたからだろう。

 心配してくれたのは嬉しいが、そろそろ解放してくれませんかねぇ。

「まったく!・・・本当に心配したんだよ。」

「悪い。」

「・・・・・・。」

「ごめんなさい。私が悪かったです。」

「・・・。もう無茶しない?」

「・・・はい。」

 ・・・沈黙が痛い。

「はぁ、もういいよ。でも本当に無茶しないでね?心配する方の身にもなってね。」

 それは、完全に約束できないな。侵魔が出たら間違いなく無茶をする。

「ご飯はどうする?」

「軽くでいいや。部屋で作っちまおう。」

 俺達は、遅めの朝食を食べ、それぞれの教室へ向かった。

 

 

「旺牙ってさあ、よく俺に皮肉言うけど、今回は俺が言うよ。馬鹿じゃないのか。」

「お前に言われるとグサッとくるなあ・・・。」

 普段のパワーバランスが分かるわぁ。

 




再度言いますが今回アイツ短めな次回短くて申し訳ございません。
色々あったせいか頭が上手く働かないんじゃあー。


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久しぶりに何もない日・前編

明けましておめでとうございます(遅

体の芯まで冷える今日この頃、皆様風邪などひいておりませんか?

私は親が風邪気味なので戦々恐々としております。


 六月頭、日曜日。

 俺と一夏は久々にIS学園の外、というか共通の友人、五反田家にいた。

「で?」

「で?って、何がだよ?」

 格ゲー対戦中の二人の後ろで、俺は漫画を読んでいた。長編漫画は一度読みだすと続きが気になって仕方ない。

「だから、女の園の話だよ。いい思いしてんだろ?」

 してないわけじゃないんだが、一夏が鈍感だからなぁ。

 一夏と対戦している五反田弾は俺達の中学からの友達なんだが、入学式当日に知り合って以降やたら馬があい三年間鈴と揃って同じクラスだった。中学時代はその四人でつるんでいたと言える。

 それに弾はこの右目を、皆が腫れ物に触れるように扱う中、変わらず接してくれた良い奴だ。単に馬鹿なだけかもしれんが、その時は救われた気がした。

「嘘をつくな嘘を。お前らのメール見てるだけでも楽園じゃねえか。なにそのヘヴン。招待券ねえの?」

 あるか馬鹿。てかさらりと俺を混ぜるな。

 

 ISは本来女性にしか扱えない。

 だというのに俺と一夏というイレギュラーが発生してしまった。

 ISが動かせる。それだけの理由で(まぁ大層な理由だが)俺たちは基本女子校であるIS学園で絶賛寮生活中だ。

 周りが皆女子なもんだから、トイレにも気を使うし、下ネタなんか言った日にゃどうなることやら。

「つうか、アレだ。鈴が転校してきてくれて助かったよ。話し相手本当に少なかったからなあ」

「ああ、鈴か。鈴ねえ・・・。」

 中学時代から二人を生暖かい目で見ていた弾からすると、鈴の話題は楽しそうに聞いてくる。少しキモい。

「よっしゃ、また俺の勝ち!」

「おわ!きたねえ!最後ハイパーモードで削り殺すのナシだろ~・・・。」

 ちなみに今二人が対戦しているゲームは『IS/VS(インフィニット・ストラトス/ヴァースト・スカイ)』。発売月だけで百万本セールスを記録した超名作。データは第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』のものが使われている。

 ・・・諸事情により千冬さんのデータは無い。

「やっぱイタリアのテンペスタは強いわ。つうかエグいわ。」

「たまには別のキャラ使えよ。イギリスのメイルシュトロームとかよ。」

「いや、あれすげえ使いづらいし、技弱いし、コンボ微妙だし。」

「腕の悪さをキャラのせいにするなよ。」

「いや、旺牙の弱キャラ好きは置いておいて。」

 解せぬ。弱キャラにはロマンがあるじゃないか。

 ちなみにソフトを開発したのは日本のゲーム会社なんだが、当然のように各国から苦情が来たらしい。『我が国の代表はこんなに弱くない!』だとさ。

 困ったソフト会社はなんと参加二十一ヵ国それぞれが最高性能化されたお国別バージョンを発売。これがもう各国でバカ売れ。

 てか、内部数値いじるだけで二十一種類作れるんだから、ボロいもんだぜ。

「で、話は戻るが鈴のことは」

 意地でも鈴の話題に戻そうとする弾の言葉は、突然の訪問者に遮られた。

「お兄!さっきからお昼出来たって言ってんじゃん!さっさと食べに」

 ドカンと蹴り開けられるドア、ビタンと俺の顔にはりつく何か。全ての現象の元は弾の妹の五反田蘭。顔に張り付いているのは彼女の履いていたスリッパだった。

 俺達より一つ下の中三。有名私立女子校に通う優等生だ。兄妹でどうしてここまで差がついた。

「あ、久しぶり。邪魔してる。」

「いっ、一夏・・・さん!?」

 それにしてもあれかね、女子ってのは自分のテリトリー内ではラフで無防備なのかね。肩まである髪を後ろでクリップに挟んだだけ。服装もショートパンツにタンクトップという機能性重視の格好をしている。

 しっかし、IS学園に入学してから目のやり場に困ったことは数知れず。それこそタンクトップで廊下ですれ違ったときは気まずかった。あの簪すら時折無防備な格好をしている。俺たちだって健全な男子高校生なんだぞと声を大きくして叫びたい。

「い、いやっ、あのっ、き、来てたんですか・・・?全寮制の学園に通っているって聞いてましたけど・・・。」

「ああ、うん。今日はちょっと外出家の様子見に来たついでに寄ってみた。」

 ちなみに俺は付き添いである。アパートは引き払ったからな。

「そ、そうですか・・・。」

「なあ、そろそろ俺にも話題振ってくれないか?」

「え・・・って、旺牙さん!ごめんなさいごめんなさい!」

 いやまあ、痛くはないんだけどね。スリッパを蘭に投げ返す。

「本当にごめんなさい。お兄を狙ったつもりが。」

「おい。」

「威力は申し分なかった。あとはコントロールだな。」

「はい・・・、ごめんなさい。」

「いいって。別に怒ってないから。

 スリッパを履き直し、一息つく。

「蘭、お前なあ、ノックくらいしろよ。恥知らずな女だと思われ」

 ギンッ!蘭の視線一閃。

 まるでポ●モンのへびにらみのようだ。分かりやすい戦力差。

「・・・なんで、言わないのよ・・・。」

「い、いや、、言ってなかったか?そうか、そりゃ悪かった。ハハハ・・・。」

 完全に蛇に睨まれた蛙状態。これだけで五反田家における弾の地位の低さが分かるってんだ。

 ギロリと弾を一睨みし、蘭はそそくさと部屋を出ていく。

「あ、あの、よかったら一夏さんもお昼どうぞ。旺牙さんも。まだ、ですよね?」

「あー、うん。いただくよ。ありがとう。」

「い、いえ・・・」

 おーい。俺はついでですか?なんか悲しくなってきた。

「しかしアレだな。蘭ともかれこれ三年の付き合いになるけど、まだ俺に心を開いてくれてないのかねぇ。」

「「は?」」

 ハハハ、何言っちゃてんだこのハリキリボーイは。

 ありゃホの字の相手に対して照れてるオーラ全開だったじゃないか。俺でも気付くぞ。

「いや、ほら、だってよそよそしいだろ。今もさっさと部屋から出ていったし。」

 あーもー・・・。

「聞きまして志垣さん家の奥様、今のセリフ。」

「ええ五反田さん家の奥様。小学生の頃からですのよ。」

「んまー、酷い。」

 などと小芝居を挟む。

「ま、こいつは神の領域に達した朴念神だからな。俺は諦めて誰の側にも付かないことにした。」

「俺はこんなに歳の近い弟はいらん。」

 首を傾げてる織斑さん家の一夏くん。君のことだよ。

「まあ、いいや。とりあえず飯食ってから街にでもでるか。」

「「昼飯、ゴチになります。」」

「なあに気にするな。どうせ売れ残った定食だろう。」

 その売れ残った定食のレシピが知りたいのに、教えてくれない。というか五反田食堂の味を盗めない。あの味、舌には馴染んでるんだがなあ。

「じゃ。ま、行こうぜ。」

 

 

「うげ。」

「ん?」

「おろ?」

「・・・・・・」

 露骨にイヤそうな声を出す弾を、後ろから覗く俺と一夏。

 そこには俺たちの昼食が用意してあるテーブルがあるんだが、先客がいた。

「なに?何か問題でもあるの?あるならお兄ひとり外で食べてもいいよ。」

「聞いたか二人とも。今の優しさに溢れた言葉。泣けてきちまうぜ。」

 先客の蘭にありがたいお言葉をもらう弾。まあなんだ、涙拭けよつハンカチ。

「別に四人で食べればいいだろ。それより他のお客さんもいるし、さっさと座ろうぜ。」

「そうよバカ兄。さっさと座れ。」

「へいへい・・・。

「何俺のこの疎外感。」

 こうして俺、一夏、弾、蘭という並びで座る。

「蘭さあ。」

「は、はひっ?」

「着替えたの?どっか出かける予定?」

「あっ、いえ、これは、その、ですねっ。」

 蘭の格好は、先程までのラフな姿ではない。髪もおろしたロングストレートがきれいなキューティクルを放っている。服装も半袖のワンピース。きれいな腕がよく映える。裾からはティーン特有の躍動感溢れる脚が伸びている。わずかにフリルの付いたニーソックスと裾の間の絶対領域が眩しい。・・・俺の趣味ってわけじゃないよ?

「ああ!」

 一夏が声を上げる。嫌な予感しかしない。

「デート?」

 ダンッ!

「違いますっ!」

 もうホント・・・。この馬鹿どうしてくれよう。

「ご、ごめん。」

「あ、いえ・・・。と、とにかく、違います。」

「違うっつーか、むしろ兄としては違って欲しくもないんだがな。何せお前そんなに気合いの入れたおしゃれするのは数ヶ月に一回」

 バシッ!

 瞬撃のアイアンクロー、というより口封じ。昔冗談で教えたのだが、見事に物にしたようだ。

「・・・!・・・・・・!」

「(コクコクコク!)

 もう弾は一生蘭に勝てないだろう。五反田家カーストの最下位は永遠だな。それにしても。

「お前ら仲いいな。」

「あ、それは俺もそう思う。」

「「はあ!?」」

 おおハモった。

 でも事実そう思う。嫌いな相手なら喧嘩どころか視界にすら入れないだろう。話しかけるなんてもってのほかだ。

「食わねえんなら下げるぞガキども。」

「く、食います食います。」

 厨房から現れたのは八十を過ぎてなおも健在、五反田食堂の大将にして頂点、五反田厳さんだった。長袖の調理服を肩までまくり上げ、剥き出しになった腕は筋肉隆々。中華鍋を一度に二つ振る剛腕は、熱気に焼けて年中浅黒い。自然に出来た筋肉なので、まったく無駄がない。

 まだ月衣が発現していなかったころに受けた拳骨は千冬さんにも勝るとも劣らない威力。腕相撲は全敗だった。

「「「いただきます。」」」

「いただきます・・・」

 元気がないのはもちろん弾だ。

「おう。食え。」

 厳さんは次の料理に取り掛かる。

 その音をバックに、俺たちは食事の合間合間に雑談を始める。物を噛みながら喋ると中華鍋という凶器が飛んでくるので、その辺りのマナーは徹底している。

「でよう一夏。鈴と、えーと、誰だっけ?ファースト幼馴染み?と再会したって?」

「ああ、箒な。」

「ホウキ・・・?誰ですか?」

「ん?俺のファースト幼馴染み。」

「ちなみにセカンドは鈴な。」

「ああ、あの・・・。」

 蘭の機嫌が悪くなる。まあ、恋敵の話なんざ聞きたかないだろうよ。

「そうそう、その箒と同じ部屋だったんだよ。まあ今は」

 あ、地雷踏んだな。

「お、同じ部屋!?」

 蘭よ、気持ちはわかるが取り乱すな。汁が飛んできたんだよ汁が。椅子も倒れてるぞ。今日の俺散々じゃね?

「ど、どうした?落ち着け。」

「そうだぞ落ち着け。」

 ギンッ!蘭のへびにらみ!弾はマヒした!

 ちなみに厳さんは蘭に甘い。俺たちが同じように椅子を倒したら宝具『おたま』が飛んでくる。

「い、一夏、さん?同じ部屋っていうのは、つまり、寝食をともに・・・?」

 動揺して言葉遣いが古風になってる。

「まあ、そうなるかな。ああ、でもそれ先月までの話で、今は別々になってる。そういやなんで旺牙と同じ部屋にならないのかな?」

 知るか。学園側の事情に興味は無いね。今の俺は空気に徹しているのだ。

「い、一ヶ月半以上同せ、同居していたんですか!?」

「ん、そうなるな。」

 弾の奴が汗をダラダラ流している。これは、一夏の近況報告を怠っていたな。

「・・・お兄。後で話し合いましょう・・・。」

「お、俺、このあと一夏と出かけるから・・・。ハハハ・・・。」

「では夜に。」

 声に何とも言えない覇気が纏っている。これがお嬢様校の中等部生徒会長の実力か。

「・・・。決めました。」

 何をでしょう。予想はついてる。

「私、来年IS学園を受験します。」

 がたたっ!

「お、お前、何言って」

 ビュッ、ガン!

 清々しいほどの音がして、おたまが弾の顔面に直撃した。だから静かにしてればいいのに。

「え?受験するって・・・なんで?蘭の学校ってエスカレーター式で大学まで出れて、しかも超ネームバリューのあるところだろ?」

「大丈夫です。私の成績なら余裕です。」

「IS学園は推薦ないぞ・・・。」

 よろよろと立ち上がる弾。こいつ復活だけは早いんだよな。あとは体力がつけばいいのに。

「お兄と違って、私は筆記で余裕です。」

「いや、でも・・・。な、なあ、一夏!あそこって実技あるよな!?」

「ん?ああ、あるな。IS起動試験っていうのがあって、適性がまったくないやつはそれで落とされるらしい。」

 その起動試験はそのまま簡単な稼働状況を見て、それをもとに入学時点でのランキングを作成するようだ。俺の試験官が千冬さんだったのはだいぶイレギュラーだったらしい。

「・・・・・・。」

 無言でポケットから何やら紙を取り出す蘭。受け取って開く弾。

「げえっ!?」

「IS簡易適性試験・・・判定Aか・・・。」

「問題はすでに解決済みです。」

 何やら得意になっておられますなあ。

「それって希望者が受けれるやつだっけ?たしか政府がIS操縦者を募集する一環でやってるっていう。」

「はい。タダです。」

 頷いてる厳さん。本当に蘭に甘いな。タダより高いモノは無いともいうが。

「で、ですので。」

 こほん、と咳払い。あ、俺なんか嫌な予感してきた。

「い、一夏さんにはぜひ先輩としてご指導を・・・。」

「ああ、いいぜ。受かったらな。」

 一夏のやつ、安請け合いしやがって。しょうがねえ。俺が悪者になりますか。

「俺は反対だな。」

 関係者たちの視線が俺に集まった。




原作文章が多かったので、次回はオリジナル要素を入れていきたいと思います。


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久しぶりに何もない日・後編

何もない日と言っておいて大分時間が空きました。
むしゃむしゃしてやった。反芻はしている。


「俺は反対だな。」

 関係者たちの視線が俺に集まった。

 止まっていたような時間が動き出す。

 蘭の顔が驚愕から泣きそうな顔に変わってきた。ヤバい。それと同時に厳さんの方角から物凄い殺気のようなものが向けられる。これは別の意味でヤバい。

「あ~、ちょっと待って。そういう意味じゃない。邪魔でもないし、素質が無いなんて言ってない。むしろA判定なんて可能性の塊だ。」

 そこのところは勘違いしてほしくない。

「じゃあなんで反対なんですか?」

 今度は不貞腐れたような声を出す。

 多分こういう感情豊かな所が、どこか鈴に似てる気がする。やはり同族嫌悪か。

「ISは間違ってもファッションじゃない。銃や剣を振り回す、立派な兵器だ。」

 本当はそんな言い方したくないんだけどな。束さんのためにも。

「扱いを間違えれば自分だけじゃない、誰かを傷つける。ファッション感覚じゃいつか取り返しのつかない事になる可能性がある。」

「旺牙、それは。」

「黙ってろ一夏。これは蘭の為だ。」

 少しは厳しめのことを言っておかないとな。

「実際、最近にも俺や一夏が危険な目に合ってる。命懸けだった。」

「そんな!そんなことニュースじゃ一言も。」

「公にしない理由は俺も知らん。だが事実だ。」

 トルトゥーラやテレモートのことは黙っておいた方が良いだろう。

「蘭は俺や一夏にとって可愛い妹分だし、五反田家にとっては大事な家族だ。それが消えないような傷を負ったら、冗談じゃ済まねぇんだよ、いろいろと。」

 事故なら悔いが残るし、誰かにやられたんなら俺たちが正気でいられるだろうか。

「だから、IS学園を受験したいっていうなら、覚悟と自覚を持ってほしい。自分は兵器に手を出すんだって。考える時間はまだ一年近くあるんだからよ。」

 蘭が俯いてしまっている。泣くなよ、泣かないでくれよ。蘭目当ての客や厳さんを敵に回すのは嫌だぞ。

 若干厳さんからの圧力が和らいだ気がするが。

「・・・分かりました。あと一年、もう一度よく考えてみます。」

 うん。良い娘だ。近くに座っていたら頭を撫でたいところだ。

「まあ考え抜いた末それでもIS学園を受験したかったら文句は無い。蘭なら合格できるだろう。そうすれば先輩として一夏が丁寧に教えてくれるだろう。」

「ふえあえうおえあえ!?」

「ああ、協力するよ。」

「い、一夏しゃんっ!?」

 おーおー、急にラブコメ臭がしてきおったわい。焚きつけたのは俺だけど。

 それに気づかない一夏も一夏だな。

「や、約束しましたよ!?絶対、絶対ですからね!」

「お、おう。」

「いやいやちょっと待てよ!何勝手に進路決めてるんだよ!なあ母さん!」

「あら、いいじゃない別に。一夏くん、旺牙くん、蘭のことよろしくね。」

「「あ、はい。」」

 俺もなのか。まあいいだろう。

 五反田食堂の自称看板娘、五反田蓮さん。実年齢は不詳にして秘密。曰く『二八から歳をとってないの。』だそうだ。魔法の存在を知っている身としては冗談に聞こえない。まあ実際美人だから良いだろう。

「はい、じゃねえよ!」

 煩いなあ、弾の奴。一発絞めるか。

「ああもう、親父はいねえし!いいのか、じーちゃん!」

「蘭が自分で、真剣に考えてからにするって言うんだ。俺たちの口が挟める問題じゃねえ。」

「いやだって」

「なんだ弾、お前文句があるのか?」

「・・・ないです。」

 厳さんに逆らえないのは分かってるんだから、無駄に気力と体力使わなければいいのに。

 俺は、敵わないと思った相手には様子を見るよ。誰彼構わず喧嘩吹っ掛けてた頃に死ぬほどの恐怖を味わったからな。ああこれ『前世』の話ね。

 『こっち』だと、今のところ千冬さんと厳さんぐらいかな。束さんは意外と握力、腕力で制圧できる。あまり効果ないけど。

「では、そういうことで。ごちそうさまでした。」

 いつの間にか完食していた蘭は合掌して席を立つ。もちろん自分が使った食器は自分で片付ける。どこか良いとこのお嬢さんのようだ。

 彼女を娶るにはまず朴念神以上でなければならんのか。お気の毒に。

 俺も食後のお茶を飲んでいると一夏と弾がひそひそと話していた。

 やれ彼女を作れだのなんだのと。もう放っておいてやれよ。挙句鈴のことになると声が大きくなってきて、なんか手が付けられなくなってきた。

「大体、お前いつ女に興味が湧くんだよ。アレか?モテスリム気取りか?ふざけんなよ、この野郎!」

「何できれてるんだよ。」

「きれてねえよ!」

 お前は〇州力か。

 その時、物凄い殺気を感じた。思わず構えを取ってしまったほどだ。

「お兄。」

 えー、蘭さん?その気温まで下げる殺気はどこで覚えたのかな?

「お、おおおお、おう。ななななんだ?」

 弾が震えている。そりゃ『コレ』をぶつけられちゃあね。

 ・・・目をそらせばよかった。でなければ、『修羅』を見ずにすんだのに。

 

『余 計 ナ コ ト ヲ ス ル ナ』

 

「で、では私はこれで。」

 殺気を消し蘭はそそくさと去っていった。

 いやあ、あれは並大抵の人間が出せるレベルじゃねえ。怖い怖い。

 というか俺もとい一夏の周りの少女、女性たちは皆おっかないぁ。見る分には楽しいが。

 しかし厳さん、このカボチャの煮物、冷めかけでも美味いです。マジでレシピ教えてください。なんでもしますから。

「・・・んで・・・えが・・・」

 ん?弾が何か呟いている。

「何でお前ばっかりモテるんだ!?ええい、この顔か!?この顔がモテスリムか!?スリム分はやるからモテ分をよこせ!」

 こいつはいったい何を言っているんだ?

「旺牙だってそうだ!お前が進学しないってことで裏で泣いてた女子結構いたんだぞ!お前はあれか!?スポーツマン的な人気か!?『頼りになる』的人気かあ!?」

 完全に暴走している。

 中学後半なんて俺は腫れ物扱いだったじゃないか。普通に接してくれた女子もその『頼りになる』存在止まりだっただろうが。

「ああもう、このモテロマンどもがああぁ!!」

 何だよモテロマンって。

「うるせえぞ弾!」

「はいっ。すみませんでしたっ。」

 調教は骨の髄、脳の奥まで浸透しているようだ。調教師(厳さん)の言うことに脊髄反射レベルで対応している。

「一夏、あとで勝負しろ。」

「いいけどよ。なにで?」

「エアホッケー。」

 !?馬鹿な!未だ一勝もしておらず、十連敗を喫しているものを選ぶとは。引けない勝負と覚悟・・・て訳じゃないな、とにかく怒りをぶつけたいのだろう。

「一夏ぁ、俺は先に帰ってていいか?」

「何言ってんだ旺牙!お前とはパンチングマシーンで勝負だ!」

 ええ~・・・。俺、確実に勝敗が決まってる勝負はあんまりやりたくないのになぁ。

 

 

 

 

 

 

 はあ~。疲れた。精神的に。

 しかし手を抜いたとは言え七七四㎏はやりすぎたか。ギャラリーが集まってしまった。

 

 だが、IS学園に戻ってきたいいモノの、部屋割り変更のことを思い出す。

 なぜ一夏は一人部屋になって。

「旺牙、お帰り。」

 俺は相変わらず簪と同室なのでしょうか。

 いやね、別に嫌なわけじゃないよ。簪はいい子だし、トラブルも無い。

 ただやっぱり、なぜ俺が一夏と同室ではないのかと思ってしまうのだよ。

「どうしたの?」

「いや、何でもない。」

 まあ生徒会側も教師陣も、何か考えがあってのことだろう。考えなしにいまだに男女同室にしているとは思えない。

「よし。簪、今日は学食で食うか?色々買ってきたけど。」

「あ、うん。それじゃあ、旺牙の料理、食べたいな。」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないの。任しとき。」

「♪」

 牛挽肉と玉葱・・・、ハンバーグにでもするか。スープはコンソメ。ああ言っといて簡単なものになってしまうか。どうしよう、チーズinにするかな?

「えっと、旺牙。手伝おうか?」

「お、じゃあ遠慮なくお願いしようかな。簪はコンソメスープを頼む。」

「うん。」

 部屋のキッチンに凸凹コンビが並び立つ。ま、デカいのは俺の方なんですけどね。

 仕込みをしながら、ちらりとカレンダーを見る。

 学年別個人トーナメント。

 文字通り学年別のIS対決トーナメント戦。これを一週間かけて行うもの。期間が長い理由は単純明快、全員強制参加だからだ。

 一学年がおよそ百二十名。これをトーナメントで行うのだから規模も相当のなもの。一年は浅い訓練段階での先天的才能評価、二年はそこから訓練した状態での成長能力評価、三年はより具体的な実戦能力評価。

 特に三年生の試合は大がかりで、IS関連の企業のスカウトマンはもちろんのこと、各国のお偉いさんが見に来ることもあるらしい。入りたくて入ったわけじゃないが、俺も結果は残したい。

 腕に力も入る。

「ねえ旺牙。」

「ん?どうした?」

「タネが飛び散ってる・・・。」

 ・・・わぁお。

 

 

 食後、キッチンを掃除して(もちろん俺が)軽く瞑想に入る。

 龍(ロン)を練るのに基本の修練だ。

 力や技だけじゃない、精神も鍛えなければならない。トーナメント、俺も勝ちに行きたい。そしてもちろん、対戦相手に簪が昇りつめてくることもありうるのだ。

「簪。」

「なに?」

「負けないからな。」

 一瞬ポカンとしていた彼女だが、カレンダーを見て。

「私こそ。」

 柔らかい笑顔で、それでも闘気を込めて答えた。

 

 

「それじゃあ、ちょっと走ってくる。」

「行ってらっしゃい。」

 ジャージに着替え、部屋を出る。

 軽く走りながら考える。あの時のゴーレムとやらを暴走させたのは何者だったのだろう。

 あの戦いには箝口令をしかれ、直接戦闘にかかわった俺に一夏、鈴にセシリアは誓約書まで書かされた。まあ、だれが作ったかは本人から聞かされたけど。

 おそらく、暴走させたのは侵魔たちだろう。奴らは電子的にも憑依することが出来る。

 そして奴らは手始めにゴーレムを投入し、ISの能力を確かめたというのが俺の考えだが、まだ穴がありすぎる。

 能力を知りたいのならトルトゥーラが初めから出てくればいいはず。それを、まずは高みの見物とは考え、ることも出来なくはないんだよなあ、奴の性格上。身体を痛めつけてから心を蝕む。そんな奴だったからな。

 だがそれなら、テレモートが介入するのがおかしい。仲間が倒されそうになったから出てきた、というなら、それこそ初めから一緒に出てくるべきだ。つまりあの段階では、俺たちの命を奪うつもりは無かった?

 うーん。分からん。考えれば考えるほど思考の糸が絡まっていくのがわかる。

 今はいい。今はまた奴らが襲撃してきたときのために更なる研鑽を。

 なぜか分からんが予感がする。この学年別トーナメント、まともに終わらない。何かが起きる。

 考えるより、勘を信じたほうが俺は上手くいく。いや、まあ外れてほしい勘だけどな。

 何も起きませんように。そう念じながら走る。

 それがフラグだと知らずに。

 




すいませんでしたあ!!
また今回も半分以上原作のなぞりになってしまいましたあ!!
これでも反省しているので許して下しあ(´;ω;`)


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恋風模様。噂と貴公子と軍人と。

今回も長くなってすいません。
花粉症の時期ってなにもやりたくなくなるんですよね。


 さて、ひとっ走り行ってくるか。

 まだ寝ている簪が起きないようにゆっくりと部屋を出る。

 

