人修羅とガラクタ集めマネカタが行く 幻想郷紀行 (tamino)
しおりを挟む

第1章 前兆
第1話 人修羅一行 幻想郷におじゃまする


略称一覧

シン…間薙シン(人修羅)
ピク…ピクシー
ガラ…ガラクタ集めマネカタ

八雲…妖怪の賢者・八雲紫
甲賀…龍神・コウガサブロウ

ネタバレになっちゃうので、
次回から略称はあとがきの方に載せることにします。

極力読んでいる中で誰かわかるようにはしていきますが、
混乱しそうだったらそちらを見てね。


どことも知れぬ結界の中……

そこでは人型の気迫あふれる猛々しい悪魔と、

美少女とも妙齢の女性ともとれる、妖艶な魅力にあふれた妖怪が話をしていた。

 

八雲「……私は反対です」

甲賀「お前の言いたいことはわかるがな、そうも言っていられんのだ」

八雲「………あまりにも危険です。私ではアレを抑えられません」

八雲「失礼かもしれませんが……たとえ龍神様でも……」

甲賀「わかっている。私でも……いや……

この世界のどんな存在でも彼には太刀打ちできまい」

八雲「……私にはアレのチカラの底が見えませんが、それほどですか……」

甲賀「そうだとも。……しかし、賭けてみる価値はある」

八雲「私にはアレの背後に何がいるのかわかりませんが、

ここで関係を持つのは危険すぎます」

甲賀「どのみちこのままでは幻想郷は壊滅するだろう。背に腹は代えられぬ」

甲賀「その結果、何が起ころうとも……わかるな?」

八雲「……わかりました。毒饅頭とわかっていても……そういうことですね?」

甲賀「そういうことだ。……これで話はまとまったな。それでは頼んだぞ……」

八雲「仰せの通りに。龍神様」

 

ここは幻想郷。現代に忘れ去られた者たちが住む世界。

今この幻想郷はとてつもない危機にさらされている。

 

まだ一部のものしか知らないその危機に対して、

龍神・コウガサブロウと妖怪の賢者・八雲紫は有効な手を打てずにいた……

 

偶然か、それとも運命か……そこに現れた1匹の悪魔とその仲魔。

彼はこの幻想郷に何をもたらすのだろうか?

 

すべては彼の意志の導きにて……

 

 

・・・・・・

 

 

ガラ「いやー、悪いねシン君!またお宝探しに付き合ってもらっちゃって!」

シン「気にしないでよ。ボクだって暇してたんだし」

ピクシー「そうよー、ガラクタ君。

私達仲魔一同も誘ってもらうの結構楽しみにしてるんだから」

ガラ「そう言ってもらえると嬉しいな。それじゃ出発しようか!」

シン「出発ってどこに行くのさ?まだ目的地を聞いてないよ。」

ガラ「あっ、そうだったね!今から行くところはね、幻想郷ってところなんだ!」

ピク「ゲンソウキョウ?聞いたことないわね。」

シン「ボクも初耳だな。一体どんなところなの?」

ガラ「なんでもね!ボクらの居たボルテクス界にはない珍しいものでいっぱいらしいよ!!」

シン「ふーん、それはちょっと気になるね」

ガラ「でしょ!?それじゃ早速出発しよう!!」

ピクシー「おー!!」

 

かなり奇抜な組み合わせのこの3人。

 

その中でもとにかく目を引くのは、

全身が発光するイレズミのような模様で覆われた若者である。

【混沌王】・【人修羅】・様々な二つ名を持つ彼は「間薙シン」という悪魔だ。

もともと人間だった彼は、筆舌に尽くしがたい生き地獄を生き抜いてきた。

先日大きな決戦を終えた身であり、現在自由を謳歌している。

 

そしてシンのお供である悪魔・妖精「ピクシー」。

シンが悪魔へと変じてから、姿形を変えながらも

常に一緒になって旅をしてきた一番の仲魔だ。

可愛らしい小柄な体躯とは裏腹に、シンの仲魔の中でも相当な実力を持っている。

 

独特な帽子で顔の上半分を隠している彼は、「ガラクタ集めマネカタ」と呼ばれている。

その名の通りガラクタ集めが趣味であり、お気楽な性格をしている。

シンとはかなり昔からの知り合いであり、持ちつ持たれつな関係。

今回どこからか幻想郷のうわさを聞きつけ、シン達に同行を求めることにしたようだ。

 

シン「それじゃアマラ経絡へ通路を作るから、そこを通っていこう。足元に気を付けてね」

 

そう言ってシンが手をかざすと、異空間への入り口が現れた。

3人はまだ見ぬ景色に胸を躍らせながら通路の奥へと進んでいった。

 

・・・・・・

 

シン「よーし、到着到着」

ガラ「おー!ここが幻想郷!」

ピク「へー、すっごい量のマガツヒが漂ってるわ。

悪魔にとっては理想郷みたいなところね~」

シン「そうだね。確かに空気が濃い」

ガラ「そうなの?そんなことよりもお宝のにおいがプンプンするよ!」

シン「相変わらずブレないね。キミは」

ピク「それじゃ早速お宝探しに行きましょ。レッツゴー!」

ガラ「おー!」

 

元いた世界では考えられなかった、溢れんばかりの緑の中を進む。

特に行き先が決まっているわけではないが、進んでいけばどこかへ出るだろう。

とても楽観的だが、これまでそのやり方で何とかなっていた。

3人は気の向くまま、半ば散歩のような形でこの世界を回ることにした。

 

しかし…

 

ガラ「いやー、ぜんっぜん見つからないね!お宝!」

シン「やっぱり闇雲に歩き回ってるだけじゃなぁ……

誰か捕まえて情報を聞き出さないと。」

ピクシー「あ、私きれいな石拾ったわよ」

ガラ「ホントだ!いいなー」

シン「……キミたちがそれでいいなら構わないんだけどね」

ガラ「まあまあ、まだ来たばかりなんだし、気楽に行こうよ」

シン「……それもそうだね」

 

???「ごきげんよう、そこを行く皆さん」

 

気楽な散策を続ける3人の前に、異空間から女性型の悪魔が現れた。

優雅でいてスキのない立ち居振る舞い。なかなかの実力を持っているのが分かる。

 

シン「……!……誰だ」

八雲「幻想郷へようこそ、『人修羅』さん」

シン「……(ボクのことを知っているのか?)」

八雲「フフ……そんなに警戒しないで。」

ピク「あれ?この人誰?シンの知り合い?」

シン「いや、初対面だよ。……キサマは誰だ?何が目的だ?」

八雲「……私は八雲紫。この幻想郷では“妖怪の賢者”と呼ばれています」

シン「……妖怪の賢者」

八雲「ええ。ありていに言えば、幻想郷の管理人のようなことをしています」

シン「……その管理人がボクに何の用だ?」

八雲「貴方はこの世界に来たばかりで全く情報がない。違いますか?」

シン「……ああ。それがどうした?何が望みだ?」

 

幾多の戦いの経験から、シンは会話しながらも様々な分析を進めていた。

 

なんだ?こいつは。いきなり何もない空間から現れた。

 

自分も仲魔を呼び出す時や、アイテムを使う時は、異空間を利用する。

最近は異空間を通って別の場所に行けるようにもなった。

 

この悪魔にも同じことができるというのか?

だとしたら厄介だ。

低くない実力を持っているとみてよいだろう。

 

悪魔との交渉を星の数ほど行ってきたシンは、チカラ任せな相手より

こういう手合いの方が厄介なことは重々承知している。

 

八雲「私が色々とレクチャーしてあげましょう☆」

シン「……は?」

 

色々な交渉パターンを考えていたシンだったが、この提案は想定外だった。

何かを要求されると踏んでいたのだが、そういうことではないらしい。

 

八雲「幻想郷について何も知らずに来たんでしょう?

だってさっきから当てもなく2時間もうろうろしていたものね」

シン「……いや、まあその……」

八雲「その間に襲い掛かってきた妖怪を何匹も倒してたわよね」

シン「……そりゃあ、いきなり襲い掛かられれば当然だろう」

八雲「この世界にはこの世界のルールがあるわ。

あの妖怪たちが襲ってきた理由が、

『自分たちの縄張りに入られたから』だったとしたら?」

シン「……」

八雲「彼らは警告していたのに、

貴方たちはそれを無視して縄張りの奥に侵入してしまった……

そこで襲い掛かってきた彼らをを返り討ちにするのは

果たして『当然の事』なのかしら?」

シン「……気づかない警告など意味がないだろう」

八雲「それを判断するのはあなたの常識。世界も違えば常識も変わるわ」

 

流石に管理人というだけあって、らしいことを言う。

いきなり現れて好き放題言われるのには納得いかないが、

言われてみれば確かにその通りである。

 

いきなり襲われたのは事実だが、相手が何を考えていたかは全くわからない。

相手の事情も知らずにチカラで押さえつけることは、シンも望むところではない。

第一こっちの目的は『宝探し』なのだ。争いなどこちらから願い下げである。

 

八雲「……フフ、冗談よ☆」

シン「……は?」

八雲「さっきの話は冗談。あの妖怪たちは人間と見れば襲い掛かるだけの連中よ。

あなたがあの妖怪たちを始末したことは別に問題ないわ」

シン「……そうか」

八雲「でもわかったでしょう?

全く知らない土地で自分の常識は絶対正しいと考えるのは、いい結果を生みません」

シン「……確かに貴女の言うことは正しい」

八雲「だから私が貴方たちに幻想郷とはどういった場所か、どのようなルールがあるのか、

レクチャーするわね☆」

シン「……ええ、よろしくお願いします」

 

どうやら敵意を持たれているわけではないらしい。

あちらから幻想郷のイロハを教えてくれるというのだ。ありがたい話ではないか。

それに先ほどの話はシンが「人間」として生きていくのには必要な考え方だ。

「人間」の在り方を忘れて純粋な「悪魔」になること。

それがシンの唯一恐れることにして、

生きていく上で常に意識しなければならない問題なのだ。

 

ピク「ね~シン、難しい話終わった?」

ガラ「ボクたちも話に混ざっていいかな?」

八雲「あら、ちょうどいいわね。私は八雲紫。

今シン君に幻想郷がどんなところか教えてあげようとしていたのよ~」

ピク「え!なにそれ!私も聞く~!」

ガラ「ボクもすっごい気になる!教えてください!ええと……ヤクモさん?」

八雲「紫でいいわよ~☆」

シン「それじゃよろしくお願いします。紫さん」

 

少女説明中……

 

八雲「……といったところかしらね」

シン「なるほど。よくわかりました。ありがとうございます」

ピク「聞いた?ねえシン!妖精もいるんだって!楽しみ~!」

ガラ「天界……地底……冥界……これはお宝のにおいがプンプンするよ!」

八雲「あらあら、気に入っていただけたようで何よりだわ」

シン「正直そこまで変わった世界だとは思いませんでした。

色々教えていただいてありがとうございます」

八雲「いいのよ。こちらにも必要な事だったもの。

これから話すことを理解してもらうためにね」

 

シン「……といいますと?」

八雲「話を聞いていて分かったと思うけど、

この世界はとても絶妙なバランスによって成り立っているわ」

シン「妖怪と人間の共存……でしたか」

八雲「ええ、そうよ。

妖怪は人間の畏れがなければ生きられず、

人間は妖怪を畏れながらも、それを受け入れて生きる」

八雲「そんな場所にあなたのような強力な悪魔がいると、その関係が崩れかねません」

シン「つまりボクの存在はここでは受け入れられないということですか?」

八雲「そういうことではないわ。幻想郷はすべてを受け入れます。……ただし」

シン「ただし?」

八雲「それは私という抑制が効く中での話……

貴方たちの持っているチカラは……強すぎるのよ」

 

シン「……それではどうすればいいですか?」

八雲「私が貴方のチカラの大半を封印します。

今のチカラの……そうね、5分の1ほどしか出せなくなってしまうでしょう。

そうすれば大きく幻想郷に影響を与えることはなくなるわ」

八雲「もちろんこんなお願いを聞いてくれるからには、命の危険には晒させないわ。

仮にそんな事態に陥るようなら、助けに向かいます」

 

八雲「そして条件がもう一つ。貴方、他の悪魔を呼び出せるわね?」

シン「ええ。仲魔になっている悪魔だけですが」

八雲「その仲間なんだけど、

召喚する悪魔の強さは、チカラを封印された貴方と同じくらいまでにしてちょうだい」

シン「……」

 

なかなかにヘヴィな申し出だ。

出せるチカラが5分の1になり、召喚できる仲魔にも制限がかかる。

しかしそれでも大きな問題はないだろう。

封印というのはよくわからないが、仲魔召喚に関してはこちらの任意のようであるし。

……第一ここには戦闘をしに来たわけではない。

YHVHに殴り込みに行った時とは事情が違う。

 

シン「……わかりました。その通りにしていただいて結構です」

八雲「……あら、意外ね。こんな滅茶苦茶な条件をあっさり呑んでくれるなんて」

シン「ボクたちは戦いに来たのではないですから、大丈夫ですよ。それにもしもの時は紫さんが守ってくれるんでしょう?」

八雲「……ええ」

シン「だったら何も問題ありません。二人もそれでいいよね?」

ピク「シンが弱くなっちゃうってことでしょ?昔に戻ったみたいで懐かしいわ~」

ガラ「シン君が大丈夫っていうなら大丈夫だよー」

シン「というわけです。やっちゃってください」

八雲「……わかりました。それでは目を閉じて……」

 

シンが目を閉じると、紫の何かを念ずる声が聞こえてきた。

それと同時に体の奥底から湧き出るエネルギーが、か細くなっていくのを感じる。

なるほど、これが封印なのか。そう考えていると、紫から声がかかった。

 

八雲「……はい、これで封印はおしまい。なにか体におかしなところはある?」

シン「……いいえ。普通に動くのには何の問題もありません」

八雲「よかったわ~。失敗しちゃったらどうしようかと思ったの☆」

シン「えぇ……」

 

八雲「あ、それと最後に。

人修羅さん、貴方はここ幻想郷では『デビルサマナー』として過ごして頂戴」

シン「デビルサマナー……?」

八雲「あら?知らないのね。

デビルサマナーっていうのはね、悪魔を使役する人間の事よ。

時に悪魔に指示を出し、時に自分でも悪魔と戦う。そんな人たちよ」

 

デビルサマナー……どこかで聞いたような話だったが、

今の説明で思い出した。

確かライドウがそんな仕事をしてると言っていたはずだ。

 

シン「それならいつもボクがやってることとと同じですね」

八雲「そ。だから今のあなたにピッタリ。

……ただその奇抜な格好は何とかしたほうがいいわね。

いくら特殊な職業と言っても、ちょっと刺激的すぎるわ~」

シン「そんなものですか。では……これでいいですか?」

 

そう言うとシンは、どこにしまっていたのか上着を取り出し、それに着替えた。

体の独特な模様と、首から後ろに突き出ていたツノも、

上着を着るとともに消えていった。

 

八雲「あら、準備がいいわね。

……さて、これで私が言いたいことはお終い。付き合ってくれてありがとう」

シン「いえいえ、こちらこそ色々教えてくれてありがとうございました」

 

深々とお辞儀をするシンに対して、紫は優しい微笑みを向ける。

 

八雲「それではこの道を進むといいわ。人里に出ることができる。

そこの商店なんかには気に入るものもあるんじゃないかしら?」

ガラ「!!

そんなこと聞いちゃ居ても立っても居られないよ!シン君!先に行ってるね!」

ピク「あ、まって!私も行く!ホラ!シンも行くわよ!」

シン「こらこら、あんまり引っ張らないでよ」

 

風のように去っていく3名を見送る紫。

完全に姿が見えなくなってからその場に膝をつく。

 

八雲「……ハァ、ハァ……まさかこれほどとはね……」

 

先ほどまでは余裕の表情でいたものの、紫はその実かなり無理をしていた。

まさかあそこまで封印にかかる負担が大きいとは思わなかったのだ。

 

紫の封印術は、相手のチカラが源泉から湧き出る流れを、

ほんのちょっと歪めてしまうというものである。

完全な封印とはいかないが、その性質上敵の強さ、属性を問わず効果がある。

 

しかもチカラづくでの封印ではなく、積み上げられた膨大な計算と繊細な技術による封印。

つまり『てこの原理』のようなもので、術者のチカラはほんの少ししか消費されない。

 

……しかし、その『ほんの少し』。ほんの少しに相当するチカラを使っただけで、

紫はほとんどすべてのエネルギーを持っていかれてしまった。

 

つまりこの事実は、人修羅を完全に封印する労力からしたら、

紫の持つ全エネルギーは『ほんの少し』だということを意味している。

本当は仲間召喚についても制限の術をかけるつもりだったが、

そんな余裕は残っていなかった。

 

八雲「私では抑えきれないのはわかっていたけど、

こんなにとんでもないチカラを持っているなんて……」

八雲「龍神様……本当にこれでよかったのでしょうか……?」

 

紫は今でも龍神・コウガサブロウの判断に疑問を持つ。

いくら自分たちのチカラだけでどうにもならない問題があるからと言って、

それよりも遥かにどうにもならない者を呼び寄せるのは得策なのか?

 

さらに紫はシンの印象について考える。

 

実際に会ってみるまでは遠くから観察するだけだった。

それでも格上ということはわかったが、対峙してみてその恐ろしさが身に染みた。

 

最初に声をかけた時、シンは紫のことを警戒していた。

『敵意』でも『威嚇』でもない、ただの『警戒』……

 

唯のそれだけで紫は、シンが別次元の強さを持っていることを悟ったのだ。

戦えば勝負にすらならない。

いや、それどころか、羽虫を払うように、あしらわれる程の差があるということを。

 

しかしそのチカラの大きさに不相応なことに、

実際に話してみたところ非常に聞き分けもよく、素直な態度だった。

まるで外の世界でいう高校生かそこらの反応だ。

それが逆に不気味だ。

 

八雲「ともあれサイはもう投げられてしまった……

一体これからどうなっていくのか……まさに神のみぞ知る、ね」

 

つづく



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 人修羅一行 人里へ行く

宝探しのために幻想郷へやってきたシン一行。
幻想郷の管理人こと八雲紫と出会い、
幻想郷の情報を教えてもらう代わりに能力を制限されることに。
ひとまずは活動の拠点を探すためにも人里へ向かう。


ガラ「おお!着いたね!ここが人里かな?」

ピク「なんだか不思議なところね~。建物が全部木でできてるわ!」

シン「……なんだか懐かしい雰囲気だな。昔旅行した時に見た街並みたいだ」

ガラ「なんだか珍しいものがたくさんありそうな予感!さっそく行ってみようよ!」

 

駆けだしそうなガラクタ集めマネカタを、シンが引き留める。

 

シン「ちょっと待ってガラクタ君。

はやる気持ちはわかるけど、まずは宿を探さないとね。

しばらくここが拠点になるんだし」

ガラ「あ、それもそうだね!」

ピク「じゃあ宿まで行きましょ!レッツゴ~!」

ガラ「そうだね!レッツゴー!」

 

駆けだしそうな二人を、またもやシンが引き留める。

 

シン「ちょっとちょっと二人とも。

ボクたちまだ宿の場所知らないじゃない」

ピク「あー、それもそうね!」

ガラ「おー、言われてみれば!」

シン「……それじゃまずは誰かに聞いてみよう」

 

???「ちょっとあんた達。外来人?」

シン「?」

 

シンが仲魔たちと漫才めいた会話を繰り広げていると、

いつの間にか隣にカラフルな格好をした女の子が立っていた。

 

シン「……えーと……あなたは?」

???「人に名乗るときにはまず自分からって教わらなかったの?」

 

自分から話しかけておいて中々挑戦的な態度だ。

まあボルテクス界ではいつもの事だったので、なんということもないのだが。

 

シン「それもそうですね。ボクの名前は間薙シンです」

???「ふーん。マナギシン?変わった名前ね。」

比那名居天子「私の名前は比那名居天子。普段は天界に住んでる天人なのよ。驚いた?」

シン「……天使?……天界?」

 

天界に天使と、あまり歓迎できない言葉が出てきた。

もしやこの女の子、YHVHに関係ある者か?

 

天子「天界ってあまりにも暇だからこうやってたまに下界に遊びに来るのよね~。

ところでアンタ外来人なの?」

 

……どうやら思っているような相手ではないらしい。

今の天界は闇の勢力が侵攻した時のダメージで、暇なんて言っていられない状態である。

彼女の言う天界と、シンの知る天界は別物の様だ。

 

シン「ええと……外来人ってなんですか?」

天子「あー、その質問が来るってことはアンタ外来人ね。

その格好変だし。お供に妖精と半マスクなんて変すぎるし」

ピク「ム!アンタ私達バカにしてるわね!」

ガラ「半マスク……?それってボクのこと……?」

天子「変なもの変って言って何が悪いのよ」

 

場の空気がよくない……ここは執り成しが必要だろう。

人里に来て早々に戦闘などしたくはない。

 

シン「まあまあ……二人とも落ち着いて。

キミも……ええと、比那名居さんだったっけ。あんまり煽らないであげてね」

天子「フン……まあいいわ。

ところでアンタ幻想郷に来る前って何してたのよ。

とてもじゃないけど普通の生活してたって感じじゃなさそうだけど」

シン「……デビルサマナーをやってました。二人はボクの仲魔です」

 

確かに今のシンの服装は人里では珍しいようだし、仲魔も連れている。

おかしなヤツとして疑われるのは当然だろう。

ここは事を荒立てないためにも、紫の言う通りデビルサマナーとして振る舞うべき。

本当のことを話しても狂人と見られるのがオチだ。

 

天子「デビルサマナーって悪魔召喚師でしょ?なんでわざわざ幻想郷に来たのよ?」

シン「……いや、ちょっと宝探しに……」

ガラ「そう!お宝を探しに来たんだよ!」

天子「……へ?宝探し?」

ピク「そうよ!私達珍しいものを探しに来たの」

天子「……宝探し?……デビルサマナーが?なんで?」

 

彼女は困惑した顔をしている。

頭の中でデビルサマナーという肩書と宝探しという目的が全くかみ合っていないようだ。

そりゃそうだろう。

シン自身も説明しつつ『無理があるなー』と思っている。

 

シン「……まあ変だとは思うけどね。別にそれ以上の目的はないよ。

幻想郷に危害を加えるつもりもないし」

ガラ「そうだよ~。荒っぽいことなんてしないよ」

天子「……ふ~ん、信用できないわね」

ピク「ちょっと!シンの言うことが信用できないっていうの!?」

ガラ「本当なのにー……」

天子「会ったばかりのどこの誰ともわからないヤツを、いきなり信用できるわけないじゃない」

 

いぶかしげに目を細めつつ、こちらを見つめる少女。

初対面なので当然と言えば当然だが、全く信用されていないようだ。

 

天子「しかもデビルサマナーが宝探しよ?フツー裏があるでしょ」

シン「……」

天子「……だから幻想郷で悪さできないように、私が監視することにしたわ」

シン「……へ?」

天子「アンタ達も幻想郷のこと知ってる私が一緒にいたほうがいいでしょ?

ついてってあげるって言ってんのよ。感謝なさい」

 

なんだかよくわからないが、天子がついてくることになった!

……大丈夫だろうか?

 

ピク「ね~シン、いいの?勝手なこと言ってるけど……(ボソボソ)」

シン「うーん……まあいいんじゃないかな。知識のある人がいてくれた方がいいし(ゴニョゴニョ)」

ピク「えー……まぁシンがそう言うならしょーがないか(ボソボソ)」

シン「悪いね、ピクシー。新しい仲魔が増えたと思って我慢してよ(ゴニョゴニョ)」

 

天子「何コソコソ話してんのよ……まあいいわ」

天子「それでアンタ達これから何するつもりだったの?

私が声かけた時はボーっと突っ立ってたけど」

シン「ああ、ボクたちここに来て間もないから、まず宿をとろうとしてたんですよ」

天子「ふーん。宿ね。ま、順当よね。ところでお金は持ってるの?」

ガラ「持ってるよ!ホラ!」

天子「……なにこれ?全然見たことないわ」

ガラ「あれ!?ここってマッカ使えないの?」

天子「……マッカ?アンタ達ホントにどこから来たのよ……」

 

どうやら貨幣にマッカは使えないようだ。

マッカが無くても生活に困るわけではないが、

人里を拠点に、となると、それでは不便だろう。

何か手を考えないと……

 

天子「お金がなくて暫く人里に滞在したいってことなら、

稗田家に挨拶しといた方がいいわね」

シン「稗田家?」

天子「人里の顔役よ。

そこの当主に話つけとけば人里でも自由に動けるわ。

アンタ達ただでさえ怪しいんだから、そういうのって大事よ。」

シン「成程。確かに実力者へのあいさつは大事だね。

比那名居さん、教えてくれてありがとう」

天子「べ、別にお礼なんて言われても何も出ないわよ。

まあ私は心が広いから、そこまで案内してあげるわ。感謝しなさい!」

ガラ「わー、本当に!?ありがとう!」

天子「せいぜいはぐれて迷子にならないようにすることね!行くわよ」

 

人修羅移動中……

 

天子「着いたわ、ここよ。大きいお屋敷でしょ」

ガラ「わ~、こんなに広いところに住んでるんだ!偉そうだね!」

天子「実際偉いわよ。

それじゃ私はその辺でぶらぶらしてるから、話つけてきなさい」

ピク「あら?アンタ着いてこないの?」

天子「別に私がついてく必要ないでしょ?顔が利くってわけでもないし」

シン「ここまで案内してくれただけでも十分だよ」

天子「じゃ、せいぜい頑張ってらっしゃい」

 

天子は行ってしまった……

 

シン「それじゃ稗田さんとやらに会いに行こうか。

豊かな宝探しライフを送るためにも、気合い入れていこう」

ピク「ハ~イ」

ガラ「おー!」

 

ココでの交渉が幻想郷での動きに大きく影響してくるだろう。

通したい要求としては、

まずは行動に制限がかからないのが第一。

次いで通貨の確保と住まいの確保を打診するつもりだ。

 

そんなことを考えながら玄関で呼びかけてみたところ、

使用人と思われる女性が取り次いでくれることとなった。

 

使用人に招かれ、屋敷内の客間に案内される。

 

シン「驚くほどあっさり面会できることになったな……」

ガラ「すごい順調だねー」

 

ガララッ

 

???「お待たせいたしました」

 

ついに当主との面会かと思ったが、

障子を開けて入ってきたのは小さな女の子だった。

 

???「初めまして。私が稗田家当主、稗田阿求です」

シン「……!?

……キミ……いや、あなたが?」

稗田「……その反応も久々ですね」

 

あまりにも想像と違う相手で驚いてしまった。

当主というにはあまりにも若く、まだ子供と言える年齢であろう。

 

シン「ああ、すいません。当主というからには大人が出てくるものと思っていました」

稗田「まあそう思うのも無理はありません」

稗田「貴方達のことは八雲紫から聞いていますので、

どういった経緯で幻想郷にいらっしゃったのかは把握しています」

シン「紫さんから……」

ガラ「え?なんでボクたちがココに来ること、紫さんが知ってるの?」

ピク「なかなか油断ならないわね~」

 

紫には人里に行くように、としか言われていない。

稗田家に来ることが決まったのは天子と話した後だ。

 

それなのに稗田家に話がついていたということは、

こちらの行動を読まれていたということだろうか?

それとも単にイレギュラーな出来事は稗田家に報告する決まりでもあるのだろうか?

 

……どちらにせよ八雲紫は人里の顔役たる稗田家から信頼されているのは間違いない。

流石は幻想郷の管理人と言ったところか。

 

稗田「それで本日うちにいらした用件をお聞きしてもいいですか?」

シン「ああ、それでは改めて自己紹介を。

ボクは間薙シンといいます。デビルサマナーをやっています」

ガラ「ボクはガラクタ集めマネカタです!」

ピク「ピクシーよ!ヨロシクね」

シン「本日はいくつか相談したいことがあってお邪魔しました。実は……」

 

人修羅説明中……

 

稗田「……事情は分かりました。人里での活動は好きになさってくださって構いません。

もちろん常識の範囲内で、ですが」

シン「ありがとうございます」

稗田「それと通貨と宿の手配ということですが、こちらも問題ありません。

……ただし無条件で、というわけにはいきません」

シン「当然ですね。こちらもそう考えていました」

シン「これでいかがでしょうか?」

 

ドサドサァッ!!

 

そう言うとシンはポケット(異空間)から、テーブルに山ができるほどの宝石を取り出した。

幻想郷での宝石の相場はよくわからないが、

ボルテクス界では価値のあるものだったし、これだけあれば大丈夫だろう。

 

稗田「ええっ!?こ、こんなにたくさん受け取れません!!」

シン「あ、やっぱり幻想郷でも宝石は価値があるんですね」

稗田「私も詳しい価値はわかりませんが……これは明らかにもらいすぎです!!」

シン「そうですか?ボクたちは全然かまいませんが……」

稗田「……この半分もあれば1年分以上の家賃と生活費にはなるでしょう。半分だけで結構です」

シン「そうですか。それでは半分で」

 

手持ちの宝石で活動資金は何とかなったようだ。

ホッと一息、である。

 

稗田「はい、それで大丈夫です。

……ではこれで交渉はおしまいということで。

お帰りの際に宿のカギと地図、それに当面の生活費をお渡しします」

シン「ありがとうございます」

稗田「構わないですよ。

こちらとしてもいただくものはいただいたので、恩に感じてもらう必要はありません」

シン「そうだとしても、いきなり訪れた相手にここまでしてくれるのはありがたいです」

稗田「……丁寧な方ですね。

それでは今日のところはここまで、ということで。

日が暮れてもいけません。寄り道せず宿へ向かうといいでしょう」

ガラ「阿求さん、色々ありがとうございました!」

ピク「また何かあったら、よろしくね~」

 

稗田家を後にする3人を使用人に見送らせた阿求。

交渉が一段落し、物思いにふける。

 

……八雲紫から変わった外来人が来たとの連絡は受けたが、

これほど変わっているとは思わなかった。

 

見た目、仲間、物腰、肩書き、目的……すべてがちぐはぐな印象を受ける。

阿求の記憶の中の何人かの悪魔召喚師と照らし合わせても、

シンたちはそのどれとも異なっているように思える。

……違うなりに一番近いものを感じるのは葛葉一族であろうか。

 

阿求は歴代の稗田家の記憶をすべて受け継いでいるため、

実年齢からは想像できないほど聡明である。

 

さらにそれだけではない。

最後に頼りになるのは知識よりも直観であることも理解しており、

知識一辺倒というわけでもない。

当主として実に優秀だ。

 

そんな阿求から見ても、シンたちについては全く背景が見えなかった。

何かを隠しているのは間違いないが、それをどこまで探っていいのか……

 

とにかく人里の管理人としては、今後の動向に注意していくほかない。

特に忙しくもないが、悩みの種が増えるのは喜ばしくないな、と

ため息をつく阿求であった。

 

つづく




略称一覧

シン…間薙シン(人修羅)
ピク…ピクシー
ガラ…ガラクタ集めマネカタ

天子…比那名居天子(ひなないてんし)。幻想郷の天界に住んでいる、自由奔放な天人。
たびたび人里に現れては、暇つぶしをしている。根はいい子。

稗田…人里の顔役である稗田家、その当主。実年齢は10歳ほどだが、自身の能力により、先代の記憶をすべて受け継いでいる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 人修羅一行 宝探しを始める

人里に着いたばかりでどうしたらいいかわからないシン一行。
そこに天人の比那名居天子が現れ、なぜか行動を共にしてくれることに。
天子の助言を受け、人里の顔役の稗田阿求と面会、話をつけることに成功。
活動許可と拠点、資金を手に入れた。


シンが稗田家から出てくると、天子が待機していた。

交渉が終わるのを見計らって戻ってきたのだろう。

 

天子「あ、出てきたわね。うまくいった?」

シン「ああ、大体思ってた通りになったよ。お金も宿も手配してもらった」

ピク「あの阿求って子には驚いたわね~。まだ子供なのに当主だなんて」

ガラ「すごいしっかりしてたよね」

天子「そりゃそうよ。アイツは1200年前から転生を繰り返してる上に

『一度見たものを忘れない程度の能力』を持ってるの。

そこらの人間や妖怪よりよっぽど賢いわよ」

シン「へぇ……転生か……」

 

1200年前ということは平安時代が始まったくらいだろうか。

その時代から転生を繰り返し続けていて、しかも見た物は忘れないという。

なんともすごい話だ。

それにしても、さらっとそんな話が出てくるあたり、

ここはシンの居た世界とは別物なのだろう。

 

天子「それじゃさっさと移動しましょ。私もどんなところ紹介してもらったか気になるし」

 

人修羅移動中……

 

ピク「ねー、ここの人たちの『何とかの程度の能力』って言い方変わってるわよね」

天子「これはまあ幻想郷の慣習みたいなものよ。

自分はこういうやつだ、って説明するのにわかりやすいのよね。

とはいえ自己申告だし、本当の能力は本人しか知らないから、あまりアテにできないけど」

ピク「へー、名刺みたいなものかしら?」

ガラ「なんだかおもしろいね!そしたらボクの能力は何になるのかな?」

ピク「『ガラクタを集める程度の能力』とかどう?」

ガラ「えー……なんだかそのまんまだなぁ……」

シン「あ、着いたね。地図によると、あの宿がそうみたいだ」

 

人修羅チェックイン中……

 

天子「ふーん、なかなかいい屋敷じゃないの。稗田家も奮発したわね」

シン「別に野宿でもいいと思ってたから、

こんなにいいところ紹介してもらうと、逆に申し訳ないな」

ガラ「ボクは野宿よりも宿の方がいいからありがたいな」

シン「まあね。たしかにそれはあるな。

久しぶりに人間らしい生活できそうだから楽しみだよ」

天子「久しぶりに……って、アンタ達どんな生活してたのよ……」

 

天子は疑いの視線をこちらに向けている。

……余計なことを話して追及されるのも面倒だ。

あまりボルテクス界の話は出さないほうがいいかもしれない。

 

ピク「私達にも色々あったのよ」

 

流石ピクシー。ナイスフォロー。

 

天子「それにしちゃ緊張感というかオーラというか、そういうのが感じられないわね」

シン「まあまあ。そんなことよりも、これからどうするか話し合おうよ」

ガラ「そうだね!早くお宝探そう!」

天子「なんか話をそらそうとしてない?……まぁいいわ。

そもそもお宝っていっても、実際どんなものが欲しいのよ?

それがわかんないことには方針も何もないわよ」

ピク「えーと、今まで見つけたのはオサツとか食器とか……」

天子「は?」

ガラ「あとは看板とかマネキンとかもだね!あれはなかなかのものだったよ!」

天子「看板……?マネキン……?アンタ達私をからかってんの?」

シン「まぁそう思うのは無理もないけど本当なんだ。

元の世界では全部骨とう品扱いだったからね」

天子「えー……」

 

天子はがっくりと肩を落とす。どうにも拍子抜けだったからだ。

 

天子としては、

『〇イダースよろしく、お宝求めて地底に突入する』だとか、

『〇パン3世ばりに金庫に潜入する』だとか、

そういったスリルとドキドキの冒険ができると思っていた。

 

大体このシンとかいう自称デビルサマナーについてきたのも、

暇つぶしにちょうどいいと思ったからだ。

それなのに、探しに行くのは日用雑貨程度のものというのだから

肩透かしもいいところである。

 

天子「あ―……そんなのでいいんだったら、人里の雑貨店でも見てみればいいんじゃない?」

ガラ「やっぱりこっちにもお店があるんだね!!紫さんの言ったとおりだ!!」

ピク「そう言われると、ここに来るまでにそれっぽい家が結構あったわよね。

それじゃまずはそこに行きましょうか」

ガラ「よーし!それじゃレッツゴー!」

天子「ハァ……」

 

天子はどうやら乗り気ではないようだ。

せっかくの旅の道連れが不機嫌なのもバツが悪い。

そう考えてシンは声をかけてみる。

 

シン「……もしかして比那名居さん乗り気じゃない?」

天子「そりゃね。ちょっと肩透かしだったわ」

シン「……もしつまらないと感じてるなら、ついてきてもらわなくても大丈夫だよ。

ボクたちだけでもなんとかできると思うし」

天子「変に気を遣わなくていいわよ。

つまらないと思ったら勝手にいなくなるから」

シン「それはそれで気を遣うなあ……ま、自由にやってよ」

天子「言われなくてもそうさせてもらうわ」

 

シンの態度を受けて、天子は訝しむ。

 

このデビルサマナー、よほどの変わり者だ。不自然なほど人が良すぎる。

幻想郷に来た目的がいまいち理解できないことといい、ネコをかぶってるのかもしれない。

 

大体『よその世界から来た』とか平然と言っているが、それは大変なことだ。

八雲紫クラスの実力者でもなければ、世界間の移動など不可能。

いや、八雲紫ですらそんなことできないかもしれない。

 

何かを隠していることは明白だし、それが幻想郷を滅ぼすほどのものである可能性もある。

テキトーな理由付けで、変なことしないように見張る、なんて言ったが、

本当にその必要があるのかもしれない。

 

……ま、幻想郷の将来がどうのこうのというガラでもない。気楽に構えていよう。

 

天子「なるようになるでしょうし、楽しむだけ楽しみますか」

 

天子はその自由奔放な性格からは想像できないが、非常に頭がいい。

だからこそ、シンが色々と隠していることと、相当な実力者だということ。

そのどちらも推測することができた。

しかし結局は何をするでもなく興味の向く方に意識が行ってしまうのが玉に瑕である。

 

ピク「ちょっとアンタ達!何コソコソ話してるの!?さっさと行くわよ!」

シン「そうだね、待たせてごめんよ。それじゃ比那名居さん、出発しましょう」

天子「はーい」

 

人修羅移動中……

 

ガラ「こっ!これはすごい!!……ああっこっちもすごいぞ!」

ピク「はー、面白いものがたくさんあるわね!」

店主「いや~、こんなに喜んでもらえるとあっしも嬉しいねえ!」

シン「すいません……店内でこんなに騒いじゃって……」

店主「いやいや、気にしないどくれ!思う存分見ていってよ!ハッハッハ!」

天子「しかし本当に嬉しそうねぇ……唯の雑貨屋なのに……」

シン「ハハハ……ガラクタ君はこういうのに目がないからね。ピクシーも楽しそうだし何よりだよ」

 

目をキラキラさせて雑貨を手に取る二人。そしてそれを見てほほ笑むシン。

なんとも平和的な光景である。

 

しかしこのデビルサマナーは商品も手に取らず、

二人の様子を見ているだけで楽しいのだろうか?

そう思い天子は声をかける。

 

天子「あんたはどうなのよ?楽しんでるの?」

シン「ボクはみんなが楽しそうならそれでいいよ」

天子「アンタ、ほんとに変わってるわねぇ……」

シン「ん?そう?そんなことないと思うよ」

天子「アンタねぇ……まあいいわ」

 

ガラ「シン君!天子さん!見てよこのヤカン!面白い形してるよ!これ買ってく!!」

ピク「アタシはこれ欲しい~!キョウトの古根付だって!かわいいわ~」

シン「よし、じゃあ二人ともそれでいいかな?店主さん、お勘定を」

店主「ヘイ!毎度あり!」

ガラ「シン君!ほかの店も見にいこーよ!」

ピク「アタシももっとショッピングしたいわ~」

シン「それじゃ色々と見て回ろうか」

店主「毎度あり~!また来てくださいね!」

 

人修羅買い物中……

 

ガラ「いや~、大漁大漁!!こんなにお宝が集まるなんて!」

ピク「アタシもつい買いすぎちゃったわ~♪」

シン「二人とも買ったねぇ……」

天子「で、アンタは何も買わなかった、と」

シン「まあね。二人があれだけ買ったんだから、ボクはそれを見て楽しめれば十分だよ」

ガラ「そうそう!ボクが厳選したお宝セレクションがあればいつまでも楽しめるからね!

一緒に楽しもうね!」

シン「確かにこれだけあれば当分は楽しめそうだね」

ピク「アタシもこんなに買い物できて満足よ~♪」

シン「今日はもう十分楽しんだし、宿まで帰ろうか。ええと、比那名居さんはどうします?」

 

本当に楽しそうに話している3人を見て、毒気を抜かれてしまった。

色々と探りを入れようかとも思ったが、そんな必要もなさそうだと天子は判断する。

 

天子「……私は家に帰るわ。アンタ達、明日はどうするの?」

シン「そうだなあ……しばらくは人里をいろいろ見て回ろうかな。二人もそれでいいよね?」

ピク「シンがそう言うのなら、あたしは構わないわよ」

ガラ「ボクも賛成だよ!まだまだ見てみたいお店があるしね!」

天子「それじゃ私がいてもしょうがないわね。またどこか行く時はついてくから」

シン「ええと……そしたら人里から出るときは、比那名居さんに知らせればいいかな?」

天子「ああ、気にしなくていいわ。毎日様子見にくるから」

シン「へ?毎日?」

天子「そうよ。それじゃまたね」

 

さらっというと天子は飛んで行ってしまった。というかこの世界の人間は飛べるのか。

シンは若干驚いた。

 

しかしあの天子という子。毎日来ると言っていたが本当なのだろうか?

いくらなんでも暇すぎやしないか?

 

シン「う~ん……ま、気楽に行こうか」

 

紫さんが『世界が違えば常識も違う』といったことを言っていたが、

早速それを実感することになった。

些細なことで驚かされたり心が動かされるのは気分がいいものだ。

これも宝探しが好きな理由の一つである。

これから色々あると思うと、ここでの生活が楽しみになってくるシンであった。

 

 

つづく




略称一覧

シン…間薙シン(人修羅)
ピク…ピクシー
ガラ…ガラクタ集めマネカタ

天子…比那名居天子(ひなないてんし)。幻想郷の天界に住んでいる、自由奔放な天人。
たびたび人里に現れては、暇つぶしをしている。根はいい子。

店主…人里で雑貨屋を営むナイスガイ。その豪快で気前のいい性格から、常連客が多い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 人修羅一行 命蓮寺にお邪魔する

あらすじ

シン一行は稗田家から活動許可を得て、
宝探しと称して人里でショッピングにいそしんでいた。
天子もそれに同行していたが、どうやらあまりの刺激の少なさに不満な様子。
それでもシン一行に対しては興味があるため、毎日来る、と言い残して去っていった。


鳥のさえずりが聞こえる……

 

シン「朝か……」

 

シンは一息つくと布団から抜け出し、いつもの服へと着替える。

 

シン「こうやって規則正しい生活を送るのはいつぶりかな……」

 

幻想郷にやってきてから1週間が過ぎた。

その間に人里の店に色々と顔を出してみたのだが、

どの店も愛想がよく、非常に好意的だった。

 

本来店というのはそのようなものかもしれないが、

東京受胎前のシンが知っている店は、そうでもなかったように思える。

どこか懐かしいような新鮮なような気持を味わいながら、

充実した日々を過ごしていた。

 

シン「人里のこともようやくわかってきたな。

さすがに1週間じゃすべて見て回ることはできないけども」

 

どうやらこの人里という場所は、シンが知る戦国時代や江戸時代に近い文化のようだ。

幻想郷全体がどうかはわからないが、人里に限ってはその見立てで正しいだろう。

街並みも人々の服装も、昔よく見ていた時代劇とそっくりだった。

 

シン「さぁ、今日は何をしようか……ピクシーとガラクタ君は起きてるかな?」

 

ガラガラッ

 

そう考えていたところ、寝室の障子が開き二人が入ってきた。

 

ガラ「シン君おはよう!今日はどこに行こうか!?」

ピク「おはよ~。もう起きてたのね~」

シン「ああ、おはよう。二人とも朝から元気だね」

ガラ「あ、シン君はもう出発準備万端なんだね。どこ行こうか?」

シン「まだ着替え終わったばかりで考えてないよ」

ピク「アタシは今日は変わったところに行きたいわ。買い物はもう飽きちゃった」

 

いくらピクシーが買い物好きとはいえ、

流石に1週間も買い物三昧では飽きてしまったようだ。

とはいっても人里でやることも他には思いつかない。

一体どうしたものか……

 

そんなことを考えていると、聞き覚えのある声と共に部屋に少女が入ってきた。

 

天子「それならいいところがあるわよ」

 

シン「……あれ?来てたの?」

ガラ「あ、天子さん。おはようございます」

ピク「ちょっとアンタ!何勝手に入ってきてるわけ!?」

天子「固いこと言わないの。そんなことよりやることないんでしょ?」

 

ピクシー、ガラクタ君と話をしていたら、いきなり天子が乱入してきた。

幻想郷に来た初日、シンたちと一緒に行動をすると言って帰っていったのだが、

あれから本当に毎日遊びに来ている。

……他にすることがないのだろうか……?

 

シンがそんなことを考えている間に天子は話を続ける。

 

天子「アンタ達、命蓮寺って知ってる?」

シン「名前くらいは聞いたことがありますね。人里の外れにあるとか」

天子「だったら話が早いわ。そこの寅丸星って奴がお宝持ってるらしいわよ」

 

お宝、というワードにガラクタ集めマネカタが反応する。

 

ガラ「お宝!?」

天子「そ。しかもそれ、お宝が集まってくるご利益があるらしいわ」

ガラ「お宝を呼ぶお宝……!?そんな夢のようなお宝があるの!?」

天子「あるのよ。それが」

ガラ「シ、シン君っ!!これは大変なことを聞いちゃったよ!

一目そのお宝を見ないことには、ボクたちボルテクス界に帰れないよ!!

一緒に見に行こう!すぐ行こう!」

 

あまりの興奮で、声のボリュームが大きくなるガラクタ集めマネカタ。

シンの肩をブンブンゆすりながら説得する。

半分寝ぼけていたシンは、これで完全に目が覚めてしまった。

 

シン「わかったわかった。わかったから落ち着いて」

ピク「アンタ、なんか企んでんじゃないでしょうね?」

天子「なんにも。強いて言うならあそこの住職があんた達をどう見るか知りたいのよ」

 

ピクシーは何故か天子とあまり仲良くない。

別にケンカするほどではないが、もう少し笑顔で接してやってもいいのに。

 

シン「……わかった。ガラクタ君もノリノリだし命蓮寺に行ってみよう」

ピク「いいの~?シン?なんか気に食わないんだけど……」

シン「いいっていいって。どのみちピクシーだって買い物に飽きてたんでしょ?」

ピク「うっ……まぁそうだけど」

天子「それじゃ私が案内するからついてきなさい。準備はできてるんでしょ?」

シン「ああ。それじゃよろしく頼むね」

ガラ「よ~し!テンション上がってきたぞ~!!」

ピク「なんなのよもう……気に入らないわ……」

シン「まあまあ。気楽に行こうよ」

ピク「シンがそういう態度だからアイツが……

……ハァ。もういいわ。行きましょ」

 

何やらピクシーが不機嫌だが、新しい景色を見て、新しい交流を持てば、

きっと気分もよくなるだろう。

 

しかし命蓮寺というからにはお寺なのだろうが、一体どんなところなのだろうか?

小さいころに近所の神社で遊んでいたのを思い出す。

 

……世界中の神々と触れ合ってきた今なら、

お寺がどういうところかもわかるかもしれない。

天子が言う『住職』に色々と話を聞いてみたい気持が湧いてくるというものだ。

 

天子「命蓮寺は人里の外れにあるから、ここから1時間ってとこかしらね。

昼になる前には着くでしょ」

ガラ「よ~し!気合入れていくぞ~!」

 

人修羅移動中……

 

ガラ「着いたっ!命蓮寺!すっごく大きいね~!」

ピク「ホントね~。人里のどんな建物よりも大きいわ」

天子「ま、ここと同じくらい大きい建物なんて幻想郷にはそうそうないわ」

シン「ちなみに比那名居さん?

ボクたちがここに来るって先方に伝わってたりは……」

天子「しないわよ」

シン「だよねぇ……」

 

やはり天子は飛び込みでお宝を見せてもらうつもりだったようだ。

というよりむしろ、天子自身はお宝に興味がなさそうである。

わざわざ自分たちをここまで連れてきたのは、興味本位なのだろう。

まったく、悪魔並みに自由な性格をしている。

 

シン「それじゃ誰かに事情を話して……あ、あそこに誰かいるね」

 

参道の奥で掃き掃除をしている女の子がいる。

こんな広い敷地を一人で掃除するなんて見上げたものだ。

あの子にこちらの事情を話せば取り次いでくれるかもしれない、

そう思いシンは少女に近づく。

 

シン「あのー、すみません。ちょっといいですか?」

??「ん?お客さんですかー? おはよーございます !」

シン「お、おはようございます」

 

なんとまあ元気のいい女の子だ。

あまりの声の大きさに面食らってしまった。

 

シン「ええと、お嬢さん。命蓮寺の人ですか?」

??「はい!私は幽谷響子(かそだに きょうこ)って言います!

山彦の妖怪なんですよ!何のご用ですかー?」

シン「ボクたち幻想郷で宝探しをしてるんですが、

ここの寅丸さんって方のお宝を見せてほしいと思いまして……」

 

シンの何気ない一言で、

響子の満面の笑顔が一気に曇る。

 

響子「お宝を!?ムムッ!泥棒さんですか!?」

 

先ほどの朗らかな態度から一変、警戒態勢に入られてしまった。

どうも聞き方が悪かったらしい。なんとか雰囲気をよくしなければ……

 

シン「あ―……泥棒じゃないですよ。

ボクたちは珍しいものは好きですが、奪おうとかそういうのはないんで」

響子「嘘をついても無駄ですよ!泥棒はみんなそういうんですから!」

ガラ「本当だよ~。大事なものなら貰わなくても、見るだけで満足だからね」

響子「そう言ってスキをついて盗んでいくんでしょう!そんな手には乗りませんよ!」

 

どうやらこの子は思い込みが激しい性格のようだ。

取り付く島もなし。である。

 

ガラ「うーん、どうしよう……警戒されちゃった」

シン「ごめんね。何とかできないかな……」

ピク「あーあ……こうなると会話ってうまくいかないのよねぇ……」

 

本当にどうしようか?

このまま無理矢理押し通れば角が立つし、

ガラクタ君があそこまで楽しみにしていたお宝をあきらめるわけにもいかない。

 

天子に頼むのは……ダメだ。ニヤニヤしている。

あの表情はこの状況を楽しんでいる表情だ。ちくしょうめ。

 

ここはひとつ……

 

シン「わかりました!このままでは信じてもらうのは難しそうですね。」

シン「そこで提案です。一つ勝負をしてみませんか?」

響子「勝負?」

ガラ・天子「勝負?」

ピク「へえ」

 

予想外のシンの提案に、皆が首をかしげる。

 

シン「ええ。負ければボクたちはこのまま帰ります。

その代わりボクが勝ったら、偉い人に取り次いでもらえませんか?」

響子「ムムム……」

シン「別にすぐにお宝を見せてくれというわけじゃありませんし、

この勝負、受けてもらえないでしょうか?」

響子「……勝負の内容を聞くまではお答えできませんっ!」

シン「確かに当然ですね。勝負の内容ですが……」

ガラ「(ドキドキ)」

天子「(ワクワク)」

 

ガラクタ集めマネカタは少し不安な表情で、

天子はニヤニヤしながら会話を聞いている。

二人ともシンが何を仕掛けるのか、興味津々だ。

 

シン「……大声対決で」

ガラ「……大声?」

天子「……対決?」

響子「お、大声対決ですか?」

シン「ハイ。どっちが大きな声を出せるかで勝負しましょう。平和的でいいでしょう?」

響子「……わかりました!その勝負受けましょうっ!」

 

響子は予想外の勝負内容に一瞬面食らったが、

これ幸いと、自信たっぷりに勝負を受けた。

 

何故なら彼女は山彦の妖怪。

声の大きさでは幻想郷で右に出るものはいない。

 

響子「(フフフ!私が声の大きさで負けるはずありません!

墓穴を掘りましたね、泥棒さん!)」

 

ガラ「……シン君大声に自信あるのかなあ?こんな勝負もちかけるなんて」

天子「なんだかよくわかんないけど、面白そうでいいじゃない」

ピク「ふぅん。大声……ね」

 

ギャラリーの3人の傍で、シンと響子は少し間を開けて向き合った。

 

シン「ではどちらからいきましょう?ボクは先攻後攻どちらでも構いませんよ?」

響子「それでは私から!聞いて驚くがいい!ですよ!」

 

威勢よくそう言うと、響子が息を吸い込む。

……すごい肺活量だ。

息を吸い込んでいるだけなのに、空気が流れているのがわかる。

 

響子「 ヤッッッッッホーーーーーーーーーーーーー!!!! 」

 

ガラ「うあっ……!」

ピク「キャッ……!」

天子「すごっ……!」

 

あまりの声の大きさに、一同揃って耳をふさぐ。

空気が震え、景色までもがブレているようだ。これはすごい。

声の衝撃だけで低級の悪魔なら討伐できるだろう。

 

響子「へへーん!どんなもんです!」

シン「……たしかにすごい大声ですね。正直驚きました」

響子「ありがと……じゃなかった!諦めておとなしく降参しなさい!泥棒さん!」

シン「……いえ、ボクたちもこのまま帰るわけにはいきません」

ガラ「シン君、頑張れー!」

天子「やれやれー!」

シン「では……いきますよ!」

 

そう言うとシンも辺りの空気を吸い込み、それに魔力を乗せて放つ!

 

ーーー『雄叫び』!

 

響子「っっ!!!??」

天子「ッ……!なんて声なの……!」

ガラ「やっぱりすごいね~。シン君の『雄叫び』は」

響子「ぬぐぐ……なんなのこの声……!」

 

シンの『雄叫び』は、ただの大声ではない。

これを聞いたものは威圧され、体が本来のチカラを発揮できなくなる魔力が乗っている。

その性質もあり、声の大きさ以上に意識に衝撃を与えることができる。

 

天子「アンタこんなことするんなら先に言ってよ!なんだかチカラも抜けるし……」

シン「ああ、ゴメンゴメン。ちょっと魔力乗せすぎたかな?」

ピク「シンのスキル、天界での決戦用にチューニングしてあったものね」

シン「うっかりしてたよ。もっと抑えないとなぁ……」

 

真正面でシンの『雄叫び』を受けた響子は尻もちをついていたが、

なんとか立ち上がると、上ずった声で話し始める。

 

響子「た、確かに今のはすごかったですが、声の大きさでは私の勝ちでしたよ!」

シン「さて、どうでしょうかね……」

ガラ「うーん、残念だけど確かに響子さんの方が大きい声だったなあ……」

シン「……(そろそろかな)」

??「何事ですか!?響子!」

 

本堂の方から女性が一人、焦った様子で走ってきた。

グラデーションのかかった髪に、奇抜な服装と、随分特徴的だ。

 

響子「あっ!聖様!」

聖「一体何が起こったのです!?あなたがあんな大声を出すなんて!

それにこの方たちは一体……?」

響子「それがですね、聖様……かくかくしかじかで……」

 

響子は聖と呼ばれた女性に事の顛末を話している。

 

ピク「うまくいったわね」

シン「ああ」

天子「あ―……そういうことね。やるじゃない、アンタ」

ガラ「?」

 

響子とシンの規格外の大声は、幻想郷全体に響き渡るほどの勢いで、

かなりの広範囲に届いていた。

当然命蓮寺にいる残りのメンバーにもその声は聞こえるはずだ。

さらにシンの『雄叫び』には、チカラが抜けるような魔力がこもっている。

 

となれば軽く非常事態。

命蓮寺の偉い人が出てきてくれるだろうとシンは踏んでいた。

 

聖「……なるほど。そういうことでしたか」

響子「はい!聖様!泥棒を追っ払っちゃってください!」

聖「響子ちゃん、早とちりはいけませんよ。

貴女の話を聞く限り、泥棒というわけではなさそうです」

響子「ええっ!?そうなんですか!?」

 

どうやら誤解は解けたようだ。これでようやく話ができる。

 

シン「えー……驚かせてしまってすみません。」

聖「……こちらこそ幽谷が失礼いたしました。私は住職の聖と言います。

改めて命蓮寺を訪れた理由をお聞かせくださいますか?」

シン「ハイ。実は……」

 

人修羅説明中……

 

聖「つまりあなた方は異世界から宝探しのために幻想郷へ来た、と」

ガラ「ハイ!そうです!」

聖「そして命蓮寺には寅丸の持つ宝塔を見るためにやってきた、と」

天子「そうよ」

聖「……」

シン「やっぱり信じてもらえないですかね……?」

 

聖は数秒目を閉じ、何かを考えたのちに口を開いた。

 

聖「正直言って荒唐無稽な話だとは思います。

しかし貴方の珍しい服装や、先ほどの声に乗った魔力の質を考えると、

……信じざるを得ませんね」

 

聖「それよりも何よりも、

何か知りたい、新しい経験をしたい、という気持ちは尊いものです。

無碍にはできません」

 

ガラ「え!?じゃあもしかして……!」

聖「ええ、寅丸に話をつけますので、どうぞ見ていって下さい」

ガラ「やったー!!ありがとうございます!」

シン「……ありがとうございます」

 

いきなり訪ねたうえ、不穏なチカラまで見せた。

それなのにここまで受け入れてくれるとは。

シンはこの女性の懐の深さに感心する。

 

聖「それでは案内いたしますので、私たちについてきてください」

響子「ついてきてくださいっ!」

シン「ええ、よろしくお願いします」

 

人修羅移動中……

 

お堂に着くと、客間に通された。

どうやら聖さんは寅丸さんとやらに頼んで、宝塔を持ってきてくれるらしい。

それまではここで待機しているように、との事だ。

 

響子「さっきはスイマセンでした……」

ピク「いいのよ。気にしないで」

響子「でもせっかくのお客さんを泥棒扱いしちゃうなんて……」

天子「いきなりやって来てお宝みせてじゃ普通は疑うわよ」

響子「どうにも私、一つのことに集中すると他のことが見えなくなっちゃうんです……」

ピク「そのくらい普通の事よ。ホラ、あれ見てみなさい」

 

ガラ「お宝……お宝……ウフフ……」

 

ガラクタ集めマネカタは完全に上の空だ

 

ピク「ね?あそこまでひどくないでしょう?だから大丈夫よ」

響子「ええ、まぁ……」

 

罪悪感を感じている響子をみんなでフォローしていると、

廊下の奥から足音が聞こえてきた。

 

聖「皆さん、お待たせいたしました」

シン「いえ、とんでもないです。そちらの方は……」

聖「ええ、こちらが毘沙門天代理、寅丸星です」

 

これまた特徴的な格好をした女性だ。

寅丸、というだけに、トラ柄のスカートを履いている。

髪もトラ柄のメッシュが入って、徹底している。

地毛だろうか?それとも染めているのだろうか?

シンがそんな失礼なことを考えていると、寅丸が口を開く。

 

寅丸「皆さん初めまして。寅丸です。ようこそ命蓮寺へ」

シン「初めまして、寅丸さん。ボクは間薙シンです」

ピク「アタシはピクシーよ。よろしくね」

天子「私のことは知ってるわよね?」

寅丸「ええ。天人の比那名居天子でしょう?何故この方たちと行動しているのですか?」

天子「私にも色々あるのよ。別にそんなこといいじゃない」

寅丸「?……まあ構いませんが……」

 

ガラ「初めまして寅丸さん!!ボクはガラクタ集めマネカタです!!」

寅丸「おあっ、は、初めまして」

ガラ「早速ですが!右手のそれ!それはもしや……!?」

寅丸「すごい食いつきですね……お察しの通り、こちらが宝塔になります」

ガラ「これが激レアお宝……!!ありがたや~」

寅丸「ちょ、ちょっと!拝まないで!恥ずかしいですから!」

 

ガラクタ君が嬉しさのあまり寅丸さんを拝みだした。

初対面でこれとは、流石ガラクタ君。

ここまで喜んでもらえるなんて、連れてきたかいがあるというものだ。

いきなりの行動に寅丸さんは顔を赤くして、あたふたしている。

 

シン「ハハハ。ガラクタ君は本当に楽しみにしてたもんね」

ガラ「ホントだよ!

やー、でもすごいね!この溢れるお宝オーラ!幻想郷に来てよかった~」

 

楽しみにしていたお宝、その実物を目の前にして

ガラクタ集めマネカタは煌天の悪魔のように感情が高ぶっていた。

 

天子「お宝オーラって何なのよ……」

ピク「彼テンション上がりすぎて、何言ってるかわからないわね」

 

ガラ「ところで寅丸さん!その宝塔ってどんなものなんですか?」

寅丸「……ん?え?」

ガラ「お宝を呼ぶお宝ってことは天子さんから聞いてるんですけど、

実際どんなパワーがあるんですか?」

 

寅丸「あー、うー。

お宝が集まるというのは間違いではありません。

しかし正確には、この宝塔と私の『財宝が集まる程度の能力』が両方あって

、そのような事が起きるのです」

 

寅丸「と言いますか、

どんなものかよくわからないのに、そんなに盛り上がっていたのですか?」

 

ガラ「え?だってすごい大切なんですよね?それ」

寅丸「ええ……まあ。毘沙門天様からの授かりものなので、それはもう大切です」

ガラ「ビシャモンテンさんの持ち物なんて、

やっぱりすごいじゃないですか!そりゃ盛り上がりますよ!」

寅丸「ええ……答えになってないような……(毘沙門天『さん』?)」

 

寅丸さんは納得がいっていないというか、釈然としない様子だ。

それを見てピクシーが一言。

 

ピク「誰かにとって大切なら、それは私達にとっても大事なものってこと」

 

寅丸「はぁ……わかるような、わからないような……」

ガラ「ありがたや~」

寅丸「だから拝まないで!恥ずかしいです!」

 

場がしっちゃかめっちゃかになって話が進まない。

暇そうにしていた天子が、やれやれ、といった感じで声をかける。

 

天子「ハイハイ、漫才はその辺にしときなさい。

それで結局、その宝塔はどんな役に立つのよ」

寅丸「……コホン。この宝塔の能力は大きく2つですね。」

 

ガラクタ集めマネカタに拝まれて顔を赤くしていた寅丸だったが、

気を取り直して説明を始めた。

 

寅丸「ひとつは今の話にも出た、お宝に関してですね。

なんと、この宝塔から出た光線が地面に当たると、当たった部分が宝石に変化するんです」

ガラ「な、なんだってーーー!!!」

寅丸「さらに!もうひとつは、その光線が武器にもなるってことですね!

光線が当たった相手は、法の光で焼かれるのです!」

ガラ「光線!?それってレーザー!?ヒューッ!」

 

シン「なんだろう?このテンション……」

ピク「寅丸さんって案外ノリがいいみたいね……」

天子「なんか疲れるわね……」

 

シン「いや、でも実際すごいな。破魔属性の光線を打ち放題なんて」

ガラ「レーザービームだよ!男のロマンを感じるなぁ……」

 

随分と盛り上がるガラクタ集めマネカタを見ながら、シンは考える。

 

どうやらガラクタ君は満足してくれたようだ。

門前払いを喰らいそうになったときは、どうなることかと心配したが

無事に事が運んで何より。

 

しかしビシャモンテンが法具を授けるなんて、彼女はそれほど優秀な人なのだろうか。

 

シンが思いを巡らせていると、寅丸の横に座っていた聖に呼びかけられた。

 

聖「どうですか?シンさんも満足いただけたでしょうか?」

シン「え?ええ。とても興味深いものを見せていただきました。ありがとうございます」

聖「それは良かった。

……ところでシンさんはデビルサマナーでいらっしゃるとか」

シン「……ええ。そうですよ」

 

自分に話があるようだが、なんの用だろうか?

