Re:外道が始めるヤクザ生活 (タコス13)
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第1章『その男、鬼人につき。』
第1話『ヤクザと女神の邂逅』


思いっきり暴れたらええ

思いっきり楽しんだらええ!!

ヤクザなんぞ どうせ早よ死ぬんや

なら 後先考えんと

自分の道 前に進めや……

なあ?

 

 

早よ行けや 真島ぁ

マコトっちゅう女 生かした責任

キッチリとったらんかい!!

 

 

 

 

行けやぁ

 

 

真島ぁ!!

 

「はぁ...はぁ...きっちり片ァつけたったで...一足先に...あっちで待っとるで...ゆっくり来ぃや...真島...君...」

 

血だらけで倒れ伏す男、そしてその傍らには顔の形が変わるほど殴られ、目玉は抉られ、絶命した警官がいた。

 

血だらけで倒れ伏す男の名は西谷誉、大阪は蒼天堀に本拠地をおく指定暴力団、5代目近江連合直参にして、直系組織鬼仁会会長である。

 

この男、小間使いの警官に裏切られ、真島吾朗という男を庇い、自らが盾となって撃たれていた。

 

しかし、驚異的なタフネスと不屈の精神力で裏切り者の警官を引き倒し殴り殺したのだ。

 

男は真島吾朗という男に、別れの言葉を告げ、笑みを浮かべて感覚の無くなっていく身体に従い意識を手放した。

 

男はこの世界から消えてしまった。比喩では無く身体そのものがこの世界から無くなったのだ。つまりー---異世界に飛ばされたのだ。

 

 

 

 

「......どうなっとんねん...ワシぁ死んだんとちゃうんか?と、いうか...ここは何処やねん!」

 

意識が、戻った男...西谷は周りの視線など気にせずにそう叫ぶ...いや、そう叫ばざるおえなかった。

 

なぜならば、自身の死を感じ意識を手放した筈が戻って見れば見たこともない景色に放り出されていたのだ。

 

しかも、竜や獣人など日本に...いや、世界中どこを見渡しても存在しないものを見てしまった。

 

性格的に奔放であり、細かい事はあまり気にしないさしもの彼も驚愕せずにはいられなかった。

 

だが、今まで生きてきた知恵か、その生き様を支えてきた心情故か、彼はこの状況を飲み込んだ。

 

「あー!考えてもしゃーないわ!ここはどうやら日本やあらへん。この世でもなさそうや。あの世かもしれんし違うかも知れんけど、要は身体があって動けるっちゅう事は生きてるっちゅうこっちゃ。なら、なんも変わらん。思いっきり楽しんで、思いっきり暴れたる。ワシの第二の人生スタートや!」

 

たった今楽しむ決心をした西谷は手始めに目の前にあるリンゴ?をうっている屋台の八百屋?の店主に話しかける。

 

「おう、おっちゃん!騒がしてえろうすまんかったのう!ところで、これ使えるか?」

 

「いや、なんだよあんた...よく分かれねぇが大丈夫なんだな?...で、なんだそりゃ?それがなんなのかわからねぇがそいつは使えねぇな。」

 

「さよか...まぁ、ええわ。おおきにな、おっちゃん!」

 

西谷に目をパチクリさせながらも、律儀に答えた店主に少し落胆しながらも笑顔で礼を言えば、後にする。

 

「この札束、使えんのかいなぁ...どないしよ〜、どっか強盗するか...」

 

街を色々歩きながらも、これといったものも見つからず、文字も読めず、少し疲れてきたため路地裏で一服しながら物騒な事を考えていた。

 

そんな西谷に歩み寄る人影が三つ、何やら緊張した面持ちで、しかし、薄汚い身なりといかにもチンピラ臭のする出で立ちだ。

 

「おい...本当にあのおっさん襲うのかよ...デケェし強そうだぞ...?」

 

「なに、こっちは三人も居るんだし、得物だって持ってんだ負けやしねぇよ。」

 

「そ、それもそうだな...じゃあ、行くぞ...?」

 

そう、三人が決心を固めていると西谷も三人の存在に気付き、尚且つ敵意までも見抜いた上で近づく。

 

「おう!兄ちゃんら!悪いんやけど、有り金全部置いてってくれるか?」

 

西谷の問いかけにより、世にも珍しい事件が勃発。ナイフを持った三人に素手の男がカツアゲする事案の発生だ。

 

「て、てめぇ!調子に乗ってんじゃねぇぞ!このナイフが見えねぇってか!?あぁ!?」

 

西谷の問いかけに対してチンピラらしい反応で返すナイフを持った男たち。

 

「なんや、やるっちゅうんやな?ええで!ウォーミングアップくらいにはなるやろ!いくでぇぇぇ!!」

 

そう叫ぶと西谷は持ち前の変態的な素早さでもって一気に三人との距離を詰めフックを一発かます。

 

次に、ハイキックでもう一人の側頭部を蹴ると、最後の一人を掴んで引き倒す。

 

たった数秒で三人を戦闘不能に持ち込めば、ギリギリ意識のある男を締め上げる。

 

「なんや、弱すぎるやろ。まぁ、ええわ。はよ、金出さんかい?」

 

「か、勘弁してください。お金持ってないんです...」

 

「なんや...無一文かい...どないしよ...あ痛ぁ!」

 

「ちょっとどいたどい...痛ってぇぇぇ!!」

 

西谷がチンピラの一人を締め上げてるとどっからとも無く走ってきた人影に頭からぶつかってしまう。

 

「おー、痛ぁ...なんやねん嬢ちゃん。こいつらの仲間かなんかか?」

 

未だ頭を抱えもんどりうってる少女に、頭をさすりながら問いかける西谷。

 

少女はセミロングの金髪に、悪戯っぽい八重歯をのぞかせ、顔は可愛らしく、年の頃は10代前半だろうか。

 

「仲間なわけねぇだろ!馬鹿野郎、どけって言ったじゃねぇか!痛ってぇ...どんな石頭してんだおっさん!」

 

しばらくして、回復した少女は涙目で睨みつけながら、口悪く西谷に文句を言う。

 

「お前からぶつかってきよったんやないか!先ずは謝らんかいボケェ!」

 

それに対して、少しカチンときたのか強面の顔でそう凄んで言い返せば少女は少し竦む。

 

「わ、悪かったよ!これでいいだろ!アタシ急いでんだ!じゃあな!それと、あいつら逃げたぞ。いいのか?」

 

一言だけ謝れば、早口にそうまくし立て、切羽詰まった様子で西谷にチンピラが逃げた事だけ伝えれば去って行った。

 

「しゃーないの、許したる。あ...ほんまや逃げてもうた...」

 

少女の言葉を聞き振り返ると、すでに路地裏から逃げており、西谷だけが取り残された。

 

「痛っ...なんや、切れてるやないか...なんかついてないのぉ...」

 

先程少女とぶつかった拍子にチンピラの持っていたナイフで切ったのか手の甲から血が滴っていた。

 

「あの、貴方大丈夫?怪我してるみたいだけど...それより、盗んだもの返して?」

 

路地裏にまた訪問者が現れる。今度は、銀髪を腰まで伸ばし、気品溢れる佇まいと、美しさと可憐さが同居した顔つきだが幼さも多少残っており、西谷風に言えば、後数年したらえらいべっぴんさん、そんな少女だった。

 

「あ?おう、このぐらいどうって事ないで!ツバつけとけば治るわ。それとワシぁなんも盗んだりしとらん。」

 

「...そう...では、私は行くわ。...と、言いたいところだけど...犯人扱いして、しかも怪我を放っておくなんて出来ない。治療するから犯人扱いした事は無しにして。」

 

随分と回りくどい言い方をしているが、要は怪我人を放っておく事など出来ないのだろう。

 

「いや、なんや知らんけどワシは大丈夫やって...」

 

「動かないで!」

 

少女が両掌を西谷の傷口に向け、手が淡く光ると傷口が暖かく包まれいつのまにか塞がっていた。

 

「おぉ!?すごいやないか!魔法っちゅうやつか!」

 

「え?え、ええ...そうだけど...ってそんな事より、私は急いでるから行くわね?」

 

西谷の傷を魔法で治した少女は、西谷の圧に少し引き気味で答えれば急いでいるといい去ろうとする。

 

「おっと、嬢ちゃん!ちょぉ待ちぃな!」

 

「...なに?傷は治したわ。これ以上、貴方にしてあげられる事なんてなにも無いのだけれど...」

 

そう、つっけんどんに答えながらも、しっかりと足を止めて何も出来ないと答えるあたりお人好しである。

 

「嬢ちゃんなんや知らんけど、大切なもん盗まれたんやろ?傷のお礼や!ワシがそれ探すの手伝うたる!」

 

 




初の小説ですので、どうか生暖かい目で見てください。


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第2話『最高の出会い方』

「何を言っているの?貴方にそこまでしてもらう義理はないわ。怪我は犯人扱いしたお詫びにしただけ。だから、もう私と貴方はなんの接点もないただの他人なの。赤の他人にそこまでしてもらういわれはないわ。それに今、お金がないからお礼も出来ないわ。」

 

西谷の発言に少女は小難しく、理由を並べて辛辣な言葉と共に断るが、要はそこまでしてもらうなんて悪いと言っているのだ。

 

「なるほどのぉ...嬢ちゃんの言う事も尤もやし、嬢ちゃんの流儀も大事や。せやけど、どないしよぉ?ワシも嬢ちゃんを手伝わな収まりつかんでぇ?...せや!そしたらこないしよ!嬢ちゃんワシを犯人扱いした事、どない思ぉとる?」

 

「え?いや、まぁ...悪いと思ってるわ...本当にごめんなさい...」

 

少女が西谷の問いを聞けば、伏し目がちに申し訳なさそうな態度をとり頭を深々と下げて謝れば西谷はニヤリと笑った。

 

「今、嬢ちゃんワシに謝ったな?これで、犯人扱いの件はチャラや!...つまり、怪我を治してくれた借りが残っとるのぉ?お礼に嬢ちゃんを手伝うっちゅう理由が出来たわけや。それに、ワシは犯人らしき人物を見とる。金髪の嬢ちゃんやったで。」

 

「あ...いやでも...私...」

 

西谷は言い終わるとドヤ顔を少女に向け、少女は言い返す事が出来ないが、まだ納得しきれない様子だ。

 

「全部取られちゃったもんねー...君の負けだよ。素直に手伝って貰ったら?彼に邪気は感じないしさ。」

 

突如少女の肩の上に掌サイズの猫の様な生き物が現れ、少女を諭す姿を見て西谷は驚く。

 

「な、なんやねん急に!猫が喋りよったで!?あれか!猫又っちゅうやつか!?」

 

「猫又が何か知らないけど、不思議と馬鹿にされた気がするよ...僕の名前はパック!彼女の精霊であり、父親ってところかな?」

 

西谷の言葉に苦笑いしながら、自己紹介をするパックだが、父親という件だけなぜか胸を張って威厳を示してきた。

 

「パック君やな?ワシは西谷誉や!きじ...いや、それはもう意味ないか...あれや、プリチーキュートな迷子の子猫ちゃんっちゅうとこやな!あと、無一文や!ま、よろしゅう頼むわ!」

 

「君のどこをどう見てもプリティーでもキュートでもないし、無一文で迷子とかそれだけ聞くと絶対絶命だよね...ま、よろしくね!」

 

西谷の自己紹介にきっちりと突っ込みを入れながら、西谷の掌に肉球をタッチする。

 

「え?じゃ、じゃあ自分のいる場所がわからなくて、無一文で、頼れる人もいないってこと?...私より危ない立場なんじゃ...」

 

西谷の状況を改めて聞いた少女は、自らの立場よりさらに酷いのではと哀れみの目で西谷をみる。

 

「ま、お互い事情はあるよね。まずはこっちの話を片付けちゃおう。それにしてもホマレって珍しい名前だ。いい響きだね。」

 

「そうね、格好は燕尾服に似てるけど、ちょっと違うし...その喋り方だとホマレはカララギから来たの?」

 

「ん?関西みたいなとこかのぉ...まぁ、そんな感じやな。」

 

カララギがどんな所かは知らないが、おそらく関西みたいなものだろうと当たりをつけて、下手に混乱させても面倒なのでそう答える。

 

「それにしても、見れば見る程鍛え込まれた身体だよね。」

 

「まぁ、極道やし、何度も修羅場は潜っとるし、自然にの。」

 

「その、ゴクドーっていうのがよくわからないのだけれど、ホマレって騎士って感じじゃないし、傭兵か何か?手もゴツゴツして、普通に生活してたらこうはならないだろうし。」

 

不意に西谷の手を掴みまじまじと観察すると、大小様々な古傷が見て取れてそう推測する。

 