 最近夢見が悪いような気がする。

 どんな内容だったかははっきりと覚えていないが、前にも見たような。

 ウィザードの見る夢には何かしらの意味があるジンクスがあるのだが、中身を覚えていなければなあ。少なくとも良い内容ではなかったのは確実だ。

 ま、軽く体を動かして気分を発散しよう。

 

~~~二時間後~~~

 

 

 あ~、さっぱりした。やっぱり朝のジョギングは最高だな。

 そろそろ簪も起きている頃だろう。

「ただいま~。」

 ドアを開けると、着替え中なのかパジャマの上着をたくし上げている簪と目が合った。

 ふむ。簪は自嘲するが、なかなか・・・。

「良いものをお持ちで。」

 俺の顔面に時計がめり込んだ。

 

 

 前が見えねえ。

「悪かったって。悪気は無かったんだよ。」

「・・・(つーん)。」

 あー、完全に機嫌を悪くしてしまった。

 ちゃんとノックしなかった俺に非があるのはしょうがないが、どうしよう。

 謝っても簡単に許してくれそうにないが・・・。

 ・・・この手は使いたくなかったが。

「なあ~、機嫌直してくれよ。今度好きな菓子作ってやるから。」

 餌付け、食べ物で釣ろう。もうこれしかない。

「・・・ケーキ。」

 ん?

「シフォンケーキ。」

 意外と簡単に釣れた

「あぁ。とびっきりのを作ってやるよ。」

 はいこれにてこの話題は終了。

 軽く罪悪感が残るが、これで許してくれるなら。

 しかし、簪の身体、引き締まっていてそこそこのサイズで、まだ瞼の裏に焼き付いている。・・・煩悩退散、煩悩退散。

 

 

「あ、志垣くんに簪ちゃん、おはよう。」

「おはよう。」

「おう、おはよう。」

「おはよう、二人とも。」

 食堂に行く途中で立花と嶋田に出会った。

 そのまま四人で歩く。

 よく考えたらこの二人には世話になりっぱなしのようだ。

 二人と本音が積極的に俺に話しかけてくれたから、他の皆の警戒心も無くなった。

 二人がいたから、打鉄弐式も完成に一気に近づいた。

 この数ヶ月で、簪以外には特に仲良くなった仲だ。

「ねえねえ志垣くん。そろそろさあ、私たちのこと名前で呼んでよ。」

「ちょ、ちょっと萌!」

 うむ、それもいいかもしれない。

 俺は別に女子を名前で呼ぶのには抵抗がない。

「じゃあ改めて、沙紀に萌。これからもよろしくな。」

「わ、私も、名前で呼んでいい?」

「もちろん!友達でしょ?」

 簪は、えへへ・・・、と照れたように笑っている。良い傾向だ。

 友達が増えれば簪ももっと明るくなるだろう。

 対して沙紀の方はなんだか少し赤くなっている。さてどうしたのか?

「そういえばさ、あの噂って本当なの?」

 噂?なんじゃそら。

「ほら、学年別トーナメントで優勝すると」

「「萌ーーーーッ!」

 おう、嶋田、じゃなくて萌が二人に取り押さえられた。

 何か言いかけていたが何だったのだろう。

(だ、ダメだよ萌!) 

(本人に聞いてどうするの!?)

(もがが)

 『女三人寄れば姦しい』とはよく言うが普段賑やかしの萌が抑えられ、おとなしい方の二人がこんな暴挙に出るとは思わなかった。お兄さんびっくりだ。

 しかし噂とは何なのか。気になる限りだが。

「しが、旺牙くんは気にしなくていいからね?」

「そうそう、こっちの話だから。」

「ん?そうか?でもなんだか気になる」

「「いいから!!」」

 ハイ!これ以上聞きません!!

 

 

 

 

 

 時は流れて夕飯時。

 たまには学食で食べようかと簪とともに食堂へ向かっている。

 食堂の『お姉さま方』の技術は素晴らしく、未だに技を盗み切れていない。せめてレシピが分かればいいのだが、生憎『秘伝』なのだそうだ。くそう。

 簪と二人で食堂につくと、なんとも賑やかな場所があるではないか。

 近づいてみると、案の定一夏がいた。騒動の発端は大抵こいつだからな。

「あ、また年寄り臭いのが現れた。」

 鈴さんや、俺だって泣きたくなる時があるのだよ?

 とりあえず空いている席に座り夕飯を頂く。

 女子が固まっているゾーンからは噂がどうのこうの聞こえてくる。

 噂ねえ。なんか嫌な予感しないな。

 ま、人の噂も七十五日、放っておけばいいか。

 隣では簪が顔を赤くしてうどんをすすっている。

 いったい何があるというのだ。

(私は織斑くんかなぁ。)

(競争率パないわよ。)

(あたしは・・・志垣くんかな・・・。)

(お、筋肉好きめ。)

 早速前言撤回。俺も噂が気になってきた。でも朝の様子からして誰かに聞いても答えは返ってこないだろう。

 あ~、もやもやする。

 

 

 

======

 言えるわけがない。

 今度の学年別トーナメントで優勝すると。

 織斑一夏か志垣旺牙のどちらかと付き合えるなんて!

======

 

 

「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ。」

「え?そう?ハヅキのってデザインだけって感じしない?」

「そのデザインがいいの!」

「私は性能的に見てミューレイのがいいかなぁ。特にスムーズモデル。」

「あー、あれねー。モノはいいけど、高いじゃん。」

 月曜日の朝、女子たちはカタログ片手にわいわい楽しそうである。

「そういえば織斑君と志垣君のISスーツってどこのやつなの?見たことない型だけど。」

「あー。特注品だって。男のスーツがないから、どっかのラボが作ったらしいよ。えーと、もとはイングリッド社のストレートアームモデルって聞いてる。」

 よくすらすら言えたもんだ。一夏のくせに。

「俺のも特注品ではあるけど、大元はオカジマ技研のノーマルタイプだそうだ。俺用にカスタマイズするとどうしても大型になって費用もかさむらしい。」

 ああ、なんだかこういうやりとりなんだか懐かしい。どこの武装がどうだの、武器は見た目が重要か性能が重要かを語り合ったこともあったっけ。

 ・・・もうあの日には帰れないんだな。そう考えると、なんだか寂しい気がする。

 最期は『世界を裏切った大罪人』のくせして、なにしんみりしてんだか。

「ISスーツは肌表面の微弱な電位差を検知することによって、操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達、ISはそこで必要な動きを行います。また、このスーツは耐久性にも優れ、一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止めることができます。あ、衝撃は消えませんのであしからず。」

 浸っているところに山田先生が現れ、ISスーツについてすらすらと説明した。

 これだけの情報を暗記しているとは、流石教師。

 しかしそう考えると、ISスーツって簡易月衣にも思える。ISそのものと合わせると、立派なウィザードの完成だ。

「山ちゃん詳しい!」

「一応先生ですから。・・・って、や、山ちゃん?」

「山ぴー見直した!」

「今日が皆さんのスーツ申し込み開始日ですからね。ちゃんと予習してきてあるんです。えへん。・・・って、や、山ぴー?」

 入学から大体二ヶ月。山田先生には八つくらいの愛称がついていた。それだけ親しまれているのだろうが、ちょっと軽すぎやしませんかい?

「あのー、教師をあだ名で呼ぶのはちょっと・・・。」

「えー、いいじゃんいいじゃん。」

「まーやんは真面目っ子だなぁ。」

「ま、まーやんって・・・。」

「あれ?マヤマヤの方が良かった?マヤマヤ。」

「そ、それもちょっと・・・。」

「もー、じゃあ前のヤマヤに戻す?」

「あ、あれはやめてください!」

 おお、珍しく語尾が強い。よほど嫌な思い出があるのだろう。

 しかし山田先生がおとなしい、というか気弱な性格だからと言って、本人に対してあだ名で呼ぶかね。女子って凄い。

「と、とにかくですね。ちゃんと先生とつけてください。わかりましたか?わかりましたね?」

 はーいとクラス中から返事が来るが、どうせ口だけで答えているのだろう。

「諸君、おはよう。」

「お、おはようございます!」

 山田先生の時とは対照的に、たった一言で教室中を軍隊のようにピシッとさせたのは我らが鬼教官、織斑千冬先生である。いやもう教室の空気がさっきまでとまるで違うもの。

 一年一組はメリハリがついてるな(遠い目)。

「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使うので忘れないようにな。忘れたものは代わりに学校指定の水着で訓練を受けてもらう。それもないものは、まあ下着で構わんだろう。」

 いや構うだろう!というツッコミでクラスの心が一つになれた気がする。一応男が二人もいるんだし、下着はあかんやろがい。

 ちなみにIS学園の指定水着はなんとスクール水着。紺色のアレである。

 まさか最先端の学校で絶滅危惧種が生き延びていたとは。何とも驚きである。

 そういえば体操服もブルマーだったな。俺と一夏は短パンだけど。どうなってんだこの学園は。誰の指示だよ誰の。

 それと、学校指定のISスーツはタンクトップとスパッツをくっつけたような、シンプルな作りである。なんでわざわざ学校指定のものがあるのに各人で用意するかというと、ISは百人百通りの使用へと変化するものなので、早い内から自分のスタイルというのを確立するのが大事なんだそうだ。無論全員が専用機をもらえる訳じゃないので個別スーツを用意する意味があるのかは難しいところだが、そこは花の十代乙女たち。感性を優先させてくれているのだろう。

 なお、専用機持ちの特権、『パーソナライズ』を行うと、IS展開時にスーツも同時に展開される。着替える手間も省け、今まで着ていた衣服は素粒子化して収容される。ウィザードたちにも似たような装備の展開の仕方をするクラスがいるのでなんとなくわかる。魔鎧使いの鎧とか、特殊な衣服とか。

「では山田先生、ホームルームを。」

「は、はいっ。」

 眼鏡を拭いているところに声を掛けられ、慌てて身を整える。そんなだから生徒にからかわれちゃうんだよ、実力は高いはずなのに。

「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します!しかも二名です!」

「え・・・。」

「「「ええええええええっ!?」」」

 ええい煩い!などとは言えないか。三度の飯より噂好きの乙女たち、その誰もが情報を手に入れることが出来なかった話なのだ。驚きもしよう。

 というか同時期の転校生を一クラスに集中させるものか?バランスとかあるんじゃない・・・あ、わかった。問題があるんだな。

 そんなことを考えていると、教室のドアが開いた。

「失礼します。」

「・・・・・・」

 教室に入ってきた二人の転校生を見て、ざわめきがぴたりと止まる。

 まるで時間がまで止まったようだ。

 なぜなら。

 二人の転校生のうちひとりは、男だったのだから。

 

 

 

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします。」

 彼、シャルルはそう告げて一礼する。

「お、男・・・?」

 誰かがそうつぶやいた。

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方たちがいると聞いて本国より転入を」

 同じ境遇?俺たちがISに乗れることが判明したのは数ヶ月前だぞ。それも世界的に報道までされた。同じ境遇なら、同時期にその境遇とやらが公表されるはずだ。

 だがフランスに男性操縦者が発見されたという話は聞いていない。まぁ極秘扱いされていた可能性もあるが。

 しかし人好きのする整った顔、礼儀正しい立ち居振る舞い。黄金色の髪は首の後ろで束ねている。体は男にしては随分華奢。それでもスマートで、しゅっと伸びた脚が美形度を上げている。

 まさに絵から出てきたような『貴公子』。だがなぜだろう。何か違和感を感じる。

「きゃ・・・」

「はい?」

 しまった!?対ショック防御!

「きゃああああああああーーーっ!」

 ぐわぁー!防御しても耳が!

 窓ガラスがビリビリ震えてるぞ!?

「男子!三人目の男子!」

「しかもうちのクラス!」

「美形!守ってあげたくなる系の!」

「地球に生まれて良かった~~~!」

 元気だね、うちのクラスは。ほかのクラスから女子たちが来ないのはHR中で生徒たちを抑えているからだろう。先生方、お疲れ様です。

「あー、騒ぐな。静かにしろ。」

 心底面倒くさそうに織斑先生がぼやく。こういうノリ嫌いな人だからな。

「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんから~!」

 忘れていたわけではない。というか、俺としてはこっちの方が気になった。

 腰近くまで伸ばした輝くような銀髪。左目には黒眼帯、丁度おれと左右対称になっている。そして開いている右目は赤く色づいているが、温度を感じない、冷たいモノ。

 抜き身のナイフのような雰囲気は『前世』で会った『軍人』と酷似していた。

 どうでもいいが、シャルルは同年代の男にしては小柄な方、もう一人は女子の中でも背が低い印象だった。

「・・・・・・」

 いや、なんか言えよ・・・。そんなに織斑先生を見ていても仕方ないだろう。

「・・・挨拶しろ、ラウラ。」

「はい、教官。」

 教官、ねえ・・・。嫌な予感がするよ。

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ。」

「了解しました。」

 そう答える転校生、ラウラはぴっと伸ばした手を体の真横につけ、脚をかかとで合わせて背筋を伸ばしている。

 やはり軍人、もしくは軍属。そして織斑先生を教官と呼んでいるとなると、ドイツ、だろうな。

 先生、千冬さんはとある事情で一年ほどドイツで軍隊教官として働いていた。とある事情、そう、『俺のせいで』。

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。」

「・・・・・・」

 え?終わり?

「あ、あの、以上・・・ですか?」

「以上だ。」

 突っぱねられた山田先生は泣きそうな目になっている。先生をいじめるもんじゃないぞ?

「!貴様が」

 ボーデヴィッヒは一夏の傍に近づくと、

 

 

 バシンッ!

 

 見事な平手が飛んだ。ボーデヴィッヒが、一夏を殴ったのだ。

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか。」

 違うんだよ。ボーデヴィッヒ、一夏は悪くない。悪いのは。

「いきなり何しやがる!」

「ふん・・・。」

 そのまま今度は俺の近くにやってくると、右拳を思い切り振りかぶった。

 さすがにそのまま食らうわけにはいかない。こちらも右手を上げる。

 

 

 バアンッ!

 

 

 直撃したわけでもないのに、右手で受け止めただけなのに平手以上の音がした。それだけ力を込めていたのだろう。

「貴様は・・・、貴様こそ認めんぞ。」

「悪いが救ってもらった命だ。そう簡単に捨てられんよ。」

 無茶は沢山してるけどな。

 あと、何だかんだで受け止めちゃった。どうしよう。

 

 はてさて、これからどうなることやら・・・。




やっとここまで来た・・・長かった。


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本当は強いぞ

気が付けばUAが7000を超えていました。
これも全て皆様のおかげです。
これからも頑張ってまいります。

とにかく完走はしたいので、皆様、生暖かい目で見てやってください。


「くっ、貴様!」

 やべ、詫びの一発として拳を喰らおうとしたらつい受け止めてしまった。どうしよう。

 掌に微妙な振動が残っているから相当鍛えこんでるな。っていやいや、そういうことじゃなくってね。

 うーん。何かこの場を収めるナイスな一言がないものか。

 仕方ない。飛ばすぜ、賺した言葉を。

 

「悪いな。あんまりなんでガードさせてもらった。」

 

 何煽ってんの俺~~~!?

 どう考えても『この喧嘩買います』って感じじゃん?

 今はどう考えても騒ぎを起こす場面じゃないんだぞ!?

 ここは、そうだよ。まず拳を離そう。

 そして穏やかにこう言うのだ。

 

「さっさと席に着きな。HRが終われないじゃないか。」

 

 だ・か・ら・さーーーー!

 馬鹿なの俺!?死ぬの!?死んだ方がいいの!?相手はガチでそう思ってそうだなぁ、俯いて肩なんか震わせて。

 マジでキレる5秒前。略してMK5。

 いや、あの、どうしよう、怒らせるような台詞しか湧いてこない。

 ボスけて。

「ラウラ、いいから席に着け。」

「・・・了解です、教官。」

 織斑先生の言葉にすら間が開いた、だと・・・。俺ヤバくね?

「あー・・・ゴホンゴホン!ではHRを終える。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」

 ぱんぱんと手を叩いて織斑先生が行動を促す。助かった。本当に助かった。だが本当の戦いはこれからだ。

 なにせ、このまま教室にいると女子と一緒に着替えなくてはならなくなる。女性に興味がないわけではないが、このままでは変態だ。

 なので俺たちは急いで教室から移動しなくてはいけない。んんと、確か今日は第二アリーナ更衣室が空いているはずだ。

「おい織斑、志垣。デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろう。」

 ですよね。しっかし同じ男子、か。何かまだ違和感があるんだよな。

「君たちが織斑君と志垣君?初めまして。僕は」

「ああ、いいから。とにかく移動が先だ。女子が着替え始めるから。」

「挨拶は落ち着いてからな。」

 説明すると同時に行動に移す。

 シャルルは一夏に任せ、急いで教室から出た。

「とりあえず男子は空いてる更衣室で着替え。これから実習のたびにこの移動だから、早めに慣れてくれ。」

「う、うん・・・。」

 なぜ落ち着きをなくす。なぜ赤くなる。まさか男色の気が!?んなわけないか。

 とりあえず階段を下って一階へ。速度は決して落とせない。なぜなら。

「ああっ!転校生発見!」

「しかも織斑君と志垣君も一緒!」

くっ!HRが終わったか。早速各学年各クラスから情報先取のための尖兵が駆け出してきている。その波にのまれたが最後、質問攻めでもみくちゃにされた挙句授業に遅刻、鬼教官の特別カリキュラムが待っている。それだけは避けなければならない。

「いたっ!こっちよ!」

「者ども出会え出会えい!」

 俺たちの中に上様も黄門様もいないぞ!?

「織斑君たちのこと黒髪もいいけど、金髪っていうのもいいわね。」

「しかも瞳はエメラルド!」

「きゃああっ!見て見て!ふたり!手!手繋いでる!」

「日本に生まれて良かった!ありがとうお母さん!今年の母の日は河原の花以外のをあげるね!」

 こら、親を大切にしなさい。天罰が下るぞよ。

 ほぼ全員が暴走状態か・・・。仕方ない。

「一夏!シャルル!後は頼んだ!」

 全力以上、リミッターを解除して脚を動かす。友たちを置き去りにして俺は走り出す。 イケメンふたりの方に蝶は集ると思ったからだ。

「ああっ!卑怯だ!」

「卑怯もラッキョウもあるものかぁ!?」

 この裏切り者ぉぉぉっ!と聞こえた気がしたが、気にしない。悪いな親友。俺はこのまま更衣室へ光の速さでダッシュだー!

 

 

 

「よう親友。遅かったな。」

「久しぶりにお前を殴りたいと思ったよ。」

 ハハハ、お前の拳じゃ逆に砕けちまうぞ。

「ふたりは仲が良いの?」

「まあ、そうだな。」

「俺と一夏は物心つく前からの仲だな。」

「へぇ。あ、相談。僕のことはシャルルでいいよ。さっきもそう言ってたし。僕も旺牙って呼ぶから。」

「おう。改めてよろしく、シャルル。」

「って、もう時間ヤバい!」

 一夏が急いで着替える。ボタンも一気に外し、その辺りに上着を放る。ちなみに俺はすでに着替え終わっている。

「わあっ!?」

「?」

 何だ今の反応。

「荷物でも忘れたのか?って、なんで着替えないんだ?早く着替えないと遅れるぞ。シャルルは知らないかも知らないかもしれないが、うちの担任はそりゃあ時間にうるさい人で」

「う、うんっ?き、着替えるよ?でも、その、あっち向いてて・・・ね?」

「?なんでだ?」

「一夏。」

 一夏を制する。

「人間見られたくないモノのひとつやふたつあるもんだ。」

「あー・・・、そうか。悪かったなシャルル。」

「い、いや、こっちこそごめんね。」

 とりあえず二人を待っているとシャルルが速攻で着替え終えた。

 え?いや、速くね?

「シャルル、着替えるの早いな。」

「そ、そうかな?」

 ところでさっきから俺に対してどもってない?ちょっと傷付く・・・。

「くそ、どうしても引っ掛かる。」

「お前の『ワルサー』でも引っ掛かるんだ。俺の『パンツァーファウスト』なんかなかなかのもんだぞ。」

「おいおい旺牙。誰が『ワルサー』だって?」

 いいから早く着替えろよ。

「ワルサー///パンツァーファウスト///」

 おや?シャルルの様子がおかしいぞ?

「シャルルは・・・、『リベレーター』かな。」

「?リベレーター?」

「・・・分からないならそれでいい。」

 それが演技であっても無くてもな・・・。

「それにしてもそのスーツ、着やすそうだな。どこのやつ?」

「あ、うん。デュノア社製のオリジナルだよ。ベースはファランクスだけど、ほとんどフルオーダー品。」

「となると、俺と似たようなもんか。」

 俺のもオカザキ技研のオリジナルだし。

「ん?デュノア?デュノアってどこかで聞いたような・・・。」

「うん。僕の家だよ。父がね社長をしてるんだ。一応フランスで一番大きいIS関係の企業だと思う。」

 ああ、何処かで聞いたことがあると思ったらあそこか。道理で・・・。

「へえ!じゃあシャルルって社長の息子なのか。道理でなあ。」

「うん?道理でって?」

「いや、なんつうか気品っていうか、いいところの育ち!って感じがするじゃん。納得したわ。」

「いいところ・・・ね。」

 ふうむ。シャルルが視線を外してしまった。

 御曹司となると、俺の勘違いの可能性もあるな。

 しかし、雰囲気が暗くなってしまった。よし。

 ガシッ!一夏の頭をキャッチ。

「なあ、早くいこうよう(メキメキ」

「イデデデデデデッ!」

「ちょっ、旺牙!?一夏の頭から鳴っちゃいけない音が!?」

「大丈夫。こいつ頑丈だから。」

 ブランと浮いた足でゲシゲシ蹴られる。痛くはないんだが鬱陶しい。

「離せこの馬鹿!」

「ハハハこやつめ。」

 そろそろ放してやるか。時間も勿体ない。

「いって~。気をつけろよシャルル。こいつ男友達には容赦ないから。」

「大丈夫だこんな事よっぽどの事がないとやらん。」

「いや!今やってたよな!?」

 あーあー、聞こえませーん。

「ぷ、ふふ。ふたりとも仲が良いね。」

「何言ってんだよ。」

「え?」

「シャルルも、もう友達だろう。

「え・・・?」

 相変わらず素で熱い言葉飛ばしやがる。

 それに比べて、俺は・・・。

「よし。そろそろ行くか。我らが担任に角が生えてしまったら大変だ。」

「ああ。」

「うん。」

 うん。なんか青春群像劇みたいだ。

「遅い!」

 すでに角は生えていた。痛くないのに脳が揺れるって気持ち悪いんだよな。その出席簿は実は鉄で出来てんじゃないか?

「お~、頭がくらくらする。」

「旺牙君、大丈夫?」

「おう沙紀か。もう慣れたよ。」

「でもすごい音が・・・。」

 大丈夫さ。むしろ思いっきり叩いてくれた方が耐えやすい。手加減された方が変に揺れて余計気持ち悪い。月衣で防御されてるのも楽じゃねえや。

 バシーンッ!

 どこかの誰かがやらかしたな。

 

 

「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する。

「はい!」

 一組と二組の合同練習なので人数はいつもの倍。気合のこもった返事が木霊する。元気なのは良いことだ。

「今日は戦闘を実演してもらおう。ちょうど活力が溢れんばかりの十代女子もいることだしな。―凰!オルコット!」

「な、なぜわたくしまで!?」

 そうか、さっきやらかしたのはあいつらか。何があったか知らんが諦めろ二人とも。織斑先生に理屈で勝つのはほぼ無理だ。そのくせこっちを折るときは理屈と物理を併用してくるから質が悪い。頭の回るジャイ〇ンみたいだ。

「専用気持ちはすぐに始められるからだ。いいから前に出ろ。」

 理屈は通っているが若干暴論だ。だが千冬キングダムに三権分立は通用しない。

 うん?先生が今二人に小声で何か言ったな。この距離だと流石に聞こえない。

「やはりここはイギリス代表候補生、わたくしセシリア・オルコットの出番ですわね!」

「まあ、実力の違いを見せるいい機会よね!専用気持ちの!」

 あー、なるほど。何となくわかった。

「ふたりともどうしちゃったんだろう?」

「頭に人参をぶら下げられたお馬さん状態なんだよ。やっすい手に引っ掛かって・・・。」

 友人として恥ずかしくなるよ、おいおい。

「えっと?」

「つまり一夏にいいところを見せるチャンスとでも言われたんだろうな。」

「ああ、なるほど。」

 馬じゃなくて猪になりかけてるが、大丈夫かな。

(私も旺牙君をダシにされたら頑張れるかも。)

「ん?どうした沙紀?」

「な、何でもない!何でもないからね!」

 お、おう。どうした急に?

「それで、相手はどちらに?わたくしは鈴さんとの勝負でも構いませんが。」

「ふふん。こっちの台詞。返り討ちよ。」

「慌てるなバカども。対戦相手は―」

 キィィィン・・・。

 何だ?この空気を切り裂く音は。

 鳥か?飛行機か?

 いや!ISだ!

 なんて馬鹿なこと考えてる場合か!

 上を見ると一機のISがこちらに突っ込んでくる!

「ああああーっ!ど、どいてください~っ!」

 そしてそのまま一夏にダイレクトアタック!

 なんとか白式を展開し、受け止めた後、数メートル吹っ飛ばされゴロゴロと転がっていった。

 まあ、何というか、空から降ってきたのはまさかの山田先生だった。

 確かに、実力を隠してそうとは思ったけど、本当に山田先生がふたりの相手を?

 しかしなんだ、山田先生、その、立派なモノをお持ちで・・・。俺は巨・貧の差別意識は無いけど、これはこれは・・・。

 ミシリッ!

 ングっ!?首が誰かに絞められている!

「むーっ!むーーっ!」

 な、なぜ沙紀が俺の首を。

 あ、あの、絞まってる!むしろ極まってる!

 あ、なんか気持ちよくなってきた・・・。

「ほらほら沙紀。アンタの身長じゃ目まで届かないんだから。放してあげな。」

「むー・・・。」

 た、助かった・・・。すまん萌。

 決め技は月衣越しでも効くのか。なんだか綺麗な花畑と河が見えた。

 レーザー音が鳴ると、さっきまで一夏の頭があった所に穴が開いていた。

「ホホホホホ・・・。残念です。外してしまいましたわ・・・。」

 うわぁ・・・。セシリアの奴完全にキレてるわ。 

 その後、ガシーンと何かが組み合わさる音が聞こえた。そちらを見ると甲龍が双天牙月を連結し、投擲モーションに入っていた。

「うおおおっ!?」

 マジかよ、首狙いやがった。斬れることはないだろうが、トラウマになるぞ。

 一撃目は間一髪かわしたようだが、鈴はすでに二投目に入っている。

 怒りで我を忘れてるな!

「はっ!」

 ドンッドンッ!

 鋭い声と二発、火薬銃の音が響く。山田先生が双天牙月の軌道を変えたのだった。

 両手でしっかりとマウントしているのは五十一口径アサルトライフル≪レッドバレット≫。アメリカ、クラウス社製実弾銃器で、その実用性と信頼性の高さから多くの国で正式採用されているメジャー・モデルである。

 だがここで驚くべきは山田先生の姿だろう。倒れたままの体勢から上体だけを起こして射撃を行いあの命中精度だ。雰囲気も、あの小動物じみたものが抜け落ち、冷徹に落ち着き払っている。

 きっと強いんだろうなぁと以前考えていたが、これほどとは。

 一夏もセシリアも鈴も、他の女子も唖然としている。

「山田先生はああ見えて元代表候補生だからな。今くらいの射撃は造作もない。」

「む、昔のことですよ。それに候補生止まりでしたし・・・。」

 いや、昔の候補生って、織斑先生が現役だったころですやん・・・。世界最強の人間の後輩やん。そら強いわ。

「さて小娘どもいつまで惚けている。さっさとはじめるぞ。」

「え?あの、二対一で・・・?」

「いや、さすがにそれは・・・。」

「安心しろ。今のお前たちならすぐ負ける。」

 おーおー、見事な挑発だこと。怖い怖い。

「では、はじめ!」

 号令と同時にセシリアと鈴が飛翔する。それを目で一度確認してから、山田先生も空中へと躍り出た。

「手加減はしませんわ!」

「さっきのは本気じゃなかったしね!」

「い、行きます!」

 声の覇気からすると、セシリアたちに分があると思われるが、さっきの一連の動きを見ればなぁ。どっちが勝つか予想できる。

「さて、今の間に・・・そうだな。ちょうどいい。デュノア、山田先生が使っているISの解説をしてみろ。」

「あっ、はい。」

 空中での戦闘を見ながら、シャルルがしっかりとした声で説明をはじめる。

「山田先生が使用されているISはデュノア社製『ラファール・リヴァイヴ』です。第二世代開発最後期の機体ですが、そのスペックは初期第三世代型にも劣らないもので—」

 シャルルが丁寧に説明してくれているが、俺の意識は空中での戦いに釘付けだった。いくら最後期とはいえ、量産期で専用機二機を圧倒しているのだ、山田先生は。

 俺の喧嘩殺法とは違い、しっかりと洗礼された、お手本のような華麗な動き。

 手合わせ、してみたいなぁ。

「装備によって格闘、射撃。防御といった全タイプに切り替えが可能で、参加サードパーティーが多いことでも知られています。」

「ああ、いったんそこまででいい。・・・終わるぞ。」

 やべ、半分くらいしか聞いてなかった。すまんシャルル。

 戦闘の方は山田先生の射撃がセシリアを誘導、鈴とぶつかったところでグレネードを投擲。爆発が起こって、煙の中からふたつの影が地面に落下した。

「くっ、うう・・・。まさかこのわたくしが・・・。」

「あ、アンタねぇ・・・何面白いように回避先読まれてんのよ・・・。」

「り、鈴さんこそ!無駄にばかすかと衝撃砲を撃つからいけないのですわ!」

「こっちの台詞よなんですぐにを出すのよ!しかもエネルギー切れるの早いし!」

「ぐぐぐぐっ・・・!」

「ぎぎぎぎっ・・・!」

 竜虎、というより犬猿の仲だなこりゃ。おーい、みっともないぞ。

 ほれ、皆を見ろ。お前らの喧嘩を見てくすくす笑いが起きてるじゃないか。

「さて、これで諸君にもIS学園教員の実力は理解できただろう。以後は敬意を持って接するように。」

 織斑先生、さては山田先生の実力を見せてバカにされないようにしたな。

 後輩思いのところがあるじゃないか。もっとはっきり言っても罰は当たらないのに。

 おっとやべ、こっち見た。本当に心読めるんじゃないか、あの人。

 さて、これからが授業本番だ。俺も気を引き締めていくか。



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普通の授業が一番大事

お久しぶりです。
なんだかまた気温の変動が激しいようで。
毎日何着て過ごせって言うんですかねえ?


最近血便が出ました(ボソッ


 さて、やっとこさ授業が始まるようだ。

 ぱんぱんと手を叩いて織斑先生がみんなの意識を切り替える。

「専用機持ちは織斑、志垣、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰だな。では七人グループで余りが数人出るか・・・。それで実習を行う。各グループリーダーは専用機持ちがやること。いいな?では分かれろ。」

 織斑先生が言い終わるや否や、一夏とシャルル、そして俺に一気にニクラス分の女子が詰め寄ってくる。

「織斑君、一緒にがんばろう!」

「わかんないところ教えて~。」

「デュノア君の操縦技術を見たいなあ。」

「ね、ね、私もいいよね?同じグループにいれて!」

「志垣君ISに詳しいもんね!いっぱい教えてよ。」

 ・・・・・・まあ何というか、予想通りかつそれ以上の繁盛ぶりで、二人が困惑している。

 いや待て。何故俺にまでくる。需要は無いだろう。三人そろって棒立ちだよ。

 その状況を見かねたのか、あるいは自らの浅慮に嫌気がさしたのか、あるいは両方か、織斑先生は面倒くさそうに額を指で押さえながら低い声で告げる。あれはキレる前だ。非常にヤバい状況に、俺たちはいる。

「この馬鹿者どもが・・・。出席番号順に一人ずつ各グループに入れ!順番はさっき言った通り。次にもたつくようなら今日はISを背負ってグラウンド百周させるからな!」

 それは拷問というのです先生。

 だが鶴の一声というやつだろうか。それまでわらわらとアリのように群がっていた女子達は蜘蛛の子を散らすがごとく移動して、それぞれの専用機持ちは二分とかからず出来上がった。

「最初からそうしろ。馬鹿者どもが。」

 ふうっとため息を漏らす織斑先生。それにバレないようにしながら、各班の女子はぼそぼそとおしゃべりをしていた。また怒られても知らんぞ。

「・・・やったぁ。織斑君と同じ班っ。名字のおかげねっ・・・。」

「・・・マッスル。志垣君のマッスルボディ・・・。」

「・・・うー、セシリアかぁ・・・。さっきボロ負けしてたし。はぁ・・・。」

「・・・凰さん、よろしくね。あとで織斑君と志垣君のお話聞かせてよっ・・・。」

「・・・デュノア君!わからないことがあったら何でも聞いてね!ちなみに私はフリーだよ!・・・」

「・・・・・・・・・」

 なんか一瞬寒気が・・・。

 ちなみに唯一おしゃべりがないのが例のドイツ転校生ラウラ・ボーデヴィッヒの班である。

 張り詰めた雰囲気。人とのコミュニケーションを拒むオーラ。生徒たちへの軽視を込めた冷たい眼差し。さっきから一度も開くことのない口。あそこだけまるで南極のようだ。

ボーデヴィッヒ班も女子達が可哀想すぎる。あー、ほら、みんな俯いて顔色が悪くなってきてるじゃないか。

「ええと、いいですかーみなさん。これから訓練機を一班一体取りに来てください。数は『打鉄』が三機、『リヴァイヴ』が三機です。好きな方を班で決めてくださいね。あ、早い者勝ちですよー。」

 おお、山田先生がちゃんと先生している。

「というわけで、みんなどっちがいい?」

「志賀君的にはどっちがおススメ?」

「俺が詳しいのは打鉄、扱いやすいのはリヴァイヴかな?」

「じゃあ打鉄でお願いしまーす。」

 うんうん、みんな聞き分けが良くて助かるわー。

 

 

「ああっ、ずるい!」

「私も!」

「第一印象から決めてました!」

 その声に一夏の方を見ると、なんだか女子達がお辞儀をして手を伸ばしている。

 何やってんだあいつら・・・。

 それと同じくシャルル班でも同じ現象が起きていた。

 いや、ホント、ナニアレ?

「俺はやらないからな。」

「えー、ケチー。」

 ケチじゃありません。

 ほら見なさい。シャルル班の女子は早速織斑先生にお叱りを喰らっている。あれが羨ましいか?

 その光景を見たウチの班はザッと一列に並んだ。

 ソレで良い。無駄に命を散らすことは無い。

 バンッ!

「貴様は他の班を見過ぎだ馬鹿者。」

 へーい。

「それじゃISの装着と起動、歩行をしてもらおうか。一人ずつしっかりやれば早く終わるぞー。」

 ハーイといい返事が返ってくる。

 最初の一人がテキパキと装着、起動をしてくれる。ああ、楽だ。

「えっと、歩行はっと・・・。」

「イメージとしては脚が長くなった感じかな。急ぐよりゆっくり身体に慣らして・・・そうそう、いい感じだ。」

 そうだよ。真面目にしっかりやれば簡単なんだよ。基本中の基本なんだから。

「志垣君、笑ってる?」

「んー?そんなことないぞ。」

 教えるのが簡単だからじゃないぞー。

「あー!織斑君の班ずるい!」

 今度は何だよ・・・。俺に一夏をボコれと言っているのか?

 向こうを見ると、立ったままISから降りてしまったらしく、次の女子が乗れなくなっていた。それを白式を装着した一夏が乗せてあげていた。

 ・・・視線を感じる。

「だから俺はやらないからな。」

「「「えー。」」」

 はいはい不満の声の輪唱はしない。

 真面目にやればすぐ終わるんだから。

 その後も一人ずつ確実に作業を続ける。まだ慣れていない娘にはゆっくり教えながら。

 できる限り優しく教えたから不満も出てこないようで嬉しい。

 と思っていた時期が、僕にもありました。

「あ・・・。」

 女子の一人が打鉄を立たせたまま降りてしまったのだ。

「ご、ごめんね志垣君・・・。」

「いや、いいよ。別にわざとやった訳じゃないんだし。問題は次だけど、俺の身長なら大抵は・・・。」

 えっと、次は誰かな?

「旺牙君、次、私・・・。」

「ああ沙紀か。なら問題ないな。ちょっと失礼。」

「え?わ!フわわわわっ!?」

 沙紀の両脇に手を入れて抱っこし(お姫様ではない)、打鉄に乗せた。

「「「なっ!?」」」

 あ、流石にやりすぎたか。今のじゃセクハラだって言われてもおかしくないし、一夏より酷いかも。

 まずいな。周囲の反応が怖い。

(((いいなぁ、抱っこ。)))

 うん、視線が痛い。

 ちょっとスキンシップ過剰気味だったろうか。でも俺の身長と腕力ならIS使わないほうが早いんだよな。

(旺牙君に抱っこされた。凄いドキドキした・・・。でも・・・。」

 なんか沙紀の顔も赤くなってる。

 いかんいかん。授業に集中しなければ。

「沙紀は起動までは普通にできるよな?なら歩くところから始めよう。」

「う、うん。」

「そう緊張すんな。ゆっくり動かせば意外と簡単だから。」

 整備科だけど、結構筋が良いな。これならすぐに動かせるようになるな。

 右、左、右、左とゆっくり、だがだんだん早く動くようになった。案外素質があるのかもしれない。

 

 

「志垣、ちょっといいか。」

「ん?どうしました、織斑先生。」

 ある程度の人数が乗り終えたところで、先生からお声がかかった。

 いったい何の用・・・はっ!

「セクハラはしてませんよっ!?」

「何の話だ。」

 鉄拳も出席簿も飛んでこないところをみると、別にそういうことではないらしい。

「ボーデヴィッヒの班が遅れている。サポートしてやれ。」

 そう言われて件の班を見る。

 うわぁ・・・、お通夜か葬式かっての。

 空気が重い。そして暗い。

 俺ですら近づくのを躊躇われるくらい。

 そこに飛び込めってかい、先生も酷なことを仰る。

 まあ一番気の毒なのはボーデヴィッヒ班の子たちか。

 しょうがない。助け舟を出しますか。幸いうちの班は完璧とは言わずもしっかり動かせるし理解も出来てるから、少しの間離れても大丈夫だろう。

「了解です。んじゃみんな、しばらく離れるからよろしくな。」

 はーい!と元気よく返事が返ってくる。うん、これくらい元気なのが良いんだよ。

 さて、あの空間に飛び込むのか。気が重い、でもあそこの班を放ってはおけないからな。

「おーい、手伝いに来たぞ。」

 俺の言葉に対する反応は二つ。

 一つはバリバリの殺気。一名から射殺すような死線、もとい視線を放っている。

 それ以外からは来た!救世主来た!これで勝つる!みたいな輝く目で見つめられた。あ、俺の気のせいか。

 やっぱり一名ほどうざったそうに俺を見ている。あ、顔逸らした。顔も見たくないってか。

「はーい、じゃあみんな出席番号順に並んでくれ。何人かが他の子に教えられるところまでやるから。」

 織斑先生よろしく、手をパンパンと叩いて動きを促す。

 もちろん、遅れたら出席簿が落ちてくると小声で囁いて、って先生がこっち向いた!まさか聞こえたのか!?

 何人かに搭乗、起動、歩行、コンソールを教え、少し遠くから見つめていた。

 さっきまで暗かった反動か、みんな真面目に明るく授業をを受けている。

 さて・・・。

「おい。敬愛する織斑教官の授業だぞ。真面目にやれよ。」

「・・・。」

 だんまりですか、そうですか。

 俺には聞かせる声すら無いってかい。

「自分だけ強ければいいってか?教官の教えは浸透しなかったみたいだな。」

 わざと煽る言葉を選ぶ。

 すると腹部に衝撃が走った。痛くはない。

 下を向くと伸びのある見事なストレートが腹に突き刺さっていた。

「貴様に・・・。」

 流石に織斑先生の前で大声は出せないようで、ゆっくりと小声で口を開いた。

「貴様に、何が分かる・・・。」

「・・・解からねえよ。お前が何も言わないんじゃな。」

「貴様に掛ける言葉は無い。」

「なら授業に戻るぞ。早くしないとその教官殿に罰を受ける。」

 そう言って拳を離し、実習中の子たちのところへ戻る。

 背中に突き刺さる殺気を受け止めながら。

「・・・私は貴様を許せない。」

 

 

 

「では午前の実習はここまでだ。午後は今日使った訓練機の整備を行うので、各人格納庫では判別に集合すること。専用機持ちは訓練機と自機の両方を見るように。では解散!」

 時間ギリギリになって、なんとか全員が起動テスト終えた我ら一組二組合同班は、格納庫にISを移してから再びグラウンドへ。本当に時間いっぱいだったので、少しでも遅れれば地獄の鬼も逃げ出す鬼教官に何と言われるか。

 まあそういうわけで肩で息をしている俺たちに、織斑先生は連絡事項を伝えると山田先生と一緒にさっさと引き上げてしまった。

「鬼教官(ボソ)」

 グリンッ!と首を回してこっちを向いた。怖っ!ホラー映画かよ。

 しかし良い運動をした。訓練機には動力なんぞついていない。人力で運ぶしかない。力仕事は男の仕事、という、若干女尊男卑の風潮があり、当然俺と一夏がメインで運ぶこととなる。元々女子に力仕事をさせる気は無かったので、丁度いい鍛錬と思うことにした。

 ただ、シャルルの班は「デュノア君にそんなことさせられない!」と体育会系女子が訓練機を運んでいた。・・・シャルル・デュノア。魔性の男よ。

「生きてるか一夏。着替えに行くぞ。」

「ああ、そうだな。シャルルも行こうぜ。俺たちはまたアリーナの更衣室まで行かないといけないしよ。」

「え、ええっと・・・機体の微調整をしていくから、先に行って着替えててよ。時間がかかるかもしれないから、待ってなくていいからね。」

「ん?いや、別に待ってても平気だぞ?俺は待つのには慣れ」

「い、いいからいいから!僕が平気じゃないから!ね?先に教室に戻っててね?」

「お、おう。わかった。」

「・・・。」

 たかが着替えでそこまで拒否するか。

 ただ恥ずかしいだけなのか、それとも何かあるのか。

 クラスメイトを疑いたくない。でもシャルル。

 俺の目には、どうしてもお前が疑わしく見えちまうんだよ。



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人生、色々、津々浦々

お久しぶりです!!
この二次創作を読んでくださる方々が一人でもいる限り、何があっても私はかえってくるぞーーー!

なお、今回のサブタイに意味は全くありません。ネタががが。


「ねえねえ。旺牙君と簪ってお弁当作らないの?」

「突然何だよ。」

 学食、昼食時、俺がラーメンをズルズルすすっていると、萌がそんなことを聞いてきた。

 どうやら俺たちがいつも学食で食事していることを疑問に思ったらしい。

 俺たちの部屋には調理用具が豊富(ほとんど俺が持ち込んだ)なので気になったらしい。

 逆に聞いてみると『あー、私は料理下手だから』と帰ってきた。

「私は別に作れないわけじゃないけど、旺牙が作り始めると凄い凝った物作り始めちゃうから。」

「自粛しておるのでございます。ハイ。」

 みんなが苦笑している。だがこの苦笑すら愛おしい。

 日常!THE日常!ビバ日常!女の子に囲まれているとはいえ、なんて平穏な時間なのだろう。入学から続く女難の相は全て一夏が受け持ってくれる。更に今の学園はシャルルの転校によって揺れている。二人ともすまん。俺の平穏の為の贄となってくれ。

「なら今度みんなでお弁当持ちよってみないかな?学食もいいけど、みんなの味が知りたいな。」

「げ?!沙紀~、私が料理下手って言ったばかりじゃん。」

「いい機会だから萌も料理覚えないと。」

「いいもん。将来は旺牙君に貰ってもらうから。」

「「萌っ?!」」

「ブッフォッ!?」

 いきなり何言いだすんだこの娘さんは!

「私、自分で言うのもなんだけど身長の割にはスタイル良いし、可愛いし、性格良いし手先も器用!料理以外なら優良物件よん?」

「ハハハ、ワロス。」

「酷っ?!」

 萌の妄言を一蹴していると、『スタイル・・・、スタイル・・・。』と小さい声でブツブツ呟く簪と沙紀の姿が。あの、ちょっと怖いんですけど。

「にしても、今日は学食に人多くね?」

「ああそれは、デュノア君だっけ?彼と一緒の食事を断られたからね。」

 意識が戻ってきた簪がそう言った。

 いや、でも、残念がっているのはほとんどいないぞ。むしろ恍惚の笑みを浮かべている人も、って。悟り開きかけてるのもいる!

「なんでも『僕のようなもののために咲き誇る花の一時を奪うことはできません。こうして甘い芳香に包まれているだけで、もうすでに酔ってしまいそうなのですから。』って言って断ったらしいよ。」

 ・・・すげぇ。すげぇよシャルル。お前は何処の少女漫画から出てきた王子様なんだい?普通の男には真似できねぇよ。

 けどなぜだろう。お前がそういう態度を取れば取るほど、何か違和感を感じる俺がいる。

 せっかくの友人を疑いたくないというのに・・・。

「ところで、お前たちから見てどうよ。シャルルは。」

 何となく聞いてみた。三者三様の答えが返ってくる。

「私はクラスが違うからよくわからないけど、もっとヒーローみたいな人が良いなぁ。」

「私も、うん。逞しい人の方が・・・。」

「スポーツ漫画の読みすぎかな。王子様や貴公子よりスポーツマンが良いね!」

 ちなみに簪、沙紀、萌の順である。

 そんなもんか。女子の好みってのも分からんものだ。

「一先ず飯食っちまおうぜ。午後の授業に間に合わなくなる。」

『はーーい』

 

 

 

 周囲の反応

(え?今ので気付かないの?)

 志垣旺牙の朴念仁認定がなされた。

 

 

 

「お、お前たちは弁当組だったのか。」

 教室に戻る際、一夏組に出くわした。

「・・・。」

「な、なんだよ。」

 沈黙の一夏。セ〇ールが出てきそうなタイトルだ。

「やっぱ男同士っていいな。」

 俺こいつの親友辞めようかな?

 

 

 

 

 

「と、いうわけで。俺は変わらず簪の部屋に世話になってます。」

「誰に言ってるの旺牙。」

「いや、言わなきゃいけない気がして。」

 誰にとは言わないが。

「で、食後のお茶は緑茶?紅茶?」

「えっと・・・。」

「それともドアの向こうで聞き耳立ててる人のために抹茶でも点てるか。」

「え?」

 入り口をゆっくり開ける。

 思いっきり開いてもよかったが後で何を言われるか分からなかったから。

「で、何をしてるんですか楯無先輩?」

「あっははは・・・。こんばんわ~。」

「お姉ちゃん!?」

 また騒がしい夜になりそうだ・・・。

 

「で?いきなり何です、こんな時間に。」

「いや~、旺牙君のことは信用してるつもりよ?でもほら、若い男女が二人きりっていうのも・・・ねぇ?」

 ねぇ?じゃないよ。だからって覗き見聞き耳はいかんでしょう。

 ほら、簪だって怒って・・・るというよりなんか恥ずかしがってません?俺はあの朴念神にして唐変木のようにラッキースケベなイベントは起きてないよ。

 ・・・ホントだよ!?

「お姉ちゃん、本当にどうしたの?」

 顔に赤みを残しつつ、ジト目で楯無先輩を見る。

 あの、何故そのような目で姉を見る?

「それなら心配いりませんよ。お宅の妹さんには全く手を出していませんから。」

 そして今度は(´・ω・`)な顔。いや、どんな顔よそれ・・・。

「そ。それならよかった。ところで簪ちゃん、旺牙君、ちょっと借りるわね。」

 先輩は俺の腕を掴むと部屋の外へと連れ出した。

「ちょ、先輩?」

「まあ、いいからいいから。」

 ・・・・・・。

「何だったの、今の・・・。」

 

「で?何ですか、一体。」

「最近簪ちゃんとはどう?」

 自分で聞けよ。

「冗談よ冗談。怒っちゃやーよ♪」

 なんか古い切り返しだな。

「貴方のクラスのシャルル・デュノア君。あの子のこと、どう思う?」

 突然切り出してきたよ。まったく食えない人だ。

 どう思う、ねえ。

「育ちのいいイケメン貴公子、ってのは、先輩の望む答えじゃないですよね。」

「まあね。私の情報網にもデュノア家に男児がいたなんて届いてないわよ。」

 やはり、か。

「俺もちょいと悩んでるんですよ。同級生を疑いたくはないんですけど、不自然な所が多すぎて・・・。デュノア家の隠し子か、はたまた・・・。」

「この時期に三人目の男性操縦者っていうのも不自然な話だしね。旺牙君、しばらくあの子のこと、見ててもらっていい?」

「言われなくても。・・・一夏に危害がおよぶようなら、俺は全力で阻止しますから。」

「仲が良いわね、貴方と一夏君。」

「ま、ずっと一緒にいる幼馴染みですからね。」

「BL的な?」

 その綺麗な顔を蹴り飛ばしますよ?

「ごめんなさいって、冗談よ。さて、私は帰るわね。くれぐれも簪ちゃんに手を出しちゃだめよ?」

「本気で怒りますよ!?」

 フフフと笑いながら廊下を歩いていく。

 しかし先輩、シャルルのことを一度も『彼』って呼んでないな。

 もしかして、ほとんど知ってるんじゃないか?

 

 

 

 

 

「ええとね、一夏がオルコットさんや凰さん、更識さんに勝てないのは、単純に射撃武器の特性を把握していないからだよ。」

「そ、そうなのか?一応わかっているつもりだったんだが・・・。」

 シャルルが転校してきてから早五日、今日は土曜日だ。IS学園では午前は理論学習、午後は自由時間である。とはいえ、土曜日はアリーナが全開放なのでほとんどの生徒が実習に使う。

 というわけで、俺含め一夏たちも訓練の最中だ。

 今はシャルルが一夏にレクチャーを受けている。

「うーん、知識として知っているだけって感じかな。さっき僕と戦ったときもほとんど間合いを詰められなかったよね?」

「うっ・・・、確かに。『瞬時加速』も読まれてたしな・・・。」

「一夏のISは近接格闘オンリーだから、より深く射撃武器の特性を把握しないと対戦じゃ勝てないよ。特に一夏の瞬時加速って直線的だから反応できなくても起動予測で攻撃できちゃうからね。」

「直線的か・・・うーん。」

「あ、でも瞬時加速中は無理に軌道を変えたりしない方がいいよ。空気抵抗とか圧力の関係で機体に負荷がかかると、最悪の場合骨折したりするからね。」

「あれ?でも旺牙は瞬時加速中に軌道を変えられるぞ?」

「あははは・・・、旺牙は・・・。」

「悪かったな、化け物みたいな体で。」

「いやいやいや、旺牙が悪いわけじゃなくてね?」

 どーせ凶獣も俺自身も馬鹿みたいに並外れてますよ。気にしてねーよ。ふん。

 しかしシャルルの教え方は上手い。

 しっかりゆっくりと話し、一夏が理解できるよう言葉を選んで説明している。

 なにせ今までのコーチ役が、

『こう、ずばーっとやってから、がきんっ!どかんっ!という感じだ。』

『なんとなくわかるでしょ?感覚よ感覚。・・・はあ?なんでわかんないのよバカ!』

『防御の時は右半身を斜め上前方へ五度傾けて、回避の時は後方へ二十度反転ですわ。』

『ごめん。私も人に教えるのは得意じゃなくて・・・。』

『俺の場合同じ近接型でもまるで違う戦い方だしなあ。』

 とこの様である。酷い。特にはじめの三人が。

 擬音に感覚、細かすぎ。ISに未だ慣れきってない一夏には厳しいだろう。ていうか俺にも理解出来ん。

「ふん。私のアドバイスをちゃんと聞かないからだ。」

「あんなにわかりやすく教えてやったのに、なによ。」

「わたくしの理路整然とした説明の何が不満だというのかしら。」

 不機嫌丸出しだけど、間違いなく君たちが悪い。

 まあ俺と簪も上手く説明できないから同罪かもな。

 さっきも言ったが、土曜の午後はアリーナが全開放されているので、ここ第三アリーナでも多くの生徒が所狭しと訓練に勤しんでいる。

 まあ、この学園にたった三人の男子が揃っているのだ。それ目当ての女子が殆どだろう。そこらで流れ弾が当たったり、ぶつかったりしている。俺も何人か蹴り飛ばした。酷いってらっしゃい?何とでも言うがいい。

「ねえ旺牙。旺牙の凶獣には後付武装はあるの?」

「拡張領域は十分空いてる。ただ俺が武器を持つとむしろ戦いづらいってだけだ。」

 剣も槍も重火器も俺には合わなかった。馴染まないだけで、修練を積めばある程度使えるようになるのだろうが、そんな時間があるなら徒手空拳の時間に向ける。長所を伸ばすことが『あの人』の教えだったから。

 それに遠中距離武器は《伏竜》がある。威力を抑えれば弾丸並みのスピードが出るからな。

 

 一夏とシャルル先生の重火器講座はまだ続く。

 そして三人の恋する乙女たちの怒り、嫉妬も高まる。溢れる。いやいや溢れちゃいけないよ。

「そういえば、シャルルのISってリヴァイヴなんだよな?」

「うん、そうだよ。あ、腕が離れてきているから、ちゃんと一回ごとに脇を締めて。」

「お、おう。・・・こうか?」

「オーケーだよ。あと、なるべく銃身を移動させて視線の延長線上に置いた方が良いね。首を傾けて撃つと、とっさに反応できないよ。」

 しかし本当に解かりやすいな、シャルルの教え方。

 やっぱり一回くらい俺も教えてもらおうか。

「むっ。」

 隣で簪さんがむっとしましたよ。何故でしょう。

 そうこうしていると、二人の会話はシャルルのISについてに戻った。

 あれがシャルルの専用機『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』。従来のラファール・リヴァイヴとは形からして違う。全体的にスッキリした感じだ。話に聞くと、基本装備をいくつか外して、拡張領域を倍にしてあるらしい。

 大抵の専用機でも五つ、多くて八つだとするなら、シャルルは十以上の武装を使いこなしているということだ。

 それはとんでもないことだ。歩く武器庫がその場に応じて適切な武器をぶっ放してくる。何より操縦者の脳にも大きな負担が掛かるはず。

 シャルル・デュノア。もしかしたら、『あの技能』を体得しているのか・・・?

「ねえ、ちょっとアレ・・・。」

「ウソっ、ドイツの第三世代型だ。」

「まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたけど・・・。」

 急にアリーナ内がざわつきはじめる。ざわつく気配のようなものを感じ注目の的に視線を移した。

「・・・・・・。」

 そこにいたのはドイツからの転校生にして代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 闘気、というより殺気のようなものを纏い、ISを展開してそこに立っていた。

 なんだか物凄く嫌な予感がしてきたのう・・・。



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消えない過去、消さない傷

皆様のおかげでUAが8000を超えました!こんな駄文にお付き合いいただき、ありがとうございます!目指せ10000・・・は言い過ぎですかね?

自分も早くNW要素を出したいですが、それをお待ちの方々、今しばらくご勘弁を。


 ラウラ・ボーデヴィッヒ。転校初日、一夏に平手打ち、俺にはグーパンを放ってきた小柄な少女。

 だがその容姿に惑わされてはいけない。こう対峙していると冷気と殺気を纏っているのがよく分かる。

 お、目が合った。うお!?殺気が増した。

 しかし何故だろう。こいつに対しては、売ってきた喧嘩を買おうとは思えない。いつもなら拳が飛んできた瞬間蹴り飛ばしているところなのに。うーん。分からん。

「おい。」

 ISの開放回線で声が飛んでくる。そんなに遠くから声を出さずに、もっと近づいてくればいいだろう。恥ずかしがり屋かな?

「・・・なんだよ。」

 何でお前が喧嘩腰なんだよ一夏!まあいい感情を持ってはいないのは分かるけど。

 一夏が返事をすると、言葉を続けながらボーデヴィッヒがふわりと飛翔してきた。

「貴様らも専用機持ちだそうだな。ならば話が早い。私と戦え。」

 お?バトルマニアかな?いいぞもっとやれ。・・・ん?『貴様ら』って俺も?

 えー、俺も巻き込まないでくれよー。こういう喧嘩は好きじゃないんだぜ。

「イヤだ。理由がねえよ。」

「貴様らにはなくても私にはある。」

 ・・・ああ。そういうことか。ドイツ、織斑先生、もとい千冬さんと来て思いつくのは一つしかない。第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』の決勝戦でのことだ。

 俺と一夏にとって思い出したくない記憶、そして消せない、消してはいけない傷。

 決勝戦前、ほんの少し会場から出た俺と一夏は黒服の連中に拉致されそうになった。今時、しかも真昼間から漫画みたいな黒服かよと思ったものの、状況は悪い。

 連中の狙いは一夏だったようなので、俺が囮になって一夏を逃がすことにした。

 作戦自体は成功。黒服連中は全員俺に引っ掛かった。どうやったかは、当時必死だったのでよく覚えていない。

 後は俺が逃げるだけになったその時、バンッという音が響いた。

 そして、俺の右眼は・・・。

 その後は俺が代わりに拉致された。何故か。どうせ本命を逃した腹いせだろう。

 身体を切り裂かれ、熱された棒を押し付けられ、・・・まあ色々されたなあ。ホモがいなくて良かったくらいか?

 黒服・・・、ああもう『謎の組織』でいいや。謎の組織の連中が俺を置いて消えてしばらくして、轟音とともに壁が崩れ、光が差し込んでくる中、現れたのはISを装備した千冬さんだった。

 俺の拘束を解き、千冬さんは何かを叫んでいたようだが、その声が届くことなく、意識は途切れてしまった。

 

 もちろん決勝戦は千冬さんの不戦敗となり、大会二連覇は果たせなかった。誰しもが千冬さんの優勝を確信していただけに、決勝戦棄権ということは大きな騒動を呼んだ。

 俺の誘拐事件に関しては世間的には一切公表されなかったが、一夏の証言、そして事件発生時に独自の情報網から俺の監禁場所に関する情報を入手していたドイツ軍関係者は全容を大体把握している。そして千冬さんはそのドイツ軍からの情報によって俺を助けたという『借り』があったため、大会終了後に一年ちょいドイツ軍IS部隊で教官をしていた。

 それから少し足取りがわからなくなり、いきなりの現役引退、そして現在のIS学園教師という仕事に就いている。

「貴様らがいなければ教官が大会二連覇の偉業をなしえただろうことは容易に想像できる。だから、私は貴様らを、貴様らの存在を認めない。」

 だとさ。千冬さんの強さに惚れ込んでる、というより心酔、信奉しているようだ。だから、千冬さんの経歴に傷を付けた俺たちが憎い、と。まあ気持ちはわからんでもない。俺にとっても、心酔していた人がいたから。

 そして今世でも、あれは死んでも死にきれんミスだった。俺がもっと上手くやれば、油断しなければあんなことにはならなかったはず。

 だが、それはそれ。これはこれ。俺たちが戦う理由にならない。というかボーデヴィッヒと喧嘩しようという気がしてこない。

「また今度な。」

「ふん。ならば、戦わざるを得ないようにしてやる!」

 一夏が言うが早いか、ボーデヴィッヒはその漆黒のISを戦闘状態へシフトさせる。刹那、左肩に装備された大型の実弾砲、おそらくレールガン、が火を噴いた。

「ちょっ!」

 マジで撃ちやがった!

 ゴガキンッ!

「・・・こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人はずいぶん沸点が低いんだね。ビールだけでなく頭もホットなのかな?」

「貴様・・・。」

 横合いから割り込んできたシャルルがシールドで実弾を弾き、同時に右腕に六一口径アサルトカノン《ガルム》を展開してボーデヴィッヒに向ける。

「フランスの第二世代型ごときで私の前に立ちふさがるとはな。」

「未だに量産化の目処が立たないドイツの第三世代型よりは動けるだろうからね。」

 互いに涼しい顔をした睨み合いが続く。

 俺が驚かされたのは、シャルルの武装展開、変更の速さだ。

 通常一~二秒かかる量子構成をほとんど一瞬で、それも照準を合わせるのと同時に行っていた。

 確かあれは、高速切替。事前に武装の呼び出しをせずに戦闘と同時進行で武装を呼び出す、機能というよりも操縦者の操る高等技術だ。なるほど、あれがあるからこそ大容量の拡張領域を使いこなせるのだろう。

 戦闘状況に合わせて最適な武器を使用でき、同時に弾薬の供給も高速で可能ということだ。つまり、持久戦に圧倒的なアドバンテージを持っている。そしてそして相手の装備を見てから自分の装備を変更できるという強みがある。

 ・・・う~ん。どう戦おうか考えてしまった。って、そんな場合じゃないな。

「はいはいそれまで。こんな所で殺気を放つな。シャルルも落ち着け。」

「旺牙・・・。」

「・・・。」

 ボーデヴィッヒは目だけでも俺を殺そうとしている。怖くはないが、ちょい鬱陶しい。

「私としては、今すぐ貴様を八つ裂きにしたいぐらいなのだがな。」

「それは失礼。俺は大往生する気満々だから。」

 うわー、下がる気ねえなおい。

『そこの生徒!何をやっている!学年とクラス、出席番号を言え!』

 突然アリーナにスピーカーからの声が響く。騒ぎを聞きつけてやってきた担当の教師だろう。正直、もっと早く来てほしかった。

「・・・ふん。今日は引こう。」

 何度も横やりを入れられて興が削がれたのか、ボーデヴィッヒはあっさりと戦闘態勢を解除してアリーナゲートへと去っていく。俺への殺気もそのままに。向こうではおそらく教師が怒り心頭で待っていることだろうが、あいつの性格からして無視してしまうだろう。先生ドンマイ。

「一夏、大丈夫?」

「あ、ああ。助かったよ。」

「旺牙も、何かあったときに備えてくれてたよね。」

「良く気付いたな、気配は殺してたつもりだったんだがな。」

 数秒前までの鋭い眼差しはもうない。感情のオンとオフが素早くできる人間は心理的にも強いと聞いたことがあるが、そのタイプなのだろうか。流石代表候補生といったところか。

「きょうはもうあがろっか。四時を過ぎたし、どのみちもうアリーナの閉館時間だしね。」

「おう。そうだな。あ、銃サンキュ。色々と参考になった。」

「それなら良かった。」

 にっこりと微笑む。貴公子のような小動物のような、とにかく人好きのする笑顔だ。だが、腑に落ちない点が。

「えっと・・・じゃあ、先に着替えて戻ってて。」

 そうこれだ。シャルルはIS実習後の着替えを俺と一夏とすることをかたくなに拒んでいる。一緒に着替えたがらない。というか実際一度も実習後着替えをしたことがない。実習前の着替えも転校初日のあれ一回きりで、以後は前もってISスーツを着ていたり、俺たちより早く行って着替え終わっていたりだ。

 見せくないもの、例えば大きな傷でもあるのか。いや、そんな気配は感じなかった。

 何かを隠している。俺だけの考えだが、何かありそうだ。シャルル・デュノアは、黒か白か。それを見極めなくては、一夏に危害が加わる可能性がある。それだけは避けなくては。

 なんて考えてたら一夏が動き出した。

「たまには一緒に着替えようぜ。」

「い、イヤ。」

「つれないことを言うなよ。」

「つれないっていうか、どうして一夏は僕と着替えたいの?」

「というかどうしてシャルルは俺たちと着替えたがらないんだ?」

 俺を巻き込むな俺を。

「どうしてって・・・その、は、恥ずかしいから・・・。」

 赤面するなよ。俺まで一瞬ドキッとしたぞ。

「むっ。」

「・・・どうしました、簪さん?」

「別に。」

 ならなぜそっぽを向くのかね。

「慣れれば大丈夫。さあ、一緒に着替えようぜ。」

「いや、えっと、えーと・・・。」

 一夏、その言い方はアウトだ。お腐れ様方の良い餌になってしまう。そしてやはりというか、俺まで巻き込まれるんだ。

 この前一冊の薄い本を拾ったが、その内容が・・・。ちなみにその本は完全に消滅させた。

「なあ、シャル」

「まあまあ本人が遠慮してんだ、先に着替えてようぜ。」

「そうそう。しつこいと友達無くすわよ。」

「ぐえぇっ!」

 俺と鈴で一夏の首根っこを掴み連行した。

「こ、コホン!・・・どうしても誰かと着替えたいのでしたら、そうですわね。気が進みませんが仕方がありません。わ、わたくしが一緒に着替えて差し上げ」

「こっちも着替えに行くぞ。セシリア、早く来い。」

「ほ、箒さん!首根っこを掴むのはやめ、わ、わかりました!すぐ行きましょう!ええ!ちゃんと女子更衣室で着替えますから!」

 箒も随分と力が有るようで。セシリアがもし平均体重(日本)だった場合、片手で引っ張るのにはかなりの力が必要なはず。

 ・・・そっと一夏の首根っこから手を放す。

 ズルズルズルズル・・・。

「何よ?」

「・・・イヤ、別に?」

 俺の周りの女子は体力が有り余っているようで。まさか簪も!?見た目に反して代表候補生だからな、鍛えてるかもしれん。・・・言動には気を付けよう。・・・ああISのサポートかな?

 というか、彼女たちはいつの間に名前で呼び合う仲になったのだろうか。最初は一夏をめぐって険悪な感じだったと思うんだが。何か協定でも結んだか、普通に友情が芽生えたか。

 女の子って分かんねえ。

「じゃあ先行ってるぞ。」

「後でな。」

「あ、うん。」

 シャルルにそれだけ言って、俺たちはゲートへと向かう。一夏も最近はISの操縦に慣れ、力をつけてきたようだし、俺もうかうかしていられないな。喧嘩じゃまあ負けないがな。

「しかしまあ、贅沢ッちゃあ贅沢だな。」

「俺は逆に落ち着かんよ。」

 ガランとしたロッカールーム。ここが共学なら他に男子もいただろうが、生憎ほぼ女子校だ。男子が一緒に着替えるわけにはいかない。

 こんな広い場所を独占しているっていうのが、なんか悪いような変な感じだ。

「はー、風呂に入りてえ・・・。」

「それこそ贅沢だ・・・。」

 シャワーも悪くないんだが、やっぱり全身湯に浸かりたい。噂によると男子が増えたことで山田先生が大浴場のタイムテーブルを組み直してくれているらしい。先生様様です。

「旺牙、終わったか?」

「ん、終わったぞ。」

 男の身支度なんて簡単なもんだ。一つ考えるうちにもう終わってしまった。

「あのー、織斑君と志垣君、デュノア君はいますかー?

「はい?えーと、織斑と志垣がいます。」

 ドア越しに山田先生の声が聞こえる。噂をすれば何とやら、タイミングがドンピシャ。

「入っても大丈夫ですかー?まだ着替え中だったりしますー?」

 そこまで遠くに呼びかけるように話さなくて大丈夫ですよ?

「ああいえ、大丈夫ですよ。着替えは済んでます。」

「そうですかー。それじゃあ失礼しますねー。」

 バシュッとドアが開いて山田先生が入ってくる。

「デュノア君は一緒ではないんですか?今日は織斑君と実習しているって聞いてましたけど。」

「あ、まだアリーナの方にいます。もうピットまで戻ってきたかもしれませんけど、どうかしました?大事な話なら呼んできますけど。」

「ああ、いえ、そんなに大事な話でもないですから、織斑君から伝えておいてください。ええとですね、今月下旬から大浴場が使えるようになります。結局時間帯別にすると色々と問題が起きそうだったので、男子は週に二回の使用日を設けることにしました。」

「本当ですか!」

「おお!」

 こいつは俺にとっても大事だ。これでやっと風呂に入れる。俺だって日本男児、体を伸ばして入れる風呂は大好きだ(体格的に伸び伸びできない場合が多かったが)。

 一夏なんて山田先生の手を取って感謝している。

 だがこの姿を織斑ハーレムに見られたらどうなるかな?(( ̄▽ ̄))

「・・・一夏?何してるの?」

 ゾクゥッ!

 なんだシャルルか・・・。驚かせやがって。

 今の、織斑ハーレムの連中に似た何かを感じた。

 一夏が色々と説明しているが、それでもなんだか不機嫌だ。・・・なぜそんな気配を放つ。お前も男だろう。

 その後、一夏は白式の正式な登録に関する書類がどうので、みんな解散した。

 

 

 

 

「そろそろ夕飯の時間だぞ簪。」

「もう少し、もう少しでいいところだから・・・。」

 ヒーロー物のディスクを見ながら答える簪。好きなのはわかるけど子供か!

「旺牙はこの中で誰が好き?」

「主人公のライバルだな。渋い立ち位置が魅力的だ。」

「男の子って主人公が好きなものだと思ってた。」

「色々経験すると好みも変わってくるものなんですよ簪さん。」

 俺だって昔はヒーローに憧れたもんさ。でも、今の俺にはそんな資格はないから。

 そんな時、一夏から秘匿回線が届いた。

『至急俺の部屋に来てくれ』か・・・。今度は何をやらかした?

「簪、俺ちょっと出てくるから、先に食堂で飯済ませとけ。」

「うん・・・。」

 本当に聞こえてたのかな?

 

 

「来たぞ一夏。」

 一夏たちの部屋まで来た俺はノックして普通に入ろうとした。

「早く入ってくれ!んで早く閉めてくれ!」

 なんだその要望は。まあいい。従いましょう。

「で、今回はどんなトラブルだよ。一、夏・・・。」

 部屋の中には、一夏と、シャルルに瓜二つの。

「や、、やあ。旺牙。」

「女、の子?」

 一夏を見る。

「トラブルでもTol〇VEるでしたか・・・。」

「違うよ!?」

 



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俺もらしくねえな

 早く先に進みたいので巻いていきます。
 質が落ちてる?今更でしょう!

旺牙「何故切れる!?」


 

 で、なんだ。急いで一夏たちの部屋に行ってみれば。

 つまりデュノア君は、実はデュノアちゃんでして。

 シャワールームを覗いた一夏がその裸体をもろに見てしまい隠していた事実が露見してしまった、と。

 ・・・ふ~。

「このドスケベ魔王めが。」

「いやその言い方は酷くないか!?」

 うるさい。事故とはいえ女子の裸を見たのだ。エロ魔人認定だ。このことを弾が知ったら血涙流して殺しに来るぞ。

「えっと、旺牙。一夏もわざとじゃないんだし。」

「わざとだったら市中引き回しのうえ打首獄門だよ。」

 まったく、どうしてこう面倒事に巻き込まれるかな。

 俺も人のことは言えんが、一夏ほどじゃないと思うよ。

「それより一夏。なんで旺牙も呼んだの?」

「旺牙なら、何か知恵を貸してくれると思って。」

「いや、買い被りすぎだろ。」

 俺は便利屋じゃないんだぜ。

 

「それで、なんで男のフリなんかしていたんだ?」

「それは、その・・・実家の方からそうしろって言われて・・・」

「あ?実家っつーと、デュノア社の」

「そう。僕の父がそこの社長。その人から直接の命令なんだよ。」

 なんだ、この違和感は。実家の話だろう?なぜここまで感情が感じられない。あえてそうしているようにしか思えない。血の繋がった父親をあの人呼ばわりか。

「僕はね、一夏、旺牙。愛人の子なんだよ。」

 あー・・・、オイオイオイ。思わず固まっちまった。俺も大人じゃないが子供でもない。前世から数えれば三十年、色々な人間を見てきたが、こういうタイプはデリケートすぎて中々踏み込めない。

「引き取られたのが二年前。ちょうどお母さんが亡くなったときにね、父の部下がやってきたの。それで色々と検査をする過程でIS適応が高いことがわかって、非公式ではあったけれどデュノア社のテストパイロットをやることになってね。」

 シャルルはただただ淡々に話した。それだけで、この話をするのも嫌なことが伝わってくる。それを俺たちは一言一句聞き逃すまいと聞くことに専念した。

「父にあったのは二回くらい。会話は数回くらいかな。普段は別邸で生活をしているんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね。あのときはひどかったなぁ。本妻の人に殴られたよ。『泥棒猫の娘が!』ってね。参るよね。母さんもちょっとくらい教えてくれたら、あんなに戸惑わなかったのにね。」

 あはは、と愛想笑いを繋げるシャルルだったが、その声は乾いていてちっとも笑ってはいなかった。俺たちも、さすがに愛想笑いは返せない。それはシャルルも望んでいないだろう。一夏は一夏で思うところがあるのだろう、拳を握りしめている。俺も、何やらイライラとする感情が芽生えてきた。

「それから少し少したって経って、デュノア社は経営危機に陥ったの。」

「え?だってデュノア社って量産機ISのシェアが世界第三位だろ?」

「そうだけど、結局リヴァイヴは第二世代型なんだよ。ISの開発っていうのはものすごくお金がかかるんだ。ほとんどの企業は国からの支援があってやっと成り立っているところばかりだよ。それで、フランスは欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』から除名されているからね。第三世代型の開発は急務なの。国防のためもあるけど、資本力で負ける国が最初のアドバンテージを取れないと悲惨なことになるんだよ。」

 そういえば、欧州連合では第三次イグニッション・プランの次期主力機の選定中との話を聞いた。イギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型、イタリアのテンペスタⅡ型。

 イギリスが一歩先ん出ているというが、まだまだどんぐりの背比べ。セシリアやボーデヴィッヒが転校してきたのも、戦闘データの蒐集のためだろう。

「話を戻すね。それでデュノア社でも第三世代型を開発していたんだけど、元々遅れに遅れての第二世代型最後発だからね。圧倒的にデータも時間も不足していて、なかなか形にならなかったんだよ。それで、政府からの通達で予算を大幅にカットされたの。そして、次のトライアルで選ばれなかった場合は援助を全面カット、その上でIS開発許可も剥奪するって流れになったの。」

「なんとなく話はわかったが、それがどうして男装に繋がるんだ?」

「ここまで聞いてて解からねえのかよ。」

「旺牙にはお見通しだね。まず注目を浴びるための広告塔。それに」

 シャルルは俺たちから視線を逸らし、苛立たし気に続けた。

「同じ男子なら日本で登場した特異ケースと接触しやすい。可能であればその使用機体と本人のデータを取れるだろう・・・ってね。」

「それは、つまり—」

「そう、白式と凶獣のデータを盗んでこいって言われているんだよ。僕は、あの人にね。」

 あの人、か。さっきから感じていた違和感はこれか。

 実の父をまるで他人のように呼ぶ。いや、他人なのだ、彼女にとっては。

「とまあ、そんなところかな。でも一夏たちにばれちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まあ・・・潰れるか他企業の傘下に入るか、今までのようにはいかないだろうけど、僕にはどうでもいいことかな。」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、今までウソついていてゴメン。」

 深々と頭を下げるシャルルの肩を掴み、一夏は強引に顔を上げさせる。今度は一夏のターンだ。

「いいのか、それで。」

「え・・・?」

「それでいいのか?いいはずないだろう。親が何だっていうんだ。どうして親だからってだけで子供の自由を奪う権利がある。おかしいだろう、そんなものは!」

「い、一夏・・・?」

「親がいなけりゃ子供は生まれない。そりゃそうだろうよ。でも、だからって、親が子供に何をしてもいいなんて、そんな馬鹿なことがあるか!生き方を選ぶ権利は誰にだってあるはずだ。それを、親なんかに邪魔されるいわれなんて無いはずだ!」

 一夏はシャルルのことを言っているのではないだろう。自分たちの、特に千冬さんに重ねて言葉を放っているのだろう。

「ど、どうしたの?一夏、変だよ?」

「あ、ああ・・・悪い。つい熱くなってしまって。」

「いいけど・・・本当にどうしたの?」

「俺は、俺と千冬姉は両親に捨てられたから。」

「あ・・・。」

 資料にで知っていったのだろう『両親不在』の意味を理解したらしく、シャルルは申し訳なさそうに顔を伏せる。

「その・・・ゴメン。」

「気にしなくていい。俺の家族は千冬姉だけだから、別に親になんて今さら会いたいとも思わない。それより、シャルルはこれからどうするんだよ?」

「どうって・・・時間の問題じゃないかな。フランス政府もことの真相を知ったら黙っていだろうし、僕は代表候補生をおろされて、よくて牢屋とかじゃないかな。」

 あー、ダメだ。我慢できん俺にも喋らせろ。

 

「お前、それでいいのか?」

「良いも悪いもないよ。僕には選ぶ権利がないから、仕方がないよ。」

「俺はな、正直言えば最初からお前に疑念を抱いていた。」

「・・・そっか。旺牙にはもう半分バレてたんだね。」

 絶望を通り越し、自分の立場を達観している。そこに腹が立つ。

「シャレでリベレーターに例えたことがあったろ。あれはちょいとしたカマかけだったんだがな。弾が撃てるだけのクソ銃、だが、国によっては暗殺に怯えていた所もあったそうだ。」

「そんな!暗殺なんて!」

「分かってる。お前さんの性格じゃ暗殺なんて無理だろうから、その線は消していた。だがな、今の話を聞いていて思ったことがある。」

 俺は思いっきり突きつけた。

「お前、生きることすら諦めてるだろ。」

「え・・・」

「一夏はお前を助けたそうだが、俺はそうは思わん。」

 二人が固まる。数秒の後、一夏は俺に掴みかかり、シャルルは下を向いてしまった。

「旺牙!お前!」

「離せよ一夏。」

 掴みかかる一夏の手を払う。

「シャルル、俺は自分で助かりたいって思う奴しか助けない。」

 これが、俺がヒーローにはなれない理由だろうか。

「死にたいと思ってるなら、勝手に死ね。俺たちを巻き込むな。」

 冷酷非情なことを言っているのはわかる。

 だが生きたいと思えない人間を助ける義理は無い。

「僕だって・・・。」

 シャルルは俯いたまま何かを呟く。その直後大声で叫んだ。

「僕だって自由でいたい!生きていたい!ありのままの僕でいたいよ!」

 おそらく本音を吐き出し、肩で息をするシャルル。その瞳には涙が滲んでいた。

「なんだ、言えるじゃないか。」

 俺は何事もなかったように外へ出ようとする。

「一夏、あとは任せた。それとシャルル。悪かったな、意地悪言って。」

 まったく説教なんて、俺らしくねえな。

 

 

 

 

 

 自室の前に帰ってきた。

 まさかまだアニメを見ているわけじゃないだろうな。

「ただいまー。」

「・・・。」

 マジかよ。

 簪はいまだに映像とにらめっこしている。

「はいはいお嬢さん。いい加減ご飯ですよ。」

「あ、ゴメン。」

 おっとやべ、忘れ物した。

 行きにくいな。

「また出かけてくる。ついでに食いもん持ってくるわ。リクエストは?」

「・・・サンドイッチ。」

 あいよ。

 

 

「悪い、携帯忘れた・・・、て、何事?」

「いや、これは、シャルルが箸苦手みたいだから。」

「お、旺牙!なんでもない!なんでもないよ!」

 真っ赤になっていながら一夏に食べさせてもらっているシャルル。

 そうか、お前もか・・・。

「んじゃ、俺はこれで。あとはお若い二人で・・・。」

「あ、ちょっと待って。」

 シャルルに呼び止められる。

「その、聞いていいかわからないけど、旺牙の『両親不在』って・・・。」

 ああそのことか。さっき言ってなかったか。

「珍しいことじゃない。親父は事故。お袋は病気で逝っちまったよ。」

「あ、ごめ」

「てい。」

「あ痛い。」

 軽くチョップ。

「もう昔の話だ。それに俺には一夏や千冬さん、篠ノ之家の縁者さんたちがいた。寂しくなかったよ。」

「・・・そう。」

「辛気臭い話は終わりだ。んじゃ、今度こそお邪魔しました~。」

 

 

 

 

「簪さん。いい加減にしなさい。」

「ご、ごめん旺牙!でも今、今いいところなの!」

「はぁ・・・。まあいい。サンドイッチ貰ってきたから、一緒に食うか。」

「うん。」

 その後、デザートに昨日作っておいたシュークリームを食べた。

 




あー・・・、ほぼ原作の流れだわ・・・。
怒られちゃうかな?

というか最近簪がオチ担当になってる気が・・・


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話をしよう

今回ちょいと痛々しい回想が入りますが、ここの読者でしたらなんてことないでしょう。

もっとキツイ描写を見たことある人がいますよね。

それでも不快に思われたら遠慮なくブラウザバックをどうぞ。


あ、今さらですが、旺牙の眼帯は顔半分を覆うタイプの物です。
ようはNWのナイトメアの眼帯みたいなやつ。


 昼休み。食後に何となくブラブラしていると、気配を感じた。誰か尾けてきている。

 いつまでも引っ付かれていても迷惑だし、もし周囲の誰かに見られたら面倒だ。まあ尾行者もそんなドジを踏むような奴じゃないし、人気のない所まで誘導するか。

 

 

「さて、この辺でいいだろう。出て来いよ。」

 校舎裏の寂れた場所へとやってきた。ん?こういう事以前にも無かったか?

「・・・いつから気付いていた。」

「隠してるつもりかい?だったら殺気の消し方を一から勉強してきなよ。」

 校舎の陰からボーデヴィッヒが現れる。

 なんで俺はこいつと話すと喧嘩腰になるんだろう?まあ今はいいか。

「んで?俺に何の用だ?また俺を認めないとか言う気か。」

「それは常に思っている。」

 怖えなおい。

「私が気になるのは、何故貴様が連れ去られたか、そして織斑教官に助けられたかを知りたい。」

 あー、そこかぁ。あんまり話したくないんだけどなぁ。痛い思い出だしな、体も、心も。

「うーん、そうなると・・・。まずお前、俺の眼帯の下がどうなってるか知ってるか?」

「ふん。どうせカッコつけだろう。そういうのを厨二と言うと副官から聞いたことがある。」

 ・・・大丈夫大丈夫。今はお話の時間。怒ったらダメ、怒ったらダメ。お前もじゃねえかとか考えたらいけない事。

 俺は静かに眼帯を外して見せる。

「っ!?」」

 ボーデヴィッヒが小さく息を飲むのを確認し、再び眼帯を着ける。

「軍人なんだろ。これぐらい見たことあんだろ。」

「いや、確かにそうだが・・・。」

 二人して無言になる。こういう空気は好きじゃない。

 かと言って俺から何か言うのも変だ。どうしよう。

「貴様に、何があった。」

「聞かされてないのか。まあ、ドイツにとって俺のことなんか関係なかったんだろうな。」

 壁を背にし、途中で買ったコーヒーのプルタブを開ける。

 そしてもう一本、月衣に隠しておいたもう一本をボーデヴィッヒに放り投げる。

 一瞬虚を突かれた様子だったが難なくキャッチした。

「何のつもりだ。」

「当たりでもう一本出たんだよ。あと長くなりそうだから飲み物でも持っとけ。」

 さてどこから話そうか。

 あれは第二回モンド・グロッソの決勝直前だったか。

 

 

 

 

 

「なんなんだよ!あいつら!」

「俺が知るか!兎に角逃げるぞ!」

 一夏と俺は怪しい連中に追われていた。

 怪しい連中というと間抜けに聞こえるが、実際に怪しかったのは事実だ。

 全員黒づくめに黒のサングラス。漫画から飛び出してきたような『怪しい奴』だった。

 どちらにしても、二人で逃げていては人数の差からいつか追いつかれる。それにこいつらの動き、狙いは一夏か!

「一夏、先に行け。アイツらお前を狙ってる。俺が撹乱する。」

「馬鹿言うな!それじゃあお前が!」

「心配すんな。むしろお前邪魔。一人の方が逃げやすい。」

「こんな状況で冗談言ってる場合じゃないだろ!」

「本気だよ。お前が狙われてんだ。相手の動きが分かってるならどうとでもできる。」

 この頃の俺はちょっと調子に乗ってたんだろうな。あんなこと言ってさ。

 月衣が無くても大丈夫だと思い込んでいた、え?月衣?まあまあ今はどうでもいいだろう。

 そして俺は連中の前に立ちふさがった。

「だからとっとと先に行け!俺も機を見て逃げる!二人とも捕まったら意味ねえぞ!」

「・・・くそ!いいな旺牙!お前も逃げきれよ!」

 俺はサムズアップを返し、路地裏に走り去る足音を聞いた。

 まあ自分に酔ってた、調子に乗ってたことは否定しない。

 ナイフくらいならさばける自信もあった。

「くそ!化け物かこのガキ!」

「早くしろ!織斑一夏が逃げる!」

 何て言えばいいか、そいつらを撃退できる自信はあったよ。

 その手のプロだったんだろうけど、随分遅く見えたからな。多分ハイになってたのもあるんだろう。

 刃を避けては蹴り返せば相手は吹っ飛んだし、腕を掴めば投げ飛ばせた。

 だから油断していたんだろう。

 何かが弾ける音がして、何かが右眼を掠っていった。

 その後に激痛が走ったんだな。

「ガアアアアァァァァッ!!」

 痛みとともに右眼が見えなくなった。その代わり、微かに左眼で見えたんだ。

 銃を構えた黒服の姿が。まさか街中で拳銃使うとは思わなかったな。

 怯んだ隙にナイフで切られ、突かれ、取り押さえられた。

 一夏が逃げきれたかどうか、それがその時の俺の最後の思考だった。

 

 

 次に目を覚ました時、俺は薄暗い部屋の天井から鎖で繋がれていた。

 目を覚ました、というより覚まされたというのが正確かな。

 水をぶっかけられ目を覚ましたんだが、今思うと寝てたままでよかったな。

 何かが腹に入ってきた感覚で朦朧としていた意識は完全に覚醒した。

「グ、グオアアア!」

 ナイフが俺の腹部に突き刺さっていた。まあ刺されたんだな。

 痛くて叫んじまったよ。なんせ刺した後ナイフをぐりぐりと回転させてんだ。

 犯人は例の怪しい連中。何故俺がこんなことになっているのかは、何となくわかった。俺、捕まったんだな。

 ただ、こんな拷問じみた行為をする理由。それが分からなかったんだが、奴らが教えてくれたよ。

「織斑一夏はどうした。」

「駄目だ。見失った。」

 一夏が逃げられたことに安堵したが、そんな暇を奴らは与えてくれなかった。

 背中から肉の焼ける臭いととんでもない熱さを感じた。熱した鉄棒を押し付けられたんだ。

「この餓鬼!邪魔してくれやがって!」

「おいどうするよ!『組織』は織斑一夏の身をご所望だぞ!」

「知るか!そもそも『組織』はあの女の所為で変わったんだ。もう以前の『組織』じゃない。」

『組織』ってのがなんなのかは知らん。それどころじゃなかったからな。

 気を強く持っていないと意識どころか命が危なかった。

「なんの成果もなく帰ったらどうなるか分からん。だったら・・・。」

 ズンッ!!

「グアア!?」

「少しくらい楽しんで帰ったっていいだろう。」

 ザクッ!ザクッ!

 サディスティックな笑みを浮かべ、奴らの一人が俺の身体を切りつけた。

 あー痛かったよ。けど歯ぁ食いしばって耐えてやったさ。

 痛がったり怖がったりすりゃ奴らを喜ばせるだけだからな。

 ナイフも熱した鉄棒も耐えられた。

 だけどあれはきつかったな。傷口に細い棒差し込まれてさ。ボタンみたいなのを押された。

「!ギッ!ガアアアアアアッ!!!」

 いわゆるスタンスティック、電気だよ。それを体内で流しやがった。

 痛いや熱いなんてもんじゃない。『以前』にも経験したことのない、痛みなんて言えるもんじゃなかった。対拷問用の訓練でもしとけばよかったね。ん?『以前』って?まあ、ここでは関係ないことだ。

 プスプスと身体中から煙が出た。正直死んだと思ったね。

 それでも俺の命の灯は消えなかった。死んでたまるかっていう本能が働いたんだな。

「この餓鬼、まだ生きてやがる・・・、化け物か?」

 餓鬼一人を虐めてるやつらの方がまともじゃなかったけどな。

「あ、あうあ・・・。」

「ん?なんか言ってやがるぞ。」

「今更命乞いか?」

 一人の男が顔を俺に近づけた。

「ペッ!」

「ぐっ!?」

 そいつの顔に思い切り唾を吹きかけてやったよ。

 唾を拭いた後、そいつから表情が消えた。

「まだまだ元気じゃないか・・・。ああそういえば。」

 そいつは俺の顎を掴んで顔を上げさせ、ナイフを構えた。

「もう破裂した右眼だ。いらないだろう、な!」

 グジュリともグチャリともいえない音がした。

「アア、グアアアアア!!」

 見えなくなっていた右眼、そこにナイフを突き立てられたんだ。

 グリグリと捩じられる。叫びながら、三国志の夏侯惇ってこんなに痛かったのかな、なんて思っちまった。

 そしてズルリと、もはや原型を保っていない目玉の残骸が落ちた。

 流石に限界だった。もう命の手を放していいかとも思った。

 一夏が逃げきれていたのも、理由だった。

 その時だった。

 ドガァンという音とともに、光が差し込んできた。

 何とか顔を上げた。ただ、逆光でよく見えなかったが、ISだったと思う。

 慌てている奴らに対し、そのISは何かを照射した。

 奴らの一人が声を上げる間もなく蒸発した。

 その後、奴らはISに対して発砲したが、たかが拳銃がISに通じるはずがない。

 謎のISは一人一人を消し去っていった。

 最後の一人なんて発狂していたっけな。そいつも影も残らず消されてしまった。

 静寂が、やけに不気味だったよ。

 ISは数秒俺を見ていたが、何処かへ飛び去ってしまった。

 その後だったよ。千冬さんの暮桜がやってきたのは。

 そして俺は意識を手放した。

 

 

 次に目を覚ましたのは病院だった。

 ベッドの傍には一夏と千冬さんの姿。

 備え付けられたテレビから、千冬さんが決勝戦を棄権したことが報道されていた。病室にも入り口にガードマンが配備されていたらしい。

 俺の目覚めの第一声が、なんで助けに来た、だったような気がする。はっきりは覚えてないんだ。

 だが次の瞬間は覚えてる。

 千冬さんに思いっきり引っ叩かれた後、こう言われたよ。

「家族を助けて、何が悪い。」

 ちょっと目が潤んでたな。一夏も釣られて泣いていた。

 色々とされたけど、あのビンタが一番痛かったなあ。

 

 

 

 

 

「とまあ、こんなことがあったんだよ。謎のISのことは誰にも話してないから内緒で頼む。」

 長々と語っちまったな。らしくない。

「ああ、貴様の弱さが教官の輝かしい経歴に傷をつけたことがよく分かった。」

「容赦ねえな。」

 思わず苦笑しちまうよ。まあ、事実だし。反論できねえし。

「だから俺も一夏と同じだ。友人や家族を守れるだけの強さが欲しい。そのために修行中ってわけよ。」

 もうあんなことは起きない。ウィザードとして覚醒したからこそ、侵魔が現れた今だからこそ、強くならないといけない。

「時間の無駄だった。弱者の自分語りほど下らんものは無い。」

 コーヒーを俺に投げつけ、ボーデヴィッヒは立ち去った。

 時間の無駄。弱者、ねえ。

 言ってくれるじゃないの。気にしてるのにな。

 さて、俺もそろそろ戻るか。

 

 

 

 放課後である。

「ねえ旺牙。今日もみんなで練習するんだよね。」

「ああ。確か第三アリーナだったな。一夏たちは先に行ってると思う。」

 簪と一緒にアリーナを目指す。

 しかし、何かがおかしい。

 嫌な予感というか、心がざわつくというか。

「急ごう。何かが起きてる。」

「う、うん。」

 アリーナに急いだ俺達が見たものは、トンデモナイものだった。

 セシリアと鈴がボロボロの状態。一夏がそんな二人を抱えている。

 シャルルとボーデヴィッヒが相対している。ボーデヴィッヒのIS『シュヴァルツェア・レーゲン』が瞬時加速の姿勢に入り、今まさに飛び出そうとした時、その間に影が割り入った。

 ガギンッ!と金属同士が激しくぶつかり合う音が響き、ボーデヴィッヒの動きが止まった。

「・・・やれやれ、これだからガキの相手は疲れる。」

「千冬姉!?」

 千冬さん・・・、織斑先生がIS用近接用ブレードを『生身』で振るい、レーゲンの攻撃を止めている。

 いや、あんた普通の人間なんだからそういう事できちゃダメだろ!

「模擬戦をやるのは構わん。が、アリーナのバリアーまで破壊する事態になられては教師として黙認しかねる。この戦いの決着は学年別トーナメントでつけてもらおうか。」

「教官がそう仰るなら。」

 素直に頷いて、ボーデヴィッヒはISの装備状態を解除する。

「織斑、デュノア、お前たちもそれでいいな?」

「あ、ああ・・・。」

「教師には『はい』と答えろ。馬鹿者。」

「は、はい!」

「僕もそれで構いません。」

 二人が返事をすると、織斑先生はアリーナ内すべての生徒に向けて言った。

「では、学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止する。解散!」

 パンッ!と織斑先生が強く手を叩く。

「ね、ねえ。何が起こったの?」

「さ、さあ。俺にも分からん。」

 俺たち二人は完全に置いてきぼりだった。




はい。拉致されたのは一夏君から旺牙に変わりました。一夏君、出番を奪ってすまなかった。本当に、申し訳ない。


所で皆さん。柊蓮司などは名前だけで出さないつもりでしたが、回想でアンゼロットを出しているので、所々で公式キャラクターを出そうかなと思い始めています。

私の駄文には勿体ないキャラクター達ですが、出してもいいですかね?
出番はほぼ無いに等しいですが、回想に登場したり、台詞を一つ二つ発するだけですが。


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俺は決めました

すいません、本当はもっと早く投稿しようと思っていたのですが、

・消防団の訓練
・台風15号の後片付け
・停電
・モチベーションが下がり、地域が復興した後ゲームに逃げる

をやっていたため筆が進みませんでした。
え?四つ目は許されない?
・・・ごめんちゃい♪



「・・・・・・」

「・・・・・・」

 場所は保健室。俺がよくお世話になっている場所な。

 時間は第三アリーナの一件から一時間が経過していた。ベッドの上では打撲の治療を受けて包帯の巻かれた鈴とセシリアがいかにも不機嫌な顔をしていた。

「別に助けてくれなくてよかったのに。」

「あのまま続けていれば勝っていましたわ。」

 嘘をつくな見栄張るな。どう考えても一方的にボロボロにされてたじゃないか。

 話を聞いて気の毒に思う前に少々呆れてしまったよ。この二人、まあ鈴が頭に血が上りやすいが、セシリアまで釣られるとはな。

「お前らなあ・・・。はぁ、でもまあ、怪我がたいしたことなくて安心したぜ。」

「こんなの怪我のうちに入らな、いたたたっ!」

「そもそもこうやって横になっていること自体無意味、つううっ!」

 怪我してる時ぐらい大人しくできないのだろうか?

「バカってなによバカって!バカ!」

「一夏さんこそ大バカですわ!」

 一夏が余計なことでも考えていたのだろう、罵倒されている。こいつは顔に出やすいからな。まあ、解せないだろう。

 しかし怪我人が怒り心頭とは、あまりよくないなあ。

 でも俺は見ていることしかできん。

「好きな人に格好悪いところを見られたから、恥ずかしいんだよ。」

「ん?」

 シャルルと簪が飲み物を買って戻ってきた。

 ああ、そういう事。俺も案外鈍かったな。この二人がキレるなんて一夏関連が殆どだろう。

 肝心の一夏の耳には届いていなかったようで(都合のいい耳だ)、一人キョトンとしていたが、鈴とセシリアにはしっかり届いていたらしい。目に見えるほど顔を真っ赤にして怒りはじめた。

「なななな何を言ってるのか、全っ然っわかんないわね!こここここれだから欧州人って困るのよねっ!」

「べべっ、別にわたくしはっ!そ、そういう邪推をされるといささか気分を害しますわねっ!」

 簪と目が合うと、お互い苦笑してしまった。

「二人とも、素直じゃない。」

「はい、ウーロン茶と紅茶。とりあえず飲んで落ち着いて、ね?」

「ふ、ふんっ!」

「不本意ですがいただきましょうっ!」

 鈴とセシリアは渡された飲み物をひったくるように受け取って、ペットボトルの口を開けるなりごくごくと飲み干す。豪快だがその飲み方は体に悪いぜ?

「ま、先生も落ち着いたら帰っていいって言ってるし、しばらく休んだら」

 ドドドドドドドドドッ・・・!

「な、なんだ?何の音だ?」

「まさか地震か?」

 地鳴りに聞こえるそれは、どうやら廊下から響いてきている。うむ、沢山の気配がこちらに近づいてきているよう、だ!?

 ドカーン!と保健室のドアが吹き飛ぶ。いや、マジです。本当に吹き飛んだんです。マンガやドラマみたいに。こんなことって現実にありえるのか?

 俺?やろうと思えばできるけど、やろうと思ったことは無いぞ。

「織斑君!」

「デュノア君!」

「志垣君!」

 入ってきた、なんて生やさしいものではない。文字通り雪崩れ込んできたのは数十名の女子生徒だった。ベッドが五つもある広い保健室なのに、室内は人の海。しかも俺たち三人を見つけるなり一斉に取り囲み、バーゲンセールの取り合いがごとく手を伸ばしてきたのである。・・・怖え、この状況。こんなパニック映画だかホラー映画だか見たことあるぞ。人垣から伸びてくる無数の手、手、手。いやホント怖えから。

「な、な、なんだなんだ!?」

「ど、どうしたの、みんな・・・ちょ、ちょっと落ち着いて。」

「どういう状況だよこれ!?」

「「「「これ!」」」」

 状況が飲み込めない俺たちに、バン!と女子生徒一同が出してきたのは学内の緊急告知文が書かれた申込書だった。

「な、なになに・・・?」

「『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うため、ふたり組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは』」

「ああ、そこまででいいから!とにかくっ!」

 そしてまた一斉に伸びてくる手。だから怖いって!

「私と組もう、織斑君!」

「私と組んで、デュノア君!」

「お願いします、志垣君!」

 なぜいきなり学年別トーナメントの仕様変更があったかはわからないが、ともかく今ひしめきあっているのは全員一年生の女子だ。学園内で三人しかいない男子と組もうと、先手必勝とばかりに勇み迫ってきているのだろう。

「え、えっと・・・。」

 シャルルが困っている。誰かと組めば、どこからか正体がバレてしまうかもしれない。

 一瞬、一瞬だがシャルルが一夏を見た。おそらく助けを求めての無意識の行動だろう。普段は鈍感なくせに、一夏はこういう時には勘が働く。

「悪いな。俺はシャルルと組むから諦めてくれ!」

 しーん・・・。一夏の一言に保健室は沈黙に包まれた。

「まあ、そういうことなら・・・。」

「他の女子と組まれるよりはいいし・・・。」

「男同士っていうのも絵になるし・・・ごほんごほん。」

 おい、最後の何だ?

「志垣君は!?誰かと組む予定は!?」

「無いなら私と組もう!」

「あ、ズルい!私と私と!」

 あ~、俺に矛先むいちゃったよ。でも残念。

「悪いな。俺もう組みたい奴決めてるんだ。」

 ・・・・・・。

「「「ええええええっ!?」」」

 叫びが保健室に木霊する。

「だ、誰っ!?」

「う~ん。秘密だ。」

 その後も質問攻めにあったが、なんとかその場を誤魔化して皆さんにはお帰り頂いた。凄い疲れた。なんだか幽鬼のような歩みで出ていく子がいたけど大丈夫かな?

「旺牙、もう相手決めたのか?」

「おう。タッグになるって聞いた時からそいつの名前が出てきたよ。」

 気が早いし、そいつが聞き入れてくれるとは思わないけど。

「え、ええと、旺牙・・・。」

「あ、あの、一夏」

「一夏っ!」

「一夏さんっ!」

 わあびっくりした。シャルルと簪が何か言いかけた時、怪我人二人が声を上げ、ベッドから飛び出してきた。

「あ、あたしと組みなさいよ!幼馴染みでしょうが!」

「いえ、クラスメイトとしてここはわたくしと!」

 こいつら本当に怪我人か。平時より力強く動いてるぞ。これが『恋する乙女』のなせるパワー、か。

 だがどうする。俺の言葉は届かんだろうし、一夏はシャルルと組まないといけない理由もある。先程の女子生徒たちを説得するより骨が折れそうだ。

「ダメですよ。」

 うわ!?今のはマジでびっくりした!山田先生どこから現れた!?って、ドアが壊れてるから音がしなかったのか。でも気配もしなかったのはなぜ?

「おふたりのISの状態をさっき確認しましたけど、ダメージレベルがCを超えています。当分は修復に専念しないと、後々重大な欠陥を生じさせますよ。ISを休ませる意味でも、トーナメント参加は許可できません。」

 ああ、そういうことか。なら仕方ない、か。

「うっ、ぐっ・・・!わ、わかりました・・・。」

「不本意ですが・・・非常に、非常にっ!不本意ですが!トーナメント参加は辞退します・・・。」

 やはりそこは代表候補生。先生の話を理解したようだ。

 一夏は、まあ分かってない顔してるな。

「わかってくれて先生嬉しいです。ISに無理をさせるとそのツキはいつか自分が支払うことになりますからね。肝心なところでチャンスを失うのは、とても残念なことです。あなたたちにはそうなってほしくはありません。」

「はい・・・。」

「わかっていますわ・・・。」

 ふたりとも納得はしていないようだが、理解はしたのだろう。山田先生に諭されて引き下がった。

「一夏、IS基礎理論の蓄積経験についての注意事項第三だよ。」

 シャルル、こいつわかってないぞ。

「・・・『ISは戦闘経験を含むすべての経験を蓄積することで、より進化した状態へと自らを移行させる。その蓄積経験には損傷時の稼働も含まれ、ISのダメージがレベルCを超えた状態で起動させると、その不完全な状態での特殊エネルギーバイパスを構築してしまうため、それらは逆に平常時での稼働に悪影響を及ぼすことがある』」

「おお、それだ!さすがはシャルル!てか旺牙は知ってたのか?」

「ああ。俺は一回やらかしてるからな。」

 テレモートとの戦いで右脚を壊したのは俺の扱いが乱暴で、ダメージが蓄積されていたからだ。あの時は確かレベルBだったか。

「しかし、何だってラウラとバトルすることになったんだ?」

「え、いや、それは・・・。」

「ま、まあ、なんと言いますか・・・女のプライドを侮辱されたから、ですわね。」

「? ふうん?」

 ふたりとも黙ってしまった。まあ理由はおそらく・・・。

「ああ。もしかして一夏のことを」

「あああっ!デュノアは一言多いわねえ!」

「そ、そうですわ!まったくです!おほほほほ!」

 図星、か。まあこのふたりの共通項といったら一夏だろうな。一夏を悪く言われて逆上したんだろう。だがお前ら、デュノアの口を塞ぐのはそろそろ止めてやれ。苦しそうだ。

「こらこら、やめろって。シャルルが困ってるだろうが。それにさっきからケガ人のくせに体を動かしすぎだぞ。ホレ。」

 一夏が鈴とセシリアの肩をツンとつつく。またバカやって・・・。

「「ぴぐっ!」」

 おお、スゴイ反応。まだ痛かったんだなあ。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「あ・・・すまん。そんなに痛いとは思わなかった。悪い。」

 遅いよおバカ。しかしふたりの沈黙と恨みがましい目がまたすごい。向けられていない俺でも怯んでしまうほどだった。

「い、い、いちかぁ・・・あんたねぇ・・・。」

「あ、あと、で・・・おぼえてらっしゃい・・・。」

 ふたりがケガ人で助かったな。じゃなけりゃボコボコのグシャグシャにされていたな。

 

 

 

 

 

「ね、ねえ、旺牙。組みたい相手って・・・。」

「ん?どうした簪。」

 夕食まで時間があるので、部屋で暇をつぶそうと寮に戻っていると、途中で簪が足を止めた。

 何か言ってたようだが・・・。

「あ、旺牙くーん。」

「ちょっと萌、声が大きい。」

 あ、いつものふたりが来た。なんだか一夏たちといるよりこの四人でいるほうが多い気がしてきた。

「聞いたよ旺牙く~ん、学年別トーナメントのパートナー、もう決めてるんだってね。」

「どんだけ情報早いんだよ・・・。まあ否定しないけどな。」

 女子の情報網に驚きを超え若干呆れていると、制服の裾を誰かが握っていた。まあ位置的に簪なんだが。

 ・・・なんだか小動物のような瞳で見られてる。

「どしたの簪さんや。」

「旺牙、その、トーナメントは私と・・・。」

 あー、それか。

「悪い!簪とも組めないんだ!」

 頭を下げ、手を合わせて謝罪すると、ガーンッ!という効果音が聞こえてきそうな勢いで引かれた。おい、そんなにショックかよ!?

「やっぱり、私じゃなかった・・・。」

「そっか。本当に決まってるんだ・・・。」

 目に見えて落ち込んで・・・、って、なんで沙紀まで落ち込んでんだよ!

「ふむふむ。本当にふたりの内どちらでもなかったか。」

「お前は随分落ち着いてるな。」

「ん?まあふたりとは立場が違うし。」

 立場ってなんだ?

「となると、一体誰と組みたいの?」

「ああ、それはな・・・。」

 

 

 

「「「ええええええっ!?」」」

 声がデカい。そこまで驚かなくてもいいじゃないか。

「だって、一番有り得ないでしょ!?」

「「うんうん。」」

「俺だってただ『タッグを組んでくれ』って言って成立するとは思ってねえよ。タダの希望、最悪ランダムの組み合わせに任せるつもりだよ。」

 俺からの誘いなんざ絶対受けないだろうし。

 まあなんだ。神は言っている。事を成せと・・・。何言ってんだ俺。思考回路がショートしているのか・・・。

「あいつと組みたいのは、なんていうか。教えてやりたいことがあるからな。」

「教えてやりたいこと?」

「うん。本当は直接戦ってその身に刻みこむつもりだったんだが、タッグならより都合がいい。個の強さより大事なものがあるってことを教えてやるよ。」

「個より大事なこと?」

 戦いで大事なこと。ほとんどが受け売りだがな。

 さあ首を洗って待ってろや。

 

「「「でも、ボーデヴィッヒさんは無いと思う・・・。」」」

 




中途半端な所でおわったなあ・・・。でも、いつもの長さ的にはこれくらいだしなぁ。

あと、あらすじに書き直した通り、公式キャラクターも登場の機会があるかもしれません。まあ、回想が9割でしょうけど。


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最強タッグ結成!?

構成が下手なせいで中々話が進みません・・・。
誰か文才と語彙力をプレゼントしてくれないものか・・・。

あ、あとラウラが弱体化してる気がしますが気のせいです。
気のせいですったら気のせいです!



「ちょっと旺牙!アンタ何考えてるわけ!?」

「そうですわそうですわ!」

 教室に入ると鈴とセシリアから詰め寄られた。。

 なんだよ朝っぱらから騒がしい。ていうか鈴。お前のクラスは隣だろう。

「何がだよ。」

「何が!?何がって、心当たり無いわけ!?」

「なぜボーデヴィッヒさんにペアを申し込んだんですの!?」

 ああ、そのことか。二人が怒声を上げるのもわかる。

 二人はボーデヴィッヒにボロボロにされたんだ。その犯人と組もうという俺の思考が信じられんのだろう。友人として、仇を取るものだと思っていたんだろう。

 だが残念!これが現実!俺はボーデヴィッヒにペアを申し込んだ。

「断られたんだからいいじゃねえか。」

 当然断られたんだがね。何て言われたか知りたいか?

 

『貴様頭は正気か?』

 

 殺気すらなく、むしろ憐憫すら感じる一言を浴びせられたぜ。ちょっと心が痛かった。

「なに!?そこまでして優勝したい!?そんなにアイツがいいの!?」

「優勝はどうでもいいんだけどな。」

「ならなぜですの!?」

 うーん、なんて言ったらいいのかな。

 あいつに教えてやりたいことがあったんだがな。そのためには、出来ればペアで出たかったんだ。

 ただ勝つだけならあいつ一人でもいいとこまで行けるだろうが、必ず壁に当たる。それを乗り越える術を身を持って知ってほしいだけなんだがね。

 というか君ら、そろそろ時間危ないよ。

 ほら、いまだに叫び続けてるから足音に気付かない。

 

 ブンッ!メシッ!

「ハピッ!?」

 

 ブンッ!ゴスッ!

「プイッ!?」

 

 あーあー、痛そう。『神器・出席簿』を脳天に食らう二人。うん、音が危険だったが大丈夫か?

「オルコット、凰、とっくに本鈴はなっているぞ。早々に席に着け。特に凰。さっさと教室に戻れ。」

 鬼教官、もとい織斑先生が背後に立っていた。凄い威圧だ・・・。

「な、何であたしたちだけ!」

「旺牙さんは!?」

「志垣はもう着席しているぞ。」

「「えぇ!?」」

 お前らがピースカ騒いでいるときにもう座ってるよ。

「「う、裏切り者!」」

 ええい煩い。早く着席しないとまた神器が降り注ぐぞ。

 再び出席簿が振り上げられた時、二人は全力で自席に、鈴は自クラスに帰っていった。

 あの様子だとまた来そうだな・・・。あれを常に相手にするのか。厄介だ。

 

 

 

 

 

 

 

 六月の最終週、学年別トーナメントで慌ただしくなるまで俺の噂話や鈴、セシリア二人からの追及でかなり神経を削られた。疲れたよ、パトラッシュ(?)。

 簪は何も言わず、本音と組んだようだ。ただ一言、『頑張って』と言ってくれた。持つべきものはルームメイトだ。

 しかし学園は俺の予想を遥かに超えて忙しかった。間もなく第一回戦だというのに、その直前まで全生徒が雑務や会場の整理、来賓の誘導を行っていた。

 それからやっと解放された生徒たちは急いで各アリーナの更衣室へと向かう。男子組は例によってこのだだっ広い更衣室を三人で独占だ。女子たちは今頃芋の洗い場のようになっていることだろう。ご苦労様。

「しかし、すごいなこりゃ・・・。」

 一夏が更衣室のモニターから観客席の様子を見て零した。そこには各国政府関係者、研究所員、企業エージェント、その他諸々の顔ぶれが一堂に会していた。

「三年にはスカウト、二年には一年間の成果の確認にそれぞれ人が来ているからね。一年には今のところ関係ないみたいだけど、それでもトーナメント上位入賞者にはさっそくチェックが入ると思うよ。」

「ふーん、ご苦労なことだ。」

「おいおい。あの連中の目当ての中には俺たち男性搭乗者も含まれているんだぞ。」

 あまり興味を示していない一夏に釘をさしておく。シャルルには一夏の考えが分かったのか、クスリと笑うと。

「一夏はボーデヴィッヒさんとの対戦だけが気になるみたいだね。」

「まあ、な。」

 おそらく鈴とセシリアのことを考えていたのだろう。彼女たちはやはりトーナメント参加の許可が下りず、今回は辞退せざるを得ない状況になっていた。

 二人ともそれぞれのお国の代表候補生、しかも貴重な専用機持ちだ。それが結果を残すどころか出場すらできない。何らかの形で査定が入る可能性もある。

 俺は二人をそんな状態にした張本人と組みたいと思っていたのだから、本当に裏切り者なのかもしれないな。

「自分の力を試せもしないっていうのは、正直辛いだろ。」

 一夏の左手に力がこもる。こいつも、表に出さないでもあの騒動に怒っているのかもしれない。その左手を、そっとほぐしていた。

「感情的にならないでね。彼女は、おそらく一年の中では現時点での最強各だと思う。」

「ああ、わかってる。」

 この二人、ペアを組んでからやけに距離が縮まっている気がする。まさか、な。

 ちょっと鎌かけてみるか。

「お前ら随分仲良くなったよな。何かあったか?」

 一夏は頭から『?』を出している。こいつはいつも通りだ。さて問題のシャルルは。」

「な、何かって、何が!?」

 顔真っ赤にしてる・・・。まさか・・・。

「シャルル、お前一夏のこと」

「ぜ、全然!ぜんぜぜんぜ全然っ!?」

 落ちたか?落ちたな。

「シャルル。」

「な、なにかな?」

「こいつは手強いぞ。」

「だから何がかな!?」

 ここまでくるともう笑えねえよ。何人落とす気だよ。ギネスでも狙ってるのか?

「さて、こっちの準備はできたぞ。」

「僕も大丈夫だよ。」

「・・・・・・。」

「どうした旺牙?」

「いや、なに、今さらになって緊張してきた。」

「旺牙も一年最強各の片割れなんだよ。もっとちゃんと構えてないと。」

「そうなんだが、未だにペアが決まってないんだぞ?」

 ボーデヴィッヒに断られ続け、結局俺にはパートナーが見つからなかった。

 残り数日になってから、運に任せようと誰とも組まなかったんだが。

「「それは旺牙が悪い。」」

「・・・はい。」

 

「そろそろ対戦表が決まるはずだよね。」

 どういう理由なんだか知らないが、突然のペア対戦への変更がなされてから従来まで使っていたシステムが正しく機能しなかったらしい。本当なら前日には出来るはずの対戦表も、今朝から生徒たちが手作りの抽選クジで作っていた。

「一年の部、Aブロック一回戦一組目なんて運がいいよな。」

「え?どうして?」

「待ち時間に色々考えなくても済むだろ。こういうのは勢いが肝心だ。出たとこ勝負、思い切りのよさで行きたいだろ。」

「ふふっ、そうかもね。僕だったら一番最初に手の内を晒すことになるから、ちょっと考えがマイナスに入っていたかも。」

 こいつら、性格も考え方もまるで違う。まるで違うからこそ、それを補い合っている。技術も、精神も。良いチームだ。この二人なら、優勝してしまうかもしれない。

 ま、その前に必ず俺と俺のペアが立ちふさがるけどな。

「あ、対戦相手が決まったみたい。」

 モニターがトーナメント表へと切り替わった。さて、気持ちを切り替えよう。俺は誰と組むんだ?

「「え?」」

「お♪」

 出てきた文字を見て、一夏とシャルルは同時にぽかんとした声を上げ、俺は久しぶりに神に感謝した。

 

 一年生一回戦第一試合

 

 織斑一夏&シャルル・デュノア対ラウラ・ボーデヴィッヒ&志垣旺牙

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・。」

 試合直前、同じピットでISを纏い、今か今かと待ち受けている俺と、明らかに不機嫌なボーデヴィッヒ。温度差が酷い。そんなに俺と組むのが嫌か。まあ、こいつからすれば尊敬する教官の経歴に泥を塗った男と同じ空気も吸いたくないほどだろう。

 だが、何か一言ないものか。気に入らないの一言ぐらい。

「気に入らない。」

「本当に言うんじゃねえよ。」

「何の話だ。」

「すまん。こっちの話だ。」

 物凄い訝しんだ目で見られてる。空気が重い。

「さて、何か一つ作戦でも考えておくか?」

「作戦などいらん。私が一人で一方的に勝つ。貴様の手などいらん。私の勝利する姿でも見ていろ。いや、やはり見るな、鬱陶しい。」

 これまた予想通りの返答だこと。逆に面白くなってくらあ。人間どこまで呆れられるかに挑戦してる感じ。

「あっそ。じゃあ隅っこで見てらあ。だがピンチになったら流石に手を出すぞ。」

 俺だって一回戦敗退は嫌だからな。

「そんなことには絶対にならん。」

 えらい自信ですこと。どこまで他人を見下すのかね。

 ただ、一夏とシャルルのペアは、タッグの力で見れば一年トップクラスだろう。あの二人相手に一人で戦うのは、普通なら自殺行為だろうな。

 ボーデヴィッヒには勝算があるそうだが、それがシュヴァルツェア・レーゲンのAICに頼ったものなら、どう転ぶか。

 AICのことを調べてみて、弱点は見つけた。あいつらがそれに気付いているなら良い戦いが出来るだろう。もしそうなったら・・・。クククッ、楽しみだ。血が滾ってきやがる。

「お、そろそろ時間だ。行くぞ。」

「私に命令するな。」

 おーおー、最後までつれないねぇ。

 

 

 

 

 

「一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けたというものだ。」

「そりゃあなによりだ。こっちも同じ気持ちだぜ。

 早速火花を散らす一夏とボーデヴィッヒ。やる気は充実しているな。

「旺牙はどうした?壁に寄りかかって寛いで。」

「ふん。邪魔をするなと言っておいた。」

「へえ。俺が言うのも変だけど、旺牙と一緒に戦えば俺たちくらい楽勝だろうに。」

「足手まといはいらん。」

 俺のことは気にするな、といった風に手を上げる。

 そうこうしているうちに、試合開始の合図が始まる。

 開始まであと五秒。四、三、二、一・・・開始。

「「叩きのめす。」」

 試合開始第一声が同じとは、実はお前ら気が合うんじゃないか?

 開始と同時に一夏が瞬時加速を行う。速攻で流れを手繰り寄せようとの考えだろう。

「おおおおっ!」

「ふん・・・。」

 ボーデヴィッヒが右手を突き出す。早速か。

 AIC。慣性停止結界。もともとISに搭載されているPICを発展させたもの。そのPICに作用し、対象を任意に停止させることができる。

 一見無敵の結界に思えるが、何事にも弱点はある。

 一つは搭乗者に多量の集中力が必要なこと。敵の姿や攻撃を強く意識していないと意味のない代物になってしまう。

 二つ目は、っと。一夏が早速AICに捕らわれたか。

 ボーデヴィッヒがどれくらいの集中力を有しているかわからない以上、一夏はAICを破る術がない。そのため、意表を突く速攻を仕掛けたのだろうが、そいつは悪手だったな。

「開幕直後の先制攻撃か。わかりやすいな。」

「・・・そりゃどうも。以心伝心で何よりだ。」

「ならば私がどうするかもわかるだろう。」

 レーゲンが肩の大型レール砲の発射に入る。このままで至近距離では直撃し、大ダメージを受けるだろう。だが、今は一対一の決闘ではない。

「させないよ。」

 シャルルが一夏の頭上を飛び越えて現れる。同時に六一口径アサルトカノン《ガルム》による爆破弾の射撃を浴びせた。いいサポートだ。

「ちっ・・・!」

 肩のカノンを射撃によってずらされ、砲弾は空を切る。さらにたたみかけてくるシャルルの攻撃に、ボーデヴィッヒは急後退をして間合いを取った。

「逃がさない!」

 シャルルは即座に銃身を正面に突き出した突撃体勢へと移り、左手にアサルトライフルを呼び出す。光の糸が虚空で寄り集まり、一秒とかからず銃を形成した。

 これがIS搭乗者の高等技術『高速切替(ラピッド・スイッチ)』。事前呼び出しを必要としない、戦闘と平行して行えるリアルタイムの武装呼び出し。それはシャルルの器用さと瞬時の判断力が重なりさらに光る。既に第三世代型の兵器に負けない能力となっている。

「くっ!鬱陶しい!」

「俺も忘れるなよっと!」

 一瞬の隙を見逃さず、AICから抜け出した一夏が斬りかかる。

 それをワイヤーブレードで迎え撃つ。白式の脚を絡めとり、投げ飛ばす。流れは良かったが、空中で留まる白式。

 その合間を縫って放たれるシャルルの攻撃。接近戦用のブレードで斬りかかる。それを避け、プラズマ手刀で迎撃するレーゲンから再び距離を置いて射撃するラファール。

 引いては押し、押しては引く。『砂漠の逃げ水』と呼ばれるこの戦法。斬り合っていたかと思えばいきなり銃に持ち替えての近接射撃、間合いを離せば剣に変更しての接近格闘。押しても引いても一定の距離と攻撃リズムを保ち、攻防ともに安定した高レベル戦闘方法。いわく『求めるほどに遠く、諦めるには近く、その青色に呼ばれた足は疲労を忘れ、綾やかなる褐色の死へと進む』。ボーデヴィッヒの集中力を奪うには打ってつけの戦法だ。

 そもそも、ボーデヴィッヒはこの戦闘、一対一を想定していない。一対多で臨んでいる。

 それがAICの弱点である。特にシャルルのような人間が相手だと、集中力を切らした瞬間。

「せい!」

 一夏の雪片弐型が襲い掛かる。

 もう一つ弱点を上げるとすれば、ボーデヴィッヒが相手を下に見すぎていることだ。タイマンならわからんが、あの息の合った二人を止めるには一人では難しいだろう。

 さあて・・・。

 

 

 

======

 何故!何故奴らのペースで戦いが進む!動きづらい!

 私は織斑教官に鍛え上げられた!こんな未熟者とアンティークに負けるはずがない!

 なのに、攻撃が当たらない!追いつめられている!

 停止結界も効果が薄れる。この状況は理解できない!

「でりゃあああっ!」

「そこ!」

 ッ!マズい!

 バシィン!眼前で何かが弾ける音がした。

「「うわ!?」」

 奴らが何かに遮られ、飛び退いた。私の眼前には、紫に光る獣の姿・・・。

「見ていられないぞボーデヴィッヒ。油断が過ぎるぞ。」

======

 

「さあて・・・。覚悟はいいか二人とも。」

「げ・・・。」

「旺牙。」

 一夏よう。げっ、は無いだろう。シャルルも嫌な顔するなよ。

 いい加減滾ったモノが収まりつかねえんだ。

「ここからは二人で行くぜ。文句はねえよな?」

 即興だが俺たちコンビの力、見せてやるよ!




早く旺牙を参戦させたかったんや・・・。
後悔はしていない。懺悔の用意はできている。


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VIOLENT BATTLE

お久しぶりぶりう(パアンッ!

ぜ、前回の続きをどうぞ・・・


 さあて、ようやく俺も参戦の時期だな。

 一夏にシャルルよう、そんな闘志むき出しの顔で見つめるなよ・・・。

 

 興奮してくるじゃないか!

 

 おっとと、俺は変態じゃない、俺は変態じゃない。

 今は冷静に勝つことを考えよう。

「貴様っ、私は、まだやれるっ!」

 ボーデヴィッヒが喚いているが、かなりやられているのは明確だった。こりゃあ少し休ませておいた方が良いな。

「俺が時間稼ぎをする。その間に態勢を整えておけ。」

「・・・ちっ!」

 おーおー露骨な舌打ちだこと。ま、素直に引き下がってくれてよかったよかった。

 その間、獣は獣らしく暴れてやりましょうか。

 

 ボクシングでいうオーソドックススタイルを取り、細かく、速いジャブを打つ。拳と同時に、《伏竜》をばら撒く。

 小さく、正確に一夏とシャルルを追う。

「うおっ!?」

「ととっ!」

 一夏は見事に体勢を崩してくれたが、流石にシャルルは全弾躱していく。

 だがそれでいい。

 俺の狙いは最初から一夏にあったのだから。

 両腕の《伏竜》の《リミッターを解除》。同時に龍を右手に流し込む。

 俺の必殺技その二を喰らいな!

「唸れ!魔空龍円刃《壱式》!」

 右手から放たれた赤い龍が一夏に襲い掛かる。

「その程度の速さなら!」

 それを難なく避ける一夏。だが甘い!

「その程度で躱せたと思うなよ?」

「へ?うおっと!?」

 龍の牙は避けられた後も一夏を追い続けた。

 どういう状況かは、ドラゴンボ〇ルのエネルギー波を思い浮かべていただこう。・・・誰に喋ってんだ俺?

「偏光射撃!?」

 誰かが叫んだのが聞こえる。だが、その偏光射撃とは些か違う。

 レーザー兵器の軌道を変える偏光射撃とは違い、魔空龍円刃は俺の『龍』、つまり『気』を放射している。俺の身体から出ているものなので、ある程度軌道は自由に動かせる。その代わり、少しスピードが遅いがね。

「ほらほら一夏!とっとと龍に食われちまいな!」

「くそ!」

「させない!」

 シャルルが割って入り、巨大なシールドで龍を防いで見せた。

 やるじゃないか。そう来なくっちゃな。

「一夏!旺牙を相手にするには一人じゃ手が足りないよ!まずはボーデヴィッヒさんを!」

「了解!」

 二人が俺の脇をすり抜けてボーデヴィッヒへと向かう。

 集中力が切れている上に二人による連続攻撃か。いくらあいつでも苦しかろう。

 だからこそ!そうはさせねえよ!

 瞬時加速でボーデヴィッヒの前に戻る。

 一夏の雪片弐型を左手で押さえ、バリアントシールドでシャルルの機銃を防ぐ。

 あ、やべ。白式の単一能力ってエネルギーごっそり持ってくじゃん。

「うおりゃああああー!」

「グワーッ!」

 これ以上触っていたら危ないので、雪片ごと一夏を放り投げた。

「大丈夫、一夏!?」

「ああ、何とかな。それにしても、パワー、スピード、装甲の三拍子揃えて、どんなチート機体だよあいつ!」

 失礼な。俺以上のチート武器を持ってるくせに。

「ここは一旦離れよう。」

 シャルルがガルムを掃射しながら距離を取る。

 んな豆鉄砲痛くも痒くも無いが、視界が遮られた内に大分離れられたようだ。

 だがこの程度じゃ離れた内に入らんぞ?

 俺は両腕に気を集める。

「魔空龍円刃《弐式》!」

 今度は二匹の赤い龍が二人目掛けて飛んでいく。

 タネは簡単、《伏竜》に《双竜》を重ねただけだ。

 盾を持つシャルルには防がれるかもしれんが、一夏には当てたい。

 本音を言えば、一夏を庇ってシャルルが動くことがベストだ。あの二人、明らかにシャルルが一夏に合わせ、司令塔の役割を担っている。出来れば先に落としたい。

 予想通り、シャルルは追いかけっこを止め、盾で龍円刃を防ぐ。

 ここまでは狙い通り、後は一夏だが・・・。

 ザシュッ!という音と共に残っていた龍の感覚がなくなった。

 あの野郎・・・、龍を切り払いやがった!

 無意識か狙ってたのかは分からんが、なんちゅう学習能力だよ、ったく。

 まあそろそろ、こっちも回復してもらわなければな。

 

「おいおい軍人さんよ!このままじゃ俺が良いとこ全部持って行っちまうぞ!?」

「うるさいっ!貴様に言われずとも!」

 やっと持ち直したか。

「これからは俺が防御に回る。お前はとにかく攻撃しろ。IS同士の戦いならお前に分がある。」

「私に指図するなッ!」

「へっ、いい気迫だ。いいな?全力全開だ!」

「私に指図するなぁッ!!」

 おっと刺激しすぎたか、頭がHOTになっちまった。

 まあそれでいい。後は俺が援護してシャルルを先に・・・、おいおい、やっぱり君の狙いは一夏かね?

 しょうがねえなぁ。リーダー(仮)の考えだ。大人しく従うよ。

 志垣、ボーデヴィッヒ、吶喊しますってな。

「貴様は沈め!」

「やられてたまるか!」

 エネルギーの心配で零落白夜を簡単に放てない一夏と、ラウラのプラズマ手刀がぶつかり合う。大振りの雪片二型とどう見てもただの手刀が交錯する図はおかしいが、それだけレーゲンのパワーが強力なのだろう。

「やらせない!」

 一夏を援護しようと散弾銃を構えるシャルルの前には、誰がいるでしょう。

「ところがギッチョン!今は二対二だ!」

「うわ!?」

 死角から俺の蹴りを避ける。ハイパーセンサーがあるとはいえ、良い動体視力と反射神経してるよ全く。

「ぐわぁ!」

 一夏の悲鳴が聞こえる。レーゲンがAICを発動させたのか、白式がサンドバック状態だ。

 あー・・・、見るもんじゃねえな。いくら試合相手でも親友がボコられてるもんは。

 だがこれは実戦式。悪く思うなよ一夏。

「やらせない!」

「行かせるかよ!」

 救出向かうシャルルとそれを追う俺。単純なスピードなら俺の凶獣の方が勝っているが、一瞬にして差をつけられてしまった。これはまさか!

「瞬時加速だと!お前、そんなもんまで使えたのかよ!」

「今初めて使ったからね。」

 この戦いで成長したというのか!?天才かよアイツは!

 だが俺にも瞬時加速、それも並みのIS以上のスラスターがある。スピード負けはしない。

 挟み撃ちにされる寸前のボーデヴィッヒに肉薄し、叫ぶ。

「ラウラぁぁぁぁぁぁっ!!」

「っ!?」

 ボーデヴィッヒは驚愕しているが構いはしない。レーゲンの肩パーツを掴んで強引に一夏とシャルルから距離を取る。

「おっし間に合った。」

「貴様っ!貴様の助けなど必要としていない!!」

「お前になくとも俺にはあるんだよ。二対一じゃ流石に勝つのは厳しいんでな。ここは共同戦線といこうや。」

「ふざけるな!私は」

 ボーデヴィッヒの言葉を遮るように、『二機の』ISから射撃を受ける。

 へぇ~。アサルトライフル使用許可を譲渡していたか。抜け目ない奴らだ。

 俺たちが言い争いをしているうちに奇襲しようと思ったんだろうが、生憎、凶獣の防御範囲は狭くない。レーゲンを巻き込んでバリアントウォールを張るのは簡単だ。

「俺が前に出て攻撃を受け止める。お前は後ろから接近、交代してワイヤーかプラズマ手刀で攻撃しろ。」

「そんなことをしなくても私一人で奴らを倒せる!貴様は邪魔をするな!」

 あーもー、頭に血が上っちゃって。

「頭を冷やせ。AICの弱点は気付かれているが、俺たちなら確実に勝てる。最終作戦はこうだ(ゴニョニョ。」

「・・・おい。」

「ん?」

「貴様は馬鹿なのか?」

 一回ぶっ飛ばしたい衝動に駆られるが、スルーしよう。

「とにかく、チャンスが来たら思いっきりやれ。頼むぞホントに。」

「ふん。」

 自分で考えておいて不安になるが、目標変更。先に一夏を墜とす。

 さて、第二ラウンドの始まりってか。

 

 

 

======

「ふあー、すごいですねぇ。二週間ちょっとの訓練であそこまでの連携が取れるなんて。」

 教師だけが入ることを許されている観察室で、モニターに映し出される戦闘映像を眺めながら真耶は感心したように呟く。

「やっぱり織斑君ってすごいです。才能ありますよね。」

「ふん。あれはデュノアが合わせているから成り立つんだ。あいつ自体は大して連携の役には立っていない。」

 身内には相変わらずの辛口評価しない千冬に、真耶はやや苦笑気味に言う。

「そうだとしても、他人がそこまで合わせてくれる織斑君自身がすごいじゃないですか。魅力のない人間には、誰も力を貸してくれないものですよ。」

「まあ・・・そうかもしれないな。」

 ぶすっとした感じで告げる千冬だったが真耶それが照れ隠しなんだと最近わかったので、別段気にはしない。それどころか『やっぱり弟さん想いだなぁ』としみじみ思う。

「それにしてもボーデヴィッヒさん、動きが変わりましたね。何というか、さっきよりキレが出てきたというか。」

「志垣が織斑とデュノアの攻撃を全て引き受けているからな。良い連携が取れていても、あの壁を突破するのは並大抵の攻撃では防ぎきられてしまう。」

 事実、二対二の状況になってから織斑・デュノアペアが押され始めていた。攻撃を一夏に絞り、旺牙が盾となりラウラが反撃する。ラウラは一人で戦っているようだが、実のところ、旺牙が地味とはいえ援護防御を的確に行っていた。それすら、ラウラ本人が気付かない場合でも。

 そして白式のシールドエネルギーを着実に削っている。

「強いですねぇ、ボーデヴィッヒさん。」

「ふん・・・。」

 しみじみという真耶に対し、心底つまらなそうな声を漏らす。

「変わらないな。強さを攻撃力と同一だと思っている。だがそれでは。」

 一夏には勝てないだろう。旺牙の真意に気付かないだろう。

 

======

 

 何故だ。何故だ!何故だ!!

 何故私は奴の思惑通りに戦わされている!

 無敵と思われていたAICの弱点、そこを突かれても、奴はその穴を庇うように動く。

 攻撃の邪魔になりそうな時は先読みしていたかのように間を開ける。私の攻撃に一つ一つ合わせてくる。不思議と邪魔に思えない。むしろ戦いやすい。

 そんなことがあってたまるか!

「ボーデヴィッヒ!でかいの一丁レール砲で墜とせ!」

「ちょ、やめろ旺牙!?うわあああ!?」

 織斑一夏がこちらに投げ飛ばされてくる。また奴の指示で・・・。

 ふざけるな。私は!私だけのの力で戦える!

 AIC発動。白式の動きを抑える!

「馬鹿!無駄に戦いを引き延ばそうとするな!」

 煩い!何も起こらん!私が奴らを蹂躙して勝利する!それだけだ!何も起こらん!

 プラズマ手刀で迎え撃つ。これで終わりだ!

「シャルル!今だ!」

 鈍い破壊音と共に、レール砲から火花が散った。

 もう一人の男が、レーゲンの主砲を破壊していた。

 慢心・・・?油断・・・?それが何かは分からなかった。

 だがその刹那、隙が生まれたのは確かだった。

「うおおおおおおおッ!!」

 白式の刃が迫ってきていた。これは、直撃!?

「やらせるかよ!」

 轟っと、白式を飲み込んでしまった。

 

======

 アッぶねえなぁ、あの娘っ子は!

 龍の練りが早くなってなきゃ終わってたかもしれないぞ。

 魔空龍円刃『零式』。両手の間に龍を集め練り、一気に放出させる型。言っちまえば【かめ〇め波】だな。

 威力もデカいしある程度誘導できるけど、シールドエネルギーと俺の龍が連射できないほど消費する。

 辺り一帯煙に包まれたが、ハイパーセンサーで位置は確認している・・・が。

(俺に来るのかよ?)

 てっきりこの混乱に乗じてレーゲンを墜とすと思っていたし、それに対する策も幾つかあった。

 だが煙が晴れ、全員の姿を確認して、俺は驚愕した。アレはヤバい!

「今行くぜシャルル!」

「させるかよ!」

 白式は先程同様、アサルトライフルでレーゲンのAICを発動させた。そう、隙を作るために。

「これならAICは使えまい!」

「こ、のっ・・・死にぞこないがぁっ!」

 吠えるボーデヴィッヒだが、まだ冷静さを失っていないようだ。拙い射撃の一夏よりシャルルを警戒した。だが、もう遅い。

「でも、間合いに入ることは出来た。」

「それがどうした!第二世代型の攻撃力では、このシュヴァルツェア・レーゲンを墜とすことなど」

 そこまで言って、ボーデヴィッヒはハッとする。

 そう、単純な攻撃力だけなら第二世代型と謳われた装備の存在に。

 そしてそれは、シャルルがずっとシャルルが盾の中に隠してあった。

「この距離なら、外さない。」

 盾の装甲がはじけ飛び、中からリボルバーと杭が融合した装備が露出する。六九口径パイルバンカー《灰色の鱗殻》。通称—

「『盾殺し』・・・!

 ボーデヴィッヒに、明らかな焦燥の色が走る。

「「おおおおおおおっ!!」」

 二人の声が重なる。

 シャルルは左手拳に力を込め、一点を目掛ける。

 対するボーデヴィッヒは盾殺しを止めるため、一点にAICを集中する。が、あと数センチトいう所で外した。

 ズガンッ!

「ぐうう・・・。」

 ボーデヴィッヒの腹部に強い衝撃が走る。ISのシールドエネルギーが集中して絶対防御を発動して防ぐものの、そのエネルギー残量ごっそりと奪う。しかも相殺しきれなかった衝撃が深く体を貫いたのだろう、ボーデヴィッヒの表情は苦悶に歪んだ。

 情けねぇ。あんな顔をさせないために俺がいるのに。

 しかし、これで終わりではない。《灰色の鱗殻》はリボルバー機構おり高速で次弾を装填する。ズガンッ、ズガンッと連射を受けるボーデヴィッヒ。

「これ以上はさせるかよ!」

 何とか二機の間に凶獣を挟み込み、四発目を止めようとする。

 さすがパイルバンカー、貫通力は凄まじいが。

「噴ッ!」

 両拳で叩きつけるように、無理やり《盾殺し》を止めた。

「うそっ!?止められた!?」

「止まるな!旺牙に常識は通用しない!」

 よし一夏、後で殺す。それよりも。

「おいボーデヴィッヒ!無事か!動けるか!」

 後ろを振り返るとシュヴァルツェア・レーゲンに異変が起こっていた。




お久しぶりの解説タイム

《双竜》・・・素早い攻撃で敵二体を攻撃する特技。本作では魔空龍円刃に使用し《二式》
       として放った。別に絶対命中の技ではない。

※魔空龍円刃という特技は存在しません。なお、真の必殺技はもう一つあります。


長くなってしまったのでここで切ります。


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守ると思う心

いつもいつも投稿頻度が滅茶苦茶でどうしようもないということに、申し訳なく思っている。



しかし私は謝らない!!


======

 『ヴォーダン・オージェ』。疑似ハイパーセンサーとも呼ぶべきそれは、脳への視覚信号伝達の爆発的な速度向上と、超高速戦闘状況下における動体反射の強化を目的とした、肉眼へのナノマシン移植処理のことを指す。そしてまた、その処理を施した目のことを『境界の瞳』と呼ぶ。

 危険性はまったくない。理論の上では、不適合も起きない、はず、だった。

 しかし、この処理によって私の左目は金色へと変質し、常に稼働状態のままカットできない制御不能へと陥った。

 この『事故』によって私は部隊の中でもIS訓練において後れを取ることとなる。

 部隊のトップからの転落。出生の闇から更なる闇へ。ぶつけられる嘲笑、侮蔑。そして『出来損ない』の烙印。

 そんな中、教官・・・織斑千冬と出会い、世界が変わり、光が見えた。

「ここ最近の成績は振るわないようだが、なに心配するな。一ヶ月で部隊内最強の地位へと戻れるだろう。なにせ、私が教えるのだからな。」

 その言葉に偽りはなかった。特別私だけに訓練を課したということはなかったが、あの人の教えを忠実に実行するだけで、私はIS専門へと変わった部隊の中で再び最強の座に君臨した。

 自分を侮蔑した隊員たちのことも、もう気にならない。

 何よりも、どんな感情よりも、あの人に憧れた。

 その強さ、凛々しさ、堂々ぶりに焦がれた。

 いつか聞いたことがある。

「どうしてそこまでつよいのですか?どうすれば強くなれますか?」

 その時、ああその時だ。鬼のような厳しさを持つ教官が、わずかに優しい笑みを浮かべた。

「私には弟が二人いる。」

「弟・・・ですか。」

「一人は正確には幼馴染みなんだがな。あいつらを見ていると、わかるときがある。強さとはどういうものなのか、その先に何があるのかをな。生意気にも一人はそれに達し始めているがな。」