シンがそう考えている中、聖は話を続ける。

 

聖「そんなシンさんにお尋ねしたいことがありまして……

お聞きしてもよろしいでしょうか?」

シン「訪ねたいこと……?答えられる範囲でなら、お答えしますよ」

聖「ありがとうございます。お聞きしたいことというのは、

人間と妖怪の関係についてなんです」

 

シン「人間と妖怪の関係……ですか?」

 

聖「はい。ここ幻想郷では、人間と妖怪が適度な距離感をもってお互いに接しています。

人間は妖怪を畏れ、妖怪は人間を過度に襲わない。

そうやってお互いに必要以上に干渉しあうことを避け、うまくやってこれています」

 

シン「不思議な世界ですよね」

聖「他の世界から来たシンさんはそう感じますよね。

……この仕組みを聞いて、それ以外に何か感じることはありますか?」

 

どうやら聖さんは、

よその世界の住人である、こちらの考えを聞きたいようだ。

大したことは言えないのに、とは思うが、特に拒む理由もない。

 

シン「……うまく回っているならいいんじゃないか、とは思います。ですが……」

聖「ですが?」

シン「ここ、命蓮寺にお邪魔するまで、ボクたちは人里で1週間ほど暮らしていました。

その中で色々な方と話す機会があったんですが、

家族を妖怪に襲われた人が驚くほど多かった」

聖「……」

シン「半ばあきらめている人、怒っている人、恨んでいる人。

どの人も辛そうにしていました」

聖「……」

シン「あまりよそ者のボクがとやかく言えることじゃないと思います。

それでもやっぱりそういうのを見るのは辛いですし、

何にもしてやれないのはもどかしいですね」

 

聖「シンさんはお優しいんですね」

シン「……そんなんじゃありません。

誰かの人生が台無しになるのを見るのは、もうたくさんってだけです」

 

シンの脳裏に、ボルテクス界で変わってしまった友人たちの顔が浮かぶ。

 

聖「もうたくさん……そうですか。

辛いことを思い出させてしまったのなら申し訳ありません」

 

シン「ああ、すいません!暗い雰囲気にしちゃって!あまり気にしないで下さい。

それで、ボクに聞きたいことってそのことですか?」

 

聖「そうですね……今のシンさんの話と関係あることです。

幻想郷の大半は先ほどの話に出た仕組みでうまく回っております。

しかし、お話しいただいたように、一定数の襲われる人間がいる一方で、

『妖怪だ』というだけで、理不尽に人間から復讐される妖怪もいるのです」

 

シン「憎しみの連鎖ですね」

 

聖「その通りです。憎しみを持った人間たちは、危害を加えた妖怪に復讐しようとします。

しかし大抵の人間では危害を加えるような強い妖怪には敵わない。

そこで『同じ妖怪だ』というだけの理由で、

穏やかに暮らしているチカラの弱い妖怪に暴力をふるうのです」

 

シン「それは……どうしようもないですね」

 

聖「確かに誰かを責めることができない以上、根本的な解決は望めません。

しかし……私はそんな理不尽を受けた妖怪を救いたい。

その思いで命蓮寺では人間だけでなく、妖怪も門下生として受け入れているのです」

 

シン「……」

聖「そこで改めてシンさんにお尋ねします。

今の話を聞いて、シンさんならどうするでしょうか?」

シン「……難しい質問ですね」

聖「申し訳ありません。

悪魔と共に戦うデビルサマナーであるシンさんなら、

何か考えがあるのではと思いまして……」

 

人と妖怪の在り方について。

それは相容れぬ他人とのかかわり方。

シンもボルテクス界で似たような問題と向き合っていた。

啓かれたコトワリ、その世界の在り方。

 

どのコトワリも正しいと思えなかったが、では何が正しいかと問われれば、答えは出ない。

……自分にコトワリが啓けなかったのは、そのせいだろう。

 

少し昔に思いを馳せながら、シンは問いに答える。

 

シン「ボクなら……できるなら、ですが、その妖怪を仲魔にします」

聖「仲間に……

ということは、虐げられる妖怪を放っておくことはなさらないんですね」

シン「いえ。危害を加えた妖怪、暴力を受けた妖怪の2体とも仲魔にします」

聖「え……?」

 

シン「危害を与えた妖怪には、

傷つけた相手への謝罪をさせてから、人のためになる仕事をさせます。

そして、暴力を受けた妖怪は、本人が望むなら一人で戦えるチカラをつけさせます」

 

聖「……」

 

シン「結局はそうでもさせないと、誰も納得することができないでしょうから」

 

聖「……やはり貴方は素晴らしい方ですね。ただ、一つ聞かせてください。

危害を与える妖怪というのは、

人に仇為すことが存在の根幹になっている者が多いのです。

シンさんのやり方では、そういった妖怪の在り方を変えてしまうことになりませんか?」

 

シン「……そうなってしまうことはわかりますが

……それでもボクは悲しんでいる人に前を向いてもらう方を選びます。

その代わりと言っては何ですが、

そういった荒々しいヤツには暴れる場所を提供しますよ。

なんならボクが相手になってもいい。

そうやって納得してもらう落としどころを見つけます。

言葉を話せる以上、お互いの気持ちを伝え合うことはできますから」

 

聖は正直驚いていた。

 

なんと広く深い懐だろうか。

見た目はまだまだ少年と言ってもいいほどなのに、

その強い意志を感じる態度、考えには、底を感じさせない深みがある。

自然と“王”という言葉が脳裏をよぎり、

自分がちっぽけな存在と感じ、情けなくなる。

 

聖「そう……ですか。私には到底そこまでのことはできそうにありません……

私よりもよほどシンさんの方が住職に向いていますね……」

 

シン「?……何を言ってるんですか。聖さん。

ボクのやり方では多くの人間、妖怪を救うことはできません。

ボクが守れるのは、所詮自分の手が届く範囲までです」

 

シン「聖さんは心が傷ついた人たちに、

命蓮寺という場所をいつでも開放しているんですよね?

そういう場所があるってわかっているだけで、救われる人は多いと思いますよ」

 

聖「……ありがとうございます。なんだかいろいろと教えてもらっちゃいましたね」

シン「とんでもないです。命蓮寺が幻想郷に無くてはならないところだってわかったので、こっちとしてもよかったですよ」

 

聖との話が終わりかけたあたりで、ピクシーが痺れを切らして近づいてきた。

 

ピク「ねー、シン。話終わった?」

シン「ああ、うん。聖さん、他に何か気になることはありますか?」

聖「ええ。大丈夫です。貴重なお話をありがとうございました」

シン「とんでもないです」

 

寅丸「お話の最中すみません。シンさん、ちょっといいですか?」

 

話が終わったところを見計らって、

横で話を聞いていたらしい寅丸さんが話しかけてきた。

 

シン「?ボクは大丈夫ですが、一体なんでしょうか?」

 

寅丸「途中から話を聞かせていただいたのですが、

シンさんは大変すばらしい方とお見受けしました。

そこで提案なのですが、命蓮寺に入門してみませんか?」

 

シン「……え?入門?」

 

寅丸「はい!シンさんの人妖共に気遣う姿勢は、命蓮寺の思想と相性ばっちりです!

他の門下生への手本ともなりますので、是非入門してほしいんですよ!」

響子「あ、それいいですね。一緒に暮らしましょう!聖様もそう思いますよね?」

聖「ええ、もちろんです。

シンさんと一緒に修行できれば新しい境地にたどり着けそうな気がしますわ」

 

シン「あー、ええと……」

 

いきなりの申し出に面食らってしまったシンは、こっそりとピクシーに話しかける。

 

シン「ねぇ、ピクシー、ここってビシャモンテンを祀ってるお寺なんだよね?

マズくない?(ボソボソ)」

ピク「そう言ってたわね。

別にいいんじゃないの?変に気を遣わなくても好きにすれば(ヒソヒソ)」

シン「いや、でもなあ……

仲魔の門下生になるとか、ビシャモンテンへの接し方わかんなくなっちゃいそうでさあ……(ボソボソ)」

ピク「シンの悩むポイントは本当に謎よねぇ。

重要なことはさらっと決めちゃうくせに(ヒソヒソ)」

 

聖「どうでしょう?一緒に修行してみませんか?」

シン「ええと、その、申し出は嬉しいんですが、お断りさせていただこうかな、と……」

聖「……そうですか……残念ですが仕方ありませんね。

シンさんと一緒になら、

今よりも多くの悩める人妖に道を示してあげられそうでしたのに……」

 

シン「とんでもないですよ。

聖さんのような美しくて包容力がある住職さんがいるんなら、

ボクがいてもいなくても変わりませんよ」

 

ピク・天子「ちょ」

 

聖「……いやですわ、シンさん。私はそんなに立派な女じゃありませんよ」

シン「そんなことありません。

聖さんと一緒にいられる人は幸せ者です。こんなに素晴らしい方はそうそういませんよ」

聖「……え?あの、ええと……」

 

聖が動揺していることなど気にせず、シンは思ったことをどんどん口に出していた。

それを見かねたピクシーが話に割り込む。

 

ピク「シン」

シン「ん?どうしたのピク……」

ピク「外行くわよ」

シン「え?一体どうし……」

ピク「外行くわよ」

シン「……ハイ」

 

非常に冷たい目をしたピクシーは、シンを引っ張って外に出て行ってしまった。

 

天子「ねえ、アイツっていつもああなの?」

ガラ「これは素晴らしい……!このディティール!芸術だ……!(宝塔をいじりながら)」

天子「……アンタに聞いた私がバカだったわ」

 

ーーーーーー説教ーーーーーーー

 

ピク「アンタねぇ!いつになったらその癖なおるの!?」

シン「ちょ、ピクシー、何で怒って……」

ピク「『マハジオダイン』!!」

シン「痛い!ピクシーやめて!痺れる!」

ピク「女をすぐに口説くのをやめなさいって言ってるの!」

シン「何言ってんの!?そんなことした覚えは……」

ピク「『マハジオダイン』!」

シン「あいたっ!いたたた!やめて!」

ピク「その性格と実力と顔面で、あんなセリフ言われたら、

大体の女は落ちるに決まってるでしょうが!」

シン「ボクが惚れられるとかないって!正直に思ったことを言っただけで……」

ピク「『メギドラオン』!!」

シン「ギャー!死ぬ!今ボク封印されてるから!その攻撃死んじゃうやつだから!」

ピク「歯を食いしばりなさい……」

シン「まだやるの!?やめてって!!ギャー!!」

 

ーーーーーーー説教は続いている……ーーーーーーーー

 

寅丸「聖、残念でしたね……彼が入門してくれたら頼もしい同士が増えたというのに」

聖「……」

寅丸「聖?」

聖「え?ええ……そう、ですね。……とても残念、です」

寅丸「もしかして聖……」

聖「……どうかしましたか?」

寅丸「フフフ、何でもありませんよ♪シンさんとっても魅力的ですからね♪」

聖「!?な、何を言っているのですか!?星!!」

寅丸「聖は長生きしてるのに、こういったことには免疫がないんですよねぇ。

そこがまた良い所なんですけども」

響子「聖様かわいいです!」

聖「響子まで……全く、からかわないで下さいよ……」

 

顔を赤くして慌てる聖を、寅丸と響子がからかっている。

ほほえましい光景だが、それを見て天子はため息をついていた。

 

天子「あちゃー……アイツ自覚なしでこんなことしてんのね……恐れ入るわ」

天子「話がややこしくなる前にお暇しようかしらね。ほら、行くわよ!」

ガラ「見れば見るほど素晴らしい……!あ、ちょっと天子さん、やめて!引っ張らないで!」

天子「それじゃお邪魔したわね」

ガラ「あ、寅丸さん!宝塔みせてくれてありがとうございましたー!」

 

天子にズルズルと引っ張られながら笑顔でお礼を言うガラクタ集めマネカタ、

という面白い絵面が出来上がった。

 

寅丸「ちょっと!大丈夫ですか!?」

ガラ「大丈夫ですよー。今日はありがとうございましたー」

響子「今日はありがとうございましたー」

聖「またいらしてくださいねー!いつでも歓迎しますから」

ガラ「はーい。響子ちゃんも聖さんもありがとうございましたー」

 

・・・・・・

 

天子「お仕置きは終わった?」

ピク「ええ。何度言っても直らないんだから、こうするしかないわ」

ガラ「わー!!シン君どうしたの!?真っ黒だよ!?」

シン「ボクにも……よくわからない……」

天子「あ~あ……こんなになって……ま、自業自得よね」

シン「ボクが何をしたっていうんだ……ピクシーの鬼……」

ピク「ん?今なんて言ったの?シン。もう一度言ってごらんなさい」

 

絶対零度のように冷たい目と言葉で反応したピクシーに、シンは反論を諦める。

 

シン「……なんでもないです」

天子「もうその辺にしときなさいよ。挨拶も済ませてきたし、帰るわよ」

ピク「アンタまた勝手に……ま、今回はいいわ。帰りましょ」

ガラ「やー、今日はいいもの見れたなー!満足満足!」

シン「良かったね……ガラクタ君……」

 

……

 

寅丸「……行ってしまいましたね」

聖「ええ……また会いたいものです」

響子「とってもいい人たちでしたね!また会いたいな~」

 

命蓮寺の3人が余韻に浸っていると、どこからか気配もなく来客が現れた。

 

??「お邪魔しますよ」

響子「!?今度は誰です!?」

藍「急な訪問で申し訳ない。私は八雲紫の式、八雲藍(やくもらん)。

知っているとは思いますが」

寅丸「もちろんです。……今日は何をしにこちらへ?」

藍「本日お邪魔したのは『結界』についての話をしたいからです。

いいですか?聖さん」

 

聖「結界……わかりました。話を聞きましょう」

響子「……結界?」

聖「すいませんが、星と響子ちゃんは席を外してくれないでしょうか?」

寅丸「……?わかりました。行きますよ、響子」

響子「はい!」

 

つづく




略称一覧

シン…間薙シン(人修羅)
ピク…ピクシー
ガラ…ガラクタ集めマネカタ

天子…比那名居天子(ひなないてんし)。幻想郷の天界に住んでいる、自由奔放な天人。
たびたび人里に現れては、暇つぶしをしている。根はいい子。

聖…聖白蓮(ひじりびゃくれん)。命蓮寺の女住職。生まれは千年以上前だが、長いこと封印されていて、目覚めたのは最近。妖怪と人間の懸け橋として日々精進するやさしい女性。色々あって魔導をたしなんでいるため、見た目に反してかなりの戦闘力。

寅丸…寅丸星(とらまるしょう)。トラの妖怪だが、見た目はお姉さん。命蓮寺の毘沙門天代理。生きるご本尊。槍術と宝塔のレーザーで戦闘力は高い。しっかりしているようでうっかりしているところもあり、その人柄は多くの人に愛されている。

響子…幽谷響子(かそだに きょうこ)。命蓮寺門下生のひとり。山彦の妖怪であり、一度聞いた声ならほぼ完全再現できる。見た目は子供、頭脳も子供。いい子ではあるがおっちょこちょいなところも。参道の掃除が日課。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 幻想郷 未曽有の危機

あらすじ

シン一行は天子の勧めで、命蓮寺にあるという宝塔を見せてもらいに行く。
泥棒と勘違いされ、ひと悶着あったが、無事宝塔を見せてもらうことに成功。
命蓮寺の面々と交友を深めることができた。


シン一行が命蓮寺を訪れたのとほぼ同時刻。

幻想郷の結界を守る博麗神社では、才気あふれる当代の巫女、

博麗霊夢(はくれいれいむ)が瞑想をしていた。

 

そこへホウキに乗った、魔法使いの少女が遊びにやってくる。

 

霊夢「……」

??「おーい!霊夢―!いるかー!?」

霊夢「……」

??「おーい……なんだよ、いるんじゃないか。いるなら返事しろよな」

霊夢「……うるさいわねぇ、魔理沙。何しに来たのよ」

魔理沙「霊夢も聞いただろ?さっきの大声」

霊夢「……」

魔理沙「一緒に何が起こったか突き止めに行こうぜ!

山彦があんなに大きな声を出すなんて何かあったに決まってるぜ!

そのあとに聞こえた気味の悪い声の正体も気になるしな!」

 

魔理沙と呼ばれる金髪の少女は、気持ちのいい笑顔で霊夢に話しかける。

どうやら遊びの誘いに来たようだ。

 

霊夢「……」

魔理沙「何もなきゃ暇つぶしになるし、異変だったらパパッと解決すりゃいいしな!

一緒に行こうぜ!?」

霊夢「……勘だけどね、魔理沙。今回はパパッと解決、なんていかないわよ」

 

魔理沙は霊夢の態度に面食らう。

いつもだったら愚痴を言いつつも、一緒についてきてくれるのだ。

しかし今回の霊夢の態度は、それとは違う。

 

魔理沙「な、なに怖い顔してるんだよ。そんなこと言うなんて、霊夢らしくないぜ?」

霊夢「友人の忠告として聞いときなさい。今回は首突っ込むのは止した方がいいわ」

魔理沙「……そんなにまずい事態だっていうなら、

なおさら私達で何とかしなきゃいけないだろ!一体どうしたっていうんだ!?」

霊夢「……」

 

普段は冗談交じりで会話する二人だが、

今回はどうもいつも通り、とはいかないようだ。

ちぐはぐとした雰囲気の中、新たな訪問者が現れた。

 

??「失礼。霊夢、いるか?」

魔理沙「なんだ?紫の式の藍じゃないか?一体何しに来たんだ?」

 

藍「ム……魔理沙も来ていたか。そちらこそ何をしに来たんだ?」

魔理沙「さっきすごい声が聞こえただろ?

何が起こったか一緒に確かめに行こうって霊夢を誘いに来たんだ」

藍「……それで、霊夢は一緒に行くと言ったのか?」

魔理沙「それが乗り気じゃないみたいなんだ。

その上私に首を突っ込むな、なんていうんだぜ?調子狂うだろ?」

 

藍「……フム、霊夢。キミは何が起こっているのか知っているのか?」

霊夢「そんなの知らないわよ。……でもアンタが来たことで、大体察しがついたわ」

藍「恐らくお察しの通りだよ……かなり危険な状態だ」

霊夢「……ぞっとしないわね」

 

二人の意味深な会話に魔理沙は不吉なものを感じる。

どうも場の空気も重いし、こういう雰囲気は苦手だ。

もっとはっきりスッキリとした会話の方が性に合っている。

 

魔理沙「オイオイオイ!何2人で納得してるんだ!?

私にも何が起こってるのか教えてくれよ!」

藍「そうだな……戦力は多いほうがいい。霊夢、話してしまってもいいか?」

霊夢「正直嫌よ。魔理沙を巻き込むのは」

藍「しかしだな……」

霊夢「……わかってるわよ。どうせ近々嫌でも知ることになるっていうんでしょ?

……好きにしなさいよ」

 

藍「すまないな。……それでは魔理沙、心して聞くといい」

魔理沙「な、なんだよ。改まって」

藍「結論から言うとだな……恐らくではあるが、近々幻想郷は壊滅する」

魔理沙「!?」

藍「良くて被害甚大。悪ければ……全滅も十分にある」

 

あまりにもいきなりな話に、霧雨魔理沙は面食らってしまった。

幻想郷が崩壊?全滅?何を言っているんだ?

冗談にしては趣味が悪すぎる。

 

魔理沙「な、何を言ってるんだ!?

そんな急に幻想郷が全滅なんてありえないだろ!」

藍「急に、ではないんだよ。魔理沙。

これは一部の者しか知らされていないが、

幻想郷ができた当初から抱えていた問題なんだ」

魔理沙「一体全体、何がどうして、そんなことになるっていうんだ!?

ちゃんと説明してくれ!」

藍「もちろんだ。話は龍神様と紫様が、幻想郷を作り上げた時代までさかのぼる……」

 

・・・・・・

 

今から何百年も昔のこと。

まだ日本に妖怪がいて当たり前だった時代……

今でいう長野県、諏訪の地では、二人の妖怪が一計を案じていた。

 

紫「この場所をお貸しいただいてありがとうございます。甲賀三郎様」

甲賀「なに、構わんよ。大したことではない」

紫「寛大なお言葉、ありがたくお受けいたします」

甲賀「して、お前がこの地に創ろうといている……幻想郷と言ったか。

もう一度どのような場所にするつもりか聞かせてくれんか?」

 

紫「この戦国の世では人と人とが争うことが増え、

妖怪を畏れることが忘れられてきています。

妖怪よりも人間の方がよっぽど恐ろしいという理由で……」

 

紫「このままでは妖怪たちはチカラを失い、徐々に消え去っていくことでしょう」

 

紫は下唇を噛みしめ、滅びゆく自らの同朋のことを想う。

ただひたすらに悔しい、という思いが甲賀三郎にも伝わってくる。

 

甲賀「時代の流れというものには抗えないのかもしれぬな……」

紫「それでも……私自身は妖怪であり、

同朋が消え去っていくのを見るのは耐えがたいことです」

甲賀「フム……」

紫「そこで私は考えました。

それならば、妖怪がいることが当たり前の空間を創ればいいのでは、と」

 

甲賀「それが幻想郷という場所なのだな」

 

紫「ハイ。具体的には、私がこの地を『幻と実体の境界』で覆います。

そうすれば、幻と認識されるようになった、

忘れられゆく妖怪たちがこの地に集まってくるという仕組みです」

 

普通に生きていれば、全く思いつかないような方法だ。

空間を操ることができる八雲紫という妖怪だからこその発想だろうか。

……いや、そういう事ではないな。これは慈愛のなせる業だろう。

 

甲賀三郎は認める。この優しい妖怪は、尊敬できる者だ、と。

 

だが実際にその計画を実行するとなると……

 

甲賀「何度聞いても途方もない話だ……しかしお主にそこまでやれるチカラは……」

紫「私自身のチカラだけでは、とてもではないですが、そこまでの結界は張れません」

甲賀「……だろうな」

 

紫「だからこそ、この地を選んだのです。

この膨大な魔力に溢れ、いまだ人間と妖怪が昔からの関係を続けているこの地を。

これだけ魔力に満ちた土地でなら、私のチカラだけでも、大きな結界を張ることができる」

 

甲賀「しかしな紫よ。何度も言うが、あまりに危険だぞ」

紫「……」

甲賀「ここ諏訪の地に膨大な魔力があふれている理由はな……

古の神々が封じられているからだ」

紫「……ええ。承知しています」

 

遥か昔、時の朝廷に反旗を翻した勢力が日本中にいた。

しかしそのことごとくは打ち滅ぼされ、消滅、あるいは封印されてしまった。

その封印が最も強く施された地が、ここ諏訪の地なのだ。

 

普通の妖怪からしたら、とんでもないチカラを持っていた古の神々。

その強大なチカラは封印されたにもかかわらず、

この地に大量の魔力となって溢れ出している。

 

甲賀「我がこの地を治めているのも、彼らの封印を維持するため。

そこに幻想郷など創れば、更なる魔力が集まってしまう。

昔と違い今の世では、魔力など信じられていないからな」

 

紫「……」

 

甲賀「わかるだろう?わざわざ神々が封印されている理由。

それは彼らが天津神の軍勢、時の朝廷の権力に屈しなかった、

『伏ろわぬ神々(まつろわぬかみがみ)』であったからだ」

 

紫「つまり、これ以上魔力が集まれば、

その『伏ろわぬ神々』の封印が解けてしまう恐れがある、と」

 

甲賀「その通り。

そうなれば彼らは封印された恨み、無理矢理に調伏された怒りを持って、

この国を滅ぼしにかかるのは必然。

……そして当然、最初に犠牲になるのは、この地。将来の幻想郷だ」

 

紫「……」

 

甲賀「そのような目に見える危険があるというのに、

それでもお前は幻想郷を創るというのか?」

 

紫「それでも……私は消えゆく妖怪を見捨てることができません。

今彼らは苦しんでいるのです。それに……」

 

甲賀「それに?」

 

紫「……それだけ危険だとわかっているのに、

甲賀三郎様は、なぜ協力してくださるのですか?」

 

甲賀「……」

 

紫「土地を貸していただけるだけでなく、危険を冒してまで、

幻想郷を創るのに協力してくださるのはどうしてなのですか?」

 

今の紫からの質問で、甲賀三郎の記憶が呼び起こされる。

 

……最も大切な者を失ってしまう辛さ。

なんとしても、どんな手を使っても、一緒にいたいと感じる思いの強さ。

とても言葉で言い表せるものではない。

 

この八雲紫にも、同様の感情があることは、よく理解できる。

だからこそ放っては置けない。

 

甲賀「……我にも大切な者が消えゆく辛さはわかるからだ」

紫「……そうでしたか」

 

甲賀「……その話はよい。

ともかく紫よ、これより結界づくりの準備に入るぞ」

紫「ハイ。よろしくお願いします。

……それではまず各方角に要石を打ち込みましょう」

甲賀「任せろ。荒行は我の得意分野だ」

 

そうして諏訪の地には結界が張られ、今の幻想郷へとつながる空間が生まれたのだった……

 

・・・・・・

 

魔理沙「……」

藍「これが幻想郷が創られた理由と、この地が選ばれた理由だ」

魔理沙「……なんか話が大きくて、腑に落ちないぜ」

藍「ま、そうなるだろうな」

 

魔理沙「つまりあれか?

その『伏ろわぬ神々』とかなんとかいうのが復活するってことか?」

藍「察しがいいな。その通り」

魔理沙「でも幻想郷ができてから今まで随分と時間があっただろう?

何とかできなかったのか?」

 

藍「当然紫様も龍神様も対策はとってきたさ。その一つが博麗大結界だ」

魔理沙「博麗大結界?それって外の世界と幻想郷を分けるためのものだろ?

今の話と何の関係があるんだ?」

霊夢「魔理沙が言ってるのは『表』の博麗大結界よ」

魔理沙「へ?『表』?」

 

霊夢「博麗大結界ってのは非常識と常識の結界よ。

外の世界での非常識が、幻想郷そのものになるっていう結界」

魔理沙「幻想郷の住人なら、それは誰でも知ってるぜ」

 

霊夢「実はそれは『表』の博麗大結界なのよ。

数人にしか知られてないけど、実は『裏』の博麗大結界があるの」

 

魔理沙「……嘘だろ、そんなの初めて聞いたぜ」

霊夢「数人しか知らないって言ったでしょう?」

魔理沙「とんでもない話ばかりで全然呑み込めないぜ……

それで、『裏』の博麗大結界はもしかして……」

霊夢「そ。『伏ろわぬ神々』を多重封印するための結界よ」

魔理沙「な、なるほど」

 

怒涛の新情報に魔理沙の頭はパンク寸前だ。

しかし事態はことのほか重大だ。ギブアップするわけにはいかない。

 

霊夢「アンタも知ってる『表』の博麗大結界で、

外の世界の非常識は幻想郷での常識に変わるわよね?」

魔理沙「ああ、それはわかる」

 

霊夢「『裏』の博麗大結界はそれをまた反転する……

つまり、幻想郷での常識を結界内での非常識に変えるの」

 

魔理沙「ええと……つまり、どういうことなんだ?」

霊夢「封じられている『伏ろわぬ神々』に対しては、

外の世界の常識が適用されるってことよ」

 

藍「魔法なんかあり得ない、神の御業なんて科学で説明できる、

呪いも祟りもただの偶然だ……

そういった外の世界の常識が、封印された結界内で働く。

そんな状態では神々はろくにチカラが発揮できない」

 

魔理沙「そういうことか……でもそんな結界があるなら、問題ないんじゃないか?」

藍「そう……確かにこの結界は強力だ。実際に何百年も『伏ろわぬ神々』を封印してこれた」

霊夢「でも……ここ2,30年で『伏ろわぬ神々』のチカラが増大してきたのよ

。結界を破るほどに」

魔理沙「ええ!?なんでまた急に!?」

 

霊夢「急に、というわけじゃないわ。

どうやら結界で封印されている間も、ずっと魔力を蓄え続けていたみたいなの」

藍「そしてその魔力が、結界を破るほどにたまってきた。

それでゆっくりと活動を始めたようだ」

 

やっとのことで魔理沙にも事態がつかめてきた。

まとめると、この幻想郷には元々大変強力な神様が封印されていた。

で、秘密裏に封印し続けてきたのだが、ついにその封印が解けそう、と。

 

魔理沙「つまり、今そいつらは結界をこじ開けようとしてるってことか……」

霊夢「そういうこと。

それを危惧して先代が一度結界を張りなおしたようなんだけど、

焼け石に水程度だったみたい」

藍「先代も優秀な巫女だったんだが……

千年以上蓄え続けられた膨大な魔力だ。

流石にそれを押さえつけることはできなかった……」

 

魔理沙「じゃ、じゃあ藍が言ってた幻想郷が崩壊するって……」

藍「そうだ。つい先ほど封印に亀裂が入った。もはや一刻の猶予もない」

魔理沙「ウソだろ……」

藍「ウソだったらどんなに良かったか……

幻想郷ができた当時でさえ、龍神様が手いっぱいだった程だ。

そこからさらに何百年も魔力をため込んだことを考えると、

最早龍神様と紫様のお二人でも抑えきれまい」

 

紫の名前が出たことに、霊夢が反応する。

 

霊夢「……そう、紫よ!あいつこんな非常事態なのに顔も見せないわけ?」

藍「……紫様は現在、床に臥せっておいでだ」

魔理沙「……へ?なんで?風邪でもひいてるのか?」

霊夢「そんなわけないでしょう。

……もしかして、紫が倒れている理由と結界に亀裂が入った理由って、

さっきの声が関係してる?」

藍「……その声については調査不足もあって何とも言えん。

ただ紫様が臥せっておられる理由は明かすわけにはいかない」

霊夢「……ふぅん」

 

霊夢の様子を見て、魔理沙は考える。

霊夢の勘はよく当たる。最早天啓と言っていいレベルで当たる。

その霊夢が何か気づいているということは、先ほどの声は今回の件に関係ありそうだ。

……先ほどの霊夢の『関わるな』という言葉はそのことを踏まえてなんだろうか?

 

それはそうと、八雲紫が動けないなんて珍しい。

普段はのらくらと不真面目を絵に描いたような奴だが、

いつもこういう時に真っ先に動くのがあいつだ。

 

魔理沙「オイオイ、こんな緊急事態なのに紫が動けないなんてどうするんだ!?」

藍「それについては紫様から方針を受けている。

まずは各勢力のトップで情報共有をするように、との事だ」

霊夢「トップていうと、誰を呼ぶつもり?」

 

藍「紅魔館当主のレミリア・スカーレット様。

地霊殿の主、古明地さとり(こめいじさとり)様。

永遠亭から八意永琳(やごころえいりん)様。

白玉楼の西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)様。

命蓮寺の住職、聖白蓮(ひじりびゃくれん)様。

神霊廟から豊聡耳神子(とよさとみみのみこ)様。

地獄の裁判官、四季映姫(しきえいき)様。

妖怪の山からはテングの頭目、天魔(てんま)様と

守屋神社の八坂神奈子(やさかかなこ)様をお呼びするつもりだ。

龍神様の使いとして永江衣玖(ながえいく)殿がいらっしゃる事も決まっている。

当然霊夢、キミにも来てもらいたい」

 

霊夢「幻想郷オールスターってところね」

藍「これでも戦力としては怪しいくらいなのだ……

それでもできる限りのことをするしかない」

魔理沙「……なあ。その集まり、私も行っていいか?」

藍「……先ほども言ったが、戦力は多いほうがいい。

だからこちらとしては助かる。が、いいのか?」

魔理沙「なにが『いいのか?』なんだ?」

 

藍「今回はいつものスペルカードルールが通用しない相手だ。

本当に殺される危険がついて回るぞ。生半可な心構えでは足手まといになりかねん」

魔理沙「へん!あまり舐めないでほしいぜ!

スペカルール無しでもできるってところ見せてやるぜ!」

 

ドンと胸を叩いて自信満々にしている親友の姿を見て、

霊夢はやれやれと思いながらも話しかける。

 

霊夢「……ハァ。やっぱりこうなったわね。いいわ、魔理沙。

一緒に頑張りましょう」

魔理沙「そうこなくっちゃ!」

藍「……わかった。それでは二人ともついてきてくれ。

会場のマヨヒガまで連れていく」

 

魔理沙「マヨヒガ……初めていく場所だな!楽しみだぜ!」

霊夢「アンタはお気楽でいいわよねぇ……」

藍「キミたち二人が最初の招待となる。

マヨヒガに着いたら、他の面子を呼んでくるまで客間で待っていてくれ。

なに、あまり時間はかけないさ」

魔理沙「ふーん。それじゃマヨヒガ探索でもしてるぜ!」

藍「客間で待っていてくれと言っただろう……何か物を盗られでもしたら敵わん……」

魔理沙「そんなことしないぜ!いいものがあったら少し借りてくだけだ!」

藍「また訳の分からないことを……」

 

藍「とにかく、これから始める会合は幻想郷の命運がかかったものだ。心してかかるように」

霊夢「……わかってるわよ」

霊夢「(ものすごい緊急事態なのに、どういうわけか危機感が湧かないのよねぇ……

魔理沙の調子がいつも通りだからなのかしら……)」

 

霊夢「……意外とどうにかなっちゃうかもね」

魔理沙「ん?霊夢。何か言ったか?」

霊夢「何でもないわ。行きましょ」

 

つづく




略称一覧

霊夢…博麗霊夢(はくれいれいむ)。幻想郷を覆う、博麗大結界の管理をしている。通称・博麗の巫女。幻想郷で起こる数々の異変を解決してきた実績があり、各勢力からの信頼は篤い。年齢からは想像できないほど、物事を達観した目で見ている。

魔理沙…霧雨魔理沙(きりさめまりさ)。魔法の森の辺りで暮らしている魔法使い。霊夢とは昔からの知り合いで、仲が良い。明るく前向きな性格。彼女も霊夢と共に異変解決をしてきた経歴を持つ。ただし罪悪感なしに泥棒をしていくので、一部からはお尋ね者扱いされている。

藍…八雲藍(やくもらん)。八雲紫の式にして、幻想郷でも指折りの実力を持つ九尾の狐。頭の回転、計算力にかけては右に出るものはいない。が、予想外の事態に弱いのが玉に瑕。紫が動けない現在、代役として動き回っている。

紫…八雲紫(やくもゆかり)。妖怪の賢者。今回は回想での登場。普段は本心をほとんど表に出さずに好き勝手やっているため、自由奔放、傍若無人といった印象を持たれている。本当は思いやりの深い妖怪なのだが。実力は幻想郷メンバーの中でも頭一つ二つ抜けている。

甲賀…龍神・甲賀三郎(コウガサブロウ)。諏訪地方を守護している。元々この地方出身の人間であったが、色々あって今は龍神として生きている。詳しくは民話を読んでね。このストーリーでは国家機関ヤタガラスの一員という設定。幻想郷の創始者のひとりにして、管理人のひとりでもある。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 人修羅一行 戦闘する

あらすじ

シンがのんびり命蓮寺で過ごしている裏で、
幻想郷の大いなる危機に対して、会合が始まろうとしていた。
幻想郷がどんな思いで創られたのか。どんな脅威が迫っているのか。
それぞれ理解した霧雨魔理沙と、友人の博麗霊夢は、
八雲藍に導かれ、会合に臨むのだった。


『伏ろわぬ神々』の復活に緊張感が走る幻想郷。

そんな切迫した事態と裏腹に、シン一行はのんびりと人里へ向かっていた。

 

天子「いやー、なんだかんだ、アンタ達といると退屈しなくていいわね~」

ガラ「それってお宝が見れるから?天子さんもお宝が好きなの?」

天子「アンタ達の言うお宝には興味ないわ。むしろアンタたち自体が面白いのよ」

シン「そんなに面白いものじゃないと思うけど……」

天子「自覚がないってのも面白い所なのよね。

お宝に夢中になると周りが見えなくなったり、何も意識せずに女を口説いてみたり」

ピク「全く、全然、これっぽっちも、面白くないわ」

 

相変わらずピクシーは機嫌が悪い。

 

シン「ピクシー……怖いからこっち見ないで……」

天子「ま、私は随分と楽しませてもらってるってことよ」

 

そんなことは意に介さず天子は話を続ける。

 

シン「特別なことしてるわけじゃないし、ボクたちは別に構わないけどね」

ピク「ていうか、アンタ毎日来てるわよね。そんなに暇なの?」

天子「そんなに暇なのよ。

まったく、天界は毎日毎日同じことの繰り返しで……

あんなの生きてるって言わないわね」

 

やはりこの世界の天界はシンの知る天界とは違うようだ。

同じことの繰り返しで生きてるって言わない、

というところだけは共通だが。

 

シン「平和なところなんだね。いいことじゃないか」

天子「平和を通り越して苦痛なのよ。

今日と同じ明日が延々と続くのよ?拷問みたいなものよ」

シン「まあ、普通の感覚だったらそうなるよねぇ……」

 

天子「ま、天界のいいところと言えば、桃がおいしいくらいね」

ガラ「へぇ。天界の人たちは桃を育ててるの?農家さん?」

天子「違うわよ。

その辺に勝手に桃の木が生えてるから、気が向いたら食べるだけよ」

ピク「そんなテキトーな感じの桃が本当においしいわけ?」

天子「美味しいわ。食べてみる?ハイ」

 

そういって天子は帽子にくっついていた桃を手渡す。

 

ピク「アンタの頭のソレ、本物だったのね……」

ガラ「わーい!いただきます!……おおっ!?うまいっ!」

シン「ホントだ。これは美味しいね」

ピク「あら、本当に美味しいわ。

ティターニア姐さんに持って行ってあげようかしら?」

天子「でしょ?天界に住んでていいことって

これが食べられるくらいかしらね」

 

シン「へえ。でも天界に少し興味あるな。今度みんなでいってみようか?」

ガラ「いいね~!お宝も何か見つかるかも!」

天子「来るのは構わないけど、本当に何にもないから覚悟しときなさいよね」

シン「ハハハ、楽しみにしてるよ……!?」

天子「ん?どうしたのよ」

 

いきなりシンの足が止まった。

表情も心なしか固くなる。

 

シン「……」

天子「な、何よ?だんまり決め込んじゃって」

シン「……ああ、ゴメンゴメン。

そういえば今日他に用事があったの思い出してさ。

悪いけど、この辺で解散でもいい?」

 

今のシンの言葉には、逆らえない威圧感のようなものを感じる。

態度はいつもと変わらなく思えるのに、なんだというのだろう……

 

天子はシンの変化に戸惑う。

 

天子「なんなのよ急に……何の用事なのよ」

シン「ホントにごめんよ。天子は今日のところは天界まで帰ってくれ」

天子「な、何よ。……なんだかしらないけど、わかったわよ。

それじゃまた明日ね」

シン「ああ。それじゃまた明日」

ガラ「ばいばーい」

 

天子は納得いかない様子で、空を飛び去っていった。

 

シン「さて……」

ガラ「シン君、今日何かほかに用事があったんだね。何の用事なの?」

ピク「どうも、ついさっきできた用事みたいよ?でしょ?シン」

シン「ああ」

 

シンは一言そういうと、街道を外れて森の中へ入っていく。

 

ガラ「あ、待ってよ~」

 

人修羅移動中……

 

シン「どうやらここからみたいだな」

ガラ「わ~。こんなところに洞窟があったなんて!シン君知ってたんだ」

シン「知ってたわけじゃないさ」

ガラ「?なら何で迷わずにここに来れたの?」

 

ピク「さっき街道を歩いてた時にね、ほんの一瞬だけど、すごい殺気がしたのよ」

ガラ「ええっ!?」

シン「どうやらボクだけに絞って放った殺気だったみたいだ。

だからガラクタ君も比那名居さんも気づかなかったんだろうな」

ピク「アタシは気づいたわよ~」

シン「ピクシーは踏んでる場数が違うからね……と、お出ましみたいだ」

 

会話をしながら洞窟の奥へ進んでいると、人面の大蛇が姿を現した。

髪を両耳の傍で結っており、古墳時代、奈良時代の日本人を彷彿とさせる。

 

唯の妖怪というにはあまりにも巨大なその体、

そして漂う魔力から分かる圧倒的なチカラ。

 

シンを呼んだのがこの悪魔だというのは間違いないだろう。

 

??「来たか……異分子よ……」

シン「なんだキサマは。初めて見る顔だな」

??「先ほどの『雄叫び』……貴様の仕業だな……?」

シン「?……そうだが、それがどうした?」

??「あれほどの魔力を軽々と放つとは、やはり捨ておけん……」

??「貴様等は我らの邪魔になる……悪いが排除させてもらおう……」

 

シン「……まともに話をする気はないようだな。それなら詳しい仲魔に聞くだけだ」

シン「----召喚『タケミカヅチ』」

 

シンが悪魔の名を呼ぶと、稲光と共に鬼神が現れた。

 

出雲の国譲りで活躍した天津神、タケミカヅチ。

彼をシンが召喚した理由は二つ。

 

一つには、

彼も敵と同じような髪形をしているので、何か知っているだろうと考えたから。

 

そしてもう一つは、

戦闘における彼のチカラが、信用できるものだからだ。

 

なにせ天津神の中でも1,2を争う武闘派悪魔である。

 

タケ「おーす!シン、久しぶりだな!」

シン「久しぶり。タケミカヅチ。

来てもらって早々悪いが、アイツが何者か教えてくれないか?

同じ日本神話の神のようだし、知っていないか?」

 

タケ「どれどれ……うおっ!!オオナムチ!!なぜコイツが!?」

シン「オオナムチ……初めて聞く名だ」

 

タケミカヅチがこんなに驚くとは。

やはりあの悪魔、ただものではないらしい。

 

タケ「シン、お前オオクニヌシ仲魔にしてるだろ?

コイツはオオクニヌシの荒魂(アラミタマ)の化身だ!」

 

ガラ「オオクニヌシさんが御霊合体すると蛇になるってこと?」

タケ「違う!ボケてる場合じゃねぇ!」

 

タケ「オオクニヌシは国津神の最高神だが、

てっぺんとるまでに、血で血を洗う争いを勝ち残ってきたんだ!」

 

タケ「シンの仲魔のオオクニヌシは理性的で厳格な一面を体現しているが、

このオオナムチは荒々しく、目的のためなら手段を選ばん獰猛な一面を体現している!」

 

ガラ「つまり……!どういうこと?」

タケ「オオクニヌシの、一番尖ってて最強な時期の姿ってことだ!」

 

……そういうことか。

魔力がやけに禍々しいと思ったが、そういう悪魔なら納得だ。

シンは気を引き締める。

 

シン「……成程ね」

 

オオ「貴様……!まさか建御雷!!貴様だけは許さぬ……!!」

タケ「あー、やっぱりそうなるよな……!

俺ほどアイツに詳しい悪魔はいねぇ!俺を呼んだのは正解だ」

 

シン「それはツいていたな」

タケ「しかしお前……なんか知らんがチカラを封印されてるな!?

ちょっとマズいぞ!」

シン「?」

 

タケ「こいつはお前の知ってるオオクニヌシの数倍つええ!

恐らく今の封印されたお前よりも強いぞ!」

シン「構わない。格上との戦闘なら何度も行ってきた」

タケ「だったらわかるな!気ィ抜くなよ!」

シン「当然。無駄死には御免だ」

 

そう言うとシンはマガタマ「カイラース」を飲み込む。

属性攻撃への耐性は普通だが、非常に高いレベルでの身体能力全般の底上げが魅力。

 

まさにカイラース山のような不動の安定感。

初見の相手と一戦構えるには、非常に頼りになるマガタマだ。

 

オオ「異分子……!建御雷……!骨も残さず喰ろうてやるわ……!!」

 

 

・・・・・・

 

 

…所変わって、少し前の天界…

 

 

天子「……」

永江「どうされたのですか?総領娘様。

帰ってきてから心ここにあらず、といった感じですが」

天子「……やっぱりおかしいわ」

永江「?なにがです?」

 

天子「私が毎日外来人のところに遊びに行ってるのは知ってるでしょ?」

永江「ええ。詮索するなとおっしゃるので、それ以上は全く知りませんが」

天子「今日そいつがね。なんか妙な態度だったのよね」

 

永江「妙な態度?」

 

天子「普段は「好きにしていいよー」とか「やりたいようにやっていいよー」とか、

こっちに合わせてくれるのにさ。

今日別れるときに、「もう帰れ」なんていうのよ」

 

永江「もう帰れ、ですか」

 

天子「そう。

いつもなら私が飽きて帰るまで、いつでもいてもいい、みたいな感じなのに。

今日は私に帰ってほしいみたいだったわ」

 

永江「何か用事でもあったのでは?」

 

天子「本人もそう言ってたけど、

1週間一緒にいて、何か用事を作るような動きはしてなかったのよね……」

 

天子「どうにも嘘っぽいのよねえ。普段はそんなこと言うやつじゃないのに……」

 

天子はシンと別れるときの不信感をぬぐい切れずにいた。

 

一週間も一緒にいれば、相手がどんな奴かくらいはなんとなくわかる。

天子の直感では、シンは何か隠してはいるが、いい奴だ、という評価だった。

そのシンが、急に突き放すような態度をとったのが、腑に落ちない。

 

永江「もしや……何か怒らせるようなことをしてしまったのでは?」

天子「アンタ私をどんな目で見てんのよ……」

永江「せっかくできたお友達なんですから、早く仲直りしないと」

天子「だから違うっての!怒らせるようなことなんて言ってないから!」

永江「総領娘様は無意識で神経を逆なでることがありますから……」

天子「ああもう、面倒くさいわね……」

 

天子「……よし!決めた!今からもっかいアイツのところに行ってみるわ」

永江「ええ!?今からですか!?

こんな遅い時間にお邪魔するなんて、お止めください!」

天子「そんなこと気にする奴じゃないわよ。それじゃ、行ってくるわー」

 

そう言うと天子は、衣玖の制止も聞かずに飛んで行ってしまった。

 

永江「ああ……大丈夫でしょうか……

総領娘様がお友達に嫌われなければよいのですが……」

 

……実際シンには予定などなかった。

なのにウソをついて天子を遠ざけた理由の一つは、戦いに巻き込みたくなかったから。

 

そしてもう一つの理由は……

 

・・・・・・

 

タケ「ーーー『ショックウェーブ』!!」

オオ「ーーー『マハジオダイン』」

 

2体の悪魔が放つ特大の雷は、

洞窟内を照らしながら激しく炸裂し、相殺された!

 

タケ「ウソだろ!?オレの雷と同じ威力かよ!笑えねぇ!」

オオ「建御雷……!貴様は許さぬ……!」

シン「真下がガラ空きだ」

オオ「!?」

 

タケミカヅチに気をとられたオオナムチ。

シンはその隙を逃さず、死角である顎の下から奇襲をかける!

 

シン「ーーー『死亡遊戯』」

オオ「ヌッ!オオッ!」

 

急所に攻撃が入り、オオナムチに隙ができる!

 

ピク「ナイスよシン! ーーー『メギドラオン』!」

オオ「ガッ!アアッ!」

 

そこをすかさずピクシーの追撃!

ほとばしる魔力を核熱に変えた一撃が、オオナムチの顔面を直撃する!

 

オオ「……」

ガラ「倒した!?」

タケ「……いや、まだだ!」

オオ「なかなかやるが……温いわ ーーー『ディアラハン』」

 

3体の悪魔が与えた衝撃は、

並の妖怪なら影も形も残さないほどのダメージだった。

 

しかしオオナムチはそれを捌き、耐え、悠々と回復してみせる!

 

シン「厄介だな」

ピク「どーすんの!?こいつホントに強いわよ!?」

 

タケ「いくらオオナムチが強いったって、ここまで強いのはおかしいぜ!?

これじゃ天津神が束になって戦っても敵うかわからん!」

 

オオ「……我らは数百年の長きにわたり……恨みと怒りを増幅させてきた……」

オオ「貯え続けた魔力の爆発……一身に受け、砕け散るがいい……!」

 

オオナムチはそういうと、『気合い』を溜め始めた!

そして間髪入れずに……

 

オオ「消し飛べ……! ーーー『八相発破』!!」

 

ズガガガッ!!!

 

タケ「マズいッ!!」

ピク「うっ……くっ!!」

シン「……!!」

 

隕石でも落ちたかのような轟音と衝撃!

まるで目に見えるかのごとき強烈な衝撃波に、シン一同は吹き飛ばされた!

 

辺り一面の景色はガラリと変わり、

大小様々な岩石で埋め尽くされていた空間は、見通しの良い更地へと変貌していた。

 

シン「……ピクシー!」

ピク「……ケホッ……わかってるわ ーーー『メディアラハン』」

タケ「クソッ!ギリギリセーフってところだな……」

 

余りにも強烈な攻撃。3人とも運よく生き残ったが、

全員『食いしばり』ながら攻撃を耐えるほどギリギリだった。

 

次にあれが飛んでくれば、全滅は必至だろう。

 

シン「タケミカヅチ。アイツの弱点は?」

タケ「弱点はねぇ!そこはオオクニヌシと同じだ!」

シン「そんなに甘くないか」

ピク「それじゃ畳みかけるしかないわね!行くわよ!」

タケ「それしかねぇな!」

 

言うが早いか、ピクシーとタケミカヅチはオオナムチの方へ向かい、攻撃を始めた!

 

ピク「ーーー『メギドラオン』!」

タケ「ーーー『暗夜剣』!」

オオ「……グフッ!……なんと苛烈な攻めであろう!……しかし!」

 

息もつかせぬ連撃に、オオナムチは体勢を崩すが……

 

オオ「ーーー『ディアラハン』」

タケ「!?……またか!?」

ピク「ちょっと!キリがないじゃない!」

 

またもや体力を回復される。

一気に畳みかけるには、転機が必要だ……

 

オオ「無駄な行為だ……!今度こそ、終わらせようぞ……!!」

タケ「クソッ!来るぞ!」

 

オオナムチは再度『気合い』をため、渾身の一撃を放つ!!

 

オオ「ーーー『八相発破』!!」

 

ズガガガッ!!!

 

オオナムチの放つ『八相発破』にシン一同はまたもや吹き飛ばされる!

 

……はずだった

 

オオ「な……!?何……が……!?グフッ……」

 

しかし地に臥していたのはシン一同ではなく、オオナムチだった

 

オオ「キ、貴様等……!一体……何を……!?」

 

シン「お前は3対1のつもりだっただろうが、実際は4対1だったということだ」

 

オオ「……!?何を……言っている!?」

 

ピク「アンタらみたいな偉そうな奴は、足元をすくわれるってことよ」

 

ピクシーの視線の先では、

ガラクタ集めマネカタが鏡のような道具を持って立っていた。

オオナムチも遅ればせながらそれに気づく。

 

オオ「貴様……!何をした……!?」

ガラ「『物反鏡』だよ!これでさっきの攻撃を反射したんだ~」

オオ「反射……だと!?……バカな!」

 

シン「ということで、キサマの負けだ。何か言い残すことはあるか?」

 

オオ「……クソッ!……口惜しや……口惜しや……

チカラをもって他者を支配する者どもよ……永遠に呪われるがいい……!!」

 

シン「ボクはそんなことしないし、もう呪われてるけどね。それじゃ今楽にしてやる」

 

シンはそう言うと、右足に魔力を集中させる。

 

シン「……安らかに眠るといい ーーー『ジャベリンレイン』」

 

上段の回転蹴りとともに、無数の光線がオオナムチの全身をくまなく貫く。

無数に空いた穴からは、血液が噴水のごとく吹き出し、辺りを血の海に変えた。

 

タケ「おおい!やったな!シン!」

ピク「ガラクタ君、今回はいい仕事してくれたわね~」

ガラ「タケミカヅチさんとピクシーがチャンスを作ってくれたおかげだよ!」

シン「ガラクタ君は道具を使わせたらピカイチだからね。

ボクよりもいいタイミングで道具を使ってくれる」

ガラ「道具の事だったら任せてよ!」

 

ピク「あーあ、それにしても汚れちゃったわね。全身血だらけ」

タケ「シンがシメにあんな攻撃使うからだぞ。すっぱり首だけ落としゃよかったんだ」

シン「ハハハ。一番確実にとどめを刺せそうなのがあの攻撃だったんだ。大目に見てよ」

 

強敵を倒して一安心し、談笑をかわすシン一行。

久々の戦闘だったこともあり、無事に勝利できたのは幸いだった。

 

……そこに一人の人影が現れる。

 

??「ちょっと……何なのよ……コレ……?」

 

シン「!?」

ピク「まさか、その声!?」

ガラ「天子さん!?」

 

天子「何よコレ……?いったい何がどうなってるの……?」

 

ピク「アンタ、帰ったはずじゃ……」

シン「天子……これは……その……」

 

天子「イヤッ!近寄らないでっ!!」

シン「……!!」

天子「化け物……アンタたちみんな化け物よっ!!」

シン「……ッ!」

 

天子は半ば錯乱しながら、目に涙を浮かべて走り去ってしまった……

 

シン「天子……」

ピク「……見られたくないもの、見られちゃったわね」

シン「……」

 

……シンが天子を帰らせた一番の理由。

 

……それは、自分が戦っている姿を見られたくなかったから。

 

ガラ「シン君……」

 

タケ「あ―……シンよ、事情はよく分からねえが、あんまり気にすんなよ。

お前がやったことは間違っちゃいねぇ。

俺達でオオナムチを倒さなきゃ、何万人犠牲になってたかわかんねえ。

そうだろ?」

 

シン「……ああ、ありがとう。タケミカヅチ」

 

タケ「それじゃ俺は帰るぜ。……ピクシー、後は頼んだ」

ピク「……ええ。お疲れ様。タケミカヅチ」

ガラ「あっ、今日はありがとうございました」

タケ「おう。また会おうぜ」

 

そう言うと、タケミカヅチは稲光と共に消え去っていった。

 

ピク「……さ、私たちも行きましょ」

シン「……ああ、そうだね」

 

ガラ「まずは服を洗わないとね」

ピク「そうそう!きれいな心は衣服からっていうじゃない?

今日は洗濯して、ぐっすり寝ちゃいましょ!」

ガラ「色々あった一日だから熟睡できそうだね~」

シン「……ハハ、そうだね。ぐっすり寝られそうだ」

ピク「ここに来る途中に川があったから、そこでお清めしないとね!

ホラ!日が暮れる前に行くわよ!」

 

そう言うとピクシーはシンの手を引っ張り、洞窟の出口へと向かう。

 

シンはいつも通りを装っているが、ショックを受けていることは明白だった。

せっかくできた新しい友人だったのに、こんな姿を見られてしまっては……

 

シン「……こらこら、ピクシー。引っ張らないでよ」

 

ピク「(本当に辛いでしょうけど、諦めないでよね……

私達仲魔はみんな、シンの事応援してるんだから……!)」

 

つづく




略称一覧

シン…間薙シン(人修羅)
ピク…ピクシー
ガラ…ガラクタ集めマネカタ

天子…比那名居天子(ひなないてんし)。幻想郷の天界に住んでいる、自由奔放な天人。
たびたび人里に現れては、暇つぶしをしている。根はいい子。

永江…永江衣玖(ながえいく)。龍神のお告げを人々に伝えるのが役目。ちなみに伝える情報の取捨選択は彼女がする。仕事中はまじめだが、そうでないときはものぐさ。オンオフ切り替えがしっかりしている。何故か天子のお目付け役として任命されている。

タケ…建御雷(タケミカヅチ)。天津神の一柱であり、シンの仲魔。電撃攻撃が得意。出雲の国譲りの功労者。

オオ…オオナムチ。国津神でも随一の実力を持つ悪魔。大国主(オオクニヌシ)はシンの仲魔だが、オオナムチはそうではない。大国主は何十人もいる兄弟と覇権争いを繰り広げ、日本統一を成し遂げた強力な神。このお話ではオオナムチはその荒々しい面の化身ということにしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 幻想郷 首脳会議

あらすじ

命蓮寺の帰路、強烈な殺気を感じたシンは
半ば無理やり天子を家に返し、気配の元をたどることに。

そこに居たのは強烈な実力を持つ神、オオナムチ。
シンは仲魔のタケミカヅチを召還し、辛くも戦闘に勝利した。

……しかしシンの態度に違和感を感じた天子に後をつけられ、
現場を見られてしまい、ショックを与えてしまう。

シンは異世界でできた友人を失う悲しみを味わうのだった……


幻想郷が直面している『伏ろわぬ神々』の復活の危機。

その危機に対し、八雲藍は各勢力との協定を結ぶために東奔西走していた。

 

藍「……というわけです。このままでは確実に幻想郷は壊滅してしまう。

皆で協力するためにも、まずは情報共有として会談を開きたいのですが、

参加してくれないでしょうか?」

 

藍は主人である紫のためにも、なんとしても早急に会談を進め、

幻想郷の危機に備えるつもりだった。

 

迫りくる脅威は、各勢力が別々に対応していては到底防げない。

そんなことは誰でもわかる。

 

それに以前から裏・博麗大結界については各勢力の代表者には伝わっている。

 

となれば、必然、この会合にも一致団結して臨んでもらえる。

そのように藍は考えていた。

いくら他人に無関心なものが多いとはいえ、今回はその限りではないだろう。

 

ところが……

 

・・・・・・

 

レミ「脅威が迫っているのはわかる。だが、その会合とやらは遠慮させていただく」

 

覚「私達はもう少し成り行きを見守ります。今日のところはお引き取りを」

 

永琳「私達はそこに行く必要はないわね」

 

神子「フフフ。幻想郷の危機、ですか。本当にそうですかね?」

 

天魔「我らには我らの秩序がある。今回の件に関しては静観させていただこう」

 

諏訪子「……今はそれどころじゃない」

 

・・・・・・

 

驚くほど多くの者たちが、非協力的な態度だった。

 

藍「何故だ……何故事態の重要さがわからない!」

 

余りにも予想と違う現実に、藍は困惑を隠せない。

このまま『伏ろわぬ神々』と事をかまえれば、どの勢力も無事では済まないのだ。

 

どうしてこのような結果となったのか……

藍にはどうしても理由がわからなかった。

 

結局集まったのは、

 

博麗神社から博麗霊夢。その友人、霧雨魔理沙。

白玉楼の西行寺幽々子。

命蓮寺の聖白蓮。

地獄の裁判官である四季映姫。

そして龍神の使い、永江衣玖の6名だけであった。

 

藍「皆様、ようこそお集まりいただきました……

と申しましても、私のチカラが足りず、

小規模な会合になってしまいましたことをまずはお詫びします」

 

四季「貴女が気に病む必要はありません」

西行寺「そうよ~。どうしようもないことだしね~」

 

聖「しかしこんな重大な事態ですのに、皆さんが非協力的というのは解せないですね」

藍「本当に……幻想郷存続の危機だとわかっているはずなのに……」

 

招集が徒労に終わったことに肩を落とす藍。

そこに霊夢が呆れた表情で声をかける。

 

霊夢「藍。アンタすごく頭がいいと思ってたけど、そうでもないのね」

藍「……なに?どういうことだ?」

 

霊夢「貴女から見た幻想郷と、他の奴から見た幻想郷は別物ってことよ」

 

藍「……何を言っている?幻想郷に別物も何もないだろう?」

西行寺「貴女はそのアタマが固いのを治さないとね」

 

藍「幽々子様まで……どういうことでしょうか?」

魔理沙「私もよくわかんないぜ。いったいどういうことなんだ?」

 

どうやら霊夢の言うことを理解できる者はできているようだが、

自分自身には全く見当もつかない……

 

藍が困惑していると、地獄の裁判官である四季映姫が口を開く。

 

四季「八雲紫の式よ、今回の脅威となる者たちはどういう存在でしたか?」

 

藍「それは……時々の権力者たちに虐げられてきた神々です。

その恨みと怒りをもって、復讐のため復活しようとしている」

 

四季「その通り。その認識は正しいでしょう」

魔理沙「だよな。ほっといたら危ないぜ」

 

西行寺「でもそれって、本当に危ないのかしらね~?」

 

藍「……何をおっしゃいます、幽々子様。

少なくとも封印を維持し続けてきた我々に怒りが向かないわけがありません!」

 

幽々子「う~ん……それじゃ言い方を変えましょう。

『伏ろわぬ神々』を敵だと思ってるのは誰かしら?」

 

藍「それは……もしや、幽々子様が言いたいことは……!」

 

まさかそんな……!

 

西行寺「流石にわかったかしらね」

 

霊夢「チカラある者との戦いに負け、もしくは迫害されて封印された……

それって幻想郷の妖怪とおんなじじゃないの」

 

聖「……そういうことでしたか」

 

魔理沙「ええと、つまり、

この会合に来なかった連中は『伏ろわぬ神々』を敵だと思ってないってことか?」

 

四季「そういう考えの者も多い、ということでしょう。

他勢力と協力せずとも、自分たちだけでなんとかする自信がある者もいるようですが」

 

藍「クソッ……!なんてことだ……完全に盲点だった。

少し考えればわかることだったのに……」

 

西行寺「まあ貴女は紫の思い入れをよく知ってるからね~。

客観的に考えられないのも無理ないわ」

 

聖「では、その『伏ろわぬ神々』と

協力しようと考えている方々もいるのかもしれませんね」

 

幽々子「地底の面々なんかはそうかもしれないわね~」

 

魔理沙「ええ!?そ、それってマズいんじゃないか!?

ただでさえ戦力不足なのに、味方にしようとしてた奴らまで敵に回るなんて……!」

 

藍は自分の認識が見当違いだったことに困惑しつつ、

現状の再認識に考えを巡らせていた。

 

『伏ろわぬ神々』の多くは国津神であり、

土着神や権力争いに敗れた集団がこれに当てはまる。

 

幻想郷でこの集団にくみする可能性のある者と言えば、

先ほど話に出た地霊殿に連なる地底の集団、守屋神社の面々だろうか。

 

強力なチカラを持った集団であるだけに、敵に回るとなれば絶望的だ……

 

……さらに他の勢力についても考えを巡らせてみる。

 

永遠亭はどちらかと言えば天津神の勢力に分けられるため、

今回の危機には対応せねばなるまい。

 

それでも会合参加を断ったということは、

こちらに頼らず月の勢力と一計を案じているのかもしれない。

 

紅魔館、神霊廟、妖怪の山については何とも言えないが、

ここに集っている者たちと協力するかどうかは怪しいところだ……

 

西行寺「ま、今日貴女が私たちを集めたのは情報共有が目的なんでしょ?

その話をしてくれない?」

藍「……え、ええ。そうでしたね。……それでは現在の状況をお伝えいたします」

 

妖狐説明中……

 

藍「……と、いうわけです」

 

四季「結界に亀裂が……もうそこまでの事態になっていましたか」

 

西行寺「早晩にでも結界は完全に破壊されそうね。

……ていうより、もう出てきちゃってるのもいるんじゃないの?」

 

藍「それはありえません。この結界は紫様、龍神様、博麗の巫女の合作です。

いくらなんでも、そんな最強ともいえる結界をすり抜けるなど、

できるはずがありません」

 

西行寺「ま、それもそうね。そんなこと出来る神様なんて、一握りよね~」

 

藍「そういうことです。万が一結界内にそんな強力な神がいたら、

それだけで絶望的だ……」

 

魔理沙「それで、実際どうするんだ!?このままだとマズいんだろう?」

永江「それについては龍神様からお達しがあります」

 

沈黙を保っていた龍神の使いである永江衣玖が、満を持して口を開く。

 

永江「実は龍神様も、幻想郷の全勢力が一致団結するのは難しいと考えていました。

そこでまずは、この集まりに参加しなかった勢力と停戦協定を結ぶように、との事です」

 

霊夢「まずは身内から固めていくってことね」

 

永江「ハイ。そして幻想郷内での協定を結ぶのと同時並行で、

結界内の戦力把握に努めるように、ともおっしゃっていました」

 

藍「確かに結界の力が弱まっている今なら、中の状態を調べることもできるか」

聖「彼を知り、己を知れば、百戦危うからずということですね」

 

永江「その通りです。そして最後に……

いざという時には幻想郷を捨て、逃げる準備をしておくように、と……」

 

魔理沙「!?……そんな、龍神様は本当にそんなこといってたのか!?」

西行寺「……そうね。最悪の場合、そうするしかないのかもね」

魔理沙「そんなこと……できるわけないだろ……!