「お?うーん...ま、そんなとこやな。ところで、嬢ちゃんの名前聞いてへんかったな。なんていうんや?」

 

「え...私は...サテラ...サテラと呼んで...」

 

「ほー...サテラちゃんやな?わかったわ。」

 

少女がサテラと名乗る時、視線を外し悲しそうにそう答えるのを見て、西谷は何かに勘付くがあえて追求せず胸にしまう。

 

「さて、先ずやるべきは聞き込みやな。サテラちゃんの大事なもんを盗んだのは十中八九金髪の嬢ちゃんやとして、ありゃ貧民街の出やな。格好がこの辺のもんより質素やったわ。盗みもかなり慣れてそうやった。ちゅうことはや。盗んだもんを捌かなあかんわけやけど、馴染みの店っちゅうんがあるはずや。で、あの身なりからして知り合いやないと相手にされんやろうし、貧民街辺りが怪しいと踏んどるんやがどないやろ?ヤサ探すより確実やろ。」

 

西谷は関西一の極道組織、近江連合の直参にまで上り詰めた男であり、その洞察力はずば抜けたものがあった。

 

「す、すごい...ホマレってそんな事までわかるのね...そうね、その線で探しましょう。」

 

それから、街で貧民街の場所を聞き、貧民街へと入って時間をかけて聞き込み...と、思ったが意外な形で道が拓ける。

 

「ん?おぉ!?さっきぶりやなぁ!元気してた?」

 

「あ、あんたはさっきのおっさん!?」

 

先程、西谷にカツアゲされていたチンピラ三人組を見つけ、馴れ馴れしく肩を組んで声をかける。

 

「え?なに、知り合いなの?」

 

「おう、さっきワシが世話してやったんや!...のぉ?せやろ...?」

 

サテラの問いにニッコリとそう答えれば、チンピラ三人組に余計な事を言うなという雰囲気で確認をとる。

 

「は、はい!そ、その通りです!」

 

震えながら話を合わせたチンピラ三人組に盗品蔵という場所を聞き出しついでに犯人である少女の名前も聞き出すことに成功する。

 

「さて、ここがその盗品蔵なわけやけど、取り返すなら暴れてええんか?その方が早いやろ。」

 

「それはやめて。」

 

「なんでや、たとえ暴れて通報されたかて、盗まれた事を伝えれば許してくれるんとちゃうか?」

 

「ごめんなさい...出来れば穏便にすましたいの...それに、あまり衛兵にバレたくない事情があって...」

 

「さよか...せやったら、買い取るしか、方法は無さそうやな...ところで、大事なもんてどんなもんなんや?」

 

「なんで盗まれたものを取り返すだけなのに、お金を払わなきゃいけないのかしら...えっと、記章なんだけど...大きさはこのくらいで...真ん中に小さいけど宝石がついてるわ。」

 

「なるほどのぉ...そら、高く付きそうやな...なんか、あったかいのぉ...」

 

サテラの答えに、それなりの金額になると踏んで懐の中からポケベルやらドスやらアタッシュケースやらプレゼント用に包装してある箱を取り出す。

 

「それ、どうやってしまってたんだい...?もしかしてホマレって何かの加護をもってるの?」

 

加護というのは生まれた時に世界から授かる福音の事であり、分かりやすく例えるなら能力のようなものだ。

 

「加護...せやな、その通りや。これは収納の加護っちゅうてな、36種類の所持品を最大10個ずつまで持つことが出来るんや。手で持ち運べるもんやったら懐に入るで。」

 

西谷が加護という言葉を聞くと、自然にその使い方を理解し説明することが出来た。

 

「すごい!加護をもってるなんてホマレは世界に愛されてるのね。」

 

「まぁ、その加護なんやけど、ワシぁ後3つ持っとるで。」

 

「複数の加護をもってるなんてホマレは英雄かなにかかもね...」

 

西谷がさらっとそんな事を言うと、二人はあんぐりと口を開けて驚嘆していた。

 

「なに、アホ面かましとんねん。さっさと行くで?」

 

「そ、そうね...アホ面っていうのが侵害だけど...」

 

サテラのボソリと言った文句には一切耳を傾けず、独特の符号で扉を叩く。先程チンピラ三人組に聞いた合図なのだ。

「大ネズミに?」

 

「毒。」

 

「スケルトンに?」.

 

「落とし穴。」

 

「我らが貴きドラゴン様に?」

 

「クソったれ。」

 

ついで、野太い声の問い掛けに西谷が合言葉で答えれば、鍵を開ける音が聞こえ扉が開かれる。

 

「邪魔するでぇ!」

 

「なんじゃお主ら。買取か?それとも、何か入り用か?」

 

西谷がドカドカと中に踏み込んで行くと、巨躯の身体に禿げた頭の鍛え上げられた筋肉をした老人が立っていた。

 

「おう!ロム爺さんよ、ここに記章が持ち込まれてへんか?宝石がはめ込まれたやつや。フェルトって嬢ちゃんが持ってくるはずや。」

 

「いや、そんなもんは知らんな......悪いが...」

 

「ロム爺!今日は客入れんなって言ったじゃねぇかよ...ってマジかよっ...」

 

ロム爺はサテラを見て、精霊使いと見抜き誤魔化そうとしていたが運悪くフェルトが帰って来てしまう。

 

「おう!フェルトちゃん!さっきぶりやなぁ!」

 

「盗んだ記章を返してもらえないかしら?」

 

西谷は相変わらずの軽い調子で、サテラはキッと睨めつけながら、それぞれがフェルトに話しかける。

 

「......ロム爺。」

 

「無理じゃ。儂には手に負えん。厄介事を厄介な相手ごと持って来たの、フェルト。」

 

フェルトの静かな呼び掛けに対して、肩を竦ませ観念した様にそう答えるロム爺。

 

「喧嘩する前からあきらめんのかよ?」

 

「ただの魔法使いなら儂も引かんが...精霊使い相手じゃ分が悪るすぎる。それに、そっちの男もかなりやりおるな...タイマンでも骨が折れそうじゃ。」

 

挑発的な態度で煽ってくるフェルトに対して、ロム爺はそれをたしなめると、二人を見やる。

 

「ま、そういうこっちゃ。ここは観念して盗んだ記章を返してくれや。金なら多少は...チェヤァッ!!」

 

西谷が、フェルトにそう伝える途中でドスを抜き、一瞬でサテラの後ろに立つと、何者かの斬撃を弾く。

 

「あら、今のを弾くなんて...ふふ、素敵な殿方だわぁ。」

 

「そういう姉ちゃんも、えらいべっぴんさんやないけぇ。どや?今から一発。」

 

斬撃を弾かれて後ろに下がった襲撃者は、黒髪で黒いマントと黒いドレスを身に纏った、妖艶な雰囲気に危険な香りを漂わせる巨乳の美女だった。

 

「あら、貴方の様な強くて素敵な殿方がそんな魅力的な誘いをかけてくれるなんて。...でも、ごめんなさい。今は仕事中なの。」

 

「あかん、ふられてもうたわ。...せやけど、やり合ってはくれるんやろ?ワシぁなぁ、強いもんみるとアソコが固なってしまうんや...もう、我慢でけへんで...?」

 

お互いに構えて相手の動きを牽制したまま、言葉を交わしてるが、内容はお世辞にも上品とは言えない。

 

「...ますます、私好みの殿方ね...出会い方が違えば、いい仲になっていたかもしれないわぁ...」

 

「殺し合う理由を持って出会えたんや...最高にええ出会い方やでぇ...」

 

会話をしながらも、お互いに仕掛けるタイミングを計りながら、徐々に間合いを詰めていく。

 

「ふふふ、まさしくその通り...『腸狩り』エルザ・グランヒルテ。」

 

「西谷誉や...エルザちゃん...がっかりさせんなやぁぁぁ!!」

 

西谷が早脱ぎの加護で、上着とワイシャツを脱ぎ捨てれば、それをキッカケに両者がぶつかる。




今回オリジナルの加護を入れましたが、
これは基本的に死に戻りしない予定だからです。
ちなみに、加護として使うのは基本的に
龍が如く0内のプレイシステムから選びました。

収納の加護→所持アイテム画面

早脱ぎの加護→龍が如く名物、ボス戦での早脱ぎ

と、なっております。


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第3話『腸狩りと鬼人』

お互いに肉薄すると、何度も切り結ぶが、その度にお互いが弾かれてはまた斬りかかる。

 

エルザは脚力に物を言わせ壁や床を蹴り直線的に動き、西谷はステップや地面を軸に回転を加えるなどのトリッキーな動きをしている。

 

エルザは自身の思わぬ見立て違いに内心舌なめずりをして喜んでいた。

 

西谷が服を脱ぎさってからと言うもの、確実に身体能力や戦闘能力が上がっているのを感じていた。

 

「それは何の加護かしら...貴方、世界に愛されてるのね。」

 

「鬼神の加護言うらしいわ......そぉぉらぁぁ。」

 

鬼神の加護により、服を脱ぎさり戦闘状態になる事で身体能力に補正がかかりオドが充満し溢れ出してくる。

 

視認できる紫色の禍々しさを感じさせるマナが西谷の身体を包めば、ゆらりと両腕を波打つ様にゆっくり動かす西谷。

 

エルザが斬りかかれば、西谷はそれを左手で瞬時にいなし、右手に持ったドスで斬りかかる。

 

エルザはそれをいなされた右手から左手へとククリ刀を持ち替え防ごうとする。

 

しかし、西谷のしなやかな腕の動きはククリ刀をするりと滑り抜けエルザの腹部に届く。

 

エルザは飛び退く事で躱そうとするも、躱しきれず少々腹部を切り裂かれてしまう。

 

「パック!私達も...」

 

「悪いけど、それは今のところ無理だと思う。このままじゃ、彼まで巻き込んでしまう。」

 

サテラは見ていられないのか、パックと共に加勢しようとするが、二人が肉薄してる中エルザのみに攻撃を当てるのは厳しいと判断してそれを制す。

 

「でもっ...このままじゃ...」

 

「くっ...いきなり来て暴れおって!いい加減にせんかぁ!!」

 

「邪魔すんなやぁぁぁぁぁ!!」

 

サテラが加勢出来ない事に歯痒さを感じていると、ロム爺が棍棒をエルザを攻撃しようと振りかぶるが、西谷がロム爺の顔面を蹴り飛ばし、吹っ飛ばされる。

 

「あら、貴方意外と優しいのね?あのお爺さんを庇うなんて。」

 

西谷に蹴り飛ばされて一瞬遅れてエルザのククリ刀が振り切られるが、紙一重でロム爺には当たらなかった。

 

「そんなんやない、邪魔されたくなかっただけや...それにしても...はははぁ...痛いで...エルザちゃん...」

 

エルザのククリ刀が振り切られる時、西谷の脇腹を捉えて致命傷には至らずとも深めに斬られてしまう。

 

「残念、貴方本当に頑丈なのね。筋肉に阻まれて腸が見れなかったわ...さぞ貴方の腸は美しいのでしょうね。」

 

「どやろな...案外ドス黒いかもしれんで?シェアァァ!!」

 

そんな軽口を叩き合いながら、西谷は脇腹から血が滴りながらも笑みを浮かべながらなエルザへと斬りかかっていく。

 

「大丈夫かロム爺!?」

 

「ぐあぁ...なんとか大丈夫じゃ...それにしても容赦なく蹴り飛ばしおって...お陰で命拾いしたがのう...」

 

ロム爺が吹き飛ばされた場所へすぐさま駆け寄ったフェルトに、顔をさすりながら、無事だと伝えるロム爺。

 

「大丈夫?動ける?」

 

「...なんじゃ...心配してくれるのか...?...ちと、きつい...うまく身体が動かん...」

 

サテラが心配そうな顔つきでロム爺の顔を覗き込んで問いかければ、少し驚きながらそう答えるのは、まだ脳震盪が収まってないのだ。

 

「なら、貴女だけでも逃げなさい。巻き込まれるわよ。」

 

「でも...アタシはあんたから記章を...」

 

「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」

 

サテラの逃げる様にという言葉に、フェルトは後ろめたさとプライドが邪魔して食い下がるが、そんな場合では無いと一喝する。

 

「.........っ!」

 

フェルトは悔しさに歯を思いっきり食いしばり、振り向く事なく風を切って盗品蔵から外へと走り出す。

 

「行かせると思って?」

 

「つれないで、エルザちゃん。愉しい愉しい舞踏会はまだまだこれからやでぇぇぇぇ!?」

 

西谷に傷を負わせた事で少し余裕が出てきたのか、フェルトの方に少し気が向くが西谷がそれを許さず攻撃、しかも傷を負ってからの方が、重さも鋭さも増しているのだ。

 

「あら、割と深手だと思ったのだけれどまだ私を愉しませてくれるの?素敵だわ。」

 