「・・・よくわかりません。」

「今はそれでいいさ。いつか日本に来ることがあるなら会ってみるといい。・・・ああ、だが一つ忠告しておくぞ。あいつに」

 優しい笑み、あたたかな顔、それを見るたび、心が黒く染まっていくのが分かる。

 貴女はそんな顔をしてはいけない。凛々しく、強く、堂々とした姿に私は憧れたのだ。

 

 教官にそんな顔させる、織斑一夏。志垣旺牙。許せない。そbんな風に教官を変えてしまう存在が許せない。

 そんな男に負けるのか?そんな男に守られるか?

(力が、欲しい。)

 ドクン・・・と、私の奥底で何かがうごめく。

 そして、そいつは言った。

『願うか・・・?汝、自らの変革を望むか・・・?より強い力を欲するか・・・?』

 言うまでもない。力があるのなら、それを得られるのなら、私など、空っぽの私など、何から何までくれてやる!

 だから、力を・・・比類無き最強を、唯一無二の絶対を、私によこせ!

 

 Damage Level・・・D

 Mind Condition・・・Uplift

 Certification・・・Clear.

 

《Valkyrie Trace System》・・・・・・boot.

 

======

 

「うわあああああっ!!!!」

 だあ吃驚した!なんだなんだ?!

 ゾクッ!という気配と共に言い知れぬ悪寒が走り、振り向こうとした瞬間顔面を思い切り殴られ、巻き込まれたシャルルと共に一夏にキャッチしてもらう。

「一体何が・・・。!?」

「なっ!?」

「ウッソだろおい・・・。」

 呆然とする俺たちの目の前で、シュヴァルツェア・レーゲンが変化していった。

 確かISがその形状を変化させるのは、『初期操縦者適応』と『形態移行』のふたつのはずだ。

 ピー・・・ピー・・・ピー・・・

 ISの秘匿回線に連絡が入る。

「おーくんおーくんおーくん!!」

 あーもううるさい

「束さん、今緊急事態なんすよ。」

「その緊急事態についてなんだよ!ドイツの連中、シュヴァルツェア・レーゲンに『VTシステム』を組み込んでたんだ!」

「VTシステム?」

 ようは過去の操縦者たちデータを組み込んで詰め込み、最強のISを目指すもの、というのが俺の頭の限界だ。だがそんなことをしたら中身のボーデヴィッヒが。

「それに、空を見て!」

「空・・・って、まさか!」

 天空には大きく輝く赤い月が昇っていた。

「送ってくれた侵魔のデータを解析してみたけど、あのIS、憑かれてるみたい。」

「・・・マジすか。」

 とうとう人や物に憑りつきやがったか。

「ドイツの方は協力者が行ったから大丈夫。おーくんはこの場をなんとか切り抜けて!。」

 あーもう!どうなっても知らんぞ!!

 しかし、現状レーゲンに起こっていることは異常だ。

 末端部分や武装の変形などではない。一度ぐちゃぐちゃに溶かしてから再度作り直す粘土人形に見えた。

 ハイパーセンサーでドイツ連中を見ると、顔を真っ青にして我先に逃げようとしていた。その行動が『自分たちが余計なことをしました』と言っているようなものだ。ちなみに、会話も丸聞こえだから記録してあるぜ。

 俺が少し意識を外しているうちに、シュヴァルツェア・レーゲン似た何か。

 黒い全身装甲のISに似ているが俺が知るものとはかけ離れた何か。

 ボディラインはボーデヴィッヒのそれをそのまま表面化した少女のそれであり、最小限のアーマーに覆われ、目の箇所には装甲の下にあるラインアイ・センサーが赤い光を漏らしていた。

 そしてその手にある武器。見間違うはずがない。あれは、

「「《雪片》・・・!」」

 俺と一夏の声が重なる。織斑先生・・・千冬さんがかつて振るった刀。

 似ているというレベルではない、まるで複写だ。

 つまりボーデヴィッヒ。お前の思い描く『最強』とは、千冬さんのことか。

 -ブォンッ!と風を切る音とともに、『黒』は俺の横を高速ですり抜けていき、一夏を攻撃した。

「ぐうっ!」

 白式の《雪片弐型》が弾かれる。

 居合いに見立てた刀を中腰に引いて構え、必殺の一閃。生身でも、ビデをでも何度も見た、千冬さんの太刀筋だった。そして敵は上段の構えへと移る。

 縦一直線、落とすように鋭い斬撃が一夏を襲う。もう刀はない。やられる刹那、後方に思い切り下がる一夏。

 一夏も千冬さんの戦法を知っていたから、かろうじて避けることができたのだろう。

 だが、すでにシールドエネルギーが底をついていたのだろう、白式を纏っているにも関わらず、一夏の左腕からじわりと血が滲んでいた。

 そして今の緊急回避が最後の力だったのだろう。白式は光とともに一夏から消えていった。

 不味い!次は確実に殺られる!

「・・・・・・がどうした・・・」

 何?

「それがどうしたああっ!」

 馬鹿か一夏!生身で黒いISに突撃しやがった!

「うおおおおっ!!」

 その拳が黒いISに触れる直前、俺の突進が間に合いISを突き飛ばした。

「馬鹿野郎!!死ぬ気か!」

「離せ旺牙!あいつ、ふざけやがって!旺牙も頭に来ないのかよ!」

 昔、千冬さんの《剣技》を見せてもらったことがある。俺には剣の才能が無かったが、千冬さんにこう言われた。

『旺牙。守るというのは、倒すよりも力と心がいる。お前はもうわかっていると思うが、その拳を、その脚を正しく使えなければただの暴力となる。その力で、大事な人を、大事なモノを守るんだ。』

【志垣。お前には才能がある。人を傷つけるのではなく、護る才能が。俺についてこい。『正義の味方』にしてやろう。】

 奇しくも千冬さんの言葉とあの人の声が重なったような気がした。

「どけよ、旺牙!邪魔するならお前も」

「頭を冷やせ、馬鹿野郎!」

 ゴッ!という音とともに、一夏がうずくまる。あ、やべぇ、IS展開したままだった。まあ、大丈夫だろう。

「・・・どうだ、少しは落ち着いたか?」

「どうも・・・。でも、あいつ・・・あれは、千冬姉のデータだ。それは千冬姉のものだ。千冬姉だけのものなんだよ。それを・・・くそっ!」

 黒いISはアリーナの中央から微動だにしない。武器や攻撃行動に反応する自動プラグラムのようだが、問題はあれに憑りついている侵魔だ。いつからだ?憑りついて長いのか?なぜ動かない。俺たちを観察しているのか?

「それにしてもいつも千冬さん千冬さんだな、このシスコンめ。」

「うっせ。それだけじゃねえよ。あんな、わけわかんねえ力に振り回されてるラウラも気に入らねえ。ISとラウラ、どっちも一発ぶっ叩いてやらねえと気がすまねえ。」

 一夏は千冬さんから受けた教えに反する今のボーデヴィッヒが認められないのだろう。さっき叩いた頭にまた血が上っている。

『非常事態発令!トーナメントの全試合中止!状況をレベルDと認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む!来賓、生徒はすぐに避難すること!繰り返す!』

「だそうだ。だから」

「だから、無理に危ない場所へ飛び込む必要はない、か?」

「・・・・・・。」

 そう、それがベスト。白式の使えない一夏と、損傷の激しいリヴァイヴでは足手まといになりかねん。

「でもな旺牙。俺が『やらなきゃいけない』んじゃないんだよ。これは『俺がやりたいからやる』んだ。他の誰かがどうだとか、知るか。大体、ここで引いちまったらそれはもう俺じゃねえよ。織斑一夏じゃない。」

 ったく。どこの傾奇者だよ。

「一夏、確かに俺はお前を止めてる。でも頭を冷やせって言ったのも一度きりだ。だけどそれ以降ない。」

「・・・どういうことだ?」

「・・・俺もとっくにキレてるんだよ!」

「旺牙・・・。」

「問題はエネルギーだ。アレがなくちゃお前はどうしようもない。」

「無いなら他から持ってくればいい。でしょ?一夏。」

「シャルル・・・。」

《盾殺し》を封じられた勢いから持ち直したシャルルがふわりと俺たちの元にやってくる。

「普通のISなら無理だけど、僕のリヴァイヴならコア・バイパスでエネルギーを移せると思う。白式が限界で凶獣の分は渡せないかもしれないけど・・・。」

「俺は構わん。十分エネルギーは残ってる。」

「ならシャルル、頼む!早速やってくれ!」

「けど!」

 びしっとシャルルが一夏に指を指して言う。こいつがこんなに言葉を強くするとは思っていなかった。

「けど、約束して。絶対に負けないって。」

「もちろんだ。ここまで啖呵を切って飛び出すだ。負けたら男じゃねえよ。」

「じゃあ、負けたら明日から一夏は女子の制服で通ってね。」

「うっ・・・!い、いいぜ?なにせ負けないからな!」

「ははは。こりゃ厳しい戦いになりそうだな一夏。」

「旺牙だよ?」

「・・・止めてくれよ、想像しちゃったよ・・・。」

 軽い(?)ジョークを交えた会話に緊張がいい意味でほぐれる。身体は熱く、心は冷徹にか。よし。

「アリーナ内に入れない!?フィールドの故障なの!?」

「何故だ!何故扉が開かん!?私は上院議員だぞ!?」

 まさかと思っていたが、やはり月匣に空間が取り込まれていたか。なんなら余計に急がないとな。

「な、何が起こってるの!?」

「心配すんな。これを切り抜けたら何とかなる。今はエネルギーの供給を。」

「う、うん。じゃあ、はじめるよ。・・・リヴァイヴのコア・バイパスを開放。エネルギー流出を許可。-一夏、白式のモードを一極限定にして。それで零落白夜が使えるようなるはずだから。」

「おう、わかった。」

「俺は少しでも奴のエネルギーを削っておく。その間に済ませとけよ。」

「わかった。」

 ああ、そうそう。こんな時にいいセリフがあった。

「足止めはするが、別にあれを倒してしまっても構わんのだろう?」

「なにフラグ点ててんだよ!」

 いやー、一度は言ってみたかったんだ、これ。

「よし。いっちょやってみっか!」

 

 

 あの黒、さっき見て見たが、百%千冬さんの動きを再現出来てはいないようだ。僅かな隙があった。じゃなかったらいくら千冬さんの動きを覚えていた一夏でも、とっくに真っ二つだ。

 なら、真正面から行く!

 俺が構えると同時に、奴が刀を中段で構え突撃してきた。だが。

「甘い!」

 本物は手加減してももっと速かったぞ!

 雪片モドキを蹴り上げ、その速度を活かしたまま顔面に蹴りを入れる。侵魔に憑りつかれている以上、ある程度ダメージを与えないと憑依が剥がれない。今の状態で零落白夜を打ち込んでも、ボーデヴィッヒかレーゲンに侵魔が憑いたままだ。ある程度の痛みは我慢してくれよ!

「《一閃》!」

 腹を思い切り蹴りつける。が、あまりダメージは無いようだ。VTシステムの恩恵か憑かれし者の強化か、どちらにせよ厄介だ。連打叩き込む!

「《錬気怒涛拳》!《一閃錬気蹴》!」

 俺のもてる速さを全て叩き込む。

 壁際まで追いつめられた奴に対し、俺は取って置きを叩きつける。

「《魔空龍円刃》【終式(ついしき)】!」

 零距離での魔空龍円刃《零式》。こいつ食らって平気なISはいないはず!まあ、まだ切り札が残ってるんだがな。

 奴の動きはかなり鈍った。これなら零落白夜の一太刀で倒せるはず。

 さて、一夏たちは・・・。

 

 

 

======

「完了。リヴァイヴのエネルギーは残量全部渡したよ。」

 その言葉通り、シャルルの体からリヴァイヴが光の粒子となって消える。

 それに合わせて、白式は再度俺の体に一極限定モードで再構成を始めた。

「やっぱり、武器と右腕だけで限界だね。」

「充分さ。」

 白式は零落白夜を使用することを理解して、《雪片弐型》とそれを振るうための右腕装甲だけを具現化させた。

 防御なし。当たれば即死、良くて重傷。けれど、一撃を食らわせるだけのお膳立てはしてくれた。後は—俺次第。

「い、一夏っ!」

「ほ、箒!何でここにって、確か出られないんだっけか。とにかく、安全な所へ。」

「死ぬな・・・。絶対に死ぬな!

「何を心配してるんだよ、バカ。」

「ばっ、バカとはなんだ!!私はお前が—」

「信じろ。」

「え?」

「俺を信じろよ、箒。心配も祈りも不必要だ。ただ、信じて待っていてくれ。必ず勝って帰ってくる。」

 -もう、強さを見誤ることはない。力ではない強さを、俺は知っている。誰かを守るために強くあり続けた人を、誰よりも深く知っている。

 ならば—ならば俺も、誰かのために強くありたいと、そう願う。

「じゃあ、行ってくる。」

「あ、ああ!勝ってこい、一夏!」

======

 

「待たせたか、旺牙。」

「遅すぎて本当に俺が倒しちゃうところだったぜ。」

 一夏が刀を構えると、奴も構えをとる。

 俺は一歩引く。この決着は、一夏が着けなければならないと思ったからだ。俺は念のため、一夏を守れる場所に居よう。

 一夏が向かう。黒いISも同時に駆ける。

 黒いISが刀を振り下ろす。それは千冬さんがするのと同じ、速く鋭い袈裟斬り。けれど、そこには千冬さんの意思がない。ならばそれは。

「ただの真似事だ。」

 ギンッ!腰から抜き放って横一閃、相手の刀を弾く。

 そしてすぐさま頭上に構え、縦に真っ直ぐ相手を断ち切る。

 かつて千冬さんに見せてもらった、一閃二断の構え。一足目に閃き、二手目に断つ。

「ぎ、ぎ・・・ガ・・・」

 紫電が走り、黒いISが真っ二つに割れる。

 どうやらボーデヴィッヒも救出できたようだ。

 俺はというと、コソコソと逃げ出そうとした、幽霊みたいな侵魔を捕まえる。

『ギ、ギガギ!』

「逃がすと思ったかよ。」

 それを握りつぶす。侵魔は悲鳴を上げる間もなく消滅した。

 さて、これで大団円なら良いんだが・・・。

『アリーナ上空に強大なエネルギー反応!来ます!』

 

 

 パリーーーン!ズドオオオオオオオオン!!

 

 

 

 まったく、光子〇バリアーの如く煎餅並みに割れるな、ここのフィールドは!

 せっかく誰の犠牲も無く厄介事が終わったっていうのに!

 煙が晴れる。その中央に、甲冑と鉄槌で身を固めた偉丈夫。

「ここは常に祭りを催しているのか?」

「いつもいつもいいタイミングでやってくるんじゃねえよ!テレモート!!」

 今度は俺の戦いが始まった。




旺牙、箒ちゃんの役割奪うの巻。

アンチではない!俺モッピーも嫌いじゃないし!!


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血闘、再び

「祭りの会場はぁ、ここかぁ?」

「王蛇殿、お帰りはあちらです。」


「タイミング狙って来てやがるのかお前らは!」

「言っている意味が分からんが、不都合でもあるのか?」

 不都合しかねえよ、この野郎!

 後ろにはエネルギーも空の一夏とシャルルの二人。

 他にも月匣のせいで逃げることのできない観客の皆々様。

 相変わらずバッドタイミングで来やがる。

「志垣旺牙よ。」

「・・・なんだよ。」

「今回の俺の目的は、織斑一夏の抹殺にある。」

 マジかよ・・・。今の状況じゃ、本気のテレモートから守りきれるかわからんぞ。

 エネルギーも吸収しながら戦うのも限界がある。ていうか《獣王悪食》はまだ完全に使いこなせていない。常に発動できるわけじゃない。

 どうする・・・。

「だが、貴様との決着がまだだ。それまでは、母上の命であっても聞けん!」

「決着?あの時俺が負けただろうが。」

「あの時の貴様が万全でなかったことなど、とうに気付いているわ。完全な敵を倒してこそ、俺の戦いに意味がある。」

 侵魔にしては正々堂々だことで。

 厄介なのはこいつの言に裏がないってことだ。反応に困る。

「貴様も今の戦いでエネルギーが減っているだろう。織斑一夏共々、回復してくるがいい。」

 あー、やりにくい!何考えているんだ!

「騎士でも気取っているのかよ!?」

「うむ、俺は覇王軍最強の騎士だ。それに反することはできん。」

 ・・・ああそうかい。ならそうさせてもらおうかい。

「一夏、シャルル、一度下がろう。ボーデヴィッヒを医務室に連れて行かないとな。」

「お、おい旺牙。あいつの言う事を素直に聞いていいのか?」

「ああ。ありゃ俺たちの準備が整うまで梃でも動かんよ。多分、な。」

 そういう『漢』だよ、あいつは。

 

 

===少年準備中===

 

 

 さて、こっちは何事もなく準備できたが、アリーナは修羅場中だった。

 学園のISがテレモートを取り囲んでいた。

 少し不味いな・・・。

「・・・志垣旺牙よ。こいつらを何とかしろ。五月蠅くてかなわん。」

 心底つまらなそうな態度で周りを睥睨する。

 テレモートが手をあげる。すると黒い何かが空間に現れる。それは少しずつ形を成し、中世の騎士のような姿をとった。しかし、その中身は空洞だ。がらんどうの鎧侵魔が召喚された。

 その侵魔たちが、客席に向かい飛び掛かる。

 パニックに陥る観客席。まさか、テレモートが力を持たないものを攻撃するのか!?

 くそ!俺の考えが甘かったのか!?

「安心しろ、こ奴らにはまだ手出しさせん。この邪魔者どもが何もしなければな。」

 あまりにも危険な状況。こちらから手を出せば、無防備な人たちに攻撃が行く。

 そうなったら・・・。

「皆、ここは俺に任せてくれ。皆は観客を頼む。念のためにな。」

「で、でも旺牙・・・。」

 一番近くにいた簪が声をかけてくる。

「頼む。奴は良くも悪くも正直だ。俺とタイマンはるなら全力でそうするだろう。逆に約束を破れば・・・。」

 間違いなくアリーナが血に染まる。

「だから頼む!俺と奴の決闘を大人しく見ていてくれ!約束する!俺は、絶対に勝つ!」

 アリーナに俺の声が響く。生徒たちは沈黙を、高官ら来賓は何やら騒いでいる。

 だがその雰囲気に負けない。必ず勝つから。

『各員、アリーナの守備に当たれ。観客を守れ。志垣、言ったからには、必ず勝て。』

 スピーカーから千冬さんのが聞こえる。

 当たり前だ。負けるためにいるんじゃない。勝つために準備を整えてきたんだ。

「旺牙・・・。」

「なーに心配するな簪。俺は、勝つから。」

 凶獣を纏ったままテレモートの前に出る。それを合図にか、ISたちが鎧侵魔を牽制するように配置する。千冬さんからの指示だろう。ありがたいことだ。これで奴との戦いに集中できる。

 だが、どうにも気になることがある。

「月匣はそもそも侵魔が自分の領域として、邪魔者を追い出すものじゃなかったのか?それがこんなに人間を入れて、どうするつもりだ。」

「兄者はどうか知らんが、俺にとって戦いとは決闘。決闘にはそれに相応しい観客が必要だと思わんか?」

「・・・ああ、お前が戦闘狂だということがよく分かった。」

 畜生、ちょっと気持ちが分かっちまった俺が憎い。

「御託はもう必要ないだろう。俺と貴様、どちらが強いか、決着の時だ!」

「・・・ああ、はっきりさせよう。どっちが強いのか。」

 さぁ、始めようか!!

 

 

 

 バトル用アリーナが俺たちの決闘場となった瞬間、俺は『瞬時加速』で接近し、テレモートはハンマーを振り上げる。

 俺の上段蹴りと奴のハンマーが激突した瞬間、巨大な激突音とともに周囲の空気が震えた。暫くの押し合いの後、ゆっくりと両者が離れた刹那、再び激突音を響かせる。

 違ったのは、互いに連続攻撃に移行したことか。上段の二連撃からカポエラの如く地に手をついて回転蹴りを浴びせる。テレモートはその全てにハンマーを振り回して防ぐ。野郎まるで軽い棍棒を振り回すようにハンマーを動かしやがる。

 暫くそんな攻防が続いたが、テレモートがタイミングを変え、ハンマーを俺の横っ腹に打ち込んだ。互いにタイミングがずれていたため、直撃は避けることはできた。だが、超痛ぇ!このハンマー、強化されてやがるな!

 が、俺だって負けていられるかよ!

 ダメージで浮いた体勢を利用し、顔面に蹴りを打ち込む。

「ぐぶぁっ!」

「一発だけと思うなよ!」

 浮遊したまま、連続で顔を踏み潰す。

「調子に・・・乗るなよっ!」

 隙を取られ、脚を掴まれ地面に叩きつけられる。今度は俺が顔面にダメージを受ける。畜生、鼻血出てきた。侵魔には絶対防御が薄れる効果でもあるのか?

 後頭部に殺気を感じる。脚は掴まれている。これはヤバいか!?回転で拘束を解除し急いで離れると俺の頭があった場所にハンマーがめり込んでいた。うわ、シャレになんねぇ!

「殺す気か!?」

「そうにきまっているわ!」

 ああ、まあ、敵同士ですしね。ちょっとした茶目っ気だよ。

 一度距離を取って・・・。

「魔空龍円刃《零式》!」

 両手で龍を練り放射する。今更だが、どうやら俺の技が音声入力式になっているらしい。声に出すと威力が上がるのだ。まぁ、相手に先読みや反撃を喰らう可能性が大な仕様だが、俺は結構気に入ってます。

 そんなことを考えていると、龍は真っ直ぐテレモートに向かって行く。だが。

「うるぅぅぅあああぁぁ!!」

 ハンマーの一振りでかき消される。ダメージは少ないだろうと思ったが、全くの無とは思わなかったよ、クソ野郎。

 それなら、と再び零距離まで詰める。今度は両腕に龍を纏わせながら。

「があああああああ!!」

「ぬっ!」

 それに合わせ、テレモートも突撃してくる。

 受け攻め回避幾つか予想してたが。

 

 そいつは悪手だぜ、騎士様よ!

 

「魔空龍円刃《終式(ついしき)》!!」

 

 零式と紛らわしいが、零式は遠距離攻撃。

 終式は、零距離での魔空龍円刃。いつも以上に龍を練り、叩きつける魔空龍円刃の究極形。更に今回は互いに突撃した、つまりカウンターの形になった。

「ぐぅっ!?ガハッ!」

よし!直撃!

 ガァァン!

「な・・・あ・・・。」

 右側頭部に強い衝撃が走る。一瞬意識が飛ぶ。

 逆に俺がカウンターを喰らうとは。すぐに距離を取ればよかった。完全に俺の油断だ。

 それでも地面を踏みしめ、背中で奴を突き飛ばす。

 たいした距離を取れなかったが、間合いは外せただろう。

「ぬんあああああああっ!!」

 駄目だ!勢いは奴にある!無理にでも突進してきた。

 ハンマーを大上段に振り上げ全力で叩きつけてくる。単純だからこそ、威力も圧迫感も凄まじい。

 避けられ・・・、間に合わ・・・、死・・・。

 気付けば両腕をクロスさせ、頭上で構えていた。必死の抵抗を、身体が選択した。

 ズウウウウウン!

 全身ガードごと地面に埋め込まれる。

 やべぇ、衝撃が逃せられない。特に腕が壊される!

「う、ぐおおおおおおお!」

 全力で腕を振り払い、何とかハンマーを弾き飛ばす。

 野郎、戦闘能力が上がっているのもそうだが、ハンマーまで強化してきたか。

 おお~、両腕が痺れとる。

「一撃で沈めるつもりだったが、流石だ。」

「褒められても、嬉しくないね。」

 テレモートの腹をよく見ると、鎧に亀裂が入っていた。魔空龍円刃は確かに効いていたんだ。だが、それ以上に気力で反撃してきたわけか。その代償は俺の腕、か。

 だがまだ動く。若干罅が入っていたが、これくらいならヒールで回復・・・いや、回復する隙はなさそうだ。こちらの一挙手一投足を見られている。ヒールを唱えようならその間隙に攻撃を喰らう。

 ここはこのまま、壊れかけの腕でなんとかするしかない。厄介な。

「魔空龍円刃《壱式》!」

「ぬうん!」

 片手で振り払うかよ・・・。見切られたか?

 いや、よく見ると弾いた奴の腕も震えている。ダメージは確かに入ってる!

「効いてんのに、無理してんじゃねえよ。」

「貴様こそ、その両腕は大丈夫か?」

 互いに笑みを浮かべ、皮肉を言い合う。この短い間で、お互い大ダメージを受けた。

 肩で息をする。疲労があっという間に溜まる。忘れていた。これが命を懸けた、『死闘』だ。

「まだ、まだ行くぜぇ。」

「ふむ、来い!」

 スラスターを全開にし、アリーナを駆け回る。

 まだまだ!ここで『瞬時加速』を追加!スピードが最大限に達する。

 曲がる度に骨が軋む、肉が裂ける。それでも俺は止まらない。

 もう一撃加えれば!

「見えているぞ!」

 テレモートが俺に掴みかかる。ハンマーでは間に合わないと判断したのだろう。だが。

 スカッ。

「何っ!?」

 俺のスピードは!まだ上がるぞ!

 上下左右、縦横無尽に飛び回る。正直何度も意識は飛びかけている。だが、捕まるわけにはいかない!

 両腕に龍を練る。後は、タイミングのみ。

「ぐ、ぬおお!」

 奴が俺を追う。だが、目で追えるスピードだと思うなよ!

「ぬううううううっ!」

 俺にも限界がある。このあたりで決めたいが・・・!野郎!

「・・・。」

 追うのを止め、正面に構えた。

 背中は、駄目だ!魔法陣で防いでいる!てかそんな器用なこと出来るなら初めからやれよ!

 どうせ「騎士の戦に合わん」とか考えてたんだよ。

 まあ、そっちがその気なら、全スピードを込めた攻撃を、真正面から叩き込む!

「ぃぃぃぃぃ往くぞぉぉぉぉぉ!!」

 勢いは十分、龍の練りも十分、後は。

 打ち込むだけ!

「魔空龍円刃《終式》!」

 パワー、スピード、龍全て乗せた攻撃だ!ハンマー越しだったが、確実にダメージを・・・

「噴ッ!」

 ブウン!

「ぐふっ!?」

 野郎、ダメージ覚悟でハンマーを振り上げやがった。

 攻撃後の隙を狙ってカウンターの大上段・・・、学習能力が無いのか俺は!

 アリーナ中央にクレーターが作られる。中心は俺と、俺の頭を叩き潰したテレモート。大分深い穴が作られたが、どっこい生きてる土の中。

 いや、ふざけてる場合じゃない、ダメージがデカすぎる。

「貴様が正面から来るのは読めていた。貴様は正直だからな。多少なダメージなど気合で抑えた。」

 化け物かよ・・・。あ、化け物だったな。畜生、頭がんがんする。吐き気もだ。ダメージがデカすぎた。

 

 

 

======

 嘘・・・。旺牙があんなに追い詰められてる。

 あんなに修行していたのに、あんなに頑張っていたのに。

 一夏やデュノア君相手にも戦えた旺牙が、あんなに・・・。

「かんちゃん・・・。」

「簪ちゃん・・・?どうしたの?」

 何の因果か、私の後ろには本音と沙紀たち。私は、彼女たちを護らなくてはならない。

 でも、だけど。

 あんな目に遭っている旺牙をみていられない!

 春雷を構え、テレモートという大男に向ける。

「「駄目っ!」」

 周りの声も、既に聞こえていなかった。

 気が付けば、私は春雷を放っていた。

 砲弾がテレモートに直撃する。

 舞っていた砂塵が晴れる。

 そこには、たいしたダメージもなさそうに立っているテレモートの姿。

「あ、ああ・・・。」

 直撃したはずなのに・・・、何事もない?

 私の身体と精神は恐怖で震えていた。もしかしたら、涙を流していたのかもしれない。

「女ぁ・・・。」

「う。」

「覚悟も無い者が、男の決闘に割り込むなあああぁっ!!」

 あの凶獣にも大打撃を与える、テレモートのハンマー、それに押しつぶされたら・・・。

 ああ、私、死ぬのかな・・・。絶対防御、間に合えばいいな。

 思わず目をつむる。ああ、私ってまだ弱いのかな。

 ・・・・・・

 何も起こらない。私に振りかかったハンマーの衝撃もこない。

 ゆっくりと目を開ける。

 目の前には、凶獣の頭部が砕け散り、いつもの眼帯を着用した旺牙の姿が。

「あ、旺、牙・・・?」

「あいよ。」

 

 

======

 

 なんとか間に合ったか。ハイパーセンサーで周囲の事は把握していた。もちろん、簪の行動も。

 スラスターを限界まで噴かし、テレモートより先に簪のに出た。絶対防御があるとはいえ、あれの攻撃を受けたらどうなるか・・・。

 ま、間に合ったから良いか。

「あ、あの、私・・・。」

「気にすんな。これぐらい屁でもねえ。」

 絶対防御越しなのに頭部から血が流れているのが分かる。どんだけの威力だったんだよ、今の一撃。

「貴様、この決闘を汚しておいてどうする気だ。」

 周囲の鎧侵魔から殺気が漏れる。牽制と守備にまわっていたIS部隊にも緊張が走る。

「今俺が合図を出せば、一斉に我が下僕たちが暴れだすぞ。」

「ああ、そのことなんだが。」

 これが聞き入れてもらえるかわからない。でも俺にはこれしかできない。

「噴ッ!」

 凶獣のボディパーツをパージし、両腕と両脚のみの状態になる。

 これなら俺へのダメージが倍になるかもしれん。

「望むなら、絶対防御も切る。だからなんとか、今回はこれで勘弁してもらいてえ。」

「・・・・・・。」

 背を向け、離れていくテレモート。

 聞き入れて、くれたのか?

 鎧侵魔は動かない。

「・・・何をしている。続きを始めるぞ。」

 何とか、なったのか。

 あ、あぶねー。実際はかなりの賭けだった。あいつがガチガチの武人で助かった。

「・・・簪。」

「は、はい!」

 さっきから縮こまっていた簪に声をかける。んでチョップ。

「あうっ。」

「そんなに俺が信用ならねえかよ。大人しく見てろ。」

「う、うん。」

「必ず勝つ。だから、大人しく、しっかり見ててくれ。お前の、その目で。」

 俺は簪の目を見て、力強く言い聞かせる。

「・・・、わかった。ごめんなさい。それと、勝って!」

 テレモートのもとに向かう俺の背中に、そんな声が投げかけられる。

「・・・あいよ。」

 それに対し、右腕を上げることで答える。

 

「待たせたな。」

「・・・一度だけだ。二度目は無いと思え。」

 へーへー、わかってますよ。

「・・・来い。」

「ああ、往くぞ!」

 右拳に力を籠め、思い切り振りぬく。

 ズガンッ、という音とともに、テレモートが吹き飛ぶ。その手にあったハンマーも砕け散る。

 ・・・。ええと?

 テレモートはペッと血を吐き出し、ゆっくりと立ち上がる。

 な、何の目的が?

「これで、対等だ。」

 ハンマーも失い、鎧も全体にひび割れている。

 俺をなめているわけではなさそうだ。

 どうやら本気で、俺の状態と対等になったつもりらしい。どれだけ決闘馬鹿なんだよ・・・。

「ああ、いいぜ。そっちがその気なら、俺も全力で答えるだけだ!」

 

 第二ラウンドの始まりだ!




あーーーーーーーーーーー。
語彙力が欲しい。


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KURENAI

戒炎「明けましておめでとうございました。」

旺牙「正月はとっくに過ぎた。」

ケジメ案件である


 

 互いにボロボロになりながら、拳を、蹴りを交換する。

 俺もテレモートも鼻から、口から血を吹き出し、腫れもできている。

 それがどうした。互いに引けないのだから、格好を気にしている暇はない。

 テレモートの拳が俺の顔面を捉える。倒れそうになるが、血で滑って威力が下がったのか何とか意識を保っていられる。

 返しに俺の蹴りが奴の横っ腹を打つ。

「くう、おおおっ!」

「ぬぅああああっ!」

 鬼の表情で耐え、咆哮をあげる。なりふり構わず目の前の敵を倒す。

 拳を放つ。同時に奴の拳も俺の顔面に迫っていた。

「「ぶおっ!」」

 クロスカウンター。威力が何倍にもなって帰ってくる。

 だが奴も同じはずだ。その証拠に、次の一撃が飛んでこない。

 息が上がる。残りの体力はどれくらいだ?

 構わない。ここで全部使え!

「ふんっ!」

 テレモートの攻撃も、空を切る。

 限界は、とうに超えているのだ。

 

 

 

======

 アリーナを囲むISチームは言葉を失っていた。

 この凄惨とした闘いが、自分たちの人智を超えたもの、理解すら超えたものだからだ。

 ISは人類最強の兵器、のはずだった。それと互角に戦う個人が存在するなんて、思いもしなかった。

 彼女たちは戦慄し、知らないうち身体が震えていた。

 

「全弾フルスイング・・・。恐ろしくレベルの高い喧嘩だな。」

 一夏とシャルルが戻ってきた時、アリーナは修羅の闘技場となっていた。

「ちょ、一夏!旺牙は大丈夫なの!?フルスキンの凶獣がボロボロだよ!?」

「手を貸したくても無理なんですの。あのがらんどうの鎧がわたくしたちを見張っている以上、ISを持たない方々の身が危ない。」

 セシリアが状況を説明する。鎧たちは沈黙を保っているが、テレモートの合図一つで動き出すのだ。

「僕たちには何もできないのかな・・・。」

 シャルルが唇を噛んで悔しがる。だが一夏は信じていた。旺牙の勝利を。

 守るべきものがある時の志垣旺牙は、今まで無敵だったのだから。

======

 

 攻撃が緩慢になる。素早く動けない。

 だがそれは奴も同じ、拳がゆっくりに見える。

 だが体が重く回避できない。決闘初期の威力は無いが、それでも身体に響く。脚ががくがくと震える。完全に泥試合の様相だ。

 だがまだだ。ここで倒れるわけにはいかない。

「一閃・錬気蹴!」

 ここで一撃を放つことが出来た。蹴りを側頭部にぶつける。

「な、がっ。」

 体勢を崩した!畳みかける!

「肘打ち!裏拳!!中段蹴り!!!」

「ぐ!むお!かはっ!」

 往ける!このまま連打で押し切って!

「がっ!?」

 身体が宙に浮く。腹にボディーブローが突き刺さっていた。

 この野郎!どこまでタフなんだ。

 紅の空の下、闘いはまだ終わりそうにない。

 奴が息絶えるまで。俺の身体が動かなくなるまで。

 たとえ死んでも、魂になって闘う!

 魂が消えても、棺桶から出て奴に勝つ!

 息を荒げながら、テレモートは声を上げた。

「確かに貴様は俺が認めた戦士だ。だがなぜそうなってまで闘う。貴様の正義のなせるものか。」

 正義。正義か。

「そんなもんはとっくに捨てちまったよ。」

 正義の味方ごっこをしていた俺はもう死んだ。ここにいるのは、ただ目に映るものを守りたい、それだけしか考えていない一匹の獣だ。

「俺の後ろに仲間がいて、お前たちと戦う力が無い。だから俺が前に出るんだ。背中に誰かがいる限り、負けられねぇよな!」

「・・・そうか。俺には、貴様は十分輝く正義の味方に見えるがな。」

「その目、曇ってんじゃないか?」

 殺し合いをしているというのに、軽口をたたき合う。

 歯をむき出し、不敵に笑い合う。

 お互いゆっくりと構える。

 決着が近いことは分かっていた。

 誰もが沈黙を保っているが、空気はビリビリと震えている。

 これで最後だ。頼むぜ俺の全て。

「「でえぃやぁーーー!!」」

 同時に駆けだす。

 奴の拳が俺の顔面を殴りつける。今度はジャストヒットし、俺の頭が地面に叩きつけられる。次の瞬間、両脚を天に伸ばし足底で顎を蹴り上げる。

 その体勢のまま脚でテレモートの首を掴み、フランケンシュタイナーの要領で地面に叩きつける。《マヒ》を狙う《竜尾》。久しぶりに使ったな。

 倒れているテレモートに対し。

「破を念じて、刃と成せ・・・。」

 食らいやがれ!

「念導龍錬刃ッ!!」

「ヌグアッ!」

 直撃、か!

 グンッ!

 なんだ!?引き釣り下ろされて!?

 一瞬のうちにマウントを取られた!?

「ぬぅああああっ!」

 拳が連続で振り下ろされる。防御するも、何発はそれをすり抜けてくる。どこの格闘技イベントだっつーの。

 悪態ついてもダメージは変わらない。早く引きはがさないと、な!

 ISの残った機能で回転し、拘束を解く。

 ペッと口の中の血を吐き出す。

 念導龍錬刃でも魔空龍円刃でも奴は倒れなかった。

 そうなると、最後の切り札を使うしかない。

 だが、あれは放つための龍を練るのに時間がかかる。

 おまけに脚はガタガタ。打てるのは一発が限界。

 呼吸を整える。『アレ』を放つための準備を。

 再び互いの動きが止まる。

 数分も経っていたようで、数秒しか経っていないようで。

「うるぅぅぅあああぁぁ!!」

 膠着に耐えかねたように、テレモートが拳を振り上げ向かってくる。

 慌てるな。見極めろ。奴の動きを。

 拳が近づいてくる。・・・ここだ!

 迫りくる拳を掻い潜り、懐に入り込む。

 今度は俺の両拳に力を込める。『龍門』を。

「はあぁ、錬気怒涛拳ッ!」

 その名の如く、怒涛のように拳を打ち込む。どこまでも速く、迅く!

「ヌガァァァァァッ!」

「でぃやぁぁぁぁぁっ!」

 テレモートの残った鎧がボロボロと砕けていく。

「破ッ!」

 最期の一撃を打ち込む。

 奴の動きが止まる。

 その隙に足に龍を練る。

「テレモート、これがお前に放つ最後の一撃になる。・・・別に出会い方が違えば友になれるだろうなんて言わない。」

 龍、錬成完了。

「俺たちは敵同士、そういう運命だった。」

 空中に舞い上がる。

「破を念じて、龍(りゅう)と成せ!」

 全身を龍(りゅう)の形に成ったプラーナで覆う。

「『龍王爆功撃』!!」

 勢いのまま、テレモートにぶつかる。

「うおりゃああああー!」

 そのまま蹴り進む。脚からプラーナを流し、爆発させる。

 俺たちは止まらずそのまま壁まで押し込んでいく。

 ドガァン!と轟音が鳴り、テレモートが俺と壁に挟まれる形になる。

 後方にジャンプし、奴との距離を開ける。

 残っていた鎧が崩れだし、パリーンという音とともに完全に崩壊した。

「・・・ふ、ふっふっふ。」

「・・・。」

「俺の負けだ・・・。」

 敗北宣言を聞く。何故だろうな、素直に喜べない。

「さっきも言ったが、友にはなれない。でも、いい勝負だった。」

「ああ、晴れやかな気分だ。本当に、いい勝負だった。」

 相手は侵魔。だが、この男は強かった。心からそう思える。

「ふふふ、母上はこうはいかんぞ。あの方は俺なんぞと次元が違う。」

「それでも、俺は勝つ。それがウィザードの使命だ。」

 キラキラと何かが舞っている。よく見ればテレモートの体が薄くなっていく。

 これが奴の最期となるとは、意外と儚いものだ。

「ふふ、さらばだ、志垣旺牙。もう二度と会うことは無いだろう。」

 その言葉とともに、テレモートの姿は完全に消え失せた。言葉が少ないのも奴らしい。

 はは、何か言っておけばよかったか。

 俺はそっと敬礼した。それだけでも許されるだろうと思ったし、これくらいの敬意は示したかった。

 そして、俺の意識は吹っ飛んだ。

 

 

 

 

===覇王軍===

「そんな・・・、テレモート兄様が・・・。」

 悲しみを堪えるように、顔を伏せるマリア。

「ホッホッホッ、未熟なウィザードに討たれるとは、なんとも情けないですねぇ。」

「トルトゥーラ兄様!そんな言い方は無いでしょう!兄様は立派に戦って!」

「それでも勝利を常とするのが我ら覇王軍よ。それをわきまえなさいマリア。」

「パツィア姉様・・・。」

 四天王の長として、そして覇王の長女として落ち着きを見せるパツィア。

 それでもマリアは悲しみを隠せなかった。マリアの優しさを理解してくれたのは、母である覇王ジーザと、一見戦闘狂だが妹への優しさを見せたテレモートだけだった。

 特にテレモートは封印中もよく話し相手になってくれていた。意外にも妹想いの男であったのである。

「マリア。復讐などという行動はとらないでくれ。それはテレモートも望まない。全力で戦い、そして潔く散った。あのウィザードも、全力で闘いに応えた。恨む筋ではないよ。」

「・・・はい、母様。」

 マリアに優しく語り掛ける覇王ジーザ。

「・・・。」

 それを気に入らないという表情で見つめる者が一人。

「フフ、母上様。次は私が参りましょう。なに、あのウィザードを討てば、『覇王を討つ者』を葬ることなど容易いこと・・・。」

 トルトゥーラが名乗りでる。自信があるのか、深い笑みを浮かべている。

「うむ、賢きトルトゥーラ。お前に任せよう。だが、油断するでないぞ。」

「ハハ、必ずや命を達成して見せましょう。」

 侵魔たちの宴は終わらない。世界の全てを包み込むまで。

======

 

 

『トーナメントは事故により中止となりました。ただし、今後の個人データ指標と関係するため、全ての一回戦は行います。場所と日時の変更は各自個人端末で確認の上』

 ピッ、と部屋のテレビを消した。

「結局そういう話に落ち着いたか。」

「いや、もう平気に動ける旺牙は人間を止めてる気がするよ。」

 失礼な、ヒトの作ったデザートを頬張っておいて。

 まあ今回は今まで以上に疲労と傷を負ったと思う。それでも夜には目が覚めて自室待機できているんだから、自分でも化け物めいてる。だんだん人間味が無くなってきたというか。

「こっちはチャンスが消えて喜ぶべきか悲しむべきか困ってるのに・・・。」

「ん?何か言ったか?」

「何も。」

 そう言えば俺たちと一夏たちはどうなるんだ?またやり直し?

 すっげーめんどくせぇ。

 コンコン、とドアがノックされる。

「志垣くん、いらっしゃいますか?」

 この声、山田先生か。簪とアイコンタクトして、招き入れる。

「どうしました?」

「朗報ですよ朗報!今日から男子の大浴場使用が解禁です!」

「ほう。」

 今まで女子たちから反対の声が上がってた大浴場の使用。

 何でもボイラー点検の関係で、それなら男子三人に使ってもらおうという計らいらしい。

 大浴場、久々に身体を伸ばして風呂に入りたいところだが、ちょっと待ってほしい。

 男子は三人ではなく『二人』だ。・・・どうしよう。

「そ、それはいいですね!時間は決まってるんですか?」

「いえ、とりあえず今晩中ですね。それがどうかしましたか?」

 ああ、そんな小動物みたいな目で見ないでくれ!

「わ、わかりました。お言葉に甘えて入らせていただきます。」

「はい!それでは私はこれで。」

 来た時同様、風のように帰ってしまった。意外とフットワーク軽いな。

 さてと・・・。

 Pi!Pi!Pi!

「ああ一夏か?お前ら先に風呂入ってろ。んでお前らが出たら俺が入る。」

『うおおい旺牙!?そのことで連絡しようとしてたのに!』

「俺まで一緒に入ると余計気を遣わせるだろう。後はお前ら二人で入ってろ。」

『いやだから』

「いいから入ってろ。んで出たら連絡しろ。いいな?」

『・・・はい。』

 まったく、それくらい自分でなんとかしろってんだ。俺?俺は部外者だし。

「旺牙、お風呂入らないの?」

「デザート片付けてからな。」

「手伝うね。」

 簪は良い子だなあ。

 

 

「で、結局二人で入ったのか。」

「お、おう。」

「\\\」

 シャルルの顔が赤いのは、湯上りのせいじゃないと思う。

「・・・変なことしてないだろうな。」

「「してない!!」」

 そうですか。

「んじゃ、次は俺が入らせてもらうぞ。」

「うん。お休み。」

「お休み、旺牙。」

 

 俺は自分の裸体を晒すのが好きではない。

 この全身の傷は、あまり見られたくない。

 自分で残すと決めた以上、消す気は無い。

 だが、やはりいい気はしない。

 この傷を消そうと思う時が、トラウマを乗り越えた時なのだろう。

 まあ、それにしても。

「あったけえなあ~。」

 俺の全身が伸ばせる風呂何て、いつ以来だろう。

 今はこの気分を満喫しよう。

 

 

 

 翌日。朝のホームルームにはシャルルの姿がなかった。

 一夏曰く、食堂で別れたきりらしい。

 それとボーデヴィッヒの姿もなかった。これはまあ、昨日の負傷で休んでいるのだろう。あれ、俺が平気なのはみんなスルー?

「み、みなさん、おはようございます・・・。」

 教室に入ってきた山田先生はなぜだかふらふらとしている。だいぶお疲れのようだ。

「今日は、ですね・・・みなさんに転校生を紹介します。転校生といいますか、すでに紹介は済んでいるといいますか、ええと・・・。」

 なんだか煮え切らないというか、はっきりしないというか、・・・何?転校生?

 クラスのみんなもそこに反応したらしく、一斉に騒がしくなる。今この時期、というか今月はふたりも来ているのに、それにまだ、あ・・・まさか。

「じゃあ、入ってください。」

「失礼します。」

 この声は、まさか。

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします。」

 ぺこり、スカート姿のシャルル、もといシャルロットが礼をする。俺を始めクラス全員がぽかんとしたまま礼を返す。

「ええと、デュノア君はデュノアさんでした。ということです。はぁぁ・・・また寮の部屋割りを組み立て直す作業がはじまります・・・。」

 なるほど、山田先生の憂いはそこにあったのか。

 さてと・・・。

「え?デュノア君て女・・・?」

「おかしいと思った!美少年じゃなくて美少女だったわけね。」

「って、織斑君、同室だから知らないってことは」

「ちょっと待って!昨日って確か、男子が大浴場使ったわよね!?」

「あ、俺だけ別に入った。」

「旺牙てめー!!」

 ザワザワザワッ!教室が一斉に喧噪に包まれ、それはあっという間に溢れかえる。

 その時、バシーン!教室のドアが蹴破られたかのような勢いで開く。

「一夏ぁっ!!」

 鈴が、女の子がしちゃいけない顔で現れた。

「死ね!!!」

 ISアーマー展開、それと同時に両肩の衝撃砲がフルパワーで開放される。

 って!ヤバい!俺の防御も間に合わない!このままじゃ一夏が『ミンチより酷ぇや』状態になってしまう。

 ズドドドドオンッ!

「ふーっ、ふーっ、ふーっ!」

 怒りを解放し肩で息をしている鈴がいる。が、それ以上に気になるのが、一夏と鈴の間に割って入ったのは、ボーデヴィッヒだった。

 『シュヴァルツェア・レーゲン』を身に纏い、おそらくAICで衝撃砲を相殺したのだろう。

「助かったぜ、サンキュ。・・・っていうかお前のISもう直ったのか?すげえな。」

「・・・コアはかろうじて無事だったからな。予備パーツで組み直した。」

「へー。そうなんーむぐっ!?」

 ズキューン!!

 や、やったー!

 キス、接吻、ヴェーゼ、マウストゥマウス!

 レールガン以上の大砲だー!

「お、お前を私の嫁にする!決定事項だ!異論は認めん!」

「・・・嫁?婿じゃなくて?」

 いやそこじゃねえだろ。

「日本では気に入った相手を『嫁にする』というのが一般的な習わしだと聞いた。故に、お前を私の嫁にする。」

 誰だよそんなこと教えたやつ!

「志垣旺牙!」

 今度は俺ぇ!?

「お前は私の相棒だ!」

 ・・・はい?

「同じく日本では共に戦った者を『相棒』と呼ぶそうだ。トーナメントで私たちは共に戦った。それも息を合わせてだ。それを『相棒』と呼ばず何と呼ぶ。」

 それも誰かの入れ知恵か?ていうかトーナメントでは俺が合わせてやった形になっていたんだが・・・。

 ・・・まあなんだ。悪い気はしない。

「あー、なんだ。そういうことなら、よろしく頼むぜ、『ラウラ』。」

「うむ、よろしく頼む、『旺牙』。」

 背後で繰り広げられている地獄絵図は見ないようにしよう。

 

 

 

 

 その晩。

「旺牙、ボーデヴィッヒさんと『相棒』になったんだってね・・・。」

「ああ。・・・どうした?機嫌悪いぞ?」

「別に。(旺牙の『相棒』は私がなりたかったのに・・・)。」

 

 

 

=======

 ドイツ某所上空。

 かつて研究所があった場所には、草一本生えていない更地が広がっていた。

 ここで研究されていたのはVTシステム。研究所ではシステムの効率化、強化、量産化がなされていた。

 ISとその乗り手を侮辱する行為。それが彼らの逆鱗に触った。

 生存者ゼロ。たとえいたとしても、上空に漂う黒い死神の手によって刈り取られることだろう。

「上級侵魔を一人で倒すか。そろそろ俺の出番が近づいているか。」

 黒はそこでようやく踵を返し、そこを飛び去る。




久しぶりの解説

爆功・・・爆発的にプラーナを解き放ち、相手を吹き飛ばすほどの攻撃を行う特技。


龍王爆功撃・・・旺牙が出せる全ての特技を組み合わせた奥義。イメージは『仮面ライダー龍騎』の主人公、龍騎のファイナルベントです。
        ん?知らない?ニコニコ動画やYouTubeで調べてみてください。


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え?まじで?

作者)前回、箒さんと束さんの電話シーンを丸々カットしました。篠ノ之姉妹ファンは不快な思いをされたでしょう。本当に、申し訳ない。

旺牙)セプク案件だ。ハイクを詠め。

作者)死にかけたことなら何度かあるんだけどな・・・。

旺牙)お前っていったい・・・。

あと、うちの鈴さんは心が広いのか結構すぐラウラとは和解しました。
でも一夏に対しては恋心の独占欲故原作になります。


 あの戦いから数日、俺の怪我も完治(あの傷は残してある)し、いつもの穏やかな日々が帰ってきた。

 あの事件は箝口令が敷かれ、VTシステム及び侵魔についてはタブーとなった。つまり、『このこと話したら停学、最悪退学よ♪』という意味だ。

 いたずらな噂やパニックを抑えるためとはいえ、大人の闇が見える。

 まあ、組織を維持するには大事なことだというのは、前世から学んでいるが、思春期、青春真っ盛りの女子たちがこれを守れるだろうか。あ、この学園には鬼教官がいた。あの人が怖くて条例を破ることはできないだろう。

 つまるところ、学園に乗り込んできた無法者を退治してめでたしめでたし、ということで落ち着かせよう。

 

 しかし今、俺は真剣勝負を行っている。

 精神を研ぎ澄ませ、未来を予想し、時には自分の身を削る勝負だ。

 機を見て、チャンスが来たら即相手の喉元に食らいつく!

 

「一夏、それロン。」

「げっ、マジかよ。」

 

 そう、麻雀である。

 一夏の部屋で、俺、一夏、鈴、そしてまさかのラウラの四人で麻雀をしている。

 流石に雀卓は持っていないので(持っていても学園寮に持ち込む阿呆はいないだろう)カード式の麻雀である。荷物を整理していたら箱の奥底に眠っていたので、こうしてメンバーを集めて遊んでいる。

 ちなみに何故ラウラが麻雀を嗜んでいるのかは不明である。どうせ部隊の誰かの影響だろう。

 

「一夏、ロンよ。」

「また俺かよ・・・。」

 

 言っておくが、麻雀は本家中国ではいたって健全な遊戯である。家族で遊ぶとも聞く。

 金持ちや893屋さんが金をかけて、さらにその場面を題材とした漫画等が流行ったから、日本では違法なギャンブルのイメージがついているにすぎない。

 

「すまんな嫁よ、ロン。」

「ラウラまで・・・。」

 

 麻雀は指先を動かし、頭を使うことからボケ防止に良いと、雀卓を置いている老人ホームも増えてきているという。世の中何が役に立つかわからないな。

 おっと、これ以上はこの話が何を題材にしているか分からなくなりそうなのでやめておこう(おお、メタいメタい)。

 

「「「一夏、ロン!!」」」

「お前らイカサマしてないよな!?」

 失礼な。お前が弱いだけだ。

 

「はい、これで一夏がトビね。」

「あー、くそー。」

「しかしラウラに抜かれるとはな。俺も自信あったのに。」

 

 順位は一夏がドベ、俺が三位、まさかのラウラが二位、圧巻の優勝が鈴。こいつ普段は感情剥き出しのくせにこういう勝負は得意なんだよな。

 

「隊にいた時副官に教わった。何でも日本では『ニンキョウ』で大事になるらしいと。」

「どんな副官よ・・・。」

 

 本当にその副官とやらとは一度話をしておかないとな・・・。」

 

「ところでお前ら、すっかり仲良くなってるけど、遺恨とか無いのか?」

 一夏が鈴とラウラを見て言う。

 確かに、鈴とセシリアはラウラに恨みが有ってもおかしくない。それが今ではゲームをする仲だ。

 

「ああ、そのことか。」

「それなら、セシリアとも相談して解決済みよ。いつまでもギスギスしててもしょうがないし、あれはドイツが「おっとそこまでだ鈴。」おっとと。ま、とりあえず、一夏や旺牙が普通に接してるんだから、あたしらがいつまでも根に持っててもね。」

「うむ。皆とは話をつけてある。」

「まあ、ちょっとしたごたごたはあったわよ。でも『まあ許せ』って言われたら力も抜けるわよ。」

 

 

 ラウラェ・・・。だがそういうことなら何の心配はいらないな。こいつが受け入れているなら問題なかろう。

 まあ、他に気になることがあると言えばある。

 

「ところで一夏さんや。」

「なんだね旺牙さんや。」

「なんで俺は未だに簪と同室なのに、お前は一人部屋なんだ?」

「いや、俺に聞かれても。」

 

 別に簪に不満があるわけではない。あの子は良い子だ。

 だが、シャルロットがラウラとすぐに同室になり、一夏はそのまま。なんだか納得いかない。

 こいつだけ男のアヴァロン、一人部屋を手にしているのが不満なのだ。どういう基準で選択されたのか解からん。

 

「そう言われてもなぁ・・・。」

「ちょっと旺牙。あんな良い子が不満だっての?だとしたら引っ掻くわよ。」

 

 うん、妖怪猫娘かな?

 

「イヤそうじゃないんだけどさ。なんか俺と一夏で待遇に差があるというか。」

「気のせいだろ。」

「その一言で済ませられる余裕が憎い。」

 

 そういえば最近見ないけど、楯無先輩は簪と仲良くやっているのだろうか。

 まさか簪のガードマン扱いにしてるんじゃ。

 いや、俺も一応重要人物なわけで。

 相互護衛?んな面倒なことするかな。

 

「む、そろそろ消灯時間だ。部屋に戻らなければ教官に怒られる。」

「おっと、もうそんな時間か。じゃあ今日はお開きとするか。」

 

 片付けてーの、カードを一夏に渡しーの、っと。

 ・・・言いませんよ?

 お休みと言って各自部屋に戻る。

 

「お帰りなさい。今日は遅かったね。」

「ああ、盛り上がっちまってな。簪も来ればよかったのに。」

「うーん、私、ルール知らないから・・・。」

「ルールなら教えるのに、っと?」

 

 PiPiPi!

 おっと携帯が。ふむ、メールが。

 

『簪ちゃんに変なこと教えないでね♪by楯無』

 

 あれ?俺先輩にアドレス教えたっけ?

 それよりも今の会話聞いてたの?え?どこから?

 本気で怖いんですけど?

 

「誰から?」

「・・・うん、友達から。今元気かって。」

「そう。」

「うん。」

 

 怖いからそういうことにしておこう。

 

「ところで、そろそろ臨海学校だな。」

「そうだね。」

「それがな、前の水着がもう入らなくなったんだ。」

「うん。ん?」

「新しいの欲しいし、他にも買い物があるんだ。」

「え?それってまさか。」

「次の休み、買い物付き合ってくれないか?」

 

 

 

(あれ?これは夢?あの噂は無効で。でも男子と女子が二人で出かけるってそういう。でも、・・・え?)

 おや?簪がフリーズした。

 目の前で手を振っても反応しない。

 

「おーい。簪さーん?」

「は!えっと、何だっけ!?」

「いや、次の休みに一緒に買い物行かないかって・・・。」

「い、行く!何としてでも行く!風邪ひいても行く!」

 

 体調崩したら休んでくれ。

 本当は俺が全部済ませるべきなんだが、ちょっと人が欲しかった。

 いや、断じて簪を荷物持ちに仕立て上げるわけじゃない!少しだけ女子の目線が欲しいものがあるだけだ。

 まあこれで問題は解決っと。

 

「じゃあ電気消すぞ。」

「う、うん!」

 

(買い物リスト作っとかなきゃな。)

(こ、これってやっぱりアレだよね!)

 

 こうして、夜は更けていく。

 

 

 

「聞いたよ旺牙く~ん。」

「・・・・・・。」

 

 なんだ萌がチェシャ猫みたいにニヤニヤして話しかけてきた。

 反対に沙紀は少しムスッとしてる。

 いったい何があった。

 

「簪と出かけるんでしょ?しかも二人で。」

「誰から聞いた・・・?」

「本人がさっきホクホク顔で話してた。」

 

 情報源本人かよ。

 俺はトレーニングが長引いて一緒に学食に行かなかったからな。その時話したんだろう。

 

「別に。休日に友達と出かけるくらい普通だろ?」

「友達、ねぇ・・・。」

 

 どうした沙紀ちゃんよ。さっきから態度が刺々しいぞ?

 

「まあまあ、そういう事にしてあげよう。で。」

「で?」

「女の子と出かけるんだから、それなりの装いは用意してあるんだろうね?」

「・・・いつもの服じゃいかんのか?」

「甘い!甘すぎる!上等な料理に蜂蜜をぶっかけるかの如し。」

 

 それは甘いというより不味いのでは?

 うーん、そうなると。

 

「外出用のが一着あったかなぁ。」

「よーし。なら私たちがチェックして進ぜよう。沙紀もいいっしょ?」

「・・・別に。」

「まーだ拗ねてんのかこの子は。」

 

 なんか俺を置いてけぼりにして話が進んでいる。

 萌はいつも以上にハッスルしてるし、ホント何があった・・・。

 

 

 あっ!と言う間に放課後。

 

 

「え?え?なに?」

「まあまあ簪殿。たまには私とタイマンで話そうぜい。」

 

 いきなり簪が拉致された。

 ていうか最近萌の性格が若干ぶれてきた気がする。

 いや、あれが真の彼女なのだろう。いわゆる『心を開いた相手に見せる顔』みたいな。

 それにしては強引度が大分増してるな。

 と、言うことで。

 部屋には俺と沙紀が残された。

 ん?沙紀の顔が若干赤いが、風邪か?

 

「どうした、沙紀。調子でも悪いのか?」

「え!あ!だ、大丈夫!むしろ絶好調だから!」

 

 そ、そうですか。ならよかった。

 

「えっと、旺牙君は次の休みに簪さんと『レゾナンス』に買い物に行くってことでいいのかな?」

「ああ。凄い今更な確認だな。」

(私も用事が無ければ・・・。)

「何か言ったか?」

「なんにも!」

 

 情緒不安定じゃねえか・・・。

 

「ん、んん。えっと、じゃあ当日着ていく服を確認しようか。」

「え?私服ならあるぞ。」

「なんだか嫌な予感がするから確認するね。」

 

 若干失礼な話ですね。

 うーん、当日着ていく予定の服は・・・。

 

「あったぞ。」

「じゃあ着てみてくれる?」

「そこまでチェックするのかよ。」

「うん。だって旺牙君だから。」

 

 大分失礼な話ですね。お前相手でも怒る時は怒るよ?

 しかし着替えるのか・・・。

 

「じゃあちょっと着替えてくるわ。」

「え?何でシャワールームに行くの?」

 

 何でってそりゃ・・・、あれだ。

 この傷を見せる勇気がない。

 ラウラに見せた時は勢いだったけど、流石に沙紀相手には・・・。

 傷を見せて今後距離を置かれるのを想像すると、怖い。

 ・・・俺は強くなったつもりだったが、もしかしたら弱くなったのかもな。

 

「男子にも着替えを見られたくない時だってあるのだよ。」

「そういうものかな?」

 

 はは、まるでシャルロットがシャルルだったときみたいだ。

 あれは性別を隠すためだったがな。

 今回はコレで誤魔化そう。

 

―――少年着替中―――

 

 

「着替えたぞー。」

「アウト――――――!!」

 

 何故だ?完璧だろう。

 半袖で、腹に一対の鳳凰が刺繍され。

 背中に見事な黄金の昇り龍の刺繍、が施された黒の、ジャージ。

 

「女の子と出かけるのにジャージはアウト!ついでにその刺繍もアウト!旺牙君が着ると不良以上にその筋の人にしか見えないよ!金の龍は特にダメ!」

 

 ちょっと酷い、酷くない?

 一応俺の勝負服なんだけどなあ。

 

「勝負の意味が違うよ!ストリートファイトだよ!」

 

 そこまで言うか・・・。

 

「他に服は無いの?」

「この季節なら白のTシャツと青のジーンズが・・・。」

「最初からそれにして!」

 

 今日の沙紀さん怖いとです。

 

―――省略

 

「着替えたぞ。」

「・・・うん。そういうのでいいんだよ。背中が気になるけど。」

 

 背中?炎のリングが描かれてるだけで表は無地だぞ。

 

「これで大丈夫かな。簪さんとのデート(ボソッ)。」

 

 よーし。沙紀のお墨付きも貰ったことだし、当日のデートは・・・。

 ん?何て言った?

 デート。デートって言ったよな。

 ・・・・・・え?




今回ちょっと文章の書き方を変えてみました。
といっても台詞に行間を開けるだけですが。
読みにくい!と思ったら遠慮なく言ってください。



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ロマンスの神様In夏(性格も大事やで)

作者)UAが1万を突破しました。これも皆様のおかげです。誠にありがとうございます。

旺牙)作者の駄文に毎回お付き合いいただきありがとうございます。

作者)え?特別企画?全然話が進んでないのに出来るわけないじゃないですか!

旺牙)急に切れるな。


 なんだか久しぶりに学園敷地内から出たような気がする。最近忙しかったからかな?それともイレギュラーなことが続いたからかな?

 まあそれを差し引いても、外の空気を吸えるのは良いことだ。

 ・・・ああ、本当に良いことだ。

 

「どうしたの、旺牙?」

「いや、何でもない。」

 

 今の俺は一人じゃない。簪も一緒だ。

 そう、今日は簪とお出かけ、デートなのだ。

 繰り返そう。『俺』が『デート』なのだ。

 最初に誘った時はそんなこと全く意識していなかった。だが沙紀に服装をチェックされた時から意識しまくりだった。だって俺、産まれてこのかたデートなんぞしたことが無い。それは前世も含めてだ。合計三十年、彼女ナシ、デート経験ナシ、あれ?ちょっと泣きたくなってきた。

 でも今日は違う。俺の隣には女の子が!

 本日の簪の服装。ヘッドギアは外してある。眼鏡型簡易ディスプレイは装着済み。おそらく付けていた方が落ち着くのではないかと。

 そしてなにより違うのは、学園の制服ではないこと。

 なんの穢れもも感じさせない、純白のワンピース。余計な飾りのない、だからこそ着る人間を選ぶであろう、シンプルな服。

 うん。

 

(可愛いいいいいいええええあああああっ!!)

 

 気を抜くと思わず叫んでしまいそうになる。

 輝いてる!なんか輝いてるよ簪さん!

 もう無垢の象徴って感じだよ!

 ああなんかもうおかしくなりそうだよ俺!

 人生初のデートがこんな可愛い子だとわ。天使か?なあ天使なのか!?

 

「旺牙、なんだか、オーラみたいなのが出てるけど・・・。」

「ん?おっと失礼。」

 

 危ない危ない。気を付けなければ。

 

「いや、その。その服、似合ってるなって、思ってさ。」

「あ、ありがとう\\\」

 

 厳つい俺に言われても嬉しくないと思ったが、簪は顔を赤くして照れていた。

 ああ、俺今日本当にこの子とデートするんだ。ちょっとは気合い入れなくては。

 

「お、旺牙。」

「どうした?」

「・・・手、繋いでもいい?」

「・・・ああ、いいよ。」

 

 手を繋ぎ、赤くなる俺たち。

 ・・・青春してんな。

 

 

―――Side???―――

「アオハルかよ~!」

「萌、落ち着いて。バレちゃうから。」

 

 絶賛デート中の二人を尾行する二つの影。

 立花沙紀と嶋田萌である。

 沙紀はデートが成功するか確認のため、萌は面白そうだから、それぞれの理由で様子を見に来た。が、萌は既に二人の『なんだかわからないもどかしさ』に中てられ叫ぶのを我慢している状態だ。

 

(む~~~。)

 

 沙紀は沙紀で、二人の動向が気になってしょうがないといったところである。

 

(全く、こっちはこっちで素直になればいいのに。)

 

 萌は知っていた。親友である沙紀が、志垣旺牙を憎からず想っていることを。

 ただ、彼女は簪を立てて自分は身を引いている。

 好意を抱いたならライバルより先んじればいいのにと、萌も萌で歯痒い思いをしていた。

 

「あら、二人が移動するわよ。追わなくていいの?」

「「うわあっ!」」

「声が大きい。」

 

 いつの間にか二人の背後に、生徒会長『更識楯無』がいた。

 広げる扇には分かりやすく『尾行中♪』と書かれている。

 

「えっと、生徒会長も二人の後を?」

「当然。まあ信じてるけど、旺牙君が簪ちゃんに何かしたら、こう、コキャっと。」

 

 一度閉じられた扇が再び開かれると、そこには『滅殺』と書かれていて・・・、いや、これ以上は踏み込むまい。

 

「ほら二人とも。行くわよ。」

「「は、はい・・・。」」

 

――――――――――――

 

 何だか妙な気配を感じるな・・・。いや、気にしないようにしよう。

 俺たちが来たのは駅前のショッピングモール『レゾナンス』。交通網の中心でもあるここは電車に地下鉄、バス・タクシーと完全網羅。市のどこからでもアクセス可能、そして市のどこへでもアクセス可能の凄い場所。

 さらに、駅舎を含む周囲の地下街すべてと繋がっているレゾナンスは食は欧・中・和を問わず完備、衣服も量販店から海外の一流ブランドまで網羅している。その他にも各種レジャーは抜かりなく、子供からご年配まで幅広く対応可能。曰く『ここで無ければ市内のどこにも無い』と言われるほど。いやマジで凄いっすわ。

 ちなみに駅と完全にくっついているここを『駅前』というのは少々不思議な感覚何だが、昔からここは『駅前』なので仕方がない。中学の頃は弾・鈴・一夏の四人で放課後に繰り出したものだ。懐かしいな。

 

「いきなり買いすぎたか。」

「でも小物やお菓子作り用品だからたいした重さじゃないね。」

 

 既に百円ショップを始め幾つかの店に立ち寄った。やはり女子と来て良かった。細かい差分やインテリアにもなりそうなもの、見た目と機能がマッチしているものまで、色々アドバイスを貰った。

 

「簪は楽しいか?何も買ってないみたいだが。」

「うん。私は、旺牙と来れただけで楽しいから・・・。」

 

 ハイ可愛い~。あれ?簪ってこんなに可愛かったっけ?

 初対面でも確かに可愛いなとは思ったけど、今日は別格よ?天使か。

 ・・・いかんいかん。今まで培ってきた俺のキャラが崩壊する。

 

「あ、すまん。ちょっと手洗いに。」

「じゃあ買い物袋持ってるよ。」

「え。でも悪いし・・・。」

「食品関連の物もあるんだから、トイレに持ち込まない方がいいよ。」

 

 む、それなら甘えさせてもらおうか。

 さてさて、さっさとトイレトイレっと・・・。

 

 

 

 お手洗いから帰ってきたら、簪がガラの悪い男たちに絡まれていた。ナンパなんだろうが、少し強引っぽい。

 このご時世、女性が強いという女尊男卑で絡むようなナンパをするとは。

 簪が大人しそうなのを見て声をかけたのだろう。

 

「なあいいだろう。俺たちと遊ぼうよ~。」

「あ、あの、男の人を待っているんで・・・。」

「女の子に物持たせる男なんて置いてさ~。」

「いいから行こうぜ。」

 

 ・・・ふう、考えるのはこれまでにしておこう。

 

「悪い悪い、待たせちまったな。」

「旺牙。」

 

 何ともない風を装って集団の中に入っていく。

 そして簪の手を取ってその場を離れようとする。

 

「おい、ちょっと待てよ。」

 

 男の一人が俺の肩に手をかける。

 

「ん?」

「(う、でけぇ。)その子は俺たちと遊ぶんだよ。勝手に連れてかれると困るんだよね。」

「悪いっすね。俺たち二人で買い物に来てるんで。それじゃ。」

「だから待てって言ってんだよ!」

 

 五月蠅えな。さっさと帰れよ。

 

「俺たち急いでるんで。とっとと行かせてもらえませんか?」

「ああもう分かる?俺たちと遊ぶの。そっちのほうが楽しいに決まってるだるぉ?」

「そうそう。『いいこと』しようぜ。」

 

 下品に笑う男たち。

 ふ~、やれやれ。どうしようもない『クズ』ですなぁ。

 少し殺気を込めて睨みつける。

 

「う、ぐ・・・。ち、畜生!アニキ!アニキ!!」

「あんだよおめえら、まだ口説いてなかったのかよ。」

 

 あー、出たよ、チンピラ特有『兄貴登場』。時代劇の『先生!』『どぅれ』みたいな感じ。

 雑魚丸出しなの気付いてないのかな。

 身長は俺と同じくらいか、デカい。ただそれだけだな。威嚇しているつもりだろうが、まったく圧を感じない。

 ん?なんかどこかで見た顔だな。

 

「け!いるんだよな。わざわざ眼帯付けて強がる輩がよ。」

「残念。ホントに怪我してるんすよ。」

「へへへ。アニキは元ボクサーだ。詫び入れて女置いてくなら今のうちだぜ!」

 

 で、出たー!元ボクサー!こいつらどこまでザ☆チンピラなんだよ。

 おや?元ボクサー?ああ、思い出した。

 

「ああ、あんたアレだろ、元ミドル級の。」

「!?お、おうよ!それがどうし――」

「戦績一戦0勝一敗、それで逃げるように引退。立ち読みした雑誌には結構散々に書かれてたなぁ。」

「ぐっ!この野郎・・・!」

 

 見た目だけで威嚇する、実力のないやつ代表みたいな?

 

「こ、の、野郎~!おらぁ!!」

 

 突然のストレート。が、スピードも迫力も千冬さんに比べれば、あの出席簿に比べれば恐怖は感じない。

 というか月衣があるからダメージは無いんだけどね。

 

「んな!?」

「鼻血も出ないなあ。」

「こ、この!」ジャキッ!

 

 メリケンサックか。これまたいつの時代だよ。

 

「お、旺牙。大丈夫なの?」

「平気平気、このぐらい屁でもないって。」

 

 心配する簪に応える。大丈夫。全然痛くないから。

 

「オラ!オラ!オラ!」

 

 ボディを何度も叩かれるが、ダメージは一切ない。逆に相手を疲れさせるだけだ。

 

「ひぃ、ひぃ、ひぃ・・・。ば、化け物か。」

「そろそろいいか。動くなよ。」

 

 ボクシングのオーソドックススタイルをとって。

 ボボボボボボボボボボ!!

 男たちの服のボタン、及び心臓部を引きちぎる。

 それを見た奴らの顔が途端に青ざめる。

 

「どうする?まだやるかい?」

「・・・し。」

「「「「失礼しましたーーー!」」」」

 

 やれやれ、やっと消えてくれたか。

 こっちは『あの殺気』を感じて冷や冷やしてたってのに。

 

「旺牙、怪我はない?」

「おう、伊達に鍛えてねえよ。」

 

 そういう簪は、俺の手を握りしめた。

 彼女の手は微かに震えていた。元より気の弱い性格だ。最近は強くなってきたとはいえ、あんなチンピラに絡まれて怖かったのだろう。

 俺は、その頭に優しく手を置いた。

 

「ごめんな、一人にして。もう大丈夫だからな。」

「・・・うん。」

「行こうか。」

「うん。」

 

 この場から離れよう。思えば悪目立ちしすぎた気がする。

 それと後ろの三人も撒きたい。

 

 

 

 

 

 

 水着を買う前に昼食を取ることにした。

 とりあえず比較的空いてそうなレストランがあったので丁度よかった。

 

「カルボナーラにしようかな。」

「ソースが跳ねるぞ?汚れるぞ~?」

「そこまで子供じゃないよ。」

 

 あ~、癒しが帰ってきたんじゃ~。・・・なに考えてるんだ俺。

 でもようやくデートらしい雰囲気に戻ってきた。これで簪も楽しんでもらえると嬉しい。さっきのチンピラのことも忘れてくれたらなお良し。

 

「旺牙はなにを頼むの?」

「オムライスとクリームソーダ。」

「え?」

「いや、昔から好きでさ。こういう店では確定なんだ。」

「学園では結構食べてたよね?」

「あそこじゃ毎日が戦闘だから肉やらなにやらでスタミナ着けるために食ってたんだ。実際は子供舌だよ。」

 

 ちょいと恥ずかしいな。顔が赤くなってるのが自分でも分かる。

 中学時代にも四人で飯食いに来た時からかわれたこともあったな。『見た目に合わない』とか言われて。

 

「・・・ごめん、ちょっと席外すね。」

「ん。待ってる。」

 

 

―――簪Side―――

 

(え?なに?なに!?可愛いよ!?あの体格でオムライス。しかもあんなに照れてた!はい可愛い!ああ、顔が熱くなってきた・・・)

 

 トイレの鏡の前で、頬を染め手で覆う簪。気のせいか、頭から煙、身体全体から♡が舞っている。

 

(これが本当のギャップ萌え!?やだ!ホント可愛い!なにあれどういう生き物!?どこの喧嘩師!?)

 

 大分失礼な思考である。まあ、旺牙の厳つい姿からあのメニューは簪にとってかなり衝撃的だったのだろう。まあ、これまた同じく厳つい方が可愛い食事をとって何が悪い、という感じだ。

 簪は顔を洗い、気合いを入れ直して戦場に向かう。食事という戦場へ・・・。

 

「お、お帰り。」

 

 食事が運ばれてくる。さあ、簪よ。オープン・コンバットだ。旺牙はどう食べる・・・。

 

 カチャ、スッ、ハムッ!

 モッキュ、モッキュ、モッキュ。

 

(なにその可愛い擬音ッッ!)

「ん?どうした?」

「な、なんでもない////」

 

 顔の緩みが取れそうにない簪。なんだかんだでお互い意識しているのだった・・・。

 

――――――

 

 さて、腹ごしらえもしたし、最後の買い物といくか。

 何かって?水着だよ。

 

「じゃあ男性用はこっちだから、後でな。」

「うん。集合場所は・・・。」

「・・・迎えに行くよ。俺の方が早そうだから。」

「うん、わかった。」

 

 簪が女性用水着コーナーに向かったのを見届けて(後ろにいた三人も見届けて)男性用コーナーに向かう。

 さて、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。店員さんに聞くのが早い。

 

「すいません。」

「はい、どうなさいましたか?」

 

 おお、さすがプロ。俺みたいなのが目の前に現れても動じない。凄いぞレゾナンス。

 

「競泳用水着を探してるんですけど、こう、全身を覆うタイプの・・・。」

「かしこまりました。申し訳ありませんが、サイズを測らせてよろしいでしょうか?」

「あ、はい。あの、タンクトップ着といていいすか?裸は、ちょっと・・・。」

「はい、構いませんよ。」

 

 ホントスゲェよレゾナンススタッフ。客の気持ちを汲んでくれる。

 試着室でTシャツを脱ぎ、ランニングだけになる。

 何のこともなく、採寸が終わる。

 

「それでは少々お待ちを・・・お客様、こちらでいかがでしょう。」

 

 早っ!まさかその頭には全ての服や水着のデータが入っているというのか!?

 

「じゃ、じゃあ、失礼します。」

「はい、どうぞ。」

 

 さて、早速試着してみるか。

 ・・・やっぱり傷が目立つな。

 こんな身体、年頃の女の子、特に簪には見せたくないなぁ。

 いつまで隠していられるか、それが問題だ。

 おっとっと、早よ着替えなきゃ。

 全身ネイビーブルーの、派手過ぎず地味すぎず、それでいて群衆に埋もれない色。

 男ならこれくらいでなきゃ。

 よし、これにしよう。となるともう一度着替えて。

 

「すいません。これ、下さい。」

「ありがとうございます。それではレジへ。」

 

 

 さて、俺の方は終わったから、簪を迎えに行くか。

 

「もう!なんでお姉ちゃんたちがいるの!?」

「こ、これは違うのよ簪ちゃん!?」

「え、えっと・・・。」

「やー、見つかっちゃった。」

 

 簪が沙紀、萌、楯無先輩をどやしている。

 その近くでは一夏とシャルロットが山田先生に注意され、千冬さんにからかわれ、ラウラがどこかに連絡してて、その様子を鈴とセシリアが見ている。

 

「・・・なんだこのカオス空間は。」

 

 賑やかな休日の一コマが、こんなんでいいのか?

 




作者はデートなんぞしたことがありません。
なので完全におかしい文章になっております。
すいません。


寂しいとです。


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臨海学校、始まる

作者)最近サブタイがネタ切れでね(キラーン)。

旺牙)誇れるところなに一つないわ。


「海っ!見えたぁっ!」

 

 トンネルを抜けたら、って、そういう冗談は置いといて。

 臨海学校初日、よほど晴れ女がいたのか天候にも恵まれ無事快晴。陽光を反射する海面は穏やかで、心地よさそうな潮風にゆっくりと揺らいでいた。

 しかし最初に声を上げた女子。もっと落ち着けないものかね?

 

「うおー、海だぁッ!」

 

 ごめんなさい、俺もテンション上がりまくりです。

 だって海だぜ!?生物誕生の場所だぜ?

 空の色を映した青く透き通った海!白い砂浜!

 海よ!私は帰ってきたぁっ!!

 

「ちょ、落ち着いて旺牙君。」

「む、すまん。少し太古の記憶が・・・。」

「そこまで戻らなくても。」

 

 隣の席の沙紀に窘められてしまった。反省。

 でもいいじゃないか。自然の水場で泳げるんだぜ?最高じゃん?

 プールも悪くないんだけだが、俺の図体じゃろくに動けないからな。やっぱり偉大な大自然は違うぜ。

 ほら、一夏たちの周りも騒ぎ始めてるぞ。一緒だ一緒。

 

「旺牙君って泳ぐの好きなんだ。意外かも。」

「しおーはクジラさんだね。」

 

 前の席にいた萌と本音がひょっこり顔を出す。

 まあまあ萌さんや、いいじゃないか。俺は運動でも遊びでも海は大好きなんだ。まさか筋肉が重いから沈みそうだってか?それじゃあ水のスポーツマンたちがみんみんな泳げないことになっちまうじゃないか。

 あと本音はどういう意味だ?俺は潮吹きはしないぞ。

 

「海に着いたらかんちゃんも誘おうよ。」

「も、もちろんだ。仲間外れは良くないもんな。うん。」

 

 いかん。先日のデートからいまだ感情が揺さぶられる。

 ただでさえ毎日同じ部屋でそわそわしてるのに。

 あ、そういえばあの時のごたごたのせいで簪がどんな水着か見てないや。・・・大丈夫か俺、見た瞬間ぶっ倒れたりしないか?とある海賊漫画のコックみたいにならないといいが。

 

(む~~~。)

(まったく、焼きもち焼くならもっと積極的になればいいのに。見てるこっちがモヤモヤしてくるよ。)

 

 ん?沙紀からなにやら念を感じる。・・・気のせいか。

 

「あれ?そういえば萌あんまり泳げないって言ってなかったっけ?」

「ちょっ!沙紀!」

「そうなのか?」

「うう・・・、恥ずかしながら、五メートルくらいしか。」

 

 それだけできれば、金づちじゃないな。

 

「じゃあ俺が泳ぎ方教えてやるよ。」

「ふえ!?」

「なに、教えるのには自信がある。俺にかかれば金づちも二、三時間で五十メートルは泳げるようになる。」

「え、いや、そうじゃなくて。」

「む~~~、む~~~!」

「沙紀も膨れないで。ああもう!」

 

 なんだこの状況?

 

「しおー。」

「なんだ?」

「しおーもおりむーのこと言えないと思う。」

 

 失礼な。あの歩くフラグメーカーと一緒にしないでいただきたい。

 

「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ。」

 

 織斑先生の言葉で全員がさっとそれに従う。調教、もとい指導能力抜群であった。

 言葉通りほどなくしてバスは目的地である。旅館前に到着。四台のバスからIS学園一年生がわらわらと出てきて整列した。

 

「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ。」

「「「よろしくおねがいしまーす。」」」

 

 織斑先生の言葉の後、全員で挨拶をする。この旅館には毎年お世話になっているらしく、着物姿の女将さんが丁寧にお辞儀をした。

 

「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね。」

 

 歳は三十代くらいだろうか、しっかりとした大人の雰囲気を漂わせている。仕事柄笑顔が絶えないからなのか、その容姿は若々しく、実年齢以上に若く見えるだろう。実年齢知らないけど。

 それにしてもふつくしい、もとい美しい。

 

((キュピーン))

(ゾクッ!)

 

 な、なんだこのプレッシャーは!?どこからだ!?俺が気圧されている!?

 

「あら、こちらが噂の・・・?」

 

 俺と一夏が目に入ったのか、女将さんが織斑先生に尋ねる。

 

「ええ、まあ。今年は二人男子がいるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません。」

「いえいえ、そんな。それに、いい男の子じゃありませんか。しっかりしてそうな感じを受けますよ。」

「感じがするだけですよ。挨拶をしろ、馬鹿者ども。」

 

 え?今『ども』って言った?そりゃあないぜ先生。

 

「お、織斑一夏です。よろしくお願いします。」

「志垣旺牙です。お世話になります。」

「うふふ、ご丁寧どうも。清州景子です。」

 

 動作の一挙手一投足に無駄がない。全てが洗礼されている。この女将さん、出来る!

 

((ビシッ!))

 

 だからさっきからこの刺さるようなプレッシャーはなんなんだよ。泣くぞ?

 

「不出来の弟たちでご迷惑をご迷惑をおかけします。」

「あらあら、織斑先生ったら、弟さんにはずいぶん厳しいんですね。」

「いつも手を焼かされていますので。」

 

 ・・・弟『たち』か。こんな俺でもまだ家族と呼んでくれてるのか。ちくしょう、別の意味で泣きたくなってきた。大勢の中じゃなかったら耐えきれてねえぞ。

 しかし、いやだからこそ余計な迷惑をかけないようにしないと。主に保健室直行案件とか。

 

「それじゃあみなさん、お部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようにようになっていますから、そちらをご利用なさってくださいな。場所がわからなければいつでも従業員に訊いてくださいまし。」

 

 女子一同は、はーいと返事をするとすぐさま旅館の中へと向かう。とりあえずは荷物を置いて、そこからなんだろう。

 ちなみに初日終日自由時間。食事は旅館の食堂にてとるようにと言われている。

 

「ね、ね、ねー。おりむ~、しお~。」

 

 おおっと、この呼び方は間違いなく本音のもの。振り向くと、異様に遅い移動速度でこっちに向かってきた。眠たそうにしている顔は多分素だろうが、俺にはわかる。実は普通の速度で動けることを!

 

「おりむーたちって部屋どこ~?一覧に書いてなかったー。遊びに行くから教えて~。」

 

 その言葉で周りにいた女子が一斉に聞き耳を立てるのがわかった。君らあれかな?肉食系女子ってやつかな?まさか夜になったら雪崩れ込む気かな?怖いよ。

 

「いや、俺も知らない。廊下にでも寝るんじゃねえの?」

「わー、それはいいね~。私もそうしようかなー。あー、床つめたーいって~。」

 

 何故俺は漫才を見せられているのだろう。しかも面白くない。あ、そうか。本気で言ってるからか。

 ちなみに俺たちの部屋は、女子と寝泊まりさせるわけには行かないと、どこか別の部屋が用意されているらしい。らしいというのも、山田先生がそう言っていただけ明確には聞いていないからだ。

 でもその理由だと、俺は今更じゃね?いまだに女子と同室ですよ?

 

「織斑、志垣、お前たち部屋はこっちだ。ついてこい。」

 

 織斑先生がお呼びじゃ。待たせるほど失礼でも命知らずでもないので、俺と一夏は本音に一言言って別れた。

 

「えーっと、織斑先生。俺たちの部屋ってどこになるんでしょうか?」

「俺は別に倉庫とかでもいいっすよ。」

「黙ってついてこい。」

 

 スルーですかそうですか。それはそれで寂しい。

 しかしながら広い旅館だ。一学年丸々収容できる規模って言うだけで凄いが、内装は歴史と最新設備を見事に融合させている。女将さんが考案したのか、代々そういう考えなのか、とにかく良いセンスだ。って、俺が偉そうに言えることじゃないな。

 

「ここだ。」

「はい?」

「え?ここって・・・。」

 

 ドアにばんと張られた紙は『教員室』と書かれている。あーと・・・?

 

「最初は二人で個室という話だったんだが、それだと絶対に就寝時間を無視した女子が押しかけるだろうということになってだな。」

 

 はぁ、とため息をついて織斑先生が続ける。

 

「結果、私と同室になったわけだ。これなら、女子もおいそれとは近づかないだろう。」

「そりゃまあ、そうだろうけど・・・。」

 

 虎穴に入らずんば何とやら、というが、この場合興味本位で鬼の住処に入る勇者はいるのだろうか。『ここにいるぞ!』『グシャ』で終わりそうだ。

 

「一応言っておくが、あくまで私は教員だということを忘れるな。」

「「はい、織斑先生。」」

「それでいい。」

 

 そうして部屋の中に入る許可が下りた。中は二人部屋だというのに、俺が余分に寝ても十分な広さの間取りになっていて、外側の壁が一面窓になっている。そこから見える風景はこれまた素晴らしいの一言。綺麗な海がばっちりと見渡せる。しかし。

 

「先生、やっぱり俺がいると狭くなりません?」

「・・・何かの拍子で傷を見られるかもしれんだろう?」

「あー、お気遣い感謝します。」

 

 確かに、まだこの古傷を見せる勇気はない。織斑先生はそこまで汲んでくれていたのか。お礼に寝る時は丸くなって少しでも俺の面積を小さくしよう。お礼になるかわからないけど。

 っと、そこに部屋の中を観察していた一夏が帰ってきた。

 

「一応、大浴場も使えるが男のお前たちは時間交代だ。本来ならば男女別になっているが、何せ一学年全員だからな。お前たち二人のために残りの全員が窮屈な思いをするのはおかしいだろう。よって、一部の時間のみ使用可だ。深夜、早朝に入りたければ部屋の方を使え。」

「「わかりました。」」

 

 だが織斑先生はいいのだろうか。実弟の一夏はともかく、一応他人の俺と同じ湯を使うかもしれないのに。

 

「さて、今日一は一日自由時間だ。荷物も置いたし、好きにしろ。」

「えっと、織斑先生は?」

「私は他の先生との連絡なり確認なり色々とある。しかしまあ。」

 

 ごほん、と咳払いをする織斑先生。

「軽く泳ぐくらいはするとしよう。どこかの弟がわざわざ選んでくれたものだしな。」

「そうですか。」

 

 ほー。いつの間にそんな面白いことがあったのかね。ああ、簪と出かけた時、やけに騒がしかったあの日か。

 まったく、一夏がシスコンなのは承知済みだが、千冬さんにもそういうほっこりするエピソードがあるんだからなあ。この人も十分ブラコンだよ。

 

「志垣、何か言ったか。」

「いえ、何も。」

 

 もう平然と思考を読むのをやめてほしい。

 

「織斑先生、ちょっとよろしいですかー?」

 

 この声、山田先生か。

 

「ええ、どうぞ。」

 

 その返事を聞いて山田先生がドアを開ける。

 

「わあっ、織斑君!」

「いや、そんなに驚かなくても・・・。」

「せんせー、俺は無視ですかい?」

 

 どうやら教員同士の確認のために来たようだ。ドアを開けるときもなにやら書類に目を通していて、そのまま入室。顔を上げたら一夏がいた、と。でも隣にいた俺は目に入らなかったのだろうか。別に気配は消してないが。

 

「ご、ごめんなさい。ついつい忘れていました。織斑君たちは織斑先生のお部屋でしたね。」

「山田先生。確かこれはあなたが提案したことだったはずだが?」

「は、はいぃっ。そうです、はいっ。ごめんなさい!」

 

 山田先生ェ・・・。ちょっと押されすぎっすよ。・・・まあ、俺もあの威圧感を受けたらビビるかな。

 

「さて織斑、志垣、私たちはこれから仕事だ。どこへでも遊びに行ってこい。」

「はい。それじゃあさっそく海にでも。」

「同じく。」

「羽目を外し過ぎんようにな。」

 

 一夏と一緒に部屋を出る。水着とタオル、替えの下着にワイシャツを軽めのカバンに詰めて。

 さあ、行こう。あの青い海へ。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

 

 俺と一夏、箒は更衣室のある別館へ向かう途中でばったりと出くわした。それはいい。問題なのは目の前のナニ〇レ珍百景だ。

 道端に、ウサギの耳が生えている。生物的なものではなく、バニーさんがしてるような人工物。色は白かった。

 しかも『引っ張ってください』という張り紙がしてある。これ、珍百景になりませんかね?

 

「なあ、これって」

「知らん。私に訊くな。関係ない。」

 

 知ってるか?関係ないって言い張るほど、関係あるって言っているようなもんだよ。そして間違いない。こんな奇行に出るのは、俺の知っている中でも束さんしかいない。というか他に居たら紹介してくれ。

 

「えーと・・・抜くぞ?」

「好きにしろ。私には関係ない。」

「あ、おい箒!悪い、一夏!そっちは任せた!」

「ちょ、旺牙!?」

 

 一夏には申し訳ないが、俺にはやはり、この姉妹を放っておけない。

 すたすたと歩いていく箒に追いつく。

 

「まだ許せないか?束さんのこと。」

「許せないとか、そういう感情ではない。」

 

 そう言ってるが、怒っていることには間違いないようだ。

 なんとかならんものか。

 

「旺牙は、なぜそこまで私たちを気に掛ける。ただの他人だろう。」

「おいおい、寂しいこと言うなよ。古い付き合いなんだ。幼馴染は気に掛けるもんだろ?」

「・・・なんだ、まるで兄にでもなったような言い方だな。」

「四月で誕生日は迎えてるんだ。年齢的には兄貴分だぞ。」

 

 フンスと鼻息荒く言い切る。

 一瞬ポカンとしていた箒が、クスリと笑う。

 

「今時そんなことを言うのは、お前くらいのものだぞ?」

「ふふん。小さい頃から俺はお前たちの保護者兼兄貴分なのだよ。」

 

 ようやく力が抜けたな。さっきより良い顔だ。

 

「その顔でいれば一夏も落とせるだろうに。」

「い、一夏は関係ない!」

 

 ははは、赤くなってら。なんだか小学校時代に戻ったような感覚だ。

 

「・・・姉さんのことは、まだ割り切れない。色々ありすぎたからな。」

「そうか・・・。だが胸の片隅でもいい、知っておいてくれ。束さんは、お前と仲直りしたいと思ってることを。」

「あ、待て!それはどういう―――」

「じゃ、俺は着替えてくるわ。後でな。」

 

 箒を背後に、手を振る。

 あの二人が仲良くやれるようなこと、なんとかならんもんかね。



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渚のオーガ

作者)曲のタイトルを使用するのはOKなのかな?

旺牙)自分で調べろ。

作者)そういえば何年海に行ってないんだろう?

旺牙)もう何年も行ってないな。


 さて、水着に着替えたわけだが、やっぱり全身ぴっちりの競泳用水着は目立つだろうか。

 でもこうしないともっと目立つことになるわけで。そっちのほうが面倒なわけで。しょうがないからこいつを着なければいけないのだ。いつかこの傷を消す日が来るのだろうか。

 しっかし慣れてないせいか着るのに時間かかるな。

 

「あれ?旺牙まだ着替えてなかったのか?」

「今終わったばかりだよ。そっちはどうだった。」

「ははは・・・、何であの人あんなにパワフルなんだろうな。」

 

 それは束さんだからの一言で済む。

 

「それにしても、その水着・・・。」

「ああ、一応見えない方がいいかと思って。」

「・・・すまん。俺のせいで・・・。」

 

 一夏が顔を俯かせる。まったく、俺の周りの人間は。

 

「ばーか。俺が選んで、ちょっとミスっただけだ。お前のせいじゃない。」

「でもよぅ。」

「いいから、兄ちゃんの言うこと聞け。」

「誰が兄ちゃんだよ。同い年だろ。」

「箒にも言ったが、俺の方が先に産まれた。よって俺が兄貴分。」

「子供か!」

 

 そうそう、これぐらいでいいんだよ、俺たちは。

 軽口叩き合って、たまに喧嘩して、絆を深めていけばいい。

 

「一夏。」

「ん?なんだ。」

「なんのアニメだったかな。『自分一人でデカくなった気でいる奴は、デカくなる資格はない』って言葉が有ってな。」

「ああ。」

「ダチや千冬さんたちに苦労かけてここまで来たんだ。まだ俺たちガキだけど、恩を返せるような大人になろうぜ。」

「そんなの当たり前だろ。俺は今までかけてきた苦労分、千冬姉に恩を返すんだ。ってか何でいきなりそんなこと言うんだ?」

 

 さあ、俺にも分からん。何だか言っておかなきゃいけないと思っただけだ。

 

「さて、海に繰り出すぞ!」

「おう!今日はとことん遊ぶか!」

 

 海が俺たちを呼んでいる!

 

「あ、織斑君と志垣君だ!」

「う、うそっ!わ、私の水着変じゃないよね!?大丈夫だよね!?」

「わ、わ~。体かっこい~。鍛えてるね~。」

「志垣君何で競泳用?それでも分かるマッスルボディ(ゴクリ)。」

「ふたりとも~、あとでビーチバレーしようよ~。」

「おー、時間があればいいぜ。」

 

 更衣室から浜辺に出てすぐ、ちょうど隣の更衣室から出てきた女子数人と出会う。しかしIS学園の生徒ってレベル高いな。そんな可愛いい子たちが露出度の高い水着を着ている。これは気合いを入れて抑えなくてはいけない。沈まれ我が息子よ。

 さて、砂浜に向けて一歩を踏み出す。七月の太陽も熱いが、それによって熱された砂が容赦なく足の裏を焼く。

 

「あちちちっ。」

 

 隣で早速その洗礼を受けた一夏がいる。まあこれも海の醍醐味で懐かしいものだからな。

 

「旺牙は熱くないのかよ。」

「心頭滅却すれば火もまた涼し、何事も鍛錬だ。」

「修行僧かよ・・・。」

 

 さて熱い足裏を我慢しながら、波打ち際へ向かう。ビーチはすでに多くの女子生徒が溢れていて、肌を焼いている子もいればビーチバレーをしている子、さっそく泳いでいる子など様々だ。着ている水着も色とりどりで、浜辺を美しく染め上げている。

 

「よっ、と・・・。」

「さて・・・。」

 

 一夏と俺は準備運動をはじめる。久しぶりの海だ。足がつって溺れては大変だ。先ずは屈伸から~、一、二、三、四。

 

「い、ち、か~~~~っ!」

 

 何者かが一夏に飛びついた。まあ、こんな事するのは一人しかいないんだがな。

 

「あんたら真面目ねぇ。一生懸命体操しちゃって。ほらほら、終わったんなら泳ぐわよ。」

 

 鈴が一夏に飛び乗っている。そういえば小学校の頃も中学校の頃も、鈴は水着になると一夏に飛びついていたっけかな。猫みたいなやつだ。

 

「こらこら、お前もちゃんと準備運動しろって。溺れてもしらねえぞ。」

「あたしが溺れたことなんかないわよ。前世は人魚ね、たぶん。」

 

 そうこう言いながら、一夏の身体をしゅるりと駆け上がって肩車の体勢になる。この子ったらまったく。前世は猫か猿、はたまた蛇か。

 

「おー高い高い。遠くまで見えていいわ。旺牙ほどじゃないけど、ちょっとした監視塔になれるわね、一夏。」

「監視員じゃなくて監視塔かよ!」

「いいじゃん。人の役に立つじゃん。」

「誰が乗るんだよ・・・。」

「んー・・・あたし?」

 

 にへへっ、と笑ってみせる鈴。二人とも、漫才はいいが俺を置いていくな。

 なんて考えていると、背中がもぞもぞしている。え、何?ちょっと怖い。

 

「えへへ~、登頂成功~。」

「お前か本音。」

 

 正体は本音だった。無言で背中にへばりつかれるのは結構な恐怖体験なのでやめていただきたい。というかいつの間にか俺が本音を肩車する体勢になっている。

 本音の水着は・・・、これ水着なのか?肩に乗っているからよく分からないが、彼女が顔を覗き込んできた時には何かの耳が見えたし、俺の肌に触っている部分は明らかに肌ではない感触が。

 

「お~!たかいたか~い。さすがしお~。」

「そりゃどーも。デカいのが取り柄なもんで。」

 

 しかしその、なんというか。当たってるのよ、頭に。

 ちょ、待てよ!この子こんなに着痩せするタイプだったのか!?

 いかん、煩悩退散、煩悩退散。色即是空、空即是色。COOLになれ、俺!

 鈴とセシリアによる一夏の取り合いでも見て落ち着け。てか何やってんだよあいつら・・・。

 

 クイッ、クイッ。

 

 ん?何だ?

 

「「じーーー・・・。」」

 

 簪と沙紀が左右の腕を引いて俺の顔を凝視している。やめろ、そんな捨てられた子犬のような瞳で見ないでくれ。何だか悪いことしてる気分だ。

 

「・・・本音、降りてくれ。二人追加だ。」

「んふふ~、しょうがないな~しおーは。」

 

 なにやら不気味に笑いながら、しゅるしゅると俺から降りてくる。

 

「えっと、旺牙・・・。」

「旺牙君・・・。」

 

 はあ、全く、この子は。

 

「少しだけだぞ。」

 

 二人の顔がパァッと輝いた気がした。

 しかし、沙紀は大人しめの白ワンピース&パレオ。意外なのは簪。レゾナンスでは見なかったが、水色のモノキニ、前面は覆われているが、背中が、その、結構大胆ですね。

 

「ほれ、まずは簪。」

「う、うん。」

 

 屈んで簪が昇りやすくする。

 ・・・何やってんだ俺。十六にもなって同い年の女子を肩車してる。はたから見たらセクハラだぞ。しかも俺のサイズがデカいせいで、女子高生を攫っていくような図になってる。犯罪者か。

 

「高い・・・。これが旺牙の視点なんだ・・・。」

「どうですかい、お嬢さん。」

「うん・・・。なんだか嬉しい。」

「なにが?」

「旺牙の見てる景色が見えたから。」

 

 なんだろうな、少し照れる。

 

「ほ、ほら、順番だ。次は沙紀。」

「うん。」

 

 簪がストンと降りる。やはり代表候補生、何だかんだで運動神経は悪くないらしい。

 

「どうだった?」

「うん。なんだか凄かった。」

 

 語彙が地獄に行っとるぞ二人とも。

 ほれ、さっさと乗りなさい。

 

「ふわぁ・・・。」

「どうだ沙紀。楽しいか?」

「うん・・・。凄い。」

 

 お父さんごっこしたつもりなのにスルーされた。無念。まあ、二人とも喜んでくれたようで良かった。

 

「あー!お、織斑君と志垣君が肩車してる!」

「ええっ!いいなぁっ、いいな~!」

「きっと交代制よ!」

「そして早い者勝ちよ!」

 

 しまった!流石に見つかったか!

 この人数を肩車してたら俺のプライベートタイムがなくなってしまう。というか我慢していたが、これ以上女子と触れ合うと色々ヤバい!主に俺の理性が!

 

「さ、沙紀!悪いがもう降りてくれないか?」

「わ、わかった!?」

 

 沙紀が降りた瞬間、女子たちが怒涛のように押し寄せてきた。

 押さないでください!押さないでください!

 本日は閉園しました!本日は閉園しました!

 

 

    ♢     ♢     ♢

 

 

「どうだったかんちゃん?」

「も、もう本音!・・・まあ、楽しかったよ。」

「素直におなり~。」

 

 主従コンビがじゃれているのと同じように、同室親友コンビも。

 

「よかったじゃ~ん沙紀。これで一歩前進だよ、意識してもらえたかもよ。」

「うん。えへへ・・・。」

 

 今まで奥手だった親友が、己の恋心に若干積極的になったことは、嶋田萌にとって喜ばしい事、そのはずだった。

 その想い人と触れ合えたことで笑顔になっている彼女を見ていると、少し、ほんの少しだけ心がチクリと痛むのは気のせいだと思い込むことで、この場を終えた。

 

   

    ♢     ♢     ♢

 

 ふー、とりあえず人は撒けたな。

 あ、そうだ(唐突)。

 

「萌、泳ぐ練習、しなくていいのか?」

「ええっ!ああ、そう言えばそんなことも言ってたような気が・・・。」

 

 ん?萌にしては歯切れが悪いな。

 

「調子悪いのか?だったら休憩してからにするか?」

「ん~、そういう事じゃなくて。」

 

 いったいどうしたんだ?萌のを見ても頭に『?』が浮かんでるだけだ。

 もしかして海水からして怖いのか?

 それついては心配いらないぞ。俺はライフセーバー並みに動ける自信がある!

 ん?沖の方で何かが・・・!

 

「みんなすまん!すぐ戻ってくる!」

 

 みんなにそう言って、波打ち際まで走る。

 そこにはちょうど鈴を背負った一夏がいた。

 

「二人とも大丈夫か!?」

「おう、なんとかな。」

「も、もういいってば。ここまでついたら後は自分で歩けるからっ。」

 

 鈴は一夏の背でもぞもぞしている。

 

「まったく、心配かけるなよ。一夏が助けに行かなかったらどうなってたことか。」

「・・・ゴメン。」

「おいおい、旺牙にはずいぶん素直だな。」

「うっさい。」

 

 大事に至らなかったから良かったがな。

 はあ、まあ本人が一番こたえてるみたいだから俺からの説教は無しにしておくか。

 休んでくると言って別館の方に歩いて行った。足下もしっかりしているから大丈夫だろう。頬に赤みが差していたのは一夏が原因だな、間違いない。

 さて戻ろうかとした時。

 

「あ、一夏と旺牙。ここにいたんだ。」

 

 ふと、声がしたので振り向くと、そこにはシャルロットと、ええと?

 

「「なんだそのバスタオルおばけは。」」

 

 声がかぶった。それほど奇天烈な存在がいた。バスタオル数枚で全身を頭の上から膝下まで覆い隠している。新手の妖怪だろうか。

 

「ほら、出てきなってば。大丈夫だから。」

「だ、だ、大丈夫かどうかは私が決める・・・。」

「旺牙もいるよ。」

「あ、相棒もいるのか・・・。」

 

 お?この声、ラウラか?ていうかいちゃ悪いか。

 しかしなんだこの状況。バスタオル巻きのラウラを、大丈夫と説得を続けるシャルロット。ますますカオスな場面になってきた。

 そういえばこの二人、同室になったらしい。先月の一件ではお互い敵対したが、今はルームメイトとして良くやっているようだ。うん、いまだ人付き合いの苦手なラウラにとって、シャルロットような愛想のいい女子と一緒にいることは良い刺激になるだろう。

 

「うーん、ラウラが出てこないんなら僕も一夏と遊びに行こうかなぁ。」

「な、なに?」

「うん、そうしよ。一夏、行こっ。」

 

 言うなり、シャルロットは一夏の手を取る。そのまましゅるっと腕を絡ませていくかぎり、彼女は意外と小悪魔属性があるのだろう。

 

「ま、待てっ。わ、私も行こう。」

「その格好のまんまで?」

「ええい、脱げばいいんだろう、脱げば!」

 

 ばばばっとバスタオル数枚をかなぐり捨て、水着姿のラウラが陽光の下に現れる。

 ほうっ・・・。

 

「わ、笑いたければ笑うがいい・・・!」

 

 黒の水着、しかもレースをふんだんにあしらったもので、一見するとそれは大人の下着にも見える。さらにいつも飾り気のない伸ばしたままの髪は左右で一対のアップテールになっている。

 シャルロットが手伝ったと言っていたが、水着にマッチしていて、非常にグッド。

 

「おかしなところなんてないよね、一夏?」

「お、おう。ちょっと驚いたけど、似合ってると思うぞ。」

「なっ・・・!」

「ほら、旺牙も。」

「一夏の後に言わせるかね?まぁ、かなり似合ってるぞ。」

「あ、相棒まで・・・。」

 

 一夏に褒められたのがそんなに驚いたのか、一瞬たじろいだあとそのまま赤面した。はっはっは、タコか海老かな?

 

「しゃ、社交辞令ならいらん・・・。」

「いや、世辞じゃねえって。なあ、シャル?」

「うん。僕も可愛いって褒めてるのに全然んじてくれないんだよ。あ、ちなみにラウラも髪は僕がセットしたの。せっかくだからおしゃれしなきゃってね。」

「へえ、そうなのか。ん、シャルも水着似合ってるぞ。」

「う、うん、ありがと。」

 

 こいつはまた息をするように女子を褒めよって。普通の男子じゃ照れちゃって中々できないんだぞ。

 

「あ、俺何人か待たせてるから。あとでな。」

「おう、また後で。」

「じゃあね。」

「うぅ・・・。」

 

 一夏たちと別れ、簪たちのもとへ向かう。

 しかし終始小動物みたいだったラウラは可愛かった。眼福眼福。

 

「旺牙、お帰り。どうしたの?」

「いや、もう解決した。大丈夫だよ。」

「そう。あ、みんなビーチバレーしに行っちゃったよ。私たちも行こう。」

「ああ、そうだな。」

 

 ああ、しかし、俺のなんて情けない事か。女の子の水着一つ褒めてあげられないとは。

 その、周りの女子のスタイルが良いせいか埋もれがちだが、簪もスタイル自体は悪くない。むしろバランスが取れていて俺の好み、って何考えとんじゃ!

 うおー、どこかに壁や柱はないか!?煩悩退散ー!

 

「どうしたの旺牙?」

「いや、ちょっと気合いを入れているだけだ。」

 

 おまけに打鉄弐式や姉妹問題を克服してからじょじょに明るくなってきて、その・・・。

 あー、もう!認めよう!俺は確かに簪を意識している。だが、これが恋なのかどうかはわからない。なんせ初めての感情なんだからな!俺今まで彼女いたことないし!

 少しだけ歩くと何人かの女子に交じって一夏がビーチバレーに参加していた。短い別れだったな。

 一夏、シャルロット、ラウラでチームが組まれている。さっきのメンツまんまやん。

 相手の女子二名が手早くネットを広げる中、本音は砂の上にコートを書いていた。うわ、遅っ!

 沙紀と萌は見学中。これ以上人が増えるとかえってチームの邪魔になりそうだかららしい。

 試合はいきなりの櫛灘のジャンピングサーブから始まった。ふむ、良いサーブだ。

 

「任せて!」

 

 シャルロットがカバーに入る。さすが優等生。スポーツもお手の物だ。

 

「って、わあっ!?」

 

 見ていたら、シャルロットがボーっと立っていたラウラとぶつかっていた。何があった?

 

「だ、大丈夫か!?」

「いたたた・・・ラウラ、どうしたの?」

「か、かわ、可愛いと・・・言われると、私は・・・。うぅっ。」

 

 一夏と目があうと、ボッっと顔を赤くするラウラ。そして、脱兎の如く逃げ出した。

 そのまま別館まで駆けていく。まあそのなんだ。

 また一夏か!

 試合はそのまま二対三で続いたが、本音が完全にマイナス分になってしまっているため、実質二対二になっている。本音ェ・・・。

 

「お前らは参加しなくていいのか?」

「もうすぐお昼だからね。ちょっと時間が足りないかな。」

「私は見てるだけでも楽しいし。」

「私は、バレー自体苦手で。」

 

 三者三葉の言葉が帰ってきた。てか沙紀、苦手なら最初から言いなさい。別の遊びもあっただろう。

 

「よし。じゃあ昼飯食って少し休んだら萌の水泳教室開始な。」

「うえっ!?ほんとにやるの?」

((じ―――・・・。))

 

 だから二人ともその目は何を訴えてるの?

 っと、ビーチバレー組も昼休みか。

 

「じゃあ、お昼に行こ。それと一夏って結局どこの部屋だったの?」

「あー、それ私も聞きたい!」

「私も私も!」

「わたしも~、冷たい床情報は共有しよ~。」

 

 まだ言ってるのか本音。もちろんわざとだよな?

 

「えーと、織斑先生の部屋だぞ、旺牙も一緒に。」

 

 それまでワクワクとした顔をした女子一同がぴしっと凍り付いた。まさかの展開に思考が止まったかのようだ。

 

「だからまあ、遊びに来るのは危険だな。」

「そ、そうね・・・。で、でも二人とは食事時間に会えるしね!」

「だね!わざわざ鬼の寝床に入らなくても」

「誰が鬼だ、誰が。」

 

 ドン!と何か音が聞こえた。幻聴じゃないよな。一同、ギギギギ・・・と軋んだ動作で首を動かす。

 

「お、お、織斑先生・・・。」

「おう。」

 

 まあ、なんて男らしい返事。

 しっかしその、すげえな・・・。黒のビキニをこれでもかと身に纏い、スタイルのいい鍛えられた体を陽光に晒している。そこらのモデルも裸足で逃げ出すほどだろう。

 普段のスーツ姿からは想像できない、いやさISスーツからも抑えられていた二子山が大事な部分を残して露出している。俺はどちらかと言うと控えめな方が好みだが、これは圧倒されるし、正直たまらないな。取り合えず。

 

パンパンッ!「ありがとうございます!」

「何をしているんだ貴様は。」

 

 あ、さっきから簪と沙紀が無言で足を蹴ってくるんだ。痛くないけど、自分が駄目人間になってしまった気がする。そろそろやめてください。わりとマジで。

 取り合えず飯にしよう。そうしよう。

 そして織斑先生と別れた。これで山田先生までいたら理性が・・・。

 

「あらみなさん、これからお昼ですか?」

 

 大玉メロンが二つ・・・。やべ、鼻血でそ・・・。

 ああ蹴らないで、蹴らないで。マジで混沌としてきた。

 

(そういえば箒、別館で別れたっきりだけど、海に来なかったのか?)




今更ながら場面転換の方法を模索中です。どうすれば少ない文字数で収められるか。


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賑やかな夜

は、鼻が、目が大変なことに!
どうしてこの季節はこうなるんだ!!


 時刻は現在夜の七時半。大広間三つを繋げた大宴会場でIS学園一年生は夕食を取っていた。

 

「うめぇなあ、おい。昼も夜も刺身とはすげえよ。」

「そだねー。なんか接待でも受けてるみたい。」

「萌、それは言い過ぎじゃ・・・。でもほんとに美味しい。」

 

 右隣に沙紀、左隣に萌。浴衣の女の子二人に囲まれてのご馳走。俺にとっては間違いなく接待だよ。どっかの偉い人になった気分だ。

 だが四組の方から寂しそうなオーラが漂ってくる。うん、ごめんな簪、こればっかりはクラスの問題だから。

 しかし左右が浴衣なら全員浴衣。どうやらこの旅館の決まりらしい。『お食事中は浴衣着用』だとよ。汚れるのを回避するため禁止するもんじゃないのか?まあ、決まりなら別にいいけど。

 ずらりと並んだ一学年の生徒は座敷なので当然正座。これこそお約束である。そして一人一人に膳が置かれている。

 メニューは刺身と小鍋、それに山菜の和え物が二種類。それに赤だし味噌汁とお新香。

 これだけ聞けば普通だが、その中身が、特に刺身が違う。刺身がカワハギなのだ!しかもキモつき。マジかよ。

 噛むと独特の歯ごたえと、クセのない味が舌を楽しませる。キモも、臭みや苦みなどはなくまさに酔いしれる。最近では高級魚だというが、どこで仕入れているのだろう。と言うか、間違いなく高校生が簡単に食べられる代物じゃない。

 

「わさびも本わさかぁ。こんな贅沢いいのかな?」

「明日は丸一日授業、訓練、データ取りだから、今のうちに精を着けておけってことじゃないかな。」

「なるほど。」

 

 データ採取か・・・。凶獣って俺のウィザードとしての動作を再現してるから、武装の少なさから意外にデータ量が多いんだよなぁ。

 ただ、侵魔と戦う、っとういうか月門が開いたときは自動的にリミッターが解除されて気功、超能力が普通に使えるようになっている。これは確実に対侵魔を想定された仕組みだ。束さんが仕込んでおいた、それともオカジマ技研が『理解していて』作ったのか。

 今日は無視してしまったが、今度束さんからアプローチがあったら聞いてみよう。

 

「旺牙君、どうしたの?」

 

 沙紀が顔を覗き込んでくる。食事前に風呂に入っていたせいか、ほんのり赤みがセクシー、じゃなくて。

 

「いやなに。何だかんで萌も泳げるようになったなって思ってさ。」

「マジで五十メートルは泳げるようになりました・・・、びっくりです。」

 

 もともと運動神経は良かったようだ。浮き方を少し教えたらすぐに上達したよ。

 

「先生がよかったからだね。羨ましい・・・。」

「いやいや!案外スパルタだったんだからね!?」

 

 そうかな?足が着かなくなったところで急に手を離せば誰でも必死になるだろう?

 

「あああーっ!セシリアずるい!何してるのよ!」

「織斑君に食べさせてもらってる!卑怯者!」

「ズルイ!インチキ!イカサマ!」

 

 また一夏か!今回はセシリアも同罪か!

 ここは誰かがビシッと言わなくてわ。

 

「おま」

「お前たちは静かに食事することができんのか。」

 

 おおう、覇〇色の覇気でも発動したのか、場が凍り付いた。失神しなかっただけましか。

 

「お、織斑先生・・・。」

「どうにも体力があり余ってるようだな。よかろう。それでは今から砂浜をランニングしてこい。距離は・・・そうだな。五十キロもあれば十分だろう。」

「いえいえいえ!とんでもないです。とんでもないです!大人しく食事をします!」

 

 バタバタと各自の席に戻っていく。それを確認してから、織斑先生は一夏を見た。

 

「織斑、あまり騒動を起こすな。鎮めるのが面倒だ。」

「わ、わかりました。」

 

 それで、嵐は収まった。

 

「織斑君ってさぁ、イケメンだけどトラブルメーカーだよね。」

「巻き込まれ体質でもあるのかな。」

 

 昔っからそうなんです、あいつ。

 

 

 

 

 

「ふ~、さっぱりした。」

「俺は少しのぼせたようだ・・・。」

 

 豪華な食後に温泉。なんとも贅沢極まりない。だが油断しすぎて湯に当たり過ぎてのぼせるとは、俺も修業が足らんようだ。部屋で水でも飲もう、そうしよう。

 部屋に戻ってみると誰もいない。先生はまだ温泉だろうか、っと、ちょうど帰ってきた。

 

「ん?二人だけか?女の一人も連れ込まんとは詰まらんやつらだ。」

「何を言っとるんだあなたは。」

「だから・・・はあ、もういいよ。それは。」

 

 大体ここは『織斑先生』の部屋な訳で、いかがわしいことを目的にそんなことをしようなら命がいくつあっても足りない。今更だがウィザードにダメージを与えることが出来る『イノセント』は『イノセント』じゃないと思う。

 

「なあ、千冬姉。」

 

 ごすっ。鋭いチョップが一夏を襲う。しかしスゴイ音だ・・・。

 

「織斑先生と呼べ。」

「まあ、それはいいじゃん。身内だけだし、風呂上がりだし、久しぶりに―――」

 

 

 

    ◆

 

 

 ところ変わってセシリア嬢、息も浴衣も乱れているが、色っぽさがまるで出ていない。一戦交えてきた戦士のような状態だ。

 

「うっ、うっ・・・ひどい目に遭いましたわ・・・。」

 

 それもこれも勝負下着と持ち込んだ香水のせいなのだが。

 

(でも、これでやっと!!)

 

 夕食の時誘われた一夏の部屋へと行ける!そう思うと、今までの疲れもダメージも吹き飛んだ。乱れた服装も、わずか十数秒で元に戻る。

 

(の、喉の調子も整えておきませんと。ん、んっ。)

 

 浮かれているのが歩調にも表れている。今にもスキップをしそうな足取りは、だんだんと早足になって目的の場所へと向かった。

 ところが。

 

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

 

 部屋の前、その入り口に張り付いている女子が二名。

 

「鈴さん?それに箒さんまで。一体そこで何を―――」

「シッ!!」

 

 鈴が言うなりセシリアの口を塞ぐ。

 状況がわからずにもがいていると、ふちドアの向こうから声が聞こえた。

 

『千冬姉、久しぶりだからちょっと緊張してる?』

『そんな訳あるか、馬鹿者。―――んっ!す、少しは加減をしろ・・・。』

『はいはい。んじゃあ、ここは・・・と。』

『くあっ!そ、そこは・・・やめっ、つぅっ!!』

『すぐに良くなるって。だいぶ溜まってたみたいだし、ね。』

『あぁぁっ!』

『おーおー、相変わらずテクニシャンだな一夏。』

 

 ・・・・・・。

 

「こ、こ、これは、一体、何ですの・・・?」

 

 ひくひくと口元を震わせ、引きつった笑みを浮かべながらそう尋ねるセシリア。しかし、返ってきたのはただただ沈黙だけだった。

 

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

 

 鈴も箒も、ずーんと沈んだ表情をしている。その様子はまるでお通夜さながらだった。

 

『じゃあ次は。」

『一夏、少し待て。』

『ああ、子猫が三匹いるみたいだ。』

 

 三人の声が途切れる。あれ?と思ってドアにぴったりと耳を寄せた三人が―――。

 バンッ!!

 

「「「へぶっ!!」」」

 

 

 

 

    ◆

 

 千冬さんがドアを開けると、およそ女子が出してはいけない声が聞こえた。

 やっぱり聞き耳立ててやがったな。

 

「何をしているか、馬鹿者どもが。」

「は、はは・・・。」

「こ、こんばんは、織斑先生・・・。」

「さ・・・さようなら、織斑先生っ!!」

 

 子猫じゃなくて兎だったのかな?三人は脱兎の如く逃走開始。しかし、大魔王からは逃げられない。すぐに捕まった。鈴と箒は首根っこを取られ、セシリアは浴衣の裾を踏まれて捕獲作業終了。もう一度言う。大魔王からは逃げられない。あれ、このひとイノセントだよな?

 

「盗み聞きとは感心しないが、ちょうどいい。入っていけ。」

「「「えっ?」」」

 

 お前ら仲良いな。さっきから声が被ってばっかりだ。

 

「ああ、そうだ。他の三人―――ボーデヴィッヒとデュノア、更識も呼んでこい。」

「は、はいっ!」

 

 首を解放された鈴と箒は駆け足で三人を呼びに行く。何もそこまで走らんでも。

 同じく浴衣を離してもらったセシリアは、ずれた胸元を正しながら部屋へと入った。

 

「おお、セシリア。遅かったじゃないか。じゃあはじめようぜ。」

 

 ぽんぽんとベッドを叩いてセシリアを呼ぶ一夏。それに対し、急に顔を真っ赤にさせるセシリア。

 

「え、あの、織斑先生に旺牙さんもいらっしゃいますし、その・・・。」

「?別にいいじゃないか。俺も体が温まってるし、早くはじめよう。」

「い、いえ、でも、こういうのは、その、雰囲気・・・。」

「・・・・・・?」

 

 あーこれはあれだ、勘違いしてやがるな。主に十八禁な方向に。

 セシリアはまず千冬さんを見る。が、『構わん、やれ』と無言で告げていた。

 次に俺を見てくるが、両手をあげて我関せずのポーズをとる。

 おいおい、こっちにまで胸の鼓動が聞こえてきそうなくらい赤くなりおって。そのままセシリアは、覚悟を決めた、という風にベッドに『仰向き』で横たわる。

 

「・・・・・・。」

 

 沈黙が場を支配する。『事実』を知っている俺から見れば、セシリアは何かの生贄に見えてきた。

 

「セシリア、うつぶせじゃないとできないぞ。」

「え?え?う、うつぶせで・・・しますの?」

「うん。」

「そ、そうですか・・・。」

 

 あ、やばい、笑いが込み上げてきた。セシリアの脳内はピンクと混乱で良い感じにぐるぐるしているんだろうな。いや、さすがに失礼だろう。ここは我慢だ。

 

「じゃあ、はじめるぞー。」

「はっ、はいっ!」

「ん、しょっ・・・。」

 

 ギュウウウゥゥゥ~~~~ッ。

 

「!?いたたっ、いたっ!い、い、いいっ一夏さん!?な、な、なにをして―――あううぅっ!」

「何って、指圧。」

「し・・・あつ・・・?」

「そう、腰の。」

「腰の・・・。」

 

 あ、ヤバい、くつくつと笑いが漏れ始めた。

 

「え、ええと、一夏さん。部屋に誘ったのは、もしかしてこの・・・。」

「おう。マッサージをサービスしようと思ってな。セシリアって班部屋だろ?それじゃ落ち着かないだろうから、この部屋に呼んだんだ。」

 

 ・・・・・・。

 どこかでカァ、とカラスが鳴いた。俺は耐えられずに大爆笑した。セシリアに睨まれた。悪い悪い。

 

「ぶ、無様です・・・わたくし・・・。」

「う?ど、どうした。そんなに痛かった?」

「ええ、とても・・・致命的なまでに・・・。」

「そ、そりゃ悪かった。すまん。優しくする。」

「もう何でもいいです・・・。」

 

 真っ暗なオーラを纏い、ため息を漏らすセシリア。いかん、魂まで一緒に出かかってるぞ。そこまでショックだったか。

 しかし、マッサージが進むにつれ慣れてきた、というか快感が勝ってきたようだ。力が抜けてポヤン、とした顔になってきた。

 俺も何度か一夏の指圧を受けたことがあるが、あれは凄かった。こっている部分を的確に捉え、ほぐしていく。最初は痛みが勝るが、ほぐされていくうちに気持ちよくなってきて、眠気がやってくる。指圧だけでなく、色々なパターンでマッサージしてくる。

 一夏曰く「良いマッサージは眠くなるもんだよ。そのまま寝ると最高。不思議と疲れが取れる」とのこと。おそらく千冬さんの為に必死で勉強したんだろう。自分がしてあげられることは何かって。

 ん?千冬さん、セシリアの尻になにを?

 

 ムニュッ!!

 

「おー、マセガキめ。」

 

 何してんのこの人!?千冬さんが、遠慮無くセシリアの尻を握っている。しかもその顔はイタズラが成功した顔で、けれどタチが悪いことに子供っぽさのかけらもない。ニヤリ、と豹の笑み。

 

「しかし、歳不相応の下着だな。そのうえ黒か。」

「え・・・きゃあああっ!?」

 

 えー、そのー、あれですわ。『勝負下着』ってやつですかい。これには俺も視線を逸らさずにいられない。だってむっちゃエロいもん。

 ほら、一夏も真っ赤になってる。

 

「せっ、せっ、先生!離してください!」

 

 その抗議の声に、千冬さんはあっさりどいた。

 

「やれやれ。教師の前で淫行を期待するなよ、十五歳。」

「い、い、いっ、インコっ・・・!?」

「冗談だ。―――おい、聞き耳を立ててる五人。そろそろ入ってこい。」

 

 ぎくっぎくっぎくっぎくっぎくっ。

 

「「「「「・・・・・・。」」」」」

 

 わずかな沈黙の後、ドアがゆっくり開いた。

 箒、鈴、簪、シャルロット、ラウラが姿を現す。全員が浴衣姿である。

 

「一夏、マッサージはもういいだろう。ほれ、全員好きなところに座れ。」

 

 ちょいちょいと千冬さんに手招きをされて、五人はおずおずと、静かに部屋に入る。そして各人が好きな場所にと座った。

 

「ふー。さすがにふたり連続ですると汗かくな。」

「手を抜かないからだ。すこしは要領よくやればいい。」

「いや、そりゃせっかく時間を割いてくれてる相手に失礼だって。」

「愚直だな。」

「先生、生真面目なだけですよこいつは。」

「どうだかな。」

 

 楽しそうに会話する俺たちを見て、全員がようやく状況を飲み込めたようだ。今しがたのセシリア、さっきの千冬さんの声も、マッサージをしていただけだということに。

 

「は、はは・・・はぁ。」

「ま、まあ、あたしはわかってたけどね。」

 

 ずるりと脱力する箒と、妙な強がりを見せる鈴。

 

「「「・・・・・・。」」」

 

 そしておそらく『具体的な』な想像をしていたのだろうシャルロットとラウラ、簪。お前ら明日からむっつりスケベの称号がつくからな。

 

「まあ、お前はもう一度風呂にでも行ってこい。部屋を汗臭くされては困る。」

「ん。そうする。」

「志垣。お前も―――」

「へい、ここは男が残らないほうがよさそうですな。」

 

 俺と一夏はタオルと着替えを持って部屋を出る。

 さて、今度はのぼせないよう調整するか。

 

 

 

 

 

    ◆

 

 

 一夏に「くつろいでってくれ」と言われたが、女子六人、座ったまま固まってしまっている。

 

「おいおい、葬式か通夜か?いつものバカ騒ぎはした。」

「い、いえ、その・・・。」

「お、織斑先生とこうして話すのは、ええと・・・。」

「は、はじめてですし・・・。」

「まったく、しょうがないな。私が飲み物を奢ってやろう。篠ノ之、何がいい?」

 

 いきなり名前を呼ばれて、箒はびくっと肩をすくませる。言葉がすぐに出てこずに、困ってしまった。

 そうこうしていると千冬は旅館の備え付けの冷蔵庫を開け、中から清涼飲料水を六人分取りだしていく。

 

「ほれ。適当に選べ。他のがいいやつは各人で交換しろ。」

 

 各々が自分の趣味の飲み物を取る。

 

「い、いただきます。」

 

 全員同じ言葉を口にして、次に飲み物を口にする。

 女子の喉がごくりと動いたのを見て、千冬はニヤリと笑った。

 

「飲んだな?」

「は、はい?」

「そ、そりゃ、飲みましたけど・・・。」

「な、何か入っていましたの!?」

「失礼なことを言うなバカめ。なに、ちょっとした口封じだ。」

 

 そう言って千冬が新たに冷蔵庫から取り出したのは、あの星のマークがキラリと光る缶ビールだった。

 プシュッ!と景気のいい音を立てて飛沫と泡が飛び出す。それを唇で受け取って、これまた景気よくゴクゴクと喉を鳴らした。

 

「・・・・・・。」

 

 全員が唖然としている中、千冬は上機嫌な様子でベッドにかける。

 

「ふむ。いつもなら一夏たちにつまみでも作らせるところなんだが・・・それは我慢するか。」

 

 あの規則と規律に正しく、違反者には即制裁の『織斑先生』と目の前の人物とが一致せず、女子全員がまたしてもぽかんとしている。特にラウラは、さっきから何度も何度もまばたきをして、目の前の光景が信じられないかのようだった。

 

「おかしな顔をするなよ。私だって人間だ。酒くらいは飲むさ。それとも、私は作業オイルを飲む物体に見えるか?」

「い、いえ、そういうわけでは・・・。」

「ないですけど・・・。」

「でもその、今は・・・。」

「えっと、その・・・。」

「仕事中なんじゃ・・・?」

 

 ラウラはぽかんと開いた口から何も言葉が出てこない。代わりに、ブラックのコーヒーをごくりと嚥下する。

 

「堅いことを言うな。それに、口止め料はもう払ったぞ。」

 

 そう言ってニヤリとする千冬は、全員の手元をざっと流し見る。そこでやっと女子一同が飲み物の意味に気づいて「あっ」と声を漏らした。

 

「さて、前座はこのくらいでいいだろう。そろそろ肝心の話をするか。」

 

 二本目のビールをラウラに言って取らせ、また景気のいい音を響かせて千冬が続ける。

 

「お前ら、あいつらのどこがいいんだ?」

 

 あいつら、言ってはいるが全員が、そして簪が誰を指しているのかわかっていた。一夏と旺牙、しかいない。

 

「わ、私は別に・・・以前より腕が落ちているのが腹立たしいだけですので。」

 

 と、ラムネを傾けながら箒。

 

「あたしは、腐れ縁なだけだし・・・。」

 

 スポーツドリンクのフチをなぞりながら、もごもごと言う鈴。

 

「わ、わたくしはクラス代表としてしっかりしてほしいだけです。」

 

 さっきの行動の反発か、ツンとした態度で答えるセシリア。

 

「ふむ、そうか。ではそう一夏に伝えておこう。」

 

 しれっとそんなことを言う千冬に、三人はぎょっとしてから一斉に詰め寄った。

 

「「「言わなくていいです!」」」

 

 その様子をはっはっはっと笑い声で一蹴して、千冬はまた缶ビールを傾ける。完全にこの場の支配者である。

 

「僕―――あの、私は・・・やさしいところ、です・・・。」

 

 ぽつりとそう言ったのはシャルロットで、声の小ささとは裏腹にそこには真摯な響きがあった。

 

「ほう。しかしなあ、あいつは誰にでもやさしいぞ。」

「そ、そうですね・・・。そこがちょっと、悔しいかなぁ。」

 

 あははと照れ笑いをしながら、熱くなった頬おwぱたぱたと扇ぐシャルロット。なんだかその様子がうらやましいのかくやしいのか、前述三名はじーっと押し黙ってシャルロットを見つめた。

 

「で、お前は?」

 

 さっきから一言も発していないラウラに、千冬が話を振る。どうもそれ自体は警戒していないようで、ラウラはびくっと身をすくませながらも言葉を紡ぎはじめた。

 

「つ、強いところが、でしょうか・・・。」

「いや弱いだろう。」

 

 にべもない。何でもないことのように言う千冬に、珍しくラウラは食ってかかった。

 

「つ、強いです。少なくとも、私よりも。」

 

 そうかねぇ・・・と言う千冬は、二本目のビールを空ける。

 

「それで更識。お前は旺牙をどう思ってる?」

 

 ついに来たか、と身構えていた簪が口を開く。

 

「え、えっと、いてほしい時に傍にいてくれるところ、です。」

「ほう・・・。」

 

 弱々しくあったが、簪としてははっきり答えた。

 

「隣にいてほしい時は隣に、前に居てほしい時は前に来てくれて、私にとってのヒーローなんです。」

「ヒーローか。あいつが聞いたら全力で否定しそうだな。それにあいつは求める人間がいればどこにでも行くぞ。一夏のようにな。」

「あはは、そうですね。」

 

 千冬は三本目のビールに手を伸ばす。

 

「まあ強いかヒーローかは別にしてだ。あいつらは役に立つぞ。家事も料理もなかなかだし、一夏はマッサージもうまい。」

 

 そうだろ、オルコット?と話を振られたセシリアは、赤い顔をして頷く。

 

「というわけで、付き合える女は得だな。どうだ、欲しいか?」

 

 え!?と全員が顔を上げる。それからおずおずと、ラウラが尋ねた。

 

「く、くれるんですか?」

「やるかバカ。」

 

 ええ~・・・と心の中で突っ込む女子一同。

 

「女ならな、奪うくらいの気持ちで行かなくてどうする。自分を磨けよ、ガキども。」

 

 三本目のビールを口にする千冬は、実に楽しそうな表情でそう言った。

 

 

 

    ◆

 

 

「さて、あとどれくらい時間をつぶせばいいかな・・・。」

「何言ってんだ旺牙?」

 




そういえばこの単語を詳しく出していなかった気がするので解説します。

イノセント・・・魔法の力を持たない、いわゆる一般人。月衣を持たないため、ウィザードにダメージを与えることはできない(『無印』のルール上、十分の一になる)。
        
以上!


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『兎』と『紅』と『魔王』

作者)あーーーーー花粉症辛い。

旺牙)知らん。書け。

作者)あ、悪魔だ・・・。


 合宿二日目。今日午前中から夜まで丸一日ISの各種装備試験運用とデータ取りに追われる。特に専用機持ちは大量の装備が待っているのだから大変だ。俺?確認してみたら体中のスラスターとウィザードの能力を模した各種装備の運用、最近フルで稼働しっぱなしの本体

データ取りでやること山積みだぜはっはっはっはっ。

 

「ようやく全員集まったか。―――おい、遅刻者。」

「は、はいっ。」

 

 織斑先生に呼ばれて身をすくませたのは、まさかのラウラだった。

 あのラウラが珍しく寝坊したようで、集合時間に五分遅れてやってきたのだ。一体どうしたというんだ。

 

「そうだな、ISのコア・ネットワークについて説明してみろ。」

「は、はい。ISのコアはそれぞれが相互情報交換のためのデータ通信ネットワークを持っています。これは元々広大な宇宙空間における相互位置情報交換のために設けられたもので、現在はオープン・チャンネルとプライベート・チャンネルによる操縦者会話など、通信に使われています。それ以外にも『非限定情報共有』をコア同士が各自に行うことで、様々な情報を自己進化の糧として吸収しているということが近年の研究でわかりました。これらは制作者の篠ノ之博士が自己発達の一環として無制限展開を許可したため、現在も進化の途中であり、全容は掴めていないとのことです。」

「さすがに優秀だな。遅刻の件はこれで許してやろう。」

 

 そう言われて、ふうと息を吐くラウラ。心なしか、胸をなで下ろしているようにも見える。・・・ああ、おそらくドイツ教官時代にイヤというほど恐ろしさを味わったのだろう。加減を知らないからな、あの鬼教官。

 

―――ギンッ。

 

 だから何で口にしていないのにわかるんだよ。相変わらずの超能力者かよ。

 

「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え。」

 

 はーい、と一同が返事をする。さすがに一学年全員がずらりと並ぶと、すごい人数だ。ちなみに現在位置はIS試験用のビーチで、四方を切り立った崖に囲まれている。なんだか小型のプライベートビーチのようだ。やっていることに色気は無いが。大海原に出るには一度水面下に潜って、水中のトンネルから行くらしい。

 ここに搬入されたISと新型武装のテストが今回の合宿の目的だ。凶獣の新型武装?無いってさ。・・・まあ、アレは手足が武器みたいなものだから。

 なお、当然ISの稼働を行うので、全員がISスーツ着用姿だ。こうして見ると、水着とどこが違うんだろうと思ってしまう。

 

「ああ、篠ノ之。お前はちょっとこっちに来い。」

「はい。」

 

 打鉄用の装備を運んでいた箒は、織斑先生に呼ばれてそちらに向かう。

 

「お前には今日から専用―――」

「ちーちゃ~~~~~~~ん!!」

 

 ずどどどど・・・!と砂煙を上げながら人影が走ってくる。この声、間違いない。

 

「・・・束。」

 

 うわ、心底面倒くさそうな声したよ織斑先生。

 

「やあやあ!会いたかったよ、ちーちゃん!さあ、ハグハグしよう!愛を確かめ―――ぶへっ。」

 

 飛びかかってきた束さんを見事なアイアンクローで捕らえる織斑先生。うむ、さすがである。

 

「うるさいぞ、束。」

「ぐぬぬぬ・・・相変わらず容赦のないアイアンクローだねっ。」

 

 そしてその拘束から抜け出す束さんもさすがだ。

 だが、こういう時のために俺がいるのさ。

 

「志垣。」

「イエス、マム。」

 

 織斑先生から逃れた束さんの後頭部を握りしめる。

 もちろん、全力で。

 

「おおう、おーくん。この束さんを捕まえるとは腕を上げ・・・ちょ、ミシミシいってる!あれ!?取れない!?あだだだ・・・、おーくん、壊れちゃう。束さんの奇跡の頭脳がFATALITYしちゃうぅ・・・。」

 

 束さんが悶絶している。うむ、面白い。俺ってSっ気あったっけ?

 その後、織斑先生のもういいだろうの声で力を緩める。どこの黄門様か。

 その隙によっ、と着地した束さんは、今度は箒の方を向く。

 

「やあ!」

「・・・どうも。」

「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが。」

 

 がんっ!

 

「殴りますよ。」

「な、殴ってから言ったぁ・・・。し、しかも日本刀の鞘で叩いた!ひどい!箒ちゃんひどい!」

 

 突如始まった姉妹漫才に、一同はぽかんとしか返せない。

 あぁ、声をかけた山田先生が轟沈した。無理ですよ、基本人の話聞かない人だから。

 

「おい束。自己紹介くらいしろ。うちの生徒たちが困っている。」

「えー、めんどくさいなぁ。私が天才の束さんだよ、はろー。終わり。」

 

 うわー、やる気ねー。だがぽかんとしていた一同も、やっとそこで目の前の人物がISの開発者にして天災、もとい天才科学者・篠ノ之束だと気づいたらしく、にわかに騒がしくなる。一夏は、やはりあの人のことを知っているから騒ぎはしないが、まだぽけーっとしている。

 

「はぁ・・・。もう少しまともにできんのか、お前は。そら一年、手が止まっているぞ。こいつのことは無視してテストを続けろ。」

「こいつはひどいなぁ、らぶりぃ束さんと呼んでいいよ?」

「うるさい、黙れ。」

 

 そんな幼馴染漫才に再挑戦とばかりに山田先生が割り込んだ。

 

「え、えっと、あの、こういう場合はどうしたら・・・。」

「ああ、こいつはさっきも言ったように無視して構わない。山田先生は各班のサポートをお願いします。」

「わ、わかりました。」

「むむ、ちーちゃんが優しい・・・。束さんは激しくじぇらしぃ。このおっぱい魔神め、たぶらかしたな~!」

 

 言うなり、山田先生に飛びかかる束さん。その手はさっそく双子山を鷲づかみにした。

 

「きゃああっ!?な、なんっ、なんなんですかぁっ!」

「ええい、よいではないかよいではないかー。」

 

 巨乳と巨乳がたわむれている。おお、エロいエロい。あ、さっそく織斑先生に蹴りを食らった。皆さん、あれがISを開発した超天才の姿ですよ。

 

「それで、頼んでおいたものは・・・?」

 

 ややためらいがちに箒がそう尋ねる。それを聞いて束さんの目がキラーンと光った。

 

「うっふっふっ。それはすでに準備済みだよ。さあ、大空をご覧あれ!」

 

 びしっと天を指さす束さん。その言葉に従って箒も、そして他の生徒たちも空を見上げる。

 

「あ、おーくんそこ危ないかも。」

「え?うわっぶぇ!?」

 

 ズズーンッ!

 いきなり、さきほどまで俺がいた場所に、なにやら金属の塊が砂浜に落下してきた。危ねぇな!

 銀色をしたそれは、次の瞬間正面らしき壁がばたりと倒れてその中身を俺たちに見せる。そこにあったのは―――

 

「じゃじゃーん!これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿』!全スペックが・・・現行ISを上回る束さんお手製ISだよ!」

 

 真紅の装甲に身を包んだその機体は、束さんの言葉に応えるかのように動作アームによって外へ出てくる。

 新品のISだからだろうか、太陽の光を反射する赤い装甲がとても眩しい。―――ん?なんか一瞬言葉にためがあったな。現行ISを上回るってのは、束さんの技術をすれば理解できるのだが。

 

「さあ!箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズをはじめようか!私が補佐するからすぐに終わるよん♪」

「・・・それでは、頼みます。」

「堅いよ~。実の姉妹なんだし、こうもっとキャッチーな呼び方で―――。」

「はやく、はじめましょう。」

「ん~。まあ、そうだね。じゃあはじめようか。」

 

 ぴ、とリモコンのボタンを押す束さん。刹那、紅椿の装甲が割れて、操縦者を受け入れる状態に移る。しかも自動的に膝を落として、乗り込みやすい姿勢にと変わった。

 