ここには大事なもんがいっぱいあるんだ!」

霊夢「もちろんそんなことにはさせないわ。でしょ?」

 

永江「ええ。龍神様もそれは最後の手段とおっしゃっております。

どんな結末を迎えようと、死だけは選んでほしくない。

そのような思いがあるからこそ、

最悪幻想郷を捨ててでも生きろとおっしゃっているのです」

 

霊夢「……死んでしまったら、終わりだものね」

西行寺「あら~?結構のんびりできるわよ?」

霊夢「それはあんたが特例中の特例だからよ……」

 

龍神からの伝言が一通り済んだのを見計らって、地獄の閻魔が口を開く。

 

四季「……少しいいですか?」

藍「?……なんでしょうか?閻魔様」

四季「私がこの会合に顔を出した目的を伝えておきます。」

西行寺「あら?閻魔様には何か考えがあるのですか?」

 

四季「私の役目は罪人にしかるべき裁きを与えることで、

罪人になる前の者を止めることではありません。それはわかりますね?」

 

藍「ええ。……しかし今回の場合は……」

 

四季「どんな場合でも例外はありません。

『伏ろわぬ神々』は、いにしえの権力争いに敗れただけの事。

この幻想郷では、まだ何の罪も犯していないのです」

 

四季「つまり、私は彼らを止めるため戦いに参加することはできません。

もし彼らが無差別に暴れまわって、被害が出ることがあれば、

その限りではありませんが」

 

藍「そうですか……」

 

魔理沙「閻魔様!このままじゃ幻想郷が危ないんだって!一緒に戦ってくれよ!」

 

四季「それは重々承知ですが……危険な存在だからと言って、

何もしていない者を裁くことはできないのです。

地獄の裁判官として、これは曲げられません」

 

四季「だから私が協力できるのは、何かしらの決着がついてからとなります。

被害が出るのを防ぐために戦うことはできません」

 

藍「……それでは、閻魔様の協力も得られない、ということですか……」

 

四季「いえ、あくまでなにがしかの被害が出た後なら、彼らの罪も確定します。

そうなってからであれば、協力しましょう」

 

聖「そうですね……仕方のないことです……」

 

四季「今の彼らの境遇は、むしろ同情の余地さえあるものも多い、という状態ですから」

 

永江「弱りましたね……ここまで戦力が減ってしまうとは、

流石に龍神様も考えてはいないでしょう」

 

霊夢「もともと幻想郷に住んでる奴なんて、協調性皆無の奴ばかりだもの。

しょうがないわよ」

 

藍「こうなってしまっては、方針を見直すしかないな……

いったん今日の会合は終了とさせていただきます。

また方針が決まり次第、皆様には随時連絡いたします」

 

一区切りついて場の空気が緩くなる。

 

魔理沙「ハァ……前途多難だぜ……」

霊夢「……なかなか厳しいわね」

西行寺「紫はこの事態、どうするのかしら……」

永江「私は早急に龍神様に報告しませんと……」

 

各々が今回の話を聞き、対策をとるために帰路についていく。

その中で白蓮は一人その場で考えていた。

 

聖「……(今回の件、決して単純な話ではありませんね。

私たちに命の危険があるのはわかるのですが……)」

 

聖「(封印されているという彼らは、恨みと怒りで我を失っていることでしょう。

出来る出来ないは関係ない……

悲しみで前が見えなくなった者たちをチカラで抑えるのは、

果たして正しい行いなのか……)」

 

聖「(シンさん、貴方だったらどうするのでしょうか……?

できればもう一度会って……話が聞きたい……)」

 

・・・・・・

 

帰路につきながら、藍も会合について考えていた。

 

課題が山積みとなってしまった今回の会合だが、

正しく現状認識できただけでも価値はあった。

 

また、封印された神々のチカラを知っていれば、

各勢力の意見も変わるかもしれない。

 

龍神様の言う通り戦力分析をしっかり済ませ、

危険度を割り出してから再交渉に向かうのがベターだろう。

 

藍も正しい戦力分析ができていなかった以上、やはり下調べは最優先事項だ。

 

あまりにも火急の事態だったので、焦りが先に来てしまった。

冷静でいられれば、会談でもう少しうまくやれたのでは……

 

藍は後悔の中、舌打ちしつつも、考えをまとめるのだった。

 

・・・・・・

 

マヨヒガへと戻ると、紫へと会合の内容を説明する。

 

藍「……という運びとなりました。思い返せば、

もう少しやりようがあったと思います……申し訳ありません」

 

紫「……そう……少し厳しいわね……」

 

藍「これから私は結界内の戦力把握のために、調査をしようかと思います。

よろしいでしょうか?」

 

紫「……ええ。まずはそうしてくれればいいわ」

藍「承知しました」

紫「……」

 

紫は現在自身のチカラの大半を人修羅の封印へと充てていた。

 

強力すぎる魔力の奔流をコントロールし続けるのは、

荒れ狂う濁流を任意の方向へ受け流し続けるようなものだ。

 

それをシンが幻想郷に来てからずっと続けていた紫は、

満足に動くことができず寝込んでいた。

 

紫「龍神様……私は……私たちは……どうすればよいのでしょうか……」

紫「私たちが作り上げた幻想郷は……このまま消えてしまうのでしょうか……?」

 

藍にはまだ結界に亀裂が入ったことしか伝えていないが、事実はより深刻である。

 

裏・博麗大結界は非常に強力な結界であるが、

それをものともせず、どうやら既に何体か抜け出したようなのだ。

 

その何体かだけで、すでに龍神と紫が対処できる戦力は優に越えている。

最早まともに戦う選択肢はなく、搦手をフルに使って何とかなるかだろう……

 

……最近人修羅がチカラを一部使用したというのも気がかりだ。

一体何のためにチカラを使ったのだろうか……

 

不確定要素が多く、そのすべてが悪い方向に向いているであろう以上、

できるだけ早急に、解決できるところから解決していくしかない。

 

紫はくじけてしまいそうな心を奮い立たせ、次の策を必死で練り上げるのだった。

 

つづく




略称一覧

霊夢…博麗霊夢(はくれいれいむ)。幻想郷を覆う、博麗大結界の管理をしている。通称・博麗の巫女。幻想郷で起こる数々の異変を解決してきた実績があり、各勢力からの信頼は篤い。年齢からは想像できないほど、物事を達観した目で見ている。

魔理沙…霧雨魔理沙(きりさめまりさ)。魔法の森の辺りで暮らしている魔法使い。霊夢とは昔からの知り合いで、仲が良い。明るく前向きな性格。彼女も霊夢と共に異変解決をしてきた経歴を持つ。ただし罪悪感なしに泥棒をしていくので、一部からはお尋ね者扱いされている。

藍…八雲藍(やくもらん)。八雲紫の式にして、幻想郷でも指折りの実力を持つ九尾の狐。頭の回転、計算力にかけては右に出るものはいない。が、予想外の事態に弱いのが玉に瑕。紫が動けない現在、代役として動き回っている。

紫…八雲紫(やくもゆかり)。妖怪の賢者。人修羅の封印にチカラの大半を割いており、寝たきり状態。普段は本心をほとんど表に出さずに好き勝手やっているため、自由奔放、傍若無人といった印象を持たれている。本当は思いやりの深い妖怪なのだが。実力は幻想郷メンバーの中でも頭一つ二つ抜けている。

聖…聖白蓮(ひじりびゃくれん)。命蓮寺の女住職。生まれは千年以上前だが、長いこと封印されていて、目覚めたのは最近。妖怪と人間の懸け橋として日々精進するやさしい女性。色々あって魔導をたしなんでいるため、見た目に反してかなりの戦闘力。

永江…永江衣玖(ながえいく)。龍神のお告げを人々に伝えるのが役目。ちなみに伝える情報の取捨選択は彼女がする。仕事中はまじめだが、そうでないときはものぐさ。オンオフ切り替えがしっかりしている。何故か天子のお目付け役として任命されている。

西行寺…西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)。白玉楼の主。幽霊であるが、実態を持っており、ほとんど生者のようなもの。呪殺系の特技が使えるため、無耐性の者は敵ではない。幻想郷のパワーバランスの一翼を担う実力者。性格はおっとりとしており、人当たりもよい。紫ととても仲が良い。

四季…四季映姫・ヤマザナドゥ(しきえいき)。地獄の裁判官。白黒はっきりした性格で、裁判官という職務にこれほど向いている者はいない。人を裁く時には、法というよりも掟、道徳、事実を重視する。メガテン的に言えばカオスサイド。当然実力的にも幻想郷屈指である。頼りにはなるが、友達としては遠慮したいタイプ。

各勢力の代表たち…今回は紹介見送り。またしっかり登場した時に書きますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 人修羅一行 お金をせびりに行く

あらすじ

シンが洞窟で激闘を繰り広げている間、
幻想郷の実力者を集めた会議が開催されていた。

だが、八雲藍の予想とは裏腹に、多くの実力者は非協力的であり、
会合は非常に小規模なものになってしまった。

しかしながら、その会合の中で、各勢力がどういう立ち位置なのか、
現状どこまで危機が迫っているのかを、再認識することには成功。

主である八雲紫への報告を済ませ、次の一手に奔走する藍なのであった。


オオナムチとの戦闘を終えたシン一行は、人里の宿まで帰ってきていた。

もう夜も更けていたので、宿に戻り各々の時間を過ごす。

 

……シンはどうしても眠れず、縁側で月を眺めていた。

 

シン「……」

ピク「……シン、寝れないの?こんなところでボーっとして」

 

気が付くと隣にピクシーが座っていた。

 

シン「……まあね」

ピク「私達悪魔には睡眠は必要ないから、わざわざ寝ることもないんだけどね」

シン「……そうだね」

ピク「……今日のこと、気にしてるの?」

 

流石に長い付き合いだ。

ピクシーには自分が考えていることくらいお見通しなのだろう。

 

シン「……ピクシーに隠し事することはないか」

 

ピク「せっかく仲良くなったのにね……明日はアイツ来るのかしら」

シン「あんな姿を見たんだ……もう会うこともないだろう……」

 

ピク「ねぇ……前から言ってるけど、そんなに辛い思いをするんならさ……

心まで悪魔になっちゃえばいいのに」

 

ここに来る以前から、

ピクシーには何度かこの提案をされたことがある。

 

しかし……

 

シン「それは……できない……しちゃいけない」

シン「あの世界を、あいつらを覚えていられる人間は、ボクだけなんだ……」

 

ピク「……その話、悪魔の私にはよく理解できないのよ……ゴメンね」

 

シン「気にかけてくれているだけで嬉しいさ」

 

ピク「とにかく、本当に辛くなったらボルテクス界に帰りましょ。

もうあの時とは違って逃げてもいいんだから」

 

シン「……」

 

ピク「……この幻想郷にはそんなに思い入れなんてないでしょ。

いざとなったら帰りましょ。

このきれいな月が見れなくなるのはもったないけどね」

 

シン「そう……だな」

 

ピク「そうよ。それでいいの。

……柄にもなくしんみりしちゃったわね!」

 

真剣な顔で話していたピクシーは、ニコッと笑うといつも通りの調子に戻った。

 

ピク「ねえ、シン。明日はどうしましょうか?またやることなくなっちゃったわよ」

シン「……そういえば買い物を一週間もしてたから、手持ちが少なくなってきていたな」

ピク「あら?そんなに買い物したかしら?」

 

シン「普通に生活してたら1か月以上は持ったんだろうけど、

毎日買い物してたらそりゃ足りないさ」

ピク「ふ~ん、そういうものなのね」

 

シン「というわけで、明日は阿求さんからお金を受け取りに行こう」

 

ピク「わかったわ~。

その時に他のお宝の事何か知ってるか聞いてみましょ!」

 

シン「それいいね。その時にまた行先決めようか」

 

ピク「よし!やることも決まったわね!

それじゃ明日に備えて今日はもう寝るわよ!」

 

シン「……そうだね。それじゃお休み、ピクシー」

 

明日やることも決まり、それぞれの部屋で床に就く二人。

一人になったシンはさっきのピクシーの言葉を思い出す。

 

シン「心まで悪魔に、か……」

 

……心まで闇に染まり、完全に悪魔になれば、

人間の心を持っていたころのすべてが薄れてしまうだろう。

 

そうすれば確かに、悲しみ、憎しみ、罪の意識。

そういったことから解放され、楽になるに違いない。

 

しかしシンにはそれが許せない。そんなこと、してはいけない。

 

あの悲劇があったことを誰も覚えていないなんて、

あまりにも救いがないではないか……

 

考えを巡らせているうちに、今日の疲れがドッと出てきた。

 

意識がまどろんでゆく……

 

・・・・・・

 

ガラ「シン君!起きて!朝だよー」

ピク「そろそろ起きなさーい」

 

深い眠りに入っていたのだが、二人の声で目が覚める。

けだるい体をゆっくりと起こし、返事をする。

 

シン「……ん。……ああ、もう朝か……」

 

ガラ「ピクシーから聞いたよ!今日は阿求さんちに行くんだって?」

シン「そうだね。そのつもり」

ピク「もうずいぶん日も昇ったわ。そろそろ出発しましょ」

 

ピクシーの言葉で、もう太陽が大分高い位置にあるのに気が付く。

それだけ疲労がたまっていたということだろう。

 

シン「ああ、随分寝てしまったみたいだな。準備するからちょっと待ってて」

ガラ「はーい」

 

人修羅移動中……

 

ピク「なんかここに来るのも久しぶりね~」

ガラ「なんだ随分昔のような気がするなあ」

シン「そうだね。随分濃い一週間だったから」

 

ガラ「あの時は天子さんに連れられてここに来たなぁ……

あ、そういえば今日は来てないね」

 

シン「……そうだね。何か用事でもできたんじゃないかな」

ガラ「そうかもねー」

 

シン「さ、それじゃ阿求さんにお金を受け取りに行こう。……すいませーん」

 

人修羅入室中……

 

阿求「お久しぶりですね。シンさん」

シン「お久しぶりです。阿求さん。

お時間とっていただいて、ありがとうございます」

阿求「いいんですよ。こちらからお伝えしたいこともありましたし」

 

シン「?……何ですか?」

 

何の連絡なのだろうか、とシンは自分たちの行動を思い返す。

 

昨日のオオナムチの一件は人里とは縁がないことなので別として、

ここ一週間は普通にお店巡りをしていただけだ。

 

何かしでかしたという事はないはずだが……

 

阿求「正直申し上げると……最近まで私は貴方たちのことを疑っていました。

何か別の目的で幻想郷にやってきたのだと」

 

ピク「ま、そうなるわよね」

 

阿求「しかしここ数日の人里での暮らしを鑑みるに、

特別な目的はないと判断することにしました」

 

ガラ「買い物ばっかりしてたからねー」

 

阿求「本当にずっと買い物ばかりしていたうえに、

貴方たちに関わった人間はみな好意的な印象を持っていました」

 

ピク「基本シンは礼儀正しいから、当然と言えば当然よね」

 

阿求「さらにですが、昨日命蓮寺に向かったようですね。

何事かと思いましたが、話を聞くと、宝塔を見せてもらうつもりだったとのこと」

 

シン「ええ。命蓮寺の皆さんには親切にしていただきました」

 

阿求「その行動も幻想郷に来た目的と相違ありません。

……ということで、稗田家は貴方たちを正式に人里に受け入れることと決定しました。

伝えたかったのはそのことです」

 

シン「へえ……」

 

こちらの行動がおおむね把握されていたことも驚きだが、

シン一行をあっさりと受け入れることにした決断にも驚かされる。

 

阿求「別に行動の制限があったわけではないので、何が変わるわけでもないんですけどね」

シン「いえ、その気持ちが嬉しいんです。信じていただいてありがとうございます」

阿求「とんでもない。こちらこそ疑っていたのに、そのように言ってもらえると助かります」

 

シン「そんな話を聞いた後だと切り出しにくいのですが……

今日ここに来たのはお金を受け取りたかったからなんです」

 

阿求「ああ……そういうことでしたか」

ガラ「たくさん買い物したからお金が無くなっちゃいました」

 

阿求「承知しました。

いただいた宝石の鑑定も済んで、正確な金額もはっきりしたので、

残りの換金分を一括で渡してしまいますね」

 

阿求「というかシンさん。あの宝石、どれもこれも上物だったみたいですよ」

シン「そうなんですね。あまり気にしていなかったので、よく知りませんでした」

阿求「宝石商が驚いてましたよ?こんな見事な加工は見たことがない、って」

シン「それはよかった。価値が分かる人が使ってくれるのが一番ですね」

 

阿求「……?」

 

阿求は首をかしげる。

シンは宝石の本当の価値を知っても、

たいして驚いたり嬉しそうにしたりといった反応を示さなかったからだ。

 

阿求「あまり興味がなさそうですね……宝探しに来たっていうのに、不思議な方です」

ガラ「宝石はお宝ってわけじゃないですからね」

ピク「唯の石ならいくらでも手に入るものね~」

 

宝石は宝ではない……?

 

阿求「……宝石は十分貴重なお宝だと思うのですが?」

シン「宝石よりも、ここで買い物して手に入れたものの方が大事なんです」

 

阿求「???……何やらよくわかりませんが、お金をお渡ししちゃいますね。

少しお待ちを」

 

少女準備中……

 

阿求「お待たせしました。こちらが宝石の換金分になります」

ガラ「おお!すごいね!」

ピク「あの宝石、こんなになったの!?」

阿求「ええ。これだけあればどんなに買い物しても1年はもつでしょう」

 

阿求「……ところで皆さん、どのくらいここに滞在するつもりなんですか?」

 

シン「そうですね……どうやら幻想郷は随分広いようですし、

2,3か月はいろいろ見て回ろうと思います」

 

阿求「それなら暫くはこちらに住まわれるんですね」

シン「そのつもりですが……どうしてそんなことを?」

 

阿求「もしよければ、なのですが、

空いた時間にでもシンさんが元いた世界の話を聞かせてくれませんか?」

 

シン「……あまり面白い話はありませんよ?」

 

阿求「そんなことありませんよ!別の世界のお話ってだけでも貴重なんです。

……お暇な時で構いませんので……ダメですか?」

 

シン「……わかりました。話してもいい内容でしたらお話しします。

阿求さんにはお世話になってますしね」

 

阿求「やった!ありがとうございます!」

 

阿求は先ほどまでの当主としての落ち着きある振る舞いから一転、

年相応と言える、元気な笑顔を見せるようになった。

どうやら本来の阿求は、好奇心たっぷりのとても明るい女の子のようだ。

 

そんなふうに喜ばれては、期待に応えないわけにもいかない。

お暇な時とは言わず、今から付き合うことにしよう。

 

……というか実際今は暇なのだ。

 

シン「もし阿求さんの方が忙しくないのなら、今からお付き合いしますよ?

ボクたちは今やりたいことありませんし」

 

阿求「ホントですか!?それじゃお願いします!」

 

阿求は胸の前で手を組み、とてもうれしそうに笑っている。

 

自分たちのことを話すだけでそんなに喜んでもらえるなら、

話甲斐もあるというものだ。

 

ガラ「阿求さん、なんだか随分と調子が変わったね」

ピク「元々こっちの方が素なんじゃない?私達警戒されてたっぽいしね」

 

シン「それではどこから話をしましょうか……」

 

シンは阿求の希望通り、ボルテクス界のことをかいつまんで説明した。

 

とはいっても、こちらの世界にまで殺伐とした話を持ち込むつもりはない。

 

東京受胎や創世の戦い、終の決戦のことなどは伏せ、

悪魔とマネカタが住んでいる世界、とだけ説明しておいた。

 

また、自分が人間としてふるまっている以上、

ボルテクス界には人間もいるということにしておいた。

 

阿求「はー……なんともすごい所から来たんですねぇ……」

シン「まあ、幻想郷と同じようなものですよ」

阿求「どう聞いてもそうは思えないのですが……」

 

思った以上に衝撃的な内容だったため、阿求は目を丸くして驚いている。

 

シンの話した内容は、本人にとっては当たり障りのない内容だったのだが、

幻想郷の住人からしたら、充分刺激が強いものだった。

 

シン「ほら、どっちも妖怪(悪魔)と人間(マネカタ)が共存してるじゃないですか」

阿求「もっと根本的なところで違うような……いやでも、一緒なのかしら……?」

 

ピク「似たようなものよ。あ、でもこっちの方が人間の扱いがいいわよね」

ガラ「ボクらの扱い、ひどいからね」

シン「キミも拷問受けたもんね」

ガラ「あれは辛かったなあ……死ぬかと思ったよ。

ていうかシン君が来てくれなかったら死んでたね」

 

阿求「拷問……やっぱり幻想郷とそちらは違いますよ……」

シン「まあ些細な違いですね。他に気になることはありますか?」

 

阿求はすでに、シンの話すボルテクス界の話でおなか一杯になっていた。

しかし今が絶好のチャンスと思い、気になっていたことを尋ねることにした。

 

阿求「そうですね……シンさん。ここに来られた目的は宝探しということでしたね?」

シン「ええ、その通りです」

 

阿求「先ほどの宝石の話を聞いて、よくわからなかったんですが……

貴方達にとって宝とはどのようなものなんでしょうか?」

 

シン「……?ああ、そうですね。なんといいますか……」

ガラ「お宝は珍しくて見てると楽しくなってくるものです!」

 

阿求「ええと、そうですね……

貴方達はこれだけの量の宝石を持ってるじゃありませんか。

宝石だって十分貴重なもののはずです」

 

阿求「貴方達の言うお宝とは、金銭的なものではないのですか?

いったい何をもってお宝と考えているのですか?」

 

シン「……うーん、難しい質問ですね……

確かに阿求さんの言う通り、お金が目的じゃありません」

 

阿求の予想していた通り、シン達にとってお宝=お金ではないようだ。

しかしそうであるのなら、一層気になる。

一体彼らの言うお宝とは何を指しているのだろうか?

 

阿求「やっぱり……では何が目的なのですか?」

 

ピク「なんていうか、お宝そのものが欲しいんじゃないのよね~」

 

阿求「どういうことですか……?」

 

ガラ「みんなでお宝さがして、それで手に入れて。

そうやって手に入れたお宝を見ているのが

楽しいんだよね~」

 

シン「ああ、確かにそういうことだね。

たまにガラクタ君の店に行って、みんなで手に入れたお宝の話するのは楽しいね」

 

阿求「……」

 

阿求「……成程。……そういうことでしたか。

お話聞かせてくださってありがとうございます」

 

シン「なんだかうまく答えられなくてすみません」

阿求「いえ、よくわかりました。ありがとうございます」

シン「ええと……そうなんですか?解決したようなので良かったですが」

阿求「シンさんたちが信用できる人たちだって分かったので、私は満足です」

シン「……?」

 

何やら今の話で阿求は納得がいったようだ。

シンとしては全然うまく説明できた気がしないのだが、本当に伝わったのだろうか?

 

まあ本人がいいと言っているのだからいいのだろうが。

 

阿求「私のわがままに付き合ってもらっちゃって、ありがとうございました!

大分時間もたっちゃいましたので、今日はここまでということで」

 

シン「はい。こちらこそありがとうございました」

 

阿求「ぜひまたうちに来て、色んな話を聞かせてください!いつでも歓迎しますので!」

 

シン「その程度ならいつでもお話ししますよ。それでは失礼します」

阿求「また会う時を楽しみにしてますね!」

 

阿求はシンを笑顔で見送ると、先ほどの話を思い返す。

 

……シン達の言うお宝とは金銀財宝のような金銭的なものではない。

それは誰もが常に求めているものであり、日常的すぎて気にするほどの事でもないもの。

 

 

……つまりは 『思い出』 なのだろう。

 

 

楽しい思い出、嬉しい思い出、話をするだけでみんなが笑える、そんな出来事。

彼らはそんな体験を求めて旅をしているのだろう。

 

わざわざ『思い出』を求めて異世界にまで旅をするとはどういうことか?

 

普通の生活をしていたら、良い思い出は身の回りにあるはずである。

つまりその私達の言う『普通の生活』は手の届かないものだったということ。

 

……先ほどの話も踏まえると、

送ってきた日々が壮絶なものだったことは想像するに難くない。

 

ただ一つ言えることは、彼らは『普通の生活』を作り出そうとしていること。

そんな者たちに悪意があると考えるのは、無粋だろう。

 

不安に思う必要はなさそうだ。

第一阿求自身も彼を嫌いにはなれない。

 

規格外な彼らがこれから幻想郷で何をしていくのか……

少し楽しみな阿求であった。

 

・・・・・・

 

シン「あっ」

ピク「ん?どしたの?」

シン「お宝情報聞くの忘れた……」

ガラ「あ―……」

 

 

つづく




略称一覧

シン…間薙シン(人修羅)
ピク…ピクシー
ガラ…ガラクタ集めマネカタ

阿求…稗田阿求(ひえだのあきゅう)。人里の顔役である稗田家、その当主。実年齢は10歳ほどだが、自身の能力により、先代の記憶をすべて受け継いでいる。シン一行のことは警戒し、監視をつけていたのだが、今回の談話で警戒の必要なしと判断。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 比那名居天子 単独調査

あらすじ

オオナムチを倒した瞬間を天子に見られてしまい、傷心のシン。
ピクシーのフォローにより、気を取り直しすことができた。

ひとまず次の活動のためにも、稗田家で活動資金をいただくことに。
談話の結果、阿求からの不信の目は解けることとなった。


先日開かれた八雲藍主催の首脳会合。

 

そこから帰ってきた衣玖は、

丸一日掛けてまとめた情報を、先ほど竜宮へ報告したところだった。

 

永江「……ふぅ。ようやく一段落ですね……」

 

久々の大仕事を終えて、一息つく衣玖。

元来ものぐさな性格ではあるが、今回は流石にそうも言っていられない。

 

首尾を報告した時の、あんなに深刻な表情の龍神様は初めて見た。

それほどの事態ということなのだろう。

 

自分の住む天界にまで被害が及ぶかは不明だが、

八雲藍の話や、龍神様のあの様子を見る限り、

幻想郷全域が危険と言ってもおかしくはなさそうだ。

 

永江「総領娘様の様子もあの日以来おかしいし、全くどうなってしまうのでしょうか……」

 

天子は先日友人の外来人に会いに行ったきり、落ち込んでしまっている。

 

幻想郷では珍しく、わがままではあるが根がいい子である。

今の状況はとても心配だ。

やはり何か無理を言って、嫌われてしまったのだろうか……

 

永江「余りこれ以上心労をかけたくはないんですが……やむを得ないですよねぇ……」

 

そう言うと衣玖は深いため息をつく。

 

いくら天子が部屋にこもってふさぎ込んでいるとはいえ、

この緊急事態を伝えないわけにはいくまい。

 

泣きっ面に蜂というか、寝耳に水というか、

とにかくいい知らせとはとらえてもらえないだろう。

 

報告に行こうとするものの足が重い……現実逃避の一つでもしたくなる。

 

永江「ああ……早く雲海の中で日がな一日のんびりする生活に戻りたい……」

 

あーだこーだ言いつつも、衣玖は比那名居家、天子の部屋の前に到着していた。

さて……あのわがまま娘にどう切り出すべきか……

 

永江「総領娘様ー。いらっしゃいますか?いたらお返事を」

 

返事はない

 

永江「総領娘様?……開けますよー」

 

ガララッ……

 

しかしそこには天子の姿はなかった。

 

永江「あれ……?いない……?」

 

普段であればふらっといなくなるのは日常茶飯事なのだが、

昨日からずっと部屋にこもっていたので、今日もいるものだと思っていた。

 

もう気分が変わって、機嫌もよくなったのだろうか?

 

……いや、何か変だ。部屋の様子がどうもおかしい

……なんだろう?……この違和感。

 

今の天子の部屋はいつもの部屋と比べて何か違和感を感じる。

その正体を探るため、部屋をじっくりと見渡す。

 

永江「……ん?……これは」

 

そう言うと衣玖は机に積まれた本を手に取る。

『古事記』『日本書紀』『神話学入門』『神道の世界』『古代日本の神々』『竹内文書』……

 

永江「勉強嫌いの総領娘様がなぜこんな本を……」

 

普段はホコリが積っている勉強机の上には、日本の歴史書が山と積まれていた。

落ち込んで部屋にこもっていると思っていたのだが、何かしていたのだろうか?

 

さらによくよく見ると、あったのはそれだけではなかった。

『北欧神話の不思議』『回教の成り立ち』『基督教:信仰についての事』『世界の土着信仰』『ラーマーヤナ』『ポポル・ヴフ』……

 

永江「日本だけではない……世界の神話についての本もたくさんありますね」

 

天子は勉強が嫌いだが、頭が悪いわけではない。

というよりもむしろ逆で、頭はかなりいい。

麒麟児と言ってもよいほどだ。

 

勉強が嫌いなのも、

自分で調べればすぐにわかることを延々と聞かされるのが嫌、

という理由からだ。

 

その天子がここまで自分から知識を求めているとは、よほどのことがあったに違いない。

天子の友達という外来人、一体何者なのだろうか?

そして何があって天子はこんな調べ物を必死でしていたのだろうか?

 

永江「……考えてもわかりませんね」

 

今は自分にできることはない。

というか色々起こりすぎて面倒になってきた。

 

天子が帰ってきたらそれとなく聞いてみよう。

そう考えると衣玖は自分の家に帰るのだった。

 

・・・・・・

 

衣玖の心配をよそに、天子は部屋から出て目的地へと向かっていた

 

天子「……」

 

天子はあの日、シン達と別れた洞窟へと向かっている。

そう、あの日の洞窟へと……

 

・・・・・・

 

……あれは二日前。一昨日の出来事だ……

 

天子「ふんふ~ん。あいつ等一体何企んでるのかしらね~。」

 

さっきは不自然に家に帰らされたが、

それで「はいそーですか」と引き下がるはずがない。

 

無理矢理遠ざけるような真似をされれば、逆に燃えてくるというものだ。

 

イタズラっぽい顔をしながら、天子はシンと別れた場所に向かっていた。

 

天子「到着、っと。……流石にもういないか」

 

……問い詰めてやろうと考えていたのだが、

ある程度時間もたっている事もあり、解散した場所にはもういないようだ。

 

天子「さて……と。どこに行ったのか探ってみるとしましょうかね」

 

そういうと天子は緋想の剣を取り出す。

 

天界の宝剣である緋想の剣は、

物の気質を捉え、それを吸収する能力を持つ。

 

厳密にいえばもっと色々なことができるのだが、

疲れるので普段はこのチカラしか使わない。

 

天子「あいつ等の気質の残滓は……と。あったあった」

 

天子は気を緋想の剣に集中させると、シン達の気質を探り、進んで行った方向を特定する。

 

本来ここまで緋想の剣を使いこなすのは、千年単位での修業が必要だ。

しかし天子は持ち前の才気と勘で、緋想の剣の100%の性能を引き出すことができる。

 

伊達に人間のまま天人になった一族の跡取りではないということだ。

 

……何はともあれ、これでシン達を追いかけることができる。

会ったらどんな顔するのか見てやるのが楽しみだ。

 

少女移動中……

 

天子「……何よ、こんな辛気臭い場所に何の用があるってのよ……」

 

シン達の気質を辿ると、森の中の洞窟へと、さらにその中へと続いていた。

 

何とも悪い予感がする。

この洞窟からはそう言った類の気質が感じられる。

しかし、そんなことでひるむわけにもいかない。天子は奥へ進むことにした。

 

天子「うえ~……ジメジメしてるわ……やっぱりこなきゃよかったかしら……」

 

天子は早くも洞窟に入ったことを後悔していた。

 

大体洞窟なんて文明的な人間が入る場所ではないのだ。

蝙蝠やゴキちゃんに用があるわけでもないのに……

 

シンにあったらまずはひっぱたいてやる。そう考えていた時だった。

 

バチィィン!!!!ゴロゴロゴロ……

 

洞窟の奥から激しい光と共に、雷が落ちる音が聞こえた。

 

天子「な!?何が起こったの!?」

 

天子は驚き、奥へ向かう足が止まる。

洞窟の中で雷?ありえない。

 

衣玖や神霊廟の亡霊が雷を落とせるのは知っているが、

今回はそのどちらも関与してない……はず。

 

第一今の雷の大きさは異常だ。まだ鼓膜が痛い。

 

天子「と、とにかく早く事態の確認をしないと……」

 

本能が奥へ行くな、と危険信号を発している。

しかしその程度で怖気づくわけにもいかない。

そんなことしたら比那名居の名が廃るというものだ。

 

足元に注意しつつ、奥へ向かう速度を速める。

 

ドゴォォン!!

 

また音が聞こえる。今度は爆発音。

 

余程のことでは怯まない太い神経を持つ天子でも、

さすがに緊張で口の中が乾いてきた。

 

何かが戦っているのは間違いない。それも圧倒的なチカラを持った何かが……

これをやってるのは……やっぱりシンなのだろうか?

 

ズオッ!!

 

天子「!?……マズい!」

 

恐ろしい魔力の暴風!これは前兆!もっと強烈なのが来る!!

 

ガガガガガガッッ!!!

 

洞窟の奥から壁を削り取りながら、魔力の衝撃波が飛んできた!

 

天子はそれを察して防御態勢をとっていたため、

軽く吹き飛ばされたものの、大きなケガをせずに済んだ。

 

天子「ッ……!冗談じゃないわよ……」

 

爆弾でも爆発したのか?いや、今のはそんなもんじゃない。

本格的に全身で危険を感じるが、

尚更何が起こっているのか確かめないといけない。

 

心を奮い立たせ、奥へと歩を進める。

 

・・・・・・

 

天子「……ここは……!」

 

洞窟とは思えないほどの、広大な空間が目の前に現れた。

至る所に新しくできたばかりの破壊跡。

もしかしなくても先ほどの衝撃波でできた空間だろう。

 

その破壊の中心に人影?が見える。

 

天子「あれは……シン、と誰?何?」

 

薄暗くてよく見えないが、シン一行と思しきシルエット以外に、

もう一人と巨大な蛇のような生物が見える。

 

何が起こっているか確認するため、目を凝らしていた天子。

しかしその目に飛び込んできたのは、非日常的かつ暴力的すぎるシーンだった。

 

シン「……!」

天子「……?何かしゃべって……」

 

シンは右足を振り上げ、蛇の化け物へと蹴りかかる……いや、違う!

振り上げた右足からは無数の光線が放たれ、血しぶきが舞う。

 

天子「……!!」

 

あまりにショッキングな光景に天子の動きが止まる。

 

さらに今の光線の光でちらっと見えたが、シンの姿がおかしかった。

後頭部から延びるツノに全身を覆うイレズミ……

 

血しぶきはシン達を赤く染めながら、徐々に広がり池を作った。

その池の中心で、血まみれで、人面の蛇の死骸を足元に談笑するシン達……

 

笑顔で、天子と過ごしたいつもの調子で、

まるでこの殺伐とした光景が日常であるかのように。

 

その様子はまるで地獄を支配する悪魔のようだ……

 

天子「ちょっと……何なのよ……コレ……?」

 

あまりの光景に、考える暇もなく言葉が口からあふれる。

 

シン「!?」

ピク「まさか、その声!?」

ガラ「天子さん!?」

 

天子「何よコレ……?いったい何がどうなってるの……?」

 

ピク「アンタ、帰ったはずじゃ……」

シン「天子……これは……その……」

 

天子「イヤッ!近寄らないでっ!!」

シン「……!!」

天子「化け物……アンタたちみんな化け物よっ!!」

シン「……ッ!」

 

もう自分が何を話しているのかもわからなかった。

 

どうしてこんなことに?

ただ私はシンが何をしようとしてるか知りたかっただけなのに!

私が見たかったのはこんな景色じゃない!

 

考えがまとまらないまま、気が付けば泣きながら逃げ出していた。

ああ、なんて無様なんだろう……

 

・・・・・・

 

それから家に戻ると、そのまま布団に入り泣いた。

別に生き物の死体を見るのなんて初めてじゃない。

小さい頃は鶏を絞めたこともある。

 

そうじゃない。うまく説明できないけど、そういうことじゃないんだ。

 

……とても怖かった。

わかってると思ってた奴のこと、全然わかってなかったなんて……

 

頭の中を色んな思いがグルグルと回る。

そうしているうちに、意識が遠くなっていく……

 

・・・・・・

 

天子「……」

 

気づけば朝になっていた。どうやらいつのまにか寝てしまっていたらしい。

 

天子「……ああ、もう……私としたことが……」

 

一晩泣いて、ぐっすり寝て、頭も随分すっきりした。

 

……昨日は随分取り乱してしまったが、

今なら冷静にものを考えられそうだ。

 

自分が泣くほど驚くような光景を見たからって、

それで逃げてしまうなんて、心が弱すぎる。

 

沸き上げる後悔を拭い、

天子は心機一転、何が起こったのか整理することにした。

 

とはいったものの……

 

天子「……うーん。あまりにもな事態すぎて、考えがまとまらないわ……」

 

まずは何から考えたものか……重要なことは何だろうか。

ひとつづつ整理していこう。

 

まずはシンのことだ。

 

それまでの人がいい態度が嘘で、昨日見た凶暴な面が本当の姿、

というのが最悪のパターン。

 

しかしその線は薄いだろう。

シンはともかくガラクタ集めやピクシーは隠し事をするタイプではない。

今までのコントじみたやり取りも本気でやってたとみるのが筋だ。

 

それに、あまり思い出したくないが、

昨日あの場所で見たシンはいつものシンに思えた。

 

……姿形はどうあれ、である。

 

それに、天子をだますためだけに一週間も芝居をしていた、と考えるのは無理がある。

 

 

……ということは、シンがあの時天子を無理矢理家に帰したのは、

こちらを気遣っての事だろう。

 

そしてその気遣いは、あの蛇の化け物との戦いに関係している。

 

天子「……とすると、うーん。あの妖怪が何かってことよね……」

 

シンについては、あの姿は何かとか、一緒にいた古代人は誰かとか、

色々あるが、ひとまず保留だ。

 

戦っていた人面の巨大蛇。あれが何かを突き止めるのが先だろう。

 

天子「……うーん、幻想郷にあんな妖怪いたかしら……?」

 

アレはいったい何だったんだろう?

妖怪……にしては、チカラが大きすぎる。

 

少なくとも天子の知る中でアレと張り合えそうな者は、片手に収まるほどしかいない。

 

いや、この見積も実際の戦闘を見ずに出したものだ。

もしかすると、実力はそれよりも上かもしれない。

 

……とりあえず、妖怪よりも上のチカラを持っていることは確定だ。

 

 

天子「……少し、調べてみないとね」

 

そう言うと天子は自分の部屋から出て、書庫に向かう。

 

あれだけ強力な存在なら、何かの書物に載っているかもしれない。

そう思い、片っ端から日本神話に関する書物をかき集め、自室へと運ぶ。

 

天子「そうだ。ついでにシンの仲間についても調べようかしら」

 

日本神話だけではなく、世界中の神話、伝承、民話……

 

とにかく片っ端から伝説上の生物、神々が書かれた書物を運び出す。

確かピクシーは南蛮の妖精だったはず。

そう思いながら南蛮の書物を多めにピックアップする。

 

天子「さて、勉強なんて久しぶりだけど……さっさと見つけましょ」

 

天子は集めた数十冊の本に、片っ端から目を通していく。

1ページ1ページ重要そうな単語を拾いながら、パラパラとページをめくる。

 

速読くらいお手の物だが、何分資料が膨大だ。

目当ての情報を探し当てるまでどれだけかかるか……

 

 

少女調査中……

 

まだまだ調査中……

 

日が変わっても調査中……

 

 

天子「……ふぅ。ようやく目星がついたわね。」

 

姿形くらいしか情報がないので、

大分絞り込むのに時間がかかってしまったが、間違いない。

 

あの人面蛇は……オオナムチ。大国主命の数ある姿の一つだ。

 

妖怪以上のチカラがあるとは踏んでいたが、それどころではなかった。

まさかかつて日本統一を成し遂げたほどの神だったとは……

 

天子「信じられないけど、間違いないわ……なんで幻想郷にあんな化け物が……」

 

幻想郷にも龍神様を筆頭に、八雲紫、地獄の閻魔、守屋の2柱と、強力な存在はいる。

 

しかし大国主命とあらば別格だ。

日本でも指折りの実力と信仰を持つ神。主神クラスである。

正直言ってあんな存在が暴れたら、誰も止められなかっただろう……

 

あまりの事態の大きさに、改めて驚かされる。

色々と疑問はあるが、問題なのはオオナムチが現れた理由だ。

 

その理由によってシンの見方を変えないといけない。

 

天子「……やっぱり行くしかないか」

 

書籍で調べられることは調べたし、あとは足で調べるだけ。

今回の出来事にケリをつけるためにも、天子は例の洞窟へ出向くことにした……

 

・・・・・・

 

色々と考えながら飛んでいるうちに、いつの間にか例の洞窟までたどり着いていた。

 

天子「あの時は取り乱しちゃったけど、今度は大丈夫。

絶対に何か手がかりをつかんでやるんだから……!」

 

そう言うと、天子はシンとオオナムチが激闘を繰り広げた洞窟に入っていくのだった……

 

つづく




略称一覧

天子…比那名居天子(ひなないてんし)。幻想郷の天界に住んでいる、自由奔放な天人。
たびたび人里に現れては、暇つぶしをしている。根はいい子。

永江…永江衣玖(ながえいく)。龍神のお告げを人々に伝えるのが役目。ちなみに伝える情報の取捨選択は彼女がする。仕事中はまじめだが、そうでないときはものぐさ。オンオフ切り替えがしっかりしている。何故か天子のお目付け役として任命されている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 人修羅一行 花見に繰り出す

あらすじ

シン一行VSオオナムチというショッキングな戦闘を目撃してしまった天子。
あまりのショックでふさぎ込んでしまうものの、
持ち前の立ち直りの早さで、気持ちを切り替える。

書物からオオナムチの正体を突き止め、更なる真実を知るために
例の洞窟にまた足を運ぶのだった。

今回のお話は天子が再度洞窟に向かった、その前日の出来事である。


シンがオオナムチと一戦繰り広げた洞窟。

実はその洞窟こそが、裏・博麗大結界の要石が埋められている場所だった。

 

この結界の要ともいえる場所に、八雲紫の式である八雲藍は調査に向かっていた。

 

藍「各勢力の代表に再度話を聞いてもらうためにも、状況把握をしなくては……」

 

昨日の会合では醜態をさらしてしまった。

今度こそ相手の考えていることを理解し、交渉できる場を整えなければならない。

 

堅物ともいえるほど生真面目な藍は、この調査に全力を注ぎ、

十分な情報が得られるまでは帰らない覚悟でここまで来ていた。

 

藍「……?なんだ?この気の乱れは……」

 

洞窟に近づくと、藍の皮膚にピリピリとした感触がまとわりついてきた。

これは非常にまずい状態である。

結界の場の乱れは、結界が緩むことに直結するからだ。

 

1週間ほど前にここを調査したときは、こんなにおかしな状態ではなかった。

 

結界は弱まってはいても、即座に機能停止するほどひどい状態ではなかったし、

場の空気は特に問題なく安定していた。

 

それが何故か昨日、急にヒビが入ったと紫様から言伝があり、

実際に今日来てみれば、通常では考えられないほど場の乱れが生じている。

 

ここ数日でなぜこんな荒れように……

 

藍「とにかく実際に見てみないことには、何とも言えまい……」

 

結界内の調査に来たはずが、とんでもないことになるかもしれない。

ひびの入った結界、異常な場の荒れ方、結界を管理する紫様の謎の憔悴…

 

考えられる結論は……

 

藍「まさか……出てきてしまったのか……」

 

……できるだけ考えないように努めていたのだが、

強力な存在が結界を破って抜け出てきた、ということなのだろうか……

 

藍「……」

 

藍は覚悟を決める。

 

八雲藍は現在八雲紫の式として活躍しているが、

本来は中国の大妖怪、九尾の狐の一族である。

いくら日本屈指の強力な神々でも、後れを取るような実力ではない。

 

しかし結界内の神々については話が変わる。

彼らは元来、国を動かすレベルの実力者であり、加えて千年以上も魔力を集め続けてきた。

当然活躍していた古代よりも現代での実力は跳ね上がる。

 

それを踏まえれば、どうしても実力的に対抗できるとは言い難いだろう。

とはいえ、実力が上の相手であっても、情報の差がある以上、やりようはあるはずだ。

 

……そんなことを思いめぐらし、藍は集中力を高めつつも、洞窟に入っていく。

 

藍「……」

 

あまりの瘴気に表情が歪む。

妖怪である自分ですら不快感を感じるほどの瘴気の濃さ。

そして奥に進むほど強くなる血の匂い。

 

普段であれば洞窟特有の生物がちらほらみられるのだが、その姿もない。

五感で感じられるすべての情報が、ここにいては危険だという結論を導き出す。

 

……冷や汗を流しながら奥へ進む藍。

ついに例の戦闘が行われた広場までたどり着いた。

 

藍「こ、これは……」

 

目の前に広がる異様な光景に、藍は息を呑む。

1週間ほど前に訪れた時とは、その場の光景すべてが一変していた。

 

要石が埋まっている空間は、以前は広間程度の広さだった。

それが目の前に広がる空間は、広々としたドームと言えるほどになっている。

 

漂う魔力もめちゃくちゃだ。

以前の穏やかで静止したような、安定した気質からは想像できないほど荒れている。

非常に禍々しい魔力がぶつかり合ったという印象だ。

 

そして一番目を引くのが、空間の中央で息絶えている大蛇である。

床に血の池を作っているこの生き物は、十中八九ここで何者かと戦闘をし、敗れた側だろう。

 

空間の入り口、そんな遠くからではあの死体が何なのか詳細は確認できない。

藍は恐る恐る近寄ってその正体を調べてみる。

 

藍「これは……ひどいな……」

 

無残に横たわる大蛇の死体は、本当にひどい状態だった。

全身が穴だらけで、鱗に覆われた強靭な肉体は、無残にも肉片となって飛び散っている。

 

首から上の損傷はさらにひどく、皮膚は骨もろともはじけ飛び、

かろうじて原形をとどめているありさまだ。

 

藍「……!」

 

藍はここで気づく。

これは唯の大蛇ではない。首から上は人面だ。

 

……ということは、妖怪。

それもこの場がここまで荒れるほど、強烈な戦闘を行った妖怪。

 

藍「やはり悪い予感は的中していたか……」

 

間違いない。結界から抜け出た伏ろわぬ神々の一柱だ。

この状況でそれ以外の選択肢は考えられない。

 

……しかし当然の疑問が浮かぶ。

何故この大蛇はこんな無残に殺されているのだろうか?

 

この大蛇が伏ろわぬ神々の一柱だとするなら、敵は誰だったのだろうか?

 

藍「……考察はあとだ。まずは一通り情報を集めなければ」

 

特に気にしなければいけない結界についても調べてみる。

 

……ひどい状態だ。

なんとか結界としての最低限の機能を保ってはいるが、歪みに歪んでいる。

 

紫様から聞いていたヒビも、あと一押しで破壊されるところまで広がっている。

要石もほぼ抜けかけている。危険な状態だ。

 

藍「これは一刻の猶予もないな……。仕方ない。やるしかないか」

 

結界をこのままにしておけば、ほんのわずかな衝撃でも完全に破壊されてしまう。

 

今の状態は、いうなれば

台風の日に火のついた蝋燭を外に出しておくようなものだ。

 

放っておけば、ふと目を離した程度で、手遅れになりかねない。

そんな状態だ。

 

 

……この状態を何とかするには、結界の修復しかない。

 

藍とて強力な妖怪。結界作成についての基本的な知識はある。

一人で結界を修復するのはかなりの重労働だが、できないことではない。

 

藍「さて、まずは場の空気を安定させねば……」

 

・・・・・・

 

藍は手際よく結界の再修復を進めていく。

 

乱れた場の気質を整え、要石を正しい手順で再度埋め込んでいく。

結界の破れそうな部分に霊気を流し、丁寧に傷を補強していく。

 

・・・・・・

 

並みの術者なら、複数人で数日かかる作業。

藍は人並外れた集中力で、たったの数時間で行ってしまった。

 

藍「ふぅ……ひとまずはこれで何とかなるか……」

 

いくら藍の能力が高いとはいえ、流石に無理をしすぎた。疲労感は隠せない。

 

しかし努力の甲斐もあり、

突貫工事ではあるが、これであっさり結界が破れるようなことはなくなったはずだ。

 

藍「次は……この妖怪だな」

 

そう言って藍は足元に目を向ける。

その視線の先には大蛇の妖怪の死骸が横たわっている。

 

ひどく損傷した状態ではあるが、何者かの特定くらいはできるはずだ。

 

それに自分一人で特定するよりも、

紫様と情報共有しながら確認するのが吉だろう。

 

そう考え、藍は紫に連絡を取る。

 

藍「紫様……聞こえますでしょうか……?」

 

少しのタイムラグの後、紫の声が頭に響く。

 

紫「どうしたの……?もう結界内の調査は済んだのかしら……?」

 

藍「お休みのところ申し訳ありません。

不測の事態がいくつかございましたので、報告を、と思いまして」

 

紫「……そう。それじゃ、話して頂戴」

藍「ハイ」

 

 

妖狐説明中……

 

 

紫「そんなことに……わかりました。

それではその死骸はこちらで預かります。貴女はそのまま調査を続けて頂戴……

結界の修復……ご苦労だったわね……」

 

藍「ありがたきお言葉」

 

そう言うと紫はスキマを藍の目の前に展開した。

ここに妖怪の死骸を入れろということか。

 

いつもの紫なら、スキマを開き、遠隔操作で死骸を取り寄せるくらい造作もない。

 

その少しのチカラを惜しむということは、

今の紫には、その程度の余力も残っていないということだろう。

 

藍「……」

 

藍は心底、紫のことが心配である。

 

結界が急速に危険な状態になった原因を聞いても、話をはぐらかされる。

寝たきりになるほど憔悴している理由も教えてくれない。

 

いくら主のことを信用しているとはいえ、

日に日に弱っていく姿を見ていれば、不安が増していくというものだ。

 

……スキマに死骸を入れながら、藍は悔しさと焦りに下唇を噛みしめる。

 

藍「……これでよし。

さあ、気を取り直して結界内の調査に入ろう……」

 

 

 

くよくよしてても仕方がない。

 

藍は心機一転、結界内の調査を始める。

 

 

 

……結界内の調査と言っても、

実際に結界内部に潜入したり、外から結界内部を物理的に見るようなことではない。

 

結界の内部に意識を集中し、

封印されている存在の魔力の質、大きさを見定める、ということをするのだ。

 

藍ほどの実力があれば、この方法で大半の情報をつかむことができる。

 

 

 

ではなぜ今までそれをしてこなかったのか、というと、

理由は大きく三つある。

 

一つ目は、

こちらの意識を結界内に飛ばすことで

封印されている存在に余計な刺激を与えてしまう可能性があること。

 

二つ目は、

もし精神に直接干渉できるような存在が封印されていた場合、

こちらの意識が取り込まれ、戻ってこれなくなる危険があること。

 

三つ目は、

これをすることにより空間の魔力に歪みが生じて

結界が弱まってしまう危険があったこと。

 

 

 

主にこれらの理由から、封印の内部の詳しい調査は保留されてきた。

 

今までは情報を得たからと言って、採れる対策に変わりはなかったのだ。

わざわざ危険を冒すメリットはほとんどない。

 

結界内の戦力がどうあれ、結界の強化方法こそが論点だった。

 

 

……しかし今は事情が違う。

各勢力の長を説得するためには、より詳細なデータが必要だ。

 

先日は、敵勢力の規模もわからない状態で

味方をしてくれと言っても話にもならなかった。

 

もしこれが、自身の勢力だけで、どうにもならない戦力差だとわかれば、

聞く耳も違ってくるだろう。

 

龍神様もそれを見越して、

結界内の調査をするようおっしゃっていたに違いない。

 

 

……何より結界が破られそうな今、

藍自身も相手の正確な戦力を知っておきたいと思っている。

 

 

虎穴に入らずんば虎子を得ず

 

 

藍は精神を集中させ、結界の中に意識を張り巡らせた……

 

 

・・・・・・

 

 

藍が必死で結界を整え、調査をしている間、

その結界をあんな状態にした当事者たちは、

のんびり人里を散歩していた。

 

ガラ「ねー、シン君、やることなくなっちゃったけど、何したらいい?」

シン「うーん、そうだねぇ……」

ピク「結局お宝情報聞きそびれちゃったものねぇ……」

 

本当は先ほど寄った稗田家でお宝情報を聞くつもりだった。

 

しかしながら、会話が弾んだせいで情報を聞きそびれてしまったのだ。

 

一度別れの挨拶をした手前、もう一度戻るのもバツが悪い。

 

そういうことで、シン一行は行く当てもなく、

人里をぶらぶらしていた。

 

そんな中、町人の会話が耳に入ってきた。

 

 

 

町人A「おいお前、聞いたか?」

町人B「なんでえ?藪から棒に」

 

町人A「なんでもな、今年の桜は特にキレイだそうだ。

花見、まだ行ってねえだろ?」

 

町人B「あー、この辺には桜が植わってねぇからなあ……

花見も気軽にできりゃいいんだが」

 

町人A「だよなあ。桜を見ながらの一杯は格別だもんなぁ」

 

町人B「それで何か?そんな話するってことは、花見の予定でもあんのか?」

 

町人A「おう。命蓮寺をちょいと行ったところに、いい場所があるみてえでな。

そこでみんなして一杯ひっかけようって話なのよ」

 

町人B「そりゃあいいじゃねえか!俺も行くぞ!」

 

町人A「おめえならそう言うと思ってたぞ!そいじゃ今週末な!」

町人B「おうよ!」

 

 

 

シン「……へぇ、花見、か」

 

ピク「ねえシン。花見って何なの?」

ガラ「ボクも初めて聞いたよ。それってもしかしてお宝?」

 

シン「いや、お宝ってわけじゃないけど……そうだな」

 

シン「ピクシー、ボルテクス界には桜ってなかっただろ?」

ピク「サクラなんて聞いたことないわね」

 

シン「桜っていうのは、きれいな花を咲かせる木のことでね。

春……ちょうど今くらいの気候になると、

それはもう、きれいな景色を見せてくれるんだよ」

 

ガラ「そうなんだ!

あのおじさん達もすごい楽しみにしてたし、

すごくいいものみたいだね!」

 

シン「そうだね。

日本人はみんな桜が咲き誇る季節を楽しみにしてたんだ。

せっかくだからボクらもやってみようか?花見。」

 

ガラ「それは名案だね!なんだかワクワクしてきたよ!」

 

ピク「そこまで言うなんて、よっぽどいいものなのね。

私もやってみたいわ!ハナミ!」

 

シン「よし。それじゃ花見をしよう。」

 

 

シン「……とは言っても、どこで花見をしようか……?」

 

ピク「あ、そういえば最初にここに来た日に、

紫っていう自称管理人から説明受けたじゃない?」

 

シン「そうだったけど……あ」

 

ピク「思い出したみたいね。その時彼女言ってたわ。

『冥界には白玉楼って建物があって、桜がキレイだ』って」

 

ガラ「あ、確かにそんなこと言ってたような……。よく覚えてたね!」

 

ピク「ふふ~ん。私の記憶力をなめないでよね~」

 

ガラクタ君がピクシーに拍手をして、

それを受けたピクシーは誇らしげにしている。

 

シンも、うすぼんやりと思い出す。

そういえば紫さんは、そんなこと言っていたな。

 

シン「よし、それじゃ冥界に行って花見をしよう。二人ともそれでいいね?」

 

ピク・ガラ「は~い!」

 

・・・・・・

 

冥界の白玉楼で花見をするのを本日の目的としたシン一行。

 

仲良くなった店主に冥界への道を聞き出し、

徒歩でそこまで向かうことに。

 

シン「それにしても冥界まで徒歩で行けるとは驚いたね」

 

ピク「そうねぇ。話を聞くと、幽霊しかいない場所だそうじゃない。

そんなとこに悪魔が入ってもいいのかしら?」

 

ガラ「別に幽霊も悪魔みたいなものだしいいんじゃない?

思念体みたいなものでしょ?」

 

シン「まぁ、それに近いような気はするね」

 

ピク「気にしても意味ないか。そんなことよりハナミっていうの楽しみよね~」

 

ガラ「ホントだよね!このワクワク感、お宝さがしみたいだよ!」

 

シン「そうだね。花見をするっていうのも、一つのお宝みたいなものだし」

 

ガラ「心が躍っちゃうなあ!」

 

 

人修羅移動中……

 

 

シン「なんとか迷わず着けたみたいだね…… !! これはまた……!」

 

ピク「わぁっ……キレイ……」

 

ガラ「こ、これは……!!すごいぞっ……!!」

 

冥界の入り口である、大階段までたどり着いた3人。

一同は一斉にあるものに目を奪われた。

 

それは、階段沿いに植えられた、無数の桜。満開の桜。

 

どこまでも続く階段に沿って、咲き誇る桜は、

まるで現世ではないような錯覚を引き起こさせる。

 

……まあ実際冥界なのだが。

 

ガラ「は~……なんてキレイなんだ……」

ピク「本当ねぇ……一面キレイなピンク色」

 

シン「あぁ。ここまですごい場所とは思わなかったよ」

 

花見は昔何度かしたことがある。

しかしここまでの規模の桜を見たのは初めてだ。

 

自然の美しさ、スケールの大きさに心が洗われるようだ。

 

シン「……と、ここで見とれててもアレだし、

ひとまず階段上っちゃおうか。」

 

ガラ「あ、そうだね!」

 

ピク「上り切った場所の景色も楽しみね~!」

 

 

階段を一歩一歩昇るシン一行。

桜でいっぱいの花道を、満たされた気持ちで進む。

 

 

……ボルテクス界にも街路樹や、ヨヨギ公園など、

一応植物はあった。

 

しかしどれも緑の常緑広葉樹がメインで、

花が咲いているものは皆無だった。

 

だからこうやって、

花を見る、ということだけでも本当に久しぶりなのだ。

 

ピクシーとガラクタ君に至っては初めてだろう。

 

こういう景色を美しく思う心は、

人の心を忘れないためには、非常に大事だと感じる。

 

 

……とても長い階段だったが、桜を楽しみながら上ったことで、

あっという間に頂上に到着してしまった。

 

 

 

冥界というにはどういうところかと考えていたのだが、

なんだか神社のような雰囲気だ。

 

 

あれが白玉楼だろうか?

目の前には大きな和風建築が見える。

 

命蓮寺にも負けず劣らずの、立派な建物だ。

 

ピク「頂上からの景色も絶景ね~!まるで夢の中みたいだわ」

ガラ「あの建物もこの景色にとってもマッチしてるね!」

 

ガラクタ君の言う通りである。

一面の桜の中、ひっそりとたたずむ白玉楼。

まるで一枚の絵画の様だ。

 

シンが美しい景色に感動していると、声がかかる。

 

??「あの……すみません。どなた様ですか?」

 

そう言って白玉楼から出てきたのは、銀髪の女の子。

 

その身のこなしは、無駄がなく、重心が安定している。

腰に刀を二本差していることからも、剣術の心得があるのがわかる。

 

そして特に目を引くこととして、

少女の傍らには、白玉団子のようなものが浮いている。

 

白玉団子と白玉楼をかけたシャレだろうか?