「おう、女を悦ばせるのは男の甲斐性やからのう。むしろこっからが本番や!」

 

西谷のマナがさらに溢れ出ているが、これも鬼神の加護によるもので一定以上のダメージを受ける事で集中力が増し、マナによる肉体強化も比例して増すのだ。

 

西谷が隙の少ない蹴りとドスによるコンビネーションで猛攻を駆使すれば、エルザはギリギリで防御するだけで精一杯の様だ。

 

「さすが、素敵な殿方...でも、女は嘘をつく強かさもあるの。ごめんなさい。」

 

「おぉぉぉぉっとぉぉっとぉぉぉぉぉっ!!」

 

猛攻に対して距離を取る様に左手のククリ刀を薙ぐが、それを掻い潜りドスを突き立てようとする。しかし、エリザが隠し持っていたナイフを右手に持ち迎撃する様に西谷の喉目掛けて最小限の動きで振り切る。

 

西谷はなんとか身体を捻りさらに身体を沈める事でナイフのさらに下を掻い潜りよけるが、バランスを失いエルザに頭を向けて仰向けで寝転ぶ形となり、当然エリザはその絶好の機会に上からククリ刀を突き刺してくる。

 

ククリ刀を扱うのは他ならぬエリザであり、殺気を込められた一突きは避けようは無く、防ごうにも貫通してしまう。

 

しかし、仰向けに寝ているのは西谷であり、普通なら仰向けの体勢から繰り出せる反撃などありはしないのだが、西谷はその無理な体勢から鋭く重い一太刀でエルザのアキレス腱を抉った。

 

軸足のアキレス腱を斬り裂いかれ力が入らない足は崩れて、上半身はバランスを失いククリ刀は床に突き刺さる。

 

瞬時にもう片方の足で地を蹴り飛び退くも、西谷は腹筋と背筋とさらに脚力にものを言わせて、上半身を跳ね上げる事で追撃しエルザの飛び退き際に深く腹部を切り裂いた。

 

「あぁっ...!...今のはすっごく感じちゃった...ほぼイキかけたわ...まさか、あんな体勢から来るなんて...かはっ...はぁ...はぁ...ふふふ...」

 

「ひゃははは!せやろ?ワシ、テクニックには自信あんねん!...それにしても、綺麗なピンク色やなぁ...エルザちゃんが腸が好きなのもわかる気ぃするで?」

 

エルザは紅潮した顔で艶かしい声をあげれば、片足を使いお腹を手で抑えてなんとか立っているが、口やお腹から血が大量に滴落ちて指の隙間から腑が覗いていた。

 

 

「そこまでだ、投降をお勧めします。『腸狩り』エルザ・グランヒルテ。」

 

「え...ラインハルト...?」

 

「...ラインハルト...なるほど、ラインハルト・ヴァン・アストレア...騎士の中の騎士『剣聖』の家系ね...すごいわぁ...こんなに愉しい相手ばかりなんて...でも、だめ...瀕死の獣は蛮勇を奮わないものよ?...いずれ、この場の全員の腹を切り開いてあげる...それまで、腸を愛でておいて...特にホマレ、貴方はね...」

 

西谷とエルザの一瞬にも満たない静寂を切り裂いて現れたのは、赤髪の男で名をラインハルト・ヴァン・アストレアという。

 

後ろからは、ちゃっかりフェルトとロム爺がバツが悪そうな顔でついて来ていた。

 

騎士の中の騎士『剣聖』であるこの男は品行方正で謙虚でまさに聖人君子の様な性格もさる事ながら、強さという点で有名だった。

 

そんな極上の獲物を相手となればエルザが逃す筈は無いが、西谷との戦闘で負った傷により瀕死であり、この場は退却を選んだ。

 

ククリ刀とナイフをそれぞれ西谷とラインハルトに投げつければ、その隙に逃げ果せてしまう。

 

「...ほんま、ええ女やでエルザちゃん...おまけに熱烈なラブレターまでくれて...嬉しい...で...」

 

「ホマレ!?大丈夫!?」

 

西谷は飛んで来たククリ刀を両手で挟んで受け止めると、身体から溢れ出ていた紫色のマナは霧散し、そんな事を呟き倒れてしまえば、サテラが悲痛な顔で叫ぶ。

 

無理もない、西谷はエルザとの戦闘で少なくない傷を負って、さらに脇腹の傷から血が流れ、あちこちに血溜まりを作っていた。

 

「...心配あらへん...死にゃせんわ...それより、誰ぞ栄養剤かなんか持ってへんか...?」

 

大丈夫だとは言うものの、出血により血の気は失せ、言葉にもあまり力がこもっていなかった。

 

「あ、あるにはあるが...ちょっと待っておれ.。...ほれ。...じゃが、そんなもん、殆ど役立たんぞ?」

 

「ええからよこせや...んぐんぐんぐ...っぷはぁ!効くでー!」

 

ロム爺が奥からボッコの実や薬草やらを漬け込んだ薬酒をコップに入れて持ってくれば、西谷はそれをひったくり飲み干せば、傷口が薄皮を張り血が止まる。

 

「な、なんじゃ...!?お主、バケモノか...!?」

 

「誰がバケモンや。飲食の加護ゆうてな、栄養のある食べ物や飲み物を飲むと回復しよんねん。ま、この栄養剤じゃ全快とは行かへんがの。」

 

西谷が回復した事により絶句するロム爺に対して、軽い調子で飲食の加護のおかげだと教える西谷。

 

「よかった...本当に良かった...」

 

「心配してくれておおきになぁ、サテラちゃん。」

 

「...っ...ホマレ...ごめんなさい...私、貴方に嘘ついてた...私の本当の名前は、エミリアって言うの...」

 

心底安堵したように呟く彼女への、西谷の笑顔での御礼に対して、本当に申し訳なさそうに眉をたれて、謝罪しながら本名を伝えるサテラことエミリア。

 

「エミリアちゃんか...ええ名前やな。ま、そない謝らんでええよ?偽名やゆうこと気付いとったし。あと、あれやろ?なんや、ハーフエルフっちゅうやつなんやろ?あの三人組が嫉妬の魔女がなんやらかんやら...そんな事を言うとったわ。」

 

「...え...?嘘...気付いてたの...?ていうか、何で黙ってたの...?...私、ハーフエルフだし...銀髪で...嫉妬の魔女とにてて...その...気味悪がったり...しなかったの...?」

 

「当たり前やん!エミリアちゃんすぐ顔にでんねんもん。それに、名前なんぞどうでもええ事や。大事なんはエミリアちゃんっちゅう人間や。ハーフエルフやろうが、嫉妬の魔女っちゅうんに似てようが、名前がどうとかも全部関係あらへん。エミリアちゃんはワシの傷治してくれたし、ほんまにええ娘や。それで十分ちゃうか?」

 

誰よりも自由に生きてきた西谷だからこそか、他人の自由も許すという考え方を持っており、偽名だった事にも気付いていたがあえて黙っていたのだ。

 

「そっか...ありがとう...ホマレって優しいね...ここまでしてくれて、命まで助けてくれてありがとう。」

 

「今頃気付いたん?ワシは優しさの塊やで?...そんなもん気にせんでええ。ワシがやりたくてやったこっちゃ。」

 

「んむむむー...てぇい!」

 

西谷とエミリアの二人による会話に、なにやら聞いていられなかったのかパックがいきなり小さな肉球で西谷にパンチする。

 

「なんやねん?相手して欲しいんか?」

 

「いや、まぁ、このなんとも言えないムズムズ感と僕が空気になりかけてるこの状況を打破したくてなんとなく。あ、別に怒ってる訳じゃなくて、むしろその逆なんだけど...」

 

「なんや、ようわからんけど、気はすんだんか?」

 

「ちょっといいか?その...これ...返す。命救ってもらったんだ。恩知らずな真似は出来ねー。」

 

パックの説明に対して軽い調子で流していると、フェルトが徽章をエミリアに差し出してそんな事を言う。

 

「そう。ちゃんと返して貰えるなら今回は許すけど、次は私だけじゃなくこんな事はやめて欲しいんだけど。ラインハルトもあのお爺さんやこの子は見逃してくれる?」

 

「そりゃ無理な話だ。食ってくためだ、悪いことしたとは思ってねー。」

 

「自分は今日は非番ですし、証拠も不十分ですので何にも知りません。」

 

エミリアの言葉に対して、キッパリと悪びれず言うフェルトと、ニッコリと見て見ぬ振りをすると言うラインハルト。

 

しかし、フェルト持った徽章が一瞬眩く光るのを見たラインハルトはフェルトの手を掴む。

 

「君、名前と年齢は?家名はあるのかい?」

 

「ふ、フェルトだ。孤児だぞ?家名なんて立派なものはねー。年はよくわかんないけど、15歳くらいらしい。ってか放せよっ!」

 

「ついてきてもらいたい。悪いが拒否権はないんだ。」

 

ラインハルトの圧に一応質問には答えるも、放せと暴れるがラインハルトの巧みな力加減により無意味に終わる。

 

「エミリア様、先ほどのお約束は守れなくなりました。...彼女の身柄は自分が預からせていただきます。」

 

「……理由を聞いても? 徽章盗難での罰というなら......」

 

「それも決して小さくない罪ですが……今、こうして目の前の光景を見過ごすことの罪深さと比べれば些細なことに過ぎません。」

 

「まて!フェルトを...うぐ......」

 

そういうと、フェルトを気絶させて担ぐと、止めに入るロム爺も気絶させ、意識の無いフェルトから徽章を奪いエミリアに渡す。

 

「では、僕はこれで失礼致します。」

 

ちらりと、西谷の方を向けばエミリアに視線を戻しそれだけ言って去ってしまう。

 

パックと戯れながら、エミリアも別段止める様子も無いので、フェルトが連れていかれるが我関せずという態度の西谷。

 

「ホマレ、貴方これからどうするの?」

 

「せやな...金もない事やし、野宿でもしようかの。」

 

エミリアが心配そうにそんな事を聞けば、西谷はそんなの何処吹く風といった具合に軽い様子でそんな事を言う。

 

「なら、私と一緒に来て。助けて貰ったんだもの。泊まっていって?...あ、これは私がしたくてする事だから。...それなら構わないんでしょ?」

 

「ほんまにー?そら、嬉しいわ!正直、あの三人組捕まえてお宅訪問しよう思うとったところやわ。」

 

「ちゃんと彼女が泊めてくれるから、それはやめてあげなよ。」

 

エミリアの提案に西谷が嬉しそうに答えれば、パックには察しがついてるのか苦笑いしながらそう窘める。

 

なにはともあれ、西谷はエミリアの家にて止まる事となり、とりあえず寝食は確保できたのだった。




......やってしまった...ラインハルトさんいらん人になってしまった...

そんな事は置いといて、今回のオリジナル加護の説明です。

まだ出てないですが直ぐに出すつもりの最後の加護も説明します。

鬼神の加護→ボス戦の常時ヒート状態と一定のダメージを受けると強化されるあの感じです。

飲食の加護→戦いでどんな傷を負ってもライフさへあればスタミナンXやタフネスZを飲むと回復するあれです。

経験値強化の加護→能力強化画面からの強化を加護にしたものです。この小説内の設定としては、強敵との戦いや日常の様々な経験から身体能力の強化や新技が足されていきます。ちなみに今の西谷のレベルは200位です。


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第2章『鬼も笑えば福が来る』
第1話『悪夢と意味の無い廊下』


「...お前が、ワシを呼んだっちゅうことかい...」

 

西谷は黒い靄に覆われた場所にて、黒い姿をした少女の人影と対面していた。

 

 

少女は言葉を発さないが、物言わずとも西谷にはこの少女が自分を呼んだのだと、本能でわかった。

 

「...私の...名を...呼んで...。」

 

西谷は身体を動かすことも叶わず、不快感と悪寒が身体を支配して意識が遠のいて行く感覚を覚える。

 

「...!?...はぁ...はぁ...はぁ...」

 

全身を冷や汗で濡らし、勢い良く身体を起こした西谷にとって、寝起きの良い目覚めとは程遠いものだった。

 

「...気色悪い夢やったのう......サテラ......!!?」

 

先程味わった悪夢を振り返りながら、確認でもするかの様に嫉妬の魔女の名前を呟けば、その瞬間時間と空間から隔絶される。

 

身体は動かず、声も出ず、呼吸も出来ておらず、瞬きも許されず、止まった時間の中で意識と視覚だけが 引きとめられている様だ。

 

一瞬なのか永い時を経たのか時間が止まった隔絶された世界では時間の感覚が曖昧だが黒い靄が周りを覆った。

 

自分に近付いてくる影から視線を外す事は許されず、見ている他なくゆっくりと近付くにつれ輪郭や体型がはっきりしてくる。

 