「箒ちゃんのデータはある程度先行していれてあるから、あとは最新データに更新するだけだね。さて、ぴ、ぽ、ぱ♪」

 

 コンソールを開いて指を滑らせる束さん。さらに空中投影のディスプレイを六枚ほど呼び出すと、膨大なデータに目配りをしていく。それと同時進行で、同じく六枚呼び出した空中投影のキーボードを叩いていった。あ、簪がビックリしてる。

 

「近接戦闘を基礎に万能型に調整してあるから、すぐに馴染むと思うよ。あとは自動支援装備もつけておいたからね!お姉ちゃんが!」

「それは、どうも。」

 

 う~ん、やはりまだ箒の態度が堅い。

 たしかに家族がばらばらになったのは束さんのせいかもしれない。だが、それでもふたりはこの世で血を分けた姉妹なのだ。仲良くあってほしい。そう思うのは俺の傲慢なのだろうか。

 

「ん~、ふ、ふふ~♪箒ちゃん、また剣の腕前があがったねぇ。筋肉の付き方をみればわかるよ。やあやあ、お姉ちゃんは鼻が高いなぁ。」

「・・・・・・。」

「えへへ、無視されちった。―――はい、フィッティング終了~。超速いね。さすが私。」

 

 無駄話をしながらも束さんの手は休むことなく動き続けている。それはもうキーボードを打つと言うよりもピアノを弾いているかのような、芸術的ななめらかかつ素早い動きで、数秒単位で切り替わっていく画面にも全部しっかりと目を通している。

 これが篠ノ之束。世界最高峰、いや最大の頭脳と技術の持ち主である。

 ちなみに『紅椿』はというと、あらかじめ入れてあったデータのおかげなのか、凶獣や白式のときのような大袈裟な形態変化はしていない。せいぜい、今の箒の体格に合わせたサイズの微調整をしているくらいだった。

 それにしても、、

 

(この機体、近接特化型か?腰に左右一本ずつの日本刀型ブレード以外、目立った装備はないな。)

 

 しかし、さっき束さんは『自動支援装備がある』とか『近接戦闘を基礎にした万能型』と言っていた。実際稼働しているところをみないとわからんか。

 

「あの専用機って篠ノ之さんがもらえるの・・・?身内ってだけで。」

「だよねぇ。なんかずるいよねぇ。」

 

 そんな不平の声にいち早く反応したのは、作業中の束さんだった。

 

「おやおや、歴史の勉強をしたことがないのかな?有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ。」

 

 ピンポイントに指摘を受けた女子は気まずそうに作業に戻る。

 極論にして暴論、されど正論。世界が不平等だからこそ争いが起きる。孤独が生まれる。

 世界が平等ならば、この世界で俺や織斑兄弟は家族がいたはずなのに・・・。いかんな、感傷的になりすぎた。

 その間に、束さんは作業を終え、並んだディスプレイを閉じていく。

 

「あとは自動処理に任せておけばパーソナライズも終わるね。それじゃあ、いっくん、おーくん。白式と凶獣見せて。束さんは興味津々なのだよ。」

「え、あ。はい。」

「了解です。」

 

 束さんに言われ、右手首のチェーンに意識を集中する。強い紫の光を放ち、俺の全身をその光が纏う。コンマ単位の速さで俺は紫色のフルスキンIS『凶獣』が出現する。

 

「ところで束。『あいつ』はどうした。」

「あー・・・、『あいつ』?なんかやることがあるって言ってたから置いてきた。」

 

 ん?なんだ、まだ誰かくる予定だったのか。しかし今束さんがスゴイしかめっ面をしていたな。基本他人に無頓着なあの人にあんな表情をさせるなんて、一体何者だ?

 

「あれ・・・、ええ!お、織斑先生!!この場に接近する飛行体を感知、反応からするとISです!?」

「・・・あの阿呆が。束より質の悪い登場だ。」

「あー、ちーちゃんひどい!」

 

 なんだ、何が起きているんだ?

 ISが近づいている。まさかまた襲撃か!?だが織斑先生と束さんは落ち着いている。

 それに、なんだこの懐かしい気配は。どんどん近づいてくる。まさか件のIS?でも学園の外の搭乗者に知り合いなんていないぞ。

 

 バシュウッ!!スーッ。

 

 間もなく、一機のISが上空に出現、砂浜に降りてくる。

 凶獣同様、頭から爪先までを覆ったフルスキンタイプのIS。色は黒、とはいえシュヴァルツェア・レーゲンのようではなく、漆黒、いや闇といっていいほど深い色をしていた。

 背部には飛行ユニットなのだろう、三対六枚の翼が広がっていた。機械的でありながら、猛禽類を思わせる翼。絵画に描かれている天使、堕天使のような姿だった。

 このIS、見覚えがある・・・。そうだ、第二回モンド・グロッソで、俺が捕まった時に―――。

 

「遅い。何をしていた。というよりISで来るな。」

「そう怒るな、少し野暮用ができたんでな。それに面白いサプライズだろ?」

 

 バカな!ISから『男性』の声が聞こえてきた。その声はその場にいる全員に聞こえたらしく、一斉にざわめきが起きる。

 いや違う。そうじゃない。大事なのはそこじゃない!

 この声、間違いない!ああ、間違えるものか!

 

「さて、っと。」

 

 黒いISが光に包まれ、次の瞬間には何もなかったかのように解除される。

 砂浜に降り立った『その人』はISスーツではなく、普通のグレーのスーツを着ていた。

 ああ、服装まで同じだ!

 

「はぁ・・・。とりあえず挨拶でもしろ。」

「諸君、初めまして。俺は―――」

「『安東先生』!!」

 

 彼の言葉を遮り、俺は『先生』のもとへ走る。いつの間にか凶獣は解除されていた。それほど慌てていたのだろう。そして地面に片膝を着くと、『先生』の手を取った。その温もりはなにも変わっていなかった・・・。

 

「懐かしく、本当に懐かしく思います・・・!」

「旺牙・・・。」

 

 だめだ、止めなくてはいけないとわかっていても涙が溢れてくる。まさか安東先生までこの世界に転生していたとは。

 最後の戦いはどうなったかなんて、今はどうでもいい。今はこの再会を―――。

 

 ズドンッ!!

 

 容赦のない踵落としが俺の後頭部を襲い、顔面から砂に叩きつけられる。

 

「いい加減手ぇ放せ。気色悪い。」

「ふ、ふふふ。変わりなさ過ぎて涙が止まらないぜ。」

 

 すげー痛い。ということは先生もウィザードに?

 

「お前も色々聞きたいだろうが、それは後回しだ。まだお嬢さんたちに俺の自己紹介が終わってないだろう。」

「ういっす。大人しくしてます。」

 

 ウィザードであるからには、逆らったら織斑先生以上の折檻が待っているだろう。それは嫌だ。

 

「改めまして、俺は『安東一樹(あんどういつき)』。本日からIS学園にお世話になる、一応教師だ。記録には無いが、世界初の男性操縦者になっている。どうぞよろしく。」

 

 ・・・しばらくお待ちください・・・

 

「「「ええーーーーーーーーーっ!?」」」

「おーおー、元気のいい娘っ子たちだな。感心するよ。」

「馬鹿者が。それは黙っている案件だろう。」

「だがいつかはバレる。なら今言っておいても構わんだろう。」

「束といい貴様といい、・・・頭痛がしてきた。」

「バファ〇ン飲むか?」

「いらん。」

 

 ずいぶん親し気に話しているが、おふたり、いや白式のデータ採取をしながらむすっとしている束さんはどういう語関係で?

 

「なんだ志垣。私たちのことが気になるか?」

 

 ・・・もう突っ込まんぞ、ナチュラルに心を読まれるくらい。

 

「私と束、そしてこいつは幼馴染みだ。」

「と、いうわけだ。」

 

・・・俺フリーズ中・・・

 

「はーーーーーーっ!?」

「煩い。」

 

 安東先生のハイキックで今度は宙を舞う俺。ヤバいくらい痛い。

 

「まあ、俺にも事情があったんだ。まだちび助だったお前らに遭うわけにはいかなかったんだ。詳しくは言えん。」

 

 なんだか適当にあしらわれた気がする。解せぬ。

 

「むかつくけどそいつの技術は超一流だよ。私が作ったISコアに干渉できるんだから。」

「あ、おい千冬。束も機密情報漏らしたぞ。」

「馬鹿と阿呆は死んでも治らんか・・・。」

 

 やばい。俺たちはとんでもないことを聞いてしまった気がする。

 コアに干渉できる?世界中の超一流の科学者たちが匙を投げたことをやってのける?

 確かにファー・ジ・アースでもとんでもない知力を持った人だったけど。

 

「ね、ねぇ、私たち、夢でも見てるのかな?」

「男性操縦者で、コアをいじれて。」

「織斑君たちとはまた違って、クール系のイケメン。」

「天は不平等だ・・・。」

 

 もう騒ぐ気も起きないのかざわつく一同。おい三番目に聞こえた奴、どういう意味だ。

 天は二物も三物も与えるものだよ。

 というか、その人自身が『大いなる者』、神の一柱なのだから。

 

 

 え?今回これで終わり?




解説コーナー

大いなる者・・・太古の神の力を受け継ぐ者、または神の魂そのもの。転生者とはまた別枠である。神としての機能や記憶を取り戻していないパターンも多いが、上級ウィザードになるにつれそれらを覚醒させていくものもいる。


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招かれざる異邦人

 今回も変なとこで切れてます。それが許せないならブラウザバックだ(開き直り)!


 安東先生の衝撃的登場、及び機密暴露で全員が手を止め、ざわつく。そりゃそうだ。今までの自分たちの常識が、俺と一夏のせいで崩れたというのに、さらに世界的規模の秘密を知ってしまったのだから。織斑先生が作業に戻るように言っても、緩慢な動きになってしまっている。まるで死刑宣告を受けた被告人のごとく。

 いやもう、なんてことを言ってくれたのだろうこの人は。

 

「旺牙、凶獣は俺が見よう。もう一度展開しろ。」

「あ、はい。」

「む。私も凶獣のデータが欲しいんだけど。」

「もちろんデータは渡す。お前の方が『専門家』だからな。」

「いちいちむかつく・・・。」

 

 束さんにこんな口きけるのが織斑先生以外にいるとは・・・。というか辺りの気温を下げるような会話しないでください。夏の砂浜なのにシベリアの凍土のようだ。

 そんなやり取りをしながら、凶獣の装甲にぶすりとコードを刺す先生。すると先程の束さんと同じくらいのディスプレイが出現する。

 

「なんだこのフラグメントマップは。不思議と言うか常軌を逸しているというか、おれの『グレート・ワン』ともまるで違う構築だな。お前、何かしたか?」

「できるわけないでしょう、機体の整備ができるようになったのも最近なのに。」

 

 ちなみにフラグメントマップというのは、各ISがパーソナライズによって独自に発展していくそのその道筋のことをいう。人間で言う遺伝子だそうな。

 

「ところで先生。なんで俺や一夏、安東先生はISを使えるんです?」

「さすがにそこまでは解からん。試しにISをフルスクラッチしてみたら、いつの間にか俺にフィッティングして、気づけば俺の専用機になっていた。何を言っているのかわからないと思うが、作り主の俺でも理解不能だ。」

「はぁ。」

「束ならわかるんじゃないか?ナノ単位まで分解されればなにか結果が出るだろう。」

「辞めときます。」

「俺もごめん被る。」

 

 ディスプレイを見ながら、新たに出現させたキーボードを叩いている。束さんはピアノを奏でるかのようだったが、安東先生はまさに『叩く』と言った感じで、空中キーボードなのにダカダカ音が聞こえてきそうな勢いだった。

 

「しっかし凶獣の自己進化ぶりはアレだな。まさに獣のように凶暴だ。今まで見てたが旺牙、すこし乱暴に扱い過ぎじゃないか?」

「はあ、そうなんす、ってなに?今まで見てた?じゃあ助けてくれても良かったんじゃないですか?」

「それじゃお前の成長にならんだろ。俺の親心、いやウィザード風に言えばお前が対処するのが『運命』だったんだ。」

 

 出たよ、ウィザードの『運命』。どれだけ強いウィザードでも、『打ち倒す運命』になければ侵魔を滅ぼせないという理論。逆に覚醒したばかりの新人が強大な侵魔を倒すのも『運命』とやららしい。いまだに俺はその謎理論が理解できない。

 

「んー。おい束。『こいつ』はどの段階でオカジマに渡した。」

「とりあえず外観が出来てからだよ。武装面はそこに任した。」

「なるほど・・・。どうりで対『やつら』用の武装が整ってあるはずだ。」

 

 ん?武装は束さんが基礎を用意したって言ってた気がするが。まさか本当にオカジマ技研は対侵魔用の武器を作ってる?

 

「単一使用能力は、覚醒直前か。予想より早いな。まああれだけ無茶すればこうもなるか。」

 

 安東先生は一人ブツブツと呟いている。ま、俺には何一つわからないんだがな(自虐)!

 向こうでは果敢にも、というか無謀にもセシリアが束さんに話しかけていた。そして冷たくあしらわれていた。その場だけ南極大陸になったような冷たさだ。

 まったく・・・、この人は昔からこうだ。

 いわく『人間の区別がつかないね。わかるのは箒ちゃんとちーちゃんといっくんとおーくんくらいだね。あと、まあ両親かねえ。うふふ、興味ないからね、他の人間なんて』とのこと。一応、安東先生は駄目な方向で反応しているようだが。ああ、あとクロエがいるじゃん。秘密だけど。

 最初は俺のことも無視していたが、俺が四歳のころ束さんを一本背負いしたり、束さんがいじった機械をばらしてもう一度組み立てた時から態度が急変。大事なモノリストに載ったらしい。興味が湧いたとのこと。今では不定期にやってくる大事なお客さんになった。IS学園に入ってからは通信を一度しただけだけど。

 

「あー・・・ごほんごほん。」

 

 束さんが一夏で遊んでいると、箒が咳払いをして話に入っていく。

 

「こっちはまだ終わらないのですか?」

「んー、もう終わるよー。はい三分経った~。あ、今の時間でカップラーメンができたね、惜しい。」

 

 なにが惜しいのか・・・。ふざけているのか本気なのかまるでわからん。さすが束さん。ちなみに、褒めてない。

 

「んじゃ、試運転もかねて飛んでみてよ。箒ちゃんイメージ通りに動くはずだよ。」

「ええ。それでは試してみます。」

 

 プシュッ、プシュッ、と音を立てて連結されたケーブル類が外れていく。それから箒がまぶたを閉じて意識を集中させると、次の瞬間に紅椿はもの凄い速度で飛翔した。

 その急加速の余波で発生した衝撃は砂が舞い上がる。こちとらフルスキン、砂塵に影響されずに箒の姿を追うと、二百メートルほど上空で滑空する紅椿を凶獣のハイパーセンサーが捉えた。

 

「どうどう?箒ちゃんが思った以上に動くでしょ?」

「え、ええ、まぁ・・・。」

 

 束さんもISを装備しているんだろうか、オープン・チャンネルでの会話が俺に、おそらく白式にも飛び込んでくる。

 

「じゃあ刀使ってみてよー。右のが『雨月』で左のが『空裂』ね。武器特性のデータ送るよん。」

 

 そう言って空中に指を躍らせる束さん。武器データを受け取った箒は、しゅらんと二本同時に刀を抜き取る。さすがに洗礼された動きだ。

 

「親切丁寧な束おねーちゃんの解説つき~♪雨月は対単一仕様の武装で打突に合わせて刃部分からエネルギー刃を放出、連続して敵を蜂の巣に!する武器だよ~。射程距離は、まあアサルトライフルくらいだね。スナイパーライフルの間合いでは届かないけど、紅椿の機動性なら大丈夫。」

 

 束さんの解説に合わせてかどうかはわからないが、箒が試しとばかりに突きを放つ。右腕を左肩まで持って行って構える、篠ノ之剣術流二刀型・盾刃の構え。攻防一体の構えで、刀を受ける力で肩の軸を動かして反撃に転じるという守りの型。

 そこから突きが放たれると同時に、周囲の空間に赤色のレーザー光がいくつもの球体として現れ、そして順番に光の弾丸となって漂っていた雲を穴だらけにした。

 

「次は空裂ねー。こっちは対集団仕様の武器だよん。斬撃に合わせて帯状の攻性エネルギーをぶつけるんだよー。振った範囲に自動で展開するから超便利。そいじゃこれ打ち落としてみてね、ほーいっと。」

 

 言うなり、束さんはいきなり十六連装ミサイルポッドをコール。光の粒子が集まって形を成すと、次の瞬間一斉射撃を行った。

 

「箒!」

「―――やれる!この紅椿なら!」

 

 その言葉通り、右脇下に構えた空裂を一回転するように振るう箒。またあの赤いレーザーが、今度は束さんの言葉通り帯状になって広がり、十六発のミサイルを全弾撃墜した。

 

「すげえ・・・。」

 

 一夏が感嘆の息を漏らす。爆煙が収まっていく中、真紅のISと箒は威風堂々たる姿をしていた。

 全員がその圧倒的なスペックに驚愕、魅了され、言葉を失う。その光景を、束さんは満足そうに眺めてうなずいた。

 だが、この状況に酔うことが出来ない人間もいた。

 織斑先生と安東先生は束さんを厳しい目で見ていた。

 そして俺は、いまだ興奮が治まらない箒を見ていた。

 あの姿には見覚えがある。『かつての』俺。力を手に入れ、自分が特別な存在だと思っていた俺に似ていた。『昔の』自分を見るのってのは、どうも気分が悪い。

 

「たっ、た、大変です!お、おお、織斑先生っ!」

 

 山田先生が慌てて声をあげた。安東先生の乱入以上に慌てている。これはただ事ではなさそうだ。

 

「どうした?」

「こ、こっ、これをっ!」

 

 渡された小型端末の画面を見て、織斑先生の表情が曇る。

 

「特命任務レベルA、現時刻より対策をはじめられたし・・・。」

「そ、それが、その、ハワイ沖で試験稼働をしていた―――。」

「しっ。機密事項を口にするな。生徒たちに聞こえる。」

「す、すみませんっ・・・。」

「専用機持ちは?」

「全員出席しています。」

 

 織斑先生と山田先生が小声でやりとりしている。しかも、数人の生徒の視線に気がついてか、会話から手話へと切り替えた。それも普通の手話ではなかった。軍用、ともちがうようだし、IS関連の独自のものだろうか。

 

「そ、そ、それでは、私は他の先生たちにも連絡してきますのでっ。」

「了解した。―――全員、注目!」

 

 山田先生が走り去った後、織斑先生はパンパンと手を叩いて生徒全員を振り向かせる。

 

「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼働は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内待機すること。以上だ!」

「え・・・?」

「ちゅ、中止?なんで?特殊任務行動って・・・。」

「状況が全然わかんないんだけど・・・。」

 

 不測の事態に、女子一同はざわざわと騒がしくなる。

 しかしそれを、織斑先生の声が一喝した。

 

「とっとと戻れ!以後、許可なく室外に出たものは我々で身柄を拘束する!いいな!!」

「「「はっ、はいっ!」」」

 

 全員が慌てて動きはじめる。接続していたテスト装備を解除、ISを起動終了させてカートに乗せる。その姿は今までに見たことのない怒号におびえているかのようでもあった。

 

「専用機持ちは全員集合しろ!織斑、志垣、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰、更識!―――それと、篠ノ之も来い。」

「はい!」

 

 妙に気合が入っているな。・・・こういう時が一番不安なんだが、織斑先生はどう考えているのか。

 

「安東、教師として合流したからには、お前にも来てもらうぞ。」

「当然だろうな。了解だ。」

 

 

 

 

 

「では、現状を説明する。」

 

 旅館の一番奥に設けられた宴会用の大座敷・風花の間では、俺たち専用機持ち全員と教師陣が集められた。

 照明を落とした薄暗い室内に、ぼうっと大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。

 

「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『銀の福音』が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった。」

 

 軍用IS・・・。響きだけでも面倒そうな代物だ。

 

「・・・・・・。」

 

 一夏以外、皆が厳しい顔つきになっていた。あいつはあいつで現状を理解できていないようだ。

 思えば国家代表、並びに候補生。有事の際に対しての訓練も受けていたのだろう。特に正式な軍人であるラウラの眼差しは真剣そのものだった。

 

「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから二キロ先の空域を通過することがわかった。時間にして五十分後。学園湖上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった。」

 

 淡々と続ける織斑先生。次の言葉は、半ば予想通りのものだった。

 

「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう。」

 

 やはり。教員が訓練機を扱うと聞いた時点でそうなると思ったんだ。この案件、一筋縄じゃいかないぞ。

 

「それでは作戦会議をはじめる。意見があるものは挙手するように。」

「はい。」

 

 早速、手を挙げたのはセシリアだった。

 

「目標ISの詳細なスペックデータを要求します。」

「わかった。ただし、これらは二ヶ国の最重要軍事機密だ。けして口外はするな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視がつけられる。」

「了解しました。」

 

 まあ、軍事機密だからな。よそにペラペラと喋って、自国どころか第三国に情報が入ってしまったら、それこそ戦争の序曲ってことになる。即処刑されないだけ軽い処分だろうよ。

 データが開示されると、教師陣と代表候補生の面々が相談をはじめる。

 

「広域殲滅を目的とした特殊射撃型・・・わたくしのISと同じく、オールレンジ攻撃を行えるですわね。」

「攻撃と機動の両方を特化した機体ね。厄介だわ。しかも、スペック上ではあたしの甲龍を上回ってるから、向こうの方が有利・・・。」

「主力兵装のスピード。これじゃあ『山嵐』はむしろ的・・・。」

「この特殊兵装が曲者って感じはするね。ちょうど本国からリヴァイブ用の防御パッケージが来てるけど、連続しての防御は難しい気がするよ。」

「しかも、このデータでは格闘性能が未知数だ。持っているスキルもわからん。偵察は行えないのですか?」

 

 セシリア、鈴、簪、シャルロット、ラウラは真剣に意見を交わしている。

 くそ!対侵魔の作戦会議ならまだ意見を出せようものなのに、ISのことになるととんと疎くなる。自分が情けない。今日まで何を学んできた!

 

「無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。最高速度は時速二千四百五十キロを超えるとある。アプローチは一回が限界だろう。」

「一回きりのチャンス・・・ということはやはり、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね。」

 

 山田先生の言葉に、全員が一夏を見る。

 

「え・・・?」

「一夏、あんたの零落白夜で落とすのよ。」

「それしかありませんわね。問題は―――」

「どうやって一夏をそこまで運ぶか、だね。エネルギーは全部攻撃に使わないと難しいだろうから、移動をどうするか。」

「しかも、目標に追いつける速度が出せるISでなければいけないな。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう。」

「旺牙、凶獣の速度は?

「全速力でギリギリだな。問題はハイパーセンサーの感度がよろしくないところか。」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!お、俺が行くのか!?」

「「「「「「当然。」」」」」」

 

 俺含め六人の声が見事に重なった。

 

「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。もし覚悟がないなら、無理強いはしない。」

 

 先生、それはむしろ一夏を焚きつける言葉です。いや、狙ったのか?

 

「やります。俺が、やってみせます。」

 

 まあ、シスコン気味の一夏なら、みんなの、いやさ織斑先生の期待には応えるだろうな。

 

「よし。それでは作戦の具体的な内容に入る。現在、この専用機持ちの中で最高速度が出せる機体はどれだ?」

「それなら、わたくしのブルー・ティアーズが。ちょうどイギリスから強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られて来ていますし、超高感度ハイパーセンサーもついています。」

 

 全てのISは『パッケージ』と呼ばれる換装装備を持っている。

 パッケージとは単純な武器だけではなく、追加スラスターなど装備一式を指し、その種類は豊富で多岐にわたる。中には専用機だけの機能特化専用パッケージ『オートクチュール』というのが存在する。俺の凶獣にもあるのだろうか。

 これを装備することで機体の性能を性質を大幅に変更し、様々な作戦が遂行可能になるというものだ。ちなみに、俺も含めて一年の専用機持ちは今のところ全員がセミカスタムの標準装備である。

 あー、シャルロットだけはフルカスタム機のデフォルト、ってわかりづらいわ!

 

「オルコット、超音速下での戦闘訓練時間は?」

「二十時間です。」

「ふむ・・・。それならば適任―――」

 

 だな、と言おうとした織斑先生を、底抜けに明るい声が遮る。

 

「待った待-った。その作戦はちょっと待ったなんだよ~!」

 

 気配を辿ると、天井からだった。全員が見上げると、部屋のど真ん中の天井から束さんの首がさかさに生えていた。いやこえーよ。

 

「・・・安東、つまみ出せ。」

「無理ってわかってて言ってるだろ。」

「とうっ★」

 

 くるりと空中で一回転して着地。相変わらず驚異の身体能力である。どこまででたらめなんだこの人は。

 この作戦会議室に人間やめてる存在が三人。ん?天下取れんじゃね?

 

「ちーちゃん、ちーちゃん。もっといい作戦が私の頭の中にナウ・プリンティング!」

「・・・出て行け。」

 

 頭を押さえる織斑先生。山田先生は必死に束さんを室外に連れて行こうとするが、するりとかわされてしまう。

 

「聞いて聞いて!ここは断・然!紅椿の出番なんだよっ!」

「なに?」

「おい束。まさかぶっつけ本番で行く気か?」

「お前には言ってないだろ、しっ、しっ。」

「こいつ・・・。」

 

 急な束さんの登場。そして紅椿の存在。この作戦、大丈夫なのか?




 またも変なところでぶった切ってすいません。切りのいいところまで書くと一万字超えそうなので。
 え?もっと書いてる人は沢山いる?すいません、私が無理なんです(汗)。


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最悪のエマージェンシー

旺牙)過去最長だな。

作者)はい。

旺牙)どうしてこうなった。

作者)書きたいものを無理に詰め込んだ結果です。

旺牙)ハイクを詠め。カイシャクしてやる。

作者)何度でもよみがえるさ!


 対『銀の福音』会議中に突然現れた束さん。作戦がある、っというより、紅椿をプッシュしたいだけにも見えるが・・・。

 

「根拠も無しに口出ししないよ。それよりも紅椿のスペックデータ見てみて!パッケージなんかなくても超高速起動ができるんだよ!」

 

 束さんの言葉に応えるように数枚のディスプレイが織斑先生を囲むようにして現れる。

 

「紅椿の展開装甲を調整して、ほいほいほいっと。ホラ!これでスピードはばっちり!」

 

 展開装甲・・・ってなんだ?

 聞き慣れない言葉に俺や一夏が首をひねっていると、束さんが織斑先生の隣に立って説明を始めた。しかも、メインディスプレイも乗っ取ったらしく、さっきまで福音のスペックデータが映っていた画面は、もうすでに紅椿のスペックデータへと切り替わっている。

 

「説明しましょう~そうしましょう~。展開装甲というのはだね、この天才の束さんが作った第四世代型ISの装備なんだよー。」

 

 え?ちょっ、なに?第四世代だと?本気か?

 

「はーい、ここで心優しい束さんの解説開始~。いっくんのためにね。へへん、嬉しいかい?まず第一世代というのは『ISの完成』を目標とした機体だね。次が、『後付武装による多様化』―――これが第二世代。そして第三世代が『操縦者のイメージ。インターフェイスを利用した特殊兵器の実装』。空間圧作用兵器にBT兵器、あとはAICとか色々だね。・・・で、第四世代というのが『パッケージ換装を必要としない万能機』という、現在絶賛机上の空論中のもの。はい、いっくん理解できました?先生は優秀な子が大好きです。

「は、はぁ・・・。え、いや、えーと・・・。」

 

 一夏はまだ混乱している。そりゃそうだ。各国が優秀な技術者たちの粋を集めてやっと第三世代の試験機が完成した段階だ。それを飛び越えて第四だと?

 

「ちっちっちっ。束さんはそんじょそこらの天才じゃないんだよ。これくらいは三時のおやつ前なのさー。」

 

 なんだその半端な時間。

 

「具体的には白式の《雪片弐型》に使用されてまーす。試しに私が突っ込んだ~。」

「「「え!?」」」

 

 この言葉には、さすがに専用機持ち全員が驚いた。

 あの機構が第四世代の代物なら、、それを扱う『白式』自体も第四世代型ということになる。

 

「それで、うまくいったのでなんとなんと紅椿は全身のアーマーを展開装甲にしてありまーす。システム最大稼働時にはスペックデータはさらに倍プッシュだ★」

「いやプッシュじゃないでしょう!?全身が雪片弐型と同じ?反則でしょそれ!?」

「うん、反則級の強さ。一言でいうと最強だね。」

 

 俺の言葉をさらりと返す束さん。どうすんだよ。全員ぽかんとしてる。この人に不可能という言葉は無いのだろうか。織斑先生と安東先生まで溜息漏らしているじゃないか。

 

「ちなみに紅椿の展開装甲はより発展したタイプだから、攻撃・防御・機動と用途に応じて切り替えが可能。これぞ第四世代型の目標である即時万能対応機ってやつだね。にゃはは、私が早くも作っちゃったよ。ぶいぶぃ。」

 

 もはや一同声が出ない。静寂が場を支配する。

 

「はにゃ?あれ?何でみんなお通夜みたいな顔してるの?誰か死んだの?変なの。」

 

 ええ死にましたよ。世界中のIS関係者の血の努力が。

 一機のISを作るのにどれくらいの資金、人材、時間が必要となるだろう。それでやっと第三世代型が一機開発される。

 それがこの瞬間、無意味なモノになってしまった。

 悲劇を通り越し、もはや喜劇だ。

 

「―――束、言ったはずだぞ。やりすぎるな、と。」

「そうだっけ?えへへ、ついつい熱中しちゃったんだよ~。」

 

 もう完全に俺たちは置いてけぼりだった。

 

「あ、でもほら、紅椿はまだ完全体じゃないし、そんな顔しないでよ、いっくん、おーくん。いっくんたちが暗いと束さんはイタズラしたくなっちゃうよん。」

 

 すいません、嘆息しか出てきません・・・。

 

「まー、あれだね。今の話は紅椿のスペックをフルに引き出したら、って話だからね。でもまあ、今回の作戦をこなすくらいは夕食前だよ!」

 

 どんな時間ですか・・・。

 

「それにしてもアレだね~。海で暴走っていうと、十年前の白騎士事件を思い出すね~。」

 

 ニコニコとした顔で話し出す束さん。その横では、織斑先生が『しまった』という顔をし、安東先生は『あ~』と呻きながら天を仰いだ。

 俺はつつつ~とさりげなく安東先生に近づく。

 

「先生はどこまで関わってるんで?」」

「武装とシステムの一部だ。お前はどこまで知ってる。」

「まあ大体は見当がつきますよ。あんなの作れるのは束さんくらいなもんだし、あの動きは空中といえど千冬さんのものでしたし。あと、前日に束さんが『ちょっと喧嘩売ってくる』って言ってましたし。」

 

 先生は『あのバカ・・・。』と顔を覆ってしまった。

 

「まあいい。ところで旺牙。お前は束にどこまで話した?」

「あ~。俺が知ってる基礎は全部。」

「やけに詳しいはずだと思ったよ。」

 

 そういえば、俺はなぜ束さんにファー・ジ・アースのことを話してしまったんだろう。あの時はなぜか話しておかなければならないと思ったんだ。

 それを先生に話すと、また溜息を吐いた。幸せが逃げますよと言ったら、誰のせいだ言われた。やっぱり俺のせいかなあ。

 

「お前は今のISの在り方をどう思う?正直に言ってみろ。」

 

 突然何を?と思ったが、真剣な顔つきで聞かれては答えなければいけない。

 

「正直反対です。ISは束さんの夢の結晶だ。それを兵器として、それも軍事利用するなんて、納得いかない。」

 

 まあそのおかげで上級侵魔と戦えてるんですがね、と言うと『・・・そうか。』と短く呟いた。

 話は終わりだとばかりに手で払われる。またつつーっと元の場所へ戻る。

 

「話を戻すぞ。・・・束、紅椿の調整にはどれくらいの時間がかかる?」

「お、織斑先生!?」

 

 セシリアの驚愕の声が響く。専用機持ちの中でも高機動パッケージを持っているのが自分だけだったため、当然作戦に参加できるものと思っていたらしい。

 

「わ、わたくしのブルー・ティアーズなら必ず成功してみせますわ!」

「そのパッケージは量子変換してあるのか?」

「そ、それは・・・まだですが・・・。」

 

 痛いところを突かれたのか、勢いを失って小声になってしまうセシリア。

 物によるが、パッケージの量子変換には時間がかかる。『ストライク・ガンナー』もその類のものなのだろう。

それと入れ替わるかのように束さんが天真爛漫な笑顔で口を開いた。

 

「ちなみに紅椿の調整時間は七分あれば余裕だね★」

「まった。凶獣も同行させてほしい。」

 

 安東先生が挙手し、俺の参加を薦める。いや、え?なぜに?

 

「なんだよ。紅椿と白式だけじゃ不満なのかよ。」

 

 束さんの温度が一気に冷めていく。こんな時に喧嘩しないでいただきたい。

 

「『念のため』だ。いざという時盾があった方がいいだろう。それに、嫌な予感がするしな・・・。」

 

 俺は盾かい。いや、不満はないが、凶獣にスピードを合わせてたら遅くならないか?

 

「凶獣のスラスターリミッターを解除する。そうすれば今の紅椿に追いつける。」

 

 安東先生は粛々と告げる。織斑先生と束さんは思案顔。てっきり反対されると予想してたんだけどな、主に束さんから。

 

「そのリミッター解除はどれくらいで終わる。」

「三、いや二分くれ。凶獣の稼働データと合わせる。」

「・・・よし。では本作戦では織斑・志垣・篠ノ之の三名による目標の追跡及び撃墜を目的とする。作戦開始は三十分後。各員、ただちに準備にかかれ。」

 

 ぱん、と織斑先生が手を叩く。それを皮切りに教師陣はバックアップに必要な機材の設営をはじめた。

 

「旺牙、早くしろ。リミッター解除以外にもやることは色々あるんだ。」

「了解です。」

 

 再び凶獣を纏った俺に、ケーブル刺される。

 今までリミッターなんて振り切ってきたと思っていた。だが、さらに上があるのか。紅椿ほどじゃないが、こいつも化け物だな。

 

「リミッター解除後は、お前でも未知の領域だ。意識を持っていかれるなよ。」

「はい。」

「それと、俺の勘だが、また奴らが現れる。気を引き締めて行け。」

「・・・はい。」

 

 また覇王軍か。奴ら、やけにIS学園に固執しているが、なにが目的なんだ。

 

「エネルギーも問題なし、っと。後はお前らで作戦会議でもしてこい。」

「ありがとうございます。」

 

 俺の準備は整った。さて、一夏たちは。

 

「ああもうっ、どうして皆さんわたくしの邪魔をしますの!?」

 

 セシリアがキレてた。あのさぁ・・・、もっとこう、緊張感とかさぁ・・・。その場は一応一夏が治めたが、なんだかなあ。

 

「ともかく、アレね。今回の作戦上、一夏の零落白夜が鍵なんだから、瞬時加速は使うんじゃないわよ。あれ、エネルギー消耗激しいから。」

「防御面は旺牙に一任した方がいいね。その分を白式の攻撃に回せるから。」

「任されよう。」

 

 大丈夫だ。『昔の仕事』をこなせばいい。それだけだ。

 

「旺牙・・・。」

「ん?どうした簪。」

「なにか、なにか嫌な予感がする・・・。気を付けて。」

「・・・大丈夫だ。パパっと終わらせるさ、一夏が。」

「だー!そういう緊張するようなこと言うなよ!」

 

 そのあとはみんなが揃っての作戦会議になった。

 大丈夫。必ず成功する。もしふたりに危機が迫っても、必ず守ってみせる。

 

 

 

 

 時刻は十一時半。

 七月の空はこれでもかとばかりに晴れ渡り、容赦のない陽光が降り注いでいる。

 砂浜で俺たちは三角形に立ち、目を合わせてうなずいた。

 

「来い、白式。」

「行くぞ、紅椿。」

「凶獣。」

 

 三人がISを身に纏う。それと同時にPICによる浮遊感、パワーアシストによる力の充満感とで全身の感覚が変化した。

 

「じゃあ、箒。よろしく頼む。」

「本来なら女の上に男が乗るなど私のプライドが許さないが、今回だけは特別だぞ。」

「な~にがプライドだ。嬉しそうにしやがって。」

「なにか言ったか。」

「い~えなにも。」

 

 作戦の性質上、移動のすべてを箒に任せるので、白式が紅椿に乗る形になる。凶獣は移動だけでかなりのエネルギーを食うので、完全に盾役に徹する。いざという時防御兵装が使用できなくては俺がいる意味がない。

 だが、安東先生の懸念はあくまで覇王軍。奴らが出てきた時、対処するのが俺の真の役目だ。

 

「それにしても、たまたま私たちがいたことが幸いしたな。私と一夏が力を合わせればできないことなどない。そうだろう?」

 

 俺を忘れないで?

 

「ああ、そうだな。でも箒、先生たちも言っていたけどこれは訓練じゃないんだ。実戦では何が起きるかわからない。十分に注意をして―――」

「無論、わかっているさ。ふふ、どうした?怖いのか?」

「そうじゃねえって。あのな、箒―――」

「ははっ、心配するな。お前はちゃんと私が運んでいる。大船に乗ったつもりでいればいいさ。」

「・・・・・・。」

 

 不味いな。努力なく力を手に入れた人間の典型的パターンにはまっている。自分の力が絶対だ、って状況だ。戦闘面でも、精神面でも調子に乗ってる。こういう時は真摯に説くか、それ以上の力でねじ伏せて上には上があるということを刻み込まないといけない。俺のように。だが、今はその両方の時間すらない。

 

『織斑、篠ノ之、志垣、聞こえるか?』

 

 ISのオープン・チャンネルから織斑先生の声が聞こえる。俺たちはうなずいて返事をした。

 

『今回の作戦の要は一撃必殺だ。短時間での決着を心がけろ。」

「了解。」

「織斑先生、私は状況に応じて一夏のサポートをすればよろしいですか?」

『そうだな。だが、無理はするな。お前はその専用機を使いはじめてからの実戦経験は皆無だ。突然、なにかしらの問題が出るとも限らない。』

「わかりました。できる範囲で支援をします。」

 

 表面上は冷静だが、どこか浮足立っている。これはかなり心配だな。

 

『旺牙。』

「はい。」

 

 プライベート・チャンネルが届く。安東先生だ。

 

『予感は当たったみたいだ。月匣が張られている。しかも福音を中心としてな。上級侵魔がいることが確定した。注意しろ。』

「―――了解。」

 

 さて、これでさらにこの任務が難しくなった。

 それでも、三人揃って帰還させるのが仕事というのは変わらない。

 チャンネルがオープンに切り替わり、織斑先生が号令をかけた。

 

『では、はじめ!』

 

 ―――作戦、開始。

 

 俺と箒は一気に上空三百メートルまで飛翔した。

 嘘だろ!?こっちはリミッター解除済みで、紅椿は白式という重り付なんだぞ!それが、ついていくので精いっぱいだのか!マジでとんでもないスペックだ。

 さらに上昇は続き、あっという間に目標高度五百メートルに達した。この間、数秒しか経っていない。

 

「暫時衛星リンク確立・・・情報照合完了。目標の現在位置を確認。―――一夏、一気に行くぞ!遅れるなよ、旺牙!」

「お、おう!」

「承知!」

 

 月匣が張られているのに、内部の福音を捉えることができた。これは間違いなく、誘いだ。

 わかっていても飛び込むのは嫌だが、仕方あるまい。

 

「!旺牙!空が!」

「紅い月、だと?」

「戸惑うな!このまま突っ込むぞ!」

 

 スピードを落とさず、福音の居場所を目指す。どうせ敵もそこにいる。

 

「見えたぞ、一夏!」

「!!」

 

 ハイパーセンサーの視覚情報が自分の感覚のように目標を映し出す。

『銀の福音』はその名にふさわしく全身が銀色に輝いていた。

 だが、俺にとってはそれ以上の『敵』が、福音の近くに侍っていた。

 

「トルトゥーラーーーーーッ!!」

「ホーホッホッホ!お久しぶりですね、ウィザード。」

 

 二メートルを超える痩せ細った魔導師然とした侵魔、トルトゥーラ。よりにもよって奴が!

 

「奴は、クラス対抗戦の時の!」

「ホッホッホッ。覚えが良くて大変結構。改めまして、わたしが『賢きトルトゥーラ』。覇王軍最高の頭脳の持ち主にて魔導の使い手です。」

 

 トルトゥーラは恭しく頭を下げる。まあ、心の中じゃあ俺たちを嘲笑っているのは確実だがな。

 

「一夏、箒。作戦変更だ。俺が奴の相手をする。お前たちは福音の相手を。」

「お、おい。大丈夫なのか?」

「今回の任務を忘れるな。とりあえず福音を止めることだ。おまけの奴のことは気にするな。」

「だが・・・。」

「『目的』を間違えるな!」

「「!?」」

「なあに、俺が壁になるのは想定済みだろ。それに俺は、一度奴に勝っている。」

 

 気楽に言ったが、トルトゥーラの本気はクラス対抗戦の時とは別と思っている。抑える時間はそう長くないだろう。それに、奴が素直に俺とタイマンはるとは思えない。

 だが、それでも、俺たちはみんなで帰るんだ。

 

「・・・すまない、旺牙!」

「福音を倒したら、直ぐに戻る!」

 

 ふたりには福音を任せ、俺はトルトゥーラに対し構える。

 その瞬間、『一夏』に対してノーモーションで魔法を放った。

 俺はその射線上に入り防御する。

 

「早速背中を狙うたぁ、相変わらず性根が腐ってんな。」

「ええ。わたしは愚弟とは違いますから。」

 

 姑息な真似を・・・。だが、これは予想以上に辛いぞ。

 ふたりを狙われたら、すぐさま援護しなくてはならない。その上で、トルトゥーラを倒さなければならない。両方やらなくちゃなんとやら、なんの漫画だったっけ?

 

「ふん。そんな顔をしなくても、最初は貴方を塵としてあげますよ。あの時の屈辱、十倍、いや百倍にして返してくれる!本命はその後です。」

「・・・へっ。そうかい。お前も案外『小さいな』。」

「・・・・・・せめて一瞬で消し去って差し上げようかと思いましたが、どうやら嬲り殺しがご希望のようで!」

 

 相変わらず煽り耐性ゼロかよ。よく軍師なんて名乗ってられるな。

 

「さあ、これが受けられますか!」

 

 放たれたはヴォーティカルカノン。防御に構えるが・・・。

 

「う、ぐおっ。」

 

 受け止めた奴の魔法は、以前よりパワーアップしていた。

 いや違う。以前のトルトゥーラが本気じゃなかったんだ。

 これは耐えきるのは難しいかもしれない。一夏たちにはああ言ったが、ここで倒せるものなら倒しておきたい。専用機全員でかかっても、みんなを守りながらの戦闘はちとキツイ。

 

「やはり耐えますか。では、こんなのは如何です?」

 

 トルトゥーラの眼前に、赤い球体が現れた。なんだ、その不気味な球は。

 

「地獄のフルコースを堪能なさい!」

 

 !これは、避けた方が良さそうだが、いかん!間に合わない!

 

「ううおおおおおおーっ!?」

 

 赤い球体の中で、見える。『地獄』が。

 

 針の山、血の池、飢餓、灼熱。洋の東西を問わず様々な地獄の光景を見せられる。

 そして、それに苦しむ俺の姿も。

 

「どうです?痛いでしょう?苦しいでしょう?貴方なら確実に落ちる場所。今のうちに堪能しておきなさい。」

 

 確かに痛い。確かに苦しい。だが。

 

「それがどうした。」

 

 球体を弾き飛ばすように、龍を爆発させた。少し疲れたが、ダメージはゼロだ。

 

「こちとらウィザードとして何度も修羅場くぐってんだ。こんな精神攻撃に惑わされるほど軟じゃねえ。」

「ふむ・・・。気合で打ち消すとは、当てが外れましたね。ですが、あちらはどうなっているんでしょうね?」

 

 あちら?まさか、福音になにか仕掛けてあるのか!?

 

「一夏!?」

「うおおおっ!!」

 

 一夏が瞬時加速と零落白夜の両方を行い、福音の光弾をかき消した。なぜだ!?そんなことをしたらエネルギーが!

 

「何をしている!?せっかくのチャンスに―――」

「船がいるんだ!海上は先生たちが封鎖したはずなのに―――ああくそっ、密漁船か!」

 

 こんな時に!いや、待て。本来月匣は結界だ。イノセントが入ってこれるはずがない。入ってこれるのは、『ルーラー』が招き入れた場合・・・、まさか!?

 

「おやおや、不思議なことがあるんですねえ。ホッホッホ。」

「この、下衆がっ!」

 

 こいつ、一夏なら犯罪者だろうと守ると見越して!

 案の定、《雪片弐型》の光が消え、展開装甲が閉じる。エネルギー切れ。この作戦は、失敗だ。

 

「馬鹿者!犯罪者などをかばって・・・、そんなやつらは―――!」

「箒!!」

「ッ―――!?」

「箒、そんな―――そんな寂しいことは言うな。言うなよ。力を手にしたら、弱いヤツのことが見えなくなるなんて・・・どうしたんだよ、箒。らしくない。全然らしくないぜ。」

「わ、私、は・・・。」

 

 明らかな動揺をそのに浮かべ、それを隠すかのように手で覆う。その時に落としたが空中で光の粒子へと消えたのを見て、俺は驚愕した。

 

(具現維持限界・・・!やばい―――!!)

 

 ふたりの元へ行こうにもトルトゥーラの魔法が襲い来る。

 

「おやおやどこへ行くんです?寂しいじゃありませんか。」

「こ、の・・・、邪魔だーーーっ!!」

 

 邪魔だ!邪魔だっ!邪魔だっっ!!

 早くしないとふたりが!

 だが、俺のあがきは空しく、白式は紅椿と福音が放った光弾の間に入り、そして―――

 

「ぐああああっ!!」

 

 すでに白式のエネルギーはわずかだった。そんな状態であの斉射を受けたら、最悪―――

 一夏は海へと落ちる中、箒を抱きしめる。せめて衝撃を緩和しようと庇ったのだろう。

 大きな水音と共に、ふたりは海に落ちていった。

 

「あ、ああ、ああああっ・・・。」

 

 俺の、俺のせいだ。俺がトルトゥーラなんか無視して、ふたりの援護にまわっていれば・・・。

 

「ああなんということでしょう!どこかの誰かさんがしっかりしていれば、こんなことには!」

 

 仮面の下で、奴が笑う。こいつさえ、こいつさえいなければ。

 

「貴様ーーーーーーっ!!」

 

 全身の血液が沸騰しそうになる。

 だが、キレる直前、声が聞こえた。

 

「・・ちかぁ。いちかぁ。一夏!」

「箒!お前は無事なのか!?」

「旺牙・・・。一夏が、私を庇って・・・。」

「お前はまだ飛べるか?」

「え?あ、ああ。

「よし!ならお前は一夏を連れて全力で戻れ!」

「ま、待て!お前は・・・。」

「殿ってやつだ。お前らが安全圏に逃げるまで、こいつらを抑える。」

「だ、だが・・・。」

「いいから行け!今の一夏はお前じゃなきゃ助けられない!お前らふたりを守り切る自信もない!とにかく逃げるんだ!」

「・・・ッ!」

 

 残り少ないだろうエネルギーを使い、のろのろと旅館のへと向かう紅椿。

 

「させませんよ。」

「それこそさせねえよ。」

 

 トルトゥーラの魔法が放たれそうになった時、その腕を天に向けて蹴り上げる。

 

「福音は動かさないのか?」

「忌々しいことですが、結界のようなものが張られていましてね。『動かせない』んですよ。まあ、こんな玩具に頼らなくとも、貴方方を抹殺するには充分。」

 

 結界?いったいなんだ?アメリカやイスラエルにそんなことが出来る人間がいるのか?

 

「しかし、貴方といつまでも戦うのはいささか面倒です。ですので・・・。」

 

 今度は青い球体を作り始める。そしてそれを。

 

「キィエエエエッ!」

 

 投げつけてきた。こいつ、意外と芸が無いのか?簡単に避けられる。

 

「かかりましたね!」

 

 躱した球体が、ぐるりと方向を変えて俺に向かってくる。ミスった!追尾式か!だが、受け切ってみせる。

 ブオン!という音と共に、俺を飲み込む球体。

 

(なん、なんだこれ。出れない。くそ、意識、が・・・。)

 

 

   ◇

 

 

 

「旺牙、何をしている。」

「うわったっ、たっ、とっ?」

 

 目が開いたら、そこには安東先生のドアップ顔が。あー、びっくりした。

 あれ?俺、さっきまで侵魔と戦ってた、ような。

 

「もう全員の準備ができてる。一番ウィザード歴が長いお前がそんなんでどうする。」

 

 準備?いったい何の?

 

「今日こそは負けないぜ、旺牙。」

「何を言っている。連敗続きのくせに。」

「まあ、旺牙さんがわたくしたちの中で突出しているのはわかりますわ。」

「でも、もっとこう、あたしたちも出来るんだってとこ見せたいわよね。」

「うん。いつまでも旺牙ばっかりに頼ってるのも情けないしね。」

「嫁と相棒とチームを組むのは私だ。異論は―――」

「ラウラ、ちゃっかり旺牙を取らないで。」

 

 みんな、みんながなぜここに?というか、

 

「ここは、どこだ?」

 

 その瞬間、安東先生の踵落としが俺を襲う。

 

「寝ぼけてんじゃねえぞ。ここは輝明学園秋葉原校の地下特訓場、というか俺の月匣の中だ。」

 

 輝明学園、だと・・・?

 

 

 

    ◇

「ホッホッホッ!なにが見えました?そこは貴方の安住の地!悪夢も、地獄も通じぬなら、これはどうでしょうか?やすらぎの夢に、消えておしまいなさい!」

 

 

    ◆     ◆     ◆

 

「え・・・?」

「どうした、山田先生。」

「凶獣、バイタルサイン、消滅、しました・・・。」

「なん・・・だと・・・?」

「・・・・・・。」




ただでさえ駄文なのに長くてすいませんでした。

それと福音戦ですが・・・、大幅カット、または全カットになりそうです。旺牙の描写を考えて書くとヒロインズの戦いや一夏の復活が入らなくなりそうなので、あらかじめ伝えておきます。ご了承ください。

言い遅れましたが、トルトゥーラの最後の技は某装甲悪鬼からいただきました。わかった人は何人いるかな?


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FLY INTO THE NIGHT

本文中にヒロインたちのNWのクラスが出てきますが、意味はありません。恐らくイメージにもあっていません。何人かはイメージに沿って考えましたが、全員が箒機士だとつまらないんだもん。

それと、皆様誤字報告、ありがとうございます。自分じゃちゃんとやったつもりでも、どうしても出てきちゃうんですよね。

旺牙)セプク案件か?

作者)旺牙!?死んだはずじゃ?

旺牙)残念だったな、トリックだよ。

※誤字報告をしてくれる方々、本当に感謝しています


「凶獣の、志垣のバイタルサインの消失、だと?」

「・・・はい。こちらから何度も通信していますが、一度も返ってきません。」

 

 普段の冷静な千冬も言葉を失い、現状を口にする真耶の目に涙が滲みだす。

 データだけなので、目撃者がいない。正確には戦闘中行方不明『MIA』。だが、敵対していた存在がそもそも正体不明。もし、ISの絶対防御も効かない相手だったら。『志垣旺牙の死』を想像したふたりの血の気が引いていく。

 だが、この場で唯一冷静な者がいた。

 

「失敗、か。だが織斑と篠ノ之の撤退を助けたことは、まあまあだったな。」

「・・・貴様、今、何といった?」

 

 怒りのより、千冬の周囲にオーラが見えるほどだった。だが、その中に悲しみが混じっているのは、それを向けられている一樹にしかわからない。

 

「お前も聞いたんだろ。あいつのと俺の『前世』を、いままで何をしてきたかを。」

「ああ。そしてあいつがお前をどれだけ慕っていたかも理解している。・・・弟子が死んだかもしれんのだぞ。なぜ平然としていられる。」

「織斑が負傷したと聞いた時、お前は平静を装っていたな。」

「それと同じだと?」

「いや、別に。ただ、ふたりの殿を請け負ったのは評価してやっても―――」

 

 パアンッ!!

 乾いた音が部屋に木霊する。

 

「お前はいつもそうだ。昔から達観していて、まるで―――」

 

 まるで機械のようだ。

 

「・・・そろそろ負傷者二名が戻ってくるぞ。迎えにいってやらんのか。」

 

 その言葉に、千冬は部屋を出ていった。

 

「あ、あの。安東さん・・・。」

「どうしました、山田先生。」

「えっと、すいません。手が・・・。」

 

 真耶が指摘した一樹の両手は、固く握りしめられていた。それこそ、爪が肉に食い込み、血が流れ出るほどに。

 

「別に、頬を叩かれたのが痛いだけです。山田先生は負傷者の治療ができるよう、準備をお願いします。」

「は、はい。」

 

 現段階ではほぼ無関係者に近い一樹の言葉に、思わず真耶が動き出す。

 部屋には一樹ただ一人。

 

(旺牙、お前はこのまま終わる男か?)

 

 その胸中を知る者は、誰もいない。

 

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 なんなんだ、この状況。IS学園の一年専用機持ちのみんなが、輝明学園の制服を着ている・・・。あ、結構似合ってる。じゃなくて!

 

「あー、安東先生。これはどういった状況で?」

「みんながせめてお前と同じくらい実戦で動けるようになりたいんで特訓してるっていっただろうが。何度も言わせんな。面倒くさい。」

 

 あれ?そうか、そう、だったな・・・。

 右眼は、ある。見える。

 

「すんません。ちょっと混乱してました。」

「何に混乱してるんだよ・・・。」

 

 みんなクスクス笑ってる。やだ、帰りたい。だが一夏、テメエは殺す。

 

「んじゃ、もう一度みんなのクラスを確認しとこうか。」

「え、今さらか?」

「こういうのは何度も確認して、自分の役割をはっきりさせとくのが大事なんだよ。」

 

 と、言うのは嘘で、俺が忘れてるだけだ。う!?安東先生にはバレてる!

 

「えっと、じゃあ箒から。」

「ああ、私は侍と魔剣使いだ。」

 

 まあ、これは予想通りか。

 

「ふむ、次、セシリア。」

「わたくしは箒機士専門ですわ。」

 

 ああ、たしか兵器の搭載武器に浮遊砲台ががあったな。

 

「次、鈴。」

「あたしは仙人と魔剣使いよ。槍型箒を宝貝にしてるわ。」

 

 意外とパワフルだった。

 

「ふむふむ。次、シャルロット。」

「僕は聖職者一つだよ。魔法が下手だから、ちょっと恥ずかしいな。」

 

 アハハと笑っているが君、そのパイルバンカーを振り回す気かね?

 

「えっと、ラウラは?」

「人造人間、強化人間だ。」

 

 なんとも高火力。・・・あれ、なんだか胸が締め付けられる・・・。

 

「オホン、簪は?」

「電脳使いと魔術師。電子戦は任せて。」

 

 まさにウィザード級のハッカー、いや、本当にウィザードなんだけどね。

 

「最後、一夏。」

「・・・。」

 

 ん?どうした?

 

「お前、俺が覚醒した時大笑いしただろ・・・。」

「ん~?そうだったかな?」

「白々しいな!しょうがねえな。」

「早く言えって。」

「・・・魔剣使いと、勇者。」

 

 ・・・プッ。

 

「ああ、また笑った!だから言うの嫌なんだよ、自分から勇者なんて言うの!」

「い、いや一夏。勇者というのは大事だぞ!対侵魔の決戦存在なんだからな!」

「そして儚く散りやすいのも勇者だ。」

 

 ひゅ~っと冷たい風が吹く。あれ、今夏だよな。それとも月匣内だからかな?

 この人は、確かによくある事だけど、今言うことかい。

 俺は確かにこの人を尊敬している。男惚れしていると言ってもいい(ホモじゃないよ)。

 ただこの場を読まない性格を何とかしてほしい。

 いや、そうじゃない。わかってて、あえて言葉を選んでこの空気にしている。

 教師とは思えないイイ性格だ。

 

「よし、各自散開して独自訓練開始。わからないことは旺牙に訊け。そいつにはウィザードの特性を叩き込んである。」

「「「は、は~い。」」」

 

 妙な空気のまま、訓練開始。

 

「ねえ旺牙。」

「ん?早速何かな簪。」

 

 正直魔法はヒールとキュアしか使えないぞ。

 

「あの空気に入っていけない・・・。」

「あの空気?」

 

 簪が指さすと、そこでは一夏争奪戦が行われていた。

 まったくあいつらは・・・、散開しろって言われただろうが。

 それを先生は見ない。いや、見たしどういう状況かも知っていて止めない。

 実戦で痛い目を見ればいいと思ってるんだろうな。俺も最初はだった。

 でも、流石に止めないと一夏が可哀想か。

 

「よーしお前ら。じゃれつくのはそれぐらいにして、いい加減訓練に入れや。」

「お、旺牙~。」

「お前も情けない声を出すな、見っともない。」

 

何もしてないのにボロボロだな。

 

「「「「「一夏は(私(わたくし(あたし(僕(私)))))が鍛えるんだ。」」」」」

 

 ハハハ、一夏大人気だなあ。

 

「おーし今からビリヤードの時間だ。お前らボールな。キューが無いから蹴るぞ。」

「「「「「すいませんでした!」」」」」

 

 まったく、こいつらは。一夏がからむと暴走するんだから。

 

「お前たちはあれか?餌を前にして『待て』もできないのか。」

「しょうがないよちーちゃん。みんないっくんのことが大好きなんだから。」

 

 この声は、千冬さんと束さんか。

 

「いや、千冬姉、俺被害者だから。」

 

 スパアンッ!

 

「織斑先生だ、馬鹿者。」

「り、理不尽だ・・・。」

 

 千冬さん、何でこんな時まで出席簿持ってるんだろう。

 

「さーさーみんな。束さんの武装点検の時間だよ。はい、並んで並んでー。」

「姉さん。私の剣はまだ大丈夫そうですが。」

「なーにを仰る。刃は打ち合えば打ち合うほどすり減ってくものだよ。だからほらほら。」

「そうですか。そういうことなら、お願いします。」

「らじゃー♪にしし♪」

 

 束さんも笑顔で全員の装備を点検している。箒との姉妹仲も相変わらず、いや、何だこの違和感は。いつもの光景じゃないか。見慣れてるはずじゃないか。なのに・・・。

 

「相変わらず熱心だな、あんたら。」

 

 およ?この月匣内いに客人とは珍しい。というか先生が月匣に招き入れるのが珍しい。

 

「柊蓮司と赤羽か。」

「やっほー。」

「なんで俺だけフルネームなんだよ!?」

 

 若くして何度も世界の危機を救ってきた柊蓮司さん、一時的とはいえ世界の守護者代行を任されていた赤羽くれはさん。どちらも年齢の割にはその名を知らないほどのメジャーなウィザードだ。ちなみに、ふたりは付き合っているという噂があるが、本当なのだろうか?いいなぁ、巫女服彼女。

 ギュウッ!

 

「いってぇ!?」

「旺牙、変なこと考えてた。」

 

 するどい。

 俺の横っ腹がつままれているうちに、先生と先輩方の会話は続く。

 

「これでいい。訓練で上手くいかない者は実戦で使い物にならない。今はそれを見極める。」

「おいおい、それは厳しくはねえか?」

「訓練ができるだけマシだ。お前もそうだったろう、『下がる男』。本当に卒業できたんだろうな。」

「なんで信じないんだよ!ああ卒業できたよ、誰も信じないけど!そっちこそ海外留学出来て良かったな、『二十歳の高校二年生』!」

 

 ・・・・・・

 

「消し飛ばす。」

「ぶった切る!」

「ふたりとも、『目糞鼻糞を笑う』って知ってる?」

「「どういう意味だ!?」」

「えっとね~。」

「「いや、意味は知ってるよ!?」」

「はわっ!?」

 

 楽しそうだなあ。

 こういう光景を見てると、いまだに侵魔と戦ってるなんてことが夢のようだ。

 ん?夢?・・・夢か。

 あれ、何だ?あそこだけ暗い?

 目を凝らすと、一匹の紫の獣が俺を見ていた。

 闇の中でもはっきりわかるほど紫電を纏った獣。

 鋭い爪牙、こちらを見透かすような厳しい視線。だが、何故だろう。恐ろしさは感じない。

 

「カカカッ。そりゃそうだ。そいつは『凶獣』。お前の『相棒』なんだからな。」

「誰だ!?」

 

 俺の背後五メートルほどだろうか?岩に腰掛け、ボロボロになった衣服を纏い、『右眼に眼帯をした男』が。

 それだけじゃない。輪郭、鼻筋、口元、体格。全てが『俺』に酷似していた。違いは、残った左目が真っ赤に染まっていることか。

 

「おま、えは・・・?」

「カカ、そりゃ、『お前』だよ。」

 

 は?俺?こいつは何を言っているんだ。

 くっ!?なんだ!いきなり頭が!?

 

「旺牙!?大丈夫?」

「ぐっ、まあ、何とか・・・。」

「おいおい、ひでえじゃねえか。あいつと一緒に、迎えに来てやったのに。」

 

『俺』は獣を指さし、告げる。

 獣は『俺』を見つめたまま唸りを上げる。その後、視線を俺に移すと、慈愛の籠った瞳を見せる。

 獣。『凶獣』。『凶獣』は俺の二つ名。あれ?それだけだったか?

 もう一つ、大事な名前だった気がする。

 

「旺牙、戻ろう。ここはなんだか怖い・・・。」

「簪・・・。」

 

 簪は、少し震えながら俺の制服の裾を引っ張る。

 だが、俺は・・・。

 

「なんだ?まだ『夢』を見たりないってか?ならこれはどうだ?」

 

『俺』が指を鳴らす。すると、空間に穴が開き、そこから何かが映し出される。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

「くそ、おい!旺牙はどこにいる!」

「ホッホッホ。さあ?もうお亡くなりになっているのではないでしょうか?」

「旺牙を!旺牙を帰して!!」

「いいですよ。いいですよその憎悪!さあ、慚愧と憎悪を抱いて死んでいきなさい!」

「く、この!」

「だめですわ鈴さん!あなたは福音の操縦者を守らなくては!」

 

   ◆    ◆    ◆

 

 みんなが、侵魔と戦ってる?でも、みんなはここに・・・。

 それにあの機械はなんだ?箒機士の兵器・・・とは違う。あれはたしか・・・。

 

「「IS」」

 

 俺と『オレ』の声が重なった。

 

「カカカ、ようやくお目覚めか?俺よぉ?」

 

 夢、夢か。いつもと変わらない、いや、束さんがみんなと、箒と仲良くしてるのが、俺の希望ってわけか。

 

「気づいちゃったんだね・・・。」

「ああ、悪いな、簪。俺はここにはいられない。」

「カカ、嬢ちゃん。オレもこいつが起きてくれないとよくないんでね。」

 

 何者なんだ、こいつは。ドッペルゲンガー、でもなさそうだが。

 

「旺牙。」

「安東、先生。」

「行くんだな。」

「はい。俺にはまだ、寝ている暇はないみたいです。」

「そうか。」

 

 気が付くと、みんなが俺の前に集まっていた。トルトゥーラの見せている夢だが、俺に害する存在ではないらしい。

 俺はみんなに背を向けて歩き出す。途中で『凶獣』と『俺』が俺に溶け込んでいく。

 

『カカカ、死ぬんじゃねえぞ?お前はオレが食うんだからな。』

『グルルルルッ!』

 

 そう吠えるなよ相棒。自分自身に怯えていられるか。何を企んでいようと、何もさせないさ。

 

「旺牙!」

 

 一夏が叫ぶ。

 

「外の俺たちを頼む!それと、死ぬなよ!」

 

 さっき福音の攻撃で死にかけてたのはどこの誰だよ。ったく。

 片腕を上げ、それに応える。最早言葉も不要だった。

 

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

「くっ、あいつの攻撃、盾だけじゃ防ぎきれない!」

「攻撃も、以前一緒にいた山羊頭には通用しましたのに!」

「ホッホッホッ。わたしをあのような雑魚と同じだと思わないでください。ほら、まだまだいきますよ。」

 

 トルトゥーラの魔法が専用機持ちたちに放たれる。それは強力であり、彼女たちのシールドエネルギーを確実に削っていった。

 

(くそ、さきほどの『絢爛舞踏』がまた使えれば、皆を回復できるというのに!)

 

 箒は自らを叱咤したが、無理もない。紅椿は今日起動したばかりであり、あれほどの単一仕様も偶然発動したなもの、まだ勝手がわからないのは当然である。

 

「旺牙を、返して!旺牙を返せぇ!!」

 

 普段の、どこか気の弱い性格の簪が必死に、鬼のごとき連撃を放つ。だがそれすらも防がれ、かわされてしまう。

 

「ホホホッ。いいですよ。その表情、その攻撃。憎悪にまみれつつ、無駄にしかならないものを見るのはなんて楽しいのでしょうねぇ。」

「うわあああーーっ!!」

 

 打鉄弐式の『山嵐』が全弾発射される。トルトゥーラは動かず魔法で薙ぎ払う。

 

「しかし、いささか飽いてきました。そろそろ終わりにしましょう。まずは、貴女から。」

「え?」

 

 トルトゥーラが魔法タイプの侵魔とは思えない速度で簪の眼前に迫り、その細首を握り潰さんとする。

 

「「「簪!」」」

「う、か、はぁ・・・。」

「わたしが魔法だけのかトンボだとお思いで?貴方方を縊り殺すことぐらい簡単なんですよ?それにしても、貴女はついていませんねぇ。貴女の想い人はおそらく地獄逝き。貴女はきっと天国へ逝けますよ。貴女は心優しいようですからねえ。だからこそ残念です。あの世で再会することが出来ないなんてねぇ。」

 

 楽しそうに嗤うトルトゥーラは、外道であり下衆である。皆の怒りを込めた攻撃も、片手で止められてしまう。

 

「では、さようなら。」

(旺牙・・・ごめん・・・。)

 

 ピシッ

 

「むっ?」

 

 どこかから、何かがひび割れる音が聞こえる。それはこの空域、正確には戦場のど真ん中から。

 

 ピキッ、パキッ、パリッ

 

「何です!?この音は!?・・・は!まさか!?」

 

 バアーーーーンッ!!

 

「でぃりやーーーーーー!!」

「くわーーーーー!?」

 

 空間がガラスのように粉々になった瞬間、『紫』の影がトルトゥーラに飛びかかった。

 その『紫』はトルトゥーラを蹴り飛ばし、捕らえられていた打鉄弐式を受け止める。

 

「けほっ、けほっ。あ、あれ?私・・・。」

「よく頑張ったな、簪。もう大丈夫だ。」

 

 頭部に角、獣のような爪牙、紫の体色。腰からは機械的な尻尾が生えているが、その姿に皆は見覚えがあった。

 

「みんなもよく踏ん張ってくれた。安心しろ。俺の復活だ。」

 

 その声、もう聞けないと思っていた。

 

「お、お、」

「旺牙ーーーっ!!」

「あいよ。」

 

 侵魔を狩る者の復活である。

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

「みんな、心配かけたな。もう大丈夫だ。」

「大丈夫だ、じゃねえよ!俺は、俺たちはあいつの言葉を信じちまったんだぞ。」

「そうだ!お前が死んだと聞かされた時の気持ちがお前にわかるか!」

「全くですわ!本当に、心配をかけて・・・。」

「この、馬鹿!ホントに馬鹿よ!」

「ハハ、なんだか、力が抜けちゃった・・・。」

「私は信じていたぞ。相棒が死ぬはずないとな。」

「うえ、ぐす、おうが~。」

 

 おおう、みんなからおしかりを受けちまったい。まあ、帰還を許してくれたのもいるけど。

 てか簪さん、抱き着いてくるのは嬉しいけど、涙と鼻水が・・・。いや、黙っておこう。

 

「てか一夏、白式がちょっと変わってないか?」

「ああ、二次移行『白式・雪羅』だ。お前の凶獣も、ちょっと変わってないか?」

「ああ。簪、ちょっと離れてくれ。」

 

 まだぐずついてる簪を離し、凶獣のエネルギーを解放する。

 すると、全身を紫電が纏う。

 

「俺も二次移行『凶獣・紫電』だ。」

 

 より凶暴性を増した姿を見せつけるように体を動かす。

 

「ゲホア!?」

 

 しまった。一言も発しないから忘れていた。

 だが、トルトゥーラは肩で息をし、苦しそうにしている。

 

「ほう、お前にとってあの術を破られるってのはそれほど反動が大きいってことかい。」

「な、なぜだ!?なぜ目覚めた!?術は完全に決まったはず!貴様は夢から逃れられないはず!」

 

 夢、か。そうだな。ちょいとばっかし楽しい夢だった。俺は、たったあれだけの幸せを求めていたんだ。

 

「でもな。あれは夢。ただの夢なんだよ。安息に浸る権利は、俺にはないんだよ。」

「ぬうう。この、死にぞこないがー!」

 

 ヴォーティカルカノンが迫りくる。だが。

 

「阿呆が。」

 

 単一仕様能力『獣王悪食』、作動

 

 俺が右手を突き出すと、奴の魔法が掌に吸い込まれていく。今までは感情が昂った時しか発動しなかったが、今では自身の意思で使えるようになった。

 

「な!?ば、馬鹿な!?」

 

もう、いいだろう。終わらせよう。

 

「みんな、早速で悪いんだが、時間を三分、いや二分稼いでくれ。一撃で終わらせる。」

「さっきの単一仕様で守れないのか?」

「ああやって使うのは集中力が必要なんだ。だから・・・。」

「私たちが時間を稼げばいいんだね。」

「ふ、それぐらい、何のことは無い。」

「あたしにかかれば一人でも―――」

「鈴さんは福音の搭乗者を守ってくださいまし。」

「あ、あはは・・・。」

 

 みんな・・・。

 

「すまん、みんなの命、俺に預けてくれ。」

「「「「「了解!」」」」」

 

 俺の言葉に、鈴とシャルロット以外が散開する。シャルロットは俺たちの前で盾を構え、完全防御の構え。鈴は俺の後ろで福音の搭乗者を守る。

 先陣を切ったのは白式と紅椿。二機で懐に飛び入り、息の合ったコンビネーションで斬撃の嵐を与える。

 

「この、餓鬼どもがあ!」

「言葉遣いが悪くなってるぜ。」

「それとも、それが本性か?」

「ほざけ!」

 

 怒りを抑えられていない。奴もギリギリか。

 魔力を溜め、上級魔法の構えを取る。だが、四発の砲撃がそれを阻む。レーゲンの砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』の二門のレールカノン『ブリッツ』、そして打鉄二式の『春雷』。

 

「好きには!」

「させない。」

「く、ならば、いでよ我が眷属たち!」

 

 その言葉と共に、レッサーデーモンが十体ほど出現する。だが。

 

「わたくしをお忘れにならないでくださいまし!」

 

 ブルー・ティアーズがBT兵器により、即座に悪魔どもの頭部を打ち抜いていく。一度対峙していることもあるが、今日のBTは機動、精度ともに冴えわたっていた。

 

「ぬうううう。奴さえ、奴さえ殺せれば・・・。」

 

 トルトゥーラのヴォーティカルショットが飛んでくる。それを俺の眼前のラファールが難なく受け止める。

 

「ありがとよ、シャルロット!」

「僕がいる限り、ここから先に通させはしないよ!」

「いい加減になさい、この死にぞこないどもが!はぐわあああぁ!?」

 

 トルトゥーラが炎を纏って苦しみだす。

 

「あたしだって、これぐらいの援護は出来るわよ!」

 

 甲龍のパッケージ『崩山』の拡散衝撃砲が文字通り火を噴いた。

 

「殺す・・・、この痛みを全て返し、心を折り、肉体を蝕み、魂すら辱めてくれる・・・。」

「残念だが、そいつは無理な相談だ。」

 

 みんなのお陰で、龍は完全に練れたからな。

 

「終わりにしようか、トルトゥーラ。」

「あ、ああ。ま、待て、待てーーーっ!」

 

『破を念じて、龍(りゅう)と成せ!』

 

「おおおお!竜王爆功撃!!」

 

 龍のオーラ纏い、俺の最大の蹴りで穿つ。

 

「く、来るな!来るなあああっ!」

「ぜああああああっ!!」

 

 そして。

 ズバァンッッ!!

 直撃したトルトゥーラの体は、中ほどから上半身と下半身に裂けた。

 

「キィエエエエアアアアア!?」

 

 海に落ちながら、炎に身を焼かれ消滅していく。

 その残骸まで消滅した時、空の紅い月は晴れ、夏の暑さが残る夕闇に包まれる。

 だが、それは爽やかさすら感じ取れるものだった。

 

「終わった・・・。」

 

 誰の声だったか、ポツリと呟く。

 

「ああ、終わったよ。今度こそ、な。」




やだ、柊とくれはの出番少なすぎ・・・。
自分にはこれが限界だったんじゃ~、許してくれ~。



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だんだん心魅かれてく

旺牙)貴様、前回の後書きに説明を入れ忘れたな?

作者)いや、いきなり大量の情報を押し付けるのもいけないと思って。

旺牙)魔空龍円刃!

作者)最近厳しくねーっ!?


「作戦完了―――と言いたいところだが、お前たちは独自行動により重大な違反を犯した。帰ったらすぐに反省文の提出と懲罰用の特別トレーニングを用意してやるから、そのつもりでいろ。」

「・・・はい。」

 

 戦士たちの帰還に、鬼の教官殿はそれはそれは冷たい言葉をくれた。

 腕組みで待っていた織斑先生に俺たちはきつく言われ、勝利の感触さえおぼろげだ。今は大広間で全員正座。この状態でもう三十分は過ぎた気がする。個人的にはこれくらい物の数ではないのだが、セシリアが限界だ。顔色が真っ赤になったり真っ青になったり。これはかなりの危険信号だ。

 俺は違反行動をしていないって?勝手に殿を請け負って、そのまま敵の罠にかかったのが良くなかったらしい。もう一人の鬼がそう言ってた。

 

「あ、あの、織斑先生。もうそろそろそのへんで・・・。け、けが人もいますし、ね?」

「ふん・・・。」

 

 怒り心頭の織斑先生に対して、山田先生はおろおろわたわたとしている。さっきから救急箱を持ってきたり、水分補給パックを持ってきたりと忙しい。しかし、なぜこの人を見ていると小動物を見ている気分になるんだろう?

 

「じゃ、じゃあ、一度休憩してから診断しましょうか。ちゃんと服を脱いで全身見せてくださいね。―――あっ!だ、男女別ですよ!わかってますか、織斑君、志垣君!?」

 

 ・・・いや、わかってますがな。ちょっと意地悪してやる。

 

「あー、そんな目で俺たち見てたんだぁ。ひでぇな山田先生。」

「え、あ、その、ごめんなさい・・・。」

「こらこら、山田先生イジメるな。」

 

 チュドンッ!!

 鋭いリバーブローが突き刺さる。

 

「・・・すいませんでした。」

「男子の診断は俺だ。さっさと別室に行くぞ。」

 

 安東先生に従い、俺は大広間から出た。

 

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

 

 うわ、気まずい。久しぶりの邂逅に気合を入れたはいいが、何もできずにみんなの力を借りてやっと勝利を手繰り寄せた。余裕のようで、実際は薄氷の上の勝利だった。信頼していたとはいえ、みんなに何かがあったらと思うと・・・。

 

「ウィザードは一人で戦うものじゃない。最後に全員の力を借りた判断は悪くないと思っている。」

 

 え?

 

「捕らえられたのは減点だが、そうだな、七十点と言ったところか。」

 

 この人がこうも褒めるなんて。

 

「俺、死ぬんですか?」

「何言ってんだお前。」

 

 ・・・これは、自信を持っていいんだろうか?

 

「まぁ、お前の理想は防衛だからな。誰かを守りながら戦う、厳しい道だが、決めたからには貫き通せよ。」

「・・・はい!」

「「「「「「とっとと出てけ!」」」」」」

 

 六人の女子の怒声に押されるように、一夏が廊下に転がりでてきた。

 まったく、女難の相とはよく言うが、こいつは・・・。ていうか簪の肌は見てないだろうな。見てたら圧縮してよくわからないグロい物質にしてやる。

 ・・・なぜに俺は最近簪の事となると変になるんだ?

 

「あ、安東、その、先生。」

「うむ。安東先生だよ。」

 

 うーんこの絶妙な爽やかじゃない感。

 

「先生も、今回の俺たちの行動は、」

「教師として、指揮官としては減点だ。」

 

 一夏が何かを言い切るまえに、先生は評価を下す。

 

「う・・・。」

「だが、君は生きて帰ってきたし、全員が生還できた。自信を持て。まだ未熟だが、君には人を救う力がある。」

「・・・はい!」

 

 そう言って、救急キットを持って先を行く安東先生。

 

「なあ、旺牙。」

「なにかね一夏。」

「安東先生って、すごい人なのか?」

「飴と鞭の配分が上手いんだよ。」

 

 そういうところも変わっていない先生に、俺も変わらず男惚れしている。

 ・・・だからホモじゃないよ!?

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「ね、ね、結局なんだったの?おしえてよ~。」

「・・・ダメ。機密だから。」

 

 少し離れた席で、ぱくぱくと夕食を食べるシャルロットに一年女子が数名群がってあれやこれやと訊いている。おそらく一番取っつきやすい彼女なら訊けると思ったのだろうが、そいつは無理だ。シャルロットは優しそうでいて専用機持ちの中では一番責任感が強い。

 

「ちえ~。シャルロットってばお堅いぁ。」

「あのねぇ、聞いたら制約つくんだよ?いいの?」

「あー・・・それは困るかなぁ。」

「だったら、はい。この話はこれでおしまい。もう何も答えないよ。」

「ぶーぶー。」

 

 やるなシャルロット。同学年の女子なら軽くあしらうか。一見して妹キャラや貴族のお嬢さんキャラに思えるが、案外お姉さんキャラがあっているのかもしれない。セシリア?同じ貴族のお嬢さんでも方向性が違うだろ。

 テーブルでは果敢にもラウラに突撃してる女子がいるが、それこそ無茶だろう。昔から言うだろう。ドイツ人は規則に厳しい。軍人ならなおさらだ。

 ところで、俺の周りの女子たちも俺をちらちら見ている。そろそろ鬱陶しくなってきたぞ・・・。

 

「・・・何用かね君たち。」

「いやぁ、志垣君のことだから絶対に喋らないだろうけど。」

「なにかの拍子でポロっと零れないかなっと。」

「・・・言わねえよ。見くびるな。」

「うーむ、やはり堅いか・・・。」

「あのなあ、お前らは制約がつくし、後ろ盾のない俺は下手すりゃ査問委員会に呼ばれちまうんだ。下手すりゃ一生塀の中。それでも聞きたいか?」

「え、遠慮しておきます・・・。」

 

 うーん。やはり俺にはシャルロットのように受け流すような大人の対応が出来ん。脅すように言ってしまう。どうしてここまで差が出来た。

 

「・・・。」

「・・・。」

「なんだよ、ぼーっとして。お前らも聞きたいのか?」

「「あ、そうじゃなくて。」」

 

 声が重なった。沙紀に萌、ここまで息があったコンビだったとは。

 

「じゃあ何で心ここにあらず、って顔してたんだよ。」

「え!?そんな顔してた!?」

「ああ、ばっちり。」

「うぅ。」

 

 萌は顔を真っ赤にして俯いてしまった。ふれないほうがよかったか?

 沙紀は沙紀で、浮かない表情に変化した。

 

「・・・私もIS学園の生徒だから、特殊任務行動いうのが何を意味しているのか、少しはわかるよ。危ない事、なんだよね。」

 

 そうしてあげた顔は、悟ったような困ったような、不思議な顔だった。

 

「だから、これだけ言わせて。みんな、無事でよかった。」

 

 あー、照れるようなこと言わないでくれます?

 

「おー、しおーが耳まで真っ赤だ。」

 

 うるさいよ本音。

 それにしても一夏たちの周りはいつも賑やかだな(現実逃避)。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

「ふう・・・。」

 

 温泉に浸かり、ほどよく温まった体に、夏の夜風が当たる。いつもなら蒸し暑い不快な風も、今は爽やかに流れている。これも旅館の人気の一つなのだろうか。

 俺は今、壁が無く外が解放されている廊下に腰掛けている。砂が入ってこないか心配に思ったが、そもそもの造りがそうならないようになっているらしい。

 

「なんとも濃い臨海学校だったな。」

 

 呟きながらペットボトルのお茶を飲む。若干ぬるくしておいたのが、体にしみる。

 周囲の時間が止まったような感覚の中で、客が来たことを感じる。

 

「よう、簪。お前も座れよ、いい気持ちだぞ。」

「女子はずっと前にお風呂を出たよ。でも、そう言うなら、お邪魔します。」

 

 簪が俺の隣に座る。風呂はもう入ったと言っていたが、まだ体の火照りが治まっていないのか、首筋の赤が消えて切っていない。

 俺は月匣からジュース、お茶、紅茶を出して彼女の前に広げる。

 

「どれがいい?」

「旺牙って、たまにどこからともなく物を出すよね。」

「ふふふ、俺は『魔法』が使えるのだよ。」

「すごい『魔法使いさん』だ。じゃあ、お茶を頂くね。」

 

 残った飲み物は簪の目を盗んで月匣にしまう。本来はこういう使い方じゃなかったはずなんだが、安東先生の影響でなんともずぼらになってしまった。

 

 さああぁ・・・。

 

 風が一陣、優しく流れる。

 俺たちは何を言うでもなく、並んで座っていた。

 穏やかな沈黙が訪れる。

 

「心配、したんだよ。」

 

 その沈黙を、簪が静かに破る。

 

「旺牙がMIA認定された時、頭の中がぐちゃぐちゃになって、目の前が真っ白になって、でも私は代表候補生だから、みんなの前で泣くことなんて、出来なかった。泣く時間なんてなかった。みんなと一緒に福音を止めに行くことが私にできる、私がしなくちゃいけないことだったから。」

「ああ、間違ってない。」

「でも、『あいつ』が現れた時が、限界だった。もう体中から怒りが溢れ出して、血液も沸騰しそうで、なにより自分が憎しみに囚われていくのが、怖かった。旺牙が居ないのが怖くて、泣きたくなった。」

「・・・・・・。」

 

 簪が目尻を拭う仕草する。

 そして俺との距離を詰め、肩に頭をつける。

 俺の心臓の鼓動が早くなる。そして簪のも。

 

「ありがとう、帰ってきてくれて。ありがとう、助けてくれて。」

「・・・ああ、俺からも、ありがとう。助けてくれて。信じてくれて。」

 

 まったく、女ってのは狡いや。自分が困ってることを伝えると、男がどう応えるかを無意識に理解している。だが、それでいいものだと思う。古来から、男の最高の褒美は女の笑顔なのだから。

 女尊男卑の世になってそれが崩れたように思えるが、本当に良い女はいつでも美しい。

 そもそも、最近の俺は簪に魅かれている。いや認めよう。もう、惚れている。

 いつからだろうか。出会ってまだ数ヶ月、自分で言うのもなんだが、ちょろい。だが、それでいいと思う。

 恋愛とは、惚れた方が負けであるとよく言う。本当にそうだろうか。少なくとも俺は、毎日が楽しい。彼女といられることが、とんでもなく嬉しい。

 今の俺は負けたのに楽しんでいる。負けて得るもの、それは胸の高鳴り。俺はそう思う。

 だから、今はこの時間を楽しみたい。ふたりでいる、この時間を。

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

「いいの、沙紀。あのふたり、随分良いムードだけど?」

「それを言うなら萌だって。最近旺牙君のこと気になってるんでしょ?」

「あ、ええ、私?あ、あはは。」

「いいよ。隠さなくても。」

「はあ。私は見てる方が楽しかったのにな。」

 

 廊下の角、ふたつの影が旺牙と簪を見つめていた。

 旺牙を想うのは簪だけではない。ふたりもまた、いつの間にか旺牙に心奪われた乙女たちだ。

 彼女たちも同じ。惚れることが敗北なら、その胸の高鳴り、ときめきを楽しんでいる。

 でもふたりとも。早くしないと、本当の意味で負けてしまうぞ?

 

(負けないからね、簪。)

 

 恋する乙女の夜も長い。

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 翌朝。朝食を終えて、すぐにIS及び専用装備の撤収作業に当たる。

 そうこうして十時を過ぎたところで作業は終了。全員がクラス別のバスに乗り込む。昼食は、帰り道のサービスエリアで取るらしい。・・・この人数を?と思ってしまう。

 

「あ~・・・。」

 

 一夏殿がまた死んでおられる。この人でなし、とは誰に言えばいい?きっとブーメランのように一夏に刺さるだろう。

 

「すまん・・・誰か、飲み物持ってないか・・・?」

 

 すげえ、本当に死にそうな声だ。

 

「・・・ツバでも飲んでいろ。」

「知りませんわ。」

「あるけどあげない。」

 

 順にラウラ、セシリア、シャルロット。別のバスなので鈴はいないが、いても同じ状況だろう。しかしシャルロット、あるんならあげなよ・・・ッと思ったが、どうせ原因は一夏だ。どうでもいい。

 最後の希望をと、箒へ視線を向ける

 

「なっ・・・何を見ているか!」

 

 ボッと赤くなったと思ったら、手刀を繰り出していた。

 

「ふ、ふん・・・。」

 

 ここまでひどいとは・・・。一体何があった?

 

「うー・・・しんど・・・。」

「「「「い、一夏っ」」」」

「はい?」

 

 コントのようなことをやっていると、社内に見知らぬ女性が入ってきた。

 

「ねぇ、織斑一夏くんっているかしら?」

「あ、はい。俺ですけど。」

 

 どうやら一夏への客人のようだ。

 その女性は、おそらく二十歳くらい。少なくとも高校生、ハイスクールに通う年齢には見えない。おっとこれは失礼だな。鮮やかな金髪が夏の日差しで輝いている。

 服装は格好いいブルーのサマースーツを着ている。といっても織斑先生のようなビジネススーツではなく、おしゃれ全開のカジュアルスーツ。開いた胸元からはりっぱな双子山がわずかに・・・痛い痛い。沙紀さん、あの、見てないので太ももをつねるのはやめてください。ウィザードでもそれは痛い。

 

「君がそうなんだ。へぇ。」

 

 女性はそう言うと、一夏を興味深そうに眺める。品定めをしているわけでも悪意を持っているわけでもなく、どうも純粋に好奇心で観察しているといった感じだ。

 

「あ、あの、あなたは・・・?」

「私はナターシャ・ファイルス。『銀の福音』の操縦者よ。」

「え―――」

「ちゅっ・・・。これはお礼。ありがとう、白いナイトさん。」

「え、あ、う、・・・?」

「そこのビーストさんも、今度お話しましょ。バーイ。」

 

 一夏の頬には軽いキスを、俺には投げキッスをした。え?ナニコレ。

 そのままひらひらと手を振ってバスから降りるナターシャさんを、俺たちはぼーっとしたまま手を振り返して見送る。

 うん。俺も一夏も嫌な予感に変な汗が湧いてきた。

 

「ちょっと待ってほし―――」

「「問答無用。」」

 

 沙紀からは脇腹と太ももを思い切りつねられ、止めに萌に首を『コキャッ』とされた。

 四組にいるはずの簪の念のようなものが飛んできたのを最後に、俺は意識を失った。

 それから昼食になるまで、誰も起こしてくれなかったのが悲しかった。




次回から新章突入!まあ、やることは変わらないんですがね。

前回やらなかった解説コーナー

仙人・・天地自然の気の流れを操るすべを鍛錬によって会得した者たち。仙人だからといって長寿や不老不死キャラを作る必要はなく、修行中の者が殆どである。


強化人間・・侵魔との戦闘を想定して戦闘技術に特化した訓練、教育、身体強化を施された人類。まさに対侵魔用の決戦兵器と化した者たちである。


侍・・主に刀を使う者たち。様々な『構え』から剛剣を繰り出したり、鋭い一閃を払う。『秘技』によっては刀以外の武器も使用可能。


電脳使い・・コンピューター技術を極めて世界を支えるウィザード。特殊な道具を介し、魔法を操る。


聖職者・・神の代理人として侵魔と戦う者たち。神への信仰、神からの祝福を武器に戦う。前衛、後衛、どちらにも組めるクラスだと作者は思っている。


勇者・・世界によって選ばれた、または産まれた存在。どうにもならない危機を解決し、倒せない敵を打ち破るのが使命である。


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覇王進撃編
夏、凶獣、技研にて


旺牙)俺って惚れっぽいのか?

作者)というか人の温もりを欲している。

旺牙)うーむ。

作者)はっはっはっ。悩め若人。


 やあみんな、こんにちは。旺牙お兄さんだよ!

 八月に入ってより一層暑くなってきたね!

 IS学園は他の学校よりちょっと遅れて夏休み。帰省した生徒、学園に残った生徒、色々な子たちがいるよ。

 お兄さんは今レゾナンス発のモノレールにふたりで乗っているよ。

 

「はあぁぁぁ・・・。」

「溜息は幸せが逃げるぞ。」

 

 隣にいるのが簪だったら良かったのにな・・・。

 

「女に現を抜かすな、とは言わんが、もう少し態度を控えろよ。そんな苦虫を嚙み潰したような顔をしてると人まで逃げていくぞ。」

「うるさいやい。」

 

 なんだよ、なんだよ。なんでちょうどこの日なんだよ・・・。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

「映画?」

「あ、ああ。本屋のくじ引きでさ、当たったんだ。」

 

 ちょっとした外出、外の空気を吸うのもいいかと本屋に行った。

 新しいレシピ本やIS関連の雑誌を取り、レジへ向かう。

 清算中、店員さんが箱を持ってきて、ある程度買い物をした客にくじ引きを行っているらしい。こういうのコンビニだけじゃなかったんだ。

 まあ運試しにと箱に手を突っ込んで適当に一枚取る。こういうのは下手にかき混ぜると当たらない。ピッと一枚潔く選んだほうが良い。それで良いのが当たったことないけど。

 取りだしたくじを開く。なになに・・・?

『レゾナンス映画チケットペア』。

 神が微笑んだ。

 

 

「と、いうことがあってな。」

「へえ。」

「さらにこの映画、勧善懲悪のヒーロー物でして。」

「・・・ほう。」

 

 お、簪も乗ってきたな。

 よし、往け、志垣旺牙!

 

「あー、その。一緒に観に行かないか?」

「・・・うん。行こうか。」

 

 ・・・よおおおおおおおぉぉぉぉぉしっっ!!

 俺は心の中でガッツポーズと咆哮をあげていた。

 デートだよな?これって、俺からデートに誘えたってことで良いんだよな!?

 

「ただ日にち指定があってさ、八月のこの日なんだが・・・。」

「・・・うん。この日は何もないよ。」

 

 おーし日程OK。パーフェクトだ。

 

 コンコンッ。

 

 俺の脳内がお花畑になっていると、ドアをノックする音で現実に戻される。

 はいはい、いま出まーす。

 

「よう旺牙。今時間大丈夫か?」

「安東先生?なんすかこんな時間に?」

「そんな遅くでもないだろ。オカジマ技研から連絡だ。八月△日、研究所に来てほしいそうだ。俺も同伴でな。」

「はいはい、△日ですね。ん?△日?」

 

 チケットの日にちは、八月△日・・・。

 

「「(´;ω;`)ブワッ」」

「ど、どうしたお前ら。」

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

「今日じゃなきゃいけなかったすか?」

「ああ。グループの総裁が今日しか時間が取れなかったんだ。」

「総裁・・・。岡島伸一氏じゃあないですよね。」

「ああ違うが、彼と似たような経歴だ。俺の盟友でもある。」

「盟友?」

「まあ、話をすればわかるさ。」

 

 なんだか適当に流されたような気がする。

 ていうかオカジマ技研グループは地味に見えて支社が世界中に存在する大グループだ。一応、日本の本社にのみISのコアを一つ、つまり凶獣の分が任されている。研究用の、言い方が悪いが余りのコアがないため、他の専用機より細かく、逐一データの催促が来る。正直うんざりするほどに。

 その分報酬を貰っているのでなにも反論できないが。

 

「次の駅で降りたらバス移動だ。一人でも来れるようルートを覚えておけ。」

「了解です。」

 

 はあ、未練がましいのはわかっているが、映画、行きたかったな。

 

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

「はあ・・・。」

 

 更識簪は憂いていた。

 仄かな想いを寄せる男子から、デートのお誘いがあったのに、それが無駄になってしまった。

 感情の爆発をなんとか抑え、ちょっとクールに応えてみたりして、自分の方が大人、な感じを出しつつ。

 本当なら飛びついたりしたかったのを、必死にとどめたのだ。

 だが、それも無意味に終わってしまった。

 なぜ、どうして、今日でなくてはならなかったのか!

 恨みます、神様。

 

「それにしても、行きたかったなあ・・・。」

 

 チケットを見つめる。題名は―――

 

『劇場版マージナルヒーローズ  ヒーローVSヴィラン 究極激突!』

 

 とあった。

 ずいぶん昔の『テレビまんが』的なノリだが、彼女はそういうのが嫌いではなかった。

 だからこそ、旺牙と観に行けるのが嬉しかったのだが、気分はまるでジェットコースター。上げて、落とす。

 だが、せっかく旺牙がくれたのに、無駄にするのも嫌だ。

 本音を誘って見に行こうか。

 

「簪ちゃ~~んっ!元気ーーっ!」

 

 イラッ。

 いけないいけない。駄目だ、我慢だ。

 あの時、旺牙の企み、じゃなくて謀略、でもなく彼のお陰で簪と楯無は、まだぎこちなさはあるものの歩み寄ることが出来た。

 いや、ぎこちないのは簪だけで、たまに強襲してくる。その時の台風っぷりといったら。旺牙は「姉妹仲良く」と言って部屋を出てしまうし。

 楯無は楯無で、旺牙に感謝はしている。だが今は、愛する妹と一緒にいられる方が嬉しいのだ。

 

「も~、だめよ、暑いからって冷房の利いてる部屋に籠ってちゃ。お姉ちゃんとどこか遊びにいこっか?」

 

 このテンション、どこかで見た気が・・・、ああ、篠ノ之博士に似てるんだ。いや、あの人はもっと高かったし人によって上下が激しかったっけ。

 姉キャラとはこんなに元気なのだろうか?いや、布仏姉妹も織斑姉弟も違うので、一概にそうとはいえないか。

 

「今日は旺牙君はお出かけ?んもー、こんな可愛い子を置いてどこに行ってるのよ。」

 

 イライラッ。

 

「これはもうお姉ちゃんと出かけよと神様が言っているんだわ!映画のチケットもあるみたいだし、早速―――

 

 ブチッ

 

「もーーー、出てってーーーーーっ!!」

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

「着いたぞ。オカジマ技研グループ本社ビルだ。」

「でっけ・・・。」

 

 世界中に支社を持つ、って文言通り、本社はまさに見上げきれない超高層ビルだった。ISの武装関連で仕事をしている、っというが、それ以外にも医療、物流、何でもござれらしい。IS学園にも多額の融資をしているとここに来るまで聞かされていたが・・・、予想以上だ。

 ちょ、先生、俺を置いてずんずん進まないでくれ。俺みたいな小市民はもう圧倒されてるんだから。

 あ、ガードマンに止められた。ん?なにかカードのようなものを見せたが。

 

「何してる旺牙。早く行くぞ。」

「あ、は、はい。」

 

 ガードマンに敬礼されながら、デカい体を小さくして通る。

 うわ、中も広いし、隅々まで掃除が行き届いているのかどこもかしこもピカピカだ。

 

「安東です。アポは取っていたはずですが。」

「アンドウ・イツキ様ですね。総裁がお待ちです。こちらへ。」

 

 なんだか簡単に受付も突破。先生、あんたこっちで何してきたんだ。

 

「行くぞ。あまり待たせるわけにはいかないからな。」

 

 コクコクと頷くことしかできない。もう声もでねえよ。

 黙ってついていくと、秘書の一人であろう女性が先導してくれる。さすがに勝手に動き回られては良くないのだろう。先生もその女性に続く。俺もおたおたしながら続く。

 

「一応慣れておけ。お前がどういう道を行こうと、ISにかかわっている以上、大企業に訪問することもあるんだからな。」

「はい。いやでも、ここまでデカいのは・・・。」

「ふっ、ここが一番呼び出される可能性が高いんだからな。」

 

 そう言われればそうなるな。よし、今のうちに慣れておこう。

 

「それでは、失礼します。」

 

 やっぱ無理!女性が押したエレベーターのボタン!めっちゃ階数多かった!

 

「お前はアレだな。心の声が煩い。」

「ナチュラルに声を聴くな!」

 

 化け物か!あ、魔王だった。

 ふざけていると、エレベーターが目的の階に到着した。

 

「こちらです。」

 

 堂々と歩く先生と、いまだに硬い動きで後に続く俺。

 案内されたのは両開きの扉の前。すげえなあ、この扉だけでいくらするんだろう。

 

「総裁、安東様と志垣様をお連れしました。」

「ありがとう、入ってくれ。」

 

 扉が開かれる。

 広い部屋だ。両端に多数の本、いやデータファイルが並んでいる。電子化の時代、紙媒体を残しているとは珍しい。もちろん電子データも取ってあるのだろうが、総裁は慎重派なのだろうか。

 観葉植物が並ぶ部屋の奥、立派なデスクに腕を置き、その人物はいた。

 

「やあ、初めまして、志垣旺牙君。それと、久しぶりだね、一樹。」

「だいたい一年ぶりか、翔貴。」

 

 えっと、俺、置いてけぼり?

 

「おっと失礼。自己紹介がまだだったね。僕は岡島翔貴(おかじましょうき)。よろしく。」

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

 岡島翔貴総裁はわざわざ離席し、俺の前までやってきて右手を差し出した。

 俺もそれに倣うように右手を差し出し、握手を交わす。

 うわ、近くで見るとどえりゃあイケメンじぇねえか。

 一夏や安東先生とは違った、落ち着いていて柔和な微笑み。優しい瞳。シュッとした鼻筋。相手を落ち着かせるような優しい声。いかん、語彙力が爆死しとる。

 岡島総裁はそれぞれの事業はその会社に任せていて、本人が公の場に出ることは少ないと聞いていが、こんな形で出会うことになろうとは。

 

「長時間の移動で疲れただろう。まずは掛けてくれ。あさみ君、お茶を。」

「かしこまりました。」

 

 秘書であろう女性に指示し、着席を促す。

 うわ、ソファが柔らけぇ!っても自身の貧乏性を嘆くのはやめよう。

 

「さて、一樹。彼にはどこまで伝えてあるのかな?」

「なにも言ってないに等しいな。」

「偉そうに言えることじゃないよ、まったく・・・。」

 

 今日は話に置いていかれることが多いなぁ・・・。

 

「旺牙。翔貴、もとい岡島総裁はな、侵魔の被害者だ。」

「!?」

 

 なん、だって?

 

「何年前だったか?」

「忘れもしないよ。四年前、僕がグループを継いで、婚約者と結婚秒読みだった頃だ。・・・僕を残して誰もいなくなってしまった。」

「・・・総裁が助かったのは、なぜ?」

「俺がギリギリで間に合った。いや、あれは間に合ったとは言えんな。」

「そんな・・・。!?」

 

 俺は思わず秘書さんを見た。

 

「大丈夫。彼女も『世界の真実』を知る者だ。安心していいよ。」

「は、はぁ・・・。なんか、すいません。」

「いえ、お気遣いなく。」

 

 あさみさん、といったか。なんだか隙のなさそうな人だ。

 

「それでは、話の本筋に戻ろう。志垣君。君は『自分のせい』で侵魔がこの世界に現れたと思っているようだね。」

「え、あ、その・・・。」

 

 無論。俺がイノセントである束さんに話し、信じさせてしまったのが原因だろう。

 そして世界結界が弱まり、この世界に侵魔が・・・うん?

 あれ、自分で言っていて混乱してきたぞ?

 俺が『世界の真実』を漏らしたことで世界結界が弱まって。いや、それでは『この世界』に元々世界結界が存在したことになる。

 ん?んん?侵魔が先で結界が後で、いや、あれ?

 

「いい具合に混乱してきたな。バッサリ言うぞ。『この世界』にも、元々世界結界が存在していた。それはつまり、『ウィザード』も『侵魔』も存在していたんだよ。」

「は?ええ?えええ?」

「うるさい。」

 

 殴られた。理不尽だ。

 

「まあ最初に話したのが『束だったから何とか持ちこたえた』ものの、お前、千冬にも話したろ。口が軽すぎだ。馬鹿者め。」

「まあまあ。それで、僕が対侵魔にも使えるISの武装を開発しているのは、なんてことはない。ただの復讐さ。武装づくりのノウハウは一樹を経由しているからね。元々、ISは侵魔とも戦えるように出来ているらしいがね。」

「全世界のISコアには俺が強化型のAnti-KAGUYAを組み込んである。それなりの搭乗者なら下級侵魔ぐらい倒せるさ。」

「Anti-KAGUYAって、四百六十七機全部に!?」

「もちろん・じゃなきゃ意味がないだろう。」

 

 Anti-KAGUYA。要するに、対象の月衣に干渉し、無効化することを目指した、対侵魔、対ウィザード兵器である。だが、『ファー・ジ・アース』ではあまり効果が発揮できなかったというのに、それを先生が強化したとなると、あちらの物より数段効果を発揮できているのだろう。

 現にセシリアは単独でレッサーデーモンを撃破し、一年の専用機たちでトルトゥーラにダメージを与えることが出来ていた。

 

「もしかして、束さんも協力を?」

「ああ、一応な。あまり乗り気じゃなかったようだが、お前の話と、俺の魔法の実践でなんとかな。」

「そうですか・・・、ん?あんたも魔法見せてんじゃねーか!」

「俺の方が後だったから問題なし。」

「むむむ。」

 

 俺たちのやり取りを見て、総裁とあさみさんが小さく笑っている。

 畜生、師弟の恥だ・・・。

 

「君が言った通り、仲が良いようだ。」

「ああ、俺の一番弟子だからな、気軽に話せる。」

 

 なんだよ畜生、急に泣かせるようなこと言いやがって。

 

「それにいいパシリにもなる。」

 

 前言撤回だこのもやしっ子!

 内心毒づいていると、急に周囲の雰囲気が一変した。

 濃厚な殺気、そして天空に輝く紅い月。

 侵魔か!そう感じた瞬間、窓から巨大な蝙蝠がガラスを突き破り突撃してきた。

 俺は床を蹴って岡島総裁の防衛に回る。

 

「ありがとう志垣君。だけどすぐ終わる。」

 

 何を暢気なっ、と思っていると、あさみさんが何かを構えるように腕を伸ばす。あれは、拳銃の形?

 すると、構えた右手を魔法陣が纏い、リボルバーが出現。

 バンバンバンッっと、一気に全弾発射。

 

「キキイイィィィッ!?」

 

 断末魔をあげて、侵魔は消滅。紅い月も姿を消し、部屋は何事もなかったように元に戻る。

 しかし、あさみさんが使ったのは間違いなく月衣。そして取りだしたのはリボルバー型の魔銃、マグナムウィッチ。

 

「ウィザード、だったんすね。」

「はい。総裁を侵魔の魔手からお守りするのも、私のような秘書やSPの役目ですから。」

「え?じゃあ、総裁の周りには・・・。」

「ああ、何人かのウィザードがいるよ。僕の周囲はもちろん、社内にもね。」

 

 わーお。もう要塞じゃないかこの会社。

 

「さあ、話を続けよう。と言っても、今後の我がグループとの間の話だけどね。」

「はあ。」

「なんだ元気ないぞ。やっぱりアレか。デートに行けなかったのがそんなにショックか?」

「おやおや、若い男子の恋バナってやつかい?嫌いじゃないよ?」

「そこはどうでもいいでしょうが!」

 

 このふたり、根本が似てる!

 人の不幸でワインが上手いって感じで!

 ああ、簪が恋しい。

 

「そういえば、この世界に以前からウィザードや侵魔がいたなら、名前はあるんですか?」

「ああ、この世界の名前はな‐―――」

 

 ―――『テラ』だ。




やったかわからない解説コーナー。


『魔銃使い』・・銃器、砲をはじめとした射撃武器としての箒の使い手。使う箒によって位置取りが重要になる。


・・・やっぱ『箒』って書くと紛らわしいな。


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SUMMER TIME

作者)コントも報告することも何もない・・・。本編を長くするしか(デュクシッ)

旺牙)本編始まるよー。



※誤字脱字報告、ありがとうございます!


「本当によかったのか、遠くまで着きあわせちゃって。」

「うん、暑いからって籠ってると体に良くないから。」

 

 最近、簪が健康的になってきている気がする。

 初対面のころはもやしのようだったし、互いに緊張が解けたあともアニメ鑑賞会が行われることがざらだった。

 それがここ最近、一緒に出掛けることが多くなった。もちろん時間がある時はアニメ鑑賞会は続いているが、朝のランニング、散歩、簡単な買い物にも付いてくる。なんだか子犬を引き連れてる感じになってくる。

 子犬な簪・・・、は!いかんいかん、また煩悩が。

 

「ところで、買い物ならレゾナンスで全部そろったんじゃない?食品ばっかりだし。」

「んー、レゾナンスは確かに品揃えは完璧なんだけどな。下町の商店街だと顔馴染みが多くてよくおまけしてくれるんだよ。」

「そういえば、お肉屋さんも分量より多くしてもらったし。八百屋さんだって。」

 

 普通に買った量の倍くらいの野菜を押し付けられた。

 なんでも『おー坊が彼女作りやがった!』とか言ってやがった。商店街のみんなが温かい目で俺たちを見ていたのは気のせいだ。

 

「・・・これからはレゾナンス一択にしよ。」

「だめだよ旺牙。馴染みの人たちをないがしろにしちゃ。」

 

 ははは、そっすね。でも次に行ったときは彼女から『嫁さん』にグレードアップしてるかもしれないぞ。彼女って言われただけで顔真っ赤にしてたのに。

 

「しっかし暑いな。ちょっと涼んでいくか。」

「そんなところがあるの?」

「ああ、ここから近いんだ。」

 

 そう言って携帯を・・・取れない。

 簪に片手の荷物を持ってもらい、改めて携帯を取る。

 

『もしもし、旺牙か?』

「よう一夏。今からお前の家にカチコミするぞ。」

『いや普通に来いよ・・・。あとどれくらいだ?昼飯食っちまったぞ。』

「俺たちも食ったから問題ない。五分くらいで着きそうだ。」

『じゃあすぐだな。待ってるぞ。』

 

 なんか後ろでワイワイ声が聞こえたが、声の感じ、人数からしておりむラヴァーズも揃ってるようだ。

 

「一夏の実家?」

「ああ。おっと、荷物有難うな。」

「大丈夫。私も日本代表候補生だよ。これくらい平気。」

「俺が大丈夫じゃないの。簪はこっちの軽い方持ってくれ。」

 

 別に大丈夫なのにと言われるが、流石に女の子に重い物を持たせるのは忍びない。

 

「ほう、感心だな。紳士的だ。だが持つなら全部持つくらいの気概を見せろ。」

「お、織斑先生!」

「千冬さん、今お帰りですか?」

「織斑先生だ。」

「今はプライベートでしょう?」

 

 まったく、揚げ足取りが上手くなりよってと言われる。

 実際今はワイシャツにジーパンという若干ラフな服装をしている。完全にオフの格好じゃないですか。

 

「家に来る気か?」

「ええ、ちょっと休憩がてらに。」

「家は喫茶店ではないぞ。」

「わかってます。『帰ってくる場所』ですよね。」

「・・・ふん。」

 

 昔千冬さんに言われた、『ここを我が家だと思え』の一言は、今でも胸の奥にしまってある。だから容赦しない。こんな時くらいは全力でその言葉に甘えようと思っている。

『家族』と言ってくれた人たちのために。

 

「なんだか家の中が騒がしいな。」

「お客さんがいるんでしょ。」

「あの、私もお邪魔しても・・・。」

「無論だ。入っていけ。」

 

 そう言ってドアを開ける。

 

「なんだ、賑やかだと思ったらお前たちか。」

 

 俺たち参上。

 

「千冬姉、おかえり。」

「ああ、ただいま。」

 

 無視されている、だと・・・?

 いや、無視というか、最優先事項が千冬さんなのだろう。

 しかしすぐさま駆け寄り、カバンを受け取ってかたづける様は、執事か何かのよう。これで、別に訓練されてるわけじゃないんだぞ?自主的にこなしてきて、いつの間にかこの領域にまでたどり着いたんだ。なんなんだこの男。

 

「昼は食べた?まだなら何か作るけど、リクエストある?」

「バカ、何時だとだと思っている。さすがに食べたぞ。」

「そっか。あ、お茶でもいれようか?熱いのと冷たいの、どっちがいい?」

「そうだな。外から戻ったばかりだし、冷たいものでも―――」

 

 と、そこまで言ってから千冬さんは気がついた。教え子のどうにも圧迫された雰囲気と、一夏の世話を羨ましそうに眺める視線にと。

 ついでに後ろでぼーっと突っ立ってる俺と簪に。

 

「・・・いや、いい。すぐにまた出る。仕事だ。」

「え?そうなんだ。朝に作ったコーヒーゼリー、そろそろ食べれるのに。」

「また今度もらうさ。では、着替えてくる。」

「あ!スーツ、また別の出しておいたから。それと、秋物とかも。千冬姉の部屋にバッグで置いてあるから、忘れないで持って行ってくれよ。」

 

 やだ、何この夫婦感・・・。結婚何年目かな?

 バタンとドアが閉じる音がして千冬さんがリビングが出て行く。そこでやっと呼吸が出来るようになったのか、おりむラヴァーズはぷはっと息を吐いた。

 

「・・・あんた、相変わらず千冬さんにべったりね。」

「え?そうか?普通だろ。姉弟なんだし。」

「「いや、それはおかしい。」」

 

 やっと口が挟めた。

 

「あ、一夏。買い物置いといてもいいか?すぐ帰る気だけど。」

「おお、気にするなよ。簪もゆっくりしていってくれ。」

「お、お邪魔します・・・。」

 

 果物や生物を冷蔵庫に入れさせてもらい、野菜はどかっと机に置く。

 

(ねえ旺牙。)

(どうした簪。)

(一夏と織斑先生って、休みだといつもああなの?ふたりの世界に入ってたけど。)

(・・・年々ひどくなってるな。)

 

 あの姉弟はシスコンとブラコンを両方が拗らせてるからな。・・・結婚できるような相手が現れるかな。千冬さんは見合う男がいないし、一夏はこんなだし。

 女子たちも似たようなことを考えているのか、リビングの空気が重く停滞する。

 

「え?あれ?なんだよ、どうした?」

「・・・ゼリー。」

「ん?」

「ゼリー、出しなさいよ!ああもう、三時のおやつも出さなかったくせに、腹立つ!」

「な、なにキレてるんだよ、鈴。大体お前、コーヒー嫌いだろ?」

「コーヒーゼリーは好きなのよ!」

「ええ?前にいらないってお前・・・。」

「好きになったのよ!最近!文句ある!?」

「いや、ないけどよ・・・。」

 

 急に暴君のようになった鈴をなんとか回避しようとしたが、今度は逆サイドの箒から言葉をかけられる。

 

「ゴホン!その、なんだ。私もコーヒーゼリーはそれなりに好きで・・・な。」

「え?」

「あ、味見をしてやろう!」

「味見・・・そうか、味見は必要だな。教官におかしなものは食べさせられまい。」

「う、うん?どうした、ラウラ。」

「食べてやろうと言っているのだ。持ってこい。」

「そ、そうですわ!わたくしも味見をして差し上げます!」

「じゃ、じゃあ僕も・・・。」

「お、おいおい、シャルまで・・・。はぁ、まずくても文句言うなよ?」

 

 嵐のような女子たちの言葉に押され、一夏は冷蔵庫からコーヒーゼリーを取りだす。

 

「六つか・・・。千冬姉と旺牙たちの分がないな。」

「俺は食べたことあるから、簪に一つやってくれ。」

「いいの?」

「俺はアイスコーヒーを所望する、一夏。」

「ハイハイ。」

「なんだ、揉め事か?この家にいる限りは仲良くしろ。」

 

 パリッとスーツ姿が決まっている千冬さんはその同姓ですら憧れる格好良さで女子全員の言葉を詰まらせる。

 そしてそのまま、テキパキと出かける用意をして玄関へ通じるドアに向かう。

 

「一夏。今日は帰れないから、後は好きにしろ。ただし、女子は泊まるんじゃないぞ。」

 

 布団が無いからなと付け足して、そのままリビングを出て行く。

 

「緊急の仕事なのか?うーん。それじゃあ、まあ、仕方ないか。」

 

 そう言ってコーヒーゼリーをテーブルに運んだ一夏は、男子以外の全員の前に並べていく。

 

「千冬姉好みで濃いめにしてあるから、ミルクいるやつはどうぞ。あと、砂糖も入ってないからシロップもな。」

 

 全員がそれぞれに必要な分を手にして、ゆっくりと食べ始める。

 最初、格好をつけてブラックで食べようとしたセシリアとラウラも、すぐにシロップとミルクを手に取った。

 

「ふむ、これはなかなか。」

「一夏と言い旺牙と言い、男のくせにデザート作りもうまいわけ?呆れるわねー。」

「男のくせには余計だ。」

「ふたりとももしかして、ケーキとかも作れたりする?」

「ん~、簡単なスポンジケーキくらいならな。果物と生クリームを混ぜたヤツとか。」

「それはおいしそうですわね。いつか振る舞ってくださいな。」

「機会があったらな。旺牙は結構本格的なの作れるよな?」

「物が揃ってればな。」

「喫茶店やケーキ屋さんにあるようなものも作れるもんね。」

「教官は毎日手料理を味わっていたわけか。羨ましいな。」

「そんな大したもんじゃないって。ああ、そういやみんな何時までいる?夜までいるんなら、夕飯の食材を買ってこないと―――」

 

 その一夏の言葉を聞いて、女子ズの目が光った。比喩じゃない。音まで鳴った気がした。

 

「夜は私が料理を作ってやろう!なに、昼とゼリーの礼だ。」

「そうね!あたしの腕前も披露してあげちゃおうかしらね。」

「じゃ、じゃあ僕も作り側で参加しようかな。」

「無論、私も加わろう。軍ではローテーションで食事係があったからな、期待しろ。」

「俺たちはどうする簪。」

「せっかくだから、ご一緒させてもらおう。」

「そういえば、前にわたくしのお弁当を食べてからずいぶん経ちますわね。そろそろ恋しくなってきたのではなくて?」

 

 いや、それはない―――という声が聞こえてきそうなんだが、なにがあった?

 

「それじゃあ五時くらいに出るか。近くにスーパーがあるから、そこに行こうぜ。」

 

 そうか一夏はスーパー派か。なんて考えてると話がまとまり、雑談に花を咲かせていると、時間はすぐに過ぎ去っていった。

 

 

 

    ◆    ◆    ◆

「おい、俺は待たずに山田先生とだけ始めるのは酷くないか?」

「お前ならすぐ来るだろうと思ってな。」

「あはは・・・。お先に頂いてます、安東先生。」

 

 一樹が訪れたのは、『バー・クレッシェンド』。千冬の行きつけの場所の一つである。

 最初は千冬に真耶と一緒に誘われたのだが、着いてみるともうグラスを傾けていた 自分が愉悦に浸るのは好きなくせに、ハブられると少し拗ねる一樹の性格を、千冬が知っていたからだ。

 ムスッとしたまま千冬の隣に座り、グラスビールを注文する。

 一樹が一杯目をグイっと飲み込み、早速二杯目を注文する。そこで真耶は質問を切り出した。

 

「今日はどうしたんですか?お休みだから、帰省されたんじゃ?」

「そのつもりだったんだがな、家に女子がいてな。」

「女子!?おおー、もしかして織斑君のですか?」

「ああ、そうだ。うちの生徒―――というか、いつもの面々だ。旺牙と更識妹もな。」

「ということは専用機持ちが八人ですかぁ。戦争が起こせる戦力ですね。」

「小国相手なら滅ぼせるぞ。」

「冗談にならないぞ、それは。」

 

 そう言いながらも、くっくっと千冬は笑いながらチーズを頬張る。

 

「織斑先生としては、気になりますか?弟さんや弟分?さんがガールフレンドといるのは。」

「それなんだがなぁ・・・。」

 

 そこでちょうどビールが底をついて、千冬はマスターにおかわりを頼む。

 四杯目になる黒ビールを一口ごくりと飲んでから、千冬は話を続けた。

 

「先月のな、臨海学校があっただろう?」

「ええ、はい。もちろん覚えていますよ。色々ありましたからね。」

「まあ、福音事件のことは置いておいて。そのだな、あのときに少し私は余計なことを言ってしまってな。」

「・・・と言いますと?」

 

 興味津々の顔で真耶が尋ねる。こうも歯切れの悪い千冬を見るのは初めてで、何が理由なのか気になって仕方がないのだ。

 一樹も興味を示したのか、黙したまま聞いている。

 

「例の女子六人にな。」

「はい。」

「一夏と旺牙はやらんぞと言ってしまった。」

「・・・はい?」

 

 きょとんとして、真耶は聞き返す。反対に一樹は肩を震わせ、静かに笑いだした。そうすると珍しく狼狽した千冬が、アルコールが入っていることもあってか饒舌にしゃべり出した。

 

「いや、その・・・違うんだ。別にあいつらがどうとかそういうのではなくだな、なんというか・・・弟は姉のものだろう?」

「だろう、と言われましても・・・私一人っ子ですし。」

「なんだそのよくわからんジャイアニズムは。」

「と、とにかくだな、私は何もおかしな意味で言ったわけではない。しかし、どうにも・・・女子連中がな、私をライバル視したせいで動きづらくなったようでなぁ・・・。」

「旺牙は最近更識妹―――面倒だな―――簪とよく一緒にいるぞ。はよ付き合えと言いたくなるぐらいな。」

「むぅ・・・。」

 

 ちょうどそこで真耶のグラスも空になり、おかわりが来るまでの間、沈黙が続く。唯一響くのは一樹のくっくっという笑い声だった。

 

「えっと、織斑先生は織斑君―――あぁ、紛らわしいですね―――一夏君が、女子と付き合うのには賛成なんですか?反対なんですか?」

「それは賛成だ。あいつは色々と知るべきだ。他人のことも、女のことも。」

「じゃあいいじゃないですか。」

「いや、よくない。」

 

 ええ~・・・と心の中で突っ込む真耶。笑いが噴火寸前の一樹。

 

「よくない、というか、変な女に引っかかりはしないかが気がかりだ。あいつ、女を見る目がかなり無いからな。」

「はぁ。じゃあ、織斑先生は一夏君が心配なんで―――」

「いや、心配ではないぞ。あいつの人生だ。好きにさせるさ。」

 

 再度、ええ~・・・と心の中で突っ込む真耶。ついにはっはっはっと笑いだす一樹。

 

「じゃあ、何がそんなに引っかかるんですか?『私が認めた女でないと許さん!』とかですか?」

「それも微妙に違うんだが・・・。ああ、どう言えばいいのか自分でもよくわからんな。」

「要は、お前もブラコンを拗らせてるんだよ。」

「なんだと。」

「まあまあ、おふたりとも。」

 

 真耶の仲裁が入るが、あまり険悪な雰囲気になっていないのに少々驚いた。千冬はからかわれるのが嫌いなはずなのに、である。

 

「まあ、なんだ。とにかく、今日外に出てきたのはそれが理由だな。十代女子の覚悟にも似た勇気であいつらはうちに押しかけてきたわけだ。それを邪魔はできんだろう。」

「ふふ、織斑先生って一夏君とそっくりですね。」

 

 ―――優しさに境界線が無いところが、特に。

 

「なにぃ?どこがだ。真耶、お前も男を見る目が無いな。」

「そうですね。うふふ。」

「むぅ・・・。」

「ふふっ。」

 

 年下の真耶がくすりとお姉さんぶった笑みを浮かべたのが悔しいような、もどかしいような、それでいて可笑しい気持ちになって、千冬は残りのビールをぐぐーっと一気に飲み干す。普段なかなか見せない一樹の優しい笑みも、それを加速させていたのには本人も気づいていない。

 

「今日は朝まで付き合いますよ。」

「ふん。お前も、そういう台詞は男に言ったらどうだ。」

「そうですねぇ。目の前の人より男前な人が現れたらそうします。」

「こいつはどうだ?勧めはしないが、スペックは高いぞ。」

「う~ん、もう少し優しい人がいいですねぇ。」

「ははっ、振られちまったよ。」

 

 だというのに、ふたりとも楽しそうにグラスを傾けている。臨海学校から、わずか数日で冗談を言い合える仲になったのか。少々むっとしていることに、千冬自身は気付かなかった。

 

「ではマスターだな。おすすめだぞ。」

「千冬さん、年寄りをからかうものではありませんよ。」

 

 言いながら、マスターが出したのは黒ビールではなく、ソルティードッグだった。グラスの縁につけた塩が、まるで雪化粧のように美しい。

 

「・・・まだ頼んでいない。」

「そろそろ飲みたい頃だと思いまして。」

「ふん・・・私の周りはお節介ばかりだ。」

 

 憎まれ口を叩きながらも満更ではないような千冬だったが、先読みされているようなムードに少しでも抵抗したくて唇を尖らせてから一口味わう。

 それはまるで子供が拗ねているかのような顔だったが、真耶も一樹もマスターも何も言わない。

 

「愛されてるってことですよ。ね、マスター、安東先生。」

「そうですとも。」

「そうそう。」

「お前はからかっているだけだろう。」

「おや、お気づきで。」

「何年来の付き合いだと思っている。」

 

 まだ子供じみた様子で拗ねている千冬は、残っていたチーズを全部一気に口の中へと放り込んだ。

 

「みんな成長していくんですよね、色々やって、色々あって。」

「ぷっ。年寄り臭いぞ。」

「山田先生にはその台詞は早いんじゃか?」

「な、なんですかっ。もう!笑うなんてひどいですよ。」

「悪かった悪かった。」

 

 はっはっはっと笑う千冬と一樹、むすーっと頬を膨らませる真耶。

 そんな三人をソルティードッグの中の氷が、かららんと音色を奏でて眺めていた。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 えー、こちら志垣、こちら志垣。

 ただいまリビングで一夏と一緒に、女子ズが料理を作るのを待っている。

 いるんだが・・・。

 

「このっ、ジャガイモ、切りにくいっ。」

「おかしいですわ。写真と色が違います。赤色が足りませんわね。」

「―――斬る。」ダン!

 

 ところどころ妙な声が聞こえる。

 いや、鈴は見た目が悪いだけ、たしかそうだった気がする。

 セシリア、色が足りないって何してんの?

 ラウラ、すごい音してるけど大丈夫か?

 一夏も様子が気になるのか、何度もキッチンの方を振り向く。

 俺がキッチンに入るとデカいせいか邪魔にしかならないので待っているが、なんだか凄い不安になってきた。

 一夏が前に言っていた、とある小説家の残した言葉を思い出した。

『時間のいいところを教えてあげよう。必ず過ぎていくことだ』

 そしてもう一つ。

『時間の悪いところを教えてあげよう。必ず訪れることだ』

 そう、訪れた。その時が。

 

「・・・・・・。」

 

 テーブルに並べられた六人六色の手料理。その中に異彩を放つものがあった。セシリアとラウラの料理だ。

 

「どうですか、一夏さん、旺牙さん。こう言ってはなんですが、自信作でしてよ。」

 

 見た目『だけ』は完璧なハッシュドビーフなのだが・・・。

 

(この匂い、まさかタバスコか!?微かにトマトケチャップの酸味が。赤色を出すためにそれらをぶっこんだのか!?セシリアまさかのメシマズ女子!?)

 

「おでんというのは中々に珍妙だな。バーベキューによく似ている。」

 

 ラウラよ、なぜこの暑い日におでん?まあ夏でも鍋をつつく人はいるけど、なにより大根、卵、ちくわ、こんにゃくを串刺しにした『マンガおでん』になっている?お前は〇ビ太か?

 

「どう、あたしの肉じゃが。最高においしそうでしょ?」

 

 うん、もうちょっとジャガイモが大きかったらよかったのにね。見た目で損するタイプだ。

 そして隣の『安心ゾーン』に視線をやる。

 シャルロットの作った唐揚げは食べやすいよう一口サイズにされており、箒のカレイの煮付けは純粋に美味そうだった。

 そして簪。適度に甘い香りが漂ってくる卵焼き。これまた食べやすいよう一口大に切りそろえられている。まさか前に俺がオムライス好きだと覚えていたから?いやまさかな。そうだとしたら・・・もう結婚しよ。

 しかし明らかな危険物があっても、食べないわけにはいかない。嫌いなものを出されても食べる。それが『食』への感謝の気持ちだから。たとえ劇薬だとわかっていても、食わねばならんのだ!

 

「じゃあ、みんなで食べようぜ。待ってるだけってあんまり経験したことなかったんだが、結構腹が減るのな。」

「そうだな。それでは夕飯にするとしよう。」

「一夏、小皿どこ?取ってくる。」

「それでは、わたくしは飲み物を出してきましょう。」

「こうやってお互いに作った料理を食べるというのは、なんというか不思議な気分だな。・・・しかし、悪くはない。」

「そういう時は、楽しいって言うんだよ。ラウラ。」

「・・・・・・。」

「どうしたの旺牙?」

「いや、なに。なんか平和だなって。もしかしたらまだ夢の中じゃないかって思ってな。」

 

 もう二度と手に入れられないと思った。友人たちとの騒がしくも楽しいひと時。

 

「夢じゃないよ。頬つねってあげようか?」

「いや、やめてくれ。」

 

 今はこの幸福を楽しみたい。

 食卓に料理と飲み物が並ぶ。全員が席に着いたところで、一夏はまず先に言った。

 

「いただきます。」

『いただきます。』

 

 友人たちと囲む食卓。少し、だがとても大事な、心が温まる時間を過ごした。

 

 

 

 

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 暗い、どこまでも暗い空間。そこに卓と椅子が並べられている。

 しかし、椅子のうちふたつは空席になっている。

 

「テレモートとトルトゥーラが討たれ、もうどれだけ経ったか・・・。」

「兄様・・・。」

「母様、これからいかがいたしましょう。かのウィザードも『覇王を討つ者』も健在ですが。」

「・・・ISに関する組織、実験場を叩く。そして何よりIS学園。かの地を優先的に攻撃する。それは今までと変わらない。」

「しかし、例のふたりを逃してしまったのは・・・。」

「小物ではある。が、愚者ではない。それこそIS学園に接触するだろう。」

「では泳がせますか。」

「うむ。いずれ私もかの地に赴くつもりだ。」

「母様自ら、ですか?」

「うむ。彼奴らの力、この身で体感してみたい。」

「・・・母様、わたしに機会を。」

「いいのか?お前は戦いが嫌いだ。無理をせずとも。」

「いえ、これでも四天王の席に身を置く者。戦いは・・・避けられませんから。」

「・・・愛しきマリア、無理はしないでおくれ。」

「はい、お母様。」

「・・・。」

「パツィア。私たちは今後の動きを練るぞ。」

「はっ!」

 

 闇は、更けていく。



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日常の使者、闇からの使者

作者)まあ、たまには子供と戯れるのも良いな。

旺牙)もしもし、警察ですか?

作者)甥っ子だよ!


 夏休みももう終わる。終わってない課題がないか調べる昼下がり。うむ、全て終わっているな。

 未提出や間違いが多かった場合、ふたりの鬼に何をされるかわからない。特に安東先生だよ。あの人一応どういう扱いになるんだ?

 そういえば世界史の教師が寿退社(学校でもそう言うのか?)するらしいから、その補充かな?もしそうだとしたら・・・いきなり生徒に喧嘩吹っ掛けないといいけれど。

 なんてことを考えながら、チーズケーキ完成っと。今日のおやつにしよう。さすがにふたりで食いきれないから、残りは皆にお裾分け、って、同室の子だっているんだよな。その子たち分も計算して・・・、うん、間に合うな。気持ち大きめに作っておいてよかった。

 

 コンコンコンッ

 ん?誰か来たようだ。

 

「簪、頼む。」

「うん。」

 

 来客の対応を簪に任せ、俺は片付けに入る。物をよくちらかす俺だが、水回り、というかキッチンは常に綺麗にしている。どこに何があるか把握していないと、効率よく料理もできない。

 だが自分の荷物の整理は別だ。いまだにどこに何を置いたか分からなくなる。そのことでよく簪に怒られたり呆れられたりしている。だって難しいから・・・。

 

「どちらさま―――」

「ハロー。お姉ちゃんですよ―――」

 

 バタンッ!

 

 ・・・・・・。

 えーとー。

 

「簪、今の・・・。」

「新聞の勧誘だった。」

 

 いや嘘を吐くな嘘を。この寮に部外者が入れるわけないだろう。お姉ちゃんゆうとったやん。

 

「いやだから。」

「宗教の勧誘だった。」

 

 嘘が酷くなっている!?そこまで拒否するか。もう仲直りしたんじゃないのか?

 

「なあ、どうしたんだよ。ちょっと、おかしいぞ?」

「だって、まだ心の準備ができてない・・・。」

 

 簪の方はまだ緊張気味か。まあ長い間すれ違いがあったなら仕方ないが。

 

「簪ちゃーん、開けてー。あ、旺牙くんもいるの?ちょっと開けてくれると嬉しいかなー。」ドンドンドンッ。

 

 てかこのままじゃご近所迷惑だ。さっさと招いてお話聞いてご退室願おう。

 

「覚悟を決めてドアを開けよう。なに、俺が着いてる。」

「・・・うん。」

 

 簪はひとつ深呼吸すると、ドアノブに手をかけ、ゆっくり開ける。

 シュッ!

 サッ!

 ビタン!

 

「痛~い!」

「え?え?」

 

 楯無先輩はわずかに開いたドアの隙間からするりと入り込んできた。それこそ目にも止まらない速さで。

 俺はそこに足を出しただけ。勝手に先輩が引っかかって顔から床にダイビングしただけ。

 

「ちょっと旺牙くん!乙女の顔に傷でも付いたらどうするの!?」

「俺は避けると思ったんですがね。まさか引っかかるとは。」

「え?旺牙、今の見えたの?」

「伊達に格闘家名乗ってないよ。」

 

 なかなかに素早い動きだったが、魂に刻まれた『龍使い』の目を舐めないでほしい。

 

「ま、そんなことより。簪ちゃんとお話もしたいけど、今日は旺牙くんに用があるの。」

「え?俺っすか?」

 

 珍しい。この覚醒したシスコンが妹より優先することがあるとは。

 しかも俺目当て。なんだか嫌な予感がするのう。

 悟られないよう外に出ようとするが、何かが身体に絡みついていることに気付く。

 その次の瞬間、ビシイッ、と絡みついていた何かが締め付けを増し、俺の体の自由を奪う。

 こ、これはまさかーっ!?

 

「ふふっ、引きちぎろうとしても無駄よ。それは刃鋼線で出来た糸。簡単には脱出不可能!」

「くそ。さては『魁!!〇塾』を読んだな!?」

「答える必要はないわね。」

「何このノリ・・・。」

 

 なんだか昔のジャ〇プマンガみたいな雰囲気になったが、この人マジで俺になんの要件だ?

 

「旺牙くん。ちょっと『生徒会室』に来てみない?」

「は?」

「お姉ちゃん!まさか!?」

「それを決めるために、彼に直接来てもらうの。状況が以前と変わってしまったし、ね。」

 

 ・・・侵魔のことを言っているのか?確かにこの人も間近で見ていたからな。

 

「・・・はぁ。行きますよ。行きゃいいんでしょ。」

「旺牙!?」

「あら、素直な子はお姉さん好きよ。」

「行かなきゃ話が進まないだろうからな。ちょっと行ってくるよ。」

「・・・うん。」

「大丈夫よ簪ちゃん。取って食べるわけじゃないんだから。」

 

 まだどこか納得していない簪の・・・頭でも撫でたいが刃鋼線のせいで何もできない。

 チーズケーキのことを頼んで、俺と楯無先輩は部屋の外に出た。

 それからしばらく歩いて、人の気配がしなくなったところで止まる。大丈夫、この姿は誰にも見られていない。

 

「噴っ!」

 

 ブチブチィッ!!

 全身に力を入れ、鋼線を引きちぎる。こんなもの、いつでも千切れたんだがな。

 

「相変わらず規格外ね。冗談じゃなくて簡単には破壊できる代物じゃないのよ?」

「この程度、真綿ほどにも感じませんでしたよ。」

「・・・うん。やっぱりそうね。当初の予定とは違うけど。」

 

 あのー、ひとりで完結しないでくれません?置いてけぼりは苦手なんです。

 楯無先輩はニコニコしながら俺を先導して歩く。まあ、生徒会室の場所を知らない俺はついていくしかない。

 この先が地獄じゃありませんように・・・。

 

「さ、着いたわよ。ようこそ、我が校の生徒会室へ。」

 

 着いたわよ、と言われましても。プレートにデンと書かれてますし、外からは別段変なところはない。

 中から奇声や怪音がするわけでもない、普通の生徒会室。む、普通とはなんぞや?自分で言って混乱した。

 

「もう、突っ立ってないで入るわよ。ハリー、ハリー。」

「ちょ、押さないでくださいよ。」

 

 背をぐいぐい押され、半ば強引に入室する。

 

「お帰りなさいませ会長。そしてよくおいで下さいました、志垣くん。」

「布仏先輩、あなたもグルですか。」

「グル、と言うなら生徒会役員総出で招待しました。」

「あ~、う~・・・。」

 

 なんだ!?今の地獄の底から聞こえてきそうな唸り声は!?

 

「眠・・・夜・・・遅・・・。」

「ほら本音、人が来ている時くらいしゃんとなさい。」

「ん~?あ~・・・、しお~だ~・・・。」

 

 本音かよ!なんか書類の山に囲まれてて最初わからなかったぞ。

 しかしいつも以上にゆっくりした動きだ。顔を見ると若干隈が出来ている。

 

「改めて紹介するわね。私が生徒会長の更識楯無。」

「私が会計の布仏虚です。」

「書記の布仏本音で~す。」

 

 いやマジかよ。布仏先輩が会計なのはわかる。

 ただ、本音が書記って・・・ちょっと酷い事言うが大丈夫なのか?

 

「まあ、正直不安に思う時はありますね。それと、私のことは虚で構いませんよ。」

「あ、なら俺も旺牙でいいですよ。ところで、早速ですが俺が連れてこられた理由をお聞かせ願えませんか。」

「あらあら、せっかちさんは嫌われるわよ。まずはお茶でも飲んでゆっくりして頂戴。」

 

 

 

 ふぅ、お茶が美味い・・・。

 じゃなくて!

 

「なんで俺を呼んだのかって話ですよ!ただお茶のお誘いじゃないでしょうが!」

「やん、そんなに怒られたらお姉さん困っちゃう。」

 

 この人は・・・!

 

「会長、このままでは本当に怒られてしまいますよ。」

「そうね。彼が本気で怒ったら私たちなんて塵同然だもの。」

 

 ガチで消し炭にしてやろうか・・・。

 

「改めて、志垣旺牙くん。私が生徒会長の更識楯無よ。」

「生徒会会計、布仏虚です。」

「生徒会書記、布仏本音で~す。」

 

 ん?なんだって?

 

「本音が書記?え~・・・。」

「むぅ~。しおー酷~い。」

「先程の失態を見られてるのよ。」

 

 相変わらず顔は似ているが、中身が似ていない。

 しっかし本音が書記・・・。会議の時とかついていけるのか。今も書類の山が出来上がってるが。

 

「虚先輩。本音は普段からこの調子で?」

「はい。お恥ずかしながら。」

 

 よく回ってるな、生徒会。先輩ズが優秀なのだろうか。

 

「あら、本音ちゃんは優秀よ。ちょっとあれやってみて。」

「は~い。」

 

 そう言って楯無先輩が取りだしたのは一丁の・・・拳銃?

 拳銃を嬉々として受け取ると(凄い字面だ)。

 

 ガシャガシャガシャガシャガシャガシャタンッ!

 

「・・・嘘やろ?」

 

 拳銃を机に置いたその刹那、瞬く間に分解し続いて組み上げた。相当の訓練か才能が無いと出来ないぞこれ。

 そういえば打鉄弐式の時も結構いい動きしていたな。

 

「ちなみに虚ちゃんも三年生の首席で整備科に所属してるわ。」

「か、会長。それは今は関係ないでしょう。」

 

 へぇ~、やっぱり姉妹だな。外見だけじゃなく、どっかにるもんだ。。

 さて、本音の妙技を見せてもらったところで。

 

「いいもん見させてもらいましたが、俺がここに連れてこられた理由は?」

「ええ。直球で言うわ。旺牙くんに生徒会に入ってもらいたいのよ。」

 

 本当に直球勝負だな。嫌いじゃない。

 

「・・・理由は?」