 

シンが失礼なことを考えていると、少女が言葉を続ける。

 

??「もしや、白玉楼へのお客様でしょうか?」

 

シン「あ、いや、そういうわけじゃありません」

 

ピク「私達ハナミっていうのをしに来たのよ」

ガラ「白玉楼ってところのサクラは見事だって、紫さんに聞いてたので!」

 

紫、という単語で少女はピクっと反応する。

 

??「そうでしたか、紫様から……

では皆様は、紫様の御客人ということでしょうか?」

 

シン「そういうわけではないんですが……ええと、お名前は……」

 

妖夢「あっ、失礼しました。

私は白玉楼で剣術指南役をしています、魂魄妖夢(こんぱくようむ)と申します」

 

シン「あ、こちらこそ名乗らないですいません。

ボクは間薙シン。デビルサマナーをしています」

 

ピク「私はピクシーよ!ヨロシク~」

ガラ「ボクはガラクタ集めマネカタです!初めまして!」

 

シン「妖夢さん、ボクたちは別の世界から、幻想郷に宝探しに来たんです。

その中で、ここの景色が素晴らしいと聞いて、ぜひ見たいと思いまして。」

 

シン「紫さんにはこちらに来た初日に、ルールとか風習とか、

色々教えてもらったんです」

 

妖夢「ええと……別世界から?……宝探し?」

 

どうやら困惑しているようだ。

この反応も久々である。

 

……さて、どうしたものか。

 

と、考えていると、ピクシーが助け舟を出してくれた。

 

ピク「なかなか信じられないと思うけど、本当よ。

今は人里に住んでるわ。阿求さんにもよくしてもらってるのよ」

 

妖夢「阿求さん……というと、稗田家の当主ですか」

 

ピク「そ。何なら確かめてもらっても大丈夫よ。

宿も手配してもらったんだから」

 

妖夢「成程。すぐに人里に確認、というわけにはいかないので、アレですけども、

そういうことならお招きさせていただけると思います」

 

ガラ「ありがとうございます!妖夢さん!」

 

妖夢「とんでもないです。

まずはここの主人に話を通してきますので、申し訳ありませんが、

少々お待ちくださいね。」

 

シン「ありがとうございます」

 

妖夢「立ちっぱなしで待っていてもらうわけにはいきませんので、

そちらの縁側に腰かけていてもらえますか?」

 

妖夢は白玉楼の縁側を目で指し示す。

 

とてもよく手入れされた庭に、視界一杯の桜。

どうせならここで花見をしたいくらい、いいロケーションだ。

 

ピク「ありがとね~」

 

 

・・・・・・

 

 

縁側まで通されたシン一行。

妖夢さんは白玉楼の主に取り次いでくれている。

 

ピクシーがあそこで阿求さんの名前を出すとは、

なかなか機転を利かせてくれて助かった。

 

出会った当初はもっと本能のまま動いていたのだが、

一緒に旅を続ける中で、色々と生きる知恵を身につけてくれた。

本当に頼もしい相棒である。

 

妖夢「皆さん、お待たせいたしました」

 

みんなでのんびりと桜を眺めていると、

妖夢さんが戻ってきた。

 

妖夢「主人の西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)に確認をとりましたところ、

お招きするように、と仰せつかりました。

ということで、皆さんこちらへどうぞ」

 

 

そういうと妖夢さんは奥の客間へと先導してくれた。

見た目は中学生ほどなのに、シン一行をもてなす姿は堂に入っている。

 

自分が中学生の時はもっと子供だったな、と思い返しつつ

通された客間で主人を待つ。

 

 

??「皆様、お待たせしました~」

 

しばらくすると、

間延びした声と共に、初めて見る人物が入ってきた。

 

西行寺「妖夢から聞いてると思うけど、

私が西行寺幽々子よ~。よろしくね~」

 

シン「あ、はい。よろしくお願いします」

 

随分とのんびりとした女性だ。

 

ピンク色のウェーブがかかった髪に、ゆとりのある空色の和服。

本人の雰囲気も手伝って、

まるで周りの空気がゆっくり流れているような錯覚を起こしてしまう。

 

 

シン一行は、先ほど妖夢にしたのとおおむね同じ自己紹介をして、

話の本題へと移ることにした。

 

 

つづく




略称一覧

シン…間薙シン(人修羅)
ピク…ピクシー
ガラ…ガラクタ集めマネカタ

藍…八雲藍(やくもらん)。八雲紫の式にして、幻想郷でも指折りの実力を持つ九尾の狐。頭の回転、計算力にかけては右に出るものはいない。が、予想外の事態に弱いのが玉に瑕。紫が動けない現在、代役として動き回っている。

紫…八雲紫(やくもゆかり)。妖怪の賢者。人修羅の封印にチカラの大半を割いており、寝たきり状態。普段は本心をほとんど表に出さずに好き勝手やっているため、自由奔放、傍若無人といった印象を持たれている。本当は思いやりの深い妖怪なのだが。実力は幻想郷メンバーの中でも頭一つ二つ抜けている。

妖夢…魂魄妖夢(こんぱくようむ)。白玉楼住まいの庭師にして剣術指南役。とても真面目であるがゆえに、主人の幽々子からは日々からかわれている。従者としての能力も剣術の腕も上々。半霊という人魂のようなオプションがくっついているが、それは彼女がそういう種族だから。

西行寺…西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)。白玉楼の主。幽霊であるが、実態を持っており、ほとんど生者のようなもの。呪殺系の特技が使えるため、無耐性の者は敵ではない。幻想郷のパワーバランスの一翼を担う実力者。性格はおっとりとしており、人当たりもよい。紫ととても仲が良い。

町人A、町人B…人里住まいの仲のいい大工。しょっちゅう仕事終わりに呑みに行く。今度の花見では秘蔵の焼酎を開けて、大工仲間で楽しむつもり。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 人修羅一行 手合わせする

あらすじ

八雲藍は結界内の戦力調査のために、結界に向かう。

しかしそこで待ち受けていたのは、
場の霊力の乱れ、今にも破れそうな結界、謎の妖怪の死骸と、
トラブルがてんこ盛り。

藍はなんとか一つ一つ片付けていき、ようやく結界内の調査を始めるのだった。

一方そんな藍の苦労もつゆ知らず、
シン一行は、花見をするために、白玉楼にお邪魔していた。


シン「……というわけです」

 

冥界の白玉楼へ花見をしにやってきたシン一行。

 

つい先ほど客間に通され、

たった今、主人の西行寺幽々子に自己紹介を済ませたところだ。

 

西行寺「あらあら、それでわざわざ幻想郷に……

はるばる遠い所からご苦労様~」

 

シン「えっ?あっはい。……お気遣いありがとうございます」

 

先ほど妖夢さんに話した内容と同じことを話したのだが、

特に驚いてはいないようだ。

 

事前に妖夢さんからあらましを聞いていたからなのか、

それとも単に細かいことは気にしない性格なのか……

 

 

西行寺「それで私たちは何をしてあげればいいのかしら~?

お花見するだけだったら、特に何か協力することもない気がするのよね~」

 

シン「そうですね……元々こちら、白玉楼にお邪魔する予定はありませんでしたから、

何かしていただきたい、といったことはありません。」

 

シン「ですが、しいて言えば、ボクたちはここに来たばかりで、土地勘がないので

花見ができる場所なんかを教えていただければ嬉しいです」

 

優しそうな人だし、せっかくなら聞きたいことを聞いてみよう。

そう思ってシンは幽々子に尋ねてみた。

 

西行寺「そうねぇ。この辺で一番いい場所って言うと、うちの庭じゃない?

ほら、貴方達がさっき座ってたところ」

 

ピク「確かにあそこからの眺めは、すごくよかったわ」

 

ガラ「庭も凄くきれいだったしね。まるで水が流れてるみたいだったよ」

 

 

丁寧に手入れされた庭は、見るものの心を癒す、と、

昔テレビで見た気がする。

 

枯山水というのだろうか?

白玉楼の庭も同じつくりになっていた。

 

庭一面に敷き詰められた砂利には、等間隔で平行な線が引かれていた。

まるで渓流の流れのようだ。

静止している空間のはずが、水の動きが見えてくるというのは、とても不思議だ。

 

ところどころに配置された適度な大きさの岩も、

とても良いアクセントになっている。

 

小さいころに親に連れられて渓流釣りに行ったのを思い出す。

 

 

西行寺「あら、よかったじゃない、妖夢。

貴女の仕事が褒められたわよ~」

 

妖夢「はい。皆さん、ありがとうございます」

 

ガラ「あれ?なんで妖夢さんがお礼を言うの?」

 

西行寺「あら、聞いてなかったのね。この子はここの庭師なのよ。

あの庭もこの子が毎日手入れしてるのよ~」

 

ピク「あら、すごいわね」

 

妖夢「もったいないお言葉、ありがとうございます」

 

 

シン「確かにあんなきれいな庭で、きれいな桜を見ながら花見だなんて、

最高の贅沢ですね」

 

西行寺「でしょ~?それじゃ今日はウチでお花見していく?」

 

シン「ありがとうございます。ぜひ、よろしくお願いします」

 

 

 

西行寺「わかったわ~。でもその前に……」

 

シン「?」

 

西行寺「シンさんて言ったかしら。あなたお強いのよね?」

 

シン「まあ、それなりに場数は踏んでますが……それがどうかしましたか?」

 

西行寺「やっぱりね~。それじゃシンさん。

妖夢とちょっと戦ってみてもらえないかしら?」

 

シン・妖夢「へ?」

 

 

いきなりの話でシン、妖夢の両名が目を丸くして驚く。

まさか花見の話から手合わせの話になるとは、想像していなかった。

 

 

妖夢「ゆ、幽々子様!何でそうなるんですか!?

いきなりそんなこと言って、お客様に失礼でしょう!?」

 

西行寺「え~?だってシンさんってデビルサマナーなんでしょ?

どんな戦いするのか見てみたいじゃない」

 

妖夢「そ、そんな理由で……」

 

 

焦る妖夢さんを見て、幽々子さんはケラケラ笑っている。

普段からこんな調子なのだろうか?実にほほえましい。

 

 

西行寺「シンさんはどう?別にいいわよね~?」

 

シン「あ、はい。こちらとしては構いませんよ」

 

妖夢「し、シンさんまでそんなことを……」

 

シン「でも、少し不安ですね」

 

西行寺「?……何か心配な事でもあるの~?」

 

シン「いえ、大したことではありませんが、妖夢さんは剣術を使うんですよね?」

 

妖夢「え、ええ」

 

シン「ボクも剣を使うことはありますが、

剣術なんて言えるほど大したものじゃありません。

ただ振り回すような戦いしかできないです。

だから形式的な試合なんて、できないと思うんですよね」

 

 

シンの戦闘スタイルは、どう言ったものか、まさに我流、といった感じだ。

 

 

先ほど話したように、霊剣を作り出しての斬撃、そこからの衝撃波。

口からの各種ブレス。

体の各所から魔力を放出してのレーザー、ビーム攻撃。

補助技として身体能力向上、逆に相手の身体能力低下。

さらには全属性魔法の詠唱。もちろん回復魔法も。

 

 

……このように、考えられる戦闘行動はすべて採ることができる。

 

普段はすべて解禁することはなく、最大でも8つほどしか技は使わないのだが、

やろうと思えばすべての技が使える。

 

 

正に千変万化。対応できない状況はない。

 

 

しかし今回のような手合わせなどは初めてで、

なまじ対応力がある分、何をどうしたらいいのやらわからない。

 

 

西行寺「あら、心配いらないわ~。自由にやって頂戴」

 

西行寺「うちの妖夢もそんなに弱くないし、ある程度無茶しても大丈夫よ~。

ね、妖夢?」

 

妖夢「ハァ……。またそんなことを……

シンさん、気乗りしないなら断っていただいても結構ですよ?

幽々子様はこうやって私をからかっているだけですので……」

 

西行寺「まぁ、ひどいわ~。せっかく主人が実力を認めているっていうのに~」

 

妖夢「そ、そういうつもりでは……」

 

 

このままでは妖夢さんがいじられ続けてしまう。

流石にそれは気の毒なので、そろそろ話を進めることにしよう。

 

シン「わかりました。お受けしますね。

ただ、完全に自由に、というと、どうしたらいいか迷ってしまいますので、

形式だけ決めてもらえませんか?」

 

西行寺「助かるわ~。それじゃこうしましょ」

 

 

そう言うと、幽々子は手合わせの条件を提示してきた。

 

 

まず勝敗は『勝てないと思った方が負けを宣言すること』

 

勝負には用意した竹刀を使う事。武器はそれ以外使用不可。

 

場所は白玉楼の道場で。会場が破損しない程度に頑張ること。

 

 

随分と、まあ、なんというか、ゆるい。

 

 

まあ本人が、楽しみたいから、と公言してる以上、

こちらの動きだけでも見れれば満足なのだろう。

 

 

シン「わかりました。それで問題ありません」

 

妖夢「私もかまいませんが……本当にいいんですか?シンさん」

 

シン「大丈夫ですよ。

この程度で花見の場所を提供してもらえるなら、安いものです」

 

妖夢「そうですか……。それでは、よろしくお願いします」

 

 

・・・・・・

 

 

会場の道場まで足を運んだシン一行。

着いて早々、妖夢さんが約束の竹刀を貸してくれた。

 

妖夢さんが手合わせの準備をしたい、とのことなので、

話でもしながら、のんびり待つことにした。

 

ガラ「シン君!その竹刀ってカタナ凄いね~!練習用なんだよね?」

 

シン「そうだよ。昔の人は、慣れるまではこれで練習してたみたい」

 

ガラ「切られても血が出ないなんて夢の様だねぇ。

拷問受けてた時は、みんな血まみれだったもんなぁ」

 

シン「あ―……ナーガの槍とか、ヤクシニーの双剣とかね……」

 

ガラ「これ欲しいな~。手合わせが終わったら聞いてみようかな~」

 

シン「一本くらい工面してくれるかもしれないね」

 

ガラ「だったらいいなぁ」

 

 

 

ピク「ところでシン、勝負だけど、どうするの?」

 

シン「どうするって、何が?」

 

ピク「いくら今弱くなってるって言っても、

あの子よりはあんたの方が強いんじゃないの?

全力でやって大変なことになっちゃ、後味悪いわよ」

 

シン「まあね。ちゃんとその辺は考えてあるよ」

 

ピク「へぇ、どうするの?」

 

シン「技を使わないでやってみようと思うんだ」

 

ピク「うーん……まぁ、それならよさそうね」

 

シン「せっかく手合わせするんなら、自分の素の戦闘力を試してみたいしね。

いつもはスキルとか耐性で何とかしちゃってるし」

 

ピク「負けても死なない戦闘とか初めてだしね。いいんじゃない?」

 

 

・・・・・・

 

 

妖夢「皆様、お待たせいたしました。

こちらの準備はできましたが、シンさんの方は大丈夫でしょうか?」

 

 

色々雑談しているうちに、妖夢さんが戻ってきた。

何を準備してきたのかと思ったが、どうやら着替えてきたようだ。

 

道着に袴と、道場にピッタリな服装になっている。

 

 

西行寺「どう?こっちの服の妖夢もかわいいでしょ~?」

 

シン「はい、とってもかわ」

ピク「ええ、すごく似合ってるわよ」

 

妖夢「そんな……とんでもないです」

 

とても似合っていてかわいい、と褒めようとしたら、

ピクシーがセリフをかぶせてきた。

 

一体なんだろう、と思ってピクシーを見ると、

例の冷たい目で睨んできた。

 

 

非常に怖い。

 

 

西行寺「それじゃ、二人とも準備ができたみたいだし、

早速始めましょうか」

 

妖夢「ハイ!よろしくお願いします!」

シン「よろしくお願いします」

 

 

・・・・・・

 

 

道場の中心で、竹刀片手に妖夢さんと対峙する。

 

流石に剣術指南役。剣を手にした途端、隙が全く見えなくなった。

竹刀の奥に、体がすっぽりと隠れているような錯覚が起きる。

 

反面自分は型にハマっていないどころの話ではなく、

片手で竹刀をもって脱力している、構えと言っていいのかわからない待機姿だ。

 

変に慣れないことをするよりは、いつも通りの方がチカラを出せる。

そういった方針でいこうと思う。

 

 

シン「……」

妖夢「……」

 

 

お互いに向き合ったまま動かない。

二人とも相手の出方をうかがっているようだ。

 

 

西行寺「なかなか仕掛けないわねぇ」

ピク「下手に攻撃してよけられたら大変だものね」

ガラ「ボクまで緊張してきたよ……」

 

 

シン「……!」

 

 

静寂を破り、シンが動く。

やはりボルテクス界の流儀でいけば、やられる前にやる、である。

 

シンは大きく竹刀を振り上げ、目の前の妖夢に向かって全身でたたきつける!

 

ーーー『デスバウンド(モーションのみ)』!!

 

荒々しい一撃ではあったものの、

シンの一挙手一投足をくまなく観察していた妖夢には、あっさりとかわされてしまう。

 

大ぶりな一撃を繰り出した後には、必ず隙ができる。

妖夢はその隙を狙ってシンに反撃!

 

妖夢「(……入る!)」

 

妖夢の竹刀がシンに振り下ろされる!

その剣筋は完全にシンの屈んだ背中を捉えていた!

 

しかし……

 

シン「……!!」

 

 

バチィッ!!

 

 

なんとシンは妖夢の竹刀をかわさず、

 

 

竹刀を持っていない左手で、竹刀の『側面』を薙ぎ払った!

 

 

妖夢「!?」

 

通常の剣術ではありえない動き!

竹刀にしても真剣にしても、素手で攻撃中の刀身を弾くなど、正気の沙汰ではない。

 

まさかの反撃に妖夢は動揺してしまう。

竹刀が弾かれて体勢が崩れたところを見逃すシンではない。

 

シン「ジャッ!!」

 

シンは妖夢の方へと体を捻り、その回転を利用して竹刀を振り上げる!

 

妖夢「くっ!」

 

しかしさすがの妖夢、竹刀で攻撃を受ける……が

 

妖夢「(……強いっ!!)」

 

思った以上にシンの攻撃はパワーがあった!

このままでは押し切られる!

 

妖夢「……!」

 

 

バッ!!

 

 

押し切られる刹那、妖夢はその身軽さを活かして跳躍!

太刀筋に沿って跳ぶことで、シンのパワーを後方へと受け流した!

 

シン「……」

 

たった数秒の攻防だったが、

相手の力量は相当なものであると二人は認識する。

 

一旦仕切り直しだ。

 

二人はまた試合開始前と同様、距離をとって向き合った。

 

 

・・・・・・

 

 

西行寺「あらあら、なかなかやるわね~。シンさん」

 

ピク「当然よっ!私達ビックリするくらい戦ってきたんだから!」

ガラ「は~、二人ともすっごい動き……」

 

西行寺「でも妖夢はまだまだチカラを出してないわよ~。これは優勢かしらね?」

ピク「シンだってまだまだ本気じゃないわよ!」

 

ガラ「あぁ、こっちもヒートアップしてきちゃった……」

 

 

・・・・・・

 

 

向かい合い、次の攻め手を考える両名。

 

妖夢「……!!」

 

今度は先に妖夢が動く!

 

妖夢は持ち前のフットワークの軽さを活かして、

ジグザクとステップを踏み、シンへと近づく!

 

動きの振れ幅に緩急を持たせたステップ。

いつどの角度で打ち込んでくるのか、相手に掴ませない!

 

シン「!!」

 

まるでスパルナやバイブ・カハを思い起こさせる俊敏さだ

流石にこれではシンも攻撃を当てられない。

 

バッ!

 

妖夢は最後の一ステップで一気に踏み込み、

シンの脇腹を狙う!

 

バシィッ!

 

シン「ッ……!!」

 

シンはかわし切れずに、一撃もらってしまった。

 

竹刀ということもあり、ダメージはほとんどないが、

これが真剣であればいい一撃だったという事実は変わらない。

 

俊敏さにはある程度自信があったので、

素直に感心する。

 

シン「……!」

 

シンは攻撃後の隙を狙って攻撃しようとする

 

……が、既に妖夢はシンの制圧圏から出てしまっていた。

 

見事なヒット&アウェイだ。

 

妖夢「……」

 

妖夢の様子を見れば、息一つ乱れていない。

 

……

 

 

シン「まいりました」

 

 

 

妖夢「……へ?」

 

西行寺「あら~?」

 

ピク・ガラ「ええっ!?」

 

 

まさかこんなに早く決着がついてしまうとは。

そんなこと誰も想像していなかった。

 

 

ピク「ちょっとーーーっ!!何降参してるわけ!?」

 

シン「いや、だっていい一撃もらっちゃったし、

ボクの攻撃はもう当たりそうにないし……」

 

ピク「そ・う・じゃ・ないでしょー!?

アタシが応援してるんだから、勝つまでやりなさいよ!」

 

シン「いやいや、そうは言うけどね、妖夢さんかなり強いよ?

今の状態じゃサンドバックにされてお終いだってば」

 

ピク「あーもー!シンの根性なしっ!」

 

 

ピクシーはかなりハイテンションになっている。

あっさり降参してしまったのがよっぽど悔しいようだ。

 

頭から湯気を出しながらプンスカしている。

 

 

シン「まぁまぁ……ほら、でもさ、これで花見させてもらえるんだし、

気分切り替えていこうよ」

 

ピク「アンタまさか、

早く花見したくてギブアップしたんじゃないでしょうねぇ……?」

 

シン「……違うって」

 

 

まぁ花見をさっさとやりたかったのは間違いないが。

 

 

・・・・・・

 

 

妖夢「……」

 

西行寺「妖夢おめでと~。よかったわね~勝てて」

 

妖夢「……ありがとうございます」

 

西行寺「で、どうだったかしら?戦って見て」

 

妖夢「そう、ですね。

全く本気ではないということはわかりました」

 

西行寺「あら?シンさん本人は、

あのままやっても勝てない、って言ってたけど~?」

 

妖夢「それは……今の条件なら、ということだと思います」

 

西行寺「へぇ?」

 

妖夢「シンさんの腕力、スピードはかなりのものです。

しかし何というか、それがシンさんの強さではないんじゃないかと思って……」

 

西行寺「と、いうと?」

 

妖夢「最初のシンさんの一撃、覚えてますよね?」

 

西行寺「ええ。すごい激しい一撃だったわよね~」

 

妖夢「あれは本来もっと違う技なんじゃないかと思うんです」

 

西行寺「へ~……どうしてそう思うのかしら?」

 

妖夢「正直あんなわかりやすいモーションの攻撃なんて、当たりませんよ。

シンさんは実戦経験も豊富という事でしたので、それは尚の事承知してるでしょう」

 

西行寺「まぁ、言われてみればそのとおりね」

 

妖夢「でもあの時の動きには、淀みがなかった。

普段から慣れている動きということです」

 

妖夢「つまり、あの攻撃はあの状況、あの動きで

本来は『当たるもの』だったのではないでしょうか?」

 

西行寺「?」

 

妖夢「そうですね……例えば、

あの攻撃はもっと広範囲に被害を出せるものだったとか、

普段使っている武器がもっと広範囲に攻撃できるものだとか、

もしかしたら相手の動きを止めるような技を普段は使っているとか……」

 

妖夢「とにかく、シンさんは普段の動きのまま、

今回のルールで戦ったんじゃないでしょうか?

もっと本当は色々とできるのに、しなかったとか……」

 

西行寺「成程ねぇ。さすが私の先生だわ~」

 

妖夢「茶化さないで下さいよ……」

 

 

・・・・・・

 

 

西行寺「付き合ってもらっちゃってありがとね~。

約束通り縁側はお貸しするわ。存分にお花見を楽しんでちょうだい」

 

シン「ありがとうございます」

 

西行寺「いいのよ~。こっちの趣向に付き合ってもらったことだしね」

 

ガラ「あ、そうだ!妖夢さん、一ついいですか!?」

 

妖夢「はい?どうしたんですか?」

 

ガラ「さっき使ってた、竹刀ってカタナ、一本譲ってもらえないでしょうか!?」

 

妖夢「……竹刀を?鍛錬にでも使うのですか?」

 

ガラ「いえ、斬っても血が出ないカタナなんて珍しいじゃないですか!

お宝として欲しいなって思ったんです!」

 

妖夢「お宝……そう言えば皆さん宝さがしに来てるって言ってましたね。

竹刀はお宝なんて大層なものじゃないと思うんですが……」

 

ガラ「そんなことありません!ボクは初めてみましたし、珍しいですって!」

 

妖夢「う~ん……いいですか?幽々子様」

 

西行寺「まぁ、一本くらいならいいんじゃない?結構あったわよね?」

 

妖夢「はい。10本以上はあるので問題ありません」

 

西行寺「それじゃ気前よくあげちゃいましょ」

 

妖夢「わかりました」

 

ガラ「やった!!ありがとうございます!ありがとうございます!」

 

妖夢「どういたしまして」

 

西行寺「あ、そうだ。私もお花見に混ぜてもらえないかしら?

ここってなかなか刺激が少ない所だから、一緒に楽しみたいのよ~」

 

シン「もちろんいいですよ。お断りする理由なんてありません」

 

西行寺「ありがとね~。

それじゃ妖夢、お花見の用意を給仕幽霊に頼んできてちょうだい」

 

妖夢「はい。

……あの、私もご一緒してもよろしいですか?」

 

ピク「私達は構わないわよ?」

 

妖夢「ありがとうございます」

 

西行寺「貴女が自分から言い出すなんて、珍しいわね~。

何か聞きたいことでもあるの?」

 

妖夢「はい。先ほどの手合わせでの感想戦というか、

シンさんが何を考えて戦っていたのか知りたくて」

 

シン「その程度ならお話ししますよ。

ボクも妖夢さんがどんなこと考えてたか気になりますし」

 

妖夢「やった!ありがとうございます!」

 

 

妖夢は楽しそうに笑っている。

 

感想戦ができることを喜んでいる姿を見て、

とても真面目でいい子なんだなぁ、とシンはほっこりする。

 

 

ピク「……シン、わかってるかはわからないけど、口説いちゃダメだからね……」

 

シン「ええと……そんなことしないよ」

 

ピク「……アタシが傍で聞いてるから。

危ないと思ったらつねるようにするわ」

 

シン「……ハイ」

 

・・・・・・

 

こうしてシン一行と、白玉楼の二名は

一緒にお花見を楽しむこととなった。

 

美しく手入れされた庭園と、視界一杯に広がる満開の桜の中、

白玉楼で用意してくれたお酒と食事を楽しむ。

 

阿求に話したように、ボルテクス界の当たり障りない話をしたり、

妖夢と戦闘についての話で盛り上がったり、

とても充実したひと時を過ごすことができた。

 

こんなに幸せなひと時を過ごせるのなら、

何度でも花見を楽しみたい、と

しみじみと感じるシンであった。

 

 

……余談として、

その間シンはピクシーに十数回つねられ、

肌が腫れあがることとなった。

 

 

つづく




略称一覧

シン…間薙シン(人修羅)
ピク…ピクシー
ガラ…ガラクタ集めマネカタ

妖夢…魂魄妖夢(こんぱくようむ)。白玉楼住まいの庭師にして剣術指南役。とても真面目であるがゆえに、主人の幽々子からは日々からかわれている。従者としての能力も剣術の腕も上々。半霊という人魂のようなオプションがくっついているが、それは彼女がそういう種族だから。

西行寺…西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)。白玉楼の主。幽霊であるが、実態を持っており、ほとんど生者のようなもの。呪殺系の特技が使えるため、無耐性の者は敵ではない。幻想郷のパワーバランスの一翼を担う実力者。性格はおっとりとしており、人当たりもよい。紫ととても仲が良い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2章 開幕
第12話 幻想郷の一番長い日 1


あらすじ

白玉楼で花見をしたいと頼んだシン一行。
白玉楼の主人・西行寺幽々子の計らいで、縁側を貸してもらえることになった。
その代わりに、幽々子を楽しませるため魂魄妖夢と手合わせをすることに。

結果としてシンは敗北するものの、
幽々子と妖夢も交えて、目的の花見を楽しむことができた。

今回の話はその次の日。
つまり
天子が再度洞窟へ向かった日の話である。



白玉楼で楽しく花見をしてきたシン一行は、

人里の宿へとへ帰り、それぞれの部屋で床に就いていた。

 

シン「今日は楽しかったな……こんな気分は久しぶりだ……」

 

そんな独り言を言いつつ、眠りへと落ちていく……

 

 

・・・・・・

 

 

??「オイ」

 

シン「……?」

 

??「……ククク……随分楽しんでいるようじゃないか」

 

シン「……お前か」

 

 

シンの目の前に、巨大な悪魔が浮かんでいた。

 

羊のような巻き込んだ角に、青銅色の肌、そして6枚のコウモリの羽。

 

見間違えるはずはない。大魔王ルシファーだ。

 

 

シン「俺の夢の中にまで、何をしに来た?」

 

ルシ「フフフ、随分とご挨拶じゃないか。混沌王よ」

 

シン「……その呼ばれ方は好きじゃない」

 

ルシ「相変わらず嫌われたものだな」

 

シン「……それで?何もなしに来たんじゃないだろう?何の用だ?」

 

ルシ「そう焦るな……今日はいい知らせを持ってきてやったぞ」

 

シン「お前の言ういい知らせが、本当にいい知らせだった試しはないんだが」

 

ルシ「そんなもの捉え方次第だ。些細な問題よ」

 

シン「……」

 

ルシ「貴様がここで出会った少女……比那名居天子とか言ったか」

 

シン「!!……それがどうした」

 

ルシ「ククク……!その反応……まだ未練があるのか?」

 

シン「いい加減にしろ。そろそろ怒るぞ」

 

ルシ「まぁ落ち着け……あの天人だが、このままでは今日死ぬぞ」

 

 

シン「!?」

 

 

ルシ「どうだ?いい知らせだったろう?」

 

シン「クソッ!オイ!それは本当なんだろうな!」

 

ルシ「ククク……悪魔が嘘をつくわけがなかろう……?」

 

シン「言え!何が起こっている!?いや、何がこれから起こる!?」

 

ルシ「さてなぁ……?私は貴様ではないのでな。運命はわからないものよ」

 

シン「持って回る言い方をするな!!知っていることを話せ!!」

 

ルシ「すべては貴様がきっかけとなったことが発端よ。あの天人の運命もな」

 

シン「はっきりとモノを言え!」

 

ルシ「貴様はYHVHを不可侵の存在から、ただの一悪魔に貶めた。

神でも越えられなかった運命というものを、超えてみせた。

だからこそ、手遅れになる前に教えに来てやったのだよ?」

 

シン「そんな昔話はいい!どうすれば助けられる!?」

 

ルシ「今回も貴様が望む未来を作り出せるのか……

それとも定められた絶望の底に沈むのか……

我らはそれを愉しく見守っているぞ……」

 

 

そういってニヤリと笑うと、

ルシファーの体がうっすらと透き通っていく。

 

 

シン「待て!まだ肝心なことを話していない!」

 

ルシ「人の子よ……可能性を見せてくれ……我らの『黒き希望』よ……」

 

 

シンの制止もむなしく、

大魔王ルシファーは闇の中へと溶け込んでいった……

 

 

・・・・・・

 

 

シン「ルシファーーーッ!!」

 

 

シンはそう叫ぶと、眠りから目覚め、布団から飛び起きる。

 

 

シン「ハァ……ハァ……」

 

 

すごい汗だ。余程緊張していたのだろう。

あの大魔王が現れるとロクなことにならない。

 

結局何が起こるのかも話していかなかった。

考えられる方法をすべて試し、全力で動くしかない。

 

シンはすぐさま寝間着から普段着に着替え、

ピクシーとガラクタ集めマネカタを招集した。

 

 

シン「……というわけだ。天子が危ない」

 

ガラ「ええっ!?た、大変だ!天子さんが死んじゃう!」

 

ピク「……」

 

シン「とにかく今は天子がどこにいるのか掴まないと……!

ピクシーは何か考えがあるか?」

 

 

シンの問いに対して、ピクシーは冷静な表情で口を開く。

 

 

ピク「ねぇシン。今から私は大事なことを言うわ。よく聞いて」

 

 

ピクシーの真剣な様子を見て、シンは落ち着きを取り戻す。

 

 

シン「……どうした?」

 

ピク「いい?シン。

あのルシファーが言う事なんだから、

天子の身に危険が迫っているのは本当でしょう。」

 

シン「……ああ」

 

ピク「でもね。あの子は私達をもう恐怖の対象として見ていると思う。

もし助けられたとしても、戦う姿をまた見せることになるでしょう」

 

シン「……」

 

ピク「そんな私達の姿をまた見せたら、

あの子は本当に私達のことを嫌いになるかもしれないわ。

もう二度と顔を見たくないと思うほどにね」

 

ピク「死に物狂いで戦って、助けることができたとしても、

怖がって逃げられるかもしれないわ。

そうなったらシンはまた、心に傷を負うでしょう」

 

シン「……」

 

ピク「だから私は、シンが直接助けに行くのは反対よ。

誰か他の人に頼むのがいいと思うわ」

 

シン「……ありがとう、ピクシー。

でも、時間がどれだけ残されているかもわからない。

ボクは行くよ」

 

ピク「……どうしても?」

 

シン「キミがボクのためを考えてくれているのは、本当にうれしい。

でも、できることをしたいんだ。今までもそうしてきたし、これからも。

正しいと思えることをしたいんだ。

ボクが人間でいたいと思う限り、そこだけは譲れない。」

 

ピク「そう……そうね。」

 

ピク「アナタは昔っから、いつもそうしてきたものね。

いつだって、自分が傷つくことを恐れず

 

……いや、違うわね。

 

傷つくことを恐れながらも、傷つくことが分かっていても、

必死で、大事な人のために戦ってきた」

 

シン「……そんな立派なものじゃない。

結局は……誰も……誰も止められなかった」

 

ピク「結果がすべてじゃないわ。

それに、アナタの心と行動は、私達仲魔を引き寄せたじゃない」

 

シン「……そうだな。

それに今回は、あの時とは違う……まだ、間に合う!」

 

 

ピクシーはシンの目を見る。

曇りなく、まっすぐで強く、心に届く目だ。

 

シンの友人だったチアキ、イサムの守護である、

バアル・アバター、ノアを倒したときと、同じ目だ。

 

あぁ、私はこの人についてきて、本当に良かった……

 

 

ピク「……わかったわ。一緒に天子を探しに行きましょう!」

 

シン「!……ありがとう、ピクシー」

 

 

・・・・・・

 

 

シン「まずは天子の居場所を探る。

それが一番うまくできる仲魔は……」

 

ガラ「探し物だったら決まってるよ!フトミミさんだね!」

 

シン「……そうだな。では……

 

 

ーーーー召喚『フトミミ』!!」

 

 

シンが悪魔の名を呼ぶと、稲光と共に鬼神が現れる。

 

 

フト「……私の出番のようだな、間薙」

 

シン「フトミミ、チカラを貸してくれ」

 

フト「当然。お前たちのことはアマラ深界から見ていた。

お前の覚悟は無駄にはしない」

 

シン「なら頼む」

 

フト「承知した」

 

 

そう言うと、フトミミは右手をこめかみに当て、瞑想を始めた。

 

フトミミには予知能力があり、近い未来だったら吉兆・凶兆を視ることができる。

天子に起こるであろう、不吉な予感もわかるはずだ。

 

数分の後、フトミミは目を開け、話し始めた。

 

 

フト「……間薙。お前はこの世界で一度戦闘しているな?」

 

シン「ああ、オオナムチといったか。そいつを一度倒している」

 

フト「その戦闘を行った場所、この世界の要だったようだ」

 

シン「あの洞窟が……要?」

 

フト「転換点と言ってもいい。

その場所にはどうやら、とてつもない不吉な未来から、この地を守る役目がある」

 

シン「……」

 

フト「その場所に……とんでもない凶兆が視える。

恐らく例の天人は、それに巻き込まれるのではないか?」

 

シン「間違いなさそうか?」

 

フト「この地で他に不吉な地はいくらかある。

鬼の住む地の底……ここからそう遠くない修験の山……そしてここ人の住む里にも……」

 

フト「しかし一番危険だと感じるのは、その洞窟だ。信じてもらいたい」

 

シン「……わかった。よくやってくれたな」

 

フト「私も役に立ててうれしい。このチカラ、いつでも役立ててくれ」

 

 

そう言うと、フトミミは稲光とともに消えてしまった。

 

 

ガラ「やっぱりフトミミさんは頼りになるや!

それじゃ、あの洞窟に向かえばよさそうだね!」

 

シン「そうだな……だが」

 

ピク「シン、どうしたの?」

 

シン「今フトミミが言ったことが気になる。

前二つはよくわからなかったけど、この人里にも何かが起こるみたいだ。」

 

 

シン「だから、二人にはこの人里を守ってもらいたい」

 

 

ガラ「シン君がそういうなら、ボクはそれでいいよ」

 

ピク「……」

 

シン「ピクシー……言いたいことはわかってる。

でもやっぱり、あのオオナムチクラスの悪魔が出現する危険がある以上、

一番信用できるキミにここを任せたいんだ。」

 

シン「それに最も危険な場所には、

仲魔を喚び出せるボクが向かうのが、一番確実なんだ」

 

 

ピク「……はぁ、いいわ、シン。任されてあげる」

 

シン「!……ありがとう」

 

ピク「でも約束して。必ず無事に帰ってきてね」

 

シン「わかった。約束する」

 

ピク「ん。それならいいわ

……それじゃ、いってらっしゃい」

 

シン「ああ、行ってくるよ。

ピクシー!ガラクタ君!こっちのことは任せたよ!」

 

ガラ「いってらっしゃい!シン君!何かあったらボクも頑張るよー!」

 

ピク「それじゃ、また後でね」

 

 

シンは別れの挨拶をするが早いか、走り出していた。

 

それを見送るガラクタ集めマネカタとピクシー。

 

これから何かが起こる、嫌な予感を感じながら……

 

 

・・・・・・

 

 

その頃天子は、要石のある洞窟にちょうど入ったところだった。

 

 

天子「相変わらず辛気臭い場所だわ。

なんでこんなところにあんな化け物が……」

 

 

あの日に見た衝撃的な光景が脳裏をよぎるが、

止まるわけにはいかない。

今度は相手の正体もわかっているし、緋想の剣もある。

 

もし相手に見つかり、戦闘になったとしても、

勝てないまでも、身を守って逃げることくらいはできるはずだ。

 

 

天子「なんとしても、ここに何があるのかを掴んでやるわよ……」

 

 

シン達が何故あんな戦闘をしていたのか?

何故大国主命などという強力すぎる神が、誰にも気づかれずに幻想郷にいたのか?

 

すべてのカギは、この洞窟にある。

 

 

・・・・・・

 

 

天子は洞窟の奥へと進む。

 

一度来たこともあり、スムーズに奥の広間まで来ることができた。

 

 

天子「……?オオナムチの死体が……ない?」

 

 

あの戦闘が起こったのは一昨日のこと。

いくら何でも自然に死体がなくなるはずがない。

 

何者かに食べられるにしても、

こんな洞窟の奥まで山犬や妖怪が来るとは考えづらい。

 

 

天子「なんなのかしら……?」

 

 

天子は疑問を感じながらも、広間中央へと近づいていく。

 

死体がないのにもかかわらず、

乾燥してはいるが、血だまりがまだ残っているのが不気味だ。

 

……と、その時、広間の奥に誰かが倒れているのに気が付く!

 

 

天子「……!……あれは、え?なんで……?」

 

 

倒れていたのは九尾の狐。

八雲紫の式である、八雲藍だった。

 

 

天子「紫の式……!何でこんなところに……!?」

 

 

天子が動揺していると、藍が天子に気が付く。

 

 

藍「クッ……お前……天子……!何故ここに……!」

 

 

明らかに藍の様子はおかしい。

天子は心配になり、藍に向かって駆け寄る!

 

 

天子「ちょっと、大丈夫!?いったい何があったの!?」

 

藍「!!……天子ッ!来るなァッ!! 『ヤツ』に気づかれた!!」

 

天子「ちょ……一体どうしたのよ!」

 

藍「早く離れろッ!!逃げろ―――ッ!!!」

 

 

 

 

 

「 も う 遅 い 」

 

 

 

 

 

地の底に響くかと思う悍ましい声!

 

予想外のことに驚く天子の腰から緋想の剣がするりと離れ、宙を舞う!!

 

 

天子「!?!?」

 

 

ザシュゥゥッッ!!

 

 

宙を浮かぶ緋想の剣は、ひとりでに結界の方へ向かっていき、

素早く、深く、結界を斬りつけた!!

 

 

藍「ダメだ……!!いけない……!!」

 

 

結界にできた深い切り傷。

その傷から、ゆっくりと、一体の悪魔が捻り出る!!

 

 

 

アラ「我が名は荒吐(アラハバキ)。

 

 

この地に封印された『伏ろわぬ神』が一柱。

 

 

さあ、怒りのままに、蹂躙を始めようぞ……!」

 

 

 

 

幻想郷の一番長い日が始まる……

 

 

 

つづく




略称一覧

シン…間薙シン(人修羅)
ピク…ピクシー
ガラ…ガラクタ集めマネカタ

ルシ…大魔王・ルシファー。シンを人間から魔人へと転生させた張本人。悪魔王とも。終の決戦でシンがYHVHを倒したことにより、ルシフェルの姿を取り戻している。コンバート可能。たびたび意味深な助言をシンにしては、疎ましがられている。シンに対しては一目置いており、今の彼の興味はすべてシンへと注がれている。いい迷惑。戦闘力に関しては言わずもがな。

フト…鬼神・フトミミ。ボルテクス界ではマネカタのまとめ役だった。受胎前の世界では少年殺人鬼だったが、現在は前世の業を思い出し、贖罪に努めている。予知能力があり、シンも頼りにしている。ガラクタ集めマネカタとは古くからの知り合いで、かなり仲が良い。高い体力と魔力による耐久性と、豊富な属性技がウリ。

天子…比那名居天子(ひなないてんし)。幻想郷の天界に住んでいる、自由奔放な天人。たびたび人里に現れては、暇つぶしをしている。根はいい子。実は戦闘力はかなりのもの。

藍…八雲藍(やくもらん)。八雲紫の式にして、幻想郷でも指折りの実力を持つ九尾の狐。頭の回転、計算力にかけては右に出るものはいない。が、予想外の事態に弱いのが玉に瑕。紫が動けない現在、代役として動き回っている。

アラ…荒吐(アラハバキ)。封印されていた『伏ろわぬ神々』の一柱。大和朝廷に滅ぼされた古代の神。結界の裂け目から幻想郷に出てきた。千年以上結界内でマガツヒを蓄え続けてきたこともあり、オオナムチには及ばないものの、実力は非常に高い。いわゆるボス補正。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 幻想郷の一番長い日 2

あらすじ

花見の余韻に浸ってぐっすり寝ていたシンの夢枕に、大魔王・ルシファーが立つ。

意味深な物言いで、天子の身に重大な危機が迫っていることを告げられたシン。
友人に拒絶されるというトラウマと向き合う覚悟を決め、
天子救出に向かう。

一方天子は、シンの動向に加え、幻想郷に何が起こっているかを探るため、
知らず知らずに要石が埋め込まれた洞窟へと足を運ぶ。

そこで何故か倒れていた藍の忠告もむなしく、
緋想の剣を遠隔操作され、結界に切れ目が。

『伏ろわぬ神々』の一柱、アラハバキと対峙することになった天子。
これからどうなってしまうのだろうか……


天子と藍の前に現れた『伏ろわぬ神々』の一柱、アラハバキ。

二人はこの悪魔の放つ魔力に、気圧されていた。

 

 

天子「ッ……!」

藍「イカン……これほど……チカラの差が……」

 

 

天子は藍に、何が起こっているのか聞こうとするも、

目の前の悪魔から放たれるプレッシャーは、その隙を許さない。

 

 

……目の前からいきなり現れたこの妖怪。

 

縄文時代の遮光器土偶の姿、

そして『伏ろわぬ神々』というワード。

 

間違いない。

文献にあった荒吐(アラハバキ)と特徴が一致する。

 

かつての朝廷に貶められ、滅ぼされた、日本古来の部族の保持神。

 

 

……天子はオオナムチ級の神と対峙することを想定し、覚悟を決めてきたはずだった。

 

しかし、実際にその神を目の前にすると、

自分の想定が甘かったと認めざるを得ない。

 

 

こんな化け物、どうすればいいのだろうか?

 

 

存在するだけで放たれる威圧感、桁違いの魔力、禍々しい気質……

命の危険を感じ、鼓動が早くなる。

 

 

二人が動けずにいる中、

アラハバキはゆっくりと辺りを見回し、

倒れている藍と目の前の天子へと順に目を向ける。

 

そして先ほどの低く響く声で、二人へ言葉をかける。

 

 

アラ「我が復活したからには、この地の民に先はない。

手始めに貴様らを血祭りにあげてくれようぞ」

 

 

天子「ッ……!」

 

 

言葉の一つ一つに、心臓を掴まれるような重みを感じる。

 

自分たちはあっさりと殺される。

 

アラハバキの確信めいた言葉は、そうなる未来が当然だと言っている。

 

 

藍「……ダメだ……これはもう……」

 

 

藍は目の前で展開するこの状況に、絶望していた。

 

天人の比那名居天子の実力は知っている。

確かにその地震を起こす能力は驚異だが、一対一の戦闘で有効とは言えない。

 

対して封印されていたアラハバキの実力は、少なくとも紫様と同じくらいはあるはずだ。

それはこの威圧感が物語っている。

 

……天子に打てる手といえば、良くて命からがら逃げる程度だろう。

 

もし天子が自分を助けようと思ってくれていたとしも、

そんなことをすれば、それこそ命はない。

 

 

藍の聡明な頭脳が、この状況で助かる確率は0%だと静かに告げる。

 

 

あの時の一瞬の油断が、こんな最悪の事態を招くなんて……

 

 

・・・・・・

 

 

……この絶望的な状況から、一日前。

昨日の事である。

 

 

藍は結界の修復をした後、

結界内の戦力を探るために、意識を飛ばそうとしていた。

 

 

意識の状態では、物理的に物を見るのとは、見え方が異なる。

 

そのものの持つチカラの大きさ、性質が、

様々な形、色を持つ輝きとなって感じられるのだ。

 

静かな性質の魔力を持っていれば、輪郭のぼやけた透明感のある青、

激しい性質の魔力を持っていれば、とげとげしく輝く赤、

といった具合に。

 

『見る』、というより『視る』『観る』という表現がしっくりくる。

 

 

藍「結界修復で大分疲労がたまっているが、

そんなことを言っている猶予はない。

虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ」

 

 

藍は結界内に意識を集中していく……

 

 

藍「……」

 

 

結界内、精神の海を、意識の状態で泳ぐ。

奥へ行くほど魔力の密度が濃くなり、息苦しさが増していく。

 

 

藍「……」

 

 

藍は最大限警戒しながらも、結界の奥へと潜る。

結界内は暗く、深い。

意識を集中していなければ、戻れなくなることも十分にある。

 

 

そろそろか……

 

 

先へ進むのが困難になってきた時、いきなり目の前が開けた!

 

 

藍「な、これは……!!」

 

 

視界一杯に様々な光が広がる!

 

どれもこれもとんでもない大きさの光。

そのことごとくが、想像の遥か上をいく魔力を発している!

 

その中でもとりわけ大きな光、

金色に輝き、月か太陽と見まごう大きさの光が、中央で耀いている!!

 

虎穴どころではない!これは魔窟だ!

 

 

藍「マズい……!!なんだあの化け物共は……!!」

 

 

ガシィッ!!

 

 

藍「!?」

 

 

あまりの光景に藍が気をとられた、その一瞬!

何者かが藍の精神を掴み、捉えた!

 

 

藍「ぐっ……!一体どこから……!?」

 

 

一瞬気をとられたのは確かに不覚だったが、

それでも藍は、常に周囲の警戒を怠ってはいなかった。

 

自分の精神の周りに他の精神を近づけないように、というのは

戦闘で自分の間合いに相手を入らせないことと同じだ。

 

そんな基本を怠る藍ではない。

 

だから一瞬の間に精神を掴まれるほど、相手を近づけるなど、

ありえないことだった。

 

 

藍「一体何が……!?」

 

 

ここで藍は気づく。

 

自分を掴む相手の光、精神が……見えない!?

 

 

藍「そんなバカな!?」

 

 

存在しないものに掴まれるなど、あるはずがない。

今まで以上に精神を集中して、感じ取る。

 

 

藍「……これは!!」

 

 

見えないのも当然。

 

相手の精神は、ほとんど無色透明。

さらに輪郭が見えないほど周囲に融け、広がっている!

 

……こんな精神は一度も感じたことがない。

気づかないうちに藍の精神は、この精神に狙われていた。

 

 

藍「……くっ!」

 

 

振りほどこうにも振り切れない!

このままでは結界内に、自分の精神が引き摺り込まれてしまう!

 

 

 

……この無色透明な精神を持つ存在の正体。

 

 

それは、漂流神・『蛭子(ヒルコ)』

 

 

イザナギ・イザナミの最初の子にして、忌子として流された神。

 

 

いくら藍でも、

原初の神の一柱、ヒルコともなれば、

荷が勝った相手だ。

 

 

藍「……!?」

 

 

ヒルコに精神を掴まれた藍の前に、更なる脅威が現れる!

 

なんと藍が通ってきた経路に、一つの精神が入り込もうとしている!

 

 

藍「ま、マズい……!」

 

 

巨大で暗い、燈色の光を放つ精神だ。

藍にはまだわからないが、この精神こそがアラハバキである。

 

このままではあの精神は、結界を破って外に出てしまう!

 

 

藍「させない……!」

 

 

ぐぐ……っ!

 

 

藍はヒルコに精神を掴まれたまま、

アラハバキの精神を引き寄せる!

 

 

藍「く……そ……!」

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

……藍はそのまま天子が来るまで、

ヒルコに掴まれたまま、アラハバキを足止めし続けた。

 

奥へ引き摺り込もうとするヒルコと、

手前に進もうとするアラハバキ。

 

並みの精神力なら早々に気を失い、結界の奥に沈んでいたところだ。

 

そうならなかったのは、ひとえに藍の責任感からだろう。

覚悟を決めていたことが生死の境目となった。

 

 

……しかしその努力もむなしく、

天子の緋想の剣をアラハバキに利用され、結界の外へ逃げられてしまった。

 

不幸中の幸いは、結界に斬撃が入ったことにヒルコが驚いたこと。

 

その隙に乗じて、藍は結界の外に戻ってくることができた。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

アラ「……」

 

 

アラハバキは無言で、天子にその腕を向ける!

 

 

天子「……!来る……!」

 

 

魔力の高まりを感じる天子。

このままここにいては消される!

 

 

バッ!

 

 

天子は震える足を無理矢理動かし、跳躍!

先ほど離れていった緋想の剣まで跳び、それを拾う。

 

生き残る可能性を少しでも上げるには、緋想の剣が必須だ。

 

 

アラ「―――『ブフダイン』」

 

 

ピュンッ!

 

 

天子が離れた直後、アラハバキの腕先から青い光線が放たれる!

 

 

バガガキィン!

 

 

天子が先ほどまで立っていた場所に、光線が命中!

そこから円形に、巨大な氷柱がいくつも出現する!!

 

 

天子「……!」

 

 

それを見て肝を冷やす天子。

あんな一撃喰らえば、ひとたまりもない!

 

 

アラ「……」

 

 

かわされたことを意にも介さず、

アラハバキは再度天子に向き直り、その腕を向ける。

 

 

アラ「―――『マハブフーラ』」

 

 

ピピィ―――ッ!

 

 

天子「!!」

 

 

ババッ!

 

 

先ほどの光線とは若干様子が違う!

嫌な予感がし、天子は先ほどの攻撃範囲以上に距離をとる!

 

 

ガギギギッ!

 

 

光線が命中した部分には、先ほどと同様、氷柱ができていく。

しかしそれだけにはとどまらない!

 

 

天子「……ッ!!」

 

 

ピィ―――ッ!

 

 

アラハバキの光線は、なんと天子を追尾してくる!!

 

本人の腕は動いていないというのに、

光線は空中で曲がり、広範囲の地面に氷柱を出現させていく!

 

 

天子「何それ……ッ!!」

 

 

予想外の攻撃に、天子はかわし切れず、右足先を凍らされてしまう!

 

ほんの少し掠っただけなのに、

くるぶしより先は完全に凍り付いてしまった!

 

 

天子「冗談じゃないわよ……!」

 

 

天子は緋想の剣に炎の魔力を吸収させ、凍ってしまった足先にかざす。

すると氷はみるみる融け、足は元の状態に戻った。

 

もしあそこで緋想の剣を拾っていなかったらと思うと、ゾッとする。

凍った足で攻撃をかわし続けるなど不可能だったろう。

 

 

天子「……やるしかないわね」

 

 

このままよけ続けていてもジリ貧になるのは明白。

天子は攻撃を仕掛けることにした!

 

 

天子「行くわよ…… ―――『カナメファンネル』!!」

 

 

天子は自分の魔力を複数の要石に変え、打ち出す!

 

これだけの質量の岩が命中すれば、

倒せないまでも、ダメージくらいは与えられるはず……

 

しかし……

 

 

アラ「……」

 

 

アラハバキは微動だにしない!

 

 

天子「……?なんだかよくわからないけど、……喰らいなさい!!」

 

 

ズガガガッ!

 

 

全弾命中!

アラハバキはまともに攻撃を受けた!

 

 

天子「命中した!」

 

 

パラパラッ……

 

 

天子「……!?ウソ、そんな……」

 

 

アラハバキの全身に直撃していた要石が砕け散り、

相手のダメージが明らかになる。

 

 

……全くダメージを受けていない。完全に無傷だ。

 

 

天子「一体なんだってのよっ!?」

 

 

動揺する天子を意に介さず、アラハバキは攻撃態勢に入る!

 

 

アラ「―――『絶妙剣』」

 

そういうと、アラハバキは腕の先から霊力の剣を発生させる。

そしてそのまま空中をスライド、天子に迫る!

 

 

天子「……!」

 

 

これを喰らうわけにはいかない!

天子は必死で身をかわす!

 

 

ズドォン!!

 

 

アラハバキの強烈な一撃!

天子はかろうじて避けることができたが、その威力に驚愕する。

 

剣筋通りに地面がえぐれている……

 

いくら自分の体が丈夫だと言っても、この威力の斬撃は防げない。

魔法だけでなく、物理攻撃もこの威力だとは……

 

この戦闘で相手の一撃をまともに喰らうことは、

即、死につながるだろうことを理解する。

 

 

天子「どうすれば……どうすればいいの……?」

 

 

死の危険が、天子の頭の回転を早める。

 

 

ここから逃げる……?ダメだ。

 

アイツは「手始めに」私達を消すと言っていた。

ということは、幻想郷のどこにいても危険は消えないだろう。

 

事情は分からないが、八雲藍があそこまで追いつめられる相手だ。

他の幻想郷の強者でも、止められるかはわからない。

 

それに、アイツがシンが戦っていたオオナムチの仲間だとすると、

他の仲間がまた現れるかもしれない。

 

一対一でこれなのだ。

複数を相手取るなどできるはずがない。

 

第一、八雲藍を見捨てていくのは、気分のいいものではない。

 

 

ではどうする……?

 

 

……

 

 

天子「やるしかないわね……!」

 

 

天子は再度覚悟を決める。

 

属性魔法に対しては、緋想の剣は絶大なアドバンテージが取れる。

物理攻撃は強力だが、かわせないほどではない。

 

戦いの相性としては非常に有利なのだ。

わずかな勝機さえ見いだせれば、

可能性はあるはず……!

 

 

なんとか無事にこの場を切り抜ける……!!

 

 

つづく




略称一覧

天子…比那名居天子(ひなないてんし)。幻想郷の天界に住んでいる、自由奔放な天人。たびたび人里に現れては、暇つぶしをしている。根はいい子。実は戦闘力はかなりのもの。

藍…八雲藍(やくもらん)。八雲紫の式にして、幻想郷でも指折りの実力を持つ九尾の狐。頭の回転、計算力にかけては右に出るものはいない。が、予想外の事態に弱いのが玉に瑕。紫が動けない現在、代役として動き回っている。

アラ…荒吐(アラハバキ)。封印されていた『伏ろわぬ神々』の一柱。大和朝廷に滅ぼされた古代の神。結界の裂け目から幻想郷に出てきた。千年以上結界内でマガツヒを蓄え続けてきたこともあり、オオナムチには及ばないものの、実力は非常に高い。いわゆるボス補正。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 幻想郷の一番長い日 3

あらすじ

アラハバキと対峙する天子と藍。
放たれるオーラからわかる、圧倒的な実力に、二人は威圧される。

前日からアラハバキが出てこないように
結界内で孤軍奮闘していた藍は、現在動くことができない。

天子は一人での戦いを強いられることに。

果たして天子はアラハバキの強力無比な攻撃をしのぎ切り、
生き残ることができるのか?


命の危険にさらされた生き物は、

普段とは比べ物にならない集中力を発揮する。

 

天子も例外ではなく、

この戦闘で生き残るため、頭をフル回転させていた。

 

 

……まずは相手と自分の力量差を正確に把握する必要がある。

 

 

相手はアラハバキ。古の神である。

戦闘力は考えるまでもない。圧倒的だ。

 

まともにやりあえば、全く勝負にならないのは明白。

 

 

……しかし相手の攻撃を見て、

微かではあるが勝機があると天子は踏んでいた。

 

 

まず相手の属性は氷結であるのは、間違いない。

 

それに加えて耐衝撃結界のようなものを展開している可能性が高い。

要石の連撃が全く効果がなかったことから、

単に防御力が高い、と考えるのは無理がある。

 

勝機があると考えるポイントはここだ。

 

……実は氷結攻撃、耐衝撃結界のどちらとも、緋想の剣があれば、対応できる。

 

緋想の剣による気質吸収効果、そして、気質の弱点を突く効果、

この2つをうまく活用すれば、勝機は、ある。

 

 

この効果を利用して相手に勝利するには、たった一点。

針の穴に糸を通すような精密さが要求される、

ある一点を狙うしかない。

 

 

……問題は、相手に何か狙っていると悟られたら、

隙を見せてくれなくなるかもしれないこと。

 

そして、敵の攻撃を一発でもまともにもらえば、

そのまま敗北、死につながるということ。

 

 

でも……やるしかない。生き延びるために。

 

 

・・・・・・

 

 

天子「……いくわよ! ―――『不譲土壌の剣』!」

 

 

天子がそう宣言すると、辺りの地面が隆起し、アラハバキに襲い掛かる!

 

 

ズドドッ!!

 

 

アラ「……ムッ」

 

 

効果があった……?

 

若干ではあるがダメージが通った気配。

どうやら単純な物理攻撃は効かなくとも、

大地の気質をまとった攻撃ならば話は別のようだ。

 

 

天子「なら…… ―――『天地開闢プレス』!」

 

 

言うが早いか、

天子は先ほどめくれ上がった地盤から巨大な要石を創りだし、それに掴まる!

 

そしてその要石を天井付近まで打ち上げ、一転アラハバキに向かって急速落下!

 

 

アラ「!!」

 

 

ズドォォン!!

 

 

超大質量の要石の一撃がアラハバキに炸裂!

流石のアラハバキも、これには体勢を崩す!

 

 

天子「……ッ! まだまだ!!」

 

 

天地開闢プレスは、天子の使える技の中でも、一二を争う威力の技だ。

それで体勢を崩すだけというのは、さすがにショックである。

 

……しかし、そんなことを考えている暇はない!

 

 

アラ「チッ……人の子の分際で我に逆らうか……!」

 

 

そう言うとアラハバキは、腕先に霊剣を創りだす。

 

 

アラ「―――『絶妙剣』」

 

 

ズギャァァッ!

 

 

先ほども見せた強力な一振り!

アラハバキは自らに覆いかぶさる巨大な要石を、たったの一撃で粉砕する!

 

そして返す刀で、要石からずり落ちた天子に斬りかかる!

 

 

天子「……ッ!」

 

 

間一髪、天子は回避に成功!

もし直撃していたら、手足の一本や二本吹き飛んでいただろう。

 

このままでは押し切られる!

なんとか隙を作らないと……!

 

 

天子「……なんなのよ、アンタ!いきなり現れて襲ってきて!

私達が何したっていうのよ!」

 

 

天子は相手の情報を引き出すため、会話を仕掛けることにした。

相手が反応してくれれば隙を狙えるかもしれない。

 

 

アラ「……何を今更。我らを遥か昔から封印し続けてきたのは貴様等ではないか」

 

天子「封印……?いったい何のことよ!」

 

アラ「何も知らないのか……。愚かなことだ」

 

アラ「……まぁ、そんなことはどうでもよい。

貴様が知ろうが知るまいが、我が役割を果たすだけよ」

 

天子「役割?アンタの役割って何なのよ!?」

 

アラ「封印結界を完全に破り、我が同胞たちを現世に解き放つ」

アラ「そしてこの腐れ切った国を蹂躙しつくし、我らで支配するのだ。我はその先駆けよ」

 

天子「……ッ!」

 

アラ「貴様は生贄だ。死して我らが戦の餞(はなむけ)となれ」

 

天子「何を勝手なことを……!」

 

 

天子にもようやく話が見えてきた。

どうやら幻想郷にはとんでもない化け物たちが封印されていて、

目の前のコイツはその封印を完全に解こうとしているようだ。

 

先鋒にしてこの戦闘力なのだから、

他の神々の力量も推して知るべしである。

 

……シンが戦っていたオオナムチも、コイツらの一派だったに違いない。

 

 

……しかしそれよりも、今は自分が生き延びることが最優先だ。

幸い会話で分かったことで、こちらに有利なことが一つだけある。

 

 

それは、コイツはこちらを完全に舐め切っているということ。

 

 

そこに付けこむ隙がある。

追い詰められたネズミがどれだけ恐ろしいか、思い知らせてやる。

 

 

天子「何言ってんのよ!

アンタ達みたいな訳の分からない奴らに、好き勝手されてやるもんですか!」

 

アラ「フン……。おとなしく殺されておけばよいものを……」

 

 

天子は逆上したふりをして、更なる油断を誘う。

あの一点、そこさえ狙えれば勝機が見えてくるのだ。

 

 

天子「アンタなんか、ぶっとばしてやるわ!!」

 

 

そう言うと天子は、あえてわかりやすい軌道で相手の方へ駆け寄る。

相手の出方は……

 

 

アラ「フン……雑魚が……」

 

 

動く気配はない。油断しきっている!

ここがチャンスだ!

 

 

天子「これでもくらいなさいっ! ―――『天道是非の剣』!!」

 

 

ズバァッ!

 

 

アラ「!?……なんだと!?」

 

 

アラハバキの足元まで移動した天子は、

緋想の剣に『大地の属性』の気質を籠め、跳躍しながらアラハバキを斬り上げた!

 

物理無効結界で攻撃を無効化できる、と高をくくっていたアラハバキ。

予期せぬ一撃をかわすことができずに、腕先に傷を負う。

 

 

よし……!

 

 

アラ「猪口才な……!」

 

 

そういうと、アラハバキは腕の先に魔力を溜め始める!

 

 

天子「!!!」

 

 

来る!さっきの氷結攻撃!

 

天子は先ほどの斬り上げ攻撃の直後で、未だ空中にいた。

このタイミングでは身をかわすことができない。

 

このままではアラハバキの強烈な『ブフダイン』が直撃し、やられてしまう!

 

 

……しかし、天子が待っていたのは、この一瞬だった!!

 

 

天子「―――『天啓気象の剣』!!」

 

 

天子は集中力を極限まで高め、自身の魔力を込めた緋想の剣を

アラハバキに向かって投げつける!

 

狙いは腕先の傷。先ほどの斬撃で付けた、ほんのわずかな傷……!

 

 

当たって―――!!

 

 

ズドッ!!

 

 

アラ「!!」

 

 

見事命中!緋想の剣がアラハバキに突き刺さる!

 

そして……

 

 

アラ「な、何事だ……!?」

 

 

緋想の剣はアラハバキが『ブフダイン』を放つために集中させた魔力を吸収、

さらに逆の属性、『炎の属性』に変換する!

 

先ほど天子が緋想の剣に込めた魔力は『属性反転』。

これを狙っていた!

 

 

アラ「グオオオオッ!!」

 

 

アラハバキにとっては炎属性は弱点!

自身の強烈な氷結の魔力が、反転して自らの内側へと向かう!!

 

 

天子「ダメ押しよ!喰らいなさいッ! ―――『全人類の緋想天』ッ!!!」

 

 

そう言うと天子は、自身の全魔力を込めた一撃を放つ!

 

狙いは緋想の剣!

 

天子の放出した魔力を緋想の剣に上乗せし、

剣から放たれる『炎の魔力』を増大させる!

 

 

アラ「ヌゥオオオオオオッ!!」

 

 

アラハバキの青い体が、炎の魔力の増大で赤熱、発光する!

 

 

ドガアアァァァン!!!

 

 

アラハバキは高熱に耐えきれず、爆発!

周囲に熱風が吹き荒れる!

 

 

……

 

 

天子「や……やったわ……!」

 

 

魔力を使い切ったことと、緊張が解けたことで、天子は膝をつく。

 

相手が油断していたとはいえ、一人で『伏ろわぬ神々』の一柱を倒したのだ。

大金星と言っていいだろう。

 

天子の顔に安堵の表情が浮かぶ。

 

 

 

……その時

 

 

 

―――『ペトラアイ』

 

 

 

天子「!!!」

 

 

収まりかけた爆炎の中から、一筋の光線が放たれ、天子に直撃する!

 

 

ピキキィッ

 

 

天子「何……からだ……が……」

 

 

なんと、アラハバキはあの爆発でも息絶えていなかった。

 

そしてこの技は相手を『石化』させる技。

 

抵抗する魔力もなく、まともに喰らった天子の体は、

見る間に石へと変わる。

 

 

天子「……」

 

 

意識はあるものの、完全に体は石化してしまった。

もう体を動かすことはおろか、声を出すこともできない……

 

 

……一方で爆炎が収まり、アラハバキが姿を現す。

先ほどまで鉄壁を誇っていたカラダは、見るも無残なありさまだ。

 

今もボロボロと崩れ、先は長くないことは誰が見ても明らかである。

 

 

 

アラ「……ウゴゴ……不覚をとった……」

 

アラ「しかし、我らが悲願は果たされる……

結界の破壊、我が最後のチカラをもって成し遂げようぞ……!」

 

 

アイツ、何かする気だ……

 

しかしそれが分かっていても何もできない。

どうしようもない……

 

 

アラ「さらばだ人の子よ……そして、この国の終わりが始まる……!」

 

 

アラハバキの崩れかけたカラダが光り輝く……!!