つい先程の夢に出てきた少女...魔女が姿を表すと西谷の胸に手を伸ばせば通過して内部へと侵入してきた。

 

黒い、どこまでも黒い闇を固めて出来ている様なその手は通過している筈なのにその存在をしっかりと知覚させ、そして心臓を愛おしそうに撫でていた。

 

最も重要な器官の一つである心臓を撫でられれば、本能が不快感と警告を発して声も発せず耐え難い苦痛が伴う。

 

永遠へと引き伸ばされた一瞬を味合わされると魔女は去り靄は晴れて空間は戻り時を刻み始める。

 

「......夢っちゅうわけでもなさそうやな...」

 

再びかいた冷や汗を拭いながらボソリと呟けば、布団をどかしてベッドから立ち上がり扉へ向かう。

 

「気分転換に、屋敷を散歩でもしようかいのう...」

 

ドアノブに手を掛けるとひんやりとしているが、気にせず廊下へと出れば今度は足元に冷たさが襲いかかり、少し考こむ。

 

「...あかん、寒いわ...やっぱ二度寝しよ。」

 

西谷はそういうと、あっさり引き返し扉を開けるがそこは先程の寝室ではなく書庫と思しき場所であり、巻き髪のツインテールをした幼女が座って本を読んでいた。

 

「せっかく用意した廊下を一歩も進みもせず、いきなり此処にくるとは舐めてるのかしら?...なんて、心の底から腹の立つやつなのかしら。」

 

 

「せやかて、寒かってんも〜ん、しゃあないやろ〜?」

 

憎らしげに見つめながらそんな恨み節をぶつける幼女に、西谷はぶりっ子の様にそんな事を言う。

 

「大の男がなんて気持ち悪いのかしら...自分が中年であり、厳つい顔だと言う事を鏡を見て再確認してから出直してくるのかしら。」

 

「誰がおっさんやねん。これでもワシ、まだ27やで?顔が厳ついんは認めるけど。」

 

苦虫でも噛み潰したかの様なかおでいう幼女に対して、心外だと言わんばかりにそんな事を言う西谷。

 

「その顔となりで良くもまぁそんな嘘がつけるものよ......うそ!?本当なのかしら!?」

 

「せやで、そんな下らん嘘はつかんわ。...ところで、ドリルちゃんは名前なんて言うん?」

 

訝しげな表情で切って捨てるも、驚愕の顔に変わり信じられないといった様子の幼女に西谷は肯定すると変なあだ名で呼ぶ。

 

「誰がドリルちゃんなのよ!ベティーにはベアトリスと言うちゃんとした名前があるかしら。」

 

「ほう、ベア子ちゃんやな?ワシは西谷誉や。」

 

「ベア子ってなにかしら?」

 

「うーん、なんや知らんけど思いついたんや。親しみと愛着があるやろ?」

 

「...初対面なのに親しみや愛着とか馴れ馴れしいにも程があるのよ...」

 

ベアトリスにベア子と言うあだ名を付ければ、満足そうにそんな事を言う西谷。

 

「ところで、ここどこやねん?ワシは寝室に帰って早よ二度寝したいねん。」

 

「ここは、ベティーの寝室兼禁書庫なのよ。...それにしても勝手に入って来て魔女の匂いを撒き散らした挙句、さっさと帰りたいとか本当にベティーをなめてるのよ...」

 

西谷の無礼な態度の質問に対して、一応は答えるものの忌々しげな言葉を添えるベアトリス。

 

「ほう、そうなんや。...そら、ベア子ちゃんが悪いで?ベア子ちゃんが悪戯せなんだらよかっただけの話やもん。」

 

「ああ言えばこう言う...そろそろベティーも限界なのよ...二度寝したいのかしら。それなら持ってこいのがあるのよ。」

 

西谷の反論に一層顔をしかめれば、立ち上がって西谷の胸のあたりに手を伸ばし優しく撫でる。

 

「ん?なんや、おまじないでもしてくれるんか?...ぐっ...!?おごぉぉぉ...!?」

 

西谷が軽口で返した次の瞬間、胸を中心に全身に焼きゴテを突っ込まれた様な痛みと不快感が襲う。

 

そして、長距離を走り切った様に息が上がり筋トレでもしたかの様な倦怠感が残った。

 

「...普通なら気絶してるか、少なくとも立ってはいられないのよ...どこまで頑丈なのかしらこの男...」

 

「...確かに、二度寝にはもってこいやのう...はぁ...はぁ...ものごっつ、怠いわ...」

 

肩で息をしながら膝を少し震わせているも、しっかりと二本の足で建ち続けている西谷。

 

「まぁ、お前に敵意が無いのはわかったし、ベティーへの無礼な態度もこのマナ徴収で許してやるかしら......寝室に繋いだのよ。さっさと出て行くかしら。」

 

「おう...ほな、また来んで...ベア子ちゃん...」

 

そう言い残し扉を開ければ元の寝室に繋がっており、重い足取りでベッドに横になれば直ぐに眠りについた。

 

「あら、目が覚めましたね、姉様。」

「そうね、目が覚めたわね、レム。」

 

今度は嫌な悪夢も見ず、日差しを浴びながらというのは寝起きの良い目覚めと言えるだろう。

 

「ふぁーあ...んんー!...朝か、今は何時や...」

 

両手を上に伸ばして、盛大にあくびしてから伸びをすれば、睡気目で日差しを感じてそう呟く西谷。

 

「今は陽日七時ですのよ、お客様。」

「今は陽日七時になるわ、お客様。」

 

日差しを見つめてそんな疑問を呟く西谷に、二つの声が親切にその疑問に答えてくれた。

 

陽日と言うのがよく分からなかったが、枕元の台に置いた自身の腕時計を確認し七時を示していたので、大体の時間は合致していると判断する。

 

「誰や知らんけど、おはようさん。嬢ちゃんらはメイドかなんかか?」

 

改めて二人を見やると、映画とかで見る様なメイド服を着込んだ、色違いの同質の顔の恐らくは双子であろう美少女。

 

身長は150cm程度で幼さを残した愛らしい顔立ちに、髪の色は片方が水色でもう片方が桃色をしており、桃色の方が左目を水色が右目をその髪で隠している。

 

この世界に来てからというもの、自身と関わる女性は皆揃って顔が整っている者ばかりだと考える西谷。

 

「大変ですわ。今、お客様の頭の中で卑猥な辱めを受けています、姉様が。」

「大変だわ。今、お客様の頭の中で恥辱の限りを受けているのよ。レムが。」

 

「なんでやねん。ワシなら、頭の中やのうて実際にやるっちゅうねん。」

 

二人のそんなボケに乗っかる様に指をワキワキと動かしながら立ち上がる西谷に、顔に戦慄を走らせる二人。

 

「お許しになって、お客様。レムだけは見逃して、姉様を汚してください。」

「やめてちょうだい、お客様。ラムは見逃して、レムを凌辱するといいわ。」

 

互いに指を差し合ってお互いを売る様な発言をすれば、それを見ていた西谷はニヤリと笑う。

 

「安心せぇ、ちゃんと二人とも捕まえて可愛がったるからな。」

 

二人に西谷がにじり寄れば、きゃーこわいーなどと逃げ回り、それを追いかけて戯れていれば部屋へ入って来る人物がいた。

 

「...もう、朝から元気いいんだから。」

 

エミリアが呆れ顔でそんな事を言いながらも、どこか楽しげに微笑んだ。




ここで書いた西谷の年齢ですが、無理に若くしているわけではありません。

ビリケンの大体の年齢を割り出してそれを元に計算してみました。

まず、ビリケンは警察官という事なので定年してないと考え59歳以下と考えます。

そして、高校生の娘がいましたので、娘の年齢は16〜18歳です。

で、ビリケンが結婚した年齢を当時の平均結婚年齢である27だとします。

すると娘が殺された時のビリケンの年齢は43〜45歳となります。

そこから一年掛の捜査、犯人が未成年のため出て来るまで3年くらいで47〜49歳となります。

その後、西谷が犯人を殺すのが高校生の時なので16〜18歳となりますが、

そして、西谷の現在の年齢までの年月をビリケンの定年までの間と考えます。

さらに、真島の年齢が24であり年上だと考えると9〜12年ということがわかります。

これで西谷の年齢は25〜30歳となりますので間をとって27歳としました。


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第2話『道化は願いを問い、鬼人は守人を望む』

「お、エミィちゃん!おはようさん。」

 

「おはよう、ホマレ。ところで...そのエミィってなに?」

 

扉をノックして入ってきたエミリアに気付いて、挨拶をすればそんな呼び方をする西谷。

 

「ん?あぁ、エミリアちゃんやとなんや呼び辛いし他人行儀な気ぃしてのう。こっちの方が愛着わくやろ?」

 

「昨日かなり傷を負ってた上にベアトリスから悪戯されたって聞いて心配してたんだけど、するだけ損だったのかも...」

 

西谷のその説明に少し嬉しそうな顔をすると、呆れた様な嬉しい様な複雑な表情を浮かべる。

 

「聞いてください、エミリア様。あの方に酷い辱めを受けました、姉様が」

「聞いてちょうだい、エミリア様。あの方に監禁凌辱されたのよ、レムが」

 

「ホマレがそんな事......やるかも知れないけど、されてないでしょ。レムもラムもあまりホマレをからかわないの。」

 

「はい、エミリア様。姉様も反省していますよ。」

「はい、エミリア様。レムも反省したと思うわ。」

 

呆れ顔で注意するエミリアに、反省の色を感じさせない反省の言葉を紡ぐ二人だが慣れてるのか気にした様子はなく西谷の方をむく。

 

「それで、身体の調子は大丈夫なの?」

 

「あったり前やん、ワシァ頑丈さが取り柄なんやで。ベア子ちゃんのお呪いもよう効いたしの。しかし、朝起きるっちゅうんも久し振りや。」

 

西谷はエミリアの問いにそんな風に答えれば、しみじみとそんな事を呟いた。

 

「それって、どんな生活を送ってるとそうなるの...?」

 

「ん?そやな...シマ内の見回りやろ、取り引きの時の接待やろ、経営しとったんも殆ど水商売やったし夜に行動するんが多かったんや。」

 

「なんか、いまいちわからないけど、仕事なら仕方ないのかな...」

 

西谷のそんな説明に、首を傾げながらもなんとか理解した様な様子のエミリア。

 

「ところで、昨日とは随分印象の違う格好やけどどないしたんや?」

 

「あー、格好にはあんまり触れないで...私も不本意だから...今から、朝の日課なの。」

 

エミリアはパウダーピンクの長袖のショルダーカットワンピースに付け襟と太ももまである白いロングソックスという格好で、その格好を不本意だと困った様子で苦笑いする。

 

「日課って何するん?」

 

「屋敷の庭を借りて精霊とお話するの。それが私の誓約の一つだから。良かったら一緒に来る?」

 

「なんやようわからんけど......せやな、着替えたらいくわ。」

 

エミリアの誘いに少し考えた後、後から行くと伝えればエミリアは部屋を後にする。

 

トイレに行ってから着替えようと部屋を出て用を足してから戻る途中で扉を開ける。

 

「ベア子ちゃん、おはようさん!やっぱここやったんやな?」

 

「なんで、朝からお前の顔見なきゃなんないのかしら...」

 

西谷が中にいたベアトリスに元気よく挨拶すると、ベアトリスは心底嫌そうな顔で答える。

 

「言うたやろ?また、来るって。忘れたんか?寂しいわー。」

 

「ベティーは一言もそんな事頼んでないのよ!」

 

西谷が戯けた様にそういえば、心外だと言わんばかりにベアトリスがそう切り返す。

 

「つれないのう、ベア子ちゃんは...そんなんじゃ、モテへんで?ワシが極意おしえたろか?」

 

「うるさいのよ!さっさと出て行くかしら!」

 

「なっ...!?ぬおぉぉぉぉ!?」

 

西谷の余計な言葉にベアトリスがカチンときたのか手を伸ばし魔法で吹き飛ばせば、窓から勢いよく落とされる。

 

「痛たたたた...もう、ベア子ちゃんは恥ずかしがり屋なんやから...」

 

「...大丈夫?...その...そこ、レムが昨日...動物の糞を撒いてたのだけれど...」

 

頭をさすりながらボヤく西谷に対し、服の汚れを目にしたエミリアが言いにくそうに伝える。

 

「うそやろ!?あかん、朝から最悪や......」

 

「こういうのは、運が付くって言い換える習慣が......パック、起きて?」

 

身体が汚れた事に落ち込む西谷を慰めようとするが、諦めてパックを呼ぶエミリア。

 

「ふぁ〜...おはよう、リア〜。」

 

「おはよう、パック。起きていきなりなんだけど、ホマレの身体洗ってくれる?」

 

眠そうにパックが朝の挨拶をすれば、早速西谷の服を洗う様に頼むエミリア。

 

「ホマレ...?...あぁ!わかったよ〜、それじゃあ洗うね〜?それー!」

 

「ぬおぉ!?おごごごごぉぉぉぉ!?」

 

パックが水流を西谷にぶつけると、そのまま水の竜巻を作り出し西谷を揉みくちゃにする。

 

(...閃いたで!......天啓が......来たでぇぇぇ!!)