「色々あるわね。まず、君がどこの部活に入らないことで苦情の声が上がってるのよ。もちろん、織斑一夏くんも。生徒会はキミたちをどこかに入部させないとまずいことになっちゃったのよ。」

「不満が爆発しないようにですか。」

「そう。それでまずキミに声をかけたの。暇してそうだったから。」

「そこまで暇じゃないっすよ。」

「うそうそ、怒っちゃいやん。」

 

 この人は・・・。

 

「旺牙くんに先に声をかけたのは、話が通じそうだったから。以前にも言ったけど、織斑くんにも機を見て接触するつもりよ。」

「・・・狙いは?」

「キミの場合、抑止ね。私以上の力を持った一年生、これを知られたら、さらにキミの争奪戦が激化する。」

「俺が先輩より強い?はははなにを―――」

「これでも『敵』の技量を見抜く目はあるつもりよ。あなたは生身なら私より強い。」

「・・・・・・。」

「次に織斑くんのコーチ。今まで一年の専用機持ちで行ってきたようだけど、彼にはもっと強くなってもらわないといけない。彼を狙う組織や、あの怪物たちから身を守れるように。」

「あの怪物たちの事、どこまでお知りで?」

「簡単なことなら調べたわ。キミと安東先生が関わっていることもね。」

 

 なるほど、ある程度調査済みか。

 

「俺の口からはまだ何も言いませんよ。てか言えませんよ。」

「構わないわ。安東先生曰く、『いずれ話す』らしいから。」

 

 あの人らしいあしらい方だ。

 しょうがない。ある程度知られてるんだ。話が拡散しないよう、俺から見張る意味もある。

 

「了解しました。それで、俺は何をすればいいんですか?」

「ありがとう。旺牙くんには『庶務』をしてもらおうかしら。」

「・・・ん?」

 

 楯無先輩の扇子には『雑用』と書かれていた。

 

「は、謀ったな〇ャア!?」

「キミの素直さが悪いのだよ。」

 

 畜生、やっぱやめてやろうか。

 いや、ここまで来たら引き返せない。きっと他にも予防線を張っているだろう。

 

「ちなみに庶務って何をすれば?」

「ん~、お茶やお菓子を用意したり、掃除したり、本音ちゃんの書類処理を手伝ったり?」

「最後のが一番大変そうだ・・・。」

「えへへ~。しおーよろしく~。」

「あなたも頑張るのよ本音。」

 

 俺、生徒会に入りました。

 

 

 

 

 

 

 夕食後、俺はいつもの校舎裏で鍛錬をしていた。

 さて、そろそろいいだろう。俺は周囲に備え構えを取る。

 すると案の定、世界が『紅』に染まった。

 天空に浮かぶは紅い月。奴らの顕現するサイン。

 月の中央、小さな影がこちらに向かってきた。

 人型の『ソレ』は、ゆっくりと俺の眼前に降りてくる。彼我の距離役三十メートル。ここまで近いとハッキリ見える。あれは、ISだった。

 

「あなたが志垣旺牙ですね?」

「・・・そうだと言ったらどうするね?」

「ここで討ち取ります!」

 

 そう言ってISを展開している『侵魔』は俺に剣を突き付けてきた。

 

「一つ聞くが、そのISはどうした。」

「・・・ある組織の盗品を、わたし用に、『わたしたち用』に改造したものです。」

「最近の侵魔は人間の兵器を使うのかい。」

「使える武器は何でも使う。それが覇王軍のやり方です。それに、わたしは弱いから、こんなものに頼らなくては満足に戦えない・・・。」

 

 相手がIS持ちか。戦闘方法がわからんなら、同じ土俵に上がるしかないか。ま、最初からそうするつもりだったけどな。

 

「『凶獣・紫電』。」

 

 右腕のチェーンが光り、一瞬で全身を紫の装甲で覆われる。そして名の通り、紫電が体中を走る。

 

「それが凶獣・・・。テレモート兄様とトルトゥーラ兄様を討ったIS・・・。」

「アイツらの妹か・・・。」

「手加減や変な同情は無縁です。戦いの中で命を落とすのも覇王軍の散り方ですから。それと、申し遅れましたが我が名はマリア。わたしのISの名は『ブレイヴ』。第二世代型です。」

「いいのか?そんな情報を口にして。」

「わたしはあなたの情報を知っているのに、あなたが何も知らないのはフェアではないとおもいまして。」

「・・・テレモートに似てるよ。」

「それはどうも、ありがとうございます。」

 

 侵魔、マリアが三メートルはありそうな大剣を構える。

 それに応じ、俺もいつでも飛びかかれるように構える。

 ふたりの間に、一陣の風が吹く。

 

「「参る!!」」

 

 闘いが始まった。




今までやけに長かったので、今回はちょい短めです。


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三つの『覚悟』

作者)いやー、今回は難産だった。

旺牙)難産じゃなかったこと、あったか?

作者)・・・言わないでくれよ。


 マリアと名乗った侵魔が、大上段から大剣を振り下ろし襲ってくる。その動きに若干の違和感を覚えながら、バックステップを使い紙一重で大剣をかわす。

 そして足が着いた瞬間地を蹴り拳を突き出す。マリアは驚愕の顔を見せ、すぐさま大剣で防御する。その『表情』にも違和感を感じたが、隙を与えずレッグラリアットで弾き飛ばす。続けざまに蹴りを乱打するが、再び大剣で防御され、クリーンヒットを与えることが出来ない。

 

(速いな・・・。)

 

 マリアの大剣は振り回すには相当の膂力が必要のはず。侵魔だから、の一言では片付けられない。となると、ISのパワーアシストか。『打鉄』よりも厚い装甲をしているが、アシストでパワーとついでにスピードを得ているのだろう。

 攻撃を止めずにいると、『ブレイヴ』とやらのデータが流れてくる。

 重装甲が売りのパワー型。それを各種スラスターで補助し、軽量のスピード型に劣らぬ速さを手に入れている。言ってみれば、俺の凶獣と似たタイプのISということだ。武装は少ないが、第二世代といっても十分戦えるだろう。

 マリアが俺の一撃一撃を受けるたびに苦しそうな顔を見せなければ。

 まさかこいつ。

 連撃を止め、少し距離を取る。マリアはそれを確かに見た。だが、大剣を振るうのが刹那遅れた。その一瞬は攻撃を完全に回避するのに十分だった。

 

「・・・。」

「くっ!?」

 

 距離を開けたままマリアの攻撃を誘う。攻守交替、大剣による連撃が始まる。

 まさに縦横無尽、素早い刃が襲い来る。

 

「速いな。だが!」

「っ!?」

 

 避けるのを止め、全ての斬撃を防御して見せた。

 攻撃が当たっている。だが、苦しそうに、辛そうにしているのはマリアのほうだった。

 威力もある、大剣特有の重さも感じる。だが。

 ガアン!!ちょうど真正面に来た一撃を蹴り飛ばす。

 速さはアシストがあるとはいえ、テレモート以上。だが。

 

「お前、『敵』と戦ったことあるか?」

「なっ!?なにを!?」

「殺気が感じられねえんだよ。」

 

 剣の振り方は天性のものだろう。確実にダメージを与える部分を狙ってきた。

 だが、振るう側がすでに汗まみれ。対して俺はまだまだ余裕がある。なぜなら、テレモート以上の才覚を持つ『敵』から、殺気という圧力を感じられなかったからだ。

 

「何を言うんですか!?私はあなたを討つためにっ!」

「なら俺は一歩も動かん。だから。」

 

 

 

「俺の首、取ってみろ。」

 

 

 

 そう言って、両手を広げISまで解除する。

 

「な、何を・・・。」

「ご覧の通り、俺は無防備だ。兄貴たちの仇を討つなら、今だぞ。」

「う、うぅぅっ。」

「さあ、どうした。」

 

 

 

「やらんかああぁぁぁっ!!」

「うわあああぁぁっ!!」

 

 

 

 俺を切り裂くため、初撃と同じように大上段から大剣が振り下ろされる。

 そして・・・。

 

 ピタッ。

 

 脳天に届く前に、斬撃は止められた。マリアの腕は、体はカタカタと細かく震えている。

 

「やはり、な。」

「何が、やはりなのですか・・・。」

「お前には『覚悟』が足りない。」

「『命』など、とうに捨てています。」

「覇ッ!」

「っ!?きゃあああぁっ!」

 

 掌底をマリアの腹に叩き込む。龍を思い切り錬ったので、ISを装着していようとかなりダメージを与えたと思う。ウィザード舐めんなよ?

 それでも空中で身をひるがえし態勢を整えるのは流石だと思う。これも天性のものだろう。だが、これで確信した。

 

「お前、やっぱりこれが初陣か。」

「はあ、はあ、はあ・・・。」

「俺が言った『覚悟』ってのはな・・・まず『命を捨てる』こと。」

 

 そうして再び凶獣を纏う。

 

「そして『仲間を失う覚悟』。ここまではお前もわかってるみたいだな。」

 

 安東先生から耳にタコができるくらいに訊いた、『三つの覚悟』。あくまで持論らしいが。

 

「三つめ、『命を奪う覚悟』だ。曰く、これが無いとただの狂人か、臆病者だそうだ。お前は後者らしいな。」

「命を、奪う・・・。」

 

 ウィザードと侵魔は戦争中だ。相手を殺すことが出来なければ、自分が殺られる。俺たちはそんな状況にいる。それなのに俺を殺すのを躊躇うこいつは侵魔にあるまじき優しさを『持ってっしまった』。何度も俺に斬りかかれたのに。先程もも俺を殺せたのに。

 

「お前の戦闘能力はテレモートに匹敵するだろうさ。だが、奴とは『覚悟』が違うんだよ。」

「テレモート兄様・・・。」

「無論、俺ともな。」

 

 俺の殺気を感じたのだろう、一気に距離を取り、五連ミサイル『チンクエディア』が放たれる。こちらに向かってくるミサイルを、回し蹴りで一掃する。

 俺はスラスターを全開にして距離を詰めようとする。それを三連マシンキャノン『レオーネ』で牽制してくるが、殺気もこもっていないマシンキャノンで防御を完全に張った凶獣・紫電を止めるには足りない。豆鉄砲ほどしか感じない。

 そして彼我の距離が零に等しくなる。

 

「一閃・錬気蹴!」

「くぅ、あっ!」

 

 俺の一撃を、もろに受けるマリア。だが、ブレイヴの装甲を完全に抜くことは出来なかった。

 一撃で決められないなら、何発でも打ち込むのみ!

 悪いが俺は男女平等で、覚悟も出来ていない奴が相手でも容赦しないんでね!

 

「錬気怒涛拳ッ!」

「ぐうぅ!」

 

 まだまだ!これから行くぞ!

 

「破を念じて、刃と成せ!念導龍錬刃ッ!!」

「ああああああ!」

 

 まだ墜ちないのかよ!?

 くそ、なんだか虐めてるみたいじゃねえか!

 なら、これでどうだ!

 

「魔空龍円刃《零式》!」

「く、ぐうううぅっ!」

 

 くそ!まだ耐えるかよ!

 

「まだ、私は、お母様のために・・・。」

 

 覇王とやらのため。それだけで立っているのか。もうさすがにISの装甲がボロボロになっているのに。

 それが、お前の退けない理由か。

 

「・・・次で終わらせる。もうお前が苦しまずに済むように。」

「・・・何を、私は・・・。」

 

 これで終わりだ。

『破を念じて、龍(りゅう)と成せ!』

 

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 ああ、私はこんなにも弱いんですね・・・。

 ごめんなさい、お母様、お姉様。

 非力なマリアをお許しください。

 

『マリア、お前が命を捨てる時ではない。』

 

 お母様・・・?

 

    ◆    ◆    ◆

 

 

「竜王爆功、なに!?」

 

 マリアの身体が透けていき、そのまま消えていった。

 竜王爆功撃が空振りし、地面に大穴を空けたところで、月匣が消滅した。コアを生み出したマリアが消失したのが原因だろうが。

 

(手ごたえが無かった。逃がしたか・・・。)

 

 俺としたことが、絶対的有利にありながら敵をむざむざ逃がすとは。

 

「俺もまだまだ甘い、か・・・。」

「何が甘いんだ。」

「ウワオウッ!?」

 

 校舎の壁を背に、腕を組んで立っている安東先生が不意打ちで声をかけてくる。

 

「せ、先生・・・、いつからそこに?」

「月匣の気配を感じて今到着したところだ。」

 

 ふう、なら俺の醜態も見られていない様子で―――

 

「『俺もまだまだ甘い』、だったか?」

「ギックゥ!?」

「どういうことか聞かせてもらおうか、じっくりな・・・。」

「あ、ああ・・・。」

 

 ああああああああっ!←夜に響く悲鳴

 

 

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 闇の中、三人の女性が集まっている。

 外見だけで言えば、女性と少女だが。

 

「大事ないか、マリア?」

「ご心配なく。これくらいは、痛っ!?」

「やはり傷を負っているではないか。ほら、今癒してあげよう。」

「・・・申し訳ありません、お母様。」

「何を言う。親が子を慈しんで悪いことがあるか。」

 

 その光景を、長い金の髪をかき上げながら、残る女性、パツィアは思った。

 

(戦うこともできない、可愛い可愛いお人形マリア。それをいまだに四天王に置いている母様も、まだまだ甘い。)

 

 面白くなさそうな、嫌悪感すら抱くのを必死に堪える。それでも、握り拳は解けない。

 自分が最強なのだと、このパツィアこそが次代の覇王にふさわしいのだと。

 覇王とは世襲制である。子が親を超えた時、新たな覇王となる。ジーザは二代目。先代覇王を討ち、新たな覇王となった。

 ならば次は自分がと、パツィアは密かに野望を抱いていたのだが・・・。

 

「パツィア。かの地への襲撃、早めるかも知れん。準備を怠るな。」

「母様の命であれば、いつどこへでも・・・。」

 

 闇は、どこまでも深い。

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 夏休みも終わった九月一日。教室に違和感を覚えた。何故だろう。

 そう言えば昨日、楯無先輩から。

 

『明日からちょっと賑やかになるかもよ?』

 

 と言われたな。いや、賑やかなのは毎日なんだが。

 

「はい、HRを始めますよ。席に着いてください。」

 

 山田先生の声に、全員が着席する。

 ん?ああ、違和感の謎がわかった。

 二席空いてるんだ。

 急な転校や、まさかの退学なら一応生徒会役員の俺にも情報が入ってきてもおかしくないのに。

 

「はい、今日は転入生?を紹介します。あは、あはは・・・。」

 

 山田先生、笑顔が乾いています。

 それにしても転入生?聞いてないな。

 

「それでは、入ってきてください。」

「はーい。」

「はい・・・。」

 

 おや、この声は・・・。

 

「一年二組改め、一組の凰鈴音です!」

「四組改め、更識簪です。」

 

 は?

 

『はああああああ!?』

 

 おおみんなも同じ反応だよ。

 どういうことだってばよ。

 

「騒ぐなガキ共。」

 

 お、織斑先生。これはいったいどういうことなんですかい?

 

「これは生徒会と学園教師で決めたことだ。文句は言わせん。」

 

 あのアホ会長・・・わざと黙ってたな・・・。今度はアイアンクローの刑に処す。

 しかしなんだろう。この、なんだか物語の大きなターニングポイントに立ったような感覚。疲れてるのかな、俺。

 簪はオロオロしてるし、鈴にいたっては『コレで不憫なんて言わせない!』とかわけわからんこと言ってるし。

 しかしこれで一年の専用機持ちが揃うことになった。

 これはなんだ?何か大きな渦に巻き込まれたような。なにか不吉な予感を感じる。

 いったいこれからどうなってしまうんだ?

 

 ゴシャアッ!!

 

「聞いているのか志垣。」

「今刺しましたよね!?出席簿の角で刺しましたよね!?俺じゃなかったら死んでますよ!?」

「お前だからそうしただけだ。」

 

 り、理不尽にして最悪の信頼感だ。

 しかしこの時期による全員集合。先日の襲撃。これが、まったくの無関係とは思えない。

 俺たちの学園生活は、どうなるのか。

 奴らとの決戦が近づいている。そんな予感がした。




作者)はい!学園祭前に全員集合。ここからが大きなターニングポイントになります。

旺牙)大丈夫か、お前の腕でこんなことして。

作者)ん、頑張る。

旺牙)不安しかねえ・・・。


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二学期☆パニック宣言

作者)ああ、気付けばひと月経った・・・。

旺牙)いいんじゃないか?

作者)え?

旺牙)誰もお前のことなど待っちゃいない。

作者)おま!?少しでも読んでくれる人に失礼だろ!


    ◆    ◆    ◆

 

「でやああああっ!!」

 

 ガキィンッ!と鋭く重い金属音を響かせ、一夏と鈴は刃を交えて対峙する。

 九月三日。二学期初の実戦訓練は、一組二組の合同で始まった。とは言っても一年の専用機持ちは全員一組に集まっているので、完全にこの場は一組の独断上となっている。二人の戦いを鋭い目で見つめる二組副担任安東一樹を除いて。

 

「くっ・・・!」

「逃がさないわよ、一夏!」

 

 かつてのクラス代表戦同士ということで始まったバトルは、序盤一夏優勢、なれど次第に鈴が巻き返しはじめていた。

 その理由は単純にして明快。第二形態になった白式の、さらに加速した燃費の悪さである。

 

「最初にシールドを使い過ぎたわね!」

「まだまだぁっ!」

 

 そう吠え刀を振るう一夏だったが、その《雪片弐型》もすでに『零落白夜』の輝きはなく、通常の物理刀になっている。

 距離が開けば左腕の多機能武装腕《雪羅》による荷電粒子砲を放てるはずだったが、それもすでにエネルギーが底をついていた。

 

「無駄よ!この甲龍は燃費と安定性を第一に設計された実戦モデルなんだから!―――衝撃砲!」

 

 ズドドンッ、と連射性の高い砲撃を近距離で受け、距離が開く。

 そしてその瞬間を見逃さないように、鈴は連結状態の《双天牙月》を投擲した。

 

「ぐぅっ!」

 

 重い斬撃を受けきったものの、視界から鈴を見失ってしまう。

 すぐにISハイパーセンサーの位置情報補足がやってくるが、遅かった。

 

「たあああっ!!」

 

 一夏の真下、足首を掴んだ鈴はそのまま力任せに地面へと一夏を投げ飛ばす。

 眩しい陽光に一瞬目を細める一夏。その視界に影が落ちた。

 

「もらい!」

「!?」

 

 逆さまの格好のまま、鈴は衝撃砲の連射を浴びせる。

 それが十発ほど直撃したあたりで、試合終了を告げるアラームが鳴り響いた。

 ―――言うまでもなく、一夏の敗北である。

 志垣旺牙は、その試合を、ただ黙って見つめていた。

 

    ◆    ◆    ◆

 

 

「これであたしの二連勝ね。ほれほれ、なんか奢りなさいよ。」

「ぐう・・・。」

 

 前半戦、後半戦ともに一夏の連敗で一先ず幕を閉じた実戦訓練。後片付けを俺たちは学食にやってきていた。今日は簪、沙紀、萌も一緒だ。

 

「鈴、そんな訓練で賭けみたいなこと・・・。」

「まあ待て簪。こいつらはまだ可愛い方だ。陰でホントの賭けが行われていたことを、お前は知るまい。」

 

 そして織斑先生と安東先生にバッチリバレていたことも説明しておこう。

 

「うわぁ・・・なんか緊張するな・・・。」

「う、うん・・・。」

「何がだ?」

「だって、いつもは二人なのに、今ここには一年の専用機持ちが集まってるんだよ・・・。」

「柄になく緊張しちゃって・・・。」

「そんなことか。まあ肩の力抜けよ。一夏を見ろ。専用機持ちと言うだけで成績は悪いぞ。」

「旺牙・・・。お前は・・・!」

 

 怒るなよ、事実だろ?昔から通常教科は悪くなかった。ただ、IS学園に入学してから専門分野に追われいまいち成績が伸び悩んでいる。素質とかはいいんだが、今はハードが熱を浴びているような状態だ。

 まあしばらくすれば落ち着くでしょう。

 俺?一応文武両道ですから。

 各々が昼食を取る。俺が頼んだのはかつ丼大盛。これで午後も戦える←(何とだ)。

 

「ラウラ、それおいしい?」

「ああ。本国以外でここまでうまいシュニッツェルが食べられるとは思わなかった。」

 

 ほんとシャルロットとラウラは仲良くなったもんだ。そうするとラウラは皿に盛られたシュニッツェル(ドイツ料理の仔牛のカツレツ)を一切れ切り分ける。

 

「食べるか?」

「わあ、いいの?」

「うむ。」

「じゃあ、いただきます。えへへ、食べてみたかったんだ、これ。」

 

 ラウラから分けてもらったシュニッツェルを頬張って、シャルロットは幸せそうな顔をする。

 

「ん~!おいしいね、これ。ドイツってお肉料理がどれもおいしくていいよね。」

「ま、まあな。ジャガイモ料理もおすすめだぞ。」

 

 自国のことを褒められて、嬉しくないはずがない。俺はその光景をじーっと見ていた。

 

「なんだ相棒。お前も欲しいのか?」

「ああ、いいよいいよ。それだとお前の分が無くなるだろ。」

「うむ。わかった。」

 

 いかんいかん、凝視しすぎた。しかしこれほど本格的なものが作れるとは。プロ過ぎるだろう、IS学園の料理人。

 そんな様子を見ていると他の女子もくわわりたくなったらしく、早速料理談議に花が咲いた。

 

「あー、ドイツってなにげに美味しいお菓子多いわよね。バウムクーヘンとか。中国にはあんまりああいうの無いから羨ましいっていえば羨ましいかも。」

「そうか。では今度部隊のものに言ってフランクフルタークランツを送ってもらうとしよう。」

 

 フランクフルタークランツとはリング形の王冠のような形をしたケーキで、全体がバタークリームで塗られ、上部はクロカンと呼ばれるクルミ入りのカラメルで覆われているお菓子である。

 ちなみに、ほんの雑学程度だが、ドイツ本国では他国ほどバウムクーヘンはメジャーではないらしい。

 

「ドイツのお菓子だとわたくしはあれが好きですわね。ベルリーナー・プファンクーヘン。」

 

 そういったセシリアに、シャルロットはきょとんとして聞き返す。

 

「えっ。ベルリーナ―・プファンクーヘンって、ジャム入りの揚げパンだよね?しかも、バニラの衣が乗ってるからカロリーすごいと思うけど・・・セシリアはアレが好きなの?」

「わ、わたくしはちゃんとカロリー計算をするから大丈夫なのですわ!そう、ベルリーナ―を食べるときはその日その他に何も口にしない覚悟で・・・。」

 

 こらこら。無理してでも食べるな。と言っても聞かなそうだな。

 

「ジャム入り揚げパンか、確かにうまそうだ。」

 

 さすが箒。小学校の給食で男子顔負けの勢いで揚げパンを食べていただけのことはある。・・・言ったら怒られそうなので黙っておこう。一夏も同じことを思い出していたようだ。

 

「セシリア、揚げパンが好きなら今度ゴマ団子作ってあげよっか?」

「それはどんなものですの?」

「中国のお菓子よ。あんこを餅でくるんでゴマでコーティング。その後、揚げるの。」

「お、おいしそうですわね!ああ、でもカロリーが・・・。」

「ま、食べたくなったら言ってよね。」

「鈴さん・・・思っていたよりいいひとですわね・・・。」

「思っていたよりってなによ!思っていたよりって!」

 

 鈴とセシリアも大分仲良くなったよな・・・。

 

「私は日本の菓子が好きだな。あれこそ風流というのだろう?」

 

 聞いたところによると、どうやらラウラは水菓子に心奪われたらしい。いわゆる『チーム一夏』で行った抹茶カフェがえらいお気に入りだとか。

 俺らも呼べよちくせう・・・。

 

「水菓子は無理だけど、今度和菓子を作ろうか?」

「何?本当か?」

「うん。私の実家が和菓子屋なの。小さい頃から手伝ってたから、簡単なものなら作れるよ。」

「頼んでもいいか、沙紀。」

「もちろん。あー、でも、期待はしないでね?」

 

 沙紀の事実判明。てか今まで聞かなかったのが悪いのか。

 それで確か簪もカップケーキ作りが得意だったから。

 

「あれ?ろくに料理できないのって、私だけ?」

 

 そうなるな、萌。

 

「大丈夫だって。すぐに作れるようになるさ。」

「でも私、目玉焼きを焦がす人間だよ?」

「「「大丈夫。まだましだから。」」」

「?」

 

 一夏たち(セシリア除く)が声を揃えて言った。ああ、そう言えばそうだったな・・・。

 

「春は砂糖菓子、夏は水菓子とくれば秋はまんじゅうだな。」

「ほう。冬は?」

「せんべいだ。」

 

 さすが箒。これぞ日本人の魂に刻み込まれた菓子たちよ。

 

「はぁ・・・。それにしてもなんでパワーアップしたのに負けるんだ・・・。」

 

 何だ急にネガティブになったぞ、一夏のやつ。

 

「だから、燃費悪すぎなのよ。アンタの機体は。ただでさえシールドエネルギーを削る仕様の武器なのに、それが二つに増えたんだからなおさらでしょ。」

「うーん・・・。」

 

 おまけに背部ウイングスラスターも大型化し、動けばそれだけで大量のエネルギーを消費する。足が速くなった陸上競技選手が、スタミナの消費も大きくなったようなもんだ。ただでさえ白式は言わば《短距離走者タイプ》だってのにな。

 さらに遠距離戦闘も可能になったということは、やらなくてはいけないことが増えたということだ。今までただ近づいて斬る、がパターンだったのに、もう一夏の頭はパンク寸前だろう。あ、煙出てきた。

 

「あー、いいよな、旺牙は。凶獣は相手からエネルギーを奪えるんだからな。」

「そう簡単なものじゃないぞ。『獣王悪食』は集中力が必要だから、いかに相手の隙を作るか、または防御に徹しなければならないからな。」

「ふーん。それでも反則クラスだと思うぞ。」

 

 反則クラスだからこそ、準備や覚悟が必要なんだけどな。特に敵の攻撃を喰らう時は今までの動きを止めなくてはいけない。しかも『紫電』になってからは『白式・雪羅』以上のスピードが出るうえ、同じく移動だけでエネルギーを失う、腹ペコな獣になってしまった。

 

「ま、まあ、アレだな!そんな問題も私と組めば解決だな!」

 

 腕組みで啖呵を切る箒。

 本来箒の『紅椿』と一夏の『白式』は一対の存在で、両方を同時に運用することを前提とされている、というのは織斑先生の話だったか。

 エネルギーを消滅させる白式と、エネルギーを増幅させる紅椿。正反対のこの二機は、互いの抑止力としての意味合いもあるのだろう。

 ならば俺の凶獣はどうだ。消滅させるでもなく、増幅させるでもなく、奪う。紅椿と似て非なる、白式とも似て非なる能力。

 与えられた力は、二人のISとも違うのかもしれない。

 

「何を難しそうな顔をしているか。お前は私の嫁だろう。故に私と組め。」

 

 一夏の右頬をむに、と押すラウラ。

 まだほんの少し角が見えるが、ラウラは大分性格が丸くなった。転入時とは大違いだ。今ではこんなお茶目も出来る。表情が変わらないのが分かりにくいが。

 

「ざーんねん。一夏はあたしと組むの。幼なじみだし、甲龍は近接も中距離もこなすから、白式と相性いいのよ。」

「な、何を勝手な・・・!?ゴホン!それならこのわたくし、セシリア・オルコットも遠距離型として立候補しますわ。白式の苦手距離をカバーできましてよ?」

「ええい、幼なじみというなら私の方が先だ!それに、なんだ。白式と紅椿は絵になるからな。・・・お、お似合いなのだ・・・。」

 

 ・・・どうしてこうなった?気付けばオリムラヴァーズで一夏の取り合いが始まった。

 さっきまでの和やかな食事やお菓子談義はいずこ?

 

「んー・・・。でもなあ、別に最近ペア参加のトーナメントとかないしなぁ。」

「いきなりあるかもしれないでしょうが。」

「そのときは―――旺牙かなぁ。」

「ほう、その心は?」

 

 オリムラヴァーズの眼光が一斉に俺を貫いたんだが。痛いよ、心が。ろくな理由じゃなかったらどうしてくれよう。

 

「いや、幼なじみなら旺牙も一緒だし、距離に囚われない戦闘ができるし、純粋に強いし。」

 

 ほう、意外と的を得ている。

 

「あと、旺牙の後ろなら楽そうだし・・・(ボソッ)。」

「それを言わなければ怒られることも無かったろう。」

「へ?ぐえっ。」

 

 箒とラウラから手刀の制裁を受ける一夏。いい気味じゃい。

 

「そういう旺牙は誰となら組みたいのよ。」

「俺は・・・簪かなぁ。」

「ふむ、その理由は?」

「ISの制作時からの付き合いだし、訓練でもよく組んでる。相部屋で息も合ってきたしな。それ以上は、言わせんな恥ずかしい。」

 

 惚れた女と組みたいなんて言えるか。

 そこまで言うと簪、沙紀、萌が赤くなる。いや、後者二名は何やら怒りのオーラが・・・。

 

「簪はいいなぁ。」

「うむ。一夏とは大違いだ。」

「え?何で?」

 

 もういい、頼むから黙ってこれ以上話を伸ばさないでくれ。

 

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 午後の実習、一夏がもたもたしていたから先にアリーナに来てしまった。

 あと、『会長』から第一接触を試みると連絡が来ていたので、その前に一夏を一人にする必要があった。

 その結果、一夏は遅刻した。何してたんだあの人。

 

「・・・遅刻の言い訳は以上か?」

 

 地獄の宣教師、もとい地獄の教師、織斑千冬。そこには慈悲の心など一片もない。

 

「いや、あの・・・あのですね?だから、見知らぬ女生徒が―――。」

「ではその女子の名前を言ってみろ。

「だ、だから!初対面ですってば!あれ?でも顔は見たことあったような・・・。」

「ほう。お前は記憶の定かではない女子との会話を優先して、授業に遅れたのか。」

「ち、違っ―――」

「デュノア、ラピッド・スイッチの実演をしろ。的はそこの馬鹿者で構わん。」

 

 織斑先生の無茶に、恐れおののく一夏。

 すまん、と心で謝る俺。

 片手でを覆い、肩を震わせる安東先生。だが知っている。あれは笑いを堪えているんだ。

 

「・・・・・・。」

 

 沈黙の後、シャルロットがにこっと笑みを浮かべる。

 

「それじゃあ織斑先生、実演をはじめます。」

「おう。」

 

 残念!あの笑みは慈愛の女神のそれではなく、無慈悲な天使のものだった。

 

「あ、あの、シャル・・・ロット、さん?」

「なにかな、織斑くん?」

 

 今回ばかりは終わったな。南無。

 

「はじめるよ、リヴァイヴ。」

「ま、待っ―――」

 

 バラララララッ!

 一夏の言葉も悲鳴も、銃弾にかき消されていった。

 

 

 

 

 

 

 午後の授業をすべて終え、俺は生徒会室にいた。

 

「会長、あんまり一夏をからかわんでください。授業になりません。」

「ごめんごめん。一夏君が可愛かったからつい、ね。」

「まったく。んで、明日の全校集会は俺も壇上に上がるんですか?」

「そのつもりよ。君が生徒会入りしたことをアピールしないと。」

「まあそれはいいんですけどね。・・・この企画、マジすか?」

「大真面目よ。だから旺牙君。書類、頑張ってね♪」

「あんたもやるんだよ生徒会長。」

「虚ちゃ~ん、旺牙君がイジメるー。」

「私も同意見です。まだまだ書類はあるんですよ?」

「あう!?」

 

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 あっ、という間に翌日。SHRと一限目の半分を使っての全校集会が行われた。

 内容はもちろん、今月中程にある学園祭についてである。

 しっかし壇上から見るとものすごい数の、女子だ。女子の海だよ。圧倒されるよ。

 しかも最初はひそひそとしていたのが、俺が姿を現せてからざわざわと声が大きくなった。あぁ、胃が痛い。

 

「それでは、生徒会長から説明をさせていただきます。」

 

 虚先輩の一声で、ざわつきがさーっと消えていく。

 

「やあみんな。おはよう。」

 

 おやおや、被ってる猫の色艶がいいこと。

 重度のシスコンという姿を知っている身としては笑いたくなってしまう。

 

「さてさて、今年は色々と立て込んでいてちゃんとした挨拶がまだだったね。私の名前は更識楯無。君たち生徒の長よ。以後、よろしく。」

 

 にっこりと微笑みを浮かべて言う楯無先輩は、同性だろうが問わず魅了してしまうらしく、ほとんどの生徒が顔を赤らめ、熱っぽいため息が漏れる。上からだとそれがよくわかる。

 

「では、今月の一大イベント学園祭だけど、、今回に限り特別ルールを導入するわ。その内容というのは。」

 

 いつもの扇子を慣れた手つきで取り出し、横へとスライドさせる。それに応じるように空間投影ディスプレイが浮かび上がった。

 

「名付けて、『各部対抗織斑一夏争奪戦』!」

 

 ぱんっ!と小気味のいい音を立てて、扇子が開く。それに合わせて、ディスプレイには一夏の写真がデカデカと映し出された。目線が向いていないってことは、隠し撮りか?

 

「え・・・」

「ええええええええ~~~~~っ!?」

 

 うるせぇ!っと言えればどれだけ楽か。冗談なしに、叫び声でホールが揺れた。

 あー、一夏君や。ぽかんとしているが、君が報酬のお話なんだぜ?ほら、一斉にあいつに視線が集まる。

 

「静かに。学園祭では毎年各部活動ごとの催し物を出し、それに対して投票を行って、上位組は部費に特別援助成金が出る仕組みでした。しかし、今回はそれではつまらないと思い―――」

 

 びしっ、と扇子で一夏を指す楯無先輩。

 

「織斑一夏を、一位の部活動に強制入部させましょう!」

 

 再度、雄叫びが上がる。

 

「うおおおおおおおっ!」

「素晴らしい、素晴らしいわ会長!」

「こうなったら、やってやる・・・やぁぁぁってやるわ!」

「今日からすぐに準備はじめるわよ!秋季大会?ほっとけ、あんなん!」

 

 大会をあんなんって・・・。

 

「はい!志垣君はどうするんですか!?」

「彼は除外よ。この通り、すでに生徒会役員だからね。」

 

 え~っとか、不公平だ~、とか聞こえるが、知ったこっちゃねえわそんなもん!

 

「そうね・・・、不公平ね。なら、当日までに考えておくわ。彼を賞品にしてね。」

 

 は?

 

「いよぉぉぉぉ、っし!」

「さっすが会長!話がわかる!」

「そこに痺れる!憧れる!!」

 

 いや、あの、その場の勢いで進めないでくださいません?

 

「よしよしよしっ、盛り上がってきたぁぁ!」

「今日の放課後から集会するわよ!意見の出し合いで多数決取るから!」

「最高で一位、最低でも一位よ!」

 

 一度火が付いた女子の群れは止まらない。

 暴れ馬たちが各馬一斉にスタート。

 取り残されたのは俺と一夏くらいだろう。

 さあて、どうなっちゃうんだろうね(諦め)。



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ようこそ生徒会へ

作者)特になし!!

旺牙)遂に開き直ったか・・・


 あの全校集会から数時間後、すなわち放課後の特別HR。現在クラスごとの出し物を決めるため、わいわいきゃいきゃい盛り上がっていた。

 ここで黒板を見てみよう。

 

・織斑一夏のホストクラブ

・織斑一夏とツイスター

・織斑一夏とポッキー遊び

・織斑一夏と王様ゲーム

 

 ハハハ、ワロスwww

 大変だなあ、一夏君www

 

「却下。」

 

 えええええー!!と大音量サラウンドでブーイングが響く。

 

「あ、アホか!誰が嬉しいんだ、こんなもん!」

「私は嬉しいわね。断言する!」

「そうだそうだ!女子を喜ばせる義務を全うせよ!」

「織斑一夏は共有財産である!」

「他のクラスから色々言われてるんだってば。うちの部の先輩もうるさいし。」

「助けると思って!」

「メシア気取りで!」

 

 みんな好き放題言ってるな。俺はそれを悠々と見ていられるよ。

 なぜなら―――

 

「なんで旺牙の名前は挙がらないんだよ!」

「だって俺生徒会だもん。当日は仕事で見回りだよ。」

「ぬうぅ。せっかくのワイルド系が・・・。」

「先輩になんて言えば・・・。」

 

 え?俺のも考えられてたの?

 あ、危なかった・・・。

 しかし高校生活初めての学園祭が見回りか・・・。

 俺だって男の子だよ?女子と、それも惚れてる女子と一緒に回りたかったよ?

 でも仕事なんだよ!俺だって楽しみてえよ!

 ちなみにいつもならこんな場を一喝してくれる織斑先生は退席している。

 

『時間がかかりそうだから、私は職員室に戻る。あとで結果報告に来い。』

 

 お優しい先生様である。

 あの人俺の姉貴分なんだぜ?イイ性格してるだろ?

 

「山田先生、ダメですよね?こういうおかしな企画は。」

「えっ!?わ、私に振るんですか!?」

 

 おい、副担任。

 

「え、えーと・・・うーん、わ、私はポッキーのなんかいいと思いますよ・・・?」

 

 だから、おい、副担任。

 

「とにかく、もっと普通な意見をだな!」

「メイド喫茶はどうだ。」

 

 そう言葉を発したのは、ラウラだった。

 俺だけでなく、クラス全員がぽかんとしている。

 だってあのラウラだぜ?なぜにメイド喫茶?てかどこで覚えた?

 副官か?また例の副官の影響か?

 

「客受けはいいだろう。それに、飲食店は経費の回収が行える。確か、招待券制で外部からも入れるのだろう?それなら、休憩場としての需要も少なからずあるはずだ。」

 

 いつもと同じ淡々とした口調だったが、あまりに本人のキャラにそぐわない言葉だったため、俺も含めたクラスのみんなも理解に時間を要した。

 え?あ・・・理に適ってる・・・な。

 

「え、えーと・・・みんなはどう思う?」

 

 多数決を取ろうとしても、みんなからの反応がない。いまだにきょとんとしている。よほどラウラの意見が意外だったのだろう。

 

「いいんじゃないかな?一夏には執事か厨房を担当をしてもらえばオーケーだよね。旺牙が参加できないのは残念だけど。」

 

 シャルロットからの援護射撃、クリティカルヒット!こうかはばつぐんだ!

 

「織斑君、執事!いい!」

「それでそれで!」

「メイド服はどうする!?私、演劇部衣装係だから縫えるけど!」

 

 すごい盛り上がりだな。だがこれでクラスが一丸となった気がする。

 さすがに一夏もこれを止める気は無いようだ。

 

「メイド服ならツテがある。執事服も含めて貸してもらえるか聞いてみよう。」

 

 どこにツテがあるって?ラウラ、今日のお前は俺たちの予想の斜め上を行くな。

 また全員が目を丸くする中、ハッと気がついて咳払いをするラウラ。

 

「―――ごほん。シャルロットが、な。」

 

 なにをいまさら照れているかね?

 いきなりボールが飛んできたシャルロットが困った顔をしている。

 

「え、えっと、ラウラ?それって、先月の・・・?」

「うむ。」

「き、訊いてみるだけ訊いてみるけど、無理でも怒らないでね。」

 

 不安げそう告げるシャルロットに、クラスの女子は声を合わせて『怒りませんとも』と断言する。

 先月っていうと、夏休みか。何があったんだ、あいつら。

 かくして、一年一組の出し物はメイド喫茶改め『ご奉仕喫茶』に決まった。

 あー、なんか俺も参加したくなってきたよ。いまさら遅いけど。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

「・・・いつまでぼんやりしてるの。」

「眠・・・夜・・・遅・・・。」

「本音ェ・・・、学習しろよ。」

「仕方ありません。志垣君、手伝ってもらっていい?」

「マジすか・・・。」

「よろしく・・・しおー・・・。」

「いやお前もやれよ。」

 

 我ながら、わずか数日で生徒会に溶け込んだと思う。

 理由の一つに本音の書類を手伝っているうちに虚先輩とも話す仲になったのだが。

 お?ドアの向こうに気配が二つ。楯無先輩、本当に一夏を連れてきたのか。

 ん?なぜわかるかって?気配もあるが、足音かな。

 

「ただいま。」

「おかえりなさい、会長。」

「お帰り下さい、会長。」

「旺牙くんが酷い!?」

 

 うむ、これ以上漫才はやめておこう。虚先輩に怒られる。

 

「わー・・・。おりむーだ~・・・。」

 

 もう眠りを通り越して死にかけだな・・・。

 

「まあ、そこにかけなさいな。お茶はすぐに出すわ。」

「は、はぁ・・・。」

 

 楯無先輩に促され、椅子に座る一夏。落ち着かない様子で、借りてきた猫状態だ。

 一夏が猫か・・・。女子は喜びそうだが、男の俺には・・・うわぁ。

 

「お客様の前よ。しっかりなさい。」

「無理・・・。眠・・・帰宅・・・いい・・・?」

「ダメよ。」

 

 無情の一言に崩れ去る本音。夜何してんだよ、って女子に詮索するのはマナー違反か。

 

「えーと、のほほんさん?眠いの?」

「うん・・・。深夜・・・壁紙・・・収拾・・・連日・・・。」

「う、うん?」

「あら、あだ名だなんて、仲がいいのね。」

 

 そういえば、一夏が本音のことを名字でも名前でも呼んだことが無いな。

 

「あー、いや、その・・・本名知らないんで・・・。」

「ええ~!?」

 

 おお。本音が覚醒した。そら目も一気に覚めるわな。

 

「ひどい、ずっと私をあだ名で呼ぶからてっきり好きなんだと思ってた~・・・。」

「いや、その・・・ごめん。」

 

 何だこの茶番・・・。

 

「本音、嘘をつくのはやめなさい。」

「てひひ、バレた。わかったよー、お姉ちゃん~。」

「お姉ちゃん?」

「ええ。私は布仏虚。妹は本音。」

「むかーしから、更識家のお手伝いさんなんだよー。うちは、代々。」

「えっ?ていうか、姉妹で生徒会に?」

「そうよ。生徒会長は最強でないといけないけど、他のメンバーは定員数になるまで好きに入れていいの。だから、私は幼なじみのふたりをね。」

「超身内人事っすね。」

「旺牙くん言い方キツイわね~。」

 

 そら無理矢理入れられた身ですから。しかも庶務。

 あ~。やっぱり無理にでも辞退すればよかったか?俺に書類仕事は・・・オカジマ技研へのレポートで慣れてたな。うん。

 

「はい、志垣君もお茶にしましょう。」

「あ、ありがとうございます。」

 

 考え事しているあいだに、虚先輩がお茶を入れてくれた。

 最近ボーっとすることが多いな。しっかりせねば。

 その後、本音が冷蔵庫から出してきたケーキを食べる。うむ、美味い。

 

「それにしても旺牙。本当に生徒会に入ったんだな。」

「そう言ったじゃないか。聞いてなかったのか?」

「いや、お前が生徒会なんて、らしくなくてさ。」

 

 自分でもそう思うけど、それが現実なのよね。

 改めて、俺含め生徒会メンバー四人が一夏に向き合う。

 

「一応、最初から説明するわね。一夏くんが部活動に入らないことで色々と苦情が寄せられていてね。生徒会はキミをどこかに入部させないとまずいことになっちゃったのよ。」

「それで学園祭の投票決戦ですか・・・。」

 

 一夏からすればいい迷惑だろう。自分のあずかり知らぬところでそんな話が決まっているのだ。怒ってもいいんだぞ?俺や楯無先輩に勝てるなら。

 

「でね、交換条件としてこれから学園祭の間まで私が特別に鍛えてあげましょう。ISも、生身もね。」

「遠慮します。」

「そう言わずに。あ、お茶飲んでみて。おいしいから。」

「・・・いただきます。」

 

 軽い応酬の後、紅茶を啜る一夏。

 

「おいしいですね、これ。」

「虚ちゃんの紅茶は世界一よ。次は、ケーキもどうぞ。」

 

 続いて生クリームたっぷりのショートケーキに手を伸ばす。

 うむ、これも美味。今度挑戦してみようかな?

 

「そして私の指導もどうぞ。」

「いや、だからそれはいいですって。大体、どうして指導してくれるんですか?」

「ん?それは簡単。キミが弱いからだよ。」

 

 楯無先輩の、さも当然といった言葉に、ぽかんとなる一夏。

 そんな一夏の姿に、笑いを堪えるのに必死だった。

 その後、少しムッとした顔になる。分かりやすい奴め。

 

「それなりには弱くないつもりですが。」

「ううん、弱いよ。無茶苦茶弱い。だから、ちょっとでもマシになるように私が鍛えてあげようというお話。」

 

 かなり挑発してるな。こりゃ一夏は内心お怒りだろう。

 だけど残念。何の策もなく怒らせるだけじゃないのだよ、その人は。

 一夏は立ち上がり、先輩を指さした。

 

「じゃあ、勝負しましょう。俺が負けたら従います。」

「うん、いいよ。」

 

 一夏、南無。

 

 

 

 行っちまったよふたりとも。さあさあ、おやつを片付けてさっさと仕事をしましょうか。

 

「一緒に行かないのね。」

 

 虚先輩って、くだけた言葉と敬語をうまい具合に使い分けるよな。だから出来る女って感じがする。

 

「過程も結果もわかってる勝負なんて面白くないですからね。多分、楯無先輩の指導の後に、安東先生の地獄が待っている、って流れじゃないですか?」

「・・・そこまでわかってるのね。安東先生からの要請ということも。」

「まあ、一夏とも付き合いは長いですが、安東先生とも付き合い長いですからね。なんとなく、勘で。」

 

 ん?なにやら虚先輩が考え込んでいる。

 

「少し、ほんの少しだけ気になるのだけれど、あなたとお嬢様が戦ったら、どうなるかしら?」

「うーん、ISなら機体性能差で互角でしょうか。生身なら―――」

 

 

 ―――殺し合いなら俺の勝ちですかね

 

 

「・・・あなたという人間がわからなくなってきました。」

「世の中知らないほうがいい事もありますよ。」

 

 

 夜、一夏から先輩の指導を受ける事に決まったと連絡が入った。

 ついでに、いつものみんなから理不尽に怒りを向けられたことも。

 まあ、今の俺には関係ないか。

 だけど裏で糸を引いているのは安東先生なんだよな。

 一夏と侵魔になにか関係が、て考えるだけ無駄か。

 

「ねえ旺牙。お姉ちゃんが迷惑かけてない?」

「お前ら姉妹のすれ違いの時期よりは楽だよ。」

「あう・・・///」

「ハハハ。さて、今日はなにを観るのかね?」

「う、うん。今日はね―――」

 

 だがなんだろうな、なんだか、嫌な予感がするよ。

 

 

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 

 果てしない闇の中、三人の女性が卓を囲む。

 広かった卓も、既にこれだけしか座らない。

 三人の中で最も幼く見え、それでいて圧倒的プレッシャーを放つのは、侵魔の軍団『覇王軍』の長、ジーザ。

 

「マリア。先日の『初陣』、どうであった?」

 

 強力な魔王でありながら、マリアと呼ばれた少女に優しく問いかける。

 

「・・・申し訳ございません。ろくに戦えもせず、最後はお母様のお手を煩わせてしまい・・・。」

「よいのだ。・・・志垣旺牙は強かったか?」

「はい、私では、到底追いつけぬほど。」

「敵の強さが分かったのは良い事だわ。あとは私と母様に任せておきなさい。」

 

 長身の女性、パツィアは優し気に、だがどこかに嘲笑の混じった笑みを浮かべる。

 

「そうだな・・・。ガイム!居るか!」

「ハッ!ここに。」

 

 闇の中から、ガイムと呼ばれた、重厚な鎧に身を固めた巨躯の老人が現れる。

 このガイム、志垣旺牙に敗れたテレモートの副官に当たる。剛の者にして、忠義者であった。

 

「ガイム。お前が軍団長代理で率いているテレモートの軍を、マリアに任せる。よくサポートしてやってくれ。」

「え?」

「なっ!」

「かしこまりました、覇王様。」

 

 きょとんとするマリア、驚愕するパツィア、恭しく礼を取るガイム。

 三者三様の反応である。

 

「お母様、私には戦う力など・・・。」

「だからこそ、お前を護る力が必要だ。・・・受けてくれるな、愛しきマリア。」

「・・・はい。」

 

 その光景を、パツィアは受け入れがたい表情で見ていた。

 覇王軍は珍しく、『現覇王』が次代の覇王を決めるシステムになっている。封印される前、ジーザが前覇王からその座を受け渡されたように。

 自分の軍にテレモートの遺した軍を加えれば、名実ともに自分が四天王最強の地位に立つ。もともと自分の軍を持たないマリアや、デーモンなどの下級から中級の侵魔しか操らなかったトルトゥーラとは違う。自分こそ『次の覇王』に相応しいはずだった。

 だが屈強で従順なテレモートの軍をマリアが継げば話が変わってくる。

 面白くない。何もかもが面白くない!

 

『闇』は、どこまでも深い・・・。




ペースを速めた結果がこれか・・・。
嗤わば笑えい!!


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違う次元

作者)ウヴァ~・・・

旺牙)暑さと湿気で脳がやられたか・・・

作者)今回はみんなにひどい目にあってもらいます

全員)え?


 と、いうわけで。

 楯無先輩は一夏の専属コーチになりました。

 

「誰に言ってるの、旺牙。」

「時間が空いたのでちょっとした説明をね?」

「?」

 

 まあつまり、一夏がぼろくそに負けたので約束通りに事が進んだのだ。

 あんまり『第四の壁』を超えるのはいかんな。

 

「でも一夏も凄い人に教わるわけだし、もっと強くなるかもよ。」

「最近までその凄い人を避けていた人間の言うことかね?」

「あう・・・旺牙が意地悪だ。」

「はっはっはっ。冗談だ冗談。」

 

 夕食を食べに食堂へ向かう途中の、何気ない会話を交わす。

 だが、俺の心中はあまり穏やかではなかった。

 ・・・あの人が動き出しそうなのだ。

 生徒会室から帰る時、廊下で聞いてしまった。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

『千冬、そろそろ俺も実戦訓練に参加したいんだが。』

『・・・生徒たちにトラウマを植え付ける気か?』

『安心しろ。相手は専用機持ちたちだけだ。』

『なら構わんが、やりすぎるなよ。』

『訓練にやりすぎとは?』

『・・・はぁ。』

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 何て会話をしてやがった。

 確かに、安東先生を軽く見ている生徒は少なからずいる。そんな生徒に実力を見せつけるのと、俺たちとの『差』を見せつける気でいるんだ。俺は慣れてるけど、一夏たちにはトラウマになりかねんぞ。

 

「・・・?旺牙?」

「簪。近々地獄を見るだろうが、頑張ってくれ。」

 

 簪の肩を掴み、強く言い聞かせる。

 彼女は彼女でキョトンとしている。大丈夫。頑張れば生き残れる。

 あ、ダメだ。頑張るタイプには本気出す人だった。しかも下手に手を抜くとそれ以上の怒りを買う。ファー・ジ・アースでは何人があの世手前までいっただろう。

 しかも本人が回復魔法を得意としてたもんだから瀕死になっても無理矢理立たされて何度も何度も訓練が続いて・・・。

 ガタガタガタガタッ・・・

 

「え!?どうしたの旺牙!?急に震えだして!」

「ナンデモナイヨ簪。沙紀ト萌ガ待ッテルゾ。」

「お、旺牙が壊れちゃった!?」

 

 いつ頃動き出すのか。多分学園祭前だろうな。

 まあ、死なない程度に頑張ろう。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 一夏が楯無先輩の指導を受けて二日ほど。一夏は相当参っているようだ。

 俺は生徒会室で報告を聞いている。俺がいたってろくな訓練にならんだろうし、俺と一夏では戦い方がまるで違うので、意味がない。

 訓練の節目に戦わされるかもしれないが、どうせまだ先だろう。

 

 俺も俺で楯無先輩についてわかったことがある。

 それは『わからないこと』だ。ギャグじゃない。

 自分をわからせないようにしている。そんな気がする。

 考えてみれば当然か。日本の暗部の長がわかりやすい人間だったら、なんとも不安だ。

 相手を煙に巻き、本当の表情を見せない。それは、きっと相当に辛い鍛錬の賜物なのだろう。だから、不用意に触れてはいけないと思う。

 下手につつけば、鮮血と共に感情が溢れ出してしまいそうで。

 この人のそんな姿は見たくない。

 だから今日もこうして、本音の分の書類を片付ける。

 ・・・先輩の前に俺が泣きたくなってきた。

 しかし一夏のやつ、大丈夫かな。

 楯無先輩、ああいうタイプをからかうの好きだと虚先輩が言ってたから。

 俺も巻き込まれないようにしよう。

 

 

 その夜、また簪とアニメ鑑賞会をしていると一夏から電話がかかってきた。

 

「はい志垣です。」

『なんで他人行儀なんだよ!それより大変だ!楯無先輩が俺の部屋に!』

「積極的すぎだろ先輩・・・。」

『しかも裸エプロンだった!』

「死ね。」

 

 その一言で通話を切る。下らねえ。羨ましくなどない。

 

「一夏がどうしたの?」

「楯無先輩に大分からかわれてるらしい。」

「あぁ・・・。」

 

 簪も憐みの表情をしている。

 裸エプロンかあ・・・。簪の・・・。

 いかん!最近脳内が桃色に染まってきている!それもこれも一夏のラッキースケベの所為だ(責任転嫁)。

 今日はそろそろ寝た方が良いかもしれない。

 

「さて、今日はお開きにしよう。」

「そうだね。もう遅くなってきたから。」

「「お休み。」」

 

 一夏には悪いが、俺は俺で疲れてるからな。

 

 

 その後再び電話が鳴ったが、無視した。

 メールに切り替えたらしく、仕様がなく文を見ると。

 

『楯無先輩が俺の部屋に住むらしい。』

 

 もう好きにしてくれ先輩・・・。

 

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 先輩が一夏の部屋に転がり込んでから、色々あったらしい。

 

 1:朝起きたらほぼ下着姿。マッサージしたら一夏が鼻血を出したらしい。死刑。

 

 2:昼食時、教室に先輩乱入。一夏にあーん。ついでに他の女子たちも巻き込んで食事会。俺たちが早々に食堂に行っている間に凄いことに。

 

 3:一緒にシャワーを浴びた。

 

 ・・・心の臓、止めてくれる。

 こっちが生徒会の仕事で目を回しているのに、あいつは女子とイチャイチャと・・・。

 なんだか弾の気持ちがわかってきた気がする。

 いまだ片思いとはいえ、簪がいてくれなかったら暴走していたところだ。

 まぁ、

 

「あ~・・・。」

 

 べちゃりとテーブルに突っ伏している姿を見ると、なんだか怒りゲージも下がってきた。

 夕食の時間で食堂にいるわけだが、これじゃ飯も食えんか。

 

「一夏、お疲れ様。」

「おー・・・シャルか・・・。」

「お茶飲む?ごはん食べられないなら、せめてそれだけでも。」

「おう・・・サンキュ・・・。」

 

 シャルロットの気づかいにも鈍い反応を返す。こりゃダメだな。

 

「それで、あの女はどうしたのだ?」

 

 少しぴりぴりとした様子でラウラが言う。

 どうやら殺す気で奇襲し(おいおい)返り討ちにあったらしい。

 そのうえ楯無先輩がいるせいで一夏の部屋に忍び込めないのもイライラの原因の一つのようで。

 

「一夏。あの女のはどうしたんだと訊いたんだ。」

「ん?生徒会の仕事があるって出て行ったぞ。」

 

 ん?なんだって?

 

「そーそー。書類がちょお溜まってるんだよね~。」

 

 間延びした声、のんびりした調子に振り向くと、やはりそこには布仏本音がいた。

 おい、仕事溜まってんのかよ。それでいいのか書記。

 ・・・はぁ。仕方ねえな。

 

「簪。先に食って部屋に戻っててくれ。」

「え?旺牙は?」

「やり残したことがある。」

 

 やれやれ。こういうキャラじゃないんだけどな、俺は。

 

「あ。そうそう、一夏。」

「んあ~?」

「近々もっと大変なことが起こるから、頑張れ。」

「なんだよそれ・・・。」

 

 

 

 

 

「さて、ちゃっちゃと終わらせちゃいますか。」

「はい。」

 

 やっぱり。

 

「先輩方、気の遣い方、間違ってますよ。」

「「旺牙(志垣)君!?」

「仕事があるなら言ってくださいよ。それとも、俺は数に入りませんか?」

「そういうわけじゃないけど・・・。」

 

 普段は人を食った態度のくせに。

 

「未熟ながら、手伝いはできるつもりですよ。本当は本音も連れてこようかと思ったんですが。」

「いいえ。あの子がいると余計仕事が増えるから。」

 

 虚先輩がそう言うが、別に邪険にしているわけではないのが声色から伝わってくる。

 それでも、仕事が遅れるのは事実で。

 

「えっと、いいの?少し遅くなると思うのだけど。」

「いいですよ。これでも役員のひとりですから。」

「・・・ありがとう。」

 

 控えめに微笑みを浮かべる楯無先輩。

 いつもと違う、チェシャ猫のような笑いではない。これが心からの笑みなのだろう。

 さて、とっとと終わらせますか!

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 ある日の一組、二組の合同によるIS実戦訓練。

「あたしももう一組だもんね!」などと言っている鈴は置いといて、アリーナは異様な空気に包まれていた。

 安東先生がISスーツを着ているのだ。今までスーツで見ているだけだったあの人が、だ。

 俺としては『ああ、終わった』という気分だよ。

 

「全員静かに。今日は安東・・・先生がISで参加する。」

 

 織斑先生の声にも、ざわつきは消えなかった。それどころかますます大きくなる。

 一夏や俺の能力は十分広まっているが、あの人の実力は未知数だ。

 

「ただ乗れるってだけじゃないの?」

「志垣君の師匠だって話よ。」

「大袈裟に言ってるんじゃないの?」

 

 聞こえてくるわくるわの、先生の能力の疑問。

 確かに一見すればあのひょろ長い男が強いとは思えないだろう。

 だが、俺としては今すぐここから逃げ出したい。

 情けないと言われようと、安東先生と戦うのは避けたい。

 師弟関係だからじゃない。純粋に、戦っても勝てないと本能が告げている。

 

「そうだな・・・、専用機持ち八人。お前たち全員で行け。」

「「「え?」」」

「なに、心配はない。お前たちでは勝てない。断言してやる。」

 

 ちょ、織斑先生!?あまり挑発しないでくださいよ!

 

「へ~、言ってくれるじゃない。」

「強力なISに振り回されないでいただきたいですわね。」

「相棒の恩師とやらがどの程度の物か、見せてもらおう。」

 

 ほら、うちの好戦的な子たちから不穏な気配が・・・。

 

「・・・・・・。」

 

 ヤバい。ポニーテールな彼女が一気に機嫌が悪くなってる。

 一夏!お前さんとこの子だろ!なんとかしろ!

 

「安東先生って、随分自信家だな。」

 

 そうじゃねえだろ!もっと周りを見ろよ。俺だけじゃあのじゃじゃ馬たち抑えきれない!

 ああ、しょうがねえ!

 

「お前らよく聞け。俺が近接組の壁になるから・・・。」

「八対一で作戦もなにもないでしょうが!」

「こんな戦い、侮辱以外の何物でもないですわ!」

 

 そうやってセシリアと鈴は二対一で山田先生に負けただろうが。

 

「何をしているお前たち。早く準備しろ。」

 

 そう織斑先生に急かされる。

 はあ。まあ、死なないように頑張るか。

 八人がISをセットする。そして・・・。

 

「往くぞ、『グレート・ワン』・・・。」

 

 右耳のピアスにそっと触れ、呟く。

 その刹那、闇色に包まれた、凶獣同様フルスキンタイプのISが現れる。

 三対の翼が羽ばたき、上昇する。翼の付け根にはブロック状のパーツがあるが、あれがどうも不気味だ。

 あれがグレート・ワン、もとい『グレート・オールド・ワン』の専用装備なのか?

 

「エネルギー4800・・・。普通のISとは次元が違うね。」

「ふん!ただの虚仮威しでしょ!」

「・・・ここは様子を見た方がいいかも。なんだか搭載武装も多そう。それを使いこなしているとしたら。」

「お前ら、あの人を甘く見るなよ。あの翼はいわば『悪魔の翼』だからな。」

 

 全ISが上空に上がり、戦闘態勢を取る。

 カウントが進む。3・・・2・・・1・・・。

 最後のブザーが鳴った!

 直後、グレート・ワンのビーム砲『リブレイド』の乱射が俺たちを襲う!

 あれ連射できるのかよ!?

 

「ちょっと!?何よこれ!?」

「落ち着いて!『あの時』よりは速度が遅い!」

 

 おそらく『福音』のことを言っているのだろうが、俺いなかったからな。

 

「くっ!やはりエネルギー兵器には弱い、かっ!」

「全員俺の後ろに!ゆっくりでも距離を詰めるぞ!」

「冗談!あれくらいの弾幕、避けて行けるわよ!」

「援護しますわ鈴さん!」

 

 そうじゃねえだろうがよ!!

 あの二人、完全に先生を舐めてるな。まあ、それはアリーナにも何人かいるみたいだが。

 鈴が突撃した瞬間から、ビーム砲の速度が落ち始めた。

 早くもエネルギー切れ?違う。

 甲龍の速度についていけてない?違う。

 ビーム砲が粒子に変わる。まさか!

 

「鈴!撃ってくるぞ!」

「ちょ、ちょお!?」

 

 武装がすでにマシンガン『マジックファランクス』に代わっていた。

 さらに距離が近づくと、中距離用ガトリング『ヴォ―テクストライデント』に変更。

 セシリアのBTが援護射撃を始めようとした矢先、ガトリングを右手で持ち、左手にハンドガン『スピットレイ』を出現させ、BT兵器を二基墜とす。

 この武装の顕現スピードは!

 

「高速切替(ラピッドスイッチ)!?」

 

 そう、シャルロットが得意とする高速切替。

 武装の数こそラファールに劣るが、速度は先生の方が速い。

 

「こんのー!」

 

 それでも衝撃砲を撃ちながら接近する鈴。

 先生は目視出来ないはずの衝撃砲を最低限の動きで避けている。

 いや、ここは目視出来ないはず、と言っておこう。

 先生はハイパーセンサーに頼っていない。全て見えている。

 

「もらった!」

 

 とうとう双天牙月の距離にまで近づいた。が。

 

「鳳。思い切りが良いのは及第点だが、俺を侮るなよ。」

「へ?」

 

 刃をするりと避け、鈴の腕を掴む。

 そのまま勢いを利用し、一本背負い!

 

「カハッ!?」

 

 肺の空気が出きったところに、向けられるのはガトリングの砲口。

 そして無慈悲な連射、連射、連射!

 

「ちょお!?キャアアアアアッ!?」

 

 うわ、顔色変えずに撃ってるよ。

 と、とにかく援護に。

 

 バシュン!!

 

 何かがシールドに当たる。

 背中のユニット!あそこからも武装が出せるのか!

 

『甲龍、シールドエネルギー、0。』

 

 残りのメンバーが怯んでいるうちに、鈴が脱落した。

 いくら下に見てたからって、代表候補生が赤子の如く・・・。

 

「どうした?来ないのか?」

 

 挑発を含んだ一言。

 誰もそれに乗らない。いや、乗れない。

 顔を引き締める。間違いない。あれは『福音』以上の敵だと認識する。

 

「全員俺のシールドの後ろに!俺が全力で守るから、離れて攻撃するぞ!」

「だが!」

「みっともないとか考えるなよ!あっちが手段を選んでないんだ!実力に劣る方が加減してて勝てる相手かよ!」

 

 俺の怒声に、各員ようやく凶獣のガードの後ろに回る。

 違うな。陣形を整える時間を貰ったんだ。

 鈴を思い切り叩きのめしておいて、今度は俺たちに猶予を与える。

 相変わらず何を考えてるのか解からん人だ。だからこそ、正直怖い。

 

「ラウラ、お前のAICはレーザー兵器には弱いんだ。気をつけろよ。」

「相棒こそ、エネルギーの残量をしっかり見ておけ!」

 

 バリアントウォールを全力全開、広範囲に展開する。

 シールドエネルギーが一気に減ったが構わない。今の俺は攻撃に参加することは考えていない。

 仲間たちがそれぞれ自分の中でも強力、または扱いやすい遠距離武器を放つ。

 それを、衝撃砲を避けた時と同じように最小限の動きでひらりひらりと躱し続ける。弾幕の厚さも鈴の時とは格段に違うというのに、針に糸を通すかの如く。

 それどころか、ビームスナイパーライフル『シューティングダーク』で反撃してくる。まったく化け物かっつーの!あ、化け物だった。

 

「これじゃあ、キリがない・・・。」

「今までの攻撃パターンからして、グレート・ワンは射撃特化型みたいだね。」

「・・・よし、さっきも言ったが、少しづつ距離を詰めて―――」

 

 俺の言葉をかき消すかのように、グレート・ワンの胸が開く。

 頭の中で危険信号が鳴り、センサーには『ジャッジメントレイ』と表示される。

 しまった!天属性の最大魔法!それを模した兵器があるであろうことになぜ気付かなかった!

 

「全員散開!ヤバいのが―――」

 

 その瞬間、アリーナが光に包まれた。

 最前線にいた俺がなんとか受け止めた形に成ったが、シールドエネルギーをごっそり持っていかれてしまった。

 みんなは、どうなった。

 センサーには全員の無事確認されているが・・・エネミー反応が、ふたつ?

 

「きゃあああ!?」

「ぐあっ!」

 

 簪とラウラの声!?何故だ!?

 今、『同時』に聞こえたぞ!?

 ジャッジメントレイの光が治まる。

 俺は信じられないものを見た。

 先生が、『ISスーツ』の姿でラウラにハンドガン『スピットレイ』を連射している。

 それと同時に、グレート・ワンが簪にビーム砲を放っている。それも先程より厚い弾幕で。

 

「ISと搭乗者が分離!?そんな技術、BTより高難易度のはず!?」

 

 セシリアの叫びももっともだ。BT兵器自体が扱いの難しい物のはずなのに、アレは人間大の物を、精密に動かしている。

 普通なら頭の神経焼き切れるぞ。何度も言うがどんな化け物だよ!

 

「くっ、そ・・・。」

「なんて、戦闘力・・・。」

 

 簪とラウラまで墜ちた、って!もう次の手にうつっているだと!?

 自立しているISパーツが高速で近づき、背後からシャルロットの両手足を絡めとる。

 先生自身は、セシリアを同じように固める。

 そしてフルスロットルで互いに向かって突撃。

 こ、これはまさかっ!?

 

「地獄のコンビネーションVr・俺!」

 

 ゲーッ!?

 なんて驚いている場合じゃない!今の衝撃が想像以上だったのか、ふたりも戦闘不能。あっという間に俺、一夏、箒の三人になってしまった。

 いや、既に先生は動いていた。ISと本人で俺たちを挟むように陣取り、ジャッジメントレイ、リブレイドのエネルギーをチャージしていた。この一発で決める気か!?

 

「させるかー!」

 

 一夏が零落白夜を発動し、IS側に斬りかかる。本体を傷つけることは叶わなかったが、チャージ中のエネルギーは掻き消えた。

 なるほど。レーザーやシールドを斬れる零落白夜なら、ジャッジメントレイも無効化できるのか。

 !?あぶねえ!

 

「よそ見するなよ一夏!お前が鍵なんだからな!」

「え!?そうなのか!?」

「知らずにやっとったんかい!」

「お前たち!いい加減に戦え!」

 

 はっ!そうだった!今箒はひとりで安東先生を抑えていたんだ。

 

「箒、すまんがもう少し時間稼ぎを頼む!俺と一夏はこっちを片付ける!」

「すぐに行くからな、頼んだぜ箒!」

「そっちこそ、私に援護される状況になるなよ!」

 

 誰かが「あ、死亡フラグ」と言った気がした。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 結果。八人がかりで勝てませんでした。

 

「まあ、こいつのISがふざけた性能なだけだ。良く戦った方だが、油断が見られた。後で反省文を提出するように。」

「「「はい・・・。」」」

「ふ~、久々に体を動かした気分だ。」

 

 あれでまだ本気じゃないのかよ。後でみんなで反省文を書きながら、こう言い合った。

 

 次元が違うと。




みなさんは体調が悪い日はしっかりと休みましょう。
それが無理なら休みながら頑張りましょう。
でないと今回みたいに謎文章が生まれます。


天属性・・いわゆる光属性

冥属性・・いわゆる闇属性


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開催!学園祭!!

旺牙)貴様今まで何をしていた?

作者)ゲームしてた。

旺牙)そうか。ならば辞世の句を読め。

作者)そっかぁ。正直に言ってもダメかぁ・・・。


 なんだかんだで学園祭前日の夜。

 生徒たちの中には遅くまで残って最後の作業をしている者たちもいるだろう。

 虚先輩は何か問題が無いか校内を見回り中。

 本音は一組、つまり俺たちのクラスの手伝い。生徒会の仕事は・・・お察しして。

 それで俺と楯無先輩は書類と格闘中。ただでさえ多かった書類が、ギリギリになって提出してきたクラスや部活の所為でさらに増えた。チクショウめ。

 

「あー、やっぱり書類仕事は辛いわね。体中バッキバキ。」

 

 うーん、と伸びをしながら先輩が唸る。確かに辛い。チェックだけとはいえ、不備が無いかを細かく見なければならない作業は精神的にも来るものがある。

 

「マッサージでもしますか?一夏ほどじゃないですけど、心得はありますよ。」

「それも魅力的だけど、今はお茶が欲しい気分かな。」

 

 お茶かぁ・・・。

 

「じゃあ淹れてきますよ。虚先輩ほど美味く出来るかは自信ないですけど。」

「悪いわね。お願いね。」

 

 えっと茶葉はっと、あったあった。・・・良いもん使ってるな。

 取り合えず二人分淹れて。

 

「お待たせしました。無作法で申し訳ないですが。」

「大丈夫よ。気にしないわ。・・・うん、十分美味しいじゃない。」

「それはどうも。」

「ちゃんとお茶の香りが出てる。茶葉も蒸らしているのね。もう、何が無作法よ。」

「淹れ方をぼんやり覚えてただけですよ。」

 

 菓子作りをやってると何となくで茶の淹れ方も覚えた。できる事なら寛いでほしいからな。

 

「・・・なんだか温かいわね。」

「?お茶は熱い物でしょう。」

「うーん。そういう意味じゃなくてね。」

 

 そう言ってお茶を啜る先輩は、やけに良い笑顔をしていた。

 腑に落ちないが、喜んでくれたのならいいだろう。

 俺も小休止といこう。

 

 

――――――

 

 温かい。そうね、温かくなったわ。心の奥の何かが。

 お茶はもてなす心と言うけれど、旺牙君はその点天才ね。

 味も丁寧な心遣いも虚ちゃんのほうが上だけど、彼は無意識レベルで相手を思いやっているのね。

 最初は随分野性的な見た目の子だと思っていたけど、人は見かけによらずって本当ね。

 生徒会の仕事でも細かいところにも気がつくし、日々の生活でも相手との距離感を保つのが上手い。

 これに本気で惚れちゃった女子がいるってのも頷ける。その中に最愛の妹簪ちゃんが含まれてるのがちょっと複雑だけど。

 本当に、変わった子。安東先生から聞いた話が信じられないくらい、一緒にいて温かくなるような。

 

「?俺の顔に何かついてます?」

「いいえ、何でもないわよ。」

「???」

 

 ふふっ、キョトンとしたり怪訝な顔したり。案外表情豊かなのね。

 そういう所、けっこう可愛いよ?

 

「さて、休憩おしまい!さっさと終わらせましょう!」

「ウイッス!」

 

 みんなには悪いけど、今は彼を独り占め。

 

――――――

 

「あ、そうそう。明日はクラスの出し物に参加してもいいわよ。」

「へ?」

「見回りとか生徒会の仕事は私たちでやるから、ちゃんとサービスしてきなさい。」

「で、でも今更俺のサイズに合う服は用意できないでしょう?」

「一組には事前に連絡済み。みんな喜んでたわよ♪」

「オノーレーーー!!」

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 あー、まだ眠い。昨日けっこう遅くなったからな。

 しっかしこの学園の生徒たちはテンション高いな。

 

「うそ!?一組であの織斑くんの接客が受けられるの!?」

「しかも執事の燕尾服!」

「それだけじゃなくてゲームもあるらしいわよ?」

「しかも勝ったら写真を撮ってくれるんだって!ツーショットよ、ツーショット!これは行かない手はないわね!」

 

 おーおーやっぱり一夏は人気だね。俺は裏方が良かったのに。

 そもそも俺に需要があるのか?

 

「ちょっと!志垣くんも執事やってるわよ!」

「頼りになる大人な男・・・。」

「ムッキリボンバーな長身執事。」

「・・・ジュルリ。」

 

 ・・・喜んでくれて何よりだよ。

 しかしアレだな。メイド服というものは、案外素晴らしいものだったのだな。

 前世ではメイド服を戦闘服にしていた人がいたからまるで色気が感じられなかった。

 だがこの光景は・・・素晴らしいな。

 俺だって男の子だ。女の子が綺麗な服着てたら目が行っちまうよ。体は思春期なんだから。

 しかも、

 

「い、いらっしゃいませ、お嬢様。」

 

 簪が接客してる。たどたどしいが、初々しい。そして愛おしい。

 惚れた弱みか、すごく似合って見える。いや、実際似合ってるのだが。

 

「旺牙、どうしたの?」

「いや、似合ってるな、と思って。」

「///お、旺牙も、その、似合ってる、よ。」

「「・・・・・・。」」

「「えへへへ。」」

「そこ!いちゃついてないで仕事する!」

「うわ!?」

「ご、ごめん!」

 

 鈴の一喝に俺たちは慌てて接客に戻る。

 まったく、怖いメイドさんだぜ。

 

(あの二人って付き合ってるの?)

(あれでまだ付き合ってないのよ。まったく、見てる方がヤキモキするわ。)

 

 聞こえてるぞ鈴。悪かったな告白も出来ない根性なしで。

 

「ほらほら。男共は一組の目玉なんだから。気合い入れなさいよ。」

「・・・お前は嫌なタイミングで同じクラスになったな。他の組なら客で来れたものを。」

「それを言うな!」

 

 やべ、地雷だったか。盆を振り回し始めた。

 と、険悪なムードのそこに扇子が差し込まれた。

 まさか、これは・・・。

 

「はいはい、騒ぎ立てないの。他のお客さんがびっくりするでしょう?」

「先輩・・・、なんちゅう格好してんすか。」

 

 いつの間にか楯無先輩が来店していた。が、なぜかメイド服。しかもこのクラスの物と同じ。ほんといつの間に・・・。

 

「先輩?その格好は」

 

 近くにいた一夏もよってきた。ダブルでツッコミ入れても聞きそうにないけど。

 

「楯無。」

「へ?」

「はい?」

「前から思ってたのよ、ふたりとも固いなって。だ・か・ら、先輩抜きで。」

「う~む・・・。」

「じゃ、じゃあ・・・。」

「「た、楯無さん。」」

「よろしい。」

 

 ぱちんといい音をさせて扇子を閉じるせんぱ、楯無さん。

 

「さて、私もお茶しようかしら。」

「接客しないんですか・・・。」

「うん。」

「じゃあ何でその格好を・・・いや、もういいです。」

「一夏。考えるな、悟れ。」

「難易度高いな・・・。」

 

 しょうがねえだろ、そういう人なんだから。

 互いに溜息を漏らすと、そこにひときわ騒がしい女子が飛び込んできた。

 

「どうもー、新聞部でーす。話題の織斑執事と志垣執事を取材に来ましたー。」

 

 新聞部のエースこと黛薫子さんの登場である。なにかにつけて俺や一夏の写真を撮りにくるので、今では結構顔馴染みである。

 一度盗撮してきた時にはさすがに捕まえた。

 

「あ、薫子ちゃんだ。やっほー。」

「わお!たっちゃんじゃん!メイド服も似合うわねー。あ、このスリーショットいただき。」

 

 言葉の途中からすでにシャッターを切っている。楯無さんに至っては「いえい♪」とピースまでしている。・・・二年ってこういうノリの巣窟なのだろうか。

 

「何でもいいけど、お店ほったらかしにするのは止めてよね。」

「アイアイマム、鈴少佐。」

「誰が少佐か。」

 

 接客に戻ろうとした鈴の肩を、黛先輩がガシッと掴んだ。

 

「へ?」

「やっぱり女の子も写らないとダメねー。」

「私写ってるわよ?」

「たっちゃんはオーラありすぎてダメだよー。どうせなら他の子たちにも来てもらおうかな。」

「それいいわね。その間は私がお店のお手伝いするわ。」

「うんうん、それでいきましょう。では、写真撮るからメイドさん来て―。」

「え?なに?なに?」

((俺たちの意見は求めないんですね・・・。))

 

 こうして始まった写真撮影。なぜか一夏とオリムラヴァーズのツーショットばかりだった。

 別に寂しいわけじゃないが、なんだかハブられた気分でいると、

 

(志垣くんは簪ちゃんとツーショットのほうがいいでしょ。)

(・・・どこまで知ってる。)

(新聞部舐めちゃダメよー。あとで写真あげるから。)

 

 こうして俺は小悪魔との契約に屈した。我ながらチョロい。

 

「・・・・・・。」

「簪、表情固いぞ。」

「そういう旺牙こそ。」

 

 ・・・ええい!ままよ!

 ガバッ!

 

「お!いいね、お姫様抱っこ!」

「ふ、ふわ・・・。」

「む。お姉ちゃんジェラシー。」

 

 外野黙ってて。案外恥ずかしいから。

 そんなこんなで、謎の写真大会が終わった。

 黛先輩はほくほく顔で、何度もデジカメのプレビューを眺めていた。

 

「や~。一組の子は写真映えしていいわ。撮る方としても楽しいわね。」

「薫子ちゃん、あとで生徒会の方もよろしくね。」

「もっちろん!この黛薫子にお任せあれ!」

 

 どんっと胸を叩いて答える黛先輩。おかしいな、新聞部って体育会系だったったけ?

 

「そうそう、一夏くんと旺牙くん。私、もうしばらくお手伝いするから、校内を色々見てきたら?」

「えっ、いいんですか?」

「うん、いいわよ。おねーさんの優しさサービス。」

「い、いや、でも、俺たちがいなくなるとクラスメイトからお叱りが・・・。」

「それも大丈夫。私が適当にごまかしておくから。」

 

 また勝手に、とも思ったが、そろそろ一夏ぐらい休憩に入っても罰は当たらんだろう。

 

「行ってこいよ一夏。さすがにいっぺんに抜けたらヤバそうだから、交代で休憩行こうぜ。」

 

 先輩の厚意には甘えるもんだ。

 

「じゃあ、ちょっとお願いします。」

「うん。行ってらっしゃーい。」

「ごゆっくりー。」

 

 さて、一夏の抜けた穴はちゃんと埋めないとな。

 

「旺牙くんも休んでよかったのよ?」

「いやいや、さっきも言ったけど、俺まで抜けたらしんどいでしょう。」

 

 一応二枚看板の一角という自負は、

 

「あ、あれ!会長よ!」

「きゃー!楯無様ー!」

 

 ・・・やっぱり俺いらなくね?

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

「織斑、一夏さんですよね?」

「はい?」

 

 招待券を送った五反田弾を迎えに正面玄関へと向かっていた一夏は、見知らぬ女性に声をかけられた。

 スーツを身に纏い、ブロンドの長い髪がよく似合う、控えめに言っても美人だった。キリっとした釣り目が気の強そうな印象を与えている。

 

「失礼。私、こういうものです。」

 

 女性は手早く名刺を取り出し一夏に渡した。

 

「えっと・・・IS装備開発企業『一条開発』渉外担当・木崎響子・・・さん?」

 

 声をかけてきてから一度も柔らかい笑顔を崩さずにいる、いかにも『企業の人間』『仕事の出来る女』というイメージが頭によぎった。

 

「はい。織斑さんにぜひ我が社の装備を使っていただけないかと思い、乗り込んできちゃいました。」

 

 今度はイタズラが成功したといったように笑う姿に、正直少しドキッとした一夏だが、話の内容に内心げんなりしていた。

 

(ああ・・・、またこういう話か・・・。)

 

 白式に装備提供を名乗り出てくる企業は後を絶たない。一夏の夏休みも、半分以上をそういう人間たちと会うのに費やすほどだった。

 世界に三人の男性操縦者。その肩書は本人たち以上に有名で貴重であるらしい。

 だが、旺牙の凶獣はオカジマ技研が専属で契約、安東のグレート・ワンは本人が他人に触らせない。

 そうなると、比較的つけこみやすいのは一夏の白式ということになる。

 

「あー、えーと、こういうのはちょっと・・・とりあえず学園側に許可を取ってからお願いします。」

「そうですね、わかりました。」

(おや?)

 

 随分と引き際のいい。今までの企業の人間たちはだいぶ粘っていたのに。

 

「お急ぎのところ申し訳ございませんでした。では、また『後ほど』。」

「え?」

 

 何やら含みのある言葉を残し、木崎と名乗った女性は階段を上り人影に消えてしまった。

 

「何だったんだ、今の・・・。」

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「志垣くん!四番テーブルご指名!」

「あいよー。」

 

 一夏を送り出したあとは、まあ予想通り大忙しだった。

 一夏目当てのお客さんのクレーム対応には主に楯無さんが対応してくれたので、大事にはなっていない。

 だがその分俺の指名が多く入ってきた。みんなこんななりの執事のどこが良いんだ?筋肉の塊で、眼帯してて、服の下は傷だらけ。我ながら厨二病だなー。

 おっとと。四番だったな。・・・随分小さな子だな。

 

「いらっしゃいませ、お嬢様。」

「ははは!我がお嬢様か!なにやらくすぐったいぞ!」

 

 我?なんだか妙に元気なお嬢さんだな。

 ふわっとした桃色の長い髪。クリっとして大きな眼。身長は、150㎝弱だろうか。だが、小さな体から凄いオーラを感じる。この子、何者だ?普通の子じゃなさそうだが。

 

「うむ。注文をしてもよいか?」

「失礼いたしました。ご注文は何になさいますか?お嬢様。」

「この、『執事にご褒美セット』にしよう。」

 

 ・・・意味わかってんのかなこの子。

 

「む、意味ならわかるぞ。これのメイドバージョンを見ていたからな。」

 

 心を読まれた!?い、いや、きっと顔に出ていたのだろう。気をつけねば。

 

「かしこまりました。少々お待ちください。」

 

 キッチンテーブルに戻った俺に、すぐさま『執事にご褒美セット』が渡された。アイスハーブティーと冷やしたポッキー。お値段三百円。

 

「お待たせしました、お嬢様。セットのご説明は・・・。」

「あー大丈夫だ。メイドにしている姿を見ていたと言ったろう?」

「これは、失礼しました。」

「よいよい。使用人を労うのも主の務めだ。」

 

 なんか堂に入ってるな。やっぱりどこぞの偉い人か金持ちの娘さんかなにかだろうか。

 まあいい。相手が誰であれ、大事なお客様、もといお嬢様だ。接客接客。

 テーブルの向かいに座る。

 

「うむ!では、あーん。」

「あーん・・・。」

 

 ご褒美セット。それはお菓子を『お客様』が『メイドor執事』に食べさせるという、誰得な内容だ。

 金出してスタッフに食べさせるって・・・と思っていたが、これが意外と好評。俺や一夏目当ての客がいて、かなり疲れた。

 一番人気は一夏、次点に俺。その後にシャルロットが続き、意外にもラウラの指名も多かった。

 

「美味いか?」

「・・・大変美味しゅうございます。」

「そうか!」

 

 しかしホントに元気な子だな。よく通る声が心地いいぐらいだ。

 

「ふふ、『ヒト』は面白いな。このような娯楽を考えるとは。」

 

 ん?随分妙な言い方をするな。

 

「ああ、楽しかった。私はもう行こう。」

「ご堪能いただけたなら光栄です。」

「うむ!『またな』!志垣旺牙!」

 

 そう言って少女は去っていった。

 うん?『またな』ときたか。本当に不思議な娘さんだったな。

 

(ジー・・・)

(ジー・・・)

(ジー・・・)

 

 おかしいな、フロアとキッチンから凄い刺さる視線を感じる。

 とりあえず一番近い視線に声をかけなくてわ。

 

「あの、簪さん?視線が痛いよ?沙紀さんに萌さんも。」

「・・・ロリコン。」

「だから違うよ!?」




はい。巻紙礼子さんことあの人は登場しませんでした。
じゃあどこで登場するんでしょうね?


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驚愕の『灰被り』

毎日茹だるような暑さの中、皆様いかにお過ごしでしょうか。
作者は熱中症になりかけました。

いまだにルビが上手く使えねえ・・・。



 一夏がラヴァーズと学園祭巡りに行ってきて、また忙しさに追われている。やはりイケメンがいると違うな・・・。

 さて、俺も頑張りますか!

 

「じゃじゃん、楯無おねーさんの登場です。」

「・・・・・・」

 

 可哀想な人 が あらわれた!

 

 コマンド →哀れむ 哀れむ 哀れむ

 

「旺牙くん・・・、そんな顔されるとさすがに傷つくんだけど。」

「いや、なんでそんなに元気なのかなと。」

「絶対嘘よ。」

 

 だって本当に無駄に元気なんだもの。

 

「ん、んん!とにかく、生徒会の仕事よ。」

「はぁ。」

「そして一夏くん。君たちの教室手伝ってあげたんだから、生徒会の出し物にも協力しなさい。」

「え!?俺!?というか疑問形じゃない!?」

「うん。決定だもの。」

「俺の意志は・・・。」

「勝手に決定してもいいじゃない。生徒会長だもの。」

 

 偉大な詩人っぽく言われてもなぁ・・・。

 

「諦めろ一夏。こうなったこの人は絶対に曲がらん。」

「・・・で、何をてつだうんですか・・・」

「「あら(おお)、無抵抗。」」

「もう無駄だってわかってますから。あと旺牙も言うな・・・。」

「どうやら少しはわかってきたようだな。」

「あら二人とも、おねーさんのことわかったつもり?まだまだダメよ、一年生たち。」

 

 やべ。美人がやってるのにイラっと来た。なぜだ。

 

「そういえば、俺も出し物聞いていませんよ?なにやるんです?」

「ふっふっふっ、それはね、演劇よ。」

「「演劇・・・?」」

 

 意外だ。楯無さんのことだから、もっと派手なことをしでかし、もとい催すのかと思っていたが。

 

「観客参加型演劇。」

「「は!?」」

 

 どういうことだ!?まるで意味がわからんぞ!?

 

「とにかく、おねーさんと一緒に来なさい。はい、決定。」

 

 反対することは・・・、出来ないよなあ。絶対二の手三の手を用意しているはずだしな。

 別に逆らうことが怖いんじゃない。ただ、疲れるんだ。

 

「あのー、先輩?一夏たちを連れて行かれると、ちょっと困るんですけど・・・。」

 

 勇気を出してよく言ったシャルロット。だがすまん。この人にとっては無意味だ。

 

「シャルロットちゃん、あなたも来なさい。」

「ふえ!?」

「おねーさんがきれーなドレス着せてあげるわよ~?」

「ど、ドレス・・・。」

 

 シャルロットの喉がごくりと鳴った気がした。

 

「じゃ、じゃあ、あの・・・ちょっとだけ。」

 

 シャルロット、陥落。まあ生い立ちからか、本能的にきれーなドレスに憧れがあったのだろう。それは否定してはいけないし、馬鹿にしてもいけない。

 

「ん~。素直で可愛い!じゃあ、箒ちゃん、セシリアちゃん、鈴ちゃん、ラウラちゃん、そしてもちろん簪ちゃんもゴーね。」

 

「「「「「はっ!?」」」」」

 

 いつから聞き耳を立てて様子をうかがっていた五人が、同時に驚きの声を上げる。

 

「全員、ドレスを着せてあげるから。」

「そ、それなら・・・。」

「まあ、付き合っても・・・。」

「い、いいかな・・・。」

「ふ、ふん。仕方がないな・・・。」

「(こくこく)・・・。」

 

 全員陥落、と。みんな女の子だねえ。

 

「あ、沙紀ちゃんと萌ちゃんも来なさいな。特別よん♪」

「へ?」

「私たちも?」

 

 おおっと?人が増えたぞ?

 

「そもそも俺なにも聞いてないんですけど、演目って何ですか?」

 

 今日初めて聞いたよ。

 

「ふふん。」

 

 ぱっと扇子を開く楯無さん。そこには『迫撃』の二文字。

 

「シンデレラよ」

 

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 

「一夏くん、ちゃんと着たー?」

「・・・・・・。」

 

 へんじがない。ただのしかばねの・・・

 

「開けるわよ。」

「開けてから言わないでくださいよ!」

「なんだ、ちゃんと着てるじゃない。おねーさんがっかり。」

「・・・なんでですか。」

「お前、いい加減慣れろよ。」

「無理だって・・・。」

 

 第四アリーナの更衣室で、一夏は衣装に着替えていた。

 その衣装というのは・・・、俗に言う『王子様』。

 

「なかなか、ぷっ、似合ってるぞ?」

「その笑いはなんだよ。」

 

 だって、一夏が王子様。くくっ(笑)。

 ちなみに俺は燕尾服のまま。違うところは、黒いチョーカーを着けられたぐらいか。

 

「はい、王冠。」

「はぁ・・・。」

「なによ、嬉しそうじゃないわね。シンデレラ役の方がよかった?」

「イヤですよ!」

 

 本気で言っているのか冗談なのか、そこがわからないのがこの人の恐ろしいところだ。

 

「さて、そろそろはじまるわよ。」

 

 ちらっと覗いてみたが、第四アリーナいっぱいに作られたセットはかなり豪勢だった。観客は満席。その歓声は更衣室まで聞こえてくる。

 

「楯無さん。俺たち脚本も台本も知りませんぜ?」

「一体どう動けばいいんですか?」

「大丈夫、基本的にこちらからアナウンスするから、その通りお話を進めてくれればいいわ。もちろん台詞はアドリブでお願いね。」

 

 不安しかない。だが、もう逃げることはできない。

 俺と一夏は、舞台袖に移動する。

 

「さあ、幕開けよ!」

 

 ブザーが鳴り響き、照明が落ちる。

 するするとセット全体にかけられた幕が上がっていき、アリーナのライトが点灯した。

 

「むかしむかしあるところに、シンデレラという少女がいました。」

 

 出だしが普通。なぜだ、余計に不安が増してくる。だが、随分多くの女子に声をかけたが、シンデレラ役は誰になるんだ?

 

 そんなことを考えながら、俺たちはセットの舞踏会エリアへと向かう。

 

「否、それはもはや名前ではない。幾多の舞踏会を抜け、群がる敵兵をなぎ倒し、灰燼を纏うことさえいとわぬ地上最強の兵士たち。彼女らを呼ぶにふさわしい称号・・・それが『灰被り姫(シンデレラ)』!」

 

 ・・・はい?

 

「今宵もまた、血に飢えたシンデレラたちの夜がはじまる。王子の冠とその執事のチョーカーに隠された隣国の軍事機密を狙い、舞踏会という名の死地に少女たちが舞い踊る!」

「「なんだそりゃー!?」」

「もらったぁぁぁ!」

 

 いきなりの叫び声とともに現れたのは、白地に銀のあしらいが美しいシンデレラ・ドレスを身に纏った鈴だった。

 その一撃により、俺と一夏は分断される。

 鈴はそのまま一夏に対し飛刀を投げつけて、って死ぬわアレ!

 そちらに気を取られていると、何者かに襟を掴まれる。

 

「チェストーー!!」

「うおおおおっ!?」

 

 視界が、天地が逆転する。

 無理矢理両腕を伸ばし、地面に手をついて叩きつけられることを避ける。そしてそのまま力づくで襟を解放する。

 誰だ!?今俺を投げたのは!?

 

「あ~、惜しいっ!」

「萌!?お前かよ!ていうか今の投げ方は脳天から落ちるぞ!?死ぬぞ!?」

「旺牙くんなら気絶くらいですむかと思って。」

「無茶言うな!?」

 

 そこには鈴と同じドレスを纏った萌が立っていた。そういえば楯無さんに呼ばれてたな!?

 

「私、整備科だけど、これでも柔道経験者だよ。黒帯の。」

「有段者が命の危険がある投げ方をするんじゃありません!?」

 

 くそ、油断した。まさかこんな形で俺が狙われるとは。

 一夏は・・・鈴の攻撃を捌きながら何者かに狙撃されている。あのメンツからすると、セシリアか。

 

「周りにばかり気を取られていていいのかな?」

「は?」

 

 ズダダダダダッ!!

 

「うわおーーーーっ!?」

 

 何かが足下目掛けて、これは・・・。

 

「動かないで、旺牙くん。動くと、当たらないから。」

「アサルトライフル!?てか沙紀!眼の光が消えてる!コエ―よ!?」

「チョーカーを渡して。」

 

 

――――――

 

 このシンデレラ、織斑くんの王冠か旺牙くんのチョーカーが賞品になってる。

 どちらかのアイテムを手に入れたシンデレラに、『彼との同居権』が貰える。

 とんでもない話のようで、更識先輩が『会長権限』で可能にするらしい。

 織斑くんは今一人部屋だし、競争率も高い。

 でも私、立花沙紀は旺牙くんとの同室のみ狙う。

 簪や萌には悪いけど、ここは譲れない。

 

「ねぇおうがくん。チョーカーちょうだい?」

 

 

――――――

 

 ヤバい。沙紀が暴走している。何!?怖い!このチョーカーにどんな意味が!?

 くそ!前門の虎(萌)後門の狼(沙紀)か。

 沙紀のライフル射撃を、テーブルを盾にするようにして防ぐ。テーブル堅いし重いな。さてはこういう使い方を想定していたな!

 だがこんなチョーカー一つをどうして守らねばならんのだ・・・。ちょっとバカバカしくなってきた。でも簡単に誰かに渡したらいけないと本能が告げている。

 

「もらったぁぁぁ!」

 

 しまった!一瞬萌から気を逸らしてしまった!

 

「させない!」

「うわっと!」

 

 俺と萌の間を刃が遮る。簪の振るう薙刀だ。

 

「大丈夫、旺牙?」

「お、おう。」

 

 簪が武器を持ち、俺を護る。なんだか逆のことがあったような・・・。

 

「旺牙は私が護る!」

(同室なのは譲らないんだから!)

 

 な、なんだか気迫が凄い。

 だけど一夏の王冠とこのチョーカーに何の意味が・・・。

 

「王子様にとって国とは全て。そして幼馴染みの執事も同様。その重要機密が隠された王冠とチョーカーを失うと、自責の念によって電流が流れます。さらに二人は一蓮托生。どちらかがアイテムを失うと、両者に電流が流れます。」

「はい?」

 

 ふと一夏の方を見ると、王冠に手をかけ、そして。

 

「「ぎゃああああああっ!?」」

 

 男二人の悲鳴が響く。バリバリバリ!という物騒な音とともに。

 痛いをとかそういうのを通り越して、熱い。

 

「・・・ゲホ。」

 

 ぶすぶすと服の所々が焼き切れて煙を上げる。

 

「し、死ぬ・・・。」

「ああ!なんということでしょう。王子様たちの国を思う心はそうまでも重いのか。しかし、私たちには見守るしかできません。なんということでしょう。」

「ふざけんなぁ!」

 

 だがこれでこのチョーカーを守らなくてはならなくなった。もうあんな電流はごめんだ!

 

「旺牙!萌は私が抑えるから、沙紀からは自分で逃げて!」

「お、おう。でもお前はチョーカーが欲しくないのか?」

「大丈夫!(最後まで守り切れば同室のままだって、お姉ちゃんが言ってた!)」

 

 そう後押しされて、俺はアリーナを走り回る。これだけ動いていればそう簡単には。

 ズダダダダダッ!!

 

「うおっと!?」

 

 またも足下が撃たれる。これは、外れたんじゃない。わざと足を狙い、俺の動きを封じる気だ。

 だ、だがあの優しい沙紀がこんな狩りのようなことを・・・。

 

「・・・・・・。」

 

 めっちゃこえー!!ハイライトない!無表情で撃ってくる!

 そのまま舞台端まで追いつめられた。さ、早速ピンチだ。

 

「こっちだ。」

「うおっ!?」

 

 何者かに腕を引かれ、俺はアリーナから退場した。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 そのころ、一夏も何者かの手によってアリーナから避難、セットの下をくぐり抜けて更衣室へとやってきた。

 

「えっと・・・。」

 

 そういえば、暗くて誰が彼をここまで連れてきたのかわからなかった。

 改めてその人物を見ると、先程名刺を渡してきた木崎響子だった。相変わらず柔らかい笑顔を浮かべているが、今は何か違和感がある。そう、まるで張り付いたような笑顔なのだ。

 

「あ、あれ?どうして木崎さんが・・・。」

「はい。この機会に織斑さんの『命』をいただければと。」

「・・・へ?」

「『デモニック・シャイン』。」

 

 木崎は笑顔のまま黄色に輝くISを展開、剣を薙ぎ払った。

 その殺気をギリギリで察知し、後ろに倒れこむように一夏は刃を避けた。

 

「な・・・!」

「へえ。平和ボケしていると思ったけど、これくらいは避けられるのね。」

 

 木崎の顔を見ると、柔和な笑みは消え、酷薄で残虐な笑みへと変わっていた。

 

「あ、あなた一体・・・。」

「ふふ、そうね。死ぬ前に相手の名前は聞いておきたいものね。」

 

 

「私は覇王軍四天王の将、『輝かしきパツィア』。その名を刻んで、死んでいきなさい。」

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「うむ!このあたりで良いだろう!」

 

 俺の腕を引いていたのは、先程客で来ていた桃色の髪のお嬢さんだった。

 かなり全力で走らされたので、少々疲れた。

 

「助かった、でいいのかな?だがお嬢さん。ここは・・・。」

 

 連れてこられたのは、第四アリーナから離れた第一アリーナ。

 ここでは何の催しも行われていないのか、閑散としている。

 いや、それにしても人の気配が無さすぎる。俺の第六感が危険信号をあげていた。

 

「君・・・、いや、お前、一体何者だ。」

「ふふっ。はっはっはっはっ!」

 

 突如周囲が歪み、空間が紅く染まる。

 これは、月匣!?

 ということは、こいつは!

 

「お前!侵魔か!」

 

 凄絶な笑みを浮かべる少女。だが、放たれるプレッシャーは今まで戦ってきた敵の比ではない。今にも圧し潰されそうな、強大なプレッシャー。

 安東先生の『本気』をも凌駕しているんじゃないか!?

 

「まさか、魔王クラス!」

「くくっ。如何にも!」

 

 少女が何もない空間から大剣を取りだす。

 

 

「我は覇王!覇王ジーザ!現世の大魔縁!この世の全てに闘争をもたらす者なり!!」

 

 

 ・・・いきなりキングが攻めてくるのは予想してなかったな。



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侵魔襲来 一夏side

作者)今回は一夏対パツィアから始めようと思います。

旺牙)そのこころは?

作者)次でお前はボロボロになるからじゃ。

旺牙)俺って基本ボロボロなんだけど・・・


 一夏と対峙する女、パツィア。美しき姿と酷薄な笑みをたたえるその者はヒトに非ず。世界を恐怖と滅亡へと誘う闇の使者、侵魔。

 

「覇王軍?確か、ひょろ長い奴や鎧の大男がそんなこと名乗っていたような。」

「あら、不出来の弟たちのことは覚えているのね。それがあの子たちへのせめてもの慰めになるかしら。」

 

 覇王。侵魔。度々旺牙の口から出ていた単語であった。その意味を知らずとも、一夏は無意識の中で、何かを感じ取っていた。

 特に一番初め、トルトゥーラと名乗った『敵』に悪夢を見せられた時から、何かが変だった。体は動かなかったが、頭の中で明確に、アレは危険だと警鐘を鳴らしていた。

 

「その様子だと、まだ覚醒には至っていないようね。まあ、関係なく今殺すのだけれどね。」

「覚醒?一体何のことだよ。」

「それを教えてあげるほど、私は優しくないわよ。」

 

 パツィアが再び剣を構える。

 間違いない。彼女の言葉の意味はわからないが、明確なのは自分の命の危機だということ。

 ならば迷ってはいられない。

 

「来い!白式!」

 

 自らのISを纏い、愛刀『雪片弐型』を呼び出す。

 ガキィン!という音とともに両者の剣がぶつかる。

 ギリギリだった。運が良かったとも言える。武器を顕現させたところに丁度攻撃がきたのだ。

 

「ふふ。簡単に終わったらつまらないものね。」

 

 依然、パツィアは艶美な、それでいて残虐な表情を崩さない。

 闘争を、というよりも殺戮を楽しむようなその様は、一夏に若干の恐怖を与える。

 本気だ。本気でこの女は自分を殺すつもりなのだと。ISの絶対防御があるにも関わらず、一夏は自分の死を予感した。

 それでも恐怖を振り払い、雪片を構える。

 

「くそ!こんなところで、死んでたまるかよ!」

「そう、それでいいの。そうでなくちゃ、楽しめないから!」

 

 両者の剣が再び交差する。

 だが、力、速度、正確さ、何より殺意、その全てが、パツィアに軍配が上がる。

 そもそも戦闘の練度が違う上、一夏には相手を殺そうという気が無かった。そこが大きな差である。

 

「ほらほら。どうしたの『勇者』様?守ってばかりじゃ面白くないじゃない!」

「ぐっ、まだ、まだぁ!」

(一撃一撃が重い!気を抜いたら、一気にやられそうだ!)

 

 防戦一方、それでもパツィアは本気を出していなかった。

 絶対防御があるとはいえ、その気になれば彼女は一気に一夏を戦闘不能に、それこそ抹殺できた。

 それをしないのはパツィアの嗜虐性、敵をいたぶる悪癖のため。

 パツィアも自分の癖を理解しているが、それを改める気は無い。楽しいからだ。

 

「んなろぉっ!」

「あはは!そうよ、もっと私を満足させてみなさい!」

 

 手を抜かれている。遊ばれている。それは一夏にも理解できた。

 だがそこで熱くなる余裕は無い。それこそ命がかかっているから。

 熱くなろうとするとそれこそ致命傷になる攻撃が飛んできて、背筋が凍る。

 何度でも言うが、ISの絶対防御があるのに、である。今この時は、それが信用できないくらい、一夏は追いつめられていた。

 

(守ってばかりじゃだめだ!相手が遊んでいるなら、今がチャンス!)

 

 一夏の意志に合わせ、雪片弐型が輝きを放つ。

 

「『零落白夜』!」

「あら。」

「うおおおおっ!!」

 

 必殺の一撃を放つ一夏。それを避けようともせず、微笑を浮かべたままのパツィア。

 ろくに防ごうともせずにいるその姿に、一夏は思わず戸惑ってしまう。

 軽い手応えとともに、パツィアの右頬に一筋の傷が刻まれる。

 

「あ、ああ・・・。」

 

 人を斬った。傷つけた。

 その事実に動きが止まる。

 そんな一夏とは反対に、飄々としている魔性の女。

 

「なによその顔は。誇りなさいよ。覇王軍が誇るこの輝かしきパツィアに傷をつけたのよ?」

「お、俺は・・・。」

「それとも、『よくも私の美しい顔に!』と激昂すると思った?ふふ、私も覇王軍の将なのよ。闘いでの傷はむしろ勲章だわ。それにこの程度の掠り傷、残しておいても構わない。」

 

 薄く流れる血を指で拭い、それを舐めとる。人外の妖艶さに一夏はさらに動揺した。最早雪片を取り落としそうになるほど、力が入らない。

 

「・・・そう。もう少し楽しめそうだったけれど、あなたはそこが限界のようね。」

 

 先程までの笑みが消え、つまらなそうに呟く。

 

「もういいわ。『覇王を討つ者』。ここで、死になさい。」

 

 パツィアが剣を振り上げる。雪片弐型のような特別な機構の無いただのブレード。それでも、一夏は己の死を予感する。

 

(ちくしょう!動けよ、俺の体!何で動いてくれないんだよ!こんなところで・・・)

「こんなところで、死ねるかよ!」

「さようなら。」

 

 

 

「注意散漫よ、侵魔さん。」

 

 

 

 振り下ろされた剣を、槍が受け止める。

 

「何?」

「悪いわね。その子をここで死なせるわけにはいかないの。」

「楯無、さん?」

「それに生徒会長として、生徒は守らないとね。」

 

 ミステリアス・レイディに身を包んだ更識楯無が一夏を守るように佇む。

 受け止めていた剣を弾き、距離を取る。

 

「・・・少しは出来そうだけど、そこの『勇者』くんが戦意喪失中で、ただのヒトが『悪魔』に勝てると思う?」

「あら、『化物』退治は昔からヒトの領分でしょう?」

「私と十把一絡げの化物を一緒にしないでくれる?不愉快だわ。」

「あらあら、安東先生の言った通りね。傷には耐性があっても、煽り耐性は無しか。」

「・・・あの男の名も不愉快よ。」

 

 静かに、されど燃えるような視線のぶつかり合い。

 何やら意味ありげな言葉が出るが、今の一夏はそれを聞くだけで、頭には残らなかった。

 そんな一夏の様子を見て、パツィアは再び酷薄な笑みをを浮かべる。

 

「ねえ、織斑一夏くん?まだ呆然としているところ悪いのだけれど。」

「え、あ・・・。」

「第二回モンドグロッソ、志垣旺牙の拉致。」

「・・・?」

 

 

「あれ、私たちがやったことだと言ったら、どうする?」

「!!」

 

 

 一夏の瞳から怯えと後悔の色が消える。その代わり、目の前の『モノ』への敵意と怒りが支配する。

 

「お前かああぁぁぁっ!!!」

「ちょっ、一夏くん!?」

 

 先程までと違う、殺意まで混じったような凶暴な剣を叩きつける。

 大切な姉の偉業を阻んだこと。

 大切な親友に消えない傷を残したこと。

 そして、何もできず逃げることしかできなかった自分。

 感情の蓋が怒りによって一気に開いた。

 血を吐くように、叫ぶ。

 

「お前が!お前らが!!」

「アハハ!いいわよその憤怒と憎悪!楽しくなってきたわ!」

「ああもう!このサディスティック女!」

 

 力は増している。その代わりただ振り回すだけの剣を、パツィアはわざわざ正面から受ける。自分には通じないと。遊びに付き合っているのだと言うように。

 

「おおおおおお!」

「そう!もっとぶつけてきなさい!さっきよりよっぽど楽しいわよ!」

「本当に、イイ性格だこと!」

 

 二対一の状況で、それも学園最強の楯無の攻撃をも受けながら、軽くいなす。

 

(おかしい。いくら本気じゃないとしても、零落白夜を受けてシールドエネルギーが持つはずがない。)

 

 楯無の疑問に、ハイパーセンサーの情報更新がなされる。エネルギーの総数は。

 

「4000!?出鱈目にもほどがあるでしょう!」

「それだけじゃないわよ。侵魔である私のために合わせたISだもの、こんなことも出来るわ。」

 

 膨大なシールドエネルギーも、確かに減少していた。だが。

 

「『領域作成』。」

 

 パツィアを中心にフィールドが展開される。

 すると、戯れていた時に受けたISの傷が回復していく。それだけではない。

 シールドエネルギーまで最大値まで回復したのだ。

 

「デモニック・シャインの能力。私の作った領域内では、あらゆるダメージを回復し、エネルギーを元に戻す。なかなか素敵な仕様に仕上がっているでしょう?」

「な、なんだよそれ!」

「・・・そんなボスキャラ、クソゲー認定されるわよ。」

 

 あまりのことに、多少頭が冷えた一夏が呟き、楯無が嘯く。

 

「ちなみに。」

 

 あまりのことに動揺し、隙を作ってしまった二人。特に楯無に剣先を向けるパツィア。そのままミステリアス・レイディを、楯無ごと貫いた。

 

「私の攻撃はISの絶対防御を無効化する。」

「楯無さん!よくも、てめぇ!」」

 

 またも怒りに飲み込まれそうになる一夏だが、あることに気がついた。

 貫かれた楯無の表情が、さきほどと違い不敵な笑みをたたえていたのだ。

 

「手応えがない。砂・・・いえ、これは水?」

「うふふ。ご名答。」

 

 ミステリアス・レイディ。アーマー面積の小ささをカバーする液状のフィールド。

 そして左右一対に浮いているアクア・クリスタルと呼ばれるパーツから水のヴェールを展開し、大きなマントのように操縦者である楯無を包み込んでいる。

 水をナノマシンで操る、攻撃にも回避にも防御にも向いたIS。

 貫かれていた楯無はばしゃりと拡散し消え去る。

 パツィアは後ろからの気配に声をかける。

 

「あなたもなかなか面倒な機能を持っているのね。」

「そちらにだけは言われたくないわね。」

 

 振り返りざまの剣と槍がぶつかり合う刹那、どこからともなく砲撃が放たれる。

 煙で包まれる更衣室。対面していた両者は各々の得物でそれを振り払う。

 一夏が砲撃の飛んできた方向を見やると、そこには蜘蛛のような八本の装甲脚を持った、黄色と黒のカラーリングのISが佇んでいた。

 

「やっとご到着?重役出勤にもほどがあるわよ『協力者さん』?」

「うるせーぞクソガキ。ここは頭を下げてでも感謝するところだろうが。」

 

 新たに現れた乱入者と楯無が言葉を交わす。楯無は協力者と呼んだが、先方は少々機嫌が悪い。

 

「あら、ここでお出ましなのね『裏切り者』?」

「裏切ったわけじゃねぇ。私たちは取り戻すためにてめぇらを狩るんだよ。」

 

 乱入者とパツィアも剣呑な雰囲気に包まれる。

 一夏は冷静にはなれたが、逆にこの状況についていけなくなってしまった。

 そんな一夏を置き去りに、戦闘が再開されようとしていた。

 

「おら、これで三対一だ。ガキ共とつるむのは気が進まねえがスコールの指示なんでな。ここで死んでけ。」

「私としても犯罪者と組みたくはないけど、この状況を打破するには仕方ないわね。一夏くん、まだ頑張れる?」

「え、は、はい!」

 

 数の差は明らか。それでいて、パツィアは今まで以上に妖しく、凄絶な笑みを浮かべる。

 闘争そのものを楽しむように。そして、残虐に。

 

「フフ。羽虫がどれだけ集まろうとも、恐竜に勝てると思っているの?」

(パツィア、今は退くぞ。)

(母様?私はまだまだ戦えますが?)

(今は織斑一夏も志垣旺牙も発展途上だ。楽しみは最後までとっておこう。)

(・・・母様の望む通りに。)

 

 ISを解除し、ため息を吐く。

 

「本当に、甘いお方・・・。」

「どこを見ていやがる!」

 

 パツィアは乱入者の一撃をひらりとかわし、宙に浮かぶ。

 そして面白くなさそうに告げた。

 

「今は退くわ。次に会った時、もっと楽しめるように精進しなさい。」

 

 空間が歪み、そのまま消えていった。

 残されたのはISを纏った三人のみ。

 

「ちっ。逃げたか。」

「どちらかというと、見逃してくれたんじゃないの?」

「うるせぇ、死にてえかガキ。・・・ん?ああ、了解だ。こっちも戻るぜスコール。」

 

 蜘蛛のようなISが解除される。ふわりとしたロングヘア―がよく似合う美人が姿を見せた。

 だが先程までの会話を思い出すと、きっと性格は悪いと思う一夏であった。

 

「私ももう帰る。・・・追ってくるんじゃねえぞ。気に入らねえとはいえあの男とスコールが結んだ『同盟』だからな。」

「残念。先生が言わなきゃここで捕まえてあげるのに。」

「けっ。だからガキは嫌いなんだ。」

「はいはい。じゃあまたね『オータム』さん。」

「・・・やっぱり殺すか。」

 

 物騒なことを呟きながら、オータムと呼ばれた女性は更衣室から姿を消した。

 

「さて、大丈夫一夏くん?」

「え、ええ。問題ないです。」

 

 状況が一気に変わり、着いていけなくなっていた一夏が、楯無の言葉で正気に戻る。

 

「あの、今までのは、一体・・・。」

「それは時期が来たら、安東先生が説明してくれるわよ。」

「はあ・・・。」

 

 納得がいかない。そんなことを考えてもみたが、楯無と安東のこと、すぐに話してくれるとは思えない。

 怒ったり悩んだり、今日はもう疲れた。

 とりあえず風呂にでも入りたい。そんな気分だった。

 

「ところで、これなーんだ?」

 

 そう言って楯無は指でくるりんと『それ』を回してもてあそぶ。

 

「・・・?王冠ですけど。」

「うん、そう。これをゲットした人が織斑くんと同室になれるっていう、素敵アイテム。旺牙くんのチョーカーも同じよ。」

「はぁ!?・・・ま、まさか、それであんなに女子が必死に!?」

「うん。」

「・・・何考えてるんですか・・・。それなら楯無さん、旺牙のほうが仲良いじゃないですか。」

「うーん・・・。そこは簪ちゃんに悪いしね。」

「へ?なんでそこで簪が?」

「・・・これはみんなが溜息を吐くわけだわ・・・。」

「??」

「ま、なんにしても、ゲットしたのは、わ・た・し。当分の間、よろしくね。一夏くん♪」

 

 もうどーにでもなーれー。そんな気持ちのまま、一夏は背中から倒れた。




旺牙)もう少し短く出来たんじゃないか?

作者)これでもいらん場所削ってるんやで?

旺牙)精進せよ。

作者)厳しいぜよ。


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侵魔襲来 旺牙side

作者)今回大丈夫かな?流石に批判が来るんじゃないかな?

旺牙)気を引き締めて望め。最悪この小説を削除しろ。

作者)まぁじぃでぇ!?


 俺の眼前に仁王立ちする少女。

 いや、少女の皮を被った、正真正銘の悪魔。

 覇王、ジーザ・・・。

 

「ほう、この姿を見ても我に対する警戒心を解かぬ。どころかそこまでの闘気と殺気を放つとは。」

「こちとら腐ってもウィザードだ。お前がどれだけの化け物かはわかるさ。」

 

 そうか!と楽しそうに、無邪気な笑顔を浮かべる覇王。

 教室ではこの圧倒的覇気を隠していたのか。とんでもねえな。

 

「楽しかったぞ。封印されていた間も見ていたが、本当に人間とは面白い娯楽を思いつくな!」

 

 はっはっは、とこれまた快活に笑いだす。何が楽しいんだよ・・・。

 しかし侵魔は封印中も外界を観れるものなのか?

 

「我らに施された封印は少々弱かったみたいでな。狭界からヒトの営みを見ていた。」

 

 誰だよそんな脆い封印した奴!あとこいつにまで心読まれたよ!そんなに俺は顔に出やすいのか!?

 

「さて、会話も楽しいが、そろそろ我慢が出来なくなってきてな。」

「っ!?凶獣!」

 

 気がさらに膨れ上がる。尋常ではない覇気、闘気、そして殺気。

 俺は相棒の名を呼び、コンマゼロ秒でISを展開させる。

 

「我にはISが無くてな。愛剣も娘に預けてある。この『間に合わせ』ですまないが勘弁してくれ。」

「・・・むしろありがたいハンデだよ。」

 

 互いに構える。

 覇王の笑顔が、無邪気なものから『狩猟者』のような凄絶なものに変わる。

 

「さあ!始めようか!」

 

 その一言とともに大剣を軽々と片手で振り上げ、突撃してくる。

 2mほどもある剣を叩きつけるように俺に対し振り下ろす。

 ギリギリでバックステップをして躱す。行き場を失った大剣が地面に届くと、それを中心にクレーターがうまれた。

 マジかよ。

 ととっ。いまさらビビっても仕方ない。相手が規格外なのは想定済みだ。

 覇王が次の行動に移る前に右前蹴りで反撃する。

 俺だっていつもバカやってない。修業は欠かしていない。

 残り一人は知らんが、今までの四天王との戦いより強くなっている自信はある。速さ、威力共に今まで以上のものになっている。

 

 だというのに!

 

「ふむ。いい蹴りだ。」

 

 俺の蹴りが片手で受け止められる。龍を乗せていないとはいえ、カウンターだぞ!?こんなに簡単にとらえられるかよ!

 

「はっはっ!だがまだ甘いぞ!」

 

 右脚を掴まれたまま、地面に叩きつけられる。

 

「ぶはっ!?」

「まだまだあ!」

 

 それから縦横無尽に連続で叩きつけを喰らう。一撃一撃を受けるたびにダメージで意識が飛びそうになる。

 ただ敵を振り回す。それだけでテレモート以上の威力を痛感する。

 冗談じゃねえ。こんなものいつまでも喰らってられるか!

 体をひねって脚を解放する。

 その時気付いてしまった。こいつ、全力で脚を掴んでいなかった。ただ軽く、タオルでも持つかのように軽く握って、本人にとって簡単に俺の体を振り回していただけだった。

 これが、覇王軍の長の力・・・!

 

「今のを抜けるか。うん!流石だ!」

「随分、楽しそうだなぁ、おい。」

「当たり前だ。我は世界に『覇』を称えるもの!強者との闘争ほど楽しいものは無い!」

「そういう所、テレモートにそっくりだな・・・。」

「うむ!我の自慢の息子であった。」

「『息子』、ねえ。」

 

 見た目からすると逆じゃね?と思う。まあ、侵魔と人間を一緒に考えるのがおかしいんだけどな。

 

「本気になられると俺が不利だな。こっちから攻めさせてもらうぜ!」

「来い!」

 

 体中に龍を練り、連撃を繋げる。

 

「破あああ!正拳!裏拳!中段蹴りぃ!!」

「あははは!いいぞ!いいぞいいぞ!」

 

 その後も連続で、スラスターによるスピードアップも追加している。

 だが、全て受けられる。躱す、いなす、払うことをせず、全てを真正面から防御されている。

 くそ!ならこいつはどうだ!

 

「破を念じて、刃と成せ・・・。」

「ほう、来るか!」

 

 こいつは、痛いぞ!

 

「念導龍錬刃ッ!!」

 

 拳に龍を集中させ、文字通り刃と成す、俺の奥義の一つ。

 こいつなら、少なくともダメージが入るはず!

 

「ふふ、いい拳だ。」

 

 バカな・・・。これでも効かないのか!?

 

「まだまだあるのだろう?いい玩具。」

「人の奥義を、玩具扱いかよ。」

 

 なら大きな玩具、見せてやるよッ!

 手を払い、再び両手で龍を練る。

 零距離、往くぞっ!

 

「魔空龍円刃《終式》!」

 

 巨大な龍の咆哮が覇王を襲う。だが。

 

「ふん!」

 

 防御するまでもなく、片腕で羽虫でも振り払うかのように《終式》をかき消された。

 いやいやいや。ちょっとデタラメ過ぎませんかね?

 テレモートも受けきったとは言え、ノーダメージってのはないだろう。威力そのものは確かに念導龍錬刃に劣るが、今のを反応して弾き消すのか。

 これが、覇王、覇王ジーザ・・・。気のせいか、さっきよりムッとした表情をしている。

 

「これではない。息子たちを破ったものがあるだろう。」

 

 ああそうだよ。俺には『アレ』しか残ってねえよ。装甲の下で、苦虫を噛み潰したような顔になる。

 一瞬隙が出来たので、改めて距離を取る。

 

「ふむ。まだ何か足りないような・・・。」

 

 何を考えている?まだ『遊ぶ』気か?

 

「時に、あの、なんだったか。モンド・グロッソ、だったか?」

「・・・それがどうしたよ。」

「あの時、本当は織斑一夏を捕らえるはずだったが、お前を捕らえてしまったあの事件、とでも言った方がいいか。」

 

 おい、まさか・・・。

 

 

 

「あれは我々の仕業だ。許せ。」

 

 

 

 ・・・へぇ、そうかい。お前らだったのか。へぇ・・・。

 

「殺すッ!!」

 

 俺の中で何かが弾けた。

 俺に傷が残ったことはどうでもいい。

 一夏を狙ったこと。

 千冬さんの偉業を台無しにしたこと。

 あの時以来、自分に向けていた後悔が、一気に目の前の侵魔への殺意に変わる。

 

「そう!それだ!その怒りと憎悪だ!さあ見せてみろ!お前の『真の力』を!」

 

 何かほざいているがよく聞こえない。今は奴を、潰す!

 全身の龍を右脚に集める。俺の中の何かが、限界以上の力を引き出す。

 

(カカカッ!そうだ!委ねろ、その身を憎悪に!!それが本当のお前の姿だ!!)

 

 頭の中で声が響く。どこかで聞いた声だが、今それに応える余裕は無い。

 

「破を念じて、龍と成せ・・・。」

 

 ご希望通り見せてやるよ。俺が持ってる最大の玩具を。

 ジャンプし、全スラスターをフルスロットルで噴かす。

 ただの飛び蹴りを、俺の最終奥義に昇華させた!

 

「『龍王爆功撃』!!」

 

 全ての力を込めて、眼前の『敵』を蹴り穿つ!

 もしかしたら、ここまでの殺意を抱いたのは初めてかもしれない。

 戦いの結果、存在を賭けて戦ったことはあった。

 だが今は、こいつを『殺したい』。

 

「死ィネヤアアァァァッ!」

「ふふ・・・。」

 

 ズガアアアン!!

 月匣内に轟音が響く。大気が震える。

 俺の『負の龍の力』を込めた一撃。

 それを・・・。

 

「くっ、ぐぅっ!」

「ふふふ・・・。」

 

 あれほどまでに頭に血が昇っていたのに、急速に降りていく。

 熱くなった体も冷めていく。

 認めたくない。だが、認めざるを得ない。

 覇王は、片手で簡単に俺の一撃を受け止めていた。

 

「嘘、だろ・・・。」

「ふふ、ははははははは!」

 

 覇王が高笑いを上げる。もう滅茶苦茶だ。

 奴は左腕で俺の脚を掴み、思い切り投げ捨てる。

 その際、ボキッ、という嫌な音と痛みが右脚に走った。

 折れた。まさか、IS越しに折ったのか!?ただ放り投げただけで!?

 地面に叩きつけらた瞬間に脚を見る。

 右脚が装甲ごと無茶な方向に曲がっていた。

 

「あははははは!痺れている!受けた腕がまだ痺れているぞ!この感覚、本当に久方ぶりだ!」

 

 狂ったように笑いだす。年端のいかない少女の姿をしているせいか、今頃敵の脅威を感じ取ったのか、冷や汗が溢れ出し、わずかに恐怖を抱く。

 

「やはり!やはり我の眼に偽りはあらなんだ!すさましいぞ、志垣旺牙!」

 

 大剣を振り上げ、一気に振り下ろす。

 ドガンと剣が叩きつけられる。

 刃が当たったと思ったが、どこも斬られていない。ただ、当たった部分の骨と内臓が悲鳴を上げた。

 

「~~~~~~っ!」

「この剣は刃を潰してあってな。最早ただの鈍器だよ。」

「どう、りで、斬れてないわけだ・・・。ガフッ!」

 

 折れた骨が内臓に刺さったか?激しく痛み、血を吐き出す。

 

「未だ口が利けるか。流石だな。」

 

 この状況にそぐわない、慈愛に満ちた表情で俺を見てくる。

 その表情のまま、今度は剣、基鉄塊を薙ぎ払う。

 反射的に腕でガードするが、その両腕の骨を粉砕して体を壁に叩きつけられる。

 ISの絶対防御など無視かよ。テレモートも剛力だったが、これが魔王クラスの力。

 久しぶりの感覚に、もう恐れを通り越して畏敬の念すら抱くよ。

 

「まだ目に力がある。やはり。」

 

 喜びを全身で表すように、両腕を広げて笑みを浮かべる。

 そして俺に近づき、こう言った。

 

「志垣旺牙。お前、我の息子にならんか?」

「・・・は?」

 

 多分、俺今凄い間抜けな顔してる。

 

「お前、俺はお前の息子たちを葬った仇だぞ?」

「うむ。そこは確かに。だが、お前のような素晴らしい戦士を放っておくのも勿体ない。共に闘争の世を謳歌せぬか?」

 

 こいつ、正気か?

 

「もちろん正気であり本気だ。お前の為なら四天王の座も用意しよう。」

「馬鹿、野郎。俺は人間だぞ・・・?」

「・・・?そうか?お前から、私たち侵魔と同じものを感じるぞ?」

 

 は?何を言って・・・。

 

(カカカカカカカカカッ!!)

 

 脳内に、俺に似た『アイツ』の高笑いが響く。

 今のは一体・・・。

 

「今はまだ原石と言ったところだが、お前ならばすぐに頭角を現す。さあ!ともに往こう!」

 

 覇王が、ジーザが俺に対して手を伸ばす。俺の手を取るように。だが、腕が動かないことに気付くと、顔を撫でるように優しく伸ばす。

 心のどこかで、それもいいかもしれないという、あり得ない思いが生まれ始めた。

 ジーザの手が、俺の頬に触れようかというその時。

 

「マドカ!」

「了解!」

 

 上空から男女の声が聞こえてきた。

 男の声ははっきりと聞き覚えがあった。安東先生だ。

 だが、もう一人の声は聞き覚えが無かった。

 安東先生の「グレート・ワン」の斉射。それと、女が、BT兵器のようなものを射出する。

 先生の斉射は相変わらず容赦がない。だが上手く開かない目で、驚くものを見た。

 BT兵器の射撃が、途中で曲がった。

 偏光射撃。セシリアから聞いたことがあったが、レーザーを途中で曲げる高等技術だったはずだ。彼女はまだその域に達していなかったはず。

 たしか、マドカと呼ばれた女(少女?)は、そんな高等技術を苦も無く行っているようだった。

 

「はははは!そうか!お前もいたか!久しいな!今は何と名乗っている?」

「貴様に名乗る理由はない。」

 

 ふたりの攻撃を捌きながら、覇王は知人にあったように先生に問いかける。

 それを一蹴する。なんだ?何があった?

 

「どれ、懐かしい顔も見れた。息子の力も見れた。今日はコレで満足だ。」

(パツィア、今は退くぞ。)

(母様?私はまだまだ戦えますが?)

(今は織斑一夏も志垣旺牙も発展途上だ。楽しみは最後までとっておこう。)

(・・・母様の望む通りに。)

 

 まあ、志垣旺牙はこちらに引き込みたいがな。

 そう呟いて、砂塵を上げながら姿が掻き消えていく。

 

「逃がすか!」

「いや、退くならそれでいい。深追いは無用だマドカ。」

「・・・わかった。」

「はははは!また会おう、ウィザード!」

 

 逃げた、いや、逃げてくれたと言うべきか。

 あ、やべ。意識が飛びそう・・・。

 

「おい、起きろ。今寝たら死ぬぞ。」

 

 先生がISを解除し、俺に治癒魔法を施す。

 痛みが引き、折れたり粉砕した骨が治っていく。流石治癒の名手といったところか。

 意識が戻ってきたところで、さっきから気になっていたんだが。

 

「先生、こちらの、千冬さんそっくりな女子はどちら様で?」

 

 うお!すごい勢いで睨まれた!視線で殺せる勢いだよ!

 

「千冬に似てるのは考えるな。忘れろ。」

「んな無茶な。」

「じゃあ何も考えられなくしてやろうか?」

「はい。気にしません。」

 

 まったく。相変わらず問答無用な人だ。

 

「こいつは安東マドカ。俺の妹だ。ほら、挨拶しろ。」

「安東マドカだ。兄さんの一番弟子らしいが、案外脆いんだな。」

 

 へぇー、妹さんかー。そっかそっか・・・って。

 

「い、妹っ!?」

「煩いぞ阿呆。」

 

 ぽかりと頭を叩かれる。痛い。

 いや、全然似てないよ!?それこそ織斑家の血縁って言われた方が納得できる!

 次にこんなこと言ったら今度こそ殺されそうだ。

 

「まあ血は繋がっていない。だが間違いなく、問題なく俺の妹だ。よろしくしてやってくれ。」

「は、はあ・・・。」

「兄さん。私は別に他人と関わろうなどと・・・。」

「いや、お前はもっと多くのことを学ぶべきだ。そのためには同年代の友人の一人でもつくれ。学校は勉強だけを学ぶ場所じゃない。」

「・・・はい。」

 

 ん?なんか聞き捨てならない台詞が聞こえたような。

 

「というわけで、旺牙。もうしばらくしたらマドカをIS学園に編入させる。俺は教師の立場上あまり構ってやれないから、よろしく頼むぞ。」

 

 ・・・( ^ω^)・・・

 

「はあああああ!?」

「だから煩い。」

「ヘブシ!?」

 

 今度は思い切りビンタされた。痛い。

 なんだ?なんかもう色々あり過ぎて頭が混乱している。

 あー。このまま眠ってしまえばどれだけ楽だろう。

 

「ん?チョーカーが・・・。」

 

 首に付けていた(付けさせられていた)チョーカーが勝手に外れた。今の戦いで壊れたのか?

 

「どうやら誰かが織斑の王冠を手に入れたようだな。どちらかが誰かの手に落ちればもう片方は自壊するように作ってある。」

「これ、先生が作ったんすか?」

「ああ。」

 

 通りで趣味が悪い構造をしているわけだ・・・。

 ああ、この後後夜祭もあって、片付けとかもあるんだろうな。

 このまま寝てしまいたい。俺は壁にもたれるように力を抜いた。

 

「サボりは許さないぞ。」

「ですよね~。」




この小説で一番崩壊しているのはマドカ関連だと思います。


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戦いのあとに

作者)PS5、どうしようかなあ・・・

旺牙)第二陣を待て

作者)予約も無理か

一夏)何の話だよ


「むう~・・・。」

「いや、そろそろ機嫌直してくれよ。」

 

 夜、寮の自室。

 学園祭も、その後の片付けも終わり、そして俺は簪に睨まれていた。

 どうしよう・・・。

 

「また危ないことして・・・。」

「いやいや、侵入者は学校側の不始末だし、襲われたのも俺の所為じゃ・・・。」

「明らかに旺牙と一夏が狙われたって、安東先生が言ってた。」

 

 なに重要機密を気楽に喋っちゃってるのあの人。

 でもでも俺たちが狙われるのはあちらさんの都合なわけで。

 俺たち何も悪くないわけで。

 るーるるる~。

 ・・・俺やっぱり疲れてるのかな?

 

「本当に無茶ばっかりして。心配でどうにかなりそう。」

「まあ、そこは反省しています。」

 

 一応重傷を負ったことは伏せてくれたのか。じゃなかったら泣かれてたかな。

 

「まだ話してくれないの?旺牙が戦ってる相手の事。」

「・・・それは、詳しくは言えない。」

「お姉ちゃんとの一件で、そういうの嫌だって、言ったよね。」

「こればっかりは、安東先生が時期を見る。その時まで待てないか?」

 

 しばしの沈黙の後、簪が口を開く。

 

「私の家の事、どこまで知ってたっけ。」

「大抵のことは、楯無さんから聞いてる。」

「それなのに、旺牙たちのことは隠すの?」

「・・・すまない。」

「ちょっとずるいよ、旺牙。」

 

 簪が俯いてしまった。

 どうしよう。ここですべて言ってしまうか?

 だがこんな荒唐無稽な話、信じてもらえるだろうか。

 束さんと千冬さんには簡単なことは喋ってしまったが、あのふたりは何と言うか、別な気がするし。

 そもそも、俺にもわからない事、知らされていないことがまだまだありそうだし。

 う~む、どうしよう。

 ・・・仕方ないか。

 

「簪、簡単なことは話す。本当に一部の事だけだ。そもそも俺も全てを知っているわけじゃない。それでもいいか?」

「うん。少しでも、旺牙のことが知れるなら。」

「そうか。じゃあ・・・。」

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「なんだか、マンガやアニメの中の出来事みたい・・・。」

「残念だが、これが現実だ。」

 

 一応俺が話せることはかいつまんで話した。

 ウィザード、侵魔、ISの隠された機能。

 そして、俺が一度死んでいること。

 ただ、かつて同じ人間を虐殺したことは話してはいない。

 話す勇気が、無かった。

 

「奴らが俺以外に一夏を狙ってきたことにも、何か理由があるんだろう。そこは俺も知らないが、やっぱり安東先生が知ってるんだろうな。」

「何者なの、あの先生。」

「ん~、規格外の存在、かな。」

 

 そうとしか言えない。今はな。

 

「あ、今の話は他言無用で頼むぞ。」

「うん。わかってる。でも、もう学園のほとんどの人が目撃しちゃってるんじゃないかな。」

「知らない方が良いこともあるんだよ。」

「私はいいの?」

「お前から問いただしてきたんだろうが。」

「わっ!わっ!」

 

 わしわしと簪の頭を乱暴に撫でる。

 なんだかなぁ。

 こういう時間を守るために、ウィザードってのは戦うんだろうな。

 一回ぶっ殺されて、生まれ変わっても死にかけて、それでもやっとわかってきたような気がする。

 すいません先生。またひとり巻き込んじまったみたいです。

 でも、今夜は落ち着いて眠れそうです。

 

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 

「みなさん、先日の学園祭ではお疲れさまでした。それではこれより、投票結果の発表をはじめます。」

 

 もちろん、織斑一夏争奪戦の話だ。

 体育館に集まっている全校生徒がつばを飲む音が聞こえた気がした。

 まあ、俺も生徒会役員の端くれなのでオチは知っているんですけどね。

 

「一位は、生徒会主催の観客参加型劇『シンデレラ』!」

「「「・・・・・え?」」」

 

 ぽかんと全校生徒が口を開く、その数秒後に我に返った女子一同からブーイングが起きた。嵐とはこういうことかと思えるほどに。

 

「卑怯!ずるい!イカサマ!」

「なんで生徒会なのよ!おかしいわよ!」

「私たちがんばったのに!」

「生徒会は貴重な男子生徒二名をを独占している!」

 

 そんな苦情をまぁまぁと手で制し、楯無さんは言葉を続けた。

 

「劇の参加条件は『生徒会に投票すること』よ。でも、私たちは別に参加を強制したわけではないのだから、立派に民意と言えるわね。」

 

 よく言って詭弁、悪く言って詐欺である。ん?どちらも悪いって?じゃあこの人に直接言ってくれよ。多分聞いてくれないから。

 しかしその条件を聞かされたときは呆れたよ。よくそんなことを思いつくなと。

 案の定、楯無さんの説明ではブーイングが収まらない。

 

「はい、落ち着いて。生徒会メンバーになった織斑一夏くん、並びにすでにメンバーの志垣旺牙くんは、適宜各部活動に派遣します。男子なので大会参加は無理ですが、マネージャーや庶務をやらせてあげてください。それらの申請書は、生徒会に提出するようにお願いします。」

 

 あれれ~、おかしいぞ~?挙がるはずない無い名前が聞こえたぞ~?

 思わず楯無さんを見る。

 目と目が合い、パッチリウインク!

 や、やられた!俺の知らないところで話が決まっていたのか!

 それにどうせ意見しても、生徒会は楯無さんの身内。民主主義によって俺の言葉は排除されていただろう。自由ってなんだっけ。

 

「ま、まぁ、それなら・・・。」

「し、仕方ないわね。納得してあげましょうか。」

「うちの部活勝ち目なかったし、これはタナボタね!」

 

 そんな声が聞こえてくる。いいのか!?それでいいのか皆の衆!?

 そしてすぐさま、各部活動のアピール合戦がはじまった。

 

「じゃあまずはサッカー部に来てもらわないと!」

「何言ってんのよ、ラクロス部の方が先なんだから!」

「料理部もいますよ~。」

「はい!はいはい!茶道部はここです!」

「剣道部は、まあ二番にきてくれればいいですよ?」

「柔道部!寝技、あるよ!」

「はいはい。男子はふたりいるんだから焦らないように。」

 

 再びまぁまぁと手で制す楯無さん。

 は、謀ったな〇ャア!?ってこれ前にも言ったな。

 

「それでは、特に問題も無いようなので、織斑一夏くんは生徒会へ所属、以後は私の指示に従ってもらいます。」

 

 楯無さんがそう締めると、生徒たちからは拍手と口笛がわき起こった。

 はあ。仕方ない、諦めるか。

 一夏はようやく状況を飲み込めたらしい。わたわたしている。

 おいで~、こっちへおいで~と手招き。

 妖怪か俺は。

 

 

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 

「織斑一夏くん、生徒会副会長着任おめでと!」

「おめでと~。」

「おめでとう。これからよろしく。」

「おめでとう雑よ・・・副会長。」

 

 楯無さん、本音、虚さん、俺の順で言葉をかけ、ぱぱーんと盛大にクラッカーを鳴らす。

 五人が席に着いても仕事が出来そうだとは、結構大きかったんだなこの机。

 

「旺牙。今雑用って・・・。」

「アーアーキコエナイ。」

 

 ナニイッテルノカシラナイ。ニホンゴムズカシイ。

 

「・・・しかし、なぜこんなことに・・・。」

「あら、いい解決方法でしょう?元は一夏くんがどこの部活動にも入らないからいけないのよ。学園長からも、生徒会権限でどこかに入部させるようにって言われてね。」

「おりむーがどこかに入ればー、一部の人は諦めるだろうけど~。」

「その他大勢の生徒が『うちの部活に入れて』と言い出すのは必至でしょう。そのため、生徒会で今回の措置をとらせていただきました。」

 

 見事に繋がる言葉の連携。台詞のジェットストリームアタックの前には反論も出来んよ。と言うかさせない。

 同じ幼馴染みでも俺や一夏、箒もしくは鈴ではこうはいくまい。

 

「俺の意見が無視されている・・・。」

「あら、なぁに?こんな美少女三人もいるのに、ご不満?」

「そうだよ~。おりむーは美少女はべらかしてるんだよー。」

「美少女かどうかは知りませんが、ここでの仕事はあなたに有益な経験を生むことでしょう。」

 

 まともなこと言っているのが虚さんしかいない。

 よしここは俺もボケるか。

 

「そうだぞ、こんな色男まで付いているのに。」

「旺牙、言ってて空しくないか?」

「・・・自分の言葉なのに吐き気を覚えた。」

 

 慣れないことはするもんじゃない。

 

「旺牙の時はどうだったんだ?」

「似たようなもんだ。俺が部活に入らない不満が募ってたらしい。」

 

 細かいところは省いてもいいだろう。多分楯無さんが話しているだろうから。