 

 

 

 

 

―――『 特 攻 』

 

 

 

 

 

あぁ、これは助からない。

こんなところでお終いなのか……

 

今までわがままばかり言ってすいませんでした……お父様、お母様

 

いつも勉強さぼって遊びに行って悪かったわ……衣玖

 

こんな奴らから守ってくれたのに、ひどいこと言っちゃってゴメン

 

 

……シン

 

 

 

 

 

―――カッ

 

 

 

 

 

アラハバキからは、半径数百メートルにも及ぶ爆風が発生した。

その爆風は洞窟内にとどまらず、

壁、天井を吹き飛ばし、山に大穴を開けるまでに至った。

 

当然結界の要石も消し飛び、裏・博麗大結界は完全消滅した。

 

 

・・・・・・

 

 

―――妖怪の山―――

 

 

??「ようやくかえ。待ちくたびれたぞ。それでは計画通り進めるかの」

 

 

 

―――地底―――

 

 

??「フハハ!随分待ったぞ、この時を!

結界の外で待っているのも飽いてきたところじゃ!」

 

 

・・・・・・

 

 

 

つづく




略称一覧

天子…比那名居天子(ひなないてんし)。幻想郷の天界に住んでいる、自由奔放な天人。たびたび人里に現れては、暇つぶしをしている。根はいい子。実は戦闘力はかなりのもの。

アラ…荒吐(アラハバキ)。封印されていた『伏ろわぬ神々』の一柱。大和朝廷に滅ぼされた古代の神。結界の裂け目から幻想郷に出てきた。千年以上結界内でマガツヒを蓄え続けてきたこともあり、オオナムチには及ばないものの、実力は非常に高い。いわゆるボス補正。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 幻想郷の一番長い日 4

あらすじ

『伏ろわぬ神々』の一柱であるアラハバキに、単身挑む天子。
とんでもない戦力差を機転と勇気で覆し、見事に勝利した。

しかし、アラハバキの最後の一撃により、天子の体は石化。
そのまま結界と共に大爆発に巻き込まれてしまう。

裏・博麗大結界は衝撃により完全消滅。
満を持して、先行して幻想郷に潜んでいた者たちが動き始めた……


アラハバキの『特攻』により、大爆発が巻き起こった。

 

当然ながら、その轟音と、吹き飛ぶ山肌という光景は、

それに気づいた幻想郷の住人全員に衝撃を与えた。

 

 

紫「あぁ……なんということ……藍……」

 

レミ「……始まってしまったのね」

 

諏訪子「マズい……!こんな時に……!」

 

聖「な、なんだったのですか!?今の衝撃は!?」

 

天魔「これで準備は上々ですね…………様……」

 

覚「アナタ達!備えなさい!増援が来ます!」

 

神子「さて……鬼が出るか蛇が出るか……」

 

永琳「さぁ、気を張りなさい。来るわよ」

 

幽々子「……この気配……結界が……」

 

霊夢「……やっぱりこうなったわね……生き延びるわよ。魔理沙」

 

 

各勢力で反応は様々。

 

しかし共通していることは、この脅威に無関係でいられる者はいないという事。

今回に限っては、今までの異変と違って静観という選択肢は、ない。

 

 

 

そして当然、人里でも……

 

 

 

阿求「な、何事ですか!?今の音は!?」

 

女中「た、確かめてきます!阿求さまはここで待機していてください!」

 

阿求「ええ、よろしくお願いします」

 

 

今の音は一体何だったのだろう?

あんな大きな音は長い人生でもほとんど聞いたことがない。

大地震による地鳴りや、火山噴火の爆音に匹敵する音量だ。

 

しかし今回はそのどちらでもない。

地面が揺れているわけではないし、幻想郷には火山はないからだ。

 

では何か?

見当もつかないが、歓迎できる出来事でないことは間違いなさそうだ。

 

今は不安と恐怖の中、女中の報告を待つしかできない……

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

ピクシーとガラクタ集めマネカタの二名は、

拠点としている宿でシンの帰りを待っていた。

 

そこにいきなりの爆音。

 

二人が急いで障子を開けると、山肌の地盤が破裂している、という

衝撃的な光景が目に入ってきた。

 

 

 

ガラ「ちょっとちょっと!すごい爆発だよ!山が吹き飛んだ!」

 

ピク「あの辺には、シンが向かった洞窟があったわよね……」

 

ガラ「ええ!?どうしよう!シン君が大変だ!」

 

ピク「慌てないの。シンがあの程度でどうこうなるわけないわ。……それよりも」

 

ガラ「それよりも?」

 

 

ピク「……空気中に一気にマガツヒの量が増えたわ

これは多分、フトミミが言ってた封印ってのが解けちゃったみたいね」

 

ガラ「ええ!?それは大変!……なの?」

 

ピク「おそらく、ね。

フトミミが言ってたでしょ?この人里に大変なことが起きるかも、って。」

 

ガラ「うん。だからシン君はボクたちをここに残したんだよね」

 

ピク「そ。……準備しときなさい、ガラクタ君。もうすぐ出番が来そうよ」

 

ガラ「うう……いざとなると緊張するなぁ……」

 

 

 

封印が解け、驚異が人里に迫っている。

ピクシーのその予想は、残念ながら的中していた。

 

 

・・・・・・

 

 

千年以上の長きに渡り封印されていた幾多の悪魔。

彼らは封印が解けるのを、チカラを蓄えながら待ち続けていた。

 

特にチカラの強い何体かが先行して結界を抜け出て、結界破壊の工作をしていたのだが、

まさかこんな形で結界が壊れるとは、だれも予想していなかった。

 

 

しかし、これ幸い、である。

もう何にも阻まれることはない。

 

 

封印されし者たちが、その怒りをもって、幻想郷へ侵攻を始める……!

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

女中「あ、あ、あ、阿求さまっ!!大変ですっ!!!」

 

 

先ほど外の様子を見に行った女中が、

取り乱しながら部屋に戻ってきた。

 

 

阿求「どうしたのですか!?外では何が起こっているのです!?」

 

女中「とにかく大変なんです!早く、早く逃げる準備をっ!」

 

阿求「落ち着きなさいっ!一体何が起こっているのです!?」

 

女中「人里が……人里が攻撃されていますっ!!」

 

阿求「!?」

 

 

ダダッ!

 

 

女中「あ、阿求さまっ!危険です!お戻りくださいっ!」

 

 

人里が攻撃されている!?一体何が起こっているの!?

 

阿求は一刻も早く様子を見ようと、屋敷から外に飛び出した!

 

 

阿求「こ、これは……!!」

 

 

目の前の光景に阿求は呆然とする。

 

人里の至る所から火の手が上がり、黒煙が立ち上っている。

人々の恐怖の叫びが聞こえる。

 

 

阿求「一体何が……!?」

 

 

??「阿求さん!」

 

 

突然の惨事に呆然とする阿求の前に、

白髪の女性が現れた。

 

 

阿求「上白沢先生!」

 

 

この女性の名は上白沢慧音(かみしらさわけいね)。

人里で寺子屋の先生をしている半妖である。

 

戦闘もある程度こなせるため、

妖怪が暴れた時などには、鎮圧を頼んだりしている。

 

 

慧音「阿求さん!大量の妖怪が人里に攻め込んできました!逃げてください!」

 

阿求「稗田家の当主が、いの一番に逃げるわけにはいきません!」

 

慧音「そんなことを言っている場合じゃないんです!敵の数が多すぎる!

私達じゃ凌ぎ切れません!」

 

阿求「そんなこと……!一体どれだけの数がいるんですか!?」

 

慧音「生徒の妖怪に飛んで確認してもらいました。

東西南北すべての門に、少なくとも30体以上の妖怪が迫っているようです!」

 

阿求「……!!!」

 

 

通常の妖怪退治では、相手取る数は多くても5体ほどだ。

それが少なくとも30体……しかもすべての入り口にその数……!

 

敵襲があっても避難ができるようにと、人里はすべての方角に出入り口を用意してある。

しかしその全てから攻められるのは、いくらなんでも想定外だ……

 

 

阿求「そんな……いや、それならば尚の事逃げるわけにはいきません!

まずは住民の避難経路を確保しないと……!その指示を出します!」

 

慧音「……わかりました。

幸い今は妹紅(もこう)が家に遊びに来ています!

私と二人でどこまでやれるかわかりませんが、時間くらいは稼いでみせます!」

 

阿求「ありがとうございます……!ただ、無理はしないで下さい!」

 

慧音「はい!里のみんなは頼みました!

……ここから一番近い西門の敵を、何とかします。そこから避難しましょう!」

 

阿求「助かります!それでは私も里中に伝令を回します!!」

 

 

 

とんでもないことになってしまった。

このままでは人里の人間はみんなやられてしまう。

 

なんとか、先生と妹紅さん、それと腕利きの妖怪退治師達に血路を開いてもらい、

脱出の機会を作るしかなさそうだ。

 

……ひとまずは腕に覚えがある使用人たちに、伝令を頼むことにしよう。

 

必要最低限の荷物をまとめ、西門に向かうように、と……

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

ここは人里から少し離れた命蓮寺。

 

例の洞窟からも近い命蓮寺には、届く轟音と衝撃も特に大きい。

 

聖だけではなく、他のメンバーも驚いて門前に集まってきた。

 

 

 

聖「……大変なことになってしまいましたね」

 

寅丸「聖っ!あの爆発は何なんですか!?何か知っているんですか!?」

 

響子「とっても……とっても嫌な予感がします!!」

 

聖「私にも詳しいことはわかりませんが、この嫌な気配……

結界が破壊されたのかも……」

 

寅丸「結界!?……博麗大結界が壊されたというのですか!?」

 

聖「はい……と言っても正確には、あなたの言う博麗大結界ではないのですが」

 

寅丸「???」

 

聖「とにかく、今はそれについて話している場合ではありません!

恐らく、これより強力な妖怪達が幻想郷に出現します!」

 

響子「ええ!?そんな!どんな妖怪なんですか!?」

 

聖「それはわかりませんが、とにかく恐ろしく強いはずです!

もし遭遇したとしたら、必ず一人では戦わないように!可能ならすぐに逃げること!」

 

寅丸「聖がそこまで言うほどですか……」

 

 

 

聖の言葉に命蓮寺メンバーに緊張が走る。

 

聖は幻想郷の中でもかなりの実力者のはずだが、

その聖をしてここまで言わせるとは、半端ではない相手ということだろう。

 

そして緊張が走る中、更なる出来事が。

 

 

 

響子「……!!聖様!アレを見てくださいっ!」

 

 

 

響子が何かに驚いて声を上げる。

その視線の先には、黒煙が何本も上っている!!

 

あちらは、人里がある方角だ!

 

 

 

聖「マズいですね……!噂をすれば影、というところでしょうか……!」

 

寅丸「このままでは人里が!すぐに助けに行かなければ!」

 

聖「そうですね……

しかし、ここ命蓮寺にいつ何が攻めてくるかもわかりません。

門下生たちを危険にさらすことはできませんし、どうすれば……」

 

 

 

命蓮寺には修行している門下生が何十人といる。

 

人里を救いに行かねばならないのは当然だが、

下手に戦力を割きすぎて、命蓮寺の守りが手薄になるのは危険だ。

 

聖が決断に悩んでいると、聞き覚えのある声がする。

 

 

 

??「フフ……お悩みですか?」

 

聖「貴女は……豊聡耳神子(とよさとみみのみこ)ですね。

こんな大変な時に何の用です?」

 

 

 

彼女は豊聡耳神子。

ここ命蓮寺の地下にある、神霊廟に封印されていた神霊だ。

 

その正体は、かの有名な聖徳太子の化身であり、

幻想郷の中でも指折りの実力を持っている。

 

為政者として生きてきたため、大のために小を切り捨てることになんの躊躇もない。

実に理性的な判断を下せる存在だ。

 

しかしその姿勢は、すべての者の心を救いたいと考える聖からすると、

あまり好ましく思えないものである。

 

 

 

神子「いやね、あなたの悩みを解消してあげようと思いまして」

 

聖「……どういう意味ですか?」

 

神子「そう警戒しないで下さいよ。

貴女達の門下生を守ってあげるので、人里に心置きなく行ってきてください」

 

寅丸「……何を企んでいるのです?」

 

神子「なに、簡単な事です。拠点は2か所より1か所の方が守り易い。

神霊廟に取り残された弟子たちも、こちらで一緒に匿えればよい、ということです」

 

聖「しかしそれでは貴女方のメリットは薄いのでは?」

 

神子「私達としても、人里の人間が減ってしまうのは好ましくないのですよ。

理由としてはそんなところですね。……という訳で、救出に行ってきてください」

 

聖「……わかりました。それではこちらはお任せしましょう」

 

寅丸「聖、いいのですか?信用しても」

 

聖「背に腹は代えられません。人里には星と私で救援に向かいましょう。

響子ちゃん、他のみんなと一緒に命蓮寺を守ってくださいね」

 

響子「ハイ!頑張ります!!」

 

聖「そして、豊聡耳神子、……頼みますよ」

 

神子「こちらは任せて、お行きなさい」

 

 

命蓮寺の守りを、残った弟子たちと神霊廟組に任せ、

白蓮と星は人里の救援へと向かう。

 

ここから近いのは北門。

どんな敵がいるのか予想もつかないが、生半可ではないはず。

 

なんとか被害を最小限にしないと……!

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

ピク「さてと、早速来たわね」

 

ガラ「えー……早すぎない?」

 

ピク「あちらさんも封印が解けるのを待ってたんでしょ。話が早くていいわ」

 

ガラ「う~ん、なかなか用意がいいみたいだね。

なんか色んな所に攻めてきてるみたいだけど、どこにいけばいいかな?」

 

ピク「アタシがいくら戦えるって言っても、ガラクタ君と離れて単独行動するのは危険ね。

まずは二人で一番近い南門の敵を片付けましょ」

 

ガラ「オッケー!」

 

ピク「さっさと片付けて、他のところにもいかないとね」

 

 

 

・・・・・・

 

 

―――西門―――

 

 

 

慧音「……!大丈夫か!?妹紅!?」

 

妹紅「クソッ!何なのよこいつら!タフすぎる!」

 

 

 

阿求に連絡を済ませた後、慧音と妹紅の二人は西門の解放に向かっていた。

 

しかし敵の妖怪たちは数、質ともに、普段の妖怪とは比べ物にならない。

二人は苦戦を強いられていた。

 

 

 

??「―――『突撃』!」

 

妹紅「!!慧音ッ!危ないッ!!」

 

 

ドンッ!

 

 

槍を構えて突撃してきた妖怪に、慧音が刺されそうになる!

それを妹紅が庇い、代わりに攻撃を受けた!

 

 

グサッ!

 

 

妹紅「……ッ!」

 

慧音「も、妹紅!大丈夫か!?」

 

妹紅「平気よ……!この程度……!」

 

 

強がってはいるが、かなりのダメージなのだろう。

歯を噛みしめて、痛みに耐えている表情だ。

 

 

彼女の名は藤原妹紅(ふじわらのもこう)。

藤原一族の一員であり、なんと不老不死の人間だ。

奈良時代から今までずっとその姿で生きてきた。

 

その間妖怪退治などを生業にしてきたこともあり、

術の研究、研鑽をただひたすらに行ってきた。

 

その結果、彼女の扱う炎の術は強力無比なものとなり、

そこらの妖怪であれば一瞬で灰にできるレベルまで昇華されている。

 

 

しかし今回は相手が悪い。

 

相手は古の武人の化身、桃生(モムノフ)の群れ。

 

その体力は歴戦の勇士並みで、防御力もとんでもなく高い。

直接的な物理攻撃や、衝撃でダメージを与えるタイプの弾幕による攻撃は、

著しく効果が低い。

 

慧音と妹紅の二人の攻撃では、

妹紅の火炎の術が唯一まともにダメージを与えられる技となる。

 

 

妹紅「アンタ達残さず灰にしてやるわ!!

―――『フジヤマヴォルケイノ』ッ!!」

 

 

ゴオオゥッ!!

 

 

特大の炎がモムノフの群れを散らす。

その炎の威力はかなりのもので、高位の悪魔のそれと比べても遜色ないほどだ。

 

しかし、強化されたモムノフ達は、その一撃だけでは倒れない!

 

 

 

モム「……!―――『絶妙剣』!」

 

 

ズガァッ!

 

 

モムノフは槍を大きく振り下ろし、斬りかかる!

妹紅はそれをうまくかわした。

 

 

 

妹紅「……!!チッ!厄介ね……!」

 

 

 

こちらの攻撃で倒せないことはないが、いかんせんこの人数差である。

どうしても回避に重点を置かないと、一気に押し切られてしまう。

なかなか攻撃のチャンスがつかめない。

 

いくら自分が不老不死とはいえ、痛みはあるし、疲労もある。

強力な攻撃をもろに喰らって戦闘不能になれば、

こいつらは人里で暴れまわる。それは避けないといけない。

 

……それに、友人の慧音は自分とは違って不老不死ではない。

戦闘が長引くほど危険は増えてしまう。

 

 

……

 

 

妹紅「慧音!ここは私が引き受けるわ!!貴女は避難誘導の方に行ってちょうだい!」

 

慧音「そんな!一人では危険だ!」

 

妹紅「こいつらには私の炎でないと被害を与えられない!

慧音はここで戦ってるより、そっちにいる方が活躍できるでしょ!」

 

慧音「それは……そうだが……!」

 

妹紅「教え子もいるんだ!早くそっちに向かって!」

 

慧音「……わかった。だけど、絶対に死ぬんじゃないぞ!」

 

妹紅「当たり前でしょ!」

 

 

 

走り去っていく慧音を見ながら、妹紅は苦笑いする。

 

死ぬんじゃないぞ、か。

 

そういう事を言ってくれるから、慧音には心が許せる。

 

 

……さて、私の体が動く限り、こいつらを始末し続けてやるか。

 

 

・・・・・・

 

 

長きに渡る封印が解かれ、己を縛るものがなくなった『伏ろわぬ神々』。

 

抑えつけられ続けた怒りと、現世の支配という野望を持って、

幻想郷の侵略を始めた。

 

幻想郷の面々は、この猛攻から人里を守り切ることができるのか?

 

 

侵攻はまだ、始まったばかりである。

 

 

 

つづく




略称一覧

ピク…ピクシー
ガラ…ガラクタ集めマネカタ

阿求…稗田阿求(ひえだのあきゅう)。人里の顔役である稗田家、その当主。実年齢は10歳ほどだが、自身の能力により、先代の記憶をすべて受け継いでいる。シン一行のことは警戒し、監視をつけていたのだが、以前の談話で警戒の必要なしと判断。

聖…聖白蓮(ひじりびゃくれん)。命蓮寺の女住職。生まれは千年以上前だが、長いこと封印されていて、目覚めたのは最近。妖怪と人間の懸け橋として日々精進するやさしい女性。色々あって魔導をたしなんでいるため、見た目に反してかなりの戦闘力。

寅丸…寅丸星(とらまるしょう)。トラの妖怪だが、見た目はお姉さん。命蓮寺の毘沙門天代理。生きるご本尊。槍術と宝塔のレーザーで戦闘力は高い。しっかりしているようでうっかりしているところもあり、その人柄は多くの人に愛されている。

響子…幽谷響子(かそだに きょうこ)。命蓮寺門下生のひとり。山彦の妖怪であり、一度聞いた声ならほぼ完全再現できる。見た目は子供、頭脳も子供。いい子ではあるがおっちょこちょいなところも。参道の掃除が日課。

神子…豊聡耳神子(とよさとみみのみこ)。神霊廟に封印されていた、聖徳太子の化身。性格はドライかつ冷静。高慢なところはあるが、実力が十分に見合っているため、正当な自己評価ともいえる。相手の心の声を聴くことができ、カリスマ性がある。

慧音…上白沢慧音(かみしらさわけいね)。妖怪と人間の半獣。寿命が長く、見た目からは想像できない年数生きている。人里で寺子屋の先生をやっている。美人なのでファンが多い。ものの歴史を食べる、という変わった能力がある。並の妖怪なら撃退できる程度には戦える。

妹紅…藤原妹紅(ふじわらのもこう)。藤原氏の一員で、不老不死。奈良時代から今まで少女の姿で生き続けている。何百年も妖怪退治をしてきた実績があり、その火炎の術はとんでもない威力が出るまで研鑽されている。死ぬことができないことを深く悲しんでいて、生きることに希望を見いだせなくなっている。慧音は親友。

女中…稗田家に仕えるお手伝いさん。家事スキルが非常に高い。阿求が赤子のころから世話をしており、今も母のように接している。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 幻想郷の一番長い日 5

あらすじ

裏・博麗大結界が完全に破壊され、『伏ろわぬ神々』が幻想郷に現れた。
そしてその脅威はまず初めに人里に及ぶ。

人里の出入り口は完全に包囲され、このままでは脱出は不可能。

そんな中、封印されていた者どもの進行を止めるべく、
西門では藤原妹紅が、北門では命蓮寺の聖白蓮と寅丸星が、南門ではピクシーとガラクタ集めマネカタが、それぞれ戦いを繰り広げるのだった。


―――南門―――

 

 

 

ピクシーとガラクタ集めマネカタは、

人里の南門まで足を運んでいた。

 

人里中に火の手が上がる中、わざわざこの場所に来た理由は二つある。

 

一つには、単純に距離が近かったから。

 

そしてもう一つは、こちらの方角から火の玉が里中に飛んでいくのが見えたからだ。

 

縁もゆかりもない土地とはいえ、一週間以上も過ごしてきたのだ。

そこが焼き払われていくのを見るのは、あまりいい気分ではない。

 

 

案の定、二人が南門に到着すると、

火の玉を吐き出す悪魔と、その配下と思われる悪魔数十体がたむろしていた。

 

 

 

ピク「ちょっとアンタ達!何してんの!?」

 

ガラ「火の玉だすのやめてよ~!このままじゃ町が燃えちゃうよ!」

 

 

 

二人の存在に気づき、火の玉を吐き出していた悪魔は、

行動を止め、二人の方へと視線を寄こす。

 

 

 

??「オオォ……オォオオ……」

 

 

 

今まで火の玉を人里中に吐き出していたその存在は、

うつろな、見えているのかわからない目でこちらを見すえる。

 

その体はごうごうと赤く燃え滾り、ふらふらと体を揺らしている。

はた目から見れば、ゾンビが人体発火している、といった印象だ。

 

 

 

ピク「なんか気持ち悪いやつね……」

 

ガラ「ボルテクス界にこんな悪魔いなかったよね」

 

 

 

その悪魔の正体は、悪霊・インフェルノ。

人々の怨念が何物をも焼き尽くす炎の形となって生まれた悪魔だ。

 

 

 

イン「オォウ!オオオッ!!」

 

??「アアァァ……オアアゥ……」

 

 

 

インフェルノの雄叫びに呼応して、周りの悪霊たちも声を上げる。

 

取り巻きの悪霊の群れは、死霊・コープスだ。

 

こちらもボルテクス界には存在しない悪魔。

怨念がいびつな形で集合した存在だ。

 

その性質はレギオンとよく似ている。

 

 

ピク「うーん……確かにこいつらチカラは強いけど、

そこまで驚異じゃなさそうね」

 

ガラ「なんだか不気味だけどねぇ」

 

ピク「……よし決めた。アタシはこれから人里まで戻って消火活動にいそしんでくるわ」

 

ガラ「えっ」

 

ピク「シンと約束しちゃった手前、人死にを出すわけにもいかないのよね~

というワケで、ガラクタ君、こいつらなんとかしちゃって~」

 

ガラ「ちょちょちょっと!ピクシー!?どこ行くのさ!」

 

ピク「だから消火活動しに行くって言ったじゃない。じゃあね~頑張って~」

 

 

 

そう言うとピクシーは人里に向かって飛び去ってしまった。

 

 

 

イン「オォォウゥン!!オオウッ!!」

 

コー「アアアッ!!アアゥゥッ!!」

 

 

 

ピクシーが飛び去ったのとほぼ同時に、インフェルノとコープスが雄叫びを上げる。

そしてその場に取り残されたガラクタ集めマネカタへと、明確な敵意を向ける。

 

 

 

ガラ「弱ったなぁ……」

 

 

 

自分は戦闘があまり得意ではないのに、こんなことになってしまった。

元々ピクシーの戦闘をアシストするつもりでいたため、ちょっと想定外だ。

 

 

 

ガラ「ま、やるしかないか」

 

 

 

それでも戦闘ができないというワケではない。

シンから預かっているアイテムの数々を駆使して、なんとか戦ってみよう。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

―――北門―――

 

 

命蓮寺から人里を守るために駆け付けた、聖と星の二人。

 

二人の前に、人里の入り口である、大門が見えてきた。

 

 

 

寅丸「聖ッ!見えてきました!」

 

聖「ええ!やはり敵襲の様ですね!」

 

 

大門の前には数十匹の妖怪が集まり、

そのうちの特に巨大な一匹が門を今にも壊す勢いで体当たりしていた。

 

 

 

ドズゥン!ドズゥン!

 

 

 

??「オウッ!オウッ!アトイッポダ!」

 

 

 

その姿を見て、寅丸と聖の動きが止まる。

 

 

 

聖「あの姿……!そしてあの爆発するような魔力……!!」

 

寅丸「間違いない……!土蜘蛛……!」

 

 

 

二人はこの妖怪の正体と、恐ろしさを知っていた。

 

この妖怪は、地霊・ツチグモ。

かつて京の都を完膚なきまでに破壊した、大妖怪だ。

 

一応今の幻想郷にも土蜘蛛の妖怪はいるが、あくまでそれは分霊のようなもの。

本当の土蜘蛛のチカラは、そんなものではない。

 

京に住む陰陽師全員がかりでも対処しきれない手のつけられなさ。

嵐のように急激に現れ、大破壊を行い、そして去っていくという性質。

さらには通り過ぎた後に病魔を残し、何年も人々を苦しめるというおまけ付きだ。

 

 

 

聖「あんな妖怪が人里に入ってしまっては……!」

 

寅丸「手遅れなことになってしまいます!」

 

 

 

いうが早いか、二人は土蜘蛛に近づき、弾幕攻撃を放つ!

 

 

 

聖「―――『スターメイルシュトロム』!!」

 

寅丸「―――『レディアントトレジャーガン』!!」

 

 

ツチ「ヌッ!?」

 

 

ツチグモがそれに気づくも、

弾幕のスピードは速く、避ける間もなく命中する!

 

 

 

バガガァァン!!

 

 

 

ツチ「グオオォッ!!ナニモノダ!キサマラ!」

 

 

 

流石のツチグモも、この攻撃にはたじろぐ。

 

それを見て、周りで蠢く妖怪たちは、一斉に二人の方を向き、唸る。

 

 

 

??「おぎゃああぁぁぁッ!おぎゃぁあアァァ!」

 

聖・寅丸「!?」

 

 

 

取り巻きの妖怪は遠目では蜘蛛のように見えた。

しかしよく見てみると、人間の赤子にそっくりではないか。

 

地面に横たわる赤子から蜘蛛の足が生えている。

そしてその鳴き声は完全に赤子のそれだ。

 

この妖怪の名は、妖虫・ウブ。

人間の赤子のふりをして、近寄ってきた人間を襲う妖怪だ。

 

チカラはそれほど強くないが、こう大量に集まると、精神的に来るものがある。

 

 

 

寅丸「確かに聖の言ったように、厄介な相手ですね……!」

 

聖「ええ。しかし、やるしかありません!」

 

ツチ「ナンダァ!?キサマラ!!オレサマノジャマヲスルナ!」

 

 

 

相手の強大さを肌で感じ、冷や汗を流す聖と星。

 

しかしここで退いては人里が蹂躙されてしまう。

退くわけにはいかない。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

阿求「皆さん!落ち着いて、落ち着いて移動してください!」

 

 

 

阿求は人里に住む人間の誘導に奔走していた。

 

こういったチカラ仕事は、本来なら使用人たちに任せておけばいいのだが、

この事態の中では居ても立っても居られなかった。

 

しかし自分に戦うチカラが無いのが本当に悔しい。

 

自分も戦えるなら、誰もこんなに不安にさせなくても済むのに……!!

 

 

……!

 

 

ここで阿求は思い出す。

人里には腕利きのデビルサマナー・間薙シンが滞在しているということを。

 

 

 

阿求「そうだ……!そうだった……!!シンさんなら、助けてくれるかも!」

 

 

 

阿求は藁にもすがる思いで、シンが宿泊している宿へと駆ける。

話に聞く、恐ろしい世界で生き抜いてきた彼ならば、戦ってくれるのではないかと……!

 

……しかし

 

 

 

女将「すみません、阿求さま……!間薙殿はどうやら外出されているようです……」

 

 

 

必死でたどり着いたというのに、タイミング悪く外出中……

 

期待が大きかった分、失望もまた大きい。

 

 

 

阿求「そう……ですか……ありがとうございます。貴女も早く避難を」

 

女将「は、はいっ」

 

 

 

宿の女将に避難指示を出し、阿求も避難誘導に戻ろうとしていた時……

 

 

 

ガラ「あれ~?阿求さんじゃないですか。こんにちは」

 

 

 

この緊急事態に似つかわしくない、間延びした声が玄関から聞こえてきた。

 

 

 

阿求「アナタは!……ガラクタ集めマネカタさん!」

 

ガラ「あ、覚えてくれてたんですね。嬉しいな」

 

阿求「そんな挨拶してる場合じゃありません!

今この人里は妖怪に攻め込まれています!早く避難してください!」

 

ガラ「あ、悪魔が来てるのは知ってますよ~」

 

阿求「だったら早く!西門に向かってください!」

 

ガラ「え?なんで?ここからなら南門の方が近いじゃないですか」

 

阿求「南門には妖怪が殺到しています!

今手練れのものが西門の妖怪を退治してくれていますので、そちらから避難を!」

 

ガラ「南門の悪魔なら今倒してきましたよ?」

 

阿求「……へ?」

 

 

 

予想外の言葉に、阿求は完全にフリーズする。

 

南門にも30体以上の妖怪が殺到していたはずでは?

それをこの短時間で全滅させた?

この目の前にいる、戦闘とは無縁そうな人が?

 

阿求がフリーズしているのに構わず、ガラクタ集めマネカタは話を続ける。

 

 

 

ガラ「いや~、確かにチカラは強かったんですけどね。

みんな破魔属性が弱点だったんで、助かりましたよ」

 

ガラ「シン君から借りてる、この『破魔の霊扇』があったから、あっさり倒せちゃいました」

 

 

 

ガラクタ集めマネカタはそう言うとどこからか扇を取り出し、阿求に見せる。

そしてニコニコしながらその扇をブンブン振ってみせる。

 

……しかし阿求にとってはそんなこと、今はどうでもよい。

 

 

 

阿求「そ、それは本当ですかっ!?」

 

ガラ「へ?それって何のことですか?」

 

阿求「アナタが南門の妖怪を全滅させたって話です!」

 

ガラ「ええ、本当ですよ。

破魔属性の攻撃で倒したんで、きれいさっぱり、何も残ってないです」

 

阿求「……っ!!ありがとうございますっ!!」

 

 

 

そう言うと阿求は嬉し涙を流しながら、走り去ってしまった。

 

事の重大さがいまいち呑み込めないガラクタ集めマネカタは、

首をかしげてキョトンとしている。

 

 

 

ガラ「なんだか阿求さん嬉しそうだったなぁ。

よ~し、ボクももうひと頑張りだ!人里の消火のお手伝いをしよっと」

 

 

 

そう言うと、ガラクタ集めマネカタは黒煙の上る方に向かって走り出すのだった。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

―――西門―――

 

 

 

退治師A「妹紅さんっ!後は我々に任せて、下がってください!!」

退治師B「私達で何とか止めてみせます!」

 

 

 

西門では未だモムノフの群れを撃退できずにいた。

なんとか数は半分ほどまで減らせたものの、こちらも満身創痍である。

 

応援に稗田家御用達の妖怪退治師が数名駆け付けたが、

決定打になりうるのは、妹紅の火炎の術のみ、という状況は覆せなかった。

 

 

 

妹紅「……うるさいわね、アンタ達はサポートくらいしかできないでしょ……

前線はおとなしく私に任せて、援護に徹してなさい……」

 

 

 

妹紅は強がってはいるが、疲労困憊である。

 

何分も全力で攻撃と回避を続けてきたのだ。

どんなにタフネスがあったとしても、疲労の色が強くなるのは避けられない。

 

それでも死なない自分が盾になるべきだ。妹紅はそう考えていた。

 

それに退治師達のチカラもかなりのもので、

攻撃に関しては仕方ないものの、援護の緊縛の術、減衰の術などは達者である。

それらは相手に対して効果がてきめんであるようにも感じる。

 

だから援護に徹しろ、というのは単なる強がりではなく、

実際に効果があってそうして欲しいが故の発言だった。

 

 

 

妹紅「クソッ!もう避難のために人里から大勢集まっているというのに……!!」

 

 

 

妹紅の懸念は勝敗よりも、避難民たちにあった。

 

続々と人里中から避難民が西門に殺到している。

このままでは危険だ。チカラのない者たちが集まっているということは、

妖怪からしたらエサが大量にまとまっているように見えるだろう。

 

目の前の武士のような妖怪たちを食い止められたとしても、

別の妖怪がこれ幸いと襲いに来るかもしれない。

 

 

 

妹紅「こうなったら仕方がない……!最後の一発!決めるわよ!」

 

退治師A「な、何をするつもりですか!?」

 

退治師B「いけない!そんなに魔力を高めては!暴発してしまうッ!」

 

妹紅「わかってんじゃない!討ち漏らしは何とかしてよねっ!」

 

 

 

そういうと、妹紅は更に魔力を高め続ける!

 

 

 

妹紅「あんたらが誰だかわからないけどさっ!生き残りたいなら耐えてみろっ!!」

 

 

 

―――『インペリシャブルシューティング』ッ!!!

 

 

 

ゴオオオウッ!!!

 

 

 

妹紅の体が紅く光り輝き、火炎属性の濃密な弾幕が展開される!

 

巨躯のモムノフがこれをかわすことなどできず、次々に炎に包まれていく!

 

 

 

モム「オオオオッ!!!」

 

 

妹紅「グ……!アアァァァ熱いィィィィッッ!!!!」

 

 

退治師A「うわああっ!!」

 

退治師B「も、妹紅さんっ!!一体何を!」

 

 

 

妹紅は不老不死だが、痛みも疲労も感じる。

 

当然、自分ともども相手を道連れにするこの技は、

妹紅の体に、生きながらにして焼きつくされる苦痛を与える!!

 

強烈な自爆技だ!

 

 

……

 

 

妹紅の技が出終わったとき、モムノフは一体残らず焼き尽くされ、

黒焦げの死体が転がるばかりとなった。

 

術者である妹紅も当然無事ではない。

モムノフと見分けがつかないくらい黒焦げとなり、横たわっている。

 

 

 

慧音「も、妹紅っ!!」

 

 

 

その光景を一部始終見ていた慧音は、目に涙を溜めながら、

消し炭となった友人の元へと駆けよる。

 

 

 

慧音「あぁ……妹紅、こんなになって……

お前はいつも自分だけで無茶しようとする……だから死ぬなと言っておいたのに……」

 

退治師A「も、妹紅さんは大丈夫なのですか!?」

 

慧音「ああ……心配ない……早く人里のみんなを避難させてくれ……」

 

退治師A「ハ、ハイッ」

 

 

 

それを聞くと、退治師含め稗田家の使用人たちは、

人里からの避難を迅速に進めていく。

 

これで少なくとも大きな人的被害は出ないはずだ。

 

 

 

慧音「妹紅、お前のおかげだ……ありがとう……」

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

―――北門―――

 

 

 

ツチ「オオオマエラッ!ウセロツ!―――『毒針』!!」

 

聖「避けなさい!星っ!!」

 

寅丸「わかってるわっ!!……クッ!!」

 

 

 

なんとかギリギリで攻撃をかわす星。

 

 

北門の攻防は、随分と拮抗していた。

 

ウブの群れは弾幕による全体攻撃で蹴散らすことができたが、

肝心のツチグモはいまだ健在である。

 

ツチグモに苦戦している理由は、

別に攻撃の通りが悪いわけでも、ツチグモに回復能力があるからでもない。

 

いくら攻撃を当てても疲労を見せないタフさと、

ツチグモの攻撃のほとんどにある毒性が原因だ。

 

大技を出そうとすればその隙に攻撃をもらってしまいかねないし、

体に触れるような近接攻撃では、そのまま何かしらの毒をもらってしまう。

 

2対1という圧倒的なアドバンテージがありながら、攻めきれないでいるのはそのため。

戦って勝てたとしても、強烈な毒により命を落としてしまっては本末転倒だ。

 

 

 

聖「私が隙を作ります!―――『マジックバタフライ』!」

 

 

 

蝶の形をした魔弾が不規則な軌道でツチグモに迫る!

 

 

 

ツチ「ソノテイド!―――『九十九針』!」

 

 

 

ツチグモから放たれる大量の針は、

聖の魔弾をすべてかき消していく!

 

 

 

寅丸「今です!―――『正義の威光』!」

 

 

 

寅丸から放たれるレーザー攻撃!

九十九針を出した直後のツチグモではこれをかわし切れず、直撃する。

 

 

 

ツチ「グオオウ!」

 

ツチ「アアモウ!オレサマ!オマエラ!マルカジリ!」

 

 

 

そう言うと、ツチグモは寅丸に高速で近づく!

 

 

 

寅丸「ッ!!」

 

ツチ「―――『丸かじり』ッ!!」

 

 

 

ガブッ!!

 

 

 

寅丸「うわああっ!!」

 

 

 

その巨体からは信じられないスピードで近づくツチグモを、

寅丸はかわし切ることができなかった!

 

腕を少しかじられてしまう!

 

 

 

聖「星ッ!!」

 

ツチ「ナンダ……キサマ、マズイ……ヨウカイカッ!!」

 

聖「……!これでどうですか!?」

 

 

 

星は戦闘継続が難しいと踏んで、聖は勝負をかける!

寅丸に気をとられている今が最大のチャンス!これで決める!!

 

 

 

聖「行きます!―――『スターソードの護法』!!」

 

 

 

聖は集中力を高め、空中に多数の魔方陣を出現させる!

そしてその一つ一つから、剣の形をした弾幕を放出!

 

ツチグモに迫る無数の剣!

 

 

 

ツチ「ナンダコレハ!?クソウッ!!―――『烈風波』ァッ!!」

 

 

ズオッ!

 

 

 

ツチグモから放たれる衝撃波は、

聖の無数の魔弾を次々とかき消していく!

 

しかし、その程度で収まる数ではない!

 

魔弾を相殺しきれずに、ツチグモは直撃を喰らう!!

 

 

 

ズドドドドッ!!

 

 

 

ツチ「コンナッ……トコロデェェェ!!!」

 

ツチ「……」

 

 

 

聖の大技を喰らったツチグモのカラダは、

さながらハリネズミのようになっていた。

 

いくらタフな妖怪といえど、ここまでされては耐え切れない。

 

 

見事聖はツチグモに勝利した!

 

 

 

聖「ハァ……ハァ……流石に疲れましたね……

星は、大丈夫でしょうか……?」

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

―――東門―――

 

 

 

こちらは人里の東門。

 

戦力となるメンバーは皆多忙だったので、

ここには誰も来ることができなかった。

 

つまり妖怪の暴れるに任されていたこの場所では、

人里は壊滅的被害を受けている…

 

 

 

はずだった。

 

 

 

現在の東門には、ぼろきれのようにズタボロにされた妖怪たちが

無残にも散らかっている。

 

その面々をよく見ると、他の門に集った妖怪と比べても

一回り強い者たちだ。

 

ダツエバ、ヨモツシコメ、ヨモツイクサ……

 

黄泉の軍勢である。

 

 

一体誰がこのような強力な軍勢を、蹴散らしたのだろうか……?

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

西門と南門からの避難が一段落し、

稗田家に戻って人里の状況を再確認する阿求。

 

このような一大事にもかかわらず、

死傷者はほぼいないという、信じられない状況であることが判明した。

 

めだった人的被害と言えば、

 

各門の門番が死亡してしまったこと、

命蓮寺の寅丸星が外傷と毒を受けたこと、

藤原妹紅が死闘の末、大けがを負ってしまったことだった。

 

死者が出てしまっている以上、手放しで喜ぶことはできない。

 

しかし総勢100体以上のあの軍勢に対して、この被害というのは、

本当に奇跡的だろう。

 

 

 

阿求「良かった……本当に良かった……!」

 

 

 

緊張の糸が切れて泣き出す阿求。

それも無理はない。

 

阿求は前世の記憶があるとはいえ、まだまだ子供なのだ。

人里すべての責任を背負うには、まだ若すぎる。

 

 

 

その一方、浮かない顔の者たちもいる。

 

 

 

慧音「妹紅、あれほど無茶するなと言ったじゃないか!!」

 

妹紅「いや、だってしょうがないでしょ……私がやんなきゃダメだったし……」

 

慧音「そうだとしてもあんな戦い方はもうダメだ!!

頼むから、もっと自分のことを大切にしてくれ……!」

 

妹紅「わ、わかったよ慧音。わかったから泣かないで、ね?」

 

 

 

妹紅の不老不死を活かした戦い方を、慧音はよく思っていないようだ。

心配して泣き出しそうな友人を、妹紅はあたふたしながらなだめている。

 

 

 

聖「星……。大丈夫ですか……?」

 

星「うぅ……」

 

 

 

こちらでは聖が寅丸の看病をしている。

ツチグモに噛まれた外傷と、その際に受けた毒で、星はうなされていた。

 

動悸は激しく、呼吸は浅い。誰が見ても危険な状態だ。

 

名誉の負傷であるため、皆何とかしてあげたいとは思っている。

しかし、ツチグモの毒は強力で、医師も有効な手が打てずにいた。

 

 

そんな中、新たに稗田家に訪問者が現れる。

 

 

 

ピク「お疲れ様~。みんな生きてる?」

 

ガラ「ふーい、消火活動終わったよ~」

 

 

 

珍しい来客に、その場に居合わせた面々は顔を向ける。

 

 

 

聖「ピクシーさん!?それにガラクタ集めさんも!」

 

 

 

二人と面識のあった聖が、いの一番に声をかける。

 

 

 

ピク「あら、命蓮寺の住職さんじゃない。こっちに来てたのね」

 

ガラ「あ、おひさしぶりです!この前はありがとうございました!」

 

聖「お二人も人里の防衛をされていたんですね!」

 

ピク「う~ん、そんな大層なことしてないけどね」

 

ガラ「そうですよ~。

ちょっと悪霊退散させて、消火活動してただけですから」

 

聖「そんな謙遜なさらないで下さい。

お二人がいなければ、もっと被害は大きなものになっていたでしょうから」

 

ガラ「大げさだなあ……ホントに大したことしてないのに……!?」

 

 

 

聖と話している途中で、ガラクタ集めマネカタは倒れている星に気づく。

 

 

 

ガラ「ちょ、ちょっと!寅丸さんどうしたんですか!?随分辛そうにしてる!」

 

ピク「あ、ほんとね。……これはちょっとまずいかもね」

 

聖「……!?ピクシーさん、わかるんですか!?」

 

ピク「これはあれね。

体力の自然回復より毒のダメージの方が大きい、猛毒ってやつよ。

ほっといたら長くはないわね」

 

聖「そ……そんな……」

 

 

 

ピクシーの話を聞いて、ガクッと膝をつく聖。

顔面蒼白で、今にも倒れそうだ。

 

 

 

ピク「あ、そんなに気を落とさないで、聖さん。私達が来てラッキーだったわね」

 

聖「……え?」

 

ガラ「ボクが色々もってますからね。ハイ、『ディスポイズン』」

 

 

 

そう言ってガラクタ集めマネカタは星の額に何かの袋をかざす。

 

するとなんと!

見る見るうちに星の血色がよくなり、呼吸が安定していく!

 

 

 

聖「え……!?」

 

 

 

あまりにあっさりした処置で、星の容体が回復した。

にわかには信じがたい光景である。

聖は呆気にとられ、口をぽかんと開けている。

 

 

 

ガラ「それと……これ!『宝玉』!」

 

 

 

またそう言ってガラクタ集めマネカタは何かの球を取り出し、星の胸元に置く。

 

その途端、球が光り輝き、その光が星の体に吸い込まれていく!

 

 

 

聖「……!!」

 

 

 

何が起こっているか判断しかねる聖の目の前で、

星がむくりと起き上がる。

 

 

 

聖「!?!?」

 

 

寅丸「あれ……?聖……?

ここは一体……?ツチグモは……?なんで私、寝ているのですか……?」

 

 

聖「星っ!!よかったっ!!」

 

 

バッ

 

 

寅丸「ひ、聖っ!?ど、どうしたんです!?」

 

 

 

『宝玉』で体力と傷が完全に回復した星。

 

星が手遅れだと聞いて絶望していた聖は、喜びのあまり星に抱き着いた。

当の本人は、何が何やらよくわからず、困惑している。

 

 

 

ガラ「いや~、喜んでもらってよかったよ!」

 

ピク「よかったわね。こないだお宝みせてもらった恩返しができたじゃない」

 

ガラ「そうだね!このくらいで喜んでもらっちゃって、ちょっと申し訳ないけどね」

 

ピク「いいんじゃない?結構危なかったみたいだしね」

 

 

……

 

 

一連の流れを横で聞いていた阿求。

 

人里を守ってくれた星が助かったことに安堵するとともに、

この二人の底知れなさに心底驚く。

 

毒を一瞬で治す道具に、体力を一瞬で全回復する道具……

 

そのどちらも秘宝クラス、神宝クラスの効果ではないか。

 

お宝を探しに来た、と言っているにもかかわらず、

そんな神話レベルのお宝をあっさりと使ってしまうとは……

 

今になってようやく金銭や物の珍しさに興味がない理由がはっきりした。

あんなとんでもない道具に対抗できるものなんて、早々ないもの。

 

 

……しかし今は、そんなことよりも……

 

 

阿求「ピクシーさん、ガラクタ集めマネカタさん」

 

 

 

阿求は二人に声をかける。

 

 

 

ピク「あら、阿求さんじゃない。お疲れ様」

 

ガラ「あんまり被害がなかったみたいで何よりです」

 

阿求「お二人とも……ありがとうございましたっ!!」

 

 

 

阿求はそう勢いよく言うと、丁寧にお辞儀をした。

 

 

 

ガラ「そ、そんな!お世話になってるのはボクたちの方なんですし……」

 

阿求「そんなことありませんっ!

今回ピクシーさんは、町の火の手を片っ端から消してくださったと聞いていますし、

ガラクタ集めマネカタさんは、南門の解放をして下さいました!」

 

阿求「お二人の活躍があったからこそ、みんな生きていられるし、

街並みもそのままで、すぐに生活に戻れるんです!」

 

阿求「私達だけでは、ここまでできなかった……!

本当に、本当にありがとうございますっ!!」

 

 

 

そういうとまた阿求は嬉し涙を流す。

 

阿求は本当に嬉しかった。

 

自分の代で人里が壊滅することにならなかったこと。

さしたる恩もないのに、自ら二人が人里のために動いてくれたこと。

 

 

 

ガラ「わわわっ!!泣かないで、阿求さん!」

 

ピク「フフフ。美人が台無しよ。それとお礼ならシンに言ってあげて」

 

阿求「へ?シンさん……?」

 

ピク「そうよ。

いつもシンと一緒にいる私達が、何で別行動してるかわかる?」

 

 

 

阿求「いや、それは、私も不思議でしたが……」

 

ピク「それはね、アイツが言ってたからなのよ。

人里に危険が迫ったら、助けてやってくれ、ってね」

 

阿求「そう……なんですか」

 

ピク「シンはもっと危ないところに出向いてる。

そんなところに行くっていうのに、それよりアンタ達を気遣ったの」

 

阿求「なんというか、本当にいい人ですね……」

 

ガラ「そうですよ!シン君はボクらを解放してくれた恩人ですから!」

 

 

 

ピク「そう。だから私達は皆アイツについていくのよ。

アイツは、だからこそ、私達の『王』なんだから」

 

阿求「『王』……?」

 

ピク「あぁ、それは気にしないで頂戴。

とにかく、またシンに会ったときにでもお礼を言ってあげて。

アイツは仏頂面だけど……ああ見えて寂しがりだから」

 

阿求「はい……!わかりました。

でも、やっぱりあなた達にも言わせてください」

 

 

 

阿求「お二人とも、助けてくれて、本当にありがとうございます!」

 

 

 

そういうとまた阿求は丁寧にお辞儀する。

 

どれだけ二人にとって些細な事だったとしても、人里はそのおかげで救われたのだ。

 

いくら感謝してもしきれない……!

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

ひとまず人里の襲撃は退けることに成功した。

 

しかし当然、これは第一波であり、

これより先にも、そして今現在も、侵攻は続いているのだ。

 

これからの彼らの行動が幻想郷の運命を決めていく……

 

 

 

つづく




略称一覧

ピク…ピクシー
ガラ…ガラクタ集めマネカタ

阿求…稗田阿求(ひえだのあきゅう)。人里の顔役である稗田家、その当主。実年齢は10歳ほどだが、自身の能力により、先代の記憶をすべて受け継いでいる。シン一行のことは警戒し、監視をつけていたのだが、以前の談話で警戒の必要なしと判断。

聖…聖白蓮(ひじりびゃくれん)。命蓮寺の女住職。生まれは千年以上前だが、長いこと封印されていて、目覚めたのは最近。妖怪と人間の懸け橋として日々精進するやさしい女性。色々あって魔導をたしなんでいるため、見た目に反してかなりの戦闘力。

寅丸…寅丸星(とらまるしょう)。トラの妖怪だが、見た目はお姉さん。命蓮寺の毘沙門天代理。生きるご本尊。槍術と宝塔のレーザーで戦闘力は高い。しっかりしているようでうっかりしているところもあり、その人柄は多くの人に愛されている。

慧音…上白沢慧音(かみしらさわけいね)。妖怪と人間の半獣。寿命が長く、見た目からは想像できない年数生きている。人里で寺子屋の先生をやっている。美人なのでファンが多い。ものの歴史を食べる、という変わった能力がある。並の妖怪なら撃退できる程度には戦える。

妹紅…藤原妹紅(ふじわらのもこう)。藤原氏の一員で、不老不死。奈良時代から今まで少女の姿で生き続けている。何百年も妖怪退治をしてきた実績があり、その火炎の術はとんでもない威力が出るまで研鑽されている。死ぬことができないことを深く悲しんでいて、生きることに希望を見いだせなくなっている。慧音は親友。

イン…悪霊・インフェルノ。人々の憎悪や憎しみが集まってできている悪魔。その体はあらゆるものを燃やし尽くす憎悪の炎でできている。今回は封印されていた神々の怒りと憎しみから生まれた存在、という設定。配下のコープスも同様。

コー…悪霊・コープス。詳しくは上記。

ツチ…地霊・土蜘蛛(ツチグモ)。本編でもかたられているように、かつて京の町で大暴れした大妖怪。破壊と病魔をもたらす厄介な存在。作中ではかなりあっさりとやられてしまったが、それは聖と寅丸が強かったからそう見えるだけ。一匹で人里の一つや二つ潰せるくらいのチカラはあった。ウブを配下としている。

ウブ…妖虫・ウブ。赤子に擬態して人間を狩る、恐ろしい生態の妖怪。チカラ自体はそこまで強力ではないが、無警戒なものを襲う性質は厄介。今回はあまり出番なく終わってしまったが、やっぱりそれは命蓮寺の二人が強かったせい。

モム…妖鬼・桃生(モムノフ)。物部氏の子孫にして、武神。のちの武士(もののふ)の語源ともなった。物理耐性を持っており、通常攻撃は効果が薄い。反面神経操作系の攻撃には弱いので、もっと早く神経系の術が使える退治師が来ていれば、戦況も少しは違ったかもしれない。

退治師A…稗田家お抱え妖怪退治師のひとり。作中では随分ヘタレていたが、状況が状況なだけに責められない。本当は妖怪3匹程度なら一人で相手どれるくらいの実力者。稗田家も彼を重宝している。

退治師B…稗田家お抱え妖怪退治師のひとり。Aと同じく能力は低くない。中の上くらいはある。今回は難易度ルナティックだったため、あまりいい場面を用意してあげられなかった。ゴメンよ。

女将…稗田家御用達の宿の若女将。仕事に真面目で、阿求からの信頼も厚い。だからこそシンの下宿先に選ばれたという裏話がある。実はミーハーで、シンのミステリアスな雰囲気と、人の好さにメロメロ。人里間薙ファンクラブ1号会員であり、ファンクラブ会長でもある。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 幻想郷の一番長い日 6

あらすじ

多勢の急襲にもかかわらず、
人里防衛線は、これといった被害もなく勝利することができた。

だがこれはあくまで一拠点を守ったというだけ。
幻想郷で侵攻を受けている拠点はまだまだあるのだ。


人里襲撃が始まる少し前、結界崩壊の直後。

 

博麗神社でお札の手入れをしていた博麗霊夢のもとに、

霧雨魔理沙がすごいスピードで飛んできた。

 

 

魔理沙「れれれ霊夢っ!!さっきの見たか!?聞いたか!?」

 

霊夢「見たし聞いたわ。……何が起こったか、わかるわよね?」

 

魔理沙「正直考えたくないんだけど……」

 

霊夢「そう、どうやら察しはついてるようね。残念ながら正解よ」

 

魔理沙「おいぃ……まだ心の準備が……」

 

霊夢「準備できてなくても来るもんは来るわ。

……結界は完全に破壊されてしまったんだから」

 

魔理沙「冗談じゃないぜ……」

 

霊夢「冗談だったらよかったんだけどね。……生き残るわよ、魔理沙」

 

魔理沙「……当たり前だぜ」

 

 

 

神妙な面持ちの二人。

先日の八雲藍の話を思い出す。

 

裏・博麗大結界……封印されし『伏ろわぬ神々』……幻想郷の崩壊……

 

話に聞いていた間は、どこか別の世界の出来事のように感じていた。

 

しかし実際にその時が来てみると、

その逃れられない事実は、大きなプレッシャーとなってのしかかってくる。

 

 

 

霊夢「……早速か。行くわよ、魔理沙」

 

魔理沙「へ……?行くってどこに……?……!!」

 

 

 

霊夢の視線の先には人里がある。

そして、その人里からは黒煙が何本も上がっている!!

 

 

 

魔理沙「オイオイオイ!!なんだこれは!?人里が……火事!?」

 

霊夢「流石に動きが早いわね……準備万端ってところかしら」

 

魔理沙「あの規模で襲撃されちゃ、人里が壊滅しちまう!助けに行くぜ!」

 

 

 

慌てる魔理沙と淡々と準備する霊夢。

 

……しかしそこに予期せぬ訪問者が現れた。

 

 

 

??「れ、霊夢さんっ!!助けてっ!!」

 

 

魔理沙「!?……何?誰!?」

 

霊夢「……あんたは確か……」

 

 

 

霊夢に助けを求めてやってきたのは、

妖怪の山に住む鴉天狗、姫街棠はたて(ひめかいどうはたて)だった。

 

天狗という種族は、普段はほとんど山から下りてこない。

しかも彼女はその中でも、あまり外に出ようとしない性格のはずだ。

一体何があったというのだろうか?

 

 

 

霊夢「確か、姫街棠はたて、だったわよね?」

 

はたて「そう!そうよ!妖怪の山が大変なのよー!」

 

魔理沙「妖怪の山はお前ら天狗の管轄だろう!?

私達は今人里に向かわなきゃいけないんだよ!」

 

 

魔理沙が言うように、本来妖怪の山は天狗たちが治めるナワバリである。

だから基本的によそ者は立ち入り禁止なのだ。

 

異変解決のためということならいざ知らず、

いきなり天狗に助けを求められても、正味な話どうすることもできない。

 

 

はたて「ちょっ!そんな冷たいこと言わないで!

本当に私達大変なことになってるの!お願いだから助けてー!!」

 

 

 

魔理沙に突っぱねられたはたては、半泣きで霊夢に懇願している。

 

 

 

霊夢「……」

 

魔理沙「早く人里まで行こうぜ!霊夢!」

 

霊夢「……」

 

魔理沙「おい!どうしたんだよ!?」

 

 

 

霊夢「……いいわ。何が起こってるか話してみなさい」

 

はたて「!?……話聞いてくれるの!?」

 

 

 

魔理沙「……おい霊夢、どういうつもりだ!?

どう考えても、今襲撃されてる人里に向かうのが先決だろ!?」

 

霊夢「落ち着いて聞きなさいよ、魔理沙。

私の勘だけどね、人里は、何とかなるわ」

 

魔理沙「……巫女の勘か」

 

霊夢「そう。なんだかあそこからは手遅れになる感じがしない。

……そっちよりもむしろ……」

 

魔理沙「そいつの言う、妖怪の山の異変の方がマズいってか」

 

霊夢「そう。……ほっといたら、幻想郷全体に悪い影響が出る気がするのよ」

 

 

 

はたて「そうなのよ!もう大変なんだから!」

 

霊夢「わかったから、落ち着いて話してみなさい」

 

はたて「……わかったわ。

私もよくわかんないことが多いから、うまく説明できないけど……」

 

霊夢「構わないわ。あったこと、順々に話してみなさい」

 

 

 

はたてはそれを聞くと、たどたどしくも、何が起こったのか話し始めた。

 

それを聞いた二人は……

 

 

・・・・・・

 

 

霊夢「ウソでしょ……?」

 

魔理沙「確かにそりゃ、ほっといたら幻想郷全体が大変なことになるぜ……」

 

 

・・・・・・

 

 

はたての話す内容は、にわかには信じられないものだった。

 

 

 

妖怪の山という場所は、現在天狗たちが縄張りとしているエリアだ。

それ以外にも妖怪や神々がいるが、

基本的には社会性の強い天狗が取り仕切っている。

 

そして天狗は社会性が強いだけあって、階級制度をとっている。

 

最も権力を持つのが天魔、次に幹部として数名の大天狗。

そして次に続くのが、報道役の鴉天狗と事務方の鼻高天狗、

一番立場が弱く、数も多いのが、哨戒役の白狼天狗、印刷担当の山伏天狗。

立場によって役割が分かれている。

 

このように、

天狗というのは他のどの妖怪よりも上下関係を強く持ち、

閉ざされた社会の中で生活している。

 

妖怪の山に入ろうとするよそ者は天狗に排除され、

天狗たち自身もよそに出ていくことはない。

いわばそこは、ほぼ完全な閉鎖空間なのだ。

 

 

 

……

 

 

しかしはたての話だと、

この前提から極端に離れたことが、今現在起こっているようだ。

 

 

……

 

 

今思えば、しばらく前から天魔様の様子がおかしかった。

 

 

天狗の会合は月一であるのだが、今までは天魔様はあまり発言をしてこなかった。

それは御自身の発言力の重さを考えての事だろう。

天魔様の発言があれば、鶴の一声で議題の答えが決まってしまう。

 

強き者を妄信して、進歩を忘れた者に残された道は二つしかない。

時間に取り残されるか、さもなくば死か。

 

そのことは、最高権力者の天魔様も、よくご存じだった。

 

だからこそ、どうしてもという場合以外の議論は、

幹部の大天狗や、各天狗の代表に任せていたのだ。

 

 

……しかし最近の天魔様は、何かが変わってしまわれた。

 

 

会合では頻繁に発言をされるようになり、

他の天狗は天魔様に同調するだけの飾りとなってきていた。

 

さらにその発言の内容もおかしく、

 

『天狗というのは最高の妖怪だ』だとか

『天狗の社会性は他の妖怪の手本になるものだ』だとか

 

やけに天狗のことを持ち上げる発言ばかりされるようになった。

 

私も最初のうちは、

天魔様も天狗であることを誇りに思ってるのは嬉しい、

なんて感じていたのだが、

 

何回もそんな言葉が繰り返されると、違和感の方が強くなっていった。

 

といっても、大多数の天狗たちは、大天狗様たちを含めて、

違和感を感じていないようだった。

 

 

これは、あれだろう。

私が違和感を覚えたのは、

あんまり外に出ない性格だから、他の天狗との交流も少なく、

上下関係にあんまり執着がないからだろう。

 

 

……いけない。自分で言ってて悲しくなってきた……

 

 

……まぁ、とにかく、天魔様の言葉通り、

それからの天狗たちは、何というか、血気盛んになっていった。

 

いつもの修練でも、天狗のこれからを議論させる奴らが増えてきたのだ。

 

天狗はもっと縄張りを広めるべきだ、とか、

妖怪の山に住む他の妖怪も、天狗と同じ社会体系に組み込もう、だとか。

 

傍から聞いてると、「それ本気なの?」って

つっこみたくなるような話を延々とする奴が増えてきた。

 

 

そんな状態が最近まで続いて、

なんだか居心地が悪くなってきたところで、

つい昨日、特別会合が開かれた。

 

 

その会合で話された内容は、こうだ。

 

『これからの幻想郷は天狗が治めていくべきだ。

妖怪の山を出て、縄張りを広げるときが来たのだ』

 

こんな荒唐無稽な話が、あろうことか天魔様の口から出てきたのだ。

 

 

私はどうしても納得できなくて、会合を途中で抜け出した。

だからそれ以降は何が話されたのかはわからない。

 

 

……そして今日、ついさっき。

山が爆発して、そこから皆が騒ぎ出した!

 

 

『時が来た!今こそ幻想郷全土を天狗の縄張りにする時だ!』って!

 

 

そこからはもう大変で……

 

私達、縄張り拡大反対派と、天魔様肯定派に分かれて争うことになっちゃったんだけど、

天魔様の方針を支持する天狗が大多数だから、多勢に無勢。

 

同じ記者仲間の文(あや)が健闘してるんだけど、

そんなに持ちそうになくて……

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

霊夢「……それであんたが急いでここまで来た、と」

 

はたて「そう!そうなの!お願いよ!助けてー!」

 

魔理沙「……天狗の軍団、しかも大天狗まで……」

 

 

 

魔理沙は冷や汗を流している。

 

それも当然。

 

妖怪の中でも天狗と言えば、かなりチカラの強い部類だ。

しかもその中でも高位に当たる、大天狗を何体も敵に回さなくてはならない。

 

かなりの苦戦を強いられるだろう。

うまく立ち回らないと、命が危うい。

 

 

霊夢「……事情はわかったわ。行くわよ」

 

はたて「ウソ!?本当に!?ありがとうー!!!」

 

魔理沙「こりゃあ気を引き締めていかないとな……!!」

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

はたてを先頭に、妖怪の山へと向かう二人。

 

飛んでいく道中で、

自分たちが来た方角へ向かう人影が現れる。

 

 

 

霊夢「あれ?アンタ妖夢じゃない。こんなところで何してるの?」

 

妖夢「えっ!?なんで霊夢さんがこんなところに!?」

 

魔理沙「なんだなんだ?なんだってこんなところ飛んでるんだ?」

 

妖夢「魔理沙さんに、天狗のはたてさんまで……

一体どこへ向かってるんですか……?」

 

はたて「……それなら私が説明するわ」

 

 

少女説明中……

 

 

妖夢「よ、妖怪の山がそんな事態に……!?