 

西谷は水の竜巻の中でぐるぐると揉みくちゃにされながら回転すれば以前真島から受けたブレイクダンスを元にした攻撃と結びつく。

 

そして、自身の身体の動きがイメージとして脳内を駆け巡り技として昇華した。

 

「ほらー、綺麗になったー!よかったねー!」

 

「おごぉ...パックくん...実は楽しんどったやろ......」

 

ようやく水の竜巻から解放された西谷は息を絶え絶えにそんなふうに文句を言った。

 

「.........そんな事ないよ〜。心外だよ〜、ぷんぷん。......ふにゃぁぁ!?」

 

少し間が空いてから、軽い調子で態とらしく口を尖らせれば、西谷の強烈なデコピンが小さな額を打ち抜く。

 

「お返しパーンチ!」

 

「ぬおっ!...猫泣かせや!なかなか効くやろぉ?」

 

「にゃははははは!尻尾パーンチ!次は肉球グリグリだー!」

 

西谷とパックがそんな風にじゃれ合っているのを見てエミリアが思わず吹き出した。

 

「あはは! もう、ゴメン、ダメ。あは、ふふふふ! もう、二人してなにやってるの……ああ、お腹痛い。やだ、死んじゃうっ!」

 

「エミリアが笑っとるわ。フォローおおきにな、お義父はん!」

 

「誰がお義父さんか!君に娘はやらんよ!」

 

そんなコントを繰り広げていると、エミリアはさらに大きく笑い涙が滲む。

 

「でも、ホマレ本当にありがとう。君がいなかったらリアが危なかった。これは、大きな借りだ。何か望みはあるかい?」

 

「気にせんでええで。...ま、なんかあったらそん時頼むわ。」

 

笑い転げるエミリアを尻目にそんな事を話していると、レムとラムがこちらにやって来る。

 

「「当主、ロズワール様がお戻りになられました。どうぞお屋敷の方へ。」」

 

どうやら、当主が帰ってきたので呼びに来たようだが、ずぶ濡れの西谷を上から下まで見る。

 

「見てください、姉様。お客様が少し見ないうちにずぶ濡れの小汚い犬になっています。」

 

「ええ、見てるわレム。お客様が少し見ないうちに薄汚れて醜い家畜に成り果ててるわ。」

 

「言われんでもわかっとるわ。部屋で着替えてから行くさかい、ちょぉ待っとって。」

 

二人の息の合った罵倒を受け流せば、部屋へと戻り身支度を済ませ食堂の前に集まる西谷とエミリア達。

 

「やぁ、ベティー。4日ぶりだね。お淑やかにしてたかな?」

 

「にーちゃ!帰りを心待ちにしてたのよ!今日は一緒に居てくれるのかしら?」

 

パックがベアトリスを見つけそんな風に挨拶すれば、ベアトリスは嬉しそうに問いかける。

 

「うん、大丈夫だよ。久しぶりにゆっくりしようか?」

 

「わぁーい!なのよー!」

 

普段は小生意気な性格のベアトリスもこの時ばかりは見た目に添うように喜びを表す。

 

「おーぉんやぁ?ベアトリスが居るとは珍しい。久々にわーぁたしと食事してくれる気になったとは嬉しいじゃーぁないの。」

 

「頭が幸せなのはそこに居る奴だけで充分かしら。ベティーはにーちゃと一緒にいたいだけなのよ。」

 

ぬっと現れたピエロの様な奇妙ななりの男がそんな事を言えば、ベアトリスは辛辣にそう返す。

 

「まるでピエロやなぁ。おもろいやっちゃのうあんた?......あんたがここの主人やな?」

 

「そーぉだよ。よくわかったねーぇ?私が当主ロズワール・L・メイザースだーぁよ。よろしくねーぇ。......ニシタニ・ホマレ君。」

 

茶化す様に言葉を綴り最後の一言で貫禄を感じさせる西谷に、ロズワールも最後の一言で切れ者と感じさせる雰囲気を醸し出す。

 

そして、会話もそこそこに食堂に通されて、席に着けば食事を始める西谷達。

 

「...うまいやんけ。なかなかのもんやなぁ。」

 

「んふーぅ、こう見えてレムの料理はちょっとしたものだよ。」

 

西谷はレムの作った料理に舌鼓をうち賞賛の声をあげると、ロズワールが誇らしげに言う。

 

「さて、ホマレ君。君はエミリア様の置かれてる状況をどの程度把握していーぃるのかーぁな?」

 

「そうやなぁ...何かの跡目争いかなんかに巻き込まれてるっちゅう事くらいやな。」

 

ロズワールの問いかけに対し、あまり深くは知らないと態度にしめす西谷。

 

「ルグニカ王国では、国王がお隠れになってから流行病で王族は全滅、今は次期王を選出してるわーぁけさ。そして、エミリア様は王候補の一人ってーぇ話なーぁんだよ。」

 

「なるほどの、それであの記章がその証っちゅうことか。」

 

ロズワールの説明に納得した様にうんうんと頷き、そんな言葉を返す西谷。

 

「つまり君は王候補の恩人なわーぁけだ。望みを言うと良い、褒美はなーぁんでも思いのまーぁまさ。」

 

「せやったら...ワシをエミィちゃんのボディーガード...つまり、護衛として雇ってくれや?」




更新が遅れて申し訳ありません。かなり難産でした。


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第3話『男なら裸の付き合いを』

「それは、どーぉいう意図があるのかーぁな?」

 

「簡単な事や。ワシは今、金も頼れる人間もない。せやから、食い扶持を確保しときたいねん。」

 

ロズワールは値踏みする様な眼差しでそう質問すると、西谷は受け流す様に答える。

 

「ホマレは欲が無さすぎよ!...こっちの感謝の気持ちがわかってないのよ...ホマレは私を守る為に命懸けで守ってくれた...その対価をそんな事で...」

 

本当に理解出来ないと必死にそう訴えて、語尾がだんだんと弱々しくなり俯くエミリア。

 

「エミィちゃんこそ、わかってないのう。ワシは今無一文や。金を貰ったとこで店も何も知らん。せやったらここで雇ってもらう方がええやろ。それに、将来の女王様とのコネがあればまた困った時助けて貰えるやろ?せやからこれでええんや。」

 

そんな様子のエミリアに落ち着いた口調で、子供を諭す様にそう答える西谷。

 

「それは...でも...それなら食客でいいじゃない...」

 

「それも考えたんやがの、やっぱ働かざるもの食うべからずやで。その方が気兼ね無く飯が食えるっちゅうもんや。」

 

エミリアは西谷の意見に少し言い淀みながらそう返すが、西谷はそれをも突っぱねる。

 

「ま、そういう事やからよろしく頼むわ。なんなら、雑用でも構わんし雇ってくれや。」

 

「...わかったーぁよ。とりあえずは、この屋敷の執事としてお願いすーぅるよ。願わくば仲良くやーぁって行きたいものだね。」

 

再び雇い入れるように言う西谷に、西谷を射抜く様な瞳でそう意味深に答えるロズワール。

 

いつもより長引いた朝食を終えれば、西谷の執事服を見繕う為、使用人用のクローゼットの中にいる。

 

「なかなか似合ってるわねホマレ。」

 

長身にパリッとした執事服姿の西谷を見てそんな褒め言葉を送るエミリア。

 

「竜子にも衣装とはこの事ですね、お客様改めホマレ君。」

 

「どうせ魔獣に冠に決まってるわ、お客様改めベホマ。」

 

「馬鹿にされてるのだけはわかるわ...それとラムちゃん、ワシの名前が回復の呪文になってんで。」

 

恐らくは服装だけは立派という意味と見た目に中身が備わっていないという意味のことわざを使うラムとレムに呆れ顔でツッコミを入れる西谷。

 

「じゃあ私は王選の勉強があるから行くわね。」

 

エミリアがそう言って退室した後西谷とラムも屋敷の案内のため出て行った。

 

貴賓室、浴場、厨房と順番に見て回り最後にトイレの扉の前に立つ西谷とラム。

 

「それにしても、ごっつ広い屋敷やのう。これなら、トイレもさぞかし......」

 

「にーちゃはやっぱ素敵!最高の毛並みの毛並みなのよー......」

 

トイレの扉を開けるとパックと戯れるベアトリスがおり、目が合ってお互い固まる。

 

「ベア子ちゃんも可愛いところあるやないの。その可愛げを......ぬぉぉぉぉ!?」

 

西谷が言い切る前にベアトリスが魔法を使い、西谷を部屋の外に叩き出した。

 

その後、昼食の支度をする為に厨房へ行くとレムもおり、野菜の下ごしらえから始める。

 

「顔に似合わず、料理が得意なのねベホマは。」

 

「顔は余計や。...まぁ、本家の部屋住みしとった時に雑用や飯炊きやらされたしのう。それに、刃物の扱いは昔から得意なんや。」

 

手慣れた手つきで芋の皮を剥き、今度はオニオスと呼ばれる玉ねぎの様な野菜を手早くみじん切りにする西谷。

 

昼食の準備を終えれば、掃除や洗濯を終わらせて今度は庭の手入れに入る西谷とラム。

 

「ベホマ......これはなんなの......?」

 

「何って、知らんのか?くいだおれ太郎にビリケンさんに通天閣やろ、それからカニ道楽にグリコに......」

 

「そんな事聞いてないわ...なんで植木をこんな形にしたか聞いてるのだけど...?」

 

植木の手入れを頼まれた西谷はドスを使ってカットするが何故か大阪名物を象って仕上げてしまう。

 

「おもろいやろ?芸術や芸術。ロズ君かて喜ぶやろ!」

 

「そんなわけないでしょ!?ロズワール様の品位が疑われるわ!?早く戻しなさい!!」

 

そう、ラムが怒号を飛ばせば西谷は仕方なくまた裁断し少し小ぶりだがなんとか戻した。

 

その後全ての仕事を終わらせると、大浴場にて湯船に浸かり疲れを癒す西谷。

 

「ふー...ええ湯やなぁ...」

 

「やぁ、ご一緒していーぃかい?」

 

西谷が湯船に浸かっていると扉からロズワールが入って来て問いかけてくる。

 

「おう、もちろんええで。男やったら裸の付き合いは大事やしのう。」

 

「では、失礼...で、どうだい?レムやラムとはうまくやっていけそうかーぁな?」

 

西谷が快くそんな風に言って了承すれ湯船に浸かるロズワールは不意に問いかける。

 

「おう、初日からいびられとるけど仲良う出来そうやで。」

 

「それは良かった。...それにしてもーぉ、すごい筋肉だーぁね。」

 

「ロズ君かて痩せとる様に見えて割と筋肉質なんやな。」

 

冗談交じりにそんな事を言えば、お互いの身体付きについての話題になる。

 

「ところで、その彫り物もすごいねぇ?特にその背中のは何かーぁな?」

 

「ん?これか?こいつはワシの故郷では刺青ゆうてな、この背中のは鬼や。それも、鬼の親玉の酒呑童子っちゅうやつや。」

 

西谷の身体には上半身は七分彫りと呼ばれる七分袖の部分まで掘られており、腕や胸の部分は牡丹などの花や波の化粧彫が施され、背中には右手に血のついた刀を持ち、髑髏の山に座り左手で酒を飲む酒呑童子が彫られていた。

 

そんな西谷の刺青についてもの珍しそうに聞くロズワールにそんな事を答える西谷。

 

「鬼?これが?...随分と恐ろしい姿じゃなーぁいか。」

 

「そうか?ワシはかっこええ思うで。欲望に忠実に自由に生きとる感じがするやろ。」

 

ロズワールの言葉に不思議そうな顔をした後、誇らしげにそんな風に答える西谷。

 

「...ほんで?ワシの疑いは晴れたんかい?」

 

「......なんのことだろーぉねぇ?」

 

不意に射抜く様な眼差しでそう問いかける西谷にシラを切る様に答えるロズワール。

 

「裸の付き合いゆうたやろ。腹割って話さんかい。王様決めなならんこの大事な時期に素性の知れんワシの様な男がその候補であるエミィちゃんに近づく......怪しんでくれとゆうとる様なもんやしの実際。」

 

「......そこまで気付いてて、なんで雇って欲しいと言ったのかーぁな?」

 

西谷の要求に応じる様に真剣な表情でそう問いかけるロズワール。

 