 早速、というか仕方なく一夏は虚さんに今後のことを聞いていた。残りのふたりに訊いたって無意味だと悟ったか。

 

「えーと・・・とりあえず、放課後に毎日集合ですか?」

「当面はそうしてもらいますが、派遣先の部活動が決まり次第そちらに行ってください。これは志垣くんも同じです。」

「わ、わかりました。」

「ところで・・・ひとつ、いいですか?」

「?なんですか?」

 

 おや、虚さんにしては珍しく、なんだか歯切れが悪い。

 俺と一夏が不思議そうに眺めていると、またも言いにくそうにしながらやっと小声で口を開いた。

 

「学園祭の時にいたお友達は、何というお名前ですか?」

「え?あ、弾のことですか?五反田弾です。市立の高校に通ってますよ。」

「ん?一夏お前弾に会ったのか?」

「ああ、招待券送ったから。」

 

 なんだよ、俺も久しぶりに会いたかったのにな。

 でもなんで虚さんが弾のことを?

 

「そ、そう・・・ですか。年は織斑くんたちと同じですね?」

「ええ、そりゃまあ。」

「・・・二つも年下・・・。」

「え?」

「なんでもありません。ありがとうございました。」

 

 そう言って虚さんは丁寧にお辞儀をする。その頬が心なしか赤く見えるが・・・ほう。

 つついっと虚さんに近づき、小声で話しかける。

 

「虚さん虚さん。奴の連絡先はいかがです?」

「う!?そ、それは・・・。」

「いきなり電話が厳しいなら、どこかでセッティングしますよ?」

「・・・い、いつか。いつかお願いします・・・。」

 

 ふむ。好感触だな。

 いやー、虚さんの趣味がああいうタイプだったとはな。

 まあ弾はその見た目によらず一途だから大丈夫だろう。

 

「いやー、弾の奴にも春が来そうだな。」

「春はとっくに過ぎてるぞ。」

 

 うるせえよ頭お花畑野郎。

 

「さぁ!今日は生徒会メンバーが揃った記念と一夏くんの副会長就任を祝ってケーキを焼いてきたから、みんなでいただきましょう。」

「わ~。さんせ~。」

「では、お茶をいれましょう。」

「ええ、お願い。本音ちゃんは取り皿をお願いね。旺牙くんはフォークを揃えて。」

「はーい。」

「了解。」

 

 なんだかこういう動きにも慣れてきたな。

 

「それでは・・・乾杯!」

「かんぱーい~。」

「「乾杯。」」

「は、はは・・・乾杯。はぁ・・・。」

 

 これからが大変だぞ、一夏。

 

 




旺牙)なんだか今回短い・・・短くない?

作者)前はこんなもんだったよ。


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裏側のお話

作者)タイトル通りなので、旺牙の出番はありません。

旺牙)ただ前回入れ忘れたシーンだろ?

作者)ち、ちち、違うしぃ~。

旺牙)嘘ぐらいつけ。


「失礼します。」

 

 重厚なドアを開いて学園長室に入ってきたのは楯無だった。

 窓の外は暗く、すでに夜のとばりが辺りを包み込んでいる。

 

「ああ、更識くん。ちょうどよかった。これで役者が揃いましたな。」

 

 楯無を迎えたのは穏やかな顔をした初老の男性だった。

 表向きはその妻である女性が学園長を務めているが、実務に関してはこの男性が取り仕切っている。

 そしてその傍に長身痩躯の男性。

 三人目の男性IS操縦者にして新任教師、安東一樹が佇んでいた。

 

「それでは報告をお願いしますね。」

 

 男性は立派な机に組んだ手を置きながら、楯無に言葉を促す。

 その頭は総白髪で、顔にも年相応のしわが刻まれている。

 柔和さを感じさせる人柄は、親しみやすさからか『学園内の良心』などと呼ばれている。

 普段は用務員をしているこの男性、轡木十蔵こそが、IS学園という空間を実質的に運営しているのだった。

 安東からすれば、悪賢いとは言えないが海千山千の猛者にも通ずる一筋縄ではいかない、敵には回したくない人物だ。

 

「まず、織斑一夏くんに関してですが、彼のIS訓練については順調です。」

 

 楯無はいつもの茶目っ気は全く出さず、真剣な顔で報告をはじめる。

 

「正直、驚きました。一度教えたことを数回の反復で覚えるところや、理解の早さなどは今まで見てきたどんな女子よりも上ですね。」

「そうでしょうね。あの織斑先生の弟ですから。」

 

 どこか深い意味のあるような言葉であり、安東も意味ありげに目を閉じるが、楯無はあえて訊かずに報告を続けた。

 

「次に亡国企業、いえ『旧亡国企業』ですが、安東先生からの情報通り、完全に覇王軍に支配されているようです。例の『協力者』の情報通りですね。」

「『彼女ら』とは数年前から接触していますが、ちょうど前回のモンド・グロッソ前後には幹部の九割が買収、もしくは侵魔にすげ変わっていたそうです。」

 

 楯無の言葉に安東が続ける。

 

「安東先生の情報通りでした。たしかに織斑くんに実力がついてきたとはいえ、四天王の名を冠する存在には未だ届かないかと。」

「だが相手は四天王の長。生き残っただけ、伸びしろはあります。」

「安東先生は随分織斑くんを買っていますね。」

「というより、強くなってもらわなければ困ります。彼は『切り札』ですから。」

 

 安東が意味ありげな言葉を発する。ただ淡々と、事実だけを述べはぐらかすのはこの男の悪いところだった。そこに二人は苦笑する。

 そして、再び楯無の報告に戻る。

 

「また、志垣旺牙くんですが、彼も規格外ですね。本人はISの性能のお陰と言っていますが、実力的には二年生、いえ既に三年生の精鋭にも匹敵、凌駕しています。自分で無意識にリミッターをかけているのでしょう。今戦えば、私でも勝てるか微妙です。」

 

 元来、暗部とは戦力分析に長けているもの。現在の長である楯無が手放しで評価するとなると、事実なのだろう。

 実際、旺牙が侵魔と戦っている姿を見てきたが、尋常ならざるものを感じていた。

 

「あれでも前世からの俺の一番弟子です。それぐらいやってもらいたい。だが、覇王ジーザにあの体たらくでは、織斑一夏を守り切れない。」

「身内には厳しいんですね。」

「事実です。」

 

 その時、安東の端末に連絡が入る。その人物の名を見て若干顔が引きつるが、通信を開いた。聞こえてきたのは女性の声だった。

 

「なんの用だ『スコール』。」

「そう邪険に扱わないでくれるかしら。ただの定期連絡よ。」

「ああ、もうそんな時期か。」

 

 明らかに苦手としている。安東の顔がそう物語っている。

 

「で、何かあったのか?」

「いいえ。ただ、『オータム』が戦ったパツィアのことだけど、過去のデータより戦闘能力の向上が見られたの。侵魔も成長するということ?」

「まあな。『プラーナ』を吸収すればそれだけ侵魔は力を得る。それに奴らは完全に戦闘種族だ。今日より明日、明日より一週間後には更に力をつける事だろう。」

「厄介な連中だと思っていたけど、想像以上ね。無理に戦わず逃げ出して正解だったわ。」

 

 通信の向こうから溜息が聞こえる。

 安東にとってはどうでもよかったが、旧『亡国企業』の情報及び覇王軍の動きを得るために仕方なく組んでいるという状況だった。故に、お互い用が無ければ無用な接触をしない。連絡は定期でする、と決めたのは彼女たちだったのだから。

 

「ところで、あの話は考えてくれたかしら。」

「しつこい。俺がお前らと組むのは今回だけだ。亡国企業の立て直しは勝手にやれ。」

「残念ね。なら貴方の『妹』さんだけでもどうかしら。悪いようにはしない」

「おいスコール。」

 

 静かだが、声に激しい怒りを込めて安東は告げる。

 

「何度も言ったはずだ。あいつに手を出すな。それ以上は契約違反だ。すぐにでもお前たちを消し炭にしに行くぞ。」

「・・・冗談よ。」

 

 十蔵と楯無は動けなかった。声を発することも出来ず、裏の世界に通ずるふたりが冷や汗をかくほどに、安東の気配が冷たく、殺意に満ちていた。

 

「定期通信ならもう用はないだろ。切るぞ。」

「あら、女性にはもっと優しくしないとモテないわよ。」

「自慢の恋人に癒してもらえ。じゃあな。」

 

 一方的に通信を切る。安東にとって、長話をする関係ではなかった。

 気付くと、十蔵と楯無は深い息をしていた。

 

「?なにか?」

「先生はもっと周りに気を使ってください・・・。」

「やれやれ。老骨には厳しいんですよ?」

「よく言いますよ、俺の殺気に耐えておいて。」

 

 その後、学園の内外のことをそれぞれ二、三伝える。

 

「ご苦労様です。苦労を掛けますね。」

「それは言わない約束ですよ十蔵さん。」

「その配役、逆じゃね?」

 

 そのやり取りで、先程までの緊張感が霧散する。

 

「さて、お茶にしましょう。そうそう、いいお菓子があるんですよ。君たちの口に合えばいいですが。」

 

 十蔵がそういうと、楯無は目を輝かせた。そこには年相応の顔しかない。

 

「十蔵さんのお菓子チョイスには外れがないですからね。楽しみ♪」

「はっはっはっ、そんなに大したものではありませんよ。」

「いえいえ、本当においしいです。そうそう!私もお茶を持ってきたんですよ?」

「おお、まさか布仏虚くんの?」

「そのまさかです。」

「おお!彼女のお茶はすばらしいですからね、これはいいお茶会になりそうです。」

 

 年甲斐もなくはしゃぐその姿は、七十近い男のものには見えない。

 まるで仲のいい友達がそうするように、差し向かいで座ってお茶をはじめるふたりを見て、安東は小さく笑った。

 

「さあさあ、安東先生もどうぞ。」

「はいはい。ご相伴にあずかります。」

 

 

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 

「ヒトを知りたい、ですか。」

「はい。私はいつも奥にいたもので、あまりヒトについて理解していることが少なくて・・・。」

 

 机を挟み、少女と巨躯の老人が会話している。

 少女の名はマリア。覇王軍四天王の一角。

 老人の名はガイム。最近マリアの隊の長に就いた侵魔である。

 

「敵を知り、己を知れば百戦危うからず。ですがマリア様、あなたはお優しい。厳しいことを言いますが、情がうつっては戦うことも難しくなりましょうぞ。」

「・・・それでも、です。」

 

 先日のウィザードとの戦いで何かを感じたのだろうか。ガイムは考える。

 目の前の少女は自分より幼いが、歴戦のガイムよりも強大な潜在能力を有しているのはわかる。そして新たに配属となったテレモートの兵たちひとりひとりに声をかけるなど、将としての器は大きい。

 だが、その優しさがこの方にとって致命傷となることを恐れていた。ガイムもまた、その優しさに触れた者。できれば戦場になどでず、将兵たちを温かく迎え入れてくれる、そんな存在でいてほしかった。

 だが同時に、武人としてのガイムが、マリアの更なる成長を見てみたかったのだ。

 悩むガイム、俯いているマリア。その空間に、やけに軽い声が響く。

 

「いいじゃねえか爺様。お嬢のやりたいようにやらせてやれば。」

「ジャン・・・。」

「これジャン!軍団長の御前であるぞ!」

 

 ガイムの怒声を受けてもへらへらと流す、長い黒髪を乱暴にのばし、ワイルドな青年。

 ジャン。彼もまた元テレモートの部下であり、軽薄そうな笑顔の下に、戦士としての獰猛な素顔を持つれっきとした侵魔である。

 

「あんまり過保護にしすぎると、それでこそいざという時動けなくなるぜ。お嬢はもうお飾りじゃねえ。俺たちの主なんだ。」

「それは、そうだが。」

「お嬢は覚悟決めてんだ。だったら部下である俺たちが腹括らないでどうするよ。」

「うーむ・・・。」

 

 いまだ悩むガイムをよそに、ジャンは話を続ける。

 

「なにも本人が出向かなくても、ちょうどいい人間にプラーナを憑かせて、その視点で周りを見ればいい。それならお嬢本人も安全だし、情報も得られるってもんだ。いい考えじゃね?な、お嬢。」

「ジャン・・・、ありがとう。」

 

 マリアの微笑みに、照れくさそうに鼻を掻く。

 

「そこまでするなら、儂もこれ以上反対はすまい。じゃが・・・。」

「ん?」

「お嬢お嬢と主を気安く呼ぶな!馬鹿者!」

「痛ぇっ!」

 

 ガイムの拳がジャンの脳天に振り下ろされる。

 それを見て、マリアは嬉しく思った。こんな自分を本気で思ってくれていると、胸の内が温かくなっていた。

 

「なれば、どの人間にするか。」

「それならちょうどいいのがいるぜ。年頃の人間の女がたくさんいて、性格もお嬢に近くて、おまけにウィザードが近くにいる。ヤバくなったら即撤退すりゃあいい。」

 

 ジャンがあるひとりの少女の姿を空間に映しだす。

 そこには、友人に囲まれて笑顔を浮かべる、立花沙紀の姿があった。




作者)最後、「簪じゃないんかい!」と思われた方。俺も思ったから心配するな。

旺牙)ホント何でそうなった?

作者)簪だと旺牙に近すぎるんで。

旺牙)沙紀も萌も近い気が・・・。


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部活は青春の一歩なり

旺牙)最近色々と忙しいな。

作者)そ、そうなんよ~。なかなか話が進まなくて

旺牙)『アークス』に『デュエリスト』、『ストリートファイター』に『旅人』まで。

作者)( ^ω^)・・・

旺牙)言い残すことは?

作者)ありません。


 

「随分派手に書かれてるじゃないか。」

 

「・・・勘弁してくださいよ。」

 

 屋上、俺は柵を背に座り込み、その隣で安東先生が新聞部の号外を読んでいる。

 

「『一年一組志垣旺牙、専用機持ち代表候補生を粉砕!』だとよ。やるねえ、お前も。」

 

「教師がそんなんでいいのかよ・・・。」

 

 さっきから肩を震わせて笑いを堪えてるんだぜこの人。いっそのこと笑えよ。笑って腹よじれて腹筋がつってしまえばいいよ。

 ああ、何でこんなことになったんだっけ?

 

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 

 あれは先日、アリーナで一人練習していた時のことだ。

 珍しく生徒会の用事が無かったが、みんな別の予定が入り俺一人で寂しく流すかと思っていた時だった。

 

「ねえキミ、志垣くんでしょう?」

「はい?」

 

 四人の女子、見たところ三年生が四人、声をかけてきた。

 

「私たちと一緒に練習しない?私たち代表候補生なのよね、しかも専用機持ち。」

 

「はあ・・・。」

 

 いや聞いてねぇっつーの。

 

「お互いのレベルアップ目指して頑張りましょう。千冬様・・・んんっ!織斑先生も自分の生徒が向上心を持つと喜ぶかもね。」

 

 あー、はいはい。本心読めました。俺や一夏を通して千冬さんに名前を売り込みたいって腹か。しかも国籍バラバラなのに『千冬信者』か。

 んで千冬さんのお眼鏡に適ったら学園中の注目の的に、上手くすれば『候補生』から『代表』になれるんじゃないかと、そんな計算があるわけね。

 もう遅れてるよあんたら。そんな輩今までいっぱいいたよ。

 何とか諭して帰ってもらったけどな。

 

「すんません。俺の機体、ピーキーにもほどがあるんで、先輩たちの役には立たないかと。皆さんでそれぞれ練習した方が実になりますよ?」

 

 はい、拒絶の意志見せました。陰口ぐらいは叩いていいんで向こう行っててください。

 

「な、なによっ。一年で、しかも男のくせに!」

 

 はいはい、その口上も慣れてますよ。しかし随分簡単に手の平返しましたね。

 

「大体あなた、どうやって千冬様に近づいたわけ?」

 

 知らねえよ。気づいたら傍にいてくれたんだよ。感謝して泣きそうにならあ。

 

「そもそも織斑一夏も気に入らないのよ。弟だからって千冬様の近くにいて。」

 

 いや仕方ないだろ、姉弟なんだから。

 

「ホントホント。弟だからって、男が千冬様に近づくんじゃないわよ。」

「それに安東って教師も。あの態度はなに?馴れ馴れしく千冬様に話しかけて。」

 

 あーあーうるせえな。とっとと離れてくれないかな。

 

「それにしても一年の代表候補生たち、上手くやったわよね。」

 

          ん?

 

「どんな手を使ってあなたたちを取り込んだのかしら。ねえ教えてよ。何されてそんなに仲良くなったの?」

「もう、決まってるじゃない。女が男と仲良くなるなんて・・・。」

「やだー、不潔ー!」

「売女ってやつ?」

 

 アア?

 ナニヲイッテイルンダコノ『バカ』ドモハ?

 

(カッ、カカカカカカカッ!煩い蠅共だな!?)

 

 ソウダナ、ウルサイナ。

 

(なら、『駆除』しちまえよ!)

 

 アア、ソレガイイ。

 

「なによ、さっきから黙ってて。何も言い返さな」

 

 コイ、凶獣。

 

「なっ!?」

 

「コイヨ。一匹残ラズ潰シテヤル。」

 

 

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 

「んで、四人をボッコボコに、と。」

 

「なんであんなことしたんだろ。」

 

 いつもならあれくらい聞き流して・・・いや、今回のはちょっとむかついたが。

 ちなみに細かい内容は先生にも言っていない。この人笑顔で人を瀕死に出来るからな。殺さないところが逆に恐ろしい。

 

「あ~、各国から何か言われるのかな、めんどくさい。」

 

「それなら安心しろ。向こうさんからの文句はないよ。」

 

 は?なぜに?

 

「考えても見ろ。散々挑発しておいて、専用機持ちが四対一で負けましたなんて、笑い話にもなりゃしない。ここは『何もありませんでした』で済ませるのが無難だろ。」

 

 はあ、なるほどねえ・・・。

 

「しっかし、あの声はなんだったんだろうな・・・。」

 

「声?」

 

 先生が号外から目を外し、俺を見る。

 

「前、臨海学校で俺が夢に囚われた時と同じ声がしたんですよ。そう言えば、奴の姿も声も俺そっくりだったな。雰囲気は」

 

「お前を侵魔にしたような、か?」

 

「そう、それ。今回のもその声が聞こえたんです。」

 

「・・・・・・。」

 

 先生はそれっきり黙り込んでしまった。

 こうなってしまっては、こちらの声はもう聞こえまい。

 それにもうすぐ昼休みも終わる。

 ああ、教室に帰ればまた質問攻めなのかな。めんどくさい。

 予鈴が鳴っても動かない先生を尻目に、俺は屋上を後にした。

 

 

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 

「えっ!?一夏の誕生日って今月なの!?」

 

「お、おう。」

 

 寮での夕食。いつの間にか『いつもの面々』で食事を摂りながら談笑を交えていると、突然シャルロットが大声を上げた。食事中はお静かに・・・出来ないのがこの面子である。

 かなり驚いたのか、立ち上がってしまっている。お嬢さん、お行儀悪い。

 

「い、いつ!?」

 

「九月の二七日だよ。ちょっ、ちょっと落ち着けって。」

 

「う、うん。」

 

 そう言って椅子にかけ直すシャルロット。

 

「に、日曜日だよね!?」

 

 そんなに身を乗り出して。興奮しすぎだぞ。

 

「に、日曜だな。」

 

「そっか・・・。うん、そうだよね。うん!」

 

 なんだか自分の世界に入ってしまったぞい?

 今度はビーフシチューを食べていたセシリアが口を開く。

 

「一夏さん、そういう大事なことはもっと早く教えてくださらないと困りますわ。」

 

「え?お、おう。すまん。」

 

 あ、よくわかってないなこいつ。

 

「とにかく、二七日の日曜日ですわね。」

 

 セシリアは純白の革手帳を取り出すと、二七日の欄にぐりぐりと二重丸を描く。まあ、彼女たちにとっては重要事項だろう。もしかしたら最優先かもしれん。

 なにせ好きな男の誕生日なのだから。

 

「お前はどうしてそういうことを黙っているのだ。」

 

 シャルロットの隣でラウラが少しむすっとした口調で告げる。

 どうでもいいがラウラは少しずつ小動物に近づいている気がする。俺だけかな?

 

「え?いや、別に大したことじゃないかなーって。」

 

「ふん。しかし、知っていて黙っていたやつもいることだしな。」

 

「「う!」」

 

 ラウラに一瞥されて、ダブル幼なじみが固まっている。

 

「べ、別に隠していたわけではない!聞かれなかっただけだ。」

 

「そ、そうよそうよ!聞かれもしないのに喋るとKYになるじゃない!」

 

 箒と鈴はそんなことを言いながら、ぱくぱくとご飯をほおばった。

 こいつら、他を出し抜こうとしたな・・・。

 

「相棒も酷いぞ。まさか黙っているとは。」

 

「すまん。俺は本気で忘れてた。」

 

 まあこの様の俺がどうこう言えたことじゃないが。

 

「旺牙、あの、一夏の親友、なんだよね?」

 

「旺牙くんって、物忘れ激しい?」

 

「あははは、旺牙くんは酷いなー。」

 

 やめてくれ簪、沙紀。その言葉は俺にきく。

 あと萌。お前は吹っ飛ばすぞ?マジで。

 

「とにかく!九月二七日!一夏さん、予定は空けておいてくださいな!」

 

「あ、ああ。一応、中学のときの友達が祝ってくれるから俺の家に集まる予定なんだが、みんなもくるか?」

 

「も、もちろん!何時から!?」

 

「えーっと、四時くらいかな。当日はあれがあったんだけど・・・。」

 

「そういえば今年は急遽中止になったんだよね。『キャノンボール・ファスト』。」

 

 キャノンボール・ファスト。分かりやすく言えば、ISによる高速バトルレース。本来なら国際大会として行われるそれだが、IS学園があるここでは状況が異なる。

 といっても専用機持ちが圧倒的に有利なため、一般生徒が参加する訓練機部門と専用機持ち限定の専用機部門とにわかれている、が。

 IS学園関係のイベントに対し度重なるトラブル。世界中で起こる謎の事件(おそらく侵魔関係とは安東先生の言葉)。

 そのため、事件がおおよそ収束するまでこの手の大会は中止、または延期とすると、国際IS委員会からお達しが来た。どこも責任は取りたくないのである。

 

「せっかくみんな高機動調整やパッケージのお披露目だったのに、残念だね。」

 

 お茶を飲みながら萌が言う。

 たしかに、場合によっては生徒たちの晴れ舞台だったろう。

 操縦者は高機動の技術を見せつけたり、整備者は調整の腕の見せ所だったはず。

 俺もリミッターを解除した凶獣のトップスピードを感じてみたかった。

 

「単純なスピードアップだけではない、戦闘面も強化されるからな。」

 

「打鉄弐型も速い方だけど、まだパッケージも調整も出来てないし。」

 

「一度は試してみたかったですわね。各機体のトップスピードとやらを。」

 

 専用機持ち全員が声を唸らせる。

 その空気に耐えかねてか、萌が口を開いた。

 

「ま、まあまあ。今は現状で訓練でもしようよ。」

 

「そうだな。俺たちは今できることをしよう。芯がしっかりしていないとよれよれになるぞ?」

 

 そう言いながら俺はおでんの竹輪を―

 

「「ちくわだけに」」

 

「・・・とか言うつもりでしょ。」

 

「・・・なんて言わないよね?」

 

「はっはっはっ、そんな馬鹿な。」

 

「一夏、お前・・・。」

 

「オイこら一夏。そのタイミングは俺がスベッたみたいじゃねーか。」

 

「あ、あの、いや、ははは・・・。」

 

 笑って誤魔化すなよ。

 

「まー、どっかのバカはさておき。」

 

 やめて!この状況じゃ俺も巻き込まれたまんまだから!

 簪と沙紀の優しい笑顔が痛いんだ!!

 

「一夏に旺牙、あんたたち生徒会の貸し出しまだなわけ?」

 

「ん?なんか今は抽選と調整してるって聞いたぞ。」

 

「希望する部活が多いんだよ・・・。」

 

「ふーん・・・。」

 

なんでもなさそうにそう言って、鈴はラー油のたくさん乗った麻婆豆腐をぱくりと頬張る。

 

「ああ、そう言えばみんな部活動に入ったんだって?」

 

 む?そうなのか。いつの間に。

 

「私は最初から剣道部だ。」

 

 幽霊部員だけどな、箒。だが噂によると、最近はよく顔を出しているらしい。何があったのだろう。だが良いことだ。

 

「鈴は?」

 

「ら、ラクロスよ。」

 

「へえ!ラクロスか!似合いそうだな!」

 

 ふむ。鈴の活発なイメージによく似合う。

 

「ま、まあね。あたしってば入部早々期待のルーキーなわけよ。参っちゃうわね。」

 

 まあ確かに、代表候補生で専用機持ちってのは、いわば準軍人(本物の軍人もいるが)。身体能力は一般生徒の比ではない。グラウンドを走る鈴の勇姿は用意に想像できる。

 

「で、シャルは?」

 

「えっ、僕!?」

 

「うん。何部に入ったんだ?」

 

「え、えっと、その・・・。」

 

「?」

 

 なにをさっきからモジモジと指をもてあそんでいるんだ?

 時折一夏を窺うような上目遣いで見つめては、またうつむく、を繰り返す。なんだこの面白い生き物。

 

「そ、その・・・料理部。」

 

「料理部!おお、学園祭の時に一緒に回ったとこだよな!」

 

「わあっ、一夏っ!し~!し~!」

 

 ああ、一夏の休憩中の、オリムラヴァーズとのプチデートか。そういえば結局俺は休憩とってなかったな・・・。

 

「へぇ、そっか、料理部かぁ。」

 

「う、うん。日本の料理も覚えたくて。」

 

「なるほどなー。なんか作れるようになったらぜひ一度食べさせてくれ。」

 

「う、うん!もちろんだよ!」

 

 こいつは・・・、素でそういうこと言えるんだからなぁ。

 それとお嬢さん?キミさっき『声が大きいよ!』というジェスチャーをしていませんでしたか?

 

「それで、セシリアは?」

 

「わたくしは英国が生んだスポーツ、テニス部ですわ。」

 

「へえ。もしかしてイギリスにいたときからやってたとか?」

 

「その通りですわ。一夏さん、よろしければ今度ご一緒にいかがですか?」

 

「んー、俺テニスってやったことないんだよなぁ。」

 

「で、でしたら!」

 

 セシリアは優雅に腕を組んで言葉を続ける。もう俺の入り込む余地はない。

 

「わ、わたくしが直接教えてさしあげてもよろしいですわよ?と、特別に。」

 

「おお、それはいいな。じゃあいつか頼む。」

 

「ええ!」

 

 セシリアはもう光り出さんばかりににっこりと微笑んだ。

 しかし一夏さんよ。シャルロットの時もそうだが、そんなに安請け合いしていいのか?

 いや、お前が本気なのはわかるよ。だから質が悪いというか。

 ジェラシーパワーが溜まっていく子たちがいるわけで。

 

「ちなみに私は茶道部だ。」

 

 そう口にしたのはラウラ。ちょうどパスタを食べ終えたところらしい。

 

「茶道部か。ラウラ、日本文化好きだよなぁ。・・・あれ?そういえば茶道部の顧問って―」

 

「教官・・・いや、織斑先生だ。」

 

 あー、そんなこと聞いた気がするな。たしか二学期の職員室にプリントを届けに行った時、それを聞いた安東先生が大爆笑してパロ・スペシャル喰らってた。

 ファンの女生徒が一斉に殺到して、正座二時間でふるいにかけたって話も聞いた。

 しっかし千冬さんが茶道部か。何があってこの組み合わせになったんだ?

 

「ラウラは正座平気なのか?」

 

「無論だ。あの程度の痺れなど、拷問に比べれば容易い。」

 

 痺れはするんだな。・・・足の裏つつきたい。

 

「しかし、ラウラの着物姿って全然想像できないな。今度みせてくれよ。」

 

「な、なに?そ、そうか・・・。いいだろう・・・機会があれば、な。」

 

(聞きまして?嶋田の奥様?)

 

(ええ、志垣の旦那様。)

 

 あ、俺旦那なんだ。

 

(ああやって女の子口説いてるんですのよ。やーね。)

 

(志垣の旦那様も人の事言えませんわよ?)

 

 あれー?

 

「そういえば、簪たちは部活、どうするんだ?たしか未加入だったろ?」

 

 話に入ってこられない簪、沙紀、萌をなかば強引に引きずり出す。ひっそりと食事してんじゃないよ。

 まず口を開いたのは萌。

 

「んー。私は柔道部に入ることにしたよ。学園祭の時の投げ技見られて、スカウトされた。」

 

「・・・もう殺人投げは簡便な。」

 

「もー。あんなことはしないよ。・・・多分。」

 

 大丈夫なのか!?本当に大丈夫なのか!?

 

「私は、射撃部に。」

 

「・・・あ、はい。」

 

「大丈夫!もうあんなことにはならないから!大丈夫だから信じてよ!?」

 

 だって・・・ねぇ・・・。

 

「で、簪は?」

 

「わ、私は、その・・・、手芸部に入ろうかなって。」

 

 ほう、それはそれは。

 

「色々作ってみたいのがあるし、それに。」

 

「それに?」

 

「その、旺牙に、何か作ってあげたくて・・・。お守りとか。」

 

「・・・そっか。じゃあ、完成したら。」

 

「うん。一番に渡すから。」

 

((((ぐっ!飲み物が甘い!)))←一夏以外の心の声

 

「ん?みんなどうしたんだ?」

 

「どうせアンタには理解できないものよ。」

 

「???」

 

 その後、一夏と箒が夏休みにどうこうしたという話になったので、終わりそうにないから俺たち四人は先に部屋に戻ることにした。一夏の身の安全?知らん。

 

「ところで、旺牙の誕生日っていつ?」

 

「あ、それ私も聞きたかった。」

 

「わ、私も。」

 

「あれ?自己紹介で言わなかったっけ?四月十日で十六歳になりましたぜ。」

 

「「「おめでたー。」」」

 

「!?」



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「好き」の意味

旺牙)もう三年目かぁ。何か記念になることやらんの?

作者)・・・だよ。

旺牙)ん?

作者)そんなネタ無いんだよ!!

旺牙)そこまでキレんでもいいだろ!



 あ~・・・、疲れる。

 キャノンボール・ファストの中止を受けて、何か代わりを用意しないといけないことになった。そうしないと生徒たちの実力を見せる機会が減ってしまうし、学園祭以降何の行事も無いでは彼女たちのモチベーションのダウンに繋がりかねない。

 だがそんなこと生徒会に持ち込まず、教師たちで決めてほしい。マンガやアニメじゃないんだから、生徒会にそこまでの権限があるわけ・・・あぁ、楯無さんなら考えつくだろうという魂胆か。信頼されてるなチクショウ。

 その楯無さんは一夏を連れて何やら仕事だと出て行った。私事だったら蹴り飛ばしてやる。

 

「はい、お茶が入りましたよ。大丈夫、志垣くん?」

 

「ういっす。なんとか。」

 

「Zzz・・・」

 

 虚先輩が淹れてくれた紅茶を飲んで一息。ふぅ~、染み渡る。

 

「それにしても、先生方も無茶振りをしてくれたわね。」

 

「やっぱり虚先輩もそう思います?」

 

「まあお嬢様、会長なら、という期待をかけられているのは知っていたけど、ここまで丸投げされたのは初めてね。さすがの会長も考えあぐねいている様子ですし。」

 

「ああ、そうなんだ・・・。」

 

「Zzz・・・」

 

 虚先輩が言うなら、会長も大変なんだろう。

 うん、みんなが大変だ。大変なんだ。

 

「「いい加減起きなさい、本音!」」

 

「Zzz・・・。ほえ?」

 

 この子は本当にもう。しょうがねえな。

 

「ほら、書類ちょいと寄こせ。手伝ってやるから。」

 

「ん~、ありがとしお~。」

 

「はあ。志垣くん、あまり妹を甘やかさないでください。」

 

 だってこのままだと正規の仕事も終わりそうにないですよ?一夏と俺の、部活動への派遣先の順番決めとか。予想以上と言うか予想通りと言うか、トンデモナイ量の申請が来てるんですから。

 ん?誰か来る。・・・あの人か。

 

「虚先輩、お客さんみたいですよ。」

 

「え?」

 

「すいませーん。新聞部でーす。織斑くんと志垣くん居ますか?」

 

 最早お馴染みの顔、黛先輩の登場だ。

 虚先輩が『本当に来た』というふうに目をパチクリさせている。

 こっちとしてはもう何度目かわからんので、気配とか足音等も覚えてしまった。

 

「一夏なら会長に連れられてどっか行っちゃいましたよ。」

 

「ありゃりゃ、タイミング悪かったかな?・・・いや、むしろ絶好の機会?」

 

 なんだかブツブツ呟き始めた。こうなるとこの人も長いんだよな。

 その間に虚先輩は来客用のお茶を用意する。

 

「うん。そうだね、そうしよう!」

 

「あ、考え事終わりました?」

 

「ええ!むしろたっちゃんと織斑くんがいない方が聞きやすいかもしれないから!」

 

 テンション高いなあ。

 ん?今なんつった?

 

「それじゃあまず生徒会関連から―――」

 

 

 

 

――――――それからどした――――――

 

 

 

 

「じゃあ、生徒会に入って充実していると。」

 

「充実と言うか、まあ、退屈はしませんよ。自分、こんな立場になったことないんで新鮮ですし。」

 

「ふむふむ。ありがとう。これで表のインタビューはお終い。」

 

 ふー、なんだか肩凝った。・・・表の?

 

「え、あの、表のって」

 

「これからは裏インタビュー。大丈夫大丈夫。オフレコにするから。多分。」

 

 いや、でも裏って・・・。しかも最後に多分って言ったし。

 

「ズバリ、志垣くんの『周囲の女生徒への好感度』について!」

 

「言えるかそんなもん!?」

 

 何考えてるんだこの人は!?ついに頭沸いたか!?

 

「だってたった二人の男子を『いつものメンバー』が独占してるって声が多方面から上がってるんだよ。今後のネタの脅、ゲフンゲフン!話のタネの為に訊いておきたいじゃない。」

 

「本心は?」

 

「弱みを握りたい。」

 

 この外道がぁ!

 くそ!本音は・・・役に立ちそうにない!興味津々って面だ。

 虚先輩、ヘルプ!

 

「・・・少し興味深い話ですね。」

 

 神はいる。ただ残酷なだけ。どこかで聞いた台詞だ。

 なぜだ!なぜあなたまでこんな話に・・・、は!?

 さては気になる男子が出来て恋バナに興味が出てきたと言うのか!?

 ガッデム!いっそ、そのことを暴露してやろうか?

 ・・・止めておこう。何故か命の危機を感じる。イノセント相手なのに。

 

「まあまあ。本当にオフレコだから。周りの女の子のことをどう思ってるかを聞きたいだけなのよ。」

 

「納得はできませんが、信じますよ?その言葉。」

 

「そう来なくっちゃ♪」

 

 くそう、何でこんな目に。

 

「ん~、一人ずつ聞いていこうか。まず幼なじみだっていう篠ノ之箒さんから。」

 

「なんていうか、『同志』ですかね。お互い武の道を往く人間ですから。」

 

「いきなりストイックな答えね。で?ぶっちゃけ好意は?」

 

「『like』って意味でなら好きですよ。てか俺、嫌いな人間とは会話すらしませんから。」

 

「お?じゃあ私のことは受け入れてくれてるんだ。」

 

「感謝してください。」

 

「なんでやねん。」

 

 くだらないが笑いを挟みながら、裏インタビューは続く。

 

「セシリアさんは?」

 

「『競争相手』です。決闘には勝ったし、今も勝率は俺の方が上ですけど、彼女は最初のライバルだと思ってます。当然『like』です。」

 

「凰さんは?」

 

「同い年ですが『妹分』みたいな・・・。それ以上考えられませんね。しっかりしてるようで、一夏関係になると途端にポンコツになりますから。」

 

「ふむふむ。デュノアさんについて。」

 

「あー、彼女が一番言葉にできないな。しいて言うなら『相談相手』ですかね。何だかんだでよく一夏について聞かれるし、面倒見良いから俺も陰で色々相談に乗ってもらうことが多いですね。」

 

「恋の相談も?」

 

「・・・次行ってください。」

 

 切り込んでくるなぁ・・・。

 

「惜しいなぁ。じゃあボーデヴィッヒさん。」

 

「鈴とは違った意味で『妹分』かなぁ。いや、深い意味はなく。本人としては『相棒』って呼んでほしいんだろうけど。」

 

「ちなみに――」

 

「ふたりとも『like』です。」

 

「おっと先手を取られた。」

 

 もういい加減にこの質問攻めから解放されたい。

 

「ちなみに沙紀と萌は『親友』でしょうか。一夏とは違った意味で何でも言い合える友達ですよ。」

 

「ふーん(二人とも可哀想・・・)じゃあ最後にたっちゃんの妹君、簪ちゃんは?」

 

「・・・・・・。」

 

 ・・・・・・。( ゚д゚)ハッ!!?しまった!?

 

「今、随分と間があったね?」

 

 いや、あの、えっと。

 そのー、あー、うー・・・。

 

「なるほどねえー。まさか本当にあの中に本命がいたとは。」

 

 ガンッ!と音を立てて顔面から机に突っ伏す。

 ちくしょう、やっちまった。この俺が。

 

「あら。」

 

「あー、やっぱり。しおーはそうだったんだ。」

 

 なぬ?

 

「そうなの本音?」

 

「うん。一組じゃ『何で付き合ってないんだろう』って『みんな』思ってるよ。」

 

 え?『みんな』?マジで?

 

「俺ってそんなにわかりやすかったか?」

 

「あれだけ幸せオーラ出してたら誰だって気付くよー。あ、おりむーは気付いてないかも。」

 

 あいつにまで気付かれてたら俺首吊りそう。あの朴念神に。

 しかしマジかー。

 こうなったら、開き直ろう。

 

「・・・だってしょうがねーだろ。初めて『好きだ』って思ったんだからよ。」

 

「ほーほー、初恋ですか。志垣くんも意外と・・・。あれ?二人って同室じゃ」

 

「俺は誓って!手を出していません!!」

 

「ですよね。手を出していたら、お嬢様に何をされるかわかりませんし。」

 

 それが怖いのもあるけど、その、何かあって傷つけるのも嫌だし、好きならちゃんと真正面から言いたいのでして。

 

「志垣くんは初心、と。」

 

 ああそうですよ、って、何メモしとるんじゃ!

 くそう、くそう、なんだこの公開処刑。

 は!?しまった!?

 

「頼まれなくとも、誰にも言いませんよ。人の恋路を邪魔する気はありません。」

 

 虚先輩、あんた女神やで・・・。

 

「ん~、んふふふふふ。」

 

 本音、あんた小悪魔やで・・・。

 

「・・・今度ケーキを作ってくるとしよう。」

 

「わーい!」

 

「本音ェ・・・。」

 

 

 

 

――――――それからどした――――――

 

 

 

 

「じゃあ、志垣くんへの質問はこの辺で。ほとんどオフレコだけど。」

 

 シクシクシクシク・・・。

 なんか丸裸にされた気分。この情報が洩れたら、俺生きていけない。

 なんか理不尽だ。

 

「ただいま。あれ?薫子ちゃんだ。」

 

「ういっす、たっちゃん。あ、織斑くん良いところに。」

 

「え?俺ですか?」

 

 今だ!

 

「黛先輩!俺はちょっと出てくるので、一夏にも『インタビュー』お願いします!」

 

「(キュピーン)了解!」

 

 ははははは!奴がなんて答えるかは目に見えているが、それがどうした!

 むしろ掲載されてラヴァーズに半殺しにされてしまえ!

 ヒャハハハハハ!

 

「あ、旺牙」

 

「ヒャハハハハハ!」

 

 ビューン!

 

「・・・旺牙、どうしたんだろう。」

 

「「さぁ・・・?」」

 

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

「・・・ガイム。」

 

「はっ。」

 

「志垣旺牙が壊れました。」

 

「あ奴もまだ若いということです。」

 

「はあ。」

 

    ◆    ◆    ◆

 

 

 ちなみにキャノンボール・ファストの代案は、折角男子がいるのだからと(どういうわけか)『全校生徒人気投票』が実施された。人気のある『生徒』を決めるらしい。随分お茶を濁した企画だ。

 一位は言うまでもなく我らが更識楯無会長。

 二位に織斑一夏。やはりイケメンか。イケメンがいいのか。

 俺は最近上級生の喧嘩を買っていることが多いせいか、トップ5には入らなかった。うん。それくらいが俺の正しい立ち位置だよ。

 今回のオチ?これで終わりですが何か?

 

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

「志垣旺牙。お嬢には悪いが、ちとちょっかい出してくるかな。」




作者)こんな時に言うのもなんだけど、実は旺牙にはもっと必殺技がある予定だった。

旺牙)じゃあ何で三つになったん?

作者)俺が扱いきれない。

旺牙)なんて理由だ。

作者)あと今回と前回、会話が多いため「」も一行空けてみました。読みにくかったら以前通りに戻します。


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月下の決闘者

作者)寒くて何もする気にならねえよ馬鹿野郎!

旺牙)季節に切れるなよ。

作者)皆様も風邪などひかぬようご自愛ください。あと、今回IS出てきません。



 う~む・・・。

 凶獣の調子がまたおかしい。

 思った通りに動かないような、何故だか『凶獣を』置き去りにしているような。

 挙句の果てには『二つの存在』を感知してエラーが起こる始末。何だよふたつの存在って。

 と言うわけで、急遽派遣されたオカジマ技研の研究者(身元は安東先生が保証)が凶獣のメンテを行っている。

 搭乗者の俺は今のところ用無し。つまりこの放課後は暇なのだ。

 しかもこんな時に限って生徒会の仕事は無い。今ほど部活動への派遣が始まってほしいと思った瞬間は無いね。

 ・・・やっぱり格納庫で技研の作業でも見てようかな。

 っと思うとあれだ。厄介事がやって来る。

 

 周囲から人の気配が消える。運動部の掛け声や、校内の文化部の音も聞こえなくなる。

 同時に世界が紅く染まり、コロシアムのような空間が広がる。天には禍々しく『紅い月』が昇る。

 まったく、空気を読んでいるのか読んでいないのか。

 この月匣を作り出した侵魔を探し出そうとしたが、その必要はなかった。

 そいつはコロシアムの観客席に座っていた。だらりと力を抜いた、いわゆるヤンキー座り。柄悪そう。

 

「よう。お前さんが志垣旺牙だろ?初めまして、でいいか?」

 

 口元はニヤニヤと軽薄そうな笑みを浮かべているが、眼は笑っていない。いつでも戦闘態勢にうつれるだろう。

 遠目だが、身を包んでいる鎧は頑丈というより動きやすさを優先している。それでも急所はカバーされており、大量の魔力が込められているのを知覚させる。おそらく、魔鎧だろう。肩にトゲ付きパーツがあるのがまさに世紀末。

 

「見ない顔だな。四天王以外にもお前みたいにヒト型の奴がいるのか?」

 

「ああ。そこそこ上級の個体はこういう姿で『誕生』するんだと。俺も詳しいことは知らねえが、覇王様や四天王の趣味だろうよ。」

 

 そう言うと侵魔は立ち上がり、一度のジャンプで俺のおよそ十メートル先まで跳んでくる。

 しかしこの月匣の感覚、魔鎧、俺の予想が確かなら。

 

「お前、テレモートの?」

 

「おうよ。『元』テレモート隊の一人、ジャン様だ。刻んだか?」

 

 なるほど。ということはだ。

 

「この襲撃は復讐か?」

 

「は?バカ言ってんじゃねえよ。テレモート隊はそんなことしねえ。全力で闘い敗れたなら、潔く逝く。よっぽどのことが無い限り退かないのが信条だ。」

 

 随分あっさりしているようだが、侵魔がそれでいいのか?

 まあ、こいつらと俺たちの価値観を同じ定規で測るのは難しいか。

 

(本当は『理解』出来るだろうによ!カカカカカカカッ!!)

 

 ・・・何やら脳内が騒がしい気がする。最近の俺はどうかしてしまったのだろうか。

 そんなことより、ウィザードと侵魔が出会っちまったんだ。これから起こることはひとつだ。

 俺は構えを取り、戦闘態勢に移行する。

 

「ちょっと待った。」

 

 いざ戦う、という所で、侵魔―ジャン―に止められる。

 

「なんだよ?」

 

「一つ聞きてえ。旦那は・・・テレモートの旦那は、強かったかい?」

 

 何かと思えば・・・。こいつといい先日のマリアとかいう奴といい、本当に侵魔かってほど、人間臭い。

 

「ああ、強かったよ。もう二度と相手にしたくないくらいにな。」

 

「・・・そうかい。」

 

 なんだよ、その『満足そうな顔』は。やめろ、戦いづらくなる。

 だが、俺もその雰囲気にのまれたのか、変なことが気になった。

 

「俺からも一つ。テレモートがいない今、お前は誰に従ってる?」

 

「ああ、お嬢・・・マリア様だ。」

 

 侵魔の口からマリア『様』か。何だか妙な感じだ。罰が当たりそうな。

 

「言っておくが今回はお嬢の指示じゃねえ。単純に俺の興味本位だ。旦那を討ったヤツの力がどんなもんか知りたくなってな。」

 

 そうだろうな。『アイツ』はこんな命令を出せるような感じには見えなかった。

 まあいい。これでお互い聞きたいことは聞けた。

 後は、どちらが先に倒れるか、それだけだ。

 

「「いざ・・・勝負っ!!」」

 

 互いの叫びを合図に、俺の拳とジャンの拳が激突する。

 なるほど。両者ともに徒手空拳か。面白い!

 

「インカネーター!」

 

 オーラを鎧のように纏う自分を想像し、具現化する。イメージできたのは、普段の凶獣の姿、ではなく、ボロを纏い、左目が真っ赤になっている『俺』。

 この格好、どこかで見た。あれは、いつだったか・・・。

 

「オラ!ボーっとしてんじゃねえ!」

 

「おわっ!?」

 

 拳が襲い掛かる。一撃はギリギリ避けられたが、返しの拳がボディに突き刺さる、直前に受け止める。

 この姿でも能力は発動しているらしい。なら、今は戦いに集中しなければ。

 受け止めた拳を体ごと引き寄せ、前蹴りを放つ。

 ジャンは勢いを利用し、掴まれた拳を支点に倒立のような形を取り、そのまま膝を俺の顔面に落としてきた。直撃こそしなかったが避けきれず、目の前に星が舞う。その隙にジャンは拘束から解かれ、距離をとる。

 痛ってえなこの野郎!

 

「意外と身軽じゃないか、ええ?」

 

「てめえこそ、意外と鈍重だな。ISが無いと何もできねえか!?」

 

 言ってくれる。確かに『こっち』で戦う時はずっとISを装着してきたからな。あの感覚に頼り切っていたのかもな。

 だからって、負ける、死ぬつもりは、無い!

 今度はこっちが飛び蹴りで距離を詰める。ジャンは躱そうとせず、防御を取るどころか俺の脚に拳をぶつけて威力を相殺した。さらに俺の着地に合わせ殴りかかってくる。

 受ける、逸らす、躱す。繰り出される拳が素早く、防戦一方となる。

 合間を見て反撃に拳を突き出すが、弾かれるか、防御もせず攻撃を止めない。こいつ、頭のネジ飛んでるのか!?

 

「効かねーぞ!それが旦那を倒した男の攻撃かよ!!」

 

 くそ!この距離は危険だろうが!

 伏竜で距離を保ちつつ考えをまとめる。遠距離攻撃を仕掛けてこないのを見ると、奴は近接オンリーで戦うタイプ。というよりも喧嘩だな。動きが速くて洗礼されているように見えたが、躱されようがお構いなしに攻撃をしてくる。自分が打たれてもそのまま反撃。純粋なパワーとスピードで勝負するタイプか。

 厄介な。テレモートの時はISがあったから何とかなったが・・・、やめよう。いつもいつも凶獣に頼れない。今までが運良くISを使えただけだ。

 これが本来の俺の姿のはずだ。

 ・・・『本来の姿』?今の、インカネーターで具現化された姿が?

 

 俺は、一体何だ?

 

「ボーっとしてんじゃねぇ!」

 

 腕を大きく振りかぶり、ジャンが拳を突き出してくる。それに左脚を合わせて弾き、その回転の勢いに乗って右脚で奴の顔面を蹴りぬく。

 吹き飛ばされながらも空中で体勢を整え、着地するジャン。

 もしかしてこいつ、先日のマリアより強いんじゃないか?戦闘センスはあっちが上だったようだが、こう、戦いに対する執念というものが段違いに感じる。

 しかも、結構タフだな。俺の蹴りをまともに喰らったのに、平然としている。

 再び超接近での打ち合いが始まる。考える暇も与えてくれない、か。

 今度はジャンが、俺の拳や脚にカウンターを合わせてくる。いや、正確には俺の攻撃などお構いなしに打ち込んできている。これが非常に厄介だ。ダメージが怖くないってか?

 次第に俺が劣勢になってくる。このままではヤバい。

 そっちが喧嘩でくるなら、俺も荒っぽいやり方で距離を取るだけだ。

 ジャンの頭を掴み、勢いをつけて頭突きをかます。流石に怯んだところに前蹴り、いわゆるヤクザキックで突き放す。

 チクショウ、今ので額が切れたか。血が流れてきやがった。せめて止血だけでもと、ヒールを唱える。その間、奴が何もしてこなかったのが気になる。

 

「そんなモンかよ。」

 

「あ?」

 

「旦那を倒して、お嬢を退かせたテメーの力は、そんなモンかよ。」

 

「・・・生憎、全力でやってんだよ。」

 

「俺たちと『同じ匂い』を出してる奴が、この程度かよ。所詮は、半端モンかい。」

 

 何を言っている。『同じ匂い』、だと?俺が奴と、いや『奴ら』と?

 俺が混乱していると、さっきまでと違う冷たい声でジャンは告げた。

 

「もういい。お嬢や大将には悪いが、ここで潰す。」

 

 そう言って右腕を弓のように、限界まで引き、拳を握りしめる。その音が、こちらまで聞こえてくるほどに。

 

「消えろ・・・。」

 

 あれは、喰らったらマズイ!

 

「消えちまえ。半端野郎が!!」

 

「魔空龍円刃!」

 

 頭より、体が先に動いた。今、即発動できる奥義を繰り出した。

 衝撃波は確かにジャンを飲み込んだ。そのはずなのに、奴はその奔流の中を構わず突き進んでくる。全身を打ちながら、無理矢理突っ込んでくる。

 そして、その拳が俺の顔面に突き刺さった。

 吹き飛ばされる俺の体。この一撃だけならテレモートと同等じゃないのかとどうでもいいことを考えながら、仰向けで地に倒れる。

 

「ハァ・・・ハァ・・・。ここいらで死んどけ、半端モン。」

 

 ヤバい。体が指一本動かない。頭も回らない。俺は今、どうなっている。

 ジャンの足音が聞こえる。止めを刺す気か。

 駄目だ。全身が動かない。このままじゃマズイ。

 クソ!ここで死ぬわけにはいかないんだ!

 動けってんだよ!このクソ野郎!!

 

(カカカッ!ヒデェな。『オレ』の体でもあるのによ!)

 

 その『声』が聞こえた時、『俺』は意識を手放した・・・。

 

 

――――――

 

 さて、やっとオレの出番か。

 つっても、この雑魚をぶちのめすだけだがな。

 オレは何事もなかったように起き上がる。

 

「何を、しやがった。」

 

「ハッ!テメエの鈍らなパンチなんぞ、オレには効いてねえってことだよ。」

 

「そうじゃねえ!テメエ、本当に『志垣旺牙』か?」

 

「・・・そうだ。『オレ』が『志垣旺牙』だ。」

 

 カカカ。決して間違ったことは言ってないぜ?

 ただ、このままだらけ切った『俺』に任せておくと本当に死んじまうかもしれないんでね。

 

「まあいきなりで悪いんだが・・・、とりあえず死んどけ。」

 

 脚の龍を爆発させて一気に零距離になり、膝を野郎の腹に突き刺す。

 息を吐き出す音が聞こえるが、これじゃあ終らねえ。今度は片手で頭を掴み、思い切り後頭部を地面に叩きつける。

 オレはすぐに立ち上がると、ジャンの腹を踏みつける。ここからは呼吸もさせねえぞ?

 何度も何度も踏みつけ、血と吐しゃ物をまき散らすジャン。これがヒト型を取っていることの弱点だな。

 動きが止まった野郎に対し、今度は拳の雨を降らす。もちろん、弱っている腹にだ。

 

「ガッ!カハッ!ゲェハァッ!!」

 

「カ、カカカカカカカッ!!たぁのしいねぇ!!」

 

 堪えきれず笑みが零れる。獰猛な、肉食獣のような笑みが。

 幾つの拳を振り下ろしただろう。まだ息があるか。

 ならばと野郎の体を持ち上げ、上空に蹴り上げる。

 落下地点で龍を存分に練る。

 カカカ。こいつ食らって生きてたら褒めてやるぜ。

 両手を天にかざす。そこに落ちてくる野郎に対して。

 

「魔空龍円刃・終式。」

 

 零距離から吹き飛ばす。

 

「ゲッ・・・ハァ・・・。」

 

 ボロ雑巾のように吹き飛び転がる。

 カカカッ、これだよ!この感じ!圧倒的な力で獲物を『喰らう』!

 たまんねぇなぁオイ!

 お前には理解できないだろうなぁ、えぇ!?おい『俺』よ!!

 

「グッ・・・、ゲホッ!」

 

 まだ生きていやがるか。『俺』の言う通り、タフさはとんでもねえな。

 

「まだ、だ・・・。俺はまだ、倒れねぇ・・・。」

 

「頑張るなぁ。いい加減に逝っとけよ・・・、ん?」

 

 何者かが月匣に侵入した気配がする。最初にイノセントを巻き込んでいないことを考えると、ウィザードか新しい侵魔か。

 どうやら後者だったようだ。上空から何かが落ちてくる。

 そいつはオレとジャンの間に分け入るように何かを振り下ろした。それが地面に叩きつけられると砂塵が舞う。

 砂塵が晴れると、そこには重厚な鎧を纏い、巨大な斧を持つ巨漢の老人がいた。

 こいつは、強いな。

 

「ジャン。ここまでじゃ。退くぞ。」

 

「な!?待てよ爺様!俺はまだ負けてねぇ!」

 

「軍団長の命令じゃ!今ここでお前が死ねば軍団長が悲しむ。・・・あの方を、泣かせてくれるな。」

 

「・・・ちっ。分かったよ。」

 

 退く気か。だがオレがそれをさせるかよ。

 二匹まとめて喰らいつくして―――

 

 クラァ・・・

 

 あー、くそ。時間切れか。

 巨漢がジャンを抱え、姿を消す。

 それと同時に、月匣が消滅、周囲に先程までの部活動の活気が戻ってくる。

 誰かの足音が聞こえる。だがそちらを向く余裕もない。

 そろそろ体を『俺』に返す頃合いか。

 頼むぜ『俺』。誰にも喰われないでくれよ。

 

 お前は『オレ』が喰らうんだからな。

 

 そして、『オレ』は意識を手放した。

 

 

――――――

 

 ん・・・ここは?

 

「保健室だ馬鹿者。」

 

 この罵り方は織斑先生?いや、男の声だ。ということは。

 

「安東、先生・・・。」

 

「まったく、倒れているお前をここに運んだ時の反応が「またか」というものだったぞ。俺の方が恥ずかしくなっただろうが馬鹿弟子。」

 

「よく、俺を運べましたね。」

 

「重かったよこの大馬鹿者。」

 

 さっきから馬鹿馬鹿って・・・。少しは心配してくれてもいいんじゃ。

 

「一応過労で倒れたということにしておいた。さっきまでお前関連の生徒たちが引っ切り無しだったから、面倒なんで面会謝絶にしてある。」

 

 後が余計に面倒でしょうが。

 

「・・・侵魔か。」

 

「はい。なんとか一人で撃退しようと思っていたんですが。」

 

「・・・それで?」

 

「情けないですよ。ISが無いとまともに戦えないと痛感させられました。」

 

「そうか。なら、修行を怠るな。」

 

「はい。それは十分理解しました。」

 

 ただ、あの『声』はなんだったのだろう。

 聞き覚えがある、なんてもんじゃない。そのまま俺の声に聞こえた。

 それにあの姿。やっぱり見覚えが・・・。

 

「ああ、それと凶獣なんだが、ほれ。」

 

 先生がチェーンを投げつける。凶獣の待機モードだ。ぞんざいに扱わないでくれよ。

 

「とりあえず不調は元に戻したようだ。が、その原因は解らず仕舞いだそうだ。」

 

「えぇ・・・。」

 

「一応細目にデータを取り、技研に送ってくれとのことだ。まあ、大事に扱え。」

 

 うへぇ、また面倒な。

 

「まあ、傷の方は俺が治療しておいたか。夜には部屋に戻れるだろう。それまで大人しく、ああ、部屋でも大人しくしてろ。」

 

「は?はい、部屋で大人しくするのは当たり前かと。」

 

「更識妹とイチャイチャパラダイスすんなってことだ。」

 

「とっとと帰れセクハラ教師!」

 

 

 

――――――

 

「旺牙から感じた気配、あれは間違いなく、侵魔のもの。」

 

 早いところどうにかしないといかんか。

 

――――――




これ以降、通常の旺牙は『俺』、ホロ・・・じゃない闇旺牙(仮)は『オレ』を使用します。一応今までのシーンも直したつもりですが、見落としがあったら許してね♪


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このまま君だけを奪い去りたい

作者)お前らなんで短い間隔で長文投稿出来るんじゃー!!


 作者ボコスカタイム中・・・


旺牙)この馬鹿がとんだご無礼を。自分はハーメルンの皆様を応援しております。

作者)あ、あと、今回は台詞少なめで、す・・・。

旺牙)まだ息があったか。


======

 

 どうも。立花沙紀です。

 最近誰かに見られているような気がして、自意識過剰なのかなと反省しています。

 私の一日は同室の嶋田萌を起こすところから始まります。彼女は朝に少し弱いので、少しでも早く起こさないと準備に手間取って遅刻しかねないのです。

 彼女と私が知り合ったのは、IS学園に来てから。でも妙に気が合って、今では親友と呼べる間柄になっています。

 今では二人ほど親友と呼べる人が増え、楽しい友達もたくさん増えました。

 これでも昔は引っ込み思案だったんですが、この学園に来て、そのテンションに押され大分矯正、もとい改善されたように感じます。

 

「萌、もう朝だよ。」

 

「ん~、あと十時間・・・。」

 

「授業終わるでしょうが!」

 

 こんなお約束も、私の楽しみの一つです。

 さて、諸々の準備が出来たら食堂で朝食を取ります。

 ちなみに萌の調子は絶好調。顔を洗えばすぐ目が覚めるので、不思議な体質だと思います。

 

「お。旺牙くんたち発見。」

 

「え。」

 

「よう、お早う二人とも。」

 

「おはよう。」

 

 すでに注文を終え、トレーを持った二人組に出会いました。

 志垣旺牙くんと更識簪さん。私の親友たち。簪さんはお互いに呼び捨てにしているので、以降は簪と呼びます。・・・誰に言っているんだろう?

 旺牙くんは、現在確認されているたった三人の『男性IS操縦者』です。最初は、体も大きいので怖い人かと思ったけど、すごく優しい人で安心しました。

 簪とは、彼女の専用機の件で仲良くなりました。人の縁って奇妙なものですね。

 旺牙くんは、色々あっていつの間にか仲良くなっていたという感じです。

 本当に、濃い一学期だったと思います。

 それと、その・・・、私は実は、彼、旺牙くんに、恋を、しています。

 いつからこの気持ちが生まれたのかはわかりません。気がついたら彼の姿を目で追うようになり、気がついたら彼のことを考えてしまいます。

 私にとって初めての恋です。

 彼は自分から面倒事は起こさない、と言っていますが、生傷が絶えない人で、密かに『保健室の主』とも言われています。ちょっと心配です。

 

「さっさと飯食って教室行こうぜ。遅れたらちふ、織斑先生にどやされる。」

 

 その場面を思い浮かべて苦笑する旺牙くん。彼は基本明るい人ですが、時折陰のある表情を見せる時があります。

 それが何なのか聞く勇気がありませんが、最近簪がそれに寄り添うようにしている場面を見かけます。少し悔しいです。

 ・・・私の悩みは、簪と萌のふたりも旺牙くんに恋をしているようなのです。

 大切な親友が、大好きな人と結ばれる。・・・素直に祝福できない私は悪い子なのでしょうか。神様、教えてください。

 

「どうした沙紀?」

 

「あ、ううん、何でもないよ。」

 

「朝飯はきっちり食べておけよ。じゃないと一日持たないぞ。」

 

 そう言う彼の笑顔は、とても眩しくて。

 できることなら。

 

 このまま君だけを奪い去りたい。

 

======

 

 こんにちは!嶋田萌です。整備科です。

 整備科と言っても、ISの登場訓練の授業はあるわけで。私は沙紀と違って操縦は苦手なんだよなぁ。二学期になっても動きがぎこちない。構造とか調べたり組み立てたりするのは得意なんだけどね。

 そんな時にサポートに入ってくれるのは、大体旺牙くんだったりする。

 あー、まー、その、私は最近彼に気があるというか。

 本人にはばれていない様子だが、ぶっちゃけ好きなのかもしれない。

 いや仕方ないじゃん!これでもこんな気持ちになったのは初めてなんだからさ!

 普通に会話しているようで内心ドキドキだったり、近くにいるだけで顔が赤くなるのを抑えるのに必死。

 今だって武器の出し入れに手間取り、飛行もおぼつかない。半年弱でこれでは、呆れられるか笑われるかされるだろう。

 でも旺牙くんは真剣に苦手な部分を、一つ一つ丁寧に解説してくれる。

 私も頭では理解しているのに、なかなか上手くいかない。

 そんな時でも旺牙くんは優しい声で、

 

「焦るな。じっくり慣らしていけいけばできるさ。」

 

 と私の気持ちを落ち着かせてくれる。

 それでも思い通りにいかない時があり、つい声を荒げて反抗してしまったこともある。

 そのまま授業が終わり、気まずい空気のまま別れてしまったが、その日の夕食で相席になった(と言うか向こうから座ってきた)ときは、流石に怒られるかと思ったが、旺牙くんの方から謝罪してきた。自分の教え方が悪かった。つい焦らせてしまったと。

 やめてほしい。そんな顔が見たいんじゃない。

 

「私こそごめん。ついかッとなって・・・。」

 

 その後、ほんの数秒だったか。互いに無言になった。が。

 彼の右手の箸が何かを掴んだ。それは一個のから揚げ・・・って!

 

「あ~!私のから揚げ取った!」

 

「油断大敵だぞ萌?」

 

「ぐぬぬ・・・!セイッ!」

 

「ぬおっ!俺の生姜焼き!」

 

「あらあら~。油断大敵ですことよ。」

 

 ふたりで睨み合う。そして、どちらともなく笑い合った。

 うん。この空気。好きだな。

 初めて彼を見た時、食べられると思った。性的にではなく、頭からバリバリと。

 でも旺牙くんは結構紳士で、面白くて、でも本気で怒らせると怖くて。

 そんな彼といる時間がとんでもなく楽しくて、愛おしい。

 簪と萌に悪いと思いながら、この想いを捨てられない。

 ああ神様。欲深い私ですが、他の欲はもういりません。

 だから、この言葉が言えますように。

 

 このまま君だけを奪い去りたい。

 

======

 

 今思えば、私はコンプレックスの塊だった。

 名のある家に生まれ、優秀な姉を持ち、可能性に恵まれた子たちに囲まれて。

 それでも昔はまだましだったと思う。

 優秀な姉は憧れであり、優しく、強く、魅力的な人。

 

(私は・・・あの人には敵わない・・・)

 

 そう思ったのはいつ頃だろう。

 その背中を追わなくなったのは。

 その顔を見つめられなくなったのは。

 同じ名前を背負うことを、苦痛に感じ始めたのは。

 

『貴女は無能でいなさい』

 

 

 その言葉に、私は完全に打ちのめされた。

 もう追いつけない。

 追うことさえ、許されない。

 それでも、代表候補生に名を連ねるまでに、専用機を用意されるまでには昇りつめた、はずだった。

 突然の開発凍結。私の時間まで、止まってしまった。

 それでも、『打鉄弐式』を引き取り自分で開発を続けたのは、最後の意地。

 せめて少しでも、姉に近づきたくて。

 心を閉ざし、友人も作らず、幼馴染の本音にも頼らなかった。

 全部自分で、独りでどうにかすると。

 そんな私でも、大好きなアニメの『ヒーロー』が現れるのを、どこかで待っていた。暗いところから私を陽の光のもとに連れ出してくれる、ヒーロー。私の、最後の憧れ。

 

 ヒーローって、いつどこからやって来るのかわからない。

 私と同室になった、志垣旺牙。最初は別にどうとも思っていなかった。ただ、私の趣味を肯定してくれる人だなと。

 その後、少しづつ会話が増え、意外と小ボケも出来るのかと印象が変わり、話すことも多くなっていった。

 転換期は、格納庫で弐式を弄っていた時。彼の言葉に大声で反論した頃。自分でも、まだ叫べるんだと他人事のように感じた。

 同室なので嫌でも顔を遭わせる。そこでは特に何もなかったが、彼は毎日のように格納庫にやってきた。

 最初は意固地になって拒絶していたけれど、少しづつ会話が増えていった。

 気がつけば、彼を中心に、打鉄弐式の開発チームが出来上がっていた。今でも、あれは突然のように思う。

 最初は断ろうと思った。でも、彼が以前語った、『先生』―今では安東先生のことだと判った―の言葉。『一人の人間には何も出来ない。だが、四、五人集まれば世界だって救える』との言葉。我ながら単純だが、格好いいと思った。

 そして、どこまでも親身に、姉や実家の事を関係無しに付き添ってくれる旺牙を信じてみたかった。

 みんなの力で、無事弐式は完成した。でもそれだけじゃない。

 

 旺牙は、私と楯無姉さん・・・お姉ちゃんを戦わせた。しかも口車に乗せて。

 なんて無理矢理なと思ったけれど、あの一件で、まだぎこちないがお姉ちゃんとの距離が縮んだと感じる。

 そして思ったのは、全ては旺牙の考えで事が進んでいったのだということ。

 私が前に進むときは、常に彼が傍にいた。気がつけば、多くの友人が出来た。

 学園を襲った襲撃者―侵魔―と戦ったり、私を明るい場所へ連れ出してくれた。やり方は強引だったかもしれないけれど、旺牙は私のヒーロー像と重なった。

 そしていつからだろう。そんなヒーローに、私は心惹かれていた。

 ううん、はっきり言う。私は彼のことが好きだ。

 笑顔が好きだ。

 戦う姿が好きだ。

 怪我をすると心配だ。

 何かを企んでいるときの悪い顔が好きだ。

 でも、彼を想う新しい『親友』もいる。

 彼女たちを傷つけたくない。でも、この想いを諦めたくない。

 ああ、許されるのなら。

 

 このまま君だけを奪い去りたい。

 

======

 

 俺は志垣旺牙。『ウィザード』という、常人とは違う力の持ち主だ。

 だが、今の俺はそれに溺れたりしない。この力は、誰かのために使うべきものだと理解している。

 それでも、『ファー・ジ・アース』では全てが上手くいくことは無かった。

 時には人を殺した。子供も殺した。望んでやったことではないにしろ、事実は変えようがない。

 初めて『任務』で人を殺した後、俺は先生から『凶獣』の名をもらった。戒めとして、自分にはちょうどいい二つ名だ。

 そして、ある戦いで俺は命を落とした。最初から負け戦だっただけに、後悔は無かった。

 だが、俺はこの世界『テラ』に生まれ変わった。

 神のイタズラか悪魔の罠か、とはなんの台詞だっただろうか。

 この世界でも、俺の役目があったのだろうか。

 姉貴分たちに世界の秘密や自分の『過去』を語り、『テラ』に厄介事を持ち込んだだけではないだろうか。まあ、それを信じた姉貴分も変わり者と言えばそうなのだろうが。

 出来る限り普通に過ごそう。その願いすら吹き飛んだ。

 この世界では女性のみが動かせるIS。それを動かした第二の男性として、俺の人生は一変した。まだ十五なのに、人生終わったと思った。

 女子高生の中に男は俺と長い付き合いの親友の二人だけ。もう珍獣扱いだったな。

 それでも、まあまあ平和に時は過ぎて行った。奴らが現れるまでは。

 

 侵魔、『覇王軍』。奴らとの戦いは、俺にとって悪夢の再来だった。

 この世界の裏で侵魔が蠢いていると考えて、ゾッとした。

 だが、どういうわけかISは侵魔に対抗できることが判明。光明が差すと同時に、さらに謎が増えた。

 

 それからはイベントの度に侵魔の襲来が続き、少しげんなりしていたが、新たな友人も増え、そして安東先生との再会に、充実した日々を送れている。

 

 いや違うな。一番は、恋をしたことだ。

 前世から合わせておよそ三十年。初恋だと思う。

 更識簪。彼女の存在全てが、俺に光を与えてくれているようだった。

 打鉄弐式の件では色々あったが、今の彼女の笑顔に繋がっているなら、あれでよかったのだろう。

 そう、彼女の笑顔が好きだ。

 少し拗ねたような顔が好きだ。

 悲しい顔をしていると俺まで悲しくなってくる。

 辛そうな時はそれを分かち合いたい。

 恋は惚れた方が負けと言うが、何が負けだ。

 俺は彼女と過ごす日々が大好きだ。

 俺は神を信用していない。だが、こんな俺でも、こう思うことだけは許してほしい。

 

 このまま君だけを奪い去りたい。




モブだったはずのふたりが前面に出てきて、性格まで初期と変わってしまった。どうしてこうなった?



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超番外編 変人はサンタクロース

前略 読者様
今回は本編にまったく関係ないお話です
なので注意して読んでください。

また、高校生の飲酒シーンもございますが、未成年の方は決して真似をしないでください。


 う、ううん・・・。何だ?頭がくらくらする。

 ここはいったい何処だ?

 えっと、たしか俺は、昨夜急に侵入してきた束さんに変な薬を飲まされて・・・っておい。何故飲んだあの時の俺。もっと抵抗しろよ。

 まあ、とりあえず今は状況を確認しよう。

 すでに体が動かん。首が動かせる範囲を見てみると、

 

 十字架に手足を括りつけられていました。

 

 ( ^ω^)・・・。

 

 いや、マジで何が起こっているんだ・・・。

 落ち着け俺。まずはCOOLになれ。もしくは素数を数えるんだ。

 釘で打たれてはいないが、縄でぎっちぎちに縛ってある。いくら力を込めても解けないし千切れない。

 いくら体をよじってもこの拘束から逃れることは出来ないようだ。ご丁寧に待機状態の凶獣まで外されている。

 うーむ、どうしよう。

 

「メぇぇぇ~~リぃぃぃぃぃクリっスマぁぁぁ--スぅ!!ひゃーはっはっはっはぁ--!!」

 

「うわ!?」

 

 ビックリした!?!?

 突然目の前、本当に眼前にブロンドロングの女性?が奇声と共に現れた。

 よく見ると美人なのだが、血走った目と口角吊り上がった口で台無しになっている。

 少しセクシーなサンタコスチュームも似合っているのだが、行動と奇声で狂人にしか見えねーよ。

 てか誰この人!?知り合いにいないよ!?

 あ、胸元に名札が・・・。

 

『輝かしきパツィア』

 

 え、まさか・・・、覇王軍のお方?

 あー、その。随分はっちゃけたお人だね?

 今も高笑いしながら缶ビールを飲んで・・・って!酔ってんのかよ!侵魔って酒に酔うの!?

 困惑する俺をよそにテンションMAXなパツィアの脳天が瓶のような何か(ぶっちゃけ瓶)が振り下ろされ、ガシャンという音とともに彼女は倒れ伏した。

 

「煩いですお姉様。静かに飲ませてください。」

 

「えっと、お前はまさか、マリア、さん?」

 

 呼び捨てにしようかと思った瞬間、鋭い眼光を向けられた。

 えっと、酔っていらっしゃる?

 マリアはワインと思わしき瓶に口をつけ、ラッパ飲みでどこかに行ってしまった。

 ・・・この前とキャラがまるで違う。酒って怖いなぁ。

 少し遠くでは先日のジャンが鉄鍋で料理を、ってそのネタはいかんだろ!?

 さらには見たこともないデカい爺さんがカクテルを作っている。

 

「カンパリオレンジでございます。」

 

 そのネタもなんか違う。俺の中の何かが否定しろと言っている。

 ん?向こうからなんだか暗いオーラが。

 

「兄者、俺たちの出番はもう無いのか?」

 

「読者も忘れている頃でしょう。貴方は部下が出ただけマシです。」

 

「兄者は名前すら出てこないからな。」

 

「怒る気力すらわきませんよ・・・。」

 

 あー、うん。ああなっちまったらもう終わりだな。

 しっかしここには侵魔しかいないのか?

 お?あっちにも騒がしい集団が。

 あれは、織斑先生と安東先生に、知らない女性二人。

 おやおや?覇王さんまで混ざっているぞ?

 ここは敵も味方も無い無法地帯なのかな?しかし桃色髪のロリっ子が酒飲んでる姿は完全に犯罪・・・。

 ん?それと、織斑先生にそっくりな女の子と、楯無さん?

 !?まて、あのいかにも未成年な奴らまで酒飲んでないか!?

 お!?楯無さんが立ち上がって。

 

「一番!更識楯無!プリッ〇リン体操!」

 

「誰か奴を止めろぉっ!!」

 

 拘束されているのも忘れ暴れる俺。

 その歌!その歌はマズいだろ!楯無さんのキャラを守る意味で!

 周りの連中も「やんや!やんや!」じゃねーだろ!アウトだよ!

 

 どんちゃん♪どんちゃん♪

 

 今度はなんだ!?

 

 んばば♪んばんば♪

 

 めらっさ♪めらっさ♪

 

 嫌ーーーーー!

 嫌っーーーーーーー!!

 なんだあれーーー!?なんだあれーーー!?

 俺と同じように十字架に磔にされた一夏の周りを、松明を掲げたオリムラヴァーズが輪になって南国的な動きで踊ってるーー!?もうホントわけがわからない!

 しかも一夏がボロボロになってるのがさらにホラー!

 ラヴァーズが女の子サンタコスなのもホラー!

 もう全体がサイコホラー!

 さらにラヴァーズが気持ち二頭身くらいにデフォルメされてるのが不思議すぎる!不気味すぎる!どこぞの南国〇年かよ!

 ああ、叫んでばかりで喉痛くなってきた・・・。

 誰か助けてくれ・・・。

 

 シュバッ!!

 

 上空から三つの赤い影。少し扇情的なサンタコスを着た簪、沙紀、萌が降ってきた。

 

「助けに来たよ、旺牙。」

 

 ありがたい!ありがたいんだが、どこから現れた。唐突過ぎる。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 

「た、頼む!こいつを解いてくれ!」

 

 俺も俺でもうなりふり構っていられないんだ!早くここから脱出を。

 

「うん。わかった。」

 

 ダダダダダッ!!

 

 ・・・えーっと。

 俺の右手寸前、十字架の端が砕け散った。

 

「あの、沙紀さん?なにを?」

 

「うごかないで。よくねらえないから。」

 

 彼女の手にはアサルトライフル。ヒュー!カッコイイ!

 ・・・・・・。

 ダメ―――――ッ!このカオスフィールドじゃウィザードとかイノセントとか関係なく、銃弾が当たったら俺の腕が吹き飛んじゃうー!

 

「目標をセンターに入れてスイッチ・・・。目標をセンターに入れてスイッチ・・・。」

 

 やっべなんかサードチルドレンみたいになってる・・・。

 だ、誰か―っ!

 

「当て身。」

 

「はう。」

 

 またも唐突に現れたマリアの手刀が沙紀の首筋にヒット。そのまま沙紀は倒れ伏した。

 完全に目の座ったマリアは再び酒を文字通り浴びながら向こうへ歩いていく。

 うん、まあ、助かったけど釈然としねえ。

 

「どっせーーーいっ!!」

 

 ズボッ!

 

 え?なに、この浮遊感。それに天地が逆になったような・・・。

 

 ズドォーーーーン!!

 

「ゲボハッ!!」

 

 背中から地面に叩きつけられる。四肢を拘束されているので受け身も取れず、肺の中の空気が我先にと吐き出されていく。

 い、一体何が・・・。

 

「よっしゃ一本!」

 

 萌がガッツポーズとってる。犯人はこいつか。十字架ごと投げ飛ばすとはやるじゃないか。

 できれば優しく、というか普通に縄を解いてくれると嬉しかったんだが。

 あ、倒れた。いや寝た!顔が赤い!まさかこいつも酔ってるのか!?

 ノゾミガタタレター!

 

「旺牙・・・。」

 

 は、そうだ!まだ簪がいるじゃないか!

 流石かんちゃん!愛してる!

 簪は倒れた俺(十字架)ににじり寄ってくる。その姿はやけに扇情的で・・・、いや、待ておい。

 

「か、簪?何してるのかな?かな?」

 

「旺牙が悪いんだよ・・・。こんなに無防備で・・・。」

 

 無防備って言うか、動けないんだけどね?

 

「誘ってるの?ふふっ、そういうのも悪くないかも。」

 

「いやいやいや、ちょっと待て!何を言って、あ!酒臭い!」

 

 お前も酔ってるのかよぉ!

 

「楽しい『聖夜』にしよ?旺牙。」

 

 あ、だめ、耳元に息吹きかけないで。首に腕を回さないで。

 ちょ、服に手を掛けないで!

 

 そ・・・

 

 

    ★    ★    ★

 

「そういうのはもっと段階を踏んでからー!」

 

 あれ?体が動く。

 ここは、ベッドの上?簪は反対のベッドで静かに寝息を立てている。

 と、いうことは、だ。

 

「夢オチかよ!」

 

 何だ!?疲れてるのか俺!?憑かれてるのか俺!?

 あーもう最悪だよ・・・。

 しかも最後があれって・・・。はぁ・・・。

 ん?どこからか視線を感じて。

 

 ジーーーーー

 

「ヒィッ!?」

 

 部屋の扉の隙間から誰かが見てる!?

 この気配、安東先生か!?

 

(あ、あんた何してんだ?)

 

(まあ、気にするな。)

 

 簪が起きてしまわないよう、小声で話す。

 安東先生は携帯を取り出し、誰かにコールしている。

 

「束か。例のアレ、中々面白いことになったぞ。」

 

 束さん、例のアレ、まさか・・・。

 

「アンタもグルか!」

 

「はっはっはっ。」

 

 うわ殴りたい。きっと向こうではめっちゃいい顔で笑ってるんだろうな。

 

「まあ、何はともあれ、だ。」

 

 

 

「いい夢、見れたかよ。」

 

「見れねーよ!」




旺牙)今回のは一体なんだ?

作者)寒さに脳がやられて書きました。

旺牙)あのさぁ・・・

作者)見るな!そんな目で俺をみるなぁ!


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Happy Birthday・・・?

旺牙)今回も曲名がサブタイじゃないんだな。

作者)いまいち合うのが無かった。

旺牙)また開き直りよって。

作者)ていうか亡国企業との戦闘が無かったから続きが思いつかなかった。

旺牙)それが貴様の選んだ道だ。

作者)貴様って言うなよ・・・。


「せーのっ。」

 

「一夏、お誕生日おめでとうっ!」

 

 シャルロットの声を合図に、ぱぁんぱぁんっとクッラカーが鳴り響く。

 

「お、おう。サンキュ。」

 

 応えるのは本日の主役、織斑一夏くん。

 今日は一夏の誕生日、時刻は夕方五時、場所は織斑家である。

 まあしかし、アレだな。何だこの状況。

 

「この人数は何事だよ・・・。」

 

 祝われる本人が若干引き気味だよ。いや、それも仕方ないか。

 ここでメンバーを整理してみよう。

 いつもの面々。箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、俺、簪、沙紀、萌。

 それに五反田蘭。中学の男友達、五反田弾に御手洗数馬。

 さらに生徒会メンバーの楯無さん、本音に虚さん。

 どこから嗅ぎつけたか新聞部の黛薫子さんまでいる。織斑家のリビングはパンク寸前だよ。どうしてこうなった。

 あれかな?近頃イベントが中止になったり、学園の行事ごとに必ず襲撃が来るから、みんなそれを吹き飛ばしてくれる刺激が欲しいのか?

 単純に一夏を祝いたいってのも心からのことなんだろうが。

 ちなみに俺と簪はキッチンにて待機。洗い物や料理の追加に備えている。避難とも言える。で、視界の端で鈴が何かしている。

 

「それにしても、すごい人数・・・。」

 

「なんだかんだ言って、これもあいつの人徳なんだろうな。」

 

「そうなの?」

 

「一夏は良くも悪くもみんなの中心にいることが多いからな。」

 

 別に仕切り屋でもないのに、気がつくと仲間が集まってくる。増える友達。ただし女友達は大抵があいつを好きなっていく。そして玉砕。

 男友達も少なくない。ただ今日は都合がつかなかったため、弾と数馬が代表としてここに参加。

 

「不思議な人だね、一夏って。」

 

「こればっかりは付き合いの長い俺でも分からん。」

 

 苦笑いしながら顔を併せる俺たち。

 

「しっかし千冬さんが顔見せすらしないとはな。」

 

「山田先生と忙しそうにしてたよ。」

 

 あのブラコン姉様が弟の誕生会にいない。よほどのことがあったのだろうか。」

 

「お、見てろ簪。面白いものが見れるぞ。だんだん胃が痛くなってくるんだ。」

 

「どこがおもしろいのそれ・・・。」

 

 なにおう。長年一夏といて何度も見てきて、この感想しか出てこないんだぞ。

 

「あ、あ、あのっ、一夏さん!け、ケーキ焼いてきましたから!」

 

「お、サンキュ。」

 

 蘭の持ってきたケーキを食べ始める一夏。

 切り分ける際、俺は試食を頼まれたが(一番に一夏に食べてもらわなくてよかったのか?)、良く出来ていた。

 ココアベースのスポンジに、生クリームとチョコのケーキだった。ふんわり食感とボリュームのあるクリームがちょうど良い。がっつり甘いわけでなく、かといって苦いわけでもない、ちょうど良い甘さと言うのか。

 また腕を上げたな、蘭。

 

「うまいなー、これ。蘭一人で作ったのか?」

 

「は、はい!味見は違う人に頼んじゃったんですけど・・・。」

 

 その一言がなけりゃ完璧だったよ、蘭。

 

「蘭って料理上手だよな。うん、いいお嫁さんになるぞ。」

 

「お、お嫁っ・・・!?」

 

 出たよ、いつもの。あれにどれだけの女子がやられてきたことか。

 ん?簪さん?その目は何かな?気がつくと沙紀と萌までこっちを見てる。

 

「・・・何だよ。」

 

「・・・別に。誰かさんも変わらないと思って。」

 

 ???何が???

 お、さっきまで何かしていた鈴が動き出しました。

 

「一夏、はいラーメン。」

 

「おわっ!?鈴、いきなりだな。」

 

「出来立てだからおいしいわよ。何せ麺から手作りだからね、ふふん。」

 

 気合い入ってんな鈴。さっきからコトコトやってたのはスープか。海鮮出汁のいい香りがする。

 

「むっ、鈴さん・・・。」

 

「ん?あー、誰かと思ったら蘭じゃない。ちょっとは身長伸びた?」

 

「あ、あなたに言われたくありません!」

 

 鈴と蘭、一瞬にして険悪に。これもちょっと前までよく見た光景だなぁ。いや、今でも人間を変えてしょっちゅう見る。

 ほんま一夏は罪な男やでぇ。

 

「「「(じー・・・)」」」

 

 だから何だよお前ら。

 

「はーいっ、楽しんでる?二人とも。」

 

「お姉ちゃん。」

 

「楯無さん、今クッキーが焼けたところですよ。

 

「あら良いタイミング。一つ頂戴。」

 

「どうぞ。」

 

 アリガト、と焼き立てクッキーを一口齧る。その顔は気に入ってもらえたようで。

 

「おいしいわね。相変わらず良い腕だこと。」

 

「今回は簪と一緒に作ったもんですよ。」

 

「あ、あはは・・・。」

 

 その一言に、楯無さんは目の色を変え二個、三個と食べて、いや貪っていく。

 簪ちゃんのクッキー、簪ちゃんのクッキー・・・と呟きながら。

 あらやだこの人怖い。

 

「お、お姉ちゃん、落ち着いて。まだ沢山あるからっ。」

 

「おいしい。おいしいんだけど、これが旺牙くんとの共同作業なのね・・・。お姉ちゃん寂しい。」

 

「「ちょっ!?」」

 

 なにぶっこんでくれてんだこの人は!?ああ、耳まで赤くなっているのがわかる。

 隣の子の顔が見れない・・・。

 

「こっちはこっちでお熱いこと。」

 

 アンタが投下した爆弾だろうが!どうしてくれる!

 

「てか本音や虚さんのとこにいなくていいんですか?」

 

「本音はお菓子に夢中だし、虚ちゃんは・・・、なんだかいい雰囲気出しちゃってるから。」

 

 あ~、なるほど。良かったな弾。そしてドンマイ数馬。キミにもきっと春が来る。

 そんなことを考えていると、楯無さんが扇子を広げ、眼を真面目モードに切り替える。

 

「お祝い事の席で言いたくないんだけど、旺牙くん。また侵魔に襲われたそうね。」

 

「え!?本当なの!?」

 

「・・・情報は安東先生ですか。」

 

「だ、大丈夫なの、旺牙!?」

 

「大丈夫だからここにいるんだって。安心しろ。」

 

 ポンっと簪の頭に手を乗せる。大丈夫だと、まだ生きていると。

 最初はまだ動揺していた簪も、頭を撫でているうちに、どこか安心した顔になっていく。

 ナデナデナデナデ・・・

 むう、いかん。クセになりそうだ。

 

「オホンッ。続き、いいかしら?」

 

 楯無さんの一喝で慌てて手を離す。「あ・・・」という声がした気がするが、気のせいということにしておこう。

 

「本当は簪ちゃんには関わってもらいたくなかったけれど、十分巻き込まれてるし、『世界の裏側』も聞かされているみたいだから、隠すのも無意味ね。」

 

 はい。思い切り巻き込んだ張本人です。すいません。

 

「今現在、世界中で侵魔と思われる事件が発生しているわ。安東先生が言うには、それほど大事には至らず、覚醒したウィザード達で対処出来ているみたいだけど、それでも頻発していることに変わりがない。」

 

「あの、やっぱり俺が昔口を滑らせたのが。」

 

「あ、それはそこまで重要じゃないって言っていたわ。侵魔は大分昔から存在していたらしいし、むしろ対侵魔の重要なファクターになりつつあるって。」

 

 詳しくは聞いてないけどね、と付け加えられる。どういうことか聞こうと思ったが、楯無さんもそれ以上は知らないらしい。

 頼りにはなるんだが、あの人は秘密主義に近い。水〇式とかやったら絶対特質系だよ。

 

「一つ聞きたかったんだけど、侵魔の『月匣』って、一般人を閉じ込めたり、他からの干渉を塞ぐ以外の効果はあるの?」

 

「基本的にはそれで合ってますけど、ウィザードの『月衣』なら突破可能ですし、月匣を作った支配者、『ルーラー』が望めば広い範囲で大人数を閉じ込めることは可能です。まあ、それが出来るのはかなり上位の侵魔ですが。」

 

 そこのところは、俺も詳しく理解できていないのが本心。一応レクチャーは受けたけど、それらを完全把握しているウィザードは少ないのではなかろうか。

 

「ISが対抗策になっている理由は?」

 

「それは何とも・・・。俺もいまだに理解できてませんから。

 

 こればかりはなんとも。ウィザードではない友人たちを戦いに巻き込みたくないが、あいつらがいないとマズかった状況もある。

 いったいこの世界の『世界結界』はどうなっているんだ?

 

「近いうちに安東先生から関係者に説明があるはずですよ。本当は今すぐにでも聞き出したいくらいですがね。」

 

「それを待つしかない、か。歯痒いわね。」

 

 俺もそう思います。

 だが何故だろう。今日は少し、嫌な予感がする。

 取り越し苦労で終わってくれるといいのだが。

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

「お、よかった。売り切れはないな。」

 

 自宅から最寄りの自動販売機。一夏は足りなくなったジュースの補給をするために十本ほど缶ジュースを買っていた。

 最初、主役にそんなことをさせるわけにはいかない!と言っていたシャルロットたちだったが、今日は何もしていないのを悪く思った一夏は、こうして自分から買い出しを志願したのだった。

 せめて荷物持ちでもと旺牙が名乗り出たが、それも遠慮し、多くなるだろうからと買い物袋を渡された。

 

(えーと、箒がお茶、鈴が烏龍茶でシャルルがオレンジジュース、ラウラはスポーツ飲料、セシリアは紅茶と、それから・・・)

 

 取り出し口からジュースを取っては袋に入れていく。

 

(こんなもんか。さて、戻ろう。)

 

 と、一夏が歩き出したところで、ちょうど自販機の明かりが届かないギリギリのところの地面に、光る何かを見つける。

 

(なんだ・・・?)

 

 警戒しながら目を凝らす。するとソレがのそのそと明かりの下にやってくる。

 ソレは一匹の黒猫。にゃ~とひと鳴きし、一夏をジッと見つめていた。

 

「あぁ、猫か。」

 

 ただの猫を若干怖がっていたことに恥じ、周囲に誰もいなかったことで情けない姿を晒さずにいたことを安堵した。

 だが・・・。

 

 

 

 

 

『ミツケタ・・・。』

 

 

 

 

 

 姿を見せた『ソレ』はヒトの声で、けれどヒトとは違う、不気味で不快な音を鳴らす。すると。

 

『ミツケタ。』

『ミツケタ。』

『ミツケタ。』

『ミツケタ。』

 

 周囲に集まってきたのは、『猫』に似た『ナニ』か。その全てが最初の一匹のように不快な輪唱を奏でる。

 

「な、なんだこいつら!?」

 

 先程失せたはずの恐怖が全身を駆け巡る。

 偶然か、はたまた天性のものか。一夏は気付いた。付近の家々から活気を感じない。ヒトの気配が消えていることに。

 そして天を仰ぐ。

 

「紅い、月・・・。」

 

 今まで何度か目にした、天に不気味に輝く紅い月。あれが昇っている時に、人ならざる者たちが現れる。

 

「お久しぶりね『勇者さん』?」

 

 右頬に薄く傷跡の残る、ブロンドヘアーの美女が、件の猫らしきナニカを抱いて現れる。

 

「あんたは、木崎、いや。パツィアとかいった女。」

 

「覚えていてくれて光栄だわ。今度こそ、その命、頂きに来たわ。」

 

 依然と同じ冷酷な笑みを浮かべ、ISを呼び出す。そしてその瞬間に剣を突き出す。

 

「!?白式!」

 

 その一撃を寸でのところで止める。

 おそらくパツィアは今の攻撃で一夏の体を貫くことが出来ただろう。またも悪癖のお陰で助かった一夏だが、実力差は歴然である。

 

「まだまだ終わらせないでよ!ホラ、ホラ、ホラァ!」

 

 笑顔に狂気を纏わせ、剣を振るう。依然遊んでいるパツィアを相手に、今度は、それこそ『零落白夜』を直撃させなければ勝ち目はないとさえ感じさせられる。

 しかし、一夏はまだ決心できないでいた。

 相手が最早人間の範疇を超えた存在であるということは薄々気付いている。それでも、『命』を絶つことに戸惑っていた。

 

「そこっ!!」

 

 しまった!そう思った時には、パツィアの剣が左腕を斬り落とそうと迫っていた。

 だが、その瞬間はやってこなかった。

 レーザー音が鳴り響いた瞬間、剣の軌道が逸れ一夏の腕は無事に終わった。

 

「離れろ、織斑一夏!」

 

 謎の声に導かれるように、一夏はパツィアから距離をとる。

 刹那、デモニック・シャインを中心とし、レーザーの雨が降り注いだ。

 

『ギニャ―――――ッ!!』

 

 それは周囲の猫らしき『ソレ』をまとめて打ち抜く。

 レーザーの軌跡を辿るように視線を移す。

 どこか蝶を連想させる、蒼い姿。

 傍に漂うのは、ブルー・ティアーズのBT兵器に似た武装。いや、BT兵器そのもの。

 

「なんだ・・・、あれ。」

 

「ぼさっとするな。」

 

 その一言で現実に戻される。どうやらかの者は味方のようだ。

 あのIS(?)のことは後。今は目の前の襲撃者を退ける。

 雪片弐型を構える。その時だった。

 

「ダイナミックエントリーッ!!」

 

「なっ!?くぅっ!」

 

 全身を覆った紫の鎧がパツィアを蹴り飛ばした。

 

「この、やってくれるわね!志垣旺牙!」

 

「悪いが俺だけじゃないぜ?」

 

「何っ!?う、ぐうぅあ!?」

 

 突然パツィアの動きが止まる。

 

「無事か、一夏!」

 

「ラウラ!それに旺牙も!」

 

 

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 遡ること数分。

 先程の予感が拭えない俺は、みんなに「様子を見てくる」と言って織斑家を出た。

 何人か自分も同行すると言っていたが、なんとか撒いてきた。

 たしか自販機で飲み物を買いに行った・・・!?

 この感覚、どこかで月匣が展開された!?

 まさか一夏を狙って!?不味い!早く合流しないと!

 

「相棒!」

 

「ラウラ!何でここに!?」

 

「なにやら胸騒ぎがしてな。後を追ってきた!」

 

 普段なら心強いが、相手が悪い。このざわつく感覚、おそらく覇王軍、それも四天王級。月匣内に入ることが出来るかどうか。

 だがここで帰れと言って帰る奴じゃないのはわかってる。しょうがない。月匣の入り口までなら連れて行っても多少平気だろう。

 

「俺がいいって言う所までだぞ!」

 

「ふん!嫁のためならばどこまでも追いかけるさ!」

 

 随分熱血なお言葉で。

 現場はそう遠くない。そもそも最寄りの自販機に向かっただけなのだから。

 月匣の張られている場所にはすぐに辿り着いた。さて、

 

「ラウラ、お前はここで」

 

「むっ。入れるぞ相棒!」

 

「マジですか!?」

 

 取り込まれた者以外は、イノセントは月匣に入れないのが通例のはず。

 ISもまだ展開していない。この月匣が侵入を許可している?もしくは・・・。いや、まさかな。

 だがこうなってしまった以上ラウラは引き下がらないだろう。

 

「ええい仕方ない。往くぞラウラ!」

 

「応っ!」

 

 そこから少し走ることになった。どうやら月匣で周囲を広げているらしい。

 だがISを纏ってしまえば関係ない。すぐに追いつく。

 一般人が誰もいないのだから大丈夫と、俺たちはスラスターを噴射する。

 見えた!一夏と、なんだあのIS?黄色と、蒼?

 どちらが敵か一瞬判断に迷ったが、蒼いISが一夏を援護しているように見える。

 なら判断材料はそれでいい!

 

「ダイナミックエントリーッ!!」

 

「なっ!?くぅっ!」

 

 黄色いISに思い切り飛び蹴りを喰らわせる。吹っ飛ぶかと思ったが、奇襲だったのに踏ん張られたか。強いな。

 

 

「この、やってくれるわね!志垣旺牙!」

 

「悪いが俺だけじゃないぜ?」

 

「何っ!?う、ぐうぅあ!?」

 

 突然パツィアの動きが止まる。シュヴァルツェア・レーゲンのAICだ。

 

「無事か、一夏!」

 

「ラウラ!それに旺牙も!」

 

 何とか無事だったか。しかし、あの蒼いのはなんだ?雰囲気はブルー・ティアーズを思わせるが。

 

「くっ!こんなもので!この私を縛れると思うな!」

 

 あいつ、気合いだけでAICの結界を弾きやがった!どんなパワーしてんだ!

 

「本当に小賢しいガキ共。ウィザードが『四人』揃っているからといって、この覇王軍四天王の、輝かしきパツィアを倒せると思わない事ね!」

 

 女がその端正な顔に怒りを浮かべる。奴がパツィア。以前も一夏を襲撃したと言っていた侵魔か。

 いや待て。ウィザードが『四人』?俺と、あのIS搭乗者がウィザードだとして、後の二人は?

 まさか・・・。

 

「・・・なぜです母様。ここで奴らを殺せば済むはずです。」

 

 何だ?誰かと念話している?まさか、覇王か!

 

「・・・承知しました。今帰還します。」

 

 パツィアはあからさまに顔を渋らせるが、ISを待機状態に戻しその体が光に包まれる。

 

「逃がすか!」

 

「待てラウラ!今の俺たちじゃ、まだ奴に勝てない。」

 

「くっ!」

 

 捨て台詞も無く、ただただ俺たちを恨めしそうに睨みながら、パツィアは消えていった。

 そして、ルーラーがいなくなったことで月匣が解除される。

 

「やべぇ、お前らIS解除しろ。」

 

 俺たちは慌ててISを待機状態に戻す。

 だが、上空の女(?)はそのままどこかへ飛び去ろうとする。

 

「あ、おい!」

 

 一夏の声に反応はするが、すぐに顔を背けてしまう。

 

「織斑一夏。志垣旺牙。また会おう。」

 

 そう言い残し、その場から姿を消した。

 

「行かせてよかったのか?いざとなったら尋問もできたが。」

 

「敵意が無かった。それだけで十分だ。」

 

 また会おうと言っていたしな。

 俺にはそれ以上に考えてしまうことがある。あの時パツィアは、たしかに『ウィザードが四人』と言った。

 ・・・マジか?

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

「「襲われたぁ!?」」

 

「ああ、昨日の夜にな。」

 

 日付が変わって月曜の朝。今日からまた授業が始まる。眠い。

 あの時の出来事は、一夏の頼みで説明を先延ばししていた。せっかく自分を祝ってくれたのに、水を差したくなかったらしい。お人よしめ。

 遅れた理由は自販機が売り切れだったからにしておいた。かなり苦しいが、仕方ないだろう。

 

「学園祭に現れたっていう人か。一体何者なんだろう。一夏は思い当たること、ある?」

 

「いや、こればかりは俺にもわからない。」

 

 俺にもわからん、と言いたいが、奴の言ったウィザードという言葉が気にかかる。

 一夏が言うには、奴は『勇者』と呼んだらしい。トルトゥーラに見せられた夢の世界の一夏も・・・。これは偶然か?

 それにあの月匣はウィザードでなければ突入できないはずだった。ソレをラウラは何の抵抗も無く侵入し、内部で違和感すら感じなかった。一夏のことしか考えていなかったのだろうが、そもそも月匣の展開に気づいた時点でおかしい。

 俺たちに何が起ころうとしているんだ?

 疑問と言えば、あの時一夏側に付いていたIS、何者だったんだ?あれもウィザードなのか?やっぱりラウラの言う通り捕まえておけばよかったか。俺も判断が甘いな。

 

「旺牙、聞いてる?」

 

「ん?何が?」

 

「はぁ。もう、一夏もラウラも詳しい話は教えてくれないし。私たちって、そんなに信用できない?」

 

「・・・悪い。今は俺も頭がごちゃごちゃになってて説明が出来ないんだ。」

 

「そう・・・。」

 

 昨日は情報量が多すぎて処理しきれん。一応安東先生には連絡しておいたが、いつもの『そうか』で終わったし。こちとら気になって気になってよく眠れんかったぞ。

 

「おはようございま~す・・・。」

 

 おーう、いきなりげっそりしている山田先生。生気が抜けている。

 ん?心なしか後から入ってきた織斑先生も疲れている様子。いつもの覇気が無い。

 

「今日は皆さんに、新しいお友達を紹介します。入ってきてくださ~い。」

 

 いや、転校生これで何人目だよ。もう驚かないよ。

 そう思っていた時期が、僕にもありました。

 入ってきた女の子。制服をびしっと着こなし、かつかつと堂々と歩く勇ましい姿。

 教壇に立つと、なお勇ましい。いやいやいや、現実逃避はもうやめよう。

 その女子、ある人にそっくりなのだ。そっくりなんてものじゃない。

 その人の同世代時に瓜二つなのだ。

 教室は完全に静まり返っている。当たり前だ。

 

 そこには『少し小型な織斑千冬』がいるのだから。

 だが、それがまだジャブ程度のものだと、次の一言で思い知らされる。

 

「安東マドカだ。よろしく。」

 

 は・・・・・・

 

「「「「「ハァ―――――ッ!?」」」」」




前回はやり過ぎたと反省しています。
だが一言言わせていただければ!

あのネタが全部解った方は作者といい酒が飲めそうです。

そしてマドカさん登場ですが、本作ではあくまで『安東マドカ』です。キャラも違います。


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原罪無き者への祝福

旺牙)本当にサブタイのネタが無いんだな。

作者)前書きに書くこともなくなってきたしな。

   HAHAHAHAHAHAHAHA

旺牙)笑うな。


 前回のあらすじ

 

 織斑千冬さんに瓜二つな女の子が編入してきた

 

 以上

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

 うむ、何が起きているのかまるでわからん。織斑先生、いや千冬さんが二人。

 ほわー、どういうことだ(語彙力崩壊)。

 

「ちょ、はぁ!?はぁあ!?はぁーーーっ!?どういうことだよっ!?」

 

 一夏が騒ぎ立てる。まあ、そうなるな。いきなり自分の姉とおなじ顔が現れたんだから、誰よりも驚くものだろう。彼を責める権利は誰にも無い。

 

「喧しい。」

 

 いたわ。騒ぐ一夏に思い切り出席簿を振り下ろす姉、織斑先生。いつも通り容赦がない。てかメシャって音がしたけど、一夏大丈夫?

 

「うるさいぞ一組。他の教室にも響いたぞ。」

 

 お、渦中の人安東先生ご登場だ。

 

「マドカ、お前は自己紹介も静かにできんのか。」

 

「すまない兄さん。だが、私のせいではないだろう。」

 

 ハイ、皆さん深呼吸してー。

 

「「「に、にに、兄さんっ!?」」」

 

 再び教室、もとい一年の教室全てに響く大音声。

 

「五月蠅い。」

 

「へぶしっ!」

 

 何故か俺だけ安東先生のチョーク投げを受けた。痛い。

 いや、でもこれを驚くなと言う方が無理だ。

 だって織斑先生の顔して『安東』だぞ?

 どうしろって、なあ?騒ぐなと言われたら今度はフリーズするよ。

 

「まあ名字の通り俺の妹だ。男二人、手ぇ出すなよ。」

 

 そんな命を投げ捨てる勇気は無い。戦いで死んだ方がマシと思う事されそうだ。

 

「じゃあ俺は戻るので、あとはよろしくお願いします。」

 

「は、はい!」

 

「半分はお前のせいだろうが。」

 

 そんな会話が先生たちの間で交わされ、一人退場。

 残された一組の生徒たちはもう固まったまま動かない。

 が、次の一撃はまた重かった。

 

「安東はイギリスの代表候補生だ。専用機も所持している。虐めるとまた奴がやってくるぞ。」

 

「な、なんですってっ!?」

 

 セシリアがフリーズから復帰し、大声を上げる。

 その直後、「ピッ!?」と鳴いて机に突っ伏す。織斑先生のチョーク投げだ。

 はっはっはっ、代表候補生。もう驚けないや。

 セシリアちょっと泣いてる?

 とりあえず安東マドカは空いている席に着き、何事もなかったようにHRが終わる。

 

    ◇    ◇    ◇

 

「どういうことですのっ!?」

 

 あっという間に昼休み。セシリアがイギリスに電話してる。相手は候補生管理官だろうか。

 今の今まで『マドカ』にコンタクトが取れず、モヤモヤした感じだけが残っているのだが、会話が出来ていないのだからしょうがない。

 

「はあ、一体どういうことでしょう。」

 

「大丈夫?セシリア。」

 

 シャルロットが頭から煙を出しているセシリアに飲み物を渡している。

 彼女が聞いたことをまとめると、『マドカ』はイギリスの専用機『サイレント・ゼフィルス』の操縦者であるらしい。

 サイレント・ゼフィルスはセシリアのブルー・ティアーズ同様『BT兵器』を装備している。

 うーん、BT兵器か。昨日も見たような気がする・・・。

 

「ちょっといいかお前ら。」

 

 食事中に安東先生が声をかけてきた。食事しに来たわけではなく、俺たちを探していた、という雰囲気だ。

 

「マドカのことが気になるなら、放課後に屋上に集まってくれ。できればここにいる全員でな。」

 

 全員って、俺たち以外に沙紀と萌も?そう聞くと先生は頷く。

 屋上に集まる許可は既に取ってあるらしい。

 なら今は考えることをやめて午後の授業、及び生徒会の仕事に臨むとしよう。

 いつものメンバーも不承不承ながら受け入れたようだ。ガヤガヤとしながら食事をしながらとりとめのない会話をする。

 あれ、午後一でISの実習があったはずじゃあ・・・。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

「さて、午後はISの実施訓練を行う。」

 

 織斑先生の一言で、一組二組の生徒が背筋を正す。

 鈴よ、「これってあたしが一組に来た意味は?」とか呟いてるが、その答えは黒幕と思われるあのスーツの男性が握っているかもよ。多分大した意味は無い。

 

「まず安東、お前の力量を見せてみろ。相手は・・・。」

 

「先生!わたくしにお願いします!」

 

 血気盛んに挙手するセシリア。元気だなあ。

 気持ちは解る。自分のライバルが母国からなにも聞かされていなかったのだろうから、悔しいわな。

 しかも相手もBT兵器持ち。最近忘れていたが、セシリアはプライドの高い人間だった。あ、一夏の周りの女の子はほとんどプライド高かったか。

 

「よし。オルコット、安東、ISを展開しろ。」

 

 両者が前に出る。

 青竜の方角~、セシリア・オルコット。若干鼻息が荒い。

 白虎の方角~、安東マドカ。こちらは冷静そのもの。

 互いに無言でISを纏う。が、片方の熱気が凄い。

 試合開始の合図とともに、二機のISが宙に舞う。

 そして同時にBT兵器を展開する。

 セシリアはいつもの通り、四基のブルー・ティアーズ。

 えーと、マドカさんのIS『サイレント・ゼフィルス』もBT兵器持ち。データを見ると『エネルギー・アンブレラ』は。おいおい、六基も搭載されているのか。

 だが、驚くのはそれだけではなかった。

 

「嘘っ!?BT兵器を動かしながら自身も動いてる!?」

 

「凄い・・・。」

 

 鈴とシャルロットの言葉通り、BTを展開中は動けないセシリアと、展開中も高速で移動するマドカ。セシリアは未熟ではない。BTの適性は『A』の彼女より、マドカの適性が高いのだろう。

 周囲は驚いているが、冷静に状況を見ているのが織斑先生と安東先生の二人。若干驚いているのが俺とラウラ。

 

『その程度か?』

 

『くっ!?』

 

 こっそり展開していたセンサーから上空の声が聞こえてくる。セシリアは劣勢。頭に血が上っているのもあるが、単純に力量差があるようだ。

 マドカがナイフを取り出し、BTと近接戦に持ち込もうとした時。

 

『マドカ。アンブレラのみで終わらせろ。ただし、遊ぶな。』

 

『了解だ、兄さん。』

 

 安東兄妹(?)の会話が割り込まれる。いや、先生。それも舐めプ・・・。

 その言葉を受け、サイレント・ゼフィルスが動きを止める。

 正面からの撃ち合い、になるかと思われた。その時。

 

「レーザーが曲がった!?」

 

 誰の言葉だっただろうか。今たしかに、『エネルギー・アンブレラ』から放たれたレーザーが曲線を描いてブルー・ティアーズに襲い掛かった。

 

『キャアァァッ!』

 

 偏光射撃。ようするに光線を曲げる技術。俺の『魔空龍円刃』とはまた違うがな。

 セシリアが習得に苦しんでいるのをよく見た。

 そのままレーザーが遠近上下左右と、文字通りオールレンジで攻撃する。

 

「そこまでっ!二人とも降りて来い。授業に移る。」

 

 織斑先生が声を発し、模擬戦は終わる。

 いや、あれは一方的な蹂躙だったのでは?

 でも、その、あれだ。ブルー・ティアーズって試験運用的な機体だから。性能差だから。

 何て言うと本人からどやされそうだから、フォローは後にしておこう。

 

「い、いや、ほらセシリア。ブルー・ティアーズはBT兵器の試作機だから・・・。」

 

 早速地雷踏みに行った野郎のことは後回しにしよう。

 おそらくあの技量。安東先生の地獄、もとい訓練によるものと見た。

 あの人の訓練は体も精神も疲労の限界までいくが、その分、実になる。そのしごきに耐えられれば、レベルアップは確実だ。

 そう考えると、安東マドカに親近感と同情を覚える。

 

「それでは各自班に別れて訓練開始!」

 

 鬼教官の声は良く響くな。

 

 

    ◇    ◇    ◇

   

    ~~放課後~~

 

    ◇    ◇    ◇

 

「うぅ・・・、納得いきませんわ。」

 

「まあまあ、元気出してセシリア。」

 

 随分堪えてるなセシリアの奴。うむ、あんなに一方的な展開になったんだからさもありなん。

 今俺たちは学園の屋上に向かっている。飯の前に軽く説明する、との先生の弁。

 どこまで説明してくれるのか。多分マドカのことだけだろう。情報を小出しにする悪癖があるから。

 

「来たか。遅くに悪いな。」

 

 屋上のフェンスに背を預け、俺たちを待っていた安東兄妹。顔は似ていないのに仕草が似ている。

 

「さて、どこまで説明してくれるんだ?」

 

「そう慌てるな。せっかちな男は嫌われるぞ。」

 

 うるさいやい。

 

「そうだな。腹も減っていることだし、今日はマドカについて話そうか。いいか?」

 

 マドカに目配せをし確認をとる。彼女は頷き、先生はどこから話せばいいか、と思案。

 

「まあざっくり言うが、マドカは普通の人間じゃない。ある計画で生み出された、言わば人造人間だ。」

 

 おおっといきなりヘビーブロウ。大振りのパンチが飛んできた。

 空気が固まったじゃないか。

 

「数年前、これまたとある研究所で俺が保護し、そのまま引き取った。そんなところか。」

 

「いや、そんなところって・・・。」

 

「ざっくりしすぎている・・・。」

 

 ちょっと説明が足りない。

 

「その、なんでその子は千冬姉にそっくりなんですか?」

 

 一夏が一歩踏み出して尋ねる。とある計画って一体。

 

「詳しくは言えん。とりあえず、『最強の人間』を目指した結果だ。後はいつか知ることになるだろう。望む望まざるに関わらずな。」

 

「最強の人間・・・。」

 

「一夏・・・。」

 

 最強の人間、か。

 

「もうひとつ、説明しておこう。この世界の裏側、『真実』をな。」

 

「先生、それは!?」

 

「いい加減教えておくべきだろ。完全に巻き込まれているんだからな。」

 

 ウィザードと侵魔のこと、伝える気か。

 

―――教師説明中―――

 

「魔法使い、ですか?」

 

「そう言われましても。」

 

「いまいちピンとこないな。」

 

「最初はそんなもんだ。信じられなくても無理はない。だが、君たちはすでに真実に触れている。」

 

 覇王軍との戦いとかな。と結ぶ。

 実際に化け物と戦闘をしているのだから、今の説明を受け入れざるを得ないのか、本能が理解を拒否しているのか。

 

「マドカも覚醒済みだ。すでに戦闘経験も何度もある。ちなみに。」

 

 先生はラウラを指差す。

 

「ボーデヴィッヒ。君も覚醒しつつある。」

 

「なっ!?私が!?」

 

 全員の視線がラウラに集まる。

 なぜわかる、っと聞きたいが、昨日の出来事がある。まさかとは思っていたがな。

 別に遺伝子強化試験体、というのは関係なく、ラウラ・ボーデヴィッヒだから、そしてマドカだから覚醒したという事らしい。ウィザードの素質は人それぞれ、いわば『運命』らしい。その言葉を嫌悪している安東先生がそう呼ぶのは、一応事実だからだろう。

 世界を護るために生まれるウィザード。否応無しに戦いに身を投じる存在。

 

「さらに言わせてもらうが、今日呼んだ全員がウィザードの素質がある。」

 

 全員が目を見開いて驚く。

 いやいや、全員かよ!何人かはまさか、とは思っていたが。

 

「私たちが、ウィザード?」

 

「悪いが、いつ目覚めるかはわからん。だがそう遠くではないだろう。そして、来るべき時のために修行もしてもらう。すぐではないが、準備ができ次第な。」

 

 みんながウィザード、か。『あの夢』が実現してしまうのか。

 

「また詳しいことはまた今度だ。今日は飯食って早く寝ろ。」

 

「いやいやいや、みんな置いてけぼりですよ!?」

 

 呆然としているみんなをそのままに、マドカを連れて屋上を出ようとする先生を呼び止めようとするが、さっさとその場を後にする二人。

 この空気、どうしろと。

 もう食事にしようと、仕方なくこのモヤモヤした頭のまま食堂に向かう。

 今日はもう食って寝よう。

 それぞれが夕食を持って空いている席を探していると、

 

「む。遅いぞお前たち。」

 

 思わずズッコケそうになる。さっきまでシリアスに先生の隣にいたマドカがハンバーグを頬張っていた。

 ギャグか?これはギャグなのかこの空気。

 ラウラがマドカに近づく。

 

「貴様は、なぜ世界を憎まなかった。力に溺れなかった。」

 

「ラウラ・・・。」

 

 自らの出生、境遇に重なったのか、ラウラがそう言った。

 

「・・・お前は祝福されたか?自分を認めてくれたか?」

 

「・・・。」

 

「私は、兄さんに祝福された。存在を認めて、いや、愛してくれた。それに応えたいだけだ。」

 

「そうか。相席、失礼するぞ。」

 

「もう食べ終わる。」

 

 何だか俺たち今日は放置されている気がする。

 しかし腹が減ったから今は飯を食おう。

 その後、ほぼ無言で食事を摂っているのは異様な光景だったろう。

 だが、ラウラとマドカの間には、妙に解かり合えた、という空気が流れていた。

 

 

 

 

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 数年前・・・

 

『なぜだ!なぜこんなデータしか出ない!』

 

 煩い・・・

 

『失敗ね。神に愛されなかったのね。』

 

 止めろ・・・

 

『世界に祝福されなかったんだな。』

 

 私は・・・生まれてきた、だけなのに・・・

 

 

 

 

「この部屋で最後か。少し遅かったか。」

 

 俺がこの研究所に乗り込んだ時にはほとんどもぬけの殻だった。残されたのは、意味のないデータのカスだけだ。あとは、廃棄された『失敗作』のみ。

 胸糞悪い。『以前の俺』も言えたことじゃないが、こういうのを『処分』するのは気分が悪い。

 

「・・・。」

 

 む、あの顔、最後の検体か。

 ・・・やっぱりあいつと同じ顔だと妙な感じだ。

 

「・・・。」

 

「そう睨むなよ。・・・お前、名前は?」

 

「・・・検体ナンバー」

 

「違う、そういうのじゃなくて名前だ。って、あいつらが検体に名前を付けるわけないか。」

 

 息荒く、握ったナイフを俺に向ける少女。

 うーむ。

 

「お前、生きたいか?それとも」

 

 死にたいか?

 殺気を込めて睨み返すと少女は一瞬怯えた顔を見せるが、すぐに俺に殺意を向け直す。

 あー、なんかやりづらい。

 俺はISを解除する。

 

「生きたなら、俺と来るか?」

 

「なに・・・?」

 

「言葉通りだ。俺と来るか、ここで無駄死にするかを選べって言っているんだ。」

 

 らしくないことを言っているのは理解している。だが、この子をここで失ってはいけないと、何かが訴えかけてくる。

 痩せこけた良心を満足させたい、ってのもあるかな。

 殺気を引き、手を伸ばす。

 ただ無言で、相手を受け入れるように。

 

「この手を取れば、誰が何と言おうと俺が護る。自分を護る術も教える。俺は」

 

 お前の命を祝福する。

 

「・・・私を、認めてくれるのか。失敗作の私を。」

 

「人間に失敗作なんてねえよ。問題はどう生まれるかより、どう生きるかだ。」

 

 文字通り悪魔の誘惑のようだが、俺は本心で語り掛ける。

 彼女はナイフを落とし、ゆっくりと、俺の手を取る。その、簡単に砕けてしまいそうな手を握り返す。

 

「それじゃあ、行こうか。えーっと、そうだな、生きるには名前が必要だな。」

 

「私に、名前は無い。」

 

「ならそうだな。んー、戸籍はどうにでもなるとして、名前かぁ。俺、ネーミングセンスあんまりないからなぁ。この歳で娘は無いし。」

 

 うーん、うーん・・・。えーと。たしか検体ナンバーがアレだから。

 

 

 

 

 

「マドカ。安東マドカ。今日からお前は、俺の妹だ。」

 




作者)この世界はあくまで『テラ』。『ファー・ジ・アース』の平行世界です。
   白騎士?黒騎士?知りませんよそんなの。(顎をしゃくれさせながら)

旺牙)今世紀最大にうざい顔だ。
   と言うか女の子たちの扱いの差が・・・。

作者)私の愛は歪んでいてねぇ・・・(ドヤ顔)。

旺牙)超うぜえ再び。てか全然説明になってないぞ今回。

作者)・・・もう数話お待ちを。


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夜が来る

旺牙)また時間かかったなぁ

作者)まあ色々忙しくて

旺牙)ウ〇娘好きかい?

作者)うん!大好きSA☆

??)おいらもだ~い好きでゲス!

旺牙)よしケジメ案件、って誰だ今の!?


 はてさて、いよいよ俺と一夏が部活動に駆り出されることになった。

 俺の初日担当は空手部。と言っても、タオルを用意したり水分を配ったり、掃除をしたりと雑用係、になるはずだった。

 簡単に言うと、「神聖なるIS学園空手道場に雑用とは言え男を上がらせたくない」とする、女尊男卑というか男性蔑視な考えを持つ部員がいるのだ。

 あー、とてもめんどくさい状況だよ。

 

「ゴメンね志垣くん。あの子達結構重症でさあ。」

 

「いえ、外に出れば慣れてますんで。」

 

 部長さんは男女平等寄りの能力主義者らしい。そんな人は安東先生で慣れているし、女性からの謂れのない罵声にも慣れている。

 だがどうしたものか。ちゃんと仕事をしないと後で楯無さんに弄られてしまう。それは俺の精神衛生上とてもよろしくない。

 

「どうしても道場に上がりたいなら、これくらい出来なきゃねぇ。」

 

 嘲笑を隠しもしないで部員の一人が庭を指差すと、高く積まれている『瓦』があった。

 つまり、アレを何枚割れる、否、『全部』割れないと認めてくれないと。そういう事らしい。どこのマンガかな?

 

「ちょっとアンタたち!いい加減にしなさいよ!」

 

「ああ、いいですよ部長さん。」

 

 まだ認めてもらっていないので道場を半周し瓦の前に立つ。ふむ、ざっと四十枚ってところか。

 

「そういや、瓦割りなんてやったことなかったな。」

 

 前世じゃほとんどが実戦、特訓も対人ばかりだったから。

 俺の呟きを聞いて、一部が嫌な笑みを深め、残りが心配そうにこちらを見る。

 良かった。思ったより味方は多いようだ。

 俺は頂上の瓦に掌を乗せ、呼吸を整える。

 そして・・・。

 

「噴っ!!」

 

 気合い一閃、一気に手を降ろし瓦を砕く。

 一呼吸で四十枚の瓦は元が何だったのか分からない欠片になってしまった。

 

「・・・あのね志垣くん。」

 

「なんですか?部長さん。」

 

「君、空手の経験は?」

 

「無いに決まってるじゃないですか。」

 

 その一言に、凍っていた空気がさらに緊張する。

 

「・・・まあ、いいけどね。取り合えず、それの掃除からお願いできる?」

 

「・・・了解です。」

 

 結局弄られるんだろうな、なんて考えながら、俺は片付けを始めた。

 

 

 

―――その夜

 

「ていう事があってな。」

 

「旺牙は範〇勇次郎なの?だから『オーガ』なの?」

 

「あそこまで尊大じゃないよ俺。」

 

―――閑話休題

 

 

 

 

 

 

「俺たちに任務ですか?」

 

 ある日、一年の専用機持ち(一組に集中されている状態)が呼び出された。

 IS学園に通っているとはいえ、代表候補生や専用機持ちは半ば軍人のような存在である。まあ、本物の軍人もいらっしゃいますが。

 そのため、その能力を世界のために役立てるため、及びデータ収集のため学園の生徒であっても国や団体、力を持った個人から任務として依頼が舞い込んでくることが多々あるらしい。上級生なんかはそれで表彰されたこともある。

 

「ああ。織斑、篠ノ之、オルコット、凰、デュノア、ボーデヴィッヒ、更識の以上七名は最近頻発している自然災害の救援だ。志垣と安東はオカジマ技研に出向。安東教諭は一条家からだ。」

 

「ちょっと待て。なんだその偏った編成は。ついでに俺にまで任務があるとはどういうことだ。」

 

 普段は少数単位で動くのが常らしいが、今回は政府が相手。異は唱えられない。

 俺がオカジマ技研に呼ばれるのはまだしも、安東先生まで呼び出されるのはなぜだろうか。ついでにマドカが俺に同行するのも違和感が。

 

「おそらく男性操縦者のデータが目当てじゃないでしょうか。お三方の情報はどこも喉から手が出るほど欲しいでしょうし。」

 

 山田先生が推測するが、それでも偏りが過ぎる。

 さらに言えば、先生の任務先である一条家も気になる。ファー・ジ・アースの日本では、かの家は侵魔と繋がりがあると噂されていた家だ。こちらの一条家も同じだとは限らないが、不安はある。

 

「それにしても七人も集めて『自然災害の救援』という曖昧な任務はなんだ?どこまでが範囲なんだ?下手をすると原因究明にまでかり出されるぞ。」

 

「だが日本政府からの正式な依頼だ。無下には出来んだろう。」

 

「裏は取れているのか?」

 

「・・・私も怪しいとは思ったが、間違いなく正式な書類で送られてきている。最初は便利屋扱いかと思ったのだがな。」

 

 織斑先生と安東先生の会話を聞いていると、俺まで疑心に囚われてくる。だが、それを晴らすものは無く、俺一人の考えでは何も動きはしない。沈黙を貫くしか。

 

「なあ、任務って、みんなこんなもんなのか?」

 

 一夏が疑問を声に出す。こういう時、邪念の無い疑問が羨ましい。

 

「本来ならばもっとはっきりした経緯で送られてくるものですが、今回は妙ですわね。」

 

「あたしも聞いたことないわ、こんな任務。災害救助なら理解できるけど、数多くない?」

 

 セシリアと鈴も続く。他のみんなも同様だ。なんだか微妙な顔をしている。

 だが政府が相手となると、織斑先生の言う通り、『嫌です』とは言えないだろう。

 

「とにかく、急ぎで悪いが今から準備しろ。出発は三十分後。ISの装着も許可する。残る三人は公共機関で移動だ。」

 

「「「りょ、了解!」」」

 

 思わず敬礼をする七人。俺とマドカ、安東先生はまだ難しい顔をしている。

 そのままゾロゾロと職員室を後にする。

 

「旺牙、マドカ。」

 

 安東先生から俺たちに声を掛けられる。厳しい顔のままだ。

 

「俺たちもすぐ移動だが、俺の方でも裏を探ってみる。それ次第では七人の援護に向かうかもしれん。」

 

「「はい。」」

 

 先生曰く、今まで一条家の存在は確認できていなかったらしい。それが、今日初めて名を聞いた。

 念の為ウィザード仲間からも情報提供を頼むつもりらしい。

 大体俺達三人だけゆっくり来いなんて、怪しすぎるだろう。

 

「じゃあ、俺たちは出発します。」

 

「俺たちも準備が整い次第出ます。」

 

「ああ、気をつけろよ。十分にな・・・。」

 

 全員が神妙な面持ちで頷いた。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 準備を終え、一夏たちは指定のポイントに向かった。だが・・・。

 

「いきなり指示変更って、何かあったのかな?」

 

 一夏の暢気な一言に、全員の気が引き締まる。

 本来は内陸の某県の予定だったが、太平洋上にポイントが変更となった。それも、学園からの通信ではなく、データが送られてきただけ。

 異常にもほどがある事態。

 声に出さなくとも、全員がその異様性を感じ取っていた。

 箒が代表で学園に連絡を取る。

 

「織斑先生、目標ポイントの変更の件ですが・・・。先生?織斑先生!?」

 

「どうしたの、箒!?」

 

「学園と連絡が取れない!」

 

「何だって!?」

 

「・・・この任務、やはりおかしいですわ。今からでも戻りましょう。」

 

 セシリアの提案に頷きかけたみんなだったがラウラが声を上げる。

 

「いや、もう遅い。いつの間にか陸地が見えなくなっている。それに、上を見ろ!」

 

 彼女の言った通り、先程まではまだ陸地が確認できていたはずだった。それがセンサーにも反応が無い。

 そして何よりも、天空に輝くのは・・・。

 

「紅い、月・・・。」

 

 ウィザードの、いやさ世界の敵、侵魔の現れる際の現象。月門たる紅い月。

 そして世界は月匣に飲み込まれていく。

 最初の変化に、現在最もウィザードに近いと言われたラウラが気が付く。

 

「気をつけろ!現れるぞっ!」

 

 彼女の声に前方を向く。

 何時から居たのか。一人の男が空間に浮かんでいた。

 どうして空に立っているのか。今更だと全員が思う。

 あの男がヒトならざる者であるという証明だった。

 男は穴の開いたシルクハットを被り、右目にモノクルを掛けた、一見温和な紳士だった。

 邪悪さは感じられない。だが、だからこそ異様だった。

 

「ボン・ソワール。ムッシュ、メドモアゼル。」

 

 シルクハットを外し、恭しく首を垂れる男。

 一夏が皆の前に出て、雪片弐型を構える。その様子を見ながらも、男は微笑みを消さない。

 

「ほっほっ、頼もしい少年だ。ここはしっかりと名乗らなくてはならないね。」

 

 シルクハットを頭に戻し、どこからともなくステッキを取り出し、男は述べた。

 

「私の名はサヴァン。『パツィア親衛隊』の長を務めているよ。そして・・・。」

 

 サヴァンと名乗った男がステッキを一振りすると、一夏たちを囲むように三人のヒトならざる者たちが現れた。

 三人の内、二人はヒトの姿をしてはいる。だが、今の一夏たちには、彼らが人間ではないことが本能で理解できた。

 

「あたしの名はエトワール。よろしくねン。」

 

 女性の話し方をする、長い金髪をかき上げる美丈夫。ウインクが妙に様になっている。

 

「死にゆく者に意味は無いが・・・。俺はラスター。」

 

 銀色に輝く身体で腕を組み、興味の無さそうに口を開くナニカ。

 

「わたくしの名はファントム。お見知りおきを。」

 

 両腕に鉤爪の伸びた手甲を装備し、見るものを魅了するような美男子。

 四人が一夏たち七人を囲むように宙に立っている。

 そしてサヴァンの語ったパツィアという名。

 

「こいつは、まさか罠か!?」

 

「今頃気付くか。やはりガキ。まだまだ甘い。」

 

 臨戦態勢に入る一夏たちを、嘲笑うようにラスターが告げる。

 

「あらン、いいじゃないのラスター。あの子達中々強そうよ。それにみんな可愛いじゃない!」

 

「そう、この闘争にて、我々と美しき舞いを!」

 

「・・・なぜこのような奴らが俺と同格なのだ。」

 

「まあ、そう言うものではないよラスター。四天王を退け、パツィア様と相対しても命長らえているのだから、油断は禁物だよ。」

 

 力の抜けきった会話をしているようで、こちらを逃がす気は無いと、徐々に殺気と闘気を充満させている。

 

「どうする、一夏。多分、逃げられない。」

 

「何とかするしかない。一人でも倒せれば、道が開けるかもしれない。チームワークで、何とか生き延びるんだ。」

 

 額を伝うのは冷や汗。敵が強大なのは理解できている。

 それでも、生き抜かなければならない。

 覚悟を決め、武器を構える。

 

「戦闘もまた会話。君たちの声を聴かせてほしい。そして私は君たちの」

 

 

 

 話し相手になりたい。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 あ~、その~、なんですか。そのですね。

 なんだか気まずい・・・。

 あんまり話したことない女子と隣り合わせで電車に座ってるのもそうだし、その子が師匠の妹?だから。

 何話せばいいんだろ・・・。皆がいればまだ違うんだろうけど。

 

「・・・怪しいな。」

 

「ふぁ!?何が!?」

 

「何を驚いている。今回の任務、どう考えても怪しすぎないか?」

 

 あ、その話ね。

 

「まあ、織斑先生に安東先生も承認したんだから、大丈夫だと思うが。」

 

 その時、俺の携帯が鳴りだした。平日の昼間だから良かったけど、マナーモードにしていなかったのでビビった。さらに周囲の迷惑にならないか急いで確認。よし、誰も見てない。

 相手は、安東先生?・・・イヤな予感がする。マドカも表情を険しくする。

 

「どうしましたか先生?」

 

『二人とも、今どこだ!?』

 

 珍しく慌てている。イヤな予感、的中か。

 

『オカジマ技研に連絡したが、翔貴は今アメリカの支部にいる!社員いわく、『総裁の許可が出ているがその総裁本人がいない』とよ!おそらく侵魔の仕業だろう。』

 

「ちっ!よりにもよってか!」

 

『こちらも移動中に調べたが、やはり一条家も存在しない。魔法か月匣の影響で偽の任務が送られたんだろう。お前たちはまだ電車内か?』

 

「はい。」

 

『なら次の位置で降りろ。そこで待機してろ、俺が迎えに行く。何ならISの装備も許可する。事後承諾になるが俺が何とかする。要はすぐに戦闘できる態勢なっておけってことだ。一度切るぞ。』

 

 通話が切れた後、マドカと顔を見合わせて頷く。

 それから間もなく駅に着き、指示通り電車を降りて出来るだけ広い場所に出る。

 

「しかし、先生はどうやって合流する気だ?」

 

「すぐに来る。私たちは準備だけしていればいい。」

 

 は?と考えていると、

 

 シュンッ!!

 

「待たせたか?」

 

「うおわっ!?」

 

 ISを展開した安東先生が目の前に『出現した』。

 い、一体何が起こったんだ!?

 

「兄さんのISは条件さえ合えば地球上のどこにでも一瞬で移動できる。」

 

 え~、なんだそのチート・・・。

 

「とにかく、すぐISを展開しろ。移動次第戦闘になるぞ。」

 

「りょ、了解!」

 

 俺とマドカはそれぞれISを展開する。周囲がざわつくが、今はそんなことを気にしてはいられない。

 

「・・・見つけた。行くぞ!」

 

 ドラ〇ンボールの瞬間移動かよ。という暇も無く俺たちの姿は掻き消えた。




いまだにマドカを「安東」と書くことに違和感を感じるダメ筆者です。

あとこのシリーズに出てくるネタが全部解る人は作者と握手!


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加速する混沌・前編

旺牙)二ヶ月かぁ。空いたな。まあ色々やってたから仕方ないか。

作者)あら旺牙が優しい。

旺牙)お前のこと覚えてる方はいるのかな?

作者)あら旺牙が辛辣。


 紳士風の姿をした侵魔『サヴァン』の言う『パツィア親衛隊』は、戦闘する気の無いような雰囲気を醸し出しながら、その実殺気と闘気を込めた視線で一夏たち七人を取り囲む。今更逃がす気は無いようだ。

 銀色の身体の『ラスター』はつまらなそうに呟く。

 

「ふん、下らん。この程度の小僧、小娘ども、さっさと捻り潰してやればいい。」

 

「急くのはいけないよラスター。君がここに来てから未だ二分。秒にして百二十秒。待つというには性急過ぎるのではないかね?」

 

「もう!ラスターはせっかちなのがイケないわ!それではビューティでもダンディでもなくってよ?」

 

「その通り!物事は美しく!華麗にはこぶもの!そう!このわたくしの様に!」

 

「・・・パツィア様の言が無ければ貴様らを八つ裂きにしていた。」

 

 ふざけているようで逃げる隙など微塵もない。と言うよりも、一夏たちは動けずにいた。眼前の『敵』は自分たちの戦力を大きく上回っていることは理解できていた。

 以前の侵魔との戦いの様に、旺牙がいるわけではない。安東先生もいない。その状況で、『パツィア』と名乗っていた女ほどではないが、強大な敵を相手に自分たちに何が出来ようか。

 

 

「・・・みんな。これはただの希望なんだけど、これほどの規模の『月匣』と侵魔の気配、そして今回のことが罠だったんだ。旺牙や安東先生が気付いてくれてる。あの三人が来てくれるまで耐えよう。きっと助けに来てくれる。」

 

 人任せの計画。奇跡的な確率の希望。それでも、彼らにはそれしか道が無い。

 そして一夏は気付いていない。自らが月匣の規模を『無意識』に測っていたことを。

 それは少しづつ、ウィザードに近づいていることの証だった。

 

「全員でかかれば、一人くらい何とかなるはずだ。速攻で一人、後は各個撃破出来れば・・・」

 

「おおっと、ムッシュ。それは待っていただきたいな。」

 

 サヴァンがステッキで虚空を叩く。すると空間が捻じれ人魔合わせた十一人の姿がぶれ始める。そして・・・。

 

『なッ!?』

 

 一夏たちは分断され、それぞれが侵魔の前にいた。

 一夏は鉤爪を構えるファントム。

 鈴とセシリアは腕を組むラスター。

 シャルロットとラウラは怪しく微笑むエトワール。

 そして箒と簪は、サヴァンの元へ。

 

「申し訳ないが、ここで君たちの力を図ることが『覇王様』の命令でね。簡単に逃がしたり、ましてや敗れることは出来ないのだよ。それと、気を付けたまえ。場合によっては」

 

―――君たちを『処分』してもかまわないとも言われている。

 

 笑顔のままサヴァンは吐き捨てる。その言葉と同時に、残る三人が戦闘態勢をとる。

 構えていた武器に、一夏たちはさらに力を込める。

 そして、戦いが始まろうとしていた。

 

 

―――VSファントム―――

 

 空に響く金属音。白式の雪片弐型をファントムの腕につけられた鉤爪が受け止めている。否、受け流している。大型の刀状である雪片弐型を、素材は分からなくとも細い爪の芯にぶつけることなく、ファントム本人に掠り傷すらつけられない。

 ファントムはただ舞っていた。長身痩躯のその身体で、艶やかに、扇情に、優雅に舞い踊っている。

 素早く変則的な動きに一夏が何とかついていけるのは、皆や楯無との訓練の賜物だろうが、それでも遊ばれているようにも見える。

 いや、これがファントムの本気の戦い方。『舞い』に己の『美しさ』の全てを込めて、蝶よりも華麗に、蜂よりも鋭く攻撃を繰り出す。そして時に野獣の様に直線的に切りつけ、時に軟体生物の様に変則的に切り刻む。

 美の無い言い方をすれば、ファントムの攻撃に正々堂々という言葉は無い。相手の急所や態勢を崩したところを攻め立てる。それだけでは『美しくない』。だからこそ誰よりも『美』に拘る。敵にも『美』を求める。それがこの侵魔の性質である。

 

「さあ!さあさあ!どうしました!?貴方の剣はその程度ですか!?もっと!もっとこのわたくしと美しい舞いを!!」

 

「くっ・・・そっ!なんだこの動き!ついていくのがやっとだ!」

 

 だが、時間が経つにつれついていくのも辛くなった。ファントムが更にスピードを上げていったのだ。

 いつの間にか白式の装甲に多くの切り傷が着けられていた。そして。

 

「そこです!」

 

「うわっ!?」

 

 ついに露出していた部分、顔の右頬に傷が刻まれた。

 

「ああ!勇者を彩る紅い血!この空よりも濃く美しい!」

 

「っの野郎。変態かお前は!」

 

「失礼な。わたくしは誰よりも美の探求をしているにすぎません。」

 

 顔に傷がついたことで思い出す。こいつら侵魔にISの絶対防御は意味がほとんどない。良くて即死を免れるぐらいか。いや、攻撃の規模によってはそれこそ一撃であの世逝きになるだろうか。ファントムの攻撃は一撃が軽いが、連続で受ければ致命傷にもなるだろう。

 ならば、時間はかけていられない。こうしている間に、仲間たちも戦っているのだから。

 

「零落白夜!」

 

 雪片弐型が輝く。今まで対IS、対レーザー兵器の様に扱っていたし、そう思っていたが、今回の輝きは、まるで魔を討つ為の刃に見えた。

 

「おおっ!それがあなたの切り札!なんと美しい光・・・。」

 

「でやああああっ!」

 

 咆哮と共に飛び出す一夏。それを微笑で迎え撃つファントム。

 その性質を知っているのか、ファントムは受ける事を止め、回避に専念し始める。受け流そうとして自分の武器が斬り飛ばされたら元も子もない。それに、いかに美しいと言えど、これは儚い光。いずれ消えることも承知済みだった。

 遊んでいるようで、勝利にも貪欲。勝利せずば、美酒を飲むことも出来ない。

 一夏に勝機は無い。その時。

 

「はああああああっ!!」

 

 白式が、一夏の体が、まばゆい光を発した。

 

「これは!?プラーナの輝き!?」

 

「せいっ!」

 

 袈裟懸け一閃。雪片弐型を振りぬいた。

 ファントムは寸での所で躱した、はずだった。