私は幽々子様から人里が大変、と聞いて向かっていたのですが、

そちらもかなりマズい事態の様ですね……」

 

霊夢「そうなのよ。というわけで妖夢も一緒に来なさい」

 

妖夢「えぇ!?確かにそちらも心配ですが、人里を放っておくわけにはいきません!」

 

魔理沙「人里は多分だけど大丈夫だぜ。霊夢の勘がそういってる」

 

妖夢「勘って……もしそれが外れたら人里が大変なことになりますよ。

そんなことになるのだけは避けないと……」

 

霊夢「そっちは大丈夫。というか、妖怪の山の方を何とかしないと、その方がマズいわ。

今は訳あって紫が動けない以上、

天狗の強硬派に幻想郷が支配されたら、打つ手がなくなるわよ。

貴女も天狗の強さ、知ってるでしょう?」

 

妖夢「……そう、ですね。確かにそうなってしまえば、手遅れといった気もします。

わかりました。それでは貴女の勘を信じましょう」

 

魔理沙「信じていいぜ。霊夢の勘は的中率100%だからな!」

 

妖夢「でも勘っていうのがなぁ……」

 

 

煮え切らない様子の妖夢に対して、はたてが声をかける。

 

 

はたて「はいはい!悩むのはそこまで!急がないと間に合わないわ!」

 

妖夢「……そうですね。心機一転。参りましょう」

 

魔理沙「よーし、頼もしい仲間も増えたところで、気合い入れて行こうぜ!」

 

 

 

妖怪の山の異変解決に向け、動き出した4人。

 

果たしてどんな状況が待ち構えているのだろうか……

 

 

 

つづく




略称一覧

霊夢…博麗霊夢(はくれいれいむ)。幻想郷を覆う、博麗大結界の管理をしている。通称・博麗の巫女。幻想郷で起こる数々の異変を解決してきた実績があり、各勢力からの信頼は篤い。年齢からは想像できないほど、物事を達観した目で見ている。

魔理沙…霧雨魔理沙(きりさめまりさ)。魔法の森の辺りで暮らしている魔法使い。霊夢とは昔からの知り合いで、仲が良い。明るく前向きな性格。彼女も霊夢と共に異変解決をしてきた経歴を持つ。ただし罪悪感なしに泥棒をしていくので、一部からはお尋ね者扱いされている。

はたて…姫街棠はたて(ひめかいどうはたて)。鴉天狗であり、新聞記者でもある。引きこもりがちなのに新聞が書けるのは、念写能力を持つおかげ。今回の異変では縄張り拡大反対派。実は戦闘のポテンシャルが高いうえ、なんだかんだ修業はまじめにやっているため、なかなかに強い。

妖夢…魂魄妖夢(こんぱくようむ)。白玉楼住まいの庭師にして剣術指南役。とても真面目であるがゆえに、主人の幽々子からは日々からかわれている。従者としての能力も剣術の腕も上々。半霊という人魂のようなオプションがくっついているが、それは彼女がそういう種族だから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 幻想郷の一番長い日 7

あらすじ

封印されていた神々から人里を守ろうと準備していた霊夢と魔理沙。

しかしそこに予期せぬ訪問者、姫街棠はたてが現れ、二人に助けを求める。

天狗の内乱を解決するために、道中妖夢も加わって、
4人は妖怪の山へと向かうのだった。


妖怪の山へ向かって飛んでいる一同。

緊張の中、魔理沙が疑問を口にする。

 

 

 

魔理沙「なぁ、霊夢」

 

霊夢「どうしたの?」

 

魔理沙「今回の妖怪の山の異変ってさ、『伏ろわぬ神々』と

なんか関係あるのかな?」

 

妖夢「え?なんですか?その『伏ろわぬ神々』って?」

 

魔理沙「あ、やべ、妖夢はこれ知らないんだったな」

 

はたて「私も知らないわよ。なんなの?それ」

 

 

霊夢「あー……。ま、いいか、もう無関係じゃないし」

 

妖夢「えっ?えっ?」

 

はたて「……もしかしてこれ、聞かない方がいいやつ?」

 

霊夢「もう遅いわ。実はね……」

 

 

少女説明中……

 

 

はたて「あーーーもーーーー!!

やっぱり知らないほうがいいやつじゃないのよー!!

なんなのよ!幻想郷全滅とかーーー!!!

そんなのと戦えないーーー!!」

 

妖夢「……(絶句)」

 

 

あまりに突飛な情報だったため、妖夢とはたては現実を受け止めきれずにいる。

霊夢が淡々と説明したこともあり、どうにも真実味が感じられないようだ。

 

 

魔理沙「まあ、そうなるよな」

 

霊夢「恐らくだけど、妖怪の山の異変もそいつらが一枚噛んでるわ」

 

はたて「……いやでもおかしくない?

天魔様がおかしくなってきちゃったのって、大分前よ?何か月か前。

霊夢さんの話だと、結界が危なくなったのって、つい最近なんでしょ」

 

霊夢「というか2日前ね。結界にひびが入ったのは。

まさかこんなに早く結界が破壊されるとは思ってもみなかったけど」

 

 

はたて「じゃあ天魔様がおかしくなっちゃったのって、

その伏ろわナントカって奴らとは関係なくない?そうだよね?そうだといってよ」

 

魔理沙「うーん、でもタイミング的にできすぎだと思うんだよな……」

 

霊夢「そう。結界が破壊されたとたんに動き出した。無関係じゃないわ」

 

妖夢「ええと……」

 

 

魔理沙「てことはあれか、結界が壊れる前から、

幻想郷にちょっかい出してたやつがいるってことか」

 

霊夢「多分、ね」

 

妖夢「ええと……あの……」

 

はたて「それって……かなりヤバいんじゃ……」

 

 

霊夢「ヤバいでしょうね」

 

霊夢「裏・博麗大結界をすり抜けてくるくらいの実力者。

それが妖怪の山で、私達が戦う相手よ……」

 

はたて「しかもそいつ、天魔様を操ってるんでしょ……?」

 

魔理沙「攻撃してくる天狗の軍勢をかいくぐって、大天狗も天魔も何とかして、

それからその、とんでもなく強い奴を倒すってことか……?」

 

霊夢「……そうなりそうね」

 

はたて「ちょっと待って、私そんなのきいてないわ」

 

霊夢「アンタが持ってきた話でしょ」

 

はたて「あ˝ー……引きこもりたい……布団にもぐって全部忘れたい……」

 

霊夢「今まで散々やってきたでしょ。腹くくりなさい」

 

 

妖夢「あうぅ……」

 

魔理沙「あ、ダメだ。妖夢が現実を受け入れられずにパンクした」

 

霊夢「やれやれ……前途多難ね……」

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

戦々恐々のまま、4人は妖怪の山へと到着した。

 

当然ながらはたてが離れた時よりも、戦闘は激化しており、

至る所で弾幕が飛び交っている。

 

 

 

霊夢「これはなかなか壮観ね」

 

魔理沙「……妖怪の山がクリスマスツリーみたいだ」

 

妖夢「これだけの天狗と戦っていては、スタミナが持たないですよ」

 

はたて「うえー……私が出てった時より激しくなってる」

 

 

霊夢「そりゃそうでしょ。

……でもまだみんな弾幕ごっこのルール内で戦ってるわね。結構結構」

 

魔理沙「そだな。これなら何とかなりそうだ」

 

はたて「あなた達、あの数見てよくそんな余裕そうにしてられるわね……」

 

魔理沙「正直言って安心してるくらいだ。

ガチンコの殺し合いになるかと思ってたから」

 

妖夢「まぁ、気を抜かなければ、命の危険はそこまでなさそうですね」

 

はたて「一回負けたらオシマイなのに、大したもんだわ……」

 

 

 

天狗たちが暴走していると言っても、

あくまで幻想郷流の弾幕ごっこルールの範囲内で争っているようだ。

 

さすがに同胞と殺し合いをするほど狂ってはいない、ということだろう。

 

それを見て安心する魔理沙。

霊夢、妖夢とは何度も異変解決に出向いた仲であり、

自分含め、この3人の弾幕ごっこの腕前は幻想郷でもトップクラスだ。

 

いくら相手の数が多くとも、

雑兵程度なら、油断しなければ負けることはない。

 

 

……しかし霊夢は気を緩めてはいなかった。

 

 

 

霊夢「……魔理沙、妖夢、気は抜いちゃダメよ」

 

魔理沙「いや、まあ、そこまで気は抜いてないがな。

それでも殺し合いするよか全然マシだろ」

 

妖夢「そうですよ霊夢さん。

この様子なら何とかできなくはないというか、勝機がありますよ」

 

はたて「流石の自信じゃん。頼もしいわ」

 

 

霊夢「……やっぱり気を抜いてたわね。全く……。

いい?結局は天狗との戦いは前哨戦よ。最後の敵が本番だからね?」

 

魔理沙「あ―……そうか」

 

霊夢「そいつは多分弾幕ごっことか知らない相手よ。

実力差から考えても、息をするようにこっちを殺しに来るでしょうね」

 

妖夢「その敵とは真剣勝負になる、と」

 

霊夢「そうよ。

地獄の女神と全力勝負するくらいに思ってなさい。」

 

魔理沙「……言われてみりゃそうだよな。気を抜いてたらやられちまうか。」

 

妖夢「……不覚でした。考えが足らなかったです」

 

霊夢「わかればいいわ。まずは文と合流しましょ。

文はどの辺にいるの?はたて」

 

はたて「あー、えーと、ちょっと待って」

 

 

 

そう言うとはたては、外の世界でいう携帯電話を取り出し、念写をする。

すると画面に文が飛んでいる姿が写しだされる。

 

 

 

はたて「オッケー。ここにいるのね。今から案内するわ」

 

 

 

少女移動中……

 

 

 

はたて「あっ、いた!文ーっ!!」

 

文「ん?その声は……はたてですか」

 

 

 

念写で文の居場所を割り出した4人は、

無事に合流することに成功した。

 

 

 

文「あやや……霊夢さんだけでなく、魔理沙さんに妖夢さんも。

ナイスですよ。はたて」

 

はたて「この二人を連れてこれたのは殆ど偶然だったけどね」

 

文「僥倖です。私だけでは手が足りなかったですからねぇ」

 

 

 

霊夢「で、文。どんなもんなのよ」

 

文「正直押し切られそうです。

縄張り拡大派の数が圧倒的に多いですから」

 

魔理沙「どのくらいの戦力差なんだ?」

 

文「こちらの数が1とすれば、あちらは9か10くらいでしょう」

 

妖夢「……少し厳しいですね」

 

文「数がいればいいというワケじゃありませんよ。

あくまであちらの大半は哨戒天狗です。このメンバーなら敵ではないでしょう」

 

はたて「アンタもアホみたいに強いからねぇ」

 

文「そういうアナタこそやればできるクセに」

 

 

 

霊夢「そういえば何でアンタは縄張り拡大派じゃないの?

なんとなく答えはわかってるけど」

 

文「……わかってるなら聞かないで下さいよ。

正直かなり頭に来てるんですから」

 

魔理沙「お前がそんなに怒ってるなんて珍しいな」

 

文「チカラづくで縄張り拡大とか、畜生のやり方ですよ。下品なやり方だ。

私達は天狗であって狗ではありません。」

 

はたて「まあ、それは私にもわかるわ」

 

文「まったく天魔様はおかしなことを言いだしますし、

大天狗達は揃いも揃って追従するだけの木偶の坊だし、

恥を知ってほしいものです」

 

 

 

文の口調はいつも通りだが、明らかに怒り心頭だ。

 

普段は飄々としていて、そうは見えないが、

文はかなり古くから生きている実力者である。

 

その分自身に対する誇りと、天狗がどうあるべきか、という信念は

しっかり持っているのだ。

 

そんな文にとって、今回の騒動は到底許せるものではない。

 

 

 

縄張りを広めるだなんだと、そんなのは弱者の発想だ。

本当の強者ならそんなことを考えずに、思う通りに振る舞えばよい。

 

……だから私はあまり妖怪の山の掟に縛られたくないのだ。

 

 

 

文「まぁ、私の事はいいんです。

身内の恥を晒すことはしたくないですが、助けてくださると助かりますね」

 

霊夢「そのつもりだし構わないわよ」

 

魔理沙「といっても、どうするんだ?

このまま何も決めずにバラけて戦ったら、ジリ貧だぜ?」

 

霊夢「そうね……

相手の黒幕を倒すメンバーは、ほぼ万全の状態でいた方がいいわね」

 

 

 

文「……黒幕?」

 

魔理沙「ああ、文も知らないんだっけか」

 

はたて「文、聞かない方がいいわよ……」

 

文「なんなんですか?いったい?」

 

魔理沙「実はな……」

 

 

 

少女説明中……

 

 

 

文「あややや……それはそれは、何とも……」

 

霊夢「あんたかなり昔から生きてるでしょ?

天魔をどうこう出来る奴って心当たりないの?」

 

文「正直ピンときませんね……しかし天魔様の実力は私よりも上です。

その天魔様が操られているとなると、

おそらく圧倒的に強いか、相性が悪すぎるか、どちらかでしょうね。

他の天狗ではどうにもできないでしょう」

 

はたて「アンタしれっと

自分が天狗の中で2番目に強いって言ったわね……」

 

文「? そうですが?」

 

はたて「恐れ入るわよもう……」

 

 

 

魔理沙「しかし、もし天魔から見て相性が悪い相手だとしたら、

天狗の二人もきついかもな」

 

文「ですね。私とはたても操られる可能性はあります」

 

妖夢「そうなってしまうと手が付けられませんね……

どうでしょう、霊夢さん。

天狗たちの鎮圧はお二人に任せて、私達は黒幕討伐に向かっては?」

 

霊夢「それがいいかもね。そんな気がするわ」

 

 

 

妖夢「お二人もそれでいいですか?

大変な数の天狗を相手にすることになってしまうと思いますが……」

 

はたて「えー……それはちょっと」

 

文「もちろん問題ありません」

 

はたて「うえぇ……」

 

文「何怖気づいてるんですか、はたて。

あんな能無しどもなんて蹴散らせて当然でしょう?」

 

はたて「だってさっきアンタ、このままじゃ押し切られるって……」

 

文「それはあくまで余裕を持って戦えば、という話です。

そんなマズい相手がいるというなら、私も全力でやりますよ」

 

はたて「大した自信家よね、全く……」

 

文「はたての自己評価が低すぎるんですよ。

アナタ大天狗くらいなら簡単にあしらえる実力があるくせに」

 

はたて「ちょ、そういう失礼なこと言っちゃダメでしょ!」

 

文「……まあいいです。

とにかく、私たち二人と他の反対派たちで、

あのバカどもと天魔様の目を覚まさせます。

その間にあなた達3人は黒幕とやらをどうにかしてください」

 

魔理沙「ああ、任せとけ」

 

妖夢「では、お二人とも、ご武運を」

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

黒幕討伐組と、天狗鎮圧組の二手に分かれた一同。

それぞれ戦闘に向かう。

 

 

 

はたて「そういえば文。

私達反対派ってさ、かなり実力ある奴が多いじゃない?」

 

文「まあ、そうですね。地位に関係なく、実力ある者が多いですね」

 

はたて「反対派はチカラがある天狗が一杯いて、拡大派は弱い天狗が多いじゃない?

実力の高い低いって、変なこと言い出したりするかどうかにも関係してたのかな?」

 

文「そうですねぇ……

チカラある天狗が反対派に多い理由としては、

単純に縄張り争いに興味がない、やり方が気に入らない、そんなところでしょうか」

 

はたて「天魔様の命令なのに従わないってのは、抵抗感あるんだけどね……」

 

文「何も考えず命令に従う。

そのことに疑問が持てる程度には、

物事を考えられる者たちということでしょう。

結構なことです」

 

 

縄張り拡大賛成派に、チカラの弱い天狗が多くいること。

そこにはたては何か引っ掛かるものを感じていた。

 

 

文「ま、頭が空っぽの集団に対して、こちらは自分で考えて動ける者の集団です。

そこまで勝敗を心配することもないでしょう」

 

はたて「それでも数の差がなぁ……ハァ、気が重いわ……」

 

文「そろそろ縄張り拡大派の姿が見えてきますよ。気合入れてください」

 

はたて「わかってるわよぅ……」

 

 

 

……

 

 

 

魔理沙「おっしゃ!勝ったぜ!」

 

天狗A「グヌヌ……すみません、天魔様……」

 

 

 

妖夢「他愛ないですね」

 

霊夢「流石に拡大派の天狗はたくさんいるわね」

 

魔理沙「それでも反対派の天狗たちが、だいたいの戦闘を引き受けてくれてる。

十分チカラは温存できそうだぜ」

 

霊夢「そうね。ここまでは作戦通りってところかしら」

 

 

 

妖夢「しかし黒幕はどこにいるんでしょうか?闇雲に飛び回っていても……」

 

魔理沙「どうだ?霊夢」

 

霊夢「たぶんそろそろね。あっちの方にいる気がするわ」

 

魔理沙「だってさ」

 

妖夢「……ホントに便利ですよね、その能力」

 

 

 

着々と妖怪の山の異変を解決していく一行。

 

しかし本番はここからである。

 

一番奥で待ち構えるのは、一体どんな存在なのだろうか?

 

 

つづく

 




略称一覧

霊夢…博麗霊夢(はくれいれいむ)。幻想郷を覆う、博麗大結界の管理をしている。通称・博麗の巫女。幻想郷で起こる数々の異変を解決してきた実績があり、各勢力からの信頼は篤い。年齢からは想像できないほど、物事を達観した目で見ている。

魔理沙…霧雨魔理沙(きりさめまりさ)。魔法の森の辺りで暮らしている魔法使い。霊夢とは昔からの知り合いで、仲が良い。明るく前向きな性格。彼女も霊夢と共に異変解決をしてきた経歴を持つ。ただし罪悪感なしに泥棒をしていくので、一部からはお尋ね者扱いされている。

妖夢…魂魄妖夢(こんぱくようむ)。白玉楼住まいの庭師にして剣術指南役。とても真面目であるがゆえに、主人の幽々子からは日々からかわれている。従者としての能力も剣術の腕も上々。半霊という人魂のようなオプションがくっついているが、それは彼女がそういう種族だから。

はたて…姫街棠はたて(ひめかいどうはたて)。鴉天狗であり、新聞記者でもある。引きこもりがちなのに新聞が書けるのは、念写能力を持つおかげ。今回の異変では縄張り拡大反対派。実は戦闘のポテンシャルが高いうえ、なんだかんだ修業はまじめにやっているため、なかなかに強い。

文…射命丸文(しゃめいまるあや)。鴉天狗であり、新聞記者でもある。よく人里に下りて無茶な取材をしたり、信ぴょう性の薄すぎる記事を書いたりしている。しかしその行動は、天狗というものを世間に周知させ、天狗社会に新たな風を吹かせたい、という願いもあってのこと。まあ9割趣味だが。本編で言っていたように天狗の中でも幻想郷中でも実力はトップクラス。

天狗A…縄張り拡大派の哨戒天狗の一匹。あっさりやられてしまったが、相手が魔理沙ゆえ致し方無し。まあ実際実力も低いが。普段はまじめに大天狗の指示通り、山の哨戒をしている。趣味は将棋。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 幻想郷の一番長い日 8

あらすじ

妖怪の山の異変を解決に向かった4人は、射命丸文と合流し、
黒幕討伐組と天狗鎮圧組の二手に分かれて行動することにする。

果たして天魔は何故このような奇行に走ったのか?
黒幕の正体とはだれなのか?


今現在、天狗の山での攻防は、

天魔の意見に賛同する、縄張り拡大賛成派が優勢である。

 

一人一人の実力では、縄張り拡大反対派が上。

一方、数では賛成派が約10倍と圧倒。

 

いくら実力者が多くとも、数のチカラに対抗するのはなかなかに難しい。

1体で10倍近くを相手どれるほどの猛者は少ないのだ。

 

それに加えて天魔に賛同している者たちは、一種の狂奔状態となっている。

 

理性なく、上だと認める者の言葉を妄信する集団は、この上なく強い。

 

いくらチカラの弱い哨戒天狗でも、自身の行動に抑圧がなくなくなれば、

普段とは比べ物にならないチカラを発揮する。

 

 

 

しかしそんな戦闘の中でも、不利をものともせず戦う者たちがいる。

 

反対派に回った一部の大天狗と、各天狗のまとめ役である長たち。

そして、烏天狗の中でも強力なチカラを有する射命丸文と姫海棠はたてである。

 

彼、彼女らは、妖怪の山から哨戒天狗が出ていかないように、

少人数ながらも10倍の軍勢を足止めをしていた。

 

 

……

 

 

大天狗A「文ァ!!そちらの戦況は!?」

 

文「上々ですよ。そちらはいかがです?」

 

大天狗A「流石だな!俺より強いだけはある!こちらももうすぐだ!」

 

文「軽口叩いてる暇があるならさっさと片付けてください」

 

大天狗A「その生意気な態度も今は頼もしいぞ!

余裕があるなら玄武の沢の方へ向かってくれ!あそこはとてつもなく危険になる!」

 

文「……承知しました。

そちらは請け負いましたので、ここは任せましたよ」

 

大天狗A「フン、心配いらん!

我が鍛え上げられた神通力、若輩共がいくら束になっても敵うものではないわ!」

 

文「ま、それはその通りですが。不覚だけはとらないように」

 

大天狗A「無論だ!」

 

 

……

 

 

烏天狗長「そんなことが……天魔様が何者かに操られているとは……」

 

はたて「その可能性は高いみたいです。

だから最近天魔様は何かおかしかったみたい……」

 

烏天狗長「ムムム……天魔様ほどの御方が操られるなど想像できんが……

最近のご乱心を考えれば疑う余地はなさそうじゃのう……」

 

はたて「ですよねぇ……」

 

烏天狗長「では尚更、天魔様に対面して何とかするしかあるまい」

 

はたて「ものすっごい畏れ多いですけどね……」

 

 

 

文が片っ端から哨戒天狗をなぎ倒して、防衛線維持に奔走している間、

 

はたては反対派の実力者たちに

天魔が操られている可能性があることを伝えて回っていた。

 

今も自身の所属する烏天狗の長に真相を伝えたところだ。

 

そして、そうしている間にも哨戒天狗たちは防衛線を抜けようと攻め込んでくる。

 

 

 

はたて「あぁもう……キリがないわ……」

 

烏天狗長「泣き言を言うでない、はたて」

 

はたて「だってですよ、烏天狗長……

哨戒天狗の奴ら、倒しても倒しても沸いてくるんですよ?

わんこそばじゃないんだから……」

 

烏天狗長「仕方なかろう。元々の数が違うのじゃ。

それに、天魔様直々のお言葉、という大義名分もある。普段とは気迫が違う」

 

はたて「それはわかってますけどぉ……あぁ、また来た」

 

烏天狗長「次の相手は……!」

 

 

 

戦線を維持する烏天狗長とはたての前に現れたのは、

強力なチカラを持つ天狗の幹部、大天狗のひとりであった。

 

 

 

大天狗B「我が前に立ちはだかるのは、烏天狗が一匹と……烏天狗長か」

 

烏天狗長「大天狗様……」

 

はたて「うえぇ……」

 

大天狗B「今すぐそこをどけ、貴様等。大天狗直々の命令だ」

 

烏天狗長「お言葉ですが、大天狗様……その命令は聞けませんのう。

最近の天魔様はどこかがおかしくなってしまわれた。

まずはその原因を突き止めるのが先決ではありませんか?」

 

大天狗B「我が命令に背き、天魔様にも反逆するという事か?」

 

はたて「そ、そんなつもりはないんです!」

 

烏天狗長「そうですじゃ。はたての言う通り。そんなつもりは毛頭ありませんわい。

むしろ逆に、今までの天魔様を知っているからこそ、

我らは本当の天魔様に戻ってきていただきたいと思っておる!」

 

大天狗B「話にならんな。天魔様の命は絶対だ。

それが聞けぬとあれば、反乱分子として処分する」

 

はたて「や、やめてくださいよぅ!そんなつもりじゃないんです!」

 

烏天狗長「そうですじゃ!まずはこちらの話を聞いて……」

 

大天狗B「問答無用!!」

 

 

 

そう言うと大天狗は二人に向かって団扇を振るう!

 

そこから大量のかまいたち状弾幕が発生し、二人に襲い掛かる!!

 

 

 

はたて「や、やめてくださいってー!!」

 

烏天狗長・大天狗B「!!」

 

 

突然の攻撃にも関わらず、はたての反応は早かった。

 

迫りくるかまいたちの一本一本は、さながら風でできた鋭利な刃物だ。

まともに喰らえば体を切り裂かれることは必至。

 

それに対してはたては、

目の前に円形に高速回転する空気の壁を作り出すことで、

無数のかまいたちを四方に受け流した!

 

その結果、かまいたちは本来の軌道を逸れ、

周囲の地面や木の幹を削り取る結果となった。

 

 

 

はたて「お願いですから話を聞いてくださいよー!」

 

烏天狗長「はたてよ、お主、ここまで……!」

 

大天狗B「……!」

 

 

 

大天狗は今の行動を見て、本格的な戦闘態勢をとる。

 

はたては通常の烏天狗とは一線を画す実力を持っている。

そのことを認めたということだ。

 

 

 

烏天狗長「はたてよ!お主、天魔様の元へと向かえ!!」

 

はたて「!?……でも烏天狗長様一人で、大天狗様の相手なんて……」

 

烏天狗長「よい!何とかする!

儂の実力程度では天魔様に言葉を届けられぬが、お主ならやれるはずじゃ!」

 

はたて「ええ!?そ、そんなの無理ですよっ!」

 

烏天狗長「無理ではない!早う行けぇっ!!」

 

はたて「わわ、わかりました!ご武運をっ!」

 

 

 

あたふたしながらもそう言うと、はたては風のように飛び去って行った。

 

 

 

大天狗B「貴様一人で我の相手をするつもりか?思い上がるなよ」

 

烏天狗長「儂とて烏天狗を纏める長。

倒せないまでも時間稼ぎくらいはしてみせますわい!」

 

大天狗B「フン……烏風情が。身の程を教えてやる」

 

 

 

……

 

 

 

文「やれやれ……キリがないですねぇ……」

 

 

 

妖怪の山の各地では、戦いが繰り広げられている。

文は目に入る戦闘に全て介入し、恐ろしい早さで決着をつけることをしていた。

 

とにかく相手方の数が多い以上、持久戦をしていてはジリ貧になってしまう。

迅速に相手を片付け、かつ味方を減らさない行動がカギになる。

 

それが一番うまくできるのは自分だという自負が射命丸にはあったし、

それは真実だった。

 

自身の戦闘に介入されて不満を持つ味方もいるにはいたが、

文にとってはそんなことはお構いなしだ。

 

 

 

文「さて、大天狗様の言う通り玄武の沢まで来ましたが……」

 

 

 

文に目的地を示した大天狗には、『危機が見える』神通力がある。

 

故にここ玄武の沢に、自分よりも実力が上と認める文を寄こしたことには

何か特別な意味があるはずだ。

 

 

 

文「むむ。確かに哨戒天狗の数は多いですが、戦線は維持できているようですね」

 

 

 

しかし文の予想に反して、

見る限りでは、そこまで切羽詰まった事態には見えなかった。

 

なんとか戦線を維持するだけの戦力は整っていたし、

相手に強力な天狗がいるわけでもない。

 

 

 

文「さて、大天狗様が言っていた危険とは何か……確かめないとですね」

 

 

 

文は戦場をもう一度見渡してみる。

……が、やはり驚異となるような相手は見当たらない。

 

 

 

文「やはり問題はなさそうですね……」

 

 

 

しかしその直後、

大天狗がこの場所が危険だと言っていた理由が判明した。

 

 

 

文「……成程。これは確かに……」

 

 

 

妖怪の山を出ようとこちらに戦いを仕掛けていた天狗たちが、

いきなり戦いをやめて、一斉に同じ方向を向く。

 

そしてその視線の先には……

 

 

 

文「お出ましですか……天魔様」

 

 

 

他の天狗とは一線を画した魔力、威圧感……

 

妖怪の山の総大将・天魔の登場である。

 

文は天魔の姿を確認すると、その目の前に降り立つ。

 

 

 

天魔「おお、貴様は射命丸ではないか……」

 

文「天魔様……」

 

天魔「射命丸も我らの縄張り拡大に尽力するために来たのだろう……?

さあ、共に幻想郷を天狗の社会へと塗り替えようぞ」

 

文「天魔様……一体どうしてしまったのですか?」

 

天魔「何……?」

 

文「私の知るあなたは、もっと気高く、思慮深かった。

少なくとも、縄張りを広げるなどという、野蛮なことは考えなかった」

 

天魔「……」

 

文「それがどうして、こんなことになってしまったのですか?

一体天魔様は、どういうおつもりで、こんなことをなさったんですか?」

 

 

文は唯一、天狗の中でも天魔の事だけは尊敬している。

 

それは持っているチカラが強いから、というだけではない。

 

常に天狗全体のことを考え、慎重かつ冷静に振る舞うことができる思慮深さ。

身分に関係なく、実力ある者や修行に余念がない者は地位を上げる、思考の柔軟さ。

幻想郷の各勢力との外交を担い、また、後進の育成も重点的に行っていた視野の広さ。

 

単純な戦闘力で言えば文も天魔に近いものを持っているのだが、

そのほかの能力……指導力、洞察力、外交力などは、天魔に並ぶべくもない。

 

 

……生来のシングルプレイヤーである文にとって、

それらの能力は必要と感じないものである。

 

しかしだからこそ、

そういった役割を高いレベルでこなしてくれる存在がいるからこそ、

シングルプレイヤーとして自由気ままに振る舞えるということを

文はわかっている。

 

そういった理由で文は天魔のことを尊敬していたし、

天狗社会の大黒柱として信頼してもいた。

 

 

 

天魔「……射命丸よ。時が来たのだ。

我ら天狗の雌伏の時は終わり、黄金の時代が訪れる。

それが今であり、これからなのだ」

 

文「……わかりませんねぇ。

貴方ほどの御方がそんな妄言を吐くなんて」

 

天魔「さぁ共に来い、射命丸よ。

来る新たな時代、我ら天狗のチカラがこの国には必要なのだ」

 

 

天魔の様子は明らかにいつもとは違う。

会話は一見成立しているようで、天魔の言葉は文の質問に対するものではない。

 

その視線の先は目の前の文ではなく、どこか遠くへと向かっている……

 

 

 

文「……まるで壊れた蓄音機だ……

天魔様が操られていると聞いて半信半疑でしたが、どうやら本当の様ですね」

 

天魔「古き世に栄えた天狗社会を、復刻させようぞ」

 

文「……貴方のそんな姿は見るに堪えません。

今、ここで、止めさせていただきますよ」

 

天魔「……我が誘い、断るというのか?」

 

文「当然。傀儡の駒になどなれるはずがありません」

 

天魔「……そうか」

 

 

 

天魔の放つ雰囲気がガラリと変わる。

 

一瞬のうちに張り詰める空気、先ほどとは比べられないほどの殺気を放つ眼光。

 

流石の文の額にも、冷や汗が浮かぶ。

 

 

 

天魔「我らの大願妨げる者は皆一様に敵対者なり。

者ども、この不届き者の首、刈り取るのだ」

 

哨戒天狗「御意に!天魔様!」

 

 

 

ザザザッ!!

 

 

 

天魔の号令がかかったとたん、周りで静観していた哨戒天狗達が動き出す!

 

皆々が何のためらいもなく、同族の文に殺意を持って向かってくる。

 

 

 

文「……!これは……っ!!」

 

 

 

文にとっては哨戒天狗がいくら束になろうと敵ではない。

 

木っ端のごとく蹴散らすことができるだろう。

 

 

……しかし問題はそこではない。

 

あまりにも「統率が取れすぎている」。

 

 

いくら命令に忠実な哨戒天狗たちとはいえ、

同族同士の殺し合いなどためらいがあって当然だ。

 

現に今までの妖怪の山での戦闘は、

命のやり取りから離れた弾幕ごっこで行われていた。

 

しかも今回に関しては身内、しかも圧倒的に格上である文が相手。

躊躇なく殺しにかかれるような状況ではない。

 

 

 

……それなのに今、哨戒天狗たちは

自らの意思を失い、文に高純度な殺意を向けている!!

 

 

 

文「……天魔様の何かの能力ですかね……

まったく、底が知れない御方だ」

 

 

 

文は精神を集中させ、手扇を構える。

 

ここで必ず天魔を止め、天狗のプライドを守ると心に誓いながら。

 

 

 

つづく




略称一覧


はたて…姫街棠はたて(ひめかいどうはたて)。鴉天狗であり、新聞記者でもある。引きこもりがちなのに新聞が書けるのは、念写能力を持つおかげ。今回の異変では縄張り拡大反対派。実は戦闘のポテンシャルが高いうえ、なんだかんだ修業はまじめにやっているため、なかなかに強い。

文…射命丸文(しゃめいまるあや)。鴉天狗であり、新聞記者でもある。よく人里に下りて無茶な取材をしたり、信ぴょう性の低すぎる記事を書いたりしている。しかしその行動は、天狗というものを世間に周知させ、天狗社会に新たな風を吹かせたい、という願いもあってのこと。まあ9割趣味だが。本編で言っていたように天狗の中でも幻想郷の中でも実力はトップクラス。

大天狗A…天狗の幹部である大天狗のひとり。法力と体力はその地位に見合うものであり、実力者。能力は『危機が見える程度の能力』。縄張り拡大に興味がないことと、天魔の様子がおかしいことを気にして縄張り拡大反対派に。

大天狗B…天狗の幹部である大天狗のひとり。Aと同様かなりの実力者。生来の生真面目な性格もあり、封建的な天狗社会において天魔の発言には従うべき、という理由から縄張り拡大賛成派に。

烏天狗長…烏天狗たちをまとめる長。天狗社会における地位は大天狗とほぼ同格。戦闘力よりも事務能力、人心掌握能力などを買われて、天魔より烏天狗長を襲名した。とはいえ戦闘もできないわけではなく、その辺の木端天狗程度なら一蹴できる。天魔の様子がおかしいことと、慎重な性格から、様子見も含めて縄張り拡大反対派に組することに。

天魔…天狗ヒエラルキーのトップに立つ存在。戦闘力をはじめ、外交力、統率力、内政力、ほぼすべての分野で比類なきチカラを持つ。もちろん幻想郷全体から見ても、その実力はパワーバランスの一翼を担うほど。普段は深い洞察力と慎重に事を運ぶ冷静さで天狗社会を支えているのだが、現在の彼の様子は何かがおかしい……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 幻想郷の一番長い日 9

あらすじ


妖怪の山各地で行われる縄張り拡大反対派と賛成派の戦い。

天魔の説得に向かうはたて、その天魔と相対する文。

戦いは大詰めへと向かっていた。


天魔「……随分暴れたものだな」

 

文「……準備運動にもなりませんね。

この程度の相手で止められると思われるのは心外です」

 

 

 

相対する二人の周囲には、

気絶し、動けなくなった哨戒天狗たちが何十人も倒れていた。

 

文はその言葉通り、殺気を剥き出しにして迫る哨戒天狗の群れを、

殺さないように、重傷を与えないように、いなし切ったのだ。

 

狂奔状態となり、実力以上のチカラを引き出して戦う天狗たち。

その相手をするのは文といえど流石に骨が折れたが、なんとか片付けることができた。

 

 

 

天魔「木端どもでは相手にもならんか。それでは私自ら相手をしてやろう」

 

文「ようやくその気になりましたか」

 

 

 

文と哨戒天狗たちの戦いを静観していた天魔が動く。

 

正直余裕などないが、それで焦ってしまっては勝てる試合も勝てなくなる。

 

 

……神経を研ぎ澄ませ。呼吸を整えろ。

 

ここからが本当の戦いだ。

 

 

 

天魔「……」

 

文「!!」

 

 

 

ヒュババッ!

 

 

天魔が文に向かって手のひらをかざすと、数え切れないほどの風刃が出現する!

 

到底避けられる数ではない!

 

 

 

文「これしきっ!」

 

 

 

並の実力では抵抗する暇なく切り刻まれる攻撃ではあるが、文もさるもの。

 

その手に持つ手扇から強力な風圧を発生させ、風刃の壁に穴を開け、そこから抜け出す。

 

 

そしてその勢いのまま天魔の頭上へと位置どり、カウンターを仕掛ける!

 

 

 

文「―――『サルタクロス』!」

 

 

 

文は周囲に跳弾弾幕を展開!

 

頭上からの無差別射撃が降り注ぐ。

 

跳弾は木々や岩に反射され、

様々な軌道を描きながら、天魔を全方向から取り囲む!

 

 

 

天魔「鴉の分際で私を見下ろすなど不届き」

 

 

 

しかしこの攻撃でも天魔は全く動揺しない。

 

あくまで悠然とした構えを崩さない。

 

 

 

文「この弾幕をかわすことはできないでしょう!さぁ、どうしますか!?」

 

天魔「かわす?」

 

 

 

そう答えると天魔は両手で印を組む。

 

すると天魔の内から湧き出る霊力が体を取り囲み、霊力結界を展開した!

 

 

 

バチチッ!!

 

 

文の放った弾幕は、その全てが結界に阻まれ、消滅した。

 

 

 

文「……そこまで余裕で防がれると、少しショックですね」

 

 

 

質より量を重視した弾幕ではあったが、

そこまで簡単に防げる威力ではなかったはずだ。

 

今の攻撃で天魔の結界は破れたものの、ダメージがあるようには見えない。

 

……これは迂闊な攻めはできないだろう。

 

 

 

文の状況判断は一瞬だった。

 

しかしその一瞬の隙をつき、天魔は攻撃を仕掛ける!

 

 

 

天魔「破ッ」

 

文「!!」

 

 

 

ズシャアッ!!

 

 

 

文「ッ!……一体何が……?」

 

 

 

天魔の頭上に陣取っていた文だったが、

空中でのコントロールを失って落下してしまった。

 

あまりにも急な出来事だったので、何が起こったのかは正確にはつかめない。

 

しかしこれは、天魔の攻撃によるものであることは明らかだった。

 

 

 

文「……感覚操作ですか」

 

天魔「先にも言ったろう。我が頭上に位置取るなど不届き。

故に引き摺り下ろしただけの事」

 

文「……」

 

 

 

文は神経を張り巡らせ、自分の感覚が正常かどうか確かめる。

 

……どうやら感覚は元に戻っているようだ。

先ほどの攻撃の効果が続くのは、一時であるらしい。

 

永続的な効果でなくて何よりだ。

 

 

 

文「……わかりませんねぇ……やはり貴方は圧倒的にお強い。

それだというのに、何故、操られたりなどしているのです?」

 

天魔「操られてなどいるものか。

我ら天狗の復権こそが正義であり、幻想郷、ひいてはこの国を救う一歩となるのだ」

 

文「そんな荒唐無稽なことを話している時点で、正気でないことは明らかですよ。

……貴方の裏にはどんな存在がいるのですか?

どうせ碌でもない奴でしょうが」

 

天魔「……あの御方は我ら天狗一族を導いてくださるのだ。

不敬な態度をとる事は許さん」

 

文「見たこともない輩に不敬も何もありませんよ。

しかしどうやら、「あの御方」とやらが黒幕の様ですね……一体何者なのですか?」

 

天魔「我らの邪魔をする貴様に話してやることではない。

……無駄な時間をとった。終わらせるぞ」

 

 

 

ズオッ!

 

 

 

天魔の体に霊力がみなぎる!

 

 

 

文「今の貴方には、どうあっても負けられないのですよ!」

 

天魔「……塵と化せ」

 

 

 

……

 

 

 

妖夢「れ、霊夢さん……この空気は……!」

 

魔理沙「あっちは……玄武の沢がある方だな」

 

妖夢「とんでもない霊力ですよコレ……

こんなに離れたところにいるのに危機を感じるなんて……」

 

霊夢「文とはたても頑張ってるようね」

 

妖夢「これはあのお二人だけではマズいのでは……

私達も加勢したほうが!」

 

霊夢「アンタ、あの二人舐めすぎでしょ?

……こっちはこっちで大変なんだからほっときなさい」

 

妖夢「でも……」

 

霊夢「今から私達が相手しなきゃいけない敵は、

あんなもんじゃないかもしれないのよ?

その辺理解しときなさい」

 

魔理沙「だよなぁ……さっきの霊圧には私もビビったけど、

その霊圧を出してる天魔を操ってるやつが敵なんだよなぁ……」

 

霊夢「多分、だけどね」

 

妖夢「わかってたつもりでしたが、何というか、こう……

実際体感すると面食らいますね……狼狽えてしまいました……」

 

霊夢「実戦経験不足があんたの弱点なんだから仕方ないわよ」

 

妖夢「うぅ……」

 

魔理沙「ワオ、辛辣」

 

霊夢「はいはい、なんでもいいからいくわよ」

 

妖夢「ひどいですよ、霊夢さん……気にしてるのに……」

 

魔理沙「ハハハ……」

 

 

 

これから起こるであろう壮絶な戦闘に不安を残しつつも、

3人はいつも通りな調子で進んでいた。

 

緊張しすぎているわけでも、その逆でもない。

 

とても良い状態といえる。

 

これも霊夢がいつも通りの調子をキープしているおかげだ。

魔理沙と妖夢だけではこうはいかなかったろう。

 

 

 

しかし平静を装う霊夢も、心の中では不安と戦っていた。

 

 

敵の正体は?

天魔を操るほどの技とは一体?

本当にこの3人で太刀打ちできるのか?

そもそも相手は単独なのか?複数なのか?

 

 

頭で考えれば不安は尽きることがない。

この先に行ってはならない、という警笛が頭の中でガンガン鳴っている。

 

 

そんな霊夢に歩を進めさせ、平常心を保たせていた理由は2つ。

 

ひとつは

命の危機に晒されるほど悲惨な状態にはならないだろう、という自身の勘。

 

そしてもうひとつは

これまで数々の異変を越えて培ってきた、自身の戦闘センスへの信頼。

 

 

……幻想郷における霊夢の評価は、軒並み高い。

 

 

「あの巫女はすごい実力者だ。到底かなわない」

 

「あの人は特別だよ。比べようなんて思っちゃいけない」

 

「妖怪より妖怪じみている」

 

 

霊夢に対する印象を聞くと、誰からも概ねこんな意見が返ってくる。

 

 

……しかし、知っている者はどれだけいるのだろうか?

 

 

彼女が異変に備えて、とんでもない時間をかけて武器の調整をしていることを。

 

大勢の敵からかわし切れないほどの弾幕を受けて、何度も出直していることを。

 

その度に相手の攻撃の癖を捉えて、針に糸を通すような動きと戦略で突破していることを。

 

不屈の心と行動力を持って、異変の短期解決を成し遂げているのだということを。

 

 

……当然天賦の才がなければそんなことなどできない。

 

だが霊夢の実力は、

度重なるトライ&エラーによって磨かれた部分の方が多いのだ。

 

異変を越えるたびにセンスが磨かれていくのは当然と言える。

 

 

そんな霊夢だからこそ、

この規格外の異変にも広い視野をもって臨むことができている。

 

敵の実力がどれほど高くとも、ここまで冷静でいられるのは彼女くらいのものだろう。

 

 

 

 

霊夢「さて、そろそろよ」

 

魔理沙「……ついに、か」

 

妖夢「む、武者震いが……」

 

霊夢「アンタのそれは怯えてるだけでしょ……」

 

魔理沙「しかし霊夢、この辺は全然敵の気配がないぜ?

本当に黒幕がいるのか?」

 

霊夢「……確かに全然敵の気配はないわね」

 

妖夢「そうですよ。……いや、でも……おかしくないですか?」

 

魔理沙「何?どこかおかしい場所でもあるのか?」

 

妖夢「いえ、そうではなく。

今までの道中は、どこを通っても、必ずといっていいほど天狗たちが戦っていました」

 

魔理沙「まあな。……確かにそれに比べるとここは静かすぎるな」

 

妖夢「ええ。あまりにも敵の気配がなさすぎる。

まるでここだけ、普段通りの穏やかな幻想郷そのもの、という印象です」

 

霊夢「いいとこに気づいたわね。妖夢。

集中してあの辺をよく見てみなさい」

 

妖夢「あの辺りですか……!?」

 

 

 

妖夢は霊夢の指さす方向に目を凝らす。

 

すると、普通に見ていてはほとんど気づくことができない、

気の乱れのようなものを感じ取ることができた。

 

 

 

妖夢「あれは……力場が歪んでいる……?」

 

魔理沙「……本当だ。言われないと気が付かないほど小さな歪みが見えるぜ」

 

霊夢「……あれは結界ね。しかも相当上級なものよ」

 

魔理沙「成程な。あれで自分の気配と霊力を外に漏らさないようにしてるのか」

 

妖夢「しかしそうすると黒幕は随分と慎重ですね……

天魔を操れるほどのチカラを持ちながら、こんな隠れるような真似をしているなんて」

 

魔理沙「あ!もしかしたらだけどさ!

そいつって相手を操るチカラはすごいけど、戦闘力は大したことない奴なんじゃないか!?

ほら、わざわざこんな労力掛けてまで隠れてるような奴だし!」

 

妖夢「その可能性もありますね。そうだったら良いのですが」

 

霊夢「……まあ、そうかもしれないわね。

でもそんなこと考えて油断してると、足元すくわれるわよ。集中なさい」

 

魔理沙「わ、わかってるよ。そんな怖い顔するなって」

 

霊夢「それじゃ妖夢。その剣であの結界を斬って頂戴」

 

妖夢「承知しました」

 

 

 

そう言うと妖夢は居合の構えをとり、意識を集中させる。

 

 

 

霊夢「鬼が出るか蛇が出るか……」

 

 

 

シュラッ!

 

 

 

妖夢の腰から、迷いを断ち切る剣、白楼剣が目にもとまらぬ速さで抜刀され、

目の前の空間を一刀両断する。

 

 

 

妖夢「―――『瞑想斬』」

 

 

 

ピシピシィッ!!

 

 

 

一見何もない空間に入った切れ込みは、亀裂となり、結界を崩壊させる。

 

 

そしてそれと同時に……

 

 

 

 

ブオッ!!

 

 

 

 

霊夢・魔理沙・妖夢「!!!!!」

 

 

 

結界が破れたのと同時に、とてつもない霊力があふれ、3人を圧倒する!

 

 

 

霊夢「……ッ!」

 

魔理沙「なんだこれッ!なんなんだよッ!!」

 

妖夢「こんな、こんなことって……」

 

 

 

その圧力は、先ほどの天魔から放たれた霊力以上!

 

周囲の空気が一気に重くなり、飛んでいることすら困難になるほど密度が濃くなる!

 

うまく呼吸ができなくなり、動悸が激しくなる!

 

 

 

??「何者じゃ……妾の結界を破った礼儀知らずは……」

 

 

 

魔理沙「……!!アイツが今回の……」

 

霊夢「……ええ、黒幕のようね……」

 

妖夢「……なんて威圧感……!」

 

 

 

??「フム……童が3人……木っ端じゃな」

 

 

 

結界内にいた妖怪は、気だるそうに3人を見回してため息をつく。

 

 

 

??「ハァ……せっかく張っておった結界を壊すほどなのだから、

もっと骨がある者が来たと思うたのじゃが……

見当外れも良い所よのう」

 

 

 

明らかにこちらを舐めてかかっている態度。

しかしそんな油断しきっている状態なのにも関わらず、こちらに対しての圧倒的な威圧感。

 

凄まじい実力者だということは火を見るより明らかだ。

 

 

 

霊夢「答えなさい。アンタは何者?

天狗を操って一体何をしようとしているの?」

 

??「そんなことを聞かれて、

はいはいと応えてやるとでも思うておるのか?この盆暗め」

 

霊夢「……それならチカラづくで聞き出すしかなさそうね」

 

??「本気でできると思うておるのか?」

 

魔理沙「で、できるかどうかじゃなくてやらなきゃいけないんだよ!

アンタ達、幻想郷を壊そうとしてるんだろ!?そんなこと絶対させない!」

 

??「ハァ……実力の差も掴めない愚か者じゃったか。

しかしその微かな勇気に免じて少しだけ教えてやろう……」

 

 

天逆毎「妾の名は天逆毎(あまのざこ)。

須佐之男命(すさのおのみこと)の子にして、天狗の始祖よ。

お主らのような童が、ひっくり返ってもかなう相手ではない」

 

 

霊夢「天逆毎……!!」

 

魔理沙「知っているのか!?」

 

霊夢「ええ……まさかこんな化け物が黒幕だなんてね……!!」

 

 

 

霊夢の額に冷や汗が流れる。

 

神話でしか聞いたことがない、想定の遥か上をいく相手。

 

 

 

妖夢「そ、それほどですか……!!」

 

霊夢「……鬼と天狗を足して二で割らない強さで、

あの天邪鬼の性格をしていると思えばいいわ。

……恐らく守矢の神や紫よりも実力は上よ」

 

魔理沙「!?……なんだよそれ……ッ!!」

 

妖夢「そんな……そんな化け物だなんて……」

 

 

天逆毎「少しは勉強しているようじゃのう。ま、それも無駄になるが」

 

霊夢「……どういうことよ」

 

天逆毎「ここでお主ら3人ともオシマイ、という事じゃよ」

 

 

 

ピカァッ!

 

 

 

天逆毎の体が白く光り輝く!

 

 

……いや、これは、光っているのではない!

 

 

無数の、隙間なく迫る白い霊弾が放たれたのだ!

 

まるで一面の白い壁のように、弾幕が3人に襲い掛かる!!

 

 

 

霊夢「二人とも!!私の後ろにっ!」

 

魔理沙「お、おうっ!」

 

妖夢「は、はいっ!」

 

 

 

霊夢「―――『二重大結界』!!」

 

 

 

霊夢の周りに結界が展開され、

白い壁となった弾幕は3人にぶつかることなく通り抜ける!!

 

 

天逆毎「ほう……童にしては、すこしはやるようじゃの」

 

 

魔理沙「し、死ぬかと思った……」

 

妖夢「これほどまで実力差が……」

 

 

霊夢「二人とも!呑まれちゃダメ!

私達は今からアイツを倒すのよ!!

敵を恐れていたら、戦いになんてならないわ!!」

 

 

 

あまりの実力差に、普段の調子が出ない魔理沙と妖夢。

それを霊夢は必死に奮い立てる。

 

霊夢の言う通り、相手に呑まれていては

勝てる戦いにも勝てなくなる。

 

 

 

天逆毎「ほほほ!少しは妾を楽しませるのじゃぞ!」

 

 

 

考えろ……!勝利に不要な感情は棚上げしろ……!

なんとしてもこの窮地を乗り越える……!

 

 

霊夢は必死でこの状況を打破する一手を考える。

 

いつも異変の時にそうしてきたように、

今回もこちらの優位を見つけるのだ。

 

相手がどれだけ強力だろうと関係なく

必ず優位に立てる瞬間、流れ、戦略はある……!

 

 

 

……私は博麗の巫女。

この幻想郷を壊すなどという横暴、許してはおかない。

 

 

 

 

つづく




略称一覧

霊夢…博麗霊夢(はくれいれいむ)。幻想郷を覆う、博麗大結界の管理をしている。通称・博麗の巫女。幻想郷で起こる数々の異変を解決してきた実績があり、各勢力からの信頼は篤い。年齢からは想像できないほど、物事を達観した目で見ている。

魔理沙…霧雨魔理沙(きりさめまりさ)。魔法の森の辺りで暮らしている魔法使い。霊夢とは昔からの知り合いで、仲が良い。明るく前向きな性格。彼女も霊夢と共に異変解決をしてきた経歴を持つ。ただし罪悪感なしに泥棒をしていくので、一部からはお尋ね者扱いされている。

妖夢…魂魄妖夢(こんぱくようむ)。白玉楼住まいの庭師にして剣術指南役。とても真面目であるがゆえに、主人の幽々子からは日々からかわれている。従者としての能力も剣術の腕も上々。半霊という人魂のようなオプションがくっついているが、それは彼女がそういう種族だから。

文…射命丸文(しゃめいまるあや)。鴉天狗であり、新聞記者でもある。よく人里に下りて無茶な取材をしたり、信ぴょう性の薄すぎる記事を書いたりしている。しかしその行動は、天狗というものを世間に周知させ、天狗社会に新たな風を吹かせたい、という願いもあってのこと。まあ9割趣味だが。本編で言っていたように天狗の中でも幻想郷中でも実力はトップクラス。

天魔…天狗ヒエラルキーのトップに立つ存在。戦闘力をはじめ、外交力、統率力、内政力、ほぼすべての分野で比類なきチカラを持つ。もちろん幻想郷全体から見ても、その実力はパワーバランスの一翼を担うほど。普段は深い洞察力と慎重に事を運ぶ冷静さで天狗社会を支えているのだが、天逆毎に洗脳されたのか、現在は全く自らの意思を感じさせない動きをしている。

天逆毎…あまのざこ。天狗の先祖にして、天邪鬼の先祖でもある。尚且つスサノオから生まれたという経歴もあり、押しも押されぬ強力な神。伏ろわぬ神々の中でも強力な神であり、裏・博麗大結界から抜け出ていた数柱のうちの一柱。裏・博麗大結界の破壊に合わせて、事前工作の仕上げを始めた。怪力無双にして、天邪鬼な性格。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 幻想郷の一番長い日 10

あらすじ


ついに姿を現した妖怪の山異変の首謀者。
なんとその正体は、強力な神である天逆毎(あまのざこ)だった。

威圧される3人ではあるが、勇気を振り絞り戦いに挑む。


魔理沙「オイオイ……とんでもないな」

 

妖夢「れ、霊夢さん、ありがとうございます」

 

霊夢「……」

 

 

 

敵の高密度弾幕は、なんとか霊夢の二重大結界でかわすことができた。

 

しかしこの攻撃、相手からすれば牽制程度のものだろう。

 

もっと強烈なものが来る。

 

それをどうしていくか、霊夢は考えていた。

 

 

霊夢が思考を巡らせている中で、魔理沙が動く。

 

 

 

魔理沙「……ええい!ごちゃごちゃ考えるのは性に合わないぜ!先手必勝!」

 

妖夢「あ!ちょっと、魔理沙さん!」

 

 

魔理沙「神だか何だか知らないけど、くらえっ!

 

―――『マスタースパーク』!!」

 

 

 

ズビイイィッ!!

 

 

 

魔理沙が勢いよくそう叫ぶと、

 

天逆毎に対して構えたミニ八卦炉から極太のレーザーが放たれる!

 

 

 

魔理沙「これでどうだっ!」

 

 

天逆毎「フン……」

 

 

 

天逆毎は顔をしかめつつ、傍らに生えていた大木に手をかける。

 

 

 

魔理沙「防げるもんなら防いでみやがれっ!!」

 

天逆毎「ハァッ!」

 

魔理沙「!?」

 

 

 

天逆毎は魔理沙の攻撃をかわすことをせずに、

 

手をかけていた大木を引き抜き、マスタースパークに投げつけた!

 

 

まるで草むしりをするように、あっさりと大木を引き抜くチカラ。

 

鬼にも匹敵する怪力である。

 

 

 

ズゴゴウッ!!

 

 

 

マスタースパークと大木がぶつかり、木の破片が激しく弾ける!

 

 

 

魔理沙「少し驚いたが……その程度じゃマスタースパークは打ち負けないぜ!!」

 

天逆毎「その程度……? それはこちらの台詞じゃ」

 

 

 

ズボッ!ズボッ!

 

 

ブンッ!ブンッ!

 

 

 

大木を一本粉砕しただけでは、マスタースパークの勢いは殺し切れない。

 

それを見た天逆毎は、事もなげに、周りの大木を次々と投げつける!

 

 

 

ズババァッ!

 

 

 

魔理沙「……!! クソッ……もう限界……!」

 

 

 

シュウウゥン……

 

 

 

マスタースパークは魔理沙の持つ魔力を大量に使用する大技だ。

長時間放ち続けることはできない。

 

高威力のレーザーは敵に届くことなく消滅してしまった。

 

 

 

天逆毎「やれやれ……その程度かえ?」

 

魔理沙「……クソッ!」

 

 

 

大木を何本も投げ飛ばした天逆毎だったが、全く疲労しているようには見えない。

 

本当に身体能力は鬼と同等か、それ以上あるのだろう。

 

 

 

天逆毎「最大火力でこの程度なら、法力を使うまでも……ッ!?」

 

 

 

ヒュヒュヒュッ!!

 

ビビビビッ!

 

 

 

魔理沙の攻撃をいなし、隙ができた天逆毎。

 

そこに死角から、霊夢のパスウェイジョンニードルが襲い掛かる!!

 

 

 

天逆毎「ッ!……誰じゃあ……? 妾の話の腰を折る大馬鹿者は……!」

 

霊夢「戦闘中にごちゃごちゃ話してるからよ。 この間抜け」

 

天逆毎「ホウ……よっぽど死にたいようじゃの……いいだろう。

望み通り無残に殺してくれる!!」

 

 

 

明らかに天逆毎は逆上している。

 

先ほどまでは、こちらのことなど相手にもしていなかった。

しかし今は霊夢に向けて殺意を向けている。

 

 

 

妖夢「ま、魔理沙さん、なぜ霊夢さんはわざわざ敵を怒らせるような真似を……?」

 

魔理沙「わ、私もっ……よくわからない……ゼーッ、ゼーッ……」

 

 

 

天逆毎「妾を虚仮にしたこと、死んでも許さぬ!!生き地獄を味わわせてやろうぞ!」

 

霊夢「御託はいいからかかってきなさい。もしかして、私達とお話ししたいのかしら?」

 

天逆毎「生意気な……!!」

 

 

 

霊夢は尚も天逆毎を煽り続ける。

 

彼女がわざわざ相手を逆上させた理由は唯一つ。

 

相手のペースを乱し、戦闘の不確定要素を増やすこと。

そしてその中に逆転の一手を見つけることである。

 

 

魔理沙のマスタースパークを軽々とあしらう様子を見て、

正攻法で戦っては負けると確信した。

 

ならば数々のイレギュラーにイレギュラーを重ね、

何が何やらわからないまま、相手を敗北させるほかに勝ち筋はないだろう。

 

 

古来から格下が格上を打ち倒す例は、枚挙にいとまがない。

 

しかし正攻法ではその幸運を掴むことはできない。

 

なにか機が必要だ。勝負を一発で決められるほどの機が……!

 

 

 

天逆毎「今すぐ灰にしてやろうぞっ!! ―――『マハラギダイン』!!」

 

 

 

ゴオッ!!ゴオウッ!!

 

 

何かの呪文を唱えた天逆毎から、

3人に向かって特大の火球が放たれる!!

 

 

 

3人「!!!」

 

 

 

ババッ!

 

 

 

何もない空間から突如現れ、とんでもない勢いで迫る火球!

 

幸いにして3人とも何とかかわすことができたが、

当たれば一発で黒こげになってしまうだろう。

 

 

 

霊夢「……ッ! 魔理沙、妖夢! 私があいつの気を引くわ!

アンタ達も隙を見つけて、とにかく攻撃しなさい!」

 

魔理沙「わかったぜ……ハァ、ハァ……」

 

妖夢「しょ、承知しました!」

 

 

 

天逆毎「何をコソコソ話しておる! さっさとくたばらんかっ!」

 

天逆毎「―――『マハザンダイン』!!」

 

 

 

ビュオオオッ!!

 

 

 

今度は身を切り裂く竜巻が足元から出現!!

 

 

 

魔理沙「う…うわあああっ!!」

 

 

霊夢「魔理沙っ!!」

 

妖夢「ま、魔理沙さんっ!!」

 

 

 

ドォン!

 

 

 

霊夢と妖夢の二人は何とか回避できたが、

マスタースパークで体力を消耗していた魔理沙はよけきることが出来なかった。

 

魔理沙の体は暴風で吹き飛ばされ、周りに生えていた大木に打ち付けられる。

 

 

 

天逆毎「まずは一人。お前たちもさっさとくたばらんか」

 

妖夢「……! 誰がくたばるもんか! 絶対勝ってやる!」

 

霊夢「その意気よ、妖夢。

幸い魔理沙は気を失っているだけのようだし、アイツに集中するわよ」

 

妖夢「ハイ! 絶対勝ってみせます!」

 

 

 

魔理沙はやられてしまったが、

それがきっかけで妖夢にスイッチが入った。

 

今度はこちらが攻める番。

 

 

 

霊夢「行くわよっ!!―――『夢想封印』!!」

 

 

 

霊夢の体から七色の光球が出現!天逆毎を取り囲む!!

 

 

 

天逆毎「ハァッ!」

 

 

パパパァンッ!

 

 

しかし天逆毎は光球を一つ一つ殴り飛ばすことで被弾を回避!

 

 

 

妖夢「スキあり―――『結跏趺斬』!!」

 

 

 

ザシュッ!

 

 

 

天逆毎「……ッ! この……!!」

 

妖夢「!!」

 

天逆毎「―――『アイアンクロウ』!!」

 

 

 

ズガガガッ!!

 

 

 

天逆毎が振り上げた右手からは、魔力が大きな爪の形となって出現!

そしてそのまま振り下ろし、地面を軽々とえぐっていく!

 

しかし妖夢は攻撃の気配を事前に察知し、回避に成功した!

 

 

 

妖夢「スキの大きい攻撃には注意しないと―――『燐気斬』!!」

 

 

 

ザシュッ!

 

 

 

天逆毎「ウグッ……!!」

 

 

 

霊夢「やるわね妖夢。一気に畳みかける!―――『神霊宝珠』!!」

 

 

 

バチチィッ!

 

 

 

天逆毎「ヌオッ……!」

 

 

 

霊夢と妖夢の隙の無いコンビネーションに、天逆毎は反撃できない!

 

 

 

妖夢「これでどうだ!―――『弦月斬』!!」

 

 

 

ズバアッ!

 

 

 

天逆毎「グアアッ!」

 

 

 

息もつかせぬ連撃に、流石の天逆毎も膝をつく。

 

 

強大なチカラを持っている天逆毎だが、

霊夢と妖夢は、そのチカラをうまく殺すような戦い方をしていた。

 

相手の攻撃が繰り出される前にこちらの攻撃をたたき込む。

異変解決経験のある二人は、息があった連携をとることに成功していた。

 

 

 

このままいけば、この格上の相手を倒すことができる!

 

 

 

……二人がそう思った時だった

 

 

 

天逆毎「おのれ……小童ども……!ここまで妾を虚仮にしてくるとは……!!」

 

妖夢「おとなしく負けを認めなさい!貴女の攻撃はもう見切りました!!」

 

天逆毎「見切った……? 愚かな……!!」

 

 

 

ブオッ

 

 

 

霊夢・妖夢「!!?」

 

 

 

天逆毎の体から不穏な霊力が漂う……

 

 

 

天逆毎「妾が小童程度にやられるとでも……? 思い上がりも甚だしい!」

 

天逆毎「貴様等如き、ひっくり返っても妾には敵わんわ!

文字通りひっくり返っても、な!!」

 

 

霊夢「妖夢!何か来るわよ!!」

 

妖夢「分かってますよ!」

 

 

天逆毎「恐れおののくがいい!これが神のチカラよ!!」

 

 

 

カッ

 

 

 

クラッ……

 

 

霊夢「……!?」

 

妖夢「……な、一体!? 頭が……気持ち悪い……!!」

 

 

 

天逆毎から放たれた光を浴びた二人。

 

言いようもなく気持ち悪い感覚に体が支配される。

 

それと同時に立っていることも困難になり、その場に倒れ込む。

 

 

 

天逆毎「フフフ……どうじゃ?いい気分であろう?」

 

妖夢「一体……うぷ……なにを、した!」

 

天逆毎「妾は神にして天邪鬼の始祖。重力感覚をひっくり返させてもらった」

 

妖夢「重力……かん……かく?……うぷ」

 

天逆毎「ホッホッホ!苦しいであろう!?