「簡単な話や。ワシは強いもんが好きや。エミィちゃんの護衛になれば強いもんと戦えるやろ?...それに、エミィちゃんが気に入ったしの。」

 

「なるほどねーぇ。でも、正直その答えだけじゃ君の間者という疑いは晴れないねぇ。」

 

「ま、せやろな。実際どっちでもええんやけどな。そんなもんは時間が経てば誤解もとけるやろ。......ただ、一つ言えるとすればワシがスパイ......間者なら、あん時盗品蔵でエミィちゃん殺せたで?」

 

ロズワールの鋭い解答に返した西谷の最後の一言はあまりにも鋭く重いものだった。

 

「なるほど...たしかに、君になら出来るかもねホマレ君。」

 

「ま、そういうこっちゃ。仲良うしてなぁ?...ほなら、ワシはそろそろ上がるで。」

 

西谷の一言に納得したようなロズワールの答えを聞いてまた軽い調子に戻り出て行く西谷。

 

「......君が使えるなら使わせて貰うまでだよ。此度の王選、なんとしても勝たなければならない。......龍を殺すその日の為に。」

 

西谷が出て行き一人になった大浴場でそんな事を意味深に呟くロズワール。



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第4話『外国語はその国に行けば国語』

風呂から上がり部屋に戻った西谷を待っていたのは、西谷にとっては刺客より面倒で苦手な物だった。

 

「...なんで、この歳になってまで、こないな事せなならんのや...」

 

「それは、ベホマが字の読み書きも出来ない穀潰しだからよ。」

 

「...最近、ワシに対する当たりが強すぎるんちゃうか...」

 

何故西谷が自室にてこの様な事をしているかというと、2時間ほど前まで遡る。

 

西谷がロズワールとの会話を終えてから浴場から出るとそこにはラムがロズワールのと思しき下着とバスタオルを抱え立っていた。

 

「ベホマ、その使いもしない無駄に立派なモノをしまいなさい。」

 

「お、ラムちゃんやないけ。どないしたん、こんな所で?」

 

ラムに気付いた西谷は特に隠すこともせず、堂々とした佇まいでラムに質問する。

 

「ラムはロズワール様のお着替えの手伝いのために待機してるだけよ。」

 

「旦那さんの為に尽くすええ嫁になれるで。なんやったら、旦那さんの背中流してあげたらええんちゃうか?」

 

「ば、バカなこというんじゃないわよ......」

 

西谷のそんな言葉に珍しく恥ずかしそうに顔を赤らめてそっぽを向くラムは年相応に見える。

 

「ところで。ベホマ。この後は何か?」

 

「別になんもないで。寝るだけや。」

 

「それじゃ、後で行くから部屋で待っていなさい。」

 

こうした会話が繰り広げられて、現在西谷の自室にてラムに文字を教わるに至る。

 

「ま、言葉自体は通じとるから、一から覚えるよりはマシやが...それでもめんどくさいのう...」

 

面倒くさいと零しながらもきちんと文字を書き取ってるあたり、西谷自身必要な事だと理解しているからだ。

 

「ぶつくさ言って暇は無いわ。イ文字以外にもロ文字にハ文字もあるあるのよ。無駄に過ごす時間は無いわ。ラムも眠いし。」

 

「本音がでとるで。そういう正直なところ、ワシは嫌いや無いけどな。」

 

「ラムもラムの素直なところは美点だと思ってるわ。」

 

そんな風に二人で会話しながら、西谷のイ文字学習は進み夜も更けていった。

 

「んー、なぁ、キリもええしそろそろ...」

 

「すー...すー...」

 

「...なんや、寝とるんか。幸せそうな寝顔しおって...」

 

そう文句を言いながらも、優しい笑みを浮かべた西谷はラムをお姫様抱っこして寝室に送り届ける。

 

送り届けた後に自室に戻るとその日はそのまま眠りにつき、そして次の日の午後。

 

「なぜ、当然の様に扉渡りを破って、我が物顔で本を漁ってるのかしら...さっさと出て行くのよ!」

 

休み時間になると、勉強兼からかいに禁書庫へ行き本を漁り始める西谷に機嫌を悪くするベアトリス。

 

「...ええんか、そんな態度取って。パック君には貸しを返すから望みを言えって言われとるんやけどな〜?ベア子ちゃんの為に使ってもええんやけどな〜?」

 

「......騒がないなら、好きなだけいると良いわよ。」

 

「ベア子ちゃんはチョロいのぉ。」

 

わざとらしくそんな風に西谷が漏らすと、手の平をあっさり返すベアトリスにしたり顔で言う。

 

「ところで、いつもなにを読んどるんや?......まさか、ワシを呪う為に...?」

 

「ベティーは呪術なんか使わないのよ。」

 

「なんや!?ホンマに存在するんか!?...呪いってどんなもんなんや?」

 

冗談で言ったのにベアトリスの予想外の返しにビックリして聞き返す西谷。

 

「ちょっと待つのよ。確か......あったのよ。いいかしら、呪術は北方の国グステコが発祥の魔術や精霊術の亜種なのよ。とはいえ、呪い殺したりって感じの、使い道がおおよそ他者を害する形でしか存在しない出来損ないなのよ。...マナへの向き合い方として、これほど腹立たしい術式も無いかしら。」

 

ベアトリスは西谷の質問に棚から本を出しパラパラとめくりながら、忌々しそうに説明する。

 

「なるほどのう。確かに魔術や精霊術からしたら人を助ける能力が無い不完全なもんかもしれんのう。...それは遠隔でできるんか?やとしたら、エミィちゃんがすでに呪われとる可能性も出てくるのう。」

 

「その心配はないかしら。呪術は必ず相手との接触が条件になってくるのよ。...その代わり一度発動してしまえば止める術はないのよ。」

 

呪術の話を聞き真剣な表情でそんな事を零す西谷にそれは大丈夫だと話すベアトリス。

 

「さよか、とりあえずは良かったわ。...まぁ、頭の片隅には置いとかんとのう......これ、おもろそやな?読まして貰う...あかん、読めんわ...」

 

「......貸すのよ。これは魔物の図鑑なのよ。このページはウルガルムかしら。」

 

面白そうな図鑑を見つけたが読めない為ショボくれる西谷に見ていられなかったのか教えてやるベアトリス。

 

「ほう!なるほどのう!......ベア子ちゃんは優しいのう。おおきにやで。」

 

「ふん。別にお前の為にやったわけじゃないのよ。にーちゃのご褒美のためかしら。」

 

西谷が興味ありげに話を聞いていると不意に礼を言うとベアトリスは照れてそんな事を言う。

 

「まぁ、なんにしても世話んなったわ。そろそろ休憩終わるしワシは行くで。」

 

そう言ってベアトリスに一言挨拶をして、禁書庫を後にして仕事に戻る西谷。

 

その夜も文字の勉強をしてから眠り、次の日の昼頃になるとロズワール邸近辺のアーラム村へと出かける。

 

 



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第5話『野良犬は噛まれると結構危ない。』

屋敷の食料などの買い出しの為に村に出かけていくが、ラムはサボ...もとい屋敷での仕事の為同行しなかった。

 

アーラム村への道中、西谷は森の方へ視線を移すとある事に気付いた。

 

「なぁ、レムちゃん。所々木に掛かっとるあれはなんや?」

 

「ん?あぁ、あれは魔獣除けのお守りですよ、ホマレ君。」

 

「なるほどのぉ。これで魔獣に襲われる危険性を少なくしとるわけやな。」

 

レムの分かりやすい答えに、西谷がそんな感想を述べているうちにアーラム村に着いた。

 

「おっさん誰だ?」

 

「おう、この前雇われた執事の西谷誉や!それとおっさんやなくてお兄さんやで!」

 

駆け寄ってきた子供達にそんな自己紹介していると、買い出しの為その場を離れるレム。

 

買い出しを済ませてレムが戻って来ると何故か人集りが出来ており見に行く。

 

「...ホマレ君...何をなさっているんですか?」

 

「おう、暇やったからブレイクダンスを披露しとったとこや。」

 

時間つぶしに以前真島が見せたブレイクダンスを見よう見まねでやったら人集りが出来てしまったらしい。

 

「兄ちゃんスゲーな!代わりと言っちゃなんだけど、こいつを撫でさせてやるよ!」

 

子供達が抱いている犬っぽい小動物を西谷に差し出しそんな事を言い出した。

 

「ほう、ほんならちょっと...っ危ないなぁ。こいつ噛もうとしとるやんけ。」

 

指を犬っぽい小動物に噛まれそうになり、瞬時に手を引っ込めながらそんなことを言う西谷。

 

「おかしいなぁ...こいつ普段は人懐っこいんだけどなぁ...兄ちゃんの顔が怖いからかなぁ...」

 

「そうですよ、ホマレ君。ほら怖くないですよ?...痛っ...」

 

西谷の代わりにレムが撫でようとするが、人差し指を噛まれて血が出てしまう。

 

「ははは、レムちゃん噛まれとるやんけ。...にしてもどっかで見たことある気ぃするわ...」

 

レムが噛まれたのを笑って見ていると、何か既視感を覚えて一人ごちる。

 

それから、子供達や村人達に別れを告げて西谷が荷物を運びながら道中西谷がレムに話しかける。

 

「それにしても、魔獣ってそんなに恐ろしいんか?」

 

「そうですね...ものによりますが魔女が生み出した存在ですから。」

 

「なるほどのぉ...魔女...サテラ...しまっ...」

 

レムの返しにうっかりサテラと口にしてしまい、心臓を撫でられる不快感を味わってしまう。

 

「...っ!!......大丈夫ですか?ホマレ君。」

 

「?...あ、ああ、大丈夫や。」

 

一瞬射抜くような視線を浴びせるレムに疑問を浮かべながらも普通に返す西谷。

 

そんなこんなで買い出しから帰った西谷とレムはまた仕事に戻るとロズワールが身支度をしていた。

 

「お、ロズ君お出かけするんか?」

 

「少しばーぁかり、厄介な連絡が入ってねーぇ。今夜は少し戻れそうにないんだーぁよ。」

 

西谷の問いかけにそう答えると宙に浮き、飛び去っていくロズワール。

 

「飛べるんやなぁ...魔法ってもんはごっついのう...」

 

ロズワールを見送り飛び去っていく姿に感嘆を漏らす西谷はまた仕事に戻る。

 

いつも通り仕事を終えると、買い出しもあったので今日は勉強は無しで寝る事になった西谷。

 

ベッドに入りながらいびきをかいている西谷に突如トゲ付きの鉄球が襲いかかった。

 

「ごっつ激しいモーニングコールやなぁ。頼んだ覚えはないで?レムちゃん。」

 

「...やはり一撃で仕留めるのは無理でしたか...ホマレ君。」

 

鉄球が襲いかかると同時に飛び起きた西谷は間一髪で避けると、レムを見据えた。

 

 

「わし、レムちゃんになんかしたんか?身に覚えがないんやけどなぁ?」

 

「...魔女の匂いを撒き散らしといて....何を言ってるんですか!?」

 

レムはそう叫ぶと鉄球による猛攻を仕掛けるが全て避けられてしまう。

 

「まぁ、別にわしを襲う理由なんかどうでもええか...せやけど気に食わんことがある。...なんで襲う方がそない辛そうな顔しとんねん!!もっと胸張って襲わんかボケェ!!」

 

そう西谷が怒りを露わにすると鉄球を受け止めて引っ張ればレムは体勢を崩し倒れる。

 

「...はぁ...はぁ...うぐっ...!」

 

「はっ!どないしたんやレムちゃん!レムちゃん!!」

 

レムが苦しそうに倒れ込めば西谷は駆け寄り声をかける。

 

「ベア子ちゃん!!レムが大変なんや!!助けたってくれ!!」

 

反応のないレムを抱き抱えて扉渡りを破りベアトリスの書斎に駆け込む。

 

「なんなのよ!騒々しいったらありゃしないのよ!...これは...呪いなのよ。」

 

「なんとかならんのかいな!?助ける方法はないんか!?」

 

「ないのよ...一度発動した呪術は解けないのよ。今もマナを吸われてるかしら...」

 

必死の形相で訴える西谷に力なく答えるベアトリス。

 

「...ちょっと待てや。マナが吸われとる?ちゅう事は吸っとる本人が死んだらどないなるんや?」

 

「!?...それなら、救えなくはないかしら...でも...後30分もすれば死ぬのよ...」

 

西谷の問いに対してそれならと答えるもまたも力なく返すベアトリス。

 

「なんとか、時間を稼げんのかい!?魔法とかないんか!?」

 

「...わかったのよ。ベティもレムが死ぬのは本望ではないのよ。マナを分け与えて時間を稼ぐのよ。...それでももって2時間かしら。」

 