 目測を誤ったか、それとも輝きに目をやられたか、いずれにしろ、皮肉にも一夏と同じ場所に傷を負った。

 浅かったためか、一筋の赤い線が出来たほどだったが、ファントムはその傷に触れる。

 

「フ、フフフ・・・。」

 

(やべ。これって『この美しい顔に傷を』ってキレるパターンか?)

 

 顔を伏せて笑いを漏らすファントムに、一夏は身構える。

 そして。

 

「ふ、あっはっはっはっ、素晴らしい!ああ、美しい!」

 

「な、なんだ!?」

 

「わたくしの舞いを超える光を放ち!さらにはこの身に傷を残すとは!ああ、本当に強く、そして美しい!覇王様!パツィア様!この美しい者と闘争の場を設けていただき感謝いたします!」

 

 その身を抱き、溢れる感情と震えを抑えようとするファントム。

 覇王軍はそのほとんどが闘争を好む。ファントムも例外ではない。

 自身に刃を届かせる相手を、本気で戦える『敵』を得た彼は怒るどころか歓喜していた。

 そして再び一夏に相対する。

 

「さあ再開しましょう!凄絶に彩られた、歓喜の舞いと闘争を!」

 

「な、なんだか気持ち悪い奴だな・・・。」

 

 だが、状況は依然一夏の不利。零落白夜の所為で大きくエネルギーを消費した白式は、あとどれだけ戦えるだろうか。

 

 

 

―――VSラスター―――

 

「サヴァンめ。俺の相手は覚醒前の小娘二人か。」

 

「誰が小娘ですって!」

 

「鈴さん、落ち着いてくださいまし。理性を欠いて生き残れる敵ではありませんわ。」

 

「・・・わかってるわよ。それでも強気でいないと、吞み込まれそうになってるだけ。」

 

 セシリアと鈴の前に、相変わらず腕を組みながら宙に浮くラスター。だが、鈴が言うように、殺気は他の侵魔より濃く、それだけで逃げ出したくなるほどだった。もちろん、そうしようとした瞬間自分たちの命は無くなっているだろうが。

 

「仕方ない。これも命令だ。手早く終わらせよう。」

 

 ここで初めてラスターが攻撃態勢に入る。徒競走のスタート姿勢のような形だった。

 その姿がブレた刹那。

 

「かはっ!?」

 

「セシリア!?」

 

 ラスターの肘が深々とセシリアの腹部に突き刺さる。だがそれだけでは終わらない。

 またも姿がぼやけたと感じた時、甲龍のハイパーセンサーが何かを察知した。が、その時には既に遅く。

 

「ぐっ!?」

 

 鈴の背をラスターが蹴り飛ばす。

 

「全くISというものは面倒くさい。こんな小娘どもがいっぱしのウィザードの防御力と耐久力を手に入れられるのだからな。」

 

 呆れたように言い放つラスターに対し、二人は驚愕を隠せない。

 

「ちょっ、何よ今の!?」

 

「ハイパーセンサーでも曖昧にしか感知できない・・・。一体何が?」

 

「『瞬間移動』だ。」

 

「「瞬間移動?」」

 

「貴様らにも分かるように言えばそうなる。俺はごく短い距離ではあるが、空間の狭間を高速で移動できる。ただ単にスピードが上がるわけではないぞ。言い方を変えれば『空間跳躍』か。それでも理解できないようだがな。」

 

 二人を見下すように、嘲笑交じりに今の事象を解説する。

 なぜ自分の能力をわざわざ説明するのか。

 答えは簡単である。もし理解できたとしても、セシリアと鈴では防ぐことは不可能と考えているからだ。

 要するに、二人を完全に格下と見ているのである。ラスターにとって二人は『敵』と呼ぶほどではなく、ただの『木っ端』としてしか映っていない。

 

「ISのセンサーの限界レベルって、どんだけよ。」

 

「ですが、これで難易度がまた上がりましたわね。」

 

「安心しろ。こいつはもう使わん。」

 

「「?」」

 

「使うまでも無く貴様らを瞬殺できる。」

 

「なっ!?」

 

 馬鹿にして!と怒りが沸くが、今の一合だけで確信してしまった。この異形は、自分たちの命を絶つ力を十二分に持っている。シールドや絶対防御があるのに、それすら超えうる攻撃を放てる。今のは単に『測った』だけの、軽い攻撃。こんな時、冷静に彼我の戦力差を測れるだけの能力があることに、二人は嫌気がさす。まあ、蛮勇に走らずにいられるというのもあるが。

 旺牙はこんな化け物たちと一対一で戦ってきたのかと思うと、改めて戦慄する。

 

「このままではつまらんな・・・。貴様ら、俺に攻撃を与える権利をやろう。」

 

 その言葉に嘘が無いと言うように両腕を広げ、無防備になるラスター。

 

「は?」

 

「それは、どういうことですの?」

 

「言葉通りだ。命令とはいえ、一方的に終わらせては味気ない。と言うよりつまらん。さぁ、貴様らの好きなように攻撃するがいい。」

 

「・・・馬鹿にして!!」

 

「流石にわたくしも、鶏冠にきますわ!」

 

 結果として、冷静を保とうとしていたセシリアと鈴に燃料を投下したようだ。

 セシリアはBTを展開し、鈴は双天牙月を構える。

 

「後ろは任せたわよ!」

 

「了解ですわ!」

 

 四基のBTで弾幕を張り、鈴がラスターに接近する隙を作ろうとする。しかしラスターは動かない。

 

「腕、もらったあぁぁ!」

 

 難なく接敵し双天牙月を左腕に振り下ろす。

 スパッと、手応えが全くなく銀色の光沢を放った腕が斬り飛ばされた。

 

「え?」

 

「ほう、いい刃だ。フフフ・・・。」

 

 腕を失ったというのに笑みを崩さないラスター。呆気にとられたのは鈴だったが、その次の瞬間にはおぞましいものを見ることになる。

 斬り落とされた断面から機械のコードのようなものが幾本も伸び、のたうっている。嫌悪感を感じる音と共に。

 やがてコードは腕の形を作り出し、新たに光沢のある皮膚(?)で覆われた。

 

「うわっキモっ!?」

 

「一体、何が?」

 

「ククク・・・。教えておいてやろう。俺の体内にはコアとなる塊がある。それが破壊されない限り、俺の体は何度でも再生する。弱点を克服し、パワーを大きく上げてな。ほら、もう一度斬ってみろ。」

 

 再び双天牙月を振るう。だが。

 

 ガキイィン!

 

 今度は斬り飛ばすことは出来ず、受け止められてしまった。先程以上の力を入れていたのにも関わらず。

 

「想像以上の攻撃力だったが、今度は俺の強化された腕の方が勝ったようだな。」

 

「こっの・・・!あんたらホントに化け物ね!」

 

「誉め言葉だな。」

 

「鈴さん、離れて!」

 

 その言葉と共に鈴はラスターから距離を取る。その次の瞬間、BTがレーザーを掃射する。

 穴を開けるほどの攻撃力は出せないものの、その皮膚を削る事は出来ていた。だが。

 

「無駄だ。そんなものは俺の皮膚を強化するだけだぞ?」

 

 ラスターの言う通り、火傷程のダメージも瞬時に回復していく。

 

「ならこいつはどうよ!」

 

 甲龍の衝撃砲が頭部を吹き飛ばした。それでもラスターは滅びない。首からコードが伸び、やはり新たな頭部を生成していく。

 

「コアなら心臓や頭部にあると思ったか?俺のコアは移動できる。」

 

「そんな・・・。」

 

「反則ですわ・・・。」

 

「俺を滅ぼしたければ、空間ごと全身をそぎ落とすことだな。」

 

 生命力ならば俺は覇王軍一だ。そう続けるラスター。

 

「・・・鈴さん。もう一度衝撃砲を撃ってくださいますか?わたくしの指示した場所に。」

 

「何か、考えでもあるの?」

 

「一瞬、あの者の体内に反応がありました。もしかしたら・・・。」

 

「・・・OK。やってやろうじゃないの。タイミングもアンタに任せるわ。」

 

「ええ。では・・・。」

 

 3・・・2・・・1・・・。

 

「そこっ!」

 

 正直、ラスターは衝撃砲の軌道を読んでいた。それでも回避しないのは『遊んで』いるからだ。

 だが、今回はそれが仇となった。

 衝撃砲はラスターの右腹部を撃ちぬいた。

 

「フン。何度やろうと無駄だ。こんなものすぐに。」

 

 抉れた腹部に、ちらりと紅い塊が姿を見せる。それこそが狙いだった。

 

「逃しませんわっ!!」

 

 ブルー・ティアーズのBTがその塊、『コア』を一斉に攻撃した。

 

「なにっ!?」

 

 再生が数秒止まる。それでも追撃より速く、腹部は再生されてしまった。

 しかし、完全ではない。若干ダメージを負ったのか、ひび割れている。

 

「貴様、俺のコアを・・・!」

 

「どーよ!あたしを舐めるからこうなるのよ!」

 

「ダメージを与えたのはわたくしでしてよ?」

 

 ラスターの顔から余裕が消えた。追いつめられたからではない。

 これは、怒りだ。

 

「貴様ら、どうなっても知らんぞ・・・!!」

 

 ラスターが再び攻撃態勢に移行する。

 ここからが、あの異形の本気だ。二人の危険信号が鳴り響いている。

 それでも奴は不死身でも無敵でも無い。それならば、倒せるかもしれない。

 




予想以上に長くなってしまったので、前後編です。

・・・待たせた上にこんなことになってすいません。後編は出来るだけ近いうちに。


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加速する混沌・後編

旺牙)早かったな。

作者)あんまり待たせるのは悪いかと思って。

旺牙)こんなののために皆様時間を割いてくださっているんだ。もっと感謝しろ。

作者)毎度、ありがとうございます(土下座)


 

―――VSエトワール―――

 

「それじゃあ、あたしたちも始めましょうか。」

 

 シャルロットとラウラの前に立ちふさがるのは、金色長髪の美丈夫。少々濃い化粧が別の凄みを醸し出しているが、闘気は本物だ。

 ゆっくりと武術のような構えを取り、ふたりと相対する。

 服の上からでも分かる分厚い筋肉がさらに重圧を与える。

 

「ふん、外見程ふざけてはいないようだな。」

 

「ちょっとラウラ、あんまり刺激するようなこと言わないでよ・・・。」

 

 敵の力量を測りつつ、ラウラはわざと挑発する。

 これで気を乱すようならそれまでの相手なのだが。

 

「あら、失礼しちゃうわね。これでもお化粧には人一倍時間をかけてるのよ?」

 

「いや、普通に返されても。」

 

 案外軽いノリにシャルロットひとりが置いて行かれている。と、見せかけて、彼女も先程から隙が無いか観察しているのだが、見つけることが出来ない。簡単には攻め込ませてはくれなそうだ。

 

「ンもう、じっと見てくれちゃって。あたしに見惚れちゃった?でも残念。あたしたちは敵同士。だから。」

 

―――こっちから往くわよん。

 

 その一言の後、エトワールが拳を振りかざし突撃してくる。速さはそれほど無いが圧力はかなりのものだ。

 ふたりは散開しその一撃を躱す。余裕を持って避けたはずだが、空気が削ぎ落されたように錯覚した。

 だが、その一撃は次への繋ぎ。わざとふたりを引き離した。そして次に超高速の蹴りがシャルロットを襲う。

 彼女はそれが見えていた、または予想していたのだろう。シールドを顕現して防御する。しかし。

 

「くうぅ!?」

 

 ただの一撃で体勢を大きく崩される。よく見るとシールドが凹んでいる。ISのシールドが、侵魔相手とは言え一撃で、である。受け止めたシャルロットはその威力に戦慄した。

 

「この、化け物が!」

 

「美の化身と呼んで頂戴っ!」

 

 距離を詰めてきたラウラのプラズマ手刀の連撃を難なく払いのけ続けるエトワールに毒づくが、それすら涼しい顔をする。

 最初攻勢に出ていたのはラウラだが、エトワールの手刀の速さが増していき、気が付けば攻守が逆転していた。

 

「ファントムほどじゃなくても、これくらいのラッシュは出来るのよ~?」

 

「くそっ!?」

 

「ラウラ、援護するよっ!」

 

 シャルロットがライフルを撃ち気を引こうとするが。

 

「甘い甘い甘い!甘いわね!」

 

 ラウラを吹き飛ばした後、ライフルの掃射を真正面から受け止める。否、『全て摘まみとる』。エトワールが手を開くと弾丸はパラパラと落ちていく。

 正直、全て受けきってもダメージは無かった。だがそれでは芸が無い。華も無い。わざとこうすることが、『美しさ』と本気で信じているのだ。

 

「さあ、次は何をしてくれるのかしらん?」

 

「・・・正直手が見つからないんだけど。」

 

「いや、まだだ。まだ試していないものもあるだろう。」

 

「そうそう。その小さなフロイラインの言う通り、まだ玩具が残っているでしょう?」

 

「小さなは余計だ!」

 

「ペースに巻き込まれないでよラウラ。」

 

 ラウラの、シュヴァルツェア・レーゲンの武装。『AIC』。停止結界ならばと。

 彼の動きを止め、その間に必殺の一撃を叩き込む。

 

「さあ、いくわよ!」

 

「・・・今だ!」

 

 無策に突撃してきたエトワールに対し、ラウラはAICを発動する。

 

「あら?動けないわね?」

 

「この距離なら防ぎようがあるまい!」

 

 肩の大型レールカノンを、ほぼ接敵して撃つ。自身にもダメージはあるだろうが、相手にも深手を与えられるだろう。

 そう確信し、射撃体勢に入る。だが。

 

「残念♪噴ッ!!」

 

「なっ!?ぐあっ!」

 

 裂帛の気合いだけでAICを吹き飛ばしたエトワールはその勢いでレールカノンの弾丸さえも弾き飛ばし、そのままラウラの顔面に掌底を叩き込んだ。

 

「ごめんなさいね、あたしは男女平等主義なの。あら?」

 

「これで、どうだ!!」

 

 盾殺しをエトワールの腹部に叩き込むシャルロット。自身の最大攻撃力を出したはずだが。

 

「ふーーっ。惜しかったわね。」

 

 それすら片手で受け止められる。

 

「AIC殺しにパイルバンカー止め・・・。出来るのは相棒くらいなものかと思っていたが・・・。」

 

「旺牙以外にもいるもんだね。規格外って・・・。」

 

「当たり前でしょう?ウィザードにできて侵魔には出来ない、なんて話は通用しないのよ?ほら、もっとあたしと闘いましょう!美しく!凄絶に!」

 

 

 

―――VSサヴァン―――

 

「はああっ!」

 

「おっと。」

 

「せい!」

 

「まだまだ。」

 

 箒と簪のふたりを相手に、サヴァンは防戦一方にも見えた。だが、戦いを支配しているのはサヴァン。

 紅椿の刀を、打鉄弐式の薙刀を時にひらりと躱し、時にステッキで止める。反撃こそしないものの、確実にふたりのスタミナを奪う動きで攻撃を捌いていた。

 その顔には微笑みを絶やさず、である。

 

「はあ、はあ・・・。」

 

「くっ、何故当たらん!」

 

「まあ落ち着きなさい。君たちが私と切り結んでおよそ十二分、秒にして七百二十秒。・・・と言っている間にも十二秒が過ぎたようだ。まず話でもしよう。」

 

 疲れを見せぬ敵の姿に、怒りより焦燥感を募らせるふたり。こうしている間にも、仲間たちが自分たち同様厳しい戦いを強いられているかと思うと、早く援護に行きたいのだが、それも許してくれない。

 四人の中で最もひ弱そうに見えて、これでも親衛隊の長。完全に戦いを支配している。

 そしてサヴァンは、まるで詩でも詠うように語り始めた。

 

「戦う理由、それは人それぞれだ。世界の平和。愛。怒り。憎しみ。様々な感情がある。君たちが戦うのも、何かのためだろう。思いは一見複雑に見える。だが、元を辿れば単純なものだ。難しいものではない。」

 

 ふたりは息を整えることに集中しているのか、それともサヴァンの言葉に聞き入っているのか、動きを止めていた。

 

「君たちには想い人がいる。彼らの力になりたいのだろう。それだけでいい。そう、まずそれが『1』だ。」

 

 サヴァンが指を一本立てる。

 

「そして想い人が、たとえその想いに応えてくれなくとも、共にいてくれる。それが『2』だ。そんな単純なものが繋がり、結びつき、数は大きくなっていく。だが、始まりはいつも『1』なのだよ。」

 

「何が、言いたい?」

 

「ははは、人生を難しく考えるんじゃない、ということだよ。」

 

「そんな学校の授業みたいに言われても・・・。」

 

「ふむ、教師か。私が人間だったら、興味くらいは持っていただろうかな。」

 

 すでに戦場の空気ではなくなってしまった両者の間の空気だが、それを引き裂いたのは意外にもサヴァンの方だった。

 

「しかし何もしないのではパツィア様に叱られてしまうな。仕方ない、少しは『戦闘』をしよう。夢大きく未来あるメドモアゼル。どうか、死なないでおくれよ。」

 

 サヴァンが右手を向ける。その掌に黒い魔力が集まり、ある程度の大きさになるとふたりに向かって二つの魔力弾が射出される。

 

「「ッ!?」」

 

 ふたりはそれぞれを回避し、再び戦いに意識を戻す。

 箒は雨月、空裂を、簪は春雷を駆使しての中・長距離戦となった。

 小さな塊だが、向かってくる度に危険信号が発せられる。一撃を受けてもダメージは必至だというのに、それをサヴァンは連射してくるのである。

 近接戦闘でも、遠距離戦闘でも分が悪い。ならばこのまま討たれるのを待つのか。それだけは、いや、命をくれてやるのも御免だった。

 

「全砲門ロック完了・・・。これで、、行って!」

 

 戦闘の最中、密かに山嵐のマルチロックを全てサヴァンに向けていた簪はここでそれを解き放った。

 全四十八発のミサイルが敵を焼き尽くすべく殺到する。巻き起こる爆発。

 全ての牙が喰らいつき、黒煙が風によって徐々に晴れていく。

 

「ふむ、なかなか思い切りが良いが、この程度では私は焼けんよ。」

 

「嘘・・・?」

 

 サヴァンは魔力壁で全てを防いでいた。その光景に、一瞬簪の戦意が下がりかける。

 そこを逃すほど、『敵』は甘くは無かったようだ。

 黒い弾丸が簪を直撃する。

 

「きゃあっ!」

 

「簪っ!?くそっ!?」

 

(何故だ!何故私はこんな時に何も出来ん!?一夏が、みんなが苦しんでいるのに!『絢爛舞踏』も未だ使いこなせない!私は、こんなにも無力なのか!?)

 

 自身への怒りも混じり、箒の戦意は揺れていた。

 それがまたも大きな隙になっていたことも忘れ。

 

(ふむ。少し大きいのを出してみようか。)

 

 サヴァンはステッキを一時消失させ、両手で魔力を溜め始める。それは巨大な光の球となり、熱量を増していく。

 

「これは『ジャッジメントレイ』。今の君ではISを纏っていようと直撃すれば消滅必死だろう。さて、どうにかして見せてくれたまえ。」

 

 凶悪な光の奔流が、極大の魔法が箒に向かって放たれる。その命を焼き尽くすために。

 

「箒ィーーーーッ!」

 

 それは誰の声だったか。それさえも判別できないほどの『死』が目前まで迫っていた。

 

(私は死ぬのか・・・?ここで?)

 

 走馬灯のように、多くの思い出が流れていく。

 もう受け入れてしまおうか。そう諦めかけた時。

 一夏の姿が浮かんだ。

 

(嫌だ!こんなところで!)

 

『戦闘経験値が一定量に達しました。【穿千】をアンロックします。』

 

 自然と手が伸びた。何かを握るように。そして。

 

 起きる爆発。その場にいた、敵味方問わず全ての者が目を向けた。

 

「・・・これは、少々驚いた。」

 

 サヴァンの放った極大魔法はかき消され、彼自身にまで『何か』は飛び掛かり、その手袋を焼き切り火傷を負わせていた。

 

「これは・・・。」

 

 箒自身も今何が起こったのか理解していなかった。

 だが情報が頭に流れ込んでくる。

 クロスボウ状のブラスターライフル。銘を『穿千』。

 

(これがあれば、もしかしたら!)

 

「やれやれ。これは。少し本気を出すべきか。」

 

 箒の期待に反し、サヴァンは告げる。そして初めて殺気を纏ってみせた。

 全身が震えるほどの恐怖が襲う。

 自分はまだこの新たな力を使いこなせていないというのに、奴は今のは本気では無かったと言うのか。

 奮いかけた闘志が萎えかけた。

 

 その時だった。

 

「ちょっと待ったーーーーっ!!」

 

 IS学園生徒にとって聞き覚えのある声が、戦場に響いた。

 

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

 安東先生のチート移動能力によって俺たちがみんなの元に到着した時には、仲間たちは大分激しい戦闘を行ったのだろう。ボロボロになっている者までいる。

 

「おや、『元』神とその使徒のご到着かね。」

 

 紳士風のおっさんが手をはたきながら先生を見る。笑顔だが、こちらを深く観察している様子だ。

 

「どうするのサヴァン。流石に今のあたしたちじゃ『アレ』相手には分が悪いわよ?」

 

「こういう事態になったら撤退しなさいとも言われている。私たちの仕事はあくまで『勇者』と彼女たちの現状把握だよ。少々楽しくなってしまったがね。」

 

 なんだ?なんだかあちらさんの戦意が一気に無くなったようだ。

 あの銀色は忌々し気にセシリアと鈴を睨んでいるが。

 まさかもう終わりなのか?

 

「今日はここでお暇しよう。失礼するよ。」

 

「じゃあねん、可愛い子ちゃんたち♪」

 

「また美しき闘争を!」

 

「いずれこの借りは返すぞ。」

 

 そう言って姿を消す四人の侵魔。ルーラーがいなくなったため、月匣も消える。

 ・・・何か最近の俺、変なタイミングに突入するな。と言うか、何もしてなくない?いや、何事も無いなら良いんだけどさ。

 いや、今はそんなことよりみんなのことだ。

 

「みんな、大丈夫か!?怪我は!?」

 

「もう、遅いわよ!」

 

「大変でしたのよ!?」

 

「えぇ・・・、俺が怒られるの?」

 

 ちょっと理不尽じゃないか?

 

「旺牙・・・。」

 

「どうした、簪。」

 

「本当の侵魔って、あんなに強くて、怖いものだったんだね。」

 

 簪の言葉に、全員が言葉を失う。

 そう言えば、上級侵魔とまともに戦うのはこれが初めてか?

 トルトゥーラの時は、結局俺が倒したし、全員で戦ったしな。

 今回は話に訊くと少人数で戦うことになったらしい。

 

「・・・そうだな。みんなこれが『本格的』に奴らと戦うことになったのか。・・・どうだ?怖くなったか?」

 

 怖い。その一言に一瞬空気が固まる。だが。

 

「・・・冗談じゃない。あんな奴らを放っておけるかよ!」

 

 一夏の言に、凍りかけた空気は融解した。

 

「そうよ!あんの銀色、今度は消し飛ばしてやるんだから!」

 

「次こそは、奴の厚化粧を剝がしてやろう。」

 

 仲間たちから熱い言葉が出る中、箒が安東先生に向き直る。

 

「・・・先生。私は今回の件で自身の未熟さを痛感しました。」

 

「そうか。・・・ならどうする、篠ノ之。」

 

「私を、鍛えてください。奴らに負けない、いや勝てるように!」

 

「・・・当たり前だ。篠ノ之だけじゃない。お前たち全員死ぬ気で鍛えてやる。今はその準備をしているところだ。時が来たら修行開始だ。」

 

 みんな熱くなってくれてたようだが、俺の頭には一つの疑念が生まれた・・・。

 

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 俺と先生の魔法で傷を治癒、学園に帰還し、各々が自分のISの修理に向かった後、俺は先生を呼び止めた。先程からのモヤモヤをぶつけるためだ。

 正直な答えが返ってくるとは思っていない。だが、どうしても聞いておきたかったんだ。

 

「先生。今回の件だが。」

 

「なんだ?お前が空気だった件か?」

 

「それは、置いといて。・・・先生は今回、全部が罠だったことを知っていたんじゃないか?」

 

「・・・。」

 

「思えば、先生がこんな簡単な偽情報に引っかかるのがおかしいと思っていたんだ。本当の目的は、まだ本格的に覚醒していないあいつらに侵魔の力と戦い方を直に体感させるため、じゃないのか?」

 

「だとしたらどうする?」

 

 この・・・。涼し気に言ってくれる。

 

「俺は『昔』も『今』もあんたに着いていく。命だって惜しくないのは変わらない。だけど・・・。」

 

「だけど、なんだ。」

 

「・・・あいつらに何かあるようなら、いくらあんたでも俺は反旗を翻す。どんな恩があろうと、義理があろうと。」

 

 俺たちの視線が重なる。正直震えを抑えるので必死だったが、これが今の思いだ。

 今の俺は、この人よりあいつらを優先するだろう。かつて世界を裏切ったように、その時はこの人を裏切る。

 裏切り者と罵ればいい。それでも、俺はあいつらが好きなんだ。

 惚れた女も、いることだしな。

 睨み合っていると、ふっ、と先生が笑った。

 

「俺以外に支えが出来たんだな。その心、大切にしろよ。」

 

 そう言って、俺に背を向けて行ってしまった。

 なんだか拍子抜けしたが、とても大事なことを言われた気がする。

 先生以外の支え、か・・・。確かに、そうかもな。

 あの時の俺に無かった心の余裕が、今はあると、そう思う。

 あいつらのためなら、俺はなんだってできるような気がする。

 たとえ、命を懸けてでも・・・。




サヴァンの台詞の数字は打ち間違いではありません。一応意味を持たせたくてあえてこうしましたが、なんだかよくわからないことに・・・(´・ω・`)

てか何言ってんでしょうねあの人。僕もわからな(グシャッ)


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揺れ動く想い

作者)今年も暑いですね。皆さま体調にお気をつけてお越しくださいませ。

旺牙)お前の無駄な元気分けてやれればいいのに。

作者)いや自分もそんなに元気無いし・・・。

旺牙)すり潰せばエキスの少し位出てくるだろ。

作者)言ってることグロいよ!?


 放課後になっても部活動、委員会に所属する生徒はまだまだ忙しい。もちろんそれは我らが生徒会も変わらない。むしろ書類の山で各々の顔が見えなくなるほどだ。取り合えず本音。寝るな。せめて顔を上げろ。

 まあ今日は俺も一夏も部活動派遣が無い日なので、若干忙しさは減っている、はず。

 そんな中でもテキパキと書類を捌いている楯無さんは凄いと思う。これで人を食ったような態度や行動が無ければ完璧なのだが・・・。いや、これで丁度よくバランスが取れているのだろうか。

 

「ン~。ちょっとお茶にしましょうか。虚ちゃん、お願い。」

 

「はい、会長。お茶請けは・・・、確か志垣君がシフォンケーキを作ってきてくれたんですよね?」

 

「ええ。朝作ったので出来立てとは言えませんが。」

 

「ケーキ!?」

 

 本音は相変わらずだなあ。

 

「頭使うと思ってちょっと工夫してきました。カロリーたっぷりですよ。」

 

「「!?!?」」

 

「え?何この空気。」

 

 くっくっくっ、年頃のお嬢さんに対してカロリー、もちろんわざとだ。二人がしっかりと体型維持をしていることは知っているが、それがなみなみならない努力の元にあることも知っている。

 さらに言えば最近はデスクワークばかりでちょっとその努力に力が入っていないことも想定済み。

 これは、いつもいつも弄られている復讐なのだよ・・・。本当は違うけど。

 虚先輩は・・・。すいません。犠牲になってください。

 

「そ、そうね!頭使って疲れてるから、ちょうど良かったわ!」

 

「はい。そこを考えているとは、流石は志垣君ですね・・・。」

 

 一瞬ギラッと睨まれたような気がしたが、どこ吹く風。たまには俺がやり返しても良いだろう。

 

「ああ、冷蔵庫に生クリームが冷やしてあるんですよ。自分で言うのもなんですけど、美味いですよ。カロリー激高ですけど。」

 

 そして止めに一言。

 

「あ~ん、一夏く~ん!旺牙くんがイジメるー!」

 

「え?あ、はあ。旺牙、止めてやれよ。」

 

「特に意味も分かってない奴が口出すな。」

 

「酷い!?」

 

「ウマウマ♪」

 

 本音ェ・・・、お前はマイペースだなあ。栄養分は全部胸に行くのかい?

 

「ダイエットすべき・・・?いえでも、彼なら体型が崩れても気にしないはず。大丈夫、きっと大丈夫・・・。」

 

 ブツブツ言いながらシフォンケーキを見つめる虚先輩。うーむ。少し可哀想だから本当のことを言うか。

 

「冗談です。」

 

「「は?」」

 

「本当はカロリー計算もして、甘さ控えめにしながら味もしっかりした自信作です。生クリームつけ過ぎなきゃそうそう太りませんよ。」

 

 ゴゴゴゴゴゴ・・・。

 おっとこれは危険信号かな?

 

「「乙女で遊ぶな!」」

 

 スパァン!という音が生徒会室に響く。痛くは無いけど、衝撃で脳が揺れるんだ。

 

「何の状況だよこれ。」

 

「ウマウマ♪」

 

 置いてけぼりの一夏と、我関せずの本音。

 この後みんなで仲良くお茶の時間にした。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

「まったく!さっきも言ったけど、乙女のデリケートな部分で遊んじゃ駄目よ。」

 

「へいへい。」

 

 只今書類に不備があった部活から帰っている途中。会長自らが赴くまでもないと思ったがたまには自分の目で活動を見ておきたいとのことだった。こういう所が人気と畏怖を集める事に繋がるんだろうな。畏怖しているのは一部のみらしいが。

 

「もう、私だってこれでもお年頃なんだからね。」

 

「分かってますよ。ただたまには俺が反撃しても罰は当たらんでしょう。」

 

「意外とお調子者よね、旺牙くんって。」

 

 困ったように苦笑している。ズルいなあ、こんな時にもお姉さんぶって。

 

「たまにイタズラ仕掛けるわよね、旺牙くんは。」

 

「イタズラするのには慣れてるでしょう?それこそたまには刺激を受けないと。」

 

「あらあら、気を遣ってくれてるの?それはそれで良い感じね。」

 

 ダラダラとしているようで、お互い周囲の気配を探っている。学園祭以降も生徒会長の座目当て(半分は俺や一夏目当てで)襲撃を受けたが、それらを全て返り討ちにしてきた。何だかんだで『学園最強』に挑む猛者は減らないらしい。それでも涼しい顔をしているのだから流石である。

 もうすぐ生徒会室という所で見知った姿を見つける。何かの用紙を持った簪だ。俺たちを見つけると笑顔で駆け寄ってくる。

 

「旺牙。お姉ちゃん。良いところにいた。」

 

「あらどうしたの簪ちゃん?ていうか旺牙くんの方が先なのは気になっちゃうな?」

 

「あ、あはは。」

 

 この二人が普通の姉妹としていられる。一学期までは考えられない姿だっただろう。多少無理をしたが、あの荒療治が上手くいって良かった。

 せっかく心の奥では想い合っている姉妹がすれ違っているのは悲しいものだ。

 そういう意味では篠ノ之姉妹も早く何とかしたい。

 

「そうね。備品の件は了解したわ。もう一度確認して正式に受理するからまっててね。」

 

「ありがとう。あ、それと旺牙。」

 

「んお?どうした?」

 

「えっと、その・・・。カップケーキ、作ったんだけど、食べてくれる?」

 

「ん?部屋でもよかったんじゃないか?」

 

「その、すぐに食べてほしくって・・・。」

 

 そう言って真っ赤になる簪。

 なあなあ。天使がいるよ?

 

「うん、有難くいただくよ。ありがとうな。」

 

「じゃ、じゃあ、私は行くね。」

 

「おう、お疲れ。またな。」

 

 天使が、もとい簪が帰っていく。内心もっと話していたかったが、部活の途中だから仕方ない。また部屋でアニメ鑑賞会でもしようか。

 

「・・・。」

 

「どうしました、楯無さん。」

 

「あなたたち、本当に付き合ってないのよね?」

 

「・・・まあ、お姉さんの前で言う事じゃないですけど、俺の片思いですよ?」

 

「私がいることすっかり忘れて二人だけの空間を作ってたのに?まさかの蚊帳の外だったわよ、私。」

 

「ただ前より仲良くなっただけですよ。それに、簪みたいな子が俺なんかと釣り合うわけないでしょう?」

 

「はぁ~・・・。簪ちゃん可哀想。」

 

「???」

 

 

――――――

 

 この二人は・・・。はたから見るとどう見てもカップルよ。しかもバカップル。なんでお互い相手の気持ちに気づいてないのかしら。わざとかしら。

 まあ、二人が悲しむ顔は見たくないから、それを引き裂き裂くようなことはしたくないし、そんなことをする輩は・・・ね?

 でも旺牙くんのこと敵視している子もいれば、本気で好き!て子も結構いるみたいね。特によく一緒にいる二人組とか。出来ればそんな一生懸命な子も蔑ろにしたくはないわ。

 いっその事一夫多妻制にでもならないかしら。

 そうすれば・・・。

 ???そうすれば何?今ちょっと胸の奥がチクリとした。

 さっきも、簪ちゃんと旺牙くんがイチャイチャしているのを見てイガイガした。

 まさか・・・、いやいや、この私がよ?それこそあり得ないわ。

 私は、裏の世界の人間。きっと将来の旦那様も、決められた相手になるでしょう。

 だからこんな感情は間違い。そう、間違いなのよ・・・。

 

 ピトッ。

 

「うひゃあ!?」

 

「隙だらけでしたよ楯無さん。」

 

 悪戯が成功したというような無邪気な顔で缶コーヒーを持っている彼。どうやら冷えた缶を首筋につけられたらしい。

 

「さっき紅茶飲んだばかりですけど、まだ疲れてるでしょう?これでも飲んでくださいよ。」

 

「え、えぇ。ありがとう。えっと、お金は・・・。」

 

「いらんですよ。たまには格好つけさせてくださいよ。」

 

 どうやら奢ってくれるらしい。まったく、どこでそんな気遣いを覚えて・・・。ああ、忘れてたけど、旺牙くんには前世の記憶があるんだっけ。実質年齢三十代だとか言ってたけど。

 

「それでも生意気。ま、その心意気に免じて奢られておきましょうか。」

 

「はは、素直じゃねえの。」

 

 爽やかな笑顔を向けてくる。この笑顔の裏に、心にも体にも傷を負っている。

 この子にはいつまでも笑顔でいてほしい。そう思うのは烏滸がましい事なのか。私が考えてはいけない事なのだろうか。

 うん、それは簪ちゃんの役目よね。

 私は、それを見守っていられれば、それでいい。それでいいのよ。

 

 

――――――

 

 

「ただいま・・・って、本音のスイッチが切れてる。」

 

「あはは・・・。」

 

「まったく・・・。」

 

 寝落ちした本音を放っておいて、俺たちは仕事を完遂した。

 

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

「で?今日は客人が来るんですか?」

 

「ああ。世間一般では超VIPだが、そこまで丁寧に扱うことは無いぞ。」

 

 安東先生は随分な言い草だが、超VIPとは一体・・・。しかも出迎えが俺と安東先生、織斑先生の三人。いや、何故俺も?

 相手はかなり気性難らしいが、この三人なら大丈夫らしい。だからこそ、何故俺も一緒にいるんだ?

 

「もうすぐか・・・さてどこにいる?」

 

「近くに潜んでいるのは間違いないだろうな。」

 

 先生二人が辺りを見回している。え?もう来てるの?車とかが着た形跡はないけれど・・・?

 なんか地面から巨大な草?が生えている。そうだな、イメージするなら『人参の葉』かな。

 人参・・・。やっべ、なんか変な汗が出てきた。まさかのあの人か?

 と、とりあえず引き抜けばいいのかな?草を掴み、一気に!

 

 スポンッ!

 

「いってぇ!」

 

「おっと、そんなところに。」

 

「いや、ダミーのようだ。」

 

 草だけ?くそう、勢い余って尻もち着いちまったぜ。

 

「ちぃぃぃぃいいいいいちゃあああああああんっ!!」

 

 空からどこかで聞いたような声が降ってくる。降ってくる?

 なんだかウサ耳つけた女性が大の字でこちらに落下してくる。

 ああ。こんなことするのは俺の、俺たちの知り合いで一人しかいない。

 我らが暴走特急兎、束さんだ。

 

「ふん。(ガシッ)」

 

「あうっ!?」

 

 束さんの顔面を掴み、そのまま握り潰す勢いで手に力を込める織斑先生。

 この光景が普通に思えるのだから、狂気的な何かのようだ。SAN値下がりそう。

 

「ちーちゃん、い、痛い・・・。マジ痛い。出ちゃいけないモノが出そう。」

 

「まだ余裕だな。我慢しろ。」

 

「いや、話が進まん。千冬、放してやれ。」

 

「・・・ふん。ほれ。」

 

「ぷはぁ。いやー、ちーちゃんの愛は厳しいな。そこのバカには礼は言わないよ。」

 

「要らんわそんなもん。」

 

 これが幼馴染トーク?いや、この人たちが特別なだけか。

 

「お!おーくんも元気そうで良かったよ!相変わらずいい筋肉だね!」

 

「はあ、どうも。」

 

「くーちゃんも会いたがってたからね!うんうん!」

 

 ん?クロエも来ているのか?気配が感じられないが。

 

「お久しぶりです、旺牙様。」

 

「うおっ!?」

 

 背後、だと?俺の後ろを簡単に取るとは、流石だクロエ。

 いや、俺が未熟なだけだ。そう、そう思おう。余計な事は考えたくない。

 

「つーか先生方。客人ってのはまさか・・・。」

 

「ああ、こいつだ。あくまで極秘のはずだったんだがな。」

 

「出来れば人目に付きたくはない。二人とも、着いてきてくれ。」

 

「お前が指図するなよ。じゃあおーくん。またね♪」

 

 束さんを伴い、先生方は校舎に入っていく。クロエは俺にお辞儀をしてから、静々と三人に付き従っていた。

 あの、俺が呼ばれた理由が最後まで分からなかったんですけど・・・。

 あー・・・。戻るか。

 

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 あの事件(?)から数日後。驚くべきことに束さんとクロエの存在は学園の誰も確認されていない。唯一楯無さんの耳には入っているようだが、何をしに来たのかは知らされていないようだった。

 

「俺と一夏がそれぞれのラボに?」

 

「ああ。直接データを取りたいらしい。それとオールメンテナンスもだ。安心しろ。以前のような罠ではない。」

 

 あの時の侵魔の罠を教訓に安東先生が徹底的に調べ、裏を取った依頼らしい。

 ほんの少し不安が残るが、もし侵魔が絡んでいなかった場合、スポンサーの意向を無視することになりえるので、行かなくてはならない。

 

「今すぐ出発しろ。あちらを待たせるのも面倒だ。」

 

 織斑先生もまだ先日の件が頭にちらついているらしいが、逆らうことが出来ない歯痒さもあるのだろう。

 俺としては大人しくしている束さんたちが気になるが、仕方ない。

 

「なら行くか。じゃあ、お互い気を付けてな一夏。」

 

「ああ。何もないことを祈ろうぜ。」

 

 互いに拳を合わせ、無事を祈る。

 

 

 

 あっ!という間にオカジマ技研。途中に何もなかったのでカットだ。・・・誰に言っているんだ俺は。

 しかし相変わらずデカい所だ。やっぱり貧乏性の俺には落ち着かない。

 受付の人に要件を告げ、ラボに案内される。

 

「んん~!舞って待っていたよ!志垣旺牙くん!!」

 

 誰?この、誰?

 

「忙しくて実際に会うのは初めましてだね!僕は津久井!オカジマ技研本社ラボの総責任者を任されているよ!よろしく~!」

 

 何だかステップを踏みながらテンション高く捲し立てる、安東先生くらいの年齢の青年がいる。顔が美形だから余計に奇人に見える。

 

「ふむふむ。良い面構えにいい筋肉をしている。いいね!これが歴戦の戦士の姿か!」

 

「えっと、もしかして、もう知ってます?」

 

「うむ!総帥から聴いている!と言うか、僕もウィザードの端くれだよ!まあ大した実力は無いがね!」

 

 この会社は本当にウィザードの巣窟なのか・・・。

 

「早速だが『凶獣』のデータを見せてほしい。対侵魔用の戦闘記録を中心にね。」

 

 急にキリッ!とされるとただのイケメンになるから止めてほしい。調子が狂う。

 

「今日中には終わるから安心したまえ。『凶獣』のデータ取りはね。ぷくく。」

 

 あ、やべ。ぶん殴りて。




旺牙)相変わらずのグダグダ文章だな。オリムラヴァーズ出てこないし。

作者)ウググ・・・。ウググ・・・。

旺牙)おい、変な汗出てるぞ。

作者)打ち切り・・・?打ち切り・・・?

旺牙)オイ落ち着け!


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すべては戦いのために

旺牙)そう言えばEOS(イオス)の場面はやらなかったな。

作者)だってお前が筋肉に任せて無双するシーンしか考えられなかったんだもの。

旺牙)つまりヒロインズが活躍しないと・・・いつものことじゃね?

作者)あんまり度が過ぎると怒られそうだから・・・。

旺牙)小心者め。


 オカジマ技研にデータ提供及びオールメンテナンスを頼みにやってきてどれ位経っただろう。いや、数日滞在したわけではないのだが。

 今は凶獣の基礎データを見せられている、のだが。

 

「どうやったらこんな化け物スペックになるんだ?」

 

 碌な実戦はしていないとはいえ、ダメージを受けたのは『覇王ジーザ』との一戦のみであり、模擬戦では他の専用機を遥かに上回る戦闘力、結果を残している。と言うか負け無し。マドカとの模擬戦はどっこいどっこいだが、『獣王悪食』のおかげで大抵の正面からの攻撃は無効化、吸収出来る。これが反則だ、ってみんなに言われる。

 しかし、攻撃すら『喰らう』ISか。・・・喰らう。これが凶獣の、いや、『俺』の本質なんだろうか。

 

「お~や!難しい顔をしてどうしたのかな?」

 

「うわっ!?」

 

 目の前に津久井さんの顔が現れる。いきなりなので心臓に悪い。

 素が美形だが常時破顔しているので反応に困る。

 

「相棒の、いや自分自身のことを考えていたのかな?」

 

「自分自身・・・。」

 

「うむ。それなりの数のISのデータを見てきたが、君と凶獣の相性というか一致率は最高クラスだ!君たちはまさに一心同体!もしかしたらあの『白騎士』や『暮桜』に匹敵するかもしれないなぁ!」

 

 暮桜、かあ。織斑先生、いや千冬さんの専用機。今はどこにあるのかわからない。

 あれほどの機体だ。解体されたということはないだろう。

 そんなISに匹敵とはいささか言い過ぎじゃないだろうか。

 

「そう言えば津久井所長「さんでいいよ。」・・・さんは男性でここの責任者なんですよね?よく周りが納得しましたね。」

 

「この会社、もとい岡島総裁は能力主義者だからね。装着は出来なくとも構造を社内で最も理解していたのが僕だっただけさ。運良く他の女性所員も能力主義者が占めているからやりやすいしね。」

 

 何故か津久井さんはタップダンスを踊りながら話してくれる。職場に恵まれたことを心から感謝している、そんなことを言いたげに。

 

「所長!踊ってないで作業に戻ってください!あ、志垣君も協力してもらっていい?」

 

「あ、はい。」

 

「う~ん。いつも通り厳しいな~。」

 

「真面目にやってくれれば怒りません!」

 

 何だかんだで女性に強く出られないのはよその男性と変わらないらしい。

 

「いつかISが、本来の役割に使われる日が来るといいねえ。」

 

 本当の役割、宇宙開発か。

 何時か俺も、それに携われたらいい、と考えるのは烏滸がましい事なのだろうか。

 

 

 

   ☆    ☆    ☆

 

 一方、一夏と旺牙が学園を離れている時。

 

「では、状況を説明する。」

 

 IS学園地下特別区画、オペレーションルーム。

 本来なら生徒の誰一人として例外なく知ることのない場所に、選ばれた生徒たちが集められていた。

 箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪、マドカ、楯無が立って並んでいる。その前には、千冬と真耶と一樹がいた。

 このオペレーションルームは完全独立した電源で動いているらしく、ディスプレイはちゃんと情報を表示している。ただし、空間投影型ではない旧式のディスプレイだったが。

 

「しかし、こんなエリアがあったなんてね・・・。」

 

「ええ。いささか驚きましたわ・・・。」

 

 それとなく室内を観察しながら鈴とセシリアがつぶやくと、すかさず千冬に注意を受けてしまう。

 

「静かにしろ!凰!オルコット!状況説明の途中だぞ!」

 

「は、はいぃっ!」

 

「も、申し訳ありません!」

 

 千冬の怒号で、鈴とセシリアのひそひそ話は中断される。

 それから改めて、真耶が表示情報を拡大して全員に伝えはじめた。

 

「現在、IS学園ではすべてのシステムがダウンしています。これはなんらかの電子的攻撃・・・つまり、ハッキングを受けているものだと断定します。」

 

 真耶の声も、いつもより堅さがある。どうやら、この特別区画に生徒をいれることは、かなりの緊急事態のようだった。

 

「今のところ、生徒に被害は出ていません。防壁によって閉じこめられることはあっても、命に別状があるようなことはありません。すべての防壁を下ろしたわけではなく、どうやらそれぞれ一部分のみの動作のようです。」

 

 だからトイレにもいけますよ、と言ったが、誰も笑わなかった。

 

「あ、あの、現状について質問はありますか?」

 

「はい。」

 

 ラウラが挙手する。相変わらず、現役軍人は有事の際に行動が機敏なのだった。

 

「IS学園は独立したシステムで動いていると聞いていましたが、それがハッキングされることなどあり得るのでしょうか?」

 

「そ、それは・・・。」

 

 困ったように真耶が視線を横に動かす。それを受けて、一樹が口を開いた。

 

「ハッキング、と言ったが、正確には『奴ら』の仕業だ。」

 

「『奴ら』・・・。」

 

 誰ともなくその単語を口にする。全員が思い浮かべたのは、『侵魔』。

 

「ああ、心配するな。必要になったため、山田先生にも簡単な事情は話してある。俺たちにかかわる以上、いつか無理にでも知ることになるからな。」

 

 当の真耶は不安そうな表情を隠そうと、より堅い顔になる。

 

「敵の目的は?」

 

「それがわかれば苦労はしない。」

 

 他に挙手するものがいなかったので、真耶は作戦内容の説明へと移行した。

 

「それでは、これから篠ノ之さん、オルコットさん、凰さん、デュノアさん、ボーデヴィッヒさんはアクセスルームへ移動、そこでISコア・ネットワーク経由で電脳ダイブをしていただきます。更識簪さんは皆さんのバックアップをお願いします。」

 

 すらすらと真耶が告げる。しかし、それに対する専用機持ちたちの反応は静かなものだった。

 

「・・・・・・。」

 

「あれ?どうしたんですか、皆さん。」

 

 きょとんとしている真耶の前に、楯無とマドカ以外の全員がぽかんとしていた。

 

「「「で、電脳ダイブ!?」」」

 

「はい。理論上可能なのはわかっていますよね?ISの操縦者保護神経バイパスから電脳世界へと仮想可視化しての侵入ができる・・・あれは、理論上ではないです。実際のところ、アラスカ条約で規制されていますが、現時点では特例に該当するケース4であるため、許可されます。」

 

「そ、そういうことを聞いてるんじゃなくて!」

 

 鈴がぶんぶんと握り拳を縦に振る。

 

「そうですわ!電脳ダイブというのは、もしかして、あの・・・。」

 

 セシリアが困惑気味に喋ると、それにシャルロットが続けた。

 

「個人の意識をISの同調機能とナノマシンの信号伝達によって、電脳世界へと侵入させる――」

 

「それ自体に危険性はない。しかし、まずメリットがないはずだ。どんなコンピューターであれ、ISの電脳ダイブを行うよりもソフトかハードか、あるいはその両方をいじった方が早い。」

 

 ラウラのもっともな言い分に、簪が付け加える。

 

「しかも・・・電脳ダイブ中は、操縦者が無防備・・・。何かあったら、困るかと・・・。」

 

 最後に箒が全員の意見を代弁した。

 

「それに、一箇所に専用機持ちを集めるというのは、やはり危険ではないでしょうか。

 

 それらの意見を全て聞いてから、千冬はすっぱりと言い切った。

 

「ダメだ。この作戦は電脳ダイブでのシステム侵入者排除を絶対とする。」

 

 その言葉に、一樹が続ける。

 

「侵魔の中には電脳世界に月匣を展開する輩もいる。これはいち早く月匣に馴染むための実戦だ。ここを乗り越えられなければ、旺牙や織斑と共に戦うことなど出来ん。イヤならば、辞退しろ。戦力にならなければ、置いていくだけだ。」

 

 ふたりの迫力に、全員が気圧される。

 

「い、いや、べつにイヤとは・・・。」

 

「ただ、ちょっと驚いただけで・・・。」

 

「で、できるよね。ラウラ?」

 

「あ、ああ。そうだな。」

 

「ベストを尽くします・・・。」

 

「や、やるからには、成功させてみせましょう。」

 

 それぞれの同意を得たところで、千冬はパンッと手を叩いた。

 

「よし!それでは電脳ダイブをはじめるため、各人はアクセスルームへ移動!作戦を開始する!」

 

「有事の際は俺とマドカが何とかする。とりあえず行ってこい。」

 

 その言葉を受けて、箒たちはオペレーションルームを出る。

 後に残ったのは、千冬と真耶、一樹とマドカ。それに楯無だった。

 

「さて、お前には別の任務を与える。」

 

「なんなりと。」

 

 いつものおちゃらけはゼロで、楯無は静かにうなずく。

 

「おそらく、このシステムダウンに乗じて、別の勢力か、『奴ら』の別動隊がやって来るだろう。」

 

「敵、それも侵魔の可能性が高い――、ですね。」

 

 

「今のあいつらは戦えない。悪いが、頼らせてもらう。」

 

「任されましょう。」

 

「お前には厳しい防衛戦になるな。」

 

「ご心配なく。これでも私、生徒会長ですから。」

 

 そう言って不敵に微笑んで見せるが、一樹は表情を曇らせる。

 

「俺たちが出られれば早いんだが、ここを空にしておきたくもない。それに『覚醒済み』とはいえ、お前には実戦経験がない。」

 

「ええ。けれど私は更識楯無。こういう状況下での戦い方も、わかっています。それの、あなたに多少なりとは教わりました。」

 

 生徒の長として、一歩たりとも引きはしない。

 その強い決意が双眸の奥に見えて、千冬と一樹はふうっと溜息を吐いた。

 それから真っ直ぐに楯無を見つめて、一言告げる。

 

「では、任せた。」

 

 楯無はぺこりとお辞儀をして、オペレーションルームを出て行く。

 

「私も彼女たちのところに行く。兄さんの頼みだ。絶対に守ってみせるさ。」

 

「ああ。少なくとも『彼』が戻ってくるまでは頼む。」

 

 その言葉と共に、マドカも姿を消した。

 ふたりが部屋を出てから、千冬と真耶、一樹は重い口を開いた。

 

「私たちは何をしているんだ・・・。守るべき生徒に戦わせて、私たちは・・・。」

 

「織斑先生・・・。」

 

「俺たちには手が出せない『運命』にある。・・・そんなもの、ぶち壊してやりたいがな。」

 

 仕方がない、とは言わない。言ってはいけない。

 だが、『かつて』多くの子供たちを戦場に送ってきた一樹の心情はいかがなものか。無表情を貫く彼の握り拳からは、赤い液体が流れていた。

 

「俺たちはここの死守だ。無いとは思うが、ここまで奴らがやって来る可能性もある。」

 

「・・・なにか、ここでも何かしらの意志がはたらいているような気がするな。」

 

「本当に、これで良いんでしょうか・・・。」

 

 生徒を送り出した教師たち。その背には悲哀が混じっていた。

 

「さて、念のため『アイツ』にも助力を頼もう。妹が関わっているんだ、手伝うだろう。」

 

「お前は・・・インテリヤ〇ザのようだな。」

 

 

――――――

 

 

「さて、と。」

 

 楯無は破壊した防壁からひょいっと抜け出ると、軽やかに着地した。

 

「全校生徒は大体の避難が終わったようだし、それならまあ、大丈夫ね。」

 

 ぱっと扇子を開く楯無。そこには「迎賓」と書かれていた。

 お迎えするのは、笑顔ではなく鉄拳だが。

 そして、窓から見える天空には紅い月が昇っている。

 目の前には男か女かもわからない、黒い「けむくじゃら」が六体。

 どこぞの国の特殊兵装、とは思えず、その毛までが生物的で、生理的嫌悪感を覚えさせる。

 

「そう言えば、私ってこれが対侵魔の初陣なのよね。」

 

 楯無は『ミステリアス・レイディ』を展開させる。

 

「さて、どんなものか、試させてもらうわよ。」

 

 けむくじゃら、もとい侵魔に『憑かれしもの』のなれの果てから大型の針のようなものが発射される。

 しかし、それらはすべて楯無の目の前で止まった。

 

「!?」

 

「ふふん。なんちゃってAICよ。」

 

 実際には、正面にあらかじめISのアクア・ナノマシンを空中散布していたのだった。IS専用の射撃武器ならいざ知らず、この程度の攻撃はこうしてたやすく遮ることができる。

 動揺する化け物に微笑む楯無。

 そして―

 

「ぽちっとな。」

 

 楯無がかちんと親指を閉じる。

 刹那、大爆発が廊下を飲み込んだ。

 

「ミステリアス・レイディの技がひとつ、『クリア・パッション』のお味はいかが?」

 

 こういった屋内戦闘は、本来ミステリアス・レイディの独壇場だ。なにせ、ナノマシンの分布密度から流動まで、すべてコントロールできるのだから。

 しかも相手はヒトならざるモノとはいえ、下級の侵魔。装備と元々の戦闘力に差があり過ぎる。

 

「弱いものイジメみたいよねぇ。」

 

 はぁ・・・っとため息をつく楯無。・・・しかし。

 

「うふふ。そういうのって大好き。」

 

 にこ~っと、魔性の女が微笑む。

 大体、相手はほとんどの生徒が非武装の女子校に乗り込んできたのだ。そもそも人外。大義名分は楯無にある。

 

「さあ、行くわよ。必殺、楯無ファイブ!」

 

 言うなり、その姿が五人にわかれる。

 ずららッと並んだ、ISを纏ったランス装備の更識楯無×5。

 

「まあ、ミステリアス・レイディの機能なんだけどね。」

 

 すなわち、五体の内いくつかはナノマシン・レンズによって作り出した幻であり、その他アクア・ナノマシンによって製造した水の人形だ。

 問題は、その内訳が分からないことだった。

 しかも、水人形に至っては―

 

「どっかーん。」

 

 爆発機能付きの実体なのだ。しかも、水で出来ているので遠距離攻撃は効かない。

 

「ぐばあぁっ!?」

 

「グぐぐ、これは・・・!」

 

 恐怖の権化である『憑かれしもの』がどんどん消滅していく。彼らは本来人間だったらしいが、長く侵魔に憑依され続け、既に人には戻れないことも聞いている。(憑依されて短い者は助けられるらしいが)

 姿を現した六体とは別のグループも合流してきたが、一切楯無に歯が立たない。

 

「一度離れるぞ!」

 

 これで十六歳。しかも、まだ本気では無い。

 それでこの有様なのだ。

 

「うふふふ♪」

 

 炎の中、微笑む楯無。百パーセント、悪役だった。




旺牙・一夏)出番まだー?

作者)もうちょっと待ってて。

千冬・真耶)私たちの出番は?

作者)すいません、カットで。

四人)ブーブー!

作者)ええい!うるさい!


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あらたな光

隊長)私の出番は?

作者)そもそも襲撃者が全部侵魔になっているので無いです。

旺牙)ごめんなさい。この馬鹿原作を読み返して頭やられたみたいで。

隊長)私の存在そのものを知らない人もいると思う。

作者)マジすんませんでした。


 オペレーションルームへと続く通路。千冬、真耶、一樹はそこを塞ぐように並んでいた。

千冬は打鉄、真耶はラファール・リヴァイヴを展開しているが、一樹はハンドガンを右手、ナイフを左手に構えているのみ。

 

「あの、本当に大丈夫なんですか?」

 

「俺なら問題ありませんよ。この状態の方が戦いなれているし、むしろこの狭い中ISが三機並んだ方が動きが取れないでしょう。」

 

 それにISにはAnti-KAGUYAが搭載されてますから、と続ける。

 

「この馬鹿はアホで自信家だが愚かではない。最良の選択肢を取っているのだろう。」

 

「おいおい、幼馴染になんて言い草だよ。」

 

「あ、あはは・・・。」

 

 苦笑するしかない真耶。だが、空気がぴりついた瞬間、彼女の表情も引き締まる。

 

「さて来るぞ。かわいい生徒のためだ。教師が力になりましょうか。」

 

 迫りくる侵魔の気配に、三人は戦闘態勢を取る。

 その前にと、一樹は誰かに連絡した。

 

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

「ここが・・・?」

 

 箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪、マドカの一行は、教えられたアクセスルームへとたどり着いた。

 部屋の中は白一色で、それぞれがぼんやりと発光している。

 部屋の中には左右で三対、計六台のベッドチェアがあった。部屋と同じく真っ白のそれは、まるでヘアサロンのようにも見える。

 

「みんなはこのイスで体を楽に・・・。私は、向こうのデスクでバックアップをするから・・・。」

 

「私は更識簪の護衛を兄さんから承っている。同じくデスクで待たせてもらおう。」

 

 簪とマドカの言葉に促されて、全員がベッドチェアに身を横たえる。

 

「し、しかし、なんなんだこの部屋は?まるで映画の世界だぞ。」

 

「そうですわね。このような設備、はじめて見ましたわ。鈴さんは?」

 

「んー。中国にもなかったわねぇ、こんな設備。ここの地下特別区画って一体なんなの?どう考えても変でしょ。」

 

「確かにね。ちょっと普通じゃないよ。さっきのオペレーションルームなんて、ものすごい耐久構造になってたし。」

 

「え、なに、シャルロット。あんたISでスキャンしたの?」

 

 秘密だよ?と、シャルロットは人差し指を唇の前で立てる。

 

「ドイツにもこれに類似する装置は無かったな。いったい、この学園はなんだ?本当にただの高校なのか?」

 

 ラウラが口にした言葉で、全員が黙ってしまう。

 それは薄々感じていたことだ。

『このIS学園は秘密が多すぎる』。

 誰かが言わなくてもわかる。その場の全員がそう思っていた。

 

「とにかく、今は侵魔の撃退が先決だ。兄さん曰く、戦闘能力は低いそうだが、時間を掛けるのも面倒なことになりかねん。」

 

「あ、そうだね・・・。それじゃあ、みんなはISをコア・ネットワーク接続のために・・・ソフトウェア優先処理モードに変更を・・・。」

 

 簪は早速、自身のIS 『打鉄弐式』を起動、コンソールだけを呼び出して、キーボードをずらりと手前に広げた。

 

「あ。」

 

 ふと、シャルロットが声を漏らす。

 

「なんかさ、前に読んだ本で、ゲームの世界に入るっていうのがあったけど、そんな感じになるのかな?」

 

 どこかワクワクとした様子のシャルロットに、他のメンバーはぽかんとしている。

 ごほんと咳払いをして、簪が回答した。

 

「中は仮想現実の世界になっています・・・。こちらでバックアップしますので、みんなはシステム中枢の再起動と侵魔の撃退に向かってください。・・・ナビゲートします。・・・気を付けて。」

 

「一応危険があるかもしれん。気を引き締めて行け。」

 

「了解っ!」

 

 鈴が元気よく答える。

 それから全員ベッドチェアに体を預けて、意識を集中させた。

 

「行きます・・・!」

 

 簪がシステムとの接続を行う。瞬間、五人の意識は落ちるような吸い込まれるような、不思議な感覚に包まれた。

 

「まず第一次フェーズは完了・・・。本番はこれから、て、秘匿回線?」

 

 打鉄弐式に通信が入る。

 

「問題ない。味方だ。一応な。」

 

『んー、一応は酷いなぁ。』

 

「!?」

 

 突如繋がった通信から、見たことも聞いたこともある人物が顔と声を映す。というより、『彼女』を知らない人間は、少なくともIS関係者にはいないであろう。

 

『ちーちゃんに頼まれたし、珍しくアイツも頭を下げてきたから、今回は協力してあげるよ。箒ちゃんも関わってるし、少しでも危険を排除しないと。』

 

「し、し、篠ノ之博士・・・!?」

 

 ウサ耳とドレスを着用した女性、ISの生みの親である篠ノ之束が急に現れたのだ。簪はもうパニック寸前である。

 だがそれも、束本人に諫められる。

 

『おいおい、さっきも言ったけどさ、箒ちゃんも巻き込まれてるんだよ。一樹からは出来るだけ生徒に任せてくれって言われたけど、束さんとしては私だけでなんとかしたいくらいなんだよ。そこを我慢してるんだから、気合い入れなよ。』

 

「は、はい・・・!」

 

 思わぬ援軍に、気を緩めるどころか引き締め直す簪。急に自身の命を握らされた感覚だった。

 それでも、頼もしい事にはかわらない。態度はともかく。

 

『マドちゃんはしっかりみんなを守ってて偉いね!流石だよ!』

 

「マドちゃんと呼ぶな。兄さんの頼みだ。全力で引き受ける。」

 

『マドちゃんはアイツが大好きだねぇ。』

 

 どこか緊張感がない会話を挟み、それぞれが己の役割に入る。

 

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

「さて、こんなものか。後詰は・・・一応無さそうだ。」

 

 地下特別区画通路、教員組の戦闘の後があった。色々と焦げ付いているが、月匣が完全に消えれば、この惨状も残らず消える。侵魔との戦いではそこが利点だった。

 自分が転生、覚醒した時には既に簡単なウィザード組織が出来ていたので、情報操作も出来ていたのが楽だった。転生者の中で自分が一番の古株と言われた時は驚いたが。

 

「ハァ・・・、ハァ・・・。これが、侵魔なんですね・・・。」

 

「ISでも苦戦するか・・・。ウィザードの能力が羨ましいな。」

 

「面倒なだけだぞ・・・て、千冬、怪我してるじゃないか。」

 

「む。少し掠ったか。」

 

 千冬の右腕に軽い切り傷が刻まれていた。血は流れていなかったが、放っておけば痕になりかねない傷跡だ。

 

「こんなもの、唾でもつけておけば治る。」

 

「だ、駄目ですよっ!?女性が傷なんて残しちゃっ!?」

 

「山田先生落ち着いて。ほら、診せてみろ千冬。」

 

 一樹が千冬の傷跡に触れると、その部分が淡く光る。

 

「・・・温かいな。」

 

「別に特別なものじゃない。ただ、俺の得意分野はこっちだ。」

 

「・・・そうか。」

 

 光が消え、一樹が手を離すと傷は消えており痕も残っていなかった。

 

「さっきは攻撃する魔法を見ましたけど、これは、治療魔法、ですか?」

 

「ええ。今言った通り、俺は治癒や補助の魔法の方が得意なんですよ。」

 

「・・・きっと、安東先生が本当は優しいから、そういう魔法が使えるんですね。」

 

「・・・ただそういう資質なだけですよ。さて、念のためまだ待機していましょうか。」

 

 顔を背ける一樹の耳は若干赤くなっている。

 傷のあった腕を撫で、千冬はなにやら温かい気持ちになっていたが、それを彼女が気付くことは、今はなかった。

 

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

「さて、こんなものかしら。」

 

 全ての侵魔『憑かれしもの』が転がっているのを見て、ふうっと一息をついた。

 

(これが本物の侵魔。安東先生に鍛えられてなかったら、確かに手こずったかも。)

 

 学園のシステムが停止したのもこいつらの同類の仕業だと思われる。

 あまりに長時間続くようなら、各教室のシャッターを破壊して外気を取り入れなければいけない。

 

(うーん、生徒会長自ら破壊行為っていうのは、さすがにちょっと・・・。)

 

 しかしまあ、迷ってもいられない。

 

「いきましょうか。」

 

 エネルギー節約のため、ISを待機状態に戻す。

 一歩、歩き出す。

 その瞬間、『ナニカ』が楯無の腹部を貫いた。

 

「え?」

 

 その『ナニカ』が引き抜かれ、ぶしっと血が噴き出す。

 そのまま、わけもわからず楯無は前のめりに転倒した。

 

「ようやく隙を見せたな・・・。」

 

(しまった、私としたことが!)

 

 安東は言っていた。侵魔との戦いは、最後まで気を抜くなと。

 一瞬の油断、勝利の余韻が、命にかかわると。

 倒れ伏していた侵魔の数体がゆっくりと起き上がる。そのうちの一体の指が血に塗れている。楯無の腹部を貫いたのはソレだろう。

 

「どうする?」

 

「ISとやらはパツィア様とマリア様が所持しておられるが、研究用が足りない。持ち帰ろう。」

 

「その人間は?」

 

「実験動物くらいには使えるだろう。同じく持ち帰る。

 

 群れのリーダーと思わしき男の言葉を聞いてから、連中は外へと向かう。

 まだ死なれては困る、という意味なのか。傷口は申し訳程度に塞がれ、自殺されないように一体の腕で猿ぐつわを噛ませる。

 

「ん、ぐぅっ!」

 

「動くと死ぬぞ。別に我々は構わんが。」

 

「・・・・・・。」

 

 ズキズキと腹部から骨肉をえぐり取るような痛みが響く。

 重傷に加えて雑な扱いを受け、意識が遠のいていく。

 

(おうが・・・く・・・ん・・・)

 

 無意識のうちにその名前を呼んでいた。

 そして、楯無はかくんと意識を失う。

 

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

「ん?」

 

「む?どうかしたかね?」

 

「いえ・・・、誰かに呼ばれたような気がして。」

 

 なにか、胸騒ぎがする。この手の感覚は外れたことがないのが、俺の自慢だった。

 凶獣はデータも取り終わり、待機状態で机の上に置かれている。

 

(グルルルル・・・。)

 

(カカカ!おいおい、取り返しのつかないことが起っちまうぜ?)

 

 獣の静かな唸り声と、自分自身によく似た声が響く。

 今戻らないと、生涯後悔することになる。

 そう感じた俺は、チェーン状の凶獣を引っ掴み即時展開する。

 

「ちょ、旺牙くん!?ちょっと!?」

 

「すいません!なにかあったらすぐに戻りますんで!それじゃあ!」

 

 津久井さんの静止の声も聞かず、即全速でIS学園へと戻る。

 頼む、間に合ってくれよ!

 

 

 

「行ってしまった・・・。ふむ、余程の事態か。・・・後は頼むよ、『運命の子』。」

 

 

 

 

 

 

 連続の瞬時加速でIS学園にたどり着くまで三十分とかからなかった。

 もう一つこちらに高速で向かっている反応は、白式か。

 

(急げよ『俺』!カカカ!)

 

 煩い!お前に言われなくてもわかってる!

 

「!?」

 

 凶獣のセンサーが何かの反応を捉える。

 

「あれは・・・!」

 

 学園の渡り廊下、ヒトの形をしたナニカに運ばれているのは楯無さんだった。

 

「何を―」

 

 沸騰する怒りを限界で留め、瞬時加速。意識を一点に集中。

 

「してんだゴラアアァァっ!!」

 

 突撃と同時に連中を振り払い、楯無さんを確保する。

 奴らが人間ではないことはわかっている。だから遠慮はしない。

 

「だらああああっ!!」

 

 一蹴。

 その一撃で奴ら、『侵魔』を消し飛ばす。いつも以上のパワーが出ている気がしたが、今はそれどころではない。

 

「楯無っ!目ぇ開けろ楯無っ!」

 

 俺は必死で名前を呼ぶ。生体反応があるから死んではいない。だが、血を流し過ぎている。

 急いで《ヒール》をかけ、傷を塞ぐ。しかし、楯無さんは目を覚まさない。

 

「起きろっ、楯無っ!」

 

 ひときわ強く名を呼ぶと、やっと瞼が開いた。

 

「ん・・・。おう、が・・・くん・・・?」

 

 やはり出血のせいか、意識がぼうっとしているようだ。

 

「旺牙っ!一体何が・・・!?楯無さん!?」

 

「一夏かっ!楯無さんが重傷だ!すぐに医療室に連れて行く!」

 

「ううん・・・地下・・・この場所に、・・・行って。織斑先生たちも・・・そこに・・・。」

 

「何を・・・、ええいクソ!行くぞ一夏!」

 

「あ、ああっ!」

 

 俺たちは受け取った位置データを元に、校舎の廊下をフル・ブーストで飛翔する。

 

「急所は外れてるが・・・、大丈夫ですか楯無さん!?」

 

「へーき・・・。」

 

 何が平気だよ!いつもの余裕も無いくせに!

 俺が楯無さんを抱え、一夏が邪魔なシャッターを破壊し織斑先生たちへの最短ルートを進む。

 そして、織斑先生を筆頭に三人の教師が通路にいた。周囲には戦闘の跡がある。ここで何が起こっていたんだ?

 

「千冬姉!一体何が―」

 

「説明は後だ!織斑、すぐに篠ノ之たちの救出に向かえ!」

 

「えっ!?」

 

「位置データを転送する。急げ!」

 

「は、はいっ!」

 

 その言葉に、一夏は奥に向かう。

 

「更識の傷は俺が診よう。旺牙、一応お前も手伝え。」

 

「はいっ!」

 

「落ち着け。・・・大丈夫だ。命に別状はない。少し治癒すればよくなる。体力回復には少し睡眠が必要になるだろうがな。」

 

「・・・ふうっ。」

 

 なんだか、どっと力が抜けた。思わず凶獣が待機状態に戻ってしまうほどに。

 暫くすると、奥の方からズドンッ!という音が響いた。

 そこへ向かうと、マドカが拳銃を構えていて、巨大で邪悪なウサギのようなものが転がっていた。

 

「一体何が・・・。」

 

『悪いウサギさんはやっつけちゃった♪』

 

「束さんっ!?」

 

 いやもう、本当に何が起こっていたんだ?

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

「あ。」

 

「あ。」

 

 えー、いきなりですが、大変な状況になっています。

 安東先生が治療したとはいえ、念のため医療室で入院(?)している楯無さんのお見舞いに来たのだが。

 丁度お着換えタイムだった様子です。

 

「・・・見た?」

 

「・・・ご立派ぁ。」

 

 ビュン!とランスの先端が向けられる。危ねえ、半歩下がってなければちょっと刺さっていただろう。

 赤くなっている楯無さんの姿を珍しく思いながら、隣のベッドに腰掛ける。

 

「楯無さん、知ってたんですね、世界の『裏側』と言うか、『真実』と言うか。」

 

「ええ。一応戦い方も教わったはずだったんだけど、慢心しちゃったみたい。」

 

 更識家が知っていたのか、安東先生の差し金か。おそらく後者だろうが、あの人が半端に教えるとは思えない。言い方が悪いが、傷は楯無さんの油断だろう。

 

「この世界に首突っ込むってことは、またこんなことになりかねない。それどころか命を落としかねないんですよ。」

 

「・・・ええわかってる。だから、もっと修練しないとね。みんなを守れるくらい・・・って、旺牙くん!?」

 

 儚い笑顔を浮かべる楯無さんの手を、思わず握りしめてしまう。

 

「・・・俺が止めて止まるような人じゃないのはわかってます。だから、俺にあなたを守らせてください。そして、強くなってください。自分自身を守れるように。」

 

 それは懇願だった。この人を失いたくない。俺は強くそう思っていた。

 みんなと同じ、俺の大切な日常、友人なのだから。

 

「なんだか、ちょっとムッとしたんだけど。」

 

 なんで?

 

「そういえば、傷痕は・・・。」

 

「安東先生の魔法とナノマシン治療で残ることは無いって。あと、旺牙くんの応急処置が早かったのもあるって・・・。ありがとうね。」

 

「それなら、良かった。」

 

 しばらく、ふたりのあいだに沈黙が訪れる。それは気まずいものではなかった。暖かいような、恥ずかしいような。

 

「・・・ありがとうね。」

 

「・・・なにがですか?」

 

「・・・助けに来てくれて。」

 

「・・・今さらですよ。」

 

「わ、私は嬉しかったのっ。」

 

「はいはい。」

 

 握っていた手をどけようとすると、楯無さんのほうから握り返してくる。

 その、いつもの感じと違って少し弱々しいところにドキッとする。

 

「あのさ、旺牙くんさ・・・前に私が楯無っていうのは更識家の当主の名前だって言ったの覚えてる?」

 

「え、はい、覚えてますけど。」

 

 なんだ突然。

 

「私の本当の名前・・・教えておくわね。」

 

 潤んだ瞳で、小さな声で、けれども確かな声で、覚悟を決めた顔で囁いた。

 

「更識――刀奈。」

 

 それだけ伝えると、楯無さんはベッドに横になってしまった。

 

(本当の名前か・・・。)

 

 不思議で愛嬌のある元気な先輩。

 彼女のことが少しだけ、ほんの少しだけわかって嬉しいと思った。



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ひとつの衝撃

作者)ウググググ・・・

一夏)何唸ってるんだあれ?

旺牙)ネタをひねり出そうとしてるんだとさ。気持ち悪いな。

作者)鬼かお前は!?


「は?私と安東先生に勝負してほしい?」

 

「そういう声が上がっているみたいです・・・。困ったことですが。」

 

 放課後の職員室、千冬は真耶の言葉に耳を疑った。

 教師の実力の把握が出来ていない未熟な生徒がまだいることは何となく知っていた。

 だが、それが自分と、自らの旧友に向けられているとは思わなんだ。

 いや、正確には安東一樹、つまりあのひょろ長い優男の実力を信じられないと考える生徒が多いのだろう。

 あの男は基本的に実力主義者、男女平等を地でゆく男だ。男性を下に見ている、いわゆる『女尊男卑主義』の人間からすると存在自体が面白くないのだろう。

 そこに千冬の名が挙がったのは、『強い女』の代表と担ぎ上げられている自分が、思い挙がった男を叩きのめす瞬間をみたいということだろう。

 非常に面倒くさい。そんなこと己の脳内で勝手にシュミレートしていてほしい。こちらを巻き込むな。

 

「あー、ついに本人にまで話が行っちゃったか。」

 

「安東先生。」

 

「・・・その様子だと、お前もか。」

 

「陰口ってのは本人のいないところで言ってほしいもんだが、他人を巻き込むのはどうしようもないなぁ。」

 

 まったく度し難いなと苦笑する一樹。実際、この学園に赴任してきてから、彼の評価は半分に割れていた。

 結果を重視するが、それが出せない生徒には真剣に向き合ってくれる大人の男性。

 大した能力も無いのに、IS『だけ』が強力な無能な、偉そうな男。

 一樹本人としてはどちらも本当のことと開き直っているが、水面下で安東支持派と否定派が睨み合っている状態らしい。

 そこまで行くと学園といても放っておけない事態になりかねない。そこで。

 

「いっちょ決闘でもするか?もちろん生身で。」

 

 真耶は目を見開いて驚く。世の女性たちほどではないが、彼女も千冬に憧れるひとり。不敗神話を信じて疑わない人間だ。

 対して一樹に対しては、その人格は認めているが、生身の肉体は信じていなかった。

 ウィザードと侵魔、イノセントのことは聞いていたが、それでも全体的に細く、同年代の男性よりも筋肉が乏しいのははっきりしていた。

 

「あ、あの、安東先生・・・。生徒たちにはちゃんとお話をして、穏便に済ませたほうがいいのでは・・・。」

 

「いや、こういうことは早めにはっきりさせるに越したことはないでしょう。結果が出れば妙なことを考える生徒も減る。だろ?千冬。」

 

 話を振られた千冬は、まさに苦虫を噛んだような顔をしていた。そこそこの付き合いのある真耶ですら見たことがない表情である。思わず眼鏡を落としそうになった。

 

「・・・お前と手合わせするのは是非とも避けたいんだが。」

 

「そう言うな。これもかわいい生徒たちのためだ。」

 

「絶対に嘘だな。」

 

 その会話を聞いた教員たちは露骨にざわつく。

 ISが無くとも強い織斑千冬と明らかに細い安東一樹。勝敗は明らかに見えたが、あの織斑千冬が決闘を回避しようとしている。

 安東一樹とは何者なのか。逆に興味を惹かれる者も出てきた。

 気が付くと、断れる雰囲気ではなくなってしまったことに気付く千冬。手で顔を覆い、力無く頷いた。

 

「わかった・・・。今日の放課後、空手部の武道場を押さえておく。」

 

「すまんな。ま、よろしく頼む。」

 

「このおおたわけめ。狸親父め。」

 

「まだそんな年じゃないですぅ。」

 

 さて、どうなることやら。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 一体何が起こっているんだ・・・。

 放課後突然、楯無さんから「面白いもの観に行きましょ♪」と言われて武道場に来てみれば、安東先生と織斑先生が向かい合っている。そしてその間には困惑した山田先生が。

 周囲には大勢の生徒と教師の見物客。

 えっと、これは何なんだ?

 

「簡単に言うと、今からふたりは試合をするの。」

 

「「はあ!?」」

 

 あ、一夏と被った。

 

「ちょ、いくら安東先生が、その、『アレ』でも、千冬姉に勝てるわけないじゃないですか!それに・・・」

 

 一夏が織斑先生を指差す。

 

「安東先生は素手で、千冬姉は竹刀持ってるじゃないですか!?」

 

 そう、安東先生は無手。流石に常軌を逸していると思われているのだろう。周りからは心配の声と、嘲笑が聞こえる。

 だけどなあ、そうじゃないんだよなあ。

 

「安東先生は、その、空手の経験でもあるのか?それでも三倍段と言ってな・・・。」

 

「いくら何でも無茶ですわ・・・。」

 

「ちょっと、殺されちゃうんじゃないの?」

 

「い、いくら何でもこれは・・・。」

 

「教官相手に無手だと?本気か?」

 

「ちょっと、危ないじゃすまないような・・・。」

 

「だ、大丈夫なの?安東先生。」

 

「織斑先生のことだから、大丈夫、なはず。」

 

 箒からはじめ、いつものメンバーが口々に言葉を発する。全員が安東先生の身の心配だが、俺とマドカ、楯無さんは違った。

 マドカはいつも通り、楯無さんは扇子を広げニコニコと。そして俺は、何事も無く終わってくださいという心境だった。

 普通、剣を構えた相手に徒手空拳で挑むのは無謀、それも武器を持つのは世界最強と呼ばれる女性。

 対するは、うっすら笑みすら浮かべる優男。最低限鍛えているとはいえ、長身痩躯の何とも頼りない。

 

「イノセントの攻撃がウィザードに効かないからって、無事に終わるのか・・・?」

 

「一夏、申し訳ないが。」

 

「ん?何だよ旺牙。」

 

「多分、みんなの期待と不安は吹っ飛ぶことになるぞ。」

 

 それってどういうことだ?と聞き返してきた一夏の声をかき消し、山田先生が声を上げる。やっぱり審判役を押し付けられたか。

 

「そ、それでは!始めっ!」

 

 その瞬間、安東先生はだらりと手を下ろした。一見すれば完全にノーガード。

 一部から罵声が飛ぶが、それを気にしない。それどころか、相対している織斑先生が表情を引き締める。

 これも安東先生の戦いの構え。俺もよくこの構えに叩きのめされた。

 観客の様々な感情の籠った声を背に、織斑先生が踏み出す。

 神速の突き。いや、防具も着けてない人間に喉を狙うのかよ!と突っ込みたくなるが、織斑先生は知っているのだろう。

 これぐらいでは通用しないことを。

 竹刀が届く刹那、安東先生が一瞬動く。すると、突いていた織斑先生の身体が後ろに吹き飛ばされる。

 なんとか踏みとどまったようだが、額から一筋の汗。

 

「大分飛んだな。鍛錬は欠かしていないか。」

 

「お前もな、と言っておこうか。」

 

 観衆は何が起こったのかわからず、静寂が訪れる。

 その間も、ふたりの謎の攻防は繰り返される。

 織斑先生が飛び込めば、安東先生はわずかに動くだけでその攻撃を逸らす。

 時にはまるで違う方向にいなされる。織斑先生は瞬時に態勢を整え反撃に出る。

 それの繰り返し。だが、わかる人間にはわかるのだろう。

 

「古流柔術、実戦型の合気ね。」

 

「お、流石、気付きましたね楯無さん。」

 

「合気、と言うと、あの合気ですか?」

 

 箒が聞き返してくる。俺と楯無さんは頷いて答えた。

 あの人、安東先生は、魔法が使えない状況では、筋力が足りない分、技術で戦うことが多い。

 敵によってはCQCで戦うこともあるが、人の前では合気で戦う。

 前世では色々あって達人からみっちり仕込まれ、己も達人級にまで成長した。その際の修行法はちょっと特異な方法だが。

 転生してどうなったかと思っていたが、俺同様魂レベルで身体に染みついていたらしい。

 あ、ついに織斑先生の竹刀が弾き飛ばされた。

 

「さて、これで終わらせるか?」

 

「私としてはそうしたいが、決着をつけないと周りが解放してくれそうにない。」

 

 ギャラリーも、新たな形勢に固唾をのんで見守っている。勝敗が決まるまで道を開けないのだから何だかんだで現金だ。

 織斑先生は拳を構え、安東先生は手を開いて構える。態勢は奇しくも同じ。

 沈黙が場を支配する。

 ふたりが踏み込んだ刹那、神速の動きで織斑先生が拳を繰り出す。その軌道を逸らし、後方に投げ飛ばす。これまでの動きと同じようだが、投げられた先で地を踏み、再び仕掛ける。それをまた投げ飛ばす。その繰り返しだが、何度投げられても態勢を崩さず突撃を敢行する織斑先生は異常だった。なんせ天井に放り投げられても、その天井を蹴って反撃を仕掛けるのだ。

 合気は相手の攻撃に自分の力を加えて跳ね返すのが理論上のあり方なのだが、織斑先生はその返された力すら利用している。一瞬の隙を見て、そこに攻撃を加える。

 が、ここにきてギャラリーも気づいたのだろう。『安東先生も普通』ではない。あの織斑先生を何度も投げ飛ばしているのだ。しかも、無傷で。

 

「合気はお約束の中でしか力を発揮できないと聞いていたが、あれはなんだ?」

 

「教官が木の葉のように・・・。」

 

 達人同士の戦いは難しい。

 箒とラウラが驚嘆の声を漏らす。それはそうだろう。安東先生の合気の師匠は史上唯一、実戦で合気を使ったというほどの達人だったのだから。

 それを短い期間で習得した先生も『天才』と呼ばれたらしいが。

 俺としてはそんな常人ではない安東先生に、投げられているとはいえ互角の勝負をしている織斑先生が信じられない。

 ふと、織斑先生が構えを解き、安東先生に無防備に近づいていった。

 そして、やはり無防備に左腕を顔に近づけていった。

 思わずその腕を両手で掴んでしまう安東先生。

 

「捕まえた。」

 

「あ、やべ。」

 

 その後は一瞬だった。織斑先生の右アッパーが安東先生の顎を跳ね上げる。

 安東先生は完全に白目をむいていたが、最後の力、というより無意識に体が動いたのだろう。織斑先生を畳に叩き落とした。その反撃は予想していなかったのだろう。後頭部からもろに落とされ、同じく白目をむいて動かなくなった。

 ギャラリーは完全に言葉を失ってしまう。

 

「・・・は!?千冬姉!」

 

「安東先生!?」

 

 俺と一夏がいち早く状況を理解しふたりに駆け寄ろうとする。

 

「動かさないでください!・・・両者、軽い脳震盪です。心配はありません。」

 

 担架を、と声を出そうとしたところで、ふたりの先生は意識を取り戻した。早いなおい。

 

「不要だ。少し休めば楽になる。」

 

「同じく。は~あ、何でこんな目に。」

 

「お前のせいだと記憶しているが。」

 

「はいはい、すいませんね。」

 

「こうなるからやりたくなかったんだ・・・。」

 

 こんな状況で澄ました声色で話すふたり。

 織斑先生の頑丈さもさることながら、最後の右アッパーに戦慄を覚える。

 イノセントの攻撃はウィザードに効かない、というのは、全てではない。銃弾などは月衣のおかげで手前で停止するが、直接攻撃は計算上、大体十分の一に軽減されると聞く。大人の全力パンチも子供のそれほどにしか感じないと言われる。

 織斑先生はイノセントだ。なのにウィザードの安東先生の意識を一撃で飛ばす威力の攻撃を繰り出すとは。彼女の戦闘能力はどれほどなのだろうか・・・。

 

「さて、今ので分かったろう。こいつは少なくともお前たちの中の誰より強い。変な論争は禁止する。」

 

「それって言論統制にならんか?」

 

「お前は黙っていろ。」

 

「はいはい。」

 

 そう言って皆を強制的に解散させる。

 まだ何か言いたそうな者もいたが、織斑先生が一睨みすると蜘蛛の子を散らすように散っていった。

 残ったのはいつものメンツと楯無さん、山田先生だ。

 みんな織斑先生の神話が、こんなところで崩れるとは思っていなかったのか黙っている。

 取り合えず、俺はふたりに言いたいことがあるので残っていた。

 

「とりあえず、ふたりとも化け物ですね。」

 

「「そうか、お前も遊びたいか。」」

 

「遠慮させてくださいお願いします。」

 

 そんなある日の出来事だった。




今回はまあ、幕間劇みたいなものです。本編とはまるで関係はございません。
千冬姉ファンの方には、申し訳ないことをしました。


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楯無参戦!?

旺牙)お前・・・流石に前回は遊び過ぎだぞ。

作者)暑くなると刃〇ネタが浮かんでくるんだよ。

旺牙)寒くても浮かんでくるだろ。

作者)・・・えへ。

旺牙)魔空龍円刃!!


「例の三年生が帰国?」

 

「ああ。志垣に返り討ちにされたあの四人だ。」

 

 職員室で書類仕事をしていた一樹に、千冬が話しかける。

 その件は一樹も記憶のかなたに置かれていたが、なんとか顔を思い出す。

 少なくともそれぞれの所属国はあの事件を『無かった事』にしようとしていたはず。

 

「彼女たちの自主退学だ。志垣との戦いが完全にトラウマになったらしい。」

 

「それでお国に戻るね・・・。皆あいつを過大評価しすぎじゃないか?」

 

「模擬戦とはいえ一年生に完膚なきまでに叩きのめされたんだ。周りの目もあったのだろう。それに・・・。」

 

「それに?」

 

 千冬が一息つき、告げる。

 

「『本当に殺されると思った』だそうだ。お前、あいつに何を教えた。」

 

「別に。やるなら徹底的にやれ、くらいかな。」

 

 ハア、と溜息を吐き、顔を覆う千冬。それが原因だと気付かないのだろうか。

 だが、あれはもはや事件レベルの模擬戦だった。絶対防御が切れかけた相手にも攻撃を仕掛けた。まだ学園に馴染んでいなかったラウラの如く、いや、それ以上に危険な戦いだったという。

 何だかんだでお人好しの旺牙がそこまでするだろうか。

 千冬はいまだに疑問視していた。

 

「しかし、このタイミングでか。戦力が下がるのは痛いな。」

 

「戦力?何のことだ。」

 

「こっちの話だ。」

 

 決戦の日は近いはず。一樹の勘がそう告げていた。そこでひとりでも戦力がいなくなるのは少なからず懸念事項。

 

「少し前倒しするか・・・。」

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

「志垣くん。お茶をどうぞ。」

 

「ありがとうございます、虚先輩。」

 

 今日も元気だコーヒーが美味い。・・・うん、現実逃避はこれまでにしよう。

 現在俺達生徒会メンバーは大量の書類に埋もれている。部活動の活動申請書やら、新たに部活の発足とか、一部教師の仕事じゃないか?と思える書類もあるが、『生徒の自主性』を重んじて生徒会にほとんど流れてくる。ちくせう。

 さらにはまだまだ俺や一夏の部活レンタルも終わっていない。仕事が何一つ終わらない。狂いそう。

 相変わらず本音は役に立たない。額に『肉』とか『中』とか書いてやろうか。

 そんな荒んだ心をコーヒーで和らげよう。先輩にお茶を入れてもらうという、なんだか下級生として情けない気がするが。

 

 ポロッ。

 

 ん?カップの取ってが。

 

 バシャッ!と右手に『淹れたて熱々』のコーヒーが。

 

「あっっっちぃぃぃぃ!?」

 

「ちょ、旺牙くん!?」

 

 俺の右手は見事に火傷した。

 

 

――――――それからどした――――――

 

「はい、旺牙くん。あ~ん。」

 

「あの、楯無さん。カレーくらい左手で食えますから。俺一応両利きですから。」

 

「いいの。私がこうしたいんだから。ほら、口空けて。」

 

 この程度の火傷、『ヒール』で治せたのだが、布仏姉妹、特に本音はまだ『世界の裏側』を知らない。目の前で火傷した右手が、次の瞬間何ともなくなってました、なんて不自然すぎる。ギャグマンガじゃあるまいし。

 よって、包帯撒いて自然治癒に任せることになったのだが、なぜだか楯無さんが世話を焼いてくる。今もこうして食事の世話をしてくれているのだが、実際俺は右手を使えなくても十分生活できる。それなのに、その、あ~んは恥ずかしい。

 しかも、みんなの前で。もちろん、簪の前である。視線が、痛い。付き合っているわけではないが、視線が痛い。射殺さんばかりの視線を三つ感じる。三つ?

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ・・・

 

(ちょっと!あれどうにかしなさいよ!)

 

(虎の群れに突撃するのはお馬鹿さんのすることですわ!)

 

(相棒はなにをしているんだ?)

 

(うん、ここで見てようねラウラ。)

 

(これは、流石に恐怖だな・・・。)

 

 あいつら自分のことじゃないからって!一夏がこうなってたら絶対殺気立ってるのはお前らだぞ!

 その一夏は不思議そうに見てんじゃねえよ!

 

「なあ、もしかしてあのふたり付き合って・・・」

 

 ガバッとラヴァーズから口を塞がれる一夏。凄まじい速度だったな。そしてそれを言い切っていたらお前の命が無かったな。

 だが遅かったようだ。妖気を纏った殺気が一夏たちに向けられ、沙紀が投げたフォークが一夏のテーブルに突き刺さる。・・・え?沙紀さん?今とんでもない事しましたね?

 

「「「ひぃっ!?」」」

 

 一夏たちから悲鳴が上がる。許されるなら俺も叫びたい。

 

「ほらほら、まだ残ってるわよ。」

 

「いや、ですから楯無さん?」

 

「んふふ♪はい、あ~ん。」

 

 この人状況分かっててやってるよな!?殺気が!?殺気がこっちまでやって来る!いや本人たちが実際に歩いてくる!なんかターミ〇ーターみたいな雰囲気だよ!?

 

「「「お姉ちゃん(会長)、ちょっといい(ですか)?」」」

 

 言葉は違えど声が重なる三人。萌のこんな気迫、初めて見たかも。

 し、しかしなんて圧力だ。体が動かない・・・。

 

「うーん、もうちょっと楽しんでいたかったけれど、しょうがないわね。旺牙くん。後は自分でお願いね。」

 

「ア、ハイ。」

 

 圧力に押され、何もできない俺はそれだけ返す。

 女子四人はそのまま何処かに行ってしまった。

 

「一体、何だったんだ?」

 

 一夏はいまだに何が起こったのか理解できていなかったらしい。

 だが、その。みんなの反応。あれは嫉妬、でいいのだろうか。俺は一夏ほど鈍くないつもりだ。あんな姿を見せられたら、そう思ってしまっていいのだろうか。彼女たちの『想い』に。

 勘違いなら俺が馬鹿なだけで済むのだが、その、彼女たちが俺に対して、『好意』を抱いてくれていると。

 簪たちは俺と楯無さんの姿を見て怒って、楯無さんもからかっているわけではないなら、そういうことで合っているのだろうか。

 

「あのねぇ、旺牙。」

 

 俺の思考回路がショート寸前になっていると、鈴が近づいてくる。

 

「鈴か・・・。俺は一体」

 

「今更だけどアンタ、昔からそこそこ人気あったのよ。もちろん、そういう意味で。」

 

「・・・・・・。」

 

 あ、大事な何かが切れた気がする。

 

「相棒はモテるのか?」

 

「ラウラ、それは今はトドメになるよ?」

 

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

「それで・・・さっきのはどういうこと?お姉ちゃん。」

 

 屋上へとやって来た四人。先程までの殺気は鳴りを潜めたが、簪と沙紀は普段の気弱な目を吊り上げている。萌も気は抜けてきたとはいえ、少し心配な表情になっている。

 

「どういうことって、旺牙くんに『あーん』してあげたこと?それなら生徒会での事故だもの。会長の私が責任を取らないと。」

 

「関係ないよね。旺牙自分で食べられるって言ってたよね?」

 

 詰問に対し、楯無は指を頬に中てて考える。

 

「まあ、貴女たちの言いたいこともわかるわよ。でも、それで私の行動を止める権利はある?」

 

 その一言に、簪、沙紀、萌の三人は完全に固まってしまった。

 楯無はみんなの想いをわかっていて見せつけるようにあのような行動をしていた。

 

「旺牙くんは『まだ』誰のものでもないのよ。なら先に動いた方が勝ちじゃない。」

 

 扇子を広げ、『先手必勝』の四字で口元を隠して見せる。だが笑顔ではない。

 

「そ、それじゃあ、お姉ちゃんは・・・。」

 

「本気よ?彼のこと。お姉ちゃん、今ここで貴女たちに宣戦布告するわね。」

 

 パン!と扇子を閉じ、そのまま三人に向ける。

 

「私は、志垣旺牙くんが好きよ。生涯寄り添い合いたいほどにね。貴女たちはどう?」

 

 強い意志を瞳と言葉に込め、言い放つ。それと同時に、簪、沙紀、萌に問いかける。自分は言った、みんなはどうなのかと。

 

「わ、私は・・・、旺牙が好き。いつも守ってくれた、手を引いてくれた、私のヒーロー。でも、いつも傷ついている。・・・だから私は、そんなヒーローの隣にいたい。傷を癒して、少しでも傷が減るように、寄り添いたい。」

 

「私は、私も、助けてもらってばかりで、情けない自分だけど、いつも旺牙くんに支えてもらって。整備が出来れば彼の助けになれるかもしれないって思うようになって。隣にいられる理由になりたい。好きな人を助ける存在になりたい。」

 

「あー・・・。私はふたりほど立派じゃないんだけど、初恋なんですね。他のことは二番だろうが三番だろうがいいけどさ。旺牙くんの一番にはなりたいんだ。ふたりほど能力も無いけど、そこは譲りたくない。喧嘩にはなりたくないけど、そこは。」

 

 全員が自分の気持ちを吐き出す。ひとりの少年に恋をしていると、改めて意識した。

 顔が熱くなる。だが、悪い気はしない。彼女たちと敵対しようとは思えないのだ。思うのは、織斑一夏を取り巻く少女たちの姿。時には衝突するが、普段は仲の良い彼女たち。あんな関係になれたらと思う。まあ、自分たちが衝突したり、旺牙に危害を加えたりする姿は思い浮かばないが。

 

「・・・そう。うん、ちょっとすっきりしたんじゃない?どう思います?織斑先生。」

 

 楯無がその名を呼ぶと、出入り口から千冬が現れた。

 三人は気配が無かったことも相まって背筋が凍る思いになった。仮にも保護者同然の人間の前で告白したようなものだ。簪は二度目だが、沙紀と萌は初めてである。心臓が鷲掴みにされたようだった。

 

「はあ。小娘どもの恋だのなんだの。更識妹には言ったはずだろ。簡単には渡さんと。」

 

「あら辛辣。」

 

「その代わり、本気なら、全力で落として見せろ。アレは一夏よりはマシだが、自己評価が低いからな。」

 

 そう言うと、そのまま踵を返して去っていった。早く自室に戻れと残して。

 屋上に、静寂が訪れる。風が吹き抜け、少々寒くなってきたことに気付いた。

 

「さ、そろそろ帰りましょう。言っておくけど、一番有利なのは簪ちゃんなんだからね。」

 

「ホントだよ。私らの好きな人と同室なんだから。」

 

「うん。羨ましい。」

 

「う、うん。だから私、一気にアプローチするよ?」

 

 一人の男を奪い合う修羅場はなく、彼女たちは和気藹々と屋上を後にした。むしろしょうがない人に恋してしまった同志のようだった。

 誰も卑屈にもならず、上から目線にもならず。親友の様に。否、彼女たちはまごうことなき友になった。同じ目標を持つ仲間なのだ。

 だが、それでも簪以外の三人は気付いていた。意中の彼の心が、誰に向いているかを。

 

 

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

「お、お帰り簪。」

 

「あ、た、ただいま旺牙。」

 

 やっべ、マジで緊張してる。心臓が爆発しそうだ。まさかとは思っていたが、簪に脈ありの可能性があると人から伝えられるとなんだか、その、死にそう。

 なんてか平静を保っている、保っているつもりだが、どこかおかしいところはないか?声は上ずってないか?まさか鼓動が聞こえてないよな?ああ、なんかもう、死にそう。

 

「えっと、旺牙。あのヒーロー物、どこまで見たっけ?」

 

「ああ、たしか第四期の中盤だったな。お茶でも淹れてって、あ。」

 

 今の俺、右手使えなかったんだ。

 

「いいよ、私が淹れるから。ちょっと待っててね。」

 

「あ、うん。」

 

 ・・・なにをしているんだ俺は。今更緊張しているのか。

 こんなんで告白なんか出来るのか?

 

「お待たせ。じゃあ、続き見よう。」

 

「そうだな。」

 

 まあ、今は余計なことは考えず、彼女に相応しい男になることに邁進しようか。

 

 

 

   ★    ★    ★

 

 

「ガイム。」

 

「どうなさいましたか、マリア様。」

 

「なんだか少し、胸のあたりが温かいのです。」

 

(やはり、このお方は優しすぎる。だが、それも覇王様やテレモート様の見た強さ。)




旺牙)今回短くない?

作者)作者が限界なの。それともラブコメするか?

旺牙)いや、いい///

作者)うわ、きも。

旺牙)念導龍錬刃!


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平和な日々、揺れる心

作者)皆様のおかげで新たな大台も見えてきました。

旺牙)これも全て時間を割いて読んでくださる方々のおかげです。

作者)おかげがかぶったな。

旺牙)すいません。何年たっても語彙力ないんですこの子。


 右手の火傷も(隠れて治癒していたせいか)完全回復し、全く不自由しなくなった今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

 俺は何故か学園の屋上で昼食を取っています。

 それだけなら何の変哲もないのですが、メンバーが簪、沙紀、萌、そして楯無さんなのです。ん?それが何の問題かって?

 数日前、俺に対して、その、『好意』を持ってくれているらしき少女たちの集まりなのである。あの朴念神とは違うと思っていたが、俺もたいがい鈍かったらしい。いや、そんなことはどうでもいいんだ。

 

「あ、沙紀ちゃん、この卵焼きひとつ頂戴。」

 

「はい。ひとつと言わずにどうぞ。」

 

「ダメだよ沙紀。お姉ちゃん意外と食い意地張ってるから。」

 

「ならそんな沙紀には私のソーセージをあげよう。もっと食べて大きくおなり。」

 

「・・・・・・。」

 

 なんだこの和やかお昼ご飯は。

 まあなんだ、オリムラヴァーズも四六時中ギスギスしているわけではない。普段は普通に仲が良い。一夏が絡むとおかしくなるだけなのだ。

 じゃあこの状態はなんだ?俺居なくてもよくないか?などと考えていると。

 

「この集まりは旺牙くんが中心なのよ。」

 

 と楯無さんに心を読まれた。なに?俺の周りの女性も読心術が必須科目なの?

 俺も頭バグってるから何とも言えないが、と言うかオリムラヴァーズの例を挙げておいてなんだが、こういう状況ってもっと、牽制するところじゃないの?

 

「そう言う考えはもう古いよ旺牙くん。女の友情はそれくらいで崩れたりしないしないもんなの。」

 

「うん。汚い取り合いして本人に嫌われて友達とも疎遠になっちゃったら元も子もないもの。」

 

 そういうもんですかねえ。少女漫画はあまり詳しくないので参考にならん。ドラマかなんかだともっとドロドロするもんだと思っていたが、この子たちが特別なのだろうか。

 

「つーか、俺が聞くのも野暮だけど、こんな野獣のどこが良いんだよ?」

 

「ホントにそれ聞くんだ・・・。」

 

「うーん、私としては、器用そうに見えて存外不器用なところよね。お姉ちゃん心をくすぐられちゃったというか。」

 

「俺、そんなに不器用?」

 

「それに気付けないくらいにはね。」

 

 うんうんと四人が頷く。いや、三人は同い年だろ。

 なお、自分を不器用と称する人間はそれが言えるくらいには器用なのだとか。

 だが、やっぱりこの状況は落ち着かないというか、照れる。

 

「は、はい旺牙。唐揚げ、あーん・・・。」

 

「あーん・・・。うむ、美味い。・・・は!」

 

 なぜか反射的に口を開けてしまった!

 他の三人は・・・なんだその優しいというか、温かい目は。

 

「簪だけはズルいな。私のもあーんしたげる。」

 

「お、旺牙くん、あーん。」

 

「はい、お姉ちゃんのお弁当もありますよ。」

 

 控えめに言っても美少女たちが俺に食べさせてくれてる。あ、天国ってここっだったのか。

 いや、帰ってこい俺。取り合えず・・・。

 

「おい、ドアの向こうの者ども。いい加減出て来い。」

 

 若干殺気を放ちながら言い捨てる。

 ビクッと反応したのち、一夏一味がぞろぞろと現れる。

 

「いやー、邪魔しちゃいけないかと思って。」

 

「いちいち気配を感じる方が鬱陶しいわ。」

 

 鈴とシャルロットが苦笑しながら歩いてくる。いやー、シャルロットまでそっち側に回るとツッコミがいなくなるんだわ。すっかり逞しくなりやがって。

 箒とセシリアは少し気まずそうに出てくる。そんな顔しても一応共犯だよ?

 ラウラとマドカは「なるほど」とか言ってるけど何がなるほどなのかな?そもそもマドカも染まってきたな。

 最後に一夏。頭の上に『?』を浮かべるな。お前は状況を読め。

 

「その、邪魔じゃないか?」

 

「あんなところにいられたほうが邪魔だ。出歯亀してないでお前らも飯食え。時間ないぞ。」

 

「そ、それではお邪魔したします。」

 

 何だか軽く怒りが沸いてきた。それが出歯亀されていたからか、それとも彼女たちとの時間を邪魔されたかのどちらかなのか、俺にもわからない。

 みんなは平気なの?なんで『仕方ないなぁ』って顔してるの?聖女なの?俺の心が狭いだけなの?

 

「私も兄さんと食事が出来れば・・・。」

 

 マドカさん?君は何を言っているの?君ら一応兄妹だろ。ちなみにあの人も大概鈍いぞ。

 

「相棒はハーレムでも作るのか?」

 

「よーしラウラ、お兄さんとお話しようか。」

 

「ぬぐおぉぉ・・・。アイアンクローは、い、たい、ぞ・・・。」

 

 何を言い出すのかこの娘は。思わず手が出てしまった。

 ・・・お嬢さん方?何を黙っていらっしゃる?今のは我が相棒の戯言ぞ。

 箒たちも『ソレが出来れば』みたいな顔するな。

 

「ね、ねえ。明日は休みだから、レゾナンスに行かない?」

 

「うん。午前はみんな部活がありそうだから、午後からならどうかな。」

 

「お、いいね。その後旺牙くん組と織斑くん組に分かれて行動とか。」

 

「・・・うん、生徒会も午前中で片付きそうだから、大丈夫そうね。」

 

 勝手に話が進んでいる!?しかも一夏たちも巻き込んでるし。

 マドカ以外も乗り気になってるんじゃねえよ。それでいいのかお前ら。

 

「私は兄さんの手伝いを。」

 

「いや、生徒が教師の手伝いって、いいのか?」

 

 仕事内容による、のかなあ。

 

「それにしてもみんなで買い物か。なにか買いたいものでもあるのか?」

 

 だからこの男は意味が解っていっているのだろうか。それともわざとじゃないだろうか。

 俺が言うのも何だが、同じ男として頭が痛い。

 などなど色んな話をしていると、そろそろ昼休みも終わりの時間に近づいてきた。

 全員が片付けに入る中、一夏が話しかけてきた。

 

「あー、俺ちょっと旺牙と話したいことあるから、みんな先に戻っててくれ。」

 

「構わんが、時間はあまりないぞ。」

 

「少しだけだから大丈夫だよ。」

 

「俺にも了解とれよ。まあいいけどさ。」

 

 女の子たちを先に行かせ(なんか語弊があるかもしれん)野郎ふたりが残る。

 こいつが俺に話とは、いったいなんだ?

 

「なあ旺牙。実は、みんなのことなんだけど・・・。」

 

「みんな?ああ、いつもの五人のことだろ。」

 

「なんでわかるんだよ。」

 

「空気でなんとなくな。」

 

「・・・いまだにお前に口で勝てる気がしないよ。いや、腕っぷしでも勝てないから、人として完敗か。」

 

 何を言い出したこいつ。急に卑屈になりだした。

 

「旺牙はさ、その、簪たちのこと好きなのか?」

 

「ブンバッホッ!?」

 

 マジで何を言い出すのかこの野郎!

 

「ちょ、俺は、その、『そういう意味』で好きなのは、ひとりだけど、みんなのことも無下に出来ないっていうか・・・。ああもう!?最低野郎かおれは!?」

 

「お、落ち着けよ。まあ、好きな子がいるのはいいけどさ。俺はどうなんだろうってさ。」

 

「どうってなんだよ。」

 

「俺はみんなのこと、どう思ってるんだろうって。」

 

 え、なんか一夏が凄い事言ってる。

 

「あの日、学園が侵入された日なんだけど、旺牙と別れた後色々あってさ。なんか、みんなのこと、その、ちゃんと女の子として見るようになったというか。」

 

 驚いた。以前のこいつからは考えられないことが起っている。何が起こっていたのかは詳しく教えられていないのだが、一夏もなにか気持ちが変わることがあったのか。

 えっと、何て言おう。

 

「なあ、どうすればいいのかな?」

 

「どうすればって。・・・自分の心に従うしかねえだろう。誰を好きになるのか、誰の想いに応えるのか。結局はお前に委ねられてるんだから。こういうのは簡単な問題じゃないぞ。」

 

「そうか・・・。もしかして時間を掛けなくちゃいけない事なのかな。」

 

「ま、そういうこったな。・・・お互い、難しい問題にぶち当たってるな。」

 

「ホントだな。・・・さて、俺たちも戻ろうぜ。」

 

 一夏にとっても初めて女の子を意識することになったのか。

 男として、ちゃんと答えを出さなきゃいけないのかな。

 簪のことが好きなのは変わらない。ただ、それで誰かを傷つける。

 どういうのが優しさなのか、優しさを求めてはいけないのか。

 恋って難しいなあ。

 

 

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 

「で?今日はなんだ?乱心したか?」

 

「酷過ぎないか?いやいや、久しぶりに会ってからふたりで飲みに行くことは無かっただろ?たまにはどうかと思ってな。」

 

 土曜の夜、一樹は千冬を食事に、正確には酒に誘っていた。間に真耶が挟まっていることが多かったが、ふたりで飲みに行くのは久々、いや初めてと思われる。

 

「たまにはも何も・・・、急に私たちの前から消えておいて何を言っている。」

 

「そう言うお前も俺が行けない場所に行った側だろ、てそんな言い合いしに来たんじゃないんだ。そろそろ着くぞ。」

 

 今日は喧嘩をしに来たわけではない。ただ何も考えずに話したかったから飲みに誘ったのだ。

 そして辿り着いたのは。

 

「ここ、か?」

 

「なんだ、文句あるか?」

 

「いや、特にないが・・・。」

 

 やってきたのはよくある大衆酒場。静かな雰囲気もムードも何もない、賑やかな飲み屋だ。サラリーマンが部下に仕事について語ったり、大の大人が野球中継を観て語り合っている。ある種の有名人である自分たちが入っても誰も何も言わない。

 

「俺の行きつけの飲み屋だよ。こういうノリが好きなんだ。取り合えず座ろうぜ。」

 

「ああ。」

 

 ごく自然に隣り合って座る。千冬も千冬で迷いが無い。

 

「なんだ、戸惑うと思ってたんだがな。」

 

「私自身、こういう店の方が性に合う。クレッシェンドは真耶のような同僚と行くところだ。」

 

「なら大丈夫だな。大将、とりあえず生二つ、ジョッキで。」

 

「あいよ!生二つね!」

 

 店主の豪快な声を聞きながら、ふたりは息を吐く。

 別に緊張しているわけではない。ただ落ち着いただけだ。

 

「何頼んでもいいぞ。今日は俺の奢りだ。」

 

「本当にどうしたんだ?いつものお前らしくないぞ。」

 

「いいだろ。そういう気分なんだよ。」

 

「明日は雪が降るな。」

 

「ははは、こやつめ。」

 

 そんな言葉を交わしつつ、一樹と千冬は笑顔である。店の雰囲気がそうさせるのか、そもそもこのふたりがそういう間柄なのか。

 そうしているうちに生ビールが運ばれてくる。無言で乾杯し一気に流し込む。

 ぷはぁ、という息までぴったりだった。

 

「あとはそうだな、出汁巻き二皿お願い。千冬は?」

 

「まずは枝豆だろう。それが風情というものだ。」

 

「ジョッキ飲んでて風情もないだろうに。まあ、枝豆も追加で。」

 

 つまみを注文し、運ばれてくるまで少しづつビールを飲む。

 先程までと違い、静かな空気が間に流れる。

 その空気を打ち消したのは、一樹の方だった。

 

「すまない。」

 

「なんだいきなり。なにを謝る。」

 

「俺は、お前の弟を死地に追いやろうとしている。そのことだ。」

 

「・・・そのことか。」

 

 いつか起こりうる決戦。それに対し、一夏は最大の意味を持ち、切り札となる存在だ。ゆえに、いつか一樹は一夏たち『ウィザード』の素質のあるものに厳しい修行をつける気でいる。

 

「生き残るために鍛えてくれるのだろ。ならばそれでいい。」

 

「千冬・・・。」

 

「それにお前もそのつもりで修行をするんだ。誰よりも生徒たちを思っているのはお前だろう。それくらいわかっている。お前は不器用な男だから、口には出さんだろうがな。」

 

「・・・ありがとうな。」

 

 照れたような困ったような笑みを向ける一樹。それを受けた千冬は顔が熱くなるのを感じた。

 それを隠すかのようにジョッキの残りを飲み干し、二杯目を注文する。

 つまみも来て、ふたりは無言で食べ始める。千冬は先程とは違い複雑な思いでいた。

 

(私はまさか気が多い女なのか?いや、そんなはずはない!一樹や旺牙にそんな気を持つことなど無い!そもそも旺牙は弟分だろうが!)

 

「どうした千冬?」

 

「うるさい!いいからお前も飲め!」

 

「もう飲んでるよ。」

 

 なんだかいつもと違う様子の千冬に一樹は怪訝な顔をする。この程度で酔うのは彼女にとってあり得ないと思っていたからだ。

 まあ放っておいても大丈夫だろう。もし潰れたら学園まで運んでいけばいい。

 その間、もし知り合いに見られたらなどと言うことは考えていない一樹であった・

 

「そういえば束とはよく会うのか?連絡は取り合っている様子だったが。」

 

「ああ。何だかんだで近況は電話してるし、学園に赴任するまではちょくちょく会ってたぞ。あいつらとは今後の予定を話し合ったりしてたし、ISの相談もしてた。あと、旺牙ほどじゃないが俺も飯は作れるから栄養補給をさせていた時期はあったな。」

 

「・・・そうか。」

 

「ん?なんだか機嫌がわる」

 

「何でもない!大将、もう一杯!」

 

 威勢がいいね、姉ちゃん。店主は満面の笑みで注文を受ける。

 吃驚したのは一樹の方だ。

 

「お、おい。大丈夫か?」

 

「ふん!無論だ!」

 

(なんだこの胸のモヤモヤは!こいつが束と会っていたからなんだというのだ!)

 

 ここでふと思い出す。こいつも昔からそこそこモテていたなと。現在も一部女子から人気だったし、千冬との勝負以来畏怖する生徒も増えたが、同時にファンになった生徒も増えたらしい。

 裏ではどうにか付き合えないかと本気で考えている生徒もいるほどだと。

 その事実が、余計にイライラさせる。

 第一転生者だかなんだか知らんが、一樹は少々落ち着き過ぎだ。モヤモヤするのは自分だけだと。いや、なぜ自分はこいつに対してこんなに悩んでいる?

 

(私はこんなにも独占欲が強かったか・・・?)

 

「ホントどうした?まさか気に入らなかったか?」

 

 ゲシッ!と足を蹴る。

 

「痛っ!何すんだよ!?」

 

「ふん!こんないい店を隠していた罰だ。」

 

「なんなんだよ・・・。」

 

 

―――それからしばらく―――

 

「大将、お会計頼むわ。」

 

「あいよ!お連れさん寝ちまったな。ところで、兄ちゃんの『コレ』かい?」

 

 店主は小指を立てて見せるが、一樹はいやいやと手を振る。

 

「昔馴染みだよ。それじゃ、またな。」

 

 まいどー!という威勢のいい声に押され、一樹は千冬を支え店を出る。

 あれだけの戦闘力を持ちながら、彼女の体は軽く、簡単に背負うことが出来た。

 

「・・・悪いな。色々心配かけて。」

 

 涼しくなった夜道を歩く。学園の最寄りまでタクシーでも頼むかと思ったが、この重さを支えながら歩くのも悪くないと思った。

 

「・・・いつきぃ・・・。」

 

「・・・何だ?」

 

「少しは、近くに・・・。」

 

 そう呟くと、そのままスゥスゥと寝息を立てはじめた。

 寝ちまったか・・・。一樹は身を任せてくれる信頼感を受けて苦笑する。

 

「ああ。離れねえよ。」

 

 何時までは分からねえけど。今はそれだけしか言えなかった。




作者)この世界では新型コロナウイルスはないということになっています。念のため。

旺牙)一応、そう位置づけております。

作者)あと、一夏たちが電脳世界で何を経験したかは原作を読んでください。

旺牙)何故?

作者)本当に申し訳ないのですが、旺牙の視点に関係ないと思ってしまったからです。

旺牙)すいません。削れるところは少しでも削りたいんです。


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地獄を見せる者

 暑さと涼しさが混じり合うようになってきたある日、俺達は職員室にやって来た。

 呼び出されたのは俺、一夏、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪、楯無さん、沙紀、萌、マドカの十二人。けっこうな大所帯だ。

 さらに俺達を呼んだのは安東一樹先生。ウィザードと覚醒寸前の人間。それだけで『そういうこと』なのだと解る。俺、楯無さん、マドカ以外は不安げに顔を見合わせている。

 さて、待たせると何を言われるかわからん。そろそろ入ろうか。ノックしてもしも~し。

 

「どうぞ。」

 

 あまり聞き慣れない女性教師の声に許可を得て、ドアを開ける。俺が代表して訪問理由を述べると、デスクの一つから「こっちだ。」と促される。

 ぞろぞろと入室するのは目立ったが、安東先生が気にしていないのでこちらも毅然として向かう。だって悪い事なんてしてないし。

 

「来たか・・・。何だか壮観だな。」

 

「いや、あなたが呼んだんですよ?」

 

 わかってるってと言った後、早速本題に移られた。

 

「今日から四日間、お前たちにはある場所へ『任務』に行ってもらう。」

 

「任務、ですか?」

 

 一夏が先生の言葉を反復する。おそらく全員で行くとは思っていまい。いや、そんな考えは頭の中に浮かんでさえいないはずだ。だが。

 

「ああ、ここにいる『全員』でだ。ちなみに俺も同伴する。」

 

「「は?」」

 

 ほぼ全員が情けない声を出して呆けている。

 

「ちょっと計画を前倒しにすることにした。ああ、専用機持ちが全員出撃する件は既に学園長に通達済みだ。勿論、許可も得ている。」

 

 矢継ぎ早に連絡と懸念事項を伝えてくる。もう完全に置き去りだが、理解できた者もいる。

 

「いきなりですね。そちらの都合もあるのでしょうが、性急すぎでは?」

 

「そうも言っていられない。・・・以前の『侵入者』もおそらく奴らだろうからな。まだ態勢が整わないうちに状況を進める。」

 

「全員を一気に集めたのは?」

 

「そりゃあ時間が無いからだ。事は待ってくれないだろうからな。」

 

 一夏たちは呆けたまま固まっているが、ようやく時間が動きはじめたらしい。

 

「え、えっと。つまりどういうことですか?」

 

「簡単に言うとな。『修行』を始める。」

 

「「しゅ、修行っ!?」」

 

 いよいよか。いつか必ず来ると思っていたが、とうとうこの日が。

 おそらく、これを機に色々と説明がなされるだろう。

 いつかの簡単な説明ではない、確信をつく事実と。

 かつて『俺たち』が犯した罪も。

 

「よし、各自簡単な着替えのみを用意し、一時間後に校庭に集合だ。遅れた者は待つが、ペナルティが待っているぞ。さあ、早く行け。」

 

 何がなんだかわからず追い出されるように職員室を後にした。

 

「な、なあ旺牙。今日の安東先生、いつにも増して変じゃないか?」

 

「今のうちに軽口を言っておけ。もうすぐ立ち上がるのも億劫になる。」

 

 楯無さんとマドカ以外は不思議そうにしている。と言うか、その二人が青い顔をしているというか。

 さあ、いよいよ始まるぞ。地獄の日々が。

 

 

 

 

「安東先生、いや、一樹・・・。」

 

「すまんな千冬。早速あの子たちを地獄に叩き落とす。」

 

「ああ。・・・頼んだ。」

 

「お前の方こそ、学園を頼んだぞ。」

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

「よし、全員揃ったな。そのまま俺の周りに集まれ。」

 

 いまだ理解が追いついていない者が多い中、説明は後ですると言わんばかりにハリー!ハリー!と急かす先生。既にISを展開済みということは『アレ』をやるきか。

 

「行くぞ。・・・跳ぶぞ!」

 

 グレート・ワンの単一仕様能力『空間転移』。この大人数を一気に跳躍させることができるとは、まだまだ底の見えないISだ。

 そして一瞬にして木々が生い茂る『何処か』にやって来た。いや、マジで何処だよここ・・・。

 

「な、何だ今のは?」

 

「もしかして、今のISの能力?」

 

「もう反則でしょ・・・。」

 

「だが一度行った場所や俺が理解している座標にしか跳べん。あまり便利なもんじゃないぞ。」

 

 すでに疲れ切っている面々に、先生が答える。ISは解除済みだった。

 その時、森の中から気配がふたつ現れる。

 

「遅いだろうが安東!いつまで待たせやがる!」

 

「やめなさいオータム。品がないわよ?」

 

「だけどよスコール。こっちは一時間待たされてんだぞ。」

 

「待つのもいい女の懐よ。まあ、待たせる殿方も失格だけど。」

 

 現れたのは女性二人。ロングヘア―の似合う、しかし口調の荒い女性。金髪で色々と豊満な女性。どちらもえらい美人だ。街を歩いていたら思わず振り返りそうな。

 

 ムギュウッ!

 

「痛っ!?」

 

 なんか色々な部分を抓られた。あっちじゃ一夏も同じ目に遭っている。

 

「うるさいよ逃亡者。いくら協力者っていっても、本来なら生徒たちと関わらせたくないんだよ。」

 

「こっちだってガキの相手は御免だね。」

 

 オータムと呼ばれた女性は先生に対し食って掛かるが、その度にスコールと呼ばれた女性が止めている。

 いったいどういう関係だ?

 

「あー、一応紹介しよう。口が悪いのがオータム。その手綱を握ってるのがスコールだ。・・・元『亡国企業』の幹部とその部下って言えば伝わるか?」

 

「「「なっ!?」」」

 

「「「???」」」

 

 驚愕する組と理解できてない組にすっぱり分かれたな。

 しかし、『亡国機業(ファントム・タスク)』と来たか。俺も先生や楯無さんに聞かされるまで知らなかった、世界の裏で動く秘密結社、らしい。

 らしいというのは、活動基準がよく判っていないということだ。テロ活動を行っているとか、ISの裏メーカーだとか、いまいちはっきりしない。ただ、少なくとも正義の組織では無いことは確からしい。

 

「亡国企業がなぜここにいる!?」

 

 ラウラがナイフを構え一歩出る。それを制したのは安東先生だった。

 

「まあ待て。『元』と言ったろう。今の彼女たちは今の亡国企業とは関係ない。」

 

 元、とか今の、とか、色々とはっきりしないが、その解説もスコールと呼ばれた女性がしてくれた。

 

「私たちは企業を脱出してきたのよ。・・・忌々しいことに、今の亡国企業は奴ら、『覇王軍』に乗っ取られた。一部の脱出した幹部以外は奴らに憑りつかれ、ヒトではなくなってしまった・・・。大体五年ほど前からね。」

 

 途中から苦虫を噛み潰したような顔をするスコール。五年前ねえ。

 

「志垣旺牙。あなたを拉致したのは既に奴らに乗っ取られた幹部の指示。正確には織斑一夏を狙ったのだけどね。」

 

「!?お前らが!」

 

 一夏が怒りを露わにし食って掛かろうとする。同時にほぼ全員からも怒りのオーラが発せられる。

 

「待て一夏。もう終わったことだ。みんなも、もういいんだよ。」

 

 一夏を制し、首を振る。諦めたわけじゃない。だが過ぎたことだ。彼女たちに怒りをぶつけても、俺の右眼は治らない。

 ならば新たに敵を作るような真似をしても意味はないだろう。今はこれから起こる『地獄』の説明を受けようじゃないか。そう言うと、場はなんとか収まった。

 

「あー、ゴホン。説明に入っていいか?」

 

「すんません。始めてください。」

 

「よし。個人的な恨みは修行の後でしてもらいたい。」

 

「そういえば先生。修行って、たった四日でですか?いくら何でも短すぎじゃ。」

 

 シャルロットがもっともなことを言う。ああそうだな。たった四日で人間急に強くなれるもんじゃない。

 それを可能とする手段を、この人は持っているのだ。

 

「待ってろ。今そのための結界を張る。」

 

「「「結界?」」」

 

 ああ、やっぱりアレか。取り合えず準備しておくか。

 

「すうー、はぁー。・・・『開』!!」

 

 先生が深く一呼吸し、目を見開くと地面に蒼い魔法陣が浮かび上がり、周囲の木々が騒めく。

 魔法陣の光が強くなっていくたび、浮遊感が俺達を襲う。

 楯無さんとマドカは経験済みなのか、またも青い顔をしながら浮遊感に身を任せている。この後何が起こるのか解っているのだろう。

 みんなはプチパニックになっているが、騒動になる前に俺達の姿は大自然から姿を消した。そして・・・。

 

「空に、蒼い月・・・?」

 

 誰かが天を見上げ、呟いた。

 蒼い世界、そして天空に輝く蒼い月。侵魔のものとは真逆の世界。

 

「これが俺の結界だ。構造は月匣と変わらんが・・・説明しても理解は出来んだろう。取り合えず、俺はこういうのを作るのが得意なだけだ。」

 

「はぇ~・・・。」

 

「でも、その結界とやらと修行に何の関係が?」

 

「そう急くな。時間は山ほどある。この中ならな。」

 

「それってどういう・・・。」

 

 各所から上がる疑問の声に、先生は淡々と説明する。

 

「ここの時間の流れは特別でな。外での一日はここでの一ヶ月に相当する。つまり、四日間で四ヶ月分の修行が出来るわけだ。それだけあれば十分だろう。」

 

 ・・・・・・

 

「「「「ええ~~~~!?」」」」

 

「そんな漫画みたいな!?」

 

「ちょ、四ヶ月もこんなところにいなきゃいけないの!?」

 

「しょ、食料とかは・・・。」

 

「まさか野宿ですの!?」

 

「どうなっているんだここは!?」

 

「流石に、厳しいのでは・・・?」

 

 おーおー、予想通りの声が上がるな。

 簪、沙紀、萌は・・・。もう時間が止まっているな。

 

「安心しろ。あそこに各自の部屋がある。風呂とトイレは個室、キッチン共有の中々快適な場所だ。自分で言うのもなんだが、自信作だ。」

 

 珍しく得意げになっている。

 いや、俺は『ファー・ジ・アース』にいたときに体験済みだから何とも言えないが。

 楯無さんとマドカの顔色を見る限り、この空間の一番の特徴を知っているようだな・・・。

 

「さて、わからんことは随時聞け。今は取り合えず慣らすことから始めよう。専用機持ちはISを展開しろ。早速いくぞ。」

 

 あ、説明する気ないなこれ。取り合えず言われるがまま各自ISを展開する。それを確認してから、先生は指を鳴らした。その瞬間、ズシンッ、と衝撃が走る。

 

「「「!?」」」

 

 ほとんどが地面に叩きつけられたように突っ伏す。

 

「え!?ちょ!?なんだこれ!?」

 

「体が、重い・・・。」

 

「まあそうだろうな。初体験組は重力が五倍になるように設定してある。ほれ、早く立ち上がらんと本当に潰れるぞ?嶋田と立花は二倍からだな。」

 

「ご、五倍!?」

 

 そう、この結界内の特徴は、ルーラーである安東先生の思い通りに重力を操れることだ。マジでバトル漫画のノリだが、しょうがない。

 

「ちょっと待て!何で私たちまで巻き込まれてるんだよ!」

 

「お前らも戦力なんだから、鍛えてもらわないと困るんだよ。」

 

「それにしても、高重力圏って、こうなるのね・・・。確かに堪えるわ。」

 

 元亡国企業のおふたりも参っている様子だが、それでも余裕が感じられるだけ流石だ。

 

「あの、先生?私、前の時より重く感じるんだけど・・・。」

 

「そりゃ会長は経験者だからな。前と同じじゃ意味ないだろう。一段階上げて六倍だ。ちなみに、旺牙とマドカは十倍な。」

 

 なんだか凄い事言ってるぞ!?いつも以上にマドカが静かだと思ったら、若干プルプルと震えているからか。

 

「まず最低二ヶ月は重さに慣れてもらう。その期間中に慣れた者はさらにレベルを上げる。どんな状況でも軽々と動ける敏捷性と力強さを身につけろ。極限状態でウィザードに無理にでも覚醒してもらう。いくら四ヶ月あるとはいえ遅れは許さんぞ。ああ、安心しろ。訓練時間外は二倍にまで落としてやる。」

 

「お、鬼だ・・・。」

 

 一夏の呟きに、今までに見たことのない(俺はよく見た)邪悪な笑顔で答えた。

 

「ああ鬼だよ。暫くの間だが、お前たちに地獄を見せる者だからな。」

 

 もろもろの説明の前に、とにかく鍛えるところから始める。焦らされているようだが、まずは手っ取り早く強くなれと言うことか。

 ・・・本当に無茶苦茶だなこの人は。

 

「僕たち、生きて帰れるかな・・・。」

 

「分からないわよ、ここまで来たら。」

 

 完全に拷問だよな、このし修行法。



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試練の数々

遅れてしまって申し訳ありませんでしたーーっ!!m(__)m
待っていてくださった方がいたら、感謝感激です!


 修行、初日である。

 専用機組は全員ISを装着。高重力下での戦闘は、果たして役に立つのかって?曰く、とりあえず動きが変わるらしい。この人は頭が良いくせに無駄に解かりにくく説明するんだ。生身ならわかるが、ISを纏うとどう違うんだよ。

 一応二倍の重力を受けている沙紀と萌は、自分たちは何をすればいいか解らず、取り合えず渡された拳銃を見て混乱している。

 

「IS組は動きを高めるために俺と模擬戦をしてもらう。勿論、俺対全員だ。まずは十分間俺の攻撃を避け続けろ。一発でも喰らえばやり直しだ。いいな?」

 

 よくないと言いたいが、言っても無駄なので諦めよう。

 

「はあ?それだけ?いくら何でもあたしたちのこと舐め過ぎじゃないですか?」

 

「そうですわ。いくら高重力下でも、ひとりの攻撃を避け続けるのは簡単でしてよ。」

 

 プライドの高い組はブーブー言っているが、彼女たちは解っていない。たったそれだけが、地獄だということを。

 そんな言葉(文句?)を涼しく受け流し、自身のISを起動する。ああ、始まってしまう。

 

「さっきも言ったが、お前たちには地獄を見てもらう。ああ、安心しろ。命が消えるギリギリで止めてやる。本当に死なれたらそれこそ計画が狂う。」

 

 凄い事言ってるよ。だがこれからは本当にそんなことが起るんだよな。

 

「立花と嶋田は『月衣』にソイツを仕舞えるようになれ。要はとっととウィザードに覚醒しろ。」

 

 それだけか、と若干余裕が表情に生まれる。沙紀、萌。この人がそんな甘い事を言うと思ったか?

 

「但し、出来ない場合は昼と晩の飯は抜きだ。就寝時間まで続けてもらう。安心しろ。朝飯は食っていいぞ。」

 

「「え?」」

 

 その言葉にふたりの顔が絶望に染まる。

 

「あの、コツとかは・・・。」

 

「知らん。」

 

「月衣ってどうすれば出来るんですか・・・?」

 

「自分で何とかしろ。素質は有るんだ。すぐに出来る。」

 

 あんまりにもあんまりな言葉だ。この人人間じゃねえ。あ、半分悪魔だったか。

 

「さあ、始めるぞ。早々に死んでくれるなよ。」

 

 装甲を人型に独立展開する『メディウム』でパーツを分離し、先生は最低限の装備とISスーツ姿になる。魔法と科学の両攻撃で来るのだろう。

 そして、戦闘態勢に入った。

 地獄の修行の始まりだ。

 

~~以下ダイジェスト~~

 

 

 チュドーン!  グワーッ!

 

「篠ノ之!更識妹!一箇所だけに集中するな!」

 

 チュドーン!  グワーッ!

 

「凰!オルコット!隙が大きすぎる!もっと細かく動け!」

 

 チュドーン! グワーッ!

 

「デュノア!ボーデヴィッヒ!受け止めようとするな!まずは回避に専念しろ!」

 

 チュドーン! グワーッ!

 

「会長!元亡国企業!まだ無駄が多い!反撃は考えるな!」

 

 チュドーン! グワーッ!

 

「旺牙!マドカ!お前らは経験者だろ!簡単に当たるんじゃない!」

 

 フンヌヌヌヌヌ・・・

 

「立花!嶋田!雑念は捨てろ!」

 

 

~~なんてことがありました~~

 

「し、死ぬ・・・。」

 

「体が動かない・・・。」

 

「痛みが、ひきませんわ・・・。」

 

「顔を上げるのも辛い・・・。」

 

「食べ物が、喉を、通らない・・・。」

 

「軍の訓練が懐かしい・・・。」

 

「あれはなんだろう、彗星かな・・・。」

 

「私の時はまだ手加減されてたのね・・・。」

 

 上から一夏、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪、楯無さんでございます。

 初日からこれか、などと思えない。

 メディウムの攻撃を避けたと思ったら先生の魔法が飛んでくる。逆もまたしかり。敵はたった二体なのに、攻撃が避けられない。イヤらしいほどいい位置に飛んでくるのだ。本人の腕と性格がよく出てる。

 一対十二で、あわよくば反撃に出ようとした者は速攻で撃墜された。しかも時間もおかずに狙われるものだからすぐに態勢を立て直さないとまた撃たれる。

 実際、今日は終了時間まで十分間生き残った者はいなかった。と言うか三分も持たなかった。

 

「まあまあ、それでもなんか腹に入れておけ。明日以降もあるんだからな。」

 

 簡単なものを作ってみんなの前に並べていく。シャルロット、せめて一口は食え。簪、精神崩壊はしないでくれよ。

 

「相棒はなぜ平気なんだ?」

 

「そういえばマドカも余裕があるね。」

 

 お、ちょっと復活したか。

 

「俺の場合は『向こう』でやってたから魂が覚えていた、のかな。それでも動くのがやっとだ。」

 

「私は以前この手の訓練を受けていた。流石に十倍は厳しいがな。」

 

 ああ、やっぱり経験者だったか。取り合えず時空が歪んでる結界に突っ込むんだよなあの人。出る時が時差ボケが酷いんだよなこの修行場。

 

「「・・・・・・。」」

 

 沙紀と萌は、うん。拳銃を睨みつけている。目が血走っててかなり怖い。しかも本当に飯抜きだから集中力も無くなってきた頃だろうから余計に上手くいかないだろう。やはり安東先生は悪魔だ。

 声を掛けようにもそんな雰囲気じゃない。そのまま撃たれそうなオーラを纏っている。

 

「ん?スコールとオータムは?」

 

「ああ、自分の分の食料確保したらすぐに部屋に戻ったぞ。」

 

「馴れ合いはしないって意味でしょうね。」

 

 一応一緒に戦うんだから、最低限の交流もしてほしいんだが、まあ難しいんだろう。

 

「ところで、旺牙とマドカはどれくらいこの空間で過ごしたの?」

 

「俺は一年ぐらいだったか。こんな内容じゃなかったがな。」

 

「私は・・・四年だ。」

 

「「「四年!?」」」

 

 全員が声を揃えて驚く。

 えっと、つまり、年上?

 

「元々私はお前たちより年下だ。この結界内で四年間過ごして、結果的に同年齢になったまでだ。」

 

 そ、そうだったのか。やけに達観しているというか、落ち着いているのはそういう事か。

 

「達観してるのは旺牙もだよ。」

 

「俺は前世分も生きてるから良いんだよ。」

 

「「ヴァ~~~~・・・。」」

 

 おお、沙紀と萌が帰ってきた。なんだかもうゾンビみたいになってる。

 飯を食わせてやりたいが、晩飯抜きが言いつけられている。可哀想だが後を考えるとここは心を鬼にして。

 

「「水・・・。」」

 

 水分補給も無しだったのかよ!減量中の格闘家か!

 さすがに酷かったのでコップ一杯の水を提供。

 

「コップが重い・・・。」

 

「まあ、頑張れ。」

 

 それしか言えねえ。全員二倍の重力を受けているはずだが、ギリギリ耐えている。だがこの二人はフィジカル訓練はそれ程受けていないので、大分きつそうだ。

 

「お前ら、そろそろ自室に入れ。明日も変わらずにやるぞ。」

 

 悪魔の降臨だ。お、今みんなの心が一つになった気がするぞ。

 

 

―――三日後―――

 

 シュンッ!!

 

「で、出来たっ!」

 

 沙紀の声が結界内に響く。

 どうやら拳銃を消した。つまり月衣内に収納出来たらしい。その後も何度も出し入れしている様子を見ると、完全にコツを掴んだようだ。

 いくら極限状態とはいえわずか三日で月衣の制御、つまりウィザードとしての覚醒の一歩を踏み出せたのは凄いな。相当の才能があったのだろう。隣の萌がいまだに唸っているのが証拠だ。

 

「へえ、やるじゃないか立花。なら次はコイツを扱ってみろ。」

 

 先生は自身の月衣から何かを放り投げる。

 あ、アレはまさか・・・。

 

「そいつはガンナーズブルーム。魔銃使いの武器だ。そいつの出し入れを完璧にしろ。目標は一秒以内。その後は顕現から砲撃を難なくこなせ。」

 

「え?あの、コツは・・・。」

 

「自分で見つけろ。」

 

「魔法とかは・・・。」

 

「残念ながらお前に攻撃魔法や治癒魔法の才能は無い。」

 

 心の底まで悪鬼羅刹だよこの人。あ、沙紀が倒れた。

 

「ほら、お前らもボケっとすんな。続きを始めるぞ。」

 

「「「・・・やってやらーーーっ!!」」」

 

 沙紀の覚醒に奮起し、全員がさらに力を入れる。

 てかやらないとこれ以上は死ぬ。

 

(だが立花沙紀。もしや・・・。)

 

―――さらに三日後―――

 

「出来た・・・。」

 

 力の無い声で萌が呟く。何度も何度も、確認するように拳銃を月衣に出し入れする。これでふたりがウィザードとして覚醒したことになる。

 

「よし。嶋田は・・・水の攻撃魔法の才があるな。まずは水を球状に現出させることから始めろ。勿論コツは教えない。自分で何とかしろ。ひとつだけ言うなら、イメージすることを大事にしろ。」

 

 萌が灰になった。

 