今貴様等は天地の感覚のみがひっくり返っている状態じゃ!」

 

霊夢「成程……ね……」

 

 

 

この体中を支配する嫌悪感と吐き気。

 

その感覚の正体は、地上にいるのにもかかわらず落下している感覚があるせいだった。

 

それ以外の感覚は正常なのが逆に厄介だ。

 

いっそすべてがひっくり返ってくれれば対処しようもあるのだが、

こうもピンポイントで感覚を狂わされたら、普通に戦うことは困難。

 

以前ひと暴れした天邪鬼もひっくり返す能力は持っていたが、

あちらは全部まとめてひっくり返すだけだった。

 

流石に能力の精度が段違いだ。

 

 

 

天逆毎「小童共!思い知るがいい!

妾に勝とうなどという愚かな夢を見た結果がこのザマじゃ!」

 

霊夢「まだ……負けてないわ……!」

 

天逆毎「口だけは達者よのう。ロクに動けないというのに」

 

妖夢「幻想郷を……好きにさせるわけには……いかない!」

 

天逆毎「全く動かない体で何を言っても無意味じゃよ。むなしいむなしい」

 

 

天逆毎「それにもし、何かの間違いで妾が敗れるとしても、

妾よりも強力な神など結界内に何柱もおるわ!

その程度の実力で奴らの相手をしようと考えているなど、片腹痛い!」

 

 

妖夢「な……!?」

 

 

天逆毎「その筆頭が妾の息子よ!九天を支配する王、天魔雄(あまのさく)よ!

全ての荒神を統べる魔神じゃ。貴様等では相対することすらできはしまい」

 

 

霊夢「まさか……とは思ったけど……本当に……天魔雄まで……」

 

 

天逆毎「それだけではない。さらに強力な神々も眠っておる。

この地を支配するのも、この国をもう一度我々の手に取り戻すための布石。

貴様等は喜んで人柱となるがよい!」

 

 

 

天逆毎から放たれる殺気を受け、霊夢は冷や汗を流す。

 

 

……これは本当にまずい。

 

あと3分もあれば天地反転の感覚にも慣れることができるだろうが、

目の前の相手はそれを許してくれそうにない。

 

今攻撃されたら避けることも守ることもできずに、確実にやられる。

 

自分よりも近接戦闘のセンスがいい妖夢でも、復帰に時間がかかるのは同様だろう。

 

何か手はないか……何か手は……

 

 

 

天逆毎「この一撃で塵と消えるがよい。―――『メギド……』」

 

 

 

ここまでなのか、そう霊夢が思った時

 

 

 

魔理沙「―――『マジック……ミサイル』」

 

 

 

ヒュヒュヒュッ!

 

 

パパパパァン!

 

 

 

天逆毎「……?……ほう、もう目覚めていたか」

 

魔理沙「うぐっ……二人を……殺させはしないぜ……」

 

天逆毎「ホホホ!何を言うかと思えば、虫の息ではないか!

先ほどの攻撃も、蚊が刺すほどの威力もなかったぞ?」

 

魔理沙「う、うるさい……」

 

天逆毎「貴様はそこで仲間が無残に焼き尽くされるところを見ているといい」

 

魔理沙「止め……ろ……」

 

 

 

天逆毎「では改めて……!!??」

 

 

 

……突然天逆毎の様子がおかしくなった。

まるで何かに狼狽えているように見える。

 

今まで3人に対して、まるで見せたことがない態度だ。

 

 

 

天逆毎「そんな……まさか……!? ありえない……我が息子よ!!!」

 

 

 

妖夢「グッ……一体……何が……?」

 

霊夢「天地反転の術が……弱まっている」

 

 

 

何が起こっているのかはよくわからないが、

これは間違いなく霊夢が待ち続けていた勝負の機!!

 

 

ここで……決める!!

 

 

同様に感覚が戻ったであろう妖夢に、霊夢は指示を出す!

 

 

 

霊夢「妖夢!!」

 

妖夢「!! ハイ!!」

 

 

 

妖夢は狼狽える天逆毎に近づき、必殺の一撃を放つ!!

 

 

 

妖夢「獄神剣―――『業風神閃斬』!!」

 

 

 

ズバババァッ!!!

 

 

 

天逆毎「オオ……オオオオッ!!」

 

 

 

妖夢の斬撃により、天逆毎に何本も剣閃が入る!!

 

 

 

霊夢「いい仕事よ……!こっちも準備が整った!」

 

 

天逆毎「グフッ……おのれ……小童ども……!!」

 

 

霊夢「もう一度眠りなさい!!

 

 

 

―――『簡易版・博麗大結界』!!」

 

 

 

霊夢は集中力を高めると、

用意しておいた大量の御札を展開する!!

 

 

 

天逆毎「……バカなっ!博麗大結界だとっ!?」

 

霊夢「あんまり人間を舐めるんじゃないわよッ!!」

 

 

 

数百年前、妖怪の賢者と守り神の龍神、

そして初代博麗の巫女で完成させた博麗大結界。

 

それを簡易版とはいえ、たった一人で張りなおすとは!!

 

 

 

霊夢「これで……お終いっ!!」

 

 

天逆毎「あり得ぬっ!!この……妾がぁッ……!!!」

 

 

 

バキキイイィンッッ!!

 

 

 

天逆毎「ああアァァぁ……」

 

 

 

簡易的に張られた結界の中に、天逆毎は呑み込まれていった。

 

 

裏・博麗大結界が破られた時と違い、

今度は物凄い実力とは言え、たった一柱に対する過剰なほど強力な封印だ。

 

管理を適切に行えば、破られることはまずないだろう。

 

 

・・・

 

 

妖夢「や、やったんですか……?」

 

霊夢「ふぅ……やったわ。いい動きだったわよ」

 

妖夢「もうダメだと思いましたよ……」

 

霊夢「私も正直諦めかけたわ

……魔理沙が必死で時間を稼いでくれたおかげで助かったわね」

 

妖夢「そうですよ!ありがとうございます!魔理沙さん!」

 

魔理沙「へ、へへ……一矢報いたってとこかな……」

 

霊夢「一矢どころじゃないわよ。とにかくお疲れさま。もう限界でしょ」

 

魔理沙「すまないな……早く帰って……ベッドで寝たいぜ……」

 

霊夢「それじゃ妖夢、魔理沙を家まで送っていってくれない?」

 

妖夢「ええ、わかりました。霊夢さんはどうします?」

 

霊夢「私は今張った結界を仕上げてから、天魔のところへ向かってみるわ」

 

妖夢「そうですね。あちらも心配です……私も同行したほうがいいのでは?」

 

霊夢「大丈夫。今は魔理沙の体調の方が大事よ」

 

魔理沙「す、すまないな……」

 

妖夢「いいんですよ。気にしないで下さい」

 

霊夢「それじゃ妖夢、頼んだわよ」

 

妖夢「お任せください。では霊夢さん、ご武運を」

 

魔理沙「後は……任せたぜ……」

 

 

 

魔理沙を抱えて飛び去っていく妖夢を見送る霊夢。

 

 

……今回は本当に危なかった。

 

生死を分ける瞬間がいくつもある、極限の戦いだったといってもいい。

 

 

……しかし何故、天逆毎はああも取り乱したのだろうか?

 

自分の知らないところでも、何か大変なことが起こっているのだろうか?

 

 

色々考えていても仕方ない。それにこんな状況でもなんとかなる気がする。

 

 

……今は目の前の仕事を終わらせよう。

 

そう考えながら、霊夢は結界作成の仕上げに取り掛かるのだった。

 

 

 

つづく




略称一覧

霊夢…博麗霊夢(はくれいれいむ)。幻想郷を覆う、博麗大結界の管理をしている。通称・博麗の巫女。幻想郷で起こる数々の異変を解決してきた実績があり、各勢力からの信頼は篤い。年齢からは想像できないほど、物事を達観した目で見ている。

魔理沙…霧雨魔理沙(きりさめまりさ)。魔法の森の辺りで暮らしている魔法使い。霊夢とは昔からの知り合いで、仲が良い。明るく前向きな性格。彼女も霊夢と共に異変解決をしてきた経歴を持つ。ただし罪悪感なしに泥棒をしていくので、一部からはお尋ね者扱いされている。

妖夢…魂魄妖夢(こんぱくようむ)。白玉楼住まいの庭師にして剣術指南役。とても真面目であるがゆえに、主人の幽々子からは日々からかわれている。従者としての能力も剣術の腕も上々。半霊という人魂のようなオプションがくっついているが、それは彼女がそういう種族だから。

天逆毎…あまのざこ。天狗の先祖にして、天邪鬼の先祖でもある。尚且つスサノオから生まれたという経歴もあり、押しも押されぬ強力な神。伏ろわぬ神々の中でも強力な神であり、裏・博麗大結界から抜け出ていた数柱のうちの一柱。裏・博麗大結界の破壊に合わせて、事前工作の仕上げを始めた。怪力無双にして、天邪鬼な性格。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 幻想郷の一番長い日 11

あらすじ

チカラを合わせ、何とか天逆毎(あまのざこ)を再封印することができた3人。
しかし魔理沙は大きなダメージを負ってしまい、妖夢と共に戦線を離脱。

残った霊夢は封印を完成させ、文と天魔の元に援護に行くことにした。


霊夢・魔理沙・妖夢の3人と天逆毎の決着がつく少し前。

 

天魔と文は激闘を繰り広げていた。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

天魔「喝ッ!!」

 

 

 

ガサガサッ!

 

 

 

天魔が印を結ぶと、辺りの木々がざわめき、葉が落ちる。

その葉は全て天魔の魔力により、鋭利な刃物と化している!

 

当然それは文に向かって襲い掛かる!

 

 

 

文「今更その程度で驚きはしませんっ!」

 

 

 

ヒュンッ!

 

 

 

風を切る音と共に、文の姿が見えなくなる。

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

文は文字通り、目にもとまらぬ速さで空中を駆ける。

 

 

 

文は自身の持つ『風を操る程度の能力』をフル活用し、超高速機動を実現していた。

 

自分の目の前にある空気を、風に乗せ後方に流れさせる。

 

さらにその空気を後方に流し切るのではなく、

自身を押し出す方向へと変換、推進力へと変える。

 

 

つまりは

 

 

「文自身の推進力」

 

引くことの

 

「空気抵抗」

 

足すことの

 

「後方からの空気の推進力」

 

 

その答えは

 

 

―――『幻想郷最速』

 

 

ということだ。

 

 

しかもただ速いだけでなく、

風を流す方向を微調整することで、急旋回も可能。

 

おまけにその際、旋回後の進行方向へ風を流すことで、

慣性を加速のエネルギーに変換している。

 

 

要するに、信じられない話ではあるが、

 

 

「マッハに近い速度からブレーキなしで旋回、さらに曲るたびに加速が掛かる」 

 

 

ということになる。

 

 

 

風のように速い、という比喩ですら、かわいく思えるほどの速度。

 

到底人間の形状をした物体が出せるスピードではない。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

木の葉は文の飛行跡を追いかける。

 

何千、何万枚の木の葉が一斉に文を追いかける様は

まるで巨大な一体の生き物、龍の如し。

 

 

しかし文の速度は常識離れしたもの。

木の葉は追いつけず、見る間に距離が離れる。

 

 

それを見た文は、木の葉の龍に向き直る!

 

 

 

文「―――『烈風扇』!!」

 

 

 

ズババババァッ!!

 

 

パラパラパラ……

 

 

 

文の持つ手扇から強力な真空刃が発生!!

 

鋭利な木の葉でできた龍は、破裂し、元の木の葉に戻っていった。

 

 

 

文「そんな遅い攻撃など、私には届きません!」

 

 

天魔「やるではないか……だが」

 

 

 

天魔は印を組みなおし、魔力を高める!

 

 

 

天魔「喝!!!」

 

 

 

天魔からほとばしる魔力!

 

それと同時に空に雲がかかり、見る間に暗くなっていく!!

 

 

 

天魔「だが、雷よりも速く動くことはできまい」

 

 

文「……!!」

 

 

 

この人はどこまで規格外なんだ……!?

 

 

 

ゴロゴロゴロ……

 

 

 

文「……空にいるのはマズそうですね……!!」

 

 

 

天魔の言う通り、雷のスピードはさすがに超えられない。

 

その気になれば音は置き去りにできるが、雷には追い付かれてしまう。

 

 

スッ……

 

 

文は地面に降り立ち、天魔と対峙する。

 

天魔の事だから、ただ雷を落とすだけでなく、的確に自分を狙ってくるだろう。

 

攻撃をかわすのは、雷が落ちてからではもう手遅れだ。

雷を落とす天魔の一挙手一投足から、次の行動を読むしかない。

 

 

 

天魔「ずっと空を飛んでいるほど阿呆ではないか」

 

文「お褒めの言葉、どうも」

 

 

 

文は天魔の目を見る。

相手の目を見れば、次の行動が予測できるからだ。

 

……それにしても、意志を感じない瞳……全く、腹が立つ。

 

 

 

文「……攻撃は最大の防御―――『疾風扇』!」

 

天魔「……」

 

 

 

バシイッ!

 

 

 

天魔は文の攻撃を片手で受け止める。

 

 

 

天魔「そろそろか……」

 

 

 

天魔は目の前の文から目を離し、空の暗雲を眺める。

 

 

まさか……!

 

 

 

……ポツ……ポツポツ……

 

 

 

文「!!」

 

 

 

……ザザーッ!!

 

 

 

天魔は先ほど発生させた雷雲から、

バケツをひっくり返したような豪雨を降らせる!

 

 

 

文「……クッ!」

 

 

 

……ヒュオオッ

 

 

 

雨に濡れてしまっては、まともに飛ぶことができなくなる。

 

文は体の周りに風のフィールドを展開。

豪雨を受け流し、雨に濡れることを防ぐ。

 

 

しかし、それでも豪雨の中ではいつも通り飛ぶことができない。

 

風を操ろうにも雨の負荷が高すぎて、

能力の繊細な調整をしなければならないからだ。

 

 

……文の機動力はこれにより大幅に削がれた。

 

ならば次に来るものは……!!

 

 

 

天魔「かわせるものならかわしてみせよ」

 

 

文「……マズいっ!!」

 

 

 

 

ゴロゴロゴロ……

 

 

 

次に来るのは当然雷!!

 

ならばやることは一つ!!

 

 

 

ヒュンッ!!

 

 

 

文は高速で天魔に近づく!

 

いくら天魔といえど、雷に打たれてはひとたまりもないだろう。

 

つまり天魔の周辺には雷は落ちてこないということになる。

 

天魔に近づき、近接戦を仕掛けるのは得策とは言えないが、

今取れる選択肢はそれしかない!!

 

 

 

天魔「それしかない、であろうな」

 

文「!!」

 

 

 

天魔は文が動き始めるのとほぼ同時に、文の接近ルートに手のひらをかざしていた。

 

 

マズい!完全に読まれていた!

 

雷はまさかの囮で、こちらが本命!?

 

 

 

天魔「終いにしよう」

 

 

 

ゴウッ!!

 

 

 

天魔の手のひらから濃縮された空気の渦が放たれる!!

 

 

 

バシイッ!

 

 

 

文「……うあっ!!」

 

 

 

危機を察知して無理矢理に方向転換した文だったが、

完全に動きを読まれた攻撃だったこともあり、

かわし切れずに接触、空中に弾き飛ばされた!

 

 

 

天魔「よく粘ったが、ここまでよ」

 

 

 

天魔「喝!!」

 

 

 

ビカッ!!

 

 

 

空を覆う一面の雲から、特大の雷が文に向かって落ちる!!

 

 

 

文「しまっ……!!!」

 

 

 

ドドオォンッ!!

 

 

 

空が激しく光る。

 

 

 

ザザーッ……

 

パラパラ……パラ……

 

 

 

特大の雷が落ちた後、雨は上がり、雲は消え、空は元の晴天に戻った。

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

天魔「これで不穏分子も片付いた」

 

 

 

ひとり呟く天魔。

 

 

 

そこに空から一人の天狗がやって来た。

 

 

 

はたて「て、天魔さま……!!」

 

 

 

現れたのは、烏天狗長の元から駆け付けた、はたてであった。

 

天魔を探して飛んでいると、

いきなり暗雲が出現し、大雨、雷、と、

尋常でない事が起こっているのが見えたため、急いで飛んできたのだ。

 

 

 

天魔「おお……お前は、確か、烏天狗の姫海棠はたて(ひめかいどうはたて)だったな」

 

 

はたて「て、天魔様……先ほどの暗雲は一体……?」

 

天魔「あれか。大したことではない。不穏分子を排除しただけじゃ」

 

はたて「不穏分子って……まさか!!」

 

天魔「お前も知っている射命丸よ。高い実力を持ちながら、儂に歯向かうとはな」

 

はたて「そんな……文……うそでしょ……そんな……」

 

 

 

ズシャッ

 

 

 

はたては大雨で水浸しな地面に崩れ落ちる。

 

天狗の中でも親友といえるほど仲の良かった文が、

たった今死んでしまった。

 

信じたくなんてない。

しかし、天魔の言葉はそれが真実だと確かに伝えていた。

 

 

 

天魔「儂は今から幻想郷全土を縄張りとするために山を出る。お前もついて来い、はたて」

 

はたて「……」

 

天魔「さっさと立たんか」

 

 

はたて「……イヤです」

 

 

天魔「……何?」

 

 

 

はたては抑揚のない声でつぶやく

 

 

 

天魔「……貴様も奴と同じく、儂に逆らうのか?」

 

はたて「……そうじゃないです」

 

天魔「ならば何故断る」

 

はたて「……イヤなんです」

 

 

 

ぽろぽろ……

 

 

はたての目から涙がこぼれる

 

 

 

はたて「もうイヤなんです!天狗同士で戦うのは!!」

 

 

 

感情が抑えきれなくなったはたてが、震えた声で精一杯叫ぶ

 

 

 

はたて「同じ天狗で殺し合いして、文もいなくなって!

 

そこまでして縄張り広げてっ!

 

どうしようって言うんですかっ……!!」

 

 

 

目から溢れる涙もぬぐわず、思いのままを叫ぶ

 

 

 

はたて「最近はみんなおかしくなって!!

 

縄張り広げることしか頭になくって!!

 

こんなのが……

 

こんなのが普通になるなんて私やだよぉ……!!

 

前みたいに楽しく修行したり、新聞書いたりしたい……!!」

 

 

 

天魔「……何故……だと……?」

 

 

 

はたて「こんなの楽しくないっ……!!全然楽しくない……!!

 

お願いだから元に戻ってよぉ……天魔様……!!」

 

 

 

天魔「なぜ……?……縄張りを広げるのは天狗の使命……だから……

 

天狗の使命……なんだそれは……?」

 

 

 

はたて「て、天魔さま……?」

 

 

 

天魔「我らが……妖怪を支配するのが……最善……

 

支配……天狗が支配……?

 

何を……支配する……?」

 

 

 

天魔の様子がおかしい。

 

先ほどまでの機械のような冷徹さは消え、ブツブツと独り言を呟いている。

 

 

 

天魔「何が……支配……縄張り……なぜ……!!

 

……う、ウグッ……

 

……おオオオォォあああああアァァぁッッ!!!!!!」

 

 

 

はたての精一杯の訴えを受け、天魔は錯乱!!

 

内なる膨大な魔力が暴れだす!!

 

 

 

天魔「アアアッッッ!!!!」

 

 

 

ゴロゴロゴロ……

 

 

ビュオオオオウッッ!!!

 

 

メキメキメキィッ!!!

 

 

 

天魔の魔力の暴走に、

 

空は荒れ、風は逆巻き、竜巻が発生し、

 

周囲の木々や岩が引っぺがされて空中を舞う!!

 

 

 

はたて「う……あぁ……」

 

 

 

正に天変地異。この世の終わりかと思われる光景。

 

 

 

天魔「何故だあアアッ!!!オオオオオオッッッ!!」

 

 

 

ゴォウッ!!!

 

 

 

はたて「ひっ……!!」

 

 

 

呆気に取られて動けないはたてに、竜巻に巻き上げられた大岩が迫る!!

 

 

……その時

 

 

 

 

 

―――『烈風扇』!!!

 

 

 

 

 

ドガァンッ!!

 

 

 

放たれた真空刃が、はたてに迫る大岩を打ち砕く!

 

 

 

はたて「……その声!……その術!!……ウソ……!!」

 

 

 

まさか……まさか……!!

 

 

 

文「間一髪だったわね」

 

 

はたて「文ぁっ!!!」

 

 

 

なんと文は生きていた。

 

心の底からの喜びに、はたての目に再度涙が溢れる。

 

 

 

はたて「よかった……!よかったよぅ……!生きてたんだ……!」

 

 

文「そんな簡単に死んでたまるもんですか

 

……それより天魔様は一体どうなってるの?」

 

 

はたて「グスッ……わかんない……

 

……私が泣いちゃって、思ってることを天魔様に言っちゃっただけなんだけど……」

 

 

文「……そう。

 

私もよくわからないけど、はたての言葉が何かのきっかけになったみたいね」

 

 

はたて「……そうなのかな?」

 

 

文「ともあれ、この状況。なんとかしないと二人ともお陀仏ね」

 

 

はたて「ど、どうしよう……このままじゃ……!」

 

 

文「そんなことにはさせないわ。

 

……私が時間を稼ぐから、はたては天魔様を何とかして」

 

 

はたて「ええっ!?そんなっ!!無理だよっ!!」

 

 

文「あなたならできる。

 

私の声は天魔様には届かなかったけど、はたての声は届いたじゃない」

 

 

はたて「何が起こったか自分でもわかんないんだよ!?できっこないよっ!!」

 

 

文「もっと自分を信じなさい。私もはたてを信じてるわよ」

 

 

 

ビュンッ!

 

 

 

はたて「あ、文っ!!」

 

 

 

文ははたてに錯乱した天魔を任せ、荒れ狂う空に身を投げ出す。

 

 

 

文「さて……目の前に広がるは、

 

当たり一面に巻き起こる竜巻、舞い踊る無数の大木や大岩」

 

 

 

終末と見まごう光景を前に、文はニヤリと笑って見せる。

 

 

 

文「……面白い!……本気でいかせてもらいましょう!!」

 

 

 

文のカラダに魔力が迸る(ほとばしる)!!

 

 

 

文「見えるものならとくと見よっ!!我こそが幻想郷最速也!!」

 

 

 

 

―――『無双風神』ッ!!!

 

 

 

 

ヒュガッ!!!

 

 

 

文の姿が消える!

 

それと同時に空の至る所で衝撃波が発生!!

 

吹き飛ばされた木々や岩が、見る間にはじけ飛び、竜巻が次々と消滅していく!!

 

 

 

はたて「す、すごい……!!」

 

 

 

文は空中を亜音速で移動!

 

その超高速の中で、はたてに迫る危険物を吹き飛ばす!

 

目にも止まらぬとはまさにこのこと!!

 

 

 

天魔「オオオォォォアアアアアッ!!!」

 

はたて「でも……でも……!!どうしたらいいのっ!?」

 

 

 

文が頑張ってくれてはいるが、天魔を止めない限りこの地獄は終わらない。

 

必死で考えるも、はたてには、どうしていいかわからない!

 

 

 

……その時

 

 

 

 

ピロリン♪

 

 

 

 

はたて「!?」

 

 

 

何故かはたての持つ携帯型カメラから音が鳴る。

 

それを聞き、急いでカメラを取り出すはたて。

 

 

 

はたて「な、なにこれ……!!」

 

 

 

はたての目に写るのは、天魔の背後から撮られた写真。

 

 

その背中、羽根の付け根に、

どこからか伸びるドス黒い糸のようなものが見える!!

 

 

 

はたて「もしかしてこのせいで天魔様は……!!」

 

 

 

写真に写る黒い糸が元凶だと確信するはたて。

 

 

だが自分の実力では、

 

荒れ狂う空を飛び、天魔の後ろに回り込み、糸を切ることなどできない。

 

 

……方法は一つ。文にこの事を伝え、糸を断ち切ってもらうこと。

 

 

 

意を決し、はたては文に呼びかける!

 

 

 

はたて「文ぁーっ!!!

 

天魔様の羽根の付け根から見えない糸が出てるっ!!

 

それを狙ってぇーっ!!!」

 

 

 

普通であれば、亜音速で移動する文には、声など届くはずもない。

 

 

しかしはたてには確信があった。

 

強い思いを込めた声なら、どんな相手にでも届けることができるという確信が。

 

 

 

―――届いて……私の声!

 

 

 

文「……これは!?」

 

 

 

―――背中、羽根の付け根を狙って

 

 

 

聞こえないはずの、はたての声。

 

しかし、文の耳には確かにはっきりと聞こえた!

 

 

 

文「……届いたわ、あなたの声!」

 

 

 

ビュオッ!!

 

 

 

文は高速を維持しつつ、天魔に背後から接近!

 

その背中に真空刃を放つ!!

 

 

 

バシィッ!!

 

 

 

天魔「グオッ!!……ヌアアアアアッ!!」

 

 

 

天魔は激しい雄叫びを上げ、一層苦しみだす!!

 

 

 

天魔「アアアあぁ……」

 

 

 

そして糸が切れた操り人形の如く、その場に倒れ込んだ。

 

 

 

ヒュオオオオ……

 

 

 

それと同時に荒れ狂っていた天候も元に戻り、再度空は晴れ渡った。

 

 

 

はたて「終わった……の……?」

 

 

文「……やれやれ、台風一過、というところですね」

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

天魔「……ここは……?」

 

 

 

数分の後、天魔に意識が戻る。

 

 

 

はたて「よ、よかった!天魔様、意識戻ったよ!!」

 

 

 

目の前には半泣きの烏天狗、姫海棠はたて(ひめかいどうはたて)の姿がある。

 

 

 

文「だから言ったでしょう。この程度でこの人が死ぬわけないって」

 

 

 

そして空中から、ボロボロの格好をした、烏天狗の射命丸文が下りてくる。

 

 

 

天魔「ふむ……どうやら……二人には迷惑をかけてしまったようだ……」

 

 

はたて「!! 天魔様! 元に戻られたのですか!?」

 

天魔「……ああ。今まで悪い夢の中にいたようだ……」

 

はたて「よかった……!本当によかったっ……!!」

 

 

 

はたては緊張の糸が切れ、またもや涙を流す。

 

 

 

文「大丈夫だ、とも言ったじゃないですか。

 

念写で天魔様から例の糸が消えてるって確認したんでしょう?」

 

 

はたて「うん……うん……!! よかったよぉ……!!」

 

文「やれやれ……」

 

 

 

泣きじゃくるはたてを前にして、文は半ば安心して、半ば呆れている。

 

 

 

天魔「文……よく生きていてくれた……

 

儂は確実にお前を仕留めた気でおったのに……」

 

 

文「これですよ」

 

 

 

そういうと、文は真っ黒になったカメラとフィルムの筒を取り出す。

 

 

 

天魔「……それは?」

 

 

文「記者の命、カメラとフィルムです。

あの時は本当にダメかと思ったんですがね。とっさにこれをバラまいたんですよ。

おかげで雷はそちらに逸れ、落雷の衝撃で私は木の中に吹き飛ばされたんです。

 

……一か八かでしたが、間一髪、賭けに勝ちました」

 

 

天魔「そうだったのか……とにかく生きていてくれて何よりだ……」

 

 

はたて「ぐすっ……ひっく……」

 

 

文「天魔様。乙女を泣かせるとか、男として最低ですよ。

何か私達に言わなくちゃいけないことがあるんじゃないですか?」

 

 

天魔「……ああ」

 

 

 

文の言葉を受け、天魔ははたての肩に手を置く。

 

 

 

天魔「はたてよ、心配かけて本当にすまんかった。この通り、謝る」

 

 

 

そう言うと天魔は、はたてに頭を下げる。

 

封建的な天狗社会で、組織のトップが、いち烏天狗に頭を下げるなど

本来はありえないことである。

 

 

 

はたて「や、やめてくださいっ!天魔様!!畏れ多いです!」

 

 

 

その姿を見て、はたては慌てて泣き止む。

 

 

 

天魔「いや、何も畏れ多いことではない。

儂は組織の長でありながら、恥ずべきことをしてしまった。

 

このまま儂が暴走していれば、天狗は幻想郷の敵となり、

いずれは全滅していたことだろう。

 

それを止めてくれた二人に感謝するのは当然だ」

 

 

はたて「……とても心配しました」

 

天魔「本当に……本当にすまんかった。そして……ありがとう。

お前のおかげで儂は自分を取り戻すことができた」

 

 

 

以前の厳しくも優しい天魔に戻ったのを見て、はたては安心する。

 

それと同時に、ある疑問が浮かぶ。

 

 

 

はたて「そういえば……どうやって、天魔様はご自身を取り戻されたんですか……?

私のおかげということですが、何もできなかったと思うんですけど……」

 

天魔「何もできなかったなど、とんでもない。

あれは、自らの心を声に乗せ、相手の心に映す、言霊術だ」

 

はたて「げんれい……じゅつ…」

 

天魔「そう。天狗の中でも数名しか会得していない、特別な法力。それが言霊術」

 

はたて「ちょ、ちょっと待ってください!!

私そんな高等な術なんて、まだ会得していませんよ!?」

 

天魔「積み上げられたものが、実践で形となるのは、稀にあることだ。

……お前は『念写する程度の能力』を有していたな?」

 

はたて「は……はい。でも何の関係が……」

 

天魔「『念写』の本質は、『目に見えないものを映し出す』行い。

千里眼の術とは似ているようで全く違う。

そして、一番の目に見えないものとは、心」

 

はたて「心……」

 

天魔「左様。言霊術も同様、自らの心を相手の心に映す術。

元々お前には言霊術を会得する素養が十二分に備わっていたのだ」

 

はたて「でも……言霊術の修行なんて、全然したことないのに……」

 

天魔「修行ならしておったのだ。気が付かないうちにな」

 

はたて「ええと……どういうことなんでしょうか?そんなことってあるんですか?」

 

天魔「お前も新聞記者のひとりだったな」

 

はたて「……はい」

 

天魔「では、新聞を作るときに、何を思って作っておる」

 

はたて「ええと……記事を面白くしようってのはもちろんなんですが、

どうやって書いたら、読んだ人が分かってくれるかな、とか、

どういう見た目にすれば読みやすいのかな、とか、

そんなことを考えています」

 

天魔「それはつまり、考え続けておったということだ。

『自分の思いを相手の心にどうやったら届けられるのか』ということをな。

 

言霊術の修行に、これ以上適したものはない」

 

はたて「そうだったんだ……」

 

天魔「お前が一所懸命に新聞を書き続けていたことが、

ひいては天狗の将来を救うことに繋がったのだ。

 

改めて、本当にありがとう」

 

 

 

そういうと再度、天魔ははたてに頭を下げる。

 

 

 

はたて「や、やめてくださいよぅ!やっぱり畏れ多いですからっ!」

 

 

 

はたては恥ずかしがって、おろおろしている。

 

それを見かねて、横で一連の会話を聞いていた文が口を挟む。

 

 

 

文「天魔様、私は?」

 

天魔「ム、なんだ?」

 

文「だから。わ・た・し・は?」

 

天魔「文にも当然、謝罪と感謝の気持ちがある

すまなかった。そして、ありがとう」

 

文「なんかついでっぽくて、はなはだ遺憾ですねぇ……」

 

天魔「そんなことは決してない。

お前が命がけで儂を足止めしてくれていなければ、大変なことになっていた」

 

文「はたてに対する扱いよりも、

私に対する扱いが軽いんじゃないですかぁ……?

こんな可憐な乙女が、命まで張ったっていうのにぃ……?」

 

 

 

文は不満を感じているようだ。

じとーっ、とした目で天魔のことを見ている。

 

 

 

天魔「ムッ……」

 

文「やっぱりこういう時は言葉よりも行動で示してほしいですよねぇ……

そうでしょう?はたて?」

 

はたて「ちょ、ちょっと文!!天魔様、困ってらっしゃるじゃない!」

 

文「操られてたからって、乙女に手を上げるような輩は困らせてやればいいんですよ」

 

はたて「ひぇぇ……アンタよくそんなことが……」

 

 

 

あまりにも無礼な態度に、はたては戦々恐々としている。

 

 

 

文「ということで、天魔様。私の要望を聞いてください」

 

天魔「……わかった。なにが望みだ?」

 

文「色々ありますけど、まずは……そうですね。

私達の修行を専属で見ていただきたいです」

 

はたて「!?」

 

文「それくらい大したことないでしょう?受けてくださいますよね?」

 

天魔「ああ。問題ない。

儂も今回の事で己の未熟さを痛感した故、一から修業をし直そうと思っていた。

お前たちを見ることも大きな修行となるだろう」

 

はたて「い、いい、いいんですかっ!?」

 

 

 

天狗にとって修業とは特別なもの、生きる目的の一つといってもいい。

それを遥かに格上の天魔に毎回見てもらえるなんて、とんでもなく幸福な事なのだ。

 

 

 

天魔「もちろんだ。むしろお前たちの実力にも興味がある。

こちらからも頼みたいところだ」

 

はたて「あ、ありがとうございますっ!!」

 

文「うわぁ……

私達みたいな綺麗な女の子に興味があるって言ってますよ。

ちょっと引きますねぇ……」

 

天魔「そういうつもりではない」

 

文「わかってますよ。ちょっとからかっただけです」

 

はたて「アンタ心臓が鉄かなんかでできてんの……?」

 

文「こういう時じゃないと、こういう態度とれないので、楽しまないと損ですよ

……ではもう一つ」

 

天魔「……なんだ」

 

文「私達の新聞に『天魔愛読』の印を入れさせてください。

あ、『天魔公認』でもいいですよ?」

 

はたて「!?!?」

 

 

 

『天魔愛読』。それすなわち、種族の長の愛読新聞だという証。

封建社会では、いや、封建社会でなくとも、

そんな印が付いていれば、誰しもが興味を持つというもの。

 

新聞記者にとって、これ以上のお墨付きはない。

 

 

 

天魔「ム……それは流石に……公平性に欠ける」

 

文「へ~。天魔様は受けた恩を返せないっていうんですかぁ?

 

自分が起こした不始末で、天狗の将来を潰しかけたんですよね。

それを防いだ私達には感謝はすれど、なにか形にする必要はない、と」

 

天魔「……」

 

文「天魔様はもっと誠実で、尊敬できる方だと思っていたんですがねぇ……

あぁ、残念です……」

 

はたて「あわわわ……」

 

 

 

無礼を通り越して、ケンカを売っているレベルの態度に、

はたては恐れおののいている。

 

 

 

天魔「……わかった。認めよう」

 

はたて「うえぇ!?そんな、大丈夫なんですかっ!?」

 

天魔「よい。ただし条件がある」

 

文「その条件とは?」

 

天魔「本当に儂の愛読新聞にする。これならばウソをつくことにはなるまい」

 

はたて「……へ?」

 

文「まぁ当然ですね」

 

天魔「毎回儂が読んでいることを意識して、新聞を書いてくれれば、それでよい。

良き記事を期待しているぞ」

 

文「私の新聞の記事は、毎回素晴らしいですからね。問題ないでしょう。

よかったですね、はたて」

 

はたて「畏れ多い……畏れ多いわ……」

 

文「全く……チャンスは活かしてなんぼですよ、はたて」

 

はたて「ああもう!飛び上がるくらいうれしいけど、唐突すぎるのよ!!」

 

天魔「言霊術を会得したお前の記事が、どうなっていくのか楽しみだよ」

 

 

 

そう言うと天魔はニッと笑ってみせる。

 

 

 

はたて「は、はひっ!精進します!!」

 

 

 

はたては、物凄い幸福と、物凄い重圧で、

どんな顔をしたらよいかわからないでいる。

 

 

 

文「ム。同じくらい私の記事も楽しみにするといいでしょう。

 

……さて、あまりにも必死で頭から抜けていましたが、

そういえば、霊夢さん達は大丈夫なんでしょうか」

 

 

はたて「そうだった!私も忘れてたわ!!」

 

天魔「霊夢……博麗の巫女か……」

 

文「そうです。天魔様を操っていた黒幕を倒しに行ってくれたんですよ」

 

天魔「そうだったのか……しかし、いや、この感じは……」

 

文「どうしたのですか?何か思うところでも?」

 

天魔「儂を操っていたのは。天狗の始祖、天逆毎(あまのざこ)だ」

 

文「……は?」

 

天魔「この地に永く封印されていた神の一柱だ」

 

文「それはマズくないですか!?

天逆毎だなんて、いくら霊夢さん、魔理沙さん、妖夢さんの3人でも厳しいでしょう!」

 

天魔「儂もそう思うのだが、天逆毎の気配を探ってみると、感じ取ることができない」

 

はたて「え……?もしかしてそれって……」

 

天魔「信じられんが、その3人、天逆毎に勝利したのだろう」

 

文「なんと……」

 

天魔「……大きな借りができてしまったな」

 

文「流石博麗の巫女とその仲間、といったところでしょうか。脱帽ですね」

 

はたて「じゃあ……じゃあこれで、本当に終わったの……?」

 

文「完全勝利ですよ、はたて」

 

天魔「二人とも、ご苦労であったな」

 

はたて「やったーーー!!

本当にどうなることかと思ったけど、よかったーーーっ!!」

 

 

はたては泣き笑いしながら、万歳をする。

これで本当に妖怪の山からは危機が去ったのだ。

 

 

天魔「フフフ……さてと」

 

文「? どこに行かれるのですか?」

 

天魔「儂にはまだやらねばならないことがある。

 

多くの天狗は操られた儂が操っていたのだが、自らの意思で儂に従っていた者もおる。

そ奴らを止めに行かねば」

 

文「成程」

 

天魔「では二人とも、本当に大儀であった!感謝するぞ!」

 

はたて「は、はいっ!こちらこそ、ありがとうございましたっ!」

 

文「ふふっ。さっさと行ってきてください」

 

 

 

飛び立つ天魔を見送る二人。

その空はどこまでも広く、晴れ渡っていた。

 

 

 

つづく




略称一覧


はたて…姫街棠はたて(ひめかいどうはたて)。鴉天狗であり、新聞記者でもある。引きこもりがちなのに新聞が書けるのは、念写能力を持つおかげ。今回の異変では縄張り拡大反対派。実は戦闘のポテンシャルが高いうえ、なんだかんだ修業はまじめにやっているため、なかなかに強い。

文…射命丸文(しゃめいまるあや)。鴉天狗であり、新聞記者でもある。よく人里に下りて無茶な取材をしたり、信ぴょう性の低すぎる記事を書いたりしている。しかしその行動は、天狗というものを世間に周知させ、天狗社会に新たな風を吹かせたい、という願いもあってのこと。まあ9割趣味だが。本編で言っていたように天狗の中でも幻想郷の中でも実力はトップクラス。

天魔…天狗ヒエラルキーのトップに立つ存在。戦闘力をはじめ、外交力、統率力、内政力、ほぼすべての分野で比類なきチカラを持つ。もちろん幻想郷全体から見ても、その実力はパワーバランスの一翼を担うほど。普段は深い洞察力と慎重に事を運ぶ冷静さで天狗社会を支えている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3章 真実
第23話 優しき破壊者


あらすじ

天魔を止めようと、必死に戦闘をする文。
一度は敗れてしまうものの、はたてと協力し、天魔を正気に戻すことに成功する。

天逆毎は封印され、天魔も元に戻った。

これで妖怪の山の異変は無事解決した。

(実は守屋神社でもひと騒動起こっていたのですが、
話のテンポを重視するため、そのお話はいつかおまけで書こうと思います)


天子「……ここは」

 

 

 

……体が重い

今まで寝ていたのだろうか……

 

天子はゆっくりと、布団から体を起こす。

 

 

 

??「目が覚めたか」

 

天子「……?」

 

 

 

目の前には、見慣れぬ妖怪があぐらをかいている。

 

 

 

天子「ここは……どこ? 私、死んだんじゃ……

もしかして、あの世……?」

 

 

??「……記憶が曖昧なようじゃのぅ。安心せい、お主は生きておる」

 

天子「……そう」

 

 

 

……頭も重い

随分疲れているようだ……

 

 

 

??「最後の一滴まで魔力を使い果たしたのなら、まぁ、無理はないな」

 

天子「……」

 

??「無理に思い出そうとせんでもよい。ゆっくりと意識を覚ましていけ」

 

天子「ええ……わかった……」

 

 

 

どうやら目の前の妖怪は、何があったか知っているらしい。

 

徐々に輪郭を取り戻していく意識の中、

となりに誰かが寝ているのに気が付く。

 

 

 

天子「……?」

 

??「この九尾もお主と一緒に運んできたぞ。あやつに頼まれたからのう」

 

天子「九尾……」

 

 

 

九尾……だんだんと思い出してきた……

この妖怪は、八雲紫の式、九尾の狐、八雲藍。

 

一緒に運ばれてきた……そう、確かあの時……

 

 

 

天子「……あの時、私は石にされて……爆発に……巻き込まれて……」

 

 

 

私はアラハバキと戦い、相打ちになったんじゃなかったっけ……

 

それがなんで……こんなところで寝てるんだろう……?

 

 

 

??「だんだんと意識が戻ってきたようじゃな」

 

 

 

……確かにあの時、自分は石になって、爆発で死んでしまったはず……

 

 

天子が重い頭でゆっくりと記憶をたどっていると、

自分の右手に何かが握られていることに気づく。

 

 

 

天子「……これは……?」

 

 

 

これは……石?

 

 

握っていたものは、手のひらに収まるサイズの、何の変哲もない石だった。

 

 

 

??「それは魔石じゃ。

……といっても、今は魔力を失った、ただの石ころじゃがな」

 

天子「……魔石……?」

 

??「ウム。シンの奴が、自身の魔力を込めてお主に渡したものじゃ。

それのおかげで、今のお主は体力も魔力も回復している」

 

天子「……シン」

 

 

 

シン……そうだ、確かあの時……

 

 

覚醒を始めた頭に、だんだんと記憶が蘇る。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

―――時はさかのぼり、裏・博麗大結界が破壊される直前。

 

アラハバキが命を賭した『特攻』を発動した瞬間……

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

天子「(あぁ……ここまでなのか……)」

 

 

 

天子は、石化し、指一本動かせない体で、最後の時を受け入れる。

 

 

 

天子「(……さよなら、みんな)」

 

 

 

 

 

カッ!!

 

 

 

 

―――ドゴオオォォォン!!!!

 

 

 

 

 

アラハバキの『特攻』が発動。

 

周囲のものは一切合切破壊され、山肌さえも吹き飛ばされた。

 

 

 

「―――!!」

 

 

 

天子の目の前が真っ白になる。

 

 

ああ、これが死ぬってことなのか……

思ったより痛くなかったな……

私は本当の天国に行けるのかなぁ……

死んでまで変わらない毎日は過ごしたくないなぁ……

 

 

天子はこの真っ白い景色が、死後の世界だと認識した。

 

 

 

??「任・務・完・了……」

 

 

 

……しかし、その真っ白い景色は、死後の世界でも、天国でもなかった。

 

 

 

シン「すまないな、アルビオン。蘇らせた後に、何か願いを聞いてやる」

 

アル「オォ……多・幸・多・福……!!」

 

 

 

目の前の白い景色が、徐々に薄れ、透明になっていく。

 

先ほどの爆発で景色は一変したようだが、

間違いなくそこは、天子が激闘を繰り広げた、あの洞窟だった。

 

 

 

天子「(あれ……何が……起こったんだろ……)」

 

 

 

目の前に、一人立っている者が見える。

 

全身を覆う発光するイレズミ、後頭部から延びた鋭利なツノ……

 

あの姿……!!

 

 

 

天子「(……シン!!)」

 

 

 

何故貴方がここに?

 

何故このタイミングで?

 

先ほどの白い壁は?

 

何故私は生きているの?

 

 

 

色々と思いを巡らせていると、

シンは石化した天子に近づき、何かをポケットから取り出し、掲げる。

 

 

 

シン「―――『ディストーン』」

 

 

 

シンが何かを掲げると、その手から光が発生。

天子に吸い込まれていく。

 

するとなんと!

完全に石化した天子の体が、徐々に元の生身に戻っていく!

 

 

 

ドサッ

 

 

 

石化が回復し、地面に倒れそうになる天子を、シンが抱きかかえる。

 

 

 

シン「よかった……間に合ったみたいだな」

 

天子「あんた……なんで……」

 

 

 

チカラを使い果たした天子は、薄れゆく意識の中で、シンの顔を見る。

 

 

 

 

……なんで……そんなに悲しそうな顔をしてるんだろう……?

 

 

 

 

シンは天子をそっと地面に降ろし、

またポケットから何かを取り出す。

 

 

 

シン「……これは『魔石』だ。

これを持っていれば、体力が徐々に回復する。

 

これでゆっくりとカラダと心を休めるんだ」

 

 

 

そう言うと、天子の右手に優しく光る石を握らせる。

 

 

 

―――あったかい……とっても……

 

 

 

天子に魔石を渡したシンは、右手を宙にかざす。

 

 

 

シン「召喚―――『タケミカヅチ』!!『セイテンタイセイ』!!」

 

 

 

バシイィッ!!

 

 

 

稲光と共に、二体の悪魔が出現する。

 

 

 

タケ「オウ、また俺の出番か?」

 

セイ「儂が呼ばれるのも久々じゃのう」

 

シン「二人とも、呼び出して早々ですまないが、頼みたいことがある」

 

タケ「なんだ?言ってみろ」

 

シン「そこに倒れている少女を人里まで送っていって欲しい」

 

セイ「なんだそんなことか。お安い御用じゃ」

 

 

 

シンが連れていって欲しいという少女に、二体の悪魔は目を向ける。

 

 

 

タケ「……この嬢ちゃんは……いいのか?シン」

 

シン「……ああ。

……それと奥にもう一人倒れているから、あの子も一緒に連れていってやってくれ」

 

セイ「儂の筋斗雲ならそれくらい朝飯前じゃが、なんでタケミカヅチも呼んだのじゃ?」

 

シン「人里までの道案内を頼もうと思ってな。

今人里にはピクシーとガラクタ君がいる。

タケミカヅチは最近二人に会ってるから、気配をたどりやすいだろう」

 

タケ「成程な。確かに最近会った悪魔の魔力なら探りやすい」

 

セイ「それだったらシンが案内してくれればいいじゃろうに……というのは野暮か」

 

タケ「……そうだな」

 

シン「……わかってるなら頼んだぞ。こっちはボクが何とかする」

 

 

 

そう言うと、三体の悪魔は、アラハバキが爆発した後の空間へと目を向ける。

 

空間は歪み、結界は破壊され、

その歪みの中から強烈な魔力が迸って(ほとばしって)いる。

 

強力な何かが出てくるのは、時間の問題だ。

 

 

 

タケ「それじゃな、シン。武運を祈るぜ」

 

セイ「こちらは儂らに任せて、思いのまま暴れてやれい」

 

 

 

別れの挨拶を済ませると、天子と藍を筋斗雲に乗せ、

二体の悪魔は洞窟を去っていく。

 

その去り際に、シンは天子に声をかける。

 

 

 

シン「……生きていてくれてありがとう……さようなら」

 

 

 

……なんて寂しそうな「ありがとう」だろう……

 

……なんでそんなに悲しそうなんだろう……

 

 

 

天子はそのまま体力の限界を迎え、気を失った……

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

天子「思い出した……私はシンに助けられて……」

 

 

 

記憶が戻った天子は周りを見渡す。

 

ここはシン達が拠点にしていた宿屋だ。

 

 

 

セイ「記憶が大分蘇ってきたようじゃな」

 

天子「ええ……まだ頭は痛いけど……」

 

セイ「その程度の頭痛で済めば安いもんじゃ。

本来、魔力を使い果たした状態からの回復には、壮絶な跳ね返りがつきものだからのう」

 

天子「そういうものなの……」

 

セイ「そういうもんじゃよ。

シンからもらった魔石が、自然回復力を高めていたからその程度で済んどる」

 

天子「そう……」

 

 

 

天子は、右手に持つ、今はただの石ころとなった魔石をギュッと握る。

 

 

 

藍「……ううん」

 

セイ「おっ、こちらもお目覚めか」

 

藍「……ここは一体……私は何故ここに……」

 

セイ「どうじゃ?記憶はあるか?」

 

藍「……ああ。てっきり私は、爆発に巻き込まれて死んだと思っていたが……」

 

セイ「そこまで把握できているのなら上々。流石は九尾といったとこかのう」

 

藍「……あなたが助けてくれたということなのか?」

 

セイ「儂はお主らを運んだだけじゃよ。

助けたのはシン……人修羅といった方が分かりやすいか?」

 

天子「人修羅……?」

 

藍「それは……聞いたことがないな……」

 

 

 

聞きなれないワードに、二人は首をかしげる。

 

 

 

セイ「フム……二人とも知らんのか。ならば儂から説明してやろう」

 

藍「そうしてくれると助かる……」

 

セイ「お主のご主人が寝込んでいるのにも関係する話じゃからな。

知っといた方がいいじゃろう」

 

 

 

そのセリフを聞くやいなや、

藍は布団から身を乗り出し、目の前の妖怪に問いかける!

 

 

 

藍「ご主人……紫様の事を知っているのか!?」

 

セイ「ああ。儂の千里眼に見えんものはない。把握しておるよ」

 

藍「教えてくれ!何故紫様はあんなにも疲弊しているのだ!?」

 

セイ「まあ落ち着け。

結論から言うとな、お主の主人は、

シン……人修羅のチカラを封印するのに、自身の魔力の大半を割いておる」

 

藍「な……そんなこと私は聞いていない!」

 

セイ「教えたくなかったんじゃろ。

かわいい我が子のようなお主を、危険に巻き込みたくなかったんじゃろうな」

 

藍「そんな……そうだったのか……」

 

 

 

紫が憔悴しきっている真相を知らされた藍は、落ち込んでいる。

 

自分のことを心配してくれている優しさは嬉しいが、

もっと自分を信じて、頼ってほしかった。

 

 

 

藍「いや、しかし……

紫様はこの幻想郷でも一、二を争う大妖怪だぞ!

いくら強力な相手でも、

封印をかける程度でチカラの大半が持っていかれるはずはない!!」

 

セイ「フム……ま、それはこれからする話をすれば、嫌でも納得するじゃろ」

 

天子「これからする話……?」

 

セイ「そう。あやつはこの話をされるのは好きじゃないとは思うが、

儂としては関係するものには知っていて欲しいのでな。

 

……特にお主には」

 

 

 

そういうと、セイテンタイセイは天子に指を向ける。

 

 

 

天子「えっ……?私に……?」

 

セイ「そう。シンが久しぶりに心を許した人間じゃ。

あやつの仲魔としては、お主に真実を知ってもらうのは、重要な事なんじゃよ」

 

天子「私も……知りたい。

シンに何があったのか……あいつが何者なのか……」

 

セイ「ならばよし。

儂らがいる世界は、ボルテクス界といってな……」

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

シンが目覚めたのは、

クラス担当である裕子先生のお見舞いに行った病院。その病室だった。

 

そのカラダには見慣れない模様。後頭部には人間の時には無かったツノ。

 

そして、内から湧き上がる、悪魔のチカラ。

 

 

ごく普通の生活を送っていた高校生、間薙シンは、

東京受胎を経て、悪魔王・ルシファーに目を付けられ、半人半魔の魔人となった。

 

 

 

幸いにして、彼は悪魔の蔓延るトウキョウで戦い抜くチカラを得た。

 

 

 

いや、それは間違いだ。

 

 

 

不幸にも、彼は東京受胎で命を落とさず、悪魔のチカラを手にし、生き延びてしまった。

 

 

 

こう言った方が正しい。

 

 

 

 

……何故なら、心の優しい彼は、何一つ捨てることができなかったから。

 

 

 

 

 

 

……彼の辿ってきた道は、生き地獄と言うのも生温いものだった。

 

 

 

 

友の願いをかなえようと必死に行動した。

 

しかし、いつも間に合わなかった

 

 

 

少しでも友のチカラになろうと、立ちはだかる敵を、傷つきながらも討ち倒した。

 

しかし、こちらを向いてもらうことはできなかった。

 

 

 

あまりにも残酷な世界に傷つけられる友を、助けてやりたかった。

 

しかし、彼の声は届かなかった。

 

 

 

傷つき、歪んだ思想を持ってしまった友に、踏みとどまってほしかった。

 

しかし、何も創り出せない彼には、伝えられる言葉などありはしなかった。

 

 

 

自由な世界を望む恩師に、一筋の希望をかけた。

 

しかし、希望はまがい物で、それを信じた恩師は目の前で霧と消えた。

 

 

 

何かを得ようと死に物狂いで、死の魔人たちを退けた。

 

しかし、得られたものは、何も生みださない更なる破壊のチカラだった。

 

 

 

かつての面影すら無くなった友と、最後の望みをかけて対峙した。

もしかしたら、もしかしたら、また共に歩めるのでは、と。

 

しかし、破壊のチカラしか残っていない彼には、

止めを刺す、という結末しか残されていなかった。

 

 

 

神の化身に対して、世界を元に戻すことを訴えようとした。

 

しかし、破壊の霊となり下がっていた者など相手にされず、永遠の呪いを受けた。

 

 

 

唯一神に対し、呪われた運命を変えようと挑み、幾多の危機を乗り越えながら勝利した。

 

しかし、得るものはなかった。何一つ。彼が望んだものは。何一つ。

 

 

 

 

……傷つき、ボロボロになり、血の涙を流し、彼はつかもうとした。

 

 

 

在りし日の平穏を。

 

 

 

しかしそれはもはや過ぎ去りしもの。

 

二度と目の前に現れることはないもの。

 

 

 

そんなもの所詮はまやかしだった。彼もそれはわかっていた。

 

 

 

しかし、あまりにも優しい彼は、その光景を捨てることなどできなかった。

 

 

 

……間に合わなかった。救えなかった。創れなかった。

 

 

 

誰一人。

 

何一つ。

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

セイ「……かいつまんで話すと、そんなところじゃな」

 

 

天子「……なんなのそれ……そんなのってないよ……」

 

藍「まさかそんな……信じられん……」

 

 

 

何一つ救いがない話。

 

希望はすべて絶望で上書きされ、

その世界を生き続けなければならないというのだ。

 

 

世界丸々一つを使って蟲毒(こどく)を行い生まれた悪魔。

 

それが、人修羅・間薙シン。

 

 

セイ「さて……その事実を知り、納得できたか?九尾よ」

 

藍「……信じられない話だ。いくらなんでも……」

 

セイ「まあ致し方ないか。では信じてもらおうかの」

 

藍「……なんだと?」

 

 

 

セイテンタイセイはそう言うと、自分の髪を引き抜き、息を吹きかける。

 

すると、その髪の毛はみるみるうちに、小さなセイテンタイセイへと変わる。

 

 

 

藍・天子「!?」

 

セイ「儂の名はセイテンタイセイ。孫悟空といった方が聞き覚えがあるか?」

 

藍「せ……斉天大聖……!?」

 

天子「ウソ……」

 

 

 

目の前にいる猿の妖怪が、あまりにも大物だと知り、二人は目を丸くする。

 

 

 

セイ「その反応を見るに、さすがに儂の事は知っているようじゃのう」

 

藍「当然知っている……!

天界で大暴れして、天部の誰もが止められなかった伝説の神仙ではないか……!!」

 

セイ「まあ若いころはヤンチャしていたからのう。

……その儂だが、今やシン、人修羅の仲魔として、行動を共にしておる」

 

藍「なんだと……!?」

 

セイ「さらに言えば、儂の実力ではシンには敵わんぞ?

だからこそ仲魔として付き従っている、ということなのだが」

 

藍「確かに、貴方からはとんでもない魔力を感じる……信じるしかないだろうな……」

 

セイ「賢明じゃ。

これでお主の主人が息も絶え絶えになっているわけがはっきりしたろう?」

 

藍「……」

 

セイ「……そこで一つ提案じゃ。聞いてもらえるな?」

 

藍「……一体なんでしょうか」

 

 

 

唐突なセイテンタイセイの申し出に、藍は身構える。

 

 

 

セイ「お主の主人がシンに施している封印。それを解いてもらいたい。

さすればお主の主人の状態もよくなるぞ?」

 

藍「……それは……私の判断では、結論を出せません」

 

セイ「あの程度の封印なら、シンはいつでも破れるぞ?

それをしなかったのは、あやつが義理堅いからじゃ。

約束はどんなものでも守ろうとするからのう」

 

藍「それでも……私の判断で、首を縦に振ることはできません」

 

セイ「強情じゃのう」

 

藍「申し訳ありません」

 

セイ「……ならば、悪魔的に行こうかのう」

 

藍「ど、どういう事ですか……!?」

 

 

 

セイテンタイセイの不穏な発言に、藍は身構える。

 

 

 

セイ「何、大したことではない。

そもそもシンを封印したのは、あやつのチカラが強すぎて、

お主の主人では制御できんからだろう?」

 

藍「そう……なんでしょうか」

 

セイ「そうじゃとも。なんなら後で確認してみい。

自身の命を縮めてまで、封印を施したのは

この地を守るための苦渋の決断だったのだろう。あっぱれな心意気じゃ」

 

藍「……」

 

セイ「しかし先ほどの話を聞いて、

あやつが理由もなく破壊して回るような存在ではないとわかったはずじゃ」

 

藍「……ええ」

 

セイ「ならば封印を解くことに問題はあるまい」

 

藍「しかし……私では決められない」

 

セイ「もっとお主は自信を持ったらいいと思うんじゃがのう……

しかしまあ、そういう答えを出すと思っていたよ」

 

藍「では……」

 

セイ「しかし儂も、あやつに危険が及ぶ今の状況では、引き下がらん。

そういう事ならば、封印を解かねばならん状況にするまでよ」

 

藍「……!!」

 

 

 

セイテンタイセイから放たれる魔力に、不穏なものが混じる。

 

藍はそれを感じて、さらに身構える。

 

 

 

セイ「九尾よ、儂の提案が呑めんというのならば、

儂はこの世界を隅々まで破壊しつくすぞ」

 

藍・天子「!!?」

 

セイ「出来んと思うか?思わんよなあ。

そうじゃのう……三日もあれば、この地を不毛の大地に変えることができるであろうな」

 

藍「お、おやめください!!そのような事は!!」

 

セイ「儂だってやりたかないよ。しかし、言ったからには、やる。確実に。

これでも要求を呑まんか?」

 

藍「……ッ!!」

 

 

 

セイテンタイセイから放たれる凄まじい気迫は、要求を拒むことなど許さない。

 

選択の余地がないことを理解した藍は、諦めて首を垂れる。

 

 

 

藍「……わかりました。必ず紫様を説得いたします……」

 

セイ「それでよい。わかったならすぐに向かってもらえんか?

シンがちょいと危ないんでのう」

 

藍「……では、行って参ります」

 

セイ「ウム。なるたけ早くするようにな」

 

 

 

藍は急いで布団を片付け、紫の元へと飛んで行った。

 

 

 

天子「……無茶するんですね」

 

セイ「カッカッカ!!

これくらい言ってやらんと、あの責任感の塊のような主従は動かんじゃろうて!」

 

 

 

セイテンタイセイは、先ほどの威圧感が嘘のように、ゲラゲラと笑っている。

 

 

 

セイ「それよりも、無理して敬語を使わんでもよいぞ。

もっと気楽に接してくれて構わん」

 

天子「……ありがとう」

 

 

 

天子はセイテンタイセイの言葉に素直に従う。

 

 

 

セイ「それで……先ほどの話を聞いて、お主はどうする?」

 

天子「私……私は……」

 

 

 

……天子はシンの事を思い返す。

 

 

 

 

オオナムチとの戦いのときに、自分が言ってしまった言葉。

 

「あなた達なんて化け物だ」

 

それがどれだけシンを傷つける言葉だったかが分かった。

 

 

少なくともシンが強大なチカラを身につけた理由は自分のためではない。

 

友を守りたかったから。

 

 

そのために身につけたチカラを見た友人に、化け物だと言われて泣いて逃げられたのだ。

 

……あまりにも残酷ではないか。

 

 

アラハバキの爆発から守ってくれた時に、悲しそうな顔をしていた理由もわかった。

 

 

シンは、自分が私から避けられていると思っているのだろう。

 

当然だ。あんな別れ方をしてしまったんだから……

 

 

それなのに、嫌われているはずの相手だというのに、彼は来てくれた。

 

生きていてくれてありがとう、と言ってくれた。

 

 

あんな危険な場所に、封印された状態で、命を懸けて来てくれた……

 

 

 

 

 

天子「私……シンに一度ひどいこと言っちゃったの……

それを謝らないといけない……!!」

 

セイ「そうか」

 

天子「アイツに、私の本当の気持ちを伝えなきゃいけない……!!」

 

セイ「そうか」

 

天子「お願いよ、セイテンタイセイ様!私をシンのところまで連れて行って!!」

 

 

 

真実を知り、行く道を決めた天子の目には、強い光が宿っている。

 

とてもまっすぐな瞳。

 

 

それを見たセイテンタイセイは、面白そうに笑いながら答える。

 

 

 

セイ「カッカッカ!!

シンの人を見る目は確かだったようじゃのう!!

今シンがいるところは、お主が想像もつかないほどの激戦地じゃ!それでも来るか!?」

 

 

天子「行く!」

 

 

セイ「いい返事じゃ!!

嬢ちゃん!!お主の事は儂がなんとしても守る!!

覚悟を決めてついてこい!!」

 

 

天子「お願いっ!!」

 

 

 

言うが早いか、セイテンタイセイは筋斗雲を呼び出し、天子と共に乗る。

 

そして、空の彼方へと飛んで行った。

 

 

 

空は不気味な暗雲に覆われ、

 

雲が晴れている部分からは、禍々しくギラギラと輝く金色の太陽が見える。

 

 

 

それでも今、天子に迷いはない。

 

どんな場所だろうと関係ない。

 

彼に気持ちを伝えるんだ……!!

 

 

 

つづく




略称一覧


シン…間薙シン・人修羅

天子…比那名居天子(ひなないてんし)。幻想郷の天界に住んでいる、自由奔放な天人。
たびたび人里に現れては、暇つぶしをしている。根はいい子。

藍…八雲藍(やくもらん)。八雲紫の式にして、幻想郷でも指折りの実力を持つ九尾の狐。頭の回転、計算力にかけては右に出るものはいない。が、予想外の事態に弱いのが玉に瑕。紫が動けない現在、代役として動き回っている。

アル…威霊・アルビオン。ドーバー海峡から見える、イギリスの白壁の元になった悪魔。大変なタフネスを誇り、物理攻撃にめっぽう強い。アラハバキの特攻の超威力には耐えられなかったが、無事にシン、天子、藍の事は盾となり守り通した。

タケ…建御雷(タケミカヅチ)。天津神の一柱であり、シンの仲魔。電撃攻撃が得意。出雲の国譲りの功労者。

セイ…破壊神・セイテンタイセイ。孫悟空としても有名。西遊記に登場する。その実力はとんでもないもので、肉体は金剛不壊。筋斗雲や如意棒も持っており、戦闘力はシンの仲魔の中でも随一。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 怒れる王

あらすじ


シン一行の拠点である宿屋で目を覚ます天子。

シンはアラハバキの自爆攻撃から、
間一髪、天子と藍を守ることに成功していた。

セイテンタイセイの語る真実を受けて、
二人はそれぞれ行動を開始する。


セイテンタイセイと天子は、筋斗雲に乗り、シンの元へと駆ける。

 

しばしできる空白の時間。

 

天子はセイテンタイセイに疑問を投げかける。

 

 

 

天子「ねぇ、セイテンタイセイ様」

 

セイ「ん?なんじゃ?」

 

天子「……なんでアナタはシンの仲間をやってるの?」

 

 

セイ「ム?さっきも言ったじゃろう?