「おう、頼むで!犯人はわかっとんのや。魔獣の犬っころや。効率良く集める方法はないんかの?」

 

「魔女の匂いにつられてくるかしら!」

 

「おおきにな!ほな、行ってくんで!!」

 

西谷はベアトリスの進言を聞くと上半身を脱ぎ捨てドスを持って屋敷を飛び出して行った。

 



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第6話『泣いた青鬼と笑う鬼人』

西谷は走りながらレムに呪いを掛けた犯人を整理していた。

 

レムは西谷と違い村人とそれほど接していない。

 

そのため、犯人は消去法であの犬しか考えられなかった。

 

さらに言えば、あの犬に見覚えがあったが、それは図鑑で見たウルガルムだった。

 

西谷は魔獣除けの明かりのところから森に入るとこう囁いた。

 

「...サテラ...うぐっ...はぁ...はぁ...はぁ...」

 

魔女の濃厚な匂いにウルガルムの群れが誘われる様に現れた。

 

「...来よったな。犬っころども。まとめてぶち殺したるわぁ!」

 

ウルガルムの群れにドスを片手に突っ込んでいく西谷。

 

次々に首や銅を切り裂いて殺していくが、ウルガルムも西谷にかぶり付く。

 

「鬱陶しいんじゃ、ボケェェェ!!」

 

噛み付かれようがすぐに引き剥がし駆逐していくもかなりの数に次第に囲まれていく。

 

「良い感じに溜まって来よったな...いくで...人間独楽の極み、とくと味わえやぁぁぁ!!」

 

右足を軸にしてそこを中心にマナを集めて滑らかに動けるようにすれば、

 

独楽の様に高速回転しながらウルガルムをバラバラにしていく。

 

一気にウルガルムを片付けた西谷だが、技の後のインターバルを、

 

ウルガルムのさらなる群れが襲いかかっていきあちこち噛まれる。

 

しかし、引き剥がしては斬り裂き、走り回っては斬り裂き、

 

集まって来たところに人間独楽の極みでバラバラにする。

 

そうして駆逐していくと、あの時の子ウルガルムが現れ変身しその巨体を顕にした。

 

「まっとったでぇ、出て来たところ悪いが...死ねやぁぁ!!」

 

勝負は一瞬で、西谷の勝ちに終わった、なぜならボスウルガルムの首が飛んだからだ。

 

しかし、ウルガルムもボスが倒されるがまだ殺気はやまない。

 

まるで、誰かに操られ戦うことを余儀なくされている様だった。

 

西谷の死闘から時は少し遡り、レムが寝かされている金書庫にて。

 

「レム!レムは一体どうしてしまったの!?」

 

屋敷での騒ぎを聞きつけて走り込んできたラムは西谷と入れ違いになっていた。

 

「...静かにするのよ...妹は呪われてしまったのよ...先ずは落ち着いて小娘を呼んできてほしいかしら...」

 

自身のマナをレムに分け与えながら、少しでも時間を稼ぐためをエミリアを呼ぶように支持する。

 

「呪い!?っ...わかったわ、今すぐ呼んでくる。」

 

ラムが走り去っていき数分でエミリアを連れて戻ってきた。

 

「レムが呪われたって聞いたけどどういう事!?」

 

「話は後にするかしら...早くお前もマナをレムに分け与えるのよ...」

 

エミリアの問い掛けにそう返すベアトリスにはあまり余裕がなさそうだ。

 

「わかった。で、なんでこんな状況になってるの?」

 

「どうやら魔獣に呪われたらしいのよ。今はあのバカが魔獣を狩りに行っているかしら。」

 

「ベホマ一人で!?...エミリア様ベアトリス様ラムはベホマを手伝ってくるわ。」

 

エミリアとベアトリスの会話を聞いたラムがそんな提案をする。

 

「なら、アーラム村の様子も見てきて!魔獣に襲われてるかもしれない。」

 

「わかったわ。エミリア様。ではラムは行ってくるわね。」

 

そう言って飛びしていくラムを尻目にベアトリスとエミリアはレムの延命を試みる。

 

一方走り出したラムは20分程でアーラム村の中までやって来ていた。

 

ラムが村に着くと村では大人達が何やら慌てていた。

 

「貴方達、そんなに慌てて何かあったの?」

 

「あ、ラムさん!実は子供達が何人か行方不明になって...」

 

どうやら、村の子供何人かが行方不明になり慌てていたらしい。

 

「わかったわ、貴方達は村の中を探してちょうだい。ラムは森の方を探してくるわ」

 

「わかりました。ラムさんも気をつけてください。」

 

村の大人達と簡単な意思疎通を図れば森の奥へ向かうラム。

 

さらに30分程すると、子供達を見つける事が出来た。

 

一旦子供達を運びに戻れば、再び森を捜索する。

 

「この濃厚な魔女の匂い...ベホマかしら!?」

 

匂いを辿っていくと徐々に血の匂いが立ち込めてきて

 

むせ返りそうな程その血の匂いと魔女の匂いは濃くなっていった。

 

そこには夥しい数のウルガルムの死体が転がって山になっていた。

 

「ベホマ!?まさか、これ全部あなたが!?」

 

「ん?おう、ラムちゃんか、せやで皆殺しにしたったわ。」

 

ウルガルムの死体の山に座りながらラムの問いに答える西谷。

 

「これで全部の筈だから大丈夫やとは思うんやけど、どうやろうな?」

 

「...ええ、問題無いわ。レムはもう大丈夫。」

 

西谷の独り言とも取れる問いに、ラムは千里眼を使い答える。

 

「なんで、そんな事わかるんや?」

 

「千里眼と言ってラムと波長の合う者の視界を見ることが出来るのだけど、レムの視界がさっきまで見れなかったのが今は見えるから大丈夫と言ったのよ。」

 

「なるほどのう!便利な能力を持っとるんやなぁ!」

 

ラムが西谷の問いに答えれば、西谷は感心したようにそう答えた。

 

「さて、そんなら帰るとするかのう...おっとっと...」

 

西谷がそう言って立ち上がるが、ふらつき片膝をついてしまう。

 

「ベホマ...あなた...大丈夫なの?」

 

「大丈夫や、問題あらへん。それよかはよ屋敷に帰ろうや。」

 

決して少なくない血を流した西谷だが命に別状はないようだ。

 

二人は屋敷に戻ると、西谷が扉渡りを破り禁書庫へと入った。

 

「レム、具合はどうなの?」

 

「レムちゃん、無事やろうな!?」

 

温度差のある二人の心配を一身に受けるレム。

 

「姉様に、ホマレ...君...はい、大丈夫です。...それと...ごめんなさい!...でもどうしてホマレ君は私を...」

 

「当たり前やろ、大切な同僚やで。それに、ワシは強いもんが好きや。レムちゃん強いやん、好きやで?」

 

「ホ、ホマレ君...本当にありがとうございます。」

 

レムの問いに西谷が答えれば、感激したように涙を流すレム。

 

「そんななかんでも...まぁええわ。これで、一件落着や。それにしても腹減ったわ〜。」

 

「蒸かし芋ならすぐ作れるわよ。」

 

西谷が笑いながらそう告げると、ラムが蒸かし芋の準備に取り掛かる。

 

しばらくして、ラムが蒸かし芋を持ってくると食べる西谷。

 

「あつっ...おぉ、おぉぉ!むっちゃ美味いやんけ!!」

 

「当たり前でしょ、ラムの得意料理なのよ?」

 

西谷が蒸かし芋を誉めちぎればラムは気を良くして胸を張った。

 

「それにしても、ホマレは無茶し過ぎよ!心配したんだから...」

 

「そう怒んなや、みんな無事で大団円なんやから。」

 

「それは、まぁ...そうなんだけど...」

 

涙を浮かべながら怒るエミリアを嗜める西谷。

 

「ところであんた呪われすぎなのよ。全部殺したなら問題ないと思うけど、解呪は出来ないかしら。」

 

「たしかにあんだけ噛まれたんや、せやろな。」

 

西谷がみんなとそんな話していると、どうやら朝を迎えたらしい。

 

「たぁだいまぁ。おんやぁ?これはどういう状況なぁのかな?」

 

ロズワールが帰宅するとみんなの様子に首を傾げていた。



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第7話『未来の話で鬼は泣き止む』

「なるほどねぇーえ、つまり君がわたぁーしの領地を救ってくれたわぁーけだ。感謝を尽くそうじゃぁないか。」

 

事の顛末をロズワールに話せば礼をするロズワール。

 

「ほんまに?なら、今日1日休ませてくれや。疲れとるさかい。」

 

西谷はそう願い出て約束すれば、自室に戻って泥の様に眠る。

 

---黒い靄の漂う世界に西谷の意識は再び招かれていた。

 

何もない漆黒の『無』だけに支配された世界。

 

意識のみが宙を舞い西谷は自身の存在をぼんやりと自覚する。

 

そこが何処なのか考えると不意に答えから近づいて来た。

 

西谷の正面にその答えを持つ何者かが立ったのだ。

 

地面--と思われる位置から人型の影が伸びている。

 

顔は見えず姿も朧げだが、辛うじて女性だと分かった。

 

影はゆったりとした動きで西谷の方へ手を伸ばす。

 

指を伸ばせば届く距離まで近づくと西谷はある事に気付く。

 

何もないはずだった世界に自分の右手を感じたのだ。

 

触れられる距離で右手が現れた事による意識の戸惑い。

 

触れていいものか悩んでいると、強烈に意識が引き戻される。

 

右手を白く柔らかい手が熱いほどの感触を持って握りしめてきたのだ。

 

振り向いてその手の持ち主を確認したいが振り向く頭がなかった。

 

伸ばされた黒い手は懇願する様に縋る様に悩ましく動いて西谷を誘う。

 

だが意識は引っ張られていき影との距離は開いていく一方だ。

 

遠ざかり消えゆく影が最後に残したのは言葉だった。

 

『--いしてる』

 

聞き取れなかった言葉を最後に全てはおぼろげになり変えていった。

 

目覚めた西谷の最初に目に入ったのは見慣れた天井だった。

 

「おはようございます、ホマレ君。」

 

「おー、おはようさん、レムちゃん。」

 

西谷がレムに目覚めの挨拶をするとある事に気付いた。

 

「おろ、ワシ、レムちゃんの手ぇ離さんかったんか?」

 

「いえ、これはその...」

 

西谷の問いかけに対し握ったままの手を動かし頬を赤らめる。

 

「レムの方から、です...」

 

「そうなんや、どないしたん?ワシに惚れたんか?」

 

レムの答えにクスクスと笑いながら冗談を返す西谷。

 

「ホマレ君が...」

 

握ったままの手をチラチラと見ながら、口篭るレム。

 

西谷は穏やかな気持ちで、急かす事なく待つ。

 

何度か呼吸をしてそれから上目遣いで西谷を見つめる。

 

「眠っているホマレ君が苦しんでる様に見えたので...」

 

「それで、わざわざ握っとってくれたんか。」

 

「レムは無知で、無才で、欠点だらけです。ですから、こういうときになにをしてあげたらいいのかがわかりません。わからなかったから、レムがされて一番嬉しかったことを、したいと、そう思ったんです。」

 

レムは恥ずかしいのか、言葉を詰まらせ、たどたどしく喋った。

 

西谷はそんなレムを見て嬉しそうに口を綻ばせた。

 

「おおきにな。せやけど、レムちゃんは随分と自分を卑下しよるのう。そんなんじゃ浮き上がってこれへんで。」

 

「そうかもしれませんね。レムの場合浮き上がれず溺れてしまってるかもしれません。」

 

あまりにも弱々しい微笑みを浮かべるレム。

 

「...まぁ、ええわ。レムちゃんも元気そうやし。」

 

「その、経過の事に関してホマレ君のお体のお話があります。」

 

「ん?なんや?ワシの体、どこも悪いとこなさそうやで。」

 

レムの話に身体を動かして大丈夫そうだという西谷。

 

「そんな事はありません。たしかに目立つ傷の治療は終わってますし、日常生活に支障をきたす後遺症も幸いありません。でもーーー」

 

言葉を切って悲痛な影を落とすレム。

 

「傷跡は残ります。身体はもちろん、心にだって。全てはレムのせいで...だから...ごめんなさい。」

 

「頭上げぇや、レムちゃん。大した影響はあらへん。心の傷なんざあらへんし、体の傷は男の勲章や。それにもともと傷だらけやしの。」

 

頭を下げて謝るレムに、気にするなとおどける西谷。

 

「...レムは非力で非才で鬼族の落ちこぼれです。それに比べて姉様は才能もあり強くて、まさに天才でした。」

 

レムは悲しそうに、ぽつりぽつりと、過去を話し始める。

 