~~~ダイジェストは続く~~~

 

―――三週間後―――

 

「ハァ、ハァ、ハァ・・・。」

 

「・・・十分経過。まさかこんなに早く第一目標を突破されるとはな。」

 

「あはは・・・、どんなもんよ・・・。」

 

「やり遂げましたわ・・・。」

 

「き、きつかった。」

 

「え?第一目標?」

 

 先生は一夏たちに拳銃を放り投げると、残酷な言葉をぶつける。

 

「次はウィザードとして覚醒してもらう。立花と嶋田がやったやつをお前たちもやるんだ。なに、ISの展開と同じようなもんだ。目標は〇、五秒。出来るまで昼晩の飯抜きは続行だ。」

 

 各自の顔に絶望の色が浮かぶ。

 まあ、非覚醒組はそれとして、覚醒組はどうするんだ?

 

「旺牙はメディウムの攻撃を耐え続けろ。休憩はISが決める。だから感覚はまばらだ。お前から手を出すなよ。」

 

「マジすか・・・。」

 

 ああ、もう砲撃態勢に入ってる。

 こうなったらやってやらあぁぁ!!

 

「マドカ、会長、スコール、オータムは俺との戦闘継続だ。時間制限は無い。とにかく生き残れ。」

 

「ちょ、ちょっと待てよ!私たちにはウィザードの修行は無いのか!?」

 

「ああ、そのことなんだが、お前たちふたりには才能が全くない。いくら頑張っても無理だ。」

 

「はあ!?」

 

「それでも大事な戦力なんだ。鍛えるに越したことはないだろう。」

 

「本当に、そうかしら?」

 

「・・・どういうことだ?」

 

「本当に、私たちには欠片も才能が無いと?」

 

「・・・さて、何を言ってるんだかな。」

 

「テメエ!」

 

「待ちなさいオータム。」

 

「でもよスコール!」

 

「ここは彼の言う通りにしましょう。後でなんとかすればいいんだから。」

 

「・・・ちっ!」

 

 本当にあいつらには才能が無いのか、はたまた・・・。

 真相は先生にしか分からないか。

 

 チュドーン!   ベムフン!?

 

 忘れてた!?もう攻撃してきた!

 耐えろったって、今の一撃かなり強かったぞ!?

 ああ、もう!ここは地獄だ!!

 

 それからさらに三週間、非覚醒組はなんとか月衣を使いこなせるようになり(確認方法は全員にスコールとオータムが放った銃弾が止まるかどうかで判断した)、沙紀と萌もそれぞれの目標をクリアした。

 

~~~以上、非常に簡略化した第二段階である~~~

 

 

「つ、疲れた・・・。」

 

「ウィザードってこんなに大変なの?」

 

「いや、大体はいつの間にか勝手に覚醒してるもんだ。今回みたいに無理矢理覚醒させるなんてのはまずありえないことだぞ。」

 

 全員の射殺さんばかりの視線が先生に向けられる。が、本人はどこ吹く風だ。口笛まで吹いている。

 だがここまで無理をするということが、今度の戦いの厳しさ、激しさを物語っている。

 

「まあ、お前らよくやったよ。もしかしたら死にかける奴が出てもおかしくなかったからな。」

 

「「「十分死にかけたわ!!」」」

 

 ほとんどの声が揃う。

 

「そういうな。まあ、一か月半でここまで来れたんだ。そうだな・・・。昔話をしようか。それも、別の世界の、な。」

 

「せ、先生!それは!?」

 

「良いだろう?そうだ、まずはお前の話からしてやれ。失敗談から始まる恥ずかしい話をな。」

 

「うぅ・・・。」

 

 あれは完全に黒歴史なんだよなぁ。

 

「安東先生、昔話って?」

 

 一夏が尋ねる。まあこいつは『こっち』での事はほとんど知ってるからな。

 俺が、俺達がこれから話すのは。

 

「一応知っておいてもらおうと思ってな。それ次第で俺達に着いていきたくないと思ったら戻ってもいい。」

 

 

 

 これから話すのは、『ファー・ジ・アース』での俺達の話だ。



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昔語り

作者)きょえーーーー!!

旺牙)五月蠅い。(腹パン)

作者)ぶえっ!?

旺牙)はい、皆様のおかげで二万UAまでやってきました。本当にありがとうございます。

作者)物語もようやくクライマックスに向かっているので、最後までよろしくお願いいたします。


―――Side旺牙

 

 まずは俺からか。何から話すべきかな。

 俺は輝明学園秋葉原校の中等部に入学した。

 ああ、輝明学園ってのは世界中に存在する学園でな。表向きはエリート校を掲げているが、本質はウィザードの訓練校だ。なにせ生徒の半分はウィザード、または覚醒候補者だった位だからな。

 話がずれた。俺は学生寮に入寮した直後に両親を事故で亡くしてな。悲しかったがある思いが暴走しちまった。

 俺は昔からヒーローに憧れていたんだ。それも影から世界を護るヒーローに。

 独りになったことで、俺は孤独で孤高の存在になったと勘違いしてたんだ。そんな自分に酔っていたんだな。

 体格も良かったし、夜な夜な寮を抜け出しチンピラ相手に喧嘩を吹っ掛けて行った。負け無しだったよ。相手が刃物なんて取り出しても怖くなかった。むしろ叩き潰すイイ理由が出来たと思ったね。

 そんなことを続けていたある日、少し厄介な奴らがいた。銃を向けてきた奴がいたんだ。夜の世界じゃ俺の噂が知れ渡ったていたらしくてな。躊躇なく撃たれたよ。

 でも、何とも無かった。弾は俺の寸前で止まって、振り払うと簡単に道端に落ちた。

『化け物!』って叫ばれたかな?だがそんな言葉どうでもよかった。銃弾も効かない、正に無敵のヒーローになった気分だった。

 俺の『活動』はさらに過激になった。チンピラだけじゃなく、ヤのつく自営業の方々にまで手を出し始めたんだ。

 向こうはプロだ。俺のことなんてすぐに見つけ出され、大勢に囲まれた。何も怖くなかった俺は調子に乗って、このまま奴らを壊滅させるつもりだったんだが、計算外のことが起きた。奴らの中にも俺と同じのがいた。つまりウィザードがいたんだ。

 初めて傷を負った俺はパニックになった。額に拳銃を突き付けられ、「ああ、ここで死ぬのか」なんて思ったよ。

 

 その時、俺の運命が動く出来事が起こった。

 

 そいつの拳銃が弾き飛ばされ、一瞬のうちに残りの連中が気絶した。

 何が起こったのかわからないでいると、俺の前にスーツを着た男、後に俺が『先生』と呼ぶ、安東一樹が立っていた。

 学園内で見たことがあったし、すぐに関係者だと悟った俺は吠えたね。余計なことを、って。

 その返事が踵落としだった。

 

「覚醒したばかりのガキが、粋がってんじゃねえよ。」

 

 何のことか分からなかったが、俺は食って掛かった。だが、拳も蹴りもまるで通じない。全部受け流されて、叩きつけられたり投げられたり。おまけに掌から光の球を放ってきたんだ。流石に面食らって、腰が抜けたよ。

 

「お前の才能、このままチンピラにしとくのは惜しいな。俺に着いてこい。もっと強くしてやる。」

 

 呆気に取られていた俺はそう言って差し出された手を取った。

 俺がウィザードの道を進む瞬間だったよ。

 

 それからの俺は我武者羅だった。安東先生のシゴキはあの頃から地獄のようだったけど、仲間も居たしそうそう苦では無かったな。同じ道を進む者同士、連帯感は強かった。先生は先生で、分かりやすく強さってものを教えてくれたしな。

 先生はただ厳しいだけじゃ無く、俺達のメンタルにも気を遣ってくれた。壊れられてはいけないと言いつつ、『教え子』ひとりひとりに寄り添ってくれてたよ。だから頑張れたし、惚れこむ奴も多かった。俺もその一人だったよ。・・・いや、男色的な意味じゃ無くてな?この人の後には絶対ついていこうと思った。

 

 先生の指示で多くの敵と戦ったよ。侵魔はもちろん、同じ人間ともな。悪さをするウィザードを捕らえるだけじゃなく、先生のさらに上の存在、『世界の守護者』からの指令で、カルト教団を粛清、皆殺しにする

任務もあった。結果として先生とその教え子たちで事を済ませたんだがな。それ以来俺は『凶獣』と呼ばれた。ISに同じ名前を付けたのは、それを忘れないようにする戒めだったんだよ。

 

 詳しくは先生が教えてくれるだろうから細部は省くが、先生と、俺を含む一部の教え子が『世界』に対して蜂起する事件が起きた。俺達は『世界』に対し喧嘩を売った。

 その時俺は友だった槍使いと戦い、相打ちになった。

 先生が『こっちの世界』にいるってことは、蜂起は失敗に終わったんだな。今にして思えば、それで良かったんだろうがな。

 

 俺から話せることは、これぐらいかな。

 

 

―――Side一樹

 

 

 そうだな、何から話すべきか。

 俺には両親がいなくてな。ある日突然、侵魔に襲われたんだ。目の前で惨殺される両親を見て、俺には何もできなかった。ウィザードとして覚醒していた年の離れた姉のおかげで助けられた俺は、しばらくして輝明学園秋葉原校中等部に入学した。そこで姉が戦死したことを告げられ、本当に孤独になった。

 侵魔の月匣に取り込まれた時、俺はウィザードに覚醒、敵を返り討ちにして難を逃れた。

 これで姉さんの仇が取れる、そう思った時には、それらしい侵魔が既に打ち倒されていたことを聞いた。途端に虚無感に襲われた俺は、ひたすらに魔法を練習した。現場にも積極的に介入した。

 ただ、高校に上がった時に問題が発生してな。ウィザードには多くの団体が存在するんだが、俺は完全にフリーランスで活動していたんだ。そうすると、学校に対して公欠扱いにならなくてな。単位が足りずに気が付けば高校二年生で二十歳になっていたんだなこれが、はっはっは。おい、笑えよ。

 

 高二の頃から転機が訪れてな、ある奴らとチームを組むことが多くなった。多岐にわたる戦場で俺も鍛えられてな、気が付けばかなり魔法が得意になっていた。特に治癒魔法は専門ってくらいにな。まあそれはいいんだ、重要なことじゃない。

 俺の『大いなる者』の力の正体が、古代の神の一柱、それも侵魔の由来のものだった。

 一時的に力が暴走し、侵魔として覚醒した俺は、仲間たちに救われ、その時にウィザードの力も失った。

 その後は普通に学園を卒業し、力は無くとも魔法の勉強をするためにアメリカの大学に入ることにした。

 

 そして俺は、俺にとっての師匠に出会うことになる。この結界もその教授に教えられた物だ。

 教授曰く、俺にはまだウィザードの残滓が残っていたらしくてな。それを取り戻すということだった。

 俺は結界内で十年過ごしたよ。外見があまり変わらなかったのは幸いだったよ。

 俺の修行とは比べることが出来ないほど厳しい特訓でな。その時習った合気も魂が覚えていたらしい。おかげで素手でもある程度戦えるほどになったよ。まあ、それはいいんだ。

 かくして俺は以前の力を取り戻した。あくまで侵魔由来の力だから無茶は出来なかったがな。

 単位については教授の方で細工してくれたみたいでな。卒業は出来た。ついでに教員免許も取得して、日本へ、輝明学園秋葉原校に赴任した。表向きは二十代でな。

 

 そこで俺は才能ある若い連中を集めて徹底的に鍛えることにした。誰が相手でも死なないように、生きて帰ってこれるように。そして、力が暴走しないように。俺みたいにな。

 

 案外そういう連中は沢山いた。自分の使命に押しつぶされようとしている奴。力に溺れていた奴。何でも斜に構えていた奴。妙に自信の無い奴。いうなれば問題児だらけだった。こりゃ鍛えがいがあると内心苦笑したよ。

 それからはそいつらに何でもやった。何でもやらせた。厳しい訓練はもちろん、多くの実戦を積ませた。

 中には旺牙の言ったような非人道的な任務もこなしてきたよ。

 誰に何と言われようと、世界を護るため、均衡を保つためにな。

 

 ある日、一つの任務が言い渡された。高校時代、付き合ってた子がいてな。もう社会人になってた。同じ大いなる者、古代神だった。彼女が侵魔に覚醒しようとしていた。その抹殺が目的だった。何とか出来ないか、色々考えたよ。力と上手く折り合いをつけて生きていく方法を。

 考えれば考えるほど、それが無理なことが解ってしまった。だから、ウィザードの各機関に頼み込んだよ。『今回は俺一人に任せてくれ』ってな。はじめは却下されたが、半ば強引に意見を通させた。

 そして決戦の日は来た。彼女は・・・、何もしてこたなかった。俺の放った光弾にその身を貫かせ、静かに倒れ伏した。

 何故抵抗しなかったのか。勿論問いただしたさ。彼女は、自分が世界に害するくらいなら、誰かに、俺に滅ぼされることを願った。最期になんて言ったかわかるか?『ありがとう』だとよ。暫く流していなかった涙が、一気に流れ落ちたさ。久しぶりに慟哭した。

 俺は、愛する人の命を奪った十字架を背負って生きることを選んだ。世界のために。

 

 だが、世界は俺を許してくれなかった。突然、咳と一緒に血を吐くことになってな。病院に行っても原因不明。医者は匙を投げた。

 そんな時、世界の守護者『アンゼロット』は俺に告げた。俺もまた侵魔の力が強くなっていく可能性がある。戦いが起こる前に、世界は俺を病死ということでこの世から抹殺しようとした。

 流石にな、ふざけるなと思ったよ。俺は、全てを差し出してこの世界のために生きようとした。過去の贖罪のために。そのために多くの命を犠牲にした。それなのに・・・。

 

 俺は、切れちまったんだろうな。もうどうでもよくなった。世界が俺を拒絶するなら、俺が世界を滅ぼそうってな。

 俺は旺牙を含めた教え子たちを集め、自分に付いて来る者を募った。結果、十人いた教え子は綺麗に半々に分かれた。旺牙を含めた五人は俺と共に、残る五人は俺と袂を分かつことになった。むしろ五人も付いて来ることになったのが驚きだったよ。世界に反逆するってのにな。お前らは何を考えていたんだ、旺牙?

 しかも数の理では俺達が圧倒的に不利。俺のプラーナを五人に分けることで戦力増強はしたが、負け戦になるのは必至だった。それでも馬鹿どもは付いてきた。

 

 決戦の日、俺は月匣の最奥で敵を待ち構えた。プラーナを通じて、あいつらが全員死んだのを確認した。こんな俺に付いてこなければ、まだまだ生きていられたのに。

 俺の所に辿り着いたのは、袂を分かったはずの五人の内、四人。一人は旺牙と戦い、相打ちになったらしいな。さっき言っていたか。

 その後は簡単だ。俺が討たれ、戦いは終わった。

 

 今ここに生きている理由はわからんが、何か意味があるんだろう。もしかしたら、またこうしてお前たちを鍛えるために生まれてきたのかもしれないな。

 俺の話はこれで終わりだ。

 

 

―――Side旺牙

 

 

 空気が重い。皆の顔を見ていると、予想以上にショックを受けているようだ。スコールとオータムは別に顔色一つ変えていなかったが。

 さて、もしかしたら世界征服の尖兵にされるかもしれない話を聞かされて、こいつらはどう反応する。

 ここで修行を投げ出すなら、結局そこまでだったんだ。

 

「先生は・・・。」

 

「ん?」

 

 一夏が最初に口を開く。

 

「先生は、この世界が嫌いですか?」

 

「・・・そんなわけねえだろ。」

 

 上空を見つめ、一息吐く。

 

「幼馴染がいて、かつての生徒がいて、お前らみたいな面白いガキンチョとも会えた。楽しい日々だよ。今の世界、俺は好きだな。」

 

「そうですか・・・。」

 

 全員が一度顔を伏せる。そして、申し合わせたように、真剣な表情で先生を見る。

 

「なら、俺達の意志は変わりません。このまま修行を続けます。」

 

「私も、この世界が、みんながいる場所が好きです。」

 

「簡単に差し上げる事なんて、出来ませんわ。」

 

「そうよ!悪い連中は全部薙ぎ払ってやるわ!」

 

「それに、今の先生はもう昔の先生じゃないんですよね?」

 

「貴方は信頼に足る人物だと認識している。」

 

「旺牙も、今は立派なヒーローだよ。」

 

「私も、大好きなもののためなら命を張れるのは変わらないわ。」

 

「だから、先生も旺牙くんも、昔のことは忘れてさ。」

 

「今は『また』私たちを強くしてください。」

 

「別にお涙頂戴劇はいらねえんだよ。」

 

「私たちの敵は一致しているのだから、今は手を貸すわ。」

 

 ・・・何だよこいつら。こんな話聞かされて、それでも味方でいるなんて、馬鹿じゃないのか。

 

「旺牙。お前はどうする。」

 

「今更聞きますか?俺はどこまでも先生に付いていくだけですよ。」

 

「・・・馬鹿野郎どもが。」

 

 まあ、何を言ってもしょうがない。

 今はとにかく、覇王軍を何とかしないといけないのだから。

 

「よし!明日からはさらに一段階レベルを上げていくぞ!時間はいくらあっても足りないんだからな!」

 

「「えーー!?」」

 

「文句を言うな。」

 

 空気が元に戻っていく。さて、夕飯の時間だね。今日は何を作るか。

 

「・・・。」

 

「ん?どうしました先生。」

 

「なんでもねえよ。ほら、お前もさっさと行け。」

 

「へ~い。」

 

 聞こえてましたよ先生。

『ありがとう』って。こんな俺達を受け入れてくれて。

 必ず、未来を勝ち取りましょう。

 

 

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 元亡国企業日本支部。現在は覇王軍の拠点と化している。

 

「母様、IS学園には例のウィザード達が見当たりません。ここは奴らの拠点を落とすべきかと。」

 

「焦るなパツィア。闘争する相手のいない場所など、何も面白くない。闘いは奴らがもっと強くなった時でもよいではないか。」

 

「・・・は。」

 

(母様のお気持ち、分からなくも無いが。やはり甘すぎる。それに。)

 

「お母様、修練、終わりました。」

 

「ああ、マリア。この数日で逞しくなった。一軍を任せるに相応しい貫禄が出ているぞ。」

 

「いえ、お姉様には遠く及びません。」

 

「ゆっくりでよい。お前には戦う者の気骨がある。いずれは私すら超えてしまうかもな。」

 

「いえ、そんな・・・。」

 

(その座は、私が!)

 

 パツィアの身体が小刻みに震える。

 覇王ジーザは玉座から降り、間を後にしようとした。

 そしてパツィアの横を通り過ぎた。

 刹那!

 

 ズンッ!

 

「え・・・?」

 

「・・・カハッ!」




時間がかかって非常に申し訳ありませんでした!
稚拙ながら書かせていただいている身として、待っていて下さる方がいるのは誠にありがたいです!
これからも、ゆっくりになるでしょうが続けていきますので、出来る事なら、最後までお付き合いを!

それともう一度。二万UA突破ありがとうございます!


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暴走する狂気

本当に申し訳ありません!!

待っていてくれた方々、大変お待たせしました!!




 ズンッ!

 

「え・・・?」

 

「・・・カハッ!」

 

 

 覇王ジーザの腹から突き出された何か。それは本来なら彼女の持ち物。それを預かっていたのは、四天王の将パツィア。

 残されたマリアは息をすることすら忘れ、その光景を見つめていた。

 

「パツィア、なに、を・・・?」

 

「単純です母様。貴女はもう覇王に相応しくない。安心して。跡は私が継ぎます。」

 

 ズルリと剣が引き抜かれ、ジーザがパツィアに体を向けた瞬間、袈裟懸けにその身を切り裂いた。

 大量の出血と、魂すら破壊する魔剣により、その場に倒れこむ。

 

「い、いやぁぁぁぁ!お母様!!」

 

 我を取り戻したマリアが覇王に、ジーザに駆け寄る。

 血に塗れた彼女は呼吸もか細く、足元から存在が消えている。マリアの治癒魔法、及びプラーナの付与を急ぐが、それ以上に早く存在が粒子となっている。

 消え入るジーザ、涙を流すマリア、そして狂気的な笑みを浮かべるパツィア。

 

「お姉様!どうしてこんなことを!?」

 

「あら、さっき言ったでしょう?母様は覇王に相応しくない。だから斬ったの。」

 

 まるで何事も無い事の様に、パツィアは続ける。

 

「覇王とは、どこまでも闘争を望むもの。そのせいで、同族の侵魔からも封印されたもの。母様、ジーザは甘いのよ。ならば私が、全てを手に入れる!」

 

 瞳をぎらつかせ、パツィアは高らかに宣言する。

 

「パツィア・・・すまなかった・・・。次代は、お前に託すつもりだったのに、急かせてしまったね・・・。本当に、すまない・・・。」

 

「お母様!喋らないで!今治療を!」

 

「パツィア・・・、マリア・・・、私の、可愛い娘たち・・・。」

 

 ジーザの瞳から光が失われ、その身体は欠片も残らず空中に粒子となって消えていった。

 その光景に呆然とするマリアの首筋に、魔剣が向けられる。

 

「マリア、後は貴女が邪魔なの。私の地位を揺るがぬものにするべく。・・・死んでくれるわね?」

 

 母を失った衝撃と、姉が自分を殺そうとしている事実に、頭が回らなくなっているマリア。力も入らず、このままでは首が落とされる。

 その時だった。

 

「ところがギッチョン!!」

 

 何者かが横っ飛びでマリアを抱きかかえ、部屋を転がる。

 さらにパツィアの背後から巨大な影が、その巨体に似合う戦斧を振り下ろす。

 そんなもの気にするまでも無いと、片手でそれを止めて見せた。

 

「何をしている?ガイム、ジャン。」

 

 現れたのは旧テレモート隊、現在はマリアの僕となったガイムとジャン。廊下の奥からは武装をした侵魔たちが向かって来ていた。

 

「あっぶねぇ~。ギリギリだなお嬢。」

 

「ジャン・・・?」

 

「マリア様。我らマリア隊、命を賭して御守りしますぞ!」

 

「ガイム・・・?」

 

「もう一度聞くわ。何をしているの?」

 

 路肩の石でも見るような冷たい目でガイムの巨体を見る。間違っても味方に向けるものではなかった。

 返答次第では即殺す。そんな意志が垣間見えた。

 

「パツィア様。我々は貴方様を覇王とは認めませぬ。あのような不意打ちで覇王様をお斬りになっても誰も納得しませんぞ。」

 

「私は先代を斬った。それだけ。それだけが事実。貴方たちには関係ないでしょう?」

 

「それが気に入らないって言ってるんだよ!」

 

 覇王軍は完全に分裂していた。もとよりパツィアの部下であった者たちと、先代となったジーザをあんな方法で廃し、次代の覇王を名乗ることを望まぬもの。

 それは同時にパツィア派と、奇しくも生き残ったマリア派に分かれる形に成った。

 

「私を認めず妹を推す、そういうこと?」

 

「如何にも!」

 

「なら・・・。死になさい。」

 

 疾風のような一閃を戦斧で受け止めるガイム。怪力のガイムと言えど、四天王最強のパツィアの斬撃を受けるには骨が折れた。

 その間に、マリアの部下たちがパツィアを取り囲む。

 だが、魔剣を円に振るうだけで、先陣にいた侵魔が両断される。

 

「ジャン!お主はマリア様を連れて逃げよ!あ奴ならば悪くせんであろう!」

 

「爺様たちは!?」

 

「壁も必要であろう!」

 

「・・・すまん!」

 

 ジャンはマリアを抱え走り出す。後ろは振り向かない。その暇があれば、一歩でも遠く、一秒でも速く、この場から逃れる。

 

「ガイム・・・!」

 

「マリア様!覇王様の!我らの無念を!どうか!」

 

「追いなさい!奴らを滅せるなら手段は問わない!」

 

 その声にパツィアの部下たちが殺到する。それから逃れるマリアとジャン。

 同じ侵魔たちが殺し合う、この世の地獄。それも、同じ軍の者たちである。

 それを望んだのは、魔剣を振るい笑みを浮かべる、狂気の権化。

 慈愛の心を持つ妹は、この現実を受け入れるだけで必死だった。

 

「むぅん!」

 

 ブチッ!

 

「ん?」

 

「ジャン!これを持ってゆけい!」

 

 ガイムはパツィアの首にかけられていたネックレス、IS『デモニック・シャイン』の待機状態を引きちぎり、ジャンに向かって放り投げる。

 

「お嬢!ちょいとスピードを上げるぜ!」

 

「ジャン・・・。」

 

 

――――――

 

「あんな玩具、今さら必要ないわ。」

 

「必ずやマリア様の役に立つ。そう信じております故。」

 

「本当に逃げ切れると思って?」

 

「侵魔でありながら人間に希望を見出す。情けないですがな。」

 

「貴方は本当に邪魔よ。いい加減に死になさい。」

 

(マリア様・・・、どうか、ご無事で。)

 

 

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

「ふむ・・・。」

 

「ぜぇ・・・、はぁ・・・。」

 

 特訓が一区切りし、俺たちが息を整えていると安東先生がふと独り言ちる。

 この人のことは尊敬しているけど、こうたまに見せる「全部解ってる」的な態度は苦手だ。大抵面倒なことが起こる前兆になるからだ。口に出したら怒られるから言わないけど。

 

「何か言ったか旺牙。」

 

「いいえ何も。」

 

 くそ、勘がいい。

 

「マドカ。」

 

「はい。」

 

「外で何かあったらしい。少し見てきてくれ。・・・場合によっては中まで案内してやれ。許可は出す。」

 

「わかりました。」

 

 外?いったい何があるというんだ?あと、そんなに気軽に行き来出来るものだったけこの月匣。しかも案内ってなによ。

 まあ、こっちでの付き合いが長いマドカに言うんだから間違いはないか。

 今は兎に角息を整えることに集中しよう。でないとすぐに再開されかねない。

 

「外の状況にもよるが、マドカが返ってくるまで時間がかかる。長くて二、三日だと思え。それまでいつも通り修行の続きだ。」

 

 言ってるそばからだよこん畜生。残された全員の顔から血の気が引いていく。

 大丈夫。多分死なない。死なない・・・と良いなあ。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 

「ちっくしょう、まだ追ってきやがる・・・!」

 

 マリアを護るように抱え、全力で空を駆けるジャン。だが、それも限界に近かった。

 追手から逃れる際に背中を負傷、確実に速度は低下し、彼の視界は靄がかかる。重症であった。

 それでも逃げる。奴らが諦めるまで。

 だがどこかで解ってはいた。自分たちを殺すまで、あの追手どもは追撃の手を緩めないと。

 先頭の侵魔が魔力を込めた礫を放つ。それがジャンの肩を掠める。それだけで顔は苦し気に歪み、バランスが崩れる。それでも決して腕の中の姫を離さない。

 

「ジャン!もう、もういいです!!私が死ねば、それでッ!」

 

「馬鹿野郎ッ!今更逃げられるかよ!爺様たちから託されたんだ!死んでもお嬢は逃がす!」

 

 このまだ状況が分かっていないお嬢は、自分が捨て石になればジャンは逃げられると思っているのだろう。

 だが現実はそう甘いものではない。マリアを差し出したとして、あのパツィアがジャンを見逃すとは到底思えない。何かの気まぐれでも起こさない限り、自分たちは死ぬまで追い立てられる。

 大体、生きたいを思っていたらこんなことは引き受けなかった。今の自分にとって、命よりも優先させるのはマリアの身。意地であったし、あの狂った将の思い通りになるのは許せなかっただけだ。

 離すとしたら安全だと確信したとき。ただ、それが何処かなんてのはわからないが。

 一瞬の思考の後、殺気が濃厚になる。いつの間にかすぐ傍まで追手に追いつかれていたらしい。

 ここで終わりか。せめてお嬢だけは!

 研ぎ澄まされた爪が振り下ろされようとしている。

 マリアがジャンの名を叫ぶ。

 

 その時だった。

 

 バシュンッ!

 

「ギイィィッ!?」

 

『!?』

 

 一条の閃光が侵魔の頭部を射抜く。その一撃で弾け飛ぶ追手の侵魔。

 光の正体は一基のビットから放たれたレーザー。放ったのはBT兵器『エネルギー・アンブレラ』。

 安東マドカが、寸でのところで間に合った。

 

「状況説明を求むが、今はゆっくり聞いている暇は無いようだ。」

 

 そう言いながら、マドカは追手の侵魔を冷静に、次々と撃墜していく。

 その光景を黙って見ていることしかできなかったが、ジャンは安堵の表情を浮かべていた。

 気に入らないが、お人好しに巡り合った、と。

 

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

 マドカが月匣から出て二日が経った。外では何時間、いや何十分経ったのだろう。

 相変わらず地獄の修行を課せられていた。

 

「マドカが戻ってきたようだ。何やら厄介な客を連れてな。」

 

 客?誰だ?先生が迎え入れるくらいなら大丈夫だろうが、厄介な、とはこれ如何に。

 一時修行は中断。マドカが現れるまで待っていると、なるほど厄介な客だった。

 

「・・・・・・。」

 

「よう、元気かよ半端野郎・・・。」

 

「ジャンに、マリアか!?」

 

 彼女が連れてきたのは瀕死のジャンと、彼を支えながら歩くマリアだった。

 マリアは心配そうな顔をしているが、ジャンはどこか安心したような表情をしている。

 

「旺牙、誰よこの二人!?男の方は傷だらけじゃない!」

 

「・・・女の子の方は覇王軍四天王の一人、男の方はその部下だ。」

 

「「「ッ!?」」」

 

 俺の一言で周囲が思わず武器を構える。それを右手を上げて制する先生。

 俺にとっても敵だが、まず状況を把握したい。

 なぜこんなにも傷を負っているのか。敵意を感じないのはどうしてか。

 マドカ曰く、何故か侵魔に追われていたらしいが。

 

「時間が無ぇ。簡単に説明するぞ。」

 

 荒い息をそのままにジャンが口を開く。

 

 

 

 

 

 

「パツィアの謀反、だと?」

 

「ああ。あいつは覇王様を不意打ちし、自分が新たな覇王になろうとしやがった。んで、あれにとって、お嬢の存在は邪魔でしかなくなったわけだ。」

 

 ものすごく簡単な話、そういうことらしい。なぜ急に謀反を起こしたのかまでは分からないし、知りたくもない、要は覇王ジーザが討たれた事実が大事らしい。

 だが、これで何が変わるのだろうか。

 

「それは貴様たちにとって不都合なのか?より優れた者が軍を指揮するのは当然だが。」

 

 ラウラの一言に各々が首肯する。それに答えたのは、意外にもスコールだった。

 

「パツィアのやり方がより苛烈、さらには狂気的だからでしょうね。亡国企業を実質的に操っていたのはパツィアだし、私たち以上に手段を選ばない。目的のためなら全てを犠牲にするやり方を取る、というところかしら。」

 

「まあ、な。あいつの、下じゃ、同属は、生き辛い。それに、自分の親と妹を、始末するような、奴には、従う気がしなかった、、だけだ、な・・・。」

 

「随分人間臭い奴らだな、覇王軍てのは。」

 

「・・・うっせ。」

 

 ジャンの息が絶え絶えになってきた。こいつは、やばいかもしれない。

 

「私たちの話せることは話しました!ジャンを、ジャンを助けて!お願いします!!」

 

 マリアが涙を流しながら訴える。

 やめろよ。今更、それこそ人間みたいに言うなよ。絆されちまう。

 考えるより体が動いてしまう。たまに忘れるが、俺は治癒もできるのだから。

 

「やめろ旺牙。」

 

「なんだよ先生。今回ばっかりはあんたの言うことは」

 

「・・・もう、手遅れだ。」

 

 そう言われてジャンの傷を見る。

 マドカが言うには、こいつはマリアを庇って追手の攻撃を碌に避けず、自身の身体で受けながら逃げていたらしい。マリアが少しでも安全でいられるように。

 

「・・・ジャン。」

 

「そんな顔、よしてくれよお嬢。俺は満足だ。爺様たちに、報いることができたから。」

 

「お前・・・。」

 

「半端野郎。お嬢を、頼む。お人好しのお前らなら、悪いようには、しないだろうって、分かる、から。」

 

 そう言いながら、ネックレスを俺に差し出す。

 

「これ、パツィアのISだ。お前らなら、上手く、使えるだろうな。」

 

「ジャン・・・!」

 

「戦いで死にたかったが、こんな、終わりも、悪くないもんだ、な・・・。」

 

 それだけ言い残し、薄く笑いながらジャンの体は光となって消えていった。

 なんなんだよ・・・。言いたいことだけ言って逝きやがって・・・。俺たちは敵だろうが。

 わけがわからねぇよ。ちくしょう。

 

「沈んでいる場合じゃないぞ、旺牙。お前たちもだ。」

 

 先生の言葉で顔を上げる。

 

「マリアといったな。お前にも暫くの間この月匣内にいてもらう。衣食住は、人間のものでよければ提供しよう。」

 

「・・・はい。」

 

「状況が変わった。全員、明日からはさらにギアを上げていく。死にたくなるかもしれん。気の毒だが死ぬことは許さん。必ず生き残れ。それが最低限決戦で生き残るレベルとなる。」

 

 そこまで言われ、俺たちの意識は明日からの更なる地獄に持っていかれた。

 

 

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 

 暗い、どこまでも暗い空間。支配者を意味する玉座にはパツィアが腰かけていた。

 

「パツィア様。逃亡した二名への追跡に失敗したとの報告が。」

 

「もういいわ。あの二人ごときに何ができるか。もう放っておきなさい。」

 

「ははっ。」

 

「忌々しいけれど、マリアは次に見かけたときに殺せばそれでいい。それで私に逆らう気のあるものはいなくなるのだから。」

 

 もっとも、今こうしているときに、そんな気は失せているかもね。

 パツィアは高らかに笑う。己が全ての支配者になったことの喜びに震えながら。



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