あやつは儂よりも強い。だから従っておる。

あと『様』はやめてくれ。何ともむず痒いんでの」

 

 

天子「ええと……セイテンタイセイさん。

私が聞きたいのは、そういうことじゃないの」

 

 

セイ「ホウ」

 

 

天子「いくら強い奴だからって、嫌いな奴だったら一緒にいたくないわ。

いくら相手の方が実力があるからって、それだけで従うなんて真っ平ごめんよ。

 

だから聞きたいの。なんでアナタはシンに着いていくことにしたの?」

 

 

セイ「……フム。嬢ちゃんが聞きたいのは、もっと深い所か」

 

天子「ええ……気が合うから?それとも何か縁があったから?」

 

セイ「そうじゃのう……一言で言い表せるものでもないが……」

 

天子「……」

 

セイ「……あやつは儂ら悪魔の『希望』なんじゃよ」

 

天子「希望……?」

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

シン「……来るか」

 

 

 

天子が目を覚ますよりもずっと前、

タイミングとしては天子と藍を洞窟の外に送り出したところ。

 

シンの目の前にある空間の歪みは、

禍々しい魔力を吐き出しながら、かなりのペースで亀裂を広げていた。

 

 

 

シン「!!」

 

 

 

パリイィィィンッ!!

 

 

 

亀裂はこれ以上魔力の迸り(ほとばしり)を止められなくなるほど広がり、

ついに破裂。地獄の窯が開く。

 

それと同時に……

 

 

 

ゴウッ!!

 

 

 

なにかが割れた空間の中から吹き飛んでくる!!

 

 

 

バキィッ!!

 

 

……ドサッ

 

 

 

その何かはシンの横をかすめ、すぐ後ろにある壁に激突。

地面に横たわる。

 

 

 

シン「……何……いや、誰だ?」

 

 

 

その物体は人型をしているが、人間ではない。悪魔だ。

 

深緑の体に、左右半身を包む金色の鎧。

肩で分離した両腕。その先の両手には、切れ味鋭い双剣が握られている。

 

 

幻想郷の管理者が一人。

 

龍神・『コウガサブロウ』

 

 

結界内から吹き飛んできた彼は、全身傷だらけ。満身創痍であった。

 

 

その様子を見たシンは、コウガサブロウに近づき、問いかける。

 

 

 

シン「……貴様は何者だ?」

 

甲賀「……ウッ……グ……まさかここまで……チカラの差が……」

 

シン「オイ、聞いているのか?」

 

甲賀「……!? 貴様は……人修羅……!? 何故ここに……!!」

 

シン「こちらの事は知っているのか……?

……とにかく俺の質問に答えろ。貴様は何者だ?」

 

甲賀「……ッ!!」

 

 

 

 

 

 

何のために龍神・コウガサブロウは結界内に侵入していたか。

 

それは、裏・博麗大結界の消滅は避けられないとの予測から、

先手を打って敵の首謀者を叩くため。

 

結界が破れ、中に潜む『伏ろわぬ神々(まつろわぬかみがみ)』が

何の対策もしていない状態で幻想郷に溢れたとしよう。

 

そうなれば、最悪の事態が現実となることは必至。

 

幻想郷のあらゆるものは命を奪われ、

多様性豊かなこの地は、伏ろわぬ神々の日本侵略拠点となり替わってしまう。

 

 

それだけは絶対に避けねばならない。

 

 

そのために、せめて相手の頭を潰しておけば、

潰せないまでも、最悪すぐに動けない状態にでもできれば、

 

指揮系統を混乱させることができ、

幻想郷の住人が避難する時間くらいは稼げるはず。

 

 

龍神・コウガサブロウは、相打ち覚悟で、

首謀者を討つために結界に単独潜入していた。

 

 

 

……数百年前、自らの主人と認める葛葉ライドウと共に、

コウガサブロウはこの地に幾多の神を封印した。

 

当時の彼の実力は、封印された神々のうち、最も強力な一柱の実力にも勝っていた。

 

なればこそ、現在においても、

勝利、そこまでいかなくても善戦はできるものと考えていたのだ。

 

 

……しかしその見立ては、大きく、大きく違っていた。

 

 

その最も強力な一柱は、復讐の心と、復権という野望をもって、

想像以上に大きな戦力を整えていた。

 

結界内に、他の虐げられていた神々を多数招集した。

アマラ経絡から少しずつ、そして継続的に、マガツヒを取り込み続けた。

 

その結果、その最強ともいえる神は、

コウガサブロウの持つチカラでは手に負えない存在へと変貌していた。

 

 

貪欲にチカラを求める者と、現状の維持を目標に据えた者の差は

数百年の時を経て、信じられないほど広がっていた。

 

 

今の彼のチカラは、最強の神に届くどころか、

その配下の神にすら及ばなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

シン「……オイ、何を黙っている。質問に答えろ」

 

 

 

たった今まで、結界内で戦っており、外まで吹き飛ばされた。

 

その先にはなぜか、自分たちが招き入れた規格外、人修羅が立っていた。

 

しかも何故か彼は怒っているように見える。

 

自分が万全でも敵わないであろう相手が、こちらに気迫を向けている。

 

 

返答を違えれば、命はない。

 

 

 

甲賀「……俺は……コウガサブロウ……この世界の管理人の一人だ」

 

シン「……そうか。では貴様は何をしていた?」

 

甲賀「……俺は今、結界内で戦っていた……そして吹き飛ばされてきた……」

 

シン「……」

 

 

 

……人修羅からの返事がない。プレッシャーも弱まらない。

 

返答をしくじったか……?

 

 

 

シン「……まあいい。貴様には言いたいことがあるが、とりあえずは……」

 

 

 

そういうと人修羅は、空間の裂け目に目を向ける。

 

 

 

甲賀「……!! 当然……追ってくるか……!!」

 

 

 

人修羅とコウガサブロウの視線の先。

 

空中にできた空間の裂け目から、一体の悪魔がふわりと舞い降りる。

 

 

修験者を思わせる衣装に、非常に強い魔力を放つ、鈴のついた錫杖(しゃくじょう)。

頭にはそびえる烏帽子。非常に高い鼻。

 

そのカラダから放たれる魔力、威圧感は、高位の魔王と遜色ないものだ。

 

 

 

甲賀「……天魔雄(あまのさく)!!」

 

シン「……」

 

天魔雄「……まだ生きていたか。死にぞこないめ」

 

甲賀「あいにくと……負けてやるわけにはいかん……」

 

天魔雄「?? 何を言ってる? たった今負けたではないか」

 

甲賀「まだ……死んでいない……!!」

 

天魔雄「ではすぐに死ね」

 

 

 

ゴゥッ!!

 

 

 

目の前の魔神はコウガサブロウに手のひらを向ける。

 

そしてそこから空気の大砲とも呼べる、圧縮空気弾を発射する!!

 

 

 

甲賀「……ッ!!」

 

 

 

満身創痍で倒れるコウガサブロウに、この攻撃をかわすチカラなど残っていない。

 

 

 

コウガサブロウが最期を覚悟した、その時。

 

 

 

パァンッ!

 

 

 

甲賀「……!?」

 

 

 

コウガサブロウの目の前には、

空気弾を弾く人修羅の姿があった。

 

 

 

シン「貴様には言いたいことがあると言ったろう。まだ死ぬな」

 

天魔雄「……なんだ? お前は」

 

シン「おい、そこの……コウガサブロウと言ったか?」

 

 

 

目の前の人修羅は、天魔雄から目を離さず、こちらに話しかける。

 

 

 

シン「コイツは何者だ?」

 

甲賀「……すまない、助かった」

 

シン「そんなことはいい。早く答えろ」

 

甲賀「……奴の名は天魔雄(あまのさく)。

九天を支配する王にして、荒神を統べる魔神だ……」

 

シン「魔神か」

 

甲賀「……単純な能力だけでも脅威だが、

無数の配下を召還するという性質も厄介な魔神……」

 

シン「そうか」

 

 

 

事もなげに返答する人修羅。

とんでもない強敵だということは伝わったと思うが、

それがどうしたと言わんばかりの態度。

 

 

しかしその、そっけない態度とは裏腹に、

先ほどからの怒りは継続しているようだ。

 

一体何を怒っているのだろうか……

 

 

 

天魔雄「こちらを無視して雑談とは、舐められたものだな。答えろ、何者だ」

 

シン「俺は……人修羅だ」

 

天魔雄「……人修羅? 聞いたことがないな」

 

シン「さっきアラハバキが『特攻』を発動した。アイツは貴様の仲魔か?」

 

甲賀「……??」

 

 

 

人修羅は何故か、今は関係ないと思われるアラハバキを話に出した。

 

 

 

シン「あの爆発は貴様の差し金か?」

 

天魔雄「何故お前如きに、わざわざ教えてやらねばならぬのだ?身の程を知れ」

 

シン「……その様子だと、無関係ではないようだな」

 

天魔雄「フン。だったらどうしたのだ?

今から死ぬお前がそれを知ってどうする?」

 

 

 

ドンッドンッ

 

 

 

天魔雄が錫杖を使い、地面を突く。

 

すると魔力が周囲の地面に円形に広がり、そこから無数の悪魔が出現する!!

 

 

 

ズズ……ズズズ……

 

 

 

甲賀「……!!」

 

 

 

ツチグモ、ヌエ、カクエン、ライジュウ、ウブ……

 

 

 

地霊や妖獣に属する悪魔が、次々と湧いて出る。

 

視界を埋め尽くすほど広がった魔力の円。

その至る所から出現する悪魔の数は、少なくとも百は越えているだろう。

 

それでいて一体一体のチカラは弱くはない。むしろ強い。

 

コウガサブロウは、この配下の群れを叩きつつの天魔雄との戦いで、

実力及ばず敗北を喫してしまった。

 

 

 

シン「……面倒だな」

 

天魔雄「これが王と言う存在よ。

自らが手を下さずとも、確実な栄光を掴むことができるのだ」

 

シン「……」

 

天魔雄「お前が何者かなど、興味はない。

路傍の石が如く、無価値に、無意味に、死ぬことになる」

 

シン「……貴様は王だと言ったな」

 

天魔雄「? そうだ。私こそが九天を支配する王よ」

 

シン「貴様の言う……『王』とは何だ」

 

天魔雄「そんなもの決まっているだろう。

圧倒的なチカラを持ち、弱き者を支配する存在よ」

 

シン「……支配……貴様にとって弱者とは何だ」

 

天魔雄「なんだ、面倒な奴だな……

私を更なる高みへと押し上げる。そのための礎になる存在よ」

 

シン「……」

 

天魔雄「わかったらさっさと死ね。貴様もまた弱者よ」

 

 

 

天魔雄が錫杖の鈴を鳴らすと、

召喚された悪魔たちが一斉にシンへと跳びかかる!

 

 

 

シン「―――『竜巻』」

 

 

 

ビュオオオゥッ!!

 

 

 

シンは前方に手をかざし、二つの大規模な竜巻を発生させる!!

 

シンに跳びかかった悪魔達は、それをかわし切れずに巻き込まれ、絶命する。

 

 

 

天魔雄「何ィ?」

 

 

 

天魔雄の見立てでは、目の前の悪魔は大した実力ではないように見えた。

 

今の配下の攻撃で始末できる程度だと見積もっていた。

 

しかし予想に反して、彼の攻撃は思いのほか強力だった。

 

 

 

シン「貴様のような奴がいるから……

 

チカラ弱き者を平気で弄ぶような奴がいるから……!!」

 

 

 

ズオッ!!

 

 

 

甲賀・天魔雄「!!??」

 

 

 

人修羅から、強烈な怒気が発せられる!!

 

 

 

天魔雄「な、何だと……!?」

 

 

甲賀「息……が……!!」

 

 

 

八雲紫は、人修羅には封印を施したと言っていたはず!

 

それだというのに、目の前の悪魔から放たれる怒気は、

こちらの意識を刈り取るほど、強大で、強烈だ!!

 

封印は解かれてしまったのか!?

 

 

 

それとも……

 

 

 

もしや『封印されている状態で』コレなのかっ!?

 

 

 

シン「召喚―――『オーディン』!!」

 

 

 

バシィッ!!

 

 

 

稲光とともに、

金色の鎧を纏い、巨大な槍を手にした悪魔が姿を現す!!

 

 

 

オー「どうした?シンよ」

 

シン「オーディン、チカラを貸せ。奴らを討つ」

 

オー「ホウ……貴様、怒っているのか」

 

シン「アイツは、自らを王だと言った。

弱者を踏みつけにするのが王だと言った。

許せるはずがないだろう」

 

オー「クックック……一般的な王などそんなものだが……

貴様としては、それは許せんよなぁ……」

 

シン「そういう事だ。俺は今から暴れる。お前は俺をサポートしろ」

 

 

 

そう言うとシンは、マガタマ『ガイア』を取り出し、体内へ取り込む。

 

 

このマガタマは物理攻撃に特化したもの。

 

衝撃、破魔、呪殺に対して弱くなる、という見過ごせないデメリットと引き換えに、

圧倒的なチカラの向上、物理攻撃に対する耐性を得ることができる。

 

数あるマガタマの中でも、このマガタマほど攻撃に狂ったものはない。

 

 

 

オー「ほう……『ガイア』か。

よほど腹に据えかねているようだな」

 

シン「……目の前の悪魔は全員俺の獲物だ。手を出すなよ」

 

オー「クックック……怖い怖い……

『怒れる王』の呼び名を譲ってやろうか?」

 

シン「……喧しい(やかましい)」

 

オー「ククッ……この私がアシストをしてやるんだ。無様な姿は見せるなよ?」

 

シン「……当然。

奴らには、俺の友達に手を出したらどうなるか、

思い知らせてやらないといけないんでな……!!」

 

 

 

無数の配下を従える王に対するは、

二人の怒れる王。

 

 

幻想郷の歴史上、最も激しい戦いが始まる。

 

 

 

つづく




略称一覧


シン…人修羅・間薙シン。譲れないものを踏みにじる相手を前にして、怒りをあらわにしている。

甲賀…龍神・コウガサブロウ。幻想郷の管理者のひとり。数百年前には葛葉ライドウ襲名者の仲魔だったが、封印結界の管理者として諏訪に残る役目を受けた。現在は国家機関ヤタガラスの一員でもある。

天魔雄…魔神・天魔雄(あまのさく)。九天を支配する王にして、荒神を統べる魔神でもある。天逆毎(あまのざこ)から生まれた存在。天逆毎を越える身体能力、魔力に加え、無数の配下を召還することもできる。伏ろわぬ神々(まつろわぬかみがみ)の中でも、一二を争う実力を持つ。

オー…魔神・オーディン。北欧神話で最もチカラを持つ神。主神。その名は『怒れる王』を意味する。片目と引き換えに強力な魔術を取得するなど、並々ならぬ知識欲を持つ。今回は真・女神転生4Finalのビジュアルで登場。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 吶喊

あらすじ

アラハバキによって粉々に破壊された裏・博麗大結界。

その中に先行して侵入していた龍神・コウガサブロウは、
天魔雄(あまのさく)との戦いに、敗れてしまう。

結界から出てきた天魔雄に対するは、人修羅・間薙シン。

大戦力の二人が今、対峙する。



シン「オオオォォッ!!」

 

オー「―――『ランダマイザ』」

 

 

 

キィンッ!!

 

 

 

シン「―――『死亡遊戯』ッ!!」

 

 

 

バキィィィンッ!!

 

 

 

「グギャアァァァッ!!」

 

 

 

甲賀「なんだ……これは……!!」

 

 

 

コウガサブロウの目の前で繰り広げられるは、信じられない光景。

 

ツチグモやヌエといった、名の知れた大妖怪が、紙切れのように吹き飛ばされていく。

 

 

平然とそのような強者を召還する天魔雄(あまのさく)も化け物だが、

その強敵達をダース単位で消し飛ばしていく人修羅も大概だ。

 

 

 

天魔雄「確かに強いが……我が手下は無数にいるぞ!!」

 

 

 

シャリンッ!!

 

 

 

天魔雄が手に持つ錫杖を鳴らすと、地面から次から次へと増援が現れる。

 

 

 

オオオオゥッ!!

 

 

 

オー「キリがないな、これでは……オイ、どうするんだ?」

 

シン「決まってるだろう!」

 

オー「お、策があるのか?」

 

シン「増えるより早く潰す!!」

 

オー「あー、そういう……貴様らしいな……」

 

シン「だからしっかりアシストしろっ!!

―――『ベノンザッパー』ッ!!」

 

 

 

ザシュウウンッ!!

 

 

 

「ギャオオオッ!!」

 

 

 

シンは作り出した魔力の剣を振り回しながら、

目の前の敵を無差別に吹き飛ばす。

 

その剣に触れた者は例外なく真っ二つにされ、

その抜き打ちの余波を喰らったものは、毒に侵され動けなくなる。

 

 

 

オー「わかっているよ―――『タルカジャ』」

 

シン「オオッ!―――『デスバウンド』ッ!!」

 

 

 

ズオオオゥッ!!

 

 

 

「グアアアッ!!」

 

 

 

甲賀「な……なんてチカラだ……!!」

 

 

 

止むことなき怒涛の連撃。

戦闘が始まって数分は経つが、全くそのペースは落ちることがない。

 

 

 

オー「―――『スクカジャ』」

 

シン「―――『ヒートウェイブ』ッ!!」

 

 

 

天魔雄の荒神召喚は、恐ろしいペースで行われている。

 

しかし、驚くべきことに、

その出現ペースよりも、殲滅ペースの方が上回っている!!

 

 

 

天魔雄「クソッ……!!化け物め……!!」

 

 

オー「ククッ……後悔しても遅いぞ」

 

シン「そうだ、貴様は許さない!!

―――『アイアンクロウ』ッ!!」

 

 

 

「ギャアアアッ!!」

 

 

 

天魔雄「ええいっ!!止まらんかっ!!

 

―――『マハザンダイン』ッ!!」

 

 

 

ビュオオゥッ!!

 

 

 

シン「……ッ!!」

 

オー「……ヌッ!!」

 

 

 

天魔雄の強力な攻撃に、シンとオーディンの二人はのけぞる!!

 

 

 

天魔雄「……フハハッ!!どうやら風の気質が苦手なようだなっ!!

 

―――『マハガルダイン』ッ!!」

 

 

 

ギュオオッ!!

 

 

 

オー「グッ……!!どうする、マガタマを変えるか!?」

 

シン「……ッ!!……馬鹿を言うな、オーディン」

 

オー「何……?このままでは相性が悪いだろう」

 

シン「……わざとそうしているんだ」

 

オー「……意図が掴めんのだが」

 

シン「どんなに有利な条件でも、

俺達には勝てないということを教えてやらないといけない」

 

オー「……」

 

シン「全力で、有利な条件で、なお勝てない。

そういった絶望を味合わせてやらないといけない」

 

オー「……狂っているな……」

 

シン「言ってもわからん連中には、本能に叩き込むしかない」

 

 

 

オーディンは体の芯が冷えるのを感じる。

 

怒ってはいるが、人修羅は冷静に、苛烈な判断を下した。

 

武力の誇示と、敵対勢力に対しての見せしめ。

 

これを最も効率よく行うために、不利な戦闘を行おうとしている。

相手を屈服させるために命を懸けようというのだ。

 

狂っているとしか言いようがないが、

その姿こそまさに『混沌王』の称号を受けるにふさわしい。

 

 

 

オー「……本当に貴様が敵でなくてよかったよ……

それで、どうするのだ?今の隙に敵の数も戻ってしまったようだぞ」

 

シン「そんなこと決まっている」

 

オー「どうするのだ?」

 

シン「全部消し飛ばす」

 

オー「……また無茶を」

 

シン「できる。だから準備しろ」

 

オー「やれやれ……少し時間を稼げ」

 

シン「わかっている」

 

 

天魔雄「何をコソコソと話している?

その間に私の軍勢は元通りだ!お前の体力も限界が近いだろう!!」

 

 

シン「……ごちゃごちゃとうるさい奴め」

 

天魔雄「諦めて死ね!!―――『真空刃』ッ!!」

 

 

 

ビュバァッ!

 

 

 

シン「……グッ!!」

 

天魔雄「フハハッ!苦しそうだぞ!?このまま死ねいっ!!」

 

シン「……死ねと口にするのは弱者の証拠だ」

 

天魔雄「何?」

 

シン「―――『吸血』」

 

 

 

「グオオォッ……」

 

「アアアッ……」

 

 

 

シンが右手をかざすと、周囲の悪魔から流れる血液が集まる!

 

先ほどの猛攻で、傷だらけになって倒れている、まだ息のある悪魔達。

吸血により血液を見る間に吸い取られ、次々と絶命していく。

 

 

 

天魔雄「な、何だそれはっ!?」

 

シン「死ねと言う言葉が出るのはつまり、相手に恐怖を感じている証拠だ」

 

天魔雄「……聞き捨てならんな。私がお前を恐れていると?」

 

シン「貴様は敵を恐れている。

その程度の存在が……王であっていいはずがない」

 

天魔雄「戯言をッ!!そういうセリフは私に勝ってから言えいッ!!」

 

 

 

シャリンッ!

 

 

 

「グアアアッ!!」

 

「ギャオオオゥッ!」

 

 

 

天魔雄「この猛攻で終いだっ!―――『殺風激』ィッ!!」

 

 

 

ズバババッ!!

 

ギュオオウッ!!

 

 

 

天魔雄とその配下による一斉攻撃!

 

 

 

シン「グアアッ!!」

 

 

 

シンはその攻撃をモロに受け、体勢を崩す!

流石のシンでも『食いしばり』が発動するほどの猛攻だ!!

 

 

しかし……

 

 

 

オー「これでようやく整うぞっ!―――『タルカジャ』!」

 

 

 

シンと天魔雄が戦っていた裏で、オーディンがかけ続けていた補助魔法。

その最後の仕上げが完了した!

 

 

 

シン「……よくやった、オーディン―――『宝玉』!」

 

 

 

シンはポケットから宝玉を取り出し、自らの体力を回復する!

 

 

そして……

 

 

 

シン「―――オオオオオッ!!」

 

 

 

シンの魔力が膨れ上がる!!

 

 

 

天魔雄「な、なんだッ!?」

 

 

シン「消し飛べぇっ!!」

 

 

 

 

――― 『地母の晩餐』 !!!

 

 

 

 

ゴゴゴゴゴ……

 

 

ズガガガアアアァアッッ!!!!

 

 

 

「ギャッ……!!」

 

「グオッ……!!」

 

 

天魔雄「バ、バカなあぁっ……!!」

 

 

 

辺り一面に広がる悪魔の軍勢。

それよりも広範囲で巻き起こる大破壊。

 

地面から吹きあがる魔力の奔流は、目の前の一切合切を吹き飛ばす!!

 

 

 

天魔雄「ああアァァぁッ……」

 

 

 

つい先ほどまで悪魔で埋め尽くされていた空間は、

ちぎれとんだ悪魔の残骸で埋め尽くされている。

 

この恐ろしい一撃で、完全に決着はついた。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

甲賀「人修羅とは……これほどかっ……!」

 

 

オー「いつみても壮観だな」

 

シン「……ふぅ」

 

オー「よくやったぞ。封印されているにしては上出来だ」

 

シン「少し熱くなりすぎたか」

 

オー「ククッ……自覚はあったか」

 

シン「許せないものは許さない」

 

オー「それでこそ『混沌王』だよ」

 

シン「その呼び方は好きじゃないと言っているだろう」

 

オー「そう在るべき者なのだから、そう呼ぶしかあるまい」

 

シン「……まぁいい。よくやってくれたな。いいアシストだった」

 

オー「次は存分に暴れさせろよ?……ではな」

 

 

 

別れの言葉とともに、オーディンは消えていった。

 

 

 

シン「……さて」

 

甲賀「……」

 

 

 

オーディンを見送った人修羅は、くるりと振り返り、

倒れているコウガサブロウへ視線を落とす。

 

 

コウガサブロウが従っていた、

当時の葛葉ライドウも、規格外のチカラを持っていた。

 

しかしそれでも、これほど狂ったチカラではなかった。

 

その破壊の化身とも言える存在が、屍の山を背にしてこちらを向いている。

 

 

……恐怖を感じるのは、いつぶりだろうか……

 

 

 

シン「……意識はあるか?」

 

甲賀「……ああ」

 

 

 

目の前の悪魔からは、戦闘前に発していた怒気は感じられない。

 

 

 

シン「お前には言いたいことがあると言ったが、覚えているか?」

 

甲賀「……ああ」

 

シン「お前は自分を幻想郷の管理者と言ったな?」

 

甲賀「……そうだ」

 

シン「今後ろで切れ端になっているアイツと、戦っていたのもそのためか?」

 

甲賀「……そうだ」

 

シン「……まずは状況を聞かせろ」

 

甲賀「……わかった」

 

 

 

コウガサブロウは話し始めた。

 

 

幻想郷ができた経緯。

 

封印されていた神々。

 

人修羅を呼んだ理由。

 

現在の危機的状況。

 

 

一つ一つ確実に、隠すことなく説明する。

 

 

 

シン「……成程な」

 

甲賀「このままでは……すべて壊されてしまう……」

 

シン「それでお前は単独で戦っていたんだな」

 

甲賀「そうだ……奴らに対抗できるほどのチカラを持っているのは、

俺しかいないんだ……」

 

 

 

正確には他の管理者達でも、アシストとして共闘できるくらいの実力はある。

 

しかし最前線で戦えるかと言えば、それはさすがに厳しいのだ。

 

 

 

シン「……」

 

甲賀「な、なんだ……?」

 

 

 

人修羅は押し黙ってしまった。

一体どうしたというのだ……

 

 

 

シン「お前が俺をこの世界に呼んだのは何のためだ……?」

 

甲賀「……それは……」

 

シン「さっさと俺に話をすればよかった」

 

 

 

人修羅は、咎めるような目でこちらを見てくる。

 

 

 

甲賀「……!?」

 

シン「俺がお前に言いたかったことは、それだ」

 

甲賀「……」

 

シン「管理者と言うくらいなら、しっかり管理しろ。

それができないなら、どんな手を使っても守れ」

 

甲賀「……し、しかし……」

 

シン「俺が言えたことではないけどな……」

 

甲賀「しかし……危険度もわからない相手に、手の内を見せるなど……

それは最後の手段と思っていたのだ……」

 

シン「だったら自力で守って見せろ」

 

甲賀「……」

 

シン「死ぬ気で守れ。それでいて死ぬな。死んだらすべてが終わる」

 

甲賀「……無茶を言う」

 

シン「それしかないんだよ。

そのチャンスがあるだけ、幸せだと思え」

 

甲賀「……そうか……すまなかったな」

 

 

 

どうやら人修羅には思うところがあるようだ。

 

しかし人修羅側から協力を申し出てくれるなど、思ってもみなかった。

 

 

 

シン「まあいい……それで、敵の親玉は今どこにいる?」

 

甲賀「今……奴は地獄にいる」

 

シン「地獄……」

 

甲賀「地獄と言っても、幻想郷の一部である地獄だ」

 

シン「……わかった。では俺はそこに行く。行き方だけ教えろ」

 

甲賀「俺も着いていかなくていいのか?」

 

シン「お前はお前にできることをしろ。

敵はその親玉だけではないだろう?」

 

甲賀「そうだな……すまないが……頼む」

 

シン「お前のためでも、この世界のためでもない。礼は要らない」

 

 

 

そう言うと人修羅は洞窟の外へと駆けて行った。

 

 

 

幻想郷の裏で行われた戦いはひとまず幕を下ろした。

しかしまだ終わってはいない。

 

最終局面へ向け、物語は進んでいく。

 

 

 

つづく




略称一覧


シン…人修羅・間薙シン。譲れないものを踏みにじる相手を前にして、怒りをあらわにしている。

甲賀…龍神・コウガサブロウ。幻想郷の管理者のひとり。数百年前には葛葉ライドウ襲名者の仲魔だったが、封印結界の管理者として諏訪に残る役目を受けた。現在は国家機関ヤタガラスの一員でもある。

天魔雄…魔神・天魔雄(あまのさく)。九天を支配する王にして、荒神を統べる魔神でもある。天逆毎(あまのざこ)から生まれた存在。天逆毎を越える身体能力、魔力に加え、無数の配下を召還することもできる。伏ろわぬ神々(まつろわぬかみがみ)の中でも、一二を争う実力を持つ。

オー…魔神・オーディン。北欧神話で最もチカラを持つ神。主神。その名は『怒れる王』を意味する。片目と引き換えに強力な魔術を取得するなど、並々ならぬ知識欲を持つ。今回は真・女神転生4Finalのビジュアルで登場。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 地獄変

あらすじ


天魔雄(あまのさく)と人修羅との戦いは、
怒れる人修羅の勝利で幕を閉じた。

そのおかげで一命をとりとめたコウガサブロウは、
シンに黒幕の居場所は地獄だということを教える。

地獄へ向かうシンと、再度立つコウガサブロウ。



……今回の話は、
妖怪の山にも匹敵する異常事態が繰り広げられている場所のお話。


迂闊だった。

 

完全に思考の盲点を突かれた。

 

私の欲がこんな事態を招いてしまった……

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

ここは幻想郷の地底にある、旧地獄。

 

痛みに叫ぶ者、苦しむ者、怒りのまま暴れる者

 

今現在、地底はその名の通り、地獄と言える様相を呈していた。

 

 

 

なぜこのような惨状が繰り広げられているのか?

 

その原因を紐解くには、ひとつひとつの出来事を振り返る必要がある。

 

 

 

時は数か月前まで遡る(さかのぼる)……

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

??「ふう……」

 

 

 

ため息をつきながら、紅茶の入ったカップをテーブルに置く。

 

今日もいつも通り、平和な一日だ。

 

洋風にデザインされたお洒落な部屋。

その窓から庭を眺めつつ、一息つく。

 

 

 

 

彼女の名前は、古明地さとり。

 

『覚り』の妖怪にして、この洋風屋敷、地霊殿の主でもある。

 

見た目は人間で言えば、小学生の低学年程度だが、妖怪にはそんなことは関係ない。

 

曲者、強者ぞろいの旧地獄で代表を務められる程度には、

経験値も戦闘力も高い。

 

 

その最たるものが、彼女の持つ能力である。

 

 

覚り妖怪と言うだけあって、彼女は相手の思考を読むことができ、

相手に隠し事を許さない。

 

その能力は政治的なやり取りだけでなく、戦闘でも効力を発揮する。

 

相手の攻撃はことごとくかわされる。対してさとりの攻撃は必中。

さとりの攻撃には一発で勝負が決まるほどの火力はないが、

塵も積もれば何とやら。

 

更に、通常の弾幕だけにはとどまらず、超威力の奥の手も隠し持っている。

 

つまりこの妖怪は、とんでもなく強いのだ。

 

 

 

 

そんな見た目とはミスマッチな実力を備えた大妖怪は、

優雅に午後のティータイムとしゃれこんでいた。

 

 

 

さと「今日も美味しい紅茶です」

 

??「それはよかったです。さとり様」

 

 

 

さとりの傍らに控える妖怪が返事をする。

 

この妖怪の名前は、火焔猫燐(かえんびょうりん)。

火車の妖怪だ。

 

人間の死体を集める習性があり、

時々地上に出ては墓地や葬式でチャンスをうかがっている。

 

基本的には人当たりがよい性格で、家事全般をこなせるほど優秀ではあるのだが、

妖怪としての『死体を集める』性質が人間に受け入れられるはずもなく、

おとなしく地下で生活している。

 

 

…そもそも地下で暮らす妖怪は二種類に分けられる。

 

片方は、この燐のような、人間に受け入れられない者。

辛らつな言い方をすれば、いわば村八分とされている妖怪。

 

そしてもう片方は、元々地獄に住んでいた妖怪。

 

旧地獄、と言うだけあって、以前はこの地底こそが地獄とされていた。

今は四季映姫が治める場所へと地獄としての機能を移したが、

獄卒の鬼などは、そのままここで暮らしている。

 

 

だから地底の妖怪は厄介な性質を持っているか、

単純に強力なチカラを持っているか、どちらかであることが多い。

 

そのせいで、妖怪の賢者である八雲紫からは厳重に監視され、

不穏な動きがあった場合は、すぐに介入が行われるのだ。

 

 

普段は自分たちを避けているくせに、何かあるとすぐに茶々を入れてくる。

 

地底の妖怪たちは、地上の者に対してそう思っている。

 

 

…こういった関係のため、

地上の勢力と地底の妖怪が疎遠になるのは、仕方がないことなのだ。

 

 

 

さと「さて、それじゃ私は散歩に行ってくるわ。片付けをよろしく」

 

燐「わかりました」

 

 

 

さとりはティータイムを満喫すると、いつもの日課の散歩へと出かける。

 

地底のトップとはいっても、別に毎日忙しくしているわけではない。

 

仕事といっても、屋敷のお手入れが大半であるので、大した手間ではない。

もっと言うと、それも配下の妖怪(さとりはペットと呼んでいる)に任せている。

 

だからさとりが動くのは、

別の勢力との外交時か、ちょっとしたいさかいが起こった場合の仲裁くらいだ。

 

そんなことはめったに起こらないうえ、時間をそれほど取られるわけでもない。

 

 

ということで、日々やらなければならないことは殆どない。

 

 

しかしいくらなんでも、それでは暇過ぎる。

知能を持った生物は、毎日何もしない、なんてことには耐えられない。

 

 

だからさとりは日課を作っていた。

 

 

朝は花壇の手入れ、

昼は書斎で読書、

夕方はティータイムを満喫した後、庭を散歩、

夜はまた書斎で読書。

 

 

今はその散歩に出かけるタイミングだったのだ。

 

 

 

さと「~♪」

 

 

 

庭をのんびり散歩するさとり。

 

 

 

さと「あら、朝にはつぼみだった花が咲いているわ。綺麗ね」

 

さと「あの蝶は……モンシロチョウかしら?」

 

さと「今日はいい日和ね。お日様が気持ちいいわ」

 

 

 

まるで優雅な有閑マダムのような楽しみ方をしているが、

見た目とのギャップはすごいもので、初めてみた人は面食らうだろう。

 

ちなみに地下なのに庭に日の光が届いているのは、

地上から採光しているからだ。

 

ガラス製の天窓を取り付けており、

地霊殿周辺に関しては、地上と何ら変わらない空間となっている。

 

 

 

燐「さとり様~」

 

さと「あら、どうしたの?お燐」

 

 

 

散歩を楽しむさとりの下に、燐が駆け寄ってくる。

 

 

 

燐「お散歩中すいません。何やらお客様がお見えになられましたので」

 

さと「ふぅん……何やら怪しい客、ねぇ」

 

燐「そうなんですよ」

 

さと「僧侶が着る法衣、杖、編み笠、ね。確かにおかしな格好だわ」

 

燐「でしょう?」

 

さと「しかも用件は……とりあえず私と面会したい、と。

これじゃ何しに来たのかわからない」

 

燐「追い払いますか?」

 

さと「……まぁ、いいでしょう。私も暇していたし、相手するわ」

 

燐「わかりました。それじゃ、応接間に通しておきますね~」

 

さと「よろしくね。お燐」

 

 

 

さとりは相手が頭に思い描いたことなら、読み取ることができる。

そのため会話は大抵、このようなテンポで進む。

 

 

燐は来たときと同じく、テテテッと地霊殿に駆けて行った。

 

 

 

さと「さて、一体何なのかしらね……」

 

 

 

 

 

 

応接間。

 

燐に案内されて入室した法衣を着た男は、ソファーに腰かけていた。

 

そこに地霊殿の主である、さとりが入ってくる。

 

 

 

さと「初めまして、ようこそ地霊殿へ」

 

??「急な訪問にもかかわらず対応していただき、恐縮です」

 

 

 

形式ばった挨拶の後、さとりも対面して設置されたソファーに腰かける。

 

 

 

さと「さて、突然ですが、貴方は何者ですか?」

 

??「私は……」

 

さと「ああ、かまいませんよ。藤原行景(ふじわらのゆきかげ)……ですか

藤原氏の流れを汲み、幻想郷に移り住んだ一族の末裔。

幻想郷にそんな一族がいたんですねぇ。知りませんでした」

 

行景「……!?」

 

さと「おや?知らなかったのですね。私は心を読めるんですよ」

 

行景「なんと……」

 

さと「私の事を知らずに、私に会いに来たんですか。

貴方が何をしにここに来たのか、俄然気になりますね」

 

行景「それは……」

 

さと「ふむ、なるほど……随分変わった方のようですね」

 

行景「……なんとも不思議な感覚ですね。

考えが読まれた中で会話するというのは」

 

さと「それはそうでしょう。めいっぱい味わっていって下さい。

しかし、本気ですか?……本気なんですね。

 

 

……地底の妖怪を、地上に戻そうなどと」

 

 

 

行景「……はい」

 

さと「それはおせっかい以外の何物でもないですよ。わかってますか?」

 

行景「はい」

 

さと「わかっていてその提案……その術を使ってやるつもりですか」

 

行景「……はい。私達の一族は、藤原氏の中でも傍流です。

だから本家に見捨てられないためにも、チカラをつける必要がありました」

 

さと「それで霊力溢れる幻想郷に移住し、修行することにした、と」

 

行景「その代々の修行で、ようやく形になってきたんです」

 

さと「『動』の気質を抑えて、『静』の気質を高める術……」

 

行景「ええ。このチカラがあれば、我々の一族も生き残れると」

 

 

さと「ああ、確かに外の世界に出ても、その術は有効でしょうね。

 

政治において政敵の動きを阻害することができる。

天災に対しては、その動きを弱めることができる。

 

いくらでも応用が利くと言えます」

 

 

行景「まさに、その通りです。ただ……」

 

さと「ああ、まぁ、それはそうでしょうね」

 

 

行景「はい。この術はそんな万能なものではありません。

というか、術者の力量以上の力が出せないのは必然。

私の実力では、怒っている者を落ち着かせる程度しかできないのです」

 

 

さと「それでは貴方は何故、地底の妖怪を移住させようなどという

誇大妄想もいいところの妄言を吐いたのですか?

 

答えによっては命を奪いますよ?」

 

 

 

さとりは相手にプレッシャーをかける。

いち人間風情に舐められるなどたまったものではない。

 

何を答えるか、いや、思い浮かべるかで、

こいつを殺すかどうか決めよう。

 

 

 

行景「それは……」

 

さと「……へぇ」

 

行景「自分勝手な部分が大半だというのはわかっています。それでも……」

 

 

さと「むしろ人間なんですから、それは普通ですよ。

しかし、面白いことを考えるものですね。

確かにそれなら徐々にではありますが、地底の妖怪の地上移住は可能といえます」

 

 

行景「では……」

 

さと「喜んでいただいているところ申し訳ないですが、

当然ながら即答は致しません。本日のところはここまでです」

 

行景「……はい」

 

さと「一週間後。またいらして下さい。その時にお返事いたしましょう」

 

行景「……ありがとうございます」

 

さと「では、気を付けてお帰り下さい」

 

行景「本日はありがとうございました。失礼します」

 

 

 

話し合いが終わり、藤原行景は応接室を後にした。

 

廊下には察しよく燐が待機していてくれたようで、

玄関まで案内する、と言った旨の言葉が聞こえる。

 

 

 

さと「地上への移住か……面白い」

 

 

 

さとりのなかで、遥か昔に閉じ込めたものが顔を出す。

 

 

 

それは……『権力欲』

 

 

 

彼の登場で、他の勢力と折り合いをつけ、

『違和感なく』地上へと支配圏を広げることができる算段が付いた。

 

今まで散々虐げられ、疎まれ、蔑まれてきたのだ。

 

そろそろ我慢を解いてもいいではないか。

 

地上の奴らにどうこう言われる筋合いはないではないか。

 

 

 

さと「さてと……忙しくなってきたわね」

 

 

 

そう言うとさとりはニヤリと笑う。

 

 

さとりの雰囲気は先ほどまでの、

ゆったりとしたものとは違うものになっていた。

 

 

 

この時から、歯車は徐々に狂い始めた。

 

 

 

つづく

 




略称一覧


さと…古明地さとり。旧地獄のまとめ役であり、地霊殿の主。見た目は小学校低学年、頭脳は指折り。相手の考えを読むことができ、戦闘力も指折り。紅茶はダージリンが一番好き。趣味は庭いじり。

燐…火焔猫燐(かえんびょうりん)。火車の妖怪。猫耳と普通の耳の両方を完備。地霊殿でさとりに仕えていて、さとりからは『お燐』と呼ばれている。主人からはペット扱いされているが、気にしていない。家事全般できる。戦闘力もある。気も効く。優秀。趣味は死体漁り。

行景…藤原行景(ふじわらのゆきかげ)。幻想郷に移住した、藤原氏一族の末裔。『動』の気質を『静』の気質へ変換する術を操るようだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 矯めつ眇めつ 1

※今回は前回までの台本形式から、台詞に名前を入れない通常形式に変えてみました。
色々模索中ということで、ご迷惑おかけいたしますm(__)m
もし何かそのことについてご意見くださるようでしたら、お手数ですが『活動報告』の方にコメントを頂けると嬉しいです!

・・・

あらすじ

幻想郷の地下にある旧地獄。そこに建っている地霊殿。

地底の顔役、古明地さとりは、謎の訪問者、
藤原行景(ふじわらのゆきかげ)と交渉した。


「さとり様、どうだったんですか?お話は」

 

「フフ……とても興味深いお話でした」

 

 

客人を送り届けてきた燐に向かって、さとりはニヤリと微笑む。

 

 

「そう……ならいいんですが……大丈夫ですか?」

 

「なにがです?」

 

「いや、その……なんていうか、さとり様、普段と感じが違いません?」

 

「……そうね。ちょっと気分がいいから、それが出ちゃってるのかもね」

 

「そ、そうですか」

 

「あの男が話した内容。貴女にも説明するわ」

 

「え?あ、はい」

 

「ああ、大丈夫よ。他のみんなにはひとまず知らせないでも」

 

「しかし……」

 

「いいのよ。今はまだ、大々的にするべきではないのだから」

 

「まぁ、さとり様がおっしゃるのなら、私はそれでいいですけど……」

 

「それじゃよく聞きなさい」

 

「ハイ」

 

 

そう言うとさとりは、

先ほどの男が持ちかけた内容を説明し始めた。

 

 

「あの男……藤原行景と言ったかしら。なかなか面白い申し出をしていったわ。」

 

「面白い申し出、ですか」

 

「そう。あの男はね、長年の修行を通して、『動』の気質を、『静』の気質へと変換する法力を操れるようになったの。

……といっても、あの男のチカラはそれほど大きくない。お燐、貴女の半分のチカラもないでしょうね」

 

「へぇ、私のチカラの半分、か。人間にしてはそこそこといったところでしょうか。

でも人の気質を操るなんて、なかなか聞いたことのない能力ですね」

 

「ええ。私もそんな能力があるなど初めて聞きました。

でもあの男の心を覗いてみたら、それは嘘ではなかったわ」

 

「さとり様に隠し事はできないですものね」

 

「そう。そしてあの男は、その能力を使って、一定数の地底の妖怪を、地上に戻すことを望んでいます。私に面会しに来たのは、その後ろ盾が欲しかったみたいね」

 

「あー、えー、ど、どういうことでしょうか?」

 

「ま、それだけ聞けばそうなるわよね。

私もそれをあの男の口からきいたときは、捻り殺してやろうと思ったもの」

 

「そうなりますよね」

 

「でも心の中を覗いて、私も考えを改めたわ。なかなか興味深い内容だったの」

 

「さとり様がそこまでおっしゃるなんて、珍しいですね。

よっぽどいい話だったんですね」

 

 

お燐のその言葉を受け、さとりはニヤリと笑みを浮かべる。

普段の薄っすらとした微笑みとは違う、ギラリとしたものが見え隠れする笑み。

さとりにしては珍しい感情を感じ、お燐のカラダは心なしか固くなる。

 

 

「それは順々に説明するわ。

まずあの男が地底の妖怪を地上に進出させたい理由から。

 

あの男は、藤原氏の傍流が幻想郷に移り住んできた一族の末裔。

そして一族の願いは、幻想郷を出て、外の世界で高い地位を手に入れること」

 

「人間らしい理由ですね」

 

「そう。だからこそわかりやすい。愚かではあるけどね。

そしてそのために、あの男は幻想郷のチカラを利用しようとしているの。

幻想郷の中で、外の世界にはないチカラを有した存在を囲い込んで、外の世界での覇権争いに役立てようと考えた」

 

「うーん。それは不可能でしょう。管理人達がそんなの許しませんよ」

 

「そうよ。幻想郷はあくまで、外の世界で不必要になった存在を受け入れる受け口。

その中にあるものは何であれ、迷い込んだ外来人などを除けば、外の世界に戻すことはできないわ。基本的にはね」

 

「ですよねえ」

 

「でもあの男は、それを承知で考えた。なにか幻想郷で得たものを、外の世界に反映させる方法があるはずだ、ってね。

そしてある方法を考えついたのよ」

 

「ある方法?」

 

「あの男はまずこう考えた。『幻想郷から最低限、外の世界に出せそうなものは何か?』と。

そこで、ひとまず自分のカラダを外の世界に出すことに、目標を絞った。

 

でも普通に生活していたら、それすら手が届かない望み。ではどうすればいいか?

外の世界へ行く方法はいくつかあるけれど、有名なものは、博麗神社の結界を通る方法、管理人のひとりである八雲紫に頼む方法、偶然結界に空いた穴から抜け出す方法。

しかしあの男は、その3つは非現実的と考え、別の方法を考えた」

 

「……他に方法があるんですか?」

 

「貴女も知ってるはずよ。地上に最近、命蓮寺が出現したわよね?」

 

「え? ええ。一輪さんや村紗さんは知り合いですから当然知ってますけど……」

 

「そこの住職。聖白蓮。彼女がどこに封印されていたか覚えている?」

 

「あ……!」

 

「ええ。その通りよ。彼女は魔界に封印されていた。そして魔界はあらゆる世界とつながっている。あの男は、魔界経由で外の世界に進出しようと考えたのよ」

 

「そうか……い、いや、でも、やっぱり無理ですよ!理屈はわかりますけど……」

 

「そうね。貴女の考えるとおり、魔界は非常に危険な場所。

私でさえも、無事に行って帰ってこれる保証はないわ」

 

「そうですよ!それを私よりも弱い人間がやろうなんて無理です!」

 

「それがそうでもないの。あの男の能力は覚えている?」

 

「えーと……『動』の気質を『静』の気質に変える……でしたっけ?」

 

「そう。その能力があれば、理由なく襲ってくるような悪魔たちも、相手の精神を安定させることでやり過ごすことができると踏んだの」

 

「むむむ……確かに、そういった能力の使い方はできそうですね」

 

「まあ本人としても、それは賭けだと考えてるみたいだけどね。

その際に計画の成功率を上げるために、地底から外の世界に出たい者を、何人か護衛として連れて行こうとも考えているようよ。

そうすれば当初の目的である、『幻想郷のチカラを外の世界に反映させる』という目標も達成できるわ。ハイリスクハイリターンというやつね」

 

「なかなか無茶なことを考えますね……

その護衛として着いていった者が、外の世界で役に立つってわけですか」

 

「ご名答よ」

 

「なるほどですね……あ、でも、それだけなら、なんでわざわざ『地底の住人を地上に移住させる』なんて話が出てくるんですか?

そんなことする理由はないように思えますけど……」

 

「そう。確かにその計画がうまく行けば、あの男の目的は達成されます」

 

「だったら……」

 

「でもね、お燐。その計画は100%失敗するわ」

 

「え、ええ!?なんでそう言い切れるんですか!?」

 

 

驚くお燐を見て、さとりは自分の頭上を指さす。

そして次に右、左と指の方向を変え、最後にお燐に指を向ける。

その行為を理解できず、燐は首をかしげる。

 

 

「??? え、ええと、一体どうしたんですか? さとり様?」

 

「いつでも、どこでも、あらゆるところから、私達を監視するものがいるわ」

 

「……」

 

「それで合っているわ。幻想郷の管理人、八雲紫よ」

 

「そうか、それで……」

 

「私くらいの実力と能力があれば、あの妖怪が監視しているかどうか、判断することができる。ちなみに今現在、あの妖怪の監視の目がないことは確認済みよ。

でもあの男程度の実力では、監視の有無に気づくことはできない」

 

「幻想郷の住人を魔界経由で連れ出す、なんて、八雲紫が許すはずないですよね」

 

「そういうことよ。

だからそのままではあの男の計画は100%失敗する。魔界を通って外の世界に出ることができたとしても、それに気づかれれば最期。どこにいようが連れ戻されるか、処分される」

 

「それじゃ、その計画は破たんしてるじゃないですか」

 

「そうよ。そのままでは、ね。

でも八雲紫の影響をすり抜けることは可能よ。2つの条件を満たせば」

 

「ふ、2つの条件……?」

 

「ええ。まず1つは、魔界を抜け、外の世界に出るまでに、八雲紫に気づかれないこと。

もう1つは、外の世界に出たあの男を、幻想郷に連れ戻す、もしくは処分することに障害を作ること」

 

「ええと……すみません。いまいち理解できません」

 

 

燐はさとりの言うことが理解できず、頭をかく。

言っていること自体はわかるが、その真意がつかめないのだ。

 

何故、八雲紫に気づかれてはいけないのは、外の世界に出るまでなのか?

八雲紫が障害を感じることとは、何なのか?

 

 

「私も貴女と同じように思ったわ。そして、実際あの男の考えを読んで、感心したわ」

 

「……なかなか頭が回るようですね」

 

「権力欲というものは、人間の能力を最大限に引き出すのかもしれないわね。

……順に説明するわ。まず八雲紫にばれない期間が外の世界に出るまで、というのは、博麗大結界が関係しています」

 

「博麗大結界……」

 

「そう。博麗大結界の機能は知っているわね?」

 

「はい。常識と非常識を分ける結界、でしたよね」

 

「その通りよ。魔界は幻想郷ではないとはいえ、非常識の領域。つまりは『こちら側』の世界。そこを越えるまでは、八雲紫のチカラは十全に発揮されます。

しかし外の世界に出てしまえば、結界の中ほど簡単にチカラをふるうことができなくなるわ」

 

「つまり、魔界を抜ければ八雲紫の支配力が弱くなる、と」

 

「そういうことね。外の世界に出てしまえば、少なくとも片手間でこちらに呼び戻すことはできなくなる」

 

「でもそれだけでは……」

 

「そうね。それだけでは何も解決しない。

そこであの男を連れ戻す、もしくは処分することに対するデメリットを設定する必要が出てくる。

八雲紫が抱えているのは、幻想郷から抜け出た数名を処分する、という幻想郷の管理人としての役割よ。その役割と天秤にかけるほど重い理由ができれば、外の世界に出た者たちは干渉されることが無くなる」

 

「むむ……理屈としてはわかりますけど、それは現実的なんでしょうか?」

 

「少なくとも、外の世界に出ていった者たちに関しては、その後に幻想郷に大きな影響を与えることはなくなるわ。つまり、正直に言えば、『連中を連れ戻す、もしくは処分するメリットはほぼない』という感覚のはずよ。

つまり、やらなきゃいけないからやる、というだけで、やらなくても大きな問題はないのよ」

 

「言われてみればそうですね。ほっといたってこっちには関係ないか」

 

「そうね。だから設定するデメリットは、そこまで重いものでなくてもいいはずよ。

でも、そうは言っても、八雲紫はああ見えて責任感が強いわ。

天秤に乗せる条件には、ある程度の重みをもたせてやる必要はある」

 

「……それで、その条件、デメリットというのに、私達が関わってくるんですか?」

 

「察しがいいわね。正解よ。

もっと言うと、あの男が魔界から出るまで八雲紫の気を引く役割も担うわ」

 

 

……大分頭が混乱してきた。状況を整理してみよう。

 

あの藤原行景(ふじわらのゆきかげ)という男は、外の世界で一族の名声を高めることを目的に、こちらに接触してきた。

 

そのための第一歩として、自身が幻想郷から脱出することを目的とした。その際、幻想郷のチカラあるものを何名か連れて行けるのが理想だ。

 

それが達成できる方法として、ハイリスクだが、魔界経由で外の世界に脱出する方法を選んだ。彼の能力があれば、不可能ではない。

 

しかしその際に障害となるのが、幻想郷の管理人、八雲紫の存在。彼女はその行動を邪魔してくるだろう。無策では100%計画失敗だ。

 

そこで追跡を逃れる条件として、2つの障害をクリアする必要がある。

ひとつは、博麗大結界を抜けるまで彼女に見つからないこと。

もうひとつは、外の世界に出た彼らに手が出せないようなデメリットを用意すること。

 

で、そのふたつをクリアするために、私達のチカラが必要になるということだ。

 

……しかしここまでの話では、私達にとって、一番重要なことが言及されていない。

 

 

「本当に優秀ね。お燐。その通りよ。

話の流れの理解はそれで完璧。

そして、ここまでの話では、『私達が協力する理由』が全く出てきていない」

 

「……はい」

 

そうなのだ。

私達は慈善事業などする気はない。むしろそんな連中とは対極の存在だ。

だったら主人であり、地底のまとめ役でもある、さとり様が、この話に乗る理由は何か。

それはこれから話されるのだろう。

 

燐はごくりと生唾を呑む。

話の大きさも、自身の感じる緊張感も、今までに感じたことがないものだ。

 

さとりの語る、あの男の計画は、詰めの段階に差し掛かっていた。

 

 

つづく



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 矯めつ眇めつ 2

何年振りかになってしまいましたが、大変お待たせいたしました……!
前回は3人称視点でしたが、今回はお燐視点となります。統一感なくてすいません!



あらすじ

地底の顔役、古明地さとりは、謎の訪問者、藤原行景(ふじわらのゆきかげ)と交渉した。

彼の持つ能力は『動の気質を静の気質へと変換すること』。その能力を使って魔界経由で幻想郷から脱出を図ろうというのが目標。
しかしそのためには八雲紫の監視を潜り抜けて、博麗大結界をすり抜けるという必要が出てくる。

そのために地底の勢力に助力を願うというのが彼の持ちかけた話だったのだが、肝心の地底への見返りというのは……?


「……ねぇ、お燐。私たちが地底に潜ってから、思えばずいぶんと長い時間が過ぎたわ」

 

「えと……はい、そうですね」

 

 

 なんでそんなことをいきなり聞くんだろう?

 今の今までさとり様は、藤原行景(ふじわらの ゆきかげ)とかいう男の話をしていたはず。それがなんで、いきなり昔話を?

 

 

「それはね、お燐。これからする話に関係してくるからよ。

……私たちが地底に移り住んだ理由。それは貴女も承知しているわよね?」

 

「はい、当然じゃないですか。私たちは人間から疎まれる妖怪……いわゆる『厄介者』だからですよね」

 

「……そう。だからこそ、私たちは単独で妖怪としての在り様を振るうことはできない。あまりにも人間に都合が悪いから。人間にとって危険だから」

 

「……はい」

 

「でも……お燐、貴女はそれで満足なのかしら?」

 

「……さとり様?」

 

「私はね、お燐。本当は太陽の下で自由に生きたいの。

地面の下で、立派な屋敷を建てて、それで満足できるかしら? できるはずがない。

あんなに高いところに、高価なガラスを使って天窓まで作って……そんなもので本当は満足できるはずがない」

 

「それは……でも……」

 

 

 さとり様の言いたいことはよく分かる。痛いほど。

 それは地底の妖怪の誰もが胸に秘めていることなのだ。

 

 なぜ、妖怪としての在り様まで抑え込んで、土竜のように薄暗い空間で生活しなければならないのか。

 地底の旧市街だって、望んで建てたわけではない。昔は地獄だった一角から地獄の機能を奪われ、形だけとなった成れの果てなのだ。

 いくら賑やかな化粧を施しても、役割のない空虚なものなのだ。

 

 

 本当は、本当は……人間から恐れられ、畏れられ、我は此処に在りと叫びたいのだ。

 

 さとり様はこんな薄暗いところに引き籠っていないで、さとり妖怪として人間から恐れられ、崇められるべきなんだ。

 

 鬼の皆さんだってそうだ。妖怪の山のてっぺんで胡坐をかいて肉と酒をかっくらい、挑む人間を返り討ちにする強者であるべきなんだ。

 

 私だって、私だって……今みたいに空き巣狙いのようにコソコソしながら死体を漁ることなどしないで、葬式に乱入しては死体を奪っていきたいたいのだ。

 

 

 でも……

 

 

「そう、そうよ。でも、私たちは、負けた。負けたのよ」

 

 

 そう。なんでこんなみじめなところでコソコソ暮らさなければいけないのか。

 それはすべて、私たちが敗者だから。

 

 人間に、博麗の巫女に、八雲紫に。

 時代の流れに、歴史に、何よりも畏れが世界から喪われることを止められなかった自分たち自身に……

 

 

 負けた。負けてしまったんだ。

 

 

「敗者に生存は許されない。それでも私は、同胞が消滅するのは耐えられなかった」

 

「……はい。だからさとり様は地底を治めることにしたんですよね」

 

「ええ。だけど……忘れていたわ。私たちは負け犬。強かったからこそ負けてしまった、惨めな負け犬だった。

ねぇお燐。自分たちが敗者だったことも忘れ、へらへらと日々を過ごす私たちは……なんなんでしょうね?」

 

 

 心を読めない私でもわかる。

 さとり様の苦々しい表情、怒りと悲しみがないまぜになったような表情は、なによりも自分のことが許せないという心の声を代弁するものだった。

 

 でも、その考えは……

 

 

「わ、私にもその気持ちはわかります……ですが!」

 

「わかっているわ。私たちは八雲紫に監視されている。反乱分子になったらもっとも厄介な勢力として。まるで外の世界にある動物園のように、ね」

 

「だったら、なんでそんな話……」

 

 

 そうだ。そんな考えを持っても、どうすることもできないんだ。

 

 私たちは八雲紫に監視されている。反乱を起こしてもうまくいくかはわからない。

 それにもし反乱が上手くいったとして、どうしようもない。地底の妖怪が幻想郷で好き勝手したら、まず間違いなく人間の数が激減し、幻想郷という箱庭が崩壊する。

 

 つまり、もう既に『詰んでいる』んだ。

 私たちの妖怪としての在り方を発揮するには、幻想郷では受け皿が小さすぎるんだ。

 

 だからこそ、どうしようもない……

 

 

「その通りよ、お燐。だから私たちは、妖怪としての本質を忘れ、眠るような日々をただただ過ごしてきた。

何故なら、そうするしかなかったから。理由は貴女が考えた通り」

 

「……はい」

 

「そこをあの男……藤原行景とやらは突いてきたのよ」

 

「ええと……と、言いますと?」

 

「あの男が提示してきた条件というのは

『外の世界からの人間供給』と『地底の妖怪が地上に進行する際の陽動』」

 

「な……!?」

 

 

 そんなバカげた話、信じられるわけ……

 

 

「そう思うのは当然。でもね、お燐、忘れたのかしら?

私は相手の心が読める。あの男の心にウソはなかったし、なんならちゃんとした公算もあったわ」

 

「公算……? 私よりも実力が劣る程度の人間に、そんなことできるはずが……」

 

「科学が発達した外の世界では、個の実力の減衰が激しい。幻想郷の妖怪ならどんな相手でも軽くひねることができるでしょう。

あの男に外で暴れたい、なおかつ従順な性格をした妖怪を何体か提供すれば、かなり自由に振舞うことができるでしょうね。

そしてあの男の家系は、腐っても藤原家。外の世界でそれなりの地位を築いている一族よ。そこを暴力と能力で従え、配下に置けば……」

 

「あっという間に大勢力の完成、ですか……」

 

「そう。そして要らなくなった人間を集める機構を作り、幻想郷に引き渡す、と。

成功するでしょうね。連れていく妖怪をちゃんと見極めれば。

ああ、もちろん心変わりしてもいいように、こちらから提供する妖怪には、『約束を反故にしたら殺す』ように命令しておきます。

もちろんあの男かあてがった妖怪が裏切った時には呪殺できるよう、保険として呪いも掛けてね」

 

「……確かに、できなくは、ない……のかな……?」

 

「そしてあの男の能力があれば、魔界の悪魔の気を昂らせることも可能。

幻想郷と魔界の決壊を緩めておき、魔界脱出の際にその術をかけさせれば、幻想郷に数多くの興奮した悪魔が解き放たれるでしょう。私たちはそこに乗じればいい」

 

「そ、そんな……魔界から悪魔を大量にだなんて……」

 

「ある程度は幻想郷にダメージは出るでしょうね。

でも、それがなんだというの? 私たちが大手を振って太陽の下を歩けるようにするには、おそらくこれしかないでしょう」

 

「……」

 

 

 確かに……確かに本当のことを言えば、地上で好きに振舞いたい。

 でも、今まで築いてきた信頼や秩序を壊してまで、人里を崩壊させる勢いで悪魔なんかを喚び出してまで、そこまでしてもいいんだろうか……?

 

 

「ふふ。お燐は優しいわね。

でも……ここしかないの。計らずも舞い込んだ千載一遇の好機、逃すわけにはいかない。

それにあの男の言葉に嘘がなく、裏で何も企んでいないことは、この私が保証します。心の奥底まで読める、この私が」

 

「まぁ、そこは疑うつもりはありませんけど……いいんでしょうか、本当に」

 

「やらねば私たちはこの先永遠に敗北者。自分が何者か忘れ、のうのうと生を貪る畜生になるわけにはいかないの。

私たちにも強者としての誇りがある。それを示すのは今。そういうことなの」

 

「……わかりました。私はさとり様のペットです。さとり様の意見に反対する気なんて、最初からありません」

 

「いい子ね、お燐。これは私だけでなく、あなた達、ひいては地底の妖怪全員のためでもあるの。

……これから計画の下準備に入るから、お燐も手伝いなさい」

 

「はい」

 

 

 さとり様の言う通りなのかもしれない。

 

 賑やかなのは好きだし、普段楽しく遊んで、たまに来る侵入者を弾幕ごっこで追い払って、気が向いたら墓地や葬式で死体を盗んでくる。そんな今の生活は嫌いではない。

 

 でも、やっぱりそれは妖怪『火車』としての在り方通りじゃない。

 もっと人から畏れを抱かれる存在でありたい。こんなところに隠れ住んでいないで、堂々と地上に居を構えたい。

 

 それを勝ち取るには……戦いしか、ないのかなぁ……

 

 

 

 

 

 それから私は、さとり様とあの男の指示のもと計画の準備を進めていった。

 魔界との結界を緩める工作、外の世界に出たい妖怪の選定、来るべき決起の日に備えた軍備の充実……

 

 本当にこれでいいんだろうか?

 何か見落としていることがあるんじゃないだろうか?

 

 

 頭の片隅に、引っかかるものを感じながら……

 

 

 

 

 

 悪い予感ほどよく当たる。

 この不安は、最悪の形で的中することになってしまったんだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。