「でも、ある時レムを庇って姉様の角が折れてしまいました。角が折れてしまえば、その力は無くなってしまいます。だから...だから、レムは姉様の代替え品...なんです。それもずっとずっと劣った本当の姉様にいつまでたっても追いつけない、出来損ないなんです。」

 

その青く綺麗な瞳に涙を浮かべながら続けるレム。

 

「どうして、レムの方に角が残ってしまったんですか? どうして、姉様の方の角が残らなかったんですか? どうして、姉様は生まれながらに角を一本しか持っていなかったんですか? どうして――姉様とレムは、双子だったんですか?」

 

自分の存在意義を求めるように唇を震わせているレム。

 

その頬には溢れ出した涙が雫となって伝っていた。

 

「ご、ごめんなさい。おかしなことを言ってしまいました。忘れてください。こんなこと、人に話したのなんて初めてで、変なことに……」

 

「なぁ、レムちゃん。一言言わしてもらうで?」

 

早口で先程の言葉を帳消しにしようとするレムを遮る西谷。

 

「.......アホくさ。」

 

「---え?」

 

「レムちゃんが鬼なんは分かったし、レムちゃんを庇ってラムちゃんの角が折れたんも分かった。だからなんやねん。あれか、今は何も出来ない姉を憐れんでくれっちゅう事か?」

 

西谷はレムの話を聞き素直に思った事を答える。

 

「ちが、違うんです。姉様は、本当の姉様はもっと違うって言いたいだけで....角があれば、姉様の角があったらこんな……」

 

「ほなら、何か?頼まれもせんで、勝手に引き受けた気になっとる、姉貴の代わりが辛いから慰めてくれっちゅう事か?」

 

西谷は飾る事なくただただ思った言葉を綴っていく。

 

「そんな.......!?レムは……レムは、姉様の代替品だってずっと……」

 

「ずっと思ってきたからなんや。ラムちゃんが代わりになってくれって頼んだんか?違うやろ。」

 

「それは......でも......レムは...非才で...非力で...だから---」

 

西谷の言葉にそれでもなお、自分を卑下するラムに割って入る西谷。

 

「ええ加減にせぇよ!非才?非力?だからなんやねん!たまたまラムちゃんの角が折れたっちゅうだけの事やろが!それを....グズグズグズグズ....いつまで悲劇の主人公気取っとんのじゃボケッ!!!」

 

レムの話にイラついた、西谷の怒鳴り声がこだまする。

 

「ラムちゃんが恨み言言いよったんか!?違うやろ!!助けたいから助けた!!ワシもそうじゃ!!要は自己満足じゃ!!....それとも、何か?逆の立場なら、いつまでもそうやって引きずって欲しいんか?」

 

「いや....そんな事は.......」

 

西谷の問い掛けに、首をフリ答えるレム。

 

「せやったら、助けられたもんは、御礼でも言うてその後の人生楽しんどったらええ。....それでも、考えてしまうんやったら、とりあえず明日の事でも考えてろや。」

 

「...明日の...こと...?」

 

「せや、明日の事や。何でもええねん。明日食べる飯の事でもええし、たまには逆に髪を整えたろか、とか、ラムちゃんとやる漫才のネタとか何でもええ。とにかく、今すぐその惨めったらしい考えは捨てぇや。.......前向きに明日の話でもしようや。ワシの故郷じゃ未来の話をすれば鬼は笑うって言うんやで。」

 

レムの頭をくしゃくしゃと撫でれば優しげに笑いそう話す西谷。

 

「レムは、とても弱いです。ですからきっと、寄りかかってしまいますよ?」

 

「ええやないか。ワシはもちろん頼ってええし、周りにも頼ったらええ。そしたら頼られる事もあるやろ。そん時は支えてやればええ。そうやって明日に向かって進むねん。幸せはー♪歩いてこないー♪せやから歩いて行くんやでー♪ってな。」

 

「...素敵、ですね。」

 

「せやろ?」

 

西谷が片目を瞑り口元を歪めれば、レムもつられて笑う。

 

笑い出し、その瞳の端からぼろぼろと涙が溢れでて頬を伝う。

 

止まる事を知らない涙に、それでもレムは笑い続ける。

 

泣き笑いして、嗚咽と笑い声を押し殺す様に布団を口元に押し付ける。

 

それでもレムの泣き笑い声は部屋の中に静かに落ちる。

 

そんなレムの頭を西谷はただただ撫で続けた。



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第8話『戻って来た日常と魔法の話』

レムと西谷の話の翌日、西谷はロズワールに呼び出された。

 

「わぁざわざ、呼び出して悪いねーぇ。」

 

「別にかまへんよ。それで、何の用なんロズ君。」

 

ロズワールの私室に入った西谷はロズワールに問いかける。

 

「まずは、先日の件礼を言っておくよーぉ。わたーぁしのいない間のゴタゴタを片付けてくれてありがとーぉね。用件は二つあるんだーぁよ。一つは、先日のお礼の件なんだーぁけど、休養だけではあんまりだろう?だーぁから、改めて一つ願いを聞くよ。なーぁんでも、言ってくれたまえ。」

 

「さよか。まぁ、気にせんでもええんやけど...せっかくやしお願いしとこか。せやな...早い内にどっかのタイミングで王都に行かせてや。」

 

ロズワールの申し出に対し、前から思っていたのかすんなりと返す西谷。

 

「...そーぉんな事かい?...理由をきいても?」

 

「実は、商売しよう思うねん。王戦にあたって、資金力はもとより傭兵雇ったり情報を得たり駆け引きに使ったり...ま、色々使い道があるさかい王都で商売したいんやけど、その下見っちゅうとこや。」

 

ロズワールの問いに商売をすると西谷が答える。

 

「なるほどねーぇ。でも、資金はどうするんだい?」

 

「そこは、ワシの手持ちのもん売れば開業資金にはなると思うから安心せえ。それとは別にタバコも切れそうなんや。これ、王都なら売っとるやろか?」

 

資金の話になり、そんな風に答えタバコを見せて切実そうに聞く西谷。

 

「タバコ...ああ、バタコの事だーぁね。王都なら売ってると思うーぅよ。」

 

「ほんまか!それは良かったわ。」

 

西谷はロズワールの返答に嬉しそうに反応する。

 

「もう一つの用件に入らせてもらうーぅよ?...君には、エミリア様の騎士になって貰いたいんだ。」

 

「その騎士っていうのはなんやねん?」

 

真面目な顔で二つ目の用件に入ったロズワールに問ひ返す西谷。

 

「騎士ってーぇいうのは、専属の護衛や用心棒みたいなものだーぁね。」

 

「さよか!よっしゃ!これから楽しなってくるでぇ!」

 

ロズワールの答えに目を輝かせて喜ぶ西谷。

 

用件を聞き、ロズワールの私室を後にすればエミリアの所へ向かう。

 

「エミィちゃん、パック君おるかな?」

 

「あぁ、ホマレ。今から日課だからパックに用があるならついてきて。」

 

エミリアの返答に庭園まで付いていけばパックが出てくる。

 

「やぁ、ホマレ。僕に用ってなんだい?」

 

「実はの、ワシにも魔法が使えるか教えて欲しいねん。ワシ、エミィちゃんの騎士になったやろ?せやから、戦闘で役立つ事は何でも知っときたいねん。」

 

「お、決心してくれたんだね。ありがとう。わかった。まずはホマレがどんな属性を使えるか見てみるよ。」

 

「ちょぉ、待って。属性なんなん?」

 

「あれ、そこから説明しなきゃダメ?えっとねマナにはそれぞれ属性があって、火、水、風、土の基本属性と陰と陽っていうちょっと特殊な属性があるんだよ。」

 

出鼻を挫かれてずっこけそうになるも、きちんと説明するパック。

 

「なるほどのぉ...ん?エミィちゃん氷使っとったで?エミィちゃんは何属性の魔法使いなんや?」

 

「ああ、あれは火の属性なんだよ。火属性は温度を操れる事も含まれるから氷も扱えるってわけ。ちなみにリアは魔法使いじゃなくて厳密に言うと精霊使いだから使うのは魔術じゃなく精霊術なんだ。」

 

「魔法使いと精霊使いってなんか違いがあるんか?」

 

パックの説明にまた新たな質問をする西谷。

 

「魔法使いは自分のゲートを使ってマナを取り込みゲートを使ってマナを取り出し魔法を使う。だけど、精霊術師は大気中のマナを使って術を使うのさ。」

 

「つまり、魔法使いは自分の中のマナしか使えんからゲートの大きさとか数がものを言うけど、精霊使いは外部のマナを使えるさかいゲートに関係なく魔法を使えるっちゅうことか。」

 

西谷はパックの説明にそんな風に納得して答える。

 

「ま、そんなところだね。ただ、精霊の強さに左右されるし精霊との契約もあまりない事だから一長一短なんだけどね。さて、説明も終わったしホマレの属性を調べるよ。...みょんみょんみょんみょん...」

 

パックは変な効果音を口で出しながら西谷の額に尻尾を添える。

 

「わかったよ。珍しいね君。陰属性だったよ。」

 

「その陰属性っちゅうのは、どんな魔法が使えるんや?」

 

パックがわかった属性について答えるとすかさず質問する。

 

「目眩しをしたり動きを遅くしたり音を遮断したり出来るよ。」

 

「そら、なかなか使えそうやな。で、ワシにも魔法使えるんか?」.

 

その有用性に目を輝かせながら問いかける西谷。

 

「うーん、すぐには無理かな。魔法の方は特別才能があるわけじゃないからね。でも、体験くらいならさせてあげられると思うよ。」

 

「さよか。で、体験ってどうすんねん?」

 

パックのすぐには使えないという言葉に少し残念そうにする。

 

「僕がホマレのマナを使って魔法を使うんだよ。僕は補助するだけだから、魔法自体はホマレのゲートから出るよ。簡単な魔法だと...目眩しの魔法、シャマクなんかいいんじゃないかな。」

 

「シャマクってどんな感じの魔法なん?」

 

「そうだなぁ...言葉にするより、体験してもらった方が早いからかけてみるね。シャマク!」

 

西谷の問いかけに、言葉より早いとシャマクを使う。

 

視界は暗闇に覆われて、あらゆるものが知覚できない。

 

音は消え、景色は消え、自らの肉体さえあるかどうか怪しい。

 

しかし、西谷は狼狽えず冷静に術者であるパックの気配を察する。

 

地球にいた頃、頻繁に命を狙われた西谷にとって気配の察知は自然と身についていた。

 

姿形がなくならない以上、見つけるのはそれほど難しい事ではなかった。

 

「パック君見ーっけ...っておろ、もう、終わりなんか。」

 

「流石に化け物じみてるねホマレは。気配だけで僕を捕まえちゃうんだもん。」

 

西谷の手の中にいるパックがちょっと悔しそうにそう評する。

 

「まぁ、色々との。それにしても、かなり使える魔法ちゃうか?かなり動きが制限されんで?」

 

「そうでもないよ。格下か同程度の相手じゃないと単純な実力差で弾かれちゃうし長持ちもしない。それにホマレが今やったみたいに気配で察知されたら意味ないし、そもそも集中力が必要だから、ホマレなら発動前に斬っちゃうとか出来るかもね。」

 

「なるほど、まぁ何かしら使い道があるやろ。」

 

パックの説明に頷きながら、まぁそんなもんかと納得する。

 

「じゃあ次はホマレの番だね。...じゃあ行くよ。」

 

パックがそう言うと不意に全身が熱くなる感覚を西谷は得た。

 

鬼神の加護の時とは違い、今度ははっきりと血とは別の奔流を感じる。

 

これこそが自身の体内にあるマナというものなのだろう。

 

パックから伝わる何かによって体内のマナが指向性を得たのが分かる。

 

「ホマレ、イメージしてごらん。今、君の体の中のマナの流れを掴んで動かしてる。その一部をゲートから、体の外へ吐き出すんだ。それは外で形をなす...さっきのような、黒い雲となって。」

 

「イメージか...こんな感じか...?」

 

パックのアドバイスに応じてイメージを固める西谷。

 

ゲートを身体の中心にイメージしてそこを通り現象へと昇華する。

 

「シャマク!」

 

西谷の詠唱とともにあたりに黒い霧が立ち込めた。

 

「うん。こんな感じかな。体験は以上で終了だよ。」

 

「おおきに。ええ体験させてもろたわ。特に体内のマナをイメージ出来たのは大きいで。マナの流れをイメージすれば、こんな風に...!」

 

パックのまとめに対してそう言えば、助走なしに10m近く跳ぶ。

 

「...なるほど、体内のマナを意識的に肉体に反応させたんだね。いいんじゃないかな。その方がホマレには合ってると思うよ。戦いに関しては本当の天才だね。」

 

「ま、これを呼吸するように出来んとあかんけどな。」

 

この日より、毎朝マナを肉体に反応させる訓練が西谷の日課に加わった。